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トータルパッケージ伝達プログラム参加者からの報告

2022年07月

この記事ではトータルパッケージの活用事例を紹介します。

職場適応促進のためのトータルパッケージとは、以下のツール等から構成された就労支援方法を言います。

トータルパッケージを構成するツールは、ウィスコンシン・カードソーティングテスト、幕張式メモリーノート、ワークサンプル幕張版の簡易版、ワークサンプル幕張版の訓練版、幕張ストレス・疲労アセスメントシート、グループワークの6つです。ウィスコンシン・カードソーティングテストは遂行機能障害のチェックや効果的な支援方法の評価に用いられます。幕張式メモリーノートは基本的な情報整理スキルの獲得に用いられます。ワークサンプル幕張版の簡易版は課題の体験、作業における障害状況の確認、作業の実行可能性、作業耐性の確認に用いられます。ワークサンプル幕張版の訓練版は作業ミスや作業効率の改善、作業遂行の安定、補完方法の特定と使用の訓練に用いられます。幕張ストレス・疲労アセスメントシートは障害状況に関する情報の収集・整理、障害・疾患に関する認識整理、ストレスや疲労の現れ方等今後の見通しを立てる上での情報収集、共有に用いられます。グループワークは支援対象者がピアモデルに接する体験、支援対象者が障害認識に関して検討する体験の提供に用いられます。

障害者職業総合センターでは、同センターが開発した上記パッケージの普及に資するよう、セルフマネジメントスキルの獲得と自己効力感の向上のための支援法の習得を主な目的とした研修プログラム(以下「伝達プログラム」といいます。)を開発することとし、2021年に伝達プログラムを実施しました。
伝達プログラムには延べ32機関52人の参加をいただきましたが、その後、一機関の受講者から「研修で学んだ疲労・ストレスシート(MSFAS)の活用やセルフマネジメントの支援について新たに取り組んでみたところ、一定の結果が出た」との連絡をいただき、同プログラムのフォローアップにもなる活用事例を提供いただきましたので、ここにご紹介いたします。

事例をご提供いただいた方

社会福祉法人かがわ総合リハビリテーションセンターの外観です。

社会福祉法人かがわ総合リハビリテーションセンター 成人支援施設 サービス管理責任者の諏澤様です。

プログラム参加前のトータルパッケージ活用事例(※1)

高次能機能障害者を対象としてMWS訓練版数値チェック、検索修正、物品請求書作成を活用し、ミスの発見修正、一定時間の作業への集中、情報探索、手順を覚えて作業できるか、自分でメモを取れるか、計算を行い自分で検算してミスをなくすことができるかについてアセスメント及び訓練を行った。また記憶障害については、M-メモリーノートを用いて、スケジュール管理や作業についての情報整理の訓練も行った。その後、事務的な作業でトライアル雇用を経て一般就労に至った。しかしながら、しばらくは問題なく業務を行うことができていたものの、精神的に不安定になり離職に至った。

※1 本事例は「職場適応促進のためのトータルパッケージツールを活用した実践事例集」2022年3月発行(p15-16)に<記憶障害補完訓練で成果を上げた事例>として掲載されている。

プログラム参加後にトータルパッケージによる新たな支援を取り入れた事例

前述の事例を踏まえ、MSFASを実施するなどして、支援対象者が客観的に自己分析し対応できる力をつけられるようになるための支援メニューを新たに加えた。新たな支援を取り入れた事例の概要は以下のとおり。

事例概要

高次脳機能障害者の復職事例
支援目標:本人の心身に無理のない働き方で、職場復帰を目指す
活用したトータルパッケージツール:MWS簡易版、訓練版「物品請求」、M-メモリーノート、+MSFAS
支援の概要:機能訓練、生活訓練、就労移行支援の3つの日中訓練と施設入所支援、就労定着支援を行う障害者支援施設を段階的に利用している。まず生活訓練を利用して日常生活能力の向上を図った後、就労移行支援を利用して復職を目指した。復職後6カ月は就労移行支援のアフターフォローを実施、それ以降は支援者から提案の上で就労定着に向けた更なる支援が行われた。

実際に活用してみて

MSFASの活用(MSFASシートC「ソーシャルサポートについて考える」、E「病気・障害に関する情報を整理する」、シートF「ストレス・疲労に関する情報を整理する」)(※2)により、現状の自己認識を本人の言葉で把握することができた。面接では直接聞きづらいような踏み込んだ内容もあり、趣味嗜好、人間関係、考え方等、支援を検討する上でヒントになる情報が多く得られた。併せて、MWS「物品請求」について、復職後の作業に最も近いという観点から本人の希望を得ることで活用し、生じたミスを確認して原因を本人と一緒に考えた。その結果「早く終わらせたいという気持ち」「絶対合っているという思い込み」という自己認識であることがわかり、ミスを減らすための工夫を考え、これは後述する職場実習での支援方法に反映させていった。

※2 MSFASには利用者が直接記入できるシートとしてA~Fの6種類があり、障害特性や利用者のおかれた状況などから必要なシートを選択して活用することとされている。

復職支援の経過

スムーズな職場復帰に繋げるため、社会リハ(生活訓練)で生活面を整えながら職業リハ(就労移行支援)を利用して訓練・評価を行った。一方、復職に向けた復職先事業所の責任者と本人を交えての現状報告や仕事内容の打ち合わせについては初回リハビリ出勤までに計4回に渡った。これはMSFASシートFの活用によりわかったことだが(家で母親から小言を言われることが強いストレッサーとなっている)、障害に関する理解が困難であることは本人に加えて家族にあっても同様であったためである。本人、家族ともに対人専門職の管理職での復職を希望しており、両者とも「できる」との認識だったが、リハビリ(言語療法(ST))訓練の検査状況、生活訓練や就労移行支援での訓練・評価等から得られた高次脳機能障害についての具体的障害状況を鑑みると、元職復帰は職責上の難度が高いと見込まれた。そのため、本人の現状と希望を職場に伝えながら、まずは周辺業務で簡易定型的な補助作業が問題なく行えるか試してみることになった。リハビリ出勤(この場合「就労移行支援」。以下同じ)初日は朝4時間の予定だったが、開始1時間ほどで疲労が限界に達した。受障前は難なくこなしていた定型業務だが、障害状況からすると計器の使用手順、記録の記入等、作業分析すると複雑でタイトなマルチタスクになっており、「自分が思っている倍疲れた」という感想であった。初回は5日間の実習だったが、周辺業務とはいえ、現状では一人で業務を担うレベルには達しなかった。その後も月に5日程度就労移行支援の職員が付き添いをし、課題をリアルフィードバックするリハビリ出勤を継続していくことで、自己の気づき(※3)を促しながら業務習得を目指した。
 
業務習得に向けては、施設内作業で把握していた記憶障害、注意障害等に対処することで正確な作業遂行を目指した支援を行った。具体的には前述のとおりMWSに基づき把握した「合っている」との思い込み等に対応すべく、個々の業務遂行上の手順書作成、翌日の準備業務にもれがないか確認するチェックシート作成とラミネート加工、あるいはM-メモリーノートの活用により注意されたことを日報に記録しての振り返り、次の日見返してから業務にあたるようにする習慣、さらには見落としやすい項目は付箋に書いて目の前に貼っておくこと等の補完手段を活用した。これらの手段については、「サービス管理」責任者(本事例報告者)が訪問や電話、Skype等を通しての振り返りを行うことで定着を図った。

リハビリ出勤を開始して約半年後、業務の安定が見られたので、月4-5回程度だったリハビリ出勤を毎日行うようになった。毎日繰り返すことで体力もつき、業務の習得もスムーズになった。周りのスタッフの理解も得ることができるようになったため、リハビリ出勤開始から1年後に正式な復帰の運びとなった。「成功のカギ」は、現場の障害に対する理解及び受け入れようとする姿勢と、現場に支えられながら本人が「元の職場でまた働きたい」という強い気持ちを持ちつつ、様々な角度からの課題分析やリアルフィードバック等による積み重ねで自己の気づきを深めていったことにあると考える。最後に、本人のインタビューを紹介するが、ここから、MSFASやMWSの使用等トータルパッケージが本人にとってどのように役立ち、ひいては、同パッケージが、前述した「成功のカギ」で記載したような支援を進めるためにどのような役割を果たしたかについて振り返ることができるのではないかと思っている。

本人インタビュー

訓練で学んだことは、丁寧に業務を行う根気強さ、手順通りに行う大切さ、ダブルチェックの必要性等です。復職する1年前の自分はダブルチェックは必要ないと思っていました。しかし、訓練やリハビリ出勤を通して必要性を理解し、今では自分からダブルチェックをお願いしています。また、不安なことは一人で抱え込まず、支援者や職場の人に相談することも、心の安定や問題の解決に大切であることも実感しています。

※3 自己の気づきについて
高次脳機能障害の方に対する支援では認知機能を神経心理ピラミッドという階層構造において捉え、下の階層はそれより上の階層の全ての機能に影響を与えるという考え方がある。同ピラミッドとは、Rusk(ニューヨーク大学医療センターの脳損傷通院プログラム)で使用されている指標であり、認知機能を中心とした心理学的機能を、最下位階層である精神的・心的エネルギーから、発動性・抑制/注意力・集中力/情報処理能力/記憶力/遂行機能、最上位階層である自己認識により構成される階層構造として捉えるものである。高次脳機能障害にあっては、最上位階層である自己認識が病識欠如に当たり、したがって、段階的構築の上に成り立つという考え方からも「自己の気づき(self awareness)」は非常に困難と捉えられている。
なお、MSFASは気づきの深化を追えるような活用も可能とされている。

高次脳機能障害者の復職支援でのトータルパッケージの活用 ~この事例についての担当研究員による振り返り~

ご提供いただいた事例を振り返るに当たり、まずはトータルパッケージについて若干解説します。

トータルパッケージ開発の経緯

トータルパッケージは、開発当初から精神にかかる多様な障害種を対象としていますが、とりわけ高次脳機能障害者に通常使用される神経心理学テストの一種であるウィスコンシンカードソーティングテスト(WCST)や同障害者を対象に医療で用いられる記憶障害についての代償手段(※4)であるメモリーノートが組み込まれているという特徴があります。これは、医療機関による拠点整備等のような高次脳機能障害者の社会復帰に向けた基盤整備の制度化と軌を一にして同パッケージの総体が作製されたという経緯に基づくものです。ちなみに、同パッケージ開発に関する研究報告書(※5)では、高次脳機能障害者を精神障害者に含めることなく論じており、同報告書がまとめられた2004年当時における高次脳機能障害者の疾患としての分類が現在とは異なっていたことがうかがわれますが、一方で、同報告書では高次脳機能障害者を対象とした職業リハビリテーションの課題等に関する考察も確認できます。

※4 トータルパッケージで使用される補完手段と同義ですが、同パッケージが製作される以前における解説であるため、ここでは神経心理学や医療分野で通常使用される用語としました。

※5 精神障害者等を中心とする職業リハビリテーション技法に関する総合的研究(最終報告書)(2004)調査研究報告書No.57

事例に関する振り返り等

以下、トータルパッケージの活用方法の解説を含めつつ、かがわ総合リハビリテーションセンターからご提供いただいた事例の優れた取組等について振り返ってみたいと思います。

トータルパッケージですが、MWSと呼ばれるワークサンプルを例に見ても、一定水準(合格値)に達しているかを検定する道具というよりも、どのようにしたら習熟するのかを試行錯誤しながら対象者とともに確認していく学習課題でもあるとおり、職業リハビリテーションツールとしての特徴を備えています。

同パッケージ開発以降、脳神経領域のリハビリテーション理論に進展があり、近年の機能回復(リハビリテーション)の方法論として、障害特性を焦点化するのではく、本人にとって興味関心が持てる課題を用いて意欲の高まりを前提に取り組んでもらうと機能回復訓練の効果が上がりやすいとされるようになりました。※6 冒頭で紹介しましたかがわ総合リハビリテーションセンターは、トータルパッケージ活用に向けた意欲を支援対象者からうまく引き出しておられることが印象深く思います。

次に、復職までの支援について、トータルパッケージの解説を交えながら振り返ります。

伝達プログラムにおける説明の中で、発達障害者や精神障害者の事例では、模擬的就労場面の体験で障害の自己理解を進め、それに次いで補完手段獲得や環境調整へと段階的に進んでいくプロセスが示されていますが、高次脳機能障害者の場合、時には模擬的就労場面での体験だけでは完結せず、実際の職場適応過程での人的サポートを通じて、徐々に向上が図られるのを待つ必要があります。これは、前述の神経心理ピラミッドに従って解釈した場合、自己理解(この場合病識に関する理解)は最終目標であるため、ということになります。

かがわ総合リハビリテーションセンターは、高次脳機能障害者の就労ニーズをワンストップでサポートする体制があり、このため途切れることなく必要な人的サポートが可能です。ご紹介した事例で言えば、中長期にわたる復職定着に向けた支援過程で、単に作業遂行力を高めるための職務能力についての支援だけでなく、機能訓練や生活訓練での取組と連動して必要な人的サポートがなされていました。先に職場適応過程での人的サポートが必要と申し上げましたが、同過程では、ご本人の健康維持管理を行うことで高次能機能障害の原因となった疾患の再発を防止しつつ、心身に無理のない働き方のステップが踏まれており、その際、MSFASシートEにある項目「日常生活で障害を感じる点」の活用等により必要なサポート内容を把握されていました。また、健康は生活リズムを整えることで維持されますが、生活リズムそのものはストレスへの適切な対処により維持されます。職場復帰への活動を開始した当初、ご本人にとっては、就労上での高次脳機能障害の影響に関する理解が難しかったことが大きなストレスでしたが、MSFASシートF「ストレス・疲労に関する情報を整理する」等を活用され、家族内コンフリクトを把握の上、心理的にフォローを続けることで、中長期にわたる復職のプロセスを通しての心理的安定が図られていました。こうしたフォローは、リハビリ出勤にてご本人が思うように業務を進められない状況にあっても、自己の気づきを深めつつ業務の習得に向けて取り組み続けることを支えたひとつとも考えられるのです。

ちなみに、MSFASシートC「ソーシャルサポートについて考える」の活用では、(本事例では報告がありませんが、)同シートの項目「活用している制度について整理しましょう」で年金等社会保障関係の情報を整理することができ、必要によっては、まずは経済面の安定を図ったうえで、無理のない働き方を検討していくことで、ご本人、家族とも心理的安定が見られる場合もあります。

高次脳機能障害や、さらには他の様々な障害がある支援対象者にトータルパッケージを活用する際には、就職や復職前の模擬的訓練場面で体験された障害特性についての覚知や作業遂行上の補完手段や補完行動を、実際の職場でいかに役立てられるかという視点が重要ですが、支援対象者の職務遂行能力だけでなく、とりわけ復職の場合は支援対象者の受障前までのその職場での貢献度等や仕事へのコミットメントも同パッケージの有効な活用に大きく関連します。受障前の働き方についてはMSFASシートD「これまで携わった仕事について考える」で整理が可能ですのでご参考にいただければ幸いです。

最後に、かがわ総合リハビリテーションセンターが伝達プログラム受講を通じて新たに取り組まれた支援について振り返りますと、その要旨は「支援対象者の精神的側面や社会的側面について多方面からの情報を無理無駄なく収集整理できるシートを用いた相談で、本人を中心とした家族、支援者及び職場の関係者による相互理解を深め、支援課題への対応方針についての共有が図られている」となるのではないでしょうか。

※6 障害の多様化に対応した職業リハビリテーション支援ツールの開発(その2)-ワークサンプル幕張版(MWS)新規課題に開発—(2019)調査研究報告書No.145 p172 参照

トータルパッケージの伝達プログラムに関心をお持ちになられた方は、以下もご覧ください。