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新版F&T感情識別検査の活用のススメ #2

2021年12月

 表情や音声から他人の感情を読み取る際の特徴を分析する「新版F&T感情識別検査」について、開発に関わった研究員の視点から、職業アセスメントに効果的にご活用いただくためのポイントと、海外における感情認知の訓練に関する研究動向を紹介します。

『障害がある人にどう見えて聞こえているのか?』を可視化する意義

障害者支援部門 知名青子 研究員
-新版F&T感情識別検査の開発時、発達障害のある人への検査の実施とフィードバック方法の検討を担当-

 私たちの過ごしている現代社会は、これまでにないほど、高度化・情報化しています。職場で効率的に成果を出すための知識やスキルが広く求められ、コミュニケーションそのものにも効率性が求められています。効率的・効果的なコミュニケーションを達成する上では、基本的なスキルとして、適切な言葉を選ぶことや、非言語的なコミュニケーション手段である表情や声のトーン、身振り手ぶり、態度などを駆使することも必要となります。我々人間が行う普段の何気ないコミュニケーションは、生物として極めて高度な相互交渉の機能形態なのです。 

 そして、社会的コミュニケーションに障害があり、何らかの支援を要する人においては、この言語的・非言語的コミュニケーションの理解や表出に困難を伴うことが多いのです。しかし、一人一人のコミュニケーション機能の特徴は、適切にアセスメントしなければ把握することができません。本人の自覚が無い場合もありますし、観察では確認できる範囲にも限界があります。
 新版F&T感情識別検査は、障害のある本人からみた他者の非言語的な情報が、どう見え・聞こえているかを評価することができるツールです。検査は、コミュニケ—ション障害の状態についての客観的な根拠を提供し、必要な支援を検討する上で役立てられます。

新版F&T感情識別検査の利用にあたって

【利用条件】

 対象者にコミュニケーションや社会性に関する困難があると見られる場合、非言語的コミュニケーションのスキルについて新版F&T感情識別検査を用いてアセスメントしてみてはどうでしょうか。
 新版F&T感情識別検査は、2つの検査から構成されます。一つ目は「4感情評定版」です。まずは、表情や音声から基本的な感情が読み取れているかどうかを、4感情評定版で確認することをお勧めします。
 そして二つ目は、「快-不快評定版」です。明確に感情が表現されることが少ない対人場面における反応の傾向を検討したい場合には、こちらの検査の実施をお勧めします。この検査は、他者の曖昧な感情表出の受け取り方を確認することで、背景にあるストレスや不安の状態を検討することに役立てられます。
 それぞれの検査概要と、実際の利用事例について、下記のページに掲載していますのでご覧ください。

 なお、各検査を実施する上では、下記の適用年齢等の条件があるのでご留意ください。
それぞれの検査は自動的に結果を算出することができますが、結果を完全に表示させる(4感情版評定版の検査結果の一つであるコミュニケーション・タイプ、快-不快評定版のパーセンタイル順位のプロット)ためには、全条件を所定の順序で連続実施することが必要となります。

  4感情評定版  快-不快評定版 
 適用年齢  知的発達の遅れが無い場合は生活年齢で7歳以上が目安。4感情(喜び・悲しみ・怒り・嫌悪)の弁別ができる方。  18歳以上。快-不快の弁別ができる方。
 基準値  大学生  5区分(男女、年代、在職・学生別)
 検査結果全表示の条件  『音声条件』→『表情条件』→『音声+表情条件』の順で1ヶ月以内に実施。  『音声条件』→『表情条件』→『音声+表情条件』の順で実施。全問回答。
 検査の所要時間目安  約30分~40分  約20分

【検査実施上の留意点】

 障害のある人の場合、体調の変動や心身の状態によって、スムーズな実施が叶わない場合もあります。無理せず、体調の良好なタイミングを見ながら実施してください。「顔を見ることがつらい」、「人の声を聴くことが苦しい」などの状況がある場合には、無理に実施しないようにしてください。

 快-不快の弁別が可能かどうか、ある感情を最近どの程度感じていたか(感情の生起頻度)、過去のストレス経験等を確認するための質問用紙を用意しています。本人に記入してもらい、的確な検査の実施、結果の解釈等に役立てることができます。

【検査結果のフィードバック】

 神経心理学的検査等をはじめとして、ほとんどの心理・臨床検査は、被検者へ的確に結果を提供することが鉄則となります。新版F&T感情識別検査は、感情理解に関する非言語的コミュニケーションスキルについて把握することができます。結果の解説を行い、結果の理解と、その後の支援に活かすためのフィードバックの方法について、支援者はそのプロセスをあらかじめ検討しておくと良いでしょう。

 以下は、フィードバックのプロセスの一例です。単に結果を解説するだけではなく、本人に検査時の感想や結果に対する予想を聞き取った上で、予想と実際の結果の間にギャップが無いかどうか確認することもできます。また、結果から、日常生活におけるコミュニケーション場面を振り返り、課題となっていることと障害の現れ方の対応について確認できると良いでしょう。

検査の結果を対象者にフィードバックする際の手続きの流れ図。

【検査利用申請チェックリスト】

 ここまでお読みになっていただいたところで、検査の利用は申請が必要となります。検査のご利用を考える際には、下記1~6を点検してください。チェックがつかない項目がある場合には、利用申請時にご相談ください。

  1. 検査対象の方の有無
     貴機関・貴施設に検査対象者はいますか?
  2. 利用目的
     対象者に検査を実施する目的は、以下のいずれかに該当しますか?
      ・対象者の支援のため(特性理解、障害のアセスメント、支援計画の作成等)
      ・研究目的(障害のある人を対象とした研究等)
  3. 検査実施の設備環境
     検査を利用する環境は整っていますか?
    【推奨環境】
     OS:Windows 7/8.1/10 に対応
     CPU:Pentium(R)4 CPU 2.4GHz相当以上
     ディスプレイ:14インチ以上推奨
     DVDドライブ、マウスの装置、ヘッドホン端子の装備
     外部出力により実施する場合、サウンド機能とスピーカーの装備
    【検査実施の環境設定】
     ディスプレイ解像度:1024×768以上/ディスプレイ色数:32bit以上推奨
     Windows7(32bit版、64bit版)、Windows 8.1(32bit版、64bit版)
     Windows10(32bit版、64bit版)のいずれかを指定してインストール
  4. 検査実施者の有無
     検査者は下記のいずれかに該当しますか?
       ・検査等の実施経験がある
       ・検査等の実施経験はないが、利用にあたって機構の実施する研修を受講できる
  5. 利用申請書の記入
     確認事項にチェックの上、申請書はもれなく記入した。
  6. 検査DVDの保管・管理
     検査DVDを受け取った後、適切に保管・管理を行う体制が整っている。

検査利用申請書【様式】

  • 新版F&T感情識別検査は、次の利用目的の場合に限って、無償で貸与(または配布)しております。
  • 利用を希望される方は、以下の【使用権の条件確認】、【同意書】に必要事項を記入し、障害者職業総合センター 障害者支援部門へ送付してください。
新版F&T感情識別検査のパッケージの写真です。

自閉スペクトラム障害のある人を対象とした感情認知の訓練効果

障害者支援部門 武澤友広 研究員
-新版F&T感情識別検査の開発にあたって、刺激選定や基準値作成を担当-

 新版F&T感情識別検査の前身となる「F&T感情識別検査」が開発された際、併せて知的障害者を対象とした「表情識別訓練プログラム」が開発されています。

 このプログラムは、表情写真を用いて、表情を識別するための表情の特徴を学習してもらうものです。例えば、表情を識別する際に「まめはくし(豆博士)」(眉、目、鼻、口、しわ)というプロンプトを想起し、表情を見分けるのに有効な顔の箇所に自らの注意を誘導する、という方法で感情認知の精度を向上させます。

 一方、新版F&T感情識別検査を開発した際には、自閉症スペクトラム障害(以下「ASD」と略します)のある人を対象とした訓練プログラムは開発していません。それでは、ASDのある人を対象とした感情識別機能の訓練にはどのようなものがあり、どの程度成果をあげているのでしょうか。ここでは、海外における先行研究を紹介し、感情識別機能の訓練について考察してみます。
 Berggrenら(2018)はASDのある児童又は青年を対象とした感情認知機能の訓練についての※無作為化比較試験を実施した13の研究結果を収集し、どのくらい訓練効果があるかについて評価を行っています。
 Berggrenらが評価の対象とした研究では、次のような訓練が行われていました。

※ 無作為化比較試験とは、評価の対象となる介入を受ける人と受けない人(対照群:評価が終わった後に介入を受ける場合や評価の対象となる介入とは別の介入を受ける人を設定する場合を含む)を無作為(ランダム)に決めた上で、介入前後の状態を前者と後者で比較することで、介入効果を厳密に評価できる方法として知られています。
  • The Transporters(Golanら, 2010):乗り物に人間の顔(表情)がついているキャラクターによる感情や精神状態に焦点を当てた物語が展開されるアニメを視聴することで、感情についての理解を深める。
  • FaceSay(Riceら, 2015):表情認知スキルを獲得するためにデザインされた様々なゲームから構成される、コンピュータベースのトレーニングプログラム。コンピュータ画面に表示される2つの表情が同じ感情を表現しているかどうかを回答するゲームや提示された2つの顔のうち一方の顔の目を調整することで他方に表示された表情と一致させることを求められるゲームなどが含まれている。
  • Mind Reading(Thomeerら, 2015):顔の映像と音声による刺激を提示するインタラクティブなソフトウェアを用いて、単純な感情と複雑な感情の認識について学ぶことができる。例えば、感情の定義を示した文章とともに、顔の動画や声の音声で例示されるライブラリーで、感情と表情や声のトーンとの対応関係を学習する。

 では、このような訓練はどの程度成果をあげているのでしょうか。Berggrenらの評価によれば、13の研究のうち感情認知に特化したプログラムの効果検証を行った9つの研究すべてが対照群より統計的に有意な改善を示しており、効果の量は概して大きかったと報告しています。しかし、彼らが指摘した最も重要なことは、感情認知に特化した訓練が日常生活でのコミュニケーションの改善につながった証拠はほとんどない一方で、感情認知の学習と社会技能訓練を組み合わせた訓練では社会的技能の向上を示す証拠が認められたということです。ただし、評価の対象となった研究では長期的な追跡調査が行われていないことや実際の生活場面での観察結果の報告が少ないことから、訓練が実生活に及ぼす影響は十分に検証されていないと結論付けています。

Berggrenらの研究が示唆すること

 Berggrenら(2018)は就労移行前の児童・生徒を対象とした研究を評価の対象としているため、職業リハビリテーションの主要な対象者像と重ならず、直接参考にしづらいかもしれません。しかし、この知見は、新版F&T感情識別検査の活用における2つのポイントを示しています。
 第1に、検査で用いている刺激を訓練に利用して、感情と表情や声の結びつきを反復学習するだけでは日常生活におけるコミュニケーションの改善に結び付かない可能性が高いということです。仮に訓練により感情認知の精度が向上しても、日常生活におけるコミュニケーションの課題が解決しないこともあるということです。言い換えると、この検査で課題が認められなかった場合は感情認知以外の側面から課題をアセスメントする必要があります。例えば、状況から相手の気持ちを推測することが難しい場合や相手の気持ちを踏まえた言動が難しい場合などが考えられます。感情認知が正確にできていても、コミュニケーションが難しいのはなぜかについて被検者とともに検討する必要があります。
 第2に、感情認知の学習と社会技能訓練を組み合わせた訓練では社会的技能の向上を示す証拠が認められていることから、感情認知の正確性を向上させる、つまり受信の精度を上げるだけでなく、発信の適切さを向上させることが日常生活におけるコミュニケーションを改善しうることが示唆されています。そのため、上述のとおり、検査結果をフィードバックする際には受信の面だけでなく、発信の面についてもアセスメントを行うことが重要となります。
 なお、上記のアプローチは個人の認知や行動の変容を目標としたアプローチになりますが、職業リハビリテーションにおいては環境の変容を目標とするアプローチも同時に検討する必要があります。特にコミュニケーションは相手との相互作用であるため、コミュニケーションの障害をどちらか一方に帰責することはできません。検査をとおして把握した被検者の情報処理の特徴(例えば、視覚と聴覚、どちらの方が相手の感情を把握しやすいか)を踏まえ、職場での効果的・効率的なコミュニケーションの取り方を検討することが望まれます。

【引用文献】
Berggren, S., Fletcher-Watson, S., Milenkovic, N., Marschik, P. B., B?lte, S., & Jonsson, U. (2018). Emotion recognition training in autism spectrum  disorder: A systematic review of challenges related to generalizability. Developmental Neurorehabilitation, 21(3), 141-154.
Golan, O., Ashwin, E., Granader, Y., McClintock, S., Day, K., Leggett, V., et al. (2010). Enhancing emotion recognition in children with autism spectrum conditions: an intervention using animated vehicles with real emotional faces. Journal of Autism and Developmental Disorders, 40, 269-279.
Rice, L. M., Wall, C. A., Fogel, A., Shic, F. (2015). Computer-assisted face processing instruction improves emotion recognition, mentalizing, and social skills in students with ASD. Journal of Autism and Developmental Disorders, 45, 2176-2186.
Thomeer, M. L., Smith, R. A., Lopata, C., Volker, M. A., Lipinski, A. M., Rodgers, J. D., et al. (2015). Randomized controlled trial of mind reading and in vivo rehearsal for high-functioning children with ASD. Journal of Autism and Developmental Disorders, 45, 2115-2127.

さいごに

 本検査を活用していただいている方々にお願いがございます。「本検査の結果を、職場での環境調整にこんな風に活かすことができました!」といった事例がありましたら、是非、担当研究員(連絡先は「申請様式(使用権の条件確認)に記載」)までご連絡いただけましたら幸いです。本コーナーで紹介する等、ノウハウをみなさまに共有させていただき、効果的な検査の活用方法について普及できればと思います。よろしくお願いいたします。

関連文献

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