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新版F&T感情識別検査の活用のススメ #1

2021年03月

表情や音声から他人の感情を読み取る際の特徴を分析する「新版F&T感情識別検査」を効果的にご活用いただくためのポイントを紹介します。

「新版F&T感情識別検査」とは

「コミュニケーションスキル」は企業が求めることの多いスキルの1つです

「本音と建前」という言葉があらわしているように、大人同士のコミュニケーションでは言葉の意味だけでは本心が読み取れないこともあります。そんなとき、私たちは表情や声の調子などの「言葉に依らない手がかり(非言語情報)」を使って相手の心を推測しています。

ところが、非言語情報から相手の感情を読み取ることが苦手な人の場合、他者とのコミュニケーションが円滑にいかず、人間関係の不和が生じたり、職業生活を継続することが困難になることもあります。

「表情」や「音声」といった非言語情報から他者の感情を正確に読み取れているか、あるいは、偏った読み取り方をしていないかどうかについて評価し、対象者の支援に役立てるために開発されたのが「新版F&T感情識別検査」です。

4感情評定版 <明確な感情を正確に読めるか>

4人の登場人物のうち1人が、はっきりと感情を込めて話している動画や音声(以下、検査刺激)が呈示されます。

登場人物が表現している感情は「喜び」「悲しみ」「怒り」「嫌悪」の4種類のいずれかです。

検査刺激は以下の3種類の条件別(以下、呈示条件)に呈示されます。

  • 「音声のみ条件」では、音声は呈示されますが、表情は呈示されません。
  • 「表情のみ条件」では、表情は呈示されますが、音声は呈示されません。
  • 「音声+表情条件」では、音声と表情の両方が呈示されます。
検査刺激の条件の違いをあらわした図です。
※本画像はイメージです。実際の検査では人物が感情表出をしている音声や表情の動画が呈示されます。

検査を受ける人は検査刺激から読み取れた登場人物の感情を「喜び」、「悲しみ」、「怒り」、「嫌悪」の中から最も当てはまるものを選びます。

「どの感情を表す検査刺激について正解することが多いか」あるいは「どの感情を表す検査刺激については不正解が多いか」を評価することで、その人にとって識別が得意な感情と苦手な感情の種類を特定することができます。また、「音声と表情ではどちらのほうが正解が多いか」を評価することで、その人にとって感情を判断しやすい情報の種類を特定することもできます。

快-不快評定版 <微妙な感情をどのように読み取るか>

快-不快評定版では人によって読み取れる感情がばらつくくらいに「曖昧に」感情が表現された音声や表情が検査刺激として呈示されます。

検査を受ける人は読み取れる感情の種類を答えるのでなく、読み取った感情の「快-不快の程度」を9段階で評価します。

この検査では、「曖昧に」感情が表現された表情や音声から「快あるいは不快に偏って」感情を読み取る傾向がないかどうかを評価することができます。例えば、曖昧な感情表現から必要以上に不快な感情を読み取っている人の場合、コミュニケーションが円滑にいかない背景に対人ストレスや対人不安があるかもしれません。このような背景要因の検討は検査結果だけからはできませんが、このような感情の読み取りの傾向があることを本人が自覚できるだけでも、コミュニケーション場面での対策を検討するきっかけになるでしょう。

~就労支援機関に聞きました~ 効果的に活用するためのポイント 

ここからは、検査を活用している、ある就労移行支援事業所に実施したインタビューの概要を掲載します。インタビューでは、検査の実施状況や、効果的に活用するためのノウハウを教えていただきました。

検査の実施状況

本検査の対象となっているのは20、30歳代の発達障害者が主ですが、精神障害、知的障害の利用者の方にも必要に応じて実施しています。最近では学生のサービス利用もあるため、学生が検査の対象となる場合があります。検査対象者は新規利用者全体の8~9割程度を占めています。

検査は事業所の利用登録直後(インテーク時)に実施しています。併せて、検査の前後に「検査の前後に実施するアンケート」(障害者職業総合センター調査研究報告書No.136に掲載。報告書のリンクは本ページ末尾に掲載)も実施し、検査結果の解釈に活用しています。

検査の実施上の留意点

検査を受けた多くの方は、自分の感情認知の"正確さの程度"について知ることを肯定的に受け止めていました。一方で、正答率だけを見て、予想よりも低い結果になったことを気にされる方もいます。支援者としては「正答率の高低が重要なのではなく、自分の感情認知の特徴を知り、その結果を普段のコミュニケーションにどのように活かすかを考えることが重要である」ことを強調するようにしています。例えば、"音声条件の正答率は低いが、音声+表情条件の正答率は高い"という結果の場合、「表情を見たほうが、より良いという結果が出ていますが、普段のコミュニケーションではどうしていますか。」のように問いかけます。すると「ああ、それでうまく意思疎通がいかないことがあるんだ…」と、腑に落ちた反応を示されることが少なくありません。

感情認知に関する特徴を把握できたら、それらを日常の困りごとに関連づけ、行動改善の手掛かりを得るというプロセスを大事にしています。また、日常の困りごとを振り返る上では、「検査の前後に実施するアンケート」で把握した"感情の経験頻度"や、"対人ストレス"に関する情報が役に立ちます。

また、ネガティブな感情表現に敏感に反応される方もおられ、検査中断となる場合もあります。このため、検査にあたって本人の疲労の状態を確認することに気を配っています。

快-不快評定版の活用のポイント

これまでの検査の実施経験を踏まえると、「快-不快評定版」の方が「4感情評定版」よりも相手の感情を"必要以上に不快に読み取る傾向"を把握しやすいと感じています。検査結果に基づき、そのような特徴が示唆されることをフィードバックすると、利用者も普段のコミュニケーション場面と照らし合わせて納得されることが多いです。また、A検査(刺激から不快感情を読み取りやすい刺激で構成)よりもB検査(刺激から不快感情を読み取りにくい刺激で構成)の方が"必要以上に不快に読み取る傾向"が強い方が多くみられます。その際には、感情を可能な限り分かりやすく声や表情に表わすとともに、感情を言葉で説明するようにしています。この点を心がけることにより、利用者への支援がスムーズに進んだこともありました。

本検査のおすすめポイント

  • 支援するに当たっての配慮事項の確認に役立ちます。検査から把握した利用者のコミュニケーションの特性に応じて、個々の利用者に適した声がけを検討することができます。
  • 合理的配慮の検討にも役立ちます。本人に同意をとった上で利用者の検査結果を企業と共有することで、コミュニケーションに関する配慮を引き出すことができたケースもあります。

医療機関でも活用されています

本検査は就労支援機関だけでなく、医療機関でも活用されています。そのような医療機関のひとつにインタビューに協力いただきました。医療機関ではどのように活用されているのでしょうか。

インタビュー協力医療機関について

当病院精神科の医療部は、PSW、作業療法士、心理士等で構成され、外来・入院・デイケア利用の患者に向けた、検査や相談などを主に実施しています。

当院で新版F&T感情識別検査を実施した事例について紹介します。検査は公認心理師(多数の検査実施実績有)が担当しています。

発達障害事例(Uさん、双極性障害・発達障害疑い、20代男性)

職場で空気が読めない、対人場面で不安感が高まるなどの症状があったため、Uさん自身が発達障害の疑いを持って受診されました。確定診断はつかなかったものの、双極性障害の診断がつきました。これを受け、医療部では、MMPI,WAIS-Ⅲ,新版F&T感情識別検査等を実施しました。

結果、Uさんは高IQでしたが、不安感が非常に高く、新版F&T感情識別検査の結果からは、音声に関して"怒り"の感情を読み取りがちという傾向が見られました。ただし、表情が加わると感情を正確に読み取れていました。音声だけが聞こえている場合に、怒られたり叱責されていると一方的に感じていたかもしれず、このような経験を振り返って、Uさんは自分の感情の読み取りの傾向についての理解を深めました。

その後、Uさんは退職され、自らの特性に合った適職を検討することとなりました。

精神障害事例(Tさん、統合失調症・発達障害疑い、20代男性)

Tさんは大学在学中に受診し、統合失調症と診断されています。本人には、コミュニケーションや対人場面の苦手さの自覚があります。就労移行支援事業所の利用と同時に、当院で実施する認知トレーニングにも参加しました。対人場面の教材として"言い争い"のイラストを提示した際、本人から「楽しそうにしている」との発言があり、担当者がTさんには感情の読み取りの課題があると感じたことから、【新版F&T感情識別検査】を実施しました。

検査の結果、特に音声刺激からの不快の感情を"快"に偏って読み取りがちであることが判明しました。この結果は、Tさんの場面の読み取り方の特徴を、そのまま現しているものでした。本人に結果を伝えましたが、それほど腑に落ちていないようで、深く受け止めるには至りませんでした。実は、生活場面で感情の取り違えによるトラブルは多くなかったため、本人の困り感と検査結果が結び付きにくいことが理由と考えられました。その後、障害をオープンにして就職が決まったことから、今後コミュニケーションの課題が生じた際に、改めて検査を実施し、本人の自己理解を深めることができると良いと考えています。

担当者が検査を実施して感じること

検査を通して、患者さんの日頃のコミュニケーションの特徴を、客観的に捉えることが重要であると感じました。今後の課題としては、得られた結果をよりよく解釈するために、他の検査や障害特性に関する情報も更に収集する必要があると感じています。

また、現在の検査ではPC操作を基本としていますが、ご本人の得手不得手があるため、あらかじめ配慮事項を検討しておく必要があると感じました。

参考文献

調査研究報告書№136「発達障害者のコミュニケーション・スキルの特性評価に関する研究(その2)-新版F&T感情識別検査の試行に基づく検討-」

調査研究報告書№119「発達障害者のコミュニケーション・スキルの特性評価に関する研究-F&T感情識別検査拡大版の開発と試行に基づく検討-」

調査研究報告書№39「知的障害者の非言語的コミュニケーション・スキルに関する研究-感情識別検査及び表情識別訓練プログラムの開発-」

ぜひ本検査をご活用ください

新版F&T感情識別検査は、次の利用目的の場合に限って、無償で貸与(または配布)しております。
①障害のある方の特性理解および配慮事項を明らかにすること、支援方法の検討や職場環境の改善に資することを目的とした使用
②研究を目的とした使用

利用を希望される方は、以下の【使用権の条件確認】、【同意書】に必要事項を記入し、障害者職業総合センター研究企画部 障害者支援部門へ送付してください。

新版F&T感情識別検査のパッケージの写真です。