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調査研究報告書 No.32
高次脳機能障害を有する者に対する職業講習の指導技法に関する研究

執筆者(執筆順)

執筆者
後藤祐之 (障害者職業総合センター研究員)

(概要)

本研究は近年職業リハビリテーション領域においても関心が高まりつつある高次脳機能障害について、職業リハビリテーション領域における指導技法を中心とした研究を行ったものである。

第1章

高次脳機能障害と医学的リハビリテーションとの関わりを明らかにした。 高次脳機能障害は脳が何らかの衝撃や損傷を受けたときに生じるさまざまな精神機能の低下・喪失を指している。この用語が指し示す内容は、かつての失語・失行・失認から、現在では記憶・注意・意欲から痴呆・意識障害まで脳機能の全般的な障害を含めて考えられるようになってきている。高次脳機能障害の原因疾患としては頭部外傷と脳血管障害とが多い。頭部外傷の場合意識障害が強いが、それは多くの症例で回復する特徴があり記憶、注意、性格・行動などのために就労等の社会生活が阻害される。年齢的には若年者がそして原因としては交通事故によるものが多い。脳血管障害の場合は前頭葉障害左半球症状、右半球症状など損傷部位に対応して症状が生じる。疾患の特性から中高年齢での発症が多い。高次脳機能障害を有する者の数については現在のところ明確になっていない。 文献データベースを使用して研究動向を調べたところ近年頭部外傷に対する関心が高まっている。また、高次脳機能障害の症状別に見ると記憶、注意、行動、自己認識に対する関心が認められるが、脳血管障害の場合、失語が一貫して重要な研究領域となっている。 高次脳機能障害の医学的リハビリテーションは第1次、第2次大戦の戦傷者のリハビリテーションを通じて始まったとされている。その後高次脳機能障害がリハビリテーションの阻害因子として認識され、それを見落とさないための検査の実施が強調されていた時期を経て、1970年代以降高次脳機能障害そのものをリハビリテーションの対象ととらえて、さまざまな訓練的介入が行われるようになった。国内の学会等においても近年社会復帰を焦点にした高次脳機能の訓練をテーマとした研究が増加している。高次脳機能障害の医学的リハビリテーションには医師、看護婦、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、心理士、ケースワーカーなど多職種によるチームアプローチが取られている。

第2章

高次脳機能障害と職業リハビリテーションとの関わりを明らかにした。

職業リハビリテーションの領域で高次脳機能障害に関する知見をまとめた資料としては、雇用職業総合研究所が1979年に「脳血管障害の職業的予後に関する研究」を公表しており、これが初期のものである。高次脳機能障害が職業リハビリテーションの分野で大きく取り上げられるようになったのはごく最近であり、1990年代に入ってから高次脳機能障害に関する研究や記事が多く見られるようになった。職業リハビリテーションの窓口には、すでに離職して新たな就職先を探す人が、病院からの勧めで相談に訪れていること、また記憶や注意の障害を有している人が多いことがこれまでに報告されている。高次脳機能障害を有する者の中には身体障害者手帳を取得することが困難な者も含まれており、これらの者は障害者雇用率制度の対象とならないために職業紹介にあたって困難を伴う。

頭部外傷者や脳血管障害者の一般就労に関するこれまでの文献を概観すると、半側無視、記憶障害、注意障害、視覚認知などの障害が作業に、地誌的障害や空間認知が通勤に影響を及ぼしている。一般就労に復帰できた例では、高次脳機能障害に対する自己認識ができていること、失語は理解面が保たれていること、適した職務への配置転換等の配慮を受けていること、等が指摘されている。

高次脳機能障害と就労との関係を原因別に見ると、頭部外傷では主として記憶障害、注意障害、計画力・判断力・情報処理速度、易疲労性、性格変容と対人技能の低下、自己認識、般化の困難さなどが作業能力と対人技能の低下を招き就労に影響する。脳血管障害では損傷部位に応じ主として失語、失行、失認、記憶障害、注意障害、自発性や意欲の障害、知覚の障害などが生じ、それぞれ職場でのコミュニケーション、道具の使用や組立等の作業、空間的な要素を有する作業や物の区別、予定の管理、作業への集中、自発的な行動や作業の持続、位置関係の判断を要する作業(上下、右左など)に影響するほか、通勤等の移動が困難になる場合も考えられる。

高次脳機能障害に対しての経験が豊富な機関では、評価に当たって検査だけでなく観察を重視し、また家族や医療機関からの情報を活用する、障害の自己認識に注意を払う、マイクロタワー法を活用するなどし作業場面では代償手段や環境調整の方法を確立する作業課題を事業所から借り受けるなどしている。さらに、全体的な配慮としてスタッフが一致した取り組みを行う、自尊心に配慮するなどが留意されている。

高次脳機能障害を有する者に対する就労援助の課題としては、制度・体制、事業所側の対応、援助技法等に解決すべき課題が指摘されている。

第3章

高次脳機能障害への職業リハビリテーションアプローチとして、記憶障害、注意障害、高次の知覚障害、前頭葉障害を取り上げ障害者職業総合センターでの取り組みを報告する。

記憶障害に対しては内的補助手段、反復練習、医学的治療、外的補助手段などのリハビリテーションアプローチがあるが、これらのうちで今のところ最も現実的と思われているのは外的補助手段である。障害者職業総合センターでは記憶の代償手段としてノートを使うための訓練(メモリーノートブック訓練)を行った。ノートを使って記憶を代償するときにはノートを使うようにとの教示だけでは不十分で、体系的な訓練プログラムを通して、ノートへの記入と参照の習慣を習得させる必要がある。ここでは2事例についての報告を行った。1事例では施設内での利用が概ね可能となったが、1事例ではノートを代償手段として使うことに課題を残した。2事例を通して訓練プログラムのあり方、訓練で使用する道具についての物理的条件、対象者の条件について考察し、今後の留意点を提案した。

注意障害には日常生活行動を直接的に訓練する方法と、行動の基盤をなす注意という認知機能を訓練するというやり方があるとされている。障害者職業総合センターでは、作業の中で表れる見落としや見間違いなどのミスを減らすことを目的として、2枚の文書を比較して間違いを探し出す訓練を実施し、訓練成績に一定の改善が得られた。また注意に関連する神経心理学的検査の成績にも改善の傾向が認められた。

高次の知覚障害は視覚関連の症状を中心に研究が行われてきており、とりわけ半側無視に対しては様々な訓練技法が試みられている。また視覚失認についても視覚以外の感覚を使ったり環境調整を行うなどの方法がとられている。障害者職業総合センターではバリント症候群と呼ばれる視空間症状に対する代償手段や環境調整の方法を検討し、中心的な症状であった視覚性注意障害に対して文書を読むためには独自の書見台を作成し、パソコンディスプレーを見るためには任意の1行のみを赤色に変えて表示するマクロを作成することで、文書の読みの正確さに改善が認められた。また方向の認知にも問題が見られ文章記号の向きが判別できなかったが、記号を言語化する方略により解決できた。

前頭葉が損傷を受けると記憶障害、注意障害、自発性の低下、行動の企画能力の低下等を含んだ一連の症状が表れ、これらは前頭葉障害と呼ばれている。前頭葉障害へのアプローチは遅れているとは言われているが、自発性や問題解決能力の低下に対しての訓練方法が考案されつつある。障害者職業総合センターでの前頭葉障害への取り組みとしては、本人にとって好ましい目標を設定して作業意欲の喚起を図ることで作業時間を伸張することができ、記憶障害については想起の手がかりを与える環境調整が効果的であることが考察された。また環境調整を行うことで周囲からの援助が得られた点は注目すべきことであった。

最後に高次脳機能障害を有する者の職業リハビリテーションを考える上での課題として、行動や自己認識を含めたより幅広い症状を対象とすること、グループ訓練など個別訓練以外の方法について検討すること、職場内での指導援助方法を検討すること、地域障害者職業センター等の職業リハビリテーション機関で使用できる評価方法を開発すること、家族に対する援助の方法を検討すること、を指摘した。

目次

  • 序章 本研究の目的及び経過
  • 第1章 高次脳機能障害と医学的リハビリテーション
  • 第2章 高次脳機能障害と職業リハビリテーション
  • 第3章 高次脳機能障害を有する者の就労に向けての指導技法
  • おわりに

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