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調査研究報告書 No.33
知的障害者の職業経歴からみた職業生活設計支援の課題に関する研究—養護学校卒業生を対象として-

執筆者(執筆順)

執筆者
望月葉子 (障害者職業総合センター研究員)

(概要)

1.職業生活設計について

人生は社会の大多数の人々が経験するであろう“出来事”、あるいは、一定の年齢になるとその年齢に“ふさわしい”行動ができなければならないとしてその社会から期待される“出来事”を節目として構成されていると見ることができる。人は一連の規範的な”出来事”経験しながら、その社会の「一人前」の構成員になっていくことを望まれる。

通常、生活設計という用語には、このような”出来事”を「いつ」、「誰と」、「どのような環境で」「どのように」経験するかについて、個々人が個別かつ具体的に想定していくことが盛り込まれている。しかし、知的障害者にとって、自らの生活設計を描くことは、その障害特性からみて困難である場合が多い。そこで、ここでいう『生活設計』とは、知的障害者の職業的社会化にかかわる家族や学校、その他の機関等が知的障害者の将来を展望するものとして位置づける。支援する人々が彼らのために「どのような職業生活設計を用意するか」は、彼らの職業発達を規定するとともに、職業リハビリテーションのあり方をも大きく規定するものである。

2.職業経歴研究の課題

知的障害者の職業経歴をみると、初職入職あるいは離転職をめぐる職業行動それ自体が、健常者とは異なる枠組みで行われる可能性は大きい。例えば、働いて得た報酬により生計をたてるには、企業内で生産性を上げることができるのか、生産性に見合った賃金・処遇で生活できるのか、キャリアの形成ができるのか、といったことがあげられる。ここには、身体障害とも異なる固有の障害特性に関連する制約があり、こうした対象者の職業行動を分析するために、新たな分析の枠組みを必要としている。

これまで、仕事の世界からの引退を目前にした通勤寮を利用する知的障害者の職業生涯の事例分析から、職業的発達課題の達成について以下の知見を得ている。(1)一般にいわれる年齢では達成できない場合でも、時期を遅らせて課題達成をしていく。一方、困難な課題に対しては、達成をめざしていく途上にあった。こうした課題達成の状況は、発達遅滞という特性で理解できる;(2)引退に至るまでの職業経歴において、職位の上昇は観察されなかったものの、職場の戦力として働くという課題は達成されていた;(3)職業自立には生活自立の課題達成が不可欠であり、両者は表裏一体である。そこでは、ゆっくりではあるが支援を得て職業生活を維持継続する中で生活自立を達成していく過程が記述された;(4)職業経歴の展開には、日常的・継続的に生活場面並びに就労場面において支援が必要であり、支援システムとしての通勤寮の役割は大きいものであった。

こうした研究の到達点を踏まえ、本研究では知的障害者の職業生涯を支える仕組みを検討するうえで、これまでの知的障害者の職業経歴研究における「職業的発達課題の達成に関する評価」という視点をもちつつ、さらに、以下の3つの検討課題をあげる。つまり、「知的障害者の自立に及ぼす家族の支援の重要性と限界」「学校から職業の世界への移行支援の内容とタイミング」「経済的自立支援の様相」を検討するために、養護学校卒業生の職業経歴と彼らの職場以外における生活歴を検討する。また、このことを通して、職業適応上の”障壁”を明らかにしようと試みる。同時に、その”障壁”がどのような支援によって克服できたのか、または、克服する見通しが持てるのか、を明らかにする。

3.方法

まず、知的障害者の職業生活設計をめぐる問題の所在並びにその解明のための検討課題をあげる。次いで、養護学校高等部卒業者の家庭を対象として行った実態調査(昭和38年度~平成7年度に東京近郊の養護学校を卒業した知的障害者の家族401名)の結果を考察する。さらに、家族とともに生活する20事例の検討を、面接調査に基づいて行う。

4.結果と考察

(1)知的障害者の職業的発達課題達成について

1)知的発達遅滞という障害特性から、就労のために必要とされる準備が十分ではなかったが、支援を得て職業生活への移行を実現した事例では、青年期における未達成の課題についても職業生活において挑戦し、課題達成に成功して職場の戦力になっている。

2)知的障害者は、職業自立をめざし、成人期全般を通して職業的発達課題の達成に挑戦を続ける。これを阻害する障害者本人の問題として、①職場における課題での失敗、②問題行動の発現、③精神疾患の発病やその他の疾病の発病、④加齢にともなう身体的機能の低下、があげられた。

また障害者をとりまく問題として、①産業構造の変化、②企業のリストラ、③職場の人事異動、④家族の高齢化、⑤生活自立に関する援護体制の未整備、があげられた。いずれの問題も、職業自立のレベルを下降させる“出来事”であるが、知的障害者にとってこうした変化に適応することが困難であるという現実がある。

3)職業生活における昇進、並びに、個人生活における結婚や子どもの誕生、子育てなど、従来、成人期に位置づけられていた課題の中には、知的障害者が発達困難な課題も含まれる。成人期において達成困難な課題が明らかになった場合、青年期の職業的発達課題への挑戦と異なり、成人期以降での挑戦が困難になる課題もある。

(2-2)学校から職業の世界への移行支援の内容とタイミング

1)職業生活設計として、親が意志決定をせまられる最初の課題は、「学校を卒業後には、職業に就いて自立をめざすという目標を持つかどうか」である。親の決意の背景には、学校の強力な指導があった。「自立をめざす」とした場合には、「企業で働く」生活設計を親子が受け入れることになるが、学校の進路指導における相談活動に加え、「卒業生が就職して継続している姿をみた」などの進路情報の収集活動、「職場実習でできそうだと思った」など啓発的経験における評価に基づく指導があった。そして、何よりも、情報や実習体験の評価を含め、積極的に就労を是とする指導体制が親の意志決定を支えていた。

2)新規学卒としての就労のみならず、卒業生の離転職に際しても、学校は最大限の尽力をし、結果的に、知的障害者の職業経歴の継続を強力に支えていた。しかし、学校が執り得る体制に限度があることを考えあわせると、学校の果たしてきた実績に注目し、学校に対するサポート・ネットワークを充実させるということが重要である。また、これらに加えて、雇用創出や企業への指導が求められている。

(2-3)経済的自立支援の様相

知的障害者にとって、自立生活のためには労働報酬としての給料以外に、経済的支援が必要である場合が多い。家族が担っているさまざまな支援を担うことができなくなれば、こうした支援を外部化するための費用が本人の必要経費として生活費に加えられることになる。しかし、所得保障という視点からみると、年金による調整に検討の余地がある。

(3)職業自立について

1)知的障害者の初職入職あるいは離転職をめぐる職業行動は、それ自体が健常者とは異なる枠組みで行われる。知的障害者の職業的発達の段階は、こうした職業行動の様相を通してとらえられるものではなく、職業自立と生活自立のレベルで記述することができる。

2)成人期においても職業自立への挑戦を続ける知的障害者に対し、彼らが引退を迎えるまで支援する仕組みが必要である。こうした仕組みに対して要請される課題は、①生活面では家族や通勤寮の指導者等の役割が、職業面では訓練機関や事業所等の役割が大きい、②就労を継続するうえで、障害者本人と事業所の間を調整し、職業適応を支援する役割が必要である、③現在遂行している職務の継続が困難になる場合、配置転換や離職の後に新たな場面に適応するうえで、障害者本人が自体を受けとめることができるように支援する役割が必要となる。

目次

  • 序 研究のねらい
  • 第1章 知的障害者の職業生活設計支援のあり方をめぐって
  • 第2章 養護学校卒業生の職業自立の現状と課題
  • 第3章 養護学校卒業生の職業経歴
  • 第4章 職業経歴からみた職業生活設計支援の課題

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