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調査研究報告書 No.9
色覚異常者の職業上の諸問題に関する調査研究(最終報告)

執筆者(執筆順)

執筆者
高橋美保 (障害者職業総合センター評価相談研究部門能力開発担当研究員)
石川 泰 (障害者職業総合センター評価相談研究部門研究協力員)

(概要)

1 目的

今日、一般には障害者と認識されていないにもかかわらず、就職や就業の継続の面で困難に直面している人が少なくない。障害者雇用行政を進める立場からは、こうした人々の雇用に関して、職業上の障害者として各種助成金等の対象にするなど柔軟に対応し得る余地を確保する必要性が指摘されている。

色覚異常者については「色の区別がつかない」「物色が白黒に見える」等の誤解や無理解が就職の阻害要因となっており、この意味においては職業的困難に直面している人々の範疇に含まれるといってよい。

本研究は、①色覚異常者の社会における位置づけとその職業的な困難の実態を明らかにすること、②企業による色覚異常者の採用制限の実態とその規定要因を明らかにすること、により③色覚異常者の職業問題の構造を明らかにし、④問題解決への方策を探る、ことを目的とする。

2 方法

本研究は平成5年から6年の2年度にわたり行われた。その具体的な方法は以下に示すとおりである。

(1)ヒアリング(平成5年度実施)

  • 中堀敏子、内山紀子(色覚問題研究グループ)
  • 高柳泰世(本郷眼科 医師)
  • 市川一夫(社会保険中京病院 眼科主任部長)

(2)インタビュー(平成6年度実施)

  • 就業している色覚異常者7名に対するインタビュー
  • 色覚異常者に対する採用制限のある企業への訪問インタビュー

(3)調査

  • ① 公共職業安定所の求人票の調査(平成5年度実施)
  • ② 色覚異常者の体験事例の調査(平成5年度実施)
  • ③ 大学に提出された求人票の調査(平成6年度実施)
  • ④ 色覚異常者に対する採用制限のある企業への電話調査(平成6年度実施)

3 要約

(1)色覚異常者の職業問題の構造

先天性色覚異常者と呼ばれる人々は全国に約300万人以上いるといわれており、数的にはわが国の身体障害者とほぼ同程度存在する。わが国における障害者雇用に対する行政の取り組みが多様に展開されつつあるのに対し、色覚異常者の雇用・職業に係る問題に関してはその実態の把握すら十分になされていない。

現在、色覚異常者の職業問題は複雑かつ多様な側面を有している。即ち、色覚異常の身体的なdisabilityに着目するか、社会的なhandicapに着目するかによって取り組むべき課題がそれぞれに現出すること、さらに、この問題に取り組む人々の中でもこうした着目点の異なる立場が混在しており、問題の原因及び解決の方策をめぐっての主張が大きく分かれていること、等である。

ここでは、こうした色覚異常に関する多様な問題を個人一社会、物理・身体的次元一心理的次元という2つの軸により整理し、本研究を展開する上での基本的視点となる問題構造を示した。

(2)色覚異常とは

色覚異常者が、社会的に不利な状況におかれる一因は、生理的には一般に認識されている以上に多様であるにもかかわらず、「色盲・色弱」という多分に抽象化された概念で一括して呼称されていることにある。

「色覚異常」という概念は、もともと危険回避という社会的要請を背景に形成され、次第に危険を未然に防ぐための排除すべき対象を表すものとして走者してきた。それが、就学や就職といった社会的な事象と関連づけられるようになった過程では、いわゆる色覚検査が極めて重要な役割を担ったものと考えられる。

(3)色覚異常者側からみた就職問題

特に色に関する困難の経験を持たない色覚異常者でも、就職に臨んで初めて企業の採用制限の多さに戸惑いや挫折感を経験する人が少なくない。この問題は色覚異常者にとって人生における最も深刻な問題の一つであるといえる。

就職活動時に困難を経験した色覚異常者の多くは、色覚異常者を一律に制限するのではなくその根拠を明確にすること、また職務の遂行可能性を実際に確認して採用を決めること等を企業に対し希望している。しかし、彼ら自身、比較的重い色覚異常である場合には、就労が不可能な職務があることにも自覚的であり、制限の存在自体を否定してはいない場合が多い。

色覚異常者の就職には、制限があるため希望の企業を諦め、意に沿わない職業を選択せざるを得ない不満、あるいは色覚異常を隠して就職した人であれば、入社後も隠し続けなければならない不安が現状ではつきものである。こうした彼らの就職をめぐる不満感と不安感を生じせしめているのは、企業の根拠の定かでない採用制限の存在であろう。

(4)職場における問題

色覚異常者の職場における問題は、具体的な職務の遂行に関する困難ばかりでなく、むしろ職場適応に係る心理的な問題が深刻である場合が多い。

職場に適応していくためには、色覚異常であることを隠し続けなければならなかったり、色覚異常であるからこそ色誤認をしないようにといったそれなりの精神的負担が付随する。色覚異常者の多くが、困難事態に対処する具体的な方略として「キーパーソン的な同僚を職場に確保すること」を挙げているが、このことば現状では職場にひとり「キーパーソン」を持つことが職場適応、及び円満な職務遂行のために最も有効かつ現実的な対応策であることを示唆している。

(5)企業の採用制限の問題

企業による色覚異常の採用制限の実状をみるために、大学に寄せられた求人票の調査、分析を試みた。調査結果から、色覚異常を不可とする求人は相当数あり、採用制限は緩和されているとは言い難い現状を示していることが明らかになった。

より詳しく分析を加えると、制限求人の数は大学間での格差があることがわかり、これは当該大学の社会的な評価にかかわる点と、求人票のフォーマットの違いに求められる点とがあることが示唆された。

また、全国の公共職業安定所の求人票の調査では、大学に直接申し込まれた求人票に比較して、制限求人の比率が極端に小さかった。

このように、企業と就職を希望する色覚異常者との接点とも言うべき求人票の様式、またそれを扱う機関のあり方が採用制限の実態に大きく関与していることば、「色覚異常」が、排除のための装置として安易に利用されている可能性を示唆する。

採用制限を行っている企業に対し、電話調査によりその理由を求めた結果、明らかに根拠としての妥当性に問題のあるものが多かった。その一方で比較的明確な根拠を示す企業もあったが、求人票において色覚異常を制限する根拠が明示されていないという事態は、就職希望者の納得性という面から大きな問題を提起するといえる。今後、職務と色との関わり合いに関する情報提供のあり方や職務遂行に必要とされる色覚能力の評価といった問題が検討されるべき課題になろう。

(6)まとめ

色覚異常者の職業問題は、社会と個人との相互作用の問題、属性概念の社会的定着に関する問題、評価方法の社会的位置づけに関する問題といった多様な問題を含んでいる。それらは色覚異常に留まらず、障害者をはじめとする他の社会的弱者の雇用問題にも当てはまる一般性の高い問題である。

就職等の問題は、本来個人の身体的要件と環境の物理的要件との問、すなわち一次的問題領域で検討されるべき問題であるが、社会・企業の側の無理解や障害についての知識の乏しさによって本人の心理的負担や劣等感といった二次的問題が生じ、さらに問題を複雑化させている。

こうした社会的弱者の雇用の問題を解決していくためには、当該の社会的弱者白身、一般の人々、企業を問わず、先に示した問題構造の図式に従えば二次的問題から一次的問題へ、すなわちイメージから実質への意識の転換が必要とされているように思われる。

目次

  • 概要
  • 第1章 問題の所在-色覚異常者の職業問題の構造-
  • 第2章 色覚異常とは
  • 第3章 色覚異常者側の問題
  • 第4章 企業側の問題-色覚異常者の採用制限の実態-
  • 第5章 統括

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