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調査研究報告書 No.8
精神薄弱者の職業能力の基礎となる体力測定に関する基礎的研究

  • 発行年月

    1995年03月

  • 職業リハビリテーション活動による課題領域の体系図・ICFによる課題領域の体系図 該当項目

    評価/支援ツールの開発

執筆者(執筆順)

執筆者
高見令英 (国際武道大学講師)
後藤邦夫 (筑波大学体育学系助教授)
杉本光公 (筑波大学体育研究科)
桐原宏行 (障害者職業総合センター特性研究部門心理特性担当研究員)
向後礼子 (障害者職業総合センター評価相談研究部門職業評価担当研究員)

(概要)

序章 問題の所在

障害者の就業状況を各種統計調査の結果から概観すると、障害者数の増加ならびに重度化・重複化に加えて高齢化の進行という現実をかかえている。このような状況を踏まえたうえで、障害者の就労への入り口論とともに、①障害者の健康の維持。管理の方策、②障害者の可能な限りの長期雇用(長期就労)の方策、③障害者がより快適な職業生活を送るための方策、④障害者が高齢化社会において快適な社会生活を送るための方策などの踏み込んだ課題への対応が求められるであろう。

これらの課題を検討する際に重要な要因となるのが、「疲労」と「加齢にともなう機能の変化」である。そして、これらの要因を検討する際の基礎的な問題として、「体力」という課題を挙げることができる。

健常者の体力に関する資料が、文部省等を主体として大量に収集されているにもかかわらず、障害者の体力に関する資料は、いわゆる体力という視点からみた障害者像を検討できるはどのものは収集されていない。

障害者の幅広い社会参加の道を開くためにも、障害者の体力に関する基礎的なデータを収集し、障害の特性にあった心身の鍛錬・その健全な発達・健康の維持や管理に役立てていく必要があると考えられるのである。また、就労に関しても、就労に必要な体力を有しているのかどうか、あるいは、就労に必要な体力養成の必要性とその影響などについても検討される必要があろう。同様に、加齢にともなう生体の諸機能の変化についても、加齢にともなう体力の変化に関して縦断的な研究を行う必要性があると考えられる。

そこで、本研究では障害者を対象とした職業能力の基礎となる体力に関するデータを収集するにあたって、測定種目、測定手続き等の体力測定の方法、および測定データの処理・解釈等の基礎的な要件に関して、実験的に測定したデータを踏まえながら検討することを目的とした。

第1章 体力の概念

第1節 体力の概念

「体力」という用語の概念規定について、その使用された歴史の概観を通して概説した。

体力の概念については、猪飼の「身体的要素と精神的要素に区分しそれぞれに行動体力、防衛体力の要因を考えるもの」と石河の「猪飼による精神的要素を除いた、いわゆる体に着目した身体的要素のみによる要因構成によるもの」との考え方がある。

本研究では、対象が障害者であるという点を考慮して考えると、猪飼による精神的要素を含めて体力と考える要因構成を採用する方がよりよいと考えた。それは、障害の種類と程度によっては、精神的要素が、いわゆる通勤能力に及ぼす影響を考慮せざるを得ない障害を有する人たちが存在していることと、現実生活の中で、様々な活動を行ううえで、身体的能力が発揮される際には、意志や判断力といった、いわゆる精神的要素に含まれる作用を必ずともなっていると考える方が自然であるからである。

第2節 働くための体力

働くための体力レベルとは、概念的には、毎日の生活を快適にすごすことのできる体力水準と換言できよう。

これについて、清水は、持久力と筋力を指標として、持久力と筋力のレベルが、統計学上上位35%を至適体力レベルであるとし、平均値から1標準偏差減じたレベルを許容範囲体力レベルであることを示している。

様々な障害をもつ人が、このような体力レベルを有しているかどうかについて、明確に検証できるデータはない。しかしながら、障害者がおかれている様々な生活上の環境条件を考慮して推察すると、至通体力レベルはおろか許容範囲にも含まれない障害者が少なくないと思われる。もちろん、障害者の働くための体力を検討する際にほ、障害の種類や程度などの特性を考慮して考える必要があることはいうまでもない。

また、働くための体力を考える際には、①生活全般にわたる総合的な検討、②職種の違いによる要求される体力レベルの違いの検討、③作業姿勢・行動範囲・主動筋の違い。労働時間の問題等の違いの検討、その他にも高温・多湿・寒冷・騒音・振動等の異常作業環境における問題等々を考慮した検討が必要となってくる。その際には、詳細な職務分析に基づく職種の分析が必要となってくるであろう。

第2章 体力の測定方法とその評価

第1節

体力構成要素のなかから、筋力(握力・背筋力・腕力・脚筋力)、パワー、敏捷性(反復横跳び・クッビング・ステッビング)、神経系能力(反応時間・閉眼片足立ち)の測定方法に関して解説した。

第2節 体力の評価方法

体力の評価について、妥当性・信頼性。客観性の観点を解説した。

第3節 観測値の得点化

観測値の得点化について、順位。パーセンタイル順位・標準得点などの表示方法を解説した。

第3章 体力測定の結果と考察

第1節 測定の試み

(1)測定種目の選定

測定種目については、猪飼の体力構成要因を基準として、基本的な構成要因毎に各種の測定種目を選定した。選定した種目は、以下の通りである。

a.筋力(握力・背筋力)
b.瞬発力(立ち幅跳び・ソフトボール投げ・50m走)
c.敏捷性 シャトルラン
d.筋持久力 上体起こし
e.全身持久力 持久走
f.平衡性 開眼片足立ち
g.柔軟性 (立位体前屈・伏臥上体そらし)
(2)測定手続き
① 測定時期 平成6年1月~平成6年8月   
② 測定人数 総数140人   
③ 測定場所 協力施設内   
④ 教示内容等

教示内容については、対象者の障害程度等を考慮し、3段階の難易度のものを設定した。また、測定の際の意欲レベルについても測定者による5段階の評価を行った。

⑤ 測定順序と試行回数、および総回数

本測定においては、1回3試行を5回行った。全試行数は15試行である。ただし、種目によっては1回1試行、全5試行の種目もある。測定順序は、測定による疲労等を考慮し、同一順序とした。

⑥ 対象者の属性

対象者は、平均年齢34.9歳、男性64.0%、女性36.0%であった。形態については、平均身長159・2cm、平均体重55.7kgであった。障害の程度については、軽度10・0%、中度62・0%、重度28・0%であった。

また、施設入所期間については、5年未満が20%、5年以上が80%であった。

第2節 測定結果と考察

(1)障害程度と教示レベル

障害の程度が軽度と判定されている被験者については、全員が言葉による教示のみで測定可能であった。しかし、障害の程度が重くなるにしたがい、言葉とモデル、言葉とモデルと介助といった、より具体的な教示を必要とすることが確認された。

(2)障害の程度と意欲レベル

本測定の対象者は、いずれの測定においても総じて高い意欲レベルを示した。これについては、本測定が熟練した測定者による実施であったことや、被験者が様々な連動を行なえる施設(環境)に在籍していたなどの理由が考えられる。

しかし、障害の程度と意欲レベルとの関連については、障害の程度が重いほど意欲レベルが低下する傾向がみられた。このことから、測定に際して、教示内容等の指示の理解力の問題と併せて、実施には十分な配慮が必要であることが示唆された。

(3)体力測定種目問の関連性について

本測定において実施した11種目の体力測定種目における関連性をみるために、因子分析による解析を試みた。これによると、体力を規定する基本因子として、筋力と走力の因子が確認された。

(4)加齢の体力に及ぼす影響について

対象者の年齢を20歳台、30歳台、40歳台以上の3群に区分して検討した。

その結果、11種目中9種目で年齢の有為な主効果が認められ、加齢にともなう体力の低下が確認された。

また、低下パターンとしては、筋力・瞬発力・敏捷性・柔軟性等の短時間に大きな力を発揮させることが必要な能力やすばやい反応を要求される能力については、20歳台以降加齢とともに急激に低下することが示唆され、筋持久力や全身持久力等の力を一定して長時間発揮させることが必要な能力については、20歳台を境に急激に低下し、その後の低下がそれほど著しくない傾向のあることが示唆された。

(5)精神薄弱の程度と加齢が体力に及ぼす影響について

本測定の対象となった精神薄弱者の年齢および障害の程度と体力との関係について検討した。

結果は、ほとんどの体力構成要素において、精神薄弱の程度にかかわらず、加齢とともに低下する傾向が確認されたものの、障害の程度問での加齢にともなう低下パターンの違いに関しては検証できなかった。また、同一年齢層における障害の程度の違いによる測定値の分布については、「障害の程度の軽いものが高い成績を示す」といった一定した規則性は見いだせなかった。

(6)精神薄弱者の体力測定における測定回数について

健常者の体力測定においては、通常2回の連続試行のうち成績のよい測定値を代表値とするが、精神薄弱者においては、教示内容の理解が十分でなかったり、動作学習が不十分であることが予想され、健常者と同一の測定回数では信頼できる測定値が得られない可能性もある。そこで、ここでは精神薄弱者における測定値の代表性について検討した。

結果は、教示内容の理解、測定態度については、測定値の50パーセンタイル幅の変動が比較的安定していることから、これらを主因とする変動ははどんどなかったことが確認された。

また、動作学習の点では、試行数の増加ともに測定値が向上する種目が確認された。 体力構成要素別に整理すると、敏捷性・瞬発力等については、1回目の測定値が代表性をもち、柔軟性・筋力・持久力等については、1回目の測定値が代表性をもつとはいい難いことが確認された。

そこで、実際の測定場面を考慮すると、測定値の平均の差に有為差が認められなかった種目であっても、3試行目に最もよい測定値を記録する対象者がかなりの割合で存在することから、精神薄弱者を対象とした体力測定では、3回の測定回数で測定を実施することが望ましいことが示唆された。

目次

  • 概要
  • 序章 問題の所在
  • 第1章 体力の概念
  • 第2章 体力の測定方法とその評価
  • 第3章 精神薄弱者の体力測定
  • 資料

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