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ワークサンプル幕張版(MWS)の企業における活用事例

2021年07月

 ワークサンプル幕張版(MWS)の企業における活用事例として、DICエステート株式会社業務サポート部における人材育成のお取組をご紹介します。

DICエステート株式会社業務サポート部における人材育成の取り組み

1.はじめに

 ワークサンプル幕張版(Makuhari Work Samples。以下「MWS」という。)は、作業の体験や職業上の課題の把握、作業遂行力の向上、補完方法の獲得等の支援を行うために障害者職業総合センター障害者支援部門で開発したツールです。現在、多くの支援機関等で活用されています。障害者支援部門では平成28年度~平成30年度にかけて、従来のワークサンプルより難易度が高いものとして、「給与計算」「文書校正」「社内郵便物仕分」の3つの新規課題を開発し、市販も開始しています。
 現在、障害者支援部門では、これら新規課題も含めた、MWS等のツールが効果的に活用されるよう、よりよい教材や研修プログラムのあり方を検討しています。
 
 今回は、その研究で、活用事例の聞き取りに協力いただいたDICエステート株式会社業務サポート部のお取り組みを報告します。
 
 ●この事例紹介では、DICエステート株式会社業務サポート部のご方針に沿い、DICエステート株式会社業務サポート部の取組をご紹介している箇所については、「障がい」と表記させていただいております。

2.株式会社DICエステート業務サポート部の人材育成の取り組み

(1)MWS活用の経緯

 株式会社DICエステートは、これまで障がい者雇用を積極的に進めてきましたが、雇用する障がい者は、特別支援学校を卒業した新卒採用の社員が多い一方で、職務は社内郵便物や書類の仕分け、配送業務等の補助作業を主な職務としていました。しかし、雇用した障がい者の職域を広げキャリアアップの可能性を探るため、今ある職務だけではなく事務職にも職域を広げていきたいと考え、MWSの活用に至りました。
 現在は、パソコンを用いた事務に関わる職域開発の一環としてMWSのOA作業の一つ「文書入力」を障がいのある社員の評価・訓練に活用しています。また、この訓練は、本来の仕事の合間に行うため、社員本人が計画し、申請をして訓練時間を確保する仕組みにしており、評価・訓練にとどまらず、セルフマネージメントや、本人が成長を実感するための支援にもつなげています。

(2)取り組みの概要

〇人材育成の対象となった社員

  • Aさん:19歳 精神障害者保健福祉手帳2級
  • 勤務歴:1年9カ月  社内便集配業務・宅配配達業務・社内文具管理 他
社内郵便集配及び配達業務のイメージ画像

〇対象となった社員の特徴や課題

  • 特別支援学校での学習成果により、勤怠の安定、体調管理、身だしなみ、あいさつ、言葉づかい等の職業準備性は問題ない。
  • 担当業務に関して、指示理解、正確性、作業スピード、持続力ともに問題ない。作業意欲が強く、新しい業務、よりレベルの高い仕事に積極的に取り組む姿勢がある。
  • 明朗な性格で他者と積極的にコミュニケーションを図ろうとする姿勢を持ち、上司や同僚と友好な関係を築くことが出来る。
  • 責任感が強い反面、作業の成否を気にしすぎて、本来の能力を発揮できない時がある。

〇MWSを活用したトレーニングの内容

  • 作業課題:「文書入力」
  • 作業目標:一般参考値20才代の50パーセントタイルの達成を目標とする。

〇トレーニングを通して達成したい目標

  • 作業の成否を気にしすぎないよう、落ちついて作業に取り組む。
  • 他の業務との兼ね合いから作業の優先順位を自ら判断し、最適なタイミングでトレーニングに取り組む。
  • 作業の結果を上長に報告・確認する。

〇トレーニング開始から3か月間の状況

 開始当初は、正答率が安定せず正確性が課題となった。入力ミスの原因は、タイピング時にホームポジションを守らないといった、タッチタイピングの基礎がない点にあると考えたため、文書入力課題を一旦中止し、市販のタイピングソフトによる基礎練習に切り替えました。
 そして、タイピングが安定した後は、1日3ブロック~4ブロックごとの文書入力課題を再び開始しましたが、前日より作業記録が落ちた場面では、悔しそうにする様子が見られたため、作業結果のグラフを本人と一緒に確認して、短期的なアップダウンはあっても、長期的には精度やスピードが確実に伸びていることを示して、本人に成長している実感を持てるようにしました。
 また、感情的になっても仕事の成果は上がらないため、平常心で落ち着いて取り組むよう指導するとともに、目標(作業時間、正答率)を具体的数値で表すことでモチベーションを持たせるようにしました。
 そして、セルフマネージメントについては、トレーニング時間を確保するために、自分の予定のチェックはできるようになりましたが、業務の優先順位の判断には、まだ指導が必要でした。


〇トレーニング3か月目~6か月目の状況

 スピードを意識することで、正答率が安定しなくなったため、時間より正確性が重視されることを、請求書の作成等の、「文書入力」課題と関連があり、会社で実際に発生する具体的な事例をもとに指導しました。
 また、ホームポジションでの入力が崩れてきたため指導を行いました。結果、正答率は100%で安定してきたため、次は正答率を重視したうえでの作業スピードの向上を目標にしました。
 そして、セルフマネージメントについては、業務の優先順位の判断は概ね問題なくできるようになったため、自分の判断結果を上長に適切に報告・確認ができること(報告内容が若干長い時がある)が、次の目標となりました。

3.おわりに

 DICエステート株式会社業務サポート部の担当者の方より、次のような感想をいただきました。

 「MWSのOA作業を中心に活用していますが、MWSは一般参考値があるため、本人の目標を具体的に考えられる点が良いです。また、社内全体に障がい者雇用への理解や、雇用した障がい者のキャリアアップ・職域拡大の理解を浸透させていくためには、雇用した障がい者が『どのような能力を持っているか』を、このような具体的な指標も用いて知らせていくことが有効だと考えます。MWSは、そのためにも良いツールだと考えますし、企業でも活用できるツールだと考えます。」

 以上のように、株式会社DICエステート業務サポート部では、MWSとその支援理論を効果的に活用されています。

【研究部門 障害者支援部門からのお知らせ】

 MWSは、本人の作業遂行力を確認したり、訓練したりするために活用できるだけでなく、その結果を関係部署や機関が共有し、適切な支援計画を検討することに活用することもできます。新規課題は、難易度がより高くなっているため、従来のMWSがミスなく遂行できるようになった方などに有効です。
 その際は、一般参考値に加え、ミスの現れ方、疲労やストレスの現れ方などの観察に基づく情報を検討することも有意義です。

 行動観察のポイントなどは、当ホームページ掲載の『精神障害者等を中心とする職業リハビリテーション技法に関する総合的研究(最終報告書)』(調査研究報告書No.57)及び『障害の多様化に対応した職業リハビリテーション支援ツールの開発(その2)—ワークサンプル幕張版(MWS)新規課題の開発—』(調査研究報告書No.145)をご確認ください。