調査研究報告書 No.62
障害者の雇用管理とキャリア形成に関する研究 障害者のキャリア形成
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発行年月
2004年03月
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職業リハビリテーション活動による課題領域の体系図・ICFによる課題領域の体系図 該当項目
執筆者(執筆順)
執筆者 | 執筆箇所 |
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吉光 清 (障害者職業総合センター 主任研究員) | 概要、第4章、終章 |
工藤 正 (労働政策・制度等研究・研修機構企業と雇用研究部門 統括研究員) | 序章、第1章、第3章、終章 |
佐藤 宏 (職業能力開発総合大学校福祉工学科 教授) | 第2章 |
指田 忠司 (障害者職業総合センター 研究員) | 第5章 |
舘 暁夫 (西南学院大学社会福祉学科 教授) | 第6章 |
(目的・方法)
障害者の雇用機会は量的には拡大しているものの、雇用されている障害者の職業生活の質的側面からの検証は、これまで十分に進んでいない現状がある。わが国の障害者の雇用対策が今後一層の効果を上げるためには、入社後の雇用の質が問題にされなければならず、それに向けた体制整備が必要になる。職業リハビリテーションの視点からは、障害者個人の「主体的なキャリア開発」、「キャリア形成」への支援を意味することになる。
序章で、「キャリア(開発)」、「キャリア形成」の概念を生み出した、アメリカの研究や施策の動向や、障害者のキャリアを組み入れた職業リハビリテーションの枠組みを整理した。
第1章の前半で調査研究の具体的内容を示した。入社以降の組織内キャリアを「訓練・能力開発」「配置転換・昇進」などの項目として、その経験の有無という客観的指標と、職業生活の満足度を含むキャリア形成に対する総合評価という主観的指標、の両方の情報を収集することとし、全国の障害者職業生活相談員1,200人を抽出して、所属している事業所全体の状況について回答してもらう(=「事業所調査票」)調査と、それぞれの事業所ごとに「従業員個人調査票」5部を同封し、その事業所に障害をもって入社した従業員に配布・回答してもらうこととした。
これと並行して、特定障害種類等に応じた研究のアプローチとして、海外文献の参照や専門家からの情報収集を進めた。
(結果の概要)
障害者とキャリア理論の関連性を探るために、シマンスキーとハーシェンソンの「生態学的モデル」を取り上げた。諸理論を障害者に適用するには限界があり、研究領域としては比較的初期にあることが分かった。また、ガイスバース、へブナー、ジョンストンの「能力拡充アプローチ」ではキャリアカウンセラーの役割の重要性が強調されていた。
わが国の研究から、「職業リハビリテーション」を「キャリア発達と社会参加への包括的支援体系」と捉え、そのサービスが「就職時の職業的な選択に限定されるのではなくて・・・、職業選択に至るまでの準備期間、選択行動そのもの、そして選択した職業的役割の継続といった、人生段階のすべてに職業リハビリテーションサービスが関わることになる」との視点を確かめた。
第1章においては、両調査票の各項目の結果について分析した。それらは有効集計対象数、「事業所調査票」519事業所、「従業員個人調査票」1,637人に基づいた。なお、回収率は「事業所調査票」で48.8%、「従業員個人調査票」で27.7%であった。
第2章での分析からは、多くの事業所が障害者のキャリア形成のために、能力向上のための配置転換や訓練機会の確保・拡大こそが課題と見ているが、外部の社会資源を活用するよりも、組織内部の資源を活用して問題解決を図ろうとしていることが示されていた。
従業員調査からは、障害者の職業能力や職務配置・仕事内容などキャリア形成に関して必ずしも十分でないと考えていることが示された。
第3章では配置転換や昇進などの「企業内異動」について確かめた。「同レベルで異なる仕事への配置転換」「事業所内の部課間の異動」のあった事業所はいずれも50%以下で、「配置転換」の機会が少ないことがわかった。また、「管理職・現場監督者(含む係長・班長)への昇進者」は回答者の12%であった。
配置転換を多く実施している事業所ほど、「総合的に能力や仕事の質の向上がみられた」と肯定的に回答しており、配置転換経験者からも「いろいろな種類の仕事ができるようになった」や「困難な仕事もできるようになった」など、キャリア形成をプラスに評価していることが確認できた。
第4章では、アンケート調査結果の含蓄をさらに汲み取るために、障害者のキャリア形成、キャリア形成支援に関する既存の調査結果を参照して、調査で扱えなかった課題についても概観した。重度身体障害者や精神障害者の福祉的就労から雇用への移行の問題、職業生活の途中で障害者となった場合のキャリアの再構築として、精神障害者の職場への順調な復帰(リワーク)や、高次脳機能障害者の代償手段獲得のための訓練、また、高年齢期の障害者の作業能力低下やリタイアの問題に注目した。
第5章では、重度視覚障害者のキャリア形成を事例を踏まえて検討した。若年視覚障害者では、①大学等、学校による就職支援、②職業リハビリテーション機関における職業訓練と就職支援、③各種資格試験の受験、という3種類の雇用支援サービスのそれぞれの課題を検討した。また、キャリア形成のプロセスを、①研修、②異動、及び③昇進、そして転職の各状況を検討し、採用前視覚障害者のキャリア形成支援の課題についてまとめた。
中途視覚障害者の職場復帰における課題としては、機関相互の連携・ネットワークを強化することが必要であり、特に、リハビリテーションの初期段階での有機的な情報提供を通じて、失明告知によって失意の底にある本人を勇気づけ、将来への希望を持てるようにしていくこと、配置転換や転勤を含め、職務内容の変更、新たな職務の創造などを行う雇用管理が必要なため、専門的関係機関の相談・支援が不可欠であることを示した。
第6章では、世界21カ国の知的障害者のQOL調査をまとめたキースとシャロック『知的障害とQOL』から、キャリアの形成とQOLの関係について検討した。雇用や就労などの職業生活について触れた論文が半分以下と少なく、触れている場合でも、雇用機会の乏しさや創出・確保に主な関心が向けられていた。
少数ではあるが、職業訓練が自己成長などを通じてQOLの向上につながること、また、労働や就業体験が人間としての成長の契機となることを示唆する論文もあった。
終章では、本研究の意義を再確認すると共に、雇用管理の一環として「訓練・能力開発」や「配置転換・昇進」などを通じたキャリア形成支援を行うこと、また、キャリアを自己成長の観点から捉えて、エンパワーメントをはかることも重要な課題となっており、その実現にあたっては、「障害者職業生活相談員」や「企業外部の組織からの支援」などの積極的活用が望まれることを提示した。
目次
- 概要
- 序章 これまでの研究と課題・方法
- 1 問題関心
- 2 これまでの研究
- 3 課題と方法
- 第1章 調査対象の事業所および障害者のプロフィールとキャリア形成の課題
- 1 はじめに
- 2 アンケート調査
- 2.1 調査の目的
- 2.2 調査方法と調査対象
- 3 事業所のプロフィールとキャリア形成の課題
- 3.1 常用雇用者規模、業種、組織タイプなど
- 3.2 障害者を配置している職務
- 3.1 常用雇用者規模、業種、組織タイプなど
- 3.3 職場・仕事における人的支援環境
- 3.4 これまでのキャリア形成に対する総合評価とこれからの課題
- 4 障害をもつ従業員のプロフィールとキャリア形成の課題
- 4.1 年齢や障害の種類・程度など
- 4.2 現在の会社に入社する前の経歴
- 4.3 現在の雇用形態と主な仕事内容
- 4.4 仕事・職場における支援環境
- 4.5 これまでのキャリアに対する自己評価
- 4.6 これからのキャリア形成の課題
- 第2章 障害者の訓練・能力開発の現状と課題~障害者の雇用管理との関連から~
- 1 障害者のキャリア形成における職業能力開発の意義
- 1.1 キャリア形成と職業能力開発
- 1.2 職業能力開発の場と企業内教育訓練の役割
- 2 企業における障害者職業能力開発の実施状況~「事業所調査」から~
- 2.1 企業における教育訓練の類型と実施状況
- 2.2 企業における職業能力開発・訓練の効果
- 3 採用後の能力開発・訓練の受講状況~「従業員個人調査」から~
- 3.1 能力開発・訓練プログラムの受講状況
- 3.2 入社1年目に受けた能力開発・訓練プログラムの方式
- 3.3 入社2年目以降の能力開発・訓練プログラム
- 1 障害者のキャリア形成における職業能力開発の意義
- 第3章 障害者の配置転換・昇進の現状と課題~障害者の雇用管理との関連から~
- 1 障害者のキャリア形成と企業内異動
- 1.1 配置転換
- 1.2 昇進
- 2 企業における配置転換と昇進の実施状況~「事業所調査」から~
- 2.1 企業における配置転換の類型と実施状況
- 2.2 企業における配置転換の効果
- 3 企業内異動の経験者~「従業員個人調査」から~
- 3.1 配置転換と昇進の経験者
- 3.2 年齢、障害種類、障害程度別にみた配置転換と昇進の経験者
- 3.3 配置転換と昇進の経験者の仕事評価
- 3.4 配置転換と昇進の経験者の職業生活満足度
- 1 障害者のキャリア形成と企業内異動
- 第4章 障害者のキャリア形成をとりまく状況
- 1 はじめに
- 2 「キャリア形成」の今日的意義
- 2.1 これまでの「キャリア」観、「キャリア開発」の経過
- 2.2 産業構造の変化、雇用構造の転換
- 2.3 キャリア開発へのニーズ
- 2.4 障害者のキャリア形成に含まれてくる観点
- 3 キャリア形成支援の一般状況
- 3.1 キャリア形成支援の必要性
- 3.2 厚生労働省によるキャリア形成支援の対策
- 3.3 一般従業員へのキャリア形成支援の状況
- 4 障害者のキャリア形成と企業によるキャリア形成支援
- 4.1 障害者のキャリア形成と形成支援
- 4.2 全国重度障害者多数雇用事業所協会による調査結果から
- 4.3 今回の調査結果との対照
- 5 課題の展開
- 5.1 キャリア形成の課題と職業リハビリテーション
- 5.2 若年障害者の入職に伴う課題
- 5.3 就業の中でのキャリア形成の課題
- 5.4 高齢化に伴うキャリア形成の課題
- 第5章 視覚障害者雇用におけるキャリア形成-採用前障害者と採用後障害者の雇用事例の検討を通して-
- 1 はじめに
- 2 採用前視覚障害者の雇用事例の検討
- 2.1 雇用機会へのアプローチ
- 2.2 研修、異動、昇進
- 2.3 転職
- 2.4 採用前視覚障害者のキャリア形成支援に向けての課題
- 3 採用後視覚障害者(中途視覚障害者)の雇用事例の検討
- 3.1 医療からリハビリテーションへの課程
- 3.2 生活訓練から職業訓練への課程
- 3.3 職場復帰に向けた活動
- 3.4 中途資格障害者のキャリア形成の課題
- 4 まとめにかえて
- 第6章 QOLと知的障害者のキャリアに関する研究覚書~キース及びシャロック編『知的障害とQOL』から~
- 1 はじめに
- 2 関係論文の要約とまとめ
- 2.1 関係論文の関係個所の要約
- 2.2 関係論文のまとめ
- 3 キャリアとQOLを考える
- 3.1 シャロックとキースのQOL8次元説
- 3.2 QOLと労働、職業体験、職業訓練、キャリア形成
- 4 キャリアとQOL~まとめにかえて~
- 終章 まとめ ~障害者のキャリア形成を支援するサービスの強化を~
- 付録:アンケート調査票
- 「障害者のキャリア形成に関する調査」(事業所調査票)
- 「障害者のキャリア形成に関する調査」(従業員個人調査票)
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