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調査研究報告書 No.25
地域ベースの障害者雇用支援システムに関する研究

執筆者(執筆順)

執筆者
工藤 正 (障害者職業総合センター 主任研究員)
石渡和実 (東洋英和女学院大学人間科学部 助教授)
金子和夫 (東京国際大学人間社会学部 教授)
澤邉みさ子 (障害者職業総合センター 研究協力員)
三宅章介 (東海学園大学経営学部 教授)
丹野真紀子 (日本女子大学人間社会学部 助手)
秋元 樹 (日本女子大学人間社会学部 教授)

(概要)

本研究では、これからの基調となるであろう「地域ベースの雇用支援システム」のパースペクティブ、概念、体系化を目指した調査研究の第一歩として、関係組織の現状分析を中心に行った。まず、障害者ニーズの変化や障害者を中心に進められている「自立生活」などの新しい動向を雇用との関係から明らかにした(第1章)。つぎに、地域をベースとして雇用支援サービスを提供している(あるいはこれから提供する可能性がある)活動主体である地方自治体(第2章)、雇用関連組織(第3章)、企業(第4章)、福祉関連組織(第5章)、医療関連組織(第6章)、労働組合(第7章)ごとにそれぞれの組織の現状分析と課題を整理した。

第1章

近年、日本においても「社会参加」が重視され、障害をもつ当事者の役割を重視した「自立観」へと変わりつつある。地域での社会参加を具体的に実現するための、「エンパワメント」(障害者自身の力を強化)や、「社会生活力」(SFA)が改めて注目されてきている。また、「家族のエンパワメント」の視点も無視できない。現在、障害をもつ当事者の全国的活動組織である「自立生活センター」では、行政や施設とは離れ、地域をベースにしながら、当事者のニーズを直接反映する介助サービス、ピア・カウンセリング、自立生活プログラム、住宅サービスなどのサービスを提供する活動を展開、結果として雇用困難であった障害者の新しい就労機会をつくりだしてきている。最近、このセンターのなかには、「市町村障害者生活支援事業」の実施主体として、行政と連携しながらサービスを提供しているところもでてきている。

第2章

1980年代以降の社会福祉行政における「地方分権化」の流れは、90年の「福祉八法改正」により社会福祉の運営、実施については、住民にとって身近な市町村の役割を重視、そこできめ細かく一元的かつ計画的な在宅及び施設福祉サービスを提供できる体制づくりを目指すことになった。「地方分権化」にともなって権限を与えられた地方自治体が住民のニーズに応えられる実施体制をもちうるかが問題となる。現状では、「新ゴールドプラン」や「障害者プラン」などにより業務量が飛躍的に拡大しており、財政基盤によって市町村間で福祉サービスのギャップが生ずる可能性があること、市町村の障害者計画があまり進んでいないこと、「住民の権利」が保障されているわけではないことなどが課題としてある。京都府(市)などからの聴取調査の結果では、権限移譲にともないきめ細かな障害別施策ができるようになったとの評価もある。

第3章

日本の障害者の雇用支援システムは、公共職業安定所、障害者職業センター、職業能力開発機関等を中心に体系化、発展してきた。しかし、障害の重度化・多様化や、知的障害者や精神障害者の増加に伴い再編が必要となり、その対応の一つとして、市町村レベルで地域生活を支える福祉部門と就労生活を支援する雇用部門とが連携を図り、就職・職場定着に至るまでの相談、援助を一貫して行う組織として、障害者雇用支援センターが設置された。このセンターには主に3つの機能がある。1つは、職場実習も含めた職業準備訓練である。職場実習は、障害者と事業所の両方にとってメリットがあった。2つは、雇用支援者(ボランティア)の登録、養成である。3つは、職業リハビリテーション・サービスの情報収集及び提供である。今後、地域の社会資源の情報を収集・整理し、サービスのコーディネートを行うことがセンターに求められている。

第4章

障害者雇用を実際に担うのは企業であり、その社会的責任は重い。S社では経営政策の一環として特例子会社M社を設立、発展させ、またS社の本体組織に「社内障害者雇用率制度」を導入、この2つの制度で全社的に障害者雇用を推進していた。本人の適正や能力に合った仕事を創出していた。各事業所(部)を単位とした「社内障害者雇用率制度」では、障害者雇用が困難な事業所であれば、雇用率相当の仕事量を特例子会社のM社に発注してもよいという対応が含まれており、M社の障害者雇用を支援する役目も果たしていた。S社は、この2つの制度を導入、発展させることによって、91年の実雇用率は0.9%であったが、その後4年間で1.6%を超える水準にまで達した。しかし、これから重度の障害者をより多く雇用するには、1企業の責任を超える部分についての地域支援の整備が必要となる。例えば、通勤寮やグループホームの設置、公共交通機関などのインフラストラクチャーの整備などを行政に要望していた。

第5章

障害者福祉関連施設の事例調査から4つのことが明らかとなった。1つは、通説でいわれている一般雇用-福祉工場-授産施設-小規模作業所という階層的就労構造は、各階層レベルで能力・ニーズの混在がみられ、新たな体系化が求められていた。2つは、第3セクターとは異なる新しいジョイント方式で、市、障害者団体、住民が資金を出資、設立した公益法人の事業団をつくり、知的障害者を中心に、最低賃金をクリアした雇用機会を創出していた。3つは、社会福祉法人がもつ障害者能力開発訓練施設では、民間部門の優位さを活かした、あるいは障害を十分配慮した訓練プログラムを実施していた。企業と連携した訓練プログラムもあった。4つは、通勤寮を拠点としてグループホーム、その周辺のアパート居住者も対象に、職場定着指導などを含め地域をベースとした24時間の雇用・生活支援ネットワークを構築していた。また、市の助成金でアパート等に居住している障害者個々人を単位として、自らがケアスタッフを確保、対等の立場で生活支援のケアスタッフを活用している事例もあった。

第6章

腎機能障害をもつ中途障害者(透析者)の事例を通じて医療ソーシャルワーカー(MSW)の就労支援サービスをみた。透析者の中高年男子で働いている人の比率は90%以上にも達する。MSWは、企業と障害者の間にたって、障害者が望む生活へ向けサポートする。とくに、透析導入によって失業させないようにすることがポイントで、職場復帰、雇用継続を考えながら援助活動をする。MSWは企業に対しては、透析治療などに対して持つ不安や疑問に答え、透析時間の確保、職務変更での対応、解雇せずに雇用継続するように医療機関の立場から援助する。復職が難しく、失業した場合には、疾病や障害の程度を考え、職種の変更や再就職訓練等を考えながら援助、その際、労働関係機関等の専門的援助の活用も重要となる。これからは、医療機関に対して他の機関が積極的に関わることも必要で、それによって企業などに対し早期に適切な対応をすることができるからである。

第7章

アメリカの労働組合が行ってきた障害者雇用促進、雇用維持の経験を紹介・分析している。IAMCARESは、IAM労働組合内部の独立した非営利社会福祉組織で、全国で有数の職業リハビリテーション・ネットワークを構築、年に約1,500人以上の障害者を一般雇用に就職させている。また、中心的となっている職場復帰プログラムは、業務上怪我をした組合員を出来るだけ速やかに、安全且つ生産的仕事に戻すプログラムである。これらは、連邦教育省のPWI(障害者の雇用促進・産業協力プロジェクト)というグラント(補助金)で運営している。また、各プログラムは企業、労働組合、障害者本人及びその代表(家族、リハビリテーション関係者)からなる「ビジネス諮問委員会」を設置、これを通して労働組合は広く障害者雇用に影響力をもっている。さらに、労働組合は、コミュニティ・サービス部を設置、社会福祉サービスと労働者との間の関係をつくる「リアイゾーン」と呼ばれる専任スタッフの配置等もしている。最後にアメリカの分析を通して、これから日本の労働行政が行う労働組合を取り込んだ地域をベースとする障害者雇用促進・維持プロジェクトの基本デザインを提示している。

目次

  • 序章 課題・方法とこれまでの研究
  • 第1章 障害者の社会参加と自立生活
  • 第2章 地方分権と障害者福祉改革
  • 第3章 障害者雇用関連のサービス
  • 第4章 地域企業と障害者雇用
  • 第5章 障害者福祉関連組織のサービス
  • 第6章 医療機関における援助
  • 第7章 アメリカの労働組合と障害を持つ労働者の雇用
  • 終章 まとめ

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