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調査研究報告書 No.19
『学習障害』のある者の職業上の諸問題に関する研究

  • 発行年月

    1997年03月

  • 職業リハビリテーション活動による課題領域の体系図・ICFによる課題領域の体系図 該当項目

    障害特性/課題の把握

執筆者(執筆順)

執筆者 執筆箇所
望月 葉子 (障害者職業総合センター研究員) 要旨、「学習障害」のある者の職業自立をめぐる到達点
第Ⅰ部第1章、第2章第1節・3節、第3章
第Ⅱ部第1章第1節・4節・5節・6節・7節、第2章、第3章
向後 礼子 (障害者職業総合センター研究員) 第Ⅰ部第2章第2節、
第Ⅱ部第1章第2節・3節・6節

(要旨)

【研究の概要】

「学習障害」のある者の職業自立をめぐる議論の到達点を踏まえ、本報告書は以下の2部で構成される。

第Ⅰ部では、問題の所在並びにその解明のための視点を考察する。

まず、「学習障害」の概念について、歴史的背景並びに定義に関する議論を、特に医学の領域でおこなわれていることに焦点をあてて紹介する。次に、定義をめぐる問題を特に教育的対応に焦点をあてて検討する。さらに、わが国における「学習障害」児・者の概要と、研究協力対象者の範囲と職業リハビリテーション対象者の範囲、並びに職業リハビリテーションの課題について分析する。最後に、「学習障害」の青年の職業自立の問題を明らかにするうえで、学校から職業の世界への移行を支援する仕組みについて検討する。

第Ⅱ部では、「学習障害」の青年の職業上の諸問題を事例に基づいて検討する。

まず、入職準備の課程にある事例を対象とし、特に職務遂行能力に焦点をあて、①職業適性検査;②ベンダー・ゲシュタルト・テスト;③音声並びに表情からの感情識別検査、④職業レディネステスト;⑤軽度注意障害検査、を実施した結果の検討を行う。

次に、入職の態様別に就労事例に基づいて検討し、①学校紹介に加え、職業リハビリテーションの支援を重ね合わせて入職した事例;②職業リハビリテーションの支援を利用して入職した事例;③学校紹介で入職した事例;④支援を利用しなかった事例;の検討を行う。

最後に、「学習障害」のある青年の職業自立に関する支援のあり方について検討する。

【結果】

「学習障害」は、もともと、軽度の認知障害の子どもを教育的に手厚く措置するために、ひとくくりにまとめる役割を果たす概念である。しかしながら、実際に使われている「学習障害」の概念は、医療、教育、臨床など、「学習障害」児への対応を行う立場によって見解が異なっている。現時点では、①関係者間で合意された定義がないこと、②教育措置をめぐり、障害カテゴリーとして位置づけることの是非が議論されている段階であること、③本人と保護者に「障害者ではない」という意識が強いこと、④学齢期の自動が圧倒的に多く、成人期の職業リハビリテーションの対象者が認定されていること、により問題の本質をとらえるうえで極めて制約が大きい状況である。以下に、本研究における検討の結果について述べる。

1.「学習障害」の範囲は関係者により様々である。

主として医療関係者は、「読み」「書き」「計算」のいずれかに困難があるが知能に遅れはない、という最も狭義の「学習障害」の定義によっている。

文部省の定義では、「読み」「書き」「計算」のいずれかの困難に、「聞く」「話す」「推論する」の困難を加える。この場合は、知的発達遅滞を伴う可能性を認めており、この定義によればIQ値は正常域から「精神薄弱」域までの範囲に分布する。

教育並びに臨床の関係者の中で、さらに広い範囲を認める立場がある。こうした関係者は、運動能力障害(不器用)、注意欠陥多動障害を加える。そして、最も広い範囲は、社会性に困難がある子どもをも含める立場である。

こうした諸家の意見の分かれるところは、主として、「精神薄弱」を含めるかどうか、注意障害を含めるかどうかにあり、その他に「学習障害」による二次的障害の問題の扱いがある。

2.前述のように、「学習障害」は、もともと、軽度の認知障害の子どもを教育的に手厚く措置するために、ひとくくりにまとめる役割を果たす概念である。したがって、現在、「学習障害」児といわれている子どもを詳細に分類すると、読み障害児、書き障害児、算数障害児が診断される他に、言語発達遅滞児、運動能力障害児、多動児、寡動児、注意集中困難児、行動障害児、「精神薄弱」児、自閉症児、神経症児、精神障害児がそれぞれ単独で、または重複して診断される。しかし、その対応はまさに個別である。

また、発達とともに遅れが改善される子ども、逆に遅れが深刻になる子ども、困難な領域が特定されるようになる子ども、遅れがさらに別の障害を引き起こす子どもがおり、障害は固定されない。例えば典型的な書き障害、計算障害、多動の子どもは、改善する例が報告されている一方で、青年期に至って知的発達遅滞が顕著になり、「精神薄弱」判定が適用されるようになる子どももいる。他に精神疾患、心因反応、心身症等の診断が適用されるようになる子どももいる。

したがって、入職の際に制度的支援を利用する場合には、子どもの時の診断とは別に、再度の診断を欠くことが出来ない。

3.青年期の「学習障害」者を詳細に診断する際、まず、狭義の「学習障害」、すなわち、単独の読み障害、書き障害、算数障害を他の障害から区別しなければならない。この場合は補助具の活用や工夫により、職業上の困難は解消されることが多く、雇用対策上の障害者に用意されたサービスを利用しなくても、通常の職業自立のための支援を利用して入職できる可能性があるからである。

その他に、「精神薄弱」、精神障害をそれぞれ単独で診断することになる。また、言語発達遅滞、運動能力障害、注意障害、行動障害、広汎性発達障害(自閉症)、神経症、高次脳機能障害などを、単独または重複して診断することになる。

原稿の職業リハビリテーションの支援との関連でみると、身体障害、「精神薄弱」、精神障害回復者等には法的な特別なサービスが用意されている。そこで、青年期に至ってこの障害に該当する者については、判定によりサービスを利用することが可能である。この時の判定はサービスが用意されているものを優先とすることが現実的であろう。

一方、言語発達遅滞、運動能力障害、注意障害、行動障害、広汎性発達障害、神経症、高次脳機能障害は、現在、障害者職業総合センターや地域障害者職業センター等で職業リハビリテーションサービスのあり方が模索されており、当該障害者はこうしたサービスの対象となっている。したがって、これらの障害が診断される「学習障害」の青年の場合には、その障害としてのサービスを利用することになる。

4.原稿の職業リハビリテーションでは対応できない、あるいは対応しきれない問題も残されている。

まず、全体的な知的発達のレベルが正常域異常の「学習障害」者で高次脳機能障害しゃ広汎性発達障害などと同様の対応が求められる場合、次に、知的な遅滞が「精神薄弱」との境界域にあって「精神薄弱」判定を受けることができない場合、さらに、障害の受容にかかる長期にわたる臨床的なカウンセリングが必要となる場合である。

第1の場合、全体的な知的発達のレベルが正常域異常の「学習障害」については、対象を広げてさらに検討を進めなければならない課題である。また、第2の場合、すなわち境界域の「学習障害」については、「精神薄弱」の判定基準をどこにおくのかという点で知的発達遅滞の境界域と同様の問題がある。これについては別の視点での検討が必要である。さらに、第3の場合、すなわち障害受容に関しては、入職後の長期的なフォローアップまでを含む対応が求められる点で検討が必要な課題である。

5.最後に、「学習障害」の青年に対する職業リハビリテーションの支援の成否は障害受容と深くかかわっている。「学習障害」が「精神薄弱」とは異なるという立場によって受容が困難となる場合には、障害を受け止めやすい用語、例えば、「知的発達障害」等に読み替えることの検討が必要であろう。

ここには、「精神薄弱」という障害カテゴリーの用語の見直しが求められている動きに準拠して、「精神薄弱」の用語を「知的障害」もしくは「発達障害」と改訂する場合、用語の不適切さの是正に加え、「学習障害」の青年の原稿の支援の対象にする可能性を拓く一つの方法があるといえる。

「学習障害」は、当面、教育用語としての成熟を見守ることが必要であり、職業リハビリテーションの検討課題としていくことが望ましいのではないだろうか。

【結論】

「学習障害」の青年についてみると、現行の職業リハビリテーションサービスの対象となる特徴をもつ青年が存在する。その一方で、通常の入職のための仕組みを利用して適応し、職業リハビリテーションのサービスを必要としない青年も少なからず存在する。こうしたことから、「学習障害」の青年に対する職業リハビリテーションサービスのあり方をめぐり、「学習障害」の定義について合意のないままで雇用対策上特別なサービスが用意された障害カテゴリーとして新たに位置づけることは尚早であり、さらなる混乱を引き起こす可能性が憂慮される。

現行の職業リハビリテーションの支援との関連で見ると、身体障害、「精神薄弱」、精神障害回復者等には法的な特別なサービスが用意されている。そこで、主訴がどうであれ、青年期に至ってこれらの障害に該当し、当面、既存の判定によりサービスを利用することの可能な対象者については、用意されているサービスを提供するという視点が必要である。また、上記以外の障害が診断される「学習障害」の青年の場合を含め、現行の職業リハビリテーションでは対応できない、あるいは対応しきれない問題については、今後の課題である。

なお、本研究では、「学習障害」者の範囲を、児童期において、医療機関等で「学習障害」の診断を受けた者、相談機関等で学習障害といわれたことのある者、その他、「学習障害」関係団体(親の会やフリースクール等)に所属、もしくは活動経験のある者など、厳密には「学習障害を主訴とする」者としている。

目次

  • 第Ⅰ部 問題の所在とその解明のための視点
    • 第1章 「学習障害」の概念
    • 第2章 職業リハビリテーションと「学習障害」
    • 第3章 「学習障害」の青年の職業自立の問題を検討するために
  • 第Ⅱ部 「学習障害」の青年の職業上の諸問題 -事例に基づく検討-
    • 第1章 職務遂行能力について -入職準備の課程にある事例が示唆すること-
    • 第2章 入職の態様が示唆すること
    • 第3章 おわりに -今後の課題-

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