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調査研究報告書 No.17
精神障害者の求職技能向上のための教育訓練プログラムに関する研究

執筆者(執筆順)

執筆者
石川 球子 (障害者職業総合センター 評価相談研究部門 研究員)

(概要)

問題の所在

わが国の精神障害者の状況について、全豪連保険福祉研究所(1993)の精神障害者及び家族の生活と福祉ニーズの調査結果によると、利用者3,769名のうち35.2%が「ぜひ勤めたい」、31.7%が「できれば勤めたい」と希望している。また、在宅利用者の家族からみた本人の就労意志についての調査(3,043名の利用者の家族の回答)では、「ぜひ働きたい」18.7%、「できれば働きたい」38.4%であったと報告されている。

この結果から、前者については、66.9%、後者については58.1%の利用者が就職を希望していることが示されている。また、後者の結果を1985年の調査結果と比較した場合、希望者が増加している現状にある。しかしながら、同調査で職業に就いていない理由を尋ねたところ、18.2%の人が「過当な職場がない」と答えている。回答者の53.8%が、公共職業安定所の利用者であるが、就職に至らなかった人が23.6%であったと報告されている。

このような状況を改善するために、精神障害回復者の求職活動を目指したサポートの体制を強化することが急務と考えられる。精神障害者の求職技能を「効果的に高める」援助プログラムは、精神障害回復者のサポートの体制を強化するために非常に重要な役割を果たすと考えられる。とりわけ、プログラムを小集団で進めつつ、必要に応じて、個人別の援助も受けられるプログラムが少ないことが問題である。

研究の目的

米国において、精神障害者の「社会復帰」という1分野に焦点を当て、効果を上げているSST(SocialSkillsTraining;ソーシャルスキル・トレーニング)を基本にした援助方法に「ジョブクラブ」がある。この援助方法の最大の課題は、地域社会で一般雇用への求職活動を援助することにある。

そこで、本研究は、この「ジョブクラブ」を基本に開発された「求職技能訓練カリキュラム」(Jacobsら,1992a)(以下、カリキュラムと呼ぶ)をわが国で試行し、次のような観点から試行結果を検討することを目的とした;日米の制度上の相違を考慮しながら;1)カリキュラムに対する試行参加者(以下、利用者と呼ぶ)の満足度等の意見;2)利用者の「医療面」・「生活面」・「生産的活動への復帰」に対するカリキュラムの影響;3)利用者のQOL(Quality oflife;生活の質)の向上を目指した「求職活動の援助のありかた」についての考察。

方法

求職技能向上のための援助の「ひながた」ともいえる「ジョブクラブ」の考え方について整理した。さらに、精神障害者を対象とした「カリキュラム」が、「ジョブクラブ」の延長線上に開発されるまでの変遷を整理した。

これらのことがらを踏まえて、「カリキュラム」の試行を行なった。試行では、精神障害者及び回復者の参加者に対して、「仕事を探し、仕事に就くことへの援助」を行なうことを目的とした。

円滑な求職活動のための環境を可能な限り整え、精神病院内で準備期間も含め1年間、カリキュラムの試行を行なった。本研究では、精神障害回復者18名(2つの小集団に分割し)を対象として、次の領域について、援助を行なった。

  • 1.就職するにあたっての問題点の検討
  • 2.職に就くことで生じる生活上の利益と拘束についての検討
  • 3.求人情報の利用の仕方
  • 4.電話及び会社訪問による事業主とのコンタクトのとりかたの練習
  • 5.履歴書及び応募用紙の記入
  • 6.面接技能の練習

結果及び有効性、今後の課題の検討

プログラムの参加者は18名であった。参加者のうち5名は、本人の事情(現在の仕事を継続2名、退院後自宅で療養1名、早い時期に就職1名、身体的な病気1名)でプログラムを終了していない。参加者は男性が14名、女性が4名であった。診断は、精神分裂病16名、躁鬱病1名、事故による脳障害1名であった。全員が就労希望者であったが、求職活動を始めるにあたって、援助が必要であるとの医師の判断のもとに、プログラムを紹介され、自主的に参加した利用者であった。

領域1では、個人の医療面と就労面について、個人が職に就くにあたって妨げになる問題点と対処法の総点検を行なった。問題点をチェックすることで、対処の方法などについてグループの中で再検討でき、態勢をより強化することができた。

領域2では、職に就くことで生ずる「利益と拘束」について検討した。大多数の利用者が、「拘束について今まで考えたことがなかった。」と述べていた。拘束を認識したうえで、「仕事に就きたいかどうかの意志確認」をしたわけであるが、これによって、職に就くことへの心構えを一層明確にすることができた。

また、「関連した経験があり、やっていける」と考えられる職業に的を絞り、求職活動を行なうことを練習した。職歴や教育歴を整理することによって、「無理のない自発的なゴール設定」や「職種選定に対する柔軟な態度」が可能となった。また、自己のニーズ(生活費、労働時間等)を明確に把握し、妥当な基準の設定方法を習得することができた。

領域3は、求人情報についてであった。プログラムに参加する以前から、全員が何らかの求人広告を利用していた。しかし、試行によって、求人情報の利用方法をより明確に把糎できた。また、求人情報の種類や情報の把握の仕方について、利用者の理解を深める援助が可能となった。

領域4では、面接以前の段階で、電話や会社訪問によって、コンタクトをとる方法を実際に練習し、ルールや上手な方法を習得できた。コンタクトのとり方について、90%近くの人が、プログラム参加前に知らなかったと答えていた。面接の受け方とも関連があるこの領域の情報提供は、重要であった。

領域5は、履歴書である。効果的な履歴書の書き方について、プログラム参加前に情報を得ていた人は、ごく少数であった。この点についての情報を提供することで、目標により即した内容の履歴書を作成し、面接に備えることができた。

領域6で面接で重要となる技能を項目として整頓できたことが、情報を提供する側と受ける側の双方にとって有益であった。また、ロールプレイによって実際に練習したことで、技能の上達がみられた。とりわけ、入院によるブランク期間等の推しい質問の答え方の練習は効果的であった。

学んだことを現実の求職活動に、即、生かせるように参加者の年齢や性別に関係なく援助できた点がこのプログラムの利点の1つであった。参加者の年齢構成は、20から30歳代が多かったが、中高年の参加者の間でプログラムの内容に違和感が生じなかった点も優れた点であった。面接及びその他の場面の説明に女性のケースもとり挙げられており、女性の参加者の共感を得られる内容となっている。参加者全員(本人の事情による中断者を除く)がプログラムを完了できた要因の1つとして、広い範囲の参加者にアピールする内容であったことが挙げられる。

これらの試行の結果を参考にしつつ、わが国における精祁障害者への求職活動の援助の意義、援助における重要点、そして援助のありかたについて考察した。

目次

  • 概要
  • 第1章 精神障害者の就職促進における問題
  • 第2章 「求職技能訓練カリキュラム」試行研究の目的と方法
  • 第3章 結果
  • 第4章 考察
  • おわりに
  • 資料編

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