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調査研究報告書 No.10
『障害者用就職レディネスチェックリスト』活用の実証的研究

執筆者(執筆順)

執筆者
松為信雄 (障害者職業総合センター 特性研究部門 職業発達・心理特性担当 主任研究員)

(概要)

本報告書は、全部で15章から構成され、それに文献と参考資料を加えている。第1章は目的と方法を示し、第2章は職業リハビリテーション計画と進路・離転職の全体的な傾向をまとめた。第3章から第14章までの各章では、脳性まひ、脳血管障害、脊髄・頸椎損傷、骨関節疾患、進行性筋萎縮疾患、上・下肢切断、その他の肢体不自由、内部機能障害、視覚障害、聴覚・音声言語障害、知的障害、精神障害、のそれぞれの障害者ごとに、職業リハビリテーション計画と進路状況との関係や、雇用者の特徴や、評定段階と指導区分や雇用可能性との関係、などについての調査結果を示している。最後の第15章では、これらの結果をまとめるとともに若干の考察と今後の課題を展望している。

1.目的と方法

(1)目的

「障害者用就職レディネス・チェックリスト(Employment Readiness Checklist for the Disabled、以下ERCDという)」は障害をもった人が一般企業に就職して適応しようとする場合に、そこで必要とされる最小限の心理・行動的条件をどこまで満たしているかを確認するためのチェックリストであり、9領域44項目から構成される。同リストは1987年7月に実用化されたものの、実際の活用結果を基にその効用や限界を検証する試みは、これまで行なわれて来なかった。本研究は、全国の障害者職業センターで6年間にわたって実施されて来た結果から、特に、①職業リハビリテーション計画の策定の資料として活用するために、一般就労をめざして指導していくか、就職の準備にむけた訓練等をめざして指導していくかといった、職業リハビリテーション計画の指導区分の判別に寄与する項目を明らかにすること、②職業評価や職業指導の資料として活用するために、雇用者と非雇用者や福祉的就労者との判別に寄与する項目を明らかにするとともに、これらの対比をもとに雇用者の特徴を把握すること、③意志決定の資料として活用するために、就職レディネス尺度得点の段階区分と指導区分や雇用群との関係を明らかにすること、などを目的としている。また、これらの諸課題を障害の種類ごとに明らかにすることを通して、障害の特性と活用の仕方との関係も検討する。

(2)方法

障害者職業センターを利用した人でERCDを実施した障害者を対象に、記入されたチェックリスト票の複写を回収した。その後で、同じ対象者の職業センター利用後の状況についての追跡調査を行なうとともに、職業評価によって策定された職業リハビリテーション計画の指導区分の結果も調査した。

複写されたチェックリスト票の回収は、職業センターで1986年4月から1989年3月までに実施された第1期と、1989年4月から1991年3月までに実施された第2期に分けられる。回収の対象となった障害者の選定は、いずれの期も職業センターの判断に委ねられた。

その後、回収したERCDの記入対象者について、職業センターを利用した後の進路状況の調査を行なった。第1期の対象者は、1992年10月の時点での状況を「ERCD記入対象者現状調査票」を用いて行ない、第2期の対象者は、1992年6月の時点での状況を「身体障害者の就業難易度に関する調査票」を用いて行なった。

2.障害種類別の分析

第3章から14章までは障害の種類別に構成してあるが、各章とも同じ分析を行っている。回収されたERCD、職業リハビリテーション計画の指導区分の内容、職業センター利用後の進路状況などの結果をもとに、次のような分析を行なった。

  • a)職業リハビリテーション計画と進路状況の実際については、障害等級と指導区分との関係、進路状況と指導区分との関係、経過年数による変化、計画策定年齢による差など。  
  • b)職業リハビリテーション計画と進路状況の規定要因については、指導区分の判別、雇用群の判別、判別に寄与する要因など。  
  • c)雇用された人の特徴については、判別された雇用群の特徴、選択肢の雇用群通過率など。  
  • d)ERCD評定段階と職業リハビリテーション計画や進路状況については、障害等級と評定段階との関係、指導区分と評定段階との関係、進路状況と評定段階との関係、経過年別の評定段階と進路状況との関係など。

これらの結果は、それぞれの障害の種類ごとに各章で詳細にまとめた。第15章は、そうした成果の中から、ERCDの活用に密接に関わる主要な部分について考察と結論を加えている。以下は、その概要である。

3.職業リハビリテーション計画の資料としての活用

(1)指導区分を規定する要因

雇用など一般就業をめざして指導していく予定の者(セクションⅠ)かそれに含まれない者(セクションⅡ・Ⅲ)かの判別に大きく寄与する項目は、障害や疾患の種類によって異なることが示唆された。また、それらの項目は障害の種類や疾患から推測される機能障害や能力障害を反映していることの他に、そうした障害を直接的には反映していないと考えられる項目や、機能障害とは全く関係のない項目も示された。これらは、障害が重複していてもERCDはそれを包括して捉えており、機能障害や能力障害に限らないで多面的な視点から個人の特性を捉えていることを示唆している。その意味では、職業T)ハビリテーション計画の策定にERCDを活用することの有用性に対して肯定的な結果が示された。

(2)指導区分の経過年から見た適用可能性

策定された指導区分とその後の時間経過に伴う進路状況との関係では、セクションⅠになると雇用者が増大するとともに、在宅・入院者が増大する場合と施設・作業所の利用者が増大する場合がある。セクションⅡ・Ⅲになると、施設・作業所の利用者の増大や学校・訓練校の在籍者が減少することの他に、雇用者が増大する場合や在宅・入院者が増大する場合のあることが示唆された。

4.職業評価や職業指導の資料としての活用

(1)雇用された人の特性

雇用者の特徴を、非雇用者(この中には、施設・作業所の利用者、学校・訓練校の在籍者、在宅・入院者などを含む)や福祉的就労者(施設や作業所の利用者に限定)との判別に寄与する項目をもとに検討した。

それぞれの障害の種類ごとに、この双方の判別に共通して大きく寄与する項目と、どちらか一方の判別にだけ寄与の大きい項目が抽出された。このことは、進路に雇用を選択する場合、それを多様な選択肢の一つとして選ぶのかあるいは福祉的就労との二者択一として選ぶのかによって、注目すべき項目が異なることを意味する。ERCDを用いて雇用者の条件を提示して職業評価や職業指導に活用する場合には、この点に注意が必要だろう。

(2)教育や訓練等の優先順位

各項目ごとに、就職の可能性が高くなると予測される選択肢に、雇用者がどれだけの比率で通過できたか(項目通過率)を検討した。その選択肢より低い段階の選択肢に回答された項目が、項目通過率の順位で高ければ高いほど、雇用に際しての阻害要因となる可能性が高まると推測されよう。

障害の種類別に得られたこの結果は、雇用をめざした就職レディネスの形成を促すための教育訓練やさまざまな施策を実施するときに、その優先順位を決定する資料として活用できよう。限られた期間内の場合には、高通過率にもかかわらず通過基準より低い選択肢に回答された項目に焦点をあてて、その要因の教育や訓練を優先することが重要となろう。また、教育や訓練で対処できなければ、その要因を解消するためのさまざまな対策を優先的に行なうことが必要だろう。

5.意志決定の資料としての活用

(1)指導区分の決定

障害の種類別に「就職レディネス尺度得点」の評定段階と指導区分との関係を検討した結果、職業準備性が整っているA段階ではセクションⅠが、整っていないD段階ではセクションⅡ・Ⅲが適切であると判断してよい障害が明らかになった。また、そこまでの明確な関係は得られないものの、D段階でセクションⅠに策定することは適切でないと見なされる障害も指摘された。これらの障害者では、指導区分の策定に際して評定段階の結果は有用な情報となることたろう。

(2)雇用可能性の予測

障害の種類別に「就職レディネス尺度得点」の評定段階と雇用群や非雇用群との関係を検討した結果、評定段階の高低と雇用者比率の高低が完全に対応する場合、C段階以下になって雇用者比率が低くなる場合、同じくD段階だけが低い場合、A段階だけが雇用者比率が高い場合などの類型のあることが明らかになった。これらに分類される障害者では、雇用可能性の予測に際して評定段階の結果は有用な情報となることだろう。

6.障害種類とERCD

ERCDでは、障害の種類別にチェックリストの項目を設けていない。そこで、役割行動を果たすのに要請される共通条件と、疾病や障害の特性を反映した固有条件との関係を検討した。(セクションⅠ)と(セクションⅡ・Ⅲ)、(雇用)と(非雇用)、(雇用)と(福祉的就労)のそれぞれの群間の比較をすると、障害による機能障害や能力障害の差異を捉えるとともに、職業レディネスの全体像を知るのに必要な条件を広範に捉えていることが明らかになった。それぞれの群間で有意差を得た項目が多かったのは、脳性まひ、その他の肢体不自由、聴覚・音声言語障害、知的障害などの障害者であり、反対に、上・下肢障害、精神障害、視覚障害などの障害者では少なかった。このことから、ERCDの活用は、若年者や、発達過程で二次障害の影響が考えられる場合、重複障害のある場合などに有用であるとされた。他方で、精神障害者に適用するには、設問項目そのものが十分であるか、選択肢の記述内容は適切かなどの再検討が必要であるとされた。

また、項目の領域ごとの障害種類の延べ数をまとめた結果から、ERCDの設問項目は、指導区分の策定に際しては広範な障害種類に対応できる構成となっていること、および、雇用か福祉的就労かの選択に際しては、ERCDの特定領域で多くの障害種類に対応できる構成となっていることなどが指摘された。

7.今後の課題

ERCDは、機能障害や能力障害の違いがあったとしても、同じ項目の選択肢でその差異を捉えるとともに、職業レディネスの全体像を知るうえで必要と考えられる条件を広範に捉えていることが明らかにされた。それゆえ、特に、若年者や、発達過程で二次障害の影響が考えられる場合、重複障害のある場合などに有用であると考えられる。

だが他方で、精神障害者に対しては、指導区分による違い、雇用と非雇用の群問、雇用と福祉的就労の群間などで有意な差を示す項目はほとんどなく、それゆえ、前述の活用を支持する結果を得ることができなかった。この原因はいろいろ考えられるが、適用可能な設問項目や選択肢の記述に対して検討することが今後の課題となる。その場合、回答した内容から具体的な指導方法が導かれる内容であることが望ましいだろう。

目次

  • 概要
  • 第1章 目的と方法
  • 第2章 職業リハビリテーション計画と進路・離転職
  • 第3章 脳性まひ者
  • 第4章 脳血管障害者
  • 第5章 脊髄・頚椎損傷者
  • 第6章 骨関節疾患者
  • 第7章 進行性筋萎縮疾患者
  • 第8章 上下肢切断者
  • 第9章 その他の肢体不自由者
  • 第10章 内部機能障害者
  • 第11章 視覚障害者
  • 第12章 聴覚・音声言語障害者
  • 第13章 知的障害者
  • 第14章 精神障害者
  • 第15章 考察と結論
  • 文献
  • 参考資料

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