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高次脳機能障害者の自己理解の支援に役立つ情報(海外文献の紹介)

2023年01月

 高次脳機能障害者の就労支援において、自己理解の支援に難しさを感じる支援者の方は多いのではないでしょうか。高次脳機能障害者の自己理解の課題は、世界中で関係分野でも認識され、多くの研究の蓄積があります。今回は、そのような海外文献の中から、就労支援実務に直接役立つと思われる知見をいくつか選んで紹介します。

 なお、ここに紹介した文献は、すべて調査研究報告書No.162「高次脳機能障害者の自己理解と職業リハビリテーション支援に関する研究-自己理解の適切な捉え方と支援のあり方—」で紹介した内容です。詳しく知りたい方や、この他の文献についても知りたいという方はよろしければ、下記より調査研究報告書をダウンロードの上、ご覧ください。

1 障害を受け入れるまでの過程

 O'callaghan, Powell & Oyebode (2006)は、高次脳機能障害者を対象にヒアリング調査を行い、障害を受け入れるまでの過程を調査しました。この調査の結果、高次脳機能障害者が障害を受け入れるまでに、図1のような過程を経ると結論付けました。

 まず、受障後の高次脳機能障害者は、自分自身が失敗したときに周りの人が見せる反応や、自分自身の実生活での経験をとおして自分が受障前と変化していることに気づきます。最初は驚きや戸惑い、不安が伴いますが、周囲の家族や支援者等から説明を受けて理解できるようになると、その痛みが和らぎます。しかし、この理解には、恐怖、喪失、否認などの感情が伴います。支援をとおして、敬意を示した態度でこの経験の説明を受けることで、障害を認め、喪失感が生み出す感情に対処できるようになります。また、同じ障害や問題を抱えた人たちと共有するなどしてその経験が普通のこととして認められることで、恐怖や不安が軽減されます。最後に変化を受け入れ始め、最終的には人生に対する新しい視点を持つようになります。

気づき、理解、動揺と否認、受容の過程を図化したもの
図1 O'callaghan, Powell & Oyebode (2006)の障害を受け入れるまでの過程
(原文の図を翻訳 一部改変)

【就労支援における知見活用のポイント】

  • 自己理解を深めるには、実際的な経験が必要であるといえます。就労支援に置き換えて考えると、仕事の(実際に復職・就職予定のある仕事内容や環境にできる限り類似した)経験をする必要があるということだと思われます。
  • 自己理解を深める過程においては、戸惑いや恐怖・不安等を感じ、これを受け入れるのは大変なことであることが分かります。恐怖、喪失、否認といった大きなストレスを乗り越え、本人が「新しい自分」を見出していく長いプロセスを踏まえた丁寧な支援が重要です。そのためには、心理的に安全な環境を確保し、支援者が、経験の意味を説明する際に、「敬意を表して」行うことが重要です。

2 自己理解の背景要因を考えた支援

 Ownsworth, Clare & Morris (2006)は、高次脳機能障害及びアルツハイマー型認知症に関する自己理解の課題に関する臨床症状に係る文献を整理した上で、自己理解を、生物学的要因、心理的要因、社会環境的要因の3つの要因の相互作用によって影響されるものとして捉える必要性を提唱しています(図2参照)。

 生物学的要因とは、脳機能の受傷によって、自分自身を客観的に見る能力が低下しているということを指します。心理的要因とは、防衛反応と言われるような心理的反応によって障害を受け入れられないといった要因を指します。頭では分かっていても無意識的に認めることを拒否してしまうといった状況です。Ownsworth, Clare & Morris (2006)はこれに加えて、受障前の性格(楽観的等)も心理的要因に含めています。最後に社会環境的要因とは、周囲の環境や理解によって障害を開示することにより失うものが大きいといった状況や、社会全体の障害に対する価値観、又はそもそも変化(受障)を認識するために必要な情報や機会が提供されてこなかったといった社会環境の問題を挙げています。

文献調査:生物・心理・社会環境的な影響を考慮した捉え方を図化したもの
   図2 自己理解に影響する背景要因
 (Ownsworth, Clare & Morris (2006)を参考に作成)

 
 Fleming & Ownsworth (2006)は、文献調査を基に、上に示したOwnsworth, Clare & Morris (2006)のモデルに基づいた介入法の例を整理しています(表)。

背景要因 支援の例
生物学的要因
  • (自己理解を深めるというよりも)日々の日課がこなせるようになることを目標にして、補完手段(障害を補う工夫)の活用ができるように支援する
  • 反復学習をして習慣をつけていくことに重点を置く
心理的要因
  • 選択肢を複数提示し、本人が選択できるようにすることで、コントロール感(自己効力感)をつけられるようにする
  • 受容的な関わりを前提として、少しでも変化を受け入れようとする言動があった場合にはそれを認め、本人の目標を徐々に修正していく
社会環境的要因
  • 本人の周囲の家族や職場の同僚等に理解を求め、適切なフィードバックとサポートができる環境を整備する
  • ピアグループなど、肯定的な人間関係を感じることができる場所を情報提供する
表 生物・心理・社会環境のモデルに基づく支援法の例
(Fleming & Ownsworth 2006より抜粋 一部改変)

【就労支援における知見活用のポイント】

  • 自己理解の支援を行う際には、目の前の支援対象者が、自己理解を深められない様々な背景要因を考えることが重要です。1つの要因に特定できるということは多くないと思いますが、例えば、脳機能自体の要因なのか、心理的に変化を受け入れるのが難しいのか、あるいは職場や支援者側の理解や配慮の充実を検討すべきなのか、どんな要因が考えられるのかということを整理することで、それに合った支援法の選択肢が見えてくると考えられます。
  • 高次脳機能障害は基本的には後天的な障害であり、受障後に自己理解を深めるには、受障前とは違う新たな自己理解が必要となります。受障後の自己理解を深めるには、受障前の経験や価値観が影響することと併せて、急激な変化のため心理的な受け入れが非常に難しいということを理解しておくことは、就労支援においても重要なことと考えられます。

 

引用・参考文献

Fleming, J., Ownsworth, T. (2006). A review of awareness interventions in brain injury rehabilitation. NEUROPSYCHOLOGICAL REHABILITATION, 16(4), 474-500.
O'callaghan, C., Powell, T., & Oyebode, J. (2006). An exploration of the experience of gaining awareness of deficit in people who have suffured a traumatic brain injury. Neuropsychological Rhabilitation, 16(5) 579-593.
Ownsworth, T., Clare, L., & Morris, R. (2006). An integrated biopsychosocial approach to understanding awareness deficits in Alzheimer's disease and brain injury. Neuropsychological Rehabilitation, 16, 415-438.