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職場における実行機能の困難

2025年03月

実行機能とは?

 実行機能(Executive Function)とは、ある目標を達成するために思考や行動を調整する認知機能のことです。実行機能に困難があると、職場では仕事の段取りが悪くなったり、時間内や期限内に仕事を終えられないといった課題が生じることがあります。
 なお、「遂行機能」と呼ばれることもありますが、どちらも「Executive Function」の訳語であり、同じ意味で用いることができます(福井, 2010)。

実行機能の定義

  実行機能は1つの機能ではなく、複数の機能から構成された概念であるという考え方が一般的です。しかし、実行機能に関連すると言われている機能は30以上あり、どの機能を実行機能の下位項目として定義するかは、研究者によって異なります(Goledstein, Naglieri, Princiotta & Otero, 2014)。
 ここでは、実行機能の標準化されたアセスメントであるBehavior Rating Inventory of Executive Function-Adult Version(BRIEF-A)(Roth, Isquith, & Gioia, 2005)で用いられている下位項目を紹介します。

BRIEF-Aとは

 BRIEFは実行機能の障害を日常の行動から評価しようとする質問紙です。5歳から18歳の児童・生徒を対象とし、保護者や教師が記入します。
 日本語版もあり、日本人における信頼性や妥当性も検証されています。BRIEF-Aは、オリジナルのBRIEFを成人(18~90歳)向けに拡張したもので、本人及び支援者等の周囲の人がそれぞれ評価を行います。
 
 BRIEF-Aの実行機能は、以下の9つの下位項目から構成されています(表1)
実行機能の下位項目と定義が記載されている。
抑制は、衝動をコントロールし、言語的、注意的、身体的な行動を適切なタイミングで止めることができる
シフトは、状況に応じて、ある状況、活動、又は問題の側面を自由に移動し、問題解決をサポートするために柔軟に考えることができる。
情緒のコントロールは、感情的な反応を適切に調節することができる。
セルフモニタtは、自分の行動が他人に与える影響を認識することができる。
開始は、外部から促されることなく、課題や活動を始めることができる。
ワーキングメモリは、タスクを完了するために、情報を心に留めておくことができる
計画・組織化は、将来の出来事を予測することができる。目標を設定することができる。タスクを実行するための手順を事前に作成することができる。段階を踏んでタスクを進めることができる。目的を達成するために情報や行動を組織化し、体系的にタスクを実行することができる。
タスクモニタは、タスクの実行中又は終了後に、ミスがないかパフォーマンスを評価することができる。
道具の整理は、仕事場や生活空間を整頓し、タスクに必要な資材を管理することができる。
表1 実行機能の下位項目と定義

実行機能の困難により生じる職業上の課題

 実行機能に困難があると、職場では実際にどのような課題が生じるのでしょうか。
 障害者職業カウンセラーを対象に、実行機能に困難のある対象者について、次のような質問を行いました。
まず、実行機能の下位項目の定義を提示し、その定義に該当する困難が生じているかどうかを回答してもらいました。さらに、具体的にどのような困難が生じているかについても記述を求めました。
 以下に、下位項目ごとに得られた具体的な記述の例を示します(表2)。
下位項目ごとに記述例を示している。
抑制は、トイレでスマートフォンを見続けてしまい、現場に戻るまでに時間がかかる。視界に入った作業から取り掛かる。
シフトは、前任者に言われたルールを後任の人に修正されても、なかなか新しいルールに慣れない。天候やイレギュラーな出来事に応じて対応することが難しい。
情緒のコントロールは、疲労が蓄積されると他者に攻撃的になる。ミスをすると気持ちが落ち込む。
セルフモニタは、周囲に不快な思いをさせても気づくことができない。手元の作業に集中していたり、焦って作業を行うので普段よりも独り言が大きくなって、その声に周囲が驚いて振り向いたりしても気づかない。
開始は、計画を立てても課題に手を付けられず、提示された期限を守ることができない。きっかけがないとスケジュールにそってとりかかれない
ワーキングメモリは、作業手順が覚えられない。一度作業等を止めて別の事をすると、途中までやっていたことを覚えておらず、作業再開できない。
計画・組織化は、現実的に可能な作業スケジュールを自分で考えて組立てることができない。細かな手順の指示がないと、自分で作業の見通しを立てられず、時間内に作業完結することが難しいことがある。
タスクモニタは、作業はできていると思っており、自己チェックすることがなくミスが出てしまう。作業をしたら確認をすることは意識づけられているが、確認をしても見落としが多く出てくることがある。
道具の整理は、机の整理整頓ができず、不必要なものまで机に広げたまま作業をしてしまう。作業環境が雑多であり、工具の一部を紛失していても気づくことができない。
表2 実行機能の下位項目と具体的な記述例
 続いて、下位項目ごとの特徴を明らかにするために上記の記述を対象にテキストマイニングを実施しました。その結果が以下の図(共起ネットワーク)です。
 赤い四角の中に書かれているのが実行機能の各下位項目名で、周囲の丸の中に書かれているのが記述でよく出てきた語です。また、各下位項目と線で結ばれている語は、下位項目と関係が深い、つまり特徴的にみられる語(特徴語)です。
 特徴語には、特定の下位項目にのみ見られるものと、複数の下位項目に共通するものがあります。例えば、「忘れる」と「取る」という語はワーキングメモリ(WM)のみの特徴語であり、「メモを取る」ことや「指示を忘れてしまう」といった内容が特徴的であることがわかります。
 次に、「作業」という語はタスクモニタ、計画・組織化、道具の整理、ワーキングメモリの4つの下位項目に共通する特徴語です。これらの下位項目は特に作業の遂行に関連しているからだと考えられます。分析に用いた記述の数が多くないため、下位項目によっては明確な特徴が見られない場合や、全ての特徴語と下位項目の関係性を整合的に説明できない場合もあります。しかし、下位項目に特徴的な語や、下位項目同士の関係性を大まかに確認することができます。
記述のテキストマイニングの結果が共起ネットワークとして示されている。
四角の中に実行機能の下位項目が書かれており、線でつながれて丸の中に特徴語が書かれている。
記述のテキストマイニングの結果(共起ネットワーク)
  調査研究報告書No.178「「実行機能」の視点を用いた効果的なアセスメント及び支援に関する研究」では、実行機能に困難のある対象者への支援に関する調査結果から、対象者像を3つの類型に分類し、その類型ごとにアセスメントや支援のポイントを具体的に示しました。対象者の行動をより正確に理解し、支援仮説を生成する際の参考としてご活用いただけます。報告書も併せてご覧ください。

引用文献

 福井俊哉(2010)遂行(実行)機能をめぐって. 認知神経科学, 12(3). 156-164.
 Goldstein, S., Naglieri, J. A., Princiotta, D., & Otero, T, M. (2014) Introduction: A History of Executive Functioning as a Theoretical and Clinical Construct. In Goldstein.S.,& Naglieri,J.A.(eds.), Handbook of Executive Functioning (pp.301-331). Springer.
 Roth,R.M., Isquith,P.K.,& Gioia, G.A.(2005) Behavior Rating Inventory of Executive Function-Adult Version (BRIEF-A).Lutz, Fl: Psychological Assessment Resources.

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