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ワークサンプル幕張版(MWS)「文書校正」課題の活用のポイント

2024年02月

1 はじめに

 障害者職業総合センター研究部門では、「ワークサンプル幕張版」(Makuhari Work Sample:MWS)を開発し、2007年度よりMWSを構成する13種類の課題(MWS既存課題)が市販されています。その後、MWSの新規課題(MWS新規課題)を開発し、2020年度末から市販されています。

 MWS新規課題は、MWS既存課題よりも難易度が高く、OA作業としての「給与計算」(MWS給与計算)、事務作業としての「文書校正」(MWS文書校正)、実務作業としての「社内郵便物仕分」(MWS社内郵便物仕分)で構成されています。

 今回の活用アドバンスではその中でも活用方法が分からないという声が多いMWS文書校正の活用方法、活用するに当っての留意点について説明します。

2 MWS文書校正とは何か?

 まず、MWS文書校正の内容について説明します。MWS文書校正は、一般的に行われている印刷物を作成する際の作業手順を基に構成されています。様々な印刷物は著者が原稿を作成するところから始まります。著者から提出された原稿は、印刷業者によって原稿にしたがって文字が組まれ、仮刷りされます。この仮刷りを「校正刷(こうせいずり)」と呼びます(図1)。校正は一般的に複数回行われ、最初の校正刷は「初校」、続く校正刷は「再校」(二校)、「三校」と呼ばれます。図1は初稿であるため1回目の校正刷です。

左上に初稿と書かれたその下に校正対象の文字が書かれている。
図1 校正刷の例

 この後、著者及び編集者は、校正刷が原稿通りであるか、文字ポイント、フォント、文章の配置が該当する出版物の体裁どおりであるかなどを確認します。誤りや変更等の修正箇所を発見した場合には、印刷業者に校正刷の修正を指示します。校正の指示の際に用いられるのが「校正記号」(図2)です。

左側に校正記号の書き方を示し、右側に説明が書かれている。
図2 校正記号の例

 MWS文書校正はこのような一般的な文書校正の作業にならい、「原稿」(図3)と校正刷を照らし合わせて校正刷の文字等や体裁の誤りを校正記号を用いて校正する作業となっています。

右上に原稿と書かれている。その下に本文が書かれている。
図3 原稿の例

 以上の校正作業をワークサンプルの課題として行うため、MWS文書校正では、実際の作業内容に近いものとなるように、文書校正作業の基礎的な知識及び校正記号の例を示した「サブブック」(図4)、報告書の体裁等の規定を示した「報告書作成規定」(図5)、文字のポイントを計測する「文字ポイント表」(図6)を使用し、校正刷を赤鉛筆で校正記号を用いて校正することを手続きとしています。

左側がサブブックの目次のページになっている。右側に説明の文字が書かれている。
図4 サブブック
上部にタイトルが書かれている。その下にレイアウト等の説明が書かれている。
図5 報告書作成規定
上部にタイトルが書かれている。タイトルの下の左側に各文字ポイントを表す数字が、それぞれの文字ポイントの大きさで書かれている。数字の右側に文字の大きさを測る枠が書かれている。
図6 文字ポイント表

3 MWS文書校正の活用場面

 ところで、支援者の方は、MWS文書校正の「原稿」や「校正刷」、サブブックの「校正記号」を見てどのように感じられたでしょうか。もしかすると「これは印刷や出版関係の作業を想定したワークサンプルなのか?」、「印刷関係の職場で働くことを希望している対象者に対して実施する課題なのか?」といったことを考えられたのではないでしょうか。

 事務的な作業を行う職場では、日常的に様々な文書が作成されています。そこでは、作成された文書の案に対して、文字や文章、体裁等の誤りがないかチェックすることが必要です。MWS文書校正の課題としての本質的な部分は、このような文字や文章、体裁等の修正を行う作業です。したがって、MWS文書校正は「事務的な職業」に関するワークサンプルとして考えていただきたいと思います。そのため、事務的な職業で就職や復職を目指している方がいらっしゃる場合には、アセスメントや作業遂行力の向上に向けた支援のツールとして活用することを検討してみてください。

4 MWS文書校正の活用効果

 MWS文書校正を活用することにより、以下の点について効果があると考えられます。

①文字、文章を修正する作業のアセスメントの課題として活用できる
 MWS文書校正では、校正刷の中に、一部の文字の脱落、同音異義語の誤り、文字の順序の入れ替わりなど、文字・文章に関する複数の誤りのパターンが設定されています。そのため、MWS文書校正は、文字や文章に対する集中のし方や修正作業に関するアセスメントを行うことができる課題となっています。

②疲労の傾向や特徴を観察しやすい
 MWS文書校正では、作業者は予め文章の中のどこに誤りが設定されているかが分からない状態で作業を行うため、文章全体に注意を向け続けることを求められます。そのため、他の課題に比べて対象者の疲労の傾向や特徴が現れやすい、疲労の様子を観察しやすい課題であるとされています。

③文書の校正を正しく行うための補完方法を学習できる
 指示に従い正しく校正を行うための様々な工夫(補完方法)として「サブブック、報告書作成規定を読み上げる」、「自分用の手順書を作成する」などの方法を学習することができます。

5 MWS文書校正を実施する場合の留意事項

①作業に要する時間が長くなりやすい?
 先に述べた通りMWS文書校正は誤りの箇所を探していく作業になりますので、対象者は「他にも誤りがあるのではないか」と考えて誤りを探し続けてしまう場合が少なくありません。MWS新規課題の開発に向けた試行段階では、簡易版を実施したところ作業時間が1時間を超えているという場合もありました。そのような時、支援者としては「一旦休憩を入れた方がいいのではないか」、「しかしMWSの手続きとして途中で中断しても良いのか」などと悩まれることもあるかと思います。作業を続けている時間が常識的に見て明らかに長くなっている場合や、対象者の様子から疲労が顕著である場合には声をかけて作業を中断する、中止するといった対応をとってください。中断(中止)した後は、休憩後に再開して続けるかどうかを対象者と相談してください。

②補完方法はどこまで認められるのか?
 MWSの訓練版を使用して行う「ABA法」1)のトレーニング期では、支援者は対象者が安定した作業を確立できるよう様々な支援を行うようになっています。その方法として、対象者自身が行う補完行動(文字の読み上げ、指差確認等)や、何等かの物品を用いる補完手段(指示書、定規の活用等)があります。

 MWS文書校正で用いられる補完方法としては「サブブックや報告書作成規定を(ポインティングしながら)読み上げる」といった補完行動、「定規を使用する」、「校正中の位置に付箋を貼る」などの補完手段が挙げられています(どのような補完方法があるのかについてはMWS文書校正の実施マニュアルをご覧ください)。

 就労支援機関に対して行ったヒアリング調査では、MWS文書校正を行う際に一部の対象者で色々なやり方、独自のやり方をする人がいるため、どこまでを補完方法として認めて良いのか悩むことがある、というお話を聞きました。対象者によっては自発的に様々な工夫を行うことが考えられますので、実施マニュアルには載っていない補完方法を行う人がいるかもしれません。MWSでは、簡易版を行う時や訓練版を用いてABA法のベースライン期を行う時は補完手段を使わないこととされていますが、ABA法のトレーニング期では作業遂行力の向上につながる現実的な補完手段であれば特に制限はないため様々な工夫を試してみて良いとされています。

1)ABA法:「シングルケース研究法」を応用し、「ベースライン期(A)」、「トレーニング期(B)」、「訓練後の再評価期(C)」を設定することにより有効な指導方法の確立を行う訓練の手法。

③MWS文書校正の簡易版は訓練版より難しい?
 MWS新規課題の簡易版は訓練版の下位レベルの問題から上位レベルの問題まで一通り出題されるようになっています。MWS新規課題の3つの課題のうち、MWS給与計算ではレベル1からレベル4まで問題の難易度が分かれており、レベル1から順次行うことができます。しかし、MWS文書校正とMWS社内郵便物仕分に関しては下位レベルの問題と上位レベルの問題がランダムに出題されるため、対象者によっては難しすぎる場合があるかもしれません。

 また、MWS新規課題の開発時の研究データによれば、MWS文書校正の簡易版はMWS社内郵便物仕分に比べて主観的疲労度が高い課題であるとされています(障害者職業総合センター,2019)。

 以上のことから、MWS文書校正の簡易版は、MWS給与計算に比べて難易度が高くなる場合があり、またMWS社内郵便物仕分に比べてより疲労を感じやすい課題であると言えるでしょう。

 対象者によってMWS新規課題の簡易版が難しすぎると考えられる場合は、訓練版を使って下位レベルの問題から順次行い、どのレベルで難しくなってくるのかを確認するという方法もあります。

6 おわりに

 MWS文書校正の有効性や活用する上での留意点などについて述べてきました。MWS文書校正は校正記号を正しく使い、報告書作成規定等を理解して行う作業ですが、根本的には文字や言葉の意味、言葉の使い方などへの理解に関わる課題であると言えます。このような特徴を備えた課題は、MWS既存課題、MWS新規課題の中でもMWS文書校正のみです。MWS文書校正の課題としての特徴をご理解いただき、様々な対象者に対して有効に活用されることを期待いたします。

参考文献

 この記事の内容は、次の文献を参考にしたものです。あわせてご活用ください。

 また、MWSを含む職業リハビリテーションにおける評価・支援技法である「職場適応促進のためのトータルパッケージ」関連の情報は、以下のリンク集にまとめてあります。活用方法の詳細等を知りたい場合はこちらもご参照ください。