第32回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 開催日 令和6年11月13日(水)・14日(木) 会場 東京ビッグサイト 会議棟 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 Japan Organization for Employment of the Elderly, Persons with Disabilities and Job Seekers 「第32回職業リハビリテーション研究・実践発表会」の開催にあたって JEEDでは、職業リハビリテーションサービスの基盤整備と質的向上を図るため、平成5年から「職業リハビリテーション研究・実践発表会」を開催し、職業リハビリテーションに関する調査研究や実践活動から得られた多くの成果を発表いただく機会を設けるとともに、会場に集まっていただいた方々の意見交換や経験交流等を通じて、研究、実践の成果の普及に努めてまいりました。 第32回を迎える今回の職業リハビリテーション研究・実践発表会は開催規模を拡大して開催する運びとなりました。多くの研究・実践者の方々に発表いただくとともに、様々な方々にご参加いただきますことに対しまして、心より感謝申し上げます。 特別講演では、奈良県立医科大学の病院において障害者雇用に取り組まれた事例として、当初、「業務がない」、「職場の障害者理解が進まない」等の課題が生じる中、障害者の自立を目標に、業務を全て障害者のチームに任せることで障害者中心の雇用体制を構築された取組について、当事者の方の声も交えてご紹介いただきます。 また、パネルディスカッションは、2つのテーマについて意見交換を行います。 1つ目は、近年、テレワーク等の広がりもあり、職場におけるコミュニケーションのあり方が変化していることを踏まえ、障害者が直面する職場での情報のやり取りにおける課題や必要としている配慮を明らかにするとともに、職場における情報共有の取組や工夫等について意見交換を行います。 2つ目は、福祉と雇用の切れ目のない支援を可能とするために、障害者と企業の双方に必要な支援を行える専門人材の育成・確保が必要となっていることを踏まえ、就労支援に求められるスキル等について共有するとともに、支援の実施に必要な専門人材の育成・確保に向けて意見交換を行います。 さらに、企業や就労支援機関等における研究や実践の発表として、口頭発表70題、ポスター発表37題を予定しております。 近年の障害者雇用を巡る状況を見ると、法定雇用率が段階的に引上げられるとともに、令和7年4月からは除外率が10ポイント引き下げられる予定であり、企業や支援機関においては、障害者雇用のより一層の推進と併せて、多様な就労ニーズへの対応や、雇用の質の向上に向けた取組や支援の充実が求められています。 このような中で開催する今回の研究・実践発表会の内容が、ご参加いただく皆様にとって、新たな取組のヒントとなり、地域や有志による活動など様々な場で活用いただくことにより、種々な課題解決の糸口として障害者雇用の促進と職業リハビリテーションサービスの推進に貢献できる機会となれば幸いです。 最後になりますが、お忙しい中にもかかわらず、特別講演の講師及びパネルディスカッションのパネリストを快くお引き受けいただいた皆様、さらには変わらぬ情熱で研究・実践発表にご応募いただいた皆様に心より感謝を申し上げます。 令和6年11月 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 輪島忍 プログラム 研究・実践発表会 第1日目 令和6年11月13日(水) 12時30分 受付 13時00分 開会挨拶 輪島忍 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 13時15分から14時45分 特別講演「障害者を中心にした障害者雇用体制の構築 ~職場、家庭、地域の就労支援ネットワークによる支援とともに~」 講師 岡山弘美氏 奈良県立医科大学発ベンチャー認定企業 株式会社MBTジョブレオーネ 代表取締役 休憩 15時00分から16時40分 パネルディスカッションⅠ「職場でのコミュニケーションの課題について考える」 コーディネーター 伊藤丈人(障害者職業総合センター 上席研究員) パネリスト (話題提供順) 外谷渉氏(株式会社ラック サイバーセキュリティプラットフォーム開発統括部 開発部 第三グループ グループマネジャー) 辻敏彦氏(阪和ビジネスパートナーズ株式会社 業務開拓推進部長) 平賀正樹氏(みずほビジネス・チャレンジド株式会社 企画部 職場定着支援チーム 定着支援コーディネーター) 岡耕平氏(学校法人大阪滋慶学園 滋慶医療科学大学大学院 教授) 第2日目 令和6年11月14日(木) 9時00分 受付 9時30分から11時20分 研究・実践発表 口頭発表 第1部(第1分科会~第8分科会)分科会形式で8つの会場に分かれて同時に行います。 11時30分から12時30分 ポスター発表(発表者による説明、質疑応答を行います。ポスターは11時30分から15時10分まで展示しています。) 13時00分すら14時50分 口頭発表 第2部(第9分科会~第15分科会)分科会形式で7つの会場に分かれて同時に行います。 休憩 15時10分から16時50分 パネルディスカッションⅡ「障害者就労支援を支える専門人材を育てる ~福祉と雇用の切れ目のない支援に向けて~」 コーディネーター 春名由一郎(障害者職業総合センター 副統括研究員) パネリスト (話題提供順) 市川浩樹(障害者職業総合センター 職業リハビリテーション部 次長) 堀江美里氏(特定非営利活動法人WEL'S 障害者就業・生活支援センターWEL'S TOKYO センター長兼主任職場定着支援担当) 齊藤朋実氏(第一生命チャレンジド株式会社 ダイバーシティ推進部 課長) 藤尾健二氏(特定非営利活動法人全国就業支援ネットワーク 代表理事) 閉会 基礎講座・支援技法普及講習 令和6年11月13日(水) ※上記の研究・実践発表会に先だち、下記の基礎講座及び支援技法普及講習を行います(4つの会場に分かれて同時に行います)。 10時00分 受付 10時30分から12時00分 基礎講座1「精神障害の基礎と職業的課題」 講師 齋藤友美枝(障害者職業総合センター 主任研究員) 基礎講座2「『就労支援のためのアセスメントシート』を活用したアセスメント」 講師 武澤友広(障害者職業総合センター 上席研究員) 支援技法普及講習1「高次脳機能障害者の復職におけるアセスメント」 講師 狩野眞(障害者職業総合センター職業センター 上席障害者職業カウンセラー) 支援技法普及講習2「発達障害者の強みを活かすための支援」 講師 上村美雪(障害者職業総合センター職業センター 障害者職業カウンセラー) 目次 特別講演「障害者を中心にした障害者雇用体制の構築 ~職場、家庭、地域の就労支援ネットワークによる支援とともに~」 p.2 講師:岡山弘美 奈良県立医科大学発ベンチャー認定企業 株式会社MBTジョブレオーネ  パネルディスカッションⅠ「職場でのコミュニケーションの課題について考える」 p.6 コーディネーター 伊藤丈人(障害者職業総合センター)  パネリスト 外谷渉(株式会社ラック サイバーセキュリティプラットフォーム開発統括部開発部 第三グループ) 辻敏彦(阪和ビジネスパートナーズ株式会社) 平賀正樹(みずほビジネス・チャレンジド株式会社 企画部 職場定着支援チーム) 岡耕平(学校法人大阪滋慶学園 滋慶医療科学大学大学院) パネルディスカッションⅡ「障害者就労支援を支える専門人材を育てる ~福祉と雇用の切れ目のない支援に向けて~」 p.10 コーディネーター 春名由一郎(障害者職業総合センター)  パネリスト 市川浩樹(障害者職業総合センター 職業リハビリテーション部) 堀江美里(特定非営利活動法人WEL'S 障害者就業・生活支援センターWEL'S TOKYO) 齊藤朋実(第一生命チャレンジド株式会社 ダイバーシティ推進部) 藤尾健二(特定非営利活動法人全国就業支援ネットワーク) 研究・実践発表(口頭発表 第1部)※発表者名と共同研究者名を列挙しています。発表者の名前の前には○がついています。 第1分科会「企業における採用・定着の取組Ⅰ」 1 特例子会社における障がい者の組織適応課題:インタビュー調査を通じた実証分析 p.14 ○福間隆康 高知県立大学 2 地域社会と連携した障がい者雇用 p.16 ○坂井博基 ASKUL LOGIST株式会社 田村拓也 国立大学法人九州工業大学 3 精神障がい者0(ゼロ)からのスタートと他部署での活躍~サポートスタッフの雇用と定着のイニシアティブ~ p.18 ○関根理絵 株式会社IHI 河西孝枝 株式会社IHI 三上浩平 株式会社IHI 4 活躍できる人材の採用と機会創出に向けた取り組み~仕組化による価値の創造~ p.20 ○原沙織 株式会社SHIFT 大泉将 株式会社SHIFT 第2分科会「キャリア形成・能力開発」 1 それぞれのキャリアデザインを一緒に考える~自己実現に向けて~ p.22 ○星希望 あおぞら銀行 2 キャリア開発・モチベーションアップを促す制度と挑戦の場の提供 p.24 ○青木美恵子 三菱自動車ウイング株式会社 ○榊原裕子 三菱自動車ウイング株式会社 ○クエラクエラ紀乃 三菱自動車ウイング株式会社 3 スタッフのキャリア形成と職位設定について p.26 ○土居健太郎 株式会社かんでんエルハート ○神田耕太郎 株式会社かんでんエルハート 4 特例子会社における障がいのある社員の個別支援計画の導入-「働く態度の階層構造」理論による社員育成・支援の仕組み化- p.28 ○小笠原拓 株式会社ドコモ・プラスハーティ 菅野敦 東京学芸大学 5 岡山県庁における障害者雇用の実態調査-就労パスポートの活用とチャレンジ雇用に着目して- p.30 ○宇野京子 岡山県総務部人事課 第3分科会「福祉から一般雇用への移行Ⅰ」 1 活躍し続ける就労を目指して就労移行支援事業所が考えておくこと~就労したASD者のケースの振り返りから~ p.32 ○中村大輔 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ草津 濱田和秀 特定非営利活動法人クロスジョブ 砂川双葉 特定非営利活動法人クロスジョブ 2 就職なんてどうでもいいからの変化~自己効力感を高める支援~ p.34 ○柴田友弥 社会福祉法人聖隷福祉事業団 聖隷チャレンジ工房浜松学園 3 文脈的行動科学のアプローチを用いた就労支援と今後の展望 p.36 ○下山佳奈 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 高津弘明 株式会社スタートライン 就労移行支援事業所るりはり 刎田文記 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 4 キャラバン企業説明会3年間の成果と今後について~障害者職業能力開発プロモーターの活用事例~ p.38 ○稲垣良子 名古屋市健康福祉局 5 各機関と連携を生かした一般就労に向けての取り組みについて~ジョブコーチ支援を通して~ p.40 ○角智宏 社会福祉法人清流苑 第4分科会「地域におけるネットワーク、連携」 1 質の高い就労定着支援を目指すための就労定着支援事業所の現状と課題 p.42 ○山口明乙香 高松大学 2 障害のある方が「戦力として働き続けるために必要なこと」を企業と共に考える-『企業連携会議』からの学び- p.44 ○伊藤真由美 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 持永恒弘 特定非営利活動法人クロスジョブ/元シャープ特選工業株式会社 濱田和秀 特定非営利活動法人クロスジョブ 砂川双葉 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ鳳 3 自立支援協議会はたらく部会における企業開拓~関係機関との連携による取組を通じて~ p.46 ○野村聡 柏市役所 ○八木原直彦 障害者就業・生活支援センタービック・ハート柏 ○久保千穂子 LITALICOワークス柏西口 4 シロイルカの調餌作業を受託して~水族館と複数就労継続支援事業所の挑戦~ p.48 ○山本直紀 社会医療法人清和会 就労継続支援A型・B型事業所「はまかぜ」 佐々木裕介 社会医療法人清和会 就労継続支援A型・B型事業所「はまかぜ」 岡﨑博子 社会医療法人清和会 就労継続支援A型・B型事業所「はまかぜ」 新家望美 社会医療法人清和会 就労継続支援A型・B型事業所「はまかぜ」 第5分科会「就労支援を支える人材育成」 1 就労支援機関管理者に対するWeb研修の開発-研修プログラムの実施と効果- p.50 ○大川浩子 北海道文教大学/NPO法人コミュネット楽創 本多俊紀 NPO法人コミュネット楽創 宮本有紀 東京大学大学院 2 障害者雇用で必要と考えられる職業準備性-移行支援事業所の支援者と雇用者の認識より- p.52 ○河合静夏 株式会社綜合キャリアトラスト SAKURA杉並センター ○長徳涼 株式会社綜合キャリアトラスト SAKURA長野センター 瀧澤文子 株式会社綜合キャリアトラスト SAKURA杉並センター 金井優紀 株式会社綜合キャリアトラスト SAKURA杉並センター 3 職業リハビリテーションの現場における支援スーパーバイザーの導入と効果の検証 p.54 ○菊池ゆう子 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 豊崎美樹 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 刎田文記 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 4 エビデンスに基づく実践に向けた人材育成の取り組み~支援者の働きがいがより良い実践へ~ p.56 ○田中庸介 一般社団法人キャリカ ○松岡広樹 一般社団法人キャリカ 第6分科会「発達障害」 1 第四の発達障害-定着できない境界知能者- p.58 ○梅永雄二 早稲田大学 教育・総合科学学術院 2 発達障害のある学生への就労準備プログラム働くチカラPROJECT~ライフスキル、ソフトスキルの支援と今後の展望~ p.60 ○渡辺明日香 株式会社エンカレッジ エンカレッジ早稲田駅前 ○高橋亜希子 株式会社エンカレッジ 玉井龍斗 株式会社エンカレッジ エンカレッジ早稲田駅前 南川茉莉花 株式会社エンカレッジ エンカレッジ早稲田駅前 3 自閉スペクトラム症の傾向がある精神障害者の雇用継続におけるソフトスキル支援の必要性について-離職事例より振り返る- p.62 ○立川未樹子 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺 濱田和秀 特定非営利活動法人クロスジョブ 砂川双葉 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ鳳 4 発達障害者の障害特性を踏まえた相談の進め方 p.64 ○我妻沙織 障害者職業総合センター職業センター 上村美雪 障害者職業総合センター職業センター 第7分科会「精神障害」 1 精神障害者と働く上司・同僚の負担感の悪影響およびポジティブな意識変化に関する研究 p.66 ○金本麻里 株式会社パーソル総合研究所 宇野京子 一般社団法人職業リハビリテーション協会/ハローワーク 松爲信雄 神奈川県立保健福祉大学/東京通信大学 2 デイケアにおける就労という目標を通した自己肯定感のレジリエンスの事例紹介 p.68 ○泊裕子 愛知県精神医療センター 3 自然を利用したリハビリテーションによる職業準備性ピラミッドへの影響-事例マトリックスを用いて- p.70 ○中塚智裕 NPO法人えんしゅう生活支援net 泉良太 聖隷クリストファー大学 藤田さより 聖隷クリストファー大学 冨澤涼子 秋田大学 古内秀司 NPO法人えんしゅう生活支援net 4 複数の先行研究から考察される「障害者手帳を所持していない精神障害者・発達障害者の就労実態等」について p.72 ○髙木啓太 障害者職業総合センター 増田保美 障害者職業総合センター 大石甲 障害者職業総合センター 中山奈緒子 障害者職業総合センター 布施薫 障害者職業総合センター 佐藤涼矢 障害者職業総合センター 大谷真司 障害者職業総合センター 第8分科会「難病/諸外国の取組」 1 難病 ダイバーシティ研修の取組み~企業及び就労支援者への研修等による取組みによる考察~ p.74 ○中金竜次 就労支援ネットワークONE 2 慢性の痛み患者への就労支援の推進に資する研究 p.76 ○橘とも子 国立保健医療科学院 中島孝 国立病院機構新潟病院 丸谷美紀 国立保健医療科学院 高井ゆかり 群馬県立県民健康科学大学 鈴木恵理 群馬県立県民健康科学大学 湯川慶子 国立保健医療科学院 松繁卓哉 国立保健医療科学院 3 難病患者の就労困難性に関する調査研究(1)-患者調査(特に障害者手帳のない難病患者について)- p.78 ○春名由一郎 障害者職業総合センター 大竹祐貴 障害者職業総合センター 野口洋平 元障害者職業総合センター 岩佐美樹 元障害者職業総合センター 中井亜弓 元障害者職業総合センター 4 難病患者の就労困難性に関する調査研究(2)-事業所調査及び支援機関調査- p.80 ○大竹祐貴 障害者職業総合センター 春名由一郎 障害者職業総合センター 野口洋平 元障害者職業総合センター 岩佐美樹 元障害者職業総合センター 5 我が国と諸外国での障害者雇用施策の共通性と相違点を明確にする共通比較枠組みの試案 p.82 〇下條今日子 障害者職業総合センター 春名由一郎 障害者職業総合センター 堀宏隆 障害者職業総合センター 武澤友広 障害者職業総合センター 藤本優 障害者職業総合センター 日高智恵子 障害者職業総合センター 研究・実践発表(口頭発表 第2部) 第9分科会「企業における採用・定着の取組Ⅱ」 1 社内支援技術向上を目的としたワーキンググループの取り組み p.86 ○豊崎美樹 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 ○菊池ゆう子 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 刎田文紀 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 2 OCRデータ転記・PC入力課題による業務適性把握と業務配置転換への活用 p.88 ○志村恵 日総ぴゅあ株式会社 市川洋子 日総ぴゅあ株式会社 3 企業で働く障害者のウェルビーイング(Well-being)を高めるプランド・ハップンスタンス理論の実践 p.90 ○梅澤馨 東急住宅リース株式会社 4「障害者雇用の取り組みから拡がるポジティブな意識変革」~当事者意識から生じたアクションに焦点をあてて~ p.92 ○木村昌子 社会福祉法人聖テレジア会 5 障害者雇用の促進と社員満足度向上を図るカフェスペースの設置~超短時間労働の業務創出から始める本業のキャリアへの接続~ p.94 ○工藤賢治 株式会社ゼネラルパートナーズ ○長尾悟 株式会社JBSファシリティーズ 第10分科会「職域拡大」 1 障害者の職域拡大~福祉職員だった私が、当事者になって今できる事②~ p.96 ○岩﨑宇宣 相模原市社会福祉事業団 障害者支援センター多機能型事業所 ○杉之尾勝己 相模原市社会福祉事業団 障害者支援センター多機能型事業所 ○井澤幸夫 相模原市社会福祉事業団 障害者支援センター多機能型事業所 ○峯村深 相模原市社会福祉事業団 障害者支援センター多機能型事業所 2 誰もが、楽しく、誇りをもって~男性育休職場支援「みなチャレ」開始とニューロダイバーシティ推進チーム編成・稼働~ p.98 ○小谷彰彦 あいおいニッセイ同和損害保険株式会社 3 障害者雇用の戦力化に向けたスキルアッププログラム~当事者同士で創りあげるゼロベースからのデジタル人材育成~ p.100 ○松尾明 株式会社マイナビパートナーズ 佐藤桃子 株式会社マイナビパートナーズ 文元竜大 株式会社マイナビパートナーズ 新倉正之 株式会社マイナビパートナーズ 4 視覚障害者主体の珈琲焙煎による新たな就業の可能性の検討 p.102 ○加藤木貢児 NPO法人みのり 領家グリーンゲイブルズ 大金智和 NPO法人みのり 領家グリーンゲイブルズ 眞田拳奨 5 デジタル技術を活用した障害者の業務に関するヒアリング調査結果の報告-デジタル関連業務の4つのパターン- p.104 ○中山奈緒子 障害者職業総合センター 秋場美紀子 元障害者職業総合センター 大石甲 障害者職業総合センター 堂井康宏 障害者職業総合センター 永登大和 障害者職業総合センター 第11分科会「福祉から一般雇用への移行Ⅱ」 1 授産取引関係を通じた福祉的就労から雇用へのアプローチ p.106 ○眞保智子 法政大学 2 多機能型事業所の就労への取組について p.108 ○長峯彰子 新宿区勤労者・仕事支援センター わーくす ここ・から 3 企業と福祉の協働による知的障がい者の就業定着への挑戦~「キヤノンウィンドモデル」の実践を通して~ p.110 ○丹羽信誠 社会福祉法人暁雲福祉会 「八風・be」 小林 浩 大分キヤノン株式会社 4 就労選択支援で職業訓練を選択する際のポイント~職リハにおけるSDM(Shared Decision Making)~ p.112 ○柳恵太 国立職業リハビリテーションセンター 成田賢司 国立職業リハビリテーションセンター 5 完全在宅就労移行支援による、在宅勤務就労事例 p.114 ○木村志義 一般社団法人ペガサス 第12分科会「職業評価・アセスメント」 1 継続的な就労に課題のある就労移行支援事業所に通所する成人に対する刺激等価性/関係フレーム理論に基づく訓練の実施とその効果 p.116 ○岩村賢 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 高津弘明 株式会社スタートライン るりはり大宮 清水菜津子 株式会社スタートライン るりはり大宮 刎田文記 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 2 就労継続支援A型で「厚生労働省編一般職業適性検査」を用いて自己理解を深め、一般就労へ向けた支援の一事例 p.118 ○中島実優 ヴィストジョブズ金沢入江 3一般校からの就労相談にTTAP・BWAP2を活用したケース~アセスメントを通じての、家庭・関係機関との連携~ p.120 ○酒井健一 社会福法人釧路のぞみ協会 自立センター くしろ・ねむろ障がい者就業・生活支援センターぷれんスタッフ一同 4 MWS社内郵便物仕分(簡易版)による応用的アセスメント法の検討~健常者データの詳細な項目分析を通じて~ p.122 ○知名青子 障害者職業総合センター 渋谷友紀 障害者職業総合センター 清水求 元障害者職業総合センター 5「実行機能」の視点を用いた効果的なアセスメント及び支援に関する研究-実行機能に困難のある対象者の支援に関する調査から- p.124 ○宮澤史穂 障害者職業総合センター 渋谷友紀 障害者職業総合センター 三浦卓 元障害者職業総合センター 第13分科会「知的障害」 1 エージェントサービスからの企業就労と定着支援について 126 ○矢嶋志穂 株式会社ゼネラルパートナーズ 2 体操、座学、畑作業を組合せた学習プログラムが知的障がいのある青年の認知発達に与える影響についての継続的な研究 p.128 ○外山純 NPO法人ユメソダテ/よむかくはじく有限責任事業組合 前川哲弥 NPO法人ユメソダテ/株式会社夢育て 3 体操、座学、畑作業を組合せた学習プログラムの概要と知的障がいのある青年の行動変化及び生涯学習法としての活用可能性について p.130 ○前川哲弥 NPO法人ユメソダテ/株式会社夢育て 外山 純 NPO法人ユメソダテ/よむかくはじく有限責任事業組合 4 能力に応じた業務の選定に関する検討①~ジョブマッチングシートの作成~ p.132 ○横川拓也  株式会社ドコモ・プラスハーティ 佐藤資子 社会福祉法人武蔵野千川福祉会 チャレンジャー 菅野敦 東京学芸大学 5 能力に応じた業務の選定に関する検討②~ジョブマッチングシートの活用~ p.134 ○佐藤資子 社会福祉法人武蔵野千川福祉会 チャレンジャー 横川拓也 株式会社ドコモ・プラスハーティ 菅野敦 東京学芸大学 第14分科会「復職支援 1 実践事例報告)視覚障害者の復職支援 初期相談~雇用管理サポート~職業訓練・就労移行支援の活用 p.136 ○星野史充 社会福祉法人名古屋ライトハウス 情報文化センター ○熊懐敬 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) ○松野裕一 社会福祉法人名古屋ライトハウス 名古屋東ジョブトレーニングセンター 神田信 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 中村太一 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 原田佳子 社会福祉法人名古屋ライトハウス 名古屋東ジョブトレーニングセンター 2 リワークプログラムにおけるメタ認知療法の活用:再発防止への新たなアプローチ p.138 ○松石勝則 3 職場復帰に向けた調整のための効果的なアセスメントの実施方法  p.140 ○古野素子 障害者職業総合センター職業センター 森田愛 障害者職業総合センター職業センター 4 理学療法士として働いていたが脳腫瘍を発症し、自分が同職場に復帰した後に思う、療法士業務の捉え方 p.142 ○岡本拓真 千葉大学医学部附属病院 森田光生 千葉大学医学部附属病院 天田裕子 千葉大学医学部附属病院 5 脳卒中患者の職業復帰-通勤,自動車運転について- p.144 ○中村優之 医療法人のぞみ会 のぞみリハビリテーション病院 臂美紅 医療法人のぞみ会 のぞみリハビリテーション病院 白戸夏美 医療法人のぞみ会 のぞみリハビリテーション病院 富井豊人 医療法人のぞみ会 のぞみリハビリテーション病院 高野尚治 医療法人のぞみ会 のぞみリハビリテーション病院 第15分科会:高次脳機能障害 1 高次脳機能障害のある方の就労に向けて支援者が担う役割について考える~支援者の立場から~ p.146 ○角井由佳 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 梅坪千晴 株式会社ファミリーマート A店 濱田和秀 特定非営利活動法人クロスジョブ 砂川双葉 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ鳳 2 高次脳機能障害のある方の就労に向けて支援者が担う役割について考える~企業の立場から~ p.148 ○梅坪千晴 株式会社ファミリーマート A店 角井由佳 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 3 複合的な要因を抱え難渋した復職支援における就労継続支援B型の包括的な関わりについて~家族支援と定着支援を含めた取り組み~ p.150 ○伊藤裕希 特定非営利活動法人コロポックルさっぽろ 内田由貴子 脳損傷友の会コロポックル 藪中弘美 脳損傷友の会コロポックル 尾崎聖 相談室コロポックル 比内啓之 就労継続支援B型事業所クラブハウスコロポックル 田中あゆ 就労継続支援B型事業所クラブハウスコロポックル 伊部友里子 就労継続支援B型事業所クラブハウスコロポックル 久守陽子 就労継続支援B型事業所クラブハウスコロポックル 4 就労希望のある亜急性期脳損傷患者データベースによる復帰群と外来移行群の比較 p.152 ○中村滉平 浜松市リハビリテーション病院 上杉治 浜松市リハビリテーション病院 阿部幸栄 浜松市リハビリテーション病院 古橋拓巳 浜松市リハビリテーション病院 越前桂伍 浜松市リハビリテーション病院 5 高次脳機能障害者の自己理解を進めるための支援技法の開発 p.154 ○狩野眞 障害者職業総合センター職業センター 古野素子 障害者職業総合センター職業センター 研究・実践発表(ポスター発表) 1 当事者団体が取り組む視覚障害者の就労支援 -活動実績と課題- p.158 ○中村太一 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) ○熊懐敬 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) ○山田尚文 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 石原純子 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 梅沢正道 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 大岡義博 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 大橋正彦 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 神田信 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 重田雅俊 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 芹田修代 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 町田真紀 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 2 社会への復帰を就労移行支援での立場から考える~交通事故から復職を諦め、新規就労までの道のり~ p.160 ○古瀬大久真 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ福岡 濱田和秀 特定非営利活動法人クロスジョブ 砂川双葉 特定非営利活動法人クロスジョブ 3 委託訓練事業を利用した就労支援に係る地域ネットワークの構築について p.162 ○齋藤貴大 岩手県社会福祉事業団 岩手県立療育センター 4 肢体不自由特別支援学校における一般就労を見据えた支援の在り方に関する一考察 p.164 ○愛甲悠二 埼玉県立越谷特別支援学校 5 大阪府立支援学校におけるロボットを用いた遠隔就労体験実習に関する事例研究 p.166 ○西出一裕 大阪府立堺支援学校 6 模擬訓練を実施してからの企業への情報移行と就職への試み p.168 ○堀田正基 特定非営利活動法人社会的就労支援センター 京都フラワー 7 障害者への就労支援者に対するPBT(プロセスベースドセラピー)を活用したサポート事例 p.170 ○四戸裕歩 株式会社スタートライン メンバーサポート東日本ディビジョン 刎田文記 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 菊池ゆう子 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 豊崎美樹 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 8 就労支援機関における精神障がい者への支援について~当センター卒業生への評価をもとにした一考察~ p.172 ○古野智也 就労支援センター「緑の里」 9 活躍する人材を生み出す職場-採用から職場定着に重要な要素とは- p.174 ○渡邉貴宏 山田コンサルティンググループ株式会社 10 精神障害のある労働者の等級・疾患と就業状況との関連について(その1) p.176 ○浅賀英彦 障害者職業総合センター 渋谷友紀 障害者職業総合センター 田中規子 障害者職業総合センター 五十嵐意和保 障害者職業総合センター 堂井康宏  障害者職業総合センター 11 精神障害のある労働者の等級・疾患と就業状況との関連について(その2): 配慮等の実施有無を中心に p.178 ○渋谷友紀 障害者職業総合センター 浅賀英彦 障害者職業総合センター 五十嵐意和保 障害者職業総合センター 田中規子 障害者職業総合センター 堂井康宏 障害者職業総合センター 12 職場復帰支援におけるキャリア再形成支援の実態調査 その1-医療機関、地域センターへのアンケート調査からの一考察- p.180 ○齋藤友美枝 障害者職業総合センター 知名青子 障害者職業総合センター 八木繁美 障害者職業総合センター 浅賀英彦 障害者職業総合センター 宮澤史穂 障害者職業総合センター 堂井康宏 障害者職業総合センター 13 職場復帰支援におけるキャリア再形成支援の実態調査 その2-医療機関、EAP機関、地域センターヒアリング調査からの一考察- p.182 ○知名青子 障害者職業総合センター 齋藤友美枝 障害者職業総合センター 八木繁美 障害者職業総合センター 宮澤史穂 障害者職業総合センター 浅賀英彦 障害者職業総合センター 堂井康宏 障害者職業総合センター 14 精神障害のある対象者に向けたPBT・ACTアプローチの実践と結果について p.184 ○市野安納 株式会社スタートライン メンバーサポート東日本ディビジョン 豊崎美樹 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 菊池ゆう子 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 刎田文記 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 15 障害者職業センターにおけるソフトスキルのアセスメントの活用~BWAP2を用いた就職前から職場定着までの支援~ p.186 ○乗田開 広島障害者職業センター 16 能力開発施設を利用する配慮を要する受講者の就職支援について p.188 ○石井尚希 山形職業能力開発促進センター ○須藤仁志 山形職業能力開発促進センター 高柳裕子 山形職業能力開発促進センター 桑原博一 山形職業能力開発促進センター 瀬戸文善 山形職業能力開発促進センター 鈴木菜津美 山形職業能力開発促進センター 17 発達障害のある生徒の進路指導を支える機関連携の在り方①:発達障害者支援センター、障害者就業・生活支援センターへの調査から p.190 ○榎本容子 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 相田泰宏 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 伊藤由美 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 小澤至賢 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 18 発達障害のある生徒の進路指導を支える機関連携の在り方②:特別支援学校への調査から p.192 ○相田泰宏 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 榎本容子 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 伊藤由美 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 小澤至賢 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 19 高次脳機能障がい者に対する職場定着に向けた取り組み p.194 ○安藤美幸 医療法人堀尾会 熊本託麻台リハビリテーション病院 平田好文 医療法人堀尾会 熊本託麻台リハビリテーション病院 20 キャリア中期の脳卒中患者の「働く意味」再構築のプロセス-復職に焦点をあてて- p.196 ○日下真由美 成城リハビリテーション病院 八重田淳 筑波大学 21 就労移行支援事業所クロスジョブとなやクリニックの連携-医療機関と地域移行・就労の連携時の情報共有、タイミングについて- p.198 ○谷口将太 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺 濱田和秀 特定非営利活動法人クロスジョブ 巴美菜子 特定非営利活動法人クロスジョブ 砂川双葉 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ鳳 古瀬大久真 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ福岡 納谷敦夫 なやクリニック 俵あゆみ なやクリニック 江尻知穂 なやクリニック 22 現場実習の効果的な利用について~就労支援事業所(就労移行支援事業所・就労継続支援B型事業所)からの視点~ p.200 ○長峯彰子 新宿区勤労者・仕事支援センター わーくす ここ・から 23 社員のキャリア形成を考える~キャリアアップを見据えた異動、活躍機会を創る業務付与やキャリア研修の取り組み~ p.202 ○齊藤朋実 第一生命チャレンジド株式会社 伊集院貴子 第一生命チャレンジド株式会社 越後和子 第一生命チャレンジド株式会社 24 本社移転の取り組み 変化と進化 p.204 ○瀬戸博美 株式会社キユーピーあい 山根真希 株式会社キユーピーあい 25 公開空地の除草作業による在職障害者の健康への効果 p.206 ○長沼宏之 株式会社DNPビジネスパートナーズ 國行淳 株式会社DNPビジネスパートナーズ 芦田太郎 株式会社DNPビジネスパートナーズ 26 障害者雇用支援従事者に対するEEMMグリッド面談の実践 p.208 ○三國史佳 株式会社スタートライン 障害者雇用支援事業 豊崎美樹 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 菊池ゆう子 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 刎田文記 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 27 マジの就労支援~社訓「やってみよう!」でホントに色々やってみた!~ p.210 ○井上 渉 就労移行支援事業所INCOP京都九条 ○森玲央名 就労移行支援事業所INCOP京都九条 28 鳥取県米子市における地方での就労移行支援の歩み~地域のニーズに合わせた取り組みからの学び~ p.212 ○村岡美咲 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ米子 ○松尾亜紀 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ米子 濱田和秀 特定非営利活動法人クロスジョブ 濱田真澄 特定非営利活動法人クロスジョブ 砂川双葉 特定非営利活動法人クロスジョブ 29 45大学×6社による障害学生向けキャリア教育プラットフォーム「家でも就活オンライン カレッジ」の取り組み p.214 ○遠藤侑 株式会社エンカレッジ ○小川健 株式会社エンカレッジ 30 雇用・就労支援担当者のリカレント教育 p.216 ○松爲信雄 神奈川県立保健福祉大学 31 疾病や障害により慢性的な痛みを持つ患者への就労支援の推進に資する研究-患者への聞き取り調査より p.218 ○丸谷美紀 国立保健医療科学院 高井ゆかり 群馬県立県民健康科学大学 鈴木恵理 群馬県立県民健康科学大学 橘とも子 国立保健医療科学院 32 軽度認知症の人の就労的活動に関する事業所職員の認識についてのインタビュー調査 p.220 ○加茂永梨佳 神戸大学大学院 古和久朋 神戸大学大学院 四本かやの 神戸大学大学院 33地域の就労支援機関における就労支援実務者の専門性と支援力の向上への効果的取組に関するヒアリング調査結果 p.222 ○藤本優 障害者職業総合センター 大竹祐貴 障害者職業総合センター 春名由一郎 障害者職業総合センター 稲田祐子 障害者職業総合センター 堀宏隆 障害者職業総合センター 34 職場における情報共有の課題に関する研究①-業務指示伝達に関するアンケート結果報告- p.224 ○大石甲 障害者職業総合センター 伊藤丈人 障害者職業総合センター 永登大和 障害者職業総合センター 布施薫 障害者職業総合センター 35 職場における情報共有の課題に関する研究②-業務指示以外の情報共有に関するアンケート結果報告- p.226 ○伊藤丈人 障害者職業総合センター 大石甲 障害者職業総合センター 永登大和 障害者職業総合センター 布施薫 障害者職業総合センター 36 中高年齢障害者の雇用管理・キャリア形成支援に関する検討(その1)-障害者就業・生活支援センター調査の結果から- p.228 ○武澤友広 障害者職業総合センター 春名由一郎 障害者職業総合センター 堀宏隆 障害者職業総合センター 宮澤史穂 障害者職業総合センター 37 中高年齢障害者の雇用管理・キャリア形成支援に関する検討(その2)-事業所及び障害者調査の結果から- p.230 ○梅原瑞幾 障害者職業総合センター 宮澤史穂  障害者職業総合センター 春名由一郎 障害者職業総合センター 稲田祐子 障害者職業総合センター 堀宏隆  障害者職業総合センター 武澤友広 障害者職業総合センター 中野善文 障害者職業総合センター ※ 研究・実践発表(口頭発表・ポスター発表)の発表論文は、発表者からいただいた内容を掲載しています。なお、当機構以外の研究・実践発表については、当機構としての見解を示すものではありません。 障害者職業総合センター研究員による発表論文に関するお問合せ窓口 障害者職業総合センター研究企画部企画調整室 Tel:043-297-9067 e-mail:vrsr@jeed.go.jp p.2 特別講演「障害者を中心にした障害者雇用体制の構築~職場、家庭、地域の就労支援ネットワークによる支援とともに~」 岡山弘美(奈良県立医科大学発ベンチャー認定企業 株式会社MBTジョブレオーネ 代表取締役) はじめに 障害者雇用における大事な視点は、障害者の職業の安定を図ることを目的に、職業生活において自立するための措置を講じていくことだと思います。奈良県立医科大学(以下「奈良医大」という。)の障害雇用は障害者が自立して働ける環境づくりを目指して取り組んできました。 本講演では、奈良医大の障害者雇用の取り組みを紹介するとともに、奈良医大で働く障害者たちがどんな思いを持って、どんなことを目指して働いているのか、奈良医大で“働く”ことを通じてどう成長していったかを知っていただきたいと思います。 1 障害者雇用取り組みのきっかけ 奈良医大が障害者雇用に取り組んだのは平成25年度からです。その理由は、法定雇用率が達成できなくなったからです。平成23年度に法定雇用率を下回り、労働局から厳しい指摘を受けました。そこで、まず5人を採用することから始め、平成25年度で法定雇用率を満たすために16人不足していたところ一気に採用を進め、平成27年度には不足数を0人としました。 2 障害者雇用の行き詰まり 当初は受入体制を十分に整えておらず、各職場からその日、その日ごとに業務の依頼を受けていましたが、業務依頼が毎日ある訳でなく、業務の範囲が広がりませんでした。 また、障害者の特性(表現できない、意思疎通できない、自制できない等)や雇用側の理解不足等から、トラブルは少なくありませんでした。例えば、障害者同士の衝突、周囲の人(患者等)とコミュニケーションがとれず苦情が入る、支援者とそりが合わず情緒が不安定になる等の出来事が頻繁に起こりました。 3 受入体制の整備 (1) 障害者雇用の中心となる組織の設置 障害者雇用を片手間ではなく、専属的に行う部門として、平成27年度に人事課に障害者雇用 p.3 推進係を設け、障害者雇用推進マネージャー、支援員等の職員を配置し、業務の手順指導や進捗管理、勤務姿勢の指導などを行うこととしました。 (2) 附属病院との連携体制 障害者が担う業務を広げていくために、附属病院との連携を強化しました。病院では病室の清掃、ベッドメーク等の障害者が担える業務が数多くあると思われたことから、病院長や看護部長等に働きかけました。当初は「重い病気を抱えた患者への対応が障害者にできるのか」、「緊急事態が発生した時は大丈夫か」といったネガティブな意見が聞かれましたが、障害者の働きぶりに評価をいただき、また看護師等の働き方改革にもつながったことから、現在では、病院内のいろいろな職場から業務の依頼をしてもらえる存在となりました。近年では、新型コロナウイルス感染拡大時、感染した入院患者さんは病棟から出ることができなかったため、障害をもつ係員が必要物のリストとお金を預かり、院内のコンビニエンスストアで買い出しする業務も任されました。 院内の各部署間で連携を強化する体制として、障害者雇用推進係が、特に看護部とは定期的に幹部(副部長、看護師長等)とミーティングを行い、依頼業務の調整、業務の進捗状況、現場での問題点や課題の共有等を行っています。 (3) 安定して働いてもらうための就労支援センターや家庭等との連携 雇用管理上の課題としては、仕事をさぼったり、私生活でトラブルが起こったり等予期せぬ事態が度々起こります。また奈良医大という公的な機関で就労することについては、本人や家族の希望・期待が大きく、その希望・期待に反して本人の適性や意欲と就労とにミスマッチが発生するケースもあります。そのような事態が起こった場合、雇用を続けていくかどうか大変シビアな問題に直面しますが、判断を下さなければならない場面も多々あります。就労支援センターや就労移行支援事業所等とは日頃から定期的に障害者個々の状況等について情報共有するとともに、雇用する側と家庭との架け橋になっていただいています。 4 障害者が自立して働ける体制づくり~任せる、認める、感謝する~ 私は①任せる、②認める、③感謝する、を就労支援の柱として取り組んできました。その結果、奈良医大で働く障害者たちは、自分の思いや目標を持って働ける労働者に成長しています。 ①奈良医大では基本的に障害者だけのチームに現場を任せています。また、係員には携帯電話を持たせ報・連・相を徹底させていることから、チームで仕事をしているとの意識も高いです。実習生が来た時も指導は障害者に任せており、人に指導もできるレベルになっています。 ②毎日仕事をしていると、時には勝手な判断をする、抜け落ちる、忘れることがありますが、一生懸命取り組んだ結果なのだから非難するのではなく、ちゃんとできたことは認めてあげて、できなかったことはなぜできなかったのかを考えてもらうようにしています。 また現場の管理者(看護師長等)も障害をもつ係員の仕事を認めて信頼関係が成立しており、 p.4 障害者が安心して働ける環境となっています。 ③誰もが他人から感謝されることに喜びを感じます。言われて嬉しい言葉は「ありがとう」ではないでしょうか。任せた仕事をしっかり遂行できたら感謝の気持ちを伝えています。感謝の気持ちが、障害をもつ係員のモチベーションです。 5 障害者雇用への本人たちの思い 障害をもつ係員は、自分の願いや目標をしっかりと持って働いています。中でも、患者さんから「ありがとう。」と声をかけられることに何よりも喜びを感じています。そしてその一言が「患者さんのために働きたい」というやる気につながり、働くことに喜びを感じ、社会の一員としての自覚が生まれています。そんな姿を見ていると、「働く」ことの原点を教えてもらっている気がします。支援者と言いながら障害をもつ係員たちに教わることが多く、私も成長させてもらいました。そんな彼(彼女)らに恩返しができるよう障害者の雇用支援に関わっていくことが私の使命だと思っています。 p.5 p.6 パネルディスカッションⅠ「職場でのコミュニケーションの課題について考える」 職場における情報のやり取りについて、障害に起因する課題を抱える障害者が多く、近年、テレワーク等の広がりもあり、職場でのコミュニケーションのあり方は変化してきています。 このような変化の機会をとらえて、本パネルディスカッションにおいては、改めて障害者が、職場における情報のやり取りについてどのような課題に直面し、どのような配慮を必要としているのかを明らかにするとともに、職場において情報を共有するための取組や工夫等について意見交換を行います。 コーディネーター 伊藤丈人(障害者職業総合センター 上席研究員) p.7 パネリスト 外谷渉氏(株式会社ラック サイバーセキュリティプラットフォーム開発統括部 開発部 第三グループ グループマネジャー)(東京都千代田区) 視覚障害・発達障害のある社員複数名を含んだチームにおける、業務指示伝達や業務外の活動も含めた交流の推進に関する取組・工夫について、事例を交えてご紹介いただきます。 辻敏彦氏(阪和ビジネスパートナーズ株式会社 業務開拓推進部長)(大阪府大阪市) 障害者のテレワークを定着させるための様々な取組を中心に、障害のあるテレワーク社員のチーム内におけるコミュニケーションの方法や工夫について、事例を交えてご紹介いただきます。 平賀正樹氏(みずほビジネス・チャレンジド株式会社 企画部 職場定着支援チーム 定着支援コーディネーター)(東京都町田市) 定着支援コーディネーターによる様々な社員のサポート支援、社内でのコミュニケーションにおける工夫・情報共有の方法について、事例を交えてご紹介いただきます。 岡耕平氏(学校法人大阪滋慶学園 滋慶医療科学大学大学院 教授)(大阪府大阪市) チャットや社内SNSの利用等におけるコミュニケーション手段の変化、多様化が進む現代の職場で、そうした変化が障害者に与える影響について解説いただき、インクルーシブなチーム形成を目指すために重要な視点について、お話しいただきます。 p.8 p.9 p.10 パネルディスカッションⅡ「障害者就労支援を支える専門人材を育てる~福祉と雇用の切れ目のない支援に向けて~」 近年の障害者の就労可能性の急速な拡大を踏まえ、福祉分野の就労支援と雇用分野の職業リハビリテーションの切れ目のない支援に向け、多様な障害種類・程度の障害者と企業の双方のニーズに対して多分野連携の促進を含めて効果的に対応できる専門人材の育成が喫緊の課題となっています。 このような中、本パネルディスカッションでは、障害者就労支援の共通基盤を確認するとともに、就職前の支援と就職後の支援、障害者支援と事業主支援、医療や福祉と雇用支援といった具体的な局面において切れ目のない支援を実現できる専門人材の育成・確保に向けて意見交換を行います。 コーディネーター 春名由一郎(障害者職業総合センター 副統括研究員) p.11 パネリスト 市川浩樹(障害者職業総合センター 職業リハビリテーション部 次長)(千葉県千葉市) 来年度から実施を予定している福祉と雇用の就労支援者を対象とした「雇用と福祉の分野横断的な基礎的知識・スキルを付与する研修」について、その内容と準備状況を報告します。 堀江美里氏(特定非営利活動法人WEL'S 障害者就業・生活支援センター WEL'S TOKYO センター長兼主任職場定着支援担当)(東京都千代田区) 福祉や生活支援、就労移行支援、障害者就業・生活支援センター等の事業を行う法人における、ソーシャルワークを基盤とする就労支援人材輩出のポイントについて、事例を交えてご紹介いただきます。 齊藤朋実氏(第一生命チャレンジド株式会社 ダイバーシティ推進部 課長)(東京都北区) 企業内における障害者の能力発揮・向上、障害者雇用の質の向上、企業経営との相乗効果や職場の上司や同僚等との協力を促進できる支援人材育成のポイントについて、福祉分野の支援者にも分かりやすく、事例を交えてご紹介いただきます。 藤尾健二氏(特定非営利活動法人全国就業支援ネットワーク 代表理事)(千葉県千葉市) 従来は医療や生活面の課題により就労が困難であった障害者について、地域の医療機関や福祉機関と連携し、職業生活を支える地域体制を構築していく人材育成のポイントについて、事例を交えてご紹介いただきます。 p.12 p.13 研究・実践発表 口頭発表第1部 p.14 特例子会社における障がい者の組織適応課題:インタビュー調査を通じた実証分析 ○福間隆康(高知県立大学 准教授) 1 はじめに 民間企業に勤務している障がい者の前職の離職理由として、「障害・病気のため」、「人間関係の悪化」、「業務遂行上の課題」、「労働条件が合わない」といった項目が上位に挙げられている1)。また、離職を防ぐために職場で取られるべき措置や配慮として、「調子の悪いときに休みを取りやすくする」、「能力が発揮できる仕事への配置」、「職場でのコミュニケーションを容易にする手段や支援者の配置」が効果的であるという結果が示されている2)。これらは、体調面や労働時間の配慮、人事管理の充実や配置転換の配慮、さらには十分なコミュニケーションや定期的な相談の必要性を示唆している。つまり、入社後の組織適応過程における企業側の配慮や、職場におけるストレスフルな状況が、精神的症状や離転職意思に影響を与えると考えられる。 組織に参入した個人が最初に直面する適応課題は、リアリティ・ショックへの対処である3)。キャリア初期には個人が直面しうる問題が存在し、それが解決されない場合、①高い可能性を持つ新人の辞職、②モチベーションの喪失と自己満足の学習、③キャリア初期における能力不足の発見が遅れること、④キャリア後期に必要とされる価値観や態度とは異なるものを学習してしまう、といった否定的な結果を招く可能性がある4)。したがって、リアリティ・ショックを克服することが、円滑な組織社会化につながると言える。しかしながら、中途採用が多い障がい者にとっての組織適応課題は、リアリティ・ショックにとどまらない。 そこで本研究では、リアリティ・ショック以外の障がい者の組織適応課題を明らかにすることを目的とする。具体的には、入社1年目から5年目までのキャリア初期に着目し、各年次における適応課題を解明する。それにより、各ステージにおいて適切なサポートや具体的な方策を提示することが可能になると考えられる。 2 調査対象・方法 障がい者の組織適応課題を明らかにするため、特例子会社(X社)に勤務する入社1年目から5年目の障がい者を対象にインタビュー調査を実施した。調査期間は2024年3月26日から2024年3月28日までである。インタビュー対象者のプロフィールは表1に示されている。 インタビューは、長いもので60分、短いもので40分程度であった。質問項目は事前にガイドラインを用意したが、インタビュー対象者の語りに合わせて自由に聞き取りを行う半構造化面接の形式で実施した。 表1 調査協力者の属性 3 結果 分析の結果、特例子会社における障がい者の組織適応課題として、12項目が抽出された(表2)。 「不安とプレッシャー」は、新入社員が新しい環境や役割に適応する際に感じる心理的負担であり、特に仕事に対する不安やプレッシャーが強まることが特徴的である。これは、すべての新入社員に共通する課題であり、新しい環境への適応能力が特に求められる。また、「コミュニケーション不安」に関しては、新しい職場での人間関係構築やコミュニケーションにおいて、距離感や不安を感じることがあり、これが仕事の進行に影響を及ぼす可能性がある。この課題も、新しい組織に適応するすべての新入社員に共通するものである。 「役割理解と期待」においては、入社3年目の社員が役割の期待と実際の仕事内容とのギャップに直面し、その適応に苦労することがある。これは、一定の経験を積んだ社員が新たな期待に応える際に感じる心理的負担として、すべての中堅社員に共通する課題である。「リーダーとしての役割適応」に関しては、リーダーシップが求められるポジションに昇進する際に、新たな責任や役割に適応する必要があり、これが心理的負担となることがある。この課題は、管理職に昇進する社員が直面する共通の課題である。 「異動による新しい環境への不安」においては、異動により新しい部署や環境に適応する際の不安やストレスは、経験年数に関わらず、異動するすべての社員に共通する課題である。「新しいチームへの適応不安」に関しては、新しいチームや部署に配属された際、仕事内容が変わらなくても、人間関係の再構築に対する不安が生じることがある。この課題も、新しいチームに配属されるすべての社員に共通する課題である。 このように、組織社会化の課題は、社員のキャリアス p.15 テージや組織内での役割の変化に伴って生じる共通の課題であると考えられる。 本稿において、障がい者固有の適応課題も見出された。障がい者固有の課題は、個々の障がいの特性に根ざしたものであり、特定の年次に限らず、キャリア全体にわたって持続または再発する可能性がある。 組織社会化課題と障がい者固有の課題は、互いに密接に関連し、影響し合う関係にある。組織社会化課題は、社員が新しい環境や役割に適応する際に生じる一般的な課題であり、すべての社員が経験するものである。しかし、障がい者固有の課題が存在することで、これらの組織社会化課題がさらに複雑化し、適応が難しくなることがある。例えば、入社初期に感じる「不安とプレッシャー」は、発達障がい者の場合、「自己効力感の低下」と組み合わさることで、適応がより困難になることが考えられる。また、メンタルヘルスの問題がある精神障がい者にとって、リーダーへの昇進や役割適応といった組織社会化課題は、過去のトラウマや感情コントロールの難しさと相互に影響し合い、さらなるストレスを引き起こすことがある。これらの課題は相互に強化し合い、障がい者の組織適応を妨げる要因となり得るため、両者を統合的に理解し、支援するアプローチが必要である。 表2 特例子会社の障がい者の組織適応課題 4 考察 ここからは、特例子会社における障がい者の組織適応課題に関する分析結果について、Schlossbergの4Sモデル5)に基づき考察を進めていく。 入社1年目の発達障がい者が感じる「不安とプレッシャー」を軽減するためには、まず彼らの状況を正確に理解することが重要である。新しい環境や仕事への適応が原因で不安を感じることは多いが、この不安は通常一時的なものであり、適切な支援があれば軽減される。自己の観点からは、仕事の重要性を再確認し、他の生活領域(家庭や趣味)とのバランスを取りつつ、自分の強みや成長を認識させることで、自信を回復させることが重要である。支援の側面では、メンターや同僚からの励ましや実質的なサポートが不可欠である。これにより、新入社員は「他人に迷惑をかけている」という感覚を軽減し、自己評価を高めることができる。戦略としては、職場での役割を小さなステップに分けて達成することで、成功体験を積み重ね、不安をプラスの方向に転換することが効果的であろう。 入社して3年目の身体障がい者が感じる「役割理解と期待」の課題に対処するには、まず状況の理解が重要である。期待された役割と実際の仕事内容のギャップは、プレッシャーや不安の原因となる。しかし、これは個々の障がいの特性や職務内容を考慮し、事前に適切な期待設定を行うことで軽減できる。自己の側面では、自分の役割に対する理解と仕事の重要性を再確認し、強みを活かす業務に集中できるようサポートすることが大切である。また、支援として、上司や同僚からのフィードバックを通じて役割に対する適切な期待値を調整し、定期的なコミュニケーションを図り、役割理解を深める機会を提供することが求められる。戦略としては、業務内容を段階的に理解し、徐々に責任を持たせることでプレッシャーを軽減し、達成感を積み重ねる方法が効果的であろう。 「異動による新しい環境への不安」は、精神障がい者が5年目に直面する特有の課題である。この課題に対処するためには、まず異動による環境変化が精神的な負担となり、不安を引き起こす原因であることを理解することが重要である。自己の側面では、新しい環境への適応力を高めるために、自分の強みや過去の適応経験を活かすことが求められる。支援としては、新しい部署や同僚との関係を円滑にするためのオリエンテーションや、職場内のサポート体制を強化することが効果的である。特に、異動先でのメンター制度の導入が有効であろう。戦略としては、新しい環境への適応に向けた段階的な準備や、徐々に責任を増やしていくことで、安心感を持ちながら環境に慣れることが推奨される。 付記 本研究はJSPS科研費18K12999およびJSPS科研費22K02010の助成を受けたものである。本研究に関連し、開示すべきCOI関係にある企業等はない。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター『障害のある求職者の実態等に関する調査研究』,「調査研究報告書No.153」,(2020),p.21 2)前掲書1),p.22 3)尾形真実哉『若年就業者の組織適応:リアリティショックからの成長』,白桃書房(2020), p.31 4)Schein、 E. Career Dynamics: Matching Individual and Organizational Needs、 Addison-Wesley(二村敏子・三善勝代訳『キャリア・ダイナミクス』、白桃書房(1991)) 5)Schlossberg, N., Waters、 E., & Goodman、 J., Counseling adults in transition: Linking practice with theory (2nd ed.). Springer Publishing Co.(1995) p.16 地域社会と連携した障がい者雇用 ○坂井博基(ASKUL LOGIST株式会社 経営本部人事総務部 人財開発課長兼務人財採用課長) 田村拓也(国立大学法人九州工業大学 管理本部) 1 はじめに ASKUL LOGISTは2009年4月にアスクルサービスの物流効率向上と、一体的な事業展開を図ることを目的として設立されたロジスティックス事業会社になる。当社では、2012年以降、法定雇用率を超える障害者雇用を実現している(図1)。 特に福岡物流センターにおいては、2024年現在で30%以上の障害者雇用率を達成している。福岡物流センターは特別支援学校、就労支援機関、医療機関と適宜連携しながら、障害者雇用の取り組みを行っている。これらの取り組みについて紹介する。 2 福岡物流センターの障害者雇用の現状 (1) 雇用状況と職務内容 福岡物流センターでは、2024年8月現在、64名の障害者が勤務している。2012年3月に、特別支援学校からの新卒者を採用して以降、毎年採用を行っている(図2)。 会社見学⇒(体験・応募前)実習(3回)⇒応募⇒面接⇒採用の流れで応募者に対しての採用率は12年間で、100%となっている(会社側都合による不採用者がいない)。 ※特別支援学校、支援機関との連携を密に行うことで、100%採用が実現出来ている。 職務内容は、物流倉庫内での業務全般になり、それぞれの特性に合わせて配置を決定している。 (2) 職場環境と支援体制 職場環境改善を随時行ってきた。その多くは障害者向けに特化して考えているものではなく、すべての社員にとって働きやすいわかりやすい作業環境・作業を目指してきた。例えば、作業ミスをすると、振動で作業者に知らせるハンディターミナルや、写真付きになっている表示などの工夫もその一つである(図3)。 ユニバーサルデザインとなっていることも、多くの障害者社員を受け入れる要因となっている。 支援体制としては、当初、障害の有無に関わらず配属先のリーダーが業務指示を行い、個別で周囲がサポートしていたが、多くの障害者が在籍するようになった後は、ピアサポート、ピアティーチングが出来るようになっており、障害者社員同士で支え合うことが出来るようになった。次第に業務中の支援が不要になり、ナチュラルサポートに移行することが出来た。 (3) 研修とスキルアップ 新入社員に対しては、入社時教育で安全教育等の一般的な教育の他に、働く目的や目標等を確認するようにしている。日々の目標を確認して、毎日反省会を行い、目標を立てて取り組むことが習慣化されていくように実施している。入社前の実習時に様々な業務を経験して、好きな業務を確認して、その上で最終的にその業務が出来るように教育を行い、職域の幅を広げていくようにしている。 実習時から、Will-Can-Mustを意識して取り組み、将来的にはやりたいことが出来るようになるように、経験学習サイクルを意識して取り組んでいる。 3 特別支援学校との連携 (1) インターンシップや実習プログラム ASKUL LOGISTは、各地域の特別支援学校と協力し、短日のインターンシップや実習プログラムを実施している。 地域によって考え方は異なるが、最大限に制度活用して p.17 いるのは、福岡物流センターである。福岡物流センターでは特別支援学校高等部3年次に2週間の実習を2回、3週間程度の実習を1回行うようにしている。毎回違うテーマにすることで、違う経験が得られる。ともに振り返り、フィードバックすることで、経験学習が促進される。実習生の作業能力を示す作業性指標(以下「作業性」という。)の平均値は、各人の初回実習時を100%とすると、2回目では101-145%(平均116%)、3回目では109-155%(平均132%)と、実習時の作業性はより高まる傾向にある(図4)。 また障害者社員が増えることでピアティーチングが促進し、実習の中での習熟度も上がる傾向にある。 障害者社員が増えることで作業性は上がる事と、2019年以降コロナの影響で実習日数が減ったことで作業性が落ちていことが考えられた(図5)。 経験から学ぶことが多いことが理解出来る。学校と協力して実習を継続していくことが重要と考える。 (2) 教育カリキュラムの支援 特別支援学校では実習協力を得られる場合が多いが、普通高校では難しいこともあるが、一部の高等学校とは連携が出来るようになっており、より幅広く在学中の人材育成にも寄与出来るようになっている。 4 就労支援機関との協力 (1) 職業センター、就業・生活支援センターとの連携 継続的な雇用を進めていくなかで、職場適応援助者 (以下「ジョブコーチ」という。)の支援を積極的に受けるようにしている。配置型と訪問型の支援が基本としている。外部から公平な眼で見て、助言してもらうことを目的としている。 (2) 集中支援後のフォローアップ 集中支援後にフォローアップを行い、職場での適応状況や課題を確認し、必要に応じてその他の支援機関との連携の橋渡しをジョブコーチにお願いしている。長く働くなかで、初期の段階での福祉連携を行うことは、重要と捉えている。 5 医療機関との連携 (1) 定期健康診断事後指導 福岡物流センターでは、定期健康診断後に保健師および産業医による事後指導を行っている。理学療法士による運動機能測定も同じタイミングで実施して、長く働ける指導を医療機関と連携して実施している。幅広く医療や健康に関する知識を当事者にインプットすることで、通院治療継続、内服維持の促進につながっている。 (2) 産業医との連携 月に1回の産業医面談を産業医の指示および本人希望で実施している。平均で10〜15名/月の社員が健康相談を実施している。そこからの対応で、通院再開や、同行受診による企業と医療の情報連携につながったケースもある。 6 今後の展望 (1) 医療共同体と支援共同体の連携強化 これまでの取り組みを継続しつつ、さらに効率的かつ効果的な連携を目指していく(図6)。 (2) 企業間連携の推進 障害者雇用を広げていくためには、企業間の情報共有が重要になる。特に、各企業の担当者間での密な連携が必要であり、それを推進していく。 このような考え方を浸透させ、共生社会の実現に繋げていく。 連絡先 坂井博基 ASKUL LOGIST株式会社 e-mail hsakai@askullogist.co.jp p.18 精神障がい者0(ゼロ)からのスタートと他部署での活躍~サポートスタッフの雇用と定着のイニシアティブ~ ○関根理絵(株式会社IHI 人事部 本社人事グループ アシスタントマネージャー 看護師) 河西孝枝・三上浩平(株式会社IHI 人事部 本社人事グループ) 1 はじめに 株式会社IHIでは、2024年6月1日現在、障がいのある従業員が197名(雇用率:2.56%)在籍している。以前は障がいのある従業員の雇用の大半を、身体障がいのある従業員が占めていたが、2018年から精神障がいのある従業員の雇用を本格的に開始した。 まずは人事部本社人事グループ(以下「本社人事G」という。)にて、パートタイマーを含む5名の雇用から始まり、これまでに30名を採用してきた。現在はその内23名が在籍しているが、ほとんどの従業員が大きく体調を崩すことなく勤務している。更に、その内5名は既に本社人事Gから他部門へ異動し、異動先で戦力として活躍している。このような定着と活躍のポイントとして、『医療系資格を有するサポートスタッフの配置』と『障がいのある従業員の成長と活躍に資する環境整備』が挙げられる。今回は本社人事Gにおける体制づくりや取り組みを中心に報告する。 2 本社人事G 業務支援担当の設立 弊社では、1992年に障がいのある従業員の定着率向上のため、本社人事G内に障がいのある従業員のチームとして業務支援担当を設立した。当初は人事担当者が兼任で管理・運営を担っていたが、精神障がいのある従業員の雇用開始と同時に専任のサポートスタッフを配置、現在は3名のサポートスタッフが管理・運営している。 業務支援担当では、主に他部門から委託された業務を障がいのある従業員に分担して、本社人事Gの執務室内で作業している。 業務支援担当の設立当初は雇用率の達成が目標であったが、現在は障がいのある従業員の成長と活躍を伴う雇用の促進を目指している。 3 サポートスタッフの雇用・配置 精神障がいのある従業員の雇用開始にあたりハローワークから専門分野の知識を持つ支援者の専任に関するアドバイスを受けて、業務支援担当にサポートスタッフを採用・配置した。 2018年に精神科臨床経験が豊富で、精神障がいのある方の就労支援経験もある看護師を採用し、翌年以降に同じく就労支援経験のある作業療法士2名を順次採用した。 4 管理ツールの導入と面談 精神障がいのある社員向け自己管理ツールと定期的な面談を下表のとおり導入し、セルフケアにつなげている。 表1 面談の間隔と自己管理ツールの種類 5 本社人事G 業務支援担当の現状 (1) 採用 弊社では、将来的に最小限の配慮事項で自立して働ける人財を求めている。業務支援担当は現在、定型業務が減少し、複雑で非定型な業務が多くなっている。そのため、応募者に会社を知る機会を多く提供することで相互理解を深め、マッチング力を高めることを大切にしている。 ア 採用活動 「ハローワーク」「公益財団法人」「特別支援学校」「訓練校」等と連携しながら採用につなげている。 イ 会社見学 応募者の緊張を和らげ、会社の環境に慣れる第一歩として、会社見学の機会を設けている。 ウ 職場実習(最大5日間)・実技試験(最大1日) 応募者と会社のマッチングの場として職場実習を導入している。応募者は就業環境や業務への適性等を見極め、会社は配慮事項やその対策、体力面等を確認する。最終日の振り返り面談で互いの評価を確認・共有する。なお、職場実習に代えて採用選考で実技試験を実施することもある。 エ 採用選考 サポートスタッフと人事双方の視点から、配慮事項や能力・適性だけでなく、就労・成長意欲も含め合否判断する。 (2) 入社 障がいの個別性に応じて、雇用形態やサポート体制等で柔軟に対応し、ステップアップしていく機会を設ける。 p.19 ア パートタイマー(有期契約) 特性として、緊張の強い人が多く見られるため、パフォーマンスと回復速度を徐々に上げるべく、個別性に合わせた余裕のある勤務時間から開始することを提案している。また体力向上に応じて、勤務時間を少しずつ延長することで、無理のない勤務継続に配慮する。 イ 期間従業員(有期契約)ならびに正社員への転換 パートタイマーで勤務に慣れて、フルタイム勤務できる体調が整ったところで、次のステップとして期間従業員への転換(契約変更)を推奨する。期間従業員で業務の幅を広げながら1年以上問題なく勤務できた従業員から、正社員への転換を検討する。直近3年間で15名が転換している。 ウ サポートスタッフによる業務調整・支援 障がいのある従業員の入社当初は、サポートスタッフが業務内容や業務量を調整する。サポートスタッフは日常業務を通じて、障がいのある従業員が必要な知識・スキルを習得できる、自ら業務進捗を管理できるように支援する。体調管理についても面談と自己管理ツールでセルフケアを強化し、自立に向けて支援する。 (3) 教育 精神障がいのある従業員は主に中途入社であるが、実際には会社での業務経験の少ない者が多く、会社で働く上での必要な知識・経験が不足している。そのため、中途入社者向け社内教育では不十分で、新卒入社3年目までに受講する複数の社内教育を、障がいのある従業員向けに調整して実施してきた。現在は、健常者と障がいのある従業員が分け隔てなく受講できる仕組みに変更されている。 (4) 業務内容 2018年以前の委託業務は、毎年変化の少ない定例業務が中心であったが、2018年以降は社内報でのPR等を行なった結果、新規業務を開拓して、委託業務の幅や難易度が徐々に拡大してきた。その結果、定型業務は徐々に減少し、複雑な非定型業務や優先度の高い短納期の業務、突発的な内容変更など、委託元部門と調整しながら進める業務が増えている。サポートスタッフは、各々の業務に必要なスキルや難易度を把握した上で、個々のスタッフの体調やスキルレベル、業務負荷を考慮して業務付与を行なっている。その際には成長につながるように、難易度や必要なサポートの度合いも調整する。 更に最近では、IT・DX関連のスキルを活かした新たな業務(業務の自動化、ホームページ作成等)も開拓している。 (5) 「応援」と「卒業」 委託元部門に終日出向いて、委託業務を行なうことを「応援」、更に「応援」を通じて委託業務を自立してできるようになったことから、委託元部門へ異動することを「卒業」と呼んでいる。 業務支援担当では、障がいのある従業員の成長・活躍のゴールの1つに、「応援」と「卒業」を位置付けている。そのため、卒業した後も異動先部門の戦力として活躍できる人財へ成長する必要がある。そこで、委託元部門への応援当初から、将来卒業の見込める業務を相談することで、互いに卒業までの道筋を明らかにし、目標を見据えたサポート体制を取ることが多い。 精神障がいのある社員は概ね入社3年目あたりから卒業が見通せるようになり、これまで5名が卒業している。また最近では、委託元部門から障がいのある従業員の異動を見据えた相談も増えている。 (6) 人事制度 弊社では、障がいのある従業員も健常者と同一の人事制度(報酬・評価)が適用されている。特に評価の軸となるMBO(目標管理)は、2018年より前は障がいのある従業員に適用されていなかったが、2018年を機に適用することになり、1年をかけて導入した。 6 まとめ 精神障がいのある従業員には、働くための土台づくりが不可欠であるため、柔軟性のある走り出しをしながら、会社規定に沿って働けるように導いていく必要がある。石井1)によれば「日本の組織では、①話しやすさ、②助け合い、③挑戦、④新奇歓迎の4つの因子があるとき、心理的安全性が感じられる」とされているため、障害特性から心理的安全性を保つ環境がより整うことで、セルフケアを含めた自己管理能力が向上しやすくなり、定着と活躍に繋げられると考えられる。 7 今後の課題と展開 本社人事G 業務支援担当の認知度が上がるにつれ、障がいのある従業員の活躍への期待も高まっている。そのなかで、障害特性と個々の成長・活躍を如何に両立させるか、サポートスタッフの役割発揮が益々求められている。 また、本社人事G 業務支援担当の取り組みを、IHIグループ内へ如何に横展開するかも今後の課題である。 参考文献 1)石井遼介『心理的安全性のつくりかた』,日本能率協会マネジメントセンター,(2020),P49 連絡先 関根理絵 株式会社IHI e-mail sekine4192@ihi-g.com p.20 活躍できる人材の採用と機会創出に向けた取り組み ~仕組化による価値の創造~ ○原沙織(株式会社SHIFT 人事本部 人事総務統括部 ビジネスサポート部) 大泉将(株式会社SHIFT) 1 株式会社SHIFTの取り組みについて 株式会社SHIFTはソフトウェアの品質保証の強みを軸に、ITの総合ソリューションを提供し、高い売上高を継続している。従業員数は単体で2024年5月31日時点、6,939人、連結で13,577人、グループ会社は40社となっている。障がい者雇用を推進する人事本部 人事総務統括部 ビジネスサポート部(以下「ビジサポ」という。)では2015年に部署を立ち上げ、『日本一才能と能力を活かせる会社を目指す』ことをミッションに2024年6月1日時点、計172名(内、障がい社員152名)が所属し、実雇用率2.79%、定着率84.4%1)となっている。SHIFTグループのBPO機能を担い、定期業務291件、スポット業務413件、計704以上の多様な業務がある。また、会社の拡大による従業員の増加に伴い、FY20222)では31名、FY20233)では47名、FY20244)では61名の採用を行い、組織を拡大しつづけている。活躍機会の創出に向けた組織づくりと、そのために活躍できる人材の採用について5つの仕組み化を行った。その取り組みと今後の展望について発表する。 2 組織体制 ビジサポは、主に業務を推進するための事務職、総務・オフィスサービス職、専門職の3部門全22チームがある1Gと、採用・企画部門の2Gがある。労務・法務など部署毎のチームや、清掃・社内カフェの接客、さらには業務改善、動画編集、テスト、フローリストなど、より専門性を発揮する業務まで多岐に渡っている。全ての業務においてメンバーがマニュアルを作成して標準化・可視化しており、バックオフィスの主要な業務はビジサポが担うまでになっている。その中でアシスタントマネージャー(以下「AMG」という。)は各チームメンバーのマネジメントを担当しており、他部署との業務の切り出し・交渉・調整、業務の振り分け・工数管理、支援機関との連携や体調管理まで一括して担っている。また、2Gでは主に採用と、新規業務創出の企画立案やG会社の障がい者雇用を推進するためのプロジェクト、手帳などの雇用管理を行っている。 3 人事制度 (1) 評価の仕組み 2022年にはSHIFT全社の人事制度をもとに、ビジサポ独自の評価指標を作成してメンバーへ公開した。評価は年2回実施し、必要とされる成果や役割、ビジネスマナー、セルフコントロールなどの評価基準、職級、賃金、キャリアの道筋などを明確にしている。流れとしては、 期初に作成する目標設定シートで5年後のキャリアビジョンを設定し、そこから段階的に逆算した目標のなかで今期取り組む目標へ落とし込んでいる。期中では、目標の進捗を確認し、目標達成に向けた対応や修正などを行い、期末では振り返りと評価確定後のフィードバックを実施している。一連の流れを半年サイクルで行うなかで主体的に業務に臨み、中長期先までを見据えたキャリア形成を築く仕組みをつくっている。また、スモールステップで達成できたことを評価するために昇給制度のピッチを細かく設定している。これらの取り組みで活躍の幅が広がり、日本企業の年間平均昇給率5.28%5)を上回ることができている。 (2) キャリア育成・開発 キャリアとして、メンバー・サブリーダー・リーダー・AMG・マネージャー・グループ長・副部長・部長のラインを設定している。内部登用も活発に行っており、手帳取得者のAMGはAMG全体の4割ほどになっている。メンバーからAMGへステップアップするケースは少なかったが、近年リーダー・サブリーダーを育成していくなかでマネジメントの視点をもったメンバーが増え、また、過去のマネジメント経験を活かした方の採用も進んだ結果、新たなキャリア開発を行うことが出来た。 既存の人事制度に囚われず、人と組織の成長に合わせた仕組みにアップデートすることで機会創出に繋げている。 4 才能と能力を活かした業務アサイン (1) アセスメントによる環境調整 入社前には独自のアセスメントシートを用いて、メンバーの障がい特性や得意・苦手な業務、不調時のサイン、対処法、希望する配慮事項などをより詳細に把握できるようにしている。合理的配慮については、メンバーが希望する配慮と自身の対処法を確認し、双方で認識合わせを行う。これらの情報を基に入社後の業務の適性を見極める。入社後は、日々の朝会やミーティングで、業務の進捗状況や困りごとなどを確認し、特性から業務の遂行が難しい場合は強みに合った業務の進め方や業務調整を行っている。 (2)業務の工数管理 ビジサポ独自で開発した工数管理ツールで日々の稼働率 p.21 を出している。業務内容とメンバーの強み、空き工数を確認しながら適時業務をアサインしている。 (3) ジョブチェンジ 例えば、入社時に事務職に配属しても、本人の意欲や経験・適性により総務職・専門職のチームへ異動するなど、より能力を発揮するための選択ができる環境を整えている。 これら仕組みのなかで、700を超える業務から才能と能力の活躍に着目した働き方を創出している。 5 メンタルヘルスのフォロー体制 ビジサポでは、精神障害者保健福祉手帳を所持しているメンバーの割合は88%となっている。毎朝メンバーが行うヘルスチェックを基にAMGが細かな変化に気づいてすぐに対応できる仕組みを整えている。また、セルフケア・ラインケアの体制をつくり、セルフケアでは、日頃の体調などの相談や独自に行っている研修から自己の課題に気づいてセルフコントロールが出来るように取り組んでいる。ラインケアでは、週次で勤怠不良者を数値化し、不調の原因と対策、その後の改善がなされているかを常に把握している。また、AMGによるフォローだけではなく、組織を横断する形でメンタルヘルスケアの担当者を配置し、専門的なアプローチも行っている。必要に応じて主治医、カウンセラー、産業医、支援機関、ジョブコーチやその他の社会資源と緊密な連携を取り、長く安心して就業できるようなフォロー体制をとっている。その結果、就職後1年時点の定着率は平均の58.4%6) を大幅に上回ることができている。 6 活躍できる人材の採用 (1) 徹底的な数値管理 採用目標達成に向け、応募から採用決定までのKPIを設定し、毎日進捗を確認している。その中で各フェーズの課題分析を行い、達成のために必要な改善(例えば、母集団形成、リードタイムの改善、内定承諾率の向上など)に取り組んでいる。 図1 応募から内定承諾までの歩留まり進捗 (2) 新規職域の採用に向けた応募経路の開拓 専門領域の募集をするにあたり、ハローワークや人材紹介以外の最適な応募経路の確保が必要となった。アーティスト採用においては、自社でArt公募展を開催し、新たな才能の発掘と応募経路の確保を行った。また、花卉栽培では、自治体と連携し、地域の方々と協業しながら雇用の創出や花畑を観光資源の一助にするなどした。 (3) 就労移行支援事業所との関係構築 幅広い人材を確保するために一都三県の各就労移行支援事業所へ伺い、高い頻度で連絡を取っている。SHIFTの取り組みや考え方、風土など、事業所の窓口の方だけでなく支援員の方にも伝わり、利用者様がSHIFTで働くイメージが持てるよう取り組んでいる。 (4) 1Gとの情報共有・連携  毎週1G、2GのMTGを行い、各チームの業務の進捗や体調、フォロー状況を共有し、採用後どのように活躍しているか、それに伴う課題感も確認している。6月1日時点で19の求人募集を行っており、各チームの状況によってペルソナが異なるため、常に1Gと2Gで採用と現場の求める人物像のすり合わせを行い、入社前後でのギャップを減らせるようにしている。  これらの様々な取り組みにより活躍できる人材の採用を行うことが出来ている。 7 今後の展望  ビジサポを立ち上げた当初は何も整備されておらず、課題の連続であったが、様々な仕組み化を行い、徐々に環境を整えることで価値の創造に繋げていっている。まだまだ課題も多くあり、組織も常に拡大し続けているため、今後もビジサポが掲げるミッションに向かって邁進したい。 注釈 1)2024年3月1日時点 2)FY2022:2021.9-2022.8 3)FY2023:2022.9-2023.8 4)FY2024:2023.9-2024.8 5)2024年3月15日_日本経済新聞電子版 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA138N50T10C24A3000000/ 6)『障害者の就業状況等に関する調査研究』2017 https://www.nivr.jeed.go.jp/research/report/houkoku/houkoku137.html 連絡先 原 沙織 株式会社SHIFTビジネスサポート部 e-mail saori.hara.96@shiftinc.jp p.22 それぞれのキャリアデザインを一緒に考える~自己実現に向けて~ ○星希望(あおぞら銀行 人事部主任調査役 精神保健福祉士/2級キャリアコンサルティング技能士) 1 はじめに 当行では「仲間の多様な生き方、考え方、働き方を尊重し、仲間の成長を支援する」という経営理念として定めた「あおぞらアクション(行動指針)」に則り、様々な障がいのある行員がそれぞれの適性を活かし、預金・融資・為替、文書管理、情報システムなどの部門で活躍している。 安心して働ける環境づくりはもちろんのこと、仕事を通じて、あるいは仕事をきっかけに、自分らしく生きることを一緒に考えるキャリアデザインの取り組みについて紹介する。 2 キャリアを考える取り組み 障がいがあっても制約や限界を感じることなく、個々の可能性を信じて、自己実現を追求いただきたいと考えている。仕事を通して将来なりたい自分にどのように近づいていくか、また仕事に限らず自分らしくどのように生きていきたいか、悩み迷うこともあると思うが、自分らしいキャリアを切り開くきっかけの一助として当行では次の3つの取り組みを行っている。 (1) キャリア構築プログラム 行員が主体的にキャリアを形成できるよう自らの経験領域を拡大する施策として、希望者にはジョブポスティング(社内公募制度)、ジョブサポート(社内副業制度)、他部署での短期トレーニー制度などの機会がある。さらに自己啓発支援メニューとして、様々な講座や検定にチャレンジする方の後押しをするチャレンジ補助制度、資格や検定の取得を支援する資格取得奨励制度、英語力を高めたいと考えている方を支援する英語力強化プログラムなどを提供している。 また当行では新入行員の業務サポート及び職場環境のサポートを目的として、日常の業務において先輩から業務に必要な知識やスキルを学ぶOJTだけでなく、歳の近い先輩と定期的に面談するフォロワー制度もある。2年目以降は今度は自身がOJTトレーナーやフォロワーとして後輩を気にかけていくことになるが、健常の先輩が障がいのある後輩の指導をするケースもあれば、障がいのある先輩が健常の後輩を指導することもあるし、異なる障がいのある先輩と後輩がペアとなることもある。多様な仲間から学ぶことで自身では気がつかなかった新たな一面がその後のキャリアを考える契機になるかもしれない。 今後のキャリアについては全行員が毎年キャリアプランシートや上司との面談を通じて申告する機会があり、自身が所属する部門長と人事部が本人の希望や能力・適性を確認している。人事部内には有資格者のキャリアコンサルタントを配置しており、行員のキャリアの悩みに寄り添い、常時相談できる体制を整えている。このように当行のキャリアに関する制度は枚挙に暇がないが、これまで障がいのある行員の利用実績を下図にまとめている(図1)。 図1 キャリア構築支援プログラム利用実績一覧 (2) 活動 当行には障がいのある行員の有志で取り組んでいる活動が数多く展開している。 障がいの疑似体験は、障がいのある行員が内容を練ったもので、多くの拠点で参加できるよう対面だけでなく、オンラインでの実施、地方拠点に障がいのある行員が出張し、他の障がいのある行員がまた別の拠点からオンラインで参加するハイブリッド版など広がりを見せている。 行内イントラネットでの発信や、障がいのある行員が講師の勉強会の内容もそれぞれの行員が主体的に考え、周囲を巻き込みながら進めている。ときには自身の所属する部門以外の協力を得ながら進めることもある。障がいのある行員が作成したツールやマニュアルは、障がいのある行員のためだけでなく、全行を通しての働きやすい環境づくりにもつながっている。 障がいの状況も部署も異なるメンバーで活動することも多く、日常業務以外での活動の機会があることで、本人にも周囲にも新たな気づきをもたらしている。 そうした新たな視点をさらに活かしていきたいと思って p.23 おり、当行のディスクロージャー誌(統合報告書)には、障がいのある行員が作成しているページがある。毎年多くの行員がアイディアを持ち寄り、何を伝えたいかということだけでなく、読み手にどう伝わるか、どのようにしたら誰にでも読みやすい誌面になるか試行錯誤を重ねている。  2024年7月発行の最新版「障がいのある従業員が安心して活躍する環境作り」のページでは、障がいの状況も部門も入行年次も異なる行員が垣根を超えてキャリアも含めた対談について掲載しているので併せてご覧いただければ幸いである(図2)。 図2 主な活動内容 (3) 面談の機会 障がいの有無にかかわらず、当行では多種多様な面談の機会がある。MBO(目標管理)面談は全行員が対象で、期初に個々で目標を設定し、期中と期末に本人と上司が振り返りの面談を実施する。キャリアプランシートに関しても同様に実施する。目標には前述の自己啓発の内容や各種活動を含める者もいる。 キャリアプランシートには、キャリア相談希望の有無を記載する項目があり、キャリア相談を希望した行員には上司との面談とは別に人事担当者との面談を設定している。その他国家資格キャリアコンサルタントによるキャリア相談も随時受け付けている。 フォロワー面談は前述の通り、歳の近い先輩行員と新入行員が定期的に面談をしている。若手面談はその名称にとらわれることなく、中堅以降を含む幅広い行員を対象に人事が面談を行っており、面談では目の前の悩みに関することだけでなく、中長期的なキャリアプランの相談も多く出てきている。 希望に応じて人事面談も行っており、その他にも上司との1on1ミーティング、障がいに関する悩み相談も含めた精神保健福祉士やジョブコーチとの面談など、ご自身の希望に合わせた面談ができるようになっている(図3)。 図3 面談の機会 3 おわりに 当行では障がいのある行員も他の行員と同様に業務に従事しており、障がいのある行員のための「仕事の切り出し」という考え方が存在しない。もちろん障がいの状況によりできないことは配慮するが、障がいがあるからと諦めたり、可能性を狭めてしまったりということがないよう、キャリア構築プログラムの機会も均等で、多くの行員が利用している。実際にジョブサポート制度や短期トレーニー制度の参加を機に今後のキャリアを考え、上司とも相談の上で、部署異動しているケースもある。 また、仕事以外で自分らしく活躍する場として各種活動も盛んに行われており、部署が異なるが志を同じくするメンバーが一緒に活動することで新たな刺激や気づきを得られることも多い。 当行では行員の多様なキャリアプランと主体性を尊重し、様々な機会を提供すること、そして行員一人ひとりのチャレンジを後押しすることを大切にしている。 キャリアデザインは、自分自身の人生を主体的に考え、進めることで、自分らしいキャリアを追求していくプロセスである。自身で積極的に行動していくこととなるため、そのきっかけとして仕組みづくりが必要である。その上キャリアにはこれが答えというものはなく、ときに迷い、悩むことがあるので、それぞれのキャリアについてこれからも一緒に考えていきたい。 連絡先 星希望 あおぞら銀行 人事部 人事グループ Tel 050-3138-7211 e-mail n.hoshi@aozorabank.co.jp p.24 キャリア開発・モチベーションアップを促す制度と挑戦の場の提供 ○青木美恵子(三菱自動車ウイング㈱ 事業部長兼岡崎事業所長) ○榊原裕子(三菱自動車ウイング㈱ 岡崎事業所チーフ) ○クエラクエラ紀乃(三菱自動車ウイング㈱ 事業部アシスタントリーダー) 1 はじめに 三菱自動車ウイング株式会社(以下「弊社」という。)は、三菱自動車工業株式会社の100%子会社として、2007年4月に設立し、同年10月に特例子会社に認定され、今年度で17年目を迎える会社である。 障害者手帳保持者は、2024年8月現在80名(療育手帳保持者73名、身体障害者手帳保持者1名、精神保健福祉手帳保持者6名)、本社は愛知県岡崎市、事業所は、岡崎・京都市・倉敷市の3拠点である。 三菱自動車工業株式会社からの受託業務が売上の99%を占めており、事業内容は清掃業務を主とし、部品の組付け・分解、書類回収・機密文書のシュレッダー処理・廃棄、社員駐車場管理など福利厚生業務の一部を受託している。 なお、清掃業務を主とした日常業務を行う社員を「スタッフ」、スタッフの日常業務をサポートする社員を「コーチ」、コーチの取りまとめを「チーフ補佐」、スタッフの労務管理・受託業務進捗管理・コーチ教育をする社員を「チーフ」、バックオフィス業務を担当及び事務請負業務を行う社員を「アシスタント」と呼称している。 2 キャリアと課題 (1) スタッフの側面 障害者が地域での活動を制限されることによって、「何かの役割を担って活動すること」を学習できず、能力やモチベーションの向上に影響を及ぼすことがある。弊社スタッフの事例では、スタッフの家族が、障害者であることを公にしたくない意思があることから、当該スタッフは対外的なイベントの機会に参加することができない。普段の元気がなくなるなど、スタッフがモチベーションを保てなくなるケースがある。また、周囲から過剰な支援を受けるケースなどにより、成長の機会を逃す影響がある。弊社スタッフの事例では、上手く話せず、説明内容の理解スピードが追い付かず固まるスタッフに、コーチは「指示がないと動けないスタッフ」と認識し、コーチからの過剰な支援により「体験」「成長」が阻害されているケースもある。 (2) コーチの側面 コーチには、障害者へのサポート業務の専門性を向上させるべく、オンライン教材による教育や障害者生活相談員・ジョブコーチなどの資格取得を積極的に推進している。 しかしながら、障害者に対するアンコンシャスバイアスが少なからずあるのが現状だ。「障害者は支援がないと動けない、障害者にはそもそもこの作業は難しい、出来ない」などの意識が強く働くケースもあり、スタッフの成長機会をなくし、モチベーションを阻害している可能性がある。 (3) アシスタントの側面 23年12月より、採用を中心とした人事企画業務、委託業務調整や経理系業務を中心とした事業企画業務の強化を図るべく社として体制を整えているが、社内で機能させてきた歴史がまだ浅く、人数もまだ少ない状況であり、成長を遂げたロールモデルとなる社員も少なく、キャリアの可能性を閉ざしている可能性がある。 3 企業理念 (1) 企業理念において、「社員」に対して目指すところ 2023年12月、新たな企業理念を制定した中で、弊社の社員に対して目指すところを3つのステップで紹介している。一つ目が、働く人たちの様々な個性を引き出す「体験の場」、二つ目が、多様な経験を積み個性を磨く「成長の場」、三つ目が、得意な面を最大限に活かす「活躍の場」である。体験し、成長し、活躍する。一つひとつのステップを段階的に経験しながら、やがて大空に羽ばたける(ウイング)ように、スタッフが活躍することを目指している。 4 キャリア開発・モチベーションアップ施策 (1) 施策の前提 「プランド・ハップンスタンス理論」(以下「本理論」という。)とは、スタンフォード大学のクランボルツ教授によって1999年に提唱された、キャリア形成において偶然の出来事が重要な役割を果たすという考え方である。閉ざされたキャリアを開く、社会変化に適応するため、本理論にある5つの行動指針(好奇心・持続性・楽観性・柔軟性・冒険心)と弊社の企業理念をもとに諸施策を実施している。 (2) 「挑戦の場」の提供及びモチベーション向上施策 ア スタッフの「他事業所」での業務体験 京都事業所設立にあたり、岡崎事業所スタッフ2名を派遣した。京都事業所は2023年10月に設立し、2024年4月より請負業務を開始したが、この派遣によりスタッフが安全面などにおいて問題なく業務遂行できることを確認し、コーチの具体的な指導方法についても確認を実施した。 p.25 (➡好奇心・冒険心) イ 技能表彰制度の実施 23年度より、トイレ清掃の技能検定を開始した。(➡好奇心・持続性・楽観性・柔軟性・冒険心) ウ 来客時の業務説明 従来、コーチが行ってきた来客者へのウェルカムメッセージや業務案内を、スタッフが自ら実施した。(➡好奇心・冒険心) エ 学校での業務説明と実演 職業紹介授業の一環で地域の学校において障害者が、その学校の生徒に対して、自身の業務説明と業務の実演を実施した。(➡好奇心・楽観性・冒険心) オ 技能表彰制度における動画マニュアル制作 スタッフの技能表彰制度において、評価基準となる動画マニュアルを制作。障害者手帳を保有するアシスタントが、本マニュアルを制作した。(➡好奇心・冒険心) (3) キャリア開発施策 2024年4月、スタッフの人事制度を導入した。創業開始以来、スタッフの人事制度はなく、一つの給与バンドで運用してきた。成績は一時金にて多少の差を付けていたものの、給与や役割は変わらず、日々の頑張りや成果に報いることができない制度であった。特別支援学校を卒業し18歳で入社する社員のケースにおいては、現在の定年年齢までは40年以上ある計算になる。その間、急成長はないまでも、スタッフは緩やかに成長する。そこで、企業理念にも掲げている「社員の成長と活躍」を目的とした社員制度を導入した。スタッフの新しい人事制度には、①エントリー②複数業務対応可能③スタッフの模範④コーチ補助⑤コーチの5段階のステップがあり、スタッフであってもコーチを目指すことができるキャリアを制度の中で明示した。さらに、ステップ昇格の判断材料の一つとして「チャレンジシート」を導入。担当コーチと相談のうえ、1年間の業務目標を個人ごとに設定し、コーチがスタッフを伴走することにより、キャリア開発を促進していくことを目指している。 5 施策による成果・振り返り (1) コーチの側面 コーチは、直近の2年間で新しい方が多く入社してきたこともあり、過去から在籍しているスタッフの作業手順を「正しいもの」として誤認識することがあり、作業を熟知したうえでの指導・教育を実施できていなかった。しかしながら、動画マニュアルを制作する際、コーチとスタッフが相互に意見交換を行いながら制作することにより、作業手順の認識を揃えることが出来た。「業務の指示は、一方的にコーチからスタッフに行うもの」から「仕事はコーチとスタッフが一体となって作り上げるもの」という新たな視点と関係性が生まれ、現状打破のきっかけとなった。さらに「このスタッフは合格するだろう」というコーチの予想に反した結果となったケースもあり、この点においてもアンコンシャスバイアスからの脱却を図ることができた。 これら経験に基づき、将来的には、スタッフがコーチの補助やコーチ職を担うといった「キャリアの可能性」があるという点を、認識することができた。 (2) スタッフの側面 自宅と職場の間を、日々実直に往復しているスタッフにとっては「いつもの職場」ではない京都事業所に行くことに対する期待や戸惑いはあった。新設されて間もない京都事業所では、清掃用具や職場環境に違いもあったが、わずかな戸惑いがあるものの、これまでの慣れた手順で業務を遂行できていた。派遣されたスタッフは、派遣前はあまり自信がない様子であったが、派遣後は「もっと上手く清掃できるようになりたい」と、以後も努力を継続している。 技能表彰制度のチャレンジでは「上手く清掃できるようになりたい」「新しいことをやってみたい」「教えることが好きなので、合格を重ねてコーチになりたい」「見学に来た方に喜んでもらいたい」「家族の中で初めて主人公になった」などの声が聞かれた。この事から①モチベーションの向上②失敗を恐れず挑戦する行動③自身の存在意義の確立、など変わることが得意ではないと思われることが多い障害者に、挑戦する場、選択するチャンスを提供することの大切さを実感した。 (3) アシスタントの側面 アシスタントからは「伝えたいことを文章にすることが、得意だったことやだれかの役に立っていることが分かった、スタッフとアシスタントが垣根を超えて一緒にチャレンジできたことが嬉しい」といった声が聞かれた。①成長実感を得られたこと②自己肯定感を高められたこと③可能性を発見できたこと、などこの経験から得られ、日々の業務についても積極的に関わる姿勢が見られ、自信となり他者とのコミュニケーションも潤滑になってきている。 6 今後について 障害者を取り巻く環境は、年々早いスピードで変化している。障害者雇用は「守られているもの」ではなく、企業としても成長し続ける必要があるものと捉えている。成長し続けるためには「両利きの経営」にある「知の深化」「知の探索」のバランスを保ちながら、新規業務の開拓、体験・成長・活躍の3ステップの場を、会社として提供し続けていく。こうした事例を共有することで、全国の障害者が自信と誇りを持って人生を謳歌し活躍していくことを期待しつつ、新たな機会をこれからも創出し、キャリア開発・モチベーション向上と挑戦の場の提供を継続していく。 p.26 スタッフのキャリア形成と職位設定について ○土居健太郎(株式会社かんでんエルハート 鳴尾アシストセンター リーダー) ○神田耕太郎(株式会社かんでんエルハート 鳴尾アシストセンター) 1 はじめに 株式会社かんでんエルハート(以下「LH」という。)は、あらゆる障がい者が働きやすい環境を整備するために、親会社である関西電力(株)と、大阪府、大阪市の第3セクター方式で立ち上げられた特例子会社であり、23年12月に創立30周年を迎えた。 LHは、障がい者(以下「スタッフ」という。)の成長と自立性を促すため、スキルが高く責任感のある障がい者に、作業責任者(作業管理・フォロー、トラブル対応、業務改善などの役割。以下「管理者」という。)業務の権限を一部、移譲する取組みを進めている。例えば、管理者とスタッフがペアで行っていたオフィスゴミの回収業務を、スタッフだけのペアで行う運営や、園芸部門では、車両で現場に出張する花壇メンテナンス業務を、管理者からスタッフ主体による運営に権限委譲した。 今回は、鳴尾アシストセンターでの被服管理業務での取組み事例を発表する。 2 作業リーダーの明確化 LHでは、勤続30年のスタッフもいる一方で、スタッフのキャリア形成が部門ごとばらばらで、明確なキャリア形成(ロールモデル)が確立されておらず、スタッフの目標設定やモチベーションの低下が課題となっている。 そのため、スタッフの働き甲斐の向上を目的に、キャリア形成を通じたモチベーションアップを試行的に取り組んだ。具体的には、キャリア形成の一環として「作業リーダー」の職位を体系的に整備し権限移譲と育成に取り組んだ。 被服管理業務を例にすると、管理者1名とスタッフ(身体・知的・精神)3名の計4名体制で行っていた(図1)が、作業リーダーの職位を設定し、作業リーダーがスタッフを指示・指導する業務運営体制となるよう育成した(図2)。 図1 従来の体制図(イメージ) 図2 目標とする体制図(イメージ) (1) 目的と課題 <目的> ・スタッフのキャリア形成 ・スタッフのやりがいやモチベーションの向上 ・管理者の負担軽減 <課題> ・スタッフの課題認識(現状理解) ・役割・職責の範囲設定 (2) 役割要件について 作業リーダーの設定に向け、まずは各職位の職責と役割の範囲をさだめた。(図3) 図3  職位・役割要件と権限移譲の流れ (3) 作業リーダーの要件整理 一方で、管理者には、トラブル対応、業務改善などに加えスタッフ管理業務が集中し、時間外が発生しやすい課題があった。そこで管理者の負担となっている項目を洗い出したところ、管理者視点で求められる作業リーダーの要件がみえてきた(表1)。 p.27 表1 作業リーダーに求める要件 3 作業リーダーへの育成 被服管理業務では、2名のスタッフを作業リーダーに育成すべく取り組んだ。 1人目はAさん(精神・発達障がい 入社3年目)、2人目はBさん(身体障がい 入社14年目)でそれぞれに対し、アセスメントを行った(図4)。 今回はAさんの事例にスポットを当てる。 図4 Aさんのアセスメントシート (1) 取り組み内容 まず、Aさんにアセスメント結果を共有し、今後の取り組みの方向性と自己理解を深めた。 Aさんは、特に「作業スピード」に課題があり、自分の作業スピードが遅いという認識がなかった。初めのうちは管理者が目標時間を設定し作業に取り組んでいたが、「終わりませんでした」という報告が多く、時間内に終わらせるという意識が希薄だった。そのため、自分で目標時間を設定することで、時間内に終わらせる意識が高まってきた。 また、作業スピードの感覚を養う工夫として、管理者が一緒に作業に入り動き方の見本を示した。初めのうちは、管理者の動き方(スピード)に慣れず、付いていくので精一杯だったが、繰り反すことで徐々に負担感がなくなり、目標時間に近づいた。 (2) 育成結果 上記のように、各項目についてアセスメント、育成をした結果、作業リーダーの全ての要件を満たすまでには至らなかったが、Aさんは権限移譲や業務習得に対し、非常に前向きに取り組めるようになった。 また、作業リーダーの育成を進めたことで、権限移譲もスムーズに進み、結果的に管理者の負担も大きく軽減できた(図5)。 図5 Aさんの取り組み結果 4 今後の展望 今回はAさんの育成の取組みを紹介した。今後、他のスタッフにも作業リーダーを目指した育成を行い、やりがいを感じて、活躍できるような仕組みづくりを行うとともに、障がい者主体の仕事を増やしていきたい。 参考文献 1) 独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター『障害者の雇用管理とキャリア形成に関する研究障害者のキャリア形成』(2004年) 連絡先 土居健太郎 鳴尾アシストセンター e-mail doi-kentaro@klh.co.jp p.28 特例子会社における障がいのある社員の個別支援計画の導入-「働く態度の階層構造」理論による社員育成・支援の仕組み化- ○小笠原拓(株式会社ドコモ・プラスハーティ 担当社員) 菅野敦(東京学芸大学) 1 はじめに (1) 会社概要 株式会社ドコモ・プラスハーティ(以下「当社」という。)は、ドコモグループの特例子会社として、2015年に設立された。当社では、これまで雇用の対象となりづらかった重度の知的障がいのある人を中心に自社雇用を進めるとともに、ドコモグループ全体の障がい者雇用の推進に向けたグループ各社への支援を行っている。 2024年8月現在、当社で働く障がいのある社員は94名を数え、主にドコモグループの自社ビル(全国6ヶ所)の清掃業務に従事している。清掃業務は5名程度のチーム体制で行っており、各チームにジョブコーチ(支援者)1名を配置している。 (2) 当社における障がい者就労支援の課題 当社における障がい者雇用は、企業の社会的責任にとどまらず、多様性を取り込みつつ強い会社をつくっていこうとするダイバーシティ経営の一環として位置付いている。 障がいのある社員の就労支援についても、雇用することがゴールではなく、「働くことを通じて成長・挑戦し、自立への道すがらお世話になった方々に貢献すること」を目指している。 一方で、障がいのある社員の成長ひいては自立に向けて、どのような育成・支援を行っていくべきかについては、これまで会社として明確な方針や内容を示すことができておらず、ジョブコーチ個々の裁量に寄るところが大きかった。 2 社員育成・支援の視点づくり (1) 就労支援の意義(働くことを通じた「態度」の育成) 菅野1)は障がい者就労支援の意義として、『賃金の提供や、生活する力を高めることで、社会的な自立をめざしている』と指摘し、社会的な自立をめざすために、知識や技能に加えて、社会生活に必要な実践的な態度の形成に向けた支援の必要性を述べている。 態度とは、『ある対象に対して個人が反応や行動を決めるための精神的な準備状態のこと』と定義されている。社会生活をおくるうえでは、様々なひと・もの・ことがらに向き合い、自らの行動を適切に選択していく必要がある。社会生活における「態度」とは、変化の激しい現代社会において、自律的かつ多様な環境にも適応・順応しながら、課題を解決するための「生きていくための力」としてとらえることができる。 一方で、障がいのある人(特に重度の障がいがある人)のなかには、これまでの生活経験のなかで、うまく適応できなかったり、または周囲に依存していることで、課題解決に向けた「態度」が形成されづらい傾向がある。 働く場では様々なひと・もの・ことがらに対する課題解決の場面に直面し、それに対応するための「態度」が求められる。障がい者の就労支援の意義とは、働く機会の提供や所得保障にとどまらず、「働くこと(働くなかで自ら課題を解決する経験をすること)」を通じた実践的な態度の育成にあると考えられる。 (2)「態度の階層構造」理論 菅野1)は学校教育の分野から、知的障がいのある生徒に対する職業教育において育成が求められている態度を「感受性・応答性」「自律性」「積極性」「責任性」「柔軟性・多様性」「協調・協力」の6つに整理し、それぞれの難易度から階層構造を示している(図1)。 この「態度の階層構造」では、社会参加・社会的自立に必要である、課題解決に向けた「態度」に関して、「他者に依存的である」段階から、「主体的に課題解決をする」段階、さらには「互いの立場を尊重し、ともに課題解決をする」といった段階までが体系的に整理・提示されている。 図1 態度の階層構造(菅野2015をもとに作成) (3) 態度育成に向けた具体的な取り組み場面 上述のとおり、「態度」はあくまで『精神的な準備状態』であるため、直接的な指導・支援によって、態度の形成・変容を促すことは難しいことが予測される。 菅野1)は『態度とは知識・技能の定着と般化・応用とい p.29 うとらえ方もできる(中略)わかること・できることの繰り返しにより、達成の楽しみを経験し、この積み重ねによって、常にわかること・できることで反応するようになる。この状態像、「(いつも)している」が態度の形成と考える』と述べている。 つまり、態度形成は活動や作業の場における具体的な取り組み(あるいは、そうした取り組みに必要な知識・技能習得のためのトレーニング)を通じて、達成感を得ることが重要であると考えられる(図2)。 図2 態度形成に向けた取り組み 育成を目指す「態度」の階層に応じて、取り組みの内容も変わる。特に「責任性」〜「協調・協力」の上位階層の態度の形成には、意図的な場面設定が必要である。例えば「柔軟性・多様性」のなかの「状況に応じて臨機応変に行動する」といった態度を育成するためには、そうした行動が求められるような、イレギュラーな事象が起こる機会を設定する必要がある。 そこで、当社では障がいのある社員個々の育成段階(=態度の階層)に応じた業務目標(目指す姿)および業務内容の設定の指針として、菅野1)の「態度の階層構造」理論に基づいた、階層ごとの具体的な取り組み場面のリスト化を試みた。 このリストをもとに社員個々の業務における取り組みの様子をアセスメントすることで、ジョブコーチ間で育成課題や今後の育成の見通しについて共有できると期待される。 (4) 態度の育成段階に応じた指導内容と支援方法 「態度」の育成に向けては、社員本人の業務内容・業務目標を設定するだけでなく、ジョブコーチ間で「何を・どのように育成・支援をするのか」について共有・統一することも重要である。 例えば、「主体的に課題解決をする」ことを目指しているなかで、ジョブコーチが過度に支援(過介入)することで、返って本人の主体性を奪ってしまうことがある。また、逆に本人が働くことに対して不安が大きい状態で、むやみに主体性や責任感を求めることで、過度な心理的負担を強いる可能性もある。いずれにせよ、ジョブコーチが態度形成の段階に合わない支援を行うことで、障がいのある社員の成長・自立を妨げてしまうことがあり得る。 そのため、当社では「態度」の階層と、それに向けた「具体的な取り組み」に対応する、ジョブコーチの「指導内容」「支援方法(介入度)」についても整理した。 (5) 個々の障がい特性の理解に基づく支援 一方で、「態度」の育成は、ともすると誤った人格評価に繋がる危険性がある。例えばジョブコーチが知的障がいや発達障がいといった認知・理解に偏りがある人に対して、本人の障がい特性を配慮しないまま、育成・支援を行うなかで、「教えたのにその通りにできないのは不真面目だからだ」といった判断をしてしまうことがある。 こうしたことを避け、適切な支援を行うためにも、社員個々の障がい特性のアセスメントに基づき、必要な支援や作業環境づくりを検討することが重要である。 3 個別支援計画の運用づくりと今後の課題 (1) 個別支援計画の導入 当社では社員個々の状況に応じた育成・支援を計画的に行うために、障がい者福祉サービスを参考にした「個別支援計画」の導入を進めている。 「計画」は社員本人の業務目標・内容の設定と、それに対応しつつ個々の障がい特性に応じたジョブコーチによる支援内容を作成する枠組みとなっている。 本来であれば、業務目標の設定は障がいのある社員自身が行うべきものであるが、当社の場合、重度の知的障がいのある社員がほとんどであり、社員本人が自身のキャリアを見据え、目標を設定することが難しい状態にある。そのため、現段階では経過措置的にジョブコーチから本人に対して目標を提案する形になっている。定期的な目標設定面談と日常的に業務の振り返りを行うことで、本人に対する意識づけ・動機づけを行っている。 (2) 支援計画の進捗管理とスーパーバイズの仕組みづくり 個別支援計画を一元管理するための専用の社内イントラシステムを構築している。上述の社員本人の目標設定や振り返りを行うための機能のほか、ジョブコーチが支援の実施状況に関して記録・報告を行える機能を搭載している。 また、本社のなかで各社員の支援計画の進捗管理とスーパーバイズを行う部署を設けている。ジョブコーチを含め、障がい者支援を推進する人材の育成が課題となっている。 (3) さらなる育成・支援の充実に向けて 当社では社員の育成段階別にチームを再編することを検討しており、社員の成長に応じた役割設定やそれにともなう給与制度の見直しも課題である。 参考文献 1)菅野敦『障害者支援の基本的な考え方』,「改訂 社会就労センター ハンドブック」,全国社会福祉協議会(2015),p83-104 p.30 岡山県庁における障害者雇用の実態調査-就労パスポートの活用とチャレンジ雇用に着目して- ○宇野 京子(岡山県総務部人事課 職場定着支援トータルアドバイザー) 1 はじめに 平成20年度から、各府省・各自治体で1~3年の業務経験を踏まえ、知的障害などのある人が一般雇用へ向けて経験を積む「チャレンジ雇用」が行われている。一般企業への就職につなげていく目的に即して、会計年度任用職員などの実態を見聞きすると、キャリア形成上の課題が残存するように思われる。 令和5年度、岡山県知事部局(以下「岡山県」という。) は、障害者雇用を推進していくため就労支援アドバイザー (以下「アドバイザー」という。) を配置した。効果と障害者雇用の実態を把握することを目的に調査を行った。 本稿では、厚生労働省が令和元年11月に作成した「就労パスポート」を組織内で活用している様子と、チャレンジ雇用枠で働く職員の支援について報告する。本研究知見は、組織における雇用ノウハウの一助になることを期待する。 2 方法 (1) 調査対象者 アドバイザーと面談をした障害者雇用枠で働く職員(以下「当事者職員」という。) と、配属部署で支援する上司・同僚(以下「上司ら」という。)である。 (2) 調査方法・分析方法 調査期間は令和5年4月X日~6年3月X日であった。調査は、アドバイザーの面談受付記録と個別面談や研修会実施後のアンケート結果を用いる。 (3) 倫理的配慮 岡山県人事課から、無記名調査で個人情報を扱わないことを条件に承諾を得た。webアンケートの参加は回答者の意志に委ねられており、未協力の場合における不利益はないこと、ならびに研究目的と内容を書面と口頭で説明し調査協力の同意は回答をもって得られたものとした。 3 結果と取り組み 令和5年6月1日現在、岡山県の職員数は4490.5人で、法定雇用率の2.6%を達成していた。当事者職員の配置は、「分散配置」をしている。令和3年度から、「就労パスポート」を任意で内定書類として提出してもらい面談等で活用している。以下、人数は延べ人数、語りは斜字で表記する。 令和5年度のアドバイザーは、訪問型ジョブコーチの稼働実績がある者を配置した。年間の稼働日数は49日であった。配置については、職員用の掲示板や研究会等を通じて全職員へ周知を図った。相談の申し込みは123件で、内訳は当事者職員が72人(59%)、上司らは43人(35%)、県民サービス等の方針検討のために組織からは8人(6%)であった。2回以上の継続面談を希望した者は、実人数14人であった。 (1) 当事者職員の実態 相談の対象となる当事者職員の雇用形態は、正規職員が65人(56%)、チャレンジ雇用を含む会計年度任用職員は49人(43%)、非開示は1人(1%)であった。年齢分布は、20代が最も多く78人(87%)で、職業人として経験知を蓄える若い層の相談ニーズが高いことが明らかになった。 障害種別は、発達障害が83人(61%)と最も多く、入職時に報告している障害以外に発達障害の特性による相談案件が多いことが明らかになった。 相談内容は、当事者職員や上司らの困り感に加え、アドバイザーが助言や対応した項目を加え分類を行った結果、総件数は466件となった。障害特性やハードスキルから業務遂行に影響がでている場合や、体調管理、職場の人間関係、合理的配慮、労働条件など相談は多岐にわたっていた。 図1 支援内容(n=466) 継続面談に移行した当事者職員は、自己理解の支援と雇用継続及び地域への移行支援の観点から、「就労パスポート」の新規・更新作業を68人(15%)に実施した。復職や面談の時に、上司と人事課へ「就労パスポート」を提出することにより、発達障害の特性をもつ職員は「通常の職員が当然できるレベルの仕事であっても、内容によってはかなり困難に感じることがある」「できる点とできない点、不安を感じる点を整理し職場で共有できることは、職場での貢献度を上げることやトラブルを防止することができるので安心材料となった」という回答が得られた。また、障害から体調管理が難しい者や二次障害としてうつ傾向のある職員は更新作業を行うことで、うつ状態の起因要因や体調変動 p.31 と予防的対応策の大切さに気付き、「主体的な自己研鑽と自己分析に励みたい」という意欲向上にも成果があったことが明らかになった。 チャレンジ雇用枠の当事者職員のなかには、「支援機関の人に進められて応募した」「転職は考えていない」など制度自体を理解していない者や、就労支援の専門機関の存在を知らない者もいた。今後にむけて、職業準備性やハードスキルを高めていくこと、任期満了後の転職を意識した就労生活が送れていない実態が明らかになった。そこでメモの取り方の指導や任期満了後の社会資源の情報提供を開始した。「就労パスポート」が移行支援ツールとして活用できるよう、アピールポイントを記載すると共に「幕張ストレス・疲労アセスメントシート(MSFAS)」やベッカー職場適応尺度(BWAP2)の結果などを加えて情報の整理・統合を行った。 (2) 職場の実態 上司らは、当事者職員を支援する側であっても、障害者の雇用支援と直接は関係していない業務に従事している。そのためアドバイザーとの面談には、部署として支援体制の構築や当事者職員の課題軽減のために病院受診の前後に定期面談を行うなど、粘り強く対話を繰り返している部署があることが明らかになった。 職場からの相談は図2のとおり、9月と翌2月に増えた。離職予防に向けて当事者職員の勤務態度の改善策、雇用維持の対策(雇止め回避)、障害特性に配慮した面談技法についてであった。当事者職員によって、障害の開示範囲(個人情報の取り扱い)が異なるため、アドバイザーは傾聴から状況を予測し、「職業準備性ピラミッド」を用いたアセスメントの視点、職業リハビリテーションの理論や調査研究などの情報提供を行い対応策の提案などを行った。 チャレンジ雇用枠の当事者職員の支援体制として、毎年人事課主催で「知的障害のあるチャレンジ雇用枠で働く職員を支援するための研修会」を実施しているが、必ずしも一般就労を意識した職務内容や支援が行われていない課題が明らかになった。 研修会後のアンケート結果では、「職場で業務以外の相談や課題に、どこまで対応したらよいのか分からない」「うち(部署)では、そこまで出来ないと思うこともありました」などの率直な意見や、サポートする側の課題として「そもそも障害に対する知識が乏しかった」との回答もあったが、アドバイザー制度を活用することで「知識習得や心理的プレッシャーがかなり軽減した。自分の役割と今後にむけた職員のキャリア形成との関係性も分かり・・・目指すべき支援の方向性が明確になった」との回答があったことから、アドバイザー配置の効果があったと考えられる。 (3) 相談件数の推移 年間の相談件数の推移から、人事課やアドバイザーが効果的に組織介入する時期が明らかになったものの、個別の相談内容からは人事院が採用試験を行うことによる職業能力や適性の確認、当事者職員の配置の仕方についての課題が明らかになった。 図2 年間の相談件数の推移 4 考察と今後の展望 依田1)は、公務員はそもそも法令遵守の意識が強く、法律上の義務は重く受けとめられると述べている。岡山県をはじめとする公務部門の特徴として、人事異動が2~3年毎にあることから雇用ノウハウの蓄積が難しい状態にある。岡山県では組織内サイトで障害者支援に関する記事を掲載しているが、発達障害の特性と対応策は個別性がある事から、組織内の支援者は継続的に本人のニーズや健康状態を把握し、必要な知識やスキルを習得すること、組織の環境変化や慣行・文化が発達障害者の就労継続を阻む障壁にならないよう、障害者と組織双方への働きかけが重要になると宇野らは述べている2)。本調査結果から、環境整備や合理的配慮等の伝達ツールとして「就労パスポート」を活用することで、本人、職場、組織の3方向への働きかけが可能となった。また、配慮事項の齟齬を予防することで、双方のストレス軽減やキャリア形成支援に効果があることが示唆された。 今後の展望として、「雇用の質の向上」にむけた中長期的な視点からの取り組みや、当事者職員の満足度調査からの組織分析、当事者職員のキャリア支援が求められる。また、令和7年10月からは新設「選択支援事業」が始まることから、雇用現場においても過去からのアセスメント結果を反映した支援や、チャレンジ雇用枠の職員を対象とした地域移行の有効な支援方法の開発が期待される。本稿の限界として、一地方公共団体の取り組みであり、面談者の人数と包括的な内容であることである。 【参考文献】 1) 依田晶男.「公務部門の障害者雇用情報サイト」.(web閲覧日 2024.8.11) 2) 宇野京子・前原和明. 自閉スペクトラム症特性のある青年のキャリアアップの動機と行動変容に関する事例研究―10年間の振り返りと転機における支援―.(2022) p.32 活躍し続ける就労を目指して就労移行支援事業所が考えておくこと~就労したASD者のケースの振り返りから~ ○中村大輔(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ草津 管理者兼サービス管理責任者) 濱田和秀・砂川双葉(特定非営利活動法人クロスジョブ) 1 はじめに 厚生労働省の「令和5年障害者雇用状況の集計結果」1)において、民間企業における雇用障害者数、実雇用率は過去最高を更新したと報告されているが、障害のある方にマッチしている企業か求人票だけで判断することは難しい。本事例では、就労移行支援を活用し、自身の得手不得手を整理して就労に至った事例を、「就労支援のためのアセスメントシート」2)をもとに振り返り、雇用につながった要素や活躍し続けるために必要なことを考察する。 2 事例 (1) 対象者 ハヤトさん(仮名)20代、男性。普通科高校を卒業後、就労移行支援クロスジョブ草津を利用。 診断:ASD、精神障害者保健福祉手帳2級 WAIS-Ⅳ:全検査74、言語理解74、知覚推理97、ワーキングメモリー74、処理速度68 県内普通科高校の卒業を控え、就労を目指して面接を受けてきたが、面接になるとうまく話せないことがあった。面接等の練習ができ、働いた経験もないため就職までの流れの把握を兼ねた訓練を希望され利用開始した。 (2) 訓練期 ア 訓練と面談形式 週5日午前午後を利用され、1日2コマの施設内外作業訓練や期間設定した職場体験実習に参加される。軽作業種での就職を希望ということから、訓練内容を軽作業中心に行い、訓練観察と振り返り面談を訓練毎に行い、週1回を基本とした1週間の振り返りの面談も実施する。面談は一対一での対話形式で実施し、訓練記録や話す内容のイメージ図を描くといった、言葉だけでなく見てもわかるように、プラスのフィードバックを行った。 イ 実施して見られたこと 決められた日時はしっかり参加できている。作業遂行においては見本があれば問題ないことや、はじめは時間がかかっても、習得後は単独で作業可能になり、自己発信も増加したことが見られた。本人としても、見本を見せてもらえることや、相手と一緒にやってみることで理解しやすく、できるようになってきたと前向きに振り返ることができるになった。加えて、作業の遂行の工夫だけでなく、自己発信の内容も事実だけでなく原因とその対策まで話されるようになった。一方で、初めての環境で求められる言動を想像することは難しく、その場ごとでの対応など一過性の対処については行いにくさがあった。また、作業を通して振り返り、別の場で実行するという応用般化の難しさも見られた。 (3) 就職活動(弁当容器製造会社) ア 採用まで 上記にある応用般化の難しさから、複数の実習を行った後に就職を目指すのではなく、今ある情報をもとに、企業開拓を行い、現場見学や体験実習を行い、マッチングを図るように進めた。 企業見学時より、訓練で見えたことを企業担当者に説明し、作業動画を活用した情報提供、訓練で見えた理解しやすい指示の出し方、習得の仕方など、本人の学習スタイルの提示を行った。その後の体験実習時に、企業担当者にも同様に対応していただき、就職された際のイメージを持ってもらうようにした。 イ 結果 作業の習得は本人ペースに合わせるが、そのステップはゆっくりという漠然なイメージではなく、「今日はここまで、明日はここから」とテーマをもって体験実習を企業は実施されている。結果、決まった日時に出勤し、本人の作業遂行性に問題ないこと、習得する様子から作業の幅も広げていくことが出来ると評価を得て、就職となる。 3 振り返り (1) 手続き 障害者職業総合センター発刊「就労支援のためのアセスメントシート」を使用した。このシートは就労を希望する方が自身の就労に関する希望やニーズと就労継続のため望ましい環境等を支援者と協同で検討するとあるが、今回は、支援者が本人の訓練状況や面談の聞き取り情報をもとに使用した。また使用項目にあたっては推奨項目のみとした。 (2) アセスメント結果 ア 作業遂行 手順の遵守や時間内に仕上げることについては、自己評価と他者評価が同じであり、一対一での作業指示や目標時間を設定することで、指示理解が早く工夫を講じることが出来る点が発見される。 安全面では自己評価は良いものの、倉庫作業実習での評価 p.33 から発信力が少ないことから、事故につながる面の指摘を受けた。しかし、人の往来が少ない場面では安全面の指摘はなく、倉庫のような移動の多い現場は避けるなど、職場環境を検討すれば問題ないと言える。すべて、ストレングスポイントとなる(表1)。 表1 作業遂行 イ 職業生活 規則理解、欠勤等連絡は提示があればその通りに実施することができている。 ADLについては自立しており、可能な範囲で家事手伝いも行っている。公共交通機関の利用、自動車運転は本人の活動範囲内は問題ない。初めて行くところは、複数回介入は必要。 体調面は家族の協力もあり、食事や生活スタイルの変容もないため安定されていた。 この点はストレングスにはなる。 逆に、作業時に急な体調不良があった際に報告できずに作業継続していたことや身だしなみ(頭髪の整容)への注意が向くことが少ないため、この点はストレングスになりにくい。誰かが見ている環境や着帽する業務であれば、問題にはならないと考えられる部分であった(表2)。 表2 職業生活 ウ 対人関係 マイナス感情が表出されることはなく、指摘等にも素直に受け止められていた。挨拶や返事については、求められるとできている。その内容として、初めは頷きのみであったが、挨拶の文言や場所などを一緒に行う・見本提示を通して、獲得できている。会話や気持ちの伝達については、目的(作業遂行のため)があれば自発的で、業務以外の会話は質問を投げると返答はできていた。 相手の質問からずれることもあるが、実物やイメージを伝達するとずれなく答えられる。また、報告する者が決まっていないと、誰に報告をすれば良いかわからないことがあったが、決めていれば問題なくできていた。 イメージの提示など、はじめのきっかけは周りが作る必要があるが、習慣化すると、その通りできていることからストレングスポイントになる(表3)。 表3 対人関係 4 考察 今回、本人の就労後にアセスメントシートを活用して振り返ったが、ストレングスポイントや、そうでないところも対応次第で問題なくなることを、企業見学時や体験実習時に共有し、実践、企業にイメージをもってもらえた点は大きい。また、企業ニーズにあった「決まった日時に出勤できる」ということが、本人最大のストレングスポイントとマッチしていたことが一番の要素であると思われる。就労移行支援事業所は、就労にむけて様々な訓練を行うサービスである。ただ、それは獲得できていないことを獲得させるということではないと考える。いかに本人のストレングスの発見ができるか、環境次第でストレングスになる要素は何か、それらに沿った企業を見つけることができるか、企業のニーズを把握したうえで、企業にストレングスポイントを伝え、就職後も見据えたイメージをしてもらえるかが、活躍し続ける就労を支えていけると考える。就職したいと思っている人と企業との橋渡しとして、就労移行支援事業所はこれらを考えておく必要がある。 参考文献 1)厚生労働省「令和5年 障害者雇用状況の集計結果」 2)障害者職業総合センター「就労支援のためのアセスメントシート」 連絡先 中村大輔 特定活動法人クロスジョブ クロスジョブ草津 e-mail d.nakamura@crossjob.or.jp p.34 就職なんてどうでもいいからの変化~自己効力感を高める支援~ ○柴田友弥(社会福祉法人聖隷福祉事業団 聖隷チャレンジ工房浜松学園 就労支援員) 1 はじめに 聖隷チャレンジ工房浜松学園(以下、「浜松学園」という。)は、就労移行支援、就労継続支援B型、施設入所支援等を行う障害者支援施設である。 就労移行支援の定員は30名であり、中学を卒業して入園する15才、高校卒業の18才の利用者が大半である。 A氏が浜松学園での支援を通して、就職意欲が高まり、就職するまでに至った経緯と、職員がA氏に対して行った支援の取り組みについて考える。 2 目的 A氏に対して行った支援をまとめ、どのような支援が有効であったかを考察し、今後の利用者支援に活かす。 3 方法 (1) 対象 A氏 10代 男性 療育手帳B 自閉症スペクトラム WISC-IV全検査:IQ 75 言語理解 74 ワーキングメモリー 76 知覚推理 91 処理速度 76 定期受診があり、コンサータ、リスペリドンを定期服薬している。 A氏は、定時制高校を受験するも進学できず、主治医の勧めがあり、障害者支援施設である浜松学園に入園した。 当時の面接では、「就職したい」との意向が聞かれていた。 (2) 実施期間 2020年4月~2022年3月 (3) 方法 個別支援計画をもとに期間をⅢ期に分け、A氏の様子や変化、また職員が行った支援をまとめ、有効な支援とは何かを考察する。 (4) 倫理的配慮 発表において個人名が第三者に特定されることがないこと、拒否における不利益がないこと、ならびに発表の目的と内容を説明し、口頭と書面にて同意を得ている。 4 結果 Ⅰ期(2020年4月~2020年9月): Ⅰ期でのA氏は1日約6時間の作業時間で、1か月平均作業参加率は40%、「職業準備性ピラミッド(図1)」1)に基づいて作成された、働くために必要なスキルを5項目に分類した作業評価点数は、50/115と低い値で、健康管理・対人技能等が課題として挙げられていた。 職員は、A氏に対し、面談・作業の両場面にみられる課題を伝え、行動の改善を促すのみの支援を行っていた。 Ⅰ期でのA氏は、苦手な作業を任されると休んでしまう様子や、職員からの指示を上手く理解できず、反抗をしたり、作業を投げ出してしまったりする様子がみられた。 A氏は職員との関わりの中で、「大人はわかってくれない」、「就職なんてどうでもいい」と話し、本当は高校に進学したかった思いがありながらも、就職に向けて頑張らなければならないという状況に混乱する様子があった。 図1 職業準備性ピラミッド Ⅱ期(2020年10月~2021年6月): Ⅱ期での作業参加率は60%、作業評価点数は、70/115と徐々に向上する様子があった。 Ⅱ期では支援を再検討し、まず始めに受診同行を行った。その際、主治医・心理士から、「A氏は抑鬱傾向がある。80%、~100%自信をもってできることから始め、段階的にステップアップすること、否定的な声かけはしないようにする方が良い」。また、「IQ検査の結果から、聴覚からの情報よりも、視覚からの情報処理の方が得意である」など、本人の特性や支援についての意見を得た。 その後、浜松学園にて行ったカンファレンスでも、A氏から「口頭での指示理解が難しい、視覚的にわかった方が良い」との発言があり、作業場での指示は口頭に加えて手本を見せて作業理解を促すこと、またA氏が視覚的に作業理解できるよう図2にあるような作業マニュアルの作成を行った。 p.35 図2 作業マニュアル 併行して、担当職員はA氏と定期的に動機づけ面接を行った。動機づけ面接では、A氏の自己理解が進むよう開かれた質問や、話の要約などを行い、A氏が自身の気持ち・考えを整理できるように支援を行った。 その後、苦手な作業にも少しずつ取り組むA氏の様子がみられるようになった。 また、A氏から、「大変だし辛い。自信がないけど、皆を見返したい」、「父や兄のように働きたい」との発言があり、自分の置かれた現状に葛藤しながらも、将来に向けた希望を話す様子がみられるようになった。 Ⅲ期(2021年7月~2022年3月): 職員は、Ⅱ期で行った支援を継続することに加え、A氏自らスモールステップの目標を立て、成功体験を積み重ねながら、成長ができるよう支援した。具体的には、図3のように作業参加カードを作成し、A氏と作業参加状況の振り返りを行いながら、A氏の自己決定を支援した。スモールステップの目標は、作業参加時間を1か月ごとに3時間から4時間30分にし、4時間30分から6時間へと段階的に伸ばすこととした。 また、職員はA氏が自ら決めた目標を達成できた際には、それを認め、称賛し、A氏が自信を持って取り組むことができるよう支援した。 その結果、最終的な作業参加率は95%、作業評価点数は109/115と向上した。 Ⅲ期でのA氏は、苦手な作業にも挑戦し、作業にも休まず参加できるようになり、就職につながった。 図3 作業参加カード 5 考察 「就職なんてどうでもいい」と言っていたA氏が課題解決できた理由には、2つの有効な支援があったのではないかと考察する。 ①動機づけ面接を行い、自己理解を促す。 動機づけ面接の中では、開かれた質問を行い、A氏からの話しを受けとめ、職員が要約し、A氏に返した。この過程を通して、A氏は、本当は変わりたいけど変われないという自分の気持ち、父や兄のように働きたい、という自己理解につながったのではないかと考える。 ②口頭+視覚で説明。A氏にあった作業場環境を整える。 作業場での指示は、口頭に加えて視覚的にわかるようマニュアルを作成し、手本を見せた。そうすることにより、A氏は、作業手順通りに作業に取り組むことができ、苦手なことにも挑戦することができるようになったのではないかと考える。 中島ら2)によれば、自己効力感とは「自分が行為の主体であると確信していること・自分の行為について自分がきちんと統制しているという信念」とされているが、これら2つの支援が、失敗体験を重ねてきたA氏の自己効力感を高める有効な支援であったのではないかと考える。 今回の研究は単一事例であり、研究の限界がある。今後この研究の妥当性を高めるため、更なる支援を通して研究の妥当性を検証していきたい。 参考文献 1) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター職業リハビリテーション部「就業支援ハンドブック」,(2024),p.24 2) 中島義明・安藤清志・子安増生・板野雄二・繁桝算男・立花政夫・箱田裕司編「心理学辞典」,有斐閣,(1999),p.330 連絡先 柴田友弥(聖隷チャレンジ工房浜松学園) e-mail shibata.t@sis.seirei.or.jp p.36 文脈的行動科学のアプローチを用いた就労支援と今後の展望 ○下山佳奈(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 研究員) 高津弘明(株式会社スタートライン 就労移行支援事業所るりはり) 刎田文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 はじめに 2009年に創業した株式会社スタートラインは、都心まで通勤困難な障害者が自宅から近い場所で働く、サテライトオフィスサービス(現:INCLU)から事業をスタートさせました。当初は、身体障害者の採用が中心であり、ハード面の環境を整えることで、安定就労を実現できていました。しかし、創業から4年目である2013年に入ると、精神障害者の採用が増加し、ハード面の環境整えるだけではサポートが不十分であり、安定就労を維持することが困難な状況となりました。そのため、職業リハビリテーションを系統的に理解・実践している人材を社内に招き入れました。科学的根拠に基づいた職業リハビリテーションに関する理論・ツール・技法を用いた支援を全社的に導入することを決定し、2014年には障害者雇用研究室(現:CBSヒューマンサポート研究所)を設立しました。それから現在に至るまで、研究所では当社独自の障害者支援ノウハウや、障害者をサポートする社員の研修体制、新たな支援技術を研究・開発し続けています。また社内だけではなく、社外に対しても企業に出向いて障害者雇用のノウハウの研修を行ったり、雇用の実績にまつわる学会発表を行ったりしており、研究人材の育成、研究プロセスの確立、社外ネットワーク活用を進め、研究の質の向上を図っています。そして障害者雇用における社会的課題の解決を通じて、持続可能な社会の実現を目指しています。このような独自のノウハウをより生かして、就労前からのサポートを行うことで対象者のことをよく理解し、安定就労につなげるため2021年に就労移行支援事業所るりはり(以下「るりはり」という。)が開所しました。 2 るりはりの3つ特徴 就労移行支援事業所は、行政から認可された福祉サービスです。一般企業への就職を目指す障害者の職業訓練や就活・定着のサポートを行っています。るりはりでは、これまで1,850以上の支援実績をもつ株式会社スタートラインが培ってきた、障害者への就労支援や定着支援の技術をプログラム化し、その人その人に合ったサポートを考え、就職までの支援を行っています。 (1) 障害者雇用実績のある企業とのつながりが300社以上 るりはりでは、これまでの障害者雇用支援サービスの実績から、障害者雇用に理解のある企業へのインターンシップや特別講座など、独自の就職サポートを行っています。また、サテライトオフィスや屋内型農園、在宅就業など、様々な働く選択肢を提案することが可能です。 (2) 独自ツールで、適性を知り「自分らしく」働く 独自開発の職業適性診断(アセスメント)プログラムを利用し、自分に合った仕事、働き方の特性を知るサポートを行います。自分にあった仕事・就職先を理解した上で、就職サポートを行います。また、テレワーク希望者専用コースも用意しており、就業形態においても「自分らしく」働く選択肢を増やすサポートを受けることもできます。 (3) 学術的根拠のある支援技術を通して、安定して働くためのスキルが身につく これまでの障害者雇用の支援実績に加えて、最新の認知行動療法(ACT)も活用して支援をしています。また、自社開発の模擬業務も利用しながら、セルフマネジメント力の強化プログラムを提供しています。 3 るりはりのプログラム (1) セルフマネジメント 認知行動療法などで知られるマインドフルネスを活用して、心の問題に向き合い、心との付き合い方を身につけられるよう支援しています。レクリエーションなどを通して、楽しみながら自分にあった大事な価値などを見つけていきます。また、(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構が開発したOA作業・事務作業・実務作業に大別される13種類の作業課題から構成された模擬業務であるワークサンプル幕張版(MWS)で、作業時のミスの傾向や得意な部分から、個々人の特性や仕事との相性を確認していきます。また、それぞれの行動傾向を把握していくことで、作業時のミスを防ぐための工夫や適切な休憩のタイミングなどを提案し、最終的には自分自身で工夫したり、休憩を取得したりすることができるよう導きます。このようにしてセルフマネジメントを強化していきます。 (2) テレワーク・在宅勤務を意識したプログラム オンラインコミュニケーションアプリを用いて、在宅勤務を想定した環境を設定し、模擬業務での作業に取り組んでいただくことができます。また、オンラインにおけるコミュニケーション(報告・連絡・相談)や、資料の画面共有を行いながらプレゼンテーションなどの実践経験を積み重ねていくこと、在宅勤務に必要なスキルが習得できるよう支援を行っています。 p.37 (3) キャリアデザイン 「自分に合った働き方や求人の選び方」、「企業研究や自己分析」、「通過する応募書類の作成方法」、「面接官の見るポイントと面接で聞かれること」など、10年以上の障害者雇用支援実践をもとに、自分に合ったキャリアデザインや就職活動の進め方を学べます。 (4) 自己理解へのアプローチ るりはりでは、行動へのアプローチを、【認知】・【行動】・【感情】など多面的な情報整理を行うことで、利用者自身が行動そのものを客観的にとらえることができ、よりよい行動へと変化ができるよう支援を行っています。そのような方法の一つに、Process-Based Therapy(以下「PBT」という。)から生まれたEEMMグリッドを用いた面談があります。 4 EEMMグリッドとは PBTは進化科学に基づく、多面的・多階層的な変化のプロセスを明らかにするために、近年開発されたアプローチです。このアプローチでは、EEMMグリッドを活用し、面談等におけるケースの言動や履歴を分類したり、病理的なプロセス(不適応)と健康的なプロセス(適応)を検討するグリッドを作成したりすることで、複数の支援者や対象者自身が心理的な状態も含めた、その人の全体像を視覚的にとらえることができるようになります。 5 EEMMグリッドの取り組み事例について (1) 対象者 男性(40代)のAさん。 (2) 主訴 Aさんは、常に漠然とした不安があり、漠然とした不安が極度に高まると療養期間に入ることがありました。療養期間中も、不安は消えず自責の念に悩まされる日々が続いていました。 (3) 手続き 図1は、Aさんの面談の内容をEEMMグリッドで整理したものです。左側は、体調悪化時に見られる情報、右側は体調が良い時に見られる情報を整理したものです。図1では、これまで漠然とした極度の不安のプロセスが可視化されました。これを見たAさんは、左側のグリッドが、本来、望んでいる状態とは離れていることを理解し、不安に陥り休んでばかりいることが、役に立たない行動だと気づきました。一方で、望ましい行動も同時に整理することができました。EEMMグリッドの活用により、対象者本人も自己分析がしやすくなり、現在の状態に気づき、長期休養する状態から抜け出すきっかけになりました。 図1 EEMMグリッド 6 その他EEMMグリッド取り組み後の声 (1) 男性(40代) EEMMグリッドを使用したことで、体調を崩すと自分のことばかり責めていたことが分かりました。自分のことばかり考えていたと思っていましたが、他人からどう思われるかに意識が向いていたことが分かり驚きました。原因が分かっても、ネガティブな感情は無くならないけど、体調を崩すことなく行動できるようになりました。 (2) 女性(40代) 時系列で整理する取り組みを行いました。成長過程で、昔は適応行動だったものが、現在では不適応行動になっているということが可視化できました。そのため、冷静に物事を見ることができるようになり、今の最適な行動を選択できるようになりました。 (3) 男性(20代) 自分の感情面や行動などを可視化することで、思考の巡り方が分かりました、そのため、考えがグルグルしなくなりました。状況を整理して、今の自分の考えや行動をどのように調整すると、良い行動に繋がるのか分かりました。 EEMMグリッドの効果:その行動の機能は何かについて、個人を取り巻く環境や心理的な状況の整理を、支援者と対象者が一緒に行うことで、それらのプロセスをずれなく捉えることができ、行動の変化へと繋がっていきました。EEMMグリッドを使って、心理的なプロセスを可視化することで、ご自身での対処可能性を高める一助になると考えられます。 7 今後の展望 るりはりでの取り組みでは、様々なプログラムを経験することで、利用者自身で好ましい行動へと変化していく様子が多く見られました。心理的なプロセスを、多面的に一度に整理できるEEMMグリッドを活用することで、支援者も対象者も、その行動傾向を理解することにつながり、不調のサインに気づきやすくなります。これは、自立した社会参加を送る可能性へとつながるでしょう。今後も、より多くの実践を行っていきたいと考えています。 p.38 キャラバン企業説明会3年間の成果と今後について~障害者職業能力開発プロモーターの活用事例~ ○稲垣良子(名古屋市健康福祉局 障害福祉部障害者支援課 課長補佐(就労支援の推進)) 1 はじめに 平成18年度、厚生労働省から政令市に委託され開始された障害者職業能力開発プロモート事業は、障害者の職業的自立を支援するため、福祉、教育、企業、労働等の機関が連携して、企業及び障害者のニーズや障害者一人ひとりの態様に応じた職業訓練の利用の促進を図ることを目的とした事業である。名古屋市は、平成20年度より参加し、国事業の廃止に伴い、平成25年度からは市単費事業に切り替えて継続し、現在に至っている。 2 名古屋市の取り組み (1) 平成20年度から令和元年度まで プロモーター2名体制で、市内企業等への訪問を行い、企業見学や体験実習の機会創出の働きかけ及びセミナーの企画・開催を行ってきた。 表1 平成20年度から令和元年度までの実績 (2) 令和2年度(COVID-19) COVID-19は、令和2年1月15日に日本において最初の感染者が確認されて以降、全国に急速に拡大した。企業への訪問はもとより、人が集まる事業は全て中止となり、障害者の就職活動も大きく制限された。令和元年10月から、名古屋市障害者就労支援窓口「ウェルジョブなごや」を開設したが、結果的に多くの制約がある中での事業開始となった。障害者の就職活動においてもテレワークへの関心が高くなり、実際に在宅雇用を行っている企業を招いてのテレワークセミナーを開催するなどした。 (3) 令和3年度から現在に至るまで COVID-19の影響を受け、一般就労者数が市の計画目標から大きく乖離したため、支援の再構築が必要となった。まずは、障害者雇用を実施している企業の概要を求職者や支援者に知ってもらうことが必要と考え、令和3年7月からキャラバン企業説明会を開催した。 表2 市内福祉事業所の一般就労移行者数(本市調べ) 3 キャラバン企業説明会 キャラバン企業説明会は、名古屋市内16区にある生涯学習センターを会場に、1社30分で1回あたり4社、月2回午後開催を基本として開始した。このキャラバン企業説明会がプロモーター活動の転機となり、企業並びに支援機関及び求職者相互の情報交換の機会を生むこととなった。令和4年度からは、前述した形式による13時から15時45分までのBタイプに加え、9時30分から12時までの求職者によるディスカッション形式によるAタイプを設けるなど、企業側のニーズや企業開拓も意識した運用を行っている。 表3 キャラバン企業説明会参加者(求職者)の内訳(名) 表4 キャラバン企業説明会参加企業の内訳 p.39 4 キャラバン企業合同面談会 令和6年度に、キャラバン企業説明会を始めてから3年が経過したが、その効果を就職実績との関係で評価できていないことが課題となった。要因としては、プロモーター2名体制では、キャラバン企業説明会後の就職活動についてまで支援し続けられず、最終的な就職につながったかを追うことができないという体制を含めた限界であると考えた。そこで、今後のキャラバン企業説明会への参加を促すことも念頭に、キャラバン企業合同面談会(以下「合同面談会」という。)を定期的に開催することを新たに企画した。そして、合同面談会の参加者を、過去のキャラバン企業説明会に参加した企業及び参加求職者に限定することで、働く意欲が熟成した求職者を次のステージに送り出すことを目的として開催することとした。その結果、第1回目の合同面談会における企業へのアンケート結果から、就職につながる可能性は、参加者全件の約4割程度はあることが分かった。5割は切るものの、改まって行う面接とは異なる、説明会の延長としての対話の場が、企業及び求職者双方に及ぼす影響は一定程度あるようだということも分かった。 表5 合同面談会における企業の感想 表6 第1回目の合同面談会における業種別参加求職者 5 今後の方向性 合同面談会を開催するにあたって、関係機関との連携が必須となった。市(プロモーター、ウェルジョブなごや)は福祉行政の立場から支援機関へのアプローチを、労働局(ハローワーク)は労働行政の立場から職業紹介を、見学と実習の調整は労働局と県の共同事業体である「あいち障害者雇用総合サポートデスク」が行った。福祉部門と労働部門とで、まったく同じアプローチや所管ではないからこそ連携を行う意義があると考える。引き続き、各機関の強みを活かして、障害者の一般就労につながる支援を市・県・国の連携により実施してまいりたい。 連絡先 稲垣良子 名古屋市健康福祉局障害福祉部障害者支援課 Tel 052-238-0752 e-mail a2659@kenkofukushi.city.nagoya.lg.jp p.40 各機関と連携を生かした一般就労に向けての取り組みについて~ジョブコーチ支援を通して~ ○角智宏(社会福祉法人清流苑 本部長) 1 はじめに 私たち社会福祉法人清流苑(以下「当法人」という。)では、平成30年に就労定着支援事業をスタートし、合わせてジョブコーチ支援もスタートさせた。 ジョブコーチ支援をスタートさせた背景には、当法人がある鹿児島県出水(いずみ)市は、障害者職業センターまで2時間。一番近い「ほくさつ障害者就業・生活支援センター」までも約1時間と距離があり、臨機応変な対応に課題があった。特別支援学校を卒業して一般就労された方や、福祉事業所を卒業されて、一般就労された方のサポートを手厚くしたいという思いのもと、また障害者雇用に悩む地元企業に対しても、スピーディーにサポートを行うなどの目標を掲げ、現在まで取り組んできた。当法人では、以下(図1)のように就労系サービスを卒業後のサポートとして行っている。 図1 JC支援と当法人の支援について 入職当初はジョブコーチ支援での「集中支援期」、また1か月経過後の「移行支援期」を中心に、当事業所では追支援という形で、月に1回程度面談を行っている。 6か月経過後以降は、ジョブコーチ支援のフォローアップと、当法人の就労定着支援をうまく組み合わせながら、支援を行い、入職から15か月経過後のジョブコーチ支援終了時は、就労定着支援の継続および、地域の就業・生活支援センター等と引継ぎを行うことで「切れ目のない支援」に取り組んでいる。 現在も、ジョブコーチ支援終了後、企業側より「不安が残る」という相談を受けるケースもあり、障害者就業・生活支援センターと連携し、不定期ではあるが訪問し面談するケースもある。 実情としては「ジョブコーチって何?」という方がまだまだ多い印象と、人手不足と言われながら、障害者雇用が進まない地方の課題に直面していることも事実としてある。 2 ジョブコーチ支援の在り方に対する考察 (1) ある支援の実際より Aさん(25歳 男性 知的障害 療育手帳B2) 幼い頃から施設で育ち、特別支援学校の高等部卒業後、当法人(就労継続支援A型)へ入職した。Aさんは利用当初から仕事への適応能力は高く評価も高かった。一方でコミュニケーション能力に課題があり、他人(同僚よりは対職員)とトラブルになることも少なくなかった。 生活面においてはグループホームに入所し生活を行っていた。自分のペースで生活することも多く集団生活の中で活動するには課題が多かった。5年経過した頃に本人から「辞めて地元に帰りたい」と申し出があった。もちろん引きとめ、何度も面談を繰り返したが、本人の意思は固く、思いを尊重することにした。 問題だったのはこの時点で、本人に働く意志が全くなく、次の就労先も未定のまま退所したことだった。 実際のところ、グループホームで貯めたお金があったため、しばらくの間生活に困ることはなかったと思うが、気にかけて数年間、不定期に連絡は続けていた。 本人からは連絡がなかったのだが、ほくさつ障害者就業・生活支援センターと企業の方から「Aさんの件で色々とご協力いただきたい」と当法人に相談があり、まずはお話を伺うことになった。 (2) 環境の変化と「ハブ的役割」について Aさんはこれまでの約2年間、自宅で過ごすことが多く仕事には就いていなかった。Aさんの友人2名が、連絡をいただいた企業に勤めており、その友人の紹介で就職する予定とのことだった。仕事を体験して特に問題なかったが、長い間働いていないことと、通勤に関して距離があること、また生活面が何より心配ということだった。 本来、ジョブコーチ支援の例としてJEED(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構)のHPには以下のように示されている(参考:図2)。 (障害者への支援例) ・仕事に適応する(作業能率を上げる、作業のミスを減らす)ための支援 ・人間関係や職場でのコミュニケーションを改善するための支援 (事業主への支援例) ・障害を適切に理解し配慮するための助言 ・仕事の内容や指導方法を改善するための助言・提案 p.41 (家族への支援例) ・対象障害者の職業生活を支えるための助言 とある。 図2「ジョブコーチ支援」を活用しましょう !!より Aさんは、信頼関係の構築にとても時間がかかる方で、なかなか本音を話してくれなかった。いきなり関係機関に繋いでも、上手くいかないと思い、本来はジョブコーチ支援の定義からは外れるかもしれないが、まずは本人の同意を得て、関係機関につなぐことにした。これには企業のご協力や、関係機関の皆様の協力で、比較的短い時間で連携することができた。 図3 Aさんをサポートしてくださった関係機関 現在まで、様々な課題を抱えながらではあるが、仕事も継続し、生活面も安定している。これには関係機関の皆様や、何より採用してくださった企業の努力の賜物であると思われる。私は、ジョブコーチ支援の本義である「就労の継続」という面からも、職場での環境調整だけでなく、当事者を取り巻く環境も意識して支援を行っていく事が重要であると、Aさんの取り組み事例からも再認識することができた。 (3) ジョブコーチの支援能力の向上 私自身、平成30年11月にジョブコーチの資格を取得後、職業センターとのペア支援(一部単独支援)で9名のサポートを行ってきた。過去9例では現在も継続して勤めているケースが3例、転職し別事業所に勤務が1例。福祉サービスに移行が3例、不明2例となっている。 ジョブコーチ支援の現場は、当事者だけでなく、企業や家族、先に述べた関係機関との連携も必要となり、合わせて面談技術や調整能力が求められる現場でもある。 私は自分自身の経験として、高等学校と特別支援学校での経験が大いに役に立っていると考えていて、合わせて現在の職場では管理職として面談のスキルが求められることから、多くの研修を受けてきた。 取り組み当初から、ジョブコーチ支援だけでなく、広く全般的にキャリアに関する知識や技術を深めたいという思いから、令和5年にキャリアコンサルタントの資格を取得し、活動を始めた。 私が関わっている障害者の方の多くは「自分はこうなりたい」「こういう仕事をしてみたい」など、自分がどうありたいかを意思表示できていない方も多い。特に支援学校の卒業生は、学校時代は先生、福祉の現場では支援員の方から言われたことを素直に受け入れ行動する傾向が強く、資格取得後は、「一緒に考えていくこと」を意識することで、障害者の方の成長支援、自立支援につながるように、意思決定支援に基づいた相談業務を行っている。また両立支援(育児・介護・病気)が必要なケースや、地域性、会社などの組織、家族や対人関係など、取り巻く環境を頭に入れながらジョブコーチ支援を行っている。 今回の例はまさに「Aさんを取り巻く環境」を意識した支援の例だが、これはキャリアコンサルタントとしての学びや、多くの仲間と横のつながりが、自分の行動変容に寄与したと思われる。 3 さいごに 企業においては人手不足が叫ばれる中、障害者の方々が企業を支える一員として求められていることは間違いない。   しかし、企業側の労働に対する要求は厳しくなることも多く、単に「できない」とか「難しい」ではなく、当事者に「何ができるか」を企業と一緒に考えていくことが、私たちジョブコーチのミッションであり、就労を希望されるみなさんと、職業生活設計を一緒に考えていくことが重要であると考えている。 今回のAさんのサポートが終了する頃に、Aさんが「自分らしさ」を生かして、主体的に自分自身の課題解決に向かえるように支援を行うことはもちろんだが、Aさんだけでなく、Aさんの勤務する企業の活性化にもつながってほしいと願っている。 連絡先 角智宏(すみ ともひろ) 社会福祉法人清流苑 出水事業所 e-mail seiryuen-honbu@outlook.jp p.42 質の高い就労定着支援を目指すための就労定着支援事業所の現状と課題 ○山口明乙香(高松大学 教授) 1 研究の目的 国内の障害者雇用者数は、過去最高を更新しつづけており、令和5年には、642,178名が企業に雇用されている。 また令和4年の就労サービスから企業の雇用へ移行していった障害者は、24,426名である。その就労サービスの内訳は、就労移行支援事業所から15,094名、就労継続支援A型事業所4,818名、就労継続支援B型事業所から4,514  名であった(厚生労働省,2023)。令和4年の就労定着支援事業所数は、1,678ヶ所であり、全国平均の事業所数は、35.7事業所であるが、都道府県別では、最少の事業所数として県下に4事業所しか設置がない地域など、地域間格差が大きい現状がある。本研究は、質の高い就労定着支援の実現を目指すにあたり、就労定着支援事業所の支援の現状把握や障壁となっている課題を明らかにすることを目的として実施した。 2 方法 本研究では,2024年3月15日から4月25日を対象期間として、全国の1,678ヶ所の就労定着支援事業所の職員とその利用者1名を対象にオンライン又は自記式質問紙による回答による調査を実施した。結果、就労定着支援事業所の職員267名(回収率:15.9%)、利用者105名(回収率:6.3%)から回答を得た。分析は、各項目に対して単純集計を行った。なお本調査の倫理審査については,高松大学研究倫理審査(高大倫審2023001)の承認を経て実施し、報告すべき利益相反はない。 3 結果 (1) 就労定着支援事業所の回答者の基礎情報 回答者は、サービス管理責任者が47.6%(127名)で最も多く、次いで定着支援員33.0%(88名)、設置法人の責任者19.1%(51名)、その他7.5%(20名)という内訳だった。回答者の就労定着支援事業所の指定年は、2018年が回答者の54.0%(136名)であり、2019年が21.3%(55名)、2020年が7.9%(20名)、2021年は6.0%(15名)、2022年は5.6%(14名)、2023年は、3.6%(9名)、2024年は0.4%(1名)であった。設置法人の種別は、社会福祉法人が34.9%(93名)で最も多く、次いで民間企業が33.1%(88名)、NPO法人・一般社団法人が24.8%(66名)、自治体が0.38%(1名)、その他が0.7%(18名)であった。回答者の併設している福祉サービス事業所については、就労定着支援事業所のみが3名(1.1%)であり、最も多いのは、就労移行支援事業所84.0%(225名)就労継続支援B型事業所53.4%(143名)、相談支援事業所46.6%(98名)、自立訓練事業所26.5%(71名)、就労継続支援A型事業所17.2%(46名)の順であった。回答事業所のうち、職場適応援助者(以下「ジョブコーチ」という。)取得者の在籍している事業所は、57.9%(154事業所)であり、今後取得を予定している事業所は、8.1%(23事業所)あった。 (2) 定着支援事業所の利用者の受け入れ状況 就労定着支援事業所の利用者の受け入れ状況については、設置法人の設置する訓練事業所を利用した者のみを受入対象としているとした回答が、60.0%(150名)、利用者の利用した法人の内外に関係なく受け入れているとした回答は、33.6%(89名)であり、他法人の利用者のみを受け入れているとした回答は、2.6%(7名)であった。 (3) 支援実績のある障害種 回答事業所の2024年3月までの支援実績のある障害種は、精神障害(91.1%)、発達障害(84.4%)、知的障害(84.2%)で、回答者の8割以上は、支援経験がある傾向があった。次いで、てんかん(44.8%)、身体障害(39.1%)、高次脳機能障害(33.5%)は、約3割程度の事業所が支援の実績があった。一方で、難病疾患(22.7%)、内部疾患(18.8%)、聴覚障害(11.7%)、視覚障害(8.8%)は、支援実績のある事業所割合は低い傾向にあることが明らかになった。 (4) 定着支援事業の現状と課題 回答者のうち、現在の就労定着支援に課題があると考えているのは、41.5%(103名)であり、課題はないとしたのは、58.5%(145名)であった。 就労定着支援の提供は、勤務先での面談(96.4%)、事業所での面談(95.1%)であった。その他には、カフェ等による勤務先、事業所以外の場での面談(49.0%)、遠隔でのビデオ会議システムを用いた面談(48.6%)、利用者自宅での面談(37.7%)であった。また多様な支援の実施経験としては、テレワーク勤務の支援事例があるのは、32.8%の88事業所であり、勤務先に障害開示をしていない事例は、34.3%の87事業所に経験があった。また、グループホーム居住者の支援は、63.6%(159事業所)が経験あり、一人暮らしの利用者への支援事例は、69.9%の(177事業所)が経験を有していた。 (5) 離職・転職に関わる支援の現状 利用者の離職及び転職に伴う支援において、1ヶ月以内の再就職に至る支援の経験があった事業所は、36.8%(96事業所)であった。回答者の考える離職に伴う再就職の支援における必要な期間は、12週間程度が27.2%が最も多く認識され、次いで8週間程度(26.0%)が必要であると認 p.43 識されていた。 (6) 事業所の取り組んでいる支援の内容 事業所の取り組んでいる支援の内容として、実施率の高い取り組みは、「支援終了を見越し、サービス終了後のニーズに応じた他の支援機関への接続支援(77.9%)」、「サービス終了後の元利用者からの継続的な相談やニーズに応じた地域資源への接続に関わる調整支援(69.1%)」 「雇用先の企業在籍型ジョブコーチや職業生活相談員との定期的な情報共有による就業面の支援(52.9%)」、「地域内でのつながりを作るためのOB会やOG会、余暇活動などの定期的な企画運営による地域支援(48.3%)」であった。 表1 定着支援事業所の実施する取り組み また「利用者の自宅訪問(訪問看護やヘルパー派遣)できるサービスとの併用による生活支援(31.5%)」、「ジョブコーチの活用による就業面の支援の充実(31.0%)」も一定数実施されていた。 (7) 定着支援事業所の優先度の高い課題  回答者の考える事業所の課題解決として優先度の高い課題として「非常に優先度が高い」とした回答は、「報酬単価と事業所の安定運営に関する課題(97.6%)」が最も高く認識されていた。 次いで「利用者の確保に関する課題(38.0%)」、「定着率を高める難しさの課題(22.6%)」、「事業所の職員確保に関する課題(21.2%)」、「企業との連携に関する課題(21.0%)」などが認識されていた。 表2 定着支援事業所の優先度の高い課題 4 考察 就労定着支援事業所の現状として、利用者の受け入れ状況としては、自法人の利用者に対象を限定としている事業所が約6割であることが明らかになった。また障害種別としては、精神障害の利用者の支援は多くの事業所が経験していることも明らかになった。また支援提供の状況としては、勤務先や事業所での面談が基本とされているものの、それ以外のカフェ等の場所による面談やオンラインによる面談も一定数実施されていた。テレワーク勤務をしている利用者の支援経験も約3割の事業所はあり、コロナ禍を経て、働き方の多様化によって、支援方法の多様化の影響を受けていると考えられる。 1ヶ月以内に離職からの再就職を実現した支援を実施した事業所が確認されたが、この離職からの再就職を目指す支援においては、8週間から12週間が必要な期間であると認識されている現状も明らかになった。 就労定着支援事業所が取り組む内容では、支援終了後を見越した他機関への接続の支援や契約終了後も周囲の地域資源への接続のための調整の支援などが実施されている割合が高かった。またジョブコーチをはじめとする企業内の担当者との連携した就業面の支援や地域のつながりをつくるためのOB会や余暇活動に関わる活動の機会提供なども実施されている傾向があった。 こうした取り組みがあるなかで、就労定着支援事業所の抱える課題は、利用者確保の課題や報酬単価と事業所の安定運営、事業所職員の確保に関する課題などが高い割合で認識されていた。これは就労定着支援事業所の枠組みに関わる課題であり、これらが比較的高く優先課題として捉えられていたことから就労定着支援を担う事業所の運営の課題があると考えられた。また一方で、支援の質に関わる定着率を高める課題や企業との連携や、生活支援にかかる関係者との連携の課題なども認識されていることが明らかになった。本研究の結果から、各就労定着支援事業所の運営や支援提供における好事例やノウハウ共有などの事業所間の実践知の共有が今後重要になると考えられる。 本研究は、令和5年度厚生労働省科学研究費 「就労定着支援の質の向上に向けたマニュアル開発のための研究(23GC1001)(研究代表者:山口 明乙香)」による成果の一部です。本研究にご協力いただきました皆様へ感謝申し上げます。 引用文献 厚生労働省(2023)令和4年度社会福祉施設等調査. 連絡先 山口明乙香 高松大学発達科学部 e-mail afujii@takamatsu-u.ac.jp p.44 障害のある方が「戦力として働き続けるために必要なこと」を企業と共に考える-『企業連携会議』からの学び- ○伊藤真由美(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 所長) 持永恒弘(特定非営利活動法人クロスジョブ 理事/元シャープ特選工業株式会社 代表取締役社長) 濱田和秀(特定非営利活動法人クロスジョブ) 砂川双葉(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ鳳) 1 はじめに 障害者雇用率制度に関しては、法定雇用率の段階的な引き上げ(2026年4月には2.7%)に加え、2018年4月からは障害者雇用義務の対象に精神障害者が加わり、現在においてもハローワークにおける有効求職者の割合も約半数が精神障害者という状況が続いている。働きたい誰もがチャレンジできるという意味では対象障害の拡大は障害のある方にとって追い風となった一方で、企業は今まで以上に障害者雇用の数を追い求めなければならず、かつこれまでの身体障害や知的障害を対象としたものから、精神障害・発達障害といった障害特性に合わせた新たな雇用管理の視点が必要となった。 図1 雇用障害者数と実雇用率の推移 クロスジョブはNPO法人の特性を活かして、企業の方にも会員に加わっていただき、2020年10月より企業会員と支援者会員による雇用事例を基にした勉強会(企業連携会議)を開催してきた。今発表ではこの取り組みについて報告し、雇用率だけではなく障害者雇用で働く方々も戦力として活躍できる職場づくりを目指し、改めて就労移行支援事業所の役割を考える。 2 背景 就労移行支援事業所は、一般企業への就職だけが目的ではなく、企業の中で活躍して働き続けることが目的であると考えている。現在、就労移行支援事業所の利用者も発達障害や高次脳機能障害といった目に見えない障害故に支援力や質の高さが求められるとともに、企業もそうした方の雇用管理に困難さを感じる企業も増えている。 3 企業連携会議の概要 (1) 運営 ・事務局:事業所スタッフ、持永理事 ・頻 度:2~3カ月に1回 ・方 法:梅田事業所を拠点として、法人内の各事業所(8カ所)での会場・リモートの両方で実施 (2) 参加者  45名 ※法人外 表1 参加者内訳 (3) テーマ 共通テーマを「活躍して働き続けるために」とし、支援者及び企業から事例を提供し、参加者の立場や経験等を活かし、多角的な視点で率直な意見交換ができるように工夫している。 事例をベースとして議論する背景には、支援者も企業も障害者雇用率の引き上げや採用場面における差別禁止、合理的配慮の視点といったこれまでの「採用時の課題」に加え、障害のある方が雇用継続していくために社内における組織体制の整備や理解促進などの「採用後の課題」に対する意識が強まっていることを感じている。 企業連携会議では、それらの課題に対し、学んだことを実践する中で生じる事象に対し、具体的事例として取り上げる。その事例を通し、企業と支援者が「障害のある方が活躍して働くための環境づくり」には、どのような知識・技術・連携が必要なのか、同じ土俵に立って意見交換することが有効だと考えたからである。加えて、就労支援従事者にあたっては企業経営や雇用管理などの企業理解が不可欠であることを、これまでの支援の中で何度も感じてきた。これまでのテーマは以下のとおりである(表2)。 p.45 表2 企業連携会議のテーマ (4) ディスカッション例 ア 「業務のミスマッチによる課題改善」のケース 「ミスや眠気が生じている業務の分析」を行い、『複雑業務の影響による脳疲労への対策』について議論。その結果、作業工程の細分化、チェック方法の変更など特性に合った仕事の仕方を提案し、改善が見られた。現場支援を通して職場の方と共に課題解決を目指せる関係性をつくることで、企業側の理解が進むことを実感した。 イ 「企業の雇用管理体制が不明瞭」なケース 「障害者雇用に対する考え方の確認、雇用管理体制の構築、本人と担当者の橋渡し」など『企業の雇用管理をサポートする』ことについて議論。その結果、企業とケース会議を実施し本人に関わる役割(会社=雇用管理)を明確化。これにより、会社の意識が変わり双方にとってより良い環境づくりを企業と支援者が共に考える関係性となった。 ウ 「障害者雇用を通した会社の変化」のケース はじめて障害者雇用を行い試行錯誤する中、支援機関と一緒になって、一人一人が活躍できる環境を目指して取り組む。現場での面談や勉強会、社員教育などを根気よく実施。少しずつ既存従業員の意識が変わりマネジメント力が高まり、障害者の戦力化が進み、会社全体への生産性向上に繋がった。 4 考察 (1) 多角的な視点での学び合いが支援力の向上に繋がる ア  支援者側の視点 支援機関だけではなく企業を交えた多角的な意見交換は学びや気づきが多く、支援機関における利用者支援会議などでの議論に深まりが見えた。また、就職後のことを想像しやすくなったことで、就労移行支援期における職業準備性を高める支援や企業訪問時等における企業アセスメントの視点の幅が広がり、支援力向上に繋がった。 イ 企業側の視点 事例を通して、採用場面では見えにくい障害のある方がどのような経過で就職に至ったのか、家族や支援者がどのように関わったのかを知る機会になる。そこには障害のある方を雇用して活躍してもらうための気づきがたくさん生まれる。そこから自社における人事管理、労務管理をどのようにすると良いのか、支援者の活動や利用者の行動の様子がヒントになった。 (2) 社会モデルの視点に立った就労支援のポイント 就労支援は障害のある方の「働きたい」という希望に寄り添い、共に考え、就労を通してひとりひとりの生活や人生がより豊かなものになるよう支援するものである。そして、その「障害」の捉え方は、職場という「社会」で働く時に生じる障壁を「障害」と考える『社会モデル』の視点に立って考えていくことが重要である。支援者として、まずはその方の持つ障害特性などを理解すること。次に働くうえで障壁となるものをいかに想像し、環境調整できるかが重要である。そのためには、目に見える部分だけに囚われず、いかに目に見えない困り感に気付けるか、その力が試される。 5 今後の取り組み (1) 実効性を高め、協働して職場をつくる これまでの当事者支援に加え、企業の雇用管理へのサポート(職場の環境整備)にもう一歩踏み込み、企業と支援機関とが役割分担をもう少し重ね合わせ、協働して障害のある方が活躍できる職場づくりを目指したい。 そのためには、お互いの持っている専門性を活かし、知見を出し合うことが必要である。 (2) 企業の雇用管理をサポートし、定着率向上を目指す 汐中1)は障害者雇用と最近の動向として、「2013年の障害者雇用促進法改正では、雇用場面での差別禁止や合理的配慮の提供義務が課せられ、それまでの障害者雇用施策にみられる『量的改善』に『質的改善』を組み込んだもので、社会側の壁を取り払う上でも非常に重要な改正」と述べている(2023,汐中)。 多様な障害の受け入れ・働き方が進む中で、企業や支援機関が目指す未来は同じだと考えると、協働することで雇用率という「量的改善」と定着率という「質的改善」が見込まれる。障害者雇用で働く人も一人の従業員として戦力化したい企業の考え、そして職場に必要とされたい本人の想いに大きなメリットをもたらす。それは結果として、就労支援が目指している本人の自立に繋がる。 参考文献 1) 汐中義樹『障害のある方と共に働く』,日本橋出版(2023), p46-49 連絡先 伊藤真由美 就労移行支援事業所クロスジョブ札幌 e-mail ito@crossjob.or.jp p.46 自立支援協議会はたらく部会における企業開拓~関係機関との連携による取組を通じて~ ○野村聡(柏市役所 福祉部障害福祉課 副参事) ○八木原直彦(障害者就業・生活支援センタービック・ハート柏 主任) ○久保千穂子(LITALICOワークス柏西口 管理者) 1 はじめに 障害者雇用を進めていく中で、本人の希望に応じた雇用先を開拓していくことは重要であり、多くの就労支援機関において頭を悩ませている点であることは想像に難くない。 千葉県柏市(以下「柏市」という。)では、市内の障害者就業・生活支援センター及び就労移行支援事業所等が主な構成員となっている自立支援協議会はたらく部会一般就労連絡会(以下「一般就労連絡会」という。)において、障害者雇用に関する企業向け相談会であるキックオフミーティング「以下「キックオフミーティング」という。)を令和4年度から開催し、一定の成果を挙げている。 本稿では、これまでの取組を振り返り、成果と課題を明らかにすることとしたい。 2 柏市について 柏市は、千葉県北西部に位置する人口43万人の都市である。北部地域のつくばエクスプレス沿線では、30代から40代のファミリー層が転入し人口増加が続くとともに、都内に近接していることから、都内に通勤する市民が多いのが特徴である。 3 柏市内における障害者雇用状況 (1) 企業の状況 柏市における企業の特徴として、大企業よりも中小企業が多く存在し、障害者雇用率を達成している企業の割合が伸びない現状がある。どちらかといえば、障害者雇用率を達成している企業と未達成の企業が分かれる傾向がある。 (2) 就労支援機関 柏市には、障害者就業・生活支援センターや就労移行支援事業所の他に、精神科医療機関が就労に特化したデイケアを実施する等、就労に関する社会資源が充実するとともに、障害者就業・生活支援センターを中心とした就労支援ネットワークが機能している。 4 キックオフミーティングの開催(令和4年度) これまで、柏市では近隣市と連携して企業を対象とした障害者雇用に関するセミナーを開催してきたが、企業向けに周知を実施できても、その効果がはっきりと見えなかった。 柏市は都内に通勤する市民が多く、障害者も同様の傾向がある。その一方で、障害者の中には公共交通機関による通勤が苦痛になっている方もおり、そのような方々にとって身近な場所で就労できること、つまり市内企業で就労可能な場所を開拓することが必要ではないかという意見が一般就労連絡会の中で出され、キックオフミーティング開催に向けて動きだした。 (1) 開催目的及び対象企業の選定 この取組を進めるにあたり、メンバー間で意見交換しながら進めた。当時はコロナ禍ということもあり、Zoomで活発な意見交換のもと、作り上げてきた。 この中で議論の方向性として、 ① 障害者雇用に取り組む企業を増やす ② 障害のある人が、身近な地域で働ける企業を増やす ③ 企業が障害者雇用に前向きとなる取組の一助とする ④ 障害者雇用0人企業を主な対象としていく 上記の方向性に基づいて進めることをメンバー間で確認し、本イベントの名称を企業と共に踏み出す障害者雇用を目指すため、「キックオフミーティング」とした。 (2) 関係機関との連携・協力 キックオフミーティングの開催が決定し、次に進めたのは企業への働き掛けである。前述のとおり、障害者雇用0人企業をターゲットとしたが、そのような企業は障害者雇用に関する関心が低く、参加への働きかけについては工夫する必要があった。 そこで、一般就労連絡会のメンバーである公共職業安定所の雇用指導官に協力を仰ぎ、キックオフミーティングについては公共職業安定所に後援を依頼することで、対象企業への働き掛けについて協力いただくこととなった。この他に公共職業安定所と同様、一般就労連絡会のメンバーであった経済団体にも協力を依頼し、登録企業へチラシを周知いただくことが可能となったことにより、当初の懸案事項だった企業への周知は、一般就労連絡会のネットワークを通じて実現した。 5 実施内容 令和4年度及び5年度における結果は、下記のとおりである(表1)。 p.47 表1 令和4年度及び5年度キックオフミーティング実績 2年間で20社がキックオフミーティングに参加し、参加企業の35%が求人票を掲出した。令和4年度は初めて開催したこともあり、実施方法については手探り状態だったが、令和5年度はその反省に基づいて実施方法を改善した。その実施方法等について述べたい。 (1) 令和5年度における開催方法 ア KGI、KPIの設定 KGI(Key Goal indicator)は、ビジネスの最終目標を評価できる指標である。KPI(Key Performance indicator)は、KGIを達成するために必要な中間目標であり、目標達成に向けたプロセスである。 令和4年度は、参加企業数の目標を10社と定めていたが、求人票掲出数及び就職者数等の定量的な目標を定めていなかった。その反省から令和5年度はKGI及びKPIを次のとおり定めた(表2)。 表2 令和5年度のKGI及びKPI 上記目標の結果については、KPIで設定した参加企業10社を上回り11社が参加した。KGIで2名入社と設定したものの、活動を開始すると短期間で雇用を進めるのが難しく、1年程度の期間で企業の状況を理解しながら進めていくことが効果的だった。 なお、令和6年7月末現在において、参加企業1社で雇用前提の実習が開始される等、取組は着実に進んでいる。 イ 企業への事前訪問 新たな取組として、キックオフミーティング開催前に申込があった企業に対し、担当者が事前に訪問し、参加企業のニーズや困りごとを把握することとした。 このことは、現場に足を運んで見学するとともに、企業と事前に顔を会わせることで関係を構築するきっかけとなり、キックオフミーティング当日の個別相談にて、企業の悩みや困りごとを掘り下げて聞くことの一助となった。  また、市内の就労支援機関同士がペアを組んで企業開拓に動くことで、実務レベルで企業開拓に関するノウハウを共有することができた。 ウ 企業への提案内容及び資料作成に関する検討 前述の企業への事前訪問後、企業からのヒアリング内容に基づき、当日のキックオフミーティングにおける個別相談会で有効な提案ができるよう、メンバー間で協議した内容に基づいて提案資料を作成した。 このように、提案内容についてメンバー間で検討を重ねながら提案資料を作成するプロセスは、好事例の共有や求人開拓における就労支援機関職員のスキルアップ及び人材育成に繋がっている。 6 キックオフミーティングにおける成果と課題 以上、これまで述べてきたキックオフミーティングに関する成果及び課題については、次のとおりである。 第一に、ハローワーク等の関係機関と連携することで障害者雇用が行き届かない企業を選定し、アプローチしながら企業開拓につなげることができた点である。企業から寄せられた相談を受け止め、ニーズに応じた提案を行うことで求人の開拓につながった。 第二に、開拓した企業の求人は、障害者就業・生活支援センターの企業支援員が求人情報を取りまとめ、市内の就労支援機関で共有した。このことによって、就労を希望する障害者にとって身近な地域で就労する可能性が生まれたのは、成果であると言える。 その一方で、課題も生じている。 現在、一般就労連絡会が中心となって進めているが、就労支援機関の人材不足によって参加が難しい事業所も出てきている。Googleのスプレッドシートを活用する等、効率化を進めているが、各事業所も日常業務が多忙な中、キックオフミーティングの開催に協力いただいている現状があり、現在の仕組みをどのように継続するか、検討する必要が生じている。 7 まとめ キックオフミーティング開催に向けて関係者で議論を重ねていた際、ターゲットを障害者雇用0人企業とするのはハードルが高いと感じていた。 しかし、キックオフミーティングを開催してみると地域の様々な社会資源を活用した取組によって、地域全体で障害者雇用を推進できることがわかった。今回の取組は、市内の就労支援機関が企業開拓は地域課題であると認識し、協力いただいたことによって実現できている。このことについて、市内の就労支援機関に深謝したい。 今後も地方自治体として企業ニーズを見極めつつ、他の就労支援機関と連携・協力しながら、障害者と企業双方にとって有益となる取組を進めていきたい。 参考資料 1) KPIとは? https;//quantee.jp./blog/what_kpi/ 令和6年8月9日(金)アクセス p.48 シロイルカの調餌作業を受託して~水族館と複数就労継続支援事業所の挑戦~ 〇山本直紀(社会医療法人清和会 就労継続支援A型・B型事業所「はまかぜ」通所サービス課長) 佐々木裕介(社会医療法人清和会 就労継続支援A型・B型事業所「はまかぜ」) 岡﨑博子(社会医療法人清和会 就労継続支援A型・B型事業所「はまかぜ」通所サービス課) 新家望美(社会医療法人清和会 就労継続支援A型・B型事業所「はまかぜ」通所サービス課) 1 はじめに 島根県浜田市・江津市にまたがる島根県立しまね海洋館アクアス(以下「アクアス」という。)は中四国地方最大級の水族館であり、西日本では唯一シロイルカをみることができる施設である。また毎年多くの観光客が訪れる島根県西部最大の観光施設である。 アクアスの主役であるシロイルカの調餌作業(エサの準備)について、島根県障がい者就労事業振興センターの仲介で、2021年11月より、地元の3つの就労継続支援事業所で受託した。「水族館」でのこのような作業を就労継続支援事業所が共同で受託することは初めての試みであり、この活動が始まり2年が経過し、様々なよい効果を得ているため、ここに紹介したい。 2 受託業務の具体的内容と特徴的な取組 受託したシロイルカの調餌作業は、以下の7つの工程にわけられる。①荷出し⇒②バラし⇒③計量⇒④解凍⇒⑤洗い⇒⑥傷・チェック⇒⑦調餌室の掃除である。シロイルカ4頭分一日当たり約100kgの冷凍魚を扱う。冷凍魚は季節によって異なるが常に数種類を扱い、シロイルカそれぞれに食べる量が異なるため、一頭ずつ計量してバケツに分けていく。凍り固まった魚をバラすのは力を入れすぎると魚が傷んでしまうので絶妙な力加減が必要である。流水で解凍していくが、冬は解けにくく苦労し、逆に夏はすぐに解けるが今度は傷みが進まないように素早い作業が求められる。傷んだ魚の選別や調餌室の掃除もシロイルカの健康に直結するため、気が抜けない部分である。おおよそ指導員1名、利用者2~3名で2時間程度を要する。 この試みのおおきな特徴は、アクアス側の提案で調餌作業終了後、給餌(エサを与えること)にも同行させていただけることである。給餌はエサやり兼パフォーマンスのトレーニング時間になっており、利用者はシロイルカの様々なパフォーマンスをそばで見て、時には直接エサを与えたり、頭をなでたり、ボール遊びをしたりと触れ合いをもつことができる。シロイルカの生態や飼育について飼育員から直接伺うこともでき、他では味わうことのできない貴重な時間となっている。 3 取組を通して得たもの (1) シロイルカとのふれあいからの効果 上記の取組から利用者はシロイルカをより身近に感じ興味関心を持ち、やりがいを強く感じることができている。「かわいくて癒される」「責任を感じシロイルカのためにより丁寧に作業をしないといけないと思う」と癒しと同時に責任に関する発言が多くみられた。 利用者は作業当初からワクワクした期待感を持ちつつも、新たな作業への困難さや動物を育てるための不安もいだいていた。そこで作業後は必ず振り返りのミーティングを行い、「素早く正確な作業を行いシロイルカとのふれあいの時間をしっかり確保する」という目標を立てて全員で前向きな取り組みと工夫を行っていった。結果「みんなで早く正確な作業をするために大事な点を申し送る」「次に作業に行く人が困らないように飼育員から教わったことを共有する」などチームに対しても多くの前向きな声が聞かれるようになった。 自分たちが関わったシロイルカが健康を保ち、多くの観客をパフォーマンスで喜ばせている。調餌作業を通して自分たちがその下支えをしているということは、利用者の自負と自己効力感につながっていった。 このようにアニマルセラピーとしての癒し効果はもちろん責任感や意欲、協調性、自己効力感など多くの向上が見られた。 (2) 本物のホスピタリティの体験からの効果 アクアスの作業を受託するまでは当事業所の作業はほとんどが法人内で完結するものであり、外部へ仕事に行くことは稀であった。アクアスの職員は多くの観光客を丁寧な接遇でおもてなしし、生き物への慈愛に満ちている。そのような職員との対話は、本物のホスピタリティを体験でき、自分たちの言動や接遇などを見直すきっかけにもなっている。さらには「アクアスにお礼がしたい」「アクアスで他の仕事もしたい」と感謝の気持ちや新たな希望も芽生えてきている。 (3) 意見交換会からのネットワーク アクアスと3事業所は半年に1度の意見交換会を行っている。具体的内容は、①作業ポイントや変更点の確認、②事業所側からの要望、③利用者の様子、④今後の活動に向 p.49 けて、など多岐にわたっている。各事業所が一緒に作業をすることはないが、この会を通して、この事業の意義やそれぞれの思い・課題を共有することができており、参加者一同の意志疎通の大切な場所となっている。 後述するような様々な活動にもつながっており、最近でも市障がい担当の会議参加や他事業所へ事業参加の呼びかけなども行い、広がりをみせている。 (4) その他の交流や活動による連携 事業開始以降、お互いの施設見学、市長表敬訪問やアクアス・大型商業施設でパネル展示、ナイトアクアス企画での就労体験プロジェクト、ユーチューブ動画の作成と公開、感謝の意を込めて事業所からアクアスへ贈り物を作りプレゼントする、新聞やSNSなど様々な形での報道・発信など多くの交流、活動が行われてきた。単独の事業所ではとてもできない活動であるが、この事業をきっかけに、それぞれの機関が積極的に関わることで実行できたものである。 作業以外でこれだけのうれしい交流が続いており、利用者、職員が一緒に楽しみ、喜びながら参加・協力している。 4 成果 事業所側としては、共同委託や新作業という新たな形に挑戦し、水族館での調餌作業という今までにない新たな業務を得て、一定の成果を上げることができた。利用者に対しては自己効力感が高まり、達成感をもたらすことができた。さらに主体性やチームワークも向上した。また県内最大級の観光施設である「アクアス」職員のホスピタリティを体感することで、自分たちの言動や接遇を振り返る良い機会にもなっている。 アクアス側としては、障がい者の就労支援という新たな試みをスタートさせたことは、人手不足の解消とともに、障がい者の活躍や憩いの場を提供し、新たな地域貢献の形を確立させた。引き続きこのような活動を通して地域での賑わいを創設していきたいとのことである。 この事業を通して地域に新たなネットワークが生まれ、障がい者にとっても地域にとってもお互いをより身近に感じることができる機会が増えたことは最大の成果である。 5 課題及び今後の展望 今後の課題として、受託日数の拡大、福祉事業所同士の交流拡大やバックアップ体制の構築、ペンギン調餌作業の受託などがあげられる。また3事業所以外の参入がなく広がりをみせないことも課題である。 今後の展望としては、このアクアスでの施設外就労をステップアップとして、一人でも多くの障がい者が施設から一般就労につながっていくことを期待したい。 ユーチューブ公開動画 しまね海洋館アクアスと複数福祉事業所の連携事例 シロイルカの調餌作業(餌づくり) ≪製作≫NPO法人島根県障がい者就労事業振興センター ≪撮影・編集≫合同会社Robse 就労支援B型事業所みんなのデザイン 連絡先 山本直紀 社会医療法人清和会 ヴィレッジせいわ 通所サービス課 就労継続支援A型・B型事業所「はまかぜ」 e-mail siokaze@sound.ocn.ne.jp p.50 就労支援機関管理者に対するWeb研修の開発-研修プログラムの実施と効果- ○大川浩子(北海道文教大学 教授/NPO法人コミュネット楽創) 本多俊紀(NPO法人コミュネット楽創) 宮本有紀(東京大学大学院 医学系研究科精神看護学分野) 1 はじめに 管理者は職場の人材育成、及び、メンタルヘルス対策の重要な存在である。ワーク・エンゲイジメント(以下「WE」という。)を高める仕事の資源には課題の多様性やコーチングなど管理職が関与する内容が含まれ1)、そして、部下のメンタルヘルスに対する異変に気付き、対応するというラインケア2)でも要ともされている。また、就労支援機関の管理者の課題は、その属性(事業形態、運営法人の規模や役員の兼務の有無)で異なる点があると考えられている3)が、管理者の育成や組織に関する調査報告は少ない。 我々は、就労支援機関の管理者に対する研修プログラムの開発を目的に、リスニングアワーをベースとしたWeb研修プログラムを実施した4)。この研修プログラムでは、一部質的な変化が認められたが、自身の話した内容へのフィードバックや参加者同士の交流が課題となった4)。今回、新たに情報提供と互いの経験を語る形で再編したWeb研修プログラムを行った。その効果について報告する。なお、本研究は本学の倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:05012) 。 2 方法 (1) 研究協力者 本研究の協力者は、就労移行支援(多機能型を含む)、及び、障害者就業・生活支援センター(以下「ナカポツ」という。)の各事業を実施している機関の管理者である。ナカポツは全337ヶ所、就労移行支援事業所はWAMNETより660ヶ所をランダムに抽出し、本研究への協力依頼文書を発送した。その後、本研究協力に興味を示した管理者で、文書による同意が得られた者とした。また、研究者のネットワークも活用し、研究協力者を募り、最終的には10名から協力が得られた。その属性は表1の通りである。 表1 研究協力者の属性 なお、研究協力者の現所属機関における就労支援の経験年数は3か月~20年であり、管理職としての経験年数は3~18年であった。また、職員の人材育成に関わっている者は9名であった。 (2) 本研修プログラムの枠組みと内容 本研修プログラムの枠組みとしては、研究協力者の都合を考慮し、1時間1回のWeb会議システムによる研修を3回(1回/週間)実施した。実施期間は2024年1月~2月であった。 各回の進め方としては、筆頭演者がファシリテーターとなり、①自己紹介及び近況報告、②研究をベースにした就労支援機関の管理者に関する情報提供、③参加者各自の経験や意見について発言、④次回のアナウンス・確認事項の順で行った。特に、前回の研修プログラムの反省から、参加者同士の交流の促進と全員の発言が保証されるように進行を心掛けた。なお、新型コロナ等による急な欠席については、録画した動画を確認できるように配慮した。 情報提供の主な内容は表2の通りである。各内容は演者の過去の研究内容と厚生労働省のHPにある情報を利用した。 表2 情報提供の内容 (3) 手順 本研修プログラムに参加する前、終了直後、終了1か月後にWeb(Googleフォーム)によるアンケートに回答してもらった。アンケート内容としては、管理者の基本情報や各尺度、本研修プログラムの満足度(終了直後アンケートのみ)等を含め、回答期間は1週間とした。 分析方法はクロス集計を行った。また、本研修プログラム参加前後及び終了1か月後のWE(日本語版UWES短縮版5))について、Friedman検定を行った(SPSS ver.29)。 p.51 3 結果 (1) 本研修プログラムへの満足度 本研修プログラムに対する満足度は満足が6名、やや満足が4名であった。満足・やや満足の理由としては、管理職のセルフケアに関する情報を得られたことや他の管理者の意見を聞くことができたことがあげられていた。 (2) 本研修プログラムの内容・時間等について 本研修プログラムの内容については、よいが6名、ややよいが4名であった。よい・ややよいの理由としては、管理者及び研究データの話を聞いたことがあげられた。 また、本研修プログラムの実施時間については丁度良いが5名、やや短いが5名であった。丁度良いとした理由としては、集中力や業務に支障が出ないことがあげられていた。一方、やや短いと回答した理由としては、もう少し話をしたい・聞きたいがあげられた。 そして、本研修プログラムの感想では、「よいチームを築くために自身を労わることはよいことと思えるようになりました」「お会いしたことのない管理者の方と管理者ならではの悩みや取組についてお話ができたことが大変良かった」などがあげられた。 (3) 本研修プログラムを通して職場で取り組みたいこと 本研修プログラム終了直後に職場で取り組みたいことを回答した者は9名であり、その内容は表3の通りであった。この9名の内1か月後に少しできた者は2名、あまりできなかった者は5名、できなかった者は2名であった。あまりできなかった・できなかった理由としては、業務が立て込んだことや研修終了からの時間が間もないことがあげられていた。 表3 本プログラム終了直後に職場で取り組みたいこと (4) WE 欠損があった1名を除き9名分を分析対象とした。実施前の日本語版UWESの値は平均3.20±1.16で、終了直後は3.26±1.23、終了1か月後は3.12±1.13であり、有意差は認められなかった。なお、終了1か月後に急上昇していた1名については、本プログラムを通して職場で取り組みたいことについて「少しできた」と回答し、感想でも「管理職としての苦労感は皆同様にあることを共有できたのは「自身が至らない」と抱え込まなくてもよいのかと思うようになりました」と記していた。 4 考察 今回、アンケートの結果から、前回の研修プログラムに比較し、やや不満と感じている者がいないことが示された。感想に、「管理職のセルフケアに関する情報を得られたことや他の管理者の意見を聞くことができたこと」があげられており、また、満足度においても同様の理由があげられていた。この点より、前回の研修プログラムよりも参加者同士の交流が保証され、新たな情報が得られる形になっていたと思われる。また、実施時間に関しては、短いと丁度良いに分かれたが、管理者が多忙な業務の合間に参加することを考えると1時間程度の時間設定は適切であったのではないかと思われた。 そして、WEは研修プログラム実施前後で有意差は認められなかった。しかし、終了1か月後に急上昇していた1名は、本研修プログラムを通して職場で取り組みたいことが少しできたと感じていた。WEを高める要因である個人の資源は個人の内部にある心理的資源とされ、自己効力感、組織での自尊心、楽観性などが該当すると言われている1)。この結果から、本研修プログラムへの参加でWEが上昇する場合、研修で学んだことが職場で取り組めたという自己効力感が影響することが考えられた。今後、他の尺度の結果も踏まえて、さらに検討する必要があると思われる。 5 結語 今回、就労支援機関の管理者を対象に情報提供と互いの経験を語るWeb研修プログラムを実施した。そのアンケート結果から、参加者は主観的な満足度を得ることができたと思われた。また、WEを高めるためには、研修終了後の自己効力感が影響している可能性があるため、経過後のフォローの必要性も考えられたが、より詳細な分析が必要であると思われた。なお、本研究はJSPS科研費JP19K02163の助成を受けている。 参考文献 1) 島津明人「新版ワーク・エンゲイジメント」労働調査会, (2022) ,p.46-74 2) 厚労省「職場における心の健康づくり~労働者の心の健康の保持増進のための指針~」,(2023) 3) 大川浩子・他『就労支援機関における管理職の現状と課題 ―インタビュー調査から―』「北海道文教大学研究紀要46号」, (2022), p.49-59 4) 大川浩子・他『就労支援機関の管理者に対する研修の効果 ―リスニングアワーを用いて―』「北海道文教大学研究紀要48号」, (2024), p.11-20 5) Shimazu A,et al: Work Engagement in Japan: Validation of the Japanese Version of the Utrecht Work Engagement Scale. App Psychol:An International Review 57(3):510–523, 2008. 連絡先 大川浩子 北海道文教大学 e-mail ohkawa@do-bunkyodai.ac.jp p.52 障害者雇用で必要と考えられる職業準備性-移行支援事業所の支援者と雇用者の認識より- ○河合静夏(株式会社綜合キャリアトラスト SAKURA杉並センター 支援員) 〇長徳涼(株式会社綜合キャリアトラスト SAKURA長野センター 支援員 社会福祉士) 瀧澤文子・金井優紀(株式会社綜合キャリアトラスト SAKURA杉並センター) 1 はじめに 株式会社綜合キャリアトラストは、各種人材サービス事業を展開する親会社、綜合キャリアオプションの特例子会社として2012年に設立。事業としては、障害者の自社雇用や、企業へのコンサルティング、就労移行支援がある。就労移行支援事業所SAKURAセンターは、全国で16センターを展開し、親会社の企業とのつながりや、人材育成のノウハウを活かした、就労・定着支援を特徴としている。 2 調査の背景・目的 令和5年度の障害者雇用実態調査1)において、障害者雇用者数は着実に進展しているとの報告がある。雇用は伸びてきている一方で、企業によっては、需要・供給のミスマッチにより雇用が進んでいないという報告2)もある。 今後、障害者雇用がより発展していく中で、障害者だけではなく、就労支援者もより企業のニーズを踏まえ、ミスマッチのない就労支援をしていく必要があると感じている。 そのため、今回の発表では、障害者雇用で必要と考えられる職業準備性(個人の側に職業生活の開始と継続に必要な条件が用意されている状態を指す)3)の認識について、SAKURAセンターの支援者と障害者を雇用している事業所の担当者に調査を行い、その結果について両者の認識、またその共通性や相違に関して検討を行う。 3 調査方法 (1)研究対象者 本調査対象者は、SAKURAセンター(全16センター)の支援者と、SAKURAセンターの就労定着支援を利用した、障害者の雇用担当者を対象とする。 支援者74名、雇用担当者159名に調査依頼をした(表1)。 (2) 調査時期及び手続き 2024年8月~2024年9月にかけて調査を行った。 質問紙調査かウェブアンケートは選択できる形式を取り、ウェブアンケート調査票への誘導をする2次元コードを記載した依頼文を送付した。オンライン調査票の作成は、Microsoft Formsを使用した。 表1 調査依頼センター詳細 (3) 調査票について 今回、認識調査を行うにあたり、関連性のある研究を検索した結果、雇用担当者による障害者個人のスキル評価シートや障害者の自己評価シートを見つけることができたが、障害者雇用で必要なスキルに対しての認識調査は見つけることができなかった。そのため、障害者雇用における職業準備性をまとめた「就労支援のための従業員用チェックリスト」4)を用いている。これは教育、訓練、福祉等の機関や事業所が連携・連続し、障害者就労支援が円滑に実施できるよう、関係者が共通して使用することが可能なチェックリストとして開発された。対象者は雇用されている従業員(障害種別に関係なく、すべての障害者)とし、すべての事業所(全業種・職種・規模)で使用できる。チェック項目は就労後の各障害に共通した職業人として求められる基本的事項を集約したもの。評価領域は、『職業生活』、『対人関係』、『作業力』、『仕事への態度』の4領域23項目からなる。   本調査は、特定の人物に対する評価ではなく、支援者と雇用担当者の認識調査のため、チェック項目と調査の内容に応じて回答について選択肢の調整を行った。また、支援者に調査票を実施し、項目の追加や変更を行っている。 追加した項目については、2領域、3項目。『障害について』を新領域とし、【通院・服薬管理】通院や服薬管理ができていること、【自己理解】障害について理解できて p.53 おり福祉資源を活用することができていること を追加。『仕事への態度』領域の中で、【安定性】適切なタイミングで小休憩を挟みつつ、安定して作業に取り組むことができること を追加。理由としては、【通院・服薬管理】【自己理解】は職業準備性ピラミッドでも土台となる部分であり、また、支援者より「通所、通勤、の安定のために最も大切」「面接の際に、通院、服薬や障害に対する理解が出来ているかよく聞かれる」との意見があったため。【安定性】については、梅永(2017)5)よりASD者に有効な配慮事項として「ストレスを感じたとき,休憩をとるという許可」の項目を挙げられている。また、支援者より「自分で休憩を取ることが難しい利用者は多い」「自ら、適切なタイミングで小休憩を挟めないと、安定して作業に取り組むことは出来ない」との意見があったため。 評価段階について、障害者を雇用する際に重要(できていてほしい)と考えるスキルについて尋ねるため、回答の選択肢は、調査項目の語尾を「~こと」とし、評定は、【4=必ず出来て欲しい、3=出来て欲しい、2=できれば出来て欲しい、1=どちらでも良い】の4件法で26項目の回答を求めた。また、最後に自由記述欄を設けている。(表2) (4) 分析方法 ア 領域 支援者と雇用担当者の領域、項目にt検定を実施し、有意差がある平均値を比較することで、両者の回答に差があるかを分析する。 イ 領域 支援者と雇用担当者の領域、項目に相関分析を実施し、両者の回答に関連性があるかを分析する。 ウ 領域 支援者と雇用担当者の自由記述欄の回答内容について整理する。 (5) 倫理的配慮 倫理的配慮として支援者と雇用担当者に、研究の目的と公表方法を説明したのち、①個人が特定されることはないこと、②同意は任意であること、③同意しないことで不利益が生じることは一切ないこと を説明して同意を得た。 4 今後について  本調査では、調査票の回収に時間を要するため、調査の結果、および考察については、職業リハビリテーション研究・実践発表会にて報告をさせて頂く。調査結果を元に、障害者雇用で必要と考えられる職業準備性について支援者と雇用担当者の認識を明らかにするとともに、その認識の共通性や相違について検討をしていく。検討の結果について、SAKURAセンターでの支援提供、定着支援の見直しを行うことで、より雇用者側のニーズを踏まえたサービスを提供につなげていきたいと考えている。 表2 「障害者雇用に求めるスキルについての認識調査」 調査項目(支援者、雇用担当者共通の項目) 参考文献 1)厚生労働省『令和5年度障害者雇用実態調査』(2023) 2)障害者職業総合センター『障害者雇用に係る需給の結合を促進するための方策に関する研究』,「調査研究報告書 No.76」,(2007) 3)障害者職業総合センター『就労困難性(職業準備性と就労困難性)の評価に関する調査研究』,「調査研究報告書No.168」,(2023),p.17 4)障害者職業総合センター『就労支援のための従業員用チェックリスト』(2009) 5)梅永雄二『発達障害者の就労上の困難性と 具体的対策』,「日本労働研究雑誌2017年8月号」(2017) p.54 職業リハビリテーションの現場における支援スーパーバイザーの導入と効果の検証 〇菊池ゆう子(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 主任研究員) 豊崎美樹・刎田文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 背景と目的 株式会社スタートライン(以下「SL」という。)は、障害者及び事業主の双方に対して、文脈的行動科学を基盤とした支援技術による職業リハビリテーション(以下「職リハ」という。)サービスを提供している。また、SLでは、2023年の障害者雇用促進法の改正により事業主の責務として明記された「雇用の質の向上」をより一層推進するため、職業リハビリテーションの現場で発生している事象全体に対してスーパーバイズ機能を持つ『支援スーパーバイザー』(以下「支援SV」という。)を、弊社CBSヒューマンサポート研究所内に配置することとした。 支援SVがサポートする内容について、図1に示した。これらのサポート内容は、スーパービジョンの機能として管理的・教育的・支持的・仲介的の4機能に整理されている1)。しかし、職リハ領域におけるスーパーバイズの重要性については数々の調査や研究がなされている一方2)、スーパービジョンの効果を4つの機能に分類し調査した研究は少ないのが日本の現状である。 図1 スーパービジョンの4機能と特徴 そこで本稿では、SLにおける支援SVのスーパーバイズ機能の効果を確認するため、アンケート調査を実施し、スーパービジョンの4機能に基づく整理・分類を行なった結果を報告する。調査結果をもとに、効果的なスーパービジョンの在り方と、今後の支援SVの課題について検討したい。 2 方法 (1) 支援SVによるサポート内容の分類 2023年7月から2023年12月までの支援SVによるサポート内容を、4つの機能(教育的・管理的・支持的・仲介的機能)に分類した。 (2) アンケート調査の実施方法の概要 支援SVのサポートの効果を確認するため、アンケート調査を実施した。調査概要および分析の方法は、以下のとおりである。 ア 対象者の属性:SL社員のうち、支援SVと連携した部門のサポーター(様々な社歴・階層の20代~40代の男女) イ アンケート回収期間:2024年1月15日(月)~2024年2月1日(木) ウ 回収手段:Microsoft FormsによるWebアンケート エ 調査票の形式:アンケート調査の設問内容等を表1に示した。設問数は10問、回答形式は、単一回答、複数回答、自由回答、段階評定法(4~5段階)の4種類を、設問内容に応じて設定した。また設問内容は支援SVとの連携について問う内容であった。 表1 アンケート調査の設問内容 3 結果 (1) 支援SVのサポート結果 2023年7月~2023年12月までに、支援SV2名がサポートを実施したケース数は25件、拠点数は17拠点、サポーター数は35名(サポーター総数は183名)であった。支援SVのサポートの内容541件を4機能に分類し、各サポート内容の件数を付した結果を表2(次頁)に示した。 (2) アンケート調査の結果 支援SVの効果に関するアンケート調査のうち、設問6~9の結果を、図2および表3~5に示した。 図2 設問6の回答結果 p.55 表2 支援SVによるサポートの内容と機能別分類 表3 設問7の回答結果 表4 設問8の回答結果 表5 設問9の回答結果 4 考察と展望 アンケート結果から、支援SVによるサポートはスーパービジョンの4機能を網羅する内容であり、効果的であったことが確認された。 サポーターが最も役に立ったと感じた支援SVのサポートは【教育的機能】に関する内容であり、支援SVのサポートによって生じたサポーターの変化としても、【教育的機能】が過半数挙げられた。このことから、スーパービジョンの4機能のうち、サポーターにとって最も効果が感じられ、かつニーズが高いと考えられるのは【教育的機能】であると示唆された。 一方、スーパービジョンの【管理的機能】は、サポーターが役に立ったと回答した数も多かったが、役に立たなかったと感じた内容としても挙げられていた。今後【管理的機能】の効果をより高めていくために、アンケートの回答結果に見られるように、個々のサポーターのスキルや拠点の人的環境など、支援SVが情報把握を丁寧に行い、業務遂行のための組織体制づくりや、サポーターの実践スキルの向上を図り、支援SVの提案とのギャップを減らしていく必要があると考えられる。 また、【支持的機能】【仲介的機能】は、支援SVのサポート内容としては実施している(表2)が、サポーターは効果をあまり実感しなかったようである。スーパービジョンの支持的機能は、支援者のメンタルヘルスケアとして不足が指摘されていることから(2)、弊社においても今後より注力すべき機能であると考える。また、仲介的機能の不足については、チームアプローチや多職種連携などを、より積極的にサポートしていく必要があると思われる。 今後も引き続き、アンケートの内容をより精緻に分析することで、支援SVの効果的なサポートの在り方を検討していきたい。 参考文献 1) 小松尾京子.ケースカンファレンスにおけるスーパービジョン機能に関する研究:主任介護支援専門員を対象として.Author、2021 2) 石原まほろ『職業リハビリテーション分野の職場内スーパーバイザーにとって重要度の高い要素』、技能科学研究、39巻、1号(2023) p.56 エビデンスに基づく実践に向けた人材育成の取り組み~支援者の働きがいがより良い実践へ~ ○田中庸介(一般社団法人キャリカ) ○松岡広樹(一般社団法人キャリカ) 1 問題と目的 福祉ビジョン2020では労働力人口の減少を見据え、「質の高い福祉サービスの提供に不可欠な福祉人材の確保・育成・定着を図っていくことは、2030年に向けて最も重要な課題」と位置付けている。人材の確保から定着に至るために、一人ひとりの職員が専門性を活かして生き生きと活躍し、やりがいを感じながら働き続けられる職場環境構築の必要性が強調されており、それぞれの組織ごとに行動方針を策定、実践活動を展開していくことが喚起されている。 一般社団法人キャリカ(以下「当法人」という。)では「誰もが働きがいを持って働ける社会の実現」をミッションとして掲げ、その実現に向けた行動指針として「尊敬心」「自己覚知」「三方良し」「可能性の自己紹介」を定めている。また、当法人の精神の1つとして「根拠に基づいた(エビデンスベースドな)実践」がある1)。根拠のある実践については「クライエントの特性、文化、好みに照らし合わせて、活用できる最善の研究成果を臨床技能と統合することである」2)とされており、エビデンスベースドの考えを導入することは職員の成長機会を継続的に創出することになるだけでなく、利用者が安心し、大切にされていると感じられる事業所になると考えている。当法人ではこの根拠に基づいた実践の強化に向けた人材育成システムとしてPDC(P)Aサイクル1)を取り入れており、管理者が中心的役割を担い、職員同士の関係性を育みながら自律性と有能感を高め、内発的モチベーションの向上を目指している。自律性、有能感、関係性は継続的な成長に欠かせない普遍的な心理的栄養素3)であり、これらの要素が満たされることによって職員が生き生きと働いている状態である、エンゲイジメントの向上が期待される4)。ソーシャルワーカーのエンゲイジメントレベルは職員の健康状態やバーンアウトだけでなく、利用者支援の質や組織へ影響を与えることが報告されており、働きがいを生み出す前提として、職員の基本的心理欲求を満たすような職場環境整備の重要性が指摘されている5)。当法人においても、職場環境を整え、根拠に基づく知識・スキルの習得は質の高い実践に繋がり、支援者の働きがいに影響を与える重要な要素だと捉えており、その実現を目指して人材育成に取り組んでいる。本発表では人材育成・定着に福祉領域においては未だ根拠に基づく実践が浸透されていないことも問題意識として持ち1)、当法人での人材育成について発表したい。 2 方法 (1) 対象 当法人に所属する支援者8名、利用者21名を対象とした。 (2) 実施期間 2024年度中取り組むこととしており、本発表では2024年4月~2024年11月までの内容を報告する。 (3) 取り組み内容 当法人では今年度、人材育成担当者を1名配置し、これまでに以下の取り組みを実施してきた(表1)。 表1 当法人における人材育成の取り組み(一部抜粋) (4) 効果測定(2024年8月時点で2度測定している) ア 職場における基本的心理欲求 Basic Psychological Need Satisfaction at Work Scale6)を翻訳し日本語版を作成した。自律性7項目、有能感6項目、関係性8項目の計21項目、7件法。 イ ワーク・エンゲイジメント 日本語版ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度(UWES-J)7)の短縮版を使用。活力、熱意、没頭の各3項目、計9項目、7件法。 ウ 自己効力感  先行研究8-9)を参考にエビデンス活用を①問題特定②情報収集③入力・認知④出力⑤関係性の5項目に分類し、各項目について10件法を用いた。 エ 利用者満足度 当法人の利用満足度について4件法を用い、その理由を自由記述で利用者に回答を求めた。 3 結果 (1) 職場における基本的心理欲求 合計得点は初回85.90(SD±10.72)、2回目89.00(SD±9.23)。自律性は初回29.40(SD±7.53)、2回目32.86(SD±6.69)、有能感は初回26.90(SD±6.85)、2回目25.86(SD±6.66)、関係性は初回40.4(SD± p.57 8.21)、2回目40.57(SD±5.55)であった。 (2) ワーク・エンゲイジメント 合計得点は初回32.10(SD±9.48)、2回目29.86(SD±6.27)。活力は初回10.00(SD±3.41)、2回目9.14(SD±2.95)、熱意は初回11.70(SD±3.47)、2回目 11.29(SD±2.86)、没頭は初回10.40(SD±3.14)、2回目9.43(SD±1.50)であった。 (3) 自己効力感 合計得点は初回23.60(SD±11.59)、2回目28.00(SD±12.56)(図1)。全ての項目においてスコアの増加が見られ、特に関係性は初回4.50(SD±2.50)、2回目5.43(SD±2.38)と最も得点の上昇が見られた。 図1 自己効力感合計得点の推移 (4) 利用者満足度 大変満足している38%、まあまあ満足している52%、あまり満足していない10%、大変不満である0%であった。 4 考察と展望 本発表は当法人内におけるエビデンスに基づいた実践に向けた人材育成の取り組みについてである。当法人は支援者の働きがいがより良い実践に繋がると考え、PDC(P)Aサイクルを導入し、専門性を高められる機会創出だけでなく一人ひとりが活躍できる職場環境構築を目指している。2024年8月時点での当法人内における、働きがいの指標であるワーク・エンゲイジメントレベルは平均的な水準にあることが示された10)。この状況をさらに向上させ、持続可能な状態にするためには職場における基本的心理欲求をより満たしていく必要があると考えられる11)。現状では自律性の向上が見られている一方、有能感の微かな減少が見られている。この点については、全体的なスコア上昇が見られた“できそうだ”という感覚である自己効力感を“できる(有能感)”に変えていくことが有効であると考えられる。先行研究においても自己効力感がパフォーマンスを向上させ、さらにそれが効力感を高めるというポジティブスパイラルの獲得に繋がることが報告されている12-13)ことから、エビデンスに基づいた実践の成功体験を各職員が積み重ねていくことが自己効力感だけでなく、有能感を満たしていくうえでも重要であると考えられる。また、個人の自己効力感に加え、組織全体の集合的効力感を向上させ、個と集団の相互強化プロセスを構築することで組織全体のポジティブなスパイラルを形成し、持続可能な成長を目指すことも重要である。個人と組織の持続可能な状態を目指し、質の高い実践を実現するためには、職員が安心して活躍できる環境を整え職員間が信頼し合い積極的に声を掛け合うこと、互いのストレングスを認め合い互いから学びながら専門性を高め合うこと、そして成功体験を積むためのフィードバックが得られる機会を設けることが重要だと考えている14)。 2024年度後期に向けては引き続きPDC(P)Aサイクルに基づき、①職員会議や1on1セッションなど一人ひとりの職員が実践を振り返り、実績として認識できる機会を定期的に設けること、②専門的知識を得られる機会を設けること、③職員同士が学び合う機会を創出することに取り組むことで職場における基本的心理欲求を満たし、ワーク・エンゲイジメントがさらに高まっている状態を目指していく。支援者一人ひとりが成長や働きがいを感じられることが人材の定着となり、結果として質の高い実践や組織としての持続的な発展に寄与することを信じて当法人では人材育成サイクルを回していく。ソーシャルワーカー育成のエビデンスが乏しく、現時点での当法人の人材育成を一概に評価できないが、指標を用いて推移を測定し、取り組みが機能しているかを都度評価しながら今後も知見を蓄積していきたい。 主な参考文献 1)松岡広樹:新法人・障害福祉サービス事業の 起業に関する事例報告 -新たな価値とシステムを生み出すためのベンチャー法人の挑戦-, 職業リハビリテーション vol. 31 (1) , p.24-31(2017) 3)Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist,55(1), 68–78. https://doi.org/10.1037/0003-066X.55.1.68 4) Meyer, J. P., Gagné, M., & Parfyonova, N. M. (2010). Toward an evidence-based model of engagement: What we can learn from motivation and commitment research. In S. Albrecht (Ed.), The handbook of employee engagement: Perspectives, issues, research and practice (pp. 62–73). Cheltenham, UK: Edward Elgar Publishing. 5) Travis, D.J., Lizano, E.L. and Mor Barak, M.E. (2016), “‘I’m so stressed!’: a longitudinal model of stress, burnout and engagement among social workers in child welfare settings”, British Journal of Social Work, Vol. 46 No. 4, pp. 1076-1095. 連絡先 一般社団法人キャリカ e-mail info@careco.or.jp p.58 第四の発達障害-定着できない境界知能者- ○梅永雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授) 1 境界知能者とは 境界知能とは、知能検査によるIQ値が概ね70~84の範囲とされており、英語ではBIF(Borderline Intellectual Functioning)と記される。つまり、IQは平均以下だが知的障害と診断される水準以上であるため、特別支援教育の対象となっておらず、通常の小中高等学校で教育を受けており、35人クラス編成では5人ほど存在することになる。 知的障害ではないものの、定型発達児に比べ知的レベルが低いため、学校時代は学習が困難であるだけではなく、行動面や対人関係等で様々な問題を生じている。しかしながら、なぜ自分に課題があるのか理解できていない。 境界知能者児は、学校生活では学習面・行動面で課題を残しながらも通常の高校、場合によっては大学を卒業する者も存在するが、成人してからは就労がうまくいかず、就職しても定着できず離職することが多い(Wieland・Zitman,2016)。 2 境界知能者の就労上の課題 Peltopuroら(2022)は、境界知能者の就労上の課題として表1に示されるような内容を報告している。 表1 境界知能者の就労上の課題 表1から、知的障害者や発達障害者の課題と共通する面も多いことがわかる。 3 境界知能とメンタルヘルス 境界知能者は精神科病院に入院する頻度が、同世代の3.4倍高いことが報告されている(Wieland・Zitman,2016)。 若年成人ではそのリスクはさらに高く、同世代の4.5倍となっている。このようなメンタルヘルスの問題が生じる背景には、学校教育期における負の経験が積み重なり、問題を生じている可能性がある。負の経験を累積することにより、最終的に精神的健康問題につながることは容易に理解できる。境界知能者は、定型発達者に比べ、認知機能が低いということだけでこの問題が説明できるわけではない。なぜなら、知的障害者のIQ測定値は境界知能群のよりも低いものの知的障害者としての教育や支援を受けられることにより精神的健康問題がそれほど報告されていないからである(Wieland・Zitman,2016)。 4 境界知能者に対する認識不足 境界知能者は、障害者として診断されず、障害者手帳も取得できないため、様々な公的サービスを受ける資格がない。その結果、就労の側面では、不安定就労や失業などの生活を送ることが余儀なくされている(Peltopuro・Ahonen・ Kaartinen,2014)。 境界知能者は、社会から認識されておらず、そのため様々な支援が不足しており、知的障害者よりも社会生活を営むことが困難である可能性がある。 欧米の研究では、薬物誤用や人格障害など、ほとんどすべての精神疾患の発症リスクが、小児期だけでなく成人期においても高く、就労できない場合は犯罪に手を染めることも報告されている(Wieland・Zitman,2016)。 以上から推測されるように、境界知能者の課題は、認知(知的)能力の低さから生じる教育段階における学業成績の問題だけではなく、対人関係、就労、精神衛生においても、定型発達者だけではなく、知的障害者よりも苦労しているのである。 重度の精神的健康問題は不安定就労につながるため、境界知能児者には、幼児期の段階から生涯のあらゆる段階で認識される必要がある。とりわけ就労においては、キャリア教育を行う教師、就労支援者、そして企業における同僚上司らに対する理解啓発のためのガイドラインが必要である(Wieland・Zitman,2016)。 5 支援方略 小児期においては、境界知能の早期発見が、療育や教育等の早期支援を開始するために重要であると考える。境界知能児の保護者は、子どもが境界知能であるということの認識がないため、子育てがうまくいかない危険性がある。その結果、虐待のような否定的な子育てを行っている可能性がある。一方で、子どもが境界知能であるということを保護者が早期に認識できれば、肯定的な子育てを増加させ p.59 る可能性が出てくる。よって、早期発見(診断)とその後のキャリア教育において家族への啓発が重要である。 (1) 保護者への支援 子どもの認知能力の弱さについて保護者への認識を高めることは、より保護者が理解ある親になることへの可能性が出てくる。そして、小児期早期に境界知能児に、時間管理や金銭管理、身だしなみ、移動能力などのライフスキルの獲得を促進することにより、成人期に達した境界知能者の社会参加、職業的自立にきわめて役に立つものとなる。 さらに、成人期に達した後でも就労支援機関における障害者職業カウンセラーやジョブコーチ等就労支援担当者により就労のためのソフトスキル指導につなげていくことができうる。 (2) 将来を見据えた特別支援教育 教育の側面においては、境界知能児には学齢期に特別教育を行い、学習困難への対応を支援すべきである。複数の教科で学習困難があると思われる場合には、少なくとも特別支援教育の教師が関与して、学習の指導を行うべきである。コンピュータを用いた学習などは、言語性短期記憶、視覚的短期記憶、算数技能、物語を記憶することにプラスの効果がある。このように、将来の就労につながる特定の技能に対する教育は成人期の境界知能者にはきわめて有益となる。 (3) 境界知能の啓発 社会は、境界知能児者に対してもっと認識を深めていく必要がある。教育や就労支援は境界知能者本人だけではなく、周囲の人々(保護者、教師、就労支援者、企業など)に提供されるべきである。 境界知能者は、医療機関によってADHD(注意欠如・多動症)やSLD(限局性学習症)、ASD(自閉スペクトラム症)と診断されることがある。その理由は、学習の困難性や不注意な点、また対人関係の困難性など重複している症状があるからである。しかし、たとえ発達障害の診断を受けたとしても、境界知能が生活のさまざまな分野に及ぼす影響を十分に把握されているわけではない。 6 まとめ  境界知能群は、社会的なレベルでの常識の理解や認識の欠如、本人自身何が自分の問題となっているのかわかっていないこと、わかっていても恥ずかしさやレッテルを貼られたくないという願望から、意図的に隠していることが多いことなどがある。 その結果、定型発達者に比べ精神疾患を生じる可能性が高く、抑うつ症状から引き起こされる幻覚症状を示す者も数多く見られる。その理由は、幼児期からの負のライフイベントの累積であると考える。 ライフイベントとは、児童青年期におけるいじめ、性的虐待、身体的虐待、心理的虐待などが含まれる。境界知能という認知的レベルが知的障害よりも高いので問題は少ないのではないかといった社会一般の解釈が誤解を生じ、その結果、保護者や教師、就労支援者、ひいては企業の誤った認識につながっている。 境界知能者は、就労上の支援が必要であるにもかかわらず、一般社会では認識されないことが非常に多い。 職業リハビリテーションは、障害者だから就労支援が必要なのではなく、就労で困難性を生じている人たちに対する支援なのではなかろうか。 境界知能者は、医療によって診断されることはないため、障害者手帳の取得が困難である。その結果障害者としての支援を受けることができない。 境界知能者に対しては、就労上様々な支援が必要であるということを支援者、企業等で認識すべきである。 そういった意味では、境界知能者は「第四の発達障害者」と考えて支援されるべき対象者なのである。 参考文献 1) Peltopuro,M. 『Borderline Intellectual Functioning – Exploring the Invisible』 , Jyväskylä: University of Jyväskylä, (2022), JYU Dissertations 2) Peltopuro,M., Ahonen, T., Kaartinen, J., Seppa¨la¨, H. and Na¨rhi, V. 『Borderline Intellectual Functioning: A Systematic Literature Review』, INTELLECTUAL AND DEVELOPMENTAL DISABILITIES,(2014), 52, 6, 419–443 3) Wieland, J., Zitman, F.G. 『It is time to bring borderline intellectual functioning back into the main fold of classification systems』, BJPsych Bulletin (2016), 40,204-206 連絡先 梅永雄二 早稲田大学 教育・総合科学学術院 e-mail umenaga@waseda.jp p.60 発達障害のある学生への就労準備プログラム働くチカラPROJECT~ライフスキル、ソフトスキルの支援と今後の展望~ ○渡辺明日香(株式会社エンカレッジ エンカレッジ早稲田駅前 主任) ○高橋亜希子(株式会社エンカレッジ 取締役) 玉井龍斗・南川茉莉花(株式会社エンカレッジ エンカレッジ早稲田駅前 コーディネーター) 1 はじめに 独立行政法人日本学生支援機構が実施する全国の大学、短期大学および高等専門学校における障害のある学生の就学支援に関する実態調査によれば、障害学生数は58,141人となり、障害学生在籍率は1.79%となった。(独立行政法人日本学生支援機構,20244)) その中で発達障害学生は年々増加しており、医師の診断はないが発達障害があることが推察される学生が一定数在籍している。これまで通常学級に在籍をして大学進学した学生にとって、就職時に自身の障害特性を自覚して、自分に合った働き方を選択することは容易ではない。(榎本、清野、木口,20181))実際に、就職活動での失敗体験の積み重ねや就職したものの適応できず二次障害を抱えるケースを支援の中で目の当たりにしている。発達障害学生に対する就労支援においては、大学等と就労支援機関との連携の必要性が一層高まっているといわれている(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構,20233))。 上述のような社会的課題に対して株式会社エンカレッジ(以下「当社」という。)では、大学・企業と連携をしながら発達障害学生の就活での困りごとの解消に取り組んできた。今回は、2023年度から2024年8月現在までに実施した「発達障害のある学生への就労準備プログラム働くチカラPROJECT」(以下「働くチカラPROJECT」という。)における実践の振り返りと今後の展望について報告をする。 2 発達障害のある学生への就労準備プログラム働くチカラPROJECTの概要 (1) 働くチカラPROJECTの目的と運営 発達障害やコミュニケーションに不安のある学生のために、大学生活からその先の社会への接続に向けた支援と、社会で働き続けるための土台づくりに軸足を置き、さまざまなプログラムを実施している。このプログラムの実施場所は、関西・東海・関東3つの地域で3つの法人で共同運営をしている。関西は北摂杉の子会ジョブジョイントおおさか、東海は一般社団法人fabrica(ファブリカ)、そして当社が関西と関東で実施している。プログラム内容は各エリアの法人ごとに異なっており、地域の特色や時代の変化に応じてリニューアルしている。 (2) 働くチカラPROJECT東京会場のプログラム内容 プログラム内容は主に4つある。1つ目は、「企業へ行ってみよう!」というプログラムである。企業を訪問して企業見学や会社説明、先輩社員の話を聞くという内容である。企業によっては数日間、業務体験を行える内容もある。2つ目は、「発達障害のある学生のための就活ゼミ」というプログラムで、大手企業で障害者採用に携わった経験のある講師が、企業目線から障害者雇用への考え方や事例を紹介する内容となっている。3つ目は、「しごとを体験してみよう!」というプログラムで、事務、営業、物流の業務を切り出した業務サンプルが経験できるものと、オンラインしごと体験という当社のコンテンツを使用してPCでの業務体験ができるものが2つある。4つ目は「ピアカフェ」といい、学生同士が就活や発達特性での困りごとや悩みについて共有するプログラムである。 3 プログラムの特徴と支援のポイント 働くチカラPROJECT東京会場で実施しているプログラムの特徴は、発達障害学生が抱えやすい困りごとに沿った内容とその支援のポイントを述べる。 1つ目の特徴は、企業に行くこと、業務の体験をすること、先輩社員の話を聞くことなど、実際に学生自身が見る、聞く、経験する機会を多く提供している点である。学生は特性が故に、働くイメージが湧きにくく、就活への漠然とした不安がある。その背景には、イメージの難しさやアルバイトなどの社会経験の乏しさがある。このことから早期から気軽に参加できるようにし、障害の診断や障害者手帳の有無に関係なく参加できる設定にしている。 特に、先輩社員の話は、ロールモデルとして学生に希望を与える機会となっている。大学時代の困りごとと向き合ってきたプロセスについて語ってもらい、自身と重ね合わせながら、今後のイメージに繋がるよう構成している。 2つ目の特徴は、就職活動の方法や働き方の選択肢が広げられるような視点での情報提供をしている。学生は早まる就職活動の動きに焦りを感じ、何からすればいいかわからないまま時間だけ過ぎ、就職活動の本来の目的を見失い、皆と同じように内定を得ることが目的になってしまう状況がある。2024年度は5社の企業と連携して企業訪問をして障害者雇用での働き方を知ることができる。また、セミ p.61 ナーでは元人事担当者から様々な配置や雇用形態とキャリアステップ、配慮事例を紹介してもらい、長く働き続けるための観点を強調して伝えている。その中でのキーワードは、働く土台となるライフスキルとソフトスキルで、学生が自分の働く上での準備段階を知れるようにしている。その準備段階と特性から生じやすい困りごとに応じて、自走型、伴走型、伴走から自走への移行型など、様々な就職活動のスタイルがあることを伝えている。 3つ目の特徴は、学生を孤立させず、安心できる場所で自信をつけて一歩踏み出す後押しをすることを支援のポイントとしている。発達障害学生は、周囲に障害の開示をしていないケースもあり、障害者雇用を目指す場合には秘密裏に就職活動をしていることも多い。そのため、同じような悩みや困りごとを共有できる場として、ピアカフェを開催している。学生からの承諾がある際には、大学支援者と情報共有をし、安心できるサポート体制を構築し、配慮事項を事前に共有いただき、当日安心して参加できる環境をつくることや、大学支援者の同行を歓迎していることも、安心の場に繋がっている。 上記の3つに加え、大学と企業の双方の課題解決のための取り組みでもあることも特徴であるといえる。大学内でのサポート体制やさまざまな機会の提供には限度があり、障害者雇用の専門的な支援や情報も限られていることから、大学支援者にもこのような機会を活用し、実状を知ってもらう場となっている。また、企業との協働では、企業側の採用課題にも着目して学生や社会への企業認知度を高め、また、障害者雇用の取り組みについて社内認知度を広め、理解を促進する側面にもアプローチしている。 4 効果と事例紹介 2023年度の働くチカラPROJECT東京会場に参加した学生は51名で、約47%が大学からの紹介であった。2024年8月現在、33名の学生が参加しており、大学からの紹介の割合は高い。2023年度から2024年8月現在までに参加した学生のアンケートから実践の効果を振り返り、大学との連携による発達障害学生の就労支援の事例を紹介する。 1つ目の事例は、企業訪問プログラムの参加を通じて障害者雇用のイメージが変わり、自分に合った働き方を考えた結果、障害者雇用での就職活動を決断して在学中に内定を得て就職した学生のケースである。プログラム参加当初は一般と障害者雇用とで迷いがあり、障害者雇用へのマイナスイメージから決断しきれない状態だった。大学支援者の同行のもと企業に訪問し、障害者雇用への考え方や取組と先輩社員の話を聞き、イメージが大きく変わった。障害者雇用での応募を決意し、訪問をした企業での内定は叶わなかったが、別の企業で障害者雇用での内定を得て、卒業後就労を開始している。 2つ目の事例は、障害者雇用で大学在学中の内定を目指して就職活動をしていたが、企業訪問やしごと体験の振り返りを通じて、ご両親の理解を得ながら就労移行支援事業所での伴走型での就活に取り組んだケースである。ご両親は熱心に就職活動の情報収集をしている中、学生自身は具体的にイメージができず、自分に合っている業務や環境が明確になっていない状態であった。複数のプログラムに参加し、しごと体験の振り返りでも自己の特性と働く上で必要なソフトスキルの向上のための準備をして、じっくり就職活動を進めることをご両親と共に決断できた。 これらの事例から、様々な働き方や企業を知ることで自分に合った働き方の選択に繋がること、実際に見聞きしてさらに経験することで、自己への気付きが得られること、学びのプロセスを大学支援者や家族と共有することで、就職活動のスタイルや働き方についての共通認識を得る機会となった。   5 今後の展望 就職活動は、障害の有無に関わらず、誰しも自分と向き合いながら自己選択していくものである。内定を得ることだけが目的にならないように、自分に合った働き方に目を向けて、発達障害のある学生はもちろん困りごとを抱えた学生が、イキイキと働くことを応援し、それらを可能にするための支援やサービスを提供し続けたいと考えている。 参考文献 1) 榎本容子、清野絵、木口恵美子『福祉社会開発研究』「大学キャリアセンターの発達障害学生に対する就労支援上の困り感とは?-質問紙調査の自由記述及びインタビュー調査結果の分析から-」東洋大学(2018)10号,pp.33-46 2) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター『発達障害のある学生の就労支援に向けて -大学等と就労支援機関との連携による支援の取組事例集-』(2023) 3) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター『発達障害のある学生に対する大学等と就労支援機関との連携による就労支援の現状と課題に関する調査研究』(2023) 4) 独立行政法人日本学生支援機構「令和5年度(2023年度)大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査」結果の概要について」,https://www.jasso.go.jp/statistics/gakusei_shogai_syugaku/__icsFiles/afieldfile/2024/08/06/2023_press.pdf,(2024)(閲覧日:2024年8月12日) 連絡 渡辺 明日香 株式会社エンカレッジ e-mail encourage@en-c.jp p.62 自閉スペクトラム症の傾向がある精神障害者の雇用継続におけるソフトスキル支援の必要性について-離職事例より振り返る- ○立川未樹子(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺 就労支援員) 濱田和秀(特定非営利活動法人クロスジョブ) 砂川双葉(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ鳳) 1 はじめに 梅永1)によれば、発達障害者の離職理由として、仕事そのものではなく、ソフトスキルの不足であるケースが多いと指摘している。本発表では、一般求人より開拓を行った企業に対し、自閉スペクトラム症の傾向がある精神障害者の障害者雇用を進めたが、離職に至ってしまった事例を通し、雇用継続のために必要なソフトスキルの検証と、就労移行支援事業所利用時に必要であったアセスメントおよび支援について報告する。 2 方法 (1) 対象者 アヤカさん(仮名)、40代、女性。精神保健福祉手帳2級を所持。服飾雑貨の製造現場で約20年、正社員として検品作業に従事。検品作業は問題なく続けることができていたが、上長の人事異動を機に、検品作業と並行し、発注業務や進捗管理業務も担当することとなった。しかし、「どのタイミングで発注をすればいいのかわからない」「周りのスタッフに指示を出しても聞いてもらえない」といった困り感があった。また、新しく上長となった人物による強い叱責が増えたことにより、鬱を発症。休職後、自己都合により退職。その後、メンタルクリニックのプログラム担当者より背中を押され、就労移行支援事業所を利用することになった。 就労移行支援事業所には、利用当初は週3日・午前のみの通所であったが、最終的には週5日・終日訓練に参加することができていた。訓練の中で、タイミングやルールが曖昧なことに対する強い困り感や、口頭のみでの長い指示は聞き取ることが難しいこと、わからないことをわからないと言えないという表出より、自閉スペクトラム症の傾向があるとアセスメントをしていた。 精神保健福祉手帳について、当初は「手帳を取得すると、障害者になってしまう」という葛藤を示されたが、特例子会社での体験実習を通して、合理的配慮を受けながら働く経験をされ、安心感を得られたため、取得された。 就職先企業(以下「X社」という。)は一般求人より開拓。X社の障害者雇用状況は、長年勤務されている身体障害者1名のみであったため、精神障害者の雇用には不安な気持ちを話していた。体験実習を実施し、実習後、アヤカさんを雇用したいと話をいただく。本人も、「近くに聞きに行ける人がいる環境」「ひとつの明確な作業をもくもくと続けられる作業内容」が良かったと話され、週5日、実働6時間勤務でトライアル雇用に進むこととなった。 トライアル雇用開始から日が経つにつれ作業内容が変化していき、本人の苦手とする「曖昧さのある作業」が主な作業となる。また、作業指示者が上記の身体障害者であり、ぶっきらぼうとも取れる言い方・曖昧さのある指示をされたことから、作業指示者に対する苦手感・嫌悪感を持たれ、トライアル終了後に1週間欠勤。支援者による現場介入や定期的な三者面談を行いながら、欠勤しながらも、トライアル期間も含めると1年4か月勤務されたが、退職となった。 (2) 手続き 就労移行支援事業所通所時は、ワークサンプル幕張版(MWS)を使用した訓練、施設外訓練、職場体験実習をX社を含め3社実施した。 X社退職後、障害者職業総合センターが公開している「就労支援のためのアセスメントシート」2)を使用し、就労移行支援事業所利用時とX社での経験を元に、長所や就労上の課題の整理を行った。 3 結果 「就労支援のためのアセスメントシート」より、アセスメント結果シート「Ⅱ.就労のための基本的事項」を図1に示す。 (1)アセスメントシートから読み取れたストレングスと課題および必要と思われる支援 ア ストレングス 作業遂行場面では、正確に、ルールに従い安全に取り組むという意識が強い。作業スピードはゆっくりだが、細やかな作業も根気強く、集中して取り組むことができることが読み取れた。作業遂行の項目では、支援や配慮を受けずとも、ストレングスとなる項目が多く見られた。 p.63 図1 アセスメント結果シート「Ⅱ.就労のための基本的事項」 イ 現状と今後の課題 作業遂行領域と比べて、職業生活および対人関係領域において、ストレングスとなる項目が少なかった。また、本人も支援者もB以下の評価を付ける項目が多かった。 図1の「職業生活・出勤状況」や、「対人関係・相手への伝達」といった項目がC評価である理由としては、特に雇用後の様子より、2点挙げられる。1点目は、本人が苦手だと感じる作業があった場合、不安が高まり欠勤することがあった。作業について、わからないことをわからないとタイミング良く聞くことが難しいコミュニケーション面での困難さが不安の背景にあった。2点目は、他者の表情や言葉掛けなどで、否定されたと感じると、相手に対し苦手意識や被害意識を持ってしまい、欠勤することがあった。 以上2点から、本人の就労上の課題は、ハードスキルではなく、対人関係やコミュニケーション面などのソフトスキルにあったことが示唆された。 なお、1点目については、作業現場の担当者に、毎日作業報告をする時間を作り、不明点の有無もその際に伝えるといった、相談機会を構造化する支援を行い、効果が見られた。 4 考察 本事例において、離職に至った要因のひとつに、ソフトスキルへの支援が不足しており、就労準備性が整っていない状態で雇用を進めてしまった点にあった。具体的にどのような支援が必要であったか、以下に記載する。 (1) 一般就労をする上で必要な対人スキル 相手の表情や言動を受け、苦手・関わりたくないと感じ、欠勤をしてしまうといった、本人の対人スキルへの支援が不足していた。 実際に、就労移行支援事業所通所時にも、訓練中のスタッフの指摘に対し、「自分がすべて悪いと言われているように捉えてしまった」「あのスタッフの訓練に入りたくない」と話されたこともあった。そういった訓練場面があった際に、一般就労をする上で必要である対人スキルは、たとえ相手が苦手だと感じる人だとしても、報告・連絡・相談をすることであると明確に伝えるべきであった。また、苦手なスタッフとの訓練場面を意図的に設定し、自身の考えに折り合いを付けていく練習をする支援が必要であった。 (2) 自己理解 そもそも、(1)のような思考があることや、なぜそのような思考になるのか、どうしたら折り合いを付けられるようになるのかといった、自己理解を深める支援が不足していたと振り返る。 一度、自己理解を深めるきっかけとして、発達検査の受診を提案したが、「検査を受けたら、自分の出来なさを目の当たりにしてしまい、余計に落ち込む」と話されていたことがあった。 (1)のような訓練場面から、自身の思考を知り、その思考によって働きにくさや生きにくさが過去にもなかったのか・どういう場面だと出やすいのかなどの整理を行いながら、「自分を知ることは、生きやすくするためである」と本人に伝えていくことが、必要な支援であった。 (3) 仕事観 離職したX社は、最新技術を取り入れることに積極的な企業風土があった。三者面談の際、アヤカさんに対し、「成長してほしい」「積極的に仕事に取り組んでほしい」という思いを話されていた。一方、就労移行支援事業所利用時より、本人の就労ニーズに「仕事を通して成長したい」という思いはなく、生活に困らなければいいという希望であった。 本人の働く意欲や労働観、仕事に対する向き合い方もソフトスキルの一つである。就職先企業を検討する際に、本人の仕事観のアセスメントを踏まえ、企業風土や社風とのマッチングを検討することが必要であると考える。 参考文献 1) 梅永雄二・井口修一:アスペルガー症候群に特化した就労支援マニュアルESPIDD -職業カウンセリングからフォローアップまで,明石書店(2018) 2)障害者職業総合センター:「就労支援のためのアセスメントシート」マニュアルNo.79(2023) p.64 発達障害者の障害特性を踏まえた相談の進め方 ○我妻沙織(障害者職業総合センター職業センター 上席障害者職業カウンセラー) 上村美雪(障害者職業総合センター職業センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)では、平成17年度から知的障害を伴わない発達障害者を対象としたワークシステム・サポートプログラム(以下「WSSP」という。)の実施を通じて、発達障害者に対する各種支援技法の開発・改良に取り組んでいる。本発表では、令和5年度から取り組んでいる「発達障害者の障害特性を踏まえた相談の進め方」に関する支援技法の開発について中間報告を行う。 2 ワークシステム・サポートプログラムの概要 WSSPでは「就労セミナー」「作業」「相談」を関連付けた13週間のプログラムを実施している。具体的には講習や演習といった就労セミナーで得た職場対人技能等の知識やスキルを作業場面で試行し、相談でその結果を支援者と一緒に振り返る。そして、より効果的なスキルの実行方法等に関する考察や気づきを得て、再度作業場面で試行する、というサイクルを基本としている。 3 開発の背景・目的 (1) WSSPにおける「相談」の役割 WSSPではプログラム支援期間中、支援者は対象者と毎週1回、個別の相談を実施し、対象者のプログラム内での言動や就労セミナーで得られた知識・スキルについて対象者自身がどのように捉えたかを確認し、自身の特性、困っていることや苦手なことへの対処方法、周囲から配慮を得たい事項等について、対象者とともに整理を行っている。 なお、講習や演習、作業などを実施した後に相談を行うことの意図は、対象者が講習や演習等を通して感じたことや学んだことを言語化し、支援者の共感等を通して対象者自身の受け止め方を深化させるとともに、これからの目標の具体化や目標に向けた行動変容を促進するためである。 WSSP受講後のアンケートにおいても「頭の中でモヤモヤしたり、うまく言葉にできなかったことが会話を重ねることで、自分の目標を言葉で表せるようになった」「自分の中で答えの無かったことが相談で整理され、自分の特性について多くの気づきを得られた」等といった相談の効果について感想が挙げられている。 (2) 支援者の相談スキルの向上における課題 相談による経験の振返りは重要な役割を有している一方で、これまでに発行した支援マニュアルにおいて、障害特性を踏まえた相談の実施方法の詳細までは分析されておらず、支援者がそれぞれ工夫しながら取り組んでいる現状がある。 相談スキルは基本的な面接技術の習得に加えて、実践とその結果や効果、改善点を検証し、再度実践することを積み重ねることで向上が図られると考えられるが、相談の多くは個室において対象者と支援者の一対一で行われるため、支援者が自らの相談場面においてライブスーパーバイズを受ける機会は入職時の一定期間を除いて限られている。 これらの状況から、的確な支援を実施している支援者が対象者との相談場面において、「どのような関わりをしているのか」ヒアリング調査等を通じたコンピテンシーを明らかにすることにより、支援者自身の相談スキルに係るセルフスーパーバイズへの活用も視野に本技法開発に取り組むこととした。 4 開発の視点 (1) 本技法開発における「相談」の目的と対象者 本技法開発において取り上げる「相談」は、数か月という比較的短い期間の中で対象者と支援者のパートナーシップのもと、「経験を振返る」「目標を設定し、実行する」「実行した結果を振返る」ことを通して、対象者自身がストレングスを見出すことを目的としている。 また、相談を効果的に行うためには、対象者が自身の課題や特性を整理し、対処方法を検討することについてある程度の意欲があることも重要な要素である。そのため、今回の技法開発は就職や復職、職場適応に向けて自分自身の行動変容の必要性を感じている発達障害者との相談を想定している。 このような課題中心アプローチのもと、以下「相談」をより効果的に実施するためのこれまでの取組みについて概説する。 (2) 地域障害者職業センター等への調査 令和5年度に地域障害者職業センター等(以下「地域センター等」という。)を対象にアンケート及びヒアリングによる調査を実施した。 これらの調査では「発達障害者との相談を行う際にどのような難しさを感じるか」という質問について、「対象者と支援者が共通認識を持つ方法」「対象者の特性に合わせた情報の伝え方や整理の方法」など、対象者の特性に応じた支援者の関わり方について難しさを感じる場面が広く挙げられた。 また、職業センターで開発した支援ツールの相談場面における活用については、「支援ツールの場面に応じた使い分けや効果的な活用にはコツが必要であり、支援経験の浅 p.65 い者には利用し難いものもある」等といった意見も挙げられた。 これらの地域センター等からの意見も踏まえ、技法開発では、①相談にあたって事前に押さえておくべきポイント、②相談内容や対象者の状況に応じた支援ツールの活用、③相談場面における対処行動の3点を中心に開発を進めている。 5 開発の内容 (1) 相談にあたって事前に押さえておくべきポイント 相談の目的を効果的に達成するために、対象者のワーカビリティを高め、対象者自身が主体的に問題解決できるよう、支援者が事前に押さえておくべきポイントの整理を行っている。 ア 相談における支援の構造と対応 相談を効果的に行うためには、相談における構造すなわち構成要素と段階を対象者と支援者がともに理解し、構造に応じた適切な対応を取ることが必要である。相談の構造を図1のとおり整理するとともに、支援者の対象者への対応の方策についてまとめているところである。 図1 相談における構造と段階に応じた支援者の関わり イ 対象者の特性に応じた工夫 相談では対象者の特性、取り上げる内容等に応じて、実施方法や環境設定に配慮する必要がある。そのため、相談場面における環境面での配慮や工夫、対象者と支援者が共通認識を持つためにできる工夫等についてポイントを整理した。表1はその一例を示したものである。 表1 相談時の工夫を検討するための視点と工夫の例 (2) 相談内容や対象者の状況に応じた支援ツールの活用 複数ある支援ツールの中から、相談内容や対象者の状況に応じてより適切な支援ツールの選択に資するよう、支援ツールごとに効果的な使用方法について整理し、一覧化した。これにより、目的に応じて効果的な支援ツールの選択及び活用が期待できる。 (3)相談場面における対処行動 地域センター等の調査で意見が多く挙げられた「対象者の特性に応じた支援者の関わり方に迷う場面」における具体的な工夫や事例を収集した。上記(1)は支援者が事前に押さえておくべき事項であることに対し、ここでは場面ごとに具体的な支援者の対処行動を示すことで、支援者が対応に悩んだ際に、より適切な行動を選択しやすくすることが期待できる。 現在、支援ツールの活用例とともに相談対応の工夫例等、効果的な実践事例についても取りまとめているところである。 6 今後の方向性 発達障害者は情報を受け取り理解する「受信」、行動を選択する「判断・思考」、実際に行動を行う「送信」といった情報処理の過程において個人の特性や経験、信念等の影響を受け、対象者によって捉え方や表現の仕方が大きく異なり、他者との共通理解が図られにくい。そのため、支援者にとって限られた時間の中で情報を収集し、整理することの難しさがある。加えて、相談のノウハウは個々の支援者の中で暗黙知として蓄積されてはいても形式知として十分な共有がなされていないといった状況がある。 本技法開発は、課題中心アプローチによる地域センター等における典型的な相談場面を想定しており、その活用は日々の支援と直結するとともに、幅広く応用が可能であると考えている。経験の浅い支援者や相談を行う際に悩みを抱える支援者にとって、より効果的な相談支援の一助となるよう、令和7年3月に本技法開発の内容をまとめたマニュアルを発行する予定である。 参考文献 1)障害者職業総合センター『認知に障害のある障害者の自己理解促進のための支援技法に関する研究』「資料シリーズNo.59」(2011) 2)西ひろこ、西まゆみ、山本文枝『感覚過敏傾向がある子どもへの保育室におけるユニバーサルデザインを用いた支援』「安田女子大学大学院研究紀要第27集」(2022)p.55-63 連絡先 障害者職業総合センター職業センター企画課 e-mail csgrp@jeed.go.jp Tel 043-297-9042 p.66 精神障害者と働く上司・同僚の負担感の悪影響およびポジティブな意識変化に関する研究 ○金本麻里(株式会社パーソル総合研究所 研究員) 宇野京子(一般社団法人職業リハビリテーション協会/ハローワーク) 松爲信雄(神奈川県立保健福祉大学/東京通信大学) 1 背景と目的 2018年の精神障害者の雇用義務化以降、法定雇用率は段階的に上昇し、今後は精神障害者を中心に雇用が拡大すると考えられる。しかし、発達障害や高次脳機能障害を除く狭義の精神障害者の雇用では、配属後の周囲の対応に課題が大きいことが指摘される。2023年の調査では、精神障害者雇用企業の約4割が精神障害者の勤怠・パフォーマンスの不安定さや配属先現場の理解や配慮に、約3割が配属先現場社員の疲弊に課題があると回答した1)。 他方で、法令順守のみならず、多様な人材が働きやすい職場作り(DEI;Diversity Equity Inclusion)やESG経営の一環として、障害者雇用に取り組む企業が増えている。精神障害者の雇用の継続的拡大には、上司・同僚の疲弊等の周囲の対応の課題を防ぎながら、DEI推進等の経営へのポジティブな影響を最大化することが重要だと考えられる。本研究は、精神障害者と働く上司・同僚の負担感の実態を明らかにするとともに、DEI推進への影響を検証した。 2 方法 (1) 対象 対象者は、障害者(障害者手帳があり合理的配慮を受けている者)と働く上司・同僚であった。一般企業、公的機関、特例子会社に勤務する正社員、公務員、契約社員、嘱託社員、専門家であり、共に働く障害者1名の障害種を認識しており、同僚については仕事上の関わりがある者に限定した。不適切な回答を除外するため、ライスケール2問の正答者(精神障害者と働く同僚のうち54名は、1問正答者)を有効回答とした。対象者数を表1に示す。 表1 対象者数 (2) 実施期間と実施方法 2024年2月6日~2月12日にクロス・マーケティング株式会社のモニターを用いたWebアンケート調査を実施した。 3 結果 (1) 精神障害者と働く上司・同僚の負担感の実態 上司・同僚に共に働く障害者1名の対応の負担感を尋ねた結果を図1に図示した。精神障害者と働く上司・同僚の39.8%が「精神的な負担が大きい」に肯定的に回答し、他の障害と比べ割合が高かった。直属上司では52.6%だった。 6項目のα係数は0.88と十分に高かったため、6項目の回答を4段階得点に変換した平均値を負担感の得点とした。 図1 障害者と働く上司・同僚の負担感の実態(障害種別) (2) 精神障害者の配属現場の課題の実態と負担感への影響 上司・同僚に共に働く障害者1名の対応の課題を19項目から尋ね、回答の多い上位6項目の結果を図2に示した。業務コントロール、合理的配慮、コミュニケーションの課題が各2割弱と、「意図と異なる受け取り方」を除き、他障害と比べ多かった。 図2  障害のある部下・同僚への対応の課題(障害種別) 各課題が負担感に与える影響を重回帰分析(ステップワイズ法)で分析した。独立変数として課題19項目、性別・ p.67 年代・雇用形態・業種・職種のダミー変数および企業規模を投入した。分析対象は企業規模不明者を除く精神障害者と働く上司・同僚701名だった。業務コントロールの課題の標準化偏回帰係数が特に高い傾向があった(表2)。 表2 上司・同僚の負担感を従属変数とした重回帰分析結果 (3) 精神障害者と働く上司・同僚の負担感の影響 精神障害者と働く上司・同僚を負担感高・中・低群に等分割し精神障害者のイメージとの関連を分析した(図3)。 図3 負担感と精神障害者のイメージの関連 負担感が高い上司・同僚ほど、精神障害者に対してポジティブイメージを持たず、ネガティブイメージを持つ傾向があった。また、図示はしないが、ネガティブイメージが高い上司・同僚は、精神障害のある部下・同僚への支援的行動の実施率が少ない傾向があった。 (4) 精神障害者と働く上司・同僚のポジティブな意識変化 精神障害者と働く上司・同僚を受け入れ成功度高・中・低群に等分割すると、群間に大きな差があり高群では8~9割がポジティブな意識変化を実感していた(図4)。また図示はしないが、受け入れ成功度で統制した重回帰分析において、組織の多様性包摂の対応力・意識向上実感が上司・同僚の就業幸福度や継続就業意向を有意に高めていた。 図4 精神障害者と働く上司・同僚のポジティブな意識変化 4 考察 本研究から、精神障害者の雇用において、共に働く上司・同僚の負担感が大きい現状が確認された。この要因として上司・同僚の各2割弱が業務コントロールや合理的配慮、コミュニケーションの困難を感じていることが大きい。また、負担感の強い上司・同僚ほど、精神障害者に対するイメージが悪く、支援的行動をとらない傾向が確認された。  上司・同僚の負担感が大きいと、上司・同僚の精神障害者への偏見が強まり支援的態度を損ない、ひいては当該企業における雇用の継続・拡大が困難になると考えられる。配属現場の業務コントロールや合理的配慮、コミュニケーションの課題を防ぐために、業務カバーの体制整備や合理的配慮の明確化、支援者との連携、採用時のマッチング強化や全社理解の醸成等の現場支援の取り組みが求められる。 一方、精神障害者の受け入れに成功すると、ほとんどの上司・同僚が偏見の解消や職場の多様性包摂の対応力・意識向上を実感しており、DEI推進の効果が示唆された。これは、精神障害者への配慮である業務のカバー体制や生活面の問題把握、業務の切り出し等が、育児・介護者や外国人材、高齢者等への対応と一部共通することが背景にある。その結果、共に働く上司・同僚の就業幸福度や継続就業意向が高まる傾向があり、精神障害者の定着・活躍の取り組みが、働きやすく求心力のある職場作りに資することが示唆された。 ※一部掲載データは、引用文献2)において報告をしている。 参考文献 1) パーソル総合研究所『精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査』,(2023), https://rc.persol-group.co.jp/ thinktank/data/seishin-koyou.html 2) パーソル総合研究所『精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]』,(2024), https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/seishin-koyou2_ quantitative.html 連絡先 金本麻里 株式会社パーソル総合研究所 e-mail mari.kanemoto@persol.co.jp p.68 デイケアにおける就労という目標を通した自己肯定感のレジリエンスの事例紹介 ○泊裕子(愛知県精神医療センター 精神保健福祉士) 1 はじめに 精神科デイケアは、精神障害者の社会生活機能の回復を目的としたリハビリテーションを行う通所型施設である。利用者の地域への復帰を支援するため、社会復帰機能の回復を目的として個々に応じたプログラムに従って様々な活動を実施している。運動やレクリエーション、創作作業や調理実習など、その内容は各機関それぞれである。こうした活動をグループになって参加していきながら社会性スキルの向上を目指していく場所にもなっている。従事する職員も多職種であり、それぞれの専門性を持って利用者のニーズに応じている。デイケアはその目的に即しながら、医療による地域へのリカバリーを目指す治療の場として存在している。併せて、障害者福祉も大きな変革を遂げながら拡充を続けている。より多くの障害者が地域で生活して自己の利益となるように支援することを実現している。障害者総合支援法に基づく様々な福祉サービスは、個々のニーズに合わせた選択を自由にできるようになった。障害者支援に携わる者としてはとても心強い時代の流れであると実感している。しかし、その時代のニーズに合わせてデイケアの存在についても再考する時になっていることも現実にある。その一つに就労支援があると考える。就労支援を医療という枠組みの中で取り組むことは色々な難しさがあると感じている。デイケアの利用者は医療では患者として治療を提供する対象となる。しかしすべての利用者が精神疾患を受容できているとは限らず、精神疾患を発症したことにより自己尊重を喪失していることも多々見える。そのためデイケアの就労支援には社会復帰への動機付けがとても重要になると実感している。 今回は、愛知県精神医療センター(以下「当院」という。)デイケアにて取り組んだ就労のための準備とした動機付けプログラムの実践と、その経過を通して参加者が自己肯定感の回復を通じて就労につながっていった事例を含めた報告をする。 2 当院デイケアの概要と課題 当院は1932年に日本で6番目の自治体立精神科病院として開設した。デイケアも1975年から試行運営を始め、1987年には全国で9番目、東海地方では初の独立(通所)型デイケアセンターを創設した。リハビリテーションとともに利用者が安心と安定を保つための休息となる居場所を提供することを目的としている。そのため、創設当初とはいかないまでも長きにわたる通所を続けている利用者も多数現存している。 (1)愛知県精神医療センター デイケア ・大規模デイケア「キャッスル」 ・大規模デイケア「マウンテン」 ・児童青年期デイケア「ベース」 ・ナイトケア ・成人発達障害専門プログラム (2)デイケアの課題 ・長期利用者が多い。利用頻度も週4日以上も多数。 ・就労等の社会復帰を目指す方が少ない。 ・コロナ感染拡大以降から利用者が減少。 ・利用者の高齢化。 ・若年層の定着率が低い。 3 就労準備プログラムの経緯 (1) 契機と経過 2018年に当職はデイケアの配属となる。その頃のデイケアには就労に特化するプログラムはなく、就労については個別の相談を受けていた。ある時、発達障害を持つ長期利用の青年から言われた言葉があった。「今度生まれ変わったら、普通に就職できる人になりたい」私は青年の言葉に衝撃を受けた。「障害を持つということは普通のことが得られないということなのか?」それは精神保健福祉士として精神障害者の就労支援について改めて考え直す契機となった。これまでの疾患症状や能力査定を主にしていた面接から本人主体の面接に視点を変えてみた。そこで見えたのはほとんどが社会復帰を希望する傍ら、疾患への受容に抵抗を感じていたり、自己肯定感が持てなくて自信を喪失しているとした心に困難な思いを抱いていることであった。就労を目指す前に最初からあきらめている人が多いことを痛感した。こうした状況を変えるための方策を検討した。そこでデイケアでは「就労支援」ではなく「就労のための準備をする」を目的としたプログラムを用意することとした。最初は動機付けとしてワークショップ形式のグループワークを行ったが今一気力が見られなかった。再度検討し直し、個々が成功体験を実感できるような活動から始めていこうと考え、プログラムに参加するメンバーでオリジナルのパソコンゲームを作ることを提案してみた。最初は戸惑っていたが次第に積極性が見られるようになり、全員で企画から製作まで、できる力を絞り出すようにして完成に至った。この経験から個々にも変化が見えてきた。完成したゲームの発表会には多くの利用者が参加し、就労準備プ p.69 ログラムに参加する人が増えていった。以後、様々な内容を取り入れながら、就労準備プログラムは今日まで継続している。プログラムに参加したメンバーは、一般就労、障害者雇用、就労移行支援事業所、就労継続支援事業所等、それぞれの自分が希望する道を選択して突き進んでいる。 就労準備プログラムをはじめてすぐにコロナ感染拡大が起こり、継続が危ぶまれる時もあった。しかし参加者の多くは状況下に負けることなく欠席もほとんどなかった。同じ方向を目指す仲間として皆で「ピンチの時こそチャンス到来」と声を掛け合う姿に頼もしさが感じられた(図1)。 図1 2020年度就労準備プログラム月別参加者数の推移 (2) 事例の紹介 Aさん:精神障害 40代男性 就労準備プログラムには最初から今日まで長期に参加しているメンバーである。大学受験時に不安障害を発症。その後に回復をして一般企業に就職をした。しかし、就職後に職場のストレスから同症状が再発し、うつ症状も併発して退職に至った。しばらく療養していたが主治医から社会復帰へのリハビリテーションとしてデイケアを勧められて当院デイケアを利用する。本人の希望で就労準備プログラムに参加する。 (3) 支援の経過 Aさんはパソコンゲーム作成に取り組む際、人前で話したり説明したりすることがとても苦手で自信がないと悩んでいた。就労準備の目的などを話し合う中でAさんも「自分の心の壁を乗り越えたい」と自分で意思を固めて挑戦として取り組んだ。結果としてAさんは自身のストレングスを発揮してゲームの完成に大きな役割を果たした。それからのAさんはデイケアの活動において苦手と思うことに積極的に取り組んでいくようになる。強い強迫症状に苦しみながらも真摯に向き合い、一歩一歩と克服を続けていた。デイケアの通所は安定していったが就労への活動にはなかなか自信が持てず、ジレンマに苦しんでいた。最初の参加から数年が経ち、一緒にプログラムに参加していたメンバーたちが就職等に旅立っていくのをいつも寂しそうにしながら見送っていた。色々な福祉サービスや模擬就労体験などにも取り組みをしてみたが、症状が出ることを恐れ、次の一歩に進むことができずにデイケアの利用が長期化していた。 (4) 支援の転機 Aさんの支援にIPS(個別就労支援プログラム)の概念を用いて、個別ニーズを主にした方向性を模索してみることとした。本人と話し合い、本人も福祉サービスを経ていく流れよりも枠組みがあれば実践の中でやってみたいと希望された。そこで行政の任期付き障害者雇用に挑戦する。1年間という枠組みがあること、症状についてオープンに働けることが本人のニーズに適応した。書類審査、2回の面接、実習体験とハードルがいくつかあったが見事にそれらを突破して採用を勝ち取った。現在、本人も症状による不安と葛藤を抱えながら懸命に取り組んでいる。 IPS(個別就労支援プログラム) Individual Placement and Support 疾患の重症度ではなく本人の「働きたい」という希望を持って一般の職を目指すとしたサービスを提供する就労支援モデル。1990年代前半にアメリカで開発される。 <日本IPSアソシエーションホームページより引用> 4 まとめ 精神科デイケアは治療という枠組みの中に支援があり、疾患を主にして考えれば安心な居場所となる。しかし生活の場は地域の中にあり、本人の持てる力を存分に発揮するには狭い空間であることも現実である。 就労準備プログラムの効果は参加するメンバーだけでなく、デイケアの他の利用者にも多々影響がみられた。長期利用者も就労までの意欲は持たずとも、何か自分ができることがないかと模索する姿や相談も増えていった。 今回の発表の目的は当院デイケアの就労支援における取組みが到達点ではなく、今後のリカバリー支援において医療もどのように地域とつながっていくべきかを再考する契機にしたいと考える。病気によって臆病になっている心をどのように回復させていくか、そして地域に、社会につなげていくために何ができるのかが医療における支援者の課題である。 連絡先 泊裕子 愛知県精神医療センター デイケア e-mail hiroko_tomaru@apmc.aichi.jp p.70 自然を利用したリハビリテーションによる職業準備性ピラミッドへの影響-事例マトリックスを用いて- ○中塚智裕(NPO法人えんしゅう生活支援net 作業療法士) 泉良太・藤田さより(聖隷クリストファー大学) 冨澤涼子(秋田大学) 古内秀司(NPO法人えんしゅう生活支援net) 1 はじめに 新規に就労継続支援事業B型(以下「B型」という。)を利用する精神障害者は、慣れることを考慮して週1~2回から利用するが、気分不調で通所が不安定になるという現状がある。浜銀総合研究所1)によれば、企業側の障害者に対する人事評価では、勤務状況を評価する企業が多いと述べており、規則正しい出社が求められている。海外では、精神障害者に対して農業や自然を利用したリハビリテーション(Nature-based-Rehabilitation:以下「NBR」という。)の研究があり、Pálsdóttirら2)は精神疾患の対象者に対して抑うつ症状、医療行為の使用回数減少等が報告されている。日本は国土の67%が森林であり、森の中で静かに座り深呼吸して過ごす事を「座観」といい、生体にリラックス状態をもたらす事が報告されている。また、宮崎ら3)は森林浴がストレス値の低下や副交感神経優位になるという効果があると報告している。 2 目的 現状の問題点を職業リハビリテーションの観点から、職業準備性ピラミッドの「健康管理」「日常生活管理(基本的な生活リズム)」が整っていないと考え、それらが改善すれば症状や通所が安定し、通所回数が増加するのではないかと考えた。本研究の目的は、B型で通所回数が週3回以下の者に対して自然を利用したプログラムを実施し、通所回数の実績の変化および職業準備性ピラミッドへの改善につながる影響を探索することとした。 3 方法 (1)対象 適格基準は①DSM-5において統合失調症、うつ病の診断があり、②通所回数が週3回以下の者とする。除外基準は①適格基準を満たさない者、②運動制限や日常生活に制限のある者とした。聖隷クリストファー大学大学院倫理審査委員会の承認を受けた。 (2)介入方法 A公園内のウォーキングコース1周(930m)を快適歩行速度で歩行後、座観を5分間行った。介入頻度は週1回、約60分。全10回とした。 (3)データ収集方法 ①性別、年齢、診断名、既往歴、障害者手帳の種類、等級をカルテより収集。 ②面接はインタビューガイドを基に、評価前後(半構造化面接Ⅰ)、介入直後(半構造化面接Ⅱ)で実施した。 ③通所回数は介入前後で比較した。 4 データ分析方法(事例-コード・マトリックス) 半構造化面接Ⅱの音声データの逐語録を作成した。コードは「」、ストーリーラインは【】で表記した。分析は筆者とB型に勤務し修士号を持つ作業療法士(経験年数:10年)で概念化の検討を繰り返した。 5 結果 適格基準を満たした2名(Aさん、Bさん)に対して実施した。 <Aさん> (1)通所回数の変化 介入前は気分不調からリモートを併用していた。介入後は安定した通所が続いたため、週3回から4回に増え、リモートを使用せずに通所することができた。 (2)半構造化面接Ⅰ 最終評価時は希死念慮が減少し、考え方がプラスになった。猪突猛進にならないように気をつけているという発言がきかれた。 (3)半構造化面接Ⅱ(事例-コード・マトリックス) ア 今日の通所に対する気持ち 1~3回目は「自然に身を置きたい気持ち」があるが、「天気に影響を受ける気持ち」や「暑いのは苦手」と【天気に左右される】発言が多かった。5回目以降は天気が良いことや、睡眠が取れる・快適な目覚めから【ウォーキングへの意欲、通所に対して前向き】な発言が増加した。 イ 今の気持ち 1~2回目は「自然の中を歩いて心地良い」「体-疲労感」「気持ち-爽快感」といった心身に関する発言や【ウォーキング楽しい。身体的な疲れあり。】に関する発言がみられた。4回目は「へこんだ気持ちが自然により変わる」「自然に目が向く」といった【外に意識が向く】よ p.71 うになっている。5回目以降も【自然の移り変わりに目が向く。自分も変わろうとする気持ち】へ変化がみられた。 <Bさん> (1)通所回数の変化 介入後、安定した通所が続き、通所回数が週2回から3回に増え「欠席理由」に精神不安定が無くなった。 (2)半構造化面接Ⅰ 最終評価では具体的な対策が取れるようになった。また、自然の中に身を置くと外側に意識がいくので籠らないで済むという気づきや、小さい事を気にしなくなった。 (3)半構造化面接Ⅱ(事例-コード・マトリックス) ア 今日の通所に対する気持ち 1~5回目は【ウォーキング前は眠い】といった発言が多くみられる。その後【カフェインで眠気対策】をすることで覚醒が保たれている。9、10回目はカフェインというキーワードが無くなり【行きたくない気持ちは無くなった。眠気対策を行い眠気無し】と通所に対して前向きな発言がみられる。 イ 今の気持ち 1~5回目は「ウォーキングが気分転換」「リフレッシュと覚醒」など【ウォーキングが気分転換】になっていた。6回目【抑うつ的な気持ちが外に向く】からは自然へと意識が向くと9回目【意識が外へ向く】10回目【抑うつ状態が良くなる】といった発言がみられるようになる。 6 考察 NBRの核となる自然の効果には、生理的観点から副交感神経を優位に働かせリラックス感、落ち着き感等に影響を与えている。また李ら4)によれば自然の中でウォーキングをすることでストレスホルモンを抑える効果を報告しており、心理的観点からは佐藤によれば自然の中でウォーキングすることはポジティブな感情を得られやすいと報告している。これらは、研究参加者の身体面的、精神面に働きかけて「気持ちが良い」「リラックスする」などの状態になり、ネガティブな感情や思考は一旦リセットされたのではないかと考えた。本研究のウォーキングは特に指定したやり方を施しておらず、通常の歩行と同様で自動化した動作であり、思考の容量はそれほど使用していないと考えられる。つまり、介入中は良くも悪くも考えることができるが、研究参加者より「希死念慮が減少し、考え方がプラスになった。猪突猛進にならないように気をつけている」「自然の中に身を置くと外側に意識がいくので、籠らないで済む」という気づきがあり、これは「今を感じる」思考となり、意識を「内」から「外」に向けさせ、この状態を数回重ねて経験することでネガティブな思考が変化したのではないかと考えた。 通所回数が安定・改善したのは、仮説で述べたように職業準備性ピラミッドの「健康管理」「日常生活管理」が改善したからと考える。独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構5)によれば、職業準備性を向上させるためには本人の主体的な取り組みが必要であるとされている。事例-コード・マトリックスの結果より研究参加者Aさんの「通所に対する気持ち」では5回目以降は【ウォーキングへの意欲、通所に前向き】となっている。また「今の気持ち」では5回目以降では【自然の移り変わりに目が向く、自分も変わろうとする気持ち】があり、これは主体的な発言と考えられる。研究参加者Bさんの「通所に対する気持ち」では【行きたくない気持ちは無くなった。眠気対策を行い、眠気無し】と具体的な行動が取られており、「今の気持ち」では9回目【意識が外へ向く】10回目【抑うつ状態が良くなる】とある。これらは主体的な言動と考えられ、NBRによる職業準備性ピラミッドへの影響が示唆される。 また、本研究は介入後に質問を行い、研究参加者の主観的な思考、感情を表出する機会を与えている。小林6)によれば感情の表出は、自己理解を深める重要な手段となることが報告されている。感情を認識し、それを適切に表現することで、自分自身の感じ方や反応のパターンを理解することができるとされており、感情の表出機会が職業準備性ピラミッドの「健康管理」や「日常生活管理」への気づきに繋がった可能性があるのではないかと考えられた。NBRは量的な結果から効果を論じている先行研究が多数散見されるが、インタビューから得られたデータを質的に分析することで新しい知見が得られたと考えられる。 参考文献 1) 浜銀総合研究所『平成21年度障害者保健福祉推進事業就労移行支援事業所における就労支援活動の実態に関する研究報告書』,(2010),p.9 2) Anna,M,Pálsdóttir & Patrik,Grahn & Dennis,Persson『Changes in experienced value of everyday occupations after nature-based vocational rehabilitation』,「Journal of Occupational Therapy,Volume,21」(2013),p.58-68 3) 宮崎良文・李宙営・朴範鎭・恒次祐子・松永慶子『自然セラピーの予防医学的効果』,「日本衛生学雑誌,66」,(2011),p.651–656 4) 李宙営・朴 範鎮・恒次 祐子・香川 隆英・宮崎 良文『森林セラピーの生理的リラックス効果―4箇所でのフィールド実験の結果―』,「日本衛生学雑誌,66」,(2011),p.663–669 5) 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構『令和3年度版 就業支援ハンドブック』,(2011),p.37 6) 小林真『感情の表出と理解に関する展望』,「早稲田大学人間科学研究科,第8巻,第1号」,(1995),p.143-151 連絡先 中塚智裕 NPO法人えんしゅう生活支援net e-mail tomo3120naka@gmail.com p.72 複数の先行研究から考察される「障害者手帳を所持していない精神障害者・発達障害者の就労実態等」について 〇髙木啓太(障害者職業総合センター 上席研究員) 増田保美・大石甲・中山奈緒子・布施薫・佐藤涼矢・大谷真司(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 障害者雇用率制度における障害者の範囲については、労働政策審議会障害者雇用分科会意見書(令和4年6月17日)において、「手帳を所持していない者に係る就労の困難性の判断の在り方にかかわる調査・研究等を進め、それらの結果等も参考に、引き続きその取扱いを検討することが適当である」とされたところである。それを受けて、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター(以下「総合センター」という。)では2024年度から2025年度にかけ、「障害者手帳を所持していない精神障害者、発達障害者の就労実態等に関する調査研究」を行っている。この調査研究は、精神障害又は発達障害の診断を受けているが障害者手帳を所持していない者について、アンケート調査とヒアリング調査により就労支援機関における就労支援の状況、就労上の課題、支援事例等について把握を行い、当該対象者に対する就労支援機関における効果的な支援方法や課題への対処等の検討に資することを目的としている。 本発表は、アンケート調査の内容検討のために先行研究の文献調査を実施した際に把握した就労実態等について取りまとめた結果を報告し、考察する。 2 方法 総合センター調査研究報告書並びに資料シリーズのうち、調査対象に当該対象者を含む先行研究の調査データを用いた知見の整理、及びデータの再集計による手帳の有無間での比較検討を行った。本発表では、障害者手帳を所持していない者の割合、その理由を取り上げた後、就労支援上の課題、手帳を所持していない障害者における希望する労働条件や支援機関の利用について報告する。 3 調査結果 (1) 手帳を所持していない者の割合 2009年から2010年にかけてハローワークへ行った調査1)では、新規求職登録をした発達障害者において、手帳を所持していない者の割合は31%であった。2018年にハローワークへ行った調査2)では、2018年6月1日から6月30日までの間に新規求職登録を行った精神障害者の26%、発達障害者の18%が手帳を所持していなかった。その他の結果を含む調査対象となった文献における手帳を所持していない者の割合一覧を表1に示す。 表1 手帳を所持していない者の割合 (2) 手帳を所持していない理由 2009年に医療機関等へ行った調査1)では、障害者手帳の認定に至らなかった者の数、その状況に対する回答について極めて少ないながら、発達障害では「家族が拒否」が最も多かった。一方、手帳を希望・申請しても取得が難しいと思われる者が「いる」と回答した支援機関については、2010年に地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)へ行った調査1)では46機関中33機関(72%)、同年障害者就業・生活支援センター(以下「就業・生活支援センター」という。)へ行った調査1)では112機関中24機関(22%)であった。手帳取得が難しい理由として回答数が多かったもの(複数回答)は、「発達障害の診断がないため、手帳の申請に至らない」(地域センター73%、就業・生活支援センター54%)、「精神障害者保健福祉手帳の申請のための診断が受けられない」(地域センター60%、就業・生活支援センター17%)、「療育手帳を申請したが、交付されなかった」(地域センター39%、就業・生活支援センター38%)、「精神障害者保健福祉手帳を申請したが、交付されなかった」(地域セ p.73 ンター27%、就業・生活支援センター8%)であった。2012年に支援機関へ行った調査4)では、発達障害者について、いずれの支援機関でも「本人や家族の意向で取得していない」との理由が最も多いとする回答が全体の7~8割を占めていた。 (3) 手帳を所持していない発達障害者の就労支援等の課題 手帳のない精神障害者についてのデータは限られており把握できなかったため、発達障害者についてのみ記す。 ア 本人に対する就労支援上の課題 2010年に職リハ機関へ行った調査1)では、回答数は限られるが、手帳取得が難しい発達障害者の「支援の課題」について、地域センターでは「本人の障害受容の問題」が顕著であった。就業・生活支援センターにおいても「本人の障害受容の問題」が最も多い回答数であった。2012年に支援機関へ行った調査4)において、ハローワークでは、「家族から障害特性への理解を得る」(52%)、就業・生活支援センターでは、「本人に障害特性への理解を促す」(62%)、地域センターでは、「本人から障害開示への同意を得る」(71%)、発達障害者支援センターでは、「本人から障害開示への同意を得る」(68%)といったことが支援において苦慮した事項として上位に挙がった。 イ 企業に対する就労に向けた働きかけに関する課題 2010年に職リハ機関へ行った調査1)では、実雇用率の算定対象にならないことに起因して、「受け入れ事業所が限られ、就職活動が長引く」「就職活動が長期化しがち」「障害開示で求職しても受け入れ事業所の確保が困難で求職活動が長期化」など、支援に時間がかかる状況が窺えた。2012年に支援機関へ行った調査4)において、手帳所持者に比べて支援において苦慮した事項として、「企業に本人の採用を働きかける」がハローワークでは59%、地域センターでは84%と最も高い割合であり、発達障害者支援センターでは「企業から障害特性への同意を得る」(65%)が2番目に挙がった。 (4) 手帳を所持していない障害者における希望する労働条件について 2018年にハローワークへ行った調査2)の再分析として、精神障害または発達障害のある求職者の回答を用い、手帳の有無と他の調査項目を用いたクロス集計を実施した。「手帳あり」と比較した場合、希望する求人の種類が一般求人であるとの回答率が精神障害、発達障害ともに有意に高く、また、障害の開示に関しては、精神障害にあっては「開示しない」の回答率が有意に高かった。2009年から2010年にかけてハローワークへ行った調査1)においても、残差分析において発達障害者で「手帳なし」の場合には、「一般求人」、「障害非開示」、「訓練の利用なし」における選択率が有意に高いという結果が出ている。 4 考察 各種調査からは、表1に示したように、一定数の手帳を所持していない利用者がいることが推察される。2010年のデータになるが、手帳を所持していない発達障害者は地域センターの新規利用者の5割超、就業・生活支援センターの新規利用者の4割弱に当たる。一方、ハローワーク調査で比較すると、新規求職者における手帳を所持していない発達障害者の割合は2009~2010年の31%から、2018年は18%と大きく減っており、手帳所持に関する考え方の変化が示唆された。一方、在職中の精神障害者並びに発達障害者で手帳を所持していない者はわずかであったが(表1最下行)、事業所調査のため、非開示としている者が含まれていない可能性に留意する必要がある。 今回の先行研究からは、手帳のない精神障害者についてのデータは限られているものの、手帳を所持している者と比較して本人による障害特性の理解や障害開示への同意、企業による障害特性の理解に向けた支援について、支援機関が苦慮していることが窺えた。さらに、企業に本人の採用を働きかけることや家族から障害特性への理解を得ること等にも困難さが見られた。採用の観点からみると、手帳所持者は実雇用率の算定対象となるため、手帳所持が企業の採用意欲につながる部分はかなり大きいといえるだろう。また、前述の2009年から2010年にかけてハローワークへ行った調査1)では、再集計の結果から手帳を所持していない発達障害者については「制度の利用なし」、「連携した機関なし」における選択率が有意に高くなっており、手帳を所持していない場合には、支援のための様々な制度や専門機関などの資源が利用されにくい状況にあることが窺われる。 今般のアンケート調査の設計にあたっては、ここまで見てきたような就労支援上の課題を踏まえるとともに、職場で受けている配慮や手帳を申請しない理由、課題への対応策や支援事例等についてより詳細に実態の把握に努めたい。また、先行研究が未だ不十分な手帳を所持していない精神障害者の支援上の課題や、手帳取得率の変化から推察される手帳に対する社会意識の変化等も合わせて把握したい。 参考文献】 1) 障害者職業総合センター『高次脳機能障害者・発達障害のある者の職業生活における支援の必要性に応じた障害認定のあり方に関する基礎的研究』「調査研究報告書No.99」(2011),p.2,p.40,p.60-61,p.63,p.71-73,p.75-76,p.87-88,p.92-93,p.105-106,p.109-111,p.117-122, p128-129 2) 障害者職業総合センター『障害のある求職者の実態等に関する調査研究』「調査研究報告書No.153」(2020),p.11-13,p.18,p.73,p.93,p.111 3) 障害者職業総合センター『障害者雇用の実態等に関する調査研究』「調査研究報告書No.176」(2024),p.71,p.93 4) 障害者職業総合センター『手帳を所持しない障害者の雇用支援に関する研究』「資料シリーズNo.75」(2013),p.15-16,p.57,p.60-74 p.74 難病 ダイバーシティ研修の取組み~企業及び就労支援者への研修等による取組みによる考察~ ○中金竜次(就労支援ネットワークONE 就労支援ネットワークコーディネーター) 1 はじめに 増加する難病患者・難治性な長期慢性疾患患者への支援機関や企業の直面している昨今の状況に対応すべく、企業、支援関係者等への研修の取り組みから得た参加者の感想、意見などもふまえ、難病ダイバーシティ研修の意義・及びその必要性を考察し、共有する。 2 研修・セミナー実施の背景・目的 (1) 改正難病法による見直し後の支援体制の強化因子1) ・既に明記されていた医療機関に加え、就労支援・福祉に関する支援を行う者との連携があらたに明記された(支援・その連携の強化因子)。 ・都道府県等が患者の申請に基づき指定難病でありながら、‘軽症者’となり、医療費助成の対象者数に含まれていない患者の登録者証を発行する事業が創設、ハローワーク等での就労相談の際の証明(他の証明としても利用できる)としても活用できることから、相談者の増加因子と考えられる(一度申請すると無期利用できる)。 図1 共有されていない患者、共有される患者数 (2) 共有される患者数と実際の社会のギャップによる社会的影響因子 現状の社会で、共有される難病者の統計・患者数は、指定難病患者数(医療費助成の対象者数)のため、軽症者とされ、指定難病の医療費の受給対象となっていない患者数、難病の定義に含まれない患者数は共有されていない(顕在化していない患者の存在と労働市場・労使への影響)。 労働人口が減少するこんにちの日本社会では、治療をしながら就労を継続できる環境・その整備のための情報を得る機会、その重要性は益々増加している。 「難病・長期慢性疾患ダイバーシティー」その就労・雇用に関する情報を労使に提供する、その為の研修やセミナー実施により、実際の労使の就労・雇用環境のサポート体制の整備の重要性が増していると考える。  その共有の重要性を鑑み、実際の必要について、参加いただいた企業・支援者を対象にアンケートを実施、その取り組みで得た意見・ニーズ等を共有する。  ア 研修・セミナーの主な内容 イ アンケート実施方法 ウ アンケート項目 エ 「7 本日の感想について」(自由記載、抜粋) 「新規採用時だけならず、既在社員も難病を抱えながら働いている可能性について気付きました。社内制度の見直しや社内向け発信する情報を考えていく際、本日の学びを盛り込んでいきたいと思いました(人事・障害者雇用)。」   「日常で難病の方と関わる機会がなく、身近に感じえなかったのが、正直なところでした。しかし、今回の話を聞き、軽症で治療をしながら働く方がいることを知り、何かできることはないかと考えるきっかけになりました。社内の育成に活かして参ります(人事育成部)。」 「食を扱う会社、立ち仕事が多い会社の為、働き方について(個々の)もっと考えていくべきだと思いました。特 p.75 に消化器系疾患の人(採用・育成)。」「理解が非常に難しい為、会社だけではなく、従業員全体にどう落とし込んでいくかが課題と感じている(人材育成部)。」 「企業は雇用率を求め、障害者への雇用促進に注視しがちだが、「難病」についても今後の人口減少や、難病者への就労向上について考えなければと感じました。担当部署として、少しでも発信してゆければと思います(障害者キャリア人材支援統括・採用、事業所支援)。」 「企業の採用担当者として、知らなければならないことが沢山ありました(人事部・新卒、中途採用担当者)。」 「障害なのか、病気なのか、の議論はあるが、働くことや社会生活にハードルがあることは事実。手帳対象の有無ではなく、本当の意味でのダイバーシティーが進むとよいと願っています。」 図2 最近5年間での一般就労経験 図3 取り組みへの関心について アンケートより 図4 取り組みへの必要性について アンケートより 図5 取り組み、実施について アンケートより 図6 就労や雇用状況について アンケートより 3 考察・今後の課題 どの数字を扱うか、共有しているかにより、見え方が異なる。具体的な状況、制度、事例等の情報提供により、企業、事業者、支援関係者からは、その‘知る機会’の必要、求める声、意見が聞かれる。疾病構造の変化や、可視化されない患者(労働者)への対策、現状、事業者・支援機関等に、難病患者の就労・雇用、その支援に関する具体的な情報が提供される機会は限定的となっている為、本来であれば、情報提供や、調整により労使・暮らしの生産性も高められる可能性も、十分には現場に及んでいない状況と考えられる。既に社会を構成している労働者「難病・長期慢性疾患」の現実。市場の状況に基づく統計を観る限り、難病・長期慢性疾患 ダイバーシティーに関する情報、その必要は、今後益々高まってくるといえるだろう。 参考文献 1)厚生労働省,『改正難病法等の施行に係る周知等について,難病相談支援センター運用通知』,(2023) 2)障害者職業総合センター,『調査研究報告書No172』,難病患者の就労困難性に関する調査(2024),p.55 をもとにONEが図を作成 連絡先 中金竜次(ナカガネ リュウジ) 就労支援ネットワークONE e-mail goodsleep18@gmail.com hp https://onepeople.amebaownd.com/ p.76 慢性の痛み患者への就労支援の推進に資する研究 ○橘とも子(国立保健医療科学院 保健医療情報政策研究センター 特任研究員) 中島 (国立病院機構新潟病院) 丸谷美紀(国立保健医療科学院 生涯健康研究部) 高井ゆかり・鈴木恵理(群馬県立県民健康科学大学 看護学部) 湯川慶子(国立保健医療科学院 疫学・統計研究部) 松繁卓哉(国立保健医療科学院 医療・福祉サービス研究部) 1 緒言 我が国では疼痛管理に対して、松平らが2009年に20歳以上の慢性痛有症率は22.9%1),矢吹らが2010年に22.5%2)と高い慢性痛の有病率を報告し、6割の患者は諦め我慢しているなどの実態が報告されている。慢性痛への対応は世界的な課題でもあり、世界保健機関(World Health Organization(以下「WHO」という。))は2019年に“chronic pain(慢性痛)” を国際疾病分類第11版(以下「ICD-11」という。)に追加している3)。 厚生労働省では、今後の慢性の痛み対策について提言をまとめ公表するとともに、慢性の痛み情報センターを中心に慢性疼痛診療システムの均てん化ならびに情報提供による成果をあげてきた4)。だが労働現場における疼痛の発生状況や就労への影響に関する生活全般の実態を把握するには、関連医療機関等との連携下で「患者本人の視点で」行う必要がある。そのため本研究班では、生活全般における疼痛の発生予防や慢性化予防に関る科学的知見の収集・分析を、さまざまな専門家と共に社会福祉の専門家についても協力を得る体制を整えた。そのうえで全人的に疼痛自己管理を支える体制を構築するため、パーソナルヘルスレコード(以下「PHR」という。)の活用促進に資する患者報告アウトカム尺度(以下「PROMs」という。)の「実態把握調査」方法、及び「慢性の痛みを持つ方が就労を継続できるようセルフマネジメントを支援する」方法の作成普及における倫理的課題や解消策その他必要な事項を明らかにし、活力ある包摂社会体制の社会構築に繋がる成果を、本研究では目指した。 表1 研究推進体制(研究班サブグループ)(敬称略) 2 方法 地域が痛み情報センターや保健医療専門家らと連携して、実情に応じて効果的に行えるよう、実態把握ならびに慢性の痛み就労支援対策の方法作成・検証・普及を進めた。 (1) 「慢性の痛みを持つ方が就労を継続できるようセルフマネジメントを支援する」方法 文献調査、海外先行事例調査、研究班主催講演し、資料を普及のため配布する。さらに米国で先行事例に取り組むKate Lorig氏の著書“Living a Healthy Life with Chronic Pain, 2nd Edition(Bull Publishing Co. コロラドUSA)” を参考にリハビリテーションの米国との比較や、医薬品の国際比較の検討を加えるとともに聞き取り調査を行う(承認番号:NIPH-IBRA#12415)。 (2)「実態把握調査」方法 PHR活用実態調査のため、慢性の痛みと就労に関するWeb調査を実施した(承認番号:NIPH-IBRA#23014)。調査対象は、調査班研究者経由での調査への協力依頼に同意を得た18歳以上の病院利用者(患者、家族、支援者、医療スタッフ等)78人。調査方法は、アンケートサイトに回答データが格納されるよう、協力医療機関の電子健康記録(EHR; HL7 FHIR規格)を利用し効果的なオンライン実態把握環境を作成する。併せてリハビリテーション医学や麻酔科ペインクリニック、精神医学的に検討を加える。 3 結果 (1) 「慢性の痛みを持つ方が就労を継続できるようセルフマネジメントを支援する」方法 講演「パーソナルウェルビーイングの先進社会を目指して」をハイブリッド方式/オンデマンド配信し、講演まとめ冊子を保健所や都道府県等に配布した(図1、図2)。さらに、慢性の痛みを持つ方が就労を継続できるようセルフマネジメントを支援する方法を作成できた。なお聞き取 p.77 り調査の成果は、別途、本研究会の他演題「疾病や障害により慢性的な痛みを持つ患者への就労支援の推進に資する研究―患者への聞き取り調査より」にて詳細を報告する。 図1 講演「パーソナルウェルビーイングの先進社会を目指して」の概要及びプログラム 図2 講演まとめ冊子 配布先一覧   合計 1,941(冊) (2) 「実態把握調査」方法 R4年度プレ調査及びR5年度本調査ではPHR活用実態調査として、科学院アンケートサイトの回答データをHL7 FHIR規格のEHRとリンクさせ、健康管理や健康づくりのため解析する方法を、仮想クラウドの活用で作成できた。さらに臨床的分析から、就労に関する不満・不安を多くが感じていること、慢性の痛み患者が精神的健康を保ちながら職場で積極的に参加し、生産的なメンバーとして社会に貢献することが可能となる新たな支援手法や政策が提案されると期待されることが、本研究により明らかとなった。 4 考察 近年日本では、さまざまな健康状態に苦しむ人々が自らのケアを管理できるよう、社会支援制度の整備に向けた動きが徐々に進んでいる。医療機関での治療法のみに焦点を当てるのではなく、慢性疾患を構成するあらゆる側面を、時代に即して再評価する「見直し」が重要である。未来投資戦略2017以降、厚生労働省には、データヘルス改革推進本部が設置され、2021年「データヘルス改革に関する工程表及び今後の検討について」が策定・推進されている。その目指す目標は、「マイナポータル等を通じて、自身の保健医療情報を把握できるようにするとともに、ユーザーインターフェース(UI)にも優れた仕組みを構築」し、「健診情報やレセプト・処方箋情報、電子カルテ情報、介護情報等を、患者本人はもとより、医療機関や介護事業所でも閲覧し共有可能とする仕組みを整備すること」である。これにより、「国民が生涯にわたり自身の保健医療情報を把握できると共に、医療機関や介護事業所がニーズを踏まえた最適サービスを提供できるよう」主な取組みの着実な実現が、新社会システムのためにも重要である。 少子高齢化人口減少に伴って近年、多くの人々が、慢性疼痛の症状等、さまざまな傷病の健康課題を抱えながら長生きするようになった。今後のセルフマネジメント支援社会では、生きがいや社会への貢献方策を探る人々を、各々のQOLに応じて支援する為の、持続可能で経済発展にも寄与する情報基盤が求められよう。PHRは、医療だけでなく健康に関するさまざまな情報を、個人が生涯に渡って保持する情報を指している。そのため、PHR自体には、保持している個人(本人)が、自ら進んで利用したくなるしくみが求められるだろう。PHRは、個人にとっても保健医療等の専門家にとっても重要であることから、双方の有効活用を視野に置いた推進が必要だろう。本研究成果の、厚生労働科学の新たな進展のためデジタルトランスフォーメーション(DX)や未来投資戦略2017への貢献を期待する。 謝辞 本研究は、令和4-5年度厚生労働科学研究費補助金(慢性の痛み政策研究事業)課題「慢性の痛み患者への就労支援の推進に資する研究(課題番号:JPMH22FG1001)(研究代表者:橘とも子)」の交付を受けたものである。 参考文献 1) 松平 浩, 竹下 克志, 久野木 順一,ほか.日本における慢性疼痛の実態Pain Associated Cross-sectional Epidemiological (PACE) survey 2009. ペインクリニック 2011; 32: 1345-1356. 2) 矢吹 省司, 牛田 享宏, 竹下 克志, ほか. 日本における慢性疼痛保有者の実態調査Pain in Japan 2010より. 臨床整形外科 2012; 47: 127-134. 3) Treede RD, et al, A classification of chronic pain for ICD-11.www.painjournalonline.com.June 2015 vol.156 (6);1003-1007. 4) 厚生労働省.今後の慢性の痛み対策について.「慢性の痛みに関する検討会」からの提言がまとまりました. https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000000ro8f.html (accessed 2024/8/13) 5) 厚生労働科学研究費補助金(慢性の痛み政策研究事業)慢性の痛み患者への就労支援の推進に資する研究(課題番号:22FG1001)「令和4-5年度総合研究報告書」, 研究代表者:橘とも子(2024) p.78 難病患者の就労困難性に関する調査研究(1)-患者調査(特に障害者手帳のない難病患者について)- ○春名由一郎(障害者職業総合センター 副統括研究員) 大竹祐貴(障害者職業総合センター) 野口洋平・岩佐美樹・中井亜弓(元障害者職業総合センター) 1 背景と目的 近年、難病医療の進歩により、通院、治療、自己管理を継続することにより、完治はしないものの、重篤な後遺症が抑制されている「軽症」の難病患者が増加している。重篤な後遺症がないため、障害者手帳制度の対象とならない難病患者は障害者雇用率制度の対象ではないが、難病により就労困難性のある者は、障害者雇用促進法の第2条1項における「その他の心身機能の障害」のある者として「障害者」に含まれ、企業の障害者差別禁止や合理的配慮提供義務の対象であり、また、職業リハビリテーション制度・サービスの対象である。 しかし、これら障害者手帳のない難病患者の「その他の心身機能の障害」による就労困難性は、明確な認定基準により障害者手帳が発行されている障害者と比べて、関係者に理解されにくいものである可能性がある。むしろ、「軽症」で、障害者手帳や障害者雇用率制度の対象でないため、就労困難性が低いと考えられやすく、必要な合理的配慮や専門支援が提供されていない可能性がある。 本研究は、特に障害者手帳制度の対象となっていない難病患者における「その他の心身機能の障害」による、就労困難性や就労支援ニーズを明確にすることを目的とした。 2 方法 (1) 調査対象 軽症者や指定難病以外の難病患者も含め、全国の18歳~65歳の多様な特徴のある難病患者を偏りなく調査対象とするため、利用者層の異なる複数の支援機関等を通して、難病患者のウェブ調査の周知依頼を行い、実施した。 (2) 調査内容 先行研究を踏まえ、難病患者の就労困難性を「その他の心身機能の障害」や背景因子の相互作用として分析できる総合的な調査内容とした。 ア 「その他の心身機能の障害」等 従来の障害認定基準に含まれないが、就労に影響のある可能性のある心身機能の障害や疾病管理上の制約等について、それぞれによる社会生活上の支障の程度を聞いた。 イ 就労困難性 就職活動、職場適応や就業継続、職業準備や就労意欲といった、様々な職業生活局面における困難状況の経験やその解決状況を聞いた。 ウ 就労困難性に関係する背景因子 環境因子(職場配慮や地域支援)や個人因子(性別、年齢、性格特性、対処スキル等)を聞いた。 3 結果 (1) 調査回答の状況 難病患者4,523名から回答を得た。疾病や性・年齢等により状況は大きく異なるが、回答者の70%が就業し、障害者手帳を申請していない者が75.4%(3,410名)であった。 (2) 難病患者の「その他の心身機能の障害」等 障害者手帳を申請していない者でも、44%で社会生活にかなりの支障が出る程度の何らかの「その他の心身機能の障害」等があり、やや支障が出る程度以上の支障が76%で見られた。社会的支障の原因として多かったのは「将来に病状が進行するおそれ」「少しの無理で体調が崩れやすいこと」「全身的な疲れやすさや体調変動」「活力ややる気の低下」「身体の痛み」「免疫機能低下」等であった。 図1 「その他の心身機能の障害」等による社会生活上の支障 の経験(障害者手帳を申請していない者 n=3,410) (3) 「その他の心身機能の障害」等と就労困難性の関係 障害者手帳を申請していない難病患者において、就職活 p.79 動では63%、職場適応・就業継続では70%、職業準備等では75%が何らかの困難状況が未解決となっていた。具体的な就労困難状況に関係する要因を、記述回答も含め詳細に分析した結果、以下の個別の「その他の心身機能の障害」等と就労困難状況の関係が明確になった。 ア 病状が進行するおそれ 病状の不確実性による将来不安、体調の不安定さ等の悪化に伴い職務遂行や仕事の予定を組むことが困難になり、有給休暇も不足し、治療をしながらの仕事の将来展望の悩みや社会的疎外感が高まる。 イ 少しの無理で体調が崩れること 体調の崩れやすさは理解されにくく、支障が増すとフルタイム勤務や残業を負担と感じ、業務調整の困難や突発休の増加で離職のリスクが増加する。 ウ 全身的な疲れや体調変動 外見から分かりにくい倦怠感等があり、支障が増すと仕事に集中できる時間の制約、頻繁な通院や欠勤、職場の理解不足により、安定した就業が困難になる。 エ 活力や集中力の低下 やる気がないと誤解され職場の人間関係のストレスが高まり、悪化するとフルタイムの勤務や業務遂行の困難が増し、社会的疎外感が高まる。 オ 身体の痛み 全身の関節痛や頭痛等による支障が増すと日常生活や仕事が困難になり、仕事やストレス等による悪化もあるが、病状の説明や理解を得るのが難しい。 カ 免疫機能の低下 外出制限や医療職での業務制限があり、支障が増すと風邪や感染症にかかりやすくなり、仕事の制限や欠勤が多くなり、仕事の継続が困難となる。 キ 精神や心理面の症状 発達障害等が職務遂行能力や職場でのコミュニケーションに関係するだけでなく、職場のストレスや就職の困難等が精神面の悪化につながる。 ク 定期的な通院の必要性 支障が増すと体調管理等のための就業制約や心理的負担が増加する。 ケ 服薬や治療の必要性 薬の副作用や体調変動、薬の調整の必要性等があるが、周囲には理解されにくく、支障が増すと就業の選択肢が制限され、就業継続が難しくなる。 コ 運動協調障害や歩行機能障害 職務遂行等に影響し、重度では歩行や座位維持が困難となる。 サ 皮膚の障害や容貌の変化 対人関係や顧客対応での周囲の差別的態度や無理解が問題となる。 シ 医師による就業制限 症状に応じて就業制限が行われ、最重度では就労不可とされる。 (4) 難病患者の就労困難性と関係する背景因子 ア 職場の配慮と就労困難性の関係 企業や職場において、通院、健康管理、休憩等がしやすい仕事内容・勤務時間・休日、上司や同僚の病気や障害への正しい理解等が整備されていることが、就労困難性の予防や問題解決と関連しており、難病患者も必要と考えていたが、実際の実施率は半数以下のものが多かった。難病患者は、体調安定の程度に応じて、多様な職種やより長い勤務時間に挑戦が可能であるが、体調が安定しないことにより、より無理のない仕事に限定され、勤務時間も短縮する傾向が認められた。また、職場への開示は、誤解や差別、無用の心配や過剰反応を避けながら、職場の理解や配慮の必要性や支援の利用に応じ、就職時や就職後にタイミングを図って開示していたが、適切に開示ができないことにより、治療や服薬が困難になる等の状況も見られた。 イ 地域支援等の活用と就労困難性の関係 難病患者は、通院や治療と両立して自らが活躍できる仕事に就き、職場で理解や配慮を得てできる限り自らが希望する職業生活を送るため、職業相談や職業紹介、職場の理解と配慮、就職後の病状悪化や障害進行に対応できる本人と職場への継続的支援、治療・生活・就労等の支援制度やサービスの総合的調整による社会的な支援の充実を求めていた。就労相談先としては、医師、友人や家族、ハローワークや難病相談支援センター、医療スタッフ等があったが、実際には地域の専門支援の活用の仕方が分からないという状況が多く、その活用状況が多くの就労困難性の予防や問題解決と関連していた。特に、障害者手帳がない難病患者では、専門支援が効果的に活用されていなかった。 ウ 難病患者の個人因子と就労困難性の関係 本人が「日常生じる困難や問題の解決策を見つけることができると思う」状況が、多くの就労困難性の予防や問題解決と関係しているだけでなく、体調安定や社会生活上の支障軽減にも強く関係していることが明らかになった。その一方で、経済的自立や生きがい等のために積極的にチャンスを活かそうとしている難病患者ほど多くの就労困難性を経験している状況が明らかになった。 4 考察と結論 障害者手帳制度の対象でない難病患者であっても、「その他の心身機能の障害」によって就職活動、職場適応・就業継続、職業準備等において顕著な就労困難性が認められる状況が具体的に明らかになった。これら難病患者が必要としている支援内容は、事業所の障害者差別禁止や合理的配慮義務や、個別の職業相談や職業紹介等の職業リハビリテーションの範囲に含まれるものが多いが、患者の観点からは、職場の合理的配慮も地域支援も支援ニーズに対応できておらず、患者自身の対処スキルに依存し、就労希望に向けて挑戦をすることで就労困難性が高まっている状況であり、これらの就労希望の高い難病患者への社会的理解と支援制度・サービスの一層の整備が必要である。 p.80 難病患者の就労困難性に関する調査研究(2)-事業所調査及び支援機関調査- ○大竹祐貴(障害者職業総合センター 上席研究員) 春名由一郎(障害者職業総合センター) 野口洋平・岩佐美樹(元障害者職業総合センター) 1 背景と目的 就労困難性のある難病患者は、障害者手帳の有無や障害者雇用率制度の適用にかかわらず、すべての事業主の障害者差別禁止や合理的配慮提供義務の対象であり、また、ハローワーク、障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター等による職業リハビリテーションや就労移行支援事業所等の就労系福祉サービスの対象でもあり、さらに難病相談支援センターの就労支援や産業保健総合支援センター等の治療と仕事の両立支援の対象でもある。 障害者雇用率制度の対象とならない難病患者にとって、これらの事業主の取組や、地域支援機関の支援を充実させていくことが不可欠であり、これまで各種研修や情報提供等が実施されてきた。それにもかかわらず、難病患者の調査では支援ニーズに対して、職場や地域支援機関は十分な対応ができていない。 本研究では、様々な規模や産業の事業所や、地域の多様な関係機関を対象として、難病患者の就労支援への取組や効果的な支援に必要な知識等の普及状況を明らかにすることを目的とした。 2 方法 (1) 事業所調査 事業所母集団データベースから、従業員数10人以上の民間事業所5,000事業所を、規模×産業の多様性を確保するように層化抽出し、web調査の回答を実際に難病のある従業員の把握がある可能性の高い部署に依頼した。 調査内容は、難病及び難病患者に関する知識、難病のある従業員の雇用状況(雇用経験人数の認識、把握したきっかけ)、配慮等の実施状況や実施上の負担感等(雇用経験の認識がない場合は、想像上の負担感等)とした。 (2) 支援機関調査 保健所、ハローワーク、難病相談支援センター、産業保健総合支援センター、病院・診療所、障害者就業・生活支援センター、就労移行支援事業所等の4,047か所において、最も難病患者の就労支援に関係している部署の担当者に、web調査の回答を依頼した。 調査内容は、難病患者の就労支援への業務的対応可能性や支援ニーズへの対応可能性(難病患者の就労支援の業務的位置づけ等)、機関属性や就労支援への組織体制、支援対象者の属性、基本的経験や知識、地域ネットワーク、情報源等とした。 3 結果 (1) 事業所調査 宛先不明等を除き4,867事業所へ調査協力依頼文書を送付し、758事業所からの回答を得た(回収率15.6%)。 ア 難病のある従業員の雇用についての把握状況 難病患者の雇用状況は、事業所規模が大きいほど把握が多くなる傾向があった(図1)。しかし、難病患者の就業人口から数名以上の難病のある従業員が存在すると推定される全従業員数が1,000名以上の事業所でも「雇用経験がない」という回答が4分の1となっていた。難病のある従業員を把握するきっかけとしては、定期通院や業務調整の必要性、治療と仕事の両立支援、休職等の必要のために、難病のある従業員本人からの申出によるものが多かった。 図1 事業所規模別の難病のある従業員の把握状況 イ 難病のある従業員の支援ニーズの事業所の理解状況 難病患者が働きやすい仕事や働き方、体調変動等による支援ニーズ、合理的配慮提供義務等に関する知識・情報が十分にあった事業所は半数以下であり、難病のある従業員の雇用経験がないと回答した事業所では3割以下であった。 ウ 難病のある従業員への配慮についての事業所の負担感 難病のある従業員への配慮等を実施する必要がある場合の負担感について、雇用経験があると回答した事業所では、急な欠勤等に対応する職場体制の整備、難病等の情報提 p.81 供・研修等による周囲の理解促進等で負担を感じていた(図2)。一方、雇用経験がないと回答した事業所では、雇用経験があると回答した事業所よりも全般的に負担感が大きく、特に施設改善等で負担を感じていた(図3)。 図2 雇用経験ありの認識の事業所における難病患者への配慮等の負担感 図3 雇用経験なしの認識の事業所における難病患者への配慮等の負担感 (2) 支援機関調査 回答数は537件(回収率13.3%)であり、就労移行支援事業所、ハローワーク、保健所で回答の90%を占めた。 ア 難病患者の就労支援の支援機関の業務上の位置づけ 難病患者の就労支援の業務上の位置づけが明確になっているとの回答は、ハローワーク、難病相談支援センター、産業保健総合支援センターで多かった。一方、保健所、就労移行支援事業所では「業務上の位置づけや周知などはどちらかと言えばない」、「あいまいでどちらとも言えない」という回答が多かった(図4)。 図4 難病患者の就労支援の業務上の位置づけ等の状況 イ 難病患者の就労支援に関する制度・サービスの認知度 難病患者が活用できる機関、制度・サービスについて、支援機関における認知度が高かったのは、就労移行支援事業所等であった。一方、特に障害者就労支援機関では、難病患者就職サポーター、難病相談支援センター等の認知度は低かった。 4 考察 障害者手帳がなく障害者雇用率制度の対象でない難病患者にとって、事業所の障害者差別禁止や合理的配慮提供義務の徹底が重要であるが、実際には、難病のある従業員の存在自体を把握できていない事業所が多いことが示唆された。また、雇用経験がある事業所では、職場内の人的体制の整備や情報提供等による周囲の理解の促進等について負担感が大きく、雇用経験がない事業所では、難病に関する知識・情報の不足等からか全般的な過重な負担感も示唆された。 また、就労移行支援事業所では、障害者手帳のない難病患者の就労支援の業務上の位置づけの認識が明確でなく、難病対策の地域の中核である保健所でも、難病患者の就労支援の業務上の位置づけの認識が明確でなかった。また、難病患者の就労支援では重要な役割のある難病患者就職サポーター等が地域の就労支援ネットワークに十分に組み込まれていない状況も明確になった。 これらの状況を踏まえ、事業主の取組や、地域支援機関の取組を促進し、障害者手帳のない場合も含め、就労困難性のある難病患者の就労支援ニーズに対応できるようにする必要がある。 p.82 我が国と諸外国での障害者雇用施策の共通性と相違点を明確にする共通比較枠組みの試案 ○下條 今日子(障害者職業総合センター 上席研究員) 春名由一郎・堀宏隆・武澤友広・藤本優・日高智恵子(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 我が国の障害者雇用施策は近年大きく発展し、従来一般就業が困難であった障害者の就労可能性が拡大している。障害者職業総合センター(以下「当センター」という。)では、このような障害者雇用施策の発展は、諸外国でも共通しており、従来、国際的に対立的になりがちであった様々な観点や取組の総合化を伴っており、障害者権利条約における基本的な理念や国際的な障害者雇用施策の方向性とも整合的であることを明らかにしてきた1)2)。 これまで、諸外国の障害者雇用施策については、我が国とは基本的な障害、仕事、支援の捉え方が異なるため、国際比較や、諸外国の施策等を我が国の参考とすることには困難があった。しかし、障害者権利条約により障害者施策の目標が、多様な障害種類・程度の障害者の労働の権利や社会包摂を目指すものとして共通し、さらに、各国での障害者雇用施策の総合化が進むにつれ、障害者雇用率制度、障害者差別禁止と合理的配慮の推進、事業主への経済的支援、職業リハビリテーションサービス等を総合的に実施している等の共通点も明確になってきた。 本研究では、今後さらに我が国と諸外国の障害者雇用施策の比較や相互学習を進めるため、我が国と諸外国の様々な観点や取組を総合した共通比較枠組みを明確にすることを目的とした。 2 方法 (1)諸外国の取組に係る情報収集と分類整理 当センターでは、我が国の近年の職業リハビリテーションでの議論の課題に即して、探索的に諸外国の情報を収集し、とりまとめてきた。具体的には、援助付き就業と職業アセスメント再構築の課題、雇用率制度と差別禁止法制の統合、障害属性別の効果的な職業リハビリテーション、福祉的就労と一般就業の谷間の解消、職業リハビリテーションの多分野連携、障害者と事業主の統合的支援、才能マネジメントと職業リハビリテーション、障害者雇用企業への経済的支援と税制、職業リハビリテーションの人材育成と資格認定、第4次産業革命と職業リハビリテーション等に関して、諸外国の状況の情報交換を進め1)、収集した諸外国の取組等を、「障害」「仕事」「支援」の捉え方の違いと発展に着目して分類整理している2)。 (2)障害者雇用施策の総合性を踏まえた仮説設定 今回、共通比較枠組みを作成する前提として、我が国や諸外国で従来は対立的であった「障害」「仕事」「支援」の捉え方が、各国で総合的に発展している動向について、収集情報を踏まえ、理論的な整理を行った。 ア 障害の捉え方の発展と総合化 障害については、障害者個人の問題とする医学モデルと、社会の問題とする社会モデルが代表的な捉え方であり対立的に捉えられていたが、2001年の世界保健機関の国際生活機能分類(ICF)で健康状態に関連した個人と社会の相互作用として統合された。さらに、世界各国で合理的配慮や支援の発展により障害者の能力の捉え方が見直される中で、障害者を能力の劣った保護の対象と捉えるなど、健康問題により人権保障や社会包摂が実現されていない状況を問題とする、発展する概念としての人権モデルとしての捉え方がますます重視されるようになっている。 イ 仕事の捉え方の発展と総合化 障害者の仕事については、一般企業で配慮等を促進して雇用を確保するアプローチと、福祉的サービスとして就労の場を確保するアプローチが代表的であり、どのような障害者では雇用が可能で、どのような障害者が福祉の対象なのかは、国際的にも、国内でも議論が続いてきたところである。一般雇用における合理的配慮や差別禁止が進む中での障害者雇用の量と質の改善、ジョブコーチ支援や地域の継続支援体制等による従来福祉の対象となってきた最重度の障害者の一般就業の可能性の拡大等を踏まえ、障害者権利条約において、すべての障害者の労働の権利が明確になり、福祉的就労の差別的処遇も問題視され、障害種類・程度にかかわらず誰もが働きやすい多様な包摂的な就業のあり方が重視されるようになっている。 ウ 支援の捉え方の発展と総合化 障害者の就労支援については、障害者の専門支援を充実させるアプローチと、職場や地域づくりを重視する「ノーマライゼーション」アプローチが代表的である。障害種類が多様化し企業支援も課題となり、医療、福祉、教育等多様な知識・スキル等が求められる中、各国では関係分野の連携により職業生活を支えるケースマネジメントが重視され、また、企業のナチュラルサポートを重視し就職前から就職後の支援が重視されるようになり、障害者権利条約でも、総合リハビリテーションの推進が謳われている。この p.83 ような中で、個別の職業相談や職業紹介の充実だけでなく、職業生活上の医療、生活・経済、教育等の個別的で多様な支援ニーズにも総合的に対応できる職場や地域の取組を促進し、支える専門支援のあり方が重視されている。 (3)諸外国の障害者雇用施策の有識者による草案検討 上記仮説に沿って、当センターで収集した諸外国と我が国の関連情報を分類・整理することで比較枠組みの草案を作成した。草案の妥当性について、実際の各国の情報の分類・整理を試行的に進めることにより検証した。具体的には、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランスと我が国の現状、課題、動向に関する有識者による研究委員会により、諸外国の情報を網羅的に整理することができるか、また、他国とも比較できる枠組みとなっているかを検討した。その際、具体的な比較ニーズとして、次の2つを想定した。 ア 我が国の基本的成果の確認 我が国の近年の障害者雇用支援の制度・サービスの発展による知的障害者等の雇用の促進の成果を国際的に確認するため、各国の障害者就業統計や障害者や事業主への支援ニーズへの対応状況を的確に把握する必要がある。 イ 我が国の政策課題への参考 我が国の近年の課題である、障害者手帳を所持していないが就労支援を必要とする障害者への対応、障害者雇用の量的増加だけでない雇用の質の向上、医療・福祉・教育等の関係分野との密接な連携を含む高度な支援のための地域支援体制の構築や専門人材の育成等の諸課題への対応の参考となる情報が必要である。 3 結果 (1)草案についての各国の有識者による検討結果 草案の共通枠組みにより、我が国や諸外国の関連情報が網羅的に分類できることが確認できた。さらに、この共通比較枠組みでの比較により、他国の取組を参考に、我が国の取組内容や近年の議論等を整理できる可能性も確認できた。例えば、我が国では既に「生活のしづらさ調査」でアメリカやヨーロッパの障害者定義に沿った調査が実施されていること、アメリカ等での雇用の質の評価の指標に似た「もにす認定」制度があること、アメリカの雇用目標達成で重視されている自己申告促進と類似した内容がプライバシーガイドラインとして示されていること、ドイツの同等認定制度は雇用エージェンシーの裁量が大きく、我が国で障害者手帳のない障害者をハローワークの支援対象にするアセスメントの強化の課題に対応すること、アメリカの幅広い関係者を対象とする「認定就業支援専門職」の趣旨は我が国の基礎的研修の狙いに相当すること等である。 また、特定の障害種類・程度と特定の仕事や支援との結びつきが強く、障害、仕事、支援に構造的に分離しにくい状況、逆に仕事や支援により障害状況が変化する状況等についても、的確に分類・整理できるように、草案の枠組みを改善する必要も確認できた。 (2) 共通比較枠組みの試案 検討を踏まえ草案を改定し、以下の3領域12テーマの共通比較枠組みの試案を作成した。なお、各テーマを詳細に比較するためのサブテーマも暫定的に策定している。 ア 基礎的状況の比較  障害種類・程度別の生産年齢人口 就労支援を必要とする障害者の的確な把握 特に就労困難性や雇用困難性の高い障害者の把握 法制度・支援サービスにおける、障害の就労困難性の反映 イ 雇用支援の対象となる軽度から最重度までの多様な障害者の理解 障害者の就業状況 障害者雇用率制度等の数値目標と雇用促進策 障害者雇用の質の向上とその評価指標等 重度障害者の雇用促進と福祉制度との連携(福祉的就労と一般就業の谷間の解消) ウ 多様で個別的な支援ニーズに対応できる地域支援体制 障害者や事業主を支える社会的支援の専門性の確保、地域支援体制の整備や専門支援人材の育成をカバーする。 障害者と事業主の支援の制度・サービス 障害者雇用の質と量の充実のための障害者と事業主の双方への専門支援 医療、福祉、教育、就労等の総合的支援体制 職業リハビリテーションの人材育成と体制整備 4 考察と今後の課題 今回、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランスと我が国の障害者雇用施策を網羅的に比較検討できる可能性が確認でき、障害者雇用支援施策は、障害の種類や程度によらず誰もが職業で活躍し社会参加できる仕事や専門的支援の実現に向けた非常に総合的な発展の途上であることを認識できた。今後、我が国の強みや課題を明確にするとともに、諸外国における多様な制度・サービスの発展の成果や課題から我が国が学べることを明確にしていく中で、さらにこの共通比較枠組みの見直しも進める必要がある。 参考文献 1) 世界の職業リハビリテーション研究会 https://www.nivr.jeed. go.jp/research/advance/advance01.html 2) 障害者職業総合センター『諸外国の職業リハビリテーション制度・サービスの動向に関する調査研究』,調査研究報告書№169. p.84 p.85 p.86 社内支援技術向上を目的としたワーキンググループの取り組み ○豊崎美樹(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 主任研究員) ○菊池ゆう子(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 刎田文紀(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 はじめに 弊社は、障害者及び事業主の双方に対して、就職準備・採用準備から職場定着までのトータル的なサポートを行なっている。現在(2024年7月時点)は屋内農園型ファーム『IBUKI』23拠点、サテライトオフィス『INCLU』11拠点、就労移行支援『るりはり』2拠点、ロースタリー型『BYSN』2拠点があり、日々計1,850名以上の障害者と300社以上の企業に、応用行動分析・文脈的行動科学に基づく専門的な知識・技術で支援が実施されている。また、それら支援技術は、社内に設置されたCBSヒューマンサポート研究所によって研修が行われ、支援職246名が日々研鑽を積み、知識を現場実践で活かしている。 2 Process Based Therapy(以下「PBT」という。)とは? Steven C. Hayes や Stefan G. Hofmann らによって提唱され、機能分析、複雑なネットワークアプローチ、エビデンスに基づく治療法から開発された中核的な変化プロセスの特定を用いて、特定の目標と介入の段階を考慮して、個人のどの中核的な生物心理学的プロセスをターゲットにするか、そして、どのようにそれを行なうのが最善であるかを設定する、ケースフォーミュレーション技法である。 また、PBTの根幹となる考え方であるEEMM(Extended Evolutionary Meta Model)に基づいたEEMMグリッドを活用することにより、支援者と当事者が共通認識を持ちながら、個人のプロセスを視覚化していくことができる、という点も特徴的である。 3 PBTワーキンググループ(以下「WG」という。)の結成 2023年度に、弊社に所属する支援職社員で構成されるWGを以下の要領で結成、活動した。 ・目的:PBTの理論を学び自ら現場で実践しつつ、支援職社員全体の支援スキルを高めること。 ・活動期間:2023年10月~2024年3月 ・人数:32名(アドバイザー、リーダー含む) 4 研究の目的 本研究においては、上記WGメンバーによって収集されたPBT活用事例のうち、EEMM グリッド面談を情報収集、整理として用いたことで対象者に生じる変化を確認した。 5 方法 (1) 対象 EEMMグリッド面談を実施した対象者は、①職業リハビリテーションサポート(以下「職リハサポート」という。)を受ける障害者および企業管理者、②社内WGメンバー以外の支援職社員、③WGメンバーの親族の中から、何らかの心理的問題を有し、EEMMグリッド面談を希望する者とした。 (2) 手続き ・所要時間:60分から100分程度(対象者により異なる) ・面談回数:1回から2回(対象者により異なる) ・面談方法:当研究所で作成したEEMM グリッド面談用紙(A3用紙/横に不適応スタイルと適応スタイルの2つのEEMM グリッドを配置)を使用した。面談では、事前に面談用紙を印刷しておき、対象者の注意・思考(認知)、自己、感情(情動)、行動、動機・価値、生物生理学レベル、文脈、社会文化レベル等に係わるエピソードについてヒアリングを行い、その内容を9つのグリッドに分類して記録した。 ・質問紙による評価:MPFI(多次元的心理的柔軟性尺度)日本語版ショートバージョンを、面談前と面談後に1回ずつ実施し、回答を得た。MPFIはACBS(Association for Contextual Behavioral Science)によって開発された心理的柔軟性・心理的非柔軟性について総合的に評価することができる質問紙である。心理的柔軟性の下位項目には、今この瞬間への意識、アクセプタンス、脱フュージョン、文脈としての自己、コミットされた行為、価値の6項目が、心理的非柔軟性の下位項目には、今この瞬間への意識の欠如、体験の回避、フュージョン、概念としての自己、非行為、価値の欠如の6項目が含まれている。MPFIショート版は、下位項目毎に2問が設定されており、全体で24問からなる質問紙となっている。 (3) 分析方法 研究協力を得た対象者全員分(22名)のMPFIの結果を集計し、心理的柔軟性・心理的非柔軟性の合計の平均および下位項目毎の合計の平均について、面談前後における有意差検定を、t検定を用いて行った。なお、有意水準は5%以下に設定した。 p.87 6 結果 分析対象となる回答者は22名であり、内訳は支援職社員11名、WGの親族6名、職リハサポートを受けている障害者5名であった。 (1) 全体結果 表1にMPFIの全体結果を示した。MPFIにおける心理的柔軟性の得点は、EEMMグリッド面談前に比べて面談後に有意に上昇した(t (21) = -3.57, p =.002)。心理的非柔軟性の得点は、面談前に比べて、面談後にわずかではあるが低下したものの、有意な差はみられなかった(t (21) = 0.63, p =.538)。 表1 EEMMグリッド面談前後の変化 (2) 下位検査の結果 表2にMPFIの下位項目別集計結果を示した。MPFIの心理的柔軟性、心理的非柔軟性の下位項目別の変化を見ると、心理的柔軟性の“アクセプタンス”がPREに比べてPOSTに有意に上昇し(t (21) = -3.30, p =.003)、心理的非柔軟性の“概念としての自己”が、PREに比べてPOSTで有意に減少した(t (21) = -2.62, p= .016)。 表2 各項目別に見たEEMMグリッド面談前後の変化 7 考察と展望 本研究の結果として、EEMMグリッド面談というアプローチによって、心理的柔軟性における変化が、5%水準の有意差で得られた。このことは、Hayes(2023)らが述べる ”特定の個人がもつ変化のプロセスを理解”(p.11)し、対象者の人生のプロセスをつぶさに見ていく作業の有効性を示唆している2)。 特に、心理的柔軟性の中でも“アクセプタンス”が上昇したことは、自身の私的出来事を面談の中で探索することで、不適応・適応の両面が自身に存在することに気づき、さらに私的出来事を注意、思考、自己概念、感情等に細分化して可視化し、整理したことによって、それぞれのプロセスについての受容が促進されたのではないかと推察する。 また、心理的非柔軟性の“概念としての自己”への囚われが低下したことは、幼い頃から自身に影響を与えてきた文脈、社会的背景等について、面談の中で対象者本人が気づくことによって、自己概念が形成されたルーツを知ることが影響しているのではないだろうか。そのルーツは時に、他者から与えられた役割やルールであることもあれば、自身の実体験に基づき形成された自己概念もあるかもしれない。また、その後のプロセスによって自己への考え方が強化されてきたことに気づき、新たな文脈における、概念としての自己を再設定する機会となったものと考えられる。 一方、心理的非柔軟性で“非行為”や“価値の欠如”が上昇したことは、興味深い結果である。EEMMグリッド面談で各次元をヒアリングすると、自身が体験の回避や先延ばし行動をしていることに、改めて気づく対象者は少なくない。また、フュージョンが常態化していた場合には、自身の人生にとって大切な価値は何かと問われた時に、明確な答えを出せない場合がある。それらの不適応状態にある自分をアクセプタンスし、これまで焦点を当てていなかった適応的状態を目指そうとしたとき、明確な価値が見出せていないことや、価値に沿った行動が不足していることに、改めて気づくのではないだろうか。 その他、本研究において前述の通り対象者を3群に分けて傾向を確認したところ、①支援職社員、②親族、③職リハサポートを受ける障害者のうち、心理的柔軟性は2群が上昇し心理的非柔軟性は2群が低下した。現時点では各群の対象者数が少ないため、今後も継続して検討していく。 なお、2024年度もPBT-WGが結成され7月に活動を開始している。今期は39名のグループメンバーを中心に、上記3群のデータをさらに収集のうえ、群間の違いについても検討していきたいと考えている。 文献 1) Hofmann, S.G, Hayes, S.C, David, N.L.(2021). Learning Process-Based Therapy . Context Pr. 2) Hofmann, S.G, Hayes, S.C, David, N.L.(2021).Learning Process-Based Therapy. Context Pr.(ステファン,G.ホフマン,スティーブン,C.ヘイズ,デイビッド,N.ロールシャイト.菅原大地,梶原潤,伊藤正哉 (監訳) (2023) プロセス・ベースド・セラピーをまなぶ.金剛出版. 3) Takahashi, T., Saito, J., Fujino, M., Sato, M., & Kumano, H. (2022). The Validity and Reliability of the Short Form of the Five Facet Mindfulness Questionnaire in Japan. Frontiers in Psychology, 13: 833381. p.88 OCRデータ転記・PC入力課題による業務適性把握と業務配置転換への活用 ○志村恵(日総ぴゅあ株式会社 人財戦略室 企業在籍型職場適応援助者) 市川洋子(日総ぴゅあ株式会社 人財戦略室) 1 はじめに (1)会社概要 日総ぴゅあ株式会社(以下「当社」という。)は、日総工産株式会社の特例子会社として2007年に設立された。主な業務は事務・PC業務、軽作業、清掃、菓子訪問販売となっている。 (2)本研究の背景と目的 2023年度職業リハビリテーション研究・実践発表会にて、職場実習生の業務適性を把握するためにOCR(Optical Character Reader)データを活用した課題(以下「OCR課題」という。)を実施し、実習生へのアセスメントとしての有用性について報告した。OCR課題は、見本の文字をボールペンで枠内に転記する「手書き課題」と、PCで入力する「PC課題」の2課題で構成されている。分析の結果、不採用となった実習生は手書き課題でミス数が多く、ミスのパターンにも特徴が見られた。PC課題では、統計的に有意な差は見られなかったが、手書き課題よりもPC課題の方がスムーズに実施できた実習生は事務系への配属とするなど、業務配置を検討する上で参考となりうることが示唆された。 当社は今年度から、IT系業務に従事できる人材の育成を強化している。他の業務に従事している社員の中からも、PC業務に対応できる人材を見つけ業務配置転換を進める予定となっている。そのためのアセスメントとしてOCR課題を活用し、その結果を踏まえて業務配置を検討する取り組みを開始した。本研究ではその取り組みについて概説し、OCR課題により業務適性を把握し、業務配置転換つなげることが可能か分析する。 2 方法 (1)OCR課題 2023年9月から11月まで、当社に勤務している社員を対象にOCR課題を実施した。①課題A(PC入力 英数字・記号のみ)②課題B(PC入力 英数漢字・平仮名・片仮名・記号)③課題C(手書き)の3課題で、1課題につき3シートで構成されていた。課題Aに合格したら課題Bへ進み、課題Bに合格した社員は、事務部門にてPC業務の実習(以下「PC実習」という。)を行う流れとした。課題AまたはBに合格しなかった社員には課題Cを実施し、手書きでの課題遂行状況を確認した。 3シートの平均時間および1シートごとのミス数を確認し、平均時間が10分以内・ミス数が1シート5個以内を合格とした。また、課題実施時の行動観察も行い、課題遂行を妨げる行動(課題に集中できない、課題実施を拒否するなど)があれば不合格とした。いずれの課題も、1シートの実施時間が30分以上となった場合は課題を中断し、不合格とした。課題の実施は当社の指導員3名が担当した。 (2)PC実習 課題B合格者を対象に、PC実習を行った。実習期間は1名につき5日間で、事務部門の社員が実際に従事する業務のトレーニング版(全5項目)を実施した。全項目に合格した後は本番を行い、トレーニングで習得した内容を実際の業務で活用できるか把握をした。PC実習終了後、トレーニング・本番の遂行状況と行動観察を記録し、業務配置転換が可能な社員を抽出した。 (3)業務配置転換後の適応度 2024年度から業務配置転換を順次行った。対象者の適応度を把握するため、事務部門の指導員1名(評価者A)・指導員補助クラスの障害者社員1名(評価者B)にアンケートを実施した(表1)。業務態度面については「とても悪い・悪い・良い・とても良い」などの4件法とし、ネガティブな評価ほど数字が小さくなるよう、1~4で点数化した。 表1 適応度アンケート項目内容 3 結果 (1)OCR課題 課題実施対象者は100名であった。「課題Aのみ合格者」「課題B合格者」「課題不合格者」の3群に分類すると、課題Aのみ合格者は3名、課題B合格者は8名、不合格者は89名であった。各群の男女比、平均値(平均時間・ミス数)を表2に示した。課題AについてKruskal-Wallis検定を行なったところ有意差が見られ(1%水準)、群によって平均時間およびミス数に差があることが示唆された。Bonferroniの補正による多重比較の結果、平均時間につい p.89 ては課題Aのみ合格者と課題不合格者(5%水準)、課題B合格者と課題不合格者(1%水準)、ミス数については課題B合格者と課題不合格者群(1%水準)で有意差が見られた。 課題Bついて、課題Aのみ合格者・課題B合格者の平均値の差の検定を行なったが、有意な差は見られなかった。 表2 各群の平均時間・ミス数 (2)PC業務実習 課題B合格者のうち、PC実習を行なったのは4名であった。他3名は業務予定の関係で後日実施予定、1名は指示理解に配慮を要するため実習対象外とした。 対象者の属性および取り組みの様子を表3に示した。全員がトレーニングを合格し、本番に進んだ。行動観察からは、対象者1は囲い込みの精度は高いものの慎重になりすぎ、遂行スピード・処理件数が上がらないという課題が見られた。対象者4は、実習後半になると貧乏ゆすりなどの行動が増え、イライラとした様子が見られた。 PC業務実習の取り組みの様子から、対象者2・3が業務配置転換の対象となった。 表3 PC実習対象者の属性・行動観察 (3)業務配置転換後の適応度 2024年度から業務配置転換を行ない、対象者3が4月、対象者2が6月に部門異動をした。各対象者のアンケートのうち、業務態度面の結果を表4に示した。点数1・2をネガティブ、3・4をポジティブとすると、概ねポジティブな評価となった。対象者3については「ストレス耐性」で両評価者からネガティブ評価となった。入力業務のトレーニング合格に時間がかかり、辛くなってしまったというエピソードがあり、評価者Aは「真面目過ぎて適度に手を抜くことができない」と回答していた。しかし、PC業務へのモチベーションは高く、業務内容によっては期待以上のパフォーマンスを発揮しているという評価であった。業務遂行面については、同時期に事務部門に異動となった社員と比較して同程度の業務量をこなしていることが確認された。 表4 アンケート結果 業務態度面 4 考察 分析の結果、課題Aの平均時間およびミス数は合格者と不合格者で大きく差があり、PC業務に対応可能かをチェックするための初期アセスメントとして活用可能であると示唆された。課題Bについては不合格者数も少なかったため、今後の運用について検討が必要である。 PC実習については、いずれの対象者もトレーニングに合格し十分な遂行能力があることが確認され、課題の結果とも一致する。一方、取り組みの様子からはスピードや感情コントロールなど業務態度面での課題を把握することができた。短時間の課題は問題なく遂行できても、実際の業務内容・時間に近い状況では安定して遂行することが難しい場合もあることが示唆された。 実際に業務配置転換をした社員について、指導員からの評価は概ねポジティブであり、適応度は高いと言える。このことから、OCR課題とPC実習を組み合わせることで業務適性を把握することができ、業務配置転換につなげることが可能であろう。 5 まとめと今後の展望 本研究ではOCR課題を活用し、PC業務に対応可能な人材を見つける取り組みを行なった結果について報告した。現時点でPC実習を実施できていない社員もいるため、今後取り組みを継続して行ない、さらに分析を進めていく。 連絡先 志村恵 日総ぴゅあ株式会社 人財戦略室 e-mail k-shimura@nisso.co.jp p.90 企業で働く障害者のウェルビーイング(Well-being)を高めるプランド・ハップンスタンス理論の実践 ○梅澤馨(東急住宅リース株式会社 人事部 勤労グループ マネージャー) 1 はじめに 東急住宅リース株式会社は2015年に創業し、事業の拡大に伴い、現在、従業員数は1,482名に達し、そのうち35名の障害者を雇用している。創業当初は障害者雇用に対する理解が十分ではなく、障害の種別を考慮せずに雇用した結果、現場で指導・支援する社員の負担が増加したことや早期離職の防止を目的とした支援強化のため、2018年にジョブアシストチーム(以下「チーム」という。)を設立し、障害者雇用者(以下「メンバー」という。)を人事部門に集約した。専属の支援者(2名)を配置し、現在はチームに30名(発達21名、精神6名、知的1名、身体2名)が所属している。 2 背景 企業の役割は社会が求めるサービスやモノを提供し、利益を上げることであり、社会の要請に応えるため、企業は常に変化し続ける必要がある。仕事や働き方が絶えず変わり続けるVUCA(変化が早く不確実)な時代に対応するには、従業員が挑戦し、学び、成長することが欠かせない。特に重要なのは、何に挑戦し何を学ぶのかを自分で考えることである。 メンバーを含む全ての従業員にとっても、仕事の変化は避けられない。変化を苦手とするメンバーのためには、体験機会や学ぶ機会を提供し、環境を整えて挑戦を促すことが必要である。体験を通じて心が動かされることで、自主性や自発性が育まれ、一人ひとりの「主体性」を引き出すことが、変化に対応するためには欠かせない。 3 課題 (1) 障害者の主体性にはサポートが必要な部分がある 自分の主張(主体性)を持てたとしても、自分の好きなことや得意なこと、価値観を理解することが難しく、具体的な目標を立てるのが困難な場合がある。 また、自分の行動と選択の結果に責任を負うことに対して不安を感じ、挑戦することを恐れ、学びや成長に対する意欲が低くなることも見受けられる。 (2) 企業側に主体性を尊重する余裕がない 障害者雇用にかかるコストや支援のためのリソースが十分に確保できない(支援に必要な人材やサポート体制が十分に整えられない)。 また、企業は通常、短期的な業績目標を達成するために迅速かつ正確な遂行が求められる。業務プロセスは標準化されており、個別のニーズやアプローチを取り入れることが難しい。効率性を重視するあまり、主体性を尊重するための取り組みが制約される。 4 プランド・ハップンスタンス理論 J.D.クランボルツ/A.S.レヴィン1) によればキャリア目標を明確に定めるよりも、「行動」を通じてさまざまな可能性を探ることの重要性を強調している。 この理論は、予期せぬ出来事や偶然の出会いをポジティブに捉え、キャリアや人生のチャンスに変えるために「好奇心」「持続性」「楽観性」「チャレンジ(挑戦)」「柔軟性」といった行動原則を基本としている。 表1 行動原則と阻害する要因 5 具体的な取り組み (1) 学ぶ機会と体験機会 障害者雇用促進法(2023年4月改正)では、事業主の責務として「職業能力の開発および向上に関する措置」が明確化された。当社では好きな研修を自分で選んで受講できるカフェテリア式研修や、年間10万円を上限としてセミナーや公開講座の受講費を会社が負担する学び支援、不動産関連資格の対策講座等を提供している。現時点で賃貸不動産経営管理士5名、宅地建物取引士2名、ITパスポート3名、日商簿記2級やインテリアコーディネーター等の資格試験に取り組んでおり、セミナー等への参加者も増加している。 また、特別支援学校の学生を対象とした「職場体験会」「進路相談会」を定期的に開催している。この取り組みは、学生たちに将来の職業選択の幅を広げ、具体的な職場の雰 p.91 囲気や業務内容を理解してもらうことだけでなく、メンバー同士が協力して資料を作成し、講師役を務めることで、自己効力感を高め、仕事に対する意欲や責任感の向上にもつながっている。 (2) 組織風土の醸成 挑戦には失敗がつきものであり、その結果ではなく、挑戦そのものを称賛することが重要である。「とにかくやってみる」という姿勢を推奨する。 誰にでも理解できるシンプルで明確なメッセージを繰り返して伝えることで、メッセージを定着させる。具体的な行動にはポジティブなフィードバックを行う。 (例)何が好き?何が得意?/やってみよう/いいね メンバー同士の交流に上司や支援者も積極的に参加し、フレンドリーで話しやすい雰囲気を醸成することで、メンバーが困ったり悩んだりした際にいつでも支援者へ相談できる体制を整備する。 また、失敗を学びの機会と捉え、次のステップに活かすことを通じて、「挑戦し、学び、成長する」組織風土を構築することを目指す。 (3) ジョブローテーション メンバーが好きなこと、得意なことを一緒に考え、引き出す(「好奇心」)。やってみないとわからないため、本人の希望を尊重した業務内容の変更を行う(「柔軟性」)。引き継ぎ作業はメンバー同士で行い、教える側と教わる側の自然なコミュニケーションを学ぶ(「持続性」)。自己効力感の低さからくる躊躇に対して、やってみることで自信を高める(「挑戦」)。近くにいて必要なときには手を差し伸べるが、あえて主体的な行動を尊重して、小さな失敗は許容する(「楽観性」)。 図1 直近1年以内に「挑戦」に取り組んだ割合 6 成果 プランド・ハップンスタンス理論の根幹である「行動を起こすこと」を推奨することで、職場において「まずやってみる」という風土が形成された。この風土はメンバーだけでなく、当社の従業員にとっても前向きな変化をもたらし、チームへの依頼件数の増加、業務範囲の広がり、支援者が同行しない現場部門での常駐業務が大幅に増加した。これにより、相互の理解と協力が深まり、職場全体の生産性向上にもつながった。 7 まとめ 「意識」を変えると「行動」が変わる、のではなく、まず「行動」を変えることで「意識」を変えることが重要である。プランド・ハップンスタンス理論の実践はそのために有効である。普段の枠から一歩踏み出してみることで、自分の未来の可能性を広げることができる。学ぶ機会や体験機会の提供、組織風土の醸成を通じてジョブローテーションを実施する。まず「やってみる」ことで意識が変わり、自主性や自立性に留まらない主体的な行動が促進される。 個人が自分の価値観や目標に基づいて行動し、満足感や達成感を得ることは、精神的・身体的な健康が向上し、それが仕事のパフォーマンスにも直結する。個人の主体性を尊重し、ウェルビーイングを向上させることは、個人の幸福感を高めるだけでなく、組織の持続的な成長と成功にとって欠かせないと考えている。 参考文献 1) J.D.クランボルツ/A.S.レヴィン「その幸運は偶然ではないんです!」,ダイヤモンド社(2005) 連絡先 梅澤馨 東急住宅リース株式会社 人事部 勤労グループ e-mail kaoru-umezawa@tokyu-hl.jp p.92 「障害者雇用の取り組みから拡がるポジティブな意識変革」~当事者意識から生じたアクションに焦点をあてて~ ○木村昌子(社会福祉法人聖テレジア会 本部事務局 主任) 1 はじめに 社会福祉法人聖テレジア会(以下「法人」という。)の施設は、本部事務局(以下「本部」という。)、急性期病院、回復期病院、障害児者施設、介護施設を有す。法人理念は「人間の尊重」であり、法人目的は「多様な福祉サービスを地域社会で営めるよう支援すること」である。採用活動は各施設で実施しているが、障害者雇用の取り組みは消極的であった。2023年障害者実雇用率は0.85%と法定雇用率2.3%に未達で改善されない場合は、行政措置対象になる可能性があった。このことから、法人として社会的要請に応える必要があると考え、障害者雇活動が急務となった。障害者雇活動を開始したところ、当事者意識が芽生え障害者雇用のアクション※を前向きに実施していった。その結果、1年間で、2024年の実雇用率は2.95%と法定雇用率2.5%を達成した。そこで、障害者雇用に対するアクションに焦点をあて、経過と課題を報告する。 ※用語の定義:ここでいう「アクション」は障害者雇用に対する活動を示す。 2 目的 法定雇用率の未達をきっかけに、当事者意識から生じた障害者雇用に対するアクションに焦点をあてて、経過と課題を報告する。 3 取り組み期間 2023年6月1日~2024年6月1日 4 結果 法人全体で実施した「人脈開拓・説明会」「情報共有・意思疎通」「会議活性化・発信」「障害者雇用率可視化」の4つのアクションの実施と経過を述べる。 (1) 人脈開拓・説明会 本部アクションとして、名刺交換したハローワーク・支援機関・同業他社に対して情報収集した。障害者雇用の現状・制度・障害者雇用の方法・企業支援・支援機関との連携などの情報を得た。次に支援機関への訪問、同業他社への視察、法人視察を実施した。また、法人採用見学会対象者に障害者を加え、関連全支援機関に広報を繰り返したところ、障害者・支援機関支援員の見学が実現した。その結果、県内外の同業他社7社、支援機関19ヵ所、関係者29人と連携が図れ、9ヵ所の支援機関に訪問した。 (2) 情報共有・意思疎通 本部から各事務部長へ行政措置対象の可能性を通知し、公的機関による制度の説明会を複数回実施した。各施設の反応は、「人材不足、即戦力を求める、業務の創り出しは困難、障害者雇用は本部が担って欲しい、障害者雇用は負担」などネガティブな発言があった。そこで本部では、各施設が制度の理解を進め、社会的要請に応えるための準備が必要だと考えた。障害者雇用を効果的に進めるため、必要な情報をステップごとに整理し、各施設に適宜情報を提供した。 これらを障害者雇用のステップとして表1に示す。 表1 障害者雇用のステップ 表1を情報提供後の各施設アクションを述べる。 急性期病院アクションは、幹部の初動により障害者面接会に参加を決め、仕事の創り出し・細分化をして、障害者面接会に臨んだ。結果、障害者面接会で3人の採用に至り、障害者手帳保有者の確認により2人追加となった。担当者のみならず施設組織全体で取り組むようになった。 回復期病院アクションは、同業他社の情報を得たいと積極的な要望があり、本部から各施設に同業他社の雇用事例紹介を行った。幹部の初動があり、同業他社への視察、障害者雇用啓発セミナーの開催と紹介、支援機関見学、仕事の創り出し・細分化した。さらに障害者手帳保有者の確認により1人追加となった。加えて、ホームページなどを刷新して障害の有無に関係なく採用活動するなどの具体的な p.93 アクションが進んだ。施設内で障害者採用情報を積極的に共有したことで採用ルートも開拓し、結果3人採用になった。個々の採用障害者に応じた支援について部署・施設を超えて対話が進み、サポート体制が確立し始めた。 障害児者施設アクションは、相談支援室と支援機関との連携が進み、施設内情報交換や対話が密になった。障害者を加えた法人採用見学会の実施により障害者・支援機関支援員の見学が実現した。法人採用見学会の場で、採用担当者と障害者・支援員が直接仕事内容の話を具体的に進めたことで仕事の創り出し・細分化に繋がった。 介護施設アクションは、障害者算定数(障害の種類・等級による算定)を確認したところ、実雇用率が増えた。 各施設が本部からの情報を得て、各施設のアクションに繋がり、法人全体の雇用人数が4人から13人になった。 (3) 会議活性化・発信 本部は施設長会議・事務部長会議で障害者雇用に関する情報を共有し、各施設は周知をつづけ施設内外の対話が増えていった。上記会議の中から採用担当者会議が発足した。この会議では、障害者採用だけでなく全ての雇用を見直すことを目的とし、雇用定着、広範な情報、困り事、相互支援、職場環境改善などを協議し共有することとした。 (4) 障害者雇用率可視化 本部から各施設に情報提供していたが、制度が複雑で各施設の理解が進まなかった。そこで法定雇用率引上げが決定している3年間を施設別に表にした。項目は、縦軸に法定雇用率と除外率の推移・予測、横軸に労働者数、障害者の算定数、雇用障害者の過不足数などの「3年間推移表」を可視化した。さらに変動ごとに最新の数値に更新し発信した。各施設の反応は、数値の推移・目標値・過不足者数が明確になる、施設内で意識を高める指標になるなどであった。以下に、施設別の実雇用率・障害者雇用人数・法定雇用率の推移を表2に示す。 表2 施設別の実雇用率・障害者雇用人数・法定雇用率の推移 5 考察 法人全体で実施したアクションの考察を述べる。 「人脈開拓・説明会」の本部アクションは、障害者雇用の現状・制度・流れ、企業支援などの情報を集約したことで、関連機関と人脈構築の連携が深まった。このことにより、ばらばらな情報の点と点が結びつき、障害者雇用の全貌が整理できた。 「情報共有・意思疎通」は、各施設の聞き取りを行い、施設の理解が進む情報として、表1の情報を抽出し各施設に情報提供した。その結果、各施設で活用しアクションを起こすためには、必要で効果的な情報だった。 「会議活性化・発信」は、法人全体で障害者雇用に関する情報共有をつづけ、施設内外の対話が増えた。結果、障害者採用だけでなく全ての雇用を見直す採用担当者会議が新たに発足し、法人全体で採用に取り組む基盤が出来た。 「障害者雇用率可視化」は、「3年間推移表」を可視化し、雇用職員の変動ごとに更新し発信した。結果、施設内での情報共有に活用し、現状理解や将来に向けたイメージ化を促進し、障害者雇用に対する意識を高めた。 以上の4つのアクションが相互に関連しあい、点と点が繋がり、アクションが波紋のように拡がっていった。 6 まとめと課題 (1) まとめ 4つのアクションを起こす中で、ネガティブな反応から徐々に当事者意識が定着しポジティブな意識に変化していった。その結果、1年間で法定雇用率を達成し、4人から13人の障害者雇用に至った。 (2) 今後の課題 各施設の特性に合った採用のルートの確立、アクションの継続、社会的要請に応え続ける、定着対策に取り組むことである。 7 おわりに 障害者雇用の取り組みは、職員一人ひとりを大切にする人財は経営資源という意識を高め、法人の理念「人間の尊重」の遂行に繋がっていた。 この経過および成果を活かし法人理念と法人目的を果たすための一助にしていきたい。 連絡先 木村昌子 社会福祉法人聖テレジア会 本部事務局 Tel 0467-31-1360 e-mail honbujimukyoku@seiterejiakai.com p.94 障害者雇用の促進と社員満足度向上を図るカフェスペースの設置~超短時間労働の業務創出から始める本業のキャリアへの接続~ ○工藤賢治(株式会社ゼネラルパートナーズ 事業サポートグループ シニアコンサルタント) ○長尾悟(株式会社JBSファシリティーズ ダイバーシティ・マネジメント事業部 部長) 1 はじめに (1) 会社概要 株式会社ゼネラルパートナーズ(以下「GP」という。)は、障害者雇用支援サービスのパイオニアとして21年以上にわたるサポート実績を生かし企業様の障害者雇用における幅広いサービスをご提供。自社でも多数の障害者を雇用し、直近の障害者雇用率は14.65%。GPは「社会問題の解決」を起点に事業を創造している。前向きで意欲がありながらこれまでチャンスを得られなかった人が、持てる能力を発揮し、活躍できる機会を創り出している。 設立:2003年4月9日 社員数:290名(2024年6月1日時点)障害者雇用率:14.65%(2024年6月1日時点) 事業内容:障害者雇用の総合コンサルティング事業、求人情報事業(atGP)、就労移行支援事業(ジョブトレ、ジョブトレIT・Web)、就労継続支援A型事業(しいたけ生産事業 アスタネ) (2) 企業理念 ゼネラルパートナーズという社名は、「広まっていく」を意味する『General』、「仲間たち」を意味する『Partners』を組み合わせてできている。ロゴマークは、多種多様な色と形をした複数のブロックを組み合わせており、人(GP JIN)、事業、社会問題を表現している。自由自在に組み合わさって、成長し続けていく会社であることを表している。 GPビジョン(活動した先にある未来): 誰もが自分らしくワクワクする人生 GPコア(不変の存在意義): 社会問題を解決する GPアクション(実現に向けて実行すべき活動): 不自由を解消する事業を通じて、今までにない価値と機会を切り拓く GPエンジン(原動力となるエネルギー): 挑戦・成長し続ける個人×多種多様なチーム GPカルチャー(よく口にしていること): やってみよう、楽しもう 2 障害者雇用における課題 (1) 雇用率の急激な上昇 ・2024年4月に0.2%上昇し2.5%に ・2026年7月にさらに0.2%上昇し、2.7%に →2年4ヶ月余りの間に0.4%の大幅な上昇。多くの障害者を新規に雇用する必要がある。 (2) 採用難易度の上昇 ・障害者を採用する企業が拡大(従業員数37.5名以上) ・障害者の採用数が増加 →企業が自社にマッチすると思う人材が減少してきている。活躍できる方を見つけることが難しくなってきている。 (3) 配属先・任せる仕事の困難さ ・現場の理解を得づらい ・障害者にやってもらう仕事がない ・精神障害者の現場受け入れはハードルが高い →現場の理解を得るために、一定の時間を要する (4) 国会閣法第17号 附帯決議 (抜粋)単に雇用率の達成のみを目的として 雇用主に代わる障害者雇用代行ビジネスを利用することがないよう、検討すること →意味のある障害者雇用が求められている 3 三方よしの企業内カフェの可能性 (1) GP企業内カフェのコンセプト 「社員満足度向上」×「障害者の戦力化」を目標に、社員満足度の高いカフェサービスで障害者雇用のポジションを創出。精神障害者保健福祉手帳所持者を短時間で雇用することにより、短期での雇用率達成を目指します。 現場:企業内カフェでの接客を通し、雇用障害者を知る 人事:現場で雇用できるかの人選が可能 本人:短時間、且つ簡単な接客から始められ、無理なく ステップアップが可能。現場配属の自信を得られる。 (2) GP企業内カフェのポイント 1 他部門との調整不要、人事総務部門で完結 2 業務の準備(業務切り出し)が不要 3 余剰スペース(3~6畳程度)で設置可能 4 短時間就業に対応(4~6時間勤務を推奨) p.95 5 雇用数4人程度を確保 6 自己信頼を高め、受け入れ側も習熟(バーの緩和) 7 能力発揮とキャリアアップ(意味のある雇用) 8 障害者の認知向上(将来的な現場採用の布石に) 9 手厚いワンストップサポート(店長派遣も可能) ※JBSファシリティーズ社(就労継続支援B型事業所でカフェを運営)と連携し、貴社に合ったカフェの提案・運営支援が可能。 障害者の自己信頼を高めることと、ショーケース的な役割で受け入れ側のハードルを下げることで、社内に障害者の理解を促進させる起点とかきっかけの場を創る。 (3) GP企業内カフェ開始時のイメージ (4) GP企業内カフェサービスイメージ カフェ営業時間:10時~14時(4時間営業) 営業日:月曜~金曜 場所:貴社、余業スペースを利用(3~6畳程度) 勤務者:障害者4名(短時間勤務)、店長(健常者) 対象障害者:精神障害者、発達障害者 ※店長人材(接客・障害者支援経験者)派遣も可能 4 障害者雇用のあるべき姿 ・求められる雇用を。必要な仕事を必要な人に ・職業準備性は担当業務や働き方によって異なるもの ・障害者と共に働く場を ・働くことでしか自信を得られない方に対して、ステップ アップできる場を 5 GP企業内カフェで実現したいこと 就業機会を得られていない精神障害者と発達障害者に雇用の場を提供する。企業内カフェがゴールではなく、その先の雇用企業の本業に関わる仕事を担うことである。精神障害者と発達障害者の雇用を阻害しているのは、精神障害者と発達障害者に対する理解不足が大きく、普段から顔を合わせ、ちょっとした会話をすることで壁がなくなり、同じ会社で働く同僚になり、「(精神)障害者」ではなく、「◯◯さん」と認識してくれるようになる。障害者雇用支援サービスのパイオニアとして無理解や偏見のない世の中の実現を目指したい。 参考文献 衆議院 第210回国会閣法第17号 附帯決議「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律等の一部を改正する法律案に対する附帯決議」 連絡先 工藤賢治(株式会社ゼネラルパートナーズ) e-mail kudo@generalpartners.co.jp 企業HP http://www.generalpartners.co.jp/ p.96 障害者の職域拡大~福祉職員だった私が、当事者になって今できる事②~ ○岩﨑宇宣(相模原市社会福祉事業団 障害者支援センター多機能型事業所 職員) ○杉之尾勝己(相模原市社会福祉事業団 障害者支援センター多機能型事業所 利用者) ○井澤幸夫(相模原市社会福祉事業団 障害者支援センター多機能型事業所 利用者) ○峯村深(相模原市社会福祉事業団 障害者支援センター多機能型事業所 職員) 1 はじめに 発表者の岩﨑は社会福祉法人相模原市社会福祉事業団(以下「事業団」という。)障害者支援センター多機能型事業所(以下「多機能型事業所」という。)の職員、杉之尾と井澤は生活介護事業②に通う利用者、峯村は生活介護事業①担当の生活支援員である。昨年、第31回職業リハビリテーション研究・実践発表会にて、岩﨑と杉之尾が「障害者の職域の拡大~福祉職員だった私が当事者になって今できること~」というテーマで、福祉職員だった杉之尾が脳出血の後遺症で当事者となり過ごす中で、「障害者の権利を守り自分自身で選択し生活や仕事が当たり前のようにできる社会」を目指したいという思いが芽生え、その思いを支援者としてかかわった取り組みと課題を発表した。今回はその後の経過と新たな取り組みの内容を報告する。 2 利用者が重症心身障害者の作業をサポートする仕組み 当事業所は生活介護事業、自立訓練事業、就労移行支援事業、就労継続支援B型事業、就労定着支援事業を行っている多機能型事業所である。本年4月より事業の対象者を変更し、生活介護事業は、生活介護事業①②と分け、生活介護事業①では従来より支援していた重症心身障害者を対象、生活介護事業②ではこれまで就労継続支援B型事業で対象としてきた働きたいと望む、知的障害者や身体障害のある中途障害者を対象とし、生活介護事業①、②と分けることとした(以下「生活介護①、②」という。)。 新たな取り組みとして、生活介護①の重症心身障害者は、四季折々の行事を楽しむことや、様々な経験をすることを活動にした行事を主としてきたところを、企業受注等の作業に参加し、それに応じた工賃を得ることを実施し始めた(1日1回作業をしたら10円)。 具体的には生活介護②の中途障害者とともに、販売しなくなったCDやDVDを紙やディスク、プラスチックケースに分別する作業や、同事業所の就労継続支援B型が経営しているパン屋で、客の呼び込みをする作業を行っている。なお、本大会発表の杉之尾と井澤は、生活介護②で、生活介護①の重症心身障害者がCD、DVDを分別する作業のサポートを4月から行うこととなった。 3 重症心身障害者をサポートすることによる新たなやりがい 事業の形態が変わる前、杉之尾と井澤は就労継続支援B型事業の利用者として、CDやDVDを分別する作業を主体に行っており、当時は工賃として時給120円を得ていた(令和6年4月からも生活介護②の利用者として同様の作業を行っている。)。 生活介護②の事業目的は就労継続支援B型とはちがい、利用者ひとりひとりにあった作業を自身のペースにあわせて行うこととなり時給は50円となった。 事業目的が異なるとは言いつつ、同じ作業であるが、時給が年度を境に70円も下がることに対し、杉之尾と井澤は憤りを感じていた。一時は事業所を退所することも考えたが、改めて新しい生活介護②の事業内容を確認すると、自分たちの新たなやりがいにつながるのではないかと感じた。それは、生活介護①の重症心身障害者を受け入れ、作業をともにするためにサポートをすることだった。これは、杉之尾がかつて福祉サービス職員であったころのスキルを活かし、利用者となった今でも思い続けてきた思いを実現できることである。 現在、生活介護①の重症心身障害者を作業室で受け入れるにあたり、どのような作業提供が最良なのか、どのような対応が楽しく作業できるのかを、担当職員と確認しながら日々すすめているところである。 4 重症心身障害者の働くを支えること 生活介護①は、重症心身障害者の契約が19名で一日平均約8名の利用者が通所している(図1、図2、図3)。そのような利用者が本年度の4月より全員が何らかの形で作業に取り組んでいる。 本取組の実施にあたり、事前説明を本人と家族に行った際は、「重心の我が子が働くイメージがない」「むずかしい作業を強いられるのではないか」等の不安を感じる意見が聞かれた。 しかし取り組み開始から2か月が経過して「給料をもらって帰ってくるなんて、夢にも思わなかった」「給料袋は仏壇に飾っている」「給料はもったいなくて使えない」と作業に参加するだけでなく、その対価である工賃を持ち p.97 帰ってきたことへの喜びの意見を家族から聞くことができた。また、利用者自身の様子は、「仕事をしてから帰宅した時は、以前よりも生き生きとした表情が見られるようになった」「多くの人と関われることで世界が広がる」との報告も聞かれた。 一方、利用者の作業を開始する直前の様子は、職員から「作業に行きますか」と声をかけられ、笑顔になる利用者もいれば、表情が変わらない利用者もいた。 図1 生活介護① 障害福祉サービス区分 図2 生活介護① 医療的ケアの必要な人 図3 生活介護① 意思疎通の様子 5 結果 生活介護①の重症心身障害者は、“作業”という新しい活動に参加し、新たな体験を得ることができた。同時に杉之尾、井澤が生活介護①の重症心身障害者とともに作業をすることで、両名及び生活介護②の中途障害者は、新たなやりがいや、自身の役割を認識することができた。 6 今後の課題 今回の取り組みを通し、新たに取り組むべき課題が3点浮き彫りとなった。 1つ目は生活介護①の重症心身障害者は、意思疎通の難しい方が多く意思を汲み取ることが大変難しいことである(図3)。作業に関する声がけや、動作の際に何らかの反応が多々みられるが、作業が楽しいという意思表出なのか、生活介護②の中途障害者からの明るい声かけや表情に対する反応なのか、作業そのものへの意思の現れなのか等、確信がもてないことである(図4※1)。 2つ目の課題は、上記の1つ目の課題である、生活介護①の重症心身障害者が、作業を本当に望んでいるのか、そもそも働くことに対し、どのように考えているかを検討するにあたり、日々の様子をよく知る家族や職員だけでなく、ともに作業をする生活介護②の中途障害者も検討の場に参加し、多角的に考察をすることが、より深く生活介護①の重症心身障害者の意思決定を進めることに有効であると想定される(図4※2)。 3つ目の課題は、生活介護②の中途障害者が、新たなやりがいや、自身の役割を認識することはできているところであるが、今後は、上記2つ目の課題に取り組み、それをもとに主体的に取り組めるようになることである(図4※3)。そのことによって生活介護②の中途障害者のエンパワーメントに繋がり、社会参加の場を広げていくと同時に、生活介護①の重症心身障害者の意思決定支援が進み、社会参加の場が広がっていくものと思われる。 図4 今後の課題・取組み図 p.98 誰もが、楽しく、誇りをもって~男性育休職場支援「みなチャレ」開始とニューロダイバーシティ推進チーム編成・稼働~ ○小谷彰彦(あいおいニッセイ同和損害保険株式会社 人事部ダイバーシティ推進室 推進役) 1 大企業での精神障がい者の直接雇用・活躍推進の軌跡 (1)10年間の歩み(雇用障がい者の内訳の変遷) 2010年の企業合併を経て主に身体障がい者で法定雇用率を充足していたが2013年には雇用率遵守に赤信号が灯る。 2015年に精神・知的割合を40%に引上げる計画をし順調に推移(表1)。2024年に男性育休職場支援「みなチャレ」と高度IT人財活躍「ニューロダイバーシティ推進」取組みを新たに開始し更なる活躍領域の拡大を進めている。 表1 障がい者雇用率・実人数(障がい種類別)推移 ア 2013~14年度の反省をふまえ (ア) 30人の精神障がい者を採用・1年で半数が退職 2013~14年、精神障がい者を30人採用し本社各部に1人ずつ配属したが、統計数字通り1年以内に半数が退職。 (イ) 知的・精神障がい者雇用事例の見学・ヒアリング 2015年、一旦精神障がい者の新規採用を凍結し仕切り直し。特例子会社等の他社雇用事例に学びヒントを求めた。 2 2015年からのチャレンジ (1) 2015当時の情勢(2018年度課題) ①法定雇用率引き上げ(2.0%から2.3%へ) ②精神障がい者の雇用義務化 ③超売り手市場において身体障がい者層の枯渇 (2) 新規取組みの3本柱 ①ハローワークへ求人票一斉掲載・全国での採用強化  ②「地域密着モデル」特別支援学校からインターンシップ(企業実習)を経て採用 ③2017年「事務サポートセンター(以下「JSC」という。)」創設恵比寿本社、2020年 日本橋・大阪JSC新設→3拠点に、2022年 名古屋JSC新設→4拠点へ拡大 上記②③を進めるにあたって、2015年人事部にて初めて知的障がい者のインターンシップを実施し2人採用 ア 全国ハローワークへ全拠点255カ所の求人票を掲載 「職場混在型」現地採用(従来型採用スキームの強化) 一般の職場に「障がい者枠」で採用するパターン 一般枠採用の契約社員と同一処遇・同一給与体系、育成・指導体系も同じため、障がい特性に応じた配慮は行うが、求められる業務遂行能力は他の契約社員と同等。正社員登用在籍者数21人(うち2018年以降登用者18人) イ 「地域密着モデル」 特別支援学校の主に知的障がいのある生徒をインターンシップ(企業実習)を経て、部支店スタッフの一員(事務補助嘱託)として採用する「現場分散配置型」モデル  2016年度より全国40拠点以上で特別支援学校から実習受け入れ→2024年在籍者:34人(29拠点)※退職者:累計4人 (ア) 部支店スタッフとして配置する効用・効果 部支店長直轄の組織のため、自組織のノンコア業務のみならず、管下組織からの業務切り出しが可能。業務請負可否判断、労務管理の支援機関等との連携、業務指示の統率(明確化)が可能。事務補助スタッフの育成、業務量に応じて複数配置も可能。指導管理者の異動・交代・育成・専門性を高めることも可能。人事部から直接支援も実施し易い。 (イ) 業務の高度化・領域の拡大、複数在籍拠点も増加 入社当初、整理整頓・清掃、封入封緘、押印、ファイリング、シュレッダー等の事務補助・庶務業務中心の業務が、数年後には、1人1台配備のPCを使用したデータ抽出・加工、会議資料作成、メールでのニュース発信等の業務ウェイトが高まり、遠隔拠点の業務を請け負うなど同一拠点で3人採用・在籍拠点が2カ所になり、増加・拡大を継続した。 ウ 「事務サポートセンター(JSC)」創設 本社各部に1人ずつ採用・配属した精神障がい者の定着面の課題をふまえ、特例子会社見学等の他社事例から学び、特例子会社ではなく、同一会社の中にあること(会社を分けないこと)の利点と課題を整理し、“良いところ採り”をした仕組みとして、JSCを創設した。 3 JSCの構成・現状 4カ所(恵比寿・日本橋・大阪・名古屋)のJSCでは、事務チーム(精神・発達障がい者)26人・オフィスチーム(主に知的障がい者15人)が安心して働くことができる職場環境のもとで、定着・活躍している。またJSCに在籍しながら、各職場に派遣・駐在して終日現地で業務を行うメンバーが4人活躍中。※退職者:累計3人 (1) 働きやすい職場環境の構築による心理的安全性の担保 ア 特例子会社と同等の職場環境の構築・提供(図1) ・静かな専用執務スペース確保 ・本社各部署から業務を切り出し ・専任管理者の複数配置 p.99 ①発注部署との折衝・業務切り出し請負 ②業務(量・質)のコントロール ③メンバー1人ひとりの日々の体調・雇用管理 企業在籍型職場適応援助者・障害者職業生活相談員等の資格を全管理者が取得し専門性を高める 図1 事務サポートセンター(特定業務集中職場)の構成 イ JSCの特徴~“誰もが、楽しく、誇りをもって”働く~ 3つの特徴 ①環境の良さ 本社内のセパレートした環境で集中して業務に臨めている ②組織間のバリアフリーで交流 発注者も同一社内であり、業務依頼・相談はバリアフリーで実施 ※会社が異なると費用・責任含め契約等の手続要 ③誇りをもって 業務品質の高い納品が定評となり、発注者もJSCを評価し次の発注への好循環を生み、自信と誇りをもって業務に臨めている ウ JSCの業務内容 (ア) 恵比寿JSC・事務チームの例 10の部・室より20業務を請負 点検系 代理店ホームページ点検 集計作業 全社エネルギーの使用量進捗集計 発送業務 口座振替依頼書・自賠責解約書類の発送 データの電子化 入社書類の電子化 等 4 2024年度 JSCの新たなチャレンジ (1)「みなチャレ」男性育休・介護休業取得職場を支援 1カ月以上の育児休業・介護休業を取得中の社員が所属する職場の業務をサポートするため、障がい者雇用社員(精神・知的障がい社員)で構成されたJSCが、対象職場の業務を代替する事務サポート制度「みなチャレ」を、2024年4月から開始。 本制度を通じて、より一層育児休業・介護休業を取得しやすい企業風土を醸成するとともに、障がい者雇用社員の活躍を推進していく。 ア 「みなチャレ」実施の実績と効用 (ア) 「みなチャレ」実施実績(2024年8月現在) 支援実施4拠点・打合せ中2拠点・相談受中2拠点 (イ) 「みなチャレ」実施の効用 JSCの活躍領域の更なる拡大が見込まれ、メンバーにとってもより本業に近い新たな業務にチャレンジする場ができることで成長とモチベーション向上につながり、全国部支店に、JSCの存在・活躍、障がい者雇用社員の活躍を認知してもらえる機会が増える。 (2)「ニューロダイバーシティ推進チーム」編成・稼働 4カ所のJSCからPCスキルの高い社員を各1人選抜して横断チームを組成、本社の社内DX推進部署「業務プロセス改革部」とタイアップし、PAD・PAC・マクロの組成・開発等、全社的な業務効率化を行うプロジェクトに参画。 上期中の完成・納品を目指し、既にプロジェクトは稼働しており、上期の成果を確認したうえで、増員を含めて、更なる業務拡大を進めていく予定。 (3)JSCから各職場への「派遣型」社員の拡大 JSCでの一定期間の定着・活躍を経て、更なる業務領域の拡大によるスキルアップ・キャリアアップを目指すことを目的に、2024年度新たに3人を派遣し、現在計4人が、派遣・駐在型で派遣先の職場での業務を遂行している。 受入れ職場での活躍が評価されており、各職場への貢献が本人たちのモチベーションアップにもなり、将来的なキャリアアップにも資する取組みとして拡大を予定。 5 みなチャレ・ニューロダイバーシティ推進・派遣型を通じたJSCの今後の展開 JSCは、「みなチャレ」「ニューロダイバーシティ推進」等の進展に伴い、現在4カ所のJSC在籍社員を拡充し、仙台・広島・福岡の新設も計画。派遣型を含め、JSC管理者による職場支援を通じて面での全国展開を加速する。 障がい者を含む全ての持てる能力を最大限に発揮できる働きやすい環境をつくり活躍を推進することで、企業全体のイノベーションを促進する。当社は「CSV×DXを通じて、お客さま・地域・社会の未来を支えつづける」会社の実現をめざし、加速度的に変革する種々業務に対応できるレジリエントな組織づくりと多様な人財が総活躍できる会社、「誰もが、楽しく、誇りをもって」働くことができる企業の実現に取り組んでいく。 参考 当社ニュースリリース(2024年3月19日) 障がい者雇用社員の活躍を通じて育児休業・介護休業取得を推進 https://www.aioinissaydowa.co.jp/corporate/about/news/pdf/2024/news_2024031901284.pdf 連絡先 小谷彰彦 あいおいニッセイ同和損害保険株式会社 人事部 ダイバーシティ推進室 e-mail akihiko.kotani@aioinissydowa.co.jp p.100 障害者雇用の戦力化に向けたスキルアッププログラム~当事者同士で創りあげるゼロベースからのデジタル人材育成~ ○松尾明(株式会社マイナビパートナーズ パートナー雇用開発事業本部パートナー雇用開発事業部 部長) 佐藤桃子・文元竜大・新倉正之(株式会社マイナビパートナーズ パートナー雇用開発事業本部パートナー雇用開発事業部) 1 はじめに 株式会社マイナビパートナーズ(以下「弊社」という。)は、障害者メンバーが事務業務を行う部署として2014年に株式会社マイナビ内に設立され、2016年に特例子会社として分社化された。現在は約200名の障害当事者社員が勤務しており、設立以来徐々に対応できる業務の量や幅も広がってきている。 特に近年では、事務作業の効率化を目的とした自動化プログラムのニーズが高まってきているが、これまで弊社では、自動化プログラムの作成は各部署に所属する個々のスキルに依存しており、部署によってスキルレベルに偏りが大きいことが課題であった。そこで、事務作業効率化のためのプログラミングスキルを持つ社員を体系的に育成できる仕組みとしてGAS・Python全国育成プログラム(以下「育成プログラム」という。)を実施した。本論文では、弊社の育成プログラムの実践とその成果について報告する。 2 育成プログラムの概要 (1) コンセプトの決定 育成プログラムのコンセプトは次の3点とした。 ア 事務作業の効率化に活用できる実践的な知識が得られること 学習内容の専門性の高さや網羅性よりも、学んだ知識を事務業務の効率化に活用できることを重視し、弊社内で使用頻度の高いGoogle Apps Script(以下「GAS」という。)とPythonを学習対象言語として選定した。学習課題の作成に際しても、実用的な課題を取り上げた。 イ 元々のスキルや知識に関係なく、誰でも学習を始められるものであること 学習は初学者向けの学習動画の視聴からスタートし、プログラミングに触れたことがない人でも始められる構成とした。動画視聴の後は、弊社内で内製した課題に沿って各自プログラムを組んでいくという自己学習をメインとしながらも、一部業務時間を学習に充てられるようにし、学習開始へのハードルを下げて参加者(以下「トレーニー」という。)の負担が少ない方式を採用した。 ウ 障害当事者のメンバーが育成の中心となること 既に独学等でプログラミングスキルを保有しているメンバーに、トレーニーを育成する側の役割(以下「トレーナー」という。)を担ってもらい、障害当事者が中心となって育成プログラムを運営していけるようにした。また、トレーニーとして参加したメンバーに、一定の知識が身に付いた場合にはトレーナーへ昇格させることで、次世代の育成へ繋げた。 (2) トレーナーの選定 トレーナーの主な役割は、課題の採点とフィードバックコメントの作成、質問への回答である。トレーニーとのやり取りは、文字上でのコミュニケーションが中心となるため、トレーナー選定の基準は、チャットを用いたコミュニケーションに支障がないこと、事務作業の自動化をGASまたはPythonを用いたプログラミングを単独で行える知識があることとした。結果、育成プログラム開始時にはトレーナー5名を選定することとなった。 (3) 課題の作成 課題は前述のコンセプトのとおり「事務業務効率化に活用できる実践的な知識が得られること」に重きを置き、トレーナーが中心となって作成した。GAS・Pythonそれぞれについて、プログラミングの考え方や基本的なコーディングを学ぶことができる「ベーシック」、スクレイピングや他アプリケーションの操作までを含めた「アドバンス」の二部構成とし、学習の途中でも習得した知識やスキルに合わせて実際の業務自動化ができるよう設定した(図1)。 図1 育成プログラムの流れ p.101 3 育成プログラムの実施 (1) 育成プログラムの開始 2022年8月より育成プログラムの検討を開始し、2023年1月にGAS課題、2023年5月にPython課題をリリースした。以降現在に至るまで、トレーニーは月ごとに随時募集している。 (2) 運営体制 トレーニーは各自課題を解き進め、1問終わるごとにトレーナーによる合否判定とフィードバックを受ける。課題に関して不明点がある場合は、専用のデータベースでトレーナーに質問ができる仕組みとなっており、自己学習をメインとしながらもトレーナーのサポートが受けられるようにした。また、質問やそれに対する回答の内容は他のトレーニーも閲覧できる状態とし、初学者がつまずきやすい部分の情報を蓄積してトレーナーによる質問対応のコストを減らせるようにした(図2、図3)。 図2 実際のトレーニーからの質問 図3 実際のトレーナーからの回答 4 育成プログラムの成果 (1) 育成人数 2024年7月現在、育成プログラム参加者はのべ70名(GAS 44名、Python 26名)、うち所定の課題を全て修了した者は33名となった。修了者はもちろんのこと、一部学習途中の者もトレーナーのサポートを受けながら効率化に取り組むことができている。 また、育成プログラムを修了した者の中から3名がトレーナーへの昇格を果たした。トレーナーの増員によりサポート体制が充実し、より多くのトレーニーを受け入れることができるようになっており、育成プログラム参加者の裾野も広がっている。 (2) 自動化による削減時間 2024年7月現在で、育成プログラムの参加者が新規開発、改修を行った業務効率化ツールはGAS・Python合わせて99件あり、本来かかるはずの作業時間を約9,500時間分削減することができた。これにより、さらに多くの業務に対応できる時間的リソースが生まれた。 (3) その他の成果 事務業務効率化の自動化ツール開発ができる人材が増えてきたことで、トレーナーはよりハイレベルなIT領域の業務に挑戦できるようになり、業務拡大の好循環が生まれた。具体的には、プログラミング言語を用いるデータ分析の案件をこれまでに9件対応しており、これを足掛かりにデータ分析業務を体系的に対応していけるような仕組みを模索している段階である。 また、育成プログラムを通して社内全体でITへの意識が高まったことも大きな収穫となった。当事者間で教えあう方式を採用したことで他部署間での連携やコミュニケーションが増え、情報・事例共有も活発になった。これによりIT領域に興味を持ち、トレーナーや育成プログラム修了者をロールモデルに、育成プログラムへの参加を決める者が新たに生まれるという好循環が発生している。これまでIT領域の学習経験がない者でも、取り組んでみると適性があるというケースもあり、人材の活躍・成長の可能性を広げることができた(図4)。 図4 業務拡大の好循環 5 今後の展望 育成プログラムの実施により、当初の目的であった「プログラミングによる事務作業の効率化」に関して一定の成果を得ることができた。今後はデータ分析や機械学習、AI活用など、よりハイレベルなIT領域の業務に対応できるような新たな仕組み作り、人材育成に取り組んでいきたい。 連絡先 松尾明 株式会社マイナビパートナーズ mpt-research@mynavi.jp p.102 視覚障害者主体の珈琲焙煎による新たな就業の可能性の検討 ○加藤木貢児(NPO法人みのり 領家グリーンゲイブルズ 施設長) 大金智和(NPO法人みのり 領家グリーンゲイブルズ) 眞田拳奨 1 はじめに (1) 背景 珈琲焙煎は、珈琲豆を生豆から飲用に焙煎する過程である。焙煎の度合いを調整するためには温度、火力、経過時間、ハゼ音を指標に管理される。 ハゼ音という珈琲豆の焙煎過程に生じる音には、いわゆる1ハゼ(パチパチと弾ける音)、2ハゼ(チリチリと弾ける音)がある。「浅煎り」や「深煎り」という焙煎度は、一般には焙煎の経過時間のみでなく、これらのハゼ音からの経過時間を目安にされている。 このように、音を頼りに加工を行う珈琲焙煎であれば、視覚障害者は聴覚を活用して従事することが可能である。 A施設では、視覚障害を有する利用者(以下「利用者」という。)が珈琲焙煎に携わることで、障害者が自身の持つ能力を活用できる新たな職業選択の1つとなることを目的に、2020年より珈琲焙煎の事業を導入した。 (2) 研究目的 本研究では、A施設において珈琲焙煎を実施している利用者の、実施している業務と必要な介助を明らかにすることで、視覚障害者が珈琲焙煎を実施するという職域拡大のために必要な標準化体系の示唆を得ることを目的とする。 2 方法 (1) データの収集方法 A施設にて、利用者2名が珈琲焙煎で販売用の商品を加工する過程において、利用者が実施した役割と介助者による介助内容を記録した。 介助者は、利用者が主体的に実施できるよう支援し、販売用の製品を製造する上で最低限の介助を行うものとする。 本研究の趣旨を利用者2名、介助者に口頭にて説明し、同意を得て実施した。 焙煎には直火式の業務用珈琲焙煎機を使用した(図1)。珈琲焙煎のレシピは、時間経過の変化による火力調整の目安と、焙煎終了の経過時間を設定し、事前に施設において設定したレシピに準じて焙煎を行うものとした。 (2) 研究参加者 Aさん:33歳男性利用者。18歳のときに事故により中途で全盲となった。四肢や体幹の身体疾患には右半身麻痺あり。珈琲焙煎歴3年。晴眼時に珈琲焙煎の経験はなし。 Bさん:53歳女性利用者。先天性の全盲。視覚障害以外の身体疾患はなく健常。珈琲焙煎歴2年半。 介助者:A事業所の職員で、視覚障害者の介助と、障害者による珈琲焙煎事業に精通している。 3 結果 Aさん、Bさんともに介助をもとに珈琲焙煎を実施し、介助者は必要に応じて介助を行った(図2)。 (1) 焙煎の事前準備 珈琲焙煎にあたり、焙煎する珈琲豆を計量し、焙煎機に投入をした。豆の準備、物品の準備を介助者が行ったところ、Aさん、Bさんは音秤の読み上げ機能を頼りに計量した。また、焙煎機に珈琲豆を投入する際には、焙煎機が高温であることもあり、介助者の誘導によって実施した。 (2) 珈琲焙煎 珈琲焙煎は、介助者が読み上げる温度に達した際に、利用者の合図によって機械に豆が投入され、焙煎が開始された。Aさんの場合は介助者が実施し、Bさんは自ら実施した。焙煎中、介助者は経過時間を測定し読み上げ、焙煎機内の温度の読み上げと、利用者から指示があった際に火力調整を行った。介助者の判断で火力調整は実施しなかった。 (3) 焙煎の終了と試飲 レシピ通りの時間が経過した際に、利用者の合図によって焙煎が終了された。Aさんは介助者に焙煎終了の合図を出し、介助者が焙煎を終了し、焙煎後の豆をふるいにかける作業は介助者が実施した。 Bさんは介助者がレバーの持ち手まで誘導し、排出口を開放することで、焙煎を終了した。焙煎後の珈琲豆を冷却し、ふるいにかける作業では、Bさんはふるいに入った豆をゆする作業を実施した。 焙煎後はその日の焙煎の仕上がりを確認するため、介助者が珈琲を抽出し、Aさん、Bさんとともに試飲を実施した。試飲後は利用者、介助者で珈琲の風味の評価、焙煎の感想と振り返りを実施した。 4 考察 (1) 視覚障害への介助 介助者の役割は、主に物品の準備、動線の誘導、火力の調整と時間管理であり、視覚障害者が一般的な日常生活においても抱える、視覚というハンディキャップを克服する p.103 図1 業務用直火式珈琲焙煎機 図2 焙煎工程ごとの利用者の実施内容と介助内容 ための介助であったと考えられる。 物品について、晴眼者が珈琲焙煎を行う場合との違いは音秤のみであったため、介助者がいる環境であれば、焙煎の実施は可能であると考えられる。 (2) レシピへの習熟度 今回の研究に参加したAさん、Bさんともに、施設で日頃焙煎を行っているレシピを記憶しており、温度変化や火力調整を介助者に指示して焙煎に従事していた。 視覚障害者は、資料を視覚的に確認しながら焙煎を行うことができないため、Aさん、Bさんのようにレシピを記憶するか、時間経過ごとの温度変化を点字などで図式化したマニュアルなどを作成することで、一定の品質の焙煎が可能になると考えらえる。 (3) 珈琲豆の焙煎と試飲を通した副次的な効果 利用者は、自らが焙煎した珈琲を実際に試飲することで、仕上がりを自身の嗅覚、味覚で体感し、他者からのフィードバックも受けることができる。 利用者のもつ感覚を刺激することで、珈琲焙煎の達成感や満足度につながることが示唆された。 (4) 個別性のあるハンディキャップへの介助 珈琲焙煎の業務において、AさんとBさんの間には作業内容に差が生じた。その背景には、麻痺による身体的なハンディキャップも抱えるAさんには、片手では実施できない動作などの介助も必要であったためと考えられる。 身体疾患や、視覚障害になってからの経過など、利用者の個別性に合わせた介助が必要であると考えられる。 5 結語 (1) 限界 本研究において、すでに事業所で珈琲焙煎を実施している、習熟度の高い利用者を対象として研究を行った。そのため、利用者は一連の珈琲焙煎の手順と、レシピを把握していた。 また、販売製品用にすでに事業所で設定したレシピを使用しているため、利用者は一定の目安が与えられている反面、自由に焙煎を行うのではなく、一定の手順を求められた。 (2) 展望 技能の習得に関して、介助者が介助を行いながら、どのようなステップで段階的に習得をするのか、今後研究によりさらに明らかにしていきたい。今後、利用者の強みをより引き出し、障害者の特性に合わせた支援体制をさらに検討することが必要である。 また、今後利用者のQOLの測定などのデータの収集により、本事業の意義についても評価が可能となる。 本研究では、習熟度の高い視覚障害者による焙煎を実施したが、教育プログラムの開発や、介助者の養成を行うことで、視覚障害者が珈琲焙煎を実施する環境づくりを実施できるのではないだろうか。 連絡先 加藤木貢児 NPO法人みのり 領家グリーンゲイブルズ e-mail info@ageo-minori.or.jp p.104 デジタル技術を活用した障害者の業務に関するヒアリング調査結果の報告-デジタル関連業務の4つのパターン- ○中山奈緒子(障害者職業総合センター 研究員) 秋場美紀子(元障害者職業総合センター) 大石甲・堂井康宏・永登大和(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 近年のAI等(AI、IoT、ビッグデータ及びロボット等をいう。)の新技術の進展が、産業構造そのものの転換をも促し、雇用に大きな影響を与えることが想定される中、障害者の職域にも変化が生じることが予想される。 このため、障害者職業総合センターでは2021~2023年度にかけて「AI等の技術進展に伴う障害者の職域変化等に関する調査研究」を行った。本発表では、企業を対象としたヒアリング調査によって把握した、デジタル化に伴う障害者の職域変化の状況等に関する具体的事例について報告する。 2 方法 (1) 調査の実施期間と実施方法 2022年12月~2023年5月にかけて、訪問又はWeb会議形式でのヒアリング調査を実施した。ヒアリング対象者は企業の障害者雇用管理業務等の担当者であり、企業によってはデジタル関連業務に従事する障害のある社員も同席した。ヒアリングの所要時間は40分~60分程度であった。 (2) 調査対象企業の選定 2022年8月に実施した企業アンケート調査回答企業(一般企業及び特例子会社(以下「特例」という。))の中から、障害者をデジタル関連業務に従事させるようになったきっかけについて「障害者が従事できる業務の範囲を変化・拡大させるため」又は「障害者の新たな業務(職域)とするため」と回答した企業を優先的に選定した。加えて、企業規模、業種、障害者の業務内容については可能な限り多様な事例が含まれるよう留意した。 3 調査結果 (1) ヒアリング対象企業の属性 ヒアリング対象企業16社の業種、規模、デジタル関連業務に従事する障害のある社員の障害種別、及び業務のパターン(詳細は後述)を表1に示す。 (2) デジタル化に伴う障害者の職域変化の状況 ア デジタル関連業務の4パターン ヒアリング調査実施前に行った有識者(学識経験者、企業及び支援機関)に対する事前ヒアリング(23件)の結果から、障害者のデジタル関連業務の4つのパターンを抽出した(表2)。今回のヒアリング調査結果を整理するにあたり、まずこの4パターンに沿って業務の分類を行った。 表1 ヒアリング対象企業の属性 表2 デジタル関連業務の4パターン イ デジタル関連業務のパターン別の特徴 パターン①の業務(デジタル技術を活用した非定型的業務)を実施する企業では、システム開発やRPA開発、Webサイトの管理・更新、チラシのデザインや動画編集等の業務が行われていた。加えて、障害者も会議や打合せに同席する等の形で他部署や他社の担当者とのコミュニケーションを担っている例が複数見られた。 パターン②の業務(デジタル技術を活用した定型的業務) p.105 を実施する企業では、アノテーション、データ入力、スキャニング等の業務が行われていた。当該業務には重度身体障害者や知的障害者を含む様々な障害種別の障害者が従事していた。 パターン③の業務(デジタル技術が導入されたことにより、業務内容が変化した業務)を実施する企業は、工場の生産ラインや倉庫等において現業系の業務を行っていた企業が中心であった。従来から社内で行われていた製造、ピッキング、生産管理、備品管理等の業務にデジタル技術が導入され業務内容が変化したことで、障害者の作業の効率性・正確性の向上や負荷の軽減につながっていた。加えて一部の企業では、デジタル技術が導入されたことでシステムへの入力作業や物品の種類・数量の確認作業が自動化された等の変化により、これまで主に健常者が従事していた業務に障害者が新たに従事できるようになった例があった。例えば製造業のC社(特例)では、従来健常者が行っていた生産管理業務を電子化し、タブレット端末を導入したところ、障害者も一部の入力作業が可能となった。 パターン④の業務(業務内容は変わらないものの、デジタル技術の導入により一部のタスクが変化した業務)を実施する企業は、厨房、清掃、設備管理等の現業系の業務に携わる障害者が、作業報告等の一部のタスクにおいてデジタル機器等を用いることになった事例が中心であった。 (3) 採用、スキルの習得方法 パターン①で当該業務に従事する障害者を新規採用する場合、一部の企業ではITスキルや過去の業務経験を採用条件に含めていた。パターン②では採用時点においては高度なITスキルを採用条件とはせず、入社後に独学または先輩社員からの指導等を通じてスキルを習得した例が多かった。パターン③及び④の業務に従事する障害者は、ITスキルよりも現業系の業務自体への適性を重視して採用されていた。 入社後のスキルの習得方法として、RPA研修等の専門的な研修の実施、障害者が自ら学ぶ機会の提供や学習のための時間的余裕の確保、管理職や先輩社員による指導、障害者同士で教え合う仕組みづくり、ジョブコーチの活用等の様々な取組例が把握された。 (4) 円滑に業務に従事できるようにするための取組 業務のパターンによらず多くの企業において、業務の細分化及び管理職やリーダー等による業務のマネジメント・指導の工夫が行われていた。細分化の例として、卸売業、小売業のE社(パターン①、②)では、アンケートの「入力作業」と「入力内容の確認作業」の担当者を分けており、それぞれの作業を得意とする社員が分担して作業を担当していた。またマネジメントの工夫の例として、情報通信業のN社(パターン①)では、障害のある社員が客先で作業を行ったり、顧客企業との会議に参加する場合があるため、必要な制限事項(過重勤務を避ける、会議の議事録作成作業は担当させない等)を自社の同僚だけでなく顧客企業とも共有していた。 加えて、モチベーションの維持向上に関する工夫を行っている企業も見られた。宿泊業、飲食サービス業のG社(パターン①・②)では、フルリモートで働く社員は一人での作業とならないよう少人数のチームで作業する、チャットで相談できるようにする等の工夫が行われていた。 (5) 課題・今後の見通し パターン①の業務を実施する企業では、現在の業務を今後も維持したい、又は業務の範囲を更に拡大したい意向を示す企業が多かった。一方、人材育成のコスト(時間、教育負担など)、及び他部署で活躍できる人材や、大まかな指示があればある程度自分で判断して業務を進められる人材の育成等、人材育成に関する内容を今後の課題として挙げる企業が複数見られた。パターン②の業務を実施する企業においては、当面は引き続き十分な作業量が確保できる見通しであるとする企業が多かった。 パターン③の業務を実施する企業は、今後も企業全体のデジタル化を進めていきたい意向を示す企業や、今後も現業系の業務においてより多くの障害者がデジタル機器等を活用した業務に従事できるようになることを目指したいとする企業が多かった。パターン④の業務を実施する企業では、障害者の新規採用の困難を課題として挙げる企業が多かった。その理由は主に、障害者の採用において当該業務の遂行能力や業務に必要な資格の保有を条件としていることや、デジタル化により事務作業が減少傾向にあること等であった。 4 考察 一般的にAI等の新技術が障害者雇用に与える影響については、「従来障害者が従事してきた業務の一部が代替されてしまうのではないか」との懸念が語られることもある一方、本調査結果からは、様々な業種においてデジタル化による新規業務の創出や業務内容の変化が起きている面もあることが示唆された。一方、本調査の限界点として、全ての業種を調査対象に含めることはできなかったこと、パターン③の業務として把握できた例の多くが生産ライン業務又は倉庫業務であり、この2つ以外にパターン③に該当する業務があるか十分明らかになっていないことが挙げられる。加えて、障害者の雇用管理におけるデジタル技術の活用、及びデジタル技術を用いた就労支援機器や支援アプリケーション等も重要であるが、これらについては今回の調査の主眼ではなかったため部分的な把握に留まっている。 p.106 授産取引関係を通じた福祉的就労から雇用へのアプローチ ○眞保智子(法政大学 現代福祉学部 教授) 1 はじめに 障害者雇用の現場は、障害者法定雇用率2.7%(37.1人に1人の雇用義務)となる2026(令和8)年に向けて、さらなる量的拡大を目指すこととなる。特別支援学校や専門学校、大学等の新卒者、就労移行支援事業の利用者だけでなく就労系福祉サービスである就労継続支援A型、B型の利用者の中で企業等への就職を希望する障害者が円滑に企業等への雇用に移行できる仕組みの構築が求められる。一方で厚生労働省(2023)1)によれば、サービス利用終了者に占める一般就労への移行者割合について2020(令和2)年10月1日時点の前年の実績を報告している。これによれば就労移行支援事業53.4%、就労継続支援A型事業21.4%、就労継続支援B型事業10.6%と決して高い状況ではない。 だが、2022(令和4)年に改正された障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(障害者総合支援法)により企業等で就労中の障害者が就労系障害福祉サービスを一時的に利用することを可能とする内容が条文に明記されたことから今後はアセスメントを経て支援計画に基づいて就労系障害福祉サービスを一時的に利用しながら雇用されて働く障害者を対象とした支援が必要となる場面も生じるだろう。しかし前述のとおり就労系福祉サービスから雇用就労への移行の低迷の背景に何があるのか。 富田(2024)2)では、就労系障害福祉サービスを一時的に利用しながら就労継続支援B型事業所に在籍する利用者の雇用就労における労働時間の漸進的延長に関する実践の報告において、障害者本人は雇用就労への希望を持っていても雇用就労が上手くいかない場合、現在のB型事業所の再利用が可能か、本当に企業で働けるのかといった就職に対する強い不安を覚える家族の存在が指摘されている。野﨑(2024)3)においては、支援者が抱く、失敗経験を積んでしまうのではないか、あるいは適性への見極めの難しさについての不安について言及されている。 そこで本稿では、就労系福祉サービスを経て、障害のある労働者本人、家族、支援者が安心して雇用就労に移行できるアプローチはどのようなものか、検討していく。 2 授産取引関係を通じた雇用へのアプローチ (1) 概要 本稿で検討するのは就労継続支援B型事業所Z(以下「Z事業所」という。)とY企業による授産取引関係を通じた雇用へのアプローチである。Z事業所はNPO法人が設置する定員20名の就労継続支援B型事業所である。果樹農園運営とジャム、製菓製造と販売、小売業を営むY企業からの授産品製造が主な作業となっている。Y企業との授産取引は、Z事業所からの提案であり、果樹農園で生じる副産物をY企業で販売する商材に加工するものである。他にY企業からの委託加工もある。Z事業所から提案した商材は果樹農園が無農薬栽培を行っていることから、高付加価値の商材となる。もとは廃棄していたものがY企業の店舗店頭で商品となっている。Y企業はすでに本社や店舗において障害者雇用を実施していたが、Z事業所との反復継続した授産取引関係をベースとして、新たにZ事業所の利用者をY企業が雇用するための取り組みをZ事業所と連携して行うに至った。 図1 授産取引を通じた雇用へのアプローチ 授産取引関係を通じた福祉的就労から雇用へのアプローチは図1のとおりである。Y企業の支社をZ事業所が就労継続支援B型事業所を開設している場所とは別に所有している敷地の建物に開設し、Y企業はZ事業所と建物賃貸借契約を締結し、Z事業所は建物をY企業に賃貸する。Z事業所で支援者をしていたX氏がY企業に転職し、Z事業所を利用していた障害のある労働者2人とともにY企業の社員として働く。 (2) メリットと課題 Z事業所においてY企業の授産品を安定した品質と勤怠で製造しており、Y企業への就職を希望した2人がZ事業所とは6キロ程度の距離がある場所ではあるが、顔見知りの支援者や同僚と働けることから安定した雇用継続が見込まれた。Z事業所は定着支援事業を行っていないが、雇用への送り出し事業所として、元利用者である2人の相談対応が行えることからZ事業所の支援者としても安心して雇用への移行のための支援が行えた。Y企業としてもZ事業 p.107 所との授産取引が継続していることから発注・納品などを通じた業務の中で日常的にZ事業所に相談が行える環境にあり、安心して雇用に取り組むことができ、雇用を拡大することができた。 一方で課題は、Z事業所が所有する建物に開設されたY企業支店が、Y企業の本社や店舗とは距離があり、日常的に多くのY企業の社員と接する機会がなく、通常前述の3名で仕事をしている状況から、新たな業務を開拓することを通じた能力開発や社員のY企業の一員としての包摂性がぜい弱であることが懸念された。 3 福祉的就労から就職を希望する障害者の安定的な雇用の実現に向けて (1) その後の展開 Z事業所とY企業による授産取引関係を通じた雇用へのアプローチは、現在一時中断している。雇用から3か月を経てZ事業所から転職した支援者もZ事業所から雇用へ移行した2人の障害のある労働者もY企業から退職し、いずれもZ事業所に戻るかたちとなったのである。最大の理由は、仕事とのミスマッチである。授産取引関係を通じた雇用へのアプローチでは、職業能力についてY企業への就職を希望する利用者2人をY企業からの授産作業を通じアセスメントを行っていた。しかし、Y企業への就職後に授産取引を通じてZ事業所と信頼関係を構築してきた部門とは異なる部門からの仕事を主に行うこととなり、Z事業所で2人の障害のある労働者に行った授産作業を通じての職務遂行能力は生かせないこととなった。 授産作業で仕事能力が評価されていたため、Y企業の店舗にとって必要性が高い、Y企業の高価な商材を購入した顧客に対して個別に交付するメンテナンスマニュアルや保証書などをファイルし作成する保証ファイルの作成の仕事に従事することになった。顧客に交付するファイルであり、汚損や間違いが許されない高い品質が求められることと、店舗ごとに書類の順番などが異なり複雑な業務であった。 Z事業所から転職したY企業内支援者Xが、店舗ごとに異なる保証ファイル作成方法を再検討し、方法を統一する業務の効率化にも資する業務改善提案を行う、雇用された2人の障害のある社員の希望や適性に合致したY企業の別の業務を探索するといった活動を行うことも後のスーパービジョンで検討された。しかしその時点では、Z事業所から転職したY企業内支援者XもY企業での社歴も浅い中でこうした働きかけを行うことができなかった。 (2) 求められる一般就労中における就労系障害福祉サービスの利用のための知見の蓄積 一般就労中における就労系障害福祉サービスの一時利用(以下「一時利用」という。)については、前述のとおり法改正がなされ、企業等での働き始めに勤務時間を段階的に増やしていく場合や、休職からの復職を目指す場合に、一般就労中の障害者でも、就労系障害福祉サービスを一時的に利用できるようにするための文言が障害者総合支援法の第5条13項、14項に規定された。ただし、こちらは就労移行支援事業についてである。就労継続支援B型事業所であるZ事業所とY企業の雇用への取り組みについては、従来からの枠組みである「一般就労中の就労を行わない日や時間のサービス利用」(以下「従来型適用利用」という。)がY企業への就職を希望する障害者の安定的な雇用就労に資するのではないか。しかしながら若林・山口(2024)4)の調査で明らかになったように従来型適用利用の事例は少なく、この制度を活用するためのアセスメントでの留意点や支援計画の策定と支援のプロセスについて判然としていない。授産取引関係を通じたZ事業所とY企業の雇用への取り組みは現在Z事業所とY企業の綿密な連携のもと、Z事業所が授産作業で培ってきた仕事のノウハウをいかす方向でのマッチングができないか、保証ファイルの仕事について手順を統一できないか、Y企業にコミットできる職場環境はどのようなものか、再検討を行い雇用への取り組みの継続を模索しており、このような実践の中で従来型適用利用を活用するための知見の蓄積を目指したい。 参考文献 1) 厚生労働省社会保障審議会障害者部会(第134回)『参考資料1 成果目標に関する参考資料』(2023). https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000195428_00061.html<閲覧日:2024.8.10> 2) 富田文子『就労継続支援B型事業所に在籍する障害者の一般就労時間の漸進的延長に関する実践』「職業リハビリテーション」37巻2号36-40(2024). 3) 野﨑智仁『障害者福祉事業所から見た一般就労中における就労系障害福祉サービスの一時利用』「職業リハビリテーション」37巻2号44-45(2024). 4) 若林功・山口明乙香『一般就労中における就労系障害福祉サービスの利用の現状:市町村への調査を中心に』「職業リハビリテーション」37巻2号22-27(2024). 連絡先 眞保 智子(しんぼ さとこ) 法政大学現代福祉学部 〒194-0298 東京都町田市相原町4342 E-MAIL shimbo@hosei.ac.jp p.108 多機能型事業所の就労への取組について ○長峯彰子(新宿区勤労者・仕事支援センター わーくす ここ・から サービス管理責任者) 1 はじめに 当事業所、わーくす ここ・から(以下「わーくす」という。)は、新宿区の外郭団体である『公益財団法人新宿区勤労者・仕事支援センター』が運営する指定障害福祉サービス事業所である。就労移行支援事業所「エール」就労継続支援B型事業所「スマイル」就労定着支援事業所を併せ持っている多機能型事業所である。財団のミッションには『「働きたい」「社会に貢献したい」という思いをかなえ、「働き続ける」ことを応援します。』1)を掲げており、当事業所も働きたい気持ちの実現に尽力している事業所である。 とはいえ、働きたい気持ちは共通してあるけれど、そこに集う利用者のニーズや特性は一律ではない。当事業所に通う利用者は、大きく分けると、就労を目指す者(就労移行支援/就労継続支援B型)と日中活動の場として利用する者(就労継続支援B型)にわかれる。今回は、そのうち就労を目指す者の群に焦点を当て、当事業所の就労支援の紹介と、成功事例の報告である。精神疾患を持っている方に、環境を整え、本人の希望を満たす形での就労を可能にした一利用者の実践報告である。 2 わーくす ここ・からの概要 (1)就労移行支援事業所 「エール」 障害のある人が就労を通じて、自立的かつ充実した社会生活を送られるよう、その人の状況や特性に応じた職業適性を見出し、職場探し等も行っている。 現在定員は10名。主な作業は、清掃作業、軽作業、パソコン作業である。全員が就労を希望している。令和5年度10月時点では、6人中、就労経験がある者が5人であった。 (2) 就労継続支援B型事業所 「スマイル」 一般企業への就職が困難な障害のある者に、雇用契約を結ばずに、就労機会を提供すると共に、生産活動を通じて、その知識と能力の向上に必要な訓練などを実施している。 現在、定員は30名。様々な障害や難病を持つ人が通う事業所である。主な作業は、清掃作業と軽作業である。スマイルに通所している利用者のうち、約2割が就労を希望している。この2割の人達も、かなり個別の支援を要する人がほとんどで、一朝一夕に就職できるような人ばかりではない。今回の事例の利用者もここに該当する一人である。 (3) 就労定着支援事業 就職後半年間は、それまで利用していた、就労移行支援事業所や就労継続支援B型事業所による職場定着支援が行われる。 その後の最大3年間が、就労定着支援事業で支援できる期間である。 3 就労への支援 (1)わーくす ここ・からでの就労支援 当事業所は外郭団体の性質上、他の事業所からの移籍や困難ケースの受け入れも多く、支援はより多様化している。対象も精神・知的・身体・発達障害・難病の方と幅広い。このことから、就職を目指すためには複数の手段が必要となる。その為、わーくすでは、まず本人の意向と必要な支援等を洗い出し、エールかスマイル、どちらの事業所への通所が本人の能力を伸ばせるかを考え、通所を決めている。もちろん移行支援は年限も2年と決まっているので、その中で就労への道筋を考えられるかも考慮している。 通所先の決定方法としては、段階的に考えていくが、まず最初に、週5日通所できる生活リズムができているかというところが最初の起点になる。次に作業の習得にかかる時間や、質問ができるか、体力的に働けるかといった面からも決めていく。最終的には、場に応じた、報告・連絡・相談ができ、当事業所の清掃作業・軽作業・パソコン入力を通して就職が目指せると道筋を見つけられた場合は通所先を就労移行支援事業のエールに、それ以外の方は就労継続B型のスマイルで就労を目指していくことになる。 また当事業所の場合は、就労移行支援事業・就労継続支援B型のどちら事業所でも工賃をお支払いしている。 (2)エールでの就労支援 就労移行支援事業では、1日を4分割すると、半分が清 掃作業、1/4を軽作業、1/4をパソコン入力の作業をして過ごす。その中で、清掃作業では、一指示複数工程の作業と衛生管理、チームで行う作業を学び、軽作業では緻密性を駆使したり、精度を気にすることを学び、パソコン作業では入力作業を習得し、OA機器の扱いを学ぶ。その中で、本人の適性や必要な支援についてアセスメントして就職に結びつけている。 (3)スマイルでの就労支援 就労継続支援B型では、主に清掃作業と軽作業を中心として1日を組み立てている。対象者に身体障害をお持ちの方もいる性質上、スマイルでは軽作業が複数あり、ハンガークリーニングや丁合作業の他に、製本業務等、機械を使っての作業もある。こちらでは、そういった軽作業を通じて利用者の向き不向きを把握し、通所生活の中で、週5日通所できる体力を養ってもらい、就職に繋げている。ま p.109 た、状況に応じて、先に述べたようなエールでの作業修得がその利用者に必要と認められた時には、B型から就労移行への移籍もあり、柔軟に対応している。 今回の事例は、B型から就職した精神障害をお持ちの方の成功事例である。 4 成功事例報告 (1) 研究目的 統合失調症で治療中であるが、なかなか服薬だけでは症状が落ち着かない人の場合、就職は難しい。しかも10代で発症し、就労経験がないと就労へのイメージも持ちにくい。 今回はどのようにして症状を自覚し、対処を覚えたか、また、どのようなステップで就労に向けて準備したのかを実践報告する。 (2) 対象 Aさんは、統合失調症を患っている30代後半の男性。10代の時より統合失調症を患い入退院を繰り返してきた。母親と兄弟と暮らしていたが、症状が落ち着いてきたことと、実家で過ごすことが本人にとって悪影響との話があり、グループホームに入所。日中活動の場として、令和3年4月より、スマイルに通所開始。 (3) 支援方法 Aさんは就労面では就職希望を持っており、生活面では一人暮らしを希望していた。当面は生活に必要なことをグループホームで学びつつ、スマイルで就労を目指すという形でスタートしたが、グループホームで過ごせるのは3年と年限があったため、就労と一人暮らしの時期が一緒になることだけは避けて計画を立てることでグループホーム側とも合意した。就労に関しては、本人が就労生活に求める収入以外の部分も含めて考え、支援していくこととした。 (4)支援結果 (ア)生活面・通所状況に関する支援結果 Aさんの場合は通所を開始すると、毎日通所していた。生活に関しても、お金の使い方や、買い物のルーティーン等はすぐに体得していた。しかし、2、3ヶ月経過した頃「買い物の時につけられている。」「散歩に行くと自分のことを待ち伏せしている。」等の被害妄想が表れるようになった。これに関しては、Aさんに何かしてくるのかどうかを毎日確認することで、何もしてこないのであればこちらも意識しないようにしていくことにした。 (イ)就労支援に関する支援結果 Aさんは働きたい気持ちが強いものの、就労経験がないため、最初自分が仕事に就くイメージが持てなかった。そのため、意思決定を支える支援プロセス2)として、まずイメージ作りを行った。前段階として、自分の快・不快、好き・嫌いの理解を行い、その後、本人が働くイメージに繋げていったのだが、これが思いのほか有効であった。この中で、仕事中はさほど人との関わりを求めないが、できたら人の為になる仕事がいいという希望が見えてきた。体力面でも体を動かす方が好きであったり、軽作業についても問題なく行えることがわかった。最終的には、統合失調症の症状が、一番就労に際しては壁になっていたが、場面に応じてその症状を無視するトレーニングをする事で、一定時間は過ごせることがわかり、就労先の選定をおこなった。 (ウ) 企業実習 就労支援に関する支援結果を元に、就労先の選定を行い、障害者の入所施設に決定した。ここで、施設の望む就労条件と本人の能力のすり合わせをし、企業実習を行った。実習の中で、本人が複数の人から指示される作業指示には対応が難しいことがわかったので、指示出しは一人の人に固定してもらい、本人が行う作業はルーティーン化し、本人は開始・終了報告を行う形にした。そして手が空いた時にはそれを決まった職員に伝えることで、混乱を避けた。そうすることで、職場での本人の不安や戸惑いを減らし、働ける環境を整えた。 5 考察と分析 今回、就労面だけではなく、本人の好き・嫌いや仕事に求める充実感などまで掘り下げて考えたことで、就労までが早かったと思われる。また、本来は、企業の求める人材像に合う人を送り出すが、今回は募集に際して本人が「人の為になる、そこで働きたい。」という希望ありきで話を始めたところと「単に働く場としてではなく、本人の気持ちの満足が得られる就職の実現」という点に企業側の理解が得られ、実現したものである。この事例の方は、現在も就業生活を継続中である。最終的には、Win-Winの形での就労になったことが成功の鍵であると思うが、今後もこういった成功事例を輩出していけたらと思っている。 参考文献 1) 公益財団法人 新宿区勤労者・仕事支援センター 事業案内(令和4年3月),p.1,p.7 2) 精神障害者に対する就労支援過程における当事者のニーズと行動の変化に応じた支援技術の開発に関する研究(障害者職業総合センター,調査研究報告書No.90) 連絡先 長峯彰子 公益財団法人 新宿区勤労者・仕事支援センター わーくす ここ・から e-mail shoko.nagamine@sksc.or.jp p.110 企業と福祉の協働による知的障がい者の就業定着への挑戦~「キヤノンウィンドモデル」の実践を通して~ ○丹羽信誠(社会福祉法人暁雲福祉会「八風・be」施設長) 小林浩(大分キヤノン株式会社) 1 はじめに 2008年、大分キヤノン株式会社(以下「大分キヤノン」という。)と社会福祉法人暁雲福祉会(以下「暁雲福祉会」という。)は主に知的障がい者雇用に特化した特例子会社キヤノンウィンド株式会社(以下「キヤノンウィンド」という。)を合弁に基づき設立した。 2006年4月1日に障害者自立支援法が新たにスタート。三障害のサービス一元化や障がい者への就労支援の強化等、従来の施策から大きな転換を迎えた。当時は知的障がいをはじめ、職業的重度判定のある障がい者の雇用はまだまだ限定的であり、就労するための方法を模索する時期でもあった。障害者自立支援法の就労移行支援事業を活用し、企業内実習の機会を設け、障がい者の労働者性を実証し、大分キヤノンと暁雲福祉会はキヤノンウィンドの設立に至った。この経緯については本研究・実践発表会1)にて2009年に発表した。 今回の発表ではキヤノンウィンドが15年の年月を経て、どのような取り組みを実践し、主に知的障がいのある社員達の職域の拡大や就業定着をめざしていたか、さらに合理的配慮をどのように具現化してきたのか「キヤノンウィンドモデル」として明らかにすることを目的とする。 2 職域の拡大への挑戦 2008年当時、キヤノンウィンドの作業内容は主に2種類であった。コンパクトデジタルカメラのバッテリーを専用のケースへ一定数(1ケースに30個ずつ)詰め替えて整えていく詰替作業をメインとし、保証書などを束にして正確な枚数(1束30枚ずつ)を計っていく計数作業をサブとし取り組んでいた。これらの作業は知的障がいの障がい特性に合い、定量を繰り返し作業することで習熟度の高まりやPF値の向上につながっていった。 2008年時点で社員数は5名であり、2010年までの3年間にかけて計15名が採用となり、大分キヤノンの法定雇用率達成に大きく貢献した。一方、急速な社員の増加に伴い、従来の詰替作業や計数作業のみでは社員の総数に対し作業量不足が新たな課題として予測され、職域の拡大が顕著に求められるようになってきた。 企業内実習の時から訓練を積み重ね慣れ親しんだ作業と違い、全く新しいカテゴリーの作業の導入が求められた。 知的障がいのある社員への教育のために、暁雲福祉会からキヤノンウィンドへ在籍出向している福祉専門職をはじめ、大分キヤノンから出向しているキヤノンスタッフが連携し、障がい特性に見合った新規作業の提案、検討、導入の準備に取り組んだ。 操業当初から取り組む詰替は段ボールから定数箱へ定数を移す作業だったが、「同じ向きに並べる」、「箱を満杯にする」、「10までの計数」、「2〜3種類の小分け」、「同じ作業の繰り返し」とした条件が障がい特性とマッチしており、どの社員も取り組めていた。しかし、「職域の拡大」に新たなジャンルが加わった。「貼付」、「組付」である。いずれも障がい特性上、苦手な課題が多かった。「絶対ではなく曖昧な基準で判断が求められる作業」、「手順の多い作業」、「同じ部品を長時間作業すること」、「手首を返す表裏反転作業」、「ピンセットを使う作業」などである。これらの課題を克服しなければ「職域の拡大」は困難であり、社員達に求められる作業レベルは高まった。 そこで大分キヤノンの総合生産技術力を活用すべく生産技術部が新たに参画した。大分キヤノン生産技術部は新規技術開発や新製品立ち上げ準備のための治工具や装置設計を担う重要部門であり、ものづくりのノウハウに精通するチームであった。そこで先述した障がい特性上の苦手作業の特徴を共有し、「貼付」、「組付」の各課題を明確にすることから始まった。特に貼付作業においては課題が著しかった。特定のパーツに特殊なシートを貼り合わせる作業を指すが、特定のパーツを手に持ち、シートを所定の位置に貼り合わせることから「空中作業」、「貼りにくい」、「位置がずれやすい」、「パーツの裏返しが分からない」、「作業リズムが一定でない」などの課題が明らかとなった。   これらの課題解決のために障がい特性に配慮した治具の共同制作に取り組んだ。開発コンセプトは「単純で、判定が明確、ワンタッチでできる」とし、何度も話し合いをし、試作し、「できないことをできるに換える」を目指した。     また、治具を使用することによる心理改善も大切にした。「始まりと終わりを明確にする」、「メリハリのある1、2、3のリズムで」、「簡単で確実な(不良ができない)作業」、「集中力を持続させ、(作業者を)飽きさせない工夫」、「安全で楽しい作業」などである。こうした開発コンセプトを具現化した治具が完成した。社員の誰が使用しても高い品質維持を達成することが可能となると同時に、治具を使用する社員一人ひとりに新規作業への不安を感じ p.111 させないよう動作改善に加え、心理的改善を達成した。 キヤノンウィンドでは2011年より本格的に治具の導入を進め、当初2種類であった作業内容を64種類まで職域拡大することに成功した。 3 合理的配慮の充実 鈴木2)によれば「障害者権利条約(第2条)」の合理的配慮は「非常に個別性の高い環境調整による平等の確保のことを合理的配慮という。(省略)障害がある人が障害のない人と対等平等に仕事ができるような物的、人的環境を整備する義務が、職場であれば事業主に課せられる」と述べている。また、2024年4月1日から「改正障害者差別解消法」が施行され、事業者による障がい者への「合理的配慮の提供」が義務化された。 キヤノンウィンドは2008年の操業当初より合理的配慮の具現化に向けて様々な取り組みを行ってきた。 社員の出勤時からのトラブル等を未然に回避できるように社員専用のキヤノンウィンドバスでの出勤ルートを確立。 広大な大分キヤノンの敷地内にキヤノンウィンドの社屋があり、社員が迷わずに社内生活が送れるように社員食堂やトイレ、ロッカールームなど近距離に配置されたエリア内で快適に過ごせるよう環境を整えている。ロッカールームにおいてはさらに社員一人ひとりのパーソナルスペースに配慮した適正な広さを確保している。 作業面においては先述した職域の拡大において作業種類が多くなり、分業化できるようになったため、社員ごとの得意な作業や苦手な作業をスキルマップにて把握し、得意な作業に取り組める社員同士や相性を考慮してペアによる班編成を柔軟に実施。また、作業面では社員の役割分担を明確化し、ルーティン化するまでロールプレイを繰り返すことで心理的安全性も確保できるようになった。 キヤノンウィンドの特筆すべき合理的配慮は福祉専門職の配置である。福祉専門職は暁雲福祉会の支援員が担うが、キヤノンウィンドの社員はいずれも暁雲福祉会「ウィンド」の就労移行支援事業を活用して一般就労を果たしている。就労移行支援事業を活用した企業内実習において実習生の作業訓練に携わる支援員との信頼関係は大きい。そして、実習生から社員に立場が入れ替わるように、支援員が福祉専門職へ入れ替わり継続して支援に携われることも可能であるため、会社内でのトラブルや相談にも心理的安全性を担保した迅速なアプローチをかけやすく対応もしやすい。 大分キヤノンの社員ともキヤノンウィンド社員が関わる機会を設けている。具体的にはスポーツ大会や納涼祭などの会社イベントへの参加を通じて、別会社の枠組みの中でも同じキヤノングループの一員として仕事をする仲間意識を醸成している。 こうしたソフト面、ハード面の合理的配慮の積み重ねがキヤノンウィンド社員の労働者性や高い就業定着率の安定に良い影響を与え続けている。 4 「キヤノンウィンドモデル」の着実な進化 2008年から2024年にかけて16年という月日が経過した。設立当初、職業的重度判定のある知的障がい者が一般就労を実現できるために何ができるか課題解決に向け生まれたキヤノンウィンド。これまでに36名の一般就労を叶え、今も26名の社員が一生懸命にキヤノンのデジタルカメラ製造に携わっている。社員一人ひとりが携わったカメラパーツが組み込まれたカメラが世界中のキヤノンユーザーに毎日届いている。 特例子会社の設立傾向として親会社による100%出資、社内メール便や社内メンテナンス等によるオフィス補助的な業務が際立つ。法定雇用率達成のために特例子会社設立の傾向やその後の業務内容が似た傾向になるのは、それら類型化された業務が障がい特性に相応しいことが広く認知されているからと考えられる。 しかし、キヤノンウィンドは新しい着眼点でモデル構成を試みた。企業と社会福祉法人の合弁に基づく特例子会社としての設立。親会社である大分キヤノンと同じデジタルカメラの製造に携わり、「職域の拡大」を通して業務内容を当初よりも進化させてきた。また、制度による義務化が始まる以前より障がい特性に応じた「合理的配慮」に着目し、その徹底に取り組んできた。 大分キヤノンと暁雲福祉会との協働による着実な努力の積み重ねが設立当初から目標であった知的障がい者の就業定着率を高く実現している。これからも協働し合いながら、「キヤノンウィンドモデル」を進化させ、現場で働く社員一人ひとりの活躍をサポートし続けていきたい。 参考文献 1)丹羽和美他 第17回職業リハビリテーション研究発表会論文集より「障害者自立支援法下における重度知的障害者の一般就労への可能性について -社会福祉法人 暁 雲福祉会と大分キヤノン株式会社との協同の中で-」,(2009),p86-89 2)鈴木勉・田中智子(編)「新版現代障害者福祉論」,高菅出版(2011),p63 連絡先 キヤノンウィンド株式会社 人事課 TEL:097-524-1122(代表) p.112 就労選択支援で職業訓練を選択する際のポイント~職リハにおけるSDM(Shared Decision Making)~ ○柳恵太(国立職業リハビリテーションセンター 職業指導部職業評価課 障害者職業カウンセラー) 成田賢司(国立職業リハビリテーションセンター 職業訓練部技法普及課) 1 はじめに・目的 就労選択支援(就労アセスメント[障害者との協同による就労ニーズの把握や能力・適性の評価及び就労開始後の配慮事項等の整理]の手法を活用して、障害者の希望、就労能力や適性等に合った選択を支援するサービス)が令和7年10月から施行される予定である。職業訓練は一般就労に繋げる選択肢のひとつであるが、就労選択支援は就労系障害福祉サービスの適切な利用や、一般就労に向けた職業訓練以外の支援機関の活用が期待されている。本稿では、就労選択支援を実践する上で参考にできるSDM(Shared Decision Making)の考え方を踏まえ、国立職業リハビリテーションセンターや、就労選択支援で職業訓練を選択する際のポイントについて情報提供し、選択の一助とする。 2 SDM(Shared Decision Making)について (1) SDMとは SDMは共同意思決定等と訳され、当事者と治療者の双方向によるコミュニケーションを用いた意思決定・合意形成の手法である。これまで、治療者の指示に従うパターナリズムから、治療者が説明する情報に対して当事者が同意するインフォームド・コンセントに変化してきたが、インフォームド・コンセントは「治療者の定型的な説明と当事者からの同意の取得によって、訴訟回避のための証拠書類を残す作業になりかねない」との指摘がある。 SDMは当事者と治療者が積極的に意見を述べ、情報やノウハウを交換・共有し、当事者の想いや希望に沿って、相互で支援方針を決めるプロセスを重視しており、特に不確実性の高い状況に対して、多様性を尊重しながら向き合う場面で意義を持つ手法である。 (2) 就労選択支援におけるSDMの有用性 就労選択支援創設の背景には、障害者の就労能力や一般就労の可能性について、障害者や支援者が十分に把握できておらず、就労継続支援A型・B型の利用が始まると固定されてしまいやすく、障害者の立場に立ち次のステップを促す支援者の有無によって、障害者の職業生活や人生が大きく左右される現状があった。ここにはアセスメント等の支援スキルや、就労系障害福祉サービスの報酬体系等の課題もあるが、加えて、障害者と支援者との意思決定・合意形成のあり方にも課題があるのではないかと考える。 就労選択支援に必要とされる知識・スキルとして、就労アセスメントの手法、ツールの活用、ニーズ把握や情報共有・支援方針検討の際のコミュニケーション、雇用事例や配慮・社会資源についての情報・知識等が挙げられている1)。SDMでは当事者や支援者が提供する情報がある程度整理され、ディシジョンエイドという意思決定支援ツールが作成・活用され、情報共有・意思決定のプロセスがステップ化される等、共通点が多い。就労選択支援を実践するうえでSDMの手法は有用であるとともに、選択される側の支援機関には正しい情報提供が求められると考える。 3 障害者の職業訓練について (1) 現状と課題 障害者の職業訓練は、①国や都道府県が設置した障害者能力開発校(全19校:国立13校[うち機構営2校]、都道府県立6校)、②一般の職業能力開発校での障害者対象訓練科、③障害者の多様なニーズに対応した委託訓練、がある。障害者の職業訓練受講者数は平成16年度の委託訓練・一般校活用事業開始により大幅に増加していたが、平成22年度をピークに減少し、令和4年度は受講者数4,637名に対して、③が56%、①が27%、②が17%となっている。 令和4年度の①全体の平均入校率(入校者数/定員数)は57.5%で低下傾向にあり、周知や関係機関との連携強化による定員充足が課題である。また、①全体の平均就職率は69.3%で、就職率の向上や就職支援の強化が課題である。 (2) 国立職業リハビリテーションセンター 国立職業リハビリテーションセンターは埼玉県所沢市にあり、昭和54年に設置され、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が運営している。職業能力開発促進法に基づく中央障害者職業能力開発校と、障害者の雇用の促進等に関する法律に基づく中央広域障害者職業センターの2つの機能を持ち、職業訓練指導員と障害者職業カウンセラーが配置され、職業評価(入所選考)、職業訓練(6系・11科・17コース)、職業指導(就職支援、適応支援等)、その他の障害者職業訓練校への指導技法の普及等を実施している。 令和5年度の入所者数は149名(入校率82.8%)で、内訳は精神障害49名、発達障害46名、身体障害38名、高次脳機能障害8名、知的障害7名、難病1名である。就職率は82.3%である(職業訓練修了後3カ月目時点を集計)。 p.113 4 職業訓練における就労アセスメント(入所選考時) 就労アセスメントは本来様々な場面・段階で断続的に実施されるものだが、国立職業リハビリテーションセンターでは年10回の応募機会に職業評価という名称で入所選考を行っており、これも一種の就労アセスメントと言える。 令和2〜4年度の入所選考(特に各訓練コースで実施する作業評価)において課題があったため、下記①〜④の観点で見直しを行い、令和5年度から新たな方法・評定で入所選考を実施している。 ①効率化:訓練コースの受講に必要な能力・適性が整理しきれず複数の作業課題を実施していたことを改め、訓練コースの受講に真に必要な能力・適性に対し最小限の課題を設定し、評価者・被評価者の負担を軽減することとした。 ②公平性:実際の訓練で実施する作業課題が多く、経験値が作業結果に大きな差を生じさせていたことを改め、過去の経験によって作業結果が影響を受けないような課題を選定し、必要な能力・適性があれば誰もが公平に訓練コースを受講できる環境を整備することとした。 ③標準化:作業課題の困難度を一切考慮することなく一定の評価基準で評定していたことを改め、作業評価の得点(粗点)を一定の統計処理により標準化した基準を用いて、作業課題の困難性を考慮した評定を行うこととした。 ④必須条件の確認:訓練による技能・知識の習得可能性が教示レベルという概念で評定されており、丁寧な教示が必要なほどマイナスとなる重み付けがされていたことを改め、訓練コースの受講に必要な能力・適性とは別に、訓練による技能・知識の習得可能性を独立した評価項目として設定し、教示を含む合理的配慮に基づき「訓練指導員の指示・助言を理解して、学習したことを反映・再現できるか」等の訓練指導時の視点を踏まえ確認することとした。 令和2〜4年度の合格率の平均は64.6%であったが、令和5年度の合格率は75.5%と上昇し、入所選考の見直しにより職業訓練利用の間口が広がることに繋がった。 5 就労選択支援で職業訓練を選択する際のポイント 就労選択支援で職業訓練(国立職業リハビリテーションセンター)を選択する際のポイントについて、特に他の社会資源と比較したメリットを中心に情報提供する。 (1) 専門的なスキル習得による就職やキャリアアップ 職業訓練指導員が訓練生一人一人の習熟度に合わせて個別訓練を実施し、専門的なスキルを習得させ、就職に繋げる。職業訓練を受講しなくても就職自体は可能であるが、職業訓練受講により専門的なスキルを活かした職種や求人に就き、就職後や転職後のキャリアアップを図れる。 (2) 企業との連携を活かした就職支援 民間企業での障害者の法定雇用率が段階的に引き上がり(令和6年4月~2.5%、令和8年7月~2.7%)、企業では障害者の人材確保が課題である。当センターには多様な障害者が常時100名以上在籍しており、令和5年度は167社が当センターを見学し、採用に向けて29社が当センターで会社説明会を開催する等、企業との連携を図っている。 (3) 職業訓練指導員と障害者職業カウンセラーの協働 職業訓練指導員と障害者職業カウンセラーがそれぞれの専門性を発揮・連携しながら、職業訓練や就職支援を行っている。例えば、入所選考時の面接では両者が同席することで、定型的な質問だけに終始せず、障害特性やキャリア、就職を希望する業界の動向等を踏まえた相談を行っている。 (4) 金銭的な支援制度の充実 公共職業訓練は離職者訓練と求職者支援訓練の2種類があり、訓練期間中において前者は雇用保険(失業保険)の支給が延長され、後者は職業訓練受講手当として月額10万円が支給される。いずれも支給は一定の要件を満たす場合に限るが、金銭的な支援制度により生活面の不安を軽減し、安心して職業訓練や就職活動に臨むことができる。 6 おわりに(職リハにおけるSDM) SDMにおいて、意思決定支援ツール(ディシジョンエイド)を単に使用したからSDMが実践されたわけではない。就労選択支援においても同様で、就労支援のためのアセスメントシートやMWSを単に使用し、ケース会議を形式的に実施したからといって良い選択ができたわけではない。大切なことは一般就労という可能性へ挑戦するなかで、障害者の価値観や希望に支援者が伴走しながらともに取り組み、時には変化に柔軟に対応していく姿勢であると考える。 また、哲学者の國分功一郎は意思決定支援という言葉に代えて「欲望形成支援」という言葉を提案しており、曖昧で矛盾した欲望を共同で形成していくことが重要であると述べている。職業訓練のひとつのゴールは一般就労かもしれないが、職業訓練で専門的なスキルを習得するなかで「スキルを発揮したい」「配慮があればできる」と思えるようになることは欲望形成支援であり、職業能力開発の一端とも言える。これは職業訓練に限らず職業リハビリテーションにおいても同様の重要性が示唆されるだろう。 本稿では職業訓練として国立職業リハビリテーションセンターについて情報提供したが、当機構が運営する同様の施設が岡山県の吉備高原にもあるため(国立吉備高原職業リハビリテーションセンター)、就労選択支援においては両施設の利用・選択も是非一考願いたい。 参考文献 1) 前原和明『就労アセスメントと就労選択支援従事者に求められる研修内容について』,第31回職業リハビリテーション研究・実践発表会 パネルディスカッションⅡ(2023) p.114 完全在宅就労移行支援による、在宅勤務就労事例 ○木村志義(一般社団法人ペガサス 代表理事) 1 一般社団法人ペガサスの紹介 まずは、簡単に一般社団法人ペガサス(以下「当社」という。)について紹介する。2013年創業(当初は通所型のみ)、現在は神奈川県平塚市と逗子市で、障害者就労移行支援と定着支援事業を行っている。完全在宅の就労移行支援は、2022年夏からスタート、現在の支援は、通所と在宅のハイブリットとなっている。 2 完全在宅就労移行支援を開始した経緯 次に、完全在宅就労移行を始めた経緯を説明する。通所型としてスタートしたものの、当初から様々な理由で通えなくなってしまう利用者が少なくはなく、リモートでの支援の必要性を強く感じていたが、当時は在宅勤務の障害者雇用は皆無であり、自治体からの支給決定が非常に困難であった。しかしながら、新型コロナウィルス感染拡大により、完全在宅の障害者雇用も急増し、2021年から準備を始めその翌年からスタートすることができた。 3 利用者の状況 (1)支援実績:2022年7月(開始)~2024年8月 ・在宅支援延べ利用者:20人 ・退所者:1人(体調不良のため) ・就職者:4名(本社所在地:東京2名、神奈川1名、福岡1名) ・就職活動中:5名 ・就職活動準備中:10名 (2)障害者手帳種別 ・身体障害:5人(25%)(下肢障害3人、難病2人) ・精神障害:15人(75%)(発達障害者含む) (3)居住地別 ・神奈川県:7人(35%) ・東京都:7人(35%) ・埼玉県:4人(20%) ・茨城県:1人( 5%) ・山梨県:1人( 5%) 4 就労事例 (1)Aさん(50代女性)の事例 ア 障害 身体障害2級:事故の後遺症による、上肢、下肢、体幹機能障害。 イ 強み コミュニケーション力、マネジメント力(会社経営の経験あり) ウ 配慮事項 下肢障害による移動、上肢障害によるパソコン入力スピード、体幹機能障害による作業時間(週20時間) エ 1年目・準備期間(2022年7月~2023年8月) 障害者在宅勤務の求人は、事務職が多いため、パソコンスキル習得に力を入れた(実務での使用経験が少なかった)。また、上肢の障害から使える指が限られるため、パソコン操作方法の工夫や、体幹機能障害があっても、出来るだけ長い時間座位を継続する方法の検討を行った(これらは、作業療法士のサポートも受けた)。 オ 2年目・就職活動(2023年9月~2024年2月) 障害者の在宅求人はほとんどが事務職であり、ハローワークの障害者雇用完全在宅求人は、募集1人に対し時には100人以上の応募がある、激戦区だった。果敢に応募するも、事務の職歴なし、パソコン入力スピードに配慮必要、フルタイム勤務不可等、不利な条件が多く、軒並み落選した。「自分の苦手なことで、働いていかなければならないのだろうか?」と就職活動の方向性に疑問を持つようになった。 カ ある人材派遣会社との出会い このような状況の中、ある人材派遣会社の採用担当を紹介された。従業員数約1,000人の中堅規模で、障害者雇用の合同面接会に参加しても、求職者はネームバリューのある大手企業のブースに集まり、また業種柄、障害者雇用率算定の分母に派遣社員も含まれてしまうため、障害者法定雇用率達成には苦労しているとのことだった。人事部の業務を尋ねてみたところ、全国の支店に広がる社員の面談を、時にはオンラインで行っており、今後面談の頻度を上げていきたいが、面談担当が少なく苦労しているとのことだったので、Aさんを紹介したところ、とんとん拍子で話が進み、2024年3月1日付での入社が決まった。その後定着支援も順調に進み、現在では、4か月で約50人の社員のオンライン面談を任されるなど、多忙な日々を送っている。 (2)Bさん(20代男性)の事例 ア 障害 精神障害3級:気分変性症、広汎性発達障害 イ 強み ITリテラシーが高い。論理的思考ができる。 p.115 ウ 配慮事項 気分、体調に波がある。こだわりが強い。 エ 準備期間(2023年7月~12月) 体力面を考慮し、午前中のみ週5日の訓練からスタートするも、不定期に体調を崩し安定して参加できなかった。本人に聞取りを行ったところ、午前よりも午後の方が体調が良いため、就職後は当面午後のみの半日勤務を希望とのことだったので、訓練の時間帯も午後のみに変更した。その後、訓練の出席率も上がり、本人から企業実習の希望が出るようになった。 オ 実習→トライアル雇用(2024年1月~) このような中、あるオンライン研修で、従業員20数名の不動産会社で、在宅勤務により数名の障害者雇用をしている社長の話を聞いた。会社所在地が、私の自宅から近かったこともあり、早速訪問したところ、在宅の障害者雇用は主にCADオペレーターとして勤務、まだ採用ニーズがあるので、経験がなくても、パソコンが得意な方がいたらつなげてほしいとの依頼があり、Bさんを提案、その後1週間の実習を行い、高評価を得た。まだ体調が安定しない日もあるため、まずは2024年3月から、トライアル雇用で勤務を開始(13:00-17:00、週5日勤務)。現在、9月からの本採用に向けて、勤務時間も、11:00-18:00に延長し、ほぼ欠席なく安定して勤務中。 (3)Cさん(40代男性)の事例 ア 障害 精神障害3級:広汎性発達障害 イ 強み ITリテラシーが高い。集中力がある。作業が早い。 ウ 配慮事項 過集中傾向がある。口頭指示が入りにくい。 エ 1年目・準備期間(2023年3月~2024年2月) 最初の3か月は、在宅での訓練に慣れること、色々な訓練時間帯を試しながら、自身にあった勤務時間の把握に努めた。その後、週30時間を目指すことで方向が固まり、当社の訓練時間が週25時間ということもあり、訓練時間外にも自主的に取り組むことにより、安定して目指す働き方ができるよう努力を重ねていった。また、本人の希望により、業務経験はないもののWEBエンジニアを目指すこととした。 オ 就職活動→トライアル雇用(2024年3月~) 2年目に入り、当初計画通り就職活動を開始した。在宅勤務の障害者雇用の求人を調べていく中で、40代未経験のWEBエンジニアの募集は皆無に等しいことが分かり、希望職種を事務職に切り替え、進めていった。障害者の在宅勤務、事務職の公開求人の競争率は非常に高く、苦戦を強いられたが、持ち前の集中力とスピードで、次から次へと応募し、6月に内定を決めて7月からトライアル雇用での勤務を開始している。 5 障害者の在宅勤務における課題 一番の課題は、公開求人の競争率の高さであると感じている。求人によっては、100倍を超えるケースもあり、在宅求人の競争率の高さによる弊害は、就職が難しくなっていることはもちろんのこと、なかなか就職が決まらない中で、失敗体験を繰り返すことによる、障害者のメンタルの維持が難しくなっていることも挙げられる。当社の完全在宅での就労移行支援でも、リモートゆえコミュニケーション面での制約がある中、こういった利用者のサポートは今後の課題になりえると考えている。 競争率が高い要因として考えられるのが、在宅勤務を希望する障害者が多くいることとともに、企業側の障害者を在宅勤務で雇用することへの認識が、薄いことである。法定雇用率が上がり続ける中、通勤で働ける障害者は雇用が進み、労働市場では非常に少なくなっている感がある。一方で、公共の交通機関や自動車での通勤、また会社での人間関係構築等がネックとなり、出社はできないものの在宅でならしっかり仕事ができる障害者は多数いることを、この事業を行って痛感している。新型コロナウィルス感染拡大以降、在宅勤務は新たな働き方として急速に広がってきた。障害者雇用においても、多様な働き方が広がっていくように、企業への啓蒙活動の重要性を強く認識している。    連絡先 木村志義 一般社団法人ペガサス Tel 046-854-9061 e-mail kimura@pegasus-job.com p.116 継続的な就労に課題のある就労移行支援事業所に通所する成人に対する刺激等価性/関係フレーム理論に基づく訓練の実施とその効果 ○岩村賢(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 研究員) 高津弘明・清水菜津子(株式会社スタートライン るりはり大宮) 刎田文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 背景と目的 刺激等価性/関係フレームスキル(以下「SE/RFスキル」という。)は、人の言語・認知能力を形成する重要な基盤であり、訓練を行うことで言語・認知能力の向上や適応行動にポジティブな影響を与える事が明らかになっている。海外では、SE/RFスキルに関するいくつかの訓練パッケージが開発されており、それらの訓練が、障害児を含む幼児・児童によい効果を与えることが明らかにされている。先行研究では、主に、子供を訓練の対象としており、職業場面での成人に対する訓練効果に関する研究は非常に少ない。一方で、SE/RFスキルは業務上のコミュニケーションや作業など、様々な職業場面で用いられている。障害者雇用の場面では、一部のRFスキルが獲得できていないことにより、コミュニケーションや業務に課題を抱える者は多いと考えられる。そこで就労移行支援事業所において、就労に向けた訓練の一環としてSE/RFスキル訓練を行うことで実際の職業能力の向上や職業定着にポジティブな効果があると考えた。本研究では、就労移行支援事業所利用者に、PC上で実施できるSE/RFスキル訓練に取り組んでもらい、訓練の効果を検討することを目的とした。 2 方法 (1)参加者 就労移行支援事業所に通所している、自閉症スペクトラム・ADHDと診断された20代の男性、Aさん。 (2)訓練実施前における就労移行支援事業所での課題 対象者が通所する就労移行支援事業所の支援員から、以下の項目が課題点として挙げられた。 ア 衝動性/イライラ 自分の思い通りにいかない環境、出来事があるとイライラが生じる。自責・他責のいずれかの気持ちに繋がりやすい。そのような状態になった際には、セルフマネジメントは難しく、突発的な支援員との面談を行う以外では、対処することが困難だった。 イ スケジュール管理 支援員から作業指示を行った際に別の作業をやりたがる様子が見られた。また、模擬業務中に、失敗を恐れて確認行動を複数回行い、報告なしに予定作業時間を超過してしまうことがしばしば見られた。 (3)評価 訓練実施前後に対面で以下の評価を行った。 ア PCA PCAは言語・認知能力を評価するツール1)であり、SE/RFスキル訓練パッケージであるPEAK2)を基に開発されたアセスメントツールである。PCAは、D(直接体験学習)、G(般化)、E(刺激等価性)、T(関係フレーム)の大きく4つのモジュールに分類されている。さらに、関係フレームのモジュールは、図版を見て、正解を選択する形式の理解、音声の読み上げに対して音声表出で回答する表出の2つに分かれている。 イ 関係フレームスキルアセスメント(以下「RFSA」と いう。) RFSAは職業分野で活用できるRFSの評価シートである。等位、区別、比較、反対、階層、時間、空間、視点取得の8つの関係フレームの下位項目があり、それぞれ6つの設問で構成されている。 (4)訓練 ア 訓練実施期間 200X年3月~200X+1年2月までの11ヶ月のうち約9ヶ月間訓練を行った。体調不良や実習等に参加する場合があったため、合計2ヶ月ほど実施が出来ない期間があった。 イ 訓練課題 PC上で実施できるSE/RFスキルの見本合わせ訓練を行った。課題は、PEAKの訓練パッケージを参考に作成したものと刺激等価性の訓練構造から成る、独自の関係フレーム訓練課題を用いた。 ウ 実施方法 Aさんは、平均して週に2、3回、1回10分から30分程度、PCを用いて訓練を行った。基本的には参加者は単独で訓練を実施したが、正答が難しい課題については支援者が補完手段やプロンプトを呈示しながら訓練を行った。 3 結果 (1)訓練の詳細 Aさんは、累計で831課題に取り組み、平均正答率は97.2%だった。正答率が低い課題は必要に応じて補完手段やプロンプトを用いて繰り返し訓練を行った。 p.117 (2)PCA結果 図1 PCAのDの得点変化(16点満点) 図2 PCAのGの得点変化(16点満点) 図3 PCAのEの得点変化(6点満点) 図4 PCAのT理解の得点変化(16点満点) 図5 PCAのT表出の得点変化(16点満点) PCAの結果を図1~5に示した。Dは訓練前後で同じ結果だった。Gは1項目を除き向上した。Eは推移律が向上した。Tの理解は比較、反対を除き向上した。Tの表出は視点取得が大きく低下したが、等位、比較は向上した。 (3)RFSA結果 図6 RFSAの関係フレーム別得点変化(6点満点) 図6にRFSAの結果を示した。反対と階層に関しては訓練後のテストで得点が低下したが、時間に関しては向上した。 (4)行動変化 課題点に関して訓練終了後、支援員から以下の報告があった。 ア 衝動性/イライラ 突発的な面談の実施回数は減った。以前は気になる事があると突発的に面談していたが、気になることをメモに書き起こし、決められた報告の時間内で、支援員に報告・相談することが出来た。 イ スケジュール管理 スケジュールを守れるようになった。訓練を単独で実施中は、集中して取り組むことが出来た。面談予定についても、自分からスケジュールを確認して、支援員に依頼することで対応できるようになった。 4 考察 評価の結果、SEスキルに関して一貫した向上が見られた。RFスキルに関しては、理解と表出で変化に違いがあった。加えて、訓練前に挙げられた課題点は改善しており、SE/RFスキル訓練が、就労移行支援利用者にポジティブな効果があることが示唆された。これらの改善はPCA-Tの階層や視点取得、RFSAの時間などのスキルの向上と関連している可能性が考えられる。 今後はさらに多くの方にSE/RFスキル訓練を提供し、職業場面における効果を検討していきたい。 参考文献 1) Dixon, M. R. PEAK comprehensive assessment. Shawnee Scientific Press. 2019 2) Dixon, M. R. The PEAK relational training system. Carbondale: Shawnee 2014-2016 p.118 就労継続支援A型で「厚生労働省編一般職業適性検査」を用いて自己理解を深め、一般就労へ向けた支援の一事例 ○中島実優(ヴィストジョブス金沢入江 職業指導員) 1 はじめに (1) 会社概要 ヴィストジョブス金沢入江は就労継続支援A型の事業所である。利用されている方たちは一般就労を目指し、個別支援計画の目標に沿いながら、日々業務を通して訓練している。施設内の作業としては AIが作成した音声データの編集を専用ソフトを使用して行う作業(以下「音声データ編集作業」という。)や、あぶらとり紙の選別作業、アクセサリーの作成作業などを行っている。 (2) 対象者概要 ・障害診断名:双極性障害 ・性別:女性 ・年齢:37歳 ・利用年数:4年8か月 ・作業:施設内にて主に「あぶらとり紙の選別作業」と、 「音声データ編集作業」に従事する。 現在は勤怠が安定し、PMSの時を除いて症状は落ち着いてきているという自覚があり、支援者の見立ても同様。 (3) 対象者の目標とその背景 ア 対象者の目標 一般就労に向けて自己理解を深める。自己理解を深め、一般就労する。 イ 背景 ヴィストジョブズ金沢入江で働き始めてから4年8か月が経過し、症状も勤怠も安定してきた。また以前は自尊心が低く、指摘を受けると精神的につらくなることもあった。しかしセルフケアが出来るようになったこと、またオンとオフの切り替えが出来るようになり、精神的にも安定してきたことを自覚している。 しかし対象者は一般就労につきたいという思いはあるが、自身の適性が理解できていないという思いから一般就労には至っていない。よって職業適性検査にてフォーマルアセスメントを行い自身の適性を理解し、それを踏まえたうえで一般就労を目指すこととした。 2 適性検査 (1) 検査方法 石川障害者職業センターにて、厚生労働省編一般職業適性検査(GATB)を行う。職業評価の検査方法は「GATB」や「16課題版 MWS 簡易版」である。 (2) 結果 ・「手腕」(手腕や手首を巧みに動かす能力)に適性があること。 ・「うっかりミスが多い」こと。 上記2点が判明した。 3 介入方法(チェックリストの活用) (1) 適性検査を踏まえて 「うっかりミスが多い」ということが適性検査にて判明した。普段の業務から対象者もその自覚があり、なくしていきたいという思いがあることから、訓練していくこととなった。 ア 訓練方法 作業チェックリストを使用することによって、うっかりミスが減っていくかの経過をとる。また、チェックリストは経過をとりながら、対象者に合わせて変化していくこととした。チェックリストを使用して作業訓練をするものは、「あぶらとり紙の選別作業」と 「音声データ編集作業」とする。 イ チェックリスト あぶらとり紙の選別作業で現在使用しているチェックリストは、図1の項目であり、作業を行った後にチェックを自身で行う。そのチェックリスト通りに作業していくことが出来ているかの経過をとり、チェックリストを活用することが、うっかりミスをなくすことにつながるかの経過をとる。 図1 あぶらとり紙の選別作業チェックリスト p.119 音声データ編集作業でのチェックリストは図2の項目であり、経過のとり方はあぶらとり紙の選別作業と同様である 図2 音声データ編集作業のチェックリスト 4 結果 (1) あぶらとり紙の選別作業 2024年4月から経過をとり始めた。当初は現在のチェックリストではなく、図1の作業チェックの項目を5段階の自己評価としていた。しかし、企業に納品した際にその通りの作業がなされていないと毎回フィードバックをもらうことが1か月半ほど続いた。よってよりシンプルなものに変更し、作業したかどうかのチェックのみ行うものとした。変更当初は10束作業すると、名前欄の間違いが2束、茶紙に化粧紙が混じっていたことは5束などミスが総計して7束という結果であった。しかしチェックリストを変更してからは、50束作業をすると、ミスは5束と7分の1にまで減少した。 (2) 音声データ編集作業 2024年4月から経過をとり始めた。チェックリストの使用前は納品したものに対するフィードバックが多く、必要事項の確認漏れが3提出物に対して平均して15件ずつあった。しかしチェックリストを使用してからは、7提出物に対して平均して1.3件ずつとなり、減少した。 5 職場実習 (1) 職場実習に至るまで チェックリストを使用すると、ミスが格段に少なくなり、質のいいものを企業に届けることが出来るようになった。また対象者所感として、チェックリストがうっかりミスをなくすことにつながり、自信につながったとのことだった。このことから2024年7月に職場実習を行うことに至った。 (2) 職場実習を終えて 実際に自身の得意・不得意の自己理解がより一層深まったとのことだった。得意なこととしては、一定のスピードでの作業や、そろえる作業。不得意なこととしては、覚えることが多いこと、全体行動での臨機応変な行動、確認作業が出来ないと感じる環境での作業。また、理解が深まったこととしては、以前よりもきつく言われてもへこたれなくなったことをあげられた。 6 考察 厚生労働省編一般職業適性検査を受けることにより自己理解が深まり、手腕に適性があり、特性としてうっかりミスが多いことが判明した。その特性であるうっかりミスをなくすために、チェックリストを介入方法として選択し、対象者が日々の作業で実施した。チェックリストを使用することによってミスが少なくなり、うっかりミスをなくしていく手段としてマッチしていることを自覚した。また、チェックリストは行動に沿ったシンプルなものが対象者にはマッチしていることも分かった。うっかりミスを減らすことが出来たことにより自信を持つことが出来、作業の質は上がっている。 日々の作業や訓練を通して自身や作業に自信がついてきたことから、一般就労に向かう意思は変わらずもち、今後も職場実習に行きたいとのことだった。 上記より、自身の適性を知ることや自己理解の深まりは自信へとつながり、一般就労に向けての取り組みとして必要であることが考察される。 7 今後の課題 自身にあったチェックリストを作成できるようになることが課題としてあげられる。また、チェックリストを用いてもミスが続く場合は、対象者にマッチしていない可能性があるため、変更も出来るようになることもあげられる。 今後は上記の課題が解決できるよう、自身でチェックリストの作成や、マッチしていない時にはどのようなものを作成していったらよいかの指導を行い、より対象者の目標である一般就労に向けて伴走していく。 p.120 一般校からの就労相談にTTAP・BWAP2を活用したケース~アセスメントを通じての、家庭・関係機関との連携~ ○酒井健一(社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター 職業準備・職場定着支援係長) くしろ・ねむろ障がい者就業・生活支援センターぷれん スタッフ一同 1 はじめに 社会福祉法人 釧路のぞみ協会 自立センター(以下「自立センター」という。)では、くしろ・ねむろ障がい者就業・生活支援センターぷれん(以下「ぷれん」という。)を受託して運営している。ぷれんでは、職業的自立を果たすことを目的として、評価・アセスメントを実施し、対象者に応じたプログラムの作成・支援、そして、地域の関係機関と連携しサポートを行っている。今回、幼少時に手帳を取得したが、通常教育を受け続けた対象者について、TTAP・BWAP2のアセスメントを実施し、その結果を家庭・学校、医療と共有する事により、進路選択の一助とした事例について発表する。 2 本人の概要 T氏~17歳の男性。幼少期から発達の遅れがみられ5歳の時に広汎性発達障害の診断を受け療育手帳を取得。家族が小中学校は、対象者がのびのび学び通学できることを願い遠方の少人数の学校に入学させた。大きな問題なく学校を卒業し、その後、普通高校に進学するもこれまでと環境が大きく変化した事や、特性から、周囲とのコミュニケーションが上手く取れない、学業不振などの問題が顕著となった。高校2年生時の進路を具体的に検討する時期にも、漠然と就職したい希望はあるものの対象者は、自ら目標を持つことが難しく、担任からぷれんに問い合わせがあり、相談開始となった。 3 本人・家族・学校との面談を通じての課題の整理 対象者の状況を把握するため、母親同席の元、対象者と面談を実施している。母親からは、自ら意志を伝えることが苦手、また、家庭での日常生活においては、多くの部分で母親が援助を行っていることなどの課題が確認された。対象者に対する質問に対しても簡単な「はい」「いいえ」でこたえられる以外の返答ができず、返答に困った際には母親の顔をみて助けを求め、母親が返答していた。また、担任への聴取では、家庭ではできないとされていることも出来ている事もあったため、環境によるスキルの変化を明らかにすることを目的として、TTAP・BWAP2のアセスメントを実施してハードスキル・ソフトスキルの整理を行う事とした。 4 BWAP2の実施 在学時にBWAP2を実施して「就労の課題」を整理し支援のニーズを整理することとした。BWAP2では、「仕事の習慣・態度」「対人関係」「認知スキル」「職務遂行能力」の4領域のスキルアセスメントが可能となる。また、「援助要求スキル」等が多く含まれている。アセスメント結果は。 相対的に解釈できるTスコアの結果は職業習慣(HA)41点(以下「HA」という。)対人関係(IR)39点(以下「IR」という。)認知能力(CO)46点(以下「CO」という。) 仕事の遂行能力(WP)32点(以下「WP」という。)職業能力レベル(BWA)37点(以下「BWA」という。)WPでは生活介護レベル、全体では福祉就労(低)レベルとしての結果が見られた(図1)。 図1 BWAP2の評価結果 在学時 5 TTAPの実施 BWAP2の結果(図1)を基に、学校、家庭において就労に向けた取り組み内容を具体化するために知的障害を伴う自閉症を対象としたTTAPによるアセスメントを実施した(図2)。の検査道具を使い実際に検査を行う直接観察尺度ではハードスキルの面では合格(以下「P」という。)が多く見られている。ソフトスキルの面では周囲の状況をみて行動するという項目等に芽生え(以下「E」という。)が見られている。家庭尺度では母親に半構造化面接によるアセスメントを行った。ハードスキル・ソフトスキル共にEが多く見られている。例として職業スキルの項目では、「一人で衣服を洗濯して乾かす」の項目や「食器を洗って乾燥させる」というような、直接観察尺度でPとなった項目についてもEがついている。これらは、日常生活場面におい p.121 て母親の介入度が高く対象者が自ら行動する機会が少ない環境であることを示していると考えられる。特に自立機能の項目で顕著に現れた。学校尺度では、担任に半構造化面接を行った。学校尺度でも家庭尺度同様に、多くの項目で、Eの検査結果となっていることが分かった。特に「時計の時間が分かる」のような、集団生活において、他人に依存することができる項目で芽生えが見られている。また余暇スキルについては「集団行動に参加する」等を含めた、他者とのコミュニケーションが必要な事についてはEの検査結果となっている。3尺度、6領域のアセスメントからTTAPの結果として分かった事は、対象者が獲得しているスキルは多いが、環境の違いにより活動状況に差異がある事が分かった。 図2 TTAPのスキルプロフィール 6 アセスメントの結果から BWAP2(図1)、TTAP(図2)の結果から、基本的なスキルとして身についている事は多く見られてはいるが、今までの学校生活や家庭環境から汎化出来ていない事がEの検査結果となっている事が分かった。アセスメントの結果を計画につなげるための分析フォームでは指導目標設定を行った。BWAP2の4領域HA・IR・CO・WPの項目も反映することにした。職業スキルでは作業を行う際には絵やマニュアルの提示等で習熟を促す。職業行動では業務を行う際には具体的な数量を設定し自ら確認すること。構造化することで整理・物の管理を行うこと。自立機能では自身でスケジュールや手順書を確認して行動すること。身だしなみを整えること。余暇スキルでは、オンとオフの切り替えが出来ること。機能的コミュニケーションでは、日誌等を用いて自らの行動を振り返りニーズを相手に伝えること。対人スキルでは、最低限の場面に沿った行動や振る舞いが出来ること。これらの事を目標として計画を立案している。 7 家庭・学校・医療との共有 対象者のストレングス・課題についてアセスメント結果を基に対象者・学校・家庭と面談を実施している。対象者が服薬をしていることから医療との情報共有も行った。獲得しているスキルについては、就労の場面でも活かせるような環境を確認・構築する必要も示唆した。Eのスキル項目に関しては、家庭、学校と連携して取り組むことで獲得が可能となる事を伝え実施となった。また、今後の進路としては①職業準備性を高める必要があること②継続したスキル向上が期待できることを伝えた。その後、学校の進路面談でも検討を重ね、その結果、対象者・家族共に卒業後は、就労移行支援事業所の利用を希望された。 8 就労移行支援の活用 就労移行支援事業の利用直後スキル向上に向けた取り組みを確認するためBWAP2を実施した(図3)。 図3 BWAP2の評価結果 就労移行利用時 家庭・学校が協力して取り組むことで各項目もスキル向上が確認されBWAは生活介護から福祉就労と向上した。今後の就労移行支援事業での活動に期待ができる結果となった。 9 まとめ 近年、就労相談の対象が多様化している。今回のような通常教育を受けている方達からの相談も増加しており、この傾向は継続すると考えられる。今回、実施したBWAP2は行動観察を中心とするアセスメントであることから高い専門性を必要とせず実施可能である。TTAPのアセスメントは詳細にスキルの整理が可能でEからPまで導くことができ、より具体的な就労への道筋が見出せるものであった。また、対象者のみならず、家庭・関係機関との共有を図り易いツールである。両アセスメントの結果からは、今後、どのような具体的な取り組みが有効なのかも確認できた。継続したアセスメント、それに基づく連続した支援が可能となり、本人の自己理解も進む結果となった。 参考文献】 1) 梅永雄二『TTAP-自閉症スペクトラムの移行アセスメントプロフィールTTAPの実際』 2) 梅永雄二『発達障害の人の就労アセスメントツール』 連絡先 酒井健一 社会福祉法人 釧路のぞみ協会 自立センター e-mail jiritsu-center@sky.plala.or.jp p.122 MWS社内郵便物仕分(簡易版)による応用的アセスメント法の検討~健常者データの詳細な項目分析を通じて~ ○知名青子(障害者職業総合センター 上席研究員) 渋谷友紀(障害者職業総合センター) 清水 求(元障害者職業総合センター)  1 背景と目的 障害者職業総合センター研究部門では、職業リハビリテーションの支援技法のひとつとして平成11年度から現在まで「職場適応促進のためのトータルパッケージ」の研究開発を行ってきた。身体障害や知的障害に焦点化されたそれまでの訓練技法では、統合失調症患者や脳機能障害者の職業上の支援ニーズを十分に捉えきれなかったことが開発理由となっている。 近年、復職や就職を目指す障害者で、気分障害、適応障害、発達障害、高次脳機能障害がある人が職業リハビリテーションの対象として拡大する中、現場での支援手法のニーズに合わせて当初のワークサンプル幕張版(「Makuhari Work Samples」以下「MWS」という。)よりも難易度の高い「給与計算」「文書校正」「社内郵便物仕分」の3つの新規課題が開発・市販されるに至った。 MWS新規課題は特有の複雑性(作業遂行にあたって処理すべき情報量が多い構成)が難易度を高める要素として取り入れられた。だが、その複雑さ故に支援者自身が課題構造を理解するという点、複雑性を活かした支援現場での活用という点において難しさがあることが考えられる。これら活用上の課題への対応として、研究部門では教材や活用モデルなどを作成・提供している1)。 さて、MWSは達成水準を確認するための指標として一般参考値を課題ごとに設けており、具体的には年代・性別での作業時間、正答率のパーセンタイル順位を整備している。この作業時間の長短、正答率の高低によって課題の難易度がレベルに対応していることが確認されている。一方、課題の構造に仕組まれた複雑性の性質そのものについては、開発・市販化以降、特に検討はなされていない。MWSのアセスメント・トレーニングツールとしての効果的な活用や、ツールそのものの精度向上・品質改善の観点からは、複雑性についてより一層、理解を深める必要があると考えられる。 以上から、本稿では3課題の中でも地域障害者職業センターやその他の就労支援機関の現場において活用率が高い「社内郵便物仕分」課題を取り上げ、項目分析を行うことで課題の複雑性について検討するとともに、簡易版の結果を職業的アセスメントへ活用するための結果解釈の視点について考察する。 2 方法 (1) 分析対象の新規課題及び解析ツール MWSには課題の体験に加えアセスメントとしての活用が想定されている簡易版と、難易度の低いレベルから高いレベルまで課題が用意された訓練版がある。両者の設計は共通している。今回、分析を行うにあたっては一般参考値の元となる健常者データ数が、1課題あたりで最も多い簡易版を用いた。分析には統計解析ソフトR及びIBM SPSS Statistics Ver.28を用いた。 (2) プロセス1(一般参考値に基づくシミュレーション)  新規課題の開発時に整備された簡易版の一般参考値(正答率、作業時間、性別、年代)を用いて、模擬データ(実際にある164名のデータをもとにした1万人規模データ)を生成し、簡易版の下位項目として設定されている20試行について項目反応理論※1による解析を実施した2)。結果、簡易版の20試行(レベル1~5相当)は、同レベルの試行でも難易度の水準が一定でなく、ばらつきが想定されること、また、識別力※2の低い項目も推定された。 図1 模擬データ生成とシミュレーションのプロセス (3) プロセス2(実測データを用いた分析方針の検討) プロセス1で実施した模擬データでの解析を踏まえ、実際のデータを用いて解析を実施することとした。公開済みの一般参考値は20試行全体の実施時間と平均正答率のみであるため、さらに詳細な分析を行う目的で試行ごとの素 p.123 点を用いることとした。なお、データの二次利用にあたっては障害者職業総合センター調査研究倫理審査委員会による倫理審査を受け承認済みである。 始めの手続きとして項目反応理論の実施条件、①「1次元性:そのテストが全体として単一の能力を測っているか」、②「局所独立性:テスト項目間に相関があるかどうか(無相関が望ましい)」について検討した(図2)。 結果、実際のデータから社内郵便物仕分簡易版は「1次元ではないこと」及び「局所独立性がないこと」が明らかとなり、そのような試行に対する項目反応理論を用いた分析は不適合と判断された。しかしながら、本結果からは、当初構想された「情報処理」の力を評価するための現在の設計が多次元構造であること、また、「局所独立性がないこと」から、20試行間に相関=共通性があることが新たに明らかとなった。 以上より、20試行の項目特性を共通性の観点から分析するため、探索的因子分析を用いて解析することとした。 図2 20試行の項目間相関統計量 (4) プロセス3(因子分析による20試行の構造分析) ア データセットの確認・分析準備 因子分析にあたってのデータセットに対する確認として、KMO測定(データに少なくとも1つの潜在因子が存在しそうかを調べる測定)を実施した。結果、全体指標(Over MSA)が0.73>0.6であったことから因子分析を実施して問題ないことが分かった。 イ スクリープロット、平行分析 因子数判断のためスクリープロットと並行分析を実施し。因子数は3個または5個が推奨された。両者を比較した結果、「社内郵便物仕分」課題の実施結果をアセスメントとして利用する上での解釈可能性から3因子に決定した。次に、因子負荷の推定、因子軸の回転(プロマックス回転、最尤推定法)を行った。 3 結果(因子分析の結果について) 3つの因子について、それぞれ因子1「変則性への対応力」、因子2「基本的理解と着実性」、因子3「視覚注意力」と命名した。各因子への各試行の因子負荷量は図3の通りである。 因子分析では、MWSに当初から設定されている5つのレベルの高低で因子は分かれず、3つの因子で説明されることとなった。因子1に寄与する変則性のある問題(要確認問題:レベル1、2相当。転送・付箋問題:レベル4、5相当)については、これらがランダムに出題されることで難しさを高める一因となっていると示唆される。また、レベル3、4相当の問題は、郵便物に記載される情報が詳細化されているものの、基本的ルールに則れば正答できる問題であり、対象者の着実性を反映すると考えられる。また、因子3に寄与する問題(レベル4相当:速達・親展)は、他の因子がルールの理解に関与するものであることとは全く区別され、人間の視覚情報処理の特性をより強く反映しているとみなされる。 図3 因子分析の結果イメージ 4 考察(結果解釈への応用について) 簡易版はレベル1~5相当の課題全てを含む高い難易度のものとして設定されている。したがって被験者の課題遂行上の心理的負担への配慮を要する。このため、エラー傾向に対する評価以上に、正答できた結果についてストレングスを見出す視点が求められる。例えば、3因子ごとに正誤の情報を整理した上で、対象者の正答率の高いカテゴリは何か、それによって因子で説明される課題遂行の力がどの程度確認されたのか、フィードバック時の追加情報とすることが想定される。 なお、この分析結果は、現課題の変更を求めるものではなく、簡易版の結果解釈を豊かにする材料となるものであることに留意していただきたい。 参考・文献引用 1)障害者職業総合センター『ワークサンプル幕張版(MWS)新規3課題による効果的なアセスメント及び補完方法の獲得に関する調査研究』,調査研究報告書№174,(2024) 2)知名青子・國東菜美野・清水求『職業リハビリテーションのアセスメントにおける現代テスト理論の応用可能性に関する基礎的研究』,障害者職業総合センター資料シリーズ№104(2022) p.124 「実行機能」の視点を用いた効果的なアセスメント及び支援に関する研究-実行機能に困難のある対象者の支援に関する調査から- ○宮澤史穂(障害者職業総合センター 上席研究員) 渋谷友紀(障害者職業総合センター)、三浦卓(元障害者職業総合センター) 1 はじめに 実行機能とは、ある目標を達成するために思考と行動を調整する認知機能のことであり、発達障害、精神障害、高次脳機能障害では、実行機能に困難がみられる場合があることが知られている。また、この実行機能の困難により、職場においては仕事の手はずや段取りが悪い、時間内・期限内に仕事を終えられない、といった課題が生じることが想定される1)。本発表では全国の地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)等を対象に実施した、実行機能に困難が生じている対象者への支援に関するアンケート調査の結果の一部について報告する。 なお、本調査研究では標準化された実行機能のアセスメントであるBRIEF-A2)の下位尺度に従い、実行機能を抑制、シフト、情緒のコントロール、セルフモニタ、開始、ワーキングメモリ、計画・組織化、タスクモニタ、道具の整理の9つの下位項目から構成されるものと定義する。 2 方法 (1) 調査対象 地域センター52所(支所を含む)、広域障害者職業センター2所、障害者職業総合センター職業センター (2) 調査期間 2023年7月~8月 (3) 調査項目 本発表の対象とした調査項目は以下の通りである。 ①実行機能に困難のある対象者(以下「対象者」という。)の支援経験の有無 ②対象者の支援事例(最大3事例) 各事例について対象者の主な障害種類、対象者に生じた困難、対象者に実施した支援(支援内容、支援の経緯や実施した理由、支援結果)の回答を求めた。 ③実行機能に困難のある対象者の支援で苦慮すること 3 結果 (1) 回答状況 55所から回答を得た(回答率:100%) (2) 対象者の支援経験 実行機能の下位項目に関連した困難の状態像を示し、このような困難のある対象者の支援経験について尋ねたところ、98.2%が「経験がある」と回答した。 (3) 対象者の支援事例 105件の回答を得た。 ア 対象者の状態像 (ア) 対象者の主な障害種類 発達障害が最も多く(47.6%)、高次脳機能障害(26.7%)、精神障害(24.8%)、知的障害(1.0%)と続いた。 (イ) 対象者に生じた困難 対象者に生じた困難について、実行機能の9つの下位項目に対応する11項目の状態像(計画・組織化は多くの要素が含まれるため3つに分割した)を提示し、当てはまるもの全てを選択するよう求めた。最も多く選択されたのは「状況に応じて行動や考え方を柔軟に変えることができない」と「感情的な反応を適切に調節することができない」(それぞれ56.2%)であった(図1)。 図1 対象者に生じた困難 イ 対象者に実施した支援 対象者に実施した支援に関し、支援内容、支援の経緯や実施した理由、支援結果のそれぞれについて、自由記述で回答を求めた。記述例を表1に示す。さらに、記述の全体傾向を把握するため、設問ごとに記述内容の分類を行った。 (ア) 支援内容 支援対象に焦点を当てて記述内容を分類した。複数の支援対象が書かれている記述については、複数のカテゴリーを適用し、支援対象が明確に書かれていない記述については「不明」とした。分類の結果、対象者に直接働きかけを行った支援(「対象者」)(78.4%)が最も多く、職場の環境調整など、環境を対象とした支援(「環境」)(20.6%)、家族や支援者などの関係者に実施した支援(「関係者」)(18.6%)、不明(4.1%)と続いた。 p.125 表1 対象者に実施した支援の記述例 (イ) 支援の経緯や実施した理由 内容の類似性に基づき記述の分類を行った。複数の経緯や理由が書かれている記述については、複数のカテゴリーを適用した。分類の結果、「適応的な行動・反応の獲得」(52.6%)が最も多く、「不適切な行動・反応の消去」(39.2%)、「自己理解促進」(15.5%)、「アセスメント」(4.1%)、「その他」(7.2%)と続いた。 (ウ) 支援結果 記述内容について、課題の改善状況に着目し、事例を「課題の改善がみられた」(「改善」)(33.3%)、「課題の一部に改善がみられた」(「一部改善」)(30.5%)、「課題の改善がみられなかった」(15.2%)、「不明」(21.0%)のいずれかに分類した。「改善」と「一部改善」の合計は63.8%であり、6割程度の事例において支援の結果、何らかの課題の改善がみられていた。 (4) 実行機能に困難のある対象者の支援で苦慮すること 実行機能に困難のある対象者の支援で苦慮することについて自由記述で回答を求めたところ、49件の回答を得た。個々の意味内容の類似性に従い分類を行ったところ、7つのカテゴリーに分類された(表2)。最も多かったカテゴリーは「対処スキル・対処法の検討・獲得」(25件)であり、対処法の検討に関する難しさや、対処法を本人に受け入れてもらうことの難しさといった内容が挙げられた。 表2 支援で苦慮することの主な内容 4 考察 本発表では実行機能に困難のある対象者の状態像や、対象者への支援について、回答の全体的な傾向の把握を試みた。 対象者の状態像については、「シフト」や「情緒のコントロール」に関する困難が多く選択された。対象者への支援については、多くの支援で対象者本人への働きかけが行われているものの、環境調整や関係者への支援も行われていることが示された。また、半数以上の支援が適応的な行動・反応を獲得することを理由として実施されていた。 支援結果については、約6割の事例において支援の結果、何らかの課題の改善がみられていたが、課題の改善が見られない事例も一定数報告された。また、支援で苦慮することとして、「対処スキル・対処法の検討・獲得」が最も多く挙げられた。さらに、支援で苦慮することに関する自由記述では、「支援の結果が見えない」という意見もみられている。これらの結果から、実行機能に困難のある対象者の課題を改善することの難しさがうかがえる。 本発表で示した結果は、回答内容の設問ごとの分類にとどまっており、それらの関係性までは分析を行っていない。効果的な支援について検討するためには、今回の分類結果を用い、支援結果と支援内容との関連や、実行機能の下位項目と支援内容の関連等について引き続き分析していく必要があると考えられる。 引用文献 1) 坂爪 一幸『実行機能と具体的な支援法』,「発達障害白書2019年版」,日本発達障害連盟(編)(2018),p.20-23.  2) Roth,R.M.,Lance,C.E.,Isquith,P.K.,Fischer,A.S.,& Giancola,P.R. 『Confirmatory Factor Analysis of the Behavior Rating Inventory of Executive Function-Adult Version in Healthy Adults and Application to Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder』, 「Clinical Neuropsychology vol 28」, (2013), p.425-434. p.126 エージェントサービスからの企業就労と定着支援について ○矢嶋志穂(株式会社ゼネラルパートナーズ 企業在籍型ジョブコーチ) 1 はじめに (1) 株式会社ゼネラルパートナーズについて 株式会社ゼネラルパートナーズ(以下「GP」という。)は、障害者雇用支援サービスのパイオニアとして20年以上にわたるサポート実績と企業様へ障害者雇用における幅広いサービスを提供。「社会問題の解決」を起点に事業を創造している。自社でも多数の障害者を雇用し、2024年6月1日の障害者雇用率は14.65%。前向きで意欲がありながらこれまでチャンスを得られなかった人が、持てる能力を発揮し、活躍できる機会を創り出している。 社員数は290名(2024年6月1日付)。 (2) 転職エージェントとは 転職エージェントは厚生労働大臣の認可を受けた民間の職業紹介会社であり、転職エージェントサービスは転職希望者と採用企業との間にコンサルタントが介在し、転職の実現を支援することである。一人ひとりに担当のキャリアアドバイザーが付き、さまざまな相談に乗ってくれるのが特徴である。現在、インターネットを検索すると約75社の障害者を扱うエージェントサービスがあがってくる。 (3) 登録者と概要について 2023年4月1日~2024年3月31日までの登録者と概要は次のとおり。 ・全国からの総登録者数:10,000人以上(知的・精神・身体・手帳未登録者)。うち知的障害者は全体の10%程度。 一都三県在住者が対象(知的障害者の約40%程度)。 ・新規カウンセリング:約50件 ・定着面談等:約40件 ・企業面接同席:約45件 2 知的障害者をサポートする課題 (1) 定番化した決定までのルート 知的障害者の就労については特別支援学校在学中にいくつかの企業に職場体験実習に行き、その中で内定・決定というルートが確立している。都内では就業技術科・開発科といった企業就労を目指す学科を設置した特別支援学校も増え、就職率100%を謳う学校も多い。 (2) ビジネスとして成り立つのか 転職希望者が企業での就労を決定させた時点で年収の何十%を紹介手数料としてエージェントが報酬を得る仕組みだが、他の障害と比較してみると知的障害の場合、年収は高いとは言えない平均200万~250万が相場である。 (3) 登録時から決定そして定着までの工数 知的障害の場合、GPに関しては基本的に対面で行っており一人ひとりのニーズに合わせて対応をしているのが特徴である。理由としては言葉一つひとつ、空気感から感じ取れる事も多く、初回の面談では親御さん・就労移行の支援員にも同席してもらうこともあり本人の特性・希望・バックグラウンドを詳しくヒアリングし、よりよい関係性や詳細なマッチングを図ることが出来る。 3 なぜGPで知的障害者に特化した取組を行うのか (1) 企業理念 「誰もが自分らしくワクワクする人生」を目指して下記の企業理念で成長し続けていく、これがGPJINである。 ○ GPビジョン(活動した先にある未来):誰もが自分らしくワクワクする人生 ○ GPコア(不変の存在意義):社会問題を解決する ○ GPアクション(実現に向けて実行すべき活動):不自由を解消する事業を通じて、今までにない価値と機会を切り拓く ○ GPエンジン(原動力となるエネルギー):挑戦・成長し続ける個人×多種多様なチーム ○ GPカルチャー(よく口にしていること):やってみよう、楽しもう (2) 自らの経験から 私自身が通級指導の教員経験があり、10年後、15年後大人になって社会に出たら、この子たちの受け皿はあるのだろか・・・そんな想いで今日に至り、やってみようを楽しんでいる。 4 登録から決定について (1) 登録が来た場合 登録者にメールまたは電話にて連絡、現状を確認。その後、面談希望者には面談日を設定し対面での面談を行う。電話・オンラインでの面談ではなく対面を基本とし、これまでの経験・障害特性・配慮事項・就業に対する条件など詳しくヒアリングを行う。 (2) 応募したい・出来る企業があった場合 本人・親御さん・支援者と相談し合意した上で応募。現状、マッチングできる企業が少ない。「知的障害=清掃」という企業も多い。しかし昨今は事務職希望の知的障害(軽度)の登録者も多数のため、実務経験・経歴で判断してもらうことも少なくない。 p.127 5 知的障害者の成功事例 2021年から知的障害者の就労を担当することになり様々な成功事例を出しているが、今回は4つの事例を紹介。成功事例には本人の特性・経験も大きく影響が出るが、ジョブコーチや支援者が面接時・就業後にどのように企業と関わるかが大きなキーとなる。 【事例1 Aさん 20代 女性 療育手帳B2】 競技でのパラリンピック出場を目標に高校は通信制を選択、卒業後は官公庁のチャレンジ雇用にて就業していたが練習時間の確保と競技活動費の不足にてアスリート採用を希望。競技専念型にて就業は出来たが練習環境のスケジュールや活動費の使い方など、入社当時はコーチを含め確認をしながら環境を整えていき現在はアジアパラリンピックに向けて練習に励む日々。 企業担当者がパラアスリートであることで専門的アドバイスが出来スムーズな環境整備ができた。 【事例2 Bさん 10代 男性 療育手帳B2】 特別支援学校卒業後、在学中での職場体験実習を経て入社したが孤独感に耐えられず相談。 入社して1年未満での転職となった。入社後は他のメンバーとの衝突や気持ちの波が大きく現在は、お仕事日記の記入での定期的な振り返り面談・親御さんとの話し合い等で定着支援を行ってはいるが入社から1年経過していないので今後は支援方法を変更しながら経過を見ていきたい。 【事例3 Cさん 20代 女性 療育手帳C】 成人してからの手帳取得後初めてのオープン就労。企業側も初めての療育手帳保持者の受け入れとなった。入社時に「●●さんの障がい説明書」を作成し同じチームの方に共有。1か月に1回の割合で定着面談を行うが、ご本人から「辞めたくなる」「自分だけできない」などのSOSメールが来るたびに電話・オンラインで一つひとつネガティブになる気持ちの原因を探り、解決していった。話せる場所・話せる人がいる、そしてすぐに対応することで安心感と本人の定着に繋がっている。 【事例4 Dさん 30代 男性 療育手帳B2】 成人してからの手帳取得にて、前職からのキャリア・年収UPご希望での転職を成功。入社後に人事・担当部署にて定着面談を行い、その後は数か月に1回メール等で状況確認を行う。 しかしキーパーソン的な方が異動となり、人間関係が悪化、精神的苦痛となり退職を選択。現在は年収をキープしながらの転職活動を再開。障害特性(衝動性・多動性)が現れやすく、確認作業を怠らずに行うようにしている。 6 まとめと定着支援について 就労を開始してから、上手くいかないのが障害者雇用。「想定外も想定内」現在、弊社からの紹介を経て勤務している知的障害者については、年齢は20代が多くまた始めての転職となる方が多く、雇用形態をみるとパート・アルバイトである。転職時に雇用形態を「契約社員」からスタートさせる、ということも大事にしている。また定着面談のタイミングや面談後の本人への振り返りを必ず行っている。本人・企業側がハッピーな方向でいるためには、信頼できる支援者・相談できる窓口だと日々の業務を熟し感じることである。 連絡先 矢嶋志穂(株式会社ゼネラルパートナーズ) e-mail yajima@generalpartners.co.jp p.128 体操、座学、畑作業を組合せた学習プログラムが知的障がいのある青年の認知発達に与える影響についての継続的な研究 ○外山純(NPO法人ユメソダテ 理事/よむかくはじく有限責任事業組合 代表) 前川哲弥(NPO法人ユメソダテ 理事長/株式会社夢育て 代表取締役) 1 本論文の目的 株式会社夢育ては2022年から知的障がいのある青年を対象に体操・座学・畑作業を組合せて認知身体機能の発達を促すプログラムを開講している。前回の職業リハビリテーション研究・実践発表会では、受講生の認知機能の発達をコース開講直前とその約6ヶ月後の2回のアセスメントで考察した(2)。我々はその結果を踏まえて新しいプログラムに取り組み、受講生の認知発達にさらなる一定の成果を得た。 本論文の目的は、その成果を絵、図形、言語の3つのモダリティで測定することである。モダリティとは、情報を伝える形式のことである。例えば、道案内をするときに道順を言語で示すこともできるし、絵に描いて示すこともできる。ちなみに、前回採用した2つの検査のモダリティはどちらも図形であった。 今回採用した検査は絵、図形、言語の3つのモダリティの問題によって構成されているトリモーダルアナロジー検査(以下「トリモーダル検査」という。)と言語のモダリティによって構成されているオーガナイザー検査の二つである。アセスメントは2023秋冬と、それから6ヶ月から8ヶ月経過した2024春夏に実施した。 なお、人を育てる畑コースの概要と我々が取り組んだ新たなプログラムについては、前川他第32回職業リハビリテーション研究・実践発表会論文「体操、座学、畑作業を組合せた学習プログラムの概要と知的障がいのある青年の行動変化及び生涯学習法としての活用可能性について」を参照されたい。また、本論文の中では随所でフォイヤーシュタイン(1)が提唱した認知機能について言及されるが、その概要は前回の論文に書かれている。本論文で言及された認知機能にはその段階と番号を丸括弧の中に示した。 2 アセスメントの手法と結果 (1) トリモーダルアナロジー検査 ア 概要 フォイヤーシュタインメソッドのアセスメントであるLPADの1つ(1)である。各問縦横2桝の計4桝のマトリックスが示され、うち右下桝を除く3つの桝にはそれぞれひとつの情報が提示されており、空欄である右下4枡目に相応しいものを6つの選択肢の中から選ぶ問題である。絵のモダリティで情報が与えられる問題は10問、ほかの二つのモダリティは20問ずつで全50問である。1問につき1点が配点され、全部で50点満点である。 例えば言語のモダリティの問題であれば、左上の枡に「犬」、右上に「足」、左下に「鳥」という単語が提示され、被験者は足が犬の部分であることを発見し、空欄にはいる単語として「つばさ」を選ぶことを要求される。 認知機能の観点からこの課題を分析すると、被験者は左右あるいは上下の二つの情報を様々な比較基準で比較(精緻化3番)し、その中でより本質的なものを発見する(精緻化2、5番)ことが要求される。そして、その関係性を残りの枡目のペアに投影(出力3番)する必要がある。この課題では多分に精緻化の認知機能が要求される。 イ 結果 プリテストとポストテストを比較すると正答率が39.3%から48.7%と9.4%上昇した。絵のモダリティでは46.7%から53.3%と6.6%の上昇、図形のモダリティでは32.5%から48.8%と16.3%上昇、言語のモダリティでは42.5%から46.3%と3.8%の上昇であった。 表1 トリモーダルアナロジー検査 受講生平均正答率 (2) オーガナイザー検査 ア 概要 被験者の論理的推論能力を測定する検査で、LPADの一つである同名の検査(1)を元に新たに作成したものである。この検査はAとBの2つのシリーズに分かれており、Aは2つの条件に従って3つのものを並べる課題10問。Bは3つの条件に従って4つのものを並べる課題3問である。例えばAの問題では、「栄一の左に純菜が座っている」と「栄一の右に千尋が座っている」という2つの条件に従い、左から純菜、栄一、千尋と並べればよい。 認知機能でこの課題を分析すると、被験者は条件が書かれた文章を正確に(入力7番)、端から順序よく(入力2番)読み、助詞などの機能語に注目する。そしてそれを読解(精緻化5,12番)し、計画を立て(精緻化11番)、条件に合うように(出力3,4,6番)ものを並べる。全ての段階にわたる多くの認知機能を組み合わせて使う必要がある。 p.129 イ 評価方法 情報理論における標準的な概念のひとつ、シャノンの情報量 -Log2(P(E))に従って配点する。ただし(P(E))は事象Eの発生確率である。対数の底は情報理論の慣習に従い2とした。 シリーズAは3つのものを並べる課題なので、あり得る解答の数、つまり場合の数は全部で3!=6通りあり、正解を当てる確率は1/6である。情報量は-Log2(1/6)= Log2(6)≒ 2.58となる。正解者にこれを得点として与える。同様にBはあり得る解答の数が4!=24なので、正解に-Log2(1/24)≒ 4.58を与える。要は、正解を当てる確率が低いほど高く配点するという考え方である。 情報量の概念を使うと部分点を与えることが可能である。例えば被験者が先程の問題でひとつの条件のみ満たすような解答をした場合、その条件を満たす場合の数は3通りなので、その情報量 -Log2(3/6)=1 を部分点として与える。 ウ 結果 プリテストとポストテストを比較すると全シリーズで受講生平均正答率が62.3%から75.0%と12.7%上昇した。Aの3枡問題では63.3%から76.4%と13.1%の上昇、Bの4枡問題では60.5%から72.4%と11.9%の上昇であった。 表2 オーガナイザー検査 受講生平均正答率 3 考察 (1) 認知機能 内言(精緻化12番)の成長 今回の研究で注目すべきことはオーガナイザー検査での受講生の成績上昇である。今まで数十年にわたって、言語発達は知的障がいのある者にとって最も困難なことであると考えられてきた。また現在に至っても彼らの言語能力と読み書き能力を高める、エビデンスに基づいた実践的教育が我が国のみならず世界中を見渡してもほとんどない状況である。その中で言語のモダリティのみの検査で成績の上昇を数値で確認したのは大変な意義がある。当初、我々の中でもオーガナイザー検査は受講生にとって難しすぎるのではないかという意見もあったが、挑戦に値する成果を得たと考える。 ポストテストではプレテストに比べて、受講生が自分の思考をつぶやきながら問題を解いている姿がより頻繁に観察された。ピアジェやヴィゴツキーが抽象的思考に不可欠だと考えた内言が彼らに育っており、それが多くの認知機能を組み合わせた複雑な思考をする助けをしたのだろう。内言は精緻化段階の12番目の認知機能にあたる。座学での学びに加え、夢語りなどで文の形で話させることも意味があったのだろう。 (2) 今後の課題 オーガナイザー検査での成績上昇に対してトリモーダル検査の言語課題では伸びが小さく、また絵のモダリティでもトリモーダル検査の成績の上昇は比較的低かった。これはオーガナイザー検査が明示された関係性の読解課題であることに対して、トリモーダル検査は比較(精緻化3番)を用いた関係性の発見課題であるからだろう。受講生はまだ比較の力が未熟で、どのモダリティでも安定して成果を出すレベルには至っていないということだ。フォイヤーシュタインはこの状態をfragile(脆い)と表現する。引き続き受講生の比較の力をつける必要がある。 4 新しいアセスメントの開発 今後も引き続き、受講生の認知的発達を多様な角度で観測していきたい。しかし同じアセスメントを同じ被験者に繰り返して使うことは避けるべきであるから、知的障がいのある人の認知発達を測定する新しいアセスメントの開発が必要だ。 新しいアセスメントに要求される要件は、福祉や教育、仕事の現場での使用に耐えるために(1)短時間で実施できること、(2)誰でも実施できることが必要であろう。それらに加えて(3)「感度」が高いことも重要だ。知的障がいのある人の認知発達上の変化の速度は緩やかであるから、我々は小さくても重要な変化に敏感にならなければならない。そのわずかだが重要な変化を観測できるアセスメントが求められる。 参考文献 1) Feuerstein, R., Feuerstein, S., Falik, L & Rand, Y. (1979; 2002). Dynamic assessments of cognitive modifiability. ICELP Press, Jerusalem: Israel. 2) 外山、前川『畑作業と体操、座学を通じた学習が、知的障がいのある青年の認知発達に与える影響について』高障求機構第31回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集(2023),p.62-63 連絡先 NPO法人ユメソダテ 前川哲弥 maekawa@yume-sodate.com 又は外山純 toyama@yume-sodate.com p.130 体操、座学、畑作業を組合せた学習プログラムの概要と知的障がいのある青年の行動変化及び生涯学習法としての活用可能性について ○前川哲弥(NPO法人ユメソダテ 理事長/株式会社夢育て 代表取締役) 外山純(NPO法人ユメソダテ 理事/よむかくはじく有限責任事業組合 代表) 1 夢育て農園“人を育てる畑”の学習プログラム (1) 知的障害者の認知的成長から行動変化へ 2023年11月に夢育てが発表した2論文1)2)は知的障害があっても成人していても、環境を整えやり方を工夫することで、認知的に成長できることを定量的に示した。夢育て農園はノウフクアワード2023チャレンジ賞を受賞し、知的障害のある成人の成長可能性が関心を集めつつある。 知的障害者の主な居場所である家庭、特別支援教育、障害福祉サービス事業所及び障害者雇用企業の方々(以下「メインストリーム・プレイヤー」という。)にとって、認知的成長は良いことだが、ゴールではない。彼らは、当事者が認知的成長を通じて心理的に落ちついたり、行動が変化することを通じた社会参加の前進を求めている。そこで本稿では我々のプログラムを概説し、受講生の行動変化をお伝えし、社会参加の前進に至る道筋に仮説をお示しし、方法の導入について提案する。 (2) 人を育てる畑コースのプログラム 夢育て農園の人を育てる畑コースは週1回木曜午後に2時間半、以下の表1のようなプログラムを実施している。 表1 人を育てる畑プログラム 週1回木曜午後開催 ア 体操(国際教育キネシオロジー財団ブレインジム等) 知的障害者には身体の使い方が不器用な人が多い。農作業でも、姿勢保持、巧緻性、手と目の協応などに問題がある。そこでブレインジムや夢育ての天田武志先生が独自に考案された体操を毎回20分程行っている。これによって足の筋力や柔軟性、姿勢の安定性や体のバランスが向上し、ほとんどの受講生が安定してしゃがめるようになり、できる農作業が増えている。また壁に沿って真っすぐ1分立つ壁立ちも実施し、1年3か月かけて壁立ちできるようになった受講生は、同時期に座学学習も大きく前進した。身体発達は認知発達の重要な基礎をなしているとの強い心証をもった3)。 イ 座学(フォイヤーシュタイン教材等) 夢育て農園開園~昨年の職リハ認知発達論文2)のアセスメントを実施した2023年夏までの間は、座学ではフォイヤーシュタインの「点群の組織化」のみを実施し一定の成果を上げた。その後新たに、目に見えないので知的障害のある人たちにとって難しい最初の関係概念としての前後左右(空間定位1)をクラス全体で学んだ。また、①個々のアセスメント結果に応じて2つの絵や図や言葉を比べ、共通点と相違点を言葉で表現したり、上位概念を使って表現する「比較」課題に取り組むグループと、②主に図形を対象に、全体を部分に分解し、部分を合わせて全体を構成する「分析的知覚」を学ぶグループに分け、学びに努めた。毎回50分程度いずれも教科学習以前の「考える方法」を学ぶもので、成果としての認知発達の状況は、本職リハに別様論文にて発表する「体操、座学、畑作業を組合せた学習プログラムが知的障がいのある青年の認知発達に与える影響についての継続的な研究」を参照願いたい。なおニコニコイン5)を用いて買い物ができるようになり自立に向けて踏み出す受講生もいる。 ウ 夢語り 知的障害者の就労訓練の場では「指示に従える人を育てる」ことに主眼が置かれがちで、自我の目覚めが遅い彼らの発達のタイミングとミスマッチが起こり易い。私たちは発達のスピードを促進することはできても、その順序を変えることは難しいと考えている。そのため、むしろ自らの思いを表出する機会を積極的に増やし、大人との対話の機会を増やすことで主体性を育てたいと考え、毎回15分程度夢語りの時間を設けている(夢育て活動)。例えば2023年3月に「仮面ライダーになりたい」と言っていた20代の受講生は、10月には「仮面ライダーのように悪い奴をやっつけたい」と比喩表現となる等、夢は現実的かつ具体的になっていき、今は水泳やダンスやピアノや旅行など誰もが素敵だと思う夢や希望を語るようになった。我々が2021年第29回職リハ論文で述べたことを証明してくれた6)と考えている。 エ 畑作業 畑では、屈伸、草刈り、播種、肥料まき、鍬振り~畝たて、収穫、袋詰め、言葉や絵の記述から作物をあてるクイズ、野菜の生育状況を確認しながら時間による変化を時系列で比較する畑ツアー、畑で点群等を実施している。受講生のストレスを下げ心身を活性化する畑作業1)は、触覚・味覚・嗅覚・固有受容覚等五感をフルに動員することから、抽象性が極めて低く、複雑性については単純なものから複雑なものまでバリエーションが豊かで、知的障害者にとっては理想的な認知教材である。体操を通じた姿勢保持や巧緻性、手と目の協応への努力とも関連が深く、比較や空間定位等の座学での学習とも関連が深いことから、大きな相乗効果を得ることができている。 p.131 2 受講生の行動変化 ア 行動変化に関するアンケート結果 2023年8月ご家族と本人と三者面談を行った際ほぼ全家族が受講生の行動変化に気づいておらず、認知的成長結果に驚いていた。認知テストから約1年となる2024年7月、受講生家族を対象に「受講生の行動変化についてのアンケート」を実施した。表2に示す9項目の質問のうち後半6項目はフォイヤーシュタインのサブゴールに対応している。入学時と現在の状況を1~5点で評価して貰い、結果を入学時と2024年7月時点の評価を「入学」「現在」として%換算し上昇幅を示した。また評価が「上昇」「横這い」「下降」した人数が8名に占める%も示した。受講生の平均在籍期間は15.5か月である。 表2 受講生の行動変化に関するアンケート結果 総合評価は42%から53%と11ポイント上っており、8名全員が合計評価を上げた。昨夏感じていなかった行動変化を、家族が感じていることが分かる。 特に10ポイント以上上昇した項目は「1 家事参加」「3 余暇参加」「6 好奇心」「8 自己表現行動」「2 作業仕事参加」の5項目であり、認知機能の上昇が行動変化に表れ易い項目と思われる。次に10ポイント近く評価の上がった項目は「4 挑戦」と「9 分ち合い行動」であった。最も評価上昇が少なかった項目は「7 反省」と「5 模倣」で、特に反省行動の上昇は僅かだった。これら2行動が変化するには、更なる成長が必要な比較的高度な行動であると考えている。好奇心や自己表現は早く改善するが、反省や模倣には大きな認知的成長を要すると覚悟して頂くのがよさそうである。 最も評価上昇の大きかった家事参加は、利他性の高い項目でもあり、夢育てでは重視している。具体的に受講生が新たに参加した家事は、洗濯と片付けが最も多く、次に掃除、買い物、ゴミ出しと続いた。 イ 認知的成長と行動変化の関係仮説 このように認知的成長が先に表れ、行動変化が後に表れたが、メインストリーム・プレイヤーが求めている社会参加の質量の充実に至る道筋について、図1に示すように一つの仮説を提案したい。知的障害のある人たちは、まず認知的に成長し、これを通じて不安が減る等心理的成長が生れ、これらが積み重なって行動変化が生じ、豊かな人間関係とあいまって社会参加が質量ともに増えていくという仮説である。認知的成長にも何段階かがあり、不安の減少の後に柔軟性が増し、更に成長すると反省的自己を手に入れるものと思われる。今後、検証していきたい。 図1 認知的成長、心理的成長、行動変化、社会参加関係図 3 学校、福祉、企業への応用可能性 知的障害者が特別支援学校卒業後も認知的成長を続けることができるとしても、メインストリーム・プレイヤーがこの努力に参加しなくては、知的障害者を巡る社会状況を変えることはできない(18歳の壁問題)。夢育てではフォイヤーシュタイン理論とその14教材について私たちのノウハウを公開している7)。特に家族や、学校の先生や、福祉事業所の支援員や障害者雇用企業の方に学んで頂きたい。 また、その組織にあった方法をテイラーメイドすることで、それぞれの組織に適した方法を創っていきたい。例えば4プログラムのうちできるものから順序を決めて導入したり、週1回2.5hではなく週5回30分といったアレンジを設計したり、農作業ができない事業所には既存の仕事への活用も検討できると考えている。関心を持って下さる組織とご一緒に、是非、成長の喜びが当たり前にある社会を創っていきたく、関心のある組織からのご連絡を歓迎している。 参考文献 1) 前川、千葉、岡元、吉廣『畑作業と体操、座学を通じた学習が、知的障がいのある青年のストレスや心身の状態に対する影響について』高障求機構第31回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集(2023),p.60-61 2) 外山、前川『畑作業と体操、座学を通じた学習が、知的障がいのある青年の認知発達に与える影響について』高障求機構第31回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集(2023),p.62-63 3) 天田武志『学びへの扉 えでゅけ』Vpl.44(2024年5月) ,p.1 NPO法人日本教育キネシオロジー協会発行 4) 日本基金ノウフクマガジン#78 https://noufuku.jp/magazine/post-20230913/ 5) https://yume-sodate.com/action/niconicoin/ GoodDesin賞2023受賞 6) 前川哲弥『夢を育て認知機能の伸びしろを評価・共有することを通じ、知的障害者の主体性を育て、積極的な職場文化を作る試み』高障求機構第29回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集(2021),p.54-55において「彼らの夢が生まれ変わらないのは、人間関係が貧しいからであって、知的能力の問題ではない」と述べている。 7) 株式会社夢育ては、2024年7月29日にFeuerstein Institute(イスラエル)の公認トレーニング・センターとなった(https://yume-sodate. com/ news/2664/参照) 連絡先 株式会社夢育て、NPO法人ユメソダテ 前川哲弥 maekawa@yume-sodate.com 外山純 toyama@yume-sodate.com p.132 能力に応じた業務の選定に関する検討①~ジョブマッチングシートの作成~ ○横川拓也(株式会社ドコモ・プラスハーティ 主査) 佐藤資子(社会福祉法人武蔵野千川福祉会 チャレンジャー) 菅野敦(東京学芸大学) 1 はじめに 業務の切り出しや職域拡大、新たなスキルへの対応には、社員一人ひとりの能力を把握し、その強みを活かしていくことが重要である。本発表では、企業と福祉機関が連携して作成した「ジョブマッチングシート」(以下「JMS」という。)について報告する。 JMSは「社員の能力」と「業務に求められる能力」をそれぞれ可視化し、その能力を照合することで、新たな業務および職域へのチャレンジや、業務のミスマッチを予防するための支援ツールとして活用を想定している(図1)。 図1 ジョブマッチング機能 2 「ジョブマッチングシート(JMS)」について (1) 領域分けと全体像の設計 就労アセスメントに関するいくつかの先行研究を分析した結果、業務スキルに特化した事例が限られていた。そのためJMSは、働くうえで必要な力を大きく2領域で整理することとした(図2)。「領域Ⅰ」は基盤となる能力として、仕事に向かう姿勢、規律規範の遵守、対人スキル、日常生活管理などが該当し、ピラミッド式でそれぞれの能力を支えている。「領域Ⅱ」は業務に必要なスキル面のみに着目し、手先の器用さや業務遂行に必要な知識や理解判断力などに焦点を当てている。「領域Ⅰ」の力を礎として、「領域Ⅱ」の業務関連スキルを操作することで、業務遂行に必要な力を発揮するという考え方である。例えばコミュニケーション能力に課題があると、チーム業務のパフォーマンス低下に繋がることなどが挙げられる。また、これらの領域における共通項目として「基礎能力」を位置づけている。これは大きさ、向き、色、言語、時間などの概念理解を指し、適正な業務を検討するうえでの選定要素とするとともに、要配慮事項の観点としての活用も見込んでいる。 図2 ジョブマッチングシートの設計図 (2) 「領域Ⅰ」の評価項目 業務を遂行するうえでの基盤となる能力のため、主には以下の観点で構成している。 ア 就労能力:仕事への姿勢、納期の遵守、報連相など イ 対人能力:ルール・マナー、自己表現、他者理解など ウ 職業生活:体調管理、身だしなみ、メンタルケアなど (3)「領域Ⅱ」の評価項目 ア 動作分析の観点を導入 業務スキルに関する具体的な項目を作るためには、業務そのものの性質を掘り下げ細分化する必要がある。そのために用いた手法が「動作分析」である。この手法を用いて菅野は「職業」を“つかむ”“ひねる”などの「動作」のレベルまで掘り下げ構成要素を整理した(図3)。また、業務スキルを項目化するためには、「動作」に加えてそれを支える「理解・判断」の要素も重要である。“つかむ”を実行するために含まれる“つかむ位置”や“力加減”などがそれにあたる(図4)。このように、JMSは複合的に求められる業務スキルを細分化した一つひとつの要素の集合体と捉え、動作レベルの要素で評価項目を作成している。 図3 「職業」の構成要素  ※作成:菅野 敦 p.133 図4 「動作分析」の一例 イ 動作分析の観点を活用した評価項目 評価項目は、障害者雇用実態調査の結果と職業情報提供サイト[jobtag]の情報を活用し、障害のある人が主に携わっている作業種を分析することで共通項を導き出し設定した。評価の観点は「動作」「理解判断」「特殊性(活用頻度が高いため“行為”レベルで記した項目)」の3分類となる(図5)。 図5 「領域Ⅱ:作業スキル」動作分析における評価項目 ウ 作業アセスメントキットの活用(道具と手順の共通化) 評価方法は、事前に設定した3つの作業(「計量」「封入」「洗浄」)を通して実施する。動作分析から導き出した評価の観点に着目し、スキルの獲得状況を判断する。 また、必要な道具と配置、作業手順も定め実施条件と評価の観点を整えた。これは、評価者毎による判断基準や結果の相違を減らすことがねらいの一つである(図6)。 図6 アセスメントキットによるパッケージ化した能力評価 (4) ジョブマッチング機能 各種職業における業務の分析も動作分析により実施した。「領域Ⅱ」に加え「基礎能力」の評価項目を分析の観点とし、業務に必要なスキルを具体化することで要素を抽出した。それらと「領域Ⅱ」の個人結果を同一項目で照合し、その一致度を一覧として表示している(図7)。これは職種や作業毎の適性度を数値化しており、100%に近いほど適性があるという設定である。 図7 職業適性度一覧 (5) 結果の集約(プロフィールシート) 総合結果のページとなるプロフィールシートは、領域毎の結果をレーダーチャートとパーセンテージで表示している。また、職業適性度は「領域Ⅱ」の結果を職種毎のフィルターで絞った数値となるため、業務遂行を支える「領域Ⅰ」と掛け合わせることで、その職種において想定されるパフォーマンス度を示している。 図8 プロフィールシート 3 おわりに(今後の展望) JMSは、企業と福祉機関の二つの組織で検証してきたが、まだツールとしての出発点に立った段階である。今後は、より多くのデータを収集し、ジョブマッチング機能の妥当性を継続検証することで、汎用性を高めていく必要がある。 参考文献 1) 菅野敦『就労支援センターハンドブック』全国社会福祉協議会(2015),p.83-103 2) 厚生労働省『職業情報提供サイトjobtag』 連絡先 横川拓也 [株式会社ドコモ・プラスハーティ] e-mail takuya.yokokawa.fk@nttdocomo.com p.134 能力に応じた業務の選定に関する検討②~ジョブマッチングシートの活用~ ○佐藤資子(社会福祉法人武蔵野千川福祉会 チャレンジャー 所長) 横川拓也(株式会社ドコモ・プラスハーティ) 菅野敦(東京学芸大学) 1 はじめに 企業と福祉機関である就労移行支援事業や就労継続支援B型事業の連携により、多様な職場で働く機会の提供につながり、自己実現や社会参加の場を広げることができる。そのためにも、福祉機関において就労に向けた取り組みは欠かせないものである。 今回、企業と連携し作成をした「ジョブマッチングシート」(以下「JMS」という。)を活用し、就労に向けた支援の選定について報告をする。 まずは現状の利用者の能力を把握し、就労に向かうために必要とされる力を具体的にしたうえで、就労に向けた支援を組みたてる必要があると考える。そこで、JMSでのアセスメントによって、就労に必要な力と支援課題が具体的に示されることと、利用者個々に見合う職業適性が示されることで、就労に向けた支援の選定につなげていきたい。 2 目的 JMSを活用し、「利用者の能力」を明らかにし、「業務に求められる能力」と照合することで、就労に向けた具体的な支援の選定をする。 3 方法 JMSによるアセスメントを実施 (1) 対象者の属性 就労継続支援B型事業所 10名 作業種 封入封緘等の軽作業 就労経験 無し 平均在籍年数 14.9年 (2) 調査時期 2024年6月 (3) 調査方法 アセスメント領域ⅠⅡ 行動観察 アセスメント領域Ⅱ作業スキルG 以下の手順に沿って行う 【アセスメント手順】 ・評価者が手本を示す ・利用者に同様の手続きを実施してもらう ・評価は観点に注目して実施 4 分析 就労に向けた具体的な支援方法の選定につなげるため、2つの視点に重点をおく。 ① 利用者の能力を明らかにし、「領域Ⅰ:基盤能力」と「領域Ⅱ:就業能力」の関係性を示す ② 業務に求められる能力と照合し、「職業適性」の傾向について示す 5 結果 ① 「領域Ⅰ:基盤能力」平均 53.5% 「領域Ⅱ:就業能力」平均 80.3% 「基盤能力」において、「対人スキル」が40%であり、マナーの遵守・自己表現・他者理解などを通して対人における調整力に関する達成度が低い結果となった。 「就業能力」において、「動作」83%「職業スキル」79%となり、作業に必要なスキルの達成度は高い結果となった。 この結果から、対象者においては、就労に向けたスキルは獲得しているものの、就労に必要な基盤能力の獲得が低いことがわかる。 これらの結果について、株式会社ドコモ・プラスハーティ社員の平均値(図1実線)と比較をしてみた。平均値より「基盤能力」「就業能力」ともに高い結果となったのは3名であった。5名に関しては、やはり「基盤能力」が株式会社ドコモ・プラスハーティ社員より低くなっている。2名に関しては、「基盤能力」「就業能力」ともに低い結果となった(図1)。 ② 「職業適性」清掃 85.3% 製造 85.6% 飲食 78.1% 事務 62.7% 適正な職種としては「製造」「清掃」が一番適している結果となった。「事務」は全体の中では低い結果となったが、適正度90%以上は2名おり、新たな作業スキル支援の一つにもなると考えられる。また今回のJMSによるアセスメントの実施を機に、当該事業所で初めて入力作業に取 p.135 り組んだところ、予想を上回る結果で取り組むことができていた。 図1 株式会社ドコモ・プラスハーティ社員平均値との比較 6 考察 JMSでのアセスメントによって、利用者の能力が明らかとなり、就労に必要な力である「基盤能力」と「就業能力」における支援課題が具体的に示された。 「基盤能力」においては、対人スキルに焦点をあてた支援を組み立てることが課題であることがわかり、かつ、自己表現・他者理解などを通して対人における調整力の支援が求められていることがわかった。 「就業能力」においては、就労継続支援B型事業所での作業を通して、「動作」や「職業スキル」といった必要なスキルは身につけられていることがわかった。 この結果を受けて、就労に向けた具体的な支援の選定をするならば、「基盤能力を向上するための取り組みを行う」という選定が行えることとなる。 また、JMSでのアセスメント結果を企業社員との比較をすることで、就労を目指せる段階であるかどうかの参考にもなり、福祉機関から就労に向けたアプローチが必要であるとも考えられる。 さらに、利用者個々に見合う職業適性が示される項目は、今後の福祉機関における支援において、有効活用ができると考えている。就労移行支援事業や就労継続支援B型事業で提供している作業種以外にも、適正となる業種が数値として示されることで、就労に向けた支援を、より有効的に選定できると考える。 また初めて取り組む作業種であっても、JMSにおいてアセスメントキット・キット配置図・作業工程が丁寧に示されているため、評価者が取り組む際の難しさはない。利用者にとっても、視覚的な手順書となっているため、初めてでも取り組むことができると考える。 このように、JMSによるアセスメントの実施を機に、新たな利用者の能力の発見にもなり、就労に向けた支援の新たな要素ともなる。 今後としては、JMSを活用し、就労につながる実践例をつくっていき、汎用性を高めていく必要がある。 連絡先 佐藤資子 社会福祉法人武蔵野千川福祉会 チャレンジャー e-mail:challenger@musashino-senkawa.com p.136 実践事例報告)視覚障害者の復職支援 初期相談~雇用管理サポート~職業訓練・就労移行支援の活用 ○星野史充(社会福祉法人名古屋ライトハウス 情報文化センター ICT担当) ○熊懐敬(認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 副理事長) ○松野裕一(社会福祉法人名古屋ライトハウス 名古屋東ジョブトレーニングセンター 指導員) 神田信(認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル)) 中村太一(認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル)) 原田佳子(社会福祉法人名古屋ライトハウス 名古屋東ジョブトレーニングセンター) 1 概要 視覚障害者の復職を支援してきた当事者団体が眼科医とともに中途視覚障害者の初期相談を行い、地域の就労支援機関を紹介。就労支援機関は地域の障害者職業センターとともに障害者雇用管理サポート事業(視覚支援パソコン導入他)、地域の障害者職業能力開発校の委託訓練(パソコン業務スキル)、自治体の就労移行支援(パソコン業務スキル)を活用、中途障害者の復職に貢献した。 2 視覚障害者の事務系職種への就労 (1) 従来 紙媒体の処理が課題  事務作業に紙媒体が用いられていた時期、視覚障害者にとって紙に書かれた文字や図表を視認できるかが就労のための前提条件であった。 ルーペなどの光学機器を用いて紙の資料が処理できる一部の弱視者を除けば、情報処理技術者、構内電話交換手など、視力への依存を回避できる専門職が視覚障害者の一般就労の進路となっていた。 (2) 現在 オフィスオートメーション(以下「OA」という。)の進展と職域拡大 パソコンなどの情報処理機器とそれらを連携するコンピュータネットワークの登場は、視覚障害者に事務系職種への就労の機会をもたらした。合成音声による画面の読み上げ機能、弱視者の視認性を改善するロービジョン向けの表示機能などを組み込めば、視力に依存しない事務作業が可能となった。 今日、OAビジネスのスキルを習得した視覚障害者は、事務系職種へ就労する技能を有しているのである。 3 連携機関 本発表において連携した組織・団体を示す。 (1) 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル)(以下「タートル」という。) 1995年に中途視覚障害者の復職を支援する任意団体としてスタートしたタートルは、法人格を取得しながら当事者団体として視覚障害者の就労全般へと支援の活動を広げている。 (2) 公益社団法人日本眼科医会(以下「日本眼科医会」という。) ロービジョンケアの意識の高い眼科医の参加を得て、タートルは日本眼科医会とともに毎月オンラインでロービジョン相談会を開催し、全国からロービジョンによる就労の不安を持つ人の相談に答えている。 (3) 社会福祉法人名古屋ライトハウス(以下「名古屋ライトハウス」という。) 1946年に二人の視覚障害者が前身の団体を発足、社会福祉法人となり地域において各種の福祉事業を展開している。 ア 名古屋東ジョブトレーニングセンター(以下「東ジョブセンター」という。) 東ジョブセンターは障害福祉サービスのうち就労移行支援・就労定着支援を行っている。2008年1月より名古屋ライトハウス光和寮の多機能事業として事業開始、2021年9月より単独事業所として運営。 イ 情報文化センター(以下「当センター」という。) 当センターは視覚障害者情報提供施設として、図書館業務などに加えて、障害者雇用管理サポーター、委託職業訓練などの雇用支援業務も実施している。 (4)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 他 ・愛知障害者職業センター(以下「愛知センター」という。) ・岐阜障害者職業センター(以下「岐阜センター」という。) ・中央障害者雇用情報センター(以下「中央雇用情報センター」という。) ・愛知障害者職業能力開発校(以下「愛知職能校」という。) 4 活用した支援や訓練の制度 本発表で取り上げる訓練や制度を示す。 (1) 障害者の就労を支援する機器の紹介や貸出~中央雇用情報センター 利用例:画面読み上げソフトウエアをインストールしたパソコンの貸出 (2) 障害者雇用管理サポーター~愛知・岐阜センター 支援例:視覚支援システム実演~導入支援、職場アセス p.137 メント調査、教育訓練カリキュラム開発 (3) 委託職業訓練 実践能力習得コース~愛知職能校 訓練例:社内システム演習、データベース構築、プログラミング演習(VBA、Python) (4) 就労移行支援~自治体の障害者福祉サービス 支援例:復職に向けて必要なOAビジネススキルの習得、視覚障害者の職場環境の整備 5 実践事例1 視力に依存しないパソコン操作への移行 (1) 期間 2022年度~2023年度 (2) 本人 強度弱視、人事総務部門~休職→復職 (3) 現在 職場システムにて要求操作を習得~画面読み上げソフトウエア使用 (4) 経緯 ア 初期相談 タートル、日本眼科医会~地域のロービジョン眼科・視覚リハビリ施設・当センターを紹介 2022年度 イ 障害者雇用管理サポーター 愛知センター、当センター~職場システム調査、就労支援機器の職場ネットワークへの導入支援 2022年度2回実施 ウ 就労支援機器貸出 中央雇用情報センター、当センター~貸出パソコンシステム選定、同システムの職場ネットワークへの導入支援 2022年度 エ 委託職業訓練 愛知職能校、当センター~画面読み上げソフトウエア、職場システム、OAシステム操作演習 2022年度 56時間、2023年度 126時間 (5) 特記事項 発表者(星野、全盲)は障害者雇用管理サポーターとして愛知センターの職業カウンセラーとともに本人の職場を訪問、視覚障害者が画面読み上げソフトウエアを使って業務システムを操作し、目的の作業ができることを実演説明した。 画面読み上げソフトウエアの導入支援として職場のセキュリティ管理者との調整への助言を行うとともに、本人への教育訓練を提供し、目標達成に貢献した。 6 実践事例2 視力に依存するパソコン操作の習得と事務職への移行 (1) 期間 2023年度~2024年度(継続中) (2) 本人 弱視、製造ライン部門~休職中 (3) 現在 ロービジョン者のためのパソコン業務スキル習得中 (4) 経緯 ア 初期相談 タートル、日本眼科医会~地域のロービジョン眼科、当センターを紹介 2023年度 イ 障害者雇用管理サポーター 岐阜センター、当センター~白杖歩行・通勤ルート・職場ファミリアリゼーション 2023年度1回実施 ウ 就労移行支援 岐阜センター、東ジョブセンター~パソコン業務スキル習得 2023年度~2024年度(継続中) (5) 特記事項 就労移行支援において、事前情報としてパソコン業務経験はほとんどないことを確認。 視覚支援システムとして主に画面拡大ソフトウエアを使用し、補助的に画面読み上げソフトウエアを使用。訓練は、視覚支援システムの操作環境を整え慣れていくことと、パソコン業務スキルの習得(ワープロ・表計算の基礎から実践)の二本立て。 通所は週に3日、5か月経過した時点で企業、岐阜センター、本人とオンラインで担当者会議を実施。現在、訓練の進捗を共有しながら、復職に向けて具体的に協議を続けている。 7 まとめ 医療、福祉、雇用支援連携の効果と意義 (1) 初期相談 眼科医の協力を得たロービジョンケアと、タートルが有する豊富な先行事例とノウハウに基づいた助言により、本人の不安を軽減しながら迅速に雇用支援プロセスを立ち上げることができた。 (2) 専門的支援 視覚支援システムの専門家が職場を訪問調査し、視覚支援システムの導入、教育カリキュラムを作成、目的の雇用支援プロセスを達成できた。 (3) 当事者団体 先行事例やノウハウ事項を提供し、視覚障害の仲間が不安を共有しながら、解決までの心の支えとなる。 p.138 リワークプログラムにおけるメタ認知療法の活用:再発防止への新たなアプローチ ○松石勝則(キャリアコンサルタント2級技能士、公認心理師、社会福祉士、精神保健福祉士) 1 はじめに メンタルヘルス不調による休職は、多くの職場で増加している問題である。特に、復職後の再発率は高く、統計によると5年以内に約47.1%が再発し1)、3回目の再発ではその率が90%に達する(図1参照2))。 これは、復職判断が休職回数に関わらず一律の基準で行われる構造的問題や、リワーク訓練における従来のアプローチが実際の職場環境のストレスに対応できていないことに起因すると考えられる。本論文では、再発防止策としてのメタ認知療法のリワークプログラムへの活用に焦点を当て、その有効性を検証するものである。 図1 うつ病にかかった回数と再発率 2 再発の問題と従来のリワークプログラムの限界 メタ認知療法(Meta-Cognitive Therapy: MCT)は、認知情報処理の観点から開発された認知行動療法である。特に、治療法の命名にもあるようにメタ認知に焦点をあてた理論を展開しており、適応的なメタ認知の機能を促進するための介入技法が数多く開発されているのが特徴的である3)。 MCTは、抑うつでは過去や未来に対する反復的な思考であるネガティブな反すうや心配に対して働きかけることを特徴としている。 これまでリワークについては、医療機関で行う「医療リワーク」、障害者職業センターで行う「職リハリワーク」、企業内や従業員支援プログラム(EAP)などで行われる「職場リワーク」に分けて考えられている4)。 上記のリワークに加えて、障害福祉サービスの報酬改定により、障害福祉事業者よる「福祉リワーク」も新たに社会資源に加わった。リワーク支援の更なる普及となる一方で、無資格でリワーク施設を運営できることから質の確保に懸念があるとの見方もある。 従来のリワークプログラムでは、認知行動療法が主流として用いられてきた。これは、低ストレス状況にあれば認知の修正を通じて有効に機能する。しかし、復職後の実際の職場での高ストレス状況においては、ネガティブな感情によって想起される認知を修正する認知再構成法が困難であると考えられる。 実際に、抑うつ状態が高まってもメタ認知的知覚の強さは変化しないことが認められている4)。再発リスクを軽減する為には、ネガティブな認知や感情を否定するのではなく、それらを認識し、望ましい行動へと繋げていくMCTの活用が有効的と考えられる。 3 メタ認知療法とリワークプログラムへの応用 リワークプログラムにおいてMCTを活用することにより、自己の認知や感情をモニタリングしたり、ストレスに対する思考や感情のコントロールスキルを身につけることができるとされている。 具体的な訓練方法としては、①モニタリング・思考の抑止:マインドフルネス瞑想、注意訓練、活動記録表を通した日常でのディタッチトマインドフルネス。②メタ認知療法:D-MCT(うつ病のためのメタ認知トレーニング)モジュール6)、面談を通した認知再構築法。③セルフコントロール:コミュニケーションプログラムを通した集団力動の中でメタ認知療法を活用するための実践的トレーニングをこれまでリワークプログラムとして実施してきた。 図2 MCTの訓練ステップ 6) p.139 また、リワークプログラムを実施する上では、支援を行うスタッフのスキルトレーニングも必要となる。復職してからの再休職予防のために行動療法的な集団プログラムでは、ストレス場面での自己の課題が再現され、その際の行動変容を促すようにスタッフが介入することが非常に大事とされている5)。 現場のスタッフについては支援を行う過程で、自分が知らないことや、スキルがないことを自覚し、恐れ、不安、混乱といった感情を経験し、無力感や無価値感を抱く7)とされている。 カウンセリングなどの支援を行う上で、スタッフが抱くネガティブな感情に対してもメタ認知療法を活用することが有効である。 スタッフに対するカウンセリングスキルトレーニングにおけるメタ認知療法の活用としては、①カウンセリング終了後のフィードバックを通して、カウンセリング場面で生じるスタッフ側の感情や思考プロセス、認知バイアスについてモニタリングし、把握していく。②注意訓練方法を用いてスタッフが自身の主観や感情から離れて、クライアントの内的照合枠に注意を向けられるようにする。③クライアントの内的照合枠に対して共感できる箇所が無いか検証していくことにより自身の準拠枠を確認し、共感的理解を深めていけるようにしていく。 リワークプログラムでMCTを実施する上で支援の実施者であるスタッフについては「柔軟さ」を身につけていく必要性が指摘されている6)。MCT実施者であるスタッフ自身がネガティブな感情をセルフコントロールできるようにトレーニングを継続していくことにより福祉リワークであっても質の高いリワーク支援を提供できるようになると考えられる。 4 まとめ リワークプログラムでのMCTの活用により休職者が自己の認知や感情に対する深い理解を持ち、それを基に適切な対処法を選択できるようになることで、実際の職場復帰後の高ストレス状況においても再発を防ぐことが可能となる。今後は、MCTを取り入れたリワークプログラムのさらなる発展と、その実践における効果の検証が求められる。 参考文献 1) 主治医と産業医の連携に関する有効な手法の提案に関する研究, 2015 2) 地域におけるうつ対策検討会報告書 厚生労働省より 2024 3) Wells A : Metacognitive therapy for Anxiety and Depression(熊野 宏昭,境泉 洋,今井正司 (監訳):うつと不安の新しいケースフォーミュレーション日本評論社,2021 4) 村山 恭朗,岡安 孝弘, 抑うつの予防要因としてのメタ認知的知覚の安定性の検討,2012;明治大学心理社会学研究, 第8号 5) 五十嵐 良雄,リワークプログラムの現状と課題, 日本労働研究 雑誌 60(6), 62-70, 2018 6) 石塚 琢磨 メタ認知トレーニング(MCT)の理論と実践,花園大学心理カウンセリングセンター研究紀要 第10号, 2016 7) 三谷 真優,永田 雅子, 心理臨床家の熟達化に関する研究, 名古屋大学大学院教育発達科学研究科紀要. 心理発達科学 64 119-126, 2017 連絡先 松石 勝則 e-mail:big64max@gmail.com https://careerconsultant.mhlw.go.jp/search/Matching/CareerDetail?e=ab102eb3e25ff1efefa2881cc18bbcdf p.140 職場復帰に向けた調整のための効果的なアセスメントの実施方法 ○古野素子(障害者職業総合センター職業センター 主任障害者職業カウンセラー) 森田愛(障害者職業総合センター職業センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)では、気分障害等による休職者に対して職場への再適応を支援し、離職の防止と雇用の安定を図るためのジョブデザイン・サポートプログラム(以下「JDSP」という。)を実施するとともに、ここでの実践を通じて、休職者が復職後に健康的で安定した職業生活を送ることを目的とした技法の開発、改良及び普及に取り組んでいる。 令和6(2024)年度は、職場復帰や職場再適応に向けた課題や目標等に関して、休職者・事業主・主治医の間における共通認識を形成するための効果的なアセスメントの実施方法を検討し、取りまとめることとしている。 2 背景 職場復帰支援の実施にあたっては、休職者と事業主が捉えている課題やリワークプログラムで取り組むべき目標等をすり合わせ、共通認識を持つことが重要である。職業センター及び地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)で実施する職場復帰支援では、支援開始の段階で、休職者・事業主・主治医の三者から職場復帰に係る必要な情報を収集し、職場復帰に向けた課題や目標等を整理する等のアセスメントを行っており、その結果に基づき支援計画を策定し、三者から合意を得た上でリワークプログラムを開始している。本報告における「職場復帰支援」については、職業リハビリテーション機関で実施している、この三者の合意形成を図ったうえで行う支援のことを指す。 しかしながら、アセスメントの実施方法に関しては、休職者の状況や地域センターごとに様々な手法が用いられ、体系的に整理されているとは言えない状況である。 3 課題点やニーズの整理 令和5(2023)年に47の地域センター及び多摩支所の計48所を対象に「職場復帰支援技法の開発ニーズ等に関する ヒアリング調査」(以下「地域センターヒアリング」という。)を実施したところ、職場復帰に向けて課題や目標等を整理するために、休職者・事業主・主治医から情報収集する上で難しさを感じることがあるといった回答が多かった(図1)。 図1 情報収集する上で難しさを感じることの有無(n=48) 表1 具体的な難しさや苦慮していることの例(抜粋) p.141 具体的には、休職者・事業主・主治医それぞれとのコミュニケーションの取り方や情報の把握の仕方、課題認識や復職に対する考えが異なる際の共通認識の形成に向けた調整に難しさや苦慮しているとの意見が聞かれた(表1)。 さらに、令和6(2024)年5月から6月までの間に職場復帰支援を担当している16の地域センターの障害者職業カウンセラー及びリワークカウンセラー31名に対して実施したグループヒアリングにおいても、概ね表1と同様の意見が聞かれた。また、グループヒアリングの際に職場復帰支援を進める上で知りたいノウハウについてアンケートを実施したところ、表2のような事項があげられた。 表2 職場復帰支援を担当する者にとって参考になること 職場復帰にむけた調整において参考になる工夫点・留意点 ・支援計画を立てるための情報収集・情報共有の方法や工夫 ・コーディネートの手順や考え方、実施にあたっての工夫 ・休職者本人や事業主に対する説明の工夫 ・休職者本人に対するリワーク支援への動機付けの工夫 ・事業主との復帰に向けた調整の工夫・留意点 これらの意見をふまえて、職業センターのJDSPにおいて、事業主と休職者が職場復帰に向けた情報を整理・共有し、合意形成を行うことや、その後の円滑な支援や調整につなげるために活用してきた支援ツールを改良し、現場の支援者にとって参考になると思われる項目ごとに、アセスメントの実施方法、アセスメントに活用できるツールを活用するにあたっての工夫点や留意点等を整理し、実践報告書として取りまとめることとした。 4 支援ツールの改良にあたっての検討・ポイント 前述した地域センターから聞かれた、職場復帰の調整にあたって難しさを感じていることや支援を進める上で知りたいノウハウをふまえ、以下のようなツール等の改良に取り組んでいる。 (1) 支援計画を立てるための情報収集・共有の方法や工夫 ア 情報共有シート JDSPでは、職場復帰に関する各種情報の中から、リワーク支援から復職の段階までに必要な情報を可視化して休職者本人及び事業所と共有することを目的に平成31(2019)年に「情報共有シート」を開発1)した。 情報共有シートは、休職者に関する情報と、休職、復職に関する社内規定や制度、職場復帰可否の判断基準等を可視化し整理できる項目で構成されており、これらの情報を休職者自身が事業主とのコミュニケーションを取りながら整理し、確認することもねらいの一つとしている。 しかし、「職場復帰可否の判断基準」が明確に定められていない場合、休職者や外部の支援者に判断基準が公表できない場合、社内規定や制度を熟知した担当者と現場での休職者の状況を把握している担当者が異なる場合など、情報共有シートのとりまとめが難しいという課題があった。そこで、グループヒアリングや専門家(産業医)ヒアリングで得られた助言をふまえ、より情報の収集及び整理ができるよう、情報共有シートの改良を行った。具体的には、復職までの流れ、社内規定や制度等を把握するための項目「職場復帰の手続き・条件」と、リワーク支援の目標設定の参考とするために現場の様子や期待について把握するための項目「職場復帰支援の中で取り組めるとよいこと」とを分けて設ける等の改良を行った。 イ 事業主や主治医への情報共有のための各種シート等作成へのお願い(協力依頼のための説明文)作成 職場復帰に向けた調整や支援を効果的に行うための情報共有について、事業主や主治医への協力を得ることの難しさが課題として聞かれていた。そこで、休職者本人や支援者が短い時間でも説明ができ、事業主や主治医からの理解を得るために活用できるツールを作成した。 (2) 支援方針の検討のためのアセスメントの工夫 ア ケースフォーミュレーションの試行 職業センターにおいて、高次脳機能障害者の職場復帰についての支援方針を検討する際に、支援を通して収集した情報をシートに整理し、復職にあたっての支援課題、支援課題に関わる個人・環境要因、その解決のために必要な介入や支援方法を検討する「ケースフォーミュレーション2)」の手法を用いて支援を実施している。この取組を気分障害等の精神疾患で休職中の方の職場復帰支援においても、個々の事例に応じた支援に活用できるよう、シートを改良し試行的に実施している。 5 今後の方向性 改良中のツールの試案については、今後もJDSPにおいて実践を重ね、効果的なツールを活用したアセスメントの方法について引き続き検証していきたい。また、ツールの活用方法に加えて、活用事例や地域センターでの応用された取組など好事例も収集し、職場復帰に向けた調整の工夫点や留意事項についても取りまとめて、令和7(2025)年3月に実践報告書として発行する予定である。 参考文献 1) 障害者職業総合センター職業センター『気分障害等の精神疾患で休職中の方の職場復帰支援における事業主との調整』「支援マニュアルNo.19」,(2019) 2) 障害者職業総合センター職業センター『高次脳機能障害者の復職におけるアセスメント』「実践報告書No.40」,(2022) 連絡先 障害者職業総合センター職業センター開発課 e-mail cjgrp@jeed.go.jp Tel 043-297-9112 p.142 理学療法士として働いていたが脳腫瘍を発症し、自分が同職場に復帰した後に思う、療法士業務の捉え方 ○岡本拓真(千葉大学医学部附属病院 リハビリテーション科) 森田光生・天田裕子(千葉大学医学部附属病院 リハビリテーション科) 1 はじめに 脳腫瘍は様々な障害を人に与える。その障害は人によってそれぞれ違うが共通している部分は以前と同じ生活ができない、または時間がかかってしまうといったことで生活に支障が出るといったことがあげられる。脳腫瘍患者も元々は健常者だった人が大半である。現在も独立した生活を送れず、支援を受けている人が多い。 理学療法士という仕事は、患者一人一人に運動療法、物理療法などを用いて、自立した日常生活が送れるよう支援する医学的リハビリテーションの専門職である。 私は約二年前に脳腫瘍が発覚し一年間の闘病生活を経て左下肢の麻痺とコミュニケーション障害を残しつつ元の職場に戻った。その過程と現状の診療報酬に則った業務の中で支援された業務と支援されても困難と感じた業務を理学療法の制度に基づいて報告する。 2 中枢性悪性リンパ腫とは 中枢性悪性リンパ腫とは中枢神経(脳、脊髄、眼球)に発生する悪性リンパ腫のことを指す。多くは大脳の前頭葉、側頭葉、基底核、脳室周囲、脳梁に発生する。その症状は主に精神症状や、頭痛・悪心・嘔吐などの頭蓋内圧亢進症状、痙攣発作が挙げられる。 その治療方法として、生検術後に化学療法を3-5クール行い、その後は症状観察していく。5年生存率は50%程度である。その後遺症は様々であり化学療法施行後、症状が寛解もしくは緩和される場合や症状が残存してしまう場合もある。 3 理学療法士の業務内容 理学療法士の診療業務は病気や事故で身体が不自由となった人たちへの身体機能の回復を図り、社会復帰への手助けをするという内容である。理学療法士には医師の処方に基づいて、患者に最も効果的な治療計画を立て、徒手療法、治療体操、歩行訓練などの運動療法や電気刺激などの物理療法を施す。ときには介助が必要な方には介助して歩行訓練を実施したりすることもある。 理学療法士は身体機能の回復や維持のための訓練やリハビリテーションを行うため、日常的に患者の身体を支えたり、サポートしたりする。そのため力や体力は必須であり、患者の状態を診るためにコミュニケーションも重要である。 4 リハビリテーションの診療報酬制度について リハビリテーションは医師の指示に基づき行われる医療行為であるため、医療保険が適応される。リハビリテーションを実施する上での基準を単位と呼ぶ。単位とは対象疾患や施設基準などによって、1単位当たりの算定できる保険点数が異なる。原則一人の患者に一人のセラピストが対応する。1単位20分という決められた時間の中で患者を個別に対応していくことが求められる。 5 経歴について 2021年3月 理学療法士国家試験合格 2021年4月 千葉大学医学部附属病院リハビリテーション科入職 2022年8月 中枢性悪性リンパ腫診断 緊急入院 2022年9月~2023年8月 治療とリハビリをこなす 2023年8月 退院 2023年11月 同職場に復職 障害:左腓腹筋の痙縮による尖足歩行、コミュニケーション障害、高次脳機能障害残存。通院は3か月に1回のみ 生活:独居、職場までの通勤手段は自転車 ADL:全て自立している 私は二年前に中枢性悪性リンパ腫を発症し、コミュニケーション障害と左足の痙縮による歩行障害を呈してしまった。私は元の職場に復帰するという目標を掲げ約一年間の闘病生活を送ったがコミュニケーション障害、左下肢の麻痺は残ってしまった。だが、障害を抱えながら元の職場に理学療法士として社会復帰できた。 6 復職してから受けた援助 障害を抱えた状態で私がなぜ理学療法士として復職できたのかは、職場の援助のおかげである。その援助の内容を以下に挙げる。 ・患者の選定 ・上司の付き添いによる治療の補助 ・職場に復帰する前の産業医や同職場への周知 ・患者数の調節 p.143 ・カルテ記載の時間確保 7 支援を受けても業務遂行に困難だったこと 職場に援助して頂いたにも関わらず私が業務遂行に困難と感じた点を以下に挙げる。 ・コミュニケーション障害からの声の聞き取りづらさ ・左足の痙縮による患者の移乗の介助困難 ・疲労感によるカルテ記載のタイピングの遅さ、誤字脱字の多さ等が挙げられる。 その中でも最も深刻なのは、コミュニケーション障害であった。特に特定機能病院に入院されている患者は病気が判明した直後、手術をして日にちが浅い人といった心に大きな不安を抱え、情緒不安定な方が多い。そこへコミュニケーションに障害を抱えているセラピストが行けば患者とのトラブルに発展してしまう可能性がある。患者の治療の遂行への邪魔になりかねない。 8 元の職場に戻るメリット そんな困難な状況でもなぜ強く希望した理由は以下に挙げる。 ・自分の性格を知っている同僚がいる ・自分の病気の症状を知ってくれている ・社会復帰の目標として分かりやすい 以上が挙げられる。 9 考察 今回、私が患った病気は中枢性悪性リンパ腫であったが、実際に復職し、障害が残存している中で理学療法士として復帰することは可能であるのか。私は困難であると思う。 以下に理由をまとめた。 (1) 状況判断能力の壁(高次脳機能の壁) 私の職場は超急性期病院である。急性期は患者の病気の状態が一番不安定な時期でありリハビリを実施する上でリスクが伴い、私の負担もかなり大きかった。その負担が毎日決まった量をこなすのは現状困難である。 (2) コミュニケーションの壁 患者側はある日突然病気になり精神的に大きな不安を抱えており情緒不安定になる人が多い。そういった方が自分の大切なリハビリを提供してくれるセラピストが障害者であることを受け入れられるのか。受け入れられるだけの余裕はない。 また、リハビリテーションは患者と話すことによって状態を診て本日のメニューの負荷量を調節する。コミュニケーションは重要な問診の一つでありリハビリテーションに欠かせない要素である。 (3) 身体パフォーマンスの壁 理学療法士という職業は一日に一人を見るのではない。一人で一日に7~8人という数を見なければならない。そしてその一人一人に同じリハビリテーションを提供しなければいけない。そして、それだけではなく患者それぞれの疾患が違い、介助量も違うため、介助量の多い患者は対応できないためである。 (4) 職場の不利益の壁 障害者を雇うということは健常者に比べ労力がかかる。 私が実際に現場へ復職して感じたことを以下に挙げる。 ・治療への上司の付き添い ・患者とのトラブルが発生した時の対処 ・病棟側(上層部)への周知 ・人件費の消費(雇用側の負担) 以上、この大きく4点が私の理学療法士として復職することを妨げている。この問題は現在のリハビリテーションを実施する上での診療報酬制度によるより大きな壁が私の理学療法士としての復職を妨げている。たとえば一人の患者に対して同じメニューを実施するのに私は健常者と比較して時間がかかってしまうと現状の診療報酬制度では算定できない。逆に言えば時間をかければ同じメニューを提供することはできるのである。 このように多くの援助を職場から受けてもリハビリテーションを提供する上でリハビリテーションの診療報酬制度により私の理学療法士としての復職はかなり困難なものになった。 10 まとめ 私は今回の一件を通してリハビリ専門職は病気になった後に障害を抱えたまま働くのは困難と考える。しかし、それは職場だけが考えるのは非情に困難であるといえるため、社会全体が現在働いている医療者に関心をもつことが重要であると私は考える。 参考文献 1) Robert J Hartke et al.Stroke Rehabil.2015 Oct:Survery of survivor`s perpective on return to work after stroke 2) 金谷さとみ:理学療法とちぎ Vol.8No.1 p1-6: これからの理学療法士に求められるもの 3) 公益社団法人日本理学療法士HP 4) Dechert M.Paulus W Malignant.Iymphomas In: WHO Classificationof Tumors of the CentralNervous System S p.144 脳卒中患者の職業復帰-通勤,自動車運転について- ○中村優之(医療法人のぞみ会 のぞみリハビリテーション病院 公認心理師) 臂美紅・白戸夏美・富井豊人(医療法人のぞみ会 のぞみリハビリテーション病院 リハビリテーション課) 高野尚治(医療法人のぞみ会 のぞみリハビリテーション病院) 1 はじめに 社会復帰、職業復帰は回復期リハビリテーションの重要な目標の一つである。医療法人のぞみ会のぞみリハビリテーション病院(以下「当院」という。)においても患者の高齢化傾向はあるものの、脳卒中患者の約30%は65歳未満の就労世代である。特に若年脳卒中患者の職業復帰は経済的問題のみならず、障害受容やQOLの向上のためにも重要である。しかし復職においては身体機能の回復や作業能力の獲得に加えて通勤手段の確保が重要な課題となる。特に自宅や勤務地が地方都市や農村地域の場合、従来の通勤手段は自動車通勤がほとんどであり、代替手段としての交通機関の利用が実用的ではない場合が少なくない。 今回比較的円滑に異動や配置転換、自動車運転を含めた通勤の再開が可能であった、若年脳卒中患者の職業復帰支援を経験した一例について報告する。 2 症例 K.O殿。50歳代男性、左被殻出血、入院時身体機能:BRS:上肢Ⅴ・手指Ⅴ・下肢Ⅵ、ADL:バーセル・インデックス(以下「BI」という。)65、失語症なし、明らかな高次脳機能障害なし、職業:大手自動車メーカー整備士。 3 治療経過 仕事中に右麻痺が出現し救急搬送され、左被殻出血の診断で急性期病院へ入院、保存的加療となる。上肢に強い右片麻痺が残存し、発症1か月後、職場復帰に向けたリハビリテーション目的にて当院へ転院となる。当院入院時、意識清明なもののやや反応性低下がうかがわれ、脳出血後の低覚醒状態と考えられた。右片麻痺は回復傾向にあったが、上肢の筋緊張亢進を認め、手指の麻痺も中等度で分離不良であった。感覚障害は軽度で、右手指に痺れの訴えが聞かれた。ROMは概ね保たれていたが、右肩関節にアライメント不良による疼痛を認めた。全般的な筋力低下、耐久性低下等の廃用症状も認められた。 ADLは入院時、入浴、階段、歩行などに監視を要しBI65であった。起居動作は自立、歩行補助具なしでの歩行まで可能も、ふらつきや麻痺側下肢の躓き、膝のロッキングを認めた。しかしバランス反応は良好であり評価中に病棟内T-cane歩行自立とした。上肢機能は右が補助手から廃用手のレベル、左は実用手であった。MMS:28/30、HDS-R:28/30、コース立方体IQ:100で、低覚醒状態によると思われるケアレスミスや操作スピードの遅さは見られたものの、明らかな高次脳機能障害はないものと思われた。前医にて不眠傾向に対して眠剤を服用しており、入院中の気分の落込みに対して留意し経過観察することとした。STの評価結果から失語症はないものと考えられ、STは評価のみで終了した。各部門の方針として覚醒の向上や廃用症状の除去、麻痺の回復促通、ADLの獲得、復職に向けアプローチを行うこととした。 入院の経過において、低覚醒や廃用症状ならびに夜間の不眠も改善が見られた。歩容の異常性は見られなくなり、屋内外ともに歩行自立、ADL全自立となった。上肢麻痺の回復も図られたが、動作スピードの低下や巧緻性低下は軽度残存し、自動車整備士としての仕事についてはある程度の制限が生じると思われ、職業復帰においてデスクワークも含め配置転換等の対応が必要と考えられた。 また病前の勤務地に公共交通機関を利用して通勤する場合、約2時間を要することから、通勤についての課題が挙げられた。当院入院から約4か月で本人より自宅復帰の希望があり、カンファレンスにて退院の判断となり、退院後は自宅にて訓練継続しながら、復職へのアドバイスを行う方針となった。 自動車運転の再開については、生活状況や再発予防、また脳卒中後てんかんについての経過観察期間を考慮したうえで、主治医から発症より約1年間は運転を控えるよう本人、家族に対して説明が行われ、約1年後に運転免許センターへ紹介する方針となった。 4 退院後の職業復帰までの経過 入院中に本人、家族に対して後遺障害ならびに身体障害者手帳についての情報、また免許センターへの紹介などについての説明を行った結果、会社との交渉は本人に委ねる方針となった。退院後に会社産業医に向けて、一部作業能力に制限が生じるものの、公共交通機関での通勤まで可能であること、通常の勤務時間での就労においても実用的な p.145 体力を有することを示した診断書を提出した。 その後、会社上司や産業医との面談を継続する中で、再配属先が検討され、そこでは試験的出勤など数か月の復職プログラムを経て正式な職業復帰の方針となったことについて、本人からの報告があった。 5 当院における運転再開支援 当院では、回復期リハビリテーション病棟に入院となった脳血管障害患者において、自動車運転再開を希望する患者に対して、残存する身体障害、高次脳機能障害の評価結果や回復状況により危険性、安全性を検討し、運転再開の是非について主治医からの判断を伝えている。運転再開の時期について明らかな基準を示したものはないが、井上ら1)は脳卒中患者の運転再開時期について調査した結果、運転再開までの期間は平均7.6±6.4か月であったと報告している。当院では運転再開が見込まれる患者に対して、疾病によって脳血管障害発症後約6か月から1年間は運転を控えるよう伝えるとともに、運転再開前には交通安全相談を受けることをすすめ、当院から紹介状をお渡ししている(図1および図2)。 図1 安全運転相談窓口あて 紹介状イメージ① 図2 安全運転相談窓口あて 紹介状イメージ② なお本症例については免許センターにて確認を経て、発症から約1年後より運転を再開しているが、通勤については現在も公共交通機関利用を継続している。 6 まとめ 近年、当院の回復期リハビリテーション病棟の入院患者の高齢化が徐々に進んでいるが、厚生労働省の調査によると2)、2017年の回復期リハビリテーション病棟への入院患者の約65%が75歳以上となっている。その中でも佐伯ら3)は脳卒中患者の約30%は65歳未満の就労年齢であると報告している。当院においても2023年度に回復期リハビリテーション病棟に入院した脳卒中患者のうち、約30%が65歳未満の就労年齢であった。 佐伯ら4)5)によれば、復職に必要な能力として「何らかの仕事が出来る」、「8時間の作業耐久力がある」、「通勤が可能である」の3つを挙げている。また障害受容の重要性も指摘している。 通勤については、勤務先ならびに自宅周囲の環境が都市や近郊部であれば公共交通機関の利便性は高いものの、地方都市や農村部などにおいては、自動車通勤が主な選択肢となってしまう場合が少なくないと思われる。本症例も軽度の身体障害が残存したが、明らかな高次脳機能障害は認められず、実用移動能力ならびに軽度の作業能力まで獲得し、障害受容も良好であった。しかし発症前は自動車にて1時間以内の通勤時間であったが、自動車以外の通勤手段を考慮した場合、公共交通機関の利用では倍以上の時間がかかってしまうことが想定された。 今回のように、会社の規模が比較的大きく、勤務地の異動について現実的な選択肢があり、さらに配属や中途障害者の雇用に対しての支援体制が確立していることは、何らかのハンディキャップを持った労働者においては大きなメリットになると考えられた。 参考文献 1) 井上拓也,大場秀樹,平野正仁,武原格,一杉正仁:脳卒中患者における早期の自動車運転再開の実態と背景について.日職災医誌67:521-525,(2019) 2) 厚生労働省.平成28年度診療報酬改定の結果検証に係る特別調査(平成29年度調査)の結果について.(2017) 3) 佐伯覚,蜂須賀研二:脳卒中後の復職-近年の研究の国際動向について.総合リハ39:385-390,(2011) 4) 佐伯覚:脳卒中患者の職業復帰.日職災医誌51:178-181,(2003) 5) 佐伯覚,蜂須賀明子,伊藤英明,加藤徳明,越智光宏,松嶋康之:脳卒中の復職の現状.脳卒中41:411-416,(2019) p.146 高次脳機能障害のある方の就労に向けて支援者が担う役割について考える~支援者の立場から~ ○角井由佳(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 就労支援員) 梅坪千晴(株式会社ファミリーマート A店) 濱田和秀(特定非営利活動法人クロスジョブ) 砂川双葉(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ鳳) 1 はじめに 大場ら1)は「高次脳機能障害のある人の復職・新規就労への成否は高次脳機能障害の理解にかかっている」また、「会社に高次脳機能障害を理解してもらうことが大切である」と述べている(2017,齋藤、大場)。今回、高次脳機能障害のある方の新規就労を進める上で企業との密な連携を行った結果、高次脳機能障害のある方、企業双方が安心して就労に向けて取り組むことが出来た事例を経験した。支援者の立場から、高次脳機能障害のある方の就労・職場定着に向けて、支援者が担う役割は何か考えを報告する。 2 方法 (1) 対象者 りょうへい(仮名)、50代男性。精神障害者保健福祉手帳3級で診断名は高次脳機能障害となっている。 東京でコンビニエンスストアでの夜間勤務中にクモ膜下出血を発症。急性期病院から回復期病院に転院するタイミングで地元である北海道に移動。リハビリを経て病院ソーシャルワーカーの紹介により、クロスジョブ札幌利用となった。身体機能障害は残存せず、高次脳機能障害として軽度の記憶力障害・処理速度の低下・ワーキングメモリの低下・失語症として数字の理解の苦手さが残存した。内服薬として降圧剤を内服しているが、内服状態でも血圧が高い状況が続いており、服薬効果が得られにくい体質であることが考えられた。「また東京で生活をしたい」という強いニーズがある。 (2) クロスジョブ利用中に本人とともに行ったこと ア 自己理解の促進 事業所内での訓練として、作業系・事務系の業務内容を全般的に体験した他、施設外就労へも参加。実際の企業での接客業務やリネン工場でのマルチタスク業務を経験し、自分の得手不得手を整理した。当初発症前の自分とを比較し能力低下に対する落ち込みが見られていた。週に1度の面談を通して想いの聞き取りや、訓練内で見られたミスの傾向を一緒に分析し、活用できる対策や補完方法は何かを一緒に見つけていった。考え出された対策方法は訓練の中で実践していくことでさらなる自己理解の整理を行った。 イ 適職整理 アで得られた得手不得手をもとに、自分に合った働き方を整理した。就労条件の整理の中で、ニーズである「また東京で生活をしたい」を実現することも視野にいれた議論を行い、元々経験していたコンビニエンスストアでの就労を目指し就職活動を行うことを決めた。 (3)就職までに行った企業との連携 ア 企業見学 ハローワークからの紹介で、初めて障害者雇用を行うこととなったコンビニエンスストアの企業見学に参加。積極的にメモを取ったり、挨拶をしている姿や、おもむろに商品の前出しをされる姿が店長から好印象に残ったとハローワーク職員の方からのフィードバックをいただいた。 イ 事前打ち合わせ 企業・ハローワーク・クロスジョブで話し合いを実施。打ち合わせ時は、クロスジョブの体験実習までの動きを資料をもとに説明(図1)したほか、実習の業務内容、勤務時間などのすり合わせ、本人の就労への想いや将来の展望、支援機関の支援内容を説明した。 図1 企業への提出資料(体験実習のご案内) ウ スタッフ実習の実施 りょうへいさんが実習する実際の曜日、勤務時間、業務内容を事前にスタッフが体験。実際に行える業務なのか、難しい場合はどのような進め方であれば定着が早く出来るのかなどの業務面のアセスメントの他、一緒に働くことになるスタッフの方とコミュニケーションを図り、職場全体の理解の促進や支援者の存在を知っていただく取り組みを実施。実習前の段階でりょうへいさんの特性や高次脳機能障害への理解、関心を持っていただく動きを行い、店長だ p.147 けではなく一緒に働くスタッフの方も本人を受け入れる準備が出来る様に対応した。 エ 体験実習の経験 本人への対応が出来るようピーク時を避けた時間帯や曜日を設定し計4日間の体験実習を経験した。実習の最終日には店長・本人・支援者でクロージングを実施し、実習のフィードバックを受けた。店長から実習の様子をお伝えいただき、実習評価表をもとに強みや課題点、働いた後に心配と感じる点を直接店長から本人に伝えて頂いた。 オ 本人も含めた事前打ち合わせ・面接 本人より自分の障害の説明の他、事業所で行ってきたことを説明。支援者からも資料を提示し高次脳機能障害の説明を行った(図2)。企業見学・体験実習で本人の意欲や働く姿勢、業務遂行の能力も見てイメージが出来ていることもあり、面接場面でも前向きな質問が多く、採用となった。 図2 企業への提出資料(りょうへいさんの症状の説明書) 3 結果 採用後、職場定着を目指しサポートを継続。具体的には(1)2週間に1度の頻度で『企業訪問』を行い、本人の業務状況の確認と企業の困り感がないかの情報共有(2)月に1回の頻度での本人、企業との『ケース会議』を開催し、出来ていること・課題点の共有、働く上で取り組むべきことの明確化(再発防止やステップアップ案)、(3)月に1回の頻度で本人との『定期面談』を実施し、業務上の悩み事や、発症前と後のギャップに直面したことでの落ち込みがないかどうかの確認を実施。本人の了承がある上で適宜企業とも情報共有を行った。また、2-(3)-イ・ウ・エの部分では支援者の支援内容を店長、副店長、キーパーソンの方に説明。本人支援の他、事業主支援として『本人と企業が支援者なしにもお互いが働き続けやすい職場調整が出来る』ことを目指し、高次脳機能障害の説明の他、本人にあった対応方法などを説明し、雇用管理力の獲得を目指した。この点に関しては就職後の職場定着の支援の中でも継続して実施した。現在就職して1年が経過し、当初目標としていたスキルアップ制度についても順調に獲得してきている現状にある。業務精度も高く、企業からは高い評価をいただいている。一方で課題も出てきている中で、企業との情報共有を継続していることでリアルタイムで課題を表面化することが出来、支援者が後方サポートに入りながら企業が主体となって課題に対して取り組むことが出来ている。企業の献身的な対応もあり、就労当初行っていた(1)企業訪問は必要時のみの対応(2)ケース会議も必要時のみの対応に変更している。 4 考察 今回事例を通して、初めて障害者雇用を進める企業であったがスムーズな就労を実現し、また現在も安定した就労定着が実現出来ているように考える。その要因としては次のことが挙げられた。 ①採用前の段階で企業見学・スタッフ実習・企業実習と、企業側が本人を知る機会をとったこと ②高次脳機能障害の特性を紙面に書き出し企業に説明する機会をとったこと ③本人の強みを活かせる進め方や提示の仕方など、業務に直結する方法をより詳細にお伝えしたこと ④採用前の段階から、雇用管理の視点を伝えていたこと ⑤本人と支援者だけではなく、支援者と企業が話し合える関係性を築けていたことで企業が相談出来る場所が出来、課題点が起きたときにすぐに対応が出来る体制を作っていること 砂川2)は「障害のある人が職場で活躍するためには企業の協力が不可欠であり、支援機関は建設的な対話を通じて両者の歩みをサポートしなければならない。企業に人を送り込むだけでは専門職の役割を果たしたとはいえない」としている。今回、身体機能障害がなく、比較的軽度な高次脳機能障害をきたした事例を経験し、見えない障害と言われている高次脳機能障害も含めた『りょうへいさん』を理解していただくために支援者が採用前の段階で企業と良好な関係性を築き、企業が安心できる情報提供をしていくこと、企業が困ってしまった時にサポートできるよう近い存在として位置づけできるよう取り組んだことが重要であり、就労支援員の担える役割なのではないかと考える。 参考文献 1) 齋藤薫・大場龍男『高次脳機能障害のある人への復職・就職ガイドブック』,中央法規(2017),pⅰ-ⅱ・95-98 2) 砂川双葉『働く広場』,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(2023),p21 連絡先 角井由佳 就労移行支援事業所 クロスジョブ札幌 e-mail kakui@crossjob.or.jp p.148 高次脳機能障害のある方の就労に向けて支援者が担う役割について考える~企業の立場から~ ○梅坪千晴(株式会社ファミリーマート A店) 角井由佳(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ札幌) 1 はじめに 今回、高次脳機能障害のある方の新規就労を進める上で本人了承のもと支援者より、発病からこれまでの経緯や努力を聞き、我々は医療からの「命のバトン」を受け取ることであると感じた。私たちも本人を応援したい、できることはないかと考えた。そのため高次脳機能障害のある方を初めて受け入れるにあたり、支援者との密な連携をはかった。結果、高次脳機能障害のある方の就労・定着に取り組み、現在もなお安定した雇用継続ができている事例を経験した。支援者の必要性について事例を通して企業の立場から支援者の役割、また他職種との連携の重要性について報告する。 2 方法 (1)対象者(本人への興味関心をもつ) 概要については、同発表論文集角井由佳氏の発表論文1)の2(1)を参照。 (2)就職までに行った支援者との連携 ア 高次脳機能障害を理解する りょうへいさんの発病からリハビリテーション、クロスジョブ札幌での訓練内容や施設外就労での評価など支援者が資料等を用い丁寧に説明を受ける。また高次脳機能障害は、いつ誰の身に起こっても不思議ではないことを知った。診断名を聞き、インターネットで検索するも、どれも抽象的であり、具体的に想像できないのが現状であった。しかし支援者が作成した本人の障害特性など記された資料はとてもわかりやすく具体的であった(角井氏の発表論文1)の図2を参照)。 イ 企業見学 企業見学で本人は積極的にメモを取り、お客様に配慮した立ち居振る舞いをしながらの見学姿勢は、経験者であるが故の行動。とても好印象であった。 ウ スタッフ体験実習 本人が実習を希望する日時に合わせ、事前に支援者が実習を体験。実際の業務を行いながら、りょうへいさんが行えるか、また難しい場合はどのような進め方であればできるのかの指導を受けた。次に支援者の役割として、業務体験を行うだけでなく実習を通じて他のスタッフとのコミュニケーションを図り、職場全体の理解促進や支援者の存在を知っていただくようコミュニケーションも図っていた。このことは「企業内指導担当者」として孤立しないための配慮でもあると感じた。きめ細かな支援者の言動に大変感謝している。 エ 本人の体験実習 本人が安心して実習が出来るようピーク時を避けた13時から17時の日曜日を設定し計4日間の体験実習を実施。実習の配慮事項として、数字の理解の苦手さが残存とのこと、レジ業務は行わせないことを約束した。久しぶりに制服に袖を通し、氏名が記されたネームを胸に着用したりょうへいさんは嬉しそうな笑顔を見せながら実習開始。実習開始時に毎回本日の業務の流れを紙に書いたものを渡し、前回の振り返りと質問、本日の業務内容と注意点を確認後スタッフ実習で支援者と検証した本人の障害特性に合わせ切り出した業務を体験。実習終了30分前に再度、本日の振り返りとフィードバックを実施。実習中には、私たちがレジ対応していると隣に来て袋詰めを手伝ってくれたり、同じ企業で働いていた仲間としてレジオペレーションや商品について過去の話をしたり、東京での店舗の話をしてくださるなどりょうへいさんの人柄もわかり楽しいひと時でもあった。実習の最終日には店長・本人・支援者でクロージングを実施し、実習のフィードバックを実施。 オ 雇用相談と面接、採用 実習終了から2か月経過後、欠員募集をしなくてはいけない状況に陥り、店長から「りょうへいさんはどうだろうか」と就職の希望があるか確認するよう指示があった。アで得られた情報と障害特性や配慮事項、本人の希望を聴取。ニーズである「また東京で生活をしたい」を実現することも視野にいれたいとのこと。当社には「SST資格認定制度」がある。経営理念の視点はお客様だけではなく社員にも向けられており、「社員の幸せを追求」「人間性を高める」という理念に基づいて社員一人ひとりが自己実現の一環としてSST資格取得を促している。元々経験していたコンビニエンスストアでの就労を目指すには好都合であると考え、雇用について支援者に相談し、実習での丁寧さ、前職の経験を生かして働くことも本人のストレングスとして考え、雇用に至る。 3 結果 ア 本人の就労状況 X年3月入社。1日5時間、週4日間の雇用契約。入社当初から社会保険加入。久しぶりの保険証を手にして本人も喜ぶ。柔軟な勤務時間の調整を可能にし、本人だけでな p.149 く支援者へも必ず相談した上で1日8時間(休憩有)、週5日の間で週30時間程度の条件で就労中。現在も本人曰く「数字が苦手」であるが故、レジ操作でもたつくこともあるとのこと。苦手なことを言語化させ、使用頻度の高いレジ操作を確実に操作でき、自信をつけていただけるよう指導順番を工夫した。その他の業務として品出し、フライヤー清掃においても他スタッフよりよく気がつき丁寧で隅々まで完璧に仕上げている。また発注業務も担当。業務の流れや作業のポイントを体得され精度も高く仕事を任せられるようになっている。一方で障害特性か性格からくるものなのか、全体が見えなくなり一人で焦り怒りが表出し、職務遂行上のミスが出ることがある。 イ スキルアップ 「また東京で生活をしたい」を叶えるために、社内資格SST資格にも挑戦し、入社5か月でサブトレーナー資格取得済。現在は「人に教える」ことができるトレ―ナー資格取得を目指し、日々発する言葉や非言語的コミュニケーションを考え奮闘中。 図1 当社ストアスタッフ資格制度「SST」 ウ 支援者との連携 入社当初は2週間に1度、『企業訪問』として支援者は、本人の業務状況の確認と企業の困りごとがないかの確認。現在の『企業訪問』は本人や企業が必要であると依頼した時のみに変更している。また、月1回の頻度で本人、企業と支援者の『ケース会議』を開催し、出来ていること、課題点の共有、働く上で取り組むべきことの明確化(再発防止やステップアップの進捗)を実施。現在の『ケース会議』も本人や企業が必要であると依頼した時のみに変更。支援者は本人と『定期面談』で業務上の悩み事だけでなく精神面も含め状況の確認を実施。 エ 採用後の課題 本人が安定して働けている中、なぜケース会議が必要か上司から問われることもあり、ケース会議の必要性が薄れることもある。就職後、業務スキルだけに視点がいきがちになり、りょうへいさんの再発防止のための配慮や困り事に気づきにくくなっている。雇用した企業は業務ができるようになるための指導だけではなく、病状についても再発や悪化を防ぐための知識と配慮が必要である。支援者からの情報共有で、りょうへいさんは血圧が高い状態であるとのこと。再発防止の視点として水分補給の重要性を助言いただく。図2のような水筒で水分補給の状態を見える化し、補給できていないときには全員で一声かけている。 図2 再発防止策「業務中の水分補給の見える化」 4 考察 今回事例を通して、初めて高次脳機能障害の方を雇用し、現在も安定した就労定着が実現出来ていると考える。しかし支援者が定期的な面談の中で、状況の交通整理をしてくれ企業がやりきれていなかった心理的サポートにも着目してくれたおかげである。今後は「雇用管理力」が重要である。なぜならば就労支援員による支援も福祉の制度上限りがある。現在はクロスジョブ札幌の支援者に支援を全面的に協力、指導いただいているが今後は企業側が主体となって取り組むことが重要である。またりょうへいさんが安心して働け、夢の実現のためには「命のバトン」の連携も必要であると感じた。 (1)医療従事者の方には、就労後もぜひ本人の状況を聞き、つないだ命を見て欲しい。医療機関との連携により専門的な知識を教えていただき再発防止を図りたい。 (2)支援者の方には、採用前の段階で企業見学、スタッフ実習を取り入れて欲しい。また本人のことをよく理解し、企業との関係性を密にして欲しい。互いに包み隠さずわからないことはわかるまで確認させていただいたことで不安を解消でき、雇用に関する大きな初めの第一歩を踏み出せた。 (3)企業の方には、障害だからと無知のままでいないこと。フィルターをかけずまずは話を聞くこと。 最後に「障害への理解・配慮が足りないことによる再発や離職」を防ぐためにも専門的な知識のある支援者や必要に応じ他職種の方からの適切な指導・助言も必要であると考察した。 参考文献 1)角井由佳, 高次脳機能障害のある方の就労に向けて支援者が担う役割について考える~支援者の立場から~,第32回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集(2024) p.150 複合的な要因を抱え難渋した復職支援における就労継続支援B型の包括的な関わりについて~家族支援と定着支援を含めた取り組み~ ○伊藤裕希(特定非営利活動法人コロポックルさっぽろ 高次脳機能障害支援コーディネーター) 内田由貴子・藪中弘美(脳損傷友の会コロポックル) 尾崎聖(相談室コロポックル) 比内 之・田中あゆ・伊部友里子・久守陽子(就労継続支援B型事業所クラブハウスコロポックル) 1 はじめに 高次脳機能障害者の復職支援において橋本¹⁾(2016)は阻害要因として医療・福祉・企業の間の連携不足や高次脳機能障害に対する社会や企業の理解不足を挙げている1)。また、制度的な背景としては、受傷発症から間もないため、休職期間中における傷病手当金等の手続きや制度申請、福祉サービスの活用など早期に様々な調整が求められる。障害特性の影響もあり復職支援の方向性に見通しが立たないことで本人や家族の不安も助長されることが多い事から、支援者には多職種と連携をしながら当事者本人への有効となり得る復職支援を提供し、家族への支援も並行するなどの包括的な支援が必要と考える。 今回、回復期病院退院時には、高次脳機能障害を指摘されず、医療・介護・障害の支援機関内におけるスムーズな連携が困難となり、復職に向けた明確な方針が検討されないまま期限まで残り6か月の時点で家族から相談を受け、当事者と家族が様々な問題に直面する中で、多職種と連携をしながら包括的に支援をした事例について報告する。 2 事例概要 表1 事例概要 表2 評価 利用経緯:令和X年+1年10月 家族から脳損傷友の会コロポックル(以下「家族会」という。)へメールでの相談が届く。その後、就労継続支援B型事業所 クラブハウスコロポックル(以下「当事業所」という。)と連携をして面談を実施。初回アセスメントにて家族より急性期、回復期病院、通院中の精神科病院からの高次脳機能障害について指摘は無く、主治医から受傷後の易怒性を家庭内暴力とし警察に通報するように指示を受けていたという報告を聞いた。 介入当初は本人が介護保険2号被保険者という事で、ケアマネジャーによる介護保険サービスの調整や他法人の相談支援事業所によるサービス調整が主だった。相談支援事業所からは市内B型事業所のパンフレットを提示されるも、利用に結び付いていない状況だった。 妻はフルタイムパートで仕事をしており、家事と3人の子育てをしながら当事者である夫のサポートをしている。長男が反抗期という事もあり、夫と子供の間に入ることで精神的・身体的負担が強い状況。 令和X年+1年11月には当時の支援機関で会議が開催されるも内容としては、家族支援を中心に情報共有がなされた。 3 支援課程 障害福祉サービスの申請をするまでの間、当事業所の体験利用を実施(1日/週)。当事者が休職期間中であるため、自治体の休職期間における障害福祉サービスの利用の規約に則って申請を行い、令和X年+1年12月にB型の支給決定が下りる。 利用期間:令和X年+1年12月~令和X年+2年5月 (1) 復職支援 復職支援では主にPCのデータ入力を実施。また、医学的評価目的に本人家族承諾のもと支援拠点機関へ調整し、評価入院(令和X年+2年4月から4週間)を実施(表2)。入院中カンファレンスに同席し自宅や就労に向けた課題整理と方向性について共有。検査の結果高次脳機能障害の診断となり、易怒性の背景には、処理速度低下による易疲労性の影響も起因することを本人、家族へ説明され家族側にも関わり方の配慮などを提案するも理解は不十分な印象であった。入院中の評価を踏まえ介護保険サービスの p.151 事業所各所へも共有。退院後より通所・通勤訓練、リハビリ出勤を実施。 (2) 家族支援-妻- 事業所に通所してからサービス提供時間外(土日祝・夜間帯)に家族から本人の言動に関して相談を含めた緊急連絡が入るようになったため、家族会と連携を図りながら対応し、必要時には自宅訪問を実施。学校が長期休みに入ると本人による長男の行動への執着や、家庭内の役割について気に入らないことなどを妻に訴える他、反抗期の長男の言動により本人が怒るため、本人と子どもの間に挟まれるようになる。高次脳機能障害への理解促進と妻自身もヤングケアラーとして親の介護を経験したことから、長男の長期休み中に当事業所へのボランティアの依頼があり、短期間での受け入れを実施。 家族会との連携に関して、家族会活動(以下「ポロミナ」という。)を紹介し、利用。ポロミナでは偶数月毎に開催され同じ家族の立場で体験談を共有し、小グループでの相談も行っており、長男と一緒に参加。事前に家族会と相談し、妻と長男の理解促進のため参加者全員で高次脳機能障害に対して勉強をする機会を設けた。 (3) 家族支援-長男- 本人の家族に向けた言動に困惑し、事業所に連絡をするようになり、支援員と長男の関係性を構築していた時期でもあったため自治体のヤングケアラーの支援機関に繋げることは難しく長男とも妻や本人とは別で相談支援を行うこととなった。また学校生活では家庭生活の影響からか対人トラブルが増加していた。 (4) 他機関連携 令和X年+1年11月に家族希望によりケアマネジャーと指定相談室の変更をしている。介護保険サービスでは訪問看護・訪問リハビリ(PT・OT・ST)を実施。障害福祉サービスでは当事業所の就労継続支援B型を利用。生活保護世帯だったため、行政機関とも連携をしながら本人の支援の他に家族の様子を観察し、適宜情報共有を行った。 復職後~:令和X年+2年6月~ リハビリ出勤後、勤務形態を変更し復職。 復職後処理速度低下の影響で易疲労が強く、帰宅後感情的になることが増加、令和X年+2年8月には長男との衝突から転倒し肋骨を骨折、入院となる。 再度休職となり、本人入院中、妻からグループホームへの入所相談を受け、他機関と検討したが、妻と母親という両方の立場で揺れ動き、再び同居の方針となった。 度重なる家族間トラブルによる子供たちへの影響から支援拠点機関より要請を受け、情報共有を目的に要保護児童対策地域協議会(以下「要対協」という。)を区の家庭児童相談所に依頼し、令和X年+3年1月に開催となる。 要対協には小学校・中学校も参加し、現状の支援経過や情報共有を行ったが、開催からわずか1ヵ月後で本人から次男への行き過ぎたしつけにより小学校から児童相談所に虐待通報があり、児童相談所との連携も新たに加わった。 4 課題・考察 介入当初、医療機関における高次脳機能障害未診断の状態で、復職期限まで残り6ヵ月の時点で相談を受け、家族・復職支援を開始。発症から約1年経過していたが、本人・家族は発症後の変化について専門的な助言を受ける機会を得ず、復職の見通しが立たない中、互いに抑圧し合うような環境に置かれていたことが推察される。原田圭²⁾(2020)は高次脳機能障害を持つ家族の役割が変化する他、特に妻の負担が重くなる事と、それに対する支援が少ないこと、豊永³⁾(2008)は早期から本人と家族への介入が重要であることを述べている。本事例では就労継続支援B型事業所として他機関と連携をしながら、復職支援と並行して家族支援を実施したが、当事者家族やヤングケアラーを対象にする支援は十分であるとは言い難い。支援者側の課題として川村⁴⁾(2009)は生活過程への移行期でのソーシャルワーカの対応の遅れ、地域支援事業所の情報不足による問題に対する対処により、初期対応の危うさを指摘している。実際に事業所として相談を受ける中で、今回の事例のように高次脳機能障害が利用できる制度の情報提供が不足し、切れ目が生じたことで本来スムーズに介入出来たであろう支援が遅れ、その結果当事者と家族が見通しの立たない不安な状況の中に立たされていたケースも少なくはない。また、家族の立場により包括的なサポートが求められるが、家族会は会費の運営で公的な支援ではなく、就労系福祉サービスにも家族支援は加算として組み込まれていない。家族会などと連携をする他、復職支援を行う上で、本事例のように家族支援も同時に介入することが求められると予想されるため、今後高次脳機能障害への家族支援が公費で組み込まれることを願いたい。高次脳機能障害支援普及事業が開始され20年以上経過したが、地域における医療福祉機関に対して十分浸透しているとは言い難い。拠点機関以外の医療福祉機関が切れ目のない支援ができる地域社会になるように働きかけていきたい。 【参考文献】 1)橋本 衛 高次脳機能障害患者の復職/就労に関わる因子に関する研究-11事例を通して- ,多面的アプローチを用いた高次脳機能障害患者の復職支援プログラムの開発に関する研究 (2016) 2)藪中 弘美 『私の夫は高次脳機能障害です』,医歯薬出版(2020),p55(原田 圭) 3)豊永 敏宏 職場復帰のためのリハビリテーション 4)川村 博文 障害者と支援 高次脳機能障害者に対するソーシャルワークのアプローチに関する考察 連絡先 伊藤裕希 特定非営利活動法人コロポックルさっぽろ Tel 011-858-5600 e-mail koropokkuru@mail.goo.ne.jp p.152 就労希望のある亜急性期脳損傷患者データベースによる復帰群と外来移行群の比較 ○中村滉平(浜松市リハビリテーション病院 リハビリテーション部 作業療法士) 上杉治・阿部幸栄・古橋拓巳・越前桂伍(浜松市リハビリテーション病院) 1 はじめに 我が国では脳卒中をはじめとした脳血管疾患の治療や経過観察などで通院している患者数は174万人と推計されており、うち約17%(約29.5万人)が就労世代(20~64歳)といわれている1)。「若年」脳卒中患者にとってのゴールは社会復帰であり、そのなかでも職業復帰(復職)が重要である2)。2023年度の当院の入院患者疾患別割合をみても39.2%が脳血管疾患(外傷性を含む)であり、その中にはリハビリテーション(以下「リハビリ」という。)のゴールが就労であるという患者も少なくない。 2 目的 当院では2021年度より就労希望のある脳損傷患者をデータベースで管理してきた。既存の研究によると就労に関する因子として神経心理学検査では知能と記憶が重要であると北上ら3)は述べている。そこで本研究では2021年度、2022年度のデータベースから当院退院直後に職場復帰した患者と就労に向けて外来移行し、リハビリを継続した患者の比較を行いその差異を明らかにすること、また外来移行に至った理由を明らかにしていくこととした。 3 対象 当院で記録を開始した2021年度、2022年度のデータベースより2021年度・2022年度に就労希望が聞かれた患者301名。退院直後の復帰群は110名で復職率は36.5%であった。調査期間や対象により復職率は異なるが、佐伯ら4)によるとわが国での復職率は約30%であり、おおよそ同様の結果となった。 4 方法 研究1では就労不可群を除外し、神経心理学検査の結果が分かる退院直後の復帰群78名(以下「復帰群」という。)と就労に向けて外来移行した群100名(以下「外来移行群」という。)の178名を年齢、性別、疾患、病巣、神経心理学検査のリバーミード行動記憶検査(以下「RBMT」という。)結果、ブルンストローム・ステージ(以下「BRS」という。)より、2群間比較を行った。(p<0.05)(表1)。 研究2では退院時サマリーより、外来移行群の中から外来移行に至った理由が分かる患者98名を調査した。 表1 2群間比較解析結果 5 結果 研究1では復帰群、外来移行群でRBMTの結果による有意差は認められず、これは既存の研究による記憶の重要性とは異なる結果となった。一方で年齢では復帰群の方が有意に高く、先行研究では就労への促進要因として年齢が若年層であることが挙げられているが、本研究では逆の結果となった。上肢麻痺の程度は復帰群の方が軽度であり、こちらは先行研究の結果と合致した。疾患や年齢による差は認められておらず、先行研究と同様である。 研究2では移行理由を①高次脳機能障害(以下「HBD」という。)②運転③身体機能改善④生活支援⑤復後フォロー⑥その他(新規就労)に分類した。なお移行理由は重複している患者もいる(図1)。外来移行理由で最も多いも p.153 のはHBDで39%であり、次に運転再開の28%、身体機能改善11%となった。生活支援では退院後の生活状況の確認や職業準備性を整える目的での利用が多かった。復職後フォローは復職後の就労状況を確認し、困り事への対応が多くみられた。復職後フォローには就労にあたり、職場との業務や勤務調整も含まれる。外来移行理由の最も多かったHBDの分類をみると、注意障害の32%が最も多く、次に処理速度23%、記憶障害14%、神経疲労12%、遂行機能障害6%、半側空間無視・空間認知低下7%、前頭葉機能低下3%、病識低下3%となった(図2)。 図1 外来移行理由 6 考察 研究1ではこれらの結果より、RBMTの結果だけに絞った量的研究を行ったが、記憶機能の差異だけでは外来移行基準を明確に出来ない事が示唆された。また外来移行群の中でも実際は外来を経由せず、退院直後に職場復帰できる患者がいる可能性が考えられる。 研究2では当院の地域では公共交通機関よりも自動車での通勤が多く、佐伯らも就労にあたっては通勤手段の確保が必要であると述べている通り、就労と自動車運転がセットとなる場合が多い。HBDで注意障害、処理速度の低下を有している患者は運転再開が困難となる場合もあり、HBDの分類結果より、外来移行理由の上位に運転再開が挙げられたことは妥当であるといえる。当院では復職希望患者が多いが、新規就労希望患者も一定数存在する。それらの患者に対しては、早期に就労移行支援等の福祉サービスへ繋ぎ地域社会等の社会資源を活用し、連携していく必要性も考えられた。 図2 高次脳機能障害別割合 7 まとめ 本研究では復帰群と外来移行群において記憶機能における明確な差はみられなかった。これより復帰群と外来移行群の間には別の要因があると思われる。そのため他の神経心理学検査を含め、今後も引き続き復帰群と外来移行群の差異を明らかにしていく必要があると考える。それにより、就労基準や指標が曖昧で個別性が高く、関係する要因や支援のあり方がさまざまである医療における就労支援の向上に寄与していきたい。 参考文献 1) 厚生労働省:事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン 脳卒中に関する留意事項.令和6年3月版. 2) 佐伯覚,蜂須賀研二:脳卒中後の復職―近年の研究の国際動向について.総合リハビリテーション 39巻4号 2011. 3) 北上 守俊,八重田 淳:高次脳機能障害者の就労支援における神経心理学的検査の有用性について—システマティックレビューとメタアナリシスによる検討-.作業療法37巻2号 2018. 4) 佐伯 覚:脳卒中患者の職業復帰.日職災医誌,51:178─181,2003. 連絡先 中村滉平 浜松市リハビリテーション病院  リハビリテーション部 作業療法士 e-mail 13ro23@g.seirei.ac.jp p.154 高次脳機能障害者の自己理解を進めるための支援技法の開発 ○狩野眞(障害者職業総合センター職業センター 上席障害者職業カウンセラー) 古野素子(障害者職業総合センター職業センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)では、高次脳機能障害者の就職、雇用の安定、復職に資するため、個別の特性に応じた支援プログラム(以下「プログラム」という。)を実施し、自己理解の促進、補完手段の習得及び事業主支援を目的とした技法の開発、改良及び普及に取り組んでいる。 支援技法の開発にあたり、令和5(2023)年度に地域障害者職業センターを対象とした支援技法の開発ニーズ等に関するヒアリング調査を実施したところ、「自己理解や病識の乏しさのある対象者への効果的な支援方法を知りたい」「自己理解を深めるための支援技法を開発してほしい」など、高次脳機能障害者の自己理解に関する課題へのアプローチに難しさを感じるという意見が挙げられた。 そこで、令和6(2024)年度は、高次脳機能障害者の自己理解を進めるための支援技法について検討し、プログラム内での実践を取りまとめることとした。 2 開発にあたって 支援技法の開発にあたり、文献調査や高次脳機能障害者の支援に携わる専門家へのヒアリングを行い、前提となる考え方、留意点、支援方法等を整理した。 (1) 前提として持っておくべき考え方・取組 自己理解を進めるための支援を行う際に、前提として必要となる考え方や取組について「高次脳機能障害者の障害理解と職業リハビリテーション支援に関する研究(2022)1)」では表1のようにまとめられており、専門家からも共通する意見が得られた。 表1 自己理解の支援を行う際に、前提として持っておくべき考え方・取り組み方 考え方・取り組み方の内容 信頼関係、協同関係の構築 支援対象者の目標達成に向けた支援 残存能力や「できるようになったこと」に焦点 多角的な視点でアプローチ 長期的な視点を持ち支援体制を考える 支援内容や活動の記録を見える化して共有 (2) 留意点について 支援を行う際の留意点については表2のとおり、支援効果の限界や支援を行うことで生じる心理的リスクについても考えておく必要性等が示唆されている。 表2 留意点に関する文献調査・専門家からの意見 支援効果の限界について 【文献1)における所見】 ・ある程度の障害認識がなければ、支援効果が見られない。 ・抽象的な推論能力や記憶に著しい障害がある場合は難しい可能性がある。 ・訓練によりセルフモニタリングや自己調整能力の向上は一定の効果が見込めるが、練習した場面と類似性の低い課題への般化はエビデンスが十分でない。 ・問題や課題を事前に予測し対処するという理解ができるようになるには、一定のメタ認知的知識(長期記憶に保存されている理解)が必要。 【専門家からの意見】 ・理解力が高い方だと教材を用いた心理教育が有効な場合があるが、困っている実感がない方は、支援対象者自身が困るのを待つことが必要な場合がある。 心理的リスクについて 【文献1)における所見】 ・障害の否認が要因として考えられる場合、「自己理解」の深化に焦点をあてる教育的支援が、敵意や怒り、防衛反応を引き起こす可能性がある。 ・「自己理解」が深まることで抑うつ、不安をもたらす可能性がある。 【専門家からの意見】 ・自己への気づきに焦点をあてると、抑制が効かなくなり周囲を巻き込んでしまう可能性や抑うつをもたらす可能性がある場合、気づきの支援を無理に行わず、別の視点に目を向けて支援を行うこともある。 ・自己の特性が分かっても、心理的側面から対処を行わないこともある。 (3) 支援方法について 支援方法については、表3のとおり、前提となる考え方や留意点を踏まえ、自己理解の深化に焦点をあてた支援だけでなく深化以外に焦点をあてた支援の視点を持つことの必要性が示唆されている。 表3 文献調査・専門家からの意見で挙がった支援方法の例 自己理解の深化に焦点をあてた支援の例 【文献1)における所見】 ・日常的(職業的)な場面に即した課題や状況の中で直接的にフィードバックする。 ・障害や補完手段に関する心理教育を行い、実際の場面で起きていることと障害とを結びつける。 ・対象者が課題実行中にセルフモニタリング・自己調整できるよう課題設定やフィードバックを行う。 【専門家からの意見】 ・準備の段階では気づきが生まれにくいが、復職や就労後に、様々なことに気付いていく人が多い。 ・受障前と現在との変化を感じる経験が気づきになり、セルフ・アウェアネスを進める動機づけとなることはある。 p.155 自己理解の深化以外に焦点をあてた支援の例 【文献1)における所見】 ・習慣化形成に重点を置く ・心理的側面を考慮する ・支援等への動機を高めるアプローチ ・環境・周囲のネットワークへのアプローチ 【専門家からの意見】 ・客観的データを動機づけに役立てて目標設定を行う。 ・気持ちの波がある場合等、トラブル時に支援が途切れないように、支援者を限定せず地域で多角的な支援を検討する。 ・周囲からの期待や、自分がどうありたいかについて、対象者自らが言葉で出力し、出力できたことに対し肯定する。 ・環境調整は重要な要素。自己理解に課題があっても職場で定着している事例もある。 ・職場の環境を確認し、受け入れ側の環境(受け入れる土壌)を作っていくことが大切。そのための支援を考える。 3 実践の進捗状況 文献調査や専門家の意見から、今回の技法開発では「自己理解を深める」ことが必ずしも対象者の課題の達成にとって必要条件ではなく、自己理解の程度を柔軟にとらえ、限られた期間において、就職や復職等の対象者の目標達成に向けて、自己の特性、求められる職務や働き方等についての知識を得ること、対象者自らが職務遂行に必要な補完手段を活用することや力を発揮しやすい作業環境を知るための体験をすること等といった「自己理解を進める」ための支援方法を検討することとした。 (1) グループワーク グループワークは、演習や高次脳機能障害者同士の意見交換により、自己の特性に対する気づき、補完手段の習得に向けた動機を高めることにつながりやすい機会である。プログラムでは、これまで記憶障害、注意障害、感情のコントロールなど、障害特性をテーマとしていたが、対象者が働くことについて考えることを通じ、職務や働き方の知識を得ることを目的に、新たに「働き方」をテーマとしたグループワークを試行した。 グループワークの内容は、職業センターが精神障害者職場再適応支援プログラムにおいて行っているキャリア講習2)を基に、高次脳機能障害者の特性や就労経験等の個別性を考慮のうえ改編し、専門家からの助言を得て試行した(表4)。 表4 「自分らしく働く」を見つける講座の構成 第1回 転機・自分を理解する3要素 第2回 興味・強み 第3回 価値観・まとめ (2) 作業 作業課題は、ワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)を活用している。MWSは、OA作業、事務作業、実務作業の計16課題で構成されており、課題は、対象者の症状や遂行能力、興味、復職者の場合は復職後に想定される業務等に基づき、対象者と相談しながら選定している。課題実施後に振り返りを行い、エラーの内容、発生頻度、要した時間および対象者自らが試した工夫を確認し、自己の特性や補完手段の有用性を考える機会としている。しかし、振り返り相談の中で、エラーや要した時間等対象者にとってネガティブな情報を前向きにとらえられない、これまで経験した業務内容とMWS課題の内容とを比べると現実性に欠けると感じる、問題が生じる可能性を予測し事前に対処する必要性の理解が難しい等から、自己の特性や補完手段の有用性を考える機会に繋がらないことがある。 そこで、自己の特性や補完手段の有効性について考えることのみに焦点を当てるのではなく、達成したい目標を細分化し、補完手段の活用を試みる動機を高める方法として、「作業を進める工夫の検討シート(仮)」を作成し、試行している。 (3) 個別相談 個別相談は、グループワークや作業を通して、対象者が得た気づきや認識、今後取り組みたい目標を確認している。気づきや補完手段の活用が目標となる場合は、特性チェックシート等のツールを活用しながら、目標達成に向けた支援を実施するが、気づきや認識が少ない、具体的な目標が定まらないという事例がある。 そのような事例に対して、自己の気づきや補完手段の活用等を目標にするのではなく、働くための準備、求められている職務や働き方から目標を考える方法について検討し、試行している。 4 今後の方向性 現在、試行中の取組については、今後もプログラムにおいて実践を重ね、対象者の目標達成に向け、それぞれの自己理解の状況に応じたプログラムや支援方法の検討を進めていきたい。また、今回の取組については、工夫した点や留意事項を取りまとめ、実践報告書として令和7(2025)年3月に発行する予定である。 参考文献 1)障害者職業総合センター『高次脳機能障害者の障害理解と職業リハビリテーション支援に関する研究―自己理解の適切な捉え方と支援のあり方―』「調査研究報告書No.162」,(2022) 2)障害者職業総合センター職業センター『ジョブデザイン・サポートプログラム気分障害等の精神疾患で休職中の方のための仕事の取り組み方と働き方のセルフマネジメント支援』「支援マニュアルNo.23」,(2023) 連絡先 障害者職業総合センター職業センター開発課 e-mail cjgrp@jeed.go.jp  Tel 043-297-9044 p.156 p.157 研究・実践発表(ポスター発表) p.158 当事者団体が取り組む視覚障害者の就労支援-活動実績と課題- ○中村 一(認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 理事) ○熊懐敬(認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 副理事長) ○山田尚文(認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 運営委員) 石原純子・梅沢正道・大岡義博・大橋正彦・神田信・重田雅俊・芹田修代・町田真紀(認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル)) 1 はじめに 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(通称:タートル、以下「タートル」という。)は、1995年の発足以来、30年近くにわたり、視覚障害者の就労支援に特化した当事者団体として活動を展開してきた。事務局は東京都内に置いているが,スタッフ(約30名)や会員(約400名)は全国に点在しており、全国組織として活動している。 本発表では、2023年度のタートルの就労支援の実績と、そこから見えてくる課題について報告する。 2 近年の視覚障害者の就労状況 近年、デジタル化の進展により、視覚障害者の就労環境は大きく変化してきている。従来、視覚障害者の就労といえば、あはき(あんまマッサージ・鍼・灸)がイメージされることが多かったが、職場の事務仕事が紙の書類によるものからパソコンによる作業に置き換わり、スクリーンリーダー(画面読み上げソフト)を使うことで多くの事務作業が音声で対応できるようになり、視覚障害者の職域は確実に広がってきている。一方で、こうした実態が企業・団体等の雇用主には必ずしも広く知られておらず、視覚障害者の雇用環境は依然として厳しいのが実態である。 3 タートルにおける就労支援 タートルの特長は、そのスタッフのほとんどが就労経験のある視覚障害当事者ということである。自身の経験を踏まえて当事者目線で相談に乗ったり支援したりしている。また、当事者同士で交流する場を開催し、不安の解消や自信回復につなげている。 タートルの主な活動は、下記のようなものである。 ①電話やメール、Webサイトを通じての 就労相談 ②サロンや講演会など当事者間の交流の場の提供 ③メーリングリストやSNSによる情報提供と情報交換 ④情報誌/刊行物の発行やホームページによる情報提供 ⑤関係団体との連携による相談対応や啓発 4 就労相談の流れ 就労支援活動の軸である就労相談の流れを以下に示す。 ①視覚障害当事者(家族などの縁者、関係者を含む)からの電話やメールでの相談 ②電話やメールでの対応、必要に応じて資料の送付 ③スタッフによる個別相談(対面またはオンライン) ④日本眼科医会との連携による相談会(オンライン) ⑤支援機関、訓練施設などへの同行訪問(必要に応じ) ⑥相談後のフォロー ⑦交流会などのイベントの案内(適宜) 5 2023年度相談実績 2023年度(2023年4月〜2024年3月の相談実績は延べ665件(209人)であり、相談手段別内訳は図1のとおりである。 相談を受け付けると、まず電話とメールにより対応することになるため、電話とメールによる相談が約9割を占めるが、各種イベント等での対面の相談や、オンラインによる相談会も実施している。オンライン相談会の中には、月に1回実施している日本眼科医会との組織的な連携によるオンライン相談会(12回、23件)も含まれている。 図1 相談手段別内訳 (665件) 2023年度の相談者209人の内訳であるが、新規相談者が133人(64%)の他、76人(36%)が前年度以前から継続して相談を受けている人になる。相談者の居住地については、関東甲信越が140人(67%)を占めるが、それ以外には北海道から沖縄まで全国からの相談を受け付けている。 p.159 図2に相談者の年齢別内訳を示す。50歳代と40歳代合わせて約半数を占めるが、30歳代(17%)、60歳代(16%)、20歳代(10%)となっており幅広い年代からの相談を受けている。 図2 相談者の年代別内訳(209人) 表1に相談内容別の内訳を示す。もっとも多い相談は、「就労継続・復職」であり、相談者数(209人)の60%を占める。続いて、「ロービジョンケア」(36%)、「新規就職・転職・再就職」(30%)と続いている。「ロービジョンケア」に関する相談(36%)は、主として紙の資料やPC画面が見づらくなった、通勤で人とぶつかりやすくなったなどというものである。また、「障害受容」が4%あるなど、近年、精神的不調を訴える相談も増えてきた印象がある。 最近の相談内容で特徴的なのは、職場のデジタル化の進展に伴い「ICT関連」(20%)が増加傾向にあり、「職業訓練・自立訓練」(29%)に関する相談においても職場のICT環境に対応できる訓練機関を紹介している場合が多い。また、「合理的配慮が得られない」(17%)、「不当な取り扱い・雇止め」(5%)など職場の対応に関する相談も少なくない。 表1 相談内容(相談者数209人) 6 視覚障害者の就労における課題 タートルで対応した最近の支援事例から、視覚障害者の就労には下記のような課題があると感じている。 (1)職場の理解不足と不十分な合理的配慮 視覚障害者の就労実態や支援制度が一般にはほとんど知られていないことから、相談者の中には視力の低下で仕事を続けられないと悩みメンタルに不調をきたしているケースも少なくない。また雇用者においてもどのように対応してよいかわからず、結果として十分な合理的配慮が行われていないケースが多い。タートルでは、相談対応の中でさまざまな情報提供を行うとともに職場に書面で合理的配慮を求めるための「視覚障害に関する状況報告および要望書」の作成マニュアルを整備し、これらを活用して職場に合理的配慮を求めていけるよう支援をしている。今後は、これらと並行して職場や雇用主など一般への啓発活動が重要であると考えている。 (2)訓練・支援制度上の課題と地域偏在 相談者の約6割が「就労継続・復職」の相談(表1参照)であり、在職で受けられる「在職者訓練」や「ジョブコーチ」の制度を活用している事例が多い。一方でこれらの制度の利用には地域差が大きく、公務員が対象外など制度面での課題も多い。今後、こうした課題解決のための取り組みが望まれる。 (3)職場のICT環境の課題への対応 職場環境のデジタル化に伴いICT関連の相談が増加傾向にある。タートルICTサポートプロジェクトが2020年12月に実施したアンケートでは回答者の84.6%が職場のICTで困っていると回答している。こうした課題は一朝一夕には解決しないが、タートルICTサポートプロジェクトの活動を通じて、今後も他団体や関連機関とも連携して解決策を模索していきたい。 7 おわりに 以上述べたように、タートルは当事者団体として、視覚障害者の就労支援を全国規模で展開しているが、こうした支援には、地域の障害者職業センターや訓練支援機関との連携が欠かせない。今後は、こうした関連機関との連携も強化し、当事者目線での就労支援を継続していきたいと考えている。 連絡先】 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 電話 03-3351-3208 メール soudan@turtle.gr.jp URL https://www.turtle.gr.jp/ p.160 社会への復帰を就労移行支援での立場から考える~交通事故から復職を諦め、新規就労までの道のり~ ○古瀬大久真(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ福岡 作業療法士/就労支援員) 濱田和秀・砂川双葉(特定非営利活動法人クロスジョブ) 1 はじめに 2023年3月にクロスジョブ8か所目として福岡市中央区にクロスジョブ福岡が開設された。 今回、自費リハビリ等含む医療機関とのつながりから福祉の連携、社会復帰へつながった事例を紹介する。本事例は、脊髄損傷により四肢麻痺を呈したもの、社会復帰を模索されていた方だった。地域へのつながりの中で社会復帰に向けた支援をする機会があったので、就職までの経過を元に考察を述べる。 (1) 対象者 大地さん(仮名) 50代 男性 診断名:脊髄損傷 身体障害者手帳 4級 X年。仕事終わりに職場から自宅へ帰る途中、バイクと自転車での交通事故。大地さんはバイクを運転していた。受傷直後から首から下の運動ができないことが分かり、到着した救急隊により急性期病院へ搬入され、検査の結果、第一胸椎損傷の診断となった。 動けるようになるかは五分五分の状態で手術を実施した。無事手術は成功し、術後のリハビリにより徐々に起立や歩行も可能となり、回復期病院を経て自宅退院と至る。 元々はオーナーとしてコンビニの経営を行う傍ら、自身も店舗で仕事を行っていた。退院当初は職場の復帰も検討していたが、身体の麻痺の残存からこれまでの業務は難しいと判断し、復職せず。その後は、自費のリハビリを行いながら身体機能の改善に努めていた。自費リハビリのスタッフからクロスジョブ福岡を紹介され、見学、体験利用を経て、新規就労を目的に利用を開始した。 (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(以下「JEED」という。)が開発したワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)を用いた訓練や施設外就労でのスポーツジムの清掃を行いながら報連相の必要性や将来の仕事を見据えた、可能な業務内容の確認を行った。施設外就労での清掃業務はしゃがんでの動作や重量物の運搬などが行いにくい事など、より詳しく可能業務の選定を行うことができた。しかし、できないことへの受容は完全とはなっておらず、並行して取り組んでいた自費リハビリでの機能回復に望みを持ち続けている状況だった。MWSを用いた訓練では上司役であるスタッフから指示された内容の理解に抜けがでてしまうことがあった。事務補助業務では壁掛けフックの接着を依頼した際、スタッフへの事前相談に至らず接着した。スタッフが確認するとズレが生じていることが分かった等報連相の乏しさが見られていた。 元来の楽観的な性格や、本人としての困り感がなかったことで相談が無いままに作業を遂行してしまい、後からスタッフが確認するとミスが出てしまうという状況だった。 重点を置いて取り組んだこととして、訓練での振り返りや毎週の面談でしっかりと時間を作ることを意識した。なぜ相談することができなかったのか、どうしたらミスすることなく遂行できたのか(事前にスタッフに確認をすること)等、訓練状況の整理を行い修正しながら訓練を進めていった。 本人の希望として、金銭面の問題から早めの就職を掲げており、職場実習は行わずに就職活動へと進んでいった。 本人のこれまでの経歴は、営業職として素晴らしい実績をお持ちであり、1社目の応募も、書類審査、筆記試験をクリアし面接へと進むことができた。面接でもミスも無く返答ができたが、面接終了後に行った見学で、折りたたみコンテナを持てるか問われ、持とうとしたところ、麻痺の影響で指をうまくコンテナに掛けることができず持ち上げることができなかった。数日後の連絡で不採用との連絡を頂き、要因として物を上手く持ち上げることができなかったことであると判明した。本人との振り返りの中で、落ち込む部分もあったが「やっぱり仕事としてやろうと思うと難しい。それが分かっただけでもいい。」と気持ちを切り替える様子も見られた。 2社目の応募では、スタッフと共に企業の見学に行き、事前に動作などの確認も行った。その際、どの程度の重量物を扱う必要があるのか、10㎏程度までなら運搬ができる等進んで質問することができていた。その後、面談で話をする中で本人が応募したいとの気持ちがあり、応募することとした。面接にはスタッフも同行。緊張はしながらも、自分ができることや1社目で不採用に至った理由である、重量物の取り扱いが難しい事、体力面が心配であり定期的な休憩が欲しい事等の配慮してほしい事をしっかりと伝えることができ、翌日には合格の連絡を頂きX月+6ヵ月で採用となった。合格した会社ではトライアル雇用を併用しており、3ヵ月間のトライアル雇用から開始となった。勤務は週5日間、4時間勤務から開始。 トライアル雇用期間中は体調不良などで休むこともなく、 p.161 本人が心配していた体力面も問題ないとのことでトライアル雇用2ヵ月目で勤務時間を1時間延ばし、5時間勤務へと職務時間を増やすこともできた。トライアル雇用期間中は、週1~2回の訪問で本人、上司との個別面談、毎日の電話やメールでの振り返り、毎週の個別支援計画の作成を行い、その都度、実務での問題点抽出を行った。月末には3者での目標に対する振り返りを行い翌月への目標設定を行った。Y月+6ヵ月で採用。Y月+10ヵ月で就労へと繋がった。 (2) 手続き 報連相の必要性や現状の達成状況の確認を日々の訓練状況や面談を通しての振り返りから行った。トライアル雇用を通しての本人、企業、クロスジョブの3者間でのやり取りでリアルタイムの問題に対する話し合いや対応策の検討、実施などを行うことができ、利用者、企業の双方が悩みをないがしろにしない関係を作った。 2 結果 Y月から利用開始。Y月+6ヵ月で通信業界にて採用。1ヵ月間の準備期間を経てトライアル雇用開始。Y月+9ヵ月のトライアル雇用を経て、Y月+10ヵ月で正式雇用へと至った。 3 考察 利用開始時、身体的不安も強く、自費リハビリを継続しながらの併用訓練を行った。自費リハビリ訓練の期間終了を機にクロスジョブでの訓練に専念し、訓練では主に報連相を意識して取り組んでいた。高次脳機能障害等の診断はついていなかったが、指示を複数提示した際、情報を取り切れない場面や失念してしまうことがあった。本人も情報を取り漏れているという認識は薄く、リアルフィードバックや面談で時間をかけて振り返ることで徐々に落とし込んでいくことができた。 本人希望として早期の就職希望もあり、職場実習は行わずに、事業所内訓練やスポーツジムの清掃である施設外就労訓練を並行しながらの就職活動を行った。1社目の採用試験では動作確認の際に物を上手く持ち上げることができず不採用となった。この結果が本人の身体の状況理解につながることになった。その後、現状の身体機能でできる業務の抽出を行い、通信業界の店員補助として入職に至る。 トライアル雇用を併用することで週に1~2回訪問することにより、リアルタイムでの問題点抽出や対策を行うことができた。トライアル雇用では高頻度の訪問や日々の振り返り、企業からの意見を吸い上げ、共有を行うことで双方が問題点に着目することができ、改善点の話し合いをすることもできた。 表1 就労支援のためのアセスメントシート(抜粋) 今回、JEEDの「就労支援のためのアセスメントシート」を用いて評価を行った(表1)。本来であれば、本人と共に確認しながら作成を行っていくが、今回は、通所当時の状況を日誌等で確認しながら作成した。内容を確認すると、本人の強みとして活かせる部分が今回の就職にマッチングした内容であると考える。クロスジョブでの訓練だけでなく、就職面接時や就職後の職場スタッフからの声が、一番本人の気持ちや意識を大きく変えたと考える。クロスジョブスタッフとの信頼関係と、「仕事」に直結する職場のスタッフと立ち位置が違うが故でもあると考える。そういった点を鑑みるとやはり「実習期」というものが大切であると実感することも改めて確認できた。利用者によっては金銭面の問題から早期の就職を希望される方も多い。しかし、第三者である実習先のスタッフからの意見が利用者へ与える影響は大きい。今回は、実習は行わなかったものの、1社目で不採用に至ったことで身体障害への受容から次のステップへと進むことができた。支援者からの意見だけではなく、第三者からのエッセンスを加えることでより利用者の受容への道は開きやすくなるのではないかと考える。 今後の更なる支援を行っていくうえでも、支援者としての立場を押し付けるのではなく、利用者にとって最善の選択をしていただけるよう日々研鑽し、クロスジョブだけではなく、利用者を取り巻くすべての支援者で包括的に支援をしていく必要があると考える。 参考文献 1)脊髄損傷者の復職支援 千賀美菜子、千賀将、田中宏太佳 p.162 委託訓練事業を利用した就労支援に係る地域ネットワークの構築について ○齋藤貴大(岩手県社会福祉事業団 岩手県立療育センター 障がい者支援部 理学療法士) 1 はじめに 障がい者の就労支援において、障がい者雇用にむけた委託訓練は、効果的な方法として注目をされている。地域の企業や団体との連携を通じて、障がい者が地域社会において働く機会を拡充することが期待されている。 この取り組みは、障がい者の経済的自立を支えるだけでなく、社会的なつながりや自己肯定感の向上にも寄与する。 しかし、多くの障がい者が就労機会を見つけるのに困難を感じているのが現実である。この問題に対処するために、障がい者雇用に向けた委託訓練の概要、メリット、実施方法、事例の途中経過を紹介する。これらにより、障がい者の就労支援の新たな可能性とその効果について考察する。 2 障がい者雇用に向けた委託訓練とは 障がい者雇用に向けた委託訓練は、企業や団体に訓練の実施を依頼し、障がい者が実際の職場環境で必要なスキルを習得するプログラムである。この訓練は、個々の障がいの特性に応じたカスタマイズされた支援を提供することを目的としている。 3 障がい者雇用に向けた委託訓練のメリット (1) 実務経験の提供 障がい者が実際の職場で働くことにより、実務経験を積むことができる。これにより、理論的な学習に加えて実践的なスキルも習得することが可能となる。また、地域ネットワークを活用し、地元の企業や団体と協力し、地域の特性やニーズに合わせた訓練内容を提供し、障がい者が地域社会で活躍できるようサポートする。 (2) 社会的スキルの向上 職場でのコミュニケーションやチームワークなど、社会的スキルの向上が期待され、これにより職場適応力が高まる。 (3) 地域特性に応じた訓練 地元の企業や団体との連携が強化され、産業や雇用状況に応じた訓練内容を提供できるため、地域に即したスキルを習得し、障がい者の地域社会での就労機会を増やすことができる。 (4) 成功体験の積み重ね 実務経験を通じて自信を持つことができ、成功体験が障がい者の自己肯定感を高める。 4  委託訓練の内容 技術訓練、ソフトスキル訓練、生活訓練等が主に行われ、地域や企業により内容が変化する。 5 事例紹介 (1) 基本情報 本事例は20歳代の男性で、大学卒業後に関東の会社でシステムエンジニアとして就職する。20xx年6月に滑落事故により脳挫傷とくも膜下出血を発症し、救急搬送後、急性硬膜外血種と頭蓋骨骨折の手術を受ける。リハビリテーション病院に転院し、約10か月後に地元の岩手に帰省し、自宅での生活を再開する。その後、岩手県立療育センター障がい者支援部の自立訓練(機能)、施設入所支援を利用し、1年6か月後にアパートへ退所、現在は就労継続支援B型を利用している。 障害者手帳:身体障害者手帳2級 精神保健福祉手帳2級 経済状況:障害年金、工賃 (2) 日常生活動作や高次脳機能障害 日常生活動作: 右利きだったが、利き手を左手に変更し、左手で書字や入力などの作業を行っている。移動手段としてロフストランド杖を利用しており、自家用車の運転や公共交通機関の利用は一人で行うことが可能である。また、住まいはアパートの1階に居住し週3回居宅介護を利用している。 コミュニケーション: 構音障害があるが、ゆっくり発話すれば相手からの聞き返しは少ない。 高次脳機能障害: 記憶障害、注意障害、遂行機能障害が指摘されるが、注意障害のみ本人に自覚がある。 病前の仕事: システムエンジニアとしてシステムの保守点検を主に担当し、チームでの仕事が多く、コミュニケーションを特に重視していた。 (3) 職業評価 職業評価(岩手障害者職業センター) OAWork【文書入力】: 正答率50%(21分26秒) 【検索修正】: 正答率80% 岩手障害者職業センターの担当カウンセラーより、PC操作の速度向上、高次脳機能障害を踏まえた得手不得手の確認と補完手段の獲得、集中力とパフォーマンスの維持について助言を受けている。また、就職時にはジョブコーチ p.163 支援の活用が推奨されている。 (4) 委託訓練利用までの経過 受傷後、製造業と農業に興味があり、地元での就職を希望していた。ハローワークや障害者就業・生活支援センターとの面談を通じて、一般就労ではなく就労継続支援や就労移行支援の利用を勧めらたが、本人は一般就労にこだわりがあった。岩手県の障がい者雇用について調べた際、「障害者雇用向け職業訓練」¹⁾の情報を見つけ、障害者職業訓練コーディネーターに相談した。説明を受け、本人および職員、関係機関が同席の上で委託訓練を利用することに決定した。 委託訓練開始までは①マッチング支援、②職場見学、③短期実習、④障がい者委託訓練の順番で進めていくが、図1にもあるように対象者によって違いがある。 図1 障がい者雇用に向けた委託訓練等活用のイメージ²⁾ (5) 委託訓練先との調整 障害者職業訓練コーディネーターが花巻市内の製造業A社と連絡を取り、職場見学を実施した。担当者より、本人に必要な配慮や会社内の環境調整について質問があった。職場見学実施後、本人に職場実習の希望を確認した。その後、実習希望を会社に伝え、面談を実施した。実習時に必要な配慮や環境調整については書類を用いて職員が説明し、障害者職業訓練コーディネーターが実習に関わる制度について説明した。A社より実習期間は1週間で行い、終了後に面談を実施することとした。また、現在本人に関わっている関係機関へ連絡し、必要な情報を共有し実習開始までに必要な内容の確認を行い、現在は実習中となっている。 6 考察 障がい者雇用に向けた委託訓練事業は、職業訓練を外部の教育機関や企業に委託し、地域での労働を希望する障がい者に対して必要なスキルを提供する仕組みである。この事業を効果的に活用するためには地域ネットワークの構築が不可欠で、地域ネットワークの構築における重要な要素は、自治体、教育機関、企業、就労支援機関との連携である。これらの関係者が一体となって協力し合うことで、地域のニーズに合った訓練プログラムの開発と提供が可能となる。例えば、地元の企業が求める人材像を基に訓練内容をカスタマイズすることで、訓練を受けた障がい者が即戦力として活躍できるようになると考える。 次に、地域ネットワークの構築には情報共有の仕組みが必要であり、各機関が持つ情報を共有することで、訓練プログラムの質と効果を高めることができる。例えば、県内企業の求人情報と訓練内容のフィードバックを早い段階で共有することができれば、訓練の改善や更新がスムーズに行うことができると考える。 さらに、地域ネットワークの構築には継続的なモニタリングと評価が不可欠で、訓練プログラムの効果を判定し、必要に応じて改善を行うことで、事業の持続可能性と効果を高めることができる。具体的には、訓練修了後の就職率や就職先での定着率、障がい者のスキル向上の度合いなどを指標として用いることが考えられる。 7 おわりに 障がい者雇用に向けた委託訓練事業を利用した就労支援に係る地域ネットワークの構築には、多様な機関の連携、情報共有の仕組み、継続的なモニタリングと評価、地域コミュニティの強化が必要となる。これらの要素が適切に機能することで、地域の労働者が必要なスキルを身につけ、持続可能な就労機会を得ることができると考える。 また、訓練を受けた障がい者が地域内での就労機会を得ることで、地域の活性化が期待できる。 参考文献 1) 岩手県商工労働観光部 定住推進・雇用労働室 雇用推進担当『就労支援機関向けリーフレット』 2) 岩手県立産業技術短期大学校矢巾キャンパス 『障がい者雇用に向けた委託訓練等活用のイメージ』 連絡先 齋藤貴大 岩手県立療育センター障がい者支援部 e-mail syougaisya @i-ryouiku.jp p.164 肢体不自由特別支援学校における一般就労を見据えた支援の在り方に関する一考察 ○愛甲悠二(埼玉県立越谷特別支援学校 進路指導主事) 1 背景と目的 肢体不自由単独校である本校には、小学部から高等部まで合わせて225名の児童生徒が在籍している。肢体不自由に加え、知的障害、視覚障害、聴覚障害、病弱等を併せ有している児童生徒、また医療的ケアが必要な児童生徒も多く、個々の実態はとても幅広い。高等部を卒業後は、生活介護事業所や就労継続支援B型事業所、就労移行支援事業所等、障害福祉サービス事業所を進路先として選択する生徒が大半を占めており、過去5年間を振り返ると、卒業後すぐに一般就労に繋がった生徒は、卒業生数全体のうち4%程度と僅かである。しかし、本校に在籍する小学部から高等部の児童生徒の実態を鑑みると、職業準備性を整えることで、就職をし、その後も安定して働ける可能性を持ち合わせている児童生徒が少なくないことを実感している。 国立特別支援教育総合研究所は、キャリア教育について「キャリア教育が目指すところは、一人一人の子供が自分の役割を果たしながら、自分らしい生き方を実現することです」と特別支援教育が目指す児童生徒の将来像について言及している。自分らしい生き方という観点から言えば、進路先の決定が全てとは言えないものの、個々人の生きがいにも繋がり得る重要な要素である。 本発表では、自分らしい生き方の重要な構成要素でもある進路先の決定、その中の一般就労に焦点を当てる。自分らしい生き方を構築するための一つの選択肢として、一般就労を見据える児童生徒への進路指導について、これまで本校において行った取り組みを整理する中で、肢体不自由特別支援学校における一般就労に向けた支援の在り方について考察することを主な目的とする。 2 本校における進路指導について 本校の進路指導では、児童生徒、及び保護者が早期から進路について考え始め、将来の自分らしい生き方に向けた具体的な動きに繋げていくために、小学部から高等部に在籍する児童生徒の家庭との進路に係る面談機会の設定、児童生徒本人との面談機会の設定、高等部での現場実習の実施、関係機関との情報共有、小学部から高等部の児童生徒、及び教職員等を対象とした外部講師や卒業生等による講演会等を行っている。また、本校の進路指導に関する考え方や年間の流れ、障害福祉制度の概要等を掲載した『進路のてびき』の発行や児童生徒、及び保護者の進路に関するニーズを踏まえた情報等を掲載した『進路だより』の定期的な発行等も行っている。 ここで、高等部卒業後に一般就労を見据える児童生徒、及び保護者の肢体不自由があるが故に抱える不安について触れる。①働きたいとは考えているもののどのようにすれば働けるのか、②天候を含め、毎日安全に通勤できるのか、③通勤ができたとしても、施設(トイレを含む)や設備等、肢体不自由に対する理解が職場内でどこまで得られるのか、④できる仕事が限られることで不利になるのではないか、等である。 これら①~④の不安を軽減するために、物理的な環境等、肢体不自由に関する社会の理解の拡がりに期待する一方、学校としてもやるべきことがある。それは、児童生徒が社会の中で自分らしく生きていくための土台を整えるということである。肢体不自由特別支援学校においても、将来を見据えた形で児童生徒一人一人の持てる力を高めるとともに、可能性を引き出していかなければならない。児童生徒の社会参加に向けた学びの観点からも、校内の意識を変えるとともに、より一層の関係機関との繋がりが必要である。 3 関係機関と連携した進路指導の実践 肢体不自由特別支援学校においては、安心安全な環境が欠かせないわけだが、言い方を変えれば、「温室」とも言える。本校に通う児童生徒は、毎日自宅の最寄りのバス停からスクールバスに乗車し、本校まで通学してくる。放課後は、自宅や寄宿舎への下校、若しくは放課後等デイサービスに通所している児童生徒がほとんどである。それ故に、限りある相手との関わりに留まってしまうという実態がある。これは、安心安全という点からすれば利点とも言えるが、卒業後の自分らしい生き方に繋げるという観点からすれば、疑問が残る。一般就労を見据えた場合、限られた関係性の中に留まることは、特に「コミュニケーション面」において、大きな課題になると感じる。 次に、関係機関と連携をしたことでコミュニケーション面の課題改善に明らかな効果が見られた事例について紹介する。生徒Aは、クラスメイトや関わりの多い教員等に対し、時には冗談を言うなど周囲からは社交的と捉えられていた。言葉遣いに関しては多少不安な面はあったものの、職業準備性の観点からコミュニケーション面には大きな課題はないと評価されていた。採用を見据える段階になり、 p.165 以前に一度リモートで実習をしたことがあったB社で現場実習を行うこととなった。いざ実習が始まると、職場の人から話し掛けられた際に黙り込んだり、実習最終日の振り返りの際、口を動かす様子は見られたものの言葉の出ない状況が続いたりするなど相手側に違和感を与えてしまう場面が生じた。それが原因で、当初B社は採用を前向きに考えていたにも関わらず、結果的には不採用となった。 このことは、本校としての一般就労に向けた取り組みの考え方を改める大きなきっかけとなった。結果が出て間もなく、管理職から提案があったのが、埼玉県の自立と社会参加を目指す特別支援学校就労支援総合推進事業の一つである『チームぴかぴか』との連携だった。このことが、不採用の結果を受け自信を失いつつあった生徒Aに大きな変容をもたらすこととなった。チームぴかぴかは、埼玉県庁を拠点とした雇用の場であり、今回の連携は本来業務とは異なっていた。しかし、本校として生徒Aの課題改善のためには、この連携が欠かせないと捉え、特別に受け入れてもらうこととなった。 県庁内で働く中で、コミュニケーション上の課題について整理し振り返られたことが生徒にとっても学校にとっても有益だった。チームぴかぴかでの取り組みを通して、担当者からは、言語的なコミュニケーションに加え、非言語的コミュニケーションが課題として挙げられた。上司の話を聞く態度、報告・連絡・相談等の実践を通した学びの必要性、職場で必要な定型文の習得、場や状況に応じた声の強弱、「あ~」「え~」等、無意識に使っている言葉への意識化等、コミュニケーション上の改善すべき課題が複数挙げられた。 その後間もなく、学校でもチームぴかぴかからの評価を受け、「生徒の主体性を尊重した指導」「定型文の理解に向けた指導」「普段関わりの少ない教職員との面接練習」等、一つ一つの課題改善に向けた取り組みを行った。その後間もなく実施したC社での採用を見据えた現場実習では、チームぴかぴかと本校、及び家庭との連携の中で生徒Aとして培ってきた経験が生かされ、先方から一定の評価を得ることができ、最終選考まで進むことができた。最終選考直前に、それまでの成果を実践の場で確認するために再度チームぴかぴかの機会を設けた。そこでは、以前見られた課題の多くが改善されているといった評価を得、そのことが生徒Aのさらなる自信になった。 この成功体験は生徒Aのモチベーションを高めるうえで大きな力になり、C社の最終選考においても成果を発揮し、一定の評価を得ることができた。このように、生徒Aの職場で求められるコミュニケーションを中心とした課題改善に向けた学校全体での取り組みを軸とした関係機関との連携の結果、C社への採用が決まった。 4 考察 肢体不自由があるが故の課題に関して、社会の理解が拡がることを願う一方で、児童生徒が社会において自分らしく生きる力を身に付けさせることは学校の重要な責務の一つである。肢体不自由特別支援学校の安心安全な環境が、一般就労を目指す児童生徒の可能性を狭めてしまってはいけない。生徒Aは、途中で一般就労に対し消極的になることがあったものの、管理職、教職員、保護者など周囲が一丸となったことで前に進むことができた。生徒Aを消極的な状態にした一つの原因には、学校での取り組みの甘さもあったと感じる。児童生徒一人一人が社会において自分らしく生きる力を身に付けさせるためにも、早期から児童生徒一人一人が自らの課題と対峙し、気づき、それを乗り越える経験を重ねる等、より社会を見据えた学びが重要である。そのためには、校内だけではなく、関係機関との連携が欠かせない要素となる。 また、一般就労を見据える際、本人の明確な就労意欲、及び自分で選んで決めるといった自己選択・自己決定の過程も欠かせない。生徒Aに限らず、本人の「働きたい」という気持ちが、ただ単に家族から言われているからなのか、周りの友だちが働いている影響からなのか、自らの希望から生じたものなのか等、あらかじめ確認しておくことが必要である。就労意欲があることは、長く安定して働く上で大切なことである。これは自分らしい生き方に向けた支援に当たる者としても抑えておかなければならない大切な視点であろう。一般就労を見据えた支援において、本人の考え抜きに周囲の人間が勝手に動くような支援は、本人の主体性の育ちを阻害することになる。たとえ就職できたとしても、その先本人が行き詰まることも十分に考えられる。 一般就労を目指す場合、学校全体での取り組みに加え、関係機関と連携し、その中で得られた情報を踏まえて、校内での仕組みを整えることで柔軟性のある現実的なキャリア教育を進めることが可能になると考える。 周囲からの支援を得ながらも、個々人が自分らしい生き方を形作っていけるようにすることが、進路指導上の大きな目標であると考える。関係機関や地域にも協力を得ながら、児童生徒一人一人の将来を見据えた取り組みをいかに学校全体の仕組みとして築いていくかが、これからの肢体不自由特別支援学校に課された大切な課題であると感じている。 参考文献 1)独立行政法人国立特別支援教育総合研究所『障害のある子供へのキャリア教育』,「特別支援教育リーフVol.13」,独立行政法人国立特別支援教育総合研究所(2024) 連絡先 愛甲悠二 埼玉県立越谷特別支援学校 e-mail shinro@koshigaya-sh.spec.ed.jp p.166 大阪府立支援学校におけるロボットを用いた遠隔就労体験実習に関する事例研究 ○西出一裕(大阪府立堺支援学校 進路指導部) 1 はじめに 大阪府立堺支援学校(以下「本校」という。)は、全校児童生徒数205名(小学部:69名、中学部:26名、高等部普通課程(肢体不自由のある生徒の課程):32名、高等部生活課程(知的障がいのある生徒の課程):78名)であり、小中学部は肢体不自由のある生徒のみが通学、高等部は肢体不自由のある生徒と知的障がいのある生徒が通学する支援学校である。「共生社会の中で、明るく、正しく、たくましく、生きていく子を育成する」を教育目標として、児童生徒の将来を見据え、日々の教育実践をおこなっている。在籍している生徒は、堺市全域(高等部生活課程は堺市堺区、北区一部、西区一部のみ)、調整区域(高石市、和泉市、泉大津市、忠岡町)からスクールバスや保護者の送迎等により通学(あるいは訪問教育による学習)をしている。本校の小、中学部、高等部普通課程の実態として、重度重複のある児童生徒が多く、医療的ケア(注入、吸引、導尿、気管切開等)の必要な生徒も多く在籍している。小、中学部の児童生徒は本校高等部普通課程へ進学することが多く、高等部普通課程の卒業後は生活介護事業所を利用する生徒が多いことが実状である。 本発表では、本校の肢体不自由のある生徒を対象に、大阪大学基礎工学研究科石黒研究室、および先端知能システム(サイバーエージェント)共同研究講座の協力を得て取り組んだロボットを用いての遠隔就労体験実習の事例を報告する。 2 背景と目的 文部科学省(2011)では、若者のコミュニケーション能力など職業人としての基本的な能力の低下や、職業意識・職業観の未熟さなど「社会的・職業的自立」にむけて様々な課題が見受けられ、幼児期の教育から高等教育に至るまでの体系的なキャリア教育の推進が提言されている。また、中学校における職場体験活動の効果について、職業や働くことへの関心が高まったことなどが挙げられ、体験的な学習活動の効果的な活用が提言されている。 さらに加藤(2016)は、肢体不自由児の場合には、一人一人の障害の状態や程度に応じ、様々な生き方を選び、歩むことができるようになることが望ましいとされている。 このような背景の中で、本校では中学部の生徒に対して、校外での職場体験活動を実施できていなかった。また教育庁から案内される中学部生徒の職場体験実習についても本校からは参加できていない現状であった。 そこで、大阪大学基礎工学研究科石黒研究室、および先端知能システム(サイバーエージェント)共同研究講座の協力を得て、ロボットSotaを貸与されたことにより、遠隔就労体験実習に取り組むことができることとなった。 今回は、本校の生徒がロボットSotaを活用して取り組んだ遠隔就労体験実習の事例を報告し、肢体不自由のある生徒の学びの可能性を検証したい。 3 方法 (1) 対象者 本校中学部に在籍している肢体不自由のある生徒2名で校外での就労体験は未経験の生徒である。 ・教育課程に準ずる学習に取り組む生徒1名 (以下「生徒A」という。) ・教科学習に取り組むグループの生徒1名 (以下「生徒B」という。) (2) 実習内容 ロボットSotaの活用について ロボットSotaの活用図は、下記図(図1)の通りである。 図1 ロボットSotaの活用図 ロボットのシステムについては、Jun Babaら(2021)より、ロボットの台座に取り付けられたカメラおよびマイクロフォンで捉えられた映像および音声は、オペレータ用のノートPCに送信され、オペレータはロボットの前に訪れた現地の人々の様子を把握することができる。逆にPCに接続されたマイクデバイスに集音されたオペレータの発話音声はロボットの台座に取り付けられたスピーカーに送信され、再生される。この際、あたかもロボットが話しているかのような感覚を現地話者に与えるため(腹話術師効 p.167 果を企図し)、オペレータの音声の再生にあわせ、ロボットの口部分の赤色LEDが自動的に明滅する。また本システムには、オペレータPCに表示される現地のカメラ映像をクリックすることで、クリックされた領域に映っている対象の方向にロボットの顔を向ける機能が実装されており、ロボット操作中にカメラ映像中に現れた人の顔周辺をクリックすることで、ロボットと現地話者のアイコンタクトが実現できるようになっているとされている。 実習内容 実習については、2年間にわたり取り組んだ。 対象の生徒は、本校教室よりパソコン内のソフトを活用して、ロボットSotaを介して来庁者等へ呼びかける。 校外での実習の事前学習として、校内の教員に対して、オペレータの練習を繰り返して、本実習に臨んだ。 実習内容の詳細は、下記表(表1)の通りである。 表1 実習内容の詳細 コミュニケーションの課題として、1年目は、「来庁者に対して、発信をすることを目的」とし、2年目は、「アンケート調査を通して、来店者との会話のやり取りをすることを目的」として設定した。 4 結果と考察 実施後の生徒の感想として、二人の生徒ともに「楽しかった」や「また経験したい」といった肯定的な感想があり、意欲的に取り組むことができた。 生徒Aは、2年間を通して、オペレータの仕事という意識ができ、言葉遣いや相手の言葉に合わせた応対を自分で考えるなど前向きに遠隔での就労体験ができた。生徒Aは、教育庁から案内される職場体験実習の参加を勧めるなど、校外での就労体験の機会を探っていたが、「通勤することの難しさ」や「体調」等の理由により参加することができていなかった。本実習を通して、職場体験実習で得られる「仕事を意識する」や「コミュニケーションを学ぶ」きっかけにつながったのではないかと考えられる。 生徒Bは、通常の発表場面では、緊張や不安から言葉を発するまでに時間がかかることがある生徒であった。本実習1年目では、慣れると、普段の発表場面よりも早く言葉を発することができた。さらに2年目では、前年度の体験より見通しを持てていたのか、1年目よりも早く言葉を発することができ、言葉で伝えるだけではなく、より相手に伝わるように話すスピードや声の大きさに気をつけ、伝え ることができた。このことについては、ロボットを介してのコミュニケーションであるアバターという環境下であることが、生徒Bの緊張や不安の軽減につながり、通常の場面よりスムーズに発信をすることに繋がったのではないかと考えられる。 本実習を通して、生徒2名ともに、文部科学省(2011)が、社会とのかかわりの中で生活し仕事をしていく上で、基礎となる能力として挙げられている「他者に働きかける力、コミュニケーション・スキル」を学ぶ機会となり、生徒たちにとって有意義な実習となったことが考えられる。 5 おわりに 本校では、高等部を含めて肢体不自由のある生徒が通勤型の職場体験実習に参加することが職場の環境整備上の課題や自力通勤できるだけの体力、経験がない等の理由により難しく、参加率が低いことが現状である。この課題より本校の高等部ではテレワーク体験実習の実施をしている。 中学部の生徒を対象にした本実習が、高等部のテレワーク体験実習へ臨む前の段階として、就労体験として他者とのコミュニケーション・スキルを育む機会となり、高等部の実習へとつながることが、本校の進路指導の流れ、キャリアを積むこととして、望ましいと考える。 今後の課題としては、遠隔就労体験実習を継続していくこと、内容を発展させていくことが挙げられる。 本校のみで検証していくだけではなく、大阪大学基礎工学研究科石黒研究室、および先端知能システム(サイバーエージェント)共同研究講座にロボットの活用の助言をいただきながら、地域等のさまざまな関係機関と連携をして、本実習を継続、発展させていきたい。 謝辞 今回は大阪大学基礎工学研究科石黒研究室、および先端知能システム(サイバーエージェント)共同研究講座の協力を得た。この場を借りて深く感謝申し上げる。 参考文献 1) 文部科学省『今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について.中央教育審議会答申』(2011) 2) 加藤隆芳『肢体不自由児のキャリア発達を促すための指導方法、障害特性を踏まえた就労支援方法の開発に係る実践研究』,「筑波大学付属桐が丘特別支援学校研究紀要 第52巻」(2016) 3) Jun Baba, Sichao Song, Junya Nakanishi, Yuichiro Yoshikawa, Hiroshi Ishiguro『Local vs. Avatar Robot: Performance and Perceived Workload of Service Encounters in Public Space』「Humanoid Robotics Volume 8」(2021) p.168 模擬訓練を実施してからの企業への情報移行と就職への試み ○堀田正基(特定非営利活動法人社会的就労支援センター 京都フラワー 理事長) 1 目的 福祉現場で行われる知的障害者の就労支援は、主として、就労移行支援事業所、就労継続支援事業所で実施されている。人員配置規定は厳密で、就労支援に関わる専門職は、恒常的な人員不足の状態に陥っている。  Lattimore、Parsons and Reid(2006)は、ジョブコーチの支援付きで、自閉症の援助付き労働者に、企業実習と模擬訓練も併せて受けさせた群と、企業実習のみを受けさせた群との比較調査を行った。その結果、企業実習と模擬訓練も併せて受けさせた群の方が、技術習得のレベルが高く、また、その習得のスピードも速いとの結果が示された。職業技術を教えるのに最善と思われる「援助付き雇用」であるが、模擬訓練をプラスすればより効果的であろうとの結果が示唆されていた。本研究は、知的な障害のある成人を対象に、施設外支援制度を想定し、模擬訓練による支援とその過程で作成された個別支援シートの効果を実証的に検証する事を目的とする。 2 方法 (1) 対象利用者(以下「A」という。) 軽度の知的障害がある25歳の男性で、20XX年より就労支援事業所Bに通所している。当初は、Aの就職を前提とした調査を予定していたが、条件等が折り合わなかったので、調査のみに限定し、仮の就職試験と仮の採用条件を設定することとなった。 (2) 場面 株式会社Cと就労支援事業所B。 (3) 支援目標 不良を出すことなく100個の箱を折り上げ、折り上げた箱を10個単位で積み上げて結束機を使用して、5分以内に結束し、2つの作業を1時間以内で達成すること。5分以内に結束作業行い60分で作業を完了するなら箱折り作業は、分あたり最低でも1.8個のペースで行わなければならない。 (4) 従属変数 100個の箱の完成に要した時間、100個の箱の良品率とした。 (5) 支援手続き ①体験実習(ベースライン)を株式会社Cで実施し、Aが行う箱100個の作成時間、結束作業時間、不良数を記録した。また、Aが興味を持てるような介入方法を検討した。 ②模擬訓練1は、 就労支援事業所Bで行われ、箱折り作業を50個にし、A自身が作業手順を身に付けるプロンプトを与え、A自身が、カウントダウンタイマーの目標時間を20分に設定し、作業時間をストップウォッチで管理するセルフマネジメント手続きと、記録用紙に記録を記入させるセルフマネジメント手続きを行い、箱50個の作成を実施することを求めた。10個のおはじきを、1箱折るたびに1個ずつ紙コップの中に入れるセルフマネジメント手続を行うことを求めた。 ③模擬訓練2は、就労支援事業所Bで行われ、箱折り作業を100個にし、カウントダウンタイマーの目標時間を40分に設定し、模擬訓練1と同様の3つのセルフマネジメント手続きを求めた。 ④模擬訓練3は、就労支援事業所Bで行われ、箱折り作業を100個にし、カウントダウンタイマーの目標時間を40分に設定し、模擬訓練1と同様の3つのセルフマネジメント手続きを求めた。 ⑤模擬訓練4の結束作業は、就労支援事業所Bで行われ、結束作業で、A自身が、作業時間をストップウォッチで管理するセルフマネジメント手続きと、記録用紙に記録を記入させるセルフマネジント手続きを求めた。 ⑥プレ雇用前実習は、株式会社Cで行われ、株式会社Cが個別支援シート用い、Aに対して実習指導を行った。 ⑦個別支援シートについてのアンケート調査は、すべての介入終了後に、株式会社Cに依頼した。 3 結果 株式会社Cで行われた、プレ雇用前実習でも、Aは、獲得した3つのセルフマネジメント手続きを用いて作業を行った。合計作業時間の平均作業時間は、36分31秒で、体験実習(ベースライン)での平均作業時間を30分22秒も短縮させた。また、箱折り作業、結束作業の良品率についても大幅に改善されたが、個別支援シートに関して、株式会社Cは業務に直結する内容のみを要求してきた。 図1 体験実習(プレ雇用前実習)での箱折り100個の作業時間、10回の結束作業時間、合計作業時の推移の比較 p.169 4 考察 本研究の結果として、A は、3つのセルフマネジメント手続きを用いて、目標時間の設定とその達成によって、全作業時間の短縮を促したと考えられる。また、プロンプトによる指示によって全作業を身に付けたことが、不良品発生を抑制しと考えられる。この結果、就労移行支援において、模擬訓練と個別支援シートの導入は、知的な障害のある人達の雇用前実習等において有効であり、企業側が個別支援シートを指示通りに使用すれば、企業側の従業員も、支援対象者の支援者になることは可能であることが示唆された。これにより、サービス提供期間が上限180日の施設外支援制度による雇用前実習のような短期間の就労支援において、支援対象者に模擬訓練を実施し、個別支援シートを活用する支援は効果的あることが、本研究において示唆され、就労継続支援事業所内の恒常的な人員不足の状態を緩和できる方向性が見出されたと考える。 株式会社Cは、個別支援シートの「能力獲得の項目」は、必要なく「実習中の指示依頼内容」、「お願いする注意事項」という仕事に直結する部分の情報は必要という見解を示した。今後、個別支援シートを作成する場合、読み手である企業側が支援対象者に対し、「読みたくなる」、「考えたくなる」、その結果、「支援したい」というように記述方法を工夫し、検討する必要があるだろう。 参考文献 Lattimore、L.P. 、& Parsons、M.B. 、& Reid 、D.H.(2006). Enhancing Job-Site Training Of Supported Workers With Autism : A Reemphasis On Simulation. Journal of Applied Behavior Analysis、 39、 91–102. 連絡先 堀田 正基 特定非営利活動法人 社会的就労支援センター 京都フラワー Tel 075-574-7088 e-mail flower-mh@outlook.jp p.170 障害者への就労支援者に対するPBT(プロセスベースドセラピー)を活用したサポート事例 ○四戸裕歩(株式会社スタートライン メンバーサポート東日本ディビジョン 東日本第1エリアコンサルティングサービスチーム・サポーター) 刎田文記・菊池ゆう子・豊崎美樹(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 はじめに 株式会社スタートライン(以下「SL」という。)では、障害者の職場定着のために、応用行動分析や文脈的行動科学に基づく専門的な知識や技術の研鑽を行っている。2023年度には、その取り組みの一環として、支援サービスの拠点に勤務するサポーターを対象に、Process-Based Therapy(以下「PBT」という。)のワーキンググループを発足し、一連の活動を行った。この活動では、PBTを学ぶだけではなく、実際に拠点で勤務する障害者やその支援者に対するサポートの中でPBTを実践した。これらの取り組みは、PBTによるアプローチを、社内の支援技術の一つとして確立させるための試みであった。 2 背景・目的 SLで提供している屋内農園型障害者雇用支援サービス『IBUKI』(以下「IBUKI」という。)においては、各企業平均して3~4名の障害者に対して1~2名の企業管理者(以下「管理者」という。)を配置する形で勤務しており、SLは管理者に対してサポートを行っている。管理者は障害者雇用支援の経験が必ずしもあるわけではなく、障害者サポートに戸惑い、困難さを感じるケースも少なくない。また、管理者が障害者サポートに熱心になるが故に、過干渉を招いたり自身の経験談を元に障害者の行動をコントロールしようとしたりといった行動も見受けられている。管理者本人の人生のプロセスをつぶさにとらえながら、そのコアとなるプロセスが良い影響にも悪い影響にもなりうる、という両価性を持っているという考えに基づくことから、IBUKIの課題解決の一手段として、管理者サポートにおけるPBTの活用を試みた。 3 方法 (1) 対象者の概要 対象者である50代女性Aさんは、IBUKIで管理者として約2年間勤務されている(2024年1月時点)。 ・傾向:物腰が低く、誰に対しても丁寧な言葉遣いをする一方で、断定的に物事をとらえる心理的な傾向がある。 ・課題:特定の障害者と関わる際、受容的な行動がとれず不寛容な態度をとってしまうこと。 (2) 手続き ・面談場所:IBUKI 面談室 ・所要時間:EEMMグリッド面談  計1回(60分) ・EEMMグリッドを用いた面談方法 SLで作成したEEMMグリッド面談用紙(A3用紙/不適応スタイルと適応スタイルの二つのEEMMグリッドを配置)を使用した。現在のAさんの思考や過去のエピソードについてヒアリングを行い、その内容を9つのグリッドに分類して記載した。 ・効果指標 MPFI(多次元的心理的柔軟性尺度):EEMMグリッド面談前、面談後に実施した。 4 結果 面談を通じて、不適応な行動と適応的な行動それぞれに対して行動選択時の思考や考えのプロセスを整理した。その結果、Aさんの特徴的なプロセスが確認できた(図1)。 図1 不適応時のプロセスを可視化したEEMMグリッド ①「相手の理解できない発言」をきっかけとして陥るプロセスは、理解できないことに対する不安や迷いを引き起こし、「自分の考え=正しい(これまでも正しかった)」という自己概念が想起されることから、「相手を正しい方向に導くべきである」という自己ルールが形成され、回避的な行動の動機に繋がっている。 p.171 ②相手の症状悪化や身体的変化をきっかけとして陥るプロセスにおいては、相手の希死念慮発言や陰性症状の発露により、強いストレス(憤り・苦しみ)を感じることで不適応な状態が表出する。 ①と②のプロセスは連動性があり、Aさんが相手をコントロールして自身の不安を払拭しようとすればするほど、相手の病状は悪化し、かえってAさんにとっては大きなストレスになる。こうした不適応な状態およびそこから引き起こされる行動によって、障害者とAさんの間に関係不和が生じていたことが推測された。 図2 適応時のプロセスを可視化したEEMMグリッド ③適応的な行動をとるためのきっかけは、「相手の言動をあるがままに受け入れる」という信条に立ち返ることであった。私生活で、義家族との関係が上手くいかなくなった際に無条件に相手を受け入れることを学んだ経験があり、「一見してネガティブな事象でも、今となっては自分の考えを広げてくれるきっかけとなった出来事なので感謝している。」としてプロセスの両側面を捉え、理解することができていた。 ④Aさんの気づきとしては、「相手の言葉に同化して、自分自身も苦しみを感じることから、そこから逃れるために、自分が相手の課題を解決しようとしていたことに気がついた」との発言があった。 ⑤MPFIの結果としては、心理的柔軟性の平均値が3.33から2.67へ、心理的非柔軟性が1.83から2.33へ変化した。 図3 MPFI合計平均の値 これらの分析結果を通じて、以下のようなサポート施策を検討した。 (ア)定期的なEEMMグリッドの更新と自己記入の促し (イ)セルフコンパッションの一環として体験的エクササイズ並びにワークシートの実施を提案 (ウ)チームビルディングの支援、アサーティブなコミュニケーション方法の実践を提案 5 考察 IBUKIの管理者は、管理者としての責務を担うことから、支援ではなく指導に近しい関わり方を選択してしまうことがある。Aさんも例にもれず、上記のような行動傾向を持っていたが、自身のネガティブな経験から、受容的な態度を重要とする考えを獲得した過去があることに、面談によって気づくことができた。また、Aさんの行動の変化として、SLサポーターに対する相談や自己開示の機会が増えたこと、自身のコミュニケーションが、一方的になっていないかを省みながらサポートにあたるようになったことなどが見られている。一方で、EEMM面談を経て気づきは得られたものの、MPFIにて心理的非柔軟性を示しており、気づいた出来事そのものについて、自身が受容的に捉えることは未だできていない状況と推測されたため、新たにセルフコンパッションやアクセプタンスに繋げていけるよう、今後の支援を継続的に実施していきたい。 参考文献 1) Hofmann, S.G, Hayes, S.C, Daid, N.L.(2021).Learning Process-Based Therapy. Context Pr. (ステファン,G.ホフマン,スティーブン,C.ヘイズ,デイビッド,N.ロールシャイト.菅原大地,梶原潤,伊藤正哉 (監訳) (2023) プロセス・ベースド・セラピーをまなぶ.金剛出版. 2) 豊崎美樹「PBT(プロセスベースドセラピー)に基づくアセスメントとマインドフルネストレーニングの効果」,第31回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集(2023) p.172 就労支援機関における精神障がい者への支援について~当センター卒業生への評価をもとにした一考察~ ○古野智也(就労支援センター「緑の里」 サービス管理責任者/作業療法士) 1 はじめに 就労支援センター「緑の里」(以下「緑の里」という。)は、医療法人恵愛会が運営する精神・知的障がい者を対象とした就労支援機関であり、就労継続支援B型、就労移行支援、就労定着支援を行なっている。昨年、緑の里を卒業した一人が就職して間もなく職場で不適応となり退職してしまう出来事があった。現場実習でも緑の里でも作業能力評価は高い方であったため、この出来事は改めてアセスメントの重要性を考えるきっかけとなった。今回は、緑の里における支援を考える取り組みの中で、緑の里の卒業生を対象に“現在何が困っているのか”“仕事を続けていく上で大切にしている事は何か”を把握していく事で、精神障がいのある方への支援について考える事とした。また、近年は障害者雇用支援サービスという障がい者の集団的雇用が話題になっているが、今回の発表が我々支援者のアイデンティティを見つめ直す機会に繋がり、様々な方からご意見をいただきたいという思いもあり本発表に臨む事とした。 2 対象 過去3年間のうちに緑の里を卒業して一般就労した方で、主治医および本人に同意の得られた計8名(男性7名、女性1名、平均年齢40.3±11.1歳)を対象とした。診断は統合失調症5名、双極性障がい1名、うつ病1名、発達障がい1名である。そのうち介入当時に継続して就労していた6名を『継続群』、途中でドロップアウトしていた2名を『非継続群』として2つの群に分ける事とした。 3 方法 今回は4つの評価を使用した。 (1) 精神障害者就労支援尺度 JSM-ICF(以下「JSM」という。) JSMは、国際生活機能分類(以下「ICF」という。)の項目に基づいた調査票で、森谷ら1)によりまとめられた。内容は、「全般的精神機能」10項目、「一般的な課題と要求」7項目、「コミュニケーション」3項目、「運動・移動」1項目、「セルフケア」2項目、「家庭生活」2項目、「対人関係」13項目、「主要な生活領域」1項目の計39項目で、それぞれ質問により「困難なし」「軽度困難」「中程度困難」「重度困難」「完全な困難」の5段階で採点していく。今回は便宜上それらを1~5点に振り分けた。 (2) 統合失調症認知機能評価尺度(以下「SCoRS」という。) SCoRSは、日常生活技能に影響を与えているとされる認知機能について問診により評価が可能にしたものである。「記憶」「学習」「注意」「ワーキングメモリ」「問題解決」「処理/運動速度」「社会認知」「言語」の8つのカテゴリーがあり、下位項目20項目を、評価者によるインタビューの中でそれぞれ評価する。採点は“最近2週間以内にどれだけ困難性を感じたか”を「なし」「軽度」「中等度」「重度」の4段階で示され、『患者』『介護者』『評価者』の3種類を実施して最終的な結果を出すのが本来の評価法であるが、今回は評価対象を“対象者自身が感じる困難性”として『患者』評価のみ使用した。 (3) 就労支援機関での評価 緑の里における作業能力評価として、厚生労働省による『就労移行支援事業所による就労アセスメント(以下「就労アセスメント」という。)』の旧版を一部改変して使用している。今回は、緑の里の卒業前で取られた評価を使用した。 (4) 対象者へのアンケート 継続群には『仕事を続けていく上で大切な事は何ですか?』と質問し、非継続群には『仕事をしていて大変だった事は何でしたか?』と質問し、内容を集計した。 (1)~(3)の結果について、継続群と非継続群とでマン・ホイットニーのU検定を行なった。統計処理はSTATFLEXのVer.4.1を使用し、サンプル数の関係で検定の有意水準は10%(両側検定)とした。 4 結果 各評価の結果で有意差のあったものを表1に示す。同時にICFコアセット2)から対応されるコードも整理した。 ①JSMでは「自分の判断で物事を決定できる」「単純なトラブルへの対処」「複雑なトラブルへの対処」「グループで協力する」「電話やメールを使用する」「公共交通機関の利用」「相手の行動に理解を示す」「適切に人間関係を保つ」「適切な近所付き合い」の11項目で有意差が見られた。この内、先行研究1)において就労継続に影響するとされたものが5項目は共通していた。 ②SCoRSではどの項目でも有意差は見られなかった。 ③就労アセスメントでも有意差は見られなかった。 ④対象者へのアンケートについては、出されたキーワードを就労準備性ピラミッドの5つのカテゴリーに分類して集計した結果、「対人関係」「職業適性」「健康管理」の順で回答が多かった。 p.173 5 考察 (1) 各評価結果から 今回の研究においてはサンプル数が少なかったため有意水準を下げた検定しか出来なかったが、差の傾向を見る事はできたと考える。 表1 マン・ホイットニー検定の結果 まず就労アセスメントで有意差が出なかった事からは、2群間において就労前の支援機関内および数回の現場実習における作業状況だけでは測れないものの重要性が確認できたと考える。有意差の見られた11項目のうち「電話やメールの利用」は機械操作の面や実際にそれら機能を使用する必要性が無いという理由で困難性を感じた結果であり、「公共交通機関の利用」に関しては不特定多数の集団の中で過ごす事への困難性が評価に現れた結果であった。この2項目を除く他の9項目は全て認知機能に関連するものであり、そのほとんどは他者との交流が関連する『社会認知』に関連するものである事がわかった。この社会認知に関して、SCoRSの結果においては、評価の平均点だけを見ると継続群も非継続群も同じ数値であり、両群とも同様の困難性を示していたとも考えられる。 今回使用した評価の特徴は、対象者本人のいわゆる“困り感”を尋ねるものであった。“困り感”には認知機能や発達障がい特性の存在が指摘されており、診断名の関係で今回の対象者全員には言えないが、根本ら3)の報告では、統合失調症患者は対人関係の基礎となる社会認知の低下があり、それが仕事や学業など社会生活における困難につながっていると考えられ、健常者に比べ社会認知に関する強い主観的な困難感をもっていると述べている。この事から、我々支援者は、利用者一人一人がこれまでの人生でどのような経験をしてきたかに共感しながら、作業場面で上手くできた事は褒めるなど、働く事が楽しいと感じられるような関わりをしていく事が大切だと考える。この体験は利用者にとって社会認知訓練の第一歩でもあり、就労後の良好な関係性にも繋がると考え、支援者は利用者との“語らい”を通して観察だけでは見えにくいそれぞれの思いを引き出せるような姿勢が必要であると考える。 (2) アンケートの結果から 各対象者へのアンケート結果を就労準備性ピラミッドの項目に当てはめて考えたところ、『就労準備性』にあたる健康管理、対人技能、『就業支援』にあたる職業適性が多く挙げられていた。これは障害者職業総合センターからの報告4)にある、精神科分野で就労継続を妨げる要因の上位3つ(心身状態、職場環境、人間関係)とも同様の結果であった。また、『就労準備性』に関しては、就労支援機関を利用する前である入院中やデイケアといった医療の領域においても支援がしやすい分野であり、両機関の連携に関する別の報告5)とも意見は一致する。つまり、認知機能訓練を含めたそれぞれの分野を活かした支援が提供される事で、利用者の疾病や障害特性にも配慮した就労支援に繋がりやすいと考える。そのための橋渡しとなるツールも望まれ、本研究で取り上げた評価ツールや、既に開発された「情報共有シート」5)はその候補と言える。ただ、その前段階として意識していきたいのは、就労支援機関を社会の縮図と捉え、利用者がそこで経験した生活場面や作業場面での様々な出来事について、支援者と振り返り、各自の心身機能・活動・参加、環境との関係性に関する体験的な自己理解に繋げていく姿勢が、就労支援機関での精神障がいのある方への支援で大切な事だと考える。 6 おわりに 今回はサンプル数が少ない状態での発表であったが、今後はサンプル数を増やしてさらに検討していきたいと考える。また、各評価結果やここに掲載できなかった図表などについては当日の配布資料としての準備を考えている。 なお、対象者への倫理的配慮については医療法人恵愛会福間病院倫理審査委員会の承認を得ており、今回の発表で開示すべきCOI関係にある企業も無い。 参考文献 1) 森谷就慶ら『国際生活機能分類を用いた精神障害者の就労支援に関する研究』,「日本職業・災害医学会会誌Vol.62,No.4」,(2014),p.226—232 2) 公益社団法人 日本リハビリテーション医学会(監修)『ICFコアセット 臨床実践のためのマニュアル』, 医歯薬出版,(2015) 3) 根本隆洋ら『統合失調症患者における社会認知に関する認識度や主観的困難感を明らかに~統合失調症治療におけるunmet medical needs~』,「Psychiatry and Clinical Neurosciences」プレリリースNo.1218,(2022) 4) 障害者職業総合センター『就労困難性(職業準備性と就労困難性)の評価に関する調査研究』,「調査研究報告書No.168」,(2023),p.44 5) 障害者職業総合センター『効果的な就労支援のための就労支援機関と精神科医療機関等の情報共有に関する研究』,「調査研究報告書No.146」,(2020) p.174 活躍する人材を生み出す職場-採用から職場定着に重要な要素とは- ○渡邉貴宏(山田コンサルティンググループ株式会社 人事・総務部 障害者雇用担当) 1 目的・背景 山田コンサルティンググループ(以下「山田コンサル」という。)では、2019年に障害者就労支援の経験がある社員(執筆者)が入社し、障害者雇用における採用から職場定着に力を入れている。これまで採用した精神障害者11名の「1年後の職場定着率」(以下「定着率」という。)は100%となっている。「障害者の就業状況等に関する調査研究」1)によると、障害者求人における全障害の定着率は70.4%、精神障害者(障害者求人または一般求人)における定着率では、49.3%であることが明らかになっており、母数は少ないものの、山田コンサルの定着率は高い水準といえる。 若林2)の「働く障害者の職業上の希望実現度と職務満足度が離職意図に及ぼす効果」(以下「先行研究」という。)によると、職務満足度と離職意図が関係すると述べている。 そこで、本研究では職務満足度が定着率の高さの要因であると仮説を立て、調査を実施することとした。 2 方法 (1) 調査対象者 山田コンサルに勤務する精神障害のある社員(以下「当事者社員」という。)10名と、定着支援等で関わる就労支援機関の職員(以下「支援機関職員」という。)11名である。 (2) 調査期間・調査方法・分析方法 調査期間は、2024年7月2日~7月31日であった。 ア 職務満足度と離職意図の調査 第一段階は、当事者社員へ53項目の選択式アンケートを実施した。設問は、先行研究を参考に精神障害者に限定した設問に変更した。 イ 長期定着にかかる要因の調査 第二段階は、当事者社員へのインタビュー及び支援機関職員への自由記述式アンケートを実施した。設問は入社前と入社後の計6項目とし、結果をKJ法で分析した。 (3) 倫理的配慮 本研究は、山田コンサルの同意を得た後、調査対象者へ研究⽬的及び個人情報の取り扱いについて説明をした。参加は⾃由意志で拒否による不利益はないことをメールと口頭で説明し、同意はアンケートへの回答をもって得たものとした。 3 結果 (1)職務満足度と離職意図 先行研究の母数は363名、本調査の母数は当事者社員10名、支援機関職員11名であるため一概に比較できないが、下記の結果となった。 ア 就職時の希望条件の非実現度 10名中7名は希望条件が実現していない項目数が「0」(≒すべての希望条件が実現している)で最多であり先行研究と同様の結果となった。 イ 働く上で必要な配慮非実現度 10名中9名は必要な配慮が実現していない項目数が「0」(≒すべての必要な配慮が実現している)で最多であり先行研究と同様の結果となった。 ウ 職務満足度の平均点 本調査で実施した10項目の平均は3.3点(4点満点)であった。先行研究では 6項目で2.92点(4点満点)であった。 エ 離職意図のある方の職務満足度の平均点(4点満点) 自社での調査のため、質問項目を大幅に改変した。「転職してのキャリア」を選択した者を便宜的に「離職意図あり」として分析し、該当者は4名、平均点は 3.0点であった。先行研究では「離職意図あり」と回答した人の平均点は2.17点であった。 (2)長期定着の要因 結果は、表1のとおりである。なお、本項目においては、当事者社員からのみ得た回答は「(本人)」、支援機関職員からのみ得た回答は「(支援機関)」と表記し、その記載のないものについては当事者社員、支援機関職員の双方から回答があったものとする。 表1 長期定着にかかる要因の調査結果 4 考察 山田コンサルに勤務する精神障害者の定着要因には、大きく3つあると考える。1つ目は入社前に当事者自身が障害特性や思考の傾向を知り、ストレス要因及び対処法を身につけて安定した勤怠に繋げること。2つ目は採用時に企業と当事者間で入社後の職場環境、人的環境、条件面等の具体的なイメージをすり合わせることで入社前後のギャップを低減すること。3つ目は入社後に企業内担当者及び就労支援機関との定期的な面談等の相談機会によって、不安を解消するとともに、状態変化に応じて調整を図ること3)。 企業では、採用時から雇用維持に至る全てのプロセスにおいて、対象者のニーズや体調に応じた配慮が不可欠である4)。また、当事者社員は、幅広い業務に携われるチャンスがあることや、時給アップ、正社員登用などのキャリアアップが明確になっていることは、職員の職務満足度が高まり職場定着にも効果があると考えられる。 本研究の限界は、対象者10名と母数が少ないことがあげられる。そのため結果が一概に正しいとは言えないが、今後同様の視点から量的調査が行われることにより、詳細が明らかにされるものと考える。 5 謝辞 本研究にあたり、趣旨を理解し調査に協力して頂いた皆様、松爲信雄教授はじめ「日本職業リハビリテーション協会」研究サポートチーム宇野京子氏へ心から感謝します。 参考文献 1) 障害者職業総合センター『障害者の就業状況等に関する調査研究』,「調査研究報告書№153」,(2017),p.21-22 2) 若林功『働く障害者の職業上の希望実現度と職務満足度が離職意図に及ぼす効果』,「職業リハビリテーション」,(2007), p.2‒15 3) パーソル総合研究所.『精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査』,(web閲覧日 2024.8,13) 4) 宇野京子・前原和明『自閉スペクトラム症特性のある青年のキャリアアップの動機と行動変容に関する事例研究』,「N Total Rehabilitation Research」, (2022), p . 52-66 連絡先 渡邉貴宏 山田コンサルティンググループ株式会社 e-mail watanabe_ta@yamada-cg.co.jp p.176 精神障害のある労働者の等級・疾患と就業状況との関連について(その1) ○浅賀英彦(障害者職業総合センター 主任研究員) 渋谷友紀・田中規子・五十嵐意和保・堂井康宏(障害者職業総合センター) 1 目的 障害者職業総合センターでは、厚生労働省の要請を受け、障害者雇用率制度における精神障害者の重度のあり方についての議論に資するため、精神障害者の等級・疾患と就業状況との関連についての研究を行っており、その中で精神障害のある従業員を雇用している企業・法人と精神障害のある従業員本人へのアンケート調査を実施した。本稿では、精神障害のある従業員が受けている雇用管理上の配慮・措置等について概観する。 2 データ 障害者雇用状況報告のデータから抽出した全国10,000社に調査票を送付し、本社分2,553件、事業所分3,638件、本人分2,601件の有効回答を得た。 3 結果 (1) 本社調査 企業規模別では、100~299人の企業・法人が最も多く、4割強を占めた。産業別では、「医療、福祉」、「製造業」、「卸売業、小売業」が上位3カテゴリーで6割を超えた。 企業・法人全体で、精神障害のある人に対する雇用管理上の配慮・措置として取り組んでいることについて、13項目から複数選択で聞いた。 選択数が最も多かったのは、「障害特性に応じた配置先の決定、業務の選定・創出等」、次いで、「通院・体調等に配慮した出退勤時刻、勤務時間、休暇・休憩など労働条件の設定・調整」、「定期的な面談による体調及び業務管理」であった。 従業員数別にみても、上記の3項目の選択が上位3項目であった。 (2) 事業所調査 ア 実施している雇用管理上の配慮・措置 事業所の担当者に雇用管理上の配慮・措置を実施しているかを尋ねた質問では、実施している割合の高かったものは、「本人の適性・能力に合った業務や配置部署を設定する」、「体調に変化があり、職務遂行や勤怠に影響する場合に対応する」、「業務指導や相談に関して担当者を決める」、「上司や雇用管理担当者による定期的な面談を行う」などであった。一方、実施している割合が低いものは、「障害特性に配慮した教育訓練を受けさせる」、「本人の就業状況に関して、産業保健スタッフを活用する」、「照明や室内の音などの物理的環境についての対応や機器の提供等を行う」、「本人の就業状況について、管理者が直接または支援機関を介して主治医と情報を共有する」などであった。 疾患別では、「採用前に職場実習を行い、仕事への適合性を見る」でASD、統合失調症、その他の発達障害の実施割合が高くなっていた。また、「本人の障害特性に応じてマニュアル・工程表等を作成する」でASD、「本人の障害特性に応じて作業内容や作業手順を見直す」で高次脳機能障害、統合失調症、ASD、「通院時間の確保、服薬管理など雇用管理上の配慮をする」で統合失調症、「本人の状況に応じて勤務日数や労働時間の調節を行う」で統合失調症、「上司や同僚とのコミュニケーションに課題がある場合に対応する」でASD、「体調面や生活面など職場以外に課題がある場合に対応する」で統合失調症、「本人の就業状況について、管理者が直接または支援機関を介して主治医と情報を共有する」で統合失調症の実施割合が高くなっていた。 イ 配慮・措置の有効性 雇用管理上の配慮・措置が有効だと思うかの設問では、「有効」又は「やや有効」との回答割合が高いものは、「本人の適性・能力に合った業務や配置部署を設定する」、「業務指導や相談に関して担当者を決める」、「体調に変化があり、職務遂行や勤怠に影響する場合に対応する」、「上司や雇用管理担当者による定期的な面談を行う」、「採用前に職場実習を行い、仕事への適合性を見る」などであり、割合の低いものは、「照明や室内の音などの物理的環境についての対応や機器の提供等を行う」、「障害特性に配慮した教育訓練を受けさせる」、「本人の就業状況に関して、産業保健スタッフを活用する」、「業務を可能・容易にするための機器を提供する」などであった。概して実施割合の高いものほど「有効」又は「やや有効」と答える割合が高いが、「採用前に職場実習を行い、仕事への適合性を見る」は、実施割合に比べて「有効」又は「やや有効」と答える割合が高い傾向が見られた。 (3) 本人調査 ア 現在、受けている配慮・措置 現在、職場で受けている配慮・措置で多かったものは、「調子の悪い時に休みを取りやすくする」、「業務遂行の支援や本人・周囲に助言する者等の配置」、「業務実施方 p.177 法についてのわかりやすい指示」などであった。疾患別ではLDで多くの項目で受けている割合が高かったほか、統合失調症で「業務実施についてのわかりやすい指示」、「調子の悪い時に休みを取りやすくする」、「通院時間の確保、服薬管理など雇用管理上の配慮」、「短時間勤務など労働時間の配慮」、「業務遂行の支援や本人・周囲に助言する者等の配置」等の割合が比較的高く、てんかんで「通院時間の確保、服薬管理など雇用管理上の配慮」、「調子の悪い時に休みを取りやすくする」、「症状や体調に応じた仕事量の調整」の割合が高くなっている。 イ 役に立っている配慮・措置 職場で受けている配慮・措置のうち役に立っていると思うものについては、「業務遂行の支援や本人・周囲に助言する者等の配置」、「調子の悪い時に休みを取りやすくする」、「業務実施方法についてのわかりやすい指示」などの割合が高かったが、全体として受けている配慮・措置の半数程度の選択率であった。 ウ あるとよい配慮・措置 現在は受けていないが、あるとよい配慮・措置では、「能力に応じた評価、昇進、昇格」、「上司などによる主治医との相談内容の共有」、「感覚過敏等への配慮として、照明や室内の音などの物理的環境について対応する」などの割合が高かった。疾患別では、「感覚過敏等への配慮として、照明や室内の音などの物理的環境について対応する」が気分障害、ADHDで高く、「能力に応じた評価、昇進、昇格」が気分障害で高かった。 エ 就職を決めた理由 現在の職に就職を決めた理由では、「職種・仕事の内容」が最も多く、次いで「障害への理解・配慮」、「通勤時間・通勤手段」であった。 オ 離職理由 前職のある者について前職の離職理由を尋ねたところ、「職場の雰囲気、人間関係」が最も多く、次いで「障害・病気のため働けなくなった」、「仕事内容が合わなかった」であった。疾患別では、ASD、ADHD、LDで「仕事内容が合わなかった」、気分障害、ASD、ADHD、その他の発達障害、その他の精神障害で「職場の雰囲気、人間関係」、LDで「会社の障害への配慮が不十分」が多く、「障害・病気のため働けなくなった」で統合失調症、気分障害、「作業、能率面で適応できなかった」でASD、ADHD、LD、その他の発達障害、「症状が悪化(再発)した」で気分障害が多かった。 カ あればよかった配慮・措置 前職においてあれば仕事を辞めなかったであろう配慮・措置について尋ねたところ、「職場でのコミュニケーション、人間関係への配慮」が最も多く、次いで「調子の悪い時に休みを取りやすくする」、「症状や体調に応じた仕事量の調整」であった。一方、選択の少なかったものは、「短時間勤務からの勤務時間の延長」、「感覚過敏への配慮として、照明や室内の音などの物理的環境について対応する」であった。 疾患別では「職場でのコミュニケーション、人間関係への配慮」で統合失調症、気分障害、ASD、ADHD、LD、「症状や体調に応じた仕事量の調整」で気分障害、「調子の悪い時に休みを取りやすくする」で気分障害、統合失調症が多かった。また、「感覚過敏等への配慮として、照明や室内の音などの物理的環境について対応する」は全体としては少なかったが、ASD、ADHD、LDにおいてやや高かった。 図1 あれば仕事を辞めなかった配慮・措置 p.178 精神障害のある労働者の等級・疾患と就業状況との関連について(その2): 配慮等の実施有無を中心に ○渋谷友紀(障害者職業総合センター 上席研究員) 浅賀英彦・五十嵐意和保・田中規子・堂井康宏(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 精神障害者は、身体障害者、知的障害者と異なり、雇用率算定上の重度の取扱いがない。これについて、2022年6月の労働政策審議会障害者雇用分科会の意見書では、「精神障害者の就労困難性と精神障害者保健福祉手帳の等級は必ずしも関係するものではないという意見等様々な意見があることを踏まえ」、ただちに重度を設けるのではなく、「調査・研究等を進め、それらの結果等も参考に、引き続き検討することが適当である」としている。本研究は、このような精神障害者における重度の取扱いに関する議論に資するため、精神障害者の就業状況と、精神障害者保健福祉手帳の等級(以下「手帳等級」という。)、障害・疾患の種類、及びその他の項目との関連を調査、検討する。 2 方法 (1)調査方法 調査はアンケートとして、①精神障害者を雇用する企業・法人に対する調査票A、② ①の企業・法人が有する、精神障害者が働く事業所に対する調査票B、③ ①の企業・法人に雇用されている精神障害者本人に対する調査票Cの3種を行った。その際、②は、事業所に在籍する精神障害者について、最大6人程度の個別状況の回答を求めた。これらの結果は、浅賀ら(2024)が、特に事業所の実施する配慮・措置を中心に概観している1)。 (2)調査対象 調査対象とした企業・法人は、毎年6月1日現在の障害者の雇用状況を国に報告する障害者雇用状況報告の2022年の報告企業・法人のうち、精神障害者を雇用していると回答した企業・法人とし、従業員規模×産業×地域で層化抽出した10,000社・法人に各調査票を送付した。有効回答数は、調査票Aが2,553件(回収率26%)、調査票Bが3,638人分、調査票Cが2,601人であった。 (3)分析方法 障害者職業総合センター(2024)は、十分な合理的配慮があることが、障害のある労働者が就業継続を希望することに有意に関係することを示した2)。本報告は、これを踏まえ、調査票Bで回答を求めた、個別の精神障害者に対して事業所が行う各配慮・措置の実施状況を取り上げる。 分析に当たっては、各配慮・措置の実施状況と手帳等級、障害・疾患の種類、その他の要因との関連を、一般化線形モデルを用いて検討する。その際、その他の要因として、当該事業所を有する企業・法人全体の精神障害者雇用への取組状況を取り上げるため、調査票Aの情報を調査票Bの各ケースに対応づけたデータセットを用いる。 調査票Bの、個別の精神障害者に対して事業所が行う各配慮・措置の項目は22ある。アンケートでは、それらの実施状況について、「1=自ら必要を感じ実施」、「2=就労支援機関等の支援・助言により必要を感じ実施」、「3=必要性を感じるがまだ実施していない」、「4=必要がないため実施していない」、「5=その他」の5つの質的カテゴリーから1つを選ぶよう求めた。本報告では、上記1及び2を「1=実施」群、上記3及び4を「0=未実施」群とし、「その他」や回答不明を除外することで、1か0かの2値の名義尺度変数を作り、それを被説明変数とする。 被説明変数と関係し、その変動を説明する可能性がある説明変数には、調査票A、Bのほとんどの項目を用いた(ただし、「その他」のように解釈ができないもの、支援機関との面談方法等細かいものは除いた)。被説明変数と調査票Aの項目の関係を検討することで、企業・法人全体の属性・取組と、事業所が行う配慮・措置の実施状況との関係性を検討することができる。また、被説明変数と調査票Bの各項目との関係を検討することで、個人の等級・疾患等の属性と、事業所が行う配慮・措置の実施状況との関係性を検討することができる。 なお、一般化線形モデル作成に当たり、被説明変数には、上述のとおり2値の変数を設定し、モデルの構成要素には2項分布及びロジットリンク関数を指定した。 3 結果 (1)手帳等級・疾患との関係 手帳等級と事業所が行う配慮・措置の実施状況との関係性について、3級を基準に、1級及び2級の結果を確認したところ、事業所が行う配慮・措置の実施確率が1級あるいは2級で有意に大きくなる(小さくなる)項目も見られたが、22項目中3項目にとどまり、事業所が行う配慮・措置の実施において、手帳等級との間に一般的な関係性が見られるとは考えにくかった。 また、疾患との関係性については、「気分障害」を基準とした場合、事業所が行う配慮・措置のいくつかの項目の実施が少なくなる傾向が見られた。しかし、必ずしも一貫 p.179 した傾向ではなく、明確なものとは考えにくかった。 (2)企業・法人全体の属性及び取組 ア 企業・法人全体の従業員数 「1,000人以上」の企業・法人を基準とした場合、より規模の小さな企業では実施されにくいと考えられる、事業所が行う配慮・措置項目(「援助者の配置」、「担当者の選定」、「就業環境の整備」、「マニュアル等の作成」、「産業保健スタッフの活用」)と実施されやすい項目(「体調変化への対応」、「労働時間の調節」、「休暇制度を設ける」、「同僚への配慮等の説明」、「職場外の課題への対応」、「主治医との情報共有」)が見られた。 イ 企業・法人の主な事業内容 事業が「医療、福祉」である場合に比べ、それ以外の多くの事業である場合において、項目によって差はあるものの、事業所が行う配慮・措置が未実施となる傾向が見られた。 ウ 企業・法人全体で取り組む精神障害者に対する雇用管理上の配慮・措置 企業・法人全体で取り組む精神障害者に対する雇用管理上の配慮・措置は、それぞれ未実施である場合に比べ、実施である場合において、個人に対して事業所が行う配慮・措置の実施可能性が大きくなる傾向が見られた。 エ 企業・法人全体の雇用管理を担当する部署 「業務面の指導」、「必要な合理的配慮の確認」、「体調・健康面に関する相談」の3つの雇用管理を担当する部署を、「配属先」、「人事・労務・総務部門」、「産業保健スタッフ」から複数選択で回答することを求めた。ここでは各雇用管理の担当部署の組合せパターンと、事業所が行う配慮・措置の実施状況との関係を検討した。 その結果、「必要な合理的配慮の確認」は、配属先ではなく人事・労務・総務部門が担う、あるいは複数の部署で担うと、事業所が行う配慮・措置が実施されやすい傾向が見られた。反対に、「体調・健康面に関する相談」は、配属先以外や複数の部署が担う場合、事業所が行う配慮・措置が実施されにくい傾向が見られた。「業務面の指導」は項目によって傾向が異なり、一貫した傾向は見いだせなかった。 (3)各対象者の状態との関係 ア 対象者の雇用形態 「正社員」である場合、事業所が行う配慮・措置は、比較的多くの項目で実施が少なくなる傾向が見られた。 イ 対象者の職種 「事務」を基準とした場合、「農林漁業」、「生産工程」、「輸送・機械運転」、「運搬・清掃・包装等」で、事業所が行う配慮・措置の実施が多くなる傾向が見られた。 ウ 就労支援機関との連携 対象者と就労支援機関とに何らかの連携がある場合、事業所が行う配慮・措置の多くの項目で実施が多くなる傾向が見られた。 エ 対象者に対して行われる体調把握の方法 対象者の体調把握の方法として、「声掛け」、「日誌」、「定期面談」のいずれかを実施している場合、未実施の場合に比べ、事業所が行う配慮・措置の各項目の実施が多くなる傾向が見られた。 4 考察 結果を表1にまとめた。事業所が行う配慮・措置の実施の有無に関係する主な変数は、第一に、企業・法人全体で精神障害者の雇用管理に対する取組が行われていること、第二に、就労支援機関との連携があること、第三に、体調把握の取組を行っていることであると考えられる。他方、手帳等級や疾患の種類は、何らかの関係性がある可能性はあるが、一貫した傾向は見いだせなかった。 【参考文献】 1) 浅賀英彦・渋谷友紀・田中規子・五十嵐意和保・堂井康宏(2024). 精神障害のある労働者の等級・疾患と就業状況との関連について(その1). 『第32回 職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集』, p.176-177. 2) 障害者職業総合センター (2024). 障害者の雇用の実態等に関する調査研究. 調査研究報告書, No.176. 表1 結果のまとめ p.180 職場復帰支援におけるキャリア再形成支援の実態調査 その1-医療機関、地域センターへのアンケート調査からの一考察- ○齋藤友美枝(障害者職業総合センター 主任研究員) 知名 青子・八木繁美・浅賀英彦・宮澤史穂・堂井康宏(障害者職業総合センター) 1 はじめに 「職場復帰支援におけるキャリア再形成に関する調査研究」では、リワーク支援等を活用して職場復帰した社員に対する復職過程におけるキャリア再形成支援に関する支援機関や企業の取組と、それらの取組に対する職場復帰した社員の受け止め方や“働き方や仕事に対する本人の考え方や価値観”の変化を調査することにより、職場復帰した社員のキャリア再形成に影響を与えた要因を明らかにすることを目的としている。 本研究ではその一環として、リワークを実施している医療機関と、リワーク支援や職業準備支援を実施している地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)に対して、復職支援の実態とその経過において生じた利用者の“働き方や仕事に対する本人の考え方や価値観”の変化について把握することを目的としたアンケート調査を実施した。 本発表ではそのアンケート調査の結果から、医療機関と地域センターの復職支援の特徴について報告する。 2 医療機関と地域センターに対するアンケート調査 (1) 目的 気分障害や高次脳機能障害等により休職している方に対して医療機関及び地域センターが実施する復職支援の実態とその経過において生じた「利用者の“働き方や仕事に対する本人の考え方や価値観”の変化」(以下「キャリアの見つめ直し」という。)に関する支援者の認識について把握することを目的とした。 (2) 調査対象 一般社団法人日本うつ病リワーク協会に所属する医療機関(195機関)。回収数69機関(回収率35.4%)。 地域センター(多摩支所を含む)48所。回収数48所(回収率100%)。 (3) 調査方法 医療機関には、調査依頼文書を郵送し、Webフォーム(クリエイティブサーベイ)にて任意の復職支援担当者へ回答を求めた。地域センターにはイントラネット上のグループウエア(Desknet’sNEO)のアンケート機能を活用し、回答を求めた。 (4) 調査期間 実施期間は令和5年9月初旬から10月中旬までの概ね1か月間であった。 3 結果と考察 (1) 復職支援の実施対象 復職支援の対象とした患者の疾患名・障害名を尋ねた(複数回答)。調査票では主治医の意見書の様式における障害種類(気分障害、統合失調症、てんかん、発達障害、その他)にて回答を求めたものの、医学的診断名による詳細な回答が多数あったことから、回答内訳はICD-10コードに沿って整理した(表1)。 医療機関の内訳をみると、気分障害の患者を支援する機関が最も多く68機関(98.6%)、発達障害のある患者を支援する機関は48機関(69.6%)であった。また、本調査研究の対象障害のひとつである高次脳機能障害の患者を支援する機関は1機関(1.4%)であった。 次に地域センターの内訳をみると、気分障害の利用者を支援したセンターは48センター(100.0%)、発達障害の利用者を支援したセンターは35センター(72.9%)、統合失調症の利用者を支援したセンターは29センター(60.4%)、高次脳機能障害の利用者を支援したセンターは21センター(43.8%)であった。 表1 復職支援の対象となった疾患・障害 (2) 復職支援での実施メニュー 医療機関において復職支援の対象となった事例(1機関最大2事例)について、「キャリアの見つめ直し」に影響を与えたと支援者が認識した支援の状況を尋ねた。事例について記載があった機関は68機関(回答率98.6%)であった。事例数は精神疾患事例については85事例、発達障害については18事例、計103事例となった。 p.181 表2には障害区分別でみた医療機関の復職支援メニュー毎の「キャリア見つめ直し」への影響について、実数と割合を示した。 表2 医療機関支援の「キャリアの見つめ直し」への影響 地域センターで復職支援の対象となった事例(1施設最大3事例)について、「キャリアの見つめ直し」に影響を与えたと支援者が認識した支援の状況を尋ねた。事例について記載があったセンターは45センター(回答率93.8%)であった。事例数は精神障害が67事例、発達障害については12事例、高次脳機能障害については11事例、計90事例となった。 表3には障害区分別でみた医療機関の復職支援メニュー毎の「キャリア見つめ直し」への影響について、実数と割合を示した。 表3 地域センター支援の「キャリアの見つめ直し」への影響  医療機関で行われるリワークは、再休職予防を目標とした病気の回復と安定を目指した治療であり、地域センターで行われているリワーク支援は休職者の職場復帰と職場適応、雇用している事業所の支援を行う職業リハビリテーションプログラムである1)と言われている。 医療機関の支援メニューである「自己理解支援」は認知行動療法やマインドフルネス等のプログラムを通して行われている2)。また、「疾病理解支援」は、心理教育等、セルフケアや再発予防など症状自己管理のための支援である。いずれも精神科治療や再休職予防という医療機関で行われるリワークの目的に沿ったメニューである。 地域センターの「キャリア支援」で実施されるキャリア講習は①自分を知る②自分を取り巻く環境を知る③キャリアプランを作成することを目的とした講座で構成されており3)、自身の働き方を再検討する支援である。また、「障害特性支援」は、障害特性の理解、ストレス場面での体調管理、疲労のマネジメント等の支援である。 本人から事業所への連絡や調整に関する「企業連絡支援」や新たな職務に対応するための「新たな職務支援」なども含めて、地域センターの支援メニューは職場適応や事業所との調整を視野に入れたものとなっている。 4 今後の課題 医療機関においては精神障害の事例の90%、発達障害の事例の100%で、行動の振り返り、自己理解、内省などの自己洞察のための「自己理解支援」が「影響あり」の支援として選択されていた。 地域センターでは、精神障害の事例の76%で、キャリアプランの再構築のための「キャリア支援」が、発達障害の事例の75%で「障害特性支援」が選択されていた。 また、高次脳機能障害の事例の90%で「作業遂行支援」が選択されていた。「作業遂行支援」は簡易作業、PC作業などの遂行能力や集中力を回復、向上させたり、補完手段を獲得させたりするための支援である。 医療機関も地域センターもほぼ全ての復職支援メニューに「影響あり」の事例がある。「影響あり」の支援やその組み合わせは多様である。 アンケート調査で収集した事例を分析し、事例の抽出条件の整理を行ってヒアリング調査を実施する医療機関、地域センターをそれぞれ選定した。 アンケート調査で把握された内容は「キャリアの見つめ直し」に影響した復職支援だが、「キャリアの見つめ直し」に影響を与えた支援や働きかけが何だったのかを具体的に聞き取るため、選定した復職支援実施機関にヒアリング調査4)を実施した。   参考文献】 1) 五十嵐良雄、『リワークプログラムの現状と課題』,「日本労働研究雑誌№695/June2018」,p.62-70 2) 障害者職業総合センター、『職場復帰支援の実態等に関する調査研究』,調査研究報告書№156(2021),p.17-23 3) 障害者職業総合センター職業センター、『ジョブデザイン・サポートプログラム気分障害等の精神疾患で休職中の方のための仕事の取り組み方と働き方のセルフマネジメント支援』,支援マニュアル№23(2023),p.17 4)知名青子・齋藤友美枝・八木繁美・宮澤史穂・浅賀英彦・堂井康宏(2024): 職場復帰支援におけるキャリア再形成支援の実態調査その2 -医療機関、EAP機関、地域センターヒアリング調査からの一考察-,第32回職業リハビリテーション研究・実践発表会論文集,p.182-183 p.182 職場復帰支援におけるキャリア再形成支援の実態調査 その2-医療機関、EAP機関、地域センターヒアリング調査からの一考察- ○知名青子(障害者職業総合センター 上席研究員) 齋藤友美枝・八木繁美・宮澤史穂・浅賀英彦・堂井康宏(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 (1)メンタルヘルス不調等による休職者への職場復帰支援 メンタルヘルス不調等5)を含む休職者への職場復帰に向けた専門的介入としては、医療機関が医療保険で提供する医療リワークをはじめ、地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)によるリワーク支援(事業主支援と休職者支援)、民間EAPを含めた企業独自の復職支援の3形態が代表的である2)7)8)が、それぞれの成り立ちや展開はやや異なっており、各々について以下で概観してみたい。 地域センターによるリワーク支援の機能については、一つ目に企業や医療関係者との復職に関するコーディネート機能、二つ目に休職者に対する復職準備性の向上を図る通所プログラムを提供する機能がある12)。 EAP(Employee Assistance Program)に関しては、日本EAP協会4)が「1.職場組織が生産性に関連する問題を定義する」ため、「2.社員であるクライアントが健康、結婚、家族、家計、アルコール、ドラッグ、法律、情緒、ストレス等の仕事上のパフォーマンスに影響を与えうる個人的問題を見つけ、解決する」ため、という2点を援助する目的の職場を基盤としたプログラムであると定義している。EAP機関は各機関独自の多角的なサービスを展開しており、クライアントの幅広いニーズに対応している。 医療リワークは精神科リハビリテーションとして行われる治療であり、休職者の疾病を回復させる集団での医学的リハビリテーション2)のアプローチである。 さて、有馬(2023)1)は医療リワークついて「その目的は、「単に復職を果たす」ことではなく、「復職後、再発なく就労を継続できること」にあり、(中略)……ライフキャリアを全うするための支援なのである」とした。また、吉光ら(2004)10)は、職業リハビリテーションのサービスが「キャリア発達と社会参加への包括的支援体系」であり、単に就職時の職業選択のみならず、職業選択の準備期間、選択行動そのもの、選択後の職業的役割の継続といった人生段階全てにおいて本サービスが関わる視点を持つ」とした。双方は復職を含む就労支援やそのための介入の際に長期的視点が重要であることを示唆した。 小島原ら(2018)3)は、産業保健分野での科学的根拠に基づくガイドライン7)の作成にあたって、「病気欠勤か病気休職かを問わず、4週間以上の私傷病による休職者に対する休職中の介入は、早期復職など就業上のアウトカムを向上させる、ということがシステマティックレビューの結果から明らかとなった」とし、中でも休職者に対するリワークなどの復職プログラムは、メンタルヘルス不調を対象とする場合に中等度のエビデンスに基づく弱い推奨であると整理している(筋骨格系障害については強い推奨であった)。ただし参照されたほとんどの知見は日本でのエビデンスがないため、我が国の産業保健分野での職場復帰支援に関する質の高い研究の蓄積が優先課題となっていることもあわせて指摘している。 (2)高次脳機能障害の職場復帰支援 高次脳機能障害者の就労支援(復職支援)のエビデンスについて先崎(2017)9)は、「復職や就労の予後を予測できる単一の指標はないこと」を指摘し、このため「就労支援に際しては成功、あるいは失敗に至りうる多角的な要因を念頭に置きつつ、必要に応じて多職種が連携した、個別性のある柔軟な介入、長期的な切れ目なき支援が必要である」と結論づけている。高次脳機能障害者の復職支援については、まずは個々の事例の丁寧な分析と知見の蓄積が求められるといえる。 (3)障害とキャリア支援 吉光ら(2004)10)は、障害者とキャリア理論の関連性を探り、キャリアカウンセリングにおける代表的な諸理論を取り上げ、これらを障害者にそのまま適用するには限界があること、加えて障害者とキャリアに関する研究領域は比較的初期段階にあることを示した。この指摘は、メンタルヘルス不調や高次脳機能障害等による復職者のキャリア支援を取り上げるにあたって、一般的なキャリア理論の枠組みのみに依拠すべきでないこと、疾病・障害の個別性を含んだ理解が重要であることを強調するものである。 さて、本発表は、研究部門で現在実施している「職場復帰支援におけるキャリア再形成に関する調査研究」の一環として、メンタルヘルス不調や高次脳機能障害等による休職者に復職支援を実施する機関によるキャリア再形成支援の在り様を明らかにするためのヒアリング調査の一部を報告するものである。この度は、①復職支援実施機関におけるキャリア再形成支援の実際、②復職支援実施機関における復職支援担当者のキャリア再形成支援に対する認識について概観した上で、休職者のキャリア支援に対する視点について考察を深めたい。 p.183 2 方法 (1) 調査対象、期間、調査内容、 ①医療機関5件、②EAP機関2件、③地域センター4件(具体的には「日本うつ病リワーク協会」の会員でアンケート6)に協力のあった一部の医療機関及び精神疾患又は高次脳機能障害のある者への復職支援に実績のある医療リハビリテーション機関並びにEAP機関)に協力を頂いた。地域センターは高次脳機能障害者の支援ケースがある場合を優先してヒアリング対象とした(表1)。  表1 復職支援を実施した対象利用者の障害(対象機関別) 調査期間は令和6年1月~2月の2か月間とした。インタビュー項目(利用者の障害内訳、実施している支援・工夫点、利用者のキャリアの見つめ直しに影響を与えた事例、キャリアの見つめ直しに影響を与えた支援や働きかけ等)について半構造化面接をオンラインで実施した。ヒアリング内容は録音され、その後逐語録を作成した。 3 結果と考察 (1) 復職支援実施機関におけるキャリア再形成支援の実際 各機関の復職支援プログラム全般には、これまでのキャリアを見直して今後どのように自らのキャリアを形成していくかを検討する取組(例:C診療所「自分の軸を探すプログラム」、G地域センター「キャリア講座を通じたキャリアプランの見つめ直し」)が設けられ、『今後自分が大事にしていきたいものは何なのかを再考する機会(C診療所)』として位置づけられていた。一方、高次脳機能障害の事例については同じ復職支援でも機能低下への対応が優先されることが多く、例えば地域センターの職業準備支援の利用によって障害特性を理解することや、作業遂行特性のアセスメントによる職業生活上の補完手段の検討が最優先され、支援期間中にキャリアを見直すことの優先度がメンタルヘルス不調の事例よりも低くなっていた。 (2) 復職支援担当者のキャリア再形成支援に対する認識 経験の浅い若年者については、休職前の働き方を見直すための活動が用意されていても、『どんな上司のもとでどんな風に働けば、自分らしくいきいきやれるという経験がないので振り返りにくい(J_EAP機関)』という指摘があり、キャリアの振返りを難しい課題と認識されていることが見いだされた。また高次脳機能障害は働き盛りの年代が多いが、『脳の損傷の程度によっては気づきや障害の受け止めの難しさがある事例も少なくない(E_リハ病院)』という。このため、『本人を変えるというより環境や周りの理解をいかに得るか(E_リハ病院)』という指摘があった。また、疾病や障害種別に関わらず「自己理解は本人の受け入れ可能性を考慮して段階的に」との認識がいずれの復職支援担当者にも共通して確認された。 4 今後の課題 休職者個人の仕事への考え方や価値観などの在り様の変化は、復職支援プログラム全体(それに含まれるキャリア関連の取組)の直接的アウトカムとして設定されていないことが確認された。しかし、復職後の安定的な働き方を支える自己理解支援や、障害の補完手段の獲得の訓練、合理的配慮事項の整理・調整などの長期的な経過の中で個人の仕事観、キャリア観が副次的に変化するプロセスの存在は示唆されたところである。 この点について今後、本人に対する聞き取り等でその実際についての調査を進めていくこととしたい。 【引用・参考文献】 1)有馬秀晃(2023):リワークにおける心理社会的介入の実際,産業精神保健,31(3),p138-155. 2)五十嵐良雄(2020):リワークプログラムがこれまで明らかにしてきたこと,精神科,36(4),p283-288. 3)小島原典子・福本正勝・吉川悦子・品田佳世子・對木 博一,(2018):科学的根拠に基づく産業保健分野における「復職ガイダンス2017」の作成,産業保健学雑誌,60(5),p103-111. 4)日本EAP協会,国際EAP学会(EAPA)によるEAPの定義,http://eapaj.umin.ac.jp/(2024/07/24閲覧). 5)太田聰一(2014):日本における休業・休職-公的統計による把握,日本労働研究雑誌,p4-18. 6)齋藤友美枝・知名青子・八木繁美・浅賀英彦・宮澤史穂・堂井康宏(2024): 職場復帰支援におけるキャリア再形成支援の実態調査その1 -医療機関、地域センターへのアンケート調査からの一考察-,第32回職業リハビリテーション研究・実践発表会論文集,p180-181. 7)産業保健における復職ガイダンス策定委員会作成(2018):科学的根拠に基づく「産業保健における復職ガイダンス2017」,日本産業衛生学会関東地方会. 8)佐々木一・秋山剛(2019):うつ病のリワーク,臨床精神医学,48(11),p1261-1268. 9)先崎章(2017):高次脳機能障害者の就労支援―外傷性脳損傷者を中心に―,リハビリテーション医学,54(4),p270-273. 10)障害者職業総合センター『障害者の雇用管理とキャリア形成に関する研究 障害者のキャリア形成』,「調査研究報告書№62」,(2004) 11)障害者職業総合センター『障害の多様化に応じたキャリア形成支援のあり方に関する研究』,「調査研究報告書№115」,(2013) 12)障害者職業総合センター職業センター『精神障害者職場再適応支援プログラム リワーク機能を有する医療機関と連携した復職支援』,「実践報告書№26」,(2014) p.184 精神障害のある対象者に向けたPBT・ACTアプローチの実践と結果について ○市野安納(株式会社スタートライン メンバーサポート東日本ディビジョン) 豊崎美樹・菊池ゆう子・刎田文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 はじめに 株式会社スタートラインは、障害者及び事業主の双方に対して、就職準備・採用準備から職場定着までのトータル的なサポートを行っている。現在(2024年7月時点)では、農園型ファーム『IBUKI』23拠点、サテライトオフィス『INCLU』11拠点、就労移行支援『るりはり』2拠点、ロースタリー型『BYSN』2拠点があり計1,850名以上の障害者を、応用行動分析・文脈的行動科学に基づく専門的な知識・技術で支援している。 2 PBTとは Process-Based Therapy(以下「PBT」という。)とは、ACTの生みの親であるSteven C. HayesやStefan G. Hofmann1)らによって提唱された理論であり、診断名や病理名のみによらず、当事者の人生におけるプロセスをつぶさに捉え、「目の前の個人にとって有効な心理療法」をテーラーメイドで組み立てるものである。PBTでは、機能分析、生物生理学、社会文化的背景、現在や過去の文脈等の個人を取り巻く複雑なネットワークを理解し、多次元的かつ多段階的にアプローチすることを目的としている。 3 目的 本研究では、職業リハビリテーション領域で勤務する対象者に、EEMMグリッドとACTマトリックス・カード2)を用いたアプローチを実施し、これらの効果について、質問紙や本人のコメントにより検討することを目的とした。 4 方法 (1) 対象者の概要 対象者である30代の男性Aさんは、精神保健福祉手帳3級をうつ病により取得されていた。 ・傾向:人当たりがよく、柔らかなコミュニケーションが図れる。自分に対してマイナス評価をすることが多いなど自己肯定感が低い。 ・課題:発症後数年の自宅療養を経て、現在の職場での就労を開始したが、障害受容が不十分であった。そのため、ネガティブな出来事が生じた際に、再度不調が生じる可能性があった。 (2) 使用ツール ・EEMMグリッド EEMM(Extended Evolutionary Meta-Model)は、PBTの根幹となる考え方であり、現代の多面的・多階層的な進化論的説明がもたらす統合に基づいた、変化プロセスの「メタモデル」である。そのEEMMを実践するツールとして開発されたEEMMグリッドの日本語版を使用した。 ・ACTマトリックス・カード Benjamin Schoendorffは、ACTでよく使われるさまざまなエクササイズを視覚的に現したACTマトリックス・ カードというカードを開発し、ACTマトリックスのエクササイズを行う際に、これらのカードの活用を勧めている。今回は、ACTマトリックス・カードの日本語版を使用した。 (3) 手続き ・面談場所 サテライトオフィス 相談室 ・所要時間:EEMMグリッド面談 計2回(①60分②60分=計120分) ・質問紙によるプロセスの定点評価 MPFI(多次元的心理的柔軟性尺度)を、EEMM面談前と面談後、ACTアプローチ終了後の合計3回実施し、回答を得た。 ・EEMMグリッドを用いた面談方法 弊社研究所で作成したEEMMグリッド面談用紙(A3用紙)を使用した。面談では事前に面談用紙を印刷しておき、今のAさんの思考やそれに係るエピソードについてヒアリングを行い、その内容を9つのグリッドに分類して記載した。図1に、Aさんからのヒアリングに基づき作成したグリッドを示した。 ・EEMMグリッドによるケースフォーミュレーション 「人並みになりたい」という思考を中心としたネットワークを整理し、図1と図2に示した。整理したネットワークやEEMM面談中のAさんの様子から、Aさんの傾向について以下のように確認された。 p.185 図1 不適応側のネットワーク図 図2 適応側のネットワーク図 (ⅰ) 「人並みになりたい」という思考は、適応・不適応の両方で挙がっている。ただし、適応・不適応それぞれで「人並みになりたい」という思考が生じた際に、選択する行動が異なる。 (ⅱ) 他者と比較をした結果、自己批判に繋がったエピソードを幼少期から数多く経験しており、「人並みになりたい」という思考・自己概念やそれらから生じる注意が、強化され続けている。 ・支援方法の検討 ケースフォーミュレーションに基づき、ACTマトリックス・カードを用いた面談を3回実施した(図3)。 図3 使用したACTマトリックス・カード 5 結果 (1) MPFIの数値 MPFIについて、図4のような数値変化が見られた。 図4 MPFIの数値変化 (2) ご本人から挙がった気づき ・思考の釣り針に引っかかった時、今やっている行動から一度手を止めて深呼吸をし、意識を自身に戻すことが重要であるとわかった。 ・自身は周りにどう見られているか気にしやすいが、状態によって気になる度合いの強弱は異なると気づいた。「~すべき」でなく、自分が本当にしたいことに目を向けたい。 ・自身にとって大切なことは、パートナーと良い関係を長く築くこと、仕事で自立することである。そのためには今の業務を覚える、相談する、不調の時のために自分を労わることを取り組んでいきたい。 6 考察 不適応な思考が発生した際、適応的な行動選択のためにどうすればいいのか理解が深まっている印象があり、ACTアプローチによって一定の効果が表れていると考えられる。 ただし、MPFIの数値としては変化が見られなかった。その理由として、EEMMグリッド面談後にAさんから「過去のことを思い出したので疲れた」と挙がったように、うつ病発症時のエピソードと向き合うことに対し抵抗感があり、十分に受容できていないことが推察される。加えて、Aさんの「人並みになりたい」という思考は、幼少期から強化され続けてきたものであり、数か月のアプローチでは数値的な変化には至らなかったのではないかと思われる。そのため、今後もマインドフルネスや価値の明確化、適応的な行動選択に向けたアプローチを継続して行い、長期的な視点で心理的柔軟性の変化を確認する必要があると考えている。 参考文献】 1)Stefan G. Hofmann, Steven C. Hayes, David N. Learning Process-Based Therapy.Context Press 2021 2)『ACTマトリックス・カード』(2019)ベンジャミン・ショーエンドルフ著、刎田文記訳、星和書店 p.186 障害者職業センターにおけるソフトスキルのアセスメントの活用~BWAP2を用いた就職前から職場定着までの支援~ ○乗田開(広島障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 問題の所在及び目的 梅永(2017)は、ASD者が離職する場合、その要因となっているのは仕事自体に必要な能力を指す「ハードスキル」よりも、仕事に直結しないものの就労生活に間接的に関連する「ソフトスキル」の多いことを指摘している。しかしながら、今日の就労支援の現場で実施されている職業アセスメントには、作業能率や認知機能を把握するものが多く、ソフトスキルの把握に特化したものは少ない。職場での安定勤務を目指すためには、仕事そのものだけでなく同僚との関係や作業の切り替え、ルーティンの変更への対応力などを把握することが重要である。 前原ら(2020)は、マンパワー(人員や実施時間の確保)不足が就労アセスメントを実施する上での課題であり、時間負担が少ないアセスメントの開発が求められていることを指摘している。すなわち、簡易的でありソフトスキルの把握が可能なアセスメントツールが就労支援現場では求められている。また、それらは就職後の定着支援でも実施しやすいことが予想される。 本稿では、在職中の発達障害者に対して地域障害者職業センター(以下「職業センター」という。)の職業評価(アセスメント)、職業準備支援(通所支援)、定着支援(ジョブコーチ支援)の利用を通じて、BWAP2を活用し職場適応およびソフトスキル課題の対処を目的とした支援を行った事例について報告する。 2 方法 (1) 事例の概要 ①期間:20XX年5月~20XX年11月 ②氏名:Aさん 年齢:22歳(男性) ③診断:アスペルガー症候群 精神障害者保健福祉手帳3級を所持 ④勤務先:製造関係の会社に勤務(4年目) 中学入学時に知能検査を実施し、認知処理能力は平均域の水準だった。工業高等学校卒業後に現在の会社に就職。配線業務を任されていたが、職場の上司から「指示した仕事ができていない」「納品日に間に合っていない」「業務中に居眠りをしている」などの指摘を受けていた。会社の担当者から障害者就業・生活支援センター(以下「就・生センター」という。)に相談があり、その後職業センターへ繋がった。 (2) 手続き ア BWAP2の概要 BWAP2とは、ベッカー職場適応尺度(Becker Work Adjustment Profile)のことで、米国では現在第2版が刊行されている。BWAP2では、実際に仕事をしている状況を観察し、「仕事の習慣・態度(HA)」「対人関係(IR)」「認知スキル(CO)」「仕事の遂行能力(WP)」の4つの領域でアセスメントされる(Becker,2005)。 「仕事の習慣・態度(HA)」の領域では、身だしなみや 時間順守などの働く上での基本的生活習慣、「対人関係(IR)」の領域では、修正の受け入れや感情の抑制など職場で上司や同僚との間で起こりうる内容が含まれている。「認知スキル(CO)」の領域には、記憶力や読解力、計算能力などの知的な能力、「仕事の遂行能力(WP)」領域では、必要な援助要求や問題の報告、仕事の質や量などの内容が盛り込まれている。 また、BWAP2はソフトスキルの評価項目が多数取り入れられており、15分で実施できる上、実施に特別な資格が不要であるため、就労支援スタッフや会社の上司など様々な人が活用することができる。 イ BWAP2の実施とフィードバック 障害者就業・生活支援センターからの連絡後、職場に訪問し、本人の同意を得た上で、本人が働いている様子の見学やヒヤリングを行い、その後の会社の担当者との面談の中でBWAP2を実施した(図1)。BWAP2では、「仕事の遂行能力(WP)」の領域が特に低位であり、「ミスの修正」「信頼性」「必要な援助要求」「持ち場での安定度」の評価項目で1点(活動がうまくできない、あるいは満足できる結果を示さない)がついた。 図1 BWAP2のプロフィール(t得点) p.187 後日、本人と職業センターで面談を行い、低位であった評価項目の要因の検討や上司との認識の差を確認しながら結果のフィードバックを行った。支援計画の内容について説明および提案を行い、通所支援(当センターにおける職業準備支援)を利用し課題の対処に向けた取り組みを行うことについて合意を得た。また、8週間の通所支援後、職場に戻り、定着支援の中で再度BWAP2を実施した。 3 結果 (1) BWAP2の結果 表1 BWAP2の得点の変化 図2 BWAP2のプロフィールの変化(t得点) ア BWAP2の4領域の変化(t得点) 「仕事の習慣・態度(HA)」で1点、「対人関係(IR)」で2点、「認知スキル(CO)」で1点、「仕事の遂行能力(WP)」で11点上昇した。 イ 評価項目の変化 「仕事の習慣・態度(HA)」では「時間順守」、「対人関係(IR)」では「集団の受け入れ」「感情の安定」、「認知スキル(CO)」では「作業の移行」、「仕事の遂行能力(WP)」では「ミスの修正」「仕事の量」「信頼性」「必要な援助要求」「問題の報告」「持ち場での安定度」が上昇した。 (2) 行動の変化 勤務中で何をしたらいいかわからない時間が減り、居眠りをすることがなくなり、作業量が増加した。また、指示されていないことを勝手に行う回数が減少し、指導後に泣くことはなくなった。 4 考察 本報告では、職業センターでBWAP2アセスメントを実施し、職場での安定勤務を目指す利用者に対する個別の支援を行った事例をまとめた。BWAP2のアセスメント結果を基に面談を行ったことで、本人と上司の認識の差を確認することができ、課題の整理を行うとともにピンポイントで対処の取り組みを行うことができた。また、前原ら(2021)は、BWAP2はハードスキル・ソフトスキルの両面に関して現状を把握でき、本人や周囲が就労及び就労継続に必要となる課題を客観的かつ包括的に認識することに役立つと示している。本事例においても、ハードスキルについては、支援の前段階で本人と会社の認識に差は見られなかったが、ソフトスキルに差があることが分かり本人の混乱を解消することができた。また、差があった項目に焦点を当てて、支援を行うことで職場に戻ってから、早速の効果を確認することができた。 今回BWAP2のアセスメント実施にかかった時間は、事前事後それぞれ20分ほどであった。職場見学や定着支援の短い時間の中で職場の声や就労上の課題を確認できたことから、少ない時間的負担で実際的なアセスメントが行えたと言える。障害者の法定雇用率引き上げに伴い、企業側の雇用管理の難易度がさらに高まる中で、就職後の定着を促進するためにもBWAP2のような簡易的であり就労支援機関から職場へ連携しやすいアセスメントツールの活用が重要と考える。 参考文献 1) Becker, R.L. (2005). Becker Work Adjustment Profile:2, elbern publications. 2)前原和明, 縄岡好晴, 若林功, & 八重田淳. (2020). 就労に関するアセスメントツールや手法の活用実態と課題についての研究. 厚生労働行政推進調査事業費補助金研究報告書 総括研究報告書. 3)前原和明, 八重田淳, 縄岡好晴, 西尾香織, & 後藤由紀子. (2021). 就労アセスメントの実施促進に向けた多機関連携による就労支援モデル整備のための調査研究. 厚生労働科学研究費補助金研究報告書. 4)梅永雄二(2017).発達障害者の就労上の困難性と具体的対策-ASDを中心に.日本労働研究雑誌,685,57-68. 5)梅永雄二監訳・監修(2021):発達障害 の人の就労アセスメントツール BWAP2 日本語版マニュアル&質問 用紙、合同出版. p.188 能力開発施設を利用する配慮を要する受講者の就職支援について ○石井尚希(山形職業能力開発促進センター 受講者係) ○須藤仁志(山形職業能力開発促進センター 就職相談員) 高柳裕子・桑原博一・瀬戸文善・鈴木菜津美(山形職業能力開発促進センター) 1 はじめに 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(以下「機構」という。)山形支部山形職業能力開発促進センター(以下「ポリテク山形」という。)は公共職業訓練の実施施設である。 機構は機械、電気・電子、建築分野等、企業での生産現場の実態に即したものづくり分野を中心に3~7ヶ月の職業訓練を行っている。また、国のセーフティネットとして就職支援に力を入れており「精神疾患・発達障害のある者」、「それらが想起される行動特性のある者」について「配慮が必要な訓練受講者」(以下「配慮受講者」という。)として支援することとしている。 ここでは、ポリテク山形で取り組んできた「配慮受講者の支援」について報告する。 2 ポリテク山形の就職支援 (1) 就職支援体制 就職支援アドバイザー(以下「就職AD」という。)2名、就職相談員2名の4名体制で各科の職業訓練指導員とともに就職支援を行っている。就職ADはキャリアコンサルタントとして受講者のキャリア形成に係る相談を行うとともに、訓練科の担当を決めて担任と密に連絡を取りながら就職支援を行っている。就職相談員は窓口での相談の他、求人票の各科への配布や掲示、ホームページに掲載する求職情報の作成とそれによる指名求人の提供、企業説明会の実施などを中心に支援を行っている。 (2) 就職支援の方法 表1に示すとおり6ヶ月または7ヶ月の訓練期間と訓練修了後3ヶ月間、計9ヶ月~10ヶ月で就職支援を実施するが、受講者の就職活動の進捗に合わせた個別の支援に努めている。また、修了前の3ヶ月間は職業訓練指導員と就職AD、相談員、受講者係による就職支援ミーティングを毎月実施し、一人一人の訓練習得および就職活動の状況把握と必要な支援内容の確認を行っている。 3 ポリテク山形における配慮受講者に対する取り組み (1) ポリテク山形における配慮受講者の現状 表2に入所者に占める配慮受講者の推移、表3に障害・病気のある者の内訳を示す。なお、ポリテク山形では、配慮受講者として「精神疾患・発達障害のあるもの」及び「それらが想起される行動特性のあるもの」に加えて「身体障害他、難病のあるもの」を併せて支援を行っている。 表1 ポリテク山形の就職支援 表2 入所者数・配慮受講者数の推移等(2024年6月30日現在) 表3 障害・病気の内訳(2024年6月30日現在) (2) 配慮受講者の把握 配慮受講者は次の方法で把握している。 ①受講申込書に「健康上の不安」として記載した者 ②受講生緊急連絡票の「持病」として記載した者 ③就職相談票に「就職する際の不安」として記載した者 ④入所選考や就職に係る各種面談の中で開示した者 ⑤各種面談や手続き場面、訓練受講場面等の観察 (3) 配慮受講者の就職支援 上記2の(2)の就職支援に加えて配慮受講者については次の支援を行なっている。 ①配慮受講者のための「初回面談」 作成している様式「障害・病気についての状況把握」 の項目に従い、症状や受診状況、訓練受講に係る配慮事項の有無、前職までの仕事への影響等を配慮受講者に聴取し、 p.189 その内容を担当の職業訓練指導員及び就職支援担当者間で情報共有することについて承諾を得る。加えて、ポリテク山形が実施する配慮受講者に係る就職支援、障害者就労支援機関について説明する。 ②配慮受講者の訓練の継続と就職支援 ア 訓練受講の継続についての配慮 就職活動を進める前提として、体調管理・訓練受講の継続が重要である。そこで、体調不良による欠席・早退・遅刻がないか常に観察し、何かあれば声がけし、医務室の利用案内やその他の配慮を行う。例えば、聞こえにくい場合や集中力・注意力に問題がある場合に座席変更や発達障害の過集中の方に水分補給の促し、必要に応じてノイズキャンセリングイヤホンの使用許可などである。また、習得に問題がある場合にはその補習を行う。 イ 職種選択の再検討 ポリテク山形で職業訓練を実施する中で、その習得が困難であると発覚し、更に本人にも困り感がある場合、応募職種の再検討を行う。本人とともに経験した職種についての振り返りを行い、職場環境・通勤距離・勤務形態等について整理し、ハローワークの求人検索により希望の求人を探すよう支援する他、求人提供を行う。また、企業訪問を調整し、求める環境と合致する企業か否かについて自分で確認をするように勧めている。 ウ 障害者雇用に係る情報提供 障害者手帳を持つ配慮受講者または開示していないもの の、障害があるという受講者のために求人コーナー(求人検索を行うパソコンの設置、就職活動に係る情報提供、応募書類の準備を行う場所としている)に障害者専用の求人票のファイルを設置する他、関係の支援機関についての情報を掲示している。 エ メンタルヘルスについての情報提供 受講者の中には、精神疾患の病状悪化による退所者や、ハラスメント被害などの職場の人間関係による離職が見受けられる。体調管理の方法や特性への気づき、就職後の定着のために就職支援のセミナーとして「職場における人間関係とメンタルヘルス」を実施している。また、求人コーナーの掲示板にセルフケア、アサーション、アンガーコントロール、認知行動療法、発達障害などの資料の掲示を行っている。 オ 専門機関との連携による支援 専門機関と連携し、以下の支援に繋げている。 (ア) 障害者・就業生活支援センター 障害を開示して就職活動を行う配慮受講者について、応募の際からの支援と就職後の定着支援、障害者手帳取得の支援などを依頼している。 (イ) 山形障害者職業センター 職業評価による応募職種の再検討、障害特性を整理する支援などを依頼している。 (ウ) ハローワーク専門援助部門 障害者雇用、援護制度を活用した就職を希望する場合の紹介状の発行などを依頼している。 カ 困り感がなく不採用を繰り返す配慮受講者の支援 困り感がなく不採用を繰り返す配慮受講者(非開示で就職活動を行う者、発達障害が疑われる者)については、企業見学の調整、面接練習を繰り返し実施する。 当該企業が、ポリテク山形による紹介状の発行先であれば、採用担当者に不採用理由を確認して本人に伝えることもある。この不採用は面接時の受け答えに対する違和感や不安感が理由となる場合が多い。面接対策として、面接練習時に撮影した動画を本人と確認し、応答内容に加えて、応答時間や姿勢、視線の向け方などについて一緒に確認して改善を促すなどの支援を行う。 (4) 配慮受講者の就職支援の実績 以上の配慮受講者に対する就職支援を行った結果、配慮受講者の退所者を除く就職率は、令和3年度94.4%、令和4年度85.0%、正社員就職率は令和3年度、令和4年度共に64.7%、受講した訓練と関連する就職は令和3年度52.9%、令和4年度58.8%であった。 令和3年〜令和5年のポリテク山形全体の就職率の平均は85.2%、正社員就職率は62.6%、訓練と関連した就職率は59.3%であり、ポリテク山形の取組の成果を確認することができた。 4 おわりに 訓練習得などで課題が見つかるものの、本人に自覚がない場合がある。その場合には支援が難しく、他の配慮受講者と同様の支援では採用が見込めないと思われる。よりきめ細やかな支援を行うため、障害者職業総合センターの成果物を参考に、簡易版のアセスメントシートを作成した。今後このような事例には、観察によるアセスメントを行い、特性への気づきを促すことや補習の実施・職種の再検討など、支援の手がかりを見つけることとしたい。 職業訓練の現場には、障害や病気以外の生活課題のある方(生活困窮者、ひとり親家庭の父母、職業ブランクの長い方など)も多く受講している。個別の事例に合わせた丁寧な支援を行うことで多くの利用者に貢献したい。 参考文献 1) 障害者職業総合センター『就労支援のためのアセスメントシート活用の手引き』,(2023) p.190 発達障害のある生徒の進路指導を支える機関連携の在り方①:発達障害者支援センター、障害者就業・生活支援センターへの調査から ○榎本容子(独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 主任研究員) 相田泰宏・伊藤由美・小澤至賢(独立行政法人国立特別支援教育総合研究所) 1 背景と目的 文部科学省1)は、発達障害等の障害のある生徒について、高等学校卒業後の進路先で困難さを抱える場合があることについて触れ、学校段階からの卒業後を見据えた指導・支援や、進路先への情報の適切な引継ぎを行うことの重要性を指摘している。 今後、高等学校での障害のある生徒に対する指導・支援の充実に向け期待されるのが、相談・支援機能を持つ、発達障害者支援センターや障害者就業・生活支援センター等の関係機関(以下「福祉・労働機関」という。)との連携や、地域のセンター的機能の役割を持つ特別支援学校との連携である。しかしながら、これまで、福祉・労働機関や特別支援学校と高等学校との連携状況を把握した調査は見当たらない。 本研究では、高等学校への相談支援を行うことが想定される「福祉・労働機関」を対象とし、高等学校との連携が(1)うまく進んだ好事例と、(2)進みにくかった困難事例について報告する。これにより、発達障害のある生徒の進路指導に向けた、高等学校と福祉・労働機関の連携の展望を述べる。 2 方法 対象 発達障害者支援センター97か所及び障害者就業・生活支援センター336か所を対象とした(いずれも悉皆)。回答は、就労支援業務の担当者のうち、調査内容について最も実態を把握している者1名に依頼した。 調査手続き 2022年1月に郵送し、2022年3月までに郵送又はメールにより回収した。 調査項目 福祉・労働機関の属性(機関の種別、利用実績のある障害種等)のほか、高等学校から相談や依頼を受けた実績がある場合は、回答する障害種を選択の上、当該生徒の進路指導に関して、高等学校との連携が(1)うまく進んだ好事例と、(2)進みにくかった困難事例を自由記述で尋ねた。本設問は、発表②特別支援学校と共通とした。本発表では発達障害データについて分析した結果を報告する。 分析 1つの自由記述回答に複数の内容が含まれる場合、内容別に着目しそれぞれ1データとした。また、多角的な視点を抽出するため、カテゴリ生成においては、相互排他的な関係を前提としていない。そのうえで、より高次のカテゴリに分類できると考えた場合は、カテゴリ名の前に、大カテゴリ名をスラッシュで区切り付す形とした。 倫理的配慮 調査の実施方法について、所属機関の倫理委員会による審議、承認を得た。また、対象機関の所属長及び調査対象者に対し、書面にて調査の趣旨と目的、参加と撤回の自由、守秘義務等の倫理的配慮事項を伝え、研究協力に同意した場合に、調査票に記入するよう依頼した。 3 結果 回収率:40.2%(分析ごとに有効回答数は異なる) (1)高等学校との連携がうまく進んだ好事例 記述内容(n=49)を分類した結果、「学校の支援体制の整備」、教員への助言・情報提供を通じた「就労に向けた支援」、連携による支援に向けた「関係機関との連携」や「生徒に関する情報共有」、生徒に対する「体験・実習の機会の提供」などの内容が挙げられていた(表1)。 表1 高等学校との連携がうまく進んだ好事例(1/2) カテゴリ 記載例 件数 学校の支援体制の整備 ●発達障害の生徒さんのケース会議を高校(私立、公立)で行った事で教職員の方の発達障害への理解が深まった。定期訪問する事で特別支援の視点で授業を進められる機会が増えた。【発達障害者支援センター】 24 教員への助言・情報提供/就労に向けた支援 ●知的・発達障害があり就職に困難さを抱える生徒さんが多い高等学校に対して、「働くとは?」「職場で求められる基本マナー」について、講義・演習を行った後作業体験からアセスメントをとり、職場実習を行うプログラムを実施し就労へつながった。【障害者就業・生活支援センター】 22 教員への助言・情報提供/アセスメントの相談・実施 ●在学中に当センターで就労アセスメントを実施。就労アセスメントの結果を受けて、就労移行支援事業所で就労アセスメントを実施。【発達障害者支援センター】 8 教員への助言・情報提供/研修やセミナーの実施 ●教員向けの勉強会の講師を依頼され、発達障害の基本的理解について共有することができた。【障害者就業・生活支援センター】 4 教員への助言・情報提供/支援方法等 ●高等学校普通科に通う発達障害のある生徒が単位取得ができにくい状況があり、卒業に向けて単位取得可能な手立てを提案した結果、学校全体として取り組んで頂いたことから無事卒業し、次のステップにつなぐことができた。【障害者就業・生活支援センター】 3 p.191 表1 高等学校との連携がうまく進んだ好事例(2/2) (2) 高等学校との連携が進みにくかった困難事例 記述内容(n=42)を分類した結果、「学校の支援体制の未整備」の他、「生徒の障害に対する理解の不足」「保護者の障害に対する理解の不足」、連携による支援に向けた「情報共有」などが挙げられていた(表2)。 表2 高等学校との連携が進みにくかった困難事例(1/2) 4 考察 連携が進んだ好事例では、高等学校において一定程度の支援体制が構築されており、福祉・労働機関は、就労に向けた支援等、教員への助言・情報提供を実施していた。また、生徒への直接的支援を実施していた。一方、連携が進まなかった困難事例では、支援体制の構築が進んでいない状況がうかがえた。 こうした中、次のような連携の在り方を提案したい。まずは、高等学校が生徒の障害による困難さを適切に把握することが重要である。可能であれば、中学校からの引き継ぎの段階で把握できていることが望ましい。また、生徒・保護者の障害理解が円滑な移行へとつながる要因になると考えられることから、信頼関係を構築の上、生徒の状況や、今後必要と考えられる支援について、生徒・保護者と共通理解を図る機会を設けることが望まれる。その際には、校内支援体制を構築し、組織的に対応することが重要である。以上の手続きを経た上で、障害者の就労や福祉制度に関して専門的な知識やスキルを有する福祉・労働機関と連携することで、円滑な移行へとつながることが期待される。 参考文献 1)文部科学省『新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議報告』,(2021). 連絡先  榎本 容子  e-mail enomoto@nise.go.jp p.192 発達障害のある生徒の進路指導を支える機関連携の在り方②:特別支援学校への調査から ○相田泰宏(独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 主任研究員) 榎本容子・伊藤由美・小澤至賢(独立行政法人国立特別支援教育総合研究所) 1 背景と目的 文部科学省1)は、発達障害等の障害のある生徒について、高等学校卒業後の進路先で困難さを抱える場合があることについて触れ、学校段階からの卒業後を見据えた指導・支援や、進路先への情報の適切な引継ぎを行うことの重要性を指摘している。 今後、高等学校での障害のある生徒に対する指導・支援の充実に向け期待されるのが、相談・支援機能を持つ、発達障害者支援センターや障害者就業・生活支援センター等の関係機関(以下「福祉・労働機関」という。)との連携や、地域のセンター的機能の役割を持つ特別支援学校との連携である。しかしながら、これまで、福祉・労働機関や特別支援学校と高等学校との連携状況を把握した調査は見当たらない。 本研究では、高等学校への相談支援を行うことが想定される「特別支援学校」を対象とし、高等学校との連携が(1)うまく進んだ好事例と、(2)進みにくかった困難事例について報告する。これにより、発達障害のある生徒の進路指導に向けた、高等学校と特別支援学校の連携の展望を述べる。 2 方法 対象 全国の特別支援学校高等部1,014校(高等特別支援学校を含む)(悉皆)とした。回答は、各校の進路指導担当や特別支援教育コーディネーター等のうち、本調査の内容について最も実態を把握している者1名に依頼した。 調査手続き 2022年1月に郵送し、2022年3月までに郵送又はメールにより回収した。 調査項目 特別支援学校の属性(学校が対象とする障害種等)のほか、高等学校から相談や依頼を受けた実績がある場合は、回答する障害種を選択の上、当該生徒の進路指導に関して、高等学校との連携が(1)うまく進んだ好事例と、(2)進みにくかった困難事例を自由記述で尋ねた。本設問は、発表①の福祉・労働機関と共通とした。本発表では発達障害データについて分析した結果を報告する。 分析 1つの自由記述回答に複数の内容が含まれる場合、内容別に着目しそれぞれ1データとした。また、多角的な視点を抽出するため、カテゴリ生成においては、相互排他的な関係を前提としていない。そのうえで、より高次のカテゴリに分類できると考えた場合は、カテゴリ名の前に、大カテゴリ名をスラッシュで区切り付す形とした。 倫理的配慮 調査の実施方法について、所属機関の倫理委員会による審議、承認を得た。また、対象校の所属長及び調査対象者に対し、書面にて調査の趣旨と目的、参加と撤回の自由、守秘義務等の倫理的配慮事項を伝え、研究協力に同意した場合に、調査票に記入するよう依頼した。 3 結果 回収率:54.3%(分析ごとに有効回答数は異なる)。 (1) 高等学校との連携がうまく進んだ好事例 記述内容(n=73)を分類した結果、「学校の支援体制の整備」、教員への助言・情報提供として「障害に対する理解の促進」「研修やセミナーの実施」、特別支援学校との協働での「生徒への支援」などが挙げられていた(表1)。 表1 高等学校との連携がうまく進んだ好事例(1/2) p.193 表1 高等学校との連携がうまく進んだ好事例(2/2) (2) 高等学校との連携が進みにくかった困難事例 記述内容(n=55)を分類した結果、「学校の支援体制の未整備」のほか、「保護者の障害に対する理解の不足」「生徒の障害に対する理解の不足」「学校の障害に対する理解の不足」などが挙げられていた(表2)。 表2 高等学校との連携が進みにくかった困難事例(1/2) カテゴリ 記載例 件数 支援環境の課題/学校の支援体制の未整備 ●高等学校の特別支援教育担当者に相談支援を行ったが、校内での支援体制が構築されておらず、担当者だけでは解決できず、事態の好転が難しかった。【知的障害】 26 支援環境の課題/人的・物理的・システム的制約 ●本人の気持ちの整理を行う上でスクールカウンセラーの活用を学校に対してすすめたが、その学校にはスクールカウンセラーがいなかった。【特別支援学校(聴覚障害・知的障害)】 3 支援環境の課題/個別対応の困難さ ●発達障害があり人とうまくかかわれない生徒についての相談があり、具体的なかかわり方や環境についての助言をしたが、一人のためにできない等の理由で支援につなげることは難しかった。【特別支援学校(知的障害)】 3 表2 高等学校との連携が進みにくかった困難事例(2/2) 4 考察 連携が進んだ好事例では、高等学校において一定程度の支援体制が構築されており、特別支援学校は、障害に対する理解の促進や、合理的配慮の提供に向けた支援、障害特性に応じた授業づくり等、教員への助言・情報提供を充実させていた。一方、連携が進まなかった困難事例では、支援体制の構築が進んでいない状況がうかがえた。 こうした中、次のような連携の在り方を提案したい。まず、発表①で述べた通り、校内支援体制の構築のほか、生徒の困難さや必要と考えられる支援について、生徒・保護者と共通理解することが重要である。その上で、学校の指導実績や慣例にとらわれず、生徒の実態に合わせて柔軟に指導・支援を進めていくことも重要となる。また、できる限り早い段階から、特別支援学校のセンター的機能を活用することで、早期支援につなげていくことが望まれる。 参考文献 1)文部科学省『新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議報告』,(2021) 連絡先 相田 泰宏  e-mail aida-75@nise.go.jp p.194 高次脳機能障がい者に対する職場定着に向けた取り組み ○安藤美幸(医療法人堀尾会 熊本託麻台リハビリテーション病院 作業療法士) 平田好文(医療法人堀尾会 熊本託麻台リハビリテーション病院) 1 はじめに 厚生労働省は、2001年度から高次脳機能障害支援モデル事業を開始し、2006年に高次脳機能障害支援普及事業が法的に位置づけられ、全国に相談支援体制が整備された。熊本託麻台リハビリテーション病院(以下「当院」という。)は、2019年より支援拠点機関である熊本県高次脳機能障害支援センターを担い、診断・治療・両立支援等、積極的に活動している。 今回、小児期より高次脳機能障害を呈し、診断や支援サービスが受けられず、就労継続に苦悩していた事例を担当する機会を得た。家族、本人への障害理解、社会資源の提供、職場との連携等、長期的に支援したことで就労の定着に至った為、考察を加えここに報告する。 2 倫理的配慮 発表にあたり、個人情報とプライバシーの保護に配慮し、本人から書面にて同意を得た。また、倫理委員会の承認を得ている。 3 症例紹介 40代 男性 一人暮らし 精神障害者保健福祉手帳なし。 仕事は、介護施設で介護福祉士として勤務。勤務形態は4交代制。病歴は、髄膜炎後の水頭症を発症し、小学生~大学まで手術を数回実施。中学3年時に両眼斜視の手術施行。大学卒業後、介護福祉士として介護職へ就職するが、30代半ばから、頭が回らない、物覚えが悪いと感じ、不安障害にて心療内科へ通院していた。しかし、症状改善せず、X年Y月当院を紹介され、高次脳機能障害と診断され、支援開始となる。 4 初回評価 身体機能面は、明らかな麻痺はなく、日常生活動作、手段的日常生活動作は自立レベル。高次脳機能面は、MMSE(Mini-Mental State Examination)28点 FAB(Frontal Assessment Battery)12点 TMT-J(trail making test)partA76秒 partB133秒 WAIS-IV(知能検査)全検査83 言語理解108 知覚推理78 ワーキングメモリ85 処理速度73 リバミード行動記憶検査 標準プロフィール14/24点 スクリーニング5/12点 WMS-R(ウェクスラー記憶検査)言語記憶74 視覚性記憶50未満 一般的記憶55 注意集中力85 遅延再生50未満 記憶障害、注意障害、処理速度低下を認め、特に記憶障害が主体であった。全般的知能は「低い~平均下」で語彙力や一般知識はあるが、物事の推測や処理速度は低いという結果であった。仕事は、シフト制で、全ての業務をこなしていた。メモを書き忘れ、ミスが多い。書類業務は難しく書き直しが必要で、周囲の負担が大きく、不満が出ていた。 5 介入経過 (1) 介入初期(介入~6ヶ月) 医師による診察と診断、障害特性のアセスメント、職業上の課題の整理、支援体制の検討を行った。その後、1回目の職場との面談を行い、障害特性の説明と課題や支援体制について検討した。また、社会的支援として障害者手帳取得を提案したが、本人、家族は消極的であった。障害者手帳の説明や客観的評価を元に障害特性の説明を、時間をかけ繰り返し行ったことで徐々に理解が得られ、精神障害者保健福祉手帳(3級)、自立支援医療の受給に至った。 (2) 介入中期(介入6ヶ月~1年) 職場との面談を2回実施した。前回の面談以降の経過の確認や支援内容、課題点について検討した。その中で、介護業務は失敗なくできているが、書類業務は内容が不足しており指導しても改善が見られないなど、できる業務と難しい業務を具体的に挙げ、本人と職場で業務内容の整理を行った。また誤解が生じないよう、周りの職員に理解を求めるよう職場側へ助言した。並行してリハビリテーションでは、自分の取扱説明書の作成やメモリーノートの活用の工夫、仕事での困り事に対し一緒に解決策を考え、職場とも共有した。 (3) 介入後期(介入1年~2年6ヶ月) 仕事では、業務内容の見直しが行われ、勤務形態は、早番・遅番は外れ、日勤・夜勤のみの勤務となった。勤務内容は、書類業務等単独の責任ある業務は行わず、介護職の補佐的役割へ変更された。給与面は、基本給は変わらず、家賃手当減額、ボーナスパーセンテージ低下へ変更となった。職場側は課題を共有したことで、フォロー体制の確立を図り、本人の状況に合わせた配慮が行えるようになった。本人は、給与面に関して落ち込みが見られていたが、処々に受け入れられるようになり、「プレッシャーがなくなり安心して仕事に行けるようになった。」との発言があった。職場側の理解や配慮が行える環境となった為、職場との定期的な面談は終了し、問題が生じたタイミングで面談を行 p.195 うこととした。受診やリハビリテーションは継続し、仕事と生活のバランスを着目しながら支援を継続している。 6 結果 身体機能面は著変なし。高次脳機能面は、MMSE27点 FAB18点 TMT-J partA76秒 partB133秒 WAIS-Ⅳ 全検査82 言語理解108 知覚推理80ワーキングメモリ85 処理速度66 リバミード行動記憶検査 標準プロフィール 12/24点 スクリーニング4/12点 WMS-R 言語記憶73 視覚性記憶50未満 一般的記憶58 注意集中力94 遅延再生50未満 検査上、大きな改善は見られなかった。 仕事では、メモの活用に関して、付箋を貼るなど分かりやすく工夫してまとめることができている。「仕事が楽しい。仕事の同僚に自分の弱みを見せられるようになり、仕事を頼めるようになった。話しやすい雰囲気になった。」と話されている。生活面も安定しており、休みの日に趣味のドライブを楽しまれている。 7 考察 岡崎1)によれば、「目に見えない障害」という特性から、当事者や家族が高次脳機能障害を理解して受容することは難しい。障害を認識しないままに職場復帰し、そこで症状が顕在化してトラブルに発展する例も少なくない。職場にとっても「目に見えない障害」であるために障害の特徴や残存能力の活用法がわかりにくい。当事者と職場が適切に障害を理解し、当事者の強みを生かして対応するにはリハビリテーション医療からの働きかけが必要である。」と述べている。 本症例は、小児期より高次脳機能障害を呈していたが、診断や専門的な治療、支援サービスが受けられず、長年配慮のない環境での就労に苦悩していた。熊本県高次脳機能障害支援センターにて、早期に高次脳機能障害の診断を行い、時間をかけ、本人・家族へ障害理解を促した。また、障害特性を医学的に見極めた上で、社会的支援の確保と職場との連携を密に行ったことで、職場定着に至ったと考える。その後も定期的に診察の機会を保ち、障害特性をふまえての助言等、両立支援を長期的に継続していることで、今も安定した就労定着が行えていると思われる。 参考文献 1) 岡崎哲也『高次脳機能障害者の就労支援を考える』,Jpn Rehabil Med(2020),57, p.329-333 2) 白山靖彦 市川哲雄 吉岡昌美 柳沢志津子 竹内祐子 後藤崇晴 北村美渚 高橋美和 寺西彩『高次脳機能障害者を支える法制度(社会的支援)』,Jpn Rehabil Med(2017),54, p.710-716 3) 中島八十一『高次脳機能障害支援モデル事業について』,高次脳機能研究26(3)(2006),p.263-273 4) 岡崎哲也『高次脳機能障害のリハビリテーションと職場復帰』,日本脳卒中学会35(2013),p.139-142 p.196 キャリア中期の脳卒中患者の「働く意味」再構築のプロセス-復職に焦点をあてて- ○日下真由美(成城リハビリテーション病院 ソーシャルワーカー) 八重田淳(筑波大学 人間系) 1 背景 日本の脳卒中後の復職率は平均約45%、適切な支援により約67.7%1)と報告されており、その約80%は発症前の職場に復帰している2)が、大企業における調査の結果、復職後の5年勤務継続率は59%となっており、特に復職後1年間は脳卒中と就労の両立支援上、重要な時期であることが示唆されている3)。 脳卒中後の復職は主観的幸福感や生活満足度を高める要因となる4)が、一定のキャリアを積んでから発症すると、発症前の職業的アイデンティティの崩壊が起こるためその現実を受け入れるのに時間がかかる5)ことや、治療中には発見されなかった軽微なパフォーマンス制限が復職後に問題を引き起こし、そのストレスにより労働能力をさらに低下させることがあるため、回復が順調であっても長期的なカウンセリングが必要となる6)ことが示唆されている。職業的アイデンティティの発達を考える上ではHershenson7)の職業発達段階から示唆される点が多く、最終段階において自分にとっての仕事の意味についての解決が迫られる。 脳卒中後の働く意味再構築に関する先行研究については、外傷性脳損傷と脳卒中が混在する研究や脳卒中後の新規就労に関する研究(Johansson & Tham, 2006; 徳本ら, 2015; 小泉・八重田, 2017; 江口ら, 2019)が主である。 そこで本研究は脳卒中患者が病前の職場で再び働く意味を見出すまでのプロセスを把握し、職場定着に至るまでの支援のあり方を考えることを目的とした。 2 方法 (1) 研究協力者 31歳~44歳の時に発症した脳卒中で身体障害及び高次脳機能障害を呈した後、病前に雇用されていた職場に復職をして1年以上経過をしている者 2名 表1 研究協力者の概要 (2) データ収集方法 インタビューガイドを用いて対面での半構造化面接を実施し、研究協力者の同意を得てICレコーダーに録音して逐語録を作成した。インタビューガイドは以下の通りである。 ・病前の仕事で楽しさ・やりがいを感じていたこと ・休職中の気持ち、支えになったこと ・復職後につらさを感じたこと ・復職後に気持ちを切り替えるきっかけになったこと ・現在、仕事で楽しさ・やりがいを感じていること ・現在、仕事を続ける上で支えになっていること ・今後の仕事について考えていること (3) 分析 1ケースのデータなど比較的小さな質的データの分析にも有効であるSCAT(Steps for Coding and Theorization)8)を用いて分析を行った。SCATは、記述データをもとに <1>データの中の注目すべき語句 <2>それを言いかえるためのテクスト外の語句 <3>それを説明するようなテクスト外の概念 <4>そこから浮かび上がるテーマ・構成概念の順にコードを付していく4段階のコーディングと、そのテーマ・構成概念を紡いでストーリーラインと理論を記述する手続きからなる分析手法である。SCATにより分析しストーリーラインと理論を記述後、KJ法を参考に概念をサブカテゴリー・カテゴリーに分類した。 (4) 倫理的配慮 医療法人社団輝生会 初台リハビリテーション病院および成城リハビリテーション病院倫理委員会の承認を得て実施した。また研究協力者の同意を書面にて得た。 3 結果 分析の結果、74の概念が7カテゴリー・19サブカテゴリーにまとめられた(カテゴリーを『』、サブカテゴリーを【】で囲んで示した)。 (1) 病前の働く意味 【職場との相互作用】の中で【仕事のキャリア】をつみ、【人生における仕事の位置づけ】を行っていた。 (2) 病前と病後の連続性 予期せぬ病気の発症により【仕事の病前と病後の連続性の断絶】と【親役割の理想と現実の葛藤】が生じる。その p.197 ような状況の中でも【止まらない時間と家族としての成長】があり、『生きる意味の答え探し』を行う。そして、『生きる意味の答え探し』と【連続性の承認を実感する職務】が、【自己の病前との連続性の承認】となり『職場における存在価値の実感』につながる。 (3) 目に見えない病気・障害 脳卒中・高次脳機能障害という『目に見えない病気・障害』による【五里霧中の苦しみ】と【レッテル貼りの見方】が生じる。これらは休職中だけでなく復職後も継続する。 (4) 虚無感と生きる力の喪失 『病前と病後の連続性の断絶』と『目に見えない病気・障害の課題』により、【否認による自己防衛】を行い【社会の中での孤立感】を抱く。 (5) 生きる意味の答え探し 【仕事の病前と現在の断絶】や【親役割の理想と現実の葛藤】により『虚無感と生きる力の喪失』となるが、【止まらない時間と家族としての成長】と【連続性の承認を実感する職務】により、【社会的相互作用による価値観の広がり】を感じ、【職場での関係性の模索】と【脳卒中経験の意味づけ】を行う。 (6) 職場における存在価値の実感 『目に見えない病気・障害』の課題は継続しつつも、『生きる意味の答え探し』による【自己の病前との連続性の承認】と【連続性の承認を実感する職務】は、【自己効力感と貢献の実感】と【社会とのつながりの確信】となる。 (7) 多様な社会貢献 『職場における存在価値の実感』により【働く意味の再構築】につながる。また病気・障害の経験を通して、仕事だけでなく【脳卒中経験者としての社会貢献】も考える。 4 考察 本研究では、突然の病気により『病前の働く意味』が覆され、『病前と病後の連続性』という中途障害の特徴と『見えない病気・障害』という脳卒中・高次脳機能障害の特徴により『虚無感と生きる力の喪失』が生じるが、キャリア中期の環境において『病前と病後の連続性』の承認と『生きる意味の答え探し』『職場における存在価値の実感』により再び働く意味を見出し、『多様な社会貢献』につながるプロセスが明らかになった。 キャリア中期の脳卒中患者は、病前の仕事の経験を通じて「働く意味」を見出しているが、病気・障害によりその労働価値観の変容が求められる状況が生じ、生きる意味をも喪失する。そのような状況の中で再び「働く意味」を見出すプロセスにおいては、休職中だけでなく復職後における病前と病後の連続性の承認が重要な1つの要素となっていると考えられる。このことは、Goldberg9)の中途障害者は病前のアイデンティティを肯定する傾向があるということと一致しており、病前からの連続性を自分も周囲も承認していると実感できることが働く意味再構築の力になっていると考えられる。そして、そのプロセスにおいては、復職後に脳卒中・高次脳機能障害という見えない病気・障害がより一層の困難さを生み出していること、キャリア中期における家族や職場といった当事者にとって大切な環境が力にも障壁にもなることが考えられる。 そのため、脳卒中患者の復職支援においては、復職を最終目標にするのではなく、当事者が働く意味を見出し、環境変化等により再び困難が生じた際にも当事者・家族・職場で対処したり、適切な支援機関に相談ができるようになることを目標とした支援が必要になると考える。そのためには、当事者の病気・障害に関するアセスメントのみならず、現在・過去・未来の「働く意味」も含む心理社会的側面のアセスメントを復職後も繰り返し行い、支援を行っていく必要がある。そして当事者支援とともに当事者とともに歩む家族・職場の方に対しても、病気・障害の特性の理解を促すだけでなく当事者の力を引き出す環境となるよう支援を行う必要があると考える。 参考文献】 1)豊田章宏, 佐伯覚, 木谷宏, 八重田淳, 大塚文, 立道昌幸『両立支援コーディネーター介入による脳卒中患者の復職状況~復職支援データベースによる検討~』,「脳卒中vol.44」, (2022),p.259-267 2)豊永敏宏『中途障害者の職場復帰』,「Medical Practice vol.27(10)」, (2010),p.1703-1706 3)遠藤源樹『病休と復職支援に関する調査と分析』, 「平成26~28年度労災疾病臨床研究事業補助金 主治医と産業医の連携に関する有効な手段の提案に関する研究 総合分担報告書」, (2017) ,p.185-192 4)Vestlling, M., Tufvesson, B., Iwarsson, S., Indicators for return to work after stroke and the importance of work for subjective well-being and life satisfaction, Journal of rehabilitation medicine, 35(3), (2003),p.127-131 5)障害者職業総合センター『高次脳機能障害者の障害理解と職業リハビリテーション支援に関する研究-自己理解の適切な捉え方と支援のあり方-』,「調査研究報告書No.162」, (2022) 6)Possl, J., Gensmeyer, S. J., Karlbauer, F., Wenz, C., Goldenberg, G., Stability of employment after brain injury: a 7-year follow-up study, Brain Injury, 15(1), (2001),p.15-27 7)Hershenson, D. B., Life-stage vocational development system, Journal of Counseling Psychology, 15(1), (1968), p.23-30 8)大谷尚『質的研究の考え方-研究方法論からSCATによる分析まで-』,名古屋大学出版会,(2019) 9)Goldberg, R. T., Toward a model of vocational development of people with disabilities, Rehabilitation Counseling Bulletin, 35(3), (1992),p.161-173 連絡先 日下真由美 e-mail s2340258@u.tsukuba.ac.jp p.198 就労移行支援事業所クロスジョブとなやクリニックの連携-医療機関と地域移行・就労の連携時の情報共有、タイミングについて- ○谷口将太(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺 就労支援相談員) 濱田和秀・巴美菜子(特定非営利活動法人クロスジョブ) 砂川双葉(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ鳳) 古瀬大久真(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ福岡) 納谷敦夫・俵あゆみ・江尻知穂(なやクリニック) 1 はじめに 医療機関から就労支援を行った先行研究では、企業側に病状説明を実施している医療機関の実践などは報告されており、一定期間様々な就労訓練を実施し自己理解を深めることや、職場定着における継続した支援やフォローアップ支援の役割を医療機関が単体で担うには限界があると報告している1)。就労移行支援事業所クロスジョブ(以下「クロスジョブ」という。)では入院生活中や自宅療養中には想像もしなかった高次脳機能障害の症状が就労復帰後に影響を及ぼし、無理をして体調を崩し退職を余儀なくされたという相談を受ける現状がある。そのため、就労支援においては医療機関だけでなく就労支援機関との連携が必要であることは明白である。しかしながら、その具体的な方法を明らかにした研究や実践報告は少ない。 筆者はクロスジョブと精神科デイケアの枠組みで高次脳機能外来・高次脳機能障害専門のグループリハビリを実施している医療機関であるなやクリニックの両方で勤務しており、その中で見えてきた就労支援機関と連携する際の情報共有の内容や、連携のタイミング、利用後の連携について考察する。 2 就労準備に向けての実践内容について (1) クロスジョブ利用開始前の連携 ア) セラピストに「今すぐに就労に進めそうかどうか」など個人の状況について情報収集を実施した。 イ) セラピストが考える就労移行支援事業所に進められる状況と、就労支援員として考える就労移行支援事業所に進められる認識の摺り合わせを実施した。 ウ) デイケア参加者にクロスジョブを含めた障害福祉サービスについて説明した。 エ) 受傷後の経過、受傷前後の働き方、働きたい理由、希望の働き方、収入を得たい理由、見学で知りたいこと、訓練の平均利用期間、クロスジョブでは自己理解を大事にしていることなどを情報収集と本人の気持ちの聞き取りを行い、見学希望の有無と日程調整を実施した。 オ) 体験利用後は家族と本人に体験の振り返りを実施し利用意向について確認した。 (2) 利用開始後の連携 ア) クロスジョブ利用後の経過、訓練での様子や起きている事象について共有し、なやクリニックでのリハビリポイントなどを共有した。 イ) クロスジョブ訓練中に起こっている事象が、なやクリニックの中でも起きていたか、起きた場面や対処方法、消失までの経緯について確認した。 ウ) なやクリニックでは長期間関わっているスタッフもいるため、高次脳機能障害の症状からの解釈だけでなく、本人の思考の癖や物事の捉え方という観点からも意見をもらった。 3 研究方法 (1) インタビュー 事前に作成した質問項目に沿ってなやクリニックの作業療法士3名・言語聴覚士2名、看護師1名、精神保健福祉士1名(以下「PSW」という。)の計7名に対して半構造化面接を実施した。 インタビューで用いた質問項目は「なやクリニックで働くスタッフのクロスジョブに対する認識」「就労移行支援事業所利用開始前の連携」「就労移行支援事業所利用開始後の連携」の3項目に基づいて作成した14項目を用いた。 4 インタビュー結果 (1) なやクリニックで働くスタッフのクロスジョブに対する認識 ア) クロスジョブと関わった経験内容によって、クロスジョブに関する情報や、事前の情報共有の内容に関する回答が異なっていた。 イ) クロスジョブ利用者のイメージや、利用前後の進め方が分かるとデイケア利用者に薦めやすいという回答だった。 (2) クロスジョブとの連携を躊躇してしまう事象 ア) 高次脳機能障害のある人の支援をどこまでしてくれるのかが不透明であることが連携を躊躇してしまうという回答だった。 イ) 電話やメールを介すると連携する相手の状況を気にし p.199 てしまい連携を躊躇してしまうという回答だった。 ウ) 事業所の特徴を知らない、顔を知っているスタッフが働いていないと連携を躊躇してしまうという回答だった。 (3) セラピストが考えるクロスジョブ利用を薦める判断基準 ア) 患者の住所が事業所と近いか、安定してデイケアに通えるか、1日過ごす体力があるか、ある程度の障害認識があって代償手段を使おうとしているか、予測的気づきがなくても体験的気づきがある状態か、の全てが揃ったときに利用を薦める判断をしているという回答だった。 イ) クロスジョブでは出来ないことも伝えるイメージがあるため、他者の意見を受け入れられるようになったときに利用を薦める判断をしているという回答だった。 (4) クロスジョブ利用開始後の連携 ア) クロスジョブの状況を共有してくれるため、リハビリプログラムを変更することができるという回答だった。 イ) 利用後の状況をメールや電話、対面で共有してもらうことで連携しやすいという回答だった。 ウ) なやクリニックで起きた事象が、クロスジョブでも出ているかをその場で確認して振り返ることができるのが良いという回答だった。 5 考察 (1) 医療機関から就労移行支援事業所へ進めるために必要な情報の内容 就労移行支援事業所利用開始前には、就労移行支援事業所側が利用希望のある方の受傷前後の仕事の情報、働くことに対する考え方、希望の働き方、収入を得たい理由などを把握しておくことが重要である。しかし、セラピスト個人の支援経験の中で、就労移行支援事業所を含めた福祉サービスと連携した経験や、その知識があるかどうかで就労移行支援事業所と連携する際に共有する情報が異なっていることが示された。事前に必要な情報を研修会などの機会を利用し、医療機関で働くPSWやMSWはもちろんのこと、セラピストに至るまで共有していくことが就労移行支援事業所に求められるソーシャルアクションであると考える。 (2) 医療機関が就労移行支援事業所と連携する際のタイミング 医療機関では、患者が安定してデイケアに通える、予測的気づきがなくても体験的気づきがある、他者の意見をある程度受け入れられるようになっていることなどが、就労移行支援事業所を進める段階にあると判断しているという回答であった。これは医療機関が障害理解を重要視しているため、自身の障害をある程度理解していることが必要と考えているためと思われる。一方で就労移行支援事業所は、高次脳機能障害の障害理解が会社を想定した訓練によって深まると考えており、障害理解の程度が曖昧な体験的気づきの段階であっても利用開始可能と考えている。 今後、医療機関と就労移行支援事業所の連携するタイミングをすり合わせていくとともに、就労移行支援事業所内での障害理解の過程に関わるグループワークなどに医療機関も参画いただくことが理想的である。 (3) 医療機関と地域移行・就労との連携を円滑にする要因 就労移行支援事業所の特徴を知らないと連携を躊躇してしまうという回答については、高次脳機能障害が事故や病気によって後天的に発生する特徴や年齢層が高いことが影響していることが示された。事業所によっては利用者の年齢層が若い場合や、高次脳機能障害のある人が利用していないこともある。同年代や同じ障害を持っている人がいないことへの不安感を医療機関も懸念していることが回答に現れていると考える。就労移行支援事業所が事業所の特徴や利用者層、障害種別を発信していくことで、医療機関とより一層連携していけるのではないかと考える。 高次脳機能障害のある人の支援をどのようにしてくれるのか知らない、顔を知っているスタッフが働いていないと連携を躊躇してしまうという回答については、高次脳機能障害のある人への支援を行っている事業所が少ない現状があることから、医療機関が送り出すことにためらいを感じていることが影響していると考える。そのため、地域移行・就労の事業所は高次脳機能障害のある人への支援をどのようにしているかを発信していくことが必要だと考える。現在クロスジョブでは当事者、家族、支援機関、医療機関、教育機関、企業に向けて事業所から就職した当事者から直接経過等を話してもらう「就職者の話」を聞く会という取り組みを行っており、こうした発信は事業所の取り組みを広く知らしめる有効な一例であると考えられる。 利用後の進捗などを医療機関にメールや電話、対面で共有しているかどうかも連携の重要な要因ということが示唆された。医療機関は紹介した人の利用後の経過を気にかけている。就労移行支援事業所からの情報共有がない場合、定期受診時やデイケア通所時の本人の話からしか現状を知ることができず、現状が不透明になることを懸念している。しかしながら、医療機関は業務の忙しさから状況確認の連絡さえ難しい状況もある。一方で就労移行支援事業所は、医療機関に情報共有をしてもいいのか躊躇している現状もある。双方が歩み寄り事例を通して「顔を合わせる」連携を行うことが医療機関と地域移行・就労との連携をより密にする要因になるのではないと考える。 参考文献 1) 高津華奈『身体障害と高次脳機能障害のあるN様の再出発に向けて~事例を通して就労支援の難しさと見えてきた地域課題~』,「第31回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集」(2023),p.68-69 p.200 現場実習の効果的な利用について~就労支援事業所(就労移行支援事業所・就労継続支援B型事業所)からの視点~ ○長峯彰子(新宿区勤労者・仕事支援センター わーくす ここ・から サービス管理責任者) 1 はじめに (1) 当事業所について 私共、公益財団法人 新宿区勤労者・仕事支援センターわーくす ここ・から(以下「当事業所」という。)は、就労移行支援事業所と就労継続支援B型事業所、定着支援事業所を併せ持つ、多機能型事業所である。財団のミッションには『「働きたい」「社会に貢献したい」という思いをかなえ、「働き続ける」ことを応援します。』1)を掲げており、当事業所も働きたい気持ちの実現に尽力している事業所である。尚、事業所としては、特別支援学校の現場実習については年間最低でも5、6人は引き受けている。 (2) 現場実習 特別支援学校における現場実習の位置づけは、特別支援学校学習指導要領解説2)、知的障害者教科編(下)高等部 の職業の産業現場等における実習(現場実習)についての項目に、ねらいとそれぞれの学年目標とが明記されている。ねらいには「現場の仕事に直接参加し、勤労に関わる体験実習を通して働く意味を考える。」「実習を通して、自分の進路や適性について理解を深める。」「現場で働く人々との関わりを通して、望ましい人間関係や態度、習慣を養う。」「実習を最後までやり抜くことを通して、成就感や成功感を味わい自信をつける。」といったものが掲げられている。 2 実習の捉え方 当事業所で行った実習の、令和5年度の内訳は、学年別では高校3年生が7名、高校2年生が1名、高校1年生が1名であった。当事業所が「働くこと」を念頭に置いている事業所であるという認識から、特別支援学校は、1年生の実習では、企業就労するには、足りないものがあればそれが何かを明確にする材料になることが多い。また、2年生の実習では、一般就労と福祉的就労を色々な意味で迷っている場合に、この実習を経て方向性を固める場合が多い。そして3年生は、この実習で残り数ヶ月のうちに、学ぶことを明確にし、最終的に企業就労を目指すか、企業就労が難しい場合は、どういった事業所を選び、就労への道を選べばよいかを見出すための材料にすることが多い。 3 自分の適性や進路に理解を深める 前出のねらいの中に「実習を通して、自分の進路や適性について理解を深める。」というものがあるが、当事業所の実習においては、この部分に重きを置いている。特別支援学校の生徒たちは作業をしながら事業所での実習期間を過ごす。その中で各々が自分の進路や適性について明確にしていくわけだが、往々にして実習の中で、高等部で経験してきた生活とは違った一日を過ごすことになる。その時に、今までの学校生活とは違った仕事優先の視点を持つことが大切であったり、決められた作業時間は作業をすることが重要であると理解して遂行できるか等を見極めることにより、進路の決定に反映されることになる。その後、そこで得た気づきを、本人と教員と保護者が、本人に合った進路を決定する上で生かされることになる。 4 進路決定について 進路の方向性を決定するには、本人の希望や適性、進路指導教員や、担任の助言を経て決まることが多い。また、生徒の意志が見えづらい場合、親の希望として、何としても、就労に向かわせたいという声を聞く。次の表1は令和5年度の実習生と親に対して、面談の中で希望を聞いた結果である。7割弱の親子は意向が合致しているが、残りの3割強の親子では意向が合致していない。 表1 実習生の親の意向 5 実習先での考察 実習を引き受けている側の事業所からすると、基本的な挨拶やマナー、言葉遣いなどが身についているか、決まった時間作業が続けられるか、わからないことを聞けるかといったことや、終了報告ができるか等を確認する。次に、できない部分に関しては、経験値を上げていけばできるようになるのか、その部分は支援を受けないと難しいのかを p.201 判断し、今、何を学ぶべきなのかを伝えていく。実習生本人が、実習中、他に気になる興味や関心事があったとしても、作業中は作業を優先できるのであれば、就労できる素質があると言えるからである。しかしながら、同時に、私達はこの時点での、実習生本人の精神的な成熟度にも目を向ける。例えば、事業所の約束事は守れるものとして、実習生が、それを我慢に我慢を重ねて守っていたとしたら、そこには大きな負荷がかかっているからである。精神的に成長できていると「仕事中は事業所の約束事を守って生活するのは当たり前。」と考えられるが、そこが幼いと、それはストレスに感じてしまう。大きなストレスは心を壊しかねないので、その場合はどうするか。本人の様子を見つつ、本人にとって、よりストレスの少ない、楽しみも多くある事業所を選び、自分の興味を満たしつつ、作業をする喜びを習得してもらい、今後に繋げてもらうことが必要である。 6 まとめ 最終的に卒業後の進路を、一般就労か福祉的就労か決める時、作業能力は重要であるが、やはり一般就労に耐えうる、精神力を持ちあわせているかも重要であろう。その点に関しては教育現場で見せる本人の姿から結論にもっていくのは難しい場合もある。そのような時には、私達の事業所の実習を役立てて欲しい。事業所は、実習を行う時、本人の仕事をする上での、得手不得手を把握し、事業所での生活が本人にとってもプラスになる生活かという視点からも見ている。また、就職に関してもどのような道筋が有効かを念頭において実習を行っている。 実際は高校1年生や2年生の場合は、就労支援事業所とはどんなところか、就労移行や就労継続B型が何を行うところかといったことを経験し、知ってもらう事でかなりな部分、その役割を終えるが、3年生ともなると実習は繰り返しによる作業の習得だけでなく、実践的な部分も含めて、多角的に行われている。本人の意向も固まってきて、一般就労か福祉的就労かが定まってくる。 ここで特筆すべきは、実は令和5年の実習生のうち、3名が本人と親の意向に乖離があった。その3名の実習生は、当事業所の実習を経て、無事本人と親の意向を1つの答えに収束し、進路を決めている。この理由を探ってみた時に、答えとして「高等部卒業と同時に一般就労を目指さなくても、福祉的就労を挟んで一般就労を目指せることがわかったから。」にたどり着いた。実習で得た本人に対する評価と当事業所の卒業生の傾向から、卒業後の道筋をいくつか提示したことで、安心して進路が決められたとの御声をいただいた。今後も、このような有効でより良い実習を行っていく所存である。 参考文献 1)公益財団法人 新宿区勤労者・仕事支援センター 事業案内(令和4年3月),p.1 2) 特別支援学校学習指導要領解説 知的障害者教科等編(下) (平成31年2月),p.114-117 連絡先 長峯彰子 公益財団法人 新宿区勤労者・仕事支援センター わーくす ここ・から e-mail shoko.nagamine@sksc.or.jp p.202 社員のキャリア形成を考える~キャリアアップを見据えた異動、活躍機会を創る業務付与やキャリア研修の取り組み~ ○齊藤朋実(第一生命チャレンジド株式会社 ダイバーシティ推進部 課長) 伊集院貴子・越後和子(第一生命チャレンジド株式会社 人財育成部) 1 はじめに 障がいのある社員のキャリア形成は、個人の成長や自己肯定感を高めるだけでなく、会社への貢献にも繋がっている。会社設立から17年が経過し、勤続年数の長い社員(以下「長期勤続社員」という。)が当社でも増加している。一部の社員に実施したインタビュー結果からも、「業務が変化しない、職位が上がらない、上がってもそこから先に上がらない、役割に変化がない」というような自身のキャリアに見通しが持てないといった課題が出てきている。また社員の中には高齢化に伴う業務能力の衰えや体調管理、生活の課題などで働くことが難しくなる社員もみられている。 本稿ではキャリアを「人が生涯の中で様々な役割を果たす過程で、自らの役割の価値や自分との関係を見いだしていく連なりや積み重ね1)」として捉え、(1)社内でのキャリア、(2)生活全般を含めたキャリア、2つの視点から障がいのある社員のキャリア形成について当社の取り組みと事例を紹介していく。 2 当社での取り組み (1) 社内でのキャリア形成 ア 年次別研修、職位別研修(図1) まず、新入社員、2年目研修などの年次別研修や、新任トレーナー研修などの職位別研修では、ロールモデルを示すために先輩からの体験談を実施し自身のキャリアの選択肢をイメージしやすくしている。またグループワークで同期同士の悩みや今後のキャリアについて話し合い、横のつながりを深めている。 図1 社内研修一覧 イ 社内トレーニー制度 社内トレーニー制度は本人の希望または上司の推薦によって他部署で2~5日間業務体験を行っている。他部署の環境を体感、人的交流を通して自身の強み・課題を発見し、今後のキャリア形成に向け視野を広げる自己成長の機会としている。参加した社員からは「自部署の良さを再認識できた、他部署の工夫から学びがあった」などの感想が寄せられた。 ウ 人事制度と人事異動 当社の人事制度は障がいの有無に関わらず上位を目指せる職位制度(図2)である。(現在リーダーで障がいのある社員は14名)また、年間の人事評価が給与に反映される仕組みとなっており、業務目標への意識を高める要素になっている。 図2 職位制度について 人事面談の中では配置・担当替え、将来志向についてのヒアリングを行っている。多拠点(8拠点)のメリットを活かして、人事面談の対話を通し、社員の希望する役割、配置を基に人事異動など新しい環境でキャリアを活かす取り組みを行っている(図3)。 図3 人事面談時のヒアリング項目 事例➀人事異動の事例 入社当初は、業務スキルは高いが不安が強くコミュニケーションが苦手な社員であったが、仲間ができ成功体験を積み、それを土台として部署異動した。異動の際には社内トレーニー制度を活用した。元所属では、その社員の判 p.203 断力と対応力は評価が分かれる行動として捉えられていたが、異動先の人数の少ない職場ではリーダーの補佐的な役割ができると評価されトレーナーへの昇格に至った。 エ 業務付与と役割付与の工夫 様々な業務への挑戦機会を提供することで、社員はスキル向上や経験からの学びが得られる。同時に社員の強みを活かすための役割付与や、チームの組み合わせの工夫を行うことで、個人の能力を最大限に活かすことができる。ここでは、役割付与の事例を紹介する。 事例➁役割付与の工夫事例 ~清掃業務~ 高い清掃スキルを持って入社した社員(以下「高スキル社員」という。)と長期勤続社員を組み合わせチームにすることで、高スキル社員には自身のスキルを長期勤続社員に教える役割や、業務スピード面で他の社員のカバーをする役割を付与している。一方、長期勤続社員には仕事への姿勢、責任感、周囲への気配りといった点で高スキル社員の見本となってもらった。その前提として長期勤続社員には、高スキル社員から教えてもらうことを厭わない姿勢や向上心がある。その結果、高スキル社員にとっては自身のスキルのブラッシュアップや社会人としての成長が期待でき、長期勤続社員は「あの人が頑張っているから自分も頑張ろう」といった他の社員からの目標となり、職場の中で欠かせない存在になっている。 チームの中心となるリーダーが業務の難易度や業務スキルの有無だけで評価をせず、個々の強みや経験値、その人の持ち味による貢献を評価している姿勢を周囲に示すことが重要である。 (2) 生活全般を含めたキャリア形成 ア 55歳以上研修の実施 55歳以上の社員を対象とした研修を実施し、60歳以降の選択肢(例)(図4)やグループホーム(以下「GH」という。)利用者の体験談を紹介した。研修受講後、体験談に触発されGHを探し始めた社員がいた(事例➂)。 図4 研修資料:定年60歳以降の選択肢(例) イ 支援機関との連携 当社では、障がいのある社員が登録する支援機関との連携を大切にしている。働くうえで必要な支援として、定年に近づいた社員がその後のキャリアを考える際、GHとの密な連携を行った。就労継続支援B型事業所という選択肢があることを知り、自身の働き方に合っていると利用を開始、現在は就労継続支援B型事業所に通所しながら、更なるキャリアを検討している社員もいる(事例➃)。 3 考察 社内のキャリア形成は、障がいの有無に関わらず、様々なキャリアの在り方がある。いわゆるキャリアアップと言われるような昇進や専門性の向上だけではなく、部署異動や多様な経験値の蓄積、新たな業務・役割による活躍機会の拡大などを通じて、個々の成長の可能性を拡げ、雇用の質を高めることができる。 特に、情報が入りにくく社会経験が少ない障がいのある人に対しては、具体的な情報や体験する機会の提供及びロールモデルの存在が重要である。それによりキャリアの選択肢を拡げ、障がいがあってもキャリアを自分で決定することができる。 一方、障がいのある人のライフステージ(結婚、定年、介護等)においては、地域の社会資源との連携も欠かせない視点である。 本稿で紹介した事例➁の取り組みは、社内キャリア形成に繋がったものであり、事例➃は生活全般のキャリア形成に繋がったものである。これらは個別事例であるが、会社全体の取り組みとして体系化していく必要がある。具体的には、➀「社内・生活全般を含めたキャリア(以下「キャリア」という。)とは何か」について会社全体で共通した理解を持つために、学習の機会をつくる、➁より多くの社員へ様々なキャリアの選択肢を情報提供する(例:働きながらGHを探し始めたケース等)、➂社内でのキャリア形成を支援するため、障がいのある社員を業務スキルや年齢、職歴だけなく多角的に評価できるツールの作成などが考えられる。 これらの課題に対する取り組みは、個々の能力や経験を最大限に活用し、新たなステージに向かう重要な取り組みであり、個人の自己実現と組織・会社全体の成長に大きく寄与することとなる。 参考文献 1)文部科学省 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/career/ p.204 本社移転の取り組み 変化と進化 ○瀬戸博美(株式会社キユーピーあい 定着支援グループ)  山根真希(株式会社キユーピーあい 取締役経営統括部 部長) 1 目的 シナジー効果と持続的成長の実現に貢献 多様な人材が活き活きと活躍する企業 ~グループ会社に向けて~  ・新たな業務をタイムリーに提供できる ・障がい理解・雇用が進み「人」に対する価値観の熟成に寄与 ・ダイバーシティ&Iを推進する好機         ~キユーピーあいにとって~ ・活躍するステージが拡大、貢献意欲の向上や自己成長の実現 ・新たな働き方や福利厚生面での充実 2 移転発表から移転 2022年9月12日 本社 多摩境   全体昼礼にて発表とご家庭へのお手紙配布 2023年 支援機関へ連絡 2024年5月 部署に分けて移転開始 2024年6月3日移転 本社、カスタマーサポート部など(調布市仙川町) ビジネスサポート部(府中市中河原) 3 バリアフリー化(ハード面) ・仙川キユーポート改修工事 駐車場、食堂手洗いスペース 防火扉 ・みらいたまご改修工事 駐車場、食堂手洗いスペース カードリーダー 仙川キユーポート 「防火扉」(写真) 「駐車場」(写真)  「食堂手洗いスペース」(写真) みらいたまご 「駐車場」(写真) 「食堂手洗いスペース」(写真) 「カードリーダー」(写真)    p.205 4 バリアフリー化(ソフト面) (1) 上司との面談(旧事業第2グループの例) ・2024年1月まで行う。一人30分。 ・内容:移転後も継続して働く気持ちがあるかの確認 勤務地の正式発表は、2024年1月か2月。 (2) 支援機関との面談(旧事業第2グループの例) ・社員から個々に発表後、連絡。定着支援からも連絡。 (3) 勉強会(旧事業第2グループの例) 「身だしなみ」 ・キユーピーのグループ会社と、同じスペースで働くことになるため、再確認の意味で、ビジネスマナーを基本に行う。 「みらいたまごのNGルール」 ・敷地内に中河原工場もあり、物流トラック、フォークリフトが行き来しているため、理解いくまで開催した。 (4) 受け入れ側の勉強会 「衛生委員会主催の勉強会」 ・障がい理解のため、弊社の社員を講師にセミナーをみらいたまごの委員会より依頼を受ける。 (5) 「心のバリアフリー」の開催 キユーピーグループ各社の本社が多く集まる仙川キユーポートに本社が移転を機に、渋谷オフィス(キユーピー本社)、仙川キユーポート、みらいたまご(中河原)にて開催した。初日はトヨタ自動車の特例子会社である、トヨタループス株式会社様にご協力をいただいた。 5 移転後も引き続き「ミニ手話講座」 ・みらいたまご拠点 毎週水曜日 その結果→キユーピー人事本部キャリア開発センター社員が参加 ・仙川キユーポート拠点 毎週月曜日、火曜日 その結果→講師担当が手話で挨拶を受ける。 6 新事業 緑化事業→みらいたまごの北門からみらいたまごの建物への沿道にプランターの花々を設置。 東電ハミングワーク株式会社様にご協力をいただいた。 7 変化と進化 変化 ・受け入れ側のハード面は、障がい者に使用しやすい環境になってからの、移転となった(弊社の社員以外の社員にも使いやすくなる)。 ・受け入れ側のソフト面は、サポートを常日頃から考えていたグループ会社の社員は、どのような声掛けをすればいいか、「心のバリアフリー」での質疑応答の時間の直前に聞いていた(心の変化)。 進化 ・電車通勤が壁となり、安定した通勤は無理だと思われた社員。安定して通勤している。 ・受け入れ側の弊社の社員が、移転スペースにて、PC作業をすることになる(オープンスペースの為、他のグループ会社からの視線がある中で、落ち着いてする。)。 8 課題 移転をきっかけにしてチームを異動になった社員が安定して業務ができるまで、チーム支援者、支援機関、定着支援グループが連携をとって時間をかけて行う必要がある。 連絡先 株式会社キユーピーあい  定着支援グループ 瀬戸博美 hiromi_seto@kewpie-ai.co.jp  p.206 公開空地の除草作業による在職障害者の健康への効果 ○長沼宏之(株式会社DNPビジネスパートナーズ 事業開発部 社会福祉士) 國行淳・芦田太郎(株式会社DNPビジネスパートナーズ) 1 はじめに 大日本印刷株式会社(以下「DNP」という。)は本社がある東京都新宿区の市谷地区で都市再開発を進めており、その一環で、人工地盤上の有効空地に、「都市における新しい森づくり」として「市谷の杜」を育てている。 市谷はちょうど武蔵野台地の東端にあたり、この場所ならではの自然に近い緑地をつくるため、地域固有の在来種だけが植えられているが、当初は植えていない植物が自生していたり、珍しい生き物がみつかったりと、緑地自体が成長している。かつての武蔵野の雑木林をイメージし、年に1回の下草刈り程度で、木々や植物が自然に育っていくような緑地をめざしている。 DNPの特例子会社である株式会社DNPビジネスパートナーズ(以下「DBP」という。)では、DNPより業務委託を受け、障害のある社員が「市谷の杜」の除草作業を週4日、各1時間実施している。 2 公開空地「市谷の杜」除草作業の特徴 ・「市谷の杜」は総敷地面積の三分の一に及ぶ約6,000㎡であり、このうち約5割の除草作業をDBPが担当している。 ・在来種の植物の種類は約90種類ある。 ・除草作業における植物への対応としては、外来種は除草対象、従来種は除草対象外、繁殖能力が高い在来種は間引きの3つの対応が必要となる。 ・植物の外観は成長に段階により芽吹きの幼苗と成長後があり、それぞれへの対応が必要となる。 3 背景・目的 小柴1)によれば福祉事業所の利用者が行う農業活動は現場では作業への参加によって体力がつくだけでなく、意欲の向上等の心理的影響が実感されている。利用者である障害者の農作業は除草だけでなく、定植、収穫等、農作物を育てる直接的な体験もある。一方、小島ら2)によれば施設通所者が農園芸活動で喜ぶ場面は「収穫」が最も多く、次いで「花や実をつけたとき」であるのに対し、嫌がる場面は「除草」が最も多い。 本発表では、植物を育てるという「喜び」につながる直接的な経験がない除草作業を業務として行っている障害のある社員の健康への効果について報告する。 4 方法 (1) 対象 除草作業を行っている障害のある社員6名に依頼した。 (2) 調査項目 除草作業によってどのような変化があったかについて尋ねた。効果の項目に関しては小柴1)の設問8農業活動によって利用者にどのような効果がありましたか。について尋ねた。 5 結果 除草作業における対象者の反応は好意的な反応「とても楽しい」、「楽しい」が合わせて67%であり、作業内容に関する「屋外作業」、「体を動かす」、「通常と異なる業務ができる」と作業における効果に関する「雑草が抜けた達成感」、「市谷の杜をきれいにしている」、「植物に詳しくなる」を挙げる対象者が多い(図1)。また消極的な反応「つらい」と回答したものは作業環境「気温(暑い)」など体調面を挙げるものが多い(図2)。 図1 除草作業における対象者の好意的な反応(複数回答) 図2 除草作業における対象者の消極的な対応(複数回答) p.207 作業日数(最大週4日)は作業日数が少ないと好意的な反応を示す対象者が多いが、週4日作業している対象者についても50%が好意的な反応を示している。 農業活動による利用者への効果は、対象者全員が「コミュニケーション力が向上した」を挙げている。他に回答割合の高い順に「意欲向上した」、「体力がついた」、「表情が明るくなった」、「複数の作業に取り組めるようになった」、「判断力がついた」となっている(図3)。 図3 除草活動による作業者への効果(複数回答) 今後も続けていきたいか、作業の継続性については好意的な反応「続けたい」、「できれば続けたい」が合わせて67%であり、消極的な「できればやりたくない」、「やりたくない」はいなかった。他の回答では、気候が穏やかであれば等、条件が合えば続けていきたいという回答であった。 除草作業を他のメンバーに勧めるかでは、除草作業について好意的な反応を示した対象者のうち75%が「勧める」と回答し、消極的な反応を示した対象者は全員が「勧めない」と回答した(表1)。好意的な意見としては、「無心で草むしりに集中できる」、「雑談やコミュニケーションがとれる」があるが、消極的な意見としては「暑いので週の後半がきつい」、「虫が嫌い」など環境要因によるものがある。 表1 除草作業における反応と推奨 6 考察 作業者は「市谷の杜」除草作業による健康への効果を実感している。小柴1)と比較すると、「コミュニケーション力が向上した」、「判断力がついた」は高いが、「意欲の向上した」、「体力がついた」、「表情が明るくなった」、「生活リズムが改善した」、「感情面が落ち着いた」は低い。このため「市谷の杜」除草作業は作業者の健康への効果はあるものの、農業活動と同じような健康への効果は期待できないと考える。一方で「コミュニケーション力が向上した」は対象者全員が効果を感じている。「市谷の杜」除草作業の特徴として約90種の在来種と植物に対する対応が3種類ある。作業者の一人作業だけではなく、周囲の作業者・監督者に対応を聞いたり、確認しながら作業を実施する必要がある。このためコミュニケーション力が向上したと考えられる。また「判断力がついた」については植物に対する対応が3種類あるため、全ての植物を除去するのではなく、植物について対応を考えて作業する必要があるためだと考える。効果を感じられなかった「体調を崩しにくくなった」、「出勤率が向上した」については対象者はすでに週40時間勤務で出勤日には出勤しているため効果がなかったと考えられる。 除草作業の感想は対象者の67%が好意的な反応を示したものの、33%が消極的な反応を示しており、この対象者は他のメンバーに除草作業を勧めないと回答している。消極的な反応の要因としては2つ考えられる。①猛暑日が多く、週の後半になると体力を消耗しやすい。②「虫」、「ぬかるみ」など作業環境と対象者の相性である。 7 今後の展望 これまでもDBPでは作業者の意見を取り入れ、作業着、帽子、空調ベスト、冷却ベスト、水分補給用冷却ドリンク等の熱中症対策、防虫剤による虫刺され対策、制汗剤・デオドラントの導入、シャワールームの使用等さまざまな配慮を行ってきた。引き続き作業者の意見を取り入れ、作業者の負担を減らす施策を行っていく。同じユニフォームにすることで団結力も上がり、モチベーション向上にもつながっている。また作業者増員によるローテーション制など特定の作業者に負荷がかからないよう施策も必要である。そのためにも「市谷の杜」除草作業の楽しさ・作業者の健康への効果を積極的に発信していく必要がある。 参考文献 1)小柴有理江『農福連携の地域経済・社会への効果と効果的な発揮に関する研究―地域的な展開とその支援策―』,連携研究スキームによる研究【農福連携】研究資料第2号, 農林水産政策研究所,(2024),p.1-55. 2)小嶋俊英,岡本將宏,徳田寿『障害者福祉施設における果樹・花き生産活動に関する一考察』,滋賀県農業技術振興センター研究報告,(2009). 連絡先 長沼宏之 株式会社DNPビジネスパートナーズ e-mail Naganuma-H@mail.dnp.co.jp p.208 障害者雇用支援従事者に対するEEMMグリッド面談の実践 ○三國史佳(株式会社スタートライン 障害者雇用支援事業 サポーター) 豊崎美樹・菊池ゆう子・刎田文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 はじめに 近年、Process-based Therapy(以下「PBT」という。)という「診断名・病理名ではなく当事者個人に対して多層的かつ多面的にアプローチする心理療法」が、Steven C. Hayes や Stefan G. Hofmann1) らによって提唱された。このPBTでは、当事者のプロセスを整理するためにEEMM(Extended Evolutionary Meta-Model;拡張進化論メタモデル)が用いられており、このモデルを実践するツールとしてEEMMグリッドが開発された。   2 目的 障害者雇用支援従事者に対する、EEMMグリッドを用いたアプローチの有意性や活用方法の検討を目的とした。   3 EEMMとEEMMグリッド EEMMは進化科学に基づく、多面的・多階層的な変化のプロセスの「メタモデル」である。上段6行(情動~表出行動)は個人レベルの発達の次元であり、下段2行(生物生理学、社会文化)の2つの階層の中に入れ子になっている。EEMMグリッドは、このモデルを実際の対人援助場面で実践できるよう開発されたツールである(図1)。EEMMグリッドでは、6つの次元を上・中段の2行に、2つの階層と文脈を下段の1行に配置している。これらのグリッドを活用し、面談等におけるケースの言動や履歴を分類したり、各次元と各階層を文脈における変異・選択・保持の観点から検討したり、また、病理的なプロセス(不適応)と健康的なプロセス(適応)を表すグリッドを作成したりすることができる。      図1 EEMMとEEMMグリッド 4 EEMMグリッド面談 (1) 対象者(Aさん)概要 ・年齢:29歳 ・手帳:無所持 ・性格:真面目、明るい、ポジティブ ・生育歴等:4人兄妹の長女。幼い頃から妹2人の世話をして育ち、保育士を志す。四年制大学卒業後、保育士として勤務していたが2度退職。約半年間、海外をまわる生活を送る。帰国してから弊社農園型障害者雇用支援サービス『IBUKI』にて契約社員として勤務し、契約満了後に保育士として再就職。 ・面談理由:「対人関係について自分は課題がある」と発言があり、支援者がEEMMグリッド面談を提案し、自身の振り返りのために実施。 (2) 方法 ・面談場所:IBUKI内の面談室 ・所要時間:約90分(60分+30分;計2回EEMMグリッド面談を実施) ・面談方法:当研究所で作成したEEMMグリッド面談用紙(A3用紙/横に2つのEEMMグリッドを配置)を使用した。面談では事前に面談用紙を印刷し、今のAさんの思考やそれに係るエピソードについてヒアリングを実施し、その内容を9つのグリッドに分類して記載した(図2)。 ・効果指標:MPFI(多次元的心理的柔軟性尺度)を面談前後に実施した。 図2 EEMMグリッドシートを利用した面談結果 5 結果 (1) EEMMグリッドによるケース分析結果 面談結果(図2)から、EEMMグリッドのネットワーク図(図3)を作成し、問題の整理・分析を実施した。 これらの整理により、Aさんについて、以下のような行動傾向が見られることが確認された。 p.209 図3 Aさんのネットワーク図 (ⅰ)嫌な人・ものから離れるために、退職を繰り返してしまう行動は「自分が幸せにならないと、子どもを幸せにしてあげられない」という自己ルールに関係している。 (ⅱ)世界平和がとても大事であると考えており、その思考は「弱さをもった子どもが幸せなら、皆幸せだろう」という自己ルールに派生している。また、それがAさんの行動選択(IBUKIへの就職等)に影響している。 (ⅲ)Aさんの自己ルールや子どもに対する思考に関しては、大学の恩師の影響を大きく受けている。 (2) MPFIの結果 MPFIについては、心理的柔軟性と心理的非柔軟性どちらについても、平均得点の増加が見られた(図4)。心理的柔軟性は平均値が7.16から7.66へと変化し、心理的非柔軟性の平均値が5.50から5.66へと変化した。項目の詳細を確認すると、心理的柔軟性では、今この瞬間への意識・アクセプタンス・脱フュージョン・価値の4要素で、心理的非柔軟性では認知的フュージョン・非行為の2要素において増加が見られた。 図4 MPFIの質問紙数値変化 6 考察 Aさんは、これまで「自分には対人関係に課題がある」と考えており、それによって退職等の逃げる道を選択し続けている、と感じている状況だった。まずEEMMグリッド面談の実施により、Aさんは、なぜそのような選択をするのか思考を整理することができ、強い自己ルールや、そのルールが大切な人と関わりがあることに気づくことができた。また、心理的柔軟性の向上もMPFIの数値の変化として見られた。一方で、MPFIでは、心理的非柔軟性の数値についての上昇も見られた。これらの原因として、AさんはEEMM面談後に自身の価値が明確になり、「自分がやりたいことは今の仕事ではない」と考えた可能性があると推測される。その結果、心理的柔軟性の価値の得点が上昇した可能性がある。また、このように自身の価値が明確になったことで、新たなルールが生成され「私はもっとこうしたら良いのではないか」と考えることが増え、認知的フュージョンの値も上昇したと考えられる。そのうえ、「価値が明確になったが、価値に沿った行動がとれていない」と考えたことで、非行動の値も増加した可能性がある。 Aさんは、自身の過去や思考を振り返ることで面談中に「そう考えていたのかもしれない」等の気づきの反応もあったことから、EEMMグリッド面談による効果が少なからずあったと考えている。また、結果として契約満了後に保育士の仕事に再度就いているが、これはEEMMグリッドで、ご自身の価値が明確になった結果とも考えられ、今はご本人が大切にしたいこと=価値を実行できているのではないかと考えている。 7 今後の展望 Aさんは自己ルールに囚われる傾向が高いと考えられるため、今後に施策導入をする場合は、不適応スタイルの状態になっている際に、価値に向かう行動を定期的に確認していただくことや、ACT導入による脱フュージョン等の考え方を取り入れることを検討する。 PBTは個人に対して多面的にアプローチできる心理的技法であるため、障害当事者に限定せず活用することが可能である。障害の診断が下りていない方でも、心身の不調を抱え悩む場面(仕事や家庭内トラブル、心因性の体調不良等)は存在する。障害の有無に囚われずアプローチできるよう、支援の体系化や実践に取り組んでいきたい。 参考文献 1)Hofmann, Stefan G., Steven C. Hayes, and David N. Lorscheid. Learning process-based therapy: A skills training manual for targeting the core processes of psychological change in clinical practice. New Harbinger Publications, 2021. p.210 マジの就労支援~社訓「やってみよう!」でホントに色々やってみた!~ ○井上渉(就労移行支援事業所INCOP京都九条 代表) ○森玲央名(就労移行支援事業所INCOP京都九条)  1 概要 就労移行支援事業所INCOP京都九条は、京都駅から徒歩10分に位置している。弊社は、私の京都市立支援学校での進路指導主事としての経験を活かし2023年2月に開所した事業所である。社訓に「やってみよう!」を掲げ、座学も用意しながら、それ以上に生の経験・体験の機会を重視した「超実践型トレーニング」を利用者に提供している。また、就労だけでなく、生活、余暇を含めた「WorkとLifeのINCOP」を目指し、日々サポートしている。 開所し1年以上経過し、弊社の多岐にわたる「やってみた!」を紹介するとともに、その中での利用者の変化・育ちについて、「超実践型」と関連させながら考察したい。 2 超実践型トレーニングの軌跡 (1) INCOPのカリキュラム 弊社は、ワーク・ライフ・レジャー・体づくりを意識しながら毎月カリキュラムを編成している。その中でも地域の企業や団体での就労体験「ミニ実習」を大きな軸に個別の支援を実施している。 図1 INCOPのカリキュラムの考え方 (2) 多岐にわたる「やってみた!」 ア ミニ実習 ミニ実習では、地域企業・団体で実際に作業しながら働く基礎基本を学ぶ場であり、作業適性や社会性等のアセスメントをはかっている。雇用を前提とせず、利用者の自己理解を助けることを大きな目的とし、実習先にもその趣旨を理解していただき協力いただいている。利用者の実態に合わせ週1~4回、継続して設定している。 ミニ実習の様子 多様な業種で実習している(写真) 表1 ミニ実習先一覧 図2 ミニ実習 1週間の実施の様子(事業所全体) イ 島津との連携 株式会社島津製作所とは、実習のみならず、スポーツを通した連携、特に島津製作所ラグビー部「SHIMADZU Breakers」(以下「Breakers」という。)との連携に取り組んでいる。Breakersとは、2023年秋シーズンから「レッズ」との呼称で、ホームゲームの会場設営・撤収、受付業務だけでなく、試合中の選手の水分の補充もし、チームの一員として活動している。チームと連携を取り、利用者間でも連携を取り、協働する力が高まる場面になっている。     Breakersとの連携の様子 準備・片付けと水分補充(写真) ウ ボランティア 前述ミニ実習の一環で、地域行事のボランティアにも参加している。以下はその一例である。 ・京都マラソン2024 ・KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 ・祇園祭ごみゼロ大作戦2024 ・京都市都市緑化協会(雨庭清掃管理)     ボランティアの様子 京都マラソン・祇園祭でのごみの分別回収(写真) エ 余暇 多肉植物の寄せ植えや筋トレ、調理、DIYなど事業所内 p.211 でできることから、花見、紅葉、登山、スポーツ活動・大会への参加といった活動まで、幅広い活動を通して、人生の幅を広げることに繋げていきたいと考えている。     余暇の様子 紅葉・スケート・スポーツ大会(ボッチャ)(写真) (3)就労実績 2024年7月末現在、6名の方が就職している。業種も多岐にわたり、体験活動の幅の広さが関係していると考えている。うち1名は3カ月程度で退職したが、他の5名については勤務を継続できている。 表2 就労実績(2024.7末時点) 3 利用者ケース 以下2ケースを「通所開始時」「転機となる体験」「気づき」「変容」に着目し紹介する。 (1)新たな長所に気づいたAさん (2) 自信がない中で自分のできることを見つけたBさん 4 今後について 今後については以下の3点を意識しながら、より良いものにしていきたい。 ・体験機会の拡充 体験機会、回数はもちろんのこと、利用者一人ひとりのニーズに合った機会を拡充していくことは今後も継続して取り組んでいく。 ・体験を「本人の気づき」につなげる取り組みの強化 体験だけでは、障害特性もあり、自分の学び、成長に繋げられないことが多い。その体験が「なぜ」「どのように」と言語化し、対話しながら振り返ることで次につなげていくことが求められる。 ・アフターフォローからの分析とフィードバック 就労者が増えていく中で、つまずきも増えてくることが予想される。そのつまずきを現行のカリキュラムの改善につなげていく必要がある。 連絡先 井上渉 就労移行支援事業所INCOP京都九条 e-mail incop.inoue@gmail.com p.212 鳥取県米子市における地方での就労移行支援事業所の歩み~地域のニーズに合わせた取り組みからの学び~ ○村岡美咲(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ米子 就労支援員) ○松尾亜紀(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ米子 就労支援員) 濱田和秀・濱田真澄・砂川双葉(特定非営利活動法人クロスジョブ) 1 はじめに 就労移行支援事業所は、2018年をピークとして漸減傾向にあり、2020年には3,301か所にまで減少している1)。もとより事業所数が少ない地方においては、就労移行支援事業そのものの存続が危ぶまれる事態が生じており、日本で最も人口の少ない鳥取県・西部圏域の就労移行支援事業所は2か所のみとなった。地域で事業を存続させるため、地域での就労に向けたニーズを把握し、ニーズに合わせた支援に取り組んで見えた現状と課題を報告する。 2 地域のニーズに合わせた取り組み (1) 地方ならではの施設外就労先でのアセスメント 就労移行支援事業所クロスジョブ米子(以下「当事業所」という。)はオフィスビル内に位置しているが、現在4か所の施設外就労先があり、そのうち2か所は自然豊かな環境で体を動かしながら実施できる業務である。業務内容としては、施設管理(清掃等)や外作業(運搬、草取り、園芸等)がメインとなる。施設外就労は、訓練の一つとして事業所内訓練と並行して参加していただくことが多いが、外作業を希望される方や、事業所内の環境では人の圧迫感や緊張を感じる方の利用ニーズが増え、「施設外就労を中心とした訓練シフト」を組めるようにした。作業系への就職を希望される方からの「体力アップしたい」というニーズにも対応し、身体を動かす訓練内容(重量物運搬、ウォーキング等)も取り入れている。 また、農業等の仕事を希望された際には、事業所内訓練のみのアセスメントでは難しく、本人の力とマッチしているのかの見極めが困難である。当事業所では、農業等の環境に近い外作業の施設外就労先での様子をもとにアセスメントを深めた。農業は、一定の基準はあるものの完全にマニュアル化できない部分が多く、収穫や出荷前の検品の際には、判断力や臨機応変な対応力が求められる。施設外就労でも同様に、ご自身で判断基準を持ち、作業遂行が可能かどうかもアセスメントのポイントとした。また、運搬業務や環境整備において、道具の使い方、身体の動かし方、力加減等のポイントもアセスメントした。施設外就労で、農業の適性についてアセスメントし、職種や職場環境の整理につながる事例が複数あったので、1ケース紹介したい。 ア 対象者 ケンタさん(仮名)、20代、男性。診断は自閉スペクトラム症・軽度知的障害、療育手帳Bを所持。特別支援学校卒業後、当事業所で1年5ヶ月の訓練を経て、農家に就職される。 イ 訓練状況 特別支援学校高等部に在学中から作業系の仕事に興味を持たれており、農業や木材関係の企業での実習の経験があった。在学中に当事業所へ体験実習に来られた際は、施設外就労にも参加していただき、積極的に取り組んでおられた。 利用開始当初は、PC訓練等の事業所内訓練を含め、幅広い訓練プログラムに参加されていた(表1)。その後数ヶ月が経過し、企業見学を何度か経験されるも、企業実習への踏み出しづらさがあった。実習先を選定する中で「ビルの中は緊張する」「開放的な雰囲気だと行きやすい」「少人数の職場が良い」と整理し、以前から興味を持っておられた外作業を中心に、実習先を検討した。農業は少人数で経営されている場所も多く、本人にとって緊張を感じにくい環境であることが整理できた。元々不安や緊張を感じやすい方であったが、緊張の要因の一つとして環境面の影響が大きかったことを確認し、「なるべくリラックスして向かえる場所」を探すこととなった。施設外就労での経験も、この整理を深める上でヒントとなった。訓練期間中 表1 ご利用開始当初の訓練シフト 表2 施設外就労を中心とした訓練シフト p.213 には、欠席・早退が目立つ時期があり、投薬変更等の医療面でのアプローチとともに、訓練シフトの見直しを実施した。上記の施設外就労先ではリラックスして過ごせることを確認し、今後の方向性に合わせて、施設外就労中心のシフトとした(表2)。 施設外就労先では、マニュアル化が難しい作業でも、口頭指示や見本をもとにご自身で判断基準を持つことができておられ、作業遂行力に長けた頼もしい存在であった。周囲の方と声をかけあい、作業をリードしてくださる存在であり、ケンタさんの強みを発揮されていた。環境面の整理とともに、体力面、身体の使い方、状況判断のスキル等をアセスメントし、職種整理につなげた。 農業は朝早い時間から出勤する場所や、季節によって勤務時間の変動がある場所も多くあるが、ご自身で生活リズムを調整しながら働かれている。出勤の安定や体調の変化について懸念もあったが、就職先でも強みを発揮しながらやりがいを持って働かれており、ほぼ欠勤なく業務に取り組まれている。 (2) ネットワークを活用した企業開拓 当事業所開所当初は、障害者就業生活・支援センターがすでに連携している企業へ見学・体験実習の依頼を行うことが多かった。近年は利用者の幅広いニーズにあわせて対応するため、ハローワーク等で求人が出ている企業へ見学・体験実習の依頼を積極的に行っている。しかし、前述のような農業は個人事業主や少人数での運営も多く、求人が出ていないことも多くある。求人情報が出ていなくても、実際には人手を求めている可能性もあるため、農業の見学先で「他にも人手を求めているところがないか」と情報収集するアプローチも行った。農業は近隣の同業者のネットワークが強い。ケンタさんの求人についても同様のアプローチで情報収集を行い、就職につながった。他の業種においても、近隣の同業種の企業情報を収集するアプローチは有効であると考える。人材を企業現場に送り出す立場として、地域で人材を必要としている業界について、学びを深める必要もある。当事業所からの就職先である農業や旅館業等では、若い人材の採用に苦慮されている現状を知った。しかし、外国籍の方や短時間アルバイト、シルバー人材等の雇用をすすめ、多様な働き方を実現されている。その中で、障害のある方も自身に合う働き方で力を発揮され、戦力として活躍している。 (3) アウトリーチから見えてきた課題 地方では交通の便が悪く、公共交通機関の少なさから、利用者の居住地や企業の場所によっては自家用車がないと通勤が困難であることも多い。公共交通機関や徒歩・自転車での通勤となると、通勤エリアや勤務時間が限定されてしまうことは、地方の課題であると感じる。これまで連携した企業の中には、通勤困難者のために自社のマイクロバスで送迎を行っている企業もあった。地域の協議会でも、近いエリアの企業に向かう従業員が乗り合わせられるような送迎システムを望む声があがっていた。実現すれば、障害の有無を問わず、便利なシステムである。 そして、就労移行支援事業所への通所手段についても同様の課題がある。新規利用対象者へのアプローチとして、関係機関へ訪問し聞き取りを行うと、山間部に在住の方をはじめ、自力での通所が困難な方は「送迎がある」という理由で、他の就労系サービスを選ばれる方も多くいることがわかった。地域として、通所・通勤の課題への対応が求められている。 また、訪問先の聞き取りでは、就労移行支援の利用をためらう理由として、訓練期間中の金銭面の不安を抱える方が多かった。当事業所では、より多くの工賃を得られる新たな施設外就労先を開拓し、参加者の工賃が増額した。金銭面の不安が少し軽減することで、新たな利用ニーズにもつながっている。企業の実際の業務に携わり、対価を得ながら就労に向けての準備訓練ができるため、参加者のモチベーションとなっている。 3 考察 地方での就労移行支援事業の存続のためには、新規利用対象者へのアプローチとして、アウトリーチは今後も必要不可欠である。地域のニーズを把握し、より多くの方に必要なサービスを届けるため、訪問活動を継続したい。アウトリーチで見えてきた課題は、地域全体の課題として、行政を含む関係機関を巻き込み、解決に向けての動きを作っていく必要がある。日頃から関係機関と「顔の見える関係」を密に築けているのは、人口の少ない地方ならではの強みである。地域の協議会などの場を通して、支援機関が一丸となってダイレクトに現場の声を届けていく必要がある。地域課題の解決に積極的に参与し、非営利活動法人としての使命を果たしていきたい。 また、多様化している利用ニーズに合わせた訓練プログラムの提供や個別支援が求められている。画一的な支援ではなく、地域の特色やニーズに沿った支援を行うことは、地方に限らず、どの地域においても重要であると考える。 参考文献 1)厚生労働省 令和4年度障害者総合福祉推進事業:地域における就労移行支援及び労定着支援の動向及び就労定着に係る支援の実態把握に関する調査研究 p.214 45大学×6社による障害学生向けキャリア教育プラットフォーム「家でも就活オンライン カレッジ」の取り組み ○遠藤侑(株式会社エンカレッジ 大学支援事業部 サブリーダー) ○小川健(株式会社エンカレッジ 大学支援事業部 サブリーダー) 1 はじめに 障害学生の数は増加の一途を辿っており、日本学生支援機構1)によれば、2023年度の障害学生数は58,141人、障害学生在籍率は1.79%と前年度から0.26ポイントの増加となった。一方で、障害学生の就職率は56.06%と、障害のない学生の78.0%に比べ20ポイント近く低い(面高2), 2022)。障害のある学生への社会移行支援の重要性は、ますます高まっているといえる。こうしたテーマに対し、株式会社エンカレッジ(以下「EN」という。)は、2023年6月22日に、22大学、6企業とともに、障害学生のキャリア教育プラットフォーム「家でも就活オンライン カレッジ」(以下「家カレ」という。)を開始した。本稿では、家カレ初年度の取り組みについての報告を行う。 2 背景と目的 まず、なぜ家カレを立ち上げることになったのか、その狙いと課題意識について述べる。ENは、これまで10年以上、計1,000名以上の障害のある学生を支援してきた知見と、大学支援者からの声を踏まえ、障害学生の就労支援における課題の背景を以下のように整理した。 (1) 学生側の課題 個々の学生によって事情はそれぞれ異なるものの、「学業で手一杯で、働くことに繋がる経験が積めていない」という課題は多くの学生に共通している。就労に繋がるアルバイトなどの社会経験が不足しており、身近な社会人との接点も希薄なため、就労についてのイメージがどうしても曖昧なものとなってしまう。また、そもそも「障害のある学生に特化した就活の進め方や、働く障害者のロールモデルについての情報がない」という状況がある。増加してきているとはいえ、就活生全体に比べるとまだまだ障害学生の割合は少なく、また障害学生の「困り感」も個別性が高いため、自分に合ったロールモデルを見つけるのが難しい。 これらの課題が要因となって、「就活やインターンに進むことの不安が強く、動き出せない」という事情を生んでいると考えられる。 (2) 大学側の課題 翻って大学側の事情としては、障害学生支援においてはまず「修学支援で手一杯であり、キャリア教育・就活支援にリソースが割けない」という課題がある。ここには、学生の就活支援やキャリア教育を行う部署であるキャリアセンターと障害学生支援部署との連携が試行錯誤段階にあるという状況も背景にあると考えられる。また、そもそも「1校当たりの対象学生数が少なく、企画を実施しづらい」という状況も存在している。障害学生に絞った形で企画を実施することが難しく、結果的に障害学生にとってはむしろ参加しづらい企画になってしまうことがある。さらに、こうしたことから、「障害学生のキャリア教育に関する情報を探しても、見つからない」という声も多く聞かれた。 (3) 家カレのねらいと目的 これらの課題意識を踏まえ、家カレは、学生に対し「大学横断型」で様々なキャリア教育企画を実施すること、大学支援者に対し、情報交換の場の提供や、勉強会企画の実施など、障害学生のキャリア教育に関する様々な情報やナレッジを得られる場を提供することを狙いとして開始された。さらに、こうした課題意識を共有する企業に学生向けのキャリア教育企画への協力、協賛をしてもらうことで、持続可能な取り組みにしていくことを目指した。 図1 家カレの全体像 3 初年度の取り組み報告 (1) 全体 2023年度は学生向け企画を10月~11月と2月~3月にそれぞれ1回ずつ、計2回行い、のべ70名の学生が参加した。学生向け企画は、それぞれ企業が主導となって開催し、企画段階では企業と大学支援者による意見交換会を実施した。支援者向けの勉強会は10月~12月にかけて3回実施し、のべ64名が参加した。また、協賛企業からの発案で、保護者向けに障害者雇用の状況を伝えるセミナーを12月に1回実施し、16名が参加した。また、こうした企画以外にも、大学支援者向けのクローズドSNSコミュニティを開設した。なお、企画はすべてweb会議システムを用いてオンライン上で実施している。 p.215 表1 実施した企画と参加人数 (2) 学生向け企画 ア 「はたらくみらいキャンパス」 主に低年次の学生を対象に、「働く」とは何か、障害者雇用で企業はどんなことを求めているのか、など、自身のキャリアを考える上での出発点となるようなセミナーである。現職の企業人事担当者からの講義や、実際に障害者雇用で働く社員の話、自身の障害について考えるグループワークなどを行った。 イ 自分×社会を考えよう 企業が開発したワークシートをもとに、今大学で学んでいることを社会課題の解決にどのように活かせるか、を思考するワークショップである。参加学生からは、社会との接点を考えることで、大学での学習意欲が向上した、などの声が聞かれた。 ウ オンラインしごと体験 ENが開発した、障害者雇用で働く先輩のインタビュー動画の視聴と、オンライン上で実際の業務体験ができるコンテンツを通じたワークショップである。参加した学生の声からは、「自分は正確性が高いと思っていたが、実際の業務をやってみると思ったよりもミスが多かった」など、自己理解に繋がる体験となっている様子が見受けられた。 エ 企業との座談会 参加学生と協賛企業各社の人事担当者が、オンライン上で学生と座談会を行う。1グループあたり、企業側が2名、学側が3~5名程度となり、時間制で入れ替えながら実施した。学生からは、「選考の場ではないためリラックスして話を聞けた」などの声が聞かれた。また、企業側からも、「選考以外の場で学生の話を聞けるのは貴重。障害学生がどこに不安を感じているのかリアルな情報が得られて刺激になった」という声があった。 (3) 大学支援者向け企画 2023年10月~12月にかけ、大学支援者向け勉強会を全3回実施した。第1回は協賛企業の人事担当者をゲストスピーカーに、企業における障害者雇用の考え方や選考時のポイントなどについての講義を実施した。第2回は、経験の少ない新人支援者向けに、困りごとについて共有しあう会を実施した。第3回は、参画大学の中で経験豊富な支援者の方に、事例発表という形で障害学生に対する社会移行支援について話をしていただいた。大学支援者向け企画は全3回で計64名の参加と非常に盛況であり、強いニーズがあることが伺えた。 (4) 保護者向け企画 協賛企業の発案で、学生だけではなく保護者向けの企画を1回実施した。大学支援者からも、学生の進路に対して、保護者の価値観や意向が強く影響しているという意見があり、保護者や家族に、障害者雇用の現状を正しく知ってもらうことを目的にセミナーを実施した。保護者が企業の障害者雇用のリアルな情報を得る機会は少ないことから、参加者からは「知ることで不安が解消した」という声が多くあった。 4 最後に 初年度は試行錯誤の繰り返しであった家カレだが、開始から一年が経過し、参画大学は49大学にまで増加している。(2024年8月現在)障害学生へのキャリア教育のニーズは今後もますます強まってくると考えられる。 最後に、初年度の企画を通じて見えてきた今後の課題について述べる。第一に、学生にとって学外の企画参加のハードルが高いという点がある。これについては、支援者と同伴で出席するなど、新たな企画参加形態を検討している。第二に、大学によって具体的なニーズが異なることがあり、完全に全体のニーズを汲んだ形で企画を実施することが難しいという課題がある。これについては、引き続き参画大学のコミュニケーションを促進し、さまざまなニーズに合わせた企画を開発していく必要があると考える。 参考文献 1) 日本学生支援機構「令和5年度(2023年度)大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査 結果報告書」, (2023) 2) 面高有作『障害のある学生の 社会移行支援に関する調査研究』,独立行政法人 日本学生支援機構,(2022) 連絡先 遠藤侑 株式会社エンカレッジ e-mail yue@en-c.jp p.216 雇用・就労支援担当者のリカレント教育 ○松爲信雄(神奈川県立保健福祉大学 名誉教授) 1 雇用就労支援におけるリカレント教育の必要性 法改正によって障害者雇用の質の向上、雇用と福祉施策の連携強化、多様な働き方の推進、新たな人材育成体制の構築など、障害者雇用を取り巻く状況は時代の転換点にある。これらに対応していくには、障害者の雇用就労支援に関わっている医療・福祉・教育・雇用などの実践現場の人たちに対し、自らのスキルの再整理や新たな技術の習得などの学び直しを通して自己実現につなげるリカレント教育がますます必要になってきている。 そのため、この分野のリカレント教育を展開している「松爲雇用支援塾(Rehab.C 塾)」の取り組みを紹介するとともに、今後の課題について検討する。 2 塾の講義とプログラム (1) 講義内容 「キャリア支援に基づく職業リハビリテーションカウンセリング」1)を基に3領域13回講座で展開。 ・基礎理論:働くことの意義、職業リハに関わる概念・定義・支援モデル、キャリアに関する理論、カウンセリングに関する理論、ネットワークと人材(5回) ・個別支援論:アセスメントと支援計画、障害の影響や職業・生活の理解、自己理解・肯定感・障害開示・家族の理解、能力開発とキャリア教育、体系的カウンセリング(4回) ・環境調整論:雇用・福祉施策と連携及び障害者雇用の推進、人事労務管理と職場定着支援、職場のメンタルヘルスと復職支援、組織内キャリア・復職・離転職・引退(4回) (2) プログラムと修了生 毎回の講座は3セッションで展開。 ・事前予習:テキスト「職業リハビリテーションカウンセリング」の該当箇所の予習 ・オンデマンド配信:該当箇所のVTR講義の配信。20分×4講で構成しライブ配信前の1か月間公開 ・オンライン配信:隔週ごとにZOOMによるディスカッションを90~120分 2021年12月に塾開始以来、2023年6月までに全講座の修 了生は33名、現在も受講中は10名。 3 修了生調査 (1) アンケート回答者 2024年7月現在で回答した修了生30名の、社会人および障害者雇用支援の経験年数は表1、専門分野は表2、現有する資格等は表3のとおり。 表1 就職期間と障害者雇用支援機関 表2 現在の専門分野 表3 現有の資格等 (2) 入塾の動機 ・主催者との直接的な交流や助言を受けたいこと ・職業リハビリテーションの哲学と系統立った知識と技術の全体的な体系を習得したいこと ・地方に在住していると研修機会が少ないため ・これまでの実践を振り返りそれを体系的に解説して後輩や組織の育成を図るため ・直面している現場の状況を的確に把握して対策の方向を見出したいため ・雇用就労支援を目指す仲間作りのため (3) 講義内容での興味・関心の分野 ・基礎理論:第1位が19人、2位が5人、3位が6人 ・個別支援論:第1位が5人、2位が14人、3位が11人 ・環境調整論:第1位が6人、2位が11人、3位が13人 p.217 (4) プログラムの進め方 ア オンデマンドよる事前講義の効用 ・移動時間が不要で場所の制約もないため受講が容易 ・講義が細分化されて通勤中でも学習可能 ・事前の資料や動画で予習でき、オンラインのディスカッションへの準備が可能 イ オンラインのディスカッションの効用 ・同じテキストやオンデマンドの事前学習を踏まえながら、様々なバックボーンのある専門家の意見を聞くことができた ・さまざまな専門職の現場でのリアルな対応や途中経過の本音を伺え、実務を振り返りながら理解を深めることができた ・事前学習で得た理論とこれまでの自分の実践を結びつけていく作業が丁寧にできた ・講師や受講生の考えや意見を踏まえて自分の考えを整理でき、素直に自分の意見を開示できた ・欠席したり聞き逃した内容は、後日のVTR配信で確認できた ウ オンラインディスカッションの課題 ・討論時間が短いために、発言回数が少なく、焦点を絞って論議を掘り下げることが難しい ・受講者のスキルや経験等の差異が著しいと、経験の長い人が論議の中心になりがちで、短い人は発言のタイミングがつかみにくくて不全感が残りやすい ・小集団に分割したディスカッションになると、話題が拡散しがちで特定の人が話し過ぎることもあり、ファシリテーターが必要である ・オンデマンドでの学びの結果を話すのが精一杯で、討論まで参加できない ・もっとテーマを絞り込んだり、理論を踏まえながらも現実的な課題を取り上げてほしい (5) 受講後の成果 ア 基礎理論に沿った支援の実施の心がけ ・理念や基礎理論を再確認しつつ専門性と多様性が深まるようになり、確かな根拠に基づく支援と今後の組織の方向性について議論できるようになった ・異なる立場の環境や支援者の考え方を知ることができ、多面的に考えることができるようになった ・自己学習にありがちな抜けや漏れの心配がなくなり、実務での気づきが増え、自分が仕事をする上で大切にしていることを明確に意識するようになった イ 多面的な視点の尊重 ・現場の実情や立場が違えば見え方や方法も異なることに気づき、それを尊重するよう心がけるようになった ・就労支援の課題や支援の幅が広がるとともに、自分自身の対応の在り方を振り返る機会が多くなった ・働くことの意義と価値を理解し、環境側の要件を整えながらが対象者の人生に伴走することを再認識した ウ 業務に直結した知識の獲得と人脈 ・障害者雇用の促進、企業内での人事管理、福祉機関での定着支援などの勤務先での業務に直結した講義内容のため、他の機関や組織には自信をもって対応できるようになった ・処遇困難な事例に「しんどいな」と思いつつ、実施している仲間がいることを知って、自分自身が動機づけられている エ 地域リーダーとしての自覚 ・研究会や講演などで講義をする際に、価値観や概念・知識や方法などの資料作成の基盤となっている ・仕事への向き合い方が変わってきて、地域のリーダーになろうと自覚し始めた ・先輩の価値観や技術を知って、自分の専門職としてのロールモデルとなった オ 活動拡大の契機 ・学ぶことの面白さを改めて感じ、新たな通信教育の受講や研究会や学会等での研究活動を始めた ・障害者のみならず生活のしづらさを抱えながら地域で生活している人たちの支援のあり方を再認識して、そうした人たちの職業リハビリテーションの価値・知識・技術を活用できる可能性を探っている 4 考察と結論 受講後の成果には、基礎理論に沿った支援の実施、多面的な視点の尊重、業務に直結した知識の獲得と人脈、地域リーダーの自覚、活動拡大の契機などの効果が認められた。 また、この塾の特徴であるオンラインでのディスカッションの効用も幾つか指摘された。他方で、討論時間の短かさやそれへの対応、技量や経験の差異による発言回数の少なさや不全感、小集団討論でのファシリテーター不在、テーマの絞り込みや実際の課題の採用などが指摘された。 これら踏まえて、テキスト改訂版2)を基に新たに4領域(基礎編、理論編、個別支援、環境調整)計18回の講座を開発し、オンラインのディスカッションの仕方についても検討中である。 参考文献 1)松爲信雄「キャリア支援に基づく職業リハビリテーションカウンセリング―理論と実際-」ジアース教育新社 2021 2)松爲信雄「キャリア支援に基づく職業リハビリテーション学―雇用就労支援の基盤-」ジアース教育新社 2024 連絡先 松爲信雄 nmatsui@mui.biglobe.ne.jp p.218 疾病や障害により慢性的な痛みを持つ患者への就労支援の推進に資する研究-患者への聞き取り調査より ○丸谷美紀(国立保健医療科学院 生涯健康研究部 特任研究官) 高井ゆかり・鈴木恵理(群馬県立県民健康科学大学) 橘とも子(国立保健医療科学院) 1 研究目的 本邦の慢性痛の有病率は22.5%、そのうち10%が就学と就労の制限がある。疾病や障害により慢性的な痛みを持つ患者の就労支援には、治療のみならず、患者の生活全体を捉えた疼痛管理=Total Pain Managementが必要と考えた。 そこで、令和4年度に文献レビューを実施し、患者の生活全体における慢性の痛みの要因や改善方法の知見を整理した。その結果、患者自身の要因や、就労の場の要因に関する記述は得られたが、家庭内や地域生活、また通勤や通院といったアクセスに関する要因は見られなかった。 慢性の痛みには波があり、1日や1年を通じて患者は自分なりに就労生活の工夫をしている。患者の工夫を調査することで、その人らしい生活を維持する方法が明確になると考えた。併せて、その生活に伴走していくモニタリング方法を考察することも可能と考えた。 本研究の目的は、慢性的な痛みを持つ患者の、就労生活における工夫や配慮を調査し、患者の生活様式に伴走していくモニタリング方法を考察することである。 2 方法 ・研究期間:令和5年5月-12月 ・研究参加者:機縁法により紹介を受けた、慢性の痛みのある就労中の女性7名 ・調査内容:痛みと共にある就労生活の自己管理方法、及び、職場での配慮 ・調査方法:半構造化面接 ・分析:聞き取り内容から逐語録を作成し「痛みと共にある就労生活の自己管理方法、及び、職場での配慮」に関する記述を抽出し、築地性を捉えて質的記述的に分類整理した。 (倫理面への配慮) 国立保健医療科学院倫理審査委員会の承認を得た上で実施した(NIPH-IBRA#12415)。 3 研究結果 (1) 研究参加者 年代、職種は表1、及び表2の通りである。   表1 研究参加者年代   表2 研究参加者職種 (2) 分析結果 患者の、就労生活の自己管理方法、及び、職場での配慮に関し、【自立した生活に向けた就労と痛みの管理】【痛みの要因の自己分析に基づいた日常生活の調整】【痛みへの認識の変換】【家族との身体的・精神的負担の分かち合い】【多様な医療資源を駆使した痛みの管理】【痛みに応じた仕事や通勤方法の調整】【自身から職場へ配慮を求める働きかけ】【職員全員をも見据えた職場からの配慮】の8つのカテゴリが得られた。 以下、語りを「」、カテゴリを【】で示して結果を説明する。 まず、患者は「何でもやってもらうのではなく、自分でできることをしたい。痛くてサポーターをつけていても(仕事が)できることはうれしい。」など【自立した生活に向けた就労と痛みの管理】という目的を掲げていた。 痛み管理の目的に向けて「何で痛いんだろうと…左腕に持ち替えると右腕の痛みがなくなったので、90度位の角度で肘に重さが加わると負荷がかかると分かった。」など【痛みの要因の自己分析に基づいた日常生活の調整】をしていた。日常生活を調整すると共に「生きるために仕事するので、そのために生活の一部として痛みを自分の中で受け入れた」など【痛みへの認識の変換】を通じて痛みを管理していた。 また、自己完結した工夫のみならず「洗濯は全部自分でするが、たまに両親が手伝いにきてくれるので、その時におかずを作ってきてもらう」など【家族との身体的・精神的負担の分かち合い】をしていた。 生活や家族との工夫に加え「コルセットやサポーターを常にしているのも負担なので、少し外して(痛みが)くる p.219 とつける」など【多様な医療資源を駆使した痛みの管理】をしていた。 就労に関して自己の工夫として「定時に帰れば、ペインクリニックに間に合うので、今年は定時に帰って痛み止めをしているので(早退するほどの痛みは)なくなった」など【痛みに応じた仕事や通勤方法の調整】をしていた。 就労に関して自己の工夫のみならず「労働組合に入っているので、病気のときは病休を取ることは権利だと分かって、気が楽になったし取りやすくなった」など【自身から職場へ配慮を求める働きかけ】も行っていた。さらに自己の症状管理に加えて「職員全員の腰痛が少なくなるように福祉器具を入れて、人手が足りない分も補っていく」など【職員全員をも見据えた職場からの配慮】を受けていた。 4 考察 (1) 患者の就労生活における工夫や配慮の構造 令和4年度に得られた、患者の生活全体を捉えた疼痛管理=Total Pain Managementの図に、令和5年で得られたカテゴリを配置すると図1のように示された。 図1 患者の就労生活における工夫や配慮の構造 まず【自立した生活に向けた就労と痛みの管理】が、すべての工夫や配慮の目的に位置づく。その上で患者自身の日常生活の工夫として【痛みの要因の自己分析に基づいた日常生活の調整】【痛みへの認識の変換】、家庭生活では【家族との身体的・精神的負担の分かち合い】、医療面では【多様な医療資源を駆使した痛みの管理】を行う。 就労の場に向けては、患者自身の工夫として【痛みに応じた仕事や通勤方法の調整】【自身から職場へ配慮を求める】を行い、【職場全員をも見据えた職場からの配慮】という双方向の痛みの管理が行われる。 (2) 患者の生活様式に伴走していくモニタリング方法 患者の生活全体を捉えた疼痛管理のためには、図1全体をモニタリングする必要がある。最も重要なこととして、障害や痛みのマネジメントは社会的役割や自己への信念が関与していることから1)、【自立した生活に向けた就労と痛みの管理】ができているか経過を追う必要がある。 次に、薬物療法や生活習慣の改善等の日常的な工夫が痛みの管理に功を奏する。また、痛みへの恐怖が低い、痛みの受容等により仕事が継続できる2)。これらのことから、【痛みの要因の自己分析に基づいた日常生活の調整】【痛みへの認識の変換】の変化を追い、支援ニーズを満たすことで日常生活における工夫が維持強化される。 家庭生活では、家族と痛みを共有すること、家族とのポジティブな会話3)が仕事のパフォーマンスを上げることから、【家族との身体的・精神的負担の分かち合い】を把握する。 医療に関しては、患者が医療を「活用」できているか、また鍼灸などの伝統的な治療も含め4)【多様な医療資源を駆使した痛みの管理】ができているか、経過を追う必要がある。 就労の場では、日内変動も考慮した【痛みに応じた仕事や通勤方法の調整】の経過を追い、【自身から職場へ配慮を求める働きかけ】に向けて、患者は雇用主と知識を共有し5)、直接または間接的に【職員全員をも見据えた職場からの配慮】が整ってきているか経過を追うことが求められる。 引用文献 1)McKillop, A. B., Carroll, L. J., Dick, B. D., & Battié, M. C. 『What motivates engagement in work and other valued social roles despite persistent back pain?』「Journal of Occupational Rehabilitation 30」, (2020),p. 466-474. 2)de Vries, H. J., Brouwer, S., Groothoff, J. W., Geertzen, J. H., & Reneman, M. F. 『Staying at work with chronic nonspecific musculoskeletal pain: a qualitative study of workers' experiences』「BMC Musculoskelet Disord, 12」 (2011). p,126. 3)Jakobsen, K., & Lillefjell, M. 『Factors promoting a successful return to work: from an employer and employee perspective』「Scand J Occup Ther, 21(1)」(2014)., 48-57. 4)Takai, Y., Yamamoto‐Mitani, N., Abe, Y., & Suzuki, M. 『Literature review of pain management for people with chronic pain』「Japan Journal of Nursing Science, 12(3)」(2015)p, 167-183. 5)Antao, L., Shaw, L., Ollson, K., Reen, K., To, F., Bossers, A., & Cooper, L. 『Chronic pain in episodic illness and its influence on work occupations: a scoping review』「Work, 44(1)」(2013).p, 11-36. p.220 軽度認知症の人の就労的活動に関す事業所職員の認識についてのインタビュー調査 ○加茂永梨佳(神戸大学大学院 保健学研究科 博士課程後期課程) 古和久朋・四本かやの(神戸大学大学院 保健学研究科) 1 背景と目的 認知症とは、慢性あるいは進行性の脳疾患によって生じ、多数の高次脳機能障害からなる症候群である。認知症の重症度を分類した臨床認知症尺度では、健康、軽度認知障害、軽度認知症、中等度認知症、重度認知症と5段階に分類され、軽度認知症までは基本的日常生活動作が自立している。加えて、軽度認知障害は認知症に至る前駆期、初期とされることから、本研究では臨床認知症尺度の軽度認知障害と軽度認知症を合わせて“軽度認知症”と定義した。 認知症の根本治療は未確立であり、中核症状である記憶障害等の認知機能の改善は難しい。一方で、認知機能低下に伴い二次的に生じる抑うつや睡眠障害等の行動・心理症状は、社会参加の継続により予防・軽減でき得ることから、認知症の人の社会参加を継続する支援は重要である。近年、就労的活動が認知症の人の生活の質を改善する可能性が明らかにされつつある。しかし、軽度認知症の人が就労的活動に参加する実践例は一部に留まる。その要因の一つに、軽度認知症の人の就労的活動の受け入れ先となる企業等の事業所の不足があるが、受け入れ事業所を対象とした認知症の人の就労的活動についての調査は少ない。 事業所職員を対象とした事前調査1)では、“認知症の人に対する態度(以下「認知症態度」という。)が肯定的であること”と“軽度認知症の人の就労的活動への関心(以下「関心」という。)の高さ”と“軽度認知症の人の就労的活動の実現可能性(以下「実現可能性」という。)の高さ”は、それぞれ正の相関が示された。しかし、一部の事業所職員はそれと異なり、認知症態度が肯定的で、関心が高いにもかかわらず、実現可能性が低かった。認知症態度や関心は、変えることが容易ではないことから、今後実践を促進するために、これら以外の実現可能性に関連する要因を明らかにすることが必要である。 本研究の目的は、“認知症態度が肯定的”であり、“関心が高い”にもかかわらず、“実現可能性が低い” 事業所職員の軽度認知症の人の就労的活動の導入に対する認識を明らかにし、実装に向けた示唆を得ることである。 2 方法 (1)研究デザイン 半構造化インタビューによる質的記述的研究 (2)対象 事前調査1)で、①認知症態度尺度が46点以上、②関心が10点満点中5点以上、③実現可能性が10点満点中5点以下のすべての基準を満たした事業所職員3名とした。性別は、女性1名、男性2名、年代は、30~40歳代であった。3名共に、管理的役割を担い、業種は医療福祉であった。 (3)調査方法 データ収集は、筆者がインタビュアーとなりインタビューガイドを基に行った。インタビューガイドは、実装研究のための統合フレームワーク;Consolidated Framework for Implementation Research2)(以下「CFIR」という。)の一部を参考に作成した。本研究における就労的活動の定義は、通所介護利用者である認知症の人が、通所介護の職員と一緒に小グループで行う有償・無償のボランティア活動で、雇用契約はなく1回あたり1時間程度行うもの3)とした。インタビューは対象者の勤務時間内に、対象者1人に対して2回実施した。 データ分析は、1回目のインタビューを録音した音声データから、逐語録➀を作成し、対象者毎にCFIRの枠組みに沿って整理した。2回目のインタビューでは、“CFIRの枠組みに沿って整理した内容の確認”と“不明瞭な点に関する質問”をした。後者は録音され、逐語録➁を作成した。続いて、CFIRの枠組みに沿って整理した内容の確認を受けたデータと、逐語録➁を1文毎にユニット化し、ユニットにコード名を付けた。ユニットにコード名を付ける際にユニット内のテキストを解釈せず忠実にコード名に反映させた。次に、類似性と差異性から比較検討し、それに基づいて整理・分類しカテゴリ化を行い、カテゴリを説明する概念を付した。そして、概念をCFIRの枠組みに沿って分類した。一連の分析の厳密性を高めるために、分析の段階毎に質的研究者のスーパーバイズを受け検討した。 (4)倫理的配慮  本研究は神戸大学大学院保健学倫理委員会の承認を得て、対象者の同意を得た上で実施した(承認番号1065-1号)。 3 結果・考察 最終的に239個のコードから、44個の概念が生成され、5個のCFIRの構成要素に分類された。以下、概念名は[],CFIRの構成要素名は【】で示した。認知症態度が p.221 図1 軽度認知症の人の就労的活動の導入に対する認識(CFIRの枠組み) 肯定的で、関心は高いが、実現可能性は低い者の軽度認知症の人の就労的活動の導入に対する認識は【知識】【スキル】【職場へ導入した場合の評価】【同僚から得られた個人的経験に基づく主観的意見】【価値観】というCFIRの構成要素に分類・位置づけられた(図1)。 【知識】については、[話題に出ず知らない][軽度認知症の人の就労的活動を知らない]などと、話題にすら出ておらず、軽度認知症の人の状態や就労的活動について知識がない状態であった。 【職場へ導入した場合の評価】については、[楽になるより負担の方が大きい]と語られた。肯定・否定的評価を対比すると、[認知症の人によい]は、[認知症の人の心理的負担増加]により打ち消され、[職員の業務軽減]は、[職員の業務増加]により打ち消されていると推察された。これらのことから、肯定的評価よりも否定的評価の方が大きいことが実現可能性を低くしていると考えた。 【同僚から得られた個人的経験に基づく主観的意見】には、[職員の反対勢力]などの職員の理解を得る難しさが語られた。これらは、対象者の“管理的役割”という立場が影響している可能性がある。一方、【価値観】では、[個人的にはやったらよい]が3人に共通していた。したがって、個人的に行うのではなく、“管理的役割”として軽度認知症の人の就労的活動を職場に導入する難しさが、実現可能性を低くしていると考えられる。 その他の【価値観】には、[認知症の人が楽しくなかったらやる意味がない]など、福祉職としての経験、倫理観や理想が反映されていた。理想と現実の乖離は、失望や不満足を引き起こすとされており、対象者の高い理想が否定的評価や否定的意見の背景となっている可能性がある。 以上から、事業所職員の認識は、軽度認知症や就労的活動について知らない状態に加え、肯定的評価よりも否定的評価の方が大きく、管理的役割という立場で職場へ導入する難しさを感じており、これらは福祉職特有の価値観に下支えされていた。 【知識】は、変化しづらい【価値観】や、同僚という外部要因に影響される【同僚から得られた個人的経験に基づく主観的意見】から独立しており、より一般化しやすく、実装に向けて最も取り組みやすいと考える。したがって、事業所職員が“軽度認知症やその人となり”と“前例からノウハウやよい結果”を知ることにより、[職員の業務増加][その他の人々の心理的負担増加]という否定的評価が変化し、円滑に導入できる可能性がある。 本研究の限界として、対象者の所属は、全て医療福祉施設であることに加え、対象者は、管理的役割、福祉職、認知症態度が肯定的という特性があり、その他の特性を持つ者には、本研究の結果を適用できない可能性がある。 参考文献 1)Erika K, Yuma S, Hisatomo K. 『Acceptability of volunteer activities in people with mild dementia: A preliminary survey on Japanese facility staff』,「International Neuropsychological Society Taiwan Meeting Poster Session4 18」(2023) 2)内富庸介『実装研究のための統合フレームワーク―CFIR―』,「保健医療福祉における普及と実装科学研究会」https://www.radish-japan.org/files/CFIR_Guidebook2021. pdf, (2021), p.93-94 3)厚生労働省『若年性認知症を中心とした介護サービス事業所における地域での社会参加活動の実施について』,「平成30 年 7月27日事務連絡」https://www.zenhokan.or.jp/wp-content/uploads/tuuti399.pdf, (2018) p.222 地域の就労支援機関における就労支援実務者の専門性と支援力の向上への効果的取組に関するヒアリング調査結果 ○藤本優(障害者職業総合センター 研究員) 大竹祐貴・春名由一郎・稲田祐子・堀宏隆(障害者職業総合センター) 1 背景 効果的な障害者就労支援を実施するためには、多様な障害者の就職前から就職後の支援ニーズ及び事業主や職場のニーズの双方に対応し、さらに医療や生活等の多様な関係制度・サービスの総合的活用や調整が求められる。このような効果的な就労支援を可能とする専門人材の育成については、現在の大学等のカリキュラムだけでは必ずしも十分ではなく、様々な分野での教育を受けてきた者が大学等を卒業後に実践現場での研修等の実施によって、専門的スキルを身に着けることが不可欠である。しかし、実践現場では、人員不足などの影響により研修やOJT等の組織的人材育成は必ずしも十分には実施できていない。研修等の充実に向けた体制整備においては、このような支援現場における人材育成の実際的課題に留意することが重要である。 本研究では、地域で効果的な就労支援を実施している支援機関の人材育成担当者へのヒアリングを実施し、就労支援実務者が効果的に専門的知識・スキルを習得するための現場で実施可能な方法を明らかにすることを目的とした。 2 方法 (1) ヒアリング対象事業所 障害者就業・生活支援センターと就労移行支援事業所等を対象としたWeb調査の記述回答で、効果的な就労支援に向けた人材育成の特徴が具体的に確認でき、ヒアリング可能と申告のあった事業所から、所在地、法人・事業所規模、併設事業等について多様な8事業所を対象とした(表1)。 表1 ヒアリング対象事業所 (2) ヒアリング内容 知識・スキルを習得するための実施可能かつ効果的な方法として、OJTの実施の有無、事業所内外の研修を受講する機会の確保、人材育成に関する明確な指標の有無、人事評価をする上でのキャリア指標、職員の学習意欲向上のための組織的な取組について、半構造的面接を実施した。(なお、同時に効果的な就労支援のポイントも聞いているが今回結果は省略する。) (3) 分析方法 ヒアリングで把握した多様な取組を、演繹的に「外部研修」「内部研修」「OJT」「情報共有・事例検討」「その他」の5つに分類した。また、中原の研修転移1)を参考にそれぞれの取組の「前」「中」「後」の状況の違いにも着目した。該当する語りの部分を抜き出し、類似内容別にさらに下位分類を作成し、各語りの文脈上の意図を正確に反映するように留意して各下位分類の内容を要約した。 3 結果 知識・スキルを習得するための実施可能かつ効果的な方法に関して、以下の具体的内容が語られた。 (1) 外部研修 外部研修前の組織的な取組としては、「費用面での援助」「研修参加の意義の共有」「研修参加へのバックアップ」、また、「上司からの、どのような研修に参加するのか、どのようなことを学ぶのか、といった声かけ」があった。研修中には「研修日程の共有」「研修中にはなるべく本人に連絡しないようにしている」「研修は業務として行う」ことがあった。また、研修後には、「組織からの費用面での援助」「研修後の振り返り」「内部研修・OJTへの紐づけ」などがあった。 (2) 内部研修 内部研修に関しては「オンデマンド研修の活用」について語られた。研修前には、研修受講者の決め方として「管理職が職員の経験を踏まえて打診する」「管理職が業務の中で意識的に研修の優先順位をあげる」ことがあった。研修中には「業務時間内での動画視聴」など組織的に業務内で実施し、業務中の利用者への不利益が出ないように上司による「業務調整」が実施されていた。研修後は、「特定の支援の開始」「給与への還元」等が実施されていた。 p.223 (3) OJT OJTの実施前には、OJTに関しての「説明」が実施され、「管理職による二人体制の整備」により上司や先輩からの助言を得やすい環境整備がされていた。実施中には、段階的に業務を任せることで「若手が疑問点や困り感を持つ業務のOJT」に取り組みつつ、一つ一つの業務や指導を言語化する等の工夫がなされていた。指導方針の決め方は「先輩に一任」「本人との意見交換による決定」の場合があった。また、困り感のある時に、「聞きやすい雰囲気をつくる」「チームのリーダーの意識で指導・助言している」という発言も多かった。OJT後には、「クラウドを活用した記録の確認」「タイムラグのないフィードバックの実施」「数か月単位の面談を通してコミュニケーションをはかりつつ現状を共有」などがなされていた。 (4) 情報共有・事例検討 情報共有・事例検討は、運営に支障をきたさない程度の「定期的な実施」であり、実施前には「特別な準備をしない」「簡単なサマリーの作成」など業務負担にならない程度の準備が実施されていた。実施中には「ファシリテーターは交代で実施」「全体像を伝える」ことにより全員で検討を実施し、検討後には、実践に活かすことを前提として「実践に活かした報告」などがなされていた。 (5) その他 その他、直属の上司では果たしづらい、「スタッフがスーパーバイザーを通して自分自身と向き合う」「スタッフがなんでも相談できる場」の役割をスーパーバイザーが担っている状況の語りがあった。 4 考察 (1) 研修参加や研修効果の阻害要因の除去の取組 費用面も含め、研修は業務として行うなどの職場内の文化が研修の受講をサポートし、研修に参加する前には、上司からどのような研修に参加するのか、どのようなことを学ぶのか、といった声かけが実施され、研修中にはなるべく本人に連絡しないことや、業務中のオンデマンド研修では業務に影響しない業務調整の配慮があった。これらは、Phillipsら2)による研修後の研修参加者の行動変容の阻害要因である「上司や所属長が研修をサポートしない」「職場内の文化が研修サポートしない」ことを除去する取組であると考えられる。 (2) 外部研修と組織内の人材育成の連動 外部研修後には「内部研修・OJTへの紐づけ」が重視されていた。具体的には「外部研修で学んだリハビリテーションやジョブコーチについて組織内部で紐づけた研修体系をつくる」「研修で学んだ手法について実践して感想を言い合う」などがあった。このことは、空閑3)の「研修で学んだことを日々の実践に活かしていくという意味で、OJTとOff-JTとの有機的な連動が必要」という知見や、中原ら1)の「研修を実践現場で活用できるようにするためには、研修後の上司からのフォローアップが重要」という知見とも一致している。さらに、外部研修で学んだ内容を言語化し、OJT指導で伝えることは指導者もさらに理解を深めることにもつながると考えられる。 (3) OJTにおける主体的問題意識と相談しやすい環境 OJTの取組では、重要な取組課題を上司等が設定しながらOJTを受ける者が主体的に「疑問点や困り感」を持つことで、外部研修や内部研修の内容が自分のこととして受け止められるようになることが重視されていた。また、「困り感」を持った時に、相談しやすい心理的安全性のある環境整備や、継続的な記録の共有やフィードバックが重視されていた。このことは、津田4)による、OJTのプロセスである、①問題意識と現状把握、②テーマ・課題の設定、③目標の設定、④計画の作成、⑤OJTの実施、⑥モニタリング、⑦新たな段階に向けたフィードバックというPDCAサイクルの、①~④における人材育成の主体性の強化、⑤~⑦のコミュニケーションの促進に寄与し、効果的な人材育成のプロセスの好循環をもたらし、長期的な人材育成につながる効果があると考えられる。 (4)業務負担の少ない効率的な事例検討等 事例検討は業務負担にならないように、資料を簡素に、役割を分担する等しながら、実践に活かせる共同での事例検討や経験の共有が実施されていた。 5 結論 就労支援実務者が効果的に専門的知識・スキルを習得するためには、外部研修への参加を組織として応援し、研修とOJTを連動させ、実務経験の中で支援課題への主体的な取組の中で困り感を経験しながら、状況の共有や相談のしやすさ、業務負担の少ない事例検討等への参加、スーパーバイザーの役割により、継続的に成長することを可能としていた。 文献 1)中原淳 島村公俊ら(2018)「研修開発入門 「研修転移」の理論と実践」ダイヤモンド社 2)Phillips,J.J.&phillips,P.P(2002)「Relapse prevention for managerial training :Amodel for maintenance of behavior change.」Academy of management Review Vol.7 pp433-441 3)空閑浩人(2009)「ソーシャルワークの基本スキルの向上と現任研修-OJTの視点から-」ソーシャルワーク研究35(1)21―27 4)津田耕一(2014)「福祉現場OJTハンドブック」ミネルヴァ書房 p.224 職場における情報共有の課題に関する研究①-業務指示伝達に関するアンケート結果報告- ○大石甲(障害者職業総合センター 上席研究員) 伊藤丈人・永登大和・布施薫(障害者職業総合センター) 1 問題の所在と目的 職場における情報のやり取りについて、障害に起因する課題を抱える者は多い。職場では、業務に関するフォーマルな情報共有だけでなく、業務指示以外の情報の共有(インフォーマルなコミュニケーション)も行われている。障害者職業総合センターでは、改めて障害者が情報のやり取りについてどのような課題に直面し、どのような配慮を必要としているのか明らかにするとともに、課題解消に向けた取組事例を把握するための調査研究を実施している。 同研究では、業務指示や業務指示以外の職場の情報を障害者に共有する際の課題、それを解消するために事業主や本人が行っている配慮や工夫等を明らかにするため、企業及び働く障害者の双方に対してアンケート調査を実施した。本発表では同アンケート調査により取得した結果のうち、業務指示伝達の状況について報告する。 2 方法 厚生労働省から提供を受けた令和4年障害者雇用状況報告(令和4年6月1日)の企業データのうち障害者を1人以上雇用していた企業75,349社を母集団とし抽出した10,000社を対象企業とし、2023年10月から11月に調査実施した。 企業アンケート調査は、対象企業の障害者の人事・労務担当者又は障害のある社員の上司などの、障害のある社員と日常的にコミュニケーションを取っている者又は障害のある社員とのコミュニケーションの状況を把握している者へ回答を求めた。併せて、障害者アンケート調査は、対象企業への依頼文送付時に障害のある社員へのアンケート協力依頼を同封し、対象企業において働く障害のある社員最大5人への配布により回答を求めた。 調査内容は両調査とも基本属性、業務指示伝達の状況、業務指示以外の情報の伝達状況等とするとともに、回答は任意とし、協力の拒否や回答内容により不利益は生じないことを依頼文に記載した。なお、両調査は当センターに設置する調査研究倫理審査委員会の審査を経たものである。 3 結果 (1) 回収状況 企業アンケート調査の有効回答は1,217件(有効回答率12.2%)、障害者アンケート調査の有効回答は721件であった。 (2) 基本属性 企業アンケート調査の回答企業の産業分類は、「医療、福祉」が24.6%で最も多く、「製造業」22.2%、「サービス業(他に分類されないもの)」11.9%、「卸売業、小売業」9.5%と続いた。常用雇用労働者数は、「100~299.5人」が最も多く47.7%、「43.5~99.5人」29.2%、「300~499.5人」9.2%と続いた。会社・法人の事業形態は、一般の法人が97.5%を占め、就労継続支援A型事業所は1.2%、特例子会社は0.3%だった。雇用障害者数は「2~3人」が最も多く36.0%、「4~10人」26.4%、「1人」25.4%と続いた。雇用障害者の障害種別(回答者が回答時に念頭に置いた障害種別)は、「知的障害」が最も多く27.0%で、「肢体不自由」23.2%、「精神障害」18.2%、「内部障害」14.2%と続いた。 障害者アンケート調査の回答者の性別は「男」65.3%、「女」32.6%だった。年齢は「50~59歳」が最も多く25.0%、「40~49歳」20.8%、「20~29歳」19.0%、「30~39歳」18.2%と続いた。障害種別は、「肢体不自由」が最も多く24.0%で、「精神障害」19.6%、「内部障害」18.7%、「知的障害」17.2%、「発達障害」11.1%と続いた。 (3) 業務指示伝達に関して行っている配慮 企業アンケート調査では業務指示伝達に関して行っている配慮の内容を複数選択形式で取得した。10件以上回答のあった障害種別に似た回答をまとめたところ、「肢体不自由」、「内部障害」、「難病」へは業務指示伝達に関する配慮を行っていない場合が多かった。「知的障害」、「精神障害」、「発達障害」へは、指示内容を簡単にして伝える配慮を行う場合が多く、また、指示内容の書面での提示や、指示役の固定化、優先順位の明確化、複数の指示は順番に示すこと、指示内容を理解しているかその場で確認すること等の配慮も一定の割合で行っていた。「視覚障害」、「聴覚・言語障害」は他の障害種別とは違った回答傾向があり、「視覚障害」へは指示内容を簡単にして伝える配慮を行う場合が多かったほか、指示内容の文書を拡大印刷や電子ファイルなど見え方に適した形で提供する配慮を行う場合もあった。「聴覚・言語障害」へは、手話や筆談、文字変換アプリなどの理解しやすい手段で伝える配慮を行う場合が最も多く、指示内容を簡単にして伝えたり、指示内容の書面での提示、指示内容をメールやチャット、SNSなどで伝えるといった配慮を行う場合もあった。 p.225 (4) 業務指示の把握の課題を解消するために行っている工夫 障害者アンケートでは業務指示の内容を把握し理解する際の課題を解消するために行っている工夫を複数選択形式で取得した。(3)の8つの障害種別に似た回答をまとめたところ、「視覚障害」、「肢体不自由」、「内部障害」、「難病」では、工夫を行っていない場合が多かったほか、分からないことはその場で質問したり、メモを取るなどの工夫を行う場合もあった。「知的障害」、「精神障害」、「発達障害」ではその場で質問する工夫が最も多く、分かりやすい言葉を使うよう依頼したり、メモを取るなどの工夫を行う場合もあった。「聴覚・言語障害」は他の障害種別と異なり、その場で質問する工夫が多かったほか、メモを取ったり、自分がやり取りしやすいコミュニケーション手段の使用、指示をする際に口元を見せる、ゆっくり話す等の配慮や、指示内容の紙面での提示などを依頼する場合もあった。 (5) 業務指示の伝達・把握に関する困難の頻度の認識 企業側と障害者側の業務指示の伝達・把握に関する困難の認識を比較するため、企業アンケート調査の「業務指示伝達に関する困難の頻度」の結果と、障害者アンケート調査の「業務指示の把握に困難を感じる頻度」の結果を、(3)で示した8つの障害種別に、無回答を除いた4つの回答の割合を集計した結果を図1に示した。 「肢体不自由」、「内部障害」、「難病」では企業と障害者の認識は概ね一致しており、困難を感じる頻度は低かった。「知的障害」と「精神障害」でも、企業と障害者の認識は概ね一致しており、「ときどきある」と「ほとんどない」が回答の中心だった。「聴覚・言語障害」と「発達障害」では、企業と障害者の認識は異なり、障害者の方が企業より困難を感じる頻度が高かった。企業は「ほとんどない」が最も多くその次が「ときどきある」だったが、障害者は「ときどきある」が最も多く、次に多かった「ほとんどない」の約3倍の回答となっていた。「視覚障害」も企業と障害者の認識は異なり、障害者の方が企業より困難を感じる頻度は高かった。企業は「ほとんどない」が半数を超えていたが、障害者の「ほとんどない」は3割程度だった。 図1 業務指示の伝達・把握に関する困難の頻度の認識 4 考察 企業が業務指示伝達に関して行う配慮は、障害種別により異なっていた。「肢体不自由」、「内部障害」、「難病」等のコミュニケーション面の課題の生じにくい障害種別では、配慮の実施はあまり見られなかった。「知的障害」、「精神障害」、「発達障害」等の認知機能面の障害特性を持つ障害種別では、業務指示伝達において、伝達する情報を簡単なものに改めたり、情報を伝達する量や優先順位にも配慮を行うことで認知的負荷を減らし、指示内容をその場で確認することも含めて、指示内容が間違って伝わることを予防していた。「視覚障害」、「聴覚・言語障害」等の感覚機能面の障害特性を持つ障害種別では、見え方や聞こえ方に配慮したコミュニケーション手段を用いることで、業務指示が間違いなく伝わるようにしていた。 障害者が業務指示の把握の課題を解消するために行う工夫も、障害種別により異なっていた。「視覚障害」、「肢体不自由」、「内部障害」、「難病」等の、音声によるコミュニケーションを課題としない障害種別では、工夫を行っていない場合が多く、質問やメモといった一般の就労場面でも行う工夫が若干みられた程度だった。「知的障害」、「精神障害」、「発達障害」等の認知機能面の障害特性を持つ障害種別では、間違った情報伝達を防ぐため、分かりやすい業務指示を依頼するほか、質問したりメモを取る頻度が高かった。「聴覚・言語障害」では、間違った情報伝達を防ぐため、質問したりメモを取るほか、聞こえ方に配慮したコミュニケーション手段の使用や、書面で指示をもらえるよう依頼するなどの工夫が見られた。 以上のような配慮や工夫を行った上での、業務指示の伝達・把握に関する困難の頻度の認識については、「肢体不自由」、「内部障害」、「難病」等のコミュニケーション面の課題の生じにくい障害種別では、企業と障害者の認識は概ね一致しており、困難を感じる頻度は低かったことから、障害により業務指示伝達における困難は生じにくいと考えられた。「知的障害」と「精神障害」は、企業と障害者の認識は概ね一致しており、配慮や工夫を行ってもなお課題が残っていたことから、企業側と障害者側の双方に困り感が残るケースが一定程度あり、それを企業側も障害者側も認識しつつ日々の業務を行っていると考えられた。「視覚障害」、「聴覚・言語障害」、「発達障害」は、企業と障害者の認識は異なり、障害者の方が企業より困難を感じる頻度が高かったことから、企業側の配慮や障害者側の工夫によっても業務指示伝達の困難は残っているが、それが企業側には認識されにくく課題となっていることが明らかとなった。 p.226 職場における情報共有の課題に関する研究②-業務指示以外の情報共有に関するアンケート結果報告- ○伊藤丈人(障害者職業総合センター 上席研究員) 大石甲・永登大和・布施薫(障害者職業総合センター) 1 問題の所在と目的 職場における情報のやり取りについて、障害に起因する課題を抱える者は多い。職場では、業務に関するフォーマルな情報共有だけでなく、業務指示以外の情報の共有(インフォーマルなコミュニケーション)も行われている。障害者職業総合センターでは、改めて障害者が情報のやり取りについてどのような課題に直面し、どのような配慮を必要としているのか明らかにするとともに、課題解消に向けた取組事例を把握するための調査研究を実施している1)。 同研究では、業務指示や業務指示以外の職場の情報を障害者に共有する際の課題、それを解消するために事業主や本人が行っている配慮や工夫等を明らかにするため、企業及び働く障害者の双方に対してアンケート調査を実施した。本発表では同アンケート調査の結果のうち、業務指示以外の情報共有の状況について報告する。 2 方法 企業及び障害者へのアンケート調査の方法については、本論文集の「職場における情報共有の課題に関する研究①-業務指示伝達に関するアンケート結果報告-」(以下「報告①」という。)に記載のとおりである。 3 結果 (1) 回収状況と属性 企業アンケート調査の有効回答は1,217件(有効回答率12.2%)、障害者アンケート調査の有効回答は721件であった。なお、回答者の基本属性は、報告①に記載した。 (2) 障害者が感じる業務指示以外の情報伝達の際の困難 障害者アンケート調査にて、職場における業務指示以外の情報の共有に関する困難の頻度を、4件法(頻繁にある/ときどきある/ほとんどない/まったくない)で把握した。そのうえで、困難の頻度について、回答傾向の類似性の観点からいくつかの障害種別を統合し、各障害種別の回答割合の比較を行った。困難の頻度が「頻繁にある」及び「ときどきある」の回答を合計した割合は、「聴覚・言語障害」で58.5%と最も高く、次いで「精神/発達/高次脳/てんかん」48.9%、「視覚障害」40.9%、「知的障害」28.5%、「肢体/内部/難病」16.4%であった。困難の頻度が「まったくない」と回答した割合は、「肢体/内部/難病」が57.0%と最も多く、次いで「知的障害」29.5%、「視覚障害」22.7%、「精神/発達/高次脳/てんかん」18.3%、「聴覚・言語障害」5.6%であった。 (3) 業務指示以外の情報共有に関して企業が行う配慮 企業アンケートにおいて、業務指示以外の情報共有に関して企業が行う配慮について、複数選択形式で回答を求め、雇用障害者の障害種別に比較した(図1)。 図1 業務指示以外の情報共有に関する企業側の配慮 「肢体/内部/難病」を雇用する企業においては、「業務指示以外の情報共有について、特別なことは行っていない。」(69.1%)が最も多かった。その他の障害種別をみると、「朝礼やミーティングの場で、必要な情報を周知するようにしている。」や、「上司等が、障害のある社員(職員)が必要な情報を把握しているかを確認するようにしている。」といった選択肢が、障害種別に関わらず3割から5割程度選ばれていた。「視覚障害」雇用企業においては、3割程度が「(視覚障害など)掲示物を読むことができない社員(職員)には、別途情報提供する機会を設けている。」と回答していた(27.3%)。「聴覚・言語障害」雇用企業においては、半数程度が「(聴覚障害など)放送内容を把握できない社員(職員)に対しては、その内容を p.227 書面等で示すようにしている。」と回答していた(50.6%)。その他自由記述による回答には、「家族への連絡」への言及や、「毎日雑談をする」等、本人との積極的なコミュニケーションに関するもの、そして「ふりがなをふった資料を作成」、「(映像資料等の)配信時に字幕を付けたり、スクリプトを添付する」といった、個別の障害特性に応じた配慮を行っている旨のものもみられた。 (4) 業務指示以外の情報取得に関して障害者が行う工夫 障害者アンケートにおいて、業務指示以外の情報の取得に関して、障害者自身が行っている工夫について、複数選択形式で回答を求め、障害種別に比較を行った(図2)。 図2 業務指示以外の情報取得に関する障害者側の工夫 「肢体/内部/難病」においては、企業アンケート同様、「特別なことは行っていない。」が最も多かった(63.3%)。その他の障害種別をみると、「自身が把握できていない情報については、上司や同僚に積極的に質問するようにしている。」という項目に、障害種別を問わず4割以上の回答がみられた。「視覚障害」、「聴覚・言語障害」、「精神/発達/高次脳/てんかん」においては、約3割から5割程度が「日ごろから上司や同僚との良好な人間関係構築に努め、自然に情報共有してもらえるよう努めている。」を選択していた。また、「聴覚・言語障害」、「精神/発達/高次脳/てんかん」においては、「昼休みや休憩時間を一人で過ごすことで必要以上の情報に接することを避け、心の安定を保てるように努めている。」の項目に3割程度の回答がみられた。「聴覚・言語障害」においては、「雑談をしている際も、手話や文字変換アプリなど、自身が把握しやすいコミュニケーションの手段やツールを用いた情報提供を求めている」(16.4%)、「雑談の際でも、ゆっくり話す、口元を見せるなど、話す際の配慮を求めるようにしている。」(25.5%)といった回答が一定程度みられた。その他自由記述による回答には、「雑談に使える話題を収集する」といったものや、逆に「なるべく人と関わらないようにする」といったものもあった。 4 考察 障害者アンケートの結果は、職場における業務指示以外の情報の伝達について、障害種別によっては困難を感じることが一定程度あることを示している(特に「聴覚・言語障害」、「精神/発達/高次脳/てんかん」など)。これに対して企業側も、主に定期的なミーティングを通じて業務指示以外の情報共有を行い、上司等が障害者に情報が届いているかの確認をする、そして視聴覚障害に対応してコミュニケーション手段を選択するなど、多様な対策を行っていることが、企業アンケートの結果によって支持された。 一方、障害者側も業務指示以外の情報取得について、上司や同僚に積極的に質問する、日ごろから周囲との良好な人間関係構築に努めるなどの工夫を行っていることが、障害者アンケートによって明らかとなった。 他方、肢体不自由や難病のように、感覚や認知などに関わらない障害種別では、インフォーマルなコミュニケーションに関する困り感はなく、企業側も障害者側も特段の対策を行っていないことも確認された。 また、障害者側の工夫として、必要以上の情報に接することを避け、心の安定を保つようにするとの選択肢が一定程度選ばれている。このことは、報告①で取り上げた業務指示については確実に障害者に伝わることが優先されるのと異なり、インフォーマルなコミュニケーションはその内容や対象障害者の特性に応じてきめ細かに丁寧に行われるべきことを示唆しているといえよう。 参考文献 1) 障害者職業総合センター「職場における情報共有の課題に関する研究-テレワークの普及等の職場の環境変化を踏まえて-」(2025年3月公開予定). p.228 中高年齢障害者の雇用管理・キャリア形成支援に関する検討(その1)-障害者就業・生活支援センター調査の結果から- ○武澤友広(障害者職業総合センター 上席研究員) 春名由一郎・堀宏隆・宮澤史穂(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 厚生労働省が約9,400事業所に雇用されている障害者を対象に2023年に実施した「障害者の雇用の実態等に関する調査」1)によると、回答者のうち45歳以上の者が占める割合は、身体障害で74.3%、知的障害で18.7%、精神障害で37.0%であった。障害のある労働者が高齢化している現状において、中高年齢障害者が職場や地域社会で活躍し続けることのできる社会を形成するための障害者と事業主双方への専門的支援のあり方の検討が急務となっている。 我が国における中高年齢障害者の就労支援に関する課題を特定した文献研究2)によると、雇用継続支援については、加齢による心身機能の低下に対応した職務や働き方の調整だけでなく、ライフステージや職場・家庭での役割の変化に応じた適応支援、能力の多様性等を受け入れる寛容さ等の職場風土の醸成を含めた幅広い支援が求められていた。 それでは、就労支援機関は上記のような中高年齢障害者の支援ニーズにどのように対応しているのだろうか。本発表では、就業面及び生活面における一体的な支援を行っている障害者就業・生活支援センターを対象とした調査により、中高年齢障害者の課題への対応状況を包括的に把握することを目的とした。 2 方法 (1) 調査時期と調査対象 調査は2023年7月から8月にかけて実施した。2023年4月1日時点で設置されていた障害者就業・生活支援センター計337所から無作為抽出した169所にWeb調査の概要及びURLが記載された調査協力依頼文書を郵便により送付した。各所に「中高年齢障害者に関する相談経験が最も豊富な支援担当者」を選定してもらい、回答するよう依頼した。 (2) 調査項目 ア 所属機関の属性 事業運営年数、2022年度の中高年齢障害者(相談時点で45歳以上かつ当該センターの登録者)に関する相談件数が総相談件数に占める割合をそれぞれ尋ねた。 イ 課題への対応状況 2022年度に相談を受けた中高年齢障害者の課題を「就労選択」「労働条件」「治療と仕事の両立」「育児・介護と仕事の両立」「職場の支援・配慮(年齢相応の配慮を含む)」「職場の人間関係(キーパーソンの変化を含む)」「離職への不安(解雇、退職勧奨、雇止め等)」「労働能率・生産性」「労働意欲」「体調や病気」「生活水準・経済状況」「退職後の生活・将来展望」「その他」の中から選ぶよう求めた。選択された課題のうち、最大3つの課題(4つ以上選択の場合、Webフォーム機能により無作為選択)について、対応状況と中高年齢期の特徴について自由記述で把握した。 (ア)課題対応状況:各課題にどのような対応を行うことが多いか(相談者および相談者以外の人への対応内容、他機関との連携状況を含む) (イ)中高年齢期の特徴:課題対応において、中高年齢以外(45歳未満)の障害者に実施する場合との留意点の違いがあるかどうか、ある場合、その違いの具体的内容 3 結果 (1) 回答センターの特徴 回答件数は77件(回収率:45.6%)であった。事業運営年数の範囲は1-22年(平均:15.0)で、10年以上20年未満のセンターが約8割を占めた。また、7割以上の回答センターにおける2022年度の中高年齢障害者に関する相談件数が総相談件数に占める割合は2~5割であった。 (2) 中高年齢障害者に関する課題の対応状況 多様な課題について、2022年度に相談を受けた課題として、全回答センターの何%がその課題を選んだかを表す選択率を図1に示した。選択率が60%を超えた課題として、「体調や病気」(80.5%)、「就労選択」(79.2%)、「労働条件」(68.8%)、「生活水準・経済状況」(61.0%)の4課題があった。4課題への対応内容、中高年齢期の特徴の自由記述回答の分析結果を以下に示す。 図1 2022年度に相談を受けた課題に関する選択率(n=77) p.229 ア 「体調や病気」への対応と中高年齢障害者の特徴 「体調や病気」の課題に対し、障害者本人への対応としては、体調管理や生活リズムの構築に関する助言や主治医への相談・確認事項の整理があった。企業への対応としては、定期的な職場訪問や病状・配慮事項の共有と対応の検討があった。その他、家族の通院同行とその結果の共有の依頼や、関係機関と生活支援の調整があった。 中高年齢以外の障害者に対応する場合との留意点の違いが「ある」と回答したセンターは33件中6件(18.2%)であった。具体的な留意点として、認知症の発症可能性、単身者の体調不良によるリスクの高さ、加齢に伴う体調不良の影響などが挙げられた。 イ 「就労選択」への対応と中高年齢障害者の特徴 障害者本人への対応として、電話相談・面談、アセスメント、公的経済支援・福祉サービスの説明、生活面の支援、関係機関への繋ぎが挙げられた。企業への対応としては、配慮事項の確認や職場見学の依頼・同行が挙げられた。また、家族には本人の就労に関する意向を確認したり、関係機関には意見照会やアセスメントの依頼を行っているとの回答もあった。 中高年齢以外の障害者に対応する場合との留意点の違いが「ある」との回答は、28センター中6センター(21.4%)であり、具体的には、中高年齢層における採用・契約更新の少なさ、職歴を活かした就職に対する本人のこだわり、加齢とともに募る就職への焦りが挙げられた。 ウ 「労働条件」への対応と中高年齢障害者の特徴 障害者本人への対応として、非開示就職の相談、現状に適した就労先の検討、労働条件の妥当性を検証するための実習・訓練の提案などが挙げられた。企業への対応としては、求職者の労働条件についての検討の要請、労働条件に関する協議(勤務時間の延長・短縮など)の回答があった。また、関係機関に対して、意見照会の他、ジョブコーチ支援の依頼、通院同行による本人の病状の確認、セーフティネットの構築が挙げられた。 中高年齢以外の障害者に対応する場合との留意点の違いが「ある」との回答は、26センター中7センター(26.9%)であった。具体的には、中高年齢層では、本人の正社員採用に対するこだわりの強さ、収入面に重きがあることで求職に際してマッチングに苦慮すること、能力低下に見合う雇用を維持するための労働条件の見直しが必要なことなどが挙げられた。 エ 「生活水準・経済状況」への対応と中高年齢障害者の特徴 障害者本人への対応として、収支や傷病手当・失業給付・障害年金の受給状況の確認、支援対象となる制度の紹介、年金申請、債務整理の支援、退職・転職・兼業・扶養に入ることの検討などが挙げられた。企業に対しては、賃金についての相談、また、関係機関に対して金銭管理支援などの連携支援や情報共有を行っているとの回答があった。 中高年齢以外の障害者に対応する場合との留意点の違いが「ある」との回答は、20センター中8センター(40.0%)であり、具体的には、中高年齢層では、一般就労の経験が長いことにより本人が福祉的就労を選択肢に入れることが困難であること、家庭環境・年金等を加味した支援、ライフイベント(親との死別、結婚、離婚、子育て等)による生活困窮、生活の維持のために無理して働くことにより精神的不調に陥ることなどが挙げられた。 4 考察 障害者就業・生活支援センターが、中高年齢障害者に関して相談を受けることが比較的多いのは、他の年齢層でも多くある「体調や病気」や「就労選択」だけでなく、「労働条件」や「生活水準・経済状況」といった相談であった。特に、中高年齢期では、それまでの職業経験や世帯での役割等を踏まえた本人の希望に対して、仕事や働き方の条件とのマッチングや雇用継続が困難な状況がうかがえた。経済や生活面の支援ニーズ、就職への焦りや精神的不調への心理面の支援ニーズが認められ、多様な支援ニーズがあることが明らかになった。 中高年齢障害者の中には収入確保の緊要性等から就職や職場復帰を急ぐ者もいる。限られた時間で、労働条件の検討、就職先や職場復帰先との調整等を実施することは困難である。本人が希望する条件を満たす障害者求人が少なければ「就労選択」が困難となる。また、能力低下のある就業者では、雇用形態や処遇等「労働条件」の調整がより困難となりやすい。「生活水準・経済状況」に関する課題は、「就労選択」「労働条件」に関する課題と関連し、また親との死別などのライフイベントによって生活困窮に陥る人もいる。失業給付の延長等の各種制度の情報提供や活用、経済や生活面の支援との総合的な実施が必要である。さらに、「体調や病気」の課題は、単純に加齢の影響だけではなく、生活の維持のために無理して働くことで誘発されている可能性も示唆される。 中高年齢層の就労支援においては、加齢による心身機能の低下だけでなく、生活面、経済面、心理面といった多様なニーズに対応することが重要である。 参考文献 1)厚生労働省 (2024) 令和5年度障害者雇用実態調査結果報告書 <2024年6月26日アクセス> 2)武澤ら (2023) 中高年齢障害者の雇用継続支援及びキャリア形成支援に関する文献検討. ,<2024年3月25日アクセス> p.230 中高年齢障害者の雇用管理・キャリア形成支援に関する検討(その2)-事業所及び障害者調査の結果から- ○梅原瑞幾(障害者職業総合センター 研究協力員) 宮澤史穂・春名由一郎・稲田祐子・堀宏隆・武澤友広・中野善文(障害者職業総合センター) 1 背景・目的 令和5年度障害者雇用状況の集計結果1)をみると、民間企業に雇用されている障害者の数は前年より4.6%増加し、約64万人に達している。過去20年間連続で最高を更新しているように、障害者雇用数は増加の一途を辿るが、一方で障害者が中高年齢化することも予想されている。令和5年度障害者雇用実態調査の結果2)をみると、例えば、身体障害者では50歳以上の層が6割程度であることが報告されている。 中高年齢となった障害者や当該障害者を雇用する事業所が直面する困難は多岐に渡る。加齢に伴う不適応を早期に見つけ、それに対する継続的な支援・配慮を実施するためには、障害者に対するキャリア形成支援も必要となる。そこで、本報告では、企業で実施されている35歳以上の障害者(以下「中高年齢障害者」という。)へのキャリア形成支援の実態及び当該支援に対する中高年齢障害者本人のニーズを包括的に把握することを目的とする「中高年齢障害者の雇用継続支援及びキャリア形成支援に関する研究」で実施した事業所調査及び障害者調査の結果の一部を報告する。 2 方法 (1) 調査時期と調査対象 ア 事業所調査 調査は2024年4月から5月にかけて実施した。調査の対象事業所は以下の手続きで選定した。2023年6月1日時点における「障害者雇用状況集計結果」1)より、障害者を1名以上雇用している企業(規模と業種により層化抽出した9,402社)及び特例子会社(全数598社)の計1万件にWeb調査の概要及びURLが記載された調査協力依頼書を郵便により送付した。各企業には、障害者を最も多く雇用している1事業所を選定の上、当該事業所の障害者の雇用管理業務の担当者を回答者とし、アンケート回答フォームへの入力もしくは紙の調査票によって回答するように依頼した。 イ 障害者調査 調査は2024年4月から5月にかけて実施した。調査の対象者は令和6年4月1日時点で35歳以上の障害のある者で、事業所調査の対象事業所に雇用されている者(事業所からの紹介者)もしくは障害者就業・生活支援センターまたは就労定着支援事業所を利用しており、かつ、雇用されている者(支援機関からの紹介者)とした。 障害者調査の概要及びURLが記載された依頼書を、事業所調査の送付先企業に6枚、支援機関に6枚それぞれ郵便により送付し、対象となる障害者への当該依頼書の配布を依頼した。 当該依頼書には、対象となる障害者本人がアンケート回答フォームへの入力もしくは紙の調査票によって回答するよう記載した。 (2) 調査項目 ア 事業所調査 事業所の属性として、「事業所の種類」「事業所の常用雇用労働者数」、「中高年齢障害者雇用の有無」等を聞いた。中高年齢障害者に対するキャリア形成支援の状況として、「中高年齢障害者が対象となる支援」、「中高年齢障害者が実際に参加した実績がある支援内容」等を尋ねた。 イ 障害者調査 障害者本人の属性として、「年齢」、「診断を受けた障害の種類」、等を聞いた。また、キャリア形成支援に関連する取組とその説明を提示し、「勤務先におけるキャリア形成支援への参加希望」等を尋ねた。 3 結果 (1) 回答事業所および回答者の特徴 ア 事業所調査 回答数は948件(回収率:9.5%)であった。一般の事業所が約9割を占め、残りの1割は特例子会社及び就労継続支援A型事業所、無回答であった。事業所全体の常用雇用労働者数は、100人未満の小規模な事業所が約5割を占めていた。また、中高年齢障害者が在籍している事業所は91.2%、在籍していない事業所は8.8%であった。 イ 障害者調査 回答数は1,232件であった。回答者の年齢は「35~40歳未満」(20.7%)が最も多く、「50~55歳未満」(18.9%)、「45~50歳未満」(17.5%)と続いた。回答者が診断を受けた障害の種類は「精神障害」(26.9%)が最も多く、次いで「肢体不自由」(20.0%)、「発達障害」(14.2%)であった。 (2) 中高年齢障害者に対するキャリア形成支援の実際 過去5年間に35歳以上の障害者の在籍があったと答えた事業所に対し、中高年齢障害者が対象となる支援の実施内容及び中高年齢障害者の参加実績のある内容の割合について尋ねた結果を図1に示す。 p.231 最も多く選択された支援の内容は「キャリアに関する相談」(38.4%)であり、「目標管理制度」(25.8%)、「スキルアップ研修」(25.2%)と続いた。一方で、「35歳以上の障害者が対象となる支援はない」(34.6%)と回答した事業所も一定数あることがわかった。 また、実際に中高年齢障害者が参加した実績のある内容においても同様に、「キャリアに関する相談」(32.4%)、「目標管理制度」(22.9%)、「スキルアップ研修」(18.8%)の順で中高年齢障害者の実際の参加割合が多いことがわかった。  図1 事業所におけるキャリア形成支援の実施内容及び中高年齢障害者の参加実績のあるキャリア形成支援の内容 (3) キャリア形成支援に関する中高年齢障害者本人のニーズ 障害者調査において、回答者に各キャリア形成支援の内容に対する参加の希望の有無を尋ねた結果を図2に示す。半数以上の回答者が「参加したい」と選択した内容は、「スキルアップ研修」(59.5%)、「マネープランニング研修」(55.0%)、「自己啓発のための支援」(53.3%)であった。 図2 キャリア形成支援に対する中高年齢障害者本人のニーズ 4 考察 事業所のキャリア形成支援の実施率は、各項目において40%を下回っていた。一方で、実際に中高年齢障害者が参加した実績の割合が、事業所における実施率と同程度である項目もあり、内容によっては、中高年齢障害者に活用されている様子がみられた。 一方で、半数以上の中高年齢障害者から参加要望がみられた内容は「スキルアップ研修」や「マネープランニング研修」および「自己啓発のための支援」であるが、中高年齢障害者に対して「マネープランニング研修」を実施している事業所の割合は回答事業所の1割にも満たないなど、キャリア形成支援に関する中高年齢障害者本人のニーズと事業所が実施しているキャリア形成支援の内容が合致していない可能性もあることが示唆された。 障害者の加齢による職務上の困難には、心身機能の低下に応じた職務内容の調整やライフステージ・家庭内における役割の変化に応じた支援など、幅広い支援が求められることが報告されている3)。こうした点も踏まえ、事業所には中高年齢障害者個々のニーズを把握したうえでのキャリア形成支援の内容の検討が求められるだろう。 参考文献 1)厚生労働省(2024) 令和5年度 障害者雇用状況の集計結果. https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_36946.html 2024年7月11日アクセス 2)厚生労働省(2024) 令和5年度 障害者雇用実態調査結果報告書. https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/ 001233721.pdf 2024年7月16日アクセス 3)武澤ら(2023) 中高年齢障害者の雇用継続支援及びキャリア形成支援に関する文献検討. https://www.nivr.jeed.go.jp/vr/absstu00000005s2-att/vr31_rp-18.pdf 2024年7月16日アクセス 奥付 ホームページについて  本発表論文集や、障害者職業総合センターの研究成果物については、一部を除いて、下記のホームページからPDFファイルによりダウンロードできます。 障害者職業総合センターホームページ https://www.nivr.jeed.go.jp/ 著作権等について 無断転載は禁止します。 ただし、視覚障害その他の理由で活字のままでこの本を利用できない方のために、営利を目的とする場合を除き、「録音図書」「点字図書」「拡大写本」等を作成することを認めております。その際は下記までご連絡ください。 なお、視覚障害者の方等で本発表論文集のテキストファイル(文章のみ)を希望されるときも、ご連絡ください。 連絡先 障害者職業総合センター研究企画部企画調整室 TEL 043-297-9067 FAX 043-297-9057 E-mail kikakubu@jeed.go.jp 第32回 職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 編集・発行 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター 〒261-0014 千葉市美浜区若葉3-1-3 TEL 043-297-9067 FAX 043-297-9057 発行日 2024年11月 印刷・製本 株式会社コームラ