第27回職業リハビリテーション研究・実践発表会の開催にあたって 職業リハビリテーション研究・実践発表会は、職業リハビリテーションサービスの基盤整備と質的向上を図るため、職業リハビリテーションに関係する調査研究や実践活動から得られた多くの成果を発表いただく機会を設けるとともに、ご参加いただいた方々の意見交換、経験交流を通じて、研究、実践の成果の普及に努めるために開催しています。今回、第27回の職業リハビリテーション研究・実践発表会を開催する運びとなりました。 近年、就労希望を有する精神障害者等が大幅に増加する一方で、中小企業における障害者雇用の取組が十分に進んでいない状況にあります。こうした状況を踏まえ、職業リハビリテーションサービスをはじめとする障害者雇用を進める取組の充実強化を図り、障害者の雇用を一層促進することが必要とされています。こうした取組を進めるに当たり、長期的な安定雇用を実現することが必要と考えております。 障害者雇用の現状は、雇用障害者数と実雇用率は過去最高を更新しつつも、その実雇用率は法定雇用率に達しておりません。法定雇用率の達成企業の割合は50%を割ってしまいました。企業の規模でみると、500人未満の企業では全体の実雇用率を下回っております。 こうした実態を踏まえ、本年の研究・実践発表会では、昨年のテーマである雇用障害者と使用者の対話の重要性や障害者の職業能力開発に向けた取組も受け、企業のみなさまが企業経営としてのインセンティブをもって障害者の方々を長く安定して雇用していただくこと、そこで働く障害者の方々に活き活きと働いていただくことを目指して、①企業の経済合理性のある障害者雇用、②働く障害者の方々のキャリアの形成、③長期雇用の実現に向けた取組、④職場定着のための支援ツールの活用、などの視点から、みなさまの研究成果や実践活動の事例をご紹介していただくこととしております。 社会の価値観の多様化から、障害は人の個性ととらえるという考え方もあり、こうした人々、世代間の意識の変化を感じ、次の時代の障害者雇用を考える機会としてもご活用いただけることを願っています。 最後に、多くの方々が分科会やポスターの発表に参加いただいたことに感謝いたします。 令和元年11月 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長 和田慶宏 プログラム 【第1日目】令和元年11月18日(月) ○基礎講座・支援技法普及講習 時間 10:30 Ⅰ「精神障害の基礎と職業問題」 講師:武澤友広(障害者職業総合センター研究員) Ⅱ「発達障害の基礎と職業問題」基礎講座 講師:知名青子(障害者職業総合センター研究員) Ⅲ「トータルパッケージの活用」 講師:山科 正寿 (障害者職業総合センター主任研究員) 支援技法普及講習Ⅰ「発達障害者支援技法の紹介〜ナビゲーションブックの作成と活用〜」 講師:小沼香織(障害者職業総合センター職業センター障害者職業カウンセラー) 支援技法普及講習Ⅱ「精神障害者支援技法の紹介〜アンガーコントロール支援〜」 講師:松本聡恵(障害者職業総合センター職業センター障害者職業カウンセラー) ○研究・実践発表会 13:00開会挨拶:和田 慶宏独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 13:15特別講演:「中小企業だからこそ実現できる障害者雇用を考える〜障害者のキャリアラダーを検討する〜」 講師:松原未知氏 ビルド神保町 社会福祉士/精神保健福祉士/キャリアコンサルタント 15:00パネルディスカッションⅠ「障害のある社員が働き続けるために〜障害の多様性と多様な働き方に向き合う中小企業〜」 コーディネーター 高瀬健一障害者職業総合センター 主任研究員 パネリスト(五十音順) 今井真路氏 株式会社I.S.コンサルティング 代表取締役 中津川健二氏 サクラ電線工業株式会社 取締役副社長 松山純子氏 YORISOU社会保険労務士法人 代表 【第2日目】令和元年11月19日(火) ○研究・実践発表会 9:30口頭発表第1部(第1分科会〜第8分科会)分科会形式で各会場に分かれて行います。 11:00ポスター発表研究発表発表者による説明、質疑応答を行います。※掲載時間:10時30分〜15時00分 13:00口頭発表第2部(第9分科会〜第16分科会)分科会形式で各会場に分かれて行います。 15:10パネルディスカッションⅠ「精神障害のある社員の職場定着を進めるための情報共有ツールの有効活用について」 コーディネーター 相澤欽一 宮城障害者職業センター 主幹障害者職業カウンセラー パネリスト(五十音順) 境浩史氏 株式会社島津製作所 人事部 マネージャー 千田若菜氏 医療法人社団ながやまメンタルクリニック 就労支援担当(臨床心理士) 中川正俊氏 田園調布学園大学 人間福祉学部社会福祉学科 教授・精神科医 前山光憲氏 株式会社湘南ゼミナールオーシャン宮崎台事業所 事業所長 目次 ※発表者には名前の前に○がついています。 【特別講演】 「中小企業だからこそ実現できる障害者雇用を考える〜障害者のキャリアラダーを検討する〜」 2 【パネルディスカッションⅠ】 「障害のある社員が働き続けるために〜障害の多様性と多様な働き方に向き合う中小企業」 6 【口頭発表第1部】 第1分科会:企業の新たな取組 1 特例子会社の可能性と限界 〜何に価値を置くべきか〜 10 ○齊藤朋実 第一生命チャレンジド株式会社 ○梶野耕平 第一生命チャレンジド株式会社 2 ろう学校高等部生のためのサマーインターンシップ−JTBグループの取組- 12 ○笠原桂子 株式会社JTBデータサービス 3 店頭での障がい者雇用推進ならびに職場定着への新しい取り組みについて 14 ○鳥井孝繁 アビリティーズジャスコ株式会社  松本慎吾 アビリティーズジャスコ株式会社  イオン株式会社ダイバーシティ推進室 4 「在宅勤務者採用時に求める就労準備性についての考察」〜在宅勤務の SE養成及び採用を通して検討した採用方針について〜 16 ○日元麻衣子 三菱商事太陽株式会社  福元邦雄 三菱商事太陽株式会社  井本忠 三菱商事太陽株式会社  吉元廣彦 三菱商事太陽株式会社  小澤藍 三菱商事太陽株式会社  渡邉雅子 三菱商事太陽株式会社 5 グループ会社への雇用支援と障がい者雇用センタの役割 18 ○柴野陽子 株式会社日立ハイテクサポート 第2分科会:企業における障害者の能力開発 1 障害者雇用への取り組みについて 〜障害者は営業の生産性向上に繋がり戦力となる〜 20 ○笹さとみ サラヤ株式会社 2 障がい者社員が主体となってイキイキと働く職場のつくり方〜なぜ、障がい者中心で、こんなに仕事が回り、収益が上がるのか?〜 22 ○船越哲朗 西部ガス絆結株式会社  大蔵健司 西部ガス絆結株式会社 3 障がい者雇用の拡大と可能性への挑戦 24 ○湯本憲三 株式会社サンキュウ・ウィズ 4 【続編】精神・発達障害者のみの雇用における職業リハビリテーションおよび人財育成(成長促進)の試み 26 ○税所博 ボッシュ株式会社 5 RPAのプログラム開発による障がい者の職域拡大の取り組み 28 ○伊藤直樹 大東コーポレートサービス株式会社 第3分科会:発達障害 1 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおけるリラクゼーション技能トレーニングの改良の取組について 30 ○松浦秀紀 障害者職業総合センター職業センター  佐藤大作 障害者職業総合センター職業センター  小沼香織 障害者職業総合センター職業センター 2 在職障害者の就労支援 〜「大阪府障がい者委託訓練(在職者訓練)」から考える職業準備性と企業の雇用管理 32 ○砂川双葉 特定非営利活動法人クロスジョブクロスジョブ堺  濱田和秀 特定非営利活動法人クロスジョブ 3 修学困難学生へのサポートと就労移行支援事業所との連携−医療系大学のニーズを踏まえて- 34 ○稲葉政徳 岐阜保健大学短期大学部 4 アスペルガー症候群に特化した就労支援プログラム−大学に在籍するアスペルガー症候群者の支援- 36 ○梅永雄二 早稲田大学  繩岡好晴 大妻女子大学 5 「三種の神器」を活用した不注意対策の実践と効果について 38 ○田中信一郎 NECフィールディング株式会社  小林美紗子 NECフィールディング株式会社 第4分科会:高次脳機能障害 1 びまん性軸索損傷による高次脳機能障害者への復職支援−医療機関と就労支援機関とのシームレスな連携についての一考察- 40 ○中島裕也 福井総合クリニック  中川真吾 慶長会夢つづきの家  宮越幸治 福井障害者就業・生活支援センターふっとわーく  渡辺寛子 群馬障害者職業センター  小林康孝 福井医療大学 2 高次脳機能障害者の就労支援・社会復帰支援にむけて、ほっぷでの取り組み〜できることへの着目と自己決定〜 42 ○平山昭江 特定非営利活動法人ほっぷの森 3 当施設における高次脳機能障害及び重度身体障害者の復職支援の1例 44 ○細川慎 岩手県立療育センター  葛西健郎 岩手県立療育センター  田中茂樹 岩手県立療育センター  齋藤貴大 岩手県立療育センター 4 高次脳機能障害の方の復職支援に向けての実践報告〜札幌の現状と課題〜 46 ○角井由佳 特定非営利活動法人クロスジョブクロスジョブ札幌  伊藤真由美 特定非営利活動法人クロスジョブクロスジョブ札幌  辻寛之 特定非営利活動法人クロスジョブクロスジョブ阿倍野  濱田和秀 特定非営利活動法人クロスジョブ 5 アシスティブテクノロジー(AT)を活用した高次脳機能障害者の就労支援−職業センターでの取組状況- 48 ○井上満佐美 障害者職業総合センター職業センター  浅井孝一郎 障害者職業総合センター職業センター 第5分科会:様々なアセスメントの取組 1 トリックアートやことわざを用いて、“自ら考えてもらい、感じてもらう会話の誘発”を目的とした『視点換えプログラム』の実施 50 ○兎束俊成 ひきこもり対策会議船橋/あさくら塾/休職・復職支援 リカバリーらぼ 自分らしさ  朝倉幹晴 あさくら塾  Pin Koro 休職・復職支援 リカバリーらぼ 自分らしさ  岡村昌範 休職・復職支援 リカバリーらぼ 自分らしさ  丸山達也 休職・復職支援 リカバリーらぼ 自分らしさ  池田裕子 休職・復職支援 リカバリーらぼ 自分らしさ 2 障害者の適性能を把握するために、GAT B(厚生労働省編 一般職業適性検査)を用いたアセスメント 52 ○工藤賢治 株式会社ゼネラルパートナーズ  加藤拓海 株式会社ゼネラルパートナーズ 3 アナログゲームを用いた就労適性のアセスメント 54 ○橋本高志 社会福祉法人ぷろぼの  松本太一 アナログゲーム療育アドバイザー  徳山加奈子 社会福祉法人ぷろぼの 4 精神障がい者・発達障がい者の就労に向けたレジリエンスの評価 56 ○奥武あかね 社会福祉法人太陽の家  福澤真 社会福祉法人太陽の家 5 認知機能リハビリテーションを用いた効果検証と就労アセスメントの接続 58 ○松宮千士里 就労移行支援事業所T ODAY 第6分科会:職場復帰支援 1 職場復帰支援におけるフォローアップの状況について ①−地域センターのリワーク支援- 60 ○宮澤史穂 障害者職業総合センター  内藤眞紀子 障害者職業総合センター  依田隆男 障害者職業総合センター  田中歩 障害者職業総合センター  山科正寿 障害者職業総合センター  村久木洋一 障害者職業総合センター 2 職場復帰支援におけるフォローアップの状況について ②−医療機関の復職支援プログラム- 62 ○村久木洋一 障害者職業総合センター  田中歩 障害者職業総合センター  山科正寿 障害者職業総合センター  内藤眞紀子 障害者職業総合センター  依田隆男 障害者職業総合センター  宮澤史穂 障害者職業総合センター 3 リワーク支援終了後、ジョブコーチ支援を適用したケースに関する一考察 64 ○堀宏隆 大分障害者職業センター  阿部友樹 大分障害者職業センター  村久木洋一 元 大分障害者職業センター(現 障害者職業総合センター) 4 気分障害等による休職者の復職支援プログラムにおける「日常生活基礎力形成支援〜心の健康を保つための生活習慣〜」の取組 66 ○井上恭子 障害者職業総合センター職業センター  中村聡美 障害者職業総合センター職業センター 5 発達障害傾向を有するメンタル不調者への効果的な職場復帰支援 ○平野 郁子 北海道障害者職業センター 68 第7分科会:海外の動向 1 早期ダイアローグ( Early Dialogues)〜支援者の心配事を取り上げ、協働関係の構築を目指すアプローチ〜 70 ○越智勇次 しょうがい者就業・生活支援センターアイリス  後藤智行 日本精神保健福祉士協会 2 就労困難性による障害認定・重度判定の課題とフランス・ドイツにおける取組との比較 72 ○春名由一郎 障害者職業総合センター  小澤真 障害者職業総合センター  永嶋麗子 障害者職業総合センター  石田真耶 障害者職業総合センター 3 フランスにおける就労困難性による障害認定・重度判定の実務 74 ○小澤真 障害者職業総合センター  春名由一郎 障害者職業総合センター 4 ドイツにおける就労困難性による障害認定・重度判定の実務 76 ○春名由一郎 障害者職業総合センター  石田真耶 元 障害者職業総合センター  永嶋麗子 障害者職業総合センター 5 ドイツの障害認定基準 78 ○佐渡賢一 元 障害者職業総合センター 第8分科会:困難な課題への対応 1 就労に必要な移動等に困難がある障害者の実状等に関する調査−ヒアリング調査結果から- 80 ○岩佐美樹 障害者職業総合センター  三輪宗文 障害者職業総合センター  浅賀英彦 障害者職業総合センター 2 プラス表現プログラムやマインドフルネス等の認知系プログラムの効果と期待 82 ○宮本真 株式会社ハローワールド  留岡到 株式会社ハローワールド  北見幸子 株式会社ハローワールド  岡崎万奈 株式会社ハローワールド  久保田智美 株式会社ハローワールド株式会社 3 就労移行流 引きこもりの状態にある障害者への就労支援〜就労移行・定着支援事業所の新たな支援の形〜 84 ○植松若菜 株式会社富士山ドリームビレッジ  櫻井俊明 株式会社富士山ドリームビレッジ  清麻理奈 株式会社富士山ドリームビレッジ 4 障害受容が難しく就労支援が困難であった求職者の福祉就労実現へのプロセスの考察 86 ○猿田健一 秋田公共職業安定所 5 支援困難と判断された精神障害者及び発達障害者に対する支援の実態に関する調査 88 ○高瀬健一 障害者職業総合センター 【口頭発表 第2部】 第9分科会:就労支援の新たな取組 1 障害者就業・生活支援センターを受託する社会福祉法人が行う、当法人での障害者雇用の取り組みについての報告 92 ○三島広和 社会福祉法人相模原市社会福祉事業団 2 障がい者雇用に関する農業でのリハビリテーション 94 ○菊元功 CDPフロンティア株式会社  福田雅樹 CDPフロンティア株式会社 3 意思決定支援における本人とチームの相互エンパワーメント 96 ○久保田直樹 就労移行支援事業所ホワイトストーン 4 安心して働ける環境づくりへのアプローチ 98 ○星希望 株式会社あおぞら銀行 第10分科会:働きやすい職場づくりのための取組 1 知的障がい者社員を対象としたストレスチェック実施における工夫 100 ○鈴木翼 MCSハートフル株式会社 2 自己理解を進め職場適応を目指すツール「 reflection paper」運用事例 102 ○眞保智子 法政大学 3 職場におけるWRAPクラスの実践〜精神・発達障がいチャレンジドと支援者の協働によるリカバリーを目指して〜 104 ○山田康広 中電ウイング株式会社  三澤弘一 中電ウイング株式会社  原田裕史 中電ウイング株式会社  渋谷則子 中電ウイング株式会社  竹中美樹 中電ウイング株式会社 4 2019年度社員研修実施計画「社員研修制度新体制へのチャレンジ・試行」に向けたジョブコーチとしての取り組み 106 ○山本恭子 みずほビジネス・チャレンジド株式会社  熱田麻美 みずほビジネス・チャレンジド株式会社 5 事業所における体験型障害特性理解研修の取組について〜事業所と協同で社員研修を企画・実施した事例より〜 108 ○古野素子 東京障害者職業センター ○秋本恵 株式会社JALサンライト  仲島友子 株式会社JALサンライト  棚澤仁 株式会社JALサンライト  田口創一郎 株式会社JALサンライト 小林英夫 株式会社JALサンライト株式会社 第11分科会:精神障害 1 コミュニケーション技法の育成へ向けた精神障害者への指導事例 110 ○園田忠夫 東京障害者職業能力開発校  栗田るみ子 城西大学 2 気分障害のある方への職業準備支援に関する一考察−大分障害者職業センターにおける適応支援カリキュラムの実施状況- 112  堀宏隆 大分障害者職業センター  山口可那子 大分障害者職業センター  市川瑠璃子 元 大分障害者職業センター(現 静岡障害者職業センター) 3 精神障害者への認知バイアス(偏り)や認知機能に特化した就労支援プログラムの実践報告 114 ○工藤達 社会福祉法人はーとふる 4 精神障がい者の就職・起業へ妨げるものと夢の実現へ向かって 116 ○近藤克一 ボランティアサークル「 Aこころ」  柴田小夜子 ボランティアサークル「Aこころ」 5 就労移行支援における不合理な信念に対する短期的緩和介入 118 ○秋山洸亮 一般社団法人リエンゲージメント 第12分科会:職場定着のための支援 1 知的障害を対象とする特別支援学校における職場定着支援の在り方 120 ○矢野川祥典 福山平成大学  山﨑敏秀 高知大学/高知大学教育学部附属特別支援学校  蒲生啓司 高知大学/高知大学教育学部附属特別支援学校  宇川浩之 高知大学教育学部附属特別支援学校  西本三智 高知大学教育学部附属特別支援学校  坂本由布子 高知大学教育学部附属特別支援学校 2 知的障害・発達障害を持つ在職者向け定着支援プログラムの実施を通じて〜2年間の考察と今後の展開について〜 122 ○松村佳子 武蔵野市障害者就労支援センターあいる  竹之内雅典 NPO法人障がい者就業・雇用支援センター 3 就労移行から就労定着支援を通しての障害者自身の障害受容(理解)への支援について 124 ○村島由起 いわき生野学園  林田早苗 いわき生野学園 4 知的障がい者Aさんのトライアル雇用3ヶ月の軌跡〜ジョブコーチもワンアップ!〜 126 ○山下直子 社会福祉法人阪神福祉事業団  川溿孝行 社会福祉法人阪神福祉事業団 5 障がいを有する社員の家族との相互理解の深耕と職場定着支援強化を目的としたイベント「家族参観」への取り組み(ES向上) 128  ○井口智義 みずほビジネス・チャレンジド株式会社  出澤美恵子 みずほビジネス・チャレンジド株式会社  清水精 みずほビジネス・チャレンジド株式会社 第13分科会:医療から就労に向けた取組 1 デイケア型就労支援モデル立ち上げの経緯と今後について 130 ○関谷俊幸 吉祥寺病院  石橋亜希子 吉祥寺病院  小野沢貴子 吉祥寺病院  清澤康伸 吉祥寺病院 2 医療機関における就労支援システムの構築〜医療から社会参加へシームレスな支援を目指して〜 132 ○垂下直樹 浜松市リハビリテーション病院 3 障害者雇用の定着支援におけるダイアロジカルプラクティス〜聞くを大切にする定着支援〜 134 ○後藤智行 日本精神保健福祉士協会  越智勇次 障がい者就業・生活支援センターアイリス 4 休職をきっかけに深まった本人と企業在籍型ジョブコーチとの信頼関係〜本人・企業在籍型ジョブコーチ・同僚の変化〜 136 ○藤原慎二 社会福祉法人阪神福祉事業団  川溿孝行 社会福祉法人阪神福祉事業団  中野弘仁 社会福祉法人阪神福祉事業団 5 解離性同一性障害を抱える方の就労支援の実際事例〜医療・チーム支援の必要性〜 138 ○岡本由紀子 ハローワーク大和高田 第14分科会:支援者のスキルアップを考える 1 私がスタッフに贈り続けていることばと、職場環境について〜よりよい就労支援を目指した経営者のお話〜 140 ○加藤宏昭 特定非営利活動法人ネクステージ 2 夢を希望にするために企業と就労移行支援の立場から専門職として働くための提案 142 ○高橋和子 有限会社芯和  柿沼直人 Cocowa 3 精神・発達障害者を対象とした就労支援者の育成 144 ○清澤康伸 一般社団法人精神・発達障害者就労支援専門職育成協会  関根理絵 一般社団法人精神・発達障害者就労支援専門職育成協会  松為信雄 一般社団法人精神・発達障害者就労支援専門職育成協会 4 就労移行支援事業所における集団認知行動療法に基づいたプログラム効果〜一般職員実施による効果検証〜 146 ○垣内花奈 ウェルビー株式会社  田中庸介 ウェルビー株式会社 5 セルフ・コンパッションに注目したセルフケア研修プログラムの開発−研修参加前後のアンケート結果から- 148 ○大川浩子 北海道文教大学/ NPO法人コミュネット楽創  本多俊紀 NPO法人コミュネット楽創  宮本有紀 東京大学大学院 第15分科会:地域における連携の事例 1 視覚障害支援機関・企業・学校の連携による盲学校における新たな実技指導法の研究 150 ○古川民夫 神戸市立盲学校  森岡健一 神戸市立盲学校  尾池崇 神戸市立盲学校  松盛依美佳 神戸市立盲学校  仲泊聡 公益社団法人NEXT VISION  斎藤雅史 資生堂グローバルイノベーションセンター 152 2 農福連携における継続的取り組みの現状と課題 ○石田憲治 国立研究開発法人農研機構  片山千栄 元 国立研究開発法人農研機構 3 福祉事業所における地域の特徴を活かした農作業の取り組みと就労支援 154 ○片山千栄 元 国立研究開発法人農研機構  石田憲治 国立研究開発法人 農研機構 4 障害者就労支援の関係機関・職種のネットワークと人材育成を促進する「ワークショップ」の可能性と課題 156 ○春名由一郎 障害者職業総合センター 第16分科会:企業における合理的配慮の現状 1 障害者雇用制度の改正等に伴う企業意識・行動の変化に関する研究 158 ○浅賀英彦 障害者職業総合センター  三輪宗文 障害者職業総合センター   宮澤史穂 障害者職業総合センター  布施薫 障害者職業総合センター  永登大和 障害者職業総合センター  木野季朝 元 障害者職業総合センター(現 宮崎障害者職業センター) 2 精神障害者の職場定着支援 −合理的配慮の提供のあり方をめぐって- 160 ○田中典子 社会福祉法人アドベンチスト福祉会  太田幸治 NPO法人クラブハウス二俣川 3 老若男女誰もが一生働ける会社の仕組み創りを目指して。公務員や他企業他職種で発症、手帳取得・民間で活躍をする事例発表 162 ○遠田千穂 富士ソフト企画株式会社  槻田理 富士ソフト企画株式会社 4 障害のある求職者の実態調査結果(中間報告)について 164 ○井口修一 障害者職業総合センター  武澤友広 障害者職業総合センター 【ポスター発表】 1 障害の多様化に対応した職業リハビリテーションツールの効果的な活用に関する研究 168 ○山科正寿 障害者職業総合センター  武澤友広 障害者職業総合センター  村久木洋一 障害者職業総合センター  渋谷友紀 障害者職業総合センター  森誠一 障害者職業総合センター  井口修一 障害者職業総合センター  小池磨美 障害者職業総合センター  知名青子 障害者職業総合センター  田村みつよ 障害者職業総合センター  田中歩 障害者職業総合センター 2 ワークサンプル幕張版(MWS)新規課題実施時における主観的な疲労度と実施結果との関係 170 ○渋谷友紀 障害者職業総合センター  八木繁美 障害者職業総合センター  前原和明 元 障害者職業総合センター(現 秋田大学)  知名青子 障害者職業総合センター  武澤友広 障害者職業総合センター  山科正寿 障害者職業総合センター 3 ワークサンプル幕張版(MWS)の新規課題「社内郵便物仕分」を用いた対象者の特性理解 172 ○知名青子 障害者職業総合センター  八木繁美 障害者職業総合センター  前原和明 元 障害者職業総合センター(現 秋田大学)  渋谷友紀 障害者職業総合センター  武澤友広 障害者職業総合センター  山科正寿 障害者職業総合センター 4 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第5期)結果報告 その1−加齢による障害の重度化とその仕事への影響- 174 ○大石甲 障害者職業総合センター  高瀬健一 障害者職業総合センター  田川史朗 障害者職業総合センター  荒井俊夫 障害者職業総合センター  5 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第5期)結果報告 その2−障害のある労働者の相談先の8年間の変化- 176 ○田川史朗 障害者職業総合センター  高瀬健一 障害者職業総合センター  大石甲 障害者職業総合センター  荒井俊夫 障害者職業総合センター6 中高年齢期の身体・知的・精神障害者の職業課題と支援・職場配慮の障害別の特徴と今後の支援課題 178 ○永野惣一 障害者職業総合センター  春名由一郎 障害者職業総合センター 7 中小企業経営における障害者雇用の課題 180 ○柴山清彦 障害者職業総合センター  依田隆男 障害者職業総合センター 8 障がい者の就労支援を「岐阜の地域」ぐるみで考える〜岐阜圏域就労支援ネットワーク事業の取り組みについて〜 182 ○大原真須美 清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせ  森崇彰 清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせ  三宅敦子 清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせ  佐村枝里子 清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせ  長瀬優子 清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせ  小森正基 清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせ  加藤愛 清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせ  太田保司 清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせ  森敏幸 清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせ 9 誰もが働きやすい職場環境作り〜特別養護老人ホームでの障害者雇用の取り組みについて〜 184 ○峯尾聡太 社会福祉法人フレスコ会 ○佐藤信太朗 会社会福祉法人フレスコ会10 レジリエンス力に着目した就労支援について〜振り返りから次へ〜 186 ○明井和美 特定非営利活動法人アシスト 11 障害者職業総合センター研究部門における職業リハビリテーションの「介入研究」のレビュー 188 ○土屋知子 障害者職業総合センター  松尾加代 障害者職業総合センター 12 web上で実施可能なワークサンプルの開発 190 ○小倉玄 株式会社スタートライン   刎田文記 株式会社スタートライン 13 精神障がい者への職場定着支援におけるStartline Support Systemの活用と効果 192 ○森島貴子 社会福祉法人釧路のぞみ  鈴木浩江 社会福祉法人釧路のぞみ協会  竹谷知比呂 社会福祉法人釧路のぞみ協会  吉川将人 社会福祉法人釧路のぞみ協会  刎田文記 株式会社スタートライン 14 発達障がい者への職場定着支援におけるStartline Support Systemの活用と効果 194 ○和泉宣也 社会福祉法人釧路のぞみ協会  金橋美恵子 社会福祉法人釧路のぞみ協会  鈴木洋介 社会福祉法人釧路のぞみ協会  原田千春 くしろ・ねむろ障がい者就業・生活支援センターぷれん  刎田文記 株式会社スタートライン 15 関係フレーム理論に基づく関係フレームスキルの評価・訓練について−ヒトの言語行動と認知的課題への新たなアプローチ- 196 ○刎田文記 株式会社スタートライン 16 精神科デイケアにおける認知機能リハビリテーション”VCAT-J”を用いた就労・復職支援の取り組み 198 ○垂石純 北見赤十字病院  畑中悠紀 北見赤十字病院 17 就労移行支援における医療機関との連携実践 200 ○秋山洸亮 一般社団法人リエンゲージメント  橋場優子 一般社団法人リエンゲージメント 18 就労継続を支える情報共有シートの利用効果に関する検討 202 ○武澤友広 障害者職業総合センター  相澤欽一 元 障害者職業総合センター(現 宮城障害者職業センター) 19 当院フォローアッププログラムと勤務継続の関連性 204  ○田中千尋 草津病院 20 当社として初めての精神・発達障がい者雇用と働く意欲向上を目指す昇給制度づくり 〜会社の取り組みと雇用後の当事者の思い〜 206 ○常盤耕司 株式会社ソシオネクスト 21 長野県上田市における精神科医療機関と公共職業安定所の連携による就労支援 208 ○河埜康二郎 千曲荘病院  杉山仁美 上田公共職業安定所 22 多機関連携による就労支援の実践〜企業×公共職業安定所×医療×福祉による就労支援の取り組みと考察〜 210 ○髙橋慶子 KURITAワークサポートセンター「 Work-Work」 23 大学における発達障害のある学生の就労支援の実態:アンケート調査の結果から 212 ○清野絵 国立障害者リハビリテーションセンター研究所  榎本容子 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 24 大学と地域の職業リハビリテーション機関と協働した障害学生へのキャリア支援 −協働したアセスメントと共通見解の形成- 214 ○山口明日香 高松大学 25【発達障害がある大学生の就職支援】 ICTを活用した強みと配慮の情報連携について 〜就職マッチング会の結果をもとに〜 216 ○小川健 株式会社エンカレッジ  窪貴志 株式会社エンカレッジ 26 健康料理教室をとおした発達障害者に対する社会的支援に関する研究〜広汎性発達障害者に対応したレシピの検討〜 218 ○森本恭子 美作大学  宮原公子 桐生大学 27 就労移行支援事業所における職業準備性の取り組み〜ASD者のソフトスキルのアセスメント〜 220 ○今村貴美子 特定非営利活動法人クロスジョブクロスジョブ堺  ○加津間愛乃 特定非営利活動法人クロスジョブクロスジョブ梅田  濱田和秀 特定非営利活動法人クロスジョブ  砂川双葉 特定非営利活動法人クロスジョブクロスジョブ堺 28 発達障がい者の継続的な職域開発と定着支援活動について ○山川ちぐさ 株式会社ベネッセビジネスメイト 222 29 特別な配慮を必要とする訓練生の指導法を考える体験型VR教材の開発 224 ○藤田紀勝 職業能力開発総合大学校職業能力開発総合大学校職業能力開発総合大学校職業能力開発総合大学校  深江裕忠 職業能力開発総合大学校  石原まほろ 職業能力開発総合大学校   三橋郁 職業能力開発総合大学校 30 視覚障害者の雇用の質の向上に向けた取り組み−企業等との連携による新たな業務創出の試み- 226 ○石川充英 東京視覚障害者生活支援センター  山崎智章 東京視覚障害者生活支援センター  小原美沙子 東京視覚障害者生活支援センター  宮之原滋 東京視覚障害者生活支援センター  稲垣吉彦 東京視覚障害者生活支援センター  河原佐和子 東京視覚障害者生活支援センター  櫻井恭子 東京視覚障害者生活支援センター  長岡雄一 東京視覚障害者生活支援センター 31 視覚障害者の募集・採用時及び採用後における合理的配慮手続の状況 228 ○依田隆男 障害者職業総合センター 32 視覚障害者の就労におけるパーソナル音響デバイス活用に伴う難聴リスクに関する課題提起 −合理的配慮の質的向上を目指して- 230 ○伊藤丈人 障害者職業総合センター 33 情緒不安定性パーソナリティ障害を併せ持つ軽度知的障害者の就労への支援について 232 ○長峯彰子 わーくすここ・からスマイル  大場文子 NPO法人筍 こごみハウス 34 キャリア教育・職業教育に活用できるトレーニングツールの開発〜社会人・職業人としての常識やマナーの学習に焦点を当てて〜 234 ○内野智仁 筑波大学附属聴覚特別支援学校 35 障害のある生徒たちが希望する職種・業種に就労するために〜夢を叶えよう!!〜 236 ○井上渉 京都市立白河総合支援学校 36 琴の浦教育検証プロジェクト〜効果的に学校教育に活かすカリキュラムマネジメントの実際〜 238 ○山根康代 鳥取県立琴の浦高等特別支援学校 鳥取県立琴の浦高等特別支援学校職員 37 障害福祉サービスを活用した学卒就職者の就業生活支援−自立訓練(生活訓練)プログラム「ぷろぼのワーカーズ」の実践- 240 ○藤田敦子 社会福祉法人ぷろぼの  西垣加奈子 社会福祉法人ぷろぼの 【パネルディスカッションⅡ】 「精神障害のある社員の職場定着を進めるための情報共有ツールの有効活用について」 244 p.2 特別講演 中小企業だから実現できる障害者雇用を考える〜障害者のキャリアラダーを検討する〜 松原未知 ビルド神保町 社会福祉士/精神保健福祉士/キャリアコンサルタント 2018年6月時点での、障害者雇用率の平均は全体では2.05%となる中、従業員1,000人以上の大企業では2.25%と法定雇用率を上回っており、また500〜1,000人の企業も平均と同じく2.05%となっています。つまり、大企業では障害者雇用はほぼ軌道に乗っており法定雇用率の上昇にともない、何かしら雇用対策は実施されていると思われます。その中で、さらに、法定雇用率の引上げが見込まれている現状としては、今後、中小企業に対して障害者雇用促進が期待され、雇用対策が展開されていくことが予測されます。 また、ハローワークからの就職者数を障害種別ごとに見てみると全国平均で、全体は 4.6%増加しているのに対し、身体障害者は0.3%、知的障害者は5.9%、精神障害者は6.6%の増加となっており、精神障害者の増加が著しくなっています。 さて、15年ほど前、某企業の人事部の社員だった私に、ある日突然降りかかってきた課題は、障害者雇用を進めるようにというものでした。 当時は、右も左もわからない中、とにかくひたすら障害者の方を採用し働いてもらうことを考え、実践していく日々でした。各支援機関から協力いただき、「障害者でもできる仕事を切り出す」、「業務工程を見直して、1人の健常者社員の仕事を複数人の障害者の仕事に組み替えていく」そして、「外注に出している業務を障害者で内製化する」ことを進めていきました。その後、特例子会社に転職して、さらに深く障害者雇用に関わり、会社単体では黒字化できませんでしたが、全社からはCSRの視点から高い評価を受けて障害者の安定雇用を実現しました。しかし、同時に「経済合理性を考えると、障害者雇用はいつか限界に達するのではないか」と疑問も感じていました。 「障害者にできる仕事を切り出す」、「障害者の仕事を作り出すために、外注に出した仕事を内製化していく」、「付加価値を生まない仕事でも、障害者雇用のために業務を作り出す」、この繰り返しで、本来の障害のある人と共に働く日本社会を形成することができるのでしょうか。多様性を活かした働き方改革を推進できるのでしょうか。 p.3 さらに、実際このような仕事や業務の切り出しは「間接業務」の多い大企業にしか実現できないやり方なのではないでしょうか。この方法を推し進めていくと、障害者雇用は、比較的経営に余裕のある大企業だけが進めることができ、そして本来であれば障害者雇用を促進する上での経済的な支えである雇用調整金も大企業にしか渡らないことになります。 日本の障害者雇用促進を企業の大小に関わらずに考えた場合、何か他に方法はないのだろうかと考え、そのときに出会ったのが、「自らのリカバリーとキャリアを語る精神障害者」の存在でした。 精神障害者の定義は幅広く限定しにくいものですが、キャリアを積んでいる中で病気を発症した方、健常者として教育を受け、自らのキャリアに夢を持つ中で途中から発達障害に気づいた方、障害があることで生きにくさを感じつつも、自分のキャリアを真摯に考えてきた方、みなそれぞれに、自らの夢や希望、つまり外から見えるキャリアでなく、自分が生きていく中でこうありたいという姿や望む働き方といった内的なキャリアの希望を語っていました。 実際、障害者雇用で精神障害者を雇用するメリットは、いくつかありますが、一番のメリットは「業務の切り出しに制限がかからない」ことです。 精神障害者の中には、障害者同士の環境で障害者のために切り出された単純業務をひたすらこなすことを希望する方ももちろん存在します。しかし、それ以上に多いのが「自分らしく働きたい」、「配慮がないと働きにくいのは事実だが、専門性を生かして働きたい」、「自分の労働に対する正当な対価を得たい、だからキャリアアップを目指せる会社で働きたい」、このような希望を語る人は驚くほど多いのです。 そうなると、間接業務が少なく、「障害者のための仕事」を作りにくいと思われている中小企業こそ、精神障害者を「人材不足を補う戦力」として雇用できるチャンスが多く存在するのです。そのチャンスを活かすには、もちろんマッチングの重要性や採用後の安定雇用の手厚い支援は不可欠ではありますが、実際多様な能力を持った精神障害者の方を雇用し、意外な職種でうまくいっている中小企業は多く存在します。そこで、その事例をいくつかご紹介しながら、令和の時代の障害者雇用を検討したいと思います。 そして、さらに私は7年前から図らずも「障害者の保護者」となりました。子供が生まれながらの知的障害のダウン症であり、今息子を通じて「大人になる障害者」をいろいろな視点で見ているところです。 最近、「発達障害」、「グレーゾーン」、「自閉症」という言葉が一般的になるにつれ、早期に相談・診断を p.4 受ける保護者は確実に増え、特別支援学校、特別支援学級などに通う児童生徒も増加傾向にあります。 つまり個別の障害特性に対する配慮を受け、何らかのトレーニングを細かく受けてきた世代が、次世代の障害者雇用の対象者となるのです。 また、特別支援教育できめ細かい支援を望むのと同時に、今保護者の間ではインクルーシブ教育に対する意識も高まっています。誰も分けない、差別しない、合理的配慮を受けて、その障害特性と付き合い、多様性を認められながら学生時代を送ることが当たり前であるという教育を受けてきた若者が、あと10年もすると障害者雇用の枠で働くようになります。 その場合、どのような変化が起きてくるのでしょうか。 ディーセント・ワークの実現はまさに障害者雇用の現場から起きていくのではないでしょうか。 大企業から中小企業、身体・知的障害者から精神障害者へ雇用がシフトしていくと予測される中、次世代の障害のある若者はどんな夢を描いて社会に参画してくるのでしょうか。それに私たち社会はどのように向きあっていくべきなのかをみなさまと考えていく機会にしたいと考えています。 p.5 パネルディスカッションⅠ 【コーディネーター】 高瀬 健一(障害者職業総合センター 主任研究員) 【パネリスト(話題提供順)】 今井真路(株式会社I.S.コンサルティング 代表取締役) 中津川健二(サクラ電線工業株式会社 取締役副社長) 松山純子(YORISOU社会保険労務士法人 代表) p.6 パネルディスカッションⅠ 障害のある社員が働き続けるために〜障害の多様性と多様な働き方に向き合う中小企業〜 コーディネーター:高瀬健一 障害者職業総合センター 主任研究員 厚生労働省の「今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会」等において、就労したい障害者の希望の多様化に応じ、働き方の選択肢の拡大や、長く安定して働き続けられる環境整備が議論されています。 これらの課題に向けた取組は大企業による情報が多く、中小企業を中心に自社に導入することが難しいと感じている企業も多いと聞いています。また、障害者職業総合センターの研究成果において、大企業と比較して中小企業においては、障害者の雇用経験のない企業の割合が高く、雇用する障害者の障害の種類について身体障害以外の割合の低さがみられます。 これらを踏まえて、本パネルディスカッションは、全国の中小企業の取組事例として、近年、柔軟な雇用形態の運用により障害者を雇用している企業と、長年、精神障害者の雇用に取り組んでいる企業にパネリストをお願いし、企業における取組事例を報告いただきます。さらに、企業の多様な障害者雇用の実現に向けた相談に対応されている社会保険労務士に2社の事例も踏まえつつ、どのように障害者の採用とその後の職場定着を進めればよいかについてご意見をいただきます。障害者の雇用継続を中心に、雇用の質の向上や能力の発揮なども視野に、中小企業が直面している諸課題への対応策について、本パネルディスカッションに参加いただくみなさまとともに議論し、実践的な障害者雇用のヒントを得たいと思います。 p.7 パネリスト:今井真路氏 株式会社I.S.コンサルティング 代表取締役(兵庫県神戸市) 発達障害のある方の職場実習の受入から障害者雇用の取組を本格的に始めました。社内の理解促進や職務の選定など、直面した課題に一つずつ対応し、それぞれが能力を発揮しながら働き続けることができる職場環境を整えるために当社で取り組んだ内容についてご紹介します。 パネリスト:中津川健二氏 サクラ電線工業株式会社 取締役副社長(神奈川県相模原市) 工作機械や産業用ロボット、産業用のワイヤーハーネスや各種ケーブルを製造する現場に勤務する精神障害のある社員が 10年以上勤務しています。また、知的障害のある社員は 64歳まで勤務していました。そこで生じた加齢に伴う各種問題への対応事例や、個々の作業能力を見極めて力を発揮できる職場環境を整えてきた当社における取組についてご紹介します。 パネリスト:松山純子氏 YORISOU社会保険労務士法人 代表(東京都中野区) 社会保険労務士として障害者雇用のコンサルティング業務をしてきた経験から、企業が働き方の選択肢を模索し、障害のある社員が能力を発揮しながら安心して働き続けられる職場づくりを進める中で、その抱える課題の共通点や問題の傾向について、考え得る対応策や解決のポイントなどを事例を交えながらご紹介します。 p.10 口頭発表第1部 特例子会社の可能性と限界〜何に価値を置くべきか〜 ○齊藤朋実(第一生命チャレンジド株式会社 マーケット推進室 課長) ○梶野耕平(第一生命チャレンジド株式会社 職場定着推進室 課長) 1 はじめに 第一生命チャレンジド株式会社(以下「DLC」という。)は設立から13年が経過した。この間にDLCは、上司が部下の業務を管理する体制から社員ひとりひとりが主体的に判断し行動できる体制への移行、モチベーションを重視した人事評価制度の導入、DLCの取組みを整理し、大切なことをまとめた社是の作成などに取り組んできた。更に近年では、より効率的で安定的な組織作りとして、理念体系の整備、組織の再編、人事評価制度の改定などを行っている。こうした取組みに福祉専門職として関わってきた経験から、特例子会社が上手くいっているとはどのような状態でそのために必要な要因とは何か、会社の目的(理念体系)、組織形態(社風)、人事評価制度などの観点から項目別に検討していく。それらのことを通して、特例子会社とは何か、何ができるのか(できないのか)、特例子会社の可能性と限界について考察していきたい。本論が、障害者雇用を進めるための一助となれば幸いである。 2 特例子会社とはどんなところか 本題に入る前に、何を持ってすれば特例子会社の運営が上手くいっているといえるのかということについて少し考えていきたい。特例子会社は障がい者雇用を進めるために作られた会社なので、単純に多くの人を雇用できていれば上手くいっているのだろうか。当然のことながら特例子会社も会社であり企業なので、収益など業績で評価されることは重要である。(現に特例子会社で黒字経営化している会社が大きな話題となっている)しかし、収益を重視し過ぎると運営が上手くいかなくなるのも特例子会社の運営の難しさではないだろうか。収益は、一旦、上がると更に上の目標を設定し達成し続けなくてはならなくなる性質がある。そのため収益を過剰に追求すると、直接、売上げに繋がる取組み以外のことができなくなるリスクがある。例えば、売り上げ向上のための業務効率化で、所属員全員で話し合う(共有する)時間が取れなくなる、元気がなさそうな社員に声をかける(話し合う)時間が減っていく、それらのことがトラブルの増加や体調を崩す社員の増加、ひいては離職に繋がっていく。効率化の中で省かれるものは「ケアの概念」ではないだろうか。特例子会社は働く場であるとともにケアの場でもある。ケアとは、人と人の間に、「気づかい」や「配慮」「思いやり」などがあり、それらが機能している状態で、そこに身を置くことで互いに癒されエンパワーされる場のことである。特例子会社などで働いていると、障がいのある社員から何か特別なことをされたわけではなくても、自分自身が元気になるといった経験を持つ人は多いのではないだろうか。障害者雇用や特例子会社というと、健常者の社員が、障がいのある社員に対して配慮や気づかいなどケアを提供しているというイメージがあるかもしれないが、実際にはケアは双方向的なものであり、ケアの概念が尊重されている場では、健常者、障がい者の区別なくそこで働く人が生き生きとそれぞれの力を発揮することができるようになる。特例子会社が上手くいっているというのは、会社が働く場であるとともにケアの場としても機能しており、そこにいる人それぞれが力を発揮した結果、その活動が収益に繋がる状態のことを指すのではないだろうか。次からは、ケアと収益を両立するためにはどうするのがいいかという観点から各項目について考えていく。 (1)企業理念 何のために働くのか。目的意識を持って仕事をすることはとても大切なことである。その指針となる企業理念をどう設定するのかということは企業にとって重要なことだが、なるべく多くの人が、実感が持てるシンプルなものを設定することから始めるのが理想的である。DLCでは会社設立当初は「業務でミスをしない」「仕事としてのクオリティを担保する」ために、会社が社員に求める内容を理念として設定していた(図1)。しかし、時間の経過とともに、社員の成長が企業の成長であるということに気づき、社員が成長するために必要な要因を自分たちの行動からまとめたものを社是(図2)として掲げるようになった。社是は、繰り返し話し合いを重ね、自分たちが大切にしている価値観をまとめたもので、多くの社員にとって実感を伴い浸透していった。誰かが考えた内容を覚えるのではなく、自分たちの取組みを言語化したことで、理念を自分ごと化して考えられるようになり、障がいの有無に関係なく多くの社員が共感し、取組みの核となっていった。DLCの理念体系は、更に整備をすすめ、現在のような形(図3)に発展している。このようになるべくシンプルな形で始め、その時々の状況に応じて必要な内容を整理していくことで、会社が大切にしている普遍的なものと時代のニーズ両方に応えることができる理念体系となっていくことが大切である。 p.11 図1 DLCの理念(設立当初) 図2 社是 図3 DLCの理念体系(現在) (2)組織形態(社風) 現場に物事を決定する裁量があることが重要である。障がいのある社員が働く現場は、その日の社員の体調など細かい変化に気づくことができる場であり迅速な対応が必要な場でもある。そのため必要なことを現場の判断で実行できる体制を作っていくために極力現場に権限を移譲する必要がある。社員と一緒に働いていない本部(本社)が現場に必要なことを適宜見抜きながら、適切なサポートを調整し、トップダウンで実行するというモデルは特例子会社では成立しにくいのではないだろうか。一般の企業では上が決定した内容に対して、現場が多少の無理をしてでも従うのが普通であったり、可能かもしれないが、特例子会社では障がいのある社員が多数いるため急な変更や多少の無理ができずに社員が体調を崩したり、業務習得のスピードに個人差が大きく、結局計画通りに業務が進まなかったりするからである。そのため現場の意見を吸い上げ会社が意思決定を行っていくボトムアップの体制を確立することが望ましい。大切なのは、それぞれの社員が自分の意見を言っても不利な評価に繋がらないことや、意見を言っても他の同僚からバカにされないといったような心理的安全性が保たれている状況をいかに作っていくかということである。心理的安全性が保たれた環境で決定の権限を持つことができれば現場はより機能的に活動することができるようになる。 (3)人事評価制度と職位制度 DLCでは、人事評価制度、職位制度は、社員のモチベーションの維持、向上のために運用されており、人事面談は評価のためというよりは、上司と社員が定期的に対話するコミュニケーションツールとして機能していた。職位制度についても一般社員で入社した社員の大半が(もちろんペースは人によって違うが)一つ上のトレーナーの職位に上がることを想定しており、多くの人が一度は職位が上がる経験ができる運営を行ってきた。特例子会社で人事評価制度を考えるとき、一般の会社のように個人の能力が平均的にどれも上がっていくことを期待したアベレージ重視の評価基準にすると、障がいの程度(特に知的レベル)の重い、軽いがそのままその人の評価になるリスクがある。また、働く社員の中には、その人自身の作業能力は高くなくても、その人がいることで、場の雰囲気がよくなったり、周りの人がやる気になったり、円滑に業務が進むようになるといった好影響を周囲に与えている人のことを評価に反映できなくなるといった問題もある。特例子会社においては、個人評価を重視するのではなく、グループの業績を個人の評価に反映させるなどの工夫が必要ではないだろうか。また、近年注目を集めている、ティール組織のように、人事評価自体を行わないという組織もある。人を評価するということについて柔軟に考える必要がある。 3 特例子会社の可能性と限界 勤続十数年を経て特例子会社には大きな可能性があると感じている。特例子会社には、健常者と障がい者という枠組みだけでなく、出向者、プロパー、専門職、民間企業経験者など、実に多様な人財がいて、それぞれの立場からの気づきや意見をフィードバックしながら会社の運営を行っていくことができるからである。それぞれが異なる立場を前提に話し合っていくことで、時には衝突したり、停滞したりすることもあるが、丁寧に話し合い協議しながら自社の文化を作っていくことで、これまでの枠組みを超えたダイバーシティの実現ができるのではないかと感じる。また、DLCとの協働で、親会社の社員の中にも、障がいについての理解が広がっている手応えも感じている。こうした、人に影響し、価値観を変えていくことも特例子会社の付加価値である。しかし、一方で、特例子会社の多様な人財の中で、特定の価値観や枠組みに周りを無理に当てはめていくと、とたんにそこは居心地の悪い空間になり、人が去っていく組織になる恐れがある。冒頭で述べたように特例子会社は働く場であり、ケアの場でもある。収益とケアを天秤にかけてどちらかを選択するのではなく、ケアを実践しながら収益を上げるモデルをどう構築するかという試行錯誤こそが特例子会社の存在意義ではないだろうか。そして、ケアが存在する職場はすべての社員にとって働きやすい職場であるといえるのではないだろうか。 p.12 ろう学校高等部生のためのサマーインターンシップ−JTBグループの取組- ○笠原桂子(株式会社JTBデータサービス JTBグループ障がい者求人事務局) 1 背景 (1)キャリア教育の必要性 今後の特別支援学校高等部におけるキャリア教育・職業教育の在り方については、以下の適切な指導や支援を行うことが重要であると報告されている1)。 ・個々の障害の状態に応じたきめ細かい指導・支援の下で、適切なキャリア教育を行うことが重要である。 ・個々の生徒の個性・ニーズにきめ細かく対応し、職場体験活動の機会の拡大や体系的なソーシャルスキルトレーニングの導入などを行う。 (2)JTBグループの聴覚障害者雇用 JTBグループの2019年度上期の障害者雇用実態調査の結果、雇用している障害者は353名であり、うち、聴覚障害は122名と、障害種別で最も多い34.6%を占めた。次いで精神障害57名(16.1%)、下肢障害49名(13.9%)であった。 厚生労働省の障害者雇用実態調査2)によると、従業員規模5名以上の事業所に雇用されている身体障害者約42万3千名のうち、聴覚言語障害者は約4万8千名(11.5%)であった。その調査結果と比較すると、JTBグループにおける聴覚障害者の割合は高いと考えられ、長年ほかの障害種別と比較して最も多い実態が続いてきた。 (3)JTBグループの職場体験実習 JTBグループにおける職場体験実習は、主に特例子会社である株式会社JTBデータサービスにおいて、設立当初の1993年よりろう学校を中心に受入をしてきた。 当初は、実際の業務の中で実習生が担当しても差し支えの無い業務を中心に行っていたため、個々の生徒の強み・弱みを把握することができない状態が続いていたが、2014年より、様々な業務体験ができるよう、実習プログラムを改定した。ダミーの事務サポート業務を作成し、就職した際に必要になる様々なスキルチェックができる内容に改定し、実践をしてきた。 しかしながら、JTBグループとしての核となる旅行業については、特例子会社では体験することができないため、現行の実習プログラムから将来の職業選択の選択肢を広げることは難しく、また、特例子会社での実習を経てJTBグループ各社へ入社した場合に、入社前後の仕事観のギャップが生じる状態が続いてきた。そのため、2018年より、首都圏地域のろう学校高等部生を対象とした、インターンシップを開催することとした。 2 インターンシップの目的 本インターンシップは、キャリア教育の一環を担い、生徒のさらなる成長とスムーズな社会人生活への移行に寄与するために、以下の項目を目的に実施した。 ・旅行業の魅力を体験する。 ・他校の生徒との協同学習により、チームワークの重要性を認識する。 ・働くということについて主体的に考え、将来の社会での活躍場面を思い描く。 ・積極的な進路選択のきっかけを作る。 3 インターンシップの対象者 首都圏地域のろう学校高等部および高等部専攻科の生徒を対象に実施した。受入数は、2018年度8校22名、2019年度7校22名であった。なお、進路担当または担任教員の引率を依頼し、2018年度16名、2019年度16名の参加があった。 4 インターンシップの概要 (1)日程と時間 インターンシップ期間は、各学校の学業や行事との重複を避けるため、夏休み中の2日間、時間は1日6時間とした。なお、2日間の時間割は下表の通りである。 表 サマーインターンシップのプログラム (2)事前配布物 7月上旬に、申し込みのあった各学校に最終案内を送付した。インターンシップへの期待感の醸成と、旅行の楽しさの実感を提供するために、案内は「旅のしおり」冊子を作成、搭乗券に見立てた参加券、社員証に見立てたインターンシップ研修生証を用意した。同時に1学期の終業式前に教員による事前指導を依頼した。 p.13 (3)体験内容 本インターンシップは、全日程において手話通訳による情報保障を行った。 ア 会社とは・仕事とは・JTBとは JTBグループの理解及び社会人になる前に準備すべきことの理解を深めることを目的とし、「会社とは・仕事とは・JTBとは」のコマを設定して、JTBグループ全体説明と、就労準備に関するグループワークを行った。 なお、本セッションについては、手話通訳を介さず、手話のできる社員が手話と筆談を用い、講座を行った。 イ ビジネスマナー 仕事上不可欠なマナーの重要性を認識してもらうことを目的に、ビジネスマナーについての時間を設けた。 挨拶のコツを学び、名刺交換の体験をした。名刺はこちらで事前に用意し、生徒同士、自校の先生との交換体験を行った。 ウ 業務課仕事体験 庶務及び経理業務の理解を目的に、業務課仕事体験を行った。業務課とは、JTBグループの各事業所において、総務、庶務及び経理を担う部門である。 内容は、請求書の確認業務、ギフト券のラッピング業務、POP作成業務の3部構成とし、担当者が説明した後、指示書をもとに業務を行わせた。 請求書確認業務の体験については、ただ数字を確認するだけでなく、いくつかの課題を設定し、注意深く業務に取り組む必要性を認識させた。 ギフト券のラッピング業務体験では、ダミーのギフト券を作成し、ラッピング業務を行わせた。金券を大切に扱う、券に印刷された番号順に使用する、シールをまっすぐに貼るなど、単純作業と思われがちな業務におけるルール順守や丁寧さ、正確性の重要性を体験させた。 POP作成業務の体験では、与えられたテーマについて、グループでPOP作成を行わせた。限られた時間内で、メンバーと協力して画用紙に描き、その後プレゼンテーションを行わせた。 エ 国内手配仕事体験 旅行業の理解を目的に、国内手配仕事体験を行った。 本セッションは、社員の研修及び教育を担当しているJTBグループの「JTBユニバーシティ」の講師が担当し、就業体験だけでなく、手話通訳を介して旅行業の研修を受講する経験も兼ねた。 内容は、JRの手配体験、旅の力、旅行提案の3部構成とし、時刻表に触れるなどの手配体験だけでなく、旅の力について考える、身近な人への旅行提案というプログラムを通して、JTBグループが担う旅行業がどう社会に貢献しているのかを考えさせる機会とした。 オ 先輩社員との交流 企業で活躍する先輩社員から社会人生活の実態を学ぶことを目的に、先輩社員との交流を行った。 先輩社員はろう学校の卒業生とし、プログラムは、パネルディスカッション、参加生徒からの質問タイム、ランチ交流会の3部構成とした。 パネルディスカッションでは、今の仕事のやりがいや、仕事で苦労したこと、それを乗り越えた方法などについて意見交換が行われた。 参加生徒からの質問タイムでは、前日の振り返りにおいて、先輩社員に質問したいことをリストアップするという課題を課し、当日は多くの質疑応答がなされた。 ランチ交流会では、それぞれのグループに先輩社員が一人ずつ入り、仕事に関することだけでなく、様々なテーマについてコミュニケーションがとられた。 5 生徒アンケート 参加生徒を対象とした終了後のアンケートでは、「チームワークの大切さを感じた」「積極的に挑戦することの大切さを感じた」「先輩社員の話から仕事のやりがいが想像できた」など主体的な気づきに関する回答が見られた。 6 教員アンケート 引率教員を対象としたアンケートでは、「生徒の普段見ない様子が見られてよかった」「JTBで働くために求められる力がわかった」「先輩社員の生の声がよかった」「今後の教育活動に役立てたい」などの回答が見られた。 7 今後の課題と方向性 キャリア教育をより充実させるためには、学校側との連携をさらに深め、双方がニーズを取り入れ、向上していくことが重要である。 インターンシップでの学びと気づきが、本人の継続的な成長と社会人に向けたステップアップにつながるように、より実践的で多角的なプログラムを検討していきたい。 学校においては、本インターンシップが今後のキャリア教育の材料となり、より実践的な指導につながれば幸いである。 【参考文献】 1)文部科学省中央教育審議会:今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(答申),60-62,(2009) 2)厚生労働省:平成30年度障害者雇用実態調査結果報告書,5-7, (2019) 【連絡先】 笠原桂子 e-mail: keiko_kasahara@jtb-jds.co.jp 株式会社JTBデータサービスJTBグループ 障がい者求人事務局 p.14 店頭での障がい者雇用推進ならびに職場定着への新しい取り組みについて ○鳥井孝繁(アビリティーズジャスコ株式会社 新規事業 PT)  松本 慎吾(アビリティーズジャスコ株式会社 稲毛海岸センター)  イオン株式会社ダイバーシティ推進室 1 はじめに これまで小売業における障がい者雇用は本社での事務や物流センター、店舗バックヤード業務など後方支援やサポート業務に就くことが多く、店頭(接客含む)で働くケースは限られていた。店頭での障がい者雇用推進にあたり、大規模店舗に比べ、小規模店舗や専門店では人員的な体制や業務内容・業務ボリュームの創出、受入現場社員への教育を含め、障がい者が当たり前に店頭で働く環境が整っていないことが課題にあげられる。 誰しもが店頭でいきいきと働き続けられる職場環境構築の為、企業間連携による障がい者雇用の新しい取り組みを紹介する。 2 会社概要 アビリティーズジャスコ株式会社(以下「AJ」という。)は、1980年に設立されたイオン株式会社の特例子会社で「障がい者が働く姿をあたりまえの社会にする」という経営理念のもと、障がい者と健常者がともに運営するCD、DVD、書籍の販売「スクラム」の4店舗の運営と、障がい者の就労移行ならびに就労定着を支援する合計12センターの運営を行っている。特例子会社として約40年に渡り蓄積したノウハウを今取り組みでも活かし、障がい者社員が所属会社の業務を自立して行うことができるように、サポートを行った。 3 目的 受入会社側の就労受入準備性(作業環境管理・作業管理・健康管理)の向上を通じ、受入現場体制の整備をすることで、障がい者が〝いきいき.と「店頭」にて活躍し続けることを目的とした取り組み。また今取り組みによって店頭での障がい者雇用の推進につながり「障がい者が店頭にて働く姿をあたりまえの社会にする」ことも目的とした。 4 新しい障がい者雇用の取り組み この取り組みはイオングループ各社で、個社ごとに行っていた障がい者の雇用、働きやすい環境づくり、障がい者社員と受入現場社員への支援、入社後に行う教育などをイオン株式会社の特例子会社であるAJのサポートを得ながら、共同にて行うもので、合同での会社説明会、職場見学会、職場実習などを経てグループ各社で雇用された障がい者社員は、一つのチーム(4人で1チーム)となってAJによる共通の教育・サポートを受けながら、今取り組みによって創出・切り出された各社の店舗業務を企業間の垣根を越えて巡回して行った(図1)。 その間AJは、障がい者社員へのサポートとして、チームと同行してのジョブコーチ支援・月1回の教育の提供を行い、受入企業の受入現場社員へのサポートとして、教育研修の実施や都度相談場の提供を行った(図2)。 図1 障がい者チームによる巡回業務イメージ 図2 AJによるサポートイメージ p.15 (1)受入現場へのサポート 5実施後の各社からの感想 ■採用前に行ったサポート ・業務の創出・切り出し ・手順書の作成 ・合同での会社説明会 ・合同での職場見学会 ・合同での職場実習 ・障がい理解研修の実施(受入現場社員・スタッフ向け) ・面接対応研修の実施 (採用担当者向け) ■採用後に行ったサポート ・個人特性によりあわせた障がい理解研修の実施 ・体調の変化を把握し情報提供(ツールの提供) ・相談機会の提供 ・接し方・指導法のレクチャー ・定期的な面談報告書の提出 ■ポイント ・ジョブコーチによる職場実習をすることにより、業務・職場環境を深く理解することで、より良い受入現場社員のサポートにつなげた。 (2)障がい者社員へのサポート ■入社前に行ったサポート ・お伺いしての職場実習打合せ ・職場実習時もジョブコーチ支援の提供 ■入社後に行ったサポート ・毎日業務サポートの実施(入社後期間限定) ・相談機関の提供 ・教育研修の実施(SST、ビジネスマナー、ストレス対処) ■ポイント ・入社前の会社説明会から入社後のサポートまでを一貫して同一のジョブコーチにて行うことで、不安を軽減し、新しい環境への適応をサポートした。 ・職場実習の説明を所属支援機関に、ジョブコーチが訪問し行うことで信頼関係の構築につなげ、安心感をもった実習の実施につなげた。 写真:AJジョブコーチによる業務説明の様子 5 実施後の各社からの感想 ■非常に助かっています。チームでの運営により1人では出来ない仕事量をして頂いているので、チームの良さを実感しています。 ※普段やりきれない場所まで清掃できている。お客様からお褒めの言葉を頂いた。 ■チームが店舗に来ることにより普段持てない視点・価値観を得られるのでお客様サービスに活かせている。 ■障がい者社員の体調の変化を事前に把握出来たので、悪化を防げました。AJジョブコーチがその日の体調を把握し、共有できているので定着につながっている。 ■障がい者社員との接し方に困った時すぐに相談できました。都度事例を交えて具体的な対応の仕方をその場で学べたのが良かった。 ■障がい者社員の成長速度が速いと感じている。1人の障がい者社員が4社分の基本業務を覚えなければならず、当初は負担が大きいのではないかと考えていたが、自社以外の業務を少しでも覚えることが、障がい者社員にとって大きな自信につながっていると感じている。 ■今取り組みをきっかけに業務マニュアルの改訂を実施。結果として、障がい者社員に限らず新たな社員の受け入れにも役立つマニュアルが完成した。 6 まとめ 今回の取り組みには当初予想していた定員を上回る障がいのある方々にご応募頂いた。これは今取り組みのサポート体制に安心感を障がい者とその支援者の皆さまが感じてくださったことの表れだ。期待にこたえる形として、就労7カ月経過後、現在も継続就労につながっている。 今取り組みに限らず、今後もニーズに合わせる形でこれまで以上に障がい者社員が働きやすい職場環境や仕組みを構築することで、誰もが当たり前に個性と能力を発揮して活躍する職場環境の構築につなげていきたい。その環境と仕組みを生活に密着している当グループがつくることで、「障がい者が働く姿をあたりまえの社会にする」ことに貢献していきたいと考える。 【連絡先】 鳥井孝繁 アビリティーズジャスコ株式会社 新規事業PT e-mail:t_torii@ajscrum.co.jp p.16 「在宅勤務者採用時に求める就労準備性についての考察」〜在宅勤務のSE養成及び採用を通して検討した採用方針について〜 ○日元麻衣子(三菱商事太陽株式会社 ワークサポートチーム 精神保健福祉士/社会福祉士)  福元邦雄(三菱商事太陽株式会社)  井本忠(三菱商事太陽株式会社 開発部 兼 ワークサポートチーム) 吉元廣彦・小澤 藍・渡邉 雅子(三菱商事太陽株式会社 ワークサポートチーム) 1 はじめに 弊社はIT業務を通じた重度障がい者の雇用促進を目的として1983年に設立された社会福祉法人太陽の家と三菱商事株式会社の共同出資企業である(本社:大分県別府市)。三菱商事㈱の人事系システムやグループウェアのアプリケーション開発・維持管理に於いて同社グループ企業随一のノウハウを持ち、大型開発案件に次々と着手することで実績を上げてきた。然し乍ら昨今弊社システムエンジニア(以下「 SE」という。)の高齢化や地方に於ける若手の障がい者採用が困難となったことで、案件に於ける人員不足や長時間労働といった課題が深刻化する事態となった。 そこで即戦力となる障がい者 SE採用のチャンネル拡大を目指し、2018年夏に在宅 SE養成事業を開始。弊社が開発パートナーを務める株式会社エヌ・ティ・ティ・データ・イントラマート株式会社(以下「 NTTデータイントラマート」という。)と連携し同社の提供する e-learning教材及び弊社の実務課題を修了した障がい者を雇用に繋げることとした。従来の採用では就労準備性の高さを前提条件としてきたが、同事業では保有スキルを重視し選考を進めた。その結果、既存の採用要件に当てはまらない求職者の多様な特性・事情に直面することとなった。本発表では新規事業を通し再考した弊社の採用方針についてご説明することとしたい。 2 在宅SE養成事業の概要 (1)実施内容 弊社とNTTデータイントラマート社との連携により、在宅勤務を希望しかつ開発業務に於いて一定の技術スキルを持つ障がい者を対象に Webアプリケーション「イントラマート」を学べる e-learning教材を提供。教材の履修を修了し実技実習をクリアした受講者を採用に繋げるもの。受講期間は教材履修・実技実習併せ約4ヵ月間。2018年8月から現在に至る迄3期に分け研修を実施し28名が履修。 (2)受講者の募集媒体 ●弊社ウェブサイト ●ウェブの検索広告 ●メディア ●関連団体からの紹介 (3)受講要件 ●障がい者手帳を持っていること。 ●自宅に PC及びインターネット環境があること。 ●週20時間以上働けること。 ●以下の技術スキルを保有していること。 ・ HTMLの記述が出来る。 ・ JavaScriptでプログラミング開発が出来る。 ・ SQLの基本事項を理解している。 ・ Webシステムの開発が出来る。 (4)受講から採用までの流れ ①受講希望者による応募書類の送付。 ②弊社にて書類審査実施。受講者の決定。 ③ e-learning受講。理解度テスト実施。 ④(e-learning修了者のみ)実務課題の受講。 ⑤(実務課題修了者のみ)弊社就労支援担当部署による自宅訪問・支援環境の調査。 ⑥(⑤の調査で問題ない場合)面接・採用。 (5)履修者と採用の状況 【第一期】 履修者 14名既採用者3名(身体障がい1名・精神障がい2名)採用予定1名(身体障がい) 【第二期】 履修者3名 既採用者2名(精神障がい2名) 採用候補1名(精神障がい) ※2019年8月現在就労準備中。 【第三期】 履修者11名 採用候補 7名(身体障がい2名・精神障がい5名) ※ 今後弊社就労支援担当部署による 自宅訪問を経て採用予定。 3 同事業での気付き 弊社は2014年よりデータ入力業務に於いて在宅勤務者の採用を行っているが、同業務に従事している在宅勤務者は全員重度の身体障がい者。精神障がい者については2007年より社内で万全な就労支援体制を整備し雇用を進めてきた p.17 が、支援者が近くにいるからこそ安定就労に繋がるものと考え精神障がい者を在宅勤務にて雇用することは検討していなかった。 然しながら今回の在宅勤務 SE養成事業に於いて多くの精神障がい者から応募を受領。彼らが通勤にて働けない理由にはほぼ共通して「対人関係のストレス」「聴覚過敏」「口頭によるコミュニケーションの取りづらさ」があることが判った。また、地方には障がいをオープンにして働くことの出来るシステム開発会社が極めて少ない状況も判明。精神障がいを持つ応募者の中には就労意欲が高く極めて高い技術スキルを持つ人材がいたことから、弊社も精神障がいを持つ在宅 SEの採用に踏み切ることとした。 4 発生した課題 精神障がい者については就労準備性の高さが安定就労に繋がるものとし雇用を進めてきた(採用要件として病識があること、支援機関等のサポート体制が整っていること、決まった日時に安定して出勤できることなど複数要件を設定。)。然しながら在宅 SE養成事業についてはスキル重視で採用へのプロセスを進めた結果、実務課題はクリアできたものの、弊社が採用の前提としてきた就労準備性が備わっていない採用候補者が出現することとなった。 5 課題例 ● 生活面の課題 ・昼夜逆転の生活を送り深夜ゲームに没頭。 ・生活困窮の為部屋にエアコン無く空調管理不可。 ●障がい特性の課題 ・自身の障がいについて理解が浅い。 ・就労時に発生しうる課題と対処法が不明確。 ●支援環境の課題 ・支援機関の存在を知らない。 ・かつては接点があった支援機関と疎遠になっている。 ●就労面の課題 ・就労経験がなく希望する働き方が判らない。 ・自己発信力が弱い。 6 課題への対応 課題を持つ彼らは、そもそも通勤社員に求められる「就労準備性」に不安があるからこそ在宅勤務を希望しているのである。弊社は彼らの就労意欲及び4ヵ月にも及ぶ研修に取り組んだ実績に鑑み、彼らを雇用に繋げる為弊社の採用要件に合致するよう各々の特性・事情と徹底的に向き合うこととした。その上で本人同意のもと課題に対する様々なサポートを実施し、一定レベルまで改善された状態を見極め雇用に繋げることとした。 7 対応内容例 ●生活面の課題 支援機関に繋ぎ生活面の困りごとを改善するべく居住地でのサポート体制を構築。 ●障がい特性の課題 実習や本人とのやりとりを通し弊社精神保健福祉士(以下「 PSW」という。)が気付いた点を本人にフィードバックし自覚を促した。 ●支援環境の課題 通いやすさを重視し弊社 PSWが支援機関を紹介。 本人の希望やニーズに寄り添いながら、支援機関に繋げるサポートを実施。 ●就労面の課題 実習を通し働く感覚を掴んでもらいながら、チャットやメール等本人が自己発信しやすい ツールを検討。それらを使いながら自己発信力をつける訓練を実施。 8 まとめ 就労準備性が備わっていない障がい者に対し就労の為のサポートを行う仕事は本来企業の仕事ではなく支援機関の仕事である。然しながら社会には自身の働き辛さを解決する術がなく、働きたくても働けない障がい者が沢山存在するということが判った。 正直社内でも「ここまで企業がやるのか」という意見が あがった。然しながら彼らが必要な支援に繋がることで社会に出て能力を発揮出来るのであれば、ぜひ弊社がその後押しをしようという結論に至った。というのも同事業を通し全国の優秀な技術者を発掘できたことは、弊社にとって人材の幅と業容を拡げるチャンスとなるからである。 幸い弊社には経験豊富な精神保健福祉士等で構成された就労支援専門チームが存在している。同事業を通し弊社の支援スキルを磨きながら、今後も就労意欲がある求職者を一人でも採用に繋げる為現状の方針で同事業を進めていくこととしたい。 【連絡先】 渡邉雅子 三菱商事太陽株式会社 ワークサポートチーム e-mail:watanabe@mctaiyo.co.jp p.18 グループ会社への雇用支援と障がい者雇用センタの役割 ○柴野陽子(株式会社日立ハイテクサポート 障がい者雇用支援センタ 企業在籍型職場適応援助者) 1 はじめに ㈱日立ハイテクサポート(以下「(HSP)」という。)は、㈱日立ハイテクノロジーズの特例子会社として、1987年4月に設立され、同年9月に特例子会社認定を受けた。 「期待に応えるサービス提供を通して、より良い共生社会を実現します」という企業ビジョンの下で、障がいを持つ社員と持たない社員が連携し、協力し合いながら、日立ハイテクグループ(以下「(HHT)Gr」という。)各社へ対して、人事、総務、経理、財務、製造等の各種業務サポートを行うことを通して、より良い共生社会の実現をめざしている。 とを目的として、(HSP)障がい者雇用支援センタが設立された。 3(HSP)障がい者雇用支援センタの役割 (HSP)障がい者雇用支援センタは、企業在籍型職場適応援助者5名と、障害者生活相談員資格認定講習受講者2名の計7名で構成された部門であり、全国に点在する(HHT)Gr各拠点各社へ対して、障がい者雇用に関する包括的な支援を行うことにより、(HHT)Gr全体での安定した障がい者雇用、定着化に貢献することを役割としている。 2017年4月には、(HHT)Grへ対して障がい者雇用における採用、教育、定着などの支援を行う部門「障がい者雇用支援センタ」を新たに設立し、特例子会社として(HHT)Gr全体の障がい者雇用を牽引する役割も果たしている。 図1 (HSP)の位置付け 2(HSP)障がい者雇用支援センタ設立の背景 (HHT)Grでは従来、各拠点各社がそれぞれの手法で障がい者雇用を拡大して、個々に法定雇用率を達成することで、グループとしての社会的責任を果たすことを基本理念として取り組んできたが、採用活動が重複したり、採用しても短期間で離職したりする課題があった。加えて、法定雇用率の引き上げや、障がい者市場の変化、定年退職による減員などによって、必要雇用者数の増加ならびに確保が懸念される中、グループ全体で足並みを揃え、戦略的かつ効率的に、雇用率や定着率を上げるための方針転換を図った。 (HHT)Gr全体として、「法定雇用率+0.5%」の雇用率を目標数値とし、各拠点各社は法定雇用率を遵守することを方針とした中で、(HSP)が設立当初から取り組んできた経験や、特例子会社としてのノウハウ、人員供給先である学校や各地域支援機関との緊密な関係などを、(HHT)Gr全体で活用することにより、(HHT)Gr連結としての障がい者の雇用、定着化の支援、コンサルティングを行うことを目的として、(HSP)障がい者雇用支援センタが設立された。 3 (HSP)障がい者雇用支援センタの役割???? (HSP)障がい者雇用支援センタは、企業在籍型職場適応援助者5名と、障害者生活史胃炎相談員資格認定講習受講者2名の計7名で構成された部門であり、全国に点在する (HHT)Gr各拠点各社へ対して、障がい者雇用に関する包括的な支援を行うことにより、(HHT)Gr全体での安定した障がい者雇用、定着化に貢献することを役割としている。 図2 (HSP)障がい者雇用支援センタの位置付け 4 障がい者雇用支援センタの活動 (HSP)障がい者雇用支援センタの業務内容は表の通りである。①職場の理解醸成により、障がい者受入体制構築を図ることを目的とした教育支援、②外部機関との連携により、人財確保、職域確保を図ることを目的とした採用支援、③障がい者社員や現場への働きかけにより、入社後の安定就労を図ることを目的とした定着支援、④グループ全体としてのコンプライアンス遵守を目的とした法令対応支援、⑤グループ全体としての障がい者雇用に関する意識統一を目的とした情報提供支援、⑥採用計画達成のための施策考案を目的とした雇用企画支援、これら6区分を中心として、障がい者雇用に関する多面的な支援を行っている。 上記に加えて、特別支援学校や支援機関からの会社見学や実習受入、関係機関での講演などを積極的に行うことや、特別支援学校へ対して、(HHT)Grの製品である日立卓上顕微鏡を用いた理科教育支援活動や、(HHT)Grのコーポレート女子バスケットボールチームである日立ハイテククーガーズの選手による指導サービスなどの提供を行うことを通した、CSR活動も行っている。 業績だけでなく、多様な側面で企業が評価され始めてい p.19 る現在、障がい者雇用支援活動を通した(HHT)Grの企業価値向上を目指している。 表 (HSP)障がい者雇用支援センタの担当業務 (1)教育支援 ①階層別障がい者教育 ②全社向け教育 ③障がい特性解説 ④現場支援者向け教育 ⑤人総部門障がい者担当教育 (2)採用支援 ①学校支援センタ紹介、訪問 ②実習受入指導 ③職域切り出し支援 ④会社合同説明会参加支援 ⑤ 面接ノウハウ指導 (3)定着支援 ①現場巡回訪問 ②支援機関との連携支援 ③作業マニュアル作成支援 ④トラブル案件相談 ⑤障がい者各種研修 (4)法令対応支援 ①差別解消法遵法チェック ②関連法情報提供 (5)情報提供支援 ①通信誌発信 ②その他情報発信 ③ポータル更新 (6)雇用企画支援 ①雇用企画 ②統計管理 図 「障がい者各種研修」で使用している教材 5 活動成果 (HSP)障がい者雇用支援センタの取り組みによる、主な成果は下記の通りである。 (1)定量効果 (HSP)が長年構築してきた人員供給先との緊密な関係を活用することにより、(HHT)Gr全体として多くの障がい者を採用することができ、障がい者雇用率の上昇を実現した。 また、各教育の実施を通して、障がい者に対する正しい理解促進を図ったことにより、従来雇用を行ってこなかった知的障がい者を採用する個社が増加した。 ①障がい者雇用率(雇用カウント数)の上昇 2017年3月:2.57%(212カウント) ⇒ 2019年7月(直近):2.62%(241カウント) ②知的障がい者採用個社の増加 2016年度以前:4社 ⇒ 2019年度:7社 (2)定性効果 (HHT)Gr内だけでなく、社外へ対して行ったCSR活動についても外部より評価をいただき、(HHT)Grの取り組みを広く周知する機会を得ることができた。 ① 東京都教育委員会より、都立特別支援学校就労促進への貢献へ対し、「事業貢献企業」に選定。感謝状授与 ② 社会貢献として実施した特別支援学校での理科教育支援活動について、新聞やホームページなどの各媒体へ掲載 6 今後の展望 障がい者雇用を取り巻く環境が激化する中で、継続して「法定雇用率+0.5%」の雇用率を(HHT)Gr全体の目標数値として達成していくためには、障がいのある方から「選ばれる企業」となるためのパラダイムシフトが必要である。 既成の概念に捉われない職域や、障がいの内容などに、広く対応できる体制を(HHT)Gr全体で構築し、障がいのある方一人ひとりが生きいきと働ける場を、広く提供していけるよう、(HSP)障がい者雇用支援センタが中心となって取り組んでいく。 7 謝辞 本取り組みを推進していくにあたり、ご理解、ご協力をいただいております、(HHT)Gr各社、教育、行政、福祉、医療、企業等の関係機関の皆様へ厚く御礼を申し上げます。 【注釈】 日立グループでは「障がい」の「がい」を平仮名表記としているが、法律等の固有名詞については正式名称で表記している。 【連絡先】 柴野 陽子 株式会社日立ハイテクサポート e-mail:yoko.shibano.da@hitachi-hightech.com p.20 障害者雇用への取り組みについて〜障害者は営業の生産性向上に繋がり戦力となる〜 ○笹さとみ(サラヤ株式会社 営業本部営業管理部 課長補佐/ 障害者職業生活相談員/精神障がい者・発達障がい者職場サポーター/企業在籍職場適応援助者) 1 はじめに 当社サラヤでは、互いに密接な関係にある「衛生」「環境」「健康」という3つのキーワードを事業の柱とし、この基本理念に深く関わるテーマを中心にSDGsを企業活動目標に取り入れ、課題解決に取り組んでいる。 2019年6月時点で、サラヤと東日本を管轄する東京サラヤを合わせた従業員は、約1,750人。障害者雇用数は41名。障害者雇用率は2.89%。障害の種類は、身体障害、精神障害、聴覚障害、知的障害である。なお、営業管理部の内訳は表1の通りである。 表1 障害別営業管理部内訳 2 障害者雇用管理のチーム再編成へ 営業管理部で、障害者雇用を始めて5年間の旧業務相関図は図1の通りである。 図1 旧業務相関図 営業管理部での障害者雇用管理に関わる全ての業務において管理者1名で対応していた中で課題が生じる。 (1) 課題 障害者雇用の拡大の一つとして定期的に障害者を雇用していたが、ある時期から足踏み状態が続く。表2の通りである。 表2 障害者雇用数推移 また、勉強会や社外への取り組みなどポジティブなことも思うように進まなくなる。 (2) 原因 障害者雇用管理者1名で10名の障害者を管理していたため、その管理だけでキャパオーバーになってしまった。 (3) 解決策 実務を準備してもらっていた担当者を実務リーダーとし、直接業務指示を行うような仕組に変更する。図2の通りである。 図2 新業務相関図 p.21 障害者の業務内容は、WEBやITに関わるため、それに詳しい者が実務リーダーになることで、業務内容がより明確になり、適正な指示が行え、障害者も理解しやすくなる。 (4) 効果1 旧体制で業務指示を行っていた時間は、新体制では現有戦力のモチベーションを上げるために色々と他の業務へ取り組むことが可能になる。 さらに、一人ひとりへ手厚い対応ができるようになる。また、支援事業所との関係を深める時間も増え、以前よりも障害者雇用拡大と定着へ取り組める時間が増加した。 (5) 効果2 実務リーダーが直接、障害者とコミュニケーションをとることになり、それぞれの特性、能力、人柄を肌で感じることができるようになる。それによって、障害者一人ひとりに何ができるかということを知ることができ、それぞれに適した業務をインプットすることができるようになる。結果、実務リーダーがやってもらいたい実務の幅も広がり、障害者が行う業務の生産性が上がることに繋がる。 (6) 効果3 障害者も、この実務リーダーから効率的なPC機能や操作を教示してもらうことができ、業務内容の理解力や技術の習得などの情報量が増加する。 3 業務内容 顧客データベースの整理作業。色々なデータベースに散在している特定の顧客情報を統一コードで紐づけ一元管理する。営業の知りたい情報を最適化することは、営業活動に直結する大切な業務である。 現在では、これらの単純作業に加え、プロフェッショナルな業務、より高度な作業にも取り組んでいる。図3の通りである。 図3 業務内容 4 障害の特性を活かし、能力を見極めて伸ばす 3業務内容の記載の中に、単純作業に加え、プロフェッショナルな業務、より高度な作業とあるが、これは特に発達障害の特性を活かしたものである。発達障害の場合は、集中力を発揮することが多く業務や環境がマッチすれば大きな成果を生む。また高度な潜在能力を見つけ出し、その能力を引き出せば大きな戦力になり、営業の生産性向上に繋げることができる。 5 今後 障害者も「成長したい、ステップアップしたい」思いはある。そのためには、キャリアアップにも繋がる業務を積極的に行ってもらう。弊社では現在2名が準社員に昇格している。独学で習得したプログラミングで業務をシステム化し業務の効率をあげ成果をあげている。また、障害者である本人がチームのタスク管理を行いチームをまとめている。 このように日々の仕事によるアウトプットをキャリアアップに繋げたい。そのキャリアアップがまた、営業の生産性をさらに上げるのだ。まさに、「障害者は戦力となり生産性向上につながる」のである。 【参考文献】 障害者雇用の教科書:二見武志/太陽出版 【連絡先】 笹さとみ サラヤ株式会社営業本部営業管理部 TEL :06-7669-0254 Mobile:080-8335-3465 sasa@saraya.com p.22 障がい者社員が主体となってイキイキと働く職場のつくり方〜なぜ、障がい者中心で、こんなに仕事が回り、収益が上がるのか?〜 ○船越哲朗(西部ガス絆結株式会社 代表取締役社長)  大蔵健司(西部ガス絆結株式会社 千代事業所) 1 会社概要 西部ガス絆結株式会社は、西部ガス株式会社の子会社として2017年1月に設立され、同年3月に特例子会社の認可を取得した。親会社の西部ガス株式会社は福岡市博多区に本社を置く都市ガスの製造供給販売の事業者で、全国の都市ガス製造供給販売の事業者の中でも初の特例子会社設立となった。また、親会社の元社員(船越)が設立していた就労移行支援事業の会社をM&Aにより子会社化し、特例子会社にするという全国でも極めて稀な手法による設立である。特例子会社の認可取得後、同年12月には西部ガスグループ6社の関係会社特例の認可まで取得した。2019年 8月時点の社員数は20名で、そのうち10名が障がい者(精神障がい者2名、発達障がい者4名、知的障がい者2名、身体障がい者1名、精神・身体障がい者(難病患者)1名)であり、様々な障がい者が働く喜びを感じながら勤務しており、親会社である西部ガス株式会社のダイバーシティー経営推進の一翼を担っている。 2 事業内容 大きく分けて5種類の事業を展開している。 (1)千代事業所(コピーセンター絆結) コピー、デザイン、印刷、オリジナルTシャツ・グッズ制作、製本、スキャニング、データ入力、CAD、名刺作成、点字等のビジネスサポート業務及び建物清掃維持管理業務を行なっている。 (2)春日事業所(ワークオフィス絆結) 障がい福祉サービス事業(就労移行支援・就労継続B型)で、障がい者の就労支援を行ない、企業が雇用したくなる人材を育成している。 (3)親会社社員のリワーク支援事業 親会社の長期休業社員を対象とした職場復帰支援プログラム「西部ガス絆結ピアリワーク支援」を作り、親会社の人事担当部署や職場の上司及び産業医・保健師と密に連携し、職場復帰前のリハビリの支援を担当している。 (4)西部ガスグループの社員の福祉に関する相談事業(企業内ソーシャルワーカー事業) グループ会社の社員自身や社員の家族の福祉に関する相談を受け付け、適切な社会制度や社会資源に繋げている。(相談例)社員の子どもに発達障がいがあり就職できない ⇒当社の障がい福祉サービス事業に繋げる (5)障がい者雇用サポート・コンサルティング事業 西部ガスグループの障がい者雇用のサポートや地場企業等の障がい者雇用のコンサルティングを行なっている。 3 社員全員で目指している実現したい姿 当社は実現したい姿として2つのことを目指している。 .障がいがあっても、強みを生かし、イキイキと働く .障がいがあっても、納税者になり、高齢者を支える この2つの姿を実現するための事業活動を通して、企業と障がい者の新しい連係モデルとして、様々な取り組みを社会に伝え、障がいがあっても当たり前に働ける社会づくりに寄与していきたいと考えている。 4 千代事業所(コピーセンター絆結)の取り組み 当社の売上の多くを占め、障がい者社員が中心となってビジネスサポート業務や建物清掃維持管理業務を行なっている千代事業所(コピーセンター絆結)の取り組みにスポットを当てて説明する。 (1)障がい者主体の事業展開 当社は「障がい者が主役となり、役割をもって自信をもってイキイキと働く」ことを目指している。そのために行なっている取り組みは以下のとおりである。 表1 障がい者主体の事業展開 1 障がい者・健常者という分け方でなく、お互いが「得意なこと・苦手なこと」を認識し合い、生かし合い、相互に補い合う関係になる 2 得意なことと業務をつなげる 3 障がい者社員も得意な分野のフロントに立つ (接客、電話応対、納品、集金、作業分担、品質チェックなど) 一般的な特例子会社が「ピラミッド型の組織運営」で、「営業・接客する人=業務開拓担当社員」「作業を指導する人=支援担当社員」「作業を指導される人=障がい者社員」というように分けられているのに対して、当社は「フラットで得意を生かし苦手を補い合う『網の目』の関係の組織運営」である。 p.23 図 千代事業所(コピーセンター絆結)の組織運営 当社は、障がい者も健常者も関係なく、誰もが営業や接客をし、誰もが電話を取り、誰もが作業を行ない、誰もが品質チェックを行ない、誰もが納品に行き、誰もが請求集金業務を行ない、誰もがお客さまから直接「ありがとう」という感謝の言葉を頂戴している。障がい者社員も得意な分野でフロントに立って業務を行なうのが、ごく当たり前のことである。 業務を行なっていくうえでは「障がい者」と「健常者」の区分けの意識は全くなく、誰もが一人の社会人として、得意なことを生かして業務を行ない、苦手なことは誰かに補ってもらっている。お互いに意識し合っているのは、「障がい者・健常者」ではなく「得意なこと・苦手なこと」である。 当社の障がい者社員は、障がいの種別や特性が多岐に渡っている。健常者社員も合わせてそれぞれの「得意」が集まると、かなり幅が広く、業務に生かせる「キラリと光るもの」がたくさん集まっている状態になっている。その幅広い様々な「得意」を生かして、それぞれが主体的に業務を行なうことで、業務の種類や制作できるアイテムは、限りなく広がってきている。また、業務の幅の広がりと同時にお客さまの幅も広がっている。親会社の西部ガスを始めとしたグループ会社はもちろんのこと、グループ外の多くの会社や団体、さらに一般の個人のお客さまからも多くの仕事を発注いただけるようになってきている。 表2 千代事業所の業務の種類とお得意さまの数(2018年度) (2)商売=ビジネスの確立 「特例子会社だから、障がい者が働く場があり、毎日仕事ができていればそれでいい。」というわけでは決してない。株式会社である以上、商売を成立させ、利益を追求し、黒字を出して永続的に成長し続けることが不可欠である。当社が「売上が上がり、利益が出せる事業にする」のために行なっている取り組みは以下のとおりである。 表3 商売=ビジネスの確立 1 ビジネス周りにある仕事を主業務にする 2 オリジナルグッズが作れるショップになる 3 人通りが多い通路沿いにオープンでおしゃれなショップを開設する 4 お客さまのすぐ近くに存在し、おしゃれで入りやすい雰囲気のショップにする 当社の千代事業所はオープンな店舗である。西部ガスの本社ビルの地下の人通りが多い通路に面しており、一見、カフェに見間違えるようなおしゃれな店構えで、ふらりと立ち寄りたくなる空間になっている。 写真:千代事業所(コピーセンター絆結)の様子 5 まとめ 以上の取り組みの結果、下記の2つが実現している。 .2017年設立以来、2期連続で黒字を達成し、雇用する障がい者を増やせている .2018年度実績で、グループ内外売上比率が、グループ内:グループ外 ≒ 50%:50%となっている 【連絡先】 船越 哲朗 西部ガス絆結株式会社 電話:092-558-2453 e-mail:t.funakoshi@banyu-kizuna.com p.24 障がい者雇用の拡大と可能性への挑戦 ○湯本憲三(株式会社サンキュウ・ウィズ代表取締役社長) 1 ㈱サンキュウ・ウィズの紹介 親会社(山九株式会社)の紹介は次のとおり。 本社所在地:東京都中央区勝どき6丁目5番23号 従業員数:単独12,059名、連結31,137名(2019年3月末現在) 設立年月:大正7年(1918年)10月1日 事業の柱は機工と物流で、売上比率は概ね4対6である。山九㈱はB to B(企業間物流)を担う会社で主要客先はいずれも日本や世界を代表する企業。㈱サンキュウ・ウィズは山九㈱の特例子会社として2007年6月事業を開始。 2 雇用拡大と職域拡大(=可能性への挑戦)の取り組み 2007年創業時は5名の雇用から開始(図1参照)。2019年8月現在(以下「現在」という。)では56名にまで増加。障がい者の法定雇用率2.2%への対応も有り、直近2年間で19名増、退職は2名である。 図1 社員数の推移 社員の増加に伴って職域の拡大が必須であった。 (1)事務所サポート事業の展開 創業時は1業種(清掃業務)だったが、シュレッダーなど軽作業や事務補助業務などで職域を拡大。 (2) PC(パソコン)事業の展開 スキャニング(紙文書の電子化)に続いて、2014年に山九グループ社員が業務用として使用したパソコンのデータ消去業務を開始。次に、新規導入するパソコンへのOS導入やアプリケーションソフト導入などのキッティング作業へと職域を拡大している。 (3)カフェ事業の展開 昨年は、本社ビルのラウンジでカフェ事業を開始し、6名を雇用する職場を新たに作ることができた。 平戸営業所、北九州営業所もローカルニーズに合わせて職域を拡大している。この様に職域を拡大(=可能性へ挑戦)する努力を続け、現在では12の職種を事業運営している(図2参照)。 図2 職域拡大の取組み 〜可能性への挑戦〜 3 山九グループでの広報活動 職域の拡大に当たっては、山九グループ内において「当社に対する理解」を深めて協力して頂く事が大事である。当社の事を良く知って頂くため、山九グループ内での機関誌への投稿や社内報やポータルサイトで積極的に発信。 また、当社の社員がメール集配や紙文書の回収などで執務室を訪問する際、気持ち良く挨拶する事や働く姿を見て頂く事、カフェ来店時の接客などを通じて、山九グループの方々に、親しみを持って頂ける様に努めている。 p.25 4 最近の職域拡大の一例 (1)メール集配サービスのエリア拡大 本社ビルで行っているメール集配を隣接の第二ビルへ拡大し、2名体制から5名体制に増員。 (2)当社のPC(パソコン)事業とは データ入力・書類のスキャニングに加え、新しい職域の開拓(=可能性への挑戦)である。 ・書類の電子化 ・PDFのExcel化 ・使用済みパソコンのデータ消去 ・パソコンの初期設定作業(キッティング) ・巡回作業プリンターへのコピー用紙の補給 ・社用携帯 iPhoneのキッティング以下、代表的な作業を紹介する。 ア リース終了パソコンのデータ消去 パソコンを代替する際、古いパソコンのデータを消す作業。以前は山九グループのシステム保守会社のエンジニアが対応。2014年から、本社と北九州営業所の2拠点で当社の社員が対応し、作業台数は年間3000台程度。事業開始以来「作業ミスはゼロ」。 イ パソコンのキッティング作業(=初期設定作業) 山九グループで使用する新規パソコンにWindows、Office、セキュリティソフト、また設置場所に応じて、機工系、物流系、会計系等の基幹システムをインストールし初期設定を行う。 従来、山九グループのシステム保守会社のエンジニアが対応。2016年4月、当社社員が対応する体制へ一斉に切り替えた。累計作業台数は約1万台。設定項目は約120項目/台で、延120万項目の設定を実施。3年間「作業ミスはゼロ」という素晴らしい作業品質をキープしている。 (3)生まれつつある好循環 データ消去作業で「作業ミスはゼロ」という好成績を維持し、次の職種(キッティング業務)の受注につながっているという好循環が生まれつつあり、社員自らが努力を積み重ね、自らの雇用の場を広げている。 (4) 社内カフェ「SANKYU CAFE」 2018年10月開業。挽きたての豆をハンドドリップによる抽出で美味しいコーヒーを提供している。コーヒー、紅茶、カフェラテ等の定番メニューでスタートし、徐々に他のメニューも作ってみたいと希望がでてきた。店員(社員)からのアイデアを元に、色々な風味のシロップを使った限定メニューを始め、マンネリ化することなく活気に満ちた店舗を維持し、お客様からも好評。毎日の販売数量は計画の60%増と大幅に伸びている。 5雇用拡大を継続するための課題 2017年からの2年間で社員が19名増加。内、精神障がいを持つ社員が14名増え約半数を占めている(図3参照)。 図3 障がい種別の構成比と推移 増やした職域で仕事を進めるなかで、心身トラブルも時折起きている。この点への、適切な対応が事業課題となっており ①作業管理見守り役の増員 ②精神保健福祉士,臨床心理士資格保有者の配置に取り組んでいる。 特に、後者は障がいを持つ社員のサポートに加え、日常業務での気遣いで疲労している健常者社員の精神サポートも視野に入れている。 今後は、70名、80名への雇用増加を目指し、職域拡大の努力を弛まず続けていきたいと考えている。 【連絡先】 湯本憲三 株式会社サンキュウ・ウィズ代表取締役社長 ℡ :03-3536-3251 e-mail : sw_k.yumoto@sankyu.co.jp p.26 【続編】精神・発達障害者のみの雇用における 職業リハビリテーションおよび人財育成(成長促進)の試み ○税所 博(ボッシュ株式会社 人事部門 業務サポートセンター長) 1 はじめに〜精神・発達25人、離職ゼロ! ボッシュ株式会社人事部門業務サポートセンター(以下「BSC」という。)では、2017年11月の組織開設以来、精神・発達障害者のみを採用・雇用し、現在25人のB-a1)が4つのロケーションに分かれ、それぞれ事務・庶務業務等に従事している。昨年(2018年)、本研究・実践発表会にて育成やモチベーション施策について発表して以来、B-aの数は12人から倍増し(JC2)は5人から7人へ)、勤続月数も当時の4.5ヵ月から11.6ヵ月へと伸びたが、依然として「離職ゼロ」を継続している。今回は、その勤続理由を中心に、BSCの職業リハビリテーションおよびモチベーション維持・向上施策についてご報告したい。 1)2)当社では従業員のことをassociate(s)と呼んでいるが、障害者手帳をもつBSC社員のことをBSC-associate(s)/B-aと呼称している。また、B-aの業務や育成をマネジメントする役割の健常者をジョブコーチ(JC)と呼んでいる。これは、公的資格取得の有無を問わない社内呼称である。 2 B-aおよびJCのプロフィール (1)基礎情報 入社時年齢構成は、20代:30代:40代=36%:32%:32%(平均年齢34.8歳)であり、45歳以上も6人いる。男女比は3:2で男性が多い。学歴は不問だが、結果的には大学院・大学出身者(中退含む)が約7割と比較的高くなっている。診断名は、統合失調症30%、発達障害26%、双極性障害15%、鬱病と気分変調症が各11%などとなっている。障害等級は2級が56%、3級が44%となっている。通算職歴は平均で9.7年、通算社歴数は6.6社(パート・アルバイト含む)であり、平均勤続年数は1.5年弱である。ブランク(無職期間)の平均は6.2年となっているが、全員が就労支援機関経由の採用であり、入社直前はほぼ全員が無職であった。ちなみに、正社員歴「有」は44%、事務職歴経験「有」は48%となっている。 (2)特技:公的資格 B-aは、さまざまなバックグラウンドを持っており、TOEIC780点以上5人を含む語学系はもとより、IT・金融・医療保健・エンジニアなど、分野を超えた公的資格を所有し、組織内ダイバーシティが実現している。 (3) JCのバックグラウンド JCは、現在7名(男性5名・女性2名)おり、全員がほかの部署からの異動者である。従前、公私いずれかで障害者と関わりのあった者もいるが、障害者雇用に関しては全員が初めての職種である。各ロケーションのマネジメントや人財育成をJCの裁量に委ねていることもあり、着任後できるだけ早いタイミングで企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ)の資格を取得してもらったほか、障害者雇用に係る社外研修には、2018〜2019年上半期にかけて、延べ91回出席している。平均年齢は約50歳であり、この社会人経験の豊富さもB-aの勤続をバックアップしている。 表 B-aの保有資格 3 B-aの勤続理由〜アンケート調査より B-aの勤続理由について、B-aアンケートを実施した(調査時B-a数は24名)。 (1)勤続理由(総合) 予備調査から抽出した23の選択肢について、自分の勤続の理由として重要な順から5つ選んで上位から順に5点〜1点を付与し、その合計を計算したものである。その結果を、BSCの職業リハビリテーションおよび人財育成の施策に照らしてみる。 図1 B-aの勤続理由(総合) まず、1位の「JCの相談・サポート」。BSCでは、B-aの人格や能力(ポテンシャル)を尊重し、個々の自己実現をサポートするという立場から、敢えて「障害者扱い・ 特別扱いしない」という方針を掲げており、B-aに権限・裁量を委譲しB-aが業務を自律的に推進していくことを基本としている(11位:「自律的に仕事ができること」)ため、JCが積極的に配慮や手助けをしないが、困ったときに(自発的・能動的に)いつでも相談に乗れる体制が評価されているようだ。2位の「業務の多様性」。BSCでは本人の自己実現を容易ならしめるため、基本的に「すべての業務をすべての人」にアサインしている。その結果、B-aたちは、一般に精神・発達障害者が苦手とされる「環境変化に柔軟 p.27 に適応すること」「複数の職務や複雑な工程に挑むこと」をむしろモチベーションとしていることがわかった。3位「障害者扱い・特別扱いしない」については、7位「職業リハビリテーションの理念」と併せて、組織理念や方針を各施策に展開していることが理解・共感されていると考える。4位「同僚が相互理解し、助け合えること」。BSCでは、精神・発達の人たちが特に苦手とされるコミュニケーション力の開発・促進に注力しており、すべての仕事をペアワークまたはチームワークで行っている(8位)。5位「正社員登用制度があること」。本人にとってより大きな目標を掲げられることが、BSCでの彼らの目標=職業リハビリテーション=を明確にし、より大きなポテンシャルの開発につながっているように思う。 (2)勤続理由(社歴別) 一方、社歴別に比較対照してみると、いくつかの項目で大きく異なることがわかった。 図2 B-aの勤続理由(社歴別:1年以上/1年未満。順位比較) 最も顕著な違いを見せたのが、1年未満では13位に過ぎなかった「同僚が相互理解し、助け合えること」が1年以上では断トツの1位となっていることである。このほか、「マネジャーが専門職」(13位⇒6位)、「権限委譲」(20位⇒11位)などが大きく順位を上げている。一方、社歴の長さに伴って低下したものは、「正社員登用」(2位⇒8位)、「職リハ理念」(3位⇒16位)、などである。ここから読み取れることは、BSCにおいては、勤続期間が長くなるほど「自律・自立」の意識とそれに対するやりがいが高まってくること、また「職リハの理念」の具体的施策への反映が実感されてくるようだ。 (3)まとめ 〜「定着」を目標としないから定着する! BSCの基本理念は、「職業リハビリテーションによる自己実現」である。「定着」ではなく、プライベートを含めた中長期のキャリアや人生プランこそが目標であり、それを日常業務(職業リハビリテーション)を通じて実現していく。調査の結果からは、仲間やJCという「安心」と「信頼」のもと、アイデンティティの回復・再構築、多様な業務やコミュニケーションによるスキル蓄積、さらに成長実感やワークエンゲイジメント(活力・熱意・没頭)などを高めるための方針・施策への共感と実践が、「勤続」という結果につながっていることが読み取れる。 紙幅の都合から本稿では割愛した「JC・マネジャーが考えるB-aの勤続理由」や「(B-aが)勤続のために続けていること」の調査結果も踏まえ、マネジメントの力点に調整を加えながら、よりよい人財育成を図っていきたい。 4 MPS(Motivating Potential Score)の推移 BSCでは四半期ごとをめどに、B-aの自己実現目標およびそのギャップ(このギャップを「課題」と定義)を本人と会社が共有するキャリア面談に合わせて、MPS3)という指標を用いてモチベーションレベルの追跡調査を行っている。これまでの推移は図3の通りである。初回から2回目にかけてはすべての項目でスコアが上昇した。2回目から3回目にかけては「多様性」はいっそう拡大したが、「完結性」「自律性」は前回値を下回る結果となった。仕事の幅が(急に)広がったために、全体像を見渡すことが難しくなり、また指導を受ける状況が増えてきたことが要因と思われるが、スキル習得における踊り場的な段階ではないかと分析している。一方で、フィードバックの充実によって、合計点=モチベーションレベル=は向上しており、全体としてはES(従業員満足度)は上向いている。今後も本調査をトラッキングしつつ、B-aの「職業リハビリテーションによる自己実現」のため、彼らのモチベーションの維持・向上に引き続き努めていく所存である。 図3 MPSスコアの推移(左:合計、右:各項目) 3)ハックマン/オルダム(J.Richard Hackman/Greg R.Oldham)が提唱。あらゆる職種に共通して、①技能多様性(多様なスキルや能力を必要とされているか)、②タスク完結性(各職務の目的や全体像が見渡せているか)、③タスク重要性(会社にどれくらい貢献していると思うか)、④自律性(どの程度、自律性や権限があるか)、⑤フィードバック(仕事や言動について、上司・同僚からどの程度フィードバックがあるか)の5つのパラメータについて、下記の公式によりモチベーションレベル(Motivation Potential Score)を測定するというものである。BSCではキャリア面談時、各項目10段階でB-aが自己評価している(1,000点満点)。 図4Motivating Potential Score(職務特性モデル) 【連絡先】 税所 博(さいしょ ひろし) 精神保健福祉士・社会福祉士・介護福祉士、企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ)、ボッシュ株式会社人事部門業務サポートセンター(HRC-BSC) e-mail:hiroshi.saisho@jp.bosch.com TEL(直通):070-4515-5562 p.28 RPAのプログラム開発による障がい者の職域拡大の取り組み ○伊藤直樹(大東コーポレートサービス株式会社 1 はじめに 大東コーポレートサービス株式会社は、障がい者雇用を目的に2005年5月に大東建託株式会社の子会社として設立され、同年8月に特例子会社認定を受けた。 その後、2016年4月にシェアードサービスを提供している大東ビジネスセンター株式会社と合併し、現在に至っている。 図1 障がいの内訳(全93名) 設立当初は、帳票の印刷・製本や看板製作、名刺作成等が主な業務だったが、前述の合併により事務系の業務比率が大きく増加しており、昨今では大東建託グループ全体の業務効率化を担う役割が求められている。本論文では、障がい者がその期待にどのような役割で取り組んでいるかを報告する。 2 RPAの現状 MM総研の調査1)によれば、企業のRPA(Robotic Process Automation /ロボティック・プロセス・オートメーション以下:RPA)の導入率は2018年6月22%、2019年1月32%と増加している。 業務負担の軽減や人手不足への対応、残業時間の削減などの課題解決の1つにRPAを導入する事が、導入率の拡大につながっていると考える。今後は人工知能技術との組み合わせなど、RPAの更なる高度化、適用範囲の拡大が進むものと推察される。 RPAなどの情報技術を活用した障がい者雇用は、障がい者の雇用の枠を広げる可能性があると期待するが、一方で障がい者の仕事を奪ってしまうのではないかとの懸念がある。 野村総合研究所の調査2)によると情報技術の導入により、「障がい者の業務がなくなる」と回答している企業が取締役) 上場企業で 21.3%、特例子会社で13.2%ある中で、「障がい者間の格差が生じてしまう」と回答している上場企業が22.8%、特例子会社で14.9%と非常にネガティブな考え方があることも忘れてはならない。今後、10〜20年後には、日本の労働人口の約49%が就いている職業において、人口知能やロボットに代替することが可能との推計結果が出ている中で、RPAは新しい救世主となると考えられる。 3 背景 (1)親会社でのRPA導入 親会社である大東建託は2017年9月に定型業務を軽減する事を目的にRPAを導入した。当初は、大東建託社内でのシステム開発を目指したものの以下の課題が顕在化し開発が滞っていた。 ①人員的課題→実業務兼務の為、RPA開発時間の確保が困難 ②技術的課題→システム開発の経験ゼロ ③コスト課題→上記①②の課題解決のため、専門の開発業者に依頼する選択肢もあるが膨大な費用が発生 結果、RPAの開発は一部の部門が、実業務の合間に細々と構築していた。 (2)当社でのRPA導入 一方、当社では障がい者への業務創出・職域拡大が課題であった。ペーパレス化や業務改革が進む中、グループ会社からの受託業務の内容が徐々に変化してきた。そこで、障がい者がシステム系業務で活躍出来る場がないか?障がい者とシェアードサービスをコラボレーションできないか?の観点で業務創出を検討した結果、親会社が進めているRPA開発を当社で受託出来ないかとの考えに至った。 多数の就労移行支援事業所に「RPA開発にマッチした方がいないか?」「システム開発の出来る方はいないか?」「システム開発をやりたい方はいないか?」などを確認し、RPAを教える就労移行支援事業所と出会った。 4 障がい者によるRPA開発 前述の経緯から、2019年2月より障がい者によるRPA開発を開始した。 (1)障がい者の採用 当社では、障がい者の採用にあたり1〜2週間程度の実習を実施しておりRPA開発要員も同様である。実習期間中は、当社で作成したプログラムの設計書をもとに実際にRPAを作成する。その中で、①仕事の質②コ p.29 ミュニケーション③服務規律④取組姿勢⑤安定した勤怠等の項目について評価し、実際に業務が可能かどうかも含めて、当社の障がい者相談員やジョブコーチも交え採用の可否を決定する。 (2)開発体制の構築 開発にあたり、まずは、健常者のシステム開発者を採用・育成した。もともとシステムエンジニア(以下「SE」という。)の業務を行っていた方を採用し、RPAについて基礎から学習してもらった。SE職の経験があるので、RPAの開発に関しては抵抗がなくスムーズに受け入れられた。 健常者は『SE職』として、大東建託グループの業務部門で作成したマニュアルを元に、業務担当者にヒアリングを実施し、設計、障がい者へのプログラム作成指示を行う。また、障がい者の作成したプログラムを検証し、業務部門への引き渡しを行う。 障がい者については、プログラマー(以下「PG」という。)として採用し、RPAのプログラム開発を専任で実施する。 業務の流れとしては、業務委託元である大東建託グループでRPA化する業務を選定し、情報システム部を通じて当社へ開発を依頼。 当社の『SE職』が、業務部門が作成したマニュアルを解析し、簡単な設計図を作成する。設計図をもとに『PG職』へ簡単なレクチャーを行い、開発を行う。 開発が完了したプログラムを『SE職』が検証し、業務部門へ開発レビューを実施し、情報システム部にてリリースする流れである(図2を参照)。 『PG職』の役割は、RPAプログラムの開発専任であり、その他の業務を行うことは原則ない。 図2 RPA開発の流れ (3)就労環境 RPA開発にあたっては、当社では開発ルームとして専用の部屋を設けている。これは、聴覚過敏や視覚過敏などの症状がある方への配慮として行っている。当然のことながら、通常の執務スペースにも席を設けており、どちらで業務するかは本人の適性・面談などにより判断している。また、開発ルームには白板も用意し、視覚的に現在の業務状況や社内、個人のスケジュールなどが共有・把握できるようにしている。 (4)開発実績 RPAの開発は、大東建託グループよりRPA化対象業務として約700件が開示されている。 当社では、健常者2名、障がい者3名の5名体制で、2019年4月〜9月に当初目標の30件を大きく上回る40件の開発を完了した。今後も継続して、障がい者プログラマーの増員を図り、開発件数を大きく伸ばす予定である。 「作成件数が延びる」=「業務効率化が進む」であり、大東建託グループの効率化に大きく寄与すると考える。 5 今後の課題 情報技術の進化により、通勤が困難な障がい者もパソコンとインターネット環境があれば在宅でRPAの開発業務を実施することができると考える。潜在的にもこのようなスキルを持った障がい者は多数存在すると推測される。 今後当社では、在宅勤務も含めた障がい者の採用を積極的に進め、RPAの推進による業務効率化をグループ各社に提供する。 また、RPAの開発のみならず、プログラムの実行などの運用業務も着手しており周辺業務への職域拡大に取り組んでいる。 6 まとめ この10年で、障がい者をとりまく環境は激変している。雇用の中心となる障がい種別も身体や知的障がいから精神障がいへと変遷し、実施する業務もシュレッダーやスキャン、印刷、ファイリング等が主体だったが、現在ではデータ入力やチェック業務の割合が増加している。近い将来、RPAをはじめとする情報技術の進展により従来型の障がい者実施業務は減少すると思われる。 我々は、常に障がい者を『出来ないかもしれない』という固定観念を捨て、個々の可能性を信じ、更なる業務創出、雇用拡大に取り組む。 【参考文献】 1) MM総研:RPA国内利用動向調査の結果 https://www.m2ri.jp/news/detail.html?id=336 2)野村総合研究所:野村総合研究所グループ、障がい者雇用に関する4回目の実態調査を実施 https://www.nri.com/jp/news/newsrelease/lst/2018/cc/1130_1 【連絡先】 田中 淳子 大東コーポレートサービス株式会社 雇用推進室(広報) e-mail:tj099840@kentaku.co.jp p.30 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける リラクゼーション技能トレーニングの改良の取組について ○松浦秀紀(障害者職業総合センター職業センター企画課 障害者職業カウンセラー)  佐藤 大作・小沼 香織(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「センター」という。)では、平成17年度から知的障害を伴わない発達障害者を対象としたワークシステム・サポートプログラム(以下「WSSP」という。)の実施を通じて、発達障害者に対する各種支援技法の開発・改良に取り組んできた。 開発した技法のひとつである「リラクゼーション技能トレーニング」は、平成25年度に支援マニュアルとしてとりまとめ、地域センターを始めとする就労支援機関に広く普及してきたところであるが、支援現場からは、力の抜き具合等の身体感覚が持ちづらい発達障害者に対するリラクゼーション法や、発達障害者に対する認知面へのアプローチ等、個々の状況や状態像に応じた幅広いニーズを把握しているところである。 本発表ではリラクゼーション技能トレーニングの改良にあたって、中間報告として現状のニーズ把握と今後の方向性について発表する。 2 ワークシステム・サポートプログラムの概要 WSSPでは、受講者1人ひとりの特性、職業上の課題等について詳細なアセスメントを行い、アセスメント結果に基づいて、職場で適応するためのスキル付与のための支援を実施している。また、アセスメントは1度で終わるのではなく、スキル付与のための支援におけるあらゆる場面を活用し、継続的にアセスメントを行うことに重点を置いている。具体的には、5週間の「ウォーミングアップ・アセスメント期(以下「アセスメント期」という。)」と8週間の「職務適応実践支援期(以下「実践支援期」という。)」の13週間でスキル付与とアセスメントを行っている。 アセスメント期では、WSSPの受講者の障害特性と職業的課題について把握している。実践支援期では、アセスメント期で把握した受講者の特性と職業的課題に対する自己対処や、事業主に要請する配慮事項等の検証を行うため、就業場面を想定したより実践的な支援を行っている。 WSSPは、「就労セミナー」「作業」「個別相談」で構成されており、それぞれを関連付けて実施している。「関連付け」とは「就労セミナー」で得た知識やスキルを「作業場面」で試行し、「個別相談」でその結果を受講者と支援者とで振り返り、振り返りの結果を踏まえて、職業生活に必要なスキル付与を個別に行い、再度作業場面で試行することをいう(図1)。 図1 WSSPの関連付け 3 リラクゼーション技能トレーニングとは リラクゼーション技能トレーニングは、発達障害者が自らのストレス・疲労の状態を把握し、個々のストレス・疲労、気分等の状態に応じたリラクゼーション法を選択して実践することにより、職場におけるストレス対処スキルの向上を図るためのトレーニングである。WSSPでは「就労セミナー」で実施している(表)。 表 リラクゼーション技能トレーニングのステップ 発達障害者はストレス・疲労に対する自らの心理的、感情的状態の変化に気づきにくく、その都度の対処ができないといった状況からストレス・疲労の影響を受けやすくなるという特徴がある。 職場では、対人関係や業務等の様々なストレッサーが存在しているため、ストレス場面を予測して回避することは難しく、知らないうちに過集中による疲労やストレスを蓄積している可能性がある。その他にも「他のことで頭がいっぱいになって作業に集中できない」、「心配事に気を取られて、目の前の作業ができない」、「過去の出来事を思い出し、嫌な気分になる」といった問題も発生しやすい。 p.31 リラクゼーション技能トレーニングでは、上記のような5リラクゼーション技能トレーニング改良の方向性課題に対して、①ストレス・疲労に気づきにくい傾向に着目したアセスメントとセルフモニタリングの支援、②ストレス対処のスキル向上のための支援の2点の考え方に基づいてトレーニングを実施している。 4 リラクゼーション技能トレーニング改良の背景 平成30年度から令和元年6月末日までに38カ所の地域センターを対象にリラクゼーション技能トレーニングに関するヒアリングを行った。「現行のリラクゼーション技能トレーニングにおいて、何らかの改良が必要かどうか?」の質問に対して、「全面的、または部分的な改良が必要」との回答が76%出され、リラクゼーション技能トレーニングの改良に対するニーズの高さが窺えた(図2)。 図2 リラクゼーション技能トレーニングの改良の必要性 具体的なニーズとしては、「心身の反応や行動面の変化を、疲労・ストレスと結び付けて考えることが難しい利用者が多い」、「身体の力の抜き方等がつかみにくく、リラクゼーションを行うことによる心身の変化を感じにくい。そのため、形だけを真似るに留まってしまう利用者もいる。その点を別な視点で改良できるとよい」、「身体状態に目を向ける訓練がないと、“型”としてのリラグゼーションを行っても、結果としてリラックスには至っていないことが多い」、「リラックスした状態を感じること自体が難しいため、認知、気分、身体の状態が分からないところが障害だと思う」、「利用者によって、リラクゼーション法に対して合う、合わないがあるため、もっと多くのリラクゼーション法があるとよい」、「実行→効果の検証のプロセスをモニタリングできるような仕組みがあるとよい」、「発達障害者の認知傾向に着目したストレス対処方法があるとよい」等、幅広い意見を収集することができた。 これらのニーズやWSSPでの実践結果を踏まえ、リラクゼーション技能トレーニングを、より幅広い状態像の発達障害者に有用な技法として活用するための改良に取り組むこととした。 5 リラクゼーション技能トレーニング改良の方向性 把握したニーズを整理し、関係する知見の情報収集を踏まえ、今後の計画として、以下のように考えている。 (1)リラクゼーション技能トレーニングの実施状況及び事例の分析 これまでWSSPにおいて実施してきたリラクゼーション技能トレーニングの実践事例の集約と分析を行い、改良ポイントを整理する。 (2)リラクゼーション技能に関する情報の収集及び分析 発達障害者のリラクゼーション技能に関する国内外の先進的な知見の情報収集を行う。 (3)リラクゼーション技能トレーニングの試行モデルの試作と検証 (2)の結果を踏まえ、リラクゼーション技能トレーニングで実施する新たなリラクゼーション技能の試行モデルを作成するとともに、試行結果を踏まえながら、その結果をもとに修正及び改良を行う。 (4)自分の状態のモニタリング方法の開発 具体的な対処方法を実行するためには自分の状態についてのモニタリングが必要となるため、リラクゼーション技能トレーニングの基礎となる自分の状態を把握する指標や具体的方法等について開発を行う。 (5)実践報告書の作成 新たなリラクゼーション技能トレーニングの概要、実施方法、実施結果、支援事例及び留意事項を取りまとめ、実践報告書を作成する。 6 最後に 今後は更なる情報収集およびプログラムでの実践を積み重ねることで支援の内容を深化させ、より効果的なトレーニングの実施について引き続き検討を行う。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター職業センター:「発達障害者のワークシステム・サポートプログラム 発達障害者のためのリラクゼーション技能トレーニング」,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター職業センター(2014) 2)障害者職業総合センター職業センター:「発達障害者のワークシステム・サポートプログラムとその支援技法」,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター職業センター(2006) 【連絡先】 障害者職業総合センター職業センター企画課 e-mail:csgrp@jeed.or.jp Tel:043-297-9042 p.32 在職障害者の就労支援 〜「大阪府障がい者委託訓練(在職者訓練)」から考える職業準備性と企業の雇用管理 ○砂川 双葉(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺)  濱田 和秀(特定非営利活動法人クロスジョブ) 1 はじめに 厚労省の集計結果1)によるとハローワークを通じた障害者の就職件数は97,814件で、対前年度比4.9%の増となった。しかし、障害者職業センターの研究2)からは早期離職者や準早期離職者の割合が高いことが分かり、就職時のマッチングの重要性が訴えられている。 2018年度からは定着支援事業が開始となったが、今一度確認しないといけないことは就労準備性を高めた上で就職の後押しを行うことだ。 梅永・井口3)はASD者の就職、職場定着のためにはハードスキル(職務の遂行)だけでなくライフスキル(日常生活の遂行)やソフトスキル(職業生活の遂行)のアセスメントが不可欠であると指摘しており、これを丁寧に実施出来る機関が就労移行支援事業所だと考える。 本研究では「大阪府障がい者委託訓練 在職者コース(通所型)」(以下「在職者訓練」という。)を利用し、就職後に自己整理を行った事例を通じて、職業準備性や就労移行支援のあり方について検討する。また、受け入れ側の企業に求める雇用管理についても提言していく。 2 方法 (1) 手続き 在職者訓練とは、企業に在籍する障害手帳を所持する者が、クロスジョブが取り組む訓練に一定期間参加するもので、面談などを通じて認知のズレへの気付きや自己整理を深める取り組みである。 訓練期間は60時間を上限とし、通所時間の設定は個別対応が可能。本研究の事例では、就労から3ヶ月目のタイミングで計12日間(1日5時間)事業の利用を行った。訓練時間は、毎週月・火・木・金曜日の9時30分〜15時30分。水曜日は会社への出勤日とした。 (2) 対象者 タダシ(仮名)、30代男性。先天性下肢障害、強迫性障害。身体障害者手帳1級を所持。2018年11月にX社に障害者雇用で入社。面接時は下肢障害のみを開示している。X社では人事部で社会保険業務に携わるが、指示理解の難しさや女性従業員との関わりなどでトラブルが生じ、企業内で「対応の難しい人」という印象になっていた。 Ⅹ社で就職するまでにも複数の企業で障害者就労を行うがいずれも早期離職。支援機関の介入は初めてである。訓練に参加する中で、ASDの傾向があることを把握した。 3 結果 表1に訓練開始前の企業評価、表2に訓練開始後に対象者にヒアリングした内容、表3に訓練実施と効果、表4に支援者から企業へ行ったアプローチと効果を示す。 表1 企業評価(訓練開始前) ①指示した内容を忘れており、教えられていないと言う。嘘をつく、隠す傾向がある。 ②自分がとったメモの理解が出来ない。知的障害を伴っているのではないかと考えている。 ③女性従業員に対し、容姿を指摘する、他の従業員もいる前で連絡先を聞く。本人なりのコミュニケーションだと思うが企業内では不適切である。 表2 対象者へのヒアリング(訓練開始後) ①複数指示を出されると後半部分の聞き取りやメモ取りが間に合わない。30代、中途採用の身で「分からない」と伝えることに躊躇いがあった。メモが取れなかった内容を忘れ、叱責に繋がった。 ②メモを取りたいが、作業を教えてもらう時は様々な内容を伝えられるので、まとめる際に内容を抽出することが出来ない。指示が何を指しての説明だったか整理出来ない。 ③職場やプライベートを問わず、出会った人とは仲良くなり、人脈を広げたいと考えている。 表3 訓練実施と効果(訓練中) ①メモ取り練習 メモに慣れることから始まり、省略したメモの書き方などを練習。簡潔な内容、ゆっくりした口調で話すとメモが書きやすくなることに気付き、今後の配慮事項として伝えることを確認した。他の訓練生が指示を受けている様子を見て、疑問があった時の質問方法を学ぶことも出来た。 ②ビジネスマナーのグループワーク テキスト4)を使用し、異性との付き合い方、アフターファイブの付き合い方を学習。性差のない関わりや勤務外でも友達の様な関わりはしないことを確認する。暗黙のルールを見える化し、ルール確認を行ったことで、今までの行動が職場では不適切であったことに気付くことが出来た。 ③面談 12日間の訓練で5回実施。得手不得手の整理を中心に行いながら、不安感の吐き出しの場に設定する。会社から見た本人像と対象者の考えをすり合わせも行うことで、他者からの見え方を共有し、「自分の考え=他の人も望んでいること」ではないことを知ることが出来た。 p.33 表4 企業へのアプローチと効果(訓練中、訓練終了後) ①訓練の経過報告 人事担当者や一緒に働く従業員に集まってもらい訓練の報告を実施。身体障害と強迫性障害以外に、ASD傾向があることを共有し、指示出しの際の配慮事項を確認した。また、対人面においては暗黙のルールが分かりにくいため、具体的にルールを明示してほしいことを共有し、理解を得られた。 ②わだかまり ASD傾向があること、配慮事項に関しては一定の理解を得られたが、訓練参加までに対象者が作った「溝」を埋めることは容易ではなく、対人面のわだかまりは解消されなかった。また、訓練終了後に対象者が会社を欠勤した際、「薬の副作用で体調が悪い」と申告。それが虚偽の内容であったため、社内での不信感が増し、状況が悪化。 このわだかまりが尾をひくことになり、訓練終了後から4ヵ月後に離職している。 4 考察 (1)就労移行支援事業所とタイアップした事業の意義 DSM-5からASDの診断名が採用され、障害特性には境界線がなく連続体であるとの考え方が広まってきている。本研究の対象者も診断は受けていないものの就労継続が困難になっていた背景にはASDがあることが分かった。この自己認識に至るには一定期間、安心した環境(訓練施設)に身をおき、自己評価と他者評価をすり合わせる必要があり、その提供場所として就労移行支援事業所は役割を担うことが出来たと考える。 また、他利用者と一緒に訓練を行うことで、自分と他者の比較から、長所や今後強化していくポイントを把握することも可能になる。意図的に横の繋がり効果(利用者同士の相互作用)が得られるプログラム設定を行うことで、集団生活や通所する行為を有意義に出来ると考えた。 従来の就職活動ではハードスキルを重視する考えが主流であったが、対象者の課題はソフトスキルが大きな割合を占めており、ソフトスキル、ライフスキルのアセスメントなくして就労支援は成り立たない。この考えは支援者のものだけにするのではなく、企業の人事担当者に対しても共有することが必要で、「作業が出来る=働くことは出来る」が、「作業が出来る≠働き続けることが出来る」ことを伝える役割も担っていきたい。 (2)「大阪府委託モデル事業 在職者コース(通所型)が担った役割と今後の課題 雇用継続の難しさは障害者雇用に限った話ではない。一般の大学卒業者でも就職から3年以内に約3割が離職しており5)、就職ありきの時代の中、全ての人が職業準備を整えて就職することは難しいのかもしれない。 在職者訓練は就労移行支援事業とは違う新しいパッケージとして、職業準備性や企業の雇用管理にアプローチ出来る取り組みになった。本研究における雇用管理のアプローチとしては、訓練の経過報告(ミーティング)において、人事担当者だけでなく、障害のある人と一緒に働く従業員を巻き込み、誰もが働きやすい職場にするための意見交換を行ったことにある。企業で障害者雇用を成功させるためには、職場全体で働きやすい土壌を作ることが必要で、それは管理職だけの力で成せるものではない。在職者訓練を通じては、管理職のリーダーシップを得ながら、職場全体で働きやすさを考える機会が提供できたものと考える。 また、この取り組みの効果を高めるためには、就職から早期の段階での事業活用が望ましく、一般の大卒者が会社の新人研修を受ける様な位置付けになることを願っている。 ただし、本研究は2018年度に実施された在職者訓練のモデルケースであり、本格的な事業は2019年度からの実施されている。事業のシステム作りや有効性を高める取り組みについては、引き続き、実践の上、研究を続けることとする。 【参考文献】 1)厚生労働省:平成29年度障害者の職業紹介状況等(2018) 2)障害者職業総合センター:障害者の就業状況等に関する調査研究,調査研究報告書No.137 (2017) 3)梅永雄二・井口修一:アスペルガー症候群に特化した就労支援マニュアルESPIDD-職業カウンセリングからフォローアップまで,明石書店(2018) 4)「見てわかるビジネスマナー集」編集企画プロジェクト:知的障害や自閉症の人たちのための見てわかるビジネスマナー集,ジアース教育新社(2008) 5)厚生労働省:新規学卒就職者の在職期間別離職率の推移 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000137940.html (閲覧日:2019年8月12日) 【連絡先】 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺 砂川双葉(sunagawa@crossjob.or.jp) p.34 修学困難学生へのサポートと就労移行支援事業所との連携 −医療系大学のニーズを踏まえて- ○稲葉 政徳(岐阜保健大学短期大学部 リハビリテーション学科 講師) 1 はじめに 近年、大学や専門学校などの高等教育機関ではAO入試や指定校推薦による入学者が増加傾向にあるが 1)、本学も例にもれず毎年7〜8割がその入試形態により入学してくる。ボーダーフリーな大学ゆえ、指定される評定平均値も低いうえに一般入試とは異なり、科目試験という“ふるい”にもかけられていないことから入学当初から修学上さまざまな困難さが学生個人に浮上してくる。しかし、困難さを抱える学生のほとんどが“未診断”であるうえに、本学には学生支援センターもない。カウンセラーも本年度から常勤教員が担当しているが、利用は少ない。そのため、主に教員が修学に何かしらの困難を抱える学生(以下「修学困難学生」という。)に対応してきたのが現状である。教員も理学療法士や作業療法士などの専門職者ではあるが、個人にあった適切なサポートができているとはいえない。専攻内では毎年クラスの1割余りの退学者を出しているのが現状である。 障害の有無に関係なく、2013年度〜2018年度における退学者は共通して学習面と生活面とともにさまざまな困難さを有している。しかし、教員は当該学生に対して学習指導はできても、生活指導面は本人の特性に合わせた適切なサポートができているとはいえないこと。学内教員による修学困難学生へのサポートに限界を感じていたところ、学生を含めた25歳までの若者を対象にした「キャリア支援プログラム(以下「キャリプロ」という。)を実施している事業所が岐阜市内にあることを知り、昨年度から本学と連携を取らせていただくことに至った。今回は、修学困難学生へのサポートの現在と今後の展望も含めて実践報告をする。 2 医療系学部・学科における学生支援のニーズとは 齋藤ら 2)が職業未決定尺度を用いて大学生と専門学校生を比較した調査では、下位尺度のうち「未熟」、「模索」、「安直」において大学生群は専門学校生群よりも高く、「決定」は専門学校1年生群が大学1〜3年生群よりも高かった。これは、将来の職業を決定したうえで入学している専門学校生とそうではない大学生(学部不明)との違いを表している。また、医療系専門職者(国家資格)を養成する学部や学科も職業決定後に入学するという意味では専門学校と共通しているといえる。なお医療系学部・学科の修学における特徴は、国家試験を必要とする職業を目指すに当たり、早期に綿密な国家試験対策が必要となることである。しかし学生にとってさらに鬼門といえるのが、学外臨床実習がカリキュラムにおいて多くの割合を占めている点である。本学理学療法学専攻を例にとると、1年次の見学実習が1週間、2年次の評価実習が4週間、3年次の総合実習が8週間を2施設の16週間の計21週であり、修業年限3年間のおよそ15%に相当する。 角田ら 3)が理学療法学生に対して実施した調査では、実習課題種別によるストレス反応の差は認められず、実習中に受けるストレス反応については学生個人の特性によるものが大きいと推察している。看護師や理学療法士などの3年制養成校は法制度において最小限の修了年限である。4年制養成校と比較して時間的な余裕はなく、学生自身に修学困難を引き起こす何かしらの特性がある場合は、科目履修や臨床実習においてつまずく可能性は高い。 以上から、医療系学部や学科における学生支援のニーズは、就職活動以上にストレスフルな臨床実習対策が1年生の早期から必要であることがいえる。 3 本学学生支援の課題と就労移行支援事業所との連携 本学理学療法学専攻における2013年度から2018年度のドロップアウト者のうち、受験した入試区分では指定校推薦が43%、AO入試が27%、一般入試が14%、一般推薦が7%、社会人入試が4%、特別入試が4%であった。退学理由別では、「一身上の都合」が33%、「学業不振」が29%、「進路変更」が26%と多く、そのほか「経済的都合」10%、「進路変更」2%と続いた。以上から、指定校推薦とAO入試による入学者が計70%を占めており、入試において“ふるい”にかけられていない部分(基礎学力や学習習慣など)がドロップアウトに直接つながっているのではないかと考えられる。また、退学理由もさまざまではあるが、多くは単位が取れなかったことが引き金となったのが実情である。しかし、退学者は共通して提出物作成・提出の問題や臨床実習で苦戦を強いられるなど、単なる「学力不足」では片づけることができないほど背景に諸問題があることを面談により確認している。前述のとおり、本学の学生支援は教員(担任とゼミ教員)が主として行ってはいるが、当該学生が個々に抱える問題点をカバーしきれていないことを退学者が出るたびに反省してきた。そこで注目したのは、就労移行支援事業所を運営している市内の一般社団法人S.S.(以下「一社S.S.」という。)が実施しているキャリプロの中のジョブゼミ(働くための基礎力 p.35 を身につけるプログラム)の内容である。ビジネスマナー、コミュニケーション、インターンシップ、パソコンスキルなど、本学の学生が1年生や2年生のうちに学ぶことで臨床実習対策につながること、また社会人になるために必要な意識の強化や就労移行支援事業所との連携による相乗効果を期待して、昨年度(2018年度)から修学上困難がある学生を対象に受講を勧めた。初年度は面接のみが2名、受講が1名であった。しかし、いずれもドロップアウト対策には至らなかった。 4 事業所との連携の実際と今後の展望 昨年度末に一社S.S.より、本年度から大学を訪問して学生に対してワークショップを行う「キャリプロ incollege」を開始することを知った。学生への「キャリプロ」周知6月21日に一社S.S.スタッフに来学していただき、本学リハビリテーション学科1年生を対象にコミュニケーションについてのワークショップを開催していただいた。 学生への受講後アンケートのうち、まず今回の講義内容の満足度については、「今後とても役に立つ内容であり夢中になって受講した(38%)」と「今後役に立つ内容だと思う(59%)」とで97%と良好であった。次に「今回のコミュニケーションワークショップは今後も必要だと思うか」の問いに、「とても必要。機会があればまたぜひ受けたい(15%)」と「必要。機会があれば受けたい(51%)」と66%が回答した。一方で、「必要かどうかはわからない」が21%、「あまり必要性を感じない」と「必要性を感じない」で13%が回答した。以上から講義内容には満足したものの、コミュニケーションワークショップが自分にとって必要なものかどうかは捉え方に個人差が見られた。さらに、ジョブゼミの受講希望を問うと、「ジョブゼミを受講したいと考えている。後日説明を受けたい(5%)」と「ジョブゼミの説明は聴きたい(21%)」とで26%が興味あると回答した。一方で、「アルバイトや所用で受講は考えられない」が51%、「受講する必要性は考えられない」が9%だった。その後、2名がジョブプロを受講希望した。昨年度の教訓から、教員が初回面談に立ち会うことにより、学生のニーズや支援内容の把握ができ、学生と事業所との橋渡し役、事業所と大学との連携が円滑になった。また、当該学生との距離も短くなり、担任やゼミ担当教員との連携も密度が増した。今後は学内での学生支援の充実を図りつつ、就労移行支援事業所との連携を軸に学生支援センターの礎を築いていく。 【参考文献】 1)文部科学省:平成30年度国公私立大学・短期大学入学者選抜実施状況の概要,http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/31/03/1414952.htm,(閲覧日2019年7月18日) 2)齋藤由夏ほか:大学生を対象とした職業未決定の比較,日本心理学会第73回大会発表論文集,1294,2009 3)角田晃啓ほか:臨床総合実習において理学療法学生に生じるストレス反応の継時変化,第51回日本理学療法学術大会抄録集,理学療法学,43,2016 p.36 アスペルガー症候群に特化した就労支援プログラム −大学に在籍するアスペルガー症候群者の支援− ○梅永 雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授)  繩岡 好晴(大妻女子大学共生社会文化研究所) 1 はじめに 平成17年度に施行された発達障害者支援法以降、発達障害者の就労支援において様々な制度の充実が図られてきている。具体的には、障害者雇用率制度(平成30年4月1日から2.2%)に基づき、従業員44.5人以上の企業は障害者を雇用しなければならなくなったが、精神障害者保健福祉手帳を取得した発達障害者も雇用率の対象となった。 また、発達障害等の要因により、コミュニケーション能力に困難を抱える者に対してハローワークに「就職支援ナビゲーター」を配置し、総合的な支援を行う「若年コミュニケーション要支援者就職プログラム」若者事業を実施されるようになり、地域障害者職業センターでは、発達障害者の社会生活技能、作業遂行能力等の向上を目的とした「発達障害者就労支援カリキュラム」を含む職業準備支援や求職活動支援、関係機関との就労支援ネットワークの構築に向けた取組などが体系的に実施されるようになってきた。 しかしながら、発達障害者の特性に応じた支援が十分に機能しているとはいえず、就職してもすぐに離職となっている発達障害者も多いことが独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 1)等で報告されている。 2 目的 (1)発達障害の中心はアスペルガー症候群等のASD 発達障害者を雇用した企業が抱える就労上の課題について梅永 5)は表のようにまとめている。 表 発達障害者を雇用して生じた問題 上司や同僚が言ったことが理解できない 相手にうまく伝えることができない 好ましくない言語表現を表し、相手を不快な思いにさせてしまう 曖昧な言動は理解できない 相手の気持ちを無視して自分の好きなことだけをしゃべり続ける 自分勝手な行動をしてしまって、周りから嫌がられる 感情的になりやすく、かんしゃくを起こす 場の空気が読めない人たちが多いため、人間関係に支障を来してしまう 表から、圧倒的にアスペルガー症候群者が抱える問題が多いことがわかる。 その理由として、アスペルガー症候群者は面接でうまく対応できない、就職したとしても対人関係でつまずき、定着できずに離職を繰り返すといった問題が多いからである。 (2)課題はハードスキルよりソフトスキル ハードスキルとは教えられる能力、あるいはたやすく数量化できる能力のことをいう。例えば、ハードスキルは本で勉強したり、学校で学ぶことができ、職場での作業を学習するようなスキルである。具体例としては、外国語の学習、学歴や資格の取得、ワープロのタイピングのスピード、機械操作、コンピューターのプログラミングなどの「職業能力」のことである。 一方、ソフトスキルとは、数量化するのは困難なスキルであり、一般に「People Skills」として知られている。具体的には、遅刻をせずに職場に行く、身だしなみを整える、職場のルールやマナーを守れる、適切に昼休みの余暇を過ごせる、金銭管理ができる、適切な対人関係ができるなどの「職業生活遂行能力」になる。 アスペルガー症候群者の中にはコンピューター操作等のハードスキルの側面では高い能力を所持していても、対人関係やコミュニケーション、日常生活スキルなどのソフトスキルの側面で社会に適応できないことが多い。 その結果、Hendrics 3)によると、米国では50%〜75%のアスペルガー症候群者は失業中であり、二次障害としてうつや不安、そううつなどの精神疾患を重複することになり、精神的身体的問題が就労を阻害している要因であると報告されている。 (3)従来の職業リハビリテーションの限界 Muller, Shuler, Burton & Yates4)によると、アスペルガー症候群者の就労上の問題の一つとして、アスペルガー症候群者に特化した就労支援のプログラムが開発されていないことが指摘されている。 アスペルガー症候群者はコミュニケーション、対人関係に困難を抱えているため、職場の同僚・上司から誤解されることも多く、障害特性の理解を得ることが難しい。そのため、従来型の面接や職業相談では、一方的に話し続けたり、言語コミュニケーションのみでは上手くかみ合わないことが生じる可能性がある。 職業アセスメントにおいても、支援機関内での職業能力 p.37 評価や職業適性検査だけでは、実際の職場で生じる対人関係や視覚や聴覚等の感覚刺激の影響因などを把握することができない。 さらに職業紹介における適職マッチングでは、本人のニーズが明確でないこともあり、就職してから「自分のニーズとは違っていた」と離職へつながる者も多い。 よって、本研究では米国ノースカロライナ大学医学部精神科に属するTEACCH Autism Programで開発された通常の大学(高校)に在籍するアスペルガー症候群者の就労支援プログラムT-STEPにおける支援を紹介することを目的とする。 3 方法 (1) T-STEPの概要紹介 T-STEPというのはどのようなプログラムで、我が国の大学や高校で実施できるかについて紹介する。 (2) T-STEPの成果と応用 米国で実施されたT-STEPの成果を我が国にどのように応用すべきかを検討する。 4 結果 (1) T-STEPの概要 通常の大学や高校卒業までの最終2学年のアスペルガー症候群学生(生徒)に対する就労のための介入プログラム 期間は12週間にわたる24回のセッションをグループ講義から始め、インターンシップなどを経験することにより、通常の大学や高校から就労への移行を促進するプログラムである。 主な支援内容は実行機能の指導(整理統合、時間の管理)、社会コミュニケーション/他者の視点の理解、職業上のソーシャルスキルの指導、支援を求める方法の指導、感情のコントロール、大学、職場、家庭でのコーピングスキルの指導、柔軟性の指導となっている。 (2) T-STEPの成果 アスペルガー症候群学生はIT機器等の使用にたけており、また言葉よりも視覚支援が有効であることから、スマートフォンのアプリケーションであるプランナー/カレンダーシステムを使うことによって、実行機能を補えるようになり、自分で目覚まし時計を使って起きることができるようになった。 また、洗濯はコインランドリーを使用することにより洗濯機と乾燥機を使う技術をマスターすることができるようになった。 5 考察 アスペルガー症候群の学生は挨拶や援助要請などのソフ トスキルの獲得に困難を示すことが多く、大学内でSSTなどを指導してもスキルが般化できないといわれている。 また、このようなソフトスキルを指導する時間も少なく、ほとんどの大学(高校)においては職業訓練(キャリア教育)には最低の機会しか与えられていなかった。 よって、大学卒業後に就職してからではなく、大学在学中にインターンシップなどの実際の現場において構造化された就労支援プログラムを体験することはとても有効だと考える。 とりわけ、特定の就職先に結びつくスキルの指導を行うことによって、大学および高校からスムーズな就労への移行が可能となる。 6 まとめ 日本学生支援機構 2)によると、定型発達の大学生の就職率は95%を超えているが、障害のある学生の就職率は約50%、その中でも発達障害のある大学生の就職率は30%と極めて低く、さらに就職しても離職者が多いと報告されている。 その理由として、実行機能が弱く見通しが持ちづらいアスペルガー症候群学生にとって、今まで体験したことのない仕事は、急激な変化を受け入れなければならず不安が高まること。 また、大学まではそれほど必要とされていなかった職場でのマナーや対人関係スキルに困難を示すことなどが挙げられる。 そのため、社会人となる上で必要となるスキルを大学時代に身に着けておくことは大学から就労への移行に有効な手立てとなる。 【参考文献】 1)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター研究部門:調査研究報告書,No.125 発達障害者の職業生活への満足度と職場の実態に関する調査研究(2015) 2)独立行政法人日本学生支援機構:大学,短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書(2016) 3)Hendrics,D.: Employment and adults with autism spectrum disorders: Challenges and strategies for success. Journal of Vocational Rehabilitation,32,p.125.134(2010) 4)Muller,E.,Shuler,A.,Burton,B.A.Yates,G.B.:Meeting the vocational support needs of individuals with Asperger Syndrome and other autism spectrum disabilities.,Journal of Vocational Rehabilitation,18,p.163-175(2003) 5)梅永雄二:「発達障害者の雇用支援ノート」,金剛出版(2012) 【連絡先】 梅永雄二 早稲田大学 教育・総合科学学術院 p.38 「三種の神器」を活用した不注意対策の実践と効果について ○田中 信一郎(NECフィールディング株式会社 人事部 キャリア開発アドバイザ/企業在籍型職場適応援助者/国家資格キャリアコンサルタント) ○小林 美紗子(NECフィールディング株式会社 人事部) 1 はじめに NECフィールディング株式会社は、 NECのグループ企業で、ICT関連機器の保守サービスをコア事業として、様々なソリューションサービスを提供している企業である。顧客満足度( CS)向上を事業運営の基本としており、サービス品質の維持はもとより、常にその向上を追求する事業戦略の元、国内を中心に381ヶ所(2019年3月現在)のサービス拠点を展開している。そのため、障害者雇用においては、拠点分散型の就業管理や、サービス提供のための多様な職務内容と、障害を持つ方固有の特性との整合性を十分配慮した採用・定着支援に取り組んでいるところである。 2 障害特性(以下「特性」という。)別比率 特性別の内訳は図1の通り。特性別の比率は、身体92%(体肢34%、聴覚32%、内部22%、視覚4%)、精神8%である。なお、職種別の内訳は、定型業務主体の事務職が約39%、企画・計画系職種が約54%、その他が約7%となっている。 図1 障害特性別比率(2019年7月末現在) 3 「ジョブコーチ(以下「 JC」という。)支援」導入の経緯 障害者雇用促進法改正(2018年4月)に伴う法定雇用率の引上げ、「働き方改革」の推進など、近年の障害者雇用を取り巻く環境変化を踏まえ、精神障害者の雇用拡大への取り組みを強化している。精神障害を持つ方の雇用においては、特性に配慮した業務アサインに加え、対象者自身が自身の特性に起因するミス・失念を予防する手立てを身に着けることが効果的である。そのため、精神障害者の雇用の際には、適宜「 JC支援」によるサポートを実施することとした。 4 JC支援事例 本事例は、トライアル雇用(2018年10月から6カ月間のフルタイム勤務)の適用と併せて JC支援(ペア支援対象)を実施し、その結果を踏まえて正社員登用に至った事例である。 (1)支援対象者の特性 支援対象者の主な特性は表1の通りである。支援対象者が利用してきた就労移行支援サービスからの情報入手、アセスメント1)の結果を踏まえ、業務遂行に及ぼす影響の大きい特性を整理・確認し、 JC支援の取り組みを進めることとした。 表1 主な特性と業務への影響 (2)支援体制 職場上司、企業在籍型職場適応援助者(以下「企業内 JC」という。)、産業医および保健師、就労移行支援サービス事業者、および訪問型職場適応援助者(以下「訪問JC」という。)の連携を確認し、 JC支援体制を明確にした(図2)。 図2 JC支援体制 (3)主な担当業務と課題 トライアル雇用期間中の主な担当業務は表2の通りである。個々の担当業務に関する詳細は省略するが、どの業務においても、「ミスを予防しつつ、定められた業務を期日内に完了し、そのプロセスを継続できること」が、職場適応を評価する上で重要な指標となる。そこで、業務遂行状況・勤務状況・生活リズム・体調に関する情報を支援対象者・上司・ JC間で共有し、課題への対策を習慣化する取イ「卓上ボード」の活用 り組みを進めた。 板面を図5の通り、「当日の AM(①)、PM(②)」と表2 主な担当業務「日付未定(③)」の3つの領域に区分し、付箋(予定記載)を張り付け、常に視認できる状態に置く。 表2 主な担当業務 (4)課題対策の習慣化 上司のマネジメントと JC支援を通して、課題への取り組み状況と結果を共有し、より効果的な対処方法の検討と実践を繰り返した(図3)。 図3 課題対策の習慣化フロー (5)「三種の神器」活用と結果 「カレンダー」「スマートフォン」「メモ」など様々な補助ツールの活用と評価・見直しを繰り返した結果、「三種の神器」(表3)と称するツールセットが、特性に起因するミス・失念の軽減に効果を発揮している。 表3 「三種の神器」 ア 「付箋」の活用 指示・依頼により予定が確定した際には、その場で「予定日」「作業内容」を簡潔に記載する(図4)。 図4 「付箋」活用の様子 イ 「卓上ボード」の活用 板面を図5の通り、「担当のAM(①)、PM(②)と「日付未定(③)」の3つの領域に区分し、付箋(予定記載)を貼り付け、常に視認できる状態に置く。 図5 「卓上ボード」活用の様子 ウ 日報 「当日の業務」「課題の確認」「健康状態、起床・就寝時刻」「感想」など、定型文にまとめて振り返り、予定・実績を棚卸し、上司・企業内 JC・保健師と共有する。 エ 効果 退社時に、1日を振り返りながら日報をまとめ、ボードの付箋を確認・整理して翌日に備える(図6)のサイクルを回すことが、日々の意識付けと予定確認に効果的である。加えて、職場メンバーも支援対象者の予定を目視確認できるため、周囲からのサポート面でも役立っている。 図6 「三種の神器」活用サイクル 5 まとめ この事例においては、「三種の神器」「支援対象者の意思と意欲」「上司・職場の理解・適切な支援」「 JC支援」の組み合わせがこの良好な結果に結びついたと考えている。今後においてもこの経験を生かし、障害者の雇用拡大・定着支援に資するよう取り組んでいきたい。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:支援マニュアル№18「発達障害者のアセスメント」p72-75(情報処理過程におけるアセスメントの視点(Ver.10) 【連絡先】田中 信一郎NECフィールディング株式会社人事部 e-mail:tanaka-shini@star.fielding.nec.co.jp p.40 びまん性軸索損傷による高次脳機能障害者への復職支援 −医療機関と就労支援機関とのシームレスな連携についての一考察- ○中島 裕也(福井総合クリニック 作業療法士/高次脳機能障害支援コーディネーター)  中川 真吾(慶長会夢つづきの家)  宮越 幸治(福井障害者就業・生活支援センターふっとわーく)  渡辺 寛子(群馬障害者職業センター)  小林 康孝(福井医療大学) 1 緒言 高次脳機能障害に対する就労支援について、複数の支援機関が連携して支援を行っていくことは不可欠とされている1)。各就労支援機関と連携し、就労に至った支援事例の報告も散見される。しかし、医療機関から就労支援機関を経て復職に繋がるまでの、一連のシームレスな支援の流れを示した事例の報告は見受けられない。今回、医療機関から就労支援機関へのシームレスな連携を経て復職に繋がった事例を経験した。支援経過を後方視的に検証し、シームレスな連携を行う上でのポイントについて考察を述べる。 2 症例 44歳男性(警備会社勤務、警備員)。X年勤務中車にひかれ受傷(業務労災)、びまん性軸索損傷。X+1〜6ヶ月回復期病院にて入院リハビリ。X+6ヶ月〜当院にて外来リハビリ継続。神経心理学的所見(表1)は、外来リハビリ開始当初において、記憶障害(言語性記憶、遅延再生)、注意障害(選択・配分・転換性注意、処理速度)、神経疲労が残存。症例の特徴として、記憶・注意のキャパシティ(容量)が狭く、また神経疲労が記憶・注意機能に影響をきたしやすい状態であった。本人、妻とも復職を希望しているが、復職に際して不安を抱えていた。 表1 神経心理学的所見 3 復職支援経過 支援経過を第Ⅰ期〜第Ⅳ期に示す。 (1) 第Ⅰ期(X+6〜14ヶ月)医療機関内での対応 X+6ヶ月回復期病院の退院調整に際して、高次脳機能障害支援センター(以下「当支援センター」という。)へ介入依頼があり、復職に際したアセスメントを実施した。この時点では、「業務労災であり休職期間は特にないと職場から言われている」といった状況から、復職までに時間的猶予があることが分かり、退院後は外来リハビリ継続を勧めた。 外来リハビリでは、認知機能や障害の自己認識向上、代償手段獲得が図られた。また、今後の移動手段として、公共交通機関利用練習が進められ、バス通院が可能となった。当支援センターでは、復職に際したアセスメントも継続して行い(表2)、労災の症状固定までの期間を考慮した上で、受傷より2年内での復職を目標とした。しかし、復職時の業務内容について、職場は警備業務をイメージしており、この時点では具体的に決まらなかった。 表2 復職に際したアセスメント内容 (2) 第 Ⅱ期(X+14ヶ月〜)医療機関から就労移行支援へ 外来リハビリにて、健康状態・生活リズムの安定、移動手段の獲得、障害の自己認識の向上といった職業準備性が整ったので(表3)、X+15ヶ月〜就労移行支援事業所(夢つづきの家)へと当支援センターから繋ぎ合わせた。就労移行支援事業所では、1日仕事をするための体力(作業耐久性)の向上、代償手段やコミュニケーションスキルの実践活用、障害の自己認識を深めるといった、職業準備性をさらに向上することを目標とした。 利用開始当初は神経疲労の影響から疲労が強かったが、徐々に作業耐久性が増し疲労も軽減してきた。しかし、一度の口頭指示での理解の困難さ(注意・記憶障害)や作業スピードの遅さ(処理速度低下)といった課題が生じてい p.41 た。一方、「繰り返し行い体感的に身に付くことで作業ができるようになっていく」といったことがわかり、就労能力のアセスメントにも繋がった。 (3) 第 Ⅲ期(X+18ヶ月〜)就労移行支援から地域障害者職業センターへ 就労移行支援事業所利用にて、作業耐久性や障害の自己認識の向上といった職業準備性がさらに向上したので(表3)、外来リハビリと就労移行支援事業所を併用しつつ、X+18ヶ月〜(復職目標の半年前)地域障害者職業センター(以下「職業センター」という。)へと当支援センターから繋ぎ合わせた。職業センターでは、職業相談・評価で就労能力の精査、職業準備支援で障害の自己認識や代償手段活用の深化を目標とした。 職業準備支援にあたっては、職業センターを中心に、職場に対して復職時の業務内容の切り出し作業をサポートした。結果、復職時の業務内容を警備業務→社内清掃業務と事務補助へと変え、模擬練習を行っていくことになった。注意・記憶障害の影響から口頭指示だけでは作業に抜けが生じるため、メモや手順書活用を促し、神経疲労に対してはタイマーを使って休憩時間を設けるなど、障害の自己理解を促しつつ、代償手段活用の定着を図った。結果、不十分な点は残るものの、メモや手順書の活用やタイマーによる休憩時間の管理が定着し始めた(表3)。 表3 職業準備性の変化 ※体験的気づき:症状と失敗体験を結びつけることが可能予測的気づき:失敗を予測して対応できる (4) 第 Ⅳ期(X+25ヶ月〜)リハビリ出勤から復職へ X+25ヶ月〜職場、労働基準監督署の了解を経た上で、職業センターを中心にリハビリ出勤を組み立てた。リハビリ出勤中は、就労移行支援事業所と障害者就業・生活支援センター(ふっとわーく)が、定期的に職場訪問を行い、日報で課題を整理、各支援機関と情報を共有しながら本人・職場のフォローアップを行った。 リハビリ出勤では、神経疲労に対して緩徐に勤務時間・日数を増やし、アラームで休憩時間を管理することで徐々に疲労をコントロールできるようになった。また、注意・記憶障害の影響から清掃作業の抜けが生じていたため、手順書の活用を促した。手順書を活用する中で徐々に手続き記憶へと移行し、業務の安定へと繋がっていった。 X+31ヶ月〜(受傷より約2年半)配置転換にて復職。復職後3〜6ヶ月は職業センターからのジョブコーチ支援を中心に、就労移行支援事業所や障害者就業・生活支援センターが介入してフォローアップを行い、6ヶ月以降は障害者就業・生活支援センターがフォロー継続予定である。 4 考察 今回復職に至った要因としては、多職種が関わる中で、シームレスな連携が行えたことがキーであったと考える。以下、シームレスな連携を行う上でのポイントを述べる。 (1)医療機関での対応 受傷・発症後の復職支援のスタートは医療機関である。復職には医療機関の早期からの働きかけが重要とされている2)。医療機関では、心身機能やADL改善に目が向きがちだが、「休職期間」「所得保障期間」について早期からアセスメントを取り、以降の復職支援の見立てを作ることが求められると考える。 (2)医療機関から就労支援機関への繋ぎ合わせ 医療機関と職業センターにおける連携上の課題が報告されており3)、回復期病院退院後すぐに、就労に向けた準備が不十分なまま職業センターに復職支援の依頼があったなど具体的な報告もある4)。シームレスな連携を行う上では、職業センターのみならず、各就労支援機関の機能を理解した上で、職業準備性および復職期限に合わせた適切なタイミングで、医療機関から就労支援機関へ繋ぎ合わせていくことが必要と考える。 5 結語 県内の現状としては、医療機関と就労支援機関の連携が十分とは言えない。今年度より「高次脳機能障害に対する多職種事例検討会」を実施しており、今後当支援センターとして、県内の医療機関・就労支援機関のシームレスな連携体制構築を図っていく。 【参考文献】 1)田川恭子:高次脳機能障害者に対する就労支援の進め方,「 JOURNAL OF CLINICAL REHABILITATION23(11)」 ,p.1052-1058,(2014) 2)豊永敏宏:職場復帰のためのリハビリテーション−脳血管障害者の退院時における職場復帰可否の要因,「日職災医誌56」, p.135-145,(2008) 3)田谷勝男:高次脳機能障害に対する理解と研究モデル事業の試行,「職リハネットワーク60」,p.5-8,(2007) 4)村久木洋一他:高次脳機能障害者を主な利用者とする就労移行支援事業所と地域障害者職業センターの連携に関する一考察,「第26回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集」,p.144-145,(2018) p.42 高次脳機能障害者の就労支援・社会復帰支援にむけて、ほっぷでの取り組み 〜できることへの着目と自己決定〜 ○平山 昭江(特定非営利活動法人ほっぷの森理事/就労支援センターほっぷサービス管理責任者) 1 はじめに 特定非営利活動法人ほっぷの森では、2007年9月から就労移行支援事業所として、就労支援センターほっぷ(以下「ほっぷ」という。)を開始し、今年で12年が経過。当初から「自分を知る」「仕事を知る」「企業を知る」をテーマにトレーニングを実施。障害や病気からくる「生きづらさ」に寄り添いながら「その人らしく」「できること」を大事に、個々の目標に向かって取り組んでいる。 2 今回の発表の目的と内容 2007年からの12年間で、これまでの利用者数は、延べ170名(現利用者含)。その主となる障害種別の内訳は、高次脳機能障害113名(66%)、知的障害40名(23.5%)、発達障害5名(2.9%)、精神障害5名(2.9%)、身体障害4名(2.4%)、若年性認知症3名(1.8%)となっている。 全利用者の内、高次脳機能障害者の利用者は事業開始からの5年間は年度平均6.6名(50.1%)であったが、過去5年間は年度平均11.2名(82.5%)となっている。 今回、ほっぷを利用している高次脳機能障害者113名の状況について、統計とこれまでの取り組み、そこから考えられることを報告する。 3 高次脳機能障害者の利用状況 (1)受障原因と受障年齢 事故等による頭部外傷26名(23%)、脳出血23名(20.4%)、脳梗塞17名(15%)、くも膜下出血13名(11.5%)、脳腫瘍11名(9.7%)、脳炎他疾患等21名(18.6%)、不明2名(1.8%)。 受障年齢は、10歳未満7名(6.2%)、10代12名(10.6%)、20代19名(16.8%)、30代26名(23%)、40代27名(23.9%)、50代19名(16.8%)、60代2名(1.8%)、不明1名(0.9%)。 傾向として、頭部外傷者は10代から30代での受障が多く、脳内出血者は30代後半以上での受障が多くみられた。 (2)ほっぷ利用開始年齢 10代1名(0.9%)、20代17名(15%)、30代29名(25.7%)、40代33名(29.2%)、50代30名(26.5%)、60代3名(2.7%) (3)受障からほっぷ利用開始までの年数 1年未満23名(20.4%)、1〜2年未満19名(16.8%)、2〜3年未満22名(19.5%)、3〜5年未満13名(11.5%)、5〜10年未満7名(6.2%)、10〜20年未満17名(15%)、20年以上11名(9.7%)、不明1名(0.9%)。 利用までの年数が長い方は、小児時期の受障や高次脳機能障害の認知度がまだ低い時期の受障の方である。 (4) 性別 男性94名(83.2%)、女性19名(16.8%)となっており、圧倒的に男性の利用が多い現状である。 (5)障害者手帳取得状況 精神保健福祉手帳70名(62%)、身体障害者手帳25名(22.1%)、精神保健福祉手帳・身体障害者手帳13名(11.5%)、手帳なし5名(4.4%)。障害者手帳のない方は主治医の診断書にてほっぷを利用。 4 他機関との連携 ほっぷにつながるきっかけでは、医療機関43名(38.1%)、障害者職業センター15名(13.3%)、役所等の行政機関14名(12.4%)、自立訓練9名(8.0%)、相談支援事業所7名(6.2%)、能力開発校5名(4.4%)、ハローワーク4名(3.5%)、直接11名(9.7%)、その他5名(4.4%)。 医療機関と関わることで、症状の把握と理解、適切な対応につながる為、可能な限りケース会議や診察の同席を実施。また、医療情報である、診断書やリハビリテーション計画報告書を一緒に確認することで、本人の病識の状態や必要なトレーニングへの気付きにつながりやすくなった。 必要な時に必要な準備や対応をする為に、様々な立場、関係者との連携が不可欠である。 5 ほっぷの取り組み、プログラムについて (1)プログラムの意味 何の為に、何を目的に取り組むのか、やらされているのではなく、自分でやることを決めて取り組む。 毎時間、各プログラムの開始時に、目的の確認をしている。毎時間同じことを確認しながら、プログラムの意味を知り、取り組む。そして、トレーニングとして取り組みながら改善の手ごたえをつかむ。手ごたえをどう得るか、自分の現状にどう気付き、工夫につなげられるか。その為に、様々なプログラムを通して気付きを大事にしている。 p.43 (2)取り組みからの気付き 記憶の補完や段取りの確認として、全員がメモリーノートを使用し、メモの習慣につなげている。必要性を感じてなくても、週に1回メモリーノートを確認する時間をプログラムと設けている。「後で書く」や「覚えているから大丈夫」では定着が難しい。1週間の記録や予定等を皆で確認することで、忘れていることへの気付き、書いていたことで役に立った経験、毎週繰り返し実施することが習慣につながりやすい。最終的には、予定や仕事内容等を把握し、情報の自己管理ができることを目標としている。 作業面では、ワークサンプル幕張版を取り入れ、簡易版から訓練版を実施しながら、その方の得意不得意や特性からくる傾向を確認している。 遂行機能のトレーニングとして行事を年3回実施。日時のみ指定し、その他の実施内容に関すること、何をやるか誰と担当するか予算や段取りはどうするかは皆で話し合って決めていく。発言力のある方の意見に引っ張られたり、イメージがつかなく何度も同じことを聞いてはその都度意見や方向性が変わる、他者との折り合いをつけることが難しく話し合いへの参加が難しくなる等、様々な過程を踏み実施となる。実施後の振り返りでは課題となるような意見はあまり出ないことが多い。それでも、約1ヵ月5〜6回かけて話し合うことで、個々の気付きや変化は見られる。 支援においては、様々な予測(想定)はするが、先回りをした準備はしない。本人が何かに困る、できないことに直面することで、どうすれば良さそうなのかを考え、気付くことで次へのステップ、トレーニングにつながる。そして、できたことは強みとしていく。 6 就労に向けての活動 ハローワークはほっぷから徒歩15〜20分程の場所にある為、ほっぷの活動時間の中で行き「就職に向けて」というプログラムの中で活動報告をする。他に企業見学や実習の実施報告も行う。報告の中から情報を得たり、就労に向けて動き出すきっかけになることも多い。 中でも、実習は大きな効果がある。体力、脳疲労、指示理解、段取り、記憶、注意、集中等、様々なことが確認でき、仕事の勘を取り戻すとても貴重な場である。 7 高次脳機能障害者のほっぷ利用終了者 96名(現利用中の17名除く)の状況 終了時の状況は、次のとおり。 一般企業就労者39名(40.6%)、復職者15名(15.6%)、就労継続A型15名(15.6%)、就労継続B型8名(8.3%)、障害者職業センター他訓練3名(3.1%)、在宅・求職活動2名(2.1%)。症状の悪化や他事業所への移動、転居 等による途中退所者は14名(14.6%)。 8就労者 69名(復職・A型事業所含む)状況 (1)就労までのほっぷ利用期間 3ヶ月未満5名(7.2%)、3〜8ヶ月20名(29.1%)、9〜16ヶ月11名(15.9%)、17〜24ヶ月32名(46.4%)、31ヶ月1名(1.4%)。 いずれの就労形態でも、利用期間は17〜24ヶ月が多い。 (2) 職種 一般企業就労者39名中、事務補助が12名(30.8%)と最も多い。次いで介護施設での清掃や環境整備・補助業務が6名(15.4%)となっている。他は、学校や役所等の行政機関、清掃業務、工場内製造、小売店でのバックヤード作業や品出し作業、自動車メーカーでの洗車作業、飲食店での調理接客の業務に従事している。 復職者は、職種や働き方が変更となる方が多い。営業から内勤(事務補助等)への変更。同期が上司になる場合もある。心情的な折り合いをつけるまで、時間がかかる方もいるが、できなくなったことよりもできること、工夫や配慮によってできることを把握し、伝えていく必要がある。 支援者は、障害や病気への理解とともに、会社の仕組みや仕事に関して知ることが大事であり、会社との調整力が求められる。 (3)6ヶ月定着率 勤務開始6ヵ月に達成していない3名を除いた、66名中、6ヶ月の継続就労者は59名で89.4%の定着率となっている。 高い定着率は、ほっぷのテーマである「自分を知る」「仕事を知る」「企業を知る」から考える仕事のマッチングと自己決定、そしてファローアップと考える。 (4)フォローアップ ほっぷでは年4回「先輩会」を実施。毎回25〜35名の卒業した先輩が参加。現利用者が先輩に聞きたいことを投げかけ答えて頂く。先輩同志も仕事場では伝えきれないことを話す。そこにはピアの大きな力が発生する。 「先輩会」以外でも、仕事の休みや帰り、通院後等にほっぷに立ち寄る方が、月8〜10名にもなる。いつでも顔を出せる、話ができる、ふらっと立ち寄った時に安心できる場となっているようである。 【連絡先】 平山 昭江 特定非営利活動法人ほっぷの森就労支援センターほっぷ Tel:022-797-8801 e-mail:hop@mirror.ocn.ne.jp p.44 当施設における高次脳機能障害及び重度身体障害者の復職支援の1例 ○細川 慎 (岩手県社会福祉事業団 岩手県立療育センター 障がい者支援部 生活支援員)  葛西 健郎(岩手県社会福祉事業団 岩手県立療育センター)  田中 茂樹・齋藤 貴大(岩手県社会福祉事業団 岩手県立療育センター 障がい者支援部) 1 はじめに 身体障がい者が就労する際は、運動麻痺・高次脳機能障害などの機能障害だけではなく、生活環境や家族・経済状況、仕事の内容や職場環境、職場の理解など様々な因子が多く関わってくる。また、個人によって障害による困難さや能力、とりまく環境が異なるため、個々に合わせた支援を行う必要がある。 症例は、当施設の利用開始前より、復職の希望があった。しかし、右被殻出血により、重度の左片麻痺と高次脳機能障害を呈しており、また、自己評価が低く実際のできる能力との差がみられた。そのような状況の中、自立訓練(機能訓練)から就労移行支援を継続的に利用した結果、自身の能力に気づき、教員(現職)への復職を行うことができた。 約1年半の介入と症例の身体・精神的変化について、どのように各関係機関が連携して支援を実施したか、症例を通して報告する。 2 倫理配慮 本症例報告についてはヘルシンキ宣言に基づき、目的と趣旨、個人情報の保護に関する説明をご本人とご家族へ書面と口頭にて行い署名にて同意を得た。 3症例紹介 (年齢)50代 男性 (診断名)右被殻出血 (障害名)左片麻痺、高次脳機能障害 (家族構成)発症前は一人暮らし。現在は両親・兄弟と4人暮らし。 (職業経歴)中学校教諭に従事 (ニード)身体機能を向上させ、最終的には職場復帰を目 指したい。 (現病歴)平成xx年10月10日午後に勤務先の中学校へ仕事に行く。職員室で仕事をしていた際に、左半身の脱力を自覚され、保健室のベッドで休んでいた。そのまま動けなくなり、11日未明に警備員が本人を発見後に救急要請し、A病院に受診する。頭部 CTで右被殻出血( CT分類Ⅱb、血腫量37cc)を認め同日入院となる。12日に開頭血腫除去術を施行する。同年11月7日にB病院へ回復期リハビリテーション目的で転院する。平成xx年3月13日に自宅へ退院となった。同年4月11日より当施設の利用を開始する。開始当初は週3回の利用であったが、徐々に利用回数が増え、最終的には週5回の利用となった。 (職場からの情報)発症から半年は病気休暇扱い。以後3年間は休職可能な期間である。また、復職の際は元の赴任地へ戻ることが条件である。 4 リハビリテーション評価 (身体機能・日常生活動作) 起居動作:自立(麻痺側には不可) 入浴動作:洗体、洗髪時に介助が必要 食事動作:食事は自立。準備等は家族が実施。 歩行動作:下腿装具( AFO)+T-cane使用し施設内の 歩行は自立している。 その他:易疲労性あり(身体・精神的疲労) 利用サービス:通所リハビリテーション(介護) 、訪問リハビリテーション(介護) (高次脳機能障害)※B病院入院中に診断 軽度の注意障害を中核症状として、記憶障害・遂行機能障害・半側空間無視などの高次脳機能障害が認められる。 (作業遂行能力)一度思い込むと思考や行動を切り替えることが苦手であり、おかしいことに気づいても再確認する等の適した行動をとることが出来ない場面がある。瞬時の判断での見誤りや見落としなどのミスが生じやすく、疲労時は判断の拙劣さが顕在しやすいため、情報量の制限と見直しの徹底が必要。 5 経過 (1)自立訓練(機能訓練)開始時 平成xx年4月より機能訓練サービスを利用開始する。開始時に本人より、「左手で教科書などを持ちたい」「板書が出来るようになりたい」「杖や装具を使わずに階段の上り下りも含めて歩きたい」と希望があった。そこで、現時点で出来る動作、なんとか出来そうな動作、出来ない動作の確認を行った(表)。 利用開始1〜2ヶ月では、体力づくりと歩行動作を中心に練習を行った。歩く距離が長くなると疲労感と一緒に麻痺側上肢の筋緊張の亢進が見られやすく、左右へのふらつきも見られるようだった。個別練習以外でも、本人と自主練習のプログラムを考え行った。また、支援会議を行い進捗状況の確認を行った。他事業所とも連携し、入浴動作と車の乗り降りについては通所リハビリテーション、不整地歩行やストレッチについては訪問リハビリテーションと役 p.45 割を分担しながら支援を行った。 3〜4ヶ月では、歩行時の杖と下腿装具が外れ入浴等の動作も自立レベルとなった。麻痺側上肢・手指は軽度の改善が見られ、軽い物であれば握って把持することができた。そこで、ノートなどを麻痺側で把持しながら非麻痺側で板書する練習を開始した。板書練習開始時は右側に字が寄ってしまっていたが、繰り返すことで徐々に左側へ書くことができるようになっていた。 本人の希望により、平成xx年8月より就労移行支援へサービス切り替えを行う。切り替え後も継続して行ってほしいと本人と就労移行支援担当者より要望があり、その後も継続して支援を行った。 表 (2)就労移行支援へのサービス変更 平成xx年8月より、就労移行支援へサービスを切り替える。しかしながら、麻痺側の運動等、継続的な機能訓練を実施したうえで、就労移行支援を行う。 復職後に活用できる形で、授業資料準備を行う。ノートパソコンにて、歴史、地理、公民について、それぞれの資料作成を進める。遂行機能障害にて、計画的な資料作成が難しい場面が発生したため、月単位で計画を立て、遂行することを支援する。また、週に一度、職員を対象にした授業を実施する。そのことで、発障後の授業実施について、自信をもてない状態が続いていたが、繰り返し授業を実施することで、次第に自信を形成していった。 (3)復職に至るまで 本人、家族、援護実施者、学校長、ケアマネジャー、訪問リハビリテーション( PT)、通所リハビリテーション(OT)、就業・生活支援センター参加のもと、定期的な支援会議を実施する。 支援会議にて、復職までの流れ、学校側での合理的配慮、住場所の設定等について話し合う。また、支援会議参加者対象に授業を実施し、学校長等から評価を受ける。 就労移行支援を利用した当初は、本人のなかで、復職後の業務遂行、一人での生活について、イメージが持てない状態であった。そのため、定期的に支援会議を実施することで、イメージ形成を図った。また、各関係機関の役割を明確にすることで、本人が安心できる支援体制の確立と、復職後の切れ目のない支援体制を構築した。 平成xx年11月に退所し、その後、学校側が準備した実習を行い翌年2月より復職することができた。 6 まとめ 今回、機能訓練から就労移行支援を実施した結果、復職(一般就労)までの一連の流れを経験した。機能訓練により身体機能が向上し、本症例が現状で<できる>能力に目を向ける変化をもたらした。しかし、身体機能の向上は見られたが、実際の就労場面に求められる能力とは何かと悩むことがあった。武田1.は、我々は自分の知識や技術そして就労支援に対する組織の体制を認識し、その状況に応じて自分ができること・しなければならないこと、他の専門的な施設や職種に依頼しなければならないことを明確に把握する必要があると述べている。 就労移行支援で授業資料の準備及び、授業の実施を通して、できること・しなければならないことを明確にした。また、支援会議を実施することで、各関係機関の役割を明確にして連携することで、支援体制の構築を図った。 <できる>とは現状能力で行えていることである。個別の訓練を通して自身で気づくことも重要である。「できない」と思っていたことが出来たという成功体験の積み重ねにより、新たなことに挑戦する意欲になり、<できること>に目を向ける機会が増えていくと考える。 本症例を通して身体機能の向上と関係機関の連携した支援を実施することで、自信や就労意欲を高めることに繋がると思われた。自立訓練(機能訓練)が就労移行支援の一側面を担うことで就労の可能性を拡げられるのではないかと考える。 7 今後の課題 就労移行支援をイメージした際、職場実習の実施、就業・生活支援センターやハローワークとの連携した支援をイメージすることが多い。それらの過程の中で、療法士等が行っている「動作アドバイス」や「模擬動作練習」等も一つの就労移行支援となりうると考える。今後、機能訓練と就労移行支援が連携した支援を定着させるために職種や作業内容・対象者に応じた支援を実施していく柔軟性が必要と考える。 【参考文献】 1)武田正則  障害者の就労支援 理学療法学第42巻第4号p 360-364 2015 【連絡先】 細川 慎 岩手県立療育センター障がい者支援部 e-mail:s-hosokawa@i-ryouiku.jp p.46 高次脳機能障害の方の復職支援に向けての実践報告〜札幌の現状と課題〜 ○角井 由佳 (NPO法人クロスジョブ クロスジョブ札幌就労支援員(作業療法士)) 伊藤真由美( NPO法人クロスジョブ クロスジョブ札幌) 辻 寛之 (NPO法人クロスジョブ クロスジョブ阿倍野) 濱田 和秀 (NPO法人クロスジョブ) 1 はじめに 障害者雇用率の引き上げに伴い、障害者雇用について年々拡大している中、高次脳機能障害の方の復職支援は働き方改革の柱であるといえる。また、高次脳機能障害の方は発症を機に身体面、高次脳機能面共に以前出来ていたことが難しくなってしまう現状に直面する。障害を負った上で勤めていた職場に復帰をするということは自己肯定感の獲得、自信の再獲得につながることが言える。反対に障害故に復職が実現しなかった、復職したが失敗が続き解雇となった場合の喪失感の強さは容易に想像が出来、その後の人生においても大きく左右することが考えられる。 2017年度より休職中の方の就労移行支援事業所利用が可能となり、全国的に徐々に就労移行支援事業所を利用しての復職支援に広がりをみせている。 しかし札幌市の現状としては復職希望の方の利用が許可されていない現状にある。クロスジョブ札幌の支援範囲である札幌市、小樽市、石狩市でも休職中の方の復職に向けた支援の希望が関係機関から多数聞かれているが、相談を受けるまでにとどまっており、大きな問題と言える。 今回、休職中の高次脳機能障害の方の就労移行支援事業所利用の実現に向けて当事業所の取り組みと現状の課題を報告する。 2 クロスジョブ札幌について 就労移行支援事業所クロスジョブは本部を大阪に構え、2010年より事業を開始している。クロスジョブ札幌は7か所目の事業所として2017年4月より開設となった。2019年8月の段階で19名の高次脳機能障害の方が利用し、うち7名が就労退所している(図1)。年代別疾患の内訳としては大きな偏りはなく20代から60代までの様々な疾患の方が利用されている(図2)。紹介元としては圧倒的に病院からの紹介が多く見られている(図3)。 図1 クロスジョブ札幌支援状況 図2 年齢別疾患の状況 図3 紹介元 3 現状の課題 上記で挙げたように、高次脳機能障害の方は医療機関(病院)からの相談が多く、入院中の方や外来リハビリ中の方が大半を占めている。休職中で復職支援として利用可能かという相談も多く2017年開所日から2019年7月末の段階で約40件近くの相談を頂いている。 p.47 他クロスジョブ事業所がある大阪、滋賀県草津市、鳥取県米子市に関してはすべてにおいて復職支援での利用許可が下りている状況であり実績も見られ始めている。高次脳機能障害の方が多数利用しているクロスジョブ阿倍野では、制度改正された2017年から2019年7月末の段階で高次脳機能障害18名の方が利用となり、うち復職支援目的での利用は5名。4名が復職されている。クロスジョブ梅田では2019年4月より復職支援の受け入れを開始。5か月の段階で4名の復職支援利用が開始となっている。うち1名が復職となった。クロスジョブ草津では障害者職業センターの準備支援を利用後、事業所利用となり、継続的に復職支援を行っているといった事例も見られている。 しかし札幌市1)の見解としては休職中で復職見込みのある方については原則として就労系サービスの利用は許可しないものと提言しており、対象となる方がいる場合はハローワークや、リワーク支援を行っている医療機関での利用、障害者職業センターでのリワーク支援、準備支援を利用するよう指示されている。しかし実際は、リワーク支援を行っている病院、クリニックは精神疾患の方を対象としたプログラムが多く、内容が必ずしも高次脳機能障害の方にマッチするかというと疑問が残る。またリワーク支援を行っている医療機関2)から『医療での就労支援から開始し、徐々に就労移行支援事業所等での支援にシフトしていくことで、医療リワークでは不十分となりがちな職業的就労支援を他施設と連携し、それぞれの機関の役割を補完し合いながら、一人の利用者に関わって行く必要がある。』という意見も聞かれている。 障害者職業センターの利用も進められているが、3か月の準備支援終了後、就労移行支援事業所を利用し支援を継続出来ないかという相談も聞かれている。 そんな中で札幌市での復職支援が出来ない現状は深刻な問題と言えるのではないか。 4 取り組み 札幌市の現状の課題に対し、関係機関に問題提起として発信させていただいた。以下に各関係機関の動きを紹介する。 (1)医療機関 高次脳機能障害の拠点病院の支援コーディネーターの方の呼びかけで道のソーシャルワーカー協会の協力の元、北海道全域を対象にアンケート調査を実施。休職中の方、復職を目指す方の掘り起こしを行った。アンケートはチェック方式を使用し、対象となる患者の状況に合わせて回答していただいた。設問の内容としては『年齢層』『性別』『病名』の患者個人の状態の聞き取りの他、『入院中の支援方法』『企業調整の有無』などの入院中の支援内容や『退院後の方向性』『退職になった場合の理由』など退院後の結果の把握を行い、全道の医療機関で勤務しているソーシャルワーカーへ配布し対象者の掘り起こしを行っている。 現段階でアンケートの実施を開始したところであるため今後経過を報告していく。 (2)家族会 脳外傷友の会の役員の方に協力を頂き、対象となる事例の掘り起こしを実施。その後どういった働きかけが良いのかを適宜連絡調整をさせて頂き対応していくこととした。 (3)他支援機関 高次脳機能障害に特化して支援を行っている就労移行支援事業所や就労継続支援事業所のスタッフの協力の元、過去に対象となる利用者や問い合わせがあったかどうかの事例の掘り起こしを依頼。 また、実際に休職中のリワーク支援を行っている障害者職業センターにも協力を頂き、今後の動きに関して意見交換の場を頂く予定としている。まずは札幌市の現状を把握していくことから取り組んでいる状況であり、今後経過の報告をしていきたい。 5 おわりに 今回、休職者の復職に向けた就労移行支援事業所利用の実現を願い、札幌市の現状と取り組みを報告した。現状では問題提起の段階であり、問題解決には至っていないが、今後札幌市でも就労移行支援事業所の利用が可能となることで、医療現場では限界がある「企業調整を含めた復職支援」「企業への雇用管理サポート」なにより「当事者の引きこもり防止及び家族支援」と当事者の就労生活を支えることが出来る。それが、在職者の継続雇用、障害者雇用の拡大に繋がり企業側のメリットも大きい。今後問題解決に向け積極的な取り組みを継続したい。 【参考文献】 1)札幌市保健福祉局障がい保健福祉部障がい福祉課:就労系サービスに関する手引き(Q&A),p.15,(2017) 2)うつ病リワーク研究会・研修委員会:医療従事者向け研修テキスト,p.35-37,株式会社アクセア(2017) 【連絡先】 角井 由佳 NPO法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 e-mail:kakui@crossjob.or.jp p.48 アシスティブテクノロジー(AT)を活用した高次脳機能障害者の就労支援 −職業センターでの取組状況− ○井上 満佐美(障害者職業総合センター職業センター開発課障害者職業カウンセラー)  浅井 孝一郎(障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)では、高次脳機能障害を有する休職者を対象とした職場復帰支援プログラムと求職者を対象とした就職支援プログラム(2つのプログラムを総称して以下「支援プログラム」という。)の実施により、障害理解の深化、障害の補完手段と対処行動獲得のための支援技法を開発し、地域障害者職業センターをはじめとする地域の就労支援機関等に対して伝達・普及を行っている。 支援プログラムでは、対象者のアセスメント結果をもとに具体的な補完手段を提案し、効果のあったものを繰り返し実践するなかで補完手段の定着を図ってきた。しかし、補完手段によっては、認知的な負担があること等から定着が難しい場合もあり、新たな取組が求められている 1)。 こうした中、情報通信技術の普及・発展は目ざましく、モバイル端末(携帯電話・PHS及びスマートフォン)を保有している世帯は 95.7%、パソコンを保有している世帯は 74.0%に達している 2)。障害を支援する機器や技術はアシスティブテクノロジー(以下「AT」という。)と呼ばれ、特別支援教育や就労支援 3)において、ATを活用した支援が広まっている。 本発表では、ATを活用した支援について、他領域の状況を含めて概観するとともに、支援事例を紹介する。最後に、現時点での課題と今後の方向性について報告する。 2 ATを活用した支援について (1)高次脳機能障害者に対するATの活用について 粂田(2008) 4)は、障害者向けに開発された機器だけでなく、一般向けに市販されている機器・用具が高次脳機能障害による問題を解決するために利用できると述べ、スケジュール管理に携帯電話を利用した事例を紹介している。 支援プログラム受講者のなかにも、スケジュール機能やタイマー機能を効果的に活用している者がいる。 (2)他領域の状況 岡(2013) 5)は、特別支援教育における基本的な考え方が、3つの点で変化していることを指摘し(表1)、それに合わせてATを活用する必要があると述べている。このことは就労支援でATを活用するときも同様であると考えられる。 表1 特別支援教育における基本的な考え方の変化 3 事例紹介 (1)タッチキーボードの手書きパネルを活用した事例 ア Aさんの概要 40歳代、男性、脳梗塞による高次脳機能障害(失語症) イ アセスメント結果 ワークサンプル幕張版(以下「 MWS」という。)「文書入力」を行ったところ、見本文の漢字がほとんど読めず、漢字にふりがなを振る必要があった。また、かなをローマ字に変換するのに時間がかかることがあった。 職場復帰後の想定職務を事業所に確認したところ、「報告書の作成業務」が挙げられた(表2)。 表2 「報告書の作成業務」の概要 以上のことから、文字(特に漢字)入力の自立度を向上させることが課題となった。 ウ 提案した補完手段 (ア)ローマ字表の掲出 パソコンの横にローマ字表を立てかけ、Aさんが随時確認できるようにした。ローマ字変換に迷う時は随時ローマ字表を確認することで、時間短縮につながった。 (イ)タッチキーボードの手書きパネルの活用 タッチキーボードの手書きパネルは、マウスなどを使って手書きで文字を入力できる機能である。形を模倣できれば、候補となる文字が表示され、選択して入力できることから、Aさんにも利用可能と考え、提案することにした。 p.49 提案にあたり、口頭説明では伝わりにくいことが予想されたため、やり方をスタッフが実演したところ、Aさんは提案をすぐに理解し、取り組むことができた。 エ その後の経過 MWS「文書入力」を実施し、分からない漢字を手書きパネルで入力する練習を行ったのちに、事業所の協力を得て「報告書の作成業務」に模擬的に取り組んだ。形の似ている文字(例:力(ちから)/カ(カタカナ))を間違えることはあるが、独力で報告書を作成することができた。 見本を見て定型的な入力作業を行うことが可能となったことから、事業所は復職後の職務に「データ入力」を追加することを決定。Aさんの仕事の幅を広げることができた。 (2)スマートフォンで情報管理した事例 ア Bさんの概要 30歳代、男性、脳出血による高次脳機能障害(注意障害、記憶障害、病識低下)・身体障害(左上下肢) イ アセスメント結果 事業所に職場復帰後の想定職務を確認したところ、明確ではないものの本社スタッフ部門での復職を予定しており、必要な能力が以下のように示された(図)。 図 復職に際して必要な能力 ・P(計画)D(実践)C(検証)サイクルによる業務遂行能力 ・ワード・エクセルなど基本的なPC操作 ・電話によるコミュニケーション ・グループでのコミュニケーション及び議事録作成 Bさんは左上肢に麻痺があり、書字の際に紙を押さえることができないため、字形が崩れ、後で読み間違えることがあった。メモを取ることに身体的な負担も感じており、業務遂行上必要な情報管理を、正確かつ負担感なく行う方法を検討することが課題となった。 ウ 提案した補完手段 (ア)スマートフォンに情報を集約する Bさんはもともとスマートフォンの各種アプリケーション(以下「アプリ」という。)を使って情報を管理していた(表3)。スマートフォンの使用はメモを取ることによる身体的な負担の軽減にもつながるため、スマートフォンの活用を積極的に支援することとした。 表3 使用した主なアプリ (イ)入力方法の変更 スマートフォンへの入力は、フリック入力を使用した。また、さらに負担を軽減する目的で、音声入力について情報提供した。 エ その後の経過 Bさんは支援プログラム終了からおよそ2か月後、業務の進捗管理担当として職場復帰した。 職場では、スケジュールやタスクは Outlook(Microsoftのスケジュール管理ソフト)に入力し、部署内で共有している。また、社外ではスマートフォンで情報を入力することもあるが、必ず Outlookに情報を集約している。スケジュールは時間になるとポップアップ表示するように設定し、次の予定を参照しやすいようにしている。 このようにパソコンとスマートフォンを適宜使い分けて職務にあたっている。 4 課題と今後の方向性 (1) 課題 ア ATの活用を提案する段階 支援者がATの活用を提案する場合、支援者自身がATでできることや支援事例を知っていること、対象者の困り感に合わせて提案できることが求められる。 イ ATを身につける段階 記憶障害のある高次脳機能障害者に新たな事柄を学習させることは一般的に困難である。効果的に支援するための工夫点や留意点を明らかにしておくことが必要である。 ウ ATを職場で使う段階 職場復帰を目指す事例では、職場復帰後の職場環境を確認したうえで導入するATを選択する必要がある。 (2)今後の方向性 ATを活用した高次脳機能障害者の就労支援の概要、実施方法、実施上の工夫や留意事項、支援事例等を取りまとめた実践報告書を令和2年3月に発行する予定である。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター職業センター:「実践報告書№30記憶障害を有する高次脳機能障害者の補完手段習得のための支援」(2017) 2)総務省:「平成30年度通信利用動向調査」(2019) 3)厚生労働省:「雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会若しくは待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するために事業主が講ずべき措置に関する指針」(平成27年厚生労働省告示第117号) 4) 粂田 哲人:高次脳機能障害者を支援する福祉機器・用具,「ノーマライゼーション」28(8),p.21-23,(2008) 5)岡 耕平:タブレットPCやスマートフォンで変える特別支援教育,「実践特別支援教育とAT 第2集(金森 克浩編集代表)」,p.6-9,(2013) 【連絡先】 井上 満佐美 障害者職業総合センター職業センター開発課 e-mail:Inoue.Masami@jeed.or.jp p.50 トリックアートやことわざを用いて、 “自ら考えてもらい、感じてもらう会話の誘発”を目的とした 『視点換えプログラム』の実施 ○兎束 俊成(ひきこもり対策会議 船橋/あさくら塾/休職・復職支援 リカバリーらぼ 自分らしさ)  朝倉 幹晴(あさくら塾)   Pin Koro・岡村昌範・丸山達也・池田裕子(休職・復職支援 リカバリーらぼ 自分らしさ) 1 はじめに 精神を患い“悩んでいる相談者”の中には、『○○でなければならない』『○○であるべきだ』『出来なかった自分が悪い』との、縛られた会話をする人がいる。 誰でも、余裕がなくなると考えが硬直してしまう傾向がある。そこで考えが硬直する前に、「考えは一つではない」「自分と相手では、見ている視点が違う」ことを伝える手法を探っていた。 トリックアートには、角度が変わると絵自体が変わる絵がある。また諺の、例えば『馬の耳に念仏』では、耳に呟く側と、耳元でぶつぶつ言われる側では、感じ方が全く異なる。考えが硬直する前ならば、角度や立場で見方が変わることや、考えは一つではない様々な見方や感じ方があることが、自ら考え、感じる会話の誘発が出来ると考えた。 そこで今回、就労移行支援事業所や、健常な中・高生を対象とした夏休みボランティア体験会等で、“答えは一つではなく複数ある会話”を導き出す『視点換えプログラム』を実施した。視点換えプログラムをどのように行い、どのような会話が導き出されたかについて検証する。 2 目的 角度や立場が変わると、答えは一つではなく、様々な見方が存在する『視点換えプログラム』の検証。 3 視点換えプログラムの実施 (1)トリックアートの回転画を用いた試み 図1 何に見えますか?(回転画) 『何に見えますか』と左絵を見せ、全員が“カエル”に見えた話を聞く。絵を左90度回転させて、再度『何に見えますか』の話をすると、全員が“馬”に見えた話を聞く。その後『馬にもカエルにも見えますか?』との会話を投げ掛けると、『馬にもカエルにも見える』との話を得た。 絵を90度戻して“カエル”の絵にし、「何か思うように出来なかった経験とかありますか?」との話を投げ掛ける。 答えてくれた人の「上手く出来なかった話」を聞いた後、“その時どのように思いましたか”の話をしてもらう。 カエルの絵を例えながら、「思うように出来ず、カエルがぴょこぴょこ進む感じでしたか?」と質問すると「そうだったかもしれない」との話を受ける。 「そのように感じたかもしれないけれど、他の仲間もぴょこぴょこ進んでいるように感じていたでしょうか?」と、絵を90度回転させ“馬”の絵にして話を投げ掛ける。 「自分ではカエルのようにぴょこぴょこ進むように感じても、周りの人には、馬のように颯爽と進んでいるように見えている可能性もありませんか?」と再度投げ掛ける。 すると、「やはりカエルのように進んでいた」との会話をする人もいれば、「周りからは、違った見方もあったかもしれない」との会話をする人もいた。 一つの出来事は、カエルにも馬にも見えることの会話をしながら、回転画を用いたプログラムを終了した。 (2)トリックアートの表裏反転画を用いた試み 図2 何に見えますか?(表裏反転画) 『何と読めますか』と左絵を見せ、全員が“すき”に読めた話を聞く。「パスもありですよ」と言いながら「友達とか親とかで、どのような時に“すき”と感じますか?」との質問を、端から順番に投げ掛けた。 答えづらそうな人はパスをしてもらい、全員に話をしてもらった。パスをした人には、「人間なので、“すき”と感じる時もあれば、“そうでない”と感じる時もありますか?」と、再度質問を投げ掛けた。 「“すき”な時もあれば、“そうでない”時もある」との会話に、紙を表裏反転させながら「人間ですからね」との会話を投げ掛けた。するとほぼ半数の人が、会話中に「はっ!」と反応した。 反応した人に『何と読めますか』と質問をすると“きら p.51 い”と読めた話を聞く。 様子が解らない人に対しては、紙を反転させ、指で文字をなぞりながら“すき”と読めますよね?と言いながら紙を反転させ、指で“きらい”の文字をなぞると、驚いた様子をみせながら全員が“きらい”にも見えた話を聞く。 「怖いですか?」と質問を挟むと、「怖い」と答える人の割合が多かった。 そこで“きらい”と思っている人でも優しいところがあると、「すき」になったりしませんか?との言葉を投げ掛けた。また“すき”と思っている人から厳しいことを言われて“きらい”になったりしませんか?との言葉を投げ掛けると、『“すき”になったり、“きらい”になったりする』との会話を得た。 「人間は、同じ人でも“すき”になったり“きらい”になったりする生き物なのかもしれませんね」との会話をしながら、表裏反転画を用いたプログラムを終了した。 (3)諺を用いた、自分と相手の視点が異なる会話の試み 用紙に『()の耳に念仏』と書き、( )の中にどのような文字が思い浮かびますか?の問い掛けをした。 一斉に「“馬”ですよね?」との話が返って来たので、「思い浮かぶ文字を、何を入れて構いません」と受け答えた。しかし『そんなことは知っているよ』との様子で、全員が“馬”と入れた。諺の意味を聞くと、正確な諺の説明が返って来た。 そこで「ここからは、耳元でぶつぶつ言われている馬の気持ちについての話し合いをします」と、相手の立場から考えてみる「視点替えプログラム」を行う説明をした。 突然の“馬の立場からの会話”の説明に、関心はあるが説明の仕方が解らないとの様子が半数以上から観察された。 そこで「耳元でぶつぶつ言われたらどのように思いますか」「うるさい!とか感じませんか?」との言葉を投げ掛けると、「ウザったい」「こいつ何言ってんだろう」とかの幾つかの言葉が回りだした。 今度は「馬の耳に呟いている人は、どのような気持ちで呟いていると思いますか?」と投げ掛けると、「独り言を言っているだけ」と話す人もいれば、「重要だと感じたので説明している」と話す人もいた。 次に「人が馬の耳に呟いている様子を、他の人が見たらどのように思いますか?」との質問を投げ掛けると、「意味の無いことをしている」と話す人もいれば、「馬が迷惑そうに見える」との話す人など、様々な会話を得られた。 全ての考えが正しいとの説明をしながら、「言う側と言われる側では、全く違う気持ちになると思いませんか?」と投げ掛けると、全員から「立場によって違う」との話を得た。 また「「言っている側と言われている側の様子を他の人が見ると、どのように感じますか?」と投げ掛けると、全員から「他の人の感じ方も違う」との話を得た。 「言う人、言われる人、それを見ている人で、感じ方は全く異なるのですね」との会話をしながら、相手ごとに感じ方が異なる会話を誘発させる、諺を用いたプログラムを終了した。 4 結果 『視点換えプログラム』を体験した中・高生からは、夏休みボランティア体験レポートが提出された。レポートには「視野を広めることの大切さが分かる」「1つの考えだけでなく、1人1人で考え方がちがう」「自分の意見や他の人の意見も尊重できる。いろいろな人を助けたい」等の“感じたこと、気付いたこと”が書かれていた。 絵や諺を用いると、目的の『角度や立場が変わると、答えは一つではなく、様々な見方が存在する』ことが伝わったことが確認できた。 5 考察 相談室において、精神を患い悩んでいる相談者には、『○○でなければならない』『○○であるべきだ』『出来なかった自分が悪い』との、縛られた会話をする人がいる。 そのような場面で、以前に行った『視点換えプログラム』の会話から、『角度や立場が変わると、答えは一つではなく、様々な見方が存在する』ことの話が、相談者から自然に出てくる一助に結び付けられるように、質問の投げ掛けも含めて検証していきたいと考えている。 6 今後の展開 精神を患い“悩んでいる相談者”の気持ちには“揺らぎ”があり、2016年に『心と頭の“揺らぎ”』の評価の試み 1)を行った。 また2014年に『精神を患ってしまった人が、電子機器の分解方法を知的等障害を持っている人に教える』試み 2)を行った。 揺らぎの評価で気持ちの浮き沈みを考慮しつつ、相談室での『○○でなければならない』の会話に、別の見方がある話に結び付けたいと考えている。 7 謝辞 悩みを感じている仲間の会話をするために、中・高生に対し『視点換えプログラム』を実施させていただいた船橋市役所市民協働課に感謝を申し上げます。 【参考文献】 1)兎束俊成・朝倉幹晴:第24回職業リハビリテーション研究・実践発表会(2016),p.22-23. 2)兎束俊成:第24回職業リハビリテーション研究・実践発表会(2014),p.289-291. p.52 障害者の適性能を把握するために、 GATB(厚生労働省編 一般職業適性検査)を用いたアセスメント ○工藤 賢治(株式会社ゼネラルパートナーズ atGPコンサルティング室 コンサルタント)  加藤 拓海(株式会社ゼネラルパートナーズ コーポレート本部) 1 はじめに (1)会社概要 株式会社ゼネラルパートナーズは、障害者雇用支援サービスのパイオニアとして16年以上にわたるサポート実績と企業様へ障害者雇用における幅広いサービスを提供。「社会問題の解決」を起点に事業を創造している。自社でも多数の障害者を雇用し、2019年6月1日の障害者雇用率は20.53%。前向きで意欲がありながらこれまでチャンスを得られなかった人が、持てる能力を発揮し、活躍できる機会を創り出している。 設立:2003年4月9日 社員数:227名(2018年12月時点) 障害者雇用率:20.53%(2019年6月1日時点) 事業内容:障害者の総合コンサルティング事業(求人情報サービス、人材紹介サービス、就労移行支援事業所、就労定着支援事業所、就労継続支援A型事業所等) (2)企業理念 掲載:会社のロゴマーク ゼネラルパートナーズという社名は、「広まっていく」を意味する『General』、「仲間たち」を意味する『Partners』を組み合わせてできている。ロゴマークは、多種多様な色と形をした複数のブロックを組み合わせており、人(GP JIN)、事業、社会問題を表現している。自由自在に組み合わさって、成長し続けていく会社であることを表している。 GPビジョン(活動した先にある未来):誰もが自分らしくワクワクする人生 GPコア(不変の存在意義):社会問題を解決する GPアクション(実現に向けて実行すべき活動):不自由を解消する事業を通じて、今までにない価値と機会を切り拓く GPエンジン(原動力となるエネルギー):挑戦・成長し続ける個人×多種多様なチーム GPカルチャー(よく口にしていること):やってみよう、楽しもう 2 障害者雇用における課題 (1)障害者を雇用するに当たっての企業の課題 障害者を雇用しない理由として、身体障害者、知的障害者、精神障害者、発達障害者いずれも「当該障害者に適した業務がないから」が最も多く 1)、企業は雇用を推進していく上で、業務の切り出し・創出に課題を感じていると考えられる(図1)。 図1 障害者を雇用しない理由(複数回答) (2)職場定着の課題 障害者の平均勤続年数について、年々、新たに雇用される障害者が増加していることもあるが、全体として、精神障害者は短い傾向がみられ 2)、職場定着に課題があることが窺える(表)。 表 障害者の平均勤続年数の推移 (3)精神障害者の職場定着の課題 離職した精神障害者の個人的理由の具体的な内容は、職場の雰囲気、人間関係、労働条件、体力面以外に、「仕事内容が合わない(自分に向かない)」「作業、能率面で適応できなかった」といった業務面においての理由が多くみられた 3)(図2)。 p.53 図2 個人的理由の具体的な内容(複数回答) (4)アセスメントの必要性 雇用する(している)障害者の適性を把握し、障害者に適した業務を提供することで、仕事の不適合(図1、図2)を防ぎ、障害者の雇用及び定着が進むと考えている。 3 GATB(厚生労働省編一般職業適性検査)の可能性 (1) GATBについて 4) 職業に関する様々な能力を調べ、どの職業が適しているかを検討するための検査である。一人ひとり異なる能力と職業との適合性(マッチング)を客観的に測定する科学的用具として、雇用管理の場面で広く活用されている。 (2) GATBを用いて分析したアセスメント例の紹介 数理能力(N)は115と高いが、下位検査の計算は平均値でかつ簡単な掛け算とわり算に誤答がある。数的推理は平均の150%と非常に優秀である。難しい内容を理解することができる。形態照合を除く全ての下位検査で、平均回答数を上回っている。頭の回転が早く、瞬時に回答を導き出すことができるが、誤答も非常に多い。ただ、修正も多いため、よく考えず反射的に答えつつ、ミスにも気付き回答を修正するが、次に進む気持ちが強いため、全てのミスには気づけない。書記的知覚(Q)の値は平均値であるため、ミスがあることを自認し、確認の時間を設けることで、勘違いやケアレスミスを防ぐことが可能である。ただ、性格上立ち止まって考える事が難しい可能性もあり、その場合は 図3 20代男性営業職(健常者) 別の人に確認作業を任せた方が良い。ミスを気にしない性格と、次々と進めていく傾向から、一つ以上のミスが必ずあるため、注意が必要である(図3)。 (3) GATBを用いたアセスメントの可能性 頭の回転や理解力に応じて業務の切り出しレベルを調整したり、マニュアル作成時に文章中心か図や画像中心かを判断したり、概念を表やマニュアルにまとめる事が得意である場合には、リーダーのような役割を担える人材かを判断したりする。配属予定部署の健常者の適性能の平均値や活躍人材の値と、候補者の値を比較することで、部署で活躍できる可能性の高い人材を発掘し、採用に繋げる。また、性格(大胆・慎重)や特性(集中・散漫)を業務内容や作業工程の人員配置に活かす。 4 障害者雇用のあるべき姿 ・障害者だからという理由で、一律同じ仕事を任せるのではなく、適性に合った仕事を任せる配置 ・障害種別や診断名で選別(スクリーニング)するのではなく、能力で判断する雇用 ・強みと弱みを把握し、強みを活かして会社の成長に貢献し、やりがいを感じられる良い循環が生まれている雇用 ・障害者だから配慮するのではなく、社員が活躍する為に必要な配慮を行う、配慮はするが遠慮はしない環境 5 これから実現したいこと 実施結果のデータベース(ビッグデータ)を実現。適性能の値のみではなく、下位検査の回答数・誤答数・パス数・修正数・回答内容まで、回答の全てを記録する。 集めたデータを細かく分析し、相関関係から読み取れる傾向を探る。例えば、間違えている問題が集計データでは間違いが多い(少ない)のか、書記的知覚(Q)の下位検査である検査1(文字照合)と検査5(名詞比較)の高低や平均値を比較すること等により、性格や傾向を読み取れるのではないかと考えている。夢が広がる。 【参考文献】 1)2)3)厚生労働省 障害者雇用対策課「障害者雇用実態調査結果」(平成10,15,20,25,30年度) 4)一般社団法人雇用問題研究会「厚生労働省編一般職業適性検査[事業所用]ホームページ」 【連絡先】 工藤 賢治 株式会社ゼネラルパートナーズ e-mail:kudo@generalpartners.co.jp 企業HP:http://www.generalpartners.co.jp/ p.54 アナログゲームを用いた就労適性のアセスメント ○橋本 高志(社会福祉法人ぷろぼの 高の原事業所 所長)  松本太一(アナログゲーム療育アドバイザー)  徳山 加奈子(社会福祉法人ぷろぼの) 1 はじめに 就労に向けた評価は、利用者の意思を尊重しながらも「自分にあった仕事」を支援者と共に模索する際に、就労適性の評価は一つの指標となり、多くの利用者のニーズである「働き続ける」を実現可能にする。 就労移行支援の現場においても就労適性の評価は重要であり、職業適性検査や障害特性に特化したアセスメント手法、訓練・面談時の評価により、多くの利用者の就労支援が良好に進んでいると実感している。 ただ既存のアセスメント手法・訓練評価では捉えにくい利用者がわずかながらも一定数存在する。「訓練評価と実習先の評価が想定外の方向にズレる」「就労適性・訓練評価ともに良好だが、就職に結びつかない」など、課題が不鮮明なケースである。また、利用者のモチベーションの低下等によりアセスメントプログラムに参加できないケースもある。 そうした課題が捉えにくい利用者に対して、新しい視点からのアセスメントがないかと取り組みはじめたのが、アナログゲームを用いたアセスメントプログラムである。 2 評価の技法 (1)プログラムの概要 ア実施概要 (ア)対象者:就労移行支援の利用者 1クール5名程度 課題・適性等が不明瞭な利用者が参加。主に精神障害・発達障害であるが身体・高次脳の利用者も参加あり。 また難易度を下げ知的障害(軽度)向けに行うこともある。 (イ)実施期間・回数 3か月(または6か月)を1クール 全12回。 また状況に応じて続けて2クール行うこともある。 各クール、ゲームによるアセスメントがメインだが 終了前に1クール通じてのフィードバックを行う。 (ウ )実施時間 1回3時間程度 2時間程度 ゲームの実施(1〜3ゲーム実施) 20〜3 0分間 参加者へのフィードバック 30〜4 0分間 ケース担当へのフィードバック。 イ 実施方法 WEBを利用した遠隔地からの支援と現場での直接支援の連携支援 写真:実施風景 (2)プログラムの特徴 ア アナログゲームというツール (ア)アナログゲームとは ボードゲームやカードゲーム等のゲームの総称である。このプログラムでは就労支援のために作ったゲームではなく、市販されているボードゲームを使うことも特徴である。 (イ)就労評価のツールとしてのアナログゲームの特性 アナログゲームは自分からルールを守って取り組むという協調性を発揮しながら、効率よく自分の判断で目標に進まなければならない。この点において「社会規範や職場でのルールを守りながら、自分の能力や技量を発揮していく」という社会的行動と類似性がある。 またゲームは娯楽という性格上、想定外のことが起きやすく設定されている。そのため、想定外の事象下での利用者の判断や行動の傾向を見ることができる。 ゲーム自体の特性として、興味や関心を持ちやすく、責任がゲーム内で完結するためエラー&リトライ(失敗の受け止めと再試行)が、通常訓練よりもストレスを抑えて取り組むことができる。 イ 心理的ケアの側面 このプログラムは就労アセスメントに留まらず、心理的な傷つきを回復し、人との関わりに自信をつけ、集団での関わり方が向上する心理的ケアの効果もある。またそうした訓練効果は、さらなる新しい評価に相互的につながる。 ウ 遠隔地と現場の連携支援 専門家の評価を受けたいと考え、東京にいるアナログゲーム療育の開発者で就労支援の経験もある松本太一氏と奈良にある事業所をどうつなぐか(支援は可能か)を検討し、WEBカメラ電話を利用した遠隔地からの支援と現場での直接支援の連携を試みたところ、スムーズにかつ精度も高く支援(評価)することができた。 p.55 エ 事業所外からの評価 事業所内のケース担当や訓練担当ではない事業所外の専門家からの評価は、利用者が率直に受け止めやすく、自己受容・自己整理が進む。さらに、利用者から「外部の専門家からの評価で自信がついた」との感想が多くあった。 3 評価の視点 (1)評価方法 観察による印象評価・ゲーム実践による評価(手番の行動・戦略・結果)・本人への聞き取りによる評価・実施データの蓄積による評価・ケース担当との情報共有による総合的評価(通常時の様子・他のアセスメントとの比較) (2)評価項目(成果指標) アナログゲームにおいては、参加者同士のコミュニケーションスキルに注目されがちだが、それも含めてバリエーションに富んだ評価項目がある。 ア 理解の正確さ(初見のゲームのみ) 初めてのゲームにおいて、ゲームの全体像やポイントをどの段階で理解できるか。また口頭説明で理解できるか、図解で理解できるのか、実際にやってみて理解するのか。 イ 理解の深さ ルールを守るだけでなく活用できるまで理解できているか。理解が浅いと、ルールは守れるがゲームに勝てない。 ウ 見通しの立て方 しっかりとゴールまでの道筋を立てることができるか。段取りができているか。その見通しが実際の行動に活かせているか。 エ 作業時の視野の広さ 自分の状況だけでなく、ゲーム全体の状況、他プレーヤーの状況を見ることができているか。 オ 協調性 朗らかな人間関係を保ちながらも、自分の行動を取れているか。他人に遠慮しすぎていないか。自分勝手になっていないか。周りに気配りができているか。 カ 判断の傾向 安全な判断をするのか、アグレッシブな判断をするのか、事象に対して消極的判断を取りやすいか、積極的判断を取りやすいか。過度に積極的・消極的ではないか。 キ 不測の事態の対応力 自分の想定外の事象に対してどう対応するか。過度に反応しすぎないか。順序立てて再構築できるか。 4 実践報告 (1)実践概要(2019年8月末時点) 期間:2016年7月〜現在(3年1か月) 実施クール数 6回実施回数 63回 今までの参加利用者数 29名 内現在訓練中 14名 一般就職(A型は除く) 9名 (2)当プログラムの活用例 詳細については、口頭発表にて報告。 ① 作業理解の深度の評価から、対策や工夫で対応し就職に結びついたケース ② 評価から、自分の能力を発揮できる条件を理解し、自信につながり就職に結びついたケース ③ 評価から、確認や提案の重要性を知り、集団との関わりとビジネスマナーが向上したケース ④ プログラム参加により、心理的状況が回復、社会的成長があり、それに伴って新たな課題をアセスメントできたケース 5 課題 (1)就労結果と訓練効果の因果関係が見えづらい 参加者・支援者は、このプログラムの訓練効果(評価効果)とその後の就労結果との因果関係の存在を実感し、感想として述べることが多い。一方、他者にその因果関係を示すにあたり、手法が隠れた課題などに質的にアプローチし評価するため、この因果関係を示しにくい。 (2)運用のシステム化 評価項目を基準化、運営の体系化、評価者・運営者の育成を図ることで、スムーズな運用が可能となる。 (3)プログラムに馴染まない利用者もいる 集団参加への不安が極端にある利用者や、ルール理解に必要な言葉や数について困難を抱えている利用者など。 6 まとめ このプログラムは、実社会でも見られる複雑な情報処理過程における課題や集団での振る舞いにおいて、大きな成果が見られる。またアセスメントと訓練効果(心理的ケア)が相互に反応し、参加者の成長を促しながら、新しい評価が得られる。 この評価技法の実践において、利用者・ケース担当・当プログラムを実施する支援者である三者間のコミュニケーションが極めて重要である。 【連絡先】 橋本 高志社会福祉法人ぷろぼの 高の原事業所 e-mail:takanohara@vport.org p.56 精神障がい者・発達障がい者の就労に向けたレジリエンスの評価 ○奥武 あかね(社会福祉法人太陽の家 別府生活事業部専門支援企画課 課長)  福澤 真 (社会福祉法人太陽の家 愛知事業部事業支援課) 1 はじめに 精神障がい者、発達障がい者の採用実績が全国的に増加する中、昨今は定着に関する課題がクローズアップされている。個々の定着課題は様々であるが、それぞれに共通する因子を探る視点として我々は二つの要素に着目した。一つは、採用時にGATBや各種検査を基に就労のマッチング予測を立てるが、実際に働き始めてからの現状態が実際にどう業務に影響を及ぼしているかを改めて測定し視覚化する、という要素。もう一つは、業務でかかるあらゆる負荷(体力、人間関係、時間、難易度等)への個々の対応力が業務にどう影響しているかを測定し視覚化する、という要素である。この現状把握と対応力の測定、これを“就労に向けたレジリエンス評価”とした。さらにこれに対する“労使の認識ギャップ”を視覚化することが、能力発揮に向けたより現実的な目標設定を可能にし、定着課題の解決に有効であると我々は仮説を立てた。この課題への取り組みを紹介する。 2 これまでの試み(太陽の家の場合 身体障がい中心) 太陽の家(以下「当法人」という。)は、障がい者の就労やスポーツを通じた社会参加を目標に、「保護より機会を No Charity, but a Chance! 」を理念として1965年に設立された社会福祉法人である。オムロン、ソニー、ホンダ、三菱商事、デンソー、富士通エフサスの各社と共に設立された計8社の共同出資型の特例子会社があり、当法人での就労訓練を経て多くの障がい者の雇用が実現してきている。当法人が訓練目標を設定するための課題整理として活用するのが「就労能力階層図」(図1)である。いわゆる“技術や知識”だけでは就労能力とはいえず、それを支える障がい理解、日常生活能力、社会生活能力、基本的労働習慣、この全体のバランスと強度により就労能力を測るという指針である。当法人とその関連企業では身体障がいの長期就労モデルが多数存在し、昨今は加齢に伴う障がい進行や能力低下に対する業務課題が散見されるようになってきた。この現場では、定年迄いかに能力発揮しながら働くかを検証するため、精度の高い能力評価は不可欠である。その対策として、本人の自己評価と事業所の評価を合わせて能力低下の兆候をいち早く認識し、個々人の就労継続リスクを感知する試みを、当法人愛知事業部およびデンソー太陽株式会社が協働で開始している。それは質問紙形式で健康、障害、仕事、業績等の角度からリスクアセスメントを実施し、その評価に基づく面談→認識のすり合わせ→現実的な目標設定→業務実施→評価、これを毎年実施しその経年変化を追うものである。これにより、現実的な目標を労使共に認識、設定することにつながっている。 図1 就労能力階層図 3 精神障がい、発達障がい者支援への応用 精神障がい、発達障がいの分野では、加齢に伴う就労課題を検討する就労モデルは稀有であるが、前述の就労課題を視覚化するプロセスは、外からは一見して判りづらい精神障がい、発達障がいの就労者だからこそ有効な視点であると思われる。“高い学力や経験を持つ方が、日常生活の乱れにより働く機会を得られないケース”、“認知の偏りにより生じる日常的な人間関係の些細な衝突から働く居場所を失うケース”等は、精神/発達障がい就労支援に関わる者としては決して珍しいケースではないと思われる。しかし当の本人にとって、これらは一度しかない人生の中の衝撃的な体験であり、自分の課題が何か、そもそも自分に課題があるのか、対策があるとしてどうしたらいいのか、その考察を深める精神的な負荷は計り知れないものがある。そここそが、精神障がい、発達障がいの就労支援の支えどころととらえ、身体障がい就労者の能力評価の手法を精神/発達版にアレンジしたものを作成し、試行実施を始めたというのが、本報告の主旨である。現状把握と対応力の測定により就労に向けたレジリエンスを評価すること、視覚化することにより労使の認識のズレを防ぎ、課題をクリアにすることが精神障がい、発達障がいの方の就労能力発揮、定着課題の解消につながるものと考えている。 4 定着が困難になる事例 事例:ミスの謝罪が困難なA氏(26才男性) 特長:発達障がい、理系大学卒、強度の潔癖症 p.57 大学卒業後就職するが、「人間関係悪化」で自己都合退職。その後発達障がいの診断を受け、障がい者採用枠で契約社員としてB社に就職し4か月。出勤間際の自宅掃除を切り上げる事が困難で毎日駆け込み出社。それを先輩に注意されると、「でも間に合っています!」等と平然と返答し謝罪をしない。周囲から冷たい視線を浴びているがA氏はそれに気づけず、「うるさい先輩がいる。私は持っている技術を活かして頑張ります」という認識。上司は「社会人として失格」と評価しており、次の契約更新は危うい状況。 5 課題に対する取り組み 職業能力階層図(図1)に基づき、各階層に6つ計30の質問を設定した「就労レジリエンス調査票」(図2)を用い各能力階層のどこに課題があるかの現状把握と自己認識の状況、対応力について調査することとした。職業能力、基本的労働習慣能力としては、「職場でふさわしい態度がとれるか」「自分は評価されていると感じるか」等を、また日常生活能力、社会生活能力に関連する質問として「体調変化にどう対応しているか」「困った時に支えてくれる人はいるか」等がある。同時に事業所にも同様の調査をすることで、自己評価と事業所の評価のズレを調査した。 図2 就労レジリエンス調査票 その結果を、「就労レジリエンス結果通知票」(図3)として、5つの就労能力階層ごとに“働きづらさ”の量のバランスが見えるように整理し、それと併せて、対象者と事業所の認識の一致程度が分かるように2つのレーダーチャートを重ねて図示した。さらに、各能力階層の“働きづらさ”が要因となって、業務にどう影響しているかを整理するため、30個の各設問に“影響評価”として4つの視点①出勤 ②品質 ③効率 ④適応を設定した。これまで、身体障がいの方に対する調査の際は、①〜③までの視点で影響評価を測定してきていたが、精神/発達の場合は、職場への適応状況も能力発揮の鍵と捉え、④を追加した。 事業所は対象者との面談時に結果通知票を提示し、これを両者が眺めながら相互のズレを確認し、評価できる点と課題点を共に整理し、具体的な目標を決める。先のA氏の場合は、“認識のズレが関係性の構築を阻害している”こと、“その改善が技術的な強みをさらに強化する機会獲得になる”こと等を示し、具体的な目標設定につながった。 図3 就労レジリエンス結果通知票 6 新しい取り組み 質問紙調査の他、作業調査「オーダーマネージメントテスト」(図4)の実施も試みている。排水スピードの異なる5本のペットボトルをセットし、作業要領書に基づき、3分間水槽が空にならぬ様に注水し続ける“投入作業”である。この間の所作で、優先順位の判断力・注意力・習熟度・易疲労度等を観察し、質問紙による調査結果との相関を見て、面談でのアプローチに活かすというものである。 図4 オーダーマネジメントテスト 作業要領書抜粋 7 まとめ(お願い) 以上の取り組みは2019年度より始め、内容・実施数共に試行実施の域を越えておらず今後相当の改善の余地があるため、皆様の知見、提案を頂きたいと考えている。このような取り組みを通じて、少しでも多くの精神、発達障がいの方の就労能力発揮と定着課題の解決に貢献したい。 【連絡先】 社会福祉法人太陽の家 TEL 0977-66-0277 H.P http://wwww.taiyonoie.or.jp p.58 認知機能リハビリテーションを用いた効果検証と 就労アセスメントの接続 ○松宮 千士里( AHCグループ株式会社 就労移行支援事業所 TODAY主任精神保健福祉士) 1 はじめに (1) 目的 この発表では、就労移行支援事業所における、一般企業に就職するための支援の方向性と結果を、企業側といかに共有していくかについての取組みの1つを紹介する。弊社では企業実習や応募に際して、就労アセスメントシートを企業に提出している。事業所内での支援プロセスとその結果を数値化し、ご利用者様、企業担当者と支援職員が職業スキル等について共通言語を持って話しあえるツールとする狙いである。このシートでは、事業所内のプログラムの取組みの結果と職業スキルについての詳細の項目評価が分かるようにしている。このように、支援の方向性を企業側にも明示しながら、ご利用者様の取組み結果を視覚化することは、事業所の支援方針を伝えながら、就労の主体となるご利用者様の取組みのプロセスと結果を分かりやすくし、採用のミスマッチを減らすための1つの方策であると考える。 (2) 経緯 昨今、精神科リハビリテーションを取り巻く医療・福祉の現場では、ご利用者様と医療者、支援者が協働してご本人様の主体的リカバリーに向けて話し合っていくShared Decision Making(SDM)の概念が広がっている。 TODAYでもご利用者様を中心にご希望の方向性や課題について出来る限りオープンに話合えるよう努めている。これから1からの関係を築こうとする企業側ともご利用者様のこれまでやこれからのことについて共通認識を持っていきたいと我々は考えている。一方で、実務家としての体感として、訪問する企業の採用担当者方等からは、就労移行支援事業所では就労に向け方向性として何を考え、どのようなことをしているのかよく分からないと言われることが少なくない。我々事業所からの発信がまだまだできていないことを実感している。そこでまず、事業所内の取り組みを方針と共に企業側に示すとともに、取組みの結果を可視化できるようプログラムを計画した。 2 神経認知、社会的認知へのアプローチプログラム (1)認知機能リハビリテーション 事業所内での支援の方向性の1つとして、弊社では精神疾患を持つ方が社会生活を送る上で困難を感じる症状の1つとされる、認知機能障害のアセスメントをご利用者様と職員が協働で実施し、職業スキルへのメタ認知を促すことを位置づけた。認知機能障害とは、必要な対象に注意を向け維持する、違うことへ注意を転換する、記憶(記銘、保持、想起)する、見通しを立てて計画し実行するといった、脳の働きが阻害されていることを指す。そして幻覚、抑鬱等に加え、これらの機能障害が長期的な就労継続にも大きな影響を与えていると考えられている。こうした認知機能障害について、それに関連するご自身の得意、不得意を認識できれば、企業への応募先の絞り込みや、採用面接での自己説明をしやすくなるのではないかと考えた。 認知機能やメタ認知の視点は医療モデルの支援方法あると言える。診断名を受け、医療的なサポートを受けているご利用者様について、企業の側にも同じく医療的な視点で現在どのような状況になっているのかを客観的に把握して頂けることは、今回の導入目的に適っていると考えた。 (2) VCAT-Jについて 今回は帝京大学医学部精神神経科学講座らが開発した就労支援のための認知機能リハビリテーション VCAT-Jを3ヶ月実施した。 VCAT-Jは、基礎的な脳の働きとなる神経認知にアプローチするプログラムである。6つの認知機能(注意、言語性記憶、作業記憶、処理速度、流暢性、遂行機能)に関連したパソコンゲームの実施と、それについての話し合い(操作理解、作業プロセス、疲労、作業の得意・不得意、就労場面での関連性などについて)の組み合わせで週に3回(ゲーム2回、話し合い1回)行っていく。先行研究では、 VCAT-Jの認知機能を実施した効果は脳の基礎的機能である神経認知の改善、就労などの生活上における社会的認知の改善共に中程度とされている。 (3)導入の方法 上記のように、1週間のプログラムの中で、2コマ(約2時間)をゲームの時間に充て、1コマ(約1時間)を話し合い(以下「言語セッション」という。)の時間に充てて神経認知へのトレーニングを行った結果を考察した。また、基礎的な脳の働きに加え、弊社が作成した、就労アセスメントシートの自己評価を付けて頂き、前後変化を比較した。同シートでは、職員による前後の他者評価も行った。 対象は発達障害と診断された7名の就労移行支援事業所通所者で、通所頻度は全員週5回、性別は全員男性である。年齢は21歳〜35歳まで(平均年齢25.9歳)、通所期間は3 p.59 か月〜24か月(平均通所期間12か月)である。 評価については認知機能障害の評価ということに重きを置き、BACS-J(統合失調症認知機能簡易評価尺度)を採用した。 (4)結果 発表参照 3 医学モデルと就労アセスメントとの接続 基礎的な脳の機能がどのようになっているかというデータが、どのように就労に影響を及ぼしそうか具体的に落とし込むために、 TODAYでは、ご利用者様が行く実習業先で行う場合のある職業評価項目と、障害者職業総合センターが開発した「就労移行支援のためのチェックリスト」を参考にして、同項目を統合し、且つ TODAYの中で評価すべきと考えた項目を加え独自の就労アセスメントシートを作成した。「就業基礎スキル」、「組織で働くスキル」、「対人スキル」、「業務遂行スキル」、「疾病管理スキル」の5つの大項目に分かれ、それぞれ下位項目を設定している。それぞれの下位項目に対し、3段階評価をするシートとした。また、下位項目で具体化される「あいさつが自主的にいつもできている」、「何か分からないことがあったらそのままにせず、適切な人を選択して声をかけることができる」などの例が、前述の7つの認知機能のどの機能に当てはまりそうかを分類し、認知機能でいうとどのくらいなのかを3段階で点数化した。 4 認知機能リハビリテーション導入の意義 認知機能リハビリテーションは、ゲームを行うことで、ご利用者様がご自分の状態を実体験として認識できることが利点である。そして、ご自身の状態を言語セッションで言語化し、他者の前で開示し、他者の意見を取り入れ、自分のスキルとして実践するというプロセスが踏めることももう1つの利点であると考える。これは面談などで支援者から指摘を受けるよりも効果的に変化を促すことができる場合もあると考えている。 VCAT-Jのプログラムで明らかになったご利用者様の得意、不得意な点を認識するだけではなく、ゲームや言語セッション内でご本人が取り入れやすい対処方法を考え、それを実践することもできる。例えば、ゲームの行い方について質問が難しいということがあった場合、言語セッションの時間では次のような会話が生まれる。 支援者:「●●のゲームの時に、質問をすることができなかったのですね。仕事でも同じようなことが起こるかもしれませんよね。せっかくなので、翌日の○○の作業の時に是非やってみて頂くのはいかがでしょうか。Aさんが苦手とする○○の作業についてどういう風に声をかけられそうでしょうか」 このようなご利用者様の状態を項目化、数値化して企業に提出することで、説得性を持たせることもできる。実際にシートを持参した応募先企業ではご利用者様の人物像についてイメージするのに分かりやすいこと、どのようなことが強みで弱みであるのかについて話しやすいという感想を頂いている。 まだこの取組みを始めたばかりではあるが、医療的視点に加えて、職業リハビリテーションの場である就労移行支援事業所において、どのような考えを持ち支援を行い、どのような方向性でどのようなプログラムを行っているのか企業に分かりやすく説明する一助となるよう、今後も活用をしていきたいと考えている。 【参考文献】 1) VCAT-J研究会:http://vcat-j.jp/ 2)池淵恵美:統合失調症の認知機能リハビリテーション「精神神経学術雑誌」120巻,4号, (2018) 3)岩田和彦:認知機能に焦点を当てた心理社会的治療を精神デイケアに活かす「デイケア実践研究」第20巻,第1号, 68-72 (2016) 4)松田康裕:新規開発ソフト『JCORES』を用いた認知機能リハビリテーションの概要とその効果「デイケア研究」第20巻,第1号, 73-79 (2016) 5)渡邊由香子:コンピュータートレーニングを用いた認知機能リハビリテーション—神経心理学的機能は改善するか「精神医学」53巻, 9号, 865-874 (2011) 6)独立行政法人 高齢・障害求職者雇用支援機構 障害者職業総合支援センター:「就労移行支援のためのチェックシート」 NO.20, (2007) 【連絡先】 就労移行支援事業所 TODAY 〒180-0004東京都武蔵野市吉祥寺本町3-21-12光ビル1階 0422-38-7725 p.60 職場復帰支援におけるフォローアップの状況について① −地域センターのリワーク支援− ○宮澤 史穂(障害者職業総合センター 研究員)  内藤 眞紀子・依田 隆男・田中 歩・山科 正寿・村久木 洋一(障害者職業総合センター) 1 背景 事業所外の資源によるメンタルヘルス不調等の休職者を対象とした支援として、医療機関で行われている職場復帰支援のためのプログラムや、全国の地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)で、精神障害者の職場復帰に向けた支援(以下「リワーク支援」という。)が実施されている。 これらの職場復帰支援において休職期間中の支援内容については、地域センターのリワーク支援では支援のスキームが確立されており、医療機関においても本人を対象としたプログラムの標準化の試みが行われている 1)。しかし、プログラム終了後の「フォローアップ」については、これまであまり焦点が当たっておらず、具体的な取組内容についての報告も少ない。障害者職業総合センターで実施している「職場復帰支援の実態等に関する調査研究」では、復職後のフォローアップに着目し、調査を行った。本稿では、地域センターを対象とした調査結果について報告する。 2 方法 (1)調査対象 地域センター46所(回収率:95.8%) (2)調査方法と期間 質問紙調査とし、平成30年10月〜11月に実施した。 (3)調査項目 本発表に関連する質問項目は以下のとおりである。 ①リワーク支援終了後の引き継ぎの有無、引き継ぎ先 ②リワーク支援終了者に対するフォローアップの実施状況 (実施の有無、内容、目的、期間、頻度) ③企業に対するフォローアップの実施状況 (実施の有無、内容、目的、期間、頻度) ④フォローアップを実施する上での課題 3 結果 (1)リワーク支援終了後の引き継ぎ 地域センターの84.8%が、リワーク支援終了後に引き継ぎを行うことがあると回答した。引き継ぎ先について当てはまるもの全てに選択を求めたところ、「所内のジョブコーチ(JC)支援の担当者」が84.6%であり、最も高かった(図1)。また、「外部の支援機関」の具体例として、医療機関のデイケア、障害者就業・生活支援センター等が挙げられた。 図1 リワーク支援終了後の引き継ぎ先(複数回答) (2)リワーク支援終了者に対するフォローアップ 地域センターの97.8%が、何らかのフォローアップを実施していた。 ア フォローアップの内容 リワーク支援終了後から復職までの期間(復職前)と、復職後の期間に分けて、フォローアップの内容について、当てはまるもの全てに選択を求めた。復職前に最も多く実施されていたのは「個別面談」(93.3%)であり、復職後は「電話、メール、手紙による助言」(86.7%)であった(図2)。 図2 フォローアップの内容(複数回答) イ フォローアップの目的 復職前は「モチベーション」(77.8%)、復職後は「コミュニケーション」と「モチベーション」(71.1%)が最も多く選択された(図3)。「その他」として復職前は、生活リズム・サイクルの維持等が、また、復職後はリワークでの学習内容の確認等がそれぞれ挙げられた。 p.61 図3 フォローアップの目的(複数回答) ウ フォローアップの方法 復職前・後とも「本人からの希望に基づき実施」(前:68.9%、後:71.1%)が最も多く選択された。 エ 実施期間・頻度 実施期間は「期間設定なし」(前:57.8%、後:60.0%)、実施頻度は「利用者の希望に応じて実施」(前:80.0%、後:75.6%)が最も多く選択された。 (3)企業に対するフォローアップ 地域センターの78.3%が、何らかのフォローアップを実施していた。 ア フォローアップの内容 最も多く実施されていたのは復職前は、「電話、メール、手紙による状況確認」、「電話、メール、手紙による助言」(63.9%)、復職後は「電話、メール、手紙による助言」(80.6%)であった(図4)。 図4 フォローアップの実施内容(複数回答) イ フォローアップの目的 自由記述で回答を求めたところ、復職前は「受入体制の相談・助言」、「障害特性の理解促進」等が、また、復職後は「制限勤務から通常勤務への円滑な移行に関する助言」、「復職後の適応状況の確認」等がそれぞれ挙げられた。 ウ 実施方法 復職前は「本人からの希望に基づき実施」、「個々の利用者に応じて臨機応変に対応」(55.6%)、復職後は「本人からの希望に基づき実施」(80.6%)が最も多く選択された。 エ 実施期間・頻度 実施期間は「期間設定なし」(復職前・後ともに55.6%)、実施頻度は「利用者の希望に応じて実施」(前:80.6%、後:77.8%)が最も多く選択された。 (4)フォローアップの課題 フォローアップ実施上の課題について、「制度面」、「他機関との連携」、「体制面」、「その他の課題」の4つのカテゴリーに分け、自由記述で回答を求めた。得られた代表的な内容を表に示す。人的、時間的制約に関する内容や、JC支援に関する課題が複数挙げられた。 表 フォローアップの課題 4 考察 調査結果から、フォローアップが多くの地域センターで利用者の状況に応じて実施していることが示された。しかし、フォローアップの目的、必要性と共に、実施上の課題も指摘された。また、フォローアップの実施期間については、「期間設定なし」が最も多く選択された。そのため、フォローアップの対象者が増加する一方となることも考えられる。さらに、JC支援や他機関へ引き継ぐことは、フォローアップの有効な方法の1つであると考えられる。しかし、受け入れ先が少なかったり、担当者が交代することに利用者が抵抗を覚えたりするという課題も挙げられており、今後、より良い連携方法を検討していく必要があると考えられた。 【引用文献】 1)林俊秀・五十嵐良雄:リワークプログラムの標準化,臨床精神医学, 41,pp.1509-1519, 2012. 【連絡先】 宮澤 史穂 E-mail:Miyazawa.Shiho@jeed.or.jp p.62 職場復帰支援におけるフォローアップの状況について② −医療機関の復職支援プログラム− ○村久木洋一(障害者職業総合センター研究員)  田中 歩・山科 正寿・内藤 眞紀子・依田 隆男・宮澤 史穂(障害者職業総合センター) 1 背景・目的 現在、我が国におけるメンタルヘルス不調等による休職者に対する職場復帰支援は、全国の地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)および一部の医療機関等において実施されている。 職場復帰支援の内容については、地域センターのリワーク支援では支援のスキームが確立されており1)、医療機関における復職支援プログラムでもプログラムの標準化の試みが行われている2)。しかし、復職後のフォローアップ(以下「フォローアップ」という。)については、これまであまり焦点が当たっておらず、具体的な取組内容についての報告も少ない。 障害者職業総合センターは、「職場復帰支援の実態等に係る調査研究」において、復職支援プログラムを実施している医療機関に対してのアンケート調査を行い、プログラムの実施状況やフォローアップに関する情報収集を行った。本稿では上記アンケート調査において把握されたフォローアップの現状、課題等について報告する。 2 方法 医療機関が実施する復職支援プログラムに関する知見を得るため、医療機関に対するアンケート調査を実施した。 (1) 調査対象 一般社団法人日本うつ病リワーク協会に所属する医療機関181所を対象とした。 (2) 調査方法と期間 調査票による郵送調査とし、平成30年9月〜10月に実施した。 (3) 調査項目 本発表に関連する主な質問項目は以下のとおりである。 ア フォローアップの有無 イ フォローアップの実施内容 ウ フォローアップ実施上の課題 エ 望ましいと考えられるフォローアップ 3 結果 (1) 回収率 52機関から回答を得た(回収率28.7%)。 (2) アンケート結果について ア フォローアップの有無 フォローアップを実施している機関は47機関(90.4%)、 実施していない機関は5機関(9.6%)であった(図1)。 図1 フォローアップの有無 イ フォローアップの実施内容 フォローアップの実施内容について複数回答で質問したところ、「個別面談」が最も多く34件(72.3%)、次いで「プログラムの提供」が30件(63.8%)、「電話、メール、手紙による状況確認」が14件(29.8%)、「電話、メール、手紙による助言」が10件(21.3%)となっている(図2)。また「プログラムの提供」の内容では、「プログラム終了者による自由参加のOB会」を実施している機関が多かった。 図2 フォローアップの実施内容 フォローアップの期間については、「期間設定なし」が39機関(83.0%)、「1年以上」が3機関(6.4%)、「6か月以上1年未満」が2機関(4.3%)、「3か月以上6か月未満」が2機関(3.8%)、「3か月未満」が1機関(2.1%)という結果であった。 フォローアップにおける特別なプログラムの設定の有無については、27機関(57.4%)が「設定あり」、19機関(40.4%)が「設定なし」であった(図3)。フォローアップに関する特別なプログラムを設定している27機関の p.63 うち、16機関(59.3%)は「集団プログラム」、8機関(29.6%)は「特定の心理プログラム」、2機関(7.4%)は「その他のプログラム」、1機関(3.7%)は「教育プログラム(心理教育)」を実施していた(図4)。それらの具体的な内容だが、「集団プログラム」では「休職中の利用者と復職者との意見交換」、「直面している課題についての話し合い」、「プログラムで学んだことの職場での活用状況の発表」等、様々な取り組みが挙げられた。「特定の心理プログラム」は、「復職後の問題についての認知行動療法やSST」、「グループによる復職後の生活リズムの振り返り」といった内容であった。 図3 フォローアップにおける特別なプログラムの設定の有無 図4 特別なプログラムの内容 ウ フォローアップ実施上の課題 フォローアップ上の課題に関して「法・制度面」「他機関との連携」「経営面」「その他の課題」の4つの側面から自由記述にて回答を得た。 「法・制度面」に関する課題では、「経費の措置がないこと」に言及する意見が多く集まった。具体的には「制度があり助成などあれば実施すると考えられる」「フォローアップが保険で点数がとれるとよい」等の記載があった。 「他機関との連携」に関する課題では、「連携窓口の周知不足」、「関係機関に関しての情報不足」といった、「フォローアップ時にどのような関係機関が利用できるのか、またどのような連携ができるのかわからない」という声が多く集まった。 「経営面」に関する課題では、「法・制度面」に関しての課題とやや重複するものの、「集団プログラムとしてのフォローアップは算定が取れるが個別のフォローアップは採算が取れない」という意見が多かった。また「職員のマンパワー上フォローアップの実施が困難」といった職員の配置における課題も見られた。 「その他の課題」については、「企業との連携が取れていない」、「企業支援のノウハウが不足している」といった企業支援に関する課題や、「フォローアッププログラムに参加する対象者が少ない」といった対象者の不足に関する課題が見られた。 エ 望ましいと考えられるフォローアップ 望ましいと考えられるフォローアップについて自由記述で回答を得た。具体的な意見としては「企業とのカンファレンスの開催」、「復職後の職場へのスタッフの訪問」等、企業や職場へ向けたアプローチを行う必要性について意見が多く集まった。次いで、「対象者個別の事情に合わせたカウンセリングなどの支援」といった対象者に向けたきめ細かな対応の必要性について言及する意見も見られた。その他少数ではあるが、「ジョブコーチ支援の実施」や「Web(スカイプ等)での利用者との相談」といった意見も見られた。 4 まとめ 復職支援プログラムを実施している医療機関の多くで、フォローアップを行っているという結果であった。フォローアップの内容は「個別面談」、「プログラムの提供」に集中している。また「プログラムの提供」については半数以上の機関が「フォローアップにおける特別なプログラム」を設定していた。 フォローアップに関する課題では「経費の措置がないこと」、「企業支援が十分に行えないこと」等が多く挙げられ、望ましいと考えられるフォローアップでは、「企業や職場へのアプローチ」、「対象者個別の事情に合わせたカウンセリング」という意見が多く見られた。フォローアップの実施や、フォローアップにおける企業や職場へのアプローチについて必要性は認識するものの、制度面、経営面等の限界により対応が困難になっている現状があることが窺えた。 【参考文献】 1)加賀信寛:地域障害者職業センターのリワーク支援「精神医学55(8)」p.777-784, 2013 2)林俊秀 五十嵐良雄:リワークプログラムの標準化「臨床精神医学41(11)」p.1509-1519,2012 【連絡先】 村久木 洋一 e-mail:Murakuki.Yoichi@jeed.or.jp p.64 リワーク支援終了後、ジョブコーチ支援を適用したケースに関する一考察 ○堀 宏隆(大分障害者職業センター 障害者職業カウンセラー)  阿部 友樹 (大分障害者職業センター)  村久木 洋一(元 大分障害者職業センター(現 障害者職業総合センター)) 1 目的 リワーク支援は、うつ病を中心とするメンタル不調者の職場復帰を目的に実施されており、復職に関して効果的なプログラムを行っているところである。 大分障害者職業センター(以下「職業センター」という。)では、リワーク支援を終了後、安定した職場復帰・職場定着のため、ジョブコーチ支援を適用する者が一定数いる。 そこで、平成30年度にリワーク支援終了後、ジョブコーチ支援を利用した者に関する支援記録等を基に、支援内容、職場復帰・職場定着に関するポイント等を整理・分析することを本稿の目的とする。 2 方法 (1)対象者 平成30年度にリワーク支援を終了し、ジョブコーチ支援を開始した精神障害者8名とした。 (2)調査内容と方法 対象者のリワーク支援実施結果、ジョブコーチ支援記録票、障害者雇用支援システム内の支援経過から支援状況を把握するとともに、支援内容等の分析を実施した。 なお、分析に際しては、調査研究報告書No.651で用いられたジョブコーチ支援における支援内容の分類項目に準じて分類を実施した。 3 結果 (1)ジョブコーチ支援実施の契機(実施理由) 表には、リワーク支援実施結果に記載したジョブコーチ支援を必要とする理由を対象者別にまとめてある。 リワーク支援対象者に特有の実施理由としては、復職に当たり、部署変更を行う者が2名いた(ケースC・D)。メンタル不調者の職場復帰の際には、部署を変更することは往々にしてあるが、リワーク支援の各プログラムを受講し、職場復帰の準備性が高まっても、対象者の作業遂行力・対人関係能力等で新たな職場に適応できるか、懸念する事業所関係者がいることが分かる。 ケースFは、リワーク支援の中間・最終報告会で事業所関係者が、リワーク支援終了後も、職業センターの継続的な支援を要請したことを機に、ジョブコーチ支援を実施した事例であり、このように職業センターに対してフォローアップの一環として、継続的な手厚い支援を求めるニーズがあると考える。 表 対象者の属性 また、ケースGはリワーク支援受講前に、出退勤が不安定なことを理由に、複数回休職した経緯があったことからジョブコーチ支援を行うこととなった。 一方、ケースBはリワーク支援期間中から、復職に際し、「作業が円滑に遂行できるか」不安感を訴えたことから、ジョブコーチ支援を実施したが、当該事例は継続勤務に関する意欲が著しく低下し、早期に離職したため、中止に至っている。 (2)支援内容(割合) 対象者ごとに各項目の支援を行ったか否かをカウントし、全8名の中で支援を行っていた人数の割合をグラフにしたものが図1である。 図1 障害者に対する支援内容(%) p.65 支援内容を見ると、1.基本的労働習慣(49%)、2.不安、緊張感、ストレスの軽減(31%)、3.職務遂行(12%)の順に割合が高いことが分かる。 (3)総合記録票での残された課題(割合) 図2は総合記録票から集計した,ジョブコーチ支援終了時、残された課題である。障害者の課題を見ると、1.基本的労働習慣(42%)、2.不安、緊張感、ストレスの軽減(33%)、3.職務遂行(17%)の順に割合が高いことが分かる。 図2 残された課題(障害者) 4 考察 (1)ジョブコーチ支援実施の契機の特徴 職業センターでは、ここ数年、年間30名弱のメンタル不調者にリワーク支援を実施しており、平成30年度は8名に終了後、ジョブコーチ支援を行った。リワーク支援対象者の約4分の1強の割合の者にジョブコーチ支援を実施した。 リワーク支援では、担当職員が支援期間中、中間・最終報告会等で、事業所関係者と直接、接触する機会が複数回あり、その際に復職後のジョブコーチ支援の利用勧奨を行うと、支援への関心を寄せる事業所関係者は多い印象を筆者は受けている。 対象者の帰すうを見ると、うち1名が中止、その他1名が終了後、離職している状況にあり、ジョブコーチ支援を適用しても、職場不適応を起こす者が複数名いた。メンタル不調者の職場復帰後の定着率に関する統計調査を精査してはいないが、病状の変動等で不適応が生じる者は一定数いることを勘案し、リワーク支援中に対象者の疾病管理の状況や復職への意思の強さをより精緻にアセスメントする必要があると思われる。 (2)支援内容の特徴 対象者への支援内容の分析結果から「基本的労働習慣」、「不安、緊張感、ストレスの軽減」に関係する支援の頻度が「職務遂行」よりも高いことが分かった。 近年、ジョブコーチの支援スタイルを、「作業場面介入型」と「相談支援中心型」と類型化することが多い。本調査対象のうつ病等を中心とするメンタル不調者へのジョブコーチ支援では、対象者の就業部署での作業遂行を経過観察することはほとんど無く、事業所の健康支援室での聴き取り相談を行うことが多かったことより、「相談支援中心型」の支援スタイルを選択していることが分かった。「基本的労働習慣」の内容については、主に疾病管理に関する相談の頻度が高いことから、「疾病と障害が共存している」メンタル不調者の特性に焦点を当てた支援といえる。その支援の特徴として、リワーク支援プログラムで実施した「気分・生活改善プログラム(週間振り返り)」での週間活動記録表を、対象者がリワーク支援終了後も引き続き記載していることが多く、ジョブコーチが事業所で対象者を支援する際、睡眠リズム、気分の変動等、記録表を基に確認・相談している工夫点が見受けられる。 次いで、「不安、緊張感、ストレスの軽減」の頻度が高かったが、支援経過の記録を見ると、職場の人間関係や仕事内容に関する対象者の悩みに加え、ケースによっては、家庭内の出来事などを不安要因として挙げる者もいた。この点については、対象者の物事の捉え方に関する認知面に課題があることが影響しており、リワーク支援で学習した認知行動療法のコラム法のシートで整理し、支援場面でシートを見ながら、ジョブコーチが適応的思考を促していることが多い。 (3)残された課題の特徴 ジョブコーチ支援総合支援記録票から集計した障害者支援の課題では「基本的労働習慣」、「不安、緊張感、ストレスの軽減」、「職務遂行」の順に割合が高かった。 「基本的労働習慣」の割合が高いことについては、病状の波により、作業の出来高に変動が出たり、対人関係の好不調が生じやすい対象者への一定のフォローアップの必要性を裏付けていると考える。 前述した週間活動記録表やコラム法のシートを積極的に活用しない事例については、ジョブコーチ支援終了後のフォローアップの頻度が高い傾向が見受けられており、ジョブコーチ支援実施前のリワーク支援でのプログラムの習得度が、その後の職場適応を左右することが示唆されている。 【参考文献】 1障害者職業総合センター:調査研究報告書No65精神障害者へのジョブコーチ支援の現状、P.14,(2005) 気分障害等による休職者の復職支援プログラムにおける 「日常生活基礎力形成支援 〜心の健康を保つための生活習慣〜」の取組 p.66 ○井上 恭子(障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー)  中村 聡美(障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センターでは、ジョブデザイン・サポートプログラム(以下「JDSP」という。)を実施し、プログラム受講者(以下「受講者」という。)の障害特性に応じた個別カリキュラムの下、ロールプレイ、グループワーク、作業、個別相談といった手法を用いながら、受講者の活動性、ストレス対処、集団適応、職務遂行、環境適応、キャリアの整理等の各種スキルの習得のための支援を行っている。その支援を通じて、気分障害等による休職者への効果的な復職支援技法の開発を行うとともに、地域障害者職業センターのリワーク支援をはじめとする地域の就労支援機関等に対して支援技法の伝達・普及を実施している。 近年、うつ病の治療において、以前から取り組まれてきた①心身の休息、②環境調整(負担になっているストレスを減らす)、③心理療法(ストレスにうまく対処できるように指導・トレーニングを行う)、④薬物治療の4本柱に加えて、食事、睡眠、運動などの生活習慣への介入が有効であることを示すエビデンスが増え、注目されている1)。 受講者についても、休職に至る前の状況を振り返っていくと、環境要因(残業、業務量の過多)や人間関係等の職場で生じるストレスに起因する課題以外に、慢性の睡眠不足、朝食・昼食の不摂取からくる集中力の低下、肥満等の生活習慣病からくる不調等、生活習慣に起因する課題がみられる場合も多い。また、企業の人事担当者や産業医からも、リワーク支援施設等を利用して一時的に生活リズムの安定、睡眠、食事等の改善が図られたとしても、復職後にまた生活習慣の乱れが生じ、再発・再休職に至るケースも少なくないという相談も寄せられる。 それらを踏まえ、ストレスや疲労を回復させる日常生活の取組や適切な生活習慣の確立が、復職後の安定勤務を支えるための大きな要素であるとして、それらを「日常生活基礎力」と定義し、その向上を図るための方法の一つとして、食事・運動・睡眠・ストレスコーピングを中心とした生活習慣の改善に向けた取組のための支援技法を開発することとした。 2 日常生活基礎力形成支援の概要 本支援は、生活習慣の改善に取り組むための導入として の講座、受講者自身で取り組む行動を決めて実施し、その結果を「行動ノート」に記録するセルフモニタリング、行動を持続(習慣化)していくためのモチベーションの維持や必要に応じた軌道修正等を行うためのグループミーティングや個別相談などのフォローアップで構成されている(表)。 表 日常生活基礎力形成支援の概要 3 支援の具体的な内容について (1)講座について ア 「心の健康を保つための生活習慣」 この講座では、生活習慣と心の健康の関連性、食事・運動・睡眠等が心の健康にどのように影響するのかについての知識を付与する(図1)。その上で、受講者自身の生活習慣について振り返ってもらい、ディスカッションを通じて気付きを深める流れとなっている。 イ 「よい生活習慣をつづけよう」 この講座では、復帰後の安定勤務を目指すために必要な生活習慣が何か、受講者自身で何に取り組みたいかを明確にしていく。その上で、行動を習慣化するためのポイント p.67 や具体的な行動リストの提示および習慣化するための仕組みづくり等についての説明を行う。さらに、今後、新たに生活に取り入れたい行動について、一つ一つステップに沿って整理し、決定する流れとなっている。 図1 生活習慣病とうつ病との関連(講座抜粋資料) (2)セルフモニタリング(行動ノートの作成) (1)イで決定した行動について、「行動ノート」(図2)により、実行できたか否かの記録を毎日行い、1週間に1度、感じられた効果や実行上の改善点、今後の目標などを記録する。この支援で取り組む生活習慣は、復職後も継続していくことを目指しており、JDSP終了後の自己管理を図っていくためにも、「受講者自身で記録し、振り返りを行う仕組みづくり」が必要である。 図2 「行動ノート」 (3)フォローアップ(グループワーク・個別相談) 生活習慣を改善していく取組には、知識付与やセルフモニタリングに加え、行動の持続(習慣化)を支えるサポート体制も重要な要素である。 支援者のかかわりは、図3に示したとおり、受講者の生活習慣を改善することに関する準備がどのくらいできているか、その段階(ステージ)に応じて変えていく必要がある。支援者による個別相談や受講者同士のグループワークの力を活用し、受講者自身が新たな行動の持続への自信を深めてもらうことを目指す。 図3 「生活習慣改善に関する準備段階」に応じた援助と技術(「各ステージで必要な援助とそのための技術2)」を改編) 4 考察及び今後の方向性 (1)うつ病等の障害特性に配慮したかかわり 受講生によっては、自信の喪失、自己効力感の低下から、行動を起こすことに躊躇や不安がみられることがある。そのため、取り組む行動は、「達成可能な」「小さなステップ」を設定するように助言し、実行できた達成感を持ってもらうことが必要である。また、気分や体調の波を想定し、目標の柔軟な設定を行うことや実行できない日があったとしても、できた部分に目を向け、気持ちの切替えができるような支援者のかかわりが重要である。 (2)復職後の行動継続のための仕組みづくり 本支援では、JDSP通所中に生活習慣の改善のための行動を「より多く行うこと」に主眼を置くのではなく、受講者自身が目的意識を持ち、最終的には自己管理のもと、適切な生活習慣を維持・継続できるようにすることに支援目標を置くことが大切である。一方で、当該支援を受けた受講者からは、「週1回のグループミーティングでの振り返りやスタッフの助言がモチベーションの維持につながった」等、定期的な支援者のかかわりやグループワークの重要性を示す声もあることから、復職後は、自己管理とともに、例えば主治医や企業の産業保健スタッフ等を巻き込んだ支援体制づくりも必要と思われ、復職調整の支援に関する重要なポイントといえる。 (3)今後の方向性 上記(1)(2)を踏まえ、本支援の概要、実施方法、実施上の留意事項やポイント、支援事例等を取りまとめて、実践報告書を令和2年3月に発行する予定である。 【参考文献】 1)功刀博:「心の病を治す 食事・運動・睡眠の整え方」p.13 (2019) 2)諏訪茂樹:ティーチングとコーチングによる健康支援 日本保健医療行動科学界雑誌 vol.28 No2,pp86-89,2014 p.68 発達障害傾向を有するメンタル不調者への効果的な職場復帰支援 〇平野 郁子(北海道障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 はじめに 近年、当センターのリワーク支援では、発達障害傾向を有する利用者が増加している。診断を受けたり、主治医から傾向を指摘された方もいるが、生きづらい自覚があるだけの方もいる。彼らは、次のような特徴が原因となって人間関係の悪化や業務遂行上の困難に直面し、メンタル不調に至っていた。 ・作業時間の見積もりができず期日を守れない ・優先順位がつけられず、混乱する ・突発的事態で臨機応変に調整できない ・適切なタイミングで上司と相談できない ・理解や表現が上手くできず、認識がずれる ・疲労やストレス、体調変化に気づけない等 以上は、「仕事そのものの能力」である「ハードスキル」に対して、対人関係等の職業生活維持に間接的にかかわる能力である「ソフトスキル」と呼ばれている(梅永,2017)。職場で容易に教育できるものではなく、休職以前から職場が対応に苦慮している場合も少なくない。支援を進める上では、本人が特徴を理解して自分に合う対応方法を整理し、可能な限り実践できるよう促すことが重要になる。しかし、これらは認知行動療法やアサーション等の講習中心の従来のリワーク支援カリキュラムだけでは対応し切れない課題と言える。そこで、当センターでは上記のような課題を有する利用者に対して、リワーク支援カリキュラムと並行して、次の課題をターゲットとした「個人ノルマ作業」を試行した。 ・仕事の進捗管理(余裕ある計画と調整) ・疲労やストレス等、心身状態のモニタリング ・上司等への相談や報告 2 取り組みの概要 支援の流れを図に示した。個人ノルマ作業は、幕張ワークサンプル等の事務課題を一通り経験した2ヶ月目以降に実施する。1週間単位で複数の課題毎にノルマを設定し、本人が所要時間を見積もり、作業計画を組む。週の後半に追加課題を指示し、本人が作業計画を見直す、指示者に期日や作業量の調整を相談する、アサーティブに断る等の対応から選択して実行する。1週間毎の振り返りでは、選択の適切さ、焦燥感や緊張等と身体反応の関連を整理し、自分の状態に応じた対応を選択できるよう目標の再設定を繰り返す。 平成30年度はASD傾向、ADHD傾向を有する2名に実施した。本稿では、ASD傾向を有する1事例について紹介する。 図 支援の流れ 3 事例【突発的事態への不安が原因で休職を繰り返す事例】 30代男性のSE従事者。10年前にうつ病を発症し、医療機関が行うリワークプログラムを利用。復職後しばらくして、原因不明の不眠、嘔気、食欲不振等の症状が再発。数回休職を繰り返し、当センターの利用に至った。主治医からはASD傾向を指摘されており、職場からは原因不明の体調不良への対処方法、突発的事態に対するストレス対処方法を復職までに検討することが求められていた。 <利用前相談> 体調変化やストレスに気づきにくく仕事を休む判断がつかないこと、突発的事態への不安から休日も気が休まらないこと、唯一の趣味のゲームにより生活リズムが夜型になっていること、SEが適職であるのか悩んでいることを整理した。そこで、①生活リズムづくり、②ストレスサインの確認と対処方法の検討、③特徴の把握と自分に合う働き方の整理を目標に設定し、リワーク支援を開始した。 <Step1> セルフケア講習の受講と並行して、作業場面でシートを用いた不安や疲労・ストレスサインの確認を行った。振り返りでは、過集中や不安から休憩を取れないこと、ミスや予定変更等の突発的事態があると強い動悸が生じることを把握した。休憩を促すと抵抗感が強かったため、実験として様々な休憩の仕方を試行することを提案し、タイミング p.69 の図り方と休憩の効果を検討した。 <Step2> 期日にノルマを終えられない不安による焦り、追加課題を断れないことで不安が強くなることを確認した。そこで、早めに進捗を報告すること、状況を説明して断ること、優先順位を相談してできる範囲で引き受ける交渉をすることを試行した。 <Step3> 以上の体験と職場での経験の振り返りをもとに次の気づきを整理した。 ・プロジェクト中は見通しの立たなさや突発的事態への不安が気づかない内に疲労として蓄積し、一段落すると体調不良として現れていた。 ・ストレスサインは「不安」「動悸」であり、肩こりから疲労が若干わかるようになった。 ・休憩やストレッチ、早めの就寝が疲労蓄積の予防になる。 ・アラームを活用すると忘れずに休憩できる。 ・一人で考えても結論を出せないことが多いため、上司に相談すると抱え込みの防止になる。 ・3分考えても堂々巡りするときは、諦めて考えることを止めると不眠にならない。 以上について、復職時の職場面談で共有し、突発的事態が少ない業務に当面は転換すること、日報と定期面談により業務の進捗や体調の共有を行うことについて、配慮されることになった。復職後は、上司への小まめな報告や相談、アラームを活用した休憩、忙しい日や疲労を感じた日には早めに就寝することを継続できている。 4 結語 本事例では、個別ノルマ作業を実施することにより、①心身状態の把握の苦手さに対する疲労・ストレスサインの把握と効果的対処の検討、②見通しを持つことや臨機応変な対応の苦手さに起因する不安に対する対処方法の検討に取り組むことができた。 また、もう1つのADHD傾向を有する事例では、計画性の弱さによる先延ばしや追加課題を安易に引き受ける特徴に対し、所要時間の見積りや優先順位を相談したり、状況を説明して追加課題の対応を相談する練習を行い、復職時に職場と情報共有を行うことで協力体制づくりにつながった。 以上のように、ノルマというストレス状況を作り出すことで、個人の認知特性とそれにより生じる事象のアセスメント、具体的な対応方法の検証を行い、本人の特徴と配慮内容について整理し、職場と共有して協力体制作りを行えることが個人ノルマ作業の利点と言える。なお、実施するに当たっては、次の点に留意すべきと考える。 ・失敗に対する恐怖心への配慮 ・知識レベルから体験レベルへのスキル移行 ・他のプログラムとの効果的な連動 過去の失敗経験の積み重ねから失敗を恐れて新たな方法を受け入れがたい場合が多い。また、対応スキルの知識があっても状況に応じて判断し実践することが難しい場合も多い。そこで、本人がこれまでしてきた仕方をベースラインとして把握し、新しい方法を試行する「実験」、効果と次の対策を検討する「検証」、自分にあった対処方法を見つける「発見」というスモール・ステップを設定し、成功体験を積み重ねることにより自己効力感を育むことが必要である。そして、この過程は支援者と振り返りをしながら気づきを共有し、共同で進めることが重要である。また、より効果を高めるために連動させるプログラムの例としては、知識レベルの理解を深めるためのストレス対処等のセルフケア講習、自分の状態や気持ちを伝えるためのコミュニケーション講習、他の利用者と経験を共有するグループミーティング、集団で課題達成に向けて協力して取り組むチーム作業等がある。 最後に、発達障害者への就労支援では自己理解の促進が重視されているが、知識レベルから体験的レベルの自己理解へと促す工夫が重要と考える。また、職場定着では、本人へのソフトスキルの指導だけでなく、ジョブマッチングや職場の理解に基づく合理的配慮が重要となる(梅永,2017)。本稿の事例は、できる配慮を検討したいという協力的職場だったが、他の事例では、理解のある職場ばかりではない。発達障害傾向は気分障害等のメンタル不調とは異なる配慮が必要となるが、知識や経験がないために職場は具体的に配慮を想像することが難しく、過重に感じている場合も少なくない。職場側も成功経験を積み重ね、理解につながるように工夫していくことが今後の課題になると考える。 【引用文献】 梅永雄二:発達障害者の就労上の困難性と具体的対策−ASD者を中心に「日本労働研究雑誌」No.685,pp.57-68,日本労働研究機構(2017) 【連絡先】 平野 郁子 北海道障害者職業センター e-mail:hokkaido-ctr@jeed.or.jp p.70 早期ダイアローグ(Early Dialogues)〜支援者の心配事を取り上げ、協働関係の構築を目指すアプローチ〜 ○越智 勇次(しょうがい者就業・生活支援センターアイリス 就労支援相談員)  後藤 智行(日本精神保健福祉士協会 発達障害プロジェクトチーム) 1 ダイアローグ(対話)実践 (1)多種多様なダイアローグ 最近、精神保健福祉分野でフィンランド発祥のオープン・ダイアローグ(以下「 OD」という。)が注目を集めている。ODはフィンランドの北極圏に近い西ラップランド地方にあるケロプダス病院で実践されている精神療法である。ODは統合失調症などの精神疾患に対して、世界最高水準の治療結果を出し注目されるようになった。 またODと同時期にアンティシペーション/フューチャー・ダイアローグ(以下「 AD」という。)も注目されるようになった。 ADは福祉や教育、企業や組織といった対人支援者間で発生した膠着している状況を解決するために開発されたネットワーク・ミーティングである。 ADは多職種が関わっているケースで支援者が抱えた課題について語り、支援が膠着している状態の解決・解消を目的としたミーティング方法である。フィンランドに限らずノルウェーやイタリアからも良い実践の結果報告が上がってきており、日本でも2018年から本格的なトレーニングが開始されている。 (2)第3のダイアローグ ODとADが注目される中、少し遅れて日本に伝わったのが早期(アーリー)・ダイアローグ(以下「 ED」という。)である。 EDは、Tom Erik Arnkil氏が開発した画期的なアプローチの1つである。従来の多くのアプローチがその対象を「クライエント」としているのに対し、 EDの対象は「支援者自身」である。支援者自身が自分の支援の在り方について、心配事を感じた早期の段階でケースに関係する人々とダイアローグをすることを目的としている。その結果として、オープンな協力と協働の関係を構築することを目指している。フィンランドやノルウェーでは対人援助の現場だけでなく、行政や教育現場、警察官の日常業務の中にもEDが取り入れられ、良い結果が出ていると報告されている。 2 ED (1)早期におけるダイアローグ EDは、教育や福祉の現場で必要となる early open cooperation(①早期の②オープンな③協働関係)の構築ための方策として発展した。担当者がケースでクライエントの問題に気づき、更なる専門的な援助の必要性を感じた場合に、①早期に、②関係者とのオープンな対話によって、③協働関係、を構築することで更なる良い支援へと発展するために開発されたアプローチである。支援者の関わり方が、早期の「介入」から早期の「ダイアローグ」へ変容することを重要視している。しかし、こうした早期に心配事を抱えた状況は、多くの問題をはらんでいる。特に困難であるのは支援者が「クライエントの問題」について、その問題は家族(本人含む)の養育や、他の支援者の対応に関連があるのではないかと疑っている場合である。このような状況では、支援者が葛藤を抱え気持ちが揺れ動くことで、身動きがとれなくなることも珍しくない。 (2)支援者の葛藤と経過 ①自分が心配事を「取り上げる」と、関係者を怒らせ傷つける可能性がある。そして関係者との関係が悪化し、場合によっては、支援関係が断絶してしまうのではないかという心配を抱えている。 ②自分が心配事を「取り上げない」と、問題は改善されず状態が悪化する可能性がある。そして関係者との関係が悪化し協働が困難になるのではないかという心配を抱えている。 ①と②の葛藤を抱えた状態は、支援間における「関係性」と「支援介入の必要性」のジレンマに陥る。支援者自身が身動きが取れず不安や葛藤に苛まれている間に、事態は悪化する。支援者が行動を起こした時には既に関係は悪化し、協働関係が失われる経過を辿るかもしれない。 (3) 「 Taking up one’s worries & Ask for help」 前項にある①②のような事態に陥るのを避け、支援の可能性を拓き、「 early open cooperation」を構築し EDを導入するための「invitation(お誘い)」として考案されたのが、「Taking up one’s worries」である。これは、支援者が自分自身の「 worry(心配、懸念、不安)」を取り上げることで、ダイアローグを始める一歩を踏み出すきっかけを創ることが目的である。このアプローチはシンプルであるが、支援者にとっては簡単なことではない。支援者自身が自分の心配事を取り上げ、その心配事を軽減するために、関係者(クライエントを含む)へ助けや協力を求めるといった姿勢が重要になる。このアプローチはクライエントや関係者を「問題あり」と断定する従来のやり方とは大きく異なっている。この姿勢は、従来の問題を見つけ出し「問題を指さしていた支援者自身の指」を180度転換し、「支援者が自身の心配事に指先を向ける」とも表現することができる。支援者としての「私の心配事」を取り上げることを p.71 契機とし、心配事を軽減させるためのサポートをクライエントや関係者に求め、ネットワークミーティングへの参加を依頼する初動が大切である。「 Taking up one’s worries & Ask for help」は支援者のためのプロセスである。 3 障がい者就業・生活支援センターアイリスの実践 (1)方法 筆者の勤務する施設は、京都府南部にある乙訓地域(2市1町)を支援の対象として活動している。利用登録者は約700名で半数が精神障害者である。スタッフ6名全員が精神保健福祉士であるのも特色である。当施設では、2018年頃から EDを導入し、スタッフ間のミーティングでダイアローグを行っている。2019年からは、「 Taking up one’s worries & Ask for help」を共有し、早期にスタッフ間の協働関係を築くことで、 EDに取り組めるように業務日報を一部改訂した(図)。 図 業務日誌 (2)スタッフへの効果 Antonovskyが作成した首尾一貫感覚(以下「 SOC」という。)である SOC13項目を山崎らが日本語に翻訳したもの1)を使用し、当施設スタッフのストレス耐性の変化を測定した。 SOCは、把握可能感・処理可能感・有意味感の3要素から構成されている。7件法で回答するようになっており、1点から7点(逆転項目の場合は7点から1点)として得点化する。 SOCの結果を下記に記した(表)。 表 SOC点数の推移 (3) 考察 日報改訂以前のミーティングは、連絡事項の共有を主軸に置いていた。しかし、改訂後はスタッフが積極的にケースについて自身の心配事を取り上げた結果、スタッフが行き詰まることが軽減している印象がある。些細な心配事でも話題に挙げ検討し、支援の在り方について点検することはスタッフの困難ケースの抱え込みを抑止していると考えられる。場合によっては、初回面談後すぐに EDを実施し支援者の抱えている心配事について共有し、応援を依頼する場合もあった。また、自分の担当以外のケースであっても、同僚として感じる「私の心配事」として EDを始めることも有効である。他の支援者のケースについては触れ辛かったり、上司の介入を待つしかない状況が多かった以前と比べ、「私自身に指先を向ける」姿勢であれば幾分か対話的に協働関係を構築できる実感がある。 スタッフの SOCの結果は、ポイント幅はあるものの全員が増加した。スタッフから出た意見としては EDの要素を取り入れたミーティングによって、「自分一人で解決しないといけないというプレッシャーが軽減した」や「他者からの批判を恐れず発言できるようになった」などの声があった。経験年数が浅いために言い辛いこと、反対に経験年数があるために相談できないといった各々の立場を取り払って、支援者としての「自分の心配事」について話しをはじめることがチームとしての早期の協働を可能にし、結果的に SOCが向上したと考える。 4 終わりに EDの実践はスタッフ間のコミュニケーションのモードを変容させた。上司からの「指導モード」や先輩からの「助言モード」ではなく「対話モード」になった。対話モードによってスタッフの関係性はヒエラルキー(階層的な序列関係)からヘテラルキー(階層間の異質性の相互作用)へと変化したと感じている。相互作用的であり相補完的であるチームの状態は、利用者のニーズに適合しつつ関わり方や支援体制を変化させていける。その姿勢はクライエントにとって有益なだけでなく、支援者にとっても良い作用をもたらす。筆者は幸いにも Tom氏から直接このアプローチを学ぶ機会に恵まれた。そして自身の現場でも同僚の理解と協力もあり実践することができ効果を実感している。最後に Tom氏から頂いた言葉を紹介したい。「ダイアローグは social innovation(社会革新)を可能にする。」 【参考文献】 1)アーロン・アントノフスキー著,山崎喜比古,吉井清子監訳:健康の謎を解く:ストレス対処と健康保持のメカニズム.有信堂高文社,2001 【連絡先】 しょうがい者就業・生活支援センター アイリス Tel:075-952-5180 p.72 就労困難性による障害認定・重度判定の課題とフランス・ドイツにおける取組との比較 ○春名 由一郎(障害者職業総合センター 副統括研究員)  小澤 真・永嶋 麗子(障害者職業総合センター)、石田 真耶(元 障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者の雇用の促進等に関する法律第2条では「障害者」は「(略)〜の障害があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者」と定義され、職業リハビリテーション、障害者差別禁止・合理的配慮提供義務の対象となっている。その一方で、障害者雇用義務や調整金・納付制度の対象は同法第37条で「対象障害者」と呼ばれ、障害者手帳制度の対象者等に限定されている。 しかし、難病、読字障害等の学習障害、弱視、難聴、病弱、小人症等、長期の就労困難性が認められるが、障害者手帳制度の対象でない者の存在が従来から指摘されている。また、調整金・納付金制度による事業主の経済的負担の調整についても、近年就業、求職者が増加している精神障害者と雇用率ダブルカウントの対象となる重度身体障害者の雇用の負担の大きさを比較する議論もある。 このような障害認定と実際の就労困難性のズレの解決の参考として、フランスやドイツにおける就労困難性による障害認定・重度判定が注目されている。本稿では、これまでの我が国における就労困難性による障害認定・重度判定の検討課題を整理し、その参考となりうるフランス・ドイツの具体的な取組を明らかにした。 2 方法 障害者職業総合センターの1994年以降の調査研究報告書や資料シリーズから、就労困難性と障害認定・重度判定の関係、及びフランスやドイツ等の諸外国の障害認定・重度判定に関する研究成果から、主要な動向や議論を整理した。 3 結果 (1)就労困難性と障害認定・重度判定の先行研究 障害者職業総合センターでは、このテーマは多くの研究の対象となり、知見が積み重ねられてきた。代表的な視点ごとに、その動向を整理する。 ア 障害種類・程度と就労困難性の関係 1994年の段階で、現場の職業リハビリテーション専門家からの指摘をまとめ、脳性麻痺、脳損傷、精神障害及びその周辺層、自閉症等などの行動情緒障害による社会適応障害、知的ボーダー層、知的障害と他の障害の重複者、てんかん、車いす使用者、視覚障害、上肢障害、内部障害、病弱者、社会的ハンディキャップ(小人症等)を特に職業的困難性が高いとしている。これらについて、障害種類・程度別の統計的調査等によりその詳細が明らかにされてきた。 (ア)「その他」の障害 当時は雇用率制度の対象ではなかった障害についてその就労困難性を明確にする研究が蓄積されてきた。障害者手帳制度の対象範囲の広がりもあり現在では雇用率制度あるいは職業リハビリテーション等の対象となっているものも多いが、現在も雇用率の対象でない障害もある。 難病については、現在も障害者手帳制度の対象とならないが、症状の変動しやすさ等による特徴的な就労困難性が1997年以来、数度の実態調査により明確にされている。その他、難病による皮膚障害、免疫機能障害(HIVによるもの以外)、小人症等も現在は障害認定の対象でない。 一方、学習障害で、読み障害、書き障害、算数障害については、一般就業できる人が多いことで、障害者手帳制度や職業リハビリテーションの対象外になりやすいとの指摘もあった。 (イ)障害種類・程度別の就労困難性の統計 2008年と2012年には、障害種類・程度別の就職率や職場定着率の統計分析を行い、おおむね障害等級との関係が強いことを認めながら、一部、雇用率のダブルカウントの影響等で重度障害者の方が就職率・職場定着率が高い状況も認められていた。 イ 障害者の最低賃金の減額許可との関係 2010年には、障害者の最低賃金の減額許可において、使用者からの申請に基づき労働基準監督署が事業場で個々の障害者の労働能率を他の労働者と比較して把握している状況等を調査し、その把握に用いられている様式例や活用状況、特に知的障害者に減額申請が多い状況や、特例子会社では減額申請がほとんどない状況等が明らになっている。 ウ 障害の医学モデルと社会モデルの統合 我が国の障害者法制度の基盤の一つであった1980年の国際障害分類(ICIDH)が2001年に国際生活機能分類(ICF)に改められたことを踏まえ、2005年には、就労困難性を実際の多様な職業場面での課題として個別に捉えるべきものとして、個人の機能障害だけでなく、実際に就く職業や就業状況、職場環境整備状況や地域の社会資源との相互作用として障害を捉え、さらに、就労困難性というネガティブな p.73 捉え方だけでなく、障害者の職業能力を公正に評価する観点から「合理的配慮」(この考え方は米国では1990年から整備済)の考え方が重要であることを示している。 また、2008年に発効した障害者権利条約の「合理的配慮」概念を踏まえ、2011年には我が国の実態調査で、障害者の職業能力や就労困難性が各地域・職場での適切な支援・配慮の有無により大きく異なることを明らかにしている。 エ 職業リハビリテーションでのアセスメントとの関係 1990年代には障害者職業総合センターの職業評価研究としては「障害者用就職レディネス・チェックリスト(ERCD」の検証や精神障害者への応用が検討された。2000年代からは職種や障害の多様性に対応できるワークサンプルでの職業アセスメントの研究も継続されてきた。2006年には福祉的就労から雇用への移行の課題対応のために「就労移行支援のためのチェックリスト」が作成された。ジョブコーチ支援や地域関係機関の連携による就労支援が主流となった2009年には医療、福祉、教育等の関係機関の就労支援の実態調査により、これら関係機関の総合的な職業アセスメントにおいては、ケース会議や日常のコミュニケーションが中心的な重要性を有していることが示された。さらに、2014年には特に精神障害者の就労困難性の判断の精度を高めるためには就職前だけでなく就職後も含めた地域関係機関の連携による多角的アプローチが必要であるとされている。2017年の地域関係機関の調査では、就労困難性の的確な評価や支援実施のためには支援機関・職種の障害者就労支援の専門性が前提となることも示されている。 (2)仏独の就労困難性による障害認定・重度判定 フランス、ドイツとも歴史的には医学的な障害認定が中心であったが、ドイツでは2000年、フランスでは2005年の大規模な法改正時に、医学的な障害認定では福祉制度の対象とならない場合でも、実際に就職活動や就業継続等での困難に基づいて障害認定し、支援対象とできるようにしている。また、事業主の経済的負担についても、医学的な障害認定ではなく実際の経済的負担の個別評価に基づくものとしている。いずれも専門的就労支援の一環として実施されるものである。これは、国際生活機能分類(ICF)の障害概念や障害者権利条約の国際的コンセンサスの形成と並行した制度の発展によるものである。 ア 福祉的障害認定と就労困難性による障害認定の関係 フランス、ドイツとも福祉目的で障害認定されている人は、そのまま雇用率制度の対象となるのであり、「就労困難性が低い」ことを理由に障害認定から外されることはない。就労困難性による障害認定は、従来の医学・福祉的観点からの「一般的生活条件」を前提とした障害認定では漏れてしまう特定の職種や就労条件や地域条件等の「個別条件」に応じて生じる就労困難性のある人を雇用支援の対象とするためのものである。したがって、これは、個人の属性としての障害認定ではなく、あくまでも、特定の条件を前提とした認定である。これにより、例えば「読字障害者が弁護士の仕事を行う場合」に就労困難性を踏まえた障害認定の対象となる場合がある。なお、フランス・ドイツとも福祉的な障害認定の範囲自体が我が国よりも広く、治療中のがん患者(数年間限定)等も福祉的な障害認定により雇用率制度の対象である。 イ 事業所の経済的負担の個別調整のための重度判定 フランス、ドイツとも、重度障害者雇用の最低賃金の減額許可制度はなく、公的な賃金補填によって最低賃金を維持する制度がある。就労困難性による重度判定とは、このような制度において、最低賃金未満の生産性であることや、事業主の過重な負担を個別に算定する取組のことである。 ウ 職業リハビリテーションのアセスメントの一環としての障害認定・重度判定 ドイツでは援護局による福祉的な障害認定を補完するかたちで、2000年から、より軽度の障害について雇用エージェンシーという障害者雇用支援機関において実際に就職や就業継続が困難である場合に雇用率制度の対象とできるようにしている。フランスでは2005年に地域の障害者サービスを医療、福祉、教育、労働等の専門分野を超えて一括する「MDPH(県障害者センター)」が創設され、医療や福祉分野だけでは対応できない個別事例について、就労支援者を含む多職種チームが総合的な支援計画を立案するのと合わせて「労働障害者認定」によって雇用率制度の対象とすることができるようにしている。 また、フランス、ドイツとも、事業主支援を担当する専門機関が職場での適切な職務配置や合理的配慮の実施を確認した上で、個々の障害者の生産低下や事業主の経済的負担を専門的に審査し、重度障害者の雇用を行う事業主を経済面から支える体制がとられている。 4 考察 我が国の就労困難性による障害認定・重度判定の課題は、「その他」の障害、重度障害者雇用の経済的負担、公正な能力評価、支援効果の高い職業アセスメントといった幅広い内容に関連している。 フランス・ドイツとも、2000年以降、個人と社会の相互作用による個別の支援ニーズそのものを障害と認める法制度の改革によって、我が国と同様の職業リハビリテーションサービスや事業主支援の一環として、これらの支援ニーズに対応できるようにしており、その具体的実務を調査することは、我が国の障害者雇用支援の多くの課題に対して有益と考えられる。 p.74 フランスにおける就労困難性による障害認定・重度判定の実務 ○小澤 真(障害者職業総合センター研究協力員)  春名 由一郎(障害者職業総合センター) 1 はじめに フランスでは福祉制度の一律の障害認定の対象とはならない軽度の障害であっても「県障害者センター(MDPH)」が実際の就労困難性を踏まえ「障害労働者資格認定(RQTH)」を行うことにより障害者雇用率制度の対象になる。また重度障害者を雇用する事業主の経済的負担については「障害者職業参入基金管理運営協会(Agefiph)」による「重度障害認定(RLH)」を踏まえて雇用率カウントの優遇又は「障害労働者雇用支援金(AETH)」の対象となる。 このような就労困難性を踏まえた障害認定の制度は、障害者手帳制度の対象外でありながら就労困難性が認められる「障害者」への雇用支援のあり方、雇用企業の経済的負担の調整に適した障害重度の捉え方の観点から重要である。 本稿では、障害者手帳制度によらない就労困難性を踏まえた障害認定・重度判定を制度化しているフランスの具体的事例から、それが個別的に行われている認定実務の実際と課題を明らかにすることを目的とした。 2 方法 フランスにおける就労困難性を踏まえた障害認定・重度判定の現場実務については2018年度に現地の関係者に対するヒアリング調査により把握した。個別的状況に基づく認定の判断がなされていると思われる事例については、フランス各県のMDPHによるRQTHの認定事例については、2017年に実施された全国のMDPH職員に対する様々な想定事例へのRQTH承認の可否を問うアンケート調査(参考文献1)、及び、重度認定に関してはAgefiphホームページ上でRLHの好事例集(参考文献2)から情報を収集整理した。 3 結果 (1)「障害労働者資格認定(RQTH)」の対象と認定実務 参考文献1では様々な事例が掲載されている。車椅子使用者や多発性硬化症などではほぼ自動的にRQTHが承認されることや、産業医の診断が重視されるケースとそうでないケースが存在すること、また基本的に申請者に好意的な判断がなされることなどが示されていた。認定が個別的であり判断が難しいとされていた慢性疾患、学習障害の事例を以下に紹介する。 ア 慢性疾患の場合 必要な処置が労働時間中にある場合(事例は糖尿病)は88%のMDPHがRQTHを承認していた。この事例と対照的に必要な処置がない場合(疾患不明)は却下が95%となっていた。また、がんの治療のため5年前にRQTHを認定された場合、5年後の資格更新時に寛解状態であった事例では更新承認は21%にとどまっていた。却下の場合の理由としては、申請者に後遺症がなく、職務への影響がないことが多かった。一方、承認の場合の理由としては「申請者の雇用を保護するため」が挙げられていた。 イ 難読症の場合 10年間勤務、近々昇進のため管理業務を負う予定の難読症患者の初回申請の事例では、RQTH承認は 61%にのぼっており、その理由としては、労働状況の変化(昇進)による将来的な障害の可能性が考慮されていた。却下される場合、その理由は現在の職務への影響のないことであり、昇進後の問題については実際の昇進後に再認定を要すると考えられていた。 一方、難読症で特別支援の教育を受け5年前に取得したRQTHの更新にあたって、就業継続が見込まれる受付業務で職務に影響を及ぼさない、または将来的にも影響がないと判断される場合には、RQTHの承認は 35%にとどまっていた。ただし、RQTHの失効により失職のリスクがある場合には、それを考慮して承認されていた。 (2)「重度障害認定(RLH)」の対象と認定実務 RLHは2005年の法改正以降、申請数が大きく減少した。その後、福祉就労所からの移行者に対しては初回申請は無条件で認められ、3年後の更新から審査が行われることになった。また50歳以上の労働者については更新の必要がないこととされている。 真に重度障害者を雇用する企業の負担を調整するものとするため、個別にAgefiphが合理的配慮の提供等の前提条件を確認した上で実際の企業負担(生産性低下、同僚・上司等の負担等)を具体的に算定し、カウント上の優遇か資金援助かのどちらかを選ぶことができる制度となっている。 以下に、RLHは障害者本人の機能障害により重度判定を行うもののではなく、企業側の合理的配慮が尽くされていることを条件として企業規模などを含めた個別的状況に応じて判定し支援する制度であることを、多様な状況が発生しやすい慢性疾患の実例に即しつつ、また、小規模事業所の利用が多いことを紹介する。 ア 零細企業においてスキルを要する受付業務の継続事例 卵の梱包と発送を行う零細企業の受付担当者A氏は企業にとって貴重な人材であるが、腎臓病のため 2004〜2005年に数度にわたり休職、2006年に腎臓移植を行い、最初は治療的に半日勤務で復帰、6ヵ月後フルタイムに戻った p.75 が生産性は十分に回復できなかった。 この企業はこれまでA氏に投資しており、彼の雇用継続を必要としていたため企業の産業医はAgefiphにRLHを申請した。Agefiphは産業医が提出した検査分析結果を踏まえさらなる環境整備を企業に要請し、零細企業で配置転換が難しいことから当該受付業務の職務再設計も行った。それらを踏まえ、RLHは認可されA氏の給料の一部が負担された。 イ 確定診断前の慢性疾患発症時の就業継続支援事例 会計係であるB氏は 2014年、筋肉の痛みにより歩行困難となり、医師からの勧めで休職した。企業の障害アドバイザーは職場復帰に向け、まずは RQTHを取得し Sameth(現在の Cap Emploi:県障害者職業センター)および産業医による職務分析と技術的解決策に取り組み、企業は環境整備に投資した。 しかし、復帰後、B氏は以前と同じリズムでのフルタイム勤務は無理であった。医師は治療的半日勤務を提案したが、本人希望によりフルタイムを維持しながら業務を軽減することが決定された。他の同僚よりも扱う案件が少なくなることによる生産性の低下を補うため、企業はRLHを申請した。Agefiphによる審査でも十分な環境整備が確認され、十全な合理的配慮と生産性の低下の確認により速やかな重度認定に至った。これによりB氏は同僚と対等の立場を確保できた。 ウ RLHに係る統計、その他の状況 2018年の統計では、RLHの承認件数は、従業員数 20名未満の企業が62%を占めている。 図 RLH認定企業の従業員数の分布(Agefiph, 2018) 4 考察 我が国では就労支援を開始する以前に客観的な障害認定があるという発想が根強い。しかしフランスにおける就労困難性を踏まえた障害認定・重度判定とは、むしろ地域関係機関が連携し総合的な職業リハビリテーションを行う中で関係者のコンセンサスとして明確にされるものであると言える。 (1)「状況依存」的な障害認定の必要性 国際生活機能分類(ICF)による障害の捉え方によると「障害」とは健康問題に関連した生活面での困難状況として広く捉えられ、それは個人と環境の相互作用によるものである。事例にも示されているように職業場面では同じ人であっても職種や働き方、事業所規模等の要因によって全く困難がないこともあれば大きな困難が生じる場合もある。 RQTHについては、慢性疾患などにおいては後遺症が考慮され、労働時間中の効率が問題となる。難読症は職務内容によって就労困難性が大きく異なるため、RQTH承認はMDPHにおける個別状況の確認が重要であり、MDPH間での認定に一定のバラツキが生じていた。確定的な状況変化が見込まれる場合には「将来的な困難の可能性」についても配慮され好意的な認定が行われる。フランスでも一定以上の障害については MDPHの医師を中心とした第1段階での一般的認定が可能である。しかし一定未満の軽度の障害については第2段階として個別状況での困難性の確認による多職種チームによる障害認定が必要になる。 RLHについては様々な障害が対象となりうるが、医学的基準による障害の軽重ではなく、状況依存的な企業コストの重大性が個別的なアセスメントを通して考慮される。事業主の個別状況を踏まえて経済的調整を行うものである。企業に最大限の合理的配慮が求められ、環境の標準化がなされていない場合には整備が要求される。 (2)障害認定・重度判定の前提としての専門支援業務 我が国では障害認定・重度判定に必要な専門性は医学的なものと考えられ専門の医師が認定を行うが、フランスのRQTHは MDPHという医療・福祉・教育・労働等の分野を統合した総合的な障害者センターが支援計画の一環として就労支援の必要性に応じて認定を行う。MDPHが AgefiphやCap Emploiといった機関と連携して職業リハビリテーションを行い、福祉制度上は障害認定がないが就労困難性が認められる「障害者」を地域関係機関のコンセンサスとして RQTH認定を行うのである。年2回の全国規模の MDPH研修会合等により評価の均てん化も進められている。 同様にRLHも障害者雇用ノウハウの少ない事業所による「障害者の生産性の低さ」や「企業負担」の訴えを単純に認めるものではない。RHL申請に先だって合理的配慮の確実な実施が前提となり、Agefiphおよび Cap Emploiによる障害者雇用企業における合理的配慮等による生産性向上の対策や職場環境整備の助成金の有効活用の確認が必要になる。それを前提とすることでRLHはとりわけポスト転換による環境改善が容易でない小規模事業所の障害者雇用継続を支えるものとなっていると言える。 【参考文献】 1:Eclairer les pratiques d’attribution de la Reconnaissance de la Qualite de Travailleur Handicape (RQTH), ANSA, 2015. 2:≪Centre de ressources≫ (Agefiph):https://www.agefiph.fr/ p.76 ドイツにおける就労困難性による障害認定・重度判定の実務 ○春名 由一郎(障害者職業総合センター副統括研究員)  石田 真耶(元 障害者職業総合センター)、永嶋 麗子(障害者職業総合センター) 1 はじめに 就労困難性による障害認定・重度判定については我が国では長年検討課題となっており、近年の医学モデルと社会モデルを統合した障害概念の発展や障害者権利条約の要請を踏まえると、その実務は職業リハビリテーション実務と密接な関係で行われる必要があると考えられる。 近年、障害者雇用率制度を有するドイツ等における就労困難性を踏まえた障害認定や重度判定の制度化について、今後の制度整備の参考とすることが求められているが、従来、ドイツの職業リハビリテーション実務についての情報は不足している。 そこで、本発表では、ドイツの職業リハビリテーションや事業主支援の実務と「就労困難性による障害認定・重度判定」の実務の関係を明らかにすることを目的とした。 2 方法 ドイツにおける就労困難性を踏まえた障害認定・重度判定の現場実務については2018年に現地の関係者に対するヒアリング調査により把握した。法制度については、当センターの調査研究報告書・資料シリーズの他、インターネットで公開されている2019年時点の制度に関する最新情報から把握した。 3 結果 (1)「同等認定」の対象と認定実務 ドイツでは福祉的な障害認定の対象とならない場合でも、健康状態に起因して、職種や職場、地域等の状況によって個別的に就労困難性が発生している場合、その支援ニーズを公正かつ的確に評価するために、「雇用エージェンシー(日本のハローワークと地域障害者職業センターを合わせた機関)」が実際の就労困難性を踏まえ「同等認定」を行うことにより障害者雇用率制度の対象になる。 ア 「同等認定」の対象となる就労困難性 ドイツでは福祉的な障害認定は、援護局の基準(援護医学の基本原則)により、医師の機能障害の鑑定書に基づく申請により審査され「障害の程度(GdB)」が0(障害なし)-100(最重度)として決定される。 ドイツでは「障害の程度」50以上が「重度障害」とされ障害者雇用率制度の対象となる。一方、「障害の程度」が30-40の場合は、実際に就労困難性が個別具体的に「雇用エージェンシー」で認められた場合に限って「同等認定」を受けて障害者雇用率制度の対象となる。 我が国で障害認定の対象となる障害の種類・程度はドイツではほぼ全て「重度障害」としてカバーされている。加えて、ドイツでは、がんや白血病の治療中(3〜5年)や重症の難病(痛み、炎症等も含む)も「障害の程度」は50以上の「重度障害」である。 一方、「障害の程度」が30-40となる例には次がある。 ・自閉症スペクトラム障害(軽度の社会適応困難) ・統合失調症(軽度の社会適応困難) ・25歳以上の多動注意障害(多くの生活場面に影響) ・軽度の脳損傷による脳機能障害 ・軽症のパーキンソン病 ・1年以上の発作がないてんかん ・吃音(重度、動きが同時にあり目立つ) ・気管支ぜんそく(頻繁/重度の発作) ・潰瘍性大腸炎・クローン病(頻繁に再発・持続、中度障害) ・慢性肝炎(進行性、わずかな・緩やかな炎症) ・乳房切除 ・1型糖尿病(コントロール良好) ・2型糖尿病(服薬とインスリン治療でコントロール可能) ・貧血(ときおり輸血が必要等、中程度の影響) ・免疫不全(異常な感染ではないが感染しやすい) ・皮膚炎(広汎化、顔面) ・リウマチ性疾患(わずかな影響) ・小人症(身長130〜140cm) イ 「同等認定」の認定実務 「障害の程度」が30-40の場合、「雇用エージェンシー」等の職業リハビリテーションサービスの対象であるが、障害者雇用率制度等の対象となるためには、本人が「同等認定」の申請を行い審査を受ける必要がある。 審査は、実際の職業紹介や就労支援の現場担当者(雇用エージェンシー、ジョブセンター、統合専門サービス等)から次の事項の意見表明を受けて、雇用エージェンシー内の事務部門が行う。審査期間は2〜3週間程度である。 (ア)本人が具体的に希望している業務や求人内容と、それが本人に実際に適しているか。 (イ)本人の障害と実際の次のような就労困難性の間の関係性が認められるか。そのデメリットは同等認定により調整可能か。 ・繰り返される欠勤 ・障害を理由とした業務能力の低下 p.77 ・ストレス耐性の継続的な減少 ・技術的支援の必要性 ・同僚による支援が長期的に必要 ・障害に関連して職種転換・転勤が必要 ・障害に起因する雇用主からの解雇告知等 (2)「仕事予算」の対象と判定実務 2018年施行の「連邦参加法」では、最重度の障害者の一般就業へのインクルージョン推進のための多様な雇用形態整備の一環として、重度障害者を雇用する企業の経済的負担を個別に評価し、最低賃金分の賃金補填と介助者等の人件費を保証する「仕事予算」が創設された。 ア 「仕事予算」の対象となる就労困難性 従来、福祉的作業所での就労の対象となるような、合理的配慮を踏まえても生産性が最低賃金に満たなかったり、配慮等に過重な負担が生じたりする重度障害者を企業が雇用する際の助成金が「仕事予算」である。その対象は次のような特別な重度障害者である。 ・当該仕事の遂行のために継続的に特別な補助者が必要 ・障害の結果として継続的に尋常でない出費をもたらす ・障害の結果として継続的に明らかに大幅に少ない労務提供 ・知的・精神的障害/頻発する発作による重度障害 ・障害により職業教育法による職業教育を未修了 ・満50歳に達した重度障害者 ただし、個別の「仕事予算」の支給額は障害者個人の機能障害の程度等に基づくものではない。あくまでも、個別具体的な介助者の人件費、及び、最低賃金を保証する際の賃金費用補填の必要金額、そのものにより決定される。 イ 「仕事予算」の判定実務 「仕事予算」は、実際に一般雇用で働いている重度障害者の雇用を支えるために「統合局」で、次の条件を満たす場合に、認可、支給される。 ・当該重度障害者は、地域で一般的な賃金で社会保険加入義務のある仕事に就いている。 ・特別な支援や作業の削減にかかわらず、当該重度障害者の労働と賃金の間には経済的関係が認められる。 ・当該重度障害者が外部の介助者なしに働く選択肢(職場づくり、継続訓練等)や、賃金に見合った作業成果を生むためのあらゆる可能性が試されている。 ・事業所の規模、雇用率遵守状況、当該重度障害者の雇用期間や賃金調整の可能性を考慮(ただし、雇用主が単独で過重な負担を負うことは期待されない) 4 考察 我が国では就労支援を開始する以前に客観的な障害認定があるという発想がある。しかしドイツにおける就労困難性を踏まえた障害認定・重度判定とは、むしろ地域関係機関が連携し総合的な職業リハビリテーションを行う中で、実際の就職や就業継続の困難性や支援ニーズを明確にしたり、実際に重度障害者を最低賃金以上で雇用継続する際の個別具体的な経済的負担を実際に計算するものである。 (1)「状況」依存的な障害認定の必要性 国際生活機能分類(ICF)による障害の捉え方によると「障害」とは健康問題に関連した生活面での困難状況として広く捉えられ、それは個人と環境の相互作用によるものである。しかし、ドイツでは「重度障害者」は医師による機能障害の医学的鑑定により認定され、特に相互作用は考慮されていない。その一方で、より軽症の障害者については医学的鑑定の段階で「障害の程度」の認定だけがあり、障害者雇用率制度等の雇用支援の対象とするかどうかは、「障害の程度」が30-40であることを前提に、実際の職種や働き方、地域等の個別的状況を踏まえて認定する仕組みとなっている。 また、重度障害者の一般就業継続を支えるための「仕事予算」の支給額についても、あくまで個別具体的な費用に基づくものとなっている。 (2)障害認定・重度判定の前提としての専門支援業務 我が国では障害認定・重度判定に必要な専門性は医学的なものと考えられ専門の医師が認定を行うが、ドイツでは、「同等認定」は雇用エージェンシーという我が国のハローワークと地域障害者職業センターを合わせた機関が現場の支援者の意見表明を踏まえて行うものであり、また、「仕事予算」の認可は事業主支援や就労障害者の支援を担当している統合局が行うものであり、いずれも専門支援業務を前提として行われるものである。これにより、職業リハビリテーションの専門性の低い支援者による就労困難性や企業負担の過大評価を回避し、支援ニーズを適切に反映した就労困難性による障害認定・重度判定が可能となっていると考えられる。 重度障害者の福祉から雇用への移行の支援は、一般企業での「仕事予算」による雇用維持だけでなく、ドイツでは、ソーシャルファームである統合事業所の設立・普及、また、企業の障害者雇用ノウハウの普及促進を行う「企業ネットワーク統合」といった複合的な対策の一環として実施されているものである。 さらに、ドイツでは2018年施行の「連邦参加法」により地域の障害者支援制度の大改革が進められている。この中で地域の関係機関(医療、雇用、労災、年金、青少年、福祉、介護、等)が協力して個別の「参加計画」による統合的な申請・審査・給付等を行うことになっている。精神障害者のような医療、雇用、生活等の一体的支援が重要である障害者の就労支援において、この法改正は重要と考えられている。これによる「同等認定」や「仕事予算」に関する実務等への影響の確認は今後の課題である。 p.78 ドイツの障害認定基準 ○佐渡 賢一(元 障害者職業総合センター 統括研究員) 1 はじめに 多くの国において障害の有無を判断する基準は唯一ではなく、様々な制度に付随して固有の基準が設けられている。本報告の対象であるドイツも同様で、例えば年金制度における障害年金受給資格認定は他の制度には適用されない。そのような事情はあるが、ドイツにおいて障害認定基準といえば、割当雇用制度における障害を認定するための基準を指すことが多い。この認定基準はしばしば関心を呼び、日本の基準と対比しつつ議論されることもある。 現在、その障害認定基準に改訂の動きがある。今回の改訂は本稿執筆時点ではまだ途上にあり、多分に流動性を残すが、これまで把握した範囲において報告を行い、認識の共有に資することとしたい。 2 割当雇用制度における障害認定基準 割当雇用制度は、障害があると認定された人を一定割合雇用することを求める制度であり、ドイツはしばしばこの制度を有する代表的な国とされている。この制度を規定した法律においては何をもって障害を有するとみなすか(障害の定義)、どこに障害の有無を判断する基準を求めるか(認定基準)が,記載されている。この規定に基づき、障害認定の基準を規定する命令が(現在は)労働社会省により制定されている。この基準については、総合センターにおいて当時の版の和訳が公表され、その後の枠組みの法規定化の経緯についても随時報告されてきた。これら過去の情報発信からも、ドイツの認定基準に寄せられていた関心がうかがえる。 沿革について再論しておくと、この基準は第一次大戦時に遡ることができるものであり、第二次大戦後はその系譜を引く基準が改定を経つつ連邦援護法(戦争被害者救済)と共通の基準として、割当雇用制度の障害認定に適用されてきた。心身における健康上の問題について、生活への影響に即して障害の程度が詳細に規定されている。 現行のような法規命令として定められたのは2007年前後のことである。それまでの認定基準の法的根拠が問題となり、連邦援護法、社会法典第9編の根拠規定(前者は命令制定の授権規定、後者は左記の命令を参照するとする規定と)1)が設けられ、それを受けて制定された援護医療命令の付属文書として、改めて位置づけられる事となった2)。この命令には認定基準改訂の手続きを定める条文もあり、専門家からなる諮問会合(Beirat)における審議を経ることとされる。2008年の命令制定後、5回の小規模な改訂を経て今日に至っている。 3 法体系の再編成と認定基準 ドイツが障害者権利条約の批准を契機に、条約実施のための行動計画を策定し、関連法体系も権利条約の趣旨に沿って計画的に改正することとした経緯については、「連邦参画法」(2016年12月成立)に関する最初の報告を行った折に概説している。その際、行動計画の検討事項に障害認定基準の改訂が含まれていることにも触れた。今回報告する動きは、その問題意識が具体的な動きとなって現れたものと捉えることもできる。 認定基準の前提となる障害の定義であるが、上記法体系の再編成を報告する中で法規レベルでは既に変更されたことにも触れていた。社会法典第9編のみならず、平等取扱法にも共通する再定義であって、かつて「ある人の身体的機能、知的能力又は精神状態が、6ヵ月以上にわたり、その年齢に典型的な状態とは異なる確率が高く、そのため社会生活への参画が侵害されている」状態をもって障害があることとされていたのが「身体的、知的、精神的あるいは感覚的な機能障害(Beeintrachtigungen)があり、態度や環境の障壁との相互作用により平等な社会参加が6か月にわたり高い確率で妨げられうる」となっている。 4 認定基準改正手続きの経緯と現状 定義が変わった以上認定基準も見直しの対象となると考えられ、今回の改訂はすでに報告してきた大規模な法体系再編成との整合性を確率するという意義が認められる。 だが、連邦参画法が成立後3年を経過しようとしているなか、認定基準改定の動きはこれまでにない慎重なものとなっている。 昨年(2018年)、労働社会省は命令改正案を通常の法令改正案の形式に即した形で公にした。その日付は8月末となっている。同年9月〜10月にかけて、複数の当事者団体がこの案に対して意見書を公開した、その後労働社会省が本年(2019年)2月に「命令改正に関する情報提供と主な疑義への回答」と題する改正趣旨の説明を同省のウェブページで公開し、その後目立った動きもないまま本稿の執筆時期に至っている。改正案の存在を知ったときに漠然と想定していた進行とはかなり異なっており、法案を把握してから1年以内で法成立をみた「連邦参画法」の審議経過に照らしても、この停滞を意外に感じている。 p.79 5 改正案の概観 改正案発表後の経緯を考えると、公開されている改正案がどの程度最終案に反映されるかも流動的であり、現段階の案を詳細に紹介することはためらわれる。昨年8月の案に沿い、基本的な特徴を列挙するにとどめる。 現行の枠組みでは、認定基準は「援護医療命令」の付属文書と位置づけられる。「援護医療の基本原則」と題する大部の文書で、基準の適用に関する一般論、本体の基準、付随的な規定という構成になっている。 改正は、一般論部分、本体部分のいずれにも及んでいるが、本体の認定基準に関しては、すべての項目に改正が施されているのではない。視覚器官、耳と平衡器官、血液・免疫系の3項目が差し替えられ、最後に置かれた「支持器官と運動器官」に関する項目では、いくつかの中項目が削除され、新たにその後に追加された項目「筋肉・骨格及びその運動」で扱われるようになっている。項目数で判断すれば改正は数項目にとどまり、半数以上の項目が現行のまま温存されているのだから、部分的な改正ということになる3)。 なお、定義に新たに盛り込まれた「態度と環境の障壁との相互作用」の部分がどう改正案に反映されているかも関心の対象となろう。後述のとおり、この部分はICFの枠組みで考えることとされており、認定基準にICF(特に環境因子の影響)をどのように盛り込むかと、言い替えることができよう。この点については、一般論部分に「具体的な規定は、最大限に支援が果たされた環境下での行動・社会参加の制約の程度である」「ICFの考え方に沿い、標準的環境のもとで評価する」との規定がある。これにより、既述のとおり各論部分の改正が全面的ではなかったことも理由づけられることとなる。 以上のような改正案に対する当事者側の意見書は、必ずしもスタンスが一様とは言えないが、今回の改正により不利な扱いを受けるのではないかという懸念は広くうかがうことができる4)。これに対し、労働社会省の説明文書では、改正による不利な影響は生じないと理解を求めている。(理由として、技術進歩や生活環境の変化により、健康上の問題がもたらす行動や社会参加への制約が従来以上に大きくなるケースも勘案していることなどをあげている。) 6 問題意識(考察に替えて) 現段階の流動性に鑑み、論文では改正案のこれ以上の詳説は慎むこととし、以下の紙面は報告者の関心の所在を述べることに費やしたい。 改めてドイツ政府が自国の障害の考え方をどうとらえているかを確認すると、まず従来のモデルに関する記述によれば、ICFに沿っていると認識している。その上で認定基準の改正案の趣旨説明部分をみると、権利条約に適合するための今回の改正もまたICFの枠組みを前提として組み立てられている。つまり、ドイツにおいては権利条約の障害認識がICFを踏まえたものと考えられている。ちなみに、ドイツは自国の障害認定基準を社会医学モデルと称している。 ドイツの認識を踏まえ、日本における語法・認識を振り返ってしてみると、必ずしも一致しているとはいえない。日本において権利条約を機に障害のとらえ方が大きく転換したとする考えが(「国民への説明」が十分であるかは別として)当然のこととされているが、それは、「医学モデル」に「社会モデル」を対置させる形で描写されている(現行の障害者基本計画が典型的な例であるし、障害者白書でもしばしば「社会モデル」に言及している)。 他方、ICFとの間には微妙な距離感がうかがえる。有識者の論考でもICFを「医学的モデル」に追いやる否定的な姿勢を目にする。 かねてから、こうした語法が本当に世界共通のものなのかという問題意識を抱いている者として、ドイツで進行しつつある認定基準改定については、その内容への関心とともに、前提となる枠組の扱いを有識者がいかに取り扱うか、にも注視している。 【参考文献】 1)ここまで記述したとおり、この時点では連邦援護法と共通に参照される認定基準とみなされていたが、2015年の法改正を経て、社会法典第9編にも「命令制定の授権」規定が置かれるようになった。従って,法的には両法の認定基準は別のものとなりうる。今回の改正案は連邦援護法に基づく命令であるが,これがなお両方共通の認定基準として扱われているのは、「社会法典第9編独自の認定基準が制定されていない場合は連邦援護法の基準を準用する」という付随的な規定(第241条5項)に基づく。 2)この時の改正の特徴としてGdSという尺度が記載されるようになったことがあげられていたが、今次改正では改正案部分の尺度はGdBで統一されている旨注記されており、本体部分の改正案にGdB以外の尺度は現れてこない。 3)一方で、影響を受ける当事者の範囲という観点に立てば、一部ではないと考えることもできる。すなわち、最後の項目は日本でいうところの身体障害の領域全体に及ぶものであるから、この項目に手を加える以上、影響の及ぶ範囲は、決して少ないとは言えない。 4)その他1つだけ紹介しておくと、環境因子の働きや活動・参加への影響を画一的に評価することで、個々の事例を取り扱う際、現実との乖離が生じるのではないかと懸念する意見が印象に残った。 【連絡先】 佐渡 賢一 e-mail:RXG00154@nifty.com p.80 就労に必要な移動等に困難がある障害者の実状等に関する調査 −ヒアリング調査結果から− ○岩佐 美樹(障害者職業総合センター 研究員)  三輪 宗文・浅賀 英彦(障害者職業総合センター) 1 背景 四肢障害や視覚障害等により、自力での通勤のための移動や、移動についての介助なしでの就労に困難を抱える障害者(以下「移動等困難障害者」という。)については、従来、雇用労働者として働くことに課題を抱えてきたと言える。 近年、情報技術の進展や社会全体の働き方の多様化等に伴い、当該障害者の働き方についても多様化してきたとの声が聞かれるものの、ノーマライゼーションの実現のためには、障害に関わらず、「共に働くことが当たり前」の環境をさらに整備していくことが求められている。 こうした取組に向けて、当センターでは平成30年度に、移動等困難障害者の就労の状況や、就労に関連する移動手段等の生活状況等についての調査を行うとともに、支援のニーズに対応する社会環境の整備状況等について、その実状等を把握することを目的とした調査研究を実施した。本発表においては、専門家及び企業等に対するヒアリング調査により得られた、企業における支援ニーズへの対応や、社会環境の整備状況等について報告するとともに、効果的な支援策について考察する。 2 調査の実施方法 (1)専門家ヒアリング アヒアリング対象 当事者団体(8団体)及び移動等困難障害者の支援に実績の豊富な支援機関(1所)、障害者の移動問題、福祉制度及び移動等困難障害者に対する情報技術を活用した就労支援に関する有識者(5名)を対象とした。イ主なヒアリング内容 当事者団体からは、a.移動等困難障害者の就労等の状況、b.就労に関連する移動手段等の生活状況、c.支援のニーズに対応する社会環境の整備状況について把握した。有識者等からは、各分野からみた障害者の移動問題や、そのための就労支援のあり方等について把握した。 (2)企業等ヒアリング ア ヒアリング対象 当機構のリファレンスサービス、各自治体の雇用事例集等をもとに、大企業に比して障害者雇用に対する支援を行うことが難しいとされる中小企業を中心に、移動等困難障害者の課題に対して効果的な支援を行っている事業主、支援機関及びその職員を対象とした(計25事例)。 イ 主なヒアリング内容 通勤に対する支援、事業所内における移動や出張業務等の事業所外における移動に対する支援とともに、移動困難者については多くの者に、また、移動制約者についても一部の者に必要とされていた生活介助等の支援に関することを把握した。なお、現在実施している支援のみならず、過去に実施した支援、これから行おうと考えている支援等についてもヒアリングを実施した。 (3)ヒアリング実施時期 平成30年6月〜平成30年12月 3 結果と考察 (1)移動等困難障害者の移動問題(専門家ヒアリング) 専門家ヒアリングの調査結果から得た知見を、移動等困難障害者の3つのタイプ別に整理した(図)。 図 移動等困難障害者の3タイプとそれぞれの関係 ア 交通制約者 自ら自動車の運転ができない者にとって、公共交通機関による通勤ができない場合、家族等の支援を受けることにより通勤手段を確保するか、通勤が可能な地域に転居するということが必要となる。前者については家族等の支援が得られなくなった時点で離職に繋がるという危険性、後者については、バリアフリー住宅やグループホーム等の社会資源の不足といった問題が指摘され、通勤を保障する移動支援制度の新設、移動の支援に関する現行制度の見直しや地域全体における移動問題の改善に向けた取組への希望が聞かれた。また、特に重度の肢体不自由者を支援する団体からは、移動問題を解消する働き方として、在宅勤務の拡大への希望も聞かれたが、情報通信業などの一部の業種以外では広がっていない等の指摘があった。有識者からも、新たな情報技術を活用し、パイロット的な取組を行いながら、在宅勤務で行う職務の拡 p.81 大等の取組が望まれるとの意見が聞かれた。 イ 移動制約者 障害種別を問わず、肢体不自由者等においてはバリアフリー環境の整備、視覚障害等の情報障害者については情報提供、発達障害や難病、精神疾患を患っている者等については障害や疾患特性に対する理解の有無等により、移動制約者となる障害者も多く、これらの問題の改善を図っていく必要があるとの意見が聞かれた。また、介助や優先座席の利用等に関しては、心のバリアフリーに関する問題も指摘されていた。 また、同じ障害のある者であっても、生活している地域の環境等により、移動問題に対する意識に温度差があり、共有されていないために、なかなか解決に向けた取組がなされていないとのことであった。 ウ 移動困難者 とりわけ重度の肢体不自由者の問題として、現行の制度においては、介助が必要な者に対する通勤等の就労に不可欠な移動の面まで考慮されておらず、また、自宅での介助と職場での介助がそれぞれ別の制度によって実施されていることから、その制度間にギャップが生じているとの指摘があった。さらに、移動制約者については生活介助を必要とする者が少なくないが、経済活動を行っている間、すなわち、職場にいる間は重度訪問介護を利用することができず、職場介助者や同僚の支援が得られない場合、不自由を強いられてしまうといった声も聞かれた。 (2)移動問題に対する支援策の実際(企業等ヒアリング) 企業等ヒアリングについては、専門家ヒアリングから得られた移動問題に対する支援策の実際として以下にまとめた。 ア 通勤支援 通勤支援については、通勤手段の確保と通勤に係る移動に対する支援、職住接近のための住居の確保、そして在宅勤務という方法があった。通勤手段の確保の方法については、主として通勤バス等の運行が見られた。また、特に公共交通機関の乏しい地域においては、一事業所、一支援機関単体ではなく、地域ぐるみで公共交通機関に代わる交通手段の確保に取り組むことの重要性が確認された。 職住接近による通勤支援については、身体障害者においてはバリアフリー住宅、知的障害者等においてはグループホーム等が必要となるが、需要に対して供給が追いついていないというのが現状である。 また、情報技術の活用等により在宅勤務者の職域拡大を図るとともに、在宅勤務者が、そして職場で働く人々が、共に働いているという意識を持つことができるようなコミュニケーションのあり方についても考えていくことが必要と思われる。 イ 事業所内における移動支援 事業所内における移動支援については、職場のバリアフリー化、レイアウトや障害に応じた情報提供の工夫といったハード面に対する支援事例が多く得られた。そして、いずれの事例においても、ハード面の支援以上に、他人の困りごとに思いを馳せ、ともに改善していこうとする心のバリアフリーの重要性が指摘されていた。 ウ事業所外における移動支援 事業所外における移動で最も問題となっていたのが、自ら運転することができない障害者が出張業務等で自動車にて移動する場合の支援であった。このような支援を事業主が行った場合について活用できる助成制度はなく、例えば、訪問マッサージに従事する視覚障害者を雇用した場合、施術のための移動に運転手の確保が必要となり、事業主の経済的負担のみならず、支援を受ける側の精神的負担をもたらすことも少なくない。これらの負担の軽減、更には移動等困難障害者の活躍の場の拡大のためにも、事業所外における移動に関する支援策の検討が必要と考える。 4 まとめ 移動等困難障害者の抱える課題については、同じ障害であっても、住んでいる地域、勤務先の状況等により大きく異なっており、その個別性に応じた支援が必要である。 移動等困難障害者の雇用・職場定着の促進を図るため、今後、助成制度の必要な見直し等の支援策の充実について検討していくことも必要と思われる。それとともに、障害者の地域生活、職業生活を支える社会資源の充実を図っていくことも重要と考える。 また、移動等困難障害者の問題を、障害者だけの問題としてではなく、職場全体の問題、地域全体の問題として考え、解決を図っていくという視点を持つこと、十分なコミュニケーションをとりながら、障害者と共に働くことを当たり前と考える企業風土の醸成と心のバリアフリー化を図っていくことが重要であるというのが本研究で得られた一番の知見と考える。 【参考文献】 障害者職業総合センター 資料シリーズ №102「就労に必要な移動等に困難がある障害者の実状等に関する調査」,2019 p.82 プラス表現プログラムやマインドフルネス等の 認知系プログラムの効果と期待 〇宮本 真(株式会社ハローワールド 就労定着支援事業所ハローワールド大宮)  留岡 到(株式会社ハローワールド)  北見幸子(株式会社ハローワールド経営企画室)  岡崎 万奈(株式会社ハローワールド 就労移行支援事業所ハローワールド久喜)  久保田 智美(株式会社ハローワールド 経営企画室) 1 目的(はじめに) 就労移行支援事業所には認知の偏りである結論の飛躍や選択的抽象化等の強化により、ポジティブな思考よりもネガティブな思考に偏りやすく、自己肯定感が低い利用者が少なからず在籍している。視野を広げ、柔軟な考え方や適切な自己評価をすることができるようになることは、本人のストレスを低減させ、就職した後に職場定着していく上でも重要な事であると考えられる。岸本1)によれば、仕事への自己評価が高いほど職場継続の意思が高くなるという結果が示されている。 そのためにはネガティブ思考だけではなくポジティブな思考も検討できるようになることが有効と考えられる。そこで認知に関するプログラムとして、認知行動療法をベースとした認知プログラム、およびリフレーミングを促進するためのプラス表現トレーニングプログラムを訓練の中に導入した。本研究はこれらのプログラムの効果を検証することを目的とした。 2 方法 (1)介入プログラム ア 認知プログラム MCT-Jや認知行動療法をベースに、考え方やものの見方が違えば、同じことを経験しても感じ方や捉え方が変わってくるということを伝え、利用者の気づきに繋げる認知トレーニングプログラムを実施した。 イ プラス表現トレーニング マイナスをイメージさせる言葉をプラスに変えるトレーニングを行いながら、徐々に物事をマイナスだけではなくプラスにも捉えられるようにするトレーニングを行った。 (2)調査対象者 弊社就労移行支援事業所2事業所の利用者のうち、当該プログラムに参加した者で、研究に関する説明および倫理的配慮に関する説明を受け同意した者とした。 男性40名(平均年齢35.03±12.07歳)、女性20名(平均年齢31.00±9.16歳)、合計60名(平均年齢33.68±11.27歳)の協力者から質問紙データを収集できた。また障害種別は統合失調症14名、うつ12名、療育9名、発達障害8名、その他17名であった。 (3)調査時期 2017年12月から2019年4月の期間で、概ね3ヶ月ごとに質問紙調査を実施した。これはプログラムの区切りに合わせて調査を実施したため、3ヶ月ごとの調査となり、質問紙調査は合計で4回実施した。 (4)調査内容 自分自身の障害理解、障害受容が就労及び就労定着には重要であり、ネガティブな思考との関係を明確にすることが有用であると考えたため、自己受容性測定スケール(宮沢2)、1980)およびネガティブな反芻尺度(神谷、幸田3)、2016)を使用して質問紙調査を実施した。 また本研究は、「自己受容とネガティブな思考の反芻は負の相関関係にあり、就労移行のプログラムとして認知プログラムを継続することで、自己受容が高まりネガティブな思考が低減する」ということを仮設とした。そのため統計的手法としては、自己受容性測定スケールとネガティブな反芻尺度の間での相関関係を相関分析によって明らかにし、自己受容性測定スケールとネガティブな反芻尺度の3ヶ月ごとの推移を一元配置の分散分析によって分析した。 3 結果 相関分析の結果は、1回目調査r=-.60、2回目調査r=-.55、3回目調査r=-.55、4回目調査r=-.63、であった。自己受容性測定スケールとネガティブな反芻尺度の間には4回調査全てにおいて負の相関関係があることが示された。また各調査における質問紙の散布図は図1の通りである。 自己受容性測定スケールとネガティブな反芻尺度の3ヶ月ごとの推移を一元配置の分散分析によって分析した結果では、自己受容性測定スケールは徐々に上昇していく事が示唆された(p<.05)。ネガティブな反芻尺度では統計的に有意であるとは言えない結果(p=0.1)であったが、調査回数を重ねるほど平均値は下がっていくことが見られた(図2)。 p.83 図1 各尺度における散布図 図2 各尺度の推移 4 考察 結果から、認知プログラムを継続することで、自己受容性が高まり、またネガティブな思考が反芻することを徐々に低減できる可能性が示唆された。しかし、被験者の全体数の不足やその他のプログラムの影響などを排除していないことなど、本研究においても統制すべき要素があり、今後の課題として残った。 本研究の出発点は現場での問題解決であった。就労移行支援事業所を利用している障がい者が、ただ就職するだけではなく、職場に定着して長期に就労するために就労移行の現場ではどのような支援を行うべきなのか、その一つの方策として認知面へのアプローチを、今回は試みた。調査中の利用者からは、「他人には他人の視点があると考えられるようになった(女性、20代、発達障害)」、「中庸に物事を考えられるようになった(男性、20代、発達障害)」などの声も寄せられた。これらを踏まえて、認知に関するプログラムを継続することで思考の柔軟性が増加した、とも考えることができる。認知に関するプログラムには即効性はないが、現場の職員からは個人差はあるものの3ヶ月ほど継続すると利用者に変化が現れてくると感じられる、との声も上がった。 柔軟な思考、それによるストレスの低減・感情のコントロール・自己肯定感等は職場定着のためにも重要になると考えられるが、認知プログラムを効果的に行うためには、「視野を広げるための心の余裕」、即ち感情の起伏が少ない心の状態が必要である。よって、認知プログラムのみでは充分な効果を発揮するには弱く、より高い効果を出す方法として、マインドフルネスを就労移行支援のプログラムに導入した。Moritz4)は、マインドフルネスの技法が認知療法の効果を高めるために、ますます利用されるようになってきていると述べている。また杉浦5)によればマインドフルネスの特徴の一つは、「ネガティブな情動を悪いものと捉えてそれをなくすという目標にこだわらない」という点にあり、ネガティブな情動を抑えることがかえって苦痛を強化するという発想がマインドフルネスの基盤にある、としている。したがって、ネガティブな思考や感情をそのありのままを捉え、それに流されないようにしていく訓練は、就労移行支援の訓練においても、職業準備性やストレスの低減といった観点からもより効果的であると考えられる。 マインドフルネスを就労移行支援事業所での訓練としての導入は様々な課題があるため、現在内容、方法を検討し徐々にプログラムとして活用している。 今回はストレスに焦点を当てた調査は行わなかったため、そちらも併せて今後は調査研究を継続していく。 【参考文献】 1)岸本麻里:老人福祉施設における介護職者の職業継続の意志に影響を与える要因の分析−バーン アウトと仕事への価値観の重要性を通して,「関西学院大学社会学部紀要92」,p.103-114,(2002) 2) 宮沢秀次:青年期における自己受容性測定スケールの検討,「日本教育心理学会第22回総会発表論文集」,p.516-517,(1980) 3)神谷慶,幸田るみ子:大学生の抑うつにおける自動思考とネガティブな反すうの関,「ストレス科学研究31」,p.41-48,(2016) 4) Steffen Moritz, Paul H. Lysaker, Stefan G. Hofmann, Martin Hautzinger: Going meta on metacognitiveinterventions,「 Expert Review of Neurotherapeutics 18(10)」,p.739-741, (2018) 5)杉浦義典:マインドフルネスに見る情動制御と心理的治療の研究の新しい方向,「感情心理学研究16」,p.167-177,(2008) 【連絡先】 北見 幸子 株式会社ハローワールド 経営企画室 e-mail:info@hworld.jp p.84 就労移行流 引きこもりの状態にある障害者への就労支援〜就労移行・定着支援事業所の新たな支援の形〜 ○植松 若菜(株式会社富士山ドリームビレッジサービス管理責任者・精神保健福祉士・社会福祉士)  櫻井 俊明・清 麻理奈(株式会社富士山ドリームビレッジ) 1 株式会社富士山ドリームビレッジの概要 平成18年10月1日に静岡県富士宮市で就労移行支援事業所を設立。その後、富士市、静岡市清水区、焼津市、駿東郡清水町の各地域に、就労移行支援事業所、就労継続支援A型事業所、就労継続支援B型事業所、生活介護事業所、放課後等児童デイサービス、グループホームを設立し、児童から成人までの障害者の就労支援と生活支援を展開している。令和元年8月現在で、弊社従業員数は168名。A型事業所利用者30名、就労・児童・GH等の利用者総計353名。事業所数は14施設。 2 就労移行支援事業所富士山ドリームビレッジの概要 静岡県富士宮市で開所し、平成27年8月に富士市に移転し、現在に至る。定員20名のところ、登録者数は33名。手帳取得者は、療育手帳19名、身体障害者手帳3名、精神障害者手帳8名、手帳未取得3名(自立支援医療受給者証取得者)。通所前の所属場所は、特別支援学校高等部、中学校支援級、フリースクール、大学中退、一般企業、他のB型事業所など。訓練内容は、主に施設外就労として、企業での作業訓練。訓練企業先は、ホームセンター、給食センター、製紙業、リネン業、医療機器部品組み立てなど。支援内容は、就労支援・相談支援の他に障害年金や障害者手帳の申請・更新支援、生活困窮者への生活支援なども行っている。就労支援においては、毎年10名以上の一般企業への就職者を輩出し、平成30年度は12名の利用者が一般企業に就職している。就職後の支援として、就労定着支援も展開。現在、30名の利用者が登録し支援を行っている。 3 ひきこもり状態の利用者が抱えている課題について ひきこもる前にどのような出来事があったのかを利用者に聞き取りを行うと、「嫌な体験をした」「自分が行くべきではないと感じた。居場所が無くなってしまった」「精神障害を患ってしまった」「昼夜逆転した生活になってしまった」「親が職場や学校に行くことに非協力的だった」などが挙がる。これらの要因が1つだけではなく、様々な要因が重なりひきこもりが始まっている。一度ひきこもり状態になってしまうと、本人の力ではなかなか抜け出せない状況に陥ってしまう。その理由としては、 ①自室が唯一の居場所になっているので、他に居場所を求めていない ②家族以外の人と接触する理由が無い ③生活に困っていない、衣食住に困っていない ④お金を稼ぎたいと思わない、稼がなくても支障が無い ⑤ひきこもっている現状に不満が無い ⑥人生を諦めている、社会に期待していない。 ということが考えられる。稼がなければという思いはあるものの、安心できる自室から出る動機が見つからない。 そのような状況の人にとって「通所してみよう」と思うためには、 ①安心できる唯一の場所である家よりも『出掛けた方が良いと思える場所』だと認識出来るか? ②信頼できるかも?と思える人に出会えるか? ③本人自身も、現状に「危機感」「将来への不安」を感じているか? ④本人が、現状に「寂しい」「孤独」と感じているか? という意識が芽生えることが必要。今の生活に疑問を感じる事と同時に、サポートを担ってくれる団体や人の存在があることで、本人たちに新しい世界に踏み出す勇気を与えることが出来る。 次の課題としては「継続」。数日程度であれば、比較的簡単に通所する事が出来るが、数か月から1年、2年と通所や通勤を継続するとなると難しい。その理由は ①1日活動する体力がない ②昼夜逆転で時間に縛られない生活を改善できない ③自信が無く成功体験が少ないので希望が持てない ④経験不足や未経験による世界観が狭い ⑤人への苦手意識が強い ⑥集団活動への苦手意識の強く自分で壁を作ってしまう 等があげられる。本人が働きたいと思ったとしても、毎日通所することだけではなく、複数の人と関わりながら数時間活動することは、本人にとっては大変な出来事となってしまうのである。 4 就労支援事業所で実施したひきこもり支援 弊社で行った引きこもり状態の方の支援の例を挙げる。 (1)大学在学中に統合失調症を発症し、その後、ひきこもりになったケース 31歳男性。大学受験をするが、失敗。1年浪人し、東京で単身生活を開始するが、徐々に体調不良を訴えるようになる。有名私立大学に合格するが、体調も悪化し大学を退 p.85 学し実家に戻る。地元の内科を受診しながら、アルバイトを転々とするが、その後は定職に就けず。家では大声で怒鳴るなどの問題行動も多発し両親との関係も悪化。このような状態が6年続いたため、精神科に転院。統合失調症と診断される。両親も本人も病気を受け入れられず、福祉サービスの利用には至らず。そのまま3年が経過し、本人がようやく「このままではいけない」と思い、ネットを通じて就職する方法を探し始め、弊社を探し当て、本人自ら電話を掛ける。面談で本人は利用の意思を固めたが、障害受容が出来ていない両親にも理解を求めた方が良いと説得され、両親も一緒に再度面談を行う。本人の将来についての話し合いを行い、両親も納得し就労移行支援事業所に通所を開始。活動中、他者の言動に過敏になったり、先回りして考えて自分を卑下したりすることが見られた。支援員より自己覚知を提案され、まずはセルフチェックシートを利用して自分の気持ちに素直に向き合うことから始めると、徐々に肩の力が抜け、話の合う友人が出来て、作業訓練も慣れてきて、少しずつ笑顔が見られるようになる。その後もイライラを表現する場面が多々あったが、その都度面談を実施し、自己覚知、振り返りを行い、1つずつ乗り越えていく。作業訓練と並行して、障害者手帳の取得、障害年金の申請を行う。半年経過後、作業訓練に負荷をかけていくと、疲れやストレスから不調を訴えることがあったが、負荷を緩めたり、掛けたりを繰り返しながら訓練を行うことで、気力、体力が向上していく。通所10か月経過した頃、本人より就職したいとの申し出あり。プレス工場の作業員として3ヶ月のトライアル雇用を開始。その間、親指を機械に挟むという大事故を起こしてしまうが、怪我が回復すると、職場に復帰。その後、就職となる。就職して半年後に会社から正社員への登用を勧められるまでに至った。 今回のケースは、本人が自分で危機感を感じ、ネット等を利用して福祉事業所に結びついた形。元々作業スキルは高く就職は可能だが、通所当初は集団活動を行う上で困難さを感じていたので、作業訓練を通じ、職員や他の利用者との関わりの中で、対人トラブルにおいて自分がどのようにかかわるべきか、自分はどのように捉え対応すべきかを体験していきながら対人スキルを向上させていく事が出来た。また、これまで孤独だった本人も、職員や仲間に支えられて今があること、大怪我をしてしまった時に周囲に助けてもらって退職せずに済んだ経験から「支えられて生きている」ということを実感する事が出来た。今では、周囲への感謝の気持ちを述べることが出来るようになった。 (2)少しでも居づらさを感じると自ら退職し、就職継続できずにひきこもりになったケース 39歳男性。高校の自動車工業科を卒業後、就職するがなかなか定着せず、職を転々とする。結婚を経て一児もうけるが、離婚。離婚後、実家に戻り、ギャンブル等にハマり150万円の借金を負う。本人に返済能力がないので、親が毎月年金から返済をしている。それ以外に、毎週のように両親に1万円を要求しているので、両親が生活に困窮してし、険悪な関係。本人が不調を訴えて精神科の受診をするが「病気ではない」と言われる。別のクリニックで受診し服薬治療を開始。クリニックの相談員より弊社を紹介される。平成30年12月から通所を開始する。2〜3日毎に1度欠勤があったものの通所を継続。しかし、年末年始を挟み、通所が途絶えてしまう。本人欠勤中も母親から何度も電話で相談が入る。母親から平成31年3月に自宅の包丁が無くなったとの連絡が入る。職員が本人と電話で話を聞き大事には至らず。その後も電話での会話を継続し、2か月後、利用を再開する。今回は毎日1時間の面談のみ行う。面談を通じ、本人の不安と取り除き、外に出る勇気を持てるよう支援。徐々に他の利用者や職員との関わりを持つようになり、令和元年6月より少人数で行う作業に参加。徐々に複数の職員との関わりを増やしたり、他の利用者と送迎車で帰宅することを体験したりしながら、徐々に活動に慣れていった。現在は、週1回企業への実習を取り入れながら、毎日休まず通所出来ている。 今回のケースは、クリニックで自宅から外に促すことに成功したものの継続できず失敗を体験。しかし、マンツーマン対応から始める事で訓練が軌道に乗ったというケース。現在の本人の目標は、車検代を貯めること。少しずつ意欲的に物事をとらえられるようになってきた。自分に自信が無く社会への期待も持てない本人が、徐々に「働く」ということを意識できるようになった。 5 就労移行支援事業所によるひきこもり支援のメリット そもそも就職支援を主な支援とする就労移行支援事業所で生活支援を主で行うことは簡単ではない。しかし、ひきこもり状態の方のニーズを考慮すると、就労移行支援事業所で行うメリットも見えてくる。 ①職能はあるがすぐに就労できないため、その人のペースに合わせ、時間をかけて就労する訓練場所を提供できる ②同じ目標や課題をもった仲間を得られる ③就職後、企業に負担を掛けずに就労に結び付けられる ④本人の思いを全て聞く時間が取れる ⑤スモールステップを設定しやすく、自信のない方でも少しずつ自信を取り戻せる。褒められる体験も出来る。 福祉サービスの中での支援の為、制約も多いが、行政、医療、地域のサポート団体と共に、就労移行支援事業所も支援団体として活動していく意義は大きいと思われる。 p.86 障害受容が難しく就労支援が困難であった求職者の 福祉就労実現へのプロセスの考察 ○猿田 健一(秋田公共職業安定所就職支援ナビゲーター) 1 研究目的 厚生労働省は、平成19年にニート等の若年者に対する就職支援と障害者に対する就労支援の両面からコミュニケーション能力に困難を抱える要支援者向けの総合的な支援を行う「若年コミュニケーション能力要支援者就職プログラム」事業を開始した。発達障害などの要因によりコミュニケーション能力に困難を抱える者に対して個別支援を行うとともに、障害者向けの専門支援を希望する者に対しては、専門機関等への誘導を行う。就職支援ナビゲーターがその支援を担っている。 しかし、障害受容できず各専門関係機関の支援が困難となり有効な支援とならないケース、要支援者も存在する。ここに初めて福祉就労に結び付いた事例を基に、そのプロセスを通して支援に、どのような専門性が生かされているのか考察したい。 2 研究方法 本研究では、事例における就労支援を事例研究方法により分析し、以下の順で考察を進めた。 ①事例では、就労経験のない支援対象者A氏を専門機関とハローワークと連携し支援していたが、障害受容ができないことから就労移行支援事業所の利用に結び付かなかった。しかし、B就職支援ナビゲーター(以下「Bナビゲーター」という。)と相談を開始し、発達障害者支援センター、障害者就業・生活支援センターとの連携した支援により、初めてB型就労継続支援事業所に通所するに至った経過を記載する。 ②次に、事例を通して障害受容が困難な求職者の就労支援における必要な支援のあり方、支援者のあり方、求められる専門性について考察する。 3 倫理的配慮 事例に関するデータの管理は十分な秘密保持の配慮を行い、事例の使用にあっては、個人が特定されないよう最小限の加工を加え倫理的配慮を行い、発表に関し所属長の了解を得た。 4 事例 対象者:A氏(20代男性)、自閉症スペクトラム障害(精神障害者保健福祉手帳2級)、高校卒業後就労経験なし。相談・支援回数40回以上かかわりの期間1年9カ月。 (1)支援開始 発達障害者支援センターC相談員が同行し、ハローワーク専門援助部門で求職登録。就労継続事業所を見学、体験利用したが相談支援事業所と面接の際「障害者だと言われるのは嫌だ」と利用を固辞。その後来所なく約2年後、C相談員からBナビゲーターに支援要請があり相談を開始。 (2)支援経過 月2回、同じ曜日、時間帯のペースで相談を設定。面接時間は言語情報による集中力に配慮し30分とし、C相談員がその日の相談テーマと終了時刻を紙に書き視覚化し示し、面接終了時にはA氏に相談内容をメモ帳に記録してもらった。応募書類、履歴書作成、添削指導から支援開始。自転車で約1時間かけ来所する為遅刻が多く、その度に「遅れてしまってすみません」と帽子を取り深々と頭を下げお詫びの言葉があり、面接終了時には「ありがとうございました」と丁寧な挨拶があった。 (3)ストレングスと構造化面接 Bナビゲーターは、A氏の「働きたい」という意欲と1時間もかけ相談に来所し、礼儀正しい姿勢をA氏の持つストレングスとして、面接の度に支持しフィードバックした。C相談員はD相談員に変わったが構造化した面接は継続。本人が一般の短期就労を希望のため求人情報を提供したが、「働ける自信がない、通える自信がない」と不安を訴えた。以前に障害者職業センターの職業評価・体験利用をしたことがあり、改めて体験利用、職業準備支援利用を勧奨したが固辞。新たにB型就労継続支援E事業所を提示し共に見学したが利用は固辞。「障害者だと白い目で見られる」と話すため、そう言われたことがあったか確認したが、そうした事実はなかった。 (4)アプローチの変更 これまでは、一般就労か障害者雇用や障害者就労継続事業所利用かの選択肢を提示したが、本人が自転車や徒歩で通える場所を重視していたため、通いやすい短時間の一般パート求人とE事業所の選択肢を提示した。 事前に見学・体験利用ができる所とできない所、通う日数や時間も選べる所と求人内容の変更が難しい所、賃金と工賃との違い、一般求人と障害者就労継続事業所の具体的な違い、メリット・デメリットを説明し本人が抱える不安にマッチングによる課題解決を試みた。 A氏はE事業所を選択し体験利用したが、本利用のため就労移行支援事業所利用を進める支援会議では固辞。Bナビゲーターが会議に欠席したこともあり、A氏は困惑し落ち着かず、「どこにも行かない」と話したとのことであった。その後Bナビゲーターと相談を再開し、25日間も体験利用できたA氏の力を支持し、F就労移行支援事業所を提 p.87 案し見学体験利用したが、やはり本利用は希望せず。 そこで、これまで見学や体験利用した事業所の振り返りを行い、現時点では現実的に本人の希望する通える場所は他にないことを伝え、今一度一般求人とE事業所との二つ選択肢を提示し、ついにE事業所を選択した。 (5) 就労へ 就労経験がないことから、直ぐにE事業所が利用できないこと、障害福祉サービス利用申請や相談支援事業所と契約、F事業所に評価アセスメントのために再度通う必要があること等を障害者就業・生活支援センターG生活支援員に、今後のスケジュールをプロセス図にして作成し視覚化した説明を依頼しておこなってもらった。 市役所にはBナビゲーターも同行することも伝え、ようやく本人の同意を得て利用手続できた。その後、F事業所の評価アセスメントを経てE事業所の本利用ができることになった。利用開始日には、温和で優しそうで面倒見がよさそうな先輩利用者の傍で眼を輝かせ生き生きと作業を進めているA氏の姿があった。 5 考察 本事例は専門機関の支援によりB型事業所の体験利用はするが、「障害者だと思われたくない」思いから先に進められない難しい事例であった。以下に、支援において、どのような専門性が活かされているか、支援の在り方ついて考察したい。 ①有効と思われた支援のあり方である構造化した面接は継続した。 ②学校や家庭生活の中で育てられなかった自己効力感や自己肯定感を自分で育ててもらえるよう、意識的にA氏の持つストレングスをフィードバックした。 ③継続し同じパーソンとしてBナビゲーターが同行支援を行った。 ④一般求人か障害者求人や支援事業所といったカテゴリーの選択肢ではなく、実際の求人票と事業所のパンフレットや見学体験を通し具体的な違いの理解を促進させ、本人の抱える課題と現実的に解決に有効な解決案の選択肢の提示を試みた。これまで回避的選択をし続けてきたが、認知行動的アプローチ(事実の直面化と現実的具体的選択肢の提示等)により行動の活性化が図られ自己決定に変化をもたらすことができた。 ⑤本人のペースを大切に自己決定してもらうよう支援した。 ⑥説明には、視覚化した今後の進み方のプロセスを示したものを手交し活用した。 ⑦書くのは苦手だったが、面接の最後に本人が記載したメモを、次の面接開始時に確認し、面接のつながりを意識できるよう心がけた。 ⑧試行錯誤しながらの実践の中、新たなアプローチを試み、関係機関と課題、方策案を共有し連携し続け、働きたい気持ちを応援する場所、相談員であることを伝え続けたことも本人が持っている力を引き出すために有効であったと考えている。 自己決定の要因には、先輩利用者の受容的な関わりがあり、その出会いにより障害受容を超えた自己受容ができたのではないだろうか。 新たな環境で他者との新しい交流、相互関係、適応関係により自己実現がかない成長を続け、固有の生活実態が獲得されるというエコシステム論・生活モデルとしても捉えられるのではないだろうか。 6 結論 本事例は一つの理論やモデル、アプローチでは支援が実を結ぶことが難しかった事例である。 専門職としての支援者は、まずは信頼関係の構築に誠実に取り組むこと、そのためには相談者の言動の背景にある生活状況や歴史から相談者の思いを共感的に理解しようとする姿勢、受容的態度による傾聴は欠かせない。カウンセリングやキャリアコンサルティング、ソーシャルワーク他関連分野を含め複数の理論やモデル、アプローチの仕方、手法を学び身に着け実践できるよう自己研鑚していくことでその専門性は発揮され、有効な支援として実を結ぶことができるのであろう。本事例研究により自らの実践を振り返り、支援において大切な点について考察し気づくことができた。困難な就労支援において、公的機関、行政機関の果たすべき役割は大きく、その支援に携わる者には、事例検討や研究、研修に参加しその支援スキルと質的な向上を図る機会とスーパービジョンを受ける機会が必要だと感じている。 若年者は若年者のままにあらず、中高年齢者への支援の在り方も検討されねばならないだろう。 また、複雑な家族状況にあり複数の課題を抱えた求職者の相談が増加する今日、医療・福祉・教育・更生等様々な関係機関との連携による総合的な生活支援をしていくソーシャルワークも求められよう。 一つの機関や一人に支援者の持つ力は限られており、関係機関と連携し互いに協力し合う事により自らの燃え尽きを防ぎながら支援でき、チーム支援の持つ力は大きく、その必要性、連携の在り方は、今後も一層重要となると考えている。 最後に、発表に際しご理解をいただいた職場の所属長、そして、ご協力をいただいた各関係機関の皆様に心から感謝を申し上げたい。 【参考文献】 1)「社会福祉援助技術論 Ⅰ」第3版,福祉士養成講座編集委員会,中央法規 2)「就労支援実践ハンドブック」,社団法人日本社会福祉士会,中央法規 p.88 支援困難と判断された精神障害者及び発達障害者に対する 支援の実態に関する調査 ○高瀬 健一(障害者職業総合センター 主任研究員) 1 目的 本調査研究では、地域における職業リハビリテーションの中核機関と位置づけられている地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)に対して、地域の関係機関から要請のあった「支援困難な事例」の量的な把握に加えて、精神障害者及び発達障害者がもつ特性などのうち、支援困難につながる要因や課題の実態を把握することを目的とした。 2 方法 (1)地域センターに対する実態調査 ハローワーク、就労移行支援事業所及び障害者就業・生活支援センターから地域センターへのニーズを把握した。あわせて自機関では支援が困難であると判断されて地域センターに支援要請のあった事例を各地域センターから精神障害者1事例、発達障害者1事例ずつ把握した。 (2)地域センター及び障害者就業・生活支援センターに対するヒアリング調査 「実際の支援を担う職員が支援の困難さをどのようにとらえているか」を把握した。実態調査の結果から5つの地域を選定してそれぞれの施設から一人ずつ計10名の職員にヒアリング調査を行った。本ヒアリングは職員が「職場における支援困難な事例」ととらえるその認識構造をより深く探ることを目的に行った。その方法は、PAC(Personal Attitude Construct:個人別態度構造)分析を参考として、自由連想した項目から類似度評定により構成された樹形図を作成し支援困難な状況を2つまたは3つのクラスターにまとめて、その解釈と対応する具体的な支援内容を確認した。 3 結果 (1)支援困難と判断された精神障害者及び発達障害者に対する支援の実態 ア 実態調査にて把握した地域センターへのニーズ ニーズに関する自由記述について、内容の意味的類似性から、①支援の要請に繋がる本人の状況として19項目に、②支援要請機関の状況として9項目に、③支援要請機関からの地域センター業務に対する直接的なニーズとして33項目に整理し以下のようにまとめた。 ・診断後間もない、または罹病期間が長いため、障害のとらえ方が曖昧となっている者への対応にかかる助言や職業相談等 ・障害者手帳を未取得である者に対する情報提供、職業相談 ・双極性障害のうち病相を頻繁に繰り返すラピッドサイクラー、重複障害のある発達障害など自機関では支援方法がわからない者への対応にかかる助言や職業相談 ・職歴の影響や特性・適性がわからないため、自機関のみではマッチングが難しい者への対応にかかる助言や職業相談及び職業リハビリテーション計画の策定 ・今まで体調や行動が不安定であり就職可能性が自機関では判断できない者への対応にかかる助言や職業相談 ・希望する求人種類や支援の受け入れに対する考え方が固定化している者への対応にかかる助言や情報提供、職業相談、職業評価 ・本人の職業準備性に関して、①課題(体調や疲労の管理、生活リズムの安定、感情、衝動性等の精神面のコントロール、ストレス対処等)が明確であり、その的確な支援にかかる職業リハビリテーション計画の策定や職業準備支援等、②自機関の支援メニューでは課題がわからない者に対する職業評価、③課題は整理したものの、更なる自己理解を促したり、多面的に課題を再整理することが必要な者に対する職業評価、④就職や復職後に予想される課題が複雑または課題が多い者に対するジョブコーチ支援 ・本人を取り巻く環境面の課題(ネグレクト等)や本人からの要望が幅広いため支援の見通しが立ちにくい者への連携した支援 ・支援者側の状況として、支援経験の乏しさ、知識や支援スキルの不足、支援体制の課題や時間的制約による、職業評価、ジョブコーチ支援、事業主支援の支援依頼 ・地域のネットワークの中で役割分担が明確であり、地域センターの事業の利用が適当であると考えられた場合の支援依頼 イ 精神障害者及び発達障害者の支援における困難要因 その困難要因について意味的類似性により整理を行うと障害者本人がもつ困難要因は92項目となり、特に2割以上の事例から確認されたものは以下のとおりであった。 精神障害者 【心身機能】 ・新たな環境への不安感、緊張感の強さ ・人間関係への不安感、緊張感の強さ ・対人面でのストレスの感じやすさ ・自信のなさ(自己肯定感の低さ) p.89 発達障害者 【心身機能】 ・自分の特性や病状についての理解の乏しさ ・自信のなさ(自己肯定感の低さ) ・感情抑制の難しさ 【活動・参加】 ・職場での指摘や注意を受け入れることの難しさ ・口頭のみの指示を理解することの難しさ ・複数作業を同時並行することの難しさ ・臨機応変な対応の難しさ ・相手の意図・気持ちを汲み取ることの難しさ ・生活のリズムの乱れ (2)支援の困難さのとらえ方 ヒアリング調査の結果、職場における支援困難な事例に関する自由連想から構成された樹形図は、個別性が高く、共通する認識構造は見いだせなかった。樹形図を構成するそれぞれのクラスターに関して、地域別の特徴は顕著ではないものの、支援機関別では障害者就業・生活支援センターからのヒアリングにおける支援の困難さの特徴として、健康管理や生活面の課題への支援について取り上げている者が多く、地域センターからのヒアリングにおける支援の困難さの特徴として、職場の環境調整の限界や求人種類の選択に関する労働条件面で折り合いをつけていくことの困難さを取りあげている者があった。 一方で、双方に共通する支援の困難さの視点は、基本的な職業準備性の課題が大きい場合の困難さ、家族への支援場面での困難さ、生活や体調など様々な不安定さへの支援の困難さ、診断や障害に起因する課題というより本人の性格面に起因する課題への対応の困難さ、本人の特性を深く理解することの困難さなどであり、特に支援者との関係性構築に関する困難さは多くの者が取りあげていた。 具体的な支援について、地域センターに対して障害者就業・生活支援センターからの依頼の割合が高い地域では、支援困難な事例への具体的な支援において、双方で事例を共有して支援を行っていることが障害者就業・生活支援センターの発言からうかがえた。支援機関別にみた場合、全体の傾向として障害者就業・生活支援センターは地域の関係機関とのネットワークに言及していることが特徴的であるのに対して、地域センターは自らが行う支援を中心に言及し、生活支援等についてはネットワークと連動する特徴がうかがえた。このことは機関の役割を反映していると考えられる。また、組織内のケース会議によるスーパーバイズ等による支援計画や支援方法の検討、関係機関を交えたケース会議によりそれぞれの役割を踏まえた支援の連動や目標等の共有は、重要かつ基本的な取組であった。 4 考察 報告書1)では、アンケート調査及びヒアリング調査の結果をふまえて、支援の困難さについて、①「障害などの理解に対する支援の困難さ」、②「重複障害や疾病などの多様性に対する支援の困難さ」及び③「利用者と支援者との関係性に由来する支援の困難さ」の3点に整理して、先行研究やほかの領域での知見により補強した。これらに対応するヒアリング調査で把握した具体的な支援策の例を以下に紹介する。 ①に関して:「支援が成果につながりにくいときには、まず本人のことをきちんと理解しているか振り返る。そのためには、常に支援を組み直していくなど、PDCAをくり返すことが大事ととらえている。」「障害者が「現在従事している仕事」のアウトプットに課題があっても、職場から本人にうまくフィードバックできないなど、コミュニケーション上の課題もある。まずは仕事の正確性やスピードを高めていく取組みからはじめる。その取組み内容は個別性が高い。」②に関して:「在職者の場合、会社との関係による課題の多さが困難性に影響する。期限の問題などで時間的な猶予がない場合は、さらに困難さが高まる。」「経済面や自己理解など複数の課題のある利用者は、支援のコスト・手間はかかるが、一つひとつ解決していく過程が利用者と支援者の信頼関係の醸成につながる。小さなことでも『こうすればうまくいった』という経験を共有すると、別の課題に対しても支援を受けようというモチベーションにつながる。」③に関して:「本人が攻撃的な態度の場合、本人と支援者の間での課題の共有の阻害要因になるため、かかわり方の工夫が必要になる。例えば『ホワイトボードや紙に支援者が理解した内容について書きながら相談し、整理したものを渡す』『音声情報のみとなる電話は、ゆっくり、声のトーンを落として短い文節で話し、わかりやすく伝えることを心がける』などしている。」「思っていることがいえない、話す内容が相談ごとに異なる、課題解決よりも相談自体が目的となっている者に対しては、具体的な提案をせず、他者の意見を聞いてみることをうながしつつ、自ら選択肢を増やして考えられるように気をつけている。」 5 まとめ 本調査研究を踏まえた提案として、多様な支援機関や職種がそれぞれの専門性により、現在、自らの機関がどのような役割を果たせるか、どのような支援をほかの関係機関に要請し連携していく必要があるのかを検討し、「どのような就労支援上の困難さを抱えているか」を議論して整理してみること、そのためにも、職場において支援者一人ひとりが捉えている困難さを共有してみることを挙げたい。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:支援困難と判断された精神障害者及び発達障害者に対する支援の実態に関する調査「調査研究報告書No.144」(2019) 【連絡先】 障害者職業総合センター研究部門 社会的支援部門 Tel.043-297-9025 p.90 p.91 口頭発表 第2部 p.92 障害者就業・生活支援センターを受託する社会福祉法人が行う、 当法人での障害者雇用の取り組みについての報告 ○三島 広和(社会福祉法人相模原市社会福祉事業団 地域支援課 就労支援担当) 1 はじめに 社会福祉法人相模原市社会福祉事業団(以下「当法人」という。)では、相模原市内において障害福祉に特化した業務展開を行っている。平成23年度からは相模原地域における障害者就業・生活支援センター業務を受託しており、関係機関と連携しながら、障害のある方の就労支援と企業への雇用支援を行っている。企業への雇用支援に当たっては、企業側から当法人ではどのように取り組んでいるかについて聞かれる機会も多くある。こうした背景から、今回、当法人でのこれまでの障害者雇用の取組について整理し、振り返ることとした。 2 法人概要と障害者雇用の経過 (1)法人概要 当法人は、相模原市と連携を図りながら、広く市民福祉の増進に寄与することを目的として平成6年4月に設立された社会福祉法人である。現在は、指定管理者として、相模原市における障害福祉の中核施設である相模原市立障害者支援センター松が丘園(以下「松が丘園」という。)及び相模原市立けやき体育館(以下「けやき体育館」という。)の事業運営を行っている。このほか、障害者相談支援キーステーションや相模原障害者就業・生活支援センターなどの事業の受託、法人自主事業である生活介護事業所「銀河」の運営などを行っている。 表1 法人概要 (2)業務概要 ア 障害者支援センター松が丘園 松が丘園では、障害者の就労相談として「就労援助センター」事業(地域支援課就労援助係所掌)、福祉人材の育成として「福祉研修センター」事業及び「手話通訳者等養成」事業(同課人材育成チーム所掌)、「基幹相談支援センター」や「自立支援協議会」の運営(生活相談課所掌)、障害者の通所各事業障害者として、総合支援法に基づく「多機能型事業所(自立訓練、就労移行支援、就労継続支援B型、就労定着支援及び生活介護)」、介護家族支援の観点から実施している「障害者一時ケア」事業(福祉サービス課就労サービス係・生活サービス係所掌)等を行っている。 イ けやき体育館 けやき体育館では、体育室や諸室の貸出及びこれを活用した障害者のスポーツ・レクリエーション活動支援のための講座・イベントを実施するとともに付属の食堂(カフェ)を活用して障害者への就労体験実習の場の提供などを行っている。 ウ 銀河 平成18年度から、相模原市立第三陽光園(知的障害者通所更生施設)の管理運営受託を経て、平成27年度、相模原市からの要請に応える形で、自主事業として生活介護事業所「銀河」を建設し、主として知的障害者を対象とした生活介護事業とガイドヘルプサービスを行っている。 (3)障害者雇用の経過 平成23年度から、障害者雇用として松が丘園及びけやき体育館にて非常勤職員としてそれぞれ1名採用している。なお、松が丘園配属の職員については、各府省や自治体が実施するチャレンジ雇用を参考として、当法人において3〜5年程度の雇用を通してさまざまな職務を経験した上で、一般企業等への就職につなげていくことを目的とした雇用形態としている。 障害者雇用の実施に当たり、どの部署で受入れを行うかを検討する必要があった。松が丘園においては組織も大きく各部署の業務も多様であり、様々な業務が想定されたことから、総務課配属として、各部署の職員からの業務依頼を受付し、障害者雇用に対して前向きに捉えられる状況を作っていった。 平成27年度からは、チャレンジ雇用として将来の一般企業等での雇用を想定し、配属先を総務課から、障害者就 p.93 業・生活支援センターを担う部署でもある地域支援課就労援助係とした。さらに、松が丘園において精神障害者1名の雇用を行うとともに、就労支援を担当する職員が松が丘園で働く2名分の業務の切り出しを行った。各部署から業務の依頼を受け、スケジュール等を組んで業務の依頼をする形態として、現在に至っている。 表2 これまでの障害者雇用での就労者概要 表3 現在の障害者雇用での就労者概要 3 障害者雇用における業務内容 松が丘園及びけやき体育館それぞれで行っている障害者雇用における業務内容を以下に示す。 (1)障害者支援センター松が丘園 <総務課>郵便の開封/各部署への回送/メール便発送準備/掲示板へのチラシ・ポスター等の掲示と撤去/給食メニューの書き写しと掲示 <就労援助係・生活相談課>機関紙や事業参加募集チラシ印刷(リソグラフ)・封入・発送/業務イベントの受付(電話対応) <人材育成チーム>アンケート入力/参加者リスト作成/研修会場設営/研修資料印刷(リソグラフ)・丁合 <就労サービス係>利用者業務補助(新規利用者個別ファイル準備/連絡文書の準備・氏名スタンプ押し・工賃準備)/見積請求書社印押印 <生活サービス係>食器洗い/タオル・マット洗濯(干す・取込)/利用者受入準備(車いす用意)/おもちゃ洗浄 <全体>社用車(送迎車含め20台)洗車/施設周辺の除草/データ入力/ファイル(板目)作成/収入支出調書仕分け/伝票押印/ファイル作成(テプラ入力含む) (2)けやき体育館 予約受付/窓口対応/データ入力/掲示物貼出/銀行入金/配達物受取/体育室等貸出準備・片づけ/食堂対応 これら業務について、①毎日決まった時間に行う業務②毎週決まった曜日に行う業務③毎月決まった日に行う業務④不定期で行う業務に分かれており、障害特性(得意・不得意)を考慮の上で、職員に業務の依頼を行っている。なお、これら業務は、現在取組んでいるものもあれば、組織体制の変更等によって現在は行っていないものも含め挙げている。また、今回は障害者雇用に関する当法人として、業務の切り出しをして取り組んできたものの振返りであるため、就労者個々の障害特性や業務に対しての具体的な内容(工夫)についてはこの紙面では掲載していない。 4 考察及び今後の展望 当法人の中でも松が丘園については、職員数(規模)から障害者雇用を行う上では、業務の切り出しを行いつつ、部署間で調整をしながら業務を依頼するにあたって、ちょうどよい規模であることも、この取組スタイルが現在も継続している理由と考える。ただ、実情としては「④不定期で行う業務」がまだまだ多いことから、時間帯や、時期によっては依頼する業務はあるかどうかを各部署に聞いて回ることもまれにある。いかに毎日行うことができる業務を職場の中で見出し、さらにそれを組み合わせるかが重要であると考える。こうした業務について、就労支援を担う職員が担当となって考えて調整することは、障害者就業・生活支援センターや就労援助センター業務を行う上でもスキルアップにもなり、非常に有益なものとなっていると思われる。 今後、当法人では、事業計画の中で契約社員としての雇用等も検討することとしている。そのためには、障害者の就労を支援する機関として、前述の課題解決とともに、さらなる職域の開発と先を見据えた業務の切り出しを進めていく必要がある。 5 おわりに 法人設立から20年以上が経過し、社会情勢や福祉制度も大きく変化している。これからも相模原市の政策パートナーとして、また、社会福祉法人として求められる役割を十分に認識し、当法人の基本理念である「人にやさしいそして すべての人びとのための 社会づくり」を目指していく。そして、地域に貢献できる事業団として、更なる事業展開とともに、部署間の連携を密に行うことで新たな障害者雇用へとつなげていきたい。 【連絡先】 三島 広和 社会福祉法人相模原市社会福祉事業団 e-mail:mishima@sagamihara-shafuku.or.jp p.94 障がい者雇用に関する農業でのリハビリテ−ション ○菊元 功 (CDPフロンティア株式会社 総務部長)  福田雅樹( CDPフロンティア株式会社 ディンクル就職支援センター) 1 はじめに 当事業所の概要につきましては配布資料をご覧いただきたい。簡単には「CDPフロンティア株式会社」は「シーデーピージャパン株式会社」(以下「本体」という。)が設立した特例子会社である。設立は 2013年と歴史は浅いが、障がい者の雇用促進を目的とし、本体の経営理念である「雇用創造」を基本理念とし、「障がい者の雇用創造」と「農業と福祉の融合」を目指して創設したものである。 2 CDPフロンティア株式会社の目指す姿と役割 一般的な特例子会社と違い「CDPフロンティア」としての障がい者雇用での事業運営に関し、以下の観点から事業内容を決定した。 ①障がい者の雇用に特化できるか人的作業が多く雇用人員が必要な業種 ②それぞれの障がいがあっても出来る仕事があるか 障がい者の各々の特性を生かすことが出来る業務 ③障がいがあっても仕事として成り立つか 障がいの有無に関わらず、熱心に勤めに励むのが現実的な仕事の在り方であるが、現状「障がい者故の仕事」が多く、障がい者自身がそれを望んでいる部分と自分が如何に会社・社会に必要とされ貢献しているかを望んでいる部分とがある。 以上のことを踏まえて、精神障害者の雇用があまり進んでいない現状の中、障がい者のリハビリテーションの一環(自然に接すること)を兼ね、労働者・後継者不足である農業に着目した。 当初より「障がい者による障がい者の育成」と独立採算をモットーに、農業生産物での「ブランド力強化!」による売り上げの向上を目指し、「品質向上」を軸に一人でも多くの障がい者が自信と誇りを持って就労できるように取り組んできた。 更には障がい者自らが指導者になり、「自分の給与は自分で稼ぐ風土の醸成」を実践し、企業として自立した運営を目指してきた。加えて特例子会社として①それぞれの得意な分野に特化する、②就労移行支援従業員も農業を行う、の2点を構築し、障がい者の就労と自立を支援してきた。 ここではこの協力関係にも触れながら、障がい者の自立に向けた取組みを紹介し、直面している課題を挙げる。 特に特例子会社は「障がい者雇用率への貢献」が着目されがちであるが、営利法人である以上「企業」として成果が求められる。障がい者を多く雇用するだけでなく事業として利益を確保し、健全な経営基盤の確保をすることが、障がい者の雇用促進、安定につながると考えてきた。 そのためには市場で評価される品質の良い農産物を作ることができるかが重要となる。障がい者がどれだけ通常の品質基準とそれに伴う作業を理解し、市場の要求に応えられるか。障がい者個人の特性に合った業務を切り出すことが関わってくる。 具体的には、 ①障がい者自身が安定して会社への貢献度を感じる 障害の特性と程度に合わせた、個人ごとの作業の標準化及び勤務形態による個人の意識としての達成感を共有する。 ②品質の明確化 農業生産物は販売業者(取引先)により規格が異なる。取引先の規格を守って出荷するため、障害特性により規格のズレが発生しない工夫とチームによる規格の確認作業の実施による品質の向上。 ③品質実績の向上と納期遵守により信頼を確立する 農業生産物は、天候その他の要因により日々生産量・品質ともに異なってしまうことがあるが、取引先への納品量や規格は変更できないため、農業生産物でありながら計画的な品質・生産・供給をしていかなくては信頼を勝ち得ない。 ④信頼により受注を継続し、可能な限り更に受注する 農業生産物であっても取引先の要望に添える商品づくりをすることで受注の安定化による健全な事業体質を構築するよう取り組んできた。 障がい者・健常者の垣根を越えて協同して成果を達成する事で個人の成長を図り、次の目標にチャレンジする心と自立の精神の向上を図ってきた。通常の農業者と比較すれば、経験と知識の深さ、日々の農業に係わる時間等には差があるが、当社の運営している農業事業の範囲内で品質の向上、顧客の要望に応えることを第一と考えてきた。 「大谷いちご倶楽部」においては、2017年1月より農林水産省の農福連携の地域の拠点施設として、障がい者の農業研修生の受け入れと健常者の農業研修生の受け入れを共に実施している。 p.95 その中で、当社は「障害者相談支援」「障害者就労移行事業」「障害者定着支援事業」を行う「ディンクル就職支援センター」を運営している関係から、2018年から他社の障がい者の農業実習と、企業内で精神面での理由から休業していた者の職場復帰前のリワークの施設として受け入れも実施してきた。 3 「大谷いちご倶楽部」における農業実習の概要 「大谷いちご倶楽部」は、年間を通した「いちご」の生産をしている施設である。耕作面積 33平米9棟からなる施設となっており、夏は「夏おとめ」、冬は「夏おとめ」と「とちおとめ」の栽培をしている。 現在、健常者2名・身体障害者1名・知的障害者1名・精神障害者4名を研修生として受け入れ、農業実習を実施している。研修は通常1日6時間の現場実習を基本として行っている。特に、精神障害者に関しては2級・3級の方であり、また知的障害の者も自閉症気味であり、きめ細かい支援が必要な状況にある。 4 「大谷いちご倶楽部」におけるリワークと農業実習の状況 技能実習における育成目標は下記の項目となっている。 ①農業経験を通して社会とのかかわりの実践 ②「いちご」の耕作全般の知識と実践 ③将来的に農業で自立ができる人財の育成 ④特に精神的な安定のための自己管理の体験 ①においては、公共機関も含め、施設への見学利用者が 年間100名以上あり、報道機関の取材に対応することにより、施設内にありながら社会とのつながりも体験でき、また「農産物」ということもあり消費者とのかかわりも持て、地域の方との挨拶等でのかかわりを持つことにより対人関係の育成ができる。 ②農業は多種多様な仕事の組み合わせで成り立っており 通常では、障がい者の雇用という観点からするとその方の障がい者特性により仕事を割り振ることがよいとされているが、当社としては、③の観点も含めて全作業を経験して実践できるプログラムとしている。 ③ ②を含めて、人材育成の基本として事業として農業に かかわることのできる人財育成を基本としている。 ④特に、精神的な障がいを抱えている方が多い現状で のリワークのプログラムとして、農業経験を通して精神の安定を図ることを前提としている。 5 ディンクル就職支援センター(「施設」)の役割 就労し成果を出す為には「障がい者」に関する専門的知見に基づく支援が不可欠である。「大谷いちご倶楽部」では障がい者が農業実習に集中するためのフォローに取り組んできた。 具体的には、 ①就労可能な人財の確保 ②職業人としての教育 ③業務外での生きがいの提供 ④特例子会社の社員も含めた、精神衛生管理 ⑤福祉サービスの一環である「個別支援計画」と職場評価との融合による育成 ⑥本体が開催するイベントへの参加等により、社会との関わり合いの場を提供。特に、今回のケースでは精神的な部分のフォロー。 6 「大谷いちご倶楽部」におけるリワークと農業実習との実態 「大谷いちご倶楽部」における農業実習における実務上のレベルはまちまちであるが、毎日の作業において指示に従い指導者がつかない状況での作業ができる状況にある。 農業におけるリワークについては、土に触れることの効果と自然の中で仕事をする効果はあるが、農業においては1つ1つの作業が収穫を左右することもあり責任感の強い方が多い精神障害の者にとっては、pressureになることもあるので、特に重要な仕事も含め一人で全責任を負うのでなくチームでこなすことの重要性・コミュニケーション、又は終わった仕事の再確認を他の者がすることにより精神的ウエートを少なくしている。ただ実社会では、仕事を一人でこなすことも多くなり、そのストレスをなくすための余暇の利用の一部としてバーベキュー等の行事も用意するとともに、出来るだけ休憩時にコミュニケーションをとれるような工夫をしている。 7 課題とまとめ このような取り組みの中である程度の成果が出せた一方、今後の課題を解決するためにも「障がい者雇用の促進」という特例子会社の使命に加え、本体での精神的に落ち込んでしまった従業員のリハビリ、他の会社の方のリハビリの場として利用していただくことによる社会貢献と会社自体のレベルアップを図ることが重要であると考えている。 【連絡先】 菊元 功 CDPフロンティア株式会社総務部 ℡:028-651-6123 e-mail:kikumoto.i@cdpjp.com p.96 意思決定支援における本人とチームの相互エンパワーメント ○久保田 直樹(就労移行支援事業所ホワイトストーン就労支援員) 1 はじめに 昨今、支援現場において支援対象者の意思の尊重は、最も重要視されるものであり、その為の意思決定支援の在り方も問われている。本人の為を思って支援者が最善と思われる選択を促すことは、その一時の失敗を防ぐかもしれないが、本人のディスエンパワーメントになりかねないものでもあり、日々の支援の中で我々支援者も常に考え続ける大きなテーマの一つである。 今回、障がいなどの理由から希望職種を諦めかけていたAさんの事例から意思決定支援やエンパワーメントによるチームと本人の変化について考察し報告する。 なお、本報告に際し、個人が特定できないように配慮した記載とし、本人にも発表の了承を得ている。 2 事業所及びAさんの基本情報 (1)就労移行支援事業所コンポステラ 2010年に開設し IPS( Individual Placement andSupport)に基づいた就労支援を展開している。 2018年度は、所長(Super Visor)と主任と支援員の常勤7名体制で、就労支援を行うES(EmploymentSpecialist)と医療や生活部分に特化した相談や調整を行うCM(Case Manager)で役割分担した。毎朝のスタッフミーティングには1時間をかけ利用者の情報・目的を丁寧に共有し支援のアイデアの抽出や意見交換、検討も活発に行った。一方でスタッフの半数は、対人援助業務経験が5年未満であり、知識、経験不足から個の能力の低さが否めない状況でもあった。 また本年度は本報告以外にも、個人の意思尊重が問われるような事件も幾つか起こり、スタッフがその重要性を改めて学び直すことも多かった。 (2)Aさん 30代女性、高次脳機能障害、軽度知的障害。生活状況は障害年金と父親からの援助で一人暮らし。当事業所へは相談支援の紹介により2018年6月から利用開始した。 それまでは専門学校で介護福祉士の資格を取得してから在宅介護などで、介護職を数社経験。障害判明後の前職では他機関の支援によりスーパーのバックヤードに従事。事業所内ではその奔放な性格から他のメンバーと衝突することもしばしばある。 3 支援の経過 (1)利用開始当初 利用開始当初のAさんは、相手の都合を考えずに一方的なコミュニケーションを展開し、他のメンバーを無闇に娯楽に誘い敬遠される状況も見られた。スタッフから事業所は就職活動する場所であり遊ぶところではないことを伝えると、不機嫌になり「もう来ない」と帰ってしまうも、時間を置いて電話で来所を促すと翌日にはまた何事もなく元気に来るということが何度か続いた。そのように我儘とも映る姿に皆が辟易するという状況だった。 すこしずつ関係もでき始めたころ、Aさんに将来の希望を尋ねると「家族(夫と子・ペット)を持ちたい」と話し、その生活の基盤のために働き貯金をしたいと語った。その一方で「自分はどうせ、ずっと独り身で高齢者になったらグループホームへ行くことになると思うからそのために貯金をしなければいけない。それが現実だから」とも話していた。その諦めと孤独を含む言葉は朝のミーティングでも共有され、スタッフ皆でより関わりを持って支援することを改めて確認することとなった。 (2)就職活動 利用間もない頃にやりたい仕事を尋ねると「なんでもいい」と自棄的に話し、たまたま机上にあった求人票の一番上のものを、内容確認もしないまま「じゃあこれで」と持ってきていた。前職も自棄的になったことからの同僚とのトラブルにより退職しており、自らの人生に諦め、人間関係もうまくいかない様子が覗われた。事業所内でも、他のメンバーから孤立しがちであったが、スタッフ全員で関わりを持つうちに介護職時には利用者をよく笑わせていたと笑顔で話すようになり、「やはり介護がしたい」という発言が聞かれるようになった。スタッフは障害などの困難もあったが、その意思を尊重した支援をすることにした。 (3) 就職 迷いが去り介護の仕事を探し始めると、自ら派遣会社に登録しすぐに老人ホームに就職が決まった。派遣会社と打合せた結果、派遣契約上の理由から職場訪問は断られたが、通勤練習や通院同行など出来る限りの支援を継続した。その準備や仕事の中で、Aさんより生い立ちや育ててくれた祖母に対する想いから介護職に就こうと決めたことや介護自体への強い想いが語られ、その熱のある口調や表情の背景には、孤立や障害・疾病によりうまくいかなかったことと、「人との繋がり」を渇望していることも覗われた。 派遣の仕事はひと月半で終了したが、その後も介護職を p.97 目指した就職活動を行い、数か月後にジョブコーチの条件付きでグループホームの介護職員の仕事が決まった。 しかし本人の一生懸命さは一方通行になりがちで、次第に任せられている業務とAさんの想いとの齟齬から、同僚との不和が起こり、本人の行き過ぎた言動に対し、スタッフが一緒に「誰の為に何の為に働くか」を考えるも、出来ることと、やりたいことの業務が一致せず3か月で退職した。 この時は、仕事や人間関係において、社会通念上認められない行動について、支援者から厳しい指摘をすることもあったが、離職後はこれまでの経験も参考にしながら、再び介護職を目指して事業所利用を再開している。 (4)その他支援の中での特記:記憶障害 高次脳機能障害による記憶障害が顕著に見られ、通勤経路を覚えられなかったが、職員が目印になる建物を写真に収めた地図を作成した。それに沿って通勤初日まで通勤練習を共に行い記憶の定着に努めた。 また、自宅内で保険証の置いた場所が分からなくなり、女性職員が自宅訪問し一緒に探すこともあった。その際には住居の各所に置き忘れたと思われる現金が置いてある状況もみられていた。 4 考察 (1)意思決定支援とエンパワーメント 北野1)は「社会福祉やソーシャルワークにおける支援として、バイスティックの7原則の中心に位置する『本人の自己決定の原則』がある。(中略)『本人の自己決定の原則』とは、支援の実際においては『エンパワーメント支援の原則』でなければならない」と述べている。またエンパワーメントを「『自分らしく・人間らしく共に生きる価値と力を高めること』と意味する」と述べている。 本報告の中でAさんは「再び介護職に就く」という自己決定をしている。それまでは障害を含めた困難から希望職種を諦めていた彼女には「本人の選択」のもとスーパーのバックヤード業務があてがわれていた。どちらも意思決定であるが、この違いにはAさん自身の在り方にとって、単に消去法や思い付きの選択ではなく、過去から今までのアイデンティティを土台とした選択であったことが伺われる。支援の中においても、彼女の介護に対する想いや諦めと孤立感を受け止め、スタッフ内で共有する支援がなされ、そして診断前の希望を基にした本人の自己決定を肯定していた。その選択を後押ししたものとして、支援において「エンパワーメント支援の原則」のような意思決定支援があったのではないかと考えられた。 また、このような意思決定支援が、本人による積極的なコミュニケーションや、同行支援、就職活動等を通じて、更なる信頼に繋がり積極的な互いのコミュニケーションや、様々な機関の同行や就職活動を通じて、さらなる信頼へと繋がり、Aさんがスタッフを自身の自立の為の大切な資源として活用していたように思われた。またスタッフとの創造的な相互エンパワーメントにも繋がっているのではないかと考えられた。 (2)スタッフチームと本人の変化 Aさんの支援の中で、スタッフは個別担当に関わらず、連携して支援していた。これは事業所の中でAさんのみの特有のことではなかったが、この支援を皮切りに他の支援にもより活かされていった。チームにおいては朝ミーティングの強化により、活発なアウトリーチ、個々の検討と見立て、相互連携が充実し、支援の責任をチームで持つ意識が強くなって行った。その結果、スタッフ個人の能力は髙くなくとも、チームとしては各々の強みを生かしたまとまりあるものになったと考える。 Aさんにおいても孤立しがちで諦めが先行していた当初から、スタッフ全員が希望・願望を後押しし、時には厳しく現実と向き合うための支援をすることで再び介護職の道を選ぶことにつながったのではないかと考える。 ここでも「相互エンパワーメント」が働き、支援チームは力を高め、Aさんらしく共社会で生きる価値と力を高めるという変化に繋がったのではないかと考察する。 5 まとめ 本報告では、Aさんの希望を大切にし、意思決定支援と目的の共有を通して、本人とチームが互いにエンパワーメントされていた。これは、チームの目的はクライエントの自己実現であり、ベッカーら2)が述べている「チームの役割はクライアントが希望を持てるようにすること」とも合致していた。 また本来当たり前のことではあるが、相互エンパワーメントのためには、社会通念上認められない行動には厳しくも真剣に対応する必要性を学ぶ機会ともなった。そして現在のAさんは半年以上働くために、誰の為に何の為に働くかをスタッフと模索している。それは彼女の望む「人との繋がり」の為の「参加と役割」の支援と考える。 【参考文献】 1)北野誠一:ケアからエンパワーメントへ 人を支援することは意思決定を支援することP97、P213、ミネルヴァ書房(2015) 2)デボラ・R・ベッカー他(大島巌 他 監訳):ワーキングライフ P111、金剛出版(2004) 【連絡先】 久保田 直樹 就労移行支援事業所ホワイトストーン e-mail:whitestone@ap.wakwak.com p.98 安心して働ける環境づくりへのアプローチ ○星 希望(あおぞら銀行 人事部人事グループ調査役/企業在籍型職場適応援助者) 1 広く社会に向けた取り組みについて 前回の発表では、障害をお持ちの方が「長く安定して働き続けるため」、より一歩踏み込んだ連携体制の就労支援ができないかと考え、その取り組みについてご紹介させていただいた。現在も地域障害者職業センターや就労移行支援事業所、医療機関等で、当事者の方に安心して就業いただくことを目的として就労準備や心構え、就職活動に向けた面接対策といった企業による情報提供プログラムを連携の上、実施し続けている。 図1 情報提供プログラム 2 当行内での取り組みについて 広く社会全体にも目を向けた取り組みを進める中で、当行内でもさらに障害をお持ちの方がご活躍いただく機会を広げるべく、並行して行内での環境整備も進めていった。 その中で受け入れる職場、障害をお持ちの方双方に対するサポート体制の充実を図ることが重要だと考えた。今回は職場内での理解や支援体制、そして障害をお持ちの方には安心して働いていただくための職場実習プログラムの準備といったソフト面での環境整備の取り組みについて紹介する。 (1)情報提供 まずは受け入れる職場の方にも障害をお持ちの方同様、安心して勤務いただけるよう、特に身近で接する方や管理者に向けて情報提供を行った。主に精神障害をお持ちの方の受け入れを想定し、精神障害とはどのような状態であるのか、長く安定して働いていただくためにはどのように接したら良いのか、「わからない」ことへの不安を取り除くよう心掛けた。相互理解が進まず、お互いが辛い状況に追い込まれるようなことが発生しないためにも、日常のコミュニケーションが何よりも大切だと考え、あいさつや声掛けにはじまり、仕事の指示やフィードバックといった接し方のポイントをまとめ、情報提供した(図2)。 図2 接し方のポイント 情報提供していく過程では、精神障害をお持ちの方に限ったものではなく、例えばメンタルヘルス不調を抱える方や新人など仕事に慣れない方を含む、働くすべての人々に通じるものがあると気づかされた。 その上で特に管理者は様々な状況下にある従業員に対して気を配ることが求められるため、産業医や企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ)と連携しながら対応していくようメッセージとして伝えた(図3)。 図3 管理者に向けて p.99 (2)支援体制 障害をお持ちの方を複数受け入れる部署に対しては支援体制を可視化した。これは管理者と同じく、受け入れ側も気遣い過ぎて、サポートが負担に感じたり、疲弊してしまったりしないよう、皆で支えていくことを知っていただくための一助として取り纏めたものである。着目するところとしては、産業医や企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ)など行内だけでなく、支援機関といった外部の機関とも連携し、障害をお持ちの当事者のみならず、受け入れ側にも支援がある点である(図4)。 また、採用段階から関わっている者が、そのまま就職後のサポートまで一貫して行うことは、必要な配慮の提供を滞りなく実施することができるため、障害をお持ちの当事者の安心感に繋がる。 図4 支援体制 (3)職場実習プログラム 障害をお持ちの方にとって、就職(転職)は人生の大きな岐路であるものの、就職先の情報を知る手掛かりは企業のホームページや面接官の話といった非常に限られたものである。そこで当行への就職を希望する方に対して、当行が選考するための実習ではなく、障害をお持ちの方が安心して働くことができるためのステップとして、職場実習の機会を設けた。 プログラムの内容は、働く環境や仕事内容をより知っていただくため、できる限り実作業に近いものを準備した。またその場限りの職場体験で終わってしまうことがないよう、参加された方のその後の人生にも少しでも役立つようなプログラムとして、ご自身の強みや働く目的に関する自己分析のワークも取り入れている。作業のみワークのみに偏らず、交互にバランスよく参加いただくことで、職場の雰囲気を知り、ご自身の持つ価値観を再確認し、就職に関する不安が軽減されることに繋がると考えている。 図5 実習スケジュール 3 今後に向けて 連携体制の就労支援の1つとして、企業による情報提供プログラムを広く実施し続けるとともに、当行内でも障害をお持ちの方がご活躍いただく機会を広げられるよう、様々な側面から取り組んでいく。こうした当行内での取り組みを発信することで、少しでも障害者雇用の促進に寄与できれば幸いである。 障害をお持ちの方を受け入れる際に、まず採用することだけに焦点を当ててしまったり、受け入れられる環境であるかハード面での職場環境だけを考えてしまったりしがちである。受け入れる職場も、障害をお持ちの当事者も、そして広い社会で誰もが働きやすい職場環境づくりにこれからも努めていきたい。 【連絡先】 星 希望 あおぞら銀行 人事部 人事グループ Tel:050-3199-9347 E-mail:n.hoshi@aozorabank.co.jp p.100 知的障がい者社員を対象としたストレスチェック実施における工夫 ○鈴木翼( MCSハートフル株式会社 定着支援グループ) 1 はじめに (1)会社情報 当社は、メディカル・ケア・サービス株式会社の特例子会社として2010年9月に設立された(特例子会社認定:2010年10月)。 印刷グループ4名(身体障がい者3名、精神障がい者1名)。業務内容は、名刺、チラシ印刷などグループ内外の印刷業務全般を行っている。 PCグループ2名(精神障がい者2名)。業務内容は、PCセットアップ、ヘルプデスク、FAX一斉送信業務を行っている。 ICTグループ1名(精神障がい者1名)。業務内容は、IDカード作成、ホームページ製作・管理を行っている。 総務部グループ5名(うち身体障がい者1名、精神障がい者2名)。業務内容は、勤怠管理、請求書の発行などの事務業務を行っている。 清掃グループ44名(うち知的障がい者32名、知的重複の精神障がい者1名)。業務内容は、親会社が運営する高齢者介護施設の一般清掃、エアコン清掃、床ワックス清掃、洗車などグループ内外の多岐にわたる清掃業務を行っている。 (2)定着支援グループについて 定着支援グループは、企業在籍型職場適応援助者1名、精神保健福祉士3名(常勤2名、非常勤1名)で構成されている。主に精神障がい者社員への定期面談やグループワークを中心に、社内全体のメンタルヘルスの維持向上に係わる業務に携わっている。当グループは社長直下のスタッフとして、比較的自由な立場で活動を実施している。 当社では、2016年よりストレスチェックを当グループで企画、実施しており、とりわけ知的障がい者社員(以下「パートナー社員」という。)への実施方法について試行錯誤してきた。 そこで、直近に実施したパートナー社員を対象としたストレスチェックの施行方法の工夫についての報告と、パートナー社員を中心とした清掃グループへの職場定着支援についての試行的な取り組みについても取り上げたい。 2 ストレスチェックの実施について (1)2018年度 当該年度での実施については、2017年度実施方法1)を踏襲した。 ア 対象者 パートナー社員33名 イ 実施日時 (事前説明会)2018年12月20日 (実施日)2018年12月26、27日の2日間ウ実施方法 (ア) 項目 厚生労働省版ストレスチェック実施プログラム簡易版(23項目)をもとに、質問文章をわかりやすくし、評価尺度を数字に変更し、回答対象期間を1か月単位ではなく1週間単位での様式を使用した(図1参照)。 図1 2018年度質問様式(一部) (イ)進行方法 日頃の言語理解度とこれまで実施してきた様子から、知的レベルが同等になるよう2日間それぞれ午前と午後と4グループに分けて実施した。特に言語理解が困難なパートナーには清掃グループの支援員を配置し、マンツーマンで受検する態勢とした。定着支援グループの実施担当者が1項目ごとに読み上げ、一斉に回答する形式をとった。 (2) 2019年度ア 対象者 パートナー社員 33名 イ実施日時 (事前説明会)2019年7月11、25日の2日間 (実施日)2019年7月16、30、31日の3日間ウ実施方法 (ア) 項目 2018年度での実施項目を踏襲しつつ、評価尺度を数字から、個別の曜日にチェックできるように変更を加えた(図2参照)。 p.101 図2 2019年度質問様式(一部) (イ)進行方法 回答の秘匿性を確保するために、前回まで行っていた支援員の配置をなくし、ストレスチェック実施者養成研修を受講した精神保健福祉士が主体となって実施した。そこで、グループ数も5グループへと変更し、グループあたりの受検者数の調整を行った。また、質問文の理解の助けとなるようにイラストを提示できるよう準備したことに加え、回答の対象となる「先週1週間」の日付を明記した用紙を配布し、受検者が1週間前の自身の活動を想起しやすいようにした。 3 考察 パートナー社員へのストレスチェックの実施方法については、2016年度以降改定を繰り返してきた。その都度、回答のしやすさや質問項目の理解度が増してきたと思料する。 今回の改定のポイントは以下のとおりである。 ①実施場面では精神保健福祉士のみで行った。 ②円滑に実施できるグループ数の調整を行った。 ③評価尺度を、数字から個別の曜日とした。 ④イラストの活用と「先週1週間」の日付を明記した用紙を配布した。 ①によって、日常的に密な接点のある支援員が配置されないことで正直に回答しやすい環境につながり、②による少人数でのグループを構成することで最小限の実施者で実施することができた。また、③と④によって、より平易に回答できるようになった。2018年度では、実施時間が60分を超えるケースがあったが、2019年度ではすべてのグループが30分以内に終了することができ、時間効率も改善した。さらに、特定の曜日にチェックする回答形式のため、ストレッサーの所在が、職場にあるのか生活場面にあるのかを探る目安に活用しうることを発見した。 なお、パートナー社員の中には日々清掃箇所が変わるものも多い。次回の改定計画として、受検開始時に、④の用紙へ、それぞれの日付に自身の活動実績を記入する時間を設けることを検討している。 4 終わりに 従来、定着支援グループの支援対象は精神障がい者社員が中心であった。ストレスチェックを実施するようになり、パートナー社員と定着支援グループの接点が次第に増すようになり、個別に相談に訪れるものが現れるほか、支援員からの相談も寄せられるようになってきた。 本年4月以降、試行的な取り組みとして、定着支援グループの支援対象を清掃グループへと展開しつつある。例えば以下の活動を模索している。①悩みやストレスを抱えているパートナー社員を対象とした面談の実施、②指導方法等について、支援員を対象とした助言、③業務遂行上の課題を抱えているパートナーについて、清掃現場へ同行しアセスメントを実施、などいくつかの支援メニューを構築しつつある。 また、パートナー社員の育成計画、清掃作業工程の再構築の支援、職場体験実習の受け入れに関するスキーム作りや評価方法の制度化、清掃グループでの格付け検定試験2)への側面サポートなど、定着支援グループが果たすべきミッションを拡大していくことが期待されている。社内外での連携構築、仕組みづくり、定着支援業務の質の向上等を図りつつ、全社員のメンタルヘルス向上や障がい者雇用の促進・深化に寄与したい。 【参考文献】 1)高坂美幸:障がい者社員に対するストレスチェックの実施報告「第26回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集」p.24-25,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター(2018) 2)今野雅彦:清掃グループにおける格付け検定試験から見えるもの「第26回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集」p.108-109,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター(2018) 【連絡先】 鈴木 翼 MCSハートフル株式会社定着支援グループ e-mail:tasuku.suzuki@mcsg.co.jp p.102 自己理解を進め職場適応を目指すツール 「reflection paper」運用事例 ○眞保 智子(法政大学現代福祉学部 教授) 1 はじめに(先行研究と本研究の意義) 精神障害のある方が雇用の場で安定して働くことの難しさは、先行研究で指摘されているところである。例えば、1970年代から地域の事業所において病を事業主に伝え、理解が得られた上で必要な配慮がなされた環境で、雇用の形態で就業する就労支援プログラムが実施されてきた医療機関における研究である尾崎他(1997)では調査対象者の約半数が半年以内に離職し、3/4の人は2年以内に離職した、としている1)。 離職率を厚生労働省が公表している「障害者の年間の就職者数」「対前年度増加数」「入職件数」により障害者の離職率を独自の方法で推定し考察した研究として福井他(2014)がある。これによれば、身体障害者、知的障害者と比較して、精神障害者の離職率が有意に高いことを指摘している2)。 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター(2017)において、障害別の就職後3か月時点の定着率は、身体障害77.8%、知的障害85.3%、精神障害69.9%、発達障害84.7%、就職後1年時点の定着率は、身体障害60.8%、知的障害68.0%、精神障害49.3%、発達障害71.5%との結果が示されている。一方で、他の障害者と比べて定着率が低い精神障害者では、障害非開示の求人での就職の割合が32.6%と他の障害者と比べて高い。 障害を非開示で就職した場合、障害開示が前提となる障害者トライアル雇用奨励金、ジョブコーチ支援、特定求職者雇用開発助成金等の採用企業及び就職した障害者を支援する支援制度を利用していないことが想定される。この調査研究では、短期的な定着にも、長期的な定着にも障害別に関わらず、幅広く、障害者求人により就職することが定着を促進する要因であることが示唆されており、就職前後に職場環境に働きかけることで得意なこと、困難なことに焦点をあて仕事能力を発揮できるよう支援できる状況をつくることが定着を促す可能性をうかがわせる3)。 Anthony他(1998)は、就業に向かう意欲や姿勢、仕事能力といったいわゆる職業準備性の重要性を指摘しながら離職の理由は、就職後の仕事内容やマッチングの程度など多くの要因があると指摘している4)。 支援を受けながら働く現場で、障害のある労働者とともに働き、職場と働く人がともに環境に適応していくプロセスをどのようなかたちで実現していけばよいのか。このテーマについて地域で障害者雇用に携わる有志と議論するなかで「地域における差別禁止・合理的配慮提供プロセスに関する研究会」(以下「本研究会」という。)は就職後も障害特性として指摘される「日々の体調の変動」に注目して、日々の仕事と精神障害のある労働者を取りまく職場環境を自ら振り返り、変動に気付き、時間をかけてもいずれ自己管理が可能となるようなツールの検討を始めた。ツールを通じて雇用管理の担当者も変動に気付き、いち早く障害のある労働者と合理的配慮について話し合うことができるようにすることも視野に入れた。 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター(2018)では、これからの職業リハビリテーションにおいて、『自己理解や障害受容をするための援助や支援を目指すのではなく、本人の職業生活や作業遂行上の困難について「なぜそのようになっているのか」を本人の納得できるレベルで本人が導き出せるよう、そしてその困難との付き合い方を本人が見出せるように援助する、というアプローチが重要になるだろう』と示唆しており5)、本研究は前述の点に焦点を当てている点に意義があると考えている。 2 方法 障害者雇用に関わる本研究会のメンバーが、障害者雇用の現場で、実際に行っている仕事とその職場環境に焦点をあて、どのようにすれば「日々の体調の変動」に精神障害のある労働者が自ら振り返り気付くことが可能になるか、検討を重ね、実際の障害者雇用の現場で、障害のある労働者と企業、支援者が、仕事の中で、効果的なツールを提示する実践研究である。 なお、データは全て個人や企業が特定できないよう加工がほどこされている。 3 現段階での成果と考察 本研究会では、実際の職務遂行の場面に際して、「日々の体調の変動」への気付きのために、筆者も2回ほど浦河で参加した、べてるの家の「当事者研究」のアプローチをツールに反映し、議論と改定を重ねてきた6)。 (1)「 reflection paper」の作成 シートは次の5つの切り口からできている。①業務達成度、②コミュニケーション、③環境、④マネジメント、⑤ p.103 体調の5つの視点の評価項目をそれぞれ5点法で評価し、平均点をグラフ化し日々の変化を可視化している。各項目の平均点をグラフ化するが、実際の面談場面では、「いいところ探し」(自己)と(周囲)、「人間関係」、「睡眠時間」「気分」などの項目は変化の予兆を表すため上記の個別の数値の変化も重視している。 参照:Reflection paper (2)運用で見えてきた課題 本研究のツールは、第一版である。運用の中で明らかになってきた課題は、利用前の雇用管理担当者への本ツールの目的と目標への理解の重要性である。①他者と比較して障害のある労働者の状況を把握するものではないこと、②ツールを利用する障害のある労働者がバイアスを持つことを防ぐ面談の方法、③時期を逸しない面談等声かけの重要性である。今回のツールは、障害者雇用の現場で「日々の体調の変動」に精神障害のある労働者が自ら振り返り気付くことを可能にし、自らのもつ仕事の能力をいかして、安定して働くことを企業の担当者が、支援者がフォローしていくための最初の小さな一歩にすぎない。この報告を通じて多くの方々よりご高見を賜れたら幸いである。 【参考文献】 1)尾崎幸恵 伊藤 真人中川正俊:精神障害者の中間的就労場面の役割 川崎リハの「保護就労」での離職者の調査から「職業リハビリテーション」10巻9-16,(1997) 2)福井 信佳 酒井 ひとみ 橋本 卓:精神障がい者の離職率に関する研究—最近10年間の分析—「保健医療学雑誌」5巻1号15-21(2014) 3)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター:「障害者の就業状況等に関する調査研究」調査研究報告書No.137,21-28,95-96(2017) 4) Anthony WA, Cohen MR, Danley KS : The psychiatric rehabilitation approach as applied to vocational rehabilitation. In JA Ciardiello & MD Bell(Eds). Vocational rehabilitation of persons with prolonged psychiatric disorders. Johns Hopkins University Press,59-88(1988) 5)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター:「職業リハビリテーション場面における自己理解を促進するための支援に関する研究」調査研究報告書No.140,95-100(2018) 6)綾屋紗月:当事者研究をはじめよう!当事者研究のやり方研究 熊谷晋一郎(編)臨床心理学増刊第9号「みんなの当事者研究」金剛出版74-99(2017) 【連絡先】 眞保智子(しんぼさとこ) 法政大学現代福祉学部 〒194-0298 東京都町田市相原町4342 E-MAIL :shimbo@hosei.ac.jp p.104 職場における WRAPクラスの実践 〜精神・発達障がいチャレンジドと支援者の協働によるリカバリーを目指して〜 ○山田 康広(中電ウイング株式会社 オフィスサポートセンター)  三澤弘一(中電ウイング株式会社)  原田 裕史・渋谷 則子(中電ウイング株式会社オフィスサポートセンター)  竹中 美樹(中電ウイング株式会社 業務課) 1 はじめに 中電ウイング株式会社は、中部電力株式会社の特例子会社であり、2019年8月現在147名(チャレンジドスタッフ95名を含む)が在籍している。 オフィスサポートセンター(以下「 OSC」という。)は、平成 25年に精神障がい者の雇用を推進するために中部電力株式会社人事部門内に設立されたビジネスサポートチームを前身とし、発足した。現在、精神・発達障がい等のチャレンジドスタッフ(以下「チャレンジド」という。)17名、管理職・支援者9名の体制で事務補助業務と PDF業務に取り組んでいる。 2 WRAPの概要と導入に至る経緯 WRAP(Wellness Recovery Action Planの略,元気回復行動プラン)は、アメリカのメアリー・エレン・コープランド氏が同じような精神的な困難を経験している人たちとともに作成したピアサポートプログラムである。精神的な困難があっても自分らしい生活を送るために、自分の状態のサインを把握し、そのサインに合わせて元気の道具箱(対処方法)を実行するプログラムである(図参照)。 図 WRAPの全体像 当時の OSCでは、チャレンジドが業務の遂行や対人関係の困難、体調や感情の不調を客観的に把握することやその対処ができずにさらに悪化させてしまうなど就労が安定しないことが課題となっていた。また現場支援者も不調に関する相談への対応や業務のフォローなどに追われており、対処療法的な対応から、より建設的・予防的な支援の在り方について議論がされていた。 そうした状況で、就労支援の現場で実践されている「自分の取扱説明書」の導入を模索する中で、 WRAPの実施が検討された(検討から実施までの過程を表1に示した)。様々な実践を比較し、職場として WRAPを取り組む意義について、従来までの対処的な支援や指導・助言等に替わって、①不調のサインに本人が前向きに取り組めること、②チャレンジドと支援者が協働して取り組むことができること、③ピアサポートを通して職場の雰囲気づくりができること、④職場を含んだ生活全般への包括的なアプローチができることの4点が、チャレンジドの就労安定と支援者の支援の向上につながる期待から導入に至った。 一方、① WRAPは参加の自由を原則としており、全員対象の研修としては実施が難しいこと、②すべての実施に10時間程度かかることによる時間的な制約、③管理職・支援者・チャレンジドの関係性がピアとして成り立つかという点が課題として挙がった。そのため、説明会や勉強会等を重ね、社内での理解を促進する取り組みを行った。 表1 WRAP導入の検討から実施までの流れ 3 OSCWRAPの実施概要 参加者は、 WRAPの説明会を聞き、参加を希望したチャレンジド11名(当時16人中)と支援者が参加した。養成研修を受けた支援者がファシリテーターとなり、支援者1、2名がサポーターとして進行した。頻度は業務に影響が少ないよう月1回約1時間実施した。また静かな部屋の確保やささやかなお菓子・色とりどりのペンを用意するなどリラックスできるような環境面の工夫をした。 プログラムの各回のテーマは表2とし、1回のプログラムの流れは、①前回のテーマについて職場生活で実践したことのグループワーク、②今回のテーマの説明、③グループワークの流れで実施した。参加者が十分に語れ、気づきを深めるためのテーマと時間の配分を重視した。 表2 WRAPプログラムの各回のテーマ p.105 4 OSCWRAPの実際 OSCWRAPでは、基本的な内容を中心に説明し、グループワークでは職場生活の内容など参加者が身近に感じるものを取り上げた。例えば、「責任」の回では「仕事ができる状態をつくるために出勤前・出勤後にやること」、「クライシスプラン」ではイメージが難しい参加者向けに「職場に来られない状態になった時(風邪、交通遅延など)のプランを作ろう」という題材を設定した。 ここからは、実際の WRAPクラスのグループワークで取り組んだ内容の一例を紹介する。(なお WRAPクラスの内容は口外しないことをガイドラインとしているため、概要や発言者の了承を得ている内容を掲載している。) (1)第4回 元気の道具箱 元気の道具箱を出し合うグループワークでは、「仕事終わりに自分を労うためにすること」をテーマに取り組んだ。チャレンジド、支援者ともに食べ物や飲み物ひとつとってもそれぞれのこだわりがあり、チャレンジドが自分なりの道具箱を和やかに紹介し合う場となった。自分への労いに対して「贅沢な気がして罪悪感がある」、「普通のこと(仕事)にごほうびをしていいのか」という考えが「良い状態を保つために必要なことである」と考えが変わったという意見が挙がった。 こうしたグループワークをきっかけに「今週は(労いを)何にしようか」という会話が職場内で生まれている。 (2)第6回 引き金に対応するプラン 引き金の回では、障がいの特性から「業務の細かいところが気になり、基準よりも厳しくなってしまう」チャレンジドと「細かいところを指摘されて落ち込んでしまう」チャレンジドが、お互いに引き金に遭遇した時の気持ちや考えていること、その時の対処方法を話し、他のチャレンジドからも共感する発言が多かった。実際の仕事の中ではどうしても対立的に捉えがちな特性について、仕事から離れて安心した場で話すことで、自分と相手のお互いの感じ方や苦労を受け止め、共有する場となった。 5 OSCWRAPを実施して (1)チャレンジドへの効果 参加したチャレンジドに対する事後アンケートでは、「WRAPクラスは意味がありましたか?」と言う質問に対して、「意味がある」7名、「まあまあ意味がある」1名、「どちらでもない」1名(回答9名中)と回答した。その理由として「引き金や注意サインに早目に客観的に気づくことができるようになり、ゆっくり休むようになった。」「気分に合わせて道具箱を使い分けるようになった。」など、WRAPを通した自己理解の促進やセルフケアの学び、「色々な人の意見を聞き、色んな考え方があると知ることができ、とても有意義な時間を過ごせる」など他者との交流の効果への意見が挙がった。 (2)支援者への効果 支援者から、「(支援者自身が)自分のサインや対処方法 について考えたことがなかった」「仕事では見られない一面が見られてチャレンジドのことをより理解できた」「(サインに対して)『本人が何かしようとしている』姿が見えるようになった」と言った感想が出るなど、セルフケアや当事者の視点への学びを得る機会となった。 (3)企業や管理職の視点として 当初、WRAPが企業価値の向上に資するものかどうかわからなかったが、職場におけるスタッフ同士のコミュニケーションの円滑化が図られた。また、自分の道具箱を使うことで心の元気を取り戻すことができるようになったとの声もあり、スタッフの安定就労に資する取り組みとなった。この2点からも、 WRAPが職場の生産性向上に繋がったと考えられる。 (4)産業保健の視点として 保健師面談の中で、チャレンジドが自分の心身の状態を把握し、それに対処する姿勢を感じることが多くなった。保健師としてチャレンジドと支援者と考え方を共有でき、対応が円滑になった。また、「労働者の心の健康保持増進のための指針」における「セルフケア」にも有効なプログラムであると考えられる。 6 日常生活に活かす 現在、チャレンジドスタッフの職場生活での過ごし方、支援者の支援の方法にも変化が見え始めている。 例えば、先述した WRAP参加者の職場での会話に不参加者が加わることで、自分の道具箱を開示したり、対処に興味を示すなど、一部ではあるが、波及効果が見られた。 面談や指導の場面では、本人の発信しづらい、支援者が指導しづらい内容においても、「引き金」や「注意サイン」などWRAPで体験した言葉が、前向きに捉えて協働して解決策を検討するための共通語になりつつある。 また、始業時、午後業務開始時に、自身の体調を0〜5の段階に示した体調カードをデスクに掲示し、支援者との相談や同僚どうしでのサポートに活かす取り組みを始めた。まだ試験的な段階ではあるが、今後取り組みの効果を検証していきたい。 WRAPは1度作成したら終わりではなく、随時更新することが重要であるといわれている。今後、 OSCでは2巡目のWRAPクラスを実施するが、前回の参加者がより気づきを深め、経験者としてピアサポートに活躍してくれること、新たな希望者が参加することでよりリカバリーの精神にあふれる活気のある職場となることを願っている。 【参考文献】 メアリー・エレン・コープランド著.久野恵理訳:元気回復行動 プランWRAP,道具箱(2009)増川ねてる・藤田茂治:WRAPをはじめる!精神科看護との WRAP 入門,精神看護出版(2016) p.106 2019年度社員研修実施計画「社員研修制度新体制へのチャレンジ・試行」に向けたジョブコーチとしての取り組み ○山本 恭子(みずほビジネス・チャレンジド株式会社 企画部 職場定着支援チームジョブコーチ)  熱田 麻美(みずほビジネス・チャレンジド株式会社) 1 町田本社の概要とジョブコーチの役割 1998年12月の創業以来、昨年度で20周年を迎え、町田本社をはじめとして大手町、内幸町、呉服橋、更には昨年度鶴見業務センターを開設するに至り、社員数も300名を超える状況である。町田本社においては、2019年8月現在、社員数106名、内障がい社員は89名(肢体29、聴覚 16、内部8、視覚2、知的 11、精神 23)である。弊社の特徴としては、多様な障がいを持った社員が7つのチームに所属し、チーム全体の業務管理者であるリーダー、サブリーダーをはじめとして業務の進捗管理、新人指導、OJT等のすべてを行っている点である。業務遂行においてはジョブコーチ(以下「JC」という。)が関与することはなく、社員が自立して業務を行うといったスタンスが定着している。 JCは企業在籍型職場適応援助者、カウンセラー有資格者、精神保健福祉士、心理士、手話通訳士等の専門スキルを習得している計5名が在籍している。社員に対するサポートとしては、面談を中心とした体調確認、悩み事の相談、生活リズムの安定を図るための助言等を実施している。また、傷病欠勤者に対する定期的な状況確認や通院同行、支援機関との連携等、社外でのサポート活動も行っている。昨年度からは、課題発生の予防的観点から「全社員面談」を約2ヶ月かけて実施し、個人の状況およびチーム状況の把握、課題の早期発見・改善に注力した。2017年度からは社員の定着支援の一環として社内研修構築にも参画し、社内JCによる研修の企画、運営を実施している。 2 背景 2016年度〜2018年度中期経営計画にて、「会社規模の拡大に合わせて、社内運営基盤をより一層強化する」という重点施策のひとつとして「研修制度の拡充と体系整備」が掲げられた。2016年度はチーム運営、業務運営を担う層の強化を目的とした外部講師による「リーダー向け研修」を実施。2017年度は「リーダー研修」「サブリーダー研修」「中堅社員育成研修」「聴覚障がい社員向け研修」の4種類を新設し、中堅社員育成研修・聴覚障がい社員向け研修については社内JCによる企画運営を行った。2018年度上期については 2017年度と同様の研修を実施したが、研修内容に関する見直し・検討を行い、下期については「中堅社員・聴覚障がい社員合同研修」「知的障害社員研修」を実施することとなった。受講した社員からはおおむね「参考になった、満足だった」と高い評価を得た。3年間の中で順次、対象者別等に研修を立ち上げ、内容の見直しを図りながら研修としての体系化が確立されつつあった。 一方で、障がい対象者別の研修を実施することについて疑問を唱える受講者が出たり、2つの研修を受講しなければならないことに対する負担感の訴えなどがあった。2018年度において研修を受講した社員は 37名であるのに対し、他の社員46名が研修を受ける機会がなかったという状況(休職者・体調不良者を除く)においては、勤続10年にあたる社員や入社後2、3年の若手社員、パートタイム勤務社員などが該当している。また、リーダー研修・サブリーダー研修については受講者数や受講内容の重複など、階層別に実施する目的について検討が必要であるという見解に至った。 3 2019年度〜2021年度 社員研修3ヶ年計画 2019年度〜2021年度中期経営計画においては、社員のモチベーション・働きがい向上を目標とした主要施策の1つが社員研修制度整備であり、受講対象社員拡大や研修メニューの充実がテーマであることを鑑み、社員研修3ヶ年計画を作成した。 2019年度:研修制度新体制へのチャレンジ・試行 2020年度:2019年度実施内容の見直しと再チャレンジ・試行 2021年度:研修内容効果測定と研修体系構築 4 2019年度社員研修実施計画「研修制度新体制へのチャレンジ・試行」 今年度の実施計画を遂行するにあたり、5つのコンセプトを掲げることとした。 (1)全社員が参加対象となる研修や、自主的に研修を受講できる環境の提供 研修テーマごとに参加対象者を定め、該当する社員が研修を希望する場合は、申込用紙にて自己申告を行う。ただし、該当しない社員が受講を希望する場合は、上司 p.107 との相談により推薦枠として受講が可能となる。 (2)多様な障がいをもつ町田本社においては障がい理解を深めることが相互理解の第一 2017年度より実施している「障がい理解」のカリキュラムは参加対象者を中堅社員のみではなく、リーダー職・再鑑者へと拡大。前年度実施時にリクエストのあった「聴覚障がい」と「発達障がい」をテーマとする。 (3)リーダー・サブリーダー・次世代リーダー向け研修テーマの充実 4月の人事異動によるチームの改編があった事や多様な障がいを持つチームメンバーとの組織作りを進めるための手法としてチームビルディングを用い、ストロータワービルディングを実施する。 (4)研修参加者のモチベーションアップとしてチャレンジシートへの活用推進の提案 「研修に参加する=自己研鑽」を目標とし、個々の社員が達成目標を掲げて仕事に励み、期末にその達成度合いを人事評価につなげる取り組みであるチャレンジシートへ達成項目として記入することを可能とした。 (5)町田本社社員研修については社内JCによる企画・運営を実施 社内JCが講師として研修を実施する意義として、サポートを担当している社員だからこそ、障がい特性や性格・生活環境に至るまで理解できており、社員に足りないもの・必要なスキルや知識など業務に即したリアリティのある研修ができると考えている。 5 社員への告知・申し込みの流れ 研修内容・実施スケジュールについては、社長・部長の承認を受けた後、業務連絡会にてJCより各リーダーに向けて今年度の研修について説明をした。その後、朝礼時に各チームにJCが赴き、研修内容・申し込みまでの流れを周知する。社員が各自で研修申し込み用紙に記入後、リーダー、部長の確認を得たところで研修申し込みが確定する。 6 研修実施に至るまで 研修申し込み締め切りが8月23日となっており、そこからJCが各研修への参加者の集計や、研修参加者の確定・周知など研修実施に至るまでのプロセスがあることを確認しつつ、最も大事な「社員に満足のいく研修」の実施を目指して、カリキュラム・研修資料の作成、事前リハーサル、といった入念な準備を進めていく。各研修実施後にはフィードフォワードバックミーティングを実施し、研修の振り返りと次への改善点を話し合い、より良い研修の実施を目指していく。 7 研修テーマ 研修テーマ1:「みずほブランドについて 〜みずほの企業理解」 場所:本館3階会議室 定員:各回10名 推薦枠:あり 研修テーマ2:「ビジネス文書作成」 場所:本館3階会議室 定員:10名 推薦枠:あり 研修テーマ3−1:「障がい理解〜聴覚障がい」 場所:本館3階会議室 定員:10名 推薦枠:あり 研修テーマ3−2:「障がい理解〜発達障がい」 場所:本館3階会議室 定員:10名 推薦枠:あり 研修テーマ4:「組織作り〜チームビルディング」 場所:町田市民ホール 定員:23名 推薦枠:なし p.108 事業所における体験型障害特性理解研修の取組について 〜事業所と協同で社員研修を企画・実施した事例より〜 ○古野 素子(東京障害者職業センター 主任障害者職業カウンセラー) ○秋本 恵(株式会社 JALサンライト 人財開発室 精神保健福祉士)  仲島 友子・棚澤 仁・田口 創一郎・小林 英夫(株式会社 JALサンライト) 1 はじめに 東京障害者職業センター(以下「センター」という。)では障害者雇用をとりまく様々なニーズに対して事業主支援を行っている。近年、職場定着のための雇用後支援や社員研修のニーズが増加しているが、障害のある社員が力を発揮し働き続けられるためには、本人に対する支援に加えて周囲の理解や配慮を得て力を発揮しやすい環境づくりへのアプローチも重要である。本報告では、体験型の特性理解研修を事業所と協同で実施した取組事例から職場の理解促進や環境作りへの効果的なアプローチについて検討する。 2 方法 2017年度及び2018年度に体験型障害特性理解研修を実施したJALサンライトの事例について、研修の実施方法、実施内容、実施結果を基に、ふり返り、整理を行った。 3 JALサンライトの概要と障害者雇用の取組状況 1995年11月設立、翌1996年4月に日本航空株式会社の特例子会社に認定される。従業員数455名(2019年7月現在)うち障害者201名。内訳は知的障害者87名、視覚障害者17名、聴覚障害者44名、肢体不自由者29名、内部障害者12名、精神障害者12名と多種多様な人財がその持ち味を存分に発揮できる環境を創ることを目指した取組を進めている。本社(天王洲)、羽田、成田の3拠点で、日本航空社員の仕事を支える総務事務(給与、厚生関連等)、収入管理、社内文書の集配送、乗務員の貸与制服管理、客室乗務員の乗務割作成、名刺IDカード作成等の印刷業務の他、社員の福利厚生に係るカフェ運営やマッサージルームの運営にもあたっている。 4 体験型障害特性理解研修実施の企画・実施状況 (1)研修実施の目的 JALサンライトでは2015年に社長直轄で人財開発室が設置され、心理と福祉の専門職4名が配置された。社員のメンタルケアのほか、社員の障害に対する知識向上と、職場のダイバーシティ推進のため、「障がいを仕事の障害としない」の企業理念のもと、障害のある社員もない社員も活躍できる職場の醸成を目的に、開室以前の2010年頃から毎年度1-2回、その回毎にテーマを定めて社員向けの研修を企画・実施している。2017年に体験型で研修が企画できないかとセンターに相談を受ける。2017年度、2018年度の各回ごとの研修企画の背景にある状況や研修のねらいは表1のとおり。 表1 体験型障害特性理解研修の実施状況 p.109 (2)体験型障害特性研修の企画・実施(工夫点) ア 研修の企画・準備及び実施内容 事前に研修実施に向けた相談を実施。研修を企画する背景にある状況や課題(障害のある社員より聞かれた声、周囲の社員が悩んだり対応に迷うこと等)、研修を通して社員に理解してほしいこと等について事前にアンケートや聞き取りを行い、一緒に実施内容の検討を行った。特に体験内容については、実際に職場で聞かれる困り感が体験できるようなワーク、実際に職場でありそうな場面を考えられるよう工夫を行った。実施した内容は表1のとおり。 イ 研修の実施 全拠点(3拠点)の社員に少人数で体験型の特性理解研修を実施するためには、センターのカウンセラーのみで全てを対応するのは困難であったこともあり、 JALサンライトの研修担当者自らが実施できるよう工夫を行った。資料作成や初日の実施(研修のモデリング)は職業カウンセラーが行い、資料やマニュアルだけでなく実際の様子を見てもらうことを通じて研修実施のノウハウを伝達し全拠点・全社員に向けての研修の実施を実現することができた。また、20数回実施をしたため、研修受講者の反応を見ながら微修正やアレンジを加えて実施することができた。 (3)実施結果 ア研修受講者の感想・反応よりみられたこと (ア)研修の満足度(図1参照) 研修の満足度は2回とも高い評価が得られた。 図1 社内研修に対するアンケート結果(満足度) (イ)相互理解を進める気づきの機会 研修の感想に注目すると(表2参照)、体験を通して、移動やコミュニケーション、指示や業務の理解に対する苦労や疲労感への気づきにつながる感想が多く聞かれた。また閉塞感や恐怖感、不安や孤立感といった二次的な障害についても体験により気づかれた感想が多く聞かれた。また、このような体験を通して、伝える際にも「具体的に」「一人一人相手に聞いて確認をして」等、あるとよい対応について自身の体験と気づきを通して理解し、考える機会となったことが窺える。 イ研修担当者の感想より聞かれたこと 研修受講者のみならず、本研修を共に企画・実施した研修担当者にとっても、障害のある社員の困り感や共に働く社員の迷い等、両者にとってあるとよいサポートを改めて把握し考える機会に役立ったことがわかった(表3参照)。 表2 社内研修に対するアンケート結果(自由記述欄より) 表3 研修担当者の感想 5 考察・まとめ 実施結果をふまえると、体験型特性理解研修は以下の点をポイントに実施することで効果を高められると思われる。 ① 少人数で「体験+気づきの共有」を行うことは、社員同士の交流と相互理解の機会として有効。 ② 事業主が主体となって企画段階から関わり、協同で実施することで、職場において想定される困り感やあるとよい対応を社員がより実感でき、より今後に活かせる機会にすることができる。 今回は視覚障害及び聴覚障害の特性理解研修を体験型で実施した。大変さもあるが、引き続きこの取組みをさらに拡げて取り組んでいきたいと JALサンライトは考えている。また、センターが支援をする多くの事業所においても、障害者雇用の拡大や定着を推し進めていくために多様な障害特性の理解を現場レベルでより進めていきたいとのニーズが寄せられている。これらのニーズに的確に応える支援ができるよう、精神障害・発達障害をはじめ他の障害特性についても体験を通して理解を深め、その職場においてあるとよい配慮や対応を考え、社員が力を発揮しやすい環境づくりにつながる支援や研修の検討、実践を積み重ねていきたい。また、より効果を高められるよう、事業所担当者との協同支援等により、支援ノウハウを事業主に伝達していけるよう努めていきたい。 p.110 コミュニケーション技法の育成へ向けた精神障害者への指導事例 ○園田 忠夫 (東京障害者職業能力開発校指導員)  栗田 るみ子(城西大学) 1  はじめに (1)研究の概要 近年企業では、社会との相互コミュニケーションを通じて、「良いイメージ」を培うことを目的としたコミュニケーション技法の育成活動が盛んである。本研究では、パソコン操作、プレゼンソフト(以下「PPT」という。)の訓練にピアトレーニングを取り入れ、「相手を知る」訓練課題を組み込んだ。①共に話し合い(ピア)=情報収集、②自分で=情報加工、③他者に=情報発信の一連の訓練である。本研究では、特に①のピアの作業に注目し、ピアトレーニングを取り入れた。②と③の作業ではPPTを活用した。 (2)研究の背景 近年ネットワークインフラの整備により、仕事面のみならず社会生活においてもネットワークを利用したコミュニケーションが多くなってきた。本校では、ビジネスソフトの利活用の習熟指導において、プレゼンソフトを、様々な業務に用いるとともに、自己表現に用いる訓練を進めている。 我々は、2009年度より「社会の要求からはじまる授業づくり」を進める中で、特にパソコンを使ったスキルアップを研究してきた1)。また、 2010年の研究ではチャットシステムを構築し授業に取り入れ、各自が文字のみのやり取りを時系列に行えるように室内LANを組み実験を行った2)。これらの研究において、コミュニケーションに関する指導で、文章作成能力の目的を含め、様々な企画案を想定して訓練に組み込んだ。なかでも文章の構成をイメージしやすい、「パラグラフ指導」を用い「結論を先に、それを説明する内容、そして具体的な内容」へと変化することで、自己の表現力の育成に大いに成果をあげている。 (3)研究の方法 今回の報告は、PCを利用した表現技法で、演習課題は他人紹介資料作成である。本研究のフィールドは、さまざまな障害やさまざまな年齢層の生徒が存在するクラスで、表2で示すように、集合型の座学訓練クラスある。少人数のクラスではあるが、学びやすい環境作りを後押しするために、ピアトレーニングを取り入れた。2人で取り組む訓練で、特にピアツーピア(以下「P2P」という。)の対等な人間関係をイメージしている。 P2Pは、ネットワーク上の通信する方式で、「お互いが同等の関係を持つつながり」という大切な意味を持つ。 本研究におけるピアトレーニングの特徴は、P2Pの関係を作り上げることが重要であるため、先にあげた「①共に話し合い(ピア)=情報収集」においては、指導者はその関係に入らず、「見守る立場」となり、②と③のオペレーションに関する指導は積極的に行った。 「障害のある人生に直面し、同じ立場や課題を経験してきたことを活かして仲間として支えること(岩崎,2017)3)」とあるように、ピアトレーニングは、仲間であるという「対等性」や「心理的な安心感」を得ることなど、「彼ら独自のインフォーマルな関係性」が構築できる。 この関係性があることにより、なかなか話せない事柄を「同じ仲間」には開示することができ、コミュニケーションを成立させる助けになることが期待されるのである。 2 職業訓練 (1)訓練のフィールド 本研究の目的は、身体的、精神的に様々な障害を持つ生徒達が同じクラスで共に学び、主体的、自主的に行動し、仕事を通して自分の人生を切り開くことができるよう支援するための学習カリキュラムである。 本研究のフィールドである、東京障害者職業能力開発校は、東京都小平市に位置し、12科を有する(表1)。身体、聴覚、視覚、精神、知的などの障害を持つ生徒が3ヶ月から1年の期間において訓練を受けている。本研究のフィールドは「オフィスワーク科」であり、訓練期間は6カ月と比較的短期間の訓練コースである。 (2)オフィスワーク科の訓練概要 広く企業で使用されているソフトウェア「Word」「Excel」を用いてパソコンによる実務的な一般事務、経理事務、営業事務及びビジネスマナーなど、オフィス事務処理の技術・技能を学んでいる。 ・訓練方法集合訓練方式障害に関係なく同じ訓練内容・進捗速度で受講する。 ・定員 10名 ・年4回の入校機会(4月、7月、10月、1月) ・訓練対象者身体障害者(聴覚含)、精神・発達障害者 ・訓練時限 半年間760時限 ・授業時間 原則月曜日〜金曜日9時5分〜16時30分 ・目標とする資格 ワープロ検定、表計算検定、簿記検定 ・主な就職先一般企業事務部門 ・訓練指導 集合訓練方式であるが、生徒個々の障害特性 p.111 に合った指導を行なっている。 ・生活指導 専任の生活相談員を中心に障害に合った生活相談を行なっている。 ・就職指導 専任の職場定着支援員を中心に職場開拓、マッチング、書類作成、面接練習、定着支援を行なっている。 表1 科目と対象者 表2 おもな訓練内容 3 プレゼン技法実践訓練 (1)他者紹介プレゼンの制作 PPTの基本操作においては、先に述べた訓練カリキュラムにおいて教員が個別対応し習得している。本演習では、他者紹介作品制作であるため、P2Pのチーム内で相手へインタビューを行う必要がある。リラックスした場面を持ち、相手に慣れインタビューを円滑に進めるために、指導計画に、「休み時間の共有」をミッションとし、話す機会を増やした。 本校が障害者校であり、そこで学ぶ仲間であることから、それぞれの障害を理解しようとする姿勢があった。 お互いの共通点を見出し、活発な意見交換ができており、互いに多くのデータを入手できていた。 研究の方法とした、①共に話し合い(ピア)=情報収集、②自分で=情報加工、③他者に=情報発信の一連の作業はほぼ成功しているように見えているが、各自のリフレクションシートには、これらの作業で、「自分のことをどう思われているのだろうかと考えてしまう」 「相手との関係を考えると、自分に自信がなくなる」 といった項目を含む『自己否定』に関する動向が多く見受けられた。また、「人との関わりがストレスだ」 「相手のことは考えたくない」 の『他者否定』もあった。 (2) P2Pでの原因帰属 本演習ではよりよいコミュニケーションの構築を推進するための演習として実践し、対等な立場としてのP2Pを準備しながらも、対人苦手意識が強く浮かび上がった。 対人苦手意識が生じる理由について、相手のせいだと思っているならば、相手を否定する気持ちが強く、また逆に、自分のせいで相手に対人苦手意識を感じてしまうと思っている場合は、相手を否定する気持ちは弱いと考え、自分自身を否定する傾向が高くなると考えられる。 あらゆる訓練において、1:1の原因帰属に関する調査は必須と言える 4 ビジネス現場への学習効果 障害者教育に広く深くコミュニケーションや文章能力の育成を進めているが、今後更にこれまでの活動を踏まえた高い職業人としての視野を持った人材教育を進めていくことが必要である。本実践から明確になった障害者の対人苦手意識の原因帰属について職業教育の立場から更に研究を進める。 【参考文献】 1)栗田るみ子,園田忠夫:コミュニケーションスキル育成とキャリアレディネスに関する実践報告,職リハ研究発表会,(2013) 2)栗田るみ子,園田忠夫:,職リハ研究発表会,(2010) 3)岩崎香他:障害者ピアサポートの専門性を高めるための研修の 構築,日本精神科病院協会雑誌,36 巻 10 号(2017) p.112 気分障害のある方への職業準備支援に関する一考察−大分障害者職業センターにおける適応支援カリキュラムの実施状況− ○布施 順子(大分障害者職業センター障害者職業カウンセラー)  堀 宏隆・山口 可那子(大分障害者職業センター)  市川 瑠璃子(元 大分障害者職業センター(現 静岡障害者職業センター)) 1 目的 大分障害者職業センター(以下「職業センター」という。)では、職業準備支援に導入された気分障害者適応支援カリキュラム(以下「適応支援カリキュラム」という。)の試行実施センターとして、平成30年度に適応支援カリキュラムを実施した。 本稿では、試行実施の結果を踏まえて、気分障害を有する職業準備支援受講者の特徴、変化を考察することで、就職活動支援におけるポイントを整理する。 2 方法 (1)対象者 平成30年度に試行実施した、適応支援カリキュラム受講者8名を対象とする。 (2)調査内容と方法 応支援カリキュラムを受講した8名の障害者台帳・支援経過から、離転職の回数や離職理由、適応支援カリキュラムの利用目的、適応支援カリキュラム利用前後の障害の開示・非開示に対する考え、終了後の就職状況(以下「帰すう」という。)について整理した。 加えて、適応支援カリキュラムで設定された講座(以下「プログラム」という。)の参加状況や習得度について、担当の支援アシスタント4名にヒアリングを行い、分析を行った。 3 結果 (1)適応支援カリキュラム受講者の特徴 表1は、障害者台帳・支援経過をもとにまとめた、昨年度の適応支援カリキュラム受講者の属性である。 表1 受講者の属性・障害の開示・非開示に関する意向 表2 受講者の離職理由・体調悪化のパターン 表3 利用目的・支援課題 ア 離職理由・利用目的 表2・3からは、離職理由と体調悪化のパターンが一致していることがうかがえた。 適応支援カリキュラムの利用目的としては、生活リズムの維持、ストレス対処の整理・習得、捉え方の幅を広げる、障害の開示・非開示を含めた就労条件の整理、適度な自己主張の仕方を学ぶ、が共通している。 イ 帰すう 1名は非開示で就職しているが、当該ケースは高校卒業後、大学浪人を複数年続けており、社会経験に乏しいケースであった。適応支援カリキュラム受講当初は障害を開示しての求職活動を希望していたが、終了時点では同年代の友人や、親族の影響を受けて「若いうちに自分の力を試したい」と意向が変化し、障害を非開示にして求職活動を行った。現在は、支援機関、職業センターで定期相談を行い、職場定着のサポートを行っている。 支援拒否の1名については、高度な技術職を希望していること、支援者による支援がプレッシャーになるとの訴えから、支援は途切れている。また、1名は家事・育児との両立で求職活動を中断している。 (2)プログラムの参加状況・習得度 上記8名の支援に関わった支援アシスタントに対して、ヒアリングを行った。各ケースがプログラムの受講を通じて、終了時にどのように変化したかに焦点を絞って聴取し p.113 た。ヒアリングの結果は、表4にまとめている。 表4 支援アシスタントのヒアリングからまとめた利用前後の変化 4 考察 プログラム受講を経て、自身の体調の波や考え方の癖、ストレスサイン等について気づきが得られた者や、求職条件で折り合いを付けられた者は、求職活動が比較的スムーズに進む傾向がうかがえた。 一方で、自身の認知面の特徴やストレス場面・ストレスサインについての気づきが得られなかった者、障害の開示・非開示について悩む者は、求職活動が難航し、長期化する傾向がうかがえた。 これらを踏まえ、気分障害を有する者の就職活動支援をスムーズに行うポイントとして、次のように整理した。 1点目として、プログラム受講前の相談で本人の困り感を整理し、課題を認識してもらうことが挙げられる。現状、適応支援カリキュラムの期間は最大12週間で設定されており、この期間内で体調の安定や自己理解を深める取組、さらには求職活動を並行することは、難しいと実感している。特に、気分障害自体、病態に波があり、気候や日常生活の刺激からも、影響を受けやすい。ケース7は、初回相談から職業準備支援の利用に至るまでに1年間を要している。 カリキュラム受講前に体調を整え、また取り組むべき課題 について、相談や体験利用を通して動機付けを図ることは、プログラムの習得や求職活動にも影響すると考える。 2点目は、対象者の状況に応じた柔軟なカリキュラム編 成の重要性である。適応支援カリキュラムは、気分生活改 善プログラムや認知行動療法、アサーション、アンガーコントロール等、講座やグループミーティングを通しての振り返りが主となっており、自己理解が深まるような構成に なっている。しかし、ケース4や6のように、プログラムの理解度が不十分であったり、他者の意見を受容し辛かったりするケースもみられた。こうしたケースについては、対象者の状況に応じて講座の内容を平易にしたり、発達障害者を対象に実施している就労支援カリキュラムの講座を受講したり、柔軟なプログラム提供を行うことが必要と考える。 3点目は、就労条件の整理である。ケース6以外は一般企業での就労経験があり、大半のケースが障害の開示・非開示については利用期間を通じて悩んでいる。本人の体調の波や負担の少ない勤務時間から、体調を維持し無理なく働き続ける条件を整理することが、求人とのマッチングにも繋がると考える。 上記3点の就職活動支援をスムーズに行うポイントについては、これまでの支援の中で蓄積したノウハウを活用し、効果が得られつつあると思われる。 しかし、3点目の就労条件の整理に関しては、体調の維持や特性を考慮し障害を開示して働きたいと希望するものの、家族の扶養や将来的な収入を考えて揺れ動き、非開示による応募を考える者もいる。支援者から見ても、病態から障害を開示しての就職を勧めた方が良いと思われる一方で、生活面を考慮すると非開示での就職活動も勧めた方が良いのか、もどかしく感じる場面がこれまでもあった。 働く当事者が生活面について妥協を強いられるだけではなく、雇用条件の面について社会的にも改善が図られ、生活面の安定が保障されるように、障害者雇用の質が向上していくことを期待したい。 p.114 精神障害者への認知バイアス(偏り)や認知機能に特化した 就労支援プログラムの実践報告 ○工藤 達(社会福祉法人はーとふる 就労移行支援事業所サービス管理責任者) 1 はじめに 当就労移行支援事業所の特色として、事業所内の複数の疑似就労体験での訓練を提供しているが、近年、認知プログラムを導入し、就労支援サービスを掛け合わせることで就労の定着において一定の実績を上げることができた。本報告では、認知バイアス(偏り)や認知機能に特化した就労支援プログラムが精神障害者への効果的な支援であることを考察する。 2 実践の背景 就労支援において実際の就業場面での訓練は有効だと知られているが、当事業所の疑似就労体験を通してジョブマッチングを合わせられたが、結果的に就労の定着が継続しないというケースが増えていた。そこで新たに認知バイアスや認知機能に注目し認知プログラムを導入したところ、平成30年度は就労定着100%の実績をあげられる成果を実現することができた。 3 メタ認知トレーニング(MCT-J) 本プログラムは2007年にドイツのMoritz教授らによって開発された統合失調症向けの認知行動療法的アプローチの一つであり、最近では、発達障害や気分障害などの統合失調症以外の精神障害にも応用されている。 認知行動療法的プログラムとして、心が不調な時にはどのような考えや判断をしてしまう特徴があるのかを情報として学び、不安を感じたり、落ち込みが見られたりしたときに、不調となるきっかけの状況や不安時の対処方法を見つけることができた。また、人間には認知バイアスがあることを学ぶことができる内容となっている。 (1)モジュールの紹介 1、原因帰属〔他者を責める傾向〕 2、結論への飛躍Ⅰ〔データ収集の偏り〕 3、思い込みを変える〔強い思い込み〕 4、共感することⅠ〔心の理論Ⅰ〕 5、記憶〔記憶への過信〕 6、共感することⅡ〔心の理論Ⅱ〕 7、結論への飛躍Ⅱ〔データ収集の偏り〕 8、自尊心〔抑うつ思考スタイル〕 (2)参加者の感想・プログラム効果 ○考え方、物事のとらえ方が柔軟になった。 ○思い込みや他人のせいにする癖がわかった。 ○ 自分を客観的に見たり考えられたりできるようになった。 ○周りに感謝できるようになった。 ○嫌だと思っても頑張れるようになった。 プログラム効果として、心が不調な時の状態をプログラム内で共通認識にしているため、「心が不調な時であればどうしたらいいのか」を話し合うことが可能になった。 結果的に参加者の考え方や捉え方が柔軟になり、自身の思い込みがどのような判断の間違いを起こしやすいのかを学ぶ機会となった。 4 認知機能リハビリテーション(J-CORES) 近年、アメリカで生まれた「認知矯正療法」が精神障害を抱える人の社会復帰に大きな効果を期待できることが明らかになってきている。その具体的な手段が週2回パソコンを使ったトレーニングを繰り返す「NEAR」が主流になり、病気によって損なわれてしまった認知機能が回復することで、社会復帰が実現できるようになったと言われている。 当事業所では1回1〜2時間のプログラム構成で、週2回のパソコンを使ったトレーニングと、週1回の言語グループというグループワークを実施している。また、プログラム開始前と終了後に統合失調症認知機能簡易評価尺度(BACS-J)の検査を実施し、図1、2、3、4のように対象者へ目で見える形で評価の振り返りを実施している。 図1 20代男性、統合失調症 p.115 図2 40代女性、統合失調感情障害 図3 30代女性、気分障害:うつ病 図4 20代男性、気分障害:双極性障害 5 実践の効果と今後の課題 精神障害者への就労支援は働くための支援だけではなく、働き続けるための基本的な生活面の支援が必要となる。実践の効果として精神状態の不安定さに対処するための認知バイアスを理解することは有効であり、認知機能の状態や得意・不得意を理解し、その特徴を踏まえて仕事・生活ができるように目指す認知機能リハビリテーションは有効である。 高橋1.によれば、人は強いストレスを感じると気分が落ち込んだり、悲観的に考えたり、体が重くなったりなどの否定的な気分や身体反応は、その人の認知の歪みをもたらし、行動に問題を生じさせることにつながり、その認知の歪みに対して認知行動療法が有効であると知られている。もっとも、認知行動療法によって治療できるのは、あくまでも「認知の歪み」にすぎず、認知機能の課題が残されたままとなっていることに注意しなければならないと言われている。認知矯正療法は、社会復帰のために必要となる最も基本的な能力を回復、向上させることを目指す治療法である。 認知プログラムは治療法という専門的な実践のため精神科医療機関の中で実施されているのが現状である。精神障害者への就労支援として実践報告が少なく、効果的な実践と知られていないことが課題であるため、実践報告を継続していくことで、多くの地域で実践されるように普及することを望んでいる。 【参考文献】 1)髙橋太郎:認知行動療法とは何か認知矯正療法は認知機能そのものを改善する 「統合失調症患者と家族が選ぶ社会復帰を目指す認知矯正療法」P83-87、幻冬舎(2017) 【連絡先】 工藤 達 社会福祉法人はーとふる 就労サポート・のだ e-mail:s.s.noda@car.ocn.ne.jp p.116 精神障がい者の就職・起業へ妨げるものと夢の実現へ向かって ○近藤 克一(ボランティアサークル「Aこころ」)  柴田 小夜子(ボランティアサークル「Aこころ」) 1 はじめに 僕は、第20回と第25回にボランティアサークル「Aこころ」の一員として、職業リハビリテーション研究・実践発表会で発表させていただいた。今も大変感謝している。 2 起業、就職への挑戦とその失敗 第25回の職業リハビリテーション研究・実践発表会で発表した障がい者と一般健常者の共同アトリエは、フリーマーケットに行くのを何度か行い、そして色々考えたのだが、最終的に無理だとわかった。 今は引退しているが、会社社長をやっていた父に言われた。「通ってくるメンバーに(そのメンバーに障がい者が含まれる)もしもの事があり、メンバーが入院したとか、何か警察が関わる事件が起こるとか、そういう場合、どう責任とるのか。」大変な問題だ。病院に通っている自分では責任をとる事はできず、今でも症状が出そうな時が僕はあり、それだけでも大変なので無理があった。断念した。 その他、①常備菜料理教室(一人暮らしのお年寄りなどが料理教室に週3日程通い、作り置きのおかずを2日〜3日分作って持って帰る。助かったという安心をサービスするのを考えた。)、②座禅喫茶(喫茶をし、座禅も組め、またお坊さんの法話が聞け、人生相談できる喜びと嬉しさの気分をサービスするのを考えた。)、③有料図書館(父に一万冊以上蔵書があるので、それを貸し出し、また、有料自習室やイートインコーナーを設け、弁当などを出したり、野菜を売ったりするのを考えた。地域の癒し、憩いの場というのを考えた。)、というのもしようとした。しかし、できなかった。というのは、一般常識や仕事経験がないのでどういうところで問題になるかがわからない。また、僕は統合失調症で症状は聞こえたりしたり、色々考えたりする事だ。それで考えを整理するのがやっかいとか、実行に移す以前にだめだった。到底、起業など考えてみたが、できないことだった。 それでも仕事はあきらめきれず、家で内職をやろうと一度会社に頼んでやってみた。しかし、製品のでき上がりが雑で欠品が多くだめになった。落胆した。 3 オープンダイアログと栄養療法と音楽療法 以上、述べた事もあり、病を良くする活動をそれまでよりもっと続けた。そして、受けた治療法と考えて治している事を3、4で言いたいと思う。 まず、オープンダイアログを、今、通っているお医者さんのカウンセラーさんに頼んだ。オープンダイヤログとは「開かれた対話」と言いカウンセラーや看護師などが患者と、病気と関係なく話すという療法でフィンランドで始まって成果を上げているものだ。しかし、実際やってみると、なぜかカウンセラーさんがあまり怒ってくるので、結果的には効果はあったみたいだが、やめてしまった。 次に栄養療法に挑戦した。糖分を摂り過ぎない事とビタミン、鉄分、たんぱく質を食品でできるだけ摂る事だった。ダイエットもできたし、症状もだいぶ減った。ところが、周りに賛成してくれる人があまりいないみたいだった。それでほとんどやめてしまった。 そして、柴田さんに聞いて始めたのが、症状が出たら音楽を聴くというのをした音楽療法だ。音楽を聴いている間、症状は完全に止まっていた。それから音楽を聴けるときはずっと音楽を聴いている。24時間中、聴けるときは全部音楽を聴いていて、症状はほとんど離れられている。問題は音楽が聴けない用事がある時だと思う。本を読める時は本に集中、そうでない時は音楽のメロディーを想い出したりしている。 それから、症状はとても減り、良くなった。もう一つ完治(薬を飲まなくて良いようになる事)を目指していたが、症状が治まったらそれで良いと思うようになった。医者に薬を取りに行く事が増えるだけで、後は一般の人と同じような生活を送れるなら良いと思い始めた。 4 ストレスを出さない為に社会に出る為に 僕は症状はストレスがあると出やすいと思っている。 そして社会でやっていく為に必要な事を自分で考えている。それは気持ちの問題だ。まだまだ社会に出るには難しいかもしれないが、発展途上なのでわかってくれたら嬉しい。以下、番号をつけて言う。 ①大人にならなければいけない。いつまでも大きい子供ではだめだと思う。 ②男らしくなくては。母の下で育ったので母の考え方で考えていた。それを直したいと思う。 ③精神障がいは話しをするときに出るようだ。話し方を直せばよい。また、考え方が飛んで、話しているとしんどい。生活習慣をちゃんとしたら整って来るみたいだ。 ④統合失調症の人、僕の経験では就労継続支援B型に p.117 通って良くなるのに15年以上かかると思う。そして必ず良くなると思う。それからなら、就職して3〜5年でやめる事はないと思う。長い自分との闘いだ。諦めないことだと思う。僕は15年通っているが、ぶり返しはあっても後がひどくならない。段々良くなっている。 ⑤症状が出ても消せるようになって、いくら出ても消せると自信ができるようになったら大丈夫だと思う。 ⑥僕の経験だが、スポーツすると発散して病気が良くなると思う。考え過ぎの気持ちやストレスがスポーツすると忘れてしまうような気がする。後、恋愛も気持ちを明るくしてくれるので良いと思う。他、本当に世の中に沿った勉強をし、自分が実際にUPした勉強をすると「わかる、できる。」という気持ちが凄く湧いてきて気持ちのもやもやを吹き飛ばせるのですごく良いと思う。コンプレックスから解決されるので大きいと思う。僕は症状がだいぶ消えててから、この3つを使っていると思う。 ⑦8年前位、僕が一般の人に病気の事をこと細かく全て説明して、全て見せて統合失調症の予防を考えて下さいと言った。その結果、『アザリア』がある今宮地域の人が何人か「考え過ぎない。」という事を考えた。今、病を良くしていて「考え過ぎない。」とはとても良いと思う。最近、僕とつながりのある福祉の職員さん何人かに「考え過ぎない。」はどう思うか聞いてみた。「良いかもしれない。」という意見が多かった。僕が統合失調症を良くしようとしているが、そこで残念なのは、完治に至る治療法がまだ確立されていない事だと思う。でも、罹った者にとっては、これ程苦しい病気なのかをつくづく思う。だから治療法がまだ無いなら予防法を考えてもらってこの病気を避けて欲しいと思う。この苦しみを味わう人が増えて欲しくないと考えた。 ⑧大リーグの話になるが、大谷選手のいるエンゼルスに在籍していたジム・アボット投手の話を聞いて、次のような事を考えた。障がいはハンディだと思う。そのハンディを努力して克服したら、一般健常者と同じような事ができると思う。それには大変な努力が要るみたいだ。しかし、可能性はある。パラリンピックは重要だが、僕は精神障がいのパラリンピックまでの世界で終わりたくない。もっと上のオリンピックのある一般健常者の普通の世界で生きたい。でも、そんな努力できるか?大変だ。一歩一歩だ。そして、その気持ちを忘れず生きていく事が大切だと思う。 ⑨僕の経験では、統合失調症の本当に困る事は、自分の考えている事に、何か症状の考え(幻聴も聴覚に訴える考えと考え、他の症状も同じような考えと考える)が浮かんできて、自分の本当の考えがメチャメチャになってしまう事だと思う。この本当の考えと症状の考えを整理して区別しきる事が僕にはまだできていないようだ。これを整理しきらないと社会に出る事とか出来ないと思う。すごく難しいことだと感じる。一般の方が統合失調症の精神障がい者に飛んだ考えとか変わった考えとか感じるのは、おそらくこれではないかと思う。すごく難しい事だと思う。ゆっくりやっていこうと思う。 ⑩統合失調症の人が症状を消せるようになったら、上の飛んだ考えとか変わった考えを温存しながら過ごしていくと、その考えを病気にやられていない考えとして出せる。僕は統合失調症の精神障がい者は芸術や企画が出来ると考えている。それは上記のような考え方で出された考えは珍しいものが多いのではと思うからだ。僕自身、社会復帰に役立てれば嬉しいのだがと思っている。 5 マンション清掃と夢の懸け橋 ダイエットができて症状が治まってから、兵庫県西宮市の自宅から、大阪市西成区の『アザリア』のマンション清掃に行っている。週4日、1日1ヶ所から2ヶ所、1時間半から3時間している。続いている。体力がついてきたようだ。この仕事でついた力を生かして何か仕事をしよう。『アザリア』の7年前の第20回職業リハビリテーション研究・実践発表会で発表した絵本製作などでつけた自信と教えて頂いている作業する習慣は大きな力だ。社会復帰という夢の懸け橋へ進んでいく。病気は長年かかるが、気持ち次第だと思う。そして、就職もできるようになりたい。 また、この発表をこれから就職していく障がい者の皆さんなどに生かしていただければ嬉しいと思う。今まで支えてくれたボランティアサークル「Aこころ」の皆さん、柴田さん、他『アザリア』の方々、また、家族への感謝の気持ちを言って発表を終わりたいと思う。 p.118 就労移行支援における不合理な信念に対する短期的緩和介入 ○秋山 洸亮(一般社団法人リエンゲージメント 生活支援員(公認心理師・臨床心理士)) 1 問題・目的 昨今は就労移行においても認知行動療法( Cognitive Behavioral Therapy:CBT)が提供されるようになってきた( e,g,:秋山, 2018)。厚生労働省( 2015)が作成したガイドラインに沿ったCBTでは自動思考に着目し、認知および行動の変容を目指す。しかし、認知には自動思考を生み出す根底として信念・スキーマ( Fig.1)がある。また、偏った信念を不合理な信念と言う。不合理な信念(Irrational Belief:IB)とは出来事を「〜でなければならない」と教条主義的・絶対論的にとらえてしまう認知スタイルを意味する(金築・金築 , 2010)。IBの特徴は、①事実に基づいていない、②論理的必然性がない、③気分をみじめにさせる、という特徴が報告されている(森・長谷川・石隈・嶋田・坂野, 1994)。近年の CBTでは、アーロン・ベックが提唱した認知療法の中核を担うIBと類似した概念であるスキーマという概念を基に、スキーマ療法も盛んに研究されている。 ところで、 CBTはリワーク支援でも効果が実証されている心理療法である。しかし、ガイドライン(厚生労働省 , 2015)に沿った支援を行ったとしても、一定の効果はあるものの、IBという認知的な構えの変容に至るまでの効果は得られにくいのが現状である。さらに、実施する上での問題点として、一般的にスキーマ療法はCBTの基本的スキルを獲得した後、長期的に行われるものである。しかし、就労移行は2年間という期限があり、スキーマ療法を実施するのには困難を極める。そのような状況の中、本ケースでは、偏ったIBによってプログラムが受けられないほどに回避行動を起こしていた利用者に対し、集団 CBTを3回行っても緩和されなかった IBの緩和を目的に短期介入を行い、その後就労定着しているケースについて報告する。 Fig.1 自動思考および信念・スキーマの関係性 2 ケース概要 利用者A:女性( X年当時 30歳) 診断名:うつ病(障害者手帳 3級) 処方薬:ジェイゾロフト、マイスリー。 前職時(X-3年)営業職へ異動後、業務過多になり発症。 主症状:気分の落ち込み、意欲の低下、疲労感。 介入経緯:下向き矢印法を実施したところ、何度行っても、「私は無価値」に到達する。集団CBTを受けているため「私は無価値」という信念が不合理であり、論理的でないということは理解できるが、その認知に囚われてしまうとプログラムの見学すら困難になり、休憩スペースへの回避をしてしまう状況であった。IBやスキーマに対してはスキーマ療法が有効であるが、スキーマ療法は年単位で行うものであり、カウンセリングを提案。しかし、経済的問題や、就労する前にどうにかしたいという気持ちが強かった。また、当時の AはIBに囚われてしまうと、「私は無価値」というIBが派生し、事実に基づかない被害的思考が強く、就労定着は困難を極めると考えられた。そこで、スキーマ療法の実施は難しいが、IBの緩和を目指すのはどうかと提案したところ、 Aがこれに同意した。 3 介入内容 主な介入内容については以下の通りである(Table1)。 Table1 不合理な信念に対する介入技法 下向き.印法による信念の同定コーピングカード(フラッシュカード)の実施Poinnt-CounterPointの実施PositiveDataLogの実施信念に反する.動実験の実施 (1)下向き矢印法 IBを同定するための技法として用いた。複数回行ったが、「私は無価値」にすべて至る。 (2)コーピングカード 否定的思考に囚われないための対処として用いた。また、2面構造で日常的にはIBへの介入の際に安全性を高めることも考慮し、暖かい感覚および慈悲を確認するためのカードとしても用いた。 (3) Point-CounterPoint:P-CP(Young, 1999) 信念と矛盾する情報を積極的に軽視していることを示す・体験してもらう技法。なお、この技法は Positive DataLog(PDL)および信念に反する行動実験の実施後にも再度行い、不合理な信念に何回反証できるかを確認した。介入当初は一度も反証することができなかったが、終結時には 10回以上の反証を行えるようになっていた。 p.119 (4)PDL(Padesky, 1994) 信念のバランスを整えるために、「私は無価値」という信念に反するデータを記録することを行った。これまでの生活を振返り、データの整理を行った。A44枚ほどのポジティブデータが集まった。 (5)信念に反する行動実験 信念に反する行動を実験的に行い、データを集めるために行った。 4 効果測定 (1)GHQ精神健康調査(中川・大坊, 1985) 一般的疾患傾向、身体的症状、睡眠障害、社会的活動障害、不安と気分変調、希死念慮とうつ傾向を測定する尺度として用いた。 (2)JIBT-20(森・長谷川・石隈・坂野, 1994) IBを測定する尺度として用いた。 (3)SCRI-J(宮川・谷口, 2016) セルフ・コンパッション反応(自己に対する慈悲)を測定する尺度として用いた。 SCRIの得点が高い場合、IBに抵抗する信念が強まることが推測される。 (4)自律神経測定 生理的指標として交感神経および副交感神経の測定を行った。 (5)職場実習評価シート 職場実習におけるキーパーソンからの評価されたもの。 5 結果 (1)GHQ、JITBおよびSCRI-J GHQにおいては就職活動直後ということで得点としては有意な差が認められなかった。また、 JITBおよび SCRI-Jの結果を示す( Fig.2・Fig.3)。 Fig.2 不合理な信念および慈悲の変化 Fig.3 セルフ・コンパッション(慈悲)の変化 (2)自律神経 陽春堂の MindViewerを用いて交感神経・副交感神経を13時から14時の間に測定した。介入前は月の交感神経および副交感神経のバランス比の平均値が 1.53であったのに対し、介入後は1.2であった。バランス比は1.0以上であれば低い数値の方がバランスがよいと判断できるため、自律神経のバランス比において効果が認められたと考えられる。 (3)職場実習評価シート 1ヶ月間での変化を示す (Fig.4)。 Fig.4 職場実習評価シート 6 考察 IBの緩和を目的に短期介入を行った。その結果、慈悲が向上し、IBは緩和されたと考えられる。IBが緩和されたことによって、職場実習評価シートの変化からも分かるようにパフォーマンスにも変化が見られた。さらに、IBに囚われ論理的でない被害的思考が減少し、休憩スペースへの回避行動も見られなくなった。 就労移行という期限のある中で、本ケースでは試行錯誤を重ね、 IB緩和の介入を行った。本ケースは個別 CBTのため高強度の介入であり、本来であれば長い年月をかけてカウンセリングを専門とする機関で心理療法を行うケースであったことは否定できないと考えられる。そういった中で、本ケースにおいて安全性を高めたポイントとして、関係性の構築が重要だったと考えられる。スキーマ療法でも関係性構築が重要であることが言われており (伊藤, 2016)、本ケースではいきなりIBをターゲットに介入を行うのではなく、介入前にトークンエコノミー法による就寝行動の支持・賞賛(行動強化)などを行っていた。そういったラポール形成が功を奏したものと考えられる。 【引用文献】 秋山洸亮 (2018).就労移行支援における精神障害者に対する心理プログラムの効果検討.第26回職業リハビリテーション実践・研究発表会論文集.132-133. 【連絡先】 一般社団法人リエンゲージメント 横浜事業所 Tel:045-594-8799 e-mail:info@y.reengagement.org p.120 知的障害を対象とする特別支援学校における職場定着支援の在り方 ○矢野川 祥典(福山平成大学 福祉健康学部こども学科 講師)  山﨑 敏秀・蒲生 啓司(高知大学教育学部/高知大学教育学部附属特別支援学校)  宇川 浩之・西本 三智・坂本 由布子(高知大学教育学部附属特別支援学校) 1 問題と目的 某特別支援学校(以下「A校」という。)は知的障害を主な対象とする学校であり、小学部・中学部・高等部の児童生徒が在籍している。今年、学校創立50周年を迎え、地域社会において特別支援教育をリードする立場として、A校の果たす役割と期待はさらに高まっている。教育目標を「児童生徒の将来における社会的自立と社会参加」と定め、近年は障害者権利条約における“合理的配慮”及び“差別禁止”、国内法における障害者差別解消法や障害者雇用促進法等に着目し、進路指導の充実を図ってきた。 近年、障害者就労支援の重点課題は「一般就労」にとどまらず「職場定着」へと移行しつつあるが、この点にも着目しアフターケアの充実を図ってきた。筆者は2006(平成18)年度から2010(平成22)年度、2017(平成29)年から2018(平成30)年の計7年間進路指導主事を務めてきた。その間に就職した卒業生離職率は1割と概ね職場定着を果たしているものの、諸事情により離職者が出ることも事実である。そこで、A校卒業生の動向調査から職場定着率を見ていくとともに、職場定着要因を探る。併せて離職率を鑑みて離職要因を探り、A校をはじめ特別支援学校の職場定着支援をどのように捉え、展開すればよいか、その在り方について検討することを目的とした。 2 方法 (1)対象者 1999(平成 11)年度卒業生から2018(平成30)年度卒業生までの過去20年に渡るA校の卒業生161名のうち、企業や法人等に就職した一般就労者92名を対象とした。 (2)調査方法 一般就労者に関する統計は、各年代でA校高等部を卒業する時点で算出した数字となる。離職者に対する統計算出のための実態把握は、学校に一般就労先から直接連絡が入る場合や、就労支援機関である障害者職業センター及び就業・生活支援センターのジョブコーチ等、公共職業安定所等の連絡によって把握する場合がある。また、学校に本人や保護者から連絡がある場合や、同年代の友人やその保護者からの情報もある。さらに、ほぼ毎月一回開催される青年学級(全卒業生を対象とした同窓会行事)参加者の話から詳細が分かる場合もあり、これらの情報を総合的に組み込んだ調査方法となっている。 (3)倫理的配慮 本研究の計画及び発表における「倫理的配慮」について、学校長確認の上、実施している。 3 結果と考察 過去20年間の一般就労者数及び離職者数、再就労者数とその割合を、表1にまとめた。 表1 卒業生の就職状況と離職状況(過去20年) 年度によって数値の変動はあるが、20年間をトータルして約57%と高い一般就労率となっている。A校の伝統として、社会人としての生活力を養うため心身ともに鍛える校風であるが、子ども達に寄り添い、見守り、心を育むことを大切にしている。具体的には、視覚支援を多く取り入れたり、 PATH(幸せの一番星)の手法を取り入れたりする p.121 等、子ども達の夢や希望、やってみたいこと、なりたい職業等を自分で語り、発信することや要求すること、楽しむ力の育成を意識的に教職員がとらえ、学習活動を展開している。 進路指導では本人の希望に加え、保護者への聞き取り、個々の障害特性や性格を踏まえ、業務内容や職場環境とのマッチングを図り、就労先を決定している。教職員の連携では、2014(平成26)年からA校で活躍する2名の就職支援コーディネーターの存在が非常に大きく、在校生や卒業生の進路に係る窮地を、幾度も身を挺して救ってくれている。 こうした学校全体の取り組みが徐々に実を結び、離職者数は近年、減少の傾向にある。表1から離職者数とその割合を見ると、卒業年数を経ている者ほど離職が多く、ある程度やむを得ない実態ともいえるであろう。特に2005(平成17)年までの卒業生の離職が顕著であり、10年以上仕事を続けることの難しさを示している。離職の原因について、個々に焦点を当てて探るため、次の表で離職年数及び離職理由、再就労の状況等を示した。 表2 離職者数及び離職理由、差就労状況等について ‐1999(平成11)年度〜2018(平成30)年度‐ 表2についても、過去 20年間のトータルとしてまとめた。ここで明らかなのは、就職して2年目までの離職者が非常に多いことである。表1と照らし合わせると、表1では2005年以前の離職者数が非常に多いため、この年代の離職者が比較的早い年数で辞めたことが分かる。また、8年目で3人、12年目では4人の離職者を出している。年齢が20代後半から30代に差しかかる時期であり、仕事への意欲や体力面、職場の人間関係等、卒業生たちの仕事のとらえ方や感じ方が徐々に変化しているものと思われる。離職理由としては自己都合19件と、会社都合10件の倍近くになっている。ここから、自らの都合や事情で辞めていく卒業生が多いことが分かる。個々に検証すれば一つの事情では測れない様々な要因が浮かび上がるものの、本人の口から「会社を辞めたい。」「別の仕事をしてみたい。」等の話や、「会社の人が無視する。」「ちゃんと教えてくれない。」「話し相手がいない。」といった相談も挙がる。卒業生たちの胸の内、本音に耳を傾けると、職場環境や業務のスキルアップのみならず、自己を客観的に捉えることの難しさや自己肯定感の低さ、他者に対する疑念(信用できない)といった要因をも、念頭に置く必要があるのではないだろうか。 学校時代に遡り卒業生達の生活の様子や心情を捉えると、これらの要因を裏付けるエピソードが浮かびあがる。先に述べたようにA校は小学部・中学部・高等部があるため、各学部それぞれの段階で子ども達は入学してくる。中学部や高等部で入ってくる生徒の中には、やや硬く暗い表情でうつむきがちな子も多い。子ども達の表情に垣間見える翳りから、障害があることから発生したコミュニケーションの不足や生活全般における経験の少なさ、あるいは少なからずあったと思われる「いじめ」による人への不信感や自己肯定感の低さ、自信の無さといった2次障害と捉えられる状態がみえる。徐々にA校の環境に慣れ、元気に友人とはしゃぐ姿を見るにつけ、それまでに負った心の傷を、社会に出てから再発させることのないように願っている。 また、離職者を個々に見た場合、諸事情により家庭的基盤が弱く、基本的生活習慣の確立が困難だった子どもが結果的に皆、離職に至っている。基本的生活習慣すなわち身辺処理が不十分だと職場に着ていく衣服に清潔感がない、匂うといった指摘や、偏食で栄養バランスが悪く体調不良を招き、意欲の低下に繋がっているといった指摘をこれまで何度も受けた。また、住環境が整わず部屋はゴミが散乱している、といった状況にも何度も遭遇した。働く以前の根源的な支援が入らなければ、仮に就職しても定着を求めることが、そもそも無理な要求といえるのではないか。 4 課題と展望 職場定着のための支援を企業側にも求める時代に入った。では学校関係者は何が求められるのか。基本的生活習慣の確立はもちろんこと思春期にも対応する学校では、自尊心を高め自信を持たせ、意欲を育むことを第一に挙げたい。子ども達の中には相談すると怒られるのでは、話す内容が伝わらないから伝える行為自体が嫌、といったコミュニケーションを図ることに自信がない子が多い。就労生活では「報告・連絡・相談」が求められるが、この芽を学校でしっかり育むことが求められる。家庭的な基盤や支えが弱い子ども達は、なおさら自己肯定感を育くむ必要がある。社会人になってからも周囲の大人に頼ることができ、困ったことがあれば相談することができるように、子ども達の心身に係る支援の充実を図り、職場定着に繋げてあげたい。 p.122 知的障害・発達障害を持つ在職者向け定着支援プログラムの実施を通じて 〜2年間の考察と今後の展開について〜 ○松村 佳子(社会福祉法人武蔵野 武蔵野市障害者就労支援センターあいる)  竹之内雅典(NPO法人障がい者就業・雇用支援センター) 1 はじめに 知的障害や発達障害をお持ちの方の中には、卒後就職がゴールになってしまい「働くこと」への理解が深まらないまま社会の枠組みの中に押し出されてしまったり、また働き続けるために必要な研修や学習の場が得られにくいといった共通の課題がある。それが職場での不適応の原因の一つや、就労継続へのモチベーションの低下に繋がっているのではないかと考えた。 そこで、当センターでは、平成29年度から、愛の手帳を保持、または発達障害の診断を受け特別支援学校等から企業就労した登録者に対して、①働く力の醸成、②将来の暮らし方、③地域の仲間作りを目的として、外部講師(企業出身で在籍型職場適応援助者有資格者)の協力を得て企業のノウハウを活用した職場定着プログラムを実施している。 本プログラムを平成29年度、平成30年度に1回ずつ、平成30年度にステップアップ版を1回実施した。本発表では2年間の実施内容と考察、今後の展開について報告をする。 2 実施概要 (1) 参加者 ステップアップ版は平成29年度の本プログラム受講者のみの参加とし、本プログラムに関しては、平成30年度に特別支援学校を卒業し企業就労をした登録者と勤続年数がある程度ある登録者の中からケース担当職員からの推薦のあった者とした(表1)。 表1 参加者属性 (2)日程と内容 日程と内容については、表2、3に示す。 表2 本プログラム内容(平成30年度) 表3 ステップアップ版講座内容(平成30年度) (3)実施にあたっての工夫 平成29年度本プログラム施行の際は、事前にケース担当者と情報共有を行い課題の抽出、目標到達点のすり合わせを行い、各人が協力して進められるようにグループ分けを工夫した。また、各グループにファシリテーターとして職員を配置し随時アドバイスを行うとともに、1クール3回を通じて内容が深まっていくように、冒頭で初日の内容を2回目・3回目に振り返り、2回目の内容を再度3回目にワークをしてから進めるような時間配分とした。毎回、内容毎に工夫した振り返りシートを用意した。 平成30年度に関しては上記に追加して、振り返りシートの内容を平成29年度よりもさらに参加者各人の障害特性に合わせる形で複数種類用意した。 p.123 3 結果 毎回の振り返りシートを抜粋し感想を下記表4・5にまとめた。そこには、働く事とは決して一人で出来る事ではなく他者を意識する事であったり、自身が働き続ける事への注意点等が、一人ひとりの言葉で表わされている(表4)。 また、ステップアップ版参加者からは、参加者各自の中に知りたい・聞いてみたいという種が埋まっていることが見て取れた。さらにプログラム中は参加メンバー全員が、たくさんのポジティブなフィードバックや「もっとこうするといいね」と言った言葉を送りあうことが出来ていた。メンバー内には、相手の好い所を見つけ合い将来に向けてお互いを高めあえるような雰囲気が醸成されていた(表5)。 表4 振り返りシートより抜粋(平成30年度) 表5 ステップアップ版シートより抜粋 4 考察 本プログラムは、企業の新人研修等で使用されているプログラムを、伝わりやすい言葉や構造化された資料等を用いて知的障害に配慮した形で本講座1回を3日間1クールで実施している。実施2回目となる平成30年度は人数を絞り込み、より個別にアプローチ出来るようなグループ分けと職員配置にした。ただし、参加者によっては、振り返りシートに事象しか記入することが出来ない方もいた。そのため、今年度実施の際は、参加者によってはさらにきめ細やかなカスタマイズが必要になるであろう。 また、ステップアップ版での振り返りでは、あきらかに自らの意識が変化し、他者もそれに気づくなどプラスの相乗効果も生まれている事が見て取れ、継続して行っていく事の大切さを感じた。 さらに初回開催時からの課題でもあるが、本プログラムで得られた情報が雇用主と共有が進んでおらず、職場でのOJTに活用されていないという側面が残されている。 今後は、この2つのプログラムの運用自体(対象者層・時間配分等)の設定をどうするかが課題として残されたと考えるため、職員間での議論が必要と思われる。 図1 ステップアップ版言葉のプレゼント 図2 通常プログラムの様子 5 まとめ このように運用する側の課題はあるが、ステップアップ版参加者の変化に見られるように、一人ひとりがプログラムを終えて学んだことが活かせるような継続的な取り組みは、今後も必要と考えられる。 次年度は、本プログラムとステップアップ版の他に通年を通じて、参加者が学びたいと思う事案についての勉強会を開催し、参加者達の「知りたい・学びたい」という知的好奇心を満たすとともに、勉強会では会社で働き続けるために必要な「暮らす」という部分にもスポットライトを当てていく予定にしている。 本プログラムが、企業で働いている方たちが地域でイキイキと暮らしながら働き続けられる一助となる事を願っている。 【連絡先】 松村 佳子 武蔵野市障害者就労支援センターあいる e-mail:ill6 @lake.ocn.ne.jp p.124 就労移行から就労定着支援を通しての 障害者自身の障害受容(理解)への支援について ○村島 由起(いわき生野学園 ティンカーベルファクトサービス管理責任者)  林田 早苗(いわき生野学園) 1 ティンカーベルファクトの事業内容 主たる対象は、知的障害。 昭和55年に知的障害者の通所更生施設として「いわき生野学園」が開所し平成19年に障害者自立支援法に基づく障害者福祉サービスの生活介護と就労支援B型事業に移行する。就労支援の強化・充実を図るため平成27年に、就労移行12名並びに就労支援B型事業所18名の、いわき生野学園ティンカベルファクトを新たに開設。その後、一般就労し退所した利用者の定員枠を補充できず、平成30年に就労移行定員を12名から6名に削減すると同時に、就労定着支援事業を開始する。一般就労実績数と延べ利用者総数との割合は7名(40%)。 2 本事業所の特色 本園は就労継続支援B型事業に取り組む中、少子高齢化に伴い労働人口減少で人材確保が困難となっている業界の1つが外食産業であるので、飲食業を主軸にした就労支援事業所として、就労移行と2カ所目の就労継続支援B型事業を開始する。就労移行支援について当初は、調理師免許の取得も視野に入れて支援していたが、調理師免許が実務2年で就労移行支援の基本的利用期間と同期間となるため、調理師免許の取得を主眼課題から敢えて外し、一般就労のための職業人としての自覚や調理補助業務の技能といった実践力取得にウェイトを置きながら、他業種での企業実習のほか、高齢・障害・求職者雇用支援機構の就労支援のための訓練生用チェックリスト項目に沿った就労前支援を実施している。 3 企業実習を通して見えてきたこと 本園内の作業では利用者が判断に迷うなど不安時には、支援者からアプローチしているが、実習先では、利用者は大きく次の2つの行動に分かれるようである。①わからないから行動を止めて、声掛けしてもらうことを待つ。②他者に確認せず勝手に判断して行動する。この2つとも、企業側としては当然望むことではないため、本園としては、実習前の利用者が作業中に判断に迷うなど困った事があれば、他に助言を求めるなど自主的行動をとれるように支援することが重要と考え、園内の作業中のそのような場面では、支援者は利用者からのアプローチを待つように心がけている。 企業実習では、園内とは異なり支援員の代わりとして、企業側のキーパーソンをできれば複数利用者に知らせておくように企業側と実習前に打ち合わせをしている。特に不安感が強い利用者の場合は、キーパーソンの存在が実習成功のための保険ともいえる。逆に、自己の能力をやや過信している傾向にある利用者の場合は、企業での作業場の失敗は園での訓練的作業とは異なり企業に損失を招き、場合によっては、損害賠償請求される可能性もあることを理解させて、指示された業務について確信が持てない場合は、自己判断で勝手に作業を続行しないようにすることが、労働者として重要であることを認識させるため、製品等の材料や人件費のコストについてもわかりやすく説明するように努めている。 両者とも利用者自身の障害の理解・受容が十分でないことが原因の1つであると思うが、知的・発達障害は自身が理解しにくい障害なので、就労支援の重要な課題としては,まずは自己理解を深めるように、その人のストレングスに着目しながらも,ウィークネスも踏まえながら,障害特性に応じた就労支援を通して実習先や就労先を探していくことが就労支援の最初の課題となると考える。 本事業所は事業を開始し、まだ4年余りのため、一般就労者も少なく分析データとして十分ではないが、以下の対照的な事例を通して改めて障害者の就労を支援するポイントを考えてみたい。 4 事例 (1)O・H(男性:現在24歳 障害区分2 療育手帳B2) 入所日:平成27年12月7日 就職日:平成30年1月9日 就職先:S株式会社(大手外食産業)(勤務店舗)K店(本園より車で10分) 職種:洗い場および盛り付け、調理補助 労働条件:週5日10〜17時(休憩60分) 時間給(採用時):955円賞与あり(年2回2か月分)退職手当なし ア 入所時の課題 ・アルコール依存→ストレスを飲酒で紛らわす不摂生な生活であった。・人間関係のトラブル→・殺人未遂罪で実刑判決を受けている。 イ 就労までの課題 ・入所後もアルコールの摂取や人間関係のトラブルが続き話し合うもなかなか改善に至らなかった。原因としては、本人が他者への不信感から福祉サービスの必要性に疑問を抱いており、また、自身の障害理解が不十分である p.125 と思われた。入所当初は、本事業所の就労プログラムに基づく支援では満足できず、自身で就職活動に取り組むものの、企業として本人の就労を支える人物(家族等)や組織がないことから、就職に繋げることが非常に困難であることを実体験したことをきっかけにして、障害福祉サービスの必要性を認めるようになった。 ・就職支援活動として、本人が希望した2つの飲食店での実習実施の上、本人は、現在の就職先を選択し雇用契約を締結した。本人が実際に企業で実習し就職先を自身が決定したことにより、本人が持っていた障害福祉サービスを利用したら支援者の考えにかなり束縛されるのではとの窮屈なイメージを払拭できたことで、それ以降の支援を拒否することはなくなった。同時に飲酒に溺れることがないようストレス解消の方法(趣味等)の提案を行うとともに支援者として、本人に対して非審判的な態度で接することで気楽に職場の愚痴などを話せる人間関係づくりに努めた。 ウ 就職後の課題 ・人間関係のトラブル→障害者雇用枠での採用の為、他の従業員より仕事量が異なり他の従業員の理解が十分得られていないことがあり、それに本人は過剰に反応して、陰口を言われていると思い込んで、他の従業者にとけこめない状況である。また、仕事への不満について、上司(店長)を通さず、人事本部まで自身で相談に行くなど会社組織を理解せず、独断で行動に移してしまい、ますます孤立している状況にある。 エ 会社側の課題 ・店長が異動等により変わることが多く、本人の就労をサポートするキーパーソンが確定しづらい。また、大企業としての社会的責任として、障害者雇用に取り組んではいるものの、現場で指揮監督する店長には、「障害者雇用していていれば問題ない」として、本人への期待は低く職業人としてのレベルアップには関心は低い。 ・パート従業者が多く、障害者への理解を深めるように働きかけることが困難な状況がある。 オ 今後について ・本人→金銭に余裕をもって生活したいとのこと。 ・現在の職場環境は、精神的負担が強く再びアルコールに頼ってしまうのでは? →本人の将来生活設計を考え具体的目標設定(補助業務から単独調理へのレベルアップによる賃金アップ)により勤労意欲維持を支援する。 (2)N・H(女性:現在21歳療育手帳B1) 就職日:平成29年11月20日 入所日:平成28年4月1日 就職先:F株式会社(大手外食産業) 勤務店:奈良香芝市 職種:洗い場・調理補助 労働条件:週4日10〜15時 時間給(採用時):850円 賞与なし 退職手当なし ア 入所時の課題 ・高校を卒業して本事業所に入所。働いた経験ないため幼さが残り、障害者ということで家族も過保護に育てたためか本人は自身の能力をやや過少評価気味であり、何事にも自信が持てず依存心が強く、社会人としての意識が低い(働くことへの心構えができていない) イ 就労までの課題 ・事業所内の厨房内の訓練環境を就業環境に近づけることによって意識づけを図った。やや厳しい声掛けでご本人のモチベーションが一時的に低くなることもあったが、父親が大病を患い入院されたことにより、自立を強く意識できるようになった。就労したいとの熱意が強くなり家族への依存心からくる甘えが改善していった。 ウ 就職後の課題 ・年上の女性が多い職場で一番若手ということもあり可愛がられ、パート勤務者が多く人の入れ替わりが多いにも関わらず、キーパーソンも複数存在している。 エ 会社側の課題 ・本人は入店時に比べ自身ができる業務に積極的に取り組んでいるが(お弁当盛り付けなど)、人手不足で指導係を確保できず本人に計画的に業務のレベルアップのための指導が困難なのを職場全員でカバーしている状況。 オ 今後について ・ご本人からもう少し働きたいとの希望があり、今後の経済的自立を考えれば週20時間程度の勤務では不安有。 5 上記2ケースの就労支援を通して感じたこと 彼らは知的障害者であるとの自己理解が不完全であり、それが本人の生きづらさにつながっているように思う。 障害受容の過程については、これまで主に中途障害である身体障害者に対し考察されてきた。「障害受容とはあきらめでも居直りでもなく、障害に対する価値観の転換であり、障害をもつことが自己の全体として人間的価値を低下させるものではないとの認識と体得を通じて、恥の意識や劣等感を克服し、積極的な生活態度に転ずること。」と上田氏1)は定義しているが、あるがままの自分を受入れて、劣等感に苛まれるのではなく素直に周囲の人たちの支援を受け入れることで、その人らしく積極的な生活が実現できるのではと考え、本事業所でも就労支援の課題の1つとして「障害者自身の障害受容」についての支援に取り組んでいきたい。 【参考文献】 1)上田敏:障害受容-その本質と諸段階について,総合リハ8巻7号,515-521 (1980 ) 【連絡先】 いわき生野学園 Tel:06-6753-1121 e-mail:iwkikn@crest.ocn.ne.jp p.126 知的障がい者Aさんのトライアル雇用3ヶ月の軌跡〜ジョブコーチもワンアップ!〜 ○山下 直子(社会福祉法人阪神福祉事業団 ななくさ育成園 企業在籍型職場適応援助者)  川溿 孝行(社会福祉法人阪神福祉事業団) 1 社会福祉法人阪神福祉事業団 (1) 概要 当法人は昭和39年4月、兵庫県西宮市に社会福祉法人阪神福祉事業団(以下「事業団」という。)として開設された。事業としては社会福祉事業であり障害児入所施設併設障害者支援施設1か所、障害者支援施設3か所、救護施設1か所、特別養護老人ホーム1か所を運営している。その他、診療所、給食センターの運営や短期入所事業や相談支援事業、居宅介護支援事業等も実施している。職員数は約320名、施設を利用されている方が約560名である。 (2)ななくさ育成園 ななくさ育成園(以下「育成園」という。)は障害者支援施設であり、主たる対象者は知的障害者である。定員は140人であり令和元年8月1日現在で127人の方が生活されている。育成園内に職場適応援助者(以下「企業型JC」という。)が2名配属されている。 2 Aさんの紹介 Aさん、男性、20代、軽度の知的障害。平成30年10月、事業団内の相談支援を行っている事業所から紹介を受ける。平成30年11月、就労継続支援B型事業所(以下「就労B」という。)に通っているAさんと面談した。野菜の計量や仕分けを行いながら周りのメンバーに声をかけ協力し合いながらテキパキと働いている姿が印象的であった。また、就労意欲があるのを確認する。ただ、初めてのことには強い不安を抱き、繰り返し職員に同じことを尋ねる確認行為が多いことや就労Bと育成園で行う仕事内容が全く違うため本人ができるかどうかの不安要素が大きく残る面談となった。 3 実習を経てトライアル雇用へ 平成31年3月4日から15日までの10日間、実習を行った。Aさんが育成園を実習先に選んだ理由は以前通っていた就労Bより自宅から近いことや企業型JCが配置されているというサポート体制に興味を持たれていた。しかし、就労Bで行っていた作業とは違い、現場職員の業務補助として清掃業務中心の実習内容であった。Aさんにとって今まであまり清掃をしたことがなく初めての経験となった。 面談時に聞いていた通り、はじめの1週目では確認行為は多かったが、2週目からは本人が自信を持って行動できるような声掛けを3日目以降から行ってきたことや本人自身が実習内容を覚え、自ら動くことができ始めたことで確認行為は少なくなった。実習終了時の評価として、仕事面では清掃の丁寧さに欠けているが、まだまだスキルアップが望める状況にあると思われる。しかし、体調面では申し分なく、フルタイムの実習を全日程休むことなく終えることができた。職業リハビリテーションの階層構造に当てはめると基本的労働習慣の体力面や体調管理、生活リズムといった点では十分であった。しかし、マナーや身だしなみといった点に課題があり、Aさんやご家族からの働くことに対する不安要素もあったことからトライアル雇用での採用となった。 4 トライアル雇用から本採用 (1)開始から1回目評価までの様子 最初の1か月は訪問型職場適応援助者(以下「訪問型JC」という。)が週3回訪問し、企業型JCとAさんとの信頼関係を構築するため訪問型JCが架け橋となって、信頼関係を築く支援を中心に行った。仕事面では、今まで一人で働いたことがなく「さびしい」等の声を漏らすことがあり、訪問型JC・企業型JCがAさんの支援を行っていると仕事に集中できず話し出すことが続いた。また、実習時の評価で清掃の丁寧さに欠けていたため、清掃を重点的に支援した。Aさんは発達性強調運動障害であり、手先の運動が苦手であった。この障害特性も相まってか、清掃に対して綺麗にするという感覚があまり感じられずAさん自身も清掃を避ける姿や不安な様子が見られた。その為、清掃を集中的に行う時間を業務時間中に組み込み、不安等を解消できるように取り組んだ。 トライアル雇用での採用1か月後、企業型JC2名で評価を行った。評価は事業団独自で作成したものを使用している。評価項目の中で最も低かったのが、「作業の正確性」であり、これは清掃を避けたいといった不安要素が抜けていないことが挙げられる。次に「身だしなみ」について、実習中と比べ企業型JCが常にAさんのそばにいる状態ではないことから、無意識に服装が乱れてしまいAさん自身も直す意識がないことが評価で分かった。最後に「職場のルールの理解」の中で苦手な清掃時間を減らし次の業務を行っており、自己解釈でルールを変更していることがあった。 (2)1回目の評価を受けて2回目の評価までの支援 2回目の評価に向けて企業型JCの集中支援を開始した。 まず、「社会人としてのマナー」の身だしなみについて、休憩室に全身鏡を置き、イラストを貼り、本人が意識でき p.127 るようにした。手先が不器用でも身だしなみについてAさん自身で意識することに支援を行った。支援開始時は企業型JCの声掛けが必要であったが、次第にAさん自身でポロシャツのボタンを留めたり、ズボンが下がってくるとあげたりして意識するような姿が見られ始めた。 写真:身だしなみへの支援 6月下旬頃、Aさんと現場職員のやりとりをたまたま企業型JCが見た際に本来決めていたルールとは違うことをしていた。そのことを企業型JCがAさんに指摘したことで、「もうこんなところは嫌だ」「なんで掃除ばっかしないといけないのか」「職員がしたらいいじゃないか」と声を荒げることがあった。企業型JCとしてAさんと現場職員がどのようなやりとりをしていたのかを確認しなかったことや日頃からAさんとのコミュニケーションが十分ではなく、Aさんと何でも話せる関係ができていなかったことを痛感した。しかし、Aさん自身も育成園の職員であることを理解してもらうための意識改革を行った。育成園は施設の老朽化が進み、令和元年10月に宝塚市に移転することが決まっている。「新しい場所」に一緒に行きたいこと、現場職員はAさんがいないと困ってしまうことなど、前向きな話を行うようにした。また、清掃を集中して行う時間について、本人と話をしている中で「やならければならない」というプレッシャーを感じていたことを知り、呼び名を「チャレンジタイム」から「掃除の時間」に変更を行った。ただの名称変更と思われるかもしれないが、名前を変更してからは、掃除の時間の前に集中力が途切れることもなく積極的に清掃を行うようになった。 (3)2回目の評価から3回目の評価、そして本採用へ 業務内容を覚え始め、周りの職員の動きが分かるようになると「自分がやったほうが職員は助かるのではないか」と考え、自ら積極的に仕事を行うようになってきた。 清掃方法について指摘を受けると泣きながら叫ぶことが数回見られたが、企業型JCと面談する機会を設けてからは情緒不安定になる回数が減った。自分の気持ちを正直に話す時間を作ることがAさんにとって必要不可欠な支援であった。 清掃に関して、仕事の量は問題ないが、質を求められるとまだまだ課題がある。本人の障害特性上、身体をうまく使えないが、「丁寧に行う」とはまた別の課題であるため今後も引き続き支援を行っていきたい。 毎日の業務を行っている姿やトライアル雇用期間の3か月を通してのAさんを振り返ると大きく成長したと思う。一緒に移転に向けて一緒に働きましょうと声をかけた。 5 企業型JCのワンアップポイント 採用後は訪問型JCが集中支援で入って頂いていた。訪問型JCも支援計画を立てていたことやAさんに以前から関わっていた相談員もおり、多種が混在していた。企業型JCがどのタイミングで関わっていくのか難しい状況であった。また、お互いが持っている情報を交換・共有しないまま支援に携わっていたこともあり、訪問型や企業型に捉われずにAさんに対して包括的にかかわる大切さを実感した。 本人に合った道具の選定について、掃除を行う際、ほうきとちりとりを準備していた。発達性協調運動障害のAさんにとって、ほうきで掃くということに難しさを覚えていたが、道具を適切に使うことで大きな効果が得られることの理解や屋内に限らず多くの場所で活用できることを踏まえてほうきとちりとりの使用を行っていた。しかし、本人が苦手としているほうきより使いやすい道具を提供したほうがよいのではないかという気づきを得た。以後は本人が掃除しやすい道具であり且つ綺麗に掃除ができるようになる道具を双方から検討し道具の選定を行っている。 今まで障害者雇用のメンバーで評価を行っていたことはあったが、評価の内容を第三者に伝える際にどのように伝えればよいのかを今回のトライアル雇用期間中に検討した。結果、数値化することで視覚化も可能であり、以前との変化を一目で確認できる利点が挙げられる。評価をする際は1人で行わずに2人で実施すること、できるだけ主観的な視点を省くことができるように努めた。本人にも数値だけでなく、グラフの大きさが大きくなるように頑張ろうと働きかけることで、2・3回目の評価を楽しみに待っていた。 6 まとめ Aさんは本採用になり「頑張って働きたい」と働くことに意欲を向上させていることや、職員と同じ時間働きたい、自分にできることをもっと増やして職員の負担を減らしたいと話しており、その気持ちが今後のAさんを成長させると感じている。一方で、年齢も若く大きな可能性を秘めていることから、ここで働きながら自分に向いている仕事ややりたい仕事が見つかった際には、企業としてしっかりと背中をおしてあげたい。新しいことに不安を覚えたり、障害特性上困難さを覚えたりすることでも支援を受けることで「できなかったこと」が「できること」に変わるということをAさんには知って欲しい。Aさんは「宝塚市に行っても楽しく仕事がしたい」と言い、現在の仕事に励んでいる。環境の変化に対して不安はないように見えるが、今の意気込みで移転後も頑張って欲しいと期待している。 【連絡先】 山下直子e-mail:ikuseien@nanakusa.or.jp p.128 障がいを有する社員の家族との相互理解の深耕と職場定着支援強化を目的としたイベント「家族参観」への取り組み(ES向上) ○井口智義(みずほビジネス・チャレンジド株式会社企画部職場定着支援チーム チーフマネージャー)  出澤美恵子・清水精(みずほビジネス・チャレンジド株式会社) 1 はじめに 厚生労働省の「平成30年障がい者雇用状況の集計結果 1)」によると、平成30年6月1日現在での全国の特例子会社数は486社、そこに32,518人の障がい者の方々が日々業務に従事されている。特例子会社の多くは障がい者社員の家族(以下「家族」という。)と直接的な関わりを持つことで円滑な定着支援を実践されていると推察される。 しかしながら、当社は設立当初から障がいを持つ社員に対して「ひとりの自立した社会人」、「会社はプライベート(家庭)には踏み込まない」ことと、企業理念である「社員あっての会社」を意識した支援を実践し、直接的には家族との接点を持たず、家族との連絡・調整・生活支援は支援機関に担って頂くといった「家族⇔支援機関⇔会社」の三位一体支援体制を軸として行ってきた。 2 拡がる多様化と「家族参観」の実施提案 設立当初の社員構成の主たる障がい種別は身体であったが、社員数の増加とともに大きく変化し、現在では知的、精神の割合が8割と急増している(図1参照)。 この間、拠点も増加し各拠点に常駐する社内ジョブコーチ(以下「JC」という。)も計36名(2019年8月31日現在)となり、社員の多様な障がい特性に配慮した支援・指導が必要となっている。同時に多様化の進展により、メンタルケアが必要な社員も増加傾向にある為、JCの更なる専門性が必要とされている。 その中で知的障がい社員が多く在籍する大手町業務部では、家庭環境や成育に起因し、心身が不安定な状態に陥る社員が複数名発生したことから、JC間で今後の定着支援強化策を検討・協議。 結果、「ながくはたらく(職場環境の提供)」を軸として捉え、それを実現するためには「ご家族との関わり(情報共有・相互理解)」が必要かつ重要であるとの結論に達し、従来の「三位一体支援体制」を踏まえつつも一歩踏み込んだ、独自の施策として全社に先駆けて「家族参観」を企画するに至った。 3 提案から承認・実施まで 大手町業務部のJCが企画した「家族参観」は、社内管理職間で協議・検討する過程において様々な議論がなされ、承認までに相当の時間を要した。 これは当社の基本的な支援の考え方である「三位一体支援体制」が定着し、既成概念を崩さないまま今日に至っていることが大きく起因している。 管理職からの意見の多くは以下の理由から実施に否定的なものが多く、その中で大手町業務部長は配下のJCの提案を実現すべく、孤軍奮闘するかたちで管理職間の議論を続けた。 ・当社は設立当初より家族とは直接的に関わりを持たない「三位一体体制」での支援を維持してきた。この体制を逸脱することには抵抗がある。 ・家庭環境により参加できない家族がいる社員への配慮はどうするのか。 ・社員も多様化し、家族と直接的に関わる重要性は認識しているため否定しないが、他の拠点を巻き込んだ拡大実施は時期尚早。 最終的に管理職間で出た懸念事項に配慮をするかたちでの枠組みを前提に実施の運びとなった。 図1 障がい種別従業員数の推移(1998〜2019) 4 「家族参観」実施概要と目的 (1)実施概要 □開催日2019年3〜4月に計3回実施 □参加者数29名(家族20名/支援機関担当者9名) □内容会社案内DVD視聴/業務見学・説明/JC面談等 □「家族⇔支援機関⇔会社」の三位一体支援体制を維持し複雑な家庭環境を持つ社員の気持ちにも配慮した上で実施。 (2) 目的 ・ご子息・ご令嬢の社会で活躍する生の姿を見ることでご p.129 家族に感動や安心を得ていただく。 ⇒結果、この会社にながくはたらかせたいと感じていただく。 ・職場での働き方を見ていただき、ご家庭では知りえない本人の特性を知っていただく。 ⇒ご家庭での今後の教育に活かす(家庭と会社の連携) ・直接の相互コミュニケーション機会の創出提供。 ⇒本人に対する丁寧な指導の様子を知っていただき、ご家族を含めた帰属意識が高まって欲しい。 ※結果として、会社の「ながくはたらく」環境の様子を知っていただく。 5 「家族参観」運営上の留意点 (1)社員の意向尊重 社員全員(41名)に対し個別説明を行い、肯定的な反応を示した社員のご家族のみに案内。 (2)三位一体体制維持 ご家族に対する案内は支援機関を通じて実施。参加を希望する支援機関担当者がいれば喜んでお越しいただく。 (3)家族不参加の社員に対する配慮の徹底 計3回の家族参観を全て“サイレント”で(見学者が家族であることの事実を社員に伏せて)実施。 6「家族参観」の生の声 参加された社員15名のご家族20名全員と担当JC6名が各々面談を行い、予想していなかった情報を含め、以下の様々な感想や意見を伺えたことは、ご家族、JC双方にとって従来の思い込みを解消する、大変貴重かつ重要な場となった(図2参照)。 図2 面談で多く出たご家族からの感想・意見 ・職場(仕事をしている姿)を見学できるとは思っていなかったので嬉しかった。 ・生き生きと働いている姿を見て安心した。 ・「迷惑を掛けているのでは」と思っていたが、これほど成長させていただいてありがたい。 ・自宅では整理整頓ができないのに職場ではできていたことに驚いた。 ・休日は服薬をせず覚醒状態が低いため自宅との様子の違いに驚いた。 ・自宅では殆ど仕事の話をしない為、実際の業務を見ることができて良かった。 ・食堂や休憩スペース等、とても良い環境で働かせていただいていることで安心した(感謝している)。 ・実際に業務をしている姿を見て、こんなにテキパキと仕事をしているのかと驚いた(嬉しかった)。 ・担当JCと話をする機会を持つことができて良かった。 7 「家族参観」実施を振り返って (1)家族との会話 従来は心身の不調を始めとする社員のトラブルや問題が発生したときのみ、ご家族に会社にお越しいただいて面談を行っていたが、今回は初めて”平時”に親御さんと接点を持つ機会を作ったことにより、親御さんに非常に好評で支援機関にも「みずほ」の良さをご理解いただく良い機会が創出できた。 面談中に涙を流す親御さんや、「次回は夫婦で参加したい」というお言葉等、温かみを感じていただける試みであったとともに、間接的に社員の帰属意識向上の効果も感じられた。 (2)相互連携 支援機関にも参加いただき、「家族⇔支援機関⇔会社」の三位一体支援体制における支援機関の役割や重要性を三者間で再確認できたことで、今後の支援体制の強化に繋がっていくものと思われる。 次回、安定就労に向けて家庭でのサポートが必要な全ての社員のご家族に参加いただけるよう、支援機関との更なる連携強化と情報共有の必要性を感じた。 (3)ダイレクトコミュニケーション 社内で逆風を受けての実施となったが、当初の予想を遥かに上回るご家族のポジティブな反響があり、参加された全てのご家族の真のニーズを掘り起こすことができたと同時に、お子様に対する深い愛情をJCが再認識できたことも非常に有意義であった。 社員が「ながくはたらく」ことを支援できるツールをJCが得られたことは大きな成果であり、新たな支援体制を検討・構築する意味でもよい機会となった。 また、この結果を以って社内の否定的な意見が肯定的な考え方へと変わりつつあり、ノウハウを社内展開することで全社的な取り組みとして2019年度下期に他拠点に於いても実施する運びとなった。 今後も全社的にご家族を含めて社員が「ながくはたらく」より良い環境作りに努めて参りたい。 【参考文献】 1)厚生労働省 平成30年 障害者雇用状況の集計結果 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_04359.html p.130 デイケア型就労支援モデル立ち上げの経緯と今後について ○関谷 俊幸(医療法人社団欣助会 吉祥寺病院作業療法士)  石橋 亜希子・小野沢 貴子・清澤 康伸(医療法人社団欣助会 吉祥寺病院) 1 はじめに 医療法人社団欣助会 吉祥寺病院は1954年に開設した、東京都の調布市と三鷹市の境目にある精神科単科の病院である。医療的治療のみならず、社会的治療として「家族会」の導入や社会復帰センター(リハビリテーション)の設置など早くから行ってきた。また、入院治療では、精神科救急病棟(スーパー救急病棟)と精神科急性期治療棟を備え早期治療・早期介入を行っている。 デイケアでは、以前から就労を希望するメンバーに対しハローワーク(以下「HW」という。)同行や就労支援事業所への移行支援という形で就労支援を実施してきた。しかし、デイケア⇒就労支援事業所への流れの中で新たな人間関係の構築や評価など就労までに時間がかかり、モチベーションが低下するケースが多くみられた。また、就労移行事業所から就労するも、中々定着せず医療機関との連携もタイムリーに行えずデイケアを再利用するケースも少なくない。 その中で今回医療機関の強みを活かした『デイケア型ワンストップ就労支援プログラム』を立ち上げたので報告する。 2 立ち上げの経緯 厚生労働省が提言する『福祉、教育、医療から雇用への移行推進事業』の中において医療から雇用への流れが推進されている。 内閣府、厚生労働省が、『福祉から雇用へ推進5か年計画』を平成19年に提言。その流れを汲み現在、内閣府、厚生労働省は、 ・生活支援と就労支援、医療の支援の一体したモデル(平成26年3月31日厚生労働省告示第137号、障害者雇用対策基本方針第2-4-2、第4-5-2) ・医療機関における就労支援の取り組み・連携を促進するモデル構築(平成26年3月31日厚生労働省告示第137号、障害者雇用対策基本方針 第4-5-4) ・福祉、教育、医療等から雇用への一層の推進のために、HWや地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センターを始めとする地域の関係機関が密接に連携して職場実習の推進や雇用前の雇入れ支援から雇用後の職場定着支援までの一貫した支援を実施する。 (平成30年3月障害者基本計画4‐8-(1)‐1) の一連の法律群により精神障害者の就労支援について医療機関によるその重要性が指摘されている。 また、平成27年度より「一部HWが、精神科医療機関とチームを組み、当該医療機関を利用する精神障害者の就労を支援するモデル事業を実施して、就労率70%の成果を上げている(全国厚生労働関係部局長会議平成30年1月厚生労働省職業安定局より)」。 さらに、平成31年4月に日本医師会総合政策研究機構より発表された『日本の医療のグランドデザイン2030』の中で、「就労支援強化デイケアの確立が急務であり、デイケアにジョブコーチやEmployment Specialist(以下「ES」という。)を配置し、プログラムの開発、実施、精神障碍者の可能性と希望の優先、就労企業確保、HW等関係機関との調整等により、就労強化の実現が可能であるとうたわれている(4-(6)-⑦-オより)。」 そして何よりも、当院デイケアを利用されている多くのメンバーが就労を希望している。 上記の流れを踏まえ、医療から雇用そして定着までを行う『デイケア型ワンストップ就労支援プログラム』を立ち上げることにした。 3 デイケア型ワンストップ就労支援プログラムの概要 (1)本人への支援体制について 今回の立ち上げにあたり、今まで行ってきた『個別担当制』を見直し、主にプログラムの運営や職場開拓、就労後の企業調整などを行う『就労支援担当(ES)』を新たに配置した。また、生活基盤の調整や症状コントロールのためのストレスマネジメントを行う『生活支援担当のCase Maneger(以下「CM」という。)』とチームを組み支援していく体制を構築した。 そして、このチームと精神科医師・看護師・公認心理師・作業療法士・精神保健福祉士の5職種から構成される専門的多職種チーム(Multi Disciplinary Team(以下「MDT」という。)が定期的に本人のニーズを汲み取り、支援計画の作成、進捗状況の確認、本人の症状をモニタリングしながら働き続けるための支援の強化を図った。 (2)就労プログラムについて 就労プログラムでは、今までの居場所的な要素をなくし、意図的に負荷をかけ就労後に必要となるストレス対処スキル(職場・プライベート)・セルフケアやセルフモニタリングなどの自己管理能力・理解や働くことの意味・ポジティブな社交性など『就労ができる』ではなく本人の自己 p.131 実現のために『就労して働き続けることができる』ための就労準備性を意識したものとした。このメインプログラムと合わせ論理的思考を養う『ロジカルシンキング』、プレゼンテーション力・調べる力・協力して作業する力を養う『企業研究』の三つの柱で構成している。 表1 就労プログラム概略 表2 就労プログラムスケジュール (3)職場開拓とマッチング 一般的にHWなどで公開されている求人の多くは個別化されたものではなく一般化されたもののため、障害者本人が求人に合わせることになる。その結果、無理をして働くことも少なくなく勤務継続が難しくなることもある。 当院ではこれらを踏まえ、ESがHWと連携を取り職場開拓から個別の求人を使い非公開求人にて支援を行っていく。 (4)企業支援について 会社の現状・障害者雇用のこれまでの取り組み・困ったこと・今後の方向性を伺い、過去の成功事例を含め企業が独自に雇用できるシステム・キャリア支援の提供やリスクマネージメント・リスクヘッジの説明と運用の提案を行う。 また、医療の強みである症状悪化時の早期対応支援について説明を行う。 4 まとめ 平成30年4月より精神障害者の雇用に関して法定雇用率の基礎対象となり、精神障害者の雇用はますます促進するとともに、医療から就労の流れもより一層求められてくる。 そんな中当院では今回新たにESを雇用し、7月よりデイケア型ワンストップ就労プログラムを立ち上げた。 今回本人への支援体制を見直しESとCMのチームにしたことで、支援の役割が明確なりまた、MDTを行うことで多面的な視点で本人の支援を行えたと考える。そして、CMの支援では障害でなく、ストレングスの視点へ目を向け本人の可能性を広げる関わりにシフトチェンジしていった。今回支援者が今までの行ってきた支援との変化に戸惑う一面もあり、支援者のパラダイムシフトが必要と感じている。そして、当院における就労支援の発展に向け、ESの人材育成が急務でありOJTを通じ企業のスピード感や企業の視点を意識した就労支援を学んでいく必要がある。 今後について、入院治療から就労を意識したかかわりを病院全体で持ち、入院から退院・就労から定着まで切れ目のない支援の体制を構築していきたいと考えている。 【連絡先】 関谷 俊幸 医療法人社団欣助会 吉祥寺病院 デイケア・ナイトケア室 〒182-0011 東京都調布市深大寺北町4−17−1 TEL:042-452-8170(直通) e-mail:kichijojidcnc@gmail.com p.132 医療機関における就労支援システムの構築 〜医療から社会参加へシームレスな支援を目指して〜 ○垂下 直樹(浜松市リハビリテーション病院 リハビリテーション部作業療法士) 1 はじめに 当院で行っている就労支援の課題は、標準化かつ統一された支援体制が整っていないことである。そのため、入院リハビリから外来リハビリ、ボランティアや障害者雇用など資源はあるものの、各領域での連携は不十分であり担当スタッフの判断に委ねて解決することが多かった。 そこで今回は、新しく検討している当院独自の取り組みについて、事例を含めて紹介すると共に、今後の展望に関して報告する。 2 就労支援に対する当院での取り組み 当院では、就労・復職希望者に対して入院リハビリ・外来リハビリ・ボランティア制度・障害者雇用の取り組みがある。各領域における役割は以下の通りである。 (1)入院リハビリ ・障害像の明確化 ・日常生活活動(以下「ADL」という。)、手段的日常生活動作(以下「IADL」という。)の評価・訓練 (2)外来リハビリ ・職業準備性の向上 ・地域(相談支援事業所、障害者就業・生活支援センター等)との連携、企業との面談 ・運転再開やバス利用等の通勤支援 (3)ボランティア ア 目的 社会参加の場(外出する習慣づけや他者とのコミュニケーションを促進) イ 枠組み 午前9:30〜11:30、午後13:30〜15:30までの2時間。土日祝日は除く平日5日間。曜日や参加日数は本人と相談。 ウ 作業内容 入院患者に渡す家屋情報用紙の折り込み(写真1)や、病棟から依頼されたテープカット(写真2)等があり、可能な範囲でその人の能力を確認しながら提供している。 写真1:家屋情報用紙の折り込み作業 写真2:テープカット (4)障害者雇用 厚生労働省が定める、障害者雇用制度の枠組みでの雇用。2019年の7月現在、当院での障害者雇者は6名で雇用率は1.95%である。 対象者は、リハビリ事務、清掃、通所リハビリ等に配属され、本人の適性にあった内容を業務として提供している。 3 事例1 前述の内の一人の経過を以下に紹介する。 【事例】50歳代女性 【診断名】脳梗塞、高次脳機能障害(失語、記憶障害) 【職業】ヨガのインストラクター 【経過】当院退院後、就労・運転再開を目的に外来リハビリを開始した。元の職場であるヨガ教室は閉じる方向であったため新たな社会参加の場が必要であった。そこで当院での雇用の話が浮上した。しかし、支援の中心となる部門が決まっておらず、OTと総務との連携に時間を要した。また、連携が上手く進まないことで、業務のマッチング前に部署が決まっている状態となり、対応は後手にまわる状況であった。半年程度調整の期間を必要とした後に、ジョブコーチの支援も受けて、現在は通所リハビリ部門の業務を行っている。 【主な業務】プリント類の印刷、PCでの入力作業、対象者の体温計測、マニュアルを見ながらストレッチの指導等多岐にわたる(写真3、4)。 【課題】支援を主導する部門が不確定であり、雇用までの見通しが立てづらかった。評価も不十分であり、雇用時の作業選択や、雇用後もジョブコーチに任せきりになるなど全体的に場当たり的な支援となっていた。 写真3:訓練補助場面 写真4:事務作業 4 当院における課題 事例も含め、現状の課題は以下の点が挙げられる。 <システム面の課題> ①各時期で個々に動いており、統一された体制がない ②どのような対象者をいつ、どこに支援を繋げるかなど 評価を含めて一定の基準がない ③H30年度の診療報酬・介護報酬の同時改定により、 入院から外来への移行が複雑になっている ④障害者雇用から、一般雇用へのステップアップの 不明確さ p.133 <支援者教育に関する課題> ①支援経験が少ないことによるスタッフのスキル不足 ② 作業療法士(以下「OT」という。)が50名を超える現場での就労支援に対する認識の差 5 これからの支援体制について 上記の課題を踏まえ、現在システムを構築中である。また、それぞれの課題に対して次の取り組みを行っている。 (1)システム面の課題に対して OT部門内で、就労支援のワーキンググループ(以下WG)を立ち上げており、まずはOT内で就労支援システムの流れを周知するためにフローチャートを作成した。 また、WGのメンバーを各病棟に一人ずつ配置している。目的は、就労を希望する人の見落としをなくすこと、各病棟での相談窓口となることである。他職種への周知・連携は引き続き検討課題である。 ボランティア制度に関しては、就労に向けた模擬的な作業も体験できるように院内から作業の切り出しを検討している。現在はリハビリ部門・外来看護部門から作業依頼を受けているが、今後はその他の部署にも理解を得て、作業を切り出していく必要がある。切り出された作業に段階付けて、ステップを作ることで、対象者のキャリアアップにも繋がることも考えている。 障害者雇用に関しては、当院で完結するのではなく、一般雇用へのステップアップの場としても検討しているが、評価を含む基準や、地域連携等、課題は多く検討を重ねていく必要がある。 (2)支援者教育に関する課題 まずは外来へ移行された対象者の帰結先を入院スタッフへのフィードバックする取り組みを行っている。目的は入院中に想定した生活イメージと退院後の生活の違いに関して認識を深め、臨床に活かすことである。また、評価方法を統一化するために、作業評価として今年度から導入されたワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)を利用することを検討している。入院中に簡易版を実施し、問題点などを対象者と共有した上で申し送りに利用し、次の外来リハビリへシームレスな支援となることを期待している。 さらに、システム面・支援者教育面の共通の対策として年内に院内での勉強会を予定している。そこでは、就労支援に対する基本的な流れ、前述のフローチャートに関する説明や当院の課題を院内全体で共有することを目的としている。 6 事例2 次に紹介する事例は、今後新しく障害者雇用を考えている方である。 【事例】50歳代女性 【診断名】くも膜下出血(両側側頭葉から後頭葉にかけての出血)、複視、高次脳機能障害(失語・注意障害) 【職業】自営業(バルーンアート) 【経過】X年にくも膜下出血を発症。その後急性期・回復期を経て外来リハビリでOTと言語療法(以下「ST」という。)を40分×週1-2回実施。自宅での家事動作や、公共交通機関の利用等、目標が達成されたため当院ボランティアへ移行。ボランティアを継続していく中で、入院時より聞かれていた、「将来的には働きたい」といった希望を再確認し、当院の障害者雇用の話を提案。今後は、再度外来リハビリを開始して、まずは就労に向けたインテーク面接や、MWSでの作業評価等を行う予定となっている。 今までの課題も踏まえて、今後の支援は以下のように検討している。 ① 院内へのシステムの周知活動(各部署との連携改善を目的に行う。) ② MWSでの作業評価(業務選択の参考基準に) ③ 業務とのマッチング(作業評価の結果を基にOTが中心となり検討) ④ ジョブコーチとの事例検討会(医療現場と雇用現場の視点の擦り合わせ) 7 今後の展望 今後は、入院から外来リハビリ、ボランティア、障害者雇用とスムーズに継続した支援が行えるシステムとなるために、今回挙げた以外にも下記の課題を検討する必要がある。 (1)短期【全ての職種に就労支援を周知】 現在考えているシステムを運用していくために、総務や他の医療技術職等全ての職種に周知していくことが必要と考える。院内の研修会等を通してOT部門が就労支援に対しての中心的部門となることを目指したい。 (2)中長期【院内の他職種連携】 就労支援への理解が進んだ際に、どの部署がどのような役割を果たすのかを明確にしていく。情報共有の仕組み等、まずは院内でスムーズな支援へと繋げていきたい。 (3)長期【地域連携】 最終的には、当院独自のシステムと地域の支援機関がどのように関わっていくかが重要であると考えている。小川は、就労支援においては、関係機関が機能的に連携し、インテーク、アセスメント、職業紹介、マッチング、職場適応支援、職場定着支援の各プロセスが、一体的に進められることが理想である1)。また、峯尾は、われわれ医療機関スタッフは、対象者に関する医学的情報を伝える際、対象者、企業、支援機関の通訳者であるという意識をもつ必要がある2)。と述べている。現在、医療機関で就労支援の取り組みを組織的に行っている報告も少なく、高次脳機能障害をはじめとして対象者の支援に難渋することも予測される。そのため、今後当院独自のシステムが地域と連携していくことで、医療と福祉の橋渡し役として機能していくことが望ましいと考える。 【参考文献】 1)小川浩:制度と現状.総合リハ・43巻9号・867〜872.2015年9月 2)峯尾舞:医療機関における高次脳機能障害者および難病患者に 対する雇用に向けた支援.OTジャーナルVoL.50 No.5 2016年5月 【連絡先】 垂下 直樹 社会福祉法人聖隷福祉事業団 浜松市リハビリテーション病院リハビリテーション部 e-mail:n-tareshita@sis.seirei.or.jp p.134 障害者雇用の定着支援におけるダイアロジカルプラクティス 〜聞くを大切にする定着支援〜 ○後藤 智行(日本精神保健福祉士協会 発達障害プロジェクトチーム)  越智 勇次(障がい者就業・生活支援センターアイリス) 1 はじめに 発達障害支援において、重要なことは本人(発達障害を有している被支援者)のことをどれだけしっかりと知ることが出来るかということである。発達障害を理解するにあたり注意欠如多動性障害(以下「ADHD」という。)、自閉症スペクトラム症(以下「ASD」という。)、学習障害(以下「LD」という。)などの個別的な知識が一般的になっている。しかし、臨床においてADHDとASDの併発している状態が多く確認されるものの、一般的には個別的症状や対応法しか広まっていない。 その為、一般的な知識においての対応で支援を行っていくと、対応が困難な場面が出てくる。いわゆる「困難ケース」と言われるものである。「困難ケース」を定義すれば、支援者が困難を感じているのであって、被支援者が困難な人間ではないということである。発達障害支援には、この様な困難ケースと呼ばれるものが多く存在している。 就労支援においても同様に就職まではいくが、就労継続が困難なケースが少なくない。何故、その様なことが起きるかというと支援者を始め周囲の人間が、本人を知ろうとしないということである。 2 ダイアローグとは フィンランドで行われている対話的アプローチで、早期ダイアローグ、アンテシペーションダイアローグ(未来語りのダイアローグ)、オープンダイアローグという三つの有名なものがある。対話により様々なものを好転させていこうという試みである。 3 ダイアローグ実践を取り入れた理由 ダイアローグ実践において重要なことは、「聞く」と「話す」を分けるということである。通常のコミュニケーションにおいては人の話を聞きながら、聞き手側は回答や次の質問を考えたり、自分の話す番になる時の為の言葉集めを行っている。この様なことを行っていると話し手の言葉を集中して「聞く」ということが出来なくなる。また、専門職教育におけるコミュニケーション技術も邪魔なものになってくることがある。意味のないオウム返しや相槌、話し手の意図にない言い換えなどが行われている。そして、共感をしようと一生懸命になり、支援者自身の価値観や経験に近づけ、個人的な解釈になってしまうことがある。発達障害支援において、本人たちの感覚過敏やこだわりなどを上記の様な状態で理解していくと、本人が意図しているものと支援者などが考えて理解しているつもりになっているものとの齟齬が大きくなってしまう。 それらを防ぐために、「聞く」ということをしっかりと行っていく為、「(支援者が)話すために聞く」のではなく、「(支援者が)聞くために話す」というダイアローグ実践を取り入れた。 4 ダイアローグ実践の実際 今回、ダイアローグ実践を取り入れたのは、ハローワークと行うモデル事業で行った。筆者が所属する医療機関とハローワーク、障害者就業・生活支援センターのスタッフとデイケア利用の患者が就職し、行った定着支援の場面である。対象の患者は、ADHDやASDの患者に行っている。 通常の定着支援の場面では、様々な人が無作為に今の課題や就労前に心配していた課題等について話し合いが行われていく。例えば、「遅刻はしてないか」「忘れ物はしてないか」「音などは気にならないか」などの、マイナス要素の話になることが多い。そして、支援者などが気にしている課題でミーティングが終始進み、本人が話をしたいことや気になっていることが話しづらくなったり、話すのを忘れてしまってミーティングが終わることが多かった。 ミーティング参加者は、本人、人事、現場の管理者、ハローワーク職員、障害者就業・生活支援センタースタッフ、筆者の6人であった。 ダイアローグ実践を取り入れたミーティングの大きな流れは下記のようになる ①就業期間の中で良かったこと ②心配していること ③本人が心配を軽くするためにできること ④誰がどのように助けると心配が軽くなるか この流れを本人に聞き、他の参加者は黙って聞く。 その後、人事、現場の管理職に同様の質問をし、支援者側は聞くことに徹する。 次に支援者に、「一連の話を聞いてどの様に考えたか」を聞く。 そして最後に、本人に「今回の話をしてみてどうだったか」を聞いていく。 p.135 上記の様な流れで話を聞くことで、本人や職場のことをしっかりと聞くことが出来、知ることが出来る。 また、その後職場の方からの質問などは答える形を取っている。 5 考察 ダイアローグ実践を取りいれたことで、本人が話しをしたいことを聞くことができ、支援者の解釈ではなく知ることができる。また、周囲の人間が、本人が何を感じ、何を考えているのかを知ることが出来る。知ることで、周囲の対応が取りやすくなり、本人や周りにとっての環境が安定する。また、本人も最後までしっかりと聞いてもらえるという安心を得ることで、考えて話をすることが出来、話し忘れが少なくなる。 定着支援において実践を通し考えたことは、リハビリテーションを行っている時と実際に働いている時では、本人の時間は動き、本人も変化している。まずは動いて変化している状態を知らなければならない。支援者の認識は、リハビリテーション場面で止まりそこからの話になるので、本人との認識に齟齬がうまれる。だからこそ、「聞く」ということを大切にする定着支援が求められる。 p.136 休職をきっかけに深まった本人と企業在籍型ジョブコーチとの信頼関係 〜本人・企業在籍型ジョブコーチ・同僚の変化〜 ○藤原慎二(社会福祉法人阪神福祉事業団 企業在籍型職場適応援助者)  川溿 孝行・中野 弘仁(社会福祉法人阪神福祉事業団) 1 社会福祉法人阪神福祉事業団 (1)概要 阪神福祉事業団(以下「事業団」という。)は兵庫県の阪神間6市1町(尼崎市・西宮市・芦屋市・伊丹市・宝塚市・川西市・猪名川町)の地域住民の福祉の増進を図ることを目的として設立された社会福祉法人であり、障害者支援施設3ヵ所、障害児入所施設併設障害者支援施設1ヵ所、特別養護老人ホーム1ヵ所、救護施設1ヵ所、診療所、給食センターを運営している。 (2)給食センター セントラルキッチン方式で1回あたり約600食を一日12人の職員で調理し、刻み、荒刻み、ソフト食等利用者に合わせて加工し、食事を提供している。 2 採用時〜休職前まで (1)トライアル雇用期間 平成29年12月にA氏(精神障がい2級・男性・31歳)を給食センターでトライアル雇用にて受け入れをした。雇用前はグループホーム(以下「GH」という。)で生活をしながら、日中はGHを運営している法人の就労継続支援B型にて昼食調理の補助をしていたため、調理に慣れていた。トライアル雇用を始めて2週間ほど経過した時に、本人より「悪口が聞こえる」「あまり寝られない」等を話すことや、通勤時も眠気が強く、職場の最寄りバス停で降りられず乗り過ごすことがあった。 定期的に通院している精神科に企業在籍型ジョブコーチ(以下「JC」という。)も同行し通院すると、主治医から「本人の働く意欲が高く、働き続けながら調子を整えていくのが良い」との助言を受け、本人の状態を見ながら勤務時間の調整を行った。またGH世話人より本人の不調時のサイン(食欲がなくなる、睡眠時間が短くなる等)の情報を提供してもらい、本人の了承を得たJCと給食センターの役職者のみで共有した。 勤務前・勤務後の気分や、睡眠時間、服薬したかどうかを記入するチェックシートを作成し、出勤日にはJCとチェックシートを確認することを始める。 これらの支援を行うことで幻聴等もなくなり安定していき、トライアル雇用期間を延長し支援を継続していく。 (2)本雇用期間 トライアル雇用を開始し6ヵ月が過ぎ、簡単な指示で完結することができ、わからない作業があれば、周りの職員に確認しながら作業ができるようになったことから、トライアル雇用を終了し本雇用となる。 本雇用から4ヵ月を過ぎたある日のJCとの面談では、落ち着きがなくイライラとしていた。勤務が続き疲れのせいだと気に留めなかったが、翌週の面談でも同様であり、JCと職場の人間関係について話しをしていると目つきが鋭く、睨み、口調が荒くなり「(ケンカを)やるんか」と攻撃的になった。話題を変えて落ち着かせ帰宅させる。すぐにGHの世話人に連絡し報告をすると、世話人からは、GHの利用者間のトラブルから他の利用者にも、口調が荒く話すことがあったと報告を受けた。 JCに暴言を吐いた数週間後、本人を担当している相談員と電話をしていた際にも逆上し、その日は公休日にも関わらず、興奮した状態でわざわざ職場まで来て、暴言を繰り返してエスカレートしていった。その日のうちに相談員、JC、給食センターの上司とカンファレンスを開き、このままでは同僚への暴言等につながる恐れがあることから、GH世話人、主治医へ連絡を入れ、精神科へ通院するよう本人を説得しJCも病院に向かう。主治医からは入院の指示が出たため、母親にも連絡し医療保護入院となった。 3 休職中 休職中は生活支援のサポートは相談員に任せ、相談員が本人の面会に行った後は、JCと給食センターの上司と情報共有を行った。この期間にこれまで支援の振り返りを行った。 (1)JCの振り返り ア チェックシートを再確認 勤務前後に本人の状態を見るチェックシートをつけていたが、形式的になっており、本人の変化を見落としていることがわかった。入院前の2ヵ月程の平均睡眠時間が短時間になっていることや、ほとんど寝ずに出勤している日もあった(図)。 図 平均睡眠時間 また、本人よりコメントで「食欲がなくなっている」等の不調時のサインとも取れる記録があった。 p.137 イ 勤務時間・出勤日の変更 本人は入職時からフルタイムの働き方を望んでいたが、短時間(1日4時間)勤務から初め、職場・主治医と確認しながら、少しずつフルタイムへ近づくよう段階的に時間を延長したが、結果的に勤務時間が一定ではなくなり、本人への負担となった。 ウ 面談等支援全般について 面談時には精神面への影響を深く考えすぎ、言葉を選びながら話をし、気づいた事を伝えることが少なかった。 また、チェックリストに記載していることから、本人の変化を読み取ることができず、面談においても本音を聞き出すことができていなかった。本人にとって信頼できるJCではなかった。 (2)職場の振り返り 本人の業務内容を見直し、業務中の集中力・作業スピード等が持続する時間はいつまでか。給食センターとして必要な時間帯は何時なのか。業務量は適切なのかをJCと共に検証した。 4 退院・職場復帰へ 入院し2ヵ月程経過すると、一定の生活リズムで過ごし、病院内での面談等を行うことで、攻撃的な言動は見られなくなり、病院からの外出・外泊も可能となった。相談員が本人に面会に行き、話をすると職場復帰を望んでいると報告を受けた。その後状態が安定したことで、約3ヵ月間の入院生活を終え退院となった。 退院後は復帰にあたりJCと本人とで面談を行う。入院前の暴言等を覚えており、「こう言っても大丈夫だろう」と自分なりに判断し、抑えながら発言をしたが、だんだん言動が抑えられなくなったと話す。もう給食センターに戻ることはできないと考えていると話していた。 JCより、職場は本人の復帰を待っていることを伝え、職員には「状態の変化に気づくことができれば良かった」と言った職員、反対に攻撃的な態度を取っていたことで悪い印象を持っている職員の両者がいることも伝える。 「これまで積み上げてきた実績がマイナスになるため、もう入院はしたくない。給食センターで長く働き続けたい」と、本人の強い意志を確認したことで、JC・給食センターの上司とで復帰プランを作成する。 1ヵ月間のプランとし、「与えられた業務を確実に行い、同僚の信頼を回復させること」を目標設定し、本人と共有した。 前半の2週間はJCによる集中支援の時期として、業務中はJCも現場に入り、本人の様子を見守り、毎日業務終了後に面談と振り返りを行った。後半2週間は休職前の勤務条件に戻し、週5日勤務のうち、週2日・6.5時間、週3日・4時間とし、給食センターの役職者が中心となり、作業の見守り、勤務後は面談を行った。盛り付け数の間違 い等があったが大きなミスがなく、また、体力面に不安があったが、一つひとつの作業を集中して確実に取り組み問題なく乗り切り、雇用継続となった。勤務時間については、週5日・5時間としたことで、体力面も精神的にも余裕が生まれ、安定的に勤めることができている。 5 休職を経て見えてきたこと (1)JCの変化 これまでの支援内容について反省し、本人の変化に気づいた際には、些細な事でも隠さず伝えることとし、本人からもどのような事でも話をしてもらいたいと伝えた。 また、本人の要望・状態を重視するあまり支援が左右され、調整に追われたことから、雇用主として求める条件と、本人の現状を把握し、ブレない視点を持って、双方のバランスが取れるよう支援する事を強く意識するようになった。 (2)本人の変化 職場復帰の際には不安があったが、JCが現場におり安心できたと話している。以前のJCとの面談では「特にない」と良く言っていたが、「気が重たい」等本人の様子、細かな感情の変化等を話すようになった。また、JCと給食センターの役職者までに限定していた、不調時のサインを全職員に開示し、多くの人の目で見守って欲しいと言い、同僚を信頼し、支えを求め、少しずつ自己開示をするよう変化が見られた。 (3)同僚の変化 本人が休職していた間、他の職員が代わりに作業をし、業務全体が慌ただしくなったことから、本人の必要性を実感した同僚が多くいた。不調時のサインを全職員が理解することで本人の状態がわかり、安心して関わりを持つようになり、「もう入院させない」と本人の様子を気に掛け、声をかける職員が増えている。 6 定着に向けて 本人の休職を機に、それぞれが必要な存在であり、三者のどれも欠くことができない存在であることを実感した。お互いが支え合い、それぞれの考えや気づき、感情を共有することで、少しずつではあるが信頼関係が深まってきている。 今後は、服薬の有無の確認や睡眠時間の変動、表情、言動等、少しの変化も見落とさず、JC・本人・同僚、本人を取り巻く全ての人と情報を共有し、「入院しない(させない)、給食センターで長く働き続ける」ことを共通の目標に定め、日々の支援を続けていく。 【連絡先】 社会福祉法人阪神福祉事業団 078-903-1661 E-mail fujiwara@nanaksua.or.jp (担当:藤原) p.138 解離性同一性障害を抱える方の就労支援の実際事例 〜医療・チーム支援の必要性〜 ○岡本 由紀子(ハローワーク大和高田 精神障害者雇用トータルサポーター) 1 はじめに 解離性同一性障害とは「多重人格と呼ばれていたがDSM−VIで解離性同一性障害という診断名が採用された。近年の報告では多数の人格の症例がみられる。人格の交代が突然起こり、言葉つきや態度まで変わる。幼い人格、敵対する人格など様々で主人格は他の人格の記憶を持てないことが多い。そのため日常生活に記憶が欠如した時間を体験することになる。背景の一つに幼少期の虐待が指摘されている。」 2 支援の実際 以下に実際の支援事例である2事例を報告したい。 表1 対象者の年代と支援期間 表2 支援初期の病態 表3 自傷行為と健忘の有無 表4 背景 表5 当初の就労経験有無と経済状況 表6 虐待の種類と相手 表7 初期の相談:就労意欲と支援者の有無 表8 中盤の相談:就労意欲と支援者の有無 表9 支援結果(平成29年11月現在) 表10 支援定着(令和元年8月現在) p.139 3 考察 A子は最初から病識があり、主治医と相談の上でハローワークに来所した。一人暮らしであり自傷行為もみられたが、支援機関等の相談者がいたことはA子にとって就労意欲を高めることができた要因と思われ就労経験があったこともその後の就労がスムーズに進んだ事例と言える。 結果的には一度目の就労後に入院したことで退職となったが、デイケアの相談員が支援者として増えたことは再チャレンジの要になったと思われる。 ハローワークの精神障害者雇用トータルサポーター(以下「サポーター」という。)もA型就労支援事業所の見学同行や面接同行、診察同席、生活保護のワーカーやデイケア相談員交えてのカンファレンスを適宜開催したことも医療を交えた就労チーム支援のポイントだと考える。A子の就労支援は「医療」を柱とした就職支援と言える。 一方B子においては、最初の面談時は就職が決まらないことへの不安が強いとハローワークの学卒部門からの紹介でサポーターに繋がり、B子自身も自身の病気に気づいてはいなかった。半年以上に及ぶ面談の中でB子から人格の相談を受けることになった。「実は、自分の中に人がいてる」との発言だった。その後、慎重に就労の面談を重ねていく中でサポーター面談時に人格交代が起こるようになり、B子に対して医療の必要性を説明した。医療機関の情報提供の中でも心理のある医療機関情報を提供し、医療同行の運びとなった。 B子は自傷行為などはなく、解離性同一性障害の診断名はついたものの治療法は心理と月に一度の診察の方向になり、定期的に受診することが決まった。しかし、虐待発生の家庭で育っているB子が心の内を話せる相手が不在であり、数か月は家族に言えないままの通院となった。 この時点あたりから主治医から「就労により家族と過ごす時間が少なくなるならば」と福祉的就労の提案があり、再度医療同行を実施し、医師を交えて就労の方向性についてB子を交えて決定していった。 主治医からはいつでも家族への病状説明が可能であること、福祉的就労であれば問題ないという助言を受け、B子は妹に初めて病気の概要を自身で説明することができた。主治医より、心理への繋ぎの中でサポーター面談をいきなり切ってしまうことは心理的に負担になることから、病院の心理とのラポール形成ができるまで並行してサポーター面談を継続することはできないかと打診を受けた。終了前提であり、就労に必要な面談であれば問題ないことをB子と主治医に伝え、しばらくは医療の心理と並行する形での就労面談を継続した(連携を図りつつ)。現在は心理のみでサポーター面談は終了している。 一方、就労についてもB子自身から興味が示されA型就労支援事業所へ見学・面接同行を実施、その後採用となり就労を開始した。現在は2か所目のA型就労支援事業所で定着できている。 事業所へも本人の定着支援と同様に定着支援を行い、解離性同一性障害の病気についての理解を促している。 最後に、B子のケースでは初期は医療に繋がっておらず、自身の中の違和感にとどまっていた所からの支援となったこと、同時に支援機関や相談者全くいなかったスタートから開始し、今では妹やA型就労支援事業所の指導員や主治医・心理という医療への相談ができる環境の整備ができたことは、就労という部分だけでなく、B子のこれからの人生にとって大きな転機となったことだろう。 今回のケースのようにハローワークには少なくとも幼少期に虐待を受け、解離性同一性障害という後天的な病を抱えた求職者が来所されるという現実が少なからずある。 以上のことから就労に対する強度の不安や何らかの背景がある場合は、対象者の就職支援という狭い視点にとどまらず、求職者の背景や全体像をしっかりと把握しながらの面談を行い、病気が潜む場合はしっかりと医療機関を軸にした支援機関とのチーム支援が重要であると考える。 【参考文献】 1)田中信一:性的被害児の心理療法,日本箱庭療法学会(学会発表2007) p.140 私がスタッフに贈り続けていることばと、職場環境について 〜よりよい就労支援を目指した経営者のお話〜 ○加藤 宏昭(特定非営利活動法人ネクステージ 理事長) 1 笑顔・安心・はたらける♪ 弊社は創業の平成25年以来、「笑顔・安心・はたらける♪」の企業理念に基づき、従業員のはたらきやすい環境づくりを目指すことによって、ユーザーへのサービス向上を図ってまいりました。特に力を入れてきたことが、苦労の多い業種なので従業員への勇気づけと、存分に力を発揮でき安心してはたらける職場環境づくりです。今回は、6年間で学んだことや研究したことから、いくつかご紹介できたらと思います。 2 現場を勇気づけることばたち 「現場でどんどん判断してください」「必要と思うことは、全部やってください」「上司の顔色など気にしなくて全然かまいません」 現場では日々様々な変化が起こり、たくさんの判断を求められることもあります。困った方が目の前にいるときに、その場判断・決断し、責任をもってやり遂げることが、スタッフとしてのやりがいにつながると考えております。また、現場ですぐに相手の立場に立って考えることができるため、ユーザーとの信頼関係を築きやすいと考えています。 いわずもがなな気もしますが、現場で起こっていることは会議の場面では計り知れないので、「上司の顔色など気にしなくて大いに結構。現場でベストを尽くしてください」と話しています。 3 判断を勇気づけることばたち 「相手の立場で考えてください」「結果を問わずベスト尽くしてもらえたら十分です」「うまく行かなかった場合の責任はこちらで取ります」 就職後に環境が変化することで、今までになかったあらたな悩みに遭遇することがあります。また、困っている方がいるときに、その場で判断し行動ができることが、定着やフォローアップには欠かせません。失敗など気にせずに、存分に力を発揮してもらえる職場環境づくり。何かあった場合には、法人として受けていくことが、支援の最適化と、効率化、簡略化、現場の安心感の実現に貢献しています。 4 全体を勇気づけることばたち 「みなさんの活躍でこの事業所はここまで来れました」 「協力してことに当たっていきましょう」 「経験・知識ではなく、姿勢で評価します」 弊社では、就職活動だけでなく、アセスメントの一環として、対人関係形成や、作業の理解の仕方、手際、認知の仕方などを見ていくため、日中の作業を活用しています。フォローアップに関しては、「人件費をジャンジャンかけます」とも職場で話しているように、現場の裁量に任せて必要なサービスを必要なだけ提供してもらっています。その際に役立つのが、日中活動でえられた情報。そして、外に出ている職員の穴埋めをしてくれている、作業担当の職員たちです。すべてのスタッフの協力そのものを評価することで、作業担当の職員のモチベーションアップにもつながります。 また、弊社では創業以来新卒も含めて、私を除くすべてのスタッフは業界未経験者です。なれない業界で不安な面もあることは重々承知の上で、チームアプローチを強調することと、一生懸命やっている姿勢を評価していることをあえて言葉にすることで、安心して業務にはげめる環境づくりを目指しています。 5 なぜことばにこだわるのか? 私は社員時代にたくさんの方からはげましの言葉をいただき、支えられ、今日まで仕事をし続けることができました。中でも、代表者の一言は重く、力強い後押しになってきました。私も経営者になったのだから、法人理念「笑顔・安心・はたらける♪」の実現に向けて、従業員をはげましつづけられる経営者になろう、と思ったことがきっかけでした。 6 職場環境の工夫☆ 就労支援をしていると、いろいろな職場におじゃまし、はたらいている方の労働条件や労働環境にも気を配ります。その場合、自分自身のはたらいている職場環境が本人にとって苦労の多い環境ですと、相談を聞くたびに自分のことを自然と振り返ることや、同じく苦しい境遇の場合、ニーズに合った相談関係を結び最大の効果を発揮することは難しくなることでしょう。そういったことも踏まえ、弊社ではそもそもの職場環境をよい状態に整備することで、ユー p.141 ザーに対して良質なサービスを提供できるように、工夫をしております。以下で、弊社の正社員の待遇に含まれる主に福利厚生面についてご紹介します。 ・有給消化率100% ・残業は基本的にない ・MY休暇(理由を申告しなくてよい有給) ・土日出勤の場合は、時間数に関係なく翌週に振替休日 ・育児休暇は就学前まで取得可能 ・小学校卒業までは育児短時間勤務可能 ・二階建て労災で、通院休業なども幅広く保障 ・退職金積み立て型の養老保険加入 ・医療保険加入(出産時の短期入院も対応) 他にもスタッフ間のコミュニケーションの促進と、育休社員とのコミュニケーションと安心づくりのため、勤務時間中に食事会(定食のおいしい福祉事業所さん)を実施(私は職場でお留守番です…笑)。気兼ねなく話せる時間の確保と、勤務時間外はゆっくり休めるように配慮しています。 7 なぜ職場環境に気を配るのか? 同じスタッフが関わり続けてくれることで、①久しぶりに訪ねてくれたユーザーが安心できる、②スタッフ同士の助け合いがどんどん良くなる、③事業所内の環境やサービスの品質が維持されるなどなど、相対的に見てよいことづくめです。 弊社の場合、創業時に雇用した4名のうち、6年目に寿退社で地元に帰ったスタッフ以外は全員在職中です。そのうち一人は2回の出産を経験し、現在は育児休業期間に入っており、(現在待機児童のため)来年4月復職を目標に調整をしております。 育産休等をしっかりと保証することは、時代の要請的にも少子化時代を目の当たりに見て重要という考え方もありますが、弊社の場合はこの先も続いていく組織として「人を大切にする(ネクステージフィロソフィー2015より抜粋)」ことからはじめてほしいという、願いを込めてこれを実施しています。また、これから出産育児を迎えるスタッフにとっては、安心材料という側面もあります。 8 1000年先も人のくらしに役立ち続ける組織の DNA作り 最後にお話させていただくのは、未来についてです。私は日頃から、先の世も人のくらしに役立てる組織として存在してほしいと願っており、それこそが創業者だからできる、創業者にしかできない、創業者としての責任、このように考えているからです。たくさんの事業所が世にあふれる中で、志をもって、人のくらしを支えるフロントランナーとして、今と変わらずやさしい笑顔でユーザーの前に立っていてほしい。そのためには、よりよいサービスに結びつくような、職場環境づくりの研究は創業期からしっかりやっておきたいと考えております。 福祉の仕事は「人を助けたい!役に立ちたい!」そう願う志の高い方が、選ばれる場合が多いと思います。一人でも多くの方が「志に沿い、自己実現を果たし、退職後にこの仕事を選んでよかった」そう思ってもらえる職場であり続けられるよう、これからも精進してまいる所存です。 9 結びにかえて これからも末永いみなさんのご発展とご活躍をお祈り申し上げます。 ストーリーを開所してからの242日 お仕事をしはじめてからの7919日 出会ってくださったすべての方に、この場を借りて感謝申し上げますorz イラスト 合言葉は“笑顔・安心・はたらける♪” 令和元年11月吉日さつき p.142 夢を希望にするために 企業と就労移行支援の立場から専門職として働くための提案 〇高橋和子(有限会社芯和企業在籍型職場適応援助者)  柿沼 直人(Cocowa:就労移行支援事業所) 1 目的 有限会社芯和では、「仕事を用意してもらう人材」から「責任を持って貢献する人財」へ利用者本人が変革を遂げることを目的に、就労移行支援事業所を運営してきた。 障がいの有無にかかわらず企業で一人ひとりが主役として活躍できる人財育成をするため、就労移行支援として専門性を高め、これまでデザイナーを目指した様々な取り組みを行ってきた。その中で、社会で働いていくために重要な要素の一つとして、様々な経験をすることについての取り組みを紹介する。 さらに、就労移行支援として専門職への就職者を輩出してきた経験を活かし、自社での障害者雇用を開始した。企業で必要とされる人財を育成するためには、自社でも主役になることができる人財を育て、就労移行支援の利用者に対しても、将来像を描きやすくすることも可能になる。また、昨今の人口減少の中で人材の確保は厳しさを増している。障害者雇用に新たな可能性を見出すことを目的とする取り組みも紹介したい。 2 栃木県の人口状況 社会的に2030年問題が挙げられているが、栃木県内も同様に人口減少が存在する(図1)。生活習慣・家族の環境・ IoT・AI・ビッグデータの進化等で生まれる働き方の変化は、障害者雇用をとりまく環境でも起きると考えられる。 図1 引用元:2019年7月30日公表栃木県人口統計調査結果 障害を多様性の一つと捉え、個々を尊重し合い成長していく企業としての取り組みを実施した。 とちぎ障害者プラン21のアンケート調査結果(図2)では「現在仕事をしている」と回答した方は20.3%となっている。残りの79.7%の方の中には、社会に出て働きたいと いう思いはあるが、健康状態・職場の理解・働くための支援等さまざまな事情で働くことが難しい環境があると考察することができる。 図2 引用元:とちぎ障害者プラン21(2015〜2020)P30 3 栃木県内の障害者の雇用状況 平成31年4月発表の栃木労働局の調査では、平成 30年障害者雇用状況の集計結果 法定雇用率達成企業割合は54.9%で全国 23位となっている。 4 働くことを自ら「選択」することに「障害」は関係ない 働くことを決めた理由として、収入を得る・社会貢献・自己の能力アップ等さまざまな理由がある。 5 企業在籍型職場適応援助者としての役割 (1)多様性の尊重 通院などの状況で勤務日数の調整、障害の程度によって時間数の調整、その他コミュニケーションの調整等個々に合わせてさまざまな調整が必要になるが、これらの配慮は、障害者に限ったことではなく、個々の多様性の尊重の面から誰にでも必要なことであると考えることができる。 組織を形成する、そして社会を形成していくために、一方通行ではどちらかが疲れてしまうため、採用時には、主体性・協調性・会社と共に成長していく意識の発揮意欲を最も重視した。「障害だから」がスタートではなく「会社に責任をもって貢献」するがスタートである。 (2)採用時から始める PDCAの人づくり 採用時に働きたいスタイル・働く目的・業務遂行スキル実技試験を実施。 勤務開始後に、実際に働くことで気づく苦手な部分、やりたい業務を確認し、将来的に目指すスキルを取得するためにはどのようにしていくかのヒアリングを実施、会社と p.143 して習得してほしいスキルを伝え両者の一致する部分で会社と本人・お客様が共に成長するための展開を話合っていく。本人の好き、得意を重視する。苦手なことについては、他のスタッフの得意にも配慮し、定期的に業務再編を行っていく。 図 PDCAの人づくり (3)会社を支える事務職の専門家として成長を共に PDCAの一例として、当初電話対応を受けることは苦手だと話があったため、段階を踏んで実施した。 Step1 配送の連絡 Step2 連絡内容が決まっている得意先へ連絡 Step3 得意先の状況によっては電話対応が分かれる連絡 Step4 電話を受けて取次(別のスタッフに引継ぎ) Step5 電話を受けて、内容に対して担当に確認し返答 ↓段階を踏んでこの先に目指す方 商品知識・取引先状況に慣れてきたら担当者不在時の対応 表1 事務職の専門家として採用(精神障害手帳3級) 6 移行支援事業所の現場の取組と考察 就労後長く働いていくためには、デザイナー等として「人とつながっていく力」と「この仕事をやりたいという明確な意思」をもつ事を支援の方針として位置付けしている。この2つの事を身につけ・定着させる手段として、「エクシェア」を実施してきている。 日々の支援の現場からスタッフが新たにプログラムとして必要な事を構成し時代・メンバー・障害種別等にあった内容になるように改善し運用している。 取組みの一つとして、グループで一つの目的に対して、複数あるカードの情報を出し合いながら、目的を達成していく。求める力としては、ルールを守れる・適切なタイミングでカードの情報を話ができる力・最後までやり遂げる力等一つのワークから本人たちに得て欲しいスキルをワークから経験し、日々の作業に取り入れていくことで、本人が安心して就労やその取り巻く環境に一歩踏み出す際の背中を押すような内容になっている。 表2 主なプログラム 7 支援されて働くから、自分で決めて働くを(まとめ) 働きたいという想いには人それぞれ違いがあり、働き出した後、芽生えてくる社会的欲求がある。その欲求が満たされない時、孤独感や社会的不安などを感じ、先に進めなくなってしまう。自己実現を目指すには、本人自身が、壁にぶつかったときに自ら選択して実行していける力を身につけ、環境としては、企業と就労支援が早い段階から協力して取り組むことで、より主体的に活躍できる人材育成に繋がると考えている。 【参考文献】 1)構成労働省職業安定局:平成30年障害者雇用状況の集計結果 2)とちぎ障害者プラン21(2015〜2020) 【連絡先】 有限会社芯和 栃木県河内郡上三川町上蒲生2186-1 p.144 精神・発達障害者を対象とした就労支援者の育成 ○清澤 康伸(一般社団法人精神・発達障害者就労支援専門職育成協会 代表理事)  関根 理絵(一般社団法人精神・発達障害者就労支援専門職育成協会)  松為 信雄(一般社団法人精神・発達障害者就労支援専門職育成協会) 1 はじめに 「平成30年4月から法定雇用率の算定基礎に精神障害者が追加されることを踏まえ、企業が精神障害者の雇用に着実に取り組むことができるよう、就労支援及び定着支援の更なる充実を図ることや、職場定着支援や生活面も含めた支援等により、障害者の雇用の継続・安定を図りつつ、障害の種類及び程度に応じたきめ細かな対策を、総合的かつ計画的・段階的に推進していくことが必要である。特に、働く意欲のある障害者がその適性に応じて能力を十分に発揮することができるよう、雇用、福祉、教育、医療等の関係機関が密接に連携するとともに、これらの関係者も含め、地域において就労支援を担う人材を育成すること等により、障害者が、一般雇用へ移行できるようにしていく必要がある(以上,障害者雇用対策基本方針;平成30年3月30日厚生労働省告知、第4次障害者基本計画)」とあり、精神障害者の雇用の促進や就労支援者の人材育成の必要性が方針の中に記載されている。 また、「精神障害者を中心とした障害者の就労意欲が高まっているとともに、発達障害、難病等に起因する障害、高次脳機能障害、若年性認知症、各種依存症等障害の多様化、障害者の高齢化が進展し、必要とされる障害者の職業リハビリテーションも多様化、複雑化している中で、障害の種類及び程度に応じたきめ細かな職業リハビリテーションの措置を講ずるためには、様々な障害の特性や措置に関する専門的知識を有する人材の育成が重要である(以上,障害者雇用対策基本方針;平成30年3月30日厚生労働省告知、第4次障害者基本計画)」とあるように専門障害種別の就労支援者の育成が必要とされている。 2 現状 上述のように現在の我が国における障害者雇用では、精神・発達障害者の雇用がより重要視されている。 しかし、我が国において障害者の就労支援の公的資格は職場適応援助者しかなく、職場適応援助者の研修はあくまで3障害の支援を目的として構成されており、専門障害種別に特化した形ではまだない。職場適応援助者はジョブコーチとも呼ばれるが、この研修を受けていなくてもジョブコーチとして名乗ることができる。そして精神・発達障害者への就労支援、支援者の育成が体系化されていないのが現状である。そのため精神・発達障害者の就労支援は、それぞれの支援機関や支援者が独自に考え就労支援を行っている。基準がないためその支援が果たして良いのかどうかについての評価がしづらくなってしまっている。また、企業においても支援者の質の担保ができなくなってしまっている。 3 一般社団法人精神・発達障害者就労支援専門職育成協会設立の経緯 我が国におけるジョブコーチが提供する支援は、「実際の職場環境内において提供されること」を特徴としている。そして、支援機関側のジョブコーチである訪問型職場適応援助者の支援への予算は主に就労した後の職場適応支援に降りるようになっている。しかし、障害のある人の就労生活は「職場での支援」だけで支えきれるものではない。 また、精神・発達障害者は支援者や支援機関が変わることで不安が増大したり、症状がでたりする障害者も多いため、切れ目のない一貫した就労支援(以下「ワンストップ」という。)を行う必要があるのではないかと考える。清澤がこれまでヒアリングしてきた2000社以上の企業担当者からも支援機関が変わることへの不安が多く聞かれている。 清澤がこれまで就労支援を行ってきた中で、就労後の職場適応を主としたジョブコーチではなく、本人の特性に応じカスタマイズした勤務内容の提案ができる、就労前から就労後の職場定着、その後のキャリア構築までをワンストップで行うEnmployment Specialist(エンプロイメントスペシャリスト、以下「ES」という。)の必要性と精神障害・発達障害者の体系的な就労支援の考え方と支援の具体的なノウハウ、そのための知識を学ぶための研修の必要性を強く感じた。職場適応援助者の資格化に向けて、育成研修の構築に尽力された松為信雄教授を名誉会長に迎え、清澤モデル(①職業リハビリテーション学を基盤にして10年間で300名以上の精神・発達障害者を特例子会社、A型事業所は除いた一般就労へつなげている②就労率と勤務開始1年以上の職場定着率がともに9割を超える③企業開拓から就労後のキャリア支援、企業への精神・発達障害者雇用のノウハウ構築のアドバイザー、戦略コンサルタント)の具体的なノウハウを伝える場として一般社団法人精神・発達障害者就労支援専門職育成協会(以下「ES協会」という。)を設立した。 p.145 4 具体的な事業内容 ES協会が実施する就労支援士(EmploymentSpecialist;以下「ES」という。)の認定研修(プロフェッショナル研修) ①認定研修を受講するための基礎研修 ②精神・発達障害者の就労支援に必要とされる研修を業務の範囲から1級.3級までに区分けして実施 ③支部ごとに実施する支部研修 ④その他、就労支援に必要な情報提供 5 ES認定について 受講対象者は精神・発達障害者の基本的知識を有している必要があるため、主に精神保健福祉系の資格を取得している、もしくは精神・発達障害者の就労支援を現在行なっている者とした。 (1) ES1級の範囲 ゼロからの職場開拓から求人作成、職場定着支援、その後のキャリア支援、離職支援などをワンストップで行うことができ、他のESへスーパーバイズができる。 (2) ES2級の範囲 主にハローワークと協働しながら職場開拓を行い、就労後の定着支援ができる。 (3) ES3級の範囲 主に所属機関内で就労支援ができる。就労支援のためのプログラム実施、履歴書添削、他機関とのネットワークの構築ができる。 なお、ES研修は上記①の認定研修(松為名誉会長による職業リハビリテーション論)を受講した上で3級から順に受講していく。 研修受講後に筆記試験と口頭試験を行い認定が決まる。 図1 ESの範囲の説明 図2 カリキュラム 6 時期 ES1級 現在調整中 ES2級 年1回 4日間(1日6時間) ES3級 年3回 4日間(1日6時間) 基礎研修 年3回 1日(6時間) 7 結果 2018年度、2019年度3級受講者 35名 うち認定者 33名(2期生は2019年度実施予定) 8 今後の課題・目標 ESを精神・発達障害者の就労支援の専門職として国の認可を受けられるように行動していく。そのためにESをさらに周知し、認定者を増やす。 また、企業内で精神・発達障害者が雇用定着できるように企業内ESについても研修を検討していく。 【参考文献】 1)障害者雇用対策基本方針 厚生労働省(2018年) 【連絡先】 清澤 康伸 一般社団法人 精神・発達障害者就労支援専門職育成協会 e-mail:yasunobu.kiyosawa@gmail.com p.146 就労移行支援事業所における集団認知行動療法に基づいたプログラム効果 〜一般職員実施による効果検証〜 ○垣内 花奈(ウェルビー株式会社 福祉サービス部 スーパーバイザー)  田中 庸介(ウェルビー株式会社 福祉サービス部) 1 問題と目的 厚生労働省の平成30年度障害者雇用状況の集計結果1)によると、昨年度と同様に精神障害者雇用数の伸びが著しく前年比の34.7%増となっている。平成30年度の障害者の雇用の促進等に関する法律が改正されたことにより、精神障害者の雇用数が今後さらに伸びていくことが推察される。 精神障害者の雇用数が伸びている一方で職場定着については課題が残されており、特に精神障害者の離職率の高さが指摘されている2)3)。精神障害者の離職要因はこれまで多くの報告がなされているが4)5)、同様の要因が就労移行支援事業所における訓練継続にも影響を与えている6)。当社ではこの課題を訓練段階で解決することが長期的な職場定着に結びつくと考え、自身の考え方や行動の癖に気付き、対処するスキルを身に付ける集団認知行動療法に基づいたプログラムの有効性を示唆してきた7)8)。しかし、これまでの報告は臨床心理士資格保有者が実施した結果であり、プログラムの実施範囲が限定されることが課題として挙げられてきた。 そこで、本研究では一般職員が同様のプログラムを実施した効果を検討することを目的とした。 2 方法 (1)調査対象 当社A事業所に在席している精神障害者16名を対象とした。その中からプログラム途中での就労者、ドロップアウトを除外し、計12名を有効データとした。平均年齢は36.17歳(SD=9.61)であった。 (2)実施時期 調査は 2018年11月.2019年1月に実施。 (3) 手続き 一般職員によって週に1回60分のプログラムを計9回実施し、初回と第9回、2ヶ月後のフォローアップ時に質問紙調査を実施した。その際、個人情報の管理方法、質問への回答は自由意志であること、質問紙に回答しないことによる不利益はないことを説明し、同意を得ている。 (4) 方法 ア プログラムについて 田中8)が使用したプログラムを基に当社支援員7名で内容を見直し(表1)、専門用語などをより平易な言葉に改編した(表2)。加えて、一般職員が対応できるようプログラム実施の流れやどのような関わりが必要なのかマニュアルを作成し、実施前に有資格者によってレクチャーをしている。 表1 プログラム内容 表2 プログラムで使用する言葉の改編例 イ 課題への取り組み状況について 毎回の課題への取り組みをプログラム冒頭に確認をした。 ウ うつ状態評価について 日本語版BDI-Ⅱベック抑うつ質問票を用いた。 3 結果 (1)課題への取り組み状況について 毎回プログラムに参加し、課題に取り組んだ群(以下「実施群」という。)とそうでない群(以下「非実施群」という。)に分類し、集計を行った。今回は実施群83.3%(n=10)、非実施群16.7%(n=2)であり、田中8) p.147 の実施群69.2%(n=9)、非実施群30.8%(n=3)と比較して実施群の割合が高い(図1)。 図1 課題への取り組みについて (2)うつ状態評価について 初回から最終回で軽度のうつ状態の得点圏から正常範囲内へと抑うつ程度の減少が見られ、2ヶ月後も維持されていた(図2)。 図2 BDI-Ⅱ得点について4考察 本研究は、就労移行支援事業所の一般職員によって集団認知行動療法に基づいたプログラムを実施した効果を検証することを目的とした。 結果より、有資格者が実施した報告と同等の結果が得られていることから一般職員による実施の有効性が示唆された。特に課題への取り組みの割合が高かった。これはプログラム内容の精査を行い、平易な言葉でプログラムを実施したことによって参加意義や課題に取り組むことの意味が参加者により良く伝わった可能性が考えられる。また、これまでの報告と同様に本プログラムが抑うつ改善の一助となることが示唆された。 今回実施した一般職員からは、プログラム内容を見直したことにより進行・説明は問題なく実施できたが、個人ワーク時にいくつか挙げた自動思考のうち、その時の気分を最もよく説明する思考の選択が難しいケースや、グループワーク時に参加者全員が共感できる思考が話題に挙がった際に異なる視点からの意見や考えを引き出すことが難しかったという感想が得られた。集団認知行動療法では参加者同士のモデリングや相互フィードバックなど参加者間での助け合いを促すことで個人では得られない効果が期待できるとされている9)ことから、各種ワークをより円滑に運営することで更なる効果が期待できる可能性がある。プログラム実施に関する支援者の基本的な関わり方や運営に必要な支援者数のマニュアル化、1つの事柄に対してより多角的なアイディアを出しやすくするために説明内に具体例を多く含めることで一定の水準でより広く実施できるよう対応すると共に、困難なケースはQ&Aを作成することで様々な事象に対応できる仕組みを作っていくことが必要だと考えている。 本プログラムでは日常生活の記録や各種ワークシートへの記入、参加者との意見交換を通して自身を知り、出来事をより柔軟に捉え、対処する力を身に付けることから職業準備性ピラミッドの健康管理、日常生活管理といった就労の土台を固める役割を担うことが考えられる。就労支援における課題として、エビデンス(科学的知見)に基づく支援プログラムが確立されていないことが指摘されている10)ことから、今後も専門的な知識のある有資格者だけでなく、広く一般の支援者が実践できるよう、医療、教育、心理などの近接領域を参考にした根拠のある支援を目指して知見を蓄積していきたい。 【引用文献】 1)厚生労働省:平成30年障害者雇用状況の集計結果(2018) 2)障害者職業総合センター:障害者の就業状況等に関する調査研究,調査研究報告書 №.137(2017) 3)倉知延章:精神障害者の雇用・就業をめぐる現状と展望,日本労働研究雑誌No.646,p.27-36(2014) 4)中川正俊:統合失調症の就労継続能力に関する研究,臨床精神医学vol.33,p193-200(2004) 5)MacDonald-Wilson KL, Revell WG, Nguyen N, Peterson ME: Supported employment outcomes for people with psychiatricdisability, A comparative analysis,Journal of VocationalRehabilitation vol.1,p.30-44(1991) 6)橋本菊次郎:精神障害者の就労支援における精神保健福祉士の消極的態度についての研究(第一報)−就労移行支援事業所のPSWのインタビュー調査から−,北翔大学北方園学術情報センター年報 vol.4,p.45-57(2012) 7)田中庸介:就労移行支援事業所における集団認知行動療法に基づいたプログラム効果〜症状の安定、訓練のモチベーション維持に向けて〜(2016) 8)田中庸介:就労移行支援事業所における集団認知行動療法に基づいたプログラム効果〜プログラムへの動機付けを高める〜(2017) 9)Tucker, M. & Oei, T. P. S. Is group more cost effective than individual cognitive behavior therapy? The evidence is not solid yet. Behavioral and Cognitive Psychotherapy, 35, p77-91(2007) 10)山岡由美:精神障害のある人たちの就労移行における支援事業所の機能と課題−支援事業所へのヒアリング調査を通して−,岩手県立大学社会福祉学部紀要 vol.16,p.35-41(2014) p.148 セルフ・コンパッションに注目したセルフケア研修プログラムの開発−研修参加前後のアンケート結果から− ○大川 浩子(北海道文教大学 教授/ NPO法人コミュネット楽創)  本多俊紀( NPO法人コミュネット楽創)  宮本 有紀(東京大学大学院医学系研究科精神看護学分野) 1 はじめに セルフ・コンパッションとは自分に向けたコンパッションであり、他の人を慈しむように自分のことを慈しむというものである 1)。昨年、我々は若年就労支援従事者に対するセルフケア研修プログラムの開発を目的に試行プログラムを実施した2)。このプログラムは対話型アプローチ(インテンショナル・ピアサポート)を学ぶ形式であり、内容にコンパッションを含めた。その結果、受講者の研修プログラムの満足度は高かったが、研修受講前後での尺度の有意な変化は認められなかった。 そこで、今回、試行プログラムの内容を改定し、新たに実施したので報告する。なお、本研究は本学の倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:30013) 。 2 方法 (1)本研修プログラムの内容と試行時からの変更点 昨年度の試行プログラムは「マインドフルネス」「コンパッション」「関係性」に注目しており、アンケート結果で自分自身の感情や気持ちに注目した記載が多かったことから、「自分や他者の感情に気づく」という効果を得ることができていたと思われた2)。この点は、医療従事者のレジリエンスを高めバーンアウト等の改善に焦点を当てたMHALOプログラム 3)におけるプログラムの柱や効果とも共通していた。一方、MHALOプログラムに比べ、試行プログラムにはフォローアップが含まれていなかった。そこで、受講後のセルフケア実践を意識させるためリーフレット(図1)を作成し、研修内容もセルフケアを明確に含めた形に変更(表1)した。 図1 本研修プログラムのリーフレット(三つ折り内側) 表1 本研修プログラムの主な内容 (2)対象と実施手順 本研修プログラムは2019年3月に実施した。対象は支援職とし、本研究プログラムへの参加を呼びかけ同意した者とした。実施期間は2日間であるが平日を含める形での実施となったため、1日のみの参加も受け入れた。運営方法はワークショップ形式とし、定員は12名程度とした。プログラムの進行はピアサポートに関係する研修等に習熟したトレーナーを海外から招聘し、演者らがサポートする形で実施した。 研修プログラムの妥当性と効果を検討するため、受講者に対し、研修プログラム受講前後、受講から3ヵ月後にアンケートを実施した。アンケート内容は、基本情報とプログラムに対する満足度等に加え、ワーク・エンゲイジメント(日本語版UWES)、感情労働測定尺度、日本版バーンアウト尺度、日本語版セルフコンパッション反応尺度(SCRI-J)を含めた。 なお、研修受講前後の尺度の値についてウィルコクソン符号付順位和検定を行った(3ヵ月後のデータは最終人数が6名のため検定の対象から外した)。 3 結果 (1)研究協力者の属性 研修前後のアンケートに協力し、記載の不備がなかった者は8名であった。研究協力者の属性について表2に示す。 表2 研究協力者の属性 p.149 (2)本プログラムの満足度 受講後の本研修プログラムに対する満足度(5件法)は「満足」が7名、「やや満足」が1名であった。理由としてあげられたものは表3の通りである。 表3 研修プログラムの満足度の理由 (3)本プログラムの内容・時間について 内容(5件法)は「よい」が8名で、「グループであることで、ファシリテーターや参加者の発信された内容から、考え、気づきを得られる機会となったので」等が理由にあげられた。また、時間の長さは「丁度良い」が5名、「やや短い」「短い」が3名であり、「やや短い」「短い」と回答した内2名が1日のみの受講者であった。 (4)3ヵ月後の変化 3ヵ月後にプログラムの影響を感じていると回答した者は6名中5名であった。具体例として、「自分自身に目を向けることの大切さを改めて感じ、物事の優先順位をつけるようになった」「自分の感情にふたをせず、そのまま感じていいんだと思えるようになった」等があげられた。 (5)各尺度の変化 受講者の研修受講前後の各尺度の平均値は表4の通りである。なお、いずれの指標についても、受講前後の値について有意差は認められなかった。 表4 研修プログラム受講前後の各指標 4 考察 今回、本研修プログラムの運営の枠組みの一つである時間の長さは「短い」「やや短い」と感じている者は、1日のみの受講者に多かった。また、プログラム内容は全受講者が「よい」と回答し、その理由としてグループによる相互のやり取りが気付きに結び付いたことがあげられていた。従って、本研修プログラムの内容、及び、運営方法は受講者にとって適切であると思われた。 また、プログラム満足度も全受講者が「満足」「やや満足」と回答しており、その理由にセルフケアについて考えたことをあげた者がいたこと、加えて、3ヵ月後の変化についても自分自身を大切に思うことや自分の感情を感じてもよいということがあげられていた。これらは受講者のセルフ・コンパッションの表れと考えることも可能であると思われた。介護職員を対象とした調査では、従来のバーンアウトの予防的介入にセルフ・コンパッションの向上を加えることで、ストレスフルな状況でも適切なコーピングを選択できるようになる効果が期待されている 4)。本研修プログラムの受講者がセルフ・コンパッションに目が向くことで、セルフケアに向かう可能性が考えられた。 一方、昨年度と同様、本研修プログラムも受講前後の各尺度に有意な変化は認められなかった。その背景に、セルフ・コンパッションには複数の尺度があること、MHOLOプログラムの効果検討3)で使用されている気分の尺度を用いてないことが考えられ、改めて、尺度の検討が必要と思われた。今後も研究協力者数を増やし、検討していきたい。 5 結語 就労支援も含めた対人援助職が働き続けるために、セルフ・コンパッションは大切な概念であるが、自分自身にコンパッションを向けることは難しい。そのような機会の提供方法について、継続的な検討が必要であると思われる。なお、本研究はJSPS科研費JP16K13438の助成を受けている。 【参考文献】 1) 岸本早苗:医療者にこそ届けたい、マインドフルネス&セルフ・コンパッション,「看護教育」,p.430-437,医学書院, (2019) 2)大川浩子・他:若年就労支援従事者に対するセルフケア研修プログラムの開発−試行プログラムのアンケート結果から−,「第26回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集」,p.84-85,(2018) 3)佐藤寧子:実践を学ぶ看護師の燃え尽き症候群を予防するためのマインドフルネスの実践,「Cancer Board Square4巻1号」, p.54-60,医学書院,(2018) 4)今北哲平・他:介護職におけるセルフ・コンパッション、コーピング、バーンアウトの関連,「心理学研究第89巻第5 号」,p.449-458,(2018) 【連絡先】 大川 浩子(北海道文教大学) e-mail:ohkawa@do-bunkyodai.ac.jp p.150 視覚障害支援機関・企業・学校の連携による盲学校における新たな実技指導法の研究 〇古川 民夫(神戸市立盲学校 教諭)  森岡 健一・尾池 崇・松盛 依美佳(神戸市立盲学校)  仲泊 聡 (公益社団法人 NEXT VISION)  斎藤雅史(資生堂グローバルイノベーションセンター) 1 はじめに 盲学校が行う職業教育の中心は、あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師の養成である。近年、この分野は健常者の参入や類似業種の増加などで競争は激化しており、視覚障害生徒がこの競争に勝ち抜き、社会自立するためには、より高い技術を身につける必要がある。 盲学校における指圧等の実技指導では、押圧刺激を客観的に指導・評価することが難しく、個々の教員の主観に頼るところが大きい。もしこれを数値化するなどして生徒に客観的に伝えることができれば、より合理的な指導ができるであろう。同様の思いは化粧品の分野にも見受けられる。資生堂はスキンケアやメイクなどにおける指先の微細な動きを計測する装置(触動作センシングシステム「HapLog」)を開発した。これにより、例えば、化粧のカウンセリングの際に「そっと力を入れて」や「ぎゅっと握って」など、言葉では正確に伝えにくいことが、触圧のデータを共有することでスキルの伝達が可能になっている1)。そこで今回、このノウハウを生かし盲学校の新たな実技教育ツールの開発に取り組むことにした。 この取り組みには二つの意義がある。一つは、資生堂の先端技術を駆使して盲学校で活用可能な実技指導ツールを作ることができるか、二つめは、装置開発担当の資生堂、それを検証する本校、そして、この研究を発案し主導する NEXT VISION(神戸アイセンター)の三者による共同研究という点である。したがって今回は、装置の開発状況および実技指導ツールとしての有用性に加えて、学校と企業、そして視覚障害総合支援機関の三者協同の取り組みが視覚障害者就労に与える影響についても焦点を当てて報告する。 2 HapLogの概要 HapLogは、指が物体に触れた際に指先にかかる力を可視化することのできるセンシングシステムである。その測定原理は、指の両側面に取り付けられたセンサ(写真)が、指先が物体に触れた際にできる指のふくらみ圧を検出し、その大きさから押圧を推測するものである。 HapLogを母指に装着後、較正器を用いて押圧と指のふくらみ圧を同時に取得し、人による指の形状やふくらみ圧の違いを較正する。これにより、指のふくらみ圧をセンサで測定し続ければ、指圧時の押圧を計測することができる。計測した押圧量は、グラフによって可視化するだけでなく、音にも変換する機能を有し、押圧時にリアルタイムで音を確認することができる。 写真:母指に装着した HapLog(矢印先はセンサ) 3 基礎実験 本校鍼灸マッサージ養成科の教職員12名を対象に、木製机に対して、漸増3秒、持続4秒、漸減3秒の母指圧迫5回を2セット行わせた。1セット目は、スピーカーから音を流さずに、2セット目は音を流しながら行った。その一例を取り上げる。グラフ1は音なし、グラフ2は音ありの波形である。X軸は(時間)0.1秒毎、Y軸は圧の強さ(N)でる。グラフ1では、持続圧の部分に多少のブレがみられるが、グラフ2では、持続圧の部分はほぼフラットであり、音を聴きながら行うと5回ともほぼ同じ押圧操作を安定して再現していることが観察できる。 グラフ1:音フィードバックなし グラフ2:音フィードバックあり p.151 4 考 察 今回の実験で分かったことは、まず利点としては、①被検者毎の押圧刺激を波形と音で示すことができる、②同一条件下でデータが取得できたことで、客観的に押圧の傾向を評価、比較できる、③微細な圧の変化や経時的変化量を可視化することができる、④音フィードバック機能を併用することで、押圧コントロールがしやすい、などである。 一方で、課題も確認された。①人体で測定しようとすると、母指が皮膚内に沈むために装置がずれて、データが測定できない、②指の太さや関節の特徴などにより、うまく装着できないことがある、③較正が認識されないケースがある、④揉捏動作の解析にはさらなる調整が必要、などであり、今後、装置装着の工夫や改良の必要があることがわかった。 5 共同研究の意義 本研究は、学校・企業・視覚障害総合支援機関の三者により進めるものである。視覚障害教育ツールを資生堂が開発し、アイセンター眼科医による医学的見地からの意見を受け、盲学校教育で実践する。このことは、マイノリティーであることから苦戦を強いられる視覚障害就労の分野に、社会の関心を集めるインパクトをもつものと考えている。 以下に、共同研究者の概要を簡単に紹介する。 (1) NEXT VISION(神戸アイセンター) 神戸センターは、①網膜再生医療の研究施設、②最先端の眼科医療施設、③リハビリ・社会復帰支援施設を一つにした視覚障害総合支援機関である2)。このうち③を担当する公益社団法人NEXT VISIONが本研究のコーディネートを担う。 (2)資生堂グローバルイノベーションセンター 株式会社資生堂の研究開発部門。1916年、同社試験室として発足。2019年4月、横浜・みなとみらい21地区に移転。世界中のお客様の新たなライフスタイルに繋がる“美の革新”を目指し、化粧品、美容食品、美容機器、美容施術の開発と、それを支える基礎研究を行っている3)。 6 今後の展望 (1) HapLogの可能性について 今回は本校教職員のみを対象とした基礎実験となったが、今後さらに被験者を増やしてデータの集積、解析を進めていきたい。特に熟練者のデータの傾向を分析し、快適刺激と不快刺激のそれぞれの波形の相関の分析を行い、それを踏まえて授業での具体的な活用方法について検討したい。 例えば、指圧の初期指導において、音フィードバック機能やグラフの描出により、生徒自身の漸増漸減の過程や、持続圧のブレなどをリアルタイムで正確に確認させることが可能になるであろう。また、押圧と音階を調節することで、指圧をしながら簡単な曲を奏でることも可能であり、これまでにないユニークな指導が可能になると考える。これらのことは、生徒の実習に対するモチベーションアップに繋がり、結果として技術力の向上に繋がることが期待できる。また、実技試験の評価においても、現状では教員の主観に依るところが大きく、明確な判断基準が解りにくい。この点HapLogを用いれば、漸増漸減圧や持続圧などについては明確な客観的評価ができるため、実技試験評価の補助ツールとしても活用できるものと考える。 (2)視覚障害者就労への影響 今後は、神戸アイセンターのオープンスペースであるビジョンパークで定期的に HapLogのデモを行う。本研究の取り組みについて広く世間にアピールすることで視覚障害者就労の促進を図りたい。こうした産学協同の取り組みは、鍼灸マッサージの分野に留まらず、視覚障害就労全般において、社会への啓発効果が期待できるものと考える。 7 おわりに 近年、先端技術の進歩により、 AⅠを搭載したロボットが社会に登場し始めている。2016年には囲碁界において AⅠ棋士が一流のプロ棋士を破るという衝撃的なニュースが報道された。このことは、鍼灸マッサージ分野も例外ではない。例えば、昨年、豊橋科学技術大学は AⅠに熟練マッサージ師の施術を学習させ、コリの状態を正確に把握しながらマッサージができるロボットを開発した4)。世界に目を向けても、シンガポールの南洋理工大学は、中国伝統医学にのっとった中国式マッサージをプロの施術者と区別がつかないほどのレベルで施術するロボットを開発し、すでにクリニックで実用化しているという5)。このような流れは今後も加速するであろう。 本研究も先端技術の活用ではあるが、しかし、そのねらいは、視覚障害者の技術力向上である。先端技術を活用しながら、あくまで人間の技術、感覚を向上させるものである。 今後も、さらに多くのデータ取得と解析を進め、盲学校における客観的実技指導法の確立を目指したい。 8 謝辞 本研究は日本科学協会の助成を受けて行った。 【参考文献】 1) https://tech.nikkeibp.co.jp/ 日経デジタル 2) kobe.eye.center.kcho.jp/神戸アイセンターHP 3) https://www.shiseidogroup.jp/rd/ 資生堂R&D 4) https://www.nikkei.com/article/ 日本經濟新聞 5) https://www.j-cast.comJCASTニュース 【連絡先】 神戸市立盲学校古川民夫 e-mail: tam-furukawa@sch.ed.city.kobe.jp p.152 農福連携における継続的取り組みの現状と課題 ○石田 憲治(国立研究開発法人農研機構 農村工学研究部門)  片山 千栄(元 国立研究開発法人農研機構 農村工学研究部門) 1 はじめに〜背景とねらい〜 全国各地で農福連携の取り組み事例が増加していることは、障がい者の社会参加と経済的自立を促す就労支援ツールとして、農作業の取り組みが有用な選択肢であることを示唆している。そして、その背景には、農作業の人手不足を少しでも解消したい農業側と障がい者の就労を支援して賃金や工賃の向上を実現したい福祉側の双方をマッチングする仕組みづくりや関連助成制度の充実も指摘される。さらに、平成30年の食料・農業・農村白書においては、特集企画の一つに「農福連携」が取り上げられている。 しかしながら、遊休農地を活用した福祉事業所の農業参入機会の増加や農業者の高齢化に伴う施設外就労による農作業請負など、農福連携を促進する環境が整う反面、継続が困難となる事例も散見される。 そこで本報告では、これまで実施した福祉事業所における農作業取り組み実態に関する全国調査 1)や障がい者の農作業取り組みを支援する技術開発研究等 2)の結果を踏まえて、農福連携の継続事例に共通する特徴を明らかにして持続性確保のための要件を整理し、持続方策確立に向けた方策を考究する。 2 福祉事業所における農作業の取り組み 無作為抽出により、成人障がい者に生活支援もしくは就労支援サービスを提供する全国3,206の事業所を対象として実施した調査(平成27年7〜10月に実施、有効回収率47.8%)では、回答のあった1,531事業所の半数を上回る842事業所で農作業の取り組み経験があり、うち134事業所では取り組みを中断していた。中断は取り組み経験のある事業所の15.9%に及び、福祉事業所にとって農作業が必ずしも簡単に取り組めるサービスではないことを示している。 一方、8割以上の事業所では取り組みが継続されており、農作業の取り組みによるサービス利用者の健康管理や社会参加への高い有効性が支援員らによって認識されている。 先述した全国調査においても、農作業の取り組み経験がある事業所の半数近くは「心身の健康維持」を農作業に取り組む目的として回答している3)(図1)。 また、農作業の場合、多様な仕事を適切に切り出すことにより、作業者の能力や得意不得意に見合った作業が存在することから、自立訓練や就労支援のツールとしても有用性が高いと判断され、福祉事業所が取り組む農作業の継続性を高めることの意義は大きいと考えられる。 3 農作業の継続性確保に向けた要件と解決課題 (1)継続事業所の農作業取り組み内容における共通点 農作業の取り組みが安定的に継続できている事業所には共通する特徴が整理でき、①弁当づくりやカフェなどの食材として収穫物の用途が明確であること、②栽培作目が農産物加工に必要な原料となっていること、③農産物直売所や福祉施設など定期的な出荷や販売先があること、などを挙げることができる。こうした特徴のある事例では、いずれもサービス利用者のルーチン的な日中活動として農作業の取り組みが定着している。 ①の事例には、自治会の拠点にもなっている市街地の小学校跡地で日替ランチを提供するパン工房(写真1)や近隣の幼稚園に手づくり弁当を配達する事業所での農作業などが該当する。入所施設を運営する法人内の給食用に数ヶ所の水田でコメづくりをする事業所も少なくない。 写真1:ランチ食材を栽培(東京) ②の事例では、味噌造りや豆腐製造の原料となる大豆栽培が典型的である(写真2 4))。さらに、就労支援における栽培と加工の関わりは、規格外品のネギを刻んだ外食用の袋詰めや、表面の傷ついた果実のジュース加工など、利便性や保存性の付加価値を高めつつ、事業所のサービス利用者の職域拡大を可能にする。土に触れることを嫌悪する障がい者が農業関連の職域で就労することにも繋がる。 写真2:豆腐用大豆栽培(岡山) 写真3:周年計画栽培(群馬) ③の事例の観点は、最低賃金の確保や工賃向上を求められる就労系のサービスを提供する事業所にとって不可避 p.153 な課題である。就労系の事業所以外においても、地域活動支援センターⅢ型の生産活動として農作業に取り組んでいる事例では、農業用水が利用できる農業生産基盤を利用して、社会福祉協議会の協力により近隣の高齢者施設での販売を曜日を決めて複数施設で定例化することにより、安定した収穫物の販売先を確保している(写真3)。 設立から間もないNPO法人の事業所でも、当地で品種改良されたイチゴを栽培して、ふるさと納税の返礼品に採用されている事例もある(写真4 5))。 写真4:特産イチゴ栽培(千葉) (2)農福連携の取り組み過程における地域との関係づくり 農作業の取り組みにおいては、地域の農家と積極的に交流することにより、信頼関係を醸成することが期待される。農家や地域住民との密な交流は、福祉事業所には知見の蓄積が不足する農業技術の習得や販路開拓の契機にもなる。 遊休農地の借地に便宜を得たり、高齢農業者の応援や農地管理の仕事を得たりする機会にも繋がる。施設外就労による農作業では、福祉事業所に農地や農業資材の準備がなくてもすぐに農作業に取り組むことができるため、賃金や工賃の増加に直結する利点もある。 (3)事業所内外の条件を踏まえた農作業取り組みの重点化 福祉事業所の規模、支援員や利用者の年齢層などによる事業所の農作業取り組みの可能性や制約条件、近隣地域の農業事情などを考慮することにより、無理のない農作業の取り組み方を工夫することも、農作業を通した就労支援に取り組む上で重要な要件である。天候や技術の水準に左右されにくい栽培品目の選択や露地と施設栽培の組合せの検討なども含まれる。 具体的には、生協組合員を販売先として単一品目に徹した施設トマト栽培や、観光農園の運営と組み合わせた果樹栽培事例(写真5)などが該当する。年間を通して同じ作目の栽培や培地の管理に従事することにより、自信を持って観光客に販売したり、収穫体験の説明を担当したりすることは、支援される側のサービス利用者が他者を支援する側に立つ機会ともなる。 干拓地に広がる土地利用型作目の収穫時に集中する労働の支え手を、施設外就労の制度に則って引き受ける事業所もある。また、入植時に障がい者雇用を開始して以来、不可欠な担い手として毎年期間雇用する農業生産法人も少なくない。 写真5;観光ぶどう園(広島) (4)農福連携推進上の解決課題が継続方策の決め手に 上述したことから明らかなように、(1)〜(3)の中心にあるのは、福祉事業所が直面する率直な「困りごと」に関係している。(ア)生産したものの売り方や売り先がわからない、(イ)技術的なサポート先や農家と知り合う機会がない、(ウ)地域の人たちに福祉事業所の存在を知ってもらう機会がない、との声に象徴される。これらの解決課題を携えて、利用者とともに果敢に地域に出て行くことが福祉事業所の農作業取り組みの継続方策であり、事業所運営者や支援員らの取り組むべき優先業務の一つであると考えられる。 4 農福連携の育みから内発的発展に向けた体制づくりへ この10余年の間に農業と福祉を繋ぐ中間支援組織の設立や運営への公的支援ならびに障がい者を取り巻く法整備も進み、農福連携への関心も高まった。一方で、絵画やデザインの得意な障がい児を特別支援教育で支援するキャリアパスに相当するような農福連携の枠組は必ずしも充実していない。就労支援の世界に農作業という職域が拡大した段階であると認識される。 今後は、働き、暮らす地域で、自律的に機能する内発的な農業と福祉の関係構築を図る必要がある。かつての農村に当然のごとく存在した「共助」の仕組みや「ソーシャルキャピタル」をも参考にしつつ、農福連携のもたらす付加価値を障がいの有無にかかわらず地域で共有することが、目指すべき目標の一つであることは間違いない。福祉事業所のサービス利用者らが高齢農業者の支え手となって栽培した農産物や加工品が、市民を巻き込んで地産地消を実現することで地域を活性化する、地道な個々の取り組みの重要性をあらためて指摘したい。 【参考文献】 1)平成27年度厚労科研「社会福祉施設・事業所等における農作業の取組実態全国調査」報告書(2016). 2)例えば、石田憲治:高齢・障がい者など多様な主体の農業参入支援技術の開発、JATAFFジャーナル、5(9)、p.64(2017). 3)片山千栄ほか:アンケートによる全国調査からみた福祉事業所における農作業の現状、農計学会春期大会要旨集、p.16-17(2016). 4)石田憲治ほか:就労支援のための地域における事業体間連携による福祉事業所の農作業取組、第26回職業リハビリテーション研究・実践発表会論文集、p.168-169(2018). 5)片山千栄ほか:農福連携における農産物直売所等の役割と活用利点、職リハ学会第47回大阪学会発表論文集、p.105-106(2019). 【連絡先】 石田 憲治 (国研)農研機構農村工学研究部門 e-mail:ishida@affrc.go.jp p.154 福祉事業所における地域の特徴を活かした農作業の取り組みと就労支援 ○片山 千栄(元 国立研究開発法人農研機構 農村工学研究部門)  石田 憲治(国立研究開発法人農研機構 農村工学研究部門) 1 はじめに〜本報告のねらい〜 農福連携における障がい者の就労が農業生産の補助的な労働力として期待され、支え手としての役割を発揮している。農業で障がい者が雇用就労する場合のほか、主に就労系の福祉事業所が農作業を受託する例や、福祉事業所自らが農業に取り組む例がある。農作業は地域の諸条件により左右される要素が大きく、また地域によって暮らしとの関わり度合や産業としての経済的な位置づけが異なることが多い。福祉事業所の所在地が、農業が主要な産業である場合もあれば、農業人口や農地が少ない場合もあるからである。福祉事業所では地域の様々な立地条件を踏まえつつ、農作業そのものを主体とする場合もあれば、農作業は多様な活動の選択肢であり、農産物加工、直売、カフェなどに関わり、さらに農業と密接な地域行事や活動に参加する事例も複数確認されている 1)。 本報告では、福祉事業所が行う地域の特徴を活かした農作業と、農作業に関連する諸活動に着目し、そうした活動を通して障がい者の職域拡大を促すことを考える。 なお、取り上げる事例は、主に平成27〜29年度に実施した現地調査結果によるものである。 2 就労支援として農作業に取り組む意味 就労支援サービスとして農作業に取り組む意味は、一義的には通常の事業所での雇用が困難な人に就労の機会の提供と知識および能力の向上のために必要な訓練等を行うことである 2)。そこで農作業を取り入れることの意味に着目すると、大きく二つの意味があると考えられる。 まず第1には、農作業のもつ自然との近接性である。人工光などの特別な環境調節を行わない限り、農作業は天候に左右されやすく、また昼夜の規則正しい周期性のもとで行われる。この点で障がい者にとっての健康維持に優れていることが指摘される。 第2は、第1の特徴と関連して、降水の多寡、地形、土壌特性などの影響を強く受ける農業は、様々な自然条件の制約の下で地域の特徴が農作業に大きく反映され易い。さらには、農業の営みにおいては、人為では適わない自然に対して豊穣を祈る農作業を通して継承されてきた地域の伝統文化とも接する機会が多いと言える。 これら就労支援サービスにおける農作業の二つの機能的側面は、前者の方が分かり易いとは言えるが両者は一体的に存在するものであり、分離して捉えることは難しい。以下では、農福連携における具体的な取り組みを概観することにより、地域における暮らしや生産活動の基盤となる農作業が障がい者の職域拡大を促すことを確認し、地域の特徴を活かした農福連携のあり方を考える。 3 農福連携における多様な農作業 (1)農地や農業経営体との関わりからみた農作業 農福連携における障がい者の就労を農業生産の補助的な労働力とする際には、だれもが作業しやすいよう一連の作業を単純な作業に小分割して、これを組み合わせることが一般的である。作物の種類や生産規模、経営形態などによっては度々作業種類が変わり新たな作業を覚える必要にも迫られるが、長崎県の干拓地では、単作による広大な土地利用型農業を福祉事業所利用者の農作業が支えている。10ha近い規模の畑で収穫されたキャベツの外葉を一枚だけ剥ぐ作業は、単純ではあるが作業量は膨大である。短期間に集中する、出荷に欠かせない収穫時の作業であり、農家による雇用や複数の福祉事業所からの施設外就労の形で継続的作業がなされている。農家からは補助的労働力としてなくてはならない存在と評価されている。 また、農業継続が困難となってきた高齢農家の農地を借りて、農作業を受け継ぐ福祉事業所は各地でみられる。担い手がいなければ遊休化するであろう広大な農地の活用や再生に貢献している。 (2)地産地消、地域の食文化を支える農福連携事例 就労支援で行う福祉事業所の農作業が、消費者に地産地消の食材を提供する事例も少なくない 3)。地域の食文化や地元食材を知る機会など食育を支えている。 写真:クロマメの自然乾燥(兵庫県) 写真:コマツナの水耕栽培(石川県) 鳥取県では、休耕田で栽培しているマコモタケの出荷準備作業を福祉事業所で請け負う。根気を要するこの作業を福祉事業所で担うことで、福祉事業所の所在町と県庁所在市の学校給食への提供が実現し、地域の特産品づくりと食に貢献している。兵庫県の福祉事業所では、丹波のクロマメを栽培し学校給食に提供している。また、石川県の福祉事業所では、水耕栽培のコマツナを、自法人の給食や、就 p.155 労支援を飲食店で行う福祉事業所の食材として活用している。これにより販路の確保とともに、法人内利用者・職員や地域住民へ地産地消の食を提供することに繋がっている。自治体から地産地消の店として認証を受けている福祉事業所の飲食店もある。 (3)地域の活性化につながる観光農園での農作業 農産物を生産・販売するのみでなく、収穫や農産物加工などの農作業体験を提供する観光農園に関わる事例も少なくない。福祉事業所が観光農園内の作業を施設外就労等で請け負う例や観光農園を自ら運営する例がある。観光農園では地域の特産物を扱うことが多く、地域内外から消費者が直接訪れるため周辺地域の活性化にも繋がり、直売所等での販売収益を合わせれば、福祉事業所の支出コストを控除しても、利用者の工賃向上につながる可能性が高い。 岡山県では、特産の果樹地帯での収穫体験をする観光農園の管理を福祉事業所が請け負う。利用者は果樹の剪定枝の片づけやイチゴハウスの管理など様々な作業を担当する。さらに、法人では収穫した果物をジャムに加工するなど、職域を拡大している。広島県のブドウを栽培する福祉事業所では、収穫体験と直売を行い、利用者が農作業の説明や接客を行っている。 (4)地形を活かした棚田の保全につながる農福連携事例 農作業体験が、地域を代表する風景である棚田の保全に一役買っている事例もある。 棚田百選に選ばれ、芸術祭でも毎回展示スペースを提供する美しい景観をもつ香川県の棚田では、高齢化に伴い耕作者が減少し、棚田風景の崩壊が危惧されていた。地域の農業者らによる多様な保全活動等が行われているが、その一つに、農作業に取り組む近隣市町の福祉事業所が参加する田植え・稲刈り体験がある。農業者らは障がい者らの作業を迎えるために、毎年同じ5筆の水田を用意するとともに交流行事として餅つき等を行う。毎回の準備作業を進める中で、高齢農家が生きがいや張り合いを感じて、棚田作業の農業継続意欲を保っているという。島根県の福祉事業所でも棚田保全のイベントに積極的に関わっている事例がある。 (5)農村の伝統芸能を守ることにつながる農福連携事例 目に見える景観だけでなく、伝統芸能の継承に役立つ事例もある。既述したように、農業は地域の気候や地形などの自然環境の影響を大きく受け、地域の農業者らが長い年月をかけてその地域に適合した農作業体系を構築してきた。 写真:観光農園(岡山県) 写真:棚田での田植え体験(香川県) その中で培われた自然への畏敬の念が祭礼などの農村の行事を育んできた。 このような中で、島根県の事例は衰退傾向にある地域の伝統芸能の一つである神楽を支える事例である。この福祉事業所では、サツマイモの栽培・加工やキャベツ、タマネギなどの栽培、鶏卵作業に取り組む。一方で、地域からの信頼を背景に、神楽面などの工芸品製作を担う。職員には神楽を舞う者もおり、地域の伝統文化を支えている。 4 おわりに〜農作業を契機とした地域との関わり〜 以上みてきたように、農業を行う主に自然科学的な環境としての地域の特徴と、地域の社会的な関係や歴史文化的な背景を含めた人文社会的な地域の特徴がある。農作業そのものだけでなく、地域の特徴を活かした農作業の周辺にある様々なことがらに関わることで、地域の一員として地域に溶け込む格好の機会を得ることができ、地域の伝統行事等に加わることにもなる。 自然条件に大きく規定される農業では地域との関係づくりが極めて重要であり、地域の特徴を反映した農作業を通じて作られてきた地域社会の関係性は、かけがえのない尊いものである。こうした関係構築の過程は福祉事業所のサービス利用者にとっても重要である。農作業をはじめ、関連する諸活動を通じて、地域社会の人々と福祉事業所の人の接点を増やすことで、新たな就労機会の獲得にもつながることになろう。 福祉事業所の取り組みは、産業としての農業が生産効率追求の中で見失った農作業の意味を再認識する機会を提供し、地域の特徴を活かした農福連携を通して、障がい者の職域拡大を牽引することが期待される。地域内に継続できる仕事があることが、定住を促し、地域そのものの存続にもつながっていくと考えられる。 【付記】 本報告の一部は、平成 27年度厚生労働科学研究助成(代表:石田憲治)および平成 29年度岡山県委託調査による。ご協力いただきました福祉事業所の関係者に深謝申し上げます。 【参考文献】 1)片山千栄・石田憲治:地域における福祉事業所による農作業の位置づけと役割,第 26回職業リハビリテーション研究・実践発表会論文集,p.170-171(2018). 2)厚生労働省:障害者総合支援法施行規則第六条. 3)片山千栄・石田憲治:福祉事業所が関わる農作物生産と地域における食のイベントを通した畑作振興,畑地農業705,p.2-10(2017). 【連絡先】 石田 憲治 (国研)農研機構 農村工学研究部門 e-mail:ishida@affrc.go.jp p.156 障害者就労支援の関係機関・職種のネットワークと 人材育成を促進する「ワークショップ」の可能性と課題 ○春名 由一郎(障害者職業総合センター 副統括研究員) 1 はじめに 現在、従来の「障害者就労支援」の範囲を超えた、保健医療、福祉、教育等の様々な地域関係機関・職種が、障害や疾病のある人の就労支援に取り組むようになっている。これらが「餅は餅屋」で地域の中で効果的に役割分担・連携できることが望ましいが、現実には地域格差が非常に大きく、また担当者の異動により連携体制が崩れやすいといった問題は何十年来指摘され、関係者の人材育成やネットワークは、常に重要課題となってきた。 当センターの調査研究報告書No.134(2017) 1)では、地域関係者3,000人強の回答を多変量解析し、従来経験的に言われてきた「効果的な障害者就労支援の全体像」や「人材育成とネットワークの課題」の具体的構造を明らかにした。 本研究は、この先行研究 1)での数量的分析結果に基づき、これまで地域の「インフォーマル」な取組みが多かった、地域関係機関・職種の人材育成・ネットワークのプロセスを、より体系的に進めるための、モデル的な「ワークショップ」を設計し、予備的に検証した結果を報告する。 2 方法 (1)ワークショップのモデル的設計 先行研究 1)で明らかにされた、「就労支援」が専門ではない場合を含む地域の多様な関係機関・職種が効果的な就労支援に取り組むための「基本的認識」と「役割認識」の取得を、体系的なプロセスとして半日で進めるワークショップをモデル的に設計した。 図 効果的な就労支援の取組みに向けた支援者の人材育成とネットワークの課題の構造(先行研究1)より) ア 「基調講演」の設計 先行研究1)によると、就労支援が専門でない関係者も含め効果的な就労支援を実施している関係者が有している「役割認識」は「職業生活も生活支援の一環として多職種で連携・役割分担してケースマネジメントで取り組む」ものであり、重要な基本的知識は「就労支援は、障害者本人の障害だけへの対応でなく、仕事内容や職場環境への働きかけ、本人の強みや興味の重視といった総合的な取組」であること、また、支援の成功体験を通した「就労支援によって、障害のある人にも雇用する企業にも双方によい成果を上げられる」という基本的認識が重要であった。 これを踏まえワークショップでは、60分程度の「基調講演」において、効果的な「障害者就労支援」の全体像や、地域関係者が「障害や疾病のある人の職業生活」の支援に取り組むための、共通目標の確認、効果的支援による問題解決のイメージを提示するものとした。 イ「グループワーク」の設計 先行研究 1)によると、地域の多様な関係機関・職種が具体的な役割分担・連携の取組内容を明確にするためには、多機関・職種のケースマネジメントの取組が基盤であった。 そこで、ワークショップでは、地域のケースマネジメントの現場を模した場を設定し、参加者が、具体的な連携や役割分担について90分程度、検討していくものとした。具体的には、「主体的に参加したメンバーが協働体験を通じて創造と学習を生み出す場」として発展している「ワークショップ」の手法を活用することとした。 (2)ワークショップの公募による実施と検証 「地域の障害者就労支援の役割分担・連携ワークショップ」として共催を公募した。「障害者就労支援」の幅広い参加者の関心事を踏まえ、ワークショップのテーマは、それぞれの共催先がそれぞれ提案し、参加者の共通関心事を踏まえて、それぞれに決めることとした。 ワークショップの検証としては、基調講演とグループワークにより期待された成果を参加者へのアンケートで確認した他、グループワークの進行や具体的な役割分担・連携のアイデアの質の確認により総合的に行った。 3 結果 (1)ワークショップ共催の応募状況 ワークショップ共催は、障害者自立支援協議会など地域の障害者就労支援の連携の取組をしている団体等を想定したが、実際の応募は、従来の「障害者就労支援」関係者の範囲を超えた多様な関係者からのものとなった。実際、それぞれのワークショップには、これまで障害者就労支援の p.157 経験がほとんどない人の参加も多かった。 (2)ワークショップのテーマと成果 ワークショップでは、それぞれ参加者の共通関心事を踏まえて多様なテーマに取り組まれた。基調講演で提供された内容を呼び水に、多様な参加者がそれぞれの専門性や経験等を踏まえて対話するグループワークによって、多くの具体的な役割分担・連携のアイデアや課題が明確になった。 参加者構成は、多様な参加者が一同に会して対話する場合は、新しい気付きや学びは大きくなっていたが、特定の職種へのセミナーであっても、障害者雇用支援等の実務経験の違い等から、活発な対話ができていた。 表 今回のワークショップのテーマと成果の例 (3)グループワーク実施時の課題の把握 「障害者就労支援の役割分担・連携」のグループワークにおいて、対話促進の典型的課題のファシリテート、共通関心事に沿ったテーマ設定の重要性を確認した。 ア 対話促進の典型的課題のファシリテート 参加者は専門性、視点、価値観・支援目標が多様であり、障害者就労支援の成功体験が少ないことが多く、グループワークの最初の段階では問題状況の共有が中心となり、それには次のような就職前・就職時・就職後の支援のタテ割りによる典型的なものも多くあった。「就職前の支援を実施しているが就職につながらない」「就職はできても続かない」「企業の理解が難しい」。これに対して、グループワークのファシリテーターは、企業や職場も含めて関係者が役割分担・連携することにより、多くの課題の解決の可能性に向けた対話を促進することが課題となり、実際、対話が進むにつれ、その気付きが増加していた。 そのようなタテ割りでない役割分担・連携に向けた障害者就労支援の取組に向けた気づきの典型的なポイントとして、「①支援対象者が「職業人」であることを踏まえた支援」「②本人と企業の個別・具体的な職業課題への予防的・早期対応」「③継続的な本人と職場のフォローアップ体制」が明確になった。 イ 共通関心事に沿ったテーマ設定の重要性 ワークショップの方法論として、グループワークにファシリテーターを置かず、参加者の自発的な対話を重視する「ワールド・カフェ」を数か所で実施した。その際、ワークショップの参加者の共通関心事を事前に打ち合わせ、参加者の共通課題をテーマとして設定すれば、ファシリテーターなしでも、グループワークでの建設的対話にスムーズにつながりやすいことを確認した。 4 考察 従来、地域の現場では「インフォーマルに」「暗黙的に」時間をかけて進むことが多かった、障害者就労支援の人材育成とネットワーク形成のプロセスを、今回ワークショップの形でモデル化し、半日で、関係者が役割分担・連携のあり方の対話を促進できる可能性や課題を把握した。 障害者就労支援への関心は、従来の狭い関係者の範囲を超えて、障害や疾病のある人の就職から職場定着までの職業生活を支えていく幅広い地域関係機関・専門職、企業や職場等からのものに広がり、「就職後の治療や生活の安定」「多様な人材の生産性向上と就業継続」「障害や疾病のある人の夢の実現やキャリア発達」「経済的自立と社会参加による福祉の向上」といった多様な共通目標を追求するものとなっていることが確認できた。 ワークショップは、従来、情報交換の機会が少ない関係者の建設的な対話の機会として、地域の「顔の見える関係」や「飲みにケーション」と同様の意義があると考えられるが、より体系的で業務的に取り組みやすいと考えられる。また、そのような対話の場の設定だけでなく、効果的な対話のためには、基調講演において「障害者就労支援」の全体像や共通目標の確認、効果的支援による問題解決のイメージをまず共有することが重要であると考えられる。 【引用文献】 1)障害者職業総合センター「保健医療、福祉、教育分野における障害者の職業準備と就労移行等を促進する地域支援のあり方に関する研究」調査研究報告書 No.134, 2017. p.158 障害者雇用制度の改正等に伴う企業意識・行動の変化に関する研究 ○浅賀 英彦(障害者職業総合センター 主任研究員)  三輪 宗文・宮澤 史穂・布施 薫・永登 大和(障害者職業総合センター)  木野 季朝(元 障害者職業総合センター(現 宮崎障害者職業センター)) 1 背景・目的 平成25年の障害者雇用促進法の改正により、雇用の場における障害者差別の禁止、合理的配慮の提供が義務付けられた。また、法定雇用率の算定基礎となる「障害者」の範囲に精神障害者が算入されることとなり、これに伴い、法定雇用率が引き上げられた。 これらの障害者雇用制度の改正が、企業においてどのように意識され、障害者雇用に関する行動にどのような影響を及ぼしつつあるかを把握し、企業の意識・行動の変化を見ることで、障害者雇用に関する有効な企業支援の在り方を探ることを目的とした。 2 方法 電話調査、ヒアリング調査、質問紙調査の3つの調査を行った。 電話調査は、平成28年11月に、従業員30人以上規模の企業1,000社を対象に実施した。電話調査は主に、その後のヒアリング調査及び質問紙調査に向けた論点の絞り込みのために行った。回答率は44.4%であった。 ヒアリング調査は、平成29年1月から平成30年7月にかけて、20社に対し2回ずつ実施した。主に、これまでの障害者雇用の取組、今後の制度見直しへの対応方針などを把握するために行った。 質問紙調査は平成30年2月から3月にかけて、全国の企業10,000社を対象に実施した。質問内容は、主に、障害者雇用の方針、法改正事項についての認識・周知・対応の状況、雇用管理に関する本社と事業所の役割分担、などであった。回収率は17.7%であった。 なお、ここでは企業の「意識」とは、障害者雇用に積極的に取り組む必要性や、講ずべき措置について、障害者雇用の責任者が認識を有しているか、労働者が知らされているかにより捉えることとし、「行動」については、その意識を社内に広げる行動と障害者雇用に関して、具体的に取られている対応から捉えることとした。 3 結果 制度改正に関連した企業の意識について、法定雇用率見直し後の障害者雇用方針については「見直しを待たず今のうちからさらに障害者雇用を進める方針」とした企業の割合は1,000人以上規模で最も高く、企業規模が大きいほど積極的に雇用を進める方針であることが示された。 さらに「見直しがあることを今まで知らなかった」という企業の割合は、300人未満の企業規模で1割を超えており、規模が小さい企業は法定雇用率の見直しの認知度が低い傾向が見られた。 また障害者雇用の方針については、企業規模が大きくなるほど方針のある割合が高かった。 ヒアリング調査の中では、企業の中期計画に人事戦略の一つとして障害者雇用を位置付けている例や、毎年、社長名で自社の障害者雇用の状況を全社員に伝えるとともに、理解を求める通知を出している例などがあった。 法改正事項の認知度では、最も認知されていたのは雇用率の引上げで、企業の関心の高さが窺える。逆に認知度が最も低かったのは合理的配慮提供義務についてであった。 法改正事項の認知状況を企業規模別に見てみると(表)、全体的に規模が小さいほど認知度が低くなっている。特に、合理的配慮提供義務については、100人未満規模の企業で5割を下回っており、規模の小さい企業にも伝わるような周知を図ることが求められる。 法改正を踏まえた対応については、障害者差別禁止と合理的配慮提供義務の両方とも、企業規模が大きくなるほど、何らかの対応を行っている企業が多くなっている。 法改正について認識していながら、特に対応を行っていない企業も一定数あった。対応を行っていない企業の中には必要性が理解できずに対応を行わないままであるというケースもあると考えられる。 表 法改正事項の認知状況(企業規模別) p.159 ヒアリングの中では、特例子会社の知的障害の社員に退職金制度を創設した例や、管理職を対象に障害者雇用の研修を実施した例などがあった。 具体的な内容について、企業の意識と行動とのつながりについて、会社として障害者雇用方針を持っているか、企業のトップが障害者雇用に言及しているかどうかと、障害者を雇用しているかどうかの関係を見てみた。100人未満規模の企業では、社としての雇用方針がある企業やトップが言及している企業ほど障害者を雇用している傾向があった。一方、100人以上規模の企業では、雇用方針やトップの言及の有無にかかわらず、ほとんどの企業が障害者を雇用していた。 これまでに利用した支援機関の利用状況について見てみると、規模の大きい企業ほど利用率が高かった。また、規模にかかわらずハローワークの利用率が最も高かった。 また、支援機関に求める支援について18項目を示し、当てはまるかどうか尋ね、障害者を雇用している企業と雇用していない企業で比較した。両方の企業で共通して高いのは、「合理的配慮について知りたい」「差別禁止について知りたい」「どのように仕事を切り出せばよいか知りたい」の3項目であった。このほか障害者を雇用している企業では 「障害種類・障害特性、配慮事項について知りたい」が第2位、雇用していない企業では「採用後に障害者となった社員が発生した時に相談したい」が第1位であった。 4 考察 〜企業支援の在り方について〜 (1)中小企業に対する制度の周知と支援 障害者差別禁止規定及び合理的配慮提供義務規定の認知度は、いずれも企業規模が小さくなるほど認知度が低いという結果であった。このことは、数の上で多くを占める中小企業において、障害者雇用の環境整備の遅れや、職場定着にも影響を及ぼす可能性があるとも言える。 中小企業については、企業のトップ・マネジメントを対象に積極的にセミナー等を開催し、責任ある立場に直接周知し、理解を促すことが大切となる。 また、就労支援機関の利用については、企業規模が小さくなるほど利用が少ないという結果が出ており、支援機関のノウハウを有効に活用できるようにするためにも、ハローワークを始め地域の就労支援機関が一体的支援体制を構築し、気軽に相談ができる環境を用意するなど、きめ細かに対応することが求められる。 (2)企業が障害者雇用に着手しやすくするための機会づくりと個別対応型支援 小規模企業の場合、企業としての方針があることや企業トップの言及によって障害者雇用に差が出た結果が示されたことから、トップ・マネジメントに対して、セミナーへの参加要請や個別相談により、個別の状況に合わせた助言・支援を実施することで、企業の実情に合わせた障害者雇用が実現できるのではないかと思われる。 (3)企業のニーズを踏まえた地域密着型の広報活動・支援 ヒアリングの中では、支援機関の利用に関して「様々な支援機関があるが、どのように利用すればよいかわかりにくい」という意見や、「具体的にどうすれば障害者雇用が実現できるか提案してほしい」などの声が聞かれた。 さまざまな広報手段がある中、企業の障害者雇用担当者に情報が届くよう関係機関が互いに協力し合って、わかりやすい広報活動に努めることが期待される。 (4)企業のコンプライアンス履行のための就労支援機関等による補完的支援 今回の調査では、障害者差別禁止規定及び合理的配慮提供義務規定に関する認知度が法定雇用率の見直しの認知度に比べて低いこと、これらの規定について認識しているとしながらも、特に対応を行っていない企業が小規模企業を中心に一定数見られた。 これらの規定が企業において着実に実行されるためには、行政機関を始め就労支援機関が企業における合理的配慮提供の取組状況の確認を行い、必要に応じて具体的なアドバイスを行うことにより、制度を理解・浸透させていくことが必要と思われる。 そのためには、厚生労働省が作成した自主点検資料などを活用して、雇用促進セミナーや企業訪問など、様々な機会を通じて、企業が行うべき取組をチェックしつつ、適切な対応が図られるように支援することが望まれる。 (5)企業の支援機関へのニーズを踏まえた支援 支援機関に求めたい支援としては、「障害者雇用に関する合理的配慮について知りたい」「差別禁止について知りたい」は、障害者を雇用している企業でも、雇用していない企業でも上位にあった。企業が対応に苦慮している、または、不安を感じているのではないかという結果になった。 また、障害者を雇用している企業では「障害種類、障害特性、配慮事項について知りたい」が第2位に入っており、障害理解を深め、特性に合わせた対応を進めていこうとする傾向があるのではないか、一方、障害者を雇用していない企業では、「採用後障害者の相談」が第1位で、障害者への対応に不安を抱えているとも見てとれる結果になった。 企業支援については、こうした結果を踏まえた対策を講じる必要があると思われる。 【連絡先】 浅賀 英彦 障害者職業総合センター研究部門 Asaka.Hidehiko@jeed.or.jp p.160 精神障害者の職場定着支援−合理的配慮の提供のあり方をめぐって- ○田中 典子(社会福祉法人アドベンチスト福祉会)  太田幸治( NPO法人クラブハウス二俣川) 1 はじめに 障害者を雇用する際、その特性に配慮した必要な措置を講じることは事業主の義務である。なかでも精神障害者は精神疾患に基づく認知機能の障害および生活のしづらさがあるとされ、目に見えない困難さに対する配慮が必要とされる。本事例では、ハローワークの障害者求人を介さずに精神障害者を初めて雇用し、合理的配慮指針に沿って定着支援を行った職場の取組を提示し、精神障害者に対する合理的配慮のあり方を検討する。 2 精神障害者に対する合理的配慮指針・事例 このたび精神障害者を対象とした合理的配慮提供に際し、参考とした配慮指針および配慮事例は以下の通りである。 (1)厚生労働省の合理的配慮指針 1) ・業務指導や相談に関し、担当者を定めること。 ・業務の優先順位や目標を明確にし、指示を1つずつ出す、作業手順を分かりやすく示したマニュアルを作成する等の対応を行うこと。 ・出退勤時刻・休暇・休憩に関し、通院・体調に配慮すること。 ・できるだけ静かな場所で休憩できるようにすること。 ・本人の状況を見ながら業務量等を調整すること。 ・本人のプライバシーに配慮した上で、他の労働者に対し、障害の内容や必要な配慮等を説明すること。 (2)内閣府の合理的配慮提供事例 2) ・通院・受診の妨げにならない勤務体制を組むようにし、やむを得ない場合は、通院、受診のために休めるようにした。 ・休憩時間の配分を調整し1時間おきに休憩できるようにした。 ・本人の希望を踏まえて、障害の内容や必要な配慮などについて職場で説明を行った。 ・作業手順などを示した業務マニュアルについて、分かりやすい内容となるよう工夫して作成した。また、説明や指示は具体的に行うように職場スタッフに周知した。 ・関連ケア資格を取得した者を相談員とし、悩んでいることを相談できる機会を設けた。 3 事例紹介 A氏は40歳代の女性で、診断名は適応障害、精神障害者保健福祉手帳3級を所持している。A氏は過去に障害者求人で高齢者介護施設の清掃員として週3日就労したが、作業スピードが職場の要求水準に達せず離職していた。その後、就労継続支援A型事業所に週5日通所し状態を整え、知人の紹介により、高齢者介護施設Bの清掃員として当初週3日の条件で雇用された。障害特性として、想定外の出来事にペースを乱され作業に嫌気がさしてしまう、他人の目が気になりプレッシャーを感じやすい、作業は一つ一つ丁寧に行おうとすることがA氏への聞き取りから挙げられた。 4 配慮提供 (1)就業時間と障害開示 清掃部門のリーダーC職員がA氏と面談し、入職後の配慮事項について取り決めた。就業時間は週3日、1日6.25時間とし、A氏の希望で障害特性について清掃部門の職員全員に知ってもらいたいとのことで、A氏との関りでは指示を一つ一つ明確に伝え、作業を急かさないような対応をすることが確認された。 (2)業務内容と負担の軽減 C職員がA氏の担当となり、一人で業務をこなせるまでマンツーマンで動き、退勤前に業務の振り返りの時間を設けることにした。また、A氏についてはローテーション勤務から外し、毎回同じ業務を同じ順番で行えるようにした。手順書は簡素化し、作業中でも見やすいように改良した。トイレの清掃中に施設の利用者が入ってくるような、A氏にとって予期せぬ事態が発生したとき、どのように対応してよいか戸惑い、他部門の職員から直接注意されたことが見受けられ、その都度C職員が対応した。A氏が「トイレが近くて心配」と訴えたときは、清掃カートを置く位置に注意すれば気にせずトイレを使用してよいことを伝えた。作業が途中であっても退勤時間が来たら作業を終えたところまでを報告して終業とし、時間に追われるプレッシャーを与えないようにした。 (3)症状への対応と配置転換 入職から5ヶ月後、A氏は「頭痛がする」「気分が悪い」等を理由に、職場に朝電話を入れ、突発的な欠勤が目立つようになった。A氏と人事のD課長と話し合い、週2日の契約に変更し、欠勤した場合は出勤曜日でない曜日に振り替えて出勤できるようにし、週2日の出勤率を維持することで定着を図った。しかし、病気を理由に2ヶ月間の療養もあり皆勤の月はなくなった。入職後1年半が経過しD課長がA氏と再び面談を行った。A氏は、出勤時に学生が長蛇の列をなすバス待ちが苦痛であると訴えたため、出 p.161 勤時間を45分繰上げるなど対応したが、週2日の出勤はできなかった。 入職2年後、A氏とD課長が面談を行った時、A氏は清掃部門の洗濯室への異動を希望した。1日の勤務は業務の都合で6.75時間と長くなったが、A氏は了承し洗濯室に異動した。しばらくすると「退勤してから施設の送迎バスを待つ時間が嫌だ」とのA氏訴えにより、退勤に合わせてバスを増便したが出勤率は上がらなかった。 入職4年後、D課長の異動があり後任のE課長が担当となってからもA氏の状態は変わらず、E課長から契約を更新しないとA氏に伝えたところ、A氏は契約の更新を求め、最後の2か月を出勤率100%で皆勤したが、職場の契約更新をしないという方針は変わらずA氏は契約満了で退職した。 縦軸を出勤率(単位:%)、横軸を在職年数(単位:年)としたA氏の出勤率の推移は図の通りである。 図 A氏の出勤率の推移 5 考察 (1)合理的配慮指針とA氏への配慮 指針に掲載された配慮とA氏に提供した配慮は以下の通りである。 ア 他の職員への必要な配慮などの説明 入職前にA氏と面談し、A氏の障害特性について職員に周知していたため、A氏のために簡素化したマニュアルを作成し使用してもらう、ローテーション業務からA氏を外す、週3日から勤務を開始する等、他の職員から理解が得られやすかった。必要な配慮事項の説明を事前に行ったことは、他の職員と異なる形態で業務を開始する精神障害者への理解の促進として有効であったと考えられる。 イ 担当者の一本化 C職員を担当としてマンツーマンでA氏に業務を教えた。担当を一本化したことによって、C職員から指示が1つずつ出されるなど、A氏が業務を行ううえで安心感につながり、A氏がトイレを清掃中、利用者が入ってくる等の突発的な事態にも対応できたので、合理的配慮として妥当であったと考えられる。 ウ 出勤・退勤時刻の調整 A氏がバスの列が気になるため出勤時刻を繰り上げることを合理的配慮として実施したが、A氏の出勤率が上がることはなかった。同様に、退勤時のバスの本数を増やしても出勤率は上昇しなかった。A氏は出勤することの困難さをバスの時刻を理由として、バスの時刻を早めることによって出勤率の上昇を図ったと考えられるが、実際はバスの時刻は関係なく、職場に行かれない他の理由がA氏にあったと考えられる。出勤時刻の変更を話し合った時点で、A氏の欠勤は目立っており、合理的配慮を検討する以前に職場に来られなくなっていることについて、精神科医療の視点から対応策を講ずることが好ましかったと考えられる。 以上の指針・事例に基づく配慮は、A氏の業務遂行には有効であったと考えられるが、出勤率が低下した状況での配慮は職場定着に有効とならないことが示唆された。 (2)精神障害者に対する合理的配慮のあり方 高齢者介護施設BはA氏が初めての精神障害者雇用であったことから、A氏の出勤率が低下した時点で、合理的配慮を提供することがA氏の出勤率を上昇する手段として取られていたと考えられる。合理的配慮指針は出勤が滞ってしまっている段階で実施されることは想定されておらず、出勤が滞った時に医療機関への対応を相談し、助言を求めることが必要であったと考えられる。 そして、A氏は契約更新がないと知ってから、最後の2か月間の出勤率が100%に達した。このことは、A氏が精神疾患ゆえに出勤できなくなっていたのではなく、むしろ、A氏にとって職場が安心して働ける場になっていなかった可能性がある。精神障害者への合理的配慮指針には直接的な表現で「居場所づくり」に関することは登場しないが、出勤率の維持、つまり職場定着を図るには、働く仲間とのかけがえのない場所だと感じられるような心理的なつながりが必要なのではないだろうか。A氏との関わりから得られたこととして、業務遂行への配慮のみならず、並行して心理的なつながりも意識する必要があると思われた。 6 おわりに 一事例から言えることに限界はあるが、「配慮」という名の対応が精神障害者を消極的にしてしまうことがある可能性があることに留意し、精神障害者の定着支援について今後も検討してきたい。 【参考文献】 1)厚生労働省合理的配慮指針 https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11704000-Shokugyouanteikyokukoureishougaikoyoutaisakubu-shougaishakoyoutaisakuka/0000078976.pdf(令和元年8月21日閲覧) 2)障害者差別解消法【合理的配慮の提供等事例集】(平成29年11月 内閣府障害者施策担当) https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/jirei/pdf/gouriteki_jirei.pdf(令和元年8月21日閲覧) p.162 老若男女誰もが一生働ける会社の仕組み創りを目指して。公務員や他企業他職種で発症、手帳取得・民間で活躍をする事例発表 ○遠田 千穂(富士ソフト企画課株式会社 企画開発部 部長) ○槻田理(富士ソフト企画課株式会社教育事業グループ課長代理) 1 薬より仕事を下さい。 筆者がアナムネを取っていた時の患者様の一言である。 リカバリー・レジリエンス力は、薬のみでは蘇らず、社会参画してこそ、蘇るものである。 納税者となって国民の義務を果たしたいという気持ちは万人が持ち合わせているものであり、企業は夢が実現できる場所である。老若男女一人でも多くの障がい者の方が自立の1歩を踏み出せるように当たり前の仕事を切り出すのも企業の責務である。 当社は、親会社富士ソフトの新卒1,000名の採用に合わせ毎月、8から10名の障がい当事者の社員が入社をする。年齢・経験も多様で各種公務員の管理職経験者が心の病を発症し手帳を取得して入社をする事例も急増。医療関係の業務で発病をし、入社をされる障がい当事者の方、LGBT・GITの社員も加わる中、多様化する障がいに対する合理的配慮を実施するためにも、管理職研修には、力を入れる。LGBT・GITの社員については、入社時、明らかになっていれば良いのだが、入社後カミングアウトした場合は、それに合わせた合理的配慮も必要となってくる。当社の中には、入社後カミングアウトした社員もいるので、服装・ロッカー・トイレの変更は、徐々に親会社とも協力をして対応した。服装やお化粧については、いきなり明日から変更というわけではなく、徐々に変化をつけていき、緩やかに、性を変えていくという形を取り、周囲もスムーズに理解・受け入れることができた。知的障がいの社員には、いきなり話しても、咄嗟には理解ができない場合があるので、時間をかけて話すことにより、インクルーシブな空間が生まれた。今では勤怠も安定し、会社の戦力として活き活きと活躍をされている。 障がい当事者が管理職である部署が多く、人の痛みが分かること、薬の副作用が分かること、症状表出の頻度を把握していることなどを強味とし、14オフィスの各拠点で活躍をしている。これは幅広く応用できる点で、親会社で鬱病を発症した社員を2週間特例子会社で受け入れ、障がい当事者社員に、スキルを伝授してもらうリワークにも、功を奏している。第二号ジョブコーチ(第二号職場適応援助者)で構成しているJOBサポート窓口に、障がい当事者の社員が数名加わることで、相談件数の変化が見られる。相談される方の心理的負担を慮り、相談者も、何でも誰かに解決してもらおうではなく、何か困ったことがあった時、まずは自分で解決策を考えて実行しようという気運が社内で高まった。 自助力が浸透してきたと考える。自助力が高まるとリカバリーにも拍車がかかるため、就労は障がいを軽減することが体現できる。アンガーマネジメント教育も行い、感情的に動く抑止力としても怒りのコントロールを意識的に行うことで薬が減ってきたという社員もいる。 自立・自律が企業では求められるため、一人の時間を自暴自棄に過ごさない様にお互いに気を付ける、情報共有をすることにより、趣味・スポーツに勤しみ、働き方改革にもつながる。障がいのある社員は、働く気力と体力があれば、死ぬまで働いて良いという社訓もあり、障がい・生涯現役を目標に、社員は通勤をしている。 副作用で、午前中きつくとも、午後出社することで症状が改善される場合も多いので、フレックス制度を活用している。一日、家にこもり悶々としているよりは 会社に出勤し、任務を果たすことにより、生きる意欲を取り戻すことが多い。働くことは生きることにもつながるので、日々の命を紡ぐ為にも、自殺者を出さないためにも、日本中・世界中の企業・団体が雇用を続けること・・・これこそが職業リハビリテーションの概念の骨子であると考える。 写真:2枚 2 社員の定着について 現在当社の大きな課題が社員の定着である。2015年から2019年8月までに入社した障害者社員は165名。その中で退職したのが44名である。退職率は26%である。 退職した要因は様々であるが、業務レベルに本人がついていけていないケースが目立つようになってきた。ここ数年で社内の業務が高度化している。しかし、その業務に適応できる社員の教育が進んでいないのが現状だ。社員の定着のためにも4つの取り組みを強化することとした。 p.163 図 職場定着を支える4つの取り組み (1)ラインケア(上長・職場巡回) 2018年よりラインケアのサポートを強化した。特に東京・横浜エリアにおいて、各拠点を巡回する部隊を作り御用聞きを行っている。上がってきた要望・困りごとなどはエリア担当者・責任者・会社で共有し、必要に応じた対応を迅速に行えるようにしている。 (2)相談窓口(JOBサポート窓口) JOBサポート窓口は、上長に相談しづらい悩み・困りごとを相談できる窓口である。2016年、2017年の相談件数は比較的多かった。2018年に相談件数が激減する。2018年に大きな組織変更があり、ラインケアでのサポートを重点的に行うようになった。問題が起きたらまずは上司に相談するよう、社員に働きかけた。 表1 JOBサポート窓口相談 2019年7月になって、当相談窓口の周知を強化した。イントラネットにフォームを設置し、直接相談メッセージを窓口担当者に送れるようにした。社員がイントラネット上から気軽に相談できるようになったため、7月からの相談件数が若干上向いていった。今後は相談者、上長、会社がそれぞれ協調しながら、社員の困りごとを解決していけるようにする。 (3)面談(社員カルテ) 入社した社員のフォローアップとして、面談を実施している。入社1か月後、3か月後、6か月後の計3回を最低でも実施する。必要に応じて、都度面談をできる体制となっている。面談の結果・記録は社員カルテとして保管する。社員カルテは役員と上長に展開している。内容の展開については社員に了承をとってから行う。面談の際に訊くこととして、通院している医療機関名、主治医名、支援機関名、担当者名、障害名、病歴、家族構成、上長・同僚にしっておいて欲しいこと、現在の悩み、今後やりたいこと、などである。 表2 社員カルテ作成数 (4)研修(管理者向け研修) 2019年7月より管理者向け研修をスタートさせた。6か月間を1クールとして実施。前半はメンタルヘルスの管理を中心とした内容。後半はマネジメントを中心とした。 表3 研修テーマ 研修対象者は、作業責任者以上の役職者となる。社全体で52名が対象となっている。うち31名は障害を持った管理者である。月に1回1時間ではあるが研修を必ず受講する。研修終了後は必要に応じて、個別に管理者の相談に乗り、必要なツールの展開やワークショップを実施する。 研修を行う部門は、2019年1月に設立した。部門責任者を含め、部員の多くは障害当事者である。この部門は「社員の定着率を上げること」をミッションとしている。 当社では様々な経歴・障害を持った社員が続々入社している。人数が多くなればそれだけ問題も多くなる。社員がいかに快適に活き活きと働けるかが、職場定着の鍵となる。そのためには社員が相談・利用できるチャンネルは多い方がよい。社としてできる取り組みを試し、結果を検証しなくてはいけない。まだ当社の取り組みは始まったばかりである。 【連絡先】 遠田 千穂 富士ソフト企画株式会社 TEL: 0467-47-5944 FAX:0467-44-6117 Email: todachi@fsk-inc.co.jp p.164 障害のある求職者の実態調査結果(中間報告)について ○井口 修一(障害者職業総合センター 主任研究員)  武澤 友広(障害者職業総合センター) 1 目的 本調査は、公共職業安定所(以下「ハローワーク」という。)に新規求職申込みを行った障害のある求職者の実態について正確に把握することを目的として平成30年度に実施した。 2 方法 本調査は、ハローワークに新規求職申込みを行った障害のある求職者について、ハローワーク担当者が職業相談等において把握した事例情報(個人情報を除く。)を下記(1)の2回に分けて下記(2)の調査項目から構成する調査票ファイルに入力することにより実施し、47都道府県のハローワーク419所から障害のある求職者4,962人分の調査データを収集して集計した。 (1)調査時期 ア 求職者の状況調査(第1回調査) 平成30年6月に新規求職申込みを行った障害のある求職者の同月時点の状況について所定の調査項目を把握した。 イ 第1回調査求職者の就職状況調査(第2回調査) 平成30年12月末までに把握した第1回調査求職者の就職状況について所定の調査項目を把握した。 (2)調査項目 第1回調査では①基本情報(27項目)、②前職の状況(22項目)、③希望する労働条件等(19項目)、第2回調査では④就職状況(25項目)の調査項目と回答選択肢を設定して調査した。 3 結果 本発表では、全調査項目(93項目)のうち、障害状況、支援機関の利用状況、職場で必要としている配慮、就職状況等について報告する。 (1)障害状況 求職者の障害状況を身体障害、知的障害、精神障害、発達障害およびその他の障害で区分すると表のとおり。 表 求職者の障害別状況 身体障害ありでは、肢体不自由が48.0%と最も多く、次いで内部障害が33.3%、聴覚障害が11.0%、視覚障害が7.8%、不明が1.7%となっている。 精神障害ありでは、気分障害が51.2%と最も多く、次いで統合失調症が26.6%、てんかんが6.3%、高次脳機能障害が2.4%、その他の精神疾患が11.2%、不明が5.1%となっている。 発達障害ありでは、自閉症・アスペルガー症候群・広汎性発達障害(ASD)が68.6%と最も多く、次いで注意欠如多動性障害(ADHD)が26.7%、学習障害が1.6%、その他の発達障害が1.9%、不明が8.6%となっている。 その他の障害ありでは難病が83.5%と多数を占めている。重複障害では、精神障害+発達障害が47.9%と最も多い。障害者手帳の有無については図1のとおり。 図1 障害者手帳の有無【複数回答】 (2)支援機関の利用状況(不明を除く) 第1回調査時点で利用している支援機関ありの割合は図2のとおり。 図2 利用している支援機関ありの割合 (3)職場で必要としている配慮(不明を除く) 就職希望において職場で必要としている配慮の主なものを障害種類別に見ると図3および図4のとおり。 (4)就職状況(不明を除く) 平成30年12月末までに就職を確認したのは全体の36.6%であった。 就職者の採用経路(就職先の紹介を受けた媒体)は、ハローワークが91.5%と圧倒的多数を占めている。 就職を決めた理由の主なものは図5のとおり。 p.165 図3 身体障害種類別の必要としている配慮【複数回答】 図4 障害種類別(身体障害以外)の必要としている配慮【複数回答】 図5 就職を決めた理由【複数回答】 4 考察 (1) 障害状況 精神障害の疾病別では、精神障害のある求職者が近年大幅に増加している中にあって、2012年報告1)(気分障害34.1%)と比較して、気分障害が過半数(51.2%)を占め明らかに増加している。 重複障害では精神障害と発達障害の重複が約半数を占め、発達障害ありではおよそ4人に1人(24.2%)が精神障害を重複している。 精神障害または発達障害のある求職者は全体の57.2%を占めるが、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている者は求職者全体の41.5%であり、該当障害者手帳の取得率は、身体障害(99.0%)や知的障害(98.5%)と比較して、精神障害で71.6%、発達障害で77.7%と低くなっている。 (2)支援機関の利用状況 利用している支援機関ありの割合は、知的障害が6割を超える一方で身体障害は2割に満たないなど、障害により利用状況が異なる傾向がうかがえる。障害別に利用ありが半数を超えるのは、知的障害(64.5%)、発達障害(59.8%)のほか、精神障害の疾病別では高次脳機能障害(57.1%)、統合失調症(56.2%)となっている。 (3)職場で必要としている配慮 職場で必要としている配慮は、障害別に必要とする配慮が異なる傾向が見られ、当然ではあるが障害特性を反映することが示唆されている。 例えば、身体障害では、内部障害は「通院時間の確保、服薬管理など雇用管理上の配慮」(48.8%)、聴覚障害は「職場でのコミュニケーションを容易にする手段や支援者の配置」(49.2%)、視覚障害は「能力が発揮できる仕事への配置」(44.6%)がそれぞれ最も多くなるなど、障害種類による差異が見られる。 精神障害全体では「調子の悪いときに休みをとりやすくする」(52.7%)や「通院時間の確保、服薬管理など雇用管理上の配慮」(35.9%)が多く、疾病別で見ても気分障害、統合失調症とも同様の傾向にある。発達障害全体では「能力が発揮できる仕事への配置」(45.7%)、「職場でのコミュニケーションを容易にする手段や支援者の配置」(39.7%)が多く、診断別で見てもASD、ADHDとも同様の傾向にある。 (4)就職状況 就職を決めた理由では、「職種・仕事の内容」(71.5%)が圧倒的に多く、就職を決める際に重視するのはやはり仕事の内容であることが多いといえる。 5 おわりに 本調査結果については、引き続きデータ分析を行い、すべての集計およびデータ分析の結果を令和2年に調査研究報告書により公表する予定である。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:「精神障害を有する求職者の実態に関する調査研究」資料シリーズNo.70,p.14,(2012) 2)障害者職業総合センター:「障害者の就業状況等に関する調査研究」調査研究報告書No.137(2017) p.166 p.167 ポスター発表 p.168 障害の多様化に対応した職業リハビリテーションツールの 効果的な活用に関する研究 ○山科 正寿(障害者職業総合センター 主任研究員)  武澤 友広・村久木 洋一・渋谷 友紀・森 誠一・井口 修一・小池 磨美・知名 青子・田村 みつよ・田中 歩(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター障害者支援部門では、平成 11年度から「職場適応促進のためのトータルパッケージ」(以下「トータルパッケージ」という。)の開発を進め、現在までの間、支援現場におけるトータルパッケージの汎用性を高めるための研究を行ってきた。 トータルパッケージとは、個々の障害状況に応じて利用者がセルフマネージメントでき、作業遂行力の向上や対処手段・補完手段等の獲得できるよう支援することを目指した総合的な支援技法であり、 WCST(ウィスコンシンカードソーティングテスト)、 M-メモリーノート、ワークサンプル幕張版( MWS)(以下「 MWS」という。)、 MSFAS(幕張ストレス疲労アセスメントシート)、グループワークにより構成されている。 MWSについては、平成19年度より市販を開始し、平成24年度に行った基礎調査で、新たなワークサンプル(以下「新規課題」という。)の開発ニーズを確認したため、新規課題の開発を開始し、 MWSの機能が更に充実・強化されることを目指した1)。 また、これまでのトータルパッケージに関する研究では、福祉や教育、医療など様々な分野において、トータルパッケージを介した職業リハビリテーションの支援技法が対象者の就職や復職に向けて一定の効果があることが示されている。一方で、そのような支援技法は十分普及しているとは言えず、トータルパッケージの活用における課題として、人材の育成や研修の必要性が繰り返し指摘されてきた。 加えて、今後も様々な機関において、新規課題も含めたトータルパッケージが活用され、利用者の就職・復職後の職場適応への有効性を示すデータを更に蓄積していくことも重要な課題である。 以上の点から今年度より特別研究 23として「障害の多様化に対応した職業リハビリテーションツールの効果的な活用に関する研究」(以下「本研究」という。)が開始された。本報告では新規課題の市販化に向けた状況及び今後の本研究の計画について報告を行う。 2 新規課題の市販化に向けた状況 (1)市販化を予定している新規課題 従来のワークサンプルより難易度が高く、より実務に即した新規課題を開発して欲しいとの要望に応えるため、これまでのワークサンプルに比べて読解力、注意力、判断力などを必要とする「給与計算」、「文書校正」、「社内郵便仕分」の新規課題を開発した2)。 新規課題の特徴は、ルール等を記した「サブブック」を参照しながら作業を行うことである。これは職場で図表等の資料や手引書等を参照にしながら行う場面を想定したものであり、「文書に記載されたルールを理解する力」や「理解したルールを的確に運用する力」の把握を狙いとしている。具体的には以下のとおりである。 ア 給与計算 画面に表示された社員1名分のデータをもとに、給与計算に必要な各項目の値を計算し、指定されたセルに入力する(図1)。 計算方法を記載したサブブックと、社会保険料等の各種表を参照しながら作業を行う課題である。 図1 給与計算イメージ図 イ 文書校正 コラム、事務文書、報告書などの印刷物を用いて校正作業を行う(図2)。 原稿と校正刷の文字等を引き合わせ、サブブックや報告書作成規定に従い、校正記号を用いて校正刷の誤りを修正する課題である。 ウ 社内郵便物仕分 仮想の会社に届いた葉書や封筒等の郵便物を、宛先に書かれた部署(部・課等)や個人名を見て、正しいフォル p.169 ダーまたはボックスに仕分ける(図3)。 サブブック内の仕分のルールに従い、組織図、社員名簿、索引を参照しながら、正確に仕分ける課題である。 図2 文書校正イメージ図 図3 社内郵便物仕分イメージ図 (2)市販化の予定 新規課題市販化の時期については令和元年度内の12月〜1月初旬頃を予定しており、 MWSの市販化を開始した時点で、以下のホームページにおいて市販化開始の周知がなされるためご覧いただきたい。 (https://escor.co.jp/products_list/products_list06.html) 3 本研究の目的 本研究はトータルパッケージが、地域の職業リハビリテーション機関において、利用者の就職や復職に向けて効果的に活用されるよう、トータルパッケージを介した職業リハビリテーションの支援技法を効果的かつ効率的に伝達するための方法論を検討する。加えて、トータルパッケージが活用されることによる有効性が示されるデータを更に蓄積していく。 4 本研究の実施方法 (1)検討及び試案作成(初年度) トータルパッケージを介した職業リハビリテーションの支援技法を効果的かつ効率的に伝達するための方法論(以下「伝達試案」という。)の検討及び作成を行う。 なお実施にあたっては、地域障害者職業センター及びトータルパッケージツール( MWS及び M-メモリーノート)を購入した支援機関に対して、トータルパッケージの活用状況を把握するための全数調査を行うとともに、活用状況の詳細な把握のため、支援機関等に対して訪問ヒアリング調査を実施する。それらアンケート、ヒアリング調査結果を基に専門部会で伝達試案を検討することとしている。 (2)伝達試案の効果の把握(2年目) 上記(1)により得られた伝達試案の実施及びその効果を把握するための調査。あわせてトータルパッケージの活用事例の収集も行う。 (3)伝達試案の修正(2年目) 上記(2)により得られた結果によって、伝達試案の修正を行い、更に妥当性のある伝達試案を専門部会の検討結果を踏まえ作成する。 (4)最終検討(最終年度) 上記(3)を踏まえ伝達試案の実施による最終的な効果検証を行うとともに、支援技法を伝達する際の媒体の整備を図る。 5 本研究の成果の活用について 職業リハビリテーション支援者に対する支援技術向上を目的とした全体的な研修や、トータルパッケージに関する助言や援助を目的とした個別の研修に活用されることが期待される。また、各職業リハビリテーション機関がトータルパッケージを効果的に活用するためにも役立つものと考えられる。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:「障害の多様化に対応した職業リハビリテーション支援ツールの開発 −ワークサンプル幕張版(MWS)の既存課題の改訂・新規課題の開発−[調査研究報告書No.130](2016) 2)障害者職業総合センター:「障害の多様化に対応した職業リハビリテーション支援ツールの開発(その2) −ワークサンプル幕張版( MWS)新規課題の開発−[調査研究報告書No.145](2019) 【連絡先】 障害者職業総合センター障害者支援部門(山科) Tel:043-297-9082 e-mail:Yamashina.Masatoshi@jeed.or.jp p.170 ワークサンプル幕張版(MWS)新規課題実施時における 主観的な疲労度と実施結果との関係 ○渋谷 友紀(障害者職業総合センター研究員)  八木 繁美(障害者職業総合センター)  前原和明(元障害者職業総合センター(現秋田大学教育文化学部))  知名 青子・武澤 友広・山科 正寿(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 「ワークサンプル幕張版(以下「 MWS」という。)」を含む「職場適応促進のためのトータルパッケージ(以下「トータルパッケージ」という。)」では、作業遂行や障害・疾病の状態に影響すると考えられる疲労の現れ方を把握し、環境調整を含めた対処方法を確立することを目的の1つとしてきた1)2)。疲労感は、疲労があることを自覚する感覚とされ3)、様々な要因よって現れ方が異なる4)。MWSは、16種類のワークサンプルから構成されており、各ワークサンプル内において難易度によるレベルを設定している。そのため、ワークサンプルの選択とレベル設定などにより負荷を調整することで作業遂行における疲労の現れ方を把握し、具体的な対処方法を検討することができる。 障害者職業総合センターでは、新たに開発した「給与計算」「文書校正」「社内郵便物仕分」の3つのワークサンプル(以下「新規課題」という。)について、一般成人へのデータ収集を実施し、一般成人における正答数、作業時間、疲労感等の報告を行っている5)。それによれば、「給与計算」「文書校正」で、「社内郵便物仕分」よりも強い疲労感を訴える者が多いことが確認されている。しかし、当該研究では、疲労感と実施結果の関係については未検討であった。 そこで、本研究では、新規課題を一般成人に実施したデータを用いて、疲労感の生起状況と正答数及び作業時間の関係に焦点を当てた分析を行い、ワークサンプルごとの傾向を検討する。 2 新規課題と疲労感 MWSの新規課題は、精神疾患や発達障害等により休職中で復職を目指している利用者や作業遂行力が高い利用者の疲労のマネジメントに向けた支援に資することを狙いの1つとして開発された。新規課題では、対象者自身が作業手順やルールの記載されたサブブックを参照しながら作業を進めることが求められる。また、同時に複数の箇所に注意を向ける必要がある点など、既存課題より負荷が高いものとなっている。新規課題の構成と内容を、表1に示す。 なお、既存課題と同様、簡易版は評価や体験を目的とし、訓練版は難度の低いレベルから高いレベルへと段階的に実施することで、作業の正確性や安定性を確保するための学習や補完方法の特定を行うことを目的とするものである。 3 方法 職歴等の条件を満たした20代から50代までの一般成人68名(男性53名、女性15名)を研究協力者とし、3日間で3つの新規課題の簡易版と訓練版を実施した。 疲労感については、簡易版・訓練版の各ワークサンプル終了直後に「疲れていない」「少し疲れた」「かなり疲れた」の3段階で回答を求めた。 分析方法は、各ワークサンプルについて、簡易版、訓練版それぞれの実施直後に得られた疲労感と、成績の指標となりうる正答数及び作業時間との相関関係を検討することとした。 4 結果 疲労感と正答数及び作業時間との間の相関関係を検討するため、相関係数を求めた。疲労感は、上述のように「疲れていない」「少し疲れた」「かなり疲れた」の3段階評定であり、順序尺度であると考えられることから、本研究では、正答数及び作業時間とのスピアマンの順位相関係数を求めた。 表1 新規課題の構成と内容(障害者職業総合センター,2019) p.171 その結果を表2に示す。疲労感と正答数との間に5%水準で有意な相関は認められなかった。一方、疲労感と作業時間との間では、簡易版の「給与計算」(ρ= 0.20, p=0.04 < 0.05)、「社内郵便物仕分」(ρ= 0.37, p=0.00 < 0.01)、訓練版の「社内郵便物仕分」(ρ= 0.25, p=0.04 < 0.05)において、有意な小〜中程度の相関が認められた。また、「文書校正」の簡易版でも、小程度の相関が、10%水準で有意な傾向が認められた(ρ= 0.22, p= 0.08 <0.10)。 表2 主観的な疲労感と正答数及び作業時間の相関係数 5 考察 (1)結果のまとめ 正答数と疲労感では、全ての新規課題の簡易版・訓練版において、有意な相関は認められなかった。一方、作業時間と疲労感では、全ての新規課題の簡易版、「社内郵便物仕分」の訓練版で正の相関ないし相関する傾向が認められた。このことから、疲労感は、正答数とは無関係に、より長い作業時間を費やした課題において強く現れるものと考えられる。また、作業時間が長い課題で疲労感が強く現れる傾向は、簡易版においてより強く、訓練版では「社内郵便物仕分」でのみ確認された。 (2)正答数と作業時間の関係への示唆 このことは、正答数と作業時間の関係に対しても示唆を与える。一般に、複雑な作業は、丁寧に行うことで、正確性が増すと考えられる。しかし、新規課題では、正答数及び作業時間と疲労感との関係がそれぞれ異なっていることから、作業時間と正答数が相関しない可能性が考えられる。 そこで、正答数と作業時間の間の相関を確認したところ、5%水準では、正答数と作業時間の間に有意な相関は認められなかった(正答数及び作業時間は量的尺度であるためピアソンの積率相関係数を算出した)。ただし、「給与計算」の簡易版では、小程度の負の相関が、10%水準で有意傾向を示しており(r= -0.23, p = 0.06 < 0.10)、作業時間を費やすことで、むしろ正答数が低下する傾向が見られた。他方、「文書校正」の訓練版では、中程度の正の相関が10%水準で有意傾向を示しており(r= 0.24, p=0.05< 0.10)、 作業時間を費やすことで正答数が上昇する傾向が見られた。 このことは、新規課題について作業時間と正答数の間に強い関係性を直ちに想定することはできないが、課題によっては、作業時間をかけることで正答数が上昇、あるいは低下する可能性があることを示唆している。 これを疲労感との関係で考えると、「給与計算(簡易版)」では時間をかけると正答数が低下し、「社内郵便物仕分」では時間をかけても正答数は変わらないが、いずれのワークサンプルでも疲労感が強くなる可能性がある。一方、「文書校正(訓練版)」では、正答数は時間をかけると上昇する可能性があるが、作業時間と疲労感との関係は認められなかった。 (3) MWS新規課題実施に際しての示唆 障害者を対象とした実施結果からは、新規課題が疲労の現れ方に対する気付きを促す機能があることが指摘されている5)。一方、負荷の高い課題でもあることから、対象者の状況に応じて、ワークサンプルの選択を行う必要がある。本研究で得られた結果は、疲労が作業時間と相関的であること、時間をかけても正答数が上昇するとは限らない課題がある一方、時間をかけることで正答数が上昇する可能性のある課題もあることを示しており、新規課題を実施するうえで留意すべき点となるだろう。 (4)今後の課題 本研究は、各ワークサンプル実施直後の疲労感について、3件法で回答を求めたデータを利用しており、このことをもって断定的な解釈を行うことはできない。また、疲労感とエラー項目等との関係も検討することで、多角的な支援の視点を得られると考えられる。そのため、今後、データを充実させていく必要がある。 【参考文献】 1 ) 障害者職業総合センター:「精神障害者等を中心とする職業リハビリテーション技法に関する総合的研究(最終報告書)」 [調査研究報告書No.57](2004) 2 ) 障害者職業総合センター:「トータルパッケージ活用のために(増補改訂版)−ワークサンプル幕張版(M WS)とウィスコン シン・カードソーティングテスト(WCST)幕張式を中心として」(2013) 3) 日本疲労学会:「抗疲労臨床評価ガイドライン」(2011) 4 ) 福田早苗:「質問票法による疲労の評価」,渡辺恭良[編 ]『最新・疲労の科学』,医歯薬出版株式会社, pp.47-51.(2010) 5 ) 障害者職業総合センター:「障害の多様化に対応した職業リハビリテーション支援ツールの開発(その2)」[調査研究報告書 No. 145](2019) 【連絡先】 障害者職業総合センター障害者支援部門(渋谷) Tel:043-297-9058 e-mail:Shibuya.Tomonori@jeed.or.jp p.172 ワークサンプル幕張版(MWS)の 新規課題「社内郵便物仕分」を用いた対象者の特性理解 ○知名 青子(障害者職業総合センター 研究員)  八木 繁美(障害者職業総合センター)  前原和明(元障害者職業総合センター(現秋田大学教育文化学部))  渋谷 友紀・武澤 友広・山科 正寿(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター障害者支援部門では、障害者の就労支援に資することを目的としワークサンプル幕張版 (MWS)の開発を行ってきた。今般、既存の13のワークサンプルに加え、新たに3つのワークサンプルを開発した。 従来のMWSではエラー傾向やストレス・疲労の現れ方の把握が難しい者、従来の MWSを安定的に行え、より難度の高いワークサンプルの活用が求められる者について作業特性等を評価できる点が特徴として挙げられる1)。 障害者職業総合センター(2019,調査研究報告書№145,「障害の多様化に対応した職業リハビリテーション支援ツールの開発(その2)」)1)では、障害当事者(精神障害者、発達障害者、高次脳機能障害者)に対し MWSの新規課題の実施を試みた。本報告では、「社内郵便物仕分」を実施した事例のうち、作業遂行上の認知的負荷が高まることでエラー傾向やストレス反応がみられた3つの事例を取り上げ、課題の構造と対象者のエラー及びストレス発生の関連性について検討する。加えて、「社内郵便物仕分」が自己の特性理解にどのような影響をもたらしたかを検討する。 2 方法 (1)「社内郵便物仕分」の概要 「社内郵便物仕分」は、架空の会社に届いた郵便物を、サブブック ※1内の“仕分のルール”に基づき、組織図、社員名簿、あいうえお索引を活用しながら仕分ボックス・フォルダーに仕分ける課題である。難易度のレベルは5段階とし、レベルが上がるにつれ適用されるルールや参照箇所が増えていくように設計されている。なお、1試行は20課題(20枚の郵便物)であり、1ブロックという単位名で称することとしている。 (2)対象者の概要 障害者職業総合センターを利用する障害当事者へ協力を要請した。いずれも職場で事務的業務に従事していた経験があり、それぞれ就職や復職を目指し、支援者と職場に依頼する配慮事項を検討中であった。 ア 事例A 精神障害(うつ病)、20代男性。 大学卒業後、建築関係会社へ入社。1年目はチームの一員として事業計画を立て現場指揮監督などを務めた。入社2年目から単独で特定の地域を担当することとなったが業務を処理しきれず、上司や先輩との関係が悪化。その後、頭痛や吐き気などの身体症状が生じて休職に至った。支援担当者からは「周りと比較して罪悪感を持つなど自責的」、「優先順位をつけるのが苦手」、が指摘されていた。体調の変化や疲労を自覚する、ストレスに関する理解を深める、復職に向け自分に合う働き方の検討等が目標であった。 イ 事例B 発達障害(自閉症スペクトラム障害・注意欠陥多動性障害)、20代女性、精神障害者保健福祉手帳を取得、求職中。 大学在学中に診断を受け、卒業後はチャレンジ雇用により事務補助として就職したが、障害特性に基づく配慮事項が整理されておらず、職場でコミュニケーション上の問題が生じ離職に至った。前職の経験から自信を失っていたが、支援を通じて自らの特性を知りたいという希望があった。 ウ 事例C 高次脳機能障害(外傷性脳損傷)、40代男性。復職支援のプログラムに参加中。 大学卒業後、建築関係の事業所で予算決めや下請け発注を担当。交通事故による急性硬膜下血腫で入院。手術後、失語、脱抑制、保続などの症状が見られた。回復後は健忘、易怒的傾向、固執傾向、社会的行動障害が残存。記憶障害を自覚している。復職後の業務内容を検討中であった。 (3)インフォームドコンセント 新規課題の実施にあたって、研究担当者から支援担当者へ研究の目的及び依頼内容等を説明後、支援担当者から障害当事者へ同様の内容を説明し、本研究への協力の同意を得た。その後、新規課題の実施前に研究担当者より再度研究の目的及び依頼内容等を説明し、協力の同意を確認した。 (4)課題の実施方法 新規課題は既存課題に比して難度が高いため、新規課題の中で対象者が遂行できる見込みの高い「社内郵便物仕分」を選択した。試行時には MWSの実施において推奨しているシングルケーススタディの中からABA法を応用した。 p.173 3 結果 (1)事例A(精神障害者・20代)への実施状況 ア 簡易版の結果 正答数は13試行/20試行で、正答率は65%であった。作業時間は15分40秒であった。宛名が組織図の部課名と一致していない郵便物、速達・親展の郵便物にエラーがみられた。作業中に、仕分のルールは読んでいたが、組織図で部課名を確認する行動は観察されなかった。作業終了後「立っていて疲れた」、「支援者の目線が気になった」との報告があった。 イ 訓練版の結果 試行日数が限られていたことから、アセスメントとして速達・親展の問題が出現するレベル4・レベル5を各3ブロックベースライン期※2で実施した。レベル4では、1ブロック目で要確認エラー、速達・親展エラーが生じたものの、その後の2ブロックは全問正答であった。レベル5では自発的に指さし照合を行っていたが、1ブロック目で速達・親展のエラーが、2ブロック目で転送エラーが生じた。作業後、本人は「ミスが減ってきて安心して確認しなくなってしまう。それで再びミスがおこる」、「自分には注意の問題があると感じた」という感想を述べた。 (2)事例B(発達障害者・20代)への実施状況 ○訓練版の結果 レベル1は2ブロック実施し、正答率が100%だったが、レベル2でエラーが生じて自責的発言が繰り返された。トレーニング期に移行する旨を伝えたが戸惑いを見せたため、作業の予定を伝え、対処方法(読み上げ、指さし、照合)について説明をしたところ、続けてトレーニングを行うことを選択した。1ブロックごとに結果を伝え、正確にできたことを賞賛すると笑顔がみられた。レベル2のプローブ期※2においても100%の正答率を維持した。レベル3ではベースライン期で付箋エラーが生じた。作業中、仕分のルールの内容について質問あったが、その際に説明をした付箋使用のルールについて、本人と研究担当者のやりとりで認識のずれがあったことが明らかとなった。仕分のルールの確認を助言し、続くトレーニング期ではより慎重に確認行動を自発的に取ったことで、作業が安定していった。 (3)事例C(高次脳機能障害者・40代)への実施状況 ア 簡易版の結果 正答数は18試行/20試行で、正答率は90%であった。作業時間は28分48秒、1枚ずつ慎重に郵便物を仕分けていたが、課名エラー、速達・親展エラーが生じた。結果のフィードバック後、必要な補完方法の確認や復職にあたっての課題の整理のために訓練版を行うこととした。 イ 訓練版の結果 レベル1、2は全問正答であった。レベル3で付箋エラーが生じたため、付箋の使用に関する仕分のルールの確認を促し、その後のトレーニング期、プローブ期では正確な作業が可能となった。レベル4では例外的な場合について質問がありルールの確認を促すと、サブブック内の仕分のルールに例外が示されていることに気づいた。一方、レベル3で正確に処理ができるようになった付箋エラーが再び生じ、新たに、速達・親展エラーが生じた。これらについて、本人は、「AとBを同時にやっていると、BがおろそかになりAだけやってしまう」と自らの特徴を語った。仕分のルールを確認し、付箋を適切に使用することを目標にトレーニング期に移行した。2ブロック連続で正答率100%となった時点で試行を終了した。 4 考察 「社内郵便物仕分」は、レベルが上がるごとに適用するルールが増加し、注意を向ける範囲が広がることによって認知的負荷が高まるように設定されている。今回の3事例は「仕分のルールを保持しながら同時に郵便物の記載事項に注目しなければならない場面でミスが起こること(事例A、事例C)」、「仕分のルールの“曖昧さ”がわかりにくいこと(事例B)」に言及していた。これらは課題の認知的負荷に関連する発言であり、本課題に意図的に設けられた構造が効果的に作用していると考えられる。また、事例Bはルールの“曖昧さ”によって不安が生じ、質問行動が喚起され、ルールが曖昧なため「図で示して欲しい」旨を発言していた。同様の行動は職場でも起こりうる可能性があり、配慮事項を検討する上での参考となった。 事例A、Cにおいては、レベルが上がり、これまでのルールに新たな別のルールが追加されると、難度の低いレベルで正確に作業・処理できていた問題であっても、エラーとなる場面が見られた。実際にエラーが生じたことを目の当たりにしたことが自らの特性への言及につながっており、本人の特性によりエラーが生じる場面の再現性という点において、本課題は多様な支援場面や対象者に活用可能性が認められることから、職業リハビリテーションに携わる支援者に積極的に活用いただくことを期待したい。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター調査研究報告書№145,「障害の多様化に対応した職業リハビリテーション支援ツールの開発(その2)」(2019) ※1:サブブック:新規課題に共通して設けられており、作業のため参照・確認する図表等や手引きが記載された資料である。「文書に記載されたルールを理解する力」や「理解したルールを的確に運用する力」を把握する機能を持つものとして位置づけている。 ※2:ベースライン期とは、介入や指導を行う前の状態を測定したものである。介入前の対象者の行動レベルを知ることができる。プローブ期は、トレーニング期での介入の効果を確認するため、ベースラインと同じ条件に戻し状態を測定したものである。 p.174 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第5期)結果報告 その1−加齢による障害の重度化とその仕事への影響− ○大石 甲(障害者職業総合センター研究員)  高瀬 健一・田川 史朗・荒井 俊夫(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 障害者の就労においては、加齢や障害の進行等により従前の職場・職種での就労が困難になった時の継続雇用と生活の安定の必要性1)について指摘されている。 本稿では、「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」において8年にわたる計5回の縦断調査(パネル調査)の結果を用いて、障害者手帳の等級注の変化とその前後の就労状況等を分析した結果を報告する。 2 方法 (1)障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究 ア 研究の背景と目的 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が行う「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」は、障害のある労働者の職業生活の各局面における状況と課題を把握し、企業における雇用管理の改善や障害者の円滑な就業の実現に資する今後の施策展開のための基礎資料を得ることを目的として、障害のある労働者個人の職業生活等の変化を追跡する縦断調査(パネル調査)である(表1)。調査開始時点で40才未満の対象者への調査を「職業生活前期調査」、40才以上の対象者への調査を「職業生活後期調査」とした。最新の第5期の調査研究報告書を公表した2)。 イ 対象者 視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、内部障害、知的障害、精神障害のいずれかの障害がある者とした。調査開始時点の年齢は下限を15才、上限を55才とした。企業や自営業で週20時間以上就労している者を対象として調査を開始し、その後、離職した場合でも調査を継続している。対象者の募集は、当事者団体、事業所、就労支援施設等を通じて紹介を受け、本人の同意を得て対象者として登録した。なお、回収数低下のため第3期に対象者の補充を行った。 ウ 調査方法 郵送法による質問紙調査を行い、調査票は点字などの複 数形式を作成し、障害状況に合わせて対象者に選択してもらっている。対象者による回答を原則とし、家族等周囲の支援を受けても構わないものとしている。 エ 調査内容 第1期から学識経験者や当事者・事業主団体関係者等により構成される研究委員会を開催し、その議論を踏まえて、障害のある労働者の職業生活について、幅広く確認している。具体的には、基本属性、就労状況(就労形態、職務内容、労働条件等)、仕事上の出来事(昇格・昇給、転職、休職等)、仕事に関する意識(満足度、職場への要望等)、私生活上の出来事(結婚、出産、転居等)その他であり、偶数期のみ地域生活、医療機関の受診状況、福祉サービスの利用状況、体調や健康に関する相談先等を質問し、奇数期のみ、年金受給の有無、収入源、経済的なことに関する相談先等を質問している。 (2)本稿の分析方法 本稿では、第1期調査から第5期調査までの結果のうち、障害者手帳の等級に変化があった対象者を抽出し、性別、年代、障害種別に変化の傾向に差があるか統計分析した。また、就労形態と職場に配慮を希望することについて、手帳等級が重度化した前後の回答状況を比較集計した。 3 結果 (1)本分析の対象者 第1期から第5期までの調査において1回以上の回答があった者は1,117名である。分析には、この調査期間中に複数回の回答があり、障害者手帳の所持状況について確認が取れた1,077名の結果を用いた。 (2)障害者手帳の等級の変化 調査期間中に障害者手帳の等級の軽度化が確認された者は10名(0.9%)、調査当初に等級が最重度の者を除いた624名のうち、調査期間中に等級の重度化が確認された者は54名(8.7%、全1,077名のうちでは5.0%)だった。 表1 「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」の研究実施計画 p.175 対象者の性別、年代、障害種別により重度化する傾向に差があるか、調査当初に障害者手帳の等級が最重度の者を除いた624名の結果に対してカイ二乗検定を行ったところ、性別(χ 2(1)=0.13, n.s.)、10代から60代までの年代(χ 2 (5)=2.70, n.s.)では有意差は検出されなかった。障害種別では、期待度数と件数が少なかった内部障害(19名)を除いた、視覚障害(56名)、聴覚障害(26名)、肢体不自由(141名)、知的障害(265名)、精神障害(117名)に対するカイ二乗検定で有意差があり(χ 2(4)=10.84, p<.05)、残差分析の結果、視覚障害は全体の傾向よりも障害者手帳の等級が重度化しやすく、知的障害は重度化しにくかった。 (3) 障害者手帳の等級の重度化とその前後の就労状況等 障害者手帳の等級の重度化が確認された54名の重度化の前後の就労形態の変化(就労形態は必ずしも仕事の負荷を反映しているとは限らないが、正社員、正社員以外、就労継続支援A型での就労、雇用関係のない福祉施設での就労、非就労の順で仕事の負荷が軽くなると考えた場合の仕事の 表2 手帳等級が重度化した者の就労形態(仕事の負荷)の変化 表3 手帳等級が重度化した者の職場に希望する配慮の変化 40名の職場に配慮を希望すること(表3)について集計したところ、どちらの集計においても、いずれの障害とも変化のない者が最も多かった。 変化があった回答に着目すると、就労形態(表2)は、仕事の負荷を軽くする方向で調整する場合が多くみられた。職場に配慮を希望すること(表3)は、配慮の希望「あり」へ変化する者と、「なし」へ変化する者が混在していた。合計してみた場合に、精神障害では配慮の希望「あり」へ変化する場合が他の障害よりも多くあり、通勤面への配慮は約6割の者が希望「あり」へと変化していた。 4 考察 第5期調査時点において最大8年間の追跡期間の中で、障害者手帳の等級に変化があった者は一定数含まれており、軽度化よりも重度化するケースの方が多いことがうかがえた。重度化により職場に希望する配慮の変化には個別性が高く、新たに配慮を希望する者を確認した。また、職場の配慮だけでなく、就労形態を変えることで重度化に対応する実態もうかがえた。 障害者手帳の等級の重度化により様々に変化する配慮の希望に対して、就労をより円滑にするためには、働く障害者と事業主が働く上で支障となっていることの確認や話合いの機会を持ち続けることが重要になると考えられた。 本稿は障害者手帳の等級の変化に着目したが、大部分を占めた等級に変化のない対象者を含めた分析では、配慮を必要とする項目が多い人ほど仕事満足度が低いことなどの結果が得られており、第5期報告書2)に掲載している。今後も継続して様々な観点から分析し、キャリア形成に関連する知見を明らかにしていきたい。 【注釈】 療育手帳(療育手帳、愛の手帳、みどりの手帳等)については、障害の程度。 【引用文献】 1) 地域の就労支援の在り方に関する研究会:地域の就労支援の在り方に関する研究会報告書 別添3 参集者、関係者及び障害者団体からのヒアリング概要, 15, 厚生労働省(2012) 2) 障害者職業総合センター:障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第5期)「調査研究報告書No.148」,障害者職業総合センター(2019) 【連絡先】 障害者職業総合センター研究部門 社会的支援部門 Tel.043-297-9025 p.176 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第5期)結果報告 その2−障害のある労働者の相談先の8年間の変化− ○田川 史朗(障害者職業総合センター 研究協力員)  高瀬 健一・大石 甲・荒井 俊夫(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 障害のある労働者の職業生活において、困りごとが起きた際にどのような人や機関が相談先として選ばれているのか。また、相談先は変化することがあるのだろうか。 本稿では「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」において8年にわたり隔年で追跡調査した結果1)の中から、4年ごとに計3回の回答を得た「仕事に関すること」「経済的なこと」で困った際の相談先に着目し、集計結果に見られた相談先やその経年変化、障害種類による差異について報告する。 2 方法 (1)障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究 「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第5期)結果報告その1」参照。 (2)本稿の方法等 奇数期の調査で質問している「仕事に関して困ったこと」「経済的に困ったこと」が起きたときに相談する人や機関についての複数回答を集計し、第1期調査結果(平成20・21年度実施)と第5期調査結果(平成28・29年度実施)を比較した。なお、具体的な相談先の項目は、家族や友人、職場、就労支援機関、居住場所、福祉・相談機関、医療機関、行政機関、訪問してくる事業所、学校、障害者団体、その他である。調査票ではこれらに「相談しない(人や機関を相談・利用したことはない)」を加えて質問している。 3 調査結果 (1)回収状況と本分析の対象者 調査の回収数と回収率は、第1期は839人(回収率82%)、第5期は660人(同60%)だった。本分析では、このうち第1期と第5期の両方に回答し、いずれも就労中だった400人を対象とした。対象者の障害種類別の内訳は、視覚障害60人、聴覚障害78人、肢体不自由86人、内部障害39人、知的障害104人、精神障害33人、第1期調査時点の平均年齢は38歳であった。 (2)集計結果 ア 仕事に関する相談状況について 相談状況不明を除き、全対象者において第1期及び第5期ともに仕事の相談をしていない者は約4%であり大半の者は仕事の相談をしていた。相談先は「家族や友人」が約9割「職場」が約7割であり他の相談先は多くとも2割前後であった。本稿では相談先として「家族や友人」「職場」を中心に以下に第1期と第5期を比較した。 イ 仕事に関する相談先の変化について(表1) 「家族や友人」について、視覚障害、肢体不自由、内部障害、知的障害の4障害種類で「新たな相談先:第1期は相談先でない→第5期では相談先である」と変化した者が2割以上いた。 次に「職場」について、「新たな相談先」に変化した者が全ての障害種類で2割以上いた。 表1 障害種類別・仕事に関して困ったことの相談先別の相談の有無(第1期と第5期のクロス表)一部抜粋家族や友人職場福祉・相談機関就労支援機関医療機関視覚障害聴覚障害肢体不自由内部障害知的障害精神障害 p.177 また、精神障害にのみ特徴的な変化が見られた。「家族や友人」について「相談先から外れた:第1期は相談先である→第5期では相談先でない」と変化した者が21%いた。一方で「福祉・相談機関」については逆に「新たな相談先」と変化した者が24%いた。更に「就労支援機関」について「相談先から外れた」と変化した者が30%「新たな相談先」と変化した者が21%と混在して見られた。この他、第5期の回答数に着目すると、「医療機関」について、他の障害種類が約1割以下のところ60%が相談先と回答していた。 ウ経済的な相談状況について 相談状況不明を除き、全対象者において経済的な相談をしていない者は、第1期では約5割であったが、第5期では約3割であり、経済的な相談が増加していた。第5期の相談先は「家族や友人」が約7割「職場」が約1割であり他の相談先は1割に満たなかった。本稿では相談先として「家族や友人」を中心に以下に第1期と第5期を比較した。エ経済的な相談先の変化について(表2) 「家族や友人」について「新たな相談先」と変化した者が全ての障害種類で3割以上いた。 また、仕事に関する相談先の結果同様、ここでも精神障害にのみ特徴的な変化が見られ、「職場」と「医療機関」が「新たな相談先」と変化した者がどちらも21%いた。 4 考察 本研究の対象は当事者団体、事業所、就労支援施設等を通じて協力いただいている方々であり、必ずしも障害者全体を代表するものではない。これを踏まえて、上記の集計結果を基に考察する。 (1)仕事に関する相談先の変化について 仕事に関する相談先について、全ての障害種類に共通し て増加した唯一の項目は「職場」である。第5期調査の直前である平成28年4月に改正障害者雇用促進法が施行され、事業主の雇用の分野における差別禁止と合理的配慮の提供に伴う職場における話合いの場の設定等が進んでいる。こういった社会状況の変化等が影響した可能性も考えられるが、この結果をもたらした要因についてはさらなる分析が必要であり、継続する調査の中で今後の推移に注目したい。あわせて、選択されることの少ない支援機関が今後相談先の役割を求められるのか、精神障害において「新たな相談先」「相談先から外れた」が混在する「就労支援機関」の関わり方にも着目したい。 (2)経済的な相談先の変化について 経済的な相談は調査の経過とともに増加しており、その相談先について、「家族や友人」に相談する者が多数を占めており、他の支援機関等が相談先として選択されにくい現状が示された。現状では「家族や友人」といった近い関係性への相談が中心であるものの、精神障害において「職場」や「医療機関」が相談先に選ばれているように、職場や様々な支援機関が橋渡し役となって専門機関と連携し、個人の障害と困りごとにより適切に対応することが求められているのではないかと考えられる。継続する調査の中で今後の推移から考察したい。 表2 障害種類別・経済的に困ったことの相談先別の相談の有無(第1期と第5期のクロス表)一部抜粋家族や友人職場医療機関視覚障害聴覚障害肢体不自由内部障害知的障害精神障害 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第5期)「調査研究報告書No.148」,障害者職業総合センター(2019) 【連絡先】 障害者職業総合センター研究部門 社会的支援部門 Tel.043-297-9025 p.178 中高年齢期の身体・知的・精神障害者の職業課題と 支援・職場配慮の障害別の特徴と今後の支援課題 ○永野 惣一(障害者職業総合センター 研究員)  春名 由一郎(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 近年、国内人口の高齢化により、障害者雇用においてもその年齢構成が中高年齢層へと移行が見られる。このような状況を受けて、中高年齢期の障害者が希望により、長く安定して働き続けることができるよう支援のあり方を検討することが喫緊の課題である。 障害者職業総合センター研究部門は「障害者の自立支援と就業支援の効果的連携のための実証研究」(2011年3月)において、多様な障害種別について障害者本人の視点から職業的課題と職場配慮の状況を調査している。しかし、年齢による特徴の違いについては調査研究報告書では報告されていない。 そこで本発表では、障害種別の中高年齢期における職業上の課題と職場での配慮の特徴を明らかにすることを目的として当該報告書のデータの再分析を行い、その結果を報告する。 2 方法 (1)調査対象・調査方法 調査の回答者は、当事者団体の協力が得られた種類の障害・疾患のある者であり、身体障害(視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、内部障害)、知的障害、精神障害(統合失調症、双極性障害、その他の精神疾患)、発達障害、高次脳機能障害であった。調査方法は、郵送による無記名のアンケートであり、団体の協力を得て行われた。分析対象は、生産年齢(15歳〜65歳)であり、就労中もしくは就労経験のあるものとした。 (2)質問項目 アンケート調査の質問項目の中で、職業生活での障害や疾患による課題の状況(以下「職業的課題」という。)と職場での配慮や支援・環境整備の状況(以下「職業的配慮」という)の有無について尋ねた項目を使用した。 ア 職業的課題 「仕事をするための能力開発や頭脳労働」、「仕事上の個別課題を遂行すること」、「対人関係に関すること」、「職場内でのコミュニケーションに関すること」、「職業生活の基盤となる日常生活や自己管理をすること」、「体を使ったり移動したりすること」、「雇用に関する一般的課題」に関する36項目について、職業生活上の問題が「1.あり 現在は解決済」、「2.あり 現在は未解決」、「3.なし」、「4.仕事に不必要」の4つの選択肢から1つの選択を求めた。本分析では選択肢「1かつ2」および「3」をダミー変数として、これまでに経験された「職業的課題」の有無を検討した。 イ 職業的配慮 「個人用の支援機器や道具類」、「職場内外の建物や物理的環境の整備」、「職場の人権対策や職場風土について」、「研修や技能訓練」、「職場内外の人的支援」、「職場内外の疾患・健康管理のための配慮」、「業務の見直しや配置転換」、「労働条件や勤務時間に関する配慮や調整」に関する合計35項目について、配慮や支援が「1.あり」、「2.なし・必要」、「3.なし・必要なし」の3つの選択肢から1つの選択を求めた。分析では選択肢「1」および「2かつ3」をダミー変数として、現在における「職業的配慮」の有無を検討した。 (3)分析方法 中高年齢期の特徴を検討するために45歳未満を若年齢群、45歳以上を中高年齢群として操作的に分類し、職業的課題および職業的配慮の有無について、質問項目ごとの2×2のクロス表についてカイ二乗検定と残差分析を行った。 3 結果 (1)回答者属性 本稿で分析に用いた各障害別の回答者の人数と平均年齢は以下のとおりである。視覚障害342名(49.66歳)、聴覚障害464名(50.15歳)、肢体不自由651名(47.55歳)、内部障害757名(43.38歳)、知的障害430名(32.90歳)、統合失調症149名(42.75歳)、双極性障害190名(42.04歳)、その他精神疾患292名(37.67歳)、発達障害316名(29.13歳)、高次脳機能障害283名(40.25歳)であった。なお、回答者のうち知的障害と発達障害およびその他の精神疾患については、平均年齢が若年に偏りがあったため、35歳未満の群と35歳以上の群の分類においても若年齢群と中高年齢群として分析を行った。 (2)クロス集計結果 「職業的課題」と「職業的配慮」のそれぞれで、若年齢群と中高年齢群との間の偏りを検討した結果、障害種別で異なった傾向が示された。本稿では、このうち代表的な結果として、経験された「職業的課題」と現在における「職業的配慮」の両方において、若年齢群と中高年齢群の間で有意な偏りが示された「肢体不自由」と「知的障害(35歳未満と35歳以上の群分け)」の結果を示す。 p.179 ア 職業的課題 「肢体不自由」では、「運搬すること」が特に中高年齢群の職業的課題として経験している者が多くなっていた。一方「知的障害」においては「職業生活の基盤となる日常生活や自己管理をすること」、「体を使ったり移動したりすること」に関する多くの項目で、中高年齢群において職業的課題の経験が多くなっていた。一方「職場内でのコミュニケーションに関すること」、「仕事をするための能力開発や頭脳労働」は、中高年齢群では若年齢群と比較して問題経験が少なくなっていた(表1)。 イ 職業的配慮 「肢体不自由」では中高年齢群ほど「職場内外の疾患・健康管理のための配慮」、「個人用の支援機器や道具類」、「職場の人権対策や職場風土について」に関する項目の職業的配慮が多くなっていた。一方「知的障害」では中高年齢群ほど「コミュニケーションに時間をかける配慮」、「職場内での休憩や健康管理ができる場所の確保等」の項目の職業的配慮が多くなっていた(表2)。 表1 若年齢群と中高年齢群の比較による「職業的課題」の特徴 表2 若年齢群と中高年齢群の比較による「職業的配慮」の特徴 4 考察 中高年齢期の職業的課題と職業的配慮について、肢体不自由と知的障害において特徴的結果が示された。 肢体不自由では中高年齢において、運搬することについては若年齢に比べて課題が多かったが、その他の項目では課題は少なかった。しかし、職業的配慮については、多くの項目で中高年齢において比較的、職業的配慮が多かった。これらの結果について、一般的に身体障害者の勤続年数については比較的長期間である状況を踏まえると、日常的に職業的課題について企業側との相談がされており、課題意識として残存しない可能性や、企業側の配慮もニーズが考慮されたものとして実現していることも推察される。 一方、知的障害では、中高年齢において身体活動・移動、日常生活や自己管理に関する多様な職業的課題が若年齢に比べて多かった。平成30年度の障害者雇用実態調査によれば、知的障害者の年齢別雇用割合が44歳未満で8割以上を占めていることが報告されており、職業的課題の多発による早期離職の可能性も考えられる。また、そのような状況でも中高年齢期において仕事を継続している知的障害者の職業的配慮の特徴として、職場のコミュニケーションに時間をかけることや休憩・健康管理への配慮が比較的多かった。これは、知的障害者が中高年齢期でも無理なく働ける仕事内容の検討や休憩等の配慮が、継続雇用にとって促進的事項であることを示唆するものである。 【参考文献】 障害者職業総合センター(2011). 調査研究報告書No.100 障害者の自立支援と就業支援の効果的連携のための実証的研究 p.180 中小企業経営における障害者雇用の課題 ○柴山 清彦(障害者職業総合センター 研究協力員)  依田 隆男(障害者職業総合センター) 1 障害者雇用が促進される条件は雇用するサイドの企業(経営)特性にも依存する 身体障害者雇用促進法の改正によって民間事業主の障害者雇用が努力義務から雇用義務に転換した年の翌年1977年(図1)と、直近の2018年(図2)について、企業規模別にみた実雇用率を比較した。それぞれの「実雇用率」の定義が異なることに留意を要するが、これを障害者雇用の進展の端的なメルクマールとみなしてよいとすれば、1977年当時は小規模な企業ほど障害者雇用が進展しているという明瞭な傾向がみいだせるのに対し、直近の2018年には、この関係がほぼ完全に逆転していることをみてとることができる。 これまで、障害者雇用に関し、障害の特性といった観点からの調査は膨大に積み重ねられ、雇用推進に寄与してきた。しかし、障害者雇用の進展の仕方は企業規模によって異なり、時期により変化している。 本稿では「障害者雇用における事業主が抱える課題の把握方法及び提案型事業主支援の方法に関する研究」の一環として、企業の規模別の特性及びその事業環境の変化が、障害者雇用に与える影響について考察する。 2 大企業では、特例子会社設立等の組織改革を伴って障害者雇用が推進されている 法改正に伴って雇用義務の対象が、身体障害者だけではなく、知的障害者、精神障害者に拡大されたため、厳密な時系列比較はできないが、この間、障害者雇用が、中小企業よりも大企業で順調に進展したのは事実であろう。これまでの事例や調査研究などから、その要因は次の3点に要約される。 ① 社会的責任( CSR)に対する世の中の認識が高まったこと ② ①を背景に障害者雇用が重要な企業戦略として位置づけられたこと ③ ②の戦略実現のため、特例子会社の設立を中核とする、大規模・広範囲の力(経済)を生かした組織改革が行われたこと このうち③の含意は以下の通りである。ひとくちに大企業といっても個別の障害者雇用の取組は多様であり、特例子会社ではなく企業自体が障害者雇用を推進している例もある。しかし多くの場合、通常行われる子会社の設立手続に加え、グループ内の各事業部からの職務切出しや外注事業の内製化を通じた職務の編成、グループ内の多様な雇用管理ノウハウの活用など、広範囲の規模を生かした組織改革が行われている。そこでは、障害者雇用の専門家が育ち、特例子会社で確立されたノウハウがグループの各社へ波及していくという姿もみられる。大企業に関しては、今後もこうした形で、障害者雇用が拡大していく方向が展望できる。 ここで注目しておきたいのは、この特例子会社の規模がさほど大きなものではないということである。厚生労働省 「平成30年 障害者雇用状況の集計結果」でみると、特例子会社1社当たりの労働者は平均68人であり、障害者数(ウエイト付けされない雇用者数そのもの)は平均48人である。 図1 企業規模別にみた実雇用率(1977年) 図2 企業規模別にみた実雇用率(2018年) p.181 厚生労働省「平成30年度障害者雇用実態調査」は、5人以上の民営事業所に雇用されている障害者の実態を事業所規模別に把握することを可能にしているが、障害者の大半は100人未満の事業所で雇用されていることがわかる(身体障害者65.9%、知的障害者75.4%、精神障害者86.4%、発達障害者86.8%)。よく言われるような「人に仕事を合わせること」は、大規模組織の画一化されたルールにはなじまないものなのかもしれない。特例子会社の設立によって障害者雇用が進んだのは、より現場に即した個々の社員への対応が可能になったことも一因ではないだろうか。 3 中小企業の障害者雇用の先進事例には「多様性」の経済が発揮されている 厚生労働省「平成30年 障害者雇用状況」でみると、45.5〜100人未満の企業49,370社のうち、障害者を一人も雇用していない企業は52.3%の25,826社で、半分に満たない企業で実雇用率の平均1.68%が達成されている。これに対し1,000人以上規模の未達成企業は3,358社のうち1社のみである。障害者雇用に関する中小企業の特徴は、その分布が大きく多様であるというところにある。中には、障害者の雇用が法律で義務化される以前から、障害者雇用に積極的な中小企業が少なからずあったし、また現在でも、障害者を積極的に雇用し、人材として活用して高い業績をあげている中小企業の事例が数多く報告されている。 中小企業におけるこうした障害者雇用の先進事例をみていくと、頻繁に登場するひとつの言葉がある。それは経営者や職場(現場)の側の「気付き」という言葉である。ただしこれは「障害者の職業能力が思いのほか高かった」というような類の「気付き」ではなく、日常、見慣れた作業工程や職場環境等のビジネス・プロセスを障害者の目線で見直したとき、そこに障害のない人の仕事にもメリットとなる改善箇所や、取り除くべきリスクが発見されるといった「気付き」のことである。この「気付き」を媒介にして、これまで経営者も一体となって職場(現場)で培われてきた多様な経験・知識が、新たな文脈のなかで解放される。このことを通じて、会社全体の業績が上がり、障害の有無にかかわらずスキルを蓄積していける「場」が新たに生成する。中小企業の場合、このプロセスが、誰か障害者雇用の専門家の設計にしたがったものというよりは、職場(現場)のなかから生じたものである点に特徴がある。多様な障害者が仕事をおぼえ戦力として育つことができるよう、職場(現場)も多様な工夫を創造し、変化を遂げたのである(多様な視点が問題解決に導くということについて、詳しくは参考文献を参照されたい)。 このことは、障害者雇用を通じたプロセス・イノベーション、あるいはプロダクト・イノベーションを意味する。プロセス・イノベーションとは、通常は、例えば安全性への配慮や利便性の高い治工具などの開発・改良によって品質管理が向上し、不良品発生や工程中断のリスクが低まって工程がより効率的に流れ、材料費等の変動費や人件費等の固定費が節減されることを意味する。また、製品の新たな機能の開発や品質の向上を意味するプロダクト・イノベーションの例は、プロセス・イノベーションほど豊富ではないが、障害者が円滑に職務を遂行できるようなさまざまな治工具や機械の改善・開発は、新たなマーケットを生む可能性を秘めていると言える。高齢化や海外人材の参入などに伴い、労働力人口が多様化するなかで、今後、こうした方向でのイノベーションのニーズは中小企業に対してもますます高まっているからである。 4 企業あるいは地域産業の特性と戦略に目線を置いた障害者雇用支援を 反面、45.5〜100人未満の企業の過半が、障害者を一人も雇用していないのはなぜか。経済の先行きに不確実性が多く、人手不足の中にあっても、障害のある人の者雇用という未経験分野に際し、その能力開発などの投資効果が見通し難いことなども、その一因と思われる。 1980年代以降、それまで中小企業へ発注していた企業の生産機能の海外移転など、厳しい事業環境に直面してきた。この間、中小企業において、障害者雇用の進展が緩やかなものにとどまった背景には、この厳しい事業環境もあり雇用を拡大できなかったことは疑いない。なお、総務省「労働力調査」によれば、非農林雇用者数は、1990年代をターニング・ポイントにして、企業規模が小さいほど伸びが鈍く、むしろ減少に転じると傾向がみられる。 多くの中小企業は新たなビジネスモデルの構築を模索している。それは同時に、新たな企業間関係を構築、あるいは地域産業を再生しようとする動きでもある。こうした動きは、個別にみれば多種多様であるが、地域の産業特性に応じたいくつかのパターンもよみとれる。これらの動きから学ぶことによって、企業(経営)特性、あるいは地域産業の特性という観点から、障害者雇用の促進のための知見などの情報を得られるのではないかと思われる。 【参考文献】 Scott E. Page (2007) The Difference.(水谷淳訳(2009) 『「多様な意見」はなぜ正しいのか』日経BP社) 【連絡先】 柴山 清彦 障害者職業総合センター e-mail:Shibayama.Kiyohiko@jeed.or.jp p.182 障がい者の就労支援を「岐阜の地域」ぐるみで考える〜岐阜圏域就労支援ネットワーク事業の取り組みについて〜 ○大原 真須美(社会福祉法人舟伏 清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせ 精神障がい者就労支援ワーカー)  森 崇彰・三宅 敦子・佐村 枝里子・長瀬 優子・小森 正基・加藤 愛・太田 保司・森 敏幸(清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせ) 1 はじめに表1 2017年度事業実施内容 (1)岐阜県の障がい者を取り巻く環境 岐阜圏域は、岐阜県岐阜市、羽島市、各務原市、山県市、瑞穂市、本巣市、岐南町、笠松町、北方町の6市3町から構成され、人口約80万人、面積約1,000km 2と、岐阜県の人口の約4割、面積の約1割を占める。岐阜圏域は中部経済圏の内陸部に位置し、地理的・経済的条件に恵まれている一方で、木曽川・長良川・揖斐川の三大河川と、広大な平野、緑豊かな山々など自然環境にも恵まれた圏域である。県庁所在地でもある岐阜市は人口約40万人の中核市であり、岐阜市として保健所を持ち独自の障害福祉施策を行っている。 清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせは(以下「ナカポツふなぶせ」という。)、岐阜市に所在する障がい者就業・生活支援センターである。 (2)就労支援ネットワーク事業とは 岐阜県では、障がい者の就労支援を効果的に推進するために、各障害保健福祉圏域において、障害者就業・生活支援センター等を運営する法人が中心となり、福祉、雇用、教育、医療、行政等で構成される就労支援ネットワークを構築している。具体的にはネットワーク構築に必要な会議の開催や研修会等を行っている。岐阜圏域は圏域内の就業・生活支援センターを運営していない社会福祉法人が受託し事業を行っていたが、平成29年度より社会福祉法人舟伏がナカポツふなぶせを開所したのを機に事業を引き継ぐこととなった。 2 就労支援ネットワーク事業の取り組み (1) 2017年度の取り組み 就業・生活支援センターとしても事業を開始したばかりのナカポツふなぶせとしては、ネットワーク事業をどう取り組むかがまず課題となる。まずは企業向けのセミナーなど、前年度までの事業を引き継いだ内容で事業を開始した。 また、平成29年度から事業実施要綱の中に「就労継続支援B型事業所の工賃向上を図るための、事業の充実に向けた取り組み」が盛り込まれることになった。ナカポツふなぶせとしては、B型の事業所の状況・ニーズについても不透明な状況であったため、まずは就労継続支援B型事業所を対象としたアンケート調査を実施し、実態を把握することを行った(表1)。 表 2017年度事業実施内容 (2) 2018年度の取り組み 企業向けの研修会については、前年度に開催したセミナーでアンケートを実施し、研修等への企業のニーズを把握した。開催時期や、内容等といった参加企業の声を反映できるセミナー内容を検討し、県外の先進的な取り組みではなく、地元で知っている企業からの報告を盛り込んだ。また、行政や他機関とのつながりの少なさを実感。それを踏まえた、取り組みを検討。 B型工賃向上セミナーについては、議員会館で障がい者の作った商品の販売促進を手掛けている砂長美ん氏による「商品開発・販売促進実践講座」を実施。前年度のアンケート調査から、事業所の横のつながりの薄さという課題を抽出したため、講師の話だけでなく、各事業所が授産品を持ち寄り、お互いに意見交換できるワークショップ形式でセミナーを行った。また、利用者である当事者の参加も可能とし、それぞれの立場から意見交換を行うことができた。 さらに、圏域内で移行支援事業所連絡協議会として任意で活動していた協議会に着目。2018年度より、ネットワーク事業の一環として開催し、ナカポツふなぶせが事務局を p.183 担当することとなる。初年度は、圏域内の就労移行支援事業所と労働局や県担当課、障害者職業センター、特別支援学校等と会議を開催。連絡協議会への理解を得る。また、滋賀県就労移行支援事業所の協議会への視察研修を経て、組織体制と会議のあり方を整備する。さらに、就労移行支援の周知のためのHPの開設・パンフレット「よく分かる就労移行支援」の作成を行った(表2)。 表2 2018年度事業実施内容 (3) 2019年度の取り組み 前年度立ち上げた移行支援事業所連絡協議会の活性化を軸として、少しずつ横〜縦のつながりを広げる内容を意識した事業計画を行う。企業向けセミナーでは、見学だけでなく、直接かかわりたいという企業の声を受け、特別支援学校の生徒と企業の交流ができるような企画を検討する。また、前年度の企業間交流会の参加者の声から、まだ雇用に取り組む検討をしている企業も多く見られたため、雇用を始めたばかりの企業の声を聞いてもらう内容を企画する。 就労移行支援事業所連絡協議会の取り組みとしては、連絡協議会の各専門部会の取り組みが始まる。制度施策部会による、障がい者就職合同面接会の前の面接対策練習会(HW岐阜による、就職ガイダンス。模擬面接会。)の開催が決定。研修部会による先進地視察研修(愛知県内就労移行支援事業所と特例子会社)や障がい者雇用企業を講師に招き、障がい者雇用について語り合う研修会の開催を予定。研修会の内容によっては、移行支援事業所のみならず継続支援事業所や職業センターなどの就労支援機関の参加もできるようにしていく。また、連絡協議会の会議に今まで参加してもらっていた関係機関だけでなく、難病支援機関、中小企業家同友会など連絡協議会の周知・関係性を広げていく活動を広報部会が中心に行っていく予定である(表3)。 表3 2019年度事業計画内容 3 まとめ 圏域内の市町の自立支援協議会でも障がい者の就労支援に対する取り組みは行われているが、それぞれで温度差があり、同じ福祉サービスの事業所同士のつながりも、あるようでないことが分かってきた。また、ネットワーク事業を始めて、これまでアプローチしてきた「地域」というのは「福祉的な地域」でしかなかったということを感じている。「地域」とは、企業、行政、医療、福祉、さらには障がいを持つ当事者、一般の人などすべてが含まれている。一つ一つの事業が福祉的な地域から当事者をとりまく「岐阜の地域」ぐるみで考えられるネットワーク事業として、「地域の声」をたくさん吸い上げながら今後も少しずつ歩みを進めていきたい。 【連絡先】 大原真須美 清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせ e-mail:nakapotsu@funabuse.or.jp p.184 誰もが働きやすい職場環境作り 〜特別養護老人ホームでの障害者雇用の取り組みについて〜 ○峯尾 聡太 (社会福祉法人フレスコ会 フレスコ浅草保清室リーダー) ○佐藤 信太朗(社会福祉法人フレスコ会 フレスコ浅草施設長) 1 はじめに 社会福祉法人フレスコ会が運営する特別養護老人ホームフレスコ浅草では、2018年6月より、積極的に障害者の雇用を進めている。当施設は、利用者の介護担当の生活支援課、医療担当の医務室、食事担当の栄養課の他、事務室、施設内環境整備担当の保清室に分かれる。このうち、保清室で障害者雇用を進めた。業務内容は、入居者の衣類の洗濯と施設内の清掃である。障害者雇用推進の契機は、介護以外の周辺業務の担当者を充足させることで、介護職員の負担軽減や、利用者の生活環境の向上を図りたかったこと、また、社会福祉法人の責務である地域貢献の一環として、ダイバーシティ経営を目指していることがあげられる。障害者の積極的な雇用にあたり、福祉教育を受け、障害者と共に働く事へのハードルの低い者が多かったことが、現在の成功へつながっている。だが、現在までの道のりが平坦だったわけではない。様々な失敗と改善への努力が多々ある。本発表では、その取組を報告する。 2 雇用の現状 表 3 障害者雇用の経過 2018年4月、ハローワーク上野により障害者雇用について、一から支援を受け、職場体験実習生の受け入れを開始した。8月に2名(知的障害者1名、精神障害者1名)のトライアル雇用を始めた。職場体験実習、トライアル雇用、常用雇用という段階を踏むことができ、施設の業務と本人の能力との不一致を防ぐことができた。 2名の障害者の受け入れに手ごたえを感じ、さらなる障害者の雇用の指標として、各階1名、施設全体で5名の障害者を雇用することを目標として、東京しごと財団主催の職場体験実習面談会や、ハローワーク上野主催のミニ面接会に参加した。 4 職場環境作りへの取り組み (1)支援機関との連携と外部支援の取り入れ 障害者を受け入れるにあたって、様々な支援を利用してきた。ハローワーク上野や障害者就業・生活支援センターには、包括的に施設での障害者雇用を支援頂いており、各障害者が職場内外で問題を抱えている場合にはその障害者が在籍していた就労移行支援事業所に間に入って支援して頂いている。また、東京障害者職業センターと東京ジョブコーチを活用した。頂いたアドバイスからマニュアルの整備やタイムテーブル作りを行った。 写真:タイムテーブルの例 その結果、業務が明確化され、また、他の職員がどの業務を既に行ったかを視覚化できた為、業務の重複を避けることができるようになった。 より専門的で正しい清掃方法を学びたいという声が職 員からあがり、ビルクリーニング技能検定3級の取得を目指すこととなった。清掃に関して専門的な勉強をしてきた職員がいなかった為、ハローワーク上野に相談し、東京都立城東職業能力開発センターをご紹介頂き、現場訓練支援事業を活用し、清掃基礎訓練として、実技講師の方に計7回、専門家としての清掃方法の指導を頂いた。 写真:清掃基礎訓練の様子 清掃基礎訓練を通じて、職員の仕事に対してのプロ意識、業務速度や質への意識が向上した。これは、障害者職員のみならず、研修を受けた健常職員にも同様の効果があった。 p.185 (2)障害者雇用の課題と課題改善への取り組み事例 ア 事例1:知的障害者Cさんの場合 エレベータホールのモップ掛けをお願いしても、他の職員が1時間掛かるところ、15分ほどで終ったと戻ってきてしまい、業務内容と品質基準を理解してもらうことが困難だった。清掃基礎訓練においても、楽をしたいという後ろ向きの発言があり、Cさんの適性と職場で求められる能力とが不一致であると判断し、トライアル雇用の終了をもって退職となった。業務指導を障害者職員としてしまったこと、業務水準、マニュアルがなく、何をしていいか分からなかったであろうこと、就労支援機関の登録もなく、また、ジョブコーチ支援を依頼しなかったことも要因のひとつであったと考えられる。 イ 事例2:精神障害者Aさんの場合 マニュアルの整備を進めようとしたところ、Aさんが自発的に手書きのマニュアルを作成してきた。この細かさには驚かされた。後々の編集の便を考え、データへの入力をお願いした。Aさんも、就労において課題がなかったわけではなかった。当初、月曜日と金曜日の2日間、9時から17時の勤務だったが、Aさんの私的な事情からメンタルを崩し、2018年の年末から2週間ほど欠勤した。Aさんから欠勤の連絡をもらった後、東京障害者職業センターのジョブコーチと、Aさん在住の市区町村の障害者就労支援センターに連絡し、面談を行い、復職することができた。 写真:Aさんの手書きのマニュアル ウ 事例3:発達障害者Eさんの場合 当初、9時から16時でトライアル雇用を始めたところ、体調不良の訴えが多く聞かれ、欠勤、早退が重なった。一般企業への就職は初めてであった為、トライアル雇用当初から東京障害者職業センターのジョブコーチ支援をお願いした。作業はできるが、勤怠が不安定で休憩が多かったので、就労移行支援事業所、ジョブコーチ、ハローワーク上野とEさんの面談をしたところ、朝の電車の混雑が辛いとの訴えがあった為、就業時間を30分繰り下げ、9時30分から16時30分の勤務とした。それでも、勤怠は安定しなかった為、さらに就業時間を1時間短縮し、15時30分までの勤務とした。社会人としてのビジネスマナーの向上や働くことへの意識付けを行った。その結果、体調不良の訴えや、欠勤、早退はなくなった。 エ 事例4:知的障害者Bさんの場合 人柄も明るく、消防団に所属し救命関係の資格を所持しているなど向上心もあり、周りから班長と呼ばれ親しまれていた。トライアル雇用中に、持病が悪化し、入院することもあった。消防署や警察署で働きたかったという思いもあってか、こちらが消防団員の活動を趣味と言った際には、消防団員は非常勤の公務員だと言い、Bさんの活動に自信を持っているのだと思わされた。トライアル雇用当初は、トイレットペーパーの三角折りができないなど、不器用な点もあったが、その後の支援で三角折りを習得するなど、着実に技能水準が向上していた。休みの希望は勤務へ反映させていたが、清掃基礎訓練の日程と重なり、勤務変更が必要な日が出てしまった。Bさんと相談し、変更することに同意を貰ったつもりでいたが、ある日突然欠勤し、退職することになってしまった。こちらの伝えたことがそのままの形で伝わらなかった、思い込みや勘違い、ボタンの掛け違いを直せなかったことが、退職の原因かと思われる。 5 まとめ 障害者雇用を始めて、改めて介護施設における従業員の特性として障害者とともに働くことへのハードルが低く、障害者がともに働く仲間として、受け入れられやすい土壌があったことを再認識することができた。 障害者の方と一緒に働くにあたり、障害者職業生活相談員や企業在籍型職場適応援助者の研修に参加し、また、精神・発達障害者しごとサポーターとなることで、障害特性の理解や、合理的配慮の方法について学び、日々の実践に活かしている。障害者を雇用するに当たっては、トライアル雇用助成金、障害者雇用安定助成金、特定求職者雇用開発助成金他、多くの助成金を交付頂いており、雇用への強い後押しとなっている。 精神障害や発達障害、知的障害など、障害のある職員は物事がうまくいかない失敗体験を重ねてきて、自信を喪失していることもあると思われる。技能の向上や資格の取得を通じて、自信を持って働けるようになり、成功体験を積み重ね、活き活きと働けるよう、ビルクリーニング技能検定の取得やアビリンピックへの参加、清掃基礎訓練の受講を通じて、職場環境の向上に努めたいと思う。障害者にとって働きやすい環境づくりに努めてきたが、これは、障害者にとってだけではなく、全ての職員にも同様であることが実感できつつある。今後も全員が働きやすい職場環境づくりを目指して行きたい。 【連絡先】 峯尾 聡太 e-mail:s_mineo.office@fresco-group.jp 佐藤 信太朗 e-mail:s_satoh.office@fresco-group.jp p.186 レジリエンス力に着目した就労支援について〜振り返りから次へ〜 ○明井 和美(特定非営利活動法人アシスト 就労移行支援事業所 Conoiro) 1 はじめに 就労移行支援等を利用し、一般就労に移行する障害者が増加している中で、精神障害者をはじめとした障害者の就労後の職場定着に係る支援が重要となっているとして、平成30年度から就労定着支援事業が新設された。これにより、長く働き続ける(継続)ことができる当事者が増えてくることが期待される。 しかし、本事業は3年の期間があり、また実施の際に留意する点として、「職場内におけるナチュラルサポートの構築を妨げないようにすること、過剰な支援と過剰な職場訪問は、本人の自立(自己解決力)と企業の雇用力を損なう恐れがあることに留意」1)と記されている。これは、特に精神障害者が一般就労を行うことは、単に労働ではなく当事者が主体的に人生を生きていくことの実現であり、職業リハビリテーションの視点が忘れられていないということであろうと解釈する。 当事業所では、長い職業人生を主体的に生きていけるよう、利用者が「レジリエンス力」を築き高めることは、就労継続につながるのではないかと考えた。 まだ開所2年目の若い事業所ではあるが、各々の支援員の経験の中で、どうしたらレジリエンス力を高めることができるのか試行錯誤して1年。一度自分たちの支援を整理し、より良い支援の提供への足掛かりとなればと思い、今回、公の場を借りることで振り返りの機会とすることを本発表の目的とする。 2 施設紹介について (1)主たる事業所あずあいむ 運営母体は特定非営利活動法人アシスト。2012年法人設立。就労移行支援・自立支援(生活訓練)・就労継続B型の多機能型事業所あずあいむを主たる事業所としている。 あずあいむの就労移行支援の主な対象者は約9割が知的障害者・発達障害者で、特別支援高校卒後の就労経験のない若年層が多くなっている。 施設外就労、施設内作業を主な日中活動とし、週に1回程度ビジネスマナーやコミニュケーショントレーニング、グループワークなどを通じて社会性を学び、企業実習を経ることで仕事に対する考え方を育てている。 昨年までは法人のジョブコーチがおり、ほとんどの就労者に職場適応援助者を付け、定着率90%、年平均で10数名の就労者を送り出す。 (2)従たる事業所としての Conoiroとその設立理由 本事業所は上記、多機能型事業所あずあいむの従たる事業所として、2018年1月に開所、就労移行支援事業を行っている。当初定員は6名。現在は登録利用者数14名・就労者11名(開所から8月末まで)。 利用者層としては、精神疾患・アルコール依存症・発達障害・知的障害・身体障害・引きこもりなど。年齢は様々で障害者手帳を取得していない方もいる。 先に説明した主たる事業所において、知的障害者だけではなく精神障害者や大学を卒業した発達障害の利用者が増えてきた為、従来とは異なる障害特性や教育経緯、就労経験有無など、背景の異なる利用者に対してよりニーズにあった支援やサービスを提供したいと考え新設された。 小職とK職が開所のために当法人に入職。両名とも前職でも就労支援員であり、比較的精神障害者が多い事業所で支援を行っていた。 Conoiroでは、認知行動理論に基づいた内容のワークを中心に、座学形式の講義で社会性や自己認知を深めるワークや、作業やグループワークを通じルールやコミニュケーションを学び、就職がゴールではなく、その先の豊かな人生の実現につながる支援がしたいという共通の想いがあった。就労継続のためにはレジリエンス力が大きく関連すると考え、それを高めるために様々な試みを行っている。昨年8月に公認心理士資格保持者を採用し、現在3名で支援を行っている。 3 Conoiroの支援に対する想いとそこに至る経過 開所に向け、別々の事業所でそれぞれの就労支援を行ってきた2名が、今後 Conoiroスタッフとしてどういう支援を行っていくか、どのような想いがあるかを、すり合わせて新しいものを作っていくことが当初最も困難であった。 2人の支援の方向性は同じだが、支援の展開や手法における考えが異なっていたため、改めて「障害者が自立して働くためには何が必要か」と就労支援の目的に立ち返った。これまで就労支援に従事してきてお互いに感じたことは、就職はゴールではなく、病気や障害と付き合いながら長く続けることがその先の人生にもつながるということではないか。そのためには「生き抜く力」「やりきる力」が重要という点では意見が一致した。 障害種別・有無にも関わらないが、逆境や困難から立ち直る力、日常的なストレスに対処する力=「レジリエンス力」という概念が小職とK職の就労支援の想いに合致し、 p.187 ここに『 Conoiroはレジリエンスに着目した、就労支援をしよう』と話がまとまった。 4 レジリエンス力はどうやったら高まるのか レジリエンス力とは何かについて我々は「自身」の経験を顧みた。結果、以下の能力や思考、性質で各々の人生を生き抜いてきたのではないかと考えた。 物事をある程度楽観的に捉えられる力/メタ認知的思考/相談する力/チャレンジする力/柔軟な思考/解決能力/孤独じゃない自分/高い自尊心/自己肯定感/誰かと協力する力宇/諦める力/気にしない力/鈍感力/体力/創意工夫/長い物にまかれる力…etc その後「レジリエンスコンピテンシー」という言葉を知ることとなるが、上記にあるような事柄は何をすると身に付くものかと試行錯誤しながらも、今 Conoiroの3名の職員にできることは SST・メタ認知トレーニング・ストレスマネジメント・エコグラム・認知行動療法理論に基づいた思考へのアプローチ・グループワーク・アサーショントレーニング・ジョハリの窓理論からの自己認知・作業・趣味…etcという類のもので、これだけではなく、もっと知識として技術として経験として学べ、習得できるようなプログラムを作成するために、研修を受けたり多くの書籍を参考とさせてもらった。 しかし、利用者が主体的に自分で課題をみつけ、解決をできることを目的としたプログラムを提供したいとは思いつつ、結局は講義中心のインプットのプログラムが多くなってしまっていた。 インプットだけではなく能動的にアウトプットすることが必要なのではないかと気付き、なるべく今あるワークの中に話しあいや、グループワークができるエクササイズを取り入れるようにするも、より体験的にレジリエンス力を身に付けることができる方法を模索していた。 5 自分が経験することで築かれるもの トレーニングプログラムの中には「体験学習」ができる内容のワークも取り入れていたが、体験学習の概念がまさにレジリエンス力を高めることを体験的に身に付ける仕組みであることに気付いた。 『体験学習というのは、自分自身の感情・態度・思考・価値観・欲求・行動というものを、一定の手順を踏んで学んでいくこと。ただし、それは個人の主体性を通じてのみ効果的に達成される』、能動的に自分達で課題を見つけ、次いでその課題を解決するためのアプローチを決め、決めたならば、それを実行し、そしてその実行した成果を分析する2)。 この学習方法に自分たちの考えたプログラムを落とし込むことを意識した。 さらに、体験学習のモデルである DLTGサイクル3)に支援の過程を当てはめることで( DLTGサイクルの解釈は独自であることを断っておく) Conoiroの支援がモデル化され、支援そのものが成長し、支援の質の向上にもつながる。 Conoiroを利用していても、大なり小なりのストレスはあり、就職にむけて乗り越えるべき課題もある。プログラムへの参加や課題解決に対して、モチベーションが下がった時、今ここで起こっている事象にも意味があると気づくことがレジリエンス力を高める一歩になれば、その先の結果はまた違ってくる。 レジリエンス力を築き高めるためには、そもそも主体的に学べることが重要である。 Conoiroではその機会を就労前訓練の中でなるべく多く提供できるよう、ワークや作業その他日中活動、関わり方などに「能動的な解決」思考になるよう意識した支援を行っている。 6 おわりに 本発表は、「発表することで、これまでの支援の方法を整理」することを目的としておこなった。 日々、一人ひとりの利用者の困りごとや課題や希望にどうやって効果的な支援ができるか、都度、対処療法のように支援を行ってきた。その実地を振り返ると、実はなんらかの理論的背景を持った介入方法と一致していることに気が付いた。その最たるものが「レジリエンス」と「体験学習」という概念であった。 今後はこのモデルが「就労支援場面におけるレジリエンス力の築き方」であり、「レジリエンス力が高まれば就労継続に影響する」という、根拠を明示できるような取り組みを行いたい。そうすることで、より効果的で効率的な支援を提供することができ、それは当事者の就労前訓練のモチベーションとなり、結果、就労定着・継続、そしてその先にある長い職業人生を主体的に生きることにつながると考えるからである。 また、支援の理論的背景を理解することで、より支援を深めることができ体系化することが可能になる。そうすることで、これまで我々が感覚で行ってきた支援を、新しく入った職員に継承することができるようになり、「Conoiroの支援」というものが確立されるようになることが期待される。 【参考資料・参考文献】 1)厚生労働省社会・援護局「就労定着支援の円滑な実施について」別添 24P平成31年3月 2)3)菅沼賢治『セルフアサーショントレーニング』(東京図書)p26-p29 2002年 p.188 障害者職業総合センター研究部門における 職業リハビリテーションの「介入研究」のレビュー ○土屋 知子(障害者職業総合センター 研究員)  松尾 加代(障害者職業総合センター) 1 はじめに・目的 職業リハビリテーション(以下「職リハ」という。)において、就業や職場定着を希望する障害者に支援介入を行う上では、効果的かつ効率的な方法を提案し、対象者の同意のもとに実施することが求められる。支援方法を提案するにあたっては、支援者個人の経験のみに頼るのではなく、実証研究から得られた知見を踏まえることが望まれる。 しかし、例えば医療等において、実証研究から得られたエビデンスに基づく介入ガイドラインが整備されつつあるのに比べ、職リハ領域ではガイドラインに該当するものは本邦の現状では見あたらない。この背景として、支援介入の効果に関する実証研究が不足していることが考えられ、これらの研究を積極的に蓄積していく必要が考えられる。 本稿では、障害者職業総合センター研究部門において、これまでに行われた介入研究を概観し、今後の研究活動を行う上での課題について考察する。 2 方法 障害者職業総合センターが平成 28年度までに調査研究報告書として発表した研究のうち、武澤ら 1)が行った「障害者職業総合センター研究部門における研究課題の体系化」において、「訓練/支援プログラムの効果検証」の課題領域に分類された研究を対象とし、研究テーマ、研究デザイン、研究参加者、方法と結果の概要を抽出した。研究デザインに関しては、関連書籍 2), 3)を参考に分類し、エビデンスレベルが高いとされる順に①〜③とした。 ①ランダム化比較試験:参加者を介入群・対照群にランダムに割り付け、両群の比較により介入効果を検討する ②非ランダム化比較試験:割り付けにおいてランダム化の手続きを採らない他は RCTと同様 ③前後比較試験:対照群を設定せず、単群の介入前後を比較することにより介入効果を検討する なお、単一事例を対象とする研究は本稿では対象外とし、介入が集団形式で行われている場合であっても、効果が個人別にのみ検討されている場合は除外した。また、支援介入を伴う研究であっても、介入前時点で効果指標が測定されていない場合についても対象外とした。 3 結果 研究デザイン面で①に該当する研究が1件、②は0件、③は14件であった。研究テーマ及び研究参加者や介入方法は多岐にわたり、詳細は次頁の表のとおりであった。複数の試験が同一報告書の中で報告されている場合は、表中では1行にまとめた。 4 考察 対照群を設定した研究は1件に留まり、前後比較試験が多数行われていた。これら前後比較試験の大半において、支援介入の前後で何らかのポジティブな変化が観察されており、介入の効果であったことが期待できるが、研究デザイン面から種々のバイアスを強く否定できない点 4)で解釈に留意が必要であると考えられる。 根拠に基づく職リハ実践を推進していく上では、今後も職リハの幅広い領域にわたって介入研究を積み重ねていくことが望まれるが、その際に、できるだけエビデンスレベルの高いデザインを採用することも同時に重要であると考えられる。特に今回の結果からは、対照群を設定した研究を積極的に行うことが重要であると考えられる。 対照群を設定した研究を行う上での課題は、①多数の研究参加者を募る必要があること、②対照群に対して介入しないことやプラセボ介入を行うことに伴う倫理的問題が挙げられる。①に関しては、関係機関と連携して研究を行うことで解決できる可能性があると考えられる。②に関しては、参加者の同意を得た上で、「従来の介入」を行う群と「新規に開発した介入」を行う群を比較する方法や、遅延介入群(研究中は無介入とし、研究終了後に介入群と同等の介入を行う)を対照群として用いる方法 5)が考えられる。 5 まとめ 障害者職業総合センター研究部門のこれまでの介入研究をレビューした。介入後にポジティブな変化が得られた研究が多いが、研究デザイン面から解釈に留意が必要であり、デザイン面の改善が今後の課題であると考えられる。 【参考文献】 1) 武澤友広・松尾義弘・高瀬健一・依田隆男・石黒秀仁( 2018): 障害者職業総合センター研究部門における研究課題の体系化 第26回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集,266-267 2) 原田隆之( 2015):心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門—エビデンスを「まなぶ」「つくる」「つかう」金剛出版 3) 中山健夫監修( 2017):PT・O T・STのための診療ガイドライン活用法 医歯薬出版 4) 新谷歩(2019):あなたの臨床研究応援します 羊土社 5) 川村孝( 2016):臨床研究の教科書—研究デザインとデータ処理のポイント 医学書院 p.189 表 障害者職業総合センターで平成28年度までに行われた介入研究 p.190 web上で実施可能なワークサンプルの開発 ○小倉 玄 (株式会社スタートライン 障がい者雇用研究室 室長  刎田文記(株式会社スタートライン障がい者雇用研究室) 1 はじめに 障害者に対する就労を目的とした職業評価システムの1つとしてワークサンプルが活用されている。日本においては、障害者職業総合センター障害者支援部門が障害者に対する評価・支援ツールとして「職場適応促進のためのトータルパッケージ(以下「トータルパッケージ」という。)を開発し、トータルパッケージの中核的なツールとして、ワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)が含まれている。MWSはアセスメントだけでなく、職業能力の向上や休憩のセルフマネジメント力の向上にも寄与する応用範囲の広いツールである。2007年度には市販化され、多くの機関・施設で利用されている。 一方、社会背景や技術の進歩により業務は変化し、障害者が担う業務にも変化がある。また、精神障害者の増加により、求められる業務の質や量にも変化がでてきている。このような変化に追従するため、MWSは難易度の高いレベルの増設や、新たなワークサンプルの追加などの改訂が行われた1)。職業リハビリ-テーションにおいて、ワークサンプルは非常に重要な役割を担っているが、社会的な背景に応じて適宜内容を柔軟に変更できるシステムが必要である。更に障害者の就労および職業訓練の形態も多様化しており、利用環境の整備、現場で活用する際の負担軽減もワークサンプル活用の重要なポイントになると考える。すなわち、在宅やサテライトオフィスでワークサンプルを実施する際に、ソフトウェアのインストールや紙の課題の印刷などの作業を極力減らす必要がある。このような課題に対応するために、㈱スタートラインでは、web上で実施できるスタートラインワークサンプル(以下「SWS」という。)の開発を進めている。本発表では、SWSの内容および一部の課題の実施結果について紹介する。 2 スタートラインワークサンプル(SWS)について (1) SWSの概要 SWSはスタートラインサポートシステム(StartlineSupport System、以下「SSS」という。)のサブシステムとして配されたPC端末上で実施できるワークサンプルである。SSSはユーザーや機関情報の管理をセキュアに行うメインシステム上に、健康管理情報を入力するHealthLog、メンタルヘルス向上のためのエクササイズを集めたACT-onlineなどから構成されたwebシステムであり、㈱スタートラインが運営するサテライトオフィスの利用企業を中心に多くの企業や機関で利用されている2)。 SSSは利用者ごとにIDとパスワードが割り当てられ、利用者は事前に設定されたサブシステムを利用することができる。実施した内容はシステム上に記録され、自身で実施状況を確認することができる。また、利用者に管理者を紐づけることにより、管理者も利用者の実施状況を確認することが可能となる。 (2) SWSの構成 開発中のものも含め、3つのワークサンプルから構成される。各ワークサンプルは入力課題と修正課題の二つの機能を有しているので、実質的には6つのワークサンプルから構成される(表1)。 表1 SWSにおけるワークサンプルの構成 各ワークサンプルは、以下5つのモードに分かれており、利用目的や利用環境に応じて適切に実施できるよう、モード、レベル、試行数など設定が簡単に行える(図1)。 図1 ワークサンプルの設定画面 p.191 図2に「パスワード管理(入力課題)」作業の画像を示す。図の左が正データであり、画面右の入力シートの空欄に対応する文字を入力する課題である。 図2 パスワード管理(入力課題)の画面 (3) SWSの特徴 ワークサンプルの内容に沿った入力/修正用のシートのフォーマット(図2の右側のシート)を作成後、正データ画面用の正データと修正課題用の誤データを作成してシステムに読み込ませることで1つのワークサンプルが完成する。また、難易度や課題数を増やすことも容易に実施できる構造となっている。これらの変更を行いシステムに反映することにより、利用者のPC端末にソフトをインストールすることなく、直ちに新しいワークサンプルが実施できる。新規にSWSを導入する際のハードルが低いだけでなく、既にSWSを導入している組織が改訂されたSWSを利用する場合、PC端末毎のソフトのバージョンアップ作業を実施することなく、SSSにログインすれば直ちに改訂されたSWSが実施できる。 3 実施概要 (1)目的 ワークサンプルを用いて評価や訓練などの職業リハビリテーションに活用できるよう、段階的な難易度のレベル設定や課題量を用意する必要がある。開発中のワークサンプルの1つである「パスワード管理(入力課題)」について、健常者による試行を行い、今後の利用に向けた初期確認を行う。 (2)実施方法 企業に就労している大卒以上の学歴を有した入社1年目の健常者10名に「パスワード管理(入力課題)」を実施した。手順は、①SWSの使用方法に関するオリエンテーションの実施、②操作手順の確認のため、レベル1を1試行実施、③レベル1から6まで、1レベルあたり2試行(合計12試行)とした。 実施者の年齢は全員20代であった。性別は、男性5名、女性5名であった。 4 結果 実施結果から、作業時間と正答率について平均値、標準偏差を算出した(表2)。作業時間はレベルが上がるに応じて増加している傾向にあり、作業量としては適正と言える。一方、正答率はレベルが上がるごとに低くなっている傾向はあるものの、レベル5については実施者全員が正答率100%であった。 表2 パスワード管理(入力課題)正答率及び作業時間 5 今後の展望 開発中のワークサンプルについては、順次データを取得した上で、種々のフィールドやシチュエーションでの応用可能性や効果について検証をしていく予定である。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:調査研究報告書 No.130障害の多様化に対応した職業リハビリテーション支援ツールの開発 (2016) 2)刎田文記:障がい者用・定着サポートのためのスタートラインサポートシステムの活用状況について,第26回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集, p.224-225(2018) 【連絡先】 小倉 玄 株式会社スタートライン 障がい者雇用研究室 e-mail:gogura@start-line.jp p.192 精神障がい者への職場定着支援における Startline Support Systemの活用と効果 ○森島 貴子(社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター)  鈴木浩江・竹谷知比呂・吉川将人(社会福祉法人釧路のぞみ協会自立センター)  刎田文記(株式会社スタートライン) 1 はじめに 社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センターでは、平成29年度より株式会社スタートライン(以下「SL」という。)の協力を得て、精神障害や発達障害のある利用者に対して、ACT-online(Startline Support System:以下「SSS」という。)を活用した心理的柔軟性の向上を促進するサポートに取組んでいる。活用にあたり、SLの刎田氏に年数回、定期的に来釧していただき、職員と利用者に向けて、ACTやSSSについてより理解を深められるよう勉強会を実施している。 本発表では、就労移行支援事業所活用時よりSSSの活用を経て一般就労した精神障害のある利用者の職場適応定着支援について事例報告する。 2 事例 (1)本人の概要 A氏 〜47歳の男性、統合失調症(精神2級) 地元の進学高校卒業後、一流大学進学。卒業後同大学の大学院に進学したが、不眠から、幻聴幻覚が現れ統合失調症を発病、大学院を中退し、帰釧する。自殺未遂等で入退院を繰り返す。 平成25年より就労継続支援B型事業所を利用開始し、常に幻聴幻覚はあるが症状が安定していた為、平成28年当センターの就労移行支援事業所の利用を開始した。 就職を前提とした実習を経て、平成30年10月、市内のスーパーに一般就労し、現在定着支援中である。 A氏は、SSS導入をきっかけに平成30年5月より従来のACTからSSSに移行し活用開始しているので、図表のデータは平成30年5月より令和元年8月20日までのものである。 実施したエクササイズの実施回数は全406回となっている。特に沈黙の瞑想と呼吸のマインドフルネス、次いで注意訓練のエクササイズを多く視聴している(表)。 (2)就労移行支援事業所での取組み SSS導入後より、毎日、朝・昼食後の2回、体調確認とACTの音源を視聴した。 A氏は、常に3名以上の幻聴が聴こえており、別々な話をそれぞれが大きな声で話しかけてくるそうで、大きく聴こえてくると幻聴に支配されてしまうことを訴えていた。体調不良時には、幻聴が大きく聴こえることと、意味のわからない言葉がしつこく何度も聴こえてくることで、現実か非現実かの区別がつかなくなり、また不安が大きくなることで、他の行動ができなくなってしまうとの訴えもあった。これが、A氏にとって就職する際の課題となっていたことから、ACTの注意訓練・沈黙の瞑想・呼吸のマインドフルネス等を中心に聞いてもらい、「幻聴に囚われず、その場に置いておく」という感覚を身につけてもらうように支援した。 表 エクササイズ分類毎の実施回数 スマートフォンで職場実習や、休日など、通所していなくてもSSSが活用できるよう設定している為、幻聴が大きく聴こえてくる感じがした時には、自発的にACTを実施してもらった。また、医療機関とも情報共有が可能となり、服薬調整などにも役立てることができるようになり、事前に頓服薬を服用することができるようになった。 (3)就労移行から一般就労へ SSSの活用により、体調不良の日に面談を行ったり、事前に服薬を促したりするタイムリーに支援することができるようになった。 常に幻聴が聴こえると話されていたA氏が、注意訓練により、ごくまれに全く聴こえなくなることがあると話し、幻聴が聴こえても幻聴であることに気づき、作業に取り組めるようになった。そこで、就職活動を本格化させ、就職を前提とした実習を行い、平成30年10月より市内のスーパーに一般就労している。 (4)定着支援 就職後、毎日SSS(ヘルスログ、ACTの実施結果)の入力を継続することとし、支援員による毎日の確認と、不調を感じさせるような記述があった時に、ジョブコーチにも情 p.193 報共有し、常に支援に入ることができるような体制を整えた。また、月に1回はQスケールを入力し質問紙による心理的な変化の評価を行うこととした。 A氏のSSSを見ると、就職当初には「死の恐怖」という文言が多数記載されており、毎日4〜5時間はそれに襲われていたと話されていた。ジョブコーチが面談し、その時には、昼寝・入浴・読書をすることなど助言し、その後の様子を見守っていた。2ヵ月後には症状は軽減され、強い恐怖心は週1回程度の出現にとどまっている。 半年程度経過した頃、ヘルスログ(活動状況・体調などの記録)は、特に変化はないが、Qスケールスキルの一つであるDPQ(脱フュージョン評価尺度)が極端に低下することがあった(図)。また、同時期に「ACTの音源を聞いて、どんな感情や感覚、思考が表れましたか?」という質問に対し、「恐怖になるかどうか不安です。」との書き込みがあった。すぐに作業班からジョブコーチへ情報提供し、ジョブコーチが面談を行った。その際、本人は困っていることはないと話しつつも、「死の恐怖」には襲われており、原因がわからないとのことだった。そこで、作業環境や他従業員のことについて詳細に確認すると、先輩従業員から、レベルの高いことを言われたと話された。ジョブコーチが事業所に連絡調整し、改めて従業員にAさんの雇用管理に関して理解を促すよう支援した。 図 DPQ(脱フュージョン評価尺度)経過 その頃からSSSには、以前は、「死の恐怖に襲われる」という記述があったが、「生きていることはすばらしいことです。」という記述が毎日記入されるようになっていった。 また、今年8月に登録販売者試験を受けようと頑張っていた際、本人の事業所から担当者の一人が離職してしまい、自分のペース以上に求められる仕事量が増え、移行支援を利用していた時と同じような不安感が増してきたことがSSSの記述でわかり、ジョブコーチが通院に同行したことがあった。その際には、Dr.より試験勉強の疲れだとの助言を得て、本人の認知が変化したことと試験が終了したことでその不安感は軽減している。 さらに、出勤時にも笑顔で出勤する様子が見られ、「働いていることがうれしい」と話され、手の震えや眼球反転など以前見られていた不調時の症状も治まってきている。 3 今後の課題 職場は、大手のスーパーであり、店長等の異動に伴い、店舗内の雰囲気が変わりやすい事や、従業員の構成によって、本人に求められる量が変化していく可能性が高い。 それに伴い本人の感情の揺れをどう軽減していくのかを検討していかなければならない。 本人に何らかの変化があった際、ヘルスログには変化がなくても、毎日行うACTの音源視聴後の気分等についての書き込みなどに恐怖感や不安感が書き込まれることが多い。そのため、それらの記述を確認していくことも必要である。 また、現在毎月Qスケールを確認しており、DPQの尺度に変化が大きく表れることがわかったので、月毎の変化を読み取ることでタイムリーな支援に入ることができている。 さらに、A氏にとっての価値は「働いて充実した生活を送る」ことだったので、就職したことにより今後の人生の価値を改めて設定していく必要があるため、価値についてのエクササイズや面談を実施していく必要があるのではないかと考えている。 4 まとめ SSSは就労移行支援事業所に通所していなくても、タブレットやスマートフォンで利用し、本人が日々の状態や変化を入力することができる。そのことによって小さな変化についても、小さな変化についても、早期に支援者側に伝わり、タイムリーな支援ができる。 SSSは定着支援の一助として非常に有効な手段といえるのではないだろうか。 p.194 発達障がい者への職場定着支援における Startline Support Systemの活用と効果 ○和泉 宣也(社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター 職場適応支援係 係長)  金橋美恵子・鈴木 洋介(社会福祉法人釧路のぞみ協会 就労移行支援事業所くしろジョブトレーニングセンターあらんじぇ)  原田 千春(くしろ・ねむろ障がい者就業・生活支援センターぷれん)  刎田 文記(株式会社スタートライン) 1 はじめに 社会福祉法人釧路のぞみ協会自立センター就労移行支援事業所くしろジョブトレーニングセンターあらんじぇでは、2017年より株式会社スタートラインの協力を得て、精神障がいや発達障がいのある利用者に対してACT−onlineを活用した支援に取り組んでいる。2018年5月からは、スタートラインサポートシステム(以下「SSS」という。)の活用を開始し、株式会社スタートラインの刎田文記氏を招き、ACTやSSSについて、理解をより深めることを目的として、職員と利用者に向けた勉強会を、年2回定期的に実施している。就労移行支援事業所にてSSSを活用しながら職業準備性を高め、就労定着支援へと継続活用している事例を報告する。 2 対象者の過去の就労状況と移行支援事業所の利用目的 (1)離職時の状況とジョブコーチ支援 対象者は 29歳女性Aさん。高校にて介護を学び、平成20年に卒業。看護助手として病院に1年勤務。その後、特別養護老人ホーム介護員として1年半勤務するも退職。この時点で自身の障害を疑い、就業・生活支援センターにつながった。平成24年に広汎性発達障害と診断され、精神保健福祉手帳3級を取得(更新時に2級に変更)。移行支援事業所での6ヶ月のトレーニング後に理容店補助業務に就く。ステップアップを望み、年間通して作業変動が少なく勤務時間の長い食品加工会社に転職。作業は自立に向かうも、同僚の言動に揺れ、離職を考え始めた。ジョブコーチにより同僚の理解を求める、余暇活動の充実を提案、強い退職希望を頭のどこかに置いておくなどの手立てを講じるも、状況に変化なく1年半で離職し、再度、移行支援事業所でのトレーニングを受けることになった。 (2)就労移行支援事業所を利用し再就職を目指す目的 食品加工会社の離職から学んだことは、上司との定期的なふり返りを継続することの大切さ、認知変容のアプローチの必要性の2点であった。自分の考えをまとめ伝えるスキル、セルフモニタリング力、さらにはセルフマネジメント力の向上を目指し、就労移行支援事業所でのトレーニングの中で、これらの成長を目指してSSSを活用することとした。 3 就労移行支援事業所あらんじぇが提供するSSSの概要 (1)職業準備支援から職場定着支援につなげる取り組み 当センターで職業準備支援として行なっているSSSの柱は、ACTエクササイズ、Qスケール、ヘルスログである。この3つは就労開始後も、携帯電話やインターネットに接続されたパソコンで継続活用できる。職業準備支援の段階で操作に慣れ、それらの効果を実感することによって、就労後の効果的な活用につなげることができた。 エクササイズは、12カテゴリ90種で構成され、文字・音声・体験などを通して実施する。カテゴリは「心をひらく・今とつながる」「手放す・距離をおく(脱フュージョン)」「自分を慈しむ(Self Compassion)」のように分けられており、それぞれのカテゴリの中に、さらにいくつかのエクササイズが含まれている。エクササイズ後すぐに実施結果や感想、効果を記録することによって、本人自身も支援者もその効果を知ることができる。 Qスケールは、BDI(ベック抑うつ評価尺度)・AAQⅡ(心理尾柔軟性評価尺度)など7つの異なる心理的側面を評価する質問紙のメニューで、対象者が質問に対して選択肢から自身の状況を選んでいくことで結果が得られる。エクササイズと連動している部分も多く、エクササイズが効果的に作用しているかをアセスメントすることもできる。 ヘルスログは、日常生活状況や健康状態を対象者自身が携帯電話やインターネットに接続されたパソコンを使って記入する。対象者−支援者間での共有が可能で、時に対象者からSOSが出ることもある。職業準備支援ではセルフモニタリング力を伸ばせるよう支援を受け、就労後にセルフマネジメントできるようになることを目指す取り組みの一つである。 (2)対象者に必要な支援 自分の考えや感情に強くとらわれ、抱いた気持ちから抜け出すことができなかったことが、離職要因の一つと考えられた。ACTエクササイズなどの実施によって、抱え込んだ自分の考えや感情から抜け出すことができれば、柔軟な思考(=心理的柔軟性とよぶ)に近づくことができると仮 p.195 説を立てた。 さらに、ヘルスログに日常生活状況、健康状態などの記入を習慣化することで、いざという時に相談できるホットラインの確保も対象者にとってのメリットは大きいと考え、上記2点がAさんにとって必要な支援と考えた。 (3)行なった支援とその効果 就労移行支援事業所における訓練では、心理的柔軟性を身につけるために、表1に分類されるエクササイズが有効と考え実施した。数字はAさんがコメントを書いた回数である。 表1 Aが行なったエクササイズ分類 コメント数が少ないエクササイズ「不快な心の体験と体験の回避を考える」は、「抽象的で難しい」「納得できない」など拒否的な反応を示した。最も多く練習した「手放す・距離をおく」では、「気になっていたことから少し離れ、落ち着いたような気がする」などトレーニングの効果を実感するコメントがある一方、「もっと客観的に自分のことを見られたら良いなと思った」など、本人が自身の心と向き合うスキルの更なる向上を目指しているコメントが多く見られ、心理的柔軟性へとつながっている様子がうかがわれた。 効果的に機能しなかったエクササイズについての理由はいくつか考えられる。エクササイズ後の本人のコメントの多くは「抽象的でイメージするのが難しい」というものだった。特にAさんは、耳からの情報の処理に困難さがある障害特性のため、音声を聞くタイプのエクササイズは、音声を頭の中で画像や映像に変換することが難しかったと考えられる。文字によるエクササイズだと、イメージしやすかったと予想される。 もう一つは、エクササイズ開始前の心理教育で、このトレーニングで得られる効果や、それによって自身の生活・人生が豊かになる期待感を十分に持てずに、エクササイズに入ったことが考えられる。早期再就職を望むAさんに対し、施設外就労など実習に取り組む時間を長く使ったことで、このトレーニングの意義等を十分に伝え切れなかったことが原因の一つではないだろうか。 Aさんの接客業への強い希望もあり、就労移行支援トレーニング開始から半年後に、接客を伴なう大手服飾店の商品整理等の仕事に就いた。 就労開始後もSSSの活用は継続している。ヘルスログへの記入は毎日欠かさず行ない、エクササイズも継続している。Qスケールによる心理的側面の評価は、1ヶ月に1回のペースで行なっている。 就労開始から3ヶ月が経過した頃、Aさんのヘルスログへの書き込み文章が日記を書くかのように急激に増えた。表2を見ると、ヘルスログへの書き込みが増えるにつれ、抑うつ状態を示す数値が高くなっている。支援者にいつでも相談できる安心感を得る一方、会社で生じている困難さに、今でも戸惑い、我慢をしている状況ではないかと考えられる。「最初は上司の言葉が理解できなかったが、しばらく経つと相手の言葉が理解できるようになった」と書く本当の思いは、「無理にでもそう思うようにしないと働き続けられないから」ではないだろうか。QスケールBDIの数値が表2のように高くなっていることから、ストレスを感じ無理をしている可能性は高いと考えられる。 表2 Qスケール BDIベック抑うつ評価尺度 4 今後に向けて Aさんは現在自信を失いつつある。それを取り戻すには、成功体験が有効であると考えられる。前所属先の就労移行支援事業所の支援員に対する信頼は厚い。今後も、エクササイズ・Qスケール・ヘルスログを柱に、本人が感じる迷いを共に考えながら、ジョブコーチは、Aさんの成長を理解し見守り育ててくれる会社環境作りを目指していきたい。 【参考文献】 1)スティーブン・C・ヘイズ/カーク・D・ストローサル[編著] 谷晋二[監訳]坂本律[訳]:アクセプタンス&コミットメント・セラピー 実践ガイド ACT理論導入の臨床場面別アプローチ,赤石書店(2014) p.196 関係フレーム理論に基づく関係フレームスキルの評価・訓練について −ヒトの言語行動と認知的課題への新たなアプローチ- ○刎田 文記(株式会社スタートライン) 1 はじめに 見たことのないことを理解したり、伝えたことのないことを言葉にしたりするようなヒトの言語行動の生成性は、私たちの言葉の本質的な部分と言われている。ACTアプローチの考え方の基礎である関係フレーム理論(Hays.2001)は、ヒトの言語の生成性や認知的課題への新たなアプローチを導き出すものとして、近年注目されている。本稿では、関係フレーム理論に基づく関係フレームスキルの評価と訓練について具体的なアプローチも含めて紹介する。 2 関係フレーム理論 (1)刺激等価性 刺激等価性(Sidman.1982)とは、物理的な類似性のない2つ以上の刺激の間に機能的に同一である反応が部分的に形成されると、それらの刺激間で直接には訓練されていない派生的な関係が成立するという能力である。人間には、このような派生的な関係を自動的に成立させる能力があるがこれはヒト特有の能力で、他の動物、例えばチンパンジーやオラウータンなどの霊長類でもうまく成立しないことが知られている。 (2)関係フレーム理論 関係フレーム理論(Relational FrameTheory:RFT)は、言語と認知の理解に関する新しいアプローチである。関係フレームはヒトの言語行動の基礎の部分であり、話しはたことがない言葉を話し、聞いたことがない内容を理解する力をもたらす仕組みである。関係フレームは、訓練した以外の部分の派生的な関係反応で構成されており、これを「任意に適用可能な関係反応(Arbitrary Applicable Relational Responding;AARR)」という。 (3)いろいろな関係フレームファミリー 関係フレームにはいろいろな種類がある。ヘイズは、「等位」「反対」「区別」「比較」「階層的関係」「時間的関係」「空間的関係」「因果関係」「視点の関係」といった関係フレームファミリーを定義している。これらの関係フレームファミリーは、日常的な言語体験や学校教育などの様々な場面で用いられ、徐々に学習されていく。これらの関係フレームファミリーを適切に使い分けることが、私たちの言葉の生活が豊かで広がりのあるものとなっていく。 表1にいろいろな関係フレーム名とそれらの言語表現例を示す。 表1 いろいろな関係フレームと言語表現例 3 関係フレームに関する研究と実践 刺激等価性や関係フレーム理論を応用した言語行動の研究は、この10年ほどの間に大きな発展を遂げてきている。 Michael(2007)は、ある刺激に感情などの機能が条件づけられると、等価関係にある刺激に機能転換が生じること、そしてその機能転換が大小の関係フレームを介して変容することを明らかにした。このような研究は、言語行動が感情や感覚と結びつき、体験の回避の継続という心の問題が生じる可能性を明らかにしただけでなく、その後のACT(アクセプタンス&コミットメントセラピーの発展へと繋がっている。 Cassidy, Roche. & Hayes.(2011)は、典型的な関係フレーム訓練やマルチイグザンプラー訓練が、一般的な子供や行動障害のある子供達の知能(IQ)の向上に寄与することを示した。このような研究の成果は、RaiseYourIQ(https://raiseyouriq.com/)の公開へと繋がり、私たちの知的能力の向上に寄与する可能性のあるMTSによる関係フレーム訓練が体験できる場となっている。 参照:ロゴ 刺激等価性や関係フレーム理論に基づく応用研究は、知能や問題解決能力や概念を扱うスキル、視点取りのスキル、典型的な関係フレーム訓練、マルチイグザンプラー訓練などからなる構造化された訓練セットとして開発され、検証と実践的の場への展開が進められている。 このような取り組みの一つとして、PEAK _Relational Training System(以下「PEAK」という。)ある。PEAK(Promoting the Emergence of Advanced Knowledge)は、 p.197 高度な知識の創発を促進することを目的とした、自閉症児者を含めた障害児者のための関係フレーム理論に基づく構造化された訓練モジュールである。PEAKには、以下のような4つの書籍があり、それぞれに 184のスキルのためのDTT(離散試行訓練)課題が掲載されている。 表2 PEAK4書籍の概要 書名発刊年内容例 ・PEAK Direct Training (Jan 2014) タクト・マンド等 ・PEAK Generalization (May 2014) 書く・描く・踊る等 ・PEAK Equiverence (May 2015) 五感・問題解決等 ・PEAK Transformation (Dic 2016) 同じ・反対・比較等 参照:写真 これらの段階的な訓練システムでは、刺激等価性のパラダイムの活用だけでなく、関係フレームに基づく概念形成や問題解決、視点取り等のスキルの向上につながるよう計画されている。また、これらのタスクを部分的にピックアップした、プレアセスメントという評価ツールも合わせて開発されている。プレアセスメントを実施する際には、フリップブックや記録用紙が活用できる。 4 関係フレームスキルの評価 PEAKのTransformation(変換)モジュールには、表出と理解の2つのプレアセスメントがある。筆者はこれらの日本語版を作成し、健常成人における関係フレームスキルの評価を行った。 対象者:CBS(Contextual Behavioral Science)勉強会の参加者及び弊社新入社員研修の参加者を対象とした。参加者は本研究への協力および関係フレーム訓練のワークショップで、PEAK PreーAssessmentの体験的学習の機会として評価を受けた。 表 手続き:PEAKプレアセスメントの日本語化と共にPowerPointによるインストラクションスライドを作成した。このインストラクションでは各試行のインストラクションの音声や指さし動作のアニメーションつきスライドを使用した。また、小集団での実施に対応するため、選択肢選択欄、回答記入欄、動作模倣実施有無の記入欄からなる対象者用回答用紙を作成し用いた。プレアセスメントはスクール形式で並べられた研修会場で、10名から 30名程度の小集団で実施した。変換モジュールのプレアセスメントにはそれぞれ40分程度の時間を要した。 結果:PEAK変換モジュール理解と表出のプレアセスメントの結果はそれぞれ平均正答率80%であった。関係フレームファミリー毎の差異を見ると、DTC、OPPの順に他のファミリーより低い傾向が見られた。また関係フレームファミリー毎の標準偏差では、DTC(4.44)、OPP(4.30)となっており、他の関係フレームファミリーより大きく、個々の参加者のスキルのばらつきの大きさが示された。 グラフ 表 5 まとめ 関係フレームスキルの評価によって、個々の認知的特性についてのより具体的なアプローチを含めたアセスメントができる可能性がある。また関係フレームスキルの訓練は、言語と認知の基礎能力の向上に寄与することから、障害者の職業能力の向上にも繋がっていく可能性も考えられる。 関係フレーム理論はACTの基礎理論でもあり、人の能力開発やメンタルヘルスサポートの実践方法として、新たな展開となるよう取り組んでいきたい。 p.198 精神科デイケアにおける認知機能リハビリテーション“VCAT-J”を用いた 就労・復職支援の取り組み ○垂石純(北見赤十字病院精神科デイケア作業療法士)  畑中 悠紀(北見赤十字病院 精神科デイケア) 1 はじめに 様々な精神疾患において、認知機能障害が存在し、日常生活や社会生活に大きく影響を与える。精神症状とは違い、投薬治療によって認知機能障害は改善されにくい。そのため、近年の精神科リハビリテーションにおいて、認知機能リハビリテーション(以下「CR」という。)の注目度が高くなっている。就労支援とCRを組み合わせた支援により、認知機能の改善だけでなく、就労の継続率や賃金等が上がる事も明らかになっている1)。 当院では就労や復職を希望される方を対象に、“VCAT-J”(Vocational Cognitive Ability Training by Jcores)を実施している。実施施設は増えているが、その報告件数は少ないのが現状である。実施から3年以上が経過し、様々な改善点も見つかり、工夫も取り入れてきた。本稿では、当院での運営方法、実践の結果、得られた知見について報告する。 2 VCAT-Jとは “VCAT-J ”は、援助付き雇用モデル(Supportedemployment:SE)や個別就労支援モデル(Individual Placement and Support:IPS)による就労支援と、日本語版Cogpackを参考に作られたCRのソフトウェアJcores(Japanese Cognitive Rehabilitation Programme for Schizophrenia)を組み合わせた支援プログラムである。Jcoresは達成度に合わせて難易度を調整でき、記憶や注意、流暢性など領域ごとに分類し、参加者の特性に合わせたトレーニングを行えるなど個別化を図りやすいコンピュータソフトウェアである2)。 3 導入経緯 2016年より、就労・復職支援のために当院デイケア(以下「DC」という。)を利用する方が増えてきた。そのため、就業スキルに結びつくプログラムの提供を目的に、Jcores研修会に参加した。そして、研修会の内容、期待できる効果について他職員に説明し、導入を開始した。 2018年11月からは、テキストを使用した言語セッションのみを実施する日も新設し、現在に至る。 4 運営方法 図1で示されているように、現在は午後のプログラム時間にて、月曜日は参加者の個別面談・心理教育を、水曜日と金曜日はJcoresを実施している。 図1 当院の就労・復職支援プログラム 参加対象は、主治医より勧められた方や自ら参加の申し出がある方である。最初に、プログラム説明と実際の場面を見学してもらう。次に、アセスメント面談と認知機能評価 BACS-J( The Brief Assessment of Cognition inSchizophrenia)を実施し、評価結果を基に改善目標を設定した上で開始する。終了後に、BACS-Jの再評価を実施し、ナビゲーションブック3)の作成へと移行する。 パソコンセッションは、最大7台のパソコンを使用し、1回50分で進めている。その後フィードバックセッションを40分で行っている。テキストを使用した言語セッションは1回90分で行っている。 5 実施結果 参加総数や年齢層、疾患について図2に示す。 図2 参加総数,年齢層,対象疾患 終了者のうち、8名が一般就労・復職され、4名がA型事業所、1名がB型事業所、1名が就労移行支援事業所に p.199 通所を開始し、残りの5名は就労・復職支援を継続している。一般就労した3名は退職しているが、現在まで11名は就労継続しており、継続率は80%を超える。 次にBACS-Jの結果を図3、図4に示す。 図3 BACS全体得点の前後比較結果 図4 BACS各領域得点の変化 前後比較出来た12名のうち、2名を除いて全体のZ-scoreが上昇している。各領域得点も実施後に上昇が見られ、正規性についてShapilo-Wilk検定にて検証した結果、すべてに正規性が見られた。対応のあるt検定を用いた所、言語性記憶、ワーキングメモリ、言語流暢性、全体得点に有意差が見られた。 終了者からは、「言葉が出やすくなった」「メモを取らなくても覚えていられる」という認知機能面の主観的な改善を述べる者も多かった。また、「(就労後に)苦労しそうな事が分かった」「自分では対処の限界があり、補助も必要だと分かった」「勝手な解釈をしやすく、それが仕事で間違いを起こしていたのだと気づいた」など、仕事の取り組み方について検討出来たという声、自己の考え方の癖を認識出来たという声も聞かれている。 6 VCAT-J導入により得られた知見 (1)VCAT-J導入の利点 ゲーム感覚で行えるため、失敗しても傷つきが少なく済む点や、毎回決まった参加者であるため侵襲性が低く、課題達成への道筋も明確2)である点、更に、全 24回の長期プログラムであり、終了する事自体が達成感の充足や自信の回復につながるという点から、職業リハビリテーションの入り口として導入がしやすいツールと考える。 また、認知機能障害にアプローチ出来るツールであり、当院の取り組みでも、認知機能の改善効果は示されている。しかし、VCAT-Jの目標とする所は、課題を通して、満足のいく日常・職業生活を送る事を阻害している原因を考え、解決策を身につける事である。そのため、苦手とする課題から、困難が予測される作業を分析し、対処法や工夫を習得する事が期待出来る。 (2)就労転帰について ゲーム成績が良好、苦手課題を克服出来る、休まず来る事が可能という参加者の場合、就労を開始するまでの期間が短くなる、または障害者雇用枠での就労もしくは一般就労を開始する事が出来、定着の可能性も期待できる。逆にゲーム成績が不良、苦手課題への苦戦が続く、休みがちになってしまうという参加者の場合、就労を開始するまでに時間がかかる、または一般就労ではなく事業所就労から開始した方が良いのではと考える。VCAT-Jを実施する側も観察する側も就労に関する能力等の評価がしやすく、終了後の転帰について助言がし易くなったと感じている。 (3)復職支援での効果 VCAT-Jは就労支援を対象とするプログラムとして開発されているが、復職支援にも有効なツールと考えている。課題を通して職業場面の内省や困難な作業への対処法を習得する事、必要な配慮を検討する事につながり、復職への不安が軽減され、職業準備性が高まっていくものと考える。 【参考文献】 1) McGurk SR, Mueser KT, Pascaris A:Cognitive training and supported employment for persons with severemental illness:Oneyear results from a randomized controlledtrial. 「Schizophr Bull 31」p.898-909,(2005) 2〉松田 康祐:新規開発ソフト『Jcores』を用いた認知機能リハビリテーションの概要とその効果 「デイケア実践研究20」 p.73-79,(2016) 3)障害者職業総合センター 支援マニュアルNO.13発達障害者のワークシステム・サポートプログラムナビゲーションブックの作成と活用(2016) 【連絡先】 垂石 純 北見赤十字病院 e-mail:taruishi_jun@kitami.jrc.or.jp p.200 就労移行支援における医療機関との連携実践 ○秋山 洸亮(一般社団法人リエンゲージメント 生活支援員(公認心理師・臨床心理士))  橋場 優子(一般社団法人リエンゲージメント) 1 問題・目的 就労移行支援では、医療との連携が重視されている(障害者総合職業センター, 2014)。昨今の就労移行支援の研修などでは、医療との連携をテーマに行われることも増えてきた。精神障害者の就労支援における医療と労働の連携のために(障害者総合職業センター, 2014)では、精神科医療の進歩により、精神障害者の就労可能性は広がりを見せているが、精神障害は継続的に治療が必要であるため慢性疾患としての特性があることが述べられている。また、精神障害者の精神疾患の再発率が高いことは従来の医療でも語られてきた。精神障害者の就労支援は医療と就労支援の双方からの「疾患管理と職業生活の両立」の支援として、医療との連携が必要になっている(障害者総合職業センター, 2014)。しかし、医療と労働の連携については精神科医療分野における支援の困難性と、労働分野における支援の困難性の2つがある(Table1)。精神科医療分野では、服薬調整をしていても症状が安定しないことや、就労希望時期まで症状が安定しないこと、精神科医療分野の専門家が査定しても再発することが多いなどがある。就労可能の判断については、精神科医療分野からの見解と就労支援機関との見解には相違が生じており、精神科医師については、普段の診察から患者の状況を把握し、確認したりしているが、患者本人からの話で客観的判断をすることは困難であることが言われている。 一方で、就労支援機関においては、意見書には患者の希望を聞いて書く人もいるが、意見書には医師の客観的な意見を書いてほしいと言われている。現状としては医療機関に対し、就労・復職に関する評価・支援を行う際の就労支援機関との連携状況を調査したところ、「連携はほとんどしていない」または、「個別ケースに関する連携は少ない」という回答が7割程度であったと報告されている(障害者職業総合センター, 2012)。 また、精神科医療分野からの企業への精神障害への理解を求めるアプローチが難しいことや、就職活動での挫折経験などによって体調悪化やストレスのリスクに苦慮していることなどが上げられている。 2 実践報告 連携・協働が必要ではあるが、困難な状況の中、情報共有ツールで代表的なものとしてはセルフケア・トレーニングとしてのK-STEP、コミュニケーションツールとして SPISがある。一般社団法人リエンゲージメントではセルフケア・トレーニングとしては、プログラム内で生活リズムを整えるプログラムで使用している生活リズムシートがあり、就労後も活用している事例も見受けられる。また、コミュニケーションツールとしては Web上で利用できるメンタル管理システムを導入しており、日々の出退勤時間とその時の気分や状態把握に努めている。 また、一般社団法人リエンゲージメントでは、リエンゲージメントグループの提携医療機関の他、協力医療機関との協働・連携を図っている。そこで、医療連携の実践について報告する。 まず、提携医療機関および協力医療機関の概要について示す(Table2)。 Aクリニックはセカンドオピニオンとして利用者の診察、併設しているカウンセリングセンターでのウェスクラー知能検査の依頼を行ったりしている。このウェスクラー検査の結果をご本人の許可を得て就労企業先と情報共有を行うこともある。就労移行を経て就職した OB/OGのカウンセリングの依頼も行っている。また、Aクリニックでは休職者を対象としたリワーク、復職後支援としてリテンションも行っている。就労移行で支援の行えない範囲に対しても連携・協働して支援を行うことができる。 Table1 精神科利用分野および労働分野における支援困難性 Bクリニックは月に1回、主観的情報・客観的情報・アセスメントおよびプランを SOAP形式で心理士がA41枚でまとめ、情報共有を行っている。主観的情報には、面談で語られた内容や、日々の様子が記載されている。客観的情報としては、就職活動の状況や通所日数、自律神経測 p.201 定における交感神経および副交感神経が記載されている。そのほか、心理士によるアセスメント、今後のプランについて報告されている。また、最後の項目には申送り事項も記載されている。 これまでに情報共有を行った利用者とそうでない場合、就労定着率および退職率の比較検討を行った結果を示す(Fig.1)。これまでに情報共有を行った利用者とそうでない利用者の場合、就労定着率および退職率に有意な差が認められた。有意な差が認められる背景には日々の様子などの情報共有によるものが大きいとも考えられる。また、一方の支援者に対するフラストレーションがあったとしても、それをもう一方の支援者に伝えることができるのは一つのメリットであると考えられる。 実際に医療連携を図る必要がある場合、医療機関とコンタクトをとる必要性があったとしても、いきなりアポイントを取り、コンタクトを図るのは双方にとってハードルが高いと考えられる。そこで、リエンゲージメントではフォーマットを作成し、どのようにコンタクトを取るのがよいか、お伺いすることを行っている(※フォーマットに関しては著作権上、当日公開予定)。また、通所開始直後、自分の状況や状態を受け入れることが難しく、希死念慮が表出してしまうなどのリスクが表出する場合もある。そういった場合早急に受診を促すこともあるが、利用者本人が適切に主治医に状態説明できないことがある。そのため、リエンゲージメントでは、緊急時フォーマットを作成し、こちらもA41枚 SOAP形式で情報共有を行うものとして使用している。主観的情報では利用者の主訴やニーズについて記載されており、客観的情報としては通所時の様子や、BDI-Ⅱなどの心理検査の結果などを記載するようにしている(※緊急時フォーマットに関しては著作権上、当日公開予定)。 3 今後の検討課題 今後の課題点としては、医療連携のみならず、企業との連携や、近年の見学・相談会や就労移行合同説明会などでは教育機関の職員や学生の相談件数も上昇しているため、大学や特別支援学校などの教育機関との連携についても検討していく必要があると考えられる。 また、なにか事情がある場合にのみ連絡・連携を図るのではなく、定期的に医療機関との連携が行えるようにするにはどういった方法が双方にとってメリットあるものになるかなど検討を重ねていく必要があると考えられる。   Fig.1 医療連携の有無による就労定着率の比較 Table2 提携医療機関および協力医療機関 【連絡先】 般社団法人リエンゲージメント横浜事業所 Tel:045-594-8799 e-mail:info@y.reengagement.org p.202 就労継続を支える情報共有シートの利用効果に関する検討 ○武澤 友広(障害者職業総合センター 研究員)  相澤 欽一(元 障害者職業総合センター(現 宮城障害者職業センター)) 1 背景と目的 障害者職業総合センター1)では、就労継続を支えるツールの一つとして、障害のある本人が自分の状況を見える化し、その情報を関係者と共有するための情報共有シート(以下「シート」という。)を開発した。シートの主たる利用者は「自身の体調変化に気づけず、体調が悪化し仕事に影響が出る人」や「悩んでいても周囲の人からは元気にやっていると思われがちな、自分の思いを伝えにくい人」である。シートは「生活面:睡眠、食事、服薬、その他の日常生活面をチェックする欄」「心身の状況:体調や意欲、疲労などの心身の状況をチェックする欄」「対処・工夫:体調を維持するための対処や工夫の状況をチェックする欄」「仕事内容/日中活動:どんな仕事(活動)をしたか記録する欄」「仕事(活動)上の目標:仕事や活動の目標達成の状況をチェックする欄」「相談ごと・困りごと:相談ごとや困りごとの有無をチェックする欄」といった欄を組み合わせて個別に作成する。シートの例を図1に示す。シート利用者(以下「本人」という。)が1日1行程度でその日の自分の状態・状況を記入し、その結果を本人が情報共有を望む相手(支援機関や医療機関の職員、職場の上司等)に見せることで就労継続を支えるセルフケアやラインケア、外部の専門的なケアにつながるコミュニケーションを促す。 上記のシートに係る調査研究報告書1)では、シートを利用した事例に関し就労支援機関や精神科医療機関の職員から報告された利用効果の評価を分析した。本発表ではこの分析結果の一部と再分析した結果について報告を行う。 図1 シートの例 2 方法 (1)シートの利用事例の把握方法 研究担当者がシートの例を示したファイルと利用方法に関する情報を提供した就労支援機関及び精神科医療機関の職員を対象に質問紙調査を実施した。 (2)調査対象・回答者 就労支援機関の職員19人及び精神科医療機関の職員1人 (3)調査方法 シートを利用した事例を回答者1人につき最大10事例まで選択してもらい(10事例を超える場合は利用期間がより長いものを選択)、以下の質問に回答を求めた。収集できた事例は全部で50事例であり、うち39事例は障害者就業・生活支援センター、7事例は就労移行支援事業所、2事例はハローワーク、2事例は精神科医療機関に所属する回答者から収集した。 (4)質問項目 ア 本人がシートで情報共有を行った相手 「貴機関(回答者の所属する機関)」「医療機関」「精神保健機関」「ハローワーク」「障害者就業・生活支援センター」「就労移行・継続支援事業所」「地域障害者職業センター」「教育機関」「企業」「家族」「その他」から該当するもの全てを選択してもらった。 イ シートの利用効果 シートの利用効果を表す13の文章を提示し、それぞれに対して各事例がどれくらい当てはまるかを「当てはまる」「ある程度当てはまる」「当てはまらない」「不明」の4件法で回答してもらった。13の文章はセルフケアに関するもの(例:本シートを使用することで、本人が必要な対処行動をとれるようになった)、情報共有に関するもの(例:本人が貴機関に定期的に本シートを提示した)、シートを提示した相手からの支援や配慮に関するもの(例:本シートの使用が関係者の支援や配慮につながった)で構成されていた。 3 結果 (1)本人がシートで情報共有を行った相手 シートの利用事例について、シートを活用して情報共有を行った相手を集計した結果を表に示す。 (2)シートの利用効果 シートの利用効果を測定した13項目について、項目別の評定結果を図2に示す。利用効果は「当てはまる」または p.203 表 シートで情報共有を行った相手(n=50) 「ある程度当てはまる」と回答された事例を「効果あり」 とし、「当てはまらない」と回答された事例を「効果なし」とした。なお、回答者の所属する機関あるいは関係者に関する利用効果については、本人がシートを提示して情報共有を行うことが前提となるため、これらの項目については「本人が貴機関に定期的に本シートを提示した」あるいは「本人が貴機関を除く関係者に定期的に本シートを提示した」について「当てはまる」「ある程度当てはまる」が選択された事例のみを分析対象とした。 全ての分析対象事例に「効果あり」に該当する事例が占める割合が8割以上であった項目は下記の9項目であった。 ・本人が自分の状態を意識するようになった:96% ・本人が必要な対処行動を意識するようになった:83% ・貴機関が本人のセルフケアに関連することを意識して支援するようになった:100% ・貴機関が本人の状態を把握しやすくなった:95% ・貴機関が本人に何らかのフィードバックをした:100% ・貴機関の支援や配慮につながった:92% ・関係者が本人の状態を把握しやすくなった:88% ・関係者が本人に何らかのフィードバックをした:84% ・本シートの使用が関係者の支援や配慮につながった:81% 4 考察及び今後の展望 シートを利用することで、セルフケアに対する本人の意識のみならず、支援機関や関係者の意識を高めたり、実際の支援や配慮につながったりすることが示唆された。 今後はシートの利用効果が発揮される条件を明確にするために、シートにより情報共有を行った本人や関係者を対象とした調査を実施し、どのようにシートが利用されることでセルフケアや周囲の支援・配慮につながるのかに関して、そのプロセスを解明することが望ましい。その際、本調査のような主観的な評価だけではなく、行動指標を用いた客観的評価もあわせて実施することやシートの活用プロセスを質的に分析することも検討すべきであろう。 図2 シートの利用効果 【引用文献】 1)障害者職業総合センター:効果的な就労支援のための就労支援機関と精神科医療機関等の情報共有に関する研究,調査研究報告書No.146,障害者職業総合センター (2019) 【連絡先】 武澤 友広 障害者職業総合センター e-mail:Takezawa.Tomohiro@jeed.or.jp p.204 当院フォローアッププログラムと勤務継続の関連性 ○田中 千尋(医療法人社団更生会 草津病院リハビリテーション課リワーク支援担当) 1 はじめに 草津病院リハビリテーション課の復職支援プログラム(以下「当リワーク」という。)では、復職後に勤務継続できるよう支援しているが、勤務継続が難しく再休職や退職する利用者(以下「非勤務継続者」という。)も一定数存在する。その原因を探る一助とするため、復職後に参加するフォローアッププログラム(以下「フォローアップ」という。)と勤務継続の関連性を検討する。 2 背景 横山1)は、メンタルヘルス疾患を抱える労働者の就労状況で問題になるのが、休復職を繰り返すケースであり、復職後2年間は特に再発リスクが高く、復職後のケアやフォローアップの必要性を指摘している。 有馬2)によると、フォローアップとは、復職した利用者を対象としたプログラムであり、再発予防が目的である。取り組み内容は、1週間の出来事を振り返り、出来事や思ったことを吐露し、気持ちの整理を行う。また、生活リズム等についてスタッフがアドバイスを行う。不安定な時期である復職直後は毎週参加、安定した就労や自身の回復が見られた頃から、2〜4週に1回等と広げていく。参加の頻度を徐々に減らしていくことは、いつかは完全に巣立たせることを意識しており、次第に医療機関以外の人(家族、地域住民、職場の同僚等)との関わりの中でセルフケアができるようになることが本当の意味での職場復帰と考えられている。 復職後に再休職してしまう原因の1つに、復職後体調や環境が変化した際に適切な治療的対応が行われていないことを難波3)は挙げており、五十嵐4)は、フォローアップは再休職予防への寄与度は高いと述べている。また、有馬2)によると、参加者からの共感的理解による心理的な支援も得られるとも言われている。 当リワークにおいてもフォローアップを実施しているが、2017年度における復職1年後の勤務継続者は68%である(表1)。 表1 当リワークの勤務継続者 3 フォローアップの概要 当院でのフォローアップは大きく分けて2種類あり、どちらも利用者自身で振り返りシート(できたこと、再発予防の取り組み、解決したいこと等)を記入し、希望者やスタッフが必要と判断した方については個別面談を実施する。主な違いは、実施日時や利用者同士の意見交換の有無である(表2)。 表2フォローアップの概要 4 調査方法 (1)対象者 2016年4月〜2018年3月の間に、当リワークを経て復職(職場移行含む)した者。ただし、復職1年後の経過が不明な者は除く。 (2)内容 復職後(職場移行含む)1年間、フォローアッププログラム(以下「プログラム」という。)、個別フォローアップ(以下「個別」という。)それぞれについて、復職後の経過月別参加回数について平均値を計算し、勤務継続者・非勤務継続者を比較し考察する。 5 結果 (1)勤務継続者のフォローアップ参加傾向 総数は52名。プログラムは、1か月目が最大値(1.0)であり、12か月目の最小値(0.3)まで徐々に減少。減少間隔は1か月あたり0〜0.2である。個別では、1か月目が最大値(0.5)であり、5か月目の最小値(0.2)まで減少、その後、12か月目(0.3)まで増加している(図1)。 図1 勤務継続者のフォローアップ参加傾向 p.205 (2)非勤務継続者のフォローアップ参加傾向 総数は2〜20名。プログラムは、1か月目が最大値(1.3)であり、6か月目に最小値(0.1)となる。減少間隔は1か月あたり0.1〜0.4。7か月目から9か月目まで再度増加し、10か月目で減少した。11か月目以降は対象者が0人(全員が再休職または退職)となっている(図2)。 図2 非勤務継続者のフォローアップ参加傾向 (3)復職後3か月までのフォローアップ参加率 復職後3か月までの1か月あたりの参加率は、勤務継続者は28%±18%、非勤務継続者は38%±22%であり、両群間に差がないか検討するため、対応のないt検定を行った結果、非勤務継続者の方が有意に高い傾向が見られた(t(70)=1.836,p=.071,g=.49)(図3)。 図3 復職後3か月までの参加比較 (4)その他 ア フォローアップ参加の有無による勤務継続率 復職後1年間で、フォローアップに1回以上参加している者の勤務継続率は72.5%、0回の者は66.7%である(表3)。 表3 フォローアップ参加の有無による勤務継続率 イ 再休職・退職の時期 非勤務継続者の内、4か月目で40%、6か月目では60%が再休職・退職となっている(図4)。 図4 再休職・退職のタイミング 6 考察・まとめ 勤務継続者は、開始3か月目までは非勤務継続者よりフォローアップの参加回数が少なかった。このことは、勤務継続者の方が復職後抱えている問題やストレスが少ないこと、自分またはフォローアップで解決ができていることが考えられる。勤務継続者は、個別の利用が少ない印象があり、プログラムの時間枠や利用者同士の意見交換に適応することができ、個別の利用が必要ないことが考えられる。つまり、個別が多い利用者は、ストレスや問題への対処により多くのフォローを必要としていることが推察される。 また、勤務継続者は、参加の仕方にばらつき(急な減少や再上昇)が少ない印象があることから、困り事や問題が発生したから参加する、または、問題が無いと自己判断して参加しないではなく、定期的(予防的)な参加ができている可能性が考えられる。そうした参加の仕方により、ストレスサインや体調の変化に気付くことや早期対処がしやすく、勤務継続に繋がっている可能性が考えられる。 しかし、今回はフォローアップの参加の仕方に焦点を当て考察を行ったが、勤務継続の要因はそれだけではないと考えられる。疾患や年齢、復職前の支援期間や状態、復職後の職場環境、フォローアップの内容等、勤務継続に影響を与えていると考えられることについて調査していくことが今後の課題である。 【参考文献】 1)横山和仁:労災疾病臨床研究事業費補助金主治医と産業医の連携に関する有効な手法の提案に関する研究:平成28年度総括・分担研究報告書(2017) 2)有馬秀晃:職場復帰をいかに支えるか—リワークプログラムを通じた復職支援の取り組み(2010) 3)難波克行:メンタルヘルス不調者の出社継続率を91.6%に改善した復職支援プログラムの効果(2012) 4)五十嵐良雄:リワークプログラムの現状と課題(2018) 5)五十嵐良雄:2016年度リワークプログラムの実施状況と利用者に関する調査研究 p.206 当社として初めての精神・発達障がい者雇用と 働く意欲向上を目指す昇給制度づくり 〜会社の取り組みと雇用後の当事者の思い〜 ○常盤 耕司(株式会社ソシオネクスト 総務人事統括部 人事部 人材開発課長) 1 はじめに 株式会社ソシオネクストの人事部では、2017年12月から精神・発達障がいのあるスタッフの雇用を開始し、1年半が過ぎた。彼らは、社内でチャレンジスタッフ(以下「CS」という。)と呼ばれ、総務人事統括部の業務を中心とした事務補助の仕事を行っている。 正社員が今まで行っていた業務をCSが請け負うことで、正社員には、その社員でなければできない専門的な業務に集中する時間ができた。また正社員の残業も減り、そのワークライフバランスの向上にも繋がっている。 2 CSの採用状況 2017年12月に4名採用(うち1名は途中退職)し、その後、2018年4月に追加2名採用、さらに2019年5月に追加2名採用し、現在7名が働いている。 3 CSの業務内容 当初3種類だった業務も今では30種類以上に増えた。各業務は、突発で休んだメンバーがいても、業務が滞ることのないように、複数人が同じ業務を担当できるようにし、各業務すべてCS同士でダブルチェックも行っている。 業務の一例は以下の通りである。 ・国内外出張旅費精算確認 ・各種書類のPDF化 ・支払処理 ・機密文書回収シュレッダー処理 ・会議室備品点検(ホワイトボードの清掃も実施) 4 CS専用の評価制度と昇級制度 CS6名採用時、CSには評価制度も昇級制度もなかった。しかし人事内部で、CSのモチベーション向上と職域拡大、能力向上に報いるため、専用の評価制度が必要との議論になり、2018年11月に制定し、適用を開始した。 昇級制度の概要は以下の通りである(図1参照)。 図1 チャレンジスタッフが正社員になるまでのステップ 評価は、年1回2月末に、働きぶりや勤務態度を見て行う。CSが事前記入した「キャリアプロフィール」と「業務の自己評価」に担当スタッフの評価を加えて、関係者間で協議の上、個別面談実施後に来年度の資格(等級)を確定する。 資格(等級)は、正社員であるV1を上限とし、その下にCS特有の資格(等級)となるVC−1〜VC−4の4段階を構築する。資格(等級)が1ランク上がる毎に時給が上がる仕組みとなっている。 いずれの等級においても、昇級の判断は勤怠状況がベースとなる。計画休暇以外の突発的な休暇(風邪やインフルエンザなどは含まない)が月1回以下の場合を「勤怠評価1」、上記が満たせない場合を「勤怠評価0」とする。 各資格(等級)の職責・評価項目は以下の通りである。ただし、昇級は必須ではなく、特定の級に留まって就労継続するという選択も可能となっている。 (1)VC−1(入社時) ア 職責 マニュアルを見たり、他者に聞いたりしながら定型的な業務を行う。 イ 評価項目 ・月130時間働ける ・勤怠評価1が8ヶ月以上ある ・事前に通院等の計画休暇の連絡ができる ・体調不良での突発休暇は、必ず電話orメールで連絡できる ・朝と昼の体調チェックで自分の体調を申告できる ・分からないことは、まずマニュアルを見て確認できる ・マニュアルを見ても分からないこと、判断に困ることがあったら、そのままにせず質問できる ・他者からのフィードバックを素直に受け入れることができる (2)VC−2 ア 職責 業務手順を理解し、チームメンバーと協力しながら定型的な業務を行う。 イ 評価項目 ・月130〜156.3時間働ける p.207 ・勤怠評価1が9ヶ月以上ある ・チームワーク良く行動できる ・一部課題は残るがほぼ業務手順を理解し実行できる ・勉強したこと、基本的なことを理解し応用できる (3)VC−3 ア 職責 VC−4のメンバーをサポートするスキルがあり、困っているメンバーがいたら、主体的に声をかけ、業務を教えたり助けたりしながらチームとして定型的な業務を行う。 イ 評価項目 ・月130〜156.3時間働ける ・勤怠評価1が9ヶ月以上ある ・全業務の手順を理解し実行できる ・マニュアルを更新できる ・困っているメンバーに自ら声をかけ、業務を教えたり助けたりできる ・スタッフに頼ることなく自立して行動できる (4)VC−4 ア 職責 V1を目指す意志とV1相当のスキルがあり、CSのリーダーとしての責任感と主体性を持って、チーム全体をまとめながら、定型的な業務を行う。 イ 評価項目 ・正社員と同等の時間(月156.3時間)で働ける ・勤怠評価1が10ヶ月以上ある ・全業務について背景や用途まで理解して行動できる ・毎日の業務量を把握し優先順位を付けて行動できる ・社内の電話、メールへの対応ができる ・業務を効率よく進めるためのアイデアを提案できる ・自分から他者へ働きかけできる ・スタッフの方針を受けて、メンバーへの業務割り振り 案を作成し、指示できる (5)V1(正社員) ア 職責 上司の具体的指示に基づき、責任感と主体性を持って、定型的な業務を行う。 5 当事者視点からの考察 当事者であるCSから見ると、この昇級制度には労働意欲の向上、障がいがあるなりのキャリア形成や職場への定着など、様々な利点があると考えられる。ここでは特に、この昇級制度がもたらす「各CSの個性の尊重」と「モチベーションの向上」について触れておきたい。 障がい者雇用は、従業員の多様化を促進するものである。しかし、せっかく障がい者を雇用しても、それだけでは社内で、その従業員をひとくくりに「障がい者」としてラベリングし、一律の扱いをしてしまう危険性がある。 しかし当社では、CSの昇級制度を考案し、それぞれの能力・状態に応じた多様な働き方を準備している。また業務上、各CSに、それぞれの得意な業務を割り振るような配慮もある。昇級制度と併せ、こうした社内環境によって、就労を通しての各CSの自己実現が容易になっているのではないかと考える。 あるCSは言う。「昇級制度の説明をはじめて聴いた時、私たちは、障がい者の法定雇用率を満たすためだけに雇用されているのではないのだと感じ、とてもうれしく思った。当社の障がい者雇用は、それぞれのCSの仕事に対する価値観や生き方、個性を尊重するものだと思う。形だけの『ダイバーシティ・マネジメント』ではない。心がこめられたものだと感じている」 「少なくとも自分は、自分なりの目標に向かって就労する中で、まだまだ未熟ながらも、『働くことの手ごたえ』のようなものを、日々感じることができている。もし昇級制度がなければ、少なくとも私は、『頑張っても頑張らなくても結果は同じ』と感じて、意欲が湧かないのではないかと思う。昇級制度の存在は、皆の就労のモチベーションを上げ、結果としてCS全体のアウトプットの向上に繋がっているのではないか」 また、次のようにも言う。「『障がい者であるか否か』ということは、人の持つ様々な属性のうちの一つに過ぎない。もちろん、その属性が業務に影響し、就労上特別な配慮が必要になるわけであるから、就労において重要な属性であることは否定できない。しかし障がい者も、多くの面で健常者と同じような感情や思考を持っている。正社員に昇級があるように、CSの昇級制度を早々に整えていただいたことに、会社の温かい配慮を感じる。その気持ちに少しでも応えられるよう、仲間と協力しながら、これからも自身の成長に努めていきたい」 6 まとめ この昇級制度を活かし、会社にもCSにも、双方にメリットのある WinWinな障がい者雇用を目指していきたい。 【連絡先】 常盤 耕司 株式会社ソシオネクスト(総務人事統括部人事部 人材開発課) e-mail:tokiwa.koji@socionext.com p.208 長野県上田市における 精神科医療機関と公共職業安定所の連携による就労支援 ○河埜 康二郎(医療法人友愛会 千曲荘病院作業療法士)  杉山 仁美(上田公共職業安定所) 1 はじめに 長野県上田市にある千曲荘病院では、2016年度から「医療機関と公共職業安定所の連携による就労支援モデル事業」の一環で、就労を目的とした専門プログラムを精神科デイケアにて実施している。精神障害者のさらなる雇用促進のため、対象者に対してトレーニングプログラム(以下、ジョブコースとする)を実施し、各支援機関が連携をしながら就労支援と障害者雇用に関する普及・啓発を行っている。今回、約3年間の経過や実績について報告する。 2 ジョブコースについて 就労準備のためのプログラム「ジョブコース」を年間に2.3クール、1クールにつき2.3ヶ月間の頻度で実施しており、定員は10名として公募により募集している。モデル事業の枠組みを考慮し、65歳以下であること、週5日毎日プログラムに参加すること、障害をオープンにした就労を希望すること、主治医の許可があることなどを参加要件としている。 ジョブコース実施期間中はハローワークの職員が毎日デイケアに来院し、半日は病院職員とプログラムを運営している。プログラム内容はグループ活動を中心に、心理教育、ソーシャル/ビジネススキルトレーニング、メタ認知トレーニング、体力作り、パソコン練習、職場実習などである(表1、写真)。プログラムの運営にあたっては、年齢や就労経験、知的機能などが異なる参加者の多様性を考慮しつつ、効果的なトレーニング方法やプログラム構成となるよう試行錯誤しながら実施した。特に、実習後の振り返りやプログラム終了後のクールダウン(マインドフルネス、深呼吸、卓上ゲームなど)の方法については様々な手法を取り入れた。 ジョブコース修了後の6ヶ月間は就職活動集中支援期間とし、病院とハローワークに障害者就業・生活支援センターを加えた支援チームを組織し、職業相談や紹介、面接の同行などを実施した。参加者はこの期間も精神科デイケアを利用し、フォローアップを継続した。 支援チームの連携は、定期的なケース会議と各種訪問、電話連絡にて実施した。 就職後も支援チームで概ね1年間を目安に定着支援を行った。 表1 ジョブコースプログラム例 写真 ジョブコースプログラムの様子 3 ジョブコースの経過について ジョブコースは2018年度までの3年間で7クール実施し、45名が修了した(1クール6.8名)。修了者の基本情報を表2に示す。各クール1、2名の脱落者がみられた。修了者45名のうち、28名が就職(アルバイト就労含む)した(2019年8月現在)。雇用形態はパートで4時間以上の勤務をしている者が約8割であった。 就職した28名のうち25名は現在も就労を継続(3年.数ヶ月)しており、離職に至った2名も別事業所に再就職し、1名はジョブコースを再受講した。 p.210 表2 修了者の基本情報 4 ジョブガイダンスについて 障害者雇用に関する普及・啓発を目的に、ガイダンス(講習会)を実施している。主に千曲荘病院通院中の患者を対象とし、ハローワーク職員、デイケア職員、デイケア利用者が就労支援の実際について講義を担当している。事業所の人事担当者に対象を絞り、精神障害に対する偏見を払拭することを目的に精神科医に講義を依頼することもあった。ジョブガイダンスは年間5回程実施し、この3年間に計100名以上の方が参加した。地元のケーブルテレビ会社や新聞社の取材を受け、啓発活動に活かした。 5 まとめ (1)実践から見えてきた効果 今回のジョブコース実施の結果から、医療機関とハローワーク、障害者就業・生活支援センター等の支援チームの連携の有効性が改めて確認できた。就労支援では支援者相互の、特に事業所担当者との顔の見える関係づくりが大切であると思われる。また、医療機関とハローワーク等が連携することで、利用者本人の特性をより正確に評価し、事業所での業務内容とマッチングさせることが可能となりやすい。プログラムの内容では、グループワークを通したスキルアップと自己理解が促進されやすいものと思われた。 (2)実践から見えてきた課題 支援チームのどの事業所もマンパワー不足が問題となっており、効果的かつ効率的な事業の運営が課題となっている。また、連携ツールの開発や役割分担など今後検討が必要と思われる。 【参考文献】 1) 河埜康二郎,他:長野県上田市での精神科デイケア実践,「デイケア実践研究vol.22」,p.24-29,日本デイケア学会(2018) p.210 多機関連携による就労支援の実践 〜企業×公共職業安定所×医療×福祉による就労支援の取り組みと考察〜 ○髙橋 慶子(医療法人社団有朋会 KURITAワークサポートセンター「 Work-Work」 作業療法士) 1 はじめに 医療法人社団有朋会(以下「当法人」という。)は、精神科病院を母体とし、医療・介護・福祉を統合した高品質のサービスを設計、開発、およびその提供を理念に掲げ、幅広いサービスを展開している。当法人が実施する就労支援サービスには、精神科デイケア(以下「DC」という。)での就労支援プログラム、就労継続支援事業所(以下「Work-Work」という。)でのサービスがあり、医療・福祉の枠に囚われない包括的なサービス提供を目指している。 2017年からは公共職業安定所(以下「ハローワーク」という。)との連携による就労支援モデル事業(以下「モデル事業」という。)を開始し、より幅広い就労支援、定着支援を目指し、実践を試みている。 今回、当法人が実施する就労支援サービスについて紹介すると共に、企業+医療+福祉といった多機関でのチーム支援について事例を交えて報告する。 2 有朋会の就労支援サービス概要 (1) DC就労支援プログラム DCでの就労支援は、当法人が提供する就労支援サービスの最も基礎的な役割を担う(図1)。健康管理に関する各種プログラムの他、就労に必要な基本的な知識、考え方の習得を目指したプログラムも実施する。DCは、様々な年齢、疾患、病期の利用者が利用していることもあり、仕事に関する考え方、仕事に就くイメージなどを具体化、言語化できるよう支援する。 具体的なプログラムとして、KJ法を用いたグループディスカッションや、就労に必要な知識、スキルの習得を目指す就労準備プログラム(週1回/2か月/1クール)などを実施している。 図1 各サービスの関係 (2) Work-Workでの就労支援サービス Work-Workは、B型事業所として就労の機会、場の提供 はもちろん、積極的な就労支援を行っていることに特徴がある。地域で生活する利用者の自己実現を支援するという法人理念のもと、「就活への自信がない」「自分に合ったペース、利用時間から始めたい」といった利用者ニーズに則した運用を目指している。 また、別の特徴に、母体の医療機関にて経験を積んだ職員が各利用者の特性を見極め、支援する体制が挙げられる。 上記のような方針、支援体制のもと、作業訓練とともに、ビジネスマナー講座や職業適性チェックなどのプログラム、グループワークやSST、アサーションなどを組み合わせ、各個人に合わせたサービスを実施している。 (3)ハローワークとの就労支援モデル事業 モデル事業における就労支援では、企業との橋渡しの機能が主であり、面接対策、書類添削、面接同行、定着支援などを行う。モデル事業の利用に際しては(1)(2)の利用を必須とはしていないが、そのほとんどが何らかのサービスを利用しており、医療、福祉サービスで提供の難しい求人に関する情報提供や企業との連携の役割を担う。 3 事例紹介 (1)ケース概要 20代男性。統合失調症の診断。大学(工学部)卒業後、大学院進学するも中退。市役所管財課に勤務し、約半年後より罪業妄想様の発言が見られるようになった。幻聴様の訴えも出現。入職後9か月で退職。その後、徘徊や拒食が出現し、亜昏迷状態となったためA病院入院。入院後、電気痙攣療法などの治療を実施。退院を機に、自宅から近い当法人栗田病院への転院となった。 (2) 経過 ア 【第1期】X年〜X年+1年 転院と同時に、生活リズム安定を目的にDC通所を開始。通所初期は本人の意思表示が乏しいものの、いずれは就労したいとの希望が聞かれた。自ら積極的にコミュニケーションを取ることは少ないが、運動や麻雀には積極的に参加していた。 X年+1ヶ月目、DCにて就労準備プログラム、疾患教育プログラムを開始。参加中の発言は表面的な内容が多いが、講義内容の理解の高さが窺えた。 DC利用開始2か月目からWork-Workを併用。DCとWork-Workで、自己理解の状況を共有。Work-Workでは、作業訓練と並行して職業適性チェック、アサーション、SST、ビ p.211 ジネスマナー講座を実施。上記のプログラムから本人の強みとして、『口頭での指示理解が良好』であること、作業に関して高い『正確性』があることがわかった。弱点として報連相などの『ビジネスマナーの苦手さ』、『自分の考えや意見を伝えることの苦手さ』が窺えた。また、これまでの就労経験から『段取りを立てることが苦手』な面が窺えた。これらの傾向から、統合失調症の診断ではあるが、発達障害傾向との見立てが立てられた。強み、弱みについては本人と共有、特性についてはDC職員と共有し、サポートを行った。以下、情報処理過程におけるアセスメントの視点(Ver.9)を用いて特性を示す(図2)。 図2 情報処理過程におけるアセスメントの視点 イ 【第2期】 X年+1年1ヶ月〜2ヶ月 モデル事業の利用を開始。Work-Workが中心となり、DC(医療)、ハローワークが連携し、支援を行った。DCとWork-Workでは、前述の課題に対して介入を継続。ハローワークとも情報共有し、本人の特性に合わせた求人先を検討した。その中から、口頭指示の理解度の高さや正確性、本人の体力を考慮し、衣料品店のバックヤード業務が候補となった。そこで、ショッピングモールで店舗展開する企業(特例子会社)と連携。本人、関係者にて、実際の職場見学を行い、同時に企業が求める人材などの説明を頂いた。その後、本人の意向を確認し、職場実習を行うこととした。 ウ 【第3期】 X年+1年3ヶ月〜現在 実習前、関係者と企業担当者、実習指導者、本人で事前協議を行い、業務の流れや不安の有無を確認。本人の同意のもと、特性や現在までの経緯を共有した。 実習は全4日、1日6時間で実施。実習中は、モデル事業関係者が訪問し、企業担当者と業務状況や本人の様子、課題等がないかを確認した。指示理解の良さ、正確性への評価があり、本人へフィードバック。ただし、店舗スタッフとすれ違う際に挨拶が出来ないなど、マナー面の課題も見えた。実習中の様子は医師をはじめ、DCと情報共有し、実習終了後に備える形をとった。 実習後、本人と面談し、応募の意思を確認。履歴書添削、模擬面接等のサポートを行い、面接にはWork-Work職員が同行、本人の特性等について補足説明を行った。 X年+16ヶ月、採用決定し、現在も営業支援業務に携わっている。採用後の現在も、企業×ハローワーク×Work-Workが連携し、継続的な支援を行っており、更に障害者就業・生活支援センターも加わり、包括的な支援を実施している。 4 考察 今回の事例から、多機関が効果的に情報共有、連携するためのポイントを考察する。 (1) 互いの役割の把握 就労支援を行うにあたり、1施設が単独で関わることはなく、いくつかの機関が多方面から関わることが多い。多機関が関わる上で重要な点として、それぞれの役割を把握していくことが挙げられるが、それらを改めて共有することは少ないのではないか。就労支援に限らず、各種サービスに共通するが、それぞれの支援は断続的なものではなく、同時並行的に行われることが少なくない。その方に合ったタイミング、内容の支援を提供するために、互いの機関を知ること、役割を理解することが必要だと考える。 (2) 見立ての共有 各機関の役割を適正に遂行するには、同じベクトルで支援を行うことも重要だと考える。その際、その方の特性(強み、弱み)や見立てを共有することが重要であり、それをもとに支援やサポートを行うことが必要だと考える。病名や障がいにのみ目を向けるのでなく、その方の全体像、生活歴や家族関係を含む背景を踏まえて見立て、共有できる人財、スキルが就労支援のポイントとも考える。 (3) 敷居の高さの自覚 今回の事例以外にも各機関と連携する中で、医療機関に対しての敷居の高さを伺うことがある。筆者自身は医療機関での勤務経験、同法人施設に携わっているからか、こういった敷居の高さを感じる機会が少なかった。関係者から、連絡していいのか、相談していいのか、と尋ねられることもあり、そのギャップを再認識するが、この敷居の高さが効果的なコミュニケーションを阻害しているように感じる。自身も含め、この点を自覚した上で、コミュニケーションを図り、連携することが効果的就労支援に必要だと考える。 【連絡先】 髙橋 慶子 医療法人社団 有朋会 KURITAワークサポートセンター「Work-Work」 〒310-0004 茨城県水戸市青柳町3923-5 ℡:029-231-7066 mail:keiko.tomita@yuhokai-kuritah.com p.212 大学における発達障害のある学生の就労支援の実態 :アンケート調査の結果から ○清野 絵 (国立障害者リハビリテーションセンター研究所 室長)  榎本 容子(独立行政法人国立特別支援教育総合研究所) 1 調査背景 近年、大学への進学率が約50%という状況の中(文部科学省,2018)1)、大学に在籍する発達障害のある学生(疑いのある学生を含む)が増加している。発達障害がある場合、卒業時の進路選択に当たっては、一般雇用のみならず、障害者雇用も一つの選択肢となりえるが、大学進学まで果たした学生にとって、就職時に自身の障害特性を自覚し、受けとめ、必要に応じて障害者雇用の道を選択することは容易ではないと考えられる。 全国LD親の会(2017)が、会員に対して実施した調査2)では、大学卒業(中退)者の初職では障害者雇用の就業者は 13%に過ぎなかったにもかかわらず、調査時点では障害者雇用の就業者は45%となり、最も多かったことが示されている。このことから、大学に進学したとしても、大学卒業(中退)時に、障害者雇用を進路として選ぶ者は少ないこと、しかし、その後、一般雇用で就職し継続できる者は限られていることがうかがえる。 他方、NPO 法人 Wing PRO(2015)が大学のキャリアセンターを対象として実施した調査3)では、回答センターの 57%で「障害者手帳を活用した就職に向けた支援」が取り組まれていることが示されている。学生が自身の障害特性についての自覚が乏しかったり、障害の受けとめが難しかったりする場合、大学において就労支援に携わる支援者は、障害者雇用を視野に据え、学生に受診を勧めたり、障害者を対象とした福祉サービスについて情報を提供したりすべきかどうか、判断がつきにくく、支援に当たり困りごとを持っていることが想定される。 大学におけるこうした支援の実施は、今後の課題であり、学生の「個別性」を踏まえつつ、慎重かつ適切に取り組まれる必要がある。このような背景から、そのための基礎的知見を明らかにする必要があると考えられる。 2 調査目的 本調査は、四年制大学(学部)に在籍する発達障害のある(または疑いのある)学生に対するキャリア支援の充実に向け、「学生の個別性を踏まえつつ、学生のキャリア形成(職業準備性の獲得など)やキャリア選択・意思決定(就職活動の状況や、就職先の選定など)を効果的に支援していくためにはどうすればよいか?」を明らかにすることを目的とした。 3 調査方法 (1)調査概要 調査実施時期は2018年3月であった。調査方式は、郵送法による質問紙での抽出調査とした。調査対象は、全国の四年制大学に設置されているキャリアセンター(450 か所)、学生相談室(450か所)、保健センター(450か所)の計 1350 か所とした。結果、273か所から回答を得た(回収率 20.2%)。そのうち、半分以上が無回答であった1件を無効票とし、272件を有効票とした。なお、分析ごとに有効回答数は異なる。 (2)質問項目 質問項目は選択式と自由記述式を組み合わせて構成された。内容は、回答者の基本属性として、発達障害者への支援経験、発達障害の障害特性に関する知識の程度、障害者の就労支援に関する知識の程度、所属部署の状況等を尋ねた。次に、発達障害学生(疑いを含む)へのキャリア支援を実施したケースについて、学生の基本属性として、学生の特徴、学生に対する支援内容、学生の進路を尋ねた。 4 結果 選択式回答のうち主な結果の一部を報告する。 (1)回答者の基本属性 ア 支援経験と知識 発達障害のある人に対する支援経験の有無(大学外の支援経験を含む)について、「経験なし」と回答した人は、18.8%で、「経験あり」と回答した人は、72.4%であった。発達障害の障害特性に関する知識の程度について、知識がある(「かなりある」と「すこしある」の合計。以下、同じ)と回答した人は、80.2%であった。障害者の就労支援制度に関する知識の程度について、知識があると回答した人は、72.3%であった。 イ 所属部署の状況 大学における所属部署は、「キャリアセンター」32.8%、「学生相談室」20.1%、「保健センター」15.0%、「その他」22.2%であった。発達障害の診断のある学生の利用の人数は、「把握していない」15.0%、「0人」9.9%、「1〜2人」20.1%、「3〜5人」18.4%、「5人以上」25.9%であった。 さらに、発達障害の診断のある学生の障害類型は、「LD」2.0%、「ADHD」17.1%、「自閉症スペクトラム障 p.213 害」39.2%、「その他」1.0%であった。過去3年間に、発達障害やその疑いから、就職に著しい困難を抱える学生に対し、キャリア支援を実施した経験は、「あり」57.7%、「なし」34.8%であった。 図1 学生が抱えていた困難 図2 基本的支援 (2)学生の基本属性 ア 学生の特徴 回答者が、これまでに支援した発達障害やその疑いのある学生のケースのうち、「障害を雇用主に開示し、支援を受けて働く」選択をした方がよいと見立てた学生について、「学生が抱えていた困難」(図1)のうち、あてはまるという回答が多かったのは、「人とのかかわりにおいて不自然さがある」79.3%、「こだわりが強い」78.6%、「新たな環境への不安感・緊張感が強い」74.6%等であった。 イ 学生に対する支援内容 支援の「基本的支援」(図2)のうち、あてはまるという回答が多かったのは、「自部署の利用を促す」93.7%、「心理的ストレス」93.6%、「困り感を聴きだし、一緒に整理し対応を考えていく支援」89.7%、「自分についての理解を促す支援」88.1%、「仕事についての理解を促す支援」86.5%等であった。 ウ 学生の進路 学生の卒業時の進路は、「一般扱いの就職」37.3%、「障害者手帳を活用した就職」27.8%、「障害者の就労支援機関での訓練等」12.7%等であった。 5 考察 大学における発達障害のある学生について、その学生が抱えている困難や、実施している基本的支援が明らかになった。今後は、学生にどのような支援を行うことが学生の適切なキャリア選択に重要であるか、項目間の関連等を統計分析で明らかにすることや、自由記述式回答の質的な回答を組み合わせ分析していくことが期待される。 【引用文献】 1)文部科学省:学校基本調査−平成30年度結果の概要−(2018) 2)特定非営利活動法人全国LD親の会:教育から就業への移行実態調査報告書Ⅳ(全国LD親の会・会員調査)(2017) 3)特定非営利活動法人 Wing PRO:発達障害のある(または疑われる)大学生に対する効果的な就職支援のあり方に関する調査.日本財団助成報告書(2015) 【連絡先】 清野 絵(国立障害者リハビリテーションセンター研究所) e-mail:seino-kai@rehab.go.jp p.214 大学と地域の職業リハビリテーション機関と協働した 障害学生へのキャリア支援−協働したアセスメントと共通見解の形成- ○山口 明日香(高松大学発達科学部准教授/学生相談室室長) 1 背景と本学の障害学生支援の体制 本発表は、大学の障害学生支援において、地域障害者職業センターや障害者就業・生活支援センター、発達障害者支援センター等の機関と協働した、キャリア形成及び共通見解の形成に至る取り組みについて報告する。大学のインターンシップ実習等の機会を活用しながら、協働してアセスメントを実施することで、障害学生の自己理解の促進や職業準備性の向上をねらいとする支援の方向性について関係者と保護者間で共通見解の構築を行ってきた。 (1)本学の障害学生支援体制 本学は、経営学部と発達科学部の2学部で構成され、大学1学年の入学定員175名の小規模校である。地域に貢献できる人材の輩出を目標に「対話にみちみちたゆたかな人間教育をめざす大学」を建学精神として、学生一人ひとりとのコミュニケーションを大切に、学生自身の「気づき」をサポートする教育体制を整えている。本学の特色の1つは研究室制度であり、学生は1年次から少人数制のゼミナール(研究室)に所属している。1ゼミナールあたり10名程度で構成されており、入学時から卒業まで、ゼミナール教員(以下「ゼミ教員」という。)が主となり学生のケアをしていることで、きめ細やかなサポートを実現している。障害学生支援は、学生支援部に設置された学生相談室を窓口として対応しており、学生相談室には、心理面のケアを担当する教員2名と障害学生支援を担当する教員1名が学生相談員として配置されている(図1)。障害学生支援担当の相談員は、社会福祉士資格を所有し、特別支援教育、職業リハビリテーションを専門領域としている。 図1 本学の障害学生支援体制 平成30年2月から平成31年1月までの1年間の延べ相談支援件数は226件であり、利用学生は12名、継続支援学生は10名であった。利用学生の支援の傾向は、学年が上がるにつれて、学生一人当たりの支援回数平均が増加していた。また支援件数の多い月は、3月、4月や9月、10月などの学期の切り替え時期である。 (2)障害学生のキャリア支援における地域の連携機関 本学の障害学生支援では、『障害学生自身の困難性への気づきを目的とする協働したインターンシップの実施』、『保護者の障害理解と障害受容を促すための協働したアプローチ』、これらを実現するための『関係機関の相互の密な情報交換と役割分担』をキャリア支援の取り組みとして実施している。連携している主な地域の職業リハビリテーション関連の支援機関は、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター、就労移行事業所、就労継続A型支援事業所、発達障害者支援センター、ハローワークなどである。その他医療機関やその他の関係機関との連携も学生の状態に応じて、協働して支援の提供を行っている。 図2 関係機関との連携内容 2 協働したアセスメントと共通見解の形成のプロセス 協働したアセスメントにおいては、その学生の障害理解の程度は障害の診断の有無等においても、初動としてアプローチをする支援機関は異なる。既に診断を受けており、自己理解へのアプローチが一程度できている学生において p.215 は、キャリア形成につながる自己理解の支援として、職業センターによる職業評価や就労移行支援事業所や就労継続支援A型事業所、大学内でのインターンシップを活用して、実体験を伴う職業アセスメントを実施している。こうしたインターンシップを行う際には、そのアセスメントの観点については、それまでに支援機関のフォーマルアセスメント結果のある場合には、その情報と学校や支援機関の関係者のインフォーマルアセスメントの結果を踏まえて、支援者と本人・保護者含めてその項目等を選定してアセスメントシートを作成している。その際には、『就労支援のためのチェックシート(訓練生用)』等を活用しながら項目を選定し、必要に応じて項目の追加を行っている(図3)。 図3 協働して作成したアセスメントシート例 診断のない学生の場合、学生の「現状」の受け止め方や知りたい気持ちが「特性理解」に向かっているのか、「進路の問題」に傾いているのかによっても、医療機関の受診を優先するのか、職業センターや発達障害者支援センター等の支援機関の提供する体験等を利用して、自己理解につながる機会創出を優先するのか、その順序は異なっている。こうした学生へのアプローチの順序やそれぞれの支援機関の提供する支援のタイミングについては、関係機関の支援者と情報交換を細かに行いながら、その方向性や時期を調整している。本人と保護者へ支援を提供している過程の中なかで、中心となってこれらの状況をコーディネートしていくのは、原則的には障害学生相談員が担っているが、支援の事例によっては、本人・保護者の意向や信頼関係の構築の状況や変化によって学外の関係機関に主導的な立場をお願いすることもある。この点の調整についても関係者間で状況を共有しながら学生及び保護者にとってキャリア形成や就職支援を受けやすい環境や状況の調整を行って支援している。協働してアセスメントを行い、共通見解を形成する上では、限られた地域資源の中で『問題を先送りしない』、『大学と地域機関でそれぞれがどのように役割や支援の内容を分担するか』という点を軸として意識して協働している(図4)。 図4 「効果的な障害者就労支援の基本的枠組み」(春名ら,2017)より出典筆者一部改変 3 協働したキャリア支援の展開と課題 協働したキャリア支援を実施する上で、連携を密にするほど生じた業務負担感は、情報共有に関わる作業であった。関係機関との協働において相互の機能を活用しきれなかった事例では、情報共有や支援会議の日程調整業務の煩雑さなどがあり、関係機関との情報共有の不足や支援方向やその進度の共有が不足していたことが原因であった。現在、学内の障害学生支援担当者は1名であり、関係機関との連携をすべて担っている。そのため持続可能な協働体制構築の基盤としては、脆弱である。関係者との学内において関係機関と連携を担える人材の重層的な育成が急務であることが明らかとなり、また細かな情報共有の形やスケジュール調整の仕方についても、工夫がいる。関係者と情報共有や支援会議のスケジュール調整について、各関係機関でアクセス可能なツールの活用なども検討する必要がある。 【参考文献】 1)春名由一郎ら:保健医療、福祉、教育分野における障害者の職業準備と就労移行等を促進する地域支援のあり方に関する研究(調査研究報告書No134)(2017) 【連絡先】 山口(藤井)明日香 高松大学発達科学部・学生相談室 香川県高松市春日町960 Tel:087-841-3255 e-mail:afujii@takamatsu-u.ac.jp p.216 【発達障害がある大学生の就職支援】ICTを活用した強みと配慮の情報連携について 〜就職マッチング会の結果をもとに〜 ○小川 健(株式会社エンカレッジ)  窪 貴志(株式会社エンカレッジ) 1 高等教育機関における発達障害がある学生の状況 (1)学生数の状況 高等教育機関には多くの障害学生が在籍しており、その中で発達障害のある大学生の人数は日本学生支援機構1)によると平成30年度で5,063名(前年比約113%増)とされている。また、発達障害の可能性があり、何らかの支援を必要とする学生等、いわゆるグレーゾーンの学生の存在もクローズアップされている。これらの背景としては発達障害者支援法の施行や、障害者差別解消法の施行により合理的配慮の提供が求められ、国公立大学では提供が義務化、私立大学では努力義務化されたこと等が考えられる。 一方、日本学生支援機構2)のデータから算出すると、卒業後の状況として発達障害学生の就職率を見ると約48%となっている。一般学生の就職売り手市場という状況、また障害学生全体の就職率約58%と比較すると、発達障害がある学生が社会にうまくつながっていない現状が見える。 (2)発達障害学生支援の中で見えてきた課題 弊社は関西を拠点に2013年から発達障害のある大学生や卒業生の就職支援を実施しており、就活準備講座やインターンシップ講座、就労移行支援事業を通して1,000名以上の若者の就職をサポートしてきた。 発達障害のある学生や就職に困難さを抱える学生は一般雇用か障害者雇用かで揺れており、弊社としては障害者雇用につないでいくニーズへの対応に限られるという課題があった。また、大学との繋がりの中で、学内の情報連携の難しさや卒業後に外部につないでいく際の情報連携の難しさを感じていた。さらに、企業側としても学生のことがわからない状態では採用が難しいという課題があり、発達障害がある学生の支援に様々な課題があると感じていた。 2 ICTを活用したマッチング会 上記の課題意識から、弊社にてICTツール(Boosterキャリア)を開発し、支援情報の蓄積や強みと配慮の見える化を図った。また、見える化を図った上で就活が出来るマッチングイベントを開催した。 (1) ICTツール(Boosterキャリア)について 「Boosterキャリア」は、強みや配慮事項などを自分で整理することが苦手であったり、働く上で知っておいてほしい配慮事項のある学生・求職者が、大学や支援機関のアドバイスを受けながら積み上げた強みや配慮事項などの情報を自分で管理し、支援機関や企業に情報を共有、企業とのマッチングができる「支援記録共有型」就活サイトである(図1)。 図1 Boosterキャリアイメージ図 (2)マッチング会について 就職への困難さについて課題意識を持ち、平成30年2月に計3回、働きづらさを抱えた人を安心して社会に送り出すマッチング会を実施した(障害者雇用枠2回、一般雇用枠1回)。イベントについては高等教育アクセシビリティプラットフォームが主催し、大阪府、京都府、ジョブジョイント大阪、一般社団法人アクセシビリティ・コンソーシアムの協力として実施をした(図2)。 ア 対象学生 発達障害の診断がある。もしくは働きづらさを抱えた卒業年次の学生 イ 時期 平成31年2月 計3回 ウ 参加者数 大学25校、学生34名、企業17社 エ 方法 本イベントについては準備フェーズとマッチングフェーズの二つに分かれると考える。まず、準備フェーズとして学生が自身の情報を蓄積・整理してくるようにし、大学の支援者と共に自己PRや配慮事項をBoosterキャリア上に記載してきてもらった。次のマッチングフェーズでは学生の多様なニーズに対応するため、障害者雇用・一般雇用含めて複数の選択肢を用意した。 p.217 図2 マッチング会概要 オ 結果 参加者34名のうち、28名が社会資源につながる結果が生まれた。まず、企業に内定をした学生数は11名(一般就労4名、障害者雇用7名)であった。そのうち、9名が実際に就職をした。次に内定は取れなかったものの、福祉機関や地域の就職支援団体などに17名が繋がった。6名についてはその後の連絡が取れず、確認が出来なかった。 3 考察 参加者34名の結果について、採用につながった事例について縦軸を社会適応度、横軸を専門性としてマトリックスで整理すると、ボリュームゾーンが3つあった(図3)。 (1) IT系の雇用(一般/障害) 企業側が学生の専門性を評価し、社会性については歩み寄ったことでマッチングした。 (2) 事務系の障害者雇用 就職活動が上手くいかなかった経験から本人の自己理解が進んでおり、それを企業に伝えることができたことでマッチングした。 (3) 雇用に至らなかった層 就職活動に全く取り組めておらず、特に本人の自己理解が浅いと、企業側はリスクを感じやすい。この層については、マッチングの機会だけでは難しいということがわかった。 図3 マッチング結果の3ゾーン 4 今後の課題と取り組み ICTツールを使った情報の見える化と、情報共有を行う場としてイベントをすることで、卒業間近で進路未決定であった学生の中から社会につながる層が一定数いることがわかった。しかし、課題を踏まえた取り組みが今後も必要と考える。 (1) 今後の課題 準備フェーズにおける学内での準備支援や、マッチングまでに至れない学生へのサポート、専門性に基づいた選択肢の提示、アセスメントの共通言語化、定着支援の仕組みづくりが必要となる等、今後に向けての課題が残る。 (2) 東名阪でのマッチング会開催 働きづらさを抱えた学生の数は増えていることからも、より多くの学生に機会を提供する必要があると考えており、2019年度は、関東、東海、関西でマッチングの機会を増やしていく。そのためには各地域において、学生に提供できる選択肢を作り上げる必要があり、弊社だけでは限界があると考える。セーフティーネットとなる各地域の福祉機関や企業、大学と連携を行い、働きづらさを抱えた学生を中心としたネットワーク作りをしていくことが今後の取り組みとなる。 (3) 福祉機関でのICTツール活用促進 今後は就労移行支援事業所等から企業への就職においてもICTツールを活用したジョブマッチングを行い、企業開拓やジョブマッチングの質の向上に寄与できるように、賛同頂ける福祉機関とともに研究を進めていきたいと考える。 【参考文献】 1)2)日本学生支援機構 「平成30年度 大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書」 【連絡先】 小川 健 e-mail:keno@en-c.jp p.218 健康料理教室をとおした発達障害者に対する社会的支援に関する研究 〜広汎性発達障害者に対応したレシピの検討〜 ○森本 恭子(美作大学 准教授)  宮原 公子(桐生大学) 1 はじめに 平成16年に発達障害者支援法が制定され、発達障害者の定義や社会福祉法の確立により支援が充実してきた 1)。 一方で、個別による健康面の支援は不十分であり、青年期の発達障害者の食生活は、偏食や過食などの食行動の偏りや生活習慣病の早期罹患等の問題が指摘されている 2)。 そこで、発達障害者への健康支援の一環として、自立に向けて一人で調理ができるようにするための支援方法と対象者の特性 3)に対応したオリジナルレシピを作成し、健康料理教室(以下「教室」という。)を開催してきた。こ れまでの教室開催を振り返り、対象者の特性に対応したレシピ、参加者の調理技術や食意識の自立度の評価を行った。 2 研究方法 (1)対象及び実施期間 平成22年〜平成29年の毎年5〜9月の期間において年8回、岡山県北部に在住する広汎性発達障害者で各支援機関の推薦があり連続参加が可能な方を対象とした。 (2) 内容 教室の開催は、協力機関との企画会議で対象者の属性等の共通理解を図り、支援方法ならびに運営上の問題点を検討し実施した。参加者にとって調理実習が成功体験となり、自立に向けて一人で調理ができるようにするための支援方法を検討し、支援プログラムを実施した。また、支援プログラムで活用したレシピを一冊の本にまとめた。 (3)協力機関及び協力者 おかやま発達障害者支援センター県北支所を中心に美作地域の発達障害者支援機関の支援者及び本学食物学科教員や2年〜4年生の学生ボランティアの協力を得て実施した。 3 結果 (1)教室の支援方法の検討 調理の献立作成と作り方を示した専用レシピを作成し、個々に適した支援方法を検討した。 ア 献立内容の検討(一週間分) 7回の実習が自宅での調理の手がかりになるよう、献立では食材選定、切り方、調理方法など試作を重ねて検討し、一週間分の献立表となるように作成した(表1)。 イ 発達障害者の特性に対応したレシピの検討 参加者の特性に配慮した点は次の通りである(図)。 表1 一週間分の献立表 図 発達障害者の特性に対応したレシピ 1)レシピの1から順に調理を進めれば最後に3〜4品の料理が完成するようにした。 2)図や写真を入れて視覚的にわかりやすくした。 3)調理段階を色で示し終わりがわかるようにした。 4)作り方の漢字にルビをつけて読みやすくした。 5)曖昧な調理用語は試作を行い数値化した。 ウ 調理における支援方法の検討 調理支援の方法は、関係機関の支援者の指導・助言を受け、自立に向けての支援方法を検討し実践した。 (ア)隣で細かいサポート (初心者に向け) 調理サポーターは参加者の隣に位置し、サポーターがレシピを指でなぞりながら声に出して読み、1つずつの調理を確認し、調理を手伝いながら進めた。 (イ)隣で見守りサポート(自立への準備段階) 参加者の隣に位置し、調理を見守り必要に応じて声かけや調理の手伝いを行い、自立への準備をした。 p.219 (ウ)対面で見守りサポート(自立を目指す) 参加者の対面に位置し、距離をとって調理を見守り、必要に応じて声かけをして自立を目指した。 (2)教室の支援プログラム 参加者一人に1台の調理台で、学生調理サポーター1名とレシピを活用し約2時間の調理を実施した。 ア 教室開催の支援プログラム実施 参加者が安心して調理ができるプログラムを作成した(表2)。 表2 健康料理教室の支援プログラム イ 調理実習のポイント説明と実演 実習前に調理ルールや調理ポイントを図で説明し、野菜の切り方や注意が必要だと思われる個所は実演を行った。 ウ 調理中における専門的支援者の見守り 調理中は、参加者と学生サポーターが問題なく調理ができているか、支援方法は適切か、専門の立場で支援者が見守り、教室終了後のカンファレンスで指導・助言を受け、問題点等は改善し、次回の支援に活かすようにした(写真1)。 写真1 調理中の支援者の見守り エ 健康に関する栄養情報の提供 健康意識向上のため、毎回の料理は生活習慣病の予防になることを図や写真で伝え、再確認のために資料を配布した。 (3)支援の評価 教室終了後には、学生サポーターと関係機関の支援者とで、調理の戸惑い、HELPサイン、レシピの理解度、サポーターの立ち位置(隣・対面)、会話等を話し合い、専門的な助言を受け、自立に向けた支援を検討し、実践した(写真2)。また、参加歴7年のCさんの評価を年次別にまとめた(表3)。 (4)発達障害者の特性に対応したレシピ集の発行 教室に参加できない人のためにレシピの要望があり、7回分の献立レシピを一冊のレシピ集にまとめ、活用の解説書も添付して関係機関へ配布した(写真3)。また、本学のリポジトリに掲載し、希望者は随時必要な曜日のレシピを活用できるようにした( https://mimasaka.repo.nii.ac.jp)。 写真2 Aさんの例:初参加で調理経験無し 写真2 Bさんの例:参加歴2年で調理が好き 表3 Cさん 参加歴7年の評価 写真3 発達障害者の特性に対応したレシピ集と解説書 4 まとめ ①発達障害者の特性に対応したレシピは重要であった。 ②教室は参加者の調理技術と食意識を向上させた。 ③教室運営は支援機関との連携が必要不可欠であった。 ④教室を通して完成したレシピ集は、今後、一人で料理を作りたいと思う人の一助となれば幸いである。 【参考文献】 1) 内閣府「平成2 9年版 障害者白書」 p.29-32 https://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/h29hakusho/zenbun/indexpdf.html 2) 内閣府「平成2 9年版 障害者白書」 p.143-144 3) 内閣府「平成2 9年版 障害者白書」 p.33-35 【連絡先】 森本 恭子(美作大学生活科学部食物学科) e-mail:morimoto-k@mimasaka.ac.jp p.220 就労移行支援事業所における職業準備性の取り組み〜ASD者のソフトスキルのアセスメント〜 ○今村 貴美子(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺) ○加津間 愛乃(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ梅田)  濱田 和秀(特定非営利活動法人クロスジョブ)  砂川 双葉 (特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺) 1 目的 近年、働くことを希望すれば誰でも働ける時代になってきている。しかし、新入社員の3人に1人は3年以内に離職している現状があり1)、障害の有無に関係なく就職後の定着率が課題である。一方で、就労移行支援事業所を利用しても、1年後の定着率は72%である2)。この数字の背景には、昨年度より就労移行支援事業の基本評価が6ヶ月継続就業者数に変更され、障害者雇用の急激な拡がりも相まって、職業準備性が伴わないまま就職に至ってしまう現状があるのではないかと推察する。 梅永・井口によると3)、ハードスキル(=職務遂行スキル)ではなく、日常生活能力や対人関係など就労生活に間接的に関連するソフトスキルが離職理由として多く挙げられており、就労移行支援事業所ではソフトスキルへのアプローチが重要だと考える。 本研究では、就労移行支援事業所でソフトスキルをどう身につけていくのか、ルールブック、日報、体調管理表などのツールの使用、面談を通じた本人の気付きなど、クロスジョブの準備性支援を報告することを目的とする。 ※施設外就労訓練 企業の担当者との関わりを通じて、作業の得手不得手や実際の会社での課題を知る。実習終了後は企業の担当者より( 1)日常・社会生活と行動( 2)業務態度・業務能力の評価を頂く。実習評価をもとに、本人と「実習前に立てた目標に対する達成度」「実習でできたこと」「次のステップとして頑張ること」など、振り返りを実施することで、就労意欲や自己効力感を高めている。 就職活動(3〜9ヶ月) 訓練や実習を通じて、本人と整理を重ねてきたことを自己紹介シート(=( 1)できること( 2)苦手なこととその工夫( 3)配慮点をまとめたもの)に記載し、企業の担当者に自分で説明できるようにしている。また、職場とのマッチングを図るため、支援者実習、雇用前実習やトライアル雇用を経て、就職を目指す。 定着支援企業に本人との関わり方を提示することで、企業の雇用管理のもと働き続けることができるように調整を図る。 2 クロスジョブの支援 事業所ごとに線香の箱詰め、スポーツジムでのタオルたたみ 支援の流れを表に示す。平成30年度の平均利用月数は14.5月(利用期間を超えて就職できなかった方は0名である)。事業所内訓練、施設外就労訓練、企業実習を通じ、ハードスキルだけではなく、ソフトスキルのアセスメントにも力を入れている。また、週1回担当支援者と面談を行3事例紹介 うことで、訓練と相談の連続的な支援を行っている。 表 クロスジョブの支援の流れ 3 事例紹介 (1)頑張りすぎるAさん ▽対象者 ユキ(仮名)、20代女性。 ADHD。学校では大きな困りごとなく一般大学を卒業し、一般就職。何度注意を受けてもミスがなくならず、同僚の勧めもあり受診。 ADHDの診断を受ける。その後、離職。叱責を受けたことで自信をなくし、引きこもりになる。発達障害者支援センターに相談に行き、自分にあった働き方を知りたいと気付きがあり、利用開始となる。支援者から見るとできていることが多くあったが、自分に自信がなく、客観的に見る難しさがあった。また、不安感から原因が分からない体調不良を訴えることもあった。 p.221 ▽手続き 平日の週5日、9時30分〜15時30分の訓練に参加。 【体調管理表】 自分の体調を管理・原因を把握するために、〔天気・気温・訓練内容・体調・状態や対策〕を記入できる体調管理表を作成。面談の中で体調管理表をもとに支援者と一緒に振り返り、(1)気圧の変化で影響を受けやすいこと、(2)週末になると疲労感が増していることが分かった。休憩を取り入れながら訓練を行うことにより、(1)(2)ともに影響が少なくなることにも気付かれ、訓練目標に設定し取り組む。また、同様の目標で企業実習に参加し、『120%で頑張りすぎている。ありのままで素晴らしい』と企業から評価をもらい、「無理をして今まで過ごしてきたが、ありのままの自分を評価してもらえたことが一番嬉しかった。自信を取り戻せた気がした。」と話され、大きな収穫を得た。 ▽結果 企業見学6社、企業実習2社(雇用前実習1社)を経て、利用11カ月で採用を獲得した。企業の中で相談をしながら自分のペースで作業をすることに取り組み、現在も働き続けることができている。体調管理表の作成当初はツールありきだったが、自分で記入し振り返り、原因を探ることで自己理解に繋げることができ、本人に合った働き方を見つけることができた。 (2)ツールを使用して見通しを持てるようになったBさん ▽対象者 ナオキ(仮名)、20代男性。 ASD者。幼少期から家族や周りのサポートを受けながら過ごしてきたため、就職に向けても支援機関のサポートが必要と感じられ、利用に繋がる。作業能力は高かったが、就労経験がなく、ソフトスキルに課題があった。 ▽手続き 「同級生と一緒に大学を卒業するタイミングで就職したい」との希望があり、大学4年時の夏休みからクロスジョブ梅田を利用。卒業に必要な単位を取得できていたため、平日の週5日、9時30分〜15時30分の訓練に参加することができた。 【ルールブック】 利用開始直後はイヤホンを着けながら挨拶するなどの行動が見られた。また、予想していないことが起きた時に焦りから大声で報告するなどの行動も見られた。面談では、ナオキが取る行動の意味を確認した上で、周囲の人からどう見られるのかを提示し、代わりになる手段を考え、ルールブックに落とし込んでいった。代替手段を考えることで、突発的なことが起きても見通しが持てるようになり、落ち着いて対処できるようになった。 ▽結果 企業実習6社7回(雇用前実習3社)を経て、利用1年7ヶ月で採用を獲得した。利用開始当初は、作業経験を積めば就職できると思っていたナオキだったが、訓練や実習を通じて「自分は予めルール決めをしていると安心して仕事に取り組める」というソフトスキル面の気付きに繋げることができた。また、実習を重ねる毎に自分から企業のルールを明確にしようと企業の担当者に質問ができるようになった。現在もルールブック(Myノート)を活用しながら、働き続けることができている。 4 考察 事例で支援に使用したツールを紹介したが、ツールありきの支援では本人の気付きに繋がらず、就職後にも訓練期間と同様の問題が生じ、離職に繋がりやすいと考える。そのため、就労移行支援事業所では、本人の自己理解を深めながらソフトスキルへアプローチしていくことが重要である。自己理解を深めるには、訓練だけではなく、実体験が必要であると考える。また、実体験を通じて得たことを支援者がいかに振り返るかが重要である。 クロスジョブでは1人数社、体験実習を経験した後に就職活動に励んでおり、訓練と実習の連続的支援に取り組んでいる。本研究で実習の取り組みを紹介したが、実習前に本人と目標を設定し、実習後に振り返る時間を設けていることや、実際に企業評価を受けることで、本人が自分の強みに気付いたり、課題に向き合ったりする機会が作れている。また、就労移行期間に多様な経験を積むことは自己理解を深めるだけでなく、就労後も簡単に挫折せず、長く働き続けることができるのではないかと考える。 【参考文献】 1)厚生労働省:新規学卒就職者の在職期間別離職率の推移 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000137940.html (閲覧日:2019年8月12日) 2)障害者職業総合センター:障害者の就業状況等に関する調査研究,調査研究報告書No.137 (2017) 3)梅永雄二・井口修一:アスペルガー症候群に特化した就労支援マニュアルESPIDD-職業カウンセリングからフォローアップまで,明石書店(2018) p.222 発達障がい者の継続的な職域開発と定着支援活動について ○山川 ちぐさ(株式会社ベネッセビジネスメイト 岡山シェアードサービス部部長) 1 発表骨子 長期雇用を実現している発達障がい者について、継続的に実施している職域開発と支援活動、課題解決法について、具体的な事例を交えて発表する。 2 事例の概要 (1)入社時の状況 A(男性)入社 11年目 精神保健福祉手帳2級発達障がい。2006年弊社設立と同時に企業図書館担当者として入社。図書館システムへの書籍情報・登録、貸出本返却処理・配架等を担当。業務内容・適性考慮のうえでの採用だったこともあり、課題はあるものの仕事内容はAに合っていた。2010年4月図書館閉館に伴い配転が必要となる。 (2)配転後の状況と課題 総務経理系の事務代行を行う部署に配転。部門としても初めての発達障がいの受け入れで、知識もなく、支援体制も脆弱だった。業務は既存業務から切り出す形で担当業務を決定し、組み合わせて1日の仕事とした。複数業務を複数担当者から直接指示を受けながら対応をする形となったことにより、多々問題が発生した。 図1 業務・支援上の問題点 これらに対しては、 ・業務指導者、支援者によるケース会議、対処法検討 ・支援機関との定期的なミーティング ・障がい特性の勉強会の実施 等により、業務遂行上のルール決めや本人への指導・助言の統一などを行っていった。多々施策を重ねるなか、課題はあるものの、勤務の安定や一定レベル以上の業務遂行はできるようになった。スケジュールボードは、本人も自分がやりやすいということを発見でき、現在も利用している。 図2 改善策相談先・スケジュールボード 図3 声かけの方法 3 強みを生かした職域開発 時間をかけて習得した業務も、システム化や業務改革により廃止、縮小、という事態が頻繁に発生し、都度何を担当してもらうかを悩むようなことも起こった。業務の山谷の関係で対応時間も定まらず、細切れで多種多様な業務を組み合わせて1日を過ごすことは、特性上、本人も支援者も大変やりにくい状況であったため、何とか1日の“核”になるような仕事が必要、という思いだった。 精神的な不安定さやできないことに目が行きがちだが、日々の勤務の中で、Aのよくできること、強みを指摘する声も出るようになり、思い切って、それまでリーダーが担当してきたチェック業務を担当してもらう、という構想に至り、試してみることにした。 業務引継ぎ時には、特性上の配慮は勿論だが、意識を上げてもらうことにも注力した。Aのどういうよいところを評価しているので、その仕事を担当してもらいたいと考えるのか、期待を伝えるとともに、業務の背景、顧客との関 p.223 係等、仕事の全体像を理解してもらい、作業的な対応にならないよう留意した。 図4 着目した強み 業務引継ぎにあたっては、 ・段階的に、時間をかけて担当業務を増やす ・ミスへの不安を払拭するため、必ずダブルチェック体制をする(安心させる) ・OK/NGがはっきりしないものは判断を決める ・相談先を必ず明示する ・手順書構造化・視覚化 ・質問はすぐ受ける。不明点・気になることを抱え込む 時間を短くする。 等に留意した。結果、着実に実行できることがわかった。 図5 新業務担当の成果 4 より安定した勤務実現のための取り組み 責任のある仕事のうえ、イレギュラーな事象の発生や、消費税増税やルール改定による業務仕様変更もあり、 ・緊張感の連続による疲労の蓄積、その自覚の薄さ ・過度な確認行動 ・情報共有など同僚とのコミュニケーションの在り方 等において、ネガティブな行動が顕在化している。 困りごとへの対処法は、支援機関や主治医に相談して助言を仰ぎ実行してきたが、本当に必要な時に決めたことを実行するのは難しい。そこで改めて、困りごとが発生した際の対処法としてクライシスプランの策定を準備している。 図6 クライシスプラン素案 5 おわりに 発達障がい者にとって、生きづらさや不調不安との対処法はおそらく永遠のテーマだろう。そのような中長期雇用が実現できているのは、これまで支援指導に関わった方々の粘り強い対応と試行錯誤の結果もあるが、本人の「働き続けること」に対する気持ちの強さでもあると考えたい。 一方Aが担当しているような事務系業務は、AⅠやテクノロジーの発達により、今後さらに大きな変革を迎える。PCを使った一般的な事務作業はなくなり、我々は常に職域の開発に迫られるだろう。 そんな状況においても、我々障がい者雇用を推進する事業所は、先を見据えつつも、今直面している変化に応じて彼らが従事できる仕事を開発し続け、安定した成果を発揮できるよう、指導支援していく必要がある。昨年度弊社がポスター発表させていただいたRPAの活用による職域拡大と支援強化も実績が出ている。 彼らの成長と事業の拡大を両立させることに、大きな使命感や我々自身のやりがいも感じながら、会社活動を継続していきたいと考える。 【紹介資料】 第26回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集「ポスター発表」「17AI(RPA)の活用による障がい者の職域拡大と支援強化の取り組み」 【連絡先】 山川 ちぐさ ㈱ベネッセビジネスメイト岡山シェアードサービス部 e-mail:chigusa@mail.benesse.co.jp p.224 特別な配慮を必要とする訓練生の指導法を考える体験型VR教材の開発 ○藤田 紀勝(職業能力開発総合大学校准教授)  深江 裕忠・石原 まほろ・三橋 郁(職業能力開発総合大学校) 1 研究の背景と目的 特別な配慮を必要とする訓練生(以下「配慮訓練生」という。)への指導法に悩む職業訓練指導員(以下「指導員」という。)は多い。配慮訓練生は、感覚的に学ぶことが苦手であり、視覚的に明示した形で学ばせるなどの配慮を必要とする。発達障害者の疑似的な体験は、障害特性の理解や心構えを学ぶために役立つと考えられており、これまで多くの疑似体験プログラムが開発されてきた。疑似体験プログラムは、筒や手袋などの身近な道具 1)を使ったものからVRなどの IT機器 2)を使ったものまで多様である。近年では、グループで役割を決めて、対人相互の文脈で、エスカレートに悪化していく状況を追体験するプログラムも開発されている 3)。しかしながら、これらの疑似体験プログラムから指導員が具体的な指導法を見い出すことは困難である。 本報では、体験型 VR教材を利用した配慮訓練生の指導法を学ぶ指導技法訓練を紹介する。訓練で学ぶ指導法は、配慮訓練生の独り立ちを到達目標に設定している。ここで学ぶ指導法とは、指導員の方略を手本に一人ひとりの訓練生が自己調整方略の確立を目指していくものである。 2 体験型 VR教材を利用した指導技法訓練 (1)指導技法訓練の到達目標 訓練で学ぶ指導法の到達目標は、配慮訓練生の独り立ちにある。職業訓練では、訓練生に対して手本を見せて、教えすぎず、自ら考えさせて、困っていればフォローする指導が行われている。訓練生による試行錯誤と指導員による指導のバランスが大切となる。しかしながら、配慮訓練生は、「手本」のどの部分に着目してよいかが分からなかったり、速い動きについていけなかったりするため、一人での試行錯誤が行えない。これまでは、何に注目すべきかを明示化する工夫から教育効果を高めるアプローチが取られてきた。しかしながら、自分にあった学びの方略の確立ができなければ、抜本的な解決にならない。そのため訓練で学ぶ指導法は、自己調整方略の確立を到達目標に設定している。 これまでの研究から、学力差の源に「方略」が関係していることや「方略」を使った指導の有効性が明らかにされている 4)。そのため本取り組みでは、一人ひとりの訓練生が自分の力で多様な問題に対して、学習方略を確立する職業教育の実現を目指していく。 (2)指導技法訓練の設計 インクルーシブ教育では、多層指導モデル( RTI)が標準的に利用されている。多層指導モデルでは、全体指導→グループ指導→個別指導の順番で指導を行い、クラス全員の理解を目指す。訓練で学ぶ指導法は、多層指導モデルを使って、自己調整方略学習「 Self-Regulated Strategy Development」(以下「SRSD」という。)を実施するものである。 SRSDはライティングに関する方略指導アプローチのなかで最も高い効果が確認されている 5)。SRSDでは、「作業固有の対応方略」と「方略使用の動機づけ」の2つの視点からパフォーマンス向上を目指していく。 図1にSRSDの学習の流れを示す。 SRSDでは、ある製品課題に対して、自分の作業と指導員の作業を比較しながら学ぶ。すなわち、指導員の手本作業から自分の作業方略を創造する学びである。「方略」とは「仕掛け方」であり、相手の Outputや自分の特性も含まれる。そのため「方略」と「やり方( How to)」は別物である点に注意が必要である。「方略」の確立は、異なった多様な問題に対しても有効となる。 図1 SRSD(Self-Regulated Strategy Development)の学習の流れ (3)認知情報処理モデルの開発 一人ひとりの訓練生の個性に対応できなければ、 SRSDによる指導は効果を発揮しない。本取り組みでは、個性への対応は、「スキル特性」と「感情」の両面から総合的に判断するアプローチを取る。作業には、個人の「スキル特 p.225 性」が大きく関係し、更に、「感情」も大きく関係する。「感情」とは、思考以上の何かが関係しており、理性からも外れたものである。そのため訓練生を注意深く観察する必要がある。 図2に認知情報処理モデルを示す。認知情報処理モデルには、訓練生が実習の場面から行動に至るまでの処理手順が示されている。このモデルは、 Cardによる認知情報処理モデルを基本に設計している。認知情報処理モデルの認知系と運動系に「スキル特性」が示されている。「スキル特性」は、職業訓練の現場で実際に生じた192の問題行動事例から要素還元的に29項目を設定した。また、「感情」は、 ARCSモデルの考えから「やる気」、「自信」、「好き嫌い」の3項目を設定した。この認知情報処理モデルは、実地検証により、信頼性・妥当性の検証も行っている 6)。 図2 認知情報処理モデル (4)指導技法訓練の教材 指導技法訓練の教材は、体験 VRビデオから作業手順書を作成する演習教材である。図3に客室清掃作業画面例を示す。例えば、視野角が狭い特性として、「手」の領域のみを表示した映像体験がある。この VR体験から、作業者の視点や全体的のフォームが全く見えないことから生じる技能体得の課題や SRSDへの展開方法をグループで討論する。その後、グループ討論の内容を全体で共有していく。この意見交換では、視野角が狭い場合、理屈を教えることで作業の全体像の把握ができるようになり、自己調整方略が確立できる可能性があることなどの話し合いが行われる。 3 おわりに 本報では、体験型VR教材を利用した配慮訓練生の指導法を学ぶ指導技法訓練を述べた。訓練で学ぶ指導法は、多層指導モデルを使ってSRSDを実施するものである。一人ひとりの訓練生が自分の力で多様な問題に対して学習方略を確立する職業教育の実現を目指している。今後は、長期的効果に焦点をあてながら、どのぐらいの数の方略を教えることができるのか、また、訓練を通じてどのように方略が高められていくのかについて検討していく必要がある。 【参考文献】 1)小道モコ :あたし研究,クリエイツかもがわ( 2009) 2)発達障害 VR支援プログラム「 emou」: https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000057.000020924.html 3)三谷理絵:ライフデザイン支援モデルに基づく発達障害の疑似体験プログラムの有効性に関する研究 , 「愛知教育大学教育臨床総合センター紀要 vol.6」, p.19-25(2015) 4)丹治敬之,横田朋子:自閉症スペクトラム障害児に対する作文の自己調整方略学習( SRSD)モデルを用いた小集団介入 , 「教育心理学研究 vol.65」, p.526-541(2017) 5)Graham, S., & Perin, D, A meta-analysis of writing instruction for adolescent students, Journal of Educational Psychology, Vol.99, p445-476. 6)Norikatsu Fujita, Hiroshi Takeshita, Sho Aoki, Hirotada Fukae, Mahoro Ishihara, Ribun Onodera, Developing a Computer-Based Vocational Training Environment that Complements the Weak Skills and Career Development of Trainees, International Journal on Advances in Intelligent Systems, Vol.11(3&4) , pp.279-289(2018) p.226 視覚障害者の雇用の質の向上に向けた取り組−企業等との連携による新たな業務創出の試み− ○石川 充英(東京視覚障害者生活支援センター 就労支援員)  山崎智章・小原美沙子・宮之原滋・稲垣吉彦・河原佐和子・櫻井恭子・長岡雄一(東京視覚障害者生活支援センター) 1 はじめに 公共職業安定所(以下「ハローワーク」いう。)における身体障害者への職業紹介で、最も多く就労している職種は、事務的職業で約28%である 1)。視覚障害者の就労する職種は、マッサージ業務、運輸・清掃業務についで第3位となっており2)、事務的職種は視覚障害者にとって就労が難しい状況を示している。 視覚障害者の事務的職業への就労が難しい要因として、一つは、ビジネスで必要とする各種ソフトを画面情報読み上げソフト(以下「スクリーンリーダー」という。)とキーボードによる操作が行えるようになるための職業訓練や就労移行施設が、東京、大阪などの大都市圏にのみに設置されており、地方には少ないことである。そのため、事務的職種に就労するために必要なパソコン操作を習得できない状況が生じている。もう一つは、事務的職種には書類などを「見る」状況が多く存在することである。視覚障害者の中でも文字の読み書きが可能な保有視覚を有しているロービジョン者(以下「LV者」という。)は、この「見る」ことは可能であるが、それ以外の視覚障害者にとっては「見る」ことができないため、就労が困難となっている。 そこで、われわれは視覚障害者の雇用の質の向上のため、ハローワークや企業等との連携により保有視力の状況に依存しない新たな業務を創出し、事務的職種の就労を促進する取り組みを行った。その結果について報告する。 2 視覚障害者の就労の現状と課題 ハローワークの視覚障害者への職業紹介では、マッサージ業務への就労が全体の半数を占めており、視覚障害者の仕事として認知されている。近年では、障害者雇用率と福利厚生の向上を目的として、企業内マッサージ師(以下「ヘルスキーパー」という。)としての雇用が進んでいる。しかし、マッサージ師の国家資格を取得するためには、養成施設に3年間通い、必要単位を取得した上で国家試験を受験する。この間、無収入となるため、経済的な負担が大きい。また対人関係力も必要となるため、全ての視覚障害者に適する職業であるとは言い切れない現状がある。 障害者の事務的職種の求人募集で多く見る業務内容は、 ①入力作業、②書類の整理、③スキャンしたPDFファイルの内容の入力や、相応しいファイル名に変更する作業である。これらの事務的業務における視覚障害者の課題について述べる。 1つ目の入力作業の課題である。入力作業の多くは、紙や伝票などに印刷または手書きされた文字や数字、あるいはスキャンされたPDFファイルの文字や数字を表計算ソフトに入力する作業である。これらは、パソコンの高い操作性を必要としないため、一般的には多くの障害者が可能な作業である。しかし、視覚障害者にとっては文字を見ることができる視力を有していなければ、パソコンの高い操作性を習得していても、作業を行うことができない。 2つ目は書類の整理についての課題である。視覚障害者にとっては、パンチングや整理という作業が可能であっても、書類の内容を確認する視力を有していなければ、作業を行うことができない。 3つ目はスキャンしたPDFファイルの文字や数字の入力や内容に応じたファイル名に変更する作業についての課題である。スキャンした時点で画像データとなるため、スクリーンリーダーで確認することができない。ファイル名の変更はスクリーンリーダーで対応可能であるが、内容の確認ができる視力を有していなければ、作業を行うことはできない。 以上のように企業側が想定している身体障害者による最も多い事務的職種の業務内容については、拡大読書器やルーペなどの支援機器を利用して作業が可能である保有視覚を有したLV者が雇用される傾向が強まることになり、結果的には保有視力が就労に大きく影響していることが明らかとなった。 3 視覚障害者の保有視覚に依存しない事務的職種の創出 視覚障害者の保有視覚に依存しない業務の創出にあたり、視覚障害者が行う作業を3つのタスクに分けて考えた。まず作業内容の情報を収集する【インプット】、収集した情報を加工・処理する【プロセス】、作業結果を出力・保存・確認する【アウトプット】のタスクである。 このタスクをマッサージ業務にあてはめると、【インプット】は会話や触察による患者や社員の状態把握、【プロセス】はマッサージの施術、【アウトプット】は会話や触 p.227 察による施術後の状態確認である。どのタスクも保有視力に依存することなく、視覚障害者が単独で業務を遂行することができる。そのため、視覚障害者の就労の柱となってきたと考えられる。 一方、事務的職種でみると、まず入力業務における【インプット】は紙に印刷(手書き)された文字を見る、【プロセス】はキーボードからパソコンに入力する、【アウトプット】は保存(印刷)する。【プロセス】と【アウトプット】については、スクリーンリーダーがインストールされたパソコンを利用することにより、作業は可能である。つまり、【インプット】が改善されれば、保有視力に依存せずに作業が可能となる。 書類の整理における【インプット】は書類内容を把握する、【プロセス】は把握した内容に応じて書類を分類する、【アウトプット】はパンチで穴を開けファイルに収納する。【プロセス】や【アウトプット】は、自助具などの工夫により作業は可能であると考える。つまり【インプット】の改善、たとえば時間は要するが、タブレット端末などのOCR機能を使うことで対応可能になる場合もある。 PDFファイルにおける【インプット】は、スキャンされたPDFファイルの内容を確認する、【プロセス】は内容に応じてファイル名を変更する、【アウトプット】は保存することである。【プロセス】【アウトプット】ともにスクリーンリーダーにより操作可能であるが、【インプット】においてはスキャナで読み込む際にOCR機能つきで実施することにより、スクリーンリーダーで対応可能となる。 つまり、視覚障害者の事務的職種については、いかに【インプット】を保有視覚に依存しない環境に整えられるかが課題と言える。 そこで、ハローワークや民間の職業紹介会社(以下「エージェント」という。)をとおして、視覚障害者の雇用に関心のある企業に対して、スクリーンリーダーを使用したWebサイトの閲覧や検索、表計算ソフトを使用したデータ集計や処理を【インプット】とする作業を提案し、保有視力に依存しない業務の創出を行った。 (1)Webページの記事のチェック作業 Webページ作成会社に対して、Webページに掲載する記事や掲載されている記事の入力ミスや脱字についてのチェック作業を提案した。 企業は、顧客へのサービス向上につながることから、この業務での視覚障害者の雇用を決定し、就労に至った。 この作業における【インプット】は、Webページに掲載するための下書き文書やWebページ上の文字である。これらはスクリーンリーダーで読み上げが可能である。【プロセス】は、誤字などの修正も、スクリーンリーダーにより対応が可能である。【アウトプット】は、修正したファイルの上書き保存と、表計算ソフトに修正の有無を記載する。【インプット】【プロセス】【アウトプット】のいずれのタスクにおいても、スクリーンリーダーとキーボード操作で対応可能であり。保有視覚に依存することなく遂行できる。 (2)グルメ情報サイトに掲載されている記事のチェック作業 飲食店をチェーン展開している企業に対して、グルメ情報サイトに掲載されている記事をブランド別、店舗別に確認し、本社に報告する作業を提案した。 企業は、今後の業務改善に役立てることができることから、この業務での視覚障害者の雇用を決定し、就労に至った。 この作業における【インプット】は、Webページに記載されているグルメ情報書き込み記事を検索する、【プロセス】は書き込み記事をブランド別、店舗別に内容を確認する、【アウトプット】は表計算ソフトに書き込み記事の内容や掲載URLを記載する。これらのタスクはいずれもスクリーンリーダーとキーボード操作で対応可能であり、保有視覚に依存することなく遂行できる。 4 まとめ 視覚障害者の事務的職種での就労を促進するための一つとして、ハローワークとエージェント、および企業と連携して、視覚障害者の作業内容と特性を【インプット】【プロセス】【アウトプット】のタスクを共有化することにより、業務内容の理解の促進につながったと考えられる。 その結果として、今回保有視力に依存しない新しい業務を創出して就労に結びつけることができた。 今後もこのような連携を継続して実施し、一人でも多くの視覚障害者の雇用に結びつけたい。 【参考文献】 1)厚生労働省職業安定局障害者雇用対策課:平成 30年度障害者の職業紹介状況等,厚生労働省Press Release,p.8(2019) 2)雇用連情報第 63号,視覚障害者の職業紹介状況,全国視覚障害者雇用促進連絡会,p.21(2019) p.228 視覚障害者の募集・採用時及び採用後における合理的配慮手続の状況 ○依田 隆男(障害者職業総合センター 主任研究員) 1 はじめに 厚生労働省の合理的配慮指針では、募集及び採用時に合理的配慮が必要な障害者は、支障となっている事情(募集書類等の読取りなど)及びその改善のために希望する措置の内容を事業主に申し出ることとされている。また事業主は、採用後の障害者に対して職場において支障となっている事情(障害に関する職場への説明など)の有無を確認し、配慮内容について話合うこととされている。 本稿では、視覚障害者に係る募集及び採用時及び採用後における合理的配慮手続の状況について、障害者職業総合センターが「視覚障害者の雇用等の実状及びモデル事例の把握に関する調査研究」の一環として実施した全国調査の結果から、その一部を報告する。 2 調査方法 平成29(2017)年4月〜翌年3月までの1年間に全国のハローワークの紹介を受けて視覚障害者を雇用した全事業所1,615所中、262事業所のご協力を得て、通勤、勤務時間、職場のレイアウト、機器、職務、職場の理解、人的支援などの分野における視覚障害に直接関わる配慮の有無とその内容について、合理的配慮指針の手続に沿った質問項目での郵送調査により、以下の(A)、(B)の別に把握した。 (A)採用時に視覚障害者だった方(複数の場合は採用日が調査日に最も近い方)260人の募集及び採用時の状況。 (B)採用時に視覚障害者だった方が複数の場合は採用日が調査日から最も遠い方106人に(A)をあわせた366人の採用後の状況。 図1 合理的配慮の手続の実施状況 p.229 3 調査結果 前ページの図1に、262事業所で雇用されていた視覚障害者366人(募集及び採用時については260人)の状況と、当該262事業所のうちあん摩マッサージ・はり・きゅうの三療施術所、就労継続支援A型事業所、特例子会社の3種類の事業所を除く136事業所(262事業所の51.9%)で雇用されていた視覚障害者172人(募集及び採用時については136人)の状況とを、合理的配慮手続の流れに即して比較した。図1の最上段にある募集及び採用時に支障となっている事情の申出の実施割合を除けば、それ以外の申出、確認、配慮の実施割合は、あん摩マッサージ・はり・きゅうの三療施術所、就労継続支援A型事業所、特例子会社の3種類以外の事業所が、全事業所よりも低率だった。申出、確認、配慮の実施割合で最も高かったのは、図1の最下段にある採用後に配慮を受けた視覚障害者の割合で、全事業所で91.5%、3種類以外の事業所で86.0%だった。申出、確認、配慮の実施割合は募集及び採用時よりも採用後の方が全体的に高率だった。 調査時点までの実施割合が比較的高かった配慮事項のうち、募集及び採用時について右段の図2に、採用後については図3に、それぞれ示す。募集及び採用時の配慮の実施割合で最も高かったのは「募集内容についての音声等での提供」で全事業所の7.3%と10人に1人に満たなかったのに対し(図2)、採用後の配慮の実施割合で最も高かったのは「上司や直接関わる同僚への説明」で、全事業所の60.9%と半数以上の実施割合だった。 募集及び採用時における申出、配慮の実施割合について、合理的配慮指針が施行された平成28(2016)年4月の前後の群間比較(残差分析、5%水準)を行ったところ、有意差はなかった。他方採用後については、申出、確認、配慮が実施されたタイミング(採用直後、採用一定期間後など)を問う設問を設けなかったため、そのタイミングに係る合理的配慮指針施行前後の差を明らかにすることができなかった。 262事業所がこれまでに活用したことがある、視覚障害者の雇用や雇用継続の相談や支援を行う社外の専門機関のうち、有意に多かったのはハローワーク、盲学校(以上、残差分析1%水準)、障害者就業・生活支援センター(残差分析5%水準)、今後活用を考えたい専門機関のうち有意に多かったのは障害者職業能力開発校、視覚障害者の出身大学・高校・専門学校等、独立行政法人高齢・:障害・求職者雇用支援機構都道府県支部(以上、残差分析1%水準)、地域障害者職業センター、地方自治体(福祉事務所)、障害者の態様に応じた多様な委託訓練・障害者職業訓練コーディネーター(以上、残差分析5%水準)だった。 あん摩マッサージ・はり・きゅうの三療施術所、就労継続支援 A型事業所、特例子会社を除いた事業所である。 図2 募集及び採用時の実際の配慮事項(雇用視覚障害者に占める割合、上位3つ) 図3 採用後の実際の配慮事項(雇用視覚障害者に占める割合、上位5つ) 4 考察 262事業所での、採用後に何らかの配慮を受けた視覚障害者の割合は91.5%(うちあん摩マッサージ・はり・きゅうの三療施術所、就労継続支援A型事業所、特例子会社以外の事業所では86.0%)と高率だったが、配慮の前段階で行われる事業主からの確認や特に視覚障害者からの申出の実施割合は、配慮の実施頻度よりも低かった(図1)。 障害の無い人と同様に、視覚障害者が仕事を覚え、力量が上がれば、職務内容や配慮の必要性も変化するし、仕事の進め方の工夫や課題などは、仕事をする本人にしかわからないことも多い。仕事や配慮の改善の提案は働く視覚障害者本人が主体的に考え、積極的に申し出た方がよいと思われる。 【参考文献】 1) 厚生労働省:合理的配慮指針.(2015) 2)障害者職業総合センター:調査研究報告書№149「視覚障害者の雇用等の実状及びモデル事例の把握に関する調査研究」(2019) p.230 視覚障害者の就労におけるパーソナル音響デバイス活用に伴う難聴リスクに関する課題提起−合理的配慮の質的向上を目指して− ○伊藤 丈人(障害者職業総合センター 研究員) 1 はじめに 本報告では、企業等で働く視覚障害者が直面するリスクとして、パーソナル音響デバイス(以下「ヘッドホン等」という。)を長時間利用することによる聴力への悪影響を取り上げる。 まず問題の背景として、視覚障害者が企業等で働く際にヘッドホン等を活用している現状を、合理的配慮の文脈において紹介する。その上で、ヘッドホン等を長時間利用することの聴覚機能に与える悪影響についての指摘を簡単に提示する。加えて、聴力低下を経験している視覚障害当事者がどのように職場等で対応しているのかを、2つの事例をともに示すことで、この問題の全体像を明らかにするよう試みる。 2 視覚障害者の職域拡大と画面読み上げソフト 重度視覚障害者(全盲や強度の弱視など)が職業人として活躍する場を広げるのに大きく寄与したと考えられるのが、オフィスにおけるデジタル化の進展と、パソコンの画面読み上げソフト(以下「スクリーンリーダ」という。)の開発・普及である。 スクリーンリーダとは、パソコンの画面上に表示される文字を音声で出力するソフトウェアの総称である。その活用によって、画面を見ずに文書作成やメールのやり取り、インターネット検索等を行うことが可能になる。こうしてパソコンを活用することにより、全盲や強度弱視の人々の就職先が広がると同時に、在職者が視力低下後も離職せずに働き続けられるケースも増加している。こうした事例については、NPO法人タートル (2009)1)、東京都盲人福祉協会青年部 (2016)2)等で紹介されている。障害者職業総合センターが昨年度実施したヒアリングでも、複数の中途視覚障害者が、パソコン操作を身に付けることで復職への自信を持つことができたとしている3)。 スクリーンリーダのパソコンへのインストールは、事業主による合理的配慮の一部として捉えることができる。星加 (2016)4)によれば、労働者に求められるものは業務の本質的な部分の遂行であり、その副次的な要素を障害があるために行うことが困難な場合には、それを補うべく合理的配慮がなされるべきという。例えば、データを整理したり文書を作成したりすることが本質的な業務であり、その作業を画面を見ながら行うというのは業務の本質ではない。画面が見えないのであれば、スクリーンリーダを活用すればよく、その提供は合理的配慮として位置づけられる。 3 ヘッドホン等への依存と難聴リスク オフィス等の職場で視覚障害者がスクリーンリーダを利用する場合、周囲への影響を考慮してヘッドホン等を用いて音声を聞くのが一般的である。視覚障害者の多くが、毎日長時間ヘッドホンを装着して仕事をし続けることになる。騒がしいオフィスでは、作業に集中するためにヘッドホンのボリュームを上げてしまうこともあるという(事例1)。 ヘッドホン等の利用については、聴覚への悪影響を懸念する指摘が多くなされている。WHO(世界保健機関)は、聴力保護の観点から、ヘッドホン等の音量と継続聴取時間の制限を訴えるキャンペーンを展開している5)。日本国内でも耳鼻科疾患に関する川田 (1990)6)、大石 (1995)7)などの指摘がある他、日常業務でヘッドホン等を使用する職業での健康リスクとしても捉えられている。業務等で長時間音声に暴露された結果聴力が低下することを騒音性難聴というが8)、ヘッドホン等を業務で使う労働者について騒音性難聴の予防が必要とされているのである9)。 このような背景から、視覚障害者が業務でヘッドホン等を長時間利用することについても、聴力への悪影響が懸念されることになる。視覚障害のある人に対しヘッドホン等を長時間使用して業務を行わせる場合、事業主には、聴力損失というリスクを考慮に入れた配慮が求められることになるだろう。これから紹介する2つの事例の当事者たちは、こうした点を強調している。なお後述する2つの事例は、2019年6月と7月に実施した当事者へのヒアリングに依拠している。 <事例1=Aさん> Aさん(40代男性)は全盲であり、ウェブコンサルティング会社にエンジニアとして勤務している。20代の頃より常時ヘッドホンをしてスクリーンリーダの音声を聞き、作業している。職場が(電話や打ち合わせなどで)かなり騒がしい状況にあり、自分の作業に集中するために、ヘッドホンの音量を徐々に大きくしてしまうようになったという。 数年前の健康診断で聴力検査を受け、耳の異変に気付いた。耳鼻科を受診すると、軽度の難聴であると診断された。 p.231 Aさんは専門医に相談し、職場でヘッドホンを長時間使用し続けていることを伝えた。すると専門医は、ヘッドホンの耳への悪影響を指摘し、仕事を選ぶか聴力の保護を選ぶかいずれかである、と告げたという。 Aさんは可能な限り耳に負担をかけずにスクリーンリーダの音声を聞く方法を模索した。骨伝導のヘッドホンを試してみたがしっくりせず、現在はノイズキャンセリングの機能がついたヘッドホンを使用している。また現在、補聴器の利用を前向きに検討しているそうである。 4 聴力低下後の対応 視覚障害者が聴力低下を経験した場合、日頃音声情報に依存している分、その影響は計り知れないものがある。だからこそ、医療機関を受診すると同時に、日常生活においても聴力を保護する行動が求められる。ヘッドホンを長時間使用することが耳に負担を与えるものである以上、利用時間を制限する等の対策を取るべきと考えられる。しかし、スクリーンリーダを利用しなければ業務を遂行できない人にとって、それを制限することは致命的な意味を持っている。職業人として働き続けながらいかに聴力を守るべきか、各自が厳しい選択に迫られることになる(事例2)。 考えられる対応策には次のようなものがある。 ①点字ディスプレイの利用 ②(周囲の理解を得て)音声を外部スピーカで流す ③個室などを確保したうえで②の対応を行う ④スクリーンリーダの音声を補聴器を通して聴く ⑤骨伝導やノイズキャンセリングのヘッドホンの使用 ⑥休憩時間を増やすなどして耳への負担を軽減する 以上の複数を同時に行うことも考えられるし、これ以外の対策を行う人もいるだろう。そしてこれらの対策にはそれぞれ功罪両面が存在する。そもそも②が可能ならば初めからヘッドホンは使用されていないだろうし、③にはスペースの問題や職場から孤立する問題がある。①は有効な手段であるが、点字に習熟していることが求められ、また点字習得者であっても、流し読みなどでは点字ディスプレイよりもスクリーンリーダが有効である場合は少なくない。なお、④は耳かけ式や耳穴式の補聴器とヘッドホンを併用する方法や、パソコンからブルートゥースで補聴器から音声を流す方法のことである。 <事例2=Bさん> Bさん(50代男性)は公務員として地方公共団体に勤めている。全盲だったBさんは20代の頃から聴力低下を感じていた。職場での業務は高齢者福祉施設でのイベント企画や、高齢者やその家族からの相談業務であった。業務のデジタル化も相まって、スクリーンリーダとヘッドホンの利用は不可欠となった。難聴との診断を受けていたBさんは、耳への負担を危惧し、業務内容の変更を事業主に申し出たが、結果的にそれが受け入れられることはなかったという。 その後、障害者福祉施設に異動したBさんの業務に、点字資料の作成が含まれるようになった。そうしたこともあってパソコンを使う場合は、点字プリンタのあるスペースで、音声を外部スピーカから出しながら作業するようになったという。現在Bさんは、補聴器を使用しつつ、スクリーンリーダと点字ディスプレイを併用し、業務を続けている。 5 おわりに 視覚障害者の職場でのヘッドホン等の利用は、聴力低下のリスク要因として検討すべきと考えられる。各自の聴力低下の原因を特定することは容易ではないが、重要なファクターとして科学的検討を行い、個別事案で適切な対応が図られるよう、ガイドライン等の整備が求められるだろう。 また、このリスク低減に向けての取組は、合理的配慮の質の向上という文脈で捉え、当事者・雇用主・支援者等が協力して向き合うべきだろう。 さらに、視覚障害に加えて聴力障害を負った人が企業等で働き続けるための施策の検討も重要である。そこでは、(スクリーンリーダを活用して企業等に貢献してきたという)当事者のこれまでのキャリアに敬意を払いつつ、事業主も受け入れられる対策の検討が求められるだろう。 【参考文献】 1)NPO法人タートル:「視覚障害者の就労の基盤となる事務処理技術及び医療・福祉・就労機関の連携による相談支援の在り方に関する研究報告書」, NPO法人タートル(2009) 2)東京都盲人福祉協会青年部:「私たちの挑戦 企業で働く視覚障害者の事例集」,東京都盲人福祉協会(2016) 3)障害者職業総合センター:「視覚障害者の雇用等の実状及びモデル事例の把握に関する研究」(調査研究報告書 No.149),障害者職業総合センター,pp.107-125(2019) 4)星加良司:「合理的配慮と能力評価」、川島聡他『合理的配慮 — 対話を開く,対話が拓く』,pp.89-106, 有斐閣(2016) 5)WHO:1.1 billion people at risk of hearing loss (https://www.who.int/mediacentre/news/releases/2015/ear-care/en/),2019年 7月 18日確認 6)川田智之:「ヘッドホン使用による聴力レベルの低下について」, 日本公衆衛生雑誌37(1),pp.39-43(1990) 7)大石雄一郎:「中高校生におけるヘッドホン難聴の存在について」,耳鼻咽喉科臨床(補冊79),pp.132-136(1995) 8)和田哲郎・原晃:「職域に生かす耳鼻咽喉科の最新知識 騒音性難聴①歴史と医学的・社会的背景」,産業医学ジャーナルVol.38 No.6(2015) 9) Patel JA: “ Assessment of the noise exposure of call centre operators”, Ann Occup Hyg Nov;46(8),pp.653-661(2002) 【連絡先】 伊藤 丈人 障害者職業総合センター e-mail:Ito.Takehito2@jeed.or.jp p.232 情緒不安定性パーソナリティ障害を併せ持つ 軽度知的障害者の就労への支援について ○長峯 彰子(わーくす ここ・から スマイルサービス管理責任者)  大場文子( NPO法人筍 こごみハウス) 1 はじめに 就労継続支援B型とは、一般企業への就職が困難な障がい者に、雇用契約を結ばずに、就労機会を提供するとともに、生産活動を通じて、その知識と能力の向上に必要な訓練などの障害福祉サービスを供与することを目的とした事業である。しかし、そこに集う利用者のニーズや特性は一律ではない。当事業所に通う利用者は、大きく分けると、期間を決めずに就労を目指す者と日中活動の場として利用する者にわかれる。今回の事例は、当初は日中活動の場として事業所を利用していたが、意識づけの結果、就労を目指す側に進んだ一利用者の実践報告である。 2 わーくすここ・からの概要 (1)多機能型事業所 わーくすここ・から 当事業所わーくすここ・からは、新宿区の外郭団体である、公益財団法人新宿区勤労者・仕事支援センターが運営する多機能型事業所であり、就労定着支援事業所と就労移行支援事業所エール、就労継続支援B型事業所スマイルから成り立っている。外郭団体の性質上、区の福祉部とも関わりが深く、その結果、困難ケースの受け入れも多く、支援はより多様化しており、就職を目指すためには複数のプログラムが必要となる。そのため、わーくすここ・からでは、まず本人の意向と必要な支援等を考え、どちらの事業所への通所が本人の能力を伸ばせるかに重点を置き、 勧めている。また、状況に応じて、B型から就労移行への移籍も柔軟に対応している。 (2)就労継続支援B型事業所スマイル 現在、定員は30名。様々な障害や難病を持つ人が通う事業所である。主な作業は、清掃作業と軽作業である。スマイルに通所している利用者のうち、約1/3が生活保護受給者となっている。この中の40%が就職を希望しているが、かなり個別の支援を要する人がほとんどで、一朝一夕に就職できるような人ばかりではない。今回のある事例の利用者もここに該当する一人である。 3 就労への支援 (1)研究目的 情緒不安定性パーソナリティはDSM−Ⅳでは「境界性パーソナリティ(BPD)」と名付けられており、DSM−Ⅴでは、パーソナリティ障害はパーソナリティ機能の減損であると明快に定義されている。そもそも、情緒不安定性パーソナリティを持つ人の場合、症状に自分で対処できるようにならなくては、就職への道がつながりにくい。しかし、知的障害がある上、様々な環境要因や生育歴上得られる経験が少なかった人の場合、自分の症状を理解してその対処を学ぶこと自体が困難である。今回はどのようにして症状を自覚し、対処を覚えたか、またグループホームと事業所でどう連携して就労準備を整えたかを実践報告する。 (2) 対象 Aさんは情緒不安定性パーソナリティ障害と軽度の知的障害を併せ持つ31才男性。平成28年2月よりグループホームに入居。平成28年6月より当事業所に通所している。生育歴としては、虐待を受け児童養護施設入所、その後、更生施設で過ごした後、グループホーム入居している。 (3)支援方法 Aさんが自立を目指したいという意向を持っていたため、就職することを目的とし、就労面・生活面において準備していくこととした。しかし、グループホームでも当事業所でも、本人の試し行動や逸脱行動が頻繁に見受けられるため、グループホームと連携し、日々のAさんの状況を常に共有し、支援していくこととした。 (4)支援結果 ア 生活面・通所状況に対する支援結果 最初、Aさんの体調不良による休みが多く、週5日の通所が整わなかった。就職する際には、週に30時間は働けないと選択肢が狭まることを伝えて、グループホームと事業所の両側面から支援し、どのくらいの体調なら通所できるかの理解を促した。現在は、ほぼ皆勤で通所できている。また、暴飲暴食がはなはだしい状態が認められていたが、これに対しては、健康記録表を作り、体重や体脂肪、BMI、筋肉量等、身体状況を毎日測り、食べた量や物で変化があることへの理解を促した。また、体を動かすことに抵抗感があったため、3分体操と名付けた数種類の体操を行うことで、体の動かし方への導入部分を作り、今は1日1時間程度のウォーキングもこなせるようになっている。 イ イライラや不安に対する対処 暴言を発したり、職員からの指摘に逸脱行動を取ってしまうことも多かったが、理由を聞くと「なんだかわからないがイライラする」という発言が多かった。それについては、医師への相談をすすめ、事業所内の精神科相談を受診 p.233 した。医師からは、気持ちの上がり下がりは薬でも抑えられる場合があるため、通院してみるのも一つの方法であるとの助言を受け、精神科に通院を始めた。不安やイライラといった感情には、頓服でリスペリドンを服用することとなった。所内であれば、イライラしたら職員に申し出る、グループホームで服用する場合はその報告を世話人にするというところから始め、それはすぐできたものの次の段階である、イライラしそうな時に自発的に服薬することが難しく、何度か頓服を飲めずに逸脱行動につながったことがあった。支援していく中で、本人の感じる不安にも周期性があることが分かったため、薬を飲みやすくなったが、イライラに関しては、感覚としてどのくらいの状態の時に服用するかをつかめないでいた。試行錯誤する中で、ある心理尺度の項目に多く当てはまるかどうかの確認をしたところ、本人も「項目が多いから頓服を飲む」と飲み時を見極められ、この方法で頓服の飲み時を学習した。その心理尺度はSTAXIという、怒りの状態と特性や表出のさまざまな次元を把握するための心理尺度である。本来は把握するために使うが、今回は頓服の飲み時を学習するために質問項目を使用した。この方法で学習したところ、1週間で本人は頓服の飲み時を理解することができた。 ウ 試し行動について Aさんはグループホームで試し行動がかなり多かったが、事業所内でも、担当の関わる頻度が多くなるにつれて、試し行動が多くなってきた。そのため、試し行動が見られたときは情報を共有し、両機関で本人の様子を把握できるようにした。本人が報告してきたときは、その行動がどういう影響を及ぼすかをわかりやすく説くようにした。その結果、3年目で双方における試し行動は見られなくなった。しかし、その一方で、グループホーム卒業と事業所から就職への不安を多く口にするようになってきた(表)。 表 Aさんの行動変容 エ 企業実習 本人の就職意欲が高まった頃、企業実習を行った。事業所では作業能力は高く自負もあるAさんだが、企業実習では、新しい作業に加え、企業における繁忙期を体験し、厳しさを体感したところ、次の日は一人で出勤できず、担当社員に最寄り駅まで迎えに来てもらい面談を受けた。2時間遅れで作業に入りその後は実習最終日まで行うことができた。振り返りでは、自分の甘さや仕事に対する姿勢に反省していた。また、自分より症状が重い人であってもそのことに甘えず作業をしていたことも本人の刺激になった。企業実習後は実習で指摘されたことに積極的に取り組み、就職を目指している。 4 考察と分析 今回のAさんは被虐待経験もあり、基本的な生活様式も整っておらず、知的障害に関しては受容できているものの、情緒不安定性パーソナリティ障害に関しては受容できていない。しかも、最初は通院すらしていなかった。そんな中で自立を考えていく時は、本人が働くために必要なツールを持てるように考え、支援したのが今回のケースである。成果が得られた要因には、本人の精神的な成長と、症状が出た時に自分で対処できるように支援したことの両側面からのアプローチにあると考察する。さらに、本人の意欲と次のステージに行けそうな気持ちの高まり、これらの要素がうまくかみ合った時に実のある企業実習が実現化した。就労も同様であると思われる。通過型のグループホームにも期限があるため、無限に時間があるわけではない。しかし、限られた時間の中でAさんが手にできる最高の就労機会を得られるように尽力したいと考えている。 障害や生活歴が多様化している今日では、就職を希望している障害者が就職生活を維持するために必要なことを、日中活動の事業所だけで学び取ってもらうことは非常に難しい。それぞれの機関が持つ視点や支援が多方面から入ることで、本人の就職に必要な能力を開花させる場合も多い。また、情緒面や本人の障害面の受容に関しても支援が必要な場合が多い。学校教育の場面で叫ばれている「チーム学校」の概念と同じく、障害者の就労支援の現場でも「チーム就労支援」の考え方が必要であると考える。 【参考文献】 1)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:障害者職業総合センター職業センター実践報告書No.29「気分障害等の精神疾患で休職中の方の怒りの対処に関する支援 〜アンガーコントロール支援の技法開発〜」p.3-6 2)文部科学省:初等中等分科会(第102回)資料2-2「チームとしての学校の在り方と今後の改善方策について」 【連絡先】 長峯 彰子 公益財団法人 新宿区勤労者・仕事支援センター  わーくす ここ・から e-mail:shoko.nagamine@sksc.or.jp p.234 キャリア教育・職業教育に活用できるトレーニングツールの開発〜社会人・職業人としての常識やマナーの学習に焦点を当てて〜 〇内野 智仁(筑波大学附属聴覚特別支援学校教諭) 1 背景と目的 厚生労働省1)の新規学卒者の2015年における離職状況をもとに、入職1年後の職場定着率を算出したところ、高校卒で81.9%、短大等で82.1%、大学卒で88.2%という結果が明らかになり、毎年調査が行われて、支援策等の検討が進められている。その一方で、障害者の離職率・定着率を公的に把握・公表する調査については近年行われていなかった。そこで高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター 2)は、聴覚障害を含めた障害者の職場定着状況及び支援状況等の就業実態を2015年に調査した。その結果、聴覚障害者215名の最終学歴別の入職1年後の職場定着率について、高校卒で66.9%、短大等で81.0%、大学卒以上で76.9%という実態が明らかになった。新規学卒者対象の調査と、新規学卒者も含めた聴覚障害者対象の結果は、単純に比較できないものの、いずれの学歴カテゴリにおいても、聴覚障害者の職場定着率の割合が下回るという現状が明らかになっている。 それらの現状に対する一つの支援策として、特別支援学校(聴覚障害)におけるキャリア教育・職業教育の更なる推進・充実を進めていくことが考えられる。 しかし、特別支援学校(聴覚障害)の進路指導担当者の経験年数は、1年以上5年未満が67.1%、5年以上10年未満が15.1%、10年以上が17.8%という、担当者の半数以上が経験年数5年未満である現状や、進路指導に関する教員用の手引きや冊子等について「保有していない」とする回答が63.0%、「教材の使用なし」とする回答が52.1%という、担当者の半数以上が指導書を保有せず、教材なしに指導を行っている現状がそれぞれ明らかにされている 3)。 そのため、必要性が予見され、教育的成果を背景とした有効性のあるキャリア教育用の教材を開発・検証・共有することは意義深いと考えられる。 キャリア教育に望む学習内容として、保護者や高校生、卒業生は「社会人・職業人としての常識やマナー」を学ぶ必要性の高い項目に挙げている 4)。また、学校教員は、進路指導上において早期から重点をあてて指導すべき教育内容として「基本的なマナー」「コミュニケーション意欲」等を指導する必要性の高い項目に挙げている 3)。 そこで筆者は、必要性が予見される「社会人・職業人としての常識やマナー」の学習に活用できるトレーニングツールを開発し、特別支援学校(聴覚障害)における教育実践を通して有効性を検証したいと考えた。 2 ことば遣い学習用「中学部版マナー・クエスト」 (1) 概要 特別支援学校(聴覚障害)中学部の生徒が、職場実習時の適切な「ことば遣い」について、自律的かつ活発な協調学習や個別学習が行えるように、そして成果として学習前後の得点を生徒自ら即時に確認できるようにするためのeラーニング教材「中学部版マナー・クエスト」(図1)を開発した。 本教材の「ことば遣い学習ゲーム」は、生徒に定着させたい「ことば遣い」22問について、1問ずつ問題文と3つの選択肢ボタンを画面表示し、その選択肢ボタンをタップするだけでゲームが展開する。選択肢ボタンをタップすると、選択内容に対応した正誤の結果やコメント等のフィードバックメッセージが即時に表示されて、教師の指示・指導を待つことなく、自律的に学習を進めることができる。 本教材の「学習前の実力チェック」と「学習後の実力チェック」は、3択式10問による自動採点機能付きのオンラインテストで、学習前の理解度と学習後の成長度を生徒自ら即時に確認することができる。 (2)有効性の検証 本教材を活用した協調学習を授業の中で実施したところ、特別支援学校(聴覚障害)中学部の生徒の学習前後の得点が有意に向上したことを確認した。 また、質問紙調査の結果から「楽しさ」「役に立つ」「見やすい」「操作しやすい」の面で高く評価されたことを確認した。 (3)創意工夫した点 本教材は「生徒が協力して自律的かつ活発な協調学習や個別学習に取り組めるように教材開発したこと」と「必要な情報が確実に受容されるように視覚に与える情報量に配慮して教材開発したこと」が特徴である。 生徒たちが「自律的」に学習しやすくなるように、すべてのコンテンツ(「学習前の実力チェック」「ことば遣い学習ゲーム」「学習後の実力チェック」)で、自動的に正誤判定が行われる機能、その判定結果に対応したフィードバックメッセージが即時に画面表示される機能、繰り返し何度でも取り組める機能を実装した。そうすることで、本教材に班での教師役を任せることができ、各班が自律的かつ活発に学習を進められると考えた。その間、教師は各班で支援が必要となったときのファシリテーター役に専念できると考えた。 p.235 3 ビジネスマナー学習用「高等部版マナー・クエスト」 (1) 概要 特別支援学校(聴覚障害)高等部の生徒を対象に、社会人に求められるビジネスマナーについて学ぶことができるデジタル教材「高等部版マナー・クエスト」を開発した。 本教材では、ビジネスマナーに関する基礎知識を学ぶための「知識」問題(基礎編33問、女性編12問、男性編16問)と、社会人に求められる心構えや考え方を学ぶための「エピソード」問題(計2問)を設定した。問題文や選択肢、解説文等は、関連資料等を参考にそれぞれ設定した。前述の「中学部版マナー・クエスト」と同じシステムを使用して実装した。 (2)創意工夫した点 本教材の「知識」問題では、すべての学習者に適切な知識を定着させるための情報が表示される仕組みを採用し、「エピソード」問題では、関係図を使った見方・考え方を学ぶ仕組みを採用した。 4 情報モラル学習用「Moral Quest」 (1) 概要 インターネット・リテラシーについて、科学的成果に基づいたトレーニングによって育むこと、トレーニングの効果を客観的な指標による前後のテストで自ら確認できること、それらを一つの教材上で完結できるeラーニング教材「Moral Quest」(図2)を開発した。 本教材の「トレーニング」の内容は、短時間で効果的な教育が行えることを検証済の「3種の知識による情報モラル指導法 5)」をもとに構成した。「授業前の実力チェック」「授業後の実力チェック」は、総務省による「青少年がインターネットを安全に安心して活用するためのリテラシー指標」に基づき、安心ネットづくり促進協議会 6)が開発した4択式21問テストをもとに構成した。 (2)有効性の検証 特別支援学校(聴覚障害)高等部の生徒を対象に指導した結果(図3)、学習前後の得点が有意に向上し、ネット上の危険に対応する能力を育む有効性が示唆された。 (3)創意工夫した点 情報提示の量を生徒が制御できること、個別のフィードバック情報を与えながら科学的な成果に基づく判断力を育む内容で構成したこと、繰り返し学習できること、いつでもどこからでも学習できることが創意工夫した点である。 5 まとめ 本稿では、筆者が開発中の3つの教材を示した。今後は、教材を活用した教育実践を重ねて、有効性、改善点、汎用性ある教材化に必要な機能等を明らかにしていきたい。 図1 ことば遣い学習用「中学部版マナー・クエスト」 図2 情報モラル学習用「Moral Quest」 図3「Moral Quest」を使った授業の様子 【参考文献】 1)厚生労働省:新規学卒者の離職状況, http://www.mhlw.go.j p/stf/houdou/0000140526.html (2016) 2)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター:障害者の就業状況等に関する調査研究,調査研究報告書 No.137 (2017) 3)国立特別支援教育総合研究所:障害のある子どもへの進路指導・職業教育の充実に関する研究, http://www.nise.go.jp/ blog/2009/05/post_212.html (2009) 4)国立教育政策研究所:キャリア教育・進路指導に関する総合的実態調査 第二次報告書(2013) 5)玉田和恵・松田稔樹:「3種の知識」による情報モラル指導法の開発,日本教育工学論文誌,28(2), p.79-88(2004) 6)安心ネットづくり促進協議会:2015年度版安心協ILAS(中学生・高校生版), http://www.good-net.jp/investigation/uploads/2016/03/30/125941.pdf(2016) p.236 障害のある生徒たちが希望する職種・業種に就労するために〜夢をかなえよう!!〜 ○井上 渉(京都市立白河総合支援学校 進路指導主事) 1 はじめに 京都市立白河総合支援学校は、軽度知的障害の生徒が在籍する高等部単独設置校である。生徒達は、自主通学で京都市内全域から通っている。近隣には、京都大学や吉田神社、哲学の道、平安神宮がある。 現在1年生26名、 2年生34名、3年生38名、計98名が在籍し、全員が卒業後の企業就労を目指している。本校は、職業学科で家政(食品加工)・農業(農園芸)・工業(情報印刷)の3つの専門教科の学習と産業現場実習、地域協働活動の3つを教育課程の柱として位置づけている。 1年生から産業現場実習を積み重ね、自分の得意な事や苦手な事を自己理解し、将来の働く生活について自己決定していく(表1参照)。 生徒が、幅広い選択肢の中から、希望する職種・業種を選択して就労するために、まずは生徒自身が様々な職業を知り、体験することで視野を広げることが必要である。そのためには、従来の職場開拓だけではなく、企業と幅広い連携を図ることで、知的障害のある生徒に対する理解を深め、企業就労につなげていきたい。そのためのいろいろな取組について紹介する。 表1 3年間の実習スケジュール 2 これまでの経過 私が進路指導に携わってから今年で5年目になる。1年目は2年生の実習担当として、2年目からは進路指導主事として3年生の実習担当をしている。 2年生の実習担当をしているときは、一つでも多くの職種を経験させることを重視していた。しかし、3年生の実習担当として、また、進路指導主事として、どうすれば生徒たちのよりよい進路選択・決定を支援することができるかを考えるようになった。 その中で、今までやってきたことを更に改善できないか、新しくできることはないかなど、校内の進路指導担当や、京都市のデュアルシステム推進ネットワーク会議に参加している企業の担当者と意見を交わしながら、取り組んできた。 3 実施概要 (1)改善した活動 ア 企業向け学校見学会 3年前までは年間1〜2回の開催だったのを昨年度から年間4回に変更した。回数を増やすことで1回に参加する企業の数を減らし、参加企業から率直な意見を多数聞くことが出来るようになった。 写真 イ 「PTA職場開拓」から「PTA職業セミナー」へ 本校ではPTAとの協働活動として、10年前から夏休みを利用して「PTA職場開拓」を行ってきた。求人票や求人広告などから生徒の出来そうな仕事内容がある企業をリストアップし、保護者と教員が数名ずつのグループを作り、アポなしで京都市内の企業約100社を訪問するという取組をしてきた。 一昨年からは、中小企業家同友会の協力を得て、障害者雇用に興味や関心のある企業に、1つのグループが1社を訪問する形をとった。訪問する企業の数は減ったが、アポなしでの訪問に比べ、話を聞きたいと思っている企業ばかりなので、実習につながる企業が約8割もあった。 職場開拓についての保護者の意識も高まり、一定の成果は上がったが、夏休みの猛暑の中での取組であることも踏まえて、更なる改善が必要だった。 そこで今年度は、「職場開拓」から「職業セミナー」として新しい取組を考えた。内容としては、業種・職種の違う企業7社を学校に招き、それぞれの企業が「自社の業務内容」「企業の求める人材」「学生時に付けておくべき力」「障害者雇用での現状」等について、保護者・生徒・教職員にむけてプレゼンテーションを行なうというものである(内1社はマナー研修を実施)。 p.237 参加者は、関心のある企業を選んで各ブースをまわり、半日で複数の企業の話を直に聞くことができ、「有意義な時間になった」という感想もたくさん寄せられた。また、企業にとっても、本校の生徒や保護者の様子を見てもらうよい機会になった。 今年度初めての取組で、参加企業の調整やブースの設定等について課題も出てきたので、来年度は更によりよい取組になるよう改善していきたい。 写真 (2)新しく始めた活動 ア 外部での学校紹介 地域のライオンズクラブやロータリークラブ等の社会奉仕団体の総会や、京都府人権擁護委員会の研修会等に招かれ、本校の生徒と教員が学校紹介を行った。生徒が、自分の言葉で実習の体験談や将来の夢を語る姿に、参加者からは「障害のある人に対する意識が変わった」との声が聞かれた。 イ 京都ジョブパーク等関係機関主催の企業向け研修会や交流会への参加 2年前から進路指導担当者を中心に積極的に参加し、企業の思いや話を聞いてきた。昨年からは、全教員に呼びかけ、担任や学年主任・学部長など幅広い立場の教員が参加できたことで、企業と学校の意識の違いに気づき、より実際的な指導に繋げていけるようになってきた。 ウ 教職員向け企業研修 企業の障害者雇用にかかる現状について、教職員の研修を行った。今年度は、2つの企業を招き、企業の視点を知った上で、日々の教育活動に取り組むことの必要性を共通理解した。 ・4月Peach Aviation 株式会社 ・7月株式会社セブン‐イレブン・ジャパン エ 企業との新しい連携 今まで様々な形で企業と連携を図ってきたが、産業現場実習以外でも生徒の普段の姿が見られたらよいという意見が、いくつかの企業から聞かれるようになってきた。デュアルシステム推進ネットワークの参加企業から、「スポーツを通して、障害のある生徒のことを知ってもらおう」との提案を受けて、株式会社島津製作所で行なう「知的障害者のテニス教室」の実施に向けて、具体的に取組が始まっている。 他の企業からも次々と提案があり、卒業生の「働く生活における余暇活動の広がり」につながる話が広がっているところである。 ・9月 株式会社島津製作所 テニス教室 ・10月 株式会社ムラタ栄興 社内販売会 ・11月 日本新薬株式会社 社会人野球応援 ・日程未定 マラソン観戦 支援学校サッカー大会 卓球大会 4 今後について 今回紹介した取組を通して、本校生徒の就労先として職種・業種が確実に広がったと言える。たくさんの企業や関係機関と連携を密に取ることで、私自身も勉強になり、その繋がりが何より生徒にかえっていく。今後も紹介した活動をより良い活動になるよう改善していくとともに、新しい活動も考えていきたい。 【連絡先】 井上 渉 京都市立白河総合支援学校進路指導主事 e-mail : yj936-inoue@edu.kyoto.jp p.238 琴の浦教育検証プロジェクト〜効果的に学校教育に活かすカリキュラムマネジメントの実際〜 ○山根 康代(鳥取県立琴の浦高等特別支援学校 教諭)  鳥取県立琴の浦高等特別支援学校職員 1 はじめに 本校は、平成25年4月に開校した軽度の知的障がいのある人を対象とする高等特別支援学校である。また、知的障がいの特別支援学校の中で唯一職業科を設置した学校でもある。一学年40名を定員としており、1年生40名、2年生39名、3年生33名(令和元年5月1日現在)が在籍している。鳥取県中部の東伯郡琴浦町にあり、生徒は県内全域から通学している。そのため、寄宿舎も設置しており、現在33名の生徒が入舎(定員45名)している。 本校の学校目標は「キャリア教育に重点を置き、地域の中で職業的に自立するとともに、主体的に社会参加し、社会に貢献できる人を育成する」であり、3年間の教育により生涯にわたって自立した生活ができるよう「生きる力」「働く力」「生活する力」の育成を目指している。 第1期生を社会へ送り出したことを機に、毎年、今後の本校の教育の在り方を定めるために学校教育における取組の検証を行っている。ここでは平成30年度琴の浦教育検証プロジェクトのまとめを中心に報告する。 2 平成29年度琴の浦教育検証プロジェクト (1)検証方法 平成29年度の検証プロジェクトでは、3年生の職場実習の評価及び、職員の本校生徒の評価を同じ指標で行い、以下のことについて比較検討した。 ①専門教科で重点的に指導している共通の目標の企業の評価はどのようになっているのか。 ②企業は実習中生徒のどのような行動に注目しているか。 ③本校の職員が考える本校生徒の実態と働くために必要な力は何か。 ④企業が本校生徒の困難さを感じた評価項目は何か。 (2)取組の実際 上記の結果より以下のように方針を決定し、平成30年度学校全体で取り組んだ。 ア 専門教科での共通目標の継続指導 積極的に専門教科の授業公開を実施して、職員の専門性の向上を図ると共に、職員研修を実施し、専門教科における効果的な指導について話し合った。 イ コミュニケーション力の向上 自立活動の指導の充実を図ると共に、エキスパート教員の授業公開を通して職員の専門性の向上を図る。 ウ 生徒の実態把握と啓発 企業に向けて軽度知的障がいの啓発パンフレットを作成し、適切な支援を企業側に伝える。 エ 「働く心構え」を培う職員研修の実施 研修を実施して職員の専門性の向上を図る。 (3)成果と課題 検証結果から課題を分析し、全職員で取り組むことにより、共通した課題をもって生徒の指導を行うことができた。また、働くためのモチベーションを育てることが、就職への意欲や定着に繋がり、それらは自己肯定感の向上が深くかかわっていることが分かった。研修にて、「わかる喜びを実感できる授業」も自己肯定感を高める重要な要因になることも分かった。一方で、本校の生徒の中には働くことへのモチベーションが培われていない生徒が少なくないのではないかということも分かった。 3 平成30年度琴の浦教育検証プロジェクト (1)検証方法 平成29年度の取り組みにより、働くことへの意欲が培われていない生徒や自己肯定感が培われていない生徒が多いのではないかということが明らかになった。そこで、以下の内容について検証することとした。 ① 就労準備性チェックリスト(琴の浦版) 1)を作成し、生徒自らが自己評価する。 ② 企業(卒業生受け入れ)にアンケートを実施し、鳥取の企業が就職を受け入れるにあたり必要な内容を確認する。 (2)結果及び考察 ア 就労準備性チェックリストについて 本校は開校当初に就労準備性の力を培うことが本校のミッションでもあると述べている。しかし、この力が生徒にどれくらい培われているのか明確にしていなかった。そこで、全校生徒がこの力の自己評価を実施した。すると準備性の項目「健康管理」、「日常生活管理」、「対人スキル」、「基本的労働習慣」、「職業適性」のうち、「健康管理」以外の項目は学年が上がるにつれ、得点が高く、本校の教育を受けることで力が培われていくと考えられた。しかし、「健康管理」の項目は学年が上がっても同じような値を示し、学校教育だけでは改善困難であると考えられた。 p.239 イ 企業へのアンケート 本校の卒業生を採用している企業にアンケートを実施した。65社に配布し、46社からの回答を得た(約70%の回収率)。結果は以下の通りである。 (ア)雇用業種について 本校の卒業生の雇用業種は、サービス業、製造業、卸売・小売・飲食業に集中している。サービス業は圧倒的に清掃業が多い。最近では、農林水産業で農業への仕事に就くものも多くなっており、企業開拓の参考になる。 (イ)雇用理由について 「必要な仕事ができそう」「学校からの依頼」の項目が多く、次いで「企業の社会的責任」が挙がっている。よって企業にとっての「必要な仕事」が本校の生徒に可能かどうかということをアピールすると企業から採用してもらいやすくなることが示された。生徒のできることできないことをしっかり把握して企業へアピールすることでより一層のジョブマッチングを図りながら、新しい職場開拓への可能性もでてくると考えられる。 (ウ)雇用の際の配慮 「業務量への配慮」、「仕事の理解を助ける上での配慮」、「連携支援体制への配慮(外部支援が企業内に入ることへの配慮)」、「業務内容への配慮」という順になっていた。業務量、仕事内容の理解、業務内容についてが高いことから、本校の生徒の特徴を理解していることがうかがえる。一方でこれらについては配慮が可能であるので、これら以外の力を付けておくことが企業側の採用増につながる取組になるのではないかと考えられる。また、外部への支援が入ることを受け入れている企業が多いので、外部支援を効果的に入れ、企業がそれらをメリットとして感じられるようにすることが大切でもある。 (エ)雇用後の職場の変化 本校の生徒を受け入れることで企業側も良い傾向が見られているとの回答がほとんどだった。働き方改革について考える機会になった、社員の指導力の向上につながった、などの意見も挙げられている。 (オ)雇用後の問題 本人に働くための能力があり、特に問題なしと挙げている企業が多いが、その要因として「雇用前の実習が良かった」といっている企業が多く、就職前の定着実習の効果が高い。また、外部の支援機関との連携を挙げている企業も目立つ。つまり実習の丁寧な実施及び外部機関との連携が効果的な就労支援につながるものと考えられる。一方で、問題点として挙げられている項目は障害に起因する内容が多く、一層の障害理解及び啓発が必要である。 (カ)雇用後に必要な支援 雇用予定者の情報提供を挙げたところが多く、移行支援会議の重要性及び情報提供する内容の大切さがうかがえる。移行支援会議でどのような情報を提供するか今後も検討が必要であるが、個人情報保護の観点や保護者や本人がいる中でどこまでの情報が提供できるか等検討も必要である。また、家庭の連絡調整や生活面を含めた支援が必要だと考えている企業が多い。 (キ)働くのに必要な力 働く前段階の力を望まれる企業が多い。「自分から挨拶・返事をする」、「報告・連絡・相談ができる」が高い。また、「ルールを守る」、「素直に助言を受け入れる」、「働き続けられる体力」、「うそを言わない」など就労準備性に掲げてあるような項目が高い値を示しており、働く前段階の指導が重要であると考えられる。また、本校の職員にも同様のアンケートを取った結果、企業側の意見とほぼ一致していた。 ウ 今年度の取り組み 上記の結果から以下のように取り組むこととした。 (ア)基本的生活習慣の確立 生活リズムを整えていくための手立てとして生活時間調査を実施し、家庭への啓発に努める。 (イ)ライフスキルの向上 自己理解、障害理解、コミュニケーションスキルの向上について自立活動等を通して指導を充実させる。 (ウ)働く意欲をもち社会的な自立を目指す生徒の育成 自己肯定感を育てる学校生活を送るために、幅広い意味での学力の伸長、考える力を育む授業づくり、「わかる」「できる」を実感できる授業づくりを行えるよう、教育課程の検討、年間指導計画の見直し(縦断的・横断的に教科目標及び内容を検討)をして授業力の向上を目指す。 (エ)移行支援計画等移行支援会議での情報提供の検討 個別の移行支援計画及び支援会議の内容を検討し、効果的な支援会議及び移行支援計画とする。 (オ)職員の専門性の向上 職員研修の効果的な運用を行うため、職員が自分に必要な研修を選択できるように研修全体の年間計画を提示する。 【参考文献】 1)別府重度障害センター(職業部門):「在宅生活ハンドブックNo21 就労に向けて求められるもの」(2014) 【連絡先】 山根 康代 鳥取県立琴の浦高等特別支援学校 e-mail:yamane_ys1@mailk.torikyo.ed.jp p.240 障害福祉サービスを活用した学卒就職者の就業生活支援−自立訓練(生活訓練)プログラム「ぷろぼのワーカーズ」の実践- ○藤田敦子(社会福祉法人ぷろぼの  西垣 加奈子(社会福祉法人ぷろぼの) 1 問題の所在と目的 「障害者の雇用の促進等に関する法律」等が改正され、2018年4月には障害者の法定雇用率が2.0%から2.2%に引き上げられた。また2018年厚生労働省が発表した「障害者雇用状況」1)の民間企業の取りまとめでは、障害者雇用数、実雇用率ともに過去最高を更新し、実雇用率2.05%、対前年比0.08ポイント上昇し、今後いっそう障害者雇用に取り組む企業が増えていくことが期待される。 それに伴い、特別支援学校(知的障害)の卒業者数及び就労者数が年々増加し、就職率は平成29年度には32.9%2)となっている。特別支援学校高等部学習指導要領総則にキャリア教育の推進が盛り込まれてはいるものの新規学校卒業者のうち高校卒の3年目までの離職率は39.3%3)であることを考えると、各学校でキャリア教育に対する取り組みが行われているにも関わらず離職率が維持されていることについてその背景や原因を考え対策を打ち出す必要がある。 また、知的障害者の就職者のうち正社員以外の有期雇用の割合は54.8%(平成25年)4)であり、学卒就職者の少なくとも半数は正社員以外の有期雇用で短時間就労であることがうかがえる。学校卒業後の就労時間以外の地域生活についての支援については、平成31年3月「障害者の生涯学習の推進方策」5)の報告の中に様々な方針は謳われているものの担い手の問題をはじめとして課題は大きい。 本報告では、この報告の中にもある「障害福祉サービスと連携した学びの場づくり」の一環として自立訓練(生活訓練)を活用した学卒就職者の就業を含めた生活支援について事例を紹介し、学卒就職者の伴走型の支援サービスの就業生活に対する意義と効果について検討することを目的とする。 2 自立訓練(生活訓練)プログラム「ぷろぼのワーカーズ」の概要 (1)プログラム開始の経緯 以上に挙げた現状を受け、社会福祉法人ぷろぼのでは、学齢期から一貫した学卒就職者向け支援サービスを提供している。 放課後等デイサービスぷろぼのスコラは、障害のある中高生を対象としたキャリア教育支援プログラムを提供しており、在学中から卒業後までの支援を実施している。在学中から卒業生まで利用できる「ぷろぼのカルチャークラブ」を実施し、月1回、卓球、ジム、音楽、調理といった余暇活動の場を提供している。学卒就職者については月に1回「わくわくワークの会」として夕食会を開催している。定期的にデイサービスのスタッフや就職した仲間と会うことで、相談しやすい体制を築いている。また、短時間就労者について就労時間以外の預かりの場として日中一時支援を提供している。 (2)「ぷろぼのワーカーズ」のプログラム内容 法人の就労支援の実践を踏まえ、余暇支援や預かりだけでは就職後の支援としては不充分ということから、学卒就職者に対する自立訓練(生活訓練)「ぷろぼのワーカーズ」を平成31年4月に開始した。 週に1回、ワークシート6)を用いて衣食住や余暇について必要な情報提供をし、必要に応じて実習を実施。お金を使わないで遊びに行く計画を立て事業所近くの資料館に出かけたり、ふだんの食事を栄養バランス表に分類したり、1つのテーマについて学習と実習ができるように工夫している。 ほかの日には基礎学力についてのドリル学習やパソコン検定取得などの学習支援を希望者に提供。漢字や計算などの基本的な事項は生活で使わないと以前できていても忘れてしまう傾向があり、自分で目標を決めて過ごすことは生活にメリハリが生まれやすい。 また、すべてのプログラムの初めにお小遣い帳アプリを利用した金銭管理の時間を設け、定期的にお金の使い方を振り返る機会を持っている。使いすぎて足りなくなることだけが課題ではなく、使わなさすぎることも課題ととらえ、働いたお金で自分の生活を豊かにすることについても助言している。 さらに必要に応じて個人面談や保護者を交えた面談を実施。就職後、家族も本人同様に就業や生活に不安を抱いていることも多い。就職前から支援しているスタッフが相談し、解決策を共に模索することで就労の継続と生活の充実を支援している。 以下では日中一時から自立訓練(生活支援)プログラム「ぷろぼのワーカーズ」に移行した利用者の事例を紹介する。 p.241 3 学卒就職者の支援事例 (1)Aさん:就職後の目標が変わるたびに離職についての面談をした事例 特別支援学校高等部卒業。ぷろぼのスコラ卒業生。スーパーで短時間就労。体力には自信があり、休日にはキャンプ活動の有償ボランティアに参加している。在学中から就労意欲は高く職場の人間関係も良好だが、「大学に行きたい」「専門学校に行きたい」「ダブルワークをしたい」などその時々で今後の目標が変わり、その度に離職について相談があった。就労を継続しながら試験の勉強をする、ほかの就職先を探してみるなど、就労と並行してできることを提案しながら対応していた。自立訓練開始後は、本人が就労後のステップアップのための課程と認識しており、相談の頻度は減少している。 (2)Bさん:金銭管理に課題があり、家族と相談して改善が見られた事例 特別支援学校高等部卒業。ぷろぼのスコラ卒業生。スーパーで短時間就労。午前中に就労が終わるので、午後は遠出して家族でも連絡がつかないことが多く、給料を自己管理すると用途不明が多く全額使ってしまう状況だった。金銭管理についてスタッフと定期的に確認していたが改善が見られず、本人、家族、支援者で相談して小遣い制に変更した。また午後は基本的には事業所に通所し、予定がある時には事前に連絡することとした。自立訓練開始前は連絡なく休むこともしばしばあったがプログラム開始後は本人に意義が理解され通所も安定。現在はジムなど定期的に行くところもでき、お小遣いの範囲で生活リズムができており、好きなことに対してまとまったお金を使うこともできるようになっている。 (3)Cさん:日中一時支援から自立に向けた取り組みに移行した事例 特別支援学校高等部卒業。就労移行支援を経て介護施設で短時間就労。一人で留守番ができないということで空き時間を日中一時支援で預かっていたが、預かり支援では自立に向けた目標設定がなかなかできず、3年経過。自立訓練を開始後は、講義内容をもとに自立のための情報提供をする中でできること、練習が必要なことを整理し、就労時間以外の地域や家での過ごし方について目標を設定できるようになっている。 4 まとめと考察 このように、学卒就職者に自立訓練(生活訓練)プログラムを提供することで、特に短時間就労者の就労継続と就労時間以外の生活リズムの構築、地域での生活スキルについて必要な情報提供や支援を行うことができる。藤田(2018)7)の報告にもあるように、就職前からの様子を知る支援者が就職後も定期的に相談できる態勢を作ることが離職予防につながること(事例Aより)、生活スキルの確認と生活に必要な情報の提供をすることで地域生活での自立に向けた支援を進めることができること(事例Cより)、仕事や生活の一次相談窓口となり、本人、保護者が必要時に相談できる態勢である(事例Bより)ことは就職後の就業生活の維持に関して重要であると言える。 知的障害のある生徒の学習上の特性を考慮すれば、一般に体験を通して学ぶことを重視する必要があり、就労後の課題について、キャリア教育として事前に学校教育で学習しても実際に経験していないので不十分な支援に留まりがちであることは大いに考えられる。本報告のような学卒就職者に対する生涯学習の伴走支援態勢を提供していくことで、就職後の就労と地域生活を充実させていくことが今後ますます必要になってくると考える。 【参考文献】 1)厚生労働省(2018)「平成30年障害者雇用状況の集計結果」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_04359.html 2)文部科学省初等中等教育局特別支援教育課「特別支援教育資料(平成29年度)」 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material /1406456.htm 3)厚生労働省「新規学卒者の離職状況(平成29年度)」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000 137940.html 4)厚生労働省障害者雇用対策課「障害者雇用実態調査結果報告書(平成25年度)」 https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000068921.html 5)文部科学省(平成31年3月)「障害者の生涯学習の推進方策について—誰もが,障害の有無にかかわらず共に学び,生きる共生社会を目指して—」報告 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/31/03/1414987.html 6)東京都社会福祉協議会他『やってみよう! 自立支援ワークブック』角川学芸出版 (2009/7/11) 7)藤田敦子(2018)「放課後等デイサービス終了後の学卒就職者支援の取り組み」第26回職業リハビリテーション研究・実践発表会 【連絡先】 藤田 敦子 社会福祉法人ぷろぼの 生駒事業所 e-mail:schola@vport.org p.242 p.243 パネルディスカッションⅡ 【コーディネーター】 相澤 欽一(宮城障害者職業センター 主幹障害者職業カウンセラー) 【パネリスト(話題提供順)】 境 浩史(株式会社島津製作所 人事部 マネージャー) 前山 光憲(株式会社湘南ゼミナールオーシャン 宮崎台事業所 事業所長) 千田 若菜(医療法人社団ながやまメンタルクリニック 就労支援担当(臨床心理士)) 中川 正俊(田園調布学園大学 人間福祉学部社会福祉学科 教授・精神科医) p.244 パネルディスカッションⅡ 精神障害のある社員の職場定着支援を進めるための情報共有ツールの有効活用について コーディネーター:相澤欽一 宮城障害者職業センター 主幹障害者職業カウンセラー 精神障害者の就職件数は年々増加していますが、職場定着面の課題が指摘されています。このため、障害のある人が自身の状況や企業に望みたい配慮事項などを整理し、企業に伝えられるよう支援する取組も行われています。このような取組により、企業が障害のある人の個別状況を踏まえた適切な雇用管理を行うことが期待されます。 ただし、このような情報が提供されても、障害のある人が職場に配置されたばかりの頃は、お互いに気軽なコミュニケーションがしにくいため、職場の上司や同僚がその日の本人の状況を把握できず、適切な対応が遅れる場合もあります。また、そもそも障害のある人の特徴や望まれる配慮などが説明されず、どのように接したらよいか悩む企業も多いようです。 このような問題意識を踏まえ、障害のある本人が自身の状況を日々見える化し、その情報を支援者や企業と共有することによって職場内での円滑なコミュニケーションを図ると共に、早期に適切なセルフケア、ラインケア、外部機関の支援に繋げることを目的とした各種ツールの開発・普及がなされています。 その一方、①企業からツールの利用を提案する際の問題、②ツールを使用したコミュニケーションに慣れていないことで生じる問題、③ツールをカスタマイズするノウハウが支援者や企業にない場合の問題、などツールを利用する際に留意すべきいくつかの課題も残されています。 本パネルディスカッションでは、これらのツールを紹介した上で、各種ツールの共通点と相違点、利用上の留意点、ツール活用による雇用継続の効果や雇用の質の向上などについて議論したいと思います。 パネリスト:境 浩史 氏 株式会社島津製作所 人事部 マネージャー (京都府京都市) 企業において、精神・発達障害者の就労・定着支援のみならず、在職中にメンタル疾患を発症した社員の情報共有ツールとしてSPISを使用しています。上司・担当者・人事管理監督者、外部相談員がSPIS上で連携し早期対応を図っています。また、評価項目をグラフ化したデータを産業医面談に情報提供するなど就労・定着支援に活用しています。SPISの活用の工夫や使用して感じた効果、感想、今後の課題など具体的事例を挙げてご紹介します。 パネリスト:前山 光憲 氏 株式会社湘南ゼミナールオーシャン 宮崎台事業所 所長 (神奈川県川崎市) K−STEPは、本人が自分の状態を言語化し把握する、状態を同僚や上司に報告する、状態に応じた対処法を身につけることを補助するツールです。K−STEPを体調管理やセルフケアの第一歩と位置づけて、本人の自主的な取組により勤怠を安定させることを目的として利用しています。こうした経験から、K−STEPを使用する際の留意点やメリット・デメリットなど気付いた事等についてご紹介します。 パネリスト:千田 若菜 氏 医療法人社団ながやまクリニック 就労支援担当(臨床心理士) (東京都多摩市) 医療機関の就労支援担当として出会う、各種ツールの活用事例を通じて感じた、ツールを使った支援における課題やメリット・デメリットなどについてお話します。また、医療機関の立場から、ツールを医療との連携に活用する際の工夫や留意点についてもお話します。 パネリスト:中川 正俊 氏 田園調布学園大学 人間福祉学部社会福祉学科 教授・精神科医 (神奈川県川崎市) 精神科医として精神科医療と就労支援や雇用管理との連携の視点から、ツールについての意見や精神科医療機関と就労支援機関との今後の情報共有のあり方、さらには精神障害のある方等の就労パスポートなど様々なツールの連動による取組の可能性などについてお話します。 p.245 ホームページについて  本発表論文集や、障害者職業総合センターの研究成果物については、一部を除いて、下記のホームページからPDFファイルによりダウンロードできます。 【障害者職業総合センター研究部門ホームページ】http://www.nivr.jeed.or.jp/ 著作権等について 無断転載は禁止します。 ただし、視覚障害その他の理由で活字のままでこの本を利用できない方のために、営利を目的とする場合を除き、「録音図書」「点字図書」「拡大写本」等を作成することを認めております。その際は下記までご連絡ください。 なお、視覚障害者の方等で本発表論文集のテキストファイル(文章のみ)を希望されるときも、ご連絡ください。 【連絡先】 障害者職業総合センター研究企画部企画調整室 電話 043−297−9067 FAX 043−297−9057 E-mail kikakubu@jeed.or.jp 第27回 職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 編集・発行 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター 〒261-0014 千葉市美浜区若葉3−1−3 TEL 043−297−9067 FAX 043−297−9057 発行日 2019年11月 印刷・製本 情報印刷株式会社 おわり