第26回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 開催日 平成30年11月8日(木)・9日(金) 会場 東京ビッグサイト 会議棟 ご挨拶  「職業リハビリテーション研究・実践発表会」の開催に当たり、一言ご挨拶申し上げます。  本発表会は、職業リハビリテーションの発展に資することを目的として開催しており、職業リハビリテーションに関連する調査研究や実践活動から得られた多くの成果を披露いたしますとともに、ご参加いただきました皆様方の意見交換、経験交流等を通じて、研究・実践の成果の普及に努めるものでございます。  さて、近年の障害者雇用を取り巻く状況をみますと、平成28年に、事業主に対しての障害者に対する差別の禁止・合理的配慮の義務化、平成30年4月1日から精神障害者についての雇用の義務化がなされるとともに、民間企業の障害者の法定雇用率が現行の2.0%から2.2%に引き上げられ、さらに3年を経過する日より前に、0.1%引き上げられることになりました。  また、平成30年3月末には「障害者の雇用の促進等に関する法律」に基づき厚生労働大臣が定める新たな「障害者雇用対策基本方針」が策定されました。この方針の運営期間は、平成30年度から平成34年度までの5年間とされています。平成30年度はまさにスタートの年ということになります。  この方針では、近年の制度改正への対応が盛り込まれるとともに、障害者の雇用義務があるにもかかわらず一人も障害者を雇用していない企業、いわゆる「障害者雇用ゼロ企業」への就労支援の強化、精神障害者をはじめとする個別性の高い支援を必要とする障害者へのきめ細かな支援の実施といった障害者の雇用の促進及びその職業の安定に関する施策の基本方針が改めて整理されています。  今年度の職業リハビリテーション研究・実践発表会においては、このような課題にすでに取り組んでいる先進事例の報告やヒントになる取組の報告、調査研究の発表も多々含まれております。  こうした成果や報告は、ご参加いただきました皆様にとって、必ずや、有益であり、役立つものと確信しております。是非、ご参考にしていただければと思います。  本日の特別講演は、弁護士の小島健一様に、企業の人事労務を弁護士として支援する立場から、企業と障害のある社員との「対話」の重要性や支援者への期待などについてお話しいただきます。そして、本日及び明日、2つのパネルディスカッションを予定しており、障害者雇用に熱心に取り組んでおられる企業の方には、雇用管理上の工夫や配慮、キャリアアップについての考え方を報告いただきます。  また、明日には、研究や実践に関する発表として、口頭発表87題、ポスター発表37題を予定しております。ご応募いただきました皆様には感謝申し上げます。  最後に、ご参加いただいた皆様にとって、本発表会が実り多いものとなりますよう祈念いたしまして、開会の挨拶とさせていただきます。 平成30年11月8日 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 和田慶宏 プログラム 【第1日目】 平成30年11月8日(木) ○基礎講座・支援技法普及講習 時 間 内 容 10:00 受付 10:30 基礎講座Ⅰ 「精神障害の基礎と職業問題」 講師:前原 和明 (障害者職業総合センター 研究員) 基礎講座Ⅱ 「発達障害の基礎と職業問題」 講師:知名 青子 (障害者職業総合センター 研究員) 基礎講座Ⅲ 「高次脳機能障害の基礎と職業問題」 講師:土屋 知子 (障害者職業総合センター 研究員) 支援技法 普及講習Ⅰ 「発達障害者支援技法の紹介 ~ナビゲーションブックの作成と活用~」 講師:佐藤 大作 (障害者職業総合センター職業センター 障害者職業カウンセラー) 支援技法 普及講習Ⅱ 「精神障害者支援技法の紹介 ~アンガーコントロール支援~」      講師:中村 聡美 (障害者職業総合センター職業センター 障害者職業カウンセラー) ○研究・実践発表会 12:30 受付 13:00 開会挨拶:和田 慶宏 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 13:15 特別講演 「障害者雇用は『働き方改革』の決め手になる」 講師:小島 健一氏 鳥飼総合法律事務所 弁護士 15:00 パネル ディスカッションⅠ 「実雇用率の低い業種における障害者雇用の取組について」 司会者:秦政氏 特定非営利活動法人障がい者就業・雇用支援センター 理事長 パネリスト: (五十音順)             秋場 美紀子   東京障害者職業センター 次長 十河 寿寛 氏  税理士法人古田土会計・株式会社古田土経営 リーダー 福田 久美子 氏 株式会社美交工業 専務取締役 三角 敦嗣 氏  カナツ技建工業株式会社 総務部総務・人事グループ グループマネージャー 【第2日目】 平成30年11月9日(金) ○研究・実践発表会 9:00 受付 9:30 研究発表 口頭発表 第1部 (第1分科会~第9分科会)分科会形式で各会場に分かれて行います。 11:30 ポスター発表  発表者による説明、質疑応答を行います。 ※掲載時間:10時30分~15時10分 13:00 口頭発表 第2部 (第10分科会~第18分科会)分科会形式で各会場に分かれて行います。 15:10 パネル ディスカッションⅡ 「障害者のキャリアアップについて考える」 司会者:石井 賢治  独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用開発推進部雇用開発課 課長補佐 パネリスト: (五十音順)             石田 茂 氏 ポラス株式会社 人事部 部長 内田 博之  独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 中央障害者雇用情報センター 障害者雇用支援ネットワークコーディネーター 工藤 庄 氏 株式会社日立ハイテクサポート 障がい者雇用支援センタ 部長代理 目次 ※発表者には名前の前に○がついています。 【特別講演】 「障害者雇用は『働き方改革』の決め手になる」 講師:小島 健一 鳥飼総合法律事務所 2 【パネルディスカッションⅠ】 「精神障害者の継続雇用のために」 司会者:秦 政 特定非営利活動法人障がい者就業・雇用支援センター 6 パネリスト:秋場 美紀子 東京障害者職業センター 7   十河 寿寛 税理士法人古田土会計・株式会社古田土経営 8   福田 久美子 株式会社美交工業 13   三角 敦嗣 カナツ技建工業株式会社 18 【口頭発表 第1部】 第1分科会:企業における障害者雇用の取組Ⅰ 1 障害者は戦力となり生産性向上につながる  ○笹 さとみ サラヤ株式会社 20 2 一億総活躍社会を目指して ~企業に於ける障がい者の働き方改革~  ○遠田 千穂 富士ソフト企画株式会社 22  ○槻田 理   富士ソフト企画株式会社 3 障がい者社員に対するストレスチェックの実施報告  ○高坂 美幸 MCSハートフル株式会社 24 4 「障害者に適した仕事がない」という企業の懸念に就労支援サイドは いかに応えているか  ○瀧川 敬善 東京海上日動システムズ株式会社/東京都教育委員会 26 5 精神・発達障害者のみの雇用における職業リハビリテーションおよび 人財育成(成長促進)の試み  ○税所 博 ボッシュ株式会社 28 第2分科会:精神障害Ⅰ 1 精神科デイケアと障害福祉サービスの連携によるワンストップ型就労支援  ○清澤 康伸 医療法人社団宙麦会 ひだクリニック 30   新井 紀邦  株式会社MARS就労支援事業所 co opus       中田 健士  株式会社MARS    肥田 裕久 医療法人社団宙麦会 ひだクリニック 2 精神症状の治療から定着支援までのサービスをワンストップで行う 就労支援システム「ROCCET」の実践報告  ○新井 紀邦 株式会社MARS 就労支援事業所 co oups 32    清澤 康伸 医療法人社団宙麦会 ひだクリニック   中田 健士  株式会社MARS    肥田 裕久  医療法人社団宙麦会 ひだクリニック 3 ハローワークによる精神科医療機関においての就労支援セミナー実施の 取り組みについて  ○藤井 克典 春日井公共職業安定所 34    泉 陽介 春日井公共職業安定所   須藤 将章  すどうストレスケアクリニック 4 効果的な就労支援のための就労支援機関と精神科医療機関等との 情報共有に関する研究① ~研究概要及び情報共有に資するツール~  ○相澤 欽一 障害者職業総合センター 36   武澤 友広 障害者職業総合センター 5 効果的な就労支援のための就労支援機関と精神科医療機関等との 情報共有に関する研究② ~地域の情報共有を促す介入の効果検証~  ○武澤 友広  障害者職業総合センター 38    相澤 欽一 障害者職業総合センター 第3分科会:発達障害 1 就労移行支援事業所における発達障害のある方の就労支援  ○角家 優葉 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ鳳 40   梅永 雄二  早稲田大学   濱田 和秀 特定非営利活動法人クロスジョブ   大倉 結  特定非営利活動法人クロスジョブクロスジョブ梅田    砂川 双葉  特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ梅田 2 大学在籍時から就労移行支援事業所での連続性のある自己整理の 取り組み ~ASDの大学卒業者の就労支援  ○砂川 双葉 NPO法人クロスジョブ クロスジョブ梅田 42   梅永 雄二 早稲田大学   濱田 和秀 NPO法人クロスジョブ   大倉 結   NPO法人クロスジョブ クロスジョブ梅田   角家 優葉 NPO法人クロスジョブ クロスジョブ鳳 3 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける 問題解決技能トレーニングの改良の取組について  ○菊池 麻由  障害者職業総合センター職業センター 44   佐藤 大作  障害者職業総合センター職業センター 4 事業所における雇用後支援においてJSTを活用した取組について ~JSTの雇用管理への活かし方について考える~  ○古野 素子 東京障害者職業センター 46    上野 和美  東京障害者職業センター 5 アスペルガー症候群に特化した職業リハビリテーションプログラムESPIDD −T-STEPからESPIDDへ−  ○梅永 雄二 早稲田大学 48    井口 修一  障害者職業総合センター    繩岡 好晴  千葉県発達障害者支援センター   上原 深音  ひゅーまにあ総合研修センター 第4分科会:高次脳機能障害Ⅰ 1 当院独自の就労支援の取り組み(1) 再就職と仕事の定着に至った片麻痺患者の1例  ○兼目 真里 東京慈恵会医科大学附属病院 50   齋藤 玲子 東京慈恵会医科大学附属病院   渡辺 基 東京慈恵会医科大学附属病院   吉澤 いづみ 東京慈恵会医科大学附属病院    石川 篤 東京慈恵会医科大学附属病院    安保 雅博 東京慈恵会医科大学 2 当院独自の就労支援の取り組み(2) 発達障害症例及び失語症例に対する支援の比較および検討  ○齋藤 玲子 東京慈恵会医科大学附属病院 52    兼目 真里  東京慈恵会医科大学附属病院   永吉 成美 東京慈恵会医科大学附属病院   吉澤 いづみ 東京慈恵会医科大学附属病院   石川 篤 東京慈恵会医科大学附属病院   渡辺 基 東京慈恵会医科大学附属病院   安保 雅博 東京慈恵会医科大学 3 回復期リハビリテーション病棟退院後も職業センターと長期支援を行い 復職可能となった脳出血後遺症の一例 ~現職復帰を目指して~  ○千葉 咲希 袖ケ浦さつき台病院 54        川崎 優典 袖ケ浦さつき台病院   阿部 紀之 袖ケ浦さつき台病院 4 当院回復期病棟における脳卒中・頭部外傷後の就労支援の取り組み  ○樋口 貴也 社会医療法人財団慈泉会 相澤病院 56   西村 直樹 社会医療法人財団慈泉会 相澤病院    並木 幸司  社会医療法人財団慈泉会 相澤病院 5 重度記憶障害患者が発症後3年かけて前職復帰可能となった理由の 一考察 ~回復期リハビリテーション病院の役割~  ○清野 佳代子 東京都リハビリテーション病院 58    築山 裕子 東京都リハビリテーション病院    坂本 一世 東京都リハビリテーション病院   伏屋 洋志 東京都リハビリテーション病院 第5分科会:身体障害 1 欧米諸国における視覚障害者の職域開拓の取組の歴史 −20世紀における我が国の取組との比較を通して−  ○指田 忠司 障害者職業総合センター 60 2 視覚障害者に対するハローワークの職業紹介と関係機関との連携状況  ○依田 隆男  障害者職業総合センター  62   杉田 史子 障害者職業総合センター    野中 由彦 障害者職業総合センター    指田 忠司 障害者職業総合センター 3 視覚障害者に特化した多機能型就労支援事業の運営に関する実践報告  ○須藤 輝勝 北九州視覚障害者就労支援センターあいず 64 4 ろう学校高等部生対象 職場体験実習の取組 −未来の社会人に向けて−  ○笠原 桂子 株式会社JTBデータサービス 66 第6分科会:復職支援Ⅰ 1 新版TEGⅡ東大式エゴグラムVer.Ⅱをヒントにしたアサーション課題の開発  ○神部 まなみ 千葉障害者職業センター 68 2 復職後の業務遂行や問題解決、対人スキルに活かす、DESC法を用いた 個別ワークについて  ○結城 一彦 千葉障害者職業センター 70 3 IPSモデルを復職支援に用いた実践 −訪問と関係性を重視した支援−  ○本多 俊紀  NPO法人コミュネット楽創 72   大川 浩子 北海道文教大学/NPO法人コミュネット楽創 4 「福祉リワーク」の特徴と活用・連携について  ○山田 康輔 特定非営利活動法人Rodina 74    柳 恵太 広島障害者職業センター 5 採用後に障害者となった人に対する職場復帰支援について −事例調査結果から−  ○岩佐 美樹 障害者職業総合センター 76   小池 眞一郎 元 障害者障害者職業総合センター(現 秋田障害者職業センター)    宮澤 史穂  障害者職業総合センター 第7分科会:人材育成 1 個別支援に劣らず重要な職場・地域支援の技法としての「職場参加」の 具体的事例  ○山下 浩志 特定非営利活動法人障害者の職場参加をすすめる会 78 2 関係作りにおける変化 ~寄り添いと学び~  ○久保田 直樹 就労移行支援事業所コンポステラ 80 3 認知行動療法を学ぶ傾聴ボランティアが精神障害者と関わることでの影響 ~障害者就労継続B型事業所での取り組みをめぐって~  ○鈴木 しげ NPO法人シニアライフセラピー研究所 82    木村 由香 NPO法人シニアライフセラピー研究所 4 若年就労支援従事者に対するセルフケア研修プログラムの開発 −試行プログラムのアンケート結果から−  ○大川 浩子 北海道文教大学/NPO法人コミュネット楽創 84    本多 俊紀  NPO法人コミュネット楽創    宮本 有紀 東京大学大学院医学系研究科 5 ISO13407(人間中心設計)のプロセスを活用した 職場のユニバーサルデザインアセスメントシステム作成について  ○山科 正寿 障害者職業総合センター 86 第8分科会:定着支援 1 “任せられない病”からの脱却 ~知的・発達障がい者の自立と成長~  ○豊 眞澄 株式会社かんでんエルハート 88 2 社内研修制度構築に向けて −2016年度~2018年度重点施策へのジョブコーチとしての取組み−  ○山本 恭子 みずほビジネス・チャレンジド株式会社 90    熱田 麻美 みずほビジネス・チャレンジド株式会社 3 「現場が機能するカリキュラム」当事者と共に創ろうプロジェクト  ○宍戸 恵  株式会社シーエスラボ 株式会社 92  ○喜多 三恵子 株式会社シーエスラボ 株式会社  ○ 柴田 和宣 株式会社シーエスラボ 株式会社 4 より一歩踏み込んだ連携体制の就労支援を目指して ~長く安定して働き続けるために~  ○星 希望 株式会社あおぞら銀行 94 5 企業における福祉専門職の役割についての一考察  ○梶野 耕平 第一生命チャレンジド株式会社 96    齊藤 朋実 第一生命チャレンジド株式会社 第9分科会:障害者を取り巻く状況Ⅰ 1 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第5期)の調査結果  ○高瀬 健一 障害者職業総合センター 98   大石 甲 障害者職業総合センター   松尾 義弘 障害者職業総合センター   田川 史朗 障害者職業総合センター   荒井 俊夫 障害者職業総合センター   伊芸 研吾 障害者職業総合センター 2 英国の障害者認定をめぐって  ○佐渡 賢一 元 障害者職業総合センター 100 3 性同一性障害の開示にどう対応する? −「生きづらさ」を軽減するために−  ○西村 志保 みどりの町障害者就業・生活支援センター 102 4 障害者手帳制度の対象でない難病のある人への雇用支援の課題  ○春名 由一郎 障害者職業総合センター 104 【口頭発表 第2部】 第10分科会:企業における障害者雇用の取組Ⅱ 1 清掃グループにおける格付け検定試験実施から見えるもの  ○今野 雅彦 MCSハートフル株式会社 108 2 企業における障がい者雇用の取組み ~発達障がい者の雇用経験から~  ○井田 泰正 株式会社ジェイ エスキューブ 110 3 社会福祉法人での障がい者雇用における、企業在籍型職場適応援助者の 役割と組織体制の整備について  ○川溿 孝行 社会福祉法人阪神福祉事業団 112   中野 弘仁 社会福祉法人阪神福祉事業団 4 チャレンジ雇用制度に基づき採用された非常勤職員の都立高校における 職域拡大について  ○中村 規一 東京都立小川高等学校 114 5 障害を持つ人の自己実現と生涯成長に向けた余暇支援の重要性と、 企業就労における効果について  ○瀧川 敬善 東京海上日動システムズ株式会社/東京都教育委員会 116 第11分科会:精神障害Ⅱ 1 早期就職のこだわりを捨て、セルフコントロールできるまでのプロセス  ○近藤 ゆり子 株式会社LITALICO LITALICOワークス五反田 118    柳田 貴子 株式会社LITALICO LITALICOワークス事業部 2 院内雇用における採用と配置の工夫 ~作業の切り出しと環境特性、作業特性、本人特性の組み合わせ~  ○三上 浩平 医療法人社団厚仁会 秦野厚生病院 120   若松 陽子 医療法人社団厚仁会 秦野厚生病院    胡桃澤 直子 医療法人社団厚仁会 秦野厚生病院 3 「これなら働ける」を応援する地域づくり −精神障害を有する人に対する就労支援の新しい枠組み−  ○清水 一輝 愛知医療学院短期大学 122    港 美雪 尾張中部ワークシェアリングプロジェクト    堀部 恭代  訪問看護ステーション ブルーポピー 4 ワークサンプル幕張版(MWS)新規課題の開発状況 −精神疾患を有する休職者への活用効果の検討−  ○八木 繁美 障害者職業総合センター 124    知名 青子 障害者職業総合センター   前原 和明 障害者職業総合センター    山科 正寿 障害者職業総合センター    戸ヶ崎 文泰 障害者職業総合センター 5 精神障害者の職場定着に向けた事業主支援についての考察 ~ジョブコーチ支援における事業所内でのケア体制の構築の支援から~  ○近藤 永二 大阪障害者職業センター 126 第12分科会:精神障害Ⅲ 1 就労移行支援事業所におけるセルフモニタリングシートを活用した介入 ~躁状態の兆候に対処し、訓練継続に至った事例~  ○田中 庸介 ウェルビー株式会社 128 2 施設外就労先を活用した中間ステップの設定 ~強い不安感を持つ 精神疾患の方への自己理解の促進と自信創出への支援~  ○栄田 知美 ヴィスト株式会社 130   村田 あゆみ ヴィスト株式会社 3 就労移行支援における精神障害者に対する心理プログラムの効果検討  ○秋山 洸亮 一般社団法人リエンゲージメント 132 4 事例報告 精神科作業療法におけるシームレスな就労支援に向けた 取組み ~入院から外来作業療法、そして就労移行支援事業所へ~  ○吉浦 和宏 熊本大学医学部附属病院 134    石川 智久 熊本大学医学部附属病院    渡邉 真弓 熊本大学医学部附属病院    韓 侊熙 熊本大学医学部附属病院    野中 沙瑛 熊本大学医学部附属病院    竹林 実 熊本大学大学院生命科学研究部 5 就労移行支援事業を利用した復職(リワーク)支援の実践 ~実労働系訓練と認知系プログラムの一体的支援モデル~  ○工藤 達 社会福祉法人はーとふる 就労サポート・のだ 136 第13分科会:高次脳機能障害Ⅱ 1 就労の土台となる社会生活面の重要性 ~高次脳機能障害者の就労・生活状況調査に基づく要因分析~  ○結城 百枝 東京都心身障害者福祉センター 138   菊地 明日香 東京都心身障害者福祉センター 2 「高次脳機能障害者のための就労準備支援プログラム」利用後の 就労状況 ~終了者調査及び神経心理学的検査結果等の分析~  ○阿部 聡子 東京都心身障害者福祉センター 140   西尾 彰子 東京都心身障害者福祉センター    上妻 由樹子 東京都心身障害者福祉センター 3 就労移行支援事業所における高次脳機能障害者の復職支援と 就職・定着支援 ~支援体制の構築と制度の活用、関係機関との連携~  ○藤井 貴之 就労移行支援事業所ふらっぷ 142 4 高次脳機能障害者を主な利用者とする就労移行支援事業所と 地域障害者職業センターの連携に関する一考察  ○村久木 洋一 大分障害者職業センター 144   堀 宏隆 大分障害者職業センター   笹原 紀子 別府リハビリテーションセンター 障害者支援施設にじ   隂山 友紀 就労移行支援事業所だるま   小野 裕太 就労移行支援事業所だるま   桝田 一芳 就労移行支援事業所だるま 5 オーストラリアにおける感情コントロールに課題を抱える 高次脳機能障害者への支援  ○浅井 孝一郎 障害者職業総合センター職業センター 146 第14分科会:知的障害 1 知的障害・精神疾患を有するIさんの承認に焦点を当てた支援実践と その変化 ~就労継続支援B型におけるケース検証から~  ○大久保 洋志 社会福祉法人かしの木会 くず葉学園   古家 英樹 社会福祉法人かしの木会 くず葉学園 148 2 障害のある係員とともに患者さんから信頼される病院をめざして  ○岡山 弘美 奈良県立医科大学 法人企画部 150 3 特別支援学校における外部評価の意義と展望 −企業、福祉、行政を 主な対象とした「学校参観週間」のアンケート調査を踏まえて−  ○矢野川 祥典 高知大学教育学部附属特別支援学校    山﨑 敏秀 高知大学教育学部附属特別支援学校    宇川 浩之   高知大学教育学部附属特別支援学校 152 4 【プロ意識】×【合理的配慮】=職場定着&生産性向上  ○永田 美和 ビーアシスト株式会社 154 5 障害者支援施設における施設利用者と障がい者雇用の視点の違い について、企業型JCの立場から考察する。  ○山下 直子 社会福祉法人阪神福祉事業団 ななくさ育成園   髙橋 舞  社会福祉法人阪神福祉事業団 ななくさ育成園   武下 祐子 社会福祉法人阪神福祉事業団 ななくさ育成園    黒田 美貴 社会福祉法人阪神福祉事業団 ななくさ育成園    山下 雄 社会福祉法人阪神福祉事業団 ななくさ育成園    岸本 清子  社会福祉法人阪神福祉事業団 ななくさ育成園  156 第15分科会:復職支援Ⅱ 1 リワーク支援における「S-H式レジリエンス検査」を用いた 効果の測定と分析  ○柳 恵太 広島障害者職業センター 158 2 リワーク支援における「当事者研究」の実践・活用について ~強迫性障害の方が自身の不安とうまく付き合う方法・考え方~  ○柳 恵太 広島障害者職業センター 160 3 再び働くことを支援する復職支援プログラム  ○中村 美奈子 千葉障害者職業センター 162 4 業務遂行能力に焦点をあてた復職支援プログラムの試み  ○奥野 智子  千葉障害者職業センター    中村 美奈子 千葉障害者職業センター 164 5 気分障害等による休職者の復職支援プログラムにおける 「ワーク基礎力形成支援」 −支援の実際と効果について−  ○古屋 いずみ 障害者職業総合センター職業センター    牧 佳周子 障害者職業総合センター職業センター    中村 聡美  障害者職業総合センター職業センター 166 第16分科会:職域拡大 1 就労支援のための地域における事業体間連携による福祉事業所の 農作業取組  ○石田 憲治 国立研究開発法人農研機構    片山 千栄  国立研究開発法人農研機構 168 2 地域における福祉事業所による農作業の位置づけと役割 −多様な農作業の内容に着目して−  ○片山 千栄   国立研究開発法人農研機構   石田 憲治 国立研究開発法人農研機構 170 3 障害者の職域拡大についての取り組み ~仲間とともに学ぶことの意義~  ○髙橋 達也 医療法人社団健心会 ソエル 172 4 職業としてのアート活動の可能性を探る ~知的障害者プロアーティストへの挑戦Ⅰ~  ○谷川 千華 障害者支援施設DO 174 5デザインを仕事にする (デザイン系の職域開拓に向けた就労移行支援事業所の取り組み)  ○高橋 和子 就労移行支援事業所ここわ 176 第17分科会:地域における連携、ネットワーク 1 ハローワーク四日市の就職者から就労支援機関を活用して就職した方の 現状と実態  ○影山 尚 四日市公共職業安定所 178 2 発達障害学生の就労支援における大学と地域との連携体制構築のための 実践  ○後藤 千絵  一般社団法人サステイナブル・サポート   舩越 高樹  京都大学    川上 ちひろ 岐阜大学    堀田 亮  岐阜大学 180 3 障害学生就職支援担当者の役割に対する職業リハビリテーション機関 職員の期待に関する調査  ○後藤 由紀子 筑波大学    八重田 淳  筑波大学 182 4大学と就労支援機関の連携について ~多摩地域における大学生を 取り巻く新しい就労支援ネットワークの形成について~  ○井上 量 東京障害者職業センター多摩支所 184 第18分科会:障害者を取り巻く状況Ⅱ 1 "発達障害デイケアの就労支援 ~モデル事業と就労移行支援の 利用を選べ、就労へ繋がるデイケア~  ○後藤 智行 医療法人貴山会 柏駅前なかやまメンタルクリニック 186 2 社会(地域)に貢献する多機能型事業所の効果 −キッチン花亭の取り組み−  ○内田 良治 社会福祉法人博愛会 キッチン花亭 188 3 一般就労している障害者へのソーシャルサポートが気分状態の差に 及ぼす影響の検討  ○工藤 創 障害者就業・生活支援センターみなと    工藤 玲子  障害者就業・生活支援センターみなと   大関 将人 障害者就業・生活支援センターみなと    髙村 綾子  障害者就業・生活支援センターみなと   力石 ゆう子  障害者就業・生活支援センターみなと   木村 圭佑  障害者就業・生活支援センターみなと 190 4 障害者雇用制度の改正等に伴う企業の意識・行動について −企業アンケート調査の結果から−  ○宮澤 史穂  障害者職業総合センター   三輪 宗文 障害者職業総合センター    木野 季朝 障害者職業総合センター    浅賀 英彦  障害者職業総合センター 192 5 障害者雇用の質的改善に向けた基礎的研究 ~様々な立場から障害者の雇用の質について考える~  ○木野 季朝  障害者職業総合センター   松浦 大造 元 障害者職業総合センター(現 厚生労働省)   小池 眞一郎 元 障害者職業総合センター(現 秋田障害者職業センター)    春名 由一郎 障害者職業総合センター    大石 甲 障害者職業総合センター    布施 薫  障害者職業総合センター 194 【ポスター発表】 1 自立した生活と車椅子の離脱を目指して ~訓練事業所での取り組み~  ○川上 悠子 品川区立心身障害者福祉会館    臼倉 京子  埼玉県立大学/品川区立心身障害者福祉会館 198 2 地方都市における「デザイン系」への就労と職域拡大に向けた取り組み (印刷編)  ○青栁 匡宣 就労移行支援事業所ここわ 200 3 視覚障害者の就労移行支援における遠隔サポートシステムの開発(2)  ○石川 充英 東京視覚障害者生活支援センター    山崎 智章 東京視覚障害者生活支援センター    河原 佐和子 東京視覚障害者生活支援センター    稲垣 吉彦 東京視覚障害者生活支援センター    江崎 修央  鳥羽商船高等専門学校    伊藤 和幸  国立障害者リハビリテーションセンター研究所 202 4 就労継続支援B型での、就労を意識した取り組み ~ワークサンプル幕張版などの教材を活用して~  ○石澤 香里 社会福祉法人ひらく会 多機能型事業所みんと 204 5 知的障害・発達障害を持つ在職者向け定着支援プログラムの試行と 今後の課題について ~企業のノウハウの活用を通じて~  ○松村 佳子 武蔵野市障害者就労支援センターあいる   竹之内 雅典 元 キヤノン株式会社(現 NPO法人障がい者就業・雇用支援センター) 206 6 農業分野において障がい者が活躍するということ ~ジョブコーチ支援を通して~  ○宮城 重久  はーとふる川内株式会社   上田井 喜代仁 はーとふる川内株式会社    大工 智彦  徳島障害者職業センター    井原 希実子  徳島障害者職業センター 208 7 知的障害者への就労支援における作業療法士の役割 −作業所を通じて学んだ15年間の研究・報告の歩み−  ○中村 俊彦 常葉大学    峰野 和仁  社会福祉法人復泉会 くるみ共同作業所 210 8 放課後等デイサービス終了後の学卒就職者支援の取り組み −本人、保護者に対する学齢期の関係性を活かしたライフキャリア支援−  ○藤田敦子 社会福祉法人ぷろぼの  放課後等デイサービスぷろぼのスコラ生駒 212 9 「楽JOB(仕事を楽に、楽しく、取り組みやすくするための業務改革)」による 障がい者の雇用拡大と定着  ○小山 洋美  株式会社ベネッセビジネスメイト  ○ 石井 久美子 株式会社ベネッセビジネスメイト 214 10 知的障がい者の就業定着支援の実践例 ~企業で長く働く為に、本人・支援者が心掛けたい事とは~  ○本吉 晋太朗 社会福祉法人あひるの会 あかね園 216 11 精神障がい者の職業準備性尺度開発の試み −当事者の語りと項目選定−  ○早田 翔吾 ストレスケア東京上野駅前クリニック 218 12 仕事の模擬体験プログラム『企業実践』の提供方法に関する取り組み ~生きたプログラム運営をめざして~  ○高橋 亜矢子 ウェルビー株式会社    太田 光  ウェルビー松戸第二センター    藤原 英子 ウェルビー西船橋駅前センター   沼部 真奈  ウェルビー松戸センター    東海林 篤  ウェルビー新越谷駅前センター 220 13 WebによるACTの学習・体験システムの有効性確認について  ○小倉 玄  株式会社スタートライン   刎田 文記  株式会社スタートライン 222 14 障がい者雇用・定着サポートのためのスタートラインサポートシステムの 活用状況について  ○刎田 文記 株式会社スタートライン 224 15 就労移行支援事業所におけるACT-onlineの活用事例  ○高谷 さふみ 社会福祉法人釧路のぞみ協会「自立センター」 くしろ・ねむろ障がい者就業・生活支援センターぷれん    鈴木 浩江 社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター    金橋 美恵子  社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター   濱渕 麻友 社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター    大水 賢憲  社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター   刎田 文記   株式会社 スタートライン 226 16 就労移行支援事業所におけるセルフモニタリングシートを活用した介入 ~自己効力感を高め、職業準備性が向上した事例~  ○芳川 美琴 ウェルビー株式会社    田中 庸介 ウェルビー株式会社 228 17 AI(RPA)の活用による障がい者の職域拡大と支援強化の取り組み  ○野口 悦子 株式会社ベネッセビジネスメイト    虎頭 雄彦  株式会社ベネッセビジネスメイト   百溪 友一  株式会社ベネッセビジネスメイト 230 18 復職支援における「不安」や「緊張」への対処について ~当院での実践例~  ○土師 裕子 医療法人社団更生会 草津病院    和田 千尋  医療法人社団更生会 草津病院 232 19 就労定着支援HTM.の活動報告と今後の可能性について  ○木原 藍子  NPO法人那須フロンティア   増田 美和子 NPO法人那須フロンティア    添野 裕太 NPO法人那須フロンティア    野崎 智仁  国際医療福祉大学/NPO法人那須フロンティア 234 20 精神障害のある方に対する就労継続支援事業所で取り組む就労定着に 向けた支援 −離職原因と疲労原因に着目して−  ○桒田 嵩 社会福祉法人桜樹会 C's Inc.   平 小田 智治 社会福祉法人桜樹会 C's Inc.    柳井田 忠茂  株式会社ホープ 236 21 企業における双極性障害を有する者の職場復帰及び支援状況の 実態調査  ○浅賀 英彦  障害者職業総合センター    戸ヶ崎 文泰 障害者職業総合センター 238 22 発達障害を背景とした職業性ストレスに関する検討 …一般労働者が発達障害事例に至る経緯に着目して…  ○知名 青子 障害者職業総合センター 240 23 就労移行支援事業所において、高次脳グループワークがもたらすもの  ○萩原 敦 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ阿倍野    濱田 和秀  特定非営利活動法人クロスジョブ 242 24 高次脳機能障害の方の、就労移行支援事業所利用から就労までの 取り組み  ○角井 由佳 NPO法人クロスジョブ クロスジョブ札幌   伊藤 真由美 NPO法人クロスジョブ クロスジョブ札幌    濱田 和秀 NPO法人クロスジョブ 244 25 社会的行動障害を持つ患者の再就労支援の検討  ○韓 侊熙 熊本大学医学部附属病院    吉浦 和宏 熊本大学医学部附属病院    渡邉 真弓  熊本大学医学部附属病院   竹林 実  熊本大学大学院生 246 26 注意・記憶障害を呈した20代男性が希望する仕事へ転職するまでの 外来リハビリでのチームの関わり  ○森谷 優希 沖縄リハビリテーションセンター病院 248 27 職場への復帰を目指して ~回復期病院入院中に職場との連携を緊密に実施した症例を経験して~  ○島 佑太朗  沖縄リハビリテーションセンター病院     奥山 久仁男  沖縄リハビリテーションセンター病院     加藤 貴子 沖縄リハビリテーションセンター病院  250 28 高次脳機能障害の就労支援における多機関連携の課題と展望 −医療・福祉・労働の連携ワークショップを通して−  ○市野 千恵 新潟市障がい者就業支援センター こあサポート 252 29 職業リハ領域におけるコミュニケーションパートナートレーニング −高次脳機能障害者の職場のコミュニケーション環境への介入−  ○土屋 知子  障害者職業総合センター    松尾 加代 障害者職業総合センター 254 30 就労を支える第三のスキーム「CAP」  ○吉岡 俊史   総合就労支援センターCAP/就労移行支援事業所あるば   大淺 典之  総合就労支援センターCAP/就労移行支援事業所あるば    吉田 志信 総合就労支援センターCAP/就労移行支援事業所あるば 256 31 障害学生のキャリア支援に関する雇用・福祉・教育の関連施策の動向 :文献レビュー  ○清野 絵 国立障害者リハビリテーションセンター    榎本 容子 研究所 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 258 32 施設卒業生によるOB会における、就労定着支援への意識調査 ~つばめ団の取り組みを通して~  ○西躰 亮貴  株式会社富士山ドリームビレッジ    北村 貴志 株式会社富士山ドリームビレッジ 260 33 障害福祉サービスにおける堺市での地域就労支援について  ○辻 寛之 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺    濱田 和秀  特定非営利活動法人クロスジョブ 262 34 職業リハビリテーションにおける自己理解の支援行動の実施に対する 経験年数の影響  ○前原 和明 障害者職業総合センター    八重田 淳  筑波大学 264 35 障害者職業総合センター研究部門における研究課題の体系化  ○武澤 友広 害者職業総合センター    松尾 義弘  害者職業総合センター   高瀬 健一  害者職業総合センター   依田 隆男 害者職業総合センター    石黒 秀仁  元 障害者職業総合センター (現 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構総務部) 266 36 職場定着にかかる雇用条件の分析 −調査研究報告書№137「障害者の 就業状況等に関する調査研究」の結果から−  ○大石 甲 障害者職業総合センター   高瀬 健一 障害者職業総合センター    松尾 義弘  障害者職業総合センター 268 37 フランスにおける個々の職場での就労困難性を反映した重度障害認定制度  ○小澤 真 障害者職業総合センター 270 【パネルディスカッションⅡ】 「障害者雇用の現場で実践する合理的配慮」 司会者:石井 賢治  独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構  雇用開発推進部 274 パネリスト:石田 茂  ポラス株式会社 人事部 275       内田 博之 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構  中央障害者雇用情報センター 276       工藤 庄  株式会社日立ハイテクサポート 277 特別講演 障害者雇用は『働き方改革』の決め手になる 鳥飼総合法律事務所 弁護士 小 島 健 一  「働き方改革」の決め手になるのは、全ての職場が、障害のある人を、一緒に働く仲間として受け入れることである。一人ひとりの社員が、会社と仕事に愛着と誇りを感じ、自分らしさを職場で発揮することをためらわず、自立して判断・行動し、互いに理解と協力ができるようになる。そうすれば、おのずと個人と組織の活力と創造力は高まり、理想の「働き方改革」が達成される。今話題の「ティール組織」(フレデリック・ラルー著・英治出版)が描き出す次世代型の組織の姿に重なる。    いよいよ来年4月から(中小企業では、再来年4月から)、「働き方改革」の中核である労働時間の上限規制が施行される。上限時間(ひと月100時間未満、2ヵ月~6ヵ月平均で月80時間以下など)に違反して労働者を時間外労働させた使用者に刑事罰を科すことをテコにして、何が何でも、わが国の長時間労働慣行を止めさせようとする“荒療治”である。  何故、長時間労働を止めなければならないのか。それは、働く人の誰もが、心身の安全と健康(病気の治療を含む)、生活(恋愛、結婚、出産、育児や介護を含む)、趣味、交流、学習、社会貢献など、人として生きることの様々な価値と働くこととを両立できるようにするためであり、さらに、長時間労働の職場では働くことに支障がある様々な状況にある人々が、やりがいのある労働に参画できるようにするためである。  産業構造の大転換と労働力人口の急減を同時に迎えたわが国において、労働生産性を劇的に高めるためには、「ダイバーシティ&インクルージョン」を強力に推進するほかに途はない。効率性を追求するだけでは、もはや、労働生産性は向上しない。むしろ、たとえ効率が悪くとも、働く人の多様性を受け入れ、多様性を活かし切ってこそ、より大きな成果、新しい価値を生み出すことができる。「働き方改革」の本質は、「ダイバーシティ&インクルージョン」である。  「インクルージョン(包摂)」とは、全ての働く人が、ありのままで受け入れられていると感じられ、そのアイデアや経験をオープンにすることをためらわず、持てる力の100%を発揮し、相互に影響を与え合うことができる組織文化である。インクルージョンがあってはじめて「ダイバーシティ(多様性)」は機能し、“イノベーション”という成果をもたらす。    インクルージョンを進めるためには、女性や外国人の積極的な登用では不十分である。なんとか器用に適応できてしまうので、長時間労働の男性正社員を前提にした企業文化や職場風土に溶け込んでしまう。それほど、「男らしさ」や「日本人らしさ」への同調圧力は強固である。  障害者雇用こそが、日本企業の「ダイバーシティ&インクルージョン」の突破口になる。私は、これを、障害者雇用から始まる「働き方改革」の“ドミノ倒し”と名付け、障害者雇用の効用を未だ実感していない経営者に対し、障害者雇用に真剣に取り組む意義を説いている。  そのメカニズムを単純化すれば、次のようになる。 障害者は、障害があるがゆえに企業に価値をもたらす。それは、障害者を利用者とする製品・サービスの開発やユニバーサル・デザインに貢献することだけではない。すべての社員が、障害者と一緒に働くことによって、優しくも、たくましく成長する。障害者に励まされる、障害者の姿が鏡になるのである。  障害のある人が働くためには、その障害の特性上、周囲の同僚においても、さまざまな配慮が必要になることがある。しかし、障害のある人を職場に受け入れ、その能力を発揮するために必要な配慮を提供し、戦力として働き続けることができる環境を作ることは、周囲の同僚にとっても、自立と成長の機会になるのである。  障害者を受け入れ、戦力とするためには、職場の側から変化せざるを得ない。病気、育児、介護などの“制約のある社員”でも、メンタルヘルス不調の社員でも、新卒・中途入社したばかりの社員でも、「助けてもらう」立場であると同時に、「助ける」立場になる。最も制約がある者の戦力化にこだわる効果はここにある。誰もが、何らかの制約を抱える「弱い」存在であることを直視し、その「弱さ」を前提としてはじめて、互いに依存し、互いに支援し合える関係になるのである。    いわゆる“問題社員”に企業が向き合うお手伝いをしてきた企業側労働弁護士としての経験と、精神・発達障害のある働く人の就労支援に情熱を注いできた諸先輩と同志の姿から、私なりの確信に至ったことをお伝えしたい。 パネルディスカッションⅠ 実雇用率の低い業種におけ障害者雇用の取組について 【司会者】 秦政(特定非営利活動法人障がい者就業・雇用支援センター 理事長) 【パネリスト】(五十音順) 秋場 美紀子(東京障害者職業センター 次長) 十河 寿寛 (税理士法人古田土会計・株式会社古田土経営 リーダー) 福田 久美子(株式会社美交工業 専務取締役) 三角 敦嗣 (カナツ技建工業株式会社 総務部総務・人事グループ グループマネージャー) 実雇用率の低い業種における障害者雇用の取組について 特定非営利活動法人障がい者就業・雇用支援センター 理事長  秦  政  平成30年4月、民間企業に課せられる障害者の法定雇用率は、以前の2.0%から2.2%に引き上げられた。さらにむこう3年以内にさらに0.01%加算され2.3%の雇用目標が定められた。公的機関の場合、民間の水準より0.02%上位に設定される。  遡ることほぼ30年前、当時の勤務先の障害者雇用の低迷を改善するため、障害者雇用特例子会社の設立準備を始め、翌年2月に会社を立ち上げ経営にかかわってきた者には、この数値は「良くここまで来たな」との感慨を覚えるとともに、多くの企業の方々が真摯に課題に向き合い成果を積み上げてきたからこその水準であると思っており、企業の皆さんのたゆまぬ努力に敬意を表したい。企業社会全体に根付いたCSRの意識と法遵守の姿勢があってこその成果といえる。  一方、平成の時代が終わろうとしている今、平成が始まったころには想像もしなかった大きな環境変化の中に企業が立たされていることを実感している。経済社会は地球規模に拡大し、それと連動する形で産業構造は大きく変化をしていき、企業現場の業務内容も高度・複雑化してきた。この間、雇用マーケットも大きく変化した。多くの企業が慣れ親しんできた身体障害者の新規確保は困難を極め、新しい働き手として精神・発達・難病といった人たちの雇用が求められる時代になってきている。障害者の採用と戦力化には相当な努力が求められる。  これからの障害者雇用促進は過去の経験だけでは叶わず、新たな職域開発や人材育成のノウハウも求められている。成果を出したくてもなかなか道筋が見えない中で戸惑う企業も増えている。  今般のシンポジウムでは、先達の企業の取り組みや経験から発掘したノウハウ等を披瀝いただくことで障害者雇用に不慣れな、あるいは戸惑いのある企業の皆さんや支援者の方々に参考にしていただけるような議論を展開したい。 実雇用率の低い業種における障害者雇用の取組について ~東京障害者職業センターの事業主支援~ 東京障害者職業センター 次長  秋場 美紀子  地域障害者職業センターが行う事業主に対する障害者の雇用管理に関する助言その他の援助(事業主支援)は、地域センターの職業リハビリテーション業務の重点事項の一つであり、個々の事業主のニーズに応じた専門的支援を積極的に行っている。  実雇用率の低い業種の事業主からは、そもそも障害者雇用のイメージがわかない、障害者ができる仕事がない、社内の理解がない、採用後どう雇用管理をしたらよいかわからない、といったご相談が多い。  例えば、障害者雇用のイメージ作りのお手伝いとして、採用までのステップや同業種の雇用事例(障害者雇用事例リファレンスサービス・HPの動画・DVD等)・他社の見学をご紹介している。また、仕事の切り出しについては、仕事の切り出しの考え方や切り出し例のご紹介や、ハローワークと連携し、会社見学を行い、助言を行う等により求人化をした例もある。  社内の理解促進のニーズに対しては、社内研修の企画を行っている。全般的な障害者雇用の理解を深めたい、各部署に仕事の切り出しをしてもらいたい、受け入れ部署で障害特性や雇用管理のポイントを知ってもらいたい、などいった対象者とニーズに応じた研修を実施している。より高度で専門的なアドバイスが必要な場合には、障害者雇用支援人材ネットワーク事業(障害者雇用管理サポーター)の活用を行うこともある。  また、採用後の雇用管理について助言が受けられる環境がないという場合には、他社の取組事例を聞いたり、担当者間で情報交換を行うことのできる事業主ワークショップのご案内を行ったり、ジョブコーチ支援を通じて雇用管理のノウハウの伝達を行っている。  目標とするところは、事業所の方の不安軽減、障害者の力を活かして雇用していただくイメージづくりのお手伝いと企業のサポート力の向上(雇用管理体制の充実や担当者のサポート力の向上等)である。事業所との相談の中で状況、ニーズをお聞きした上で、雇い入れ検討の段階~職務の検討~受け入れ準備~採用~定着まで様々な段階に応じたメニューを組み合わせて提案し、体系的に支援を実施している。 実雇⽤率の低い業種における障害者雇⽤の取組について 税理士法人古田土会計・株式会社古田土経営 リーダー十河寿寛 株式会社美交工業 専務取締役福田久美子 実雇用率の低い業種における障害者雇用の取組について カナツ技建工業株式会社 総務部 総務・人事グループ グループマネージャー 三角 敦嗣 本  社:島根県松江市春日町636番地 創  業:1938年6月11日 会社設立:1954年4月14日 事業内容:土木・建築工事施工管理及び水処理施設の建設と運転監視・維持管理業務 【障害者雇用についての考え方】  企業が地域社会の中で存続していくためには、その地域社会が元気であること、そこで働く人が元気であることが必要であり、障害者雇用についても、お互いに助け合うことで良い人間関係ができ、お互いに成長しあい、それが地域の活性化にもつながるものと考えます。また、障害者の方々の活動への協力・支援をすることで、障害者の方々の活躍の場が広がるよう、雇用以外の面でも積極的に取り組むことで地域の活性化を促進できるものと捉えています。 【雇用状況】  聴覚障害・視野障害・知的障害・精神障害(全体で6名) 【主な仕事】  パソコン業務 ・データ入力 ・書類の電子化作業 ・PCセットアップ  事務業務 ・名刺発注管理(社員からの依頼受付、業者への発注、納品対応など)     ・文書管理(ファイリング) ・郵便物の送付  軽作業 ・施設営繕(草刈、花壇への水やり、施設内の整理整頓、清掃)     ・水質検査器具の洗浄 ・水質検査補助  その他 ・社有車管理(洗車、給油) ・チラシ配り 【雇用のための取組】  ・既存業務だけではなく、新たな雇用の場を創出  ・事前の見学会や体験期間、トライアル雇用制度の活用  ・雇用条件(勤務日数、勤務時間等)への柔軟な対応  ・専任の社内支援担当配置による窓口一本化  ・社内会議への参加  ・安心して働ける職場環境づくり 口頭発表 第1部 障害者は戦力となり生産性向上につながる ○笹 さとみ (サラヤ株式会社 営業本部営業管理部 リーダー/障害者職業生活相談員/精神障がい者・発達障がい者職場サポーター) 1 はじめに  当社サラヤでは、互いに密接な関係にある「衛生」「環境」「健康」という3つのキーワードを事業の柱とし、より豊かで実りある地球社会の実現を目指している。また、この基本理念に深く関わるテーマを中心にSDGsを企業活動目標に取り入れている。  2018年7月時点で、サラヤと東日本を管轄する東京サラヤを合わせた従業員は、約1700人。障害者雇用数は32名。障害者雇用率は全社で2.37%、そのうち、サラヤグループの障害者雇用率は2.31%で障害者23人(身体障害者10人、精神障害者10人、聴覚障害者2人、知的障害者1名)が勤務している。なお、営業管理部の内訳は表1の通りである。   表1 営業管理部内訳 2 障害者雇用のきっかけ  営業本部営業管理部は、営業の生産性向上に資する仕事をする、営業の支援をする部署である。営業で最も重要なシステムは、「顧客名簿がしっかりしていること」である。  しかしながら、お客様データの整理が進んでおらず、整理するにもデータが膨大でどう整理するか課題のままであった。また営業が事務仕事の内勤をせずに外にエネルギーを向けるためにどうすればいいか?これも課題であった。まず、営業がお客様にアプローチする時、訪問、受注・売掛、電話対応、メールマガジン配信等々の記録があちこちのデータベースに入っている情報を探すため、資料作りや情報収集に時間がかかっていた。  そのため、それぞれ散在したお客様情報に統一コードをつけて、1カ所に集約することを考えた。しかしこの統一コードによる紐づけ作業は膨大なデータのため外注するとコストも膨大になる。新しく人を雇用するのも社内の理解が得にくかった。そこで、『障害者の人たちを雇用してはどうか』と提案すると『社会貢献を目指している会社が障害者の雇用もでき、かつ長年の課題であったお客様データの整備が進むのであればとてもいいことである。どんどん雇用を』と経営トップを含め、会社全体が賛同した。ここに障害者雇用の活路を見いだすことができた。 3 現在の雇用状況 <目標>  当事者の方の業務について、量も質も退屈なお仕事にならいなように日々調整し、障害者雇用の拡大につながるよう取り組んでいる。  2014年3月からスタート。当初は3人からスタート。メンテナンスしてもらうデータが膨大になっていくにつれて徐々に人数が必要になり、2018年8月現在で10名。今後さらにメンテナンスが必要なデータは増え続けるので障害者の雇用も拡大されるであろう。   表2 障害者雇用数推移 4 業務内容  顧客データベースの整理作業。色々なデータベースに散在している特定の顧客情報を統一コードで紐づけ一元管理する。営業活動に直結する大切な業務である。営業の知りたい情報の最適化である。 5 障害の特性を活かし、能力を見極めて伸ばす  躁鬱の精神障害がある女性。データベースのメンテナンスの仕事で採用され自らスキルアップしプログラミングまでこなす。実は彼女はLGBT。LGBTが原因で精神障害を患ってしまう。データ処理の業務として採用になり、著しく日々の実績が優れていた。業務レクチャー後の理解力も早く、私の代わりとして業務の説明を行ってもらったりとリーダー的な存在になる。徐々に色々と自信をつけていった彼女は現在、準社員になりプログラミングスキルを活かし、定型業務を簡易化する仕組みも作っている。   6 障害者の能力を活かし、経営課題であった顧客情報を一元化  障害のある人たちの働きで、一つひとつの顧客情報に統一コードがつきお客様ポータルで一元管理ができるようになった。これは、障害者の方たちで完成することができた。障害者の方たちのチーム作業が役に立ち営業からのオーダーが増えてきている。 7 営業特化に向けた協力  今後、営業へのヒアリングを行い営業の内勤業務軽減につながる業務を障害者の方たちで取り組んでもらう。業務軽減された営業の時間は、新人指導に費やされたり、営業の足をもっと外に向けてもらうことができる時間になり、営業に特化してもらえるようになる。  結果、生産性は向上し、売り上げにつながることになり、障害者の方たちの貢献によるものとなる。 8 今後/まとめ  当社と同様、IT化を進める中で、データベースが継ぎ足しになっているという中小企業は少なくないのではないか。障害者の仕事が営業の役に立っていると確信できるからこそ伝えられることがある。  それは、コンピューターが普及し始めて約30年超。次から次へとコンピューターを導入し、多くのデータベースが構築されたが、うまく一元化できていない企業は恐らくまだまだ存在していると思う。業務の効率化をはかる時、障害者ができる業務はたくさんあると思う。この部分に焦点をあてて業務開発を行えば営業の生産性はあがり、さらなる障害者雇用につながると思う。つまり、障害者は企業の重要な営業のサポートを担うことになり、それぞれの特性に応じた能力を発揮することで企業への貢献をはかることができる。 「障害者は戦力となり生産性向上につながる」 【紹介】 2017年アビリンピック大阪大会2名出場(初参加) オフィスアシスタント:銀賞 1名 ワード・プロセッサ :銅賞 1名 2018年アビリンピック大阪大会2名出場(1名初参加) 表計算       :銀賞 1名 製品パッキング   :銅賞 1名 【連絡先】  笹さとみ  サラヤ株式会社 営業本部営業管理部  TEL :06-7669-0254  Mobile:080-8335-3465  sasa@saraya.com 一億総活躍社会を目指して~企業に於ける障がい者の働き方改革~ ○遠田 千穂(富士ソフト企画株式会社 企画開発部 部長) ○槻田 理 (富士ソフト企画株式会社 教育事業部 課長代理) ・「女性として働きたい」  社員から受けた相談である。自らの性に違和感を感じながら生きてきたが、我慢の限界であり、名前の変更、服装、使用設備の変更を申し出たという記である。  一億総活躍社会の目的は、誰もが活き活きと働ける世の中を願っているものであり、生き辛さを感じながら出勤することは合理的配慮とはならない。当事者の希望と背景にあるものをよく見極めた上、女性として働く許可を出した。「これで堂々と出勤できます」と、勤怠の改善にもつながった。  仕事をする上では健常者が障がい者に指示を出すのではなく、この仕事を、如何に効率よく行えば採算が取れるのか自分達で考え、自分達でマニュアルを作ることがやる気につながる。ああしなさい、こうしなさいでは、自分でものを考えない社員になってしまう。自ら学び、自ら実行する機会をどれだけ作れるかが企業の裁量にかかってくるのだと考える。 ・「理性を鍛えて本能を抑えよ」  会社員は「無意識のうちに朝起きて顔を洗い、鞄を片手に電車に乗り、会社の椅子に座っている。」出勤が習慣化しているのだ。この習慣作りこそが、社会人の基礎となる。  いつまでも布団に入っていたいという人間の本能を優先させるのではなく、そこで起きて会社に行くには、どう生活すべきなのかそれを自ら考え、実行することが社会人の務めである。 ・「他人をコントロールするのではなく自分をコントロールしよう」  孤独力を鍛える。「自律」の一言に尽きる。9:00~17:30は、会社の時間だが、17:30~9:00までは自分の時間なのだ。それをアルコールや、暴飲暴食で潰すのか、スポーツや趣味に打ち込むかどちらが、「自律」につながるだろうか? 休日の過ごし方も重要である。趣味や体調・障がい状況等を発表し合う1分間スピーチも、働き方改革では有益な時間となる。コミュニケーション力は鍛えれば身に付く。孤独力は年月をかける習慣から鍛えられることも多い。 ・「障がい力を活かす」  障がいを負ったことを後悔するのではなく、むしろその経験を強みにして親会社のうつ病を発症した社員のリワークの受け入れも行っている。2週間、午前中は自分のスキルを障がい者に教え、午後は自分の人生についてPPTを作成して語る。障がい者はうつ病を発症した健常者の心の痛みや薬の副作用がよくわかる。病気に関しては先輩であり、アドバイスも的確に行う。その後産業医面接を経て復職へと進む。  今の仕事に固執して適応障がいを発症している可能性もあり、中には精神保健福祉士の資格を取得して病院へ転職したグループ会社の社員もいる。現在の自分を見つめ直すよいきっかけになっていることは間違いない。 ・「新卒社員の力を活かす」  現在発達障がいの新卒・第二新卒の新入社員も増えている。優秀なプログラミングやPCスキル、語学力を活かすべく仕事の面と点を拡げ深める。障がい者、女性、外国人の雇用促進は急がれることであり、英検やTOEIC、PC検定、メンタルヘルス検定にチャレンジする社員も増えている。特別支援学校や、高校、大学教員に於いても企業がどのようなスキルを求めているのかを把握し即戦力としても、活躍できる。障がい当事者を育成する必要もある。 ・「生き物を愛でる・アニマルセラピーの導入」  動物でも、植物でも、命を大切にすることは情操教育にもつながる。情操教育は子供だけではなく生活にわたっても必要な教育である。日頃から大切にする心の訓練が大切である。  SNSやラインの普及もあり、極めてスピーディーで衝動的な、短い言動が増えている現代、1つの命にじっくり向き合い、温もりを感じることで、心の鎮けさを取り戻し、集中力も高まり企業の業績UPにつながる。 ・「障がい者の管理職登用について」  弊社では幅広い人材を活用するため、障がい者の管理職登用を積極的に行っている。以下に状況を記す。  平成30年6月時点で社員数は198名。うち障がい者は168名となっている。障がい者の管理者ならびに役職者は54名。障がい者全体の約1/3が何らかの役職に就いていることになる。  障がい者社員のうち障がい別の社員の割合は、身体が約22%、知的が約17%、精神が約61%となっている(表1)。発達障がいを持つ社員は精神あるいは知的障がいに含まれて分類されている。  障がい別の役職者社員の内訳は、身体が約28%、知的が約9%、精神が約63%となっている(表2)。  障がいをもつ役職者の割合でみると、精神障がいの役職者社員が突出して多いが、これは精神障がいを持つ社員数が多いからである。  具体的な役職に就いている障がい者の人数については、表3を参照されたい。 表1 障がい者社員に対する各障がい者の割合 表2 障がいを持つ役職者社員に対する各障がい者の割合  弊社が障がい者の役職者・管理者を数多く任命するのには訳がある。弊社に入社する障がい者社員の多くが、自身の障がいで苦労してきた。中には自尊心を傷つけられ、自信をなくしていた者もいる。そのような方々に対し、弊社で働く中で自信を取り戻して生き生きとした本来の自分を取り戻してもらいたいと考えている。働いて自信を取り戻すには、成功体験が欠かせない。その成功体験を感じてもらうものが、弊社における役職者登用である。  弊社で役職者ならびに役が上がるには以下の手続きを踏む。弊社では年に2回成果を評価される。評価は1.0~5.0の0.5刻みの9段階である。直近の4回の評価が3.5以上であるならば、役職者として推薦を受けることができる。本人の承諾を得たうえで、経営会議にかけられ、承認されれば役職者となる。  役が上がれば、部下を持つこともある。さらに部門を束ねる責任者にもなれる。頑張れば評価され、相応の仕事が任されることになる。障がい者だから業務の範囲が制限されることはない。評価基準は健常者と変わらない。  弊社は特例子会社であり、8割以上の社員が何らかの障がいを抱えている。つまり、障がいを持っていることが「普通」なのである。「普通」であることは「特別」ではないのだ。「特別」でないのなら、役職・業務内容に制限を設ける必要はない。当然責任が伴い、厳しさもあるだろう。しかしそれ以上に困難に挑戦し、乗り越えることによって成功体験を得ることができる。成功体験が本来の自分を取り戻すことになる。それが障がいを克服することにつながる。ただし障がい特性により配慮が必要な社員がいる。そのような社員は、本人が活き活きと能力を存分に発揮するために必要ならば、実施している。逆に本人の能力・意欲を低くするような配慮は行わない。配慮については、本人の要望を含めて、上司・会社がよく聞き、双方が納得できるところまで突き詰める。  多くの仕事、上司、同僚、部下、顧客、関係者と幅広い業務・人間関係を通じて人は成長する。それは健常者、障がい者とも変わらない。企業として一番してはならないことは、本人の成長を阻害すること。障がい者でいえば、たくさんの仕事をする機会を奪うことである。配慮という名のもとで障がい者社員に対する業務範囲を狭めてはいけない。業務範囲を狭めないという観点では、障がい者が様々な役割を担うことは当然である。そのような意味でも障がい者の役職者・管理者登用は、障がい者本人の回復のためにも必要なことと思う。 【連絡先】  遠田 千穂    富士ソフト企画株式会社  Tel:0467-47-5944  e-mail:todachi@fsk-inc.co.jp 障がい者社員に対するストレスチェックの実施報告 ○高坂 美幸(MCSハートフル株式会社 精神保健福祉士) 1 はじめに  当社は、メディカル・ケア・サービスの特例子会社として、設立当初から身体、知的、精神の障がい者社員を雇用している。  障がい者社員の内訳は知的障がい者社員(以下「パートナー」という。)が全体の75%を占め、業務内容は親会社の運営する高齢者施設の清掃業務、印刷業務(名刺、チラシ印刷等)、PC業務(パソコンのセットアップ、データ移行、ヘルプデスク業務等)等を行っている企業である。  設立当初に精神障がい者社員の定着支援に試行錯誤した結果、社内に定着支援の専門職を配置する形で現在は落ち着いている。  定着支援担当は、精神障がい者社員への定期的な面談やグループワーク等を中心に、社内全体のメンタルヘルスの安定に関わる業務に従事している。平成27年12月より労働安全衛生法が改正され、ストレスチェックの実施が義務化されたことを受け、2016年度からはストレスチェックの実施者としての業務も加わった。  私がこれまで2016年、2017年と2度のストレスチェックの実施者として実施してきた結果、ストレスチェックというツールの有用性と共に社内に専門職を配置する必要性を強く感じている。その中でもパートナーと定着支援担当者との関係性はストレスチェック実施前と実施後では大きな変化が見られた。  そこで今回は、パートナーに対するストレスチェックの実施報告とそこから見えてきた企業内における定着支援の専門職としてのあり方と課題について、検討、考察をしたいと思う。 2 ストレスチェック実施方法 (1) 2016年度 ア 対象者  パートナー社員 34名   ※療育手帳を取得している社員 イ 実施日時   (事前説明会)2016年7月13日(水)14:00~15:00   (実施日)2016年8月1日(月) ウ 実施方法 (ア) 項目  厚生労働省版ストレスチェック実施プログラム簡易版(23項目)から20項目を選出し、フリガナをつけた用紙を使用(図1参照)。    図1 2016年度    (イ) 進行方法  32名のパートナーを清掃グループごとに3グループに分ける。1グループ90分の枠で、定着支援担当が項目を読み上げ、一斉に回答する形式。  2~3名のパートナーに対し、指導員1名が補助につき、文言の説明と記入漏れの有無を確認。 (ウ) 結果  表と文書をセットにし、配布。  高ストレス者については、結果の配布時に文書と口頭にて定着支援担当より産業医面談を勧奨。 エ 2016年度まとめ  ・事前に『ストレス』についての研修を実施したことで   パートナーがスムーズに受検をすることができた。  ・グループに分け、指導員をフォロー役につけることで、スムーズな進行に繋がった。  ・清掃班でのグループ分けのため、言語理解度に差が見られ、回答時間に開きが見られた。  →特に回答の選択肢に書かれた「まあ」「やや」「ときどき」「しばしば」等の形容詞に戸惑う様子が見られた。  ・産業医面談の際、産業医とパートナーのコミュニケーションが取れていない場面が見られた。 (2) 2017年度 ア 対象者 パートナー 34名 イ 実施日時  (事前説明会)2017年7月14、17、18、19日の4日間  (実施日) 2017年7月28日(金) ウ 実施方法 (ア) 項目  厚生労働省版ストレスチェック実施プログラム簡易  版(23項目)を元に、質問の文章を分かりやすくし、  評価尺度も数字に変えた用紙を使用(図2参照)。 図2 2017年度 (イ) 進行方法  日頃の言語理解度と昨年実施した様子から、知的レベルが同等になるよう3グループに分けて実施。特に言語理解が困難なパートナーには指導員をマンツーマンで配置。 定着支援担当が1項目毎に読み上げて、一斉に回答する形式。 (ウ) 結果  表と文書をセットにし、配布。高ストレス者については、結果の配布時に文書と口頭にて定着支援担当より産業医面談を勧奨。高ストレス者には、事前に定着支援担当が面談で聞き取りを行い情報を整理した上で、産業医面談を実施。 エ 2017年度まとめ  ・事前研修を4日間に分け、グループワーク形式で行ったことで『ストレス』への理解がより深まった。  ・言語理解度を軸にグループ分けしたため、スケジュールに余裕ができた。  →評価尺度を形容詞から具体的な数字の形に変更したことで、理解度が上がり回答時間が短縮された。  ・産業医面談の前に関係性の取れている定着支援担当が聞き取りを行い、その情報を事前に共有することで産業医面談が円滑に進んだ。 3 考察  2016年度と2017年度のストレスチェックを比較した時に回答の選択肢の表現方法を変えたことがよりパートナーの理解度や正確性が上がったと推測できる。  設問の文章の表現が何を指しているのか分からないものも多く、加えて「まあ」「やや」「ときどき」「しばしば」いう曖昧な形容詞が解答に入ることで更にパートナーの混乱を呼んだのではないだろうか。  また心身の状態に対する設問が「最近1カ月間」という期間での質問だったため、この1カ月という単位の理解が難しいように感じた。  そのため、2017年度では設問自体も形容詞はできるだけ使わず、文章の明確化を図り、回答についても選択肢の数自体は変えずに1桁の数えやすい数字への表現に変更した。また、1カ月の単位ではなく、1週間という単位に変更して思い返しやすい選択肢に変更した。  上記のような工夫がパートナー自身の回答のしやすさに繋がり、また補助で入ってもらう指導員の対応のしやすさに繋がったと考えられる。  更に2016年度の産業医面談で日頃からの関わりが少ない医師が短時間でパートナーの話を理解することの難しさを感じたため、2017年度では定着支援担当が事前に聞き取りを行い、その情報を産業医に報告した上での面談方法に変更した。  その結果、パートナー自身も何を話すか整理した上で産業医面談を受けることができ、産業医面談が有意義な時間になったと考えられる。 4 まとめ  定着支援担当として、今回のストレスチェックの取り組みを振り返り、『社員全体へのメンタルヘルス』を考える良い機会になったと感じている。  冒頭でも述べたが、当社に定着支援の専門職を配置した目的は精神障がい者社員のメンタル支援であった。  私自身も入職した当時は、精神障がい者社員を主の業務としていたが、徐々にその他の社員へのメンタル不調に対応する機会が増え、どういった形で社内全体のメンタルヘルスに取り組んでいくべきか検討していた。  そういった矢先に、ストレスチェックの義務化が決まり、ストレスチェックの実施ということをツールとして活用することにした。  まずは、日頃から関わりの少ないパートナーに対し、『ストレスとは』という事前研修を企画し、そこに指導員も参加してもらった。グループワーク形式では、指導員も補助についてもらうことで、精神保健福祉士としての専門性をアピールする機会となった。  今では、パートナーが不定期に相談に訪れたり、指導員も支援方法の相談やパートナーの体調不良についての相談が気軽に寄せられるようになった。  まだ企業における定着支援のあり方については、模索中でもあるが、今後もストレスチェックに限らず様々なツールを積極的に活用しながら、全社員のメンタルヘルスの安定のための土台作りをしていきたいと思う。 【連絡先】  高坂 美幸  MCSハートフル株式会社  e-mail:miyuki.kosaka@mcsg.co.jp 「障害者に適した仕事がない」という企業の懸念に就労支援サイドはいかに応えているか ○瀧川 敬善 (東京海上日動システムズ株式会社 GRC支援部課長/東京都教育委員会 就労支援アドバイザー) 1 はじめに  障害者を雇用しない理由は厚労省1)の調査によれば身体・知的・精神ともに「当該障害者に適した業務がないから」がトップで身体84.3%、知的87.6%、精神が80.1%となっている。この点について、ネット上で入手できる各都道府県の障害者雇用事例集14集2)(雇用事例221件。事業所規模別内訳は表2参照)をもとに就労支援サイドがいかに応えているのか調査を行った。事例集はいずれも都道府県自身が発行しているか、都道府県のサイトからリンクしているものを使用した。 2 都道府県別調査結果  雇用率上位2県と下位5都県について述べる(表1)。 (1) 雇用している障害種別と従事業務がともに不明  雇用の進め方の紹介を中心としているため、あるいは特定の障害種別の採用選考を防止するためか、雇用している障害種別と業務を一部、明らかにしていない事例集があったが上位2県の事例集には不明な事例はなかった。 (2) 従事している業務が不明  上位2県は割合が低いが下位5県のうち3県については2~4割が不明であった。上記(1)と同様の理由もあると思われる。筆者が2009年に弊社で初めての知的障害者雇用を行った時には企業10社程に見学に行き、どういう業務ができるのかを教えて戴いたが、どういう障害種別の人たちがどういう業務に従事しているのかが予め判れば見学先も絞れるし雇用活動が効率的になるのではないかと思う。 (3) 業務の中で従事している作業が不明  従事している作業については4~6割程度はっきりしない。従事している作業を網羅して書き切れないのが実情と思われる。事例集の役割の一つは企業見学のきっかけになることであるが、その意味では従事している業務と主な作業内容が判れば十分な面もある。筆者が見学にいった際、知的障害者が喫茶業務で働いている企業があり、それを参考に弊社も知的障害者の職域として社内喫茶店を作ったが、「知的障害者が喫茶業務に従事している」ことが判っていれば細かいことは見学にいった際に教えて戴ける。 (4) 仕事の切り出しについて  「障害者に適した仕事がない」という奥にある一つの理由が「仕事の切り出し方が判らない」で、最近の例では、約1,000箇所の事業所を対象に行った県の調査結果をもとに、今年2月の埼玉県議会で上田知事3)は「中小企業において1人が雇用できない原因」について、“「社員採用予定がない」が28%で最も多く、「経営環境から厳しい」が25%、「職域・職務の切り出し方が分からない」が17%と続いている”、と述べている。また宮城県の調査4)によれば障害者雇用の課題として「障害者に適した業務の創出や切り出し」が59.0%で最も高かった。  「仕事の切り出し」について何らか触れているのは大分県の事例集がトップで26.3%、神奈川県と東京都が20%弱、その他は0~10%未満で、この点についてはあまり言及されていなかった。言及されていた中には「機械と機械の作業の谷間を埋める単純作業」のように自社で仕事を切り出した際の考え方を紹介したものや「握力の少ない人でも握りやすいマウスを導入」のように、工夫をすることで障害者でも仕事が可能になったなど参考になるものがあった。支援機関等のアドバイスを受けて切り出しを行っている例もあり、地域の支援現場での口頭伝承になっている様子もうかがえた。ネット上では切り出し事例が集積されたマニュアルは見つからなかったが、職業センター等ではマニュアルにしているところもあるので、新規雇用だけでなく業務拡大にも有益な情報として事例を蓄積し、より広く共有の財産としていくのも良いだろう。 (5) 能力がある・戦力になる  何らかの表現で能力がある、戦力になっていると答えた事業所は多く、平均40.7%であった。既述の埼玉県調査では「経営環境から厳しい」が雇用拒絶理由の2番目であることからも、この点は雇用の追い風にすべきだろう。   表1 都道府県別調査結果 3 事業所規模別調査結果  いずれの規模の事業所でも能力がある、戦力になっているは30%を超えていて、50人未満、1,000人以上の事業所で高い(表2)。採算性や効率性の点に何らか言及していた事業所は16件で、1,000人以上規模の事業所が5件と最も多く、次いで100~299 人規模が4件であった。1,000人以上規模の事業所のコメントは「採算を意識して雇用している(2件)」、「採算に見合う(2件)」、「会社全体の効率が上がった(1件)」であった。1,000人以上規模の事業所が採算性・効率性について最も多く触れていた点は興味深い。   表2 事業所規模別調査結果 4 発行者からの積極的な依頼を  例えば「仕事の切り出し」について、自社では仕事の切り出しに苦労したものの、この点に企業が一般的に苦労することを知らなければ事例集の原稿の中であえて触れてくれることもない。従って、発行者側から触れてくれるように依頼する必要があるだろう。事例集の中では「障害者が使いやすい物は誰もが使いやすく全体の効率化にもつながります」、「これにより健常者は主な作業(本来業務)に専念できるようになった」、「派遣社員が行っていた作業を事務支援センターに回してもらいました」と、障害者雇用がもたらした会社全体の効率性向上や、業務の内製化に触れている企業も見受けられた。「健常者が主な作業に専念できるようになった」ことは生産性向上というプロフィット面と、健常者と障害者の給与格差によるコストメリット面の両方の効果があるし、内製化についても委託先利益分の費用圧縮と外注先社員と障害者の給与格差による二重のコストメリットが生じている。「仕事の切り出し」と同様に、原稿を書いてくれる企業自身がこのような点について書く必要を感じていない場合があるので、「仕事の切り出しはどう進めて、どういう点を工夫されたのか」、「生産性や効率性の観点で読者の皆さんに伝えていただけることはないか」発行者側からあらかじめ依頼しておくと良いだろう。中には企業への遠慮から、企業が書いた長文の原稿をそのまま掲載している例もあるが、事例集に協力してくれるような企業は障害者雇用に協力的な場合も多いので、その程度のリクエストには応えてくれるものと思われる。「戦力になっているかどうか」という二者択一の聞き方では回答に窮する可能性があるが「戦力になっているような働き振りがあればご紹介下さい」、「会社の効率や生産性の向上に貢献しているような例や工夫、コストの削減に結びついた例や工夫などがあればご紹介下さい」と依頼すれば無理のない範囲で答えて戴けるだろう。 5 まとめ  今回の調査は事例集14件、事例221件と少なく、また、事例集に載っている企業は、そもそも「事例集に載るような企業」であるので全体としての正確さには欠ける点があるが、それぞれの地方自治体がどのような訴求点をおいて事例集を発行しているかが垣間見えた。事例集だけで雇用が進むわけではないが、雇用促進施策をトータルに検討せずに事例集だけを充実させることはないであろうから、かなりの訴求点について記載している神奈川県や愛知県の今後の雇用率の推移は興味深い。 【参考文献】 1)「平成25年度障害者雇用実態調査結果」 P.28 厚労省 (2014)  https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000068921.html 2) 各都道府県事例集 (末尾の東京都以外は pref の後ろが県名) http://www.pref.yamaguchi.lg.jp/cms/a15900/syougaisya/koujirei.html http://www.pref.oita.jp/soshiki/14580/jireisyu2008.html https://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/fukushi/shogai/koyohp/pdf/09jirei_h2504.pdf http://www.pref.iwate.jp/koyouroudou/koyou/004398.html https://www.pref.tottori.lg.jp/235689.htm http://www.pref.kyoto.jp/jobpark/heart-jirei.html http://www.work2.pref.hiroshima.jp/koyou/syuugyo/syougaisya/syougaisya0416004.html http://www.pref.tochigi.lg.jp/f06/work/koyou/koyou/syougaisyakoyoujirei.html http://www.pref.toyama.jp/cms_sec/1303/kj00010616-003-01.html https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/koyou/jireisyu.html http://www.pref.kanagawa.jp/docs/hz2/cnt/f532879/interview.html https://www.pref.chiba.lg.jp/sanjin/shougai/syougai-koyouzireisyu.html#dw http://www.pref.aichi.jp/soshiki/shugyo/k-2016-304.html https://www.hataraku.metro.tokyo.jp/shiryo/2603_shogai_omsp_jireishu.pdf 3)埼玉県議会平成30年2月定例会代表質問 質疑質問・答弁全文 https://www.pref.saitama.lg.jp/e1601/gikai-gaiyou/h3002/ c080.html 4)「平成25年度 宮城県障害者雇用実態調査 調査結果報告書」   P.19 宮城県 2014 https://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/255051.pdf 精神・発達障害者のみの雇用における職業リハビリテーションおよび人財育成(成長促進)の試み ○税所 博(ボッシュ株式会社人 事部門業務サポートセンター センター長) 1 ボッシュ・BSC(業務サポートセンター)とは  ボッシュ株式会社では、法定雇用率の上昇に対応すべく、障害者雇用専任組織として、2017年11月、人事部門傘下に「業務サポートセンター(以下「BSC」という。)」を発足させた。当初、東松山工場(埼玉県)でスタートしたが、その後、渋谷本社・横浜事業所にも“分室”を設け、それぞれJC1)を配置して拡大中である。私はBSCのマネジャーとして、障害者雇用およびその定着にとどまらず、個々人と組織の持続的成長をめざした試みを推進中である。まだ、実践1年にも満たないが、ここまで採用した12人(B-a2))が比較的順調に勤務・成長してきており、その取組みについてご紹介したい。 1)2)当社では従業員のことをassociate(s)と呼んでいるが、障害者手帳をもつBSC社員のことをB-associate(s)/B-aと呼称している。また、B-aの業務や育成をマネジメントする役割の健常者をジョブコーチ(JC)と呼んでいる。これは、公的資格取得の有無を問わない社内呼称である。   2 BSC(業務サポートセンター)の試み (1) 採用戦略と事業戦略  まず、雇用管理のしやすさと業務の発展可能性を念頭に、障害種を精神・発達(知的を除く)に絞ることとした。並行して、多機能型社員の育成を念頭に、自動車部品メーカーでありながら、メイン業務を事務・庶務とした。幸い、BSCの活動や障害者雇用に対する理解が浸透するにつれて、所属する人事部門を始め、多くの部署から業務の発注・依頼があり、常に「業務在庫」を抱えている状況である。 (2) 理念  BSCの理念は、一言でいえば、“normalization”である。本人たちの意向に沿って、「障害者扱いしない」「特別扱いしない」ことをモットーとし、したがって、正社員・健常者同様、「定着支援」ではなく「人財育成」を行っている。本人にとっては、中長期のキャリアプラン・人生プラン(自己実現)の達成が目標である。その目標を会社が共有したうえで、“配慮”のある会社を小社会と見立て、社会生活上の生きづらさを軽減するための「適応」「順応」のスキルも、職業リハビリテーションを通して習得する——という形で、支援している。  一方、精神・発達障害(者)に関する一般社員の理解を促進するために、BSC職場の「オープンドア」ポリシーを実践している。これは、筆者自身の経験からも、精神・発達障害(者)を、最も早くかつ実感として理解するのに有効な方法は、当事者と会うこと・話すことだと考えているからである。B-aには、業務上もできるだけ多くの他部署社員と直接または電話・メール等で交流することを促進している。また、社内SNSや公式の会議等で、繰り返しB-aのことを紹介するようにしている。なお、障害種・診断名等は敢えて公表していない。蛇足ながら、オープンドアポリシーも、障害種・診断名の非公表も、B-a本人たちの意思に基づいている。 (3) 職業リハビリテーションと人財育成 ア マッチング  健常社員においても、会社や業務とのマッチングは大事であるが、対人関係やメンタリティの安定に課題を抱える精神・発達障害者においては、いっそう重要性を増すと考える。そのため、当社では、まず、採用(実習受入れ)の条件を、当事者のことをよく知る支援員がいる就労支援機関利用者に限定している。そして、当社独自の評価票を事前に公開・共有し、支援員に客観的なマッチングをお願いしている。また、実習(就職)希望者には、事前に来社いただき、BSC業務の現場を見聞きしてもらうほか、対談等による相互理解に努めている。 図1 評価票(東松山ver.1.0)  実習終了後は、評価票に基づいた評価を行うが、当社の最大の特徴は、「いっしょに働きたいか」という観点を主とした現役社員の評価を聞くことである。実際、評価票上でボーダーライン近くの実習生について、B-aの評価によって合否を決定することが少なくない。このこと(採用プロセスへの参画)は、B-a自律促進の一環であるが、当該実習生入社後のチームビルディングなどへの直接的な効果だけでなく、後進の育成について、B-aが自分事として受け止めることにも役立っているようだ。 イ 業務のすすめ方~チームワークと自律  BSCでは、業務互換による多機能化・対人関係スキル醸成・ミス未然防止などを目的に、原則としてすべての業務をペアまたはチームで行っている。JCは、各組織の業務計画を立てるが、各業務はB-aが日替わりで「業務リーダー」を務め、リーダーの指示またはアレンジのもと、役割分担や業務のすすめ方、休憩のとり方などを、自律的に行う。また、業務リーダーは、時間や業務の切れ目や、問題が生じたときは、JCに報告・相談する。  B-aの多くは、対人関係・コミュニケーションに課題を持ち、また就労経験の少なさからも不得手な業務が少なくないが、中長期のキャリア(アップ)のためには、Employability(どこでも通用する力)を向上させるために、敢えて、さまざまな業務や役割を、全員に課している。特に、業務リーダーが苦手という者が多いが、いろいろなリーダーシップの発揮の仕方がある(例:トップダウンやボトムアップ)ことなどを説明し、周りの助けを借りながら回数を重ねるうちに、だんだんその人らしいリーダーシップが身についていくのがわかる。まさに、「立場・役割が人を変える」。  なお、すべての業務はだれかの役に立ち、会社に貢献している重要なものであるという観点から、BSC内では「作業」「こなす」という言葉は、禁句としている。 ウ B-aとのコミュニケーション①  B-aとJCやマネジャーとのコミュニケーションの方法や頻度は、勤続や育成のために、極めて重要な要素であると考えている。  リアルなコミュニケーションとしては、「観察と声掛け」が基本である。日常的に「笑顔で挨拶」することをお互いに心がけているが、B-aが普段と違う表情や声色などのときは、JCは必ず声を掛け、状況に応じて面談を行っている。面談で問題・課題を提起された場合は、その場でまたは速やかに、改善・解決策を講じて、当事者がストレスを溜めこまない・残さないようにしている。また、B-aが困ったときに相談しやすい雰囲気づくりも重視している。 エ B-aとのコミュニケーション②  間接的なコミュニケーションとしては、B-aによる「週報」がある。この週報には、毎日「P」値・「M」値を書き込んでもらうことにしている。これは身体(Physical)と精神(Mental)状態について、前年の最高値を10とした場合の当日の自己評価である。この値が低かったり、逆に不自然に高かったり、また上下動を繰り返すようだと、適宜声掛け・面談している。 図2 週報とフィードバック  また、週末には、JCとマネジャーから必ずフィードバックコメントが書かれるため、B-aは月曜日の朝イチから自省したり意欲を新たにしたりしているようだ。 オ 実習≒採用選考  当社の実習は、採用選考とほぼ同義である。当社実習の大原則は、「実習生を一人にしない」ことである。実習生中、放っておかれることや「いま、なにをしていいのかわからない」ことは不安やストレスとなり、ひいては社員との軋轢や会社に対するネガティブなイメージにつながりかねない。そこで、BSCでは、日替わりで現社員がつきっきりで相談役・指導役を行い、基本的に社員と同じ仕事をしてもらう。これによって、実習生は、すべての社員と密接なコミュニケーションをとることができ、また入社後の仕事や会社生活のイメージを明確にもつことができる。一方、社員側も、教えることによって、業務や障害特性に対する自己理解やコミュニケーションスキルをいっそう深めることになる(ヘルパーセラピー効果)。   3 BSCのめざす途  当面、法定雇用率の達成が第一の優先課題となるが、今後は、おそらく経営から期待されるであろう「生産性」にも焦点を当てていく。これについては、定量的に把握・分析できるよう、BSC発足当時から、個人単位・15分単位の業務実績表を積み重ねている。  併せて追求していきたいのが、個々人の成長支援・キャリア支援である。今年中には正社員登用に至るまでの人事制度を構築し、「道筋」を示したい。いまは、Diversityではあるが、BSCという枠の中での囲い込みであり、一般社員に交じってナチュラルサポートのなかでnormalに働ける、INCLUSIONも実現していきたい。  また、B-aやJCのモチベーション維持・向上にも注力していくことを考えている。これも定量化できる指標として、MPS(Motivating Potential Score)を用いている。前述の各取組みは意図的または結果的に、このスコアの向上策となっている。 図3 Motivating Potential Score(職務特性モデル)  最後に、BSCのさまざまな取組みによって、精神障害・発達障害(者)に対するスティグマを払拭するアドボケイトに少しでも貢献したいというのが、BSCを挙げての強い思いである。 【連絡先】   税所 博(さいしょ ひろし)   精神保健福祉士・社会福祉士・介護福祉士   企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ)   ボッシュ株式会社業務サポートセンター(HRC-BSC)   e-mail:hiroshi.saisho@jp.bosch.com   TEL(直通):070-4515-5562 精神科デイケアと障害福祉サービスの連携によるワンストップ型就労支援 ○清澤 康伸(医療法人社団宙麦会 ひだクリニック Employment Specialist)  新井 紀邦(株式会社MARS 就労支援事業所co opus)  中田 健士(株式会社MARS)  肥田 裕久(医療法人社団宙麦会ひだクリニック) 1 はじめに  医療法人社団宙麦会は2005年にそれまで精神科の医療機関がなかった流山市にひだクリニックを開設し、地域密着型の医療サービスを提供している(2008年法人化)。  流山市には精神がい害者の福祉施設が少なかったため、2009年に株式会社MARSを設立し、就労移行支援事業所、就労継続A型事業所、就労継続B型事業所、グループホームなどの障害福祉サービスを展開する。  2018年4月より、それまでグループ個々で行っていた就労支援を一本化すべく医療サービスと福祉サービスを統合し、職場開拓から職場定着までを一本化して行う就労支援のサービスROCCETを開始。   内閣府、厚生労働省が、『「福祉から雇用へ」推進5か年計画』を平成19年に提言。その流れを汲み現在、内閣府、厚生労働省は、 ・医療から雇用への流れを一層促進する(平成25年9月27日閣議決定、障害者基本計画 Ⅲ-4-(3)-2) ・生活支援と就労支援、医療の支援の一体したモデル(平成26年3月31日厚生労働省告示第137号、障害者雇用対策基本方針第2-4-2、第4-5-2) ・医療機関における就労支援の取組・連携を促進するモデルの構築(平成26年3月31日厚生労働省告示第137号、障害者雇用対策基本方針 第4-5-4) などといった一連の法律群により精神障害者の就労支援について医療機関によるその重要性が指摘されている。  平成28年4月障害者雇用促進法の改正の中では障害の医学モデルと社会モデルの統合が明記されており、平成30年障害者雇用対策基本方針では医療機関と公共職業安定所の連携による職場定着を含めた就労支援の取組を全国て?実施し、企業に対する支援等のノウハウを蓄積するとともに、地域の他の医療機関においても取組を実施て?きるよう普及を図るとあり、これまでの「就労(雇用)」から、「雇用継続」に重きを置いたものへと政策の検討が始まっており、医療機関における就労支援、職場定着支援への期待は大きなものとなっている。 2 ROCCETの概略  ROCCETとはRecovery Oriented Community Combined  Economy and Treatmentの略であり、治療と経済活動を一体的に捉えたリカバリー思考型の就労支援のモデルである。   図 ROCCETの概略    ROCCETは宙麦会グループのサービスをフル活用し、第1段階ではひだクリニックデイケアにて自身の症状を理解するためにるえか式心理教育やJ-CORESを用いた認知機能リハを3ヶ月間実施する。第2段階は就労を踏まえた基本的日常生活習慣を整えるため就労移行支援事業所や就労継続A型、B型事業所を利用する(3ヶ月から6ヶ月程度)。第3段階はデイケアにて就労してから必要となってくるセルフケア、セルフモニタリング、症状管理などの働くための土台作りである就労準備性の習得を目指す。第3段階途中から本人のニーズを踏まえた個別職場開拓を実施する。就労後は職場定着、キャリア支援、離職支援だけでなく企業が支援者なしでも将来的に雇用ができるよう企業支援なども行っていく。  従来のデイケア→移行→就労ではなく、デイケア→移行→デイケア→就労の流れの支援を行う理由としては、①就労を踏まえた基本的日常生活習慣の獲得はデイケアではなかなか難しいことから就労移行支援事業所にて獲得を目指す、②清澤の過去の経験より第3段階は基本的日常生活習慣を獲得した上で参加することで効果が高いこと、③精神障害は疾病と障害が併存しており就労後も症状のモニタリングや服薬調整など医療的支援が必要であり就労に向けた最終的な仕上げは医療のほうが良いのではないか、④精神障がい者の就労後のリスクは症状の揺れや悪化が大部分を締めており、そこにたいして早期に介入、対応できるのは医療の強みであると考えたからである。  スタッフは、主に就労系のプログラムの運営や職場開拓、就業後の企業調整などを行う就労支援チーム(訪問型職場適応援助者の資格や精神保健福祉士の資格を持つ)と認知機能リハを含めた治療的プログラムを行い、就業前後の生活支援をメインで行う定着支援(生活支援)チーム(作業療法士、心理士、看護師)の2チームを配置する。ROCCET参加時よりこの2チームと精神科医師・看護師・心理療法士・作業療法士・精神保健福祉士の5職種から構成される専門的多職種チーム(Multi Disciplinary Team:以下「MDT」という。)が定期的に本人のニーズの汲み取り、支援計画の作成、進捗状況の確認をしていく。基本的には就業後の企業訪問は就労支援チームで行うが、場合により生活支援チームのスタッフが職場に赴いて支援を行うこともある。   3 ROCCETの就労支援の概要  医療機関の強みを活かしたデイケア独自の就労支援のトレーニングや支援方法について検討、実行し『就労ができる』だけではなく本人が自己実現のために『働き続けることができる』土壌である就労準備性を作っていく。  ROCCETでは就労後に必要とされるセルフケアやセルフモニタリング、働くことの意味など就労するためではなく就労してから必要となってくる事柄についてプログラム化し提供する。   表1 就労プログラム概略  ・週1回火曜日の午前中のみ  ・3ヶ月1クールのクール制  ・ワークブックを用いた講義+ワーク  内容:雇用を継続していくためのスキルを育てる       参加することでストレス負荷がかかる  意図:技術よりも働き続けていくための気持ちを育てる  ワークブックは企業(300社くらい)から聞き取った、精神障がい者が働くにあたって必要だと思う事を分析し、抽出された事象の中で般化できるものを内容に落とし込んだ(ワークブックは原則毎回更新)。 *プログラムを修了してから就労支援が始まるわけではなく、プログラム開始と同時に個別支援開始 表2 就労プログラムスケジュール  第1回  第2回  第3回  第4回  第5回  第6回  第7回  第8回  第9回  第10回  第11回  第12回  第13回 ガイダンス 自分を知る 精神疾患とは リカバリー① 社会資源・社会制度について リカバリー② 就労までにやっておくとよいこと① リカバリー③ リカバリー④ 就労までにやっておくとよいこと② リカバリー⑤ 企業見学 まとめ4 定着支援の方法 (1) 本人支援  定期的なMDTとES、CMへの電話やメールでの定期報告。 (2) 企業支援  精神障がい者雇用についてのノウハウの提供とリスクマネジメント、リスクヘッジの説明と運用。キャリアアップについての調整など。 【連絡先】  清澤 康伸  医療法人社団宙麦会  ひだクリニック  〒270-0163  千葉県流山市南流山1-14-7  TEL:04-7150-8145  Mail:yasunobu.kiyosawa@gmail.com 精神症状の治療から定着支援までのサービスをワンストップで行就労支援システム「ROCCET」の実践報告 ○新井 紀邦(株式会社MARS就労支援事業所co opus 管理者兼サービス管理責任者)  清澤 康伸(医療法人社団宙麦会 ひだクリニック)  中田 健士(株式会社MARS)  肥田 裕久(医療法人社団宙麦会 ひだクリニック) 1 はじめに  2005年、千葉県流山市に開設以来地域密着型の医療サービスを提供し続けているひだクリニックを中心とした医療法人社団宙麦会は、2018年4月より精神症状の治療から就労・定着支援までを法人内で行うという就労支援システム「ROCCET」をスタートさせた。このシステムの特徴は、①これまでは福祉事業所が主流であったが医療機関が就労支援を行うことで症状の対応がしやすくなること。②就労先は企業なので、企業のニーズをヒアリングした就労準備性を意識した就労サービスであること。③職場定着を前提とした段階的なキャリア構築を行うために職場開拓から求人を作っていくこと。以上3点であると考える。このシステムを実践していく中で、この3点が特徴であるからこそ、従来の支援のあり方を改めなくてはならいことに気がついた。「ROCCET」の実践報告をしていく中で、今後の精神障害者の就労支援のあり方を考えていきたい。 2 医療からの就労  精神障害者の就労というと、従来の支援では医療→福祉→ハローワーク利用→就労という流れであったが、このシステムでは医療→福祉→医療→就労という流れで支援を行っている。なぜデイケアからの就労なのか?ここが最初の疑問であった。  その答えは実際に「ROCCET」で企業支援と就労支援を行っている中にあった。精神障害者を雇用する企業にとって何が心配なのか。それは雇用した精神障害者が調子を崩した時にどう対処したらいいのかわからないという点であると考える。就労移行支援事業所などの福祉事業所でも 対処についてのアドバイスなどは行っていたが、医学的な根拠ではなく、支援者の経験や過去の事例などによるものが多く、医学的な根拠に基づいたものは少なかったと考える。医学的な根拠に基づいて支援を行うことにより、企業との信頼関係は構築でき、安心して精神障害者を雇用できる環境が構築できるからである。職場定着においても、従来の支援では就労移行支援での定着支援が6か月、その後障害者就業・生活支援センターや障害者就労支援センターに引き継ぐか初めからこの機関で行うかであった。いずれにしても医療機関との連携は希薄であり、企業が支援者の求めているものとのずれがあると考える。   また、表にあるように、国の方針として医療からの就労が望ましいと示されており、法的根拠もあることから今後精神障害者の就労支援に関しては医療からの就労が中心となってくると考えられる。   以上のことから医療から就労という形が利用者にとって、また企業にとって有効であることが言える。 表 法的根拠 ・医療から雇用への流れを一層促進する (平成25年9月27日閣議決定、障害者基本計画 Ⅲ−4−(3)−2) ・生活支援と就労支援、医療の支援の一体的なモデル (平成26年3月31日厚生労働省告示第137号、障害者雇用対策基本方針第2-4-2、第4-5-2) ・医療機関における就労支援の取組・連携を促進するモデルの構築 (平成26年3月31日厚生労働省告示第137号、障害者雇用対策基本方針 第4-5-4)3 就労準備性を意識したサービス  精神障害者の就労支援において言われていることは、「自分のペースでやろう」「しっかり訓練できており、大丈夫です。」などの利用者もしくは支援者目線での支援ではないだろうか?支援者は、面接の場面などでは利用者の良い面、できている面を全面に出して企業にアピールしていることが多いが、果たして企業はそれを望んでいるのでしょうか?そこが二つ目の疑問であった。  このことを理解するきっかけになったたとえ話がある。 ある家電量販店に買い物に行ったとしよう。目的の家電の前に立ち商品を眺めているとすかさず店員がやってきてあれやこれや商品の説明、他のメーカーとの比較など山ほどの情報を与えてくれる。しかし、ここで考えたい。その山ほどの情報の中で必要な情報はどのくらいあったのだろうか?時間をかけて聞くだけの価値があったのだろうか?  このことが就労支援にも当てはまるのではないだろうか?企業はたとえ話でいうとお客さんである。支援者はお客さんである企業が欲しい情報を提供できればよいとこのたとえ話は示してくれている。利用者の立場から見れば、雇うのは企業であり、雇用される人材は企業が欲しい人材ということになる。ならば利用者は企業が欲しい人材にならなければ就労ができないことになる。つまり、利用者が自分のペースでなら仕事ができるではなく、企業のペースでも仕事ができる、でなければ就労することは難しいということである。企業のペースで働くということは、多大なストレスを抱えるということであり、そのストレスからくる症状の対処を行うことで大きく調子を崩すことなく働き続けることができる。このことが就労準備性である。就労準備性とは、就労してから必要となってくる自分の障害特性の把握、セルフモニタリング、セルフケア、症状管理などの土台作りのことをいう。この就労準備性を整えていることこそが、企業が求めている人材となる大きい要素であると考える。この二つ目の疑問こそが支援者が支援のあり方、利用者が就労に臨む姿勢を変革させていく上での大きな障壁なのではないだろうか?しかし、この障壁を乗り越えた先に就労という大きな目的の達成があると考える。   4 職場開拓から求人を作る。  求人は企業が作るものというのは当たり前のことである。これを支援者側が作るとはどういうことなのか。そんなことが可能なのか?これが三つ目の疑問であった。  その答えは、ES(Employment Specialist)と共に職場開拓の現場を経験したことで明らかとなった。職場開拓とは、新規に働く場を作るということであるが、ただ仕事を作って利用者をそこに当て込むということではない。利用者個々に合わせた働き方や、就労後のステップアップも提案して企業及びハローワークと一緒に運用していくということであり、就労して終わりではなく就労後の雇用定着も併せて考えていくことも含めての職場開拓であるいうことであった。従来の就労支援ではハローワークの公開求人を使い利用者が応募する形式であるが、それだと利用者が求人に合わせていかなくてはならず、無理をして働き続けるということが起き、職場定着が難しくなってしまうこと、就労後のキャリアアップが難しく、それが離職の原因になってしまっていたことがあげられる。「ROCCET」が公開求人を使わずに職場開拓からの求人を使っての就労支援を行う理由はそれだけではない。  上記のリスクをクリアできる他に三つある。一つは手間と時間が節約できること、二つ目は情報が拡散せずに効率的にかつ集約的に対応できること。最後はリスクを早期発見早期対応ができることである。特に三つめが企業が支援機関に求めるものである。それが可能となるのもこのシステムがワンストップつまり一元的な支援であることに他ならない。利用者にとっては将来のステップアップも考えられるからこそ希望をもって就労活動にポジティブに臨んでいけると考える。 5 まとめ  この4月から「ROCCET」がスタートし、私もそこに就労担当として参加することになったが、今までの支援とは大きく違った支援のあり方であったために自分が今までやってきたやり方が否定されてしまった感覚に陥り、もしかすると自分はもう必要ではないのでは?とさえ考えるようになったこともあった。しかし、このシステムは国立精神・神経医療研究センターのデイケアでは成果を上げている。であるならきっと有効なものであるに違いない。自分のやりたかったことは精神障害者の就労支援であり、自分のやり方を貫くことではないと自分の考え方を切り替えた。ゼロからこの新しい就労支援システムを理解しようとすることから始まったのである。ESと共にこの新しいシステムを実践していく中で労務のことであったり、法律的根拠のことであったり、今まで自分がおざなりにしていたことがとても重要であることに気づかされた。何よりも自分自身が変わらなければならないことが一番重要かつ急務であった。  障害者雇用の算定基礎に精神障害者が加えられたことで法定雇用率が引き上げられたが、これを達成するには精神障害者を雇用しなければならないという状況の中で、より一層精神障害者の就労支援の充実が求められると考える。それには、この「ROCCET」を実践していく中で私が直面した疑問をどう理解していったかということが一つのヒントになるのではないか。つまり、支援者が今までの支援のあり方を見直し変革していかなければならない、いわゆるパラダイムシフトをしていかなければこの先にさらに引き上げられる法定雇用率の達成が望めないと考える。過去は変えられないが未来と自分は変えられる、つまり支援者が変わることで精神障害者の就労の未来が変わると考える。 【連絡先】  新井 紀邦  医療法人社団宙麦会  株式会社MARS  就労支援事業所 co opus  〒270-0163  千葉県流山市南流山1-1-6 原ビルⅡ401  TEL:04-7157-4922  Mail:t-arai@soramugi.com ハローワークによる精神科医療機関においての 就労支援セミナー実施の取り組みについて ○藤井 克典(春日井公共職業安定所 専門援助部門 就職支援ナビゲーター)  泉 陽介 (春日井公共職業安定所 専門援助部門)  須藤 将章(すどうストレスケアクリニック) 1 はじめに  ハローワーク春日井では、障がい者の就労支援のため、各関係機関とのチーム支援を積極的に行っている。近年では連携する機関が多岐に渡るようになったが、精神障がいや発達障がいの診断を受ける求職者が増加していることから、特に医療機関との連携の必要性が増してきている。  ハローワークに来所される精神障がいのある求職者は、少なからず対人関係に傷つき、疲れ、新しい仕事において対人要素を避ける傾向が強い。支援側はそれを、いま起きている障がい特性とみて、当面は人との関わりの少ない仕事を紹介することも多い。しかし社会で生きていく以上、人との関わりを永続的に避けることはできず、いつかは再び向き合わざるを得ない。  今回「すどうストレスケアクリニック」デイケアから職業講話の依頼を受けた際、セミナーを座学として受動的に聴講してもらうにとどまらず、「人との交流の楽しさ・温かさ」を少しでも感じて、その後の就職活動に活かしていただきたいと考え、エンカウンターグループ(以下「EG」という。)というグループワークの導入を試みた。その内容と成果を紹介する。 2 すどうストレスケアクリニックデイケアの取り組み  すどうストレスケアクリニックでは、就労支援専門のデイケアを併設しているのが特徴で、精神保健福祉士、臨床心理士、看護師、作業療法士などのスタッフにより、週5日午前と午後、各種プログラムが運営されている。利用者は約25名で、復職予定4割、就職予定6割である。プログラムの内容は、スポーツ、ヨガなどのリラクゼーション、コラージュなどの創作活動のほか、オフィスワーク、グループ討論、セミナーやSST(ソーシャルスキルトレーニング)など就労に直結するものが多く取り入れられている。 3 就労支援セミナーへのEGの導入について  EGとは、講師・デイケアスタッフ・対象者全員で円になって座り、温かく受容的な雰囲気の中で、お互いが同じ一人の人間として本音の交流を通じて、「他者の存在」と「自己の内面」に向き合い、そのありのままを受け容れていくプロセスである。その効果はグループの自発的で自然な動きの中で、「なすこと(発言・傾聴)」と「あること(待つ・感じる)」などを通じて個々に体験される。  EGは通常、健常者を対象とするものであるため、デイケア利用者を対象とするには慎重な判断が必要だが、  ・対象者は寛解が進んで社会復帰段階であること  ・デイケアスタッフの了承とサポートが得られたこと  ・講師がEGやファシリテーターの経験があること から、一定の安全性は確保されており、実施可と判断した。 4 具体的な取り組み  セミナーは前半は講義、5分ほどの休憩を挟んで後半はEGという構成で、1か月に1回のペースで、3回にわたって実施した(表)。EG実施時には参加の自由を説明し、毎回ほぼ全員が参加した。対象者は23名ほどで、毎回概ね同じメンバー、デイケアスタッフと講師を合わせると、30名前後であった。講義時は教室形式、EG時は机を部屋の隅に片付けて、椅子だけを出して全員で円を作って実施した。円は第2回を除き全員でひとつの円とした。第2回は面接ロールプレイの関係から1グループ3名とした。 表 就労支援セミナー全3回(第1クール)の構成 講 義 E G 第1回 H29年10月 職務経歴書の書き方(30分) 自己紹介及び講師との自由な質疑応答が中心の「EG導入部」の実施(60分) 第2回 H29年11月 面接の受け方(10分) 3人1グループの面接ロールプレイと振り返りの「構成的EG」実施(45分) 第3回 H29年12月 職場におけるマナー(30分) テーマ無しの「非構成的EG」の実施(60分) EGの内容は表のとおりで、第1回では講師と参加者のやりとりが中心の「EG導入部」を実施、第2回では3人1グループでの面接ロールプレイ(課題)と、その振り返りという「構成的EG」を実施、第3回では課題も目的も、ファシリテーターからの指示もないロジャーズの「ベーシック(非構成的)EG」を実施し、徐々に内容を深めていった。ファシリテーターは講師が務め、事前に以下の3つのルールを設定した。  ・一人が話しているときは、全員で最後まで聴くこと  ・場を離れたくなったら、いつでも自由に離れてよい  ・参加者個人に対する批判や非難は禁止 5 成果 (1) セミナー参加者にとっての効果 ア 一体感の共有  全員で円になっての双方向コミュニケーションのため、参加者同士の応答もあり、一体感を感じていただけた。 イ 場の空気を汲み取る練習  場の空気・雰囲気を感じて汲み取る練習ともなり、「ぜひまたやってみたい」と大変好評であった。 ウ 反響が大きかったEG  アンケートからは全体として「役に立った」が6割以上、「まあまあ役に立った」も含めると9割以上から支持された。「印象に残った内容は?」との問いには、EGとの答えが7割、講義が3割で、EGの方が反響が大きかった。 (2) ハローワークへの波及効果  同クリニック利用の精神障がい者(セミナー参加者やデイケア利用者に限らず)についてセミナー前後3か月間を調査した結果、下記のような広範な波及効果が確認できた。 ア ハローワークへの求職登録の促進  クリニック利用者全般のハローワークでの求職登録者数2.3倍増(3人→7人)で、利用の促進につながった。また医師やスタッフとの信頼関係が構築できた。 イ 就職活動の活性化  ハローワーク春日井を利用される精神障がい者の相談がセミナー前後で1.1倍に増加しているのに対し、同クリニック利用者では相談者数2.7倍増、相談件数3.3倍増、紹介件数3.4倍増、採用件数0→5件であった(図1~3)。 図1 当該病院利用の相談件数の変化 図2 当該病院利用の紹介件数の変化 図3 当該病院利用の採用件数の変化  3回にわたるEGの展開では、第1回で講師と参加者のラポール形成ができ、第2回で参加者同士のリレーションが発展し、第3回の非構成的EGでは、長い沈黙の後にグループ全体が自発的にコミュニケーションの場として機能しようと動くまでになった。また、参加者の何人かに(共感や受容などによると思われる)涙を伴う癒しも起きた。 6 おわりに  今回のセミナーは、ハローワークの紹介就職実績という成果もあるが、一番の収穫は人間同士のこころの触れ合いやつながりを、個人同士のやりとりや参加者全員の一体感を感じることなどを通して、直接体感していただいたことだと思う。このことは参加者の表情や声、アンケート結果などからも推察できる。今回の体験は、参加者の今後の就職活動や採用後の定着に、特に対人面において何らかの形でプラスに働くことが期待される。このような試みに協力していただいたクリニック院長、デイケア関係者、そしてデイケア利用者の皆様に、この場を借りて心から感謝を申し上げたい。  同クリニックでのハローワークの就労支援セミナーは、その後もEGを必要に応じて柔軟に組み入れる形で継続しており、平成30年8月現在において第3クールを迎えていることを申し添えて、結びとさせていただく。 【参考文献】 1) H.カーシェンバウム/V.L.ヘンダーソン編:「ロジャーズ選集(下)」p.106-149,誠信書房(2001) 2) 國分康孝・國分久子総編:「構成的グループエンカウンター事典」p.14-44,図書文化社(2004) 効果的な就労支援のための就労支援機関と精神科医療機関等との情報共有に関する研究① ~研究概要及び情報共有に資するツール~ ○相澤 欽一(障害者職業総合センター 主任研究員)  武澤 友広(障害者職業総合センター)  本稿及び次稿は、「効果的な就労支援のための就労支援機関と精神科医療機関等との情報共有に関する研究」(2017~2018年度)の中間報告である。本稿では、研究概要の説明と研究で開発中の情報共有に資するツール(以下「ツール」という。)の紹介を行う。 1 研究の背景と目的  医療機関は、就労支援機関(以下「支援機関」という。)が行う支援の前後を通じ精神障害のある人と関わっているため、支援機関は医療機関が行う治療等と無関係に支援を行うのではなく、医療機関との連携を意識して支援することが望まれる。しかし、双方の情報交換の仕方に焦点を当てた文献が乏しいため、障害者職業総合センターでは支援機関と医療機関の円滑な情報交換に資する視点や方法を収集・整理し1)、双方が利用するマニュアル2)を作成した。  同研究で実施した調査では、収集された視点や方法は有用との評価を得たが、その一方、それらの普及やツールの開発が今後の課題であるとの指摘もあった。そこで、情報共有*の視点やスキルの普及方法の検討とツールの開発を目的として本研究を実施することとした。 *本研究では、安定した職業生活の継続に資するために本人・企業・関係者が情報共有するツールの開発と普及も検討することから、「情報交換」ではなく「情報共有」とした。 2 研究の方法 (1) 方法の概要  本研究は、①就労支援や医療の専門家、企業や精神障害のある当事者から構成する研究委員会における情報共有を進める視点やスキルを普及するための方法及びツールの検討→②情報共有を進める視点やスキルを普及するための介入(ツールの紹介含む。)を特定の地域(以下「実地調査地」という。)で実施し、介入の参加者から、介入に対する評価、介入前後の情報共有に関する行動の変化等を把握→③把握されたデータの検討やそれに基づくツールの修正等を行っている。 (2) 実地調査地での介入  先行研究1)で、医療機関の敷居を高く感じる支援機関の職員が多いこと、個別事例で情報共有を円滑に行うためには組織同士の連携状況や地域の支援ネットワークの状況が影響してくることなどが把握されているため、情報共有の視点やスキルを普及させるには、知識の付与に加え、地域事情を共有する場や支援機関と医療機関の双方で意見交換する場の設定が必要と考え、以下の介入をした。 ① ツールの紹介を含む情報共有の視点や方法に関する研修講座→基本的な知識の付与。 ② 実地調査地の支援機関・医療機関・企業などから情報共有の現状や課題を発言してもらうパネルディスカッション→参加者で地域事情を共有。 ③ 参加者を小グループに分け、上記①②を踏まえた地域課題改善のための方策等を話し合うグループワーク→支援機関と医療機関の職員が同じグループで話し合うことによる(医療機関の敷居を高く感じるなどの)心理的抵抗の低減と地域ネットワークの構築に向けた検討。 ④ 情報共有の実施状況や地域ネットワーク構築に向けた取組の確認や課題を検討するフォローアップ(上記③の約3か月後及び10か月後に実施)→継続的な地域での検討。  また、上記①~③の参加者に対し、各介入の評価を把握すると共に、質問紙の受け取り等に同意した者に対し、本研究の介入に対する評価、介入前後の情報共有行動の変化、ツールの使用状況等を把握することとした。 (3) 実地調査地の選定  研究協力が得られる可能性の高い医療機関のある地域を国立精神保健研究所から情報収集し、厚生労働省と協議した上で4か所のハローワーク管轄地域を選定し、ハローワーク等に研究協力の依頼をした。医療機関には国立精神保健研究所の協力を得て依頼した。また、障害者職業総合センターのHPで研究を周知し、参加者の募集を行った。 3 中間結果 (1) 参加者数と介入の評価  上記2(2)の①~③すべてに参加した者は支援機関49名、医療機関14名、一部に参加した者は支援機関82名、医療機関23名だった。それ以外に、企業等の参加者が25名いた。  参加者に対し、上記①~③の終了後に各介入が参考になったか4件法で尋ねたところ、「非常に参考になった」が、①88%、②78%、③82%だった。 (2) 質問紙の受取りに同意した者及び質問紙の回収率  支援機関と医療機関に所属する者のうち質問紙の受取りに同意した者は支援機関57名、医療機関17名、質問紙は介入の直後と介入の約5か月後の2回実施し、回収率はそれぞれ支援機関74%、63%、医療機関88%、71%だった。 (3) 研究の介入の有効性に関する主観的評価  第2回調査で上記2(2)①~④の各介入が就労支援と医療の情報共有・連携の促進にどのくらい有効だったか尋ね、「非常に有効であった」①45%、②34%、③41%、④51%、「多少有効であった」①53%、②22%、③47%、④22%、「あまり有効でなかった」①2%、②27%、③12%、④27%の結果を得た。 4 開発中のツール紹介  本研究では以下のツール開発を進めている。研修講座等でツールを周知し、現在、その使用状況を把握中である。 (1) 支援機関から医療機関への問合せ用の連絡文  医療機関に問合せをする際の連絡文作成に苦慮する支援機関の支援者もいる。このため、関係性が乏しい医療機関用(挨拶のみ)と関係性がある程度できている医療機関用(情報提供を依頼する)の2種類を作成した。 (2) 本人を介した情報共有を円滑にするためのメモ帳  本人を介して関係者が情報共有するのが一般的であるが、耳から入る情報の処理が苦手な人、体調が悪い人、不安が強く被害的に受け止める人などの場合、情報が適切に伝わらない可能性もある。このような場合、①支援機関で話し合った内容や医療機関に伝えるべき内容を本人が記載する、②記載内容を支援者が確認する、③事実と異なることが記載されていたら再度相談して修正する、④本人が医療機関を受診する際にメモを見せる、⑤必要に応じ医療機関でも同様のやりとりをする、⑥本人が支援機関にメモを見せる等により円滑に情報共有を進めるもので、特定のメモ帳があるわけではない。 (3) 「主治医等の意見書」の検討  ハローワークでは、職業相談等に資するため必要に応じ「主治医の意見書」を取得しているが、先行研究1)で、複数の精神科医から就労に関し詳細な記載を求められる項目等は記載しにくいなどの指摘があったため、現行の「主治医の意見書」の一部を変更し、実地調査地のハローワークで試用してもらっており、効果等を分析する。  その主な変更点は、①現行の意見書にある「就労に関する事項」(労働習慣の確立の程度及び今後の見込み、作業の内容、環境、時間等の制限、就労可能な具体的就労場所・条件等を記載する欄)を、「就労支援や就職を考える際の留意点」(本人が力を発揮しやすい場面や周囲の人の望ましい関わり方、苦手な場面や調子を崩すきっかけ、調子を崩すときの注意サインや調子が悪化したときのサイン、調子を崩しそうなときの対処方法等)に変更したこと、②「就労支援や就職を考える際の留意点」の欄はPSW等医師以外の専門職も記載できるようにしたこと、③新たに「ハローワークから医療機関に連絡する際の留意点(窓口となる担当者、連絡方法、都合の良い時間帯等)」を加えたことなどである。 (4) 安定した職業生活の継続に資するために本人・企業・関係者間で情報を共有するシート  障害のある本人が自分の状況について自らチェック(見える化)し、支援者や職場の人と一緒に確認することで、コミュニケーションを円滑にすると共に、適切なセルフケアやラインケア、支援機関の対応につなげることを目的としたシートである。  生活面(睡眠、食事、服薬等)、心身の状況(体調や意欲、疲労、注意サイン等)、体調を維持するための対処や工夫の実施状況、仕事内容や日中活動の状況、仕事や活動の目標達成の状況、相談ごとや困りごとの有無等について、A4版1枚に1~2週間分チェックできるようにしている。  生活面がポイントになる人、本人特有のサインがポイントになる人など「見える化」すべき項目の重要度が人によって異なるため、本人と相談しながら、シートのチェック項目は個別に設定する。状況が変われば情報共有すべきことも変化する可能性があるため、チェックすべき内容はその都度検討し必要に応じて変更する。  自身の体調変化に気づけず体調が悪化し仕事に影響が出る人、悩んでいても周囲の人からは元気にやっていると思われがちな自分の思いを伝えにくい人、周囲の人が困っていてもその様子に気づきにくい人などが主な対象である。また、障害者雇用の経験が乏しく、どのような対応をしたらよいか悩んでいる企業の場合は、上記の状況があまり見られない人でも、シートを利用してコミュニケーションを図ることで、経験の乏しい企業の不安を軽減し、適切な配慮を引き出す効果も期待できる。  本シートについては、研究委員会に加え、本シートの素案作成時に参考にしたSPIS3)やK−STEP4)の開発者等で構成されるツール検討部会でも検討を行っている。また、厚生労働省を通じて一部の障害者就業・生活支援センター等で試行的に活用されているため、実地調査地以外のデータも取得する予定である。  なお、本シートの参考例や暫定版の手引等は障害者職業総合センター研究部門のHP5)から取得できる。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:就労支援機関と精神科医療機関の効果的な情報交換のあり方に関する研究(2017) 2) 障害者職業総合センター:就労支援と精神科医療の情報交換マニュアル(2017) 3) https://www.spis.jp/ 4) http://www.city.kawasaki.jp/350/page/0000065084.html 5) http://www.nivr.jeed.or.jp/chousa/seishinkairyou201808.html 【連絡先】  相澤 欽一  障害者職業総合センター e-mail:Aizawa.Kinichi@jeed.or.jp 効果的な就労支援のための就労支援機関と精神科医療機関等との情報共有に関する研究② ~地域の情報共有を促す介入の効果検証~ ○武澤 友広(障害者職業総合センター 研究員)  相澤 欽一(障害者職業総合センター) 1 目的  障害者職業総合センターが実施している「効果的な就労支援のための就労支援機関と精神科医療機関等との情報共有に関する研究」の目的のひとつは、医療機関と就労支援機関(以下「支援機関」という。)の情報共有に資する視点や方法を効果的に普及するための介入方法を明らかにすることである。この目的を達成するため、本研究では介入の参加者が情報共有に資する行動(以下「情報共有行動」という。)をどのくらいの頻度で実施したかを介入前後で測定し、その変化を確認することで介入方法の効果検証を行った。本発表では介入が支援機関の職員の情報共有行動の実施に及ぼした効果の検証に関する中間報告を行う。 2 方法 (1) 介入  前稿の2(2)に記載したとおり。グループワークの約10か月後に2回目のフォローアップを実施したが、本発表で報告する情報共有行動の実施頻度の測定はその前に実施した。研修講座、パネルディスカッション及びグループワークは2017年7月—9月に実施し、1回目のフォローアップは2017年10月—2018年1月に実施した。 (2) 調査協力者  4か所の地域で実施した研修講座、パネルディスカッション、グループワーク、フォローアップのいずれか(複数参加可)に参加した者のうち、研究担当者から研究に関する説明及び倫理的配慮に関する説明を受けた上で質問紙の受け取りに同意した者とした。同意書を提出した支援機関の職員は57人であった。 (3) 調査時期  グループワークの約1週間後に第1回調査の質問紙を、約4—5か月後に第2回調査の質問紙をそれぞれ発送した。 (4) 調査内容  第1回調査では2017年5月31日以前から遡って半年間(回答者の所属機関が就労移行支援事業所または就労継続支援事業所の場合は1年間)の間に調査協力者が支援を実施し、おおまかな見立て(アセスメント)と今後の方向性を検討した者で、かつ医療機関を利用している者(以下「支援対象者」という。)のうち、情報共有行動(全23項目)を支援機関あるいは医療機関が実施した者の数(最大8人まで)を項目別に回答するよう求めた。ただし、地域障害者職業センターのリワーク支援対象者は計上の対象から除くよう教示した。なお、同一の機関に複数の調査協力者が存在する場合は、代表1人が当該機関に所属する調査協力者の回答を集計して報告するよう求めた。  第2回調査も第1回調査と同様に情報共有行動の頻度を測定した。ただし、年度変わりの人事異動の影響を考慮し、支援対象者の選定対象期間をグループワーク実施後から約3—5か月間に変更し、情報共有行動の確認期間を約4か月半—6か月に指定した。  情報共有行動の項目は大別して「医療機関からの情報提供」(例:本人が貴機関を利用する際、医療機関の職員が同行してきた)、「支援対象者が利用している医療機関に関する情報収集」(例:本人が利用している医療機関や治療に関する情報を把握した)、「医療機関への問合せ」(例:本人の病気の状況や就労支援をする際の配慮事項等について医療機関に問合せをした)、「医療機関から情報把握したあとの対応」(例:医療機関から提供された情報を本人と確認した)、「見立てや支援計画に関する医療機関との情報共有」(例:見立てや支援計画について、何らかの形で医療機関と相談した)、「問題が発生した場合の医療機関との協議」(例:貴機関の就労支援中に問題が発生した際、医療機関と協議した)、「その他」(例:受診同行を行った)で構成した。 3 結果 (1) 回収率  調査票を配布した支援機関の職員のうち、第1回調査に回答したのは42人(回収率:73.7%)、第2回調査の当該質問項目に回答したのは30人(回収率:52.6%)であった。 (2) 情報共有行動の実施頻度  第1回調査と第2回調査ともに支援対象者数が1人以上であった21の就労支援機関の情報共有行動の実施率を項目別に算出した上で、機関全体の平均値及び標準誤差を算出した。なお、実施率は(項目で示した情報共有行動を実施した支援対象者数)/(項目で示した情報共有行動を実施しうる支援対象者の総数)×100で算出した。なお、調査項目によって支援対象者数が0人になる場合があるため、調査項目によって回答機関の数は異なる。  介入前後における実施率の変化が統計的に有意かどうかを調べるため、Shapiro-Wilk検定を実施し、正規性が認められた場合は項目別に対応のあるt検定を、正規性が認められなかった場合はWilcoxon符号付順位和検定を実施した。その結果、「本人の病気の状況や就労支援をする際の配慮事項等について医療機関に問合せる際、相談経過や確認したい事項を、事前に文書などで医療機関に伝えた」(以下「文書等による事前連絡」という。)(Z=2.67, p<.01, r=.69)及び「貴機関の就労支援中に問題が発生した際、医療機関と協議した」(以下「問題発生時の協議」という。)(Z=2.37, p<.05, r=.90)という2種類の情報共有行動について第2回調査時点の方が第1回調査時点よりも有意に実施率が高いことが認められた(図)。 図 有意な実施率の変化が認められた情報共有行動についての実施率の平均値及び標準誤差 4 考察 (1) 認められた介入効果  「文書等による事前連絡」と「問題発生時の協議」という情報共有行動の実施頻度が介入後に有意に高くなった。  介入効果が認められた原因を考える上で、まず、情報共有行動に対する支援者の認知を踏まえておく必要がある。第1回調査では情報共有行動の実施頻度とは別に、提示した情報共有行動の中で実行しにくいものがあれば挙げてもらった上でその理由を自由記述で回答してもらっていた。その結果、28名中10名が「支援機関の業務の多忙さ」(例:文書作成の時間を確保することが難しい)もしくは「医療機関の多忙さに対する配慮」(例:医療機関側が多忙ということもあり、日常的に情報交換をするのは難しいと思える)を「情報共有行動を実行しにくい理由」として挙げていた。このことから情報共有行動は支援者から「負荷が高い行動」であると認識されている可能性がある。  次に、このような負荷の高い情報共有行動が介入により促された背景を考える。まず、「文書等による事前連絡」が実施されやすくなった背景には、本介入で提供した「支援機関から医療機関への問合せ用の連絡文」(前稿を参照)が活用されることで医療機関への事前連絡に対する負荷が減った可能性を挙げることができる。「問題発生時の協議」については、「問題発生」という状況が医療機関との連携の必要性が高く、そのような状況に遭遇した際に、介入で具体的な連携のノウハウを学習していたことが負荷の高い情報共有行動の実行を促した可能性がある。  また、介入による情報共有に関する変化を自由記述で回答してもらった結果「『医療機関の連携は敷居が高く難しい。一就労移行支援事業所が関与してもいいものだろうか』といった意識から『積極的に連携を図ってもよいのだ』という認識へと変わった。」といった認識の変化が報告されている。このような認識の変化が上記の情報共有行動の変化に影響した可能性も考えられる。 (2) 介入効果の検証に関する問題点  介入効果が認められた情報共有行動は23項目中2項目にとどまった。ただし、本研究には下記に示す問題点があるため、結果の解釈には慎重を期す必要がある。 ア 検定力の低さ  介入の効果量が小さい場合は標本数を多く確保しないと効果を正しく評価できない。本研究の場合、標本数が最も少ない項目で4、最も多くても21であり多いとはいえない。したがって、本研究で実施した介入の効果量が小さいものであったとすれば、十分な数の標本数を確保できなかったために介入効果を正しく検出できなかった可能性がある。 イ 第1回調査で情報共有行動の確認期間を指定していなかった  第1回調査では情報共有行動の確認期間を指定していなかったため、回答者が介入を受けた後から質問紙に回答するまでの間に情報共有行動を実施した場合でも情報共有行動の実施数に計上することが可能であった。したがって、介入を受ける前の情報共有行動の実施頻度を測定しようとしていた第1回調査の測定結果に介入効果が混入したために、介入効果を検出できなかった可能性がある。 ウ 第2回調査における情報共有行動の確認期間が短かった  情報共有行動の確認期間は第1回調査※)では7—10か月(就労移行支援事業所または就労継続支援事業所は13—16か月)であったのに対し第2回調査では5—6か月であり、第2回調査の方が短かった。第2回調査の確認期間を短くした理由は、確認期間が年度をまたぐと人事異動の影響を受ける可能性があったためである。確認期間が短いほど情報共有行動が発生する機会も減るため、介入後の情報共有行動の実施頻度が過小評価された可能性がある。  ※支援対象者の選定対象期間及び質問紙の回収期間から算出    今後は上記の問題点を踏まえて、介入効果を正確に検出できる研究デザインを検討する必要がある。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:就労支援と精神科医療の情報交換マニュアル,障害者職業総合センター(2017) 就労移行支援事業所における発達障害のある方の就労支援 ○角家 優葉(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ鳳)  梅永 雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院)  濱田 和秀(特定非営利活動法人クロスジョブ)  大倉 結・砂川 双葉(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ梅田) 1 目的 一般的に、自閉スペクトラム症(以下「ASD」という。)は、他人と共感しにくい、場の空気が読めない、思ったことをそのまま発言するなど、対人関係でさまざまな困難を生じると文献で報告されている(林、2015)。またそのことから、ストレスが溜まり、感情的になってしまうこともある。環境調整にアプローチすることはさまざまな文献で報告されているが、ASDの方にとって他にも有効なアプローチは何か。  本報告では、就労移行支援事業所での訓練を通して、感情面にアプローチし、人との関わり方や捉え方を知り、感情の整理を行い、就職に至った支援のプロセスと成果を報告する。 2 方法 (1) 対象者  リカ(仮名)20代女性。幼少期にASDの診断を受け、精神障害者保健福祉手帳を所持。支援学級や学校、病院でのカウンセリング等、周りのサポートを受けながら学生時代を過ごしてきた。  幼少期の頃から周りとの人間関係がうまく築けないことから感情コントロールが難しく、物を破壊する、口論などの問題行動が目立っていた。  本人、保護者共に、大学時代から就職は難しいと考えていた為就職活動はせず、大学卒業後は「訓練してから就職したい」という希望で、就労移行支援事業所クロスジョブ鳳の利用となる。 (2) 手続き  大学卒業後、クロスジョブ鳳を利用開始。毎週月~金曜日、9時30分~15時30分の訓練を行う。  施設内訓練では、パソコン、学習、軽作業の訓練を行い、利用から9ヶ月からは施設外就労訓練(バットの洗浄業務)にも参加する。訓練の午前、午後の終了時に訓練担当スタッフと訓練で起こった出来事、目標が遂行できたか等の振り返りを行う。また週1回、担当スタッフと面談を行う。  利用開始から6ヶ月で企業実習、1年1ヶ月で2回目の実習、1年3ヶ月で雇用前実習に取り組む。 3 結果  表に、リカの気持ちの変化と支援ポイントを示す。訓練の中でさまざまな人と関わり、出来事が起こったその都度、丁寧なフィードバックを行ったため、自分自身の捉え方や特性に気づき、感情をコントロールすることができた。  環境面だけではなく、相手の思う気持ち、考え方、価値観などの感情面にもアプローチできたことで、より納得感をもって理解することができた。  またそれと同時に、職種整理や環境調整を行い、自分の働きやすい仕事内容、環境はどういうところか考えることができた。  感情面、環境面を整理できたことにより、利用開始から1年4ヶ月で一般就職できた。 表 リカの気持ちの変化と支援ポイント 時期作業・感情 支援ポイント リカの想い 1ヶ月作業面 訓練を振り返り、得意な事、苦手な事を一緒に考える 細かい作業が苦手、集中力が続かない 感情面 本人の想いに寄り添い、共感(信頼関係の構築) 対処法を考える 時間やルールを守れない人が多くてイライラする、私のしんどさをわかってくれた 3ヶ月 作業面 どういう伝え方だとイライラしないか確認する、休憩の取り方を考える ストレス具合を知るためのチェックリスト作成、イライラした場面を通じて具体的なアドバイスを行う 感情面 スタッフの伝え方でイライラすることがある、休憩を取ることで少しはマシになる どんな時にイライラすることが多いのかやってみよう、そういう考え方もあるんだ 4ヶ月 作業面ビジネスマナーのグループワークを実施、仕事場面でのルール、関わり方などをお伝えする 会社のルールやマナーを知れた 感情面 チェックリストを振り返る、相手の言動を一緒に振り返り、相手の立場に立ってみる 視覚化することで、リフレッシュ方法がわかった、まだまだイライラすることが多い、相手はこんな風に思ってるかもしれない 6ヶ月 作業面 企業実習に参加する、仕事の基準をお伝えする、マナーのチェックリストを作成し、意識できるようにする 仕事の大変さを知ることができた、担当者が変わると指示がわかりにくかった、苦手な事、出来た事がわかった 感情面 時間を区切って休憩が取れるよう、休憩時間のチェックリストを作成、環境が変わるとストレスも減ることを確認する 働いている人達だったので、イライラすることが少なかった、休憩時間はわかりやすかったけど、ストレスで多く休憩を取ってしまった 8ヶ月 作業面 実習で指摘されたマナー面を再度練習する、どこを会社の人は見ているのか、求めているのか確認する チェックリストを使うことで少しずつ意識できた 感情面 苦手な人は、訓練外での一緒になる場面を減らす、できなかったことがダメではなく、気づけたことが良かったと認める ルールを守っていない人が多くイライラする、自分と同じように感情的になる人の気持ちは少しわかる、イライラする自分に自己嫌悪する 10ヶ月作業面 施設外就労に参加、体の使い方を助言、出来ていることを認める 体を動かすと大変だけど、気持ちは楽かもしれない 感情面 相談する内容を人で分ける(病院、就ポツ、クロスジョブ)、チェックリストを作成し、どれくらい時間を取っているか確認するどこで何を相談するかわかってスッキリ、決められた時間で休憩を取るより、取らないとなった方が取らずに我慢できる、自分でも色々調べてみよう 1年 作業面 色々な企業見学に行き、職場環境を知る、態度や表情は動画や写真を使い、客観的に見て気づいてもらう 色々な仕事や環境があることを知った、こんなに早口だったんだ、もっと丁寧にしないといけない 感情面 気持ちの変化を一緒に整理し、認める いろんな考え方があることを知った、こうじゃなきゃダメという固定概念を持たない、〇〇だったらという「たられば」を考えない 1年2ヶ月 作業面 2回目の企業実習に参加、前回の実習に比べて出来た事、頑張ったけど出来なかった事を明確にする、出来ないことは配慮として会社に求めることを確認する 自分に合っている仕事だと気づいた、その中でできないことを説明できた、場所や時間を変えたら働けるかもしれない 感情面 考え方の変化を認める 、イライラすることはあっても隅に置いておくことができた 1年4ヶ月 作業面 雇用前実習に参加、仕事内容や環境が自分に合っているか考える、 場所や時間、環境も自分に合っている、働けそう 感情面 出来たことを認める、 休憩時間もゆっくり取れたので気持ちの切り替えができた 4 考察  これまでの学生生活の中では、適切な場面でのフィードバックが無かったこと、真意がどこにあったのかがわからず、自分の想いだけが先行してしまい、問題行動が目立ってしまっていた。  利用開始当初は、他者に対してイライラすることが多く、その感情を表に出し制御できなかった。自分はできているのに、なぜ周りはできないのかと憤りを露にすることが多かった。訓練の中でのフィードバック、面談で出来事を細かく振り返り、相手がどう感じたのかを整理する中で、相手の気持ちに気づき、自分の気持ちを客観的に捉えることができるようになった。同時に、仕事のマッチングや環境面の整理を行い、よりストレスが出ない仕事を選ぶことで、感情のコントロールをすることができた。  ただしリカは元々ASDのある方として配慮を受けて育ってきた環境であったため、自己理解も進みやすく、受け入れやすかったのではないか。そのため全てのASDの方が同様の結果になるとは言えない。   【参考文献】 1) サラ・ヘンドリックス:アスペルガー症候群の人の仕事観(2010) 2) 林寧哲:大人の発達障害(2015) 【連絡先】  角家 優葉  特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ鳳  e-mail:kadoya@crossjob.or.jp 大学在籍時から就労移行支援事業所での連続性のある自己整理の取り組み ~ASDの大学卒業者の就労支援 ○砂川 双葉(NPO法人クロスジョブ クロスジョブ梅田)  梅永 雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院)  濱田 和秀(NPO法人クロスジョブ)  大倉 結 (NPO法人クロスジョブ クロスジョブ梅田)  角家 優葉(NPO法人クロスジョブ クロスジョブ鳳) 1 目的  本研究は四年制大学を卒業したASD者の就労支援の報告である。日本学生支援機構(2017)によると大学に在籍する障害学生の数は増加しているが、就職先の開拓、就職活動支援の実施状況は29.7%であり、在学中に働く事へのサポートを行う難しさが浮き彫りになった。本研究の対象者は、大学卒業後の進路を就労移行支援事業所に決めた事で、在学中から行っていた障害に対する気付きや整理を本物の職場環境で深める事が出来た事例である。  在学中から就職に結びつくまでに行ってきた連続性のある自己整理のための支援のプロセスと成果を報告する事を目的とする。 2 方法 (1) 対象者  カズキ(仮名)、20代男性。知的障害を伴うASD者。療育手帳B2を所持。本法人本部と同じ地域にあり、以前から本法人と連携のあった大学に所属。在学中は、学習支援センターとキャリアセンターが連携してサポートを行い、SST、ビジネスマナーなどを受講していた。  口頭の指示理解は困難さがあり、質問者の意図とは異なる回答をする事が多く、相手からの指摘により回答のズレに気付く事が出来る。大学卒業前は単独で就職活動を行った経緯があるが、面接での受け答えが難しく20社以上で不採用となった。 (2) 手続き  在学中は学内でサポートを受け、卒業年の4月から本法人での支援が開始(就労移行支援)。平日の週5日、9時30分~15時30分の訓練を行う。事業所内の訓練だけでなく、グループ就労(注1)に3か月間参加した事で、体調管理や後輩が出来た時の心境変化など、作業面以外のアセスメントも深める事が出来た。 3 結果  大学時代の本人の取り組みを表1に、就労移行支援事業所の取り組みを表2に示す。カズキは大学時代に企業から受けた評価表を保管し、内容を把握していた為、就労移行利用の初期に今までの実習経験の振り返りと今後の訓練の方向性を整理する事が出来た。それが早期ステップアップ(グループ就労)に繋がり、各業務に対する適性確認に結びつく。就労移行利用の11か月目に雇用前実習、12か月目には採用を獲得している。   表1 大学時代の本人の取り組み ▽1回生:企業実習  母親が申し込んだ実習に参加。5日間のPC、スキャニグ業務を経験。PC作業は30分を経過すると疲労、眠気を感じる。立位業務は1時間以上疲れを感じずに作業を行った。礼儀、挨拶は高い評価を得る。 ▽2回生:企業実習  大学からのインターンシップで、特例子会社の実習に5日間参加。軽作業。遅刻欠勤なし。説明を受けた時の意思表示やメモ取りの習慣がないと指摘される。上司役が多忙の際は報告を躊躇う様子もあった。業務理解が出来ると黙々と作業に取り組む事が出来たと評価される。 ▽4回生:就職活動/移行準備  卒業後の就職を目指し、就職活動を実施。面接の受け答えが難しく不採用が続く。また、この時期に障害者就業・生活支援センターに登録し、卒業後の進路の選択肢として就労移行支援事業所が挙がる。2月には職業評価を受け、メモ取りの習慣化、相談力や業務報告などの発信力の強化を行っていく事を助言される。   表2 就労移行支援事業所での取り組み ▽1~2か月目:眠気  事業所内訓練を実施。PC作業、グループワーク(以下「GW」という。)の際に強い眠気を感じる。本人は寝不足が原因であると考えた為、毎日の訓練の振り返りで、就寝・起床時間の確認を実施。  振り返りを重ねる事で、眠気の原因は睡眠時間ではなく、GWは長時間話を聞く疲れ、PC作業は過集中や脳疲労になりやすい事に気付く。生活リズムやその日の眠気、疲労感は作業日報に記載をして、見返しが出来る様にサポートを行った。 ▽1か月目~:メモ取り  メモ取り習慣習得のサポートを開始。毎日朝礼で支援者がその日の外出者の発表を行い、氏名と外出先の記載を行う練習をした。利用開始直後はメモが出来ない時もそのままにしていたが、他利用者が復唱確認を行う様子を見て、自発的に質問をする機会が増える。グループで活動を行う効果が見られる。  また、タックインデックスの活用、1ページに複数の作業内容を混ぜて記載をしないなど、メモ取りのルールを決め、仕事で活用出来るメモ帳作りを実施。 ▽1か月目~:指示理解  支援者側は口頭指示の理解は難しいことを把握した上で、本人が必要なサポートに気付ける様、訓練内で複数の指示パターンを試した(①口頭指示、②文字での指示、③文字+写真を交えての指示)。  本人は、なぜコミュニケーションがズレるのか半信半疑であったが、大学時代と訓練の経験を総合し、視覚情報があると正確に指示を理解出来る事を自覚した。 ▽3~5か月目:グループ就労  パーツ梱包などの軽作業。平日の週5日、9時00分~16時00分。期間中はグループ就労先に直行直帰し、専属の作業指導者の指示に従い業務に従事。支援担当者は週1~2回の頻度で訪問を行い、面談を実施した。 【報告】  曖昧な基準の中での報告は難しさがある為、不良を発見した際は即報告、ゴミを処分する時は報告なしでいいとルールを決めた。朝礼、昼礼で困った事の報告時間が設けられていたことも発信のしやすさ、習慣化に結びつくきっかけになる。 【体調管理】  訓練参加は夏場で、作業環境は空調のききにくい場所だった。ある日、体調不良を訴え早退をする。振り返りで、食事中しか水分補給を行わないことが判明。体調管理の一環とし、1時間に1回の小休憩/水分補給のルールを決定。今までは事務所など涼しい環境の訓練や実習参加だった為、水分補給の必要性を実感する機会がなかった。 【緊張感】  施設外就労2か月経過時、精神面の不調から早退をしたいと連絡が入る。原因は後輩ができたプレッシャーであった為、自分の仕事として頑張ること、先輩として頑張ることを整理。先輩として取り組む事は、後輩に掃除の仕方を教える、ロッカーの場所、食堂の場所を案内するなど。 ▽9か月目~:就職活動 【適職整理】  訓練開始当初は事務職を希望していたが、訓練の振り返りを深める中で、立ち作業やある程度体を動かす業務の方が過集中や脳疲労に繋がりにくい事を確認出来た。また、口頭でのやり取りより視覚情報での理解が高いこと、完成した物が目に見える方が意欲向上に繋がりやすいことが判り、作業系の職種を目指す事に決定。 【面接練習】  障害特性の説明は企業に資料を提出し、お互いに同じ書面を見ながら情報共有を行う方法を採ることを確認。   4 考察  国内外を問わず大学生の就労支援ニーズは高まってきており、大学と就労移行支援事業所の取り組みを途切れることなく実施することが求められる時代になってきた。  大学時代に企業で働くことを経験すると早期から具体的な就業イメージを身につけることが出来、自発的な働きたい思いを育むことに有効であると考える。カズキは大学、就労移行時代に複数の企業実習を経験して自己整理を進めた結果、訓練開始12か月で就職が決まり、勤続年数は3年である。就業中、先輩従業員の退職や後輩が増える経験もしたが、グループでの作業形態も経験していた事で、チームで働く環境にも順応出来ている。  本人の可能性を探っていく為には、支援者のアセスメントスキルに加え、多くのリアルな経験が必要であると考える。今までは就労移行支援事業所がその役割を担っていたが、大学との連携からさらなるチャレンジの機会を提供できることに繋がるであろう。今後の教育機関、支援機関との関係を強固にしていく為、成果を提供できたものと考える。   【参考文献】 1)梅永雄二、佐々木正美:大学生の発達障害(講談社,2010) 2)独立行政法人日本学生支援機構:平成29年度(2017年度) 障害のある学生の修学支援に関する実態調査(2017)   発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける問題解決技能トレーニングの改良の取組について ○菊池 麻由(障害者職業総合センター職業センター企画課 障害者職業カウンセラー)  佐藤 大作(障害者職業総合センター職業センター企画課)   1 はじめに  障害者職業総合センター職業センター(以下「センター」という。)では、平成17年度から知的障害を伴わない発達障害者を対象としたワークシステム・サポートプログラム(以下「WSSP」という。)の実施を通じて、発達障害者に対する各種支援技法の開発・改良に取り組んできた。  開発した技法のひとつである「問題解決技能トレーニング(以下「PST」という。)」は、平成24年度に支援マニュアル1)としてとりまとめ、全国の障害者就労支援機関を中心に普及してきたところであるが、WSSPでの実践を積み重ねる中で、また、外部機関でも取組が広まる中で、PSTをさらに有効に活用できる可能性が見えてきた。本発表では、PSTの改良の中間報告として、現在の課題点の整理と今後の方向性について発表する。 2 ワークシステム・サポートプログラムの概要  WSSPは5週間の「ウォーミングアップ・アセスメント期(以下「アセスメント期」という。)」と8週間の「職務適応実践支援期(以下「実践支援期」という。)」の13週間で構成されている。アセスメント期では、WSSPの受講者の障害特性と職業的課題について把握している。実践支援期では、アセスメント期で把握した受講者の特性と職業的課題に対する自己対処や、事業主に要請する配慮事項等の検証を行うため、就業場面を想定したより実践的な支援を行っている。  WSSPは、「就労セミナー」「作業」「個別相談」で構成されており、それぞれを関連付けて実施している。「関連付け」とは「就労セミナー」で得た知識やスキルを「作業場面」で試行し、「個別相談」でその結果を受講者と支援者とで振り返り、振り返りの結果を踏まえて、職業生活に必要なスキル付与を個別に行い、再度作業場面で試行することをいう(図1)。 図1 WSSPの関連付け 3 問題解決技能トレーニングとは  PSTは、発達障害の特性を考慮して、問題の分析、解決方法の検討を効率的・効果的に進めるためのトレーニングである。WSSPでは「就労セミナー」で実施している。  発達障害(特に自閉スペクトラム症)のある人は、問題場面に関する事実を思い出すために、より多くのプロンプト(手がかり)を必要としていること、また、解決法の質が低いことが指摘されている2)。  働く上では、職種や業種に関わらず、何らかの問題解決が必要な場面が生じると思われる。問題解決が適切になされず、失敗体験を積み重ねることは、ストレスの蓄積、二次障害の発症につながるリスクがあり、就労継続において影響が大きいと考えられる。  このような課題意識から、センターにおいて、米国で開発されたSOCCSS法※の考え方をベースにPSTを開発し、発展させてきた。具体的には、問題状況分析シートを用い、①問題の明確化、②目標の明確化、③ブレインストーミング(解決策案を出す)、④結果予測、選択判断(各解決策案の現実性と効果を判断し、結果予測をふまえて一番よいと思う解決策案を選ぶ)、⑤段取り、解決策の実行という5つのステップで進めていく(図2)。WSSPの「就労セミナー」として行う場合は、進行役1名(支援者)と問題提起者1名及び複数人の参加者(問題提起者とその他参加者は発達障害者)という体制で実施している。   ※SOCCSS法とは、社会性または行動的問題を系統的にまとめていくことで、ソーシャルスキルに障害のある子どもたちの社会的場面の理解や、問題解決スキルの育成を手助けする方法である。状況把握(Situation)、選択肢(Option)、結果予測(Consequences)、選択判断(Choices)、段取り(Strategies)、事前試行(Simulation)からなる3)。 図2 PSTのステップ 4 問題解決技能トレーニング改良の背景  平成24年度に作成した支援マニュアルにおいては、集団場面での実施を中心に紹介している。地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)や障害者就労支援機関のPSTに対するイメージは、「集団場面での実施」が強いと思われる。平成29年度にいくつかの地域センターを対象に実施した「ジョブコーチ支援におけるPST実施の有無」に関するヒアリングの結果からも、その傾向がうかがえる(図3)。   図3 ジョブコーチ支援におけるPST実施の有無    一方で、障害者就労支援機関は、必ずしも集団プログラムの機能を持つところばかりではない。相談場面等の個別支援で活用できる技法があれば、より多くの支援者にとって役に立つだろう。PSTは相談場面等の個別支援で活用できる技法のひとつであると考えられる。   実際、WSSPでは、PSTを相談場面において活用してきた。アセスメント期に演習(集団場面)でPSTを実施し、トレーニングの進め方や効果に関する受講者の理解促進を図る。実践支援期では、集団場面での実施を継続していく場合もあれば、相談場面で個別に行う場合もある。たとえば、扱うテーマの個別性が高く、本人が集団場面での実施を希望しない場合に、相談場面で実施することがある。また、支援マニュアルにおいては、相談場面でPSTを活用する効果として、①問題状況分析シートを用いることで視覚的に問題状況を整理できる、②相談で話すことの枠組みを示すことができ、相談における受講者側の負担が少ない、以上2点を挙げている。  ただし、前述のように、支援マニュアルは集団場面での実施方法を中心に扱っており、相談場面におけるPSTの活用方法や事例の紹介は一部に留めている。集団場面でPSTを実施した経験のある支援者であれば、その経験を相談場面での実施に応用することができると思われるが、集団場面での実施経験が少ない支援者にとっては、実施のイメージが掴みづらく、PSTを相談場面等で実践していくことは難しいと考えられる。多くの支援者が就労支援における相談をより円滑に進めるためのひとつの方法として、相談場面等の個別支援において活用できるPSTの改良が求められる(図4)。 図4 WSSPの支援段階によるPSTの実施場面と改良で取り組む部分   5 問題解決技能トレーニング改良の方向性  相談場面でのPSTの手法の効果的な活用方法や留意点をとりまとめ、活用事例を紹介する。今後の計画として、以下のように考えている。 (1) PSTの実施状況の分析及び活用性向上のポイントの検討  WSSPにおいて実施してきたPSTの事例の集約と実施状況の分析を行い、活用性向上のためのポイントを整理する。 (2) PSTの個別支援モデルの試行と検証  PSTを相談場面等、個別の支援場面で実施する方法を検討し、個別支援モデルを作成する。個別支援モデルをWSSPにおいて試行し、その結果をもとにモデルの修正及び改良を行う。 (3) 実践報告書の作成  問題解決技能トレーニングの改良の概要、実施方法、実施上の工夫や留意事項、支援事例等を取りまとめた実践報告書を作成する。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター職業センター:「発達障害者のワークシステム・サポートプログラム 発達障害者のための問題解決技能トレーニング」,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター職業センター(2013) 2) 障害者職業総合センター職業センター:「発達障害者のワークシステム・サポートプログラムとその支援技法」,p.46, 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター職業センター(2008) 3) ブレンダ・スミス・マイルズ他:「発達障害がある子のための暗黙のルール<場面別>マナーと決まりがわかる本」,p.30-34,明石書店(2010) 【連絡先】  障害者職業総合センター職業センター企画課  e-mail:csgrp@jeed.or.jp Tel:043-297-9042 事業所における雇用後支援においてJSTを活用した取組について ~JSTの雇用管理への活かし方について考える~ ○古野 素子(東京障害者職業センター 主任障害者職業カウンセラー)  上野 和美(東京障害者職業センター) 1 はじめに  障害者職業総合センター職業センターで開発した発達障害者に対する支援技法のうち、職場におけるコミュニケーションスキルの向上を目的とした「職場対人技能トレーニング(以下「JST」という。)」がある。小沼1)によれば、JSTが「求職者向けの支援場面での活用に限らず、在職者への支援でも活用できると良い」との意見が支援者からあげられていることが報告されている。  近年、東京障害者職業センター(以下「職業センター」という。)においては、在職者に対する雇用後支援のニーズや社内研修のニーズが増加しているが、雇用後に生じる職業的な課題は作業遂行面だけでなく、職場のルールやマナー、ふるまいに関するものもみられる。これらの課題に対するアプローチの一つとしてJSTを雇用後支援や社内研修に活用することを試みた。本報告では、JSTの雇用管理への活かし方について、事業所における在職者に対する支援においてJSTを活用した事例から検討を行う。   2 職場対人技能トレーニング(JST)の進め方  JSTの流れは図に示した進め方を基本とする。職場に関連するテーマを設定し、悪い見本・良い見本を見比べ、ロールプレイを行いながら望ましい行動のポイントを確認する方法を基本に据えて実施している。   図 JSTの進め方 3 方法  平成30年1月~6月までの間に雇用後支援や社内研修においてJSTを活用した支援を実施した3事例について、JSTの実施方法、実施内容、実施結果及びその後の変化や活かし方等の視点から整理を行った。 4 JSTを活用した支援の実施状況・実施結果  JSTを活用した支援の実施状況及び実施結果について整理した結果を表に示す。 (1) 実施状況  3事例とも職場における課題や事業所のニーズに基づいて実施テーマを設定した点は共通しているが、対象者の障害種別、集団か個別か、ジョブコーチ(以下「JC」という。)支援の活用等の実施方法については異なる点もみられる。 (2) 実施結果 ア 受講者の感想・反応よりみられたこと ア)自分なりの職場での目標行動を受講者自らがあげることができた。  JSTを受けて、自分なりに「職場で自分がやってみようと思うこと(目標行動)」のワークシートへの記入やロールプレイを受講者全員が実施することができた。 イ)職場のルールや望ましいふるまいの意義、ふるまい方等について「知る」機会となった。  JST実施後のアンケートや聞き取りの結果、「JSTを受けて、望ましい言い方や考え方、ふるまい等について知った、理解できた、気づいた」と受講者全員が回答した。 ウ)「言い方」を知ってできるようになること、他の特性によって難しいことがあることの気づきがあった。  JSTの実施後、実際の場面で試行と振り返り相談を実施した事例Cにおいては、言い方(Output)が思いつきづらい特性の他にも、情報処理の特性やこだわりがある思考特性など、自らの特性に気づく機会となった。 イ 指導担当スタッフの感想より聞かれたこと  JSTを研修・講座方式で実施した事例A、B社では指導担当スタッフも同席した。A、B社のスタッフに対する聞き取りにより次のようなことに役立ったことがわかった。 ア)JSTの実施方法がわかった。 イ)個々の社員の理解度、捉え方の把握に役立った。 5 考察 ~JSTの雇用管理への活かし方を考える  実施結果をふまえると、事業主が社員に伝えたいと考えている職場のルール、望ましいと考えている職場のふるまいや行動を、その背景や意義とあわせて伝える方法としてJSTは活用できると思われる。JSTの雇用管理への活かし方のポイントとしては、以下の5点があげられる。 ・在職中の社員に再伝達する方法として、社内研修として  機会を設定するのも一方策である。 ・職場で望ましいと考えられるふるまいやルールは事業所 ごとに異なる。そのため、実施内容(伝えたい課題のテーマや場面設定、ふるまいのポイント等)は事業主と一緒に相談しながら、事業主が主体となって検討することがより実際の場面で活かせるためには重要である。 ・受講する社員への知識付与の機会とするのみならず、事業所スタッフに状況を見てもらうことで、社員個々の理解度や捉え方などの特徴を把握する機会としても役立てることができる。 ・JSTの機会に加えて、実際の場面での試行と振り返りを個別に行うことで、Outputの方法(言い方・やり方)を知り自己対処していけるのか、対処スキルを補うためにどのような周囲の配慮が必要なのか、など環境との兼ね合いで確認・検討することができる。 ・JSTになじみのない事業所については、JC支援を活用し、協同支援により、JSTの実施方法や振り返り面談のイメージを事業主に知ってもらうことも一方策である。 6 まとめ  今回のJSTを活用した事業主支援の試行を通じて、これまで職業センターで求職者への支援を中心として活用してきたJSTが事業所での在職者に対する雇用後支援にも活用できることがわかった。また、在職中の社員に対して望ましい行動の伝達や、実際の場面での試行を通じて対処の工夫の実効性やあるとよい周囲の配慮検討に役立てるためには、事業主が主体となって関与することがより効果を高め、雇用管理により活かせる可能性が窺えた。  職業センターとしても事業主支援の実践を積み重ねながら、効果を高めるJST等の支援技法の活かし方について引き続き検討を深めていきたい。また、より雇用管理に活かせるよう、事業所担当者との協同支援等により、支援ノウハウを事業主に伝達していくよう努めていきたい。   【参考文献】 1)小沼香織:発達障害者に対する職場対人技能トレーニング(JST)の改良の取組について,第24回職業リハビリテーション研究・実践発表会論文集,p.116-117(2016) 表 JSTを活用した在職者に対する雇用後支援の実施状況及び実施結果 A社 B社 C社 実施方法 社内研修「フォロー研修」として実施 社内研修「ビジネスマナースキルアップ講習」としてJC支援を活用して実施  JC支援における振り返り面談の中で  個別に実施 実施形態 グループ(研修・講座形式)JSTの活用 個別JST JC活用 − ○ ○ 事業所 ニーズ ○社内研修を実施したい ○発達障害のある社員の教育・支援について相  談したい(職場定着) ○スムーズな職場復帰、再発防止 (相談力・発信力のUP) ニーズ・課題の 詳細 ・「仕事」とは何か?何のために仕事を  するのか?(学校と会社の違いをあま  り理解していないかもしれない。) ・「社会性」を高めるためにはどうすれ  ばいいのか? 一般常識や職場でのマナーについて知る機会を設けたい。 ・報告や相談について(必要な時、伝え方等) ・EV、通路等でのマナー・ふるまい ・職場のルールの遵守 等    ・体調や仕事の状況に応じて、頼まれた仕事を  引き受けすぎない、断る、相談する、SOS  を出す等が体調を崩す前にできるとよい。 対象社員 知的障害者9名 (+指導担当スタッフ5名) 発達障害者5名(+指導担当スタッフ2名) JST説明会を実施。支援を受けたいニーズのある者を対象に実施。 発達障害者1名(手帳なし) 実施内容 1回(2時間) 5回(1時間+個別ふり返り30分) 3回(ふり返り相談60分の中で助言) テーマ 1)仕事とは何か ・次、また仕事を頼みたいと思うのは  どんな人か(良い印象、信用・信頼) 2)仕事の進め方、大切なこと ・相談・確認 ・報告・連絡 オリエンテーション)JSTとは、通路(歩き方 部屋の入り方)、「他者の目を理解する」 1)報告①あるとよいタイミングを考える 2)報告②仕事中の上司に報告する 3)職場のルール、フロアでのマナー 4)問題解決技能トレーニング(コミュニケー  ションでのズレの防止) 5)よりよく伝えるために(伝え方) 1)業務の調整の仕方 ・業務依頼→返事を保留する言い方 ・後からの相談や確認の仕方 2)職場での休憩の取り方 ・事務所での休み方、周囲への伝え方 3)生活面で家族へのお願いの仕方 ・できない時の協力のお願いの仕方 実施結果 【対象者】…アンケートを実施 ・「JSTを受けて知った、理解でき  た、再確認できたこと」があったと  受講者全員が回答。 ・JSTで学んだことを日常業務の場面  でどう活かすのか、受講者全員があげ  ることができた。 【事業所】…聞き取りを実施 ・JSTの方法が理解しやすかった。  研修に対する集中が続いていた。 ・実際にロールプレイを行う様子を見る  ことで、社員の理解度ややる気、難し  い所などを見て知ることができた。 【対象者】…アンケートを実施 ・「JSTを受けて知った、理解できた、再確  認できたこと」があったと受講者全員が回答。 ・JSTで学んだことを日常業務の場面でどう活  かすのか、受講者全員があげることができた。 【事業所】…聞き取りを実施 ・JSTや問題解決技能トレーニングの実施方法がわかった。 ・会社が伝えたいこと(職場のルールやふるまいのポイント等)を伝える手段としてJSTが活用できることがわかった。 ・個々の社員の理解・捉え方の把握にも役立つ。 【対象者】…聞き取りを実施 ・「言い方」を知ること+「できないって言っ  てもいいんだ」という考え方を知ることで、  できるようになったこともあった。  (疲れた時の家事の協力依頼等) ・一方で「言い方」を知っても、業務の依頼等  は反射的に受ける、自分の業務の状況は後か  らしか気づかないということ、Myルールを  作っていたこだわりがあることがわかった。 【事業所】…聞き取りを実施 ・自分で気づいて意識してできるようになる部  分と、難しいこと(疲れ具合、仕事の量等の  困り具合等に気づきづらい)がわかった。 JST その後への活かし方 研修後、社員の意識・行動に変化が見られた。 ・あいさつ、報告の仕方、仕事への前向  きさなど具体的な行動が変化。 ・問題がある場面で「研修でこう言って たでしょ」「こうした方がよい」と先輩が後輩に教育的な声かけ、関わりをする様子が見られるようになった。 ・JSTの講習を通じて、社員それぞれの「やっ  てみようと思ったこと」等の気づき、結びつけ  ができた。その見えにくいやる気を上長とも共  有し、できている時は「意識できているね」の  声かけでいいふるまいを伸ばしていきたい。 ・受講者のうち2名は集合研修のテーマになかっ  た個別の課題についても取り組んでみたいと希  望があった。→個別フォローを実施。 ・特徴、自身で取り組む対処、やってみたが難  しかったことで周囲の配慮(調整や声かけ  等)を得たいことを再整理し、上司に伝える  ことができた。  →発信のしやすさ、安心感が向上。 ・直属の上司のラインケアに活かしてもらえ  た。(どういう点に声かけがあるとよいの  か、調整が必要なのかがわかった。) アスペルガー症候群に特化した職業リハビリテーションプログラムESPIDD −T-STEPからESPIDDへ− ○梅永 雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授)  井口 修一(障害者職業総合センター)  繩岡 好晴(千葉県発達障害者支援センター)  上原 深音(ひゅーまにあ総合研修センター) 1 問題と目的  ここ数年本研究発表会において、ESPIDD(Employment Support Plan for Individuals with Developmental Difference)について発表を重ねてきた。  ESIPIDDは東京障害者職業センターと早稲田大学の共同研究において、主としてアスペルガー症候群に特化した新しい職業リハビリテーションの方法である。  アスペルガー症候群者に特化した理由を表1に示す。 表1 アスペルガー症候群の就労における課題 ・アスペルガー症候群の就労の成果が思わしくない ・その理由は認知(実行機能)、社会性(社会的思考と社会的コミュニケーション)職業領域が課題となっている ・実行機能と社会性の問題はアスペルガー症候群の就労上の中心的課題であり、これらは「ソフトスキル」と関連している ・ソフトスキルの支援が急務でカリキュラムが必要である ・しかしながら、ソフトスキルの支援を含むアスペルガー症候群に特化した職業リハビリテーションがない                   (井口・梅永ら,2016)    ソフトスキルとは仕事そのものではなく、職業生活に間接的に影響するスキルのことで、具体的には表2のようなものがソフトスキルの例である。   表2 ソフトスキルの内容 1.身だしなみ (1)職場にマッチした適切な服装をする(季節感も意識する) (2)従事する職種に合った適切な長さの髪の毛,髪の毛の色にする (3)髭をそっている (4)毎日入浴している(体臭予防のため) (5)歯を磨いている(口臭予防のため) (6)爪を切っている 2.時間の管理 (1)遅刻をせずに出勤する (2)昼休みの時間を守り時間前に持ち場に戻る 3.余暇の使い方 (1)昼食休憩中に適切な余暇を取る(新聞や雑誌を読む,音楽を聴く,短時間のゲームなどの趣味,コーヒーを飲む,仮眠する,同僚と会話をする,体操や散歩 などの運動をする,その他) (2)一日の仕事が終わったあとの余暇を楽しむ (自宅でテレビやDVD・ビデオを見る,本を読む,ゲームをする,音楽を聴く。自宅外でスポーツクラブに行く,習いものをする, 友人と会う,カラオケに行く,食事をしたりお酒を飲みに行く,その他) (3)一週間のうち,週末の余暇を楽しむ (自宅でテレビやDVDを見る,ゲームをする,音楽を聴く。自宅外でスポーツクラブに行く,習いものをする,友人と会う, カラオケに行く,映画やコンサートに行く,スポーツをする,食事をしたりお酒を飲みに行く,その他) (4)一カ月およびそれ以上の期間における余暇を楽しむ (旅行に行くなど) 4.日常的な家事労働を行う (1)買い物 (食品および日常生活に必要な買い物をする) (2)炊事 (調理をする,食器を洗う,片づける) (3)洗濯 (洗濯機を使う,洗濯物を干す,洗濯物を取り入れ片付ける) (4)掃除をする (部屋の片づけを行う) (掃除機をかける,テーブルや棚,窓などを拭く) 5.対人関係(チームワーク),コミュニケーション (1)職場に来た時の「おはようございます」,職場を出る際の「失礼します」の挨拶を行う (2)職場内で上司・同僚とすれ違った際にお辞儀をする,あるいは「お疲れ様」などの挨拶をする (3)職場で一緒に働く同僚・上司に不快感を与えないような言葉遣いを行う(敬語なども含む) (4)行わなければならない仕事を確認する (5)ミスをしたら素直に謝る (6)わからないことは質問する (7)お礼を言う  (梅永,2015)  以上のことから、従来の職業リハビリテーションではアスペルガー症候群の就労支援には限界があるため、面接相談から職業評価、職業ガイダンス、適職マッチング、職場適応指導に一貫したアスペルガー症候群に特化した新しいプログラムが必要となってきている。   2 方法 (1) 実施事業所  地域障害者職業センター、就労移行支援事業所、特例子会社 (2) 手続き  ESPIDDで開発された支援技法を各支援機関で実施した。  表3に東京障害者職業センターで開発されたアスペルガー症候群者に特化した職場実習アセスメントシートを示す。 表3 職場実習アセスメントシートの全体構成 アセスメント領域 領域の概要 職業スキル 職場実習で体験した作業に必要な特定の職業技能(質的評価) 職場適応行動 職場適応に必要なルール・マナー、自立機能等に関係する行動(11項目) 職業適応行動 職業適応(職務遂行)に必要な行動(11項目) 対人行動 職場で必要な対人関係を形成する行動やコミュニケーションスキル(10項目) 特性領域 職業相談シートで設定した項目 作業関係特性 仕事(作業)に関係する特徴や課題(11項目) 感覚・感情特性 感覚や感情に関係する特徴や課題(6項目) 対人・コミュニケーション特性 対人関係やコミュニケーションに関係する特徴や課題(9項目)                      (井口、2018) 3 結果  就労移行支援事業所で実施した職場実習アセスメントシートを図に示す。   図 ESPIDDの職場実習アセスメントシート(繩岡・上原、2018)    アスペルガー症候群者は、他者の気持ちを考える「心の理論」が弱いといわれている。すなわち、他者が自分に対してどのように思っているかが理解できないため、自分で考えていることとずれてしまうことがある。  図のアセスメントシートでは、ソフトスキルの課題について自己評価と企業および支援者の三者で評価されているが、項目によっては評価が異なっている。  具体的には、「指示がわからないときは適切なタイミングや頻度で質問する」「意思やニーズを伝える」といった項目では自己評価は△(ある程度はできる)であったのに対し、支援者の評価は×(できない)となっている。  一方で、「自分で健康管理や疲労への対処ができる」「ミスや失敗をしたとき気持ちの切り替えができる」は企業、支援者の評価に比べ自己評価が低い。  このようなずれに関してアスペルガー症候群者自身が企業や支援者からの評価を視覚的に確認できるシートである。 4 考察  一般にアスペルガー症候群等のASD者は、中枢性統合や実行機能、心の理論に困難性があるものの、視覚優位といわれている。  先の見通しが持てない実行機能の弱さに関しては、スケジュールを視覚的に示すことにより不安を解消でき、全体を把握できない中枢性統合の弱さについては構造化により刺激を遮断し、行う活動に焦点を当てると効果があるといわれている。  他者の気持ちを考えることが難しいアスペルガー症候群者もこのような職場実習アセスメントシートにおいて、他者の考えを視覚的に確認できることは極めて有効な手法の一つと考える。  実際、図は実習初日に実施されたものであるが、実習の最終日には、「自分で健康管理や疲労への対処ができる」「ミスや失敗をしたとき気持ちの切り替えができる」は企業の評価と自己評価は一致するようになった。  今回はESPIDDの中でも職場実習アセスメントシートの有効性について報告を行ったが、東京障害者職業センターでは就職後の職場定着を図るためのフォローアップにおいても職務遂行だけではなく。「勤務・ルール」「コミュニケーション・対人関係」「適応行動」「自己理解」といったソフトスキルの項目についてのアセスメントが行われている。 【参考文献】 1) 井口修一:「東京障害者職業センターにおける就労支援」明石書店(2018)印刷中 井口修一・梅永雄二・遠藤径至・木田有子・猪瀬瑤子・竹場 悠・工藤英美里:「発達障害(ASD)のある求職者を対象とした基本的な就労支援ニーズを把握するための職業相談シートの作成」第24回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集,30-31.(2016) 2) 繩岡好晴・上原深音:「本人の希望に応じた就職先の選定と長期的な就労に向けて」明石書店(2018)印刷中 3) 梅永雄二:「自閉症スペクトラム障害者の就労支援」精神療法,Vol.41,No.4,531-533.(2015) 【連絡先】  梅永雄二  早稲田大学教育・総合科学学術院  e-mail:umenaga@waseda.jp 当院独自の就労支援の取り組み(1) 再就職と仕事の定着に至った片麻痺患者の1例 ○兼目 真里(東京慈恵会医科大学附属病院リハビリテーション科 作業療法士)  齋藤 玲子・渡辺 基・吉澤 いづみ・石川 篤(東京慈恵会医科大学附属病院リハビリテーション科)  安保 雅博(東京慈恵会医科大学リハビリテーション医学講座) 1 緒言  身体障害者の就職率は年々増加傾向にあるが、厚生労働省の報告では詳細な疾患別での就職率は明記されていない。脳卒中後遺症患者の就労支援は、内部疾患や脊髄損傷などの疾患に比し、「片麻痺」「高次脳機能障害」「失語」という疾患を併せ持つことから特に「復職」よりも「再就職」に難渋してきた。当院リハビリテーション科では2016年より人材派遣会社と提携した独自の就労支援の取り組みを行ってきた。今回、当院の取り組みとともに再就職と定着に至った脳卒中片麻痺を呈する1症例を報告する。 2 当院独自の取り組みと現状 (1) 就労支援の取り組み  脳卒中後の後遺症は「片麻痺」や「高次脳機能障害」など多数挙げられる。上記の後遺症に加え「失語症」を伴う場合、身体を使う業務だけでなく、事務業務でも復職や再就職に難渋する。  そこで当院では独自の就労支援を実践している(図1)。 このシステムは人材派遣会社と医療が提携し就労支援を行う取り組みであり、最大の特徴は、①まず人材派遣会社に籍を置くため、試用雇用時(派遣時)に給与が発生すること、②万が一、試用雇用中に困難が生じた場合にも離職は免れること、③医療と連携し、医学的な視点でサポートが可能な点である。    上記のシステムは、既存の就労システムであるトライアル雇用中は給与が発生しないことや、再就職後に就労が継続できなかった場合にまた一から始めなければならないこと、企業が高次脳機能障害や失語症、片麻痺をもつ人々との関わりをどうしたらよいか分からないといった従来の就労支援システムにおけるデメリットを補えるシステムとなっている。 (2) 就労支援の現状 図2 疾患の割合と失語症の有無(2017年)    2016年から2017年の支援では、7名人材派遣会社に紹介し、4名が転籍に至った。内訳は脳卒中後遺症3名、発達障害1名右片麻痺・高次脳機能障害・失語症3名(図2)、就職先は清掃業務やパソコン業務などの事務作業であった。 3 症例紹介   【症例】A氏 40代男性 【診断名】脳出血後遺症 失語症 高次脳機能障害 【既往歴】高血圧 【職業歴】システムエンジニア 【経過】X年に左被殻出血を発症(図3)。開頭血腫除去術施行。その後急性期、回復期病院を経て自宅退院。4回の反復性経頭蓋磁気治療とリハビリテーション治療の併用療法を実施した。作業療法士(以下「OT」という。)・言語聴覚士(以下「ST」という。)の外来でリハビリテーション治療を継続しX+5年後に就職が内定した 【生活歴】独居 【本人希望】復職、上肢機能の改善。 (1) 業療法評価 【身体機能】Br.Stage上肢Ⅳ 手指Ⅲ 屋外杖歩行自立 【高次脳機能】表参照 表 高次脳機能評価 WAIS-Ⅲ PIQ105、処理速度69、知覚統合121 TMT TMT-A 76秒 TMT-B 87秒 BADS 総得点プロフィール17点、 標準化した得点95点  年齢補正した得点91点  区分は平均 WMS-R 注意集中84、遅延再生85、 視覚性118 作業評価 (PC打ち込み) 書類作成や定型文の打ち込みは可能。見落としや数字の打ち間違えがあるが、頑なに「できています」と発言が多く、見直しが行えない状況であった。履歴書の入力は2枚で40分要した。(2) 練訓練内容  リハビリテーション治療は実際の復職を想定し、週3回、OT・STを集中的に実施。入力評価や訓練には実際の履歴書・フォーマットを使用し訓練を実施した(図4参照)。ミスを生じやすい部分のフィードバック、見直しの定着を実施した。  職場への提案として、カンファレンスや高次脳機能障害での症状や代償方法を示したチェックリストで作成し共有した。カンファレンスでは複雑な事態についての説明は相手の推測が必要であることや、時間内に作業が終わらない可能性があること、見直しが自ら行えないため見直しを業務として時間を設けること、疲労や集中力を考慮し打ち込みの時間と見直しの時間を午前と午後で分ける等の提案を行った。 図4 訓練時に使用した履歴書の例 (3) 結果  訓練前は見直しが難しい状態であったが、リハビリテーション治療でミスをしやすいポイントを絞ることや繰り返しフィードバックする事、代償方法の確認等を行い就職時には見直しが可能となった。就職後3カ月から6カ月では年賀状の宛名入力、物品を運ぶ作業、社内のメール連絡、物品の発注など、6カ月後には社内の電話を繋ぐなどの仕事を任せてもらえるようになった。現在勤続3年を迎え、無遅刻無欠勤、挨拶などの礼節も保たれ、買い出し等の業務が増えてきている。 (4) 職場の教育担当者から見た実際   実際に職場ではで物品が間違って届いてしまった、メールの文脈が分かりにくいことがある、間違えている場合は注意してもよいのかといった業務内容や関わり方など職場担当者からの疑問が挙がった。教育担当者は業務の関係上1人である場合が多く精神的な負担や孤立感が大きいということや、高次脳機能障害や失語に対する関わり方がどうしたらよいのか分からなかった等の不安が聴かれた。 4 考察  片麻痺・失語・高次脳機能障害を有する患者は第1に「再就職」すること、第2に「定着」することが課題として挙げられる。また、訓練では行えるようになったことでも、環境や人が変わることで発揮できる能力も異なってしまう場合がある。今回、人材派遣会社と提携したことで就職前に実際の履歴書を利用し業務や通勤を意識し訓練を行うことができた。問題点を明確にし、解決方法や注意事項を事前に共有できたことが再就職に対し有効であったと考えられる。  一方で、雇用側と教育担当者側の認識の違いや教育担当者の疑問・孤立感を、就労支援する側がいかにサポートしていけるかという点は大きな課題と考える。ジョブコーチなどのシステムもあるが、実際は閉鎖的な企業は導入することに対して拒否的である事も少なくない。雇用担当者だけでなく教育担当者へのヒアリングなどのサポートを行うことで、環境調整や業務調整などを行えることが仕事の「定着」に寄与すると考えられる。  当院でのシステムは医療と派遣のメリットを就労支援に生かすことができ、医療がバックアップすることで企業側も安心感が得られる。医療のできることとして疾患特性や脳画像、高次脳機能評価などのデータから言えることを分かりやすいように企業側や教育担当者に伝え、再就職・定着できる支援を行っていきたい。 【連絡先】  兼目 真里  東京慈恵会医科大学附属病院リハビリテーション科  e-mail:mariken @jikei.ac.jp 当院独自の就労支援の取り組み(2) 発達障害症例及び失語症例に対する支援の比較および検討 ○齋藤 玲子(東京慈恵会医科大学附属病院リハビリテーション科 言語聴覚士)  兼目 真里・永吉 成美・吉澤 いづみ・石川 篤・渡辺 基(東京慈恵会医科大学附属病院リハビリテーション科)  安保 雅博(東京慈恵会医科大学リハビリテーション医学講座) 1 緒言  高次脳機能障害患者の多くは就労年齢に相当しており、就労支援は支援対策において最重要なテーマと捉えられている1)。 なかでも、失語症患者は日常生活が自立に至っても復職が大きな問題となることが指摘されている2)。  当院では人材派遣会社と連携して高次脳機能障害等の患者の就労支援に取り組んでいる。今回、福祉的就労から一般就労へのステップアップを希望していた20代の発達障害患者、復職はしたものの退職し再就職を希望していた40代の失語症患者という、障害や職業歴等が全く異なる症例への支援を経験した。2症例の比較・検討を通して、医療と人材派遣会社の連携による支援の意義について考察したので報告する。 2 症例 (1) 症例A(20代女性 両親・妹と同居) 【診断名】ソトス症候群(心疾患、知的障害や学習障害などの発達の遅れを呈する先天異常症候群)  本人・家族が一般就労を希望してX年Y月に当院来院。作業療法及び言語聴覚療法(以下「OT」「ST」という。)開始。 【既往歴】特になし 【職業歴】養護学校卒業後、9年間、就労継続支援B型で週5日間勤務。清掃、製菓、ウェイトレス等の業務に従事。 【神経心理学的検査】WAIS-Ⅲ 全検査IQ45 言語性IQ53 動作性IQ46 群指数 言語理解51 知覚統合50未満 他は50。その他高次脳機能検査は課題理解困難により実施できず。 【作業療法評価】ペグ操作や写字等の課題では手順の誤り等のミスがあるがフィードバックを受け入れ修正することが可。反復による学習効果あり。視覚的情報は比較的理解しやすく、これまでの勤務では手順を視覚化する方法を利用。身体機能、手指の巧緻性は良好。ADL:自立。IADL:慣れた場所での自転車や電車の利用等可。 【評価のまとめ】言語理解や抽象的思考、ワーキングメモリ、処理速度はいずれも低下を認めており、複雑な事態に対する問題解決や臨機応変な対応を必要とされる業務の遂行は困難と考えられた。一方で、良好な身体機能や反復による学習効果が期待できる点から比較的単純でルーティンな軽作業の遂行に適しており、日常的なコミュニケーションの能力や温厚な人柄から職場での人間関係構築には大きな問題はないと考えられた。また、発達障害に対しての療育や支援をこれまで十分に受けており、機能改善を目的としたリハビリテーション治療の適応は低く、これまでの経験を活かせる職業、障害に理解のある職場を選択できれば一般就労に至ることができると予想された。  以上をふまえ、Y+6ヶ月、人材派遣会社よりビル管理会社における職員宿舎清掃業務を紹介、就労に至った。 【就労後の経過】就労1ヶ月後、派遣会社社員、OT、STが派遣先企業を訪問。清掃現場は職員宿舎で部外者が立入禁止であったため、症例・担当者等から情報を収集して助言、援助を行った。清掃業務については、経験はあったものの、宿舎の多岐にわたる箇所を多様な道具を操作して清掃する手順を他職員と同様には学習できていなかった。そのため、単独ではなくチームの一員として作業に従事することとし、チームリーダーが派遣会社社員と連携をとりつつジョブコーチ的役割を担ってサポート、従事する作業を絞り最低限の道具・手順から習得を促した。通勤については、混雑した場所での移動に不安を訴えていたため、経路を再検討、道順をステップごとに視覚化した絵カードを作成した。訪問後も、派遣会社社員による情報収集及び医療スタッフと連携した業務内容等への助言を定期的に行った。  結果、丁寧な清掃が評価を受け、6ヶ月の派遣期間を経てパート社員として採用が決定した。 (2) 症例B(40代女性 独居)   X年に脳出血発症後、急性期、回復期病院を経て自宅退院。他院にて外来でリハビリテーションを継続していたが、X+3年にボトックス治療を希望して当院受診、理学療法及びOT開始、X+4年にST開始。現職復帰もしくは休職期間経過後退職の二択しかなく、X+5年に教諭として復職。定期的な通院はできず、OTは経過観察、STは終了となる。教職の遂行は難しくX+7年に退職。その後、職業訓練に通いパソコン操作の技能を習得していたが、X+8年に再就職を希望してST再開。 【診断名】脳出血 【既往歴】高血圧 椎間板ヘルニア 【職業歴】大学卒業後、高校教諭として勤務。 【神経心理学的検査】  SLTA 口頭命令:6/10正答 書字命令:全問正答 呼称:全問正答 語の列挙:12語 まんが説明発話・書字:段階5 WAIS-Ⅲ 全検査IQ86 言語性IQ80 動作性IQ97  群指数 言語理解90 知覚統合108 作動記憶60 処理速度63 CAT Digit Span 順6桁 逆4桁  Tapping Span 順7桁 逆6桁 Visual Cancellation「か」 正答率99% 150秒 Auditory Detection 正答率34% 的中率30% SDMT 正答率32% PASAT2秒条件 正答率23% BADS プロフィール点14点 全般的区分:境界域 WMS-R 言語性記憶81 視覚性記憶108 一般的記憶105   注意/集中力81 遅延再生90 RBMT SS10点 SPS22点 【作業療法評価】基本的なパソコン操作技能を習得済で、入力速度は遅いが正確。ADL・IADL:家事や公共交通機関利用の通院等は全自立。Br.Stage上肢Ⅲ、手指Ⅲ、下肢Ⅳ、椎間板ヘルニアの既往もあり、立ち仕事や軽作業等の長時間持続は困難。 【評価のまとめ】<言語>ウェルニッケ失語。日常的なコミュニケーションは可能だが、複雑文レベルで聴理解は低下、読解は良好。自発話は流暢で量も多いが低頻度語における語性錯語や喚語困難があり、非現前の複雑な事態などの伝達には相手の推測が必要。<知的機能>WAIS-Ⅲ動作性IQより良好に保たれている。<注意>聴覚性注意課題は失語症もあり低下著明。視覚性課題における注意の選択・持続、ワーキングメモリは良好、処理速度は大きく低下。<遂行機能>失語症が影響しておりBADSの区分は境界域、複雑な計画の立案等は困難。<記憶>WMS-R視覚性記憶指標やRBMTの結果より日常的な記憶に大きな問題はない。教職への復帰には処理速度以外に大きな問題はないと認識しているなど、コミュニケーション能力についての病識は不十分。  以上から、複雑な事態についての聴覚的理解や発話が求められる対人業務、低頻度語の喚語まで必要とされる書類作成業務等は困難であり、比較的良好な読解や視覚性注意、既に習得済のパソコンのスキルを活かす業務が適していると考えられた。一方で、機能改善や病識の向上が期待されるため定期的なリハビリテーション治療を再開、並行して再就職を図ることとした。治療再開1年後にはコミュニケーション能力に対する病識が向上し教職への復職が難しいことを自覚、派遣会社から紹介された鉄道関連会社での事務業務での就労に至った。 【就労後の経過】医療スタッフが評価結果や支援方法をまとめた資料を作成、それを基に派遣会社社員が派遣先企業の担当者に症状や援助方法を説明、症例に適していると考えられる社内資料の整理やパソコン入力業務に従事することとなった。派遣会社社員は定期的に症例・担当者との面談を実施、STは週1回、OTは3ヶ月に1回の頻度で継続。業務が締切期日までに完成しなかったなどの問題はあったが、症例自身が指示理解不足や作業速度の低下等が原因であると認識し、上司や派遣会社社員、OT、STに相談したため、次のミスが生じないように予防策を講じることができた。通勤は時差通勤を利用し特に問題がなかった。  結果、就労2ヶ月後にパート社員契約、1年後には嘱託社員契約に至った。 3 考察  今回、当院独自の就労支援の取り組みを利用し、2症例が就労、継続的な雇用に至ることができた。しかし、すべての高次脳機能障害患者に対して一律に当取り組みのシステムを適用できるわけではない。2症例はいずれも、就労への強い意志、日常生活の自立、障害の代償能力といった就労準備性3)が整っており、清掃やパソコン入力など各々に適したスキルも既に獲得していた。これらの点から更なる社会的リハビリテーション等の必要性が低く、医療から直接、派遣会社による就労へという経路が利用できたと考えられた。  また、発達障害をもつ症例Aに対しては環境調整に重点をおき早期に就労につなげる、失語症をもつ症例Bに対しては機能改善等を目的に一定期間のリハビリテーション治療を行ったうえで就労につなげるといった、各々の障害特性に応じた適切なアプローチの選択が当システムの活用において重要であると考えられた。  上記の点に配慮することで、医療が派遣会社と連携して就労まで関与するという当院の取り組みは、医療的な情報を提供できる、必要に応じて適切なリハビリテーション治療を実施できる、患者・派遣先企業にいずれにとっても医療が介入する安心感が得られる、派遣会社の営業スキルにより各患者に適切な職場・業務内容を開拓し適切な時期に就労につなげられるといった多くの利点を活かすことが可能となり、高次脳機能障害者への公的な支援対策が年々充実しているなかでも実践する意義があると考えられた。   【参考文献】 1) 丸石正治:広島県における高次脳機能障害者支援の現状—就労支援の視点から—,Monthly Book Medical Rehabilitation No119 p.31-36,(2010) 2) 渡邉修他:失語症者の復職について,リハビリテーション医学vol.37 No8 p.517-522,(2000) 3) 渡邉修:急性期および回復期病院の高次脳機能障害者に対する地域連携の在り方,JOURNAL OF CLINICAL REHABILITATION vol.23 No11 p.1036-1041,(2014) 【連絡先】  齋藤 玲子  東京慈恵会医科大学附属病院リハビリテーション科  e-mail:r_saito312@jikei.ac.jp 回復期リハビリテーション病棟退院後も職業センターと長期支援を行い復職可能となった脳出血後遺症の一例 ~現職復帰を目指して~ ○千葉 咲希(袖ケ浦さつき台病院 リハビリテーション部 作業療法士)  川崎 優典・阿部 紀之(袖ケ浦さつき台病院 リハビリテーション部)   1 はじめに   本邦の脳卒中患者のうち、約25~30%は65歳未満であり、医療現場においても30~50歳の勤労世代の脳卒中患者が増加している1)。当院回復期リハビリテーション病棟(以下「回復期病棟」という。)でも脳卒中発症後に復職目的による転院患者が増加している。2016年に当院回復期病棟で行った調査では、入院患者274名のうち20%が復職支援の対象であり、リハビリテーションニーズが高くなっている2)。  今回、脳出血による重度右上下肢片麻痺と失語症、注意機能障害を呈した40歳代の症例を担当した。本症例は復職に関する社会的資源が不足している地域で、他職種・他機関と連携を行ったことで復職に至ることができた症例である。今回の発表では本症例の経過について考察を交えて報告する。 2 症例紹介  40歳代男性。X年、仕事中に突然言葉が出なくなり急性期病院受診。CTにて左前頭葉皮質下出血を認め、保存的治療施行。重度右上下肢片麻痺、混合性失語あるも模倣動作は可能(表1)。発症から第24病日で当院回復期病棟に転院となった。   表1 リハビリテーション評価 3 病前生活  キーパーソン(以下「KP」という。)の母親(80歳代)と2人暮らし。近所に従兄弟(60歳代)在住。自宅内家事は母が行い買い物は本人が行っていた。 4 職業  造船所に20年勤務。自宅から車で通勤。仕事内容は、船の部品作り(パソコンで鉄板の画像をとり、どの形に切るか設定する)と立ち仕事(機械で切った鉄板のうち不要な部分を取る作業)。退院後1年程度は会社から傷病手当あり。 5 経過  脳出血発症後、リハビリを経て自宅退院となる。その後、元の職場への復帰を目指し、多職種で支援を行った結果、復職に至った(表2)。 表2 症例の経過 6 考察 (1) 復職支援の現状  若年脳卒中患者が増えている中、当院でも40歳代男性の症例を担当し復職支援を行った。若年発症は高齢発症に比べ、障害を後遺しながら生活を送る期間が延長し、経済的な側面からの影響も大きいと考えられる。脳卒中後遺症者にとって、復職は社会復帰そのものであり、労働生活の質の確保と向上に大いに寄与することが報告されている1)。したがって脳卒中患者の復職は、重要な社会的意義を有している。  しかし脳卒中患者の入院時のニーズを調査した澤の研究では1)、仕事に対するニーズが高いものの、ニーズの諦めで多かったものも復職であったという結果を報告しており、再就職の困難さが明らかとなっている。 (2) 症例検討を通して  本症例は入院中に行った会社との面談で、高次脳機能障害と麻痺の影響から退院後すぐの復職は困難であり、元の職場への復職に難渋した。しかし、CM様より職業センターのご紹介を受け、連携を図ったことにより復職へ繋げることができた。そして医療機関の役割である、疾患治療と障害に対する機能改善を目的としたリハビリテーションの役割を果たす事ができていた。また生活機能の改善、生活リズムの改善を、職業センターと訪問リハビリ・外来リハビリを併用したことで整える事ができた(表3)。   表3 職業センターとリハビリスケジュール (3) 医療機関での復職支援の課題  復職支援を行うにあたり医療機関側の課題として、就労支援への関りがまだ少ないことが指摘されている。その背景には、診療報酬制度や入院期間の短縮化等、医療制度上の課題や、医療機関側が就労支援で「何をしたらいいか分からない」という疑問や不安を抱えていることが挙げられている3)。そして医療機関と職業リハビリテーション機関との連携も十分に確立されていない現状もある4)。これは医療機関で支援を行う中で、どのように職業リハビリテーション機関へ繋げればいいのか、連携の仕方が分からない人も多いのではないかと考える。  以上のことから医療機関の課題を明らかにする為、当院回復期のリハビリスタッフに対して2年目以上のスタッフを対象にアンケートを行った(図)。 図 復職支援対象者の担当経験(左)と困った経験の有無(右)  入院中での関わりについて経験しているスタッフは2年目以上のほぼ全員で経験があるが、退院後に外来リハを経て復職を経験したスタッフは少なかった。医療機関のみでは復職支援に関わる機関についての情報が不足しており、どこに相談をすればいいかわからない状況であったと考えられる。今回はCM様を通じ、必要な情報を得る事ができた為、今後は今回の症例を通じて得た知識を他の症例にも活かせていけたらと思う。 【参考文献】 1) 濵田学、白山義洋、伊東育未、佐伯覚、蜂須賀研二:総合リハビリテーション42巻8号 (2014).入門講座 脳卒中の予後予測.脳卒中患者の就労予測:https://webview.isho.jp/ journal/detail/abs/10.11477/mf.1552110588?p=firstTab&englishFlg=2(2018年4月17日アクセス) 2) 千葉咲希、川崎優典:回復期における復職リハビリテーションの現状と課題.第19回千葉県作業療法士学会(会議録) 3) 齊藤陽子:作業療法ジャーナル48巻7号.増刊号,脳卒中の作業療法−支援技術から他職種連携・制度の利用まで.脳卒中患者に対する就労支援−医療機関でのかかわりを中心に: http://medicalfinder.jp/doi/abs/10.11477/mf.5001100573?journalCode=5001(2018年4月17日アクセス) 4) 田谷勝夫:高次脳機能障害者の就労支援の現状と課題、「Monthly Book Medical RehabilitationNo.119」、p.1-5、全日本病院出版社(2010) 【連絡先】  千葉 咲希  袖ケ浦さつき台病院 リハビリテーション部  Tel:0438-62-1113  E-mail:rehabilitation@mail.satsuki-kai.or.jp 当院回復期病棟における脳卒中・頭部外傷後の就労支援の取り組み ○樋口 貴也(社会医療法人財団慈泉会 相澤病院回復期リハセンター 作業療法士)  西村 直樹・並木 幸司(社会医療法人財団慈泉会 相澤病院回復期リハセンター) 1 はじめに  平成29年6月1日現在、雇用されている障害者数は約49万5,795人で過去最多となり、政府は障害者の雇用対策を総合的に推進している1)。一方、医療機関では、医療制度改革により分断された医学的リハビリテーション(以下「リハビリ」という。)により、発症から在宅復帰を経て復職・就労までの一貫した支援が難しい状況にあり2)、就労支援のノウハウの蓄積や専門性の不十分さが課題となっている3)。  当院は平成26年6月に急性期病院内に回復期リハビリ病棟を開設した。これにより、同法人内で急性期・回復期・生活期の一貫したリハビリ支援体制を構築することが可能となった。そこで、必要な患者には復職・就労を目標として掲げるとともに関連機関や資源を活用して、支援体制の構築を図ることとした。今回、当院回復期リハビリ病棟を中心とした復職・就労支援の取り組みを紹介するとともに、支援状況を振り返り、現状と今後の課題について報告する。 2 取り組み  生産年齢である入院患者に対して、復職・就労支援ができるよう、医療従事者の行動計画を可視化できるようフローチャートを作成した。復職・就労支援のフローチャートの流れは以下の通りである。回復期リハビリ病棟入棟時に、単肢骨折以外の18~65歳の全患者に復職・就労支援パンフレットを配布。身辺動作・移動の自立が可能と判断された時点で、本人・家族に復職・就労の意思を確認する。復職・就労の意思がある患者に、担当リハビリスタッフより就労に関する問診票を配布し、職場以外の就労に関わる支援機関の介入可否を確認する。職務と本人の能力のマッチング、タイムリミットを確認する。その後、定期的なカンファレンスにて進捗状況を確認し、ADL/IADLの獲得を目指す。退院後、リハビリが必要であれば、外来または訪問リハビリを継続する。また、障害総合相談支援センターや圏域障害者就業・生活支援センター、ハローワークなどへ情報提供書を用いて情報提供を行う。必要に応じてセンター職員との面談を行う。 3 対象と方法  平成28年4月から平成30年3月の間に回復期リハビリ病棟から退院した18~65歳の145例のうち、復職・就労を希望された脳卒中・頭部外傷患者76例を対象とした。調査項目は、疾患、年齢、性別、問診票の配布率と回収率、リハビリ支援状況、復職・就労に関わる支援機関との連携状況、復職・就労達成状況、発症から復職・就労までの期間とした。 4 結果  疾患は脳卒中67例(88.1%)、頭部外傷9例(11.8%)、性別は男性60例(78.9%)、女性16例(21.1%)、年齢は52.9±8.6歳であった。問診票の配布率は78.9%、うち回収率は97.3%であった。リハビリ支援状況は、入院リハビリのみが15例(19.7%)、外来・訪問リハビリ支援が56例(73.7%)、転院・他院フォローが5例(6.6%)であった。復職・就労に関わる支援機関との連携は、6例(7.9%)が外部機関と連携を図りながら就労支援を行った。内訳は、ハローワーク3例、就労支援ワーカー2例、就業生活支援センター1例であった。復職・就労達成状況は、59例(77.6%)が復職・就労に繋がり、復職・就労を断念した患者は6例(7.9%)、他11例(14.4%)はデータ集計時に復職・就労に向け支援継続中であった。発症から復職・就労達成までの期間は、79.4±120.8日であった。 5 考察  今回の結果より、当院における支援の対象は男性の脳卒中患者が大部分を占めていた。豊田4~5)によると、疫学的に脳卒中は男性の方が多く、また女性に比べて男性が若くして発症していると報告されており、我々の支援対象の傾向を裏付けるものではないかと思われる。また、総務省統計局6)の発表から、就業者数は男性3737万人、女性2950万人とある。一般的に就業年齢の男性は、家庭の経済的な基盤を担うことが多く、こうした方が脳卒中を発症した際、その家庭における経済的困窮は大きな問題となる。在宅復帰を目標とする生活動作の獲得だけでなく、復職・就労に繋げるための関わりと支援体制の構築が必要であることが再認識される。  当院の復職・就労支援のスタートは、問診票を用いた就労に関する情報収集であるが、配布率は78.9%に留まった。これは、支援の対象や必要性についての理解が全スタッフに浸透していなかったことが原因と考えられる。リハビリのゴールの1つに復職・就労があることを医療従事者である我々が再認識し、問診票などの情報をもとに職種や作業内容、その対象者個人に応じたリハビリ・支援を行えるよう、フローチャートの再周知とケーススタディーなどの開催による症例検討が必要と思われる。  リハビリ支援状況については、外来・訪問リハビリ支援が73.7%であった。当院において復職・就労希望者に対して、継続したリハビリ支援が行えている状況が窺えた。一般的に高次脳機能障害の回復には長期間を要すことが知られているが、現行の医療制度の中で外来リハビリを長期間継続することは難しい状況にある。そのため、介護保険制度による訪問リハビリの活用や適切なタイミングでの復職・就労に関わる支援機関や職場との連携も重要となる。当院で外来・訪問リハビリ支援を継続し復職に成功した例では、どのタイミングで職場復帰を目指すのかを、本人・家族の希望を踏まえつつ、医療・介護スタッフ、障害者就業・生活支援センターの職員とタイムリーに協議出来たことが復職・就労に繋がった要因と思われた。  こうした支援を行った結果、当院においては59例(77.6%)が復職・就労に至り、近年の脳卒中後の復職率の諸報告30~40%7~8)よりも高いものとなった。また、発症から復職・就労達成までの期間は79.4±120.8日であり、比較的早期に復職・就労が達成されている。都甲ら9)の報告では、早期に復職可能となる要因として、早期からのリハビリ介入や継続したアプローチ、職場スタッフとの関わりとあり、当院でも同様の関わりをフローチャートの運用により可能となったことが早期の復職・就労に繋がったと思われる。 【参考文献】 1)厚生労働省:H29年障害者雇用状況の集計結果 2)鈴木新志,村田郁子,徳本雅子,幸田英二,久保田美鈴,近藤大輔,新谷さとみ:急性期における就労支援の現状と課題,p.343-350,日職災医誌,63(2015) 3)佐藤珠己,春名由一郎,田谷勝夫:地域における雇用と医療等との連携による障害者の職業生活支援ネットワークの形成に関する総合的研究,障害害者職業総合センター,調査報告書No.84,(2008) 4)豊田章宏:全国労災病院データ150,899(1984~2009年)からみたわが国の脳卒中病型の変遷,脳卒中34,p.399-407(2012) 5)豊田章宏:勤労世代における脳卒中の実態:全国労災病院患者統計から,p.89-93,日職災医誌,58(2010) 6)総務省統計局:労働力調査,平成30年6月分より 7)佐伯覚:予後予測と就労支援,p.127-131,日職災医誌,63(2015) 8)徳本雅子,甲斐雅子,豊田章宏,豊永敏宏:脳血管障害リハビリテーション患者における早期職場復帰要因の検討-労災疾病等13分野研究・開発・普及事業における「職場復帰のためのリハビリテーション」より-,p.240-246,日職災医誌,58(2010) 9)都甲真希,井上勲,諌武稔,峰岡貴代美:高次脳障害者の復職支援-復職に成功した事例から考える-,p.609-609,日本作業療法学会抄録集,46(2012) 重度記憶障害患者が発症後3年かけて前職復帰可能となった理由の一考察 ~回復期リハビリテーション病院の役割~ ○清野 佳代子(東京都リハビリテーション病院 作業療法士)  築山 裕子・坂本 一世・伏屋 洋志(東京都リハビリテーション病院)   1 はじめに  医療現場において、30~50歳代の若年脳卒中患者は増えており、社会復帰、特に復職は重要な課題である1)が、ニーズは高いものの諦めが多かったのも復職である2)。  今回、重度記憶障害患者が復職への強い意志を持ち、家族・病院・関係機関・職場の支援を受け、発症から約3年後に原職復帰することが出来た症例を経験した。この症例を振り返り、復職支援における回復期リハビリテーション病院(以下「回リハ病院」という。)の役割を検討する。尚、本報告は書面にて症例の同意を得ている。 2 症例紹介  50歳代男性、動脈瘤破裂によるくも膜下出血を発症、開頭クリッピング術施行後、水頭症発症しシャント術施行、意識障害、嚥下障害、両側麻痺を呈していた。妻、学生を含む4人の子供をもつ一家の大黒柱であった。仕事は大手一流企業で専門知識を活かした業務に従事しており、毎日遅くまで勤務、過重労働気味であった。KPの妻は自宅内で仕事をしており、日中独居が退院までの課題となった。 3 介入経過 (1) 入院期:X(発症日)+4~9ヶ月  理学・作業・言語療法を実施し、覚醒及び嚥下機能改善に伴い、注意・記憶・遂行機能などの高次脳機能障害が顕著となり心理療法が追加実施された。作業療法(以下「OT」という。)では主に身体・高次脳機能改善、活動性向上、生活動作(以下「ADL」という。)自立を目指し訓練を実施した。表に退院時の評価結果を示す。退院時、屋内ADLは自立したが、重度高次脳機能障害により屋内・屋外共に見守りが必要であった。活動・参加の場の拡大を目的に週1回のOTと心理の外来訓練が継続となった。また、区障害福祉センターの自立支援通所を週2回利用することとなった。 (2) 外来初期:X(発症日)+10~21ヶ月  在宅生活リズム獲得、屋外移動自立、活動・参加範囲の拡大を目的に個別訓練を実施した。区障害福祉センターの自立支援通所と併せて外出機会となった。重度記憶障害に対する認識は低く、家族指導を含めて高次脳機能障害特別訓練プログラム(以下「特別訓練」という。)も追加した。 (3) 外来中期:X(発症日)+22~30ヶ月  個別及び特別訓練に加えて心身障害者福祉センター社会生活評価プログラムと障害者職業センター職業準備支援に参加した。 (4) 外来後期:X(発症日)+31~39ヶ月  当院の個別訓練、心身障害者福祉センター就労準備支援プログラムと2回目の障害者職業センター職業準備支援に参加した。併せて現場復帰に向け、職場上司や産業医と面談をした。支援者を交えた会議で現状能力や合理的配慮の必要性について情報共有を中心に行い、5~6回のリハビリ出勤を経て、ナチュラルサポートの整った元の部署に復帰した。  表に最終評価(外来中期)の結果を示す。退院時と比較して、注意・遂行機能の改善は見られた。しかし記憶障害は依然重度で、訓練場面においても同じ話を繰り返したり、毎回実施しているプログラムに誘導を要した。昨日の出来事も代償手段無しには想起出来ない状況であった。   表 評価結果 項目 退院時(X+9ヶ月) 外来中期(X+30ヶ月) WAIS-Ⅲ VIQ:98,PIQ:86,FIQ:92 VIQ:109,PIQ:98,FIQ:104 WMS-R 一般52,遅延50未満 一般58,遅延50未満 注意力 TMT-A:205秒,B:207秒 TMT-A:80秒,B:67秒 記憶力 RBMT:2/24 RBMT:1/24 遂行機能 BADS:12/24 BADS:19/24 手帳※1 メモ12/18,行動6/21、 メモ14/18,行動15/21、 準備※2 8項目全て不十分 病識・代償以外十分 ※1 手帳検査:メモによる代償手段獲得能力を測る当院で作成した検査 ※2 就労準備性8項目3):症状の安定・働く意志・ADL自立・体力・公共交通機関利用・病識・代償手段・社会性 4 外来介入内容 (1) 個別訓練(OT・心理)  週1回各1時間、マンツーマンで日々の生活の振り返りを行い、スケジュール表に従い行動出来ること、注意・記憶机上課題、パソコン練習やメモ等の代償手段の獲得を目指し介入した。協力的な妻と常に情報交換し、助言・指導を行い、妻のコーチングを遠隔的に支援した。 (2) 特別訓練(高次脳機能障害特別訓練プログラム)  注意力・集中力の向上、障害を補完する代償手段の獲得、患者と家族の障害認識を深め目標志向的に生活することを目的とし、5~8名の高次脳機能障害患者とその家族で構成されている。認知行動療法をベースにし、自発的にポジティブな意見を出し合うことが心得とされ、希望や目標に向けて明日から出来ることを他の参加者と共有し、生活で実践していくよう促すプログラムである。   5 連携した機関 (1) 区障害福祉センター  手帳取得で週2回機能訓練が出来、送迎バスの利用も出来る。症例は屋外監視レベルから利用し、活動範囲を広げ、満了期間1年で生活リズムの獲得・屋外活動自立に至った。 (2) 心身障害者福祉センター  高次脳機能普及事業の支援拠点として相談・支援を行い、目的に合わせて通所プログラムを設定している。症例は社会生活評価と就労支援プログラムを利用し、良好な生活リズムの継続、注意集中持続力・作業耐久性・社会性等、就労準備性能力向上に向け、平均週4日利用した。 (3) 障害者職業センター  手帳未取得で職業評価及び職業準備支援を利用出来る。担当職業カウンセラーが相談に応じ、ハローワークや職場との仲介、ジョブコーチ等のサービスを行う。症例は就労に必要な準備性獲得を目指し訓練した。支援者会議では職業カウンセラーが中心に司会・進行・まとめ役を担った。 (4) 職場  休職期間は3年あり手当が支給された。上司は協力的で、産業医からの復職条件はADL安定・通勤自立・フルタイム勤務可能な体力であった。外来後期の会議に参加し、症例の能力の把握、職場での具体的な配慮について検討した。 6 考察  わが国の脳卒中後に復職した患者の約80%が発症前の職場に復帰している4)。当院でも入院患者の約30%が発症直前まで仕事に就いており、回リハ病院において復職は避けて通れない支援であり、その役割について考察する。 (1) 連携先選定の見極め、関係機関との連携  当院は発症2ヶ月以内の方が急性期治療後に転入する回リハ病院であり、本人・家族は病気療養から徐々に元の生活復帰に関心を向けていく時期である。働き盛りの世代、特に前職のあった方々は復職が重要課題に挙がることが多い。その中で身体・精神機能を精査し、現状能力を把握、現実的な課題として職場と直接連携するか、時期尚早であるかを見極め、判断することが求められる。職場と直接連携する場合、入院中から職場と連絡を取り、必要に応じて面談を行い、本人が職場で孤立しないよう、リハビリ出勤等を外来で後方支援していくことが必要となる。  今回の症例のように、退院時に外出監視を要する方では職場との直接連携支援はまだ早い。その場合、現状能力と目標に適合した連携先を選択していく。病院の外来は時間的・活動範囲的に制限があり、生活リズムの獲得を目指すには限界がある。そこで個別訓練に加えて、社会参加の一歩として送迎付の区障害福祉センターの通所を利用、外出機会を増やし、活動範囲の拡大や生活リズムの獲得に至った。その後心身障害者福祉センターや障害者職業センターの就労支援プログラムに移行された。このように、機能改善・能力獲得に伴い、利用機関が適宜変更・追加していくなかで必要に応じて回リハ病院としての支援を継続した。 (2) 障害認識を高める  屋外移動を含めた在宅生活自立となったところで、復職の必要条件である障害認識を高めることを目的に、当院の特別訓練を開始し、障害への気づき、社会性の改善も見られた。これは多くの高次脳機能障害者が通院する回リハ病院に出来ることの一つと考える。 (3) 発症から復職まで途切れない支援  円滑な復職には職場の協力が必須となる。利用可能な社会補償制度等の情報収集を行い、入院中より職場と連携を深めておくことで本人は安心感が得られる。産業医は一般的に主治医の情報を重視する。そのため支援の進捗状況を適宜主治医に報告し、常に現状能力と課題を把握してもらう。それにより産業医に復職に必要な情報が正しく伝達される。この情報伝達が復職には必要不可欠となる。よって、病院が発症から復職まで継続的に関わる意味は大きいと思われる。発症から経過するにつれ、病院の支援は徐々に後方に移行するが、途切れずにタイミングをみて本人・家族へ情報提供を行い、関係機関と連携した継続支援が安定した復職につながると考える。最後に重度記憶障害者の復職に向けては、二人三脚で寄り添うコーチの存在が大きい5)。症例の場合は妻である。妻のコーチングがあって復職まで辿り着いたと言っても過言ではない。妻は毎日症例と向き合い、屋外活動自立に向けて手帳にスケジュールや手順を示したり、移動自立の最終確認をする等の支援を続けた。当院では症例と共に妻とのコミュニケーションも重要視し、現状能力と課題に合わせて適宜支援方法を指導・助言・情報交換し、妻のコーチングの一助を担った。 7 今後の展望  今回、症例の復職への強い意志を基に様々な関係機関の協力を得て、約3年継続支援した結果、原職復帰出来た。今後も復職支援における病院の役割を担っていきたい。  当院では昨年度から就労支援チームが発足した。今後も働き盛りの中途で病気療養を余儀なくされた方々に復職が現実的課題となるよう適切に支援していきたいと考える。 【参考文献】 1) 佐伯覚ほか:脳卒中後の復職—近年の研究の国際動向について,総合リハ Vol.39 ・385−390(2011) 2) 澤俊二:就労支援における作業療法士の役割と特徴,作業療法ジャーナル Vol.43 ・738−742(2009) 3) 渡邉修:急性期及び回復期病院の高次脳機能障害者に対する地域支援の在り方,臨床リハVol.23・1036−41(2014) 4) 豊永敏宏:中途障害者の職場復帰,Medical Practice Vol.27・1703−1706(2010) 5) 立神粧子:前頭葉不全 その先の戦略,医学書院(2010) 【連絡先】  清野 佳代子 e-mail:ot@tokyo-reha.jp 欧米諸国における視覚障害者の職域開拓の取組の歴史−20世紀における我が国の取組との比較を通して− ○指田 忠司(障害者職業総合センター 特別研究員) 1 目的  我が国の視覚障害者は、江戸時代から音曲や、按摩、鍼灸という伝統的職業で職業的自立を果たしてきた。明治期に入り、近代盲教育が開始され、伝統職種の維持発展を図るとともに、これら以外の職域開拓が叫ばれ、欧米の事例を参考にしながら新たな取組が行われた。  他方、19世紀末に入ると、欧州諸国でも我が国の按摩、鍼灸教育に倣って、手技療法としての理学療法の教育を始めるなど、我が国の職業教育や職域開拓の事例が職業教育等の発展に影響を及ぼしている。  本発表では、平成27年度から同29年度に実施した「視覚障害者の職業アクセスの改善に向けた諸課題に関する研究」を通じて得られた知見を踏まえ、欧米諸国における職域開拓の歴史に関して新たに収集した文献情報を参考にしながら、我が国における取組との比較を通してその特徴を明らかにすることを目的とする。 2 調査の方法 (1) 文献等の情報収集  日本盲教育史研究会事務局長の岸博実氏より、同氏所蔵の英国及び第2次大戦直後の欧米の状況に関する文献データを提供していただいたほか、内外のWebサイトを検索して関連情報を収集した。 (2) 学会、研究会等への参加  日本特殊教育学会、日本盲教育史研究会、視覚障害リハビリテーション協会等の研究会に参加し、研究発表を行うとともに、関連領域の専門家と意見交換を行った。 (3) 専門家ヒアリングの実施  我が国におけるリハビリテーション、職業訓練の発展経過、職業教育の歴史について、それぞれの領域の専門家からヒアリングを実施し、情報の整理、分析にかかる示唆を得た。 3 調査結果 (1) 欧米における近代盲教育の発展と職業教育  欧米では、フランスのV.アユイが1784年にパリ盲唖院を開設し、浮出文字による教材を用いて視覚障害児の教育を始めたのが、近代盲教育の嚆矢とされている。  アユイが盲唖院を開設して間もなく、1789年にはフランス革命が起こり、その後、ナポレオンの欧州遠征を通じて、欧州各国にも盲唖教育の必要性が伝播し、19世紀初頭にはウィーン、ベルリンなどに盲唖院が開設された。  一方、米国では、1830年代に、ボストン、フィラデルフィア等に盲唖院が開設された。これらは、欧州や英国の取組を視察したS.G.ハウ、ドイツから移住したJ.R.フリードランダーなどが篤志家の援助を得て開設したものである。  アユイが開設した盲唖院でも、また欧州や米国の盲唖院でも、教育を通じて視覚障害者に人間として必要な教養を身につけさせるとともに、将来の自活の術を身につけること、すなわち、職業的自立に向けた教育も行われていた。その内容は籠作り、マット製造、紙細工などで、いわゆる手工芸的な作業が主であって、手指の巧緻性を高める教育効果をもねらったものであった。  盲唖院での職業自立への取組はこのような状況であったが、欧米諸国には、この他にも優れた取組があった。まず、音楽家、宗教家、政治家、数学者、法律家など、専門的、知的職業分野に視覚障害者が活躍する数多くの事例がみられる点である。またこうした視覚障害者の教育を支えた社会の仕組も注目される。1825年にルイ・ブライユが考案した6点式点字の普及と、点字教材の製作と普及の組織化など、我が国には例のない状況について、好本督らが紹介している。これに触発されて、明治末年には、英国留学を志す全盲の視覚障害者も現れている。 (2) ロンドン万国博覧会の影響  こうした中、欧州の盲教育関係者の注目を集めたのは、1884年に開かれたロンドン万国博覧会において我が国から出展された京都府立盲唖院の取組であった。この出展では、京都盲亜院で始められていた按摩術、鍼灸術の指導の様子が展示され、我が国で按摩、鍼灸で自活する視覚障害者が多数いることが具体的に紹介されたのであった。  こうした我が国の事例を参考に、19世紀末、英国では王立盲人援護協会が理学療法士(Physiotherapist)の養成課程を設けたり、フランスでもバランタン・アユイ盲人福祉協会が1906年に理学療法士の訓練課程を設けている。 (3) 20世紀における展開の特徴  20世紀は戦争の世紀とも言われ、二つの世界大戦を通じて、視覚障害者を含めて多数の戦傷者が生まれた。1920年代には、戦後の復興とともに、これら戦傷者の更生援護に取り組む体制が構築され、そのための法律と施設が整備された。米国の職業リハビリテーション法、ドイツの重度障害者法、英国の雇用割当制、福祉国家建設の目標を定めたビバレッジ報告などは、その例である。 (4) 売店経営と授産所製品の購入プログラム  米国では、1930年代に視覚障害者の就業促進に向けた二つのプログラムが始まった。一つは、ランドルフ・シェパード・プログラムで、公共施設に売店を開設して、食品などを販売する機会を視覚障害者に提供するものである。80年以上経過した現在も機能しており、約2,000人が就業している。もう一つは、ワグナー・オデイ・プログラムで、視覚障害者が製造する籠、マット、ヘルメットなどを国や州が購入するものである。現在でも約100以上の授産施設がこのプログラムに参画している。 (5) 差別禁止法制の展開  米国を中心に、1970年代から高まった障害を理由とする差別の禁止を定める法律の制定が世界的な潮流となり、他方で、隔離から共生へのインクルージョンの考え方が普及しつつある。こうした「障害」、「障害者」をめぐる考え方や理念の変遷は、当然のことながら、我が国の障害者運動にも影響を及ぼしており、視覚障害者の職業自立にも大きな影響を与えている。また、他方で、ICT(情報通信技術)の発達とインフラ整備によって、視覚障害の壁がさまざまな場面で乗り越えられるようになったことから、文化、制度の違いはあるものの、文字、音声を媒介とする情報中心の仕事については、かなりの範囲で世界共通の職業的な可能性が高まりつつあるといえる。 4 考察  上記のように、欧米では18世紀末に盲教育が始まり、19世紀には、視覚障害者を自立した人間として育てることを目標とした教育が行われるようになった。  これに対して我が国では、江戸時代の1682(天和2)年に杉山和一が江戸に鍼治学問所を開設し、視覚障害者に按摩術、鍼灸術を講習して、生活の糧を稼ぐ術を与える場とした。これはV.アユイの盲唖院開設に1世紀も先駆けた出来事であって、視覚障害者に対する組織的な職業教育を施した点で世界的にも注目すべきことと言えよう。  我が国にはこうした注目すべき伝統があったが、明治維新後の諸改革の中で、封建制度下の盲人保護組織であった当道座(男性盲人の自治組織)が解体され、盲人の有力な職業とされていた鍼灸術が、西洋医学の導入に伴って医療の世界から排除されるにいたる。しかしながら、欧米式の盲教育では職業自立に向けた組織的な教育は十分な成果が上げられず、有力な手立てがなかったことから、視覚障害者の職業として定着してきた按摩術、鍼灸術を盲教育の中に組み込む努力がなされた。また、西洋医学の立場から、按摩術、鍼灸術の効果を検証する等の取組もあって、東大病院における物理療法科の按摩師の採用が実現する。これが病院マッサージ師の嚆矢となり、その後の理学療法士制度の導入にもつながっていくのである。  20世紀に入ってからは、戦傷者対策が我が国でも主要な課題になるが、とりわけ第2次大戦後は、GHQ(連合軍総司令部)の指導の下、米国の制度に倣った就業促進プログラムが我が国に導入された。1949年に制定された身体障害者福祉法で公共施設における売店開設などが規定されたのがその例である。同法の制定には、1948年に来日したヘレン・ケラー女史の働きかけが大きく、当初、視覚障害者団体は盲人保護法の制定を目指していたが、身体障害者全体に拡大した施策として同法の制定をみたと言われている。  1960年代の産業へのコンピュータの導入に伴い、プログラマの養成が急務となり、視覚障害者の新たな職業の可能性が見出された。カナダ、米国での実践例を参考に、1970年代には我が国でもプログラマの養成課程が設置された。  1990年代以降、差別禁止法制の整備とともに、障害を理由とする欠格条項の見直しが行われ、2003年には全盲の視覚障害者が医師免許を取得するという展開をみせている。こうした我が国の実践例は、欧米先進国にも比肩される好事例を提供しているが、とりわけ、近隣のアジア諸国に対して、大きな影響を与えつつあることも忘れてはならない。 5 結語  我が国で視覚障害者の職業的可能性を考えるとき、多くの場合、欧米先進国の事例を参照するのが一般的である。しかし本文にも示したように、我が国の実践例が欧米先進国にも好事例として参考にされたり、また近隣のアジア諸国における取組にも影響を与えてきた経緯がある。グローバル化が進む今日、こうした相互の影響がますます進むと思われる。文化や社会制度の違いを超えて、視覚障害者の職業自立をめぐる課題の共通性を見出していくことが今後の課題と考えられる。 【参考文献】 ・Armitage T.R.: The Education and Employment of the Blind (2nd Edition),pp.176-177,Harrison & Sons and the British and Foreign Blind Association for Promoting the Education and Employment of the Blind (1886) ・指田忠司:世界の盲偉人—その知られざる生涯と業績—,pp.127-149,桜雲会(2012) ・澤田慶治:歐米における盲人の職業敎育,pp.1-39,日本ヘレン・ケラー協会(1950) ・障害者職業総合センター:視覚障害者の職業アクセスの改善に向けた諸課題に関する研究,pp.3-33,障害者職業総合センター(2018) ・長尾榮一:日本の鍼、管鍼(くだばり)の発明者杉山和一「杉山和一生誕400年記念誌」,pp.37-44,杉山検校遺徳顕彰会(2010) ・久松寅幸:近代日本盲人史—業権擁護と教育・福祉の充実を訴え続けた先人達—,pp.106-143,東京ヘレンケラー協会(2018) 【連絡先】  指田 忠司(さしだ ちゅうじ)  障害者職業総合センター 事業主支援部門  e-mail: Sashida.Chuji@jeed.or.jp 視覚障害者に対するハローワークの職業紹介と関係機関との連携状況 ○依田 隆男(障害者職業総合センター 主任研究員)  杉田 史子・野中 由彦・指田 忠司(障害者職業総合センター) 1 はじめに  平成29年度にハローワークを通じて就職した視覚障害者は2,035人(うち重度1,215人)、新規求職申込件数に占める割合(就職率)は42.8%(同44.2%)で、前年より△2.3%(同△3.2%)となっており、かつ障害者全体の48.4%(前年比△0.2%)より低い値だった(厚生労働省「平成29年度 障害者の職業紹介状況等」)。  本稿では、障害者職業総合センターの「視覚障害者の雇用等の実状及びモデル事例の把握に関する調査研究」の一環として公共職業安定所(以下「ハローワーク」という。)を対象として実施した、標記調査結果の一部を紹介する。  なお、調査のさらに詳細な分析結果については、障害者職業総合センター調査研究報告書として別途とりまとめ、公表する予定である。 (1) 調査目的  視覚障害者の雇用の拡大及び中途視覚障害者の再雇用・職場復帰の促進に資するため、ハローワークの求職登録者のうち視覚障害者の就職、離職及び雇用等の状況、職業相談・職業紹介等の状況、関係機関との連携支援の状況等について調査した。 (2) 調査対象  全国のハローワーク544所のうち、都道府県労働局が選定した134所。 (3) 調査方法  対象ハローワークにおいて、専用の調査専用電子ファイルを用い、平成30年2月12日から3月16日までの間に回答を入力するよう依頼し、回収・集計等を行った。 (4) 調査内容  対象ハローワークの回答時点において求職登録者であった視覚障害者のうち、平成29年6月1日から平成29年8月31日までの間に対象ハローワークでの相談記録(採否確認等を含む)がある者についての職業相談・職業紹介の状況、関係機関との連携支援の状況、就職・離職等の状況。 2 調査結果  視覚障害者である求職登録者1,174人に関する状況が把握された。  求職登録者の年齢構成(表1)は40~60代が約76%を占め、男女比(表2)は概ね2:1だった。   表1 年齢 ~19歳 1.0% 20代 7.9% 30代 14.1% 40代 26.4% 50代 27.7% 60代 21.6% 70歳~ 1.2% 無回答 0.0% 合計 100.0%     表2 性別 男 64.7% 女 35.1% 無回答 0.2% 合計 100.0%      等級別の割合(表3)は、視覚障害者全体の傾向を示す厚労省調査 1)のそれとの間に有意差が無いことから、視覚障害の手帳所持者全体の等級間比率が反映された結果となった。今回調査では1、2級の重度障害者が約57%を占めた。 表3 視覚障害の等級 1級 23.5% 2級 33.2% 3級 6.2% 4級 5.9% 5級 17.3% 6級 6.8% 申請中 0.0% 等級不明 0.1% 手帳なし 0.1% 無回答 6.9% 合計 100.0%      視覚障害者となった(または視覚障害の身体障害者手帳を初めて取得した)時の年齢(表4)は、20~50代の中途障害が52%を占めた。   表4 受障時または手帳取得時の年齢 生後2週間まで 9.0% ~19歳 19.8% 20代 10.8% 30代 13.5% 40代 15.1% 50代 12.9% 60代 2.4% 70歳~ 0.0% 不明 16.5% 無回答 0.0% 合計 100.0%        視覚障害の原因疾患(表5)の上位4疾患は、2007~2010年に手帳を取得した18歳以上の視覚障害者の原因疾患等を調査した先行研究 2)の上位4疾患(緑内障21.0%、糖尿病網膜症15.6%、網膜色素変性12.0%、黄班変性9.5%)と疾患・順位が異なっていた。全年齢層の手帳所持者について調べた先行研究では、緑内障と黄班変性は50代以降に増加し80代がピークであったのに対し、ハローワークの求職登録者について調べた今回調査では、20~50代が中心と高齢者層が薄かったため、このような違いが生じたものと思われた。網膜色素変性は、先行研究では第3位だったが、40代以下に限ってみると第1位であったことは、今回調査の結果と符合する。糖尿病網膜症については、先行研究では30代から増加し60代がピークで、今回調査の中心的年齢層と概ね重なるにもかかわらず、ハローワークの求職登録者について調べた今回調査では糖尿病網膜症の割合が高くなかった。   表5 視覚障害の原因疾患 網膜色素変性症 17.2% 緑内障 8.8% 視神経委縮 4.8% 糖尿病性網膜症 4.4% 黄斑変性症 2.6% 未熟児網膜症 2.1% 脳血管障害 1.9% 高度近視 0.8% その他 22.1% 不明 35.0% 無回答 0.3% 合計 100.0%    求職登録者1,174人のうち、有効求職者(表6)約59%、平成29年2月~平成30年1月の期間に1回以上の職業紹介が行われた視覚障害者(表7)は57.2%であった。職業紹介を受けた者についてみると、採用決定件数は0~4件で(表8)、66.3%が採用決定となっていた。 表6 平成30年1月31日現在の登録状況 有効求職者 58.8% その他(在職中等) 41.2% 合計 100.0%   表7 平成29年2月~平成30年1月の職業紹介件数 0回(または有効求職者でない) 42.8% 1回 23.4% 2~3回 17.2% 4~6回 8.9% 7~11回 4.9% 12回以上 2.8% 合計 100.0%     表8 表7の職業紹介のうち採用決定件数 0件 33.7% 1件 58.3% 2件 6.4% 3件 1.5% 4件 0.1% 5件以上 0.0% 合計 100.0%      また、上記求職登録者のうち、平成29年2月~平成30年1月の期間に、採否確認等の事務的な記録を除く実質的な職業相談が、ハローワークにおいて1回以上行われた視覚障害者99.6%についてみると、その1人あたりの年間平均相談件数は8.9回であった。  視覚障害者の職業相談、職業紹介、定着支援等に際しての関係機関との連携状況は(表9)、障害福祉サービス機関(就労継続支援A型事業所、就労移行支援事業所、国立視力障害センター等)との連携が最も多かった。他方、ロービジョン専門外来を含む病院・診療所との連携はほとんどなかった。   表9 関係機関との連携状況(複数回答) 障害福祉サービス機関 4.1% 障害者就業・生活支援センター 3.3% 盲学校・専攻科 2.5% 地域障害者職業センター 1.8% 地域独自の就労支援機関 1.1% 職業能力開発校(委託含む) 1.0% 難病相談支援センター 0.1% 当事者団体、ボランティア団体 0.3% 病院・診療所 0.0% その他 0.3%     3 考察  視覚障害者の就職、雇用継続、復職の支援に際しては、通勤の安全と職務内容の検討に係る事業主(企業)と障害者への支援が重要となる。その際、医療機関とも連携しながら、環境等によって異なる視力や視野等の見え方、墨字対応力、移動能力等の適切なアセスメントや、企業内の環境分析が重要となるが、ハローワークでは医療機関との直接の連携はほとんど行われていなかった。  今後、より多くの視覚障害者の雇用等を実現する上で、医療機関を含む関係機関相互の連携等が重要な課題となると思われる。その際、職業的な障害特性が障害者や企業にも把握・共有できる支援ツールの開発、医療機関とも連携した職業評価方法等の開発、障害者、企業の人事担当者、職場の人たちの心理にも配慮した相談・支援体制や連携の確立が有効ではないか。 【参考文献】 1) 厚生労働省:平成28年生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等実態調査).(2018) 2) 若生・他:日本における視覚障害の原因と現状「日本眼科学会雑誌」pp.495-501.(2014). ※2)の文献は、全国7ブロックからそれぞれ1箇所ずつ無作為抽出された自治体に対し、2007年4月~2010年3月に視覚障害の身障手帳の認定を受けた18歳以上の視覚障害者4,852名に係る視覚障害の原因疾患等を調査した結果である。 【連絡先】  依田(よだ)隆男  障害者職業総合センター  千葉市美浜区若葉3-1-3  Tel:043-297-9037  e-mail:Yoda.Takao@jeed.or.jp 視覚障害者に特化した多機能型就労支援事業の運営に関する実践報告 ○須藤 輝勝(北九州視覚障害者就労支援センターあいず 施設長) 1 北九州視覚障害者就労支援センターあいず(以下「当センター」という。)の概要(平成30年8月1日現在) (1) 事業所住所  北九州市戸畑区中本町1−1 (2) 運営者  (特非)北九州市視覚障害者自立推進協会あいず。視覚障害者と支援者からなる会員108名(うち視覚障害者88名)の団体。 (3) 運営体制  施設長(管理者1名)、サービス管理責任者(1名)、就労支援員(1名)、職業指導員(常勤換算2名)、生活支援員(常勤換算2名)、常勤5名、非常勤4名、視覚障害者5名、晴眼者4名。 (4) 事業内容  就労移行支援事業(定員6名)と就労継続支援B型(定員14名)の多機能型事業所。 (5) 仕事の内容  作業所部門、IT部門、あはき(あんま・はり・きゅう)部門の3つの部門がある。 (6) 在宅支援利用者1名  在宅で紙製品の製作(職員が自宅訪問して材料提供と製品受取り、毎日メールで作業内容の確認)。 (7) 通所状況  職員・利用者の全員が自力通所(送迎なし)。 (8) 就職状況  訓練校のパソコン講師(IT部門から2名)、病院の事務職員(IT部門から1名)、整骨院施術者(あはき部門から2名)、介護施設施術者(あはき部門から1名)、訪問介護施術者(あはき部門から2名)、施術所開業(あはき部門から1名)。 (9) 事業規模(平成29年度)  管理費約3200万円、生産活動費約1300万円(うち、支払い工賃430万円)。 (10) 外部からの見学、研修受け入れ ・「ダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業」研修生受け入れ ・ 視覚特別支援学校、福岡県研修センターなどから ・ 三重県県議会議員団、北九州市幹部職員などから (11) ヘルスキーパー制度の導入  当センターの職員や利用者は、「マッサージルームあいず」で勤務時間中でも利用できるようにしている。 2 視覚障害者が仕事をできるようにするための環境づくり  当センターの職員・利用者34名のうち、視覚障害者30名、晴眼者は4名のみである。職員と利用者、職員同士、利用者同士が円滑に仕事をするために次のような工夫(ローテク~ハイテク)をしている。 ○大事な情報は、メールや電子ファイルで伝える。記憶できる短い情報は口頭で、記憶が難しい大きな情報は、デジタル情報にして伝える。 ○全体朝礼でその日の出勤者が分かるように全員がそれぞれ声出しをする。また、必要な情報を口頭で共有する。 ○部門別朝礼で当日の作業内容を口頭で情報共有し、それぞれの作業を確認する。 ○所内は、LAN環境により、約30台のパソコン、共有サーバ、共有プリンターなどを設置している。 ○利用者に入所時にパソコンの訓練を行ない、全員が最低でも次のことができるようにしている。 ・当日の作業内容を各自メールで各部門のメーリングリストに投稿する。 ・共有サーバ上にある出勤簿(毎日)、シフト表(毎月)にアクセスして必要事項を記入する。 ○職員は、外部との連絡や書類のやり取りなどは、メールで行う。 ○社内の事務資料などは共有サーバで一元管理している。 ○電話は全盲の職員が電話対応ができるように録音機能を持ったビジネスホン端末を各部門に設置している。 ○所内の移動は、見えない者同士で衝突したりしないように、声を出しあったり、足音を立てたりして歩いている。 ○所内の通路には絨毯を細く切ったものを導線として貼っている。 ○所内の設備や物品は置く場所を決め、動かすときには必ず全員に伝える。通路には物を置かない。 3 視覚障害者にどういう仕事を提供し、どういう支援をしているか (1) あはき部門 ○施術所「マッサージルームあいず」を設置し、職業指導員の下で利用者が一般のお客を対象に有料で施術を行なっている。 ○就労移行支援の利用者には、就労のための実践的訓練の場であり、就労継続支援B型の利用者には、仕事の場になって、患者からの施術料が工賃となる。 ○ここでは、施術技術だけでなく接客技術や事務処理など現場に即した実践的訓練を行なっている。 ○イベント会場などでの「ワンコインマッサージ」などに参加して経験を積み、地域の方と交流を行なっている。ここで得られた収入は工賃に反映されている。 ○患者がいない時間は、職業指導員や利用者、他部門の職員・利用者を「台」にして練習を積み重ねている。 ○施術所を運営している法人役員などとの交流会を行ない施術訓練だけでなく情報交換も行なっている。 (2) IT部門  IT部門では、ITを活用するための訓練とそれを活かした仕事の提供を行なっている。 ○日常生活用具(福祉機器)の取り扱い(北九州市および近郊自治体の指定業者になっている) ・購入相談、見積書作成、商品発注・受取り、納品(自宅に届けて使い方の説明)、行政へ請求書発行。 ・納品後の電話でのサポート(無料)、訪問サポート(有料)も行う。  ・新製品などの体験会。 ○ホームページ制作、更新 ・見える人にも見えない人にも分かりやすいウェブページを制作・更新する。 ・エディターを使ってhtmlやcssでプログラミングをする。 ・見えなくても見える人の目を借りてグラフィカルなウェブページが制作できるようになることを目指す。 ○視覚障害者への情報保障に関する事業  ・音声コード作成  JAVIS APPLIを使って音声コードを作成している。行政からの委託が増えてきている。  ・音声DAISY制作  ChattyInftyを使って墨字文書の音声DAISY化をしている。まだ需要は多くない。このソフトが優れている点のひとつはスクリーンリーダーで操作できることである。 ○メールマガジン「いきいき」発行  視覚障害者にとって役立つ楽しい情報を週1回程度のペースでメール配信している。携帯用とPC用を分けている。 (3) 作業所部門 ○点字紙を再利用した紙製品「ドットパック」の製作 ・切断、折り目入れ、糊付けなど目が見えなくてもできるように冶具を使っている。  ・単価が安いので工賃に反映できないでいる。 ○点字に関する事業 ・点訳、点字印刷は、法人あいずの会報・事務局ニュースが毎月、その他不定期に行政や支援団体などからの依頼が来ている。 ・名刺への点字印字の受注が行政からまとまってくるようになった。ピン組をする名刺専用印字機とパソコンに接続して使う名刺専用プリンターを利用している。 4 課題 (1) 工賃アップ  平成29年度の平均工賃は、18,000円程度であり、全国平均を若干上回っているが豊かな生活をする額としては到底十分な額ではない。  特に作業所部門の紙細工製品については単価の高い新製品を開発したり、紙細工以外の製品開発に取り組んだりしなければならない。 (2) 利用者の作業範囲を広げる支援  目が見えないために「できない」と思われている作業を冶具の開発や訓練などによりできるようにしていくことが利用者のモチベーションを上げる意味でも必要である。 (3) 重複障害者の支援  視覚障害以外の障害を重複している利用者が増えつつある。  支援者である職員には、他の障害についても支援できる技術が求められてきている。内外の研修会に参加できるような態勢をとっていく。  また、例えば視覚と発達との重複障害への支援システムはまだ確立されているとはいえない。見えない人にどう「見える化」するのかという課題にも取り組んでいきたい。  【連絡先】  須藤 輝勝 (すどう てるかつ)  北九州視覚障害者就労支援センター  URL:http://www.aizu-k.com/j_index.html  TEL/FAX:093-871-7711  e-mail:sudo@aizu-k.com ろう学校高等部生対象 職場体験実習の取組−未来の社会人に向けて− ○笠原 桂子(株式会社JTBデータサービス/JTBグループ障がい者求人事務局) 1 背景 (1) キャリア教育の必要性  今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について1)によると、特別支援学校高等部においては、以下の適切な指導や支援を行うことが重要であると報告されている。 ・個々の障害の状態に応じたきめ細かい指導・支援の下で、適切なキャリア教育を行うことが重要である。 ・個々の生徒の個性・ニーズにきめ細かく対応し、職場体験活動の機会の拡大や体系的なソーシャルスキルトレーニングの導入などを行う。 (2) JTBグループの聴覚障害者雇用  JTBグループの2018年度上期の障害者雇用実態調査の結果、雇用している障害者は361名であり、うち、聴覚障害は129名と、33.5%を占めた。次いで精神障害54名(15.0%)、下肢障害53名(14.7%)であった。  これは、障害者雇用実態調査2)において、従業員規模5名以上の事業所に雇用されている身体障害者約43万3千名のうち、聴覚言語障害者は約5万8千名(13.4%)であることと比較しても、高い割合であり、JTBグループにおいては、長年聴覚障害がほかの障害種別と比較して最も多い実態が続いてきた。 (3) JTBグループの職場体験実習  JTBグループにおける、職場体験実習は、主に特例子会社である株式会社JTBデータサービス(以下「JTBデータサービス」という。)において、設立当初の1993年よりろう学校を中心に受入をしてきた。  しかし長年、実際の業務の中で実習生が担当しても差し支えの無い業務を中心に行っていたため、個々の生徒の強み・弱みを把握することができない状態が続いていた。  そこで、2014年より、様々な業務体験ができるよう、実習プログラムを改定した。ダミーの事務サポート業務を作成し、就職した際に必要になる様々なスキルチェックができる内容に改定し、実践をしてきた。   2 職場体験実習の目的  本実習は、キャリア教育の一環を担い、生徒のさらなる成長とスムーズな社会人生活への移行に寄与するために、以下の項目を目的に実施した。 ・実習参加者が自身の強み・弱みを再確認する。 ・伸ばすべき力、課題を学校と共有する。 3 職場体験実習の対象者  JTBデータサービスに実習の依頼のあったろう学校高等部および高等部専攻科の生徒を対象に実施した。  直近3年間の受入人数は、2016年度4校7名、2017年度3校5名、2018年度上期2校4名であった。 4 職場体験実習の概要 (1) 実習の日程と時間  期間は長期休みを避けた学期中の月曜日から金曜日の5日間、時間は卒業学年についてはフルタイム7時間30分、それ以外の学年は、学校の授業が終了する時刻と合わせ、15時までを基本とし、学校の要望や生徒の状態に合わせて決定した。なお、実習時間割の例は表の通りである。 (2) 事前準備  実習の1~2週間前に実習参加者と担当教員に来社してもらい、実習担当者との顔合わせを行った。  学校からの実習生資料とあわせて、本人のコミュニケーション状態や実習に対する意識を確認し、担当教員からは学校での様子をヒアリングして、本実習に対する期待や課題の共有を行った。  また、本人が希望した場合は、実習までの間に、通勤練習を行い、実際の通勤時間の電車の乗り換えや混み具合、所要時間などの確認を行った。 (3) 実習内容 ア 座学  JTBグループの理解を目的とし、「JTBグループ概要」のコマを設定して、JTBグループ全体について説明を行った。また、生徒の希望進路に応じて、株式会社JTBの会社説明や、JTBデータサービスの説明を併せて行った。  さらに、社会人になる前に準備すべきことの理解を深めることを目的とし、「社会人準備講座」を行った。  なお、座学研修については、手話のできる社員が生徒のコミュニケーション方法にあわせ、手話や筆談を用い、一番わかりやすい方法で授業を行った。 イ コミュニケーション  仕事上不可欠なコミュニケーションについて、そのきっかけとなる声掛けの重要性を体験することを目的とし、座席表作成を行わせた。  実習する総務部内の社員一人一人に自ら話しかけて名前を聞き、用意してある座席表に名前を入力して表を作成させる。  対象となるほとんどの社員は健聴者で、手話がわからない社員もおり、声掛けには方法の工夫も必要となる。筆談をする、発声をするなど、生徒それぞれのコミュニケーション方法に合わせての声掛けを実践し、座席表を完成させた。 ウ パソコンスキル:文書作成ソフト  文書作成ソフトのスキルチェックを目的に、「社内文書」「社外文書」の作成を行った。手書きされた文書サンプルにより指示をうけ、文書を作成する。完成後は自らの確認後、指導担当からのフィードバックを受け、正しく完成するまで繰り返し取り組んだ。  スキルチェックの際には社内文書と社外文書の違いについても説明をし、会社の文書ルールも学んだ。 エ パソコンスキル:表計算ソフト  表計算ソフトのスキルチェックを目的に、「社内文書」「請求書」作成を行った。  請求書については、使用する関数のレベルを2段階設定し、計2回の作成を行った。指示書に沿って作成をし、完成後は自らの確認後、指導担当からのフィードバックを受け、正しく完成するまで取り組んだ。 オ パソコンスキル:入力業務  入力の精度とスピードのチェックを目的に、入力作業を行った。  人名・住所・電話番号・数字など、ルールに従って入力をし、入力所要時間と、精度のチェックを行う。  単純入力ではなく、指示されたルールに従って判断が必要なもの、指導者に質問しなければいけないものなどを設定しており、自己判断で進めてしまわないかのチェックも行った。 カ 作業  作業性のチェックを目的に、事務作業を行った。  シールはり、ハンコ押し、シュレッダー、裁断や糊付けなど、仕事では不可欠な作業を行い、手先の器用さ、丁寧さ、正確性、速度を確認した。 キ 成果発表  最終日に成果発表を行った。担当教員、総務部内社員、実習担当者が発表会に参加した。  発表当日にプレゼンテーションソフトで発表資料を作成する。内容は自己紹介、5日間で学んだこと、これから頑張ることを基本とした。 5 生徒の感想  実習成果発表において、「自分の課題にいろいろ気がついた」「仕事には結果を想像することが重要だと気がついた」「コミュニケーションの大切さを実感した」「社会の厳しさが分かった」など主体的な気づきの発表があった。   6 実習評価  実習終了後、学校の評価表とは別に、独自の評価表にてアセスメントを行った。さらに、振り返り会において、担当教員に実習で見えた強み・弱みについて共有を行い、これからの成長に向けた方向性について意見交換を行った。 7 今後の課題と方向性  キャリア教育をより充実させるためには、学校側との連携をさらに深め、双方がニーズを取り入れ、向上していくことが重要であると考える。  実習での気づきが、本人の継続的な成長につながるように、より個性に合わせたプログラムを検討していきたい。  学校においては、本実習が今後のキャリア教育の材料となり、より実践的な指導につながれば幸いである。 【参考文献】 1)文部科学省中央教育審議会:今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(答申),60-62,(2009) 2)厚生労働省:平成25年度障害者雇用実態調査結果報告書,5-7,(2014) 【連絡先】  笠原 桂子 e-mail: keiko_kasahara@jtb-jds.co.jp  株式会社JTBデータサービス/  JTBグループ障がい者求人事務局 新版TEGⅡ東大式エゴグラムVer.Ⅱをヒントにしたアサーション課題の開発 ○神部 まなみ(千葉障害者職業センター リワークカウンセラー) 1 はじめに  職場復帰支援(以下「リワーク支援」という。)とは、メンタル不調による休職者が元の職場に戻り、安定的な就業を継続できるよう支援するものである。支援の目的は再発・再休職防止であるが、復職者にとって効果的であるためには、より具体的手法が講じられ、復職先の職場環境下において運用可能な手法であることが重要である。つまり個々にカスタマイズされている必要がある。そのためには休職原因の究明、分析を促進する意図を持ったプログラムの構築が必要と考える。  本発表では、千葉障害者職業センター(以下「当センター」という。)の既存リワーク支援プログラム「コミュニケーション講座」に取り入れられているアサーションの技法「DESC法」への理解を深めるため、心理検査「新版TEGⅡ東大式エゴグラムVer.Ⅱ」*1(以後「エゴグラム」という)をヒントとして開発したプログラム及びその実践結果について発表する。 2 開発の背景 (1) これまでのアサーション課題  「アサーション」とはコミュニケーションスキルの1つで、「人は誰でも自分の意思や要求を表明する権利がある」との立場に基づく適切な自己表現のことであり、支援施設や教育現場、企業研修等、広く取り上げられている。  当センターでは、特に「職場環境における問題解決」を目指す「DESC法」というアサーションの技法を、自分の気持ちや考えを整理した上で発信する訓練として活用している。     DESC法は公式のような形式となっており、公式の要素を表す頭文字をD・E・S・Cと表現している。それぞれの意味を以下にまとめた。 表 DESC法 D:Describe 客観的な事実や状況を具体的に話す E:Express 自分の意見や考えなど、主観的な気持ちを話す S:Suggest 提案や解決策などを具体的に話す C:Choose 相手が提案を受け入れた場合,受け入れない場合の自分の行動を示し選択を促す 当センターでは、平成23年度よりアサーション技法「DESC法」を上手く活用するためのプログラム改訂を継続してきた。開始当初は、コミュニケーション場面において発生する問題点を含む事例をストーリー化し、相手から対話を求められる設定のワークシートに、DESC法の流れに従って返答を記入する形式で提供していた。  しかし利用者からは、たびたび「上手く展開できない」といった意見が上がった。そのため、定期的に小グループ形式でフォロー講座(「裏アサーション講座」2H/回×4回を年間4回程度)を実施し、上手く展開できない理由について詳細な聞き取りしてみると、「自分の気持ちがわからない」「どう表現したらいいかわからない」など、表のExpress(〇で囲んだ部分)「自分の意見や考えなど、主観的な気持ちを話す」部分について、特に難しさを感じていることが把握できた。   (2) 利用者アンケートから見るアサーションのニーズ  当センターでは平成25年度以来、リワーク支援のサービス向上を目的とする「リワーク支援終了アンケート」を実施してきた。プログラムの効果を問う質問では多くの利用者がアサーションDESC法の習得を目指したプログラム「コミュニケーション講座」の効果に対し「効果がある」を選択しており、その必要性を感じていることが把握できた。   以下に当センターリワーク支援プログラムの中で効果を感じたプログラム及び過去5年間の推移を示した。   図1 2017年 リワーク支援終了アンケート 「効果を感じたプログラム」1 図2 コミュニケーション講座に効果を感じた利用者数の推移  図1から、リワーク受講者はリワーク支援の複数のプログラムの中で、マルチタスク(職場の疑似体験プログラム)に次いで、アサーションを取り入れたコミュニケーション講座に効果を感じていたことが把握できた。また、過去5年の推移も、プログラム改訂を開始した2014年から上昇し、維持し続けている。  一方、アンケートの自由記述の部分には「アサーションのDESCの意味はわかったが、使いこなすのは難しい」といった感想もあり、重要なプログラムと認識しているもののDESC法の展開には困難を感じていることが把握できた。  以上の理由から、本当の気持ちに気づく前段階のステップとして、エゴグラムの概念を利用したアサーション課題の開発に至った。 3 エゴグラムをヒントにしたアサーション課題  以下に提示した写真は、本発表のテーマ「東大式エゴグラムをヒントにしたアサーション課題」のワークシートである。全体イメージは以下の通りで、枠内にエゴグラムの5つの自我を表現したキーワードを挙げ、選択できるように設定した。      以下に枠内の部分を拡大して示した。 【DESC法展開方針】 □どうあるべきか □どうしてあげたいか  □どうすることがベストか □(このチャンスを)どう活すか □どうすると思われたいか 図4 エゴグラムをヒントにしたDESC法展開方針  予め選択式で示された5つの文言は、エゴグラムの自我状態(Critical Parent・厳しい私、Nurturing Parent・優しい私、Adult・考える私、Free child・自由な私、Adapted Child・気遣う私)の解釈から対人交流の機能を想起し、キーワード化した。言わば「考え方のサンプル」と捉えて頂きたい。実践では、このキーワードを参考にしながら自身の考えについ検討したり、これまでとは異なる考え方を目指しDESC法が展開できるよう工夫した。 4 実践結果  プログラムの中で実践した「東大式エゴグラムをヒントにしたアサーション課題」の実施結果から顕著であったことは「選択したDESC法展開方針と展開内容が異なる」点であった。再提出を求めた際聞き取りをすると、方針に沿っていないこと自体にも気づいていない、といったケースも見られた。一方、回数を重ねることで自らの考え方の偏りに気づき、別の展開を選択することで新たな対人交流の可能性に気づくケースも見られた。  この実践結果を通し、自分の気持ちを正確に捉えることがいかに困難かということが理解できた。 5 まとめ  メンタル不調には様々な疾病があるが、原疾患の影響により抑うつ症状が出現することは多い。抑うつ症状の心理的特性には、自信喪失や自責的になるなど考えの幅が狭まる傾向が見られ、職務遂行能力の低下や対人交流における不適応という二次的障害を生み出しやすい。そのため、医学的アプローチと共に、「考え方」や「自分の本当の気持ちに気づく」ことは、自己表現の機能不全に気づき、解放するきっかけを促すアプローチとして大変重要である。  未熟なプログラムではあるが、今後も更なる検証を重ね、良質なプログラム提供を目指したい。 【参考文献】 1) 東京大学医学部心療内科TEG研究会編:「新版TEG活用事例集」金子出版(2002) 2) 平木典子「アサーション・トレーニング—さわやかな〈自己表現〉のために—」日本・精神技術研究所(1993) 【連絡先】  神部 まなみ 千葉障害者職業センター  e-mail:Kambe.Manami@jeed.or.jp *1 5つの自我状態の心的エネルギーレベルから正確を分析する手法 復職後の業務遂行や問題解決、対人スキルに活かす、DESC法を用いた個別ワークについて ○結城 一彦(千葉障害者職業センター リワークカウンセラー) 1 はじめに  千葉障害者職業センター(以下「当センター」という。)でリワーク支援を受ける利用者の課題は多岐にわたる。中でもコミュニケーションに苦手意識を感じ、スキルの向上を課題とする利用者は、とりわけ多いといえる。  もちろん、コミュニケーションだけが休職の原因というわけではない。しかし、「報告・連絡・相談」「交渉・折衝」「主張・提案」「情報共有」など、ビジネスで求められる基本的なコミュニケーション不足が要因となり、伝えたいことを上手く伝えられず、仕事を頼めない・断れない、自分の意見をいえないという状況に陥ることもある。結果として、「上司や部下と上手くいかない」「業務負荷が上がる」「トラブルやミスの発生につながる」など、業務遂行や問題解決、対人関係の悪循環やストレス過多の状態をもたらし、体調を悪化させて休職に至ったというケースも珍しいことではない。   2 当センターにおけるリワーク支援の概要  現在、当センターのリワーク支援では、「キャリアデザイン講座」「コミュニケーション講座」「ストレス対処講座」の各プログラムを通して、随所にグループワークを取り入れている。他にも、組織の一員としてメンバーとコミュニケーションを取りながら、複数のタスクを実施して成果を競う「マルチタスクプログラム」、2人の利用者がファシリテーターを務めて、他の利用者がテーマに基づいた意見交換を行う「リワークミーティング」、週数の異なる利用者でグループを構成してリワーク支援の現状について話し合う「進捗報告会」など、より多角的なコミュニケーションが行えるよう、さまざまな場面を利用者に提供している。  また、「6W2Hによる情報の収集・整理・発信」「聞くこと・話すこと」「事実と感情を分けること」「DESC法を活用したアサーティブな自己表現」や「エゴグラム診断」「役割や業務の見直し」「対人関係図の作成」などを、コミュニケーション力の向上や自己理解を促すためのプログラムに取り入れている。さらに、これまでの認知行動パターンを分析して新たな認知行動パターンにつなげる「ComPs-CBT(Communication and Problem-Solving based CBT)」(中村,2017)をストレス対処講座に取り入れるなど、利用者が復職を目指して、問題解決力や業務遂行力、対人スキルなどをバランスよく身につけ、復職後のストレス軽減や再発防止を目指せるよう、体系的なプログラム構成がなされている。  これらのプログラムを背景に、コミュニケーションを起因としたストレスに対して、より実践的な対処を試るために、利用者それぞれの状況や対人関係に焦点を当てた、DESC法の個別ワークを実施している。   3 ComPs-CBTを活用したDESC法の個別ワーク (1) 目的   ComPs-CBTを活用してDESC法のシナリオを完成させ、その内容に基づいたロールプレイを行うことにより、アサーション本来の目的であった行動療法(岩舩・渋谷,2005)としての効果につなげていく。さらに、ロールプレイを反復することで、より実践的なコミュニケーション力を身につけ、復職後の業務遂行や問題解決、対人スキルに活かせることを目的とする。 (2) 方法  ア 休職前に利用者が体験したストレスフルな出来事、復 職後に起こる可能性のある問題などを題材として、ComPs-CBTを完成させる(表1)。 イ 完成させたComPs-CBTの『今後目指す認知・行動パターン、目標・目的に基づく行動計画』の「目標・目的を達成するための考え・行動計画」から、コミュニケーションが求められる項目を抜き出す。 ウ ComPs-CBTの出来事の欄に記入した内容を踏まえ、DESC法シートの「そのときの状況(6W2Hをベースに)」に出来事を、「目標設定(あなたが求める着地点は?)」に目指すゴールを記入する(表2)。 エ 相手の言葉も含めたDESC法のシナリオを、目標設定に沿って作成する。 オ 完成したDESC法のシナリオを基に、複数回のロールプレイを行う。 4 ロールプレイの実施  DESC法のシナリオを完成させた利用者(以下「本人」という。)、相手役(他の利用者もしくはリワークカウンセラー)、オブザーバー2人、計4人を一組として実施する。まず、本人が対象となる人物(実在の人物)の容姿や印象、性格傾向や話し方、そのときの状況や場面設定などを相手役とオブザーバーに伝え、質問があれば説明を補足する。  次に、DESC法のシナリオを基にロールプレイを展開し、1回目が終了した時点で本人、相手役、オブザーバー2人の順で意見や感想を述べ、それを反映させて2回目を行う。さらに、シナリオを見ずに3回目を行い、これを何度か繰り返す。この他にも、利用者が作成したComPs-CBTから題材を抜粋し、同様の流れでロールプレイを行う。 5 まとめ  個々の認知行動パターンは、当然のことながら個々のコミュニケーションパターンにも影響を与える。ComPs-CBTを作成することは、利用者が体験した出来事から自分の認知行動パターンを把握することでもあり、出来事に解決すべき課題がある場合は、これまでの認知行動パターンと違う視点から、新たな目標や目的、考えや行動計画につなげていくことが可能となる。  ComPs-CBTの仕組みと流れをDESC法に応用することで、これまでのパターンとは異なる目標・目的の設定、目標・目的に応じた具体的な会話の構築が可能となり、ロールプレイを繰り返すことで、コミュニケーションにおける認知行動パターンの再構築という効果も見込まれる。  DESC法を用いた個別ワークを実施することは、コミュニケーションに対する意識の変化、コミュニケーションがもたらす成功体験を実感することであり、それは復職後の業務遂行や問題解決、対人スキルにも影響をもたらし、ストレスの対処や軽減にも役立つものと考えている。   ○ComPs-CBT(中村,2017)  職場や日常生活での出来事から、自分自身の認知行動パターンを分析し、これまでの失敗を繰り返すことなく問題解決をめざすため、合理的、目的的な行動がとれるように具体的な行動計画をたて、実行することを目指す、認知行動療法を応用した支援技法。 ○DESC法(平木,2007)  自分の気持ちや要望を伝えやすくするために、ステップを踏んでセリフを展開するための手法。D:describe(描写する)E:express,explan,empathize(表現する、説明する、共感する)S:specify(特定の提案をする)C:choose(選択する)というステップを踏むことで、問題解決が必要となる場面の状況整理につながる。 【参考文献】 1)中村美奈子:「復職支援ハンドブック 復職を成長につなげよう」p.27-49,金剛出版(2018) 2)岩舩紀子・渋谷武子:「素直な自分表現 アサーティブ」p.16-58,PHP(2005) 3)平木紀子「自分の気持ちをきちんと<伝える>技術」p.102-103,PHP(2018) 表1 ComPs-CBTの記入例 出来事 これまでの認知・行動パターン (※1) 今後目指す認知・行動パターン, 目標・目的に基づく行動計画 その時自然にとった考え・行動・感情 自動思考 出来事に対する新たな対処行動の目標・目的(どうしたいかどういう結果を出したいか) 目標・目的を達成するための考え・行動 優先順位 A社の新商品キャンペーンの競合プレゼンに勝って1週間後、A社の宣伝担当から連絡があり「先週決定したプレゼン案だけど、出張から戻ってきた○○常務が、『うちの商品に、このキャラクターは合わないだろう』といって引かないんだ。日程的に厳しいとは思うが、何とか常務も納得する代案を考えてもらえないだろうか」と言われた。 ≪大目標≫ ・2週間以内には、得意先に新しい案をプレゼンしたい。 ・得意先の常務にもプレゼンの場に参加してもらう。 ・再度、競合プレゼンになることだけは避ける。 ≪中目標≫ ・予算と日程がタイトな事実を上司と共有する。 ・得意先が納得するスタッフを社内で選出する。 ・プレゼンのポイントと方向性を社内で共有する。 ・元の案も活かしておくが、それは営業だけで共有する。 ≪小目標≫ ・上司に連絡を入れ、事の詳細を説明する。 ・大まかなスケジュールを逆算し、予算も割り出す。 ・部署内で打ち合わせを行い、スタッフの候補を上げる。 ・第一候補であるディレクターの日程を押さえる。 ・ディレクターと  話し合い、了解を  取りつける。   (※2)   ・得意先の宣伝担当に連絡し、プレゼンの日程を詰める。 ・スケジュールを固め、スタッフで共有する。    ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ (※1)「これまでの認知・行動パターン」はスペースの関係上未記入としているが、本来のワークでは記入されたシートを使用する。 (※2)上記のComPs-CBTの「目標・目的を達成するための考え・行動」 の「優先順位 ⑤」を抜粋し、下記のDESC法シートで展開する。 表2 DESC法シートの記入例 そのときの状況(6W2Hをベースに)  プレゼンで扱いの決まったA社の新商品キャンペーンに先方の常務からNGが入り、新たなアイデアを提案することになった。日程・予算から考えて外注は厳しいため、以前からA社の他商品を担当していた社内のBディレクターに依頼することになり、自分が説得役を命じられた。Bディレクターには、以前にも代案の制作を頼んだとき大声で怒鳴られ、応じてもらうまでに数日を要した。 目標設定(あなたが求める着地点は?)  Bディレクターに再提案を引き受けてもらう。 ※会話は1 →10の順で進んでいく。 D 1.Bディレクター、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか? 3.部長から連絡があったんですね。そうなんです、A社のプレゼンのことでお話しに上がりました。     相 手 2.さっき、お前のところの部長から連絡が入ったよ。A社のプレゼンのことだろ。 E 4.部長から聞いているかもしれませんが、A社の新商品のプレゼンをK氏に依頼して、通るには通ったんですが、先方の常務からクレームが入ってしまい、再提案をしなければならないんです。で、Bディレクターにお願いできればと思いまして。       相手 5.何だ、再提案って?聞いてないぞ!何で会社を辞めたKの尻拭いをしなきゃならないんだ。他の奴に頼めよ! S 6.Bディレクターが断るのも無理はないと思いますが、これはA社の宣伝部長からの指名でもあるんです。「Bディレクターが担当なら、常務も納得するだろう」と仰られて。先方の期待に応えてくれませんか?      相手 7.いくら宣伝部長の頼みといっても、Kのリリーフみたいな役回りじゃ、気が乗らないな。 C 8.ある意味、A社と我が社の今後が掛かっている重大なプレゼンでもあるんです。それに、KさんだってBディレクターが育てたようなものじゃないですか。Bディレクターしかいないんです!引き受けていただけませんか?      相手 9.まあ、 お前がそこまでいうなら、今回だけは引き受けてやるよ。俺もKが嫌いというわけではないからな。 C 10.ありがとうございます。本当に助かります。早速スケジュールを組んで、再度伺います。 相手 IPSモデルを復職支援に用いた実践 −訪問と関係性を重視した支援− ○本多 俊紀(NPO法人コミュネット楽創)  大川 浩子(北海道文教大学/NPO法人コミュネット楽創) 1  はじめに  雇用管理上「休職」は、労働災害等を原因とする休職者を除き、ノーワーク・ノーペイの原則から事実上「解雇猶予期間」という性格をもつ。そして労働者にとって離職の危機であるとともに、雇用者側にとっては労働力不足の中労働力喪失の大きな危機でもあり、今まで以上に産業保健活動としての取り組みが求められている。それに対し復職支援は、休職している従業員が休職期間に復職を目指して行われる職業リハビリテーションの分野である。しかし、傷病手当金やガイドラインなど制定されているものもあるが、どのようにしてリハビリテーションを行い、治療・回復とともに職業生活を営むかについての実際のビジョンは、十分に整備されているとはいいがたい現状がある。  一方、わが国では、うつ病休職者の復職支援(リワーク)プログラムは、精神科デイケアを中心に取り組まれており、利用した休職者の再休職が少ないことがすでに報告されている1)。しかし、都市部での取り組みが多く、また、デイケア運営のために時間が制約され、職場との連携は課題としてあげられる2)などの課題も指摘されている。  NPO法人コミュネット楽創(以下「当法人」という。)ではIPSモデルを用いた復職支援事業「がん・メンタルヘルスリワークセンターLive-Laugh(以下「リブラフ」という。)」を運営している。今回、昨年度の実績を踏まえ、復職支援におけるアウトリーチ及びIPSモデルを用いた実践について報告する。 2 がん・メンタルヘルスリワークセンターLive-Laugh (1) 設立経緯  当法人は、2006年より2カ所の事業所でIPSモデルに準拠した就労支援事業を行ってきた。その経過の中で就職後の不本意な離職を予防する必要性を感じていたが制度・予算的な運営の裏付けがなく実施には至らなかった。しかし、制度的な課題は解消されていないが、2016年4月に法人独自の事業として、福祉職3名体制でリブラフを開設した。リブラフでは従来のリワークの対象となっている「メンタル不調」に加え、制度のはざまにあり支援の手立てが少ない「がん」による休職者も対象とした。しかし、広報や制度的な問題から、2018年8月現在、がんによる復職の相談は実績があるものの、利用に関する実績はない状況である。 (2) 支援の特徴とIPS  リブラフの支援内容を表1に示す。既存の復職支援と比較し、③トリートメント、及び、④同行・訪問というアウトリーチ支援を積極的に行っている。この取り組みは、職場訪問型復職支援が主治医の治療をサポートする医療面での支援、メンタルヘルスケアに職場全体で取り組む職場環境作りへの支援の両者に有効と考えられている3)こととも合致している。 表1 リブラフの支援内容  また、リブラフで行う②リハビリテーション・復職準備は、本人・職場や産業保健スタッフの要望をすり合わせ、病気や体について学ぶものや、本人の目標・希望・価値を再確認するものに加え、コミュニケーションに関するものを中心に、復職後も必要となる「関係づくり」をベースに行っている。  この支援を特徴づけているのがIPSモデルである。IPSモデルの支援の特徴は、徹底した障がい者本人とその希望を中心とした哲学と、医療や生活支援との連携、そして、アウトリーチを主軸とした支援である。表2にIPSモデルの原則でリブラフ(復職支援)でも共通している部分を示す。 表2 IPS援助付き雇用のプリンシパル4)とリブラフの支援 (3) 2017年度の実績  2017年度にリブラフから復職した者は支援した16名中9名であった(1名無料フォローアップ期間中、2名利用中断、4名は利用中)。復職者の属性を表3に示す。なお、登録期間については、リハビリ出勤(14~50日程度)、復職後無料フォローアップ期間(1カ月)が含まれていることから、多くは2~3カ月で復職となっていた。 表3 復職者の属性    また、アウトリーチを希望されない(リブラフ内でのリハビリテーション・復職準備のみを希望)方1名を除いた、8名のアウトリーチの実施状況(1名あたりの実施回数)と内訳は表4の通りであった。 表4 アウトリーチの実施状況  1名あたりのアウトリーチの回数は職場訪問が最も多く、次いで産業医面談であった。また、具体的な活用方法としては、①継続通所が難しく連絡が取れない日も多い方に、上司も含めた産業医面談、個人宅へのアウトリーチを実施し、それをきっかけに通所が安定。リハビリ出勤、復職につながった、②比較的安定した通所後、リハビリ出勤に進むことができたが、本人も職場側も双方で不安を抱えており、複数回の職場訪問で不安軽減を図った、③安定した通所からすぐにリハビリ出勤となり、緊張はあるものの、数回の職場訪問にてフォローアップを終了、などがみられた。 3 考察 (1) 復職支援におけるアウトリーチの重要性  影山5)は、医療リワークにおける再休職予防の取り組みにおいて「復職後も主治医、リワークスタッフが継続的に復職者の状況を把握し、業務上の問題点や困難について復職者が相談できる場を設けることが望ましい」と述べている。アウトリーチを支援の中心とすることで、復職準備にかかわった職員が継続的に状況の把握、相談する機会をもうけることが可能であり、復職支援におけるアウトリーチの利点の一つであると思われる。また、職場へのアウトリーチは、休職までの要因や職場側の思い、復職にむけて本人・職場それぞれが準備することなどの整理、業務の調整、病気についての情報提供を行うことができ、それらが双方への安心に繋げる役割もあると思われる。この点は先の山本3)が述べた「職場訪問型復職支援」での職場環境づくりの支援にも通じていると思われた。 (2) 復職支援におけるとIPSモデルの活用  表4の中央値から3~4日に1回の頻度でアウトリーチしている。これらはその利用者と職場、リブラフとの信頼関係を高め、環境調整と双方の歩み寄り、復職後の関係再構築と継続に影響した可能性が考えられる。  IPSモデルではPlace-Trainを重視している。つまり、職場において必用なことはその職場ごとに違うため、全般的な準備性を上げることよりも、個々の職場や個人の状況に合わせたサポートをすることに主眼を置いている。また、ベッカー6)らは、仕事の維持における具体的な支援として、情緒的サポート、職場における支援、家族によるサポート、ピアサポート、技能訓練と問題解決をあげている。  リブラフの実践は、アウトリーチを中心としているため、常に個々の職場状況に合わせてこれらの支援の提供が試みられていた。その結果、復職のために必要な最低限度の支援を抽出できていた可能性も考えられた。またそれは、患者である利用者の個人要因だけでは解決しにくい、個人を取り巻く職場や家族という環境、そして将来の生活展望にも踏み込んで共に考えていくことになり、それぞれの復職に寄与したのではないかと思われた。   4 結語  リブラフの実践は従来の医療モデルではなく生活モデルを基礎に置いた支援であった。まだ、小さな実践のため成果も手法も今後の検討の余地がある。しかし「個人因子」だけではなく「環境因子」にも着目した支援は、復職支援においても有効ではないかと思われた。   【参考文献】 1) 安井勇輔・他:うつ病により休職した地方公務員に対する職場復帰支援プログラムの検討「臨床精神医学44」p.437-444,(2015) 2) 松田由美江・他:当院の復職支援デイケアの現状・課題・工夫~地方都市における大学病院の実践から~「産業ストレス研究20」p.361-366,(2013) 3) 山本晴義:職場訪問型復職支援の実際「日職災医誌62」p.357−363,(2014) 4) JIPSAHP:IPS援助付き雇用の理念とエビデンスについて 5) 影山 航:医療リワークにおける再休職予防の取り組み「日本外来臨床精神医学会 vol.15」p.29-31,(2017) 6) デボラ・R・ベッカー・他 大島巌・他監訳:「精神障害をもつ人たちのワーキングライフ」p.158-164,(2004) 【連絡先】  本多 俊紀  NPO法人コミュネット楽創  e-mail::toshi_hondajp@yahoo.co.jp 「福祉リワーク」の特徴と活用・連携について ○山田 康輔(特定非営利活動法人Rodina リワークセンター 代表理事)  柳 恵太 (広島障害者職業センター)     1 はじめに・目的  「特定非営利活動法人Rodina リワークセンター」は平成29年4月から広島県広島市で自立訓練(生活訓練)事業としてリワーク支援(以下「RW」という。)及び再就職支援を行っている。RWは実施母体により①医療機関が行う「医療リワーク」②地域障害者職業センターが行う「職リハリワーク」③企業内で産業医等の指導のもと行う「職場リワーク」の3つに大別されるが、弊法人のような福祉機関が行うRWへの言及は多くされていない。そこで福祉機関が行うRWを「福祉リワーク」とし、本稿では「福祉リワーク」の特徴や活用の仕方、他機関との連携について報告する。 2 「Rodina」(ロディーナ)の由来や想い  「Rodina」はチェコ語で「家族」を意味し、「家族からも心から使ってほしいと思えるサービスや本質的な価値を創っていきたい」「利用者・社員一人ひとりを家族として捉え、多様な個性や考え方に対し、様々な視点や見方からフォーカスを当てる」という想いのもと、事業を開始した。 3 特徴 (1) 制度  障害者総合支援法に基づいた障害福祉サービスの「自立訓練(生活支援)」を活用した事業である。最大で24カ月の利用が可能であり、復職を目指す在職中の方(公務員も利用可)、再就職(転職)を目指す方、まずは体調や生活リズムから整えたい方等、幅広く活用できる制度である。 (2) プログラム  プログラムとして、①個別プログラム(模擬業務や支援者との相談)②集団プログラム(対人関係能力向上)③運動プログラム(フィットネス等)④eラーニングプログラム(在宅利用可)⑤電子書籍(常時300誌以上読み放題)⑥定着支援(復職後の定期相談)⑦家族支援(家族面談や家族参加型イベント等)、等を実施している。 (3) 平成29年度実績 ア 復職  利用者39名(男性25名、女性14名、うち公務員12名)、平均年齢37.6歳(男性38.0歳、女性37.2歳)、平均休職回数1.1回(男性1.1回、女性1.1回)、平均利用日数184日(男性173日、女性195日)。復職率88.8%。  診断名は、適応障害21名、うつ病7名、統合失調症4名、身体表現性障害4名、ADHD2名、自閉症スペクトラム1名。休職前の職業分類は、管理的職業12名、事務的職業8名、販売の職業6名、サービスの職業6名、専門的・技術的職業3名、建設・採掘の職業2名、保安の職業2名。 イ 再就職  利用者20名(男性16名、女性4名、うち復職希望から再就職希望への移行者は5名)、平均年齢31.9歳(男性34.1歳、女性29.7歳)、平均利用日数192日(男性234日、女性150日)。就職率66.7%。  診断名は、適応障害9名、うつ病5名、統合失調症2名、身体表現性障害2名、ADHD2名。退職前の職業分類は、管理的職業8名、事務的職業6名、販売の職業3名、建設・採掘の職業2名、専門的・技術的職業1名。 4 活用・連携  広島県のRWの特徴(広島市近郊にRW関係機関等の社会資源が集中している)を活かし、各機関が連携することでより質の高いサービスを提供することを目的に「HIROSHIMAモデル」と題した地域連携モデルを、年1回RW関係機関が集まり情報共有や意見交換を行う「情報交換会」や、「平成30年度精神障害者雇用支援連絡協議会」において、広島障害者職業センターとともに提案し、下記の連携を行った。 (1) ケースの連携 ア 医療リワークとの連携 〇対象者:Aさん、20代、男性、適応障害、教員 〇支援経過:「担当クラスの業務はすべて自身で行わなければならない」と考え、上司や同僚に頼れず業務を抱え込み疲弊して休職し、リワークセンターを利用する。集団プログラムの「リワークセンター内広報誌作成」や「宮島ガイドマップ作成」等で他利用者へ頼み方を実践する。また「業務を抱え込みすぎ上司や同僚に迷惑をかけた」という失敗体験や、「復職しても同じことを繰り返すのでは」という不安が強かったため、リワークセンターの認知行動療法とともに、医療リワークが行う集団認知行動療法を併用し、「頼ってもいいんだ」と不安が軽減され、復職する。 イ 職リハリワークとの連携 (ア) リワークセンターから職業センターに繋げたケース 〇対象者:Bさん、50代、女性、うつ病、管理職(営業) 〇支援経過:十数年来勤務していた営業所から異動し環境変化に適応できず休職する。休職前は管理職だったが、復職後は営業を行うことになり、営業車の運転や営業ノルマの達成を考えると強い不安が現れ、復職への意欲が低減する。休職期限まで時間的猶予があり、Bさんが「時間をかけて休職要因を振り返り、不安を軽減させたい」と要望したため、リワークセンターを利用する。個別プログラムで支援者と休職前の状況を整理し、考え方の傾向(失敗ばかりに着目する、同僚と比較し「自分はダメだ」と思う)に気づく。復職への意欲が徐々に向上したところで、広島障害者職業センターのRWへ繋げる。実践的な業務遂行の練習を行ったり、プログラムのひとつである「セルフケア研究会(症状による苦労、特徴、共通点、対処法等のセルフケアについて話し合う)」で「50歳以上の利用者」を募り、復職後の働き方や定年退職後の過ごし方について話し合い、不安が軽減され、復職に向けた更なる準備となる。 (イ) リワークセンターと職業センターを併用したケース 〇対象者:Cさん、40代、女性、反復性うつ病、市場調査 〇支援経過:プレッシャーを感じると他者の意見を聞く余裕がなくなり、自身の意見を押し通して仕事を抱え込み、業務上大きなミスを発生させ、体調を崩し休職し、リワークセンターを利用する。集団プログラムの「コミュニケーション」で他利用者の話を傾聴し、意見を言い合うなかで「こんな考えや意見があったのか」と気づき、少しずつ他者の意見を取り込み、物事の見方が多角的になる。復職前に広島障害者職業センターのRWを併用し、認知行動療法やキャリア(働き方の価値観を振り返る)のプログラムを受講する。Cさんから「リワークセンターでも認知行動療法やキャリアについて学んだが、普段関わりのない広島障害者職業センターのRW利用者の意見を聞き、新たな気づきを得た」、産業医・保健師から「双方の機関を利用し復職に向けたより良い準備ができた」との意見を得て、復職する。 (2) プログラムの連携  広島障害者職業センターのRWでも行われている「ビブリオバトル(お気に入りの本やお勧めの本のプレゼンテーション大会)」をリワークセンターでも集団プログラムとして実施し、各施設の利用者が相互に参加できるようにすることで、慣れない場面でのプレゼンテーションの練習や、利用者同士の意見交換や気づきを促進させた。 (3) 行政機関との連携  平成29年度広島市と「メンタルヘルス対策・リワーク支援のための企業向け講演会」を共催し、40社以上の企業を参集し、メンタルヘルス向上やRWの広報・周知に努めた。 (4) リワーク支援機関ガイドマップ  利用者(休職者・企業担当者・産業保健スタッフ・主治医等)が各RW関係機関や特徴を知り、主体的な利用の選択やその後の連携に繋げることを目的に「リワーク支援機関ガイドマップ」(図)を広島障害者職業センターとともに作成し、広報・周知した。 図 リワーク支援機関ガイドマップ (5) 今後の展開  広島市と広島障害者職業センターの共催で、RWの広報・周知を目的に「リワークフォーラム」を平成31年1月に開催予定である。また、リワークセンターの事業として、休職後の支援に限らず、休職前のメンタルヘルス維持・向上を目的にEAP(従業員支援プログラム)を展開予定である。 5 考察  以上の取り組みを踏まえ「福祉リワーク」の特徴を下記のように整理することができるのではと考える。 ① 最大24カ月利用できるため、段階的なステップや回復が必要で復職までに時間をかけたいケースに効果的である。 ② 復職後の定期相談等の定着支援、復職ではなく転職を希望した際の再就職支援、利用者本人だけでなく家族への支援、福祉機関としての地域への支援等、職業面に限らず生活面や、家族・地域のニーズに幅広く対応できる。 ③ 本稿では「職場リワーク」を行う企業との連携に関する報告はないが、「医療リワーク」や「職リハリワーク」、行政機関等、様々な分野の社会資源と連携しやすく、各々の特徴や利点を活かし合い、多様なサービスを提供できる。 6 おわりに  「福祉リワーク」という新たな試みだが、順調に事業展開できていることは、関係機関の皆様の協力があってこそと実感している。この場を借りて心より御礼を申し上げるとともに、今後もより良い地域や社会になるよう貢献したい。 【連絡先】  担当:平岡美和・原田ゆきの  Tel:0120-947-304(リワークセンター大手町)  e-mail:info@rodina.co.jp URL:https://www.rodina.co.jp/ 採用後に障害者となった人に対する職場復帰支援について −事例調査結果から− ○岩佐 美樹 (障害者職業総合センター 研究員)  小池 眞一郎(元 障害者障害者職業総合センター(現 秋田障害者職業センター))  宮澤 史穂 (障害者職業総合センター) 1 背景  当センターでは平成28年度から2年にわたり、採用後に障害者となった人(以下「採用後障害者」という。)の職場復帰支援に資するため、「採用後障害者の職場復帰の現状と対応に関する研究」を実施した。研究活動においては、企業に対するアンケート調査及びヒアリング調査を実施し、アンケート調査の結果については昨年度の本発表会にて報告した。今年度の発表においては、ヒアリング調査により得られた、企業における採用後障害者の職場復帰に際して効果的な工夫や配慮等について報告する。 2 ヒアリング実施方法 (1) ヒアリング対象  制度や体制が充実しており、幅広い支援・対応を実践している企業、障害者職場復帰支援助成金受給企業及び本研究におけるアンケート調査回答企業の中から選定した計16社に対して実施した。ヒアリング対象者は、職場復帰に関する対応や配慮に携わる人事・労務担当者とし、必要に応じて、産業保健スタッフ、職場復帰部署の上司にも聞き取りを行った。 (2) ヒアリング内容  主なヒアリング項目は以下のとおり。 ① 病気休職に係る制度や体制  ② 採用後障害者の休職から復職までの職場復帰プロセスに応じた職場復帰に関する対応や配慮の内容  ③ 採用後障害者のフォローアップでの対応や配慮  ④ 障害特性に応じた職場復帰に関する対応や配慮内容とその効果 (3)ヒアリング実施時期  平成28年9月~平成29年11月 3 結果と考察  調査結果をもとに、採用後障害者の職場復帰に対する効果的な支援について、休職前から職場復帰後の時期ごとに、以下にまとめる。 (1) 休職前~休職中  休職前から休職中の支援のキーワードとしては、情報提供とコミュニケーションが挙げられた。ある企業においては、休職の可能性が出た時点で、本人や家族に対して、休職期間、その間の所得保障等に関することを説明し、安心して療養生活に入ってもらえるようにという配慮をしていた。また、主治医に対して、復職支援に対する事業所の強い意向を示すことにより、復職に必要な情報提供、アドバイスを得やすい関係づくりを行っている企業もあった。なお、この担当者は人事担当者である場合もあれば、産業医である場合もあったが、メンタルヘルス不調により休職する者については、産業医が担当した方がスムーズに情報を提供してもらえることもあるとの話も聞かれた。企業が必要な情報をタイムリーに本人、医療機関に提供することにより、信頼関係を形成できるとともに、復職という目的に向けたチームによる取組をスタートさせることができると考える。  休職中のコミュニケーションについても配慮している企業が多かった。休職に入る前に、休職中の相談・連絡窓口を定め、場合によっては、その頻度、コミュニケーションツール等を確認しておくことにより、本人から事業所への、あるいは、事業所から本人への働きかけに対する抵抗をなくすようにしている企業もあった。また、メンタルヘルス不調者の休職期間が3か月を超えると、月1回は診察に同行し、病状の確認を行いながら、必要に応じて、本人と相談をする機会を設けていた企業もあった。体調等により、本人とコミュニーションがとれない場合は、家族とコミュニケーションを十分とり、本人よりも家族を支えることに気を配ったという企業もあった。これらの工夫や配慮は、本人の孤立を防ぎ、職場復帰への取組に意欲を持って取り組む上では重要なことと考える。  休職前及び休職中における医療機関の役割の重要性についての指摘も多く聞かれた。突然の発症や、初期の激しい症状で入院した難治性疾患者等については、本人も事業所も情報不足や予後の不明確さで混乱のまま、退職となってしまうことも少なくない。進行性の疾病により、精神的ダメージを大きく受け、将来を悲観し、自殺に繋がるケースもある。診断と同時に、当事者に対し、疾患に関する情報、活用できる支援制度等に対する情報の提供を、医療機関が行うこと、そして支援機関に引き継ぐことが重要と考える。 (2) 職場復帰時  復職時の支援のキーワードは調整であり、調整の内容としては、職務、配置、勤務時間・環境整備等が挙げられた。ア 職務  職務については、多くの企業において、休職前の職場、職務への復帰を原則としていた。しかし、障害により、休職前の職務の一部、もしくは全部を担当することが難しくなった場合においては、職務調整を行っていた。職務調整の方法としては、もとの職務から、一部の作業や責任を差し引くという比較的簡単なものもあれば、職務の棚卸しを行い、それらを組み合わせ、新たな職務を創出するという大がかりなものもあった。しかし、いずれの方法においても、本人のそれまでのキャリアを考慮し、また、復職後のキャリア形成を考え、職務調整を行うことがポイントとなっていた。障害の重度化等がある場合は、この職務調整が難しくなるため、就労支援機関の果たすべき役割が大きくなると考える。 イ 職場配置  職場配置については、メンタルヘルス不調の原因がその職場にあった場合は、同一部署の別ラインへの異動、他部署への異動という措置がとられていた。この場合、異動部署の上司等に対する情報提供が必要となるが、何をどのように伝えるかということに多くの担当者が苦慮していた。最も有効な方法の一つとして、自身の障害、配慮してもらいたい事項等について、本人から説明してもらうという方法がある。この方法では、本人が必要とする配慮が得やすくなるだけでなく、自身の障害をしっかり理解していることを伝えることで、周囲も安心して本人をサポートすることができるという効果が期待できる。 ウ 勤務時間・環境整備等  勤務時間については、通院等の一定の労働条件に対する調整と体調変化等の流動的な要因に対する調整が必要となっていた。前者については、休暇をとりやすくするために、周囲への働きかけを行ったり、業務量を調整したりするといった配慮がなされていた。また、ある企業においては、人工透析のため、遠方の病院に自家用車で通院する採用後障害者がラッシュを避け、少しでも通院にかかる時間を減らすことができるよう、経営者の判断で、就業規則にはない勤務時間を設定していた。環境整備については、体調悪化の際の休憩がとりやすいよう、周囲の理解というソフト面の環境調整のみならず、休憩場所の確保というハード面を含めた環境調整を行っている企業もあった。また、就業規則を改定し、短時間勤務制度の対象者を広げ、短いスパンで時間帯の設定が変えられるようにしたことで、段階的な復職支援に成功していた企業もあった。そして、こういった取組を行っている企業においては、周囲が本人の障害や症状を十分理解しているという特徴があり、工夫や配慮を生むためには、まずは、いかに周囲に情報を伝え、理解してもらうかが重要であることが指摘されていた。  設備等のハード面の環境整備については、デスクの配置の変更といった容易に対応可能なものから、第1種作業施設設置等助成金を活用した障害に応じたトイレ設備やエレベーターの設置等といった大がかりなものもあった。 (3)職場復帰後  復職後の支援のキーワードとしては、面談、相談と調整が挙げられる。多くの企業においては、復職後、本人との面談を行い、適応状況を確認しながら、必要に応じて勤務時間、職務内容等の調整を行っていた。また、問題が生じた際は、時には主治医や産業医を交えた相談を実施していた。メンタルヘルス不調により休職した者、進行性の障害がある者については、特にこの面談や相談の重要性が指摘されていた。 4 まとめ  予期せぬ事故や疾病により障害を抱え、新たな職業生活をスタートさせる採用後障害者については、本人も周囲もさまざまな課題を乗り越えていく必要がある。この課題を乗り越えていくためには、復職したい、復職させたい、そしてそれを支えたいという意欲を原動力とし、さまざまな工夫や配慮、努力を行っていく必要がある。ヒアリング調査においては、各企業におけるさまざまな工夫や配慮が把握されたが、これらの工夫や配慮は、本人、企業、そして関係機関との十分なコミュニケーションがあってこそ効果を発揮していた。また、コミュニケーションは、職場内での協力関係を維持しつつ、社内外の関係機関を含めた新たな協力関係を築き、職場復帰、職場定着を促進する上でも不可欠なものと考える。これから採用後障害者の職場復帰に取り組む企業においては、本稿で紹介した工夫や配慮を参考に、本人、関係機関と十分なコミュニケーションを取りながら、効果的な職場復帰支援に取り組まれることを期待したい。 【参考文献】 障害者職業総合センター 調査研究報告書№142 「採用後障害者の職場復帰の現状と対応に関する研究」,2018 障害者職業総合センター 「採用後障害者となった人の職場復帰ガイド」,2018 個別支援に劣らず重要な職場・地域支援の技法としての「職場参加」の具体的事例 ○山下 浩志(特定非営利活動法人障害者の職場参加をすすめる会 事務局長) 1 はじめに  雇用促進法、総合支援法など法制度の整備とともに、個人の特性に応じた支援策が充実してきたが、半面で支援により人間関係が切り分けられ多様な人々が共に働き・共に生きる職場・地域から遠ざかっている状況も生じている。  当法人は就労移行支援事業と併せて法制度の裏付けのない本部事業を実施しており、福祉・医療の対象者も含めた多くの人々の参加により「職場参加」と名付ける技法を編み出して来た。その具体的事例を紹介することにより、他地域での実践の共有や公的な支援、特に自治体レベルでの支援の必要性を提起する。 2 なぜ「職場参加」なのか  「障害者の社会参加」はよく聞かれるが、その前提には、障害者が社会的排除を受けていて、施設や病院、あるいは家で閉ざされた日常生活を強いられているという状況が横たわっている。そして、「社会参加」が語られる場合、多くは買い物や地域の行事、友人との外出などに限られる。就労については「最も重要な社会参加」としばしば語られながら、こうした文脈においてはハードルの高さのため省かれ、就労独自の枠組みが設けられるのが常である。  ここを問題としてとらえたことから、私たちは「職場参加」を追求してきた。なぜ就労だけが、ハードルが高いからで終わっているのか。外出だって、かっては駅の階段を通行人にかついでもらい、乗客に頼んで電車に乗り降りした。鉄道事業者や行政は、障害者が電車、バスに乗るなど想定していなかったから、バリアだらけだった。通りがかりの人との直接の出会いから、バリアフリーへの道は開けた。就労も同様ではないか。  もう1点おさえておきたいのは、「社会参加」という場合、日常生活の場の閉ざされた状況はまだ残っており、とはいえその場が徐々に開かれて「参加」の拠点に変わってゆくこと。当事者からすれば、軸足は同じ場に置きながら、もうひとつの足を職場に入れてゆくことになる。  以上の認識の下、当会が任意団体として発足したのは1999年。今世紀に入り障害者就労に光が当たり、法制度が整備されたが、状況は変わっていない。むしろ悪化しているというべきだろうか。 3 福祉、医療の場からの「職場参加」とその推移  当会の提案を受け、地元越谷市では、2002年度から市単で障害者地域適応支援事業を実施している。この事業では福祉施設や精神科病院デイケア等の障害者が、それぞれの施設等の職員の支援を受けながら、市役所等の公的機関や民間の職場で一定期間職場実習する。その職員が実習に付き添うためにアルバイトを雇うための費用を市が負担する。実習参加者や職員、受入れ職場担当者をまじえた報告会を毎年行っている。  当会は2005年度から2014年度まで、市障害者就労支援センターの運営を受託し、一般就労支援とこの地域適応支援の調整役を担った。 事例:知的障害、男性、40代  入所施設の利用者が市役所で実習し、付き添いの職員から職場担当者を紹介され「出勤したらこの〇〇さんにおはようございますと言うんだよ」、「終わって帰る時も〇〇さん失礼しますって挨拶するんだよ」と教えられた。その通りやって実習が終わった後、職員が言うには「初めて人には名前があるんだって知ったらしいんです。」 「あれ以来、施設の中で会う職員みんなに△△さんとか□□さんとか言うんで、うるさくてしょうがないんです。」  よく聞いた話では、スーツや改まった服に着替えて職員と職場実習に出て行った利用者が帰ってくると、その人を取り囲む輪ができる。  あくまでも「職場体験」に限っているのだが、中には後日その職場に就労した利用者もいる。20年通所施設の利用者だった人で、就労に向けての支援は通所施設職員でなく、GH職員が担った。その他、センターの相談者はもちろん就労移行支援事業所等からも、この事業を活かして就労に結びつけた例がある。 事例:精神障害、男女9人、30代~40代  ある院内デイケアでは、地域適応支援事業に参加するだけでなく、独自に職場開拓もして、ある工場で9人のデイケア利用者が1日4人ずつフルに出勤する形で「グループ就労」を実現した。看護師2人が支援した。  ただ、当会がセンターを運営した10年間の後半は、地域適応支援事業に参加する施設等が徐々に減っていった。当初の活気が、2010年以降衰えてきた。福祉、医療の場への新規参入と競争が進み、職員たちの動きにも余裕がなくなったためだ。   4 福祉、医療の場と就労支援機関による「職場参加」  障害福祉計画の柱の一つである「福祉施設からの一般就労」が近年就労移行支援事業に偏ってきたことが憂慮されているが、この流れは変わりようがないだろう。しかし、「一般就労」を「職場参加」に替えれば、大いに可能性が開ける。 事例:三障害、男女、20代~50代  当会の母体のひとつである障害者団体では、生活介護事業所や地域活動支援センターのプログラムとして、積極的に「職場参加」を進めている。「参加」してゆく「職場」はたとえば同系の居宅介護事業所(介護者募集、事務、介護調整)や生活支援センター(ピアカウンセラー、事務)などや、当会のピアサポート活動の場の当番、県内の障害者団体が共同で運営を支えている県庁内アンテナショップかっぽ(店番、会議)などが多い。そうしたメンバーの中に、利用している訪問看護事業所を通して福祉専門学校の事務のアルバイトとして雇われた者もおり、一度は「孤独な頑張り」を強いられ挫折したが、今回別の事業所からホスピスの事務のアルバイトの声がかかり、チャレンジしようとしている。  ただ、施設等を取り巻く状況の厳しさを考慮すると、「職場参加」を同系の場だけでなく、広く地域の職場に広げる余力は減っている。そこに就労支援機関の協働が求められる。当会がいったん就労支援センターの受託を終えた後、3年足らずで今春就労移行支援事業所を立ち上げた理由の一つもそこにある。センター受託当時の事例を紹介する。 事例:精神障害、男性、30代  町工場でみんな忙しく、後回しにしてたまっていた片付け仕事を、週1日数時間だけやらせてもらい、残りの6日と十何時間を自宅と通院で疲れを癒すという「就労」を、センター受託当時支援した。 事例:知的障害、男性2人、いずれも30代  高卒後ずっと家にひきこもっていた30代の兄弟が、2人一緒でないと外出できないというので、1人しか募集していなかった職場に2人組で、1人が就労しているときはもう一人がボランティアとして付くということで雇ってもらった。2人とも口数少なく、状況判断が難しいが、だんだんにパートさん達がタイミングよく声をかけるようになり、戦力になった。  どちらのケースも、いわば「デイケア就労」で、就労定着を目的としない。状況に応じた離職、再就職の可能性を当初からはらんでいる。  このように「職場参加」という視野から眺めると、離職が必ずしも問題だとはいえない。たとえフル雇用だったとしても、ワークの面だけでなくライフの面も含めて、その都度トータルに考えることが大事であり、本人と周りが一緒にそれを考えられる関係を地域に築いていることが必要だ。 5 職場・地域支援の技法としての「職場参加」  「職場参加」の実践に対する反論としては、「週1時間の仕事なんてあるわけないよ」と「そんな不安定な就労をしてダメになったら、本人も傷つくし、職場にも悪い印象だけが残るのでは」というもの。  前者については、実際に企業訪問をさせてもらう中で、支援者がみつけたもので、現場も単体の「仕事」としては認識していない。それに加えて、地域の零細企業では、フル雇用の仕事さえも、潜在化してしまっている状況がある。ハローワークから紹介されて来る者全てが現場を見て帰ってしまうので、高齢者ばかりが過重労働している状況もある。相対的に若い障害者が「職場参加」してゆくことを、世代交代への一歩として肯定的に受け止める経営者もいる。  後者については、前項で述べたように、一見安定して見えるフル雇用であっても、職場と本人の相互関係により、傷ついたり、すったもんだの末辞めざるをえないこともある。大事なことは、働きながら、あるいは離職して次を探りながら、地域で他の人々と暮らしてゆくイメージがもてること。それは個別支援だけではなく、他の障害者や地域のさまざまな人々と出会い、一緒に動き、互いの立場を知る体験を必要とする。「職場参加」とは、そうした体験の場として、身近な職場・地域が育まれてゆくための支援でもある。 事例:知的障害、男性2人、いずれも40代  病院の食器洗浄の職場で10年以上働くOさんは、当会事務所で第3水曜午前に開かれる「語る会」に参加するための休みを、シフトに組み込んでいる。彼にとっては、就労準備中や高齢で退職した障害者達などとじかに顔を合わせ、職場や家庭の近況を語ること、聞くことが、いわば生の証しだ。  中古車部品工場の吹き曝しの職場で10年余りタイヤを洗い続けてきたKさんは、第2木曜夜、同所で開かれる映画と軽食の夕べの常連だ。そこで職場や家庭のことをつぶやく。  安定して就労し続けている障害者達も、その就労を個の次元で閉ざさず、「職場参加」と同じ次元で地域と共有してゆくことが大事だと実感する。  紹介した事例と同様なことは、あちこちにあるのだと思う。当会の独自性は、それらの断片を「職場参加」としてまとめたことにある。「職場参加」を進めるには国主導の個別支援施策だけでなく、自治体の独自性を踏まえた職場・地域支援施策が課題だが、別稿に譲ることとする。 【連絡先】  山下 浩志  特定非営利活動法人障害者の職場参加をすすめる会  e-mail:shokuba.deluxe.ocn.ne.jp 関係作りにおける変化 ~寄り添いと学び~ ○久保田 直樹(就労移行支援事業所コンポステラ 精神保健福祉士) 1 はじめに  就労移行支援事業コンポステラは開設から丸8年が過ぎ、多くの利用者が一般就労を実現してきた。  利用者が様々な方がいたように、支援者もまた様々なキャリアを持ち、ベテランも新人も試行錯誤してきた毎日でもある。  今回2017年の新人である演者がAさんの事例を通して、信頼関係を構築しながら二人三脚で行った協同的支援についてまとめ考察し報告する。  なお、本報告に際し、個人が特定できないように配慮した記載とし、本人にも発表の了承を得ている。 2 Aさん及び支援者の基本情報 (Aさん)  30代女性、双極性障害(2010年に発症)職歴は企業の事務、販売、受付の仕事など数社を約10年経験している。コンポステラ利用前はA型事業所を利用。生活状況は障害年金と両親からの援助を受けて一人暮らし。就業・生活支援センターの紹介より利用。一般就労への支援とメンタル面でのサポートを希望。前事業所では放置されたとの事で、福祉的サポートに不満有。 (支援者)  40代男性、2017年4月よりコンポステラに入職(ハローワークの紹介)。就労支援の仕事は初めての新人。職歴は事務員、添乗員、工員、グループホームの世話人等。Aさんは三人目の担当(女性としては二人目)。当時、初めて担当した方が就職したばかりで一安心している。性格はいささか楽観的。 3 支援の経過 (1) 利用開始当初  以前利用した事業所での福祉的支援の乏しさからAさんはベテラン支援者の担当希望をしていたものの、新人である支援者が担当になったことに不満をもち怒りを表明した(そこには落胆や不安、虚しさなどがあったと後日話している)。一方、支援者もAさんの怒りに脅威や不安や戸惑い等を感じたものの、自分の感情を自覚しつつ、関係作りから始めることにした。  Aさんの希望は、「自分を知って自立をしたい」とのことだった。「自分を知る」とは病状を含め、自分の思考の癖や行動パターンの事であり、「自立」とは、経済的な自立の事で、具体的には自分のお金で外食したり旅行をしたりと、経済援助で親の干渉を受けない、30代女性が普通にする生活であった。  Aさんは、病気を発症した際、自分の判断や価値、その他の行動を含め、それまでの経験で得ていた自信を無くした、と面談時に話されていた。「このままではすぐ働いても不安であり、続けていく自信がない、まずは体調を整えたいので支援者も一緒に考えて欲しい」と訴える。支援者が協同的支援を意識したのはその面談がきっかけと言える。そこでまずは体調を整えてから就職活動を目指すことにした。 (2) 取り組み ア 障がいについての学び  Aさんは、調子を崩すと寝込んでしまうことがあり、躁・鬱に気付き対処したいと話していた。その為に疾病管理のために本を購入して読み合わせを行い共に学習をした。  またその学びから独自の振り返りシートを作成し、睡眠の状況と就寝時間の記録と「できたこと」ではなく「したこと」の記録、フェイススケールでの気分の表現、躁と鬱の細かい気分症状などの記載を行った。  それらを数か月続けることによって鬱や躁状態の気分の気付きや、睡眠の重要性の実感を得るなどの変化がみられるようになった。しかし、気分の変調に気付いても、その対処方法が分からないという課題も残った。 イ 気分転換の方法を探す  もともとAさんは、気分転換が苦手で疲労が溜まりやすい傾向があった。その対処方法を考えていたところ、ある日の雑談で故郷の話になり、自然が豊かで花や緑を眺めることが好きなのだと話され、それが基で何度か共に公園へ出かける機会を設けた。Aさんは自然の心地良さを改めて実感し、生活の中へと取り入れることにした。  また、自然を見ることへのイメージの反映か「青空を眺めたいので自転車で通所したい」と話し実際に自転車で通うようになった。そこには適度な運動や、朝陽を浴びてメラトニンを分泌するなど、前述した睡眠に関する学習も関係したと話していた。 ウ 就職に向けての取組み  Aさんにおいて、企業に応募まで至らなくても、定期的にハローワークへ足を運び、担当者と三者で話し合いを行い徐々に就労意欲を高めていく方法を取り組んだ。  その期間は1年近く続き、ハローワーク担当者と情報共有を行い、担当者から興味ある求人へアプローチしてもらえることになった。そこから少しずつ働くイメージが回復し、希望へ向けて前向きな気持ちになったのではないかと思われる。 エ 取り組みにおけるAさんの変化  上記の取組みを共に行う中で、気分や体調の変化の気付き、気分の変化への自己対処、そして就労意欲など、Aさんの意識や発言、行動に変化があったと思われる。演者である支援者に対しても不平や不満だけではなく、いつしか信頼の言葉も話すようになっていた。 4 考察 (1) 疾病管理と就職活動  疾病管理において、本の読み合わせと振り返りシートを作成し、記入から自ら症状と向き合うきっかけとなり、また本から睡眠の重要性を学んだことが大きな気づきと自信につながったのではないかと考えられた。それらの活動から自分自身で気分変調の対処を探し身に付けることができるようになったのではないかと考える。それだけで疾病管理が万全とは言えないかも知れないが、少なくとも前向きな思考を手に入れたと考える。  就職活動においては、応募意欲が沸かない段階でもハローワークへ行き、相談を繰り返し、求人検索を行う事でAさんの望む職種や条件等が形成され、希望をもった。その希望のおかげで、就職活動への意欲や自分自身の健康へ目を向けることを本人も支援者も目標を見失うことなく行えたのではないかと思われる。  ベッカーら1)は「IPSによる援助付雇用の方法は、クライアントをサポートする基本的グループの人たちの間で、密接で継続的なコミュニケーションと意思決定への参加を必用とする」と述べている。  今回の場合の「基本グループ」とは、本人と支援者とハローワーク担当者のことを指すと考える。  最終的にAさんは「いつ回復するか分からない病状を管理できるようになってから働くより、働きながら病状を管理する方法を探していきたい」という主旨の発言をしている。ベッカーら1)は「IPSでは、クライエントによっては働くことが彼らの症状コントロールに良い影響を及ぼす、と考えられている」と述べている。Aさんの発言はIPSの根幹をなす「プレイス—トレイン」モデルであり、価値ある自己決定と考えられた。 (2) 支援者の変化  Aさんと時間を共に過ごす中で支援者にも変化が現れた。 雑談、面談の中で少しずつ不満や不安の裏側の思いを想像できるようになり、そこから一つの問題に対して関係機関に連絡を取ったり、会いに行ったり、連携を模索する他、研修の参加や、本を読むなど独自で勉強することなど、いつしか「Aさんは、経験や知識、機会などを支援者に与えてくれる人」に意味付けが変化していった。 (3) 関係づくり・協働と伴走  ラップら2)は「ワーカーとクライエントの関係性が根本であり、本質である」と説き「クライエントが地域の中で必要としているのは、旅行の同伴者であって旅行会社ではない。(中略)旅行同伴者はクライエントとともに飛行機の座席確保し、飛ぶのが怖いと語り合い、旅行の中でその間に起こる喜びや悲しみを分かち合うのである」と述べている。また「ワーカーは、リカバリーの旅を斡旋する旅行会社より、クライエントと旅をする旅行仲間のような役割をとるべきである。両者の関係は、互いに学び合い、ともに楽しんで旅行の時間を過ごすことである」とも述べている。  支援者とAさんは、障害について共に学び、公園の散策、ハローワーク同行等を行った。そして可能な限り話を交わした。  それらのことから頼りない支援者と、自信の持てないAさんとの関係が「批判」から「協働」の関係に変化したのではないだろうかと推測する。またAさんが自ら選択できるよう支え、その選択を支持し、一緒に歩を進めるという「伴走者」としての姿勢が心強さになったのではないかと考えられた。 5 まとめ  本事例では支援者の変化と共に、Aさんにも変化が見られるようになった。  森川3)は「相手は変えられない。変えられるのは自分」と述べている。今回の事で自分がどう感じ、どう変わるかで第三者も反応し変わっていくという事を改めて学ぶ機会となった。  そしてAさんの支援の中で、上司や同僚に幾度も相談した。支援において抱え込まないことの重要性を教えてくれたのもまたAさんだったと考える。  支援者には様々なキャリアをもち、ベテランも新人も試行錯誤してきた毎日だが、いつでもそれらを教授してくれるのは利用者なのだと学んだ。 【参考文献】 1) デボラ・R・ベッカー他(大島巌 他 監訳):ワーキングライフ P79、P111、金剛出版(2004) 2) チャールズ・A・ラップ他(田中英樹 監訳):ストレングスモデル第3版、P80-81 P95、金剛出版(2014) 3) 森川すいめい:その島のひとたちは、ひとの話をきかない 精神科医、「自殺希少地域」を行く、P190、青土社(2016) 【連絡先】  久保田 直樹  就労移行支援事業所コンポステラ  e-mail:compostela@ia8.itkeeper.ne.jp 認知行動療法を学ぶ傾聴ボランティアが精神障害者と関わることでの影響 ~障害者就労継続B型事業所での取り組みをめぐって~ ○鈴木 しげ(NPO法人シニアライフセラピー研究所 理事長)  木村 由香(NPO法人シニアライフセラピー研究所 研究部) 1 はじめに  当法人では、ケースワーク(個別援助技術)を、障害を持つ当事者を課題として観るのではなく、障害を持って生じる不具合を課題とみて、当事者を囲むケース(case)に働きかける手法として定義している。その為に、当事者の声に十分に耳を傾けてアセスメントを行い、エビデンス(根拠)に基づく結果からのモニタリング(観測)を行い、当事者とよく話し合い(すり合わせ)、協働して本人の目標(QOL向上)を設定して、統一した支援を行っている。  特に精神障害当事者との関わりでは、心理職における認知行動療法を中心とする心理教育を狙いとする心理面接も行っている。認知行動療法では、人格変容を目指すようなアプローチではなく、特定の行動を標的として行動や認知の変化を確実に起こすことを目標とする(下山2014)。障害を持つ人がより良い生活ができるように、特定の行動を標的にして心理教育を行う手法はケースワーク社会福祉援助技術と上手く組み合う。  そして社会福祉支援者の課題にはパターナリズムがあり、支援する立場の者が中心となって支援を決めてしまったり、支援される立場の者が十分に意見を言えずに従ってしまったりすることがある。当法人では、パターナリズムの予防策としても、当事者と支援者の関係だけではなく、当事者同士の会合、当事者と傾聴ボランテイアのワーキンググループ、当事者が一般の方と関わる機会など、積極的に設けている。施設内での支援で固まるのではなく、地域の方々と協働するコミュニティワークを実践している。  精神障害当事者には、上記のように、①ケースワーク、②心理面接、③コミュニティワークの3つのアプローチ(図)を基本として、当事者と協働して、当事者の目標に向かった支援を行っている。 図 精神障害者への3つのアプローチ 2 法人・事業所概要  シニアライフセラピー研究所は2006年に設立されたNPO法人で、地域福祉を専門として老若男女・障害問わず、地域住民を主体とする活動を行ってきた。現在、26の様々なボランテイア事業、12の収益事業(介護保険・障害福祉)を神奈川県藤沢市鵠沼地区にて行っている。2013年より障害福祉サービスにおける就労継続支援B型・就労移行支援の複合施設(以下「当事業所」という。)を展開。年間平均約5名の一般就労者を出している。 3 取り組み内容 (1) 対象者  A氏、29歳、男性、高校生で双極性障害(Ⅰ型)、パニック障害を発症し今に至る。長期引きこもり、入院等を繰り返し、当事業所に通うようになっても何かのきっかけで半年間、自宅に引きこもることもあった。2017.11月より心理面接を6回行い、BDI-Ⅱ(ベック抑うつ尺度)1回目22点(中度のうつ状態)から6回目(2018.1)5点(正常範囲の気分の揺れ)に好転。以下の取り組みへと移行。 (2) 取り組み① うつ集会(ピアカウンセリング)  2018.2 A氏に他の当事者と意見交換しながら自身のうつ病への理解を深めることを目的として、うつ集会への参加を打診。A氏承諾。  ※うつ集会:当事業所内外のうつ病利用者を中心とした話し合いの場。この集会に傾聴ボランティアらが聴き手として参加し、原則、発言はせずに見守る役割を負っている。 ※傾聴ボランティア:認知行動療法を学びながらセラピストになることや自身のスキルアップを目指すボランティア。  2018.3 うつ集会(月1回)参加。A氏「はじめて内外のうつ病患者・利用者と関わることにより、仲間意識が高まり、自分だけがおかしくなった訳ではないことを実感し、自尊感情が高まった。また、折角の体験をどこかで活かすことができればとも思う。」 (3) 取り組み② 講座手伝い(曝露法的アプローチ)  2018.5 A氏の体験を活かす前に、傾聴を知ること、他人と接すること、遠出できることを目的として、傾聴ボランティア養成講座(入門編)横浜会場(全4回)の手伝いを打診。パニック障害のため電車に乗って横浜へ行くことに自信はないが、手伝いながら講座を受講してみたいと承諾。A氏「始発に乗って先に会場付近のインターネットカフェで時間を潰して行くことにしました」と工夫してパニックを乗り越え、遅刻することなく到着。講座に参加することで傾聴を学びながら、グループを組んでのワークなどで他者とも交流を行う。 (4) 取り組み③ 体験談の講義(ナラティブアプローチ)  2018.6 A氏の体験を活かす場を提供することを目的として、傾聴ボランティア養成講座の最終回にて、うつ病当事者として思うことを受講生に話してほしいと打診。他のうつ集会メンバーとであればと承諾。最終回に計80分間、他のうつ病メンバーと共に受講生に自身の体験談を語り、質疑応答も行う。 (5) 取り組み④ 研究への参画(ワーキング×リハビリ)  2018.7 A氏の約8か月間の心境や生活の変化について、他の精神障害者との支援に活かすことを目的として、認知行動療法当事者ワーキンググループ(当事者2名・傾聴ボランティア5名・研究者2名が共に有効な認知行動療法を探る会)への参加を打診。A氏承諾し現在活動中。 4 結果  A氏の変化を客観的に示せるデータとして、A氏が目標とする一般就労へと繋がる効果として、出勤日数と工賃の変化を分析。表のようになった。出勤日数では、心理面接における行動の「量」的活性化に加えて、コミュニティワークにおけるチャレンジ期間においても「安定」が図られた。工賃の変化に関しては、当事業所では、働き(成果)に応じた最低150円から最高950円までの工賃体系表があり、毎月のモニタリングにおいて、働き(成果)に変化があった際にカンファレンスが開かれて工賃が変更となる。A氏の働き(成果)=行動の「質」的向上が工賃の増加から、活性化していることがわかる。   表 A氏の変化(出勤日数・工賃) 日数 (月) 工賃 (時給) 2017.10まで 0-2日 150円 心理面接開始前まで 2017.11 4日 150円 心理面接開始 2017.12 8日 150円 2018.1 19日 150円 2018.2 13日 150円 取り組み① 2018.3 22日 150円 2018.4 18日 300円 取り組み② 2018.5 18日 300円 取り組み③ 2018.6 17日 350円 取り組み④ 2018.7 17日 400円 勤務時間を増やす 2018.8~ 440円 (4h → 6h)5 考察 (1) ケースワークでの関わりのポイント  ケースワークでは「うつ」を課題ではなく、真面目で、繊細で、気配りができて、頑張り屋さんだからなる症状と捉えて関わった。頑張り過ぎてしまわないように、日々の気分をモニタリング表で毎日確認した。気分が低下する傾向がある際には活動量を減らす提案や心理面接で対応するなど行い、A氏の頑張りと、当事業所としての支援の強弱調整を重視して行った。 (2) 心理面接での関わりのポイント  A氏の心理面接では「失敗」することに不安を抱えることから、積極的に「失敗」するように促し、失敗する度に自己が成長していく体験に楽しみを感じる心理教育を中心に行った。次々と新しいことにチャレンジしていく姿勢を支持しながら、メンタルヘルス面での観察を行った。 (3) コミュニティワークでの関わりのポイント  取り組み①にて、施設内外の当事者との関わりから発せられたA氏の「体験をどこかで活かすことができれば」を標的として、施設内だけではできない取り組み②③④とステップをつくり、行動を活性化。一緒に当事者会、講座、研究をサポートする傾聴ボランティアの仲間として活動しながら、称賛されることにより、A氏の自尊心も向上。A氏も半年を振り返り「自信が付いた」とコメントしている。  また傾聴ボランティアもA氏との関わりの中で、A氏の繊細な思考に触れて「自分と全く違う考え方に出会い、勉強になりました」とコメントするように、傾聴ボランティアにとっても貴重な学びの場となっていた。傾聴ボランティアも地域住民であり、地域の住民が当事者の気持ちを理解し活動することで、地域で生活する当事者の安心への第一歩にも繋がる。 6 今後について  当法人でのケースワークでは個別支援が基本であり、各々への支援内容は異なり、A氏にとっては有効な支援ではあったが、すべての精神当事者に有効な取り組みであったとは言えない。また3つのアプローチは基本であり、日々のモニタリングと強度調整、関わる家族や職員の影響などは測定し切れない。上手く行ったという事例報告で終わるのではなく、今後は1つ1つのアプローチの有効性を客観的データで示せるような測定及び評価尺度を検討しつつ、実践に活用していく必要性がある。 【参考文献】 1) 下山晴彦、神村栄一:「認知行動療法」,放送大学教育振興会(2014) 2) 大野裕・田中克俊:「保健、医療、福祉、教育にいかす簡易型認知行動療法実践マニュアル」,ストレスマネージメントネットワーク(2017) 【連絡先】  鈴木 しげ  NPO法人シニアライフセラピー研究所  e-mail:info.slt@slt.tanemaki.fun 若年就労支援従事者に対するセルフケア研修プログラムの開発 −試行プログラムのアンケート結果から− ○大川 浩子(北海道文教大学 教授/NPO法人コミュネット楽創)  本多 俊紀(NPO法人コミュネット楽創)  宮本 有紀(東京大学大学院医学系研究科精神看護学分野) 1 はじめに  産業別のメンタル不調者について、連続1か月以上休業した労働者は「情報通信業」が1.2%と最も高く、退職した労働者は「医療、福祉」が0.4%と最も高いことが報告されている1)。また、2015年12月からストレスチェック制度も施行され、常時50人以上の労働者を使用する事業場ではストレスチェックが義務化されているが、就労支援従事者のストレスについては、石原ら2)の障害者就業・生活支援センター、就労移行支援事業法人等に対する報告に留まっている。  今回、我々は若年の就労支援従事者の職務ストレスに対するセルフケア研修プログラム開発を目的に試行プログラムを実施した。本研修プログラムの開始・終了時、3か月後のアンケートの結果から検討を行ったので報告する。  なお、本研究は本学の倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:29009) 。 2 方法 (1) 本研修プログラムの背景と内容  就労支援従事者は対人援助職であり、看護職等と同様に感情労働や共感疲労によるバーンアウトの問題があると考えられる。そこで、今回、我々は対話型アプローチ(インテンショナル・ピアサポート)に注目した。既に、対等な相互関係を築く対話型アプローチを学ぶ研修に参加した者(当事者・支援者)は対話によって自分と相手の背景や感情に気づき、共有することで相互の理解と敬意が深まり関係が変化することが示されている3)。この対話型アプローチを若年就労支援従事者が学ぶことで、自分や他者の感情に気づき関係性が変化し、結果として感情労働を含めた多様な職務ストレスによるメンタルヘルス不全を軽減できると考えた。この対話型アプローチを基盤とした本研修プログラムの内容を表1に示す。   (2) 対象  既存の対話型アプローチのネットワークや共同演者の有するネットワークを利用し、本研究プログラムへの参加を呼びかけ、同意した者とした。なお、今回は試行プログラムであり、協力者数を確保するため、就労支援従事者に限定せず幅広く募った。 (3) 実施手順  研修プログラムは2つの異なる地域(都市部)で2017年10月に実施した。期間は2日または3日のワークショップ形式であり、勤務の調整がつきやすい土日祝日に開催した。  プログラムの進行については、ピアサポートに関係する研修等に習熟したトレーナーを海外から招聘し、演者らがサポートする形で実施した。  研修プログラムの妥当性と効果を検討するため、参加者に、研修プログラム受講前後、及び、受講から3ヵ月にアンケートを実施した。アンケート内容は、基本情報やプログラムに対する満足度等に加え、ワーク・エンゲイジメント(日本語版UWES)、感情労働測定尺度、日本版バーンアウト尺度を含めた。 (4) 分析方法  単純集計、及び、各指標の研修受講前、及び、3か月後の値についてウィルコクソン符号付順位和検定を行った。 3 結果 (1) 研究協力者の属性  研修プログラムを受講し、全アンケートに協力し、かつ、記載の不備がなかった者は13名であった。研究協力者の属性について表2に示す。 (2) 本プログラムの満足度  受講直後の本研修プログラムに対する満足度(5件法)は「満足」が12名、「やや満足」が1名であった。理由として、「ゆっくり聞く話すという時間が過ごせた」「自分自身と向き合う時間になった」「色々と自分の気持ちと自分の言いたいことを表現できる雰囲気が良い」等があげられた。また、内容(5件法)については「よい」が12名、無記入が1名であった。 (3) 終了から3か月後の本プログラムの影響  本研修プログラム受講による影響を感じたかについては、「ある」が7名、「少し感じる」が4名、「余り感じない」「ない」が各1名であった。表3に具体的な変化として記載された内容(抜粋)を示す。また、本研修プログラムで行ったことを思い出すことがあるかについては、「ある」が6名、「少しある」は7名であった。   表3 本プログラム受講後の具体的な影響(原文)   (4) 各指標の変化  研究協力者の研修受講前、及び、3か月後のワーク・エンゲイジメント(以下「WE」という。)、感情労働測定尺度、日本版バーンアウト尺度の平均値は表4の通りである。なお、いずれの指標についても、受講前と3か月後の値について有意差は認められなかった。   表4 研修プログラム受講前、3ヵ月後の各指標 4 考察  アンケート結果より、本研究協力者は研修プログラムについて満足を感じている者が多かった。また、受講前と3か月後で尺度得点に有意な変化はなかったものの、プログラム受講による変化を感じる者は13名中11名であった。具体的な影響については、自分自身の感情や気持ちに注目した発言が多く、本プログラムが一次的な効果として考えていた「自分や他者の感情に気づく」について、効果があったのではないかと思われた。そして、この背景に「マインドフルネス」「コンパッション」の影響が考えられた。  佐藤4)は、医療従事者のレジリエンスを高めバーンアウト等の改善に焦点を当てたプログラムを開発しており、その柱に「マインドフルネス」「コンパッション」が含まれており、本プログラムとも共通していた。更に、プログラム受講後の変化についても、「不安やイライラが減りリラックスできる時間が増えた」「自分を大事にするようになった」と類似した感想があげられている4)ことからも、これら2つの要素の影響が推察された。  一方、本研究プログラムは2または3日ワークショップ形式であり、フォローアップを行っていない。佐藤4)のプログラムでは2日間のワークショップと8週間のホームワーク、3回のフォローアップを実施している。今回は、3か月しか経ていないため、全員がプログラムのことを思い出すことが可能な状況であったことも考えられるため、フォローアップの必要性も検討が必要であると思われた。  さらに、本研究で用いた日本語版UWES、感情労働測定尺度、日本版バーンアウト尺度については、有意差が認められなかった。佐藤4)は、バーンアウト尺度(MBI)、POMS、レジリエンス尺度、セルフコンパッション尺度を用いており、今後は、本研究で認められた主観的な変化であげられている感情や気分の尺度を中心に、適切な指標について精査することも重要であると思われた。   5 結語  若年就労支援従事者がキャリアを積み重ね、一人一人の資質を向上するためには多面的な取り組みが必要であると思われる。今後も、メンタルヘルスも含め人材育成に関する様々な角度から検討を行っていきたいと思う。  なお、本研究はJSPS科研費JP16K13438の助成を受けている。   【参考文献】 1) 厚生労働省HP:平成28年労働安全衛生調査(実態調査) 2) 石原まほろ・他:職業リハビリテーション従事者の職場における職務ストレス,「職業リハビリテーション第25巻」,p.49-56,日本職業リハビリテーション学会,(2011) 3) 宮本有紀:人と人との関係性とリカバリーを考える インテンショナル・ピア・サポート(IPS)から学んだもの,「ブリーフサイコセラピー研究」,p.1-13,日本ブリーフサイコセラピー学会,(2013) 4) 佐藤寧子: 実践を学ぶ 看護師の燃え尽き症候群を予防するためのマインドフルネスの実践,「Cancer Board Square4巻1号」, p.54-60,医学書院,(2018) 【連絡先】  大川 浩子  北海道文教大学  e-mail:ohkawa@do-bunkyodai.ac.jp ISO13407(人間中心設計)のプロセスを活用した職場のユニバーサルデザインアセスメントシステム作成について ○山科 正寿(障害者職業総合センター 主任研究員) 1 本実践報告の目的  ISO13407の人間中心設計(Human Centered Design 以下「HCD」という。)とは、ユーザーのニーズを中心におき設計する考え方である。HCDのプロセスは国際規格化(ISO 9241-210)されている。本報告はHCDのプロセスを活用して、多様性のある社員全てが働きやすい職場を具現化するためのアセスメントツール(以下「ツール」という。)を作成し、職業リハビリテーション分野での応用の可能性を検討した実践である。   2 本実践報告の構成  ツールを作成するにあたり、働きやすさを具現化するための概念として、多様性を保障した公平性、安全性のデザインとして認知度の高いユニバーサルデザインの原則(以下「UD」という。)を取り入れた。そのうえでHDCのプロセスに基づき、調査1としてUDに関する企業の意識調査及び多様性のある職場としての障害者雇用に関す意識調査の実施。調査2として調査1の結果を基にしたツールを作成。調査3として作成したツールの事例による検証を行う。 3 調査方法及び結果 (1) 調査1-企業社員への意識調査①(状況の把握) ア 調査の概要  障害者雇用の学習会に参加した企業社員に主旨説明し、協力同意を得た135名を調査対象とし、アンケート調査(配布自記入式質問法)を実施。主な質問項目として、①障害者雇用経験年数、②経験障害者雇用の満足度、③ユニバーサルデザインへの関心度、④現在職場で行っている働きやすさへの工夫等の記述データの内容分析を行い、同類項目をカテゴリー化し、単純集計を行った。 イ 結果  障害者雇用の経験年数が長いほど、障害者雇用に関して「満足」と回答する企業社員が多かった。また、図1のように「不満」と回答した企業社員の要因として「仕事への態度」や「コミュニケーションの円滑さ」など、普段の仕事に対する姿勢や態度が満足度に影響を与えていることを示唆する回答が多くみられた。また、図2のように障害者雇用等を契機に、現在職場で社員全体が働きやすくなるような仕事の工夫を行っているかとの質問に関しては、「特に何もしていない」との回答が最も多かった。ユニバーサルデザインの認知度は「あまり知らない」が最も多く(全体の41%)、次に「少し興味がある」が多く(全体の23%)、その次に「非常に興味がある」がほぼ同様に多い結果となった(全体の22%)。これらの結果から障害者雇用等を契機とした職場全体の改善の取り組みには、関心はあるものの、取り組む実例は少ないことが示唆された。   図2 現在職場で行っている働きやすさへの工夫      (2) 調査1-企業社員への意識調査②(状況の把握) ア 調査の概要  障害者雇用を初めて行うA社の社員のうち、障害者と同じ部署で働く社員389名を2つのグループに分け、一方にはユニバーサルデザインの理解を促進するための説明と、職業上の留意する必要のある障害者の特性と対応方法の説明を行い、もう一方には職業上の留意する必要のある障害者の特性と対応方法の説明のみを行う。それぞれの説明会の後で、それぞれのグループの社員が障害者と同じ部署で勤務する不安度の変化を測定する(図3)。 図3 調査の概要と結果 イ 結果  ユニバーサルデザインを説明したグループにおいて、最初「やや不安」と感じていた100名のうち、説明終了後も「やや不安」と感じた社員は25名に減少した。一方で説明しなかったグループにおいて最初「やや不安」と感じていた132名のうち引き続き「やや不安」と感じた社員は半数の66名であり、ユニバーサルデザインの説明を行ったグループは不安が軽減された社員が多かった。 (3) 調査2:UDを活用したツールの開発(課題の明確化と解決策の提示) ア 調査の概要  調査1の結果を踏まえ、UDの原則(①公平性 ②自由度 ③簡単 ④明確さ ⑤安全性 ⑥持続性 ⑦空間性)を活用して、職場のコミニケーションや態度にも留意したツールを開発する。 イ 方法  ユニバーサルデザインの原則を具現化する国際規格ISO/IEC71と、ISO/IEC71を基に日本人間工学会が開発したデザイン作成プロセスを基に、アセスメントシステムの原案を作成する。原案を就労支援者3名で検討する(経験年数10年以上)。 ウ 結果  作成したツールはチェックリスト、課題分類アセスメントシート、マトリックスの3枚のシートに取りまとめた(図4)。 図4 作成したチェックシリストの一部 (4) 調査3:ツールを活用しての事例検討(検証) ア 調査の概要と方法  調査2で作成したアセスメントシステムの有効性の検証を行う。検証方法は以下の事例の検討によって有効性を実証する方法をとる。協力の得られた企業の職場において、鬱による休職者が復職する前に会議を開催し、ツールを使った職場全体の改善案を検討。休職者が復職した後にツールにより検討された改善案を実施する過程で、職場の責任者にチェックリストを記入してもらい、復職前の会議で記入していたチェックリストと比較し結果を分析して検証する。 イ 結果  チェックリストの結果を比較すると、復職前は原則3の「簡単」に落ち込みがみられた。これは「職場の仕事の流れや作業手順がわかりやすくなっているか」に該当する項目となっており、会議を契機に休職者が復職した際に仕事や手順が分かりやすいようマニュアル等を整備した結果、再チェック時には原則3の採点結果が向上している(図5、6)。 (5) 調査4:アンケートによる有用度調査(検証) ア 調査の概要と方法  障害者雇用の学習会に参加した企業社員のうち、協力同意を得た329名に対して、作成したツールの活用方法を説明し、ツールの必要度を4段階の順序尺度により記入するアンケート調査を行った。 イ 結果  作成したツールを必要と回答した人が全体の76%であった。また、やや必要と回答した人が21%であった。必要とやや必要を合わせると全体の97%の人が有用度を感じる結果となった。 4 考察  職業リハビリテーション分野においても、HCDのプロセスの活用により、職場の改善がすすんだと企業社員が感じられるツールを作成することができた。また、企業社員の多くが必要と感じるツールを作成することができた。今後もHCDプロセスの活用によりニーズや課題の調査を丁寧に行うことで、対象となるユーザーにとって必要性があり、使いやすいツール作成が行えるよう実践と検証を積み重ねていく必要がある。 【参考文献】 1)中川聡:ユニバーサルデザインの教科書,日経デザイン編,2002 2)野村昌敏:UDマトリックスの活用,Special Issue of JSSD, 13(4), デザイン学研究特集号,2006 3)山岡俊樹:ユニバーサルデザイン方法の一考察,Special Issue of JSSD, 13(4),デザイン学研究特集号, 2006 4)日本人間工学会:ユニバーサルデザイン実践ガイドライン,共立出版株式会社,2003 “任せられない病”からの脱却 ~知的・発達障がい者の自立と成長~ ○豊 眞澄(株式会社かんでんエルハート 営業第一部メールサービス課 主査)   1 はじめに  株式会社かんでんエルハート(関西電力の特例子会社)のメールサービス課は、郵便・社内文書・宅配便等の受発信や仕分け、配達、切手・印紙の交付等を主な業務としている。大阪市にある関西電力本店ビル内と、大阪(2箇所)・京都・神戸・奈良・滋賀・和歌山・姫路の8支社内にメールセンターを設置し、本店に15名、各支社に1~3名の従業員を配置して業務にあたっている(2018年8月現在:知的障がい者<発達障がいの特性を有する者を含む>28名・視覚障がい者1名・肢体不自由者1名、健常者8名)。  従来、判断が必要な仕事やミスが許されない重要文書類・切手・印紙・金銭の取扱、采配、安全管理は、主に健常者である責任者が担い、知的障がい者には判断が不要な仕事や失敗しても影響の小さい仕事だけを付与していた。大半の作業を責任者の指示のもとで行うことで、安全および品質は保たれていたが、以下のような問題も生じていた。 【運営面】 ・責任者が現場作業に追われ、マネジメント業務に十分な時間を割けず、時間外勤務が当り前の状態となっていた。 ・各支社のメールセンターに1人ずつの責任者を配置しており、高コスト体質になっていた。 【知的障がい者】 ・軽易な仕事にしか従事していないため、能力伸長に限界が生じていた。 ・入社時からずっと同じ仕事をしているため、マンネリ化によりモチベーションが低下していた。 2 メールサービス課の運営体制の改善 (1) 背景  問題点についてはそれまでも自覚はあったものの先送りにされていた。しかし、下記の点から改善に取り組む必要が出てきた。 ・平成23年の東日本大震災以降、電力会社の経営環境が激変し、当社においても親会社である関西電力のコスト構造改革の影響を受け、経営効率化の必要性に迫られることとなった。 ・平成25年4月には障がい者雇用率が1.8%から2.0%に改定されることが決まっていた。  そのため、経営効率化と障がい者の職域拡大を目的に、メールサービス課の日常業務の全てを知的障がい者だけで安全かつ品質高く遂行できる運営体制づくりに取り組むこととなった。 (2) 職務再設計への取り組み ア 「作業リーダー」の養成  知的障がい者だけでの運営体制づくりのため、まず知的障がい者の中から、責任者に代わって現場作業を采配できる「作業リーダー」を養成することからはじめた。しかし、「知的障がい者に仕事の判断はできない。責任者の指示なしではきっと失敗する」という考えに支配されていた我々責任者にとっては、半信半疑のスタートであった。  勤続10年以上の熟練者のうち、他の従業員からの信頼も厚く、憧れの存在として尊敬されている知的障がい者2名を対象にし、付きっ切りで指導した。半年以上はかかる長期戦と考えていたが、はじめてみると意外にも早くに仕事を飲み込み、みるみる頼もしい存在にと成長したため、3ヶ月後には作業リーダーに任命することが出来た。 イ 業務の標準化とマニュアル化  次に、作業リーダーが仕事の采配をしやすいよう、これまでの仕事の手順を再点検し見直しすることとした。このプロセスには、最も現場作業を知る当事者として、作業リーダーにもプロジェクトに参画させ、改革の主人公となってもらった。これまで「指導者と被指導者」という関係であったのが、共通の目標を達成するための「メンバー」となり、「指示」ではなく「意見交換」を交わしていくなかで、責任者の中にあった「知的障がい者だけでは困難」という思いは、少しずつ払拭されていった。  また、作業リーダーらの参画は、これまでの業務プロセスに致命的な落とし穴があったことに気づかせてくれた。それは責任者ごとの臨機応変な対応が、知的障がい者にとっては「人によって指示が違う」という混乱の元になっていたことである。確かに大筋のマニュアルはあったものの、細かな手順は責任者ごとの判断に任されていた。知的障がい者だけで作業を行うには、業務プロセスを見直して標準化し、詳細な業務フロー・マニュアルを整備して知的障がい者の視点に立って再設計する必要があった。 【具体的な改善例】 ・誰もが同じ水準で仕事ができるよう、一目でわかる簡単な判断基準を作るなど、可能な限り判断が不要なオペレーションとなるようにした。 ・作業前後にミーティングを行い、作業ルールの確認やKY(危険予知)活動を実施した。細かく取り決めた作業ルールを一度に覚えられないため、毎日のミーティング時に2項目ずつ確認することで、自然と理解が進むようにした。 ・責任者との報・連・相が、必要なタイミングで漏れなくできるようにSST(社会生活技能訓練)を計画的に実施した。 ・知的障がい者だけでお客さま対応ができるように、お問い合わせ内容に応じたマニュアルを作り、お客さまにそのまま見せればお客さま自身で答えに辿りつけるようにした。  こうした改善の後、新しい作業手順を元に、全ての知的障がい者を順番に指導し、スキルチェックの結果、一定の水準を満たす者には、小さな役割から1つずつ付与することとした。こうした取り組みを経て、まずは本店から、知的障がい者の作業リーダーのもと、知的障がい者だけで運営する体制を試行した。 ウ 支社メールセンターをエリア単位で統括管理  本店での試行は想像以上の成果を出すことができた。次は8支社に設置するメールセンターである。まずは距離の近い京都・滋賀の2支社において責任者1名がメールセンター間を行き来しながら統括管理する体制に見直した。  これまではほぼマンツーマンで責任者が過保護に指示を出していた支社メールセンターを、知的障がい者のみで運営することには大きな不安と抵抗があった。しかし、これも業務の標準化とマニュアルの整備、万一のトラブル時にはすぐに対応できるサポート環境を整えることで、大きな事故や問題もなく仕事の幅を広げさせることに成功できた。  京都・滋賀での実績をもとに、8支社すべてのメールセンターにも同じ取り組みを水平展開した。中部エリア(大阪2箇所、和歌山)、東部エリア(京都、滋賀、奈良)、西部エリア(神戸、姫路)の3つにエリア分けし、各エリアにつき責任者1名だけを配置する体制に見直した。  このようにして、責任者が担っていた重要文書類や切手・印紙の取扱等も含め、全ての日常業務を知的障がい者に付与し、責任者は仕事の漏れがないかをチェックするなどの業務管理だけを行う体制に変えた。 3 改善による効果 【運営面】 ・責任者の時間外勤務はほぼなくなり、しかも更なる業務改善や新規業務の開発、従業員育成等のマネジメント業務に力を投入できるようになった。 ・現場責任者を15名から8名へと効率化できた。 【知的障がい者】 ・一人ひとりの責任感、やる気、やりがいが向上した。 ・知的障がい者同士で仕事を教え合い、協力し合う風土が生まれた。   ・知的障がい者を25名から30名へと雇用枠を広げることに成功した。 4 考察 (1)「任せられない病」の自覚  振り返ってみれば、取り組みをはじめてすぐに気がついたのは、実は失敗に臆病になっていたのは「任せられない病」にかかっていた我々責任者の方である、ということであった。  我々は無意識のうちに「障がい者=保護の対象者である」という思い込みに支配されていた。そして、できるのにやらせていない、つまり知的障がい者から「チャレンジする権利」「失敗する権利」を奪ってしまっていた。責任者の保護のもとで「冷や汗をかく経験」をしないまま、自立と成長を妨げてしまっていたのである。  しかし、この思い込みを自覚し払拭することで改善の方向性が決定し、困難なものではなくなっていった。 (2) 「任せられない病」からの脱却  改善においては、作業リーダーの養成、本店から全社への段階的な運営体制の移行というスモールステップの取り組みがいかに大切であるかを実感した。目標を1つずつクリアして自信と達成感を積み重ねていくことは、知的障がい者の成長に大きな効果があった。  また、取り組みの中で改めて感じたのは、知的障がい者が想像以上に「業務改善の視点を十分に持っている」、「職務をわかりやすく改善すれば、重要な仕事も任せることができるようになる」ということであった。逆に我々では思いつかないような意見、発案にハッとさせられる場面もあった。失敗に臆病にならず、小さな「任せて支援する(デレゲーション)」を積み上げていくことが重要なことだと実感した。   5 おわりに  人や仕事は常に変化するものであり、知的障がい者への「出番づくり」の支援に終わりはない。固定観念にとらわれることなく柔軟な発想で、適切な支援による“障がい者活躍”に取り組み続けたい。 社内研修制度構築に向けて −2016年度~2018年度重点施策へのジョブコーチとしての取組み− ○山本 恭子(みずほビジネス・チャレンジド株式会社 企画部 職場定着支援チーム ジョブコーチ)  熱田 麻美(みずほビジネス・チャレンジド株式会社) 1 はじめに  1998年12月の創業以来、受注・受託業務拡大と共に社員数も増大してきた。弊社の特徴として、障がいを持つ社員が障害種別を問わず業務を遂行し、業務進捗管理から社員の指導までリーダー、サブリーダー、ジュニアリーダーと呼ばれる職階の社員が担当している。近年、業務拡大・人員増加の一方で、部下への指導・対応の障がい特性に合わせたコミュニケーション等に関する悩ましい状況が懸念されるようになった。この課題への取り組みとして立ち上げた社内研修制度について紹介する。 2 弊社町田本社概要と経営計画  創業時の社員数は19名、内障がい者は10名であった。2018年8月現在、本社社員数97名、内障がい者は80名(肢体29 聴覚14 内部5 視覚2 知的11 精神19)である。  2016年度~2018年度における経営計画に「会社規模の拡大に合わせて、社内運営基盤をより一層強化する」という重点施策の中に「研修制度の拡充と体系整備」が掲げられた。2016年度に社内研修制度の方向付けを完了、2017年度より計画に基づいた研修実施、2018年度以降の研修実施体制を整備した。 3 研修実施の目的  弊社の経営理念である「人を育てる」「社員の能力を高める」を具現化することを目的とした。会社の求める社員像は以下の3つであり、求める社員像に近づきたいと思う社員の為に必要なスキルや考え方(心構え)を伝えて実践、体得する環境・仕組みを提供することとした。 ・仕事をしっかり覚え、信頼される仕事をする。 ・組織(チーム)において、お互いを理解し合いながら協力して仕事をする。 ・初鑑者、再鑑者、サブリーダー、リーダーが各々の役割を担いチームとして仕事をする。 4 2016年度における研修制度の方向付け  社内に研修検討委員会を立ち上げ、当社に必要な研修について検討し「リーダー研修」「サブリーダー研修」「中堅社員育成研修」「聴覚障がい社員向け研修」の4種類を新設することとした。  2016年度はチーム運営、業務運営を担う層の強化を目的とした外部講師によるリーダー向け研修を実施。自分を知りリーダーとしての役割を考察、リーダーシップを発揮する上での課題抽出・改善に向けた行動プランを検討した。受講者から「自身の立場・役目を改めて意識できた」「リーダーシップというものはリーダーが指示することと認識していたが“育てる”を軸にしなければならないと気付いた」という感想があった。 5 2017年度研修内容  先述の4種類の研修内容は以下のものである。   表1 リーダー研修(外部講師) 表2 サブリーダー研修(外部講師) 表3 中堅社員育成研修 表4 聴覚障がい社員向け研修 6 社内ジョブコーチによる研修内容 (1) 中堅社員育成研修 ア 経緯  社内ジョブコーチ(以下「JC」という。)が参加したグループ会社合同入社研修内容を当社研修に取り入れることで次に挙げる効果を狙いとした。 ・みずほの社員として心得るべき事項を社員全員で共有し、みずほの一員として働く意味や会社への思いを再確認。 ・会社が目指す方向を理解し、社員としてあるべき姿と実際について再確認、自己理解を深める。 ・「お客様第一」を意識した社員としてふさわしい立ち振舞い・マナーの実践。 イ 研修内容 表5 中堅社員育成研修の内容 ウ 研修実施における工夫  挿絵やアニメーションの多い資料の活用、臨場感ある学びにする為に実際のチームメンバーとのやり取りや指導の仕方に関する体験を行うことで研修に対する興味・関心の持続と参加意欲をかきたてた。 エ 振返りとまとめ  受講者からは「参考になった、満足だった」と高い評価を得た。また、よりよいコミュニケーションや指導を行う上で必要となるアサーションや障がい特性に関する研修の継続を希望する声が多く挙がった。  みずほブランドやコンプライアンスというみずほの一員として習得すべき項目について、日々の業務等で見たり聞いたりしていたものの、背景や意味を説明することで理解が深まり、会社に対する愛着をより一層感じる姿を参加者に見ることができた。ビジネスマナー・コミュニケーション、障がい特性については日常の業務に直結することから、ロールプレイングへの積極的な参加、障がいに関し自ら進んで自己開示する、質問や意見が多数上がるなど熱心に取組む姿が見受けられた。 オ 今後に向けて 2018年度研修実施計画(案)  受講後アンケートから、継続的な研修の実施とテーマを掘り下げた研修への期待が判明した。希望の多いテーマを2018年度の実施案として検討している。 テーマ1:みずほの企業理解(歴史 コンプライアンス)  みずほグループの一員として習得が望ましい知識や遵守すべき行動規範の理解、会社への愛着を深める。 テーマ2:社員への指導コミュニケーション  新入社員や部下育成に必要なコミュニケーションスキルとしてアサーションを解説、ロールプレイングにて実践。 テーマ3:障がい理解  障がい特性に関するレクチャーを実施、事例検討にて理解を深める。業務における配慮や課題への対応について意見交換をする。 (2) 聴覚障がい社員向け研修 ア 経緯  聴覚障がい社員に対し、専門講師による研修は未実施であり、業務上の認識のズレによるチームメンバーとの行き違い、マナー未修得の部分が感じられていた。手話通訳士でもあるJCが常駐しており、研修実施となった。 イ 研修内容 表6 聴覚障がい社員向け研修の内容 ウ 研修実施における工夫  聴覚障がい者対象という点で、「自分の意見を書く→壁面に全て貼付する」「お互いが見える座席配置」等の視覚的配慮を多く取り入れ参加型研修とした。 エ 振返りとまとめ  受講者からは「わかりやすい・大変参考になった」と高い評価を得た。受講者が全て聴覚障がい社員であり「話しやすかった」「質問が沢山できた」「今まで曖昧だったことが明確になり、今後の業務の参考になる」「年1回程度の研修を希望する」との前向きな感想もあった。  聴覚障がい者は、ながら作業のような同時に複数の作業が困難な為「書く・見る・考える」それぞれに時間を設ける必要があり、時間に余裕を持ったタイムスケジュールを組み、一般的な研修で多く見られる「意見を言うタイミングが掴めない」「下を向いている間に話が進んでしまった」などの状況はなく、自分から発信することの少ない社員からも積極的に意見交換や質問があり、研修の意義を感じられた。 オ 今後の展開 2018年度研修実施計画(案)  研修参加者の約20%から内容過多との意見があった。研修開始3時間を経過する頃には手話を見続ける受講者の疲労も見受けられ、継続的な実施、的確な理解と定着を考慮した場合、テーマを絞り掘り下げ3時間以内の研修が望ましいと考える。 テーマ:「国語力を磨く」 聴覚障がい者が苦手とする日本語に重点を置く  ビジネス文書・わかりやすい文書の書き方、「て・に・を・は」の使い方、敬語の使い方、健聴者の遠回し表現への対応、あいまい表現の温度差など個別ワークを通して学ぶ。 「現場が機能するカリキュラム」当事者と共に創ろうプロジェクト ○宍戸 恵 (株式会社シーエスラボ 人事総務部事総務課 課長) ○喜多 三恵子(株式会社シーエスラボ 人事総務部事総務課) ○柴田 和宣 (株式会社シーエスラボ 外部顧問) 1 はじめに  株式会社シーエスラボは2004年設立の化粧品受託製造企業である。東京都に本社と営業所の2拠点、群馬県に工場2拠点と物流センター1拠点がある。  現在、弊社では5名(身体1名、知的1名、精神3名)の障がい者が勤務しており、法定雇用率は達成している。  目標である特例子会社設立に向けて、障がい者スタッフの継続的雇用と更なる障がい者の雇用の拡大のため行ってきたしくみ作り、当事者と共に始めた職場定着の取り組みについて報告する。   2 障がい者雇用の推進 (1) 背景  弊社では、様々なクライアントからの受注があり、毎日同じ製品のみを製造することがない。また、複雑な仕様の製品が増加していることもあり、完全な機械化が難しく、人手を要するというビジネス特性がある。  そのため、労働力人口が減少するなかで多様な人材を働き手として確保する必要があり、経営戦略として障がい者雇用の推進に取り組むことにした。 (2) 想い  中小企業である弊社は特例子会社に比べ、障がい者雇用推進のためのハード面の環境整備や採用活動における会社の知名度の面では劣っているのが現状である。  また採用面接の際、安定した勤務に不安を抱える方が、週20時間未満の勤務から始めたいと要望される場合が多くある。  そのような障がい者雇用枠からもこぼれ落ちる人材が、労働時間を増やして働き、また活躍できる環境やしくみをつくり、会社の収益につなげるチャレンジをしていきたいと考えている。 3 人事制度のしくみ作り、職場定着の取り組み (1) 人事評価制度の策定  キャリアビジョンの見える化、スキルアップとモチベーション向上、経済的自立可能な賃金体系を目的として、障がい者手帳を所持する従業員を対象とした人事評価制度を策定し、2018年4月から運用を開始した。  4つのスタッフ区分があり、本人のキャリアビジョンや勤務時間等によりスタッフ区分を選択する。要件を満たした場合、正社員登用の道がある(図1)。  また、半年ごとに理念・能力・行動と目標管理による評価を行い、評価点によって給与や賞与、昇格が決まる。 図1 スタッフ区分 (2) 当事者と共に創る、障がい者サポーター認定制度  障がい者スタッフを新たに雇用した場合、当事者はもちろん、配属先の上司や同僚となるメンバーなどの受け入れ側にも不安がある。  これまで障がい者スタッフへの支援として、本人との定期的な面談や地域の障がい者就労支援機関との連携等を人事主導で行ってきたが、受け入れ側への支援も行うことで、より働きやすい環境づくりが実現できると考えた。  そのための取り組みとして、独自の障がい者サポーター認定制度のカリキュラムを創るプロジェクトを立ち上げた。  障がい者サポーターとは、障がい者スタッフに困りごとがあった際に相談ができる、人事や上司以外の一緒に働くメンバーのことである。  これまでは、障がい者スタッフが困りごとを上司や同僚に相談出来ずに抱え込み、時間が経過してから人事に相談するケースが多く、離職につながることもあった。現場レベルで支援できるサポーターを育成することで、障がい者スタッフの活躍と継続的雇用につなげるねらいがある。  プロジェクトには、人事所属の障がい者スタッフがメンバーとして参加しており、現場が機能するカリキュラムにするため、当事者目線で積極的に提案を行っている。 (3) 障がい者スタッフによる、勉強会の実施  障がい者雇用の現状への理解を深めるために、人事所属の障がい者スタッフが講師となり、人事メンバーを対象に勉強会を実施した(図2)。  自身の体験談も交えた障がい者サービスの紹介や、人事メンバーからの質問に当事者であるスタッフが答えることで、障がい者雇用の現状のみならず、チームとしてお互いを理解する場にもなった。   図2 勉強会アジェンダ (4) チームで支え合うための「当事者研究」の実施  障がい者スタッフの上司や特定のメンバーだけでなく、チームでお互い理解し、サポートし合う環境づくりを目的として、「当事者研究」を社内で実施しはじめた。  障がい者スタッフと健常者スタッフの間では、ともすれば相互不理解が起きやすく、そうした状況において問題が発生することがある。  「わからないが故に起こる問題」を「苦労のテーマ」として大事にし、「なにが起きているかをみんなで研究・共有しよう」という態度・哲学でもある「当事者研究」を導入することで、発生する問題に対して、指導・配慮する側とされる側といった、一方向の関係性ではなく、目線を同じくして理解し支え合う関係性が醸成され、チームとしての協働、支え合いが促進されると考えている(図3)。  当事者研究を実施した結果、同じ職場で働く障がい者スタッフ、健常者スタッフが参加して困りごとや価値観を共有することで、チームメンバー同士の相互理解が深まったと感じている。また障がい者スタッフにとっては、自身の思いを同僚に共有することで職場が安心できる場であると感じられたようである。  今後も継続的に実施することで、理解し支え合う環境づくりを促進し、障がい者スタッフの安定した継続的雇用につなげたい。 図3 当事者研究実施による関係性の変化 4 今後の展望  今後も法定雇用率を超えて障がい者雇用の拡大を行う予定であるが、現状の業務の切り出しのみでは職域拡大に限界があると考えている。  将来は、独自のビジネスモデルを形成し「産学官福」の先駆けとなる特例子会社設立を目標としている。地域の子どもたちの教育や福祉施設の実習の場としても寄与できる、特例子会社のモデルとなる会社づくりに取り組んでいく。 【連絡先】  宍戸 恵  株式会社シーエスラボ 人事総務部人事総務課  e-mail:shishido@cs-lab.co.jp より一歩踏み込んだ連携体制の就労支援を目指して ~長く安定して働き続けるために~ ○星 希望(株式会社あおぞら銀行 人事部人事グループ 調査役/企業在籍型職場適応援助者) 1 あおぞら銀行について  あおぞら銀行は、本支店数20店舗、従業員数約1,700名の規模で全国展開している銀行である。メガバンクでもなく地方銀行でもない、“あおぞら銀行しかない”ユニークで専門性のあるスペシャリティバンクを目指している。障害をお持ちの方も、障害の程度に配慮しつつ一般の行員と同様に働ける環境で、それぞれの力を存分に発揮されている。   2 企業としての取り組みについて (1) 従来までの一般的な取り組み  私自身はこれまで、あおぞら銀行を含む3つの企業で、人事部として障害者雇用に携わってきた。従来、企業における障害者の就労に関する主な取り組みは、採用から職場定着支援までが一般的であり、自社での雇用が前提となっている。そのため、採用活動の一環として会社説明会を開いたことはあるが、その中で障害をお持ちの参加者の皆様から「就労準備は具体的に何をやっておけば良いか」「就職後はどのようなことに留意すれば良いか」「面接対策がわからない」といった声をいただくことが多々あった。  またその一方で、実際に一緒に働くことになった障害をお持ちの方から面談などを通して「就職前にもっと準備しておくべきだった」「最初から飛ばし過ぎて途中で息切れしてしまったので、就職前から就職後の心掛けができると良かった」という話も非常に良く耳にしていた。  企業として障害をお持ちの方と接する主な機会としては、自社での採用面接や実習での関わりとなるが、その段階では「就労準備」や「面接対策」の具体的な話をすることは難しく、時期としても遅いのではないかと感じていた。 (2) あおぞら銀行としての新たな取り組み  当行では、企業としての社会的責任を自覚し、社会の持続的発展に寄与する活動に積極的に取り組むという方針を持っており、自社での雇用が前提となる活動にとらわれず、障害をお持ちの皆様が「長く安定して働き続けるため」の活動ができないかと考えた。  その中で就職活動中、もしくは就労準備中の方と多く接することができる機会として、就労移行支援事業所に着目し、訓練プログラムの一部に携わることで、少しでも安心して就職できるようにするためのお手伝いができればと取り組みを開始した(図1)。 図1 長く安定して働き続けるためのポイント  まずは講義という形で、就労準備や心構えについて、就労移行支援事業所の利用者の皆様にお伝えするための資料を作成した。これまで一緒に働いてきた障害をお持ちの方との面談を通して伺った「就職前にもっと準備しておけば良かった」という生の声を中心に構成していくこととした(図2)。 図2 就労準備と心構え  これまでにも就労移行支援事業所での各種プログラムや、OB・OG会などの機会で就職された先輩方の体験談を通して就労準備や心構えを意識されていた利用者の方もいらっしゃるが、資料に書き起こすことで再認識できる機会になればと考えた。また、盛り込みたい内容は多々あったが、「長く安定して働き続けるために」の部分にポイントを絞って進めていった。 3 具体的な取り組み内容  就労移行支援事業所の職員の皆様ともお話しさせていただく中で、利用者の皆様が就職前に思い描いていたことと、就職後に直面する現実とのギャップに苦慮されている傾向が多いことがわかった。  企業としては雇用も大切であるが、企業であるからこそ認識している就職後の状況や、就職前に必要と思われる就労準備や心構えがあるはずで、そのノウハウを就労移行支援事業所をはじめとする支援機関の皆様と共有し、一丸となって就労支援のサポートを行うことで、真の意味での障害者雇用に繋がるのではないだろうか。   図3 長く安定して働き続けることを目指す    例えば、特に就職直後は誰しも新しい環境で常に緊張にさらされる。新たに仕事だけでなく、会社のルールなども覚えていかなければならない。そのような環境下で、焦って必要以上に頑張り過ぎてしまい、息切れを起こして体調不良に陥る方も少なくない。「長く安定して働き続けるために」は決して無理を重ねず、帰宅してからも身の周りのことができる程度の余力を残しておかないと就労以前に生活が成り立たなくなってしまい、就労継続も危ぶまれる可能性が出てくる。そういった観点からも雇用だけにフォーカスせずに、取り組んでいく必要があると考えた(図3)。  作成した資料を基に、就労移行支援事業所の訓練プログラムの一部の時間をいただき、「長く安定して働き続けるために」をテーマとして利用者の皆様にお話しさせていただいた。  また、これまで会社説明会を開いた際に、「面接で何を話したら良いかわからない」「企業は面接を通してどのようなことが知りたいのかがわからない」と、就職活動そのものに不安を抱えていらっしゃる方も多かったため、面接対策の講義だけでなく、実践の場として模擬面接のお手伝いにも着手していった(図4)。   図4 面接でのポイント 4 連携体制の就労支援を目指して  講義を通して就労移行支援事業所の利用者の皆様と接する中で、企業に対するご質問やご要望をいただき、企業側にとっても今後さらに障害者雇用を進めていく上で新たな気付きの機会をいただいた。  プログラム実施にご協力いただいた就労移行支援事業所の職員の皆様からも、あらためて企業が求めていることや、これまでに就職された利用者の方が就職後にどのような思いを持って勤務されているのかがわかり、現在の利用者の方のプログラムに活かしていきたいとのお話があった。  従来、就労移行支援事業所をはじめとする支援機関と企業との関わりは、採用や見学・実習などが起点となってきた。さらにイメージとして「就労支援」は支援機関、「障害者雇用」は企業の役割として認識されがちであるが、障害をお持ちの当事者から見ると、就労準備から就職後の定着までは連続したステージであり、そう考えると支援機関だけ、企業だけで完結できるものではなく、何よりも連携が必要であると痛感した。  今回、新たな取り組みとして、連携体制の就労支援を進めることで、支援機関と企業間の情報交換も密になり、それぞれのこれまで蓄積してきたノウハウを共有する機会を得ることができた。支援機関と企業が連携していくことで、障害をお持ちの当事者の安心感に繋がるのはもちろんのこと、長く安心して働き続けられる環境づくりにも繋がるため、今後も積極的に取り組んでいきたい。   【連絡先】  星 希望  あおぞら銀行 人事部 人事グループ  Tel:050-3199-9347  E-mail:n.hoshi@aozorabank.co.jp 企業における福祉専門職の役割についての一考察 ○梶野 耕平(第一生命チャレンジド株式会社 精神保健福祉士)  齊藤 朋実(第一生命チャレンジド株式会社) 1 はじめに  近年、法定雇用率の引き上げや、精神障がい者の雇用義務化など、障がい者雇用の拡大により民間企業や特例子会社で精神保健福祉士や社会福祉士などの福祉専門職(以下、専門職)がたくさん働いており、今後、ますます需要が増えていくことが予想される。多様な企業が障がい者雇用を行う上で専門職の役割も多様化している。  本稿では、企業は専門職に何を求めているのか、また、専門職側はそのニーズに対してどう応えていくべきなのかということについて、第一生命チャレンジド株式会社(以下「DLC」という。)の歩みを振り返りながら考察し、専門職が企業で果たすべき役割について考察していく。   2 DLCにおける専門職の役割の変化 (1) 会社設立当初(会社設立~5年目)  DLCは第一生命保険株式会社(以下「DL」という。)の特例子会社として2006年に、DLからの出向者3名と、DLCが採用した障がいのある社員7名の計10名でスタートした。経営陣の出向者は、特に障がい者雇用や障がい者福祉についての知識や経験があるわけではなく、採用を行う際にも採用活動をどのように進めていけばいいのか、既に雇用している社員の勤務が不安定になった際の対応をどうすればいいのか試行錯誤を繰り返していた。    DLCの社員数の推移    そのような中、専門職採用のニーズが高まり、最初の専門職(精神保健福祉士)が雇用された。このような経緯からこの時期に専門職に期待されていた役割は採用ルートの確保や障がいのある社員が働く際の作業構築、支援機関対応、社員への個別のケースワークであり、障がいのある社員への個別のかかわりを通して職場環境を安定させることだった。専門職もそれを理解しており、定期面談や通院同行など社員の個別対応に多くの時間を費やしていた。  また、会社設立当初は、経営陣から業務拡大や経営方針について助言を求められることもあり経営陣の相談役としての機能も果たしていた。さらに一方で、健常者の社員を対象とした障がいを理解するための社内研修を企画、運営するといった役割を担っていた。 (2) 転換期(6年目~11年目)  しかし、ケースワークを中心にした業務に限界が見え始める。その要因のひとつは、急速な会社の拡大による社員数の増加だった。少しずつ専門職の採用も進めてきたが人数は追いつかず、これまでの水準のかかわりを物理的に維持することが困難になっていった。また、以下のような事例に触れたことも方向転換のきっかけとなった。 【事例1】Aさん(男性)  Aさんは社内に精神保健福祉士がいることを知り、定期的に専門家と話をする時間を作って欲しいと申し出た。それを受けて精神保健福祉士が定期面談を行うことにしたが、初めは仕事のことに関しての不安や疑問などについて話をしていたが面談を重ねるごとに、徐々にタバコの値上げや消費税の増税についてなど話題が仕事から離れて抽象化するとともに、精神保健福祉士との面談がないと仕事ができないと訴えるようになっていった。 【事例2】Bさん(女性)  Bさんは不安が強く体調に波があるが、責任感は強く、なかなか自分で休むという選択ができない社員だった。体調が悪い時Bさんはよく「具合が悪いのですがどうしたらいいでしょう」と精神保健福祉士に聞き、「具合が悪いなら早退した方がいいのでは」と声をかけると、Bさんは「他の人は働いているのに自分だけ帰ることはできない」と言い、逆に「それでは、最後まで自分のペースでいいので仕事を頑張ってみたらどうか」と声をかけると「会社は私が大変なことをわかってくれない!」と興奮するといったことが度々あった。そんなある日、Bさんがいつものように体調が悪いという話をしていると、Bさんと同世代の女性の社員から「それくらいの年齢になればだれだって具合悪いことあるのよ!いいから仕事しなよ」と声をかけられ、そのまま仕事に戻り1日最後まで働くことができたということがあった。    事例1のAさんのように面談を重ねるうちに、面談そのものが目的になり、面談をすることによって、逆に心配事や不安なことを探してしまい体調の悪化に繋がっていくという事例もでてきた。更に、事例2のBさんのように、専門職以外の、一緒に働く同僚からの声かけで頑張ことができるといったような事例が身近にたくさんあることにも気がついた。更にこの時期、新しく喫茶事業部の豊洲店舗の立ち上げがあり、専門職が引っ張っていくのではなく、自分たちは何のために働くのか、どういう機材を使ってどんな技術を身につけていくのか、制服はどうするのかといった、店舗運営にかかわる全てのことを働く社員自ら決めて実行していくボトムアップ型の運営で社員が非常に高いパフォーマンスを発揮するという出来事があった。これらの経験をきっかけに、専門職が個別に社員にかかわるだけではなく、障がいのある社員もない社員も互いにかかわり合い、職場の上司や同僚として支え合うことができるグループ作りが重要であることに気がついた。そうしたことから、専門職は、より多くの人が活躍できるチーム作りにも役割を広げていった。  これまで行ってきた障がいを理解するための研修も回を重ねるごとに、障がいのある人にかかわることをハードルが高い(こんな難しいことが自分にできるのだろうか…)と感じる人が出てきたり、逆に障がいを理解した気になって偏ったかかわりをしようとする人(~障がいの人にはこうかかわればいい)が出てきたりした。そのため、皆が福祉の視点を理解して障がいのある社員に関わるのではなく、それぞれの立場から、同僚としてきちんと障がいのある社員と向き合っていくことが多様性のあるかかわりに繋がると考えた。この時期から社内の研修も福祉的な内容から一般のビジネス研修(コーチングなどのマネジメントに関する研修など)となっていった。 (3) 現在とこれから(12年目~)  これまでの取組で、多様性を生かした組織作りは少しずつ進んできたが、会社設立から12年が経ち、社員数も250名を超え、経営陣も代変わりしていく中でDLCのこれまでの歩みを知らない社員も増えている。現在DLCには、DLの出向者やプロパー社員(新卒、民間企業経験者、福祉職)、障がいのある社員、ない社員、多様なバックボーンの人たちが働いている。多様なバックボーンを持つ人たちが互いに協力して同じ目的に向かって働けるように、DLCが掲げている理念や価値観、取組についての理解を深め、社員全員が同じ文脈を共有することが必要である。こうした状況の中で、専門職はそれぞれの立場の人たちの調整を行い、円滑に組織が機能するように動くことが求められている。また、専門職はDLCのこれまでの経験を体系化し文書にして残すことで多くの社員が会社の歴史に触れられるようにしていくといった役割も担っている。立場が違うもの同士が互いを尊重することができてこそ、ダイバーシティー社会の実現に繋がると考えている。 3 企業における福祉専門職の役割について  DLCにおいて専門職は会社設立当初からその役割を徐々に拡大してきた。DLCが考える企業における専門職が担うべき役割について述べていく。 (1) ケースワーカーとしての役割  企業が専門職を雇う際に一番期待される役割。どうすれば社員が力を発揮できるのかという視点に立ったかかわりが求められる。また、詳細なアセスメントなどで個人の能力を評価しようとする考え方もあるが、人の能力は環境や体調などの外的要因の影響を多分に受けると考えているので、そういったことはDLCでは行っていない。 (2) グループワーカーとしての役割  企業で専門職が働く上で、ケースワーカーとしての役割だけでは不十分である。個別の問題が起こる背景には、職場での孤立など、職場環境に課題がある場合が多い。個の力だけでなくチームとして互いに補い合いながら働くことができる職場環境を作る役割を担うことが求められる (3) 体系化する役割  企業によって取り組みは様々だが、自らが所属する企業の理念、社風、価値観、取り組みなどを体系化し整理する力が求められる。所属する企業を相対化し、課題や長所についてわかりやすくまとめ、社員が文脈を共有しやすくなるよう環境を整える。 (4) 調整する役割  企業の規模が大きくなればなるほど、本社と現場、企業と支援機関、上司と部下など社員を取り巻く関係性は複雑になり、意思疎通に齟齬が生じやすくなる。専門職はそうした関係性にも気を配り、必要に応じて組織が円滑に機能するよう調整する役割を担うことが求められる。  企業で働く専門職には限定的な役割ではなく、非常に幅広い多様な役割が期待されている。これらのことを意識しながら働くことが求められるのではないだろうか。 【連絡先】  梶野 耕平  第一生命チャレンジド株式会社  職場定着推進室  Tel:03-5814-2071  e-mail:kajino@dlc.dai-ichi-life.co.jp 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第5期)の調査結果 ○高瀬 健一(障害者職業総合センター 主任研究員)  大石 甲・松尾 義弘・田川 史朗・荒井 俊夫・伊芸 研吾(障害者職業総合センター) 表 「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」の研究実施計画 1 研究の目的・背景  障害者職業総合センターが行う「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」は、障害のある労働者の職業生活上の各局面における状況と課題を把握し、企業における雇用管理の改善や障害者の円滑な就業の実現に資する今後の施策展開のための基礎資料を得ることを目的として、16年間という長期間に渡って調査の対象者として協力の同意が得られた障害のある労働者個人の職業生活等の変化を追跡する縦断調査(パネル調査)である。  本調査では、平成20年度の調査開始時点で40才未満の対象者への調査を「職業生活前期調査」、40才以上の対象者への調査を「職業生活後期調査」とした。平成20~35年度の16年間で交互に各8回を実施する計画であり、第4期までの結果は研究報告書等として発刊している。今年度は第5期の取りまとめと並行して第6期の第6回職業生活前期調査を実施している(表)。  本発表では、平成28年4月より改正障害者雇用促進法が施行され、すべての事業所に障害者差別の禁止と合理的配慮の提供が義務付けられたことを踏まえ、第5期において新たに設けた調査項目の集計結果について、障害者雇用施策等との関連を踏まえて報告する。 2 方法 (1) 調査対象者  調査対象者は、視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、内部障害、知的障害、精神障害のいずれか、またはこれらの重複障害がある者とした。ただしそれぞれの障害の詳細は把握していない。調査対象者の調査開始時点での年齢は、下限を義務教育終了後の15才、上限は16年間の継続調査という点を考慮して55才とした。就労状況については、企業や自営業で週20時間以上就労している者を対象として調査を開始し、その後、離職した場合であっても調査を継続して、その後のキャリア形成の状況を確認している。調査対象者の募集は、当事者団体、事業所、就労支援施設等を通じて紹介を受け、調査の趣旨等について説明の上、本人の同意が得られた場合に調査対象者として登録した。なお、回収率低下のため第3期調査に際し調査対象者の補充を行った。 (2) 調査方法  調査は、郵送によるアンケート調査にて実施している。調査票の質問内容は、調査対象者の障害種類にかかわらず同一だが、調査票の形式は、ルビ付き版、点字版、音声読み上げソフト対応のテキストファイル版、PC入力用のMicrosoft Word版など複数種類を作成し、障害状況に合わせて対象者に選択してもらうこととした。また、本人による回答を原則としたが、必要に応じて家族等周囲の支援を受けて回答しても構わないものとした。 (3) 調査内容  本調査の第1期から調査内容等を検討するために、学識経験者や当事者・事業主団体関係者等により構成される研究委員会を開催している。その議論を踏まえて、障害のある労働者の職業生活について、対象者の基本的な属性に関することから職業やそれ以外の生活に関することまで幅広く確認している。具体的には、就労状況(就労形態、職務内容、労働条件等)、仕事上の出来事(昇格・昇給、転職、休職等)、仕事に関する意識(満足度、職場への要望等)、私生活上の出来事(結婚、出産、転居等)その他であり、偶数期のみの質問として、地域生活、医療機関の受診状況、福祉サービスの利用状況、体調や健康に関する相談先等、奇数期のみの質問として、年金受給の有無、収入源、経済的に困ったことが起きたときの相談先等がある。  第5回調査においては、「事業主に対する障害者への差別禁止指針と合理的配慮の指針について、聞いたり読んだりしたことがあるか」、「平成28年4月以降に職場において支障となっていることの確認や話合いの機会があったかどうか」という新たな設問を追加した。 (4) 研究成果物   期毎に調査研究報告書としてとりまとめることとしている(第1期は資料シリーズ)。既刊の報告書類は、「資料シリーズ№50」「資料シリーズ№54」「調査研究報告書№106」「調査研究報告書№118」「調査研究報告書№132」である。  また、調査対象者全員に対して、調査結果等を簡潔にまとめたニュースレターを年1回作成し発送している。直近のニュースレターでは、新たに日本盲人会連合及び全国精神保健福祉会連合会の研究委員に対し「本調査への期待」等についてインタビューを行い、その結果を掲載した。 3 調査の結果 (1) 調査対象者数と回収率  第5回調査においては1,091人を調査対象として調査票を郵送し、660人から回答を得た。回収率は60.5%であった(前調査の回収率:64.4%)。なお、集計結果の詳細は本稿では省略する。 (2) 職場の合理的配慮 ア 事業主の差別禁止指針と合理的配慮の指針についての労働者本人の認知度  本設問は、現在就業しているかどうかにかかわらず、すべての回答者を対象としているが、本報告では就業中の者のみを集計した(n=556)。  結果は「指針の内容を把握している」との回答が29.0%、「指針の名称は聞いたことがあるが内容は把握していない」との回答が28.1%、「指針について知らない」が40.3%となった(図1)。   図1 合理的配慮等の指針についての労働者本人の認知度 イ 職場において支障となっていることの確認や話合いの機会の有無  本設問は就業中の者のみを対象としており(n=556)、結果は「今までと同じように確認や話合いの機会があった」が30.6%、「新たに確認や話合いの機会があった」が9.5%、「確認や話合いの機会はまだない」が37.4%、「よくわからない」が17.8%となった(図2)。   図2 職場の支障の確認や話合いの機会の有無 4 まとめ  本発表で報告する調査結果は、平成28年4月の改正法施行後間もない時期に回答を得ているため、施行前から施行直後の事業所における取組について、労働者側の視点から確認した結果と捉えている。企業における「障害者差別の禁止と合理的配慮の提供」に関連する取組と考えられる「話合いの機会」は、40.1%の者が施行後に「あった」と回答しており、障害者の雇用管理に関する企業の取組の進捗がうかがわれる。一方で37.4%の者が「機会はまだない」としており、職業生活への影響についてさらに分析をすすめたい。また、機構は平成28年度から企業に対する調査研究として「障害者雇用制度の改正等に伴う企業意識・行動の変化に関する研究」を行っており、企業側の視点による分析結果を踏まえることが肝要である。本研究は、労働者側の視点として、就業状況の変化とあわせて経時的に「障害者差別の禁止と合理的配慮の提供」を確認・分析するため、今後は、双方の研究成果を統合して現状と課題について考察したい。  なお、本研究は、長期にわたるパネル調査の共通の課題として、回を重ねる毎の回収率低下がある。調査対象者の協力維持にかかる丁寧な対応を継続しつつ、今後は、研究委員会における検討等も進める中で、新たに、特徴的なキャリア形成の事例、施策や加齢による意識の変化等を中心に調査対象者へのインタビュー調査を検討し、職業サイクル、キャリア形成に関する知見をさらに得ていきたい。   【参考文献】 障害者職業総合センター:『調査研究報告書 No.132 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第4期)—第4回職業生活前期調査(平成26年度)・第4回職業生活後期調査(平成27年度)—』(2016) 【連絡先】  障害者職業総合センター研究部門 社会的支援部門  Tel.043-297-9025 英国の障害者認定をめぐって ○佐渡 賢一(元 障害者職業総合センター統括研究員1)) 1 はじめに  英国は米国と同様先進的な差別禁止法制が取り上げられることが多く、日本のような障害者認定制度とは無縁の国であると、一般的に認識されている。実際には、障害を理由とした生活上の支障を支援する基準や、障害を有する際に就業を支援するか福祉の対象とするかを判断するための基準が個々の制度ごとに設けられており、この2つの制度の場合、ともに評価点の加点による特徴的な判定方法が採られている。報告者は2013年発表会(第21回)において、この評価制度・認定基準について報告を行った。取り上げるにあたり、評価・認定制度そのものにとどまらず、運用をめぐる当事者からの異議申し立てにも注目した。  前回の発表後5年を経過しているが,本件をめぐってはいくつかの変化がみられる。参考となることもあるかと考え、最近に至る動向について、その概略を紹介したい。   2 取り上げる認定制度  本報告で取り上げる制度の周辺について2013年報告時点までの状況を最小限要約する。  両制度はいずれも手当に関連している。一つは「就業・支援給付1)制度」、もう一つは「個人・自立手当2)制度」と呼ばれ、いずれも法改正によって前身の制度を再構成することにより導入された。前者の方が制度改正後の経過年数が長く、2013年報告時点では「個人・自立手当」は法改正後ではあるものの、実施を数ヶ月後に控えた段階であった。  就業・支援給付制度は、障害を有する人達の社会参加を促進し、真に支援を必要とする領域を特定して手当を給付する、という趣旨に基づいている。まさに「福祉の対象から独立した主体へ」という潮流に沿ったものであり、理念に照らせば批判を受ける余地は少ないと思われるが、実際は異なっていた。批判は制度そのものよりは、運用に向けられていた。2013年時点に取り上げた制度を巡る批判は、要約すれば「就業に適している」という判定が、そうとは考えられない対象者にも下されているというもので、制度運用を担当し、実際に評価に当たった民間企業(労働年金省からの委託)が標的となった。  この時点では「個人・自立手当」はまだ実施段階に入っていなかったが、やはりこの民間企業の関与が関与することが想定され、当事者の不利益をもたらすことが懸念されていた。   3 異議申し立てとその帰趨  前回報告では、評価が適切でないという批判を、報道記事と行政報告の両面から扱った。後者の行政報告では、評価結果について、当初の評価と異議申し立てによって当初の評価が覆されたことによる調整結果を対比させ、その変化によって委託民間企業による評価のうち正当と見なされない場合が少なくないことを暗示した。  このように、客観的にみても評価に問題があることを示唆する情報が存在したことを報告したが、その後5年を経て、いくつかの変化が起きている。3点に整理して紹介しよう。  第1は、この制度を巡る批判にもかかわらず、同種の評価方式がより規模の大きい支援制度に本格的に適用されるようになったことである。障害に起因する生活上の困難(移動に関する困難など)を支援するための手当が、就業・支援給付と同様の評価手法に基づくように改められた。これが、本報告でも既に何度か触れた個人・自立手当である。そしてこの再編された手当についても、運用を民家企業に委託する方式が踏襲されることとなった。  第2は、批判を受けたことに伴う民間企業委託に関する動きである。当初はフランス系IT企業の関連会社1社が独占的に評価業務の委託先となっていたが、労働社会省の決定により同社の独占は崩れ、現在は複数の企業が評価を担当するようになっている。  以上の2点も重要な変化であり、紙面の余裕があれば詳述したいが、本報告ではこれから述べる第3の変化に焦点をあてる。それは、異議申し立て手続きに関する制度が変更されたことである。  これまで、評価に不服を持つ当事者が見直しを働きかける場は、主として審判制度であった。前回報告では就業可能とされ、当事者が異議を申し立てた評価に対し約4分の1で判定が覆ったことを示したが、この異議申し立ては主として審判制度を舞台としていた。その結果、審判制度が取り扱う案件の中で就業・支援給付に関するものが大幅に増加した。就業・支援給付が発足した2008年から4年間の変化をみると、審判所が扱う案件の中で社会保障分野のもの増加が著しく、しかも、その増加はこの手当に関する案件数が増加したことに起因することが確認できる。  5年前においても、こうした増加は問題視されていた。審判制度が負う人員上・予算上の負荷が増大し、制度改革が共通して担うべきコスト削減の方向性に反していることがその主たるものであるが、審判制度の場における交渉術の巧拙が判定に影響することが予想され、公正たるべき評価制度にこのような不確定性が持ち込まれることも、疑問視された。  事態がこのように推移する中、審判制度全般に手が加えられ、社会保障にかかる異議申し立てについても手続き上の規定が改められた。それによると、判定に不服を持つ場合、直ちに審判所や裁判所に訴えることはできなくなり、まず行政に再評価4)を求めることとされた。審判所等への訴えはこの再評価の結果が下され、それに不服である場合に初めて可能となる。   4 行政統計に見られる特徴  上述の経緯を踏まえ、このような制度変更に関する最近の動きを述べるが、紙面の制約から行政統計から観察することにとどめる。ただ、上記のような制度変更における行政の再評価を批判する報道の例として、給付を断たれた中で結果を待つ当事者の生活の窮状を問題視する記事がみられることを紹介しておきたい。  まず、制度変更の影響が直接及ぶ審判制度の取扱件数をみよう(表1)。   表1 審判制度の受理件数     (千件) 年 度 2012 2014 2016審判所制度全体 882.4 360.8 459.6 雇用審判 191.5 61.3 83.5社会保障関連の訴え 507.1 112.1 228.6就業・支援給付 328.1 43.1 87.9個人・自立手当 - 20.9 104.2    制度変更が行われた2013年度を挟んで、訴えの受付件数が大きく限小したことが読み取れる。就業・支援給付に関する訴えの受理は2012年の33万件から、2014年は4万件と劇的な変化を示した5)。ところがその後は、異なる趨勢を示している。表では2016年だけを掲載しているが、その1年からもうかがえるように、近年においては一旦大きく減った受理件数がじりじりと増加する動きをみせている。その背景について識者の考察が待たれる。  また、社会保障に関する訴えでは本報告で取り上げている2つの給付に関するものが大きな比重をしめていることも、鮮明にとらえられる。  次に、労働年金省が公表している手当に関する評価の帰趨を集計した結果を要約しよう(表2)。  前回報告においては、異議申し立てに基づく訴えが審判所制度等によって認められることにより、当初の就業可能判定が4分の1に上る高率で修正されたことを紹介した。その後も、上に紹介したような高率ではないものの、当初評価の約15%が修正を施されている傾向が続いている。       表2 就業・支援給付申請の帰趨   (千件) 暦 年 2014 2015 2016 当初判定の件数 593.9 563.5 423.1 「就業可」当初判定 209.3 219.5 200.1 行政再審査による修正 11.0 8.9 8.1 審判制度等による修正 13.0 11.8 7.4 修正後の就業可判定 185.4 198.8 184.6    次に、審判所制度に先だって行われることになった行政による再審査が果たしている機能をみると、修正件数の半数・それ以下を占めるにとどまる。残り約半数は、これまでの審判所制度によって、初めて修正が認められたことになる。これらの案件に注目すれば、「新たに設けられた労働年金省再審査は、審判所での修正判定を先送りする効果しか果たしていない」との批判を呼ぶ余地が確かにある。先に紹介した報道が指摘するように、制度の改変が給付の無い状態での手続きの長期化をもたらし、当事者の生活を脅かすことになっていないかが問われることとなろう。これらについても、識者の分析と見解を待ちたい。  なお、このような制度を巡る訴えが続いていることについては議会も関心を寄せている。これらについても一定の報告が可能であるが、紙面の余裕を考慮し、超党派からなる委員会による制度改善勧告が本年に入ってまとめられた事実のみを紹介するにとどめる。   5 若干の個人的考察  今回の事例は、法制度の運用上の問題を処理するための枠組みという視点からもとらえられる。法律ができたとしてもそれだけでは不十分で、問題があれば適切に是正をはかる仕組みが必要であることは、しばしば指摘されるが、今回報告した英国では、既存の枠組みが修正され、その主たる動機が負担軽減であった。英国が差別禁止法の先進性で知られることも含め、その含意について考えさせられる。   【注】 1) 本稿、本発表における見解は報告者個人のもので、いかなる組織の立場も代弁しない。 2) Employment and Support Earnings(ESA) 3) Personal and Independent Payment(PIP) 4) Mandatory Reassessment 5) 個人・自立手当についてはこの制度変更後に受理件数の把握が始まっている。就業・支援給付よりさらに大きい規模を持つ個人・自立手当の評価手続きが本格化すると、同種の訴えが増大し、審判所制度への負荷をさらに大きくすることが予想された。この懸念が制度変更の動機の一つであることは、十分に考えられる。 【連絡先】  e-mail:RXG00154@nifty.com 性同一性障害の開示にどう対応する? −「生きづらさ」を軽減するために− ○西村 志保(社会福祉法人みどりの町 みどりの町障害者就業・生活支援センター 就労支援担当者) 1 はじめに  「制服は、やっぱりスカートをはかないといけないんですかね?」発達障害を開示し、採用という連絡をもらったAさん(身体の特徴は女性)と、手続き書類を持って就職先となるB社に向かう最中に、Aさんが語った。そのやり取りのなかで、性同一障害であるとも語ったが、明確に男性であると自認している様子は感じなかった。  これまでの出版物において、セクシュアルな問題に関わる職場の理解に関しては、『トランスジェンダーと職場環境ハンドブック』[東他1)]がみられるが、障害者雇用において、ジェンダーやセクシュアリティに違和感を抱えている方への事業所の対応に関するものはなかった。  そこで本報告の事例を通して、性同一障害の当事者であることを開示された事業所の、受け止め方や対応について考察してみたい。手法としては、参与観察データを提示する社会・文化人類学的手法を用いるが、個人や事業所が特定されないよう、必要に応じて文意が変わらない程度の変更を加えている。加えて、本報告では便宜的に、sex:身体の性、gender:男女の関係性、sexuality:性に関する感じ方、という意味合いで使用していることをあらかじめ断っておきたい。 2 AさんがB社に就職するまで (1) 就職前にB社に伝えたこと  B社は古くからの、地域に根差した事業所であり、ゆえに企業風土も旧体質な印象は否めないところはある。ただそうした風土を変革しようと努力しており、心機一転を目指す文言を記載したバッジを女性職員は胸元に付けている。AさんがB社での就職を望んだ理由は、安定感のある事業所であるからであり、そのため制服の着用が義務づけられていても、スカートではなくスラックスの着用が許可され、ゆったりしたサイズを選んでもよいのであれば、苦痛ではないようであった。  入社のための手続きのなかで、性同一性障害であり、自身の身体が受け入れ難いことと、可能であれば制服のスカートをスラックスにして戴きたいことを部長(女性)に伝える。営業職の女性もスラックスであるため、それは問題ない、と部長は快諾してくださった。 (2) 障害の開示とB社のとまどい  いよいよ入社を目前に控えた打ち合わせで、発達障害をどこまで開示するかという話になった。というのも、B社は複数の市に20店舗以上展開しており、それを取り仕切るのがAさんの配属される本社内の部署である。業務には店舗からの電話応対も含まれている。部署内では数年前からAさんと同じ発達障害を持つCさんを雇用しているが、Cさんの時は、一切障害の開示をしておらず、ある店舗から、電話応対にクレームがきたことがあった。その教訓が、Aさんを受け入れる際に開示の希望範囲を伺うという対応策 として現れていた。  Aさんは一見障害があるようには見えないし、大学を卒業した後に、長い事務経験を持っていた。AさんはB社で、「自分の障害により、気づかずに周りの方にご迷惑をおかけすることもあると思うので」と、障害があることを周囲に知っていただいて、働きたいという思いを強く持っていた。そこで、毎日顔を合わせるフロアーの部署の人には開示するということになった。  次にB社は、「なぜあの人だけスラックスをはいているのかと問われた場合、何とお伝えすればいいですか?」「その時は、性同一性障害というのをお伝えしてもいいですか?」とAさんに質問した。Aさんは一瞬考えながらも、「それは私的なことですので、ここだけに留めていただければありがたいです。」「幼少期の事故で、両足の太さも違っているので、もし聞かれたらそうお伝えいただけると助かります。」と的確に返答された。 (3) 事例分析・気づき  まず、Aさんに注目してみたい。Aさんは、B社に対し、幼少期の事故のみを伝え、性同一性障害であることは伝えなくてもよかったわけであるが、就労に際し、あえて開示している。Aさんの思いを組み取れば、生きづらさを少しでも理解してもらったうえで、自分らしく働きたいという思いがあったのではないだろうか。  次に、B社に注目すると、おそらくこれまでセクシュアルな配慮を求められたことがないのであろうし、発達障害への配慮のみを想定していたAさんから、性同一性障害であると打ち明けられたことへのとまどいは明確にあらわれていた。  加えて、性同一性障害と発達障害を同じ俎上にのせて、つまり障害という枠組みのなかで認識していることも窺える。そのため、性同一性障害についても、開示の範囲に関する希望をAさんに確認したのであろう。そこには合理的配慮を適切に行いたいという誠実な思いも窺えた。上記のことから、以下では性同一性障害を取り巻く状況を概観し、合理的配慮について考えてみたい。 3 性同一性障害を取り巻く状況  性同一性障害(Gender Identity Disorder:GID)とは、医学概念における国際的な診断名である。日本では、1997年に日本精神神経学会が「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」を策定したことで、専門外来は全国に広がった。診断のポイントには、「反対の性に対する強く持続的な同一感」「反対の性役割を求める」という項目が見られる[東他1)]。  診断基準となっているのはアメリカ精神医学会の精神障害の診断と統計マニュアル(DSM-Ⅳ-TR)、およびWHOの国際疾病分類(ICD-10)である。なお、DSM-5では、「性同一性障害」という表記は消え、「性別違和(Gender Dysphoria)」と変更されている [東他1)]。  日本精神神経学会は1995年に「同性愛は精神障害ではないという公式見解を発表しているものの、…突然1990年代に入り、性同一性障害という医療概念が活気づいた」。そのため、性的マイノリティ=性同一性障害という医療概念が周知されるところとなった[佐々木2)]。なお、性同一性障害の診断書で障害者手帳が交付されるわけではない。  Nanda3)はブラジルの女装男性が、自身も公的にも完璧な性転換に関しては拒否する態度であることなどの事例を紹介しつつ、「sex/genderの完全に倒錯する可能性を認識する程度は、文化によって異なる(筆者訳)」と述べている。文化的な見方によって、性のあり方への許容範囲は大きく異なるというのである。それは制度から窺える。  日本においても、他国と同じようにさまざまな性のあり方が認められるものの、戸籍の性別を変更することを希望した場合は、男女のいずれかを選ぶだけでなく、その性に見えるような身体変更をも制度上迫られる。「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」には、5つの条件が挙げられているが、そこには「生殖腺がないこと、または生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」のみでなく、「その身体について他の性別に関わる身体の性器にかかわる部分に近似する外観を備えていること」[東他1)]も含まれている。ここからは、性的に曖昧な見え方は認めないという、日本の厳格な基準が窺える。女性であるとは感じていないが、かといって男性であるとも思えないという感覚は、法的に認め難いというように。 4 考察・おわりに  合理的配慮(reasonable accommodation)は、2016年に障害者に対する差別禁止と合わせて提供義務が発生することになった。事業者に対しては、障害のある者が不都合な事柄を表明した際に、それを取り除くための努力を求める内容となっている。性同一性障害は、精神疾患として診断がくだされるものであるため、事業所において、それを開示されたならば、ひとつの障害として対応することが期待されるのだろう。ただし、いわゆる障害者手帳の対象となる障害への対応とは異なる配慮=調整(accomodation)が求められる。  性的な違和感について開示するということは、自分の性をどのように感じているかと同時に、他者についてどう感じているのかをさらけ出すことである。AさんがB社で、発達障害を広く周知してもらったうえで働きたいと考えていたこととは対照的に、性に関する事柄は私的なことであり、言わないで欲しいと伝えたように、表明した者からすると、誰にでも話す性質のものではない。その人の内面にまつわる「らしさ」を知ってもらい、「少し調整して頂けると嬉しいかも」といった、要望を込めて表明している。本人の希望のレベルにもよるが、基本的には、良かれと思い、他の障害と同様の感覚で口外してしまった、という事態は避けなければならない。  今日、障害者雇用に関する制度的な整備が進められるなかで、障害者への理解はかなり進んできている。他方で、性的な違和感に関する制度的な整備は未だ十分とは言えない状況である。法制度とは異なり、事業所は法令順守のもとであれば、ある程度の自由な活動が許される組織である。支障のない範囲であれば、その人の性のあり方への鷹揚な対応も可能であろう。生きづらさを軽減するためにも、まずは話してもらえる体制を整えるところから始めることが、今後も期待される。 【引用・参考文献】 1)東優子他「トランスジェンダーと職場環境ハンドブック」,p.21-29,日本能率協会マネジメントセンター(2018) 2)佐々木掌子「トランスジェンダーの心理学」,p.49.晃洋書房(2017) 3)Nanda,S.Gender Diversity ,p.103.Waveland Press(2000) 【連絡先】  西村 志保  e-mail:shihon_mayu@yahoo.co.jp 障害者手帳制度の対象でない難病のある人への雇用支援の課題 ○春名 由一郎(障害者職業総合センター 主任研究員) 1 はじめに  我が国の障害者雇用支援制度は「障害者雇用率」制度や福祉工場や特例子会社等の「保護雇用・社会的雇用」的な取組みから始まり、2000年代以降はジョブコーチ支援等の「援助付き就業」が本格化し、さらに2016年度からは「障害者差別禁止・合理的配慮」が義務化された。このような世界の主要な障害者雇用支援制度全てが統合された時期を同じくして、「難病による障害」のある者が障害者総合支援法上の「障害者」とされた。  しかし、難病による就労困難性の主原因である「体調の崩れやすさ/疲れやすさ」「痛み」「免疫低下」「皮膚障害」等は障害者手帳制度の認定基準に合致せず、就労困難性のある難病患者の多くは雇用率制度の対象にならない。我が国の支援者や企業担当者には、雇用率の対象にならないと難病患者の雇用は困難であると考える者が依然多い。  そこで本稿では、難病患者の就労支援ニーズに対して、雇用率制度以外の障害者雇用支援制度・サービスの選択肢も含めて、どのような具体的な就労支援が可能なのか、その内容を明確にすることを目的とした。   2 方法  障害者職業総合センターでは患者や支援者の調査、モデル事業、事業所の訪問ヒアリング、支援者研修の機会をとおし、障害者手帳の有無にかかわらず、難病患者への就労支援の成功事例と典型的な課題の情報を収集してきた(参考文献を参照されたい)。それらを、国際的に発展してきた主要な4つの障害者雇用支援モデルに分類・整理した。   表 本稿で検討した主要な障害者雇用支援モデル モデル 基本的特徴 障害者雇用率 法定雇用率による企業の障害者雇用義務。企業への経済的インセンティブや積極的差別是正措置の数値目標。 障害者差別禁止・合理的配慮 人権や環境整備を重視する「障害の社会モデル」による制度。合理的配慮提供の義務化と機会均等・差別禁止。 援助付き就業 職業生活場面での障害者本人と職場の両面からの、多職種チームによる個別支援。科学的根拠に基づく支援を重視。 保護雇用/ 社会的雇用 一般雇用が困難な障害者の就業機会の国の補助金による確保。社会的雇用では加えて経営による生産性向上を図る。 3 結果  難病就労支援において、障害者雇用率制度以外の支援モデルも含め効果的取組みや課題が多く整理できた。 (1) 「障害者雇用率」モデル  難病を原因疾患として身体・知的・精神障害の手帳制度の対象となっている人は、疾患別の差は大きいが全体として3分の1程度であり、雇用率制度での雇用を含め就業率は一般の同性同年齢の50%程度である。身体障害が重度となり医療依存度が高い疾病の場合、雇用率制度の対象であっても就業率はさらに低く50%未満である。一方、進行性で障害等級が低い段階では雇用率制度の活用が低い。  障害者手帳をもたない難病患者は、同性同年齢の75~100%程度の就業率にあり就職活動の成功率も80%程度である。こうした難病患者が障害者として、就労支援機関から障害者求人に紹介されたり障害者集団面接会に参加したりした場合、かえって障害者手帳の確認の段階で不採用になりやすいことが一貫して示されている。 (2) 「障害者差別禁止・合理的配慮」モデル  難病患者は、体調悪化による退職、職場からの退職勧奨、職場での体調管理の難しさ等の職業上の課題があるが、無理のない仕事に就き、体調変化に合わせて無理なく通院でき休日がとれることで、職業人として十分活躍できる人が多い。職場で必要な配慮は、適宜の休憩や、休日シフト制や職場においてチームで引継ぎができる体制等であり、子育て中の従業員の雇用管理等と同様の「過重な負担」のない「合理的配慮」の範囲である。  ただし、従来、就職時や就職後に難病や障害のことを開示した場合、不採用や処遇上の不利が心配されるため難病患者は配慮を求めにくく、一方、病気の非開示では就職できても仕事が続けにくくなるジレンマの状況があった。2016年度からの障害者差別禁止と合理的配慮提供の義務化は、難病患者が就職活動時や職場において必要な配慮や調整を求めた場合、本人と職場のコミュニケーションによって合理的範囲での個別配慮や調整を行うことを企業の法的義務とし、また、病気や障害、配慮の必要性、それ自体での差別を明確に禁止するものであり、また障害者求人に限定されないため、一般求人に適職が多くある難病のある人の就労支援ニーズに対応しているものである。  企業の観点からも、「合理的配慮」とは、本人とよく話し合って、より働きやすく長く活躍してもらうための工夫や調整として、「差別禁止」は本人の能力や経験、適性をまず確認し、職場の仲間としての公正な能力評価と処遇を行うことして、障害者雇用率へのカウントとは関係なく実施されうるものである。 (3) 「援助付き就業」モデル  本人と職場の両面からの専門的支援によって、難病患者の就職、職場定着、就業継続の課題の個別解決を図る取組みは、障害者雇用分野以外にも、医療や労働衛生分野等でも活発化しており、成果や課題も明確になってきている。 ア 就職支援  難病患者に無理のない仕事は障害者求人に限らず一般求人のデスクワークや短時間の仕事等に多くあり、ハローワークでは難病患者就職サポーター等が相談を行っている。一般求人への応募になるため、特に、本人の能力や経験、適性を踏まえて企業の人材ニーズとのマッチングが重要である。その基本的スタンスは、従来、能力や意欲を持ちながら企業側のノウハウ不足で十分に活躍してもらえなかった難病患者を地域で人材を求める企業に紹介することである。中途障害等で新たにデスクワーク等の仕事に就くためにパソコン等の職業訓練や資格取得等の支援も重要である。 イ 職場定着支援  厚生労働省は、2016年に「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」を出し、難病を含む慢性疾患について治療と仕事の両立を、産業保健職と職場で医療機関とも連携して支えていく方向性を明確にしている。さらに、職業リハビリテーション専門職への難病患者と雇用企業を支えるための専門研修も実施されており、また、企業の雇用管理や職場定着支援のための助成金も整備されている。仕事と治療の両立支援は、患者本人にとって必要なだけでなく、企業にとって人材の定着と能力発揮、医療関係者にとっても効果的な治療のために不可欠であり、多くの先進国では社会的問題として対策が開始されている。 ウ 就業継続支援  体調悪化があっても数か月で回復することが多い難病では、休職・復職支援が重要である。また、働き盛りでの難病発症で障害が進行する場合、その初期では「職場の仲間」を支えようとする上司・同僚や産業保健職も一緒になって、個別に仕事内容や働き方を調整して就業継続を支える取組みは多い。ただし、各職場の試行錯誤となることが多く、例えば病気の進行に在宅勤務への移行が間に合わない等で支援の限界になりやすい等、本人と職場の両面への専門的助言や支援の必要性は大きい。難病相談支援センターや難病医療機関においても、患者本人の職業生活場面での疾患管理や職場での対処スキル等も含め、医療・生活・就労の一体的な相談支援への取組みが課題となっている。 (4) 「保護雇用・社会的雇用」モデル  「保護雇用・社会的雇用」アプローチは、特に重度障害があり医療依存度が高く、障害者雇用率制度の対象であっても就業率の低い疾病の患者が対象となると考えられるが、現在の我が国では十分に整備されていない。  ただし、近年、筋委縮性側索硬化症(ALS)等、働き盛りで発症する進行性の重度障害のある難病患者では、全身まひの進行や人工呼吸機の装着にかかわらず、最新の情報通信技術や多様な働き方、支援技術の進歩の積極的な活用により、一人ひとりの希望や強みを踏まえた働き方の可能性が高まり、個別の成功事例もみられる。これは米国において「援助付き就業」と「保護雇用・社会的雇用」を統合したカスタマイズ就業アプローチと同様のモデルである。   4 考察  「雇用率制度」は独仏等のヨーロッパ、「障害者差別禁止・合理的配慮」は米国、「保護雇用・社会的雇用」は北欧をそれぞれ起源とした制度で、また「援助付き就業」はより現代的なサービスモデルであり米国を起源としている。現在では、これらは国を超えて相互に導入され、我が国と同様、各国で総合的な取組みがなされるようになっている。  国際的視野からみると、現在の我が国の難病患者への雇用支援は「雇用率制度」の対象範囲を障害者手帳制度の対象者に限定する一方、より軽症の障害者については「障害者差別禁止・合理的配慮」と「援助付き就業」により対応するモデルとなっている。より重度の難病患者に対しては「保護雇用・社会的雇用」と「援助付き就業」を合わせた支援ニーズへの対応が今後の課題であろう。  法定雇用率が5%、6%という水準のドイツ、フランスでは疾病による生活への支障、痛み、免疫機能、皮膚障害等、我が国では認定対象外の障害についても障害認定され、就労困難性のある場合は雇用率にカウントされていることから、我が国でも「雇用率制度」の対象範囲の拡大の議論を否定するものではない。しかし、現在「雇用率制度」の対象でない場合でも、我が国では近年の法制度の整備により、それ以外の多くの選択肢によって難病患者と雇用企業のニーズに対応することが可能であり、具体的に取り組めることは多い。ただし、法制度の整備だけでなく、そのような具体的な取組みを促進するためには、患者本人、企業、支援者等の関係者への情報提供や研修等が必要不可欠であり、当センターでも「難病のある人の雇用管理マニュアル」の提供や関係分野での研修等を実施しているところである。   【参考文献】 1) 障害者職業総合センター「難病のある者の雇用管理に資するマニュアルの普及と改善に関する調査研究」調査研究報告書 No.141,2018. (特に、第1、2章には、当センターの難病就労支援研究のレビューを掲載している。) 2) 障害者職業総合センター「難病のある人の雇用管理マニュアル」、2018. 口頭発表 第2部 清掃グループにおける格付け検定試験実施から見えるもの ○今野 雅彦(MCSハートフル株式会社 代表取締役社長) 1 MCSハートフル株式会社について (1) 基礎情報   設  立 平成22年 9月1日   特例認定 平成22年10月12日 資 本 金 1,500万円   社 員 数 58名   本  店 埼玉県さいたま市大宮区大成町1-212-3 親 会 社 メディカル・ケア・サービス株式会社 (2) 事業内容  印刷グループ6名 構成メンバーは、身体障害者4名、精神障害者2名。業務内容は、名刺・IDカード作成、デザイン、その他印刷全般。グループ外業務が多い。  PCグループ:2名 構成メンバーは、精神障害者2名。業務内容は、PCセットアップ、ヘルプデスク、FAX一斉送信業務、その他。グループ内業務が殆ど。  総務グループ:6名 構成メンバーは、身体障害者1名、精神障害者1名、発達障害者1名、指導員等3名。業務内容は、勤怠管理、請求書の発行、その他事務関係。  清掃グループ:44名 構成メンバーは、知的障害者33名、精神障害者1名(知的重複)、指導員等10名。業務内容は、介護施設一般清掃、エアコン清掃、床ワックス清掃、洗車、ガラスコーティング等。グループ外業務急増中。 2 格付け検定試験について (1) 実施までの経過 ア 契機その1  埼玉県には、障害者を雇用する企業をサポートする「埼玉県障害者雇用総合サポートセンター」がある。今年で設立から満10年を迎えた。年に二度の連絡会と研修会などにおいて、特例子会社が集まる機会が多くある。平成24年度のテーマは障害者の加齢問題。特に知的障害のある人は加齢が一般よりも早く、個人差はあるものの40代から加齢問題が始まるとの報告もある。加齢による能力低下から、ハッピーリタイアメントなる迷言で退職させる例もあると聞いた。拗れると訴訟に至る例もあるとのことから、障害者の能力評価は必要であるとの結論に至った。 イ 契機その2  平成25年1月に岐阜事務所を開設するに当たり、岐阜ハローワークにおいて、対象障害者の採用面接会を行ったときのことである。一通り話を聞いた後に、テーブル拭きと箒の履き方を実際に見せてもらった。驚いたのは拭き方の違いである。ある人は、テープの上を二度三度と繰り返し拭き、更にはテーブルの裏側、脚までも吹き続けるので、仕方なくこちらからストップをかけた。かと思えば、別の人はテーブルの上をZ拭き。二、三度拭いて「ハイ、終わりました。」と元気よく言われた時には思わず苦笑いした。  弊社では、清掃に限らず全ての業務にマニュアルを設けている。絵や写真を使い、色で区別しながら、その人が分かり易いようにと修正も加えている。場合によっては、自らがセルフでマニュアルを作成することもある。  作業の効率を上げ、クオリティを高め、維持するためには、マニュアルは不可欠のものであると認識していたが、埼玉から始めた清掃の業務を岐阜でも始めるに際して、“クオリティを同じにすること”は最大の課題であった。  埼玉の指導員を岐阜に派遣したり、岐阜で採用した指導員に埼玉まで来てもらい研修したりと、先ずは指導員の質、指導技術を高めることに腐心した。 ウ その結果  当時、岐阜事務所立上げにも同行してもらったジョブコーチにも協力してもらい、先ずはマニュアルの整備、指導員への徹底を行い、一定の準備期間をおいて第1回の格付け検定試験が実施された。  検定試験にあたっては、その段階で独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の第2号職場適応援助者養成講習の受講修了者2名を検定者として、他の指導員は補助に回った。検定者は、岐阜事務所にも出張して、岐阜事務所のメンバーの検定も行った。 (2) 格付け検定試験実施の目的 ア 加齢対策  第1の目的は、やはり加齢対策。「その時になってからでは遅い」との指摘を前提に、特別支援学校からの新卒も多くいる中で、本人の変化を定点チェックするということを第一の目的とした。これについては、今のところ経過観察中につき、成果と言えるものは出ていない。 イ モティベーション  障害者、特に知的障害者にとっては、他人から褒められるという経験は大変少なく、ましてや賞状をもらうという経験は少ないと考える。更に、検定試験は、マニュアルの通りに出来ているかどうかを検定者が脇にいて細かくチェックするが、障害者がこのような緊張感をこれまでに経験したことは無いものと思われる。それ故に、いつも出来ている手順が飛んでしまうメンバーが続出。しかし、彼らの充実感はそれを超えるものがあったらしく、認定証授与式には全員が晴れやかな表情で臨んでいたことが印象的であった。 (3) 格付け検定試験の実施内容 ア 検査項目  検査項目は、清掃箇所として頻度の高い窓、網戸、トイレを必須科目として、比較的頻度の低い階段、エアコンフィルターなどを選択科目とした(フィルターは、網目の中の汚れが判断しにくいという難点があった。)。 イ 検査方法  検査方法は、2名の検定者が同時に一人の作業を始めから終わりまで観察する方法によって行った。 ウ 採点  検定科目ごとに、手順の中でのポイント(例えば、ブラシする回数、使用する道具等)を設定して、減点方式で行った。2名の点数を合計して平均をとったが、2名の採点の乖離が大きかった場合には協議を行った。 エ 認定会議  検定者を含む指導員全員参加で行い、検定者による評定の差異について納得いくまで話し合う。(実はここに、指導員の障害者に対する思いや指導方法のポイントが凝縮される。)最終的には、社長が検定内容を確認したうえで、評価を確定する。採点結果を基にした個々の評価はレーザーチャートにして見える化している。その“形”を巡っては、しばし本題から外れる議論になることもある。 オ 認定証授与式  各項目ごとの得点により金・銀・銅・オレンジ・緑の5段階に振り分け、名札に評価の色の星を印刷する。名札とは別に、認定書を発行して授与式を執り行う。社長が訓示した後、認定証を一人ひとりに授与して、次に指導員から名札を受け取る。  この場面の緊張感が心地よい。一人ひとりの結果を不安な面持ちで待つ間、検定結果が読み上げられる瞬間、そして認定証を受け取るまでの表情変化は、彼らの真剣さが現れる素晴らしい光景だ。 (4) 修了後の振り返り ア 次回に向けた取り組み  格付け検定試験の認定証授与式が終わると、直後から次の検定試験に向けた取り組みがスタートする。時には、指導員が掃除の様子をビデオに撮影して、それを本人に見せることにより気付きを与えることもある。お互いがそうして確認することにより、指導のポイントが明確になる。本人にとっても、星の色を変えることが頑張った証にもなる。 イ 川崎事務所が加わる  平成25年に川崎事務所が誕生して、検定試験はさらに複雑化した。施設よっては、窓ガラス一つとってみても、大きさや形がバラバラで、検定試験といっても基準が曖昧だ、との意見が川崎の指導員から提起された。これを受けて、テレビ会議システムを使って、埼玉、岐阜、川崎の3事務所がぐちゃぐちゃになって、検定試験の基準作りに明け暮れた日々があった。  窓の大きさ(面積)を統一し、トイレも通常便器と洗面台のあるトイレを基準とした。そのことにより、検定試験が実施できる施設が限定され、この間のスケジュール作りにもひと苦労するという、副作用も生じた。 ウ 指導員間の連携、意識の高まり  3事務所による基準の共有作業は、大変な難作業であったが、3事務所の指導員の溝を埋め、連携を強化した側面があったことは間違いない。埼玉が上で、川崎が下というような暗黙の序列もなくなった。むしろ、川崎のメンバーの評価が予想以上に高く、岐阜や埼玉の指導員を慌てさせた成果となったことも見逃せないエピソードだ。 エ 指導員の成長が障害者の成長を促す  他人を評価するということは、相手が誰であれ大変に難しいことである。しかし、一定の基準をもってすると、客観的に、しかも正確に数値化できることを知ることは有意義である。その数値をどのようにして上昇させるかという共通の課題、目標が生まれ、単に怒ったりすることだけでは解決しないことを知るに至ると、指導員の指導技術というところまで視点は広がる。指導員の成長が、障害者の成長を促すという好循環が生まれるのである。 3 まとめ  清掃グループの格付け検定試験から見えるものは様々であるが、知的障害者が働くうえで必要な指導員との信頼関係や、成長と後退を繰り返す障害者の変化を把握する目は確実に養われる。そのことは、障害者が明るく、元気に、伸びのびと働くためには必要なことであると実感する。  清掃グループでの取り組みは、印刷グループやPCグループにも当てはめることが出来ないだろうかと日々模索しているが、型通りではなく、臨機応変さを求められる業務にあっては、なかなか実現は難しい面がある。  清掃グループにおいても、エアコン清掃や床ワックス清掃など、必ずしも一定の手順では為し得ない業務も開始したことから、これまで同様の検定試験では評価しきれなくなってきている事もまた事実である。だからこそ、弊社での取り組みを、広く世に公開することで、これを必要としている事業所にこのノウハウを活かしてもらいたいという思いもある。  我々の挑戦はこれからも続くが、参考にしたいという事業所があれば、協力は惜しまないつもりである。 【連絡先】  今野 雅彦  MCSハートフル株式会社 さいたま事務所  http://www.mcsg.co.jp/mcshf/  e-mail:m.konno@mcsg.co.jp 企業における障がい者雇用の取組み ~発達障がい者の雇用経験から~ ○井田 泰正(株式会社ジェイ エスキューブ 人事部JOBサポートグループ リーダー) 1 会社概要  2013年にトッパン・フォームズ株式会社の子会社となり、2017年4月にトッパンフォームズグループの「テクノ・トッパン・フォームズ株式会社」と合併。 ■事業内容 【ドキュメントソリューション】 ・ECMソリューション、ITソリューションのコンサルティングおよび販売 ・BPOによる事務処理受託請負業務 ・各種データエントリサービス ・総合人材サービス(労働者派遣事業及び有料職業紹介事業) 【情報機器】 ・商品事業 ○メーリング関連機器・オフィス機器販売 ○特殊機器の開発と販売、各種サプライ品販売 ○セキュリティ商品・環境エネルギー商品販売 ・保守事業 ○自社ブランド製品及びマルチベンダー保守 ○キッティング・オーバーホール・出荷検査 ○機器設置・施工 2 はじめに  次の2点の主要因により3年計画が発出された。 (1) 会社統合による雇入れ必要数増加  2007年7月に主要3社の合併により社員数が3倍近くに増加した。 (2) 業態による困難  ジェイ エスキューブは人材サービスを業としている関係上、常用雇用のスタッフに対しても障がい者の雇用が必要なことから法定雇用率を満たすことが難しい。  以上のことから会社統合後の2007年12月に3年計画が発出される。 3 3年計画発出後の対応 (1) 障害者雇用促進委員会発足  現場に対する当社雇用率改善の周知・理解醸成と現場環境意見の聴取を目的として発足。 (2) 入社直後の配属先  入社当初は人事部署で教育・研修・OJT等を実施し、配所する部分を見極める。 (3) 人件費の取り扱い  負担軽減のため、各部署に配属の障がい者に対する人件費は人事扱いとした。  以上の対策を講じても法定雇用達成は困難を極めた。 4 発達障がい者の採用開始 (1) 出会い  全都障害者採用面接会において偶然当社の採用を希望してくれた。  発達障がいでも精神障害者保健福祉手帳が取得可能になった。 (2) 採用の動機 ア 発達障がいについての知識保有  担当者(私)が以前より発達障がいについての知識があったことから当社で雇用出来ると考えた。 イ 経験者採用  発達障がい者の多くは社会経験がある。 ウ 就業意欲  総じて就業意欲が高く、居場所を探している。 (3) 採用準備 ア 役員への説明  幹部月例会で直接説明の機会をもらった。 イ 協力体制の構築  部署単位の障がい者雇用説明会を実施。 5 JOBサポートグループ立ち上げ (1) 経緯 ア 設立の意義  雇用の受け皿として社内BPOチームとして総務部内に設置。 イ 基本姿勢  不得意な事を補完し合いながら業務を遂行する。 (2) 実施業務 ア 社内の各部署からの依頼業務 (ア) PCデータ入力  営業部の事務担当からの依頼。 (イ) 帳票整理  経理部からの依頼。 イ 社内の庶務業務 (ア) 会議室準備  設営と片づけ。 (イ) メール便処理  郵便や宅配便の受付処理。 (ウ) 電話取り次ぎ  代表電話の取り次ぎ。 (エ) 消耗品管理  社員に対して文房具品の払い出しの対応を行う。 6 まとめ (1) 合理的配慮  本人に自分自身の特徴や配慮してほしいことを記載した「ナビゲーションブック」を作成してもらい障がい者個々の特性に応じた個別対応を実施する。 ※甘えと配慮の違いを明確にする。 (2) 今後の方針  入社時に作成してもらった「ナビゲーションブック」を入社後も適宜更新して、逐一変化に対応する。  今後も障害者雇用を取り巻く状況に的確に対処し、最良の方法で臨んでいく所存である。 【連絡先】  井田 泰正  株式会社ジェイ エスキューブ人事部JOBサポートグループ  e-mail:y-ida@j-scube.com   表1 雇用の現状(2018年8月) 表2 障害者実雇用率の推移 障害区分 人数 重度身体障がい 3人 身体障がい 7人 知的障がい 0人 精神障がい (内発達) 15人 (14人) 勤務地 人数 本社 22人 柏事業所 2人 新大阪センター 1人 年月 実雇用率 2007年 6月 1.00% 2008年 6月 0.89% 2009年 6月 0.87% 2010年 6月 1.13% 2010年12月 1.98% 2017年 6月 1.88% 2017年 7月 2.15% 2017年 8月 2.06% 2018年 6月 1.92% 2018年 7月 2.08% 表3 ナビゲーションブック(フォーム) 自分の特徴 自分で出来る対処 配慮希望事項 協力可能事項 作業面の特徴 対人面の特徴 行動の特徴 具体的アピール:スキル・特徴 出来る事 出来ない事 やりたい事 あまりやりたくない事 社会福祉法人での障がい者雇用における、企業在籍型職場適応援助者の役割と組織体制の整備について ○川溿 孝行(社会福祉法人阪神福祉事業団 企業在籍型職場適応援助者)  中野 弘仁(社会福祉法人阪神福祉事業団)   1 社会福祉法人阪神福祉事業団 (1) 概要  阪神福祉事業団(以下「事業団」という。)は兵庫県の阪神間6市1町(尼崎市・西宮市・芦屋市・伊丹市・宝塚市・川西市・猪名川町)の地域住民の福祉の増進を図ることを目的として設立された。社会福祉事業を行っており、障害者支援施設3か所、障害児入所施設併設障害者支援施設1か所、特別養護老人ホーム1か所、救護施設1か所、診療所、給食センターを運営している。従業員数は約320名である。障がい者雇用への取り組みは、障がい者手帳を所持し勤務している職員もおり、事業団での障害者雇用率は満たしていたが、定年退職等から平成30年度には0.64%まで落ち込むことが考えられたために積極的な障がい者雇用への取り組みを始める。 (2) 障がい者雇用推進チームと推進委員会の設置  平成28年度より障がい者雇用への取り組みを開始、企業在籍型職場適応援助者(以下「企業型JC」という。)3名に人事担当者を加えた5名で障がい者雇用推進チームを結成した。基本方針を策定し平成30年度の目標値2.3%を掲げて取り組みを開始する。また、企業型JCが本人や事業所への全面的なサポートを行っていたが、雇用者が増えて企業型JCだけでは支援が困難となり、法人内に障がい者雇用を浸透させることや定着後の労務管理を含めた一括管理を事業所へ委任することを目的として、障がい者雇用推進員会を立ち上げ、各事業者の副管理者を委員に任命する。 2 周知活動の成果 (1) 障がい者雇用に携わる人材の育成 ア 積極的な研修の受講  障がい者雇用を行っている事業所の職員より障がいについての理解を深めたい、障がい者雇用の勉強がしたいとの声が上がり、障害者職業生活相談員に2名、精神・発達障害者しごとサポーター養成研修に8名が受講している。この研修については、今年度全職員を対象にハローワークから事業団に講師を招いて研修をする予定である(参加希望者:約50名)。 イ 企業型JCの育成  現在、障がい者雇用を行っている事業所は3か所あり、その内の障害者支援施設の職員1名が、知的障がい者1名を実習生として受け入れその担当職員としていたが、施設利用者と同じ知的障がいであり、利用者と労働者の区別をしすぎたことで実習生に適切な支援が出来なかったことをきっかけに就労について学ぶ機会として企業型JC養成研修を受講した。現在は事業所内専属の企業型JCとして、対象者の面談等に当たっている。また、法人内JCと協力して業務内容の精査や新規雇用に向けた新たな雇用の創出を行っている。 (2) サポートチームの結成と発展  障害者支援施設内で平成29、30年度とサポートチームを結成し延べ14名の職員が担当している。主に業務内容の確認や本人の状況把握等を行い月に1度のミーティングで確認している。また、特別養護老人ホームで雇用している方は主に副管理者と企業型JCでサポートを行っていたが、他事業所でのサポートチームの取り組みが派生し、特別養護老人ホーム内でも主任2名と一般職3名の5名でチームが結成され日常的なコミュニケーションから業務内容等のサポート体制を整備した。 3 企業型JCの役割(各事例より) (1) 他機関(医療)との連携 -Aさん(精神障がい)-   Aさんは事業団内の給食センターで調理補助業務に携わっている。雇用前より調理師免許を所持しており、業務を行う上でのスキルは問題なく、本人も意欲的に仕事に就いているが精神的に不安定な面があり、労働時間を1日4時間週3日からスタートした。しかし、休みの日に手持無沙汰になり自室にこもってしまうことで妄想が多くなり不安を増すばかりであった。本人の働きたい気持ちと精神的な気持ちのバランスが上手く取れずに悩んでいることが多いために自宅や仕事中での記録を毎日つけて頂いた。それを基に、企業型JCが精神科医師と連携しながら労働日数や労働時間を調整している。現在、火曜日と金曜日を休みとし、1日4時間勤務基本としながら、週2日のみ6時間30分として段階的に調整をしている。 (2) 他機関(行政)との連携 -Bさん(精神障がい)-  Bさんは、障害者支援施設内の業務補助員として働き始めて1年8か月がたち職員との関係も良好な状態である。また、企業型JCとも週1度の面談を通じてコミュニケーションを図っている。平成30年6月に発生した大阪北部地震や同年7月に発生した西日本豪雨により交通機関の大幅な乱れで、生活リズムが崩れて体調を壊してしまう。また、今夏の猛暑により脱水症状も併発する。2度目の脱水症状が出た際に企業型JCより自己管理の大切さを話されたことがきっかけで、企業型JCへの信頼が崩れ、精神的に不調をきたした状態となり1か月間の休みとなる。生活支援を受けていた機関との関係も悪く、行政への不満もありBさん自ら周囲の支援者を離してしまっている状態であった。企業型JCがBさんの地元行政と支援機関の間に入り、状況説明や今後の支援体制について協議をする。企業が生活基盤の再建には立ち入れないことを伝えて、行政側が生活基盤を担当し、企業型JCが就労面を支援することとした。現在も3者間で情報共有を図っている。更に障害者職業センターへ相談し、支援の再構築が必要であり今後、配置型JCと連携して支援にあたることとなった。 (3) 他機関(福祉)との連携 -Cさん(知的障がい)-  Cさんは平成30年度に特別支援学校を卒業し、4月より給食センターで調理補助を行っている。保護者からは将来の自立に向けて頑張って欲しいとのこともあり、学生時代より関わりのある相談支援事業所を通じて、グループホームでの生活を検討している。企業型JCは就労面の支援者として、福祉担当者が集まる会議に出席して連携を図っている。また、障害者職業センターへの同行等もCさんと一緒に行っている。 (4) 就労支援機器の活用 -Dさん(聴覚障がい)-  Dさんは特別養護老人ホーム内で洗濯業務に従事している。業務用の大型洗濯機と乾燥機各2台と換気扇が常時回っている状態では、うまく聞き取れない状態であり補聴器の調整を適時行いながら業務を行っている。ある時、火災報知器の誤作動で非常ベルが鳴っていたが、Dさんはあまり気が付いていない状態であった。その為、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の中央障害者雇用情報センターに相談し、就労支援機器の「テレアンプ」と「シルウオッチ」の紹介を受ける。「テレアンプ」は電話機の受話音量を増幅させ、「シルウオッチ」はPCからのメッセージや音を感知して、対象者が所持している専用の腕時計に情報を送信するシステムである。すぐに貸与を受けて事業所内に整備する。実際に平成30年6月の大阪北部地震では西宮市北部も震度5弱を観測しており激しい揺れであったが、管理職からDさんへすぐに電話連絡で対応の指示があった。指示が明確に聞こえてすぐにガス栓を締める等の対応が出来たと話されており、就労支援機器の必要性が見られた。 (5) 自立へ -Eさん(発達障がい)-  Eさんは平成29年2月より勤務し、現在最も長く勤務をしている。当初はコミュニケーションの問題等で事業所内で幾度の話し合いを持ったこともあるが、現在は、Eさんの仕事ぶりが高く評価され他の職員と遜色なく仕事が出来ている。コミュニケーションについてもEさんの特性と理解して頂いている。企業型JCはフェードアウトしており障がい者雇用の理想的な形となっている。 4 各種助成金の活用と納付金及び調整金  事業団では積極的に各種の助成金の活用を行っている(表1)。平成30年8月現在。他案件も申請予定。  障がい者雇用の積極的な取り組みによる納付金の大幅な減と調整金の支給も受けている(表2)。   表1 助成金の申請    表2 調整金と納付金の推移 5 今後の障がい者雇用と企業型JCの役割  現在、事業団の雇用率は当初の目標値(2.3%)を大きく上回り3.12%(平成30年6月1日時点)である。事業団全体の努力であり、今後も雇用定着に向けた組織体制の整備、障がい者雇用に携わる人材の育成等が大切であり計画的に進めていく必要がある。  また、今年度は障害者手帳の所持者だけでなく、指定難病(多発性硬化症)の方を採用した。現在の症状はあまり出ていないが支援計画を作成し、本人と状態確認しながら仕事を進めている。制度の狭間にあたる方であるが、職場の同僚として支援を行っていきたい。  今後の活動及び役割として、①企業型JCの実態把握等の調査への積極的な協力、②配置型JC、訪問型JC、企業型JCを1つのチームとして連携、③企業型JCとして他企業へのサポートの3つを進めていきたい。自分たちが培った経験や社会福祉法人としての福祉的視点や企業型JCとしての企業的視点を活用し障がい者雇用の向上を図っていく必要がある。 【連絡先】  社会福祉法人阪神福祉事業団 078-903-1663  E-mail t.kawabata@nanakusa.or.jp(担当:川溿) チャレンジ雇用制度に基づき採用された非常勤職員の都立高校における職域拡大について ○中村 規一(東京都立小川高等学校 障害者雇用支援員) 1 はじめに  チャレンジ雇用制度とは、知的又は精神障がいの非常勤職員を教育事務補助員(以下「補助員」という。)として採用し、1~3年の経験を経た後にハローワーク等を経由して、一般企業等への転職につなげる制度である。 2 障害者雇用支援員の補助員指導(訓練等)の方針  当校での補助員の仕事は、洗面台洗浄等の環境衛生、植栽手入れ等の用務作業、帳票整理等の事務作業その他1日に約30作業ほどあり週間や月間業務の他、教職員からの臨時依頼が日常的にある。就労未経験や少ない障がい者にとっては、多岐業務を経験することで潜在能力を発見できる可能性がある。しかし多岐にわたるとはいえ、高校の作業のどれも民間企業の業務に似た業務は、なかなかないことも現実である。そこで障害者雇用支援員(以下「支援員」という。)は、全ての業務について『1人でPDCA』を体感させていく指導方針で臨んでいる。どのような作業にも対応できる人材の育成が目的である。 3 一般事務というミスマッチを防ぐ工夫として  さて当校に配属された補助員全員が一般事務を希望し将来の転職先についても一般事務を希望する傾向にある。このため補助員には一般事務とは何かの説明から始めている。  アンケートを取るとほとんど全員が、椅子に座りPC操作をする仕事等と思い込んでいる。ハローワークHPに記載の職業分類から一般事務を見ると、テレホンアポインター等も一般事務に分類されており補助員のイメージと異なる。  更に事務業務とは、間違いが出来ない作業だとも伝える。「人通りに1円玉が落ちていて拾う人は少ないが、給与明細と振込額が1円違えば全員が文句を言う」と説明すると殆どが理解する。二つの説明により、例えば庶務事務員のイメージでいこうと説明するとほぼ全員が納得する。庶務事務員なら小川高校での殆どの業務が該当するからである。  さて補助員が一般事務を希望していることから、職員より簡単な事務仕事の依頼がある。有りがたいことだが私は、丁重にお断りをしている。何故なら職員が提供してくれる「簡単な事務仕事」は、言うならば『ミスのしようが無いレベルの簡単な事務』という意味を含んでいる。しかし職員にとって『ミスのしようが無いレベルの簡単な事務』であっても、障がい者にとって必ずしも簡単とは言えない。ミスすることがあれば、補助員も自信を無くし、職員も面倒になり今後依頼を頼まなくなる可能性もある。 4 補助員とで『小川高校勝手に素敵化計画』を推進する  私の指導では、まず最初に確実性を求められない仕事に従事させる。主に清掃業務や洗浄業務等である。また都立高校には予算の関係等で出来ないことが多々ある。つまり誰も手を付けていなかったり、手を付けてはいても慢性的に不足気味の作業が存在する。校舎棟の洗面台洗浄は、職員からの要請に基づき補助員が担当した作業だが、同時に校舎棟の廊下清掃も自主的に実施した。本来は生徒が指定日に清掃するのだが、指定日の清掃だけでは追いつかない。小川高校は丘の中腹に建設された為に同じ1階であっても1年生棟と2年生棟では1階と3階程度の落差もあり階段が多い。このため階段の汚れが特に目立つ。そこで洗面台洗浄作業の次に自主的に実施した。ただ授業中ということで無音を心がけてホウキの引きずり清掃を指導した。  また校舎棟の窓ガラス洗浄等もある。年1回業者による全窓ガラス洗浄はあるが、グランドに面する廊下の窓ガラスを中心に3ケ月もすれば砂埃まみれになる。この作業も学校説明会等に間に合うようにしっかり丁寧に指導した。因みにこの窓ガラス洗浄で腕を上げた補助員の1人が某有名大学の環境衛生担当職員として転職に成功した。  しかし補助員の多くは環境衛生業務を嫌がる傾向にある。そこで興味を持ってもらうために環境衛生業務を『小川高校勝手に素敵化計画』と命名し目的意識をもたせる等を試みる。学校説明会用等の来客スリッパがつぶれて汚いので、次亜塩素酸で消毒塗布し綺麗な雑巾で一つ一つ拭き、ケースに「除菌済み」の表記をして常にベストの状態にする。文化祭等で花笠を利用したビニール傘が不燃ゴミとして捨てられると、飾りを補助員が取り除き、テプラで小川高校貸出専用と傘に貼り、ゴミ箱を綺麗に「貸出専用」傘入れに変更し、管理棟正門に配置した。ただ『小川高校勝手に素敵化計画』をしても補助員の作業は、授業中や教職員が居無い所での作業が多いので気づかれにくい。このため敢えて校舎棟の清掃時には、清掃のお知らせ看板を目立つ所に配置する等もする。先ほどの客用スリッパの「除菌済み」表記も来校者への配慮とともに同じ理由からである。  このように『小川高校勝手に素敵化計画』を進めるうちに、徐々に教職員が普通に「ごくろうさま」「いつもありがとう」と声を掛けてくださるようになった。補助員の業務日誌にも「○○先生に褒められた」との文面が増えた。  前記のような地道で且つパフォーマンスの効いた作業を繰り返す内に教職員の評価が徐々に高まり、再度の「簡単な事務仕事」の依頼が次々と舞い込んでくる。 5 納期交渉が補助員の成長の鍵の一つ  ここで肝心なことは納期である。急ぎの仕事は基本的に受けない。可能な限り十分な納期の交渉に入る。その上で、訓練を開始する。取りあえずの目標は、期限内での納品である。十分な納期により当初ミスが多かった作業が、徐々に改善する。遂には、常に教職員が満足するレベルでの納品が出来る。完璧な納品が出来ることにより、補助員にも見直しの重要性が少しずつ認識されていった。それでもミスがあれば、ミスの原因を徹底的に洗い出す習慣を指導する。「改善指導」は補助員には理解しがたいようだが、その必要性については確実に認識してくる。 6 週間キャリアコンサルティングによるガス抜き  さてこのような指導と並行して、毎週火曜日に週間キャリアコンサルティングを実施する。目的は、長期(トライアル雇用突破)・中期(小川高校の就労)・短期(当面の課題)目標の解説及び前週の愚痴聴きである。なお、無礼講としているので、支援員の態度や口調に対する辛辣な意見も出る。特に指導方法は、毎週確認し、指導の理由や目指す処も解説したうえで指導継続か一旦休憩かの決定を補助員に委ねる。何故なら補助員の人生であり、支援員は情報と就労と転職の訓練を提供しているにすぎないからである。 7 補助員が教職員の戦力となる過程  さて、『小川高校勝手に素敵化計画』を進めると、実施してきた一連の作業は、小川高校にとって既存の事実的作業に変貌する。例えば前記のスリッパ除菌は、外部委託した現在も委託業者に引き継がれた。そして遂にある英語教諭から、通年の夏期講習等の英語と古典の印刷依頼が来た。それ以前にも時折あったが、これほど重要な依頼はなかった。納期の余裕を交渉で得たうえで受注した。その上で『1人でPDCA』をそれぞれ独自に課し、補助員と協議のうえで単なる印刷には両面印刷を、両面印刷には小冊子化を夏期講習等の英語教諭に提案し承認の上で納品した。のちに本件では、2年連続で夏期講習等の生徒約30人各々から感謝状を頂戴した。これには補助員共々に感激した。 8 中期目標は適時変更する  次にk補助員の話に移る。k補助員は「広汎性発達障がい」という障がいを抱える青年である。障がいの他「吃音」に課題もある。今までに記載した各種訓練を経験し、徐々に週間キャリアコンサルティングを実施すると「変わりたい」「指導レベルは落とさないでほしい」を繰り返した。  今回が初就労ということもあり、k補助員には自信をつけさせることが一番だと判断し、それも仕事上は勿論だが、「吃音」の改善が最も効果的と判断し、敢えて応答力の必要な『電話応答』訓練を開始した。取りあえずゆっくり落ち着いて短く話すように指導すると「吃音」が出にくい。  日々の業務中も「吃音」対策練習を指導した。土曜日には支援員が補助員宅に電話し、電話応答訓練も実施した。  実際の高校での電話応対だが、未熟な補助員を電話応対させることで迷惑をかける可能性もある。そこで3つの対策を取る。①高校の代表電話は、最大3件の電話着信がある。このため職員が2人以下になった時に限り、対応を申し出た。②電話応答する際には「こちらは小川高校です。研修中の○○が担当します」と、研修中を強調した。③氏名や要件を聴きながらメモすることが苦手なk補助員のために、いちいち記入させずに済むように「宛先チェック票」に○をつけるだけの方式とした。これらの結果、電話応対中の「吃音」は、ほぼ出なくなる。更に当初苦手だった枚数確認等のチェックもこの自信や『1人でPDCA』訓練の結果、チェック能力が大幅に改善された。  そこで、支援員は大胆な中期目標を再設定する。都立高校の事務最大の業務である「推薦及び一般入試時の出願書類のチェック」にk補助員を参加させることだ。勿論無理に推挙してもチェック担当に組み込まれる可能性は皆無だ。  しかしその日を目標に訓練することは可能だし、参加出来たら更なる飛躍の可能性もある。そこでk補助員のチェック能力の向上の為に『1人でPDCA』の強化訓練をあらゆる場面で課した。  いよいよ『都立高校推薦入試』の事前打合日になり、補助員2名は、審査の出口付近での案内を担当することになった。その際に職員より人数が不足気味の発言が有った。そこで室長に補助員の一人を支援員の補佐に回すことを提案した。不備のあった受験生に案内しやすい旨を伝えたところ、配置が兼任となった。この時にk補助員は2件の書類の不備を発見した。その後の『一般入試出願・合格事務手続』においても、案内との交代制が定着した。このk補助員は、現在神奈川県の某市の職員として頑張っている。 9 あとがき  本発表は主に補助員の保護者様宛に支援員の指導目的や指導方法をお知らせする機会の一つとしている。メルアドを頂いた保護者様には日々の訓練内容等も通知している。 【連絡先】  中村規一 東京都立小川高等学校  e-mail: Norikazu_2_ Nakamura@member.metro.tokyo.jp 障害を持つ人の自己実現と生涯成長に向けた余暇支援の重要性と、 企業就労における効果について ○瀧川 敬善 (東京海上日動システムズ株式会社 GRC支援部課長/東京都教育委員会 就労支援アドバイザー) 1 はじめに  余暇は一般的には日常の義務から解放された自由に使える時間を意味し、労働力の再生産の他にQOL、つまり生活の質を向上させるために欠かせないものであるとされる。このため余暇の過ごし方はライフキャリアの形成に関わってくるが、障害者の余暇支援は本人に「生活の中での楽しみ」を持たせるだけでなく社会生活に向けた訓練やコミュニケーション力の向上の目的も持って行われる。その意味で間接的なキャリア支援(職業支援)ともなっているが、建設的な趣味を持つことは、より直接的に職業能力の向上につながる。今回調査した文献の中でこの点に言及しているものはなかったが弊社の社内喫茶店で働く知的障害のある女性社員の例を用いてこの点について触れておきたい。 2 彼女の仕事と趣味 (1) 仕事  彼女は弊社2階の社員食堂の中にある社内喫茶店で働いている。2010年に特別支援学校を卒業して弊社に入社した現在8年目のベテランで、飲み物やフード作成は何でもこなせるようになっている。毎日250人前後がこの喫茶店を利用するが、彼女はほぼ全員の顔と好みの飲み物を覚えていて、毎回同じものを注文する利用者については券売機に来る前、食堂の入り口に姿を見かけたときに飲み物を作って待っていることもある。社内喫茶店では彼女をはじめ知的障害のある社員4名とチームリーダー1名(業者への発注や券売機の金銭管理等を担当)が働いている。以前は指導員と呼んでいたが、①飲み物やフード作成はメンバーの技量が上がったこと、②その状況で指導員という言葉は差別的となるため、差別解消推進法の施行にあわせて指導員の用語は廃止した。 (2) 趣味  彼女の趣味は三味線で、現在は名取である。次回の準師範の昇段試験を受けると言っている。日々練習して毎週、先生に習っている。 3 障害を持つ人の余暇の現状と課題 (1) 特別支援学校卒業生  石部ら1)によれば2004年、2017年ともほぼ同じ状況で「テレビやビデオを見る」が圧倒的に多く、次いで「音楽を聴く」、「家でゆっくり寝る」、「本や雑誌を読む」であり、家に一人で過ごしていることがうかがわれる。この結果は平日・休日とも同じ傾向である。在校生の過ごし方と異なるのは「喫茶点」、「お酒を飲みに行く」等だがいずれも割合は低い。回答者の3割が「収入や生活費の不安がある」と答えていることと無関係ではないだろう。 (2) 特別支援学校在校生  泉ら2)によれば「テレビやビデオを見る」が圧倒的に多く、次いで「テレビゲーム」、「勉強・宿題」となっていて、家に一人で過ごしていることがうかがえる。この研究は2005年のものだが、上記の卒業生に関する調査結果を見るかぎり10年の差はあまりないものと思われる。 (3) 調査・研究結果から見える、もう一つのこと  上記二つの調査・研究結果から、両者に共通して見られる、もう一つの特徴がある。それは、いずれも、余暇が「自分を高めること」にほとんど使われていないことである。健常者の場合、習い事をしている人は、住信SBIネット銀行の調査3)(対象:20~50代の8万名)によれば27%で、かける費用の1か月平均は12,027円。NHKの調査4)では習い事とは別に、雑誌以外の読書をしている人が36%なのでかなりの差がある(なお、武藤・水内5)の調査では知的障害者が習い事をしている割合は10.9%となっている)。 4 彼女がやっていること  彼女の三味線は実は仕事そのものである。準師範の昇段試験を受けることを決め、それまでの練習の計画を立て(Plan)、練習し(Do)、先生のもとで出来ばえを点検・指導してもらい(Check)、うまく弾けなかったところを改善していく(Action)。従って、これは業務遂行のプロセスである。この姿勢は彼女の生活習慣になっているので自然に仕事にも反映されている。実際に、彼女の仕事振りは非常にしっかりしていて安定している。 5 段階のある趣味は成長が目に見える  段階のある趣味には下記のような様々な利点があり、その多くは就労にとっても良い効果をもたらすものである。 (1) 目標に手が届く  目標が段階にきざまれているのでステップ・バイ・ステップで無理なく次の目標に挑戦することができ、成功体験や達成感を味わえる。   (2) 自分の成長が自分で見える  一つひとつの目標に到達していくことにより、自分で自分の成長が見える。このことが「今はできないことでも練習すればできるようになる」という自信やモチベーションを生む。彼女の場合も三味線を習い始めたころは師範になることは夢にも思わなかったことだろう。 (3) 努力することや忍耐力を得る  努力を重ねて練習しないとうまくなれないし、厳しいことを言われることがあっても先生の指導を受け入れなければならない。会社で働けば上司から嫌なことを言われることもあるが、そういう時の忍耐力を得ることができる。 (4) 積極性や自立心を得る  好きだからこそできることだが、それでも辛い時もある。「好きだからやり続けたい」という、自身の内発的な動機があれば、そういう時でも積極性や自立心を維持し、高めることができる。 (5) 自己選択・自己決定  親御さんが押しつけても本人が好きにならなければ効果は低くなるだろうから、絵画でも音楽でもスポーツでも何でも良いので本人の好きなものを本人が選択するのが良いだろう。自分で自分のことを決めていくことになるし、自分の選択や決定には責任が伴うことを学ぶ機会にもなる。 (6) 地域とのつながりや仲間ができる  教室などに入れば地域に仲間ができる。知的障害者の場合、加齢による労働力低下が早いとも言われていて、ある会社の方からは、“40歳を越えると生産性が落ちてくることがあるので、やむを得ず支援機関に頼んで引き取ってもらい、代わりの人の採用手配を頼むことがある”と聞いたことがある。電車で1時間かけて通っていた会社を離職したとたんに地域の誰ともとつながりがないという状況を避けることができる。 (7) 常に目標を持ち続けられる  流派によって違うようだが書道の場合は10級から始まって5段、準師範、師範まで17段階あるという話を聞いたことがある。小さいころから始めても長い期間に渡って目標を持ち続けることができるので、生涯の成長を支えるものになるだろう。また、たとえ師範にまで到達したとしても先は終わることがないのだろう。 (8) ありたい自分を追及できる  仕事では何らかのかたちで常に他人に管理される。余暇は自分で好きに使える時間なので、自分で選んだことで「ありたい自分」を自由に追及していくことができる。世界的にも、つい数十年前まで障害者は管理や措置の対象であったから、障害者が何らかの分野で自己実現に向けて自由に自分を高めていくことは歴史的な観点でも重要であり、余暇は健常者とは違った重要性を持っている。 6 場所と費用の課題  習い事をさせようとしたら障害児なので断られたという例もある。また、母親が障害児・生徒のケアのために働けずシングルインカムになっていたり、母子家庭であったりするために経済的に余裕のない家庭も多く、場所と費用の問題がある。青年学級が無料で行っているところや、千葉県のように特別支援学校が学校開放講座として実施しているところもある。埼玉県川口特別支援学校6)では2014年から「余暇活動」を正規の授業として全生徒を対象に高等部の先生方の趣味や特技を活かし、多彩な講座を開設している。学校なので書道や絵画・音楽・剣道等、多彩な先生がおられるだろうし、授業の一環なので先生たちの課外の負担もかからない。課外に学校開放の一環として行う場合、学校の施設管理上可能であれば地域の方を講師として行うこともできる。これなら先生方の負担も少なくて済むし、開かれた学校として地域との交流も深まるだろう。 7 まとめ  学校卒業後の学びや交流の場がなくなるのではないかという保護者の不安を軽減することを含め、国も障害者が生涯にわたり、自らの可能性を追及していくことができるように「特別支援教育の生涯学習化」7)を進めることとしている。離職したときには親はすでにない可能性もあるので、地域とのつながりや自分を支えるものを持つためにも趣味を得ることは重要であるが、高等部に入ってからではやや遅いかも知れないので、小さい時から本人の好きなことの中で見つけていくのが良いだろう。 【参考文献】 1) 特別支援学校卒業生の余暇に関する研究  「実践センター紀要」P.77~84 滋賀大学 (2018) libdspace.biwako.shiga-u.ac.jp/dspace/bitstream/10441/ 15336/1/paideia26pp.77-.pdf 2) 岡山県における障害児の放課後生活実態に基づく放課後生活 保障に関するニーズ調査「川崎医療福祉学会誌」P.43~56 (2005) http://www.kawasaki-m.ac.jp/soc/mw/journal/jp/ 2005-j15-1.html 3) 習い事に関する意識調査 P.1 住信SBIネット銀行株式会社 (2011)  https://contents.netbk.co.jp/pc/pdf/enq_110519.pdf 4) 図録 日本人の好きな余暇の過ごし方ランキング   https://honkawa2.sakura.ne.jp/2327.html 5) 知的障害者の地域参加と余暇活用に関する調査研究 「人間発達科学部紀要 第3巻第2号」P.55~61 (2009) https://core.ac.uk/download/pdf/70318657.pdf 6) 埼玉県川口特別支援学校 ホームページ http://www.kawaguchi-h.spec.ed.jp/index.php?page_id=359 7) 文部科学大臣メッセージ 文部科学省 (2017) http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/04/1384235.htm 早期就職のこだわりを捨て、セルフコントロールできるまでのプロセス   ◯近藤 ゆり子(株式会社LITALICO LITALICOワークス五反田 就労支援員)  柳田 貴子 (株式会社LITALICO LITALICOワークス事業部 関東第3グループ) 1 はじめに  就労移行支援事業の役割として、就職の支援だけではなく、就労・働き続けていくための支援が重要である。そのため多くの場合、利用者が働き続けるために何が必要かを訓練中に見出し、自身で対処できるようになってからの就職になり、そこには一定の時間を要する。  しかし、「一日でも早く就職したい。でも、支援がほしい」と希望し、初回インテークに訪れる方は全体の半数近くにのぼる。本事例もその一つである。  先述の通り、長く働き続けるための基盤づくりは地味で時間もかかり回り道のように見えてしまう。本人の意向には応えたいものの、私たちはその一人の人生に視野を広げて応援し、役割を果たしていきたいと考える。  その葛藤の中で最短就労を実現するため、利用者の真のニーズを見極めて支援を構成し、セルフコントロールができる状態で就労にむけてスタートした本事例を通して、そのプロセスを改めて振り返っていきたい。 2 事例詳細 (1) 基本アセスメント  Aさん、30代女性、診断名は不安障害。症状によるものだけでなく、シングルマザーゆえ子育てや将来の教育費への不安など悩みは尽きない。過去に大量服薬による自殺未遂歴あり。 ア 印象  整った顔立ち、目力が強くハキハキ返答するため、なんでも器用にこなせそうなイメージを持つ。当然周囲からは健常者として見られ、そのギャップが苦しさの原因でもある。 イ 思考や行動  これまでの職歴はすべて激務であったため、髪を振り乱してでも助けは求めず自分でやり切るのが、働くスタイルとして当たり前になってしまっている。「やりきりたい!精度の高いものにしたい」と責任感が強みである反面、完璧主義で目標が高い傾向があり、支援員の声掛けにも「大丈夫です!」と条件反射してしまう。 ウ 利用期間 ・初回インテーク X年9月 ・利用開始    X年9月+2ヶ月 ・就労開始    X年9月+8ヶ月 (2) 家族構成  両親、A、娘(小学生)。  生活の拠点は実家であるが、娘と二人の部屋もあり、週末等はその部屋で過ごしている。親にはできるだけ頼りたくないという思いもあり、実家へ生活費を入れながら貯金をやりくりして暮らしている。 (3) 本人主訴 ア 生活に対する意向  両親がいなくなった後も自立して生活し、子どもが大きくなったときに帰ってこられる場所を守っていたい。 イ 就労に関するゴール目標 ・低空飛行でも安定した心で、定年まで働きたい。 ・長い目で見て安心して働ける環境は大事。でも経済的事情で早期に就労したい。貯金は切り崩したくない! ウ 初回インテークやアセスメント面談での主訴 ・一人で就活するとつぶれてしまうかもしれないので、何かの支援は受けたい。とにかく時間がない。  以上から、私たちのような通所型ではなく登録型の社会資源を勧めたり、人材紹介会社の情報を提供するも、腑に落ちない様子だった。Aさんと関わっていく中で、「不安解消のために早く働きたいが、自身での就活や職場定着にもさらに不安がある。一人になりたくない。信頼でき相談できる軸がほしいのでは」と見立てた。 3 支援過程 (1) 働く障害の発見  体験利用中に退職し、本格的に通所し始める。Aさんの希望に沿い、早期就労を目指した取り組みを開始した直後、以下のような働く障害が浮き彫りになった。 ア デマンドを振りかざす日々  訓練時間中、全支援員をつかまえて延々と同じ話をしてまわる。それ以外にも長時間の面談を頻繁に希望する。 イ 過食や自殺リスク  モチベーションが下がると通所しなくなる。諦めモードになると自殺リスクが上がり、過食をしてしまう。 ウ 支援員への依存  訓練後、頻繁に泣きながら電話をかけてきて長時間の対応を希望する。 エ 口癖  「私できます、やります、頑張ります、大丈夫です」と言うが、実際は大丈夫ではなく、しんどさのサインである。 オ 障害受容ができず、感情の波が激しい  自他ともの障害を受け入れられずに自己肯定感が下がり、怒る、泣く、落ち込む、通所しない。 (2) Aさんの希望する就職にむけての同意書  私たちはケース会議で、Aさんの望む「定年まで一ヵ所で、低空飛行でも安定した心で働きたい」を実現するためには、早期就労よりもセルフコントロールが有効との仮説に至った。  そこで「Aさんの希望する就職にむけての同意書」を作成し、セルフコントロールを目指した上での就労ができるよう提案を行った。同様に支援員も相応の覚悟をもって支援していくことを約束した(図)。 (3) プロセスを見える化した個別支援計画  Aさんは不安や焦りが強くなっていたため、個別支援計画に応募までのプロセスを事細かに記載し、モチベーション維持とセルフコントロールができるよう計画を明示した。就労するためにどこまで準備が進んだのか、双方で日々確認を怠らないよう徹底した。 ア 訓練内容  就職活動(障害者雇用、定着支援、就活の全体像)自己分析、障害説明等のプログラム参加、障害や困り感の振り返りシート記入、合理的配慮検討資料の作成を行った。 イ 体験実習:計2社  事務補助7時間×3日間、事務補助6時間×4日間 ウ 雇用前実習:計2社  事務7時間×3日間、事務7時間×2日間 エ 家族の理解促進  自宅で体調不良になることも多かったため、支えてくださる家族むけに、障害者雇用の基礎知識プログラム等の機会を提供し、理解を深めていただいた。 4 介入の結果  Aさん、支援員が覚悟を決めて同じ目標に向かうことができ、次のような効果が見られるようになった。 (1) ニーズへの気付き  「早く就職したい」というデマンドではなく、「安心できる人と長く働きたい」というニーズに本人が気づき、自分の言葉で説明ができるようになった。周囲が理解し応援してくれるようになった。 (2) 自分の弱みの開示  雇用前実習を終えた採用面接でのAさんの言葉である。『実習は2日間時短だったので、集中しパフォーマンスも出せましたが、実際就職しフルタイムとなるとこの2日間のような動きはできません。ハイパフォーマンスを見せたくなる性格なので、長期安定して就労するためには、この2日間をベースにされてしまうと苦しくなってしまうと思います。』『私、スロースタートができないんです!どんどんやってしまうんです!だから相談させてほしいし、障害者雇用で働くことも初めてで不安です。だから、守ってほしいのです。』  以前は絶対見せなかった弱みを開示したことが、Aさんの強みとして昇華している。攻撃的な反応、自殺リスクもなくなった。 (3) 応募企業からのフィードバック  企業担当者から自己理解の深さに感嘆され、複数社から入社オファーが続出、結果好待遇の就職を勝ち取った。 5 まとめ  今回のポイントは、早期就労という本人のデマンドに振り回されず「本人の望む生活」に視点を向けた同意書を介してAさんと支援員の両者が覚悟を決め、個別支援計画を徹底して共有しながら支援ができた点と考える。  現在Aさんは、就労先の企業がより多様性を活かして進んでいけるよう、社内啓蒙にむけた「ダイバーシティオリジナルハンドブック」作成に取り組んでいる。 院内雇用における採用と配置の工夫 ~作業の切り出しと環境特性、作業特性、本人特性の組み合わせ~ ○三上 浩平(医療法人社団厚仁会 秦野厚生病院 作業療法士)  若松 陽子・胡桃澤 直子(医療法人社団厚仁会 秦野厚生病院) 1 はじめに  近年、障害者雇用の法定雇用率改定や精神障害者の雇用の義務化、特に精神障害者の雇用を取り巻く環境は大幅に改善されてきている。しかし、知的障害者や身体障害者と比較すると精神障害者の定着率が低いという課題がある。  退職の主な理由として「職場の雰囲気・人間関係」、「疲れやすさ」、「症状の悪化と」いった個人的理由が挙げられ1)ており、環境や障害特性が退職の要因となっていると考えられる。  特に障害特性として「慣れるのに時間がかかる」、「評価に敏感」、「あせり先走る」、「容易にくつろがない」2)などがあり、それらが職場・周囲の人間に対する「安心」や「慣れ」に時間を要する傾向がある。  この様なことを踏まえ当院は、デイケアで行われている就労準備段階から「人・作業・環境」3)の視点で本人を捉え採用から配置、作業の切り出しを行っている(図1)。  今回、この「人・作業・環境」の視点での関わりを行ったことにより退職を回避でき、現在も当院で働き続けている事例があるため報告を行う。 2 当院の紹介  当院は精神科単科の病院であり、最寄り駅から徒歩7分程と立地に恵まれている。当院の採用、配置の方針として「当院で働きたいと思う人は雇用する」「その人ができることをやってもらえばいい」がある。  障害者雇用に関しては今まで散発的に行っていたが、平成24年から本格的に障害者雇用を始め、現在は12名採用(内20~30時間/週は3名)している。  また、安心して働いてもらうため障害者雇用を統括する課「サービス支援課」を創設。採用後はそこに配属され各署に派遣する形をとっている(図2)。 3 事例紹介  A氏 年齢30代 女性 診断名 社交性不安障害  中学不登校で以降、引きこもり。自宅でインターネットと飛行機の写真撮影をしていた。不安などを訴え当院を受診。当時、就労経験はなく、通院は家族の同伴が必要な状態。  小さい頃から細かい作業が好きで、人との交流は消極的。単独で通院できるなど状態が落ち着いてきたため本人が希望していた就労を主治医が提案、デイケアにつながり半年ほどで当院に採用。 4 職業経歴 (1) 採用~5ヶ月目  認知症病棟に派遣。当時は週3日午前中3時間勤務から開始。主な作業は病棟内清掃、入浴後の患者様に対しドライヤーで髪を乾かすというものだった。就労前から「老人と関わる事は好き」「清掃も好き」と話し、体験段階から作業は丁寧で問題は見られなかったこと、また指導者との関係も良好であり、認知症病棟で同様の業務をする人間がもう1名必要であったことが派遣の決め手となった。  しかし、認知症病棟ということもあり、予想外の清掃やドライヤー中の暴力等があり「すごく疲れた」「もう辞めたい」という発言が聞かれたため、本人及び支援課を交えて派遣先の変更を検討。 (2) 5ヶ月目~11ヶ月目  当初の希望も考慮し、認知症共同生活介護(以下「GH」という。)へ派遣先を変更。作業内容は清掃・食材・日用品の買い出し、昼・夕食作りであった。A氏は日常から家事を担っていること、GHは入居者様の状態が安定しており、予想外の出来事が起きにくいことが変更の決め手となった。  しかし、ここでは毎食後に食品交換表を用いてカロリー計算を行う、昼・夕食の献立をバランスよく考える、業務の特性上、明確な休憩時間がないといったことによりA氏の疲労が徐々に蓄積されていった。栄養や料理を専門的に学んでいない本人にとって、食品交換表を用いてのカロリー計算や献立作りは負荷が大きいと判断。派遣先にも作業内容の見直しを依頼したが、現状として難しいとの回答であった。  その様なこともあり、本人から「辞めたい」という言葉が聞かれ主治医の判断で1ヶ月の休職となる。 (3) 11ヶ月目~現在  復職が近くなり支援課と打ち合わせを実施。本人の希望も大切だが、今までの作業では本人の許容範囲を超え、障害特性が顕著になることが考えられたため、精神的負担が少なくなる作業が必要となった。そこで変化が少なく、カロリー計算などの複雑さも少ないシーツ交換や物品の定数管理・ピッキングへの転換が最良と判断。それらの作業にはサービス支援課の先任がいたが、全体のバランスを考え配置調整を実施。それと並行し本人にも派遣先の変更を提案、了解を得たので派遣先を変更した。  現在、A氏の最長となる9ヶ月勤務できており、週15時間労働となっている。将来に関して伺うと、「ゆくゆくは週5日働きたい」と話す。 5 長く働くためのバランス  これまでの経験から、本人が安心して長く働くために必要と考えられるバランスを図3に示す。 6 考察  昨今、障害者の就労支援の課題として「精神障害者の定着支援と障害特性の理解」がある。  退職の理由は先にも挙げたように、環境と障害特性によるものが大きい。特に障害特性は環境により引き起こされることが多く、環境と障害特性は密接な関係にある。また作業と障害特性、環境と作業も密接な関係にあり、それらのバランスをとっていくことが安心して長く働いてもらうために必要と考える。  特に精神障害の場合、若年が好発時期ということもあり、発症すると以降の社会経験が乏しくなってしまうことがある。そのため、仕事において自身の力量と求められる作業の量や質のバランスを保つことが難しく、無理をしてしまったり、焦ったりしてしまい求められている結果に届かず、同様の作業に対し苦手意識を持ってしまったり、自責的・他責的になりパフォーマンスが低下してしまう事がある。  企業により事情が異なるため一概に言えないが、「この作業をしてもらうためには…」という視点から「この人はどのような作業が向いているのか…」「どのような環境であればパフォーマンスを保ちやすいのか…」という視点で見ることで、新たな発見につながり、退職を防ぐひとつの手段になるのではないかと考える。しかし、これを企業のみで行うのは難しい場合もあるため、支援機関との連携を保っていく必要があると考える。 7 おわりに  今回の事例を通して感じたことは、「アセスメントを細かく行ったつもりでも穴がある」ということである。もちろん根底には自分自身の至らなさが大いにあるが、【物は試し】ということわざにあるように、何事もやってみないとわからないことが多い。特に院内雇用という本人にとって利点が多い条件ではあるが、それでも周囲の障害理解は不足を感じた部分はある。また、関わることにより各署の作業の煩雑さ、複雑さが見え作業改善に至るなど、思わぬ副産物を得ることもできた。  やってみて、出た結果に対し柔軟に対応していくことの必要性を学んだ事例であった。 【参考文献】 1) 厚生労働省職業安定局:障害者雇用の現状等  https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11601000- Shokugyouanteikyoku-Soumuka/0000178930.pdf 2) 昼田源四郎:統合失調症患者の行動特性、その支援とICF.金剛出版. 東京. 2007 3)(社)日本作業療法士協会 保健福祉部:就労支援と作業療法「働きたい」を支える作業療法    http://www.ot-nagano.org/data/kyoukai001.pdf 【連絡先】  三上 浩平  医療法人社団厚仁会 秦野厚生病院 精神デイケア  〒257-0003  神奈川県秦野市南矢名2丁目12-1  TEL 0463-77-1108 e-mail:info@hatanokousei.jp これなら働ける」を応援する地域づくり −精神障害を有する人に対する就労支援の新しい枠組み− ○清水 一輝(愛知医療学院短期大学 作業療法学専攻 助教)  港 美雪 (尾張中部ワークシェアリングプロジェクト)  堀部 恭代(訪問看護ステーション ブルーポピー) 1  はじめに  我が国では、障害者雇用率制度において民間企業の法定雇用率が2018年4月1日に2.2%に引き上げられた。障害者雇用義務の対象に精神障害者も加えられ、障害者雇用を促進する取り組みが進められている。H28年3月時点で福祉的就労をしている障害者は約30万人おり、福祉的就労から一般就労への移行は年々増加傾向にあるが、2015年度でも4.1%という低い数値にとどまっている。現在の障害者雇用の支援では福祉的就労を用いた一般就労への移行の効果が十分に得られているとはいえない。  作業療法の支援対象として、精神障害者の就労支援は近年注目されている。作業療法士の行動目標として示されている「第三次作業療法5カ年戦略(2018-2022)」においても、「作業療法士による就労支援実績と支援モデルを提示し、他職種、他団体との交流を図る」ことが重点事項として挙げられている。しかし、その一方で就労支援に携わるものが少ない1)こと、就労支援の知識・技術を含めた実践方法が確立できていない2)ことが課題とされている。  筆者らは、新しい就労支援の枠組みである「ワークシェアリング」を実践している。その取り組みが、精神障害を有する人の就労支援にとって有効であることはもちろん、作業療法士の役割を明確にし、就労支援の新しい支援枠組みを提示することができると考えられる。今回は、プロジェクトの概要とその実践について報告する。   2 作業療法の支援モデルの変化  作業療法では歴史的に大きな支援観の変化があった。1970年代には、医学モデルに基づいた作業療法が主流の時代であった。医学モデルでは還元主義的な作業療法が行われ、本人の望む課題を達成できない原因が当事者自身にあると考え、目標となる活動を実現するために本人の能力を高めることが必要であると考えられていた。  1980年代以降、作業療法の活躍の場が医療の現場だけでなく保健福祉の領域へと広がって行った。その一方で、対象に脳血管疾患のように完全な機能回復が望み得ない対象者が増加し、医学モデルでの作業療法について葛藤が生まれ始めた。  1990年代になると,医学モデルから作業モデルへと、作業療法モデルの転換が言われるようになった。作業モデルでは、本人の望む課題を達成できないのは、本人だけの問題ではなく環境要因やその課題自体の要因など、様々な要因が関連しあっていると考えられるようになった。それに加え、対象者自身の大切にしている課題を明確にし、クライエント中心の作業療法実践を進めていくことが重要とされるように変化していった。 3 精神障害者就労支援の課題  精神障害者の就労では、従来「働くことはストレスになる」という支援観があり、医学モデルで当事者を捉えることや障害のない人を想定した労働環境に順応させるような支援をしているため支援がうまくいかないことも多い3)という指摘がある。伝統的な精神障害者に対する就労支援においては、職業レディネスの概念に沿った支援が行われることがある。職業レディネスは段階論的な発想であり、その背景には従来の医学モデルの支援を基盤とされている。精神障害者の就労支援においては、医学モデルを基盤とする職業レディネスの概念に沿った支援では、十分な支援ができていない可能性がある。  就労を支援する方法としては、「保護的な環境で職業訓練してから就労する(train-then-place)」という方法が一般的であった。近年では、このような方法論に代わって、「早く就労の現場に出て仕事に慣れながら訓練する(place-then-train)」方法が有力となっている。しかしながら、訓練で獲得したスキルを実際に就労した職場で汎化することができず,精神障害者の就労には必ずしも効果的でない4)との指摘もある。新たな支援方法においても、依然として課題が残されている。 4 尾張中部ワークシェアリングプロジェクトについて  「働きたい」という思いを持ちながらも働く機会がない精神障害者を対象に、尾張中部ワークシェアリングプロジェクト5)として就労支援を行っている。2015年にプロジェクトを立ち上げ、月に2日、4時間の働く機会を作り、雇用主が「してほしい仕事」を提供しやすい工夫を提案し、当事者が「これなら働ける」を試し考えながら仕事をすることを応援している。本プロジェクトにおいては、当事者に対する支援はもちろん、雇用主に対する支援も行っている。プロジェクトの趣旨に賛同し、参加を希望する精神障害を有する人は、尾張中部障害者就業・生活支援センターに登録をしてから参加を開始する。 (1) プロジェクトの支援モデル  地域に住む精神障害者に関する研究において、ストレスが伴う作業であっても満足感につながることはより良い休息となる、作業的健康観を反映した積極的な作業参加は健康観を取り戻せることが明らかになっている。就労に置き換えれば、当事者にとって働く経験が満足感につながっているかどうかを大切にし、本人にとって満足のいく働き方であれば継続して働ける可能性がある。さらに、自分なりにこんな風に働けると健康になれるという、働くことの目的を明確にすることで、自分が健康な状態で仕事を継続できる可能性がある。  尾張中部ワークシェアリングプロジェクトでは上記の知識に基づき、自分はどんな働き方をすることが健康なのか、自分は働くことで何を実現したいのか、その二つを当事者がデザインできるように当事者主体で働き方を検討している。そこでは、「働きたい」という思いを持った当事者はその時から働くことができるという考えのもと、当事者に変化を強いるような支援ではなく、雇用主に対してもどのようにすれば働く機会を提供できるかを共に考え、当事者の「働きたい」という思いを実現できるような状況を整えられるように取り組んでいる。 (2) 当事者への支援  当事者に対しては、「これなら働ける」と思える働き方を自ら見出せるように支援しており、初回利用時に面談を行い、「働くことでどんな状態になりたいのか」を聞き出すようにしている。その後は、3ヶ月に1回定期的に面談し、本人の思いと目標、自分に合う働き方、今まで働いた経験と支援者からの見立てをもとに話し合う機会を設けている。  上記のような支援の中で大切にしていることは、支援者が主導権を持つのではなく、当事者自身に主導してもらうことである。当事者にとって、「これなら働ける」と感じていることを仕事の中で試すことができること、「これなら働ける」という可能性を広げられる仕事の内容を経験できることを大切にしている。そのような経験を重ねながら、当事者が主体となり、自分で自分の働き方を考え、再構築していくことを支援している。 (3) 雇用主への支援  企業に対しては、どんな働き方だと応援しやすいかについて確認し支援している。雇用主の立場から見た「応援しやすい仕組み」を探求し、応援しやすい状況をつくる取組を提案している。具体的には、働く頻度、時間、仕事の内容はもちろん、職員のニーズを集約し解決する仕組み、全体で共有された仕事提供の仕組み、仕事提供の判断に必要な多様な情報を知る仕組み、などが、応援しやすさに重要な要件であることがわかってきた。  仕事をシェアリングするプロセスには、1)意味のある仕事のデザイン、2)互助への期待と関わり、3)結果の受け取り、4)共創プロセスへの関心、5)共創力への展望というプロセスがあることが明らかになった。雇用主を支援する際には、雇用主にとって意味のある仕事になっているか、結果をどのように受け取っているのか、仕事を一緒に行うための仕組みができているか、などを確認しながら、その中で課題となっていることを解決していくことが必要である。 5 まとめ  本プロジェクトの新規性は以下の2点である。1点目は、段階論的な支援ではなく、「働きたい」という思いを持った当事者はその時から働くことができるという考えを持っており、当事者だけでなく雇用主への支援も同時に行なっている点である。2点目は、当事者に寄り添い、当事者が主体的に働き方を考えられるよう支援している点である。実際に働く中で当事者がどのような経験したのか、その経験をどのように受け止めるのか、「これなら働ける」と思える働き方は何かを自ら見いだせるよう支援をしている。  精神障害者の就労・雇用に関する法整備は進んできており、これからは新しいプログラム、新しい方法論を考えていく必要がある4)と言われている。今回紹介したワークシェアリングプロジェクトはまさに、精神障害を有する人の就労支援のための新しい枠組みである。今後もこの取り組みを継続し、有効な支援方法を探求していきたい。   【参考文献】 1) 大川浩子:精神科領域での就労支援 −作業療法士が就労支援に取り組むために−北海道作業療法32.4:203-210. (2015) 2) 香田真希子:OTが就労支援を実施するにあたってのバリア パラダイム転換の必要性.OTジャーナル40:1128-1131,(2006) 3) 田中英樹:統合失調症の就労支援・社会で働くことの意義はどこにあるのか.SchizophreniaFrontier10 251-255. (2009) 4) 橋本学:精神障害者の雇用・就労への支援-過去・現状そして今後の展望-.リハビリテーション医学54.4.283-288. (2017) 5) 港美雪他:インクルーシブな雇用支援に向けた地域連携のプロジェクト: 地域の発展に資する大学の社会貢献を目指して. 愛知医療学院短期大学紀要 7.109-113. (2016) 【連絡先】  清水 一輝  愛知医療学院短期大学 作業療法学専攻  e-mail:shimizu@yuai.ac.jp ワークサンプル幕張版(MWS)新規課題の開発状況  −精神疾患を有する休職者への活用効果の検討− ○八木 繁美(障害者職業総合センター 研究員)  知名 青子・前原 和明・山科 正寿・戸ヶ崎 文泰(障害者職業総合センター) 1 はじめに  職場適応促進のためのトータルパッケージ(以下「トータルパッケージ」という。)の中核的ツールであるワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)の開発から十数年が経過し、障害者支援部門では、現在の実務に即した、従来よりも難易度の高い作業課題として、「給与計算」、「文書校正」、「社内郵便物仕分」の開発を進めている。本発表では、精神疾患を有する休職者に対する試行結果をもとに、新規課題の活用が利用者にどのような気づきをもたらしたかについて検討する。 2 新規課題の概要  「給与計算」は、パソコン画面上に提示した社員1名分の給与計算に必要な社員のデータと、手続きを記載したサブブック及び社会保険料の表を参照しながら、給与計算事務の一部を模擬的に行う作業である。  「社内郵便物仕分」は、仮想の会社に届いた郵便物を、仕分けのルールに従い、組織図や社員名簿を参照しながら、定められたフォルダーやボックスに仕分ける作業である。  「文書校正」は、手続きを記載したサブブックや報告書作成規定を参照し、校正刷と原稿を照合し、校正を行う。  MWSの各作業課題と同様、難易度を示すレベルを段階的に設定している。従来にない特徴として、資料を参照しながら行う作業を想定し、資料に記載されたルールを正確に読み取り、適切に適用する力を把握することを狙いとし、サブブックの活用を前提としている。   3 方法 (1) 対象者 ① Aさん 30代 適応障害、広場恐怖症  大学在学時に広場恐怖症と診断され、治療により寛解。商社に入社後、秘書業務に従事。同部門に異動し5年目に、職場の人間関係をきっかけに体調を崩し休職。4ヶ月経過時に復職支援プログラムを受講。「意思表示をすること」を目標としている。支援者からは、先読み過ぎ、深読み過ぎの傾向を指摘されていた。総務課での復職を予定。実務では、郵便物仕分の経験がある。 ② Bさん 40代、双極性障害  高校卒業後、印刷業務に従事。同僚とのコミュニケーションや業務内容の変更への対応に課題があり、頭痛などの身体症状による欠勤が増え、30代半ばで休職。双極性障害と診断された。約2年間の休職後に復職したが、断続的な欠勤が続き、2回目の休職を指示された。安定した継続出勤のための生活リズムの確立を目標とし、復職支援プログラムを受講。新規課題と類似した職務の経験はない。 ③ Cさん 30代 適応障害  人事総務担当として勤務9年目に異動を命じられ、直後から食欲不振や動悸などの症状が出現し休職。約1年経過後に復職支援プログラムを受講。「復職後の働き方を考えること」を目標の一つとしている。事業所からは、非常に優秀で向上心があると評価されている。給与計算、文書校正、郵便物仕分の実務経験がある。 (2) 実施手続き  障害者職業総合センターにて、担当研究員が個別に実施。Aさん及びCさんに対しては、復職支援プログラム2ヶ月経過時に、「給与計算」「文書校正」「社内郵便物仕分」の簡易版を実施し、結果のフィードバックを行った。Bさんに対しては、復職支援プログラム受講1ヶ月半経過時に、「文書校正」「社内郵便物仕分」の簡易版を実施。結果のフィードバック後、「社内郵便物仕分」の訓練版を活用し、正確性向上のためのトレーニングを行った。 4 結果 (1) Aさん ① 簡易版の結果  「社内郵便物仕分」では、宛名が組織図の部課名と一致していない郵便物、速達・親展の郵便物についてエラーが生じた。組織図で部課名を確認する行動は観察されず、終了後に、「『代表宛がない』『転送先は海外も国内も同じでいいのか』など作業中に色々考えた」と、課題遂行とは関連がない点について言及をされた。これらのことから、注意すべきポイントのずれが観察された。  「文書校正」では、当初、報告書作成規定を参照せず、原稿と同じ体裁になるよう校正。2枚目で規定を参照することに気づき、1枚目の見直し後、2枚目の校正を行った。1枚目は文字の校正4箇所中3箇所に見落としがあり、2枚目は文字の校正に誤りがなかった。1枚目は体裁に注意が向き、文字の校正箇所を見落とした可能性が推察された。  給与計算では、レベル1で表の参照箇所のエラー、レベル3で端数処理の見落とし、レベル4で通勤手当非課税額と非課税限度額との混同、表参照時の行ズレが生じた。レベル3以降の扶養親族の数に自信がないと述べており、同レベルで情報処理量が増えたこと、不安な点に注意が向いたことなどから、レベル1、2で正確に処理していた箇所にエラーが生じた可能性が考えられた。  フィードバックでは、各課題について本人が不安を抱いていた点と実際のエラーにずれがあったことを共有した。その後、Aさんが作成された復職支援プログラムの報告書には、エラー傾向と対策について自身で整理をされていた。また、復職後のアンケートには、「総務で全ての作業を担当し、研究協力の経験が役に立っている。ミスをしやすい傾向を踏まえ、時間がかかってもよいので正確さを意識し取り組んでいる」と記載されていた。 (2) Bさん ① 簡易版の結果  文書校正については、文字の校正は正確だったが、報告書作成規定を参照せず体裁エラーが生じた。社内郵便物仕分では、宛名が組織図の部課名と一致していない郵便物、速達・親展及び転送が必要な郵便物についてエラーが生じた。作業後、本人の感想から、「宛名に注意が向いていて、組織図や速達・親展を見落としたこと」、「社員名簿の宛先の部課に名前がない場合」の意味を、「封筒の宛名に個人名が書いていない」と理解していたことが明らかとなった。 ② 社内郵便物仕分訓練版の結果  レベル1でルールと組織図を確認。レベル2で仕分け後に見直しの手続きを入れ、レベル2、3と作業が安定した。レベル4では、親展の見落としやルールの見落としなどが生じた。そこで、一度に注意を払う情報量を制限するため、仕分け前に個人宛と部課名宛の郵便物を選別することを担当研究員が助言。本人が取り入れたところ、作業が安定した。レベル5は、実施日により作業が安定せず、エラーが生じた日には、疲れの訴えと共に、「あくび」や「滑舌の悪さ」が観察された。結果をフィードバック後、Bさんが作成された報告書の下書きには、「サブブックを十分咀嚼せずに取り組み、多くのミスを出したこと。疲れが顕著に表れるときにも注意力散漫になる傾向がみられたこと。確認の必要性や疲れた時の対処、メモの重要性を痛感したこと」などが記載されていた。 (3) Cさん ① 簡易版の結果  全ての課題について、数分程度でサブブックのポイントを理解し、指さしや見直しなどの工夫を取り入れ、正確に作業を行うことが可能であった。そこで、Cさんの認知的特性を実行機能の視点から把握するため、ウイスコンシンカードソーティングテスト(以下「WCST」という。)の実施を提案し、本人の同意を得た。WCSTの実施に当たっては、トータルパッケージ開発時に考案した職業リハビリテーションでの応用的な手続き1)に基づき実施した。 ② WCSTの結果  セッション1では正解カテゴリーの切り替わり時に保続性エラーが出現。セッション2では、正反応を維持できず最初のカテゴリー達成に29試行を要したが、その後反応が安定し、終了時点では変更枚数のルールに気づくことができた。セッション2終了後、本人より、「1回目は切り替わりについていけなかった」「2回目は数を数えており、途中で×が連続し脳が混乱した。『落ち着いて』と自分に言い聞かせ、慎重さが増した」との認識を確認した。新規課題の簡易版、WCST及び復職支援プログラムで実施した従来のMWS簡易版の結果から、「経験がある課題の作業遂行力は高いこと」、「混乱した状況においても、自身で対処をし、一定の結果を出す力があること」が推測された。フィードバック時に、これらの点についてCさんと共有。Cさんからは、「経験がある作業については、エラー傾向を理解し気をつけている」「できることとできないことのギャップがあり、周囲に理解してもらえない」との話があった。  その後、Cさんは事業所面談の際に、自身の特性として、初めてやることへの不安感が高いこと、混乱した状態が周囲にはわかりにくいことなどについて自己開示をされた。 5 考察  新規課題の試行を通じ、Aさんは作業遂行におけるエラー傾向について、Bさんは確認行動の重要性などについて、Cさんは自身の特性について気づきを述べられた。  従来のMWS各作業課題は、本事例のように一定のキャリアのある対象者にとっては難易度が低いため、エラーの生起を偶発的に生じたものと捉え、認知的特性の理解に結びつきにくいことがある。     一方、新規課題については、これまでの試行を通じて、難易度の高さと職務との類似性が報告されている。そのため、職場で生じていた自身の行動が、新規課題の試行を通じて再現・把握されることにより、本人の気づきを促しやすいのではないかと考える。また、Cさんのように実務での経験があり、事業所から高い評価を受けている利用者の場合、新規課題における作業結果は高くなることが想定される。この点については、既存課題や神経生理学的検査結果等とあわせて総合的に捉えることにより、本人の強みを把握する作業課題としても機能すると考えられる。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:「トータルパッケージ活用のために(増補改訂版)」(2013) 精神障害者の職場定着に向けた事業主支援についての考察 ~ジョブコーチ支援における事業所内でのケア体制の構築の支援から~ ○近藤 永二(大阪障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 背景と目的  精神障害者雇用が急速に進む中、その職場定着の支援は重要性を増している。一方で、定着支援の進め方や事業所側への支援(以下「事業主支援」という。)をどのように行えば良いのか、という声も就労移行支援事業所等からよく聞くため、定着支援に関してはさらなる具体的なノウハウの蓄積や共有が必要ではないか、と考えている。  最近は、例えば就労上の体調管理を事業所も含め、本人、支援者との3者で行う等、事業所内でのケア体制が重視されてきている。大阪障害者職業センター(以下「当センター」という。)の職場適応援助者による支援事業(以下「ジョブコーチ支援」という。)においても同様に、特に精神障害者については事業所内でのケア体制の構築(事業所が主体的に相談や声かけを実施する体制)を意識して支援を実施している。  本発表では、当センターの精神障害者に対するジョブコーチ支援の実施状況について整理し、職場定着に向けた事業主支援のポイントについて考えることとする。 2 当センターにおける精神障害者に対するジョブコーチ支援の実施状況について  当センターにおいて、過去2年間(平成28・29年度)に実施した精神障害者(発達障害を主とする者は含まず)へのジョブコーチ支援は55件であった。また、職場定着上の支援課題として生じた内容(図1)と、行った支援内容(図2)について集計したところ(支援ケースごとに生じた項目について複数集計した)、精神障害者の支援課題としては、不安・悩み、ストレス、体調管理、コミュニケーションの支援課題が上位であった。支援内容としては事業所への本人の特性や関わり方の助言が最も多く、以下、本人への相談・助言、体調チェック表の導入、ケア体制構築のための支援が多かった。  事業所内でのケア体制の構築に向けて支援を行った結果、構築できたケア体制の内容としては、事業所内での本人への声かけ、事業所担当者による体調チェック、定期的な相談(本人‐事業所)の順に多かった。また、3者(本人‐事業所‐ジョブコーチ)での相談を定期的に行うケースも複数あったが、その後は2者(本人‐事業所)での定期的な相談への移行を目標とするケースが多かった。怒りのコントロールが難しい、やや不合理な不満や訴えが多い等、本人の特性上、相談対応に苦慮するケースについては、本人‐ジョブコーチで相談し、事業所に必要なフィードバックや助言を行う体制とするケースが多かった。   3 事例   事業所内でのケア体制の構築を支援したケースについて、以下の事例を紹介する。 (1) Aさん(女性、統合失調症)  大手機械メーカーの工場に勤務。休職し、納品管理の業務への復職のタイミングからジョブコーチ支援を実施した。業務に慣れた後も、周囲に受け入れられているか、足を引っ張っていないかなど、人間関係や業務上不安になりやすく、事業所からのフィードバックが必要であった。当初から上司1~2名と本人‐ジョブコーチで定期相談を行う機会があったが、その後、本人と上司での定期的な相談に移行するように進めた。その際、上司が単独でも本人と相談を進めやすいように、専用の面談シートを作成するとともに、フィードバックのポイントなどを説明した。また、数度ジョブコーチが面談に同席し、事業所側に助言を行った。以後、事業所にて定期相談をされるようになっている。 (2) Bさん(女性、うつ病)  初めて障害を開示し、保育園での保育補助として就職するタイミングからジョブコーチ支援を実施した。業務への過集中による疲労が高まりやすいことや、いろいろ任せてもらいたいと頑張りすぎること、突飛な発信をする傾向などがあり、どこまで指摘や説明をして良いか、どう関わっていけば良いか事業所側の不安が大きかった。当初は本人‐ジョブコーチで相談し、体調管理等の助言を行い、事業所には障害の特性や関わり方等を説明した。その後ジョブコーチ支援のフォローアップへの移行を図るため、本人‐上司‐ジョブコーチで相談を行うようにし、本人への助言やフィードバックの方法を上司にモデルで示した。上司の本人への関わり方の不安は概ね解消され、必要な声かけや相談を持ってもらえるようになっている。   4 考察 (1) 事業所内でのケア体制構築のための支援  ジョブコーチ支援により改善した支援課題については、体調や環境の変化により今後も起こり得るものであり、例えば、定期相談で業務上の不安に対してフィードバックしてもらうといったような、事業所での継続したケア体制の構築が必要と考える。具体的なケア体制構築(ここでは定期的な相談を取り上げる)の進め方としては、次の流れとなることが多かった。 ア 支援課題へのジョブコーチによる支援  まずは図2にある本人への相談・助言を行うことや、本人のセルフマネジメントにつなげられるように体調チェック表の導入を当初に行うことが多い。また、並行して、支援課題について、障害の特性も踏まえ、対処方法や本人への指導・支援方法、関わり方などの雇用管理の方法について事業所に説明を行っている。 イ 事業所でのケア体制の構築に向けた説明と依頼  その後、本人の定着のために事業所での定期的な声かけや相談といったケア体制が必要と考えられる場合には、その必要性や効果的な体制・頻度について説明や依頼を行い、事業所での取り組みを促す。 ウ 3者(本人‐事業所‐ジョブコーチ)での相談による  ケア体制の形成  しかし、事業所では本人にどのように関わればよいか、といった不安や、声かけや相談のポイントは何か、といった疑問があることも多い。そのため、当初は3者での相談の中で、ジョブコーチが主導的に相談を行う。例えば、本人の不安や体調管理のポイントについてジョブコーチが確認し、必要な助言を行う。その際、事業所にも必要な助言やフィードバックをお願いする。これらの過程を通じて、本人との関わり方や不安・体調管理への助言を行うことを事業所にモデリングし、具体的なイメージの形成を図るとともに、実施してもらう上での不安を払拭していくことが大事である。その際、必要に応じて、事例であったように専用の面談シートを作成することや、体調チェック表を活用することも有効である。その上で、事業所で主体的に相談いただくように依頼し、移行を図る。 エ 2者(本人‐事業所)での相談によるケア体制への移行  3者での相談が安定して行われるようになった後に、2者での相談に移行してもらうように働きかける。また、必要な際には、3者で相談を行い、2者での相談が円滑になされるようにモニタリングや助言を行う。 (2) 精神障害者の職場定着に向けた事業主支援  精神障害者の職場定着上の課題としては、心理的な課題、対人的な課題、体調面の課題が生じやすいが、これらの事業所内で起きる不安等に起因する課題には、事業所でのフィードバックなどの相談や声かけが必要な場合が多く、雇用管理上はケアとしての事業所の関与割合が高くなると言える。一方で、障害の特性や関わり方が分からず、不安を抱く事業所も多いかと考えられる。そのため、事業主支援としての関わりが重要となる。  まずは職場定着支援を行う支援者が、これら支援課題について、障害の特性や関わり方、支援方法等の雇用管理上の助言として説明を行うことが必要である。また、事業所内でのケア体制が望まれるケースでは、その必要性について説明し、ケア体制の形、頻度、本人への相談や声かけのポイントなどを検討していく。その上で、具体的なイメージを形成してもらうためモデルを示し、本人‐事業所での相談に移行していくようにする。  相談で扱うものには体調チェックの活用方法やストレスへの対処方法の助言等のいわば支援としての内容に近いものも含まれており、事業所には馴染みのない場合も多いと思われるため、より丁寧に解説を行うことや、必要に応じて研修を実施する等して、実践方法を説明していくことが必要である。これらについては他の精神障害者の雇用管理にも活用できるものであり、幅広い事業主支援としての観点からも重要であると言える。   5 まとめ  本稿では精神障害者の職場定着上のケア体制の重要性、そのための事業主支援について述べた。まずは事業所を含め本人、支援者と3者で協働して定着を図っていく視点が大事であるが、事業所が本人をサポートし、その体制を支援者がサポートする形に移行できれば尚良いと考えられる。精神障害者の職場定着のための効果的な事業主支援については、さらに具体的なノウハウが積み上がっていき、共有されることを期待したい。 【参考文献】 障害者職業総合センター:調査研究報告書No.109 精神障害者の雇用管理のあり方に関する調査研究(2012) 就労移行支援事業所におけるセルフモニタリングシートを活用した介入 ~躁状態の兆候に対処し、訓練継続に至った事例~ ○田中 庸介(ウェルビー株式会社 就労移行支援部 スーパーバイザー) 1 問題と目的  厚生労働省の障害者雇用状況の集計結果では精神障害者の雇用率向上が例年報告されている。一方、障害者職業総合センター1)によると、精神障害者の職場定着率は就労後3ヶ月で69.9%、就労後1年では49.3%と報告されており、精神障害者の離職率の高さが指摘されている2)。精神障害者の離職要因に関しては精神障害に関連する問題、就業意欲の低下3)などが報告されており、就労移行支援事業所での訓練継続の支障要因としても類似要因が指摘されている4)。  精神症状は主観的なことが多く、日々の行動記録が有効である5)ことに加え、行動記録のフィードバックは望ましい行動の促進に繋がることからセルフモニタリングシートによる介入が有用な支援技法の1つだと考えられる。  本研究は、就労移行支援事業所においてセルフモニタリングシートを活用した支援の有効性検討を目的とする。 2 方法 (1) 対象  40代、男性、双極性障害、精神障害者保健福祉手帳3級保有、訓練期間10ヶ月目で介入を開始。  導入時に、個人情報の管理方法、研究参加は自由意志であること、途中辞退による不利益はないことを説明し、同意を得ている。 (2) 実施期間  臨床心理士資格保有職員によってセルフモニタリングシートを用いて2ヶ月間週1回面談で介入を実施した。 (3) 介入手続き  セルフモニタリングを効果的に実施するには技法の併用が有効であることから、面談技法として目標設定法、ステップバイステップ法を用い、成功体験、励まし、評価、承認の関わりを実施した。 (4) 効果測定 ア セルフモニタリングの評価について  認知行動的セルフモニタリング尺度6)を用いた。 イ 自己効力感の評価について  セルフモニタリングを用いた介入効果として自己効力感に影響を与えることが示されていること、自己効力感は精神的健康との関連が報告されていること7)から指標として特性的自己効力感尺度8)を用いた。 ウ 訓練継続について  通所・退所時に打刻されたタイムカードを用いて訓練日数・欠席数の推移を検討した 3 結果 (1) セルフモニタリング評価について  初回から介入終了時に得点が上昇し、介入終了2ヶ月後まで得点が維持されていた(図1)。 図1 認知行動的セルフモニタリング尺度得点について (2) 自己効力感の評価について  初回は平均圏内(平均80.03点 SD±13.62)よりも高い得点(99点)であったが介入終了時には得点が平均圏内(88点)に減少し、介入終了2ヶ月後も平均圏内(87点)で維持されていた(図2)。 図2 特性的自己効力感尺度得点について   (3) 訓練日数について  1週間の平均通所日数を換算したところ、介入前は週4日であったが介入中に週5日に増加し、介入終了2ヶ月後も週5日通所が維持されていた(図3)。 図3 訓練日数の変化について (4) 欠席数について  介入前には月に4回の欠席が見られたが、介入中は0回に減少し、介入終了2ヶ月後は月に1回であった。 4 考察  本研究は、就労移行支援事業所におけるセルフモニタリングシートを活用した支援の有効性検討を目的とした。  介入開始時にセルフモニタリングシートを活用して現在の状況とこれまでの経過(躁状態の兆候は何か、波はどのようにあらわれるか、どのように対処してきたかなど)を整理したところ、本人より「多弁になっている」「あれやこれやチャレンジしたくなっている」など躁状態の兆候が語られた。そこで、これまでの経過を踏まえて面談で対策を検討し実践を繰り返すことで、介入4回目には「セルフモニタリングシート記入によって自身を振り返ることができ、行動をセーブできている」との発言が伺われるようになった。さらに、介入終了時には「セルフモニタリングシートを基に1週間に1度振り返る機会を作ってもらったことで自分を客観的に見る力がついたと思う」とも語られている。  このように、利用者と支援者で記入されたセルフモニタリングシートの振り返り評価を繰り返した結果、自身の障害理解が深まり対処法の引き出しが増えたことで認知行動的セルフモニタリング尺度得点が向上したと考えられる。また、面談技法を用いて毎回無理のない範囲の目標設定で過活動にならないように調整したこと、面談で検討した対処法を実践して振り返ったことで特性的自己効力感尺度得点が平均圏外から平均圏内に減少、維持された可能性がある。日本うつ病学会双極性障害委員会の双極性障害(躁うつ病)とつきあうため9)によると、①自分の今の気分の状態を良く知ること、②生活のリズムを整えること、③ストレスとの付き合い方を学ぶこと、④これまでの経過を理解することなどが重要とされており、今回の介入と一致するため、通所継続に至った可能性が考えられる。  高すぎる自己効力感は躁状態など精神的健康への影響だけでなく、達成不可能な目標に固執させること10)やリスクが高すぎる選択を生むこと11)が指摘されているため、適切にセルフモニタリングシートの記入内容を評価することが重要である。本事例においては毎回の介入で本人の状態だけでなく実際の行動を評価したこと、再発予防に有効である心理教育12)を面談中に実施したことも有効であった可能性がある。適度に自己効力感が高ければストレスフルな状況に遭遇しても身体的・精神的な健康を損なわず、適切な対処行動や問題解決行動を実践できる13)ことが報告されているため、セルフモニタリングシートを用いて本人の状態を評価して支援することは有意義だと考えられる。  本研究の限界としては、有資格者が介入を実施していることが挙げられ、広く支援員が実践できる環境づくりが必要である。また、今後は本事例に留まらず支援事例を積み重ねていくことで就労支援の技法の1つとして確立していきたい。 【引用文献】 1)障害者職業総合センター:障害者の就業状況等に関する調査研究,調査研究報告書 №.137(2017) 2)倉知延章:精神障害者の雇用・就業をめぐる現状と展望,日本労働研究雑誌No.646,p.27-36(2014) 3)中川正俊:統合失調症の就労継続能力に関する研究,臨床精神医学vol.33,p193-200(2004) 4)橋本菊次郎:精神障害者の就労支援における精神保健福祉士の消極的態度についての研究(第一報)−就労移行支援事業所のPSWのインタビュー調査から−,北翔大学北方園学術情報センター年報 vol.4,p.45-57(2012) 5)野村照幸:問題行動によって措置入院を繰り返す統合失調症者におけるセルフモニタリングシートとクライシスプラン作成の実践,司法精神医学 vol.9,p30-35(2014) 6)土田恭史:行動調整におけるセルフモニタリング-認知行動的セルフモニタリング尺度の作成-,目白大学心理学研究 vol.3,p85-93(2007) 7)坂野雄二,東條光彦:一般性セルフ・エフィカシー尺度作成の試み,行動療法研究 vol12,p73-82(1986) 8)成田健一,下仲順子,河合千恵子,佐藤眞一,長田由紀子,:特性的自己効力感尺度の検討-生涯発達的利用の可能性を探る-,教育心理学研究 vol.43,p385-401(1995) 9)日本うつ病学会 双極性障害委員会:双極性障害(躁うつ病)とつきあうために ver7(2015) 10)Brandstadter, J.,& Renner, G:Tenacius goal pursuit and flexible goal adjustment: Explication and agerelated analysis of assimilative and accommodative strategies of coping,Psychology and Aging vol5,p58-67(1990) 11)Haaga & Stewart:Self-efficacy for recovery from a lapse after smoking cessation,Journal of Consulting and Clinical Psycholoty vol.60(1),p24-28(1992) 12)日本うつ病学会治療ガイドライン Ⅰ.双極性障害 2017 13)嶋田洋徳:セルフエフィカシーの臨床心理学,北大路書房 p47-57(2002) 施設外就労先を活用した中間ステップの設定 ~強い不安感を持つ精神疾患の方への自己理解の促進と自信創出への支援~ ○栄田 知美 (ヴィスト株式会社 ヴィストキャリア金沢駅前 就労支援員)  村田 あゆみ(ヴィスト株式会社 ヴィストキャリア金沢駅前) 1 はじめに(当社の概要)  ヴィスト株式会社(以下「当社」という。)は、石川県と富山県に、就労移行支援事業所を中心とし計7事業所・10拠点を運営している(平成30年8月1日現在)。  就労移行支援事業所では、職業準備性ピラミッド1)の考え方を基盤とした訓練プログラムや実際の就労を体感しながら訓練できる一般企業内での訓練(以下「企業内訓練」という。)、就職活動へのサポート、就職後の定着支援を実施している。平成24年開所後、約6年間で、98名の方が当社を利用し就職につながっている(平成30年8月21日現在)。 2 ケース紹介:Aさんについて  40代、男性、社交不安障害の診断あり。公立高校卒業後、実家を離れ専門学校に通い、新聞配達のアルバイトを行いながら寮生活を送るも、アルバイト先での人間関係のストレスから精神科への通院を開始。  その後専門学校を中退し、2~3か月の期間で職業を転々とし、将来の不安から自殺未遂を行い実家近くの病院へ入院となる。退院後しばらく自宅で療養し、その後病院の作業療法士より就労移行支援事業所を紹介され、当社利用へとつながる。 3 支援の経過 (1) 事業所での様子  利用開始から半年は、当社施設内にて訓練プログラムの受講を中心とし利用をする。JST等でのコミュニケーションスキルの練習やストレス対処方法の検討、ビジネスマナーの知識の獲得を行った。また生活状況を表に記載することで、生活リズムの構築と生活の中での心身面の変化を確認し「休みが2日以上続くと不調になる」ことや「0時を過ぎて起きていると落ち込みが強くなる為23時半頃までに就寝する」こと等の自己理解を進めた。  利用開始から半年程は、緊張度も高く職員に対する被害妄想が発生することもあったが、半年を経過した頃から本人からの相談も増え、職員との人間関係にも安心感を持ち始めた。 (2) 就職活動の状況  本人発信の取り組みとして「今までの就労経験の振り返り」に自主的に取り組む。その結果、今までの就労経験で楽しかったことや辛かったことなど経験の整理は明確にできるようになる。しかし「働くこと」や「企業内での訓練」に強く不安感を抱いている状況は変わらず、「企業」という言葉を聞くだけで耳をふさいでしまう状態。その結果、生活リズムや勤怠などの就労を目指す上での基盤は整ったものの、求人検索や企業見学、仕事体験などの就職活動には進めない状況が続いた。 (3) 支援における課題  「企業」に対し強い不安感を持っている本人であったが、生活に金銭的な余裕があるわけではないことや趣味を満喫したい希望もあり「働きたい」という希望は強く持っていた。施設内での訓練では、これまでの体験を振り返ることは出来たものの、現状の自身と結び付け「何が不安なのか」とイメージすることが難しく、就職活動に対する不安は非常に漠然としていた。  当時の当社の支援方法としては施設内での訓練の次のステップは一般企業内で訓練の実施という支援方法であったが、本人にとってその支援方法は、非常に大きなステップであると感じる取り組み方であった。 4 施設外就労先(サテライト) (1) 概要  当社の就労移行支援事業所では施設外就労先としてサテライト型の訓練の場を設けている。  地域の総合リユースショップと事業提携を結び、バックヤードでの業務を行っている。人手不足で手が回らない業務を「仕事訓練」という形で利用者さんに提供し、仕事訓練の作業を通して個々の得意不得意だけでなく、どのような環境配慮を行うことで作業が可能になるのか等のアセスメントを実施している。  作業内容は、買い取りを行った服の仕分け作業や家電の清掃、ゲームカードの整理、買い物券のスタンプ押し等多岐にわたる。また訓練を実施する際の指揮命令者は当社職員が行うが、バックヤード内は総合リユースショップの職員も出入りする為、一般就労を想定しやすい環境である。 (2) 中間ステップとしての活用  従来の当社の支援方法では、先述した通り本人のステップアップとしてのハードルが高すぎるという課題から施設外就労先を施設内訓練と企業内訓練の中間ステップとして設定を行った(図1)。 図1 スモールステップでの支援イメージ    本人からも「慣れない人がいる場所での経験をしてみたい」との意向があり、施設外就労先の支援員と連携し支援を開始することになる。 (3) 実際の支援  事前に施設外就労先へ職場見学を依頼。施設外就労先担当の支援員より作業現場の見学と実施する業務の説明を行い、開始の段階から一般企業の就職活動と近しい流れでの取り組みを実施。  次の段階である企業内訓練に向けてのステップアップになることが目標となる為、図2の支援体制を構築し、施設外就労先の支援員を一般企業の指揮命令者と見立てることで、企業内での訓練をイメージできるようにする。 図2 施設外就労先を活用した支援体制    本人の強い不安感は継続している為、施設外就労先で訓練を実施した翌日には面談を実施し、本人の不安要素を払しょくしながらの取り組みを実施する。 5 活用後の変化 (1) 自己理解  全6日3週間後振り返り面談を実施。「慣れない道できちんと出社できるかと緊張してしまう不安」「不機嫌そうな同僚とどうコミュニケーションを取っていいかわからない不安」「作業中に発生する自己判断が正しかったのかという不安」「帰宅後に、作業中のミスを自分自身で責めてしまうことの不安」の4点が漠然としていた不安感の内容であることに本人自ら気づくことができた。 (2)就職活動への意欲  漠然としていた不安が具体的になったことで、本人の中で取り組みの方向性が明確になる。本人より「不安に対する対処方法が見つかっていないので企業内訓練で発見したい。」という発言が出たことから、就職を前提としない企業内での訓練に進む。  その後、企業内訓練を1ヶ月間実施し就職活動に向けての自信を持ち、就労移行支援事業所での訓練を開始してから初めて本人より「この仕事をやってみたいです。」と支援員へ求人票を提出する。  結果、就職を前提とする企業内訓練を3ヶ月間実施しスーパーの品出し業務で直接雇用へつながる。 6 考察  今回就職へ結びついた結果の背景には、施設内から一般企業内での訓練に大きな不安感を抱いていたが「施設外就労先」を活用することでその不安が軽減できたことが大きい効果となったと思われる。サテライトは、実際の企業の空間ではあるが、指揮命令者が支援員であることから、環境そのものが就労移行支援事業所の施設内と一般企業の中間に位置できたと考えられる。  そして就労をイメージして取り組むだけではなく、実際に作業を体験し、業務中の様子を支援員間で情報共有し、本人の自己評価と企業担当者と見立てた支援員からの他者評価を具体的に整理することで、自己理解の整理と成功体験による自信の創出につながった。   7 まとめ  現在当社では、訓練プログラムの一環として施設外就労先を活用する取り組みを開始している。就労移行支援事業所の2年間という期限を有効的に活用する為、個々に合わせた支援方法は必要である。  利用されている方々が安心した環境で、一般就労に向けて確実にステップアップできる支援を継続し自己理解と自信の創出ができる方法を今後も検討していく。 【参考文献】 1)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:平成30年度版就業支援ハンドブック,p.16,特定非営利活動法人千葉県障害者就労事業振興センター(2018) 【連絡先】  栄田 知美  ヴィスト株式会社ヴィストキャリア金沢駅前  e-mail:tomomi.eida@visst.co.jp 就労移行支援における精神障害者に対する心理プログラムの効果検討 ○秋山 洸亮(一般社団法人リエンゲージメント 生活支援員) 1 問題・目的  厚生労働省(2006)は、障害者の一般雇用への就労移行を明確に目指した事業として就労移行支援事業を導入した。しかし、全体3割弱にあたる事業所の就労移行率が0%と成果を上げていない状況がある(厚生労働省,2015)。就労定着についても、就労移行後6か月を超える継続的な支援やそれを支えるための保健医療サービス、生活支援システムが確保されておらず、一貫したサービス提供が可能な体制になっていない(大島ら,2010)。しかし、就労移行支援事業所におけるサービス提供の形態や内容も日々変化を続けており、近年の傾向として精神障害者に特化した就労移行支援事業所においては、心理プログラムが行われる機会が多くなっている(e.g.橋場ら,2018)。心理プログラムは認知行動療法などの効果が実証されており、様々な疾患に対して提供することが推奨されている(National Institute for Health and Clinical Excellence: NICE, 2013)。しかし、一方で就労移行支援事業所における精神障害者に対する心理プログラムの効果に着目した効果研究はあまり多く見受けられないのが現状である。そこで本研究では精神障害者に特化した就労移行支援における精神障害者に対する心理プログラムの効果検討することを目的とする。  ところで、昨今のストレス耐性に関する研究にでは、レジリエンスが着目されて来た。レジリエンス(resilience) とは、“困難で脅威的な状態にさらされることで一時的に心理的不健康の状態に陥っても、それを乗り越え、精神的病理を示さず、よく適応している(小塩・中谷・金子・長峰,2002)状態のことを指す概念である。レジリエンスは、さまざまな要因によって導かれる力であるため、誰もが保持し高めることができると言われている(Grotberg, 2003)。ストレスのかかるネガティブな体験によって落ち込んだとしても、そこからしなやかに立ち直ることが就労定着を継続していくためには必要不可欠であると考えられる。特に、仕事上での逆境力のことは「キャリア・レジリエンス」などと言われ、就労定着において必要不可欠な心理的要素であると考えられる。そこで本研究ではレジリエンスに着目し、就労移行支援における精神障害者を対象とした心理プログラムによってレジリエンスがどのように変容するか、また、生理学的指標として自律神経がどのように変容するか、その効果を検討することを目的とする。 2 方法 (1) 調査対象者  精神障害者に特化した就労移行支援事業所に通所する利用者を調査対象者とした。調査にあたり、十分な説明と同意を経て調査を行った。 (2) 調査対象者の病理特性  主診断名はうつ病2名、回避性人格障害1名、広汎性発達障害1名、自律神経失調症1名、統合失調症1名であった。なお、服薬および精神科・心療内科に通院をしており、医師にリワークへの参加同意を得ている利用者を対象とした。 (3) 調査材料  二次元レジリエンス要因尺度(Bidimensional Resilience Scale;BRS) (平野,2010)は資質的レジリエンスおよび獲得的レジリエンスを測定する2因子21項目で構成されており、5件法で回答を求める。資質的レジリエンスとは、ストレスや傷つきをもたらす状況下で感情的に振り回されず、ポジティブに、そのストレスを打破するような新たな目標に気持ちを切り替え、周囲のサポートを得ながらそれを達成できるような回復力である(平野,2010)。また、獲得的レジリエンスとは、自分の気持ちや考えを把握することによって、ストレス状況をどう改善したいのかという意志をもち、自分と他者の双方の心理への理解を深めながら、その理解を解決につなげ、立ち直っていく力である(平野,2010)。本研究では各因子における合計得点を算出し、2018年1月から3月の3か月間のレジリエンス得点の前後比較を行った。 (4) 自律神経測定  陽春堂のMindViewerを用いて交感神経・副交感神経および心拍数を13時から14時の間に測定した。 (5) プログラム内容  プログラム内容についてまとめた(Table1)。 (6) 支援者  臨床心理士2名、精神保健福祉士1名、ジョブコーチ2名、キャリアコンサルタント1名であった。 3 結果 (1) 資質的レジリエンスの変化  資質的レジリエンスの合計得点を算出し、分析を行った。前後比較を行うため、ノンパラメトリック検定であるWilcoxon符号和検定を行った。その結果、有意差が認められた(p <.01)。さらに、効果サイズの算出を行ったところr = .74(95%CL: .29−.92)であった。Field(2005)は、効果サイズに関して、0.1は小さい、0.3は中程度、0.5は大きいと判定している。そのため本研究における資質的レジリエンスについては、0.5を上回り、大きい効果サイズが認められた。 (2) 獲得的レジリエンスの変化  レジリエンスの合計得点を算出し、分析を行った。獲得的レジリエンス合計得点の前後比較を行うため、Wilcoxon符号和検定を行った。その結果、有意差が認められた(p <.05)。さらに、効果サイズの算出を行ったところ、r =.64(95%CL: .10−.89)であり、0.5を上回り大きい効果サイズが認められた。 (3) 自律神経の変化  交感神経(LF)および副交感神経(HF)を数値化して算出し、そのバランス比(LF/HF)を得点として、前後比較を行うため、Wilcoxon符号和検定を行った。その結果、有意差が認められた(p <.05)。さらに、効果サイズの算出を行ったところr =.58(95%CL: .02−.87)であり、0.5を上回り、大きい効果サイズが認められた。 4 考察  資質的レジリエンスおよび獲得的レジリエンス得点の前後比較を行った結果、有意な差が認められた。精神障害に特化した就労移行支援事業所における心理プログラムの効果を調査検討した結果、資質的レジリエンスおよび獲得的レジリエンスが維持・向上することが認められたと考えられる。また、生理学的指標である、交感神経・副交感神経のバランス(LF/HF)の前後比較においても有意な差が認められた。交感神経・副交感神経のバランス数値は疲労感と負の相関にあることが示されており(久保・吉原・吉川,2008)、1以上であれば低い数値の方がバランスがよいと判断できると考えられる。したがって、交感神経・副交感神経のバランスにも効果が認められたと考えられる。  前後比較による効果が認められた。しかし、本研究における研究デザインは無作為比較試験ではなかったことから今後、無作為比較試験による効果検討や、メタアナリシスによる効果検討が必要であると考えられる。また、本研究においては主に臨床心理士や精神保健福祉士がプログラムを行った。就労移行支援の構造上、質の高い心理プログラムを提供することへの難しさがあり、スーパービジョンなどを実施するなど専門職でない支援員でも質の高い心理プログラムを提供するための仕組みづくりを検討していく必要があると考えられる。 【連絡先】  一般社団法人リエンゲージメント横浜  Tel:045-594-8799 e-mail:info@y.reengagement.org 事例報告 精神科作業療法におけるシームレスな就労支援に向けた取組み ~入院から外来作業療法、そして就労移行支援事業所へ~ ○吉浦 和宏(熊本大学医学部附属病院 神経精神科 作業療法士)  石川 智久・渡邉 真弓・韓 侊熙・野中 沙瑛(熊本大学医学部附属病院 神経精神科)  竹林 実 (熊本大学大学院 生命科学研究部神経精神医学分野)     1 はじめに  精神科医療では、社会生活や就労などへ向けたリハビリテーションの一環として、しばしば精神科作業療法(以下「OT」という。) が用いられる。  OTは精神疾患を有するものの社会生活機能の回復を目的として行われるものであり、実施時間は患者1人当たり1日につき2時間を標準とした活動である。内容は手芸や園芸、スポーツ活動などの集団活動によるプログラムが一般的に実施されている。OTの参加者には様々な障害レベルの患者が存在するが、生活機能が高い患者になると、同じOTプログラムの中で、社会生活適応に向けた対人コミュニケーションを学ぶ訓練や、就労などを見据えた役割活動を担う場合もある。このような、OTが提供されている場には、入院と外来の診療、訪問診療でのサービスがあるが、その殆どは入院診療のみで行われており(OT参加者の83.5%)、急性期精神科病院においては参加者の94.8%にも上り、外来の場合は4.2%程度に留まっている。実際に病院を退院すると、精神科デイケアや地域のサービスに移行する場合が通例であるが、患者によっては新たな生活環境に馴染めず、社会参加が遠退くことも稀ではない。  本症例は、入院時にOTの参加が定着し、主体的な活動参加ができるようになった器質性精神障害のある患者である。本症例は入院時において、OTの中で役割を持ち、必要に応じて周囲の参加者の支援などもできる能力を持っていた。しかし、退院後の生活では徐々に引きこもりとなり、当院外来受診以外に外出する機会が減ってきていた。そこで、外来受診と併せて、入院患者と共にOTの場で役割をもった活動を行うように調整すると、参加して2か月で活動参加に慣れてきたようだった。以降は、外来OTの頻度を調整しながら、就労移行支援事業所に体験参加するようになるなど、順調に就労に向けた取組みになっている。  今回、入院と外来OTを併用した介入にて、円滑に就労に向けた取組みが可能となった症例を経験した。以下に取組みの手法や経過について報告する。 2 症例情報  30歳代、男性。学歴は大学卒(教育歴16年)。職歴は事務職(半年)、サービス業(3~4年程度)、その他家事や事務作業手伝いなど。飲酒・喫煙などの嗜好品はやめている。居住は5名同居(父、母、叔父、姉、本人)。病名は器質性精神病(推定罹病期間9年)。障害名は脳悪性リンパ腫放射線療法後の器質性精神障害。現在の症状は軽度精神緩慢、症候性てんかん(抗てんかん薬等にて調整するも、週1度ほど間欠的にてんかん様発作が持続中である)。日常生活能力自立レベルであるが、てんかん様発作が生じると部分発作から徐々に全身に波及して強直様の症状を呈し、1日中動きが取れなくなることもある。精神障害者保健福祉手帳2級取得済み。福祉サービスなどの利用はない。 3 当院におけるOTについて  活動時間は平日の14時~16時。場所は入院病棟内のホール(部屋面積202.8㎡)。活動1回中の平均参加者数は患者15名程に対してスタッフ4~5名(職種:作業療法士・看護師・研修医等)。患者年齢層は10代~90代と様々である。疾患層は認知症、気分障害が多いが(図1)、重い身体合併症のある患者がいるなど障害像は様々である。活動内容は創作活動、音楽鑑賞、軽スポーツ、体操などを日替わりにて実施している。 図1 当院の精神科作業療法参加者 疾患層 4 介入方法  当院OTを用いた介入である(上記文書参照)。以下に入院時の内容と外来時に分けて記載する。 (1) 入院OT  頻度は平日毎日の週5回。14時より活動参加者として各種活動にて作業活動に取り組む。活動に馴染んでくると、事前の13時に来訪し、活動の準備や後片付けする役割を、追加して作業するように設定した。 (2) 外来OT  頻度は週1回。13時の外来受診後、自ら入院病棟内のホールに来訪し、作業療法士と共に活動前に取り組み方を計画し、活動に取り組むようにした。併せて準備や後片付けなどの役割も取り組む。活動後は疲労感や自宅生活などの様子を所定の記録用紙(※COPM含む)に記載してもらい、個別にて作業療法士と活動の振り返りなどの面談を行った。就労移行支援事業所の体験参加が始まると、疲労感やスケジュールに合わせてOTの参加頻度を加減しながら取り組むようにした。 ※Canadian Occupational Performance Measure(COPM):セルフケア、生産活動、レジャーの三分野について、対象者がしたいと思う、またはする必要がある作業を聴取し、各作業の重要度、遂行度、満足度を対象者自身が10段階に評定する。 (倫理的配慮)  本研究の実施にあたっては書面を用いて患者への説明を行い、同意を得て実施した。入院及び外来の診療情報を用いた調査については、熊本大学大学院生命科学研究部等疫学・一般研究倫理委員会の審査を既に経ており、その承諾事項を遵守して実行した(承認受付番号:第622号, 第623号)。また、症例が外来OTに参加する前に、院内で得た個人情報保護が漏洩しないよう約束を行い、書面にて同意書を交わした。そして、OTの役割的な作業が、使役労働とならないよう、取組み方には事前に面談を行い、活動の目的を明確化するなどの配慮を徹底して行った。 5 経過・結果 (1) 入院Ⅰ期:X年~X年+1カ月  幻聴、被害妄想、希死念慮あり。当院閉鎖病棟に医療保護入院にて薬物療法を中心とした治療。意欲の低下もあり、日中臥床した生活を送る。 (2) 入院Ⅱ期:X年+1カ月~X年+2カ月  症状が徐々に落ち着き、OTの参加が始まる。当初は週1~2回の短時間の参加であったが、徐々に活動に慣れ活動に毎回参加するようになる。開放病棟での任意入院となる。 (3) 入院Ⅲ:X年+3カ月~4カ月  馴染みの患者と共に、13時に来訪しOTの道具の準備や活動後は後片付けなどの役割活動にも取り組み始める。活動中には他患者にお茶を配ったりするなどの役割も担う。 (4) 外来Ⅰ期:X年+5カ月~7カ月  外来通院しながら在宅生活となる。てんかん様発作が残存しているため、就労へ関心あるものの行動することはなく、無為自閉的に過ごす。 (5) 外来Ⅱ期:X年+8カ月+10カ月  てんかん様発作は変わらず週1~2回の頻度で生じるが、スタッフの勧めで外来OTが開始となる。当初は疲労感が高かったが、徐々に慣れてくると役割活動が追加されても疲労感増大せずに取り組むことが出来る(図2)。   (6) 外来Ⅲ期:X年+11カ月~12カ月  就労移行支援事業所の見学や体験に主体的に取り組み始める。外来OTにも継続的に取り組み、就労に向けた意欲的な発言も聴取される。活動内でも「周りをよく見て行動する」などの目標を掲げて取り組むようになる(表)。   図2 外来作業療法での活動前後の主観的疲労感(10段階評価) 表 外来作業療法時のCOPM(抜粋;遂行度&満足度) ※最上段の期間は評価のタイミングを示す。 ※表中の斜線部は評価時に挙げられてなかった活動課題。 6 考察・結語  現在の精神科医療保健福祉の施策は、Hospital basedからCommunity basedの支援へ変換されつつある。入院患者にとって退院後の生活は、環境の変化だけでなく、周囲の支援者も変わってしまうため、在宅生活に慣れるまでに時間を要し、就労に向けた取組みが停滞してしまう場合がある。本症例のように入院時にOTに取り組んだ馴染みの場を活かした外来通院でのOTは、活動参加に負担感が少なく、円滑な就労支援に結び付いたよう思われ、退院後の社会生活が困難になった者たちを支援できる手立てとして有効であったように考えられる。 【参考文献】 1) 日本作業療法士協会:「作業療法白書2015」p.44-49,株式会社 三栄ビジネス(2017) 2) 橋本 衛:「高次脳機能障害者の就労・復職支援のために」p.11-30,熊本大学大学院生命科学研究部神経精神医学分野(2018) 就労移行支援事業を利用した復職(リワーク)支援の実践 ~実労働系訓練と認知系プログラムの一体的支援モデル~ ○工藤 達(就労移行支援事業所 就労サポート・のだ サービス管理責任者) 1 はじめに  平成29年度から休職期間中の復職を目的とした就労移行支援事業の利用が認められるようになり、当事業所でも平成30年3月から相談を受け、残り4カ月の休職期間で復職を実現しなければならない状況で支援を開始する。  復職を目的とした就労支援計画は実労働を中心とした訓練と認知行動療法プログラムを一体的に本人に提供した結果、 4カ月間での復職を実現し、職場定着においても順調に就業を継続できている。本事例から就労移行支援事業の復職支援のポイントや課題を整理し、精神障害者への効果的な支援について報告する。   2 事例紹介 (1) 事例  対象者(Aさん、20代後半、女性)は、大学卒業後、管理栄養士として就職して順調に就業していたが、職場の異動をきっかけに仕事が思うように進まなくなり、抑うつ、不眠が見られ、うつ病の診断を受け、休職に至る。  対象者はもともとまじめで几帳面な性格であり、完璧主義な面も見られ、家族からのプレッシャーにより症状を悪化させ、1度入院することもあった。退院時には一人暮らしをするようになり、家族と距離を置いたことにより症状が改善し、地域活動支援センターの利用を始める。不安が強くなると症状が悪化し、抑うつや不眠が見られ、地域活動支援センターでも活動できなくなってしまうことも見られていた。 (2) 支援経過  当事業所が実施しているメタ認知トレーニング(MCT-J)の情報を対象者が地域活動支援センターのプログラムの中から知ることから始まり、地域活動支援センターのスタッフ同席のもと、復職支援の相談を受ける。3月に復職支援計画(案)を 作成し、4月から就労移行支援と地域活動支援センターとの併用での利用を始める。5月に就労移行支援を終日利用とし、利用状況からリハビリ出勤の実現を目指し、6月のリハビリ出勤を経て、7月に休職が解かれ、復職が実現した。 (3) 一体的支援モデルの概要 ア 就労移行支援:開始時期(生活リズム構築のアプローチ)  地域活動支援センターの利用状況から朝の利用時間が 安定していなかったため利用時間を9時からに設定し、清掃 業務の訓練を通して働く体力の向上を目指した。生活環境の変化が生じる為、4月は午前中のみの利用とし、午後は地域活動支援センターの併用し本人の安心感に配慮することで、4月は安定した通所が実現できた。  4月の利用経過を医療機関、職場、地域活動支援センターへ情報発信し、生活リズムが安定してきたことを確認した上で、事業所の終日利用を提案した。9時から15時までの利用とし、復職時と同じ就業時間にも想定した時間を設定し、職業生活に向けた通所の実現を目指した。 イ 自分の特徴を整理するアプローチ  対象者の生活状況や医療情報の整理をするためにM-ストレス・疲労アセスメントシートやナビゲーションブックを活用して対象者の特徴や情報を整理するアプローチを実践する。  また、清掃業務以外の事務訓練も提供し、復職時を想定した現実味のある訓練内容を提供した。  ○イベントの計画立案、請求書のチェック  ○復職関係の連絡事項を報告書として文書作成  など  対象者の仕事の進め方の癖や段取りの方法を実際に起こりそうな訓練場面を想定することで対象者の困り方のパターンを確認する事ができ、困っている状況下で適宜面談を行うことで、対象者の特徴を振り返ることができた。 ○対象者が自分の考えを中心に仕事を進めようとしてしまう。 ○相手の都合を確認せずに、憶測で進めようとするので、判断できず困ってしまう。 ○困りごとが増えて対処できなくなってしまうと不安感を持ち始めて不調を訴える。 ○不調な状態が解決できないと気分が落ち込み、行動  できなくなってしまう。  実際に不調になる状態を確認することで、不調のきっかけを把握できた。対象者の特徴を踏まえた上で、不調な時の対処方法を認知系プログラムから学べるように目指した。 ウ 認知行動療法的アプローチ  認知系プログラムとしてメタ認知トレーニング(MCT-J)を 提供する。本プログラムは2007年にドイツのMoritz教授らによって開発された統合失調症向けの認知行動療法的アプローチの一つであり、最近では、発達障害や気分障害などの統合失調症以外の精神障害にも応用されている。  認知行動療法的アプローチとして、心が不調な時にはどのような考えや判断をしてしまう特徴があるのかを情報として学び、実際に対象者が不安感を訴えたり、落ち込みが見られたりしたときには適宜、面談を提供することで対象者の考えや判断が適切であるか、他の考えや判断の有無などについて振り返りを行った。このアプローチを繰り返すことで対象者が気付いていなかった対象者自身の特性を知る機会となり、今までの経験も踏まえることで特性を受け入れやすく、対象者の不調となるきっかけの状況や不安時の対処方法を見つけることができて、訓練を通して実践することもできた。  対象者にとって、生活上の困りごととして「覚えること、把握することが苦手」ということが職業上だけでなく、日常生活上でも支障となっていることが分かり、認知機能についてのプログラムを必要と判断し、対象者に提案する。 エ 認知機能リハビリテーション(認知矯正療法)の実践  認知機能リハビリテーションとしてコンピューターソフト(J-CORES)を活用し、対象者の認知機能の特徴を知ることで、復職後の働き方の注意点や不調時の工夫や対処方法などの注意点を整理することを目指した。  プログラムを開始直後は、覚えること、把握することが苦手であると本人の評価であったが、プログラムを通して、情報量の多さや「準備と対処」が苦手であることが不安につながりやすいと分かるようになった。プログラム終盤では苦手意識への対処方法の整理ができ、覚えること、把握することだけではなく、想像することや予測することも苦手であると対象者は自身の認知機能の特徴を知る事ができた。  また、図にあるようにプログラム開始前と終了後に統合失調症認知機能簡易評価尺度(BACS)の検査を実施し、対象者へ目で見える形で評価の振り返りを実施した。   図 統合失調症認知機能簡易尺度(BACS)の評価   オ 就労移行支援:移行時期(リハビリ出勤)  4月からの利用状況や職場との復職に向けた面談の結果、リハビリ出勤が許可され、職場への移行が始まった。1週目は2時間、2週目は4時間、徐々に8時間のフルタイムへと延長していく復職計画となっていた。その復職計画に合わせて、2週目までは午後の時間は事業所の利用を提案し、職場の状況を確認した。3週目以降はメールでの訓練終了の報告を設定し、本人の状況や職場状況を確認しながら、適宜電話でも相談も受けた。リハビリ出勤中に不調になったときは地域活動支援センターと連携し、支援会議を開催し、不調な状態の振り返り方を共有することを目指した。   3 実労働系訓練と認知プログラムの一体的支援モデルの実施結果  対象者が抑うつに至った働き方の癖から不調時の時の対応を準備したことで、復職後も順調に就業を継続している。実際にリハビリ出勤時から数回、不調を訴え、定着支援を実施しているが、不調の状態を振り返る相談支援を提供することで抑うつには至らずに、就業を継続できている。  復職支援開始前に比べ、対象者の働き方の癖、不調時の対応方法が整理されたことで、対象者も支援者も効果的な 対応方法が実現できたと考察している。その要因として訓練を通して「心が不調な時の共通言語があること」、「対象者の苦手な特徴を対象者と支援者が確認していること」、「実労働を通して不調時の対応の効果を確認していること」が実労働系訓練と認知プログラムを一体的に実践した効果と考えている。   4 本報告における復職支援のポイントと課題  本事例を通して、病状の安定だけでなく、本人の特徴を色々な場面から整理して、振り返り、不調時の工夫や対処  方法を増やしていくことが、精神障害を抱える方の生きづらさに効果的であると実感している。  休職に至った経緯を踏まえると、症状の改善、安定だけではリハビリテーションは十分とは言えない。不安や抑うつに なる状況を知り、対処方法を見つけ、実践していることが重要と考える。それは足を骨折した人がリハビリテーションを受けずに普通に歩くことは考えづらい、と踏まえると、精神障害を抱えた人が十分なリハビリテーションを受けずに職場に復職 しづらいということは自然なことと考える。  復職支援の課題として、障害者手帳を活用している雇用 形態ではないため、事業主から職場訪問などは必要としない見解があった。事業主の担当者からは対象者が自分でできるようになってもらいたいという考えがあり、職場に訪問して実施する就労移行支援の定着支援と異なるニーズが存在している。就労移行支援事業の定着支援のみでは十分ではないため、支援体制の構築が必要である。現在は地域活動支援センターと連携・情報共有し、就業の状況や生活の状況を継続的に支援できるように定着支援を実践している。   【連絡先】  工藤 達  社会福祉法人はーとふる 就労サポート・のだ  e-mail:s.s.noda@car.ocn.ne.jp 就労の土台となる社会生活面の重要性 ~高次脳機能障害者の就労・生活状況調査に基づく要因分析~ ○結城 百枝 (東京都心身障害者福祉センター 作業療法士)  菊地 明日香(東京都心身障害者福祉センター) 1 はじめに・目的  東京都心身障害者福祉センター(以下「当センター」という。)では、就労及び社会参加を目指す高次脳機能障害者に対し、地域機関からの依頼に基づき「社会生活評価プログラム」(以下「プログラム」という。)を提供し、専門的な評価及び支援を行っている。  プログラムは、4か月間の通所により、就労の前段階として社会生活面の課題整理をした上で、代償手段の獲得支援や支援方法の助言、希望する生活に向けた道筋の提案を行っている。評価結果は、初期(通所開始1~2か月後)と終了期(同4か月後)に、本人・家族・関係者に対し、報告書にてフィードバックをしている。なお、プログラム利用者のうち、7割以上が「復職・就労」を希望している。  平成29年度、プログラム利用終了者を対象に、就労等の生活状況の調査を実施した。本研究は、調査結果及びプログラム利用時の評価結果等を用い、高次脳機能障害者の就労に関連するスキルや要因を分析することを目的とする。 2 調査 (1) 対象者・方法  平成24年10月から平成29年3月までにプログラムを終了した75名のうち、亡くなられた2名を除く73名を対象とした。当センター倫理審査委員会の承認を得て、郵送法にて実施した。実施期間は、平成30年1月4日から平成30年1月31日まで。回答は、本人又は家族に、選択肢及び自由記述にて依頼した。 (2) 結果  回答が得られた50名中、過去の支援内容の分析同意が得られた方は49名(有効回答率67.1%)であった。このうち、現在一般就労している方(以下「就労群」という。)は20名(40.8%)、それ以外の方(以下「非就労群」という。)は29名(59.2%)であった。  なお、就労群のうち、復職した方は8名、新規就労した方は12名であり、非就労群の現在の福祉サービス利用状況は、就労継続支援A型・就労継続支援B型が16名、就労移行支援が3名、職業評価等が1名、自立訓練・病院の外来リハビリテーションが5名、地域活動支援センター・介護保険デイケア等が3名、活動無しが1名であった。 3 分析 (1) 支援度の比較  就労群と非就労群において、初期及び終了期の評価報告書から得た支援度の得点比較を行った。支援度は、作業能力面、生活管理面、対人技能面、障害理解面の4分類について、それぞれ設定された5項目の支援度を0~4までの数値で示したものである(図1)。分類ごとの合計得点をそれぞれ「作業得点」「生活得点」「対人得点」「障害得点」として、4分類全ての合計得点を「支援度合計」とした。なお、生活管理面の金銭管理については、評価していない事例が存在したため除き、4項目の得点を用いた。   図1 支援度の各評価項目      終了期の「支援度合計」は、全体で最小値が7点、最大値が32点だった。就労群、非就労群で比較すると、就労群は、20名全員が23点以下であったのに対して、非就労群は23点以下が22名(75.9%)、25点以上は7名(24.1%)であった。  次に「支援度合計」及び「作業得点」「生活得点」「対人得点」「障害得点」の平均値を比較した結果を表1に示す。  「支援度合計」の平均値を比較すると、初期は非就労群が28.28点、就労群が26.45点、終了期は非就労群が18.62点、就労群が16.80点であり、初期・終了期の両方で非就労群が就労群を上回っていた。  また、「作業得点」「生活得点」「対人得点」「障害得点」の平均値を比較した結果、初期・終了期のどちらにおいても、「生活得点」の差が一番大きく、いずれも非就労群が就労群を上回っていた。 表1 就労群、非就労群における各得点の平均値   (2) プログラム利用前後の福祉サービス等の利用状況  就労群と非就労群において、開始前・終了直後・現在の福祉サービスの利用状況を比較した。  表2に示すとおり、両群共に開始前の時点では、個別の機能訓練を行う「自立訓練・病院リハビリテーション」及び身体介護や日中活動の場である「地域活動支援センター・生活介護・介護保険デイケア等」の利用が多かった。しかし、プログラム利用を経た後は、就労を目指す目的で利用する「就労継続支援A型・就労継続支援B型」、「就労移行支援」、「職業評価等」に変更している方が多かった。 表2 福祉サービスの利用状況 4 考察  就業支援ハンドブック1)によれば、「職業準備性とは、個人の側に職業生活をはじめる(再開も含む)ために必要な条件が用意されている状態」とされている。また、その中で示されている職業準備性ピラミッドは、就労する上で重視される職業的・社会的能力の段階を示したものであり、健康管理や日常生活管理の能力を基盤としている。なお、当プログラムでは、評価項目をこの職業準備性ピラミッドに当てはめて、援用している(図2)。  本稿では、支援度の比較から、就労群よりも非就労群の方が支援度は高く、プログラムの評価結果における支援度と就労との関連が示唆された。また「生活得点」の差が他の分類得点よりも大きかったことから、日常生活管理や健康管理の自立度が就労の可否に関連すると推察される。これは職業準備性ピラミッドと一致した結果であると考える。 さらに福祉サービスの利用状況を見ると、地域生活を再開した直後は、まず個別の機能訓練や体力・生活リズム作りから始め、プログラム利用により生活管理面の自立度を向上させた上で、就労支援サービス等に移行する傾向が見られた。就労群については、プログラム終了後すぐに復職・求職活動を開始せず、就労支援サービスを利用する方が多くなっていた。    図2 職業準備性ピラミッド(当センター版)    以上から、高次脳機能障害者が就労を目指すに当たっては、就労の前段階である生活面の自立を促す支援が必要であり、障害状況を見極め、段階的に能力を積み上げることが重要と思われる。  一方、前掲の就業支援ハンドブック1)によれば、訓練してからの就職よりも就職してからの継続的な支援の方が効果的な場合が多いとされている。また平成30年度より「就労定着支援」が新設されたことからも、訓練を重ねたとしても、万全の状態で就労できる場合は少ないと推察される。そのため、就労を継続するためには、不足部分について職場や周囲のサポートにより補うことが必要と言える。 5 結語  日常生活管理と健康管理の自立度は、就職及び職場定着に関連する重要な要因である。就労に向けた生活面の基盤を作るためには、利用者の努力のみではなく、周囲の理解を得ながら環境を整え、必要な支援を受けることも大切である。その際、直接支援する地域機関が当事者の障害状況等を把握し、職場等に適切な配慮方法を伝えることが求められる。当プログラムは、そのような地域機関に対し、利用者の能力や支援方法を伝え、必要な環境設定を行うサポートを行っている。利用された方の就労、さらにその後の職業生活の継続につながるような評価及び支援に、引き続き取り組んでいきたい。 【参考文献】 1) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 平成30年度版就業支援ハンドブックp.16,28,35 「高次脳機能障害者のための就労準備支援プログラム」利用後の就労状況 ~終了者調査及び神経心理学的検査結果等の分析~ ○阿部 聡子(東京都心身障害者福祉センター 心理)  西尾 彰子・上妻 由樹子(東京都心身障害者福祉センター)   1 はじめに・目的  東京都心身障害者福祉センター(以下「当センター」という。)では、地域関係機関と連携し高次脳機能障害者の就労に向けた支援を行うことを目的として、「高次脳機能障害者のための就労準備支援プログラム」(以下「プログラム」という。)を実施している。プログラムでは6か月の通所期間を設け、作業系課題や神経心理学的検査を通した職業評価によって、各々の職業的課題を明らかにし、障害への自己理解を深める取組を行っている。  平成29年度に、今後の高次脳機能障害者の就労支援における基礎資料とすることを目的とし、プログラム利用終了者を対象に現在の生活・就労状況についての調査を行った。この調査結果と在籍中の利用者記録を基に、神経心理学的検査と就労状況との関連、高次脳機能障害者に対して求められる支援について分析、検討した結果を報告する。 2 対象・方法  平成23年4月から平成29年3月までにプログラムを終了した155名中、住所不明の14名を除く141名を対象に、当センター倫理審査委員会の承認を得て郵送法により実施した。本人または家族に選択肢及び自由記述での回答を依頼した。調査実施期間は、平成29年12月26日から平成30年1月31日まで。調査項目は高次脳機能障害の症状、現在の就労の有無等を共通項目として設け、就労者に対しては会社の規模や職務内容、支援・配慮内容等の項目を、非就労者に対しては現在の生活状況、プログラム終了後の就労経験、今後希望する仕事や支援内容等の項目を設けた。 3 結果 (1) 調査対象者の概要 ア 回答状況  78名から回答を得た(回収率55.3%)。男性68名、女性10名、平均年齢49.2歳であった。 イ 高次脳機能障害の症状(複数回答あり)  本人が認識している症状は、記憶障害49名、注意障害32名、遂行機能障害28名、失語症24名等となっている。 (2) 就労状況(就労者50名、非就労者28名)について ア 復職者(9名)  平均年齢49.4歳、従業員数「1,000人以上」の企業4名、雇用形態は正社員6名。障害者雇用に切り替えている人は4名であった。職務内容は、郵便仕分け(5名)、郵便物の受発送(4名)、データ入力(4名)が多かった。 イ 新規就労者(41名)  平均年齢48.8歳、平均勤続年数2年4か月、企業の規模は従業員数「1,000人以上」の企業が11名で最も多いが大きな偏りは見られなかった。雇用形態は契約社員、パート、アルバイトが多く(36名)、職務内容はデータ入力(21名)、ファイリング(19名)が多かった。 ウ 非就労者(28名)  平均年齢49.7歳。現在の生活は、就労継続支援B型事業所に通所中が7名で最も多かった。就労支援事業所(就労継続支援A型・B型事業所、就労移行支援事業所)のいずれかを利用している人は計14名で、非就労者の半数を占めた。 (3) 神経心理学的検査と就労状況との関連について  就労状況ごとの高次脳機能障害の傾向を把握するために、通所時の神経心理学的検査結果を基に集計・分析を行った。対象は在籍中の記録利用について同意が得られた69名(復職者9名、新規就労者36名、非就労者24名)。神経心理学的検査は、全般的な知的側面を評価するウェクスラー成人知能検査第3版(以下「WAIS-Ⅲ」という。)と、日常記憶の評価に用いる日本版リバーミード行動記憶検査(以下「RBMT」という。)の結果を用いた。高次脳機能障害の評価を目的とし、プログラムでは複数の検査を組み合わせて実施しているが、今回は本調査において「本人が認識している症状」として最も多く挙げられた記憶障害に着目した。 ア WAIS-Ⅲ  各群におけるWAIS-Ⅲの指標の、平均値の分布を図1に示す。新規就労群に関してはいずれも最も高い値であったが、復職群・非就労群に関してはIQや群指数にほぼ差がない状況だった。    図1 就労状況別のWAIS−ⅢのIQ及び群指数 イ RBMT  RBMTのプロフィール得点を基に分類した、各群の記憶障害の程度の分布は図2のとおりである。検査上「記憶障害域」と評価された割合は、復職群89%、新規就労群72%、非就労群95%であった。非就労群において記憶障害を有する人の割合が最も多いものの、どの群においても7割以上が記憶障害を有していることが示された。   図2 就労状況別の記憶障害の程度の分布     ウ 神経心理学的検査の結果と就労状況についての考察  プログラム利用中の神経心理学的検査の結果を現在の就労状況ごとに集計した結果、WAIS-Ⅲの各指標は復職群・非就労群と比較し新規就労群が高い傾向が見られた。また、記憶障害を有する人はどの群においても多くの割合を占めることが示された。  リハビリテーション場面での神経心理学的検査を、退院後の就労等の社会的予後を予測するための判断指標としうるかについては、就労の可否判断に知能検査が有用であるとする見解1)や、記憶機能が就労状況を左右する大きな要因であるとする見解2)等が報告されている。本調査においても、新規就労群では知能検査結果が良好であるという傾向がうかがえた。  しかし個別のケースを勘案すると、検査では評価しがたい身体機能の状況や対人技能、障害理解等の本人の要因や、職場状況・職務内容等の環境要因も、復職・新規就労に向けて重要な要素となりうることは否定できない。そのため、職場復帰に向けてはこれらの要因も含めた総合的な評価が不可欠である。一方で調査からは、プログラム利用者の多くが記憶障害を抱えたまま就労を目指すことが示唆され、多くのケースで支援者が記憶障害の有無を把握し、代償手段の定着に向けた支援をしていくことが求められることが想定される。次項では、プログラムにおける各種評価を基に支援を行い、復職に至ったケースを事例として挙げる。 4 事例 (本人の同意を得て掲出) (1) 対象者(A氏、40代、男性)  金融系の会社に勤務。クモ膜下出血発症後、治療やリハビリテーションを経て退院。地域障害者就労支援センター(以下「就労支援センター」という。)からの依頼を受け、復職に向け当センターのプログラム利用に至った。 (2) 検査結果  WAIS-Ⅲは全検査IQ=87、言語性IQ=81、動作性IQ=98。全検査IQは「平均の下~平均」の範囲だが、習得知識の曖昧さや処理速度の低下がうかがえた。RBMTの標準プロフィール得点は11点であり、中等度の記憶障害と評価された。 (3) 通所中のA氏の様子 ア 注意・遂行機能障害について  作業は、手順書を参照しても途中で混乱したり、ミスが生じた。そのため、工程を区切って繰り返し行ったり、正確にできているかを職員が確認することが必要であった。 イ 記憶障害について  記憶障害により、道順を覚えることが困難であったため、通所の際は写真を見てその都度確認することが必要であった。生活場面では、次に行うことの確認のために、スマートフォンのアラーム機能を用いていたが、職場復帰に向けて、メモリーノートへの代償手段の移行が必要であった。 (4) 復職に向けて  上述したA氏の様子について、就労支援センターと情報共有を行った。病前と異なる職務での復職が想定されたため、通所中に行った模擬課題を、就労支援センターを介して会社側に提示し、負担の少ない職務の検討を依頼した。また、A氏の障害特性及び対処方法について、就労支援センターから職場の担当者に情報提供を行った。この結果、会社側ではメモリーノートの活用方法や作業が正確に行えているかの確認方法等を把握し、A氏がスムーズに職務を遂行するための支援体制を整える事ができ、復職に至った。 5 結論  高次脳機能障害者は、記憶・注意・遂行機能・社会的行動障害等の様々な障害を併せ持っている事例が多く、個別性が高いことが特徴である。退院後職業生活に復帰し、安心して就労を継続していくためには、障害に対する自己理解を深めることに加えて、会社側も本人の障害状況や必要な配慮点を理解し、受け入れを進めることが重要である。障害理解を深めるために、作業系課題や検査等を通し、客観的な指標に基づく評価を行うことは、就労場面においてどのような点が本人の強みとなり、どのような支援が必要であるかを明確にするという点で有効であるといえる。さらに評価結果を、本人に適した職種及び職務内容の検討や、働きやすい職場環境の調整に活かしていくためには、求職活動の支援や職場訪問・ジョブコーチといった定着支援を担う地域の就労支援機関等と密に情報共有をしていくことが重要である。今後も当事者に関わる支援機関同士が連携し、切れ目のない支援を提供していくことが求められる。 【参考文献】 1) 冨田祐司他:重症脳外傷患者の社会復帰状況とWAIS-Rとの関係-重症脳外傷患者の知的能力に関する問題点(第3報)-「リハビリテーション医学」,36,p.593-598,(1999) 2) 小川圭太他:高次脳機能障害患者における就労能力判断基準の検討「国立大学リハビリテーション療法士学術大会誌」,36,p.17-19,(2015) 就労移行支援事業所における高次脳機能障害者の復職支援と就職・定着支援 ~支援体制の構築と制度の活用、関係機関との連携~ ○藤井 貴之(株式会社レボ 就労移行支援事業所ふらっぷ 管理者) 1 サービスの開始にむけて  リハビリ、入所施設の契約終了が近づき、復職のために職業訓練等の支援を施設から勧められ、当事業所の紹介を受ける。  紹介の直後は支援を受ける事に多少の抵抗があったものの、想定されるリスクや幅広く長期的な支援を受ける事が出来るという事で利用を決定した。  当初は施設の状況等詳細を引継ぎつつ、情報共有して支援を開始する予定ではあったが、体験中に施設と本人の意見の相違等があった事で当事業所と本人・家族の調整のみで利用の開始となった。  実質的な引継ぎ前に施設を解約した事で情報不足はあったが、地域や生活の事情、通院状況や個々に設定する訓練内容等は本人・家族から確認して補った。  相違の原因は確認不足等が考えられ、明確に根拠のある資料をもとに家族との情報共有にも注意して進めた。  まずは、受傷前後の状況や目標を整理し、必要となる支援機関の調整を行う。訓練等の調整では、意欲的でスムーズに出来たが、障害受容については課題も目立った。  支援体制は様々な状況を想定し、訓練から定着までを整理して支援を開始。イメージを付けてもらった(表)。 表 役割分担 機関 役割・目的 就労移行 訓練、評価・一般就労への移行 計画相談 サービスの調整、各種相談 企業 安定した職務(今まで通りの成果) 医療 経過観察・治療 定着支援 長期就労/就職の安定、課題改善 JC 職場適応・職業の安定(本人・企業)   2 復職に向けて (1) スキルの確認  本人に高次脳機能障害の一定の理解はあるものの「自分なら、出来る」という意識が高く、障害受容を進める事から始めた。障害に対する課題分析と自己評価を中心に進め、現状を実際に体感してもらう事で受容を促した。プライドの高さは見られたものの、繰り返す事で障害への理解が高まり、単純な作業でも指示通りに取り組む事ができた。  時間や巧緻性、集中力や心身への疲労度等の評価では、指示書を元に繰返し同じ作業を中心に実施、適時見直し、助言をしてきた。時折感情面が不安定となり、振返り時等に涙を見せる事が多々見られたが、「やっぱりできない」という事が訓練を通じて実感する事で受容が進んだ。反面、自身にショックを受けた様子や復職に向けて企業との調整を進める事に不安な様子も出てきた。指定個数、重さ等指示書に基づき記録をとる作業の一例。 定量、定数等集中力・ストレスの評価 (2) 企業との調整と離職支援  約半年の訓練を経て復職に向けて企業と調整を行う。支援機関の説明や障害者雇用、CSRの視点と復職前の状況の比較等これまでの評価を基に説明する。復職後の訪問支援やジョブコーチ(以下「JC」という。)の活用、短時間からの職務の復帰等社労士との確認の上様々な助成制度の提案も行った。企業からはこれまでの配慮と、復職について懸念事項の話があり、復職については当初より消極的だった。  本人の評価や訓練の努力には評価を頂けたものの、取引先や顧客とのトラブル等を理由として、一切復職への目途が経たないまま離職(契約更新無)となった。  離職に関しての不安は、生活面を中心に愚痴や落込みも見られたが、ハローワーク(以下「HW」という。)・労働基準監督署等就労に関係する機関との調整を行い、復職から離職、就職への支援に切り替えた。本人・家族共に納得する事は出来ていなかったが、障害について理解・協力が得られにくい企業で働くリスクよりも、長く安定した就労を目指す事を助言して就職支援に切り替えた。   3 就職に向けて  目標の見直しを行う。手帳取得が困難(主治医談)な事を踏まえ、障害者雇用の制度理解から進める。企業の視点(雇用率、助成金、支援等)での企業分析をはじめ、目標を細分化する事で細かく確認する。不安の軽減や就職後の支援体制については相談支援事業者と調整、関係機関一同が集まる会議を実施して方向性を定めた。  応募する企業については、支援体制や制度、障害特性等を説明した上で、見学、実習と進める。  障害者雇用に関する助成の説明や医療面への対応(診断書の作成依頼)、一定期間実習期間を設ける事で相互の不安の軽減を図り、障害特性等疾病状況は書面にて説明した。  就労移行支援事業所としての役割やHWのチーム支援とも連携している事でより安心してもらう事が出来た。  障害者雇用率としての算定は不可でも、戦力として考えて頂く事で、「障害者」ではなく「個人」として評価され、モチベーションアップに繋がった。一定の期間を必要としたが、よりマッチした企業との調整をする事ができた。 図1 支援期間の推移と支援内容 4 就職から定着へ (1) スキルの評価と企業実習   雇用に関しての相互の不安軽減のため、「障害者職場実習」「障害者委託訓練」の制度を活用する。実習として、周囲の反応や評価、職場の雰囲気を知る事で企業課題等の整理と相互理解を深め、委託訓練で実際の作業実習を行い、就労に必要なスキルを身に付けた。  実習等終了後は、疲労や巧緻性等懸念した事はみられず、報連相や人間関係の構築もできた。職務は明文化され、特性(遂行機能や半側空間無視)の対策となり、課題も見られなかった。自信が付いた事もあり、真摯に取組む顕著な姿勢も、「障害者に見えない」と、高い評価を頂いた。結果、企業担当は人事が中心になり進めていく事になった。 (2)トライアル雇用とJC支援の開始  課題なく障害が見られないという評価でトライアル雇用が開始。制度に基づき定期的な企業訪問と本人面談を実施する。1ヶ月目は実習時と変わらなかったが、2ヶ月目では疲れが出始め、3ヶ月目では課題が目立ち、JC支援の必要性を確認、雇用4ヶ月目から開始となった。  支援体制の見直し後、主に環境・課題の整理、定期的な会議や電話での適時の情報も共有を行い、改善に向けて進め定着支援を開始した。 図2 支援期間と支援内容と頻度 5 将来に向けて  JC開始当初より障害状況が悪化してきており、異動(時期不詳)が決定し、計画の見直しになる。手帳の取得と年金の申請なども相談支援機関とともに検討、生活面・医療面等についても産業医・主治医等とも相談を開始した。  収入の安定のためにも正社員化を強く希望してはいるが、メリットも課題も大きく、キャリアアップ計画を踏まえて検討したいが、異動により現場の担当が全て変わる事もあり今後の検討事項に留める。フェードアウトに向けての支援機関の役割分担についても今後詳細を決めていきたい。  現段階では就労移行支援事業所として、適時の相談の体制の検討、交流会(ピアサポート)や希望する親元から離れた暮らしの実現について、相談機関とも調整を進めていけるように検討している。   6 まとめ  目標や課題により支援機関も期間も異なるが、計画を適時見直し情報共有と方向性の確認を実施してきた。障害状況はまだまだ変化が見られ検討が必要な状態だが、役割を明確にして希望を実現していく事でやる気を持って継続して働く事が出来てきた。生活・就労面と継続する支援とフェードアウトする支援があるが、状況を見極めてネットワークを構築、想定される支援の準備を進めていく事で変化にもスムーズに対応出来ている。各専門機関により支援の視点も異なるが、複数の支援機関が専門的に関係し計画的に行う事でより良い支援が提供できると思う。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター職業センター支援マニュアルNo.1、14 【連絡先】  藤井 貴之  株式会社レボ 就労移行支援事業所ふらっぷ  e-mail:t_fujii@rebo-flap.jp 高次脳機能障害者を主な利用者とする就労移行支援事業所と地域障害者職業センターの連携に関する一考察 ○村久木 洋一(大分障害者職業センター 障害者職業カウンセラー)  堀 宏隆(大分障害者職業センター)  笹原 紀子(別府リハビリテーションセンター 障害者支援施設にじ)  隂山 友紀・小野 裕太・桝田 一芳(一般社団法人共生の会 就労移行支援事業所だるま) 1 目的  高次脳機能障害支援普及事業の展開に伴い地域障害者職業センター(以下「職業センター」という。)を利用する高次脳機能障害者数は増加している1)。大分障害者職業センター(以下「当センター」という。)においても例年一定の割合で高次脳機能障害者の利用があり、来所経路に注目すると高次脳機能障害者を主な利用者とする就労移行支援事業所2か所(以下「事業所A」「事業所B」という。)からの依頼が目立っている(図)。  そこで、当センターと高次脳機能障害者を主な利用者とする就労移行支援事業所との連携状況を分析し、連携の効果等について考察を行う。   図 平成27年度~29年度における高次脳機能障害者の当センターへの来所経路(%) 2 方法 (1) 対象者  平成27年度から平成29年度における、当センターで支援を実施した高次脳機能障害者から、事業所A、事業所Bを経由して依頼された対象者13名を抽出した(表)。 (2) 調査内容と方法  2(1)の対象者について障害者雇用支援システムの記録から当センターで実施した支援内容を分析した。また事業所A及びBの支援者へアンケート調査及び半構造化面接を実施し、移行支援事業所内で行った支援内容や連携効果等の聞き取りをした。 3 結果  調査した内容に基づき以下の通り結果を整理した。 (1) 事業所A及びBの特徴と当センターとの連携内容について  両事業所とも、大分県内に2か所ある高次脳機能障害支援拠点機関(医療機関)と一体的に運営されており医療と緊密な関係にあること、利用者の8割~9割が高次脳機能障害者であること、就労移行支援に入所する前に基礎的なトレーニングを行うというスキームが確立されていること(事業所Aでは自立訓練、事業所Bでは就労継続支援B型事業を活用)、が大きな特徴である。当センターとの連携方法について2事業所で若干違いがみられた。事業所Aは主に職業評価とジョブコーチ支援での連携が活発である。事業所Bは職業評価及びジョブコーチ支援に併せて職業準備支援での連携が多く見られた。職業準備支援の利用方法としては事業所Bの通所と並行して、週1~3日の割合で当センターの職業準備支援に通所し、各種技能付与に係る学習(体調管理、メモリーノートの活用等)や職業イメージ醸成のための模擬的な作業の体験を行うというものである。 (2) 連携の流れ  両事業所とも、施設内で一通りの支援を実施。「就職に向けて本格的に動き出せる状態」と判断され本人の就労への意向確認が出来た後、当センターへ紹介される。当センターとの連携内容は上述の通り両事業所において若干の違いはあるものの、基本的には職業評価、職業準備支援、ジョブコーチ支援、といった流れが標準的な連携内容となっている。また職場内における実習(職務試行法)や就職先の開拓も共同で行うことがある。 (3) 就労移行支援事業所における支援  両事業所において、就労移行支援事業開始前に自立訓練もしくは就労継続支援B型事業を実施している。そこでは「基礎的な労働習慣の獲得」「公共交通機関の利用練習」「服薬管理」「自己理解の促進」「補完手段の獲得」等の支援を実施。その後就労移行支援事業の利用となる。就労移行支援事業では、「自己理解の促進」「補完手段の獲得」への支援は継続実施しつつ、模擬的作業を通した職業イメージ醸成、模擬的作業内で補完手段の活用練習、就職活動の準備等の実践的なトレーニングを実施している。 表 平成27年度~29年度における事業所A・事業所Bからの当センターへの依頼ケースの概要 (4) 当センターにおける支援  対象者13名中職業評価を13名利用、職務試行法(職場実習)が2名、職業準備支援が6名、就職及び復職後のジョブコーチ支援実施が7名という状況である。 (5) 連携の結果  13名中9名が連携実施後に一般企業へ就職もしくは復職している。休職中の者については3名中2名が職場復帰している(うち1名は事業所との調整中)。さらに就職後のジョブコーチ支援を実施したすべてのケースで本稿執筆時(平成30年7月)において定着が図られており、特筆すべきことと考えられる。 4 考察  先行研究により、医療リハと職リハにおける連携上の課題が報告されている2)。特に職リハ側から見た課題として「職業センターの機能の理解不足」や「職リハ利用前の準備不足」が挙げられている。筆者も他県での勤務時には、回復期リハ終了後すぐに就職、復職支援を依頼されたケースや、医療リハ終了後いずれの支援機関も活用せずに職業センターに来所されるケースが多く、自己理解や補完手段の習得等、高次脳機能障害者の就労に向けての準備が不十分なまま職リハを開始せざるを得ないケースが散見され、高次脳機能障害者の支援における医療リハと職リハの連携について課題を感じていた。当センターと事業所A及びBとの連携においては、医療リハから福祉へ、福祉から職リハへといった流れが概ね構築されており、職リハ開始時点において自己理解や補完手段の検討、社会性の再獲得等の準備が行えている方が多く当センターに来所している。このように、医療リハと職リハの間に就労移行支援事業所が入り、切れ目のない支援を行うことで、スムーズな職リハの実施が可能となり、就職率・復職率・定着率等の数値的にも連携の効果が見られる結果となっている。    また移行支援事業所から見た効果として「職業評価により本人の自己理解が深化する」「職業準備支援により、事業所内で体調管理やストレス対処等の技能習得や職業イメージの醸成が図れる」「ジョブコーチ支援により、きめ細かな定着支援が得られ定着において効果を感じる」「共同で支援を実施することにより、支援ノウハウの習得、支援スキルの向上が行える」といった声が聞かれた。特に両事業所とも当センターからの就労支援に関してのノウハウの提供や支援方法に関しての助言について、高い効果を感じていることが分かった。  事業所A及びBは拠点機関に併設して設立された施設であり、成り立ちとしても機能としても医療と緊密な関係にあり、独自の機能を有した施設といえる。そのためこのような機能を有する施設が存在しない他県において、本稿で紹介したものと同様の形での連携を広めるということは困難と考えられる。しかし、高次脳機能障害者の就労支援を行う際に、事業所A・Bが行っているような自立訓練、就労継続支援B型事業から支援を開始し就労移行支援事業でより実践的なトレーニングを行い、その後の就職活動、職場定着の段階において職業センターを活用するという形は、連携方法の一つとして、他地域においても実践できる可能性が高いと考える。その際には職業センターから地域の就労移行支援事業所に対して、高次脳機能障害者に関する就労支援の情報やノウハウの提供を併せて実施することが不可欠と考える。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:高次脳機能障害者の働き方の現状と今後の支援のあり方に関する研究Ⅱ[調査研究報告書No.129 ], (2016) 2)田谷勝夫:高次脳機能障害者に対する理解と研究モデル事業の試行,「職リハネットワークNo60」, p.5-8(2007) オーストラリアにおける感情コントロールに課題を抱える 高次脳機能障害者への支援 ○浅井 孝一郎(障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー) 1 はじめに  障害者職業総合センター職業センターでは高次脳機能障害者の就職及び職場復帰支援プログラム(以下「プログラム」という。) を実施し、効果的な支援技法の開発に取り組んでいる。高次脳機能障害者の中には、怒りや不安、抑うつといった感情のコントロールに課題を有する者が少なくない。実際、地域障害者職業センターの支援においては、支援困難度の高い課題の一つであり、技法開発ニーズが高いものとなっている。そこで、当センターでは平成28~30年度にかけて「感情コントロールに課題を抱える高次脳機能障害者への支援技法」の開発を進めている。  今回、海外の先駆的な取組を情報収集し、技法開発に資することを目的に、当機構のカウンセラー等海外研修制度を利用して、オーストラリアのEpworth Health Careなどを訪問した。同施設では、脳損傷者への認知行動療法(以下「CBT」という。)の実践で多くの研究業績のあるMonash大学のJennie.Ponsford教授から、「脳損傷者への不安と抑うつへのCBT」及び「脳損傷者への疲労と睡眠へのCBT」について話を聞く機会を得た。アメリカ心理学会のエビデンス情報によると、CBTは、うつ病、統合失調症、不安障害等で成果を上げている心理療法である。本発表では、Ponsford教授から伺った脳損傷者への2つのCBTについて、理論的な背景、実施方法やその効果、留意点等について報告する。また、研修で得られた知見を踏まえた技法開発の経過や今後の展望を述べる。  なお、海外では高次脳機能障害ではなく、疾病要因により後天的脳損傷(Acquired Brain Injury:ABI)や外傷性脳損傷(Traumatic Brain Injury:TBI)という用語が用いられる。研修時には、両方の用語が用いられていたが、本発表では「脳損傷」と記載する。 2 不安と抑うつのCBT (1) 背景  Ponsford教授によると脳損傷者における気分・感情の問題は脳損傷そのものが原因となる場合(外因)もあれば、損傷によって生じた自己像の変化が行動や感情の問題を引き起こす場合(心因)もあり、特別なことではなく、むしろ当たり前のことであるとしている。オーストラリア国内で行った調査では、脳損傷者は精神疾患など二次的障害の発症率が高く、非脳損傷者と比べて不安障害、気分障害の発症率が2倍程度高いという結果がある。また、受傷後6~12か月の罹患リスクが高いという調査結果もあり、脳損傷者の不安や抑うつへの支援が必要とされ、これまでもMontgomery(1995)やScheutzowら(1999)など、多数の研究者によりCBTの効果が報告されている。 (2) 実施方法と留意点  Ponsford教授は、基本的なCBTモデル(ABCモデル)を使用し、単純化した認知再構成法(ものごとの捉え方を修正する)を実施している。CBTの実施にあたっては、受傷によるトラウマ(心的外傷)を患者がどのように解釈・認知しているか、心理的な影響をアセスメントすることが重要であるという。また、理解力や記憶の定着の課題から、問題の特定やゴールの設定、繰り返し教育を実施することが重要としている。 (3) 効果  不安や抑うつの症状がある75名の脳損傷者を①動機付け面接+CBT実施群(26名)②非指示的カウンセリング+CBT実施群(26名)③通常治療群(23名)に分類し、0週目(ベースライン)、12週目(CBTの最終セッション)と21週目、30週目の計4回質問紙法(不安:HADS、抑うつ:DASS)により効果を測定した。各群の得点を比較したところ、①②は21週目で症状の改善傾向があり、30週目で大きな改善が認められた。  このように脳損傷者に対してCBTの効果が確認されたものの、次の状態の場合には、適用に工夫が必要としている。 ・集中困難 ・情報処理と学習速度が遅い ・セッションからセッションへの情報を保持することが難しい ・言葉の表現や理解が難しい ・推論と問題解決が難しい (4) 筆者の所見  CBTは、脳損傷者の不安と抑うつに対して、一定の効果があることがわかった。ただし、記憶や言語理解・表出を考慮すると対象者は限定され、事前のアセスメントの重要性を改めて認識した。さらに実施にあたっては、使用する資料の内容・表現、セッションの進め方等に相応の工夫が必要であると考えた。 3 睡眠と疲労のCBT (1) 背景  一般的に脳損傷者には易疲労があると言われており、Baumannら(2007)などの研究者は、脳損傷者の約8割が疲労と(または)睡眠に課題があると指摘している。また、Ormstadら(2015)は生理的疲労がうつ病に先行し、うつ病の発症を予防するには、疲労に介入する必要があることを指摘している。Ponsford教授によると脳損傷の重症度が高い場合は、認知的なアプローチよりも行動的なアプローチの方が効果的な場合があるという。そこで、疲労や睡眠を改善することで、気分や感情面の課題改善につながるという考えに基づき、疲労と睡眠のCBTが実践されるようになった。 (2) 実施方法と留意点  脳損傷者への疲労と睡眠のCBTは、慢性疲労症候群、不眠、不安と抑うつをターゲットとしたCBTを参考に開発され、集団で実施している。6モジュール計8回のセッションで構成され、各セッションの内容は表のとおりである。実施にあたっては、脳損傷者の理解に配慮し、具体的な言葉遣いを心がける、図解などを用いて理解しやすくする、同じ内容を反復する、内容にゆとりを持たせることが重要としている。加えて、セッション実施中は外的補助具を活用し、休憩時間をアラームで表示するなどの工夫を取り入れているという。   表 疲労と睡眠のCBTの内容 (3) 効果  効果を測定するため、39名の脳損傷者を22名のCBT群と17名の通常治療群(非CBT)に無作為に分類し、0週目(ベースライン)、8週目(CBTの最終セッション)と16週目(セッション終了2か月後)の計3回質問紙法(睡眠:PSQI、疲労:FSS、気分:HADS、QOL:SF-36など)を実施した。その結果、0週目と8週目の得点を比べると非CBT群よりもCBT群の方が、「睡眠」、「疲労」、「気分」、「QOL」において改善が認められた。  より効果の高い対象者を精査すると、「記憶が保たれている」、「若年である」、「強い抑うつ症状が認められる」という特徴が見られた。 (4) 筆者の所見  疲労と睡眠への働きかけは、感情コントロールの改善につながることが示唆された。脳損傷者には、理解度や言語機能が低下している者が多く見られるため、疲労や睡眠といった具体的な行動的側面へのアプローチは、プログラム受講者にも適用しやすい手法ではないかと考えた。 4 考察と今後の展望  本研修を通じ、CBTは障害特性や程度に応じた工夫を加えることにより、脳損傷者の不安や抑うつに効果があること、疲労や睡眠は気分と感情に影響があり、疲労や睡眠に焦点を当てた取組により気分や感情の改善が図られるとの知見を得ることができた。  プログラムの対象者は、脳損傷によって生じた大きな変化により、社会的・職業的な役割が変わり、心理的な葛藤を抱えやすく、ネガティブな感情が喚起されやすい状況下にある。感情コントロールの課題は、職業リハビリテーション(以下「職リハ」という。)の分野だけで解決できることではなく、医療機関(特に精神科)等との連携が必要となる。職リハ分野においては、ネガティブな感情そのものの改善を図ることはできないが、職業生活で予測される課題を想定し、課題の軽減を図るための予防的な取組に重点をおくことが必要だと考える。  現在、当センターでは、怒り、不安、抑うつ等の感情を予防的にコントロールするためのグループワークを開発している。概要を紹介すると、上述したCBTに加えて、国内外で情報収集したそれ以外の取組内容を参考にテーマを設定し、「意見交換」、「教育」、「宿題」による構成としている。また、さまざまな対象者へ適用するため、実施にあたり、発表ガイドを用意する、ワークシートの作成時間にゆとりを持たせる、記憶の補完手段を活用する機会を確保するために宿題を設けるといった工夫を取り入れている。この取組は、平成31年3月発行の実践報告書にて詳細を報告する予定である。 5 謝辞  本研修にあたり、ご協力いただいたPonsford教授及び関係者の皆様に改めて感謝申し上げます。 知的障害・精神疾患を有するIさんの承認に焦点を当てた支援実践とその変化 ~就労継続支援B型におけるケース検証から~ ○大久保 洋志(くず葉学園 通所支援課 支援員)  古家 英樹 (くず葉学園 通所支援課) 1 はじめに  くず葉学園は神奈川県の西部に位置し、「共感し、共に育ち、共に生きる」を理念としている。2011年9月に通所:生活介護と就労支援継続B型に移行し、現在7年目を迎えている。今回、事例として挙げるIさんは、知的障害を有し、19歳の時に精神疾患に近い妄想・現実逃避等の症状が確認された。養護学校卒業後、他施設に通所を開始するが、症状の悪化とともに、生活自体に限界が生じ精神科入院へと至った。その後、当園とつながり、再び地域生活を基盤とした歩みを始めた。当園での支援経過の中で、当初はあえて「働く」事にウエイトを置くのではなく、本人の個性に合わせ「承認」をキーワードに安心感を得る事を主軸とした。そして現在4年目を迎え一定の安定感と共に「働く」という事を再度見つめ直せる状態へと移行してきた。Iさんにとってnextステップとして「働く」という目的意識を育むための意味合いを本論文では考察する。   2 プロフィール  Iさんは中度の知的障害を示す23歳の女性。自閉的傾向。身長は160cm、障害支援区分は4である。平成27年度11月より当園の利用を開始。就労継続支援B型に所属し4年が経過。椎茸栽培・ヘッドライト解体リサイクルを行う。   3 実践の背景と支援の着眼点 (1) 強い不安感、不信感を抱くIさんに対しての支援  崩れてしまった生活基盤の立て直しを図る事を目的とした導入からの3年間。Iさんが安心できる居場所を得るため、高い能力はあるものの、あえて「働く」という事柄にウエイトを置かず、関わり方・安心感を得てもらう事にウエイトを置き「承認」をkeywordに支援の視点を持った。 (2) 働く場所としての目的意識を育む支援  4年目、生活基盤が安定してきた中で、Iさん自身の活動自体に対する漠然とした不安から少しずつ、安心できる居場所という認識が生まれてきた。その為作業を通して「働く」という意味を共有する事にシフトしていけると考え「達成動機」をkeywordに支援の視点を持った。 4 支援の経過 (1) 承認をキーワードとしての支援プロセス  入院経験を経て当園へ入園したIさんは、当時、疑心感情が強くすべての事柄に対し疑問や不安感を抱き、現実にはない妄想的な内容のマイナス発言が頻発していた。家庭では地域の病院・学校・幼稚園などの施設に無断で行き、同様の発言が頻発し、入園前は警察が介入する事態に至ってしまう事もあった。又、作業の取り組み自体は道具の理解もあり、器用に椎茸の収穫等が出来ていたが、集中して継続する事が困難であった。その為、支援のプロセスとしてはまず、Iさん自身の「不安感」に着目し支援を進める事とした。本人への聞き取りから、病院に入院した事に対し、「させられてしまった」という発言から、予測以上の衝撃があった事が推察できた。その衝撃の深さを共感していくことが、安心感へ向けた前提であると考えた。  次に行動面へのアプローチとして、継続的な作業が難しく、日々の活動場面でも一つの場所にとどまる事が出来ない事に焦点をおいた。そこで施設全体をIさんの居場所と捉え、「動く」事は許容し、Iさんと話し合いの中で決めたルールを「承認」する形をとる事で、行為そのものがマイナスではない事を共有し、安心感へと繋げた。  本人の恐怖心・不安感に気づき、行動面では「許容」する、心情面では「承認」する事で導入期から3年が経過し、徐々に安定してきた。   表1 Iさんの不安軽減・行動改善の推移 H27年 H28年 H29年 逸脱行為 20回 6回 0回 パニック 6回 1回 0回 面談回数 ほぼ毎日 週に1回 月に1回(2) 変化と考察  入園当初から翌年の同時期まで家庭からの逸脱行為が20回確認された。又、行動面を許容していくまでに試したアプローチがマッチせず、パニックも6回起きてしまった。面談は個別に5分程度の時間を取りほぼ毎日、本人からの話を聞いた。翌年には少しずつ効果が表れ、面談も週に一回のペースとなり3年目には逸脱行為・パニックはだいぶ軽減した。  不安軽減・行動改善の根拠として、Iさんが「納得する」、又は「承認された」と思う回数が増えてきた事で、導入からの3年間で安定し変化してきたと捉えている。 (3) 4年目での変化 ・服薬調整…入園当初より精神科薬の内服をしていたが、服薬量などが一定しない事がかねてからの課題であった。しかし4年目に入り、医療面にも担当が介在し、服薬調整を行う事で状態がさらに安定した。 ・作業内容の変更(椎茸作業→ヘッドライト解体作業へ)…椎茸の収穫・袋詰めの際の計量などを取組んでいた。しかし時期・天候・収穫量によって作業に変動があり一定しない内容であった。その為定期的に作業が継続できるよう作業内容を変更した。 (4) 「達成動機」をキーワードとしての支援プロセス  4年目、上記変化が加わる中で、生活全体が安定してきた事を踏まえ、支援視点を3−(2)に移行した。支援アプローチとしては下記の3点をポイントに置いた。 ① 構造化→数量・時間・支援員の声掛けと時間短縮 ② 動機付け→給料UPと称賛 ③ 継続性→頑張りをフィードバックできる時間の設定  今年度(H30)4月、服薬調整により状態の安定に効果が見られた。しかし日中の眠気が強く見られてしまった為、Iさんの活動状況を確認後、作業時間の短縮を判断した。作業時間の枠組みとして午後1時~2時半までの1時間半、車のヘッドライトの解体(ドライバーを使ったネジ外し)を主作業として、数量、時間など一定のリズムで取り組める事を狙い、継続して進めた。  導入は職員の声掛けをきっかけに、初めは数量5つから設定し、取り組む時間の働きかけを事前に行った。取り組んでいる最中は職員が隣について数量を確認しながら進めた。  5月、数量の設定は本人と話し合って進めた。意欲が増し数量が増える事で、負担感は当初よりも軽減してきた。それはIさんの強みと言えた。一定のリズムが作られ取り組みが安定するようになったので、さらに意欲に繋げる為の動機付けとして次月より工賃が上がる事をIさんと共有した。  6月、実際に工賃が上がった事で、まずは家族がIさんに対し「頑張った」と称賛した。その相乗効果でIさん自身も「好きな物が買える」というプラスのイメージに繋がった。その後、更に取り組む姿勢に変化が見られた。職員が声掛けする事なく、進んで作業が出来るようになってきた。   Iさんの作業風景  7月、更に継続性を強化する為、Iさんの頑張りをフィードバックできるよう週に一度話し合いの時間を設けた。話し合いを設ける事で、Iさん自身のマイナス発言の数も少しずつ軽減されてきた。 (5) 4年目(現在)の変化と考察  4年目、服薬調整と作業種の変更が加わり、作業時間は限定されたが、作業量・取り組み姿勢・情緒面の安定度等がベースUPされてきている。給料UPが、達成動機の根源となり、取り組む姿勢が変化してきた。又相乗効果として、以前は受けいれられなかった会話もマイナス発言に発展せず軽減されてきた。   表2 Iさんの意欲向上と作業効率 4月 5月 6月 7月 作業量 5個 10個 20個 25個 取り組み姿勢 △ △ ○ ◎ マイナス発言 頻発 頻発 軽減 軽減 ×=出来ない △=支援者が介在するとできる  ○=支援者の声掛けでできる  ◎=意欲的に進んで取り組める 5 考察・分析  支援経過を考察すると、Iさん自身はもともとの能力は高いが、23歳という若さ故の葛藤やジレンマなどを抱えきれなくなり、精神的に追い込まれてきたと見立てられる。そのぽっかりと空いた穴を埋める支援として「承認」をkeywordにIさんにとっての安心感を構築した。しかし、穴が埋まれば、自己実現に向けて進む事が出きるという訳ではなく、その次の段階として「生きがい」「目的意識」といった、エンパワメントとなる要素が必要であった。その為の支援として環境的・人的構造化(数量・時間・声掛け等)と外発的な動機付けとして褒められる、工賃が上がる事を本人の気持ちに寄り添いつつ共感・共有しモチベーションを維持していく事を4年目に入り実践した。  今後のアプローチとしてはIさん自身が目標を掲げられるよう内発的な動機付けに着目し、目標に向かって意欲・モチベーションを獲得できるような支援に繋げていくことである。 6 おわりに  「働く」という事は「お金を稼ぐ事」が大きな動機の一つとなるが、就労継続支援B型事業の我々現場の支援員にとってはその意味合いを深く理解し、その動機となる想いに着目し、目的意識を育む事が務めであると改めて考察する事ができた。 【連絡先】  古家 英樹  くず葉学園・通所支援課  e-mail:furuya@kuzuhagakuen.com 障害のある係員とともに患者さんから信頼される病院をめざして ○岡山 弘美(公立大学法人奈良県立医科大学 法人企画部人事課 障害者雇用推進マネージャー) 1 はじめに  奈良県立医科大学は、医学部医学科、看護学科を擁し医師、看護師の養成を通じて地域貢献に努めている。  また、県内最大級の病床を持つ附属病院を併設しており、1日あたり入院で800人、外来で2,000人を超える患者さんに対して、高度かつ先進的な医療の提供に努め、県民の健康を守る最後の砦として厚い信頼を得ている。 2 障害者雇用の開始 (1) 取り組みのきっかけ  本学が障害者雇用に取り組んだのは平成25年(2013年)度からである。その理由は、法定雇用率が達成できなくなったからである。法定雇用率算定基礎の労働者数の除外率が40%から30%に引き下げられ、平成23年(2011年)度から法定雇用率を下回ったことにより、労働局から指摘を受け、障害者雇用の検討をはじめた(表1)。 (2) 検討を進める中での問題点  当時、法定雇用率を達成するためには10人以上の障害者を一度に採用しなければならず、採用者の確保や受け入れ体制の整備が追いつかない状況にあった。特に病院では「重い病気を抱えた患者への対応が障害者にできるのか」、「緊急事態が発生した時は大丈夫か」といった懸念の声が聞かれたところである。 (3) 案ずるより産むがやすし  こうした問題点は、どこの事業者でも抱えるものであり、それを理由に二の足を踏んでいても仕方ないと労働局等から忠告をいただいたこともあり、できることから取り組むこととし、まず5人の実習生の受け入れを行った。これらの実習生については、複数回にわたり実習を実施し、意欲や能力を見極めた上で採用することとした。これが本学における障害者雇用のスタートである。     表1 障害者雇用率等の推移 H23 H24 H25 H26 H27 H28 H29 H30 常用雇用労働者数 2,159 2,271 2,339 2,475 2,566 2,622 2,696 2,701 障害者実雇用率 1.59% 1.32% 1.28% 1.59% 2.31% 2.51% 2.57% 2.92% 法定障害者雇用率 2.1% 2.1% 2.3% 2.3% 2.3% 2.3% 2.3% 2.5% 必要障害者雇用数 31 33 37 39 40 42 43 48 不足障害者数 7 12 16 11.5 0 0 0 0   3 障害者雇用の拡大  障害者雇用を始めた当初は、大学、病院、事務部門の各職場からその日、その日ごとに業務の依頼を受けていた。 しかし、業務依頼が毎日ある訳でなく、業務の範囲が広がらず、障害者の雇用拡大は進まなかった。 (1) 推進体制の整備  障害者雇用が拡大しない一方で、増大する県民の医療ニーズに応えるべく、職員を増員していったため、障害者の法定雇用率を達成するための必要数も連動して増えていった。そこで平成27年(2015年)度に障害者雇用を専属的に行う部門として、人事課に障害者雇用推進係を設け、係長(現在は障害者雇用推進マネージャー。以下「マネージャー」という。)1名、支援員3名、事務職1名を配属した。  業務の手順指導や進捗管理、勤務姿勢の指導などを行い、障害者が現場においてしっかり実績を上げるよう支援を行う体制を整えた。 (2) 業務範囲拡大の取り組み  業務の拡大に向けて、附属病院における就労の場の拡大を図った。病院内には、清掃、ベッドメーク等障害者が担うことのできる業務が多くあるが、その業務の多くは看護師や看護助手が行い、多忙の要因の一つとなっていた。これらの業務を障害者が担えば、看護師等が患者に向き合う業務に専念する時間が増え、患者サービスの向上につながるのではないかと考え病院長や看護部長等に働きかけた。現在では、病棟や検査部などいろいろな職場での業務が広がっている(表2)。 表2 障害者が行っている業務例 各病棟 車椅子・歩行器・点滴支柱棒・手すり・頭髪室・シンク清掃、水差しの消毒、パストレイの準備、ベットメイク、退院後の環境整備、消毒綿・注射針の単体分け、ナースステーションの環境整備、感染ゴミの廃棄、使い捨てマスク・手袋・ペーパータオルの補充、処置室清掃、ビニール袋補充用の紐通し、汚染タオル回収及び清潔タオル納品、給茶器の清掃・検体の運搬・患者ベット移動・書類コピー・ミルクポン使用による備品の消毒・配膳・オペ器具の準備・伝票処理・内着たたみ(3) 障害者雇用の認知度の向上  障害者が奈良県立医科大学で活躍していることを知ってもらうために、朝のあいさつ運動を始めた。来院される方々に元気にあいさつをすることで、少しでも明るい気持ちで診察や治療を受けていただけるようにとの思いを込めた取り組みである。  こうした取り組みを積み重ね、障害者雇用が拡大していった。 4 障害者の就労定着  雇用数は増えても、辞める人が多ければ元も子もない。障害者雇用において目指すところは法定雇用率の達成ではなく定着にある。  しかし障害者は就労に定着しにくい特性もあるといえる。その要因はいくつか考えられるが、事前に解消できるものは解消し、雇用継続ができるよう工夫に努めている。 (1) 採用時の意欲や適性の確認  本人や周囲も含めて誰もが就職に対して大きな希望を持ち、期待を寄せていることは間違いない。しかし、そうした希望や期待が大きいばかりに、時として本人の適性や意欲が確認されないまま就職が進んでしまうことがある。 本学では就職時のミスマッチを少なくするために、採用にあたっては、実習を通じて適性や意志を確認している(表3)。 表3 実習生の受け入れと採用状況 26年度 27年度 28年度 29年度 合計 実習生受入数 15 22 50 47 134 労働者数 5 20 23 29 退職数 0 4 5 1 10(2) 業務に対する適性のミスマッチの防止  誰しも好き・嫌い、得手・不得手がある。本学の障害者の中にも、数字が得意な人・苦手な人、細かい作業が得意な人・苦手な人、丁寧な性格・おおざっぱな性格など様々な人が在籍している。そうした適性や性格を見極め、できる限り適材適所に配置できるように、複数の業務を経験して本人の適性を見極めるように努めている。 (3) 受け入れ体制の整備 ア 円滑な業務の推進に向けて  本学では障害者雇用推進係の係員以外に、現場の担当者(病棟の場合は看護師長・主任等)が支援員として指導にあたることもあるが、支援員が障害者の働きを認めなかったり、十分に指導しなかったりしたため、障害者がしんどくなってしまったケースも発生した。  障害者と関わる人が増えてくれば、障害者との間でどんなミスマッチが起こるかわからない。そうしたミスマッチをいち早く察知し、フォローできるよう現場の管理者(看護部長、看護副部長等)とマネージャーとの連携を密にしている。 イ 障害に起因するトラブルの対応  障害に起因して勤務態度に波があったり、周囲とボタンをかけ違ったりすることが多くある。こうしたことも想定内として準備している。障害者に何らかの不調が発生した場合はマネージャーが面談を行うとともに、家庭のことが原因であったり、私生活が原因であったりするようなケースについては就労支援センターや家族とも連携を図るようにしている。   5 まとめ  法定雇用率の充足を目的に障害者雇用に取り組んだ本学ではあるが、障害者雇用の最終目標は、障害者を「自主性、主体性のある人材」に育成していくことではないか、「数の確保」から「人材育成」のステージへと変わっていかなければならないと感じている。人材育成といっても決して大げさなことではない。「任せる」「認める」「感謝する」の実行である。 (1) 任せる  現在は基本的には現場に支援員を配置せず、障害者だけのチームに任せている。また、実習生を受け入れる時も指導は障害者に任せており今では、通常の業務は自分たちで準備から後片付けまで遂行できるレベルになっている。 (2) 認める  任せることで自主性が芽生え多少の問題であれば自分たちで解決する力がついてきた。さらに、携帯電話を持たせ報・連・相を徹底させており、組織で仕事をしているとの意識も醸成されてきた。しかし時には勝手な判断をすることもある、抜け落ちることもある、忘れることもある。そういった時も、非難するのではなく、ちゃんとできたことは認めてあげて、できなかったことはなぜできなかったのかを考えさせられることができれば、次のステップアップにつながるはずである。 (3) 感謝する  誰しも他人から感謝されることに喜びを感じるものであり、障害者も同じである。就労の支援において最も大切な言葉は「ありがとう」である。任せた仕事をしっかり遂行できたら感謝の気持ちを伝えることが、次の仕事へのモチベーションにつながっている。特に、本学の障害者は、「ありがとう。」と声をかけられることに何よりも喜びを感じている。そしてその一言が「患者さんのために働きたい」というやる気につながっている。  本学の障害者は、患者さんに成長させてもらっているといっても過言ではない。本学の障害者が一生懸命働くことで患者さんへ恩返しができるような労働者に成長できるよう、彼(彼女)らに一人の労働者として向き合いながら、支援していきたいと考えている。 【患者さんからいただいた言葉】 ・皆さんが頑張って仕事をしているのを見ていると「僕も頑張らなくては」と思いました。 ・とても綺麗に掃除してくれていたので、気持ちよく入院生活ができました。ありがとうございます。 ・綺麗にしてくれて気持ちいいなぁ。ありがとう。僕ら病気で働けないしうらやましいわ。しんどいと思うけどがんばりや。【連絡先】 岡山 弘美(法人企画部人事課障害者雇用推進係) e-mail:okayama@naramed-u.ac.jp 特別支援学校における外部評価の意義と展望 −企業、福祉、行政を主な対象とした「学校参観週間」のアンケート調査を踏まえて− ○矢野川 祥典(高知大学教育学部附属特別支援学校 進路指導主事)  山﨑 敏秀・宇川 浩之(高知大学教育学部附属特別支援学校) 1 問題と目的  某特別支援学校(以下「本校」という。)は、知的障害を主な対象とする学校であり、小学部・中学部・高等部(以下「各学部」という。)の児童生徒が在籍している。教育目標を「児童生徒の将来における社会的自立と社会参加」と定め、近年は障害者権利条約における“合理的配慮”及び“差別禁止”、また国内法の障害者差別解消法や障害者雇用促進法等に着目し、進路指導の充実と発展を図っている。  進路指導の充実を図る上で、現場実習は重要な意味を持つ。本校では中学部3年生(11月:3週間)で現場実習を開始し、高等部での実習回数と実施日数は他の特別支援学校と比べて長期の設定と思われる(高1:11月3週間。高2:5月3週間、11月4週間。高3:5月3週間、9月4週間。その他、進路決定のため必要に応じて追加実習実施)。そのため企業や福祉、行政等の関係機関との連携を密にし、強化する必要がある。一方、関係機関が学校の日頃の取り組みや児童生徒の学習活動に触れる機会は少ないため、6年前から本校独自の取り組みとして「企業、福祉、行政等による学校参観週間」(以下「参観週間」という。)として1週間を通した授業公開をしている。こうした外部評価の機会を設定することにより、関係機関といっそうの共通理解を図り、児童生徒の将来における社会的自立と社会参加に向けた進路指導、キャリア教育の充実発展に繋げることを目的とした。 2 方法 (1) 開催日時  6月11日(月)から6月15日(金)の5日間とした。参観時間は月、火、木、金曜日が9時から15時30分まで、水曜日が9時から13時30分までとした。各学部のカリキュラムがあるが、参考例として高等部の時間割を掲載した(表)。 表 高等部時間割表 8:30~ 8:50 1 8:50~ 9:30 2 9:40 ~ 10:30 3 10:40 ~ 11:30 4 10:50~ 12:20 5 13:10~ 14:00 6 14:00     ~ 14:50 7 14:50~ 15:30 月 日生 体育 自立 /国・数 生活 生活 日生 火 日生 作業 作業 日生 水 日生 体育 自立 /社会性 家庭科 日生 木 日生 作業 作業 日生 金 日生 体育 音楽 生活 作業 日生 (2) 案内の対象(関係機関)  案内の対象は、以下の事業所や関係機関とした。近年、繋がりが深い関係者を中心としながらも、学校に寄せられた問い合わせや参観希望にできるだけ柔軟に対応するように努めた。以下、案内の対象とした機関を具体的に記す。 ① 就労や現場実習で、卒業生や在校生が関係している企業 ② 就労や生活介護、グループホーム等のサービス利用や現場実習で、卒業生や在校生が関係している福祉事業所 ③ 障害者職業センターや公共職業安定所、就業・生活支援センター等の関係機関 ④ 県や市町村等、福祉サービス利用に関係する行政機関 ⑤ 放課後等デイサービスを提供している事業所 ⑥ その他、関係機関  これらの機関にメールや郵便物、手渡し等で案内した。 (3) 参観の対象(学級)と場所 各学部における全学級の授業を対象とし、ほぼ全ての場所を参観可能とした。また、事前配布した案内に各学部の週時間割表を同封し、事前に訪問者の参観希望日時をまとめて全教職員に告知した。学習中の急なハプニングや特別な事情が起きた場合は「参観、ご遠慮願います」などの掲示物を教室前に用意し、参観の遠慮を願った。 (4) 参観の仕方  参観者に対して教師が常に帯同するのではなく、案内役(副校長、進路指導主事等)が校内を巡回し、必要に応じて質問や疑問に対応した。授業の中で必要に応じて参観者と児童生徒が話したり教師と話したりする場面も設け、学習内容や支援方法、配慮事項等について説明を行った。 (5) 評価方法  参観前にアンケート調査用紙(設問10)を配布し、参観中あるいは参観後に記入を依頼、回収箱を設置して回収した。 3 結果と考察  参観者81名でアンケート回答者53名(項目によって未記入あり)、回答率65.4%(小数点2位以下、四捨五入)であった。本論文では2項目に焦点を当てて取り上げるとともに、自由記述やエピソードと併せて結果と考察を述べる。 (1) 児童生徒の実態に見合った学習内容だったと思いますか。  ①とても思った(13人 24.5%)、 ②思った(34人 64.2%)、③どちらでもない(4人 7.5%)、 ④あまり思わなかった(0)、⑤思わなかった(0)。  次に、この項目における自由記述を抜粋して記す。 ・小1年から高3年までの生活を見せていただきよかったです。高等部は社会で働くことをイメージした取り組みや指導、登校=出勤でタイムカード、作業宿泊では作業と給与、評価の事だけでなく自分がやりたい事の目標設定もされており、社会で働く力が身につく教育、指導だと思いました。 ・生徒の方から率先してあいさつをしてくれて、とても気持ちが良いです。笑顔で教室に入ってきているのを見て、学校全体の様子や雰囲気がよく分かりました。 ・児童や生徒達が伸び伸びと過ごしている。いつでもお茶を飲める。全体の雰囲気が外国の大学かと思ってしまった。  (1)の調査項目において、①とても思った、②思った、と回答した人を併せると47人、88,7%に上り、参観者のほとんどが学習内容を評価していることが分かった。また、自由記述では小学部低学年から高等部最上級生の授業まで一日で参観できたことの良さ、社会で働くことをイメージした取り組みや挨拶への賞賛、児童生徒が見せる表情から学校全体の雰囲気等に対する評価があった。附属学校園の特色であり義務であるが、本校では2年に1回の割合で教育研究大会を開催し、県内外に案内をしている。その際にも小学部から高等部まで全学級の授業を公開するが、50分間の研究授業であり、フォーマルなイメージを持たれがちである。参観週間では事前申し込みがあれば1週間どの曜日でも参観自由であり、児童生徒の様子が肌で感じられる、教師の取り組み方や授業内容、配慮事項等が伝わりやすい、といった点が評価されたのではないかと思われる。 (2) 今後、附属特別支援学校にどのようなことを期待しますか(複数回答可)。  ①教育内容や支援方法などに関する情報発信の役割(35人 66.0%)、②学校の危機管理の向上(防災や不審者対応など)(1人 1.9%)、③先生の指導力の向上(学習指導や支援方法など)(12人 22.6%)、④一般就労率の向上(卒業後の進路保障)(16人 30.2%)、⑤他機関との連携(アセスメントや情報共有など)(25人 47.2%)。  次に、この項目における自由記述を抜粋して記す。 ・カフェでは作る工程から販売まで実際に体験できる環境や、合宿などで実際に頑張った分がお給料として出る仕組みなど、本当に素敵だなと感じました。 ・どの生徒らもありのままに自分らしく活動に参加ができているように感じられた。不登校などないんじゃないかな。 ・生徒自身がしたい事や目標が授業の中に沢山組み込まれていて、主体性を生かす、伸ばす教育だと感じました。 ・主に幼児期を支援していますが、進路を悩んだり不安に思ったりする保護者がいるので、実際に様子を見ることができ、ありがたいです。  (2)の調査項目と自由記述からは、乳幼児期から卒業後の支援まで携わる附属校として情報発信力を高めることの期待が示された。一人一人の実態に即し、主体性を育む教育内容や支援方法、進路保障について、他機関と連携し推進すること、伝えることの重要性を再確認した。  次に、参観週間でのエピソードに触れる。5月の高3現場実習先の一つとして医療法人高齢者施設で実習を行った。期間中、実習先の施設職員が実習生を伴い本校を訪れ、本校喫茶製作のロールケーキを購入したことがあった。利用者の方々の間食用として購入、とのことであった。こうした縁から参観週間の期間中には、施設職員3名と利用者2名(車イス利用)の方の訪問があり、児童生徒の授業の様子を参観し、実際に喫茶も利用した。授業見学では孫世代の子供達の学習に触れ、利用者の方が子供に声をかけるなど新鮮な刺激があったようである。喫茶では現場実習を行った生徒の歓迎を受け、大変喜んでいただいた。  これまでも「医療・福祉」分野で現場実習は行い、就労に結びついたケースも複数ある。しかし今回の現場実習後から参観週間までの施設との関わりは、非常に親密で深い交流となった。こうした機会の実現は子供達のみならず教師にも非常に新鮮で、「学校」と「医療・福祉」の新たな連携、可能性を見出す思いがした。高齢者施設に入所している方々にとって、学校という新鮮な響きと子供達が実際に学ぶ様子、生き生きとした姿や声を耳にし、心身共にリフレッシュした、そんな訪問になったのではないだろうか。 4 課題と展望  今回の参観週間におけるアンケートでは概ね良い評価を受けたが、勿論その結果に満足するだけではいけないと職員会で振り返り、確認をしている。教育活動に対して外部評価を受けることは、いまや当然であり必要不可欠ともいえる。児童生徒にとってよりよい環境設定や授業づくり、合理的配慮の提供が行われるため、いわゆる「見える化」を図ることが学校教育にも求められている。翻って我々教師にとっても、児童生徒の学習への取り組みや教職員の授業に望む姿勢から、小学部から高等部までの系統性のある教育活動を知ってもらうことは大きな意義がある。21世紀型の教育を推進する上で避けては通れない視点であり、継続的、発展的な取り組みが求められるといえよう。  我々教師はこれらのことを肝に銘じ、外部評価を謙虚に受け止め、児童生徒一人一人の夢や希望を見つめ、将来の社会的自立と社会参加を見据えた進路指導の在り方、キャリア教育の在り方について検討を重ね、推進していきたい。 【プロ意識】×【合理的配慮】=職場定着&生産性向上 ○永田 美和(ビーアシスト株式会社 川崎事業所長) 1 はじめに  ビーアシスト株式会社(以下「ビーアシスト」という。)は、ブックオフコーポレーション株式会社の子会社として2010年に設立され、同年に特例子会社として認定された。関東圏に事業所を5拠点設置し、2018年6月1日現在で104名のパートナースタッフ(ブックオフグループにおける障害者スタッフの呼称)が在籍している。そのうちの一拠点となる川崎事業所は2013年の開設より5年を迎えた。22名(男性17名女性5名)のパートナースタッフ(手帳区分:知的障害19名・精神障害3名)と2名のサポートスタッフ(いわゆる指導員)、そして1名の社員で運営している。親会社の本業であるBOOKOFF409号川崎港町店内で多種多様な業務(アパレル・ホビー・アクセサリーの商品化、陳列、棚の整理、季節商品の入れ替え、お客様の案内)等に取り組んでいる。 2 職場定着&生産性向上 (1) 考え方として  私が着任した2015年4月には遅刻、早退、欠勤者が多数おり、休職者も数名いた。勤務中トイレにこもって睡眠をとり、30分以上出てこない者までいた。  最初に取り組んだこととして、当社のフィロソフィを具体的に伝えることである。特に、フィロソフィの中にある「4つの約束」に力を入れた。  その中のひとつに「時間を守る」がある。勤務が安定せず、正しく出勤できないことに対して、「社会人として働くことの大切さ」と「自分で稼ぐことの大事さ」の話をし、「美味しいものが食べたい!」「欲しいものがある!」ならば、「働いて稼ぐ」こと。「誰にでも出勤したくないときがある」ことを「嫌なことから逃げない」こととして言い続けてきた。更に「自分の居場所は自分でつくる」こと、「出勤しないと周りの人に迷惑がかかる」「自分がいないと困る」「この事業所は誰一人欠けることなく、みんなでつくっている」「みんな誰かの役に立っている」ことを伝えてきた。その一例として、目に見えるよう朝礼でチームごとに点呼を行い、全員揃うと拍手をする、揃わないと悔しがることを行ってきた。今では「出勤することがあたりまえ」を全員が認識している。 (2) キャリアパスプラン  キャリアパスプランでは、リーダー候補、スペシャリスト、ゼネラリストの3つのコースを設定し、それぞれ選択の上、定期的な面談を行い、個々の目標を明確にしている。また、一定の非生産時間を設け、当社で作成した「生活支援ガイドライン」を用いて、研修を行い、生活改善を促すとともに、日常的に、安定した就労生活を継続することにより、金銭面での自立、社会人としての自立が可能になるように取り組んでいる。 (3) 楽しい職場作り  「仕事に行きたい!」と思ってもらえるような環境づくりを大切にしている。「4つの約束」の中にある「気持ちの良いあいさつをする」「はっきりと大きな声で返事をする」を行うことで、自分の意志を示すことができ、自身のモチベーション向上にもつながり、相手にも気持ちの良い印象を与える。  また、「ありがとう」という言葉を大切にしてきた結果、相手の気持ちを汲み取ることが苦手なパートナースタッフも、自分が嬉しくなる言葉を、自然と相手に言えるようになったことで、お互いに気持ちよく働ける環境ができた。 サポートする側として意識してきたことは、どのような場面でもパートナースタッフの表情、雰囲気、声の出し方等に注意し、タイミングを見逃さず常にアンテナを立たせ、一人一人の状況に合わせた声掛けを行っている。 (4) 現在  本人特性を活かし、6チームに分かれて主体性を持って働いている。6チームには全てパートナースタッフのチームリーダーを配置し、リーダーは目標設定から1日の流れ、チームメンバーへの指示、声掛け、作業結果の引継ぎ、結果集計、日報作成までを行い、健常者にも劣らない、高い生産性を出している。  また、実習生のトレーニング全てを任せ、仲間の為に行動できるリーダー育成を行っている。 サポートスタッフはできる限り、手や口を出さないが、パートナースタッフから相談が持ち掛けられるような環境を作っている。 3 【プロ意識】×【合理的配慮】 (1) プロ意識(稼ぐ!)   プロ意識は二つの面から考えられる。一つ目は「売り場は舞台」。当事業所はパートナースタッフ全員が時間に違いはあるが、本業であるBOOKOFF店舗に出て作業している。お客様に常に見られていることを意識し、声を掛けられれば、お客様のご案内もしている。全員が確実にできるわけではないが、メンバー同士で助け合いながら進めている。  例として、両手を使っている人が、ドアを開けようとしていたら開けてあげる等、自分のできる範囲で困っている人を助けている。  もう一つは「仕事をする」こと。働くことで給料を稼ぐことにより、「プロの仕事をする」ことを実践している。いざとなったら他社でも通用できる人財の育成を目指している。 (2) 合理的配慮(配慮と優しさ)  優しくすることが配慮することではない。配慮とは「働き続けるために行う」=「これからの成長に対して投資」。優しさとは「人対人の関係を強化する」もの。本人特性を配慮した上で、時間がかかったとしても、できるようなことを、パートナースタッフのわがままで「嫌だと言ってやらない」「やらせない」ことが配慮なのか。手帳を持っていることで守られ過ぎていて、成長できるチャンスを失ってしまってはいないか。苦手なことでもできる限り自分で考え、何事にも何度でもチャレンジして、成功と失敗の経験を積んでもらい、時間がかかっても、できないことができるようにフォローしていき、ダメなことをしたら叱る、良い行いをしたらたくさん褒める。本気で向き合い、全力で愛情を伝え、サポートしていくことが、本当の配慮と考えている。 4 事例 (1) 概要 ・男性22歳 入社5年目 ・手帳区分:知的障害B2(発達障害の診断もあり) ・過去の経緯:高校3年生まで通常級に在籍し、酷いいじめを受けサポート校に移る。サポート校での在籍時に療育手帳を取得する。 (2) 発生した問題や課題 ・幻聴や被害妄想、極度の不安により勤怠が安定しない。 例)通勤時の電車で自分を馬鹿にしている幻聴が聞こえる。家庭での爆発。母親や物にあたるなど。 (3) 原因 ・女性先輩へのつきまとい行為を注意されたことによる自己嫌悪 ・実習生との会話からいじめを受けた学校の名が出たことがきっかけで、フラッシュバックを起こす。 ・父親とも折り合いが悪く、家庭でも安心できる環境がない。 ・受診を勧めた結果、適応障害との診断  ⇒治療のため休職の措置をとる。 (4) 治療後の支援・対応 ・短時間勤務の配慮 →週3日、5時間勤務より開始。通院のため休みを認める。 ・発達障害者支援センターへ新たにつないだ。 →障害者就業・生活支援センターも手一杯  使える社会資源は最大限に活用 ・定期的な面談を実施 →個室での面談よりも立ち話的な手法で今の気持ちを聞く。 ・作業環境の配慮(周りが気にならない環境) →1人、もしくは少人数でできる配置に変更 ・毎日の声掛け →肯定的な声掛けを意識する。 (5) 現状 ・週5日フルタイムに安定して勤務ができるまで回復 ・担当する業務に対する責任感、達成感を感じられている様子で生産性も向上している。 ・先輩との関係性も「会社の同僚」として程よい距離感を構築できつつある。 ・センターへの相談もできるようになったことから、母親の抱え込みも解消された。 →最近、両親への感謝の言葉もみられ会話も増えた。 ・障害年金の申請が通った。 →社会保険労務士を紹介し再申請をおこなった。 5 おわりに  私の大好きな人は「嘘をつかないこと!」「いつも素直に!」「元気に!」「笑顔で!」としている。ビーアシストで、そして川崎事業所の一員だという意識、成長に対して貪欲で、自信と誇りを持って楽しく働き、いつまでも、ここにいて良かったと思ってほしい。 【連絡先】  永田美和  ビーアシスト川崎事業所  e-mail:miwa.nagata@boc.bookoff.co.jp  HP:http://www.bog-assist.co.jp 障害者支援施設における施設利用者と障がい者雇用の視点の違いについて、企業型JCの立場から考察する。 ○山下 直子(社会福祉法人阪神福祉事業団 ななくさ育成園 企業在籍型職場適応援助者)  髙橋 舞・武下 祐子・黒田 美貴・山下 雄・岸本 清子(ななくさ育成園) 1 社会福祉法人阪神福祉事業団 (1) 概要  社会福祉法人阪神福祉事業団(以下「事業団」という。)は兵庫県西宮市の北部に位置し、障害者支援施設3か所、障害児入所施設併設障害者支援施設1か所、特別養護老人ホーム1か所、救護施設1か所、診療所、給食センターを運営している。従業員数は約320名である。 (2) ななくさ育成園  ななくさ育成園は障害者支援施設であり、対象とする主たる障がいは知的障がいである。平成30年8月1日現在で129人の方が生活をされている。平均年齢は55.4歳、障害支援区分(必要とされる支援の度合いを総合的に示すものでは非該当から区分6まである)が、平均障害支援区分が5.15となっている。障がい特性や年齢等に配慮し5つのユニットできめの細かい支援に努めている。  自閉症支援に積極的に取り組み、専門研修の受講や各種研修会への講師派遣、実践発表会の開催等を行っており、地域に向けた支援の発信を進めている。また、意思決定支援や高齢障がい者への支援も並行して進めており、地域の中で求められる施設を目指し、日々の利用者支援に努めている。 2 初めての受け入れ (1) 失敗から得たもの(不採用)  平成28年1月、兵庫障害者職業能力開発校から1名の実習生A氏(知的障がい・19歳・女性)を受け入れた。A氏は右手の不随意運度があり緊張や疲れがあると右手が上がってしまう症状が見られたが、職業能力開発校のトレーニング成果もあり、挨拶や返事、仕事に対する意欲は十分にあった。実習開始後よりしばらくして、休憩を多く取るようになり、座りたい等の訴えが出始めた。また、昼食時に服用している薬を飲み忘れており、職員には「飲んだ」と事実ではないことも分かった。実習中盤には体調を崩し 自宅に帰ることもあり、実習の在り方が問われる事態となった。  一方、スマートフォンで友人とSNSを楽しみ、休日には買い物や映画鑑賞と余暇を楽しんでいる面もあった。  実習最終日に職業能力開発校の職員と支援機関の職員、企業在籍型職場適応援助者(以下「企業型JC」という。)の3者で面談を行った。企業型JCからは、職業リハビリテーションの階層構造(図1)を参照に、最も基礎となる健康管理が不十分で、まずはそこをしっかりと整えてから働いて欲しいことを伝える。  私自身、初めて障がい者雇用に携わり、雇用に繋げたい気持ちがあった。自分自身が支援をしている利用者と、隣で実習をしている方も同じ障がいであり、同じ場所で両者が違う立場でいることにうまく馴染めなかったために実習生への十分な支援が出来なかった。一方で共に働くことになるであろう実習生に対しどこまで支援をする必要があるのか悩み「働く」ことへの難しさを感じた事例であった。 (2) 失敗から得たもの(臨時職員として採用)  平成28年2月より兵庫障害者職業能力開発校より二人目の実習生B氏の受け入れを行う。精神障がいの男性で、一人目の方と仕事内容は同じである。仕事をする上で理解しやすいように物の位置の視覚化等を行い、事前にシミュレーションを行い準備を進める。また、本人が仕事をするために必要な道具も適切に整え、障がい者雇用専用の休憩室の設置も行い、仕事中の不安が無くなるような支援に努めた。仕事をする上での基準を作りどこまで求めるか協議を重ねた。実習半ばでご本人が働くことに対して精神的な不安が強くなったとの訴えがあり実習を休むことがあったが、法人内の企業型JCと連携し、事業所として求めることをブレないようにし、本人への対応を一貫した。結果、ご自身で働きたいという気持ちを強く持たれて実習を再開したため、実習終了後に「一緒に働きましょう」と声をかけた。就職してから1年4か月が経過したが、今夏の猛暑で体調を崩し、精神的にも不安定な状態となり、1か月の休養が必要であった。復帰後もすぐに体調が崩れる事態となり、健康面への不安が大きくなった。 3 障がい者雇用の様々な視点 (1) 働く視点  障がい者雇用は福祉的就労ではなく、雇用契約に基づいて労使契約を行う。労働者は契約に沿って労働力を提供し、使用者は対価を支払うといった関係であり、一般的に会社で働く労働者と同じ考え方である。その中に障がい特性に対する配慮や適切なサポートが必要であり企業型JCが関わっていく。働く上では本人が事業所が定める条件に応えていくことが大切であり重要な条件である。 (2) 施設職員と企業型JCの視点  施設職員に対し障がい者雇用の啓発は常に行っているが図2のように施設の利用者の日課や活動と障がい者雇用の業務が重なっていることで、職員間で障がい者雇用の意味合いが薄れてきている現状がある。また、働く視点がブレてしまうこともあり、施設職員にとっては、障がい者雇用も施設利用者の日課や活動も同じ考え方になってしまう状況がある。企業型JCとしては、労働者としての視点は変えず、どのように施設利用者と労働者の区別をつけていくかが難しい点である。         (3) 障がい者雇用者と企業型JCの視点  障がい者雇用として実習生や雇用者が働く視点をどの程度イメージを持っているか企業型JCとして不安に感じることもある。対象の方々は“社会に出たい”“社会と繋がりたい”“お給料をもらって欲しいものを買いたい”といった思いを持っていた。しかし、企業型JCから見た視点は思いや気持ちと心身が上手くかみ合っていないことがある(図3)。働きたい気持ちは強く持っているが、健康管理が十分にできておらず、実習を中止することや長期の休養が必要な状況もあった。健康状態が整わないと労働することの難しさを実感した。   図3 AさんとBさんの気持ちと力のバランス (4) 事業所としての視点  社会福祉法人として、福祉に携わる者として傍に寄り添い支援をしていきたい気持ちがある。しかし、3-(1)で述べたように利用者ではなく労働者でありまた、同僚であるとの考えを常に持ち、雇用契約や働くための視点を常に持ち、何を求めるのか、どこまで配慮すべきか、他の職員と同じ条件、ルールのもとで判断をする。企業型JCは障がい者雇用の前線で実支援に当たり寄り添う面も多くあるが、企業側としての視点を持ち続け、事業所が迷ったり、揺れたりする場合も企業型JCが常にブレずに一定の視点を持ち続けることが雇用定着する上で重要である。 4 企業型JCとしての役割  今まで働くための視点を意識したことはあまりなく、企業型JCとして障がい者雇用に携わり、自分自身は企業としての考えが全くなかったことを認識することができた。「事業所が求めるもの」を揺るがさずに障がい者と関わることはすごく難しい。なぜなら、施設職員として普段から利用者と関わっている中で自分たちが間に入って支援することで出来なかったことが出来るようになることを学んできたからである。しかし、企業型JCとしては「働く」ことは、即戦力・安定した人材を求めなければならない。職業リハビリテーションのピラミッドの底辺である「健康管理の力」がいかに大切かを肌で学ぶことができた。  現在の事業所は平成31年度内に宝塚市内に移転する。今後も働きたいと思っている障がい者を雇用するにあたって、事業所として求める水準を引き下げないことも大切であるが、社会福祉法人ならではの専門的な支援を障がい者雇用に活かしながら、障がいを有する方々が働く前に抱いている思いや気持ちを実現し、事業所が求めるものと結びつけられる企業型JCとしての役割を持つ必要がある。 リワーク支援における「S-H式レジリエンス検査」を用いた効果の測定と分析 ○柳 恵太(広島障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 はじめに・目的  「レジリエンス(=レジリアンス)」は「逆境を跳ね返して生き抜く力」等と定義され、「回復力」「しなやかさ」「復元力」とも訳される。池淵1)は精神障害リハビリテーションの分野での「リカバリー」を「障碍の有無にかかわらず、自分の生活を取り戻し満足のいく人生を生きられるようになること」と定義し、「そのためには本人の主体性やレジリアンスが発揮されることが重要」と述べている。メンタルヘルス不調者がリワーク支援(以下「RW」という。)を利用して復職し、再発・再休職を予防する過程を「リカバリー」としたとき、RWでどのようにレジリエンスが発揮されるのか。本稿ではRWの効果を測定し分析する。 2 方法 (1) 対象者 ア 内訳  RW利用者合計38名(男性32名、女性6名)、平均年齢39.0歳(男性39.4歳、女性37.0歳)、平均休職回数2.1回(男性2.3回、女性1.2回)、平均RW利用日数54.1日(男性55.2日、女性48.0日)、平均RW利用週間13.1週(男性13.2週、女性12.2週)、復職率100%。 イ 診断名  うつ病・抑うつ状態24名、適応障害6名、双極性障害4名(うち、双極性障害Ⅱ型2名、双極性感情障害2名)、強迫性障害1名、自律神経失調症1名、統合失調症1名、疼痛性障害1名。  上記に重ねた診断名として、広汎性発達障害、限局性学習症、脳梗塞等があった。 ウ 職業分類  専門的・技術的職業19名、生産工程の職業8名、事務的職業5名、販売の職業6名。 (2) S-H式レジリエンス検査2)について  職場に適応する際のストレスからの立ち直りという観点でのレジリエンスを測定する検査である。  パート1の検査は27個の質問から成り、「ソーシャルサポート:家族、友人、同僚などの周囲の人たちからの支援や協力などの度合いに対する本人の感じ方」「自己効力感:問題解決をどの程度できるかなどの度合いについての本人の感じ方」「社会性:他者とのつき合いにおける親和性や協調性の度合いについての本人の感じ方」の3因子の構造で、現在持っているレジリエンスを測定する。27項目135点満点で、男性は94点以下・女性は97点以下が「低い」、男性は95?107点・女性は98?109点が「普通」、男性は108点以上・女性は110点以上が「高い」とされている。  パート2の検査は8個の質問から成り、1群「仕事に対するチャレンジ精神」「問題解決への態度」「職場での感情統制」「協力関係」、2群「社会的関係の維持」「積極的思考」「自己開示」「能力・業績の自己評価」を表し、現在の「考え(自分の考えや意見を心の中で明確にしようとする性質)」と「行動(行動し、実践しようとする性質)」の関係(積極的もしくは消極的)を明らかにしている。「Ⅰ:考えと行動がともに積極的」「Ⅱ:考えは積極的だが行動は消極的」「Ⅲ:考えは消極的だが行動は積極的」「Ⅳ:考えと行動がともに消極的」の4つで判定し、1群はⅠ>Ⅱ>Ⅲ>Ⅳの順で、2群はⅠ>Ⅲ>Ⅱ>Ⅳの順で、概ねレジリエンスが高いとされている。 (3) 調査期間・方法  平成29年2月?平成30年6月にRWを開始・終了した利用者に、①RW開始・終了時に「S-H式レジリエンス検査」を実施し得点の変化を測定した。また、②RW終了時にパート1・2の各項目について「レジリエンスの変化に効果があったRWのプログラムや取り組みは何か」というインタビュー(半構造化面接、30分?1時間程度)を行った。 3 結果 (1) レジリエンスの変化 ア パート1(表1)  RW開始・終了時でレジリエンス得点に有意差が見られた。 イ パート2(表2) (2) インタビュー結果  パート1はRW終了時にレジリエンス得点が「普通」「高い」なおかつ変化量が「平均+1標準偏差」以上、パート2はRW開始時「Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ」からRW終了時「Ⅰ」の判定になった者を「RWでレジリエンスが発揮されたと考えられる対象者」と仮定・選出し、インタビュー内容を集約した。 ア パート1 (ア) ソーシャルサポート:3名  支援者との面談で「話を聞いて(共感して)もらった」という感覚を得たり、他利用者と話し様々な考えを聞く。 (イ) 自己効力感:7名  対象者自身の課題に対し、主体的に目標を設定し取り組み、視覚的かつ客観的に成果を確認し、支援者からフィードバックをもらい、成功体験を積む。 (ウ) 社会性:6名  ジョブリハーサル、ビブリオバトル(お気に入りの本やお勧めの本のプレゼンテーション大会)、自主企画セミナー(対象者自身がセミナーを企画・実践する)等で、他利用者とコミュニケーションを取り(心配やアドバイスをし合う)、協力して取り組み、意見の相違を認め、無駄話やジョークを言い、他利用者から笑ってもらう。 イ パート2 (ア) 仕事に対するチャレンジ精神:5名  キャリア(働き方の価値観を振り返る)、当事者研究(「自分の助け方」等に関する研究活動)、集団認知行動療法等で働きがい等を再確認し、ビブリオバトルや自主企画セミナーを主催し、答えのない場面でゴールをイメージし、初めてのことを「やってみよう」と主体的に行動する。 (イ) 問題解決への態度:10名  セルフモニタリングや支援者との面談で現状の不安や課題を明確にし、アサーションで思考と感情を整理し、ビブリオバトルや自主企画セミナーを「失敗してもいいや」という気持ちで取り組み、行動活性化する。 (ウ) 職場での感情統制:7名  集団認知行動療法やアンガーコントロールで思考や感情・問題を整理し、自主企画セミナー等を主催するなかで、アサーションやマインドフルネス等の対処法を実践する。 (エ) 協力関係:7名  支援者との面談、事業所担当者とのケース会議、ビブリオバトルを他利用者と共催することで、他者との関係性を「味方」や「仲間」と感じ、RWを社会的資源だと実感する。 (オ) 社会的関係の維持:10名  集団認知行動療法やRWでの日常場面で、同じ境遇(休職中)である他利用者(苦手な人含む)と意見交換したり、休憩時間に雑談や他愛ない話をして、アサーションを意識して自身の気持ちを伝え、お互いの立場を理解し合う。 (カ) 積極的思考:14名  RW開始前の職業相談・評価で対象者が自身の強みを自覚し、集団認知行動療法で同じ境遇(休職中)である他利用者と意見交換し客観的な視点を得て、他利用者のビブリオバトルや自主企画セミナーの発表を聞き、他利用者の良い面に気づき、意見が受け入れられ、信頼感を再確認する。 (キ) 自己開示:11名  RW開始前の職業相談・評価やRW場面で、支援者に体調や悩み等を「話を聞いて(受け入れて、助けて)もらえる」という感覚を得て、他利用者と仕事や症状等を話し合い「恥じることなく正直に言っていい」という感覚を得る。 (ク) 能力・業績の自己評価:13名  ビブリオバトルや自主企画セミナーで成果を出し、事業所担当者とのケース会議も含めて、他利用者・支援者・事業所担当者から肯定的なフィードバックを得る。 4 考察・おわりに  本研究は対象者数が少なく、広島障害者職業センターRWのみの調査・分析で一般化できるとは言えないが、レジリエンスが発揮されるRWでの取り組みをインタビュー結果から整理すると「他者との人間関係において、対象者が自身のテーマを主体的に行動するなかで、自身や他者を認め合い、受け入れ合う」ことだと考えられる。これは「こらーる岡山診療所」の山本昌知医師3)が言う「人薬(ひとぐすり)」の効果だと考える。斎藤4)は「人薬」を「人と人との親密な接触は、それ自体が治療的であり得る」と述べている。本研究を通して、人間関係が持つ力や、それを活かす支援(方向付けや環境設定)の重要性に気づいた。今後も対象者のレジリエンスが発揮される支援をしたい。 【参考文献】 1) 池淵恵美:総論①心理社会的治療「レジリアンス?症候学・脳科学・治療学」,p.90-103,金原出版株式会社(2014) 2) 祐宗省三:「S-H式レジリエンス検査手引書」,p.4,竹井機器工業株式会社 3) 想田和弘:映画「精神」, Laboratory X(2008) 4) 斎藤環:「『社会的うつ病』の治し方」,p.91,新潮選書(2011) 【連絡先】柳 恵太(e-mail:Yanagi.Keita@jeed.or.jp) 業務遂行能力に焦点をあてた復職支援プログラムの試み ○奥野 智子 (千葉障害者職業センター 支援アシスタント)  中村 美奈子(千葉障害者職業センター) 1 はじめに  精神疾患により休職した職業人を対象とした復職支援は、休職者が休職前の職場環境に再適応して、再び業務遂行が出来ることを目指す場である。休職者の個別性や会社環境との相互作用を考慮して、働くために必要な能力を回復させ向上させるために、業務遂行能力に焦点をあてたプログラムを行うことが、休職者が復職後に主体的に働くことにつながる(中村,2017)。  休職者が職業人として再び働けるようになって復職するには、Bio(セルフマネジメント)、Psycho(自己理解と現実的思考)、Social(対人関係とコミュニケーション)、Vocational(業務遂行)の4つのカテゴリに応じた準備が必要である。そこで、千葉障害者職業センターの復職支援(以下「千葉リワーク」という。)では、これに基づいたプログラムを行っている。  Bioはプログラムや生活全体を通して、体調やワークライフバランスのセルフマネジメントを目指す。Psychoはストレス対処講座で、ComPs−CBT(中村,2016)を活用し、自分の認知特性に振り回されず問題解決できることを目指す。Socialはコミュニケーション講座で、事実に基づいた情報整理とコミュニケーションを行うことによって、合理的な問題解決ができるようになることを目指す。さらにVocationalでは、キャリアデザイン講座を行っている。  これまでのキャリアデザイン講座は、休職前の自分を主観的にふり返っていた。しかし、復職して働くことは主体的に問題解決して、ストレスに対処し、再休職防止を目指してセルフマネジメントできるようになることである。ここから、千葉リワークでは、業務遂行能力に焦点をあてた復職支援プログラムとして、休職者自身が自分の復職という課題を解決するために何が必要かを考える、新たなキャリアデザイン講座を試みている。 2 新たなキャリアデザイン講座  本講座は、リワークカウンセラーである中村が考案し、奥野をはじめとするアシスタントスタッフ3名が実施している。講座は座学とグループワークを組み合わせた全6回である。以下、各回の講座内容を紹介する。 (1) 自己理解 ア 「社会人基礎力」チェックによる自己理解  休職者が復職して働くためには、働く上での自分の長所や短所、得意不得意といった自分の特徴を把握する必要がある。強み(長所)や弱み(短所)を知ることで、復職後に強みを活かし、弱みを強みで補い、もっている能力をさらに伸ばして働くことができる。  そこで、「社会人基礎力」(経済産業省,2006)を用いて、休職者が自分の特徴を分析する。状況の変化に応じて自分の特徴や能力を発揮することで、自分らしさを活かして働き、再発防止することにつなげる。 イ エゴグラムによる自己理解  ここでは、対人関係から考え方や行動パターン、対人関係パターンを把握し、場面や目的に応じた適切なコミュニケーションがとれることを目指す。そのために、交流分析を基に作られた「自己成長エゴグラム(SGE)」(芦原、2006)を使う。  SGEは人のこころの特徴を5つに分けて捉えており、5つのこころのうちどれが中心的かによって、他者とのコミュニケーションのとり方が変わってくる、としている。そこで、SGEの結果から、休職前の働き方や行動との関係にどんな影響を及ぼしていたかをふり返り、自分のこころの特徴と他者との付き合い方を再確認する。そして復職後に、よりよい働き方や対人関係が築くための対策を検討する。 (2) 対人関係 ア 役割について考える  役割とは、場面や立場に応じて、目的をもって行う役目である。ひとりの人間が職場や家庭といったさまざまな場面で多くの役割を担っている。それらの役割を過重に捉え、葛藤を抱えることもある。そこで、休職前の役割を、仕事、家庭、友人、サービスユーザーの4つのカテゴリに分けて、自分や相手が期待する役割をどう捉えて行動していたかをふり返り、休職原因を検討する。  それぞれのカテゴリに応じた役割への価値観を再確認し、役割を果たすための目標をもつことで、自分と他者との役割の認識のずれが生じることを防ぎ、役割を遂行するなかで起こるストレスに対処する。 イ 役割とストレスについて考える  休職前の人間関係において、うまくいかなかったことやストレスになったことなどをふり返り、復職後にそれを改善して働くことを目指す。  自分を中心とした3層の同心円を、役割の4つのカテゴリに分割し、自分の役割ごとの他者との関係性や心理的な距離をもとに他者をプロットする。他者との距離のバランスは偏っていないか、対人距離がストレスになっていなかったかなど、休職原因との関連を確認する。  グループワークでは、他者との距離の取り方や、再発防止のための工夫を話し合い、他のグループメンバーの視点を取り入れることで、役割を現実的合理的に把握して対人距離をコントロールすることにつなげていく(中村,2017)。 (3) 問題解決 ア タイムマネジメント  時間をコントロールして有効に使うことで、仕事や私生活でのメリハリをつけ、やるべきことややりたいことができることで、充実感や達成感を得られる。  休職前の時間の使い方をふり返り、タスク全体と作業量や作業時間を把握することで、余裕をもったスケジュール管理をする。また、復職後の時間の使い方や、予測される出来事への目標と計画を立て、出来事にどう対処していくかを検討する。  それにより、仕事や生活の変化に応じて時間の使い方を見直して、時間管理を行い、ストレスの軽減につなげる。 イ 問題解決  問題解決は、課題に対する問題意識をもって、解決に向けた目標や具体的な行動計画を立てて実行し、結果に応じて計画を見直すものである。それには、Plan、Do、Check、ActionというPDCAサイクルを用いる。  復職するという例題に沿って自分の目標を定め、目標を達成するための具体的な行動計画をたてる。グループワークをとおして、目標設定の仕方や行動計画を立てるコツを話し合うことで、協力しあって問題解決することの演習にもなる。  自分が主体となって、目標を達成するために考え行動し、問題解決を繰り返し行うことで、復職後のさまざまなストレスに対処できることは、再発予防につながる(図)。   3 まとめ  新たなキャリアデザイン講座を実施して感じるのは、意欲をもって積極的に参加する受講者が増えたこと、受講者が講座内容を自分のことと捉え、休職原因と重ね合わせて考えることが出来ている、ということである。受講者からの新たなキャリアデザイン講座のアンケートでは、以下のような評価を得ている。 ・自分の特徴を知り、目標を自覚することで、今後どのようにしたらよりよく仕事が出来るかを考えさせられた。 ・自分を知ることは休職原因分析や今後の行動に役立つと思った。 ・これからは役割を必要以上に背負わず、目的に応じた役割を果たして、再発防止したい。 ・仕事を円滑に進めるために自分で目標を決め、適切な対人距離を意識することで、他者との距離をコントロールしていきたい。 ・タイムマネジメントは忙しくなるほど忘れがちなので、意識的にコントロールすることが重要だと感じた。 ・具体的に目標を設定し、実行することで達成感を得られることが分かった。復職後にも実践したい。 ・復職までの行動計画を考える上で、とても役立った。  アンケート結果からは、自分の特徴を知り、休職原因を分析して、再発予防に役立てていきたいという、復職に向けた前向きな意欲が感じられる。また、受講者が、職場に戻って再び働くためには、自分で考え行動し、役割を果たすといった、主体的な態度が必要だと理解していることがうかがえる。  ここから、受講者が休職を人生の中に積極的に意味づけ、休職原因となっている課題や、復職を達成するための課題を解決し、職場に戻って、再び業務遂行できることを目指す本プログラムは、休職者が復職後主体的に問題を解決しながら働くための一助になると考える。 【参考文献】 1) 中村美奈子:復職支援ハンドブック−休職を成長につなげよう−、金剛出版(2017) 2) 中村美奈子:働くことをとおした自己実現を目指す復職支援、「淑徳心理臨床研究第13巻」p.1‐10,(2016) 3) 経済産業省:社会人基礎力に関する研究会−中間とりまとめ、経済産業省(2006) 4) 芦原睦:エゴグラム実践マニュアル−自己成長エゴグラム(SGE)と対処行動エゴグラム(CB-E)、チーム医療(2006) 気分障害等による休職者の復職支援プログラムにおける「ワーク基礎力形成支援」 −支援の実際と効果について− ○古屋 いずみ(障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー)  牧 佳周子・中村 聡美(障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 はじめに  障害者職業総合センター職業センターでは、気分障害等による休職者への効果的な復職支援技法の開発に取り組んでおり、平成16年度からはジョブデザイン・サポートプログラム(以下「JDSP」という。)を実施してきた。  近年、変化する社会の中において「働く(working)」ことの意味を改めて見つめ直すことが、メンタルヘルスの向上につながるとの指摘がある1)。そこで、①自らの価値観などの自己理解の深化、②職場や社会生活で担う役割の正確な理解などを「ワーク基礎力」と定義し、その向上を図ることで職場への適応力を高めることを目的とした「ワーク基礎力形成支援」の開発を行い、支援マニュアルを取りまとめた2)。本支援は、オリエンテーションと全4回の「キャリア講習」、これらを補完する「個別ワーク」で構成している(表1)。本支援の中心となるキャリア講習は、毎回テーマに沿った内容のワークシートを作成し、それに基づくグループディスカッションの時間を充分に確保することで、その理解を深めていく構成となっている。  本発表では、ワーク基礎力形成支援の中で、全員に実施するキャリア講習について、その効果を報告する。   表1 ワーク基礎力形成支援の構成 講座名等 目的 オリエンテーション ・キャリアを考える意義について確認する キャリア講習 価値観を確認してみよう ・自分の生き方・働き方に関する価値観を確認する 成功体験を振り返ろう ・成功体験を通じて自分自身の価値に気づく ・スキルや物事への対処の仕方を確認し、自信の回復を図る 役割について振り返ろう ・周囲から期待されている役割を振り返る ・復職後に期待されている様々な役割を棚卸しする ・役割から生じるストレスへの対策を検討する 今後の働き方について考えよう ・自分自身の人生における役割を振り返る ・復職後に重きを置きたい役割について確認する ・今後の働き方を整理する 個別ワーク 働くこと ・働くときに求められるものを確認する 働くためのモチベーション ・ワーク・モチベーションとは何かを理解し、自分の働く上でのモチベーションを整理する 働くときに悩むこと ・働くときに悩むことの事例を参考に、自分自身で悩んでいることを振り返り、対応策を検討する2 受講者感想の分析 (1) 方法  平成29年度のJDSP受講者のうち「キャリア講習」を全て受講した10名(表2)を対象に、受講日誌、プログラム振り返りシート、個別面接記録の記述から、支援効果について述べている箇所を抜粋し、意味的類似性によるカテゴリー化を行った。なお、抜粋に際しては、文脈に沿って断片化と補足を行った。 表2 受講者の属性 性別 男性4名、女性6名 年齢層 20代 2名、30代 5名、40代 2名、50代 1名 休職回数 1回 6名、2回 2名、3回以上 2名 診断名 気分障害 4名、適応障害 4名、その他 2名(2) 結果  分析の結果、アプローチ方法の効果に関する記述が数多く挙げられていた。そこで、「グループディスカッションの効果」と、「ワークシートに書き出す効果」の2つの大カテゴリーに分類した。「グループディスカッションの効果」は、「自分自身に対する新たな気づき」、「価値観の多様性の理解」、「客観的視点への気づき」、「他者の経験の共有」という4つの小カテゴリー、「ワークシートに書き出す効果」は、「視覚化して確認する効果」、「忘れていたことを思い出す」という2つの小カテゴリーに、その効果を整理した(表3)。 表3 アプローチ方法とその効果 アプローチ方法 効果 グループディスカッションの効果 自分自身に対する新たな気づき 価値観の多様性の理解 客観的視点への気づき 他者の経験の共有 ワークシートに書き出す効果 視覚化して確認する効果 忘れていたことを思い出す    さらに、全体の支援効果に関して述べられているものを、「自信の回復」、「新たな視点の獲得」、「休職原因の捉え直し」という3つの大カテゴリーに分類した(表4)。  「自信の回復」は、成功体験をテーマにしたグループディスカッションの効果としても述べられていたが、全体を通して、単なる自信の回復に留まらず復職に向けて前向きな気持ちを獲得できたという効果が確認できた。  「新たな視点の獲得」は、「自分自身に対する期待が大きいというのは前向きなことと捉えていたが、別の角度から見ると負荷のかけ過ぎだと気づいた」、「他者の指摘から自分では強みだと考えていなかったことが強みだと気づけて、同じ出来事でも成功体験だと感じられる機会が増えた」など、講習全体を通じて、物事の捉え方や考え方に関する新たな視点が獲得できたという効果である。  「休職原因の捉え直し」は、人事異動や昇格による負担増など、外的要因を休職原因と捉えていた受講者が、「(異動が休職原因だと捉えていたが)関心がないキャリアアンカーがあることが休職原因の一因ではないかと気づいた」、「(休職原因だと捉えていたが)窓口対応は辛いことばかりではないことを思い出した」など、講習を踏まえて休職原因の再検討を行うことができたという効果である。   表4 全体の支援効果 全体の支援効果 自信の回復 新たな視点の獲得 休職原因の捉え直し3 支援事例  全体の支援効果に関連する事例を紹介する。 (1) 自信の回復(Aさん、20代男性、専門職、うつ病) ア 経過  入社して2年目になり、独り立ちを求められはじめた頃から、周囲に相談ができず担当業務が停滞し、締め切りを守れないことが増えていった。頭痛や腹痛などの身体症状により出勤できない日が徐々に増えていき休職に至った。働いていく自信をなくして退職も考えていた。 イ 支援効果  JDSP受講期間の前半では、自分のできない部分に焦点を当てがちで、劣等感を訴え欠席が続くことがあった。しかし、成功体験の振り返りにより、「これまで経験してきたことが今の自分の強みにつながっていることに気づき自己効力感を感じることができた」と述べている。  受講前には、「この講座を受けて良い方向に変化する自分がイメージできない」と述べていたが、最終的には「働くことについて、他の人の取組も参考にしながら自分なりに考えてみたい」と前向きな発言が聞かれた。 (2) 新たな視点の獲得(Bさん、30代男性、研究職、心因反応) ア 経過  成果を上げて会社に貢献することを目標に働いてきた。結婚、管理職への昇格、子供の誕生など、環境が変化したタイミングで休職を繰り返していた。休職により失った信頼を取り戻そうと考えて、復職直後からオーバーワーク状態となり4回目の休職に至った。 イ 支援効果  役割について見直す中で、休職前と同じように仕事をしてもらいたいと上司から期待されていることが負荷だと考えていたが、実際には上司からは言われたことのない曖昧な期待であり、負荷を掛けていたのは自分の捉え方だったとの気づきを得た。また、家族構成の変化により、配偶者、親、家庭人など、複数の役割を担うことが求められる中で、以前と全く同じ働き方を目指すことの限界への気づきがあり、「全力をどのくらい出せるかではなく、ほどほどに抑えるという視点が持てた」と述べている。 (3) 休職原因の捉え直し(Cさん、30代女性、総務、適応障害) ア 経過  システム関連部署への異動を打診された直後から、不安発作、不眠、落涙等の症状が出現、適応障害と診断され休職に至った。Cさんは、「希望しない人事異動」が休職原因と捉えており、上司に対して強い不満を持っていた。 イ 支援効果  価値観の振り返りにより、総務担当として「専門性」を高めることに重きを置いていたこと、それが異動への強い拒絶感情に繋がったという気づきがあった。異動は自分にとっては不本意なものであるが、異なる価値観を持つ上司の意図を推測すると、Cさんの社内でのキャリア構築への期待であり理不尽なものではないと捉えることができた。  また、これまでの働き方を振り返り、「異動はあくまできっかけに過ぎず、心身共に健康な状態であれば乗り切れたものであり、その程度の刺激に耐えられなくなっていた自分自身に課題があった」と休職原因を捉え直した。 4 考察  気分障害等による休職者への支援においては、①発症した原因の一つにキャリアに関する問題があったかどうかという点と、②今後どのような働き方をすればいいかという点の双方を整理しておく必要があると言われている3)。  JDSPでは、個別相談の場面で①について実施しているが、他責的に捉えて内省が深まらない、客観的な振り返りができない等対応に苦慮する場合があった。キャリア講習では、直接①をテーマとした講座は設けず『「何のために」「誰と」「どのように」働いていくか』という、②をまとめる構成としているが、体系的なカリキュラムとグループディスカッションの効果により、「価値観の多様性の理解」や「客観的視点への気づき」等を得て、受講者自らが①に目を向け休職原因を捉え直すという効果が得られていることが明らかになった。そのことにより、その後のJDSPでの取組がより主体的で充実したものになっている。  今後は、今回の結果を踏まえて、ワークシートの改良やグループディスカッションを進行する際のポイントの再整理を行い、本支援のブラッシュアップを図っていきたい。 【参考文献】 1)渡辺三枝子:「産業精神保健Vol.25巻増刊号」p.106 (2017) 2)障害者職業総合センター職業センター:「支援マニュアル№17 ジョブデザイン・サポートプログラム 気分障害等の精神疾患で休職中の方のためのワーク基礎力形成支援」(2018) 3)大庭さよ:休職者への心理的援助−キャリアカウンセリング−「現代のエスプリ別冊 こころの病からの職場復帰」(2004) 就労支援のための地域における事業体間連携による福祉事業所の農作業取組 ○石田 憲治(国立研究開発法人農研機構 農村工学研究部門)  片山 千栄(国立研究開発法人農研機構 農村工学研究部門) 1 はじめに ~報告の背景とねらい~  多くの福祉事業所において、就労支援に向けた日中活動として農作業に取り組むことの有用性が認識される中、農地や農業経験者の不在、販路に対する不安等から取組を断念する福祉事業所も少なくない。過去に農作業に取り組んだにもかかわらず取組を中断した福祉事業所は、回答のあった1,531事業所のうち134事業所(8.8%)が該当した(「全国の福祉事業所における農作業取組実態調査」、平成27年4月時点)。そして、中断した事業所では、継続中の事業所に比べて作業面積が小規模、作業時間や頻度が低調、農作業取組を指導する職員数が少ない、などの共通点が見られた1)。  これらの要因は、事業所の立地する地域環境や運営方法に依拠しており、容易に解決できない場合も多い。本稿では、複数の福祉事業所による栽培と加工の分担、地域の営農集団等との連携により農作業の継続を可能にしている事例の分析と考察を通して、単独の事業所では農作業取組の継続に無理がある場合にも、地域の多様な事業体との連携により福祉事業所における農作業取組の持続性が高まることを明らかにする。 2 農福連携を支える地域の多様な事業体との連携 (1) 地域の中で複数の福祉事業所が連携する事例  神戸市北区では、農作業や農産加工に関心のある地域の福祉事業所が、社会福祉協議会の特別部会を設立して農福連携に取り組んだ約10ヶ所の事業所が、緩やかに連携する有志の連合体組織を運営することにより農福連携の取組を発展的に継続している。取組に参加する事業所は、生産、加工、販売のうち1~3の得意な役割を分担してネットワークに参画している。  ネットワークに参加することで、技術の習得も進む。生産活動に特化している中核的な事業所が中心となり、畑のマルチ張りの研修会などを開催して、農作業を担う人材育成にも注力していることが、個々の福祉事業所における農作業取組の持続性を高めている(写真)。  ネットワークを組織して情報を共有していることから、常設店舗の直売所を運営する事業所が把握した消費者のニーズを、専ら生産を担う事業所の作付け計画に速やかに反映することができる。生産を担う事業所では、年間を通して出荷できるような品目を選んで野菜生産を行い、需給状況に応じた加工部門への農産物提供を可能にしている。 (2) 地域の集落営農組織等との連携事例  岡山県総社市の就労継続支援B型事業所の事例では、豆腐の製造が主な生産活動の一つである(写真)。安全で良質な原料大豆を安定的に確保するために大豆生産に取り組んできた。近隣に農地を借りる過程で、借地している地域で設立されている集落営農組織との交流が始まり、事業所による大豆栽培も水田転作としてのローテーションに組み込んだ土地利用が図られることから、作付け前の耕耘作業など農業機械を必要とする作業時の協力が得られることとなった。  農業経験の豊かなプロの農業者との交流を通して得られる知見は敷地内での野菜栽培にも役立ち、地域との積極的な交流は、草刈作業の受託作業の掘り起こしや加工品の出荷先直売所での売り上げ向上にも寄与している。利用者の作業意欲も高まり、農作業を通した地域との関係構築と就労支援に好循環を生み出している。 (3) 運営法人やグループ企業内での複数事業所の連携事例  観光農園を経営する営利法人が運営する就労継続支援A型事業所は、桃やブルーベリーを栽培する自社農園の園地管理作業のほか、いちごハウスなどに観光客を受け入れる前後の管理作業等を利用者が担っている。また、グループ企業の観光農園(いちごハウス)の管理作業等についても、施設外就労の制度を活用して栽培管理作業を担う。  グループ企業も利用定員10名の就労継続支援A型事業所を運営しており、季節変化に応じて市場出荷と観光客向けのいちごハウスの管理作業や果実のジャム製造を利用者が担っている。車で20~30分の距離に位置する2つの事業所は、両者とも利用定員は小規模であることから、収穫時には施設外就労による農作業の応援や素材果実の提供とジャム加工、観光農園売店でのジャム製品販売などで密接に連携している。そうした連携が利用者の安定的な雇用を実現していると考察される。  法人間の関係とは趣旨が異なるが、自治体事業として運営される地域活動支援センターで取り組まれる「生産活動や創作的活動」としての農作業取組の事例に言及する。群馬県前橋市の地域活動支援センター(Ⅲ型事業)の取組事例では、農作業を日中活動の基幹作業とすることを広報しており、農作業に携わりたい人や農作業を通した社会参加を目指す人などが利用登録をしている。制度上からも工賃を目的とした活動ではないが、利用希望者の多さ、連作障害を回避するための年間作付け計画の作成(図)、社会福祉協議会傘下の高齢者施設での収穫物の定期的販売などの取組により、持続性の高い農作業取組が続いている。 図 地域活動支援センターの農作業取組での作付け計画2)    離農した高齢農業者から生産基盤整備を完了した農地を借地していることや近隣の養豚農家から堆肥原料を無償で提供してもらえる関係性などに依拠した取組ではあるが、 運営主体が自治体であることや障がい福祉分野と高齢者福祉分野の農産物を介した交流、地域の農業者や農業用水利用管理組織などの協力・支援関係の重要性が示唆される。  写真 春先や冬季も出荷できるよう露地マルチとハウスを活用   (4) 人材育成を目指す養護学校等との連携事例  約30年前に設立者夫婦と3名の養護学校卒業生が共働の精神で始めた北海道の農場経営の事例は、幾多の困難を克服して現在では農業と福祉と教育現場を結ぶプラットフォームの役割を地域で発揮している。養鶏と畑作を有機資源で結ぶ耕畜連携の取組や消費者への産直、カフェの経営など6次産業化への先駆的実践事例でもある。  福祉事業所としては、現在では就労継続支援A型とB型の2つの事業所を法人格の農場が運営しており、利用定員は各10名である。法人として25名の従業員を雇用して、養鶏・採卵、野菜やイモ類の栽培、農畜産物加工、食品加工、有機堆肥製造・販売、カフェの接客など、障がいのある利用者らが幅広い仕事を担っている。  毎年、農場では養護学校生の職業実習を受け入れ、卒業生を積極的に採用しながら、人材育成に大きく貢献している。農場経営代表者が地域の教育・福祉活動と深く関わることが農福連携の持続性を高めることにつながっている。 (5) 活動療法を行う医療機関との農地の共同利用事例  群馬県高崎市にある地域活動支援センターの農作業事例では、精神科医療機関での治療に活用される畑の一部を地域活動支援センターが利用することで、職員による圃場管理業務が軽減され、無理なく農作業に取り組むことができる。病院の活動療法は年間を通じて実施されており、野菜やシイタケ栽培が行われている。一方、地域活動支援センターはジャガイモの単作であるため、年ごとに指定される圃場を利用することで、病院の圃場全体の連作障害回避に貢献している(写真)。 3 事業体間の連携による農福連携の多角的展開  就労支援のための福祉サービスとして農作業取組を継続する上では、何らかのモチベーション向上要因が期待される。工賃の向上もその一つであるが、収穫物を施設の給食素材として活用したり、施設外就労で高齢農家の農作業を請け負うことが、福祉事業所利用者の社会参加や達成感に直結することも、農作業の持続的取組に大きな要因となる。  農福連携はこの10年余りで取組が大きく前進した。働く意欲のある障がい者と農家をマッチングする点の関係づくりが次第に広がり、農業と障がい福祉の両分野が多数の線でつながり、連携の基盤として「地域」が有効に機能することが少しずつ市民社会に認識されるに至ったと考えられる。多種多様な事業体の参画が益々盛んになることを通して、障がい者の自立の場とされる「地域」そのものの活力向上が求められる。 【参考文献】 1) 石田憲治ほか:障がい者就労支援のための農作業の取組継続要因と課題「第24回職業リハビリテーション研究・実践発表会論文集」p.84-85(2016) 2) 石田憲治・片山千栄:農福連携視点に立った地域資源の合理的利用と障がい者の就労支援「第25回職業リハビリテーション研究・実践発表会論文集」p.72-73(2017) 【付記】  本稿の一部は、平成27年度厚労科学研究費補助金助成による。 【連絡先】  石田 憲治/国立研究開発法人農研機構農村工学研究部門 e-mail:ishida@affrc.go.jp 地域における福祉事業所による農作業の位置づけと役割 −多様な農作業の内容に着目して− ○片山 千栄(国立研究開発法人農研機構 農村工学研究部門)  石田 憲治(国立研究開発法人農研機構 農村工学研究部門) 1 はじめに  近年、「農福連携」の実践が注目され、福祉事業所の農作業取組に地域の農業者からも関心が寄せられる。農作業の具体的内容に着目すると、播種や収穫のみでなく、草刈りや土づくりなど年間を通して必要な管理作業、出荷調製作業や梱包資材組立作業も含まれる。これらには、機械化が難しい作業も含まれる。  本稿では、質問紙調査の結果から岡山県内の就労継続支援事業所における農作業の取組状況を明らかにするとともに、農作業に取り組む事業所への訪問聴き取り調査の結果から、障がい者らの地域自立を目指した福祉事業所の農作業取組が、担い手の不足する地域の農業生産活動を支える実態が示唆されたので報告する。 2 調査方法と分析対象  岡山県内の就労継続支援事業所の農作業の取組状況を明らかにするために、平成29年12月から平成30年1月にかけて、質問紙調査(全36問)を実施した。岡山県内の就労継続支援A型ならびに就労継続支援B型のサービス提供事業所(以下「A型事業所」「B型事業所」という。)を対象に、事業所宛に調査票を郵送配布・回収し、155票の有効回答を得た(回収率48.3%)。  主な設問内容は、農作業の取組状況と具体的な作業内容、加工や販売への取組状況、地域との関係、および福祉事業所の基本情報などである。また、回答の得られた事業所の中から特徴的な取り組みを行う事業所を選定し、協力を得られた事業所を対象に訪問聴き取り調査を行った。   3 結果 (1) 回答事業所のサービス種別と運営法人  分析対象の155事業所のうち、A型事業所は62(40.0%)、B型事業所は88(56.8%)、A型とB型を併設する事業所が5(3.2%)であった。  事業所の運営法人は、「社会福祉法人(医療法人等を含む)」75事業所(48.4%)、「特定非営利法人(NPO法人)」が50事業所(32.3%)で、この2種類の法人が回答事業所全体の約8割を占めた。 (2) 農作業の取組状況 ア 取組の有無と意向  事業所における農作業の取組実態については、現在作業に取組中が66事業所(42.6%)、現在は取り組んでいないが過去に農作業の取組経験有りが9事業所(5.8%)、現在取組がないが今後の取組意向有りが17事業所(11.0%)、現在の取組・今後の取組意向ともなしが54事業所(34.8%)、取組状況不明が9事業所(5.8%)であった。農作業の取組状況と事業所のサービス種別(A型/B型/A型・B型併設)を図1に示す。 イ 作業場所  借地も含め事業所の土地や農業用ハウスが最も多く、複数回答を求めた延べ回答数の過半を占めた。また、その取り組み場所の従前土地利用については、水田30.4%、畑29.4%と、それぞれ延べ回答総数の約3割程度を占め、次いで荒廃農地が18.6%を占める。 ウ 作業頻度および時間  作業の頻度は、半数を超える38事業所(57.6%)が「週に5日以上」と回答しており、平日はほぼ毎日農作業に取り組んでいる。1回の作業時間は、回答のあった62事業所の平均値が232分となり、約4時間であった。 (3) 農作業の内容 ア 作業者  1回の農作業に参加する人数は、利用者の平均が8.7 人、職員の平均が3.1人であった。農作業経験の有無を尋ねると、利用者では約2/3の利用者が農作業経験を有していた。少数だが、農作業経験のある職員が存在する事業所が43.9%に上り、農業経験者が一人もいない事業所の30.3%を上回った。 イ 栽培作物  福祉事業所における農作業での主力作物について、3つまで回答を求めた。米とタマネギが圧倒的に多く、ネギ、大豆が続く(図2)。岡山県特産品のブドウに取り組む事業所も少なくない。 (4) 受託農作業  「請負作業がある」と回答した事業所は24箇所で、農作業に取り組む事業所のうち36.4%で受託農作業を行っている。  受託農作業の請負元19事例(79.2%)が地域の農家や農業法人等であり、施設外就労による取組も含まれる。 (5) 農産物加工と販売  農産物加工に取り組む事業所は20箇所(30.3%)で、大半の18箇所がB型事業所であった。  生産活動で得られた収穫物や農産物加工品を販売している事業所は9割を超え、イベント開催時や道の駅などの農産物直売所で販売した経験を有している(図3)。    (6) 作業内容について  農作業に取組中の事業所についても、農作業を中断したところと同様の困難に直面した可能性もある。一方で農作業を中断した事業所あるいは未経験の事業所においても、潜在的に農作業に取組得る事業所がある。  事業所における生産活動のうち、時間と労力をかけている主な内容3つまで具体的に自由記入を求めた。357の記入が得られ、内容の明確なものについて分類したところ、農作業(花苗栽培含む)が84、農業や食品に関連する作業(草刈や花壇管理、農産加工、菓子や惣菜製造・販売、食品等の包装・箱詰め、資材準備など)93、農業や食品に関わらない作業(詳細不明含む)180であった。関連する作業93のうち、農作業に取り組み中の事業所の記入が28、農作業を中断または取り組みのない事業所が65であった。農作業取り組み中の事業所では、農閑期や雨天時の作業として組み合わせて実施していると考えられる。そして、農作業に取り組んでいない事業所においても関連作業が決して少なくないことが明らかになった。花壇管理などで草木の扱いに習熟していれば、農作物栽培への応用可能性も高い。また一般的に福祉事業所で取り組まれることの多い、箱詰めや箱折作業は、農産物の出荷に欠かせないものである。植物や食物を扱う作業を実施する事業所では、潜在的に農業に向かう可能性を有すると考えることができよう。  そのうち果物の包装資材(フルーツキャップ)の準備は9件と約1割を占めた。事業所や作業者には‘農業を支える’認識は希薄な可能性もあるが、機械化が難しく手作業で行われる作業は、果物生産の盛んな岡山県において重要な役割を果たしている。 4 事例調査から  3(4)に示したように、高齢農家からの請負作業を担い、実績を積んだのち、地域の草刈作業などを依頼されている事例が複数みられた。作業に習熟し、個人がスキルアップすることで、新たな就労の場が拓かれる様子が確認できた。   5 おわりに  福祉事業所における農作業の継続において重要となるのは、地域との密な関係性である2)。地域に貢献することで、地域での信頼が高まり、高齢農家の農作業の応援や農地管理の仕事も増える。そして、施設外就労や農作業技術の習得機会にもなり、利用者の賃金や工賃の向上も期待できる。また、農家から遊休農地を借地するなど地域の農地の有効活用にも貢献し得る。  福祉事業所での農作業は、規模の大小や取組の頻度などにおいて多様であるが、地域の農業に少なからぬ役割を果たしている。 【参考文献】 1) 片山千栄・石田憲治:就労継続支援事業所における農作業内容と特徴,「日本職業リハビリテーション学会第46回札幌大会プログラム・抄録集」印刷中(2018) 2) 石田憲治ほか:障がい者就労支援のための農作業の取組継続要因と課題~福祉事業所の社会貢献視点から~,「第24回職業リハビリテーション研究・実践発表会論文集」pp.84-85,(2016) 【付記】 本稿には、平成29年岡山県委託「農福連携に向けた事業所基礎調査・研究事業」による結果を含みます。お忙しい中、調査にご協力いただきました皆様に感謝申し上げます。 【連絡先】  片山 千栄  国立研究開発法人 農研機構 農村工学研究部門  e-mail:chiek@affrc.go.jp 障害者の職域拡大についての取り組み ~仲間とともに学ぶことの意義~ ○髙橋 達也(医療法人社団健心会 ソエル 就労支援員) 1 はじめに  本報告では、学歴に対しコンプレックスを抱え、目指すべき方向性がなかなか定まらなかった支援対象者(以下「A氏」という。)が、介護職に向け、資格取得に関する取り組みを行うにあたって、「仲間」との「学び」を経ることによって学歴コンプレックスを解消し、前向きに自身の将来について考えることができるようになっていった事例を紹介する。  A氏は当法人のデイケア職員より就労へのステップアップの為紹介され、生活保護を切って人様に迷惑を掛けずに生活していきたいと話し、通所を開始したが、通所当初は、自分に自信が無く、「底辺の仕事しかできない」、「自分は中学中退です」等と、否定的な発言が目立っていた。その中で、介護技能習得支援講座の案内が事業所に届き、自分も介護疲れでうつ状態になっていたところを職員の方に助けられたので、世間に恩返しをしたいとのことで受講を決意、資格取得に至る。受講の中で、スクール形式の座学や実習を通して、クラスの仲間との情緒的な交流を深め、学校に通うという体験を行い、学歴コンプレックスが解消していくとともに、職員側の肯定的な声掛けによって将来的に介護福祉士の取得を目指すなどの前向きな言動が目立つようになっていった。 2 事業について  本報告での介護技能習得支援講座は、北海道知事の指定を受けて北海道が主催し、委託を受けた特定非営利活動法人ワーカーズコープが実施する厚生労働省の定める介護職員初任者研修養成講座である。対象者は介護職員として従事することが可能な障害福祉サービスを利用している者となっており、対象は広く設定されている。  なお、本報告に際し、A氏、北海道、特定非営利活動法人ワーカーズコープ、A氏の就労先事業所(以下「B老人ホーム」という。)より発表の承諾を受けている。 3 事例紹介 (1) 支援対象者(A氏)  40代、男性、広汎性発達障害及びうつ、精神保健福祉手帳3級所持。  C県にて第4子として出生。幼少期より父親の金銭トラブルや暴力行為がひどく、学校も休みがちであった。  中学卒業時には家賃が払えず、兄の軽自動車で生活を送ったり、ホームレスとして路上生活を行うなどしており、このころには学校には全く通っていなかった。義務教育終了後は地元で働くも、働いて得た賃金はすべて父親のギャンブルに消え、何のために働いているのかが分からず、職を転々としている。20代後半に父親から逃れるため、母兄弟と共に北海道へ移住し清掃業や土工などの肉体労働を転々とするもやはり働く意欲が保てず生活保護受給となる。  30代後半に同居している母親が大腸がんと認知症を同時期に発症し介護生活を余儀なくされる。介護疲れから自殺を考え、母親を施設に入所させてから死のうと考えていたところ、母親の担当のケアマネージャーより受診を促され、同法人の精神科へとつながる。  1年程デイケアに通所したのち、生活保護を切って就労したいという思いから、デイケア職員に就労移行を進められ当事業所への通所となった。 (2) 就労移行支援事業所通所 ア アセスメント  過去に就労経験があることや、働きたいという意思ははっきりしていたが、学歴コンプレックスが強く、資格もないと繰り返し、職業選択が定まらない状態であった。  体力や作業能力は特に問題はなかったものの、生活リズムが崩れており休みがちであることや、毎日同じ服装でいるなど、整容に対する意識の低さが課題としてあげられた。 イ 支援計画  希望職種や時間帯など、希望は特にありませんと話しており、自身の就きたい仕事のみならず、職種についての知識も乏しく、かつ防衛的な様子だったため、まずは通所開始当初は面談の機会を増やし、職員との信頼関係の形成を図る事を目指し、職種や生活に関する困りごとを話しやすい環境を醸成することを目標とした。次に職場見学などを通し、希望職種の選定を行うことや、昼夜逆転気味であった生活習慣を整えて安定した通所を行えるよう支援することを柱とした。 ウ 施設内作業  施設内では、主にポスティングの作業を行った。地図を読みつつ重量のある配布資材を抱え、時にはマンションの管理人との交渉スキルを求められる作業であるが、一度の説明で正確にこなすことができていることから、知的能力や体力面などの作業能力の高さがうかがえた。 (3) 介護技能習得支援講座  A氏が事業所内で資格ガイドの介護福祉士のページを見ていたため、興味があるのか尋ねたところ、B老人ホームの職員より介護の道に誘われたことがあり、やってみたい気持ちはあるが、金銭的・学歴的な問題から雲の上の話であると語っていた。程なくして事業所に介護技能習得支援講座の案内が送付され、勉強への不安は強かったが、職員(演者)からの後押しもあって受講を決意する。  受講当初は周りとうまくやれるか、勉強についていけるか、テストで点数はとれるかなど、非常に不安が強かったが、自身と境遇の近い人が多く、安心している。  生活リズムの乱れや休みがちであることから、講座を欠席してしまう懸念があったが、講座を休むことは一度もなく、毎回のレポート課題だけでなく、事業所内や家庭での学習も意欲的に取り組んでおり中間テストに関しても非常に高い点数を収めている(図)。 図 中間修了試験答案  勉強についていくことが困難な仲間に手を差し伸べ一緒に問題を解いたり、休みがちな仲間に対して声掛けを行うなど、介護の勉強だけではなく、A氏と仲間たちの情緒的な交流が講座開講中は行われていた。  職場実習に関しては、B老人ホーム(A氏の母親が入所している住宅型有料老人ホーム)にて行った。当初は、肉親の入所施設での実習に対する問題点など、懸念事項もあったが、 B老人ホームの配慮により、直接母親と顔を合わせないスケジュールでの実習となる。  講座がすべて終了すると、修了式が行われ、学校の卒業式のような盛り上がりを見せており、一人ひとりが初任者研修の修了証明書を手渡されていた。 (4) 就労(B老人ホーム)  実習を行ったB老人ホームにて定期巡回業務を週3回4時間の就労となった。  いざ働いてみると、週3回の出勤のうち必ず週の後半1日を休んでしまい、本人に休む理由を問いかけるも体が資本の為無理はできない、体調不良のまま出勤してはかえって迷惑になるなどと話しており、実質週2回の出勤となっていた。しかしながら、働きぶりに関しては評価が高く、施設長からも、いてくれると非常に助かるとのことであった。  就労から約半年たった現在は、相変わらず週に1回は必ず休んでいるが、週4回の契約日数となっている。 4 考察  A氏は当初、働きたい思いはあるものの、自分に自信が無く、ネガティブな発言を繰り返し、自身を“底辺の人間”と比喩することが多かった。しかしながら、表に示す通り、講座受講後はポジティブな発言も多くみられるようになった。同じような境遇の仲間とともに、同じ目標に向けて机を並べるという経験が、過去に経験することのできなかった学校生活をもう一度やり直す意味合いを持っていた可能性が示唆される。その結果A氏の自信の無さの一因であった学歴コンプレックスを解消するきっかけになり、自身の将来について真剣に考えることができるように考えが変化していったのではないかと思われる。 表 介護技能習得支援講座受講後の言動の変化 受講前 受講後 学歴も資格もない底辺の人間 実務経験を積み介護福祉士を取得したい 自分は生きている意味がない 母親のことで助けてもらった分世間に返していきたい 新しいものに挑戦する場面 無理です できる範囲でやってみましょうか    また、休みがちであったA氏が講座だけは休まず、積極的に学習に取り組んだ要因として、真剣に介護の道を志した結果でもあるが、それ以上に仲間と学ぶ環境に対し、居心地が良かったのではないかと感じており、やらなくてはいけない“義務”ではなく、進んで会いたい“仲間”がいたからこその結果であると考えている。 5 まとめ  今後の課題として、休みがちであるA氏が最終目標とするフルタイムに移行していくためには段階的に就労時間・日数を伸ばしていくことはもちろんだが、問題解決の力は周囲ではなく本人が持っている1)という観点から、あくまでもA氏自身が自ら変化していこうとする姿勢を支援していくことが重要であり、職場の他の職員と、講座受講時のような“仲間”としての関係性を構築していけるよう意識して支援していくことが必要と考えられる。   【参考文献】 1) 村瀬孝雄 他:[全訂]ロジャーズ—クライアント中心療法の現在,日本評論社(2015) 【連絡先】  髙橋 達也(医療法人社団健心会 ソエル)  e-mail:soel-02@soen-hosp.com 職業としてのアート活動の可能性を探る ~知的障害者プロアーティストへの挑戦Ⅰ~ ○谷川 千華(障害者支援施設DO 次長) 1 はじめに  近年アールブリュットやアウトサイダーアートとして知的障害者のアートは注目されてきている。一部の作品は海外バイヤーからの関心も非常に高い。障害者アートを取り巻く環境はここ数年で大きく変化している。今年6月、障害者文化芸術活動推進法が国会で成立。今後、障害者アートが後押しされるのは確実である。障害者支援施設DO(以下「DO」という。)では16年間のアート展を経て、初の試みとしてアート商品化への市場調査も兼ねて『DOアート・ラボ』を開催し、アートの商品化への取組みを始めた。知的障害者アートの商品化は今までにも数多く進められているが、作品紹介のアイテムとしての意味合いが強く、仕事として作品づくりを捉えるスタンスはまだまだ少ないのが現状ではないか。障害者が取組むアート活動は趣味(生きがい)として行われていると考えられるが、このアート作品づくりを職業とするために、また、知的障害者ゆえの課題を明確にして、プロアーティストとしての第一歩をDOアートラボを中心に紹介する。   2 DOの紹介  京都府南部に位置する城陽市に1992年に開設した知的障害者の生活介護(40名)、施設入所(30名)支援施設。入所平均年齢は57歳、最高齢は81歳。運動、カラオケ、軽作業、スポーツチャンバラ、ヨガ、喫茶作業、理学療法、音楽療法などの種々のプログラムを実施、その中に『あとりえクラブ』という芸術サークルがある(社会福祉法人青谷学園が経営する施設の一つで、以前は授産施設としてハンバーガーショップを経営)。   3 DOでの取組み  2003年から本格的なアート展(DOアートジャンクション)を毎年開催。知的障害者の貴重な表現の一つといえるアート作品を感じることで、障害者を理解してもらうことを目的としたイベントである。作品の上手下手は一切問わず、たくさんの人に見てもらいたいとの思いで京都市内の商業施設で当時13歳のプロイラストレーターとコラボ展を行い、2013年からは場所を京都市内中心部繁華街のギャラリーに移して現在まで続けている。  アート展来場者の感想・意見の変化は会場をギャラリーに移してから目立つようになる。当初はこんなことをしているという驚き、障害があるのに一生懸命さに感動、自由さに涙が出た、頑張ってほしい、プロのイラストレーターへの興味などだった。それが、作品の色使いが素晴らしい、テクニックや発想が参考になる、作品を買えないかなど、作品自体への感想がかなり増えてきたのである。もちろん今でも元気をもらったという感想はあるが・・・。特に最近急増した外国人の作品への興味は面白い。 4 アート活動の意味  DOでは『あとりえクラブ』において、利用者の皆さんは好きなスタイルで絵画などの製作をされている。作業や他のプログラムでの集中が難しくても、大好きなアート作品づくりには没頭、イライラが続いていても作品づくりになると落ち着く、他者とのかかわりが苦手な方も自分の世界に浸り、楽しんでアート活動をされている。また、自身の作品を多くの人に見てもらうことに喜びを感じられて製作される方も多い。  施設ではアート活動の際、一部の利用者の方に独特の才能めいたものを感じることはあるが、それよりも、個人差はあっても自身の意思を表現することが難しい利用者の方々が、生き生きとアート活動をされていることを重視している。 5 商品化への流れ  DOでの取組みとは別に、知的障害者の作品は美術教育を受けない魂のままの芸術とも言われ、他に見ない独特のスタイル・構成・色合いなど、特に以前よりフランスではアールブリュット(=生の芸術)として高く評価されている。繰り返す細かな作業を苦にすることなく描き続ける様は、一種の怖さを纏った天才とも言える。  障害がある人が好んで楽しく続けられてきた活動が、海外の価値観により高く評価されるようになり、それが個人の収入に結び付くのであれば、アート活動に没頭する大義名分が出来たともいえる。  今年、行政からのすすめもあり、DOアートジャンクションでは作品に加え、作品をデザインしたクッションやTシャツ、缶詰なども展示、販売希望の声も少なくなかった。このような流れの中、アートの商品化を本格的に検討するに至り、DOアート・ラボの開催となる。 6 商品化の阻害要因~知的障害者だからこそ?~ (1) 本人に仕事としての意識がない  もともと収入としてアート活動をしていないため、仕事として請け負った場合、継続が可能であるか。 (2) 作品への強い愛情(こだわり)がある  本人もその家族も作品の販売に消極的である。 (3) 作品に著作権の問題  商標や固有名詞が無断で作品に描かれる。 (4) 商品化に適した作品とは限らない  あらかじめ、商品化を意図して作品製作をしていないため、ニーズ(需要)がある商品に出来ないことがある。 (5) 本人の意思確認が難しい  製作方法、商品内容や価格などパターナリズムに陥る危険がないとはいえない。 (6) プロモーションが必要  商品需要や販売手段、広告などに精通するプロモーター不在では、市場に売り出せない。 7 職業としてのアート活動~魅力と成功の鍵~ (1) 作品への強い愛情(こだわり)がある  もともと趣味であるアートは、いつまでも楽しんで続けられ、高齢になっても問題なく出来る。現実に70歳を超える現役アーティストも数多い。好きなことをやって生き生きと老後を過ごすことが可能なのである。 (2) 目に見える満足感  作者自身、作品が商品となって大勢の人に喜んで使用されていることを確認出来る、その目に見えるわかりやすさは満足感につながるものである。 (3) 成功への道  本人と障害者アートをよく理解した信頼出来るプロモーターが不可欠である。DOでは、過去のハンバーガーショップ経営やアートジャンクションなど、20年以上の付き合いがあり、DOやその利用者をよく理解しているクリエーターやデザイナーが、今回のアート商品化をサポートしてくれている。 8 最後に~DOアート・ラボの結果~  あまり例のない障害者アートの商品化市場調査といえるDOアート・ラボは、京都市役所前の人通りの多い地下街の広場で実施。商品展示は、Tシャツ、ノート、エコバック、扇子、時計、タオル、ポスター、自販機など20点以上。非売品もあるが、半数以上を試験的に販売する。また、アート・ラボでは消費者の生の声を知るため、会場でアンケートを行い、サロンでの意見交換の場も設け、市民のニーズや動向を察知し、今後の本格的な商品作りや販売方法に役立てていく。  アートは、まだまだ日本には根付いているとはいえない。興味を持つ人が少なく、日本のアート市場は小さいという現状の中、今後、障害者アートがどれだけ広がりを見せるのかは心配なところではある。欧米での障害者アートの盛り上がりが日本にどれだけ根付くのか、一時のブームで終わるのかもしれない。  しかし、国の責任において障害者アート活動が推進される今、チャレンジするべき価値はある。プロアーティストとしての道は閉ざされてはいない。   DOアート・ラボ展示商品           *DOアート・ラボは2018年9月21日~22日開催。    その結果は職リハ研究・実践発表会場でお伝えする。 デザインを仕事にする (デザイン系の職域開拓に向けた就労移行支援事業所の取り組み) ○高橋 和子(就労移行支援事業所ここわ 就労支援員) 1 目的  「デザイン」と「アート」の違いを皆様はどのように考えるでしょうか?  就労移行支援事業所ここわ「デザイン部」では「一人でイラストを描いている」「絵が得意」等様々な思いからデザインという仕事に一歩ふみだす方が、仕事に必要な実践経験を積むことで、創り手になる「人とつながっていく力」を身につけるための4つの取り組みを実施している。取り組みには障害や本人の苦手な面などやり遂げるには困難な事が少なからずあるが、一人ひとりが「明確な意思」をもつこと。また、スタッフは新しいことへチャレンジする際にほんの少し背中を押す存在でありたいと願い日々取り組みを実施している。 2 デザイン部の歩み  デザイン業務の領域は、当初Illustrator®※でのペラもの※がメインだったが、Photoshop®※・InDesign®※を利用したページもの※、HTML※・CSS※・JavaScript※を利用したWebサイトまで幅広く経験する機会を提供できるようになった。 図1 (H25)2013-(H30)2018 取引先企業件数推移  デザイン部としての取引先も、2013年当初は上三川町役場職員様の名刺作成等行政関係であったが、2018年現在は、印刷会社様・一般企業様等から各種デザインの作成依頼を受けるに至っている。事業所プログラムの中心は専門講師のフォローのもと学習→実務経験→復習・改善→改善を踏まえ実務経験という流れになっており、教科書の学習だけでは経験できない実務経験だからこそ個々が一歩先の自分と向き合う事できる。さらに、クライアント様との打ち合わせや、納期のある仕事の経験などから将来の目標を具体的に描いていくことができる。  デザイン部メンバー(5名)の終了者の就職状況は表1のようになっている。1名は2013年からのメンバーでデザイン関係への就労には残念ながら結びつかなかった(他業種で活躍している)。 表1 (H25)2013-(H30)2018 デザイン部就職者の定着状況 就職月 継続月 職種 2015/12 6 印刷会社 2016/12 2 販売会社のWeb関連 2016/ 6 24 一般会社デザイン部門 2017/ 9 12 一般会社販売促進部門3 デザイン部「4つの特徴」 (1) 「実務経験」から形にするポートフォリオ※  デザイン・印刷・Web制作会社等へ就職する際の自分広告として、経験した仕事をポートフォリオとして活用する。 「デザイン~納品までの関わり」 ○受注・クライアント打合せ:就労支援員 ○事業所内打合せ:メンバー・専門講師・就労支援員 ○デザイン案作成:メンバー(アドバイス:専門講師) ○内校※:メンバー(アドバイス:専門講師) ○第1校クライアント打ち合わせ:メンバー・就労支援員 ○校了・印刷・納品:メンバ  ー・専門講師・就労支援員  作成時間・印刷形式・ターゲット・デザインコンセプト・ラフ※等をデータとして記録しておき、ポートフォリオ作成の際に活用する。中でも、なぜ、何のためにそのデザインを作成し、どのようにしてターゲットに伝えるのかというコンセプトを重要視している。このポートフォリオが就職の際に実務経験として評価を受けている。 (2) 「仕事と向き合う」ための訪問先の開拓  就労支援員からデザイン系企業様へ訪問のお願いをする際、「障害のある方がデザイン関係の職業につくために就労を目指し仕事をしている事業所」という説明をした上で、ご協力いただける印刷会社様・デザイン会社様にメンバーとともに訪問し現場の話を伺う。忙しい仕事の中でご協力いただく事は、メンバーにとって大変貴重な機会となっている。  訪問に際しては、メンバーへ事業所からの目的や課題を明確にし、それに対して個々の目的を明確にすることで、より気付きを得て仕事に対する意識を強化することができている。   表2 (H30)2018 デザイン部メンバー訪問先企業様 2018年1月 大東コーポレート株式会社様 2018年6月 株式会社プロネート様○職場訪問後のふりかえり「すぐに実践できる事」の抜粋 Rさん:どうして自分が興味を持ったのか考える。周囲にもっと目を向ける(発達障害)。 Hさん:透明レイヤーを使った切り抜き方法(身体障害)。 Cさん:やりたくない仕事、できない仕事を任されても、それを態度に出さないでまずやってみる(発達障害)。 (3) 「夢をかなえる」ための美術館・企画展等見学  デザイン部メンバーの就労時の弱点として、「引きこもっていた」「外にでて行動することに制約がある」「興味の範囲が偏っている」等が挙げられるため、デザインを仕事とする上での視野を広げることを自らやり続けるための取り組みとして始めた。  また、テーマを設定し、テーマに基づいたアート・デザイン等の企画展を見学し、事前準備と見学後の意見交換会の機会を設ける事で、同時に人前で話す経験も重ねる。  この取り組みを始めてから、メンバーが自ら興味をもって美術館等に出かけるようになった。また、自分が行って来た事を他のメンバーにも話し情報共有の機会となっている。 (4) 「新しい壁への挑戦」デザイン研究会  2015年12月から年4~5回程度、テーマに沿って実施している。当初は自分の意見を人前で話す事に対し苦手意識が強く、失敗することも多い。しかし、デザイナーになる 表3 デザイン研究会過去のテーマと目的(抜粋) 文字 書体の基礎と成り立ちを学び、特徴を理解して活用できるようになる ラフ コンセプトを具体化するための発想のトレーニング レイアウト 黄金比や三角構図等、使用されているレイアウト手法の効果を考える 視線の誘導 人の視線や行動を予測してレイアウトする 配色 コンセプト・ターゲット・テーマなど求められているデザインから配色を考える という明確な目的を持っていることで、準備にも熱が入り緊張しながらも発表を経験していく。  また、否定は禁止のルールがあり、自分以外の人の考え方を真剣に聞き、理解しようと努力することで、視野を広げることができ、対人スキルの向上も期待できる。 図3 デザイン研究会発表の様子 (こんにゃくのシールについて) 4 まとめ  ユニバーサルデザインも重要視されている社会の中で、障害当事者としてデザイナーになる人が増え、障害者・デザイナー両方の視点から制作した作品を事業所の実績として紹介できることを目指し、デザイン部「4つの特徴」を今後も改善しながら実行していきたい。  また、求められる仕事を確実に返すことで、取引先企業様も増え、企業様に認められることで就労先の開拓にも繋がり、専門的な職域の拡大にもつながると考える。 【用語説明】 ポートフォリオ 主にクリエイティブ業界において、自分の能力・経験・実績等を伝えるための作品集。 ラフ デザインを制作する前に、コミュニケーションや情報整理のために作成するデザイン案。 Illustrator® 印刷物・ホームページ等を作成する際に利用されるAdobe Systems株式会社のベクターグラフィックソフト。 Photoshop® 画像や写真加工・素材等を作成する際に利用されるAdobe Systems株式会社のラスターグラフィックソフト。 InDesign® 冊子当複数ページの印刷物を作成する際に利用されるAdobe Systems株式会社のページレイアウトソフト。 ペラもの  1ページで構成される印刷物。 ページもの  複数ページで構成される印刷物。 HTML  Webページの構造を表すために使用されるマークアップ言語。 CSS  Webページを修飾するために使用される言語。 JavaScript  主にWebページの動的部分を表すために使用される言語。 内校  クライアントに見せる前に内部で校正を行うこと。 【連絡先】  就労支援員:高橋 和子 就労移行支援事業所ここわ  Mall:info@cocowa.co.jp ハローワーク四日市の就職者から就労支援機関を活用して就職した方の現状と実態 ○影山 尚(四日市公共職業安定所 就職促進指導官併上席職業指導官) 1 はじめに (1) 窓口での実感と本省資料との違和感  厚生労働省は就労継続支援A・B型(以下「A型」「B型」という。)、就労移行支援(以下「移行」という。)からの就職を促進する施策を次々と打ち出している。年間で1万2千人弱が就職していると成果が着々と上がっていることを強調している。しかし窓口の第一線で業務をしている者にとっては実感が乏しい。  実感としては支援を受けず、自ら就職活動をしている方が大部分である。実際に、A・B型・移行を経て就職する方はどのくらい居るのか、支援を受けて就職した方はどのような特徴があるのか就職データを基に分析していく。 (2) 調査方法  平成28年度、平成29年度の三重労働局 四日市公共職業安定所(以下「Hw四日市」という。)の就職者名簿711人分の記録を分析し、支援機関の有無、平成30年8月1日現在、就労中、退職済を確認。支援機関が複数支援している場合は、主な支援機関で数えることとする。  支援機関を活用していない方を支援機関無として計上する。保護者、配偶者等と来所された方を含むため単独で活動している方とは限らない。  就労中、退職済は雇用保険記録を確認。法定雇用率に算入するには週20時間以上での雇用が最低条件になっている。週20時間以上とは雇用保険の加入条件であり、かつ大部分の助成金を受給するには雇用保険加入が必須である。このため就労中、退職済を把握するには雇用保険記録を参照するのが確実である。   2 Hw四日市の労働市場 (1) 労働市場概要  Hw四日市の管轄は四日市市、三重郡菰野町及び川越町で管内人口は365,671人。四日市市は、全国屈指の石油化学コンビナート工業が盛んな都市として発展し、県最大の商工業都市。隣県愛知県名古屋市まで概ね1時間圏内で名古屋圏のベットタウンの顔ももっている。  平成30年6月、Hw四日市の有効求人倍率は1.76倍。三重県の有効求人倍率は1.75倍(全国1.62倍)で全国第11位。全国10位前後が定位置。 (2) 障害者雇用概要  平成29年度の就職者数は352件と三重県全体(1693件)の概ね1/5を占める。雇用率は2.07%と法定雇用率を達成。恵まれた労働市場を反映し、障害者専用求人は常時200件前後である。 (3) Hw四日市管内の支援機関 平成30年8月1日現在  障害者就業・生活支援センター(以下「生活支援センター」という。)1か所、移行6か所 A型11か所 B型27か所。   3 支援機関別就職件数 711件(一般469件 A型242件)  1位 396件  55.7% 支援機関無   2位 158件  22.2% 生活支援センター  3位  92件  12.9% 学校   4位  36件  5.0% 移行   5位  13件  1.8% 医療機関   6位  10件  1.4% A型・B型   7位  6件  0.8% その他  *医療機関はデイサービス、発達障害センター  *その他はサポステ、発達障害センター、市町    支援機関無が大部分である。上位3つで90%を占め、生活支援センター以外の支援機関は件数上、存在感が薄い。 4 支援機関別 年代別件数、割合 (1)支援機関無 396件 10~20代 58件 14.6% 30~40代 207件 52.2% 50~60代 131件 33.1% (2)支援機関有 315件 10~20代 180件 57.1% 30~40代 104件 33.0% 50~60代 31件 9.8% (a)生活支援センター 158件 10~20代 66件 41.7% 30~40代 70件 50.7% 50~60代 22件  13.9% (b)移行 36件 10~20代 15件 41.6% 30~40代 19件 52.7% 50~60代 2件   5.5%    10~20代の75.6%が支援機関を活用。30~40代では33.4%、50~60代は19.1%と年齢と共に活用が低下する傾向がある。 5 支援機関別 障害種別件数、割合 (1)支援機関無 396件 身体 135件 34.0% 精神 218件 55.0% 知的 21件 5.3% 難病 22件 5.5% (2)支援機関有 315件 身体 29件 9.2% 精神 135件 42.8% 知的 150件 47.6% (a)生活支援センター 158件 身体 12件 7.5% 精神 83件 52.5% 知的 63件 39.8% (b)移行 36件 身体 2件 5.5% 精神 22件 61.1% 知的 11件 30.5% 難病 1件 2.7%  身体の17.6%が支援機関を活用。精神は38.2%、知的87.7%。知的は支援機関を活用することが定着している。 6 支援機関別 定着件数・割合  就職件数711件 就労中357件 50.2% 退職済354件 49.8%、うちA型242件 就労中 92件 38.0% 退職済150件 62.0% (1)支援機関無 就職件数 396件 就労中162件 40.1%                 退職済234件 59.9%   退職までの在籍日数 件数 退職済234件の割合   1日~7日以内 39件 16.6%   8日~31日以内  23件 9.8%   32日~93日以内 58件 24.7%   94日~186日以内  39件 16.6%   187日~364日以内 43件 18.3%   365日以上 32件 13.6% (2)支援機関有 就職件数 315件 就労中195件 61.9% 退職済120件 37.1%   退職までの在籍日数 件数 退職済120件の割合   1日~7日以内 11件 9.1%   8日~31日以内   14件 11.6%   32日~93日以内 35件 29.1%   94日~186日以内  11件 9.1%   187日~364日以内 25件 20.8%   365日以上   23件 19.1% (ア)生活支援センター 158件 就労中 78件 49.3% 退職済 80件 50.7% (イ)学校 92件 就労中 78件 84.8% 退職済 14件 15.2% (ウ)移行 36件 就労中 23件 63.8% 退職済 13件 36.2% (エ)医療機関 13件 就労中 7件 53.8%  退職済 6件 46.2% (オ)A型・B型 10件 就労中 4件 40.0%  退職済 6件 60.0% (カ)その他 6件 就労中 5件 83.3%  退職済 1件 16.7%  定着率は支援機関無40.1%支援機関有61.9%と支援機関有が高い。特に学校と移行が高くなっている。  退職までの在籍日数で1日~7日以内は支援機関無16.6%、支援機関有9.1%と差が大きい。しかし、187日以上では大きな差は見られない。支援機関の有無にかかわらず32日~93日以内の退職が割合・数ともに1番多い。  管内の移行6か所中、3か所が就職実績0件である。就職実績のある3か所の定員を併せると40名。2年間での就職件数は36件と定員の半数程度は就職している。  就職件数711件のうちA型は242件と就職件数の34%を占めている。対して2年間の退職済150件のうち13件はA型、10件は一般就職、残りの127件は不明である。不明はB型か自宅待機になったと思われる。A・B型は就労場所であり、一般就労への支援機関の役割は果たしていない。  A型に就労した方で支援機関有は97件(40.8%)と支援機関を活用する意識は低い。定着率38.0%と低い要因の一つになっていると思われる。   7 まとめ   Hw四日市管内では支援機関を活用することは一般的ではない。活用する方は、一般雇用を希望し、10~20代、精神、知的の方が主流。活用すると7日以内の退職は少なくなるが、6カ月を経過すると支援機関無と変わりがない。  就職実績のある移行は確実に成果を上げているが、就職数に占める数が少ないため存在感が薄い。   【参考文献】 1) 平成29年度における障害者の職業紹介状況等(厚生労働省 平成30年5月25日公表 厚生労働省 三重労働局 平成30年5月28日公表) 2) 就労定着支援に係る報酬・基準について≪論点等≫(障害福祉サービス等報酬改定検討チーム 第9回 平成29年9月13日) 【連絡先】  就職促進指導官併上席職業指導官 影山 尚(ひさし)  厚生労働省 三重労働局 四日市公共職業安定所  電話 059-353-5568  FAX 059-353-7744 発達障害学生の就労支援における大学と地域との連携体制構築のための実践 ○後藤 千絵(一般社団法人サステイナブル・サポート 代表理事)  舩越 高樹(京都大学)  川上 ちひろ・堀田 亮(岐阜大学)   1 はじめに  障害者差別解消法が平成28年4月に施行され、国立大学法人等には障害のある学生への合理的配慮が義務化された。大学等においては、近年急増している発達障害学生への対応に各大学が工夫をしながら取り組んでいるが、修学の支援が中心であり、就職支援や卒業後の支援は人的な体制からも限界が見られる。また、就労移行支援事業所においても大学等高等教育機関を卒業した利用者が増加傾向にあり、大学と地域福祉との連携は今後ますます必要になると考えられる。  本会では、岐阜圏域における大学と地域との連携の実践について、成果と課題、今後の展望を交えて発表したい。 2 大学と地域の連携体制構築のためのシンポジウム (1) シンポジウム開催の背景  岐阜大学保健管理センター助教の堀田1)によれば、岐阜大学保健管理センターもしくはサポートルーム(障害学生等支援室)の対応件数の76%が発達障害又はその傾向のある学生である。その支援を学内だけで行うには限界があることから、地域資源を活用した連携体制構築の構想がスタートした。岐阜圏域は地域の地理的・物質的なコンパクトさから、以前より一部の機関同士では顔の見える関係性が構築されていたが、より多くの教育機関・支援機関がつながることで、当事者にとってより適切な選択ができるのではないかと考え、平成29年4月より岐阜大学を中心にシンポジウム開催のための準備をすすめた。準備会には大学のほか、行政や就労移行支援事業所も参加した。 (2)シンポジウムの内容  平成29年9月10日(日)に第1回となるシンポジウムが開催された。8府県から107名が参加し、参加者の属性の約半数が大学関係者、次いで行政機関関係者、障害者支援団体、医療関係者、企業等であった。  プログラムは主催者の堀田からの企画趣旨説明に始まり、話題提供1「岐阜大学での支援からみるニーズと課題」(岐阜大学 舩越 高樹(当時))、話題提供2「初等中等教育からつなぐ自己理解・自己決定支援」(岐阜聖徳学園大学 安田 和夫)、話題提供3「就労準備支援と企業とのマッチング」(株式会社Notoカレッジ 辻 雅靖)、話題提供4「就労支援の現状とこれから~タテとヨコの連携を考える」(一般社団法人サステイナブル・サポート 後藤 千絵)、話題提供5「青年期・成人期の発達障害支援から学ぶこと」(岐阜県発達障害者支援センターのぞみ 加藤 永歳(当時))と続いた。分科会は「高大連携支援」「在学中支援」「就労移行支援」の3つに分かれ、活発な意見交換等が行われた。  初回のシンポジウムの目的は、連携を取り巻く各フェーズの現状と課題を広く知り、共有していくということにあった。発表者からは、実際の現場における現状と課題が具体的な事例をもって提供された。 (3) 参加者からの意見  参加者からのアンケート回収率は92%で、シンポジウムの満足度は5段階評価の4以上で概ね満足という結果が得られた。自由回答の主な意見として、他職種の方と交流できて良かった、今後の青年期を見据えた支援の参考にしたいという意見のほか、支援窓口リストや支援マップが欲しいというような具体的な意見もあった。分科会においては大学側からの意見として、本人や家族に障害の自覚がない(いわゆるグレーゾーン)場合の支援の難しさが報告された。 (4) 今後の展望  シンポジウムを通して地域連携のプラットフォーム構築を目指すには、こうした機会の積み重ねが必要だと考え、平成30年10月14日(日)に第2回のシンポジウムを開催する。現在、連携体制構築に関しては岐阜大学の職員や一部の支援機関の職員等の任意によって行われているため、人的な限界もあり、具体的な支援マップの作成等までには至っていない。回数を重ねることで、ニーズを明確にし、プラットフォームが効果的に機能する方法を検討したい。 3 発達障害・グレーゾーン学生の支援 (1) 「キャリア支援プログラム」概要  一般社団法人サステイナブル・サポート(以下「当団体」という。)では、平成29年度より独立行政法人福祉医療機構より助成を受け、グレーゾーン学生や発達障害学生に向けた就労支援事業「キャリア支援プログラム」(以下「キャリプロ」という。)を展開している。平成29年度は14名がプログラムに登録し、8名が主プログラムである「ジョブゼミ」に定期的に参加した。その8名を対象に事業評価を行った結果、コミュニケーション力の向上や自己理解の促進等の項目において効果が見られた。 (2) キャリプロ実施の背景  当団体は岐阜県岐阜市において就労移行支援事業所「ノックス岐阜」を展開している。ノックス岐阜は発達障害・精神障害のある人を対象に一般企業への就労を目指し訓練を提供している。平成27年10月の開所以来、ノックス岐阜には大学等高等教育機関を卒業もしくは中退し、長期間のひきこもり・ニートを経てから利用する人が多くみられる。そのほとんどが、就職もしくは就職後につまずき、うつ病等を発症した状態で医療機関等から紹介される。就労移行につながった段階では、自信を喪失し、生活リズムも崩れており、就労までの時間がかかってしまうケースが多い。  現在、ノックス岐阜の利用者の障害の状況は、約半数が発達障害、残り半数がうつ病や統合失調症等の精神障害だが、精神障害診断を受けた人の中には、ベースに何らかの発達障害特性が見られるケースもある。実際に利用開始してから、改めて発達障害が診断されたケースが複数あった。 そうした現状から、もう少し早い段階で支援に入れないかと考えて開始したのがキャリプロである。診断の有無にかかわらず、コミュニケーションや社会性の課題が見られる学生・若者に対し、社会に出る前に支援プログラムを実施し、就職でつまずく前に支援介入することで、社会適応を促す予防的支援を目指す。 (3) 実施内容・成果  キャリプロは4つのプログラムで構成されている。主プログラムの「ジョブゼミ」では、自己理解やコミュニケーション、ビジネスマナー、就活講座等を提供した。「学生ラウンジ Connections」は、職員との面談や面接練習のほか、他の参加者との交流、PCの練習、読書と、思い思いの時間を過ごせる場として提供している。「ナツゼミ」は、大学の夏休み期間を利用し短期集中講座を実施した。「インターンシップ」の平成29年度の参加者は1名であったが、インターンシップの実施は自己理解の促進と現実的なジョブマッチングに大きく寄与することとなった。  事業の成果については、第三者評価機関である特定非営利活動法人日本ファンドレイジング協会に依頼し評価を実施した。評価者の鴨崎2)によると、本プログラムはその最終目標である「プログラム参加者(大学生、若者)」が将来的に「長期安定した就労」や一般就労に限らず「自分らしいそれぞれの自立」の実現につながる変化・成果を生み出すために有効なプログラムであると評価された。また、鴨崎は課題として、1年間の事業助成期間内では長期的な変化・成果をフォローすることが困難であり、プログラムの有効性を検証することの限界を挙げた。また今後の提言としてグレーゾーン学生や発達障害学生の支援期間(事業期間)を長く設定することで、より効果が期待できるのではないかとした。 (4) 課題と展望  本プログラムを実施するために、地域の大学や支援機関の協力を得て、参加者を呼びかけた。しかし、それらの支援機関等からの学生の紹介は少数であった。また、想定以上に発達障害特性の重い参加者が見られ、実際には卒業後すぐの就職よりも、福祉等による自己理解促進等の支援が適切と思われるケースもあった。さらに、参加者の家族から適切な理解とサポートが得られていないケースもあり、家族への障害受容の支援等も必要であることがわかった。以上のことから、大学との連携はもとより、医療・福祉・家庭との連携を強化し、既存の制度や支援の隙間を埋める取り組みとして、効果的なプログラムを実施していきたい。 4 まとめ  岐阜における連携体制構築はまだ始まったばかりであり、今後の具体的なアクションが期待される段階にある。支援機関同士の信頼関係を構築するためには、まずお互いの活動や状況を知るための交流の機会が不可欠である。トップダウンでは効果的な連携体制を構築することは困難であり、今後も現場レベルでの交流が必要であると考えられる。 【参考文献】 1)平成29年度岐阜大学活性化経費(地域連携)事業 シンポジウム報告書 p.1-3 2)独立行政法人福祉医療機構 平成29年度社会福祉振興助成事業 実践報告書「発達障害・グレーゾーン学生のキャリア支援プログラム」 別巻 事業評価報告書 【連絡先】  後藤 千絵   一般社団法人サステイナブル・サポート  e-mail:info@sus-sup.org 障害学生就職支援担当者の役割に対する職業リハビリテーション機関職員の期待に関する調査 ○後藤 由紀子(筑波大学人間総合科学研究科 生涯発達専攻(博士前期課程))  八重田 淳 (筑波大学人間総合科学研究科) 1 背景と研究の目的  大学に在籍する障害学生数はこの10年間に5倍以上に急増しており1)、さらに学生の主な障害種別が身体障害から精神障害・発達障害へと移ってきていることから、近年、就職支援の対象となる障害学生像は大きく変化していると言える。日本学生支援機構(2017)2)によれば、障害学生の就職率は平成23年度からあまり向上が見られず、障害学生数が増加し続ける中で学校が就職支援を行うことは難しいとも言われており、大学における障害学生の就職支援現場では支援方法の転換が迫られている。  その中で注目されているのが、大学と、職業リハビリテーション機関(以下「職リハ機関」という。) をはじめとした学外の専門機関との連携である。しかし、学校から職場への移行支援における連携に関する先行研究を見ると、国内では特別支援教育の領域において連携の必要性や連携の特色についての分析がなされている3)など一定の成果が挙げられているものの、大学における連携の課題や連携を促進するための方策についての研究は見受けられなかった。  そこで、大学−学外機関間の連携における課題について検討することを本研究の目的とした。 2 調査の目的  先行研究において、特別支援学校と障害者就業・生活支援センターとの連携を困難にする要因の1つとして「役割範囲の不明確」が挙げられている4)ことから、本調査においては、大学の障害学生就職支援担当者(以下「大学担当者」という。)に対する職リハ機関職員からの役割期待等について尋ね、職リハ機関と大学が連携する際の役割分担や役割遂行のために必要な知識・スキルについて検討することを目的とした。 3 方法 (1) 調査対象者・調査開始日  全国の地域障害者職業センター52か所の主任障害者職業カウンセラーと、障害者就業・生活支援センター332か所の就業支援担当者、各1名、計384名を対象に、無記名回答による自記式質問紙調査を郵送法にて実施した。調査票は2018年5月28日に発送した。 (2) 調査内容  質問紙の調査項目は、以下の5カテゴリーで構成するものとした。  ①施設概要(4項目)  ②回答者属性(8項目)  ③大学担当者に期待する役割(42項目) ④大学担当者の職務遂行に対する準備性への評価(③と同様の42項目)  ⑤大学と職リハ機関との連携に関する意見(4項目)  このうち、本発表においては①、②に示される基本属性の一部と、③、④における各項目の平均値、⑤の一部に関する集計結果を示す。 4 結果 (1) 回収率  本発表においては、2018年7月25日までに返送が確認できた153件を分析対象とした。この時点で、回収率は39.8%であった。 (2) 基本属性  回答者の所属施設の種別は障害者就業・生活支援センター135件(88.2%)、地域障害者職業センター18件(11.8%)であり、所在地は回答の多かった順に北海道9件(5.9%)、大阪府8件(5.2%)、千葉県7件(4.6%)、他42都府県であった。また、回答者の職種は就業支援担当者111名(72.5%)、障害者職業カウンセラー18名(11.8%)、生活支援担当者15名(9.8%)、その他・未回答9件(5.9%)であり、障害者就労支援経験年数は平均9.8年であった。 (3) 大学担当者に期待する役割・準備性の評価  調査項目③において、職リハ機関が大学担当者に対して抱いている「大学担当者が障害学生の就職支援を行う際に実施する職務(以下「支援職務」という。)に関する役割期待」について、「0 役割として全く期待していない」~「5 役割として非常に期待している」の6段階で回答を求め、各項目について平均値を算出した。最も平均値が高かったのは「障害者就業・生活支援センターへ、卒業後の職場定着に係る支援を依頼する」であった。  調査項目④において、「大学担当者が支援職務を行うにあたっての準備性」に対する職リハ機関職員からの評価を「0 知識・スキルが全く身についていない」~「5 実施できるだけの十分な知識・スキルがある」の6段階で回答を求め、各項目について平均値を算出した。最も平均値が高かったのは「応募書類の添削指導を行う」であった。  集計結果の詳細を、表1に示した。 表1 大学担当者に対する役割期待と準備性評価 (4) 連携を促進する要因  調査項目⑤の中で、大学と職リハ機関との連携を促進する要因について「0 妥当でない」~「5 妥当である」の6段階で回答を求めた。各要因の平均値を表2に示した。 表2 職リハ機関と大学の連携促進要因 5 考察  役割期待に関しては、上位10項目にはインテーク・アセスメントや家族・他機関への協力依頼が含まれていることから、大学担当者には在学中に障害学生の特性等を評価・把握し、卒後の支援は他機関へ繋ぐ、という役割がイメージされていると考えられる。 一方で、他機関への支援依頼に関する項目は、大学担当者の準備性が低めに評価されている傾向があり、大学から職リハ機関への適切な引継ぎがなされていないと捉えられている現状が推察された。  また、連携を促進する要因として平均値が4.0以上を示した5項目を見ると、まずクライエントやその家族と信頼関係を築くこと、そして各機関の機能を正しく理解し、支援目標や互いの役割期待を一致させることが、連携を促進していく鍵であると考えられる。  今後は、本調査票の未分析項目についての分析に加え、大学担当者の役割意識についての調査も進め、職リハ機関職員の役割期待との比較を行っていくことが課題である。 【参考文献】 1) 独立行政法人日本学生支援機構:「平成 28 年度(2016 年度) 大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書」(2017) 2) 独立行政法人日本学生支援機構:「大学、短期大学及び高等専門学校における 障害のある学生の修学支援に関する実態調査分析報告(対象年度:平成17年度(2005年度)~平成28年度(2016年度))」(2017) 3) 藤井明日香, 川合紀宗:特別支援学校高等部の就労支援における関係機関との連携:多機関・多職種連携を困難にする要因の考察から,「広島大学大学院教育学研究科附属特別支援教育実践センター研究紀要」 (10), p.15-23.(2012) 4) 藤井明日香,落合俊郎:就業支援における障害者就業・生活支援センターと特別支援学校との連携困難要因,「職業リハビリテーション」24(2), p.2-13,(2011) 【連絡先】  後藤 由紀子  e-mail:yukico510@gmail.com 大学と就労支援機関の連携について ~多摩地域における大学生を取り巻く新しい就労支援ネットワークの形成について~ ○井上 量(東京障害者職業センター多摩支所 主任障害者職業カウンセラー) 1 はじめに  大学等高等教育機関において障害のある学生(以下「障害学生」という。)の数が年々増えており、その中には就労支援を必要とする障害学生も見られる。東京障害者職業センター多摩支所(以下「職業センター」という。)においても大学在学中から卒業後の進路にむけて職業相談、職業評価を中心に就労支援の利用が増えているが、在学中からの大学内のキャリア支援、障害学生支援の担当者(以下「大学担当者」という。)との就労支援に関する連携は少ない。そこで職業センターでは大学と就労支援機関の連携を促進するため職業センター主催の連絡会議、地域の就労支援機関を巻き込んだ意見交換会など、これまで大学と就労支援機関とのネットワーク作りに取り組んできている。  本稿では職業センターを利用する大学在学者の利用状況や、上記の連絡会議等の取組の結果等を紹介しつつ、障害学生に対する就労支援の充実のための大学担当者と就労支援機関との連携のあり方について考察する。 2 障害学生の就労支援の現状  職業センターを利用する大学生の状況については以下のとおりである。 (1) 平成29年度新規利用者数(大学在学者)   25名(大学4年生16名、3年生7名、2年生1名 院生1名) (2) 障害内訳   障害者手帳有り14名、障害者手帳なし11名 (3) 利用契機 3 連携の取り組み  職業センターでは大学と就労支援機関の連携に資するため以下の取組を行った(図のとおり)。 (1) 大学と就労支援機関の連携にかかる会議  職業センターでは発達障害者支援を実施する関係機関連絡会議を開催しており、平成26、28及び29年度は発達障害のある学生の就労支援を取り上げ、大学担当者、就労支援機関の担当者に参加いただいた。  3回の連絡会議では、多摩地区の合計8大学の担当者を参集して、各大学の障害学生の就労支援の実情を聞いた。各大学とも実情は様々であり、「障害が疑われる学生への支援が難しい」「学内で障害学生への就労支援における連携が取れていない」「まずは卒業単位の取得、卒論作成を優先する必要があり、就活が進まない」「就労支援機関との連携が課題」といった声が聞かれた。一方で就労支援担当者側からは「在学中に障害学生に対して誰が道筋をつけるのか判断が難しい」「大学との連携について、どこまで踏み込んでいったらよいかわからない」「年々、定着支援のニーズが増しており、新たな対象者に対しての就労支援が行き届かない」といった声があり、障害学生の就労支援においてお互いに課題を抱えている状況が把握された。  特に発達障害のある学生の場合、障害者手帳の取得や就労支援の利用等、対処すべきことが多くあるが、障害の特性からも同時並行で取り組むことに困難があり、卒業後の進路が決まらないという声も聞かれた。  連絡会議においては大きく3つの問題意識を共有して、その対応について大学、就労支援機関のそれぞれの立場で意見交換を行った。 ① 在学中の就職活動は発達障害のある学生にとって大変見通しの持てない問題であること。 ② 障害理解や就労に必要な対処スキルの習得が十分でないケースもあり、職場適応上に問題を生じる可能性があること。 ③ 学外の就労支援者が部分的に関わっているが、就職に向けた活動に対して、何をどこまでなすべきか明らかでなく、個々当座の対応のみ行っていること。  このうち、①については職業センターとして新卒応援ハローワークと共催する「発達障害のある大学生を対象とした就活応援セミナー」の試行実施を始めとして、障害学生に向けて就労支援サービスや障害者雇用制度等、早期の情    報提供をはかることを検討課題とした。  ②については在学中に職業センターの職業評価や職業準備支援の利用を進めていくことについて検討課題とした。  ③については大学と就労支援機関の情報交換の機会をより多く設定し、大学担当者と連携した支援に結び付けていくことを検討課題とした。 (2) 就労研での取組  多摩就労支援研究会(通称「就労研」)ではハローワーク、職業センター、市区町村障害者就労支援センター、就労移行支援事業所等の就労支援担当者が四半期に一度、就労支援に関する身近な課題について意見交換を行っている。一部の機関・施設によらずより多くの就労支援機関と課題を共有し、就労支援機関として何ができるかを考えるため、この就労研においても大学在学者に対しての就労支援の具体的な方策を検討した。就労研の2回の議論の中で、1回目に大学の支援の取組を学ぶと共に、就労研として2大学に対して大学訪問を行い、大学担当者に直接就労支援サービスについての説明や情報交換を行う取組を実施した。  2大学の訪問では大学担当者がそれぞれ9名、7名参加し、キャリア支援、学生支援、障害学生支援等の各部署の担当者と情報交換を行った。2大学から聞かれた課題として、①各人のニーズにあわせた個別支援と組織支援のバランスをいかに保つか、②外部支援機関への効果的な橋渡し、③確実に進路決定へと導くための支援スキルの向上、④企業への働きかけ、⑤学内全学に向けての情報発信、が挙げられた。  これを受けた2回目の就労研では、大学担当者が障害学生に対して就労支援の紹介の際に使用することを想定した説明資料を作成する他、今後の課題として就労支援サービスや障害者雇用の企業を大学担当者に見学いただく取組の検討を進めることとなった。 4 考察  職業センターの利用状況を見ると、利用契機が「ハローワークの紹介」という者が半数以上を占める。連絡会議等の取組から、大学担当者の障害学生に対する就労支援への問題意識は高く、具体的な活動を行っている大学もあったが、現状では障害学生本人が大学担当者を経由せず、自ら学外の支援にアプローチしている状況が見られた。また利用者の3分の2が大学4年生であり、その多くが一般雇用の就職活動がうまく進まず、自分の障害と向き合っていく必要があると考えて、職業センターに来所している状況が確認された。  職業センターの利用が多い発達障害・精神障害等の障害学生の場合には、修学と就職活動の両立や、自分にあった働き方を支援なしで模索することには困難があると考えられる。 こうした課題をもつ障害学生にとっては、大学在学中から、より早期に自身の障害状況にあわせた働き方について考える機会を得て、学内の就労支援の利用と共に、必要に応じて学外の就労支援にアプローチすることができれば、より良い進路選択につながる可能性が高まるものと推察する。  障害学生の就労支援に困難を抱え、学外の就労支援サービスを知らない大学担当者が依然として多い中、今後は今回取り組んだネットワーク作りの成果として、障害学生に対する効果的な学内・学外の就労支援の連携事例を増やしていくこととする。すでに連絡会議に参加いただいた複数の大学から依頼を受けて職業相談・職業評価を実施し、その結果を学内での就職に向けた相談に活用いただくという事例も出ている。こうした事例をモデルとして大学や就労支援機関に発信することを検討し、個々の大学内での就労支援の充実、学外の就労支援サービスの利用促進について働きかけていくこととする。 (※本稿では障害学生のキャリア相談、就職活動の支援等をまとめて「就労支援」として表現しています。) 発達障害デイケアの就労支援 ~モデル事業と就労移行支援の利用を選べ、就労へ繋がるデイケア~ ○後藤 智行(医療法人貴山会 柏駅前なかやまメンタルクリニック) 1 はじめに  柏駅前なかやまメンタルクリニック(以下「当院」という。)は、千葉県第2のターミナル駅から徒歩1分に位置し、平日は20時までの夜間診療、祝祭日以外は診療を行っている。その結果多様な疾病を有した患者が集まり、多様性への対応を考えた運営を行うようになった。  まず、発達障害専門外来、疼痛外来などの専門外来を擁し、それに伴ったデイケアを運営している。  デイケアの種類としては、統合失調症を中心としたデイケア、リワークプログラム、疼痛デイケア、そして発達障害デイケアである。また、その他セミナーなどを並行して行っている。   2 発達障害デイケアの利用概況 (1) 疾患  ADHDの割合が多く、現状では明確にADHDが何%、ASDが何%と明記できる状況ではない。無論確定診断として、いずれの診断は明記されているものの、症状などを精査していくと混合状態であることが多い。 (2) 年代  20代が約60%であり、時期によって上下はあるものの、あまり変わらずに割合的には推移している。 (3) 男女比  男性が7割、女性が3割前後で推移している。 (4) 利用期間  半年から1年で平均をとると8カ月ではあるものの、個人差があり平均の利用期間は参考にはならないと考える。 (5) その他社会資源の利用  障害者就業・生活支援センター、就労移行支援事業所(以下「就労移行」という。)、ハローワーク(以下「HW」という。)などを使っている。 3 発達障害デイケアのプログラム (1) 目的  発達障害のデイケアの目的は、患者本人が感じてきた違和感に注目をしていくことである。違和感に注目をするということは、本人が生活してきた中での「他者と違う」という感覚である。一見、ネガティブな要素への着目と思われがちではあるが、本人が感じていることであったり、重要だと思っているこだわりを大切にしていくことである。その中にネガティブなものもあるが、それに対するアプローチとしても何故ネガティブな要素になり得るのかも本人と考えていけることが重要である。 (2) プログラム構成の背景  マズローの提唱した五段階欲求説を背景にプログラムの流れを構成している。まず、欠乏動機の充足を目指すことから始まる。個々の背景によるものの段階通りに行っていくことになる。 ① 理的欲求・・生命や体の維持を考えること。受診などにより、2次障害のうつ病などへのアプローチや投薬治療が主だったものになっていく。 ② 全の欲求・・身の安全を確保すること。本人の経験によるところも大きいものの、発達障害の影響でいじめなど対人関係の中で安全を守ることができなかったというような経験を持っている方が多くいる。また、発達障害特有の発言を行っていくことで、発言をすることへの安全を守られていないことがある。その安全をしっかりと守るということである。 ③ 属の欲求・・他者との関わりであったり、集団への所属をすること。発達障害の方が、元々他者興味が低いということが言われているが、実際は関係作りが上手くいかず、徐々に他者興味が低下していることがある。その為、コミュニケーション面でも上手くいかず、集団への所属ができないことが多い。発達障害の特性上、他者の感情などを想像することが苦手なので上手くコミュニケーションがとれていない。故に、集団を使ったプログラムの中で、練習ではなく本人が自然なコミュニケーションを取っている場面において、集団適応に必要なソーシャルスキルを獲得していくことが目的となる。それを繰り返すことにより、集団への所属や他者との協働などをトレーニングしていく。その中で大きいものが他の患者や所属集団への健全な愛着形成が可能になるという点である。 ④ 認欲求・・自他ともに承認をされたいということ。前述した通り様々な経験を重ねており、獲得するものの多くは自己肯定感を下げる要素が多い。他者への過大な承認欲求であったり、自己否定の状態が多く確認される。その為に、認知機能訓練などで客観的な評価を準備し、客観視ができるようにしていく。客観視ができるようになると、気分や状況に左右されにくい自己評価が得られるようになっていく。  つぎに成長動機を考える。 ⑤ 自己実現の欲求・・なりたい自分であったり、したいことを実行したいということ。就労支援などの自己実現を考えうるもの。  つまり、一連の流れを考えながらのプログラムを構成していくことにより、就労などの自己実現へのステップを自然に行っていくことができる。また、もう一つの要素として常にグループワークのアプローチを多用しており、相互作用による効果が出ている。 (3) プログラムの内容 ① コミュニケーションプログラム・・聞くと話すを分けることを基本に対話を促すプログラム。段階ごとの細かい設定を行い、本人の状況などによって選べるようにしていく。 ② 認知機能トレーニング・・様々な認知機能に対するアプローチを行っていく。 ③ 運動療法・・コアトレーニング、有酸素運動を行う。 ④ 心理教育・・発達障害などの理解を深めていく。 ⑤ 就労プログラム・・グループワークを中心に上記の4つのプログラムの課題を包括したプログラム。  その他、作業療法、ミーティングなど行っている。 4 様々な就労支援 (1) 患者の希望する就労へのプロセス  患者が希望する就労プロセスは大きく3種類に分けられる。一般就労、HWのモデル事業による障害者雇用、就労移行を利用した障害者雇用である。 ① 一般就労・・本人が応募し就労となる。実際、デイケアに通院し、本人なりの自信や見通しを獲得すると、就職をしていく。 ② HWのモデル事業・・デイケアの通院が安定し、本人に就労希望がある患者がエントリーする。実際、就労経験などは問わない。希望があれば、そのままエントリーを行っている。ただ、就職が決まらず脱落した患者はいない。 ③ 就労移行を利用・・発達障害専門の就労移行の利用を提案する。当院は、月1回就労移行とのカンファレンスを行っており、継ぎ目のないケアを実現している。モデル事業などへのエントリーに自信がない患者などが中心となる。 (2) 当院の就労支援の特徴  当院の特徴としては、外来の主治医の診断をされた直後に精神保健福祉士などとの面接が設定されることが多く、初期の段階から患者本人の治療目標の設定が行われる。その中で、就労希望の患者に対してはデイケアの利用を選択してもらう。本人の選択の中で、決定し、目標も明確になっていることからスムーズな支援を可能としている。目標を設定している中に前述の就労プロセスを提示していることも特徴の一つと考える。 (3) 役割  医療機関の役割は、あくまでも治療機関であることは言うまでもないことである。就労支援は原則論から言えば地域の就労移行であったり、HWなどが担うものである。つまり、当院の役割は就労支援の入り口や患者本人の自己実現の具体化である。自己実現の具体化へ自然な流れで、本人がアプローチできる環境作りが大きな役割といえる。そして、しっかりとリファーしていくことも役割と考えている。また、その中で医療的ケアをおこなっていくこともあげられる。 5 考察  医療機関が就労支援を行うことは非常に難しいことでもある。ただ、就労支援という機能を否定すべきでないことも理解はしている。その中で、当院ができることは、就労への基礎をしっかりと再構成していくことが重要と考えた。プログラム構成も、本人が持っている本来の力の再確認と、本人が考える自己実現の具体化をしうることによって、患者本人が必要なものは何かを考えたり、患者自身のリカバリーを可能としていくものにしている。  集団療法というデイケアの中で、発達障害の患者達が考え影響を与え合いながら、試行錯誤していく。そして、失敗も許容される環境の中で、患者が経験してきたことによる学習を再度違う視点などで行うことで、患者本人が望む社会参加を可能しうるのではないかと考える。 【連絡先】  後藤 智行  柏駅前なかやまメンタルクリニック  e-mail:t.gotoh@gmhlabo.com 社会(地域)に貢献する多機能型事業所の効果 −キッチン花亭の取り組み− ○内田 良治(社会福祉法人博愛会 キッチン花亭 就労継続支援B型 サービス管理責任者) 1 はじめに  社会福祉法人博愛会(理事長:釘宮卓司、以下「博愛会」という。)は「人の喜ぶ顔を見て喜びなさい」という法人理念の下、多様な福祉ニーズに応えるべく職員一人一人が持っている人間力「やさしさ」と「笑顔」を全面に出した「やさしさ日本一の社会福祉法人」づくりを進めている。  博愛会では障がいの重い人もそうでない人もみんなが明るく楽しく生活が出来る福祉社会の実現に向けて多くのサービスを提供している。   表1 社会福祉法人博愛会組織図 施設の名称 施設定員 第一博愛寮 80名 第二博愛寮 80名 福祉農場コロニー久住 70名 パルクラブ(多機能型) 40名 キッチン花亭(多機能型) 40名 住吉浜リゾートパーク(多機能型) 40名 博愛会地域総合支援センター(多機能型) 96名 久住高原南山荘 60名 グループホーム(28箇所) 164名 (詳細は、当法人ホームページをご覧ください)  キッチン花亭は平成18年4月より知的障害者福祉工場として開設(大分県大分市野田地区)。同年10月からは障害者就労継続支援事業所(A型)として新体系へ移行。平成20年4月にはクリーニング部門の設立に伴い、指定障害者就労継続支援多機能型事業所となる。平成30年4月現在、当事業所が提供するサービスは表2のとおりである。どの部門においても多くの利用者さんが活躍の場を広げ一人一人が主役になれる職場を目指している。   表2 キッチン花亭組織図 A型事業(定員:30名) B型事業(定員:10名) 給食・弁当部門 カット野菜部門 クリーニング部門 食器・洗浄部門 メンテナンス部門   2 キッチン花亭の各部門 (1) 就労継続支援A型事業 ア 給食・弁当部門  仕出し弁当の受注生産を行っている。お弁当の種類は多種多様であり値段に応じ、製造から配送までを行う。2008年に大分県で開催された国民体育大会では、県の指定業者として参入、一日に3,000食のお弁当を製造した実績がある。現在も四季に応じて各種イベントや官公庁、旅行会社、ホテルで多くのお客様に支持を頂き、年間約2万食を提供している。また、法人内の給食サービスについても、刻み食や減塩食に対応する等、充実している。高齢化等による食事サービスに応えられるよう各事業所の窓口である栄養士と現場が密接に連携して対応している。毎日の食事提供数は約300食である。 イ クリーニング部門  官公庁や民間企業、ホテル等のクリーニング物の受注を頂いている。また法人内の各事業所から依頼されたクリーニング物(衣類や布団カバーなど)も、全てこの部門で集荷し行っている。平成30年度からは大型シーツローラ—機を新規で導入し、効率の良い業務を目指している(1時間に200枚の仕上げが可能)。毎日を快適に過ごして頂けるよう、日々の生産活動に力を入れている。 ウ メンテナンス部門  建物内の床のワックス掛けやガラス清掃等、環境美化に関するメンテナンス業務を全て行う部門である。法人内の事業所はもちろんの事、民間企業からの依頼も承っている。今年度からはエアコンのメンテナンスにも挑戦し、仕事の幅を広げている。そこに住む方々が過ごしやすい環境であり続ける為に、これからもスタッフ(従業員)一人一人の技術の向上を目指し安定したサービスを提供する。 (2) 就労継続支援B型事業 ア 食器・洗浄部門  2-(1)-アでご紹介した部門に関係してくる。法人内の各事業所で提供した食事の食器が最終的には回収され、この部門に全て収集される。スタッフ(従業員)の手で一つ一つ荒洗いをした後、専用の食器洗浄機で洗浄を行っている。表1で記した事業所(一部行っていない)の数が毎食回収される為、多忙であり、また衛生面においても気を配る部門である。 イ カット野菜部門  主に表1の「福祉農場 コロニー久住」で栽培・収穫した各種野菜(高原野菜)を使用し、カット野菜として製品化をしている。レストランやホテル、法人内の給食メニューとして提供、また支援学校にはミックス野菜の販売をさせて頂いている。袋を開けそのまま手軽に食べる事が出来る事から、皆様には好評を頂いている。毎年の事ながら天候に左右される野菜の仕入れ価格の高騰は、頭を悩ます所でもある。衛生面には十分に配慮をし、お客様に安定した商品の販売を行う為、日々努力をしている。   3 社会(地域)貢献事業 (1) 大分県共同募金会との“募金プロジェクト”  当事業所では大分県共同募金会が行っている「募金百貸店プロジェクト」に参加させて頂いている。これは大分県の赤い羽根共同募金の額が年々減少していく傾向に歯止めをかける為、平成25年7月に新たな取り組みとして始まったプロジェクトである。前述で記した給食・弁当部門で扱っている『共同募金弁当』1個につき20円の寄付が出来る仕組みである。障がいのある人もない人も地域に寄付・貢献ができ、この取り組みに協力出来る事は大変意義のある事と考え、年々認知度は高まっている。平成29年度は244,080円の寄付を行った。 (2) 災害時食糧無償提供協定  博愛会は平成28年2月に近隣自治区と「災害時における食糧等物資の供給協力に関する協定書」を締結した。これは南海トラフ巨大地震対策を検討する自治会の自主防災会からの申し入れを受け、実現したものである。社会福祉法人の「地域における公益的な活動」の社会貢献の一環として行う。協定の内容は災害時に当事業所から食料等の無償提供を行うものである。これと同時に、表1で記した第一博愛寮が近接している為、グラウンドの提供や地下水の提供なども行う予定である。また災害時、停電が起きた際、緊急時に発電する自家発電設備を当事業所敷地内に自己資金で設置した。最大3日間の電力の供給が可能である。“備えあれば憂い無し”、いずれ到来するであろう巨大地震に万全な体制で望みたいものである。 4 大分市 「食の自立支援事業」(配食サービス)  65歳以上のひとり暮らしの高齢者または高齢者のみの世帯などで、身体的な衰えなどにより調理をする事が困難な世帯に配食サービスを行っている。この事業は地域包括支援センターと大分市長寿福祉課が窓口となり、訪問調査を行い依頼を受ける。3-(1)、(2)で記した事業とは若干違った意味での社会(地域)貢献である。配達時に様子確認を行い、関係機関への安否の報告等も行っている。   5 社会(地域)貢献での効果【まとめ】  大分県共同募金会との“募金プロジェクト”においては年々寄付の金額もアップしており福祉事業所が、「寄付をもらう側から提供する側」になった事で行政からも称賛されている。事業運営が円滑に行えている要因の一つである。また、従業員も自分たちの仕事が社会の役に立っているという意識があり、作業意欲も増している。災害時における協定については近隣自治区と良好な関係を保てており、地区行事への案内や招待をはじめ、逆に事業所側の緊急時には(例えば火災等)地域の方が、かけつけてくれる様な緊急連絡システム等も出来上がり「支え支えられて」の精神が構築された。事業運営上、人手不足が生じた時なども優先して地域に情報提供をする事により比較的早い段階で補充が可能となっている。 6 おわりに  地域(社会)貢献には他にも様々な取り組み方があるが、一番大切に思う事は子どもから大人まで、多機能型事業所であっても地域住民の頼りとなる地域の拠点の一つになる事だと考える。誰もが住み慣れた地域で、出来る限り健康で安心して生活が営まれるようになければならない。社会福祉法人が持つ人材や施設、設備等は地域の大きな力となり、大切な財産にもなる。今後も一組織人として質の高い事業所づくりを目指していきたい。 【謝辞】 今回の研究論文作成にあたり、大分県共同募金会様、近隣の自治会様のご協力を頂いた。ここに記し謝辞を表する次第である。 【連絡先】  内田 良治  社会福祉法人 博愛会 キッチン花亭  Tel:097-586-5775  fax:097-586-5525  e-mail:kittinhanatei@globe.ocn.ne.jp 一般就労している障害者へのソーシャルサポートが気分状態の差に及ぼす影響の検討 ○工藤 創(障害者就業・生活支援センターみなと 就業支援担当者)  工藤 玲子・大関 将人・髙村 綾子・力石 ゆう子・木村 圭佑(障害者就業・生活支援センターみなと) 1 背景  平成27年12月に改正労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度が施行された。ストレスチェック制度は、「定期的に労働者のストレスの状況について検査を行い、本人にその結果を通知して自らのストレス状況に気付きを促し、個人のメンタルヘルス不調のリスクを低減させるとともに、検査結果を集団的に分析し、職場環境の改善につなげることによって、労働者がメンタルヘルス不調になることを未然に防止すること」を主な目的としている1)。  労働者へのメンタルヘルス対策の意識が高まる中、平成30年4月には障害者雇用率も2.2%へと引き上げられることとなる。そのため、障害者雇用率達成義務のある事業所は、健常者である労働者と同じように障害者への健康管理対策にも意識を払わねばならない。  健常者と比べ、障害を持つ者はより多くのメンタルヘルス対策が必要となる。ストレスに対して脆弱性のある精神障害者はもちろんのこと、知的障害者は周囲から求められるさまざまな要求や指示を十分に理解できないことに強い不安と劣等感を持ちやすく,それに対処すべく過剰に背伸びしたり,あるいは圧倒されて萎縮したりする結果,さまざまな精神障害への親和性や脆弱性を持ちやすい傾向がある2)。発達障害者もまた注意欠如・多動性障害(DSM-5)による不注意や落ち着きのなさ、自閉症スペクトラム(DSM-5)による社会性の欠如や他者とのコミュニケーション・意思疎通の困難などを抱え、社会生活上の課題を抱えやすい。  このような状況において、障害者就業・生活支援センターみなと(以下「当センター」という。)は医療機関やハローワークを含む各関係機関と連携しながら、障害者や事業所に対する直接的・間接的支援を行ってきた。ストレス対処として、ソーシャルサポートが考えられるが、Caplan(1974)3)はソーシャルサポートを道具的・情報的サポートと情緒的サポートに分けていた。道具的・情報的サポートは物質的援助であり、当センターでは職場環境の調整や支援ツールの提供などを行ってきた。情緒的サポートは情緒と認知面のサポートであり、当センターでは訪問や本人との面談の中で労いや受容、共感を行うとともに業務の振り返りやフィードバックを行ってきた。  しかしながら、気分状態が不穏な者への支援において困難な状況がしばしばあり、精神的に不調な者に対する具体的なサポートを模索する必要性が考えられてきた。   2 目的  そこで本研究では、障害者への複数のソーシャルサポート(情緒的サポート)が、気分状態にどのような影響を与えるのか検討することとした。 3 方法 (1)対象  当センターに登録している障害者に調査の説明を行い、同意を得られた49名(男性31名、女性18名)を対象とした。 (2) 調査期間  X年6月~X年8月の期間にアンケート調査を実施した。 (3) 方法 ア 情緒的サポート尺度  ストレスチェック制度において厚生労働省が推奨している職業性ストレス簡易調査票から、周囲のサポートについて回答する項目を援用した。「次の人たちはどのくらい気軽に話ができますか?」「あなたが困ったとき、次の人たちはどのくらい頼りになりますか?」「あなたの個人的な相談をしたら、次の人たちはどのくらいきいてくれますか?」(以下、それぞれ「気軽さ」「困り相談」「私的相談」とする。)という質問に対して「1.上司」「2.職場の同僚」(以下、「同僚」とする)「3.配偶者、家族、友人等」(以下、「プライベート」とする)「4.支援者」それぞれに「1.全く当てはまらない」から「4.非常に当てはまる」までの4段階で回答を求めた。 イ POMS2  POMS2はその時点での本人の気分状態を「怒り-敵意」「混乱-当惑」「抑うつ-落ち込み」「疲労-無気力」「緊張-不安」「活気」「友好」の7つの尺度に分類し、その得点によって気分を可視化するものである。本研究では気分状態ごとに得られた得点は、すべて標準化された値を用いることとした。 (4) 分析  性差の検討のため、各気分状態についてt検定を行ったのち、重回帰分析を行って各気分状態における情緒的サポートの影響を検討することとした。 4 結果 (1) 記述統計  アンケート調査の結果、各変数の記述統計は表1、2のようになった。 表1 記述統計(情緒的サポート尺度) 気軽さ 困り相談 私的相談 上司 2.37 (0.99) 2.57 (1.10) 2.41 (1.14) 同僚 2.63 (0.93) 2.67 (1.01) 2.57 (1.12) プライベート 3.22 (0.87) 3.27 (0.93) 3.24 (0.92) 支援者 3.33 (0.77) 3.45 (0.71) 3.51 (0.71) 注)上段は平均値,下段( )は標準偏差とする 表2 記述統計(POMS2) 最小値 最大値 平均値 標準偏差 怒り-敵意 38 92 53.12 14.97 混乱-当惑 32 85 51.84 12.29 抑うつ-落ち込み 40 87 53.67 12.15 疲労-無気力 34 79 53.71 13.71 緊張-不安 33 80 53.31 11.78 活気-活力 32 (32/37) 76 (76/66) 55.27 (54.61 /51.01) 12.23 (12.75  /10.02) 友好 32 (35/32) 83 (74/68) 56.76 (59.58 /51.89) 12.16 (12.09  /10.94) 注)( )は男/女ごとの値 (2) 性差  気分状態ごとに性差を調べた結果、「活気-活力」および「友好」について、5%水準で有意差が認められた。そのため、「活気-活力」および「友好」は男女別として重回帰分析を行うこととした。 (3) 重回帰分析  情緒的サポート尺度の各変数について相関分析を行ったところ、上司と同僚の間に高い相関(気軽さ:r=0.56、困り相談:r=0.68、私的相談:r=0.72)が見られ、多重共線性の影響が懸念されたため、重回帰分析の際には上司か同僚の一方のみを選択することとした。また構成概念妥当性の見地から、当てはまりの良い組合せを選択して分析することとした(怒り-敵意×困り相談、混乱-当惑×困り相談、抑うつ-落ち込み×私的相談、疲労-無気力×私的相談、緊張-不安×困り相談、活気-活力×気軽さ、友好×気軽さ)。  重回帰分析の結果、有意な結果が得られたものは表3、4のようになった。 表3 重回帰分析結果(混乱-当惑) B SE B β 説明変数 困り相談×同僚 -2.31 1.84 -0.19 困り相談×プライベート -4.32 1.87 -0.33* 困り相談×支援者 -2.90 2.40 -0.17 R2=0.25**         *p<0.05、**p<0.01 表4 重回帰分析結果(抑うつ-落ち込み) B SE B β 説明変数 私的相談×同僚 -2.66 1.47 -0.25 私的相談×プライベート -4.83 1.63 -0.37* 私的相談×支援者 -3.48 2.29 -0.20 R2=0.34**         *p<0.05、**p<0.01    以上のことから、普段から困ったことがあれば家族や友人に相談している者は混乱や当惑状態を低下させ、個人的な悩みを家族や友人に打ち明けている者は抑うつ状態や気分の落ち込みを低下させることが分かった。 5 考察  本研究の結果から、情緒的サポートが気分状態に影響を与えることが分かった。結果に着目すると、プライベートな関係性の中で困ったことや個人的な悩みを相談できている者は混乱や当惑といった感情を鎮め、抑うつ状態への移行を防ぐことができると考えられる。  障害を抱えた者が家族や友人に相談しやすいように支援者はエンパワメントの視点を持ち、本人だけでなく家族や友人を支えていくことが重要であると考えられる。  本研究の限界として、対象者の数が少なかったことが挙げられる。特に怒り-敵意といった気分状態には、普段から困り事を上司や家族、友人などに相談することの効果が示唆されていたが、有意な結果を得ることができなかった。今後は対象者数を増やし、更に考察を深めて検討していく。 【参考文献】 1) 厚生労働省ホームページ:ストレスチェック等の職場におけるメンタルヘルス対策・過重労働対策等,https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/ 2) 内閣府:ユースアドバイザー養成プログラム(改訂版),第3章,第1節,若者を取り巻く現状(2014),www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/h19-2/html/ua_mkj.html 3) Caplan,G.:Support systems and community mental health. New York: Behavioral Publications.(1974) 障害者雇用制度の改正等に伴う企業の意識・行動について −企業アンケート調査の結果から− ○宮澤 史穂(障害者職業総合センター 研究員)  三輪 宗文・木野 季朝・浅賀 英彦(障害者職業総合センター)   1 背景  平成25年の障害者雇用促進法の改正により、障害者雇用を巡る環境は大きく変化している。平成28年4月には、障害者差別禁止規定(以下「差別禁止」という。)及び合理的配慮の提供義務規定(以下「合理的配慮」という。)が施行された。さらに、平成30年4月からは法定雇用率の算定基礎に精神障害者が算入され、併せて、手帳所持者を対象とする法定雇用率も2.3%(最長平成33年3月までは2.2%)に引き上げられることとなり、企業は対応を迫られている。「障害者雇用制度の改正等に伴う企業の意識・行動に関する研究」では、企業がこれらの法改正に対し、どのような意識を持ち、どのように行動しているのかについて調査を実施した。本発表では、差別禁止と合理的配慮に対する結果に焦点を当て、報告する。 2 方法 (1) 調査対象  企業データベースを用い、常用雇用労働者40人以上の民間企業を対象に、企業規模5分類と、日本標準産業分類を基にした業種17分類、地域10分類の企業数をベースとして、規模×産業×地域による層化抽出により、10,000社を抽出した。 (2) 調査方法と期間  調査票による郵送調査とし、平成30年2月~3月に実施した。 (3) 調査項目  本発表に関連する質問項目は以下の通りである。 ア 回答企業の状況   常用雇用労働者数、雇用障害者数。 イ 法改正の認識 差別禁止、合理的配慮について「よく知っている」「少し知っている」「知らなかった」から1つ選択を求めた。 ウ 法改正を踏まえた行動 (ア) 差別禁止を踏まえた対応  11項目(例:「情報収集を積極的に行った」、「当社の方針や方向性の策定・見直しを行った」)について該当するもの全てに選択を求めた。 (イ) 合理的配慮を踏まえた対応  12項目(例:「情報収集を積極的に行った」、「当社の方針や方向性の策定・見直しを行った」)について該当するもの全てに選択を求めた。  (ア)(イ)ともに具体的な対応をしていない場合の項目も設け、その理由について差し支えない範囲での回答を求めた。 (ウ) 法改正の周知に用いた方法と利用した資料  差別禁止、合理的配慮に関する障害者雇用促進法の規定や指針の内容を社内の労働者に周知する場合の方法6項目(例:「会議、ミーティングの開催」、「研修の実施」)と利用した資料7項目(例:「厚生労働省が作成した「合理的配慮指針事例集」」、「自社で作成した解説、対応マニュアル」)について、周知の対象者別(「本社・本店の管理等の責任者・担当者及び事業所・事業部の責任者」、「責任者以外の労働者」)に該当するもの全てに選択を求めた。 3 結果 (1) 回収率  1,772社から回答を得た(回収率17.7%)。 (2) 回答企業の状況 ア 従業員規模  従業員規模別の回答企業の割合は、50人未満:24.0%、50~99人:18.1%、100~299人:20.4%、300~999人:14.2%、1,000人以上:12.6%、無回答:10.7%であった。 イ 障害者雇用状況  63.9%の企業が障害者を雇用していた。障害別にみると、57.2%の企業が身体障害者を、28.7%が知的障害者を、26.6%が精神障害者を雇用していた。また、障害者手帳の有無を問わず、9.7%が発達障害者を、6.4%が難治性疾患患者を、3.5%が高次脳機能障害者を雇用していた。 (3) 法改正の認識  各項目の選択率について表に示す。「よく知っている」と「少し知っている」を合計した割合を法改正に対する認識率とすると、差別禁止の認識率は69.7%、合理的配慮の認識率は49.0%であった。また、合理的配慮よりも差別禁止の方が認識率が高かった。   表 法改正の認識 (4) 法改正を踏まえた行動 ア 障害者差別禁止規定について  差別禁止について「よく知っている」「少し知っている」と回答した1,235社を対象とした。そのうち、具体的な対応に関する項目を選択しなかった企業は387社(31.3%)であり、規定について認識した企業のうち、約7割の企業は何らかの対応を行ったといえる。  各対応項目の選択率を図1に示す。最も割合が高かったのは「情報収集の積極的な実施」であり、40.8%の企業が実施していた。対応を行わなかった理由としては、「差別をしていない」といった趣旨の内容が最も多く挙げられた。   図1 差別禁止規定に対する対応 イ 合理的配慮提供義務規定について  合理的配慮について「よく知っている」「少し知っている」と回答した867社を対象とした。そのうち、具体的な対応に関する項目を選択しなかった企業は192社(21.5%)であり、規定について認識した企業のうち、約8割の企業は何らかの対応を行ったといえる。  各対応項目の選択率を図2に示す。最も割合が高かったのは「情報収集の積極的な実施」であり、49.6%の企業が実施していた。対応を行わなかった理由としては、「当社には該当しない」といった趣旨の内容が最も多く挙げられた。 ウ 周知に用いた方法と資料について  周知に用いた方法について対象者別の選択率を図3に示す。「責任者」の方が選択率が高かったのは、「会議、ミーティング」、「研修の実施」、「文書や資料の配布(紙媒体)」であり、「責任者以外」の方が選択率が高かったのは、「イントラネットや社内ネットワーク」、「メール配信」であった。また、周知に利用した資料は「厚生労働省が作成したリーフレット、パンフレット類」が、「責任者」(41.1%)、「責任者以外」(37.5%)ともに選択率が最も高かった。 図2 合理的配慮に対する対応 図3 対象者別の周知に用いた方法 4 まとめ  差別禁止、合理的配慮への対応は「情報収集」を行っている企業が最も多かった。その理由として、対応への第一段階として行う行動であったことが考えられる。また、法改正について認識していながらも、特に対応を行っていなかった理由について、「差別をしていない」「当社には該当しない」等が多く挙げられた。この結果は、対応を行っていない企業の中には、そもそも対応の必要性を認識していないケースも含まれている可能性があることを示唆していると考えられる。  法改正の周知方法についての結果からは、雇用管理の責任者や担当者に対しては、会議や研修を通して直接行い、責任者以外の労働者に対しては、対面ではなく、電子媒体を用いてより簡便な方法で行っていることが窺えた。 【連絡先】   宮澤 史穂 E-mail:Miyazawa.Shiho@jeed.or.jp 障害者雇用の質的改善に向けた基礎的研究 ~様々な立場から障害者の雇用の質について考える~ ○木野 季朝(障害者職業総合センター 主任研究員)  松浦 大造※1・浅賀 英彦・小池 眞一郎※2・春名 由一郎・大石 甲・布施 薫(障害者職業総合センター)    ※1 現 厚生労働省障害者雇用対策課    ※2 現 秋田障害者職業センター 1 研究の目的  我が国の障害者雇用数は着実に増加している。そうした中、平成25年の障害者雇用促進法の改正により、平成28年4月から雇用分野における障害者差別禁止及び合理的配慮の提供義務が施行されるなど、障害者雇用の在り方(質)が問われる状況となっている。しかしながら、障害者雇用の質の視点や評価の手法に関する取りまとめはこれまでになされていない。  そこで、障害者雇用の質に関する視点や評価の手法を整理することにより、障害者雇用の質的向上に資する資料を提供する。   2 研究の方法  障害者の雇用の質に関する知見等を把握するために、3つの方法(専門家ヒアリング、企業ヒアリング、先行文献及び当事者手記からの情報収集)により定性的データを取得し、質的分析方法を用いて内容を整理した。 (1) 調査方法 ア 専門家ヒアリング  専門的・客観的立場からの知見等を把握するため、学識を有する者5名及び実務経験者2名に対してヒアリングを行った。対象者には、事前に質問事項を提示し、ヒアリングの前半は講義資料を用いた対象者による講義を聴講し、後半は質疑応答とし、会議室等においてそれぞれ2時間実施した。内容は録音して書き起こし、対象者による確認を経て、分析の基礎データとした。 イ 企業ヒアリング   企業の立場からの知見等を把握するため、3つの従業員規模(100人未満、100人~1,000人未満、1,000人以上)ごとに企業関係者を招集し、3社を1グループとして、会議室においてグループインタビュー法によりそれぞれ2時間実施した。内容は録音して書き起こし、対象者による確認を経て、分析の基礎データとした。企業ヒアリングの実施方法等については、当機構研究部門に設置されている調査研究倫理審査委員会により、適切であると審査されている。 ウ 先行文献及び当事者手記からの情報収集  障害当事者の立場からの知見等を広く把握するために、先行文献及び当事者手記に含まれる知見を把握した。  先行文献は、文献サイト(NDL-OPAC、CiNii、J-GLOBAL)を用いて、障害者雇用に関連するキーワードを用いて分割して検索し、抽出された計2,841件の文献から重複を削除し、表題と概要等を確認の上、33件の文献を選定して分析の基礎データとした。また、当機構障害者職業総合センターから平成14年以降に発行された調査研究報告書及び資料シリーズの研究の趣旨や概要を確認し、障害当事者の立場からみた障害者雇用の質を考察する等しているもの及び、調査項目として設定しているものを選定して、分析の基礎データとした。  当事者手記は、障害者職業総合センター図書情報閲覧室収蔵の図書・雑誌を中心に、障害当事者の立場から障害者雇用の質について語られているものを設定した。また、知的障害者当事者の立場からの知見について生の声の収集が困難であったことから、第4回全国手をつなぐ育成会連合会全国大会北海道札幌大会(平成29年9月23日開催)において、第4分科会(仕事について)及び、全体会・シンポジウムに参加して当事者の発言を収集し、同大会事務局による内容確認を経て、分析の基礎データとした。 (2) 調査期間  平成29年5月から平成30年2月 (3) 分析方法  収集データの分析・整理には、質的分析法を用いた。分析は研究担当者4名が分担して、次の手法により行った。 ア 「要約」の作成:基礎データから、障害者雇用の質に関する内容を抜粋して要約する。 イ 「捉え方」(項目)の抽出:「要約」に含まれる内容を端的に表現する。 ウ 「視点」の抽出:どのような視点から「捉え方」を見たものか簡潔に記す。 エ 「取組、評価方法等」の抽出:「捉え方」を具体化するような取組や評価方法等が「要約」に含まれていれば、抽出して記述する。 オ 「立場」の抽出:「捉え方」において、いずれの立場から「視点」を言及したものか抽出する。 カ 「分類」の抽出:同種の「視点」をひとまとめにして分類する。  以上について、分析に当たっては帰納的に進めるとともに、生成された概念を基に演繹的視点を含めて、研究担当者4名が相互確認して実施した。また、「視点」は、各基礎データの分析において、一定の整合性が取れるように整理を行った。また、概念間の関係性を図示した(図)。 3 結果と考察  障害者雇用の質的改善に関わる様々な要素について、7分類、233視点、392の捉え方(項目)が得られた(表)。  本研究において、整理する過程で見えてきたものは、主に「誰から見たものか」という立場であった。これらは、①経営者・雇用管理担当者等の雇用者側、②雇用される障害者側、③共に働く労働者側という社内の者、④障害者の入職や雇用関係の維持を支援する就労関係の支援機関、⑤消費者・顧客、株主などステークホルダーとしての立場であり企業の社会的な関わりの中で生じるものであった。  また、収集・整理する中で、障害者を雇用する企業は、極めて多くのステークホルダーとの関わりの中で、その期待に応えて社会的責任を果たしつつ、事業を継続させ、成長させていく構造を、実践的な取組と併せてみてとることができた(図)。  なお、本研究は、何人かの専門家、企業の方々や先行文献の中から、障害者雇用の質を見る視点を事例的に収集し、見出しを付けて整理を行った段階のものである。今後、これらの視点の妥当性、有用性を検証しつつ、有効な評価の方法や障害者雇用に取り組む企業、労働者、支援者等の関係者のための実用的・実践的なノウハウを検討するなど、本研究が「障害者雇用の質」の向上のために、検討する一つのきっかけになれば幸甚である。 【連絡先】 木野季朝 E-Mail:Kino.Suetomo@jeed.or.jp ポスター発表 自立した生活と車椅子の離脱を目指して ~訓練事業所での取り組み~ ○川上 悠子(品川区立心身障害者福祉会館 自立訓練事業)  臼倉 京子(埼玉県立大学 作業療法学科/品川区立心身障害者福祉会館 自立訓練事業兼任) 1 はじめに  品川区立心身障害者福祉会館自立訓練事業(以下「訓練センター」という。)では、品川区の委託を受けて機能訓練及び生活訓練を行っている。利用者は品川区在住の18歳~65歳未満の障害者手帳を所持する、もしくは高次脳機能障害の診断をされている方である。利用者の大半は外傷や疾病で脳血管障害を発症し、身体障害及び高次脳機能障害を呈している。当施設の利用目的は、生活能力の向上や生活リズムの構築など基本的な生活を送るための支援から、復職や再就職など様々なニーズに応じた支援を行っている。職員は、リハビリテーション科医師、理学療法士、作業療法士、看護師、生活支援員などの多職種からなる。  障害者総合支援法によれば、「自立訓練」とは、障害者につき、自立した生活を営む事ができるよう、厚生労働省令で定める期間にわたり、身体機能又は生活能力向上のために必要な訓練その他の厚生労働省令で定める便宜を供与することをいう1)とされている。  現在のリハビリテーションは、発症後、医療でのリハビリテーションが終了すると介護保険でのリハビリテーションに移行する流れにある。しかし、就労を目指す若年層や、社会復帰を志す方への支援という側面からは医療や介護保険でのリハビリテーションでは利用期限や支援方法にも制約があり、目標の達成が十分とは言えない状況がみられる。このような方々への支援として、自立訓練事業が位置づけられているが、その認知度は低いのが現状である。  そこで、今回、発症後3年が経過し在宅生活を過ごされていた方が社会復帰するに至った支援過程を振り返り、自立訓練事業所での取り組みの利点を明らかにし、この報告が普及への一助となることを期待する。  なお、事例報告にあたっては、本人と家族に書面及び口頭で説明し同意を得た上で、個人が特定できないよう倫理的配慮を行った。   2 症例紹介 (1) 対象者 ア 受傷歴及び事業利用までの経緯  40代男性。大学卒業後に就職し営業職に就かれていた。X−3年、仕事中に急性硬膜下血腫を発症し右片麻痺と高次脳機能障害を呈する。急性期病院での治療終了後、回復期リハビリテーション病院、ナーシングホーム、老人保健施設を経て、X−2年、障害者支援施設(機能訓練)に入所する。1年間の入所を終えて自宅に戻る際、一人暮らしであるため遠方に住んでいた両親が交代で泊まり込みの介護をしながら生活することとなる。一度復職を果たすが、復職して8か月後に早期退職を打診され自主退職となる。それ以降はデイサービスや介護保険でのマッサージ訪問サービスを受けながら約1年間在宅にて過ごされた。X年、母親が品川区役所の高次脳専門相談窓口で就労に向けて評価と訓練の希望を相談した事をきっかけに、当自立訓練事業を紹介され、就労と生活の自立を目標に1年半の利用期限で生活訓練利用へと至る。 イ 身体機能及び高次脳機能  身体機能は、右片麻痺を呈し麻痺側上肢は紙を押さえる程度の補助手レベルであった。利き手は右手であったが当事業の開始時には利き手交換練習が済んでおり、時間を要すが簡単な書字は問題なく行う事ができていた。失語はなくコミュニケーションは良好であった。歩行は金属支柱付き短下肢装具とT字杖にて屋内移動は自立していたが、屋外は自宅周辺の公園に散歩に行く以外は家族が介助型車椅子を押しての移動であった。実用的歩行能力の分類(改訂版)2)ではclass3で発症後の転倒歴はなかった。高次脳機能面は、記憶障害と自発性の低下が認められた。記憶障害に対してはスマートフォンによるスケジュール管理やメモの活用で日常生活に大きな支障はなかった。しかし、自発性の低下から言われれば拒否なく行うが、先を見据えて自分から進んで行動する事が苦手であり、日々の生活は受動的であった。 ウ 社会的交流  初対面でも笑顔で快活に話され、人柄はとても社交的で受傷以前から付き合いのある友人や同僚の方との交流は続いており、食事の誘いも多く、外出の際は友人が自宅まで迎えに来て車椅子を押して外出されていた。 エ 生活  経済的には、障害者年金や退職金などにより困ることはなく、家族は仕事の必要はないとの思いであった。しかし、両親が交代で介護のために泊まり込むという形をとっているためいつまでこの状態の生活を続けられるか分からないという不安と、本人は収入の額にとらわれずどんな形でも社会人として仕事に就きたいとの思いを強く持たれていた。 (2) 課題  移動・生活の全てにおいて、本人ができることと介助が必要なことの区別ができておらず、家族はできることも介助している状態であった。そのため、まずは家族と一緒に本人のできる能力を評価・共有し、段階的に介助を少なくする必要があった。また、就労を目指すにあたっては自立した移動が大前提となるため自立した通所を目指し、車椅子の使用が妥当なのか評価・検討を行う必要があった。 3 支援経過 (1) 利用開始~半年(屋外歩行能力評価・訓練室内での電車利用に向けた準備・電車乗降訓練)  屋外歩行の評価では、歩行スピードは遅いが横断歩道の信号はギリギリ渡り終える事ができ、平地歩行は安定していた。車や自転車など他者への注意の配慮も問題なく安全に歩行することが可能であった。支援としては、電車の乗降動作で手すりを掴まる際に必要な杖につけるストラップの購入、電車乗降の手順の確認、手すり一本での段差昇降練習、また様々な種類の階段昇降などを訓練室や屋外にて行なった。実際の電車利用訓練では、以前の入所施設でも訓練を行なっていたため、動作的には獲得できていた。立ったままでの乗車や、イレギュラー場面での対応も可能で特に問題はなかった。道順などの記憶方法については他職種からの助言により、実際の乗車訓練を重ねた。そして、屋外歩行が安定してきたことと、電車の利用手順も問題がないため、リハ科医師と相談し車椅子の離脱が望まれる事を本人と家族に説明を行ない了承を得た。 (2) 半年~1年(訓練センターから自宅までの通所訓練・家族との付き添いのもと電車以外は車椅子離脱開始)  自宅~訓練センターまでの通所訓練を実施し、特に問題もみられなくなったので、まず家族付き添いのもと、杖のみで来所するよう促すも、家族は転倒への不安と、以前の主治医から一生車椅子と言われたとの理由で拒まれた。本人ができることを説明し、せめて訓練センター最寄り駅からセンターまで徒歩5分の道のりは杖で歩行するよう促すと、実施された。ここで一度通所訓練は中止となる。 (3) 1年~訓練終了(家族付き添いにて車椅子離脱・車椅子離脱し一人での通所開始・一人暮らし体験)  訓練センターの利用期限が残り半年となり、本人・家族・そして多職種からなるカンファレンスで卒業後の話し合いを行なった。本人の就労への意欲は変わらず、再度車椅子の離脱を目指すこととなった。家族付き添いのもとT字杖のみでの通所を開始した。しばらく付き添っていたが、ある日、本人から「もう一人で行けるよ。」の一言で一人通所となった。生活面でも料理の宅配サービスや掃除のヘルパー利用など、社会サービスを利用し始めた。家族が一週間帰省しても、時間管理は携帯のアラーム設定で行動することで、毎日遅刻せず来所し、一人で外食するなど不自由なく過ごすことができた。   4 支援の結果  生活訓練期間の1年半で、開始当初は屋外は全て介助での車椅子移動であったが、終了時には公共交通機関の利用を含めて杖を使用して自立した移動を獲得し、車椅子を完全に離脱することができ、実用的歩行能力の分類(改訂版)2)ではclass3からclass6となった。雨天時でも雨具を着用し、通院以外の欠席はなく安定した通所が可能となった。家事は、麻痺を残しながらもできる作業を作業療法士が評価し、生活支援員とともに本人と家族へのフィードバックを行った。また、社会資源の情報提供と利用をカンファレンスで検討することで、本人のできる能力に沿った提供が可能となり、一人暮らしを実現することができた。結果として、当初の目標であった「一人で通えるようになりたい。自立した生活を送りたい」を達成し、生活訓練終了後には、週3日障害者雇用枠にて就労することができた。 5 考察  本症例は発症から3年経過していたが、残存している機能を再評価し、実際の生活場面での練習を繰り返し行い、今できる能力を生活に落とし込むことで実用的な能力へ繋げることができた。また、記憶障害を呈していたが、作業療法士から情報を収集し、反復練習により動作の定着が可能であったため、実際の手順を何度も繰り返し訓練を行うことができ、道順や乗り換え動作を獲得できたことも有効であった。また、本人と家族の意見に違いが出た際には、カンファレンスを全期間で6回行い、目標を共有した。この様な長期的かつ多職種が様々な角度から支援を行える機関は自立訓練事業の強みである。今後、就労を目指せる若年層のみならず、社会生活の復帰を望まれる方の第一歩は自立した移動手段の獲得が重要であると考える。発症から年数が経過していてもそれぞれの地域にある自立訓練事業を活用することにより、より生活に根差した支援を受けられることが望まれる。 【参考文献】 1) 厚生労働省:障害者総合支援法.法第5条12項 2) 小林宏高:脳卒中片麻痺者の歩行能力評価—実用的歩行能力分類(改訂版)の妥当性について—.リハビリテーション研究紀要.No.21.page3‐9 .2012 地方都市における「デザイン系」への就労と職域拡大に向けた取り組み(印刷編) ○青栁 匡宣(就労移行支援事業所ここわ デザイン部 講師/職業指導員) 1 目的  当事業所は、栃木県で平成24年9月からデザイン系等専門職への就労を目的とすることで障害者の職域拡大を目指して就労支援を行っている。メンバーの業務内容は、印刷物デザイン・Webページ制作がメーンになっている。今回は事業所への印刷機導入から運用、今後の課題をまとめた(図1)。   2 印刷機導入計画  「メンバーが紙の発注から印刷機のオペレーションまでを行う」「製品の品質を安定させる」を目標に検討を開始。   表1 事業所内SWOT分析抜粋(印刷機導入以前) 機会 脅威 外部 外部とのやり取り経験 障害者優先調達推進法の推進 ③印刷物の価格破壊 ④印刷業自体の縮小傾向 内部 DTPエキスパート所持者在籍 元々のデザイン経験を活かせる ①導入後の運用が不透明 ②品質が不安定 強み 弱み 参考:外部環境として、平成25年4月1日に障害者優先調達推進法が施行され、栃木県においても平成25年度目標額は12,500千円であったが、平成29年度実績が26,445千円と浸透しつつあり、内印刷業務が47.2%を占める15,419千円となっている。さらに栃木県内での印刷機導入事業所は当時1事業所であった(現在は3~4事業所)。 (1) 導入後の運用の課題解決へ向けた計画と実行  メンバーへの導入研修として、リコージャパン株式会社様に依頼し、事前研修と導入後フォローを実施(図2)。それぞれの障害を配慮し説明者を1名に固定していただき、メンバーの理解促進と、慣れた方に質問ができる環境を作った(表2)。  研修内容は業務範囲に応じ、印刷機の基本操作(デザイン部・総務部)、カラーコントローラ※(デザイン部)等に分け、複数回に渡り実施。運用中に起こる問題点の解消のため既存のコールセンターを活用する際、電話が苦手なメンバーに配慮し、事前に福祉事業所からの電話だと理解していただくよう周知を図った。   表2 担当者コメント【障害のある方への説明上注意したこと】 事業所担当者様より事前に障害者の方へ接する上での注意や話し方への気配りに関してご指導いただき、その上で説明者を1人に統一する、なるべくゆっくりと話をすること・身振り手振りを交えながら接することを意識し、メモが取りやすいように電子黒板も活用いたしました。また、機械を導入する前にメンバーさんを一度弊社へお招きし、事前に顔合わせをしたことも、緊張を解く上では効果的だったと思います。中でも私が最も心掛けたことは、メンバーさんの発言を決して否定せず関心をもって聞くようにしたことです。初めは話下手な私の説明で障害がある方にうまくお伝えすることが出来るか非常に不安でしたが、みなさん率先的に質問やメモなどを取っていただけたことが私の勇気となりました。 リコージャパン株式会社 野口 洋一 様(2) 品質の安定に向けた取り組み  紙の供給ルートの確保のため、すぐに行き来ができる近隣の紙業様との取引口座を開設し、受注業務に適切な紙の選定のための相談協力体制を確立。  また、色・温湿度管理等印刷に欠かせない知識取得のため、印刷業様に協力を依頼し、見学、相談体制を確立(図3)した。日々の管理業務としてメンバーがキャリブレーション※(色合わせ)を担当することで、職域の拡大も図ることができた。 (3) 印刷物の低価格化への対策 第1に、クライアント様と直接やり取りし、顔の見える関係を続けることで信頼関係を築く。それにより意図を深く聞き取り、より柔軟に対応していくことができる。第2に、「障害者がデザインするユニバーサルデザイン」を商品価値としていくことで、クライアント様に対し、価格だけではなく「付加価値」を購入していただけるようにし、差別化を図っていく。 (4) 印刷業自体の縮小傾向に対しての対策  既に実績のあるデザイン力に加え、印刷品質の向上に努め、障害者優先調達だけでなく障害者の雇用率が低い業種に対しての営業活動を推進していく。  また、事業所のブランド力向上の取り組みとして、メンバーがデザインした印刷機のキャラクター「ここちゃん」(図4)からの情報発信を積極的に行っていく。このことで、イラストレーターを目指すメンバーの実践経験とスキルアップを図ることもでき、障害者の新たな職域拡大につなげることができる。 3 運用(約100頁の冊子印刷業務を例にしたPDCA)  受注業務概略として、4C※/1C※印刷。Excel®/Wordデータ支給。3種類の紙を交互に印刷。当初の課題として、InDesign®※の面付※、複数の用紙を切り替えての印刷経験がないことの2点が挙げられた。この課題に対して、協力印刷会社様にメンバーを実習に出すことで、ソフトウェアの操作と同時に社会経験の成果が得ることができた。また、複数の用紙を切り替えての印刷に対しては、受注決定の時点から、データ作成と同時に事前研修を行った。  また、業務に対し事業所内で役割を決め(表3)、責任を持って業務に取り組むことで、メンバー自身のモチベーションアップと仕事意識向上の成果を得ることができた。 表3 冊子印刷業務役割分担 業務 担当メンバー Excelグラフ調整 利用開始2ヶ月メンバー InDesign®面付 利用開始10ヶ月メンバー担当 表紙デザイン・校正 利用開始6ヶ月メンバー担当 納品・事務的処理 総務部メンバー4 業務終了後のふりかえり  業務終了後に関係メンバー・スタッフ全員でふりかえりを行い、課題(表4)、達成できたこと(表5)を整理し、次回に生かす計画を立てた。   表4 課題(メンバー・スタッフより抜粋) 問題点 解決に向けた取り組み 1冊あたりの印刷時間が余計にかかった 何度か検証を行い、複数の厚さの紙に対し同じ定着温度で印刷することで印刷速度を下げずに印刷を行う 背表紙の厚さミスで再印刷になった 紙1枚あたりの厚さから背表紙幅を正確に計算する Excel®グラフ操作の細かい部分がスムーズにできなかった 担当したメンバーからExcel®をしっかり勉強したいと申し出があり、デザイン業務に差し支えない範囲で継続的に勉強を続ける 完成品の取り扱いや梱包 今回はスタッフが行ったため、マニュアル化を含めて検討する表5 達成できた事(メンバー・スタッフより抜粋) 内容 よりよくするために メンバー間(他部署)と連携し作業できた 進行中の作業が目に見えると確認しやすいため、今後作業工程表を検討する 仕事に対する意識が向上した ダブルチェック・トリプルチェックを行う習慣をつける体制を作っていく5 今後の取り組み  印刷業務の受注を増やしていくにあたり、マニュアル化や見える化を行い、全ての工程をメンバーだけで運用できるようになることを目指す。確実な一般就労に結びつけるためには、研修や訓練では得られない失敗や試行錯誤から得られる経験が必要だと考えているためである。デザイン・印刷業務は専門的要素が含まれるため、1度や2度の経験では定着はできないことから、まずは優先調達を活用し、同じような業務の受注から少しずつ経験の機会と幅を広げることを目指していく。  また、今回計画を立て印刷機を導入してから1年が経過したが、今後は障害の特性に合わせ、それぞれの目標の職業に向けたスキルと実務経験のマッチングが図れるよう、2年目に向けてさらに検討を重ね、実行・改善のサイクルを回していきたい。 【用語説明】 カラーコントローラ  印刷される色を管理をするためのサーバー キャリブレーション 温湿度や環境によって変化する色を一定に保つために出力した色を測って調整すること 4C シアン、マゼンタ、イエロー、ブラックの4色で表現するフルカラー印刷のこと 1C  ブラック等1色で印刷すること InDesign® 冊子等複数ページの印刷物を作成する際に利用されるAdobe Systems株式会社のページレイアウトソフト 面付 効率よく印刷を行うため、断裁位置等も含めて紙に対して印刷物を複数配置すること 【連絡先】  職業指導員:青栁 匡宣 就労移行支援事業所ここわ  Mall:info@cocowa.co.jp 視覚障害者の就労移行支援における遠隔サポートシステムの開発(2) ○石川 充英(東京視覚障害者生活支援センター 就労支援員)  山崎 智章・河原 佐和子・稲垣 吉彦(東京視覚障害者生活支援センター)  江崎 修央(鳥羽商船高等専門学校)  伊藤 和幸(国立障害者リハビリテーションセンター研究所) 1 はじめに  東京視覚障害者生活支援センター(以下「センター」という。)は、新規での就労をはじめ、復職や雇用の継続を希望する視覚障害者に対して、画面読み上げソフトとキーボードによるパソコン操作を習得し、再び働くことができるよう就労移行支援を行っている。  視覚障害者を対象とした就労移行支援事業所や職業訓練校は大都市圏に集中し、地方都市では、近隣地域で支援を受けられる事業所がないのが現状である。そのためセンターでは、視覚障害者の居住地に関わらず就労移行支援が行えるよう遠隔サポートシステムの開発を行っている。  視覚障害者の就労移行支援における遠隔サポートシステムの開発において、視覚障害者の就労移行支援における課題として、1)視覚障害者がパソコン操作を習得する場が地方都市にはほとんど設置されていない、2)視覚障害者の就労移行支援では、保有視覚の評価と適切な支援機器活用訓練があまり行われていない、3)地方都市では事業所数が少なく、公共交通機関のアクセスも悪いため、単独で通勤できる就業場所が少ないことを指摘した。また、視覚障害者が居住地にかかわらず、就労移行支援を利用するためは、【パソコン訓練】、【面接試験訓練】、【保有視覚の評価と視覚支援機器活用訓練】の3つの訓練が実施できる遠隔サポートシステムが必要であり、その中で、【パソコン訓練】のシステムの開発概要について報告した。  本研究は、上記3つの訓練の一つである【保有視覚の評価と視覚支援機器活用訓練】のシステムの開発概要について報告する。   2 保有視覚の評価と視覚支援機器活用訓練のシステム開発 (1) 本システム開発の取り組みについて  保有視覚の評価と視覚支援機器活用訓練のシステム(以下「本システム」という。)開発を取り組む背景として、支援者は、保有視覚が活用できる視覚障害者の見え方の状況を把握し支援を行うことが重要である。同時に、視覚障害者自身が障害の程度を把握し、必要な支援機器を適切に活用できることは、就労や復職時において担当業務を考える際にも、合理的配慮として自ら申し出る際にも大変重要である。そのための支援が遠隔地にいても可能になるシステムが不可欠であると捉えた。  本システムは、モバイル端末(以下「端末」という。)と会議アプリを使って保有視覚と視覚支援機器を利用して文字を読むことができる視覚障害者(以下「ロービジョン者」という。)を対象とし、保有視覚の評価や視覚支援機器活用訓練を支援者が端末の会議アプリに映し出された映像と音声により遠隔サポートができることを目的として開発を行った。  まず、保有視覚の評価に使用したチャート(以下「評価チャート」という。)は、アムスラーチャートとMNREAD-Jチャートである。アムスラーチャートは、碁盤の目が描かれた表の中心を患眼で見て、変視症(見たい部分がゆがんで見える)やコントラスト感度の低下、中心暗点(見たい部分が見えない)等の症状の評価をするものである。MNREAD-Jチャートは、ロービジョン者等の標準的な読書速度、読書に適切な文字サイズ、何とか読書ができる文字サイズ(臨界文字サイズ)を測定・評価するものである。  次に、視覚支援機器活用訓練では、据え置き型拡大読書器を使用した。拡大読書器は、ロービジョン者にとって汎用性の高い支援機器であること、支援者にとって画面の文字等を映像を通して把握しやすいためである。訓練の内容は、拡大読書器の操作方法、文字の見方、書き作業である。 (2) 本システム開発について  本システム開発は2段階に分けて行った。第1段階はセンターで訓練を受けているロービジョン者で実施し、改善点を整理した。その後第2段階として、他施設を利用するロービジョン者を対象とし本システムの検証を行った。 ア 第1段階 (ア) 対象者  センターで訓練を受けているロービジョン者4名。 (イ) 期間  2017年1月から2017年7月まで。 (ウ) 方法  センター内の訓練室に対象者の状況把握のために3台の端末を設置した。1台目は評価チャートによる評価時、または拡大読書器利用時の目線の動きを映し出せる位置、2台目は対象者の後方から評価チャートや拡大読書器の画面の文字等が映し出せる位置、3台目は対象者の手元を映し出せる位置に設置した。支援者は支援者用端末に3分割に映し出された3台の映像から状況を把握した。 (エ) 結果  支援者に保有視覚の評価と視覚支援機器活用訓練後、インタビューをした結果、端末の位置と台数は、1台目の対象者の目線の動きと2台目の対象者の見ている内容がそれぞれ映し出されていれば支援可能であることが示唆された。一方、映像を映し出すために端末を適切な位置への設置、評価チャートのセットなど、支援者の指示に基づいて評価と訓練を補助する人(以下「補助員」という。)が必要であることが明らかとなった。 イ 第2段階 (ア) 対象者  信越地方にある視覚障害者を対象としたNPO法人の事業所(以下「事業所」という。)の利用者しているロービジョン者4名。 (イ) 期間  2017年7月から2018年4月まで。 (ウ) 方法  事業所では補助員が端末と評価チャート、拡大読書器を準備し、支援者は関東地方の研究所から対象者に対して実施した。端末は、評価チャートによる評価時に対象者の目線の動きがわかる位置(図1)、または拡大読書器利用時に目線の動きがわかる位置(図2)のいずれかに1台、対象者の後方から評価チャートや拡大読書器の画面が映し出される位置(図3)に1台の合計2台の端末を設置した。支援者は、支援者用端末に2分割に映し出された2台の映像から状況を把握した。   左:図1 アムスラーチャート評価時の端末設置位置 右:図2 拡大読書器利用時の端末設置位置    図3 拡大読書器利用時の端末2台の設置位置 (エ) 結果  対象者4名に、遠隔サポートによる保有視覚の評価と視覚支援機器活用訓練後、インタビューをした結果、1)支援者と対面したことがなくても不安はない、2)費用と時間をかけなくても遠隔サポートによる評価と訓練を受けられるメリットは大きい、3)実際に評価と訓練を受けて見え方を把握することができたなど遠隔サポートによる保有視覚の評価と視覚支援機器活用訓練の効果に対する満足度が高い結果が得られた。また支援者へのインタビューでも、1)今回の端末2台を設置した位置であれば、支援に必要な情報を映像から得られること、2)補助員がいることにより、評価チャートの交換、評価チャートを見るときの視距離測定、拡大読書器利用時の読み教材の設置等が円滑に行えたことなどが明らかとなった。   3 考察  本システムの開発にあたり、適切な位置2か所に端末を配置することにより、会議アプリを通して、保有視覚の評価と視覚支援機器活用訓練に必要な映像と音声情報を得ることができること、補助員がいることにより円滑な遠隔サポートが可能となったこと、対象者のインタビューから遠隔サポートへの満足度が高かったことが明らかとなった。  これらのことから、本システムによる保有視覚の評価と視覚支援機器活用訓練の有効性が示唆されたと考える。今後さらに、補助員が端末の設置位置や端末のトラブル発生時の対策など、円滑な補助が可能となるようなマニュアルを作成すること、実用に向けたさらに実証実験を重ね精選していく予定である。また視覚障害者に対する就労移行支援の地域格差を解消するためにも、対面を必要としない遠隔支援を認める制度などの検討を視野に入れていく必要があると考える。   【参考文献】 1)石川充英他:視覚障害者の就労移行支援における遠隔サポートシステムの開発「第25回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集」p.248-249、(2017) 2)伊藤和幸、石川充英他:遠隔支援による視覚障害者の保有視覚評価と視覚支援機器活用訓練の試み「第93回(平成29年度第4回)福祉情報工学研究会」(2017) 就労継続支援B型での、就労を意識した取り組み ~ワークサンプル幕張版などの教材を活用して~ ○石澤 香里(多機能型事業所みんと 職業指導員/臨床心理士) 1 はじめに  就労継続支援B型は、いわゆる「福祉就労の場」であるが、同時に様々なニーズや特性を持つ利用者が多く在籍する場所でもある。例えば、就労移行支援事業の利用契約期間を終了し、就労には結びつかなかったものの、就労への意欲を継続している方、あるいは生活介護事業からステップアップして利用している方など、その内情は多岐に渡る。それに伴い支援者も、利用者やその家族のニーズに応えるべく、サービス内容を充実・精査してきたという歴史は、おそらくどの法人でも少なからず経過してきているのではないだろうか。  筆者が所属する「社会福祉法人ひらく会・多機能型事業所みんと」も、「障がいを有していても地域の一員として暮らしていくことを支援すること」を法人の理念とし、埼玉県川口市を本拠地として20年余り障害福祉サービスを提供してきた。平成29年度に社会福祉法人化するに伴い、新しく製菓部門を設け、サービスの内容充実化を図ると共に、就労継続支援B型からも就労を目指せる体制を作り、また、就労を目指す前段階として社会人としての振る舞いやマナーについて学ぶ「マナー学習」の時間を設けている。  本実践報告は、多機能型事業所みんとの就労継続支援B型において平成29年度より実施した「マナー学習」の取り組みについての実践報告である。利用者が関わることのできる作業を増やすための能力開発・訓練と並行して、社会人として身に着けるべきマナー・ルールについても学んでいる。地域の中で当たり前に暮らしていくためには、社会人として、地域に暮らす者として果たすべき役割やルール・マナーがあることを理解する必要がある。挨拶や言葉遣いといった基本的な事柄を伝える段階から、企業就労を目指す方へのビジネスマナーの習得や能力開発等に関する段階まで、その内容は多岐に渡っている。まだまだ精査・深化が必要なものも多くあるが、施設と自宅が日常の大部分を占める利用者が少なくない中で、いかに「社会」を意識した支援を提供できるか検討し取り組んできた成果を報告することで内容の充実を目指していく足掛かりとしたい。 2 多機能型事業所みんとの概要 (1) 地域性  多機能型事業所みんと(以下「みんと」という。)は、「社会福祉法人ひらく会」を母体とした施設で、平成29年4月より多機能型事業所として、就労移行支援事業・就労継続支援B型事業・生活介護事業の計3事業を運営している。法人活動地域である川口市は都心への利便性も高く、またバスや地下鉄の整備も進み、埼玉県南地域への通勤も比較的スムーズである。みんとは平成29年度より川口市安行慈林地区へ施設移転をした関係で、施設そのものはやや都心へのアクセスに時間を要するようになったものの、みんとへ通所する多くの方は川口市内在住であり、企業就労・支援提供には十分利便性の高い地域である。今回の報告では詳しく触れないが、就労移行支援事業を経て企業就労された方の中には、さいたま市、戸田市、越谷市、草加市といった地域へ通勤している方もおり、川口市就労支援センターをはじめ、各関係機関と連携し、定期的な定着支援も提供している。 (2) みんとについて  みんとは、就労移行支援事業の定員が9名、就労継続支援B型事業の定員が20名、生活介護事業の定員が25名の、計54名定員で、主に知的障がいを有する方が通所されている。今回取り上げる就労継続支援B型事業は現在25名の方が通所されているが、さらにニーズや特性に合わせて以下の3グループに分かれて活動を行っている。なお、以下「みんと」と表記するものは、みんとにおける就労継続支援B型事業を示すものとする。   表1 みんとのサービス内容 活動内容 利用者人数 支援者数 グループA バウムクーヘンの製造・販売 7 3 グループB 受注作業 マナー学習 古紙の回収 14 3 グループC 受注作業 古紙の回収(週1) 外出(週1) 4 2(3) みんとの提供支援内容  みんとの活動は、製菓を担当するAグループ、受注作業・マナー学習・古紙の回収を主な活動とするBグループ、受注活動・古紙の回収・外出を主な活動とするCグループの3グループで構成されている。グループB・Cは、受注作業の量や納期に合わせて合同で活動することも多いが、Aグループは独立して製菓・販売業務に特化している。各グループ間・各事業間は、本人の希望に合わせて異動することが可能となっている(例えば、Bグループで基本的な活動に慣れたところで、本人にステップアップの希望があれば、Aグループへ移籍して活動を行い、また、就労移行支援・企業就労へのステップアップも可能となっている)。 3 教材を用いた取り組み (1) ワークサンプル幕張版の教材を使用した取り組み ア 教材を使用した訓練‐1(標準実施のアレンジ)  ワークサンプル幕張版のピッキング教材そのものを使用し標準実施が可能な利用者も居るが、選ぶ教材が多すぎたり、名称と教材が一致しなかったりするなど、標準実施が難しい利用者も少なくない。そこでみんとでは、ピッキング教材の中でも、形が明確で利用者にとって身近なもの(タイムカードやマグネット、クリップなど)を3~5種類選別し、着目がしやすいようケースなどに入れ、そのケースから取り出すという方法で実施している。「形」「数」「色」という3点に同時に着目することが難しい方も多く、受注作業の精度向上を目指している。 イ 教材使用した訓練‐2(見本を見る訓練)  利用者の中には、見本を見る力が弱く、受注作業の提示時に細やかな指導を要する方も少なくない。受注作業には、納期や精度が求められ、また、職員の配置数も限られているため、部材そのもので繰り返し練習することには限界がある。そこでピッキング部材を使用して見本を作り、見本と同じものを作成する訓練を繰り返すことで、(1)‐①同様受注作業の精度向上を目指している。 (2) その他の教材を使った訓練  (1)‐ア及びイに示したようなワークサンプル幕張版の教材を使用した訓練の前段階として、積み木やペグ差しといった一般的な教材を用いて、見本を見る訓練を実施する場合もある。「見本を見ること」そのものの力が乏しかったり、「形」「数」「色」など複数の観点から処理する力が乏しかったりするなどの理由から、「色」だけ、「数だけ」「形だけ」に着目する訓練から始める利用者の方も居られる。まずは1対1対応の理解を促進し徐々に複数の点を理解できるよう支援を進めていく方針である。 (3) マナー面へのアプローチ  (1)(2)に示したような、能力開発や訓練という側面の内容と並行して、「社会人として身に着けるべきマナー・ルール」について学ぶ機会を提供している。内容を下記の表2にまとめる。なお、表2に示す内容以外に、本格的に就労を目指す段階の方向けの内容(ビジネスマナー、履歴書の書き方など)を個別に実施することもある。以下は一定期間を置いて定期的に繰り返し、より深い理解を促進するよう進めている。 表2 マナー学習で実施している内容 名称 内容(抜粋) マナーとは何か なぜマナーを学ぶのか。 基本は「相手の嫌がることをしない」 職場のルール 挨拶 / 報告・連絡・相談 丁寧な言葉遣い 施設内でのルール 休憩時間の過ごし方 話すときのマナー 不良品について 不良品とは何か 不良品を出さないために気を付ける事 食事のマナー 正しい姿勢や食べ方について 通所時のマナー 公共交通機関の中で気を付けること 納品時のマナー 挨拶 相手先企業内を勝手に移動しないなど 携帯電話の使い方 仕事中は持ち歩かない マナーモードにする 等 季節に合った服装 プリントを用いて、適切な服装を心がけることを学ぶ。 職場の持ち物 プリントを用いて、必要なものとそうでないものの理解促進を目指す。4 まとめ  平成29年度4月より開始した、みんとでの取り組みは、まだまだ発展途上である。就労継続支援B型事業に通所している利用者がすべて就労を目指すわけではなく、目指すべきであるとも言い難いが、施設の中で人生の多くの時間を施設での活動に費やす利用者も少なくない現状もある。障害を有していても「労働力」として評価され、「働いて賃金を得て、自分の人生をより良いものにしていくこと」を支援していくためには、施設の中でも「就労(=仕事)」を意識した支援・取り組みを継続していく意義は大きいと考えている。今後もさらに内容の充実を図っていきたいと考えている。 【連絡先】  石澤香里  社会福祉法人ひらく会 みんと 就労継続支援B型  E-mail:mint-shurou@hirakukai.or.jp 知的障害・発達障害を持つ在職者向け定着支援プログラムの試行と今後の課題について ~企業のノウハウの活用を通じて~ ○松村 佳子(社会福祉法人武蔵野 武蔵野市障害者就労支援センターあいる )  竹之内 雅典(元 キヤノン株式会社(現 NPO法人障がい者就業・雇用支援センター)) 1 はじめに  知的障害を持つ方々の一般就労については法定雇用率算定義務化以降、特例子会社等での採用もあり順調に進み職場定着のためのノウハウも積みあがっているとの評価が出ている。  その反面、長く勤務を続けてきた方の離職や特別支援学校から就職した方の早期離職等新たな課題も見え始め、その背景には加齢問題や家族の高齢化、また就職がゴールになってしまい「働くこと」への理解が深まらないまま社会の枠組みの中に出されてしまう等の要因があると考えられている。  人は社会的な生き物であり、社会の中で、また人との関わりの中で大きく成長をすると捉えた場合、知的障害をお持ちの方は、学校卒業後周りからの働きかけがないとなかなか学習する機会を持ちにくいと感じている。  そのため当センターでは、「働く力の醸成・将来の暮らし方・地域の仲間作り」の3つの目的を柱として、企業で一般社員への研修等を行っている在籍型職場適応援助者有資格者企業人の協力を得て、本プログラムを試行した。  本ポスター発表では、試行版の報告と課題及び今後の展開等について報告する。 2 実施概要 (1) 参加者  愛の手帳を保持、または発達障害の診断を受け特別支援学校から企業就労した登録者のうち卒後5年目くらいまでの方をメインターゲットとした。   ただし、担当者の判断で卒後5年目以上の登録者も参加可能とし、計16名で開始した。 表1 参加者属性 10代 20~25歳 26~30歳 男:女 比 4:0 8:2 1:1 手帳の種別(人) 精(2) 知(3) 知(10) 知(2) 平均勤続年数 1年 4年 5年     (2) 日程と内容 表2 講座内容 日時 項目 内容 参加者数 1/20(土) 13:00 ~ 17:00 「CM」 「働くこととは」 ①講義 ②GW ③発表 人は何のために働くのか? 働くことの根本的な意味にGWを通じて気づいていく 11名 2/3(土) 13:00 ~ 17:00 「チームビルディング」 ①ワーク ②GW ③発表 ワークで組織を体感し、組織の一員として働く意味をGWで深めていく 16名 3/3(土) 13:00 ~ 17:00 「長く働くために必要な事」 ①ワーク ②講義 ③GW ④発表 定年を迎えた企業人の職業生活を聞き、自分たちの将来を想像し、働き続けるために必要な事を話し合う 9名 CM:コミュニケーション、GW:グループワーク (3) 施行にあたっての工夫  事前準備として参加者各人の現状把握のため、各ケース担当と情報共有の打ち合わせを行い、課題の抽出、目標到達点などのすり合わせを行った。また、グループそれぞれが協力して進められるようなグループ分けを事前に行い当日にのぞんだ。プログラム当日については、各グループに職員1名をファシリテーターとして配置し、GW中に随時アドバイスを行った。プログラム3回を通して内容が深まっていくように、冒頭で初日の内容を2回目・3回目に振り返り、2回目の内容を3回目に再度ワークしてから進めるような時間配分とした。さらに、毎回内容に即した振り返りシートを用意し工夫した。 実施の様子 3 結果  毎回の振り返りシートを抜粋し感想を表3にまとめた。見てわかるように参加者一人一人の気づきが自分の言葉で書かれている。そこからは、内向きで自分の事だけではなく、「働くという事・職業生活という事」を切り口に視野を広げ、他人を意識し成長しようとする姿も見て取ることが出来る。  第2回目の「チームビルディング」での成果物では、ファシリテーターのアドバイスを受けながら構造化された模造紙を使い、チームとして大切にしたい事、ルール等をまとめ、そこからチーム名とその理由を話し合いで合意形成することが出来ていた。 表3 振り返りシートより抜粋 第1回目 「働くこととは」 ・私たちが仕事をしていることは皆に役立っている。 ・物の一つ一つに数万人でその物を作り、その物を数百人で売られることを改めて知りました。これからは物を大切にしたいと思います。 ・仕事は単純な話ではなくきりがなくあるんだなということがあらためてわかりました。 第2回目 「チームビルディング」 ・考え方は1つだけではなく他にもある事を学びました。 ・うまくいかないときもありましたがその中で人の意見を聞いてなるほどと思ったこともあったので意見に合わせることが大事だなと思いました。 ・限られた時間で想像どおりのものは必ずしもできるとは限らない事がわかった。やれば良いというモノではなく、失敗から学ぶことがけっこう出来たのでとても良い機会になった。 第3回目 「長く働くために必要な事」 ・仲間と協力して働くこと。 ・健康を大切にし、時間を守る。 ・健康管理に注意する。 ・毎年新しいことにチャレンジする。 3回を通じて変化した事・勉強になった事 ・自分の判断ではなくわからないことは人に聞けるようになった。 ・人の話を聞くようになった。 ・働くことは人の役に立つ事です。 ・健康や一つの事にぼっとうする事。 第2回成果物 4 考察  本プログラムは、企業の新人研修等で使用されているプログラムを、伝わりやすい言葉や構造化された資料等を用いて知的障害に配慮した形で3回セットで実施した。場所の確保の問題があり、プログラム施行場所が3回ともバラバラであったが環境の変化に対する動揺等は見受けられず集中して取り組むことが出来ていた。  当初は全く初めての取り組みに参加者が4時間集中してついてこれるかが心配であったが、参加者からは、1回目に行ったコミュニケーションのワーク中の「人の目を見て話を聞く」等の発言が、3回目の振り返りからあがるなどし、4時間の長丁場でも中身の工夫で集中してプログラムに参加できることがわかった。  また、参加者からの振り返りシートでは「チームで働く上での責任が大事」「声掛けが必要」「人にやさしく教える」等の発言が見られ、その後「人にやさしく教える」と記入した参加者は、勤務先で行われた社員同士の投票で「まわりのメンバーの事を考えて取り組める」「どんなメンバーにも優しく声掛けをしていた」等のフィードバックをもらい表彰をされていた。このことからも、企業で使われている研修プログラムは参加者に合わせて工夫すれば十分に知的障害のある方にも有効であると言える。  しかしながら、今回は振り返りシートに記入することに時間がかかる参加者等も複数いた。また、3回連続で参加することが出来なかった参加者も複数いたため、開催期間の間隔や参加人数、職員配置、1日のタイムスケジュールや効果的なフィードバックへのサイクルの工夫等、微改良が必要である。   5 まとめ  今回の企業のノウハウを活用した本プログラムは、ちょっとした工夫で知的障害を持つ対象者にも通用し、各自の成長に繋がることがわかった。そのため、今回のプログラムを微改良し試行段階から、年1回の定例版への移行を今年度から開始する予定となっている。  また、同じメンバーでの月1回の連続プログラムという事もあり、参加者の中に仲間意識のようなものが醸成されていった。その後、当センターが行っている茶話会や交流会等のプログラムにも積極的に参加しようとする参加者も現れ当初の地域での仲間作りの目的は果たされている。   プログラム終了後も、「またやりたい」等の声が参加者から上がり、11月には発展版として今回の参加者を対象としたステップアップ講座(1回)を新設し実施する予定である。  今後の課題としては、プログラムで学んだ事を職場でどう役立ててもらうか?雇用している企業側にどのようにフィードバックしOJTに役立ててもらうか等、雇用主側との連携の取り方が鍵になってくると考えられる。 【連絡先】  松村 佳子  武蔵野市障害者就労支援センターあいる  e-mail:ill6 @lake.ocn.ne.jp 農業分野において障がい者が活躍するということ ~ジョブコーチ支援を通して~ 〇宮城 重久(はーとふる川内株式会社 リーダー)  上田井 喜代仁(はーとふる川内株式会社)  大工 智彦・井原 希実子(徳島障害者職業センター) 1 はじめに  はーとふる川内株式会社は大塚製薬株式会社の特例子会社として2011年に設立され、現在61名の従業員(うち障がい者41名)を雇用している。2014年7月、障がい者の新たな職域開発と農福連携を目指し農業事業(ハウストマトの生産・販売事業)に参入。栽培ハウスの規模拡大に合わせて雇用を拡大してきた。現在6名の障がい者がチャレンジドとしてハウストマトの栽培に従事している。事業開始から4年を迎え、個々に能力の差があるものの農業人として認めることができる人材となってきた。本論文では、働くチャレンジドたちが事業所と徳島障害者職業センターのジョブコーチ支援を通して単なるマンパワーとしてだけではなく、次のステップへ進む人材として成長してきた様子を報告する。 2 生産体制  表1に当事業所の生産体制について示した。ハウスは徳島県阿波市市場町に約9,500㎡の敷地にハウス2棟(計6,280㎡)により構成。水耕栽培により、中玉トマトである「シンディースィート」を生産している。ハウスでの栽培作業のほかに、週3回の収穫、選果、出荷までを担い、主に、徳島県内飲食店やスーパー、一部は、関東・関西方面へ出荷している。また、近隣の障がい者就労支援施設と共同してドライトマトの製造も行い、「農福連携」での6次産業化への取り組みも行っている。2017年7月には徳島県が認証する「とくしま安2農産物(安2GAP)」の優秀認定を受けることができた。 表1 ハウスの概要 3 人員配置ならびに障がい者  表2に当事業所の人員配置を示した。6名の障がい者のうち、高等学校の農業科を卒業したもの4名、農業大学校卒業1名(本事例)、特別支援学校卒業が1名と少しの農業経験はあるが、本格的なハウス栽培に従事するのは初めてであった。配置については障がい種別、特性を考慮した。支援者は、業務遂行リーダーのみならず、ジョブコーチとしての指導、障がい者職業生活相談支援員として多岐に渡る職責を担っている。また、パート社員は障がい者の作業を中心にサポートしている。 表2 障がい者の配置 A棟 障がい名 勤務年数 手帳種別 A 知的障害 4年2か月 療育B2 B 知的障害 4年2か月 療育B2☆ C 知的障害 3年7か月 療育B2☆ B棟 障がい名 勤務年数 手帳種別 D 知的障害 3年7か月 療育B2 E 広汎性発達障害 2年2か月 精神3級 F 知的障害 1年2か月 療育B2 ※各棟に支援者、パート社員を複数名、配置 ※☆重度判定 (1) 就労状況  週5日7.5時間の就労状況となっている。就労支援は、必要に応じ徳島障害者職業センターのジョブコーチ支援、ハローワークの精神障がい者雇用トータルサポーター制度への登録、利用をしている。 (2) 障がい特性に合わせた支援と方法  ハウス内の作業では、障がい者個人の判断、力量に頼らなくてはならない。1本として同じ状態の樹は無く生育状態が違う中、全員が「同じ作業手順で行い、誰が作業をしても同じ仕上がり」にすることを目指している。    一般的な支援はマニュアルや視覚からアプローチするものが多く、問題が生じた時にはそれらを用いて確認や修正を行う。当事業所では、高温多湿なハウスでの作業環境、その時々によって違う複雑な作業内容でもあることから、マニュアル類を携行、掲示をすることが難しかった。そのため、  ①口頭指示とモデリングによる「その場」での指導  ②作業日誌による振り返り  ③フィードバックによる支援 が中心となった。理解と修正には時間がかかると想定し「くり返すこと」と「その場」での指導や、手順を何度も確認することにより行動の修正、スキルアップを目指しアプローチした。  しかし、同じ障がい名でも個々の特性が違い、画一的な指導が功を奏しなかったため、徳島障害者職業センターのジョブコーチ支援を利用し、共に連携を取りながら支援を行った。 4 広汎性発達障がい者への支援 (1) 当事者Eについて  入社2年目。広汎性発達障がいとして精神保健福祉手帳3級を保持。農業大学校を卒業し、ある程度の専門知識、経験を持っている。本人の就労意識や作業能力は高く、栽培への自信をみせ意欲的に作業に当たる。しかし、作業指示の解釈が自己流になり、先を見すぎて行動するなど指導をされる場面が多かった。課題として、「プライベートな出来事が作業内容に影響する」があり、プライベートにおける対人関係の問題がそのまま作業内容に影響し、作業速度の低下やミスが増える傾向が強かった。 (2) 当事者Eへの支援とその効果(ジョブコーチ支援、トータルサポーター制度の利用)  支援時の面談を重ねるうちに、プライベートな相談をすることは職場での評価に影響するかもしれないと、事業所の支援者へ相談をするのをためらっている当事者の言葉が出てきた。また、その問題が作業内容に影響していることの認識はなかった。しかし、支援機関の担当者に話をすることで、「相談することは業務評価には影響しない」という事、問題の解消が作業効率の向上につながることの気づきから、事業所の支援者へ自ら相談できるようになったことで作業中に生じていた問題は軽減されていった。   5 知的障がい者への支援 (1) 当事者Dさんについて  療育手帳(B2)を保持。理解度は若干低いが、日常生活での支援の必要は無い。しかし、作業場面では、瞬時に作業手順の切り替えができず、誤った作業手順への置き換え、不必要な作業をすることが多かった。軽度の知的障がい者に対する支援方法が奏功しないため、業務の見直しを行いつつ、入社1年後から、障害者職業センターのジョブコーチ支援を受けることとした。 (2) 当事者Dへの支援とその効果(指示の出し方と作業手順の細分化)  ハウスでの作業は同時に二つ以上の作業工程を行わなくてはならない。取り組みでは通常壱回の工程でする作業を細分化して行った。同じことを繰り返すことでその作業に慣れ、次の作業も同じことを繰り返すことに集中した。その結果、作業時のミスは軽減され、手順の感覚を身体で覚えられたことで、通常の作業工程に戻しても問題なくスムーズに行うことができた。また、複数の指示を同時に出さない、抽象的な言葉を用いないなど、言葉による指示の出し方にも配慮したことで指示の誤認識も減った。 6 支援機関との連携により得られたこと  当初、障がい者への支援は画一的なものであった。それは時として障がい特性に合わない支援につながっていた。今回の取り組みでは、徳島障害者職業センターのジョブコーチ支援を利用することで、当事者への支援のポイント、事業所が気づけていない本人の特性などを再認識することができた。このことが支援方法の見直し、作業遂行のポイントなど当事者の作業能力向上への支援につながった。  集中支援期は1週間に1回の訪問、その後、フォローアップ期と移行し、支援の回数も減っていった。また、当事者にとっては「上司」という側面をもつ事業所の支援者へは言いにくいことも出てくる。その内容や背景を、ジョブコーチが当事者から確認し、必要なフィードバックを行うことで、「事業所と当事者」との橋渡し(クッション)の役割を果たすこととなった。このことで、事業所と当事者とのコミュニケーションも活発になり、双方の立場による感じ方などの理解にもつながった。      また、技術の向上、改善したことの評価を事業所とは直接関係の無い立場の支援者から当事者へ伝えたことは、当事者の中に更なる肯定感の獲得にもつながった。 7 おわりに  当事業所は「農業で障がい者が活躍できる事を実証する」という目標を掲げている。ここで働く障がい者たちは大きく成長を遂げてきた。本報告では、農業分野において、障がい者が単なる「マンパワー」としてではなく、「環境を整えることで適応しやすく、活躍できる可能性が広がる」ことを示すことができた。これは未来の農業を支える「職業人」へと成長させた。特にジョブコーチ支援の活用は大きな意味があり、協同して支援を行うことが、事業所だけで問題を「抱え込む」ことを防ぎ、支援のノウハウを習得することで、事業所全体のシステムの見直し、日々の支援方法の画策、事業所の抱える不安なことを相談でき大きな成果を生んだ。  当事業所には本報告に登場した2名以外にも多くのチャレンジドが在職している。「障がいがあるからこれくらい」ではなく、「障がいがあってもこんなに出来る」を日々の作業を通して更に実証していくことが、本報告を通し、これからの農業において障がい者が貴重な人材として活躍する場の創造につながると幸いである。 知的障害者への就労支援における作業療法士の役割 −作業所を通じて学んだ15年間の研究・報告の歩み−   ○中村 俊彦(常葉大学保健医療学部作業療法学科 作業療法士)  峰野 和仁(社会福祉法人復泉会 くるみ共同作業所) 1 はじめに  障害者作業所は特別支援学校等を卒業後、また医療機関や福祉施設を退院、退所後の成人障害者の“働きたい”という願いに対応する形で全国各地に設立されてきた。杉本1)によればその運動が大きく広がったのは80年代である。本研究で取り上げるA作業所は、障害者の生活支援のための共同住宅として、障害者作業所設立が全国的に広がる前の1977(昭和52)年に設立された点で地域に根付いた歴史ある作業所であるといえよう。そして、A作業所は地域で暮らす障害者とその家族のあらゆるニーズに応えるべく、着実な成長を遂げてきている。2000(平成12)年には社会福祉法人(以下「B会という」。)格を取得し、2018(平成30)年現在では、法人内に様々な施設を有している。 2 研究目的  A作業所に勤務する作業療法士(以下「M氏」という。)と筆者が2001(平成13)年以降、約15年間にわたり取り組んできた研究実績を整理することにより、A作業所におけるOTの役割と課題を明らかにする一助とする。 3 対象と方法 (1) 対象  B会内の施設を対象として、M氏と筆者が取り組んだ共同研究を対象とする。 (2) 方法  2001(平成13)年~2016(平成28)年に学会等で発表した演題、雑誌やテキスト等に執筆した内容を整理する。そして、OTの役割に関するキーワードを抽出し、標記15年間の中で、A作業所内でOTが成し遂げたことや課題を抽出し、OTの役割を考察する。 4 結果  対象期間の発表、報告等の実績は表1に示すように9件であった。9件の内訳は、テキスト執筆2件、雑誌掲載文献4件、学会発表3件であった。これ以外には、障害者就労に関わるシンポジウム、各種イベント、研究会報告などが複数あったが、これらはOTの役割に関する記述が乏しいと判断したため対象外とした。 表1 研究等一覧(下線部:キーワード) 発表 年度 演題、雑誌、テキスト等に執筆した内容 (発表した学会、掲載雑誌等) ① 2001年 知的障害者通所授産施設「くるみ作業所における作業療法士の役割(第35回日本作業療法学会) 施設勤務OTの業務を通じ、専門技術がどのように活用できるか考察を行ったところ、関連職種との連携の状態は対象者支援の充実に大きな影響を与えることが確認できた。 ② 2002年 知的障害者の就労支援 (専門雑誌掲載:OTジャーナル) 症例研究において法制度も考慮しつつOTの役割を考察した。対象者の就労支援の際には評価結果に基づいた援助方法を具体的に呈示することが重要である。知的障害者が一般企業への就労を継続するには、アフターフォローが欠かせないことも窺え、2003年度からの支援費支給方式を見据えた場合、より具体的なサービスの提供が望まれることが示唆された  ③ 2002年 知的障害者と加齢 (専門雑誌掲載:OTジャーナル) 複数施設の知的障害者の入所者、利用者63名に対し、加齢による影響について考察した。家族など介護者の高齢化に起因する生活障害、日常生活動作の遂行状況等の把握、加えてQOLの充実も視野に入れてのアプローチが必要と考えられた。      ④ 2005年 知的障害者授産施設における治具の活用と作業環境 (第5回東海北陸作業療法学会)  知的障害者作業所において、OTが治具の考案を通じて利用者の作業能力を効果的に引き出している事例報告を行った。その導入過程においては関連職種との連携を密にしていくことが重要である。他職種連携の構築する上で、OTの専門性をどのように周知させていくかは今後の課題と考えられた。 ⑤ 2009年 作業療法学全書「職業関連活動」 (テキスト執筆:分担執筆・協同医書) 知的障害者への就労支援について、医学的な概説とOT評価、障害に応じたOTアプローチに関して執筆した。また、障害者自立支援法などの福祉的な視点からのアプローチも交えた内容の執筆を行った ⑥ 2012年 浜松フルーツミュージアム発信!-6次産業化に見る新たな就労支援モデル-  (専門雑誌掲載・OTジャーナル) 福祉とビジネスを融合し、一般市場に参入する「第6次産業」は、障害者の就労支援の大きなチャンスであるとの認識を深めると同時に、これまで以上に障害者の地域生活支援に大きく寄与しうる新たなビジネスモデルであることが確認できた。   ⑦ 2012年 就労支援(通勤を含む)に伴う環境整備と社会資源(専門雑誌掲載:OTジャーナル) 障害や疾病をもつ人が、就労するにあたり必要な支援について考察した。就労支援においては、様々な職種間の連携が重要であることを踏まえたうえで、作業療法士が持つ知識と技術が有用であることが確認できた。 ⑧ 2015年 An Entrepreneurial Endeavor of the Sixth Industrialization by a Sheltered Workshop for People with Intellectual Disability in Japan (3rd Asia-Pacific CBR Congress,2015) ○Masayuki Watanabe、Toshihiko Nakamura A作業所の6次産業への取り組みをアジア諸国の参加者に紹介した。一般市場をターゲットに商品開発を行い、高レベルの品質管理が求められるジュース加工への取り組みはオリジナリティの面で評価された。その一方、スタッフがどこまで支援するのかは今後も引き続き検討していく必要性も示唆された。 ⑨ 2016年 作業療法マニュアル60 知的障害や発達障害のある人への就労支援 (テキスト執筆:分担執筆・日本作業療法士協会) 知的障害者の就労支援に関する歴史や法制度の歩みを整理した。また、就労支援の実際における工夫や指導上の留意点など実例を示しながら、説明した。5 考察  2000(平成12)年から2016(平成28)年までの間、障害者の就労支援に関連する法制度は措置費制度から支援費制度(2003)、障害者自立支援法(2006)そして障害者総合支援法(2013)へと変化に富んだ期間であった。特に障害者自立支援法における就労支援の強化はA作業所の方向性の再確認を求められた。  A作業所では、2000年度からOTのM氏が正職員として入職し、就労支援の枠組みを整備するとともに利用者の就労支援に取り組んできた。M氏はA作業所の利用者に対し、医学的根拠を念頭に置きながらも専門用語に偏らず、利用者の障害特性についての評価を行うよう心掛けてきたことが確認できた。その一方、今回の研究実績の整理を通じて、“OTの専門性とは何か”という説明を添える機会が散見され、このテーマは知的障害者の就労支援の臨床に従事するOTにとって普遍的な課題であると考えられた。  昨今、社会における知的障害者に対する理解が進んできているとは考えられるが、例えば身体障害領域は障害者スポーツを代表的に社会的認知が進んでおり、車椅子や福祉機器を使用しての日常生活活動(以下「ADL」という。)遂行による生活状況への理解も進んでいる。また、精神障害領域においても、代表的疾患への就労支援をはじめとする治療プログラムが整備され、かつ2018(平成30)年度からの法定雇用率の義務化により社会的認知が進んできた。今後は、知的障害者の社会参加への認知の高まりを期待したい。   表2 A作業所におけるOTの役割に関する2つの視点 視点① OTが果たした役割 視点② 考えられた課題 (1)他職種連携推進 (2)法制度への対応 (3)対象者の健康管理 (4)作業分析と作業方法への工夫 (1)OTの専門性をどのように説明するか (2)OTはどのようなことに対応できるのかを明らかにする (3)エビデンスの構築が必要  A作業所の職員もOTと共に働くことで、OTの持つ専門性を感覚的には理解してきたとは考えられるが、具体的にはどのようなことが専門性なのかは表1の説明中に下線部にて示したキーワードから考えると、表2にあるような2つの視点から総括することができる。  知的障害者の就労支援の臨床場面においては、作業能力や体力を踏まえ、対象者に合った作業を提供することは基本である。そして、その際には関連する職員との細やかな連携が、作業遂行の際にポイントとなると考えられた。加えて、知的障害者への就労支援においては、障害者総合支援法をはじめとして、対象者を取り巻く法制度や社会資源を正確に理解し、適用に導く指導も重要となる。健康管理の点においては、OTが医療職であることの強みが発揮できる領域である。A作業所においてM氏は単に作業能力や諸支援を突き詰めていくのではなく、個人に合ったリフレッシュのための余暇の過ごし方の内容まで把握するように関わってきた。また、B会では、利用者および家族、職員全員参加で、毎年1泊2日の旅行を実施し、親睦を深めるとともに利用者理解に努めている。寝食をともにすることで、利用者のADLの状況や家族の負担、今後予測される必要な介護量を把握できるメリットにM氏は着目している。B会では、この15年間でM氏に加え、多少の入れ替わりはあるが常時1~2名のOT正規職員が在籍し、B会内の就労支援施設を中心に配属され、OTの持つメリットを施設の特長とするべく取り組んでいる。そうした中、2012(平成24)年からは、“第6次産業”という当時としては先進的な取り組みを開始し、地域に浸透した経営を成し遂げている。  本研究において、OTの役割を含め、A作業所の特長を示すことは施設運営の将来を考えた際にも重要であることが示唆された。そのためには、利用者への支援サービス提供に際しての経時的な各側面からの評価を実施し、A作業所が提供する支援サービスによりどのような効果が期待できるのかを示す必要がある。これまでの長い歴史に裏付けられた経験による指導方法に標準化された客観的評価の融合を目指すことで、エビデンスに基づいた指標を提示することが可能になると考えられた。  末筆ながら、今回の発表にご協力頂いた諸氏に感謝申し上げる。 【参考文献】 1)杉本 章:障害者はどう生きてきたか p.132-135,  現代書館(2008) 【連絡先】  中村 俊彦 (作業療法士)  常葉大学保健医療学部作業療法学科  e-mail:otnaka@hm.tokoha-u.ac.jp 放課後等デイサービス終了後の学卒就職者支援の取り組み −本人、保護者に対する学齢期の関係性を活かしたライフキャリア支援− ○藤田 敦子(社会福祉法人ぷろぼの 放課後等デイサービスぷろぼのスコラ生駒) 1 問題の所在と目的  障害のある中高生の放課後支援施策については「障害児タイムケア事業」(2005)が端緒と言える。この事業の目的は障害のある中高生などの放課後活動の場を確保し、親の就労支援・家族の一時的な休息を図ることであった。この事業は2006年障害者自立支援法の「日中一時支援事業」に吸収される形で廃止された。しかし現在もこのような「預かり型」の支援を主として担っている放課後等デイサービスも多い。  2012年の児童福祉法の一部改正により「放課後等デイサービス」が創設された。厚生労働省(2017)の「放課後等デイサービスの見直しについて」1)によると、放課後等デイサービスは2012年の制度創設以降、利用者、費用、事業所数が大幅に増加している。丸山(2014)2)の放課後等デイサービスの実態調査では、プログラム化された活動が増えるとともに、「課題に応じた個別指導」や「学習」を行う事業所が増え、放課後等デイサービスの教育的機能が重視されてきたと述べている。本報告ではこれを「療育型」デイサービスと呼ぶ。  このような従来の「預かり型」「療育型」に加えて、進路に対応できるプログラム内容を備えた「進路支援型」デイサービスと呼ぶべき放課後等デイサービスが各地で設立されている。ただそのプログラムは、成人の就労訓練を先取りする作業体験やSSTを中心とするところが多い。本報告では、中高生を対象とする「進路支援型」デイサービスの中でも「キャリア教育支援」をねらいとして独自の支援を行っている放課後等デイサービスぷろぼのスコラにおける進路支援のあり方と、学卒就職者の本人、保護者に対するライフキャリア支援について報告し、福祉施設が取り組むキャリア教育支援の実際と効果、課題と可能性について検討する。 2 ぷろぼのスコラにおける進路支援の概要  放課後等デイサービスぷろぼのスコラは、奈良県下で就労移行支援事業を複数展開してきた社会福祉法人ぷろぼのの児童部門として2013年に設立した。2018年3月末現在3事業所、登録数74名、卒業生54名(うち一般就労22名、就労移行、自立訓練22名、他福祉施設6名、進学4名)の事業所である3)。送迎は実施せず、奈良県、大阪府、京都府から放課後に単独で通所している。  プログラムとしては、通常プログラムでは、運動、ソーシャル、創作、ITプログラムを1日3コマ週替わりで実施。また休日や長期休みには特別プログラムとして外出イベントや作業体験等を実施している4)。このスコラプログラムは、2014年度経済産業省キャリア教育アワードにおいて最優秀賞を受賞した。  進路選択のための支援としては、まずプログラム参加時の様子についての詳細をHP上で保護者にアセスメント情報として提供している。取り組みに対する得意不得意や同じプログラムに慣れてできるまでの様子、メンバーや環境、本人の調子によるパフォーマンスの違いについてなどの情報を積み重ねていくことができる。またイベントや作業体験等新しい環境での振る舞いについても記述するようにしている。このような積み重なった情報のもと、半年に1回程度の保護者面談時に、就労支援の経験のある職員から、配慮事項や環境調整などのヒントを提供し、学校からの職場実習先を検討する参考にしていただいている。  また半年に1度全体の保護者会で卒業後の進路と成人の制度、支援機関について紹介。制度の全体像を早期から伝えていくことで早い段階から進路と支援機関について準備を進めることができている。  また、年に1回程度のご本人との面談を実施し、実習内容を振り返り、どんな働き方がいいのか、働いたお金で何をしたいのか、など職業興味や働く理由についてなどを定期的に話すようにしている。長期休みにはビジネスマナーや職場体験を行ったり、必要に応じて面接練習や履歴書の指導をしている。  卒業生に対しては卒業生の集いを年2回程実施。卒業生の内福祉サービスを利用する方については支援者が支援を引きついで行くが、就職者については出身校を含め支援が手薄になるということから、月に1回「わくわくワークの会」として夕食会を開催(以下「夕食会」という。)。定期的にデイサービスのスタッフや就職した仲間と会うことで、相談しやすい体制を築いている。夕食会では毎回10名程度参加。前半は「仕事でがんばっていること」などのトークテーマを決めて1人1分程度話をし、後半は夕食を食べながら友人やスタッフと話をする時間を設けている。  本報告ではこの夕食会での取り組みを中心とした学卒就職者に対する支援の事例を紹介する。 3 学卒就職者の支援事例 (1) Aさん:再就職の支援につながった事例  特別支援学校高等部卒業。体力には自信があり、陸上や水泳に取り組んでいる。自宅近くの工場にフルタイムの正社員として採用される。残業もあり体力的にはきつい仕事だが仕事内容には充分対応できていた。夕食会には最初の数回は参加していたが、その後は残業が当日にならないとわからないということで当日キャンセルが続いた。本人からは「仕事はできるけど会社の人と仲良く話す雰囲気でないのがつらい。また、陸上の練習などの用事があると事前に言っていても残業してほしいと言われる」とのこと。  夏以降に相談を始め、学校や障害者就業・生活支援センター(以下「就ポツ」という。)にも連絡をし、職場訪問を重ねるが状況に変化がなく、3月末日で退職。4月より失業給付をもらいながら就労移行支援で陸上練習などの予定を入れられるような就職活動を開始している。 (2) Bさん:仕事でのSOSをデイサービスに発信し次につながった事例  特別支援学校高等部卒業。明るく朗らかな印象。介護施設の清掃等でフルタイムで採用。夕食会には毎回遅れて参加。学校時よりやせており、笑顔にも元気がない印象。本人に聞くと「仕事は楽しい。がんばっている」と答える。  冬頃に「仕事に行きたくない」と訴え、体調不良で仕事を休みがちになる。学校は休んだことがないので親が送迎して何とか続けていたが、ある日仕事に行かず、駅でデイサービスに連絡。「風邪でしんどい。家に連絡してほしい」との内容。後日、その日は家の連絡には出ず、駅にいたとのこと。そのことがきっかけとなり学校、職場との調整の結果離職の方向に話が進む。有給消化中から学校の紹介で自宅近くの就労継続B型に通所を開始。仕事内容が類似していることもあり、本人も楽しいと言いながら通っている。夕食会での様子も元気そうで笑顔も多く見られた。 (3) Cさん:勤務時間や内容を見直し就職を継続している事例  特別支援学校高等部卒業。淡々と作業をする印象。飲食チェーン店に皿洗いで採用され、週4日6時間で勤務。夕食会での様子も学校時代と変わりなく見え、仕事について聞くとがんばっているとのこと。  ご本人が活発に受け答えするタイプではないため、仕事内容の相談が職場から直接保護者に入り、保護者がどこまで言っていいのか対応の仕方に困り不安になることが多い。職場に対する意見や要望をどの程度伝えればいいかについて、デイサービスで相談を受けた時は内容を整理して学校や就ポツにつなげるようにしている。学校や就ポツも相談を受けて定期的に訪問。皿洗いで採用されたが、1日6時間勤務とするために掃除などの他業務が多く、お客様の前で掃除をする時などの対応について課題があった。学校や就ポツと職場との相談の結果1日の勤務時間を減らし、皿洗い中心の業務に整理され、就労を継続することができている。 4 まとめと考察  このように、学齢期の様子を知る支援者が就職後の支援に関わることで、早期に不調に気づき学校や他支援機関を巻き込んで対応をすることができる。就職時点では学校の進路担当より、作業内容や職場環境について一定配慮を得ることができているが、就職半年後からはその時点では見えなかった課題が現れてくる(事例参照)。定期的に集まりを開催することにより本人の変化に早期に気づき(事例2)、保護者、学校、支援機関と連携することで就労の継続(事例3)や離職後のスムーズな支援(事例1、2)につながることができている。  放課後等デイサービスぷろぼのスコラの卒業生のうち一般就労が約41%と、特別支援学校の就職率や就労移行支援事業の就職率と比べても高くなっている。自立訓練・就労移行を含めると81%が卒業後働いて自立することを進路として選択している。学齢期からの次のステップを見据えた「キャリア教育支援」型放課後等デイサービスとして、就職という次のステップに移った卒業生を支えていくことで、学卒就職者の早期離職を予防し、離職時に在宅期間をおかずに次の支援につながる流れを作ることができていると考える。 【参考文献】 1)厚生労働省(2017)「放課後等デイサービスの見直しについて資料6」 http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou /0000168835.pdf 2)丸山啓史(2014)「障害時の放課後活動の現状と変容‐放課後等デイサービス事業所を対象とする質問紙調査から‐」『SNEジャーナル』20(1),pp165-177 3)社会福祉法人ぷろぼの平成29年度事業報告書(2018.8発行) 4)ぷろぼのスコラパンフレット(2018.2発行) 「楽JOB (仕事を楽に、楽しく、取り組みやすくするための業務改革)」 による障がい者の雇用拡大と定着   ○小山 洋美 (株式会社ベネッセビジネスメイト クリーンサービス課 指導員) ○石井 久美子(株式会社ベネッセビジネスメイト メールサービス課 指導員) 1 「楽JOB」について  ベネッセビジネスメイトでは、「仕事をもっと楽に、もっと楽しく」を合言葉に、業務工程・設計を見直し、シンプルな業務を実現する活動を行っている。この活動を「楽JOB」と称し、社員の職場定着や成長、採用できる障がい者層の拡大につなげている。 2 クリーンサービス課の事例(トイレ清掃の効率化) (1) クリーンサービス課の課題  クリーンサービス課では、知的障がいのある社員を中心に、日常清掃・定期清掃を行っており、一人ひとりが任されたフロアを自立的に清掃している。ビル内には138台の個室があり、トイレ清掃は「全員行う基本的な業務」となっている。  トイレ清掃はお客様も見る機会があるため、品質アップとお客様視点での衛生的なやり方を追求した結果、元々工程数の多いトイレ清掃が更に複雑化し、基本的な業務であるにも関わらず、最もハードルの高い作業となってしまった。動線が複雑で抜けモレが起きやすいこと、手袋の脱着やタオル交換が何度も発生し面倒で、作業にとても時間がかかる点が課題となっていた。実際、実習生が「工程が複雑で覚えられない」という状況が起こった。  そこで、トイレ清掃を「誰もがやりやすい仕事」にするために「楽JOB」に取り組んだ。 (2) トイレ清掃における「楽JOB」の考え方  トイレ清掃の「楽JOB」に取り組むにあたり、以下の考え方で推進した。 ・品質を維持すること(楽JOB≠品質ダウン) ・お客様にとっても作業をする社員にとっても衛生面に配慮できていること ・安全性が高く、使いやすい資機材を選定すること ・効率の良い作業手順で、無駄のない動線であること (3) 「楽JOB」のステップ Step1:工程の分解  清掃工程を分解し、それぞれの工程に対して、どのような清掃が必要なのか一覧にし、工程ごとに必要な洗剤や道具も書き出した。 Step2:工程の再構築  大便器を衛生面に配慮して【非除菌域】【除菌域】【必須除菌域】の三つに分類し、手順、作業動線の組み立てを考え、工程の再構築を行った。  洗剤は、中性洗剤から安全性が高く、洗浄能力の高いアルカリイオン洗浄水に変更。PH値の高いアルカリイオン洗浄水は、殺菌除菌能力にも優れており、酸素と結合することで水に変化するため、お客様にとっても衛生的で社員にとっても安全である。 Step3:工程の検証  工程の再構築が完了したあと、実際の現場で実演し、お客様視点で衛生的に感じられるかの検証も行った。 その後、障がいのある社員を3名選抜し、新しい工程を1カ月程度試行し、作業状況を確認。作業のスピードや工程の抜けモレが以前より少なくなっているかどうかを検証し、社員のヒアリングも行った。 Step4:マニュアル作成  工程が確定したあと、新しいマニュアルを作成。従来よりも写真を大きく使い、細かい動きも書き込んだ。その結果、ひとめで見てわかりやすいマニュアルに仕上がった。 Step5:新しい手順の習得  最後に社員全員に新しい工程を指導。工程は楽になったが、やり方を変更するというのは、一時的に負荷がかかる。そのため、一挙に全員の手順変更は行わず、社員の状況に応じて少人数のグループに分け、徐々に浸透させていった。 (4) 結果  「楽JOB」により大便器1台あたり1~2分程度の清掃時間が短縮でき、全体で50時間近くの効率化が実現。 社員からは「楽になった」「前よりやりやすい」などの声があがり、実習生も2週間の実習期間中に手順を覚えられるようになり、採用のハードルも低くなったと言える。 具体的な変更点は以下の通り。 ・作業動線で無駄な動きをしないよう工程を再構築 →工程改革により座って行う下方部での作業と立って行う上方部の作業もまとめて行う工程に変え、立ったり座ったり、ふりむいたりすることがなく効率よく作業が進められるようになった。作業時の抜けモレも減少している。 ・各工程をシンプルになるように変更 →手袋の脱着が従来の2回から1回に変更。アルカリイオン洗浄水を使用することで、拭き上げと除菌の2工程に分けていた作業を1工程で完了できるようになった。 図1 従来の工程→新工程 3 メールサービス課の事例(お客様の座席までミスなく配達物を届けるための工夫) (1) メールサービス課の課題  メールサービス課は、主に会社に届く郵便物やトラック便、拠点間でやりとりする社内便をフロアへ配達、及び各フロアから出るこれらの荷物を集荷し発送準備を行っている。  配達は社員の個人席まで行っている(以下「個人配布」という。)。多摩オフィスには1フロア約150人の座席があり、各社員の受け持ちは1~2フロアである。配達は座席表を見ながら行っているが、座席数や列が多いため列を間違えたり、頻繁に席替えやフロアの移動があるため自分が配達している席が正しいかどうか迷ったりすることも発生していた。  実習生で空間認知の苦手な方も多く、複雑な座席表での配達は、ハードルが高かった。座席表の左右色分けやスタート地点の確認など工夫はしたが、なかなか採用ができていなかった。採用の間口を広げるためにも基本業務である個人配布の「楽JOB」が必要であった。 (2) 個人配布での「楽JOB」の取り組み  「個人席までの配達をスムーズに行い、誤配を防ぐ」そして「ベネッセグループの障がい者雇用の幅を広げる」ために以下のことを実施。 ア 列番号の表示  個人名だけでなく、座席の列ごとに番号を振りつけて表示。座席表にも列番号の表示をした。 イ 名刺フォルダの貼付  東京拠点(多摩・新宿・初台)の個人席配達対象フロアの方(約3,300人)の席に名刺フォルダを貼付し、名刺を入れてもらった。 図2 名刺フォルダ添付依頼資料 (3) 成果  列番号および名刺フォルダを付けたことにより、違う列に行ったとしても、すぐに修正できるようになった。これにより誤配も減り、座席の前で名前を確認しながら配達ができることで社員の安心感・達成感が生まれ、社員の負荷を減らすことができている。  また、実習生も多少空間認知力が弱くても、名刺フォルダがあることで時間はかかりながらも期間中に個人配布ができるようになる人が増えてきている。採用のハードルも下げることができ、雇用の幅が広がることを期待している。 4 まとめ  「楽JOB」は、仕事を誰もが取り組みやすくすることで、仕事が「楽」になる、社員が会社に来るのが「楽しくなる」取り組みである。もちろん、お客様にとっても仕事の品質向上・ミス削減、そしてコスト削減のメリットがあるのは言うまでもない。  「楽JOB」を実施したことで、クリーンサービス課は、「無駄のない」「きれいな」トイレ清掃を実現する工程を生み出し、メールサービス課では「迅速かつ正確に」届けるしくみを作った。  また、「楽JOB」により、難易度が高い仕事や面倒な仕事のハードルが下がり、その仕事に取り組むことができる人が増えてきている。そして、できる仕事が増えることで個人の成長につながり、それが定着にもつながっている。  さらに、これらの仕事が「楽」になることで、これから採用する障がい者の層を広げることもできるようになる。  ベネッセビジネスメイトは、これからも「楽JOB」への取組みを継続し、障がいのある社員がいきいきと働ける「楽しい」現場をつくっていきたいと考えている。 知的障がい者の就業定着支援の実践例 ~企業で長く働く為に、本人・支援者が心掛けたい事とは~ 〇本吉 晋太朗(社会福祉法人あひるの会 あかね園 就労支援員) 1 はじめに  私の在籍している社会福祉法人あひるの会あかね園は、主に知的障害のある方を対象に「地域で働き長く暮らす」を理念に掲げ、就労支援を行っている施設である。主なサービス内容としては、自立訓練事業・就労移行支援事業・就労継続B型事業・共同生活援助事業・就業生活支援センターの5つである。弊所での主な就労パターンは自立訓練での職業準備訓練→就労移行での実践的な取り組み(施設外就労や企業実習)→就職→支援センターと連携を取り、職場定着支援を行うという形となる。 2 事例Aさんについて  22歳男性、療育手帳B-2。支援学校卒業後、保育園での清掃業に従事する。しかし対人トラブルや仕事へのモチベーションが低下し、程なく離職。弊所支援センターの紹介であかね園自立訓練事業に入所、そして改めて職業準備プログラムを2年受け、就労移行に籍を移してから1年半ほど経過した所、マッチングのある企業に再就職となった。  Aさんは、非常に真面目な性格で仕事は常に一生懸命で、手を抜くことは無く、仕事の幅は決して広くないものの様々なジャンルでの就職が望める方であった。しかしまだ精神的に幼い部分があり、仕事上で指摘や注意を受けると落ち込んでしまう事が多くあった。その都度、担当職員と振り返りを行ない、ケアとアドバイスを送りながら、精神的自立を促していった。 3 再就職の状況  再就職先は大手都市銀行を親会社に持つ特例子会社B、そこでAさんは、メール便の集配・仕分け業務にあたる事となった。特例子会社Bは、多くの障害者が働いており、仕事の簡素化・マニュアル化や就業支援カウンセラーが常駐しサポートを行なう等、体制が整っている会社であった。そこで就業開始し、最初は仕事を覚える事に苦労した部分もあったが、概ね問題なくスタートした。しかし3か月が経過した頃、頻繁に欠勤や早退が増え始めた。原因は腹痛によるもので、3、4日連続で欠勤する事もあった。本人とも面談を行なったが、主だった原因は分からない。そこで通院を促した所、過敏性腸症候群と診断された。仕事でのストレスが一因と見て、Aさんと就業状況の確認を行なう為、面談を行なった。「なかなか仕事が上手くいかない」「苦手な仕事になると極度に緊張してしまう」等、様々な要因を抱えている事が分かった。しかし仕事をする上で、乗り越えないといけない課題が多くあった為、会社・本人・家庭と連携を取り、解決していく方向性で話が固まった。 4 支援実績  それぞれの課題に対する支援機関からのアプローチ方法についてここで振り返っていく。 (1) 継続勤務について  上記の様に過敏性腸症候群と診断があり、様々なストレッサーがある故に中々就業状況が安定しない。そこで服薬管理や体調管理、そして食事面での改善の協力を家庭にも促した。医師からは、少し休養を取っても良いと診断を受けた為、1週間ほどは欠勤したが、その後は復帰する事となる。復帰後も症状は大きく快復しない。それでも本人も会社に行きたいと意思表示があった為、無理の無い範囲で家庭からも会社への出勤を後押ししてもらった。そして面談をする中で、通勤途上で腹痛が起こるパターンが多くあった為、その際の対処法を伺ってみると頓服薬を飲んでいない事が分かったので、適切な服薬についてもアドバイスを行なった。 (2) 定期的な面談での振り返り  あかね園在籍時から、仕事が上手くいかない・人間関係が上手くいかない等、ストレスが掛かる状況にあると、仕事や勤務に影響が出る事が時折見られていた。その都度面談を行ない、ストレスの原因についての解決や社会人としての適切な振る舞い方等についてアドバイスを行なってきた。今回も同様に面談での振り返りの機会を設けると同時に、働く事に対しての責任感や勤務を安定させないといけない理由について確認した。 (3) 仕事の習熟度合  仕事の得手不得手がはっきりとしており、得意分野についてはある程度自信を持って、できるのだが、苦手分野については、自信の無さや本人の理解度も有り、習熟が難しい状況にある。その為、メモの活用・作業工程を分解する・時間をしっかりと設けて理解を深める等をして、会社の方に対応して頂いた。 5 結果  上記の様な課題を抱えつつも、就業開始から1年が経過した。状況としては、出勤がやや安定してきたのみで、その他の課題は解決していない。そこでより支援の内容を深め、本人の就業意欲を深める事を目的に会社と連携し、毎日の振り返りを行なう為のチェックシートを作成した。毎日自ら振り返りを行ない、会社からも評価を頂き、それを持って週に一度支援機関に来所し、1週間の振り返りと次週からのモチベーション維持・課題解決を行なっている。引き続き各所連携を取り合いながら、定着に向けての取り組みを継続していく。 6 考察  今回の支援実例について、様々な角度からアプローチをしたが、忘れてはならないのは、支援機関や家庭からの促しをしようが最終的に大切なのは「本人の働く上での意識・就業意欲」だと感じた。自分はここで働きたい、仕事を習熟したい、お給料を貰いたい等、様々な理由が働く為にあるのだろうが、意欲となる土台部分が十分で無いと、取り組み自体の有効性も薄れてくる。反対に土台がしっかりとしていると、働く上でのモチベーションにもなれば、困難を乗り越えていく為のエネルギーにもなってくる。我々支援機関としては、その後押しをする事が担うべき所なのだとこの1年で強く感じた。 【連絡先】  本吉 晋太朗  社会福祉法人あひるの会あかね園  TEL:047-452-2715  e-mail:main@akaneen.com 精神障がい者の職業準備性尺度開発の試み −当事者の語りと項目選定− ○早田 翔吾(ストレスケア東京上野駅前クリニック 臨床心理士・精神保健福祉士) 1 はじめに  厚生労働省の調査(2016)によれば、障がい者の雇用状況における実雇用率は過去最高を更新した1)。中でも精神障がい者の雇用伸び率は際立っている。障がい者雇用は企業の社会的責任を遂行するという点のみで重要なのではなく、医療や福祉の領域においても、「入院・施設処遇から地域生活支援へ」、「多機関連携」と並んで、「就業支援重視」の実践が注目されている。熊谷(2007)は、医療が保健や福祉と連携して就業を支える方向への動向を論じ2)、千葉ら(2012)は、精神障がいを持つ人々と共存するために「雇用」が必要であるという調査結果を挙げている3)。障がい者雇用において、当事者の就労に対する準備性を測るものとして「職業準備性」という概念がある。職業準備性を向上させるためには、本人の主体的な努力が必要である一方で、支援者のアセスメントやプランニングを通じて、アプローチしていくことが基本であるとしている。近年の障がい者雇用の傾向から、今後も精神障がい者の雇用は増加すると考えられるが、精神障がい者を対象として、統計的に信頼性と妥当性を検討された職業準備性尺度は開発されておらず、まして、当事者の体験や意識から作成された尺度は存在しない。  そこで、本研究では就労及び職業訓練経験を持つ精神障がい者に、就労・訓練継続のために意識していることや行動していることを「職業準備性」と操作的定義を行い、当事者の語りから、その職業準備性を把握し、KJ法による分析を行ったのち、「職業準備性尺度」の質問項目を選定するまでを主な目的とする。 2 方法 (1) 予備調査  2016年1月にA県において就労している精神障がい者1名を対象に予備調査を行った。予備調査の内容は、面接同意書の記入、フェイスシートの記入及び半構造化面接であった。調査協力者の指摘をもとに、フェイスシート及び半構造化面接の項目の修正を行った。 (2) 本調査  2016年1月~2016年8月にかけて、A県を中心とした就労している、もしくは就労のための訓練を行っている精神障がい者10名を対象に面接同意書とフェイスシートの記入の後、半構造化面接を行った。所要時間は32分~67分(平均43.5分)であった。録音した半構造化面接の内容を文字起こしし、その内容をKJ法において分析した。分析の対象としたのは、回答に不備のなかった予備調査協力者1名、本調査協力者7名の計8名(男性5名 女性3名)であり、KJ法の分析対象となったのは8名の逐語データを切片化したカード612枚である。インタビュー対象者の属性は表1に、インタビュー内容は表2に記載した。分析に際して、研究者のほか、就労支援に携わる精神保健福祉士・社会福祉士などの資格を持つスタッフ4名と検討を行った。 3 結果  面接調査におけるKJ法の分析の結果、大カテゴリーは2軸における空間配置を行い、4つの大カテゴリーが作成された。中カテゴリーは合計41となったが、職業準備性に言及していない5つのカテゴリーを分析除外にし、36となった。 (1) 大カテゴリー  就労・訓練継続に対して意識・行動に関するカテゴリー分類を行うために2軸における空間配置を行った。2軸とは、外的資源-内的資源の軸と、仕事場面-生活場面の軸である。以下にそれら軸の説明を記す。 ア 外的資源  自分自身以外の資源を利用すること。ソーシャルサポートや、時間・会社のルールといった時間・空間的枠組みなどの利用することと定義した。 イ 内的資源  自分自身の内なる資源を認知・考え方などの思考様式やイメージなどといった想像性を伴うものを利用することと定義した。 ウ 仕事場面  主に職場での意識や行動、業務や作業といった仕事に関する物事への意識や行動を仕事場面と定義した。 エ 生活場面  主に職場や仕事に関する場面以外での意識や行動を生活場面と定義した。 (2) 中カテゴリー  大カテゴリーの下位に当たる中カテゴリーは、36となった(図)。 図 中カテゴリー 4 考察  KJ法の分析結果を参考に、質問項目を選定した。外的資源にある「職場のサポート」「医療機関のサポート」などは、まとめて「ソーシャルサポート」として一つの中カテゴリーとして再形成し、各中カテゴリー2項目ずつ、計68項目を質問紙の項目として選定した。吉川(1992)は、精神障がい者の地域生活のために、「居場所、働ける場、援助者」の「居・職・従」を基本要素に地域の課題を挙げ4)、その後、村田(1993)は、「医・職・住」の保障を提起している5)。本研究におけるインタビュー調査で得られたデータは、これらの先行研究と重なる部分が大きい。半構造化面接から精神障がい者の「職業準備性」を向上させるために、生活リズムや食事・睡眠の管理といった一般的な健康状態を保持・向上させることが重要であることが示唆された。今後、作成された質問紙をもとに、統計的に信頼性・妥当性を検討していきたい。 【参考文献】 1)厚生労働省(2016) 平成26年障害者雇用状況の集計結果 2)熊谷直樹(2007) 医療から雇用・就業への移行の動向 3)千葉理恵・木戸芳史ほか(2012) 精神障害を持つ人々と共に地域で心地よく生活するために、地域住民が不足していると感じているもの −東京都民を対象とした調査の質的分析から 4)吉川武彦(1992)精神障害をめぐって −メンタルヘルスはいまなぜ必要かー 5)村田信男(1993)地域精神保健—メンタルヘルスとリハビリテーションー 【連絡先】  早田翔吾  ストレスケア東京上野駅前クリニック  e-mail:stcr.com@gmail.com 仕事の模擬体験プログラム『企業実践』の提供方法に関する取り組み ~生きたプログラム運営をめざして~ ○高橋 亜矢子(ウェルビー株式会社 就労移行支援部支援開発係支援開発 チーム チームリーダー)  太田 光 (ウェルビー松戸第二センター)  藤原 英子 (ウェルビー西船橋駅前センター)  沼部 真奈 (ウェルビー松戸センター)  東海林 篤 (ウェルビー新越谷駅前センター) 1 はじめに  就労移行支援事業所ウェルビーでは、通常訓練と企業実習の中間ステップとして2012年より仕事の模擬体験プログラム『企業実践』(図1)を実施している。提供に際し、企業での一般就労場面の業務・環境を再現することを重視しており、業務の完遂を目的に過程・方法を検討する経験を提供し、利用者が能力を発揮できるような関わりを意図的に行う。  松為は、職場にふさわしい役割行動をとることができるようになるため、発達の過程を通してさまざまな役割行動を継続的に学習する必要性を上げている1)。当社センターにおいて『企業実践』は、企業実習よりも抵抗なく参加できる継続的な場として、また他者と成長を共有できる機会として、利用者の役割行動の獲得を促す重要な訓練と位置付けている。業務上の役割を遂行し、達成感を得る経験は、社会的な動機を形成するきっかけになると感じている。 図1 企業実践の実施枠 2 実践の目的と背景  当社センターにおいて支援者は、『企業実践』を利用者の強みや職場で想定される課題をアセスメントする機会として活用している。利用者にとっては①②の機会となるよう、主体的な取り組みを引き出す介入をめざしている。 ① 他の訓練で習得したスキルを実際に活用する(強化・汎化の機会) ② 職場における強み・想定される課題について利用者本人が理解を深め、解決行動を実践する  本実践は『企業実践』中に①②を担保する支援者の具体的関わりを明示し、経験や年次に関わらず継続的に提供できるよう試みたものである。また本実践にともなう利用者への効果と支援者の意識変化についてあわせて報告する。   3 方法・倫理的配慮  『企業実践』の進行をパート別に分析し、関わりの意図と要点を抽出した(図2)。その際、利用者の自己決定性を尊重し利用者が持つ適応の力や問題解決能力を育む関わりを重視した2)3)4)。また模擬的に業務・環境を再現する時間と、支持的な関わりの時間の割り当てを明確に区別した。関わりの方法を行動レベルで記載したチェックリストを作成した。  当社松戸第2センターにて2018年7月から8月にかけて3回にわたり『企業実践』に適用し、介入前後における職員及びケースの実践を記録した。参加利用者および職員には介入前後に自記式質問紙を配布して回収、さらに介入後に座談会で意見を求めた。  参加者である職員・利用者に対し、それぞれ事前オリエンテーションにて口頭案内し同意を得た。さらにケースに対し書面にて同意を得た。 図2 『企業実践』のパートと介入の要点 4 結果 (1) 利用者の取り組み  総参加者は20名(うち全日程参加者15名)であった。質問紙回収率は86%(13名)で、介入前後の変化について「効果の実感」で4名、「参加意欲」で7名、「満足度」について6名が上昇した。「企業実習への自信」については6名に上昇がみられた。項目により変化しなかった、またはマイナスの変化を呈したケースもあった。振り返り座談会の意見を表1に示す。  個別のケースに対して『企業実践』の行動記録・介入の記録を行った。結果は図3の通りであった。   表1 利用者振り返り座談会・アンケートより よかったこと・やりにくかったこと (意見の種類) 疲労度は高いが、実習の練習につながるためやりがいは感じた。(参加意欲の向上) 1回完結ではなく継続してひとつのプロジェクトを行うことによりいい練習になった。 /他の人との連絡やコミュニケーションを円滑にするために考えることを学んだ。/他の人が何に取り組んでいるか分かった、理解しようと心がけた。(視点の変化) 突発的な依頼が来ると、頭の中が混乱した。(過剰な負荷)/業務開始するまでの説明が長く感じた、業務に取り組む時間がもっとあるとよい。(進行への要望) 企業実践プログラムをどう活用していきたいか 話し方など実践的なことをもっと身に着けたい。(スキルの学習・汎化) 7月に企業実習の機会があり、メモや自主的な報連相の大切さを改めて感じたので、企業実践で心がけるようにした。/自分の考え方の傾向などが仕事にどう影響してくるか知るきっかけにしたい。(想定される課題への対応) 図3 個別ケースの記録 (2) 職員への効果  参加職員5名の質問紙を集計した結果、「提供への自信」「効果の実感」について全員が介入後に向上した。「提供意欲」についても4名が上昇した。意見交換の結果を表2に示す。  表2 職員・介入後の振り返りより * ポジティブなフィードバックを意識したことでこれまで以上に利用者の強みに目が向くようになった。 * 仕事の“厳しさ”を経験できる要素は残しつつ、参加者のモチベーションが下がらないような関わりを模索していたが、今回の実践で指針ができた。 * 目標設定が具体的になり利用者・支援者が自覚的に取り組めた。またグループ内のコミュニケーションが回を追うごとに促進された。 * 企業実践にとどまらず、普段のプログラムから意図的な関わりの重要性を再認識する機会となった。5 考察 (1) 個別目標の焦点化について  『企業実践』では業務の遂行を通じて達成したい個別の参加目標を設定している。先に上げた①②のどこに目的を置くか、幅広い就労スキルのなかから何を抽出するかといった焦点化が必要であり、支援者側も本人の取り組みをどう把握するかが課題であった。今回、個別目標設定の手順を策定したことで、支援者、利用者それぞれから参加目標を焦点化・共有しやすくなったとの発言があった。  ケースA氏の場合、面談より、当初専門的な業務の模擬体験をしたいという参加動機を持っていた。意義の共有のパートを通じ、A氏は自身の参加動機を業種・職種を問わず活用できるスキルの習得に再設定している。『相手の立場に立ったコミュニケーション』という参加目標を自身で設定し焦点化するに至ったことで、A氏がもともと持っていた能力が行動として表れるようになった。 (2) ポジティブフィードバックと集団の活用について  B氏のケースでは、介入以前、振り返り時に自身の課題のみに着目した発言が続いていた。個別目標の振り返りパートで支援者からはポジティブなフィードバックを行い、参加メンバーからも修正フィードバックとして具体的なアドバイスを受けられるように関わった。結果、行動の変化に加え、できたという主観的な体験が強まり「企業実習でうまくできる自信」のポイントが上昇したと考える。  正のフィードバックによる強化は望ましい行動の学習を促す基本的なアプローチである。また支援者が利用者の成功や目標に向かって注いだ努力について言及することは肯定的なエネルギーを高める4)。肯定的な風土のグループではメンバーは自他を理解し、メンバー同士で目標に向かって進もうとする4)。本実践でも回を重ねるごとに個人の目標達成を後押しする肯定的なグループが作られ、B氏にとって失敗を恐れず安心してスキルを試すことができる場となっていった。 (3) 職員の関わりについて今後の課題  利用者によっては、介入により起こる変化に対する不安、戸惑いなどを払しょくする充分な期間がなかったことが伺えた。特に就労未経験者や変化に敏感な利用者に対し、充分な導入期間の設定や段階的なプロセスを明示することでより安心して参加できる場にしたいと考えている。  また利用者にかかる負荷量を把握し、個別目標に取り組む充分な余裕がもてるよう調整の必要がある。グループや利用者に応じた業務の難易度設定や、業務指示パートでの指示の具体性について整理を行っていく。  『企業実践』が利用者の就労後のよりよい職業生活につながるよう、前後の訓練、企業実習と連続性を持たせるプロセスについても実践を重ね、有効な方法を抽出していきたい。 6 謝辞  本実践に際し、ご協力いただいた利用者の皆様へ心より御礼申し上げます。 【参考文献】 1) 松為信雄:職業リハビリテーションの視点と課題.総合リハ45(2017) 2)芝野松次郎:社会福祉実践モデル開発の理論と実際,有斐閣(2002) 3)柳澤孝主ら編:相談援助の理論と方法I,弘文堂(2014) 4)Wagner,C.& Imgersoll,K.:グループにおける動機づけ面接,誠信書房(2017) WebによるACTの学習・体験システムの有効性確認について ○小倉 玄 (株式会社 スタートライン)  刎田 文記(株式会社 スタートライン) 1 背景と目的  アクセプト&コミットメントセラピー(Acceptance and Commitment Therapy:(以下「ACT」という。(「アクト」と読む))は、第三世代の認知/行動療法と称される心理療法の1つである1)。この療法は6つのコアプロセス、すなわち「今、この瞬間との接触」(contacting the present moment)、脱フュージョン(defusion)、アクセプタンス(acceptance)、文脈として自己(self-as-context)、価値(Values)、コミットされた行為(committed action)を使い心理的柔軟性の向上を目的としている。ACTはアメリカ心理学会が運営する「Research-Supported Psychological Treatments」のウェブサイトにおいて、5つの精神疾患・症状に対して効果的な治療方法とされている。  ㈱スタートラインでは就労中の障がい者に対して、治療という文脈ではなく、活力ある職業生活という文脈で2013年からACTを活用した支援を行っている。2018年8月の時点で支援している障がい者の人数は400人を超えており、約100人/年で増加している。このような状況において、多くの障がい者に高い質でACTを実施するために、Web上でACTを学習・体験できるACT-onlineの開発を行い、就労している障がい者の定着支援や、就労移行支援事業所での職業リハビリテーションで活用している。障がい者に対する試行の結果、心理的柔軟性の向上に繋がっている可能性を示したデータが得られている2)。  一方でACT-onlineを活用した支援を行う際には、支援者側の育成も重要な課題である。すなわち、支援者自身にもACT-onlineを用いた心理的柔軟性の向上が求められる。本稿では、㈱スタートラインが支援者に実施している研修を通して、どの程度心理的柔軟性が向上したのか提示する。   2 方法 (1) ACT-onlineの概要  PC端末を用いて、Web上でACTを体験・学習ができるように、5つのコンテンツ(文字によるエクササイズ,音声によるエクササイズ,各種質問紙,行動記録)から構成される。利用者はエクササイズの実施結果の感想や効果を記録でき、自身で振返りが可能となっている。また、支援者にメールで結果を送信できる。支援者は、個々の利用者の状況に合わせたエクササイズ設定を行うことができる。 (2) 対象者  ㈱スタートラインに入社した健常者6名(男性3名、女性3名、平均年齢=27.8歳(SD=3.8)) (3) アセスメントの指標 ① 日本語版 Acceptance and Action Questionnaire-Ⅱ3)(以下「AAQ-Ⅱ」という。)ACTの治療プロセスのコアとなる心理的柔軟性を測定する評定尺度で、得点が低い程体験の回避が高い事を示している。 ② 日本語版 Cognitive Fusion Questionnaire 13項目版4)(以下「CFQ」という。)ACTのコアプロセスである「フュージョン/脱フュージョン」の状態を測定する尺度である。 ③ 日本語版 Five Facet Mindfulness Questionnaire5)(以下「FFMQ」という。)ACTで重要な位置をしめるマインドフルネスの尺度であり、日本語版FFMQは5因子構造となっている(observing,describing,acting with awareness,nonjudging,nonreactivity)。 (4) 研究デザインおよび調査方法  対象者6人に対して集合研修を実施し、ACTの理論の説明、ACT-online使用方法、エクササイズの体験をした後、ホームワークとして5日間ACT-onlineによるエクササイズを実施し、1群における前後比較デザインを用いた。ACT-onlineのエクササイズの前のプレ期と5日間のエクササイズ実施後のポスト期の2時期における心理的柔軟性の変化について検討することとした。また、具体的な行動の変化についてもヒアリングにより確認することとした。心理的柔軟性については、後述する質問票を用いた。 (5) 手続き  対象者6人に対して、研究の説明および同意の確認を行った後に、AAQ-Ⅱ、CFQ、FFMQへの回答を依頼した。  研究の説明および同意を行った翌日,対象者6人に対してACTに関する心理教育を実施した。続いて、ACT-onlineの使用方法を説明し、更に、対象者にACT-onlineを用いた音声によるエクササイズの体験をしてもらった。自身の「価値」と「価値に基づくゴール」(24時間以内、1週間、3ヶ月、1年で達成できること)をACT-online上に記載するよう指示をした。この研修の翌日から5日間、ACT-onlineによる音声のエクササイズを1日1回実施することをホームワークとした。エクササイズは指定した4つの中から対象者が自由に選択した。ホームワーク完了の翌日にACT-online上でAAQ-Ⅱ、CFQ、FFMQに回答するよう依頼し、この日の研修を終了した。  研修終了から6日後に、研修日に設定した価値に基づくゴール(24時間以内および1週間以内のゴール)の達成度合いについてヒアリングを実施した。 3 結果 (1) 心理的柔軟性  ACT-onlineによるエクササイズの実施前と実施後の間で、平均値間に差があるか対応のあるt検定を行った。 ア AAQ-Ⅱ  AAQ-Ⅱの得点の平均値の推移を図1に記載した。ACT-onlineによるエクササイズの実施前と実施後の間で、5%水準で有意な差が認められた(t(5) = 2.142 p<.05)。 図1 AAQ-Ⅱの得点の平均値 イ CFQ  CFQの得点の平均値の推移を図2に記載した。CFQの得点についてはエクササイズ実施の前後で有意な差は確認できなかった。 図2 CFQの得点の平均値 ウ FFMQ  FFMQの得点の平均値の推移を図3に記載した。FFMQについては、5つの因子ごとにACT-onlineによるエクササイズの実施前と実施後の間の得点の比較を行った。その結果、nonjudgingとnonreactivityにおいて5%の有意差が認められた(nonjudging:t(5)=4.212 p<.05)、nonreactivity:t(5)=3.779 p<.05)。 図3 FFMQの得点の平均値(左がPre 右がPost) (2) ゴールの実施状況  対象者が研修時に設定した価値に沿った行動の実施状況を表に記載した。「24時間以内のゴール」は全員が実行した。「1週間以内のゴール」は全員が着手し、4人が完了し、2人が実行中であるという回答を得た。 表 設定したゴールの実施状況(N = 6) 項目 未着手 未達成 達成 24時間以内のゴール 0人 0 人 6人 1週間以内のゴール 0人 2人 4人4 考察  Web上でACTのエクササイズが実施できるACT-onlineの有効性を確認するために、ACT-onlineを活用したエクササイズ実施前後の心理的柔軟性の変化を各種質問票により検討した。その結果、AAQ-ⅡおよびFFMQの2つの因子において有意な差が認められ、ACT-onlineによるエクササイズにより心理的柔軟性の向上が示唆された。心理的柔軟性向上の要因は、ACT-onlineによるエクササイズだけでなく、ACTの心理教育も多分に影響していることが考えられる。 5 おわりに  ACTの心理教育と5日間のエクササイズにより心理的柔軟性の向上を促すよう研修を実施した。いくつかの質問紙の結果で有意な差が見られた。  ACTを用いたサポートを実施する支援者には、ACTの理論や実践事例などの幅広い知識と経験が必要である。支援者自らがACTの効果を体感し、障がい者の支援に活かす事ができるよう、更なる教育研修の充実を図りたい。 【文献】 1)Hayes SC,Strosahl KD,Wilson KG:Acceptance and co- mmitment therapy: The process and practice of mindful change,2nd edition. The Guilford Press,New York,2012 2)Fumiki Haneda: Web system for ACT: About deve-lopment and utilization situation of ACT-online:ACBS2016 Poster Session #4 No.27 3)嶋大樹・柳原茉美佳・川井智理・熊野宏昭 (2013) 日本語版Acceptance and Action Questionnaire-II 7項目版の検討.日本心理学会第77回大会発表論文集 4)嶋大樹・川井智理・柳原茉美佳・熊野宏昭(2016). 改訂 Cognitive Fusion Questionnaire13項目版および7項目版の妥当性の検討. 行動療法研究, 42, 73-83. 5)Sugiura, Y., Sato, A., Ito, Y., Murakami, H. (in press). Development and validation of the Japanese version of the Five Facet Mindfulness Questionnaire, Mindfulness. 障がい者雇用・定着サポートのための スタートラインサポートシステムの活用状況について ○刎田 文記(株式会社スタートライン 障がい者雇用研究室) 1 はじめに  スタートラインサポートシステム(Startline Support System、以下「SSS」という。)は、ACT-online、HealthLog、WorkLog、WorkSample(開発中)等のサブシステムからなる、障がい者の雇用・定着サポートのためのWebシステムである。現在、弊社サテライトオフィスの利用企業を中心に多くの企業や機関、利用者が、本システムを使用している。本発表では、活用範囲拡大のために行った100を超える構造化されたACT-onlineのオリジナルコンテンツやACT-onlineの利用状況について紹介する。  2 スタートラインサポートシステムの概要 (1) 構成  SSSは、ユーザーや機関情報の管理をセキュアに行うメインシステム上に、ACT-onlineやHealthLog、WorkLog、WorkSampleManager等のサブシステムが配されたWebシステムである。これらのサブシステムは、利用企業や利用者のニーズ・状況に合わせて柔軟に組み合わせて提供することができる構成となっている。 (2) 機能  ACT-onlineは、Web上でアクセプタンス&コミットメントセラピーのエクササイズを実施し、実施前中後の利用者自身の状況を記録・参照したり、支援者にそれらを伝えたりすることができるシステムである。  HealthLogは、利用者の日常生活の状況(食事・睡眠・排泄・入浴等)の状況や、日中の状況(対人関係・体調等)を記録し、支援者と健康に関する情報を共有できるシステムである。  WorkLogは、個々の利用者毎に登録された作業内容について、予定を作成したり、実施結果を記録し支援者と日々の作業に関する情報を共有でしたりできるシステムである。  これらの機能に加えて、さらにSSS上に開発したWorkSampleを実施し、その実施状況を支援者と共有するシステムについても開発を行っている。 3 実施状況 図1にSSSの利用者状況を示した。 (1) 利用企業等  018/07時点で、48の企業、2つの研究機関、3つの福祉施設がSSSを利用している。 (2) 利用者  SSSを登録者は403名で、うち利用者は247名であった。そのうち精神障がい者は117名、発達障がい者は37名、身体障がい者は26名、SSSに障害名を登録していない方が63名であった。 (3) 支援者  SSSへの支援者の登録は157名であった。この中にはSL社のサポーター、企業の管理者、外部支援機関の支援者が含まれている。 図1 SSSの利用者状況 (4) 釧路のぞみ協会自立センターの実施状況  釧路のぞみ協会自立センターでは、就労移行支援事業の利用者と支援者を合わせて、45名がSSSを利用している。  利用者は、精神障害を有する利用者20名、発達障害を有する利用者16名となっている。ACT-onlineについては2018/05/11の利用開始から2018/8/15までの期間に、実に3437回のACTエクササイズを実施している。 4 ACT-onlineコンテンツの開発 (1) ACTオリジナルコンテンツの概要  ACT-onlineは管理者により新たなコンテンツを随時作成・追加できるシステムである。現在、ACT-onlineには、図2に示したような12分類101のコンテンツが登録されている。これらのコンテンツは、ACTのコアプロセスに沿って分類すると共に、各コンテンツの機能によって分類されている。  これらのコンテンツは、ACTの心理教育から心理学的知識を深めることができるよう作成された説明的コンテン     ツと、こころの問題を比喩的表現によって理解することができるよう作成されたメタファー的コンテンツに分けられる。さらに、これらのコンテンツには音声での視聴ができるものと、説明文を読み進めながら行うものが含まれている。特に、音声で視聴できるものについては、基本的には男性と女性の音声ファイルが準備されている。 (2) ACTオリジナルコンテンツの分類  ACT-onlineでは、コンテンツを登録する際に、任意の分類項目を作成することができる。現在の分類では、図2のような12項目に分類されており、それぞれ3-13のコンテンツが含まれている。  これらのコンテンツは、ACT-Onlineの導入初期の学習として実施する「心について学ぶ(Learn about the mind)」、心の問題への準備性を高め対処方法を学ぶ「Self as Context(文脈としての自己)」「Mindfullness(マインドフルネス)」「注意訓練(Attention Training)」、心の問題へのより積極的なアプローチとして「Defusion(脱フュージョン)」「Acceptance/Willingness(アクセプタンス/ウィリングネス)」「Self-Commpassion(セルフコンパッション)」「Comprehensive content(総合的コンテンツ)」、活動化を促す「Avoidance of Experience(体験の回避)」「Value/Comitted Action(価値/コミットした行動)」に分類されている。 (3) ACTオリジナルコンテンツの例  これらのコンテンツは、上述のように分類されてはいるものの、複数のコアプロセスへの効果をめざして作成されている。  例えば、「滝のメタファー」は、思考や感情への囚われや苦悩を、滝に打たれている様子に喩える一方で、滝に打   たれ続けることから離れ、距離を置いて滝を眺めることをイメージすることで、脱フュージョンやアクセプタンス、観察する自己への理解に繋げている。  「庭園のメタファー」は私たちの人生を心の中の庭園を慈しむことに喩えている。自分だけしか慈しむことができない心の中の庭園のイメージの中で、アクセプタンスやウィリングネスへの理解を促し、嫌いな誰かへの許しを通してセルフコンパッションの効果を体感できるよう作成されている。  「何をしたくて産まれてきたのか?」では、胎内記憶やスピリチュアルな体験から、私たちが自分で母を選んでこの世に生を受けたと考え、自分の人生のスタート地点を思い出し、自分は人生で何をしたいと思っていたのかという、自分の人生の価値について深いふり返りを試みる。  これらのように、今回作成したコンテンツは、それぞれの目的やトピックを明確化することで、個々のニーズに対する選択が計画的に行えるよう作成されている。 5 今後の展望  新たなコンテンツを含めたACT-onlineについては、その応用可能性や効果について就労移行支援機関や医療機関、健常者や養護者など、幅広く検証していくことを予定している。 【参考文献】 刎田文記(2018).ACT-onlineコンテンツブック Haneda Fumiki(2018). Web system for ACT: About development and utilization situation of ACT-online. ACBS World Conference 16. 高谷さふみ他(2018)「就労移行支援事業所におけるACT-onlineの活用事例」.第26回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集 就労移行支援事業所におけるACT-onlineの活用事例 ○高谷 さふみ(くしろ・ねむろ障がい者就業・生活支援センターぷれん センター長)  鈴木 浩江・金橋 美恵子・濱渕 麻友・大水 賢憲(社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター)  刎田 文記(株式会社スタートライン) 1 はじめに  社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センターでは、運営する就労移行支援事業所 くしろジョブトレーニングセンターあらんじぇ(以下「あらんじぇ」という。)で、従来からトータルパッケージを用いた職業準備性の向上のためのサポートを行ってきた。昨年度より株式会社スタートライン(以下「SL」という。)の協力を得て、精神障害や発達障害のある利用者に対してACT-onlineを活用した心理的柔軟性の向上を促進するサポートに取り組んでいる。  本発表では、就労移行支援の現場で「アクセプタンス&コミットメントセラピー(以下「ACT」という。)を実践する際のポイントや実践事例について報告する。 2 ACT-onlineの概要  ACT-onlineはACTエクササイズを Web 上で実施できるシステムである。 (1) 構成  ① Qスケールは心理的柔軟性を確認する尺度。  ② ヘルスログは日常生活状況・健康状態を確認する。 ③ ACTエクササイズメニューは、12のカテゴリー(表1)90種類のエクササイズから構成される。   表1 エクササイズ カテゴリー こころについて学ぶ 自分を慈しむ 心をひらく・今とつながる 心をしなやかにする 注意を集中する・広げる 価値と価値に沿った行動を考える 気づく(文脈としての自己) 不快な心の体験と体験の回避を考える 手放す・距離をおく 活動記録 受け容れる・居場所をつくる 絶望から始まる(2) 機能  PC端末を用いてWeb上でエクササイズを実施できる。  エクササイズは、文字によるエクササイズ、音声によるエクササイズ、体験によるエクササイズに分かれる。音声によるエクササイズに抵抗がある利用者はACT-onlineコンテンツブックを利用し書面でのエクササイズを体験することも可能である。  利用者は、エクササイズの実施結果の感想や効果を点数化し記録でき自身で参照したり実施集計を確認することができる。さらに、支援者にメールで結果を送信できる。 支援者は、個々の利用者の状況に合わせたエクササイズ設定を行うことができる。 (3) サポート  あらんじぇでは、SLと情報のやり取りが可能となっている。利用者が送信したACTエクササイズ実施結果はSLサポートシステムにも同時に送信される。  SLは実施結果を確認することができ、支援員は状況に合わせて専門的なアドバイスやサポートを受けることができる。あらんじぇでは、SLより実施利用者の状況から今後の支援のポイント、具体的な対応についてのアドバイスやサポートを受けている。 3 実施概要  対象者:精神障害を有する利用者 20名      発達障害を有する利用者 16名  実施機関:平成30年5月11日~平成30年8月15日  エクササイズ実施回数:3,437回(表2) 表2 エクササイズカテゴリー毎の実施回数 エクササイズカテゴリー 実施回数 価値と価値に沿った行動を考える 255 不快な心の体験と体験の回避を考える 40 心をひらく 808 気づく 461 自分を慈しむ 215 心をしなやかにする 158 こころについて学ぶ 70 受け容れる・居場所をつくる 235 手放す・距離をおく 303 心をひらく・今とつながる 808 注意を集中する・広げる 84 計 3,437 ACTの実施に向け、Qスケールを実施し心理的柔軟性の確認と併せ面談を行った。  導入のエクササイズとして、「こころについて学ぶ」を実施した。臨床行動分析に基づく心理教育を実施し心の問題の原因について知り、心の問題へのアプローチ方法にACTが有効である事を利用者に教示した。  次に「価値に沿った行動を考える」のエクササイズを実施し、自身が大切にする価値について明らかにした。その後、継続的に価値に沿った行動ができるようエクササイズを実施し行動活性化を図り、ACT-Matrix研修を行い段階的に支援を行っている。   4 事例の概要 (1) 対象者の属性及び経緯  Aさん(男性、42才)精神保健福祉手帳 3級 解離性人格障害、発達障害。高校卒業後B社に事務職として就職。対人関係が悪化し離職する。その後C社に就職するも経営者との関係が崩れ自殺企図し離職となる。その際の記憶はなく、解離性人格障害、発達障害の診断を受けた。障害者手帳を取得し再就職を目指し就業・生活支援センターに登録する。病院の事務職に勤務するも不安から2週間で離職をしている。安定した職業生活を過ごすには、セルフマネジメント力を高める職業準備性が必要と判断し併設施設である「あらんじぇ」の利用開始となる。 (2) 支援の経過  「あらんじぇ」開始時期では、私的出来事がそのまま体調に現れる。体験の回避を繰り返しさらに不調を起こすことが続いていた。MWS1)SAPLI2)を活用し疲労と休憩の関係や作業効率を上げるための補完手段の獲得、メモリーノートの活用を行った。 ア ACT-online実施  開始時にQスケールを行った。ヘルスログは出席時と午後の開始と1日2回実施した。実施したエクササイズは176エクササイズである(表3)。 表3 エクササイズカテゴリー毎の実施回数 エクササイズカテゴリー 実施回数 価値と価値に沿った行動を考える 9 不快な心の体験と体験の回避を考える 1 心をひらく    50 気づく 41 自分を慈しむ 15 心をしなやかにする 8 こころについて学ぶ 2 受け容れる・居場所をつくる 13 手放す・距離をおく 22 心をひらく・今とつながる 50 注意を集中する・広げる 15 計 176イ 結果  体調は、期間中2回ほど低下している。3回目の不調時は、2回同様に不安、怠さ、落ち込み、相談したいの記載があった。支援者は体調の変化に合わせたエクササイズをスケジュール設定して行った。心理的柔軟性が向上し私的出来事から感情や感覚に変化が生じても感情をそのままにして受け入れ活動できたと考えられる。本件対象者はその後、職場実習を行い福祉施設の事務職として就職をしている。エクササイズの継続的活用(表4)が有効であったと考えられる。対象者の言葉として体調不良時にも「明日は明日の風がふく」とコメントしている。   表4 エクササイズ結果表 エクササイズ カテゴリー 受け容れる・居場所を作る 自分を慈しむ 注意を集中する・広げる エクササイズ 気づく私を体験する セルフハグ 注意訓練とは? 最大値 10点 10点 10点 最小値 5点 5点 5点 平均値 7.2点 9.3点 9点 標準偏差 2.5 2 1.7(3) 考察  ACT-online3ヶ月経過後のアンケートでは、「役にたった33%」「普通50%」「役にたたなかった17%」となった。質問項目(複数回答)では、「体調に良い影響があった11%」「相談がしやすくなった45%」「自分自身を観察することができるようになった29%」「価値に気がつけた39%」「価値に向かい行動できるようになった33%」となった。支援者が2週間で変化が生じたと感じている効果より低い結果となったことから利用者が変化を自覚するには、長期間の継続が必要になると予想される。 5 今後にむけて  ACT-onlineは、タブレットやスマートフォンでも利用可能となっている。就職準備期から就職後も利用することができる。タイムリーに対応でき継続的な定着支援の方法として活用している。利用者と支援者、企業、医療とも情報が共有でき安定就業の大きな柱になると考えられる。 【参考文献】 刎田 文記:ACT-onlineコンテンツブック 1) MWS:幕張workサンプル 2)SAPLI:自分自身の状態や情報を整理するアセスメントシート 就労移行支援事業所におけるセルフモニタリングシートを活用した介入 ~自己効力感を高め、職業準備性が向上した事例~ ○芳川 美琴(ウェルビー株式会社 就労移行支援部 ウェルビー西川口センター 就労支援員)  田中 庸介(ウェルビー株式会社 就労移行支援部) 1 問題と目的  自己効力感とはある状況で結果を達成するために必要な行動を上手くできることの予期1)とされている。一般的に精神障害者は自己評価が低く、自己効力感を高める支援の有効性が報告されている2)。自己効力感が高まると適切な問題解決行動に積極的になれること、困難な状況でも簡単にはあきらめず努力できること、身体的・心理的ストレス反応に対して適切に対処ができるとされている3)。  厚生労働省の障害者雇用状況の集計結果では精神障害者の雇用率向上が例年報告されているが、就職後の職場定着率の低さが指摘されている4)。離職要因として精神障害に関する問題、就業意欲の低下などが報告されており5)、精神障害者の就労支援においても自己効力感を高めることが有効である可能性が考えられる。  精神症状は主観的なことが多く、日々の行動記録が有効である6)ことに加え、行動記録のフィードバックは望ましい行動の促進に繋がり自己効力感向上に寄与することからセルフモニタリングシートによる介入が有用な支援方法の1つだと考えられる。  本研究は、就労移行支援事業所を利用する精神障害者へのセルフモニタリングシートを活用した支援の有効性検討を目的とする。 2 方法 (1) 対象  40代、女性、統合失調症、精神障害者保健福祉手帳2級保有、訓練期間7ヶ月目で介入を開始。  導入時に、個人情報の管理方法、研究参加は自由意志であること、途中辞退による不利益はないことを説明し、同意を得ている。 (2) 実施期間  セルフモニタリングシートを用いて2ヶ月間週1回面談で介入を実施した。 (3) 介入手続き  セルフモニタリングを効果的に実施するには技法の併用が有効であることから、面談技法として目標設定法、ステップバイステップ法を用い、成功体験、励まし、評価、承認の関わりを実施した。 (4) 効果測定 ア 自己効力感の評価について  セルフモニタリングを用いて成功体験、励まし、評価、承認といった支援員の介入効果として自己効力感に影響を与えることが示されていること7)から指標として特性的自己効力感尺度8)を用いた。 イ セルフモニタリングの評価について  認知行動的セルフモニタリング尺度9)を用いた。 ウ 訓練継続について  通所・退所時に打刻されたタイムカードを用いて訓練日数・欠席数の推移を検討した。 3 結果 (1) 自己効力感の評価について  初回は平均圏内(平均76.87点 SD±13.44)よりも低い得点(63点)であったが介入終了時には得点が平均圏内(70点)に向上し、介入終了2ヶ月後も平均圏内(72点)で維持されていた(図1)。   図1 特性的自己効力感尺度得点について (2) セルフモニタリング評価について  初回から介入終了時の得点に大きな変化は見られず、介入終了2ヶ月後に得点が向上していた(図2)。 図2 認知行動的セルフモニタリング尺度得点について (3) 訓練日数について  1週間の平均通所日数を換算したところ、介入前は週3日であったが介入中に週4日に増加し、介入終了2ヶ月後も週5日通所へ増加した(図3)。 図3 訓練日数の変化について (4) 欠席数について  介入前、介入中、介入終了後2ヶ月においても欠席はなかった。 4 考察  本研究は、就労移行支援事業所に通所する精神障害者に対してセルフモニタリングシートを活用した支援の有効性検討を目的とした。  介入開始時に本人より幻聴が主な症状であり、自身の状態によって幻聴の影響が異なることが語られたが、どのような波があるのかなど自身の変化については把握できかねている様子であった。そこで、セルフモニタリングシートを活用して現在の状況とこれまでの経過(どのような症状が負担になってきたか、波はどのようにあらわれるか、どのように対処してきたかなど)を整理した。セルフモニタリングシートを継続して記入し、介入時に調子の良いときや不調時を振り返ることで4回目の介入時には「シートを記入することで自分の状態がわかりやすくなった」との発言が伺われた。また、面談技法を用いて個別支援計画に沿った毎週の目標を立てて訓練を進め、介入時に必ずセルフモニタリングシートを基に成功体験に結び付けること、励まし、評価、承認の関わりを繰り返したことが特性的自己効力感得点向上に寄与したと考えられ、先行研究と一致する。  認知行動的セルフモニタリング尺度得点については、介入終了2ヶ月後に向上が見られている。この点については、介入終了後に体調不良の訴えが強くなったが、介入中に整理した対処法を活用して回復に至った経緯があり、自己理解が深まった可能性が考えられる。自己効力感が高ければ、ストレスフルな状況に遭遇しても身体的・精神的な健康を損なわず、適切な対処行動や問題解決行動を実践できる5)ことが報告されており、2ヶ月間の介入によって自己効力感が向上したことが不調時の対処行動実践に寄与した可能性が考えられる。  介入終了2ヶ月後の面談では、セルフモニタリングシートに取り組んだことで「1日1日で自身の調子を見ていたが、1週間で見るようになった」「できると思ったときにやりすぎるとあとに響くことがわかった」など自身の障害への理解が深まった発言がみられた。  本介入ではセルフモニタリングシートを本人が記入するだけでなく、支援員が記入されたシートを活用して成功体験に結び付ける、励ます、評価する、承認するなどの関わりを実践することで本人の自己効力感が高まっただけでなく、障害理解が深まるなど就労準備性が向上していると考えられる結果が得られた。先行研究では精神障害者に対する就労支援プログラムが確立されていないことが指摘されている10)ため、支援事例を積み重ねていくことで就労準備性を固める支援技法の1つとして確立していきたい。 【引用文献】 1)Bandura, A.:Self-efficacy,Toward a unifying theory of behavioral change,Psychological Review vol.84,p191-215(1983) 2)加藤悦子,岡山登代子,八壁満里子:分裂病患者に自己効力理論を用いた効果,日本精神科看護学会誌 vol42(1),p213-215(1999) 3)嶋田洋徳:セルフエフィカシーの臨床心理学,北大路書房 p47-57(2002) 4)倉知延章:精神障害者の雇用・就業をめぐる現状と展望,日本労働研究雑誌No.646,p.27-36(2014) 5)中川正俊:統合失調症の就労継続能力に関する研究,臨床精神医学vol.33,p193-200(2004) 6)野村照幸:問題行動によって措置入院を繰り返す統合失調症者におけるセルフモニタリングシートとクライシスプラン作成の実践,司法精神医学 vol.9,p30-35(2014) 7)上星浩子,岡美智代,高橋さつき他:慢性腎臓病教育におけるEASEプログラムの効果-ランダム化比較試験によるセルフマネジメントの検討-,日本看護科学会誌 vol32,p21-29(2012) 8)成田健一,下仲順子,河合千恵子,佐藤眞一,長田由紀子,:特性的自己効力感尺度の検討-生涯発達的利用の可能性を探る-,教育心理学研究 vol.43,p385-401(1995) 9)土田恭史:行動調整におけるセルフモニタリング-認知行動的セルフモニタリング尺度の作成-,目白大学心理学研究 vol.3,p85-93(2007) 10)山岡由美:精神障害のある人たちの就労移行における支援事業所の機能と課題−支援事業所へのヒアリング調査を通して−,岩手県立大学社会福祉学部紀要 vol.16,p.35-41(2014) AI(RPA)の活用による障がい者の職域拡大と支援強化の取り組み ○野口 悦子(株式会社ベネッセビジネスメイト・東京シェアードサービス部事業開発課)  虎頭 雄彦・百溪 友一(株式会社ベネッセビジネスメイト・東京シェアードサービス部事業開発課) 1 背景 (1) AI/RPAの台頭  2017年は「RPA元年」と呼ぶにふさわしいエポック・メーキングな一年であった。この一年で日本の一般企業におけるAI/RPA(Robotic Process Automation=ロボティック・プロセス・オートメーション...ソフトウェアロボットを活用してホワイトカラー業務を効率化・自動化する取り組みのこと)の認知・導入が進み、RPA BANK社によれば1)、従業員数1000人以上の企業においては79%の企業がRPAを導入・検討を開始しており、日本企業は既に「RPAって何?」という段階から、RPA導入・実装のフェーズに入っている。  実際、AI/RPA化は雇用にも影響を及ぼし始めている。BUSINESS INSIDER JAPANによれば2)、2018年6月の転職求人倍率は全職種で1.77倍、「インターネット専門職」等で4倍以上という中で、「オフィスワーク事務職」の求人倍率は0.39であり、AI/RPA化によって事務職そのものが消滅しつつあるという。 (2) 特例子会社への影響  それが、特例子会社にどう関係するのか。気がかりな数字がある。少し古いデータになるが、リコージャパンの調査によれば3)インターネットで調べることができた特例子会社258社の業務内訳は、印刷30%、清掃22%、事務代行18%、組立製造14%、その他16%となっていた。このうち事務代行や出力系の印刷業務はPCを活用した定型業務の可能性が高く、それは即ちAI/RPA化の対象となりうるのだ。RPAを組み込んだBPOが大規模に登場するまではまだ時間がかかるだろうが、その時委託元が障がい者雇用よりも工程の7割を自動化できるRPAの経済性を優先した場合、RPAは障がい者雇用にとって脅威となるかもしれない。 (3) ベネッセビジネスメイトの状況  さて、ベネッセビジネスメイトはベネッセグループの特例子会社として2005年に設立されて以来、親会社からメール、クリーンなどの業務を受託し、現在(2018年4月)は売上約11億円、雇用障がい者数143名、グループ適用法定雇用率2.46%である。特に近年はベネッセグループ全体のシェアード化を受けてオフィス業務が急拡大し、それに関する売上が14年比で2倍、同雇用障がい者数も4倍(3名⇒11名)に増加した。  しかし、その一方で事務用品発注やICカード発行などの業務遂行には、各種システム操作や顧客・外部取引先との対応が必要となり、健常者が対応せざるを得ないほど業務難度が高くなってしまった。また精神障がい者は勤怠が不安定で、業務代行に追われる状態も発生した。例えば、バックオフィス業務を担当するある精神障がい者の場合、体調不良による遅刻・早退・欠勤日数は直近1年で平均4.7日/月で必要業務時間の1/4に相当する。   2 仮説と実行  こうした状況下、RPAを脅威と捉えるのではなく、そのメリットを特例子会社でも活かせないか...例えばRPAを障がい者が使うことで従来難度が高くて担当できなかった業務も担えるようになったり、体調不良でロスする時間以上の業務貢献ができたりすれば、それこそが業務効率化の先にある障がい者のパフォーマンス向上、定着、雇用につながる特例子会社らしいRPAになるのではないかと考えた。それに基づき、弊社では2017年夏からRPAの導入を決定。運用までの段階を①準備段階、②シナリオ開発段階、③運用・保守段階に分け、まずは健常者で一通りやってみた上で、③→②→①の順(業務難度低→高)で障がい者への置き換えを計画し実行した結果、RPAシナリオの開発と障がい者による運用に成功した。以下、ここでは③運用・保守段階での障がい者への置き換えの結果について詳述する。 3 結果 (1) RPAを用いた業務効率化により、障がい者の職域を拡大  上述の取り組みの結果、現在RPAでの「事務用品発注業務」の運用を精神障がい者Aが担当している。この業務は親会社社員からの事務用品購入依頼をとりまとめ、外部サイトを通じて一括発注する業務である。  AはもともとPC業務に苦手意識があり、各種システムを操作しながら同時並行で業務をまわすことができなかったが、RPA導入でフローが整備され、判断に必要なポイントが明確になり、複雑なプロセスも自動化されて点検・確認業務に重きを置けるようになったことから、PC操作の難易度が軽減、それまで発生していた発注漏れや転記ミス(導入前平均5件/月)もなくなり、以前では担当できなかった業務を担えるようになった。これまでダブルチェック要員としてAと健常者の2名体制で行っていた本業務は、Aの1名で業務が完結している(図)。さらに、RPA導入による業務効率化で400時間/年の業務時間を捻出でき、別業務も担えるようになった。 図 RPA導入前後のフロー (2) RPAを用いた突発・大量案件の高速処理化により、障がい者の精神的負荷を軽減  この「事務用品発注業務」は月に数回大量の発注申請があるが(平均10件/日に対して30件/日)、Aは大量申請をみると予期不安(全部やりきれるのだろうか、途中でミスを起こしたら...等)を起こしたり、業務が大量になると優先順位をつけられず不安になったりしていたが、RPAの処理速度がAの精神的負担を軽減し、またRPA化によって大量の申請内容をいったん全てひとつのエクセルに集約されるようになったため、「今日はここまで完了させよう」と進捗を把握して取り組めるようになった。結果、「RPAがあって良かった」という発言とともに、体調がすぐれない日でも業務に向かうことができるようになった。 (3) RPAを用いた支援員の業務効率化により、支援時間を確保  Aが欠勤した場合は支援員が業務代行しているが、ここでもRPAが大いに活躍している。RPA導入前は代行業務でほぼ半日かかっていたが、RPA導入後は業務代行時間が減少し(導入前:2~3時間/日⇒導入後:0時間※~0.5時間/日)、その分、支援員は他メンバーとの面談や支援機関との連絡など、中期的に必要な支援の時間をも作れるようになった。※翌営業日に回し大量になっても障がいメンバーで対応できるようになったため代行不要の日も発生。 4 考察  以上から、PCを使った事務系業務へのRPA導入は障がい者にとっても職域拡大、負荷軽減に有用性が認められ、特に大量定期の業務をもつ特例子会社ではRPAの活用チャンスが大きいことがわかってきた。また、こうした技術を特例子会社でも実装することは業務付加価値をあげることにつながり、今ある仕事や雇用を守ること、或いはこの先、親会社から新たな業務を獲得する機会にもなるだろう。弊社では引き続きRPAを活用した業務を増やし、今後はシナリオ開発の分野にも障がい者に入ってもらうなど拡大を続ける他、チャットボットなどその他AI技術も総合案内業務などで導入できないか検討を続けていく。   【参考文献】 1)RPA BANK:「RPA利用実態アンケート調査」(2018.8.1)  2) BUSINESS INSIDER JAPAN「消える一般職、事務職正社員の需給ミスマッチ--「価値生まない仕事」は自動化される」(2018)https://www.businessinsider.jp/post-172336 3)リコージャパン「特例子会社の主な事業内容」調査レポート(2015)より抜粋 復職支援における「不安」や「緊張」への対処について ~当院での実践例~ ○土師 裕子(医療法人社団更生会 草津病院リハビリテーション課 リワーク支援担当)  和田 千尋(医療法人社団更生会 草津病院リハビリテーション課) 1 はじめに  草津病院リハビリテーション課の復職支援プログラム(以下「当リワーク」という。)では、2015年10月からマインドフルネス講座、2017年10月から集団認知行動療法として不安とうつの統一プロトコル(以下「CBTの統一プロトコル」という。)、2018年6月から不安との付き合い方のミニ講座(以下「不安のミニ講座」という。)の3つのプログラム(以下「新プログラム」という。)を開始し、マインドフルネスと曝露を導入した支援を開始した。  今回、その取り組み状況について整理し、報告する。 2 実施の背景 (1) 当リワークの支援実績  当リワークは2009年4月から、医療リワークとして、うつ病等の休職者に対してプログラムを開始した(図1)。 図1 当リワークの基本プログラム(新プログラムは除く)    復職実績として、復職率は94~100%で推移し、一定の効果を上げている一方で、プログラム中断率は約3~16%、復職1年後の勤務継続率は75~92%で推移しており、リワークプログラムや勤務継続が困難となる利用者もいる(表1)。 表1 当リワーク実績 (2) 利用者の傾向  適応疾患としているうつ病、適応障害の診断に加えて、不安障害や依存症等の診断を受けている利用者が14.2%~24.3%いる(図2)。実際に診断まではされていないが、それらの傾向がみられる利用者や、苦手な場面や感情を避ける傾向のある利用者もおり、新たな支援の必要性が感じられた。 (3) 支援方法の検討  Barlow1)は、不安障害や気分障害の症状の多くは、不快で苦痛な感情に対処する難しさに原因があり、多くの人は、不快で苦痛な感情、思考、記憶、身体感覚を排除しようとしたり、不快な場所や状況を避けるなどの対処をするが、頻度や強度を逆説的に増加させてしまう。それらを手放し、感情に反応して起こる思考、気持ち、身体感覚、行動を観察し、感情を変えようともどうにかしようともせず、ただありのままに起こるように感情を観察し目を向けることで、不適応的な思考や行動を同定、変容出来るようになるとしている。  当リワークにおいても、「考えない」「感じない」「思い出さない」「忘れる」「避ける」など、ありのままに受け入れることが出来ず、その場での情報なしに、これまでの経験を基に判断やコントロールをしようとする利用者がみられ、このような回避行動がリワークプログラムや復職後の勤務継続において、重要な支援のポイントとなると考えられた。  回避行動を修正する技法として、マインドフルネスや曝露がある。マインドフルネスは、今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること2)。曝露は、強く激しい感情を生み出すような状況、イメージ、活動に徐々に向き合っていくこと。そうすることで、体験に対処する自信が得られるようになる1)。さらに近年マインドフルネスは、曝露を行っている最中に、有益なスキルになることが指摘されている3)。  これらのことから、マインドフルネスによる気付きや受容、曝露による行動変容を目的として、新プログラムを開始した。 3 新プログラムの概要  マインドフルネス講座ではマインドフルネス、不安のミニ講座では曝露、CBTの統一プロトコルでは曝露とマインドフルネスを行っている(表2)。 表2 新プログラムの内容  各プログラムは、3~10名程度の利用者に対し1~3名のスタッフで運営しており、ワークシートの記入や実践練習を通して課題への対処を検討している。毎回ホームワークとして課題を出し、学習したスキルの定着を図っている。 4 新プログラムの実践事例  新プログラムの中で、マインドフルネスと曝露の両方に取り組み、行動の変化があった利用者の報告を行う。 (1) 支援経過  各利用者は複数回の休職経験があり、A、Bは、集団認知行動療法(認知再構成法)とマインドフルネス講座の利用を経て復職したが再休職となり、再利用時にマインドフルネス講座とCBTの統一プロトコルを利用した。C、Dは、マインドフルネス講座とミニ講座を利用した(図3)。   図3 当リワークにおける新プログラムに着目した支援経過 (2) 支援方法と結果  新プログラムの中で、苦手な場面やその時の感情、思考、対処行動(回避)等、自身の傾向を観察、把握をした。それらをまずは受け入れ、その場の状況に応じて思考を捉え直し、新しい対処行動の検証を繰り返した結果、各利用者は苦手な場面での対処行動に変化がみられた(表3)。 表3 苦手な場面や感情とその対処法 5 まとめ  従来のプログラムや支援に加えてマインドフルネスや曝露に取り組んだ結果、実際の行動に変化があった利用者も多く、スタッフとしても有効性を感じている。  また、新プログラムの参加前後で「自由な感じになった」「行動しやすくなった」「少し楽になった」と変化を感じた利用者は、新しい対処行動が増え、その取り組みを継続できている。  一方で、新プログラムにおいても中断者がおり、回避し続ける場合は、行動変容や効果につながりにくく、継続参加できた利用者においても、新プログラムを開始して間がなく、長期的な結果は不明で予備的な検証である。  今回は少数の利用者の報告のみであるため、今後はさらに参加人数を増やし、評価尺度の導入や参加者へのアンケートの実施等により、改めて効果を検証したい。また、利用者の状況に応じたプログラム内容の見直しや新規導入等、柔軟に対応していきたい。 【参考文献】 1) David H.Barlow, (2011). 伊藤正哉,堀越勝 (訳) (2012). 不安とうつの統一プロトコル 診断を超えた認知行動療法 セラピストガイド 診断と治療者 2) 日本マインドフルネス学会(2013).http://mindfulness.jp.net/ 3) Sisemor,T.A. (2012). The clinician’s guide to exposure therapies for anxiety spectrum disorders; Integrating techniques and applications from CBT,DBT,andACT.  Oakland New Harbinger Publications. 就労定着支援HTM.の活動報告と今後の可能性について ○木原 藍子(NPO法人那須フロンティア 就労支援事業所喫茶店ホリデー 作業療法士)  増田 美和子・添野 裕太(NPO法人那須フロンティア 就労支援事業所喫茶店ホリデー)  野崎 智仁(国際医療福祉大学 保健学部作業療法学科/NPO法人那須フロンティア)   1 はじめに  平成18年度から精神障害者も雇用算定対象となり、急激に精神障害者の雇用率が高まっている。しかし、平均勤続年数をみると、身体障害者は10年(前回は9年2月)、知的障害者は7年9月(同9年2月)、精神障害者は4年3月(同6年4月)1)と定着率が低く、さらに今年度障害福祉サービスに、就労定着支援事業が新設され、必然的に定着支援に注目が集まっている。  当施設でも、3年前から定着支援の一環として、OB・OG会(以下「HTM.」という。)を定期開催している。今回の報告を機に、今までの活動を振り返り、今後の可能性について考えてみたいと思う。 2 施設紹介  NPO法人那須フロンティアは、人口11万人、主な産業が、農業・酪農(生乳生産本州第1位)・観光業の栃木県那須塩原市にある。精神障害者に対しての地域生活支援に関する事業を行い、精神障害者が地域で自立して活き活きと生活ができるようにしていくとともに、地域社会における深刻な問題であるメンタル・ヘルスの問題にも積極的に取り組み、その充実を図っていくことを目的として平成11年に認証を受けた。  就労支援事業所喫茶店ホリデー(以下「ホリデー」という。)は、精神障害小規模作業所として運営を開始し、平成20年に自立支援法による事業形態の移行により就労移行支援事業所(定員20名)として運営を開始。法人設立目的にもあり、主に精神障害、発達障害の方の利用が多く、一般企業へは年平均5~6名を送り出している。 3 HTM.を始めたきっかけ・目的  当施設が就労移行支援事業所として10年経過し、約100人が退所したが、退所して3年が過ぎた頃、「〇〇さん、仕事辞めたらしい。」と知ることが多いと感じていた。  働きたいと思ってホリデーに通い、念願の就職ができたはずが、3年で途絶えてしまう。これで良いのだろうか。 納得のいく退職を経ているのだろうか。働きたい気持ちを抱き続けているだろうか。  設立当初は、支援者側の、転職を含めた「働きながら生活を送る」ことを支援する目的と思いを形にしようと始まった。 4 HTM.について (1) 対象:就労支援事業所喫茶店ホリデーを利用し、一般企業で働いている方 (2) 対象人数:25名(平成30年8月現在) (3) 開催案内:電話や郵送にて案内を実施。 (4) 実施頻度:月1回2時間程度。 (5) 実施内容:対象者が集えるミーティング、年2回季節行事(納涼会、忘年会など)を実施。 (6) ミーティング内容:仕事や生活の近況報告、ストレス解消法や仕事での工夫など、参加者の希望に添ってテーマを設け意見交換を実施。 (7) 名称について:参加者メンバーで決め、「Holiday Terrace Meeting」の省略からHTM.となった。 (8) 会費(運営費):参加した方から年500円。(主に開催案内郵送費に使用) 5 結果 (1) 開催回数:32回(平成30年8月現在) (2) 参加者数:1回平均6名。季節行事の参加者約10名。 (3) HTM.以外での問い合わせ(喫茶店への来店など):6名 (4) HTM.での参加者の言葉 ・「就職したばかりなので仕事の事ばかり考えてしまう。」 ・「5年働き続けて、年齢も考え、転職を検討している。」 ・「働き始めて、化粧、買い物などに対する意識が変わった。」 ・「仕事に余裕が出てきて、より働きたい気持ち。」 ・「仕事や生活に余裕が出てきて、将来への不安が出てきた。」 ・「仕事に慣れなくて辞めたいと思う時があった。(6か月~2年)」 ・「相談をして悩みは解決するようにしている。」 ・「相談できるのは、自分から行くのではなく、さりげなく声をかけてもらえたり、以前親身になって話をしたことのある相手。」 (5) 参加者のHTM.に対する感想 ・「仕事のことついて、他の人の意見を聞くことができて良かった。」 ・「自分だけかと思っていたことが、皆も同じ思いをしていて安心した。」 ・「慣れている喫茶店ホリデーで行うことで参加しやすい。」 ・「はがきが届くと嬉しい。」 ・「仕事以外の話ができる場があって良い。」 ・「こういう話できる場があると良い。」 ・「気軽に友達と会うような感じで参加したい。」 (6) 転職者:1名 (7) 就労定着率:9割(1割の内は、体調不良にて退職し、自宅療養中。学業への進学を希望し退職。それぞれ、事前に相談があり、職場と支援機関が調整。) 6 考察  倉知2)は、「自信と自尊感情が回復することで、本来もっている能力が職場で発揮できるようになるとともに、職場でのストレスフルな問題に直面しても乗り越える力が高まる。」と述べている。HTM.は、ホリデーから一般企業に就職した方が、次々と新たなメンバーとして加わる。働き始めたばかりの方もいれば、数年働いている方もいる。お互いに場を共有することで、将来の自分を照らしたり、また過去の自分を振り返る機会となり、働き続けるために必要な自信と自尊感情の回復へと繋がり、定着支援の一助となっているのではないかと考える。今年度ホリデーに通うメンバーとの交流会を行い、現在働いている者とこれから働こうとしている者の意見交換が実施できたことは、この点においてより良いものだったのではないかと思っている。  原3)によると、定着支援には途切れないかかわり、①柔軟かつタイムリーな支援、②継続的・包括的な支援が必要と述べている。HTM.はホリデーから一般企業に就職すると本人が拒まない限り、開催案内のはがきを送付させてもらっている。HTM.に参加していない方でも、喫茶店を利用しに来店される方もおり、自然な形で繋がりを保てる状況である。また、喫茶店も利用が少ない方は、連絡を取り合う機会を必ず設け、近況を窺うように努めている。HTM.があることで、互いに連絡を取り合え、声をかけ合える関係性を維持でき、「途切れのないかかわり」に繋がっているのではないかと考える。しかし、柔軟かつタイムリーな支援、継続的・包括的な支援については、ホリデーの支援者だけではマンパワー不足なのが現状である。就業・生活支援センターや医療機関など他の支援機関と今まで以上の連携を要し、必要な時に本人にとって有益な支援体制を整えておくことが今後の課題と考える。 7 今後のHTM.について  設立当初は、支援者の思いでスタートしたが、3年目を迎えた今となっては、参加者もHTM.の継続を望んでいる。「働きながらの生活を支える」というHTM.の目的は変わらず、細く長く、状況に応じて形を変えながら継続していきたいと思う。  また、原3)は、「当事者同士の力は、時に支援者が支援するそれと比べ物にならないほど大きなものとなることがある。」と述べている。支援者がいて成り立つのも良いが、ピアの力を活かして運営できるよう、参加者の言葉に耳を傾けながら工夫を凝らしていきたいと思う。   【参考文献】 1) 平成25年度障害者雇用実態調査 厚生労働省障害者雇用対策課 2) 倉知延章:雇用され、働き続けるための就労支援のあり方,「精神科臨床サービス第16巻第3号」,p327-332,星和書籍(2016) 3) 原敬三:原クリニックにおける就労支援—精神科診療所を基盤とした就労支援、そのメリットー,「精神科臨床サービス第12巻第4号」,p507‐510,星和書籍(2012) 【連絡先】  木原 藍子  NPO法人那須フロンティア 就労支援事業所 喫茶店ホリデー  e-mail:frontier@io.ocn.ne.jp 精神障害のある方に対する就労継続支援事業所で取り組む就労定着に向けた支援 −離職原因と疲労原因に着目して− ○桒田 嵩平 (社会福祉法人桜樹会C’s Inc. 生活相談員)  小田 智治 (社会福祉法人桜樹会C’s Inc.)  柳井田 忠茂(株式会社ホープ) 1 はじめに  社会福祉法人桜樹会C’s Inc.(以下「C’s Inc.」という。)は2017年10月就労継続支援事業所B型として開所した間もない事業所である。2018年8月より就労移行支援事業所も開所し、多機能型事業所としてスタートした。定員は就労継続支援B型25名、就労移行支援6名で、身体障害、発達障害、高次脳機能障害、知的障害、精神障害と利用されている方の障害は様々である。  「障害者の就業状況等に関する調査研究」結果¹⁾では、精神障害がある方は他の障害がある方と比較し職場定着率が低く、就職後1年時点の定着率は49.3%である。離職理由としては「平成25年度障害者雇用実態調査結果」²⁾では、上位に「職場の雰囲気・人間関係」、「疲れやすく体力、意欲が続かなかった」などが挙げられた。「こころの病に伴う疲労の軽減に関する就労支援ニーズ調査」³⁾によると、「こころの病を経験された方の疲労の原因となっており、リカバリーや就労の妨げとなっていることがら」の上位には「自己評価の低下・自身を責める」、「本人自身が、希望や主張をうまく伝えられない」、「本人が、他人の気持ちを理解しづらい」などが挙げられた。長沼⁴⁾によれば、精神障害者の中には病前と現在における自我ギャップ、失敗経験の累積、長期入院による社会経験の乏しさ等によって、適正な自己理解および職業や働くことへの理解が十分になされていない者がおり、それが仕事への自信のなさや実力以上の高望みになって現れる場合が多いとしている。  C’s Inc.を利用されている精神障害がある事例A(以下「事例A」という。)は家族関係や対人関係、仕事の疲労から退職しており、適正な自己理解に対する取組は重要であると考える。本研究は精神障害のある事例Aへの適正な自己理解に向けた支援が有用であったかを考察し、課題場面直後の振り返り、ストレス発散、SSTが対人関係において効果的であることが示唆されたため、以下に報告する。   2 事例A紹介(2018年4月時点) (1) 基本情報  30歳代、女性、軽度知的障害、適応障害、統合失調症の診断あり。精神保健福祉手帳は現在、申請中。月1回、精神科へ受診している。両親と3人暮らしをしており、自身の弁当以外の家事全般は母親が行う。家事を行うことがあったが、母親からやり方などについて怒られるため実施しないようになった。週2回程度、双子の弟の家族が訪れる。両親、弟家族との関係は不良であり、事例Aいわく家にいることがストレスになる。将来的には、介護関係の仕事に一般就労し、介護福祉士の資格をとることを希望している。  母親の希望は事例Aが無理なくできる範囲で支援をして欲しい。主訴は家事をしないこと、事例Aにかかる金銭に対してストレスを感じている。両親的には自分たちが老後の時の事例Aの生活について不安を抱えている。 (2) 経過  高校卒業し、一般企業に入社する。入社後よりヘルパーの資格を取得するため学校に通っていた。就職して一年でホームヘルパー2級の資格を取得したのちに退職し、特別養護老人ホームに転職する。その後、精神科病院へ入院し、特別養護老人ホームを退職する。通所サービスを利用するも、事例Aの意思にて沖縄のホテルへ再就職(家族に告げず)する。その後、仕事の疲労から退職し再び精神科病院へ入院する。退院後、事例Aの希望によりC’s Inc.利用開始となる。  主に作業としては本人の希望により、当グループの老人保健施設の清掃作業を行う。積極的に取り組んでおり、作業自体は問題なく行うことができる。しかし、「できていないです」などの自己に対して否定的な発言がみられ、現状と本人の自覚にギャップがある。家族に対する不満があると、C’s Inc.を利用中に他の利用者の方と対人トラブルとなる。他の利用者に抱く不満に対しては、言語的にどうして欲しいかを伝えることができず、その方に対して限定的に態度が変わり対人トラブルとなる。   3 介入(介入期間:2018年4月13日~8月7日)  課題場面直後の振り返り、ストレス発散方法、SST、家族支援を通して適正な自己理解に向けて介入した。 (1) 課題場面直後の振り返り  課題場面直後に、事例Aと二人で振り返りを実施した。まず、事例Aの思いを共感的態度で聞き、解決策を問う。しかし、解決策が分からないため対話を通して納得する解決策を検討し実施した(同様の支援を期間内に4回実施)。 (2) ストレス発散方法  ストレス源となる出来事に対して、事例Aが受け流すことができず抱えてしまうため、ストレスを発散する手段を聞いた。3つの案が挙がり意識的に行うよう伝える。 (3) SST(表) 表 SSTの取り組み内容 実施期間 2018年7月13日~8月7日 実施回数・時間 5回(7/13.18.24.27 8/7)各30分 参加人数 4~6名(事例A含む) 参加者の障害内訳 (事例Aを除く) 身体障害(2名) 高次脳機能障害(3名) 内容 作業時の課題場面、自己紹介 留意した点 意見に良い悪いはなく「あなた」の意見が聞きたいこと、他の方の意見を否定しないことを伝えた。(4) 家族支援  事例A、母親、相談支援専門員、サービス管理責任者、生活相談員の5名でケース会議を開催し、自宅での役割として本人分の皿洗いをすることを決めた。確認表を作成し、本人と母親にサインしてもらうようにした。 4 結果 (1) 対人関係について  作業場面では不満がある利用者は減少し、どうして欲しかったかを言語的に伝える場面が増えてきた。しかし、不満がある利用者に対しては介入前と変わらず、態度を変えて対人トラブルとなっている。 (2) ストレス発散について  ストレス発散方法は事例Aの提案から、買い物、DVD鑑賞、地域生活支援センター主催の地域交流活動への参加(月1回)を行っている。「今週は疲れたのでDVDをみてストレスを発散します」、「茶話会に参加して楽しかったです」などの発言がみられるようになった。 (3) 家族関係について  本人分の皿洗いを始めた当初、母親から「自分の分だけを洗うのですか?」と聞かれることがあったため、確認表に「本人分の皿洗いをすること」を明記した。皿洗いは継続的に行うことができている。  母親が怪我をしたため、「家事をした方がいいと思うんですけど」と事例Aより相談があった。母親の意向を聞くと「しなくても大丈夫です」と言われた。介入前と変わらず、家にいることはストレスとなっている。  現在の本人の主訴は「両親は自分たちが老後の時の私の生活を心配しているのに、家事をしなくても良いというので何をしたらいいかわからないです。」と言われており、両親の発言に対するギャップにストレスを感じている。 5 考察  家族関係、対人関係や仕事の疲労から退職した事例Aに対して、適正な自己理解に対する取組として、課題場面直後の振り返り、ストレス発散方法、SST、家族支援を行った。対人関係、家族関係に分けて考察する。 (1) 対人関係(課題場面直後の振り返り、ストレス発散方法、SST)  対人トラブルはあるが不満がある利用者は減少しどうして欲しいかを言語的に伝える場面が増えたのは、課題場面直後の振り返り、SSTなどにより自己を客観的に振り返り自分の課題に気づくことができたため、同じような場面にて自己修正することができたからと考える。  事例Aが提案した3つのストレス発散方法を実施した結果、気晴らしによる疲労軽減ができ、対人関係の不満がある利用者が減少したことに影響していると考える。  SSTでの自己紹介の「障害について」の記入欄には「対人関係やコミュニケーションの障害」と記入するが、清掃作業時にみられた具体的な障害による課題場面を問うと答えられなかった。自己の障害について相手に伝えることは相互理解による良好な対人関係を築く上で重要であると考え、今後はそれに対する支援が必要であると考える。 (2) 家族関係(家族支援)  本人分の皿洗いは継続できたが、家にいることは依然ストレスとなっている。両親の発言に対して、何をしたらいいか分からずストレスになっており、家族を含めた会議を再度行い、今後の方針の再検討が必要であると考える。 6 結語  今回の適正な自己理解に向けた支援から、課題場面直後の振り返り、ストレス発散、SSTが適切な対人関係を築く上で効果的であることが示唆された。しかし、自己の障害を言語的に表出することが難しく、新たな支援を再検討する必要がある。家族支援については、事例Aが家にいることにストレスを感じているため再度、ケース会議を開き、居住環境も含めて今後の方針を検討する必要がある。   【文献】 1)障害者職業総合センター:「障害者の就業状況等に関する調査研究」,調査研究報告書№137 (2017.4) 2)厚生労働省:「平成25年度障害者雇用実態調査結果」(2014.12) 3)障害者職業総合センター:「精神障害等の見えにくい障害を有する従業員の疲労軽減のための方策に関する調査研究」,資料シリーズ№85(2015.4) 4)長沼敦昌:「精神障害者が抱える課題の経時的把握−精神障害者授産施設の指導員とPSWが利用者と接する視点から−」,職業リハビリテーション(1997) 【連絡先】  桒田 嵩平(理学療法士) 社会福祉法人桜樹会 C’s Inc. e-mail:zkhd.kz.tkrnr@gmail.com 企業における双極性障害を有する者の職場復帰及び支援状況の実態調査 ○浅賀 英彦 (障害者職業総合センター 主任研究員)  戸ヶ崎 文泰(障害者職業総合センター) 1 背景と目的  医療機関や地域障害者職業センターが実施しているリワークプログラムを受講する者の中に双極性障害を有する者が一定程度存在する。これら双極性障害を有する者がリワーク中に躁転又は軽躁状態となった場合に、リワークプログラムの実施に当たって問題となる場合が多い。  一方、これらの機関において双極性障害を有する者への対応方法が体系化されている状況ではない。  そこで、今回、双極性障害を有する者へのリワーク支援を実施している専門家へのヒアリング調査により、今後の技法開発等に有用な知見を得るとともに、現時点における企業への職場復帰の状況についても一部ヒアリング調査を実施した。 2 方法 ① 専門家ヒアリングの対象となる専門家の選定のための文献調査の実施 ② 双極性障害を有する者へのリワーク支援実施に当たっての留意点について、専門家ヒアリングの実施 ③ 自らリワーク支援を行っている企業、統括的な立場の産業医が双極性障害に理解がある企業、企業にトータルヘルスケアコンサルティングを実施している企業へのヒアリング調査の実施 3 結果  文献調査では、双極性障害の診断を有する者に対して、リワーク支援の必要性や実際に実施した有効性を検証した文献は非常に数が少なく、また、それらの文献も2011年から2013年に集中しており、それ以降直接的に言及した文献はほとんどない状況であった。その中で、奥山、秋山(2011)では、双極性障害の診断を受けた者を対象に個別的支援と集団精神療法を組み合わせ一定の成果を上げていた。  また、日本うつ病学会の双極性障害に係る治療ガイドライン(2017)では、有効な心理社会的な治療として、適切な薬物療法と併用しての心理教育、集団心理教育、また、一部有効性に疑問が残るものの対人関係・社会リズム療法、家族焦点化療法、認知行動療法が挙げられている。  専門家ヒアリングでは、5人の専門家の話を伺い、双極性障害を有する者のみを対象としたリワークプログラムの実施は効果的であること、しかし実施施設の体制面の問題や双極性障害の診断の難しさからすると、実施は困難な面が多いこと、さらに単極性うつの診断の下にリワークプログラムに参加している者の中に双極性障害の未診断のものが少なからず含まれると考えられること、などから、単極性うつと双極性障害の者(疑いのある者を含む。)を一緒にリワークプログラムに参加させることが現実的であることなどが聞かれた。  また、復職後の予後が良くない者の傾向として、認知機能の低下が挙げられた。 4 考察 (1) 双極性障害を有する者へのリワーク支援の有効性  単極性うつを有する者に比べて効果は限定的ではあるが、全体としては、双極性障害を有する者へのリワーク支援は有効であると判断できる。  一方、現時点では、双極性障害を有する者をリワーク支援の対象として明確に位置付けて対応できているリワーク支援機関は限定的で大都市部に集中している。  さらに、双極性障害、特に双極性Ⅱ型は診断が困難なケースが多く、かつ、診断までに時間がかかるケースも多く、医療現場での診断の困難さも、リワーク支援開始時点で双極性障害の診断が得られていない原因となっている可能性が高い。 (2) リワーク支援開始に当たっての留意点  同じ気分障害を持つ者として、単極性うつと双極性障害双方を対象としたリワークプログラムの実施が現実的である。  その場合「診断は受けていないが、双極性障害を有する者がリワークプログラムに参加している。」という前提で対応策が必要となる。  このため、インテークの面接の段階で、過去に気分が非常に盛り上がり、その後うつ状態となった経験がないか、その有無を確認すること、また、個別、集団での心理教育の際に双極性障害についても説明し、その対処法についても教示していくことも有効である。 (3) リワークプログラム実施に当たっての留意点  双極性障害の場合、気分の波の上下についてコントロールする必要があることから、この気分の波が起こる兆候、前駆症状を早期に把握する必要がある。  その際には、通常の気分の波の範囲と双極性障害による躁状態、うつ状態をある程度区分して把握しておく必要があり、例えば、ライフチャートを活用して過去の気分の波とライフイベントや季節との相関関係を確認しておくとともに、活動記録表やソーシャル・リズム・メトリックにより日々の気分の状態を把握しておくことが有効である。  また、双極性障害を有する者のうち一定程度認知機能に障害を持つ者がいる。これらの者については、認知行動療法の認知療法での対応が困難となることも予想されるため、その認知機能障害の程度に応じて、一定の個別対応が必要となる。  さらに、双極性障害を有する者は、他の気分障害や精神障害を有する者に比べて、リワーク支援のスタッフよりも、同じ症状を有する者からの意見や助言をよく聞く傾向にある。  そのため、同じ双極性障害を有する者で、リワークプログラム終了後復職している先輩からの体験談を話してもらう機会を設けることも有効である。 (4) 医師との連携  双極性障害は薬物療法のウェイトが高い障害であることから、双極性障害を有する者へのリワーク支援の実施に当たっては、主治医との連携が不可欠である。  特に、単極性うつの診断で参加していた者が、双極性障害の疑いがある場合は、主治医に診断の変更を検討してもらう必要があり、より緊密な連携が必要である。 (5) リワークアイデンティティ形成の必要性  リワークアイデンティティとは、NTT東日本関東病院の秋山剛医師が提唱した概念であり、症状により脆弱性が増加した者が、今までの考え方やライフスタイルを変えていく必要性があるが、そのためには新たな自己の再構築が必要であるというものである。  双極性障害を有する者は、過去に活躍していたと認識しているケースが多い。また、この障害に対するスティグマの意識も非常に強い。  一方、双極性障害は再発しやすい障害であり、再発によるキンドリング現象で更に容易に再発しやすく、薬物療法の比率も高いので服薬アドヒアランスを遵守していく必要がある。  このようなことから、このリワークアイデンティティの形成の必要性は、双極性障害を有する者の方が高いと判断できる。 (6) 家族に対する支援の必要性  家族に対する心理教育は、双極性障害を有する者本人が自覚していない前駆症状等の把握のため有効である。  一方、双極性障害への有効な心理社会的治療の一つである家族焦点化療法を組織的に実施している医療機関は別として、家族への支援をリワーク支援機関が行うのか医療機関が行うのかは議論が必要である。 (7) 復職に当たって留意すべき事項  双極性障害を有する者は、休職に至る症状の発現により、認知機能の障害の程度が増して、仕事上のパフォーマンスレベルが低下している可能性が高いと推測される。  そのため、実際の復職で元の職場での元の仕事に適応できる可能性が、単極性うつの場合よりも低いことが示唆された。   5 今後の課題 (1) 双極性障害を念頭に置いたリワークプログラムの再構成の必要性  単極性うつの診断の下、リワークプログラムに参加している者が一定程度存在しているという前提でのリワークプログラムを再構成する必要がある。例えば、 ① 双極性障害の疑いのある者の特定に必要なインテークの方法 ② 質問票等による事前チェックの方法 ③ 心理教育における双極性障害に係る内容の記載 ④ 活動記録表やソーシャル・リズム・メトリックの活用 ⑤ ライフチャートの作成 ⑥ 自分研究等の自己分析方法の習得(躁への対応、具体的な将来像の構築) などを考慮したプログラムの構成が必要である。 (2) 発達障害を併存している者への対応  双極性障害を有する者のうち一定割合は、発達障害を併せ持つ者がいる。特に発達障害の診断は受けていないが、そのような傾向を持つ者への対応策を検討していく必要がある。   【参考文献】 1) 奥山真司,秋山剛:双極性障害の復職に際して~双極Ⅱ型障害を中心に~「臨床精神医学,40(3)」p.349-360(2011) 2) 日本うつ病学会 気分障害の治療ガイドライン作成委員会:日本うつ病学会治療ガイドラインⅠ.双極性障害 2017 【連絡先】  浅賀 英彦  障害者職業総合センター  e-mail:Asaka.Hidehiko@jeed.or.jp 発達障害を背景とした職業性ストレスに関する検討 …一般労働者が発達障害事例に至る経緯に着目して… ○知名 青子(障害者職業総合センター 研究員) 1 背景と目的  近年、メンタルヘルス不全や職場不適応等を契機に、産業保健や精神科医療の利用に至る者において、発達障害が背景にあると疑われる事例が増加しているという。この状況は、メンタルヘルス対策の第1次予防(精神障害の発生予防)および第2次予防(精神障害の早期発見、再発予防)の領域での発達障害に対する認知拡大と関心の高まりにより表面化したものと推察される。  メンタルヘルス対策の枠組みでいえば職業リハビリテーション・サービスは、第3次予防以降のサービスとして位置づけられるだろう。専門支援領域の視点からは、一般企業における産業保健(EAPサービス等も含む)や、その先の精神科医療サービスの利用者の中に、職業リハビリテーション・サービスの専門支援(以下「専門支援」という。)に到達する“前段階”の者が潜在するとみることができる。ただしこの時点では、障害の診断や認定を経て専門支援が選択されるかどうかは、不確定・不明である。したがって、どの状態にある者が専門支援に到達する可能性があるかを事前に整理することが一つの課題となる。  近年のストレスチェック制度などの義務化により産業保健スタッフ、関係機関のケアスタッフ間においては「ストレス対策」の観点によってサービス利用者における“ストレスを背景とした職場適応の問題”という理解がなされることが予想される。このストレス対策の背景となっているのは「職業性ストレス」研究である。なお、職業性ストレスは「医学的・生理的ストレス研究と心理学的ストレス研究の展開に伴って発展してきた組織心理学にその基礎が形作られている(高岸,2017)」というように、医学と心理学、産業領域により発展し利用されている概念である。  さて、職業リハビリテーション・サービスは障害を前提とした支援であるが、発達障害のある個々の経歴に焦点を当てれば、当初一般就労を目指していた利用者や、実際に一般労働者として職業経歴を重ねてきた者が多い。この時期について、職業性ストレスの視点から改めて課題内容を整理することで、専門支援にいずれ到達する対象者像に応じた支援を準備・検討することが必要ではないだろうか。  以上のような観点から、本発表では、産業保健・精神科医療を通じて発達障害事例として対応が図られているケースの課題を扱った文献調査を実施し、発達障害事例のどのような課題に言及されているかについて整理する。加えて、実際に発達障害診断を行う精神科クリニックへのインタビュー調査から一般労働者が発達障害事例となる経緯を整理することを通し、専門支援の利用可能性に繋がる“発達障害者の職業性ストレス”について検討する。 2 調査1(文献調査) (1) 方法・対象  学術文献情報の検索データベース・サービスサイトCiniiにおいて1997年度~2017年4月の期間中に公表された国内文献を対象に、キーワード(発達障害、ストレス等)検索を行った。ヒットした163件の文献のうち、表題および抄録内容より成人期対象と判断されたのは21件であった。このうち、一般的な職場場面の“当事者のストレス”を扱う文献は極少数であったことから、キーワードを「メンタルヘルス、精神障害、不適応、ASD、PDD、ADHD、職場、ストレス」等へ変更し、産業保健領域の文献を探索した上で、知的障害のない発達障害者(ASD者、ADHD者)の職場でのストレスを扱うタイトルを中心的に収集した。 (2) 結果  本邦における職業性ストレス要因に関する研究は、そのほとんどが発達障害の診断のない定型発達者を対象・モデルとする検討であった。しかしながら、本文献調査が対象としたのは、一般の労働者から背景に発達障害を疑われて事例化するケースを中心に扱う文献とした。上の条件で選定した文献の内、ストレス科学研究誌(2015)で特集された発達障害者のストレス関連要因をまとめた(表1)。 表1 発達障害のある労働者の職業性ストレスに関連する知見 ストレス科学研究誌(2015)における「発達障害とストレス」特集の各論文の要点  これら文献の知見からは「発達障害の特性が背景にあることで、ストレス全般に脆弱であること」、「不適応が生じやすく、ストレスコーピングが成立しにくいこと」が発達障害事例の特徴としてあげられていた。 3 調査2(ヒアリング調査) (1) 方法・対象  成人期の発達障害診断を行っている精神科クリニックの医師を対象に、発達障害診断から治療の経緯における課題について明らかにすることを目的に半構造化インタビュー調査を行った。調査協力を依頼したクリニックは下記の3条件に該当することとし、関東圏にあるクリニックの4名の精神科医師に協力を得た。インタビュー内容は許可を得て録音し、逐語録を作成し、内容分析に用いた。 ・発達障害の診断治療を行う精神科医療機関であること ・継続的治療を行っていること ・地域に根差していること(地域社会資源との連携) (2) 結果 ア 一般労働者が発達障害事例となる経緯  ヒアリング調査では通常教育や一般就労の場で不適応が契機となって受診に至る事例の多いことが聞かれた(表2)。表2中①②からは、第1次予防である産業保健や学校保健のフィルタリング機能により、第2次予防となる精神科医療機関の利用に至る利用者の流れがうかがえる。  精神科医療機関に到達したケースにおける課題は 、発達障害の診断に至らないグレーゾーンへの対応や、診断可能な場合であれ治療方法、障害受容に課題があることが指摘された。 表2 患者像と受診の流れ、治療過程での課題 イ 職場におけるストレス要因  就職後、職場での不適応により受診に至る事例の課題は、作業遂行上の問題、人間関係の問題等が指摘されていた(表3)。本人にストレス要因と認知され不適応やメンタルヘルス不全に至る場合もあれば、一方で不適応状況やその原因に気づかない場合も指摘されており、診断・治療の過程で“気づきのための働きかけ”が行われていた。   表3 不適応・ストレス要因 作業遂行に関わる課題 ・管理的業務がうまくいかない ・業務の難易度が高い ・同時進行のことができない 人間関係に関わる課題 ・部下を持ったことで上手くいかなくなった ・場の空気が読めない その他 ・就職時、ホワイトカラーにこだわる ・キャリアの見直しができない    具体的にはデイケアプログラムで特性への気づきを促すこと(事例2)、治療と相談を通じて本人から聞き取りを行い、働き方や日常的な対応について助言をすることなどであった(事例3、事例4)。「診断のプロセスが障害理解の導入」(事例4)として取り組まれる声も聞かれた。 4 考察 (1) 専門支援の前段階における対象者像と支援の課題  文献調査では産業保健領域におけるメンタルヘルス対策(第1次予防)の範囲で捉えられた課題として「発達障害の特性が背景にあることでストレス全般に脆弱であること」、「不適応が生じやすいこと」、「職場環境変化によりメンタル不調が招かれること」等が指摘されていた。また“発達障害の疑い”によって第2次予防の精神科医療への接続が期待されていることが確認された。対象に適した支援やサービスの選択の重要性が示唆されたといえる。  ヒアリング調査では精神科医療での発達障害の診断・治療段階に到達した者の実態が聞かれ、元来、発達障害の診断自体に難しさがあることや、診断のつく場合であれ障害受容に課題があることが指摘されていた。精神科医療によるサービスで課題の解消・改善に向かわない場合、そこで長期間停滞するかまたは第3次予防以降に対応が持ち越される。後者の場合、専門支援利用時点では既に問題や課題が長期化・複雑化している可能性が示唆された。 (2) 発達障害のある人の職業性ストレスと支援の利用  産業保健や精神科医療サービスを利用する発達障害者について事例化の過程をストレス発生モデルに当てはめると、不適応や疾病化の経過で発達障害特性がネガティブな影響を与える可能性が確認された(図)。各ストレス要因の背景に「発達障害の特性を前提」とすること、「障害特性と環境との相互作用によって生じる課題を分析」すること、「職場での具体的な対処の提案」の視点が必須と思われるが、産業保健・精神科医療サービスで個別に必要な対応が得られない場合、専門支援を利用してストレスの軽減を目指すことが期待される。 図 NIOSH職業性ストレスモデルと発達障害の関連 【参考文献】 障害者職業総合センター:就業経験のある発達障害者の職業上のストレスに関する研究,資料シリーズ№100,p26(2018) 就労移行支援事業所において、高次脳グループワークがもたらすもの ○萩原 敦 (特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ阿倍野)  濱田 和秀(特定非営利活動法人クロスジョブ) 1 はじめに  当事業所では、高次脳機能障害をお持ちの方に多数登録して頂いている。利用者の傾向として、就職活動中に自分の弱みに目が向きやすく、強みになかなか気付けないことが多い。また、自己理解や意思決定も苦手で実習や求人の申し込みに時間がかかりやすい。一般的に、高次脳機能と診断されたもしくは疑いのある人の支援に関して重要だと思われる点として、関係機関との連携の次に障害認識が挙げられている1)。具体的には、本人の障害の受容、本人の特性の把握、障害特性の理解と説明等である。  そこで、当事業所では毎週高次脳機能障害者を対象にグループワーク(以下「GW」という。)を開催し、自己理解や特性に対する工夫方法等を習得し、就職活動に活かすための取り組みを行ってきた。今回、GWを通して変化が見られたケースを紹介しながら、GWがもたらすものについて考える。  なお、発表に際して対象者より書面にて同意を得ている。 2 GWの紹介  当事業所では常に5名以上のGW参加者を募ることができるため、週に一回、高次脳機能障害をお持ちの方のみでメンバーを構成し、GWを開催している。テーマは主に一週間の振り返りと、見学・実習報告、卒業生を招いての質問会等である。他の利用者が参加しているGWにはビジネスマナーや就職活動を取り扱っているものがあり、追加で参加希望の方は高次脳GWの他にそちらにも参加して頂いている。  GWの進行は筆者が行っているが、主な発言者は参加者であり、講義形式ではない。失語症をお持ちの方にも出来る限り自力での発言をお願いしている。また、ケース担当も筆者が行っている場合が多く見学や実習の詳細も把握しているため、1人での報告が難しい方へのフォローも可能な体制を取っている。 3 事例紹介(ケースA) (1) 現病歴  50代男性。大手電機メーカーに30年勤務後、離職し警備会社で3年程働いていた。その際、脳出血を発症し右片麻痺、高次脳機能障害を受傷し、退職となった。  主な高次脳機能障害は、失語症、注意機能の低下、抑制コントロールの低下であった。利き手交換をして書字のスピードが遅いため、早めに出勤してあらかじめメモを取ったり、前日の内に家で準備をしたりといった工夫をしていた。歩行をはじめ日常生活は自立している。 (2) GW参加時の様子  利用開始2か月後から毎週GWに参加して頂いた。他の参加者との関係性は良好で、よく発言をすることからムードメーカーのような存在であった。一週間の振り返りには積極的に参加されていたが、時折集中力が切れて話に参加していない時もあった。他の参加者のプライベートな話を聞くことも楽しみにしており、積極的に質問する事も多かった。  訓練開始前に必要事項はメモし、他の参加者の話をメモできていた。ご自分が報告する際に必要な資料をしっかりと持参しており、準備の良さが目立った。他の参加者の話で参考になったことはGW後でもしっかりと覚えており、お手本にして普段の訓練から取り入れていることも多かった。 (3) その後の経過  GWでは、ご本人に了承を得て、自身の就職活動に必要な履歴書や自己紹介シートを公開し、参加者から意見を募りながら書類を作成することもあった。「みんな仲間やから」と自身の情報を積極的に発信されていた。  見学後の報告も積極的に行い、細かくお話をされていた。  見学10件、実習3件、面接2件を経て、9月中には就職する見通しである。 (4) 他の参加者の様子  GW前にメモを取って準備している様子や必要な書類を準備されている姿を見て、真似をする参加者も多かった。また、積極的に見学に参加されており、その際の報告を参考にしている参加者も多かった。 (5) GWに参加した感想  「友達やから、応援の気持ちは強い」「実習に行ったら、あぁ実習に行ったなと感じるくらい」と、共感はしているが、就職活動においては”自分は自分”、という気持ちでとらえていた。 4 事例紹介(ケースB) (1) 現病歴  20代前半の男性。中学生の頃に歩行中、トラックにはねられ脳挫傷を受傷。高次脳機能障害と右上下肢の失調症状が後遺症として残存した。高校、大学と進学したが、就職することはできなかった。大学在学中は皿洗いのアルバイトも経験している。  高次脳機能障害のなかでも注意と記憶の低下、抑制コントロールの低下、病識の欠如が目立った。 (2) 利用開始時の様子  注意散漫で、集中が続かないことが目立った。「しんどい」「あつい」「面倒くさい」等、思っていることが無意識に口から出てしまうことが多々あった。「そうっすね。親からもよく言われます。」「大学の頃はもうちょっとしっかりしてたんですけどね。ブランクがあるんで。」等、言われていることには理解を示すが、なかなか行動を変えることができないことが続いた。他の利用者にいきなりプライベートなことを聞いてしまい、うまくコミュニケーションを取れないこともみられた。 (3) GW参加時の様子  利用開始当初からGWに参加して頂いた。抑制低下からか、思ったことをその場で発言したり、話しの流れを無視したりして自分の話をしてしまうことが目立った。  また、利き手交換をして左手での書字に時間を要すことから、積極的にメモを取ることはしていなかった。終了後に感想を伺っても、「何を話したっけ?」と言うことが多く、印象の薄いものはあまり記憶に残っていなかった。  ただし、他の利用者の見学報告や失敗談には真剣に耳を傾けており、少しずつ自己理解が進み、就労に対する意欲も高まっていった。  高次脳GW参加者との関係性は比較的良好であった。 (4) その後の経過  一週間の振り返りは、訓練時の日報を見ながら話す事が出来ていたが、休みの日は何も記録していないため、特記事項をあまり覚えていなかった。  参加当初はメモをあまり書くことがなかったが、利用開始1年頃から他者の様子を見て、「○○さんも書いているしな、と思って」と、メモをとるようになった。  また、見学や実習前の準備にも他の利用者の話を参考にして取り組むことができるようになった。「面倒くさい」等の発言も見られたが、回数は減っていった。見学や実習に行くようになると、大まかな内容は資料やメモを見ながら自身で説明できるようになり、他の利用者も驚きをもって話を聞いていた。  見学5件、実習2件、面接3件を経験し、利用開始から448日で就職した。 (5) 他の利用者の様子  ケースAが最年少であり唯一就労経験がないこと、筆者にアドバイスを受けることが多かったことから、就職に時間がかかると見られている様子もあった。しかし、見学や面接に積極的に応募している姿や、利用開始当初から変化していく様子をみて、他の参加者は多くの刺激を受け取っていた。 (6) GWに参加した感想  「ずっと一緒に参加していた人が就職して、高次脳でもできるんや、と思いました」「先輩が来て、やりたいこととできることの違いのお話をされていたのは共感しました」等の発言があり、希望を見出し、共感していることが窺われた。 5 ケースA、BのGWの捉え方について  ケースA、B両者ともGWを楽しみな作業として認識しており、積極的に参加していた。いずれのケースもGWに対し、自分のことを理解してくれていて、ここなら自分のことを話しても良い、と感じていた(表)。また、参加者同士で共感し励みや希望を感じていることわかった。 表 GWに対して感じること ケースA ケースB 他の参加者が自分を理解してくれていると感じる YES YES GWでなら話せると思う YES YES 他の参加者を仲間と感じる YES YES6 考察  GWを通して、変化がみられた事例を紹介した。  一年以上の年月はかかるものの、高次脳機能障害者の思考や行動に変化が生まれた。脳機能の自然回復モデルではなく、習得・代償モデルによって行動変容がもたらされたためと考える。1人の変化が他の参加者にも変化をもたらすことも大きな特徴である。また、それが就職活動に好影響をもたらし、生活をはじめ人生をも大きく変化させることができた。  このGWでは一支援者や企業からのフィードバックでは得られない気付きがもたらされた。言い換えると、GWで「団結・協力・仲間の存在を感じる」ことを通して、他の利用者たちと一体感や共感を確認し、前向きで希望を見いだせる経験2)ができたということである。  後天的な障害であり外見上はあまりわからない障害であるために、孤立感を感じたり将来に対する不安を感じたりすることが多いのも高次脳機能障害の特徴である。その利用者同士が共感し、励まし合える環境は、学びを感じ取る以外にも不安な就職活動を乗り切るために必要な一助ではないかと考える。  また、この論文で紹介したケースA、B以外の他の参加者においても同様の良い効果が生まれている。学会当日の発表では、GW参加者を対象としたアンケートとインタビュー結果を示し、さらなる考察を行う予定である。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:高次脳機能障害者の働き方の現状と今後の支援のあり方に関する研究Ⅱ(2016) 2) 小田原悦子:回復期の身体障害作業療法におけるグループワークの可能性:作業療法37:245~255,2018 高次脳機能障害の方の、就労移行支援事業所利用から就労までの取り組み ○角井 由佳 (NPO法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 就労支援員)  伊藤 真由美(NPO法人クロスジョブ クロスジョブ札幌)  濱田 和秀 (NPO法人クロスジョブ) 1 はじめに  NPO法人クロスジョブは就労移行支援事業所として関西圏を中心に活動しており、対象疾患は発達障害や知的障害、高次脳機能障害など全般的に受け入れている。昨年の4月に北海道札幌市での開設に伴い、高次脳機能障害に携わった職員を多く配置していることから、高次脳機能障害の方に特化した事業所として活動している。  今回、全般的な高次脳機能障害の症状を呈し、なかでも社会的行動障害、自己理解の乏しさによって離転職を繰り返していた方を担当する機会を得た。当事業所の取り組みと就労までの経過を社会的行動障害に着目して報告する。なお、発表に際して本人の同意を得ている。 2 事例紹介 (1) 基本情報  20代後半。男性。交通事故によるびまん性軸索損傷後の高次脳機能障害。注意力障害、記憶力障害を病院で指摘された他、軽度の易怒性を認める。身体機能として、軽度の左片麻痺を認めるが高所での両手作業は医師より禁止されている程度で、日常生活上大きな問題はなく自立。  身なりはきちんとされており清潔な印象。社交的で来客者への対応やスタッフへの対応はとても礼儀正しいが、自身の気持ちをお話する際はやや砕けた言葉になりやすい。 (2) 受傷歴および利用までの経緯  医療関係の大学を卒業後、専門学校の教員として就職。就職後1年未満でトラックとの衝突事故により受傷(被害者)。その後一度復職するも高次脳機能障害によるミスや、社会的行動障害(易怒性)による職場での人間関係の悪化により退職。他就労移行事業所を利用し、易怒性に対してのアンガーコントロールの習得などに取り組まれ医療事務に就くも、同じくミスの多発や、人間関係の問題から契約更新されず事実上の解雇となった。障害者職業センター(以下「職業センター」という。)の職業評価、職業準備支援を利用後、当事業所を紹介され、見学体験利用を経て利用開始となった。 (3) 生活状況  父、母との3人暮らし。父とは良い関係ではなく、父に対して睨みつける、舌打ちをするなどの場面が事故後多くなった。また一般的なマナーから逸脱した行動をしている人に対して怒りを露わにすることが多く、上記と同様の態度を示すことがある。以前利用していた他就労移行支援事業所では、他利用者に暴言を言うなど喧嘩に発展するなどの場面が何度か見受けられたとのこと。 (4) クロスジョブ利用に対しての本人からの希望  就労をする上で課題となっているものは感情コントロールであると、職業センターから助言を受けた。以前利用していた事業所でアンガーコントロールに取り組んでいたが不足していたのだと感じるため、感情コントロールの課題に取り組み就労を目指したい。医療系の大学を卒業しているためスキルがあること、人の役に立ちたいため医療関係の一般事務での就職が良いと感じている。 3 事業所での様子  訓練の中で、説明の理解までに時間を要し、詳細に説明をしなければ理解が難しいこと。また質問をする際に要点をまとめて質問をすることができず必要のないようなことも含めて話をされるため相手が拘束される時間ができてしまうこと。優先順位の組み立ての苦手さ、臨機応変な対応の困難さが見受けられた。課題としている感情コントロールについては、小さな足音や人の出入りの音、会話内容でも過敏に反応してしまい、その責任を他者に向ける傾向がある。また感情が表情に出やすく、相手に気づかれやすいといった傾向が見受けられた。強みとしては、作業のコツをつかむまでに時間がかかるが習得すると忘れることなく行うことができること。作業系の正確性が高いこと。礼儀が正しく丁寧な対応が可能であることが挙げられた。 4 目標  事業所内訓練や実習を通して、本人が課題としてとらえている感情コントロールに対しての対策方法を獲得するためにも、高次脳機能障害を含めた自分自身の特性を把握すること、自己理解を深め、自分にあった職種は何なのかを知ることを目標とした。 5 関わり (1) 怒りの傾向の把握  週に1度、約2時間の面談場面を設定。前職についてより深く振り返り、怒りの感情が生じやすい傾向は何かを整理した。当初は、相手が理不尽な対応をする際にイライラするということのみであったが、整理していくうちに新たに「口数が少ない指示のされ方」や「行うべき業務内容が多く、焦りがある際」、なにより「自分が仕事でミスをしてしまった際に気分の落ち込みが強く、自分に対してのイライラが表情に出てしまう」ということがわかった。 (2) 事業所内訓練  (1)での気づきから自分自身が気分の落ち込みをしないためにも、どのような仕事の仕方が良いかを訓練を通して整理をした。訓練は実際の会社に近い環境に設定し、担当するスタッフは上司役に徹して行われた。訓練内容はパソコンを使用してのデータ入力課題のほか、ワークサンプル幕張版を使用しての数値チェック、作業日報集計、物品請求書作成の机上で行う事務課題のほかピッキングなどの作業課題を行った。午前、午後の2回の訓練の最後には振り返りを行う時間を設定し、気づいた点をその場でスタッフと共有しリアルタイムで整理するよう努めた。その中で、わかりやすい指示のされ方や作業をより早く習得するための工夫は何か、また対応できるタスクの量や質を把握、自分自身が働きやすい仕事の仕方を見つけていった。 (3) 実習  実際の企業での模擬体験として、企業実習を行った。本人より、接客業への希望が聞かれたため、靴の販売店の実習を設定。短期間では本質の問題が見えてこないことが予測されたことから、2週間の実習期間を設定した。実習に向けてメモのズレ防止、タスク管理が可能となるように職業センターの担当の方の意見をいただき業務メモを活用。また企業に自分自身を知っていただくため、得意なこと、苦手なこと、配慮していただきたいことを記入した自己紹介シートを作成し事前に企業にお渡ししたうえで実習を行った。実習中は高頻度で訪問し、適宜本人、企業と情報共有を行いながら実施した。  2週間の実習を終えた時点で企業側より雇用の勧めをいただいた。本人としても「配慮していただいたことで不安になることなく、大きなミスをすることなく行うことができた。イライラしないためにも自分自身で小休止を行うなどの工夫を行ったため、ストレスなく行うことができた」と振り返っており、実習先での就労に前向きな考えであった。しかし、企業側、利用者の両者ともに「社員」という意識ではなく「実習生」という意識の中での実習であったとのお話があったため、再度さらに長期である1か月の実習を提案させていただき、お互い「一緒に働く」という意識での実習、アセスメントを実施していただいた。 6 結果  2回目の実習を終え、長期の実習の中で新たに見られた課題がある中でも企業としては「大きな支障ではなく、十分戦力になる」と評価していただき改めて雇用の勧めをいただいた。本人としても「前回の実習では実習生という意識で仕事をしていた分、今回は一職員として、ミスは許されないというプレッシャーの中でも適宜報連相をすることでイライラすることなく安心して仕事ができた」「事務職のように一定の場所で仕事を行っていると監視されている気持ちが強くあったが、職員が絶えず動いている環境だとのびのびと仕事ができた」「自分が苦手な臨機応変な対応の必要性が高くない企業であったため、接客業もできると感じた」と、自分にあった環境で働くことで怒りの感情が生まれることなく働くことができたことを実感された。本人からも再度実習先で就労したい希望が聞かれ雇用につながった。 7 考察  渡邉1)は「易怒性に対してのリハビリテーションとしては、その原因を明らかにし軽減するための環境調整や行動変容療法、認知行動療法、薬物療法に効果がある。」と述べている。また、Diller2)は「易怒性に対するリハビリテーションにおける患者の環境をa」Physical(物理的環境)、b」Interpersonal(人間関係)、c」Social(社会環境)の3つに分類し、患者の能力障害の大部分はこうした環境で決定される。」と述べている。  今回、事業所内訓練や面談、実習を通して怒りが誘発される原因と傾向を本人と一緒に確認し、その対策と実践を行った。スタッフではなく利用者本人自身で理解することで、自分にあった職場環境(物理的、人的、社会環境)や、業務の仕方を利用者自身で調整を図ることが可能となり、今回の就労につながったのではないかと考える。 8 結語  高次脳機能障害は見えない障害と言われ、中でも社会的行動障害は社会参加の場面で支障となることが非常に多いといわれている。社会的行動障害をもつ方が社会参加を可能にするためには、症状を誘発することなく働けるように環境を調整すること、そのためには一緒に働くスタッフが判断するのではなく本人自身が意思決定をすることがなにより大事なのではないかと考える。今回の事例はご本人自身が考え、決定したことによって実現した就労であり、個別支援が大事であることを強く伝えたい。 【参考文献】 1) 渡邉修:前頭葉損傷のリハビリテーション,「高次脳機能研究36(2)」,p.177−182,(2016) 2)Diller,L.: Neuropsychological rehabilitation.In:Neuropsychological Rehabilitation (eds Meier,M.,Benton,A.&Diller,L.).The Guilford Press,New York,1987,pp.3-17 社会的行動障害を持つ患者の再就労支援の検討 ○韓 侊熙(熊本大学医学部附属病院 神経精神科 作業療法士)  吉浦 和宏・渡邉 真弓(熊本大学医学部附属病院 神経精神科)  竹林 実(熊本大学大学院 生命科学研究部 神経精神医学分野) 1 はじめに  社会的行動障害には、情動コントロールの障害、対人関係の障害、意欲・発動性の低下、依存的行動、固執の症状がある。社会的行動障害を持つ患者が、社会の1人として社会生活を営むために就労は必要である。しかし、情動コントロールの障害や対人関係の障害など、社会的行動障害が原因で就労が困難な事例が多く、就労まで繋がったとしても、途中で中断となることも多い。今回、外傷性脳損傷により、社会的行動障害を呈した患者を担当し、社会的行動障害を持つ患者の再就労支援について知見を得たためここに報告する。   2 事例報告 (1) Aさん(20代、男性)  Aさんは、9年前バイクでの事故により、外傷性脳損傷を患い右半身の運動麻痺(右上肢:補助手レベル、右下肢:膝関節装具にて杖歩行自立)と、言語性の記憶力および理解力の低下、語想起の遅延などの高次脳機能障害が残存していた。事故後、2年間病院での治療とリハビリ期間を経た後、能力開発センターに1年3か月ほど通い、IT学校の試験に合格した。しかし、頭痛を理由に就学を拒否し、運転免許を取得した。家族によると、その当時は穏やかな性格であったという。しかし、祖父の死をきっかけに祖母が同居するようになり、干渉されることが増え、イライラすることが多くなった。また、右膝関節の水腫により整形外科を受診したが、整形外科医より運動は控えた方がいいと言われたため、自主トレとして行っていた家の周りの散歩なども中止し、部屋で過ごす時間が増えていた。それより3年後、母が知人のケアマネジャーに相談し、近隣の就労継続支援B型事業所を紹介され通う事になったが、通いはじめてから2ヶ月後、同施設の利用者と口論の末、殴ってしまい施設から通所を止められた。その翌年、就労支援施設に通い始めるも、だんだんと「体がだるい」、「頭痛がする」と休むことが多くなった。また、祖母と接触する機会も増し、イライラする頻度が増え、祖母に殴りかかろうとしたこともあった。また、「○○○(近隣の事業所)の視線から逃れたい」、「近隣の人の話声がカンにさわる」、「自分の悪口を言っている」との訴えまで増え、カーテンを閉めて自室に閉じこもることが多くなり、かかりつけの脳神経外科内科病院から当院に紹介され、易怒性の改善および精査加療目的に入院となった。臨床所見として、GRID-HAMD-17(ハミルトンうつ病評価尺度用半構造化面接−17):17点であり、臨床診断としては中等度のうつ病の状態であった。 (2) 倫理的配慮  今回、事例報告にあたっては、書面を用いて患者への説明を行い、同意を得た。 (3) 作業療法実施内容  作業療法介入の初期時のAさんは、「周りに迷惑ばかりかけて、申し訳ございません。自分は罪深い人間なので、死んだ方がいいと思います。」などの悲観的な発言が多かった。そのため、作業療法の初期介入時は、精神的な負担にならない程度での面接のみを行った。入院2週目より、作業療法を実施した。内容としては、まずうつ状態の改善を目的に、好きな音楽を聴きながら、エアロバイクを10~15分程度漕ぐことから始め、本人の状態に合わせながら徐々に運動量を増やした。また、手作業としては簡単にできる塗り絵の作業から行った。入院4週目からは、音楽を聴きながらエアロバイクを午前中30分、午後30分漕ぐことまで定着できた。また、手作業では、作業工程を段々増やし、最終的には、今後、就労支援施設でも応用ができるように、自分で説明書をみながらナノブロックを組み立てる作業まで行う事ができた。本人の表情もだんだん明るくなり、「好きな歌を聴きながら、汗をかいてスッキリしました。」、「(完成したナノブロックの作品を見せながら)こんなにできました。また、作りたいです。」とのポジティブな発言の量も徐々に増えていた。 (4) アンガーマネジメント実施  アンガーマネジメントは、怒らなくなることが目的ではなく、怒りの感情をコントロールする心理トレーニングである。アンガーマネジメントを行うことにより、自分自身の怒りのタイプと、怒りの感情の背面にある自分の本当の気持ちや欲求が把握でき、怒りの感情をコントロールすることが期待される。Aさんの場合、初期介入時は中等度のうつ病の状態であったため、本人のうつ状態が回復していくことに合わせて実施した。Aさんのアンガータイプは、外柔内剛(外見は温厚そうに見えるが、内面は自己中心的で頑固な一面がある。また、外見上他人からお願いされやすく、やりたくないことが増え、ストレスがたまり、我慢して体調が悪くなったり、気持ちが爆発して周囲の人を傷つけてしまう。ストレスを溜めこまず、少しずつ自分の考えや、気持ちを周りに伝えていく必要があるタイプ)であった。また、アンガーマネジメントとして、アンガー記録、Iメッセージ(相手に自分の気持ちを伝える際の主語を“私”にする事)などを実施した。Aさんは、アンガー記録により、自分が怒ってしまった事に関して、客観的に見つめ直すことができた。怒ってしまった時に、「本当は何が原因で怒ってしまったのか」と、自分の怒りに関して徐々に把握することが出来るようになった。そして、「また我慢できず怒ってしまうのではないか」という不安からも少しずつ逃れるようになり、自分に自信を持つこともできるようになった。 (5) エゴグラム性格診断テスト  アンガーマネジメントと共に、エゴグラム性格診断テストを実施した。エゴグラムは、「交流分析」という人間関係の心理学理論に基づいて作られた性格診断テストである。エゴグラムによって、自我状態のパターンや人間関係のあり方を知ることができ、社会環境の中で上手く適応しながら良好な人間関係を構築していくことが期待される。Aさんの場合、エゴグラム性格診断テストの結果は、M型(天真爛漫、温厚でお世話好きのため、仕事を頼まれやすい。しかし、自己中心的な一面があり、自分の考えがまとまらず、相手に伝えるのが苦手である。感情的に爆発した際は周囲を巻き込むタイプ)であった。Aさんは、エゴグラムを通して、自分の性格を詳しく知ることができ、特に、短所のところは、アンガータイプとも関連していることに気付かされ、自分の短所のところを改善して行こうというモチベーションの上昇にも繋がった。 (6) 就労支援施設の見学  上記の精神科作業療法のプログラムを経て、入院当初の本人の希望でもあった、就労支援施設の見学を、Aさんを交えて、担当の精神保健福祉士と作業療法士、総3人で行った。その際、施設のスタッフと、Aさんの今までの経緯や、問題点、アンガータイプおよび、性格の傾向などの情報を共有し、施設での過ごし方を一緒に模索した。 3 考察  本事例の場合、不意の事故により、運動麻痺や高次脳機能障害を患い、それらの障害によるストレスを常に抱えている状況であったと思われる。そこで、祖母と一緒に暮らすこという生活環境の変化と、右膝関節の水腫により、運動を通して行っていたストレス発散もできず、ストレスを抱えた状態で、就労継続支援事業所に通う事になったと推測される。そのため、事業所で怒りが抑えきれず、問題行動まで起こしてしまい、その失敗の経験が引き金となり中等度のうつ病の状態まで陥ったのではないかと考えられる。  Aさんのうつ病の改善のため、実施したのが運動療法および音楽療法、手作業(塗り絵とナノブロック)である。イギリスのうつ病に関する診療ガイドラインには、うつ病患者に対して運動療法が紹介されている1)。また音楽も、うつ病の改善に効果があるとの報告があり2)、好きな歌を聴きながら、運動を行ったことがAさんのうつ病の改善に繋がった要因の一つではないかと考える。そして、手作業の場合、簡単な作業から、複雑な作業へと段階をつけて実施したことにより、達成感が上昇し、うつ病の改善にも一助となったと考える。うつ病の改善と伴って実施したことは、アンガーマネジメント及び、エゴグラムによる情緒コントロールと、対人関係に対してのアプローチである。浦上は、社会的行動障害と、認知機能障害は密接に関連しており、患者は認知機能障害により、新たな環境に上手く適応できず、不安が強くなり混乱し、行動障害が悪化すると述べている3)。Aさんも、言語性の記憶や理解力の低下など、認知機能障害を呈しており、さらに運動麻痺も重なっていたため、祖母との暮らしと、初めての就労継続支援事業所での生活に慣れきれず、溜まったストレスにより、社会的行動障害まで至ったとも考えられる。また、その対人関係での失敗体験により、良好な人間関係を持つことに自信がなくなり、行動障害だけが悪化していった可能性も考えられる。そのため、アンガーマネジメントとエゴグラムにより、対人関係に対して自信を取り戻し、自分のマイナスな部分を改善していこうという行動の変化まで繋がったのではないかと推察される。   4 結語  今回の事例を通して、社会的行動障害を持つ患者の再就労支援においては、性格や環境、精神症状、認知機能障害などが様々であり、それぞれの特性に合わせて、多面的なアプローチの必要性が窺えた。   【参考文献】 1)National Institute of Health and Clinical Excellence. Depression the treatment and management of depression in adults.http://www.nice.org.uk/nicemedia/pdf/ CG90NICEguideline.pdf 2)Music therapy for depression. Anna Maratos, Christian Gold, Xu Wang, Mike Crawford,The Cochrane Collaboration. Published by John Wiley & Sons, 2009. 3)浦上祐子:社会的行動障害.「Journal of clinical Rehabilitation 臨床リハ18」821-822,2009 注意・記憶障害を呈した20代男性が希望する仕事へ転職するまでの外来リハビリでのチームの関わり   ○森谷 優希(沖縄リハビリテーションセンター病院 作業療法士) 1 はじめに  「働く」ということには、賃金を得ること以外にも社会連携や自己実現という側面をもつ。青年期から成人期にかけての発達心理では、自己の形成・発達、仕事にそれぞれの価値を見出して職業選択し、自己実現の場を求めていく時期にある1)。  今回バイク事故による頭部外傷により注意・記憶障害を呈した20代男性に対して、外来リハビリを通して就労支援を行った事例を経験した。青年期に外傷性の高次脳機能障害となった症例の障害受容のプロセスと、外来リハビリでのチームの関わりについて考察を交えて報告する。   2 事例紹介 (1) 対象者  20代、男性 (2) 現病歴  X年バイク事故にて頭部外傷受傷した。急性期・回復期リハビリテーション加療後、自宅退院となった。注意・記憶障害を主とした高次脳機能障害残存がみられ、当院の外来リハビリを継続した。受傷後、元の職場は退職されていたため、父親の紹介で建築業に就職した。 (3) 社会背景  家族構成:父親と妹の3人暮らし  病前ADL:全自立 職歴:仕事はホテルのウェイターをしながら、俳優事務所にも所属し、モデルをしていた。俳優を目指していた。 (4) 画像所見  頭部MRIにて両側頭頂葉、前頭葉底部に陳旧性微小出血を多数認めており脳挫傷の所見あり。 3 外来リハビリ初期評価(X+8カ月) (1) ニード  「俳優(ヒーロー戦隊)になりたい」 (2) 身体機能面   若干の体幹の不安定さはあるが運動麻痺は軽度で独歩可能 (3) 日常生活について   自宅での生活は自立していた。洗濯や火を使用した調理可能で、1人でバス利用・外出可能であった。自宅退院後に父親の職場にアルバイトとして就職していた。仕事内容は、掃除や車誘導など軽作業が主となっていた。俳優事務所に所属していて、休日には、モデル事務所のバイトで撮影することがあった。 (4) 高次脳機能面  記憶障害、注意障害、遂行機能障害が残存していた。記憶力に関しては著明な低下を認めた。「以前の事が思い出せない」「新しいことが覚えきれない」と自覚はあるが、代償手段を用いていなかった。   表 神経心理学的検査 X年+8カ月 (外来リハ開始時) X年+14カ月 X年+29カ月 WAIS VIQ:80 PIQ:65 FIQ:70 VIQ:94 PIQ:69 FIQ:81 VIQ:99 PIQ:75 FIQ:87 WMSR 言語 20 視覚 44 一般 64 注意/集中 68 遅延再生 6 言語 78 視覚 67 一般 70 注意/集中111 遅延再生 50 S-PA 有 7-6-7 無 1-3-2 有 9-9-9 無 1-4-2 有 8-9-8 無 1-0-1 RBMT 標準 6/24 スクリーニング 1/12 標準 13/24 スクリーニング 4/12 CAT SDMT、PASATで 低下 SDMT 31.8% PASAT 71.6% BADS 13/24 21/244 支援の経過 (1) 介入初期:親の職場での適応時期  X+8カ月、当院外来リハ受診。作業療法、言語療法、心理療法が処方、高次脳評価・訓練が開始された。  高次脳機能評価では、処理速度低下、記憶障害、注意障害、遂行機能に低下を認めた(表)。手帳などの代償手段は獲得しておらず、慣れない場所で道に迷うことや、リハビリを遅刻、休むことが多くみられた。  チームでは、全体的な記憶力向上と代償手段の確立、心理面のサポートを方針として週1回で介入した。訓練場面で起こった問題や、生活で実際に体験した失敗、それに対してどのように対処したか確認を行い、知的理解をさらに進めるとともに、体験を通した理解に結びつくように関わっていった。仕事は、父の紹介の為継続したい気持ちはあるが、「もともとやりたいこととは違うし、こんなことやっていいのかなと思う」と仕事意欲低下がみられた。 (2) 介入中期:希望する仕事へ目標設定して、具体的なステップを考えていく時期  X+12カ月、建設業の仕事は継続していた。また俳優への夢に対してはあきらめる発言がきかれ、「つまらない1年だった」と、本人の中での目標を見失っていた。  チームとして目標を具体的にしていくために、舞台観劇や俳優へのインタビューのセッティングを行った。俳優業と仕事を掛け持ちがしている人が多い事や、役者になるための情報を聞くことで、目標や課題が具体的に見えてきた。  X+19カ月、手帳にスケジュールの記入や、出来事などの確認ができるようになってきた。事務所では役者に向けたレッスンを受けはじめ、徐々に手帳の必要性や表情、発言にも前向きな変化がみられてきた。  X+28カ月、建設業と事務所のレッスンは継続されていた。手帳の使用方法も、出来なかったことに付箋を貼り機能的に利用が可能となっていた。病前のウェイターの仕事に転職希望の相談があったため、面談の場を設け、本人・家族の希望を聴取、ハローワークに相談するよう提案した。自動車運転免許取得の希望も聞かれ、目標に含めていった。 (3) 介入後期:具体的な支援を開始した時期  X+30カ月、方向性確認のため、カンファレンス(本人、父親、Dr、担当OT・ST、MSW)を開催した。本人より現在の仕事を退職すること、ウェイターの仕事を希望するとの意向が聞かれた。チームとしては、記憶と作業の同時処理作業は困難な為、単純作業で出来る仕事を提案、就職活動の幅をウェイターから接客業と幅を広げるよう確認した。  X+33カ月、一般就労にむけた職業検査前の情報提供目的にカンファレンス(本人、父親、Dr、担当OT・ST、MSW、職業センター職員)を開催した。職業センターにて職業評価終了後、ハローワーク担当と話し合いを行い、服飾店に職場体験を実施した。  X+36カ月、障害者枠で服飾店採用が決定した。しかし、同時期に自動車訓練校に通っており、仕事と運転免許獲得の両立が出来ないということで、数日勤務された後、本人と会社の二者間の話し合い後に退職することとなった。  自動車運転免許取得後、再度職業センターにて職業評価、 就職活動を行い、トライアル雇用を経て、ホテルの清掃業の仕事に就職された。役者の活動も継続し、初舞台にも立ち、希望していた接客業と俳優業を両立して、精力的に生活を送られている。一つ一つの発言にも自信や自覚がみられ、仕事に対する満足度も高いまま維持できている。 5 考察  今回、外来リハビリにおいて、青年期に高次脳機能障害を呈した症例に対して就労支援を行った。  本症例は、父親の紹介で就職した建設業の仕事と、受傷前に希望していた「俳優になりたい」という思いに葛藤して、目標を失いかけていていた。チームで本人の希望に沿いながら支援していくことで、障害受容や自己同一性の確立を進め、希望する生活に繋げていくことが出来た。  外来リハビリ初回利用時は、注意障害、記憶障害、遂行機能障害が残存し、特に記憶障害は著明な低下を認めた。渡邉2)は外的補助手段の運用にはPIQ80程度を目安にしていて、症例は介入初期PIQ65と大きく下回り、代償手段の使用が困難であった。丸石らの研究3)の就労群RBMT17.9±4.9点と比較しても、RBMT6点と就労レベルには至っていない。頭部外傷による高次脳機能症状の回復には比較的時間がかかり、個人差はあるものの、受傷後1年でプラトーに達するといわれており4)、症例は外来初回利用時は回復時期にあり、経過を追うごとに認知機能改善が認められ、代償手段の獲得、就労につながったと考えられる。  回復期退院後は、建設業の仕事は継続できているが、「もともとやりたい事とは違う」、「つまらない1年だった」と仕事や余暇に対する満足度は低い。ホーランド1)によると、自分のパーソナリティにふさわしい職業を選んだ場合に最も満足度が高くなるとあり、また宗形は「職業的発達を自己概念と発達と受容、探索と現実吟味、自己概念の実現へと順次発達する」と仮定している。症例のパーソナリティは、自己表現を楽しむタイプで、俳優への道をつなげていくことがモチベーションの向上につながり、その後の仕事満足度を高い状態に維持できたと考えられる。                 今回、本人が転職を希望時に円滑に支援が出来たポイントとして、適宜カンファレンスを設けて本人・家族の意向を確認したこと、また職業センターの職員にもカンファレンスに参加してもらい、病院での細かい経過を伝達できたことと考える。豊田5)によると中途障害者の復職に対する問題点として、医療・職場・行政で患者情報を共有できるすべが診断書しかないことが課題に挙げられており、カンファレンスを通しての情報共有も有用と考える。  脳損傷障害の方への就労支援では、回復期リハからも就労を視野に入れた介入と、職業リハビリテーション関連施設との連携が重要である。そのためにも、院内の就労支援の現状を把握して、医療者側からの就労への意識を高めていく活動に取り組んでいきたい。 【参考文献】 1) 前原武子:発達支援のための生涯発達心理学p.131-133、153-155,ナカニシヤ出版(2008) 2) 渡邉修:頭部外傷と高次脳機能障害,Jpn J Rehabil Med vol44 No.10(2007) 3) 丸石正治:高次脳機能障害者の重症度と就労率, Jpn J Rehabil Med vol45 No.2(2008) 4) 富田博樹(2001):頭部外傷後の高次脳障害 神経外傷 5) 豊田章宏:脳卒中患者の復職支援事業報告 職場への復帰を目指して ~回復期病院入院中に職場との連携を緊密に実施した症例を経験して~   ○島 佑太朗(医療法人タピック 沖縄リハビリテーションセンター病院 作業療法士)  奥山 久仁男・加藤 貴子(医療法人タピック 沖縄リハビリテーションセンター病院) 1 はじめに  今回、破裂脳動脈瘤術後の前部脳梁損傷により重度の記憶障害、注意障害を認めた症例を担当した。復職の希望が強かったため、早期から復職を視野に入れ、高次脳機能訓練に加えスマートフォンによるスケジュール管理、エクセルを用いた見積書作成、顧客を想定した電話対応や接客業務訓練を行い改善を認めた。また、復職調査票1)を用い職場環境の把握や職場訪問、職場関係者と面談を複数回実施し情報共有を行った。退院前には試験出社を実施し課題点を関係者と共有しアプローチする事で継続した支援が行えた。高次脳機能障害が残存したなか、継続した支援を行った事例を振り返り作業療法の成果を検証する。 2 基本情報  年齢:40代後半  性別:男性  家族構成:妻、息子、娘の4人暮らし  職業:自動車メーカーに勤務し事務・接客を担当  本人・家族のニーズ:復職・運転再開 現病歴:X年に突然の頭痛、嘔気が出現し前交通動脈瘤破裂によるくも膜下出血の診断で開頭クリッピング術が施行された。術後経過は良好で全身状態も安定していたが重度記憶障害、注意障害が残存。1ヵ月後高次脳機能リハビリ目的に当院入院となった。 3 作業療法評価 (1) 身体機能面  著明な運動麻痺・筋力低下なし、感覚軽度鈍麻、基本動作自立、歩行・階段昇降自立、ADL自立。 (2) 神経心理学評価  問題点としては重度記憶障害、注意障害があり、想起した内容を時系列に沿って説明することが困難であった(表1)。また行った課題内容の混同、同じ話の繰り返しが見られた。また、スケジュールに沿って行動することが困難であった。 4 作業療法経過 (1) 機能訓練を中心に介入した時期(入院〜3ヵ月)  訓練ではまず本人のスマートフォンを使用し、カレンダーアプリ、リマインダーアプリでリハビリスケジュールや入浴時間を1日の始めに入力してもらう事から実施した。訓練内容では机上課題を中心に注意訓練、記憶訓練を実施し、記憶課題でもスマートフォンを使用し写真を記憶の代償手段として使用した。また、同時処理能力向上目的にOffice Wordでの入力作業も行った。介入当初はリハビリ時間の入力忘れや待ち合わせ時間に来ない事があった。1日のスケジュールやリハビリ内容に混同が見られ時系列に沿って説明することが難しかった。その都度フィードバックを行い、アラーム設定や1日の振り返りを行い記憶の代償手段の獲得、強化を図った。また復職調査票を用い職場や業務内容の確認を行った。復職先の産業医と本人で面談を行い、発症からの経過や訓練内容を共有した。 (2) 職場との連携、模擬訓練の時期(入院3ヵ月〜4ヵ月)  復職先人事部長・店長・Dr・MSWで面談を行い本人の症状や現状を説明した。その後、本人・OT・ST・MSWで復職先の見学を実施し、職場環境の確認、業務内容を本人と復職先の上司から説明して頂いた。また週1回のペースで試験的に出社し実際の現場で訓練を行っていく事となった。見学実施後は訓練内容を変更し、業務内容に類似した課題を取り入れた。内容としては、Office Excelを用い、架空人物と依頼事項の入力や内容に沿った見積書作成、電話対応の練習を行った。 (3) 実際の職場で訓練を行った時期(入院4ヵ月〜退院で)  2回目の職場訪問をOT・MSWで実施した。本人からは「1時間前に行ったことを忘れてしまう」「2時間の作業で疲れてしまった」等の発言が聞かれた。復職先の上司からは「業務に関し一緒に確認をするようにしている」とのコメントをいただいた。本人へは解決方法や代償手段の提案、メンタル面のケアも行った。また試験出社の頻度を増やし週2〜3回の頻度で4〜6時間行った。本人からは「少しずつ疲れなくなってきました」とのコメントも増えてきた。退院前には人事部長・工場長・Dr・OT・ST・MSWで最終報告を行い、出社時期や業務内容、フォロー体制について考えていただいた。人事については症例の入院中にフォローしている従業員をそのままの配置にし、しばらくは試験出社を継続していくこととなり、復職時期については産業医や上司と評価しながら判断していくこととなった。 5 結果   神経心理学評価のほとんどの項目において入院から3ヵ月程でカットオフ値以内となった(表2)。しかし、試験出社場面ではダブルタスクを要する場面での誤りがあったり、メモを取ることを忘れてしまうことも見られ、その都度フィードバックを行った。 6 考察  高次脳機能障害者の復職支援において、仕事内容の把握、復職に向けた評価、訓練に加え、職場環境の把握、職場への情報提供、患者の復職希望の意欲の維持をすることが重要である。さらに本人や職場の障害に対する気づきや理解、受容が大切であり、本症例は、模擬的訓練に加え、職場訪問、実際の職場での訓練を入院中から実施したことで課題が明確になり、自身の障害への気づきや受容に繋がったと思われる。先崎2)は職場での配慮事項として指示の出し方の工夫、本人の特徴に合わせた業務内容、易疲労性への配慮があるとしている。今回、職場での訓練や復職先の上司との面談や本人と産業医の面談を行い職場側の配慮を得られたことが退院後も継続した支援に繋がったと考えられる。 7 まとめ  医療側の復職可否の判断に関しては、職業リハの知識を得ることや情報収集が今後の課題と考えられる。症状や時期に応じた訓練や情報提供、退院後の継続した支援、就労支援事業との連携が図れる支援体制の構築も必要と考える。 【参考文献】 1)砥上恵幸 急性期医療期間における職場復帰支援-「復職調査票」を利用した支援の試み- 日職災医誌,54:95-98,2006 2)先崎 章 高次脳機能障害者の就労支援−外傷性脳損傷者を中心に− Jpn J Rehabil Med Vol54 No.4 20 【連絡先】  島佑太朗  沖縄リハビリテーションセンター病院  Tel:098-982-1777 Mail:sh1ma.mac.9025@gmail.com 高次脳機能障害の就労支援における多機関連携の課題と展望 −医療・福祉・労働の連携ワークショップを通して− ○市野 千恵(新潟市障がい者就業支援センターこあサポート 就業支援員・言語聴覚士) 1 はじめに  新潟県内には、高次脳機能障害支援の拠点となる医療機関がない。一般のリハ医療機関を退院した高次脳機能障害者は、介護保険サービスにつながっても、その後の就労支援や障害福祉サービスにつながりにくい傾向や、どの支援機関にもつながらずに医療情報不明のまま、本人単独で就職活動を行う者も少なくない。  医療・福祉・労働の関係者は、多機関連携の重要性を感じつつも、「地域の就労支援機関を知らない」「いつ、どのタイミングで、どの機関につなげばよいかわからない」「対象者の病状をどのように理解したらよいかわからない」といった悩みを抱えていた。  今回、当機関と新潟市の主催により、高次脳機能障害者の就労支援に関わる医療・福祉・労働の連携ワークショップを初めて実施した。  そこでみえた課題や今後の展望について考察する。   2 連携ワークショップの概要 (1) 目的  連携ワークショップは、高次脳機能障害者の就労支援に関わる新潟市近隣の医療・福祉・労働関係者の『顔のみえる・相談しあえる関係作り』を目的とした。 (2) 対象者・周知方法  対象者は、新潟市近隣において、高次脳機能障害者の就労支援に関わる支援者とした。  当機関と新潟市障がい福祉課から、近隣のハローワーク、障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター、新潟市内の就業支援機関(就労移行支援、就労継続支援A型、就労継続支援B型、地域活動支援センター)、県内の行政機関、基幹相談支援センター、新潟県作業療法士会、新潟県言語聴覚士会、新潟県医療ソーシャルワーカー協会に、メールや紙媒体、県士会・協会の会員向け郵送物として周知した。また、当機関に関係のある医療機関や企業には、個別に案内を実施した。  参加者と参加施設の内訳を表1−1、表1−2に示す。参加者数38名、参加施設28ヵ所であった。 (3) 内容  連携ワークショップは、講演① 有識者による『高次脳機能障害者の就労支援の動向と課題』(30分)、講演② 同一事例に関わる医療・就労移行支援・就労支援機関の支援者による『高次脳機能障害者の多機関連携の実践』(30分)、③ ハローワーク専門援助部門の職業指導官による情報提供『障がい者雇用の現状と今後の動向について』(10分)、④『医療・福祉・労働~視点の違いを連携に活かす・つなげるためには』というテーマで、参加者によるグループディスカッション(60分)を実施した。  終了時には、参加者全員にアンケートを実施した。   3 連携ワークショップからみえた課題  アンケートは、参加者38名中30名より回答があり、回収率79%であった。アンケートの結果を、図1、2に示す。   図1 参加者アンケート(問1−3) 図2 参加者アンケート(問4)  アンケート結果から、参加者の多くが、多機関連携の意義やその必要性を感じていることがうかがえた。具体的な意見として「それぞれの機関にどのような方がいるか、顔を知っているだけで相談のしやすさが違ってくる」「なかなかつながれない医療とつながることができた」「普段接点のない企業側の意見を聞くことができて良かった」等が挙がった。今回、多機関の支援者と、実際に顔を合わせて話す機会を設けたことで、お互いの存在や役割の理解の促進につながったように思われる。  また、多機関連携の課題として、以下が挙げられた。 課題① 連携の内容・方法の確立  「お互いに情報をほしいと思っているが、伝達方法が難しい」「情報の共有や橋渡しがどこまでできるかが鍵だと感じた」等の意見が挙がった。  今回のワークショップのような『顔のみえる・相談しあえる関係作り』を土台に、今後は、事例を通して、より詳細な連携の内容や方法を構築していく必要性が示唆される。 課題② 連携の限界をどうすべきか  福祉側からは「利用者の障害そのものに関する疑問や対応の困難さについて、病院に相談や協力を依頼しても、病院ごとに対応に差がある」との意見や、病院側からは「連携を図りたいが、退院後の患者については、病院のマンパワーや診療体制上、患者の再評価の受け入れや相談対応が難しい」との意見が挙がった。  高次脳機能障害支援の拠点となる医療機関がない新潟県においては、福祉側の連携の要望に対し、応じる一般リハ医療機関側の運営体制上の連携の限界もあることがうかがえる。双方にとって、無理なく安定して実現できる連携の在り方を模索していくことが必要だと思われる。 4 考察  高次脳機能障害者の就労支援において、医療・福祉・労働の多機関にわたる連携の重要性は広く周知されており、田谷ら1) の調査では、近年『特に支援拠点機関と他機関との連携支援が増加していること』を報告している。  一方、今後の課題として『支援拠点機関以外の医療機関、福祉機関、就労支援機関との連携をより進展させること』を述べている。この点は、まさに新潟市の高次脳機能障害者の就労支援における重要課題といえよう。  高次脳機能障害者の就労支援における多機関連携は、全国と比較すると、新潟市は多未だ黎明期の印象である。上述の課題をふまえ、次回のワークショップ開催や事例を通して、日々の連携を模索して進めていきたい。 【参考文献】 1) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター:「高次脳機能障害者の働き方の現状と今後の支援のあり方に関する研究Ⅱ」,調査研究報告書No.129(2016) 職業リハ領域におけるコミュニケーションパートナートレーニング −高次脳機能障害者の職場のコミュニケーション環境への介入− ○土屋 知子(障害者職業総合センター 研究員)  松尾 加代(障害者職業総合センター) 1 はじめに  障害者職業総合センター(以下「当センター」という。)では、平成28−29年度、職業リハビリテーション(以下「職業リハ」という。)の支援現場からの要請に基づき、社会的行動障害のある高次脳機能障害者に対する支援技法についての情報収集(国内外の文献調査及び国内の専門家へのヒアリング)を行い、調査研究報告書として取りまとめた1)。同報告書において、社会的行動や社会参加に影響する症状の一つとしてコミュニケーションの障害を取り上げ、効果が期待できる支援方法としてコミュニケーションパートナートレーニング(以下「CPT」という。)に着目し、職業リハ領域の今後の重要な研究課題であると述べている。  これを踏まえ、当センターでは平成30−31年度、「高次脳機能障害者の職場適応促進を目的とした職場のコミュニケーションへの介入」として職業リハ領域におけるCPTの開発に取り組んでいる。本研究は現在進行中であり、現時点で詳細について述べることができないため、本稿では以下、先行研究の概要及び今後の計画の概要について報告する。   2 コミュニケーションの障害  高次脳機能障害者におけるコミュニケーションの障害は、失語症によるものと認知コミュニケーション障害に大別できる。失語症は、大脳の言語野の損傷による言語機能の障害であり、聞く、読む、話す、書く能力が低下する2)。一方、認知コミュニケーション障害は、言語機能そのものの障害ではなく、注意や記憶などの言語以外の認知機能障害がコミュニケーションに負の影響を与えている状態を言い、社会的行動障害との関連が大きいと考えられている3)。  失語症と認知コミュニケーション障害のいずれも、就労を含む社会参加に負の影響を与えることが多数の先行研究において指摘されている例えば、4)、5)。 3 CPT  失語症と認知コミュニケーション障害のいずれにおいても、コミュニケーションの障害に対する様々な介入方法が検討されている6)、7)。これらの介入方法は、障害のある人のコミュニケーションスキルの向上を目指す方法と、障害のある人の周囲の人のコミュニケーションスキルに働きかける方法に大別することができる。後者は「コミュケーションパートナートレーニング」と呼ばれる。障害のある人の中だけに問題やその解決策があると捉えるのではなく、環境に働きかけるCPTの考え方はICFが重視するところと一致する8)。 ※「会話パートナートレーニング」と呼ばれる場合もあるが、本稿ではコミュニケーションパートナートレーニング(CPT)に統一する。 (1) 失語症のCPT  失語症に関するCPTは、Kaganら9)がボランティアを対象に実施したものがよく知られており、その後も、世界各地で様々な形で実践され、効果が報告されている10)。医療スタッフなど職業上で失語症者と関わる人を対象とするCPTも行われている例えば、11)。本邦においては、NPO法人や地方自治体がボランティアの育成と活動支援を行ってきた12,13))。また、最近では障害者総合支援法における地域生活支援事業に失語症者向け意思疎通支援が位置づけられ、支援者の養成が始められているところである14)。しかし、国内外のいずれにおいても職業リハ領域における取組については見当たらないようである。 (2) 認知コミュニケーション障害のCPT  認知コミュニケーション障害領域のCPTは、失語症領域に比較すると研究数が少ないが、海外において、警察官15)、介護職員16)、当事者の家族・友人17)、スーパーマーケットの店員18)などを対象としたCPTの実践と効果が報告されている。職業リハ領域におけるCPTの実践を報告する研究は、失語症領域と同様、現在のところ見当たらないようである。 (3) CPTの実施と効果測定  上述の(1)(2)のいずれにおいても、トレーニングの対象者や内容、実施方法は多様である。対象者の点では、①家族などを対象として特定の高次脳機能障害者とのコミュニケーションの改善を目指すものと、②職業上で関わる場合など不特定多数の高次脳機能障害者とのコミュニケーションを想定したものに二分することができる19)。トレーニングの内容は上述した目的によっても異なるが、障害特性や望ましいコミュニケーションについての知識付与のほか、ディスカッションやロールプレイ、高次脳機能障害者との会話演習が含まれる場合が多い。同時に参加する人数や、どの程度の時間をかけてトレーニングを行うかについても幅がある。効果の測定方法についても、参加者の知識や自信の変化を質問紙で測定するもの、実際のコミュニケーションを録音や録画して一定の基準に沿って評定するものなど様々である。標準的な効果測定の方法を確立することが課題であると指摘されている19)。   4 現在取組中の研究  冒頭に示したとおり、職業リハ領域におけるCPTの開発に取り組んでいる。具体的には、平成30年度に職業リハ従事者を対象とした研修プログラムを試行実施、その結果を踏まえ、翌年度には企業内の支援者を対象とした研修プログラムを計画している。当該プログラムは、2日間の日程で、失語症と認知コミュニケーション障害の両方についてのコミュニケーションを取り扱う。両者の障害特性には異なる点も多いが、望ましい対応方法には共通点が少なからず見られるためである20)。職場におけるコミュニケーションに特に焦点を当て、高次脳機能障害者と円滑なコミュニケーションを行うための知識と技術を提供することを目的とする。当研究においては、実験的手続きを用いて介入効果を検討する。研究の成果は、次回以降の本発表会、関連学会、調査研究報告書等で報告する予定である。   【参考文献】 1) 障害者職業総合センター(2018). 調査研究報告書№139 社会的行動障害のある高次脳機能障害者の就労支援に関する研究~医療機関での取組についての調査~ 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 2) 本村 暁(1994). 臨床失語症学ハンドブック 医学書院 3) 種村 純(2009). コミュニケーションの障害 種村 純・椿原 彰夫(編)  教材による認知リハビリテーション—その評価と訓練法(pp. 268-300) 永井書店 4) Graham, J. R., Pereira, S., & Teasell, R. (2011). Aphasia and return to work in younger stroke survivors. Aphasiology, 25, 952-960. 5) Douglas, J. M., Bracy, C. A., & Snow, P. C. (2016). Return to work and social communication ability following severe traumatic brain injury. Journal of Speech, Language, and Hearing Research, 59, 511-520. 6) Simmons-Mackie, N., Savage, M. C., & Worrall, L. (2014). Conversation therapy for aphasia: a qualitative review of the literature. International Journal of Language & Communication Disorders, 49, 511-526 7) Togher, L., Wiseman-Hakes, C., Douglas, J., Stergiou-Kita, M., Ponsford, J., Teasell, R., Bayley, M., & Turkstra, L. S. (2014). INCOG recommendations for management of cognition following traumatic brain injury, part IV: Cognitive communication. Journal of Head Trauma Rehabilitation, 29, 353-368. 8) Ylvisaker, M., Trukstra, L. S., & Coelho, C. (2005). Behavioral and social interventions for individuals with traumatic brain injury: A summary of the research with clinical implications. Seminars in Speech and Language, 26, 256-267. 9) Kagan, A., Black, S.E., Duchan, J. F., Simmons-Mackie, N., & Square, P. (2001). Training Volunteers as conversation partners using “Supported Conversation for Adults with Aphasia” (SCA): A Controlled Trial. Journal of Speech, Language, and Hearing Research, 44, 624-638. 10) Simmons-Mackie,N., Raymer, A., & Cherney, L.R. (2016). Communication partner training in aphasia: An updated systematic review. Archives of physical Medicine and Rehabilitation, 97, 2202-2221. 11) Cameron, A., McPhail, S. M., Hudson, K., Fleming, J., Lethlean, J. & Finch, E. (2017). A pre-post intervention study investigating the confidence and knowledge of health professionals communicating with people with aphasia in a metropolitan hospital. Aphasiology, 31, 359-374. 12) 小林 久子(2004). 失語症会話パートナーの養成 コミュニケーション障害学, 21, 35-40 13) 竹中 啓介・吉野 眞理子(2013). 重度の失語症がある人とのコミュニケーションにおける会話技術講習の効果:情報伝達実験の会話分析による定量的検討 コミュニケーション障害学, 30, 133-140 14) 立石 雅子(2017). 失語症のある人のための意思疎通支援 保健医療科学, 66, 512-522 15) Togher, L., McDonald, S., Code, S., & Grant, S. (2004). Training communication partners of people with traumatic brain injury: A randomised controlled trial. Aphasiology, 18, 313-335. 16) Behn, N., Togher, L., Power, E., & Heard, R.(2012). Evaluating communication training for paid carer of people with traumatic brain injury. Brain Injury, 26, 1702-1715. 17) Togher, L., Power, E., Rietdijk, R., McDonald, S., & Tate, R. (2016). An exploration of participant experience of a communication training program for people with traumatic brain injury and their communication partners. Disability and Rehabilitation, 38, 243-255. 18) Goldblum, G. (2009). Sales assistants serving customers with traumatic brain injury. Aphasiology, 23, 87-109. 19) Saldert, C., Jensen, L. R., Johansson, B., & Simmons-Mackie, N. (2018). Complexity in measuring outcomes after communication partner training: alignment between goals of intervention and method of evaluation. Aphasiology, DOI: 10.1080/02687038.2018.1470317 20) 廣實 真弓(2008). 対話者がコミュニケーションを円滑に行いにくい高次脳機能障害とそのコミュニケーション・スキルについて コミュニケーション障害学, 25, 189-197. 【連絡先】  土屋 知子  障害者職業総合センター研究部門(社会的支援部門)  e-mail:Tsuchiya.Tomoko@jeed.or.jp 就労を支える第三のスキーム「CAP」 ○吉岡 俊史(総合就労支援センターCAP/就労移行支援事業所あるば 所長)  大淺 典之・吉田 志信(総合就労支援センターCAP/就労移行支援事業所あるば) 1 はじめに  私たちの施設がある北海道は、産業に大きな偏りが見られる。全国の中で、第一次産業従事者の7%近くが北海道で働いているのに比べ、第二次第三次産業従事者はその半数ほどに留まっている。第一次産業の総生産に対する割合を見てみると、全国平均では1%のところ、北海道は4%近くになっている。  これらの状況の中、就労移行支援事業所あるばでは、北海道に於いて、より多くの業種・職種から働く本人の適性や特性に合った就労に出会えるよう、12年に渡り支援を続け、100名以上の障がい者が一般企業へ就職されている。  特に初めて社会に出て就職をする障がい者本人にとっては、働く本人が、どのように会社や社会で受け入れられているのかが理解しにくく、就職の実態もわからない中で、大きな不安を持っている。  それらの不安を取り除くために、本人を支える資源の「輪」が作られていくのが理想だ。しかし、その輪も、単に本人を取り巻いているだけでは機能せず、ここには一貫性、連続性、そして役割目的感がなければならない。それぞれの要素を全て社会福祉制度に頼って、制度にあるしくみを使うだけでは輪が完成するものではない。就職は本人が選択することで、本人の責任でもあるという気持ちから、福祉制度を利用してでも就職できない人は、自己責任といわんばかりの仕分けがなされている実態すらある。例えば、就労移行支援は2年間といった「期限」が設けられているが、その2年で就職に到達できない人には、その先のチャンスが著しく少なくなり、自ら希望を諦める人もいる(図1)。    そこで、就労移行支援事業所あるばでは、現在の就労に関する福祉制度に加えて、どのようなしくみがあれば、より多くの当事者に就労の機会が提供できるか、といった研究を現場の視点から行ってきた。その結果として、新しい仕組みの創設に至った。この機会をお借りして報告したい。 2 就労移行支援制度を補完する支援の開発 (1) 背景  就労移行支援事業は、2~3年という期限が設けられている。それでも、多くの人が期間中に次の進路を決め、移行できているのは、計画的な専門支援がゆえんである。しかし、そもそも、制度の枠内の支援だけではクリアできない障壁も増えつつある。例えば、就職を急ぐことによる、働く動機や気持ちがついてこない‥身辺準備が整わない‥、また本人のアセスメントデータが十分に揃わず、最適なジョブマッチングができない、といった状況である。  障がいを持ちながら一般企業に就職した人のうち、半分の人が5年後には職を離れているというデータもある。15%の人が1年も定着していないのである。離職の全ての原因が準備不足ではないが、就職や離職に伴う本人にかかる心理的負担、経済的負担を考えても、支援に期限をつける概念自体が、福祉的活動には馴染みにくいものでもある。  しかし、私たちは既存の制度の作り方にだけに問題の理由付けをするべきではない。むしろ実践の現場を担当する者として、現状を正しく捉え、支援者ができる事を研究・模索し、高めていくべきである。  そこで、真のニーズを見て、私たちの持つノウハウや資源を研究し、導いた結果が、今回報告する「就労移行を補完する新しいしくみの創設」である。この新しいしくみを考えていく上で一貫して守ったのは、支援の場面の実践で起こっていること、解決が難しかった事例等、支援者の失敗や困った経験を材料に考えるといったものである。 (2) 新しいしくみを考えるにあたって  就労移行支援事業は、基本的に毎日施設に通って訓練を受けるのが前提となっている。在宅で就労支援を受けられる場合もあるが、まだまだ普及してはいない。個人の持つスキルが高く、企業にも十分貢献できる力を備えながらも、メンタル面の不調や障がいによって、就労が不安定になり、雇用につながらないケースも増えている。つまり就労支援に求められている支援の内容も変わってきているのである(表)。  例えば在宅勤務や短時間勤務といった働き方が多様化している。しかしそのような動きがあっても、就労準備支援の形は、十分に柔軟性が保てていないのが実情である。例えば週1回だけ施設に通って、残りの日は通わない支援であっても、2年間という枠組みは削られていくのである。   そこで、あるばでは、数年前より課題の打開策検討を始め、平成29年6月に就労支援とは別に、独自事業として、柔軟性に富んだ新しい就労支援のシステムを作った。 (3)新しいしくみとは  新しい就労支援のシステムとは、就労移行支援を柔軟に補完する、別のタイプの就労支援サービスを独自に創り、総合的な就労支援を行う、というものである。その「独自のサービス」は、あるばの今までの就労支援の経験やノウハウを使い、支援をプログラム化し、ニーズのある人に柔軟に広く使っていただくものである。例えば高校や大学に在学中から社会性訓練を使ったり、コミュニケーション力を伸ばすプログラムを集中的に受けたり、長期間自宅で過ごしていた方が一歩地域に出るため、無理のないペースで、個別プログラムを受けたり、といったものである。  これらの、就労移行支援を補足する新しいタイプの就労支援サービスを「キャリアセンターINTAS」と命名して、就労移行支援事業所あるばの施設に併設した。また、就労移行支援事業所あるばと合わせ『総合就労支援センターCAP』(以下「CAP」という。)と命名して整理した。そして、年齢や立場、現在の所属等を超え、広く活用できるようにした(図2)。  CAPは、2つの異なる専門性を持つ部門(障がい福祉サービス事業=就労移行支援事業所あるば・就労定着支援事業所あるば/私的サービス事業=キャリアセンターINTAS)に分け、機能の異なるこれらの2つの専門部門を統括したものである(図3)。  CAPの支援は、働く上で必要なルール、自己管理、リスク管理方法等を習得するプログラム等を、働く意欲や自信の獲得につながるよう構成し、提供していくものである。  支援プログラムは、利用する人と支援者で話し合い、アセスメントを経て提供する。提供には計画をたて、目標に向かって確実にステップアップしていくことを目指していく。さらに、すでに企業で働いている方も、組織内の対人関係等で困難を感じている場合、仕事の合間や休暇中に通えるようにしていくことを考えている。  あるばの支援の特徴はプログラム化と言える。プログラム化とは、本人に適合した支援を、手持ちの複数のプログラムから取捨選択して、本人用の支援プログラムを作っていくのである。全ての人にゼロから支援を組んでいくのが理想ではあるが、運用上ままならない場合が多く、的確な支援をなるべく迅速に提供するための工夫をしている。まだ完全な形に整備されているとは言えないものの、今後も多くのプログラムを開発し適用していく。 3 就労支援の第三のスキーム  CAPのスキームは、就労移行支援が、就職するまでの「つなぎ」の機能だけではなく、第三の新しいソリューションとして、利用する方々のニーズに応えるものでなければならない。そして、働きたい想いの実現に寄与できるよう、利用する方々の力を借りてCAPを育てていきたい。 【参考文献】 1) 北海道経済部 地域経済局 「本道における中小・小規模企業の現状」(北海道庁北海道経済部) 【連絡先】  吉岡 俊史  総合就労支援センターCAP   e-mail:info@centercap.org 障害学生のキャリア支援に関する雇用・福祉・教育の関連施策の動向:文献レビュー ○清野 絵 (国立障害者リハビリテーションセンター研究所 室長)  榎本 容子(独立行政法人国立特別支援教育総合研究所) 1 背景と目的  近年、大学等に在籍する障害学生が増加し、特に精神障害や発達障害等の学生が急増している1)。このような障害学生の増加の背景として、我が国における2014年2月の障害者権利条約の批准、2016年4月の障害者差別解消法の合理的配慮規定の施行により、大学等の高等教育機関において、障害学生支援の体制の整備や取組が進んだことが指摘されている1)。一方、大学(学部)における2017年度卒業者のうち、障害学生の就職率注)は54.4%2)、精神障害学生の就職率は44.2%2)、発達障害学生の就職率は37.3%(診断有)、49.3%(診断無)2)であり、障害のない学生の就職率76.1%3)を大きく下回るという課題がある。そのため、大学等の高等教育機関の出口の支援、また障害者の社会参加や自立の支援という点から、障害学生に対する、教育から雇用への移行を見据えたキャリア支援を、雇用・福祉・教育の連携のもと、早期からより効果的に取り組む必要性が高まっている。  以上の背景から、本研究では、障害学生のキャリア支援に関する雇用・福祉・教育の関連施策の動向を整理し、障害学生のキャリア支援の今後の展望と課題を明らかにすることを目的とした。具体的には(1) 障害学生のキャリア支援に関する関連施策を整理した後、これらの施策を踏まえ、現在検討されている(2) 障害学生のキャリア支援に関する方向性について紹介する。そして、最後に、障害学生のキャリア支援に関する展望と課題について論じることとする。 2 方法  公的資料を用いた文献レビューとする。 3 結果と考察 (1) 障害学生のキャリア支援に関する関連施策  近年の障害学生のキャリア支援に関する雇用・福祉・教育の関連施策とその内容を整理した結果を表に示した。  障害者権利条約の署名、その後の批准を契機として、雇用・福祉・教育の関連法及び施策がそれぞれ連動しつつ、急速に整備されてきていることがうかがえる。また、この過程の中で、今後、雇用・福祉・教育の関係機関間の連携のもと、大学や高等学校等における、生涯を見据えたキャリア支援の拡充が図られようとしていることもうかがえる。 表 障害学生のキャリア支援に関する関連施策と主要な内容 2011 (H23) 「障害者基本法」 改正 ・差別禁止の規定 ・多様な就業の機会の確保、特性に配慮した職業相談、職業訓練等の 施策 ・障害者の優先雇用その他の施策 ・事業主による雇用の機会の確保と適正な雇用管理 ・精神障害者に発達障害が含まれることが位置づけ 2013 (H25) 障害者の雇用を支える連携体制の構築・強化について【厚生労働省】 ・「福祉」「教育」「医療」から「雇用」への流れを一層促進する目的で 取組を実施 2013 (H25) 「障害者の雇用の促進等に関する法律」(障害者雇用促進法) 改正 ・雇用分野において事業主に対して障害者への差別禁止及び合理的 配慮の提供を義務化 2014 (H26) 「障害者の権利に関する条約」(障害者権利条約) 批准 *条約署名は2007年 ・差別禁止、合理的配慮義務 ・労働の権利、労働環境の改善整備 ・障害者の生涯学習の確保が規定 2014 (H26) 「障害者の雇用を支える連携体制の構築・強化」の改正について                                  【厚生労働省】 ・障害者就業・生活支援センターや就労移行支援事業所等の就労支 援機関、特別支援学校、企業や医療機関、都道府県労働局や安定所が中心となり、地域障害者職業センターと連携を図り取組実施 2016 (H28) 「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法) 施行 ・障害を理由とする差別の禁止 ・合理的配慮の提供 2016 (H28) 「発達障害者支援法」 改正 ・就学前から社会参加までの切れ目ない支援体制の整備 ・「個別の教育支援計画」「個別の指導に関する計画」の作成の推進 ・個人情報の保護に十分配慮の上、関係機関で支援に資する情報共有の促進 ・就労定着の支援を規定 ・事業主による雇用の機会の確保と適正な雇用管理 ・大学及び高等専門学校における、「個々の発達障害者の特性」に 応じた適切な教育上の配慮の提供 2017 (H29) 障害者の生涯を通じた多様な学習活動の充実について【文部科学省】 ・福祉、保健、医療、労働等の関係部局と連携した進学・就職を含む 切れ目ない支援体制の整備 ・障害のある子供たちのキャリア教育の充実や生涯にわたる学習の 奨励 2017 (H29) 就労系障害福祉サービスにおける教育と福祉の連携の一層の推進について                【文部科学省・厚生労働省】 ・特別支援学校等と就労系サービス事業所等の連携を図る ・教育支援計画とサービス等利用計画の共有、連携、活用 ・実効性のある就労アセスメントの実施 2018 (H30) 「第4次障害者基本計画」 閣議決定 ・雇用・就業、経済的自立の支援 ・教育の振興(個別の指導計画・教育支援計画の活用による特別支援教育の充実、障害学生の支援、生涯を通じた多様な学習活動の充実) 2018 (H30) 障害者雇用率の引き上げ      *障害者雇用促進法改正(2013) ・障害者雇用義務の対象に精神障害者が追加 ・4月1日から民間企業の法的雇用率2.2%(2020年までに0.1%引き上げ) 2018 (H30) 「障害者の雇用を支える連携体制の構築・強化について」の改正に ついて                             【厚生労働省】 ・高等学校との連携について  *「通級による指導」の制度化(2018) ・大学との連携について ・就労定着支援事業所について 2018 (H30) 「教育と福祉の一層の連携等の推進について」 【文部科学省・厚生労働省】 ・学校と障害児通所支援事業所等との関係構築の「場」の設置 ・学校と障害児通所支援事業所等との連携の強化 ・保護者支援のための情報提供 2018 (H30) 「第3期教育振興計画」 閣議決定 ・障害者の生涯学習の推進(学校卒業後における障害者の学びの支援、切れ目ない支援体制構築に向けた特別支援教育の充実、大学等における学生支援の充実等) (2) その他の障害学生のキャリア支援に関する関連動向 ア 学校卒業後における障害者の学びの推進に関する有識者会議4)  文部科学省では、生涯学習社会の実現と共生社会の実現に向け「学校卒業後の障害者の学びに係る現状と課題を分析し、その推進方策について検討を行う」ための有識者会議が設置され、必要な検討が進められている。  この会議の中で、学校卒業後における障害者の学習として必要となる内容のイメージ例として、【特に学校から社会への移行期に必要な内容(視点1)】に関しては、「学校段階で身につけた資質・能力の維持・開発に関する活動」「社会体験や生活体験、農業体験」「就業体験、職場実習」等が挙げられている。また、【生涯の各ライフステージで必要な内容(視点2)】に関しては、「健康の維持・増進」「金銭管理、契約」「集団生活でのルール、マナー」「ストレスマネジメント」「就職や転職に関係のある知識や資格の取得」等が挙げられている。さらに、【生涯を通じて必要な内容(視点1・2共通)】に関しては、「人と関わる力(コミュニケーション能力等)に関わる活動」「主体性を持って物事に取り組む意欲、やり遂げる力に関わる活動」「スポーツ活動」「文化芸術活動」等が挙げられている。なお、これらについて、特別支援学校等でのキャリア教育の取組も踏まえ、生涯を通じたキャリア発達の促進を重視することが述べられている。  以上から、生涯を見据えたキャリア支援の拡充に当たっては、各ライフステージにおける、キャリア支援の充実のほか、家庭生活や社会生活に必要な学習の充実が重要となることがうかがえる。 イ 家庭と教育と福祉の連携「トライアングル」プロジェクト5)  各ライフステージにおける、キャリア支援の充実、家庭生活や社会生活に必要な学習の充実を「切れ目なく」行うための方策として着目したいのが『家庭と教育と福祉の連携「トライアングル」プロジェクト』である。  同プロジェクトは、改正発達障害者支援法(2016)で規定された「就学前から社会参加までの切れ目ない支援体制の整備」に向けて、文部科学省と厚生労働省の協働により取りまとめられたものであり、今後さらに施策の充実を図ることとされている。両省から通知された「教育と福祉の一層の連携等の推進について」(表)では、同プロジェクトの趣旨を踏まえた積極的な取組が依頼されている。  現段階では、同プロジェクト報告において、キャリア支援に関する記載は見当たらないものの、社会参加を見据えるならば、早期からの家庭・教育・福祉の連携による効果的なキャリア支援の取組の充実が望まれる。今後の取組の進展に期待したい。 4 障害学生のキャリア支援に関する展望と課題  本研究から、我が国では、生涯を見据えたキャリア支援の拡充や、多様な機関や保護者等との連携を促進する施策が急速に整備されていることが明らかにされた。今後は、各施策の連動のもと、早期から系統的かつ重層的に支援が展開され、大学や高等学校等の就労前段階までに必要な学びが保障されるしくみ作りが重要になると考える。  今後の課題としては、施策を具体化する方策の工夫が挙げられる。家庭・福祉・教育において、必要な情報が分かりやすく得られ、関係者間で手軽に共有されることを支援する「ツール」の開発は、こうした工夫の一つであろう。  一例として、発表者らが開発に関わった「発達障害等の子どもたちへの放課後等デイサービス向けキャリア教育プログラムの推進」のパンフレットを紹介する(図)6)。このプログラムは、発達障害等の児童・生徒の「生活場面」における、段階的なキャリア支援を推進するために開発された。特徴として、小学生・中学生・高校生の発達段階ごとに、仕事理解と自己理解の側面から、キャリア発達を促す上でのポイントが整理されている。また、障害児通所支援事業所である放課後等デイサービスにおいて実施できそうな複数のキャリア支援の実践例のポイントが示されている。また、家庭との連携を想定し、家庭教育で取り組めることが示されている。こうしたパンフレットを、家庭や学校とも共有することで、家庭・福祉・教育における「生活場面」での生涯を見据えたキャリア支援の在り方を検討していくための連携ツールになる可能性を提案したい。 図 放課後等デイサービス向けキャリア教育プログラム 【参考文献】 1) 独立行政法人日本学生支援機構,障害学生支援.(https://www.jasso.go.jp/gakusei/tokubetsu_shien/index.html) 2) 独立行政法人日本学生支援機構(2018):平成29年度(2017年度)障害のある学生の修学支援に関する実態調査 (https://www.jasso.go.jp/gakusei/tokubetsu_shien/chosa_kenkyu/chosa/__icsFiles/afieldfile/2018/07/05/h29report.pdf) 3)文部科学省(2017):学校基本調査−平成29年度結果の概要−調査結果の概要(高等教育機関) (http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2017/12/22/1388639_3.pdf) 4)文部科学省(2018):学校卒業後における障害者の学びの推進に関する有識者会議 (http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/041/index.htm) 5)厚生労働省・文部科学省(2018):家庭と教育と福祉の連携「トライアングル」プロジェクト (https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000191192.html) 6)榎本容子・大蔵佐智子・清野絵・新堀和子・野牧宏治(2018):放課後等デイサービス向けキャリア教育プログラムの推進(http://fields.canpan.info/report/detail/21475) 【注】 就職率の計算式:就職者÷卒業学生数×100 施設卒業生によるOB会における、就労定着支援への意識調査 ~つばめ団の取り組みを通して~ ○西躰 亮貴(株式会社富士山ドリームビレッジ 取締役)  北村 貴志(株式会社富士山ドリームビレッジ 駿東ドリームビレッジ) 1 はじめに  株式会社富士山ドリームビレッジ(以下「ビレッジ」とという。)は、2006年10月、自立支援法が施行された時に合わせ、株式会社として就労移行支援事業を開始した事業所である。2018年8月時点で、静岡県内に就労支援事業をはじめ、生活介護、放課後等デイサービス、グループホームなど、13ヶ所19事業所を展開している。就労支援事業は8事業所展開しており、2017年度末までに、述べ145名の一般企業への就職者を出している。 2 OB会発足の経緯(卒業生の状況と10周年式典での要望)  就労した弊社事業所利用者(以下「卒業生」という。)に対して、個別に相談を受け、離職時の支援などを行なってきた。しかし、本人も辞める意思が固まってから実態を知ることも多く、離職の決断までにビレッジ側から介入するタイミングが得られないことで残念な思いを何度もした。就職時にビレッジの事業所や他の相談事業所などにも繋いでいるが、問題が浮上しないと関わることが出来ないため、業務が安定していると、卒業生も相談することはしなくなる。  2016年10月に、開所10周年記念式典を行なった。主に関係企業や行政向けの案内として行なったが、就職した卒業生に向けて広く参加を呼びかけたところ、38名の参加があった。その席で卒業生達と話す中で、今回のように皆が集まることのできる場が欲しいという話が出た。卒業生は、仕事以外のコミュニティー、居場所、相談場所を必要としているととらえ、今回のOB会を発足させることとなった。 3 開催までの流れ (1) 打合せ・事前準備  社内にプロジェクトチームを作成し、2017年12月から月1回、合計6回の会議を行った。  開催に際して、弊社の事業所も点在しており、卒業生の居住地も広いため、開催場所などにも課題はあった。OB会の目的を「卒業生の新しい場所を提供し、悩みの相談場所として富士山ドリームビレッジを提案する」と共通理解をし、企画をすすめた。その考え方により、卒業生に親しみをもって参加していただけるよう「つばめ団」という名前に決定した。  対象卒業生は全体で127名であったが、あまりに遠方の方やすでに離職して別の福祉事業所等に移行している方は除き、104名にハガキにて連絡を取り参加希望を募った。住所の変更等で個別に連絡が取れない方もおり、期間が空いてしまったために返信を頂けない方もいたが、結果として、入団希望者は51名となり、第1回のイベント参加者は21名となった。 (2) 事業実施  2018年7月7日に「つばめ団第1回ティーパーティー」と題して開催された。午後の3時間程度の時間ではあったが、ホットケーキ作りをしたり、インタビューでそれぞれの近況を報告したり、サイコロトークでエピソードを話す等、参加者が話しながら活動できる企画を多く取り入れた。 閉会挨拶の後、アンケートの記入を促した。全体的なイベント自体の感想と、就労定着に対する意識調査だが、積極的に記入をしていただいた。 4 アンケートの分析  今回の参加者21名のうち、アンケートに回答した21名を今回の分析対象とする(図1~6)。アンケートに関しては無記名で行い、本人のプライバシーが流出しない旨を書面にて伝えた。  参加卒業生の就労期間について、参加者総数21名のうち、就労して2年未満の者が15名で全体の71%を占めているが、そのうち3人(正確な人数)は一度離職して再就職してから2年未満という者だった。  仕事を継続する中での不安については、就職後半年までは不安に感じることがあったようだが、その後は不安に感じているという意見はなかった。長期に就労が継続している方は、この辺りも非常に安定している様子がうかがえた。  現在不安に感じることについては、「自身の気持ちに関すること」に次いで「仕事の内容について」が多かったが、今後相談できる場所が増えたときには、現在の仕事の内容よりも、自身の将来のことについて相談したいという意見が増えた。これは自由記入欄でも「1人で生活ができるかどうか」「勤務日を増やしたい」「40歳ぐらいで今の会社を辞め、転職したいが、その次のステップへの悩み」などと、多様な悩みを抱えていることが分かった。  仕事の相談相手に関しては「会社の上司」や「会社の同僚」に相談ができている。また、「家族」や「ビレッジ」も相談先としてとらえているが、今回は「相談事業所」への回答は見られなかった。今後弊社も就労定着支援に関わっていくにあたり、相談のしやすい場であることが求められている。   (左)図1 問1:参加卒業生の業種 (右)図2 問2:参加卒業生の就労期間 図4 問4:どのようなことで不安になるか? 図6 問6:相談できるところが増えたら、何を相談するか? 5 つばめ団の反省として  今回の取り組みは卒業生も様子見のところがあり、事業所が大きく広がっているため、「自分を知っている人が少ないのでは?」という不安もある中参加してくれた人が多くいた。実際に参加してみて「また来たい」という意見が多く寄せられていたので、定期的に開催されることで卒業生の広がりが増えていくことが期待される。  「卒業後でも相談する場所としてビレッジを利用できる事がわかったので、困った事があったら相談をしたい」と言う意見は、卒業後もビレッジのOBである事、卒業したら関わりが全て無くなってしまうわけではない事を卒業生に知っていただくには良い機会だったと思われる。他に、各事業所での就労定着支援事業や、日中一時等のサービスを利用する事等も視野に入れて進める事で、本人の気持ちの上での安定を図り就労定着に繋げられるのではないかと思う。  楽しい会であることは良いが、ビレッジに戻りたいがために離職をしてしまうと本末転倒になってしまう。次回は楽しいだけで無く「仕事を続ける為の元気を貰える」様な会が出来れば良い。今回は試験的な事も少しあったが、例えば司会のアシスタントとして参加者を指名し、打ち合わせ等の事前準備にも参加して頂くと、卒業生にとってより意義のある会になると考えられる。   6 まとめ  就労定着支援として関わりたくても、「卒業したからもう関わらないでほしい」と、本人が支援を拒否してしまうというケースもあり、就労定着支援が必要だからと、誰にも導入することは難しい。しかし、仲間意識を持ちながら、定期的につながり、日頃言えない悩みを語る場を作ることが必要である。力強く羽ばたき、時に振り返りながら仲間と自身の目標を語り合う。そんな場面が、就労定着の場には求められており、弊社もそんな止まり木の場を用意していきたい。 障害福祉サービスにおける堺市での地域就労支援について ○辻 寛之 (特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺 管理者兼サービス管理責任者)  濱田 和秀(特定非営利活動法人クロスジョブ) 1 はじめに  都市部では雇用率の引き上げから障害者雇用の突風が吹き、障害者雇用ありきの流れが加速し、企業の雇用管理も問われる状況となっているが、障害福祉サービスにおける就労支援の在り方は、都市型中心のみで良いのだろうか。  我々は障害福祉サービスにおける就労支援を「地域就労支援」であると捉え、堺市における障害福祉計画の一助になればという思いのもと、地域に必要とされる事業所つくりと同時に、周囲との連携により地域をどのようにつくっていくのかを考えている。都市部に出る事が困難でも、一般企業で働きたいと希望を持つ方々にサービスが行き届くような地域つくりを引き続き模索するために、今回の発表で参加者の皆様とともに地域就労支援を語り合いたい。 2 クロスジョブについて  政令指定都市堺市の堺区に2010年2月法人設立、同年4月に堺事業所を定員20名で開所。同時に堺市就労移行支援事業連絡会に加盟し、障害福祉計画に基づく地域就労支援を考えてきた。地域ニーズの高まりから2017年1月に堺市西区に鳳事業所を定員20名で開所。改めて障害福祉サービスにおける堺市での地域就労支援を実践している。 3 堺市の就労移行支援事業所と障害福祉計画について  堺市内は堺区、北区、中区、東区、西区、南区、美原区の7区に分かれており、就労移行支援事業所と定員数は表1の通りである。堺市就労移行支援事業連絡会加盟事業所については、「連絡会」の欄に○を記した。美原区には事業所がない状況である。 表1 堺市内の就労移行支援事業所(2018年8月現在) 事業所 区 定員 連絡会 事業所 区 定員 連絡会 A 堺 22 ○ N 東 24 ○ B 堺 15 ○ O 東 7 C 堺 20 ○ P 東 14 D 堺 20 Q 西 6 ○ E 堺 6 R 西 20 ○ F 堺 20 ○ S 南 6 ○ G 堺 20 ○ T 南 7 H 堺 20 U 南 6 ○ I 中 6 V 南 ? J 中 20 ○ W 北 6 ○ K 中 8 ○ X 北 20 ○ L 中 20 Y 北 6 ○ M 中 20 Z 北 6 ○  堺市内の事業所数は2016年度以降20数か所を境に増減を繰り返している。現在は従たる事業所含め26事業所、定員数合計は345名+αである。  堺市の第4期障害福祉計画の目標と推移によると、2016年度における「福祉施設から一般就労への移行」の項目のうち、一般就労への移行実績は目標値169名に対し104名、就労移行支援利用者数は目標値312名に対し233名、就労移行率3割以上の事業所が全体の5割以上の目標に対し4割と、2016年度において達成出来ていない状況である。  堺市においても2018年度から第4次障害者長期計画の中期にあたる、第5期障害福祉計画がスタートしている。堺市の成果目標の設定として、2020年度中の一般就労への移行実績146名、就労移行支援利用者数276名、就労移行率3割以上の事業所が全体の5割以上、就労定着支援事業による支援を開始した時点から1年後つまり就職後1年6ヶ月後の職場定着率が8割以上を掲げている。25事業所、定員数合計345名とした場合、全事業所が定員8割以上の充足率を常に確保し、就労移行率4割3分を上回らなければ達成出来ない。定着支援事業については2018年8月現在、堺市において申請を行っている事業所が少なく、当事業所としても申請準備段階であるが、移行支援利用中にいかに定着を見据えた本人、企業のアセスメントとマッチングが図れているのか、また就労移行支援のフォローアップ時に企業の雇用管理を図れるのかが鍵であると考える。いずれにしても堺市における各事業所が相当な意識とともに取り組まなければならない状況である。 4 堺市就労移行支援事業連絡会について  働きたいと希望される障害のある方の一般就労への移行はもちろん、就労移行支援事業という障害福祉サービスがあることを知って頂き、就労移行を利用し就職を目指し、就職後働き続けていくということを堺地域の中で支えていく有志で2008年に会を発足。2016年度より年会費1万円を加盟事業所から徴収し、活動している。堺市内において当時、就労移行支援事業所は31カ所あったが、増減しながら現在26カ所となっている。現在、加盟事業所は表1の通り、16事業所である。  取り組みは、①奇数月開催の例会、②就労移行支援事業合同説明会、③就労移行フェスティバル、④研修会と大きく4つある。①例会では、各事業所の近況報告、困りごとの相談、例会に参加して下さっている行政や障害者就業・生活支援センター、企業からの情報提供等を主として行う。②説明会では堺市内で会場を借りて就労移行支援事業の周知と各事業所の説明を行っている。③フェスティバルは継続就労されている方の表彰を行い、働き続けていくことについて考えている。④研修会は支援の質の向上を視野に地域を巻き込みながら行っている。今後も顔の見える関係性の更なる構築と福祉計画を見据えた相互の高めあいが必要である。 5 クロスジョブでの地域就労支援の変遷 (1) 雇用を見据えた実習を通じてからの就職  「定着支援及び本人が働き続ける」を企業の雇用管理にシフトすべく、2017年度から雇用を見据えた実習を通じて就職前最終のアセスメントとマッチングを行うことを加速させた。実際に利用者が希望する企業をスタッフが見学及び体験し、利用者に伝え、雇用を見据えた見学、実習に進むという形態である。それまではハローワークの障害者求人に対して、事業所内アセスメントと職場体験実習での企業評価をもとに、ひとまず書類を応募するという就職活動形態であった。これにより、利用者のマッチングはもちろん、スタッフが企業内を知ることができ、次に求人票のみを見た時のイメージの膨らみ方や利用者の伝え方についてより具体的になった。また企業に対しても利用者本人の特性や配慮について、口頭のみよりもイメージを持って頂きやすい為、就職後の企業での雇用管理に移行しやすい。  タウン誌やインターネットからの企業開拓ではもちろん、ハローワークの障害者求人に対してもすぐ応募ではなく、出来る限り積極的に見学の打診から行っている。障害者雇用の突風が吹いている状況の中、安易にこの突風に乗らずに「働き続ける」をアセスメントしている。 (2) 事業所近辺での実習地、施設外就労先の確保  就労移行支援事業所において、事業所外で行う仕事や実習地の開拓は主要業務の一つである。堺事業所では2017年1月の堺市内における2事業所化により、それまで事業所が入るビルの清掃を施設外就労訓練という位置付けで請け負っていたが、契約解除し、新たな場所に移転した。これが新たなニーズの発見や地域との関わりを築く機会となった。公共交通機関利用や実習地環境の苦手さのニーズから新たな職場体験実習地や施設外就労先の開拓を堺地域の中で行った。事業所から徒歩3分の実習地と徒歩10分の施設外就労先を見つけることが出来た。これらにより、事業所外での就労に向けた訓練においてスモールステップが必要な方々の一助となった。 (3) 新規利用者の居住地の変化  地域ニーズに応える為の2事業所化以降、新規利用者の居住地の変化も見られている。2016年度以降の新規利用者の動向は表2の通りである。   表2 新規利用者の居住地について(2018年8月現在) 新規利用者 堺市内 周辺他市 2016年度 15名 7名 8名 2017年度 18名 14名 4名 2018年度 11名 8名 3名 2017年度以降は利便性より、堺市西区の鳳事業所を利用する方々もいるが、堺事業所においては、電車ではなく自転車やバスを利用して通所される方々も増えてきている状況である。公共交通機関利用が苦にならない方は大阪市内まで通所されている可能性があると同時に堺市内で通いたいというニーズの表れも窺える。 (4) グループホームとの連携  2018年度に入り、グループホームからの通所や就職後グループホームに入所し通勤する方が出てきた為、連携をとるケースが増えてきている。これまではグループホームからの通所はB型事業所や自立・生活訓練のイメージが強かった。本人の意思決定支援を考える上でも、親や周囲の意向ではなく、本人が「一般就労を目指したい」と思っている場合に、連携の在り方を含め、就労移行を利用できる状況を今後も模索していく。 6 これまでの振り返りからの考察と今後  現状の雇用の突風の中で就職後働き続けることができる方はそれでも良いかもしれないが、障害福祉サービスにおける地域就労支援の本質はそうではないと思う。障害があってもなくても、相互に理解しあい、本人が住まう町で働き、暮らし続けることができる地域つくりが、まだまだ必要であると考える。  今回の振り返りから、堺市内の企業に今まで以上に障害者雇用について考えて頂くことが課題である。なぜなら、都市部に行けない方や引きこもりの方であっても企業で働きたいと希望する方が働いていけるような連携が必要だからだ。雇用率のみに囚われるのではなく、地域の企業の中で本人が戦力として働き続けることができる地域就労支援を考えなくてはならない。その為には地域ニーズの更なる把握とともに、本当は働きたいと思っている方と働いて欲しいと思っている企業の掘り起こしを行政含め、連携、協業しながら行っていく必要があると考える。  我々の行う地域就労支援の実践が地域で必要とされる更なる障害福祉サービスとなるよう、今後も尽力したい。 【連絡先】  辻 寛之  特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺  e-mail:tsuji@crossjob.or.jp 職業リハビリテーションにおける 自己理解の支援行動の実施に対する経験年数の影響 ○前原 和明(障害者職業総合センター 研究員)  八重田 淳(筑波大学) 1 はじめに  職業リハビリテーション(以下「職リハ」という。)において、支援対象者の「自己理解の支援」は重要な支援事項として認識されてきた。この支援の実施に影響を与える要因を明らかにすることは、自己理解の促進に向けて重要となる。そこで、本研究では、職リハにおける自己理解の支援行動の実施における支援者の支援経験年数の影響について、職リハ機関に対する質問紙調査の結果から検討した。 2 方法 (1) 調査項目  職リハ支援者の自己理解の支援行動1)を調査項目とする質問紙(20項目)を作成した。各行動の実施頻度について5件法で統合失調症、気分障害、知的な遅れのない発達障害の各障害に対する回答を求めた。 (2) 調査時期及び対象者  2017年6月16日~7月31日に、職リハ機関(地域障害者職業センター52所、障害者就業・生活支援センター329所)に所属する支援者を対象としたメール調査を行った。なお、調査協力の同意は、電子メールでの調査回答の返信をもって得られたものとした。最終的に障害者職業カウンセラー29人、就業支援担当者126人から有効回答を得た。1人でも回答があった機関数を、質問紙を送付した機関数で除して算出した回収率は、地域障害者職業センターで55.8%、障害者就業・生活支援センターで38.3%、全体としては40.7%であった。 (3) 研究倫理  障害者職業総合センター調査研究倫理審査委員会の承認を得た。 3 結果 (1) 基本属性  調査対象者の平均年齢は全体42.1歳(障害者職業カウンセラー43.4歳、就業支援担当者41.2歳)、平均支援経験年数は全体9.2年(障害者職業カウンセラー19.7年、就業支援担当者6.8年)であった。 (2) 障害毎の支援行動の因子構造  質問項目への回答結果を用いて探索的因子分析(最小二乗法、プロマックス回転)を行った。結果、統合失調症及び気分障害については、「現状認識の促進」(認識促進)、「実体験の提供」(実体験)、「現状整理の依頼」(整理依頼)、「情報収集機会の設定」(収集機会)の4因子構造、発達障害については、「現状整理のための工夫」(整理工夫)、「現状認識の促進」(現状認識)、「情報収集に基づく振り返り」(振り返り)の3因子構造を示した。 (3) 経験年数間での各因子の実施程度  各項目の実施程度を得点化(全く行っていなかった:1点−必ず行っていた:5点)し、因子別に項目間の平均値を算出した(表)。   表 因子毎の実施程度得点 障害種 因子名 M SD Range 統合失調症 認識促進 4.11 0.05 2.00−5.00 実体験 3.53 0.06 1.00−5.00 整理依頼 3.28 0.06 1.25−5.00 収集機会 2.58 0.07 1.00−4.67 気分障害 認識促進 4.09 0.05 2.00−5.00 実体験 3.30 0.05 1.40−5.00 整理依頼 3.30 0.06 1.60−5.00 収集機会 2.52 0.08 1.00−5.00 発達障害 整理工夫 3.98 0.05 2.14−5.00 現状認識 4.10 0.05 2.00−5.00 振り返り 3.19 0.05 1.63−5.00 5年以下、6~10年、11年以上の就労支援経験年数から3群に分け、因子間の実施程度得点における経験年数の影響を分析するための一元配置分散分析を実施した。  統合失調症では、因子3の整理依頼以外すべての因子において、経験年数の効果は有意であった。Turkey法を用いた多重比較によれば、図1のような有意な差が見られた。  気分障害では、因子1の認識促進及び因子2の実体験以外の因子において、経験年数の効果が有意であった。Turkey法を用いた多重比較によれば、図2のような有意な差が見られた。  発達障害では、全ての因子において、経験年数の効果が有意であった。Games-Howell法を用いた多重比較によれば、図3のような有意な差が見られた。 4 考察  影響のみられた行動では、いずれも経験年数が長くなることで実施程度が高くなっていた。  統合失調症においては、整理依頼のみ経験年数の影響が見られなかった。この行動は、経験によらずしばしば実施されている行動であると考えられる。この一方で気分障害においては、整理依頼と収集機会において経験年数の影響が見られた。本人が主体的に整理や現状認識をする際に支援者の経験が影響すると考えられた。統合失調症と気分障害間の違いは、特性を考慮し、実体験の提供とセルフマネージメントの確立という関わりの観点の違いに関連したと考えられる2)。  発達障害においては、すべての行動の実施において経験年数の影響が見られた。発達障害者の支援においては、調査対象者の所属機関の要因についての更なる検討が必要であるが、障害特性の考慮や工夫等の必要性が高く、これまでの経験が大きく影響していると考えられる。 付記  本研究は、障害者職業総合センター調査研究報告書No.140「職業リハビリテーション場面における自己理解を促進するための支援に関する研究」2)を再分析したものである。 【参考文献】 1)前原和明・八重田 淳(2016)職業リハビリテーションで用いられる「自己理解の支援」についての概念分析.第24回職業リハビリテーション研究・実践発表会論文集,228-229. 2)前原和明ら(2018)職業リハビリテーション場面における自己理解を促進するための支援に関する研究.調査研究報告書140. 【連絡先】  前原 和明  障害者職業総合センター  e-mail:Maebara.Kazuaki@jeed.or.jp   障害者職業総合センター研究部門における研究課題の体系化 ○武澤 友広(障害者職業総合センター 研究員)  松尾 義弘・高瀬 健一・依田 隆男(障害者職業総合センター)  石黒 秀仁(元 障害者職業総合センター(現 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 総務部))   1 背景と目的  障害者職業総合センター研究部門では職業リハビリテーションに関する調査研究を行っており、その成果を調査研究報告書、資料シリーズ、マニュアル等の刊行物に取りまとめ公開している。これまでに発刊された調査研究報告書及び資料シリーズ(以下「報告書」という。)は200本以上あるため、研究成果を幅広く活用してもらうためには「各報告書がどのような研究課題に取り組んでいるのか」を整理した上で提示することが効果的である。ここでの「研究課題」とは調査研究を通して達成しようとした目的を指す。また、このように当研究部門が扱ってきた研究課題を整理・体系化につなげることは「これから検討すべき研究課題」を検討する上でも重要である。  本発表では、障害者職業総合センター研究部門において平成28年度までに発刊された報告書全234本を対象とし、各報告書から研究課題を抽出した後、研究課題の意味的類似性に基づきカテゴリー化したもの(以下「課題領域」という。)を図示した結果(体系図)について報告する。 2 方法  障害者職業総合センター研究部門全体のプロジェクトとして、担当研究員を選任するとともに外部の専門家の助言を得つつ、以下の手続きにより障害者職業総合センター研究部門における研究課題の整理と体系図の作成を行った。 (1) 研究課題の抽出  各報告書の“要約”または“目的”の節の記述から、研究課題を読み取ることができた文(以下「参照記述文」という。)を抽出した。 (2) 研究課題文の作成  参照記述文を要約し、研究課題を表す文(以下「研究課題文」という。)を作成した。 (3) 研究課題文の妥当性の検討に基づく修正  研究課題の抽出及び研究課題文の作成を行った研究担当者とは別の研究担当者3名が参照記述文と研究課題文を照合し研究課題文の妥当性を検討した上で修正案を提案した。修正された研究課題文は再び研究担当者間で表現の妥当性を検討した。 (4) 研究課題文のカテゴリー化  研究課題文の意味的類似性に基づいて研究課題同士をまとめて課題領域とした。 (5) 課題領域名と定義文の作成  生成された課題領域に名前(以下「課題領域名」という。)をつけた。さらに、各課題領域について含まれる研究課題を定義する文(以下「定義文」という。)を作成した。 (6) 課題領域と定義文の妥当性の検討に基づく修正  上記(3)と同じ研究担当者3名が課題領域別に課題領域名、定義文、研究課題文、参照記述文が記載された一覧表(以下「研究課題の分類表」という。)を確認し、課題領域の区分、課題領域名、定義文の妥当性を検討した上で修正案を提案した。この際、同じ研究課題が複数の課題領域に属していた場合、その研究課題を関連性のより強い課題領域に属するように修正した。また、同じ対象を表すために使われた用語が研究課題文によって異なっていた場合は用語を統一した。修正した分類表は2018年2月時点で当研究部門に在籍していた研究員と共有し、修正案を約1か月間募集した。研究員から提案された修正案に基づき修正した研究課題の分類表は研究担当者間で妥当性が検討され、最終的に研究担当者間で合意を形成した。 (7) 課題領域の体系図の作成  課題領域間の関係性を図示するため、松為1)の「職業リハビリテーション活動の概念モデル」(以下「職リハ活動概念モデル」という。)を参考に、各研究領域を職業リハビリテーション活動の要素に対応付けた体系図を作成した。この際、職リハ活動概念モデルを作成した松為信雄氏から助言を得た。この図は職業リハビリテーション従事者に本研究部門が取り組んだ研究課題間の関連を分かりやすく伝えることを目的に作成した。また、この体系図とは別に国際機能分類(International Classification of Functioning, Disability and Health: ICF)の要素に各研究領域を対応付けた図の作成を進めている。この際、ICF職業リハビリテーションコアセットの開発に関与した鈴木良子氏から助言を得た。この図はICFの概念が普及している他分野(福祉、医療、教育)や海外の関係者向けに作成する予定である。 3 結果 (1) 研究課題及び課題領域  515の研究課題が抽出され、これらは29の課題領域に区分化された。 (2) 課題領域の体系図  課題領域を職業リハビリテーション活動の要素に対応付けた“障害者職業総合センター研究部門における研究課題の体系図”を示す(図)。ここでは、職業リハビリテーション活動を“個人や環境の変化を促すことで個人の職業生活への参加を支援する活動”と定義した。体系図を構成する要素は下記のとおりである。 ・個人:職業リハビリテーション活動の対象のひとつである。この要素に関連づけた課題領域は“状況の把握に関する研究”と“支援に関する研究”に大別できる。 ・環境:職業リハビリテーション活動の対象のひとつである。この要素に関連づけた課題領域は“状況の把握に関する研究”と“支援に関する研究”に大別できる。 ・職業生活:個人と環境の相互作用の結果としての“個人の職業生活への参加状況”を表す。この関係性を個人と環境の双方から矢印を受けることで表している。 ・社会政策・制度・展望:職業リハビリテーション活動に影響を与え、影響を与えられる要素である。  一方、ICFの要素に対応付けた体系図では、各課題領域をICFの構成要素である“健康状態” “心身機能・構造” “活動” “参加” “環境因子” “個人因子”のうち最も関連性が強いものに関連づけた。具体的には“環境因子”に21、“参加”に6、“心身機能・構造”と“活動”のそれぞれに1ずつ課題領域を関連づけることを検討している。ただし、ICFが構成要素間の相互作用を前提としているように、各課題領域は特定の構成要素のみを扱っているわけではないことに注意が必要である。 4 展望  本体系図は暫定的なものであり、今後の研究の進展に伴い更新されるものである。また、適宜表現の妥当性やわかりやすさについても見直す必要がある。 【参考文献】 1) 松為信雄:5. 概念モデル, 松為信雄・菊池恵美子(編),職業リハビリテーション学, 15-16, 協同医書出版社(2001) 職場定着にかかる雇用条件の分析 −調査研究報告書№137「障害者の就業状況等に関する調査研究」の結果から− ○大石 甲(障害者職業総合センター 研究員)  高瀬 健一・松尾 義弘(障害者職業総合センター) 1 研究の背景と目的  障害者職業総合センターは、公共職業安定所の紹介により就職した障害者の就職状況、職場定着状況及び支援状況等の実態を調査して分析を行い、調査研究報告書を発行した1)。  当該報告書では、就労継続支援A型事業所を除いた一般企業への就職において、障害種別に職場定着要因を分析し、全障害において、一般求人により就職した場合よりも、障害者求人により就職した場合の方が1年後の定着率が高いこと等の分析結果を掲載した。一方で、一般求人への就職は一般企業への就職者全体の約4割を占めており(図1)、この背景には障害者が一般求人を希望する理由があると考えられる。  また、障害者の採用を前提として企業が準備した求人である障害者求人は、公共職業安定所等からの助言等により、障害に対する配慮等が雇用条件に反映されていると考えられる。対して、労働力の確保を主たる目的とした求人である一般求人は、障害者自身の職業能力・職業興味等と雇用条件の合致したものが選択されていると考えられる。当該報告書では、一般求人への障害非開示による就職の場合、職場の配慮が得られないことが職場定着率の低下に影響していることを考察した。本稿では、「職務内容や勤務時間といった労働条件について、多くの企業が職場定着課題として指摘していること2)」を踏まえて、調査結果を新たに追加分析することにより、職種と労働時間といった雇用条件について、就職した求人種類における相違を検証し、今後の障害者求人の拡大における留意点等を考察することを目的とした。 2 研究方法  当該報告書として取りまとめた、一般企業に就職した障害者の調査データとして取得している雇用条件の変数は、就職した職種、請負の別、賃金形態、時給・月給額、昇給の可能性、賞与、雇用形態、雇用期間、週の労働時間である。本稿ではこれらについて、一般求人と障害者求人の別に不明等を除いて集計して分析した。  分析法と効果量(括弧内の指標)は、月給額はt検定(r)、それ以外は、2×2のクロス表はフィッシャーの直接確率計算(φ)、2×nのクロス表はχ二乗検定と残差分析(Cramer'sV)とした。障害者求人と一般求人による雇用条件の違いは、有意な効果量(小)を判断の基準とした3)。 3 分析結果  雇用条件の変数間の連関をみると、雇用形態、週の労働時間、賃金形態、雇用期間等の間に関連がみられた。本稿では、これらの変数のうち先行研究等を踏まえて、労働実態をよく表わす「週の労働時間」に加えて、変数間の連関が比較的低い「就職した職種」の結果を用いた(図2)。  就職した職種については、身体障害者では障害者求人で事務の仕事の割合が高く、生産工程、サービス、その他合算した職種の割合が低かった。知的障害者では障害者求人で運搬・清掃・包装等の仕事の割合が高く、その他合算した職種の割合が低かった。精神障害者では障害者求人で運搬・清掃・包装等及び事務の仕事の割合が高く、他の職種の場合はいずれも低かった。発達障害者では障害者求人で事務の割合が高かった。また、有意差は検出されなかった身体障害者の専門・技術の職種のうちでは、身体障害の種類による偏りがあり、視覚障害及び聴覚障害で障害者求人の割合が高く、肢体不自由及び内部障害で一般求人の割合が高いことが確認された。  週の労働時間については、身体障害者、知的障害者及び精神障害者では障害者求人で20時間未満及び40時間以上の割合が低く、20時間~30時間未満及び30時間~40時間未満の割合が高かった。発達障害者では障害者求人で30~40時間未満の割合が高く、20時間未満の割合が低かった。 4 考察  就職した職種については、障害種別により障害者求人と一般求人で相違があり、精神障害者は特にその偏りが顕著だった。これらの背景として、企業は、関係機関等からの助言や好事例等を参考に障害種に応じて仕事内容を絞り込むとともに職務を創出する等により、採用から安定した雇用の場を形成することを想定して障害者求人の求人内容を設定する場合があり、結果として障害者求人の職種の選択肢の幅が狭まったのではないかと考えられた。  労働時間については、障害種にかかわらず障害者求人は20時間から40時間未満の労働時間帯の雇用条件が多い傾向がみられ、20時間未満の短時間勤務の希望や40時間以上の正社員等と同水準の時間にて働きたいという希望に対応する求人は少なかった。この背景として、企業は、障害者雇用率制度における法定雇用率の達成と維持が必須であることに加えて、障害者の働きやすさとして労働時間の負荷を想定して障害者求人の内容を設定する場合があり、結果として障害者求人の労働時間の選択肢の幅が狭まったのではないかと考えられた。また、身体障害の種類別にみると20時間未満の就職割合は5%前後ではあるものの、内部障害者は他の障害種類と異なり、20時間未満において1年後定着率が最も高いことに留意が必要と考えられた。  これらを踏まえると、障害者求人は職種や労働時間の選択肢が狭い雇用条件であり、そのことが多様なニーズや希望をもつ障害者がより幅の広い雇用条件である一般求人を選択する理由のひとつと考えられた。一方で、一般求人は職場で課題が発生した後に、就職した障害者と職場等が話し合い等により課題解決に向けて対処する必要があり、その調整は必ずしも円滑に進むとは限らないことが、職場定着率の低さにも影響していると考えられた。  支援者は、求職者一人ひとりの仕事の考え方等に十分注意を払いきめ細かな対応に留意するとともに、障害者求人として就職する前段階から一定の配慮を準備して職場定着を推進することが重要と考えられる。その一環として、職種や労働時間のバリエーションを増やすためには、公共職業安定所を中心とした職業リハビリテーション機関の連携による個別の職場開拓や常用雇用前のマッチング可能性を本人と企業間で調整する職場実習等を更に拡大していくことが、今後の障害者の雇用支援で求められると考えられた。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター(2017) 障害者の就業状況等に関する調査研究, 調査研究報告書, 137. 2) 障害者職業総合センター(2012) 企業に対する障害者の職場定着支援の進め方に関する研究,107. 3) 水本篤・竹内理(2008) 研究論文における効果量の報告のために—基本的概念と注意点—, 英語教育研究, 31, 57-66. 【連絡先】  障害者職業総合センター研究部門 社会的支援部門  Tel:043-297-9025 フランスにおける個々の職場での就労困難性を反映した重度障害認定制度 ○小澤 真(障害者職業総合センター 研究協力員) 1 はじめに  障害者権利条約の第27条は障害者の労働の権利実現のため、いわゆる福祉的作業所から一般就業への移行を推進する各国の取組みを求めており、世界各国での障害者雇用支援制度についての相互学習がますます重要となっている。  フランスの障害者雇用率制度は1924年に始まり、既に1957年には知的障害者や精神障害者もその対象としており、世界の雇用率制度のモデル的な国の一つである。我が国と同様に納付金制度があり、またフランスでも義務化されている合理的配慮提供等の環境整備や個別支援についての助成金が整備されていることも我が国と同様である。フランスでは法定雇用率が6%であることや、3年以上雇用義務を果たさない企業への納付金の大幅な増額や、納付金すら納付しない企業への罰金制度があることは特徴であるが、考え方として障害者雇用率制度の範囲で理解できる。  しかしフランスには雇用率制度と一体的に実施されているが我が国には類似の制度がない制度がある。それは最低賃金に満たない生産性の重度障害者を雇用した事業主に対する、生産性の不足分に対する継続的賃金補填のための助成金「障害労働者雇用支援金」(AETH)の制度であり、そのために個々の職場での就労困難性を反映した重度障害認定が実施されている。フランスでは、2016年にこの制度の手続きを簡略化し、さらに制度の活用の促進を図っている。  そこで本稿ではその概要について調査分析し、我が国における重度障害者の福祉から一般就業への移行を促進させる方策の検討に資する情報を得ることを目的とした。   2 方法  フランスで職場での就労困難性による重度障害認定の実務を実施している「障害者職業参入基金管理運営協会(Agefiph)」が示す最新の申請書と、活動レポートによる統計をインターネット上の情報から入手し分析した。   3 結果 (1) 制度の概要  「重度障害申請(RLH)」は、事業所で雇用されている障害者に合理的配慮を行った上で、当該障害者の当該職務と職場状況に応じた生産性低下状況を事業主が申告し、Agefiphが判定を行うものである。重度障害認定を得ることで事業主は雇用率カウント優遇又は「障害労働者雇用支援金(AETH)」を受けることができる。  2016年の改正では、高齢の障害者の雇用維持と、福祉から一般就業への移行の促進のため、重度障害認定申請の手続きが大幅に簡易化された。 (2) 福祉からの移行促進のための申請手続きの簡易化  フランスにはESAT(就労支援サービス機関)による福祉的就労やCDTD(在宅労働供給センター)、適応企業などの保護雇用がある。  2016年の改正により、これらから一般企業に移行した障害者の場合、一般の雇用や個人事業主に比べて大幅に申請書が簡易化されることになった。すなわち、次の(3)に述べるような詳細な生産性低下状況の申告に基づく就労困難性を反映した重度障害認定の手続きは省略され、3年に限りAETHは時間あたり最低賃金の1095倍が支給される。 (3) 生産性低下の認定と賃金補填額の決定  個々の職場での就労困難性を反映した重度障害認定は、(2)の福祉的就労や保護雇用から移行してきた障害者以外について適用されるものである。  この重度障害認定は、重度障害者雇用に係る1年間の負担と生産性低下の総額の、最低賃金年額に対する割合により数値化される。この数値が20%以上50%未満の場合は時間あたり最低賃金の450倍、50%以上の場合は時間あたり最低賃金の900倍のAETHを受給する権利を事業主は得る。  重度障害者雇用に係る1年間の負担と生産性低下の総額は、事業主の「最適の調整」の後、次のような健常者の一般的生産性と比較した「障害によって生じた月あたりの永続的負担」の事業主の申告に基づき、損失時間に当該障害者の時間給と12(ヶ月)を掛けた一年間の生産低下額とその他の負担の費用を加えて算出する。 ①当該個人の仕事についての記述:職務の代表的タスク5項目について具体的に記述し、それぞれの困難性の状況と月あたり時間を記入。 ②個人の最小生産性の見積もり:月あたりの時間換算された生産性低下又は第三者が仕事を肩代わりした時間を申告。例えば、「40時間(当該作業の月あたりの総時間)で通常の従業員は1000の段ボールを折り畳むが、当該の従業員は800である。すなわち月あたり8時間のロス」というように記入。 ③個人に対する指導等:「第三者の援助」や企業内チューターによる当該の仕事に関する指導等の月あたりの時間。 ④その他の負担:月あたりのその他の経費。この項目のみ金額で記入。 (4) 重度障害認定数およびAETH受給者数  2012年から2017年までのAgefiphの活動レポートによると、重度障害申請(RLH)の新規申請者数は年間1000件程度でほぼ変わらず2017年ではやや増加していた。一方、継続申請者は年々減少していた(図1)。また、「障害労働者雇用支援金」(AETH)の受給件数は年々低下し、2012年から2017年の5年間で20%以上低下していた(図2)。   図1 重度障害申請(RLH)数(新規、継続)の年次変化 図2 「障害労働者雇用支援金」(AETH)受給者数の年次変化 4 考察 (1) フランスにおける「保護雇用・社会的雇用」  我が国では、「社会連帯」の理念による障害者雇用であっても基本的には最低賃金以上の生産性が期待され、それに満たない場合は福祉的就労の対象とされやすい。  これに対して、フランスの「障害労働者雇用支援金」(AETH)の制度は、最低賃金に満たない生産性の重度障害者の一般企業での雇用を国からの補助金により推進するものである。これは、歴史的には北欧で発展してきた「保護雇用・社会的雇用」アプローチとして理解でき、重度障害者の福祉から一般就業への移行を促進するための制度であることを明確にしていると言えよう。  フランスの「就労困難性による重度障害認定」は、重度障害者の雇用による生産性低下や企業負担の実費に基づいている。そして、認定制度が国からの補助金での補填額とリンクし、最低賃金以上での雇用を確保しようとするものである。実際、AETHで支給される額は、健常者が最低賃金で働いた場合と比較した生産性低下を補填できる額である(例.生産性が50%低下の場合:最低賃金の900倍=1日7.5時間勤務として240日分の最低賃金の半額)。  2016年の改正で、福祉から移行してきた障害者については初回申請では無条件で最低賃金の1095倍(我が国で試算すると月額85,000円程度)のAETHが3年間支給されるが、これは、それらの障害者については一律60%以上の生産性低下や負担を認め、重度障害認定の事務手続きの負担を軽減したものと考えられる。  フランスには我が国のような一律の調整金や報奨金の制度はないが、それらを生産性低下の大きな障害者に重点化したものとして、この制度を見なすことも可能だろう。 (2) 賃金補填による福祉から雇用への移行の意義  障害者の生産性の低下に対して賃金補填の助成金を支給することは、企業の経営努力を鈍らせ、安易な助成金目当ての雇用となるのではないかという懸念もあるが、フランスの実例ではむしろ利点が多くみられる。  まず、合理的配慮の提供がこの重度障害認定の申請の前提となっており、基本的に合理的配慮の検討と実施は、個別の障害者と事業主との間で、事業主の義務として行われるものであり、そのための専門的支援や助成金等の制度は別に整備されている。また、2016年からはジョブコーチ支援も成文化された。それでも十分な生産性が確保できなかった場合の安全装置としてこの制度は位置付けられよう。  特に「社会的雇用」アプローチでは、経営による生産性向上を図る取組みが重要であるが、福祉的就労の経営努力には限界がある。国の補助金によって、より重度の障害者を福祉から一般企業での就業に安全に移行させることにより、企業の経営努力等による障害者の生産性向上の取組みが期待できる。我が国の特例子会社などでは、そこで培われた重度障害者の雇用管理ノウハウは我が国の大きな財産となっているが、それをより重度障害者にも拡大して推進しているものがフランスの制度と考えらえる。  RLH新規認定数は最近5年で変化がない一方で、RLH継続認定数や全体のAETH受給者数は20%程度の漸減傾向にあり、企業内での生産性向上や負担軽減の成果の表れと考えられる。その一方で、この助成金制度は新規雇用後一定期間に限定せず、継続的な生産性低下や負担の補填を行う趣旨があり、受給が漸減傾向にあるとはいえ、継続的な重度障害認定と賃金補填のニーズが一定割合で認められた。 (謝辞: 研究協力指導:春名由一郎主任研究員) 【参考文献】 " Rapport d'activite ", " Demande de RLH " (Agefiph):https://www.agefiph.fr/ パネルディスカッションⅡ 障害者のキャリアアップについて考える 【司会者】 石井 賢治(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用開発推進部雇用開発課 課長補佐)   【パネリスト】(五十音順) 石田 茂(ポラス株式会社 人事部 部長)    内田 博之(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 中央障害者雇用情報センター 障害者雇用支援ネットワークコーディネーター)    工藤 庄(株式会社日立ハイテクサポート 障がい者雇用支援センタ 部長代理) 障害者のキャリアアップについて考える 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用開発推進部雇用開発課 課長補佐  石井 賢治 ○ 企業においては、雇用した障害者に対して「仕事の範囲やできる業務を広げていく横の広がり」、「部下を持ち、マネジメントに携わり、指導に当たるといった縦の広がり」を意図したキャリア形成支援に取り組んでいる。障害者が働きがいを持って仕事を続けるためには、キャリアアップを見通せるような雇用管理上の工夫や配慮は必要である(障害者職業総合センター,2018)。 ○ 先行研究において、障害のない一般従業員に対し企業が取り組んでいるキャリア形成支援活動は、以下の3つを挙げている(障害者職業総合センター,2013)。  1 職業能力・成長に関連する「能力開発・成長促進活動」    例:集合・個別教育、昇進昇格、自己啓発、配置転換等  2 特性に応じた担当職務の調整に関連する「職務・役割調整活動」    例:役割の増減、職務再設計等  3 能力開発・成長を促進することにつながる支援・配慮に関連する「支援環境整備活動」    例:相談体制の整備、外部機関を交えた連携、柔軟な勤務形態 ○ なお、同研究では、障害者のキャリア形成支援では「支援環境整備活動」をベースとしつつ、障害の状況、経歴などを踏まえて「職務・役割調整活動」、「能力開発・成長促進活動」を取り入れることが重要であると指摘している。 ○ これらを踏まえ、本パネルディスカッションでは、障害者を積極的に雇用し、キャリア形成支援に取り組んでいる企業の皆様の取組をご報告いただき、障害者のキャリアアップについて情報共有・検討を行うこととする。 【引用・参考文献】 1) 障害者職業総合センター:障害者雇用の質的改善に向けた基礎的研究,資料シリーズ№101(2018) 2) 障害者職業総合センター:障害の多様化に応じたキャリア形成支援のあり方に関する研究—第1分冊アンケート調査編—(2013) 障害者のキャリアアップについて考える   ポラス株式会社 人事部 部長  石田 茂      ポラスグループは1969年の創業以来一貫して「地域密着型経営」で住宅に関する事業を展開し、お客様の“お近く”で安全で安心して暮らせる暮らしづくりを行っている。また、大工の育成から住宅建築、販売、アフターサービスに至るまで住宅に関わる全ての工程を自社で担う「直営責任一貫施工体制」を業界に先駆けて構築し、住宅に関する幅広い事業を通して多様な人財が活躍できるフィールドを整備。  障がい者雇用環境の確立に向け2015年にポラスシェアード株式会社を設立(埼玉県越谷市初の「特例子会社」認定)。中には一級建築士などの有資格者も所属しており、建設業の許認可事業に必要な作図を担当するなど難易度の高い業務から社内外で組織価値を高め、設立初年度から黒字経営を継続している。その中で成長したメンバーがリーダー任命を受けるなど、キャリア形成も徐々に進んでいる。 ≪ ポラスシェアード株式会社 概要 ≫ 1 設立方針  より多くの障がい者の方々に能力が発揮できる環境や、安心して働ける場を提供し、一人ひとりが自律的かつ働きがいの持てる職場を確立することで『ノーマライゼーション』を実現する。 2 組織概要    ビジネスサポート課従業員数:40名    ○うち障がい者30名     【身体:9名・知的:3名・精神:18名】 3 業務内容   ?技術系業務  … 環境計算、積算(内・外装建材)、水道工事・木工事積算図作成、販売図作成、お客様用竣工図面作成・製本、建築現場写真登録 など   ?事務系業務  … マーケット調査・分析、移動端末管理、社有賃貸物件管理、建物点検報告書作成、人事業務委託(年末調整計算・申請、ストレスチェック集計・報告、勤続旅行企画・手配、採用・教育業務) など ?固定資産業務 … 複合機・関連商品販売、固定電話通信費管理、PC・機密書類管理 など 4 雇用促進と人材育成    ○2017年度雇用率  :2.4%(2015年度実績2.1%)    ○アビリンピック挑戦:埼玉県大会「ワードプロセッサ部門」奨励賞受賞・「PCデータ入力部門」銅賞受賞 等    ○資格取得の推奨  :一級建築士・宅地建物取引士・日商簿記2級など、許認可事業運営に必要な資格やパソコンに関する資格等51の「推奨資格リスト」を運用    その他、2017年「優良事業所認定」・2018年「障害者雇用職場改善好事例」奨励賞を受賞するなど、『CSR(社会的責任)』から『CSV(共通価値の創造)』の目線で社員の活躍を支援。 障害者のキャリアアップについて考える 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 中央障害者雇用情報センター 障害者雇用支援ネットワークコーディネーター 内田 博之  今年4月に障害者雇用義務の対象として精神障害者が加わり、併せて法定雇用率が引き上げられました。また3年以内にさらなる引き上げが決まっている中、次の表に示すように障害者雇用は確実に上昇傾向にあります。   企業規模別実雇用率(H29.6.1現在)                                    (カッコ内は前年比) 常用雇用労働者数 実雇用率 達成企業割合   1000人~ 2.16%(+0.04) 62.0%(+3.1)   500人~999人 1.97%(+0.04) 48.6%(+0.5)   300人~499人 1.82%(+0.00) 45.8%(+1.0)   100人~299人 1.81%(+0.07) 54.1%(+1.9)   50人~99人 1.60%(+0.05) 46.5%(+0.8)   全体 1.97%(+0.05) 50.0%(+1.2)    一方、平成25年の厚生労働省による民間事業所に対する「障害者雇用実態調査」(5年ごとに実施)では、離職経験者に個人的理由の具体的な離職理由を聞いてみると、主に「職場の雰囲気、人間関係」「賃金、労働条件に不満」「仕事内容が合わない」という理由が多く挙げられました。  また、仕事を続けている人に、どんなことを改善してほしいかという質問に対しては、主に「能力に応じた評価、昇進、昇格」「調子の悪い時に休みを取りやすくする」「コミュニケーションを容易にする手段や支援者の配置」「能力が発揮できる仕事への配置」「上司や専門職員等による定期的な相談」という事項が多く挙げられています。  離職理由および改善してほしいことの共通点は、「職場環境の整備」「労働条件の改善」「ジョブマッチング」であり、事業者はこの三要素にきちんと取組むことによって、本人が定着(自信と意欲)に向かいます。そして、本人の得手不得手など特性をつかみ、本人との日常会話の中で希望を聞きながらモチベーションの維持とアップを図り、さらに中期的なキャリアプランを立て、次のようなキャリアアップにつなげていくことが必要です。 (ア) 担当職務の拡大や変更 例)倉庫内の清掃 → 部品のピッキング → 入出庫データ入力 (イ) 職位の付与  例)一般社員 → サブリーダー (ウ) 雇用形態の変更  例)契約社員 → 期間の定めのない正社員    さらに、障害特性に応じた就労支援機器を利用することにより、新たなコミュニケーションが生まれ、仕事の幅も広がり、職業生活を変えることが可能になります。 障がい者のキャリアアップについて <日立ハイテクグループの取り組み> 株式会社日立ハイテクサポート 障がい者雇用支援センタ 部長代理工藤庄