第25回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集 開催日 平成29年11月9日(木)・10日(金) 会場 東京ビッグサイト 会議棟 ご挨拶 「職業リハビリテーション研究・実践発表会」の開催に当たり、一言ご挨拶申し上げます。 本発表会は、職業リハビリテーションの発展に資することを目的として開催しており、職業リハビリテーションに関連する調査研究や実践活動から得られた多くの成果を披露いたしますとともに、ご参加いただきました皆様方の意見交換、経験交流等を通じて、研究・実践の成果の普及に努めるものでございます。 振り返りますと、本発表会は、平成5年に第1回を開催し、今年で第25回を迎えることとなりました。この間、ご参加いただきました関係者の皆様は、第1回は380名であり、当初は千葉市にあります障害者職業総合センターを会場としておりましたが、年々参加者が増え、平成25年の第21回からは東京ビッグサイトに会場を移し、以来毎年1,000人を超える方々にご参加いただいております。 このような歴史を通じ、本発表会は、職業リハビリテーションに関係する皆様の意見交換、経験交流による研究・実践の成果の普及の場として定着してきたものと考えており、主催者として、皆様に深く感謝し、御礼を申し上げる次第です。 さて、近年の障害者雇用を取り巻く状況をみますと、平成28年に、事業主に対しての障害者に対する差別の禁止・合理的配慮の義務化、平成30年には、精神障害者についての雇用の義務化がなされ、また、平成30年4月1日から民間企業の障害者の法定雇用率が現行の2.0%から2.2%に引き上げられ、そこから3年を経過する日より前に、更に0.1%引き上げられることになりました。 こうした状況を背景として、企業の皆様におかれましては、多様化する障害の種類に対応した障害者の雇用促進と職場定着の推進が求められ、また、支援機関の皆様におかれましては、障害者一人ひとりの特性に配慮した職業リハビリテーションを、医療・保健福祉・教育等の関係機関との連携のもとに実施することが求められていると考えております。 本発表会では、様々な調査研究の成果のほか、企業や支援機関、あるいは教育、医療といった関係機関の皆様から、実践的な報告をいただくこととしております。 こうした成果や報告は、ご参加いただきました皆様にとって、必ずや、有益であり、役立つものと確信しております。是非、ご参考にしていただければと思います。 本日の特別講演は、株式会社エヌ・エフ・ユー様に雇用率未達成の状況から4年で4%を超えるまで雇用率を引き上げた取組につきましてお話いただくほか、本日、そして明日と、パネルディスカッション2本、口頭発表89題、ポスター発表34題を予定しております。ご応募いただきました皆様には感謝申し上げます。 最後に、ご参加いただいた皆様にとって、本発表会が実り多いものとなりますよう祈念いたしまして、開会の挨拶とさせていただきます。 平成29年11月9日 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 和田慶宏 目次 【特別講演】 「ひとりひとりの輝きのために〜地域と連携しながら誰もが働きやすい職場づくりを目指して〜」 講師:酒井 和希株式会社エヌ・エフ・ユー 第1事業部ふくし事業課..2 【パネルディスカッションⅠ】 「精神障害者の継続雇用のために」 司会者:稲田憲弘 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構雇用開発推進部雇用開発課..10 パネリスト:高橋秀明 シダックスオフィスパートナー株式会社..11 三鴨岐子 有限会社まるみ..12 山本健夫 大阪障害者職業センター..13 【口頭発表 第1部】 第1分科会:企業における障害者雇用の取組Ⅰ 1 〜精神・身体・知的・発達障がいの、ピアサポート力を企業力に活かし、障がいを強味に働く〜..18 2 長く安心して健康に働ける職場を目指して..20 3 定年までの就労を目指して..22 4 苺及び椎茸の周年栽培を通した障害者の雇用確保及び自死未遂者の就労復帰支援について..24 5 共生社会実現に向けたキャリアカウンセリングの可能性..26 第2分科会:精神障害Ⅰ 1 精神科医療機関、ハローワーク、就労移行支援の三者がそれぞれの強みを生かした共同プログラム..28 2 「精神科医療機関とハローワークの連携による就労支援モデル事業」における効果的な連携について..30 3 医療機関と公共職業安定所が連携を図る為の取り組みと一考察(精神障がい者の就労を考える会を通して)..32 4 障害者職業能力開発校における精神科医の役割:多職種連携を中心に..34 5 就労支援機関と精神科医療機関の効果的な情報交換のあり方に関する研究..36 第3分科会:発達障害Ⅰ 1 就労移行支援事業所における実習時の発達障害者のアセスメントツールの利用(エスピッドおよびプランニングシートの利用)..38 2 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおけるアセスメントの技法開発に向けた取組みについて..40 3 精神障害を伴う発達障害者が仕事を継続していくために必要な環境設定について(自分取扱い説明書の利用など)..42 4 発達障害者へのジョブコーチ支援に関する一考察〜大分障害者職業センターにおけるジョブコーチ支援の現状〜..44 5 発達障害者の職域拡大と能力開発のための取り組みについて..46 第4分科会:難病 1 多機関連携により在宅就業に至った難病の方への支援〜事例から在宅就業支援の現状と課題を考察する〜..48 2 多機関連携により在宅就業に至った難病の方への支援②〜事例から在宅就業支援の現状と課題を考察する〜..50 3 シャルコー・マリー・トゥース病患者の生活・就労継続支援における作業療法士の関わり..52 4 医療機関における、実践的復職支援プログラム〜医療機関外介入を通した作業療法実践〜..54 5 難病の就労支援における職業マッチングのあり方に関する考察〜難病患者就職サポーターによる難病患者への就労支援とは〜..56 第5分科会:身体障害 1 視覚障害者の雇用率と、企業の障がい者採用ウェブページとの関係について..58 2 企業で働く視覚障害者の現状と課題−平成29年3月実施のアンケート調査の結果から−..60 3 製造業務に従事している視覚障害者(全盲)の職場定着に係る一考察〜福島第一原発から半径60km圏内の事業所の取り組み〜..62 4 アメリカ合衆国における重度視覚障害者等に対する職業訓練及び就労支援について..64 5 回復期リハビリテーション病棟における福祉就労支援事例〜ひきこもりガイドラインで振り返る〜..66 第6分科会:職域拡大 1 障害者の芸術に対する関心とリハビリの将来性..68 2 地域活動支援センターにおける農作業取組が障がい者就労支援に果たす複合的役割..70 3 農福連携視点に立った地域資源の合理的利用と障がい者の就労支援..72 4 農業分野における障害者雇用の現状と可能性に関する研究..74 5 精神障害者及び発達障害者の職務創出支援に関する研究−事例調査結果から..76 第7分科会:能力開発 1 発達障害と知的障害を有するKさんの仕事の広がりと就労支援B型事業所への相乗効果〜一人はみんなのため、みんなは一人のため〜..78 2 障がい者の動機づけと生産性向上に関する研究−就労継続支援A型事業所を対象とした質的調査から..80 3 障害者職業能力開発校における、タブレット端末を活用した職業訓練について..82 4 一般校での職業訓練指導員における精神・発達障害の可能性のある訓練生の行動特性の分析に関する一考察..84 5 国立職業リハビリテーションセンターにおける発達障害者に対する職業訓練を通じた実践的な場面設定による適応性向上の一事例..86 第8分科会:多様な就労支援 1 重度障害者の社会参加を含む幅広い就労支援としての「職場参加」13年の検証..88 2 高齢期にいたる精神障害をもつ人の地域生活に関する調査〜一般就労経験と高齢期の日中活動との関連について〜..90 3 デイケア型就労支援..92 4 デイケア型就労支援〜院内雇用における就労支援でのケースマネージャーとしての役割〜..94 5 デイケア型就労支援 〜院内雇用における就労支援〜..96 第9分科会:障害者を取り巻く状況Ⅰ 1 セクシュアルマイノリティと職リハサービスとの関連性について..98 2 一般企業で働くことの効用 〜就労支援を通じての考察〜..100 3 障害者雇用制度の改正等に伴う企業意識・行動の変化について(1)−電話による企業アンケート調査の概要..102 4 障害者雇用制度の改正等に伴う企業意識・行動の変化について(2)−合理的配慮提供の取組を中心に..104 5 就職した求人種類と離職理由からみた障害者の職場定着支援−「障害者の就業状況等に関する調査研究」から..106 【口頭発表 第2部】 第10分科会:企業における障害者雇用の取組Ⅱ 1 障がい者就労を行なうことで新たな会社を設立することができた..!!(特例子会社設立までの道のり)..110 2 新入社員対象「働きやすい職場づくり」セッション−聴覚障害者の職場定着を目指して..112 3 職場定着支援チーム 活動報告〜みずほビジネス・チャレンジド(株)町田本社の取り組み〜..114 4 障がいのある社員が働きやすい環境づくり〜8つの工夫と職場環境整備について〜..116 第11分科会:精神障害Ⅱ 1 精神障害者のステップアップのための転職支援〜より豊かな生活のための就労へ〜..118 2 精神障害者への認知行動療法的アプローチによる支援〜臨床心理士の役割〜..120 3 障害者雇用導入期の広告代理業における職場定着の工夫〜統合失調症を患っている私の視点から〜..122 4 障害者雇用導入期の広告代理業における職場定着とキャリア開発の為の工夫 〜統合失調症のメンバーと働いている課長の視点から〜..124 5 入社後、3年を経過した精神障害等を有する社員への定着支援について〜個別支援とグループ支援の取り組み〜..126 第12分科会:発達障害Ⅱ 1 ASDの大学生・大学卒業者への就労支援 その1 大学と就労移行支援事業の新たな連携〜キャンパスチャレンジによる試み〜..128 2 ASDの大学生・大学卒業者への就労支援 その2〜1日2時間の短時間就労から働くことにチャレンジする..130 3 ASDの大学生・大学卒業者への就労支援 その3〜「自分について、自分で伝える」ことを目標に〜..132 4アスペルガー症候群に特化した就労支援プログラム「ESPIDD」における支援内容..134 5 発達障害(ASD)者を対象とした必要な支援や合理的配慮を検討するための職場実習アセスメントシートの作成..136 第13分科会:高次脳機能障害 1 急性期病院における就労支援の困難さと当院外来リハビリの取り組みについて..138 2 ピアのちからが支える高次脳機能障害者の就労..140 3 高次脳機能障害者の復職支援における就労移行支援事業所の役割とネットワーク構築について(平成28年発表の経過)..142 4 高次脳機能障害者の気持ちのコントロールに関する支援技法の開発−試行状況について−..144 5 高次脳機能障害者支援のあゆみ −就労支援を中心に−..146 第14分科会:知的障害 1 知的障害就労における雇用者の“合理的配慮”提供と負担感の検討−就労支援者との環境調整を踏まえて−..148 2 知的障がい特別支援学校高等部で障がいについて考える授業「自分について考えてみよう」を行う..150 3 学校教育段階だからこそできる、高い職場定着率を支えるための取組..152 4 高齢になった就労障害者への対応 〜ケース検証〜..154 5 特例子会社(㈱かんでんエルハート)における知的障がい者の職務の切り出しと職務設計..156 第15分科会:就労支援機関を取り巻く状況 1 就労からの経過と変化 〜ジョブサポーターの視点〜..158 2 社会福祉法人における「障がい者雇用推進チーム」の発足後の取り組みについて..160 3 就労移行支援事業におけるPCM(Project Cycle Management)を活用したサービスの見える化と改善活動..162 4 就労支援従事者のストレスとワーク・エンゲイジメント−就労支援事業所へのアンケート調査から−..164 5 職業リハビリテーション従事者の職務ストレスとスーパービジョン−スーパービジョンを受けている群と受けていない群の比較−..166 第16分科会:復職支援 1 採用後障害者の職場復帰の対応・支援の状況について(その1)〜企業へのアンケート調査結果を中心に〜..168 2 採用後障害者の職場復帰の対応・支援の状況について(その2)〜企業へのヒアリング調査結果を中心に〜..170 3 高次脳機能障害者の職場復帰における職務再設計支援について..172 4 特発性横断性脊髄炎により四肢麻痺を呈した20歳代男性の就労支援〜急性期病院から外来リハを経て職場復帰を果たした一事例〜..174 5 気分障害等による休職者の復職支援プログラムにおける「事業主との復職調整に関する支援技法」−試行状況について..176 第17分科会:地域における連携、ネットワーク 1 メンバープロジェクト活動から地域コミュニティへのアプローチ〜一人ひとりの多様な力を活かすGive & Takeの取り組み〜..178 2 自立支援協議会を通じた就労支援体制の構築に関する一考察..180 3 堺市における就労移行支援事業所のネットワークについて〜堺市就労移行支援事業連絡会の現在(いま)と今後の展望〜..182 4 静岡県ジョブコーチによる障害者への就職支援および定着支援の現状と期待される効果について..184 5 発達障害者に係る地域の就労支援ネットワークの現状と課題−発達障害者支援法施行後10年を迎えて..186 第18分科会:障害者を取り巻く状況Ⅱ 1 重度自閉症(知的障害)の少年の労働能力と命の価値..188 2 障がい者の触法と市民後見の役割 制度とのはざま(第2報)..190 3 障害者の犯罪率と企業就労における障害者雇用拒絶理由のバイアスについて..192 4 海外における雇用促進法制度の改正〜ドイツ等にみられる方向性について〜..194 5 第1回「Supported Employment」国際会議に参加して..196 【ポスター発表】 1 専門的な雇用支援が必要な若年軽度知的障害者の実態把握(その1)..200 2 専門的な雇用支援が必要な若年軽度知的障害者の実態把握(その2)..202 3 精神障害者に対する「自己理解の支援」における支援行動に関する質的研究..204 4 社会的行動障害のある高次脳機能障害者の支援において、支援者が難しさを感じること−医療従事者への調査の自由記述から..206 5 発達障害者の「正確な指示内容の理解」のための支援の工夫−ワークシステム・サポートプログラムの事例から..208 6 中途視覚障害者の就労支援の現状の検討..210 7 障害者求人により就職した障害者の職場定着状況−障害者の就業状況等に関する調査研究から−..212 8 職業サイクル第5期における職業生活前期調査の結果−障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究から−..214 9 発達障害者に対する新版F..&T感情識別検査の実施とフィードバック〜事例にみる検査結果の解釈例と実施上の留意事項〜..216 10 農業分野における障害者雇用..218 11 「インクルーシブな雇用」/「障害多様性」に向けた米国での企業向け啓発資料..220 12 就労移行期の障害者向け研修プログラム「職場適応促進のためのトータルパッケージ」を用いたセルフマネジメントスキル訓練..222 13 障害者雇用・定着サポートのためのスタートライン・サポート・システムの開発と試行..224 14 就労移行支援事業所における集団認知行動療法に基づいたプログラム効果②〜プログラムへの動機付けを高める〜..226 15 精神障害者・発達障害者の職場定着について就労移行支援事業所が行う企業支援の試み・調査発表..228 16 「埼玉県発達障害者就労支援センター ジョブセンター草加 事例報告」〜もしかして発達障害かも? から受けられる支援の形〜..230 17 就労移行支援事業所における障害者の職場定着支援に関する実績報告〜ウェルビー高崎駅前センターの取り組み〜..232 18 発達障害者の就労を支える早期からの地域支援 その1〜Wing PROの試み〜..234 19 発達障害者の就労を支える早期からの地域支援 その2〜「放課後等デイサービス版」就労準備プログラムの開発の試み〜..236 20 受傷歴20年の交通外傷による高次脳機能障害者が、自身の障害特性を説明できるようになるまで..238 21 理療教育を学ぶ盲ろう者が実技を習得するための支援 −第2報−..240 22 盲ろう者の理療就労に関する実態調査−盲ろう者10名の面接結果から−..242 23 精神科訪問看護ステーションに勤務する訪問看護師が精神障害者に対する就労支援を試みた実践事例..244 24 高次脳機能障害者に対する回復期外来リハビリテーションでの復職支援〜勤務訓練日誌を使用して〜..246 25 視覚障害者の就労移行支援における遠隔サポートシステムの開発..248 26 働き続けることに焦点をあてたプログラム−『職場でのコミュニケーションを良くする会』の試み..250 27 発達障害の疑いのある方への就労支援ネットワーク構築に向けた取組み..252 28 障害者に対する就労支援の現状と課題 〜障害者手帳を取得できない又は取得できなかった障害のある人の雇用について一考察する〜..254 29 地方都市における「デザイン系」への就労と職域拡大に向けた取り組み..256 30 発達障害者に対する自己理解を目的とした取り組み−就労移行支援事業所におけるCSAW・DACを用いた実践−..258 31 特別支援学校進路指導担当教員のスキル獲得が活用度へ及ぼす影響に関する研究..260 32 地域の福祉施設障害者の就労促進のためのプログラム−工業団地内の緑地を活用した取り組み−..262 33 ワークサンプル幕張版(MWS)新規課題の障害者に対する試行状況 その1−給与計算について−..264 34 ワークサンプル幕張版(MWS)新規課題の障害者に対する試行状況 その2−社内郵便物仕分について−..266 【パネルディスカッションⅡ】 「障害者雇用の現場で実践する合理的配慮」 司会者:眞保智子 法政大学 現代福祉学部..270 パネリスト:酒井和希 株式会社エヌ・エフ・ユー 第1事業部ふくし事業課..271 湯浅善樹 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 中央障害者雇用情報センター..272 米田一夫 株式会社カシマ..273 特別講演 ひとりひとりの輝きのために〜地域と連携しながら誰もが働きやすい職場づくりを目指して〜 株式会社エヌ・エフ・ユー 第1事業部ふくし事業課 課長 酒井和希 1 会社概要 1994年、学校法人日本福祉大学(以下「学園」という。)の出資により株式会社エヌ・エフ・ユー(以下「エヌ・エフ・ユー」という。)を設立。愛知県半田市に本社を構え、学園への支援事業を中心に事業を展開している。 主な事業は以下のとおり。 ・施設管理 ・人材派遣、業務請負 ・物販販売、リース ・学生アパート等不動産 ・情報サービス ・介護保険事業他福祉事業   等 2 エヌ・エフ・ユーの障害者雇用 「障害を持った方にとって働きやすい職場は、誰にとっても働きやすい職場になる」ことを目指し、一人ひとりが輝ける職場であるために、何ができるのか、何をすべきなのか。 一企業として、障害を持っている方が社員であると同時に自立した職業人として適切に共に働く環境であること。 社内はもとより、日本福祉大学にとどまらず、地域(他の企業、教育機関、行政機関、市民等)と連携し、障害を持った方の雇用が社会に広がる取組みを進めること。 代表取締役 岡崎 真芳がエヌ・エフ・ユーの使命として、障害者雇用の理解促進を進めている。 3 障害者の採用状況 表1 採用と退職 表2 従業員数と障害者雇用率の推移 4 障害者雇用理解促進の背景 (1)障害者雇用理解促進の取組み前の職場の状況と課題 2008年、初めての障害者雇用として1名採用した。 当時の状況として、「障害者の雇用の促進等に関する法律」第47条に基づき、障害者雇入れ計画の適正実施勧告に従わず、障害者の雇用状況に改善が見られない場合、企業名を公表するという対象の例外ではなかったが、障害者の採用や支援に携わっていたのは、一部の社員と特定の部署に限られ、ほとんどの社員が状況を知り得ない状況だった。 2011年、エヌ・エフ・ユー設立20年(2014年度)を迎えるにあたり、「地域の役に立つ存在へ」という社長の想いを受け、まずは法定雇用率を充足するべく、障害者雇用の状況把握のため、障害を持った社員の配属先にヒアリングと職場体験を行った。 ヒアリングすると、2008年の1人目の障害者雇用に遡り、“現場任せの押付けられ感”という会社に対する「怒り」を向けられた。しかしながら、その「怒り」は障害を持った社員を想うがゆえの怒りであることに気付かされた。そして、“障害を持った社員も、共に働く社員も、きちんとフォローのできる組織であるべき、”と課題に気付かせてもらう機会となった。 職場体験では、障害を持った社員と同じ早朝7時30分から、同じ勤務を体験したが、体力的にもハードで、限られた時間の中で業務を担っていくのは決して安易なことではなく、そのような職場体験の中で、障害を持った社員、共に働く社員、障害を持った社員とは別の部署の社員、それぞれの立場・役割の中での葛藤や様々な想いがあることを体感した。 ■障害を持った社員 特別支援学校からの新卒採用社員は、配属先の年齢層が高く、なかなか職場環境に馴染むことができず、誤解からトラブルになることも多かった。 ■障害を持った社員と共に働く社員 障害特性や関わり方などの知識も得られないまま、精神的な負担感や押付けられ感、会社に対しての不満を抱えつつも、試行錯誤しながら指導にあたり、障害を持った社員に対する将来への心配、会社としてどう育てていくのか、という組織の人材育成への不信感も抱いていた。 ■障害を持った社員と別の部署の社員 障害を持った社員が働いていることを知り得ていたのは、ごくわずかな社員であり、障害を持った社員が自身の組織にいること自体、知らない社員がほとんどだった。 (2)障害者雇用理解促進に向けて 社内の現状を理解した上で、愛知障害者職業センターへ相談をして、様々なアドバイスを頂く中、「社内に仲間を増やしてください」という一言が特に印象的だった。 愛知障害者職業センターへ相談をしたことで、障害者雇用に関して、雇い入れる側にも気軽に相談できたり、支援頂けることが分かり、さまざまなセミナーや勉強会、先進企業、特例子会社、特別支援学校、就労支援事業所への視察訪問、資格認定講習など、積極的に出向き自ら情報の収集や繋がりを持つようにした。その中で得られた知識や情報を、まずは社内で共有し、障害を持った方と共に働くために理解を得ようと考え、まずは正社員を対象とした社内研修(ワークショップ)の計画を立てた。 5 障害者雇用理解促進の取組み〜ワークショップ〜 (1)第1回「知る」 障害を持った社員がどのように業務を遂行しているのか、彼らを入社から業務指導している指導者たちはどのように彼らを理解し指導を行っているのか、他の部署の社員が知り得る機会がなく、第1回は社内における障害者雇用の現状、障害を持った社員や指導者達が日頃どのように業務に従事しているか、何を考え、何を思って働いているのか、など障害を持った社員も参加して共有する機会となる。 (2)第2回「本人に合った仕事を創る」 第1回の発表の中で、日常は清掃業務に従事している障害を持った社員の「他の仕事もしてみたい」との一言からワークショップの内容が決まる。社内での他業務実習を実施し、受入側はアセスメントから仕事の創出など、受入れのフローを学び、それをまとめたVTRを教材として、ワークショップで本人理解から自分たちの仕事(職場)分析をグループワークで実施。グループワークでは、「自分の部署だったらどのような業務を担ってもらえるか」を考える上で「本人理解」と「自身の業務(職場)理解」が欠かせないことを理解する場となる。 (3)第3回「私も実習の受入れが出来る!」 就労移行支援事業所で就労に向けて訓練に励んでいる方の就労体験の受入れを実施した様子をVTRにまとめ、それを教材として「どのようなサポートや工夫があれば、自分自身も実習の受入れをすることができるのか」、をサブテーマにグループワークを実施した。 (4)第4回「本人を活かす実習計画をつくろう〜私が実習生を受入れる!〜」 就労体験(実習)が持つ「意味(お互いの成長)」を理解し、実習の受入れをするために大事なことを再確認し、実践する。地域で就労を目指す障害をお持ちの3名の方にもご参加いただき、就労体験実習に至るまでのフロー(アセスメント/プログラム/獲得目標設定)をそれぞれ公開で実施し、実習実施計画書の作成までをグループワークとする。 (5)第5回「苦労のしがい と 工夫のしがい」 第4回で作成した実習実施計画が、どこまで達成できたのか、実習の成果を振り返り、たくさんの苦労と工夫を共有。ワークショップ最後には、参加者全員が、「これから私ができること」という内容の1分間スピーチをし、自分自身に対するこの間の取組みを振り返る機会となる。 (6)障がい者雇用理解促進シンポジウム 全5回のワークショップを踏まえて、地域の方々に対して取組みをご紹介し、社外の有識者の皆さま方から評価をいただく機会として実施した。これは同時に社員に対しても、社外の有識者及びご参加いただく支援機関、他企業のご担当者様と交流できる場でもあり、これまでの自分たちの取組みを振り返る場ともなる。 会場には、これまでご縁のあった支援機関や特別支援学校、他企業の概要や障害者雇用の状況等をポスター展示し、より多くの情報を視覚から得られるよう工夫する。全11の支援機関、特別支援学校及び他企業にポスター展示のご協力を頂いた。 (7)第7回「当事者理解」と「自分理解」 〜わたしもへん(変/偏)!?あなたもへん(変/偏)!?〜 発達障害と向き合い、幼少期から抱えてきた生き辛さや淋しさをストレートな歌詞で表現するミュージシャンによるライブ、障害を持った社員による公開当事者研究、当事者研究実践グループワークを実施。普段は業務領域が異なる社員が1つのテーブルを囲み、それぞれが日頃から抱えている苦労や悩みに病名を付けて共有した。 (8)ワークショップのアンケート結果 第1回目のアンケート内容は、『知る』というテーマの通り、社内の知らない現状を目の当たりにした驚きと新しい発見の数々だった。反面、知るがゆえの不安とまだまだ分からないこと、知らないことの多さと自分自身が障害者と向き合えるかどうかの不安の多さが目立った。 第5回までのアンケート結果をまとめると、ワークショップの中で自身が障害を持った方と共に働く経験を持つ社員も増え、会社としてどうあるべきか、お互いの理解の重要性、働く環境の見直し、地域との連携の在り方等、主体的な内容への変化がみられるようになった。 その反面、障害に対する不安や取組みに対する会社への批判は、一部の社員に偏って固定化されてきたことが目立つようになった。 試行錯誤の中でも、何かしら取組みを進めていくと、様々な方々と繋がれるようになってきた。初めは、何を誰に聞けばいいのか分からずに、分かったところで今更こんなこと聞いていいのかどうか、なかなか連絡することすら出来なかったが、日本福祉大学の教員の更なる協力者とも出会え、2014年度からの2年間は、「労働局東海ブロック精神障害者等雇用促進モデル事業」も採択いただき、ハローワーク・特別支援学校・障害者就業・生活支援センター・自立支援協議会・就労支援事業所・商工会議所・他企業・障害をお持ちの皆様など、たくさんの繋がりの中で、お互いの立場や役割も共有できる関係を築けて来られたと感じている。 正社員を中心に行ってきた障害者雇用理解促進のワークショップ以外にも様々な理解促進のための取組みを行ってきた。以下は、これまで行ってきた取組みである。 6 障害者雇用理解促進の取組み〜就労体験・職業体験の受入れ〜 【連携先】 ・就労支援機関 ・特別支援学校 【制度の活用】 ・職場実習制度(ハローワーク) ・委託訓練(障害者職業能力開発校)   *採用を視野に入れた場合 【受入れスケジュール】 1 情報提供 ・支援員/学校の先生からのヒアリング ・プロフィール 2 実習受入れ部署の検討(以下からは受入れ部署が主体) 3 アセスメントと職場見学 4 実習実施計画書(プログラム)作成 ・双方の課題を設定 5 体験スタート 6 振返り(毎日と最終日は支援員含めた関係者全員) 7 実施評価表の作成 【実習のメリット】 〜実習生〜 仕事をするために必要なことの確認 1 何をどこまで出来るかの理解 2 得意なこと、苦手なことの理解 3 チャレンジする 〜受入れ側〜 1 相手の理解(障害の有無に関わらず) 2 自分(自分の職場・仕事)を理解 3 しっかり準備することで、結果「楽」になる 7 障害者雇用理解促進の取組み〜働くバリアフリー研修〜 ワークショップの参加対象者を原則正社員としていること、取組みを進める中で、他企業の取組みへの関心が持たれてきたことから、全社員を対象とした(任意)1日のプログラムを作成した。 1 取組み報告・紹介 A:社内 B:地域(支援側) C:他企業 2 他企業の職場見学 3 就労支援事業所での短時間入所体験 8 障害者雇用理解促進の取組み〜マナー研修(障害を持った社員対象)〜 主に、特別支援学校新卒採用者を対象に実施した。 共に働く社員から、ビジネスマネーに関して、どこまで理解しているのか、知っているのか知らないのか、が分からないために注意することに躊躇してしまうという意見が出たことから、マナーを学ぶというよりは、マナーの理解を共有する目的で実施。 参加した社員からは、学校で学んできたことだったようだが、共に働く社員とテキストを共有した。 講師は外部から招き、緊張感を持った場になるようにしたが、障害者に対してマナー研修を実施している(できる)講師がなかなか見つからず苦慮した。 9 障害者雇用理解促進の取組み〜アビリンピックへの挑戦〜 入社4年目の社員をビルメンテナンス競技にエントリーした。 日々の業務の中に、課題の練習を組込み挑んだが、想像以上のレベルの高さに入賞には至らなかった。 前年度の反省を踏まえた2年目も入賞には至らなかったが、諦めずに挑戦し自信を付けていく姿は、本人のみならず周囲へも大きな変化をもたらした。 10 障害者雇用理解促進の取組み〜当事者研究〜 当事者研究をしている教員との出会いから、北海道浦河町「べてるの家」の講演に誘っていただいたのをきっかけに、社内でも実施するようになった。 精神障害当事者やその家族を対象とした自助プログラムであるが、同じ部署で療育手帳を取得した3名を対象に取組みを開始した。 「自分たちの問題を自分たちで解決できる力をつけよう」と始めた当事者研究は、これまでの仕事でのお互いの関わり方や考え方などに大きな変化をもたらしている。 2016年のワークショップでは、グループワークに当事者研究を取り入れた。当事者研究は障害当事者だけでなく、すべての人にとっても様々な気づきや学びを与えてくれるという視点をもって、現在は障害を持った社員だけでなく、様々な部署の社員が参加して、月に1回1時間実施している。 11 障害者雇用理解促進の取組み〜通信教育での学び〜 知識がないことへの不安も大きかったことから、日本福祉大学通信教育部の科目等履修生として入学し、障害者雇用に関連する2科目を対象に学ぶ場を用意した。 ・障害者福祉論 ・就労支援サービス [2014年(1年目)]  正社員のみを対象(強制)  受講者:32名 [2015年(2年目)] 全社員対象(任意) 受講者:13名 12 障害者雇用理解促進の取組み〜ニュースレターの発行 2013年、初めてのワークショップ開催後、参加した社員からの「自分たちは参加して少しでも理解を得られる機会があるが、参加していない社員こそ理解を求めるのが難しい。」という意見を受けて、給与明細にニュースレターを封入して配布することを考えた。 しかし、「障害者雇用」を前提としたニュースレターでは、かえって「障害者雇用」と特別視されてしまう懸念があったこと、そもそも社内における他部署の情報が共有されていなかったこともあり、全社の情報を満遍なく掲載できるニュースレターを作成するに至った。 また、発行元を総務課で担ってもらうことで、更なる社内の情報の公平性を前面に出せる取組みとした。 作成には、障害を持った在宅の社員を担当とした。 13 学びと気づき 1 躊躇するよりまず1歩 2 どれだけ、障害を持った社員が頑張っても、一緒に働く社員に理解がなければ難しい 3 組織の中だけで頑張ると疲弊する。 4 支援機関とも相互理解が可能 5 どれだけ自分のことを理解できているか、理解しようとしているか、自分を振り返る大切さ 6 相手を理解すること 7 『障害』に限らないこともたくさん 8 『障害』を理由にしていないか考える 9 向き合う 10 障害を持った方にとって働きやすい職場は誰にでも働きやすい職場になる   14 課題 社長の一言から始まった『障害者雇用理解促進』の取組みは、少しずつではあるが、理解は広がってきている。障害者雇用を進めることではなく、障害者雇用の理解を進めることが、結果として障害者雇用に繋がってきた。「障害者雇用」という言葉自体が、障害を持った方が働くことを特別なこととしているという意見も聞き入れられるようにもなった。 しかし、必ずしも『前向きな理解』ばかりではない。 法定雇用率をクリアすればよい、ということではなく、誰もが働きやすい職場にするための職場環境整備を促進するという根本を更に根付かせていく必要がある。 2011年、専務取締役を相談役としてスタートし、企業在籍型職場適応援助者養成研修修了者は3名となった。 しかし、この取組みの担当者の役割が、それぞれの職場で担えてこそ、我々の使命は果たされる。 パネルディスカッションⅠ 精神障害者の継続雇用のために 【司会者】 稲田憲弘(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用開発推進部雇用開発課 課長補佐) 【パネリスト】(五十音順) 高橋秀明(シダックスオフィスパートナー株式会社 相談役 担当部長) 三鴨岐子(有限会社まるみ 取締役社長) 山本健夫(大阪障害者職業センター 主任障害者職業カウンセラー) 精神障害者の継続雇用のために 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用開発推進部雇用開発課 課長補佐 稲田憲弘 ○ 精神障害のある方の雇用については、平成16年の労働政策審議会障害者雇用分科会意見書で「将来的には雇用義務制度の対象とすることが考えられる」とされ、平成18年4月からは精神障害のある方(精神障害者保健福祉手帳所持者)が実雇用率への算定対象とされました。 また、平成20年の障害者雇用促進法改正における国会の附帯決議においても「精神障害者を雇用義務の対象に加えることについて、可能な限り早期に検討を行うこと」とされ、平成25年の法改正により平成30年4月から法定雇用率の算定基礎に精神障害のある方が加えられるとともに、これを踏まえて民間企業の法定雇用率が平成30年4月から引き上げられることとなっています(当分の間2.2%、3年を経過する日より前に2.3%)。 ○ このような中で、企業で働く精神障害のある方は増加し、本人と企業がよく話し合って相互理解を深めた上で、精神障害のある方のやりがいに配慮し、モチベーションの向上やキャリアアップのための取組を行って長期安定雇用を実現しているケース等が出てきています。 ○ その一方で、精神障害のある方の職場定着上の課題、雇用環境の整備についての課題等から、残念ながら早期に離職するケースや、雇用に不安を感じている企業もあり、企業現場では、多様な障害特性を踏まえた取組のあり方を絶えず模索し続けている状況にあり、支援策の大幅な拡充の要望が強いとの意見があります(2016年12月13日一般社団法人日本経済団体連合会「障害者雇用率の見直しに向けて〜分け隔てない共生社会の実現〜」より)。 ○ これらを踏まえ、本パネルディスカッションでは、精神障害のある方の長期安定就労を実現するために、また、精神障害のある方とともに成長する企業とするために、精神障害のある方、企業、支援機関にどのような協働が望まれるのか等について考えます。 精神障害者の継続雇用のために シダックスオフィスパートナー株式会社 相談役 担当部長 高橋秀明 シダックスオフィスパートナー株式会社は今年で7年目を迎えている。事業内容は大きく分けて2つの事業を展開。1つ目は特例子会社自体の運営と、2つ目は各事業会社が運営する全国3,000ヶ所以上の事業所に勤務する約500名の雇用サポート事業を展開。 まず、特例子会社は、障がい者雇用人数56名に対し約80%の44名が精神障がい者で構成されており、これが弊社の特徴の一つとなっている。精神障がい者はモチベーションの維持・向上が苦手であり、その点への「配慮」と仕事への「やりがい」を感じていただくため、「成長を実感できるキャリア形成」により「モチベーションの維持向上」に努めている。 初めに取り組んだことは、取組み全体をマネージメントする新部署「キャリア推進室」を設置し、ルール決めや制度設計を行うと共に、サポートする側もジョブコーチなどの資格取得に取り組んできた。 次に、「成長を実感する」取組みとして、個々の特性に配慮し、①教育制度をまとめ、対人関係の向上やセルフケア方法など毎月グループワークを中心とした勉強会を開催。②「キャリア形成のモデルステップ」を提示し、キャリアアップを実現するための目標管理制度をまとめた。③職位制度では正社員登用を制度化し、トレーナー・リーダー等昇格できるキャリアパスをまとめた。④その他人事考課など評価制度全体をまとめた。また、「提案制度」を浸透させるため「好事例報告書」の作成・提出を仕組化した結果、「指示待ち」的スタンスから「自ら考え取組む能動的な仕事」への移行が実現し、「業務の効率化」や「やりがいと責任感の向上」に結びついた。以上のような「成長を実感できるキャリア形成」による「モチベーションの維持・向上策」に焦点を当てた取組みは、職場定着を向上させ、継続雇用に繋がっている。 一方、全国を11ブロックに分け定着支援員を各ブロックに配置させた活動は、「相談できずに離職する」、このようなケースが大幅に減少した。また、各事業所の雇用側にも相談やサポートの具体的な対応方法を共有化し、各事業所でナチュラルサポート(従業員による自然な援助)の環境が整いつつある。その取組みの一つとして、各事業所に「障がい者雇用マニュアル」を配備。実習方法から面談の仕方、相談体制の整備、問題発生時の対応方法等、現場レベルで解決できる対応スキルが効果的に身につき始めている。 今後の課題は、①特例子会社は、支援員からの直接サポートを減らしセルフケア方法を身につける自律化の促進。②全国の定着支援活動は、事業所雇用側がサポートするナチュラルサポートへの移行を更に進める。③体調不良の原因は生活面の影響も大きく、支援機関との連携は必要不可欠であり、新たな役割分担や連携対応の再構築を行う。このような課題を進めるため、弊社のビジョンである「誰もが成長し、働き続ける力を身につける」という考え方に基づき、会社と社員は更に相互理解を深め、セルフケアの習得と現場でのナチュラルサポートの効果的な運用まではある一定期間の時間を必要とするが、中長期先を見据えた未来志向の活動を行う。 精神障害者の継続雇用のために−中小企業での障害者の長期継続就労の事例− 有限会社まるみ 取締役社長 三鴨 岐子 住 所:東京都西新宿8−5−5 会社設立:1996年12月27日(22期目) 従業員数:10名(+業務委託1)うち障害者4名(+1) 業務内容:デザイン・印刷・事務アウトソーシング 【概 要】 ○ 一人一人の状況に合わせた勤務体系、働くルールについて 始業時間、勤務時間、休憩の取り方など、勤務はその人に合わせる(フレックス拡大解釈)。 体調管理・時間管理の難しい社員が働くルールをどうするか(例:遅刻)。 ○ 従業員の個別の働きを、会社全体としてどう組み合わせるか 長短入り混じる勤務時間の従業員と仕事をどう組み合わせるか。 外注などの社外の力や、ダブルワークなどの併用について。 ○ 朝礼をベースとした会社全体の情報共有の徹底 朝礼で何をどのように話すか。 弱さの情報公開について ○ 精神障害者の雇用管理用WebシステムSPISを利用した、社員と上長、遠隔参加の臨床心理士との情報共有の状況について SPISの運用方法とその効果 ○ SNSを利用した社員間のコミュニケーションの取り方や、日々の取組について フェイスブック、メッセンジャーグループ、LINE 口頭発表 第1部 〜精神・身体・知的・発達障がいの、ピアサポート力を企業力に活かし、障がいを強味に働く〜 ○遠田 千穂(富士ソフト企画株式会社 企画開発部 部長) ○槻田 理 (富士ソフト企画株式会社 教育事業グループ 課長代理) 1 企業におけるピアサポート力について 「障がいを負っていても決して後悔させない。」ことを念頭に、当事者の方が障がいであった体験を強みにできる業務を企業は日々考えていく必要がある。 1つの部署に4障がいを万遍なく配置させることでお互いにサポートしあい、業務がスムースに進む。他者への思いやりは、自己の障害の軽減につながる。又各部署の長を障がい当事者の社員にお願いすることにより、職場のモチベーションにつながる。いつまでも一般社員のままでは当事者もやる気を失ってしまう。当事者を管理職登用する企業の姿勢も大切である。「何かをしてあげる。」のではなく「何かをしてもらう」という発想の転換が必要である。 当社では親会社でうつ病を発症した社員を2週間、リワークとして特例子会社で受け入れるという取り組みを実施している。午前中は御自身の仕事のスキルを当事者の社員に教えて頂き、午後は御自身の人生をPPTを使用し語って頂く。もはや障がい者が自分の経験を活かし健常者のうつを治す時代が来ている。障がい者の強さを信じ、引き出す企業努力が必要である。 ここで大切なのは健常者のメンタルのケアである。一方的なその場の意見で判断してはならない。健常者も同じ感情を持つ人間であることを当事者の方々にも御理解頂くことが大切である。お互いにサポートし合うサークルの中には、勿論健常者も含まれることを企業全体として共有する必要がある。障がい者が働きやすい会社は、健常者も働きやすい会社にしなければならない。 過去にこだわらない。他人ではなく自分をコントロールする訓練も大切である。思い通りにならないのが他人であり会社は多様な考えをもつ人間の集合体である。異質なものをどう受け入れ合うかが鍵となる。自律心を鍛え自立につなげる。本能のままに動くのではなく理性を鍛える相互努力の毎日である。 理性を鍛える方法は多々あるが、オフの時間をどう過ごすかも大切である。9:00〜17:30は会社の時間ではあるが17:30〜9:00と土日祝日は、自己管理の時間である。オフの時間に自堕落な生活を送ってしまうと、必ず仕事に影響が出る。スポーツに勤しんだり、読書や、映画や美術館に行き、趣味を満喫するのも良いだろう。当社では率先して趣味を高めることが推奨されている。薬を増やすのか、日中活動を増やすのか、意識をして生活をすることが大切である。対処療法は根本的な解決にはならない。生活習慣を改め、自分を律する事こそが、日中の行動療法につながる。発病のきっかけが、生活習慣の乱れに起因することは、よくある話である。掃除、洗濯、料理等、家事をきちんとこなすことも心の整理整頓につながる。又、相手に不快感を与えない様にアイロン掛け、靴磨き、入浴、歯磨き、髭剃り、メイク、散髪等に気を配ることも、相手、自分への合理的配慮の1つとなる。合理的配慮は受けるばかりではなく、お互いに1人1人が心掛けていくことである。 又世の中は、自分の思い通りには動かない。人はお互いに万能ではない。お互いの弱点を共有し支え合っていくからこそ、成長共育するのである。相手の弱点を認めることも、心のバリアフリーにつながる。同僚・部下・上司に過度な期待をしないことも社会人としてのマナーである。自己主張ばかり押し付けあうのは、本能が勝っている状態である。どう相手の話を聞き、どう自分の考えを伝えるのか、日々鍛錬を重ねる必要がある。 企業は集団で利益を追及する団体でありどんな会社も納税の義務がある。障がいの度合いにもよるが、障がいを言い訳にせず、自己を高めていくプロセスが、当事者の社員の自信と誇りにつながる。自分の意にそぐわないことがあっても、それを如何に乗り越え、解決・消化していくか。企業、当事者の自助努力が試される時に来ている。ここに、障がい者、健常者双方が、当事者意識をもって、切磋琢磨することが企業の発展につながる。 2 障がい者向け就労促進訓練事業について 障がいを持つ社員がチームとなり、サービスを提供する。 当社では障がい者向けの就労促進訓練事業を展開している。それは大きく分けて3つある。委託訓練事業、就労移行支援事業、特別支援学校出張講義である。これらの事業運営の中心にいるのが障がいを持つ当事者である。これらの事業に関わる部署に所属する障がい者は7名。精神障がい者が4名、発達障がい者が3名となる。この7名が訓練講師として活躍している。 これらの事業では障がいを持った方が就労に結びつくような講義・サービスを提供している。 当社では異なる障がいを持つ者同士を組ませて、互いに補完するような取り組みを行っている。当部署でも同様に行っている。 社員はそれぞれ特徴があり、障がいの種類で一様に特性を分類できないが、ある程度の傾向を読むことができる。 精神障がいを持つ講師の強味は、臨機応変な対応が出来ること、気の遣い方がうまいことが挙げられる。逆に弱みとして、慎重に物事を進めるあまり、腰が引けている印象がある。 発達障がいを持つ講師の強味は、相手に対して積極的に働きかけることである。訓練利用者に対しての声掛けがうまい。加えて強靭に精神力がある。多少悪意のある言葉をかけられても、こたえない場合が多い。弱みは、相手がどのような状況下であるか認知する力が弱い。相手がそっとしておいて欲しいときであっても、いつもどおりに声掛けをしてしまうということがある。 この精神と発達に障がいを持つ講師を組ませると、互いの弱みを補完しあうことが期待できる。訓練会場においてきめ細やかな対応が可能になる。 発達障がいを持つ講師は、訓練に参加している利用者に対して次々と声をかけ、場を作っていく。精神に障がいのある講師は全体を見渡して、元気のない、もしくはいつもと様子の違う人を見つけ、個別に対応する。そのような役割分担ができつつある。 異なる障がいを持つ者同士で問題となるのが意思疎通についてだろう。当部署でもこの問題は発生している。 当社社員の障がい別による傾向を大まかに示すと、以下のようになる。精神障がいを持つ講師は、結果として言葉足らずになることがある。発達障がいを持つ講師は、情報を額面通りに受け止める。これらの特性の違いにより、双方に誤解が発生する。 例えば訓練に参加している利用者についての対応で、こんなことがあった。精神障がいを持つ講師が利用者と面談をして、発達障がいを持つ講師にこう伝えた。「彼は本日体調が悪いようなので、別室で休ませてください」それを聞いた発達障がいを持つ講師は、その利用者の所へ駆け寄り、別室への移動を促した。実はそのときその利用者は、次の1時間は訓練に参加するつもりだった。そのために資料も用意していた。ただし講師より「体調がすぐれないならば、ちょっと休みましょう」と言われ、それに従ってしまった。後になりその利用者から別の講師に、この時間は訓練に参加したかったと伝えられた。 発達障がいをもつ講師は、精神障がいを持つ講師からの言葉をそのまま受け取り、状況をよく確認せずに実行に移してしまった。精神障がいをもつ講師は、発達障がいを持つ講師が利用者に講義に参加するか休むかどうかをもう1度は訊いてくれるだろうと期待した。よってあえてその部分は言わなかった。 ここで理想的なのは講師間で「彼は本日体調がすぐれないようなので、次の時間は訓練に参加するかどうか訊いた上で、休んでもらうか判断してください」と伝えあえればよかったのだろう。 こうした意思疎通に関する誤解は毎日のように出る。当社では1日の最後に訓練の振り返りを必ず行い、誤解がなかったかどうかを徹底的に確認している。情報を各々から出してもらい、それぞれがどう思って行動したのかを話してもらう。誤解が生じているのであれば、誤解の生じないやり方を皆で共有する。ログとして記録する。 それぞれの事例を皆で振り返ることにより、この場所でのふるまい方を学習していく。また、同僚と自分の認識・特性の違いに気づくようになる。それが自分と他人の障がいとはどんなものかを学ぶことにつながる。 また、この就労促進訓練を利用する方々も障がい者である。障がいの種別も身体・知的・精神・発達と幅広い。そうした方々のサポートに携わることにより、講師は障がいへの理解をさらに深めることが出来るのである。 【連絡先】  遠田 千穂    富士ソフト企画株式会社 企画開発部  Tel:0467-47-5944  e-mail:todachi@fsk-inc.co.jp 長く安心して健康に働ける職場を目指して ○星 希望 (ランスタッド株式会社 人事本部障害者雇用推進室 室長/企業在籍型職場適応援助者) ○入倉 弥生(ランスタッド株式会社 人事本部障害者雇用推進室 社会福祉士) ○望月 大知(ランスタッド株式会社 人事本部障害者雇用推進室) 1 首都圏集中プロセスセンターについて ランスタッド株式会社は1960年にオランダにて設立され、世界39の国と地域に4,400以上の拠点を置く世界最大級の総合人材サービス企業である。弊社では、全国のオフィスで活躍する障がいのある社員は180名を超えているが、2017年4月、池袋に障がい者雇用の推進と職域拡大に注力した「首都圏集中プロセスセンター」を立ち上げた。日々、貢献と成長を感じながら働いている社員の事例を交えながら、長く安心して健康で働ける環境の整備について発表する。 図1 首都圏集中プロセスセンターの体制   「首都圏集中プロセスセンター」は弊社の首都圏エリアの事務プロセスを集約し、新たに入社する障がいを持った社員とともに業務を遂行していく新しい形のセンターとして開設した。特例子会社としてではなく社長直下の組織として、就業環境の整備はもちろんのこと、それぞれの能力・適性に応じて業務を切り出していくことを目指している。私達、人事本部障害者雇用推進室のメンバーは常駐しており、少しでも社員の安心に繋げたいと、採用から日々のサポートまでを一貫して行っている。 センターでの主な業務は、派遣スタッフの給与処理に関わる事務業務となっており、データ入力、チェック作業、封入・発送作業、ファイリングなどをチームごとに作業分担している。また電話対応については、ほぼすべての社員が行っている。当センターには毎月5〜8名程度の社員が入社しているが、2017年8月現在で29名となっており、年齢は20代前半から50代までと幅広く、障がいの状況もこれまでの経験も多種多様である。   表1 障がい区分と人数(2017年8月末時点) 障がい区分 人数 身体障がい 3名 精神障がい 19名 発達障がい 7名 2 長く安心して健康に働くための3つのポイント 障がいのある社員の方と接する中で、長く安心して健康に働ける職場には以下3点が必要であると実感している。 (1)主体的に働けること  センターでは、毎週水曜日に社員が主体的に参加する「パートナーミーティング」を実施している。この会議は、社員の提案から始まったものであり、業務の伝達事項の他に社員同士のコミュニケーションのあり方などについても話し合うことがあり、活発な意見が飛び交う場となっている。また決められた事務業務のみを淡々と行うだけでなく、工作が得意な社員が周囲と相談しながら創意工夫し、ダンボールで書類の仕分けボックスを作るなど、自己の能力・活力を発揮できる職場の環境づくりを心掛けている。 (2)職域拡大  管理者からの指示のみならず、周囲と相談しながら共に職場環境づくりに参画できるため、苦手な部分を克服できるチャンスにも繋がっている。例えば、電話機には、相手先が分かるよう色分けされたシールで目印を貼り、受電した際のヒアリング項目が簡潔に記載されている受電メモもその中で生み出されたものである。それによってこれまで苦手意識のあった電話対応ができるようになった社員も多い。周囲と相談しながら進めることで、様々な視点が織り込まれ、可能性が広がると考えている。 (3)環境 通勤は毎日のことであるため、ターミナル駅である池袋駅から徒歩3分といった立地は、通勤しやすく体の負担の軽減となっている。 面接時には必ず、勤務上の“配慮事項”を伺い、入社前に管理者側で必ず共有するようにしている。 また、定期的に面談を行うだけでなく、日々の声掛けが何より大切だと考え、気軽に話せるからこそ出てくる悩みなどを聞くことで、不安の軽減などに繋げている。採用から一貫して定着支援を行っているため、支援機関との連携も密になっており、より安心できる環境を整えている。 さらに、 入社時研修の一環としてメンタルヘルス研修を導入しており、小休憩は「疲れを感じる前」にというアナウンスも併せて行っていることから、お昼休憩のみならず、小休憩も周囲の目を気にすることなく取れる環境のため、体調のリズムを整えることに繋がっていると感じている。 休憩室には扉がないため気兼ねなく行き来ができる。また、休憩室の真裏には障害者雇用推進室の席があるので休憩の前後や思い立った際にすぐに相談ができるようになっている。日々の関わりの中から体調の変化にも気付くことができるため迅速な対応が可能となり、大きな悪化に繋がらず健康の維持ができていると考えている。   3 効果 これらのポイントの効果は勤怠の安定に表れている。通院等の予定されていた欠勤を除くと、遅刻早退・欠勤の頻度は非常に低く、入社から4ヶ月時点の平均出勤率は99.7%となっている(表2)。   表2 平均出勤率(対象者11名) もうひとつの効果はやりがいや貢献の気持ちを持って仕事に取り組めている点である。職場内でアンケートを行った結果、表3のような回答が得られた。 自身がチーム、および職場の一員として貢献できていると実感することは成長にも直結する。例えば苦手と思っていた電話対応を克服した社員は、少しでも戦力になりたいとの一心で率先して電話を取り続けた結果、今ではセンターの誰もが彼の電話対応は爽やかな対応で好感が持てると思うまでに成長した。また別の社員は入社当初、人前で発言すること自体に尻込みしていたが、現在はミーティングで業務の改善案や疑問点を積極的に提起できるようになるなど着実な成長が見られている。 個人の成長は組織全体の成長にも繋がっている。コミュニケーションを取りながらチームワーク良く働くために、入社前は自身の得意・不得意のみに目が向きがちであった社員も、仕事を進めていくうちに相手のことを良く知り、思いやりを持つことを何よりも優先するようになった。「周囲の助けになりたい」「後輩の面倒をみたい」といった個人目標を掲げる社員が多いことからも、思いやりの姿勢を大切にして仕事に取り組んでいることがわかる。 私達の職場は、障がい特性もこれまでの人生の歩みも様々な社員が共存している。だからこそお互いを尊重し、共に助け合っていこうという気持ちが自然と生まれてくるのかもしれない。 4 結論 上記のことから、自由度・主体性→職域拡大→貢献→成長のサイクル(図2)が循環していくことで、長く安心して健康に働いていけることに繋がっているのだと日々実感している。この良いサイクルが引き続き循環できるように、定着に関わる全ての人が協力していくことが必要不可欠であり、さらにより良い職場を目指してこれからも精進していきたい。 図2 定着のサイクル 【連絡先】  ランスタッド株式会社 人事本部 障害者雇用推進室 (担当者:星・入倉・望月・七五三掛・石井)  Tel:03-6914-1481 定年までの就労を目指して ○岩崎 正(デンソー太陽株式会社 取締役社長)  福澤 真(社会福祉法人太陽の家 愛知事業本部事業支援課) 1 はじめに 障がい者雇用事業にとっての大きな課題の一つが “就業能力”(製造業の場合生産能力)低下である。現在多くの障がい者(特に“身体”)が活躍しているが、課題なく活躍している訳ではない。特に加齢するにしたがい早期に身体能力が低下(“就業能力”も低下)する、若くても障がいの進行により“就業能力”が低下するという現象がデンソー太陽(以下「当事業所」という。)では散見されている。当事業所は30年以上の歴史の中でこの課題に向き合ってきており、この課題への取り組みを紹介する。  2 デンソー太陽概要とそこに働く障がい者 当事業所は1984年に設立された特例子会社で、㈱デンソー(本体)より受注した自動車部品を生産している。社員に加え福祉法人の就労継続支援A型の従業員、B型、及び就労移行事業の利用者、合わせて約190名の障がい者がここで就労している。課題を理解してもらう為に当事業所のB型を除く障がい者に関わる人事的特徴を挙げる。 ・身体障がい者が136名と多数を占め、知的は9名、精神は7名 計152名。 ・重度者は82名で過半数以上。 ・課長、係長、班長は障がい者が担っている。 ・常勤健常者は20名以下でその比率は低い。 ・社員の平均年齢は47歳、A型の平均年齢は43歳と高齢化が進展。 ・社員採用は原則A型からのStep Up。(2017年4月時点のデータ) 3 従業員への期待 特例子会社は一般企業であり雇用数があり一定時間就労していればいいわけではなく、事業所と本人との信頼と努力で障がいに関わらず成果をあげ、社会に貢献していく使命がある。本人もそれを望んでいる。当事業所に入ってからは、事業所が教育を提供し、本人の頑張りと経験で、“就業能力”を増やしていく。しかし加齢等の影響もあり“就業能力”は低下しながらも定年までは活躍してもらい、“Happy retirement” を迎える、というパタ−ンを目指している。事実こうして退職した者が沢山いるし、“就業能力”が殆ど低下しない人もいる。しかしこのパタ−ンを達成できず残念ながら途中で退社を余儀なくされた事例も現実存在する。 4 就労を断念した事例 過去10年間で“就業能力”低下により最終的には就労を断念せざるを得なかった人のデータを整理した(B型を除く)。総数18名の障がい者が退社を余儀なくされており、年平均で2名弱となる。障がいのある社員とA型従業員の在籍平均は150名なので、年毎の対在籍率だと年1%以上である。18名の勤続年数の平均は14年で、18名のうち3名は“障がい者支援”施設に移行、4名は自宅から他B型に通所、残り11名は自宅等で治療に専念している。(補足:18名のうち6名は元々の障がいが進行し休職期間が満了。18名のうち男性13名、女性5名。勤続年数最短は1.5年、最長26年。障がいはすべて身体。退社時平均年齢は43歳。この間の定年退職者は9名。) 実態を理解してもらうべく2事例をあげる。 【事例1 Aさん(女性)】 1996年4月A型で採用、障がい:脳性麻痺。15年間元気に働くも2011年から“就業能力”低下が顕著になり簡単な作業でも生産台数は低下し続け、トイレの時間が異常にかかる、居眠りをする、更には痺れを訴える事態に至る。障がいの重度化を受容し2016年1月に退社(40代)。脳性麻痺という障がいは常に力が入った状態で、その緊張により頸椎への負荷が溜まり、軟骨が摩耗し神経に支障をきたす、と言われている。この例では神経の支障が就労を妨げたと考える。 【事例2 Bさん(男性)】  1990年4月A型で採用、障がい:外傷性脳内血腫による右方麻痺。同じく20年間元気に就労するも2010年にてんかん発症後“就業能力”低下が顕著になる。その後転倒を繰り返す、認知機能が衰え不良が多発、更に突発欠勤が増える事態となり、2016年4月治療に専念する為に退社(40代後半)。脳へのダメ−ジにより脳内の情報処理がうまくいかず、正しい認知ができにくく転倒、判断力の低下を招いたものと考える。 この2例とも15年以上は就労していた訳で、この間に予兆、変化に気づき何らかの処置をしておけば、状況は変わっていたかもしれない。 5 課題に対する取組み 一度採用したからには、モラールを維持しながら元気に就労し定年を迎えてもらいたいし、それが事業所の役割でもあると考える。しかし、元気に活躍していたがある時から“就業能力”が低下し始め低下し続ける、やがて会社の期待を割り込むという現実がある。例え就労状態で定年を迎えられなくても“ここで働けて良かった”と思ってもらいたいと想いながら、社会福祉法人の協力を得て、定期的活動と特別措置に分けて以下のような対策を講じてきた。 ① 定期・難易度の低い仕事揃え:作業難易度と処遇との関係をわかる仕組みとし、“就業能力”の低下した人には処遇減に納得を得て作業難易度の低い簡単な仕事で引き続き就労できる環境としている。 ② 特別・特定ランク設定:定時間は就労できるが“就業能力”が極めて低下した人を“特定ランク”に位置づけ、厳しい評価を伝える一方、処遇は落ちるものの定時間就労できる間は雇用を保証している。これにより雇用の心配することなく現作業と健康管理に集中し今後の人生設計ができるようにしている。 ③ 定期・57歳時の進路面談:“就業能力”低下者の直接な対策ではないが、事業所の評価、定年、再雇用制度、を説明し60歳到達時、退職後(退社後も)の生き方を考えてもらう機会を提供している。 ④ 特別・就業以外の選択肢提供:一定時間の就労が困難な人に対しては、就業以外の選択肢(施設入所等)を提案せざるを得ず一緒に今後を方向つけるようにしている。時間をかけながら本人が決定したという位置づけとしている。 ⑤ 定期・新しく始めたのが事前対策をめざした“リスクアセスメント”である。本来アセスメントの結果を回復、延期の対策につなげたいがアセスメント自体を始めたばかりでそこには至っていない。これをもう少し詳しく説明する。 6 新しい試み  本人の自己評価、現実と事業所の評価を合せ就業能力低下の兆候を早く認識し、回復、延期させられないかと模索を続け“定年まで就労する為のリスクアセスメント”実施に至った。 (1)リスクアセスメントのやり方 ① 健康・障がい、仕事、業績から就業能力低下リスクを調査するものである。具体的には、健康関係15項目、仕事関連で12項目のアンケート(質問票)に記入してもらい回答結果を集計し、事業所の平均からの乖離に応じリスクポイントつける。次に業績では評価に応じリスクポイントをつける。両方のリスクポイントを集計しリスクランクをA〜Cに分け(A:低い)、結果通知書にまとめ個人に配布し、リスク保有者は結果通知書をもとに面談する。又結果通知書ではアンケート結果に現れている気になる現象とその要因を分析し事業所内のPositionも分かるようにし、改めるべき個所を明確にしている。 ② 形式はストレスチェックに似ているがやり方、範囲が異なる。このリスクアセスメントは、障がい特有の質問を含み、仕事・業績とも関連づけ、心身双方対象とし、個々人の就労継続リスクを感知する試みである。 (2)アセスメントの結果 ① B型を含み対象者175名に実施、社員・A型(142名)のうちリスクCは0名、リスクBは11名。 ② 健康だと判断していた人でもリスク保有者(B)が5名 いた。 ③ 健康への不安と業務の不安の相関は高い。(健康に自信のない人は業務でも自信に欠ける) ④ 健康関連質問15項目とストレスチェックの相関は高い。 ⑤ 本人と上司の評価にズレがあるケースがみられた。 全体としては有効な手法だと判断するが課題も認識した。 (3)リスクアセスメントの課題  ① 潜在的な課題をあぶりだす質問になっていない、殆ど差がでない質問もあったので質問の練り直しが必要。本アセスメントの目的を周知しながらやり方の改善も必要であると感じている。(又対象数を増やす事も検討したい。) ② 当然単年のデータだけでは状況を把握できないので毎年定期的に実施して経年変化を注視していく。 ③ 診断項目追加を含め健康診断とも連携させたい。 ④ アセスメント自体もさることながら、本来の目的は直す、回復させる、遅らせる、事なので具体案の実施が急がれる。医療関係との連携もいると思うが、正直ここで行き詰っている。 7 まとめ(お願い) 以上“定年まで就労する”為の想いと活動を述べてきた。身体障がい者への対策が中心であるが、他の障がいにも適用できると思う。試行錯誤しながらより良い対策を模索している段階なので皆様の知見、提案を頂きたい。アセスメントに関しては、手法は素人が手作りで作成したものであり色々改善すべき点も多いし、何と言っても回復策が策定されていない。同じ課題を抱える事業所、手法の専門家等からの御指導を頂ければ幸いである。(既に頂いた助言には御礼致します。)こうした活動で対策を拡充し、少しでも多くの障がい者がモラールを維持し元気に活躍できる環境を整えていきたい。 【連絡先】  デンソー太陽㈱  TEL :0533-57-1636  HP: http://www.denso-taiyo.co.jp ※本サイト内にこの研究発表に関する質問、提案等を受けるメールを設定します。 苺及び椎茸の周年栽培を通した障害者の雇用確保及び自死未遂者の就労復帰支援について ○菊元 功 (CDPフロンティア株式会社 総務部長)  酒井 美沙紀(CDPフロンティア株式会社 ディンクル就職支援センター)  1 はじめに 前回の発表内容も含め当事業所の説明を記した「CDPフロンティア株式会社」は「シーデーピージャパン株式会社」(以下「本体」という。)が設立した特例子会社である。設立は2013年と歴史は浅いが、障がい者の雇用促進を目指し、本体の経営理念である「雇用創造」を基本理念とし「農業と福祉の融合」を目指して新設した。当事業所で就労する障がい者は、社員に加え当社で運営している「さくらきのこ倶楽部」「大谷いちご倶楽部」の農業に従事している障がい者の従業員と「ディンクル就職支援センター」(以下「施設」という。)で就労移行支援事業の従業員及び就労移行支援事業の利用者から構成され、現在合わせて53名が就労や研修生として在籍している。 2 CDPフロンティア株式会社の目指す姿と役割 通常の特例子会社が業務とする「書類整理」「清掃」等の業務を当社で切り出すことは、母体の総合人材サービス事業では障がい者を雇用する人員に限りがあり、本社機能においても20名足らずの人員構成の中で障害者の雇用を図ることは困難であった、本業とは別の事業を模索し、次の観点から事業の選択をした。 イ 障がい者の雇用に特化できるか    人的作業が多く雇用人員が必要な業種 ロ 障がいがあってもそれぞれに出来る仕事があるか   障がい者それぞれの特性を生かすことが出来る業種 ハ 障がいがあっても仕事として成り立つか   障がいの有無に関わらず、熱心に勤めに励むのが現実的な仕事の在り方であるが、現状「障がい者故の仕事」が多く、障がい者自身がそれを望んでいる部分と自分が如何に会社・社会に必要とされ貢献しているかを望んでいる部分とがある。 以上のことを踏まえて、精神障害者の雇用があまり進んでいない現状の中、障がい者のリハビリテーションの一環(自然に接すること)を兼ね、労働者・後継者不足である農業に着目した。 当初は、「障がい者による障がい者の育成」と独立採算をモットーに農業生産物での「ブランド力強化!」による売り上げの向上を目指し「品質向上」を軸に一人でも多くの障がい者が自信と誇りを持って就労できるように取り組んできた。     更には障がい者自らが指導者になり、「自分の給与は自分で稼ぐ風土」を実践し、企業として自立した運営を目指してきた。加えて特例子会社として①それぞれの得意な分野に特化する、②就労移行支援従業員も農業を行う、の2点を構築し、障がい者の就労と自立を支援してきた。ここではこの協力関係にも触れながら、障がい者の自立に向けた取組みを紹介し、直面している課題を挙げる。 特に特例子会社は「障がい者雇用率への貢献」が着目されがちであるが、営利法人である以上「企業」として成果が求められる。障がい者を多く雇用するだけでなく事業として利益を確保し、健全な経営基盤の確保をすることが、障がい者の雇用促進、安定につながると考えてきた。 又、そのためには市場で評価される品質の良い農産物を作ることができるかが重要となる。障がい者がどれだけ通常の品質基準とそれに伴う作業を理解し、市場の要求に応えられるか。障がい者個人の特性に合った業務を切り出すことが関わってくる。 具体的には、 ① 障がい者自身が安定して会社への貢献度を感じる 障害の特性と程度に合わせた、個人ごとの作業の標準化及び勤務形態による個人の意識としての達成感を共有する。 ② 品質の明確化 農業生産物は販売業者(取引先)により規格が異なる。取引先の規格を守って出荷するため、障害特性により規格のズレが発生しない工夫とチームによる規格の確認作業の実施による品質の向上。 ③ 品質実績その向上と納期遵守により信頼を確立する 農業生産物は、日々生産量・品質ともに異なってしまうことがあるが、取引先への納品量や企画は変更できないため、農業生産物でありながら計画的な品質・生産・供給をしていかなくては信頼を勝ち得ない。 ④ 信頼により受注を継続し、可能な限り更に受注する 農業生産物であっても取引先の要望に添える商品づくりをすることで受注の安定化による健全な事業体質を構築するよう取り組んできた。 障がい者・健常者の垣根を越え成果を達成する事での個人の成長を図り、次の目標にチャレンジする心と自立の精神の向上を図ってきた。通常の農業者と比較すれば、経験と知識の深さ、日々の農業に係わる時間等には差があるが、当社の運営している農業事業の範囲内で品質の向上、顧客の要望に応えることを第一と考えてきた。 この過程のなかで「さくらきのこ倶楽部」と「大谷いちご倶楽部」の社員は生産・販売に関する業務に専念し、「障がい者の心の面の支援」は「施設」に任せてきた。又、就労移行支援事業の従業員も敢えて「CDPフロンティア株式会社」の組織の中で就労し業務上の指示を一つにする従業員として位置づけ、OJT・OFFJTによる育成に取り組んできた。 2017年1月より農林水産省の農福連携の地域の拠点施設として、障がい者の農業研修生の受け入れと健常者の農業研修生の受け入れと共に実施している。 3 自死未遂者の就労復帰支援 2017年3月より自死未遂者の就労復帰プログラムの受け入れを開始した。 農業によるリハビリを重視し、リハビリのプログラムを作成したが、自死行為を繰り返していることの原因となっている疎外感と自分存在意義を認めてほしいという欲求を改善することを目的とした。 本人の意識として、自分が他者から疎外されているという意識が強いが、その感覚を変えていくことに重点をおいた。通常の栽培・生産業務とは別に、農地の開拓から栽培品目の選定まで本人に任せ、その作業を他の者も手伝う体制づくりをした。それにより自分の仕事を他の人が認め手伝ってくれるという社会での位置づけをした。しかし、このステップを踏んでも幾度となく疎外感を感じてしまい最初のステップから繰り返すことが多かった。先人の話や書物では見聞きしていたが大変な苦労と粘り強い意思が必要であることを痛感した。 繰り返しリハビリのための農作業を進めていく中で、自分の存在意義を少しずつ見出していることが、言動に表れるようになってきた。農作物を成長させるためには除草や肥料等が必要であり、あまり構いすぎてもいけない部分もある等自分で本を買い、学び始めた。農家の方に聞きに行き自分から社会との関わり合いをもつ行動も見受けられ、それを報告できるまでになった。生産物の売価や販売方法についても最初は当方からの提案をしていたが、自分から価格帯等をスーパー等で調べ、出荷のための作業についても自分から行い始めた。その頃には、目の輝きや言動も大きく変化が見られた。当初の目的は達成できたが、社会での荒波を再度経験しなくてはならない中で、4ヶ月という短い期間ではあるが、悩みを話せる人や相談できる相手という人間関係の構築が本人のよりどころになることを望み、今後のフォローもしていきたい。 4 ディンクル就職支援センター(「施設」)の役割 就労し成果を出す為には「障がい者」に関する知見による支援が不可欠である。「さくらきのこ倶楽部」「大谷いちご倶楽部」では障がい者が農業生産に集中するためのフォローに取り組んできた。 具体的には、 ① 就労可能な人財の確保 ② 職業人としての教育 ③ 業務外での生きがいの提供 ④ 特例子会社の社員も対象とした、精神衛生管理 ⑤ 福祉サービスの一環である「個別支援計画」と職場評 価との融合による育成 ⑥ 本体とのイベントへの参加等での社会との係わり合いの提供、特に、今回のケースでは精神的な部分のフォローと就職先の選定に携わった。 5 結果 苺及び椎茸の周年栽培を通した障害者の雇用確保及び自死未遂者の就労復帰支援の結果について (1)就労復帰支援のための施設運営にむけて ① 「さくらきのこ倶楽部」「大谷いちご倶楽部」における野菜の栽培に向けての作物選定 ② 「各部門」の担当者選定 ③ 農業生産に関する間接部門も障がい者が担当するようにして全員でフォローする体制作り (2)ステップ アップ(Step Up) ① 就労移行支援事業所から相談支援Step ② フロンティアの農業従事者の障がい者支援フォローへのStep ③ 本人の収穫物の販売による成果へのStep ④ 就労移行支援事業所から障がい者枠での就職へのStep 6 課題とまとめ 取組みの中である程度の成果が出せた一方、今後の課題を解決するためにも「障がい者雇用」の促進という特例子会社の使命に加え、本体での精神的に落ち込んでしまった従業員のリハビリに加え、他の会社の方のリハビリの場として利用いただくことによる社会貢献と会社自体のレベルアップを図ることが重要と考えている。 【連絡先】  菊元 功  CDPフロンティア株式会社 総務部  ℡:028-651-6123  e-mail:kikumoto.i@cdpjp.com 共生社会実現に向けたキャリアカウンセリングの可能性 瀧川 敬善 (東京海上日動システムズ株式会社GRC支援部 課長/東京都教育委員会 就労支援アドバイザー) 1 はじめに キャリアカウンセリングは一般的に、望ましい職業選択やキャリア開発を支援するプロセスあるいは職業上の悩み相談のように捉えられている側面があるが、本来はキャリアをライフキャリア、すなわち人生全体と捉え、相談者が自分自身と向き合い、自身の価値観・人生観を再発見し「自分らしい生き方」を送ることを支援するものである。個人を対象とすることが多いが集団を対象として行う手法もあり、伊藤義美ら1)によればカール・ロジャーズの開発したパーソンセンタードアプローチは南アフリカの人種隔離政策であるアパルトヘイトの解消等に一定の成果をあげたとされている。本稿では普通の小学校でありながら特別な支援を必要とする児童が全校の15%を占める、通称「みんなの学校」を軸としてキャリアカウンセリングが共生社会実現に向けて果たしうる可能性を展望する。 2 パーソンセンタードアプローチ 人間の尊重を根底に置いた「対話」を通した他者との出会い(エンカウンター)と率直な交流を通して「自分と他人の違い」や「多様な価値観の理解」により、自身の理解と他者との相互理解を進めるグループカウンセリングの手法でカール・ロジャーズによって開発された。この方法に基づくグループワークショップはベルファスト(北アイルランド紛争の融和のためのカトリック教徒とプロテスタント教徒の対話。1972)、南アフリカ(アパルトヘイトの解消のための黒人と白人の対話。1986)等で開催され、一定の成果をもたらす手法であることは1985年にオーストリアのルストで開催されたルスト・ワークショップ(中米の挑戦)に7カ国の政府要人50名が参加したことが物語っている(前掲、伊藤ら1))。 3 共生社会実現に向けたインクルーシブ教育の推進 日本は障害者の完全参加と平等を理念とする障害者権利条約を2014年に批准し、教育の分野においては第24条に基づいてインクルーシブ教育の構築が進められている。地方自治体でも取組みが進められ、例えば東京都では2017年2月発表の東京都特別支援教育推進計画(第二期)・第一次実施計画の副題を「共生社会の実現に向けた特別支援教育の推進」としている。 インクルーシブ教育とは障害のある児童・生徒も障害のない児童・生徒と可能な限り共に学ぶ教育システムであり障害のある児童・生徒が一般的な教育制度から排除されない教育である。平成25年には就学基準が改正され、改正前は一定程度の障害のある子どもは原則、特別支援学校に就学すべきであったところ、障害の状態・本人の要望等を踏まえ、より柔軟に総合的な観点から就学先を決定することとなった。また、障害のある子どもと障害のない子ども達の交流学習・共同学習の推進や普通学校における支援学級担任の任命等、専門性のある指導体制の確保や、スロープ・てすりの設置などソフト・ハード両面で障害のある児童・生徒のために必要な教育環境の整備が進められている。 4 インクルーシブ教育推進の過程で生じるいじめ インクルーシブ教育の推進により普通学校の普通学級や特別支援学級で学ぶ障害児・生徒が増えていくが、この際に懸念されるのが普通学校での差別やいじめ、保護者達による障害児・生徒の排斥である。これらの事例はネット上でも散見されるが教育新聞2)によれば宮城教育大学が2015年に行った通常学級における発達障害児に対するいじめに関する調査では「からかわれる」が小学校で22%、中学校で57%、高校で34%。「話している時に周囲の反応が素っ気ない」が小学校で26%、中学校で42%、高校で21%であった。また、東京都3)の調査によれば発達障害のある児童・生徒の保護者が学校に期待していることのトップは「いじめ対応など友人関係への配慮」であり、小学校64.8%、中学校68.1%、高校52.4%となっている。 5 みんなの学校 (1)特別な支援を要する子どもが多数在籍する普通校 大阪市住吉区にある大阪市立大空小学校(普通校)の通称である。全校児童220名のうち30人が何らかの特別な支援を必要としている(2015年時点)が、特別支援学級はなく児童全員が普通学級で学んでいる。保護者による排斥運動はなく、モンスターペアレントもいない。木村泰子初代校長4)によれば小さないじめはあるが4. P-3)、9年間不登校児はゼロで4. P-3、58)、「開校以来、1枚もガラスが割れていない」5. P-183)。全国学力調査では全国平均を上回り 思考力を問う問題では学力レベルが高いと言われる秋田県も上回ったこともある。5.P-90)  (2)講堂で児童も大人も一同に会して対話 大空小学校では毎週1回、講堂で対話集会を行っている。みんなで一緒に考えるテーマを校長だけが知っていて、そのテーマで、特別な支援が必要な児童と健常児が一緒に、教師と保護者、地域住民が一緒に、子どもは子どものグループで、大人は大人のグループで考え、発言して、みんなで考える。木村泰子元校長は「大空は人と人の対等な関係が成立しないと成り立たない学校です(中略)同じ大空の大人として対等な関係で関わっていられる。だからこそ子どもたちも自分とは違う友達の中で、安心して対等な関係で関われるのです」と述べている4. P-39)。 (3)人間の尊重と信頼を核とするエンカウンター 大空小学校には校則がない。その代わりに「たった一つの約束」がある。それは「自分がされていやなことは人にしない。言わない」ということだ5. P-3)。大空での学びの根幹は人間尊重と相互の信頼であり、児童・教職員・保護者・地域住民によって行われる対話集会も、この根幹のもとで行われている。この対話集会は、子どものグループ、大人のグループ、という二つのエンカウンターグループで構成されているが、大人たちが学校での対話に参加することで、学校との連帯感や一体感を深めていること、および特別な支援を要する児童と健常な児童が対話を通して交流している様子を、その場で見て、聴いていることが重要である。この観察を通して大人たちは次代を担う子どもたちが障害の有無に関わらず共生していける可能性と自身の偏見を知る。大空小学校では特別な支援が必要な子どもたちが変わり、健常な子どもたちが変わり、保護者が変わり、そして、地域が変わっていっていると言う4. P45、160。5. P-184)。 (4)傾聴と共感 木村元校長は「一番大切なこと、それは、子どもの声を聴く、ということです。ただ漠然と聞くのではなく、子どもの声に耳を傾けようとする姿勢が、目の前の大人にあってほしい」と、共感を持って子どもに寄り添いながら傾聴することの大切さを述べている5 P-51)。大空小学校の教育の根底にあるのは全ての子どもたちへの無条件の肯定と傾聴、共感である。 6 特別支援学校のセンター的機能  (1)特別支援教育のセンター的機能 インクルーシブ教育の推進のために、特別支援学校は、これまでに蓄積してきた障害のある子どもの教育に関する専門的な知見によって、地域の普通校の小学校や中学校、そのほかの関係機関や保護者を支援していく中核的な役割を果たしていくことが求められている。インクルーシブ教育は障害のある児童・生徒に向けてのみ行われるのではなく、健常な児童・生徒も名宛人にして行われる。文部科学省の「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)」では「この観点から教育を進めていくことにより、障害のある子どもにも(中略)更にはすべての子どもにとっても良い効果をもたらすことができるものと考えられる」、「障害者理解を推進することにより、周囲の人々が障害のある人や子どもと共に学び合い生きる中で、(中略)次代を担う子どもに対し学校において、これを率先して進めていくことはインクルーシブな社会の構築につながる」としている。 (2)開かれた学校 インクルーシブ教育の推進と並行して、核家族化の進行等による世代間交流の減少や都市化による近隣関係の希薄化などを背景に、学校を地域コミュニティの拠点の一つとすることを目指した「開かれた学校作り」が進められている。多摩市のある特別支援学校では学校主催の夏祭りや学校公開等の行事の他、学校便りでは「地域の皆様、どうぞいつでも御覧になりたい授業をご参観ください。保護者の皆様や地域の皆様はいつでも自由にすべての授業を参観できるのです」と積極的に学校を地域に開放している。 (3)共生社会に向けた地域のセンター的機能 30才で子どもを持つとすると、彼らが成人して社会に出る頃、親は50才前後で社会の指導層として世の中に影響力を持っている。インクルーシブ教育を受けた子ども達が社会の指導層となるまでには少なくとも2世代が必要となる。「みんなの学校」が保護者や地域の住民を巻き込んでいったことで健常児の保護者や地域住民の意識が変わっていったように、特別支援学校や普通学校が「開かれた学校」として障害児・生徒との交流や対話を進めていくことは共生社会構築に向けた地域のセンター的機能として、児童・生徒だけでなく地域の大人に影響を及ぼすことでインクルーシブな社会の構築を加速させることができる。 7 まとめ 「みんなの学校」は普通校でありながら地域と共に障害の有無に関わらない共生社会の一端を具現化したと言えるだろう。インクルーシブな社会の構築に向けてパーソンセンタードアプローチは、その途上で起きるであろう差別や排斥に一定の歯止めをかけることができる可能性を示唆してくれている。 【参考文献】 1) 伊藤義美、他:「パーソンセンタード・エンカウンター   グループ」 P.2-6 ナカニシヤ出版 (2005) 2) 教育新聞社:教育新聞電子版 P.1 (2017) https://www.kyobun.co.jp/news/20170315_03/ 3) 東京都教育委員会:東京都発達障害教育推進計画   P.44 (2016) 4) 木村泰子:「みんなの学校流 自ら学ぶ子の育て方」 小学館(2016) 5) 木村泰子:「『みんなの学校』が教えてくれたこと」 小学館(2015) 精神科医療機関、ハローワーク、就労移行支援の三者がそれぞれの強みを生かした共同プログラム ○芳賀 茂(就労移行支援事業所 アビリティーズジャスコ 稲毛海岸センター センター長)  鳥井 孝繁・谷本 治彦(就労移行支援事業所 アビリティーズジャスコ 稲毛海岸センター)  戸室 秀志・石井 雅也(千葉公共職業安定所/専門援助部門/精神障害者雇用トータルサポーター)  信田 正人・神﨑 可奈・高橋 正人(特定医療法人学而会 木村病院) 1 会社概要 アビリティーズジャスコ株式会社は、昭和55年12月にイオンリテール株式会社の障害者雇用特例子会社として設立。宮城県泉区にCD・DVD・書籍の販売店「スクラム」を運営。 平成24年障害福祉サービス就労移行支援事業を始める。「スクラム」で30年以上培ってきた「障害者と共に歩む(障害者が働く姿を、あたりまえの社会にするために)」を「もっと社会全体に広げて行きたい」という想いから、これまでの経験を活かし就労移行支援事業を立ち上げた。 平成29年8月現在東北を中心に4店舗「スクラム」事業を展開。東北、関東に10センター就労移行支援事業を展開。 2 実施要領 (1)目的 ハローワーク、医療機関、就労移行支援事業所の異なる特性を持つ3機関がチームを組み、それぞれが持つ専門性を活かしたチーム支援により、効果的に精神障害者の一般就労を促進することを目的とした。 (2)名称 この取組は、ハローワーク、木村病院、アビリティーズジャスコの三者が共同で行うため「三者共同プログラム」と呼称することとした。 (3)対象者条件 木村病院デイケア就労準備プログラム「ビギニング」参加者、アビリティーズジャスコ就労移行支援利用者で、プログラム参加により就労可能性が高まると思われる方。各施設最大10名、合計20名。 手帳の有無、就労時のオープンクローズは問わない。プログラムには毎回参加出来なくても可(基本的には継続して参加できる方)。定期的に通院されている方。プログラム開始前に、個人情報使用の同意を得られる方を対象とした。 (4)各機関の役割と連携 (ア) ハローワーク ・全体の進捗管理、実施方法の検証 ・ケース会議の開催 ・職業相談・職業紹介 ・雇用指導部門、求人部門と連携した個別求人開拓、実習先開拓。 ・就職後の雇用管理面での職場定着支援 (イ) 医療機関「木村病院」 ・デイケア内での周知 ・対象者選定 ・利用希望者のアセスメントシートの作成 ・利用希望者の利用契約 ・就労準備プログラムの実施 ・ケース会議への参加 ・就職後の医療面でのケア 就職前と後で役立つ法律と制度の講義 (ウ) 就労移行支援事業所「アビリティーズジャスコ」 ・事業所内での周知 ・利用希望者の利用契約 ・利用希望者のアセスメントシートの作成 ・就労移行プログラムの実施 ・求人、実習先の開拓及びハローワークへの情報提供 ・ケース会議への参加 ・就労後の職場定着支援 就労後フォローのイメージ図 3 具体的な取組 プログラム参加後の状況 人 数 備 考 一般就労 1名 事 務 トライアル雇用での就労 2名 事務等 復 学 1名 大 学 リワーク支援開始 1名 就職活動中 14名 面接・実習 体調不良のため就職活動できず 1名 合  計 20名 (1)事前ミーティングの実施 まず、より良いプログラムを提供するために、木村病院スタッフ、アビリティーズジャスコスタッフは、それぞれで通常行われているプログラムに相互に参加した。 その後、ハローワーク雇用指導官、精神障害者雇用トータルサポーターを加え、事前ミーティングを2か月間行った。 (2)三者プログラム参加者の選定 参加希望者は木村病院、アビリティーズジャスコの各施設で面談を行い、参加意思と病状を確認の上、プログラムの目的に合った対象者を20名選定(表1)。ハローワークに求職登録のない方は、できるだけプログラム開始前に求職登録するように依頼した。 表1 三者プログラム参加者の性別及び就労経験 (3)三者プログラムの実施 5月8日(月)から7月31日(金)の3か月間を第1クールとし、毎週月曜日・金曜日の10:30〜15:30の5時間の日程でプログラムを実施。 午前の10:30〜12:30の2時間は、アビリティーズジャスコが提供する「就労移行プログラム」とし、接客プログラムを通しビジネスマナーやコミュニケーションスキル等のプログラムを実施。 午後の13:30〜15:30の2時間は、木村病院が提供する「就労準備プログラム」とし、疾病教育、薬の飲み方を中心に自己コントロール等を学ぶプログラムを実施。 また、雇用指導官や精神障害者雇用トータルサポーターによる講義等、月1回程度ハローワークによるプログラムを実施した。 なお、プログラム参加途中でも企業実習、面接を可とした。就労準備が整った方には個別に求人や実習先を開拓し提案した(表2)。 表2 プログラム終了後の参加者の状況 4 まとめ この取組はハローワークの協力のもと、各機関が強みを持つプログラムを提供することで、精神障害者の一般就労を効果的に促進する目的で行った。 現在は、プログラム終了から就労活動期間に移行したばかりであるため最終的な成果は報告できないが、参加者20名中3名がプログラム終了時点の7月末迄に就労が決定し、その他の方も企業見学、実習、面接に向けて就職活動進行中である。つまり、参加者の殆どの方が就労に向け何かしらの行動をされている状況である。 この取組は、ハローワークからの支援、医療機関からの支援、就労移行からの支援を、それぞれ受ける事ができるため参加された方のメリットは大きいと考える。外部機関からの注目度も高く、見学やワークに参加された方も多い。そのため、就労活動期間後の第2クールを準備中。 【参考文献】  第24回職業リハビリテーション研究実践発表会発表論文集 【連絡先】  芳賀 茂  就労移行支援事業所  アビリティーズジャスコ(株)稲毛海岸センター  e-mail:inagekaigan@ajscrum.co.jp                                                「精神科医療機関とハローワークの連携による就労支援モデル事業」における効果的な連携について ○恒吉 佑奈(埼玉障害者職業センター 障害者職業カウンセラー)  長 和志 (浦和公共職業安定所)  松浦 彰久(社会福祉法人シナプス 埼玉精神神経センター)   1 はじめに 厚生労働省は、平成30年度の精神障害者の雇用義務化に向けて、平成27年度から全国の主要都市のハローワーク4カ所で「精神科医療機関とハローワークの連携による就労支援モデル事業」(以下「モデル事業」という。)を開始し、平成28年度は全国22都道府県に拡大して実施した。  埼玉労働局は、平成28年度から、浦和公共職業安定所(以下「ハローワーク浦和」という。)と精神科医療機関3機関との間で連携協定を締結してモデル事業を開始している。埼玉障害者職業センター(以下「センター」という。)は、これを契機に、モデル事業におけるハローワーク浦和、精神科医療機関、センター等によるチーム支援を積極的に展開し、埼玉県における精神障害者に対する就職及び定着支援を着実に実施することとした。 2 目的 本報告では、センターにおけるモデル事業との連携の取組内容を紹介するとともに、精神障害者の安定的な就労を支えるためのハローワーク、精神科医療機関、職業リハビリテーション機関等の効果的な連携及びチーム支援の有効性について報告する。 3 平成28年度の取組状況 (1)精神障害者雇用支援連絡協議会の設置及び開催 精神障害者の雇用促進及び雇用継続等の雇用の各段階に応じた効果的な支援を実施していくためには、地域における行政、精神科医療、福祉等の関係機関から構成される職業リハビリテーションネットワークにより、精神障害者及び事業主の個々の状況、ニーズ等に応じたきめ細かな支援を実施することが重要となる。 このため、センターでは、「精神障害者雇用支援連絡協議会」(以下「協議会」という。)を設置し、年2回の協議会を実施している。平成28年度から平成29年度の協議会では、モデル事業におけるチーム支援のあり方と連携の方法、役割分担等について協議を行っている。 (2)連携スキームの検討と各機関の役割について 平成28年度第1回の協議会(平成28年6月開催)において、図の連携スキームを検討した。 モデル事業における連携スキーム図      モデル事業の利用を希望する精神障害者のうち、センターの利用を希望する者については、対象者のニーズ、疾病の状況、これまでの職歴、職業能力、生活面の状況等の情報を整理し、具体的な支援のあり方を検討する「支援開始時ケース会議」を開催し、支援を実施する。センターのサービスを提供する他、埼玉精神神経センター(以下「精神神経センター」という。)においては、デイケアの利用、担当精神保健福祉士との定期相談、主治医による診察を行う。ハローワーク浦和においては、職業準備支援の実施状況等を勘案して、職業相談や職場開拓を行う。 また、精神障害者の職場定着を効果的に支援するためには、チーム支援による適応指導を行うことが重要であるため、「就職時ケース会議」を開催し、職場定着支援の支援内容、方法等を協議している。ハローワーク浦和は、職業紹介、職場適応指導及び事業主に対する指導を行い、センターは、ジョブコーチ支援及び事業主に対する体系的支援を実施している。また、精神神経センターでは、就労後のナイトケア(週1回)、主治医及び担当精神保健福祉士による受診時等の状況把握を行っている。対象者の就職後も必要に応じて各支援機関の役割を改めて確認し、連携体制を強化している。 (3)センターの行う支援の実際 ア 職業準備支援 支援計画に基づき、センターでは、職業準備支援のカリキュラムのうち、精神障害者の社会生活技能等の向上を目的にした自立支援カリキュラムを中心に支援を実施する。 障害者職業カウンセラーは、毎週個別相談を行い、到達状況に応じた次の取り組みの検討を行い、対象者の自己理解を促す支援をする。さらに、対象者が通院時に「通院メモ」を持参し、センターから主治医等に情報共有を図った。加えて、精神神経センターでは、対象者がセンターで学んだストレス対処講座やアンガーコントロール講座のスキルをデイケアで実践する連携の仕組みを構築した。 イ ジョブコーチ支援及び体系的な事業主支援 就職後は、対象者及び事業主のニーズに応じてジョブコーチ支援及び体系的な事業主支援を実施する。精神神経センターの対象者については、ジョブコーチが職場での課題と目標をデイケア担当者と共有し、ナイトケアの場を活用して課題への対処方法の練習を行い、対象者がその対処方法を職場で実践できるよう支援を行った。 また、事業主に対しては、ストレス・疲労等を含む体調の把握のための面談のポイント、体調の変化に伴う主治医との連携等の雇用管理の方法について、助言・援助を行う。特に、初めて精神障害者を雇用する事業所に対しては、職場の訪問・見学による助言、職務分析に基づく職務創出等の提案を行った。採用段階では、短時間勤務から開始し、対象者の体調に合わせて段階的に就労時間を設定した。また、精神神経センターの対象者について、ナイトケアの利用のための勤務日等の調整を行った。   4 モデル事業実施結果 平成28年度及び平成29年度(平成29年5月30日現在)の実施状況について、全対象者数35人のうち、センターの支援を利用した対象者20人は、全て職業準備支援を利用し、支援終了者の全員(10人)が就職している(下表)。 センターの支援を利用した対象者は、企業への就職が多く、就労継続支援A型事業所への就職は少ない。   モデル事業実施状況 5 連携に関する効果及び今後の課題 平成28年度及び平成29年度の協議会において、各病院の体制が異なるため、同一の流れや連携方法では対応できない等の課題を踏まえ、アウトリーチが難しい病院については、ハローワーク浦和及びセンターが病院内で、①対象者に対する業務説明及び個別相談を実施する、②医療スタッフとの院内ケース会議を行うこととした。また、認知機能が低下している対象者に対する現実検討を促すアプローチの必要性が今後の課題として整理された。 6 連携に関する各機関の意見 (1)ハローワーク浦和の意見 チーム支援の効果として、①医療機関から対象者の特性や配慮事項等の情報提供が充実しているため、対象者本人と支援者の双方の理解が深まる、②デイケア(医療リハ)から職業準備支援(職業リハ)への移行により、無理なく職業準備性を向上することができる、③医療機関の見立てを確認することでミスマッチを防止できることが挙げられた。今後は、デイケアを利用しない外来患者について、ニーズ把握、具体的な連携方法の検討が課題である。 (2)精神神経センターの意見 チーム支援の効果として、①職業準備支援利用時に作業面に関する集団評価を通じ、認知機能障害による就労上の課題や対処方法を検討できる、②デイケアで活動量の回復、神経認知及び社会認知の自己理解を促す支援を行っており、生活面及び就労面双方のアセスメント結果をハローワークとも共有することで、職業マッチングが質的に向上する、③ケース会議を各段階で行うことで、医療側の評価をチーム支援で共有でき、支援者の共通理解が深まることが挙げられた。 今後の課題として、①デイケアでは、個別にきめ細かな支援を必要とする対象者が増えている状況があるため、対象者に疾病及び生活面のセルフケアスキルを付与する等、より一層専門性の高い支援技術が必要となること、②チーム支援内で共通言語を用いて、対象者の状況等を共有し、支援機関相互の効果的な連携を継続させることが必要であることが挙げられた。 7 まとめ 精神障害者の雇用促進及び雇用継続のためには、チーム支援内で共通言語を用いて情報共有を図ること、また、対象者自身の自己理解を促すサポートが重要である。さらに、連携のスキームを当初から検討し、各機関がその流れと役割分担の共通認識を図った上でチーム支援を開始することが円滑な連携にとって重要であると言える。 平成30年度の精神障害者の雇用義務化において、ハローワーク、センター、医療機関の連携は必須であり、今回構築した連携スキームを埼玉県内に広く拡充していくことが課題となる。センターとしては、この取組みを継続させ、埼玉県内の精神障害者の企業就労及び定着をさらに推進していきたいと考える。 医療機関と公共職業安定所が連携を図る為の取り組みと一考察(精神障がい者の就労を考える会を通して) ○和田 倫幸(長岡公共職業安定所 専門援助部門 就職支援コーディネーター)  足立 裕介(障がい者就業・生活支援センターこしじ) 1 はじめに 現在公共職業安定所(以下「安定所」という。)においては、精神障がい者の就労促進の為の様々な事業を実施している。その事業の一つにチーム支援事業がある。 チーム支援事業とは、就職を希望する障がい者に対して安定所が中心となり労働・福祉・教育・医療等の複数の分野の支援者が就労支援チームを設置し、就職に向けた準備段階から職場定着までの一連の就労支援を指す。 長岡公職業安定所(以下「長岡所」という。)では厚生労働省が平成27年度より実施している医療機関と安定所の連携による就労支援モデル事業は実施していないが、長岡地域において、精神障がい者の就労を考える会(以下「考える会」という。)が長年存在し、精神障がい者の就労促進に各機関が協働してきた。また、長岡所管内の精神障がい者の就職数注1)は平成28年度93名、平成23年度の5年前の就職者数44名と比較し2倍強の伸び率となっている。 しかし、精神障がい者が就労する際、適切な病状把握や再発時の迅速な対処など就労支援機関のみでは支援に限界があることが多い。そこで、医療機関との連携を深めることにより効果的なチーム支援事業が図られないかと考え、実施した取り組みとその考察についてここに報告する。   2 精神障がい者の就労を考える会について (1)会の概要と構成機関 平成17年に発足。精神障がい者の雇用支援を目的として、当地域振興局が各支援機関に呼びかけたのが始まりで、現在、障がい者就業・生活支援センターこしじ(以下「センターこしじ」という。)を事務局とし月1回の定例会を軸に開催している任意団体。 構成機関は、センターこしじ、新潟障害者職業センター(以下「職業センター」という。)、長岡地域振興局健康福祉部、長岡市福祉課、新潟県立精神医療センター(以下「医療センター」という。)、田宮病院、前身が精神障がい者作業所であった就労移行支援事業所、就労継続支援事業所および長岡所。 3 精神障がい者の就労を考える会との連携を図った長岡所の取り組み (1)取り組み①:ジョブガイダンス注2)の実施 ジョブガイダンスでは、全3回コースで考える会が計画立案から関わり、各プログラムに各機関がそれぞれの強みを持って役割を担った。 その内容と各担当については、緊張を緩和するウォーミングアップは医療機関、就労移行支援事業所が担当、障がいを開示した履歴書の書き方及び面接対策は、長岡所とモデル役に各機関が担当、当事者発表は進行長岡所、送り出し機関(センターこしじ、就労移行支援事業所)が発表者のサポートを担当、グループワークは、司会・書記・事例提供・発表をセンターこしじ、職業センターが中心となり担当、後方協力に長岡市がアンケート作成集計を担当した。 (2)課題の整理 考える会と協力しジョブガイダンスを実施した結果、医療機関と連携を深めるにあたって主に3点の課題が整理された。 一つ目、医療機関は医師を始め多種多様な専門職がおり、窓口となることが多い精神保健福祉士のみならず組織全体の啓発が必要であること。 二つ目、様々な理由で就労支援を利用していない精神障がい者が存在すること。平成28年度ジョブガイダンス全受講者12名の内、医療機関のみの利用の受講者が4名。過去のジョブガイダンスにも同様の傾向が見られている。 三つ目、医療機関と安定所において就労へすすめる対象者の選定の認識に差がある事。 以上の課題を踏まえ、次の取り組みに進んだ。 (3)取り組み②:職員向け就労支援セミナーの実施 まず実践したのは、考える会の構成機関である二つの医療機関職員向けに就労支援セミナーを実施した。 主に、制度、職業準備性の概念の説明、医療機関の役割と医療機関のみの利用で就労支援を利用していない障がい者への啓発方法についてである。 (4)取り組み③:障がい者向け就労支援セミナーの実施 このセミナーで重視したのは、以下二つある。 一つ目は就労支援を今まで利用していない、または利用しても継続しなかった精神障がい者を対象に、周知及び選定は、医療センターは精神科デイケアが、田宮病院は就労支援室の医療機関が中心となり参加者を募り、各医療機関内において全4回コースで考える会での助言を受けつつ安定所が実施した事である。 二つ目は職場対人技能トレーニングJob related Skills Training(以下「JST」)を実施したことである。理由として、通常JSTは継続したセッションで行われるものであるが、今回は職場で困難に直面しても練習により軽減できるという体験や参加者自身が「今の自分が就労に向けて大切な事」等、気づきや考えるきっかけをつくることを目的としたことと、社会生活技能訓練Social Skills Training(以下「SST」という。)が、医療機関で実施されており、かつ筆者もSST実施経験があったことから、医療機関職員もセミナーへ積極的に関与できると推測したからである。実際、セッションでは医療機関職員がコ・リーダーやモデル役を積極的に担ってくれ、正のフィードバック等の進行がスムーズであった。 4 医療機関との連携を深めたチーム支援事業 考える会と協力した一連の取り組み(ジョブガイダンス、課題の整理、就労支援セミナー)を通した集団的手法から、個別的手法への移行、すなわち精神障がい者に特化し医療機関との連携を深めたチーム支援事業(以下「長岡地域チーム支援」という。)へ展開する。 障がい者就労支援の考え方の一つに職業準備性のピラミッド(図1)がある。今回の一連の取り組みにおいても職業準備性を重視してきた。職業の準備性とは個人の側に職業生活を始める(再開を含む)ために必要な条件が用意されている状態を指す。 図1 職業準備性のピラミッド 長岡地域チーム支援の特徴は、医療機関を含めそれぞれの役割を明確化することに加え、関わり方の濃淡はあれピラミッドのどの段階であっても全てのチーム支援機関が準備段階から定着支援まで関わる事である(図2)。 図2 職業準備性のピラミッド「長岡地域チーム支援」   具体的には医療機関も実習の振り返りに参加することや長岡所、センターこしじも医療機関内のケア会議に参加するなどである。 今回の2医療機関内就労支援セミナー参加者11名の内、新たに就労支援を利用した人は9名、内チーム支援事業利用は4名であった。 5 考察 (1)長岡地域チーム支援の有用性について ① 医療機関の役割明確化 この職業準備性の考え方は医療機関にとって、土台となる健康管理、日常生活管理の部分は得意分野であり、就労支援における医療機関の役割を明確化することでチーム支援へ参加しやすくなるだろう。 ② 支援者技術の向上 尾崎1)が「自覚しない逆転移」について論じているように、支援者は支援者自身の態度、関わり方について検証する必要がある。長岡地域チーム支援では、ケースを通じてどの段階でも各機関と連携することから、支援者自身の役割の明確化や自身の関わりについて直面化される。このような検証研鑽の場が必然とうまれるのである。 ③ 定着支援の強化 就労後、再発をできる限り防ぎ、再発しても早期発見治療及び支援に繋がり、離職を防ぐ為には、医療機関と迅速に連携できるという点で大きな利点がある。 (2)今後の課題 長岡地域チーム支援は時間を要し実績が乏しい事が課題である。各機関の負担を軽減しつつ実績を挙げていくことに今後注力したい。 (3)最後に 三品2)は「社会資源は一般の人々が利用する資源を活用するよう働きかける」と述べており、障がい者雇用はまさに一般の社会資源の開拓と捉えることができる。その有用な手段の一つとして、チーム支援事業の意義があるとも考えられるだろう。安定所が取り組む医療から雇用への流れの一助となるよう今後もセンターこしじを始め、考える会を協力した取り組みを継続していきたい。   【注釈】 注1) 出典:平成23、28年度分長岡公共職業安定所業務概要p4 注2) 障害者の就職促進の為、集団的手法により就職活動に関わる知識・ノウハウの付与、職業準備性を高めるための取り組みを指す。 【参考文献】 1) 尾崎新:ケースワークの臨床技法:p.137,誠信書房(1994) 2) 三品桂子編集、日本精神保健福祉士協会監修:利用者主導を貫く精神障害者ケアマネジメントの実践技術p.30,へるす出版(2003) 図1.2 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 平成28年度版就業支援ハンドブックp16を一部加筆して引用 障害者職業能力開発校における精神科医の役割:多職種連携を中心に ○高橋 秀俊(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 児童・思春期精神保健研究部 室長)  神尾 陽子(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 児童・思春期精神保健研究部) 1 はじめに:精神障害者の就職支援 近年、精神障害者・発達障害者の就労支援は、ますます注目されている。障害者雇用促進法が改正され、 平成30年度より法定雇用率の算定基礎の対象に新たに精神障害者が追加された。障害者雇用は着実に進展し、平成28年度の障害者の職業紹介状況1)は、ハローワークを通じた障害者の就職件数が8年連続で増加しているが、最近では、精神障害者の就職件数が身体障害者の就職件数を大きく上回っており、精神障害者の新規求職申込件数も増加している。今後、障害者を雇用する企業は、精神障害者・発達障害者の雇用が中心となると考えられており、障害者本人に加え、企業に対する職場定着支援の取組なども必要とされ、他職種による就労支援の様々な形態や地域連携の重要性が認識されている。 障害者が就職・定着するまでの支援は、様々な機関の連携により行われ、就労支援において限られた支援リソースを有効利用するために、本人の特性や併存障害に応じた関わりについて支援者が理解を深め、それを就職先や地域の関連機関で共有することが重要である。就職に向けた準備支援や求職活動支援として、就労移行支援事業における一般就労に向けた訓練、障害者就業・生活支援センターにおける生活面を含めた支援、ハローワークにおける職業指導・就職ガイダンス・職業実習先紹介・トライアル雇用等、地域障害者職業センターにおける、専門的な職リハとして職業評価の実施・職業準備訓練などがある。さらに職場適応支援、職業生活支援として、ジョブコーチ支援があり、就労移行支援事業における就職後の定着支援、障害者就業・生活支援センターにおける就職面と生活面にわたる関係機関との連携に基づく一体的な支援、地域障害者職業センターにおける専門的な職場適応支援などがある。 職業技能の習得を目指す場合、職業能力開発校を利用することも可能であり、一般の公共職業能力開発施設において職業訓練を受けることが困難な障害者等に対して、職業訓練を実施している障害者職業能力開発校もあるが、設置数が多くはないため、他の機関と比べ、あまり実態がよくは知られていない。そこで本演題では、演者らが関わっている東京障害者職業能力開発校に在籍する精神障害者・発達障害者の実態と就労に至るまでの課題を報告し、嘱託の精神科医としての枠組みの中でニーズに対してどのような工夫を行い取り組んできたかについても紹介する。   2 障害者職業能力開発校の概要 障害者職業能力開発校は、職業能力開発促進法に基づき、障害者が就職に必要な知識、技能・技術を習得して職業的に自立し、生活の安定と地位向上を図ることを目的として、一般の公共職業能力開発施設において職業訓練を受けることが困難な重度の身体障害者・知的障害者・精神障害者等に対して、その障害の態様に配慮し、その能力に適応した普通職業訓練又は高度職業訓練を実施している。国及び都道府県が設置し、現在、国立機構営校(国が設置し、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が運営、中央[国立職業リハビリテーションセンター]・吉備高原[国立吉備高原職業リハビリテーションセンター] の2校)、国立県営校 (国が設置し都道府県に運営を委託、北海道・宮城・東京・神奈川・石川・愛知・大阪・兵庫・広島・福岡・鹿児島の11校)、県立県営校 (青森・千葉・静岡・愛知・京都・兵庫の6校)が設置されている。 (1)東京障害者職業能力開発校の概要 東京障害者職業能力開発校は、昭和23年に創立、東京都のほぼ中央に位置する小平市に所在し、演者らの所属機関にも近い。一部科目の通校が困難な生徒は、校舎内にある寮に入ることが可能であり、全国から受け入れ可能である。 対象者は、職業的自立が見込まれ、1日8時間の訓練を受けられる身体障害・知的障害・精神障害(発達障害含む)を有する生徒で、障害もしくは症状が安定しており、職業訓練の受講意欲と就職への意欲があり集団生活に適応できる方である。科目は、情報系・ビジネス系・医療事務系・グラフィック系・CAD系・短期ビジネス系・ものづくり系・OA実務系・就業支援系などがあり、社会的な要請に応じ新規科目も設置している。基本的に、知的障害を有する場合、実務作業系が対象となり、精神障害又は発達障害を有する場合、職域開発系・就業支援系が対象となる。 就職に必要な知識や技術・技能を身につけることに加え、生活習慣のトレーニングも目的としている。就職支援推進員が、生徒の職業相談、求職活動への助言・指導、求人相談等を行う。訓練生活における不安や悩みなど個々の相談について生活指導相談員がサポートする。 健康管理については、保健室と医療相談室で生徒の健康面をサポートしている。保健室では、看護師が常駐しており、日々の体をチェックし、自己管理ができるよう相談やアドバイスも受けられる。医療相談室では、精神保健福祉士が常駐しており、心の健康チェックを通して、自分をコントロールするための相談やアドバイスを受けられ、メンタル面をサポートする。このほかに、希望者は精神科医師や作業療法士による医療相談を定期的に受けることが可能であり、主に職域開発系や就業支援系、実務作業系などの精神障害を有する生徒が利用している。 (2)精神障害を有する生徒が受講する主なコースの概要 精神障害を有する生徒は各コースに在籍するが、主に在籍する職域開発系および就業支援系について概説する。 ① 職域開発系(職域開発科) 精神障害者・発達障害者向けで、定員10名、期間6か月で、平成25年より年2回募集が開始されたが、平成28年より年4回3か月ごとに募集を行っている。ビジネスマナー・基礎体力の養成・コミュニケーションスキル等の社会生活技能を身につけるとともに、障害への理解・認識を深め、個々にふさわしい就労形態や職種を見出すための技能訓練や企業実習を実施している。入校後、1か月半の導入・選択期間を設け、共通基礎訓練と体験訓練を行い、希望や適正に応じて「事務」「物流・サービス」の各専門技能訓練を選択し、その後、企業実習により就労イメージを形成する。 ② 就業支援系(就業支援事務科) 身体障害者・発達障害者・精神障害者向で、定員10名、期間3か月で、平成27年より開始され、年4回3か月ごとに募集を行っている。継続的に訓練施設に通学するために必要な日常生活技能や、就業に必要な社会生活スキルを習得し、就職するための準備性を向上する。また、基本的な事務スキルを習得し、就職を目指す。一定の条件を満たせば、就業に向けたステップアップとして訓練修了後、同校で実施する指定された職業訓練を受講することができる。   3 障害者職業能力開発校における精神科医の役割 発表者は、平成26年度より、東京障害者職業能力開発校において精神障害を有する生徒に関して精神科医としてメンタル相談・事例検討などに関わっている。増加する精神障害者・発達障害者の就労支援ニーズに応じ、同校でもコースを新設あるいは増加させ対応している。それに伴い、特に発達障害に対する理解が教職員に求められており、教職員に対する発達障害に関する講話なども行っている。 これまで対応した、職域開発系および就業支援系の生徒の概要は以下のとおりである。主な診断(%)は、職域開発系の精神障害では統合失調症38.6・双極性障害22.8・抑うつ障害14.0、発達障害では広汎性発達障害87.5・注意欠如多動性障害12.5で、就業支援系では統合失調症25.0・双極性障害10.7・抑うつ障害21.4・広汎性発達障害17.9・注意欠如多動性障害7.1であった。ほかに、てんかん・不安障害・高次脳機能障害などがある。男女比は、職域開発系の精神障害39:18、発達障害25:7で精神障害に比し発達障害で有意に男性が多く、就業支援系では21:7であった。年齢(歳)は、職域開発系の精神障害34.7±9.1、発達障害26.5±9.3、就業支援系33.3±10.3であった。訓練終了後の転帰は、職域開発系の精神障害・発達障害ともに、一般企業での障害者雇用(障害者部門除く)が多く(各50.0%・43.5%)、ついで特例子会社(各25.0%・26.1%)、一般企業(障害者部門) (各7.5%・8.7%)であったが、就労定着は、一般企業での障害者雇用(障害者部門除く)に比べ特例子会社や一般企業(障害者部門)の方がよい印象がある。就業支援系の一部に一般就労する生徒もいるが、訓練終了後64.7%は同校の他コースにステップアップしている。 以下に対応の際の要点について記載する。障害者就業・生活支援センターなどを中心とする円滑で切れ目のない地域連携に基づく支援体制の構築のため、支援体制が整っていない生徒では、訓練開始早期に支援体制整備を指示した。精神障害を有する場合、発達障害の診断はなくても発達障害的特性の高い生徒も多く、職員に発達障害的特性に対する対応を指導した。この中には、環境調整(訓練・家庭)、感覚過敏、休養の取り方、クールダウンの対応、自己肯定感・自己評価を高めることなども含まれた。日常生活リズム(睡眠・食事)・不安・衝動性のコントロールを主治医に丁寧にフォローしてもらうよう指導した。すぐに解決の難しい問題(生活環境・家族の問題等)は、無理のないペース(スモール・ステップ)で対応するよう指導した。   4 おわりに 本発表では、東京障害者職業能力開発校において、嘱託の精神科医としての枠組みの中でニーズに対してどのような工夫を行い取り組んできたかについて紹介した。就労支援における限られた支援リソースを有効利用するために、本人の特性や併存障害に応じた関わりについて教職員が理解を深め、それを地域連携に生かして継続していくことが重要である。今後も多職種によるライフステージを通した切れ目のない連携体制が整備されることが、期待される。   5 謝辞 本発表に関して、東京障害者職業能力開発校より、ご助言をいただいたことを感謝したします。   【参考文献】 1) 平成29年6月2日 厚生労働省職業安定局雇用開発部障害者雇用対策課プレスリリース http: //www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000166251.html 【連絡先】  高橋 秀俊 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所   e-mail:htakahashi@ncnp.go.jp 就労支援機関と精神科医療機関の効果的な情報交換のあり方に関する研究 相澤 欽一(障害者職業総合センター 主任研究員) 1 研究の背景と目的 精神科医療機関(以下「医療機関」という。)は、就労支援機関(以下「支援機関」という。)が実施する支援の前後を通じて精神障害のある人たちと関わっている。このため、支援機関は、医療機関が行う精神障害のある人たちに対する継続的な治療と無関係に支援を行うより、医療機関と情報交換しながら支援することが望まれるが、支援機関と医療機関の情報交換に焦点を当てた文献は乏しい現状にある。そこで、支援機関と医療機関の効果的な情報交換の視点や具体的な方法を収集・整理し、双方が現場で利用できるマニュアルを作成することを目的に本研究を実施した。 2 研究方法の概要 本研究では、情報交換に関する視点や具体的な方法を把握するヒアリング調査、ヒアリング調査で把握したことを検討するアンケート調査、マニュアル作成に資するための専門家ヒアリングを実施した。なお、本研究は障害者職業総合センター調査研究倫理審査委員会の承認を受けている。 3 ヒアリング調査 ヒアリングの対象者は、支援機関と医療機関の関係者に加え、就労支援サービスの利用者である精神障害のある当事者と精神障害者を雇用している企業関係者とした。対象者は、学術集会や学会誌などで「連携」「医療機関における就労支援」「精神障害者の雇用管理」などに関連する発表や論文執筆をしている者(当事者など一部の者はヒアリング対象者などからの紹介)から選定し、最終的に、①支援機関:18機関28人、② 医療機関:13機関26人(医師14人、医師以外12人)、③ 精神障害のある当事者:8人、④企業関係者:4社6人から協力を得た(同一機関で同時に複数の対象者から聴取する場合もあった)。支援機関と医療機関からは、情報交換する際の視点や方法・留意点、情報交換に関する要望や意見など、精神障害のある当事者からは、情報交換に関して要望したいこと、企業関係者からは、支援機関と医療機関との連携についての意見や要望などを聴取した。 4 アンケート調査と情報交換マニュアルの作成 ヒアリングでは情報交換に関する視点や方法、意見などについて様々なことを把握したが(詳細は文献1)参照)、支援機関と医療機関のヒアリングでは、ある対象者が情報交換に関連するA・Bの視点や方法を指摘し、他の対象者はそれとは別のC・Dの視点や方法を指摘するといったように、指摘する視点や方法がばらつき、多くの対象者がそろって指摘したものは少なかった。ただし、その対象者が指摘しなかった視点や方法を研究担当者が指摘すると、そのような視点や方法も有用であると回答する者が多かった。このため、ヒアリングで把握されたことを、個々の対象者がどう考えるか網羅的に確認することとした。支援機関の対象者には、情報交換する際の視点:7項目、情報交換の方法・留意点:23項目、「主治医の意見書」(以下「意見書」という。)に対する意見:6項目、医療機関の対象者には、情報交換する際の視点:7項目、ハローワーク利用時の留意点:2項目、意見書に対する意見:6項目、情報交換の際に支援機関に望みたい事項:20項目について、有用、有用でない、どちらともいえない、項目の意味不明の4つ選択肢からいずれか1つ選択してもらうアンケート調査により確認した。支援機関では、「有用」の回答が90%以上の項目が全36項目中24項目、70%未満の項目は1項目だった。医療機関では、「有用」の回答が90%以上の項目が全37項目中22項目、70%未満の項目は3項目だった。この結果から、アンケート調査で提示した項目の多くはヒアリング対象者に「有用」と認識されたと言える。 ヒアリング調査の結果とアンケート調査の結果を基に、研究担当者が、就労支援機関と医療機関の効果的な情報交換のためのマニュアル案を作成した上で、学識経験者などに対して専門家ヒアリングを行い、そこで得た助言を踏まえ、情報交換マニュアル2)を完成させた。 5 効果的な情報交換のポイント 本研究で把握した支援機関と医療機関の効果的な情報交換のためのポイントについて、その一部を述べる。 (1)お互いの背景を知る  他機関と情報交換する場合、相手に応じて情報交換の仕方を工夫する必要がある。相手の状況を理解せず、一方的に情報交換を行おうとしても効果的な情報交換はできない。   ア 支援機関が踏まえるべきこと 「意見書に患者の希望を書く医師がいるが、医師の客観的な意見を書いて欲しい。」という支援機関の意見が少なからずあったが、ある医師は、「医師は普段の診察でも本人の話を聞くことで本人の状況を把握している。すり合わせはするが、本人の話から完全に独立した医師の客観的判断を期待されてもそれは難しい。症状をどう考え、どんな治療をするかは検討できるが、就労可能性や職業能力の詳細を医師に判断させるのは、その専門領域から考え無理がある。それらについては、仕事内容や職場環境、支援制度などを知っている人たちの方が、適切な判断ができるのではないか。」と指摘している。精神科医になるまでの経過(医学部時代は、解剖学などの基礎医学、内科など各科の系統講義。各診療科の臨床実習。国家資格取得後、指導医につき各診療科で医師として2年間研修。精神科に籍を置き指導医につき診察室や病棟などで精神科医の技術を習得する後期研修3〜4年→就労に関連した知見を得る機会はほとんどない)を踏まえると、上記の指摘もうなずけるであろう。さらに、支援機関が意見書を読む際に留意すべきこととして、「主治医を務めている期間、デイケア実施の有無など意見書がどれだけ妥当性が確保されたものか推察する。」「就労支援の経験がある医師でも、外来診察での情報以外に材料がない中での労働能力の評価は無理であることを認識する。」などが複数の医師から指摘されている。精神障害のある人のことを、生活面の支障や制約ではなく、医療管理の観点のみから捉える長い歴史の影響もあり、「精神障害者のことは、医師に聞けばわかる」という考えは、就労支援以外の領域でも見られるが、支援機関は医師の専門領域を十分認識して情報交換する必要がある。 また、わが国では、どのような診療行為を行ったかで報酬額が支払われる仕組みになっている。診療報酬に反映される診療行為の多くは医師が行うもので占められ、PSW等を配置し生活面の支援や外部機関との連携を行いたくても、その多くが無償サービスになること、一般的に医師は時間的な制約がある中で診察を行っている(例えば、午前中に20人診察すると、カルテや処方箋を書く時間を除き本人と話す時間は5〜6分程度、症状が悪化している人がいればその人に時間が割かれる)ため、病状の確認が中心になりがちなこと、なども踏まえる必要がある。 イ 医療機関が踏まえるべきこと 医療機関は、以下のようなことを踏まえる必要がある。医療職と異なり、支援機関には専門的な資格を持たない職員もおり、精神障害などの専門知識が人によりばらつく。一口に支援機関と言っても、ハローワーク、障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター、就労移行支援事業所など機関種類ごとに異なる。同一種類の支援機関でも施設ごとに特徴がある。多くの支援機関が医療機関の敷居を高く感じどのようにアプローチしていいか困っている。近年、支援制度の拡充などにより精神障害者の就職件数は急激に増加しているが、就職後の職場定着に課題がある。 (2)効果的な情報交換を行うための工夫 支援機関は、医師の専門領域を踏まえ、以下の点に留意する。「意見書」をファイナルアンサーと受け止めない。相互に情報交換しながら今後の方向性を検討する。その際、支援機関から医療機関への情報提供の重要性を意識する。医師以外の職種との連携も意識する。 具体的には、医療機関に問合せをする前に、本人のニーズと現状、利用している医療機関に関する情報(現在の主治医になってからの期間、通常の診察時間や診察の頻度、就労に関する主治医との相談状況、相談しているコメディカルスタッフ、デイケアや訪問看護の利用状況など)を把握する。医療機関に問い合せるときは、自機関での相談経過や医療機関に確認したい事項などを文書にまとめ、本人が受診する際にその文書を主治医に渡してもらい、確認したい事項の回答方法は本人に伝えてもらうなど、医療機関に負担のない方法をとる。医療機関から情報提供されたら、提供された情報を本人と一緒に確認→就労支援の立場でアセスメント→見立てや支援方針案を本人とすりあわせる→見立てや支援方針案を医療機関と協議・共有する。見立てや支援方針案を共有した後も、支援の各段階(求職活動開始、職場実習、就職等)で情報提供する、提供する情報は文書で簡潔にまとめ、本人が受診の際に医療機関に持って行くなどし、困ったときだけ、突然「どうしたらよいでしょう」と医療機関に問い合わせるようなことは避ける。 一般的な医療機関は、診療報酬などの問題があり、支援機関に出向いて情報交換を行うことなどは難しいと思われるが、少なくとも、支援機関と情報交換をすることで、患者の生活・就労の状況をより具体的に把握でき、適切な治療に繋がる可能性が高まるという認識は持つ必要がある。また、「敷居が高い」と感じる支援機関も多いので、医療機関側が一方的に話さず、相手の話をよく聞き、コミュニケーションが取れるよう留意することが望まれる。 なお、本人の頭越しに関係機関が情報交換を行うのではなく、本人が主体的に情報交換に関われるようにし、本人の相談する力を損なわないよう留意する。このため、情報交換に際しては、本人から医療機関や支援機関に伝えること、支援者から他機関に伝えること、本人から医療機関や支援機関に伝えられるようにするために必要な支援などを明確にする。 6 今後の課題 今後の課題として、マニュアルで示した情報交換の方法や工夫の妥当性や実行可能性の検証、効果的・効率的な情報共有のためのツールの開発・活用などがあげられる。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:就労支援機関と精神科医療機関の効果的な情報交換のあり方に関する研究,資料シリーズNo95.(2017) 2) 障害者職業総合センター:就労支援と精神科医療の情報交換マニュアル.(2017) 【連絡先】 相澤欽一 障害者職業総合センター障害者支援部門  e-mail:Aizawa.Kinichi@jeed.or.jp 就労移行支援事業所における実習時の発達障害者のアセスメントツールの利用(エスピッドおよびプランニングシートの利用) ○林原 洋二郎(ヴィストキャリア富山駅前 就労支援員)  温井 珠希 (ヴィストキャリア富山駅前) 1 はじめに(当社の概要) ヴィスト株式会社(以下「当社」という。)は、石川県と富山県に、就労移行支援事業所を中心として計6事業所・9拠点を運営している(平成29年9月1日現在)。  就労移行支援事業所では、施設内訓練と企業内訓練、就職活動支援、定着支援を実施している。平成24年の開所以来の約5年間で、当社で支援を受けて就職した方の累計は62名となった(平成29年6月時点)。 2 当社の課題 (1)支援の共通言語がなく、情報共有が困難 実習場面でのアセスメントシートは共通のものがなく、スタッフによって異なるものを使用していた。情報共有の際に各スタッフの表現がバラバラで、アセスメント内容の正確な共有をするには、時間を要していた。 (2)実習を実施することに注力し、アセスメント内容を蓄積できていない 企業内実習を週2回程度実施しているが、その都度同行したスタッフが得たアセスメント内容を共有・蓄積できていなかった。 3 新たなアセスメントツールの導入 (1)ESPIDD職場実習アセスメントシート 平成28年度の第24回職業リハビリテーション研究・実践発表会にて、ESPIDD(Employment Support Program for Individuals with Developmental Difference、発達障害者の就労支援プログラム)についての発表をお聞きしたことをきっかけに、職場実習アセスメントシートを作成・導入した(図1)。 図1 職場実習アセスメントシート (2)プランニングシート 一人の利用者様のアセスメント情報を、利用期間中を通して整理し、ご本人とスタッフ・スタッフ間・関係機関との情報共有するためのプランニングシートを導入した(図2)。 図2 プランニングシート   4 事例報告(Aさんの紹介) (1)Aさんの基礎情報 30代、女性、自閉症、療育手帳保持。小中学校は普通学校の特別支援学級、高校では特別支援学校に在籍、卒業後は就労継続B型事業所に通所後、パン製造、運送業、倉庫業に就職したが、仕事のスキル(ハードスキル)ではなく、独特なコミュニケーションや休憩時間の過ごし方など仕事以外のスキル(ソフトスキル)を理由に離職に至ってきた。 (2)通所開始時 初回のアセスメント面談では、「一般事務」を希望していた。今までの離職した仕事は体力が必要な仕事(製造、運送)であったため、体を動かす仕事に関して自信を失っていたこと(また離職してしまうかもしれない不安感)が背景にあり、趣味であるパソコンに携わりたいという漠然とした職種イメージしか持っておらず、「一般事務」の具体的な仕事のイメージはなかった。 このことから、Aさんと話し合い、「自分の強みをいかした職種を固める」「職場にふさわしいコミュニケーションの方法を考える」「自己肯定感を高める」3つを柱として個別支援計画を作成し、取り組むこととした。 (3)職場見学〜1回目の職場実習 ご本人の強い一般事務への「こだわり」があったため、一般事務の職場見学を2か所行い、職種のイメージを持っていただいた。結果として「電話対応」「来客対応」といったコミュニケーション面でご本人には難しいと自己理解し、一般事務とは違う職種で就職活動を行うこととなった。 Aさんのハードスキル、ソフトスキルのアセスメントを取るため職場実習先を探していたところ、Aさんの出身校より、学校内での清掃の職場実習の依頼があった。体力が必要な清掃の実習は入所の当初より希望されていなかったが、出身学校であったことで「通勤、仕事場に慣れている」という安心感があり、1か月間の清掃の実習に取り組むことができた。学校での職場実習を通して、強み:体力がある(6時間清掃し続ける体力がある)、記憶力がよい(作業手順書を見なくても、70%は清掃を手順通りに行うことが出来る)、清掃の仕事自体は嫌ではないこと、課題:昼休みの過ごし方(一方的に職員室の先生に話しかけるなど:ソフトスキル)、指揮命令者への報告の際の話し方(気が緩むと友達口調で話される:ソフトスキル)を把握することが出来た。課題はAさんと共有を行い、今後の課題が見られた。 (4)2回目の職場実習でのアセスメントツールの利用 Aさんが長期的に安定した就労を行うには、職場実習でわかったAさんの強みを生かし、課題をAさん自身のスキルアップと同時に、課題に関して職場環境の整備も行う必要がある。そのため、①支援の経過を積み重ねること、②支援者間(支援者・企業)が強みと課題を共有し、支援方法を統一していくこと、③支援者や企業の担当者が代わっても、同じ方向で支援を行うこと、の3つを理由に、平成28年度職業リハビリテーション実践報告会にて、早稲田大学の梅永先生の発表を聞き、ご教授いただきESPIDDを利用して職場実習のアセスメントを行い、アセスメントを行った結果を、プランニングシートを利用し支援の積み重ねを行うこととした。 2回目の職場実習では、工場内清掃業務に4か月間の実習を行った。H29年2月〜実習をスタートし、H29年2月〜2週間集中して企業にご協力いただきESPIDDをご記載いただきご本人の特性把握を行った。 ESPIDDのチェクシートを確認すると、合格点がついている◎や○は、職場適応行動の「遅刻・欠勤をしない」「自分の持ち場を適当な場所で管理する」「作業への関心がある」や職業適応行動の「指示やマニュアルを理解する」「作業の報告・連絡ができる」「作業に関心がある」などで、作業性そのものに関しては一定の評価を得られていることがわかる。不合格点の×がついているのは職業適性行動の「自分で工夫して取り組む」と対人行動の「場にふさわしい会話ができる」、また特記事項では、「作業に関する興味がある」「視覚による記憶力は抜群、教えていないことでも覚えていたりする。」「短時間の集中は問題ないレベル」など、仕事そのものに対するスキル(ハードスキル)よりも仕事以外のソフトスキル「話をするのが好きで常にしゃべろうとする、周りの空気や状況判断が甘いので時には人の迷惑になる場合もある」「場に応じて言葉の変化に問題あり」に課題が多いことが分かった。 (5)考察 1回目の職場実習のアセスメントの内容と、2回目の職場実習でESPIDDでの評価内容をプランニングシートを利用し、Aさんの今後の就職活動に関して整理を行った。アセスメント内容を①できること、②配慮があればできること 、③環境調整が必要なことの三つの視点に分けて整理し、今後の就職活動の見立てを行った。 Aさんの今後の就職活動に関し、①できることに関してハードスキルの強みである体力があること、清掃の職種そのものに関する興味や記憶力があり作業をおおむね遂行できることから、清掃の仕事には向いている。 ②配慮があればできることに関しては、仕事の切り出し方、指揮命令者の指示の仕方を工夫することで改善が見られることが予想される、③環境調整が必要なことに関しては、職業選択及び職場の環境改善を図る。例えば、チームを組んで行うような他者と共同で行う清掃ではなく、一人で黙々と行える仕事、休憩時間の過ごし方に課題があるため、短時間の休憩では休憩中に行う内容を決める、昼休みなどの休憩時間がない勤務体系となる仕事などを検討することが必要になる。 【参考文献】 梅永 雄二(早稲田大学):ESPIDD(発達障害者の就労支援プログラム)の作成について,「第24回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集」,p28-29(2016) 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおけるアセスメントの技法開発に向けた取組みについて ○佐藤 大作(障害者職業総合センター職業センター企画課 障害者職業カウンセラー)  菊池 麻由・小沼 香織(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「センター」という。)では、平成17年度から知的障害を伴わない発達障害者を対象としたワークシステム・サポートプログラム(以下「WSSP」という。)の実施を通じて、各種支援技法の開発・改良に取り組んできた。 WSSPの目的は「職業上の課題等について詳細なアセスメントを行い、アセスメント結果に基づき、職場で適応するためのスキルの習得と向上」である。アセスメントについては、これまで作成してきた支援マニュアル及び実践報告書で、その時々において述べてきているが、発達障害者の就労支援に携わる支援者からアセスメントの実施方法や視点等に関する情報を求める声が多くなり、アセスメントに関する情報の集約化が必要な状況になってきている。こうしたことを踏まえ、平成29年度から発達障害者のアセスメントの技法開発に取り組んでいる。 本発表では、WSSPにおけるアセスメントに関するこれまでの知見等を分析し、アセスメントの技法開発に係る課題点の整理と今後の方向性について中間発表を行う。 2 ワークシステム・サポートプログラムの概要 WSSPは「ウォーミングアップ・アセスメント期(以下「アセスメント期」という。)」と「個別カリキュラムに基づく職場適応実践支援期(以下「実践支援期」という。)」で構成されている。アセスメント期は「就労セミナー」「作業」「個別相談」の各場面を通じて、WSSPの受講者の障害特性と職業的課題について把握している。実践支援期は、アセスメント期で把握した受講者の特徴と職業的課題に対応した作業方法や手順の工夫、事業主に要請する配慮事項等の検証を行うため、就業場面を想定したより実践的な支援を行っている。 3 WSSPにおけるアセスメント WSSPでは、アセスメントをプログラムの重要な目的の一つに位置付け、「関連付け」によってアセスメントを行っている。「関連付け」とは「就労セミナー」で得た知識やスキルを「作業場面」で試行し、「個別相談」でその結果を受講者と支援者とで振り返り、振り返りの結果を踏まえて、職業生活に必要なスキル付与を個別に行い、再度作業場面で試行するという取組みのことをいう(図1)。 図1 WSSPの関連付け 一例として、受講者のAさんは「就労セミナー」で手順書作成技能トレーニングを受講し、手順書の作成スキルについて学び(スキル付与)、その後「作業」で実際に手順書作成に取り組んだ(試行)。取組み結果を「個別相談」で支援者と一緒に振り返り、手順書に記入漏れが出やすいことの気付きを促した(個別相談による振り返り)。記入漏れを防ぐため、手順書作成用のメモを活用すること、わからないときは自分から質問することを次の「作業」の目標とした。また、質問の仕方は「就労セミナー」の職場対人技能トレーニングで事前に練習することにした(個別のスキル付与)。以上の過程から、Aさんは「指示を聞きながら文字を書くことが苦手ではないか」「指示を覚えておくことが苦手ではないか」といった特徴についての推測ができる。このように「就労セミナー」「作業」「個別相談」の関連付けによってアセスメントを行っている。 4 WSSPにおけるアセスメントの視点 WSSPでは、発達障害の障害特性である「三つ組の特性」と「人が行動する時の情報処理過程」(以下「情報処理過程」という。)」に着目してアセスメントを行っている。 「三つ組の特性」とは、①社会性、②コミュニケーション、③想像力の3つの領域で見られる発達障害の特性のことである。「三つ組の特性」のアセスメントは、発達障害の特性チェックシート1)に受講者自身が自分の強み(長所)、苦手(短所)を記入し、その記入内容に関する詳しいエピソードや受講者の感じた気付きなどについて支援者が聴き取る方法で行っている。 情報処理過程とは[受信・理解(input)]→[判断・思考(処理)]→[送信・行動(output)]のことであり、[受信・理解(input)]は外部からの情報を取り込むことと理解すること、[判断・思考(処理)]は取り込んだ情報に基づき、自分が取るべき行動やその場面の捉え方を判断すること、[送信・行動(output)]は情報を判断・解釈して発言や行動することである。情報処理過程に着目したアセスメントは「発達障害のある方は情報処理過程に特徴がある」として、受講中の「就労セミナー」「作業」「個別相談」で把握した情報の関連付けを行い、情報処理過程のどの部分につまずきがあるのかを推測する方法で行っている。また、受講者や支援者間で情報共有するため「情報処理過程におけるアセスメントの視点(ver9)」という記入用紙を使い、推測した情報処理過程を図式化している(図2)。 図2 情報処理過程におけるアセスメントの視点(一部抜粋) 5 アセスメントの流れ アセスメントには「働きかけ」「結果の記録」「記録の解釈」という段階がある。「働きかけ」とは、受講者に対する支援者の関わり全てのことである。「結果の記録」とは、働きかけの結果、受講者がとった言動を記録することである。「記録の解釈」とは、受講者の言動からどのようなことがわかるかを考えることである。そして「記録の解釈」で考えた内容を確かめるため、再度「働きかけ」に戻る。アセスメントの流れとは、この「働きかけ」→「結果の記録」→「記録の解釈」の流れのことといえる。 この流れに沿ってWSSPのアセスメントを考えてみると、「働きかけ」にあたるのが、就労セミナー、作業、個別相談である。「結果の記録」は「働きかけ」を行ったあらゆ る場面での受講者の言動の記録である。「記録の解釈」は、言動の記録を「三つ組の特性」と「情報処理過程」の視点に沿って考えることである。(図3)。 図3 WSSPにおけるアセスメントの流れ 6 問題意識 これまで述べてきたとおり、現在のWSSPにおける記録を解釈する視点は「三つ組の特性」と「情報処理過程」の2つである。発達障害者への就労支援を行う際、発達障害の特性や課題の個別性・多様性が問題として取り上げられる。そうした問題に対応するためには、現在採用しているWSSPのアセスメントの視点に加えて、別の視点の必要性について検討する必要があるのではないだろうか。 例えば、発達障害者支援において幅広く活用され、効果が実証されている行動分析学には、個人と環境との相互作用の中に行動の原因を捉える「行動随伴性」という視点がある2)。情報処理過程のどこにつまずきがあるかに着目するという個人の中に行動(課題)の原因を探る視点に個人と環境の関係性の中に行動(課題)の原因を求める視点を加えることで、現在よりもさらに幅広い情報をアセスメントできるようになるのではないだろうか。 発達障害者支援におけるアセスメントについては、行動分析学を始めとする他の分野での知見等を幅広く情報収集し、課題や要点等の検討をさらに進め精度の高いアセスメントの技法開発に取り組む。   【参考文献】 1) 障害者職業総合センター職業センター:「支援マニュアル№13 ナビゲーションブックの作成と活用」p73-p74障害者職業総合センター(2016) 2) 杉山尚子:「行動分析学入門」p.44集英社新書(2005) 【連絡先】  障害者職業総合センター職業センター企画課  e-mail:csgrp@jeed.or.jp  Tel:043-297-9042 精神障害を伴う発達障害者が仕事を継続していくために必要な環境設定について(自分取扱い説明書の利用など) 稲葉 政徳(岐阜保健短期大学 リハビリテーション学科理学療法学専攻 講師) 1 はじめに 就労移行支援事業所で職業訓練を受けている発達障害者に対しての調査では、幼児期は活発であったとしても就学以降は「体育」が嫌いな人も少なくなく、その背景に学校生活において人間関係の問題を抱えてきた人たちが多い傾向であること、また、一般的な自己効力感が低い、健康や体力面を認識することが苦手なことから自身が希望する就労形態との間にミスマッチが生じる、日常の活動量が少なく普段の人間関係が狭いなどの共通した傾向が確認できた。また対象者の多くは「うつ病」や「躁うつ病」などの精神障害を併せ持っていた1)。 概して発達障害者の特徴として、自分から発信することが少ない、頻繁に自己主張や不安を訴えるなど自分でタイミングをとらえて相談することが苦手であるとされている。当事者本人の支援において面談をする機会は大切であり、環境設定のほか、自己認知・自己理解や周囲の人たちとの「ナビゲーションブック」や「自己紹介シート」、「自分取扱説明書」の併用が推奨されている2)。 とくに「ナビゲーションブック」は就労移行支援事業所や特例子会社などの就労支援に活用されており、自分の特徴などを理解(自己理解)するようになることや自分のことを他者に伝えるようにすることなどに活用するツールであるとされている3)。発達障害者の就労推進などの支援に利用している市町村もある4)。 今回は、目で見て分かりにくく心身の健康に波がある精神障害を伴う発達障害者の仕事の継続の一助として「自分取扱い説明書」を人的・物的環境改善も視野に入れた活用や特例子会社との取り組みについて紹介していく。なおここでは、一般企業(障害者枠、一般枠)においても普及させていくことを目的に、より親しみがあり手軽な印象がある「自分取扱い説明書」という名称を用いる。 2 自身の体験による「自分取扱い説明書」の活用例 (1)診断されるまでの経緯 3歳児健診にて知的な遅れを指摘されたものの、母親の拒否により地域の保育園、普通学級へと進む。いじめや問題行動、算数や数学、体育の成績が突出してよくなかった。高卒後に就職するも2か月ほどで辞めてしまう。その後も不器用さから進路を転々とする不安定な20歳代を送っていた。母と知人の勧めにより31歳でリハビリテーション専門学校の夜間部に入学し、卒業後に理学療法士の免許を取得し、小児や高齢者の臨床現場で働いた。大学院入学を契機に専門学校の教員として教壇に立った。2年目に新1年生を担任したところうまくまとめることができずに、ゴールデンウイークを待たずに学級崩壊および授業崩壊した。内部研修会参加がきっかけとなり、スクールカウンセラーを介して精神科医のもとを受診し「広汎性発達障害」「うつ病エピソード」と診断された。45歳のときだった。WAIS-Ⅲの結果、総知能が93、言語性知能が103、動作性知能が84と、両者に20近い差があり、処理速度知能も75と不器用さが目立つ特性が明らかになった。 (2)長期自宅療養期間を経て社会復帰を果たし勤続6年目 二次障害により前職を休職後退職し、自宅療養を続けていくことになった。主治医と指導教授との相談の結果、休学していた大学院に復学し、修士論文執筆に専念する。通院を続け、普段は適度な活動をしながら余暇活動も取り入れ、休み休み論文の執筆を行った。修士論文の審査合格後に行った就職活動は、二次障害を理由に数ヶ所の病院施設で不採用になるなど困難に見舞われた。一大決心し、公募していた医療系短期大学を受験することを決意した。前職での失敗を教訓にして、あらかじめ作成した「自分取扱い説明書」を持参し、面接官に手渡した。養成校の教員をしていく中で何が得意であるか、どのような作業でパニックになるのか。採用面接は「自分取扱い説明書」を利用して展開され、大学側がサポートをするという条件で専任講師として採用された。個人の研究室ではストレスを軽減できるよう、時計を複数置く、両面ホワイトボードをパーテーション代わりにし片面は自分のメモ板にする、マグネット板を引き出しに貼り付けて内容を表示するなどの環境設定を自分で行った。 3年目に再び担任を任されることになったが、事前に副担任と他専攻の担任へ改訂版「自分取扱い説明書」を渡したうえで、担任を再び行ううえで不安な点、サポートが必要なこと、「どこまでができてどこまでができない」という線引きができない分こちらから「ヘルプ」を求めるなどの話し合いを重ね担任を務め、本年3月に卒業生として送り出すことができた。短期大学の勤務も6年目に入っている。 3 「自分取扱い説明書」のトリセツ (1)「自分取扱い説明書」の作成 内容は「ナビゲーションブックの作り方」3)に準ずる。就職活動、就職したあと、新しい部署に異動したり役職をまかされたりなどの目的により若干の仕様は変わるが、基本となる内容は変わらない。まずは得意なこと、苦手なことを書き出し、どのように対処しどこでサポートしてほしい(ヘルプを求めたい)などを書くところから取り組むことを推奨する。更新の際は、名前を付けて保存の際に更新日時をつけてデータとして保存しておく。 (2)「自分取扱い説明書」をコミュニケーションツールとして活用する 詳細に書かれた文章をじっくり読み返す人は稀であり、多くは流し読みしてしまうか途中で読むことを放棄してしまう。「自分取扱い説明書」は、キーパーソン(直属の上司や仕事上のパートナー、理解者)とのコミュニケーションツールとして利用することにより、その価値が生きてくる。上司や同僚は、「どこまでできて、どこまでができないのか」などの「目安」となるものや、「こちらはどう対処したらいいのか」といった具体的なサポートの仕方を要求してくることが多い。精神障害を伴う発達障害者の自己理解力とともに、それを言葉に表現して相手に伝えるという力が必要になる。しかしそれも個人差があり、うまく相手に伝えることができない場合も少なくない。それゆえ、こういった「サポート目的の対話」は本人をサポートするうえで必要不可欠なものであり、「自分取扱い説明書」を対話の際のコミュニケーションツールとして活用することは大いに推奨できる。 (3)ファイリングしていつでも閲覧可能にする。配布対象は「キーパーソン」のみ 「自分取扱い説明書」は改訂版が作成されていく前提であるので、個別にファイリングされる必要がある。「自分取扱い説明書」をあくまでも「サポート目的の対話」で用いるコミュニケーションツールとして扱うのであれば、配布対象は(本人にとって)キーパーソンのみとし、他の同僚へ伝達してもらう形式をとり、ファイリングされた「自分取扱い説明書」も誰もが本人と接する際や必要なときに閲覧できるような工夫がなされるといい。 4 「自分取扱い説明書」導入の検討に伴う特例子会社「中電ウイング」との連携について 第38回総合リハビリテーション研究大会(会場:ウインク愛知)にて筆者がシンポジストとして参加5)したことがきっかけとなり、従業員の自己理解や管理体制の向上などの目的による「自分取扱い説明書」の導入の検討について中部電力の特例子会社「中電ウイング」より相談を受けたことで連携をとらせていただくことになった。 筆者からの提案として作成した「私のトリセツ」の内容は、基本事項や顔写真のほか、【私はこのようなときに力を発揮します!】、【私にはこのような「過去の栄光」があります!】、【これに直面すると力が発揮できなくなります】、【現在の職場での5年後の目標】、【これからどのようにいきていきたいか】という前向きな5つの項目を設けた。個人情報を最小限にしたうえで、障害がある従業員同士も閲覧できるようなファイリングの工夫なども提案させていただいている。現在進行形の状態ではあるが、今後も「中電ウイング」との連携の中で「自分取扱い説明書」の活用を思案しながら、従業員の「働きやすさ」の向上に繋げたい。 【参考文献】 1)厚生労働省障害者総合福祉推進事業 社会福祉法人やまびこの里:就労移行支援事業所のための発達障害のある人の就労支援マニュアル,34-36,2012 2)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:支援マニュアルNo.4「発達障害のワークシステムサポートプログラム」 障害者支援マニュアルⅡ,55-66,2016 3)奈良県自立支援協議会 発達障がいサポートブックワーキンググループ,櫻井秀雄:ナビゲーションブックの作り方,サポートブック リンクぷらす,http://www.town.tawaramoto.nara.jp/material/files/group/15/17671023.pdf,p.29-34,2017-7-27. 4)稲葉政徳,小久保晃:職業訓練を受けている発達障害者の生育歴,健康意識,生活の質に関する意識調査-就労継続を目指した行動指導へ生かすために‐,健康レクリエーション研究(12),p.17-27,(2016) 5)原和子,酒井英夫,稲葉政徳,松野俊次,山田昭義、伊藤圭太、港美雪:シンポジウム 当事者が主役となって働くための支援のあり方−総合リハビリテーションの視点から−(特集 第38回総合リハビリテーション研究大会 総合リハビリテーションの深化を求めて),リハビリテーション研究(186)p.27-32,(2016) 【連絡先】  稲葉政徳  岐阜保健短期大学リハビリテーション学科理学療法学専攻  e-mail:inaba@bz04.plala.or.jp 発達障害者へのジョブコーチ支援に関する一考察〜大分障害者職業センターにおけるジョブコーチ支援の現状〜 ○堀 宏隆(大分障害者職業センター 障害者職業カウンセラー)  市川 瑠璃子・村久木 洋一(大分障害者職業センター) 1 目的 発達障害者へのジョブコーチ支援数は全国的に増加傾向にあると考えるが、支援者が利用者の課題に対し、どのような介入を行っているか、扱った国内研究、レポートは事例報告に限られている1)。 そこで、平成27年度に大分障害者職業センターのジョブコーチ支援を利用した発達障害者全数に関する支援記録等を基に、利用者・事業主双方への介入内容、介入による課題の改善点等を整理・分析することを本稿の目的とする。 2 方法 (1)対象者 平成27年度にジョブコーチ支援を開始した発達障害者 21名とした。 (2)調査内容と方法 対象者のジョブコーチ支援記録票、障害者雇用支援システム内の支援経過から支援状況を把握するとともに、支援内容、支援回数の量的な分析を実施した。 分析に当たっては、集中支援期、移行支援期の期別の分析を併せて行った。 なお、分析に際しては、調査研究報告書No.65で用いられた支援内容の分類項目2)に準じて分類を実施した。 3 結果 (1)支援内容(割合) 対象者ごとに各項目の支援を行ったか否かをカウントし、全21名の中で支援を行っていた人数の割合をグラフにしたものが図1、2である。 障害者に対する支援内容を見ると、1.職務遂行(37%)、2.基本的労働習慣(34%)、3.不安、緊張感、ストレスの軽減(17%)の順に割合が高いことが分かる。 一方、事業主に対する支援内容を見ると、1.職務遂行に係る指導方法(30%)、2.職務内容の設定(20%)、3.障害に係る知識(16%)の順に割合が高いことが分かる。 (2)支援時期別に見た支援内容(割合) 図1では集中支援期、移行支援期別に見た障害者に対する支援内容の割合も見ているが、集中支援期から移行支援期にかけ、基本的労働習慣が7ポイント、職務遂行が5ポイント減少している一方、不安、緊張感、ストレスの軽減が13ポイント増加していることが分かる。 図2での時期別に見た事業主に対する支援の割合であるが、職務遂行に係る指導方法が20ポイント減少している一方、職場の従業員の障害者との関わり方が16ポイント増加していることが分かる。 図1 障害者に対する支援内容(%) 図2 事業主に対する支援内容(%) (3)総合支援記録票での残っている課題(割合) 図3は総合支援記録票から集計した残っている課題である。障害者の課題を見ると、1.基本的労働習慣(33%)、2.職務遂行(29%)、3.不安、緊張感、ストレスの軽 減(20%)の順に割合が高いことが分かる。 一方、事業主の課題を見ると(図4)、1.職務内容の設定(48%)、2.障害に係る知識(19%)、3.職務遂行に係る指導方法・職場の従業員の障害者との関わり方(14%)の順に割合が高いことが分かる。   図3 残っている課題(障害者) 図4 残っている課題(事業主) 4 考察 (1)支援内容の特徴 障害者に対する支援内容の分析結果から「職務遂行」、「基本的労働習慣」、「不安、緊張感、ストレスの軽減」に関係する支援の頻度が高いことが分かった。 「職務遂行」に関しては、発達障害の特性を考慮した環境などの構造化を図る支援が多かった。 「基本的労働習慣」については、主に体調管理に関する 相談の頻度が高いことから、発達障害の特性の一つである感覚過敏などで体調のコントロールに支援を当てていることを理解することができる。 「不安、緊張感、ストレスの軽減」が「人間関係、職場 内コミュニケーション」を上回り、支援の頻度が高かったことは今回の調査結果で特徴的な結果であると考える。発達障害の三つ組の特徴として「コミュニケーションの障害」がよく挙がっているが、これ以上に「不安、緊張感、ストレスの軽減」の支援割合が高いことは、ジョブコーチ支援における支援者の相談スキルが要求されているといえ、障害者の、都度生じる不安感が大きく、まずはその軽減に力を入れていることが推測される。  一方、事業主に対する支援内容の分析結果では、「職務遂行に係る指導方法」、「職務内容の設定」、「障害に係る知識」に関係する支援の頻度が高いことが分かった。発達障害者を職場に受け入れるに当たり、この障害に関する知識の社員に対する啓発とともに、各人の特性に応じた指導方法の確立に支援者が力点を置いていることが分かる。 (2)支援時期別に見た支援内容の特徴 障害者に対する支援時期別に見た支援内容の分析結果から「基本的労働習慣」、「職務遂行」の割合が減少している反面、「不安、緊張感、ストレスの軽減」の割合が増加していることが分かった。 「基本的労働習慣」の減少については、主に体調管理に関する支援内容であることから、支援期間を経ていく中で発達障害者の職業生活での生活リズムの確立が可能となったとも解釈できる。 「職務遂行」の現状に関しては、発達障害者のジョブコーチ支援においても、知的障害者へのこれと同様、フェーディングが可能となっている実態を反映していると考える。 本調査結果で特筆すべき事項として「不安、緊張感、ストレスの軽減」の割合が支援時期を経ても増加の傾向が見いだされる点である。仕事内容や人間関係など発達障害の特性を配慮し、構造化等を実施しても、障害者の不安、緊張感は都度生じており、支援期間全般でジョブコーチによる不安感を軽減する相談が必要となっていると考える。 一方、事業主に対する支援時期別に見た支援内容の分析結果からは、集中支援期から移行支援期にかけ、「職務遂行に係る指導方法」の割合が大幅に減少する反面、「職場の従業員の障害者との関わり方」が顕著に増加している結果が導き出されている。集中支援期から移行支援期にかけ、発達障害者への支援の主体がジョブコーチから職場の上司・同僚へ移行しているので、この際に障害者に対する具体的な関わり方やこれまでの支援結果から得たノウハウを事業主に支援している実態を反映しているものと考える。 (3)残された課題の特徴 総合支援記録票から集計した障害者支援の課題では「基本的労働習慣」、「職務遂行」、「不安、緊張感、ストレスの軽減」の順に割合が高かった。支援時期別に見ると「基本的労働習慣」、「職務遂行」の割合は移行支援期にかけ、減少しているものの、最終的な支援結果である総合支援記録票でもジョブコーチ支援後の課題として残っていることが分かる。 一方、事業主支援の課題では職務内容の設定の割合が顕著に高いことから、ジョブコーチ支援終了時点で、勤務時間の延長や対応する職務の拡大等に関する調整をジョブコーチが行っていることが推察される。 【参考文献】 1) 古沢由紀代(著)、梅永雄二(編著):発達障害の人の就労支援ハンドブック、p.128-145,金剛出版(2010) 2)障害者職業総合センター:調査研究報告書№65 精神障害者へのジョブコーチ支援の現状、p.14,(2005) 多機関連携により在宅就業に至った難病の方への支援②〜事例から在宅就業支援の現状と課題を考察する〜 ○鈴木 千惠子(就労移行支援事業所Do-will)  小林 國明(神奈川リハビリテーション病院 職能科)  横山 修(神奈川リハビリテーション病院 リハ科)  織田 彰・白戸 順一(港北公共職業安定所)  横浜市総合リハビリテーションセンター  (地域リハビリテーション部地域支援課 作業療法士・地域リハビリテーション部研究開発課 工学技師・   自立支援部就労支援課 職業指導員) 1 はじめに 就労移行支援事業所Do-willでは、在宅就業という新しい働き方が通勤困難な重度身体障がい者の可能性を広げ自立に繋がると考え、支援機関との連携を図りながら積極的に推進している。 特に今回の医療機関、相談支援機関、公共職業安定所との多機関連携による支援が功を奏した事例として経緯を振り返ることで、在宅就業支援の現状と課題について、就労移行支援機関の立場で考察を行いたい。 2 事例の概要 就業支援に関し、神奈川リハビリテーション病院職能科から相談をいただき、即座に横浜市総合リハビリテーションセンターに出向きTさんを含め各職業指導員の4名で面談を行った。 発症から現在に至る医療的経緯、自宅での生活及びPC環境、ヘルパー利用体制の調整などを関係者で事前に話し合うことで状況把握を深めることができた。関連機関が協力して就労移行支援事業所Do-willの利用に必要な事項を準備し、スムーズにスタートすることができた。 3 就労移行支援事業所での支援経過 (1)ニーズに沿った研修内容 Tさんから利用に際し『CAD図面制作に大変関心があり、専門的知識と実践力を会得して在宅で継続的勤務をしたい。』との希望があった。丁度4月中旬に、建築CAD 入門コースが開講することもあり、入所に関する準備を早急に進めた。 建築関係の勉強をしたことが無く用語も分からず不安を持っていたが、経験豊富な一級建築士の職業指導員が丁寧に研修することを伝え、不動産・建築関連の職種への就業を目指すこととなった。 (2)日程や時間の組み立て Tさんは長時間の座位や体調保持が困難で、疲労の蓄積を懸念されていたので、月曜・水曜・金曜の週3日、10時〜16時と健康面を優先した研修組み立てを考えた。体調が変化しやすいという事も考慮し、休憩時間の取り方や研修スタイル(ベッド上での作業)もご自身の判断に委ね、在宅勤務を想定したシミュレーションとなるよう心掛けた。 研修開始早々の4月末と10月末には血漿交換治療で1か月ずつの入院を要したが、タブレット兼用のPCで自習を続け問題なく復帰することができた。 (3)独自E-ラーニングシステムの活用 就労移行支援事業所Do-willでは、在宅でも的確な技能習得や双方向の意思疎通が図れるように独自のE-ラーニングシステムを導入している。 Tさんの開始前には自宅訪問でPCに音声会話とインターネット経由パソコン遠隔操作ソフトのインストールやメール設定など、在宅で研修ができる環境を整えた。 始業時・終業前には指導員や仲間とのミーティングがあり、適宜の建築学レクチャーや遠隔指導などで滞りなく研修成果を高めることができた。 (4)就職活動支援 Tさんの就職活動を進めるにあたり、在宅での週20時間勤務と種々の通院及び半年〜1年に1回の入院は必須事項であった。その要件での就職先は皆無で、職業指導員とも相談しCAD図面制作の技術力を高め成果物で評価を得ることが、イレギュラーな勤務形態要件を乗り越える方策と考え更なる研修に励んだ。   4 就職プロジェクトによる在宅就業支援 (1)公共職業安定所との連携による企業開拓 Tさんの活動状況を神奈川リハビリテーション病院職能科に報告したところ職場開拓が必要と意見一致し、公共職業安定所を含めた『就職プロジェクト』を立ち上げ多機関連携を図る方向となった。職業指導員の小林氏が声掛けをしてくださり、本年1月に港北公共職業安定所専門援助部門統括職業指導官、雇用指導官、神奈川リハビリテーション病院職能科の4名で協議する場を設けた。その際に在宅雇用の概要や現状について、今までの経験をもとにご説明する機会を頂いた。 就労移行支援事業所Do-willと運営母体の特定非営利活動法人ウィーキャン世田谷では、今までに15企業、30数名が在宅勤務及び混合勤務で社会復帰している事例をお伝えした。大変に関心をお持ち頂き、企業への在宅雇用推進とマッチングを図る支援体制となる『就職プロジェクト』が発足した。 丁度、港北公共職業安定所に企業からCAD図面制作での障がい者求人相談があり、早速にTさんと就職プロジェクト全員で会社へ訪問面談に伺った。非常に稀な難病でもあり疾病管理や体調保持に関しては神奈川リハビリテーション病院職能科からご説明頂き、ご理解を得ると共に医療機関が関与されていることに安心感を持たれた。 (2)フレキシブルな勤務形態と就業継続 体調を考慮し、Tさんが一番安定して働ける勤務形態を考えた時、月曜・水曜・金曜;9時〜16時(6時間)+木曜;9時〜11時(2時間)週20時間の在宅勤務でご相談したところ、時間組み立ては自由で良いとのご理解を頂けた。これであればヘルパー体制を含めDo-will研修同様となり、体験に基づいた健康管理と生活環境の中で仕事との両立を成すことができ、就業継続への布石となった。 (3)就業に向けた実践研修と定着支援 Tさんは研修開始からの9か月(入院2か月)で建築CAD図面制作の基礎から3Dデザインまで着実に習得することができていた。自宅図面やリフォーム案では秀逸の出来栄えで職業指導員からも高評価を得ており、皆がCAD図面制作での就業を応援していた。 『企業面接ではぜひ業務対応力を見て頂きたい』との思いから、16枚の各種図面を選抜しご提示した。社長をはじめ、人事担当者、設計部課長とリーダーにご同席頂き、全員で制作図面を見ながら就職した際の業務についてご検討頂く機会となった。特に住宅リフォーム設計の技量を認めて頂き、在宅勤務でも問題ないとの判断を得ることができ就職が決定した。 会社使用のCADソフトが異なっていたことから早速、体験版で職業指導員と共に使用方法や実務を想定した特別研修を開始した。就職までの間に会社のCADソフトにも慣れることができ、不安感の払拭に役立った。 就業定着支援で何度か自宅訪問したが、『楽しく働いている』『益々モチベーションがアップしている』と瞳が輝いて、難病で苦労していたTさんの心からの笑顔が喜びを物語っていた。入社後3か月程で十数件の図面を描いており、会社からは仕事への前向きな姿勢と日々成長している事を評価して頂くことができ、正社員登用となった。在宅での20時間勤務ながら社員と同等に待遇して頂き、会社の方々の丁寧なご指導のお蔭様と感謝していた。 5 考察 在宅就業の推進を活動とする就労移行支援機関の立場から考察を行う。今回の支援を多角度から振り返る。 (1)医療から就業(社会復帰)への道程 Tさんは障がい者雇用のフルタイムで就業してきたが、病気の再発が増え障がいが重くなり退職を余儀なくされた。医師とも相談し在宅就業の可能性を求め活動を始めたところで、横浜市総合リハビリテーションセンター、神奈川リハビリテーション病院職能科、就労移行支援事業所Do-will、公共職業安定所へとバトンが渡り、就業に結びついた。 病院では治療やリハビリ訓練の相談はできるが、『暮らし方、働き方』の相談ができる場所は皆無に等しい。疾病と共に歩む障がい者の社会復帰には、多機関の協力体制が必要であると痛感し、仕組み作りを切に望んでいる。 (2)企業ニーズの把握とマッチング 本事例は、港北公共職業安定所雇用指導官が企業からの要望を直接に聴き取り、同時にTさんの状況やスキル把握など双方を繋ぐ役目を担って頂けたことが大きな要素となった。求人票による企業概要、履歴書での障がい者状況など紙媒体だけでは理解し得ない部分を補うことができた。 身体障がい者が会社見学や実習を希望しても受入れ企業がほとんど無く、面接のみでは理解を得ることが困難な状況が続いている。求人票に具体的な企業ニーズが掲載できず、誤認識や徒労に終わるケースもままあるので、情報提供の改善を望みたい。 (3)在宅就業の課題 ・ハローワークでも求人登録が非常に少ない。 ・企業雇用ではフレキシブル勤務制度が希少である。 ・業務内容や情報管理上の制約がある。 ・労働時間の管理や不可視化の懸念がある。 ・業務成果や人事考課が困難と思われている。 在宅雇用導入については、社内体制や就業規則などの問題で躊躇されている企業も多いので、促進に向けて多方面からの広報をお願いしたい。 6 まとめ Tさんは就業後も体調を崩すことなく張り切ってCAD図面制作に励んでおり、仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)が実現した好事例となっている。会社としても初めての障がい者在宅雇用であったが、Tさんの活躍事例が今後の新しい勤務体系にも役立つとの感想があった。 在宅就業は、障がいに囚われず能力を最大限に発揮できる職場でもあり、当事者と企業双方に有益な働き方と考えられる。在宅就業への理解は未だ浅いのが現状で、『働きたくても働けない』障がい者の就業可能性を広げる意味でも、ネットワークの重要度を再認識するに至った。 シャルコー・マリー・トゥース病患者の生活・就労継続支援における作業療法士の関わり 中川 翔次(神奈川県総合リハビリテーションセンター 作業療法士) 1 はじめに シャルコー・マリー・トゥース病(以下「CMT」という。)患者には生活に困難さを抱えながらも社会参加しているという特徴がある。その中には当然仕事を頑張る子育て世代の男性も存在する。しかし病気の進行により仕事が困難になり、父親としての役割を諦めなければいけなかったり、家族への負担が増えたりしさらに生活が苦しくなってしまう方も存在する。今回、そのようなCMT患者に対し外来リハビリテーションにおいて支援をさせて頂き、在宅で働く方への継続的かつタイムリーな支援の必要性と、仕事と生活の包括的な視点で介入させていただく経験を得たので報告する。 2 症例紹介 年齢:28歳 性別:男性 診断名:CMT(1999年に確定診断) 障害名:四肢麻痺(体幹機能残存・末梢優位麻痺) 家族構成:本人、妻、長男(4歳)、長女(1歳) 生活状況:移動は屋外電動車椅子、屋内床上移動。ADLは食事、整容以外全介助。就労は在宅で週38時間のパソコン仕事(ジョイスティックマウス・マウススティック試用)を行っている。 3 支援の経過 2013年、外来作業療法にて介入した際、「仕事をしていると首と右手が痛くなってしまう。」「このまま仕事ができなくなるのかな」という訴えが聞かれた。この時の身体機能は下肢機能MMT0、体幹・肩・肘関節機能がMMT3+、手関節・手指機能MMT0という状況であった。 まず現状の生活環境下での活動時の身体的な負担軽減を図るため、車椅子操作環境、食事動作環境、パソコン作業環境に対し自助具作成や自宅訪問と環境調整を行った。 症例のパソコン作業環境は独自の考えで作られた環境であり、パソコンは平置きで口に短い鉛筆を加えてキーボードを打ち、右手でジョイスティック型マウスを使いカーソル操作を行っていた。この環境ではキーボードを打つ際に大きく体幹を前屈させる必要があり頸部に負担がかかり、またその体幹を支えるために上肢はジョイスティック操作と身体の支持の両方を行わなければならず強い負担につながっていると考えられた。 対応として、パソコン台の設置と長さを調整したマウススティックの作成、右上肢の肘置き台を設置した。結果的にキー入力の際の体幹前屈を軽減し、モニターが視認しやすくなり、肩にかかる上肢の重さの負担が軽減した。食事に関しては、食事具を指にからみつける様に把持し肩甲骨を内転、挙上させ努力的に口元に運んでいた。新たなデバイスとして手関節固定装具にキャッチャーを装着したグローブを作成し、手関節のグラつきを抑え、食事具の三指つまみ様に安定させることで片手での安定した食事が可能となった。 結果的に身体的な苦痛の訴えは軽減したため、その後の外来作業療法では身体機能のメンテナンス、経過観察で介入した。 ところが2016年5月、再び同様の訴えと「父親としてしっかり仕事をして稼ぎたいが、頑張ると右手が辛くなり、妻が子供二人と自分の食事介助をしなければいけなくなってしまい心が痛い」という訴えが聞かれた。実際に上肢筋力の低下(肩・肘関節機能がMMT3+→3?3?)も確認された。1日を通し上肢を酷使する活動は困難になっていると判断し、上肢の空間操作をアシストする補装具使用の検討を行った。 検討候補の中にはBFO・PSB・MOMOがあったが、多軸方向へのアシストと尿瓶への排尿のために自分一人で装具を脱着できなければいけないなどの症例自身の生活様式からMOMOが適当であると判断し、院内での評価を経て、自宅でのデモ機試用ののち2017年2月に補装具申請し、同年5月に交付・支給される経緯となった。 現在は仕事場面や食事場面で安定して楽に作業が継続できている。さらに以前はできなかった子供の口にご飯を運んであげることや、塗り絵の様な絵を描く遊びなどができる様になっており、父親として子供と遊ぶ場面においても役立てることができている。 4  支援の結果 現在の症例は、症状の進行に合わせ徐々に方法を変えながらではあるが介入開始時のADL・家での役割は遂行できており、今も家庭の中での大黒柱を担っている。 5 まとめと考察 今回、約5年間の介入の中でポイントとなった介入をまとめさせていただいた。CMT患者の支援は、若年発症が多いことから、身体機能・ADL面への介入だけではなく、学校・仕事・結婚・育児・社会参加などの多岐にわたる支援が必要となる場合がある。さらにそれは入院での支援より在宅での支援を求められる機会が多い。またその傾向として、病気の進行と同時に出現する生活の困難さに対し、ある程度予測的な介入が理想とされているが、患者自身が先を見越した支援を求めない場合が多い。そう言った患者に対する作業療法士の支援においては、細く長く関わっていく中で、常に予測し支援の準備をしていくことと、生じた困難さにすぐに対応できるフットワークとノウハウが求められる。 また今回の症例の様に、仕事における困難さの訴えが生じた場合、その多くは仕事以外の生活場面においてもすでに困難さが生じていることがある。しかし進行性の難病患者は積極的なリハビリの対象とされていない場合があり、また患者や支援者の多くもリハビリ=機能訓練・運動・マッサージと認識している場合が多く、生活を支援するという視点で支援ができることを知ってもらえていない現実も感じている。リハビリテーションができること、リハビリテーションが関わることの重要性を伝えるための啓蒙も必要と考えられる。 【連絡先】  中川 翔次  神奈川県総合リハビリテーションセンター 作業療法士  E-mail:shoji1117@gmail.com   医療機関における、実践的復職支援プログラム〜医療機関外介入を通した作業療法実践〜 ○木口 尚人(茨城県立医療大学付属病院 作業療法士)  高尾 和弥(茨城県立医療大学付属病院) 1 はじめに 理学療法士及び作業療法士法において「作業療法」には、作業耐久性の向上、作業手順の習得、就労環境への適応等の職業関連活動の訓練が含まれており、復職支援において、作業療法士(以下「OT」という。)を積極的に活用することが望まれている1)。しかし、回復期病棟における復職支援の実施状況は依然と低く、特に職場訪問・環境調整、就業形態を模した実務訓練の実施頻度は極めて低い現状がある2)(図1)。今回、平成28年度より認められた医療機関外介入の枠組みを用いて、脊髄芽腫を罹患した患者の臨床検査技師(以下「MT」という。)としての再就職を目標に、生活行為向上マネジメント(以下「MTDLP」という。)に基づいた復職支援プログラムを実践したので報告する。 図1 回復期病棟における復職に関する取組状況(厚生労働省 総会資料より抜粋) (1)医療機関外介入とは 生活機能に関するリハビリテーション(以下「リハ」という。)の実施場所の拡充として、社会復帰等を指向したリハの実施を促すため、IADLや社会生活における活動能力の獲得のために、実際の状況における訓練を行うことが必要な場合に限り、医療機関外におけるリハを疾患別リハの対象に含めるとするものである3)。 (2)MTDLPとは ADLやIADLなど、人が生活を営むうえで必要な生活全般の行為を向上させるために、その行為の遂行に必要となる要素を分析し、計画を立て、それを実行する一連の手続き・支援の手法である4)。 MTDLPの利点として、①生活場面に密着して患者のニーズに沿った支援計画が立てられる、②ニーズに沿った作業活動のプログラムが導入できる、③生活環境の評価が行える、④工程分析を通した課題が明確にされる為プログラムが立てやすい等の報告がある5)〜8)。近年、医療機関での就労支援で用いられる傾向にある9)10)。   2 事例紹介 20代女性。MTとして総合病院に勤務して3年目。半年前に骨髄芽腫を罹患し、その後脊髄空洞により、歩行困難となり車椅子を用いた生活となる。連続2時間程であれば短下肢装具とT字杖を用いて移動可能。身辺動作は自立。   3 プログラム紹介 (1)目標の共有 勤務形態だけでなく、求められる業務の質、使用物品の特徴など細かく聴取する。更に、本人らしい復職を支援する為に仕事へのこだわりや、意味合い等本人の視点から情報収集し、復職イメージを具体化し共有した。 (2)技能評価① (当院) 職場を模した模擬環境で、一連の業務内容を実際に遂行して貰い、観察評価にて、心身機能の分析に加え、各工程に生じる業務遂行の促進因子、阻害因子を分析した。更に、当院MTに立ち合って貰い、患者への配慮、機械操作・配置の安全性など臨床検査業務特有の遂行の質を共に分析した。 (3)職場環境・技能評価② (職場) 実際に職場を訪問し、職場の環境評価(配置、動線、距離、寸法、障害物等)、出勤方法(車への車椅子の積み込み、駐車場から建物までの移動等)を確認した。また、当院での評価結果に基づき、安全に遂行可能だと予想される業務を職場環境で実際に行い評価した。更に、また、職場上司や同僚から、復職条件や心配事項を聴取した。 (4)目標設定 評価結果を基に本人と共に短期目標と長期目標を決めた。 (5)模擬練習 (当院) 実際の職場環境(距離や、物品等)を基に模擬環境を作り、実際の業務練習を通して耐久性と技能の向上を図った。また、当院MTに同席して貰い、業務遂行ペースや課題難易度調整を共に行った。プログラムの一部は、当院臨床検査室を使い、白衣に着替え、出勤に合わせて午前9時から2〜3時間、実際の物品を用いて練習した。 (6)実践練習 (職場) 実際に職場を訪問し、実際の環境でしか確認できない点(特殊なベッドでの検査業務、駐車場から建物までの移動等)を中心に、実際の業務練習、出退勤の方法の確認・練習、模擬練習の成果を確認した。また、職場上司、同僚にも遂行場面を確認して貰い、初期評価時からの変化、課題点を共有した。 また、同僚や同期との交流の時間を設け、本人自ら現状を伝え、復職後のイメージ構築、同僚が抱く不安感軽減も図った。 (7)合同評価 (職場) 退院2週間前に再度、職場を訪問し、同僚を患者にみたて、上司と共に一連の業務遂行場面の観察評価を実施した。現在遂行可能な業務内容と、今後可能になると思われる業務内容を確認した。  また、復職後に配慮して貰いたい点を本人とともに書面にし、同僚に配布した。   図2 本プログラムの流れ 4 結果 MTとしての復職を希望する脊髄芽腫を罹患した女性患者は、希望する部署に復帰できただけでなく、本人、同僚共に復帰後のイメージを入院中より共有できた為、退院後すぐに適当な業務量でスムーズに勤務できた。復帰1か月後の現在、仕事に楽しさを見出し、今できる仕事を本人のペースで従事している。   5 考察 今回、平成28年度に新たに認め構築された、医療機関外介入の枠組みを用いて、生活行為向上マネジメントに基づいた復職支援プログラムを実践した。 本プログラムが効果的であった点は、復職勤務職種と共に、実際の環境下における実際の遂行場面を通した評価・練習を積極的に導入した点にあると考える。現実の課題で実際の物を使い、自然な文脈で遂行した時と同様の効果は、模擬練習では得られないとされており、技能の獲得の為には実生活に近づけた関わりが推奨されている11)。本プログラムは、実際の環境での練習に加え、模擬練習も検査室で検査業務練習をした様に、業務内容や職場環境を忠実に再現し実施された。更に、MTと評価・介入を協働して行った為、より実践的な練習が行えたと考える。 医療機関における復職支援において、医療機関外介入の枠組みを用いることで、実際の環境・業務内容の中で評価・練習が可能となり、実践的復職プログラムの構築が可能となった。その結果、本人の業務能力の向上に加え、職場の理解を向上させるができ、入院中の患者に対して、スムーズな職場復帰を支援することができた。   【参考文献】 1) 一般社団法人 日本作業療法士協会:作業療法ガイドライン (2012年度版), p.5 (2012) 2) 厚生労働省 保険局医療課企画法令第1係:中央社会保険医療協議会 総会(第316回)議事次第 個別事項(その5;リハビリテーション)について, p.79-83 (2015)  3) 厚生労働省保険局医療課 :平成28年度診療報酬改定の概要 , p.83 (2016) 4) 日本作業療法士協会学術部・編:生活行為向上マネジメメント(作業療法マニュアル57), 日本作業療法士協会 (2014) 5)日本作業療法士協会:自立支援に向けた包括マネジメントによる総合的なサービスモデル調査研究.平成21年度老人保健健康増進等事業報告書,日本作業療法士協会, (2009) 6)日本作業療法士協会:包括マネジメントを活用した総合サービスモデルのあり方研究事業. 平成22年度老人保健健康増進等事業報告書,日本作業療法士協会,東京 (2010) 7) 能登真一: 地域在住の要介護高齢者に対する「生活行為向上マネジメント」を用いた作業療法の効果 多施設共同ランダム化比較試験, 作業療法 ,33巻3号 , p.259-269 (2014) 8) 角田仁志: 回復期リハビリテーション病棟における意味のある作業の継続 生活行為向上マネジメントの活用, みやぎ作業療法, 9巻, p.3-7 (2016) 9) 鈴木里咲: 記憶障害・注意障害を呈し、飲食店業へ復職した症例に対する作業療法 生活行為向上マネジメントの実践, みやざき作業療法 , 9巻 p.8-12 (2016)  10)松井明:早期の生活目標合意と支援者連携によりトマト栽培の仕事に監督役から復帰可能となった事例 ぐんま作業療法研究,19巻 p.17-19 (2017) 11) Anne G. Fisher: Occupational Therapy Intervention Process Model A Model for Planning and Implementing Top-down, Client-centered, and Occupation-based Interventions. P.18-32, Three Star Presses (2009) 【連絡先】 木口尚人 茨城県立医療大学付属病院  リハビリテーション部 作業療法科 e-mail:kiguchin@ami.ipu.ac.jp 難病の就労支援における職業マッチングのあり方に関する考察〜難病患者就職サポーターによる難病患者への就労支援とは〜 中金 竜次(ハローワーク横浜 専門援助部門 難病患者就職サポーター) 1 はじめに 平成26年5月、『難病患者に関する医療等に関する法律』が成立、平成27年1月より同法律が実施される中、難病の方々への就労支援が重要な政策課題として取り上げられることとなった。 その後、さらに平成28年4月1日に改正された『障害者雇用促進等に関する法律の一部改正』により、その合理的配慮の対象として、一定の症状を残して治療を継続している方々、難病の方々もその対象として明文化された経過を受け、益々就労支援の拡充を図っているただ中にある。 平成25年に配置された『難病患者就職サポーター』とは、『難病相談・支援センターと連携しながら、就職する難病患者に対する症状の特性を踏まえた、きめ細かな就労支援や、在職中に難病を発症した患者の雇用継続等の総合的な就労支援を行うこと』を職務としている。 難病患者就職サポーターの主な任務は、①個別相談、②企業への周知・啓発、③就業後の定着支援であり、その支援は、相談から職業マッチング、及び定着支援までを担当者が一貫し、継続して実施する点が特徴といえるだろう。 開始時は、15都道府県に設置され、その後、平成28年4月より全県への配置となり、現時点では各都道府県に1名(東京・大阪・北海道・神奈川は2名)体制となっている。 神奈川県の場合、就職相談件数は年間1,000件を超えるが、希望するほとんどの方が‘病気を開示して‘就職している。   昨年度の病気を開示して就職した難病の方の数が平成23年度と比べて15倍〜16倍になり、一昨年と比べても、約3倍もの方が病気を開示して就職している状況である。 難病とは医学的に明確に定義された病気の名称ではなく、現時点では完治が難しく、慢性の経過をたどる疾病を総称して用いられている。しかし、医学の進展により、現在では就業生活と治療の両立をはかりながら生活をしている人も多い。 その就労支援の場面での特徴というと、①疾病種が多い。②症状や病状に変動性があるものが多い。③進行性のものが多いが、そうでない病気もある。④障害者手帳を取得していない、できない方が多い。そのため、一般雇用での就職者が多い、という点と考える。 この度、1ケースの好事例の支援内容を分析し、難病の人が病気を開示しながら就職する際の、マッチングのあり方と、その特徴と要所について考察した。 2 方法 研究対象は病気を開示し就労することを希望としている就労上の配慮を必要としている1ケース。 方法は相談記録から、 ①就活に必要な情報の整理 ②疾病特性と、今の状態を加味したキャリアプランの検討(疾病特性・就労負荷耐性・職業適性・経験・スキル・ブランクの状態で検討する)。 ③具体的な企業への開示の実践 ④定着支援 の4点を検討した。 倫理的配慮として対象者に研究の趣旨を説明し、承諾を得、個人を特定できる情報を排除した。 3 結果 (1)ケースの概要 A氏、女性、一人暮らし。概要は下表のとおり。   性別 女性病名 潰瘍性大腸炎 主な症状 状態悪化時の排泄回数の増加・腹痛 障害者手帳の有無 無し ブランク 6ヶ月 病気の開示希望 有り医師の就労見解 フルタイム勤務可能 就職までの期間 2ヶ月 前職 事務職 就職した 仕事 事務・総務 雇用形態 希望も結果も正社員 社員数 800名(2)就職に必要な情報の整理 ブランクが6ヶ月。以前の職場には病気を開示しないで就職したため、痛みによる辛そうな表情や排泄回数が多くなった場合の行動などを「やる気がないのでは?」と誤解を受け、居づらい状況もあり離職「今度は最初から病気を開示して就職したい」と来所。コミュニケーションやパソコンスキルも上級者、経済的な事情もあり早期就職を希望。 週1回の個別面談での相談とし、相談の中で、離職時の体験を今後に活かすため傾聴し、気持ちの整理を行い、次の就職の課題を明確化し、さらに職業を整理するシートに就職の際の希望事項、職種・希望日数・勤務形態・通勤時間・企業への配慮希望事項や職業選択の優先順位などを書いていただき、得た情報を集約し、求人票を絞り込んだ。 A氏は相談開始時の体調は落ち着いており、状態が悪化した場合、排泄回数などが1日5−6回程度に増加するが、最近の半年の状態は安定していた。 そのため、医師の就労に際しての見解と、相談開始からの状態、A氏の希望等を踏まえ、通勤距離は1時間圏内、就職形態を‘正社員‘を第一目標と共有した。 (3)②疾病特性と今の状態を加味したキャリアプランの検 討 事前に担当医と、今後希望している雇用形態や就労日数、企業に求める配慮や制限の有無などについて相談をしていただいた。 それにより、今後の働き方として、『一般雇用でのフルタイムも可能、排泄に行きやすい環境の配慮、月に1回程度の通院への理解』を伝えながら就職可能な企業を探しながら、応募をしていくこととなった。 離職からのブランクが6ヶ月と、履歴書上のブランク(ソーシャル・ブランク:社会的ブランク)は強くはなく、身体面に生じる体力・筋力低下等のブランク(フィジカル・ブランク:身体的ブランク)も医師の見解と当事者への聞き取りにより、また相談過程の経過観察により、特別なブランク対策は必要ではないのではないかと考え、前職の事務経験を活かした、病気の開示をし、精神的なストレスを軽減できる再就職を想定した。 医師からの情報を踏まえ、A氏が日頃体調の管理で気をつけていること、及び、就業の際、企業に知っておいてもらいたいことや、配慮について状況整理の為『疾病・障害等状況説明書』(病状・障害・希望する配慮事項・体調管理等で自分で取り組んでいる点などを整理し記載するシート)を活用し、まとめていただいている。 (4)具体的な企業への開示の実践 履歴書での開示:事前に電話で企業に病名を伝えた場合、履歴書(JIS規格の場合)の右下の『本人希望欄』に病名や配慮希望事項を記載している。 記載例:「潰瘍性大腸炎により1ヶ月に1回通院しておりますが、医師より就労可能といわれております。」等。 この記載の他に配慮希望事項を記載する場合もあるが、A氏の場合は希望により、難病患者就職サポーターより、応募時に企業に電話をし、状態が悪くなった場合、排泄回数が5〜6回程に、特に午前中が増えやすいことを、A氏の同意のもと、口頭での開示も行っている。その際に、難病の方が利用可能な助成金(発達障害者・難治性疾患雇用開発助成金コース)や必要な配慮等の説明、および、医師より就労可能と言われており、‘同意に基づき、就労の際の医師の意見書なども取得が可能‘とA氏よりうかがっている点などについて、企業に説明をしている。   (5)定着支援 内定後、事業所訪問の希望を確認し、就職後1ヶ月以内に企業を訪問し、採用担当者に疾病特性、および、当事者が望む配慮事項についてお話をさせていただいているが、担当者の理解もあり、その後、当事者にも就業状況を電話にて確認しているが、定期通院をしながら継続的に就業ができている状況と、2ヶ月目・4ヶ月目に確認している。 4 考察 マッチングとは、労働市場において、需要(求人企業)と供給(求職者)のニーズをマッチさせることを一般的に言うが、一般雇用で多くは就活を行う難病の方々の場合、障害者雇用促進法における、求められる合理的配慮の容量の中で、どのように希望する配慮を伝えていくかという点は、重要と考える。 合理的配慮の提供義務の‘配慮の容量‘を決める要素は、①事業活動へ影響の程度、②実現困難度、③費用負担の程度、④企業規模、⑤企業の財務状況、⑥公的支援の有無、これら6つの要素を総合的に勘案して判断される。 今回のケースの場合も①④⑤を特に意識している。 また、基本的には応募しようとしている企業の仕事が‘就業可能‘であることが前提となる(一定の配慮を受けながらも、就業に対して労務の提供が可能)、週に2〜3日(20時間前後)なのか、あるいは週3〜4日(30時間前後)、フルタイム(40時間)プラス残業等も含む正社員なのか、最初に体調や状態を加味し、『今の体調や状態』でどのくらいの‘就労負荷‘(就労の際に生じる心身の負担)を担うことが可能なのかを、今の体調や、現状の生活、医師の意見、どのくらいの就労準備性が整っているか等も含め、難病患者就職サポーターとの相談の中で希望や優先順位を含み仕事の諸条件の設定(職業選択の初期設定)を行うことが重要と考える。 疾病性・就労力の把握と医師からのアセスメントにより、職業のフォーカシングを行いながら、合理的配慮の要領の中でいかに病気を開示しながら、継続して働きやすい環境を支援できるか、こうした具体的な‘治療と就業の両立的支援‘により、継続して就労可能な難病(難治性疾患)の方は今後益々増加するであろうと考えるのである。 【参考文献】 1) 厚生労働省HP 「障害者雇用促進法に基づく障害者差別禁止・合理的配慮に関するQ&A 」 視覚障害者の雇用率と、企業の障がい者採用ウェブページとの関係について ○新美 知枝子(筑波技術大学/日本盲人職能開発センター)  飯塚 潤一 (筑波技術大学) 1 はじめに 近年、インターネットの普及は視覚障害者の就職活動にも大きな変化をもたらした。 しかし、総務省の調査1)によれば、視覚障害者の44%が、「障害者に配慮したページが少ない」と感じ、民間企業の調査2)によれば、「パソコンからインターネットを利用した際にバリアがあることで、閲覧や手続きなどの利用を諦めた経験がある全盲者は9割以上」と報告されている。 一方、民間企業の障害者雇用率の引き上げ3)だけでなく、障害者差別解消法の制定や障害者雇用促進法の改正など障害者の情報入手や雇用への合理的配慮が求められている。 本研究では、就職活動時のウェブページ利用の現状と課題を明らかにするため、「障がい者採用ページ」開設状況や雇用率の関係を調査した。また、視覚障害者の就職先業種についても調査した。加えて、ウェブサイトのウェブ・アクセシビリティへの対応状況を調査した。 さらに、視覚障害者に対して、就職活動におけるアクセシビリティの現状に関するアンケート調査を行った。 2 企業の障害者雇用についての調査 (1)「障がい者採用」ページ調査 企業が障害者を雇用するために一般向けとは別に「障がい者採用」ページを開設しているか調査した。調査対象は以下の企業である。 ・東証一部上場企業(国内企業)2002社 ・障害者雇用率トップ100の企業4) ・視覚障害者訓練施設(社会福祉法人 日本盲人職能開発センター)における視覚障害者の雇用に実績のある企業および団体 (2)視覚障害者訓練施設における就職先業種調査 社会福祉法人 日本盲人職能開発センターの協力を得て、平成24年から28年までの5年間に同センターの訓練コースを修了した視覚障害者が就職した企業を業種別に分類し、時系列での推移を調査した。 (3)就職サイトのウェブ・アクセシビリティ評価 上場企業から業種別に無作為に抽出した32社の「キャリア採用情報」と「障がい者採用情報」のウェブ・アクセシビリティへの対応状況を評価ツール“miChecker Ver.2.0”5)を用いて評価した。 3 視覚障害当事者に対するアンケート調査 就職活動をした経験のある視覚障害者に対し、『視覚障害者の就職活動時におけるウェブページの利用状況について』と題して、アンケートを実施した。 調査内容は、「就職の活動時期」「パソコンの利用状況」「企業サイトの閲覧経験」「サイトの利用しやすさ」などについて計21項目である。 アンケートはテキストデータで作成した。質問文は筆者が制作し、メールでの視覚障害者への送信・回収は、NPO 法人タートルに委託した。その後、得られた回答の集計・分析を行った。 4 調査結果 (1)「障がい者採用」ページの開設状況 上場企業で「障がい者採用」ページを開設している企業は2002社中313社で、そのうち雇用率が確認できた205社の平均雇用率は2.11%であった。 雇用率トップ100社では26社が開設しており、その平均雇用率は3.29%であった。一方、採用ページを開設していない企業の平均雇用率は3.02%で0.27%の差があった。 さらに、視覚障害者の雇用実績のある企業では、80か所中36か所が開設していた。 これらを比較すると、視覚障害者の雇用実績のある企業が最も高く(45%)、次いで雇用率トップ100の企業(26%)、上場企業2002社(16%)の順であった(図1)。   図1 「障がい者採用」ページ開設率 (2) 視覚障害者の就職先業種 視覚障害者の就職先を業種別に分類し、人数が多い業種だけをグラフ化した(図2)。日本盲人職職能開発センターの平成28年度の修了者の就職業種では情報通信業とサービス業が最も多く5社であった。情報通信業は過去5年間右上がりで就職者が増えている。同センターから就職できた会社のうち「障がい者採用」ページを開設している割合は情報通信業では67%、サービス業も75%と高率であった。 図2 視覚障害者が就職した業種の推移 (3)ウェブ・アクセシビリティ評価ツールによる検証結果 “miChecker”を用い、「一般採用」ページと「障がい者採用」ページのアクセシビリティ対応状況の評価を行った。その結果、WCAG2.0ガイドライン4原則の“知覚可能”において、一般採用ページのスコアが71.8%であるのに対して、障がい者採用ページは79.2%であった。 (4)アンケート調査結果 アンケートからは、 ・リンクやコンテンツが多すぎて情報にたどりつけない ・動画など埋め込みコンテンツを多用しすぎる ・テキスト主体のシンプルなページにしてほしい ・画像認証は音声での代替方法を採用してもらいたい ・本文にすぐにジャンプできるように制作してほしい ・時間切れにならないように時間を長くしてほしい ・文章を短く端的に書いてほしい ・PDFやフラッシュ等スクリーンリーダーで読めない など、ウェブサイトの構造、スクリーンリーダー対応など多くの問題があることが分かった。ウェブ制作者に対する提案として、「アクセシビリティの向上にはウェブ制作に携わる協力が何よりも必要であるが、そもそも視覚障害者もパソコンやタブレットを使うことを知らない方が多く、“視覚障害”を知ってもらうことが最重要事項であると思う」との声も寄せられた。 5 考察 障害者差別解消法第五条で、行政機関や事業者に対し“必要な環境の整備”を求めており、提供する情報へのアクセスを保障するための、ウェブサイトのアクセシビリティ確保はその対象になると考えられている。しかし、本調査で上場企業2002社中313社(16%)しか障害者専用ページを開設していない。従来からの一般採用ページが誰にとってもアクセシブルとも考えられず、まだ多くの企業でウェブを使った障害者雇用について検討されているとは言えないことが明らかになった。その中で障害者雇用率が高い100社では上場企業の2倍の25%、視覚障害者を雇用した企業では上場企業の3倍の45%、と雇用に理解がある企業では専用ページの開設率が高いことは非常に興味深い。 業種別の結果では、パソコンなどを使った顧客サポート・製品管理など視覚障害者が働きやすい業種に雇用されていることが改めてわかった。今後も雇用の推移を継続的に調査していく。 “miChecker”の結果からは「障がい者採用」ページが、一般向け雇用ページより、わずかにアクセシビリティ対応が進んでいる結果が得られた。しかし、実際に就職活動をした経験のある視覚障害者からは、企業のウェブサイトの使い勝手について多くの問題点が指摘され、特にスクリーンリーダー対応に問題が数多くあることが改めてわかった。 6 まとめ 企業における「障がい者採用」ページに設置状況について調査した。障害者雇用に理解のある企業では専用サイトの開設率が多いことがわかった。その一方で、まだ使いにくいウェブサイトが多いことがわかった。視覚障害者の職域拡大や就労推進のためには、視覚障害者のパソコン・ネットワーク利用の実態を知ってもらい、ウェブ・アクセシビリティ対応を啓発していくことがこれからも重要である。   【参考文献】 1)情報通信政策研究所:“障がいのある方々のインターネット等の利用に関する調査研究”,総務省,2012-6, http://www.soumu.go.jp/iicp/chousakenkyu/data/research/survey/telecom/2012/disabilities2012.pdf 2)日経BPコンサルティング:“Webサイトの閲覧やインターネット上の手続きができなかった経験”,日経BPコンサルティング,2014-12-3,https://consult.nikkeibp.co.jp/info/news/2014/1203sa/ 3)職業安定局:”民間企業の障害者雇用率を段階的に2.3%に引き上げることを了承”,厚生労働省,2017-5-30, http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000166129.html 4)岸本吉浩:最新!「障害者雇用率ランキング」トップ100,東洋経済ONLINE,2016-10-13,http://toyokeizai.net/articles/-/139495?page=2 5)総務省:みんなのアクセシビリティ評価ツール miChecker, http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/b_free/michecker.html 6)W3C:Web Content Accessibility Guidelines (WCAG) 2.0, http://www.w3.org/TR/WCAG20/ ※ 参考文献に掲載したURLの参照日はすべて 2017-8-23 である。 企業で働く視覚障害者の現状と課題−平成29年3月実施のアンケート調査の結果から− ○指田 忠司(障害者職業総合センター 特別研究員)  松浦 大造・石黒 秀仁・杉田 史子(障害者職業総合センター)   1 はじめに 障害者職業総合センターでは、平成29年3月、「視覚障害者の職業アクセスの改善に向けた諸課題に関する研究」の一環として、企業で働く視覚障害者を対象に、職業生活、職域拡大、キャリア形成等の現状や課題を把握することを目的とするアンケート調査を実施した。 本発表では、このアンケート調査の結果を整理し、雇用形態、職場環境等の観点から、視覚障害者の雇用の現状と課題について考察する。 2 調査の方法 (1)調査対象 民間企業(独立行政法人等の団体を含む)において雇用されている視覚障害者とし、視覚障害者に対する職業訓練、就労支援サービスを提供している7施設・団体、視覚障害当事者からなる6団体、及び視覚障害リハビリテーション専門家からなる1団体のメーリングリスト等を通じて回答協力者を募集した。 (2)調査項目 以下の7分野について、計36問を設け、回答は原則として選択式、単数回答とし、一部、複数回答及び記述式回答とした。①回答者の属性、②就職した際の状況、③勤務先・従事している業務、④支援機器の整備状況、⑤人的支援の状況、⑥研修の受講状況等、⑦キャリア形成。 (3)調査期間 平成29年2月16日〜同年3月21日(回答時点は同年2月16日現在と指定) (4)実施方法 回答協力者への調査票の送付及び回答の回収には電子メールを用い、回答協力者の申し出があった場合に、拡大文字又は点字版の調査票を使用した。 3 調査の結果 (1)回答率 メーリングリストに複数加入している者を含めて、延べ約2000人に調査の協力を呼びかけ、そのうち144人から協力の申し出があった。その中の123人から回答があり、有効回答122、無効回答1であった。 (2)回答者の属性 性別は男90人(73.8%)、女32人(26.2%)。平均年齢は47歳で、最年少は20歳、最高齢は71歳であった(中間値46歳)。世代別構成は、20歳台7人(5.7%)、30歳台20人(16.4%)、40歳台45人(36.9%)、50歳台30人(24.6%)、60歳台18人(14.8%)、70歳台2人(1.6%)であった。 障害程度は、重度116人(95.1%)(うち1級74人(60.7%)、2級42人(34.4%))、重度以外3人(2.5%)、障害者手帳を所持していない者2人(1.6%)、不明1人(0.8%)であった。現時点の見え方については、全く見えない者66人(54.1%)、墨字は使えないが移動の助けになる視力や視野はある者16人(13.1%)、拡大読書器で普通の字が読める者22人(18.0%)、拡大レンズを使えば普通の文字が読める者7人(5.7%)、普通の字が読めるが視野障害による困難を伴う者8人(6.6%)などであった。 視覚障害以外の障害がある者は9人で、聴覚障害、肢体不自由、内部障害、気分障害、難病などであった。 通勤手段は、公共交通機関100人(82.0%)、家族・支援者による車の送迎6人(4.9%)などとなっており、通勤時間は、30分未満21人(17.2%)、30分以上60分未満45人(36.9%)、60分以上90分未満29人(23.8%)、90分以上120分未満11人(9.0%)、120分以上4人(3.3%)などであった。 最終学歴は、高等学校(盲学校高等部を含む)11人(9.0%)、専門学校(同専攻科を含む)25人(20.5%)、短大・高専9人(7.4%)、大学54人(44.3%)、大学院23人(18.9%)であった。 (3)現在の企業に採用された状況 視覚障害がなく一般採用された18人(14.8%)、視覚障害者として一般採用された40人(32.8%)、障害者求人で採用された58人(47.5%)、その他6人(4.9%)であった。 採用時の雇用形態については、正社員79人(64.8%)、契約(嘱託)社員29人(23.8%)、パート8人(6.6%)、アルバイト3人(2.5%)、派遣社員2人(1.6%)などであった。勤務年数は、5年未満26人(21.3%)、5年以上10年未満が30人(24.6%)、10年以上15年未満15人(12.3%)、15年以上20年未満17人(13.9%)、20年以上33人(27.0%)などとなっており、平均勤続年数は13.7年で、最長では41年であった。 視覚障害の発生時期と現在雇用されている企業での採用又は職場復帰との関係については、採用前から視覚障害があったが障害があることは知らせずに一般採用試験を受けた1人(0.8%)、採用前から視覚障害があり障害があることを伝え特別な配慮による採用試験を受けた60人(49.2%)、採用前から視覚障害があり障害があることを知らせたが特別な配慮はなく一般採用試験を受けた23人(18.9%)、採用後に視覚障害が発生し元の仕事に復帰した8人(6.6%)、採用後に視覚障害が発生し別の仕事に復帰した7人(5.7%)などであった。 (4)勤務先の概要と労働条件 勤務先の業種は、建設業5人(4.1%)、製造業19人(15.6%)、情報通信業12人(9.8%)、運輸業、郵便業1人(0.8%)、卸売業、小売業6人(4.9%)、金融業、保険業4人(3.3%)、学術研究、専門・技術サービス業1人(0.8%)、宿泊業、飲食サービス業2人(1.6%)、教育、学習支援業14人(11.5%)、医療、福祉35人(28.7%)、サービス業(他に分類されないもの)8人(6.6%)、公務(他に分類されるものを除く)4人(3.3%)などであった。 従事する業務(複数回答)は、電話交換4人、ヘルスキーパー、あんま・マッサージ・指圧、はり、きゅう16人、 コールセンターのオペレーター業務3人、営業8人、教職13人、システム管理・システム開発16人、窓口・相談業務18人、広報10人、経理事務1人、一般事務(総務、人事等)35人、計画・立案24人、調査・研究16人、管理職5人、その他35人であった。 1週間の勤務日数は、5日が102人(83.6%)と大半を占めたが、週1日、2日の者もいた。勤務時間に関する配慮(複数回答)については、特に配慮の必要がない86人、障害に配慮した勤務時間の調整8人、通院のための勤務時間の調整11人、勤務時間の配慮の希望がある7人であった。 (5)支援機器の整備状況(複数回答) 画面読み上げソフト93人、点字ディスプレイ34人、OCR装置32人、拡大読書器24人、画面拡大ソフト20人などとなっていた。一方、職場に画面読み上げソフトや画面拡大ソフトでアクセスできない社内ネットワークシステムがあるとした者が49人と4割もおり、その理由として、画面読み上げソフトなどの機能が不十分であること(33人)、社内ネットワークシステムのセキュリティ確保のため画面読み上げソフトの導入が制限されていること(10人)などが挙げられた。 今後、担当業務の幅を広げるための機器開発等の必要性(2つまで回答可)については、画面読み上げソフトの機能向上を挙げた者が77人、OCR装置34人などとなっており、開発ニーズの多かった、画面読み上げソフトやOCR装置については、障害等級1、2級の重度障害者からの要望が大半であった。重度障害者の中にはカスタマイズマクロの開発を挙げる者も9人いた。 (6)人的支援の状況 他の人の手助けを必要とする部分があるとした者は109人(89.3%)と大半を占め、そのうち、専任の介助者を委嘱している10人、専門の介助者ではないが一般の社員が介助を担当している20人、周りの社員が手助けをしている62人などであった。 (7)研修の受講状況 すべて参加した53人(43.4%)に対し、参加しなかったものもある45人(36.9%)などであった。外部研修については、参加した73人(59.8%)、参加したことはない43人(35.2%)などであった。 視覚障害者として必要な支援機器の訓練等については、参加した64人(52.5%)、参加したことはない55人(45.1%)などであった。 (8)キャリア形成 現在の勤務先に視覚障害者として就職した際の業務又は視覚障害者となって復職した直後の業務と比べて現在の業務内容が変化したかどうかについては、変わらない36人(29.5%)、基本的に変わらないが業務の幅が広がった49人(40.2%)、まったく異なる業務を担当するようになった20人(16.4%)などであった。 今後、仕事の幅をさらに広げることの希望については、大いに思う36人(29.5%)、まあまあ思う27人(22.1%)、あまり思わない29人(23.8%)、まったく思わない7人(5.7%)、どちらともいえない14人(11.5%)などであった。   4 考察 ・ 重度視覚障害者の割合が多いこと、また、大学卒業、大学院修了者の割合が高いことが、回答者集団の特徴といえる。パソコンなどの支援機器を活用した事務系職種に従事している者が多いこととの関連性が考えられる。 ・ 雇用形態についてみると、採用当初から正社員として雇用されている割合が高く、新規学卒者のみならず、復職者についても正社員の身分を保持できていることが窺える。 ・ 支援機器の整備については、必要なものは整備されているものの、社内ネットワークとの接続に際して画面読み上げソフト等の不具合があり、その改善が求められている。 ・ 人的支援についてみると、その必要性を感じている者が多いこと、支援に際しては専任の支援者より職場内の同僚による支援が多いことが特徴である。視覚障害者の従事する職務との関係で、必要な支援の種類や程度も異なると考えられるので、職種と支援ニーズ、支援者の特徴などの関係を仔細に分析する必要がある。 5 結語 今後、他のデータ解析を進めるとともに、視覚障害者の職業アクセス改善のために、制度、支援技術、能力開発の側面でどのような取組が必要か、事例調査を通じて明らかにすることが重要である。 【連絡先】 指田 忠司(さしだ ちゅうじ) E-mail:Sashida.Chuji@jeed.or.jp 製造業務に従事している視覚障害者(全盲)の職場定着に係る一考察〜福島第一原発から半径60km圏内の事業所の取り組み〜 ○一井 仁志(福島障害者職業センター 主任障害者職業カウンセラー)  中野 智子・菅野 美由紀・高野 泉(福島障害者職業センター) 1 はじめに 株式会社常磐谷沢製作所は産業用ヘルメットや安全帯、換気用ダクト(風管)等を製造している企業であり、生産工場の一つに相馬事業所がある。相馬事業所は東京電力福島第一原子力発電所から半径60km圏内に位置する福島県相馬市にあり、平成23年3月に発生した東日本大震災が起因の津波により事業所が浸水する被害に遭った。その後2週間程度で操業を再開。現在視覚障害者(全盲)を雇用しており、本人は安全帯の製造作業に従事している。 本発表では相馬事業所と勤務している視覚障害者(全盲)に対してジョブコーチ支援(以下「JC支援」という。)を行った事例を報告し、視覚障害者の職域拡大及び視覚障害者を雇用もしくは雇用を検討している事業所の環境整備ノウハウの拡充に役立てる。 なお、製造業に勤務する視覚障害者(全盲)に対してJC支援を行った事例は福島県内では初である。   2 本人の概要 Aさん(女性)。視覚障害者(全盲)。盲学校を卒業後、約2年弱福祉施設を利用。同施設では縫製加工品の検査や組立作業等に従事。物作りが好きで製造業の仕事に就くことを希望。身の回りのことは一人で行える。週4日勤務で、勤務時間は9時〜15時。 3 支援契機 平成27年10月に開催された障害者合同面接会に参加したAさんが応募。二次面接において相馬事業所にて安全帯の組立作業ができるか確認したところ、対応できたため、内定を勝ち得た。その後「視覚障害者(全盲)の受け入れは初めてであり、受け入れ体制の整備について支援機関と相談をしながら進めたい」という相馬事業所のニーズがハローワークを通して挙がってきたことを受け、平成28年4月の採用と同時にJC支援を3ヶ月行うこととなった。 4 事業所に対する支援の実際 (1)支援ポイントと支援内容 ①障害特性を踏まえた関わり方・雇用管理に関する支援 イ Aさん・事業所間の情報共有に係る提案 相馬事業所がAさんの障害特性を理解できるよう、Aさんが作業に取り組んでいる様子の写真やその日の作業内容、出来高、ジョブコーチ(以下「JC」という。)からの助言等を記載した本人専用の作業日誌を作成しスタッフ間で共有していただいた。加えてJCが訪問した時に行ったAさんとの面談内容(例:作業面の不安、疲労度の確認)をAさんに了承を得た上で相馬事業所と共有することを積み重ねた。 ロ Aさんの手助けの仕方に係る助言 当初、Aさんに手助けする範囲や指導体制の整え方で戸惑う旨の意見が相馬事業所から挙がった。Aさんはどのようなときでも前向きに取り組むこと、慣れてくるにつれ単独行動ができることをJCから相馬事業所に説明するとともに、手助けをするのはAさんからのSOSを受けてから行う旨を助言した。 また、当初は昼0時に作業を終了した際、手洗い等昼食を取るまでに必要な準備に時間を要し、他の従業員が手を洗うまで数分待つことがあった。そのため、昼休憩の5分前から準備をさせていただくことについて相馬事業所から配慮を得、同僚からも昼休憩に入る5分前に声掛けしていただくようよう依頼した。なお、現在は休憩時間を昼0時からに戻している。 ②職場環境の検討と調整に関する支援 イ 事務所内の安全な移動に向けた環境整備 Aさんの持ち場から昼食時に移動する食堂までは屋外に面しているコンクリートの渡り通路を通る必要がある。この通路には随所にコンクリート剥き出しの柱があるため、ビニールひもを使って導線を作成していただいた(図1)。その後構内での移動の確実性をより高めるため、渡り通路にレールを埋め込み、白杖で導線を確認できるよう整備した(図2)。   図1 ビニールひもの導線 図2 レールを埋め込んだ導線 ロ Aさんの安定した作業遂行に向けた環境整備 Aさんの持ち場は作業場の入口付近にあり、担当者、事務スタッフが数名いる環境下で作業を行っている。Aさんが従事している作業は安全帯のロープに部品を通す作業がメインであるが、相馬事業所は作業毎に配置や手順を理解できるまで懇切丁寧に指導を行った。また作業に応じた治具も作成していただいた。 ハ 勤怠管理に係る環境整備 相馬事業所は勤怠管理にあたり、タッチパネルのタイムカードを使用している。出退勤時刻はタッチパネルで打刻するが、Aさんがこれを単独で行えるようにするための方法について相馬事業所から相談があった。そのため、タッチパネルに点字シールを貼ることを提案した。 (2)ご家庭の協力 相馬事業所は受け入れ体制を整備するにあたり、障害者職業カウンセラーやJCからの助言に加え、母親がAさんに対して行った生活面における取り組みも参考しながら取り組んでいる。一例として、100円ショップで購入できる資材を使って家庭内で導線を整備する等の取り組みをAさんが小さい頃から行っていたが、上述した導線整備の取り組みはこれをヒントにしたものである。 また、仕事を進める中で様々な事務手続きや連絡事項が発生した場合は事業所から渡された書類を点訳していただいたことに加え、上述のタッチパネルの点字シールの作成や貼付、自動販売機の飲料の配置に係る点訳や通勤の送迎等、事業所からの依頼以外のことにも積極的に協力をいただいた。 (3)通勤訓練に係る休暇取得の配慮 Aさんは当初家族の送迎により通勤していたが、一人で通勤できるようにするため、在職中に盲導犬との通勤訓練を行った。訓練に係る休暇取得についても相馬事業所から配慮をいただいた。現在は自宅から盲導犬とともに歩いて相馬事業所に通勤している。   5 効果 (1)障害特性を踏まえた関わり方・雇用管理に関する支援 本人、事業所、支援者間で作業日誌の内容の共有を積み重ねることを通して、Aさんの障害特性について相馬事業所に理解を深めることができた。また、手助けについてはAさんから求められたら行えばよいことについて理解を得られたことで、指導の仕方や接し方に対する担当者や同僚の不安を軽減できたとともに、昼休憩5分前の声掛けや昼食時における席への誘導等、Aさんに対する必要なサポートを同僚が自然に行える雰囲気も醸成できた。 (2)職場環境の検討と調整に関する支援 ビニールひも等を活用した導線の整備により、構内を安全に移動できるようになった。作業については相馬事業所の担当者が作成した治具の活用によりスムースに取り組めるようになった。なお、作業は教えられたその日のうちに対応できるようになり、現在の作業は一人で任せられている。 また、タッチパネルのタイムカードについては、点字シールで印をつけたことによりすぐできるようになった。 6 まとめ 本事例は相馬事業所のご本人に対する障害特性の深まりと、それを踏まえた環境整備の取り組みにより視覚障害者(全盲)の安定した就労に繋がっている事例であった。また、定着の可能性を広げるにあたり、家庭で蓄積している接し方や安全確保等の取り組みを参考にすることの有効性を示唆する事例でもあった。 相馬事業所では初期段階において作業指導や治具の作成、事業所内の配置の説明に割く時間を必要としたが、現在もAさんは勤務しており、欠勤はない。長期的な視点で見ると、必要な初期投資を行えば、Aさんのように日常生活動作が身についている視覚障害者(全盲)は企業の障害者雇用率の充足に役立ち且つ安定勤務が期待できる人材として雇用するメリットを事業所にアピールできるのではないか。 また、視覚障害者(全盲)が従事している仕事となると三療や事務職が中心だが、全ての方が資格を取得したりPCの技術を習得できるとは限らない。Aさんが従事している作業は特別な技能の習得を事業所から求められていない。私たち支援者はいつしか決めつけ、諦めていなかったか。視覚障害者(全盲)が生活において培ったものや経験を活かせる職種か否かという視点を支援者一人ひとりが持ち、事業所へのアピールを積み重ねていくことで視覚障害者(全盲)の職域拡大に繋げることができるのではないだろうか。 7 最後に 今回紹介した事例は東京電力福島第一原子力発電所から半径60km圏内にある事業所において本人、家族、事業所、及び支援者が知恵を出し合い、一丸となって取り組んできたノンフィクションである。このように地域が一丸となって取り組む意識を持つことは互いができることを探求し協力し合う、理解し合う意識を持つことに繋がってくるのではないか。また、それは震災からの復興を進めていく上での礎になっていると実感できるとても良い経験となった。 アメリカ合衆国における重度視覚障害者等に対する職業訓練及び就労支援について 相良 佳孝(国立職業リハビリテーションセンター 職業訓練指導員) 1 はじめに 国立職業リハビリテーションセンター(以下「職リハセンター」という。)は職業的重度障害者に対する職業訓練を実施しており、重度視覚障害者等も積極的に受け入れているところである。 近年、ICT の目覚ましい発展により、職リハセンターにおいて訓練終了後に事務職として勤務する重度視覚障害者の事例は増えてきている。しかし、職域の拡大が難しく、就職活動が長期化する事例が増えている。 海外の情報を得るための「平成27年度障害者職業カウンセラー等海外研修」において、視覚障害者が事務系職種をはじめとして幅広い職業領域で就労していることが報告されているアメリカ合衆国(以下「アメリカ」という。)の東海岸にある5つの施設を訪問し、重度視覚障害者等の職業訓練、就労支援、開発が進むタブレット端末等を含む支援機器・ソフトウェア(以下「支援機器・ソフト」という。)に関する情報を得た。各施設において、これまでアメリカで築き上げられてきた障害者に対する社会的な歴史や背景の中で、重度視覚障害者等が豊かに生活できるようにするという強い思いが感じられ、様々な支援やサービスの提供やその時に出てくる共通した課題等について多くの情報を得ることができた。 2 研修日程と訪問施設 研修日程と訪問施設は下表の通りである。各施設において施設内見学やヒアリングを行っている。   研修日程表 3 アメリカにおける職業リハビリテーションサービスの流れ アメリカにおける障害者に対する政策は「障害を持つアメリカ人法 (Americans with Disabilities Act)」や「リハビリテーション法 (Rehabilitation Act)」に基づいて行われている。職業リハビリテーションにおいては「リハビリテーション法」によってアメリカ合衆国政府から各州の職業リハビリテーション機関 (Vocational Rehabilitation Agency:以下「VR機関」という。)に補助金を支給し、VR機関を通じて障害者にサービスが提供されている。視覚障害者は、VR機関にいるカウンセラーとインテーク面談をし、その後のサービスについてプランニングを行う。このプランをもとに、職業リハビリテーション施設と契約し、生活訓練や職業訓練等を行っていく。 職業リハビリテーションサービスの流れ 4 各施設で見られた職業訓練及び就労支援 (1)職業訓練 各施設の訓練・支援内容は、以下の通りである。 ①生活訓練(料理、掃除、洗濯等) ②移動訓練(白杖の使い方、公共交通機関の乗り方等) ③支援機器・ソフトの活用(画面読み上げソフトや拡大読書器、タブレット端末等) ④点字訓練 ⑤事務系職種に必要なITスキル(タイピング、メール、インターネット、Excel、Word等) ⑥就職活動準備(履歴書の作成や面接練習、資格取得等) ⑦自信を持たせる取り組み(車の運転や様々なアクティビティの開催等) ⑧インターンシップ ⑨触覚や聴覚による情報収集力の向上(木工訓練やフェンシング等) 各施設では、自立した生活が送れるように生活・移動面での訓練を行い、支援機器・ソフトやITスキルの基礎技能を習得した後、大学や専門学校に通うことや事業所でOJTを受けることで専門知識を高めている状況がうかがえた。 訓練期間は各施設において異なるが、およそ半年以内となっており、その期間内で必要な支援機器・ソフトやサポートの準備をする支援に力を入れている状況である。 利用者の中には他の障害と重複している場合もあり、障害の多様性に応じて支援者とマンツーマンで訓練を行うなど、非常に個別性が高いことも分かった。 (2)就労支援 各施設の内容をまとめると、以下の通りである。 ①法律整備への運動(国会等への積極的な働きかけ) ②事業所と連携した就業体験 ③病院などの事業所と連携した長期的な実習の取り組み ④修了生や活躍している人の講演会の実施 ⑤視覚障害者間のネットワークの構築 ⑥視覚障害者間のメンター制度1)の活用 ⑦各施設において修了生を雇用 就職活動の相談や訓練を担当しているインストラクターは、全盲対応者または弱視者といった視覚障害の方が多く、その施設の修了生も多く雇用されていた。晴眼者ではなく視覚障害者が実際に利用者を指導する、または施設内に従事者がいるということは、利用者にとっても意義が大きく、支援する上で説得力が増すことやピア・カウンセリング の効果がうかがえた。 各施設において「職域を拡大していくためには何が必要であるか」という質問に対しては「法律の整備である」と回答した施設が多かった。視覚障害者自身が国会へ積極的に働きかけをして法律が整備されてきたアメリカの社会的背景があり、大学や事業所が視覚障害者を受け入れる状況が整っていることは、視覚障害者が進路を広げることができる大きな要因を担っている。また、視覚障害者間のネットワークの構築やすでに活躍している視覚障害者の情報をすぐに参照できることが職域を拡大するために大きな役割を果たしていることも各施設の状況から分かった。 5 研修終了後の職リハセンターでの取り組み 今回得られた知見のなかで、職リハセンターにおいてもすぐに取り組むことができるものとして、以下の内容について実施している。 ①標準のアクセシビリティ機能を利用したiPadの活用 ・ジェスチャー操作、外付けキーボードによる操作、Siriを活用した操作マニュアルを作成中。 ・アプリ(メール、インターネット検索、予定管理等)の操作マニュアルを作成中。 ②卓上型・携帯型拡大読書器としての活用 ・iPadのカメラを利用した訓練を実施中。 ・iPadに直接データを取り込んで閲覧する訓練を実施中。 ③並木祭2)を利用した在所生、修了生間の情報交換会の開催(H28年度に実施:約13名の修了生が参加) 6 考察 タブレット端末を活用した訓練を実施したことにより、就職先の事業所で卓上型拡大読書器の代わりに実際に活用される事例があった。タブレット端末は新規に購入したものではなく、事業所ですでに所持しているものを活用したことから金銭的な負担も軽減されている。実践のなかで新たに把握された課題解決も含め、今後もタブレット端末を活用した訓練を実施し、視覚障害者の作業環境の向上を図りたいと考えている。しかし、様々な事業所へ提案しているものの、広がりを見せるにはセキュリティ面(通信機器で事業所情報を扱うこと)で大きく課題が残っている。 重度視覚障害者の職域拡大において、4項目(2)⑤〜⑦にあるように視覚障害者と支援者間でどのような職務をどのような方法で実施しているかの情報交換は非常に有効的であるため、並木祭での情報交換以外にもどのような方法が効果的であるか検討していきたいと考えている。 7 終わりに 視覚障害といっても個人によって障害の程度や能力は様々であり、その人にどのような支援が必要であるか、どのような支援リソースを使うことが良いのか、そのリハビリテーション計画は非常に個別性が高いもので、型にはまらないといった印象を受けた。また、ICTの進化によって支援機器・ソフトもまた進化し、視覚障害者にとっても選択肢が増えているため、時代の流れに合った訓練を取り入れていかなければならないと改めて実感した。 最後に、見学やヒアリングを快く引き受けていただいたアメリカの各施設と、海外研修の実施にあたってご尽力いただいた職業リハビリテーション部研修課の皆様、ご助言やご協力をいただいた様々な方に深く感謝したい。 【注釈】 1)人材育成の手法で、メンター(指導者)がメンティー(被育成者)に対し、指導・相談・助言を行うもの。 2)国立障害者リハビリテーションセンターと職リハセンターが合同で開催している文化祭。 回復期リハビリテーション病棟における福祉就労支援事例〜ひきこもりガイドラインで振り返る〜 ○中﨑 拓(やわたメディカルセンター 医療ソーシャルワーカー)  林 真紀・濱田 希佳・光永 ひろみ・金谷 里恵・中谷 桃子(やわたメディカルセンター) 1 はじめに 回復期リハビリテーション病棟(以下「回復期病棟」という。)に入院される方の中には、様々な社会背景を抱えた方がいる。今回の症例は「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン1)」(以下「ガイドライン」という。)に定義されるひきこもりの状態にあった方が脳梗塞を発症し入院。福祉就労の可能性を検討し支援したケースである。今回、ガイドラインの視点から振り返ることで、回復期病棟における支援の位置づけと課題を考察した。   2 事例概要 (1)基本情報 40代男性。高校卒業後に就職。20代前半に辞めてから仕事はされていない。Ⅹ年前に左脳梗塞を発症したが麻痺軽度で今回の入院前は日常生活自立、車の運転をしていた。外出は通院と時々買物に出かける程度。 (2)家族状況 父親と二人暮らし。県外に姉家族在住。母親は20年程前に他界。本人の国民健康保険や年金、生活費は父親が工面。父親とは折り合いが悪く同居しながらも顔をあわせることはほとんどなく、必要なやりとりは伝言メモで行う。 (3)入院の経過 左脳梗塞再発。急性期病院での治療を経て当院の回復期病棟に転院。右上下肢の麻痺、高次脳機能障害の診断。高次脳機能障害は軽度の記憶、注意力の低下はみられたが、日常生活に支障ない程度であり、身体機能に応じた生活方法、社会参加にむけての関わりが入院中の目標となる。 尚、事例提供にあたっては本人の同意を得た上で、個人が特定されないよう倫理的配慮を行った。 3 支援経過 (1)本人との関わり 最初に声をかけた時から「(話し)いいですよ。」と関わることに対する拒否はみられなかった。口数は少ないが、こちらから質問したことに対しては返事が返ってくる。又、スタッフとの関わりから、自身から何かをやりたいといった意欲的な発言はきかれないが、提案を受けたことに対しては検討する姿勢がみられた。そこで入院時に主治医から提案のあった福祉就労について本人の意向を確認すると、「まあいいですよ。」と返事が返ってきた。受け入れられないことにははっきり意思表示をされるため、本人なりに前向きに考えての返事と理解。市役所担当者との面談、相談支援専門員の選定、面談と順次進めていくこととした。      最初に市役所担当者との話し合いを提案した時、「まだ早くないですか。もう少し退院が近くなってからのほうが・・・」と本人から話があった。ソーシャルワーカー(以下「SW」という。)は本人との面接を繰り返し、治療経過を共有しどのように受けとめたかを確認することで、本人のペースで支援を進めるようこころがけた。 当初、関係機関との面談で、本人から主体的に発言することや具体的なニーズがきかれることはなく、SWは質問の仕方などコミュニケーションを工夫することで、本人が話しやすい場になるよう配慮した。すると徐々に支援者も本人との関わりに慣れ、本人からも「父親から離れて暮らしたいと思っている。」とニーズがきかれるようになった。 退院時、右上肢は補助的なことに使える程度だが、下肢は杖歩行できるレベルまで改善。将来、父親から離れて生活することを目標に、まずは社会参加の目的で就労継続支援B型事業所を見学し利用を検討していくこととした。外来受診時に担当者会議を行い、事業所が決まり通い始めたことを共有した。 (2)父親との関わり 本人は父親が同席する場ではあまり話をされず、二人で会話をするときは些細なことでお互い強い口調になる。父親は「本人が何を考えているかわからない」と言うが、健康保険や年金の支払い、購入してほしいものなど本人から希望があったことには対応される。父親は10年程前に相談機関に2度足を運ぶなど、本人の状況を危惧していた。ただ、入院時に関わっている相談機関はなく、SWは、父親が思いを話せる場をつくる必要があると考え、本人とは別に父親と個別面談の機会をつくるよう配慮した。 4 「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン1)」で振り返る (1)事例の位置づけ ガイドラインでは、「支援を必要とするひきこもりの中心にあるのは、社会的な活動からの回避が長期化し、社会生活の再開が著しく困難になってしまった事例」としている。この点から考えると今回の事例はひきこもり支援の視点から支援が必要な事例と言える。 次にひきこもりの段階を考えると、20歳前半から続いており、入院前はすでにひきこもり段階にあり、入院中の関わりは社会との再会段階に向けての支援と位置づけられる。 (2)家族支援 事例における家族支援は、主に父親との個別面接である。ガイドラインでは、家族への心理社会的支援についても述べられており、支援者の姿勢として、「何が起きているのか、そして今どうすべきかを中立的に考えることのできる落着きと心の余裕を得ることができるよう支援すること」そしてめざすべきは、「親が支援スタッフとしての誇りと自信を持って当事者のひきこもりに伴走でき、支援できる心境になること。」としている。 退院後の本人や父親、関係機関の話から、入院の前後で本人と父親の関係が大きくかわることはないようである。  ただ、退院してからも父親は報告や相談があればSWを訪ねてくる。父親が本人を支える伴走者として、これから先も「何とかやっていこう」という心の余裕を得るには、父親の言葉に耳をかたむけ、今できることを一緒に考える父親の支援者が必要であったと考えられる。 (3)当事者への支援 ガイドラインでは、支援の諸段階を、「出会い・評価段階」「個人的支援段階」「中間的・過渡的な集団との再会段階」「社会参加の試行段階」の4段階としている。又、支援は段階を順に踏んでいくことが望ましく、進むために必要な時間は個々により差があると述べられている。 事例は支援の諸段階における、「出会い・評価段階」と「個人支援段階」そして「中間的・過渡的な集団との再会段階」につなぐ段階と考えることができる。 又、ガイドラインでは一貫して精神医学の評価の重要性が書かれている。これに関し、当院のように精神科のない医療機関では支援の限界が前提としてある。事例では家族からの話しや入院中の本人の様子から、少なくとも入院や自宅生活を考えるうえで支障になるような精神症状や発達障害はみられず、精神科への受診は行わなかった。 ① 出会い・評価段階 ガイドラインでは、「結論を焦らないこと」そして「支持的で受容的なメッセージを伝えていくこと」の重要性が述べられている。 事例の初期に本人との関わりで意識したのは、本人の今の立ち位置を理解し関係を築くこと。そして入院中の目標を共有することである。本事例では、初期の段階でSWが支援に関わる同意が得られ、目標として福祉就労を検討していくことを本人と確認できたと考えられる。 ② 個人支援段階 ガイドラインでは、本人が内面的な話題を話し合うようになったり、集団や社会への興味をほのめかす発言をくりかえすようになってきた時の支援者の姿勢として、「当事者とじっくりと話し合い、作戦を立て、退路を確保しながら慎重に次ぎの段階への進出を果たす「共同作戦立案者」であり、作戦を実行する「同志ないし戦友」といった関係性を支援者は引き受けるべき」としている。 事例では、福祉就労に向けて、市役所担当者や相談支援専門員との面談の提案と、話し合いの過程といえる。 意識したことは、本人の受けとめを確認し、話し合える時期を吟味しながら進める。そして、コミュニケーションの特徴を理解し意思決定を支えることである。又、退院後の支援者につなぐための関係づくりも大きな役割であった。結果的に入院中に次の段階に進む段取りを確認し退院となった。 ③ 就労支援 ガイドラインでは、「関係機関との良好な関係」そして「一般就労前の中間的・過渡的な居場所の必要性」が述べられている。 事例では、身体障害者手帳の取得により、福祉支援の対象となり、結果的に退院後の事業所見学を経て福祉就労につながった。退院後の様子を本人や家族、関係機関からききガイドラインをみると、支援の段階は常に直線的にだけ進むわけではなく、進んだり戻ったりを繰り返しながら長い目で支援していく姿勢。関係機関にしっかりとつないでいくことの大切さがわかる。 5 考察 今回、ガイドラインを用いて事例を振り返ることで、まずは回復期病棟への入院が社会とつながる機会として、支援のきっかけになる。そして本人や家族への心理社会的な支援、他機関との連携は、普段SWとして実践している関わりが、ひきこもりのガイドラインと大きなずれがないとわかった。又、就労支援に関しては、ひきこもり状態にあった期間の長さを考え、焦らず長い目で支援を続けていく視点を持ち、入院中になにができるかを考えつないでいくことが大切と考えられる。 課題は、地域におけるひきこもり支援に精神医学の評価をどういれて支援につなげていくのかである。20年以上に及ぶひきこもり状態の中で、入院になるまで支援の目が入らず、本人、家族の生活を把握されていなかったことは懸念すべき事であり、地域の医療機関で働くSWとして取り組むべき課題である。 【参考文献】 1) 厚生労働科学研究費補助金こころの健康科学研究事業「思春期のひきこもりをもたらす精神科疾患の実態把握と精神医学的治療・援助システムの構築に関する研究(H19-こころ-一般-010)」:「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」 障害者の芸術に対する関心とリハビリの将来性 ○近藤 克一 (ボランティアサークル「Aこころ」)  近藤 有紀 (プラス商店)  柴田 小夜子(ボランティアサークル「Aこころ」) 1 はじめに 5年前、ボランティアサークル「Aこころ」の一員として職業リハビリテーション研究、実践発表会で発表させていただいた。今も大変感謝している。   2 5年前から、今… 発表したのが精神疾患に対する一般の方の誤った知識を是正する為の啓発活動、啓発絵本の製作をしていきたいという事だった。そして、絵本を色々な所に置かせていただいた。心より、理解を示してくださった方々に感謝する。そうした中、啓発絵本がボランティアサークル「Aこころ」だけでなく、他の就労継続支援B型事業所や大学教授などから色々発表された。これは、精神疾患の治療環境のあり方を大きく変えた大切な事であったと思う。 ところがもっと特筆される事があった。それはマスコミ、特にテレビである。そのテレビ番組を見た時、喜びに満たされた。それは統合失調症の啓発特集番組だった。しかも、誤った知識ではなく、患者の立場に沿った番組構成が印象的だった。それ一回ならちょっと気になったという程度だった。しかし、それ以降、僕は、何回、何十回も色々統合失調症を始めとする精神疾患の啓発番組を見、体験をした芸能人の生の疾患に対する苦しみを語るのを聞いた。その結果、精神疾患に対する一般の方の目は大きく変わったような気がする。まず一番気になっていた電波系とか交信するといった言葉は聞かれなくなった。そして、精神障害者に対する目も変わってき来ただろうと思われる。 そうした中、僕自身も毎日の生活に変化が出てきた。年老いた父の介護を姉にまかせ、一人で楽な生活をしているようではいけないと思い、西宮の自宅に週二回、今では週の半分以上、自宅で過ごすようになった。家族のよく知っている医者に代わり、そこでもう二年目を迎える。そして半年位前、「症状はよくなりましたね」と言われた。後は陰性症状などを良くする事になり、聴こえてくる声に苦しむ自分という者はいなくなった。 ところで、前の話に戻るが、一般の方の精神障害者への目が気になる事がある。それは壁を作っているのではないかという事だ。それに関して家族に聞いた。すると、まず、この病気は理解されないという事だった。よく聞いてみると当たり前で、僕の聴こえていた声が何か、どうして聞こえて来るのかといった疑問を持つと医者でも答えられない。結果理解されないと知った。もう一つ、よく新聞に出てくる精神鑑定というのも恐がられるとの事だった。僕はこの2つの事に関しては何もできない。啓発絵本を作り、またテレビの助けが大きかったにしろ、誤った知識を変化させる事を心掛けた。しかし、これ以上は、もういいと思うようになった。 3 芸術と僕と作品販売パーティ ボランティアサークル「Aこころ」で出版させて頂いた絵本「大好きなお兄ちゃんの日記、(大人用、子供用)、詩集「Mのパーツ」また文集「アザリアのEvery day(日常)」がある。また、楽しくなって自費出版した詩集「天神さんと人参さん」「父が好き」がある。文芸に非常に興味を持ち、また、芸術好きになった。 僕は、頑張ってきた精神疾患の啓発から離れて自分の仕事としての芸術というものを考えるようになった。ところが、今、自分の置かれている環境から考えると、芸術を生業にして生活していく場所がほとんどない。収入を得るという問題の前に、周囲に芸術の仕事場をほとんど見つけられない。芸術とは隔絶された様で、どうしてこんなに芸術と僕は遠いのだろうと感じた。僕は徐々に行動を起こし始めた。 最初に姉に相談した。その時、僕には一つの方法論として共同アトリエというものを考えていた。僕一人が芸術活動を行うのではなく、芸術をやりたい他の精神障害を始めとする障害者と一般の方が芸術作品を作る場としてのアトリエがあればという事だった。経営方式は福祉の事務所でも会社組織でも考えられる。 あるアトリエへ姉と行くと、今は作品販売パーティを開くのが基本で、作品を作っているだけではどうにもならないと言われた。僕は姉と話し合い、「将来は共同アトリエを開こう。芸術家の卵はたくさんいる。そういう人達を一般の人、障害者に関わらず集めよう。その為に、まず作品販売パーティを開こう」ということになった。しかし、資金不足が明らかで、どうしようもない。そしてお客さんもいきなり集めるのは大変だ。そこで、もう一つ僕が提案した。「まず、フリーマーケットで資金を稼いだらどうだろう。その場で僕や姉の作品を売ったらどうだろう」 4 フリーマーケットの準備 作品販売パーティに向けて姉の抽象画の個展を開き、姉と僕の共著の本を自費出版していたがフリーマーケットを物色する事にした。色々探したが日程的にベストな8月13日に行われる神戸元町のメリケンパークに決め、準備を始めることにした。また、アザリアの代表理事に以上の事を伝え、そして、アザリアの製作している授産品を販売したいと言うと、快く14点ほど預けて下さった。後、名刺を作るのに困っていると「アザリアで作りましょう」と作って下さった。本当に僕も姉も心から感謝している。まず、販売作品を作る事だ。商品がないとフリーマーケットに出店しても始まらない。姉ははがきサイズの紙に抽象画を10枚描いた。姉の抽象画は筆の動くまま赴くままに描いたもので、出来上がったらどのような絵になっているかよく見ないとわからない。そして今回の絵も出来上がった絵に溶岩、花、断層とか出て来ていて、姉の中では優れた作品だった。また、僕は姉に勧められて色紙に思い付いた言葉を書いた。「いつもの挨拶朝日のよう」「疲れない御酢のパワー」「憎い嫌いって嫌じゃないですか」「逞しいそれは君の事」「愛して親子なお強し」「自由なんだカレーライス食べよ」6枚だった。また、はがきサイズの紙に僕が言葉を書き、姉がイラストを入れた。「生きるってすばらしいなぁ」「自分自身に勇気を持って」「胡麻だれ冷麺」「わかめ風味冷麺」「ゆずしょうゆ冷麺」「サラダ冷麺」「冷麺美味しひんやり」と冷麺好きが高じてこのような作品を作った。また、はがきサイズの紙を半分に切り、しおりを作った。合計15枚作った。他、本6冊「95歳を生きる」(共著:近藤有紀、近藤克一)「天神さんと人参さん」(近藤克一)「父が好き」(近藤克一)「言葉の贈り物」(近藤有紀)「徒然クッキングPart1」「徒然クッキングPart2」(近藤有紀)を用意した。フリーマーケットに出店するにはこれだけでは足らない。キャリーバック2つ、折りたたみ式の机と椅子、金庫、パラソル、絵を入れる額などを買って準備した。もう一つ、メリケンパークの下見に行った。暑い日で近くの波止場の乗客口で休憩した。この暑さの中でフリーマーケットに出店できるか不安になった。 5 メリケンパークフリーマーケット 8月13日、朝8時45分にメリケンパークに着いた。店の搬入が始まっていた。電車で来て出店する僕と姉は珍しいと感じた。普通の方は車で搬入していた。姉が受付を済ませた。姉と僕はシートをひき、店の展示の準備をした。その時、一つ気付いた事がある。フリーマーケットはリサイクルと書いてある。それがどういう事を意味するのか後で重大になる。お手伝いの方が到着し、9時30分からフリーマーケットが始まった。お客さんが色々来て色々な店を物色している。初め僕の色紙に目を止めて見ていた人がいた。ところが、姉と僕の店を避けて通るのが普通になった。他の店を見ると出している品は古着に古CDに古DVD、おもちゃといった物だ。お客さんはリサイクル品が目当てで来ているとわかりだした。「しまった」フリーマーケットのインターネットを見るとリサイクルとか色々あってアート、手作りというフリーマーケットもあった。ここはリサイクル市と名前がついているとおりリサイクル品専門だったのだ。だから、アートやアザリアの手作り品を揃えている姉と僕の店はお客さんが素通りするのだ。これは閉店まで続いた。一品も売れなかった。そして、研究のつもりで出店したが、とにかく姉と僕のような作品を売るにはアート、手作りのフリーマーケットへ行かなくてはならないという大切なことを勉強した。 6 障害者と芸術とリハビリ 障害者の芸術に対する関心は芸術に触れれば触れるほど上がるのではないかと僕は経験上思う。ボランティアサークル「Aこころ」の文集「アザリアのEvery day(日常)」でも文集に出す原稿を工夫して書いた人も何人もいる。歴史上、精神障害者の芸術家は多数おり知的障害者や身体障害者にもいる。だから関心を持つのは自然のように感じる。また、今の僕の経験だが、芸術の作品を作る事に色々話したり、考えたりしてプラスの方向に心が向き、前向きになれて良かったと思う。作品を作り上げる事、また販売する事で、リハビリはできるのではないだろうか。販売する作業も重要で色々な事を組み立てて考えて行き、なお常識を求められるので良かったと思う。 今後、考えたいのは作品の発表の場がフリーマーケット、(予定であるが)作品販売パーティ、他、店などで確保できるかという事、生活に直結するが、その作品が売れてそこそこの生活費になるかという事を考えていきたい。一つ一つが勉強であり、また芸術作品を作る喜びがあった。 7 大阪天満宮フリーマーケット 最後に、8月17日の大阪天満宮のアート、手作り作品中心のフリーマーケットへ下見に行った。8店舗位が店を出しており、皆、手作り作品を売っていた。芸術作品や、布小物やアクセサリーなど時々売れていた。大阪天満宮にはフリーマーケットに興味を持つ参拝客も多数いる。ここはいけると感じた。後は売る物を考えるだけだ。また作品の発表の場としても良いと思う。障害者と一般の方の共同アトリエへ向けて将来を見て行こうと思った。 今まで支えてくれたボランティアサークル「Aこころ」の皆さん、他、アザリアの方々、そして今回の活動で支えてくれた姉、家族へ感謝の気持ちを言って発表を終わりたいと思う。 地域活動支援センターにおける農作業取組が障がい者就労支援に果たす複合的役割 ○片山 千栄(国立研究開発法人農研機構 農村工学研究部門)  石田 憲治・鬼丸 竜治・島 武男・唐崎 卓也(国立研究開発法人農研機構 農村工学研究部門) 1 はじめに 〜背景とねらい〜 近年、福祉事業所が取り組む農作業に関心が高まっている。一般的には、就労支援の一環として農作業に取り組む事業所の優良事例と直面する課題などが注目されがちであるが、地域活動支援センター(以下「地活C」という。)が日中一時支援活動として農作業に取り組んでいる事例にも、自然と不可分な営みである農作業の有する特徴を積極的に活かしている事例が散見される。障害者自立支援法(現・障害者総合支援法)制定以前から、知的障がい者らの授産活動として農作業に取り組んできた事例では、サービス利用者の健康維持や社会参加に、屋外で農作物を育てる活動が大きな効用をもたらす点を重視している場合が少なくない。 地活Cにおける ‘創作的活動又は生産活動の機会の提供’として取り組まれている農作業は、設置の趣旨に照らして工賃を稼ぐことを第一義としないことから、農作業の多様な役割や障がい者支援における意義を幅広く捉え得ることが期待される。そこで、本発表では、障がい者の多様なニーズに適合した居場所やサービスを提供する地活Cでの農作業の取組実態を分析することにより、農作業が障がい者らに日常生活習慣の確立や社会への参加を促し、着実な就労準備につながっていることを明らかにする。 2 調査方法と分析データ (1)地域活動支援センターを対象としたアンケート分析 全国の福祉事業所を対象とした農作業の取組実態調査1)(H27年4月時点)票数1,531のうち、農作業の取組経験のある事業所は842件であった。そのうち、地活Cからの回答33件(継続中30、中断中3)を分析対象とした。 (2)地域活動支援センターに対する聞き取り調査 農作業の取組継続中の30事例から、所在地域、地活Cの形態が偏らないように考慮し、11事例の地活Cと、かつて地活Cであった1事例(現在は就労継続支援B型事業所)を、訪問聞き取り調査の対象とした(表)。 表 調査対象の地域活動支援センターの形態と所在地域 地 域 件 数 形  態 Ⅰ型 Ⅱ型 Ⅲ型 その他 関東東海 3 1 1 1 近畿中国四国 5 1 4 九州 4 3 1 合計 12 1 2 8 13 地域活動支援センターにおける農作業の取組状況 (1)農作業経験のある地域活動支援センターの概要 33の地活Cの所在は19府県にわたり、事業の形態別では、Ⅰ型が9件、Ⅱ型が1件、Ⅲ型が21件、基礎的事業のみのセンターが1件、不明が1件で、Ⅲ型が最も多くを占めていた。運営主体を法人別にみると、特定非営利活動法人(NPO)が17件で半数を占め、社会福祉法人11件、医療系法人4件、その他2件となる。 (2)農作業の取組状況と将来意向 農作業の取組のべ年数は2年から27年までの幅があり、作業をしている農地面積も3㎡から4,000㎡まで多様であった。また、作業頻度は、週に2回以下が24件(73%)で、週に3回以上の9件(27%)を上回る。作業の平均参加人数は、1〜10人と少人数である。 このような農作業の取組状況の多様性は、支援要員や限られた農地資源を活かしながら、サービス利用者の障がい特性や個性に合わせて適切な農作業を行っていることを示唆しており、地域の特性や農作業経験のある指導員の有無など事業所の状況に合わせた農作業が選択されている。 取組事業所の87%が今後も継続したいと回答しているが、「わからない」との回答も10%あり、一部には継続が難しい状況もうかがわれる。 (3)農作業に取り組む多様な目的2) 農作業取組経験のある福祉事業所842件全体と地活Cのみ抽出した33件を対比して取組目的を示した(図)。両者に共通して「生きがい・達成感」が最も多く選択された。事業所全体では2位の「工賃を前提とした就労」は、地活Cでは5位であり、この相違は、設置運営目的の相違を反映した結果といえる。「生きがい・達成感」、「社会参加の手段」、「レクリエーション」の項目については、地活Cの項目選択割合が事業所全体のそれを大きく上回っている。他方、「一般就労を目指した活動」の選択割合は相対的に低い。    図 福祉事業所が農作業に取り組む目的(複数回答)[左:事業所全体 右:地域活動支援センター33件抽出]   また、地活Cでは、30〜40%程度の選択割合を示す項目が半数を占めており、農作業の取組に様々な期待があり、農作業の役割の多様性が重視されていることが指摘される。後述するように、地活Cにおける聞き取り調査結果からも、取組方法の多様性や柔軟性と相まって、障がい者の日中活動の一つとして農作業が親和性の高い活動となっていることが確認される。 4 農作業の果たす多様な役割 (1)基礎体力づくりと日常生活リズムの確立 社会参加や就労の前提として、まずは基礎体力の養成が必要である。水やりや除草などの管理作業だけでも、定期的な事業所近隣の畑への歩行機会になるなど、多くの事業所では、農作業が基礎体力づくりになることを評価していた。 地活Cの利用者には、毎日一定の時間に通所することが得意でないために、一般の就労系の事業所になじまない人も多い。農作業を通して決まった時間に起床・就寝する生活リズムを徐々に確立することが基本的な労働習慣を身につけることにつながっている。 群馬県のK事業所は、Ⅰ型の地活Cである。同じ法人が経営する精神科病院では、農作業療法を採り入れており、その敷地内で、年に数回の農作業を行っている。日光にあたり軽い身体活動である農作業を行うことで、昼夜が逆転しがちな人々の生活リズムを改善し、良好な睡眠を確保できるようになるなど、農作業が心身の健康維持や生活リズムと確立する役割を果たしているという。 宮崎県のR事業所では、遊休地を活用したダイズやゴマの無農薬栽培と販売、斜面の保護植物苗の試験栽培などを行っている。利用者の中には、通所が不定期になりがちな人もいるが、本人が休みの間の作業について楽しそうに話すメンバーを見て、不在中の植物や作業が気にかかるようになり、次第に通所が定期的になった人もいるという。 (2)地域とのつながりと社会参加の促進 農作業やその収穫物は、地域住民と交流する素材や手段としても機能している。群馬県のK事業所ではジャガイモのみを栽培しているが、年1回の収穫時にはイベントを開催している。近隣住民や福祉を学ぶ学生ボランティアらを招き、バーベキューを行って交流している。また、利用者が袋詰め作業をした収穫物が参加者に配付され好評である。  収穫物や交流会を介した地域とのつながりは、複数の地活Cでみられる。バザーなどの機会に収穫物や加工品を近隣住民に販売している事業所も多い。岡山県のK事業所(地活C、Ⅱ型)では、青パパイヤの収穫作業を市内の複数の福祉事業所で行い、共同作業を行う事業所間交流の機会としていた。こうした機会を通して、利用者らは他者とのコミュニケーション力を高めて、社会参加のスキルを身につけることができる。 (3)就労意欲の醸成や社会参画意識の向上 就労意欲をもち、自らが働く能力を持っていることを自覚することも重要である。群馬県M事業所では、活動の主体が農作業であり、ナスやサトイモなど様々な作物を栽培している。そして、社会福祉協議会のネットワークを活用して、高齢者福祉施設での訪問販売を行っている。施設を利用する高齢者との直接的なやりとりを通じて、自らが栽培した野菜を喜んで購入してもらえることを実感し、達成感を得ている。農作業を目的に、同事業所を希望する利用者の多いことがそれを裏付けている。 大阪府S事業所では、利用者の縁者の土地を借りて栽培する多様な作物を、全国の信頼できる生産者から仕入れた農産物とともに直売している。利用者らは、直接店頭に立ち、客の呼び込みからお金のやりとり、配達までをこなす。また、栽培状況を確認したり生産者と交流する見学旅行は、一人部屋を使うなど宿泊経験を積む機会にもなっている。 農作業の請負事例としては、宮崎県のK事業所が、高齢ニラ専業農家の出荷調製作業を受託している。下葉を取り、所定の長さに切り揃え、計量して一束にする。作業は、週に5日、15ケース/日の作業を遂行しており、作業速度等を考慮した工賃が作業者に支給される。体調等により作業人数が増減することもあるが、委託側の農家の協力を得て作業量を調整することで継続している。 地活Cでの農作業活動には、実用的な生活スキル、職業技能の習得につながる活動も多い。利用者が昼食づくりに取り組み、自分たちが栽培した農産物を食材とする例もあった。日常的な農作業や食事準備の中で、重量物や刃物、火の扱いを通して、危険回避能力や整理整頓のスキルも身につくと考えられる。 5 おわりに 〜自己実現にむけて〜 地活Cで取り組む農作業は、利用者や地域の実態に合わせた多様なものであった。そして、障がい者らに日常生活リズムの確立や社会参加を促す点で、着実な就労準備過程としても有効に機能していることが顕在化した。一方で、実質的に一人体制の事業所が過半を占め、支援者の体調不良により農作業の継続が危ぶまれる事例も複数存在する。今後も地活Cにおける農作業の取組みとその効用発揮を継続していくために、取組インセンティブの維持や小規模事業所運営のリスク回避などが期待される。 【付記】  本研究の一部は2015年度厚労科研費補助金の助成による。 【参考文献】 1) 片山千栄ほか:アンケートによる全国調査からみた福祉事業所における農作業の現状,「2016年度農村計画学会春期大会学術研究発表会要旨集」,pp.16-17,(2016) 2) 片山千栄、石田憲治:地域活動支援センターにおける農作業の取り組み,「日本職業リハビリテーション学会第45回栃木大会プログラム・抄録集」 【連絡先】  片山 千栄 国立研究開発法人農研機構農村工学研究部門  e-mail:chiek@affrc.go.jp 農福連携視点に立った地域資源の合理的利用と障がい者の就労支援 ○石田 憲治(国立研究開発法人農研機構 農村工学研究部門)  片山 千栄(国立研究開発法人農研機構 農村工学研究部門) 1 はじめに 農福連携の取り組みに関心が高まり、日中活動に農作業を取り入れる福祉事業所が増えている。その背景には、農作業が就労に向けた訓練のみならず、障がい者らの健康維持や社会参加に有効であることの認識が指摘される。また、働く場が暮らしの場に近接する農村地域では、障がい者が家業としての農業や近所の農作業の手伝いをして、自分にできる仕事を担い、親族や隣人が地域社会の一員として障がい者の就労支援に自然体で取り組んでいた1)。他の産業と比較して、農業は障がい者らに親和性の高い仕事であることが示唆される。 農村に存在する地域資源は、多種多様なものが混沌としているようで相互に関連づいている合理性が認められる。たとえば、斜面に階段状の水田が存在して地形に沿った水路や耕作道のある棚田風景が、田園景観として訪れる人々に高く評価されるのは、稲作の営みが合理的秩序を有した地域資源利用の上に成立してきたことを示している。連作障害を回避するために、田畑をローテーション利用することや、耕畜連携により有機質肥料と稲わらを農家間で交換して、低コストで環境負荷も抑える有畜農業が営まれることも、農村地域における代表的な資源利用の一例である。 本稿では、さまざまな資源が相互に関連づいて成立する合理性を、インクルーシブな共生社会に見立て、地域資源の合理的利用の観点から福祉事業所における実践性の高い持続的な農作業の可能性を考究する。 2 耕畜連携による資源循環 農業生産活動における地域に密着した資源循環は、伝統的な合理的資源利用における典型的な形態の一つである。米麦や野菜などを作付する耕種農家と家畜を飼養する畜産農家が、地域で連携して有機堆肥原料と敷わらを交換したり、有蓄農家が経営内で廃棄物の資源化を図ったりすることで、資機材経費の削減と環境保全的な営農を実現することができる。 共働の理念を見失うことなく近代的な雇用契約を締結して30年近く障がい者雇用を続ける北海道T農場の大きな特徴の一つは、地域資源を有効かつ合理的に利用する「有機循環複合農業」の実践である。就労移行支援サービス事業の利用者6名を従業員として雇用し、就労継続支援A型サービス事業の利用者を短時間雇用して人材育成を図りつつ、およそ約12ヘクタールの有機JAS認証圃場と約3,500羽の鶏舎で、自然で安全な飼料の給餌に徹した有機卵の採卵養鶏を中心に、マメ類、ダイコン、ニンニク、ピーマン、トマト、ズッキーニなどの野菜類を栽培している2)。生産物は玉子料理を主体とするカフェレストランでの食材に自家利用するとともに、直売のほか都市部の契約世帯に定期的に販売している。また、鶏ふんは自家圃場に還元するほか、有機肥料として地域の農業者に提供して「有機循環複合農業」の象徴にもなっている(図1)。   図1 T農場における「有機循環複合農業」の模式図   市街地で約35年にわたり障がい者14名を雇用(一部は最低賃金免除該当者あり)しながら酪農経営を続ける奈良県U牧場も、近隣の耕種農家と連携して牛糞を持ち込み、先方からは、敷わらの材料や乳牛の餌になる生産物残渣などを取得している。さらに、こうした耕畜連携による資源循環は、地域資源の合理的利用を促進するばかりでなく、市街地での牧場経営の障壁となりがちな臭気対策にも貢献している3)。 3 福祉事業所の農作業に見られる連作障害対策 同一の畑で同じ種類の野菜を毎年続けて栽培すると、土壌中の養分不足から生育が悪くなったり、病原菌や土壌線虫による生育障害が発生したりすることで、健全な栽培環境が阻害される。福祉事業所では、近隣で利用できる狭小な圃場を活用したり、耕作放棄地を再生して栽培したりする事例が少なくないことから、こうした連作障害の影響を受けやすいと考えられる。夏野菜として身近なナス、トマト、ピーマンなどナス科の品目や根コブ病を生じやすいアブラナ科の葉菜、球菜、根菜は、特に連作障害が起きやすい品目であることも、福祉事業所での農作業の取り組みを難しくする原因になっていると考えられる。 連作障害を回避する対策には、肥料の種類で施肥を工夫したり、天地返しなどを行って表層土壌を入れ替えたり、あるいは土壌消毒により線虫を駆除する方法などが想定されるが、管理労力やコストを考えると職員の負担を大きくするリスクもある。多種多様な農作物を栽培して、その生長を楽しみ、利用者の健康維持にも寄与しながら農作業に取り組む上では、計画的な輪作を行うことが大切である。 図2に示した圃場の作付に関する模式図は、群馬県M作業所の当該年度の作付実績と翌年度の作付計画を示している。予め図上で作物の種類や作付面積を検討することにより、連作を回避しながら需要に見合った作物栽培を行うことができる。また、農作業を担う利用者らを適切に配置することや利用者自身が栽培作物の種類や生長に関心を持って取り組むことができる。そして、連作障害を避けて農作物栽培を続ける上で重要な輪作という栽培技術が、福祉事業所の職員や利用者らに自然に身につくことも大きな利点である。 こうした輪作を取り入れた圃場の利用方法は、併設事業所と農地を共有する場合にも参考になる。精神科病床を有する病院が入院患者の園芸療法に通年活用している圃場の一部を利用して年数回の農作業とサツマイモを単作する群馬県のK事業所では、園芸療法に取り入れる農作業の栽培品目の連作障害回避策として割り当てられた圃場でサツマイモを栽培する。そのため、事業所側は耕耘作業など機械を要する作業をはじめ、日常的な圃場管理作業の全てを病院の職員に委ねることができ、職員の負担軽減につながっている。 4 土地利用方式の地域展開と福祉事業所の社会貢献 連作障害を回避するための輪作を農村地域の集落程度のまとまりで考えると、前作や後作との相性の良い野菜などを組み合わせることで病害虫の発生を抑制できることから、地域の農家の圃場の輪作のローテーションに参加することにより、管理水準の高い農地を利用できたり、農業者の助言を受けたりすることが容易になる。例えば、福祉事業所がタマネギ栽培を得意品目とする場合、ウリ科の後作や根菜を収穫した後などの圃場を利用することにより、農家にとっては農地の疲弊を軽減し、福祉事業所にとっては耕作しやすい農地を借りる可能性が広がることになる。  福祉事業所が地域で農作業を継続するためには、地域との日常的な交流や信用の獲得が不可欠であるが、高齢社会に入った現在、高齢農家による耕作が困難になった農地を借地して、農作業を主体とする福祉事業所の利用者らが日中活動の場に活用して遊休化することを抑止するなど、福祉事業所が社会貢献を果たしながら地域農家との相互に有利な交流を続ける環境は急速に整っている。全国の福祉事業所を対象とした平成27年4月時点の無作為調査結果では、荒廃農地を活用して農作業に取り組む事業所が236ヶ所あり、農作業に取り組む事業所の平均面積を考慮すると延べ182.5ヘクタールの荒廃農地が全国で再生されていることが推計される4)。 岡山県のH福祉事業所では、就労継続支援A型事業のサービス利用者が指導員と一緒に農作業に取り組み、2009年度に1,360㎡であった耕作面積が、2013年度には6,230㎡まで広がった。福祉事業所の取り組みにより、高齢農家の離農による農地の遊休化が抑止され、荒廃農地の再生にも取り組んだ定量的な実績事例の一つであるといえる5)。  5 おわりに 本稿では、地域資源を有効に組み合わせた合理的利用に着目することにより、福祉事業所で取り組まれている農作業を持続する手がかりが得られることを述べた。その手がかりが、技術の継承や経験の蓄積自体が脆弱である小規模な事業所において顕著に認められることも興味深い。 地域活動支援センターにおける日中の生産活動として農作業を取り入れている事業所では、生産品の販売収益には必ずしも大きな関心を持たず、農作業による規則正しい生活習慣の獲得や地域の農業者らとの交流による社会参加の意義を重視している事例も少なくない。農業とは無関係の企業での一般就労に農作業の経験が役立っていることが指摘されているのだ。こうした効用は、個々の地域資源を超えた農作業の総体が有する合理性を示唆している。 【付記】 本稿の一部は、平成27年度厚生労働科学研究費補助金の助成による。 【参考文献】 1) 石田憲治・片山千栄:福祉分野との連携を契機とする畑地農業への多様な担い手の参画,「畑地農業no.704」,p.2-7(2017) 2) 畜産経営支援協議会:「畜産現場における障がい者の参画事例集」,p.14-17(2017) 3) 同上:同上,p.34-37(2017) 4) 石田憲治ほか:福祉事業所の農作業による遊休農地活用の可能性,農業農村工学会関東支部大会講演要旨集,p.104-105(2016) 5) 石田憲治:障がい者が働きやすい農業生産環境,AFCフォーラム,p.7-10(2013) 【連絡先】  石田 憲治  国立研究開発法人農研機構農村工学研究部門  e-mail:ishida@affrc.go.jp 農業分野における障害者雇用の現状と可能性に関する研究 ○野中 由彦 (障害者職業総合センター 特別研究員)  弘中 章彦 (前 障害者職業総合センター)  内木場 雅子(障害者職業総合センター) 1 はじめに 農業を取り巻く環境は、就業人口の減少や高齢化など厳しいものがある一方、障害者の実雇用率は他の産業と比べて高く、雇用者数の増加などの明るい兆しもみられる。こうした状況の下で、障害者職業総合センターでは、平成28年度、『農業分野における障害者雇用の現状と可能性に関する研究』を実施した。この研究では、農業分野における障害者雇用を取り巻く現状を整理するとともに障害者を雇用している企業を対象にヒアリング等を行った。ここでは、その研究成果を発表する。   2 方法 (1)国の施策及び統計に関する調査 本調査では、農業を取り巻く状況及び農業分野における障害者雇用の現状、国の施策の動向等について、農林業センサス、障害者雇用状況報告等を基に整理した。なお、本調査における障害者雇用状況報告の集計結果は、毎年公表されているもの及び厚生労働省が産業中分類「農業」(平成25年及び28年)を対象に特別に集計したものである。 (2)企業ヒアリング調査 ア 目的 本調査では、農業分野において障害者雇用を実践している企業を対象に訪問によるヒアリングを行い、企業での取組を事例としてまとめ、農業分野での障害者雇用に関心のある企業にとって参考となる情報を整理・提供し、障害者雇用の促進に資することを目的とした。 イ 企業ヒアリング調査 企業を訪問し、ヒアリングによる調査を行った。ヒアリング対象者は、農業に関わる分野での障害者雇用の担当者とした。1企業当たりの調査時間は1時間半程度であった。 ウ 調査対象 調査対象企業は、文献等で得られた情報を基に選定した企業16社とした。 エ 実施時期 実施時期は、平成28年(2016年)6月から同年10月であった。 オ 調査内容 ヒアリングの主な調査内容は、①企業の概要、②当該企業における障害者雇用の状況等、③農業分野全般における今後の障害者雇用の展開等の3点とした。   3 結果と考察 (1)農業分野における障害者雇用を取り巻く状況 ① 農業の動向 農業の担い手は減少と高齢化が進んでおり、経営耕地は減少している。農業経営体については、家族経営体が減少する中で、法人経営体は増加傾向にあり、法人経営体では常雇い(注)が増加している。さらに、平成21年(2009年)の農地法改正等により、株式会社などの農業参入は大幅に増加し、多様な業種等からの参入がみられるようになった。 ② 農業分野における障害者雇用の現状 農業に雇用されている障害者数は平成25年(2013年)から平成28年(2016年)までの3年間に30.3%増加し、特に、精神障害者においては人数こそ少ないものの倍増となった。ほかの産業と比べると、雇用障害者数の増加率は医療,福祉(31.9%)に次いで高かった。雇用障害者数に占める障害の種類別の割合をみると、知的障害者では43.6%と全産業の平均(22.1%)を大きく上回り、知的障害者が積極的に雇用されていることが明らかになった(図)。実雇用率は2.32%で法定雇用率を上回り、医療、福祉(2.43%)に次いで高かった。さらに、雇用率達成企業の割合は64.4%でほかのすべての産業より高く、全産業(48.8%)を大きく上回った。また、障害者雇用義務のある常時雇用する労働者50人以上規模企業についてみると、企業数、常時雇用する労働者数のいずれも、全産業に占める農業の割合こそ低いが、その伸び率(企業数5.9%、労働者数9.5%)は全産業を上回った。 図 農業において雇用されている障害者の障害種別の状況 このように、農業においては、障害者雇用が進展しており、全産業に占める企業数や常時雇用する労働者数の割合こそ低いが、その伸び率は全産業を上回っており、障害者を含む農業全体での雇用の場は拡大している。 ③ 国の施策等 国は、重点施策実施5か年計画(平成19年(2007年)障害者施策推進本部決定)において農業法人等における障害者雇用を推進する方針を明らかにした。これに続く、現行の障害者基本計画(第3次)(平成25年(2013年)閣議決定)では、農業法人、福祉関係者への情報の提供を通じて障害者の就労を推進し、障害者の就労訓練及び雇用を目的とした農園の開設及び農園の整備を促進することとした。さらに、「日本再興戦略2016」(平成28年(2016年)閣議決定)でも、農業分野での障害者の就労支援(農福連携)等を推進することとした。また、同日に閣議決定した「ニッポン一億総活躍プラン」では、農業分野での障害者の就労を支援し、障害者にとっての職域や収入拡大を図るとともに、農業にとっての担い手不足解消につながる農福連携を推進する等、障害者や難病患者が地域の担い手として活躍する取組を推進することとした。 障害者基本計画(第3次)に基づき、平成25年度(2013年度)、農林水産省と厚生労働省は連携して、パンフレット「福祉分野に農作業を〜支援制度などのご案内〜」を作成した。また、農業と障害者福祉の連携を促進するため、農と福祉の連携プロジェクトチームを設置するとともに、農業関係者及び高齢・障害者福祉関係者からなる連絡協議会を立ち上げた。一方、地方農政局(9ブロック)では、農業分野における障害者就労の促進ネットワーク(協議会)の構築を進め、関係者が情報の共有・蓄積を図る場とした。 さらに、厚生労働省は、平成28年度(2016年度)から、農福連携による障害者の就農促進プロジェクト及び農業分野における障害者雇用推進モデル事業を開始した。また、農林水産政策研究所では、平成19年度(2007年度)から、社会福祉法人等の農業分野への進出、障害者の農業分野での就労といった「農福連携」について調査研究を開始し、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構農村工学研究所は、平成21年(2009年)3月に「農業分野における障害者就労マニュアル」を作成した。このマニュアルの作成に当たり、当機構も職業リハビリテーションの観点から協力し、その農業分野における就業の可能性、課題と解決策を明らかにすることを目的とする研究を行い、「農業分野の特性を生かした障害者の職域拡大に向けて」(平成23年(2011年)3月)を取りまとめた。       (2)農業分野における障害者の雇用機会拡大に向けた展望 農業は、障害者の実雇用率や雇用率達成企業の割合が、他の産業と比較しておおむね最上位にある。平成25年(2013年)から平成28年(2016年)までの間の障害者雇用者数の伸び率は全産業より高い。また、障害の種類別にみると、知的障害者の占める割合が全産業を大きく上回り、伸び率では、身体障害者と精神障害者が全産業を上回り、特に精神障害では倍増となった。このように、農業分野では障害者雇用が進んでおり、さらなる障害者雇用の増加が期待される。 一方、農業を取り巻く環境は、農家の減少、就業人口の減少や高齢化、耕作地の減少等厳しいものがあるが、企業等の法人経営体は増加傾向にあり、雇用労働者に着目すると常雇いの増加が見られる。また、農業の全産業に占める企業数や労働者数の割合は低いものの、これらの伸び率は全産業を上回っており、障害者を含む農業全体での雇用の場が拡大している。 また、今回の事例調査によると、農業で障害者を雇用する企業等は、障害者の実習、採用、職場適応、雇用管理、生産技術の獲得、生産体制の構築、安定した仕事の確保につながる付加価値の向上と販路の拡大等について、様々な工夫やノウハウを蓄積してきている。(16事例の内容は、障害者職業総合センター資料シリーズNo.98「農業分野における障害者雇用の現状と可能性に関する研究」第2章参照。) 4 まとめ 農業では、障害者の雇用が進んでおり、そのさらなる進展が期待できるとともに、農業全体での雇用が拡大すれば障害者雇用者数の拡大がさらに加速していくことも期待される。そして、こうした動きを確実なものにしていくためには、雇用の支援施策と、農業の支援施策が車の両輪をなすとともに、障害者、企業、就労支援機関、特別支援学校、農業関係者、農産物の需要家・消費者、行政機関等が、有機的に連携するネットワークを構築し、農業における障害者の積極的な雇用につなげていく取組を広げていくことが重要であると考えらえる。 ※ヒアリングにご協力いただいた関係者の皆様に厚くお礼を申し上げます。 精神障害者及び発達障害者の職務創出支援に関する研究−事例調査結果から− ○岩佐 美樹(障害者職業総合センター 研究員)  宮澤 史穂(障害者職業総合センター) 1 はじめに 企業が障害者の雇用を進める上で、担当職務をどのようにするかは、大きな課題である。この課題を解決するための方策の1つに職務再設計(既に存在している職務を、個人が抱える問題や適性に合わせて改善を図る試み)がある。 現在、広く活用されている障害者の職務再設計のモデルとして、知的障害者の雇用を契機に考えられたものがある。このモデルは、その職場に存在する定型反復作業を探し出した上で、これを切り出し、再構成することによって、障害者が従事する職務を創出するというもの(以下「切り出し・再構成モデル」という。)である。このモデルは、知的障害者以外の障害者にも幅広く有効なものである。しかしながら、障害特性が多様であり、これに対する十分な配慮が必要である精神障害者及び発達障害者を対象とする場合、これ以外のモデルについても検討する必要がある。 そこで、当センターにおいては、「障害者が担当する職務を創出する」ことを目的とする全ての支援(以下「職務創出支援」という。)について、精神障害者及び発達障害者を対象に職務創出支援モデルの検討などを目的とした調査研究に取り組んだ(平成27年度〜28年度)。 本発表では、その中で実施した事例調査の結果をもとに、研究成果として提案した2つの新たな職務創出支援モデルについて報告する。   2 事例調査の方法 平成28年2月〜11月にかけて、精神障害者及び発達障害者を雇用している事業所を対象とした訪問ヒアリング調査を実施した。対象事業所については、当機構のリファレンスサービス、各自治体の障害者雇用事例集等をもとに選定した。調査においては、職務創出支援の取組、雇用後のキャリア形成支援、障害者を雇用する上での配慮及び取組の効果等について、事業主、障害のある従業員、支援機関等から情報を収集した。 3 事例調査の結果 事例調査においては、主に企業・事業所全体での取組として8事例、主に個々の障害者雇用の取組として19事例が得られた。いずれの事例においても様々な工夫のもと職務創出支援が行われており、その詳細を分析するために、事例の職務創出支援の特徴を職務再設計、環境調整等の観点から、特徴的なものを括りだし、整理した。 (1)職務再設計に関連する特徴 職務再設計に関連する特徴をみていくと、いずれの事例においても「切り出し・再構成モデル」による職務再設計をベースとしつつ、それのみにとどまらない様々な工夫がなされており、下記のタイプⅠ、タイプⅡに示すような特徴の有無により、さらに分類することができると考えた。 <タイプⅠ> 当初は「切り出し・再構成モデル」と同様に再設計された職務に従事することから始め、取り扱う業務の追加、変更等を行うことにより次第に職務の幅を広げ、一定の時間をかけて、目標とする職務を担当できるようにする。 <タイプⅡ> 個々人の障害の特性、能力や経験の強みを積極的にいかせる職務を選定し、その職務に含まれる業務の一定部分について、作業内容、分担等の見直しによる支援を行うことで、目標とする職務を担当できるようにする。 これらの観点から事例を分類したものが下表である。 (2)環境調整に関連する特徴 易疲労性や感覚過敏に配慮した勤務時間の調整、配置する職場、本人の特性を踏まえたコミュニケーション方法、マネジメントへの支援等、多角的な配慮がなされていた。   (3)その他の特徴 職務創出支援を実施した結果、障害者の能力の発揮が業務の発展に貢献した、職場全体での働く環境改善への波及や業務改善のきっかけとなった等の効果が数多く挙げられていた。 4 新たな職務創出支援モデルの提案 2つのタイプの職務再設計とも、障害者が従事することのできる作業及び従事することのできるように作業内容、支援等が調整された作業を組み合わせて、職務を再構成するという基本的な手法がベースとなっていた。障害者が従事する職務を限定的なものにせず能力に応じて様々な職務に従事できるようにしていくためには、ある時点の障害者の能力に応じて従事しやすい作業を切り出し、再構成するという考え方に、更なる視点を加えていくことが必要であると考えられる。 そこで、本研究においては、様々な職務に従事できるようにすることを積極的に目指し、一定の時間をかけて作業を積み上げていく支援、障害者の強みに特に着目して選択した職務について一部の不得手な作業の除去や調整を行う支援の2つのタイプの支援に注目し、それぞれ「積み上げモデル」、「特化モデル」と命名し、新たな職務創出モデルとして提案した。 「積み上げモデル」では、職業リハビリテーションや能力の向上に必要な時間の要素を考慮して、一定の時間をかけて次第に職務の内容や責任の幅を広げるなどにより、十分に能力を発揮していくことができるようにすることを重視する。雇用開始時点では、既存の職務の中から作業を切り出し、再構成された限定的な職務を担当し、目標として設定する既存の職務や再構成された新たな職務に向けて、作業等を次第に積み上げていく職務創出支援の方法である。 「特化モデル」では、個々の障害者によって異なる得意分野に着目し、その分野における専門性の高い職務を担当できるようにするなどにより、最大限能力を発揮していくことができるようにすることを重視する。障害者の強みをいかす既存の職務や再構成された新たな職務を選び出し、その職務における一部の不得手な作業等を、担当の見直しや支援の対象とすることで、障害者が得意とする分野に専念・特化できるようにする職務創出支援の方法である。 どちらのモデルにおいても、目標としていた職務や特化した職務をこなすことができるようになった後は、更なる能力の発揮を目指し、職務の内容を継続的に見直していくことも期待される。さらに、従前の切り出し・再構成モデル以外のモデルが用意されることで、より障害者の能力が発揮できる実施方法の選択が容易になると考えられる。 また、切り出し・再構成モデルを含めたこの3つのモデルは独立したものではない。職業リハビリテーションの過程において、この3つのモデルを必要に応じて選択し、組み合わせて活用することにより、障害者の更なる能力発揮に寄与し、ひいては障害者によるキャリア形成の促進をも見通した支援を展開できるメリットがあると期待される。   5 まとめ 事例調査では、多様な職務において障害者が働く事例を得ることができた。そこでは、障害の種類、疾病等の個々の特徴を踏まえ、職務再設計と環境調整の双方の視点から様々な工夫や配慮が行われていた。これらの工夫や配慮は合理的配慮に該当するものでもある。合理的配慮は、個々の障害の種類や特性、職場の状況に応じて提供されるものであり、多様性と個別性が高いものであるが、これらの事例が合理的配慮を提供しようとする企業や事業所にとって参考になるものと考える。 また、調査を通じて、職務創出支援が、その取組を行う企業・事業所に対し、障害者雇用の促進・定着以外にも効果を及ぼしていることも把握できた。その効果としては、障害者の能力の発揮が業務の発展に貢献した、職場全体の働く環境改善に波及した、職場の業務改善のきっかけになった等の例が紹介されている。 今後、職務再設計と環境調整を軸とした職務創出支援が、新たなモデルである「積み上げモデル」と「特化モデル」も活用しながら積極的に展開され、障害者の職務創出をきっかけとして誰もが働きやすい職場作りが進むとともに、一層の障害者の雇用の促進、能力の発揮、キャリア形成の促進につながることを期待する。 発達障害と知的障害を有するKさんの仕事の広がりと就労支援B型事業所への相乗効果〜一人はみんなのため、みんなは一人のため〜 ○冨澤 克佐(社会福祉法人かしの木会くず葉学園・日中支援課 支援員)  古家 英樹(社会福祉法人かしの木会くず葉学園・日中支援課) 1 はじめに くず葉学園は神奈川県の西部に位置する。「共感し、共に育ち、共に生きる」を理念とし、1984年5月に成人施設として創設した。日中の事業は、生活介護と就労支援B型の多機能型である。今回は、Kさんが就労支援継続B型事業の清掃美化パートを利用して「仕事の広がり」と所属グループの「相乗効果」がみられた一年を紹介する。   2 プロフィール Kさんは重度の知的障害を示す25歳の男性。自閉的傾向。身長は179㎝、体重60㎏と痩身体型である。愛の手帳3度。障害支援区分は4。2016年7月に当園の利用を開始した。   3 実践の背景 筆者が担当する就労支援B型の美化パートは、園内の美化(清掃)のみならず洗濯や配膳を担う多機能な動きが求められるパートである。その為、Kさんが利用を開始するにあたり「仕事の流れや展開がわからないのではないか」「障害の重い人が入って本人やグループは大丈夫かな」と不安に思った。 そこで、配慮した点は、 ① それぞれの作業がKさんの能力にマッチしているかどうかを確認すること。 ② マッチするであろうと推測した作業のプログラムを固定すること。 以上を実施した。 発達障害、とりわけ自閉的傾向の方は、手順を覚えることで、確実に仕事ができ、大きな力になるということも聞いたので、Kさんの真面目さを評価して取り組んだ。 美化パートの仲間から「Kさんは僕たちの仲間だ」と声をかけられ、挨拶をしてもらうようになると表情も良くなった。仲間たちはKさんに「期待」をするようにもなった。障害は重いけれども、社会性もあることがわかったので、今後の変容に賭けてみた。   4 支援の経過 (1)強みを活かす視点 Kさんの強みをアセスメントしたところ、①数字に強い、②字が読める、③視覚的な情報に強い、④パターン的な行動が得意、⑤グループ意識がある、⑥情緒が安定している、⑦仕事が丁寧である、⑧気持ちを表情で表すことができる、⑨若さがある、⑩グループホーム・日中活動支援員・相談員・成年後見人とサポーターがたくさんいる、ことがわかった。こうした強みを活かしていこうと考えた。 Kさんがひらがなが読めるのを仲間たちが発見。仲間のYさんは「俺より上手い」と苦笑い。また、配膳を通して数字が強いのに気づかされ、仲間の評価は「Kさん、いろいろできるのだ!」と認めるようになってきた。 (2)強みを活かして発揮してもらうために ① 作業マニュアルの作成  作業は、視覚に強い特性を活かし、「本人の持っている能力を最大限に発揮して、いきいきと仕事をしてもらいたい」との思いがあった。そのツールとして「作業マニュアル」を作成してみた。これは、各場面を写真入りのシートにまとめた一枚である(写真1)。 作業マニュアルの一例 (トイレ清掃の場面用) Kさんの為に作業マニュアルを作成したことで、今までは身体で覚えていた仕事を他のみんなとも文字、写真で確認した。「私たちはこんなに仕事していた!」と、各々の達成感がうまれ、より確かな仕事の理解と取り組みにつながった。 ② カードを用いる Kさんは主体的に言葉を表出するのが苦手なので、カードを用いることで状況に適した行動が取れるようにした。「困った時」「体調が悪い時」絵のカードで対応を図った。 6ヵ月経った頃、二人一組で行うトイレ清掃で、一人が遅刻をしてきた時、Kさんが先に清掃を開始し、遅れた先輩がビックリしたことがあった。作業マニュアルをもとにトイレ清掃の手順を確認していく。日々の積み重ねがKさんの主体性を養い、自信が得られることにつながった。 5 支援の結果 支援の結果、「受動的で、協働作業には向いていない」と思っていたが、かなりできることがわかった。覚えると自主的にスムーズに動ける。そこで、適応を広げるためいろいろな作業種にトライした。トイレ清掃では、10工程の内、1工程ずつを覚えて、10ヶ月後には全工程を自分で進めることができた。現在40分掛かる作業をさらに短縮したいので、ストップウォッチを使い練習している。 ここに支援の結果を表でまとめてみる(表)。   表  Kさんの実践の評価 6 仕事の広がり効果と事業所への相乗効果 美化パートは6人(他、不定期で1人在籍)で構成される。Kさんは誰からも声をかけられる穏やかな人柄なので、作業展開のなかで、「水拭きモップ掛けが素晴らしい!」と仲間から評価してもらい「誉めてもらい」「話題にしてくれる」ことが自信につながった。また、若く体力があるので、スピードを要求される風呂場やトイレの床を水切りローラーやデッキブラシで磨く担当にして、その強みを活かすようにした。 また作業中だけでなく、作業前の話し合いでも、Kさんの作業について「順番通りやれているね」「仕上げがきれいだよ」「早くなってきた」「隅々もていねい」という意見が仲間から出て、Kさんはうれしいのかニコニコ聞いている。こうしてKさんは単独作業もできるようになった。その結果、グループにとっても、日常的になかなか手が回らないトイレの隅々や食堂床面の汚れ落としの特別清掃を組むことが可能となった。Kさんが力をつけることで、仲間はKさんをさらに認めることにつながり作業の拡がりも可能になった。Kさんも、認められることで自信がつき、さらに作業工程の拡がりが認められた。このように、Kさんとグループの良い相乗効果がうまれた。 7 考察と今後の展開 当初、Kさんには「くず葉学園の雰囲気に慣れ、清掃美化パートのメンバーとの関わりに慣れる」を目標に支援したが、仕事の広がりがとても早く進んだ。 一方で、課題もあった。実習生が入った時に、作業で使う洗剤を捨ててしまう行為が見られた。作業自体の崩れにはならなかったが、このような行為が出たことは、彼の内面の不安と緊張の表現だと捉えた。日常とは違う行為が出たときは、混乱していると考えて、「職員や仲間と一緒に作業をおこなう機会」を多くして安心感を持たせるようにした。結果、そのような行為はほとんど見られなくなった。このように自閉症の対人関係特性を考慮する必要があった。 なお、生活の場であるグループホームの連絡ノートから、休日にホームで料理をして、なかなかの腕前らしい。潜在的な能力はあると思われるので、時間はかかると思うが、将来、社会での就労が少しでも可能になるように支援するのが夢である。  美化パートは、園内清掃作業が主であるが、長期的には、二つの目標がある。 ① 特別清掃と呼ばれるワックスかけのトレーニングをする。その出来栄えの向上とKさんを含めた仲間全員の質的向上をめざしたい。 ② 他事業所の清掃や職場見学をしながら地域社会に活動を広げることをめざし、チャレンジを続けていきたい。 美化パートメンバー:後列中央がKさん(左2番目が筆者) 8 おわりに Kさんの強みに視点を置き、作業工程をスケジュール化した。美化パートの一人一人が目に見える形にして進めた事で、仕事の確実性が向上した。その結果、Kさんの仕事が広がり、相乗効果で事業所のレベルアップにつながった。 今後も、障害の重い方であっても挑戦する気持ちを忘れず日々の実践を積み重ねていきたい。   【連絡先】  古家 英樹 くず葉学園・日中支援課  e-mail:furuya@kuzuhagakuen.com 障がい者の動機づけと生産性向上に関する研究−就労継続支援A型事業所を対象とした質的調査から− 福間 隆康(高知県立大学 専任講師) 1 はじめに 就労継続支援A型の事業所数は、2011年度の1,058か所から2015年度には3,158か所へ増加している。利用者数も2011年度の19,333人から2015年度の57,527人へ増加している。総費用額も増加傾向にあり、2011年度の22,759百万円から2015年度には78,146百万円へ増加している。 一方、生産活動の内容が適切でない事業所や利用者の意向にかかわらず、すべての利用者の労働時間を一律に短くする事業所など不適切な事例が増えているとの指摘があり、支援内容の適正化と就労の質の向上が求められている1)。 就労継続支援A型事業所は、一般就労困難な障がい者にとって最低賃金が保障された仕事を得ることのできる唯一の場である。しかしながら、A型事業所は、積極的に生産活動を行い、利潤を分配する事業体であると同時に、利用者に対し必要な支援を提供する障害福祉サービス事業所でもある。それゆえ、A型事業所の運営には特有の難しさが存在する。 このような中、継続して県内トップクラスの平均工賃を支給し、長く働くことを希望する障がい者を雇用し続けているA型事業所がある。そこで本研究では、収益の上がる働きがいのある仕事を提供し、障がい者の就労継続を実現している就労継続支援A型事業所を取り上げ、モチベーションを高め、生産性の向上を実現する人的資源管理を明らかにすることを目的とする。 2 調査対象・方法 本研究は、上記の研究目的を達成するため、インタビュー調査を実施した。インタビューは2016年3月23日および2016年7月28日に、神奈川県および岡山県の就労継続支援A型事業所の管理者等を対象に行った。 3 事例 (1)X法人・X事業所の概要 X法人は2009年に設立され、同年12月1日から就労継続支援A型事業を開始した特定非営利活動法人である。障がい者雇用のきっかけは、家内工業であった1983年に、ハローワークの担当者から倒産で失業した知的障がい者2名の住居と仕事を提供してほしい旨の依頼があったことである。 2016年7月現在、身体障がい者17人、知的障がい者21人、精神障がい者6人、発達障がい者3人、合計47人の障がい者を雇用している。性別は、男性37人、女性10人である。年齢構成は、10代1人、20代10人、30代11人、40代11人、50代9人、60代5人であり、平均年齢は41.6歳である。 事業内容は、①繊維加工部門、②金属部品検査部門、③農業部門、④在宅就労部門の4つに分かれている。繊維加工部門では、4種類の機械を使って糸の巻き取りを行っている。金属部品検査部門では、自動車部品等のネジ穴検査を行っている。農業部門では、トマトのハウス栽培を主に、季節の野菜を栽培・販売している。在宅就労部門では、パソコンを使って地図の作成を行っている。仕事内容は、利用者の希望や特性を考慮して決められており、原則固定されている。 工賃は利用者47名全員に最低労働賃金以上を支払っている。仕事に慣れてきて一生懸命がんばっている人には時給800円、配達の仕事をしている人には時給850円を支払っている。2016年度の工賃平均額は、月額119,022円、時間額777円である。 X事業所は、新しく入社した人には、慣れるまで本人の希望に合わせて勤務時間を変更し、無理をさせないようにしている。仕事内容は、先輩の利用者を中心に、職業指導員と協力して時間をかけて教えている。利用者には、「習うより慣れろ、『職人』になろう」と呼びかけている。障がい者と仕事をする上では、決して焦らないこと、無理をさせないことが重要であるという。仕事ができるようになることより、まずは環境に慣れること、仲間をつくり増やしていくことができるように支援している。 (2)Y法人・Y事業所の概要 Y法人は1958年6月に設立され、2008年4月1日から就労継続支援A型事業を開始した社会福祉法人である。障がい者雇用のきっかけは、知的障害児童施設に入所していた知的障がい児の成長とともに、自立に向けた就労支援が課題となったことである。 2016年3月現在、知的障がい者19人、精神障がい者1人、合計20人の障がい者を雇用している。性別は、男性16人、女性4人である。年齢構成は、20代7人、30代1人、40代5人、50代6人であり、平均年齢は41.6歳である。 事業内容は、①自動車部品組立部門、②どんぐりポット苗栽培部門、③給食業務部門、④食品加工部門の4つに分かれている。自動車部品組立部門では、部品受入、部品準備、組立検査、出荷、難易度の高い部品組立、品質改善推進を行っている。どんぐりポット苗栽培部門では、どんぐり採取から植樹用ポット苗作りを行っている。給食業務部門では、法人内事業所の昼食を自主調理している。食品加工部門では、トマトジュース、トマトピューレ、ブルーベリージャム等の加工品の製造を行っている。仕事内容は、利用者の希望と特性を考慮して決められており、原則固定されている。 工賃は利用者20名全員に最低労働賃金以上を支払っている。工賃は個人によって異なっており、難易度の高い仕事をしている人ほど高くなっている。2015年度の工賃平均額は、月額149,692円、時間額943円である。 Y事業所の最大の特徴は、発注先である企業と施設を結ぶ営業窓口として別会社を設けている点である。企業と福祉施設の間に管理会社を通すことにより、材料を自分たちで仕入れて、組み立てて納品するという一つの事業体としての流れを作っている。これにより、最低賃金を支払える収益性のある仕事を確保している。 同事業所では、40年以上にわたって継続して企業から仕事が発注されている。その理由として、品質向上への努力が挙げられる。品質管理の取り組みとして代表的なものとしては、「一人一工程」を原則にした組立ラインの構築、仕事の量(迅速性)よりも仕事の質(正確性)を優先した作業体制、部品の数量過不足、異物混入、誤組等の不具合を防止するための手作り治工具の導入がある。   4 分析結果と考察 (1)分業(専門化) X事業所では、利用者に「職人」になるよう呼びかけており、熟練労働者を目指していた。一方、Y事業所では、「一人一工程」を原則にした組立ラインを構築することにより、品質管理を徹底していた。これは業務を分業し、作業効率を高めるという専門化の原則に基づいていると言える。これらの事例から知的障がい者に対する分業の有効性について、次の2点が示唆される。第一に、理解するには時間のかかる知的障がい者にとって、仕事を分業することにより作業に習熟し、作業効率が上がる。第二に、知的障がい者は習熟の仕方が非常にゆっくりしているため、分業は習熟を早めさせ、達成レベルを高める点で有効である。たとえば、組立て作業を専門に行っている人と、部品管理を専門に行っている人という分業を行えば、それぞれが達成できる知識の量(幅と深さ)は大きく向上するであろう。 しかしながら、分業には作業者の働く意欲が低下してしまうというデメリットが存在する。なぜなら、分業で個々の作業が細かくなりすぎると、作業者は自分の遂行していることが全体に対してどのような意味をもっているか分からなくなるからである。この問題への対処法として、X事業所では、受注先企業の本社を訪問し、自分たちが検査した部品がどこに使われているか見学したり、完成品を見せてもらったりすることで、モチベーションの向上を図っていた。Y事業所では、工場内に自動車の模型が飾ってあり、自分たちが組立てた部品がどこに使われているか分かるようになっていた。 (2)目標設定 X事業所では、利用者に進んでできたことを記録に書いてもらい、それが達成できたかどうか確認していた。一方、Y事業所では、品質管理を促すため、個々の利用者が目標を設定し、目標を達成した人を表彰する取り組みを行っていた。これらの事例から知的障がい者に対する目標設定の有効性について、次の3点が示唆される。第一に、難しいことを理解し、判断する力が弱い知的障がい者にとって、目標は何が期待されているかを明確化する助けになる。第二に、知的障がい者は予測や洞察する力が弱いため、明確で具体的な目標は、動機づけや職務遂行の点で有効である。第三に、新しいことや環境の変化に応じた行動をとる力が弱い知的障がい者にとっては、目標設定のプロセスに自ら参加し、納得した上で目標を設定することがその後の仕事意欲や生産性に影響する。 目標と動機づけを関連させた理論として代表的なのは、目標設定理論(theory of goal setting)である。これまでの研究結果から、以下のような効果が確認されている2)。①目標が達成され、そのことが従業員にフィードバックされると、従業員はその仕事が好きになり、成果に対する満足度が高まり、その仕事への満足度も高まる。②フィードバックと承認は、従業員間に無意識の競争を誘発し、そのことがまた従業員の成果を高めさせる。③目標設定は、自信を強め、達成の誇りを感じさせ、これからも進んで挑戦を受け入れる意欲を強める。④とくに参加的な目標設定が成果を高め、有能感を増進するうえで効果がある。 5 おわりに 本研究は、障がい者の動機づけと生産性を高める人的資源管理について、職務設計の方法を中心に、就労継続支援A型事業所の事例を通じて検討を試みた。 しかし、今回研究で用いたインタビューの結果は、2事業所のものにすぎない。インタビュー調査は、具体的な事実を知ることができるだけでなく、研究者が想定していたフレームワークを超えた発見ができる可能性がある。したがって、今後は障がい者のモチベーションと生産性の向上において何が重要となるのか、複数の就労継続支援A型事業所を対象に詳細なインタビュー調査を実施することが必要であろう。 【参考文献】 1)厚生労働省:放課後等デイサービス,就労継続支援A型事業の見直しについて(2017) 2)Locke, E.A. and Latham, G.P.:Goal Setting, Prentice-Hall(1984)(松井賚夫・角山剛訳:目標が人を動かす—効果的な意欲づけの技法, ダイヤモンド社[1984]) 障害者職業能力開発校における、タブレット端末を活用した職業訓練について 上西 能弘(国立職業リハビリテーションセンター 職業訓練指導員) 1 はじめに 国立職業リハビリテーションセンターでは、訓練生の入所が毎月実施され、訓練生の障害種別の個別性が高い。このため、訓練の進め方は一般的な集合形式ではなく、個別カリキュラムが基本となっている。障害特性にあわせて個別性を重視しながら、各々の訓練生が技能習得を偏りなく・滞りなく行うためには、自学自習で技能習得できる環境を整え、教材や進捗管理を見える化、集約化することが効果的である。 近年、ICT(情報技術)を活用した教材やシステムの開発が教育分野で進んでいるが、職業訓練の分野も例外ではない。その上で、訓練の実施にあたっては、ICT活用のメリット・デメリット、障害者を対象とした職業訓練であることを十分に考慮する必要がある。 今回は、当センターにおけるタブレット端末の活用状況とその効果について報告する。 2 職業訓練の概要 (1)訓練対象者 高次脳機能障害のある方、発達障害のある方及び精神障害のある方を対象とした「職域開発科」の「物流・組立ワークコース」の訓練生である。物流業で行われる商品のピッキングや運搬、伝票処理等の物流作業、製造業で行われる什器や電子機器等様々な製品の組立・分解作業に関する知識・技能を習得する。 (2)タブレット端末の活用方法 端末上で扱う訓練教材の主幹として、「物流・組立訓練システム」を活用する(図1)。これは物流業・製造業への就労に必要な技能訓練メニューを一つのアプリケーションにまとめた訓練教材である。「基礎訓練」「応用訓練」「実践訓練」「訓練記録」「学科テスト」で構成され、入所当初から訓練修了・就職までの期間行う訓練が網羅されている。 複数の訓練教材が管理画面上からボタン一つでアクセス可能なよう作られている。学科についてはテストプログラムを取り入れて、自主的に訓練課題の学習ができるようにしてある。実践訓練メニューは基礎・応用訓練から学んだ作業の技能に加え、グループウェアやメールソフトなどのコミュニケーションツールを積極的に活用し、実務に即した作業を経験できるよう訓練課題を構成している。   図1 物流・組立訓練システム(トップページ) 3 訓練の実施状況(タブレット端末活用の経過) (1)平成28年8月 〜物流・組立訓練システム運用開始〜 従来の訓練内容と新規の学科・技能の内容を盛り込んだ教材「物流・組立訓練システム」を作成し、訓練場面で運用を開始した。訓練生には操作マニュアルを配付した上でスタートした。この時点ではタブレット端末は正式に導入しておらず、訓練生はマウス操作を基本としてシステムを操作していた。 (2)平成29年4月 〜タブレット端末導入開始〜 物流組立ワークコースに10.1インチの2in1タイプのタブレットPCを導入した。OSはMicrosoft社のWindows10である。 「物流・組立訓練システム」は元々タブレット端末での活用を想定し作られているため、操作方法マニュアルは従来のまま変更せず、タッチ操作についてのみ訓練生に追加説明した上でスタートした。 4 結果 (1)タブレット端末を活用した訓練の実施状況 平成29年4月〜7月に物流・組立ワークコース内で訓練を実施した人数の内訳を示す(表)。 表 訓練実施者数 内訳 (2)訓練生からの声 訓練生からは以下の声が得られた。 ・従来の訓練テキストは基本的に紙媒体のみであったが、パソコン上でも実施内容の予習、復習ができる。 ・訓練内容が基礎、応用、実践で区切られているので年間行う訓練がイメージしやすい。 ・学科に対してのテストを定期的に行うため、習熟や苦手な点が見えやすい。 ・場所の移動を伴う訓練でも、すぐ結果の記録・閲覧ができる。 5 考察 (1)タブレット端末を活用した訓練の有効性 ① 就労場面を想定した活用 物流業・製造業において、その業態や事業規模にもよるが、タブレット端末を用いた業務展開は今や多くの企業で実施されているところである。タブレット端末の仕様やアプリケーションとの連携方法などは千差万別であるが、根底にある目的は「リアルタイムの情報共有」「作業効率化」「生産性向上」「ペーパーレス」で概ね共通している。それらICTを活用した環境の中で、製品の組立作業やピッキング作業などが行われている。 当センターの訓練期間中は訓練実習場を模擬事業所とみなし、職場実習や就労に向けたステップアップを指導・支援していく必要がある。タブレット端末、ネットワークを利用した環境下での作業を訓練期間中に経験することは、実際の就労を考えた際に有効である。 ② 視覚化による共通理解 訓練システムの一つに訓練記録表があるが、こちらには、訓練期間中の全ての実施記録が入力されるようになっており、訓練日時、作業時間、ミス数、ミス内容、指導員からのコメントなどが纏められており、訓練生と指導員両者の捉え方を視覚化し、共有することができる。訓練状況に応じて共通の目標をもって訓練を継続することができる。 (2)より効果的な訓練を実施する為のポイント ① 適応担当の職員との共有 訓練期間中は、技能指導と併行して社会生活指導や、就職指導を行うが、訓練指導員だけでなく、職業カウンセラーや社会生活指導員と連携して支援を行っている。訓練生の体調面、精神面、認知面の状況把握や、医療機関や周囲の支援機関、家族との連携、就職準備や実習支援などに向けた準備など業務は多岐に渡るが、客観的データに基づいた訓練の実施状況を指導・支援を担当する職員間で共有することが訓練生へ適切な配慮や支援を行うことに繋がると思われる。 ② 事業所内の業務をイメージさせる訓練展開 イ セキュリティ管理 就労場面でタブレット端末を扱う際には、操作方法などの技能面だけでなく、端末の紛失または盗難のリスク、誤送信や不要なデータのアップロードなどのリスクについても知っておく必要があり、これらに対する危機管理意識も社内教育の中で行われる。就労場面を想定して訓練期間中にも指導をすることが必要である。 ロ 他部署、他事業所との連携 実際の就労場面では製造業・物流業の中にある作業担当部門以外の事務担当部門との関わりの中からも様々なデータのやりとりが日々なされている。物流・組立ワークコースは幅広い作業系の訓練が主であるが、同じ職域開発科のオフィスワークコースの訓練と連携させることにより、業務全体の流れを意識・理解しながら作業面やコミュニケーション面での技能向上に取り組むことができる。 図2 訓練場面における業務の流れの再現 ③ 指導員と訓練生の関わり タブレット端末の活用や、上記のシステムを活用した訓練を行うことで、訓練生が訓練を自主的に進められる状況ができ、客観的なデータも集計しやすくなっているが、訓練生自身のモチベーションを維持・向上させるには職員の関わりが最も重要であり、客観的なデータと直接的な関わりを通じてのみ、適切なアセスメントが行えることを認識しなければならない。 【連絡先】  上西 能弘  国立職業リハビリテーションセンター  e-mail:Uenishi.Yoshihiro@jeed.or.jp 一般校での職業訓練指導員における精神・発達障害の可能性のある訓練生の行動特性の分析に関する一考察 ○深江 裕忠 (職業能力開発総合大学校 助教)  石原 まほろ(職業能力開発総合大学校) 1 はじめに 近年、障害者向けに特化していない、一般求職者向けの職業訓練コースを設置している職業能力開発施設(以下「一般校」という。)においても、精神・発達障害の可能性のある訓練生(以下「配慮訓練生」という。)への支援・対応が求められている。配慮訓練生の多くは発達障害の診断がないケースが多く、本人の障害受容を前提とした手法が使えず、難しい対応を迫られている。 そこで高齢・障害・求職者雇用支援機構では、一般校を対象にした支援・対応方法をまとめた「訓練・学習の進捗等に特別な配慮が必要な学生への支援・対応ガイド(実践編)」1)(以下「ガイド」という。)を開発した。 さらに職業能力開発総合大学校では、ガイドをベースにし、配慮訓練生の行動特性に着目して支援・対応を実施していく方法を習得する研修を開発した。この研修では、職業訓練現場の実態に合わせた実践的な内容の演習と実習が豊富に用意されているのが特徴である。全国の職業訓練指導員を主な対象として、各地で研修を実施し、これまでに1,000名以上が受講している。 ところで、研修内容には、配慮訓練生の行動特性を発見する演習がある。 ベテランの支援者は本人の行動特性を分析する力が優れている。特に「できない」能力ではなく、「できる」能力を発見する力が優れている。なぜならば「できる」能力を活かして「できない」能力をどのように補うかを考えることが支援方法を検討する糸口だからである。 したがって、一般校の職業訓練指導員が配慮訓練生への支援・対応を実施する上でも、「できる」能力を把握する力は必須である。そのために演習を行っている。 しかし、研修の演習等を通じて、ベテランの職業訓練指導員であっても「できる」能力を見逃しやすいことがわかった。そこで、本発表では、その要因を考察し報告する。   2 一般校での状況 ガイドによると、高度職業訓練(20歳前後の訓練生が多い)を実施している高齢・障害・求職者雇用支援機構が運営する一般校を対象に行った調査では、平成25年度に在籍している訓練生5,582名中配慮訓練生は192名(約3.4%)である。そして、特定の地域に集中しているのではなく、ほぼ全国的に在籍している結果となった。すなわち、訓練コースの定員が20〜30名であることから、平均して1クラスに1〜2名程度の配慮訓練生が在籍していることを示している。 なお、この調査は職業訓練指導員の主観的な判断によるもので、スクリーニングを利用して配慮訓練生かどうか判断したわけではない。従来の指導方法で対応できるケース(例:学力が低い、反抗的な態度)とは異なり、コミュニケーションや社会性の面で本人を理解するのが難しく、対応方法を見いだせない訓練生を配慮訓練生としている。 いずれにしても、医学的に障害に該当するかどうかは別にして、職業訓練指導員が訓練する上でコミュニケーションや社会性の課題を抱える訓練生が3%以上在籍しているのが現状である。 さらに、在籍中の診断の有無については、診断がある配慮訓練生は3割だけで、残りの7割が診断がない状況である2)。   3 行動特性の分析の必要性 第2章で述べた状況から、一般校で配慮訓練生の支援・対応を検討する際には、各種検査結果に基づいた「障害」特性の情報はないものと考えたほうがよい。したがって、訓練中の配慮訓練生の行動を観察した結果に基づいた「行動」特性の情報が大事になってくる。 行動特性とは、配慮訓練生の行動の傾向や能力についての特性である。そして、行動特性には「できる」能力と「できない」能力がある。「できる」能力とは、配慮訓練生の能力の中で優れている行動特性のことである。「できない」能力とは、逆に苦手とする行動特性である。ただし、あくまで配慮訓練生自身の能力上の比較なので、平均的な訓練生の能力との比較ではないことに注意する必要がある。 そのため、研修では、配慮訓練生の仮想事例から行動特性を発見するグループワーク演習を用意している。 グループワーク形式で行うのは、一人で行動特性を発見すると間違えた見立てが生じやすいが、複数人で行動特性を発見して検討すると、間違えた見立てが議論の中で消えていき、仮想事例作成時の設定に近い行動特性を発見できるようになる事を体験するためである。(実は、あえて間違えた見立てをしやすい情報を仮想事例に含ませている。研修では、議論をしながら正しい見立てに移り変わっている様子をよくみかける。) 4 行動特性の分析の課題と要因 職業訓練指導員は、日常的に、訓練生の訓練中の様子をよく観察し、訓練指導に活用している。そのため、ベテランの職業訓練指導員は行動特性を発見するのは容易と思われた。 しかし、研修を実施してグループワークを行っている様子をみると、発見する行動特性は「できない」能力に偏っているような印象を受ける。そして、今年の3月から新たに開始した「通信で学ぶ精神・発達障害に配慮した支援と対応(理解と接し方編)」研修で明らかなものとなった。 この新しい研修はタイトルにあるように、通信を活用した研修である。1ヶ月間程度でこなす標準課題が出されるとともに、1日間のスクーリングを実施する研修である。標準課題では、仮想の配慮訓練生が訓練期間中に発生した3つのトラブル事例を読んで、行動特性を発見する課題を出している。 この新しい研修はこれまでに116名が受講した。受講者の多くは職業訓練指導員の経験が10年以上である。 そして、受講者が発見した行動特性を「できる」能力と「できない」能力にわけて、それぞれの発見数ごとの人数の分布を示したのが下図である。「できる」能力の平均発見数は3.70個、「できない」能力の平均発見数は7.52個となった。 なお、行動特性には、特定の場面によっては「できる」能力だが、他の場面では「できない」能力になってしまうものもある。例えば、「正確にやろうとする意識がある反面、必要以上に時間をかけすぎる。」という回答である。このような行動特性については、「できる」能力と「できない」能力の両方を発見したとカウントしている。 トラブル事例を分析するので「できない」能力に関する情報が多いとはいえ、各事例には「できる」能力に関する情報も複数記述されている。それに加えて、リフレーミングをすると「できる」能力とみなせる情報もある。   行動特性の発見数ごとの人数 だが結果は、研修受講者の大半が、1事例から1個程度しか「できる」能力を発見できなかったことを示している。特に、発見数0個の研修受講者が約1割もいる。 一方で、「できない」能力の発見数は多い。仮想事例で設定した箇所以外の記述から「できない」能力を発見した回答もみられた。 このことから職業訓練指導員の多くは、行動特性の分析では「できない」能力に注目する傾向が強く、「できる」能力を見逃しやすいという課題があることがわかった。 これらの課題は、受講者の職歴や障害者支援の経験の有無など細かい部分についての検証を行う必要があるが、現時点での予想される要因として次のものが挙げられる。 まず、「できない」能力に注目することについては、職業訓練指導員という職種の影響が考えられる。すなわち、訓練生が一人前の仕事ができる能力に到達しているかどうかを常に気にしている。足りない能力を早期に発見し、指導して伸ばす仕事を繰り返し行っているため、「できない」能力に注目しがちになると考えられる。 また、「できない」能力の回答をみると、精神・発達障害の特性と関連づけた回答も多い。これは、近年の配慮訓練生の増加に対応するために勉強してきた結果ともいえる。 一方、「できる」能力を見逃す要因としては、職種の影響から、仕事レベルでないと「できる」能力とは評価できない傾向があると考えられる。また、リフレーミングや補完方法によって「できる」能力として評価できることに気がつかないことも考えられる。 これらの要因をより明らかにすることで、行動特性の分析をより高いレベルに習得できるように、研修を工夫することができるであろう。   5 おわりに 配慮訓練生の「できる」能力を発見することは、支援・対応を行うために非常に重要なプロセスである。これを見逃さないための方法が開発できれば、職業訓練指導員以外にも役立つであろう。今後も分析をすすめていきたい。   【参考文献】 1) 高齢・障害・求職者雇用支援機構:「訓練・学習の進捗等に特別な配慮が必要な学生への支援・対応ガイド(実践編)」, http://www.tetras.uitec.jeed.or.jp/publication/search/detail?id=1027, 職業能力開発総合大学校基盤整備センター(2015) 2) 深江, 来住, 安房, 寺内, 松本:精神・発達障害と似た行動特性の学生に対する効果的な支援方法に関する研究 〜研修の開発と実践報告〜, 「日本職業リハビリテーション学会 第44回京都大会 プログラム・抄録集」, pp.148-149, (2016) 国立職業リハビリテーションセンターにおける発達障害者に対する職業訓練を通じた実践的な場面設定による適応性向上の一事例 隅本 祐樹(国立職業リハビリテーションセンター 職業訓練指導員) 1 概要 国立職業リハビリテーションセンター(以下「職リハセンター」という。)では、雇用ニーズに対応するため、精神障害・発達障害・高次脳機能障害等の認知機能に障害を有する方に対しての職業訓練に注力している。その中で必要となる訓練環境は、訓練生の障害特性(以下「特性」という。)に沿った配慮が求められる。そのため、実際の訓練では、障害を補うための行動や手段(以下「補完方法」という。)や技能の習得、それに伴うアセスメント等を適宜行い、同じ指導員から指示を受け、作業環境も整えて日々訓練を行っている。しかし、就職し、就業指示者や作業環境が変わることで、今まで訓練で身につけた技能・技術を発揮できない修了生がいる状態にある。その対策として、職リハセンターでは、OAシステム科での訓練を知識付与・般化注1・実践の3ステップに分け、少しずつ環境の変化に適応できる訓練を実施した。 本発表は、適応性を向上させる支援(以下「適応支援」という。)を要する訓練生への対応として、3ステップに分けた訓練の手法について事例を通して考察するものである。 2 現状の課題 職リハセンターでの訓練期間は原則1年であり、発達障害者は入所後職域開発科注2に所属し、約5週間の期間にわたって導入訓練注3を受講する。導入訓練では、特性の理解、自己の障害への理解の促進、補完方法の習得等を行っている。導入訓練が終了すると本訓練(OAシステム科での訓練)へ移行となり、残りの約11ヶ月の間に情報通信技術に関する職業訓練を行っている。訓練期間の半分の6ヶ月を目途に就職活動の準備を始め、就職への意識を高めながら職業訓練を行っている。 基本的な訓練の流れは、図1に示すとおりである。 図1 職リハセンターでの訓練の流れ 本発表で取り上げる訓練生の入所時のプロフィールと職業訓練において現れた特性は以下の通りである。 訓練生のプロフィール □M氏 OAシステム科 ソフトウェア開発コース所属 □発達障害(高機能自閉症)精神障害者保健福祉手帳2級 □C#やPHP等の言語を用いたシステム開発の経験がある。情報系の技術に興味があり、システム管理やシステム開発に関する業務への就職を目標としている。 職業訓練を行う中で現れたM氏の特性 □暗黙の了解がわからない □突然発生する大きな音が苦手である □立て続けに質問をするため、質問が終わらない □遠くにいる人に近寄らずに声をかける □相手が人と話しているときに割り込んでしまう □普段持ち歩くバッグが3つある □忘れ物が多い □頭髪が整っていないまま通所することが多い □5分程度の遅刻をすることが多い □情報系技術への興味が非常に高く、技術の吸収力も高い 3 訓練の実際 前項で述べた特性の緩和や適応性の向上を図るため、訓練を知識付与・般化・実践の3ステップに分割し、少しずつ環境を変化させながら訓練を行うこととした。本手法では、ステップを跨ぐ際に環境の変化が生じるため、ステップ移行直後は知識を般化するまでに時間を要することが推察される。今回の事例では、前のステップで身につけた知識が要求される場面を設けることとした。それぞれのステップにおいての進め方について事例を基に紹介する。 図2 ステップ分割のイメージ (1)1ステップ(知識付与) 就業上、あるいは就職に必要な知識を学習するステップである。新たに知識を学習するだけではなく、今までに積み重ねてきた経験や知識の整理を行うことで、より深く正確に知識を再確認することができる。 まず、知識付与の訓練として、職域開発科において週に1回の頻度で開催される講義への参加を依頼した。1回の講義で1つのテーマについて学習を行い、テーマの内容は、自分の障害について、自己分析、求人票の見方、自己分析の結果から希望する合理的な配慮などを取りまとめたナビゲーションブックの作成、報告・連絡・相談、感謝と謝罪・断り方、質問・依頼の仕方、指示・忠告の受け方等があり、グループでコミュニケーションを取り合いながら学習することで、少しずつ知識を深めていくことが可能となる。 (2)2ステップ(般化) 般化のステップは、知識付与で学習した知識を訓練において実際に活用することができるかをアセスメントし、指導を行うステップである。本発表の事例では、作業が個人で完結する通常訓練と他の訓練生とのコミュニケーションが発生するグループ課題の2つの環境において般化を図った。 ① 通常訓練での般化 訓練中で顕著に現れた特性は、質問が冗長になりがちになる特性であった。面談の中でも「どこで質問を終わらせればいいのか分からない」と発言していたため、約束事を取り決めて訓練中に意識し、行動できているかどうか確認することとした。訓練中に守れていない場面があった場合は、その場で指摘をするとともに、それぞれの項目をクリアできているか1週間に1回の頻度でM氏と指導員共に確認を行い、定着を促した。それにより、訓練中での意識が高まり、少しずつ訓練の場で般化が進んでいった。結果として、応対面の特性が減少し、以下の通りとなった。 □周囲の物音に敏感である □暗黙の了解が分からない □立て続けに質問をするため、質問が終わらない ② OAシステム総合演習(グループ開発) 般化の仕上げとして、プロジェクトを組んでシステム開発を行う総合演習を行った。訓練の進捗状況が同程度の4人の訓練生でプロジェクトを組み、指導員を顧客と見立て聞き取りをしながらシステム開発を行った。システム開発の流れとして、最初に顧客の要望を聞き取る要求定義を行い、続けて要望に対してシステムとしての解決策を定める要件定義を行うことで顧客の求めているものとシステムが合致しているか調整する。 プロジェクトでは、1週間に1回の頻度で会議を行い、作業の進捗の報告や成果物の評価を行うこととした。その結果、訓練生同士の仕様の打ち合わせや相談が活発となり、1人で完結する作業のみを行っていた訓練生も自分の考えを相手に伝えることができるようになった。訓練生にとってコミュニケーションの必要性を理解する良い経験となる実習ではあったものの、訓練生の修了や実習の開始等が重なり、モックアップの作成までで中断することとした。 (3)3ステップ(実践) 実践のステップでは、訓練で身につけたビジネスマナーや知識・技能を職場の中で発揮できるか職場実習を活用して確認を行った。M氏との面談の中で、前職からの経験で自分に向いている仕事と向いていない仕事が分かってきたものの、はっきりと理解している訳ではないため心配であることを訴えていたこともあり、職場環境や業務内容の向き不向きを再確認するため、職場実習の要請があった2社とも職場実習を行うこととした。異なる2件の事業所で実習を経験することで、職場環境や職業適性の理解が更に深まったと考えられる。このような実習による訓練生の気づき、必要性の実感は貴重な経験となるため、可能であれば積極的に職場実習を活用することが重要であると考えられる。 4 考察 環境の変化への適応を緩やかに促すことができ、ステップごとに特性の改善及びビジネスマナーの定着具合を適切なタイミングで図ることができたため、本訓練初期から現れていた特性を大幅に緩和することができたと考えられる。 職場実習の場面では、環境の違いによって表出する特性が異なったが、環境が合致すれば特段問題なく業務を行うことができていた。これは、般化・実践のステップでは訓練生自身が習得した知識の必要性を感じるように意識して指導を行ったことで、ステップが進んでいくにつれて必要性や就業に対するイメージが強化され、確信へと変わっていき、より強固にビジネスマナーの般化を図ることができたからだと考えられる。   【注】 1) 対応する人や環境等の場面が変わっても能力が発揮できるようにすること。 2) 障害状況に合わせた業務の進め方に関する知識・技能の習得や適応支援を行う訓練科。 3) 職業訓練への適応性を向上させ本訓練への円滑な移行を図れるよう個々の特性を把握し、自己認識を促進するために行われる訓練。 重度障害者の社会参加を含む幅広い就労支援としての「職場参加」13年の検証 山下 浩志(特定非営利活動法人障害者の職場参加をすすめる会 事務局長) 1 はじめに 当会の名に含まれる「職場参加」とは何か。この概念は、いつ、どこで生まれたか。「職場参加」の具体的な諸活動とはどのような内容か。そして、「我が事丸ごと」の提起に象徴される「支援」の限界があらわになってきた社会状況に対し、「職場参加」はどのような意義と課題をはらんでいるか。当会の13年とその前史を検証しつつ考察する。 2 90年代後半の埼玉で生まれた「職場参加」 「職場参加」の概念は、1997年の「新座市障害者雇用推進委員会としての提言」に初めて登場した。「障害者のための特別な場を作り続けるのではなく、広く市民の理解・協力を求め、市内のさまざまな職場での障害者の社会参加へと流れを変えてゆく必要がある。」、「障害者の就労について、職場(社会)参加という観点をもつこと」 同委員会は1993年から埼玉県と同市を含む埼玉県西部地域8市で行われた厚生労働省の「地域障害者雇用推進総合モデル事業」を推進し、そのまとめとして「職場参加」を含む提言を行った。委員は、市、県(労働部)、商工会、職安、保健所、社協、障害者団体等。ちなみに、上記モデル事業は、重度障害者が可能な限り一般就労できるようにと、地域で雇用・福祉・保健が連携し職業リハビリテーションネットワークシステムの展開を図った。 大きな意味のある事業ではあったが、システムの中心となる「障害者情報」の登録が進まず、利用者がほとんどいない状況だった。先に引用した「職場参加」の概念は、従来の障害者だけに適応を求める「職業リハビリテーションから一般就労へ」に対して、「職場全体、相互の問題として働く環境を整えていくこと」、「障害者を受け止めていくまちづくりという視野を持つこと」を含めて提起されている。 3 2001年に越谷市が「職場参加」を施策化 新座市で生まれた「職場参加」の概念は、2001年に越谷市で施策として実を結んだ。市は当会の前身の団体との共同研究・協議を経て、「越谷市障害者地域適応支援モデル事業」を実施した。この事業は「障害者が一般就労していくための条件を模索するため、障害者が生活している地域社会の公共機関や民間事業所等での職場参加・職場実習を行い、多様な雇用・就労形態も視野に入れた雇用対策の充実を図るとともに、障害者の一般就労へ向けた実習業務のメニュー調査やピアカウンセリング制度に係る基礎調査を行い、障害者が地域社会での就労能力や社会適応力を高めていくことを目的に実施する。」とされた。 上記モデル事業報告書では、「職場参加」を次のように概念規定した。「障害者が公共機関や民間事業所等の一般の職場において職場体験や作業体験を行うこと。単に個人の職場体験や作業体験として自己完結するのではなく、参加する職場で働く人々やその場を利用する一般市民などが障害者と共に働くことのイメージを広げられることを意図したもの。より広義には障害者がそこで一般雇用されることも職場参加といえるが、ここでは従来であれば、一般の職場で作業に従事することなど考えられなかった障害者が、体験を通じて様々な職場に参加していくことに重点をおいている。」 2002年からは、「越谷市障害者地域適応支援事業」(以下「地域適応支援事業」という。)が実施され、現在も続いている。   4 2004年「職場参加」に特化した全国初の団体設立 前身の任意団体を解散し、NPO法人格をもつ当会を設立したのは、市との共同研究・協議がさらに重ねられ、市が障害者就労支援センター(以下「就労支援センター」という。)を立ち上げ、当会に運営を委ねたいとの意向を示したため。ちなみに、冒頭に述べた労働省のモデル事業の結果もたらされたのは、広域の障害者雇用支援センター(後の障害者就業・生活支援センター)だったが、埼玉県では新座市の提言とほぼ同じ視点の下に、地域生活に密着した市町村を就労支援の実施主体と位置づけ県として支援策を進めてきた。越谷市は既に実施中の地域適応支援事業をこのセンターの業務に組み込み、さらに当会の意見を容れて「ピアサポートによる就労支援」も業務とした。 この時点で当会が危惧していたのは、日常の就労支援センター業務を担う中で、自分たち自身が、できそうな障害者を振り分けて支援し、できなさそうな障害者には訓練してから来いという姿勢になっていかないだろうかということ。そして、地域適応支援事業以外の就労支援センターの業務においても、重度障害者を含む職場参加、障害者自身によるピアサポート、そして「障害者を受け止めていくまちづくりという視野を持つこと」を日常的に進めるための体験を蓄積していかなければと考えた。そのために、センター受託の半年前に、自主事業として「職場参加ビューロー世一緒(よいしょ)」(以下「世一緒」という。)を立ち上げた。このようにして、当会は全国初、いまもって唯一の「職場参加」に特化した法人として2004年に設立された。   5 センター業務と自主事業の二本立て(2005年〜) 越谷市は2005年に産業雇用支援センターを開設し、その1、2階に新設されたハローワークが入り、3階に市産業支援課、シルバー人材センターと就労支援センターが入った。こうした地の利に支えられ、オープンと同時に、続々と就労を希望する障害者が紹介されて就労支援センターに来所し、ハローワークと連携した一連の就労支援活動をおこなった。 当初の相談者の中には、高校、専門学校、大学を卒業した者も多く、一般就労していて離職し再就職を目指す者も少なくなかった。1年目は新規登録者の15%が就職できただけだが、2年目からは30〜40%になった。実際には、就労定着のための相談も含めて、以前からの登録者の相談で手一杯で、新規の相談に十分対応できない状態の反映でもあった。5年目の2009年には新規登録者が最少となった。 地域適応支援事業は、2006年施行の障害者自立支援法の新体系への移行のため参加できなくなった施設が、2010年から出てきた。また、以前は入所施設でも例があった施設からの一般就労の支援例が減って来た。 結果として、当初危惧していたことが現実になりつつあった。 当会は半年間だけの試みと考えていた世一緒を継続した。世一緒は、ハローワークと就労支援センターの直近に位置し、当初は重度障害者が介助者とともに日替わり当番するオープンスペースだったが、しだいに就労支援センターの相談者で、障害は軽いがさまざまな就労困難を抱えている若者なども立ち寄り、雑多な顔ぶれが出会う場となる。 制度的裏付けはなく、ボランティアと試行錯誤しながら、独自の活動を編み出していった。「仕事発見ミッション」は、障害者同士ペアとなり、アポなしで店などを訪問し、短時間の職場体験をさせていただけないかと依頼して回る。 「グループワーク」は地域の事業所・団体等から、花壇整備、除草、ポスティング等の業務を請け負い、世一緒当番が電話連絡してその日時に働きたい者が参加し、配分金を得る。ペアやグループで地域の職場に入っていくと、その職場の人々が当惑したり、拒否したり、たまには受け入れてくれる。コミュニケーションが難しいのは障害者の側だけでなく他の人々の側でもあることに気づく。自分たちが参加していくことにより、職場・地域が徐々に変わると実感する。 世一緒を通して痛感したことのひとつは、軽度障害者が抱える重度の就労困難だった。特別支援教育や個別の訓練の場では常に成績優秀とみなされてきたために打たれ弱い。一般就労して新米の立場になった時、いじめと感じたり混乱してしまう。そんな彼らが「仕事発見ミッション」などに参加して、つきあい方がわからないのは周りの人たちでもあることを感じ取って元気になり、家族や知人たちもまきこんでまた就労していく。   6 「職場参加」の意義と課題—激変する状況の下で 前項で見た通り、「職場参加」は重度障害者に限らず、軽度障害者にとってもカギとなる概念である。かって福祉制度も雇用促進制度も極めて限られていた1990年代までは、いま軽度障害者とされる人々は、ほとんどが一般就労していた。支援制度が整備されるに従って、それぞれの支援の枠に合わせて、人が分けられるようになった。その限界が、いま「我が事丸ごと」として国からも提起されているが、ここでは詳述しない。 ただ、当会が就労支援センターを運営した10年間の最後の3年間に、世一緒と呼応した「職場参加」の視点に基づく就労支援を展開することができた。それは、長年地域障害者職業センターの現場で就労支援業務に従事してきたO氏を所長に迎えることによって可能となった。O氏が率先して進めたことは、徹底したOJTである。着任間もなくO氏は、数十年前の知人のつてを頼って、町工場で週1時間の片付けの仕事を開拓した。そこに、家にずっとひきこもっているうつ病の男性を紹介した。彼は1時間働いた緊張を、週のほとんどをかけて癒し、また出かけて行く。 かってO氏が就労支援業務を始めた頃は、職安自らが日常的に飛び込み訪問で職場開拓をしており、それがO氏の就労支援業務の基本となった。 近年あいつぐ雇用促進法の改正により、雇用義務や納付金対象になる企業が増え、特例子会社も増えており、ハローワークの障害者求人増につながっているが、半面でシルバーシートを競争で奪い合う様相も呈している。そう考えると、地域の企業の9割以上が5雇用義務の枠外の小・零細企業であり、最も人手不足にあえぐ職場の中に、就労・職場参加の可能性は深く広く存在しうる。それがまた、真の意味での地域共生社会につながる。最後の3年間に、過去最多の就職者数を達成したことも、それを示唆している。 最後に、当会は来年度「職場参加をすすめる就労移行支援事業」の立ち上げを準備中であるが、これについては改めて別の機会に報告したい。 【連絡先】  山下 浩志  特定非営利活動法人障害者の職場参加をすすめる会  e-mail:shokuba.deluxe.ocn.ne.jp デイケア型就労支援 ○清澤 康伸(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター病院 精神保健福祉士)  関根 理絵・高木 幸子(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター病院) 1 はじめに 平成19年、内閣府、厚生労働省により『「福祉から雇用へ」推進5か年計画』が提言され、平成25年には「医療から雇用への流れを一層促進する」ことが提唱された。(平成25年9月27日閣議決定、障害者基本計画 Ⅲ-4-(3)-2) そして、平成26年には、生活支援と就労支援、医療の支援の一体したモデル(平成26年3月31日厚生労働省告示第137号、障害者雇用対策基本方針第2-4-2、第4-5-2)および医療機関における就労支援の取組・連携を促進するモデルの構築(平成26年3月31日厚生労働省告示第137号、障害者雇用対策基本方針 第4-5-4)などといった一連の法律群が制定され、精神障害者の就労支援について医療機関によるその重要性が指摘されている。 また、厚生労働省障害者雇用対策課や労働政策審議会障害者雇用分科会において、精神障害者の就労支援については、これまでの「就労(雇用)」から、「雇用継続」に重きを置いたものへと政策の検討が始まっている。 この流れを汲んで、就労支援を実施する医療機関が増え、様々な実践やその治療効果に関する報告が見られている。精神障害者の就労においては移行率や定着率だけでなく、社会機能や精神症状の改善についてもその効果が注目される様になってきているが、医療機関における精神障害者の就労支援モデルは標準化されていない。 当院では、国立精神・神経医療研究センター病院(以下「NCNP」という。)精神リハビリテーション部デイケア(以下「DC」という。)において従来の居場所型のデイケアからの転換を図り、就労のデイケア型の就労支援モデルの構築を目指してきた。この概要と成果について報告する。   2 NCNPデイケア就労支援の概要 当院デイケアの特徴は、①Employment Specialist(以下「ES」という。)と呼ばれる就労支援の担当スタッフとCase Maneger(以下「CM」という。)と呼ばれる生活支援担当者がチームを組み精神科医師・看護師・心理療法士・作業療法士・精神保健福祉士の5職種から構成される専門的多職種チーム(Multi Disciplinary Team:以下「MDT」という。)にて、職場開拓や職場定着支援、企業との調整、就労後の生活支援等といった就労前から就労後までの支援をワンストップで行う。②多様なプログラムの中で就労支援に特化したプログラム(以下「就労プログラム」という。)の設定。③個別支援・およびMDT会議④就労支援スタッフESと多職種による担当CM制にある。 就労プログラムでは就労後に必要とされるセルフケアやセルフモニタリング、働くことの意味など就労するためではなく就労してから必要となってくる事柄についてプログラム化し提供する。その中で『就労ができる』だけではなく本人が自己実現のために『働き続けることができる』土壌を作っていく。 表1 就労プログラム概略 表2 NCNPデイケアの就労プログラムスケジュール  第1回  ガイダンス  第2回  自分を知る  第3回  精神疾患とは  第4回  リカバリー①  第5回  社会資源・社会制度について  第6回  リカバリー②  第7回  就労までにやっておくとよいこと①  第8回  リカバリー③  第9回 リカバリー④  第10回 就労までにやっておくとよいこと②  第11回 リカバリー⑤  第12回 企業見学  第13回 まとめ 3 定着支援の方法 (1)本人支援 定期的なMDTとES、CMへの電話やメールでの定期報告 (2)企業支援 精神障がい者雇用についてのノウハウの提供とリスクマネジメント、リスクヘッジの説明と運用。キャリアアップについての調整など。 (3)得られている成果 図1 就労者数の推移 *就労プログラム未履修者の就労者数(年間平均5名)、定着率(50%)はともに履修者よりも大きく下回った。 図2 ES(PSW1名)の院外での支援活動(平成28年2月まで) 図3 デイケア参加から就労までの平均日数 4 考察 就労プログラムが全てではないが、就労プログラム参加者の方が就労率、定着率共に高い。集団療法の場であるDCで行う就労支援としては、プログラムを利用した支援は効率が良く、有用なものだと思われる。しかし、プログラムに参加したから就労できるのではなく、プログラム(集団)、MDT(個別支援)、CMのかかわり(同)、ESの院外活動(同)の4つが機能することで高い就労率、定着率に繋がると考える。 また、企業が精神障がい者を受け入れ、雇用継続していくための土壌づくりも本人支援同様に重要なものであると考える。本人支援、企業支援の両方が就労支援にあたり大切になってくる。 医療機関における就労支援、職場定着支援への期待は大きなものとなっている。 【連絡先】  清澤 康伸  国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター病院デイケア  〒187-8551  東京都小平市小川東町4-1-1  TEL:042-341-2712  Mail:yasunobu.kiyosawa@gmail.com デイケア型就労支援〜院内雇用における就労支援でのケースマネージャーとしての役割〜 ○高木 幸子(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター病院 デイケア看護師)  清澤 康伸・関根 理絵(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター病院) 1 はじめに 当院デイケアは、平成22年に発足した専門疾病センター「地域精神科モデル医療センター」の一臨床部門として、利用者の地域移行、特に就労を最も重視している。そのための個別支援の体制として、支援全体に責任を持つケースマネージャーと就労支援専門スタッフ(精神保健福祉士やジョブコーチの資格を持つ)が協働するシステムを構築している。就労目的にデイケアを利用する患者さんの多くは、単に就労することがゴールではなく、その先に「長く働きたい」との希望を持っていることが多い。我々は、援助付雇用の支援理念に基づき、まず本人の希望する職場への就労を目指し、職探しの過程や就労後の現場での支援により、スキルアップや環境調整を行い、継続的な就労が実現するような就労支援を心掛けている。 一方、昨年よりセンター病院の中で精神障がい者雇用を推進する動きが強まり、デイケア内にも院内での就労を希望する利用者がいたことから、これまで複数名の院内就労者がでている。演者は、そのうちの1名の利用者につき、ケースマネージャーとして支援する機会を得たので、その経験について報告し、また同一組織内に職場と支援機関があることの利点や注意すべき点についても触れたい。 2 事例紹介 A氏男性、年齢40代、診断名は統合失調症。 16歳の時に幻覚妄想状態で発病し他院にて治療開始された。以降1年程度の入院を3回行い、H10年に当院転院となりデイケア利用も開始した。 デイケアではプログラムを行い、当事者を含めた多職種カンファレンスを実施しながら、状態安定に努めていた。就労経験はない。 平成26年秋ごろより幻聴は残存しているが、社会参加への意思が確認できるようになった。当院で障がい者雇用の求人が出た際、A氏が就労を希望し障がい者雇用にチャレンジすることになった。 3 就労準備 まずはA氏のストレングスと合理的配慮が必要となる特性について、ジョブコーチとともに検討した。 ストレングスについては長期にわたり安定して通所出来ていた点、ルーチンワークであれば安定した作業が期待できる点、一般的なコミュニケーションスキルはすでに獲得できている点があると感じた。 合理的配慮が必要となる点については1つ1つの作業を見える形で指示が必要なこと、指示があいまいで本人の判断が必要となると難しいこと、仕事中で体調不良となったときは休憩を要することがあげられた。 4 就職後、ケースマネージャーとしての役割 (1)生活支援 ① 自己モニタリング 勤務は午後からの4時間/日、週5日で開始した。A氏自身が体調管理を考えて、午前中はデイケアでストレッチ等を行って過ごしていた。しかし午後になると午前中からの緊張で疲労し、数ヶ月後には調子を崩すことが多くなっていった。ジョブコーチと相談し、午前中に仕事をする方が緊張の時間を減らし体調を崩さずに仕事ができるのではないかと考え、勤務時間が午前に変更された。それでも週明けの欠勤が目立つようになったため、月曜日を休日とした週4日5時間/日勤務に調整された。その際、意識して自己モニタリングができるように、本人の理解度に合わせたモニタリング用紙を作成し、気分や過ごし方を視覚化して意識的に行えるようにした(図)。 視覚化することで気分や生活と勤務の関連を意識するようになり、モニタリングをしただけでも欠勤が少なくなった。 図 自己モニタリング用紙   休日は好きな電車の乗ることを2日とも行っていた。しかし、休日の過ごし方も意識するようになり、1日は体の疲れを取るために休み、1日は気持ちの疲れを取るために電車に乗るように計画し過ごすようになった。3連休も自分で判断して2日を気分転換活動に充てる等して、疲労回復を意識した計画をたて過ごすようになった。その結果、大きく体調を崩すことなく、体調不良による欠勤も減り、仕事が継続できている。 ② 睡眠 就労当初から23時の決まった時間に就寝していたが、徐々に体調不良による欠勤が目立つようになった。そのため「仕事を継続できるように体調管理する」という視点で、21時に就寝することにした。モニタリング用紙にも就寝時間を記載して視覚化したところ、21時の就寝へとスムーズに変更され、体調不良による休みは改善された。 ③ 食事 A氏は独居生活の中で、野菜を摂らなければいけないのに摂れていないのではないかと不安になることがあり、その不安をきっかけに調子を崩すことが多くみられた。そのため、氏自身が実際に行動できる範囲での工夫を一緒に考えることにした。あまり細かな計画や、自分での調理が必要となるような方法では混乱して行動できなくなると考え、朝と昼は気にせずに食べ、夕食にサラダや惣菜を買って食べるように工夫した。その結果、野菜を摂っている安心感も生まれ、不安の訴えは見られなくなった。 ④ 欠勤 A氏自身も「休まないで仕事ができるようにしたい」と考えていた。欠勤することで同僚に対して申し訳ない気持ちになり、そのストレスからさらに体調不良を強めることになっていた。申し訳ない気持ちになるがその理由は漠然としていたため、その責任感の強さを生かして、欠勤することが同僚にどのような影響があるのかを具体的に伝え出勤するように促したところ、欠勤が減り、欠勤によるストレスもなくなった。 (2)ストレス対策 A氏にとって気分を上げる方法は電車の時刻表を見ることであった。気分の落ち込みを改善できるものではあるが、集中しすぎると睡眠に影響することもあり、どの程度の時間を費やすことが妥当なラインであるかは一緒に検討する必要があった。1日の生活にどの時間で組み込むかを具体的に検討し行動できたところ、心理的疲労をため込まず、かつ睡眠等への影響も少なくなった。 就労当初、週末は電車に乗って過ごすことを楽しんでいたが、月曜日の体調不良が多く、検討が必要であった。仕事に影響が出るような身体的な疲労がなく、かつストレス解消となる程度を具体的に検討し、金曜日の夜と週末1日は電車に乗るように計画した結果、体調不良は減少した。同時に月曜日は休日としてデイケアでの面接としたため、欠勤になることも減少した。 5 支援して感じたこと 私自身、重度の障がいがあると仕事をすることは難しいと考えていた。しかし重度であっても援助付き雇用の支援の実践と、職場と支援機関の距離が近いことで、以前なら就労が困難だと考えられた人でも可能性がさらに広がることを感じた。同様に病状や生活の自己コントロールが難しいと考えがちであるが、一緒に方法を検討することで自分のやり方を見つけ行動できることもわかった。特に行動レベルでの個別性に合わせた支援がより効果的であった。 しかし、支援機関と就労先が同施設であったため、仕事に関する相談をデイケアにしてくることがあり、本人も仕事とデイケアの線引きが混乱している様子が見えた。タイムリーに支援ができるということでは利点が大きいが、本人が混乱して最初の内はその都度仕事の上司に相談するように伝える必要があった。慣れてきてからは仕事に関する相談は上司やジョブコーチにするようになったが、慣れるまで一定期間要した。 仕事が継続できると自己肯定感や満足感等のポジティブな感情や考えが増し、結果的にリカバリーへと進んだ。仕事をすることはストレス要因で調子を崩すことにもなるが、支援を受けながら自己コントロールができると、当事者にとってはよりよい人生の一歩となり得る。精神障がい者であっても「働きたい」「社会貢献したい」と思い、中には「税金を払えるようになりたい」と口にする人もいる。そういった希望がかなえられるように、医療だからこそできる支援を考えることが大切であると感じた。 6 まとめ 今回の事例を通して、院内雇用は重度の精神障がい者に対して、医療的判断を踏まえた支援を必要とする方にこそデイケアの支援が活かされると感じた。 【連絡先】  高木 幸子  国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター病院 デイケア  〒187-8551 東京都小平市小川東町4-1-1 TEL 042-341-2711(代)  e-mail:daycare@ncnp.go.jp デイケア型就労支援〜院内雇用における就労支援〜 ○関根 理絵(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター病院 看護師)  清澤 康伸・高木 幸子(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター病院) 1 はじめに ニッポン一億総活躍プランにおいて厚生労働省は、『障がい者においてもそれぞれの希望や能力、障害や疾病の特性等に応じて最大限活躍できる社会を目指し、就労支援及び職場定着支援、治療と職業生活の両立支援等を進め、社会参加や自立を促進していく。あわせて、こうした支援を担う専門人材の養成を進めること』を方向性として挙げている。実際に平成28年は民間企業における障害者の実雇用率が1.92%と過去最高となっている。雇用障害者数を障害種別にみると、身体障害者は327,600人(対前年比2.1%増)、知的障害者は104,746人(同7.2%増)、精神障害者は42,028人(同21.3%増)と、いずれも前年より増加し、特に精神障害者の伸び率が大きい。また、平成30年4月には障害者雇用促進法の改正により法定雇用率の算定基礎に精神障害者が加わり、雇用率の引き上げ(2.0%から2.2%へ)が決定した。 国立精神・神経医療研究センター(以下「NCNP」という。)デイケアでは医療における精神障がい者の一般就労(ここでは最低賃金以上で雇用契約を結ぶ特例子会社と就労移行A型を除く企業と定義する)と定着を目標に就労支援を実施している。実雇用数は上昇しているが、企業における精神障がい者の雇用定着はいまだに難しいと言われている状況である。昨年度、障害者雇用でNCNPの人事部とNCNPデイケアを繋ぐ役割を担うことができた。現在もNCNPデイケアではNCNPという企業側への定着支援とともに就労者への生活支援と定着支援を実施している。今回、雇用開始から職場定着までのシステム構築の試みについて報告する。 2 雇用開始から職場定着までの流れ(表1) (1)雇用前の現状 ① 人事部 平成28年度、NCNPでは19ポイント以上の雇用が必要なところ、障がい者の退職などもあり未達成の状態になっていた。身体と精神の障がい者を雇用していた。しかし、雇用直後から年単位での休職をしている精神障がい者もいる状態であり、各部署から精神障がい者の勤務や定着は難しいという声が聞かれていた。勤怠も含めて対応が難しいと思われているため各部署の協力がより難しくなってきていた。 障害者雇用について一任されていた人事部より、障害者(特に精神障害)雇用についてデイケアに相談があり、Employment Specialist と呼ばれる就労支援の担当スタッフが精神障がい者の雇用にあたり、導入しやすい作業の選定、導入の流れなどについて協力した。 表1 今回の雇用から定着までの大きな流れ ② NCNPデイケア NCNPデイケアでは現在、一般就労の支援を実施している。一部には症状の不安や短期間の転職を繰り返していることから自信を無くし、就労に二の足を踏む利用者が存在する。 就労先が院内であることは、本人たちにとっては、1)普段から通院している病院であり、医療者や支援者が近くにいる、という利点がある。私たちにとっては、2)作業や人間関係などに関する問題が起きたときに時間を大きく置かずに本人へ治療的なものも含めた対応ができる、3)問題が大きくなる前に対応することができる、4)実際の作業状況や様々な情報が現場をみて共有できる、などの利点が考えられる。 以上から、細やかな定着支援をすることで、NCNP以外の一般就労へステップアップすることが考えられる利用者を対象に、NCNPへの就労支援を実施することとした。 (2)雇用のための準備 ③ 人事部 雇用開始前には人事部と仕事内容や流れの確認、精神障がい者の雇用に関して理解を深めるための打ち合わせを実施した。精神障がい者雇用に向けた新しい業務として、中止されていた院内メッセンジャー業務が再開となった。 NCNPでは雇用する場合に実習を設けていないが、実習による互いのマッチングと特性を確認するために、NCNPデイケアからの希望者に対して、まずは実習を実施することとした。 ④ NCNPデイケア 4名の候補を選択し、本人に就労の意思を確認し、履歴書を準備した(表2)。   表2 対象としたNCNPデイケア利用者 (3)実習 ⑤ 人事部 実習の前準備として、院内メッセンジャーの業務内容の手順を確立した。その際に、他部門への影響やリスクなどを考え、実習には必ずデイケアスタッフが同行することとした。 ⑥ NCNPデイケア 実習には必ずスタッフが同行できるようにタイムスケジュールを作成。同行スタッフが実習終了後振り返りを毎日実施した。実習終了後、再度就労の意思を確認した。就労希望者の配慮事項を履歴書に追記し、公開求人に応募した。 (4)雇用開始 ⑦ 人事部 週20時間の短時間勤務から雇用開始。雇用開始から1ヶ月後、3ヶ月後に定期面接を実施した。 ⑧ NCNPデイケア 開始直後から1週間は指導・観察のためデイケアスタッフが同行した。 3 結果(現在) 現在、勤務開始から1年以上経過している。勤務開始から半年後に雇用部署が人事部から看護部に変更となっており、最初から雇用されていた4名の内の2名は月に数日の欠勤や早退などが見られることがあるが、残り2名は安定した勤怠から、病棟配置となり看護助手の補助として勤務している。 NCNPデイケアにおいては、現在も定期的な訪問にて企業と本人へ対応し、本人からの定期の報告だけでなく、臨時の報告を受けて、必要な時には即座に対応している。また、Case Manager と呼ばれる生活支援担当者とともに個別面接や多職種チーム連携で定着支援を実施し、本人へ自律・自立を促す細やかな対応をしている。院内メッセンジャーは主に看護助手の作業を請け負っている。今現在は、関わりのある看護助手や病棟事務の理解は徐々に得られてきており、ナチュラルサポートとして動き始めている。 4 考察 NCNPデイケアの利用者にとって、NCNPで働くということは、慣れた環境の中とNCNPデイケアスタッフが近くにいることで安心感が得られやすく、新しい環境に比べて職場に慣れる期間を短縮できると考えられる。また、今までかかわってきた医療スタッフがタイムリーに対応することで、本人たちの社会性の向上に治療的な介入をすることもできる。 支援を必要とする精神障がい者は生育過程や治療過程において、私たちが生活の中で当たり前に得られる様々な社会経験が体験できずにいた可能性が高い。それらを獲得していくことが社会や就労の定着に繋がっていくことが考えられる。そのためには、利用者の状況に合わせた、勤務時間などキャリア構築を含めた環境調整が必要である。   5 まとめ 長期デイケア利用や就労経験が少ない、もしくは幾度も短期間の就労を繰り返してきたような精神障がい者の就労においては職場や生活において、自律・自立を促していく細やかな支援が必要である。そのためには関係部署も含めた職員の理解を得ながら、細やかな支援の受けられるシステムの構築が重要であり、このシステムの構築ができれば、定着の可能性が高くなる。 現在は、NCNPデイケアの利用者を対象とした支援だが、今後はNCNP全体の障害者雇用のシステムの構築が必要だと考えている。 【連絡先】  関根 理絵  国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター病院 デイケア  e-mail:sekine.rie.ncnp@gmail.com セクシュアルマイノリティと職リハサービスとの関連性について 武藤 安紀(福井障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 問題と目的 セクシュアル・マイノリティとは、同性愛、トランスジェンダー等、性的指向・性自認等が少数派とされる方々であり、人口の約5%〜7%強と調査結果1)が出ている。近年では、性的指向・性自認は全ての人に共通し皆当事者性があるというSOGIという言葉が用いられるようになっており、社会的注目度は向上している。しかし、少数派であるために正確な情報や知識が伝わらず、誤解や偏見に繋がることで、当事者が生きづらさを感じている場面は多くあり、メンタルヘルスへの影響や自殺企図率の高さについては日高らの研究2)で明らかになっている。これらが働き続ける上で影響があることは自然であるが、地域障害者職業センター等が行う支援業務(以下「職リハサービス」という。)において、その関連を示す研究や論文は見当たらない。本研究はセクシュアル・マイノリティと職リハサービスとの関連性を明らかにするために行った最初の研究である。 2 研究の方法 対象:当事者会等の運営や活動に10年以上携わり、様々な当事者の生活や職場での悩みや意見を聞いたり対応したりしている活動団体の中心的な存在の方を選択し、セクシュアル・マイノリティと職リハサービスの関連性について、幅広い意見を抽出できるように努めた。 データ収集方法:2017年7月に個別面談によるインタビュー調査(半構造化面接)を行った。質問項目は、セクシュアル・マイノリティに関して、①仕事(就職活動や職場等)で困っていること、②仕事(就職活動や職場等)に望むこと、③仕事に関する支援機関に対して望むことの3点である。調査者が対象者に研究主旨を説明して同意を得た後、インタビューを実施した。インタビューは録音し、音声データを逐語記録し、匿名化したものを分析対象のデータとした。 分析方法:分析は調査者及び職リハ実務経験のある調査補助者の2名で行った。分析の枠組みにはStep for and Theoriration(SCAT)3)を一部改編した方法を用いた。具体的には、テクストからのデータ抽出、グループ化、言い換え、概念化、ストーリーラインの記述、理論記述の順で分析を行った。なお、本研究はSCATを活用した先行研究である小曾根早知子他の分析手法4)を基にして研究を行った。 3 結果 インタビュー対象者は4名となった。いずれの方も個人、団体ともに中心的に活躍している方々である。結果として、下図に示した概念が指摘できた。代表的なテクストデータより抽出した概念をグループ毎に右表に示した。テクストデータは抽出したデータのうち主要部分を抜粋したが、前後の文脈が読み取りにくい部分には、調査者が( )で注釈を付記した。本文中の「 」は調査のインタビューで対象者が話した内容、< >は抽出した概念を意味する。 安梅5)はインタビュー分析の際に既存理論の枠組みを踏まえることが重要と述べており、本研究でも前述のSOGIの概念を基にして分析を行った。言い換えでは<ジェンダー・社会規範><周囲の正しい知識不足><易孤立性><必要な情報が届きにくい>といった、セクシュアル・マイノリティの方が職場を中心とした社会生活を営む上での困難さを示す概念が抽出された。 結果として、表で示す6つの概念が4名の対象者から共通して抽出された。その抽出した概念である<SOGI>は社会全体を表す概念であり、社会に参画するそれぞれが個々の性的指向・性自認を持つことを示している。そのため、<SOGI>に関して困難な状況にある人は、図で示したように社会全般に多く存在し、セクシュアル・マイノリティであることはその一部分であるといった概念が「特別扱いしないで欲しい」「全体に共通すること」と共通して見られるように、セクシュアル・マイノリティの方々の抱える困難性や諸問題は、当事者だけの問題ではなく、セクシュアル・マイノリティであることを取り上げて特別扱いをすることを要望していないことが示された。 また、当事者が現在抱えている困難性に関する<ジェンダー・社会規範><周囲の正しい知識不足><易孤立性>等の概念では、性二次元論の社会(職場)の中で、周囲のセクシュアル・マイノリティに関する正しい知識や情報が充分に認知されておらず、誤解や偏見の中で、周囲の人から無意識の差別的な態度によって孤立性が生じてしまう様子がうかがえる結果となった。 さらに、仕事に関する支援機関に望まれる姿勢に関する<必要な情報が届きにくい><信頼感の低さ>の概念では、自己判断で薬の誤飲など、身体に大きなダメージの残る行為をしてしまうケース等も見られた。また、社会的に排除されることの多い経験が影響して、そもそも信頼感が支援機関(職リハを含む)に対して持てず、相談する発想すら持てていないケースやどこに相談して良いか分からない現状が結果となっている。 抽出した概念 代表的なテクスト SOGI ・僕からみると、無理に言わせる必要はないと思う。隠しているから問題ないっていうのはそもそもおかしい。隠すことでストレスを感じる人もいた。隠すことでストレスはなくてもなんで問題ないのに隠さなきゃいけないの ・それ言える(カミングアウトできる)ようにじゃなくて、その言わなくても普通に暮らせるセクシュアリティの環境というか ・ポイントになってくるのは、カムアウトしても良いし、しなくても良いっていう状態。言っても言わなくても(様々な性的指向・性自認の方が)居るものだっていう前提で捉えて欲しい ・ここからもう(性自認が)揺らがないかっていうと、わからないよね。わかんないよねっていうのは誰にでも言えることだと思うので ・(SOGIに関して困難な状態にある)これはLGBに限らず全ての人に対して言えるそういうジェンダー規範の問題、LGBの問題だからっていうのは多分ない ・一枚岩でっていうふうにされてるっていうのも嫌なのかもしれない(個別性がある) ジェンダー・社会規範 ・女っぽいなとか男っぽいなとか、あの悪気はない会話でやっぱりそのなんていうんでしょうその、小さなストレスっていうのはやっぱり蓄積していく、精神的にまああの、ダメージを受けやすい人達もいたりするので、そういうとこに配慮した上での、まああの、男女二次言論でまあ考えるんではなく ・男性のゲイフォビア(嫌悪)とか、非常に強い。結局企業とか就労関係の機関でも、決定権持っているの結構男性が多いよね、研修を繰り返ししないとそれがそのまま仕事の方向性に表れてしまう ・(大学の就活セミナー等で)男性と女性に分かれて指導がされてしまって、自分の性別とか性別だけでなく性別に違和感がない人であっても、なんか男性ジェンダー女性ジェンダーを演じないとなかなかちゃんと就職ができないっていうのがあって、そこに苦しむ人がいたり ・異性愛を前提にした話をされたりとか、結婚出産の話をされたりとか、そのやっぱフォビアな言動があからさまなものがなくっても雰囲気は絶対に伝わってるので 周囲の正しい知識の不足 ・実際に相談してって言われるような人と同じ立場の人達が何気ない会話とかであの人あっちかもとか、あいつは女っぽいからとか日常的に聞いてしまうと(相談する)部署があっても相談しにくい ・すごく良い人で良い関係で信頼できる人達だからと思ってカミングアウトしたら、次からもう挨拶が返ってこなかったりとか、もう表情、前は笑顔で話してた人が、無表情で話しかけてきたりとか ・所謂ゲイの子が就職をして、それもちゃんとカムアウト出来て、出来たんだけども、結局なんかオネエキャラみたいなものを求められてしまったりとか、結局なんかあの宴会とかで面白いこと言ってくれるんだろみたいな期待をされてしまう ・当事者の立場が危ぶまれるとかアウティング(本人の理解なしに性的指向や性自認をばらすこと)になってしまうっていうことが生き死に繋がってしまうことがわかっていないと思うので ・トランスとかだったらこうだろうみたいな、そんな訳ではないというか、それぞれ一人一人と話をしっかりとした上で対応はして欲しいっていうのはある 易孤立性 ・(当事者コミュニティーで)仕事の話する人っていない。結局隠して仕事、昼間は別の顔として生活を送っていて発散ていうか自由に喋れる場を求めてゲイバーって本来あった側面がある ・普通だってそんな状況に追い込まれたらもううつになるよね、衝動的に自傷行為、今は元気に活動してるけど服薬自殺を未遂したとか、リストカットなんかいっぱいしてたってそういう子は多い。 ・社会のルールとは違う生き方(セクシュアル・マイノリティ)をしているっていうだけでなんかの嘘をつきながら就活をしなきゃいけないっていうのは多分一番大きな部分 ・(表立った活動に一部の人は)寝た子を起こして欲しくないと思うんです。埋没して生きていたいし、陽の目に晒されて心無い言葉を浴びせられたくないとか色々あると思うんだけれども 必要な情報が届きにくい ・どういうことをする組織かっていうのもともとは知らなかったんですけども、そういう知識そういう技術を持った人たちが居る場所なんだってこと自体が分からないっていう事も不安の一つ ・そういう(相談場所や当事者の)情報が少ない子達が多い。SNS結構情報交換やってるようで、広さとか深さとかはなくって自分たちの生活経験の中での情報が多いので、何らかの形でこういうのありますよっていつでも来てくださいよって情報を発信していくのは必要 ・それでどの病院にも行きたくなくなって、自分で勝手に調べて自己診断してネットで薬買って飲んじゃってぐちゃぐちゃになるとか ・全然幼少期に、自分が女であることに違和感とか抱いていなかったけども、男にならないとだめだと思って、FtMトランスってネットとかで調べてそう自認したけども、結局なりきれなかったというか、それでこじらせて精神病 信頼感の低さ ・職業リハビリの人達職員の方殆どがLGBTってそれぞれ、どういう内訳でどういう人を指すか聞いてどうでしょう、答えられそうですか ・(相談の)発想がないよね。失敗経験、打ちのめされて、どっか相談に行けば良いことが起きるっていう感覚そのものが持てないんだろうね ・LGBの当事者の場合だと、結局自分たちの関係性とか自分たちの性指向みたいなものを国は全く認めてくれていない、公っていうものに対する、頼る頼れないというかそもそも信頼度が低い ・アライ(支援し、一緒に声をあげる人)って何だろ、アライって言っときながら全然アライじゃねえわみたいな人がいるから嫌われる 4 考察 我々全ての人に性的指向・性自認(SOGIの概念)があり、セクシュアル・マイノリティであること自体は、何か職業的にリハビリをするものではない。しかし、現在の社会、職場環境では、周囲の理解がない環境下で既存の規範に従うことを求められ、自分自身を偽らないとならない状況や肯定感を持ちづらい状態になりやすいこと、学校生活等で習得される対人経験等が乏しいことや参加することに負担が大きく対人面への苦手さが生じる場合があること、孤立性が生じやすく、どこに相談しにいけば良いのか判断できず、それまでの経験から周囲に信頼感を持ちにくいこともあり必要な支援や情報が届きにくいこと、そうした悩みや負担感、二次障害のリスクを意識的にも無意識的にも抱えたままになりやすいことが抽出されている。そのため、セクシュアル・マイノリティが故に生活を営むこと、就職すること自体や働き続けることに困難さや負担が生じやすく、職リハサービスとの関連性が深くあることが示された。その中では、発達障害や精神障害のある方の特性自体が職業そのものに深く関わりがあることとは違った見方、理解の仕方が必要となるとも言える。また、セクシュアル・マイノリティの方が相談者の中に居るか否かで判断することや、本人にカミングアウトをさせることが良いという視点ではなく、望んでいない可視化や誤った支援になる可能性に留意し、そもそも多種多様な方が相談に訪れることを前提としている姿勢や個別性を踏まえていくことが重要であると考える。そのためには様々な性的指向・性自認のあり方が身近なものであることの正しい理解や、現状の社会や職場で生じやすい問題点について知ること、多種多様な人が支援機関に訪れている前提の中での基本的態度の見直しやセクシュアル・マイノリティの方も対象者であることを明示する等、物理的環境を振り返っていき、支援機関から情報発信をして行くことが重要と考える。 【参考文献】 1) 柳沢正和他:「職場のLGBT読本」実務教育出版(2015) 2) 日高庸晴他:「ゲイ・バイセクシュアル男性の健康レポート2」p.9-10 厚生労働科学研究報告書(2008) 3) 大谷尚:「4ステップコーディングによる質的データ分析法 SCATの提案 着手しやすく小規模データにも通用可能な理論家の手続き」p.27-44 名古屋大学院教育発達科学研究紀要 (2007) 4) 小曾根早知子他:「地域治療所において短期間勤務する医師が診療に加わることを患者はどう思っているか」p.214-224 日本プライマリケア連合集会誌 (2014 vol37) 5) 安梅勅江:「ヒューマンサービスにおけるグループインタビュー法Ⅲ/論文作成編」p.102 医歯薬出版 (2010) 6) 針間克己他:「セクシュアル・マイノリティへの心理的支援」岩崎学術出版社 (2014) 一般企業で働くことの効用〜就労支援を通じての考察〜 ○船本 修平(NPO法人コミュネット楽創 就労移行支援事業所コンポステラ 就労支援員)  本多 俊紀(NPO法人コミュネット楽創) 1 はじめに 障害の有無に関わらず「就労」は、単に収入や生活の糧を得ることに関係するだけではなく、生きがいや他者との関係づくり、健康など人生に大きく関係するものである。ラップらは、「ストレングスモデルはその仕事の最大の焦点を、可能性の開かれた生活の場を発見し、共に創造することに置いている」とし「可能性の開かれた生活の場は、ノーマライゼーションや社会統合という概念とぴったり一致する」1)と述べており、精神障害者においても、仕事のリハビリテーションにおける重要性を説明している。 今回、就労移行支援事業所を利用したAさんが、初めて企業にフルタイムの臨時職員として就職し、その後の長期雇用に向けて取り組み、働くことによって変化していった様子について、支援を振り返り考察し報告する。 なお、本発表に際し、個人が特定できないように配慮した記載とし、本人にも発表の趣旨を説明し了承を得ている。   2 ケースの紹介:Aさん 30代、男性、広汎性発達障害、精神保健福祉手帳3級。 大学時代はゼミにも所属したが、仲間とのコミュニケーションに悩み、20才の時に障害診断。卒業後は、ボランティア活動や短期アルバイトを経験したが、就職せずにA型事業所を利用し事務業務(5H)に6年間従事。 フルタイムで長く働きたいという本人の希望と主治医からの勧めで就労移行支援事業所コンポステラ(以下「事業所」という。)を利用し就職活動を始める。   3 支援の経過 (1)事業所での様子 事業所には、無断欠席、遅刻もなく毎日通所。しかし、自ら挨拶しないことや、他者とのコミュニケーションを苦手としていたため、周囲からは「無愛想」「きつい感じ」と思われ、周囲の仲間と気楽に雑談したいという本人の思いとは裏腹になることが多かった。 また、職員からの注意・指摘を受けると自らの頭を叩く・壁に打ち付けるなどの自傷行為があった。これは、幼少時から孤立しがちで、身近な人からも批判的な評価を受け続け、「自分はダメなんだ」と思い込むことによって引き起こされた反応であった。それらのことにより、Aさんは、自分自身のことやその気持ちについて上手く伝えられない状況であった。 (2)就職活動の状況 活発に就職活動に取り組み、10社へ応募をしたが採用に結びつかず14か月が経ち、失業給付があと1ヶ月となる頃、「一般就労をあきらめて、A型に就職しようかな」と語ることもあった。その際には、面談で当初の目的を再度確認し、一般就労を目指しての応募を続けた。 その結果、臨時職員(雇用期間:6ヶ月)として採用された。期間が限定されていたが、Aさんにとっての、初めてのフルタイムの就職であった。   4 就職後の支援 フルタイムではあったが期間契約の就職であったため、今回の就職について「少しでも就労実績として、次の就職に活かしたい」という本人の希望を確認し、目標を「自信をつけ、自己肯定感を高める機会にする」と設定した。 そこで目標達成に向けて、毎月定期的に職場訪問を実施することとし、就職直後にAさんの上司へ本人の目的を説明し、訪問への理解を得た。そして、訪問時には、本人・支援者・上司の三者面談を行い、仕事内容の確認、出来ていることのフィードバックを重点的に行った。 また、就職の状況を医療者とも共有するため、職場訪問をする目的を説明した。そこで病院のカウンセラーから「病院側もAさんの職業生活のために協力したい」という申し出があり、通院先にも職場訪問の様子を報告し、カウンセリング時にも職場での成果のフィードバックを受けられることとなった。   5 就職後の変化 就職して3ヶ月過ぎたころ、職場から「事務所を訪れるお客様に柔軟に対応している」「同僚との共同作業の時、リーダー的役割として取り組んでいる」との評価をされるようになった。また「職場の観楓会にも参加し、楽しそうに他の職員とも過ごしていた」とのことが支援者に伝えられた。そして「これだけしっかりした人がいるなら、他の方も紹介してほしい」と、さらなる障害者雇用に前向きな意見もいただくなど、働きぶりが非常に大きく評価されていた。 同時期に通院先でも、Aさんから「仕事は充実している。活力もある。自己評価が上がっている」「今までは我慢や忍耐が多かったが、自分の希望や気持ちを伝えられるようにしよう」と、自己イメージの変化や、将来像、目標を話すようになっていた。 一方、支援者に対しても、仕事の相談以外に、Aさんから「プライベートのことで話を聞いてほしい」と、自分自身のことや気持ち、そして要望を話すようになった。他の事業所利用者からも「表情が明るい、楽しそうに仕事の話をしていた」「Aさん変わった」との声があった。 就職から5ヶ月後、職場から契約延長の打診があり、さらに目標に向けて活き活きと働いている。   6 考察 (1)一般企業で働くことが、変化をもたらす 職場からの評価にもあったように、通所時には「無愛想」と言われ、コミュニケーションを苦手としていたAさんが接客も柔軟に対応し、リーダー的役割にも取り組んでいた。これは、「一般企業で働いている」という状況が、本来のAさん自身の能力を引き出したと考えられた。また、就職前「就職すれば、自分を変えられる」と話していたことがあり、仕事の中で認められていくことによって自己肯定感も高まって、活き活きとした本来の姿を表出することにつながったと思われた。  企業側もAさんの働きから、さらなる障害者雇用の希望が生まれている。これは生き生きと能力を発揮し、成長していくAさんの姿によって、障害者のイメージを「戦力」として認識を変化させたことが考えられる。そしてその延長線上には、いうまでもなく社会における変化もあるのではないだろうかと感じている。 (2)共通のフィードバックが安心をもたらす 今回の事例では、仕事の成果について、病院のカウンセラー、上司、支援者が情報を共有し、それぞれからフィードバックを受けられるようにしていた。それによりAさんが、仕事への自信を手に入れ、安心して仕事に向かうことになったと考えられる。 象徴的な出来事として、他者とのコミュニケーションに諦めかけていたAさんが、通院先で「こんなに自分のことを分かってくれている人がいるんだ」と話すということがあった。つまり、周囲で応援し暖かく見守ってくれる人の存在が「安心」となり、心を開いていくことにつながっていたと考えられ、それが変化と成長、障害により諦めていたはずの能力の発揮につながっていたのではないかと考えられた。 (3)短期雇用の活用 本来のAさんの希望は「フルタイムで長く働きたい」ということであったが、経験の不足やコミュニケーションの苦手さ、自信のなさから、今回は経験を積み自信をつけるという目的で短期雇用を選択した。 このことからもAさんと同様に、就労経験が少ない、またはブランクのある方の中には、働くこと、働き続けることに大きな不安を感じている方が多くいると思われる。しかし、短期的展望でゴールが見える雇用形態であれば、一歩を踏み出しやすいのではと考えられる。そして、実際の職場での経験は、本人の就労実績となり、職場の雰囲気の体験や、現状の自己理解を進める機会ともなり、長期の就労に向けたステップとして有効に活用できるのではと考えられた。   7 まとめ 通所時の本人の姿がすべてではないことを、今回のAさんの支援を通してあらためて感じることができた。本人の一般企業で働きたいという強い思いと、働くことで自分を変えられるという本人の言葉は現実となった。そしてこの挑戦は、実際に通所中は開花しなかった本来の力を引き出すことに成功している。 昨今、職場定着の重要性が問われ、長期間務めることが是とされる風潮が強い。このすべてを否定するべきではないが、職場定着に傾倒しすぎることで、支援機関での様子から支援者が予測した「長期間働けるであろう業務内容」を選択させ、支援者に見えていない未知の力を「持っていないもの」として評価していないだろうか。 ベッカーらは「仕事を得るための最適なアセスメントと職業訓練とは、しばしば、ともかく仕事についてしまうことなのである」2)と述べており、実際に目標に向けて体験することは、支援者の予想を超えた力を発揮することが少なくない。 支援者ができることは、何かをしてあげるだけではなく、変化や、本来の能力の発揮をしっかり見守り、それを本人に伝えていくことがとても重要だと感じている。そして、Aさんの支援を通し、障害者の一般就労は企業側にとっても、雇用の考え方を変えていく機会ともなり、さらには一人一人の活き活きと働く姿が、世の中を変えていくということを、あらためて考えさせられる機会となった。   【参考文献】 1) チャールズ・A・ラップ他(田中英樹 監訳):ストレングスモデル第3版,p.49-50,金剛出版(2014) 2) デボラ・R・ベッカー他(大島巌 他 監訳):第6章IPSの概要「ワーキングライフ」p.64,金剛出版 (2004) 【連絡先】  船本 修平  NPO法人コミュネット楽創   就労移行支援事業所コンポステラ  e-mail:compostela@ia8.itkeeper.ne.jp 障害者雇用制度の改正等に伴う企業意識・行動の変化について(1)−電話による企業アンケート調査の概要− ○木野 季朝(障害者職業総合センター 主任研究員)  笹川 三枝子・宮澤 史穂・松浦 大造(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者の雇用については、平成28年障害者雇用状況の集計結果(厚生労働省)において、雇用障害者数(47万4,374.0人)、実雇用率(1.92%)ともに過去最高を更新している。 このように障害者の雇用が進展している中、我が国が平成19年に署名、26年に批准した「障害者の権利に関する条約」の労働分野に係る法律である障害者雇用促進法の25年改正法の施行により、28年4月からすべての企業が差別禁止及び合理的配慮の提供義務を負うことになるとともに、法定雇用率は、精神障害者が算定基礎に算入され、30年4月1日から2.2%へ、そこから3年経過前に2.3%へと段階的に引き上げられることになった。 障害者職業総合センター研究部門では、平成28年度から30年度において実施する「障害者雇用制度の改正等に伴う企業意識・行動の変化に関する研究」において、①電話によるアンケート調査、②企業規模と業種を幅広く網羅するアンケート調査、③企業訪問による障害者雇用の取組に関する3年間のヒアリング調査を行い、障害者雇用促進法の改正等により企業の障害者雇用への意識や行動が実際にどのように変化するのかを把握・分析することとしている。 今回の発表では、以上の3つの調査方法の中で、基礎的調査として位置づけられる電話によるアンケート調査結果の概要について報告する。 2 方法 (1)対象企業 民間調査会社が保有する企業データを用いて、常用雇用労働者30人以上の民間企業を対象に、企業規模6分類と日本標準産業分類を基にした業種13種類をベースに、企業規模×業種によって層化抽出した1000社を対象とした。 (2)調査方法 ① 調査対象企業に対して、事前に郵便で協力依頼。 ② 電話調査員による聞き取り調査。選択肢回答、自由回答併用。 (3)実施時期 平成28年11月 (4)調査内容 調査内容は、障害者雇用の有無と雇用している障害者の障害種類、待遇で不利な扱いをしない取組、職場での障害への配慮対応、障害者雇用に係る外部への相談、募集・採用で不利な扱いをしない取組、募集・採用で障害への配慮対応、法改正(差別禁止、合理的配慮提供義務、法定雇用率への精神障害者算入)の認知度、法定雇用率見直しへの対応方針、雇用率達成状況などである。   3 結果 (1)回収状況 事前の電話アンケート調査依頼1000社に対する協力回答が444社から得られた(回答率44.4%)。 規模ごとの回収率を見ると、30〜39人企業規模が36.6%とやや低かったが、他の企業規模はいずれも40%以上の回答率であった。 (2)企業規模と障害者雇用の有無  企業規模ごとに障害者雇用の有無を尋ねた結果を図1に示す。1000人以上規模ではすべての企業が障害者を雇用しているのに対して、雇用していない企業の割合は50〜99人規模で概ね半数に達し、法定雇用率による雇用義務の対象とならない50人未満の2区分の企業規模では障害者を雇用していない割合が高かった。 図1 企業規模と障害者雇用の有無 (3)企業規模と雇用障害者の種類 障害者を雇用している企業に対して、雇用している障害者の障害種類を尋ねた企業規模別の結果を図2に示す。 回答数の少ない39人以下の企業規模を除くと、40〜999人規模企業の4区分の企業規模では、いずれも身体障害者に次いで知的障害者を雇用している企業の割合が高く、1000人以上規模では身体障害者に次いで精神障害者を雇用している企業の割合が高かった。 図2 企業規模と雇用障害者の障害種類 (4)企業規模と精神障害者の法定雇用率算入に関する認知度 企業規模ごとの精神障害者の法定雇用率算入に関する企業の認知度について確認した結果を図3に示す。知っている(よく知っている、少し知っている)と回答した割合でみると、50人企業規模以上の4区分において、半数を超える割合で精神障害者の法定雇用率算入について認知されており、1000人以上規模では「よく知っている」割合が約7割を示すなど高い認知度であった。一方で、30〜99人の企業規模の3区分では、「聞いたことがない」と回答した企業がいずれも概ね半数を占める結果となった。 図3 企業規模と精神障害者の法定雇用率算入の認知度 (5)支援機関への相談状況  企業規模ごとの企業の支援機関(ハローワーク、地域障害者職業センター、福祉機関、医療機関、社労士、事業主団体、勉強会)への利用状況について確認した結果を図4に示す。支援機関に相談したことがある企業は、100人以上の企業規模3区分で相談の利用率が高い傾向がみられた。 また、49人以下企業規模の2区分では「相談したことがない」と回答する企業が8割を超える結果であった。 図4 企業規模と支援機関への相談状況   さらに、ハローワークを除く支援機関を利用した企業は、障害者雇用企業(278社)では114社(41.0%)であり、障害者非雇用企業(158社)では12社(7.6%)に留まった。 (6)企業規模と法定雇用率見直し後の障害者雇用方針 企業規模ごとの法定雇用率見直し後の障害者雇用に関する方針について確認した結果を図5に示す。企業規模が大きいほど法定雇用率の見直しを待たずに障害者雇用を進めるとする割合が高く、積極的に雇用を進める方針を示す結果となった。見直し後に雇用するとする割合は、50〜99人企業で最も高く、約4割に達した。 図5 企業規模と法定雇用率見直し後の障害者雇用方針 4 まとめ 以上の結果から、障害者雇用促進法の改正による精神障害者の法定雇用率算定基礎算入、法定雇用率見直しについてみると、認知度、改正後の対応への積極度のいずれについても企業規模が大きいほど高くなる傾向が示された。  また、平成30年度から法定雇用率が引き上げられる中で、中小企業等に対する支援機関による支援の利用促進も重要であると捉えられる。   【参考文献】  平成28年障害者雇用状況の集計結果(厚生労働省) 【連絡先】  木野季朝  E-Mail:Kino.Suetomo@jeed.or.jp 障害者雇用制度の改正等に伴う企業意識・行動の変化について(2)−合理的配慮提供の取組を中心に− ○笹川 三枝子(障害者職業総合センター 研究員)  木野 季朝・宮澤 史穂・松浦 大造(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 平成25年(2013年)の障害者雇用促進法改正により、平成28年(2016年)4月から全ての事業所に障害者差別禁止と合理的配慮提供が義務付けられた。さらに、精神障害者が法定雇用率の算定基礎に加えられ、平成30年(2018年)4月には民間企業の法定雇用率が2.2%に引き上げられる。 障害者雇用を巡る環境が大きく変化する中で、有効な企業支援の在り方を探るため、障害者職業総合センターでは、平成28年度から「障害者雇用制度の改正等に伴う企業意識・行動の変化に関する研究」に取り組んでいる。本稿では、「障害者雇用制度の改正等に伴う企業意識・行動の変化について(1)」に引き続き、当センターが平成28年に実施した電話による企業アンケート調査の結果から、企業の合理的配慮提供の取組を中心に報告する。 2 方法 (1)実施期間と実施方法 平成28年(2016年)11月に、民間調査会社に委託して電話によるアンケート調査を実施した。 (2)対象企業 民間調査会社が保有する企業データを用い、常用労働者30人以上の民間企業を対象に、企業規模6分類(30〜39人、40〜49人、50〜99人、100〜299人、300〜999人、1000人以上)と、日本標準産業分類を基にした業種13種類の企業数をベースとして、規模×業種によって層化抽出した1,000社を対象とした。うち、回答が得られたのは444社であった(回収率44.4%)。 (3)調査内容 調査内容は、障害者雇用の有無と雇用している障害者の 障害種類、待遇で不利な扱いをしない取組、職場での障害への配慮対応、障害者雇用に係る外部への相談、募集・採用で不利な扱いをしない取組、募集・採用で障害への配慮対応、法改正(差別禁止、合理的配慮提供義務、法定雇用率への精神障害者算入)の認知度、法定雇用率見直しへの対応方針、雇用率達成状況などである。 3 結果 (1)企業規模と差別禁止規定・合理的配慮提供義務規定の認知度 差別禁止と合理的配慮提供義務規定の認知度について、規模ごとに集計したので、図1、2に示す。 図1 企業規模と差別禁止義務規定の認知度 図2 企業規模と合理的配慮提供義務規定の認知度 両規定とも、1000人以上規模では過半数の企業が「よく知っている」と回答したが、50人未満の規模では「よく知っている」企業の割合は1割に届かなかった。また、2つの規定の認知度を比べると、どの規模階層においても差別禁止規定の方が認知度が高いという結果となった。 (2)募集・採用での配慮実施 募集・採用については、回答企業444社のうち、過去2年間で従業員を募集した企業が90.3%にのぼり、募集を行った企業401社のうち39.7%が「障害者の応募又は応募の打診があった」と答え、応募又は応募の打診があった企業159社のうち「採用となった人(障害者)がいる」と回答した企業の割合は73.0%(116社)であった。 募集・採用で障害があることを理由に不利な扱いをしないようにしているかをたずねたところ、回答企業444社のうち、「努めている」という肯定的な回答が73.0%と4分の3を占め、「具体的にどのようにするかを考えたことがない」18.2%、「すぐには分からない」5.0%と続いた。 募集・採用の機会が得られるよう障害の種類や特性に配慮した対応をしているかについては、回答企業444社のうち、「努めている」50.7%、「具体的にどのようにするか考えたことはない」35.6%、「すぐには分からない」13.5%という結果であった。 (3)職場での配慮実施 障害者を雇用している企業278社に対して、待遇全般について障害があることを理由に不利な扱いをしないようにしているかをたずねたところ、「努めている」企業が92.4%と9割以上を占めた。また、職場として障害の種類や特性に配慮した対応をしているかについても、85.3%の企業が「努めている」と回答した。 (4)相談体制 障害者雇用企業278社のうち、障害者本人から職場での支障の有無を聞いている企業は86.0%(239社)であった。これらの企業にどのような形で聞いているかをたずねると、「定期的に聞いている」55,2%、「本人からの申し出があった時に聞いている」88.5%、「それ以外のタイミングに聞いている」25.1%という結果であった(複数回答)。 また、相談窓口を特に定めているかについては、「定めている」とする回答が56.8%と半数を超えた。また、その窓口は、「社内」86.7%、「外部機関への委託」1.3%、「両方」12.0%と、社内での設置が多くを占め、外部機関への委託のみの企業はほとんどなかった。 (5)支障の有無を聞く機会と合理的配慮提供義務の認知度 障害者本人から職場での支障の有無について聞いている企業239社が、「定期的」、「申し出があった時」、「それ以外のタイミング」の各機会に話を聞いているとした割合を、合理的配慮提供義務規定の認知度別の3群(「よく知っている」84社、「少し知っている」83社、「聞いたことがない」72社)に分けて集計した結果を図3に示す。 図3 支障の有無の確認実施企業の割合(聞く機会別・合理的配慮提供義務規定の認知度別)   カイ二乗検定を実施した結果、「定期的に聞いている」とする企業の割合は同規定の認知度の違いによる有意差が認められ(χ2(2)=23.23,p<.001)、残差分析を実施した結果、「よく知っている」で有意に多く、「聞いたことがない」で有意に少なかった(p<.05)。 (6)支障の有無の相談と具体的な相談内容 障害者本人から職場での支障の有無について聞いている企業239社のうち、「職場や職業生活で支障となる事情があると言われたことがある」企業は65社(27.2%)であった。これらの企業に具体的な支障の内容についてたずねたところ、54件の回答が得られた。ここでは、複数の企業から寄せられた支障内容から一部を抜粋して紹介する。 ・人間関係が合わない(7件) ・指示が分かりづらい、指示通りにできない(5件) ・うまくコミュニケーションが取れない(3件) ・和式トイレを洋式にして欲しい(2件) ・仕事がきつい(2件)   4 考察 本報告の基となった電話による企業アンケート調査は、障害者差別禁止と合理的配慮提供が義務付けられてから7か月後に実施した。1,000社(回収率44.4%)の企業調査を通して、法改正に伴う企業の意識や行動の変化を知るための基礎的な情報を得ることができたと思われる。 調査結果から、規模が大きいほど、これらの規定を「よく知っている」企業の割合が高いことがわかった。規模の大きい企業では、障害者を雇用している割合が高いことや障害者の採用及び雇用管理について専門に取り組む社員が存在している可能性が高いこと等から、法改正情報に接する積極性や機会の多さにつながっていると推察する。 障害者差別禁止及び合理的配慮提供は、規模と関わらず全ての企業に義務付けられているため、小規模企業や障害者雇用経験のない企業においても幅広く情報と接する機会を設けていく必要があると考えられる。 さらに、職場での支障の有無について本人からの確認の状況を見ると、合理的配慮提供義務規定の認知度に関わらず、障害者から申し出があれば多くの企業が積極的に聞いている一方、合理的配慮指針が必要に応じて行うよう求める「定期的な確認」は、同規定の認知度が高いほど実施率が高かった。このことから、制度を知ることにより企業の行動の変化が促され、障害者が働く環境の質向上につながっている可能性が示唆された。   【連絡先】  笹川 三枝子  e-mail:Sasagawa.Mieko@jeed.or.jp 就職した求人種類と離職理由からみた障害者の職場定着支援−「障害者の就業状況等に関する調査研究」から− ○高瀬 健一(障害者職業総合センター 主任研究員)  大石 甲 (障害者職業総合センター) 1 「障害者の就業状況等に関する調査研究」について (1)背景・目的 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構は、これまでに障害者の離職率・定着率を公的に詳細に調査したものはないことを踏まえて、2015年度から2年間の計画により身体障害者・知的障害者・精神障害者・発達障害者の就職状況、職場定着状況及び支援状況等の実態を調査・分析して取りまとめ、調査研究報告書を発行した1)。 (2)調査方法 ・調査協力公共職業安定所:全国134所(全ての都道府県 から2所以上) ・調査対象者:2015年7月及び8月の2か月間に調査協力公共職業安定所の紹介により就職した者 ・調査内容等:属性情報、支援情報、雇用企業情報について雇入時に把握し、その後1年間の定着状況を追跡 ・調査対象障害種類:身体・知的・精神・発達障害者 (3)調査結果 ア 回収状況等 5,015人を集計の対象とした。障害別の集計内訳は、身体障害者33.5%、知的障害者15.3%、精神障害者43.8%、発達障害者7.4%であった。また、求人種類別の集計内訳は、障害者求人により就職した者38.3%、一般求人に障害を開示して就職した者14.9%、一般求人に障害を非開示にして就職した者12.0%、就労継続支援A型(以下「A型」という。)に就職した者34.7%であった。 イ 全体の定着状況 A型を含む就職先での定着率は、就職後3か月時点では80.5%、就職後1年時点では61.5%であった。一方、A型を除く一般企業における就職後3か月時点の定着率は76.5%、就職後1年時点の定着率は、58.4%であった。就職後3か月時点の定着率を求人種類別にみると、A型88.0%、障害者求人86.9%、一般求人障害開示69.3%、一般求人障害非開示52.2%、就職後1年時点の定着率は、A型67.2%、障害者求人70.4%、一般求人障害開示49.9%、一般求人障害非開示30.8%であった(図1)。 ウ 一般企業への就職後の障害別職場定着状況 A型を除いた一般企業へ就職した者について、就職後3か月時点の定着率を障害別にみると、身体障害77.8%、知的障害85.3%、精神障害69.9%、発達障害84.7%、就職後1年時点の定着率は、身体障害60.8%、知的障害68.0%、精神障害49.3%、発達障害71.5%であった(図2、3)。 図1 求人種類別にみた職場定着率の推移 図2 障害別にみた職場定着率の推移(A型除く) 図3 障害別・求人種類別にみた就職者の構成割合(A型除く) エ 留意点 本調査研究は、障害種類別に職場定着要因について統計解析により分析を行うとともに、職場定着にかかる採用企業側の取組について企業インタビューの結果をグラウンデッド・セオリー・アプローチにより分析を行い、考察したところである。結果の活用に当たっては、就職先企業における職場定着への配慮や工夫の有無は不明であること、調査時期を7月〜8月に設定したため、年度当初の新規学卒者の就職状況が集計に反映されていないこと、調査対象の発達障害者は、発達障害の診断・指摘がある者であり、多くいるとされる発達障害として未診断・未確定の者の就職状況や職場定着状況について当てはまるものではないことに留意する必要がある。 2 一般企業への就職後に離職した際の離職理由について (1)離職時期別・求人種類別の離職理由 本調査研究では、離職理由について、雇用保険上の離職理由として「「自己都合」「会社都合」「契約期間満了」に区分して確認した上で具体的な離職理由を「障害・病気のため」「労働条件があわない」「業務遂行上の課題あり」「人間関係の悪化」「職場以外の要因」「労働意欲に課題あり」「キャリアアップのため」「基本的労働習慣に課題あり」「将来への不安」から複数選択により確認した。 その結果、調査1年時点における離職者は1,361人であり、雇用保険上の離職理由は「自己都合」が69.3%と最も多かった。その具体的な離職理由は、3か月未満で離職した者(以下「早期離職者」という。)の場合、「労働条件があわない」19.1%、「業務遂行上の課題あり」18.1%と多く、3か月以降1年未満で離職した者(以下「準早期離職者」という。)では「障害・病気のため」17.4%が最も多かった。求人種類別の離職理由は、早期離職者では、障害者求人の場合「障害・病気のため」、一般求人障害開示の場合「労働条件があわない」、一般求人障害非開示の場合「業務遂行上の課題あり」と求人種類により最多となった離職理由が異なるものの、準早期離職者では、求人種類に共通して「障害・病気のため」が最多であった。また、早期離職者、準早期離職者ともに前向きな離職理由と考えられる「キャリアアップのため」の割合は低かった。 (2)障害種類別の離職理由 身体障害の詳細別において最多となった具体的な離職理由は、視覚障害では「人間関係の悪化」「労働条件があわない」、聴覚障害では「労働条件があわない」、肢体不自由者では「労働条件があわない」「業務遂行上の課題あり」であったが内部障害では「障害・病気のため」であった。 知的障害において最多となった具体的な離職理由は、早期離職者では「業務遂行上の課題あり」、準早期離職者では「人間関係の悪化」であり、職場定着における課題の経時的な変化と離職理由の関連が示唆された。 精神障害において求人種類別の最多となった具体的な離職理由は、早期離職者において、障害者求人の場合「障害・病気のため」、一般求人障害開示及び一般求人障害非開示の場合「業務遂行上の課題あり」であった。準早期離職者では、求人種類に共通して「障害・病気のため」が最多であった。 調査結果において、発達障害者は他の障害種類と比べると最も定着率が高く離職割合は低かった。最多となった具体的な離職理由は、早期離職者では「業務遂行上の課題あり」、準早期離職者では「障害・病気のため」であった。 3 考察 就職後1年間を追跡した本調査研究における離職者の離職理由をみると、改めて就職時の労働条件、仕事内容、職場環境とのマッチングの重要性を確認することができた。加えて、本調査研究の一環として行った企業の職場定着にかかるグラウンデッド・セオリー・アプローチによる分析では、[安定の確認]において採用企業による〈直接的な状況確認〉、関係機関や家族等からの〈間接的な状況確認〉と並んで〈職場実習・試行雇用による状況確認〉が重要なコンセプトとなっていた。先行研究2)による知見として、企業が障害特性等を把握し必要な支援・配慮を確認するために、職場実習の効果を取り上げていることを踏まえても、職場定着の安定に向けた実践として、就職する際に職場実習等の試行的な就労場面における評価が有効であることが示唆された。  また、内部障害、精神障害、発達障害において顕著であった離職理由として、障害や病気の悪化や再発等による「障害・病気のため」が挙げられる。職場定着の安定には疾病・健康管理が重要であると捉えて、就職する障害者本人と継続的に治療等を行っている医療機関、加えて、採用企業、関わりのある就労支援機関をはじめとした関係機関や家族等でリスク管理にかかる具体的な方針等を調整し、状況の変化に応じて継続的に共有することが重要であると考えられた。 4 謝辞 本調査研究は、全国の公共職業安定所から多大な協力をいただいた。集計において一つひとつの報告を確認する中で、求職障害者のニーズに対して、実に多様なアプローチを展開している職業紹介のデータであり、その重要性を痛感している。ご協力いただいた皆様に心より感謝申し上げます。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:障害者の就業状況等に関する調査研究,調査研究報告書No.137(2017) 2) 障害者職業総合センター:障害者雇用に係る事業主支援の標準的な実施方法に関する研究,資料シリーズNo.87(2015) 【連絡先】  障害者職業総合センター社会的支援部門(Tel:043-297-9025) 口頭発表第2部 障がい者就労を行なうことで新たな会社を設立することができた!!(特例子会社設立までの道のり) ○池之上 弘一(株式会社トリドールD&I 業務部店舗業務課 係長)  小国政 勝己(株式会社トリドールD&I 業務部) 1 はじめに 当社は讃岐うどん「丸亀製麺」や、焼き鳥「とりどーる」などの飲食店を運営する㈱トリドールホールディングスの100%出資で平成28年10月1日に設立された特例子会社である(特例認定は平成28年12月26日)。 会社概要は、図1の通りである。   図1(トリドールD&I会社概要) 現在の事業内容は、店舗清掃業務、仕込補助業務、事務作業補助業務の3つの事業を運営している。それぞれの事業については、図2の通りである。 図2(トリドールD&I事業内容) 当社の障がい者の内訳は、 ・身体障がい者  9名(内重度障がい者  6名) ・知的障がい者 77名(内重度障がい者 22名) ・精神障がい者  5名 となっている。 障がいの種類、程度に関わらず、働く意思を持った方を採用している。 設立当初から社員78名と大規模な人数を抱えていた。当社はこれまで親会社の人事部門の一部門であったが、特例子会社として独立したためである。これは親会社の分社化に伴い、新たな職域を創造することも目的となっている。 2 障がい者雇用推進のきっかけ 当社が障がい者雇用を本格的に開始したのは平成11年9月のことで、きっかけはハローワークからの是正指導があったからである。 2011年6月の時点の障がい者雇用率報告で19人不足しており、法定雇用率を当面遵守できる状況ではなかった。 これは、当社で働く環境を作り出せる専門的な社員がおらず、従来より採用していた本社事務補助業務の採用枠も一杯になってしまったためである。 しかし、当社も社会的責任を負う義務がある。このことを念頭に改めて障がい者が働ける環境を検討し、次のような基本方針と行動指針を決定することになった。 基本方針 ・法定雇用率を遵守し、新たな職域を創造する 行動指針 ・継続的に仕事ができること ・当社の店舗を仕事場とし、店舗と切り離した専門部隊を新たに作ること ・多くの障がい者が健全な環境で、会社、そして社会に貢献できること ・専門的な意見の聞けるジョブコーチ制度を活用すること 3 清掃チームの結成 行動指針から導かれたのが普段十分に取り組めていない店舗清掃という仕事であった。 当社は全国に様々な業態の飲食店を展開しているが、開店準備で忙殺される店舗従業員が行なう店舗清掃には限界があった。衛生レベルを維持することはできても、窓拭きといった手間のかかる清掃に時間を取ることができないことが分かった。 ここに障がい者が専門的に作業を行なうことで会社そして社会に貢献できるのではないかという結論に至った。 そこで、障がい者が清掃作業を行う条件として、 ・障がい者4〜5名でチームを作り清掃に従事する ・専門的に指導する人(以下トレーナーと呼ぶ)を一般採用する ・1チーム2〜4店舗を担当し、巡回訪問する ・トレーナー、障がい者双方を支援するためのジョブコーチ制度を活用する と決め、平成23年9月に障がい者5名で最初の清掃チームを結成した。 4 現状 清掃という仕事は、作業範囲が店舗の敷地内外と広く、作業方法も多種に渡るため、障がい者の個性に応じた作業振分けができることで、雇用面や、清掃品質面で良い結果を生むことになった。 現在では、兵庫県から大阪府に渡り13チームが結成され、担当店舗数も28店舗と増やすことができ、他の店舗からは訪問の催促が届けられるようになっている。 また、障がい者の働きが社内で注目され、2014年9月から簡単な仕込と店舗開店業務の補助を委託されるようになり、現在は4チームが4店舗で従事することになった。 こうして、行動指針にある、雇用継続性、店舗従事者への貢献に繋がる結果が出るようになっている。 5 職場への定着 障がい者雇用を進める上で、当社の事業では様々な地域で同質の仕事を行ない、本社から離れていても安定した仕事ができる環境を整えていく必要があった。 このためには作業を「標準化」したり、働く障がい者の「メンタル面でのケア」を行なっている。 (1)作業の標準化 どのチームでもトレーナーは同一の道具、ハウスルール、作業手順書を指導ツールとして用い、障がい者にマンツーマンで個別指導することで誰もが同質の作業ができるようになっている。 (2)メンタル面のケア 仕事に従事していても職場や家庭での環境の変化によってメンタル面に支障をきたし、仕事に影響が出ないようにトレーナーの指導、社員面談やジョブコーチなどの支援者との面談によって仕事や生活での悩みや、問題を解決するように配慮している。 特に我々会社関係者には解決が困難な家庭での問題については支援者による協力は不可欠となっており、逐一連絡を行っている。 これらは当たり前のことであるが、真剣に取り組むことで6年以上、最低でも1年以上は仕事を継続する人が多数いる結果となっている。 また、新たに入社する社員、トレーナーにも ・得意な面を見極める(特徴に応じた良い面を伸ばす) ・自信を持たせる(仕事への誇りを持たせる) ・職務上のミスを叱らない(ミスをした理由を聞く) ・理解してもらう工夫をする(同じ誤りをさせない) ・仕事を楽しむ(お互いが楽しむことで結果につなげる) ということを心構えとして説明している。 6 当社の今後 当社も障がい者が100名近くなり、これまでの職域では雇用の場が不足するようになっており、新たな職域の開発が必要になっている。 今後はグループ内企業でのCSR活動(支援学校や支援機関でのうどん教室の開催)や新業務(物流会社でのピッキング作業)など新たな職域を開発し、今年度中に事業を立ち上げることになっている。その他にも農業、畜産などグループ企業での職域開発を行なうことで様々な障がい者を受け入れる環境を整えようとしている。 また、障がい者の能力開発にも可能性を見ている。100名近い障がい者のうち約8割は「自立したい」という夢を持っている。トリドールD&Iという会社名にダイバーシティー(多様性)という言葉があるように障がい者の多様な才能を活用した職域開発を模索している。障がい者が自分たちの才能を活かし、自分たちで「価値を生み出す」ことができる事業の創造を目指している。 今は趣味レベルの裁縫・縫製、デザインといったものを一つの事業として成り立たせるようにし、「自分たちも社会に貢献できている」と彼らに希望を与えることができる環境を作る。それが本当の意味での「障がい者雇用」であると我々は考えている。 【連絡先】  池之上 弘一  株式会社 トリドールD&I  e-mail:kouichi.ikenoue@toridoll.com 新入社員対象「働きやすい職場づくり」セッション−聴覚障害者の職場定着を目指して− 笠原 桂子(株式会社JTBデータサービス/JTBグループ障がい者求人事務局) 1 背景 障害者雇用実態調査1)によると、従業員規模5名以上の事業所に雇用されている身体障害者約43万3千名のうち、聴覚言語障害者は約5万8千名(13.4%)であり、肢体不自由(43.0%)、内部障害(28.8%)に次いで三番目の数値を示した。 聴覚障害者の雇用においては、雇用者側・当事者側の両者の課題として、コミュニケーション不全により、正確な情報伝達・意思疎通等の困難な状況や2)、コミュニケーション障害に派生する職場における対人関係の調整の課題についての指摘がある3)。しかしながら、コミュニケーション障害を改善する策を講じている企業は半数にとどまっていると報告されている3)。 また、特に若年の聴覚障害者の就労においては、職場帰属意識や職能充実感に加え、支援関係が満足度を構成すると考えられており4)、聴覚障害者の定着支援においては、職場での支援体制とコミュニケーションおよび相互理解が重要と考えられる。 2 JTBグループの障害者雇用と定着支援 JTBグループにおける、2017年度上期の障害者雇用実態調査の結果、雇用している障害者は331名であり、うち、聴覚障害者は119名と、36.0%を占めた。次いで下肢障害52名(15.7%)、内部障害39名(11.8%)であり、聴覚障害の割合はほかの障害種別と比較して最も割合が多く、JTBグループの障害者雇用促進と社会貢献の観点から、聴覚障害者の定着支援が、重要と考えられてきた。 そこで、2011年度より、聴覚障害者を部下に持つ管理職者、リーダー(サポーター)を対象に、聴覚障害を理解し、聴覚障害者のサポートを通じて働きやすい職場づくりを推進するための通信教育「チャレンジドサポーターコミュニケーション力強化プログラム」を実施し、サポーターが職場内での具体的なコミュニケーションスキルを身につけることを目標とした5)。その後、2015年度より、聴覚障害者が働きやすい職場づくりには、「相互理解」及び「双方向の積極的なコミュニケーション」という観点が重要であるとの考えから、初めて社会に出る聴覚障害者に対して、新入社員研修内で特別プログラム「働きやすい職場環境づくり」セッションを取り入れた。 上記の取り組みを基軸に、JTBグループでは聴覚障害者の定着率向上を目指してきた。 3 セッションの目的 コミュニケーション障害の改善が必要とされる「聴覚障害者」が、初めて健聴者の中で働くにあたり、職場のメンバーに自身の障害と必要な合理的配慮について的確に説明し、職場との相互理解のもと、コミュニケーションが活発な働きやすい環境を作っていくことを目的とする。 4 セッションの対象者 JTBグループ新入社員基礎研修・手話通訳付きクラスを受講する聴覚障害者を対象に実施した。 受講人数は、2015年度8名、2016年度6名、2017年度5名であった。 5 セッションの概要 新入社員基礎研修5日間の1コマ、概ね90分を利用して行い、「先輩社員メッセージ」「働きやすい職場づくりセッション」の2部構成とした。 (1)先輩社員メッセージ ア 目的 自身と同じ聴覚障害のある社会人ロールモデルの活躍状況を知り、社会人生活の不安解消につなげるとともに、自身の目指す姿を描く。 イ 方法 JTBグループ内で勤務している、聴覚障害の先輩社員およびその上司(健聴者)1組を講師とし、「先輩社員講話」「上司講話」「質疑応答」の3部構成とした。 ロールモデルの人選は、JTBグループ本社人事部と特例子会社JTBデータサービスで行った。 ウ 内容 先輩社員からは、現在の仕事、働いてみて感じたこと、仕事をするうえで特に意識していること、工夫していること、仕事のやりがい、困ったこと、嬉しかったこと等、自身の社会人生活での経験を踏まえた講話とした。 上司の講話は、先輩社員が働くうえで工夫をしていることや、仕事をする上でのアドバイス等とし、最後に質疑応答の時間を設けた。 (2)働きやすい職場づくりセッション ア 目的 聴覚障害者自身が働きやすい環境に不可欠である、職場との相互理解のために、セルフアドボカシースキルを高め、自身の障害と、働くうえで必要な合理的配慮について、的確に説明する方法を検討する。 イ 方法 JTBグループ内の聴覚障害社員の支援担当者が講師を務め、「働きやすい職場とは何か」「ワーク」「講師からのメッセージ」の3部構成とした。 ウ 内容 (ア)グループワーク「働きやすい職場とは何か」 聴覚障害者にとって働きやすい職場とはどのような職場か、グループワークで意見を交換する。 (イ)個人ワーク テーマは、「聴覚障害についての知識が全く無い人に、自分の聴覚障害の説明をする」とし、個人ワークを行う。方法は、ホワイトボードを用いて、黒のペンで一人ずつ記入する。 全員の記入終了後、赤のペンに持ち替え、他の受講者の成果物の中で、よいと思ったところにマークを付ける。 その後、逆に、わかりにくかった、工夫が必要と思う部分をお互いにアドバイスする。 最後に、講師から事例とコメントを伝え、本セッションを参考に、実際に職場に提出する成果物の作成を任意の課題とする。 (ウ)講師からのメッセージ 働きやすい職場で働き続けるために、重要なポイント、「3ナイ運動」「相談できる人になろう」「かわいがられる人になろう」の3点を職場に送り出す前のメッセージとして伝える。 6 成果物 受講後、受講者は各々に自己紹介シートを作成し、配属後、職場に共有した。 特に2017年度については、セッション後、受講者5名から申し出があり、新入社員研修中、他クラス受講者約180名を対象に、手話セッションを行った。 また、そのうち、3名については、JTBグループ内同一会社に入社したこともあり、その会社独自の新入社員研修時にも、健聴者の同期約100名に手話セッションを行い、コミュニケーションのきっかけを作るなど、主体的な行動がみられた。 7 受講者による評価 大学教師評価の評価項目に関する先行研究を参考に、評価アンケートを独自作成し、2017年度の受講者5名を対象に回答を得た。 質問は10問で構成し、5点満点評価で回答を求めた。結果、平均4.78、レンジ3-5、1SD=0.46であった。なお、「ここはメモをしよう!というポイントが分かった」の質問項目については、全受講者から5点満点の評価を得た。 8 セッション全体の総括 先輩社員メッセージセッションにおいて、先輩社員が障害に起因する仕事上の困難について、合理的配慮を得ながら自身も工夫し働いている様子を知り、職場での相互理解の重要性を確認していたと評価できた。 また、働きやすい職場づくりセッション冒頭のグループワークにおいて、受講者にとって働きやすい職場とは、自身の聴覚障害について理解があり、コミュニケーションが活発な職場であるという意見が出された。 その結果、自身の障害について、職場のメンバーに説明することの必要性を確認していた様子がみられた。 ワークにおいては、他者の意見を見て、よいところ、工夫が必要なところを評価することで、自身の参考にし、職場への成果物に取り入れていた。 授業評価についても概ね良好な結果であり、受講者の満足度が高いことが確認できた。 受講者はそれぞれの実態に合った成果物を作成し、職場に共有することで、自分自身で働きやすい環境を構築しようという主体的な行動がみられた。 9 今後の課題 セッションの効果が、職場配属導入の時期のみに留まらないよう、継続的な相互理解のためのコミュニケーションの重要性が浸透する有効な方法について検討したい。 また、働きやすい職場への取り組みが新入社員時の一過性にならないよう、アフターフォローの必要性についての検討および、長い職業人生を見据え、聴覚障害社員の職業を通じた自己実現及びさらなる定着支援への取り組みについて、検討していきたい。 【参考文献】 1)厚生労働省:平成25年度障害者雇用実態調査結果報告書.5-7,2014. 2)打浪文子,北村弥生:大学で情報保障を利用した聴覚障害者の職場における状況と課題.国立障害者リハビリテーションセンター研究紀要31,43-46,2011. 3)水野映子:聴覚障害者の職場におけるコミュニケーション.ライフデザインレポート (182), 4-15,2007. 4)笠原桂子,廣田栄子:若年聴覚障害者における就労の満足度と関連する要因の検討.Audiology Japan 59,66-74,2016. 5)笠原桂子:チャレンジドサポーター コミュニケーション力強化プログラム−聴覚障害者の職場定着を目指して−.第24回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集,132-133. 【連絡先】  株式会社JTBデータサービス/JTBグループ障がい者求人事務局  笠原桂子 keiko_kasahara@jtb-jds.co.jp 職場定着支援チーム 活動報告〜みずほビジネス・チャレンジド(株) 町田本社の取り組み〜 ○山本 恭子(みずほビジネス・チャレンジド株式会社 企画部職場定着支援チーム ジョブコーチ)  熱田 麻美(みずほビジネス・チャレンジド株式会社 企画部職場定着支援チーム) 1 みずほビジネス・チャレンジド株式会社 町田本社 の概要(2017年8月現在) 社員数 86名(本館27、別館45、新館14) ・障がい社員人数 64名 ・チーム構成・業務内容 受託業務の所管は、業務第一部、第二部からなっており、それぞれにチームを編成し、みずほフィナンシャルグループ各社からの受託業務をチームの特色に応じて担当する。 (業務第一部) オンラインチーム(銀行オンライン関連業務):口座振替契約先コード登録、還元計表電子化・CD-R化、財形住所入力 メールサービスチーム(封入・発送関連業務):財形貯蓄関係書類、外国為替取引関連書類、銀行内社員研修資料 (業務第二部) オフィスサービスチーム(印刷関連業務):名刺作成業務、社員証等の作成、感謝状等の印刷 業務開発チーム(研修用名札・資料印刷):名札・机上プレート作成、資料印刷、調書修正・追加、帳票等押印 電子ストレージチーム(電子化関連業務):文書台帳作成、文書の電子化作業 2 特色あるチーム運営 チーム全体の業務管理者であるリーダー、サブリーダーを含め、チームメンバー全員が障がい者である。 (1)チームメンバー 多様な障がいを持った社員がひとつのチームとして業務を行う。(例)メールサービスチームのメンバーは10名、うち肢体5名、内部2名、聴覚2名、知的1名。 (2)新人教育、業務指導、業務管理 新入社員の業務指導、配置転換による異動後の業務指導はジョブコーチではなく、チームの指導担当者、サブリーダー、ジュニアリーダー等が役割を担う。業務習得の状況や進捗管理など全体の管理についてはリーダー、サブリーダーが行う。 (3)個々人の障がい特性に応じた業務分担 オンラインチームのメンバーは16名、うち肢体5名、内部1名、聴覚2名、知的1名、精神7名である。銀行オンライン関連業務を取り扱う性質上、顧客情報のデータ入力・照会、銀行取引先のデータ保管などの情報データ入力が主な業務となる。荷物の運搬、場所の移動が少ないことから、体力的に負担が少なく、車椅子を使用している社員にも配慮した業務内容となっている。さらに、みずほグループの各種研修の受講後アンケートデータ入力業務については、納期に余裕があることから、精神障がいの社員が主担当となる業務として請け負っている。 3 職場定着支援チームの紹介 4名のジョブコーチ(以下「JC」という。)と1名の手話通訳士の計5名で社員をサポートしている。JCは企業在籍型職場適応援助者、カウンセラー有資格者、精神保健福祉士、保健師等の専門スキルを習得している。  社員に対するサポートとしては、面談(臨時・定期)、作業遂行力の向上支援、健康管理、生活リズムの安定を図るための助言等を実施している。上司やチームの同僚に対するサポートとしては、支援を要する社員について面談を実施し、本人からの報告や助言内容を情報共有するとともに関わり方や指導方法に関する提案を行うことで上司や同僚による支援(ナチュラルサポート)に移行していくことを目指している。 多様な障がいを持つ社員のサポートをしていく上で疾病・服薬に関する知識や症状の変化にともなう配慮が必要になるケースが多い。専門的な相談機関として、保健所・保健センターの相談窓口を利用している。 4 職場定着支援チームの特色 (1)面談を中心としたサポート 本人よりJCに相談依頼があった場合、本人から上司に面談の承認をもらい、業務の調整と面談時間の確保を依頼する。承認がおりたところで面談実施となる。 本人の上司より面談依頼があった場合、上司とJCの間で面談時間を調整し、JCより本人へ面談に至るまでの経緯、目的を説明の上、実施となる。 JCより対象社員に対する面談を依頼する場合、JCから対象社員の上司に面談の承認をもらい、業務の調整と面談時間の確保を依頼する。承認がおりたところで対象社員に面談に至るまでの経緯と目的を説明の上、実施となる。 面談が終了したところで記録を作成し、今後の支援策として、①継続的支援の必要性(面談、見守り、声がけ)、②専門的助言の必要性(主治医、産業医等)、③支援機関との連携、④上司、チームメンバーの理解・協力 等を検討する。面談記録、今後の支援策については随時上司に報告する。報告内容については、本人の承諾を得ていることが前提となる。 (2)専門性を活かした役割分担 一日の流れを例に、それぞれの専門性を活かした担当業務について説明する。 (精神保健福祉士) (説明) ①定期的な通院がある場合、主治医の見解、服薬確認として面談を実施している。 ②精神障がい社員が担当している入力業務の習得とチームの見守りとして合流作業を行う。 ③採用面接時に体調確認担当として面接を実施する。 ④面接でヒアリングした内容を体調管理シートにまとめる。 (カウンセラー有資格者) (説明) ①心の不安定な状態、人間関係の悩みなど普段の面談では話しにくい内容についてカウンセリングする。 ②休職中であったり、出社できない状態である社員の電話相談を行う。 ③業務中に面談時間がとれない社員についてはお昼休憩を利用してミニ面談を実施する。 ④面談内容について、個人状況メモ、報告書用にまとめる。 ⑤各チームを見回り、担当社員への声がけや就業状況を確認する。 (手話通訳士) (説明) ①朝礼および業務連絡など、各チームのニーズに応じた情報保障を行う。 ②日々の業務状況ならびに体調、悩みごとなど聴覚障害者個々の状態を把握し、記録としてまとめる。 ③全社員を対象とした啓発目的の「今日の手話」とチーム内共通の業務関連手話を作成し、配布する。 ④定期的に実施される各チーム業務報告、および不定期に実施される研修等の情報保障を行う。 (企業在籍型職場適応援助者) (説明) ①自宅療養の様子や通院、治療など定期的な状況確認を行う。 ②本人が登録している支援機関で情報共有を行い、現状の確認や今後の予定について話し合う。 ③規定された復職プロセスをもとに、本人の健康状態や回復状況を確認する。 ④複数のメンバーで支援を行っている場合、情報共有や今後の方針を確認するための話し合いを行う。 (3)社員一人ひとりに対する担当制を導入  社員のサポートについては担当制を導入し、個人の課題への対応や継続的な支援ができる体制を整えている。対象社員の課題、緊急度、支援の継続期間などを総合的に検討し、JC・手話通訳者の適性や専門性を鑑みてメイン担当・サブ担当を振分けている。この取り組みについてはメリット・デメリットがあるものの、担当者間、ひいては定着支援チーム全体の協力があってこそ円滑に機能すると実感している。 (メリット) ・支援方法のアイディアが広がり、多角的な支援ができる。 ・独りよがりな判断や偏った見方を防ぐことができる。 ・JC、手話通訳者の個人的な負担が減る。 (デメリット) ・常に情報共有の時間が必要となる。 ・JC、手話通訳者の受け止め方や認識にズレが生じる可能性があるため、支援方針がまとまらない、支援に着手するスピードが遅くなる可能性がある。 ・相談窓口が多くなり、対象社員が混乱する。 5 現段階での成果と考察 JC、手話通訳士が各チームの中に入っていき、担当社員への声がけや就業状況の見守りを行うことを日常業務としており、そこで得た情報については即時情報共有を実施している。さらに、週次で担当者ミーティングを実施し、意見交換を行うことで支援の方向性を決定し、連携を深めている。 このサポート体制は、稼動してまだ半年足らずであり、課題もある。この先も一つひとつの課題をクリアしながら業務を遂行していきたいと考えている。 障がいのある社員が働きやすい環境づくり〜8つの工夫と職場環境整備について〜 辻庸介(大東コーポレートサービス株式会社 コーポレートサービス部 次長) 1 はじめに 大東コーポレートサービス(以下「コーポレートサービス」という。)は、大東建託の子会社として2005年5月に設立され、同年8月に特例子会社認定を受け、創業以来、一人一人の多様な個性と能力を活かし、障がいのある社員だけでなくすべての社員の新たな活躍の場を創ることに取り組んでいる。 2016年4月には、大東建託の関連会社「大東ビジネスセンター」と合併し、人事・総務関連の事務処理や損害保険のデータ入力代行業務等、シェアード業務としても拡大を図った。 現在、品川、浦安、北九州に事業所があり、大東建託グループ各社に日々多くのサービスや製品を提供している。また、社員数は、309名(出向者含む)、障がい者数63名(身体障がい14名、知的障がい32名、精神障がい17名)となっている(2017年6月1日現在)。 本発表では、設立以来取り組んできた障がい者雇用についての取り組みを「8つの工夫」として整理するとともに、会社合併後の取り組み、さらには今後の課題について述べていく。 2 社員の力を引き出す8つの工夫 (1)障がい特性にあてはめず、個人の能力に着目する。 業務を行う上では、障がい特性は参考程度に考え、個人の強みを把握することが大事だと考えている。特に大事にしている考え方は、得意なこと、苦手なことも、実際にやってみないことにはわからない、ということである。つまり、障がいの種類や等級と実際に業務をこなす力は別物だと考えている。 本人や支援機関等の方から提示される「できない・苦手」といわれているものの中には、単純に経験不足のものや、やり方を知らないだけ、というものも多くある。つまり、実際に会社で行うのと同じ条件で行っているわけではないので、本当にそれができるのか、できないのかは、実際にやってみないとわからない。 また、コーポレートサービスには、様々な障がいのある社員が働いているが、障がい別に配置はしていない。それは、障がいへの配慮は必要だが、もっとも大事なことは、その人が、その仕事ができるかどうかということであって、障がいと実際の業務能力とはまったく別物と考えているからである。 (2)個別指導 社員の障がい特性は様々だが、抽象的な言葉による指示、口頭だけ、文書だけの指示では理解が困難な社員も多く、業務指示を行う際には、実際に見本を見せて行うということを原則としている。 作業をする上で必要なことを確実に伝えることは、業務を行う上で必須だが、ここが最も気を使う点である。業務上のミスの中には「やるべきことが伝わっていない」ことによるミスがあるが、それは伝達する側の責任であって、社員の責任ではない。 どのようにすれば、やってもらうべき業務の内容が伝わるか、見本を見せ、実際にやってもらい、違っている部分があれば個別に指摘し、修正する。このような個別指導の繰返しが、確実な業務習得の鍵となる。 (3)指示の一本化 業務の指示を誰に聞けばよいのか、明確にすることは、大切なことである。色々な人から指示を聞くような環境では、優先順位に混乱が起き、また、不明点などを周囲の誰にでも聞いてしまうと指示内容が微妙に変化してしまうなどミスの温床になる。指示を行う者、質問を受ける者を明確にし、業務上の混乱がないようにすることが肝要である。なお、指示をする者は必ずしも一人である必要はなく、業務別、時間別であっても良いが、必ず明示することが大切である。 (4)見える化 一日に行う業務内容・業務量や優先順位については、予めホワイトボードなどで、明確化する。具体的には、各自のスケジュールを、時間軸に沿って配置する。 そうすることで、各自の一日にやるべきことが明確になり、上司の指示を逐一受けずに、自分で自分の業務を把握することができるようになる。自分のやるべき業務が明確になると、自分からホワイトボードで確認するようになり、結果、自分自身の担当業務として、責任をもって業務が行えるようになっていく。このように主体的に業務に取り組めるようにしていくことが大切である。 (5)日常のアドバイスと目標設定 社員全員が、半期毎の目標管理制度に取り組んでいる。しかし、半期毎の目標設定が難しい社員もいることから、2週間毎の小目標を積み重ねて、目標達成に向けて取り組みを進めていくことを実施している。その際、本人と話し合い目標を設定し、定期的に面談を実施している。 (6)ほめてのばす指導 会社設立当初よりSSTを実施し、SSTそのものの効果もあったが、一番効果があったと考えられるのは、社員一人一人の「良いところ」を見つけるという考え方である。良いところ、できているところについて、積極的にほめるというやり方が社内に浸透していくことで、社員一人一人が能力を伸ばしていける環境が構築され、今に至っている。一方で、注意すべき点についてはその場ですぐに注意することが大事である。 (7)やる気を引き出す 一般的に健常者=指導する人、障がい者=指導される人という印象があるが、障がいのある社員も健常者も同じ社員である。業務改善ミーティングやTQC活動等、障がいのある社員にも参加してもらうようにしている。日常業務におけるミーティングでも、障がいのある社員が司会進行を行うなど、障がいの有無で区別するのではなく、本人の能力ややる気を生かした業務構成を行うようにしている。 (8)ミスをださない仕組みづくり 当然企業なので、「ミス」はないように仕事をすることは必須条件である。しかし、どれだけ注意したとしても、不注意等で生じる人為的なミスをなくすことは困難である。また、能力に合わない業務を行えばミスも生じやすい。 そこで、大事なのが「仕組み」作りである。一連の業務を工程別に分け、それぞれの工程で業務に集中しやすい環境をつくること、また、工程の中に「チェック」工程を設け、チェックが得意な社員を配置することで、ミスを社外に出すことを防ぐなどの工夫だ。 社員の能力を最大限に生かし、しかも業務効率を損なわず、業務のミスが出ないような「仕組みづくり」を追求してくことを常に追及している。 3 働きやすさの工夫/新たな工夫 (1)ハード面の工夫・拡充 2016年4月に会社合併し、その後同年12月に、本社オフィスの移転があった。それに伴い、ハード面での環境整備を実施し、今後、車椅子の方も含め、様々な人材が活躍できる場作りを実施した。 具体的には、自動扉を設置し、広めの通路幅を確保/段差のないフラットな床/高さ調整のできるスイフトテーブルの導入/パトライトと掲示板で緊急速報を自動表示/多目的トイレを設置/休憩室(男女別)を設置し、誰もが安心して働ける職場作りを目指した。 (2)障がいについての知識の共有 会社が合併したことで、いままで障がいについて、ほとんど知識を持ち合わせていない社員も、同じフロアで様々な障がいのある社員とともに仕事をすることになった。そこで、障がいについて、社員全員が興味関心をもってもらおうという考えのもと、次のような施策を実施した。 ① 全社共通の朝礼手話の実施 手話を通じて、多様なコミュニケーションのあり方を知ってもらおうという趣旨の元、全社共通で朝礼での手話レッスンを実施している。「おはようございます」「おつかれさまです」など日常的に使う手話を中心に、1年間で10個の手話をマスターすることができるようにした。 ② 障がいについての知識の共有 障がいを理解するためのハンドブックを作成し、全社員に配布し、いつでも参照できるようにした。お互いの理解を深める「言葉遣い」「表情」「声量」「手話表現」「リフレーミング」などを掲載し、社内コミュニケーションに活用できる内容とした。 4 まとめ/課題 コーポレートサービスは会社設立から、障がい者雇用の会社として、障がいのある社員が活躍できる職場環境づくりを追及してきたが、今回、会社が合併したことで、さらに発展的に変化をすべく、新しいテーマが浮上してきた。 一つは、いままで設備上受入が困難であった、車椅子の社員が受け入れられるような設備改善を行うなど、障がい者雇用の幅をさらに広げる取り組みである。 もう一つは、障がい者雇用だけをする会社ではなく、多様な人材が活躍できる会社を目指していくというものである。合併した会社には、子育て中の方、介護が必要な家族を抱えている方、持病のある方など、様々な事情をもった社員の方がいる。つまり、障がいのある社員はもとより、多様な背景を持った人たちが活躍できる会社を目指すことが、今の会社には求められている。 今後は、特例子会社という場が、障がい者雇用の経験をベースにしつつも、障がい者だけでない「多様な人材が活躍できる職場環境づくり」というより大きな課題解決の場になれるよう、挑戦を続けていきたいと考えている。 【連絡先】  辻 庸介 大東コーポレートサービス株式会社 コーポレートサービス部  e-mail:ty099859@kentaku.co.jp   精神障害者のステップアップのための転職支援〜より豊かな生活のための就労へ〜 石井 和子 1 はじめに 発表者が就労支援を始めたころ、精神障害者は身体障害や知的障害に比べなかなか採用されないといわれていた。しかし、現在は、ハローワークを通じた障害者の就職件数で精神障害者が身体・知的を上回り、4割以上を占める時代になってきた。次の課題として定着があげられているが、その課題も乗り越えて働き続けた障害者は、さらなる壁にぶつかっている。時給が最低賃金からあがらない、成果をあげても雇用形態が変わらないなどの問題である。発表者は2年前就労支援の現場から離れたが、個人として過去に就職支援をした障害者のステップアップのための転職を支援している。その中から3人の事例について発表する。 2 『ステップアップのための転職』 今回の演題の中では『ステップアップのための転職』を2つの条件で考えた。 ・転職により本人の望む条件に近づいている ・転職先が決定してから、その時の勤務先に退職の意向を伝える である。 正社員として働いていた人が転職により契約社員に変わった場合、一般的にはステップアップと捉えがたいが、正社員から契約社員になったとしてもその他の条件が本人の望む条件に変わっていればステップアップと考える。ステップアップは一度でゴールに向かう必要はないので、まずは本人が望む条件を達成し、その後、正社員になりたいと考えた場合に希望する条件を維持した状態で正社員への道をさらに目指すと考えた。 転職先を決めてから退職の意向を伝えることを条件にしたのは、その時の職場環境から離れたいために退職し、その後の就職活動の結果、よりよい条件に就職できたことを本当にステップアップが目的といえるか疑問だったからである。働きながらの転職活動はいろいろ苦労もあるが、おかれている環境に満足できないこともありながらも、働いていることを武器に確実により良い条件を手に入れる転職活動を『ステップアップのための転職』と考えた。   3 事例1 30代、女性、統合失調症、精神保健福祉手帳2級、複数回入院経験あり。転職前は、飲食店に6年間勤務。初めての就職で障害を開示して初めはアルバイトとして勤務。その後、本人の真面目な性格が評価され正社員となり、あとから入ってきた障害者のリーダー的役割を求められた。元々、控えめな性格で、人と関わる仕事より、コツコツと自分で作業するような業務が向いていると思っていたが、周囲の期待通りにできないことに自己肯定感が下がっていった。 発表者は当初、飲食店の業務の中で自己肯定感を下げずに働けるよう支援していったが、本人との面談を繰り返す中で、事務職への転職を検討していくようになった。 問題は、本人が一人暮らしをしていたこと。就職当初は、障害基礎年金2級を受給していたが、途中から受給が停止されたため、一人暮らしを維持できるだけの収入が見込める事務職の障害者雇用枠の転職先を探すことになった。飲食店での勤務のプレッシャーで体調が崩れることが増えるが、障害者雇用で一人暮らしを維持できる事務職の求人はなかなかなく、探し始めてから2年をかけて転職先を探し出した。週40時間勤務の契約社員で、業務は顧客データの入力。通勤時間は15分程度だったものが、転職により1時間10分になった。通勤だけでも大変だと思うが、転職して1年が経ち、以前の職場では消えていた笑顔が戻ってきた。 4 事例2 40代、男性、統合失調症、精神保健福祉手帳2級。転職前は、障害を開示して障害者の支援の業務を2年。さらに以前は、統合失調症を患いながらもプログラマーとして障害を非開示で働いており、障害者雇用枠で働くのは初めて。病気がちの高齢の両親と3人暮らしのため、土日は休みの職場を探していたが、土日のいずれかが勤務であること、イベントがある時には土日両方が勤務になること、健常者とほぼ同様な業務をしているのに、時給が最低賃金程度であることが転職を希望する理由だった。両親のことを考え、何かあった時にはすぐ対応できるよう、自宅からの通勤時間30分が限度で、業務内容は支援の業務を続けることが本人の希望だった。 転職を考え始めて半年後、発表者のもとに障害者枠で採用した障害者を社内で支援する人を募集している企業の情報が入ってきた。企業側は健常者を想定しての募集だったが、業務内容も通勤時間も休日も本人の希望条件を満たしており、当時の職場で健常者と変わらない評価での勤務をしていたこともあり、企業に障害を持っているが応募したい旨を伝え、面接を受けることになり、採用となった。 5 事例3 40代、女性、非定型精神病、精神保健福祉手帳2級、複数回入院経験あり。転職前は、障害者合同面接会で採用された小売業に嘱託職員として5年間勤務。その企業での採用当時は、多くの障害者が配属された部署での勤務だったが、接客態度等が評価され、それまで障害者が配属されたことのない売り場に一般の販売員と同様な立場で配属。ポイントカードの紹介件数では、健常者を含めた中でも上位の成績をあげて社内で表彰されるなど会社に貢献する結果を出してきた。 将来のことを考え、更新のたびに安定した雇用形態(正社員とまでいかなくても、労働組合に入れる契約社員への登用)を希望したが、なかなか実現せず、転職を視野に入れるようになっていった。業種も、販売から経験・知識を積むことで長く雇用される可能性の高い経理事務へ希望を変更した。 所属先に障害を開示せずとも何も問題がなかったこと、精神疾患には必要な通院が週末で済むことから、一般求人も含めた未経験者も対象になる経理事務の求人を探すこととなった。1年半の時間をかけ、一般求人で正社員の経理事務で採用が決まった。 6 支援の方法と内容 発表者と障害者間は、メールやお互いの勤務時間後に喫茶店等で面談をした。内容は、本人の将来のビジョンの確認、求人情報や履歴書・職務経歴書のアドバイス。 企業とのやりとりは基本的に障害者本人がひとりで行ったが、必要な場合は発表者がメールでやり取りをした。 転職後は、企業・本人ともに必要としない場合を除き、障害者就業・生活支援センターにお願いした。  7 考察 長く勤めた障害者が転職することは、転職活動をする障害者に負担であるだけではなく、雇用していた企業も仕事を覚えた障害者を流出するという負担が発生する。本来ならば、雇用された企業内でのステップアップが双方に望ましいと考え、発表者もそれぞれの企業への働きかけをしたがなかなかよい結果が得られず、転職という結果になった。これは、企業が障害者を法律で定める必要数を採用することに重きを置き、障害者の能力を充分活用するところまでは至っていないためと思われる。 3事例とも働きながらの就職活動で、有給休暇を利用したり、勤務時間後の時間に面接をしてもらったり、活動への工夫が必要だった。採用が決まっても、勤務開始日を当時勤めていた会社の退職のタイミングに合わせてもらうなど一見採用には不利に思える配慮を求めざるを得なかったが、働き続けていたことが応募する企業に「きちんと働ける人である」という安心感を与えた。収入があり続けたことで、不採用になっても焦ることなく、自分が希望する条件の会社を根気よく探すことができた。   8 まとめ 精神障害者が法定雇用率にカウントできるようになって10年以上が経つ。来年度からは、法定雇用率の算定基礎に精神障害者が加わる。精神障害者が働くことが当たり前になりつつある中で、このようなステップアップを目的とした転職を希望する障害者は増えると思われる。 しかし、転職の支援をする支援機関は少ない。どうしても一からの就職支援が主になり、転職支援は二の次になってしまう。発表者が支援の現場から離れたのに、個人的に相談を受けざるを得なかったのも、支援してくれる機関が見つからなかったという背景があった。 はじめの就職活動の時にきちんと就職活動のやり方を習得すれば、転職活動は一人でもできるはずと言う支援者もいる。しかし、障害者の能力を充分に活用しようという企業がまだまだ少ない中で、一人で転職活動はなかなか難しい。今回の事例も求人情報については基本的に本人が探してきたものについてアドバイスをする方法をとっていたが、結果的には事例1、事例2は発表者が就労支援者時代に関わった企業からの情報、事例3は、障害者本人が勤めていた職場で能力を評価していた上司からの情報がきっかけで採用に繋がった。 より豊かな生活をしたいというのは誰でも持つ自然な願望である。それを支える転職支援は今後一層必要になると思われる。   【連絡先】  石井 和子  e-mail:CQE10106@gmail.com 精神障害者への認知行動療法的アプローチによる支援〜臨床心理士の役割〜 ○工藤 創(障害者就業・生活支援センターみなと 就業支援担当者)  工藤 玲子・大関 将人・髙村 綾子・力石 ゆう子・木村 圭佑(障害者就業・生活支援センターみなと) 1 背景 平成30年4月から精神障害者の雇用が義務化され、障害者雇用率の算定基礎に精神障害者が加わる事などによって障害者雇用率も2.2%へと引き上げられることとなる。そのため、今後精神障害者の雇用が促進されると考えられるが、事業所による支援のみでは多くの困難が生じる事が予想される。精神障害者が安定した就業を継続するために、事業所は業務調整や多様な症状への対応、心理的支援、セルフケア指導など、障害を抱える従業員に対して様々な理解と配慮の提供が必要となってくる。 このような状況において、障害者就業・生活支援センターみなと(以下「当センター」という。)は医療機関やハローワークを含む各関係機関と連携しながら、精神障害者や事業所に対する直接的・間接的支援を行ってきた。支援には精神科医療に従事した経験を持つ各スタッフの利点を生かし、医療従事者およびデイケアなどと情報共有しながら個別面談や事業所訪問などを行う事で就業継続に寄与してきた。平成28年度からは厚労省の施策である精神科医療機関とハローワークの連携による就労支援モデル事業への協力も行っており、精神障害者に対する支援の拡充に努めてきた。また同年には臨床心理士が配属され、従来のアセスメントや面談に加えて心理検査や心理的面談を行い心理的支援の強化が図られた。精神障害者が安定して就業を継続するためには、事業所訪問や面談、電話相談などの就業支援に加えて、就業と生活全般にわたる心理的支援が必須と考えられており1),2)、今後も更なるニーズが予測される。 当センターの就業支援において、臨床心理士が心理的支援を実践するためには、他職種のスタッフと役割分担しながら情報を共有し、本人を中心とした総合的な支援を行う必要がある。そのためには、ニーズに合わせた的確な支援方法と、他職種との情報共有が容易な数値化されたデータが重要であり、心理的支援には認知行動療法的アプローチが有効と考えられた。しかしながら、精神障害者の就業支援における認知行動療法的アプローチの有効性については、まだあまり検討されていない。   2 目的 本研究では、当センターにおいて支援した2事例について、臨床心理士による認知行動療法的アプローチの効果を検討した。 3 方法 (1)対象 一般企業に就職した2名の精神障害者(以下「Aさん」「Bさん」とする。)を対象とした。 (2)調査期間 認知行動療法的アプローチを行った期間のうち、AさんはX-1年12月〜X年7月まで、BさんはX-1年9月〜X年8月までを調査した。 (3)方法と分析 それぞれから「今一番困っている事」を聴き取り、対処方法について検討した。対処方法は各々に合わせた認知行動療法的アプローチを選択し、その効果を検討した。 ① Aさん(20代男性、双極性障害・発達障害の診断) 不眠や就業中の眠気についての主訴があり、睡眠認知行動療法3)(以下「CBT-I」という。)を実施した。CBT-Iにより、「長く眠りたい」という考え方を「効率良く眠る」という考え方に変化させ本人の主訴に対処する事とした。 効果の測定にあたり、睡眠効率(%)を独立変数として熟眠感(10件法)と日中活動の支障(10件法)を従属変数として、単回帰分析による検定を行った。また、質的分析ツールであるNVIVOのテキスト検索クエリを実行し、面談場面の本人の発言を踏まえた不眠の主観的変化についても検討を行った。 ② Bさん(20代男性、気分変調症の診断) 就職にあたり、対人ストレスが予測されたため、気分評価の質問紙であるPOMSを定期的に実施した。POMSはその時点での本人の気分の状態を「緊張-不安」「抑うつ-落ち込み」「怒り-敵意」「活気」「疲労」「混乱」の6つの尺度に分類し、その得点によって気分を可視化するものである。本研究では各々の気分に合わせた対処方法を、本人と一緒に検討するために活用した。分析ではストレスイベントの有無によってスコアを振り分け、各々に対して自己相関・偏自己相関による系列依存性を検討した後、有意差検定を行った。また、NVIVOのテキスト検索クエリを実行し、面談場面の本人の発言を踏まえた気分に対する認知の変化についても検討を行った。 4 結果 (1)Aさん CBT-Iを実施した結果、各変数の記述統計は下表のようになった。 表 CBT-Iの各変数における記述統計   度数 最小値 最大値 平均値 標準偏差 熟眠感 睡眠効率を独立変数とし、熟眠感を従属変数とした単回帰分析の結果、調整済み決定係数は0.113となり、1%水準で有意な結果が得られた(β=0.342)。また睡眠効率を独立変数とし、日中活動の支障を従属変数とした単回帰分析の結果、調整済み決定係数は0.097となり、1%水準で有意な結果が得られた(β=-0.318)。従って、睡眠効率が向上するほど熟眠感が増加し、日中活動の支障は減少する事が予測された。 NVIVOによる質的検討では、CBT-I導入前はイライラや不安など、不眠の原因について発言していたが、CBT-I導入後は睡眠効率や熟眠感など、CBT-Iによる結果や効果についての言及が増えた。また、不眠を含めた心理的問題に起因する出来事についても言及し、不眠以外の症状が軽快するといった様子も見られた。 (2)Bさん POMSの6尺度について自己相関・偏自己相関を検討したところ、6尺度全てにおいて有意差は見られなかった。そこで、各々の尺度に対してt検定を行ったところ、「抑うつ-落ち込み」「怒り-敵意」「活気」「疲労」の間に有意差があった(p<0.01)。従って、ストレスイベント発生時には上記4尺度に着目して対処する事が必要であると考えられた。 NVIVOによる質的検討では、POMS導入前は怒りや抑うつ、緊張、疲労に類するエピソードはあるものの、様々な表現で表されており特定の言葉で感情をまとめる事が出来なかった。POMS導入後は緊張や抑うつ、怒り、疲労、混乱など、POMSに記載された言葉を用いた表現が増えており、感情の説明における共通言語が生まれている事が推察された。また、ストレスイベントと感情の関連性から、特定対象への緊張が減少している事や混乱が生じる場面は限定されている事など、新たな気付きが生じていた。 5 考察 本研究の結果から、精神障害者への認知行動療法的アプローチは本人の主訴を可視化して問題を共有し、支援者と共に明確な目標を持って対処するために有効である事が示された。 Aさんの事例では、主訴であった睡眠の質が改善した事で、熟眠感が得られて日中活動の支障が低下した。また、不眠に起因している過去の経験に関しても、言語化して人に説明する事で症状が軽快するといった発言が見られ、問題の原因よりも結果に着目するという視点の変化が般化していると考えられた。Bさんの事例では、対人ストレスに対してPOMSを用いる事で共通言語を作り、ストレスイベント発生時の感情について自他の理解が可能となった。また、類型化された感情は感じるものから見て認識するものへと変化していると考えられた。 2事例は共に言語能力が高く、医療機関との連携が取れ、心理療法に対するモチベーションが高いという条件の下ではあったが、認知行動療法的アプローチは本人の主訴や安定した就業に寄与する事となった。 また、本研究では臨床心理士の役割として心理的支援を行ったが、医療との連携や企業との業務調整、制度の活用などがなければ、心理的支援の効果は非常に限定的になっていたと考えられる。より質の高い就業支援を目的とした心理的支援として、本研究の様な認知行動療法的アプローチは、数値化されたデータを用いて多職種と情報共有が円滑に行えるため、非常に有効であった。 今後、今回用いたCBT-IやPOMSの更なる有効性の検討に加え、他の認知行動療法的アプローチを模索する事が必要であると考えられる。 【参考文献】 1) 田中伸晃・川端啓之:若年者の就労支援における臨床心理士の役割-若年者就労支援相談室における実践を通して-,「福井県立大学論集Vol.31」(2008) 2) 菊地尊:ハローワークにおける臨床心理士の役割と課題,「臨床心理学Vol.4 No.1」,p.24-29,金剛出版(2004) 3) 岡島義:不眠の認知行動療法実践マニュアル-治療者ガイド「不眠の科学」付録2,朝倉書店(2012) 障害者雇用導入期の広告代理業における職場定着の工夫〜統合失調症を患っている私の視点から〜 ○赤井 健一郎(DACグループ 人事部 人材開発課)  小田部 彩香(DACグループ 人事部 人材開発課) 私は、2017年3月中旬より、DACグループの人事部人材開発課で、障がい者枠を利用してアルバイト社員として働いている。DACグループは、全13法人で構成されている広告会社である。私は、現在10:00〜16:30の週4日、実労働時間で週21時間働いている。 私は14年前より統合失調症を患っており、現在精神障害者保健福祉手帳を持っている。二回の入院経験があるが、今は寛解状態である。現在は、病気の陰性症状と処方薬の副作用による身体のだるさ・眠気、体力・集中力の低下などがあり、疲労とストレスによる影響が大きい。就職前は、就労継続支援B型事業所を2年3か月利用した後、クラブハウスで1年の過渡的雇用を経験し、就労移行支援事業所を1年5カ月利用した。 私は、社員向けの研修を計画・実施する業務がメインの人材開発課で、小田部課長の下で働いている。業務内容は、主にPCを使った事務作業と軽作業である。具体的には、研修参加者の情報入力、研修テキストの確認・出力、研修時アンケートの集約、履歴書のスキャン、領収書の整理、研修会場費の支払い、研修用弁当の注文、懇親会会場の予約などがある。 1 障がい特性の理解と職場メンバーへの発信の工夫 私から見て実習は順調に進んだが、トライアル雇用が始まって数日後、仕事内容を困難に感じ、体調の不良もあり、一日欠勤した。実習時から業務内容のレベルの高さを感じていたが、それが積み重なってプレッシャーを感じてしまった。その翌日、小田部さんと人事部のK部長、支援者二人に面談を開いていただき、当分はよりシンプルな仕事を任せていただけることになった。それ以来、日報や直接の会話を通して、小田部さんに仕事内容を検討していただきながら、欠勤することなく勤務を続けている。 以前、二回目の実習が終了した日に、私の病気に関する文献を一部印刷して、小田部さんに渡した。私の病気は周囲にとって非常に理解しづらいと認識しているので、分かりやすい説明が必要だと感じたからだ。後で知ったのだが、小田部さんはその文献を人事部の他の方々にも回してくれていた。それがきっかけになったかどうかは分からないが、私は時折、小田部さんと自分の病気について話すことがある。業務のことだけでなく、自分の病気について話せる機会はありがたく、安心感にもつながっている。私の病気は周りとのコミュニケーションが上手くいかなくなることもあるので、それを理解していただくことも大切だと感じている。 2 チームで取り組む職場定着(職場メンバー2名、支援センター職員2名) 現在、私が働く上で主に支援頂いているのは、小田部さん、人事部のK部長、就業・生活支援センターの職員Wさん、就労移行支援事業所の職員Hさんの4人である。実習終了時、トライアル雇用開始時、そして現在も定期的に面談を開いていただき、今の状況や今後の私、会社の希望などについて話している。 WさんとHさんには3年以上お世話になっていて、私の傾向(頑張り過ぎる、疲れやすい、悩みを話せないなど)を把握していただいている。特に前述の欠勤した時に関しては、私としてはかなり落ち込んでしまい、もう働けない気分になっていたのだが、「仕事のレベル・量を下げてもらおう」というアドバイスをいただき、結果それによって問題が解決され、会社に行けるようになった。 以来、自分の中で悩みがあったら、なるべく早く周りの人たちに話すようにしている。それでも話しづらいことや話すタイミングを損ねることはあるので、それは引き続き今後の課題だと思っている。 3 日報共有の徹底による上長との信頼関係の構築 終業前の15分間で、私は日報を付けて専用のファイルに挟んでから帰る。日報には、当日の出勤時・退勤時の体調、業務内容、業務にかかった時間、その日良かったこと、困ったこと、伝えたいことを記入している。小田部さんはそれを読み、コメントを返してくれる。 この日報はなくてはならないものになっていて、業務をこなす上での報告・連絡・相談はもちろん、自分のメンタル上の調子や、ちょっとした困りごとを吐き出すのにも役に立っている。日ごろ言いづらいことでも、これに書けば伝えることができる。日報を書くことによって、体調が苦しくなっている時の自己認識にもなっている。小田部さんからの励ましのコメントもモチベーションに繋がっていると自分で感じるし、意思の伝達ができているという実感がある。 4 休憩時間創出の工夫 私は、元々の体力の制限に加え、長時間仕事に取り組むことで緊張状態が続くと、辛い状態(特に胸が重くなったり、動悸がしたり)になることがある。そのため、一時間に5〜10分ほどの休憩を頂きたいと、面接時に会社へお伝えした。それは、実習が始まった時から今に至るまで、ずっと配慮して頂いている点である。その時間で、私はトイレに行ったり、下の階のロビーに行ったりして、極力くつろぐようにしている。それによって疲れが全面的になくなるということはないが、休憩を取らずにずっと集中している状態よりは辛さが和らぐ。これはとても大きなことだ。 最初は、休憩のタイミングや長さで試行錯誤が続いたが、最近は慣れもあり、そこまで固く考えず、仕事になんとなく行き詰った時に休憩を取るようにしている。また、全社員共通で毎日15時から15分間休憩があり、それも午後リラックスして働く上で大きな利点である。  今後検討していただきたいのは休憩室の設置である。デスク以外に、快適でくつろげる場所があれば、効率的に休憩を取る上でさらに理想的だと思っている。 5 雑談やランチ懇親会開催による職場メンバーへの自己認知活動及び信頼関係の構築 障がい者雇用を利用して働いている社員間の親睦を深める一環として、上司にランチ会を開いて頂いたことがある。また、その社員同士でオフィス内の一緒のテーブルで昼食をとったり、独自にランチ会を開くこともある。そこで話されることには、「ここがDACグループの良いところだ」というものもあれば、「もっと会社にこうしてほしい」という内容もある。 特にみんな言っているのは、会社の雰囲気がとても明るく、オープンでフレンドリーである一方、会社全体の障がいに対する理解・知識がまだ足りないのでは、ということである。様々な配慮をしていただく上で、また、私たちが安心して働く上で、そういった知識は必須だと思う。そして、万が一体調が悪化し、症状が出た時の対応も可能になると思う。それに関しては、今後社員向けの勉強会を開いていただくことになっているので、そういった機会を利用して、私たちが主体になって障がいに対する認知を徐々に広めていければと思っている。 6 研修参加による“働く”意識の再確認 現時点で、私は人材開発課の一員として研修を三回見学している。普段のオフィス以外での業務にも参加できることは、私にとって良い経験である。特に4月に新入社員向けのビジネスマナー研修を見学した時は、緊張したが、新卒入社の社員を見て非常に勉強になった。そこで学んだことは自分にとってすぐに実行できるものばかりではなかったが、社会人としてのマナーを知ることによって、自分の理想や将来像への意識が高まったことは確かである。 7 今後の活動予定 私にとって、会社で長期間働くということは初めてである。働く前は、会社という場に対する先入観(冷たい、厳しい、人間関係が大変など)があったが、少なくともDACグループに関しては、社員同士の距離が適度に近いので、他人行儀ということはない。もちろん働く場なので、厳しいことやしっかりしないといけないことはあるが、以前私が抱いていた、働くことに対する不安は大分解消された。 DACグループでの障がい者雇用は初めてと聞いているが、それは良い方向に向かっていると思う。「障がい者雇用はこうあるべき」という固定観念がなく、障がい者雇用で働いている個人のことを一から考えていただいていると感じるからである。 小田部さんたちとの連携で仕事を頑張ってこなすうちに、私は業務に関することだけではなく、人間としても成長していると感じている。あとは、自分のやるべきことを一日単位でこなし、何よりも無理しない、先のことを見過ぎない、そして困ったことや悩みごとがあれば早く周りに相談することが大切だと思っている。 障害者雇用導入期の広告代理業における職場定着とキャリア開発の為の工夫〜統合失調症のメンバーと働いている課長の視点から〜 ○小田部 彩香(DACグループ 人事部 人材開発課 課長)  赤井 健一郎(DACグループ 人事部 人材開発課) DACグループは、9社の広告会社と、3社の農業法人、1社の一般社団法人の全13法人で構成されている広告会社である。総合広告事業、人材ソリューション事業、観光ソリューション事業、グローバル広告事業の4領域で、全国にわたり事業展開している。本業である広告事業領域の拡大に取り組むと同時に、様々なCSR活動や自社内での人材育成にも力を注いでいる。社員数も705名となり、2017年10月1日には設立55周年を迎える。現在は、グループ内企業の㈱デイリー・インフォメーションにて5名の障がい者メンバーが活躍してくれている。 ㈱デイリー・インフォメーション社員数(2017年8月23日現在) 男性 59名(うち障がい者3名) 女性 73名(うち障がい者1名) 合計 132名(うち障がい者4名) DACグループの社員育成方針は、「世界で通用するリーダーを育成する」だ。「人の役に立つ人材を育成する」ことを目的に、各階層別の教育を行っている。そういったグループ全体の教育施策を検討・実施していくのが、赤井さんと私が所属する人事部人材開発課だ。 1 障がい特性の理解と職場メンバーとの共有 障がい者雇用の開始から間もないころ、私も周囲のメンバーも障がい者メンバーにどう接すれば良いか、正直分からずにいた。障がいの有無に関わらず、人は「分からないこと」には不安になるので、これは仕方のないことだと思う。そんな折、赤井さんが自身の障がいに関する文献を一部印刷し、自分が特に知ってほしい所にラインマーカーを引いて私に渡してくれた。「統合失調症」と一口にいっても、病状も、障がいに対する考え方・捉え方も人それぞれである。この資料により赤井さんが自身の障がいをどう捉えているか、知ることができた。また、周囲のメンバーにも本資料を回覧することで、赤井さんが配慮してほしいことを認知し、そもそも周囲のメンバーが障がいにどのように向き合っていくべきかの土台をつくる良い機会になったと感じている。 2 ライフプランの共有とキャリアプランの設計 終身雇用・年功序列から、転職市場の活発化・実力主義といった労働スタイルに変わってきた昨今、権力者だけが意思決定し、社員一人ひとりが駒のように動く時代は終わった。一人ひとりの主体的な意思決定や成果にコミットした働き方が求められている中、「障がい者は配慮され、与えられた仕事を誠実にこなす」といった働き方をしていては本人が時代から取り残されてしまうと感じている。仕事という経験を通じて、最終的に自立して生活できるだけの能力や経済力を身につけなければ、ビジネスマンとして『本当の意味での力』はついていかない。それは、障がい者も健常者も関係なく、向き合っていかなければならない点である。そのために、赤井さんが今後どうしていきたいか、どんなことに興味があるのか、どんな考え方をする人なのか、注意深く観察し、対話するように心掛けている。そして、やりたいこととやるべきことを整理し、キャリアと繋げていくための支援をすることが上長としての私の役目であると考えている。現在は、日報や会話を通じて赤井さん自身の“人生観”を捉えているが、今後はライフラインチャート等を活用し、お互いの人生観とキャリアのすり合わせを行っていく必要があると考えている。 3 チームで取り組む職場定着 現在赤井さんの職場定着に向けて、弊グループ人事部部長のK、就業・生活支援センターの職員Wさん、就労移行支援事業所の職員Hさん、そして私の4人で支援を続けている。赤井さんのアセスメントを進めていく上で「職務遂行」と「社会生活の遂行」の二つの側面で考えていく必要があるが、全員が「赤井さんの職場定着」というミッションに向けて動くことで、場当たり的にならない一貫した支援が出来ていると感じている(Wさん、Hさんのコマメなフォローの賜物なので、感謝してもしきれません)。また、職場では発見しきれない赤井さんの精神や体の変調も、人事部長KまたはWさん、Hさんがキャッチアップしてくださるので、スピーディに手を打つことが出来ていると感じている。 4 日報による信頼関係構築と体調・リクエストの把握 赤井さんとの日報のやり取りにおいて、上長である私が行っていることはただ一点、「日報をしっかり読み込み、日報上に文字でレスポンスする」それだけである。どのようなところを努力し、工夫を凝らしたのか、前よりどうスキルアップしたのかをしっかり確認し、具体的に承認のメッセージを添えるようにしている。これは、赤井さんを承認するという目的だけではなく、具体的に「何が」「どのように」成長したかを正確にフィードバックするという目的で記入している。赤井さんにも、業務報告には、具体的な数字や時間を記入してもらうようにお願いしている。障がい者も健常者も関係なく、「なんとなく出来ている」から脱し、「具体的に、どう出来ているか」を可視化し自信に繋げてもらうことが重要であると考えているからだ。 本人の承認欲求を満たすだけのフィードバックはいつまでも続かないと思う。古賀史健・岸見一郎著「嫌われる勇気」にて「承認欲求は不自由だ」と紹介されているように、活動・モチベーションの源泉を「承認」にしてしまうと、他者からの承認を求め、他者からの評価ばかりを気にし、最終的には他者の人生を生きることになってしまう。ゆくゆくは、赤井さんが自分で自分の業務日報を振り返り、自分の「出来ている」を具体的に読み取り、主体的に自信をつけていけるようになって欲しいと考えている。他にも、日報には、出退勤時の体調や、その日の上手くいったこと、困ったこと、感想を記載する欄があり、赤井さんの体調やリクエストを把握し、早め早めに対応するためのツールとしても役立てている。何においても、スピードがひときわ重視される昨今、日報を通じたこのやりとりは、一見じれったくも映るが、赤井さんと私にとっては「自分の状態を報告し、互いを知り、信頼関係を構築する」ための非常に重要なツールになっている。 5 業務の体系化・タスクの細分化と依頼方法の工夫 私はどんな雇用形態・職種であろうと、「雑務を処理する」という役割の人は職場にいないと考えている。障がい者の雇用に伴い、仕事の切り出しと細分化が各社で行われているが、それが雇用されている障がい者の「職域を制限」してしまうことにつながってはいないか、懸念している。現在の仕事が「プロジェクト全体から切り出した一部である」といった意識で仕事をし、戦力となってもらうことが重要であると考える。そのためには、業務の体系化、タスクの細分化が不可欠である。赤井さんは多くの情報を一気にお伝えすると混乱し、疲れてしまう障がい上の特性がある。そのため、仕事の全体像とタスクを一気にお伝えしないように、週別のタスク共有のためのミーティング機会を定期的に作っている。1週間という小単位で、タスクと仕事の繋がりを伝えることで、赤井さんも混乱せず、作業としてではなく、「何のための仕事なのか?」「次にこの仕事を引き継いでくれる人は誰なのか?」という事を意識して業務にあたることが出来ていると感じている。 6 定期的なミーティングによる慣れ度の把握 既述のように、日報だけではやり取りがしきれない点を補う、対面のコミュニケーション機会として、赤井さんと私は定期的にミーティングを行っている。その他にも、赤井さん自身の職場、仕事に対する「慣れ具合い」を確認する機会にもしている。「慣れ」は効率的に業務を遂行するためのパターンの習得であると思う。障がい者の職場定着において「慣れ」を強要することはタブーとされているが、少なくとも赤井さんにとって「慣れ」の力は大きいと感じる。定期ミーティングでは、担当している業務の理解度・進捗スピードの把握以外に、周囲メンバーの内線・外線対応による音の刺激、接客・面談対応による立ったり走ったり歩いたりといった視覚上の刺激、職場のメンバーとのコミュニケーションなどにおいて、違和感や居心地の悪さがないかをコミュニケーションの中からキャッチしている。キャッチした情報を、外部環境の変化により改善できるもの、本人の考え方や行動の変化で改善できるものに整理し、改善のための手を打ちながら、赤井さんの「慣れ」の範囲を拡大していくことが、赤井さんにとっても会社にとっても良いことだと感じている。 7 今後の活動予定 「障がい者だから」というように、病気や障がいに当てはめて対話をしていたら一生前には進まない。赤井さんの生い立ち、家庭環境、興味がある分野、周囲との関わり方から、赤井さんという人格を捉える。そして、赤井さんの人生を豊かにしていくためのキャリア設計を支援し、赤井さんと会社・周囲メンバーとが相互理解出来るよう対話を続けていくことが上長としての私の責任であると考えている。今後は、赤井さんのご家族を職場に招待しての「仕事参観」開催、同時期に入社した障がい者メンバーとの振り返り研修実施、共に働く職場メンバーの障がい理解促進に向けた勉強会実施などを予定している。   【参考文献】 1) 著:岸見一郎、古賀史健「嫌われる勇気」ダイヤモンド社(2013) 2) 統合失調症ナビ   http://www.mental-navi.net/togoshicchosho/ 【連絡先】  小田部 彩香 DACグループ 人事部 人材開発課  ℡:03-6895-1601 e-mail:kotabe@prdaily.jp 入社後、3年を経過した精神障害等を有する社員への定着支援について〜個別支援とグループ支援の取り組み〜 高坂 美幸(MCSハートフル株式会社 精神保健福祉士) 1 はじめに 当社では、特例子会社として設立当初から、精神障害者社員(以下「当事者社員」という。)を雇用している。 平成30年からは障害者の法定雇用率に精神障害者も含まれることになり、社会全体での精神障害者の就職件数は右肩上がりに上昇しているなかで、どの場面でも聞くのが「定着支援」の必要性である。 当社においても、当事者社員の定着支援においてはこれまで試行錯誤してきた。就労支援センター等の専門機関等に相談しながら形作ってきた結果、現在は社内に定着支援専門の専門職を配置する形に落ち着いている。 定着支援担当は、定期的な面談やグループワーク、臨時面談等を実施し、生活面や健康面でのサポートを通じて、当事者社員の定着支援をおこなう。 そういった状況のなかで私が定着支援担当として感じるのが、入社直後の「導入」段階だけでなく、一定期間を経たあとでも「継続」「発展」としての定着支援は必要ではないかということである。 支援の回数や頻度は減ったとしても、経験を積んだからこその葛藤や課題も生まれるため、長期的なスパンでの定着支援は求められるのではないだろうか。 そこで今回は、「3年」を軸として、勤続3年を超えた当事者社員の事例を振り返り、改めて企業内に在籍する専門職の定着支援のあり方と今後の課題について、検討、考察をしたいと思う。 2 調査方法 対象者:当事者社員2名(男性1名、女性1名) ※平成29年7月時点で、勤続年数が3年を超えた社員 対象期間:平成28年1月1日〜6月30日までの6ヶ月間と平成29年1月1日〜6月30日までの6ヶ月間の面接記録 分析方法:それぞれの事例において、上記の期間を2ヶ月ごとに分け、面接回数の集計をおこなう。また、それぞれの面接期間でのトピックと支援内容を検証する。 3 事例紹介 (1)ケースA ① ケース概要 40歳代男性、不安障害、もやもや病、精神障害者保健福祉手帳3級。睡眠習慣は概ね安定、職場の対人交流が勤怠に大きな影響を与える。PC業務を担当。 ② 面接回数 表1 ケースA 面接回数 ③ 面接記録の概要 2016年【1月〜2月】腕がだるい、痺れもありギターが弾けない(#2)/朝早く目が覚める、頭痛の頻度が高い(#4)/自宅で発作が起き、救急搬送される(#6)/職場の人に自分の気持ちを伝えられない(#9)/家族ともめた(#10) 【3月〜4月】寝る時間が遅くなった(#11)/家族とのもめごとで業務中もふと集中力が途切れることがある(#14)/もやもや病の手術でどのくらい良くなるのか不安(#15) 【5月〜6月】社内で発作が起き、救急搬送される(#18)/早朝に目が覚めて眠れなくなる(#19)/会社に来るのもなんとか来ている状態(#21)/入院の日程が変更になりいらいら(#23)/父親が亡くなり、手術の日程を再度調整した(#26) 2017年【1月〜2月】安定した睡眠を意識している、電話応対は大変だが勉強になる(#2)/ギターやベースの技術をもっと高めたい(#3) 【3月〜4月】同じ部署の社員の退職による不安は今はない(#4)/10数年ぶりに行きつけのギターショップに行った(#5) 【5月〜6月】自分の業務をもっと周りに評価してほしい(#6)/仕事はもっと負荷がかかっても大丈夫(#8)/新しい同僚には雑談も交えながら、コミュニケーションを深めている(#10) (2)ケースB ① ケース概要 40歳代女性、うつ病、精神障害者保健福祉手帳3級。睡眠習慣にばらつきあり。対人交流が体調に大きな影響を与える。突発的な仕事に焦りが出る。印刷業務を担当。 ② 面接回数 表2 ケースB 面接回数 ③ 面接記録の概要 2016年【1月〜2月】新しい業務を任され不安(#1)/休日は自宅で過ごすことが多い(#3)/母親が体調を崩したので心配している(#4) 【3月〜4月】入眠はスムーズだが起床に時間がかかる、周りから見えている自分が違う(#5)/職場の対人関係で困っている、自分の気持ちを伝えられない(#6)/集中力が続かず、心配で確認の回数が増えている(#9)/人の話を聞きながら、自分の意見を言うことが苦手(#10) 【5月〜6月】会議がストレスで、それ以外の時間は耳栓を使って対処した(#11)/バス通勤が負担なため、自転車通勤に通勤方法を変更した(#13)/寝る前の過ごし方を変えたら少し目覚めが良くなった(#15) 2017年【1月〜2月】年末にひいた風邪が治らず脇腹が痛む(#1)/社内外問わず、交友関係を拡げていきたい(#3) 【3月〜4月】ずっと歯医者に行ってなかったので歯医者でメンテナンスをすることにした、就労移行主催の茶話会に参加した(#4)/業務の内容が変わったが、新しい業務を早く覚えたい、母親の腕の痛みはしばらく続きそうな様子(#5) 【5月〜6月】昼休憩に短時間の昼寝をするとすっきりする(#7)/身体を少し動かしたくて、ジムに通うことにした(#8)/半休を使ってジムに行ったりして充実している(#9) 4 支援まとめ (1)個別支援 当事者社員自身の自信に繋がる支援 ・既存のモニタリングシートを活用した支援 ・アウトプットできていることを評価 ・物事への受け止め方の整理、認知の修正 ・新しいストレス対処法の案出 (2)グループワーク ・アサーションを使ったコミュニケーション能力向上 ・安心できる場所でのアウトプットの練習 ・自己理解を深める 5 考察 ケースA、Bともに、勤続「3年」の前後では面談回数が大きく減っていることが表1、2からわかる。これは、臨時の面談が減ったことを示し、当事者社員の生活状況が安定したことを示唆している。 また、前半部分では、周りの言動や状況により、当事者社員自身の気分の乱れや落ち込みがみられたが、後半では他者と自分自身を切り替えているような発言がみられるようになった。これは、イレギュラーが生じたときにその都度、①相手に起きていること②自分に起きていることを整理したために、他者の感情に巻き込まれなかったからと推測できる。 また、前半では体調や不安の訴えが多くみられたが、後半では仕事以外の趣味や生活の充実に対する意欲がみられる発言が多く増えた。これは、業務面や生活面で変化があっても①睡眠状態に大きな乱れがないこと②安定した勤怠が維持できていることを定期的な面談で繰り返し、確認したことによる自信の表れだと考えられる。 6 まとめ 今回の振り返りをおこなう経過で、当事者社員におきた変化はまず自身の努力があってこそであるが、それと共に社内に定着支援担当者を配置していることのメリットも感じた。それは、①同僚としての関わりが日常的にあるため、面談が緊張する場面でない②その日の体調や表情、言動を見て、必要時にはすぐに面談を実施することができる③当事者社員以外の社員にもより具体的に障害特性について伝えることができ必要な配慮をしてもらえること、である。 また、ケースA、Bに限らず、自信を喪失している当事者社員に対し、定期的に実施するグループワークの中で徹底的にアウトプットする練習ができることも大きなメリットだと感じている。 今後の課題としては、「3年」の壁を越えると当事者社員も余裕が出てくるため、自分の置かれている環境や周りに視点がいくようになり、勤務時間の延長や待遇面での改善を求める話が出てきやすい。 そういった状況を障害者雇用の現状として留めず、それ以外の部分でのモチベーションを上げる目標立てへの支援や上長への提言、支援センターとの連携を通じて、当事者社員の今後の「自立」「働き方」ということを見直していくことが求められるであろう。 【連絡先】  高坂 美幸(MCSハートフル株式会社)  e-mail:miyuki.kosaka@mcsg.co.jp ASDの大学生・大学卒業者への就労支援 その1 大学と就労移行支援事業の新たな連携 〜キャンパスチャレンジによる試み〜 ○大倉 結 (NPO法人クロスジョブ クロスジョブ梅田)  荒木 春菜(NPO法人クロスジョブ クロスジョブ堺)  砂川 双葉(NPO法人クロスジョブ クロスジョブ梅田)  濱田 和秀(NPO法人クロスジョブ)  梅永 雄二(早稲田大学) 1 目的 NPO法人クロスジョブ(以下「CJ」という。)は大阪府堺市で2010年に設立し、それまでの既存の福祉サービスの環境になじめない人、一人では就職が困難な人を対象に、就労移行支援事業を展開してきた。現在、大阪府、滋賀県、北海道で6ヶ所の就労移行支援事業と、鳥取県にて県とある財団との連携で「1,000人雇用創出に向けた若年就職困難者就労訓練の拠点整備」事業を運営しており、ASD、SLD、ADHD等発達障害の診断がある利用者は法人全体で47.7%を占めている。 近年、多くの大学において発達障害学生への就学や就労の困難さが浮き彫りになっており、日本学生支援機構(2017)によると大学での就職先の開拓、就職活動支援は130校(同27.9%)と就労支援の実施不足が窺えた。 当法人は設立当初より地域にあるA大学学生支援センターと連携を図り、就職活動に困難性を抱える発達障害がある学生の卒業後の進路の一つとして就労移行支援の利用を進めてきた。これまでに12人の利用者のうち8人が就職した(H28年3月末時点)。その中で、在学の当事者・家族のニーズから、新たな共同事業として大学在学生が卒業年度に就労移行支援を利用し、卒業と同時に就職を目指すキャンパスチャレンジ(以下「CC」という。)を2015年度よりスタートさせた。CCの取り組みから見えてきた大学との連携や在学生への就労支援のプロセスとその成果を報告することを目的とする。 2 方法 対象者は、ASDの学生が多く在籍するA大学において、卒業年度にあたる学生で、在学中に精神障害者保健福祉手帳もしくはASDの診断を有する者とする。 2016年度は初めてCCを利用し、就職した利用者が講演を行った。大学は可能な限りASDが疑われる学生とその家族にキャリア説明会の参加を促し社会資源・サービスの情報提供を行っている。 利用に関しては期間を意識したプログラム設定が重要となるため、CCでは軽作業、パソコン・事務、ワークサンプル、施設外就労(清掃・軽作業)、ビジネスマナーグループワーク等の訓練を実施。利用開始から3ヶ月内に企業見学を2〜4社行い、本人のニーズ・状況に基づいて早期に企業実習に繋げていった。 表1 A大学との連携内容 3 結果 CCにおける利用者の状況を表3に示す。 表3 CC利用者の状況(氏名はすべて仮名) 表3からCCの目的である卒業と同時に就職を達成できたのはマサオの1名。ヒロシは自己理解が深まる中でより自身の適性を見極めたいニーズが出たこと、ケンジは雇用先の企業内で受け入れ調整に、トシオは適切なマッチング、企業開拓に時間を要した。 4 考察 (1)CCの効果 ① 同級生と同時期に就職 同級生たちと一緒に卒業して働けることを望む利用者が多いため、この点は評価できる。劣等感や先の見通しがない不安感で大学生活を終えるのではなく、希望を持って社会生活のスタートが切れたものと考える。 ② 時間を活用し自己理解(障害理解)を促進 CC利用者はアルバイト等就労経験が乏しいため、働く経験や自己理解が深まり、適切なジョブマッチングが可能となることにより失敗体験が軽減でき、二次障害が防げたのではないか。また卒業年度は卒業単位を取得している場合は、大学の出席が少なく、就労に向けた準備が有効に行えることもメリットとなった。 ③ 安定した生活リズムの維持 大学および就労移行支援事業所に通うことで生活リズムが整い、就職時にも安定した生活リズムでスタートを切れるようになった。 (2)今後の課題 ① 就労移行支援事業の利用期間 卒業年度において利用開始日が遅れると、卒業年度内の就職がずれ込む可能性が高くなる。対象者に説明会実施や制度手続き等のサポートを早めに実施し、利用期間を10ヶ月は確保をしていくことが望まれる。 ② より緊密な大学とのケース会議 共通の引継ぎシートを作成し、担当教員や職員も交えて大学での支援内容を検討することが必要であり、そのための専門的就労アセスメントを検討していく必要がある。 ③ 共通した目標・課題の取り組み 大学での取り組みと就労移行支援事業所のプログラム・課題の共有と一貫性を持たせていくことも重要である。個別の就労支援計画書を作成し、取り組みや目標等を共有することによって協力体制を構築したプログラムの実施を行っていくことが重要である。 ④ 就労移行支援事業の連日利用 ASD者の中には場面の切り替えや目標の積み重ねが困難な者も多く、就労移行支援事業への参加が隔日になると目標や取り組みの一貫性が持ちにくくなる。 しかしながら、大学在学中ではまずは卒業に向けた修学が第一となるため、ある面卒業年度までに卒業に必要な単位を一定取得できるようサポートすることも支援に含めなければならない。 ⑤ 多様な企業実習現場の提供 大学カリキュラムの状況によっては、企業実習の日程調整が困難である。短期間の企業実習が可能な協力企業を開拓し、早期に企業見学等複数社実施することによって働くイメージ作りを促進させていくことも検討材料である。 【参考文献】 (1)独立行政法人日本学生支援機構(2017):平成28年度(2016年度)障害のある学生の修学支援に関する実態調査 (2) 佐々木正美・梅永雄二(2010):大学生の発達障害.講談社 【連絡先】  大倉結  NPO法人クロスジョブ クロスジョブ梅田  e-mail:ookura@crossjob.or.jp ASDの大学生・大学卒業者への就労支援 その2 〜1日2時間の短時間就労から働くことにチャレンジする 〇砂川 双葉(NPO法人クロスジョブ クロスジョブ梅田)  大倉 結 (NPO法人クロスジョブ クロスジョブ梅田)  荒木 春菜(NPO法人クロスジョブ クロスジョブ堺)  濱田 和秀(NPO法人クロスジョブ)  梅永 雄二(早稲田大学)   1 目的 本研究は、四年制大学を卒業したASD者の就労支援についての報告である。 法定雇用率の引き上げが決定した中、障害者雇用の流れは加速しているが、短時間就労においても週20時間以上の労働条件となっている。しかしながら、週20時間の就労でも困難な利用者も存在する。 職務内容や勤務時間を検討していく中で、1日に2時間程度であれば働ける可能性のある利用者もいることがわかった。 よって、既存の就労形態に合わせるのではなく、利用者本人の能力や特性のアセスメントを行い、1日2時間の就労から始めた支援の結果を報告することを目的とする。 2 方法 (1)対象者 ユイリ(仮名)、20代女性。知的障害を伴うASD(自閉症スペクトラム障害)者。療育手帳B2を所持。 四年制大学を卒業後、就労継続B型事業所を利用するが、さらなるステップアップを目指すために就労移行支援事業所に移行。 好きなことは料理で、家族の食事作りを担当することが楽しみ。その他にも貧困地域や飢餓の子供たちへの支援に関心があり、お小遣いを使って定期的に募金活動を行っている。 キーパーソンは母親。毎日の衣服の準備や声掛けなど、日常的にユイリのサポートを行う。3人の姉妹との関係も良好で、妹達は姉としてユイリのことを慕っている。 働きたい思いは非常に強く、遅刻欠勤なく通所をする。情報収集の力が高いが、それを表現する能力が弱いため、脳疲労を起こしやすい。見るもの、聞くもの全てをインプットし、不要な情報を処理することが苦手。その為、「頑張りたくても頑張れない」「自分は駄目なんだ」と自分自身を責めてしまうことが多々みられた。ストレスが強くなると独語が多くなり、特にトイレの個室に入ると電話で話している様な声の大きさになる。1年8か月の利用を経て就職。 平日の週5日間、9時30分〜15時30分の訓練に参加。軽作業、パソコン、学習などの施設内訓練を中心にプログラムを構成し、週に1回、担当支援者と定期面談を行う。 訓練は何に対しても「やってみます」という姿勢で取り組み、非常に意欲的であるが、通勤や訓練中の助言が多いことで脳疲労を起こし、独語を発する、訓練に集中できない状況が続いていた。ユイリや家族の希望もあり利用開始12か月までは実働5時間の訓練に参加する。 (2)手続き 利用開始13か月目に障害者を積極的に雇用しているが、法定雇用率の算定に囚われず、本人の働く能力をいかに発揮出来るかに主眼を置き、事業運営をしているA社がみつかる。今までは本人の希望(フルタイム)や既存の求人形態に合わせないといけないとの考えで訓練を進めていたが、A社での雇用前実習、就職を想定して、13時〜15時までの1日2時間の予定で野菜の袋詰め作業を行った。 黙々と仕事に取り組む姿勢が評価され、日に日に作業スピードが向上。A社での就職には至らなかったが、実働2時間は働く力がある事を共有した。 その後、実働2〜3時間の勤務、袋詰めなどルーティンワークでの求職活動を行う。一般求人誌でユイリの希望する条件に当てはまるB社の募集を見つけ、企業とコンタクトを取った。スタッフ見学、見学同行、面接を経て就職が決まる。就職から2年8か月経過。 3 結果 訓練時間を変更したユイリの変化を表1に、就職活動の取り組みを表2に示した。   4 考察 訓練開始1年目までは作業面、生活面と支援者が介入し、指摘する内容が多かった。結果、ユイリにとって情報過多となり、脳疲労の助長、「あぁしんどい」等の独語が増えた。訓練が負荷になっていることを感じ取りながらも、ユイリの成長に合わせて段階的に頑張る点を整理出来なかったことは支援者の反省点である。また、既存の障害者求人の条件(勤務時間)に必ず合わせないといけないという支援者の思考もユイリの特性に配慮した支援の妨げになってしまった。 就活のスケジュールの明確化、就職の目標を達成する雰囲気作りが出来たことは、ユイリに「応援してくれる人がいる」という思いを感じ取ってもらえたのではないだろうか。日々、就職に向けての声掛けを行うことで、ユイリから「頑張りたい」「就職したい」と純粋な声を聞く機会が増えたこともあり、利用者とは今後も「支援者はあなたの味方だ」という事を伝えながら信頼関係の構築を行っていきたい。 一般に、我が国の障害者就労においては、長時間の就労が難しい場合には、1日4時間、週20時間の短時間就労という形態が考えられる。しかしながら、障害特性から長時間の労働時間では体力や集中力、持続力等の問題から、作業ペースが落ちたりミスを生じたりする可能性がある。米国の援助付き就労では、1日2時間での就労をしている障害者も多く、そのような障害特性に応じた就労を検討した結果、成果が上がったことは、新しい就労形態と考えられる。 ユイリは「フルタイムで働きたい」という希望を持っていたが、現段階で2時間就労から始め、体力や精神力が身についてきた段階で、徐々に労働時間を延ばすことも検討することができよう。今回の事例のように、短時間就労からステップアップしていく雇用形態は精神障害者などでは実施されていたが、ASDのような発達障害者にも応用できたことは、今後の発達障害者の就労支援に大きな成果を提供できたものと考える。 表1 時間変更によるユイリの変化 9時30分〜15時30分 複数のプログラムに参加。挨拶や身だしなみ、作業面等で支援者から指摘する場面が多く、通勤の疲れなども重なり脳疲労が生じていた。独語が多く、トイレに入ると電話で話している様な声量になる。   13時00分〜15時00分作業の固定化と時間短縮で集中力が向上。ストレスや脳疲労が軽減したことで独語が減る。表情も良く、相手の顔を見て話すことも増えた。 12時00分〜15時00分軽作業のプログラム固定化を継続。作業面、様子共に落ち着いてはいるが、14時30分を過ぎた辺りより独語が増え、注意散漫な様子が見られるようになる。 11時00分〜15時00分 14時を過ぎると集中力が低下。休憩中の独語が多くなる。疲れている時のサインである、頭を掻き毟る様子が見られた。 表2 就職活動の取り組み 求人調べ企業開拓担当支援者だけでなく、事業所全体の就職目標としてユイリの企業開拓に力を入れる。一般求人誌でB社の求人を発見、電話でのやり取りから初回のスタッフの訪問に繋がる。求人はユイリがピックアップし、支援者が電話開拓を行う共同作業で就活に取り組む。支援者と共に企業を探している雰囲気を作ることが出来、ユイリのモチベーションも高まっていった。初回訪問(支援者のみ)ユイリのプロフィール表、法人パンフレット、訓練風景を撮影した動画をB社の担当者に見て頂きながらユイリの様子を伝える。企業が1番関心を示したのは学歴。障害のある方が大学へ進学し勉強しているイメージがなかった為、非常に驚かれていた。見学同行・作業体験 野菜詰めの業務を体験させて頂く。作業服への更衣から業務内容に至るまで、B社の担当者が指導を行う。初回訪問の際にお伝えしたユイリの障害特性が現場に周知されていた。訪問後、ユイリの気持ちを確認したところ、ぜひB社で働きたいとの思いを共有。面接に向け、応募書類の作成や面接練習のスケジュールを決める。就職に向けた状況進捗を日々確認、共有することを大切にした。 採用面接料理が好きなこと、家族の食事作りを担当していることを採用担当者が好意的に受け止める。しかし、採用後の支援機関の介入は断られた。企業の思いは3点。(1)雇用契約を結んだ後は、企業と本人の関係になる為、第三者が介入する理由が分からない、(2)支援を要する方と雇用は初めて。前例がないことは受け入れられない、(3)企業の役目は人を育てていくこと。指導やサポートは企業内で行っていきたい。上記内容を踏まえ、ユイリ、保護者と話し合いを進める。ユイリのB社で働きたい思いが強いこと、企業内のサポート体制が整っていると判断した為、就職に進むことに決める。   【参考文献】 1)梅永雄二、佐々木正美:大学生の発達障害(講談社,2010) 2)B.Bissonnette:アスペルガー症候群の人の就労・職場定着ガイドブック−適切なニーズアセスメントによるコーチング(明石書店,2016) アスペルガー症候群に特化した就労支援プログラム「ESPIDD」における支援内容 ○梅永 雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授)  井口 修一・太田 和宏・竹場 悠・工藤 英美里・大下 哲次(東京障害者職業センター)  村上 想詞(兵庫障害者職業センター) 1 目的 2017年3月の大学生の就職率は97.6%と極めて高い水準を示しているが、障害学生の就職率は50.8%と、約半分の状況である。中でも発達障害のある学生の就職率は30%と極めて低く、かついったん就職しても3年以内に離職する割合が37.5%と報告されている(日本学生支援機構、2016)。 発達障害の中でもASD者は、「人とのかかわりとコミュニケーション」「中枢性統合の困難性」「習慣、特別な興味と頑固さ」「感覚処理」「実行機能の弱さ」などの側面が就職における困難性を示している。とりわけ、実行機能の弱さは、時間管理や問題解決が難しく、中枢性統合の困難性は、同時に複数の情報が把握できないなどの課題が生じている。 さらに、人とのかかわりとコミュニケーションの問題は、「言葉を文字通りに解釈する」「社会的フィルタリングが苦手」「非言語的コミュニケーションが苦手」「同僚と関わらない」「一方的な関係」「他者の動機、意図および行動を誤解する」「不適切な感情反応」などが指摘されている(Bissonnette,2015) 一方で、「事実や出来事に関する優れた長期記憶のおかげで、仕事に関する知識を大量に蓄積できる。」「几帳面で、仕上がりの質は高く、正確かつ規則と手続きを忠実に守る」「変化を嫌うということは、自分に合った仕事を見つければ、それをずっと続けることができるということを意味する」などの肯定的評価を示す報告もある。実際デンマークのSpecialisterneという企業では、集中力、細部への注目、正確性などの特性からソフトウェア検証者(デバッガー)として働いているASD者もいる(梅永、2012)。 よって、本報告では従来の伝統的職業リハビリテーションでは必ずしも効果的な支援がなされているとはいえなかった高機能ASD者に対する新しい就労支援プログラムであるESPIDD(Employment Support Program for Individuals with Developmental Difference)の開発に向けて、現段階での進捗状況を報告することを目的とする。 2 方法 昨年度の研究発表において、高機能ASD者の職業相談、職業評価、適職マッチングそれぞれの課題について報告を行った。 よって、今回は実際に高機能ASD者の就労に実績のある企業および支援機関を調査し、高機能ASD者に特化した合理的配慮について検討した。 3 結果 表1に海外における高機能ASD者の就労で実績を上げている企業および支援機関を示す。 表1に示した機関は、”Social Enterprise”といわれており、表1で示した機関のほか米国ニューヨークのLTRATesting、イスラエルのAQA、イギリスのseeDetailなど世界各国で広がりを示している。 表1 高機能ASD者の能力を生かしている機関 (1)Specialisterne(デンマーク) ソフトウェアの検証として養成 マイクロソフトやオラクルの顧客に対して、プログラム検証サービスを提供しており、現在スペシャリスト・ピープル財団を設立し、世界中で100万件の仕事を生み出す事業を行っている。 (2)The Special Guild(米国サンフランシスコ) 職業訓練とインターンシップを用いて、10週間(2か月半)のソフトウェア検証の研修コースを設けている。その後、1年間TSGの有給インターンとして働く。インターンは、コミュニケーションをはじめとする「ソフトスキル」の指導を行い、インターンシップが終わると、正社員の職に就けるような就職活動を行う。 この支援機関のモデルは地元のコミュニティに合わせて3段階のステップがある。 第1ステップ:コミュニティ内での需要のある仕事を見つける 第2ステップ:職業訓練が受けられるようにする  第3ステップ:インターンシッププロジェクタが実施できるように企業と連携する。 (3)Aspiritech(米国シカゴ) ソフトウェアの検証者として養成し、雇用 現場実習は1か月で、ソフトウェアのバグを見つけるためのテストスクリプトの使い方を学び、独自のスクリプトを作成する。対人関係を強制せず、対面会議や電話応答はなくし、その代わりメールで対応できるようなクラウドベースのスプレッドシートを活用。 基本的に視覚支援を行いセンサリールームで休憩 表1に示した企業や支援機関の共通点は、必ず実習を取り入れているということである。これは、ASD者の情緒面は、同年代よりも少なくとも3年は遅れている(Atwood, 2007)と言われているように、知識は高くても社会性に課題があるため、体験させることによって直に社会で必要とされるスキルを学習する必要があるからである。 また、AspiritechのようにASD者が不得手な会議や電話応対といった対人関係の必要とされる職務は割愛するなど合理的配慮がなされている。The Special Guildにおいてもインターンシップが必須とされているが、大学を卒業しても面接がうまくいかなかった人や履歴書がうまく書けない人でも職業体験を行うことにより自尊感情や自信をもたらせてくれるからだといわれている。 4 考察 表1のSocial Enterpriseでは、まずASDの特性を否定的に捉えず、肯定的に支援技法を導き出していることがうかがえる。表2にハードとソフトの双方で検討すべき高機能ASD者に対する合理的配慮を示す。   表2 ハードスキルとソフトスキルの合理的配慮 (1)ハードスキルの側面 ・作業や業務が全体としてどのように収まるのか、ある特別な手順や過程がなぜ重要なのかを説明する ・口頭による情報を補うために、職務の内容を書面にて指示、視覚的に概要及びチェックリストで伝える ・期待されることを具体的に、かつ数値で測定できるようにする(1時間に30件以上入力しなければならないなど) ・チームワークを求めず、仕事の技術面に集中させる ・あいまいで抽象的な指示は避ける ・会議への参加はできるだけ免除。どうしても参加しなければならない場合は、メモを取るためのPCを使用、あるいはメモを取っていた同僚からメモのコピーをもらう ・管理職に昇進する場合は、技術職への転換 ・静かな仕事場を確保するために、ノイズキャンセリングヘッドフォンや視覚刺激を避けるためのサングラスの使用 ・職務内容の構造化 ・できるだけ毎日決まったルーティンな仕事 ・対人関係を最小限 (2)ソフトスキルの側面 ・職場でのルールの説明や人との関わり方の指導相談ができるバディやメンター(コア上司)の設定 ・感覚処理の問題に対処する(印刷工場、レストラン、化粧品売り場などの嗅覚、蛍光灯・点滅光など注意集中が損なわれる視覚、建設現場・高圧受電設備・工場・冷蔵庫やクーラーなどの聴覚、身体にぴったりとしたきつめの制服、帽子、正装などの触覚) ・ストレスを感じたときのカームダウンエリアの利用、あるいは短い休憩をとることの許可 一般に、ASD者にとって「職場環境は職務(仕事)以上に重要」と言われているため、職場における合理的配慮は極めて大きなポイントとなる。そして、それは表2に示されるように、ソフトスキルの側面のウェイトが高いため、今後の高機能ASD者の就労のポイントがソフトスキルの支援と結論づけられよう。 【参考文献】 (1)Atwood, T.(2007):The Complete Guide to Asperger’s Syndrome. London and Philadelphia, PA: Jessica Kingsley Publishers. (2)Bissonnette, B.(2015):Helping Adults with Asperger’s Syndrome get & stay Hired. Jessica Kingsley Publishers. (3)独立行政法人日本学生支援機構(2016):大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書 (4)梅永雄二(2012):発達障害者の雇用支援ノート.金剛出版 発達障害(ASD)者を対象とした必要な支援や合理的配慮を検討するための職場実習アセスメントシートの作成 ○井口 修一(東京障害者職業センター 所長)  梅永 雄二(早稲田大学)  村上 想詞(兵庫障害者職業センター)  太田 和宏・竹場 悠・工藤 英美里・大下 哲次(東京障害者職業センター) 1 はじめに 近年、東京障害者職業センター(以下「センター」という。)を利用する発達障害者、とりわけASD(自閉症スペクトラム障害)者が増加しており、複雑で捉えにくい個人特性に配慮した効果的な支援方法について検討が必要になっている。 このため、早稲田大学梅永教授の指導・協力の下、前回発表した職業相談シートの作成に続き、センターに設置しているESPIDD研究会での検討に基づき、ASD者を対象とした職場実習アセスメントシート(以下「アセスメントシート」という。)を作成、試行したので、その結果を報告する。 2 目的 梅永1)が指摘しているように、ASD者の就職と職場適応を考える上では、実際の現場において、ハードスキル(職業技能)だけでなく、適応行動やコミュニケーション等のソフトスキルのアセスメントが重要である。 ASD者の特性を考慮してハードスキルおよびソフトスキルを対象にしたアセスメント方法としては、米国ノースカロライナ大学TEACCH部で開発されたTTAP2)がある。 そこで、TTAPのアセスメント対象である機能領域の考え方に基づき、必要な支援と合理的配慮を検討するためのアセスメントシートを作成することにした。 3 方法 (1)アセスメントシートの作成 アセスメントシートは、職場での適応に必要と考えられる行動の評価結果とASDの個人特性との関係を検討できるよう、アセスメント領域および特性領域から構成することにした。アセスメント領域は、TTAPのアセスメント対象となる6つの機能領域(職業スキル・職業行動・自立機能・余暇スキル・機能的コミュニケーション・対人行動)を参考に4つの領域を設定し、領域ごとにTTAPや職場実習(職務試行法)等を参考に、知的障害を伴わないASD者にとって適当と考えられる評価項目を設定した。特性領域は、職業相談シート3)で設定した3領域26項目をそのまま活用し、両シートの連動性をもたせた(表1)。企業等での職場実習のほか、就労支援の模擬的作業場面や模擬職場場面でも使用できることにした。 (2)アセスメントシートの試行 障害者職業カウンセラーが、就職希望のASD者を対象に職場実習(職務試行法)または職業準備支援(模擬的作業場面)を実施した8事例に試行実施した(平成29年2月〜7月)。 試行実施した障害者職業カウンセラーから使用効果や使用方法の意見、設定項目の修正意見等を集約し、その結果に基づいて設定項目の改良等について検討した。 4 結果と考察 (1)アセスメントシートの作成 ア 全体構成 アセスメントシートの全体構成は表1のとおりとした。   表1 アセスメントシートの全体構成 イ アセスメント領域の評価項目と評価方法 職業スキルに関しては汎用性のある項目設定が困難であることから体験した作業遂行の質的評価(適応状況を評価)とし、他の領域は①TTAPの学校/事業所尺度の項目、②センターの職務試行法評価票の評価項目、③発達障害者の職業生活上の課題とその対応に関する研究(以下「研究」という。)4)において抽出整理された課題項目のうち、必要と考えられる項目を選択して評価項目を設定した(表2)。評価はTTAPと職務試行法のそれぞれの3段階を統合して4段階評定で設定した(表2)。   表2 アセスメント領域の評価項目 ウ 特性領域の項目とチェック方法 表1の3領域26項目について該当するかどうかをチェックすることにした。 エ 必要な支援や合理的配慮を検討するための工夫 アセスメント領域の評価結果と特性領域での自覚・観察結果を左右に配置し、両者の関係を比較検討することにより、適応行動面での課題とASD個人特性との関係を明らかにし、必要な支援と合理的配慮を検討、記載できるようにした(図)。 また、アセスメント領域の評価結果と特性領域の観察結果には、支援者の視点だけでなく本人の自己評価や自覚も記入し、両者でその共通点や相違点を確認し、ASD者の自己理解と両者の相互理解を促進することにした。 図 アセスメントシートの全体イメージ (2)アセスメントシートの試行と改良 試行実施した障害者職業カウンセラーの意見を集約し、アセスメントシートの改良を検討した(表3)。 今後も試行実施を継続し、評価結果の分析による評価項目等の改良を検討する必要がある。   表3 試行結果の概要(障害者職業カウンセラーの主な意見) 【引用文献】 1)梅永雄二:発達障害のある人の就労支援,p.2-11,金子書房(2015) 2)ゲーリー・メジボブ他:自閉症スペクトラムの移行アセスメントプロフィールTTAPの実際,川島書店(2010) 3)井口修一他:発達障害(ASD)のある求職者を対象とした基本的な就職支援ニーズを把握するための職業相談シートの作成,第24回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集p.30-31(2016) 4)障害者職業総合センター:発達障害者の職業生活上の課題とその対応に関する研究[資料シリーズNo.84](2015) 急性期病院における就労支援の困難さと当院外来リハビリの取り組みについて 西村 紀子(矢木脳神経外科病院 リハビリテーション科 言語聴覚士) 1 はじめに 高次脳機能障害者の就労支援について、一般のリハ医療機関では「評価」「訓練」までの対応が多く、就労支援まで実施可能な医療機関は極めて少ない現状にある1)。当院は92床を有する脳神経外科病院で、救急搬送される患者のうち10代〜60代の勤労世代も少なくない。2年前よりprotocolを作成し、リハビリ担当者間で評価に差が生じないようなシステムを構築し、現在では就労に際して問題点がある人をほぼ抽出できるようになった。しかし、短い入院期間では本人や家族ともに病状の理解が難しい、麻痺がないために回復期病院の受け入れが進まない等の問題が明らかになった。こうした状況を踏まえ、当院では外来リハビリを開始し、退院後の就労支援を開始した。当院での取り組みを報告するとともに、支援につなげることさえできない高次脳機能障害者が一定数いるという現状を明らかにし、今後の課題として検討していきたい。 2 当院における取り組みと現状 (1)対象 2016年7月1日から2017年6月30日の間で、入院前に就労していた67名。このうち復職に際して問題があったのは51名であった。 (2)入院時からの流れ ①入院時に就労していたすべての患者に対し、スクリーングとして、MMSE、かなひろいテスト、TMT、コース立方体組み合わせテストを実施する。記憶障害については、当院で作成したチェックリストを使用する。 ②業務内容、自動車運転の有無など、復職条件に合わせ、WAISⅢ、CATを実施。各種検査結果と観察による評価を合わせて、リハビリ科のチームリーダーに報告をする。 ③当院で作成したアセスメントシートを使用し、復職に際しての問題点を明確化し、退院調整看護師・相談員と情報共有、主治医に報告。IC設定をして、患者と家族に説明する。 ④自宅退院となる患者については、可能であれば入院中に患者と家族で職場訪問をする。その際、リハビリ担当者が作成したチェックリストを持参して、問題点を明確化する。 ⑤復職に際して、退院時指導のみでなく継続的なリハビリが必要と思われる患者には、主治医より外来リハビリを紹介する。 (3)転帰先 転帰先は、自宅42名、回復期病院9名であった。 自宅退院した人のうち、回復期病院を打診したが転院に至らなかった症例が8名であった。外来リハビリで継続的な就労支援が必要と思われた症例は17名で、うち実際に外来リハビリを実施したのは11名であった。17名のうち麻痺なしが15名、上肢の軽度麻痺が2名でSTだけでなくOTでもリハビリを実施した。 (4)継続的なリハビリが必要と思われた理由 復職にむけての問題点は、注意・記憶・遂行機能障害・脳疲労により通常業務遂行困難が9名、通勤手段である自動車運転困難が1名、継続的な評価と指導が1名であった。社会的行動障害を呈していた症例はいなかった。 3 外来リハビリの状況 (1)外来リハビリ実施状況 退院後、週1〜2回の外来リハビリを11名に実施した。目標達成6名、継続中1名、リハビリ中断は4名であった。中断の理由は、経済的理由が2名、必要を感じない1名、退職が1名であった。   外来リハビリをした症例 (2)外来リハビリを実施しなかった理由 主治医より外来でリハビリ継続の説明を受けた17名のうち、6名が実施に至らなかった。理由は、病状理解が得られず拒否が2名、長期休養となると解雇される可能性が高い、通院費用が払えないなど経済的な理由が4名であった。 4 考察 高次脳機能障害者の復職支援については、「医療機関側の評価・訓練の不十分さ」「医療リハ終了後の受け皿」「関係機関の連携不足」が指摘されている2)。高次脳機能障害者支援モデル事業が開始され15年経つが、未だに急性期病院に搬送される患者の中には、医療と福祉のはざまに陥っている人が少なくない現状を目の当たりにする。急性期病院からみられる高次脳機能障害者の就労支援における問題点を考察する。 まずは「評価・訓練の不十分さ」についてである。急性期病院における言語聴覚士の業務において、摂食嚥下障害の評価・訓練の割合が高く、失語症や高次脳機能障害に十分取り組めていない病院が多い。また勤務している言語聴覚士の経験年数も5年未満が44%を占めており3)、軽度の高次脳機能障害者を見逃すリスクが高いことが想定される。当院では2年前より言語聴覚士の業務の見直しを実施し、摂食嚥下訓練は看護師が担うこととなり、言語聴覚士の業務に占める割合は1/3と減っている。同時に担当者によって評価に差がでないように入院から退院までのシステムを構築した。結果、問題があると思われる症例については、もれなく主治医に上申できている。しかし、訓練の質については担当者間でばらつきがあり、今後も症例検討や訓練同行など研修制度を継続していく必要がある。 次に「医療リハ終了後の受け皿」についてである。現在、外来リハ実施施設は減少傾向にあるが、通所リハや訪問リハへの移行は進んでいない。特に比較的若い高次脳機能障害者に対応している施設は少ない。回復期病院への転院についても、数週間で復職可能と予測される軽度の高次脳機能障害者は、ADL自立度が高く、回復期病院の入院対象から除外される傾向にある。こうした社会資源の問題以外にも、急性期病院に入院中の早期の段階では当事者、家族ともに病状理解を得ることが難しく、リハ継続の必要性を感じてもらえないことが多い。これらを踏まえ、当院では外来リハビリと、入院中の外出、職場訪問を実施している。外来リハビリについては、およそ1〜2ヶ月で通常勤務となる人が多く、また自宅退院後に問題点が明確になるため、実用的な訓練と助言ができたと考える。在院日数の短縮化が推奨される中で、早期退院を促し、その後のフォローとしての役割は重要であると思われる。 最後に「関係機関の連携不足」である。今回、経済的理由で、外来リハや回復期病院でリハビリ継続ができなかった。こうした経済が脆弱である高次脳機能障害者こそ社会的支援が必要であると考えるが、問題解決能力が低下している当事者自らが情報収集することは難しいことが予測される。当院では、退院時に公的機関の相談窓口やNPOなどの案内を書面で渡しているが、それぞれの症例について、退院後の生活を把握することは困難であり活用できているか疑問が残る。再入院となった症例の中には、就労継続できていない症例が散見され、そのうち再就職のために相談窓口を訪ねた人は0名、市役所の福祉課に問い合わせした人は1名であった。現在の支援制度は、当事者自らの申請が必要であるため、支援を拒否して医療から離れてしまうと、病院側から職リハ機関につなぐことはできない。このため、医療や福祉による支援が届いていない高次脳機能障害者が、少なからず地域で生活していることが予測される。こうした人達に必要な支援を行うためには、当事者や家族の申請によって支援開始では不十分であると考えられる。例えば、急性期病院を退院する時点で問題が予測される人については、行政機関に病院側から情報提供を行い、退院したのちに行政側から当事者や家族に対し支援についての情報提供をするような、支援を開始するための仕組みが必要なのではないかと考える。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:高次脳機能障害者の働き方の現状と今後の支援のあり方に関する研究Ⅱ.調査研究報告書No129,2016年4月 2)障害者職業総合センター:高次脳機能障害者の就労支援.調査研究報告書No63,2004年3月 3)言語聴覚士協会職能部医療保険部:医療施設における言語聴覚士の業務実態について.2016年 ピアのちからが支える高次脳機能障害者の就労 深野 せつ子(特定非営利活動法人ほっぷの森 副理事長/就労支援センターほっぷ 代表) 1 高次脳機能障害者との出会い 当法人の創立者の白木福次郎は、知的障害者の自立を目指して日常的にスポーツを提供しているスペシャルオリンピックス日本・宮城での活動を行っていたが、障害者の自立の為には専門家のいる就労移行支援事業所が必要と考え、特定非営利活動法人ほっぷの森を立ち上げ、はじめに就労移行支援事業所として就労支援センターほっぷを設立した。設立時に国の高次脳機能障害のモデル事業が終了して、この事業で支援を受けていた高次脳機能障害の当事者達がその後の支援先が無く困っていた時であった。丁度宮城県障害者能力開発校で2ヶ月の高次脳機能障害者の就労の為の短期講座を開催するというので、開所したばかりの当法人がその事業を受託した。当時国のモデル事業があったにもかかわらず、福祉関係者ばかりか、医療関係者にも「高次脳機能障害」の存在は知られておらず、数人の当事者や家族からの情報しかない状態であったが、その数人からの実態を聞いただけでも大変困難な状況で、今後取り組まなければならない事業と思い、組織として実施の決心をした。 以来当法人は今年9月で10年目を迎え、今年8月の時点で104名の卒業生がおり、その56%が高次脳機能障害者で、復職者、一般就労、就労継続A型の福祉的就労も含めると、83%が就労に至っている。しかもその就労者は退職者も少なく、確実な実績をあげている。 2 本人の意志を優先 この10年間、日々実際に高次脳機能障害者と接して一番の学びは、当事者本人が発信する日々の訓練の中からの支援者の学びであった。特に重点を置いたのは、 ①個々の障害特性を知る。 ②本人の抱える生活環境課題を知る。 ③本人の意志を第一に優先する。 ④当事者の現在できる事を仕事に繋げる。 等で、手法として本人と支援者とは本人をスタッフ、支援者をパートナーと呼び、本人の気持ちによりそう伴走型の支援を行ってきたことで、就労実績と継続就労の実績をつくってきた。しかし、ここに至るまでには特に高次脳機能障害の特性と言われている「病識の欠如」「記憶障害」「遂行機能障害」等は仕事をする上で中々困難な障害であり、それは外見からは分かりにくく、生きにくい状況にあった。さらに、例えば「発動性の低下」などがあって、本人がやる気が無いなどといわれることを、もっと深く見て行くと、やる気はあっても、どうしたらいいか分からない人と、分かっていてどうしてもやりたくない強い意志が根底にあってしない人がいる。それを分かった上で、本人の意志を第一に対応して行くことが大切である。 3 行政、医療、福祉の垣根を越えたネットワーク さらに当法人では、高次脳機能障害者は福祉だけではなく、行政関係、医療関係等で連携してそのネットワークの中で取り組む必要性を感じ、ネットワークづくりを目指して「宮城高次脳機能障害連絡協議会・どんまいネットみやぎ」を結成し、互いの連携によって高次脳機能障害者の理解を広めて、全5回のピアサポーター養成講座も毎年各地域で開催してきた。これによって病院との関係性も深まり、本人のリハビリ終了後の先の見える支援計画が可能になってきた。 4 高次脳機能障害と生きにくさ 現在は本研究、実践発表会でも「高次脳機能障害」という障害名があり、行政、医療、福祉関係者では誰でも分かる障害として存在するようになってきた。 しかし、実際に就労に至る事例はそう多くはなく、他の障害に比べ、近年の脳の研究とともに今後大きく変化していく事に期待している。しかし日々福祉の立場で彼らに接してきて、様々な文献にある高次脳機能障害の特性について学び、それと本人の症状が一致するところが多々あっても、それと就労するという事、あるいは生きにくいと感じているところは、別であるという疑問を持った。 セラピストがクライアントの問題点は何であるかを探るように、高次脳機能障害者に関して、その生きにくさの問題点は何かを探る必要がある。なぜなら本人は具体的に「記憶障害」や「遂行機能障害」などでさほど困ってはいない。実際仕事についてからメモをしたり、手順を記録しだしたりするが、それは必要にせまられてからの問題で、仕事によってその補い方は様々であり、やがて工夫するようになる。仕事の経験のある高次脳機能障害者のある意味での強さでもある。その上で本人の抱えている問題は他にあると感じる。 5 事例「一歩進めないSTさん」(50歳) ここで、STさん本人が発表した事例を紹介する。 「私は2年前に頭部を強打し、脳挫傷を患い医師から高次脳機能障害の説明を受けました。 以前私は仙台空港を拠点にセスナ機を運航する航空会社に勤務していました。主な業務は、航空写真撮影や、夜間も含めた遊覧飛行などの営業で、16年間お世話になりました。仕事がら上空からの素晴らしい風景もたくさんみてきました。あの東日本大震災も空港で体験しました。空港は沿岸にあったので、会社は飛行機もろとも、津波で流されました。その後被災地を空から見た時は本当に言葉になりませんでした。震災後会社は仙台から花巻空港に移り、復興にむけて取り組みました。私は単身で勤務しました。そこで、お客さんと食事中に倒れ、脳挫傷となり、緊急手術を行い入院生活となりました。2年前の事ですが、花巻での入院生活は記憶にありません。手術の際、医師から残念ながら言葉を話すことも出来なくなる、体も半身不随で、車椅子が必要と言われたそうです。悪いことは重なるもので、この時母親と妻の父親が相次いで闘病の末、10月、3月に亡くなりました。(中略)大震災後、当時住んでいた地域では、大変な状態の方達が沢山いましたが、ただそんな中で、何で自分がこんな目にあうのだろう?何か悪い事をしたのだろうか?と思うばかりでした。その後、勤めていた会社より復帰は従来通り働く事が条件でしたので退職することになり、母親が死んで仙台の実家に父親が一人になったので、息子の受験が済んだ4月下旬に、仙台の実家に引っ越しました。いろんな思いが交錯しましたが、そんな中で今できることを求めて現在、就労支援センターほっぷにきて10ヶ月になります。ここに来て気づいた事が沢山あります。ほっぷで就労に向けて頑張っている方々は自分より若い方が多く、毎日それぞれの課題に向けて、真摯に取り組んでおり、あらためて年上の自分が勉強させてもらっています。脳挫傷により多くの物を失っても、それによって得た物が一つでも、二つでもあれば、その事を大事にして行こうと今思っています。学んだことは、周りの協力があったからこそ、今の自分がいること、感謝の気持ちは忘れてはいけないと思います。高次脳機能障害により人生は終わったわけではありません。自分に一番期待しているのは、まぎれもなく自分自身で周りの評価は驚くほど低い、これが現実です。これからの自分の役目、それは何かを日々試行錯誤してトレーニングの中で今の自分のいい所、悪い所を確認しています。大震災を含め、記憶障害の中、想定外の事がたくさんありましたが、前を向く勇気を与えてくれているほっぷの仲間との出会いを大切にしたいとおもっています。」  その後本人は猛烈に頑張って何社も挑戦して、地域のテレビ局に就職した。 6 高次脳機能障害とピアとの関係 当事業所を利用している本人が、来所するようになってはじめに、同じ仲間のいる安心感から「ここに来れて良かった!楽しい!居場所ができた!」と言う。特に中高年の方は、彼らの抱えている障害そのものより、家での夫・父親・経済の担い手・という立場の重みが辛くのしかかっている。病院にいる間は患者として病気回復の役目に向かって家族が一つになって協力してくれる。家に帰っても家族側は変わらないのに本人は自分の家での何かわからない「立つ瀬の無い自分」を感じるからである。事例にあったSTさんも自分が普段血圧は正常で、病気があったわけでもない。それでも倒れた事への不安や、空撮という特殊な仕事から他の仕事に移る不安、夫・父親として責任に向き合えないストレス、長男として親戚との関係のストレス等その人の生活環境からくる様々な不安、ストレスから自信を無くし、励ます妻は自分を理解していないと感じ、人生のすべてから一歩ひいて、前に出ることができずにいた。しかし、当時ほっぷには若い高次脳機能障害者が沢山いて、彼らが頑張ってそれぞれの所に就労して行く様を見ていて、自分をふるい立たせることができた。このピアの力はこの事例ばかりではなく、他の障害の同じ障害者という感覚とは違う独特なもので、互いに多くを語り合っているわけでもないが、それぞれが自分で感じ取ってパワーをもらっている事が現実の日々の彼らから学び取れた。このことから彼らはなるべく集団で取り組むことがいい結果に結びつくということにも繋がっていると感じる。就労支援者は高次脳機能障害という中途障害者の個々に違う特性を見つけ、本人が出来る事で就労につなぐ事を求められているが、さらにこのピアの力も大きな役目を果たしていると確信している。 7 先輩会 さらにピアの力を感じるのは、年4回開催している先輩会である。現在トレーニング中のスタッフが、就労している先輩を迎え、就労のきっかけや、仕事の現場の情報を聞き、先輩が答えるという会であるが、はじめはこれから就労する為のアドバイスとして大変有効な機会と捉えていたが、回を重ねる毎にそれは先輩達の継続就労にも繋がる最高の場であると分かった。これこそまさにピアの力がいかに大きな励みかが分かる瞬間である。 高次脳機能障害者の復職支援における就労移行支援事業所の役割とネットワーク構築について(平成28年度発表の経過) 高橋 和子(就労移行支援事業所ここわ 就労支援員) 1 背景 昨年度行われた第24回職業リハビリテーション研究・実践発表会では、就労移行支援事業所として、「高次脳機能障害者の復職支援における就労移行支援事業所の役割とネットワーク構築について」という内容で発表した。その際に設定した方針と目標についての取り組み、今後の課題を報告する。 2 支援方針と目標に対する取り組みの結果報告 ① 実習(9:00-16:00)を週1日から週2日に増やす(図1) ② 支援過程の中で企業との雇用契約を目指す(図1、2) 図1 目標①(実習時間、実習日を増やす) 図2 目標②企業との雇用契約 ③ 契約後は継続支援として職場に定期的に訪問する(表1) 表1 目標③(継続支援状況) 図3 就労だるま目入れ、利用者からのプレゼント(抜粋) 実習中から本人が担当していた仕事はあったが、今後仕事をしていくにあたり新しい業務にも挑戦していきたいのでPCスキルを向上したいという本人の強い希望があったため、契約終了後、6月から8月の3ヶ月間は月に2回、本人の仕事・リハビリが休みの日に事業所を訪問してもらい、PCスキルのトレーニングを継続して行った。29年12月頃を目安に継続して実施していく予定である。理由としては、現在の業務は11月には終了予定であり、新しい業務に変わった際に、業務に慣れることが重要であると考えているためである。 本人のお昼休みの時間に会社に訪問し、状況確認を行っている。また、事業所に来た際には、会社での出来事等の話題でコミュニケーションを行っている。コミュニケーションを取る際の工夫点として、会社の同僚の名前や仕事で使用する専門用語を使うことと、会社のFacebookを事業所訪問時に一緒に閲覧することで、インターネット活用のスキルアップや、仕事のモチベーションアップ効果があった。また、仕事の話題だけでなく休日を話題にすることで、発話を増やし、伝えるために必要なことは自ら書いて伝えることが増えた。 3 事業所の役割とネットワーク構築の状況報告 (1)担当支援者以外の支援者のスキル向上 今回は就労支援員(サーティファイ認定講師PC指導資格所持)とサービス管理責任者を中心に支援を行ったため、担当者が不在の場合に本人とコミュニケーションが取りにくかった場面があった。担当外の支援者であっても、円滑にコミュニケーションを取ることができるよう、全員が日々スキル向上を図る必要がある。 (2)本人の仕事に対する“想い”を共有し、支援方法を模索し続ける 就労上の課題解決と本人の仕事への想いを叶えるため、支援員が有する経験・専門的な視点をいかし、会社様と連携しながらサポート体制づくりを強化していく。 (3)コミュニケーション障害の方と会話するための伝達スキル向上 話すときは口元をはっきりと示す、本人の口元をしっかり確認しながら話を聞く、質問の仕方を工夫する、発話を引き出すための働きかけの方法を工夫する等。   4 その他の高次脳機能障害の方に対する支援 表2 復職までの流れ 現在は週5日、1日8時間勤務を継続中。 図4 就労だるま目入れ、利用者からのプレゼント(抜粋) 図5 領収証の印鑑押し作業、カレンダー止め作業 5 まとめ 今回、昨年の発表に対する結果報告をさせていただくとともに、その他の事例も発表させていただきました。図2で示した就労ステージの段階を経て、企業様との連携も密にして支援を実施した。今後も就労移行支援事業所として、障害の理解だけでなく、幅広い仕事の理解を深めていきたい。 【参考文献】  第24回職業リハビリテーション研究・実践発表会文集(P54-55) 【連絡先】  高橋 和子  就労移行支援事業所ここわ  Mall:info@cocowa.co.jp 高次脳機能障害者の気持ちのコントロールに関する支援技法の開発−試行状況について− ○河合 智美 (障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー)  浅井 孝一郎(障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)では、休職中の高次脳機能障害者を対象とした職場復帰支援プログラム(以下「復帰プロ」という。)と就職を目指す高次脳機能障害者を対象とした就職支援プログラム(以下「就職プロ」という。)を実施し、障害特性に起因する職業的課題について、補完手段の獲得による作業遂行力や自己管理能力の向上、および自己理解の促進を図るための支援技法の開発を進めている。 高次脳機能障害者の特徴として、障害受容の難しさや先行きへの不安などから気持ちのコントロールが上手くできないことがある。過去5年間(24年度〜28年度)の受講者54名のうち、復帰プロ及び就職プロの開始に当たり取得する主治医の意見書において、「コミュニケーション面の問題あり」「情緒の不安定さ」「不安を蓄積させ不眠となりやすい」など気持ちのコントロールに関する記載があった受講者は9名、その他個別相談や行動観察を通じて気持ちのコントロールに課題があると推察された受講者は5名であった。この14名について、プログラム場面においては、就労に関する不安を訴える、障害特性に関する指摘に対して感情的に反応する、場面や相手の気持ちを考えた発言が難しい、苛立ちを言葉や態度に表すなどの課題があった。 障害者職業総合センターが2015年度に実施した「地域障害者職業センターにおける高次脳機能障害者の就労支援に係る調査」によれば、特に支援に苦慮する印象のある障害特性を多い順に並べると、「情動コントロールの障害」「対人関係の障害」「意欲・発動性の低下」となっている。 そこで、気持ちのコントロールに課題がある高次脳機能障害者の支援に当たり、有用な支援技法の開発が必要と考え、障害者職業総合センターの研究部門と共に医療機関等を訪問し情報収集するなど、現在その技法開発に取り組んでいる。 本発表では、就職プロの支援事例をとおして、気持ちのコントロールのために必要と考えられる事項を整理し、報告する。 ※技法開発で扱う「気持ち」とは、不安感、焦燥感、怒りなどネガティブな気持ちを指す。 2 事例報告 (1)対象者(Aさん、20代、女性) 専門職として従事。X年クモ膜下出血を発症し、手術を受け入院。その後回復期リハビリテーションを経て退院(発症から5か月目、以下同様)。外来リハを開始(13か月目)し、仕事は退職した。外来リハの医療機関から就職プロの利用を勧められ、地域障害者職業センターでの相談を経てプログラムの受講となった(21か月目)。就職プロでの目標は「記憶障害に対する補完手段の習得」「社会性に関する課題の整理及び対処方法の習得」とした。 自宅が遠方のため、13週間の支援期間中は職業センター宿泊棟を利用した。 開始に当たり取得した主治医の意見書には、記憶障害、内省障害、脱抑制傾向の記載があり、Aさんはこれらの障害があることを認識していた。   (2)Aさんの課題 医療機関から提供された医療情報を基に、開始時に神経心理学的検査、作業場面等の行動観察、個別相談によるアセスメントを実施した。アセスメントを通じて確認した支援課題は以下の3点であった。 ① 気持ちのコントロール 開始当初、神経心理学的検査(POMS2、SCI、STAXI)を実施し、精神的に落ち着いている状態であること、問題に対し解決に向けて努力するものの自信がなく他者への依存心がやや強いこと、怒りは他者や物など外に向かって表出する傾向があることを確認した。 プログラム環境に慣れてくると、支援スタッフの指摘にイライラした態度を見せる、投げやりな返答をする様子が時々見られた。 ② 集中力 プログラム環境に慣れてくると、作業中にだるさを訴え、頻繁に休憩を取る様子が見られた。日によって朝からボーッとしていて、作業に集中して取り組むことが難しい状況にあった。 ③ 生活面の自己管理 就職プロの開始時刻に遅れる、宿泊棟の居室に物が散乱しているため、必要な物を探すことに時間がかかる、清掃業者が掃除できないなど生活面の自己管理が不十分だった。 (3)支援経過 個別相談や行動観察を通じて気持ちのコントロールが難しい理由を分析した結果、受障前の自己像と現状とのギャップに対する悲しみや怒り、前職とは異なる作業内容に取り組むことへの意欲の低下、生活面の課題に対して指摘を受けることへの抵抗感などがあると推察した。そこで、次の①〜③の支援を実施し、Aさん自身で対処できること、周囲の協力が必要なことをアセスメントした。 ① 怒りに係る知識付与 Aさんは「受障後怒りっぽくなった」と述べ、怒りのコントロールを課題と捉えていた。そこで、怒りのコントロール方法について個別の講習会を6回、グループワークを2回実施した。使用した資料は、職業センターが気分障害等による休職者の復職支援プログラムとして実施しているジョブデザイン・サポートプログラムにおいて開発したものを用いた。 その結果、Aさんは「自分がないがしろにされたときや、自分の頑張りや辛さを分かってもらえないときに怒りが生じやすい」と振り返り、「プログラム終了後もアンガーログを使って怒りをコントロールしたい。アサーティブな表現を心掛けたい」と述べるように変化した。 ② 作業内容の調整 作業遂行の意欲を高めるために、単独で取り組む作業内容をワークサンプル幕張版からAさんの前職と関連のある資料作成に変更した。結果、以前よりも意欲的に取り組むようになったが、休憩頻度に大きな変化はなかった。 さらに、2週に1回、他の受講者との協同作業を追加した。協同作業では、受講者が「進捗管理をするリーダー」や「リーダーの指示を受け作業するメンバー」という役割を担い、作業後に意見交換を実施した。意見交換では、他の受講者の良かったところや必要な補完手段について話し合った。Aさんは「他の受講者の作業を手伝い、感謝された。障害について話ができる仲間を得ることができて嬉しい」と感想を述べた。その後は、協同作業には積極的に参加し、休憩頻度は単独作業の時よりも少なかった。 ③ 生活支援 生活リズムの記録をつけることにより、睡眠や起床時刻が安定せず、目覚めが悪い時は行動が遅くなっていることが確認できた。その後、Aさんは日中に運動を行い、夜は携帯電話の使用を控え早寝早起きを試みるとともに、睡眠導入剤の調整について医療機関と相談した。プログラム期間終盤は、朝からボーッとしている頻度は減ったが、遅刻は変わらずあった。 居室の物の整理については、Aさんは「引き出しやクローゼットに物を入れると、何を入れたか分からなくなる。片付けは元々苦手」と話し、物の整理を促される度にイライラし、投げやりな返答だった。そこで、毎週特定の曜日にはベッド上に私物を置かずシーツ交換ができる状態にする等最低限のルールを作り、守れない時には支援スタッフが指摘した。また、家族とも情報交換し、居室用のゴミ箱を複数個持参してもらうなど支援の協力を得た。 結果、Aさんはルールを意識して行動し、ルールを守れなかったときの指摘を素直に受け止めることができた。 (4)支援効果 集中力や生活面の課題は依然あったものの、支援スタッフの発言に対してイライラした態度や投げやりな返答の頻度は、やや減少した。変化の主な要因として、①怒りやすさ、集中力、生活面の課題などAさんが自分の特徴について認識を深めたこと、②他の受講者とのコミュニケーションを通じて自己肯定感を持てたこと、③支援スタッフがAさんの特徴について理解を深め、気持ちのコントロールを困難にしている要因を分析し解決を図ったことが考えられる。   3 考察 本発表の事例から、気持ちのコントロールのためには、怒りの仕組みや対処方法について知識を付与する等「対象者の認知面や行動面への対応」、意欲を持てる環境を整える等「環境の調整」、ネガティブな気持ちや不適切な言動を誘発する刺激を減らす等「対象者の特徴を理解した関わり」が支援として必要と考えられる。 さらに復職を目指す場合には、配置転換、職務内容や労働条件等の変更により気持ちが不安定になることがあるため、復職にあたり生じる具体的な問題を解決することも必要になると考えられる。 気持ちのコントロールに関する具体的な課題やその深刻さ、課題が生じる要因は、一人ひとり異なる。気持ちのコントロールに影響を与えている要因をアセスメントし、要因に応じた対応策を検討するとともに、早期の解決は難しいかもしれないことを念頭におきながら長期的な視点で支援する必要があるだろう。 復帰プロ・就職プロでは、気持ちのコントロールに関する有効な支援方法について、今後とも国内外の情報を収集するとともに、支援をとおして職業リハビリテーションにおける実践方法について検討を進めていきたい。 【参考文献】 1) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター:調査研究報告書№129「高次脳機能障害者の働き方の現状と今後の支援のあり方に関する研究Ⅱ」p.45(2016) 【連絡先】 河合 智美 障害者職業総合センター職業センター開発課 e-mail: Kawai.Tomomi@jeed.or.jp 高次脳機能障害者支援のあゆみ−就労支援を中心に− 田谷 勝夫(障害者職業総合センター 特別研究員) 1 はじめに 高次脳機能障害者をめぐる支援の動き(制度的・方法論的・人的)は、ここ30〜40年の間に大きく進展した。ここでは就労支援を中心に、医療リハ領域や職業リハ領域の学会活動や専門誌の情報を参考に支援のあゆみを整理する。 2 支援の展開 (1) 1960年代〜1970年代(昭和35年〜昭和54年)-高次脳機能障害という言葉はなく、脳卒中後遺症としての失語・失行・失認に関心がもたれ始める- 1960年代は高次脳機能障害という言葉はまだ存在していなかった。後の高次脳機能障害者支援に関連する出来事として「身体障害者雇用促進法制定(1960)」「東京都心身障害者福祉センター開設(1968)」「日本リハ医学会創立(1963)」『リハ医学』創刊(1964)、「日本作業療法士協会結成(1966)」『理学療法と作業療法』創刊(1967)、「韮山カンフアレンス(後の日本失語症研究会)発足(1968)」などがある。 1970年代には「精神薄弱者福祉法制定(1971)」「神奈川県総合リハ事業団設立(1973)」「広島県立身体障害者リハセンター設立(1978)」「日本失語症研究会(後の日本高次脳機能障害学会)発足(1977) 」「神経心理懇話会(後の神経心理学会)発足(1978)」などがある。 『総合リハ』(1973年創刊)では「講座:言語障害のリハ(1974)」や「特集:失行症・失認症(1975)」など、脳血管障害を原因とする「失語・失行・失認」に関心がもたれ始める。検査法では1975年に「標準失語症検査法(SLTA)」が作成される。職業リハ関連では、「東京心身障害者職業センター開設(1972)」「国立職業リハセンター開設(1979)」「日本身体障害者職業的リハ研究会(後の日本職業リハ学会)結成(1971)」等がある。 (2) 1980年代(昭和55年〜平成元年)-医療リハや職業リハの施設が開設され、医療リハ領域で失語・失行・失認への関心が高まる- 「国際障害者年(1981)」は障害者の社会参加に強いインパクトを与えた。「地域センター全都道府県に設置(1982)」「国立吉備高原職業リハセンター開設(1987)」「名古屋市総合リハセンター開設(1989)」「千葉県身体障害者福祉事業団設立(1980)」「三重県身体障害者総合福祉センター開設(1985)」。リハ医学会では1987年に「半側空間失認の評価」に関するワークショップがもたれる。『総合リハ』では「高次脳機能障害」や「失行・失認」の特集、「高次神経機能の評価法」の講座、「頭部外傷のリハ」「脳卒中後片麻痺者の社会復帰」「脳卒中後遺症患者の職業復帰」などの調査・研究がみられる。『OTジャーナル』では創刊号(1989年)で「失行・失認」を特集。検査法では1985年に「標準高次動作検査法(SPTA)」が作成される。職業リハ領域では1987年に『職業リハ』が創刊されるが、1980年代には、まだ高次脳機能障害に関連する論文等は見当たらない。 (3) 1990年代(平成2年〜平成11年) -高次脳機能障害への関心が高まり、一部の先進的な機関で支援の取り組みが開始される- 1994年、労働省(現:厚生労働省)主催の「中途障害者の職場復帰に関する研究会」で、脳血管障害に起因する高次脳機能障害者の職場復帰の方策が検討される。1991年に「障害者職業総合センター」が開設され、高次脳機能障害者の就労支援に関する調査・研究や支援、人材育成などの取り組みが開始される。研究部門による『調査研究報告書』の刊行、職業センターの支援内容として“高次脳機能障害者職場復帰支援プログラム”が開始され(1999)、職リハ部の研修では職業カウンセラー指定講習科目に「高次脳機能障害の障害特性」が追加される(1996)。地域センターでは1992年に“職域開発援助事業”を導入。地方自治体の動向は、1999年に東京都がわが国初の「高次脳機能障害者実態調査」を実施、1991年に「名古屋市総合リハセンター」内に「頭部外傷(後に脳外傷)研究会」が発足し、1995年にハンドブック『脳外傷者のマネージメント-社会復帰に向けて-』を刊行。1990年代後半には愛知、神奈川、北海道、東京に家族会等が結成される。リハ医学会では<シンポジウム>や<パネルディスカッション>に「頭部外傷のリハ」「半側空間無視」「失語症治療の現状」等が取り上げられる。『リハ医学』や『総合リハ』では「高次脳機能障害のリハの課題」「失語症に対するアプローチ」や「半側無視」「脳外傷による障害の特徴とその対応」「前頭葉障害とリハ」などが特集される。『臨床リハ』(1991年創刊)では「頭部外傷のリハ」「脳卒中と失行失認」「失語症のリハ」「記憶障害へのアプローチ」等が特集される。『認知リハ』(1996年創刊)では「視覚性注意障害を有する事例に対するカレンダー利用の訓練について」「前頭葉損傷により自発性の低下した1例に対するリハの試み-復職に向けて」等、詳細な事例報告が見られる。『職業リハ』では「脳血管障害者の就労に向けた要因分析とアプローチ」「高次脳機能障害を主症状とする者の就労における問題点」「事務系に復職した頭部外傷者の事例」「脳外傷者の職業前訓練」「脳外傷者の職業リハと援助付き雇用」「高次脳機能障害を持つ脳外傷者への作業指導」「脳外傷者の援助つき雇用の特徴」「脳外傷者の障害特性と職業リハアプローチ」「脳血管障害者の復職交渉開始時期に関する考察」などの原著論文や事例報告が見られる。『職リハネットワーク』(創刊1988)では、1993年に「高次脳機能障害」が特集される。検査法では、1991年に「浜松方式高次脳機能検査法」が、1997年に「標準高次視知覚検査法(VPTA) 」が作成される。 (4) 2000年代(平成12年〜平成21年)-高次脳機能障害者支援が本格的に開始され、支援のノウハウが蓄積される- 厚生労働省が誕生した年(2001)に“高次脳機能障害支援モデル事業”が開始され、「診断基準」「標準的訓練プログラム」等が作成され『高次脳機能障害ハンドブック』及び『支援コーディネートマニュアル』が刊行される。“モデル事業”は、2006年からは障害者自立支援法の都道府県事業に位置づけられた“高次脳機能障害支援普及事業”に引き継がれる。総合センター研究部門では高次脳機能障害に関連する「調査研究」「職業能力評価法の開発」「研究成果の普及」などの活動が盛んになる。職業センターでは1999年に開始された“高次脳機能障害者職場復帰支援プログラム”が軌道に乗る。地域センターでは2000年開始の“JC支援パイロット事業”に、4名の高次脳機能障害者が参加。2002年に全地域センターに導入されたJC支援の対象となった高次脳機能障害者の就職率は90%以上を達成。広域センターでは、2002年に“特設コース”を設けて高次脳機能障害者の支援を開始、利用後の就職率は80%〜100%を記録。職リハ部では職業カウンセラー養成のための指定講習に1996年から「高次脳機能障害の障害特性」を、職業カウンセラーのフォローアップ研修に2005年から「医療分野における高次脳機能検査」を、JC養成研修の内容に2000年から「高次脳機能障害の障害特性と職業的課題」を、医療や福祉の専門家を対象とした職リハ実践セミナーに2003年から「高次脳機能障害者の職業問題」を導入。家族会の動きは「日本脳外傷友の会結成(2000)」を契機に、各地に脳外傷友の会が結成され、「第1回 全国大会in横浜」が2001年に開催される。学会の活動は、リハ医学会では<シンポジウム>や<パネルディスカッション>に、2000年〜2009年まで「高次脳機能障害者のリハ」に関するテーマが毎年掲げられ、医療リハ領域における高次脳機能障害者への関心の高さがうかがえる。一般演題のタイトルからは「失語症者の復職」「復職をサポートする医学リハ」「JCの試み」「社会参加と職業リハ」など、1990年代と比較すると、職業リハおよび就労支援への関心が高くなっている。認知リハ研究会(1995年発足)の発表タイトルでは「復職事例」「職場復帰アプローチ」「職場定着事例」「就労支援事例」「職リハ紹介事例」「復職援助事例」等、医療リハ機関における就労支援の事例報告が散見されるようになる。職業リハ学会では「高次脳機能障害者の就労支援」と題する<シンポジウム>が複数回開催され、高次脳機能障害が特に注目された時代である。検査法では、2002年に「リバーミード行動記憶検査(RBMT)」が、2003年に「遂行機能障害症候群の行動評価(BADS)」が、2006年に「標準注意検査法(CAT)」と「標準意欲検査法(CAS)」が作成された。 (5) 2010年代(平成22年〜平成29年現在)-支援の蓄積を踏まえ、広報による普及活動が加速- “高次脳機能障害支援普及事業”の支援拠点機関(高次脳機能障害支援センター)が2010年には全都道府県に設置され、多くの医療機関や福祉施設で高次脳機能障害の相談、診断、支援が行われるようなった。総合センター研究部門では『調査研究報告書』だけでなく、リーフレット『失語症のある人の雇用支援のために』やパンフレット『若年性認知症を発症した人の就労継続のために』などを発行。職業センターでは『実践報告書』に加え『支援マニュアル』の発行が増加している。地域および広域センターでは利用者が漸増傾向にある。雇用開発推進部では2014年に、高次脳機能障害者の雇用管理のノウハウをわかりやすい形で解説した『障害者雇用マニュアルコミック版;高次脳機能障害者と働く』を刊行。家族会では、2011年に、『高次脳機能障害とともに-制度の谷間から声をあげた10年の軌跡』を、2015年に、当事者11名の体験記を当事者・家族・支援者の三者の視点で語る『高次脳機能障害を生きる』を出版。学会の活動は、リハ医学会では、2000年代に引き続き<シンポジウム>や<パネルディスカッション>に「高次脳機能障害」が取り上げられ、内容の一部に「職場復帰」や「職業リハ」などもみられるようになり、医療リハ領域に就労支援の視点が根付き始めた。職業リハ学会では、「高次脳機能障害」は一般演題の分科会に見られるが<シンポジウム>のテーマからは姿を消し、2000年代の熱気はひとまず落ち着いた感がある。   (注)紙面の都合で、「リハビリテーション」を「リハ」、「地域障害者職業センター」を「地域センター」、「広域障害者職業センター」を「広域センター」、「ジョブコーチ」を「JC」と省略した。 知的障害就労における雇用者の“合理的配慮”提供と負担感の検討−就労支援者との環境調整を踏まえて− ○矢野川 祥典(高知大学教育学部附属特別支援学校 教諭)  石山 貴章 (高知県立大学) 1 問題と目的 某特別支援学校(以下「本校」という。)は、知的障害を主な対象とする学校であり、小学部・中学部・高等部の児童生徒が在籍している。ノーマライゼーションさらにはインクルージョンの理念に基づき、学校の教育目標を、「児童生徒の将来における社会的自立と社会参加」と定めている。近年は、障害者権利条約における“合理的配慮”および“差別禁止”、また国内法の障害者差別解消法や障害者雇用促進法等に着目し、継続的に研究を行っている。 卒業生に対する就労支援では、進路指導主事(以下「進路担当」という。)をはじめとする進路部教員が中心的に当たるほか、児童生徒の夏季休業時を利用して本校全教員を割り振り、高等部卒業後5年以内の卒業生を中心としたアフターケアとして企業や福祉事業所を訪問している。 本研究ではこれらアフターケアのうち企業就労者に絞り、雇用者側から実際に相談を受けた事例、あるいは障害者職業センターやハローワーク、就業・生活支援センター等の関係機関から相談や情報提供を受けた事例を通して、卒業後のスムーズな業務遂行および人間関係やコミュニケーション等の課題解消のための環境調整として“合理的配慮”の提供を求めていく。また、就労者への理解と配慮、支援を求めるうえで雇用者はどのように負担感を感じているのかを合わせて検討し、よりよい連携方法を探る。 2 方法 平成29年4月から7月末までの間、アフターケアを行った教員の報告記録から筆者が事例を抜粋し、記録した教員に対して聞き取り調査を実施した。その後、雇用者および支援者に対して課題や改善点等を支援会議で確認し、調査内容をまとめた。なお、紹介する事例はプライバシー保護の観点から、主旨を損なわない程度に変更を加えている。 3 結果と考察 (1)事例1 Aさんのケース(小売店勤務) ① 在学時の様子 在学時、非常に活発で目立つ存在であった。ただ、苦手な学習活動になると教員や周囲の生徒に助けやアドバイスを求めるというよりも、やや反抗的であったり照れ笑いを浮かべたりして友人とともにその場を避ける、遠くから眺める、といった態度を取ることがあった。思春期特有の苛立ちや照れといった内面の揺れも垣間見えたが、苦手な学習であっても参加を全面的に拒否することはなかったため、目の前の学習の要点や大切さを確認しながら、学習態度や意欲を喚起していった。就労先は2回の現場実習を経た後、高い評価を受け、就労を果たした。 ② 就労後の様子 就労直前に店長が変わり、現場でよく声をかけてくれていた職員も退職する等、現場実習時からは環境が一変した。4月当初、店長から事務所に置いてある「本部からの注意事項等のファイル」「お客様からのクレーム事項のファイル」(以下「マニュアル」という。)を読んで確認をするように言われマニュアルを見たが、難しくて読めなかった、と教員に相談があった。教員が2冊のマニュアルを本人と確認したところ、漢字のみの記述や表現方法で理解が難しい箇所があることが分かった。店長にその旨を伝えると、目を通してわからないところはいつでも聞いて下さい、とAさんに話している、とのことであった。また、本人から「仕事中に、店長や職場の人に話しかけづらい。」「分からないことをどう質問していいか分からない。」との訴えがあった。5月に支援会議を開き、これらの課題をはじめとした本人への指示の出し方、報告や連絡、相談の仕方等について提案、配慮や支援方法について確認した。なお、会儀の途中から本人も参加して確認を行った。 ア マニュアルについて 読むことが難しい漢字について振り仮名を振ってもらうようにした。また、内容について理解が難しいと本人の申告があった箇所を中心として、2つのファイルについて全体的に説明をしてもらうようにお願いした。また、学校からもその都度、本人に対する説明を行った。 イ 報告、連絡、相談について 職場で偶発的に起こるトラブルや客への対応に関して、誰にどう相談していいのか、本人の戸惑いや苦しい胸の内について店長や支援者に説明し、理解を求めた。店長をはじめ、現場で相談をする職員について再確認した。 (2)事例2 Bさんのケース(小売店勤務) ① 在学時の様子 在学時は全般的に口数が少ないが、特定の友人との関わりを楽しみにしていた。積極的に皆の前で活動するというタイプではないが、人当たりがよく、友人が困っている時には自発的に接することができる、優しい性格である。(1)で紹介したAさん同様、複数回の現場実習を経験後、スーパーマーケットの青果部門に就労した。 ② 就労後の様子 就労時の現場の評価は、業務に対しての理解力があり、声は小さいが挨拶や返事等、同僚とのコミュニケーションを図ることができる、といった上々の評価であった。5月に入って体調を崩し、検査や通院のため何日か欠勤せざるをえなかった。会社は欠勤の連絡について、事前に主任に伝えることを求めていたが、Bさんは現場の職員に前日の夜や当日、携帯で伝えることが度々あり、現場が混乱した。 関係機関の呼びかけにより、6月末と7月初旬に支援会議を行った。1回目の支援会議では、現場の職員からBさんへの対応で苦慮している点について聞き取り、課題となっている点について確認した。2回目の支援会議では、今後の具体的な対応について協議した。途中から本人が加わり、店長を中心として説明し、確認を行った。 ア 通院について 当初、Bさんと主任の勤務日は重っていない日が多かったが、できるだけ勤務日を合わせ、主任に対して連絡を取りやすくした。通院日が分かった時点でできるだけ早く主任に伝えることを確認した。また、Bさんの病院に教員や関係機関の支援者が同行し、症状の把握に努めた。 イ コミュニケーションについて Bさんは業務について理解しているか尋ねられると「分からない。」と口にすることがなかなかできず、分かってないと思われるのが恥ずかしい気持ちもあってついつい「はい。」といってしまう、と語った。現場で直接的に関わっている職員からは「分かっているのか分かっていないのか、それが分からないときがある。」という疑問が出たので、店長や主任が支援会議で口頭説明した内容を文書化し、本人がいつでも確認できるようにしたほか、現場にも同じ文書を貼りだした。周囲の職員にも課題の焦点がはっきりと伝わったため、配慮や支援方法が明確になった。   4 総合考察 これらの2つの事例で共通していることは、就業規則や業務に関するマニュアル事項について、雇用者からの口頭指示や指摘、従来から使用している文書を読むように促すことで理解ができるとの思い込みがあったことである。 また、現場の職員との間でコミュニケーションにおける誤解が生じた。対応策として、就業規則や業務遂行のためのマニュアルを平易な言葉に置き換えて文書化してもらう、振り仮名を振る、といった視覚支援を充実させ、分かりやすい伝え方を意識する等、環境調整を図り軌道に乗せることができたケースである。ただ、進路担当として課題を挙げると、これらの課題は「職場における雇用管理」として雇用前もしくは雇用直後の段階で雇用者に対して事前に確認し調整ができなかったか、という思いがある。雇用管理については、厚生労働省の「障害者の一般就労を支える人材の育成のあり方に関する研究報告書」1で取り上げられており、その重要性が述べられている。 医学的な側面から、DSM-5精神疾患の分類と診断の手引をみると2、自閉スペクトラム症の中核症状として「社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応における持続的な欠陥」があるとされている。自閉症を伴わない知的障害でも、「家庭、学校、職場、地域社会といった多岐にわたる環境においてコミュニケーション、社会参加、および自立した生活といった複数の日常生活活動における機能を限定する」としている。もともと障害特性や認知面の問題を有している就労者に対して、業務内容の技術指導やマッチング、環境の構造化等の重要性は述べられてきた。支援の次の段階として小川によると3、同僚や上司の障害理解や対応力の向上、障害特性に応じた職務の再構成、障害者に対する要求水準の調整、雇用管理のノウハウの伝授、といった支援者側の企業に対する提案力の重視を挙げている。また、行動観察からは分かり難い認知面の問題を理解し、対処方法を提案するといった雇用者への支援のあり方について述べている。小川はジョブコーチの支援のあり方として取り上げているが、学校のアフターケアのあり方として教員においても求められる支援スキルであることは明白である。 アフターケアのあり方として、障害特性としての認知が要因と考えられる就業規則の把握の不十分さや職務遂行上のミス、コミュニケーションの不足等について、就労時の支援会議での確認にとどまらず、定期的な支援会議で雇用者との環境調整が大事となる。またその際に、雇用者がどのような点で負担を感じているのか理解に努め、関係機関と情報を共有して配慮と支援に努めること、いわゆる“合理的配慮”を行うことが求められる。継続的な雇用を実現するために、本人への配慮や支援にとどまらず雇用者側への支援についても継続的に行うことが重要であると考える。 【参考文献】 1)厚生労働省:障害者の一般就労を支える人材の育成のあり方に関する研究報告書,厚生労働省HP,p.31‐45,(2009) 2)日本精神支援系学会:「DSM-5精神疾患の分類と診断の手引」,医学書院,(2015) 3)小川浩:ジョブコーチ,「職業リハビリテーションvol.13」,p.51‐55,日本職業リハビリテーション学会(2016) 【連絡先】  矢野川 祥典  高知大学教育学部附属特別支援学校  Tel:088-844-8450 e-mail:yos-ya@kochi-u.ac.jp 知的障がい特別支援学校高等部で障がいについて考える授業「自分について考えてみよう」を行う 設楽 なつ子(新潟県立吉川高等特別支援学校 教諭) 1 はじめに 知的障がい特別支援学校に勤務してきて、生徒の自己理解が低く、自己評価が高いのではないかと気になっていた。この実態がその後の就労への意識付けの低さや、就労してから周囲との関係作りの困難さ、就労維持へのモチベーションの低さにつながる要因になるのではないかと捉え、授業で自己理解と障がいへの理解を進めて、卒業後の生活への一助となるよう、授業を行った。 2 授業について (1)学校と生徒 当校は知的障がいを有する生徒を対象として設立された高等特別支援学校である。生徒は48名で、大半が療育手帳を所有する軽度知的障がい者である。精神障がい者保健福祉手帳を有する生徒も1割程度いる。職業学級と普通学級があり、卒業生の6割から8割程度が一般就労している。生徒は手帳を持っていることを普段はあまり意識することもなく、障がいがあることを理解できているのかどうかも不明瞭である。自分は何が苦手でなぜ特別支援学校に在籍しているかどうかを理解している生徒も多いように見受けられない。 (2)授業について 2年生19名の生徒を対象に、職員と相談しながらどのような授業を展開するかを工夫した。 「障がい」という言葉に配慮しながら、生徒が障がいを捉えやすい工夫をした。知的障がい特別支援学校の意味が良く理解できないまま学校に来ている生徒が、なぜここにいるかを考えることができるように、時系列を追いながら将来につなげることができるような授業作りをした。 パワーポイントを用いて、過去、現在の自分、障がいとはどういうことか、将来へどのようにつなげるかを考えるような授業をした。導入部分で、10年前の自分を思い出し、その頃自分はどこにいて、なぜそこにいたか、他の友達とどこが違っていたのかを思い起こすようにした(図1)。また、特別支援学級に在籍していたことが現在の学校につながっていることを説明した。 その後、障がいとは何なのか、脳の問題、知的障がいで困ること、支援を受けることについて、手帳を持つことについて等を説明した(図2)。これには全日本育成会版自立生活ハンドブックⅡ『わたしに であう 本』を引用して作成した。 最後にアンケートを行い、理解できたか感想等を記入させた。 3 生徒の反応 自分を振り返る部分で、表情が悪くなったり、下を向いたり、涙ぐんだりする場面が見られた。身体の障がいや視覚、聴覚の障がいについては多くの生徒が理解していたが、知的障がいや、精神障がいについての説明では表情の曖昧な生徒も多かった。卒業してどのような仕事に就きたいかを問う場面ではアニメや音楽家など自分の夢を書くことができても、現実に即した仕事を書く生徒は少なかった。 4 考察 生徒の表情やアンケートの回答を見ると、内容の理解については、8割以上の生徒が理解困難だったことを示していた。パワーポイント13枚中、場面における内容の理解はできていても、全体を把握できた生徒は多くはなかったことが推察される。 特別支援学級にいたことでいじめの対象となり、辛かったと記述している生徒も数名いたが、理由を理解しているように見受けられない回答もあった。 内容を理解できた生徒は、「障がいが恥ずかしいものではないことがわかった」「障がいがあっても人それぞれ得意なことがあることがわかった」などの意見もあった。また、「自身が障がいへの偏見を持っていたこと、自分の障がいを支援してもらえることを知った」「これからの生活の中で、もっと自分で生きられる能力を身につける」と書いた生徒もいた。これら生徒の中には障がい者手帳を否定している生徒もいたが、自分のこれからを考える機会となったと述べた職員もいた。 図2 授業で使ったパワーポイント 5 まとめ 内容の理解ができていた生徒が2割程度であることは、自分に障がいがあること、障がいとは何であるかを理解できていない生徒が多いことを示している。授業では、苦手なこととできないことを区別し、頑張ってもできないことを「障がい」として進めたが、理解が難しい生徒にとっては、障がいという言葉ではなく、「自分が苦手なこと」と捉えて、それを人に伝えることができる力を育てる方が大切と考える。 自分の障がいと向き合い、考え続けることは知的障がいのある人には難しい課題である。学校の授業でも1回で済ますことはできないが、「障がい」をテーマとした授業のイメージを変えて、苦手への働きかけ方に移行しながら自分で訴える力をつける努力は続けたい。 卒業して就労した生徒が、自分の捉えが不十分なまま働く中で、様々なトラブルを起こす。一見、障がいがあると見えず、一般的な問いかけにも「はい」と答えても、内容的な理解ができていないことでトラブルになったり、自分の思いをうまく伝えることができずにトラブルになる。自分が苦手なこと、伝えたいことを適切に相手に伝える力をつけることが学校で必要だが、就労先と障がい者就業・生活支援センターにも生徒の状況を伝えることが重要である。 【文献】 全日本育成会版 自立生活ハンドブックⅡ『わたしに であう 本』 【連絡先】  設楽 なつ子  新潟県立吉川高等特別支援学校  e-mail: shitara.natsuko@nein.ed.jp 学校教育段階だからこそできる、高い職場定着率を支えるための取組 本田 吉紀(神戸市立いぶき明生支援学校 進路指導主幹) 1 はじめに 前任校の神戸市立青陽須磨支援学校(以下「青陽須磨」という。)は、これまで計64名の生徒(知的障害)が高等部卒業と同時に企業へ就労した(表)。そのうち、平成29年5月末日時点での離職者は4名で、開校以来8年間の職場定着率は約94%である。 厚生労働省の指定課題調査1)によると、就労1年後の職場定着率は84.4%、5年後では54.2%となっている。また、伊藤・越野の調査2)では「5年以内に約2割は離職している」とされている。単純には比較できないが、これらの結果に照らして、青陽須磨の卒業生の職場定着率は高い水準にあると認識している。 職業学科のように広いエリアから生徒を選抜しているわけではない、普通科コース制の青陽須磨が、いかにしてこの高い職場定着率を実現しているのか。その職業教育の諸取組の根拠や就労・定着支援の仕組みについて報告する。   表 就労者数と離職者数(平成29年5月末日時点) 2 青陽須磨の生徒の実態に則した、根拠ある職業教育の重点項目の設定 (1)「就労を継続している卒業生(以下「就労継続者」という。)および職業系コースに在籍する生徒を対象とした意識・実態調査」の設問作成のための予備調査 ① 就労後に離職した卒業生への調査 結果:離職の主な原因としては、「職場の人間関係の問題(3名)」「家庭内状況の問題(1名)」であった。現在の生活状況は、「自宅にほぼ引きこもっている(3名)」「目的なくあちこちぶらついている(1名)」であり、求職活動を行っている者はいなかった。 考察:現在の困難状況からは、離職による心的ダメージの深さがうかがえる。4名とも、「次につながるような望ましいかたちでの離職ができていない点」および「外部支援機関の介入を受け入れていない点」が共通していた。 ② 青陽須磨で生徒を就労させた経験のある教師への調査 結果:経験上、就労後に働き続けられる者が持つと思われる資質として、「就労意欲」「自己理解・自己受容」「自尊感情・自己肯定感」「自らの得手不得手の理解」「素直さ」「規範意識」「明確な働く理由の存在」「学校生活への期待感」「基本的な生活習慣の確立」などがあげられた。 ③ 2-(1)-①および②の調査結果を、定性的コーディングを用いて縮約・分類し、2-(2)-①および②で用いる設問を作成 (2)就労継続者および職業系コースに在籍する生徒を対象とした意識・実態調査 ① 就労継続者への調査(半構造化面接調査法) 結果:2-(1)-②の調査結果で示された資質のほとんどの項目において肯定的な回答が90%を超えていた。しかし、「自尊感情 ・自己肯定感の高さ」については約53%にとどまった。「仕事に関わる嫌な思い出がある」に関しては、「たくさんあった」「いくつかあった」が約58%であった。離職しそうになった経験については、「経験有り」と回答した者が約29%いた。 考察:就労継続者の意識・実態に共通する要素を、以下の観点で整理した。 ○生活習慣に関しては、早起き・朝食・入浴の習慣がある。就寝時刻については、ばらつきが大きかった。 ○意識に関しては、働く意欲 ・レジリエンス ・自己効力感が高い。そして、大人の助言に耳を傾けられる、規範意識が高い、自分の得手不得手を知っているなどがあげられた。 〇働く理由に関しては、「自己実現欲求」や「尊厳欲求」に関わるような高次(マズローの欲求5段階説)のものが多く、自分のライフステージに合わせて更新しながら持ち続けていた。 〇学校生活に対して期待感を持っていた。教師への信頼感があった。 〇離職の危機を乗り越える際、信頼できる他者の力を有効に活用できている。自分自身の社会的脆弱性を認識できているようであった。 ② 職業系コースに在籍する生徒への調査(無記名4段階順序尺度の質問紙調査法) 結果: 自尊感情・自己肯定感が高い 45% 自分の得手不得手を知っている 57% 夢や願い・働く理由がある 65% 自己効力感が高い 55% 自分から進んで、挨拶やお礼の言葉が言える 76% 働く意欲がある 60% 大人のアドバイスが聞ける 60% 規範意識が高い 85% 学校生活に対する期待感がある 82%  「働く意欲」をY軸、その他の各項目をX軸として、それぞれの相関関係を調べた。結果、「自尊感情・自己肯定感」「夢や願い・働く理由の有無」「規範意識」などには「働く意欲」との相関がみられなかった。「自分の得手不得手を知っている」とは弱い正の相関がみられた。明確に正の相関を示したのは、「自己効力感」であった。 考察:就労継続者への調査結果では、「働く意欲」を支えるものとして、自分の仕事に対する意味づけ(働く理由)が重要であることが示された。しかし、青陽須磨の生徒においては、自分なりの「夢や願い・働く理由」があっても、「自己効力感」が低いために「働く意欲」につながらないケースが見られた。また、「どうせ自分には無理だ」といった、「自己効力感」の低さが、「夢や願い」のスケールを規定している可能性も考えられる。 ③ 2−(2)-①および②の内容を分析することで、根拠ある職業教育の重点項目を設定 働き続けるためには、「働く意欲」と「他者の支援を活用する力」が重要な要素として認められた。青陽須磨の生徒の場合、「働く意欲」を培うためには、「自己効力感」を高めつつ、それぞれの「夢や願い」に輪郭を与えて、「働く理由」として明確にしていく取組が有効であると考えられる。そして、「他者の支援を活用する力」の醸成も含め、これらの取組を支えるベースとなるのが、教師とのラポートといえる。以上から、青陽須磨の生徒の実態に則した職業教育の重点項目として次の4つが導き出された。 ・自己効力感を高める。 ・支援者とのラポートを築く。 ・夢や願いに輪郭を与える。 ・他者の支援を活用する力を培う。 3 職業教育の重点項目に対応した諸取組 (1)校内において ① 自己効力感を高めるために 先行要因3)(Bandura)から学習活動を設定 ② 教師とのラポートを築くために 生徒の内面の把握と、内面への働きかけ ③ 夢や願いに輪郭を与えるために 夢や願いを基にした現実的探索 ④ 他者の支援を活用する力を培うために 生徒が自らの社会的脆弱性を認識し、支援を受けながら問題に向き合うための方略を経験的に知る。 (2)現場実習において 青陽須磨のデュアルシステムの最大の特徴は、職場適応期に、「担当教師によるジョブコーチ的支援」が集中的に行われる点にある。職場定着課題への取組で、入職時の短期課題として多いのは、「障害に対する従業員の理解」「職場内の協力態勢」「コミュニケーション」であると、障害者職業総合センターの報告4)が指摘している。各生徒の障害特性を含めた実態を詳細に把握し、生徒・保護者との信頼関係がすでに培われている担当教師が、この時期の支援を担うことの有効性は高いと考える。長期の現場実習(前提実習)の中で、担当教師による様々な職場適応支援が展開され、最終的に職場のナチュラルサポートが構築された状態で就職していくのである。 4 成果と今後の課題 国立特別支援教育総合研究所の報告書5)が指摘する通り、「進路指導・職業教育の専門性継承」は深刻な課題である。その点において、今回、青陽須磨の就労支援に関わる指導の方向性を継承できる形で整理できたことの意義は大きいと考える。次の課題は、この仕組みを継続させるための校内連携の体制整備である。日々の教育実践が、キャリア教育も含めた青陽須磨の教育計画体系にどのように位置づくのかを意識するか否かで、その効果は大きく違ってくる。校内の教育課程委員会や研修委員会等との連携を強化しながら、すべての教師が当事者意識を持って取り組めるようにしていくことが求められる。   【参考・引用文献】 1) 社会福祉法人電機神奈川福祉センター(2013)、厚生労働省2012年度障害者総合福祉推進事業指定課題番号11「一般就労後の職場定着フォローアップに関する調査」 2) 伊藤修毅・越野和之(2009)「高等部単置型知的障害特別支援学校の現状と意義」奈良教育大学紀要第58巻第1号(人文・社会)、p88 3) 江本リナ(2000)「自己効力感の概念分析」日本看護科学会誌 vol.20 pp39-45 4) 障害者職業総合センター(2012)「企業に対する障害者の職場定着支援の進め方に関する研究」 5) 国立特別支援教育総合研究所(2012)「特別支援学校高等部(専攻科)における進路指導・職業教育支援プログラムの開発」(平成22年度〜23年度)研究成果報告書、p5 【連絡先】  本田 吉紀  神戸市立いぶき明生支援学校 進路指導部  e-mail:yos-hondaxa@sch.ed.city.kobe.jp 高齢になった就労障害者への対応〜ケース検証〜 萩原 勇太(世田谷区障害者就労支援センターすきっぷ分室クローバー コーディネーター) 1 はじめに Aさんは、自立生活が長く、就労状況は順調で、ハッピーリタイヤを目前にしていた。しかし、世田谷区障害者就労支援センターすきっぷ分室クローバー(以下「クローバー」という。)に体調不良を訴え、支援者と共に病院を受診したところ、大腸ガンに罹患していることが発覚した。 本発表では、ガンを罹患した高齢障害者の病気療養から失職とその後の復職までを支えた支援事例を通し、障害当事者の地域生活を支える関係機関との連携や、障害当事者の自立生活を阻害する要因について検証する。 2 事例Aさんについて 65歳男性。愛の手帳4度。クローバーの支援で療育手帳を取得後、清掃業に就職し15年経過。手帳取得以前には、長く就労経験があったが、福祉サービス等とのつながりはなく、金銭搾取等の権利侵害を受けていた。ADLは自立しており、独居生活である。 書字、読字が苦手なため、書類や諸手続き等が必要な際にクローバーの支援を受けている。また、これまでに物件探しを含めた引っ越しの際の支援、財産管理の手続き支援、保険契約時の立会い支援などを行っている。特段用事が無くても仕事帰りにクローバーに立ち寄り、お茶を飲んで世間話を楽しんでいる。人当たりがよく、いつも笑顔で丁寧に他者に接することのできる人物である。 3 入院・治療中の支援経過 (1)体調不良の情報収集 電話での相談。排せつ時に痛みや出血を伴うとの訴えがあった。自己判断で市販薬を用いた対処療法を行っていたが、職場の促しもあってかかりつけ医に相談、専門医のいる総合病院を翌日受診することを勧められたとのこと。 (2)ガンの告知、治療から支援体制の検討 職員同行の上病院受診したところ、直腸ガンの診断を受けた。早急な手術が必要であったが、病巣部位、腫瘍の大きさなどから、抗がん剤治療により腫瘍を小さくした上で、その後術式について検討することとなった。支援者は医師の説明を本人に分かりやすく伝えるよう配慮した。また、病院にも本人の障害について理解を得られるよう働きかけた。 同行職員から引継ぎを受けた別の職員が、その後の支援を中心となって進めた。 自主性の高い本人の意思を尊重し、書字・読字等の苦手な部分を補うように支援を行った。 (3)治療経過 入院翌日に、抗がん剤投与用ポート埋め込み術(胸部)を行った。術後翌日には退院。翌週より抗がん剤投与治療を開始した。 通常、同様の治療は通院治療でも可能とのことだったが、本人が独居であること、治療に強い不安を抱いていること、副作用に伴うADLの低下等が懸念されたため、入院による治療を選択した。 1クール5日間の投与治療を5クール行い、治療期間は2カ月強であった。この間、入退院手続きの際に同行し、諸手続きの支援を行った。また、病院配属のMSWと連携し、定例的に発生する会計処理やその他諸事に関する支援についてはMSWに協力を依頼した。 抗がん剤治療後、手術による腫瘍摘出術およびストーマ設置術を行うため、書類の準備等の支援を行った。 手術は予定通り終わり、約3週間の入院を経て退院した。 入院中に、ストーマ使用による患部の衛生保持等の必要性から、訪問看護の利用手続きを行うなど、退院後の生活に係る準備を行った。 4 就労に関する支援 (1)退職への経過 治療期間中は休職扱いとなっていたが、本人より、体力の低下に伴う仕事の継続の不安の訴えがあった。そのため、本人と上司とで話し合いを行い、いったん退職することとした。しかし、体力の回復を待って復職できるよう、クローバーより就労先に働きかけ、了承を得られた。 (2)復職への経過 退院後離職を決めたが、その後の自主的なリハビリが順調に進み、療養経過が良好であったため、離職後3カ月を経過して復職。ただし、週2日(月、金)、12時から16時の1日4時間からスタートした。 また、体力の回復に合わせ、自宅近くの現場の清掃を付加するなど、会社側からの柔軟な配慮を得ることができた。 その後も段階的に時間数を増やすことができた。 術後約7カ月後の精密検査の結果は概ね良好で、継続的な検査は必要であるものの、元通りの日常生活が送れることとなった。クローバー職員が同行し改めて会社側へ検査結果の報告をし、この間の配慮に対し感謝の意を伝えた。 5 支援内容の整理 この間の支援の内容は概ね5つに分類することができる(表1)。 これらの支援の結果、医療費は健康保険制度等の社会保障費で賄うことが出来た。また、離職していた約半年間の給与相当が保険等によって保障された。そのため、入院治療に係る本人の経済的負担は少なく、経済的な心配なく満足した治療とその後の支援を受けることができた。 一方、今回の支援により障害当事者が地域で自立生活を送る上での課題が明らかとなった。 表1 支援内容の分類 (1)本人へ精神面、理解度への支援 ・精神面のケア、病状理解のための詳細な説明 (2)生活支援 ・入退院の手続き支援、布団の買い替え、粗大ゴミの処分など ・入院中の健康保険負担額減額申請支援 ・老齢年金申請の支援(年金事務所同行) ・任意健康保険の給付手続き支援 (3)医療連携 ①MSWとの連携 ・入退院時の手続き等支援、退院後のサポート方法の検討 ・体調不良等緊急時対応、訪問看護の手配 ・本人の精神面のサポート ②医師・看護師との連携 ・本人に理解しやすい手術の説明(画像、絵やひらがなの使用) ・ナースステーションでの本人の障害状況の共有 ・手続き書類への支援(ルビ、理解困難な説明をかみ砕いて話すなど) ・定期的なクローバーへの連絡による情報共有 ・ストーマ管理教育(手添え・シャドーイングから、自立して行えるまでの繰り返しの説明) (4)福祉サービスとの連携 ・障害福祉サービス受給に向けた手続き支援 ・身体障害者手帳の申請、ストーマ代金の減免申請 ・配食やホームヘルプサービスの計画、提案 ・地域包括支援や保健師のバックアップ要請 (5)就労支援 ・職場へ病状、今後の治療スケジュールなど適宜連絡 ・職場の社会保険料振込み代行や本社の事務担当者との諸手続きに関するやり取り ・傷病手当の申請に係る会社側との連絡 ・失業給付申請の支援(ハローワーク同行) 6 結論 事例の検証から障害者の地域生活を阻害する要因を表2のように整理して提示することができた。この要因をどのような支援があれば解消できるのか。支援者は当事者のライフステージの変化に応じて支援を展開していくことが必要だが、さらに、変化を見越して計画的に就労や生活の支援をコーディネートしていくことが必要となる。 表2 障害者の地域生活を阻害する要因 ・医療情報を理解することの困難さ ・書類の手続きや連絡の煩瑣さ ・手続きにより管轄が異なることによる困難(福祉事務所、年金事務所、ハローワークなど) ・地域生活における諸手続きを担う支援者の不足  そのために必要なものとして以下の3点が挙げられる。 一つ目は支援ニーズを漏らさずキャッチできる機能や制度である。本事例では、生活支援を提供している本事業所の余暇支援である「居場所利用」が、支援ニーズをキャッチできた。しかし、場合によっては本人からニーズを発信することが困難なことも想定される。平成30年度からは就労定着支援事業と自立生活援助事業が新たに創設されるが、本事例に関してはこれらの事業の対象となり得ない。支援対象者を絞らない一般相談や、就業・生活支援センターなどが、本事例のような場合の支援ニーズをキャッチする機関となり得るといえる。 二つ目は各管轄や部署における有機的なネットワークである。表1にまとめたように本人を支えるサービスや社会資源はある程度整備されている。しかし、本事例では、本人だけでは自身の状態や必要なことについて配慮を求めたり手続きを進めたりすることが困難であったため、適宜支援者が同行し各機関での必要なサポートを依頼する必要があった。このような事前のサポートにより、本人だけで手続きができるようになったり、各機関の担当者が自宅や本人が指定した所まで出向いてくれたりする配慮が得られた。 三つ目に本人のニーズを汲み取り、必要な支援内容をコーディネートするキーパーソンの存在である。ニーズに応じて必要な社会資源を連携させ機能させる役割、「動けて」「直接支援できる」支援者が必要となる。日常的な相談支援を通して本人との関係性がしっかりとできていることにより、本人からのSOSを受け取ることができるのではないか。 今後、この3点の整備や拡充を求めていくが、今すぐ現場レベルで出来ることは日ごろからの連携である。今回、一支援者・機関のみではカバーし切れなかった範囲まで、各機関の協力が得られ支援を展開させていくことが出来た。そのためには、例えば関係機関の機能や人材などをリスト化し共有しておくことで、初動がよりスムーズになる。多機関の連携には情報の共有や各機関の温度差などの困難が伴うが、それらの問題点について日常的に関係性を築いておくことでカバーすることができる。 特例子会社(㈱かんでんエルハート)における知的障がい者の職務の切り出しと職務設計 東田 容子(株式会社かんでんエルハート 営業第一部事務アシスト課 主査) 1 当社における職務切り出しと職務設計の考え方 当社のミッションは、「あらゆる障がい者が活躍できる仕事を創造し、お客さまにご満足頂ける良質なサービスをお届けし続けること」と掲げており、職務切り出しと職務設計においても、あらゆる障がい者が活躍でき、お客さまにご満足頂け、それを持続し続けることができる業務をつくりだすことをめざしている。それにより、従業員がやりがいを感じて、さらにモチベーションを高めて成長することができ、それが企業を発展させる好循環を生むと考えるからである。 当社では、職務切り出しと職務設計の望ましい手順は次の3つであると考える。第1段階は、仕事を見つけること。第2段階は、引き受けた業務を分析し、障がい者が自立して業務に従事できるように再設計(分解・組み合わせ)すること。第3段階は、従業員配置後、品質向上と職域拡大に向けて訓練を繰り返すことである。 2 事務補助業務の切り出しと職務設計への取り組み (1)背景 平成25年、開業から18年が経過した当社では、知的障がい者だけでの業務運行はできないという固定概念から、必ず健常者が責任者として同行するなどの慣習的な業務運行を行っており、従業員の成長に合わせた対応ができていなかった。また、環境面では、関西電力㈱(以下「親会社」という。)の業務効率化の影響を受け、主力の受注業務である印刷業務は減少傾向にあり、安定した受託業務を確保する必要に迫られていた。これらの課題に対して、当社では「職域開拓」と「知的障がい者が自立して取り組める職務設計」の必要があるとの結論に至った。 (2)事務補助業務の切り出し【第1段階】 ① 職域開拓への挑戦 平成25年より、知的障がい者の職務創出と親会社の業務効率化の両立をめざした職域開拓に取り組んだ。複合機の用紙補充、廃棄文書のシュレッダー、会議室の会場設営などオフィス内のどこの職場にも定例的に存在する軽易な作業は、複数の社員に分担されているものである。 当社は、こうした複数の軽易な業務(事務補助)を集約し、障がい者が働きやすい業務運行につくり変えることで、障がい者が自立して取り組める職務をつくることができると考えた。同時に、それらを請け負うことで、親会社の社員は本来の業務に専念する時間が確保できるため、業務効率化が図れるのではないかと考えた。そこで、新規業務として、事務補助業務の事業化をめざすこととした。 ② 職域開拓調査 平成25年5月〜10月にかけて、親会社本店内3部門で職域開拓調査を実施した。作業責任者(健常者)1名と知的障がい者1名のペア体制で、単純な定例業務(複合機への用紙補充、廃棄文書のシュレッダーなど)と、お客さまからのご要望により1件ごとに仕様が異なる非定例業務(データ入力や会議室設営など)の2パターンの業務を行い、その業務の内容、物量と処理時間等、様々な実績を収集した。 それらの結果から、シュレッダーなどの単純定例業務が一定量あり、知的障がい者の単独作業も可能であると判断できた。また、非定例業務では、会議室設営や資料配布 が親会社の効率化への貢献度が高いこと、さらに納期制約のないデータ入力やキャビネット整理など、知的障がい者が作業可能な業務のニーズは多く存在しているということがわかった。定例業務だけでも十分な業務量はあったが、将来の職域拡大のためには非定例業務も組み合わせる方が望ましいという判断に至った。 ③ 事務補助業務の切り出しにおける課題と工夫 シュレッダー代行には、親会社から情報セキュリティ面で大きく2つの懸念事項が示された。1つ目は、廃棄文書の執務室外への持ち出しは認められない、ということ。 2つ目は、人事関係資料や未公開情報などの機密文書が社外の人の目に直接触れることは認められない、ということだった。 それらの課題解決へ向けて、まず、廃棄文書の執務室外への持ち出しについては、当初は廃棄文書を執務室から回収後、当社の執務室で裁断することを考えていたが、親会社の各執務室内にあるシュレッダー機の横に鍵付きの廃棄文書ボックスを設置し、その場で裁断することを提案した。そうすることにより、執務室内で障がい者が業務に従事することとなるため、親会社にとってもダイバーシティがより進展するという利点も生まれることになった。また、機密文書はシュレッダー代行対象外とすることを提案した。その結果、試行期間中に、シュレッダー代行のルールを周知した上で、代行対象外の機密文書が入っていないかを親会社の文書管理の担当者が点検し、問題がないかどうかを確認してもらえることとなった。 (3)事務補助業務の集約、再設計【第2段階】 ① 事務補助業務の試行 職域開拓調査から引き続き、平成25年11月〜平成26年3月にかけて、親会社の20フロアで事務補助業務の試行を行った。課題のあったシュレッダー代行に関しても、機密文書が誤投入されているなどの問題事象も見られず、親会社の文書管理の担当者が点検した上で問題ないことが確認できたため、代行が認められる運びとなった。 試行期間では、事務補助業務の事業化に向け、整備すべき以下の3つの事項に取り組んだ。 1つ目は、定例業務と非定例業務を組み合わせた1日の業務スケジュールの作成である。具体的には、毎日ある定例業務で構成された業務(以下「ベース業務」という。)では、対象となる20フロアの執務室内を練り歩いてのオフィスごみの回収・分別作業、約150台ある複合機への1日2回(午前・午後)の用紙補充、約30箇所に設置された廃棄文書ボックスのシュレッダー代行、および、シュレッダー機周辺の簡易清掃という業務があった。 そこで、作業責任者1名(健常者)と知的障がい者1名のペアで3班体制とし、1班あたり約7フロアを巡回するスケジュールを組んだ。1フロアの作業時間は約60分であるため、これでほぼ1日の業務時間となった。非定例で依頼があった時に行う業務(以下「スポット業務」という。)としては、会議室の会場設営や資料配布、納期制約のない書類整理やキャビネット整理、紙文書のデータ化などがあり、ベース業務に従事しない時間に処理することとした。 2つ目はスポット業務の運行方法の確立である。まずは、作業責任者と打合せをする親会社の責任者を選定してもらった上で、依頼書の受付手順や作業の実施から完了報告までの流れを示した運行スキームを作成した。 3つ目は20フロア内の各部門における業務内容・量の把握と今後の職域拡大に向けた調査である。ベース業務においては、各部門別での業務ウエイト、作業時間、作業量などの実績を詳細に収集し、把握に努めた。スポット業務においては、部門ごとに、今後依頼を希望する業務についての調査を行い、職域拡大のための情報を収集した。 ② 業務運営体制の設計と確立 最終段階として、業務運営体制を設計した。12名体制(フロア班3班:1班あたり作業責任者(健常者)1名、知的障がい者2名の計3名・サポート班1班:肢体不自由者3名)にてスタートすることとした。フロア班は親会社本店の各フロアを巡回して、ベース業務やスポット業務を行う。サポート班はフロア班の後方支援として、机上で実施するスポット業務を行う体制をとることとした。 ③ 事務補助業務の受託へ 「職域開拓調査」、「事務補助業務の試行」の段階から物量と処理時間の実績をとり、工数把握に努めた。この実績から親会社本店にある事務補助業務の業務量と、その業務を処理するために、当社が投入する必要のある人員数、および人件費が適正であることが理解され、平成26年4月、本店事務補助業務を一括して受託することとなった。 (4)品質向上と職域拡大に向けて【第3段階】 受託後は、「基本ルールと仕組みの標準化」と「従業員のスキルアップ」に取り組み、ベース業務の質の向上を図った。一定品質の業務が行えるように、基本ルール・ベース業務の整理、作業手順の標準化、作業マニュアルの作成などに取り組んだ。また、知的障がい者の単独作業をめざし、ベース業務の確実・安全な遂行や、お客さま対応、各フロアの遵守事項などについて、マンツーマンで繰り返し徹底して指導を行った。その上で、スキルチェックを行い、従業員それぞれのスキルを明確にした上で、できていないことは集中的に繰り返し指導するなど、効果的で効率のよい指導となるよう工夫した。50項目のスキルチェックで合格基準に達すれば、単独でベース業務に従事できることとしたことで、従業員の早期育成と同時に、従業員のやる気ややりがいを高める効果も得られた。 単独作業の実現によって、作業責任者にはスポット業務の検討と拡大への準備をする時間が生まれ、さらに独り立ちした知的障がい者も、作業の習熟によってより短時間で作業ができるようになり、スポット業務を受ける余地ができるという好循環が生まれた。この単独作業と作業の習熟によって時間を捻出しながら、順次、スポット業務を実施した。この一連のプロセスにより、業務の拡大を図っていった。 3 まとめと今後の展開 当社にとって、現在の業務は、事務補助業務の事業化の入り口と考えている。今回の職域拡大への取り組みにより、親会社には、今まで以上に、実際の知的障がい者の仕事ぶりについて理解を得られるようになった。 今後は、従業員の習熟度向上を積み上げていくことでさらに職域開拓を進め、最終的には親会社の業務に埋め込まれているルーティン業務を切り出し、当社が親会社にとって欠かすことのできないパートナーとなることをめざしていきたい。 就労からの経過と変化〜ジョブサポーターの視点〜 金塚 英充(就業・生活支援室 からびな ジョブサポーター) 1 はじめに 以前より、障がい者の就労支援において就職活動のみならず、その後の定着支援の重要性が注目されており、ジョブコーチ(以下「JC」という。)も全国で活発に展開されている。しかし、JCでは制度の基準に当てはまらず、定着支援の空白となっている場合も散見される。 札幌市では、この課題に対し独自事業として平成23年よりジョブサポーター(以下「JS」という。)支援が開始された。これは、同じく札幌市の独自事業である就業・生活相談事業(4か所)に計7名配置され、JC対象外の方などを中心に定着支援を行っている。 今回、演者の勤める就業・生活相談室からびな(以下「からびな」という。)において、JSを活用して就職し定着支援を行ったA氏について振り返り、考察し報告する。 なお、本報告に際し、A氏に発表の承諾を受けている。   2 JS事業について (1)JSの支援対象者について JSの支援対象としては、通常のJC対象者の他、①特別支援学校在学中で実習をしている者、②職場適応訓練や委託訓練等のJCと競合する制度利用者、③雇用保険対象以外の機関への業務に従事する者、などである。また、短期間の職場実習などにも稼働することもあり、JCより対象が広く設定されている。 (2)支援の流れ 各就労支援関係機関及び雇用主等から、支援依頼を受けた後、対象者に対しJSが状況・希望等を聞き取り、また、同時進行で職場等へ訪問して環境についてもアセスメントを行う。それらのことにより支援計画を作成し、同行や訪問を中心とした支援を実施している。 JSの通常支援期間は3〜6か月である。 なお、からびなではJSの支援期間終了後、登録することで相談員が担当となり、その後も希望すれば就労定着支援をうけることができる。   3 事例報告 (1)事例プロフィール  A氏、20代前半、男性、広汎性発達障害、精神障害者保健福祉手帳3級所持、グループホーム居住、障害年金、生活保護受給。 定時制普通高校卒業後、就労継続A型(以下「A型」という。)を利用していたが一般就労を希望して転職活動のため、からびなに相談があり就職活動を開始。また、働くことで生活保護を打ち切りたいという希望が語られていた。支援を進めるなかでハローワーク、からびな、JSでのチーム支援を開始している。 (2)A氏アセスメント、支援計画 当初の面談中、目線をあわせることが少なく、自分に対し「定時制高校卒なんてダメなんだ」という発言や、自分がミスをすると舌打ちをする様子があった。A型の同僚に対して見下すような発言と「人間関係を構築することを面倒に思う」など自己にも他者にも否定的な言葉が多く聞かれた。反面たまに会う友人との時間や余暇を楽しんでいる様子も聞かれ、「就労後は挨拶がしっかりできる社会人になりたい」と話しており、A氏が働くことへの希望を持っていることが感じられ、JSは意欲的な印象を受けた。 また、いままでの経験を振り返り「自分で決めることがなかった」と話しており、今回の就職活動は初めて自分で決めて取り組むと責任を感じているようだった。 行動面については、からびなにて過去相談員が面談を実施した際遅刻が多くあり時間の感覚に課題を感じた。 他、A型のスタッフからの過去の聞き取り記録より、A氏の対人関係の課題や緊張する場面で腹痛がありトイレにこもる行動があるなどの面から一般就労は難しいという見解があった、反面作業実務については問題ないとの評価だった。 JSとの面談の後日、チーム支援の支援者を交えた面談を実施。上記2回の面談を通じ支援計画を作成する。 (3)職場アセスメント 雇用内定後、入職前に職場環境のアセスメントを実施した、その際現場でのキーパーソンとなる上司へJSの訪問支援について伝えている。業務内容、注意点について伺い職場を見させていただいている。 すでにA氏以外にも複数名障がい者雇用を実施しており、雇用について好意的である。 (4)支援計画 A氏との面談を通じて、ミスをすることに過敏であり体調にも影響すること、作業に慣れると自己流になる傾向から以下の内容にしている。JSはA氏が取り組みやすいように内容を簡潔にした。以下A氏の作業目標。 【正確な作業を行う】 正確な作業を行う具体的な方法として以下の3つがあります。3つを心がけて作業を遂行してください。 ①メモをとる ②作業手順を守る ③わからないときには上司に相談する 【ミスをした場合】 ①ミスをした(ミスしたかも)→迷わず、すぐに上司に報告してください。 ②上司の指示に従ってください。 JSは気持ちの整理のために、面談の場を作り支援い たします。 (5)就労開始 就業から2日目A氏より出勤時、勤務経路を完全に把握しておらず遅刻となった際「もう無理」と気持ちを吐露し、離職を考える内容のメールがJS宛にあった。その際JSは早急に企業へ出向きA氏の様子を伺い、上司へ事情を説明している。A氏は今後気を付けることを意識している。 最初A氏が相談室に来所の際遅れてくるため時間にルーズなのではないかと見立てていたが、道を覚えることを苦手としていると視点を変え、後日JSは通勤経路を一緒に確認する支援を実施し、その後遅刻はなくなっている。 (6)就労経過 A氏への支援は職場訪問だけの支援ではなくメールや電話での支援を実施しA氏の気持ちの整理を図った。 就労から1か月程度経過した段階で、仕事に慣れると同時に責任感に押しつぶされる様子もみられたが「自分で決めた仕事」であることをJSと一緒に振り返り自分を鼓舞する様子がみられた。 またチーム支援であるため就労状況を定期的にからびな支援員、ハローワーク担当と情報共有し、A氏の就労状況を関係者が把握するよう努めた。就労から3か月で6時間雇用からフルタイム稼働となる。就労前は家族関係が希薄であったが、一般就労後は家族の応援を得られる機会が増えた。また生活保護を受給していたが現在は受給を打ち切り働いた収入と障害年金で生活をしている。将来的にはグループホームから1人暮らしへの転居をするという新たな希望が現実的になってきている。A氏自身が責任と希望を持ち社会人としての生活を歩みだしている。   4 考察 アセスメント面談に関して、支援対象者が働くことのみに焦点を当てず、働くこと以外のニーズや支援対象者の余暇について知ることで対象者の仕事に対するモチベーションに働きかけたのではないか、具体的に趣味などその人自身をとりまく背景にも注目した。 また面談を通じてはJSと支援対象者が目標を共有し支援を計画することを重視する。 就労後の支援に関しては、相澤が「安定した職業生活が送れるかどうかは、本人、企業、支援の関係で大きく変化する。本人の努力や新しい企業との出会い、さまざまな工夫によって、支援者の狭い経験から得た「常識」からは思いもよらない結果が生まれる可能性もある。「支援者には、本人のもっている可能性の現実に向けて挑戦する姿勢が求められる1)」と述べているように、A氏についても支援対象者は仕事を始めてから日々変化をする。支援チームが一丸となり支援対象者の可能性を信じることの大切さに改めて気づく。最初のインテーク面談だけに偏らず、支援対象者の可能性やストレングスに着目する視点が求められると実感した。支援者の狭い解釈で支援対象者の可能性を限定してしまっていやしないかと自戒的に感じた。 支援対象者との関係性の構築に関して、就業し、定着支援まで短時間での関係作りがJS支援の難しさであると感じる。 5 まとめ 今後の課題として障がい者雇用を検討している企業や他の支援対象となる機関にJS支援がまだ知られていないため広報活動が必要である。 反面200万人の人口に対しJSの人数は7名であるためJS支援マンパワーが不足している。依頼があった際には必要性を検討し事前の面談などの機会を設け優先順位をつけ稼働していくことが必要と思われる。 JSの支援業務内容は社会事情などに影響をうけるため、常に自身の支援技術向上を意識することと同時にからびな内やJS同士でスーパービジョンの機会を意識して持ち、スキルアップを図る事が重要と思われた。支援状況の報告を他のスタッフの意見も取り入れ多角的な視点を持つことを意識したい。   【参考文献】 1)職業リハビリテーションの基礎と実践p.94,中央法規(2012) 【連絡先】  NPO法人コミュネット楽創 就業・生活相談室 からびな  〒001-0017  札幌市北区北17条西4丁目2-28 藤井ビル北17条Ⅰ 301号  金塚英充  メールアドレス:karabiner@za.wakwak.com  電話番号:011-768-7880 社会福祉法人における「障がい者雇用推進チーム」の発足後の取り組みについて ○川溿 孝行(社会福祉法人阪神福祉事業団 ななくさ育成園 企業在籍型職場適応援助者)  中野 弘仁(社会福祉法人阪神福祉事業団 ななくさ育成園) 1 障がい者雇用推進チーム発足の経緯 (1)法定雇用率の推移 阪神福祉事業団(以下「事業団」という。)は兵庫県の西宮市北部に位置し、阪神間6市1町(尼崎市・西宮市・芦屋市・伊丹市・宝塚市・川西市・猪名川町)の地域住民の福祉の増進を図ることを目的として設立された。事業団の常用労働者は約330人であり、法定雇用率2%換算で6.6人の雇用が必要となる。平成20年度から平成26年度までの過去7年間は法定雇用率2.5%で推移していたが、平成27年度より対象職員の定年退職等により法定雇用率を下回ることとなった。段階的に対象職員の定年退職が控えており、平成30年度の法定雇用率改正の際には雇用率が0.6%まで下がる状況が予測された。 (2)社会福祉法人としての姿勢 「すべての人が障がいの有無や程度を問わず、生き生きと暮らすことのできる、心豊かな共生社会をめざす」という運営理念の基、障がい者の自立と社会参加を促す立場の社会福祉法人として、働きたい・社会と関わりたい気持ちを受け止めていく使命があり、障がい者雇用推進チームを立ち上げた。職員2名が企業在籍型職場適応援助者(以下「企業型JC」という。)養成研修を受講し、チームに配置され、また総務人事担当者2名と責任者を加えた計5名体制でスタートした。事業団の各事業所の従業員数と雇用障がい者数は表1参照。   表1 事業団の事業所別従業員数と雇用障がい者数(平成28年4月1日時点) 2 障がい者雇用における社内調整 (1)雇用事業所の選定 障がい者を地域等から新規雇用した経験がないため、業務内容の調査確認から始めた。事業団では障害者支援施設を中心に運営しているが表1の事業所Hは施設利用者の給食提供業務全般を担当している事業所であり、業務内容が雇用者とマッチしやすいことから事業所Hを最初の雇用先とし、次の雇用先には企業型JC2名が在籍している障害者支援施設の事業所Cを選定する。 (2)雇用先と事業団への周知活動 事業所Hでは障がい者支援に携わる機会があまりなく最初の雇用予定者が発達障がい者であることから、企業型JCより発達障がいの特性や対応方法等を独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の障害者雇用マニュアル(コミック版)を活用して事業所Hで研修会を実施し、また同時に西宮市障害者就労支援センターから講師を招いて事業団の役職者以上を対象に、障がい者雇用を進める意義や意識を高めるため研修会を実施する。 3 障がい者雇用推進チームと企業型JCの役割 (1)障がい者雇用推進チーム(基本方針の策定) まずは、事業団として障がい者雇用に対する基本方針の策定に取り掛かった。その為、現状や今後の見通し、課題を掘り起こし、障がい者雇用を組織的且つ主体的に取り組んでいくことを事業団幹部会にて表明する。また、基本方針の中で「平成30年度当初に障がい者雇用率2.3%」と明確な数値(表2)を掲げ、障がい者雇用の相談窓口や現場支援担当者として企業型JCの位置づけを明確にし、一層の障がい者雇用の推進を図っていくこととなる。 表2 基本方針による障がい者雇用率目標値(平成29年4月1日作成) (2)企業型JCの役割 ① ジョブコーチ支援事業推進協議会への参加 兵庫障害者職業センター主催のジョブコーチ支援事業推進協議会に平成28年度より参加する。訪問型職場適応援助者(以下「訪問型JC」という。)の参加が多い中で、数少ない企業型JCとして参加する。その中で企業側の意見や考えを訪問型JCに伝え、双方が連携して進めていく体制を働きかけた。他にも企業型JCが動いて、サポート体制をとっていることを発信し周知活動に繋げている。 ② 企業型JCによる業務の確認 平成29年2月と4月に2事業所で2名の方の新規雇用を行った。雇用前の実習を行う際に各事業所から業務の提供を受け企業型JCが実際に業務体験を行う。   企業型JCによる業務体験 業務体験をすることで、①対象者と同じ業務を経験し、辛さや楽しさを共有すること。②障がい者雇用を受け入れるにあたり、事業所の職員に対し企業型JCがサポートする姿勢を見せ、職場内の不安を軽減することに繋がった。 ③ 企業型JCの難しさ(Aさんの事例)  2月に事業所Hで雇用したAさんへの支援について、企業型JCによる業務確認や障がい特性の周知を実施し、職員とも良好な関係を築いていた。しかし、雇用後2か月が過ぎパート職員よりコミュニケーションが難しいと指摘を受ける。企業型JCとパート職員で面談を実施し再度、障がい特性の説明を行う。一方で障がい者雇用=トレーニングと認識していることや、企業型JCがもっと現場に入って欲しいとの意見があがった。改めて周知の大切さと難しさを実感すると共に、企業型JCも他業務と兼任しており、組織の中での企業型JCの活動に対する周知が必要であると感じた。Aさんは現在、変則勤務を含めたフルタイムで働き集合厨房内の調理補助業務に携わっている。 ④ 相談窓口の役割(Bさんの事例) 4月に事業所Cで雇用したBさんは、採用試験の際に3つの配慮事項を求められ「①大声での叱責は遠慮して欲しい②定期通院日は休ませて欲しい③企業型JCと定期的な面談をして欲しい」であった。また採用試験時には「企業型JCも参加して欲しい」と要望があり同席をする。採用後は毎週金曜日を面談日とし、時間を設定して話し合い、仕事内容や人間関係、事業所への要望等の聞き取りを行うことで本人の「聞いて欲しい」という要望に応えている。企業の中で相談できる身近な存在は必要であり、障がい者雇用の重要な部分である。Eさんは企業型JCと同じ事業所で週5日の1日5時間で勤務し清掃補助に携わっている。 ⑤ 企業型JCによる見極め(C,D,Eさんの事例) 2名の方の新規雇用以外に、特別支援学校等から3名の実習を受け入れた。企業型JCは事業所に対して「人・物・業務」の3つの視点で評価し、実習生にも業務スキルや自己管理等の評価を実施する。実習最終日には関係機関を交えたカンファレンスで報告するが、体力や健康管理等の不十分な点をマイナス評価として見極めたケースもあった。業務を遂行するためのスキル・知識は必要であるが、働くために大切なことは自身の健康管理や障がい受容、生活リズムを整えていることであり、それらのことが「雇用契約に基づく労働」が成立する第一歩と考える。Cさんは来年度に雇用を予定しており、Dさんは一般企業へ就職、Eさんは就労継続支援A型事業所に通っている。 ⑥ 支援計画書の作成と企業型JC同士の情報共有 企業型JC2名がそれぞれ支援担当者として職業センターにAさんとBさんの支援計画提出と支援記録票の作成を行い、お互いの支援記録票を確認し合うことで企業型JC同士の情報共有を図っている。 ⑦ 人材育成と事業所内の体制整備  今年度より事業所Cに各部署より職員を選抜し障がい者雇用受け入れチームを立ち上げた。業務全般についてはチームがフォローし、新規業務の創出や諸調整を担当することで密な連絡調整が可能となり、Bさんへのフォロー体制の強化や事業所内への周知の拡大を促すことが出来ている。次世代職員に障がい者雇用への意識を高めることで、今後の実習等の受け入れやBさんへの定着支援がスムーズとなった。 4 事業団の組織化と目指すべき企業型JCの形 平成30年4月に法定雇用率2.2%、以後も2.3%まで引き上げられる状況の中で、今年度も複数名の実習希望を受けている。周知活動が実ってきた成果であるが、一方で受け入れる事業所と業務内容等の調整が困難となっている。その為、各事業所から1名任命し、障がい者雇用推進委員会を立ち上げた。企業型JCが外部から受け入れ調整を行い委員会でどの事業所が受けるかを審議することで、円滑な実習や採用、職場定着を目指している。立ち上げて間もないために、どのような形で機能をさせていくかは今後の課題であるが事業団としての姿勢を示すものとなっている。 最後に新規雇用や職場定着も大切であるが、このような取り組みを開始する以前から障害者手帳を持ち働いている職員や今後、就業中に発症等をして手帳所持に至る職員に対する配慮やサポートも必要である。企業型JCは組織との間に入り、働く環境を調整し、整備することが大切な役割であり、人事担当、産業医、現場職員を上手くつなぎ合わせ、働くことに誰もが満足できる組織を目指していくことが企業の中に在籍している職場適応援助者の形であると実感する。 【連絡先】  社会福祉法人阪神福祉事業団 ななくさ育成園 川溿/中野  E-mail t.kawabata@nanakusa.or.jp  Tel 078-903-1663 就労移行支援事業におけるPCM(Project Cycle Management)を活用したサービスの見える化と改善活動 ○新藤 健太(群馬医療福祉大学 社会福祉学部 助教) 益子 徹(日本社会事業大学大学院 社会福祉学研究科博士後期課程) 野田 明子・黒木 宏太・小牧 秀太郎・中山 伸大(株式会社ゼネラルパートナーズ障がい者総合研究所) 1 研究の背景と目的 (1)本研究の背景 近年、就労移行支援事業を含む福祉サービスは自ら提供するサービスを評価し、その質を向上させることが求められている(大島 2008)1)。特に就労移行支援事業は、「利用者の就労移行・就労定着」といった明確な成果(アウトカム)が設定された事業であり、この成果達成に向けたサービスの評価、質の向上は欠かすことのできない必須の取り組みであると言える。 これに対して、本研究で注目したPCM;Project Cycle Management(以下「PCM」という。)というモニタリング・評価手法は主に国際協力の分野で10年以上、広く一般的に用いられ、十分な成果を上げており、就労移行支援事業の実践現場でも有効に活用できるものと考えられる。 (2)本研究の目的 そこで、本研究では主に、このPCM手法を就労移行支援事業の実践へ試行し、その適用可能性と有効性を検討することを目的とした。 2 研究方法 (1)PCM(Project Cycle Management)とは 本研究で注目したPCMは、「計画・実施・評価」の3つのプロセスからなる事業のライフ・サイクルを「ログ・フレーム」と呼ばれるプロジェクトの概要表を用いて運営管理する手法である(NPO法人PCM Tokyo 2016)2)。 この手法は、ロジック・モデルという事業の戦略図やログ・フレームという事業の概要表を用いるなど、きわめて視覚的な手法であるため、複雑なプロジェクトの構成を一目で理解することができ、さらには、この視覚的な手法という特徴をいかして、関係者が一堂に会してプロジェクトを計画する「参加型計画手法」としてもその有効性が認知されている(NPO法人PCM Tokyo 2016)2)。 尚、近年、福祉分野でもこのPCMを活用した実践事例が散見され始めているが、まだ広く周知・活用されているとは言えない状況である。 (2)対象 本研究では、株式会社ゼネラルパートナーズ就労移行支援事業部が運営する次の7事業所を対象にし、PCMを活用した評価及び事業の改善活動を行った。それは、①シゴトライ台東、②シゴトライ大阪、③リンクビー大手町、④リンクビー秋葉原、⑤リンクビー大阪、⑥リドアーズお茶の水、⑦いそひと大手町、である。尚、シゴトライは「うつ病の方」、リンクビーは「発達障害の方」、リドアーズは「統合失調症の方」、いそひとは「聴覚障害の方」に特化した支援を提供している。 (3)方法 まず、2017年4月に、上記7事業所のスタッフを対象にPCMに関する研修を実施した。 次に、2017年5月に、それぞれの事業所ごとにロジック・モデルを作成するためのワークショップを実施し、2017年6月に、作成したロジック・モデルに基づいたログ・フレーム作成のためのワークショップを実施した。 その後、2017年7月からは、それぞれの事業所においてログ・フレームに基づく評価の体制を整え、実際の評価活動を行っている。 3 結果 (1)ロジック・モデルの作成 ワークショップを通して作成されたロジック・モデルの一部を図1に示す。このロジック・モデルでは、「利用者の長期就労」などをプロジェクト目標に設定し、それを達成するための成果や具体的な活動を設定している。 (2)ログ・フレームの作成 ワークショップを通して作成されたログ・フレームの一部を図2に示す。このログ・フレームでは「企業の環境改善」という目標を測定する指標として「5段階評価,自由記述」を設定している。これと同様に、その他の目標・成果・活動についても具体的な測定指標と目標を設定し、ログ・フレームに記載している。 4 考察 本研究の結果、実際にロジック・モデル、ログ・フレームを作成することができ、これに基づく評価活動を開始できたことから、就労移行支援事業におけるPCMの適用可能性はある一定程度確認できたと考えられる。 また、その有効性については、主に次の2点を挙げたい。 (1)ロジック・モデルの作成を通した事業戦略の改善 スタッフ参加型のワークショップにてロジック・モデルの作成を行った結果、スタッフ間の事業戦略に対する理解が深まったという効果が得られた。 また、事業戦略をロジック・モデルという形で可視化したことによって、新たなアイデアが生み出され、事業戦略の改善に繋げることができた。例えば、図1に示したロジック・モデル作成のワークショップでは、「利用者が事務スキルを身につける」という成果に対して、新たに「社内電話をとる機会を提供する」という活動が提案され、事業戦略であるロジック・モデルのなかに位置づけられた。 図1 ロジック・モデルの一部 図2 ログ・フレームの一部 (2)ログ・フレームの作成を通した評価ツールの改善 事業戦略であるロジック・モデルに基づき、ログ・フレームを作成したことによって、これまで「暗黙知(スタッフの主観)」として捉えられていた成果や活動の状況が具体的な指標によってモニタリングできるようになった(図2)。 また、このことがそれぞれの事業所における評価ツール・評価方法の改善に繋がった。例えば、ある事業所では、この取り組みの結果、「利用者の自己肯定感」を測定するための質問項目・アンケートを新たに作成し、利用者の状況を定期的にモニタリングすることが決定された。   【参考文献】 1) 大島巌(2008)「保健福祉評価」三好皓一編『評価論を学ぶ人のために』208-221 2) NPO法人PCM Tokyo(2016)『PCMハンドブック(計画編)』 【連絡先】  新藤 健太  群馬医療福祉大学 社会福祉学部  e-mail:kentantei@hotmail.com 就労支援従事者のストレスとワーク・エンゲイジメント−就労支援事業所へのアンケート調査から− ○大川 浩子(北海道文教大学 教授/NPO法人コミュネット楽創 理事)  本多 俊紀(NPO法人コミュネット楽創) 1 はじめに 近年、ワーク・エンゲイジメント(以下「WE」という。)が注目されている。WEは、仕事にエンゲイジしている状態であり、つまり、情熱を持って働いている状態1)といえる。既に、大学病院勤務看護師において、WEと年齢や職位、離職意思等との関係が報告されている2)。就労支援従事者(以下「従事者」という。)においても、メンタルヘルスやキャリア形成の視点からWEの検討が必要であると思われる。 昨年、我々は就労移行支援事業所従事者のWEへの影響要因として、役職と運営法人について報告した3)。今回、対象施設を広げ、従事者のWEを属性及びストレスから検討した結果について報告する。なお、本研究は本学の倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:28006) 2 方法 調査対象は、就労移行支援、就労継続支援(A・B型)、障害者就業・生活支援センターの各事業を実施している事業所(多機能型を含む)である。対象の選定方法は、障害者就労・生活支援センター事業については厚労省のリストを、他はWAMNETを参照にし、各事業300ヵ所をランダムに抽出(都道府県ごとで調整)した。選定事業所の施設長宛に依頼文書及び従事者用調査表を郵送し、返送をもって本研究へ同意したものとみなした。 調査期間は2017年2月〜4月とし、返送された調査表のデータは単純集計及びクロス集計を行った。 3 結果 郵送したが届かず戻ってきた15ヵ所、及び、事業変更等で協力が難しいと連絡があった5ヵ所を対象から除き、回収率は36.7%(433事業所)であった。更に、WEとストレスに関する回答の不備があった73通を除いたため、最終の回収率は30.5%(360事業所)となった。なお、複数の回答者が回答した施設は、ランダムに1名を抽出した。 (1)回答事業所の事業形態・運営法人・対象 回答事業所の事業形態は、就労移行支援、就労継続支援(A・B型)(以下「訓練等給付事業所」という。)が262ヵ所(回収率29.6%)であり、障害者就業・生活支援センター98ヵ所(回収率33.1%)であった。訓練等給付事業所の内訳は、1つの事業のみを実施している単独事業所が147ヵ所(就労移行支援26ヵ所、就労継続支援A型61ヵ所、就労継続支援B型60ヵ所)、多機能型が113ヵ所 、無記入が2ヵ所であった。事業所で受け入れている障害領域(複数回答)は知的障害309ヵ所(85.8%)、精神障害297ヵ所(82.5%)が多かった。 また、運営法人は社会福祉法人が203ヵ所(56.4%)、NPO法人69ヵ所(19.2%)、株式会社48ヵ所(13.3%)の順で多かった。 (2)施設の規模と職員 訓練等給付事業所の定員は単独事業所で20名未満が67ヵ所(45.6%)、多機能型事業所で30名以上が54ヵ所(47.8%)と最も多かった。また、職員人数は単独事業所で5〜7名未満が49ヵ所(33.3%)、多機能型で15名以上が40ヵ所(35.4%)と最も多かった。障害者就業・生活支援センターの登録者数は300〜400名未満が17ヵ所(17.3%)、職員数は5名未満が30ヵ所(30.6%)と最も多かった。 (3)回答者 回答者(従事者)の属性は、性別が男性173名、女性が182名、無記入・無効が5名であった。年齢は40代が106名(29.4%)と最も多く、役職がある者(サービス管理責任者を除く)は94名(26.1%)、就労支援の経験年数は3年未満が194名(53.9%)であった。 (4)WE WEについては日本語版UWES1)を用いた。日本語版UWESは9つの項目に対して7段階(0〜6)で評定する。一般的には総得点を項目数で除した値が用いられるが、先行研究1)のWEのレベルを用いるため、総得点を直接利用した。WEのレベルは総得点で低い(27点以下)、平均的(28〜35点)、高い(36点以上)と判断した1)。 回答者のWEは、低いレベル167名(46.4%)、平均的レベル105名(29.2%)、高いレベル88名(24.4%)であった。 回答者の属性との関係では、性別、給与額(〜500万円未満)、就労支援の経験年数(〜15年未満)については大きな特徴が認められなかった。役職では、役職ありの低いレベル32名(34.0%)に対し、役職なしは124名(50.0%)であった。また、年齢別では20代で低いレベルが50名(62.5%)と最も多く、50代まで順に割合が減少していた(図1)。 次に、運営法人別では、一般社団法人で高いレベルの割合が 9名(52.9%)と最も高かったが、役職者の割合は他の法人と変わらなかった。また、事業形態別では、就労移行支援単独事業所では低いレベルが8名(30.8%)に対し、就労継続支援B型事業所は34名(56.7%)、障害者就業・生活支援センターは50名(50.1%)と高かった(図2)。 図1 WEと年代 図2 WEと事業形態別 (5)WEとストレス ストレスについては、職リハ従事者特有の職務ストレス尺度4)を用いた。この尺度は16項目に対し「全く思わない」から「とてもそう思う」の4件法で回答する。今回、各項目の回答とWEレベルの割合を検討し、特徴が認められたのは以下の3項目であった。 「就労支援に対して組織内の理解が十分に得られない」の項目では、「全くそうは思わない」の回答が高いレベルは42名(47.7%)と他のレベルよりも多かった。また、「身近に相談できる就労支援のスーパーバイザーがいない」の項目では、「とてもそう思う」「そう思う」の合計が低いレベルで88名(52.7%)と他のレベルよりも多く、「就労支援に有効な方法やプロセスがわからない」の項目でも101名(60.5%%)と同様に他のレベルよりも多かった。 4 考察 今回、年代別WEにおいて20代で最も低いレベルの割合が多く、50代で最も少ないことは、先行研究2)で20代のWEが最も低く、50代以上が最も高いこと一致していると思われた。20代のWEの低さの背景に、社会人としての自己の確立や自分の希望や期待と現実とのギャップなどによるストレスとの関連が考えられており2)、同様のことが従事者にも当てはまると思われた。 また、運営法人がNPO法人の場合、WEが高いレベルである割合が多く、背景に役職者が多いことを報告していた3)が、今回は一般社団法人で多く、役職者の割合は変わらなかった。一般社団法人は近年制定された法人であり、法人設立時に関った者が従事者であることが考えられた。そのため、WEを高める仕事の資源である経営層との信頼関係5)が影響していると思われた。一方、事業形態別で障害者就業・生活支援センターの従事者の回答でWEが低いレベルが多いことが示された。これは既に、「就労支援と生活支援との区別」がつけにくいことにストレスを感じていることが報告されており4)、仕事の資源である役割の明確さ5)が影響していることが考えられた。しかし、他の事業所に関しては、今後詳細な検討が必要であると思われた。 更に、WEと職務ストレスでは、就労支援に対する組織内の理解が十分に得られている場合にWEの高いレベルが多くなり、スーパーバイザーの不在や就労支援の有効な方法がわからない場合にWEの低いレベルが増加していた。これらのことから、組織内の理解に加え、事業所内での人材育成の体制がWEに影響する可能性があると思われた。 なお、本研究の結果は回収率の低さもあり、限定的であると思われる。また、本研究はJSPS科研費JP16K13438の助成を受けている。   【参考文献】 1)ウィルマ—・B・シャウフェリ・他(島津明人・他訳):第1章ワーク・エンゲイジメント「ワーク・エンゲイジメント入門」,p.1-38,星和書店(2012) 2) 中村真由美・他:大学病院に勤務する看護職員のワーク・エンゲイジメントに影響する要因 「米子医誌第67巻」,17-28,(2016) 3) 大川浩子・他:人材育成とワーク・エンゲイジメント−就労移行支援事業所に対する調査から−「第24回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集」,p.166-167,(2016) 4) 石原まほろ・他:職業リハビリテーション従事者の職場における職務ストレス「職業リハビリテーション第25巻」,p.49-56,(2011) 5) 島津明人:第2章ワーク・エンゲイジメントの機能「ワーク・エンゲイジメント ポジティブ・メンタルヘルスで活力ある毎日を」,p44-70,(2014) 【連絡先】  大川 浩子  北海道文教大学人間科学部作業療法学科  e-mail:ohkawa@do-bunkyodai.ac.jp 職業リハビリテーション従事者の職務ストレスとスーパービジョン−スーパービジョンを受けている群と受けていない群の比較− ○石原 まほろ(職業能力開発総合大学校 特任准教授)  八重田 淳 (筑波大学) 1 研究の背景と目的 対人援助職は、心の健康問題を生じやすいとされ、1970年代中期以降、燃え尽き症候群1)や感情労働2)などの研究が行われてきた。森本3)によれば、対人援助職の主な職務ストレス要因には、職務量の多さ、職務の質的困難さ、クライアントとの関係、職場の人間関係などがあるとされる。職業リハビリテーション(以下「職リハ」という。)従事者は、様々な障害者や事業主に対し、就職、職場定着、復職などの多岐に渡る支援を行っているが、学生時代に職リハについて学ぶ機会は少なく、高い志を抱いて現場で支援を行うものの、対処困難なケースに遭遇し、どのような対処策を講じるべきかについて迷いや悩みを感じる場面も多いと考えられる。 職務ストレスへの有効な対処策のひとつに、精神医学や心理学、ソーシャルワークなどの対人援助の領域で非常に重要視されているスーパービジョンがある。塩村4)によれば、ソーシャルワークの分野では、スーパービジョンが職務ストレスの緩和に役立っているかの調査が行われ、スーパーバイザーからの実際的・情報的なサポートは効果があるが、情緒的な支持は効果がはっきりしないことが報告されている。職リハ分野においても、スーパービジョンのどのような機能がどのような職務ストレスに有効であるかを明らかにできれば、職リハ従事者の精神的健康の維持方策に役立てられると考えられる。しかし、我が国の職リハ分野では、スーパービジョンと職務ストレスの関係性を検討した先行研究は少ない。 そこで本研究では、職リハ従事者のスーパービジョンの具体的内容を明らかにし、スーパービジョンを受けている職リハ従事者と受けていない職リハ従事者とでは、職務ストレスに違いがあるかを検討することを目的とした。 2 方法 (1)対象  全国の障害者就業・生活支援センター、就労移行支援及び各地方自治体が運営している就労支援施設で勤務する職リハ従事者とした。 (2)手続き 無記名の自記式質問用紙2部、施設長宛依頼文、施設長宛承諾書、職リハ従事者宛依頼文を各施設長宛に郵送した。郵送先施設は、障害者就業・生活支援センター(308箇所)、就労移行支援(460箇所)、地方自治体が運営している就労支援施設(111箇所)の計879箇所とした。調査実施時期は平成24年8月下旬から10月上旬であった。 (3)調査内容 ア 基本属性 性別、年齢、所属機関、勤続年数、勤務形態、スーパービジョンを受ける頻度、支援対象障害名、主な職務内容、職務に関する主なスーパーバイザー、就労支援に関する所有資格について回答を求めた。 イ 新職業性ストレス簡易調査票:短縮版 新職業性ストレス簡易調査票は、旧労働省の委託研究班により開発された尺度である。尺度は、①仕事の負担:14項目(仕事の量的負担や質的負担など)、②仕事の資源:作業レベル8項目(仕事のコントロール、仕事の適性など)③仕事の資源:部署レベル16項目(上司からのサポート、同僚からのサポートなど)、④仕事の資源:事業所レベル7項目(経営層との信頼関係、変化への対応など)、アウトカム33項目(活気、イライラ感など)から構成される。 アウトカムのうちのストレス反応に関しては「ほとんどなかった」(1点)から「ほとんどいつもあった」(4点)の4件法、仕事の負担・仕事の資源(周囲からのサポートを除く)・アウトカム(ストレス反応を除く)に関しては、「そうだ」(1点)から「ちがう」(4点)の4件法、仕事の資源のうち周囲からのサポートに関しては「非常に」(1点)から「全くない」(4点)の4件法で回答を求めた。 ウ 職リハ従事者のスーパービジョン尺度 介護老人福祉施設で介護職員向けに作成されたスーパーバイジー尺度5)を職リハ従事者の職務内容に合うよう改変し、33項目に対し、実際に受けているスーパービジョンを「全く受けていない」(1点)から「非常に受けている」(4点)の4件法で回答を求めた。 3 結果 (1)回収率  回収率25.0%で435名から回答を得た。そのうち回答に不備のあった6名を除外した429名(有効回答率24.3%)を分析対象とした。 (2)基本属性 ①性別:男性47.4%、女性52.5% ②所属機関:地方自治体が運営している就労支援施設11.6%、障害者就業・生活支援センター48.7%、就労移行支援36.7%。 ③就労支援者としての経験年数:1年未満20.4%、1年以上3年未満30.2%、3年以上5年未満22.5%、5年以上10年未満18.3%、10年以上5.6%。 ④スーパービジョンを受ける頻度:ほとんどない15.1%、毎日20.6%、週に2〜3回25.5%、2週に1回14.6%、1ヶ月に一度10.0%。⑤職務に関する主なスーパーバイザー(複数回答):上司77.6%、先輩40.3%、同僚36.8%、他機関の職員25.9%。 ⑤支援対象障害名(複数回答):知的91.8%、身体63.6%、精神80.1%、発達70.6%、その他19.1%。 ⑥主な職務内容(複数回答):就職85.8%、職場定着66.0%、復職29.4%、生活支援56.9%、施設内訓練29.6%。 ⑦保有資格:精神保健福祉士14.9%、社会福祉士23.8%、ジョブコーチ18.2%。 (3)職リハ従事者のスーパービジョン尺度 33項目からなる「職リハ従事者のスーパービジョンの実際に関する質問項目」について、主因子法プロマックス回転により因子分析を行った。因子負荷量0.35未満の2項目を削除し、3因子が抽出された。第1因子は、「服務規程については、先輩や上司から指示がある」など、管理的機能に関する11項目で構成されていたため、「管理的機能」と命名した。第2因子は、「事業主への支援方法に困った際、上司や先輩が調整に関わってくれる」など、教育的機能に関する11項目で構成されていたため、「教育的機能」と命名した。第3因子は、「上司や先輩に相談すると、仕事のモチベーションが上がる」など、支持的機能に関する9項目で構成されていたため、「支持的機能」と命名した。 (4)スーパービジョンを受けている群と受けていない群の職務ストレスの違い スーパービジョンを受けている群と受けていない群は職務ストレスに違いが見られるかを検証するため、スーパービジョン尺度で得られた3つの因子得点の上位30%を高得点群、下位30%を低得点群とし、管理的機能の尺度得点2区分、教育的機能の尺度得点2区分、支持的機能の尺度得点2区分を独立変数とし、新職業性ストレス簡易調査票で測定された職務ストレス要因を従属変数としたt検定(両側)を行った。その結果、以下の点が明らかとなった。①スーパービジョンの管理的機能を受けている群は受けていない群に比べて、仕事の適性(t(192)=2.35, p<.05)、仕事の意義(t(194)=3.16, p<.01)、職場環境(t(195)= 2.20, p<.05)、職場の対人関係(t(191)=3.74, p<.01)、ワーク・エンゲイジメント(t(190)=5.69, p<.01)が有意に高い。②スーパービジョンの教育的機能を受けている群は受けていない群に比べて、仕事の適性(t(233)=2.74,p <.01)、仕事の意義(t(239)=2.16, p<.01)、仕事の量的負担(t(239)=2.16, p<.05)、職場環境(t(239)=2.49,p <.05)、職場の対人関係(t(234)=3.23, p<.01)、ワーク・エンゲイジメント(t(232)=4.33, p<.01)が有意に高い。③スーパービジョンの支持的機能を受けている群は受けていない群に比べて、仕事の適性(t(206)=3.51, p<. 05)、仕事の意義(t(212)=5.16, p<.01)、仕事のコントロール(t(210)=4.37, p<.01)、技能の活用(t(212)= 2.54, p<.05)、職場環境(t(213)=2.59, p<.05)、職場の対人関係(t(207)=4.03, p<.01)、ワーク・エンゲイジメント(t(207)=6.77, p<.01)が有意に高い。   4 考察 職リハ従事者のスーパービジョンの内容は、「管理的機能」「教育的機能」「支持的機能」の3つの概念に要約することができた。スーパービジョンの3機能は相関が高く、スーパービジョンの3機能を受けている群は、スーパービジョンを受けていない群に比べて「仕事の適性」、「仕事の意義」及び「ワーク・エンゲイジメント」を実感し、前向きに職務に取り組む傾向が強く、「職場環境」や「職場の対人関係」でストレスを感じる傾向が有意に低かった。各機能に特有のものとしては、スーパービジョンの支持的機能を受けている群は、受けていない群に比べて「仕事のコントロール」や「技能の活用」を行える傾向が有意に高く、スーパービジョンの教育的機能を受けている群は、受けていない群に比べて「仕事の量的負担」の自覚が有意に低かった。これらの結果から、スーパービジョンの機能と程度による職務ストレスの違いが示された。 本研究は横断的な調査に留まるため、今後は、スーパーバイザーとスーパーバイジーの関係性の動的なプロセスを明らかにし、効果的なスーパービジョンの在り方を検討する必要がある。   【参考文献】 1)Maslach, C.: The client role in staff burnout, Journal of Social Issues, vol.34(4), p.111-124(1978) 2)Hochschild, A. R.: The Managed Heart, Berkeley: University of California Press(1983): 管理される心—感情が商品になるとき, 石川准・室伏亜希訳,世界思想社(2000) 3)森本寛訓:医療福祉分野における対人援助サービス従事者の精神的健康の現状とその維持方策について-職業性ストレス研究の枠組みから-, 「川崎医療福祉学会誌 vol.16(1) 」, p.131-40(2006) 4)塩村公子:ソーシャルワーク・スーパービジョンの諸相, 中央法規出版( 2000) 5)栗田淳二:スーパービジョンの展開がケア現場の職員の意識に与える影響について—スーパービジョン体制の確立の重要性,(http://www.healthyhaim.or.jp/koshin_images/files /ronbun_20080704.pdf, 2012.5.10) 採用後障害者の職場復帰の対応・支援の状況について(その1) 〜企業へのアンケート調査結果を中心に〜 ○小池 眞一郎(障害者職業総合センター 主任研究員)  宮澤 史穂・岩佐 美樹(障害者職業総合センター)   1 背景と目的 1987年の「障害者の雇用の促進等に関する法律」の改正により、障害者の雇用の安定等のための施策の充実強化が図られ、その一環として、採用後に障害を持った者(以下「採用後障害者」という。)等のための作業施設の設置や職場適応措置に係る助成制度が創設された。以後、その支給対象者は短時間労働者や精神障害者、在宅勤務者にも拡大された。このうち、職場適応措置に係る助成金は、2015年度から難治性疾患者(358疾患)や高次脳機能障害者も対象とし、雇用保険法における雇用安定事業の「障害者雇用安定助成金(障害者職場定着支援コース)」として、職場復帰のために必要な職場適応の措置をとった事業主に対して支給されることとなったが、その支給実績は制度発足から間もないこともあり、未だ低い水準にある。 また、従来からの採用後障害者の職場復帰に関連する調査研究では、うつ病、高次脳機能障害者、難病等、特定の障害を中心にしたものが多く、障害者全般を対象としたものがほとんどなく、全体的な採用後障害者の現状と課題を把握することが必要となっている。 このため、厚生労働省の要請を受け、採用後障害者全体に対する就労継続・職場復帰支援の在り方の検討を行うとともに、助成金制度等の活用促進の参考とするため、2016年度から2年間にわたり、その休職の実態や職場復帰の際の就労困難性を把握し、人事労務や業務管理上の対応の在り方について調査研究を行っている。 2 調査研究の内容 この調査研究の具体的な方法としては、①各障害分野等の専門家からのヒアリング、②全産業の企業を対象に採用後障害者の職場復帰での課題や改善方法等を把握するためのアンケート調査、③職場復帰好事例がある企業等への訪問を実施し、分析・取りまとめを行う。また、成果物として調査研究報告書と採用後障害者の職場復帰に関する効果的な配慮や対応を取りまとめた中小企業向けのパンフレットを作成する。   (1)各分野の専門家ヒアリングの実施 ①障害別に見た支援の実践者、②学術的な専門分野の研究者、③企業の対応の際のアドバイザーなど、採用後障害者の職場復帰等の支援に関する実践や研究実績がある専門家に対してヒアリングを実施した(表1)。   表1 専門家ヒアリングの対象と把握事項 (2)企業対象のアンケートの実施 職場復帰への対応強化や助成金の有効活用を図るため、採用後障害者への対応や配慮の現状と課題等を把握することとし、2017年5月末に実施した(表2)。   表2 企業へのアンケート調査の主な内容   (3) 研究の経過に応じた企業訪問の実施 (2)の企業へのアンケート調査を補完し、採用後障害者の職場復帰の実態や効果的な対応や配慮に関する具体的な情報を入手するため、2年間にわたり、3段階のステップで企業訪問を実施している(表3)。   表3 段階的な企業訪問での把握内容 3 調査研究の成果 (1)専門家ヒアリングから得られた意見 職場復帰に関する対応や配慮では、①うつ病者は、休職開始時に適切な情報提供を行い、不安を軽減するとともに、職場復帰プランを明確にして関係者の役割分担の下で、段階的に復帰させることが必要であること、②高次脳機能障害者は、損失部分の代償と環境整備を図ることが大切で、復職後も長期的に支援をする必要があること、③難治性疾患者は、在職中に症状が徐々に悪化していくことが多く、休憩を取りやすくする、通院に配慮する、自己管理しやすいように職場環境を改善する等の就業上の共通した配慮が必要であること、が挙げられた。 また、企業の労務担当者からは、状態が把握しやすい身体障害者以外は、障害に該当するか否かの判断がつかず、手帳の取得等に関する個別の情報提供や助言が困難であることや、産業医は採用後障害者への対応に関して十分な知識がない者も多いとの指摘があった。   (2)企業へのアンケート調査の実施 専門家ヒアリングから得られた示唆に加え、職場復帰の対応経験が豊富な企業等への訪問、研究評価委員からの意見、厚生労働省との調査項目の追加・訂正等の調整を踏まえ、当機構内の倫理審査委員会を経て、アンケート調査を実施した。 ① 調査対象及び抽出方法 常用労働者50 人以上の全民間企業を対象にした企業データベースを用い、日本標準産業分類による業種15 分類(「平成25年度障害者雇用実態調査」において、採用後障害者の雇用が無かった業種を除いた業種)と、企業規模4分類(50〜99 人、100〜299 人、300〜999 人、1,000 人以上)とで、規模×産業による層化抽出を行い、7,000 社を抽出した。 ② 調査方法 自記式調査票による郵送調査。調査票及び依頼文は郵送により調査対象企業の人事・労務担当者あてに送付し、同封した返信用封筒により回答を求めた。 ③ 調査時期 2017年5月29日〜6月30日 ④ 調査結果 現在集計・分析中。最終結果に分析を加えて本発表会で報告する予定。 4 今後の方向性 採用後障害者全体の雇用実態や職場復帰の場面等での効果的な対応や配慮の実際を中心に報告書等で取りまとめていく。また、企業は2016年4月から障害者差別禁止及び合理的配慮提供義務やこれらに適切に対処するための指針への対応を求められた。これに伴って、採用後障害者に関しても企業側の姿勢や対応に変化が見られる可能性があるので、この点も踏まえて今後の調査研究を進めていく。 【参考文献】 1) 難波克行:メンタルヘルス不調者の出社継続率を91.6%に改善した復職支援プログラムの効果「産業衛生学雑誌」p.276-285,日本産業衛生学会(2012) 2) 東川麻子:治療と職業生活の両立支援に向けた人事労務担当者と産業保健スタッフとの連携「労務事情」p.12-24,産労総合研究所(2012.12) 3) 生方克之:高次脳機能障害者の就労を支えるための公的医療機関の役割「メディカル リハビリテーションVol.119」p.17-23,全日本病院出版(2010) 4) 江口尚:障害者・難病患者の就労支援と産業保健「公衆衛生vol.80」p.275-279,医学書院(2016.4) 【連絡先】   小池 眞一郎  障害者職業総合センター  電話043-297-9035  E-mail:Koike.shinichiro@jeed.or.jp 採用後障害者の職場復帰の対応・支援の状況について(その2)〜企業へのヒアリング調査結果を中心に〜 ○宮澤 史穂(障害者職業総合センター 研究員)  小池 眞一郎・岩佐 美樹(障害者職業総合センター) 1 背景 採用後障害者の「職場復帰における現状と課題に関する研究」では、採用後障害者の現状と課題を的確に把握するため、「採用後障害者の職場復帰の対応・支援の状況について(その1)」で報告した企業アンケート調査と併せて、企業へのヒアリング調査を3期に分けて計画的に実施してきている。第1期と第2期は企業アンケート調査の実施前に、9社に対するヒアリングを行った。 休職者の職場復帰支援は産業保健活動の一環として行われており、傷病による全ての休職者を対象としている。特に、メンタルヘルス不調による休職者は増加傾向にあり1)、職場復帰支援に積極的に取り組む企業も多い。そのため、企業ヒアリングでは、本研究における採用後障害者に該当しない休職者への対応についても併せて聞き取りを行った。本発表では、これらの企業ヒアリングから得られた職場復帰支援の実施内容や、特徴的な取組について整理する。 2 方法 (1)ヒアリング対象企業の選定 第1期:包括的に職場復帰の対応や仕組みを把握するため、制度や体制が充実しており、幅広い支援・対応を実践している企業を、厚生労働省HP「こころの耳」、当機構HP「リファレンスサービス」等により取組が公表されている企業の中から4社選定した。 第2期:平成27年度の職場復帰支援助成金の新設以降、当該助成金を支給した企業で都道府県の労働局より推薦があったものの中から、支給企業全体(約70社)における対象障害者の障害別の構成比を考慮して、支給対象が精神障害者の企業2社、高次脳機能障害者の企業2社、難治性疾患と内部障害者各1名の企業1社、計5社を選定した。 (2)ヒアリング対象者 職場復帰支援に関わる人事・労務担当者を対象としたが、必要に応じて、産業保健スタッフ、休職中の者の職場復帰部署の上司にも聞き取りを行った。 (3)ヒアリング内容  第1期、第2期で共通して聞き取りを行った項目のうち、本発表に関連した内容は以下の通りである。 ・病気休職制度の概要 ・休職から復職までの職場復帰支援プロセスに応じた職場復帰支援の内容 ・フォローアップでの対応の実際。特に、効果的な再発防止策の内容 ・障害特性に応じた職場復帰支援の内容とその効果 (4)ヒアリング実施時期 第1期:平成28年9月から10月  第2期:平成29年1月から2月 3 結果 (1)ヒアリング実施企業概要 企業アンケート調査で用いた企業規模(4区分)と業種(15業種)に沿った企業の分類結果を表1に示す。100〜299人規模2社、300〜999人3社、1000人以上4社であった。業種は、製造業、情報通信業、運輸業、卸売・小売業であった。 表1 ヒアリング実施企業概要 (2)職場復帰支援の取組内容 ① 特徴的な取組・体制 ア 休職を予防するための取組 一般的な安全衛生活動に加え、メンタルヘルス不調を予防するための取組が行われていた。特に従業員規模の大きい企業では、ストレスチェックを活用した組織分析を行い、職場環境の改善に活用していた。また、休職を未然に防ぐ取組として、産業保健スタッフがメンタルヘルスの問題に対する対応マニュアルを作成し、それを基に管理職に対する研修を行っている企業もあった。 イ 職場復帰支援の人員体制 人事・労務担当者や産業保健スタッフが中心となり、職場復帰支援に取り組んでいる企業がほとんどであった。産業保健スタッフを常駐で配置することが難しい企業では、復帰先の上司が深く関わったり、外部のEAPを活用しているところもあった。 また、職場復帰支援のキーパーソンとして、職場の組織からは離れた立場ではあるが、企業の特徴をよく理解しているスタッフ(例:ベテランの保健師や、数年にわたって当該企業を担当しているEAP等)を挙げる企業もあった。 ② 職場復帰支援段階別の取組内容 厚生労働省による「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」2) は、メンタルヘルス不調による休職者を念頭においたものであるが、職場復帰支援のプロセスは全ての障害に共通のところもあると考えられる。そこで、手引きに示された病気休業開始から職場復帰後のフォローアップまでの5つのステップを参考に、職場復帰の段階を、ア.病気休職開始及び休業中のケア、イ.職場復帰時の配慮や対応及びウ.職場復帰後のフォローアップの3つに分類した。さらに、この3段階ごとにヒアリング調査から得られた企業の取組内容を障害別に整理した(表2)。 ア 病気休業開始及び休業中のケア メンタルヘルス不調の休職者に対しては外部機関によるリワーク(地域障害者職業センターによるリワーク支援や医療機関によるリワークプログラム)の受講を推奨しているところがみられた。職場復帰後の安定的な勤務にリワークが有効であることは多くの企業で共通した認識であったが、復帰に向けた本人の意欲が重要であり、受講するかどうかの見極めが必要であるという意見も挙げられた。 また、休職者がメンタルヘルス不調や高次脳機能障害である場合は、試し勤務を実施している企業がみられた。特に高次脳機能障害の場合、通勤が問題になることがあり、安全・確実に出勤できることは職場復帰に向けた重要な要素となっていると考えられる。 イ 職場復帰時の配慮や対応 勤務時間の配慮は、休職者の障害種類を問わず、共通して全ての企業で行われており、障害状況等から職種や職務の変更が必要な場合も全ての障害において対応が行われていた。また、休職前の職種が運転業務など安全性が重視される業務内容の場合、復職の基準がどうしても厳しくなるという意見がきかれた。さらに、販売業の店舗業務に限定されて採用されている等、職種が限られている職場の場合は、職務の変更を行いたくても実際には難しく、現職に復帰することができない場合は退職せざるを得ない状況があるという意見もあった。このように、企業の従業員規模や業種の幅により可能な配慮や、配慮の実施に対する困難さが異なっていることが示された。さらに、企業ができる限りの配慮を行っても休復職を繰り返し、職場への適応が難しく、かつ、本人が希望する場合には転職支援を行っている企業もあった。 ウ 職場復帰後のフォローアップ 従業員規模の大きい企業では、特にメンタルヘルス不調の職場復帰者に対し、人事・労務の担当者や、産業保健スタッフを中心として一定期間、定期的な面談を実施していた。また、高次脳機能障害の場合は、環境の変化への対応が難しいため、職場環境が変わった場合にその都度適応できるような丁寧な説明等の配慮が必要となっていた。 4 今後の方向性 今回のヒアリングでは、従業員規模が100人以下の企業は調査対象に含まれず、業種も限られていいた。しかし、その中でも規模や業種により企業が抱える課題や、可能な配慮が異なることが示唆された。第3期では企業アンケート調査の回答から効果的な対応事例があるとわかった企業へのヒアリングを予定している。第2期まででヒアリングを行うことができなかった規模や業種の企業については、第3期に引き続き調査を行い、職場復帰支援の効果的な取組について明らかにしていきたいと考えている。 【引用文献】 1)厚生労働省:平成25年 労働安全衛生調査(実態調査) 2)厚生労働省:心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き, 2012. 【連絡先】   宮澤 史穂 障害者職業総合センター   電話043-297-9089 E-mail:Miyazawa.Shiho@jeed.or.jp 高次脳機能障害者の職場復帰における職務再設計支援について ○浅井 孝一郎(障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー)  河合 智美 (障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)は、休職中の高次脳機能障害者を対象とした職場復帰支援プログラム(以下「復帰プロ」という。)を実施している。高次脳機能障害者の職場復帰は、受障による身体、認知機能の変化等による影響で休職前後の職務に変更が生じやすい点が特徴である。実際、平成23年度から平成28年度の間に職業センターの復帰プロを利用し、職場復帰を果たした35名(図)の内、30名(約86%)が職務の変更(配置転換、または元々所属していた部署だが仕事内容の変更)を伴っている。また、平成20年に東京都が実施した「高次脳機能障害者実態調査」によると、発症時に就労しており、なおかつ調査時に継続して就労していた20名の内、11名(55%)は同一事業所に復職し仕事内容の変更を伴っていた。 図 職場復帰に伴う職務の変更   このように高次脳機能障害者の職場復帰において、多くの場合職務の見直しが必要となる現状を踏まえると、仕事内容や職場環境を対象者の実態に即して見直すことが職場復帰の課題の一つとしてあげられる。そのため、事業所の職務再設計を支援するために①対象者の情報を事業所と共有するための「特性整理シート」、②事業所の高次脳機能障害者の職場復帰に関するノウハウや経験不足を補完する「職場復帰参考資料集(仮)」の作成に取り組んでいる。本稿では、「特性整理シート」の作成経過及び活用事例について報告する。 2 職務再設計に係る事業所への実態調査 事業所のニーズを踏まえたツールを作成するため、下記の調査を実施した。 (1)調査の概要 調査期間:平成29年2月〜3月 対象企業:平成28年度に復帰プロを利用し、職場復帰した対象者が所属する事業所6社 調査内容:①職場復帰する対象者のことを理解するために事業所が参考にしたこと(計16項目) ②職務再設計を検討する上で事業所が重視したこと(計28項目)。なお、②については「職場復帰参考資料集(仮)」の参考とするための調査として実施した。 調査方法:4件法によるアンケート調査及びアンケート項目の精査を目的としたヒアリング調査 (2)調査結果 アンケートは6社全てから回答を得、そのうち4社に対してヒアリング調査を実施し、回答結果の概要は次のとおりであった。 ① 対象者を理解するために参考にしたこと 「医療からの疾病に関する情報」「身体機能(可動域、歩行等)に関する情報」「仕事の適性(得手・不得手)に関する情報」「対象者が会社に求める配慮事項」「相談・訓練場面等での対象者の態度、疲労、集中力」「職場復帰の意欲」の6項目となっている。 ② 対象者の理解につながりにくかったこと 「神経心理学的検査(専門的検査)の結果」「日常生活の様子、具体的なエピソード」「家族のサポート体制の有無、程度」「会話の流ちょうさ、話のまとまり」「障害認識の程度」の5項目となっている。 (3)結果の分析 調査対象事業所が少数であるため、結果の取扱いには留意が必要であるが、アンケートの回答及びヒアリング調査の結果、事業所が対象者を理解するために必要とする情報について以下の傾向がみられている。 ・学術的な名称ではなく、障害特性が具体的な行動として明記されていることで、専門的知識がなくても理解しやすい内容。 ・障害特性が職業生活や職務の適性に与える影響について医療機関・就労支援機関など第三者による見立ての内容。 ・障害特性について対象者の対処手段に加えて、事業所側の具体的な配慮・対応方法に関する内容。   3 特性整理シートの作成及び活用 (1)特性整理シートの作成 事業所への調査・結果の分析に基づき、特性整理シートを次の5項目によって構成した。また、各々の項目のポイントは以下のとおりである。 ① プログラムで確認された障害特性 高次脳機能障害の特性説明は、対象者や事業所が具体的な場面を想起しやすい表現とした。対象者の中には、口頭・文書における言語化が苦手な人がいるため、特性を選択しやすくするための障害特性一覧表を用意した。 ② 自己認識の推移 本項目は事業所にとって参考にしにくいものの、対象者が自己認識について振り返り、他者認識との差を確認するため設定した。 ③ 補完手段(対処方法) 対象者は困った時に特性整理シートを確認し、自らの補完手段(対処方法)を思い出す道標として活用するために、事業所は職場で対象者に具体的な助言する際に活用するために設定した。 ④ 対象者が会社に求める配慮事項 対象者自身が対処することが難しい事項について、事前に事業所に配慮事項を伝え、対応を促すために設定した。 ⑤ 支援機関の見立て 本来はプログラムで確認した特性が仕事に与える影響や生起されやすい場面に対する支援機関の見立てを伝えることを目的とするが、見立てが不十分な事項は、現時点で確認できていることを記載した。 (2)活用事例 対象者:Aさん 30代 男性 障害名:高次脳機能障害(注意障害、記憶障害) 週1回実施する個別相談で、表の「特性整理シート」を作成した。「特性整理シート」の作成過程は、次のとおりである(○数字は特性整理シートの項目に対応)。 ①特性についてプログラムをとおして対象者が認識したものと支援者が見立てたものを障害特性一覧表から選択し記載した。 ②自己認識の度合いについて対象者に記載を求めた。個別相談の時などに認識の変化を継続的に確認した。 ③、④作業支援や日常生活の中で効果が確認された補完手段、周囲に求める配慮事項を障害特性ごとに記載した。現状に変化があれば更新した。 ⑤支援者の見立てを繰り返しフィードバックすることで、新たな補完手段や配慮事項に関する検討につながった。 作成した特性整理シートは、職場復帰前に支援の実施状況の説明、支援終了後の関係機関の協力体制の検討などを目的として開催する連絡会議において、事業所、家族、支援者間での情報共有に使用した。 (3)活用の効果について 障害特性を具体的に表現することになるため、掲載内容のボリュームが増えたものの、対象者、事業所ともに専門的知識がなくても概ね理解できる表現にすることができた。また、各特性に対応する補完手段や配慮事項をわかりやすく示すことで、対象者、事業所双方が具体的に何をすれば問題解決につながるのか、その理解の一助となったものと思われる。さらに、支援者の見立てを記載したことで、プログラムで確認した障害特性の説明内容を補完することになり、事業所の納得度を高めることができたと考えている。 4 まとめ 「特性整理シート」を作成することが障害特性や補完手段を項目別に整理することになり、対象者、事業所の理解促進の一助となった。これに加え、「職場復帰参考資料集(仮)」によって職務再設計支援の充実を図った。今後は、支援事例を蓄積するとともに、ツールの内容について見直しを図っていきたい。詳細は、平成30年3月発行予定の実践報告書「高次脳機能障害者の職務再設計支援技法の開発」により報告する。 【連絡先】  浅井孝一郎  障害者職業総合センター職業センター開発課  e-mail:Asai.Kouichirou@jeed.or.jp 表 Aさんの特性整理シート 特発性横断性脊髄炎により四肢麻痺を呈した20歳代男性の就労支援〜急性期病院から外来リハを経て職場復帰を果たした一事例〜 水野 陽仁(帝京大学ちば総合医療センター リハビリテーション部 作業療法士) 1 はじめに 全国脊髄損傷データベース1)によれば下位頸髄損傷の職業復帰率は17%と言われている。また、復職には早期から本人・家族へ医療者側から就労を働きかけることや企業と連携を取ることが重要とされている。今回、特発性横断性脊髄炎を発症し、急性期病院退院後に外来リハビリテーション(以下「リハ」という。)を経て、配置転換で職場復帰した、20歳代男性の就労支援を経験した。本症例を通して医療機関における就労支援について検討し報告する。 2 症例紹介 20歳代前半の男性。 現病歴:先行感染なく、四肢のしびれ・脱力あり受診。両上肢MMT2、両下肢MMT0でC5以下での感覚障害、膀胱直腸障害を認めた。頸部MRIにてC4〜Th2の髄内高信号域あり。精査の結果、特発性横断性脊髄炎と診断され、保存的加療された。入院翌日よりリハ介入した。 職業歴:社会福祉法人施設にて生活支援員として勤務 勤続年数:4年間 入所施設:知的障害者入所施設 仕事内容:入所者への生活介護 従業員数:200名程度 最終学歴:高卒 所有資格:普通運転免許 生活歴:未婚・独居であるが婚約者あり 3 介入経過 (1)入院リハ(発症〜3か月) 3か月間の内科的治療(ステロイドパルス療法やIvIg療法、血漿交換)と合わせてリハを実施した。途中、深部静脈血栓症を合併したため入院が長期に及んだ。入院リハはADL訓練を中心に行い、入院2か月目に本人より復職希望があり、就労支援として書字訓練やタイピング練習を訓練に追加して実施した。書字は鉛筆の柄を太くし左手にて実施し、タイピングではキーボード入力が困難だったためタッチパネルにて入力訓練をおこなった。入院中より会社上司の面会があり、復職の際の仕事内容は相談可能との情報があった。 3か月目にはFIMは60→108まで改善し、歩行は右短下肢装具と左ロフストランド杖にて屋内外自立し、自宅退院を果たした。ただし、入浴・更衣の一部に介助を要し、時折尿失禁を認めていた。入院時から退院時の身体機能の変化は以下の通りである。   表1 入退院時の身体機能変化 自宅へ退院後は外来リハへ移行し体力向上訓練やタイピング練習を継続した。発症4か月目に会社上司を交えての3者面談を行った。会社側からは本人の能力に応じた仕事内容を検討可能との意見があった。現状の身体機能からは病前従事していた生活支援員としての対人業務は困難であるが、車通勤は可能でパソコンを用いての事務作業は可能な旨を伝えた。職場復帰時期に関しては本人やリハ状況に応じて検討可能との意見があり、体力低下を考慮し、数か月の外来リハを実施後、半日勤務での勤務開始を提案した。その結果、一般事務として正規雇用のまま、発症6か月で職場復帰の方針となった。 本症例はデスクワーク未経験であったためタイピング練習に加えWordやExcelを使用した書類作成と文房具(ハサミやカッター、封筒など)の使用を訓練した。パソコンではマウス操作は可能であったが、一般的なキーボードでの入力は依然困難であったため、タッチパネル式のキーボードを購入し、300文字/10分の速度でタイピング可能となった。書類の持ち運びにはショルダーバックを用いた。 また、ボタンエイドを用いてのワイシャツの着脱やネクタイの装着を外来にて実施し、装具着用下でも使用可能なビジネスシューズの選定を行った。 自動車運転はアクセルペダルの左右を変更し、ハンドルにはハンドルスピンナーを設け運転免許証を更新した。この頃には入浴・更衣に加え、通院も自立し活動量拡大も図れてきたが夜間尿失禁は持続していた。発症6か月で当初の方針通り、一般事務へ配置転換の末、半日勤務から開始し職場復帰を果たした。なお、休職中は傷病休暇とされ、傷病手当金が支給されていた。この頃には身体障害者手帳2級(上肢3級・下肢4級)を取得し障害者年金の受給申請を行った。職場復帰時の身体機能は以下の通りである。 表2 職場復帰時の身体機能 (3)外来リハ・職場復帰後(発症7か月以降) 発症7か月目(職場復帰1か月目)は半日・週5日勤務にて一般事務として就労を開始し、発症8か月目(職場復帰2か月目)以降からフルタイム勤務となった。書類作成や書類のチェックを実施し指示された時間内で業務遂行可能であった。ただ、ハサミの使用は困難であった。 発症1年目(職場復帰5か月目)に生活支援員としての復帰希望があり、業務内容を確認した。食事介助やレクリエーションなど一部実施可能な仕事はあったが、入浴や排泄介助が出来なかったため、対人業務を安全に遂行することが困難であることを職場上司と相談の上、判断し生活支援員ではなく一般事務として雇用継続となった。 発症2年目(職場復帰1.5年目)には仕事内容が広報業務へ変更となり、カメラでの写真撮影や施設内を移動し屋内外の出入りが増えるようになった。立位での靴の着脱が困難との訴えがあったので、マジックテープ式での靴を選定した。また、右下腿筋緊張亢進にて歩行時の躓きが増えておりボトックス治療や下肢装具変更について検討した。この頃、就労への定着は図れていたが、徐々に職場職員との交流が疎遠になり、仕事への配慮が少なくなったことへ悩みを訴えていた。四肢麻痺患者との交流を希望する声があったため地域で行われている患者会や車椅子バスケットボールチームの情報提供を行った。 4 考察 本症例は職業復帰率が低いとされている下位頸髄損傷でありながら発症後6か月と早期に職場復帰を果たした男性である。全国脊髄損傷データベース1)によれば受傷から6か月以内に職業復帰できた症例は12.1%で、職業復帰時期で多いのは6か月から2年半と言われている。また、中途障害者に対して早期から復職の方向づけを示し本人の復職への意志を明確にすることが重要とされている2)。早期から職場復帰を目標として掲げ、入院リハから外来リハまで一連の支援を行えたことが、早期に職場復帰を果たせた一因と考える。 今回の就労支援では職場での仕事内容を把握し、本人の就業能力を評価した上で、会社上司を交えた面談の中で対人業務ではなく一般事務での就労を選択した。復職に関する最終決定権は雇用者側にあるので、最良の結果を得るためには雇用者側の理解とさらには現場の上司や同僚の協力が不可欠となる。職場復帰にあたって、雇用者側としては障害の評価と適正配置が重要とされている。適正配置とは勤労者本人の就業能力と作業負担のバランスをとり、かつ本人および他者へのリスクを回避することである。このようなリスクを回避する活動は法的には「労働安全衛生法」に定める「病者の就労禁止」を拠り所としている。本症例では本人のパフォーマンスだけでなく、リスクにも配慮し適正配置を図れたことが円滑な職場復帰につながったと考える。 職場復帰後には業務内容の変更や職場での人間関係への悩みを訴えることがあったが、発症から4年経過した時点でも就労を継続している。中島ら3)のアンケート調査によれば職場復帰を果たした脊髄損傷者のうち、29.9%の転職や離職者がいると言われている。障害者雇用実態調査4)では身体障害者の平均転職回数は2.2回とされており、理由として労働条件や職場での人間関係、仕事内容が合わないといった項目が上位に挙がっている。就労支援として職場復帰の時だけでなく、適宜本人の身体機能や就労能力を評価し、雇用者側に専門職から情報提供していくことや心理面も含め職場・社会的に孤立しないよう長期的にサポートしていくことが雇用を継続していくためには必要と考える。 【参考文献】 1)内田竜生ら;脊髄損傷患者の復職状況と就労支援「日職災 医誌,51」p188-196,(2003) 2)伊藤英明ら;産業保健における中途障害者の職場復帰「Medical Rehabilitation,152」p21-26,(2012) 3)中島昭夫ら;障害者の社会復帰‐医学的リハビリテーショ ンから職業的リハビリテーションへ‐「日本災害医学会誌,44」p207-217,(1996) 4)厚生労働省職業安定局;平成25年度障害者雇用実態調査結果p1-43,(2013) 【連絡先】 水野陽仁 帝京大学ちば総合医療センター リハビリテーション部 Tel:0436-62-1211 E-mail:h-mizuno@med.teikyo-u.ac.jp 気分障害等による休職者の復職支援プログラムにおける「事業主との復職調整に関する支援技法」−試行状況について− ○古屋 いずみ(障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー)  障害者職業総合センター職業センター開発課 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センターでは、気分障害等による休職者(以下「休職者」という。)を対象としたジョブデザイン・サポートプログラム(以下「JDSP」という。)を実施し、復職支援技法の開発を進めている。 JDSPでは支援開始前に、支援者が、休職者、事業主、主治医の3者の意向を確認し、支援内容や、職場復帰の進め方を検討するためのコーディネート期間を設定している。この期間のアセスメント結果を基に支援計画を作成、3者の同意を得た上で支援を開始する。受講期間の中間や終了のタイミングにおいては、事業主、休職者、支援者の出席による報告会を開催し、休職者や支援者から受講や支援計画に対する進捗状況を報告した上で、残りの受講期間での課題の確認と改善方法の検討、復職条件等の確認を行う。この報告会において、復職の判断根拠となる情報を整理し、その結果の共有が図られないと、事業主と休職者の復職に関する意図や意思に隔たりを生じ、支援が不調に終わる場合がある。  これまでJDSPでは、コーディネートの際は主にM−ストレス・疲労アセスメントシート(Ⅳ)を用いて休職者に関する情報整理を行っている。当該シートは、疾病や過去の職務に関する情報整理に使用することはできるが、復職に向けた取組状況、復職要件などに関する休職者、事業主、支援者の3者間での情報共有ツールには成り得ていない。復職に向けた課題整理のための情報交換は口頭でのやりとりが中心となるが、一方で情報の行き違いの可能性を孕んでいるため、確認した情報を有用なものとするには可視化の方法が考えられることから、コーディネートから受講終了まで一貫して活用できる新たな情報共有化ツールの開発に取り組んでいる。 本発表ではこのツールを活用した事例により試行状況を報告する。 2 事例報告 (1)対象者(Aさん、30代前半、男性) 大学卒業後、システムエンジニアとして就職。希望しない部署への人事異動や、異動先の上司、同僚との意見の行き違いをきっかけに、抑うつ状態となり休職に至った。 (2)情報共有化ツール Aさんの復職に向けた支援における情報共有化ツールは「情報共有シート(図1)」及び「目標設定チェックシート(図2)を試行的に活用した。 図1 情報共有シート(一部抜粋) 図2 目標設定チェックシート   情報共有シートは、休職者の属性、通院、服薬状況、現在の体調など医療や健康などに関する事項、復職希望、休職期間、休職回数、復職要件など復職に関する事項で構成し、記入はコーディネート期間の最初に休職者が行う。 目標設定チェックシートは、復職に向け目標とする生活及び労働習慣などに関する取組について約20項目1)を列記し、その達成度等の記入を受講当初、中間・終了報告会前に休職者が行う。 (3)情報共有化ツールの活用 ア コーディネート期間中の相談 個別相談において、Aさんが記入した情報共有シートを基に復職に関する状況の確認と整理を行った。Aさんは「復職に不利になるので、できるだけ自分が話した内容は事業主側に伝えないで欲しい」と、事業主に情報を伝えることに対する抵抗感を抱いていたため、可視化した情報共有シートを用いた必要最小限の情報で3者間の打合せに臨むことを相談した。 イ コーディネート期間中の事業主含めた3者間の打合せ Aさんの抵抗感を踏まえ、情報共有シートに基づく最小限の情報で、復職に関する意向、取り組む課題の確認及び支援計画のすりあわせを3者で行った。 復職要件の確認では、情報共有シートの復職後の配置希望欄に「会社に一任」としたことに関し、事業主から「復職時点で希望通りになるかわからないが復職後に何をしたいのかよく考え中間報告会の際に希望を出すこと」という復職後のキャリアの検討を求める考えが示された。 また、Aさんが休職原因の一つとして挙げたコミュニケーションの苦手意識に対して、「コミュニケーション面で配慮を希望する事項があれば、あらかじめ申し出る」ことも伝えられた。 その他、復職要件に関して、復帰時には1日4時間の短時間リハビリ出勤から開始し、3か月以内にフルタイム勤務を目指す必要があるとの提案があった。このときのAさんの症状は概ね安定していたが、生活リズムが乱れがちで日中の活動量は低下していた。目標設定チェックシートの生活リズムに関する項目の達成度が低かったことから、受講時間を段階的に延長するという活動性の改善を目標とした。 ウ 中間報告会 受講期間の中頃、中間報告会を実施し、目標設定チェックシートの各項目の達成度を確認しながら復職に向けて残された課題の共有を図った。先の3者間の打合せで確認した3点の課題の進捗状況について目標設定チェックシート等を用いた報告と確認を行った。 ① 復職後の働き方 キャリア関連のグループミーティングや個別相談を通じて取り組んだ結果、将来のキャリアプランとともに、「まずは元の部署に復帰し、これまでの経験を生かした職務で会社に貢献したい」という意思表示がなされた。 ② コミュニケーションの苦手意識 相談場面で自己分析を行い、SSTのテーマとして職場での相談や報告場面を設定して取り組んだ。周囲からプラスのフィードバックを受ける等の体験によって自信の回復がみられた。 ③ 活動性の改善 目標設定チェックシートの項目「通勤時間・勤務内容に合わせて行動できる」については未達成であり、残りの受講期間における目標とすることを再確認した。 エ 中間報告会後の取組 報告会での検討を踏まえ、Aさんから残りの受講期間の目標について提案が出され、日々の具体的な取組内容の検討の結果、次の4点について取り組むこととした。 ①通勤訓練を行う。 ②受講時間を延長し作業に取り組むことで、1日当たりの活動量を増やす。 ③作業として、職務に関する専門書を読む。 ④復職後の再発予防に関して、具体的な方策を検討する。 Aさんはこれまで、支援者から提案された課題に対して受動的な姿勢だったが、中間報告会以降は、取組目標を主体的に設定し課題改善に向かうという変化が見られた。 3 考察 本事例から情報共有化ツールの効果として、現段階では次の2点が考えられる。 (1)支援者にとっての効果 復職支援では休職者、事業主、支援者が揃い復職要件、プログラムの進捗状況、復職に向けた調整事項等について相互に把握、確認するための場面を設定している。 この場面を有益なものとするには、それぞれの立場で検討・判断するための根拠、すなわち「情報」の明確化が前提となる。 情報共有シートに可視化された一つ一つの項目に関する内容を挟んで、お互いに考えや意見を提示することによって、一致している点、食い違っている点について3者間での共通理解が図られる。 こうしたことは支援者にとってみれば、休職者と事業主間に生じている相違点について、焦点をあてた調整に注力することが可能となり、課題の解消に向け対応が後手に回ることなく実施できる。 (2)休職者にとっての効果 「情報が事業主に伝わる」ことに抵抗感のあったAさんが、プログラムの受講経過につれて徐々に主体的な取組に変化することとなった要因として、目標設定チェックシートの活用が考えられる。 事業主から示された内容は、目標設定チェックシートに具体的な目標として掲げるとともに、達成に向けた取組方法が決まり、その進捗状況を可視化によって把握・確認し、達成状況に応じて新たなあるいは段階的な目標も設定し取り組んだ。こうしたことは、Aさんにとって取り組むべき目標は、これまでの単なる上位者からの指示・命令ではなく、事業主が同意している自らの復職に向けた具体的で前向きで、焦点を絞った持続可能な活動として捉えるきっかけとなり定着化していった。 4 おわりに 現在、情報共有化ツールを活用した復職調整支援を試行している。これまでに得られた結果から考えられる「効果」を踏まえながら、今後は、収集が不足している事業主側のニーズを把握し、現行ツールの精査や新たに必要なツールの開発とともに、さらなる効果的な活用方法について取り組むこととしている。 【参考文献】 1) うつ・気分障害協会編:「うつ」からの社会復帰ガイド(2004) メンバープロジェクト活動から地域コミュニティへのアプローチ〜一人ひとりの多様な力を活かすGive & Takeの取り組み〜 柳田 貴子(LITALICOワークス五反田 職業指導員/センター長・管理者) 1 メンバープロジェクト誕生のきっかけ 昨年8月五反田センター開設の折、訓練生(以下「メンバー」という。)から「職員(以下「スタッフ」という。)は何を提供してくれるのですか?」といった発言が多く聞かれていた。 支援者としての役割はもちろん果たしながらも、私たちスタッフには、「活動の主体者は、ひいては、人生の主役は自分自身であるとの思いをお互いに持ちたい」との思いがあった。 まずは、メンバースタッフ全員参加型の改善会議(「五反田よくする会議」のちに「五反田みらい会議」)を毎月実施(図1)。その中で提案されスタートしたのが、メンバー主役のプロジェクト活動である。 図1 改善会議でのブレスト 2 メンバープロジェクトの目的 「楽しいだけでなく、就職活動および就労、その後の人生に繋がること」を前提としつつ、多様な力を活かし合いながら、活動を展開していくことを決めた。 3 プロジェクトの概要 参加は任意、加入も卒業も自由。それぞれ担当スタッフがサポーターとして付き、定期的に運営会議を行っている。 (1)総務プロジェクト 主に消耗品の在庫管理・発注や、全体清掃の企画運営を行う縁の下の力持ち。プロジェクトの中でも最も職場で活きる実践的な活動と言える。就職後、総務部の一員として職場で活躍している参加メンバーの事例もある。 (2)カフェサンクプロジェクト 「cinqサンク」とは、フランス語で五反田の「5」、英語の「thank(感謝)」の意味も込めたダブルネーミング。土曜午後はマシンでコーヒーを淹れ、「構えないコミュニケーション」「就職後にも役立つ余暇活動」の時間として企画運営。各種ゲームやものづくり、就職者も参加しての座談会、テーマ別トークなどのほか、体力づくりのスポーツや街歩きも人気企画。コンセプトは「コミュニケーションを通じて成長、悩み解消の場をつくる」「一人ひとりの個性が活かせる場にする」。 (3)図書ソムリエプロジェクト 「センター書籍をもっと活用しよう!」という目的で、新刊の入荷(隔月で買い付け)、ポップ&ブックレビュー作成(図2)、リクエスト対応などを行う。 この活動を機に、本がもつ集中力アップ・リラックス効果を知って手に取るメンバーが増えた。また、本を介したコミュニケーションも活発になった。   図2 新刊ポップ     図3 センター掲示 (4)Give & Takeプロジェクト 昔、地域センターなどでよく見かけた「あげます・譲ってください」の掲示板をヒントに始まった。 「自分が提供できるもの」と「人から得たいもの」をシートに記載して掲示(図3)。マッチングをはかるコミュニティである。 例えば「簡単な就活メイクを教えてほしい」というgiveに「時短メイクテクニック教えます!」というtakeでマッチング。「自分は何もできない」と言う人も、takeを見て「あ!これだったら自分もできる」と喜んでgiveを出すことができ、人の役に立ったという自信に繋がっている。 4 プロジェクト活動の発展 (1)コラボ企画 各プロジェクトが活発になり、「一緒にやったら面白いのでは」という声があがった。カフェサンク×図書ソムリエ「ブックシェアマーケット」、カフェサンク×Give & Take「メンバーの得意を活かした講座」(例:水墨画、簡単オススメ料理、サプリメント知識など)等の企画を実施。メンバー同士の交流を促進している。 (2)広報活動 家族、地域の関係者などにむけて、自分たちの活動を紹介する機会が増えている。 ①ウエルカムプログラム(新規利用メンバー向け) ②家族会および家族参加イベント(図4) ③各種イベントでのプレゼン ④センター広報誌掲載    図4 家族参加のカフェサンク・テラリウムづくり 5 センターから地域へ (1)メンバーと地域団体とのが交流スタート 協働による豊かなまちづくりを進める「協働ネットワークしながわ」会員の皆さん15名がセンターを訪問。メンバーの活動発表を聞いていただいた。多くのGive & Takeの提案をいただき、まさに協働のきっかけとなった。 (2)ミニフェスタ!の開催 「開設一周年記念活動報告会」第二部として、Give & Takeミニフェスタ!を開催。地域の関係機関や企業の方々、家族、総勢26名での交流となった(図5)。 図5 Give & Takeミニフェスタ! 寄せられたgiveの一部を紹介する。 ・最終面接のポイント!(企業) ・クレーム電話応対のちょっとしたコツ(企業) ・高次脳機能障害の年金診断について(医療) ・筋肉の付け方!(教育) ・主婦歴30年が教える作り置き料理(家族) ・気軽に楽しめるスポーツを一緒に!(NPO) 6 プロセスからの考察 最初から順調だったわけでは決してなく、むしろ悪戦苦闘の連続であった。しかし、「主体性」と「多様性」がテーマの軸として確立した時から、軌道に乗ったと言える。 (1)メンバーが実感できる成果 表 活動で得られたと感じるもの一覧 コミュニケーション力 自分で行動すること 就活でのアピール 傾聴すること 会議を体験すること 議事録を取ること 異なる意見とまとめること 提案力・行動力 人前で話をする経験 誰かの役に立つこと 予算をたてる 達成感を得る 協力して物事を進める 自分にもできるという自信 人に喜んでもらえる 余暇活動などの新たな発見(2)プロジェクト活動の課題 ①プロジェクト活動と訓練・就活とのバランス ②意見が分かれたメンバーとの関係性維持 ③卒業(就活専念や就職等で)に対応できる体制づくり (3)今後の展開と展望 ①Give & Takeフェスタ!の開催 ②複数企業との連携で、障害者雇用で働く社員の皆さんと ③通信制高校や放課後等デイサービスの生徒さんと ④もっと気軽に交流できるツールの設定 7 「働く」を支えるコミュニティとして育てる 私たちは、就職自体がゴールではなく、「働くことを通じてより良い生活と人生をともに実現すること」をめざしている。「地域で自分らしく暮らす」ということは、職場定着支援とは違った側面で、その人の「働く」を支えるものとなると確信する。 現在のプロジェクト活動を、地域の皆さんとともに、よりオープンなコミュニティとして育てていきたい。 そして、障害あるなし関係なく、「自分に合ったコミュニティを選ぶ」「コミュニティの一員としてその人らしさを発揮する」「コミュニティを創造する人になる」力を蓄えるべく、その土台づくりとして活動を進めていきたい。 自立支援協議会を通じた就労支援体制の構築に関する一考察 ○野村 聡(柏市障害福祉就労支援センター 専門監) ○佐藤 敦(障害者就業・生活支援センター ビック・ハート柏) 1 はじめに 近年、障害者雇用施策の整備・充実に伴い、企業による障害者雇用が推進されたこと、障害者就業・生活支援センターや就労移行支援事業所等、障害者の就労支援サービスが充実したことにより、障害者の社会参加や社会的自立が進んでいる。 就労支援サービスの充実に伴い、多くの福祉事業所が混在する中、地域における就労支援体制の構築が重要となり、質の高い就労支援サービスや仕組みづくりが、市町村に求められている。 本稿では、当市において取組んでいる自立支援協議会はたらく部会(以下「はたらく部会」という。)での取組みをもとに、市町村における就労支援体制の整備のあり方を考察する。   2 当市及び自立支援協議会について (1)市の概要 柏市は千葉県北西部に位置し、人口42万人のベッドタウンである。都内へ1時間弱で通勤が可能なため、都内へ通勤する市民も多い。市の中心地は商業施設等が多いが、少し車を走らせると自然が豊かな場所もあり、賑わいと自然が調和された街である。平成17年4月に旧沼南町と合併し、平成20年4月より中核市へ移行したことで、福祉事業所の許認可等の業務も市で実施している。 平成29年3月末時点での障害者手帳所持者数は、16,481人となっており、障害種別は次のとおりである(表)。   表 柏市における障害者手帳所持者数 (2)自立支援協議会の概要 当市では、平成21年度より市単独で自立支援協議会を設置し、現在に至っている。当市では全体会の下に専門部会を設置し、その特徴として専門部会の活動が活発なこと、専門部会の活動を通じて現場職員や事業所等によるネットワーク構築や支援技術のスキルアップを図っている等があげられる。 なお、専門部会については、次のとおりである(図1)。 (3)はたらく部会 専門部会の1つであるはたらく部会は、企業就労を目指す障害者を支援する一般就労連絡会と、就労継続支援A・B型事業所に通所する障害者を支援する福祉的就労連絡会で構成されている(図2)。 図2 はたらく部会組織図 3 就労支援体制の整備に向けた取組み (1)経緯(平成23年度から27年度まで) 当市では平成23年4月、従来の身体障害者福祉センターに障害者就労支援事業(以下「就労支援事業」という。)を加え、障害福祉就労支援センターと名称を変更し、新規事業を開始した。当時、市内には障害者就業・生活支援センターや就労移行支援事業所等、いくつかの就労支援機関が点在していたものの、障害者の就労支援サービスが不足していた。 また、就労支援事業開始当初から関係機関との連携を重視していたが、現場レベルでの連携、いわゆるミクロレベルでの連携にとどまっており、市全体を意識した連携を築くまでに至らなかった。 そのような中、就労支援事業の開始後、民間の就労移行支援事業所の開設が相次いだことから、市として今後の就労支援事業のあり方を再検討することとなった。その結果、行政は就労支援体制の整備に注力し、民間事業所が活躍できる土台を作ることに着手することとした。その第一歩として、平成27年度のはたらく部会において就労支援体制のあり方について協議を重ね、提案されたのが次の体制図である(図3)。 図3 平成28年度からの就労支援体制図 従来、就労支援事業で実施していた個別支援を民間事業所へ委託したことについて、市内の民間事業所から戸惑う声も寄せられたが、これまで個別支援に充てていた時間を施策の企画立案に専念できるようになったことで、はたらく部会を通じた就労支援体制の整備に、市として力を注げるようになった。 (2)平成28年度以降の取組み 平成28年度のはたらく部会においては、目的の1つに「就労支援体制の課題整理」を掲げ、就労支援体制の現状における課題を抽出し、抽出された課題解決に向け、次年度に検討するというサイクルが確立されてきた。平成28年度の課題として挙がった事項は次のことである。 ア 支援機関は充実してきたが、企業に対する障害者雇用への働きかけが不十分 イ 平成30年4月からの障害者雇用率の引上げや精神障害者雇用義務化に備えた対応 ウ 定着支援の強化 ア、イ、ウを中心に検討を重ねた結果、はたらく部会では平成29年度に次の事業を実施し、就労支援体制の推進に努めることとした。 ①障害者向け合同企業説明会の開催 ②雇用担当者向けセミナーの開催 ③企業向け障害者雇用セミナーの開催 ア及びイの課題解決に向けた取組みの一環として、平成29年7月に障害者向け合同企業説明会を実施したが、障害者及び企業から好評であった。 ④支援者向け研修会の開催 ⑤市内精神科デイケアとの意見交換会 ④、⑤は、支援者のスキルアップを主な目的としている。精神障害者の雇用義務化を控え、医療との連携を強化すべく市内の精神科デイケア機関と一般就労連絡会との意見交換会を実施し、会を重ねるごとに議論が活発になっている。 ⑥柏市版ジョブコーチ養成研修(仮)の実施 障害者が働き続けるための支援が不足しているという意見が上がり、事業の実施に向けて準備を進めている段階である。 (3)考察 これまで、当市における就労支援体制の構築の経緯等について述べてきた。このような体制を築くことができたのは、次のような理由があげられる。 ①就労支援体制を構築する際、官民の役割を明確にしたこと。 ②事業のスクラップ&ビルドを実施したこと。 ③市から一方的に就労支援体制を提示するのではなく、はたらく部会の協議をもとに、就労支援体制の構築を進めたこと。 上記の理由により、はたらく部会を通じて就労支援体制の構築が進んだと考えられる。 4 今後の課題 現状では、当市の事例報告のみとなっており、今後の課題として、全国各地で実施されている就労支援体制の事例を交えた検証等が必要である。 今後、少子高齢化社会の本格的な到来を迎え、労働生産人口の減少により、様々な職種で人手不足が懸念される中、地域の特性に応じた就労支援体制の構築がより一層、必要になると思われる。 障害者が企業で働きやすい地域社会をつくることは、多様性を尊重した、誰もが働きやすくなる社会になると考える。今後も障害者や企業、支援機関等が協力・連携できる体制を目指していきたい。 【参考文献】  地域の就労支援の在り方に関する研究会:「地域の就労支援の在り方に関する研究会報告書」(2012)  榎本容子・清野絵:「障害者の就労支援ネットワークの構築・維持要件に関する文献的考察-発達障害者支援に焦点をあてて-」p.77-90、東洋大学/福祉社会開発研究9号(2017) 【連絡先】  野村 聡  柏市障害福祉就労支援センター  e-mail:info-hrtf@city.kashiwa.chiba.jp 堺市における就労移行支援事業所のネットワークについて〜堺市就労移行支援事業連絡会の現在(いま)と今後の展望〜 ○郷田 絢子(公益財団法人浅香山病院 アンダンテ就労ステーション ソーシャルワーカー)  大口 哲史(社会福祉法人まほろば パル・茅渟の里)  辻 寛之(NPO法人クロスジョブ クロスジョブ堺) 中尾 光伸(社会福祉法人徳昇福祉会 菩提の家) 1 背景と目的 平成20年に堺市には31カ所の就労移行支援事業所(以下「事業所」という。)があり、その内の数名からの声で「堺市就労移行支援事業所連絡会」(以下「連絡会」という。)を立ち上げた。平成29年8月時現在は全23事業所の内、22事業所が加盟している。主な活動内容は以下の通り。 (1)例会 奇数月の第3木曜日18時〜20時実施。連絡会に加盟する就労移行支援事業所の近況報告・連絡会主催イベントの打ち合わせ・行政や堺市障害者就業・生活支援センター(以下「就ポツ」という。)からの情報提供等、会議形式で行っている。 (2)合同説明会 パネルとブースを用意し、訓練内容や就職実績など、各事業所独自の取り組み内容を貼り出し、必要に応じてブースにて事業所職員と話が出来るよう会場設営をしている。 (3)就労移行フェスティバル 加盟事業所を経て就職した1年目・5年目の方に対して、「勤労賞」「ロングラン賞」として連絡会から表彰をしている。 (4)研修会 昨年度は3回の研修会を実施した。   次年度には、当会が発足し10年目という節目の年を迎える。これを機に連絡会として現在行う活動内容の「参加して良かった点」と「今後の改善点及び提案」についての事業所アンケート(自由記述式)を行った。その結果について報告・考察する。 2 方法 平成29年度連絡会加盟事業所22カ所を対象に、例会にて本発表目的を伝え、アンケートの協力依頼を行う。e-mailにてアンケートを送信。返信されてきた20事業所(回収率91%)のアンケートデータを集めカテゴリー別に分類しまとめた。  3 結果 (1)例会について ① 参加して良かった点 「情報交換」「関係づくり」「その他」の3つに分類をした。一番多かったのは「情報交換」で、内訳として事業所同士の情報交換と他機関(行政・特別支援学校・就ポツ・企業)からの情報提供に二分した。また「顔の見える関係」「つながり」「相談相手」といった記載も複数見られ「仲間」というカテゴリーが出来たのが特徴と言える(図1)。   図1 例会の参加をして良かった点の内訳   ② 今後の改善点及び提案 一番多かった回答は「時間」についてであり、「開始時間が遅い」「定刻を守ってもらいたい」「時間を変更してはどうか」等挙げられた。次に「役割」として、「幹事への負担が大きいのではないか」「全体で役割を担うシステムにしてはどうか」という提案も見られた(図2)。 図2 例会の今後の改善点及び提案の内訳 (2)合同説明会について ① 参加して良かった点 「事業所」と「対象者」の2つの視点からの意見に分類され、一番多かった回答としては、「事業所」視点での「体験利用につながった」「利用者が増えた」等の利用者確保についてであった。「対象者」視点では、「一度に事業所を見比べることが出来る」という意見が一番多かった(図3)。 図3 合同説明会の参加して良かった点の内訳 ② 合同説明会の今後の改善点及び提案 全てが「対象者」「周知方法」「開催日」「会場」等のハード面の意見であった(図4)。 図4 合同説明会の今後の改善点及び提案の内訳 (3)フェスティバルについて ① 参加して良かった点 「就職者(表彰対象者)」「現利用者」「事業所」「連絡会」それぞれの立場に立った視点からの意見に分類した。特徴として他の質問の回答には見られなかった「(フェスティバルを)継続してほしい」が複数見られた(図5)。 図5 フェスティバルの参加して良かった点の内訳 ② 今後の改善点及び提案 他の質問に比べ、回答者数が一番少なく8カ所の事業所のみであった。そのうち約半数が「就労継続10年の賞の新設」を提案していたのが特徴。一方で、マンネリ化を懸念する意見も少数ながらあった(図6)。   図6 フェスティバルの今後の改善点及び提案の内訳 (4)研修会について ① 参加して良かった点 「勉強になった」「参考になった」という意見が全てであった。 ② 今後の改善点及び提案 研修内容についてのリクエストが殆どで、1件のみ「頻度を増やしてほしい」という意見があった(図7)。 図7 研修会の今後の改善点及び提案の内訳 4 考察 アンケートを集計する中で、「事業所」としての意見のみではなく、「利用者」「就職者」「支援者」「地域」といった対象に対して「良かった」という意見が出ており、連絡会というネットワークが日常の実践と同様の対象に向けてアプローチをしていることが分かる。以上のことからこのネットワークの実践は事業所ごとの個々の実践の延長上にあることに気付いた。また時に「支援者」を対象にしていることも特徴の1つと言える。 社会や制度に対する問題意識よりも、支援者同士のつながりや日常の実践が関心の中心である現在から、今後社会や制度にどうアプローチをするネットワークにしていくのか、さらに議論を深めることが求められていると思われる。 静岡県ジョブコーチによる障害者への就職支援および定着支援の現状と期待される効果について ○小佐々 典靖(浜松学院大学 講師/特定非営利活動法人浜松NPOネットワークセンター 理事)  井ノ上 美津惠・美甘 和子・島田 江津子(特定非営利活動法人浜松NPOネットワークセンター)  山野 由香(しずおか障害者就労支援ネットワーク・浜松) 1 問題の所在と目的 静岡県は、国の職場適応援助者(以下「ジョブコーチ」という。)支援事業と並行し、静岡県ジョブコーチ制度を整備することにより、障害者への就職支援および定着支援を実施してきた1)。社会的責任の観点からも、障害者雇用に対する行政の積極的な関与は、高く評価されるべきものである。それと同時に、その現状や効果を検証することが求められる。  本研究の目的は、静岡県ジョブコーチによる障害者への就職支援および定着支援の現状を示すことにより、今後のジョブコーチ支援に期待される効果を示すことである。 2 方 法 (1)分析に用いた資料 本研究では、静岡県委託事業「障害者職場定着支援事業」平成27年度実績報告書を基に静岡県ジョブコーチの支援結果をまとめた一次資料の分析を中心とした。これらは、障害、年齢などの基礎項目、支援内容や結果、支援拠点など21項目を整理したものである。なお、静岡県ジョブコーチの活動概要は、特定非営利活動法人浜松NPOネットワークセンターのホームページ2)で確認することができる。 (2)倫理的配慮 本研究では、数値による分析を中心とし、利用者が特定される可能性を排除することにより、倫理的配慮とした。 3 静岡県ジョブコーチの状況 (1)支援圏域 支援圏域は、三島・伊豆圏域、富士圏域、静岡圏域、藤枝圏域、中遠圏域、浜松圏域、湖西圏域の7圏域としている。 (2)平成27年度における静岡県ジョブコーチの支援3) 支援対象となったのは274人である。利用者の障害の内訳は、身体障害21人、知的障害139人、精神障害54人、発達障害37人、高次脳機能障害8人、重複障害13人、その他2人であった。また、すべての支援の合計は3,517回である。なお、支援回数の平均は12.83回であり、支援回数が23回を超える利用者は47人であった。 次に、就職支援と定着支援の結果を示す。まず、全利用者における支援時の勤務状況を下に示した(図)。実習から雇用契約後1年未満の利用者が多いことに加え、継続した支援が必要な利用者もいることが分かる。同時に、支援効果を示すため、就職支援と定着支援の結果をまとめた(表)。 図 全利用者における支援時の勤務年数(平成27年度) 表 就職支援と定着支援の結果 (3)就職支援の状況 就職支援の利用者数は134人であり、支援回数は1,982回であった。就職支援の利用が最も多かった地域は中遠地域であり、35人であった。次に利用者1人当たりの平均利用回数は14.79回であった。これを地域別に見ると、富士圏域が最も多く18.29回であった。逆に、最も少ないのは三島圏域の11.47回であった。障害別で確認すると、多い順に知的障害66人、精神障害27人、発達障害19人であった。 就職支援の開始時期は、実習開始時と新規採用時の2つに分けることができる。実習開始時からの依頼は72人であり、主な依頼元は、採用予定事業所(15)、在籍施設(14)、学校(13)などとなっている。新規採用時の依頼は62人であり、主な依頼元は、採用予定事業所(30)、学校(8)、障害者就業・生活支援センター(7)となっている。 なお、実習開始時から支援を受けた72人のうち、雇用されなかった者は9名のみであった。また、新規採用時から支援を受けた62人のうち、トライアル雇用から雇用継続できなかったのは3人のみであった。 (4)定着支援の状況 定着支援の利用者数は、平成27年度では137人であり、支援回数は1,529回であった。定着支援の利用が最も多かった地域は藤枝地域であり、35人であった。次に利用者1人当たりの平均利用回数は、11.16回であった。これを地域別に見ると、浜松圏域が最も多く21.06回、次いで静岡圏域13.55回であった。逆に、最も少ないのは三島圏域の5.29回であった。障害別で確認すると、多い順に知的障害71人、精神障害28人、発達障害17人であった。 定着支援の依頼の場合、採用直後(1年未満)の依頼が60人と圧倒的に多かった。ただし、1年以上を経過した後も、支援が必要な利用者は存在することも示された。依頼元は雇用主が最も多いが、在籍年数が長くなると、それ以外からの依頼もあることが示された。 (5)障害別の特徴 本研究では、就職支援と定着支援の特徴を示すことを目的としているが、障害別の傾向を掴むことも必要である。継続的な支援が必要とされる知的障害者の場合、本事業利用者も同様の傾向を得た。また、精神障害者(次年度より法定雇用率の算定基礎の対象に追加)および発達障害者は、初期段階での支援が中心となっていた。発達障害者の特徴は、新規就労時の支援は少なく、実習開始時および雇用契約後1年未満の利用者が多数を占めたことであった。 4 考 察 本研究の結果から、就職支援に高い効果が確認されたこと、定着支援では離職防止に高い効果が得られたことの2点が示された。これは、当初の活動目的が達成されていることを示している。また、この結果は、国のジョブコーチ事業と並立することにより、相互補完がなされていることを示していると考えられる。特に、訪問型ジョブコーチが属する社会福祉法人などとの関係性が薄い利用者や、企業在籍型ジョブコーチの配置が難しい小規模事業所からの要望に応えやすい環境を整えていると考えられる。同時に、小規模事業所への就職や定着が可能になれば、就職先の幅も広がり、利用者の選択肢も多様化すると考えられる。この点は、静岡県ジョブコーチが期待される役割の1つであると考えられる。 障害別では、以前より利用が多かった知的障害者に加え、精神障害者および発達障害者への対応が必要となる。この変化への対応には、新しいノウハウが必要になることや本事業の組織体系の変更も視野に入れる必要があり、人材確保にも困難を抱えることが予測される。この制度が始まった当初とは社会背景や障害の概念も大きく変化したことを鑑み、新たな資源の投入も必要になると考えられる。 なお、本研究には2つの制約があった。静岡県は東西に広く踏査調査が充分にできなかったことと、静岡県障害者職場定着支援事業(ジョブコーチ派遣事業)は単年度契約であるため継続支援の効果測定が難しかったことである。これらも今後の研究課題としたい。 5 結 論 静岡県ジョブコーチは、利用者のニーズに対し、柔軟に対処しており、一定の成果を得ていることが確認された。考察で述べた課題はあるが、官民一体となって取り組むことにより、乗り越えられるものであると考える。障害を持つ者自身が望む地域で生活し続けることができるよう、それぞれの地域に根ざした支援の継続が求められる。   【引用文献・引用ホームページ】 1)特定非営利活動法人浜松NPOネットワークセンター.(2013). 〜ソーシャルインクルージョン 実践の一歩〜 共に はたらく 静岡県ジョブコーチハンドブック,第二版. 2)http://www.n-pocket.jp/challenged/challenged/jobcoach/jc -history/jc-about/ (最終閲覧日:2017年8月20日) 3) http://www.n-pocket.jp/challenged/challenged/jobcoach/ jc-history/jc-about/dispatch2015/ (最終閲覧日:2017年8月20日) 【謝辞】 本研究を実施するにあたり、静岡県経済産業部就業支援局雇用推進課より、27年度実績報告書の使用許可をいただきました。心より感謝申し上げます。当然ながら、本研究における不備や誤りは、著者に帰するものです。また、本研究の一部は、科学研究費助成事業(挑戦的萌芽)「障害者雇用が与える社会的影響を測定するための新たな効果評価指標群の開発と検証(研究課題/領域番号26590127)」として行われたことを明記します。   【連絡先】  小佐々典靖  浜松学院大学 現代コミュニケーション学部  特定非営利活動法人浜松NPOネットワークセンター  e-mail:kosaza@hgu.ac.jp 発達障害者に係る地域の就労支援ネットワークの現状と課題−発達障害者支援法施行後10年を迎えて− ○榎本 容子(障害者職業総合センター 研究員)  浅賀 英彦(障害者職業総合センター) 1 研究の背景と目的 発達障害者支援法の施行から10年余りが経過した今日、発達障害者の就労支援ネットワークを構成する機関間の連携に向けた支援体制は進展しつつも、利用者の状況の変化に応じた新たな課題が生じていることが想定される。発達障害者の就労支援ネットワークを構成する主要機関としては、発達障害児・者に対し、相談支援・発達支援・就労支援を行う発達障害者支援センター、障害者に対し、身近な地域で就業面とそれに伴う日常生活面の一体的な相談・支援を行う障害者就業・生活支援センター、障害者に対し、職業評価・職業準備支援等の専門的な職業リハビリテーションを提供する地域障害者職業センターが挙げられる。 障害者職業総合センターでは、平成20年に、発達障害者支援センター及び障害者就業・生活支援センターを対象にアンケート調査を実施し、利用者の状況等を明らかにした。本研究では、これら2機関に加え、地域障害者職業センターを対象としてアンケート調査及びヒアリング調査を実施し、平成20年当時からの利用者の状況の変化のほか、発達障害者の就労支援ネットワークを構成する機関における利用者のニーズへの対応状況を明らかにすることを試みた。本報告では、この一連の研究結果を報告する。 2 方法 (1)アンケート調査: 平成27年7月から10月にかけて、全国のⅰ発達障害者支援センター(88か所)、ⅱ障害者就業・生活支援センター(321か所)、ⅲ地域障害者職業センター(52か所)を対象とし、郵便または電子メールにて調査票の送付・回収を行った。回答は、ⅰⅱでは機関で就労支援を最も多く担当している者1名に、ⅲでは機関の就労支援の概況を把握している者1名に依頼した。調査項目は①から④の通り。①②は経年変化把握のため地域障害者職業センターを除く2機関を、③④は3機関を対象とした。 ①利用者の障害特性別の状況: 発達障害のある利用者数を、障害の特性別(広汎性発達障害〔知的障害を伴わない者、知的障害を伴う者、その他の者〕、学習障害、注意欠陥/多動性障害、不明・その他の発達障害)に尋ねた。 ②利用者の就労経験別の状況: 発達障害のある利用者数を、就労経験別(就労経験無〔在学中、学校卒業〕、就労経験有〔離転職経験者、在職者〕、不明・その他)に尋ねた。 ③利用者の就職・職場定着上の課題: 発達障害のある利用者が就職や職場定着に際して抱えていた課題を、障害の特性別に13選択肢(コミュニケーション、作業力等)の中から主なものを5つまで選ぶよう求めた。 ④利用者への連携支援体制の課題: 発達障害のある利用者への連携支援体制の課題を、障害の特性別に7選択肢(他機関との連携にあたって役割分担や情報共有が難しい、自施設の支援体制が不足している等)の中から当てはまるものを全て選ぶよう求めた。 (2)ヒアリング調査: 平成28年6月から7月にかけて、4都道府県(首都圏2か所、首都圏以外2か所)の発達障害者支援センター(4か所)、障害者就業・生活支援センター(3か所)、地域障害者職業センター(4か所)を訪問し、機関の役割や支援の流れ、近年の利用者の傾向等を全体的に尋ねる調査を実施した(60分程度)。ヒアリングデータは逐語録化した後、複数機関が共通して指摘していた内容を抽出し、アンケート調査結果を捕捉する事例として用いた。 3 結果 (1)アンケート調査: 回収率は、ⅰ発達障害者支援センターは48.9%、ⅱ障害者就業・生活支援センターは38.6%、ⅲ地域障害者職業センターは96.2%であった。ただし、有効回答数は分析ごとに異なる。 ①利用者の障害特性別の状況: 発達障害者支援センター、障害者就業・生活支援センターともに、全体として利用者が増加する中で、「知的障害を伴わない広汎性発達障害」のある利用者が最も多いという点で共通していた。平成20年度からの変化をみると「知的障害を伴わない広汎性発達障害」のある利用者はいずれも増加していた(図1)。 ②利用者の就労経験別の状況: 発達障害者支援センター、障害者就業・生活支援センターともに、全体として利用者が増加する中で、就労経験有の利用者の増加が目立っていたほか、学校在学中の利用者も増加していた(図2)。 ③利用者の就職・職場定着上の課題: 利用者層の中で最も多い、知的障害を伴わない広汎性発達障害のある利用者 の課題に着目すると、発達障害者支援センター、障害者就業・生活支援センター、地域障害者職業センターともに、「自分の特性の理解・受容」や「コミュニケーション」の課題が1、2番目に多く認識されていた(図3)。 ④利用者への連携支援体制の課題: 利用者層の中で最も多い、知的障害を伴わない広汎性発達障害のある利用者への支援上の課題に着目すると、発達障害者支援センター、 障害者就業・生活支援センター、地域障害者職業センターともに、「職場や家族など周囲の理解や協力を得ることが難しい」や「連携できる適当な機関がない、または他機関の支援体制や支援ノウハウが不足している」が1、2番目に多く認識されていた(図4)。 (2)ヒアリング調査: ここでは、アンケート調査で把握された連携支援体制の課題のうち、ネットワーク構築に際して重要となる「連携できる適当な機関がない、または他機関の支援体制や支援ノウハウが不足している」という課題の背景の一つとして考えられる結果を示す。 就労に至る流れとしては、福祉系就労サービス機関との連携も重要となるが、急増している新設の就労移行支援事業所との連携の課題などが、複数機関から指摘されていた。 4 考察 利用者が全体として増加する中で、知的障害を伴わない広汎性発達障害者が特に増加し、就労経験別には、就労経験者のほか、在学者が増加していた。また、利用者の就職・職場定着の課題として、障害特性の理解・受容やコミュニケーション等が認識されていた。このような中、これらの課題への対応を行うために、自機関でのサービスの利用後又は利用と並行して、他機関で必要なサービスを受けさせたいと考えても、担当可能な機関が不足している状況があることが示唆された。また、その背景の一つとして、福祉系就労サービス機関との連携の課題がある可能性が示唆された。 【連絡先】榎本容子: Enomoto.Yoko@jeed.or.jp 重度自閉症(知的障害)の少年の労働能力と命の価値 清水 建夫(働く障害者の弁護団/NPO法人障害児・者人権ネットワーク 弁護士) 1 広汎性発達障害・自閉症スペクトラムとは ・脳の機能障害であると考えられているが、発症のメカニズムはよくわかっていない。 ・広汎性発達障害(自閉症・アスペルガー障害など)という診断名がよく知られているが、新しい診断分類では「自閉症スペクトラム障害」が使われることになった。当面は、どちらの診断名も使われる。 ・行動面での特徴が目立つ障害であるが、その現れ方は多様である。 ・療育や教育その他の場で、問題改善のための支援が行われている。 2 2つの特徴の組み合わせとして診断 自閉症スペクトラム障害は2つの特徴(社会性やコミュニケーションの障害とこだわりが強く、興味や行動が極めて限られている障害)の組み合わせとして診断される。感覚に対する反応の乏しさや過度の反応も注目される。 自閉症スペクトラムの特徴が組み合わさって多様な特徴を示す。 ① 社会性やコミュニケーションの問題 人への反応性や関心が乏しすぎたり、逆に、大きすぎたりして、対人関係がうまく結べない。コミュニケーションをとる時に、言葉や表情・ジェスチャーなどの手段をうまく使えない。 ② こだわりの問題 活動や興味の範囲が著しく制限されている。 ③ 感覚の特異性の問題 感覚が過敏であったり、逆に反応が乏しかったりする。 ④ 知的発達の遅れと偏り 知的障害を伴う場合が多いが、知的障害を伴わない場合もある。知能検査の下位検査項目の成績に著しいばらつきがあることが多い。 (1項2項は(独) 高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター作成の雇用支援ガイドによる) 3 K君15歳の死亡と社会福祉法人の責任 K君は会社員の父親と主婦の母親の二男として2000年6月に生まれた。3歳のころに自閉症の診断を受けた。都立特別支援学校小学部を卒業し、中学部に在籍中であった。2014年9月社会福祉法人F学園(以下「F法人」という。)が経営する福祉型障害児童入所施設T学園に入所。 2015年9月T学園の玄関の施錠が解除状態の瞬間に外に出て行方不明となる。同年11月高尾山の麓の沢で遺体が発見された。遺体の損傷が甚だしかった。 F法人はK君の入所にあたり入所児童聞き取り調査書にK君について、①危険認知がない、②無断外出があり、いなくなった行き先の予測がつかない、③自閉、こだわりが強い、④多動である、と記載している。F法人は障害のあるK君に必要な配慮を行い、生命、身体の安全を確保する義務があったが、これを怠り死亡させた。両親が提訴した損害賠償請求訴訟でF法人は「K君が本件施設から外出して行方不明となったこと自体の責任について、特に争うつもりはない。」旨責任を認めている。 4 K君の死亡による損害(逸失利益) 訴訟の争点はK君の死亡による損害をどのように評価するかということに絞られている。F法人は当初の弁護士間交渉でK君には働く能力がないので逸失利益は0であるとして慰謝料としての2000万円の支払いのみを認めた。F法人は訴訟においてもK君の逸失利益を争っている。 5 生前のK君 ・言葉は2語文程度であるが、表情と身振りで生活に必要な意思表示はできた。 ・親が授業参観したときK君は神妙に授業に取り組んでいた。授業が終わると、先生の指示に従い,ホワイトボードを倉庫に一人で片付けた。 ・できることと、できないことに、凸凹があったが、コミュニケーションの方法に配慮すれば日常生活に支障はなかった。 ・電車の中にゴミが落ちていると、親に片づけさせたり、自分で拾った。 ・掃除機に興味を示し、母親の真似をして、自分で散らかしたゴミを処理した。 ・方向感覚は家族の中でも一番優れていた。一度歩いた場所は良く覚えていた。 ・運動能力が高く走ると父親より早かった。 6 社会の中で働く自閉症者−就労事例集− (財団法人日本障害者リハビリテーション協会情報センターHP 障害者保健福祉研究情報システムより) この事例集には働く自閉症者が数多く紹介されている。そのうち事例1は食品加工工場で働く重度知的障害を伴う自閉症のNさんの事例。 Nさんは、重度知的障害(鈴木ビネー式知能検査IQ23)を伴う自閉症と診断され、障害基礎年金1級を受給している30歳(平成17年10月現在)の男性である。3歳児検診で言葉の遅れと自閉的傾向を指摘されている。小学校は特殊学級に通い、その後は養護学校(中等部)を卒業した。障害特性としては、常時遅延反響言語があり、不安定時には、奇声、飛び跳ね、指噛み等のパニックとなる。コミュニケーションに困難を抱えており、受信は端的な内容であれば、ある程度理解できるが、発信については、単語程度の要求しか伝えることができない。 Nさんの支援者は就労支援のキーワードとして3点をあげている。 ① ジョブマッチング 日頃の行動特性、得手・不得手をしっかりと観察したデータを持ち、企業で要求される職務内容を分析し、マッチングした作業を組み立てることが重要。 ② ナチュラルサポート 遅延反響言語,奇声,飛び跳ね等の行動を全て抑制することは困難である。リーフレットを用い、従業員に対しそのような行動に至る理由や対応方法を就労支援担当者が説明し、実際の対応を見てもらう事によって、従業員の理解を得た。 ③ 本人の特性 本人の特性(自閉症の特性を含む)を把握した上での専門的支援と教示方法の伝達は、集中支援期に、視覚的に優位であることを、具体的なスケジュール、指示書等を用い実際にキーパーソンや従業員の前でNさんを支援したことでその有効性を実感できた。 K君も同様な支援があれば企業で働くことが十分可能であったと思われる。 7 命の価値と法の下の平等 損害賠償請求訴訟においてこれまで裁判所は差額説に立ち、死者が生前得ていた収入を基準に死亡による損失を算出してきた。未就労の少年や主婦の場合に男子・女子の平均賃金を基準にして算定していた。ところがこれは重度の知的障害のある少年の場合、かつては稼働能力0とし逸失利益を認めなかった。裁判所も最近においては重度の知的障害者につき最低賃金を基準とするなどして、少しずつ平均賃金を基準とした考え方に近づきつつある。この分野の第一人者である立命館大学の吉村良一特任教授は、「生命と身体は本来交換価値がなく、平等性と多様性のジレンマといった人損の特殊性から、損害の評価に限界がある。事故として失われたものをトータルにとらえる視点が必要で、障害児死傷における賠償額算定のあり方には規範的判断として、法の下の平等、障害者をめぐる法の変化、社会の意識の変化、これらを取り込んだ損害評価が必要」と指摘している。 8 命の差別のない判決を期待する 本件請求訴訟では15歳の少年の逸失利益を男子の平均賃金を参考にして損害額を試算した上、K君及び両親の損害を慰謝料として包括的に請求した。包括請求は公害裁判などを経て裁判所に定着した請求方法である。本件は命の価値の公平を求めた重度の自閉症の少年の裁判であり、命の差別のない判決を期待する。 障がい者の触法と市民後見の役割 制度とのはざま(第2報) ○有路 美紀夫(市民後見促進研究会BON・ART 事務局長)  東 弘子・角 あき子・杉森 久子・廣瀬 由比(市民後見促進研究会BON・ART 会員)1 1 はじめに 本発表は、平成12年から実施に移されている成年後見人制度2における身上監護に焦点を当て、後見人3としての立場から「制度とのはざま」第2報として、障がい者のうち、知的障がい者に焦点をあてる。成年被後見人の者が法を犯し服役した場合、彼らの服役中の生活について、後見制度の一方の柱である身上監護の視点から成年後見人らはどのように関わることができるか、身上監護をなしうることができるか一考察する。   2 現状 平成28年犯罪白書によれば、平成27年の入所受刑者は21,539名で、そのうち精神障害を有すると診断された入所受刑者は2,825名である4(図1)。 図1 精神障害を有する入所受刑者数 刑事施設などで刑を言い渡した有罪の裁判が確定すると、執行猶予の場合を除き、検察官の指揮により刑が執行される。懲役、禁錮及び拘留は、刑事施設において執行されることになる。刑事施設5では、受刑者の改善更生の意欲を喚起し、社会生活に適応できる能力を育成するため、矯正処遇として作業をさせ、改善指導や教科指導を行っている。また、罰金・科料を完納できない者に対しては、刑事施設に附置された労役場に留置し、労役を課す(労役場留置)。 障がいの内訳(図2)は、平成27年は、区分の変更があり、本稿では、平成23年からの4年間を図示する。知的障害者の入所者は230名前後であり、1%である6。懲役受刑者には、法律上、作業が義務付けられている。一般的な表現では、社会から隔離された場所での生活を送っている。犯罪白書からは、知的障害者のうち、成年被後見人の比率等は現れていない。 図2 障害の内訳 3 成年後見制度  成年後見人等は、住所地を管轄する家庭裁判所の審判が確定すると業務が開始される。その事務として、財産管理とともに身上監護を担っている。初回報告や種々の手続きを経て次のような日常業務が行われるとされている7。 (1)月一回程度 ご本人のところへ訪問する ①ご本人との面会(30分〜1時間程度)。ご本人と話をしたり、様子を観察したりして、ご本人の心身の状態や生活状況、ご希望・不満などを把握する。☆徐々に信頼関係を作っていく。 ②施設や病院の職員から話を聞く(ケアマネジャーや生活相談員など)。ご本人の要望を伝えたりする。ご本人のために協力しあえる体制作りをする。 ③費用の支払い(特に病院)。 ④お小遣いを本人または、施設・病院に届ける。 ⑤郵便物の受け取り。 ⑥ご本人に必要なものを持参する。 (2)施設や病院費用・家賃等の支払 ①振り込みの場合 ②直接現金の場合 毎月の定期訪問時に支払う ③引き落としの場合 (3)その他必要なものの支払 公共料金・介護保険、後期高齢者医療保険、施設が立て替えている生活用品等 (4)郵便物のチェック 役所、金融機関、施設、病院からの郵便物 —施設から 毎月の費用明細、〇〇便り、ケアプランに基づくサービス計画書への署名・押印、家族面談、カンフェランス —役所から 年金、保険、生活保護等に関する手続   き —金融機関から 証券等の状況のお知らせ等 詳細に業務を述べたが、目的はこのような事務のうち刑事施設において生活をする成年被後見人等との関わりについて、本稿の主眼である身上監護との関わりを考察するためである。   4 身上監護 民法858条は、成年後見人は、成年被後見人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない」と定める。すなわち、成年後見人等には、「本人の意思尊重義務」(意思尊重義務)と「本人の心身の状態及び生活の状態に配慮する義務」(身上配慮義務)という二つの義務が課せられているが、この義務を履行するうえで、本人との面談は最も有効な方法といえる8と、土屋は「市民後見と福祉行政」で述べている。 本人との面談回数の平均は、年間14.5回(およそ月に1回ペース)であるが、在宅者で18.5回(特に監護人がいない場合は21.2回、およそ月に2回)、施設入所者で13.5回と、居所や被後見人のおかれた状況によって差がみられる9。年間の訪問回数は前出の円グラフ(図3)の通りである10。 図3 訪問回数   5 結びにかえて 土屋のいう「義務を履行するうえで、本人との面談は最も有効な方法」が、成年被後見人である触法者が刑事施設にある場合には、どのような方法をとることが可能であろうか。あるいは、後見制度が刑事施設には及ばないのであろうか。それは、民法で規定する成年後見制度は、自分一人では十分な判断力を持てない本人の意思決定の代行・支援制度である11とする。 刑事施設と住所地という地理的な隔たりに、筆者らは、「制度のはざま」を見るのである。すなわち、面談が義務の履行には欠かすことが出来ないとすれば、刑事施設への訪問は必須であろう。「身上監護」という後見制度のもう一方の柱は、「刑の執行」と同時に、制限されるのであろうか。あるいは、停止されるのであろうか。面会は、義務かあるいは手段か、義務とすればその根拠は、等が問題となる。刑事施設に入所するとその時点から成年後見人が法的に制度として施設の住所地を所管する家庭裁判所に登録された「市民後見人」に変更され登記されるようなことが可能だろうか。剣と天秤を持つ正義の女神を摸して市民後見人は、刑事施設(公法)と成年被後見人の人権(私法)を人権という秤で結ぶ架け橋となりうる可能性を秘めていると、筆者は考えるが、後見制度の熟成と理論的な研究を待ちたい。なお、「司法福祉」という分野においては、知的障害者の触法者についての研究が行われている12。また、退所後についても多くの議論提案がなされていることを付記しておく13。    【注釈】 1 平成27年度市民後見人養成講座 地域コミュニティ後見プロジェクト終了生で構成されている。 2 民法7条、11条、15条 3 本稿において、成年後見人は、「後見人」「保佐人」「補助人」の類型を包括して「後見人」という用語を使用する。なお、必要に応じて、使い分けることとする。 4 犯罪白書から筆者が加工した。なお、犯罪白書の出典は、「矯正統計年報」による、と記されている。 5 平成28年4月10日現在,刑事施設本所77庁並びに刑務支所8庁及び大規模拘置支所4庁(札幌,横浜,さいたま及び小倉)合計89庁(犯罪白書平成28年犯罪白書第2編第4章第2節) 6 出典及び加工については、注4と同様である。 7 出典:平成27 年度 市民後見人養成講座 2015 年11月7日2・3 限後見人の実務Ⅰ・ⅡNPO法人ライフサポート東京 理事 行政書士 中道基樹 レジメより引用)なお、一部筆写が加工したことをお断りする。 8 「市民後見と福祉行政」(2016)土屋耕平(中央学院大学法学部)『中央学院大学法学論叢』第29巻第2号72頁。 9 「身上監護研究会」平成19年度報告書 発行日 平成20年3月31日 編集 日本成年後見法学会身上監護研究会 発行 日本成年後見法学会 10 注7,8に掲げる資料から、筆者が加工した。 11 成年後見人の身上監護義務水野紀子 判例タイムズ1030号97-109頁(2000) 12 例えば、「司法福祉」罪を犯した人への支援の理論と実践法律文化社、「罪を犯した知的障がいのある人の支援と弁護−司法と福祉の協働実戦」等がある。 13 触法障がい者への複合的支援 〜司法・医療・福祉・家庭の連携による 再犯防止プログラムの計画と実施 亀井あゆみ 平成28年職業リハビリ研究発表会第7分科会:障害者を取り巻く状況Ⅰ 筆者はこの論文に触発されている。 【連絡先】  有路 美紀夫 (市民後見促進研究会BON・ART)  E-mail: jarlcom01@gmail.com 障害者の犯罪率と企業就労における障害者雇用拒絶理由のバイアスについて 瀧川 敬善 (東京海上日動システムズ株式会社GRC支援部 課長/東京都教育委員会 就労支援アドバイザー) 1 はじめに 知的障害者の犯罪率は受刑者の22.8%、2.4%とするものが知られている。精神障害者についても犯罪率は健常者より高いとするもの、低いとするものがあり障害者の犯罪率については数字が分かれている。企業が精神障害者を雇用しない理由は「適した業務がないから」が大半を占めているが、障がい者総合研究所1)によれば実際には企業の90%が精神障害者の雇用に不安を感じており、一般市民は半数以上が「怖い、何を考えているのか判らない」と感じている。企業における雇用現場では知的障害者に対する危険意識は低いが、職場の社員が一般市民と同じ意識であれば忌避感から精神障害者については職場への定着に大きな影響を及ぼす。ひとくくりに捉えて「精神障害者は危険な存在」という意識を変えていくことが求められる。 2 精神障害者への意識 (1)企業の意識 厚労省の雇用実態調査2)によれば精神障害者を雇用しない理由のトップは「当該障害者に適した業務がないから」で80.1%を占めている。調査は身体・知的・精神の3障害共通の設問で行われているため精神障害者固有の拒絶理由が浮かび上がっていない。上記の雇用実態調査2 P.27)によれば「精神障害者を雇用したくない」は25.3%、「知的障害者を雇用したくない」は22.5%と両者は僅差だが、精神障害者は障害者雇用のための合同面接会等でも門前払いになることが実際にある。平成30年からの精神障害者の雇用率参入で状況は変わっていくと考えられるが、就労支援サイドからは3)「精神障害者」という名前の持つネガティブなイメージが企業の雇用担当者に不安を抱かせているという指摘がある。 (2)一般市民の意識 岡上和雄ら4)によれば精神障害者について一般市民の51.1%は「何をするのか判らないので恐ろしい」、50.1%が「精神病院が必要なのは事件を起こすから」としており、他の調査でも5)「怖い」が8%、「何を考えているのか判らない」が52%となっているものがある。池田望ら6)の調査によれば報道の影響が大きく、回答者の7割以上が精神障害者のイメージはテレビに由来しているとされる。重大事件が起きたときに精神障害の疑いがあることが報道されることで市民が大きく影響されていることが判る。 3 精神障害者の犯罪 平成27年度の検挙総数でみると精神障害者の犯罪率は0.06%、精神障害者以外は0.22%であるが、殺人は精神障害者以外の2倍、放火は3.4倍となっている。精神障害者全体としては精神障害者以外と比較して少ないが、重大事件を犯す傾向は高い。表への記載は省略したが各検挙数の中で精神障害者数が占める割合を見ても同様の傾向である。 精神障害者の犯罪率 昭和40年の犯罪白書では7)"一般的にいって精神障害犯罪者は原因となった精神障害者が「治ゆ」ないし「寛解」すれば特別の事情のない限り再び犯罪に陥ることはきわめて少ない"と述べている。精神障害者というひとくくりで評価するのではなく「治ゆ」ないし「寛解」等の状況で「就労可能な状態にあるか否か」の観点では評価は違ったものになってくる。各種の調査や研究は「精神障害者は」の主語で始まっていて「就労可能な精神障害者は」で始まるものは殆ど見られない。先の犯罪白書は半世紀前のものであるが、薬や医療は進歩しているので当時に比べて精神障害者の危険性が増しているとは考えにくい。精神障害者の雇用がうまくいっている企業の現場では「精神障害がある人は繊細でおとなしい人が多い」と言われている。 4 精神障害者の新規雇用と離職の状況 (1)新規雇用 精神障害者の雇用人数は毎年増加し、平成28年の障害者雇用状況の集計結果(厚労省)8)によれば雇用人数は、精神障害者4.2万人、知的障害者10.5万人、身体障害者32.8万人となった。この数年、3障害全体で毎年2万人程度増え続けているが、新規雇用分については身体・知的・精神で3割ずつとなるまで精神障害者の雇用人数は増加した。精神障害者の雇用人数は平成25年以降、毎年5〜7千人増加してきているが、平成28年の障害者白書9)によれば日本の知的障害者数は74.1万人、精神障害者数は392.4万人と母数に5倍の開きがあるので就職率には大差がある。 (2)離職の状況 福井信佳ら10)が過去10年を分析した研究によれば、単年ごとの離職率は知的障害者9%、身体障害者12%にくらべ精神障害者は44%と格段に高い。2年間で新規雇用者全員が退職してしまうという数値である。株式会社ゼネラルパートナーズ障がい者総合研究所 が行った調査11)によれば精神障害者の離職・転職理由は「障害の発生・体調不良」(31%)がトップで、次が「職場の人間関係が悪かった」(24%)。これに「障害への理解と配慮が不足」(10%)を合わせると離職・転職理由の65%を占める。この調査では聞き取りの結果から職場における差別的扱いも明らかになっており差別的扱いや職場の人間関係が「障害の発生・状態の変化・体調不良」と密接に関連していることが指摘されている11)。 5 企業における両価性の分離 中村真ら12)による女子大生の意識調査では精神障害者に対する意識として、一般論としては受容的・理解的であるが、個人的な状況を想定した場合には不安に満ちていて忌避的という結果となった。企業においては障害者の採用に携わる人事担当者等は就労支援機関や行政との交流などから比較的、障害者に関する理解があることが多いが、採用されたあと実際に障害者が働くのは別の職場であり、雇用現場の社員には十分な理解がないことも多い。障害者に関する研修や啓発を行わなければ一般市民と同じ意識と言える。このような場合には「障害者に関する一定の理解」と「自身の問題としての忌避感や不安」が採用担当者と雇用現場で分離されてしまう。雇用率達成のために人事担当者が障害者雇用を推進する反面で、雇用現場では差別的な扱いがされ、障害者が短期間で退職に追い込まれるといったことが起きる。就労支援機関は採用担当者だけと関わるのではなく、雇用現場の社員の理解啓発や不安の払拭に注力することが望まれる。特に、精神障害者の場合は知的能力に問題がないことから雇用前の実習を行わずに雇用する場合があるが、実習は就労支援機関が雇用現場の社員と接触・交流できる貴重な機会であるので、この機会を利用して現場の社員に正しい理解を醸成することが定着に向けて重要だと考えられる。 6 知的障害者の犯罪 重大犯罪で知的障害が取りざたされることもあるが企業人の意識としては、知的障害者はむしろ被害者になることが多く、犯罪を犯すことがあっても窃盗等の微罪程度と考えていて職場における危険性の意識はさほど強くない。受刑者のうち知的障害者が占める割合について法務省13)によれば、受刑者の22.8%13 P-3)、2.4%13 P-6)等、大きな乖離がある。この乖離の理由は調査対象とした刑務所、調査サンプル数や検査方法の違いとされている13 P-3)。いずれも受刑者内での比較であるが、日本全体では知能指数70未満の者は知能指数統計分布によれば300万人程度存在すると推定されるので、人口で比較する際には障害者白書の知的障害者数74.1万人(平成28年度)とは母数が違って来る。 7 まとめ 障害者雇用の促進に向けては、下記をはじめとする各種のバイアスが存在することを認識した上で、特に精神障害者の雇用促進に向けては「就労可能な精神障害者」の状況を正しく伝えていくことが重要だと考えられる。 ・調査に対する企業の回答は必ずしも本音ではないこと ・3障害共通の設問は障害固有の回答を隠してしまうこと ・採用担当と現場の社員で理解や立場の違いがあること ・一般的に精神障害者をひとくくりで評価していること ・手帳保持者と実際の障害者数には差があること 【参考文献】 11)ゼネラルパートナーズ 障がい者総合研究所:精神障害者の雇用に関する調査(2015)   www.gp-sri.jp/report/detail012.html 12)厚労省:障害者雇用実態調査結果 P.28 (2014) 13)リクルートスタッフィング   jbpress.ismedia.jp/articles/-/39359 14)岡上和雄、他:「精神障害(者)」に対する態度と施策への方向づけ 「季刊・社会保障研究」P.376 (1986) 15)医療法人五色会:精神障がいに対する意識調査 www.goshikidai.or.jp/03goshikidai/pdf/tiikikaitou.PDF 16)池田望、他:精神障害者に対する社会的態度に関する研究 P.78 17)法務省:犯罪白書 (1965) http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/6/nfm/n_6_2_1_2_6_5.html 18)厚労省:障害者雇用状況の集計結果 P.7 (2016) 19)内閣府:平成28年障害者白書 P.192 (2016) 10)福井信佳、他:精神障がい者の離職率に離職率に関する研究 「保健医療学雑誌」P.18 (2014)) 11)ゼネラルパートナーズ 障がい者総合研究所:転職・退職理由に関するアンケート調査 (2015)   www.gp-sri.jp/report/detail009.html   news.mynavi.jp/news/2015/05/07/036 12)中村真、他:精神障害者に対する偏見に関する研究 ci.nii.ac.jp/naid/110000473172 「川村学園女子大学研究紀要13(1)」 P.137-149(2002) 13)法務省:知的障害を有する犯罪者の実態と処遇 (2013) 海外における雇用促進法制度の改正〜ドイツ等にみられる方向性について〜 佐渡 賢一(元 障害者職業総合センター 統括研究員1)) 1 はじめに ドイツで障害者の社会参加を促進するための諸制度は主として社会法典第9編と呼ばれる法律に定められている。この法律については障害者職業総合センターの研究成果でも頻繁に扱われてきた。昨年の発表では、この法律の大改正を含む改正法の審議が連邦議会で進んでいることに触れた。 その後、この改正法は2016年12月、連邦議会・連邦参議院での可決・承認を経て成立し、現在段階的な施行の途上にある。昨年は権利条約の実施に向けた連邦政府計画における言及事項として、法案段階にあったこの改正を取り上げた。本稿でも引き続きドイツにおける今回の法改正を主として扱うこととし、改正内容が確定していることを勘案し、内容の全貌を概観することを目指す。   2 法改正と社会法典第9編 ドイツの改正法には、しばしば改正の趣旨が読み取れるタイトルが付される。現在とりあげている改正法は連邦参画法(Bundesteilhabegesetz)と名付けられ、社会法典第9編を筆頭に20以上に及ぶ法律に改正が及んでいる。改正は段階的に進められることとなっており、第9編の改正は2017年、2018年の2段階で実施される(後者の方が大幅な改正となる)。現行の社会法典第9編では、割当雇用制度をはじめとする雇用促進策が第2部に置かれているが、この現行第2部の改正は2017年改正ですでに施行されている。雇用率が達成されない場合の納付金額が改定されるなどの変更が加えられているが、後述の改正に比べると規模は大きくなく、制度の枠組みも温存されているという私見については、既に昨年の報告で述べた。 一方、第9編のもう一つの柱であるリハビリテーション給付に関する規定に関してはより広範な改正が及んでおり、法律をまたがる条文の移動を伴っている。そこで、今回の報告ではリハビリテーション給付において第9編と大きな関わりを持つ社会法典第12編をごく簡単に紹介し、次いでこの分野における今回改正を概説する。   3 社会法典第12編 社会法典第12編は、その前身2)であった「連邦社会扶助法(Bundessozialhilfegesetz)」の名称が示唆するとおり、生活にかかわるさまざまな水準を保障するための施策を定めることが、その主目的の一つとなっている。「水準の保障」を実現する施策としていくつかの方法が考えられるが、やや広くとらえれば、対象分野について「すべての国民に制度の恩恵を受ける機会を保障する」こともまた、方策と考えることができる。 特にドイツの支援には、様々な支援提供者による制度が並列・混在している傾向がみられる。これを踏まえて、既存制度の対象とならない層にも支援が及ぶことをねらった規定が、第12編にはいくつか置かれている。制度の普遍化が第12編に期待される役割の1つであると形容することもできよう。 それを象徴するのがいわゆる「後置性(Nachrang)」の規定である。これは、「他の制度によって同等の支援が受けられる場合は支援対象とならない」とするもので、「第12編が定める制度によって他の支援制度が影響を受けることはない」とする規定と相まって、既存制度の枠組みに影響を与えずに上記の趣旨を実現するために設けられたルールと考えられる3)。 現行第12編において規定されている編入支援もしくは統合扶助と訳される制度は、リハビリテーション関連給付に対して上述した普遍化の役割を果たしてきた。 リハビリテーション関連給付を規定するとされている法律は、社会法典第9編第1部である。この法律が担っているのは複数ある既存給付制度の調整あるいは統一的な給付手続きの提供であり、複雑とされてきたリハビリテーション給付の枠組みそのものは残されてきた。こうした制度編成において生じがちな「制度の谷間」に対し、第12編の編入支援・統合扶助はそれを補完する役割を果たしてきたともいえるであろう。なお、編入支援・統合扶助の給付は州政府あるいは自治体が担当している。   4 リハビリテーション給付制度の変革 以上述べた現行の制度編成に対し、「連邦参画法」は2つの角度から変革を及ぼそうとしている。まず、編入支援・統合扶助にかかる規定が第9編に集中される。現行第12編の規定は廃止され、新たに第9編第2編が編入支援・統合扶助に割かれる。その結果これまで第2部として置かれていた「重度障害者法」は第3部となり、条文番号も大きく変わる。このような法律をまたぐ再編成によってリハビリテーション給付に関する規定は第9編だけで完結することとなる。 第2点として、給付制度がより計画的にかつ効果を検証しつつ行われるような体制のもとで実施されるようになることがあげられる。これは従来同様第9編第1部に置かれる種々の提供機関からの給付制度にも適用されている。そこでまず第1編の改正状況をみると、対象者の審査、給付の必要性に関する鑑定、「参画計画」策定のための協議、参画課程の報告に関する条文が新たに追加されている。これによって、今後のリハビリテーション給付に際しては、給付に先立ち受給者の適性・給付の必要性が吟味され、受給者の社会参画のための計画が関係者の協議によって策定され、給付期間の経過に伴い計画の達成・参画の実現度合についての報告がなされる。給付について節目における審査・評価を伴う計画性が強化されるといえる。 新たに第9編第2部に設けられる編入支援・統合扶助給付に関する規定も、第1部と整合的なものになっている。まず、第12編の諸給付を特徴付ける後置性については、同様の条文が第2部に設けられ、引き続き第1部の諸給付との重複が排除され、第1部の給付に影響を及ぼすこともないとされている。 給付に関する手続きは第12編に比べ遙かに詳細に定められた。現行第12編が第53〜60条でこの給付を取り扱っていたのに対し、第9編新第2部は第90条〜150条からなり、規定が大幅に拡充されたことを示している。具体的には、第1部の給付と同様に給付対象者の審査、給付に当たっての参画計画の策定、効果の報告に関する規定が設けられ、その手続きが細かく定められている。   5 若干の考察 ここまで一通り述べたリハビリテーション給付の改定に絞って、若干の考察を加える。 今回の法改正が権利条約実施のための計画の一つと位置付けられていることは既に触れた。権利条約がいくつかの「パラダイムシフト」を促すとする立場からみれば、障害がある人の立場を「福祉の客体」から「権利の主体」へと改めることが期待されている。その視点からドイツの法改正をみると、リハビリテーションに関するこれまでの規定の一部が、従来「社会扶助」を謳う法律(第12編)に委ねられていたのを改め、全面的に第9編で担うようになることは、条約が示唆する方向性にかなったものと理解できる。 一方で、実施体制が適切さと効果をより細かく評価するように設定されるが、これについては見解が分かれるかもしれない。社会参加の実現性を申請から終了までの各段階で注視することが理念として妥当であることは当然であろうが、実践の段階において当事者が納得できるものとなるかは今後の推移如何にかかっている。2013年発表会において筆者は英国における障害者の就業促進を目指した給付施策の改定が、その実施のありかたについて当事者の不満を招いたことを報告した4)。こうした他国の例も念頭に置きつつ、今後の推移を注目したい。また、手続きの厳密化は行政上のコスト増となるが、この点に関しては連邦政府の想定内に収まるか、州政府が法案審議段階でも注目しており、これも進展によっては流動的な要因となろう。 今回の法改正におけるリハビリテーションの扱いについても、思うところを述べる。第9編の改正において重度障害者への特別規定を担う現行第2部(新第3部)の枠組みが温存されたことを既に述べたが、リハビリテーションについてはその実現をより確実なものとするべく給付制度が改定され、一方でリハビリテーションそのものの位置付けに、変化は感じられない。これまで同様リハビリテーションは第9編の主要な柱となっている。日本において権利条約も誘因となっているパラダイムシフトの中でリハビリテーションの存在感がどうなっていくか筆者は関心を持っているが、その観点からみて今回改正を経た上でのドイツにおけるリハビリテーションの存在感は興味深い。   6 発表にあたって 本稿では、連邦参画法による法改正の中で2018年施行が近付いているリハビリテーション給付にかかる法改正を中心に法律に則して概説した。昨年の報告と併せて、社会法典第9編に関しては改正の大要を大まかながらも記述できたように考える。だだ、制度改正の全貌を把握するためには関連規定や文書を把握することも必要になる。施行において重要な役割を果たす障害の認定基準は見直しが視野に入っており、当事者向けに制度を説明した文書についても改定される可能性がある5)。障害者職業総合センターはこれら文書も和訳を提供しており、その意味では、従来ドイツの制度を伝えるために発信されてきた情報のほぼすべてが、今回の法改正の影響を受けようとしている。本稿執筆時点の状況はこのような流動性を有するものであるが、発表に際してはその時までの進展をできるだけ反映し、有効な情報提供に努めたいと考えている。   【注】 1) 現厚生労働省労働基準局労災管理課労災保険財政数理室勤務(再任用短期職員)。ただし本稿、本発表における見解は筆者個人のもので、いかなる組織の立場も代弁しない。 2) 連邦社会扶助法を社会法典第12編に再編成する改正法は2003年議会で成立し、2005年に施行された。 3) 社会法典第12編では第2条に後置性が規定されている。 4) その際、より生活支援に近い給付でも同種の問題が生じる可能性を述べたが、現実の進展について別の機会に報告したい。 5) これら文書の印刷書籍版は現在在庫切れの状態にあり 2017 年内に補充される旨説明されている。この段階で改訂が加えられる可能性がある。 【連絡先】  e-mail:RXG00154@nifty.com 第1回「Supported Employment」国際会議に参加して 春名 由一郎(障害者職業総合センター 主任研究員) 1 はじめに 1980年代に米国で初めて制度化されたSupported Employment(以下「SE」という。)は、我が国にもジョブコーチ支援として導入され職業リハビリテーションと一体的に発展してきた。その特徴は、問題を障害者本人だけに置くのでなく、また、社会だけの問題とするのでもなく、就職前から就職後の一人一人の職業場面での状況に合わせて本人と職場の両面から個別的支援を行うことにある。 障害者就労支援の取組は、国際的には障害の捉え方の違いや、それに伴う法制度や用語等の違いから、相互理解は必ずしも容易でなかった。にもかかわらず、SEの効果的な取組内容やその成果については、基本理念・歴史・制度が大きく異なる日米で顕著な類似性が認められている1)。 本年(2017年)、障害者就労支援、しかもSEに特化した初めての大きな国際会議が開催された。筆者は、SEへの国際的な取組の広がりや意義の確認、また、国際的な情報交換の機会の必要性や意義を確認することを目的として、この初の国際会議に参加した。その概況を報告する。 2 方法 2017年6月14〜16日に英国 北アイルランド ベルファストで、SE欧州連盟(EUSE)、障害者支援者欧州協会(EASPD)の主催、SE世界協会(WASE)、SEカナダ協会(CASE)、(米国)Employment First支援者協会(APSE)、障害者雇用オーストラリアの協力で開催された、『第1回「Supported Employment」国際会議〜すべての人の就労:国際的視野』に筆者が出席した。 本会議の4つのテーマとされた「働く権利」「経済と雇用主」「ツールと支援手法」「法的枠組と政策」について、世界中からの応募から主催者が選抜した80のセミナー、発表やパネルディスカッション等から、SEの意義について確認するとともに、我が国でも参考となると考えられる各国でのSEの多様な取組を整理した。なお、分科会で聴講できなかった発表については配布資料から情報を収集した。   3 結果 参加者は48か国、650名であったが、欧米とオーストラリアが中心で、東アジアからは中国2名、日本1名であった。 以下に会議テーマ別に抜粋して示したとおり、障害者就労支援の普遍的な重要課題に対応できるSEの総合性が確認できた。また、今回初めて国際的な情報交換の場が設けられたことで、我が国でも参考となるような多くの取組が確認でき、国際会議の有益性と必要性も明らかとなった。 (1)テーマ1「働く権利」 SEが注目される要因の一つとして2008年に発効した国連障害者権利条約への言及が多かった。従来、就労支援の対象になり難かった人を含め障害者の働く権利を実現できるというSEの意義について、様々な側面から発表があった。 ① 障害者の視点からみたSEのメリット (北アイルランド) ・障害者自身の職場等のバリアの解消への主体的取組 ・自身の体験の専門家としての障害者と専門職の協働 ・障害者の企業や社会への貢献の認知と完全な包摂 ② 最重度の障害者の自営・起業の支援(ドイツ、米国)  本人に合わせた個別の職務内容の見直しによる「すべての障害者は働ける」の実現。最重度の障害に対応する個別状況に応じた起業の選択肢への体系的な方法論。 ③ 本人を中心とした支援者の在り方(北アイルランド)  失敗や困難状況でも本人が就労をあきらめず自信を持ち続けられるような信頼される責任ある支援者の在り方。 ④ 福祉的就労の在り方の改革(米国)  職場実習等で就労への関心と動機づけを高め一般就業につなげていく個別サービスに向けた福祉的就労の変革。 (2)テーマ2「経済と雇用主」 一方、情報化社会、少子高齢化、慢性疾患の増加といった、労働に関する社会状況の大きな変化や、多様な企業ニーズに対応できる就労支援としてもSEが注目されていた。 ① インクルーシブな職務設計(オランダ) 人工知能やロボット化等の急速な進歩で、障害者に限らず、仕事に就ける人と就けない人の格差が拡がりかねない中、誰もが活躍できる多様な職務と働き方を作っていく必要性と具体的方法についての事例の紹介。 ② 支援機器・デジタル革命の普及(マイクロソフト) 国際企業でのSEの実践例の紹介、特に事業目的としてのすべての人と組織の活躍への情報技術の普及との関連。 ③ 企業ニーズに応える支援(カナダ、アイルランド、米国) 企業の人財・ビジネスへの支援としての視点の転換による障害者雇用の進展。体系的かつ専門的な事業主支援(関係づくり→個別情報収集→提案→交渉→雇用)。 ④ 組合や支援サービスとの協力関係構築(カルフール) 国際的な小売り業種での、障害や疾病のある人を含む従業員の効果的採用と雇用管理のための、各国の状況に応じた組合や支援サービスとの協力関係構築の重要性。 ⑤ 女性の視覚障害者による乳がん触診事業(ドイツ) 女性の視覚障害者の雇用と、社会ニーズの大きい乳がん触診の精度向上のWin-Winを目指した専門職養成事業。 (3)テーマ3「ツールと支援手法」 SEは未だ発展中であり、その効果的な実施のために、幅広い関係者が協働するためのツールや、具体的な支援手法の効果検証についての情報交換が活発に行われていた。 ① デジタル包摂促進のための支援者・企業の自己チェック表(欧州公共包摂ネットワーク、ドイツ、イタリア) 機械化→経営管理→国際化自動化に次ぐ「Work4.0」(相互関連、柔軟性、デジタル化)において誰もが活躍できる教育・職業訓練、仕事の仕方への変革の促進ツール。 ② 支援機器パスポート(アイルランド) 優れた支援機器が、提供側の縦割りによって障害者に活用されず、活用されても不満が多い現状を、ニーズ評価・機器選択・認定・実装・調整等の一貫した個別支援ができるようにすることで改善するためのツール。 ③ 社会資本活用による移行促進ツール(米国) 医療ケアを必要とする若年者の成人期への移行のために医療者、家族、教師、ジョブコーチがそれぞれのネットワークを活用しチームで支援できるガイドブック。自立、効力感、役割・期待、雇用の成果が確認されている。 ④ 「能力に注目する」ビデオコンテスト(オーストラリア) 障害者の能力発揮に注目したビデオコンテストのインターネットでの公開。1年で152か国から43万人の視聴者。 ⑤ SEのプロセスと成果の測定可能な指標(英国) 支援者の教育訓練、内部事業プロセス、障害者と企業の満足、経済的持続性のバランスの継続的改善のツール。 ⑥ 個別の職業紹介・支援モデル:IPS(フランス、北アイルランド、ベルギー、スロベニア、スウェーデン) 米国のモデルに準じた各国の取組についての情報交換。 (4)テーマ4「法的枠組と政策」 SEの成果の確認が進む中、未だ国際的、分野横断的な普及が不十分な状況に対して、主に、地域の現場での理解や協働の促進の面からの発表や議論が多かった。 ① EU内でのSEの普及(ポーランド、トルコ、ギリシア) SEへの取組が後発で、障害者の福祉的就労が中心で一般就業率が低い諸国におけるジョブコーチの共同訓練。 ② 国際的な成功要因の比較(EU) パネルディスカッションで、EU内での比較分析による障害者雇用政策の成功要因として、①全ての関係者の関与、②目標を決めた行動、③障害者本人と雇用主の両面の支援、④研究の根拠に基づくこと、が紹介された。 ③ 地域関係者へのSEの教育普及:MentorAbility(カナダ) 地域で未だSEの普及が不十分な障害者、企業、支援機関の就労問題の解決のためのSEの普及、成功事例のPR。 ④ サービス開発の地域協議会(スコットランド、ベルギー) 障害者、地元企業、関係支援機関による地域協議会におけるSEの理念を確認した上での各々の取組の合意・契約。 (5)その他の個別的課題 SEの多様な個別課題への応用についてはプレ大会で発表があった。その中には、EU諸国の3年間の共同研究として、難病・慢性疾患、精神障害、がん等の治療と就労の両立支援の研究プロジェクト(PATHWAYS Project)があった。また、障害者就労支援の国際的研究の推進のための、研究課題、研究を基盤とした実践・政策の重要性、そのための国際的情報交換等の課題等の議論があった。 4 考察 今回の国際会議は欧米と英語圏に参加者が偏っていたが、SEはより多くの国や地域に広がっている2)。また、本大会には、障害者雇用率制度のある国とない国、障害者就労はまだ福祉が中心の国から、福祉的就労を法的に廃止した国まで、様々な国からの参加があり、考え方、制度、用語等の違いなどから、SEの全体像の相互理解については、多くの参加者と同様、筆者も大きな限界を感じている。むしろ、情報交換が始まったこと自体が画期的と言える。 そのうえで、本国際会議で紹介されたSEの様々な取組や成果については、我が国でも理解しやすく参考になるものが多く、そのような理念的な普遍性・総合性と、先進的取組での具体的成果があることが、SEの世界的普及の大きな要因であると考えられる。具体的には、SEは、多様な事情のある人たちを包摂し、どんな障害があっても一般の仕事で活躍できるように本人と企業の両面から支える取組であり、多様化し変化の激しい社会において、本人にも雇用企業にも社会全体にもよい新たな社会制度や専門的支援につながるものと多くの国の関係者から期待されている。 第2回会議は4年後の2021年にカナダで開催される予定であり、今後の国際的なSEの普及と発展に注目したい。 【参考文献】 1) 春名等「障害者就労支援の共通基盤の普遍性(米国との比較)」IN「保健医療、福祉、教育分野における障害者の職業準備と就労移行等を促進する地域支援のあり方に関する研究」障害者職業総合センター調査研究報告書No.134, 第3章 pp95-136、2017. 2) 障害者職業総合センター「援助付き就業ハンドブック」(ILO、WASEによる2014年出版物の翻訳)、2017. ポスター発表 専門的な雇用支援が必要な若年軽度知的障害者の実態把握(その1) ○武澤 友広(障害者職業総合センター 研究員)  浅賀 英彦(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 知的障害が軽度な者の中には、通常学級に在籍し、障害に配慮した支援を受けたことがないまま、就労に際して困難を経験する事例が確認されている。このような事例を分析した研究1)では、障害受容が極めて困難であることや学校卒業時点で職業準備性が十分に備わっていないこと等の課題が指摘されている。しかし、定量的分析は行われていないため、指摘された課題が集団レベルで共通して認められるかどうか等、全体像を把握することができなかった。 そこで、障害者職業総合センターでは、全国の各労働局管内のハローワーク及び地域障害者職業センターを対象に、最終学歴後、就職したことがない、あるいは離転職を繰り返す若年軽度知的障害者の実態を把握するための質問紙調査を実施した。本発表では、調査結果から把握した調査対象集団の「就業・離職状況」及び「就業上の課題」に関する特徴を明らかにすることを目的とした。   2 方法 (1)事例報告の対象者 質問紙調査で報告を求めた事例の対象は、下記①〜④の全条件に該当する軽度知的障害者であった。 ① 回答時点で雇用保険被保険者ではない。 ② 初回の来所時の年齢が35歳未満である。 ③ 知的障害の判定が各都道府県、政令指定都市での判定区分に基づく「軽度判定」である。ただし、中軽度/重度の2区分の場合は中軽度判定の者も含む。 ④ 最終学歴後、就職した経験のない者、または離転職を繰り返した者である。 (2)質問紙調査の対象者 全国の各労働局(N=47)を対象に、管轄ハローワーク全体から最大3事例についての報告を求めた。また、地域障害者職業センター(N=52)には、1所あたり最大3事例についての報告を求めた。 (3)調査時期 2016年7月中旬〜8月初旬 (4)質問項目 質問項目は大別して「性別・最終学歴等の基本属性」「取得している手帳や障害の状況」「生活の状況」「就業状況(離転職の状況を含む)」「就業支援の状況」「就業上の課題」であった。本稿では紙幅の制約上、下記の分析で使用した質問項目に絞って記述する。 ア 発達障害の重複 「発達障害の診断がある」「診断はないが発達障害者の支援機関に繋いだ」「重複はないと思われる」「不明」から該当するものを選ぶよう求めた。 イ 就業・離職状況 回答時点において「収入になる仕事(給料、賃金、手間賃、営業収益などの収入を得る目的でする仕事のことで、就労継続支援B型事業所の利用も含む)をしているかどうか」について回答を求めた。次に、収入になる仕事をしていなかった者については、就業経験があるかどうかの回答を求めた上で、就業経験がある者については、前職の求人区分及び離職理由についての回答を求めた。 前職の求人区分については、「一般求人」「障害者求人」「不明」の中から該当するものを選ぶよう求めた。 前職の離職理由については、「雇用期間の満了」「人員整理・倒産・先行き不安」「作業水準についていけなかった」「本人の能力を発揮できなかった」「人間関係がうまくいかなかった」「労働条件に不満があった」「本人や家族の事情」「その他」の中から該当するものを全て選ぶよう求めた。 ウ 就業上の課題 回答者の所見として、就業上の課題があるかどうか、ある場合は「障害の理解」「就労意欲」「コミュニケーションの改善」「対人関係の改善」「基礎体力」「作業指示の理解」「その他」から該当するものを全て選ぶよう求めた。 3 結果 (1)回収率(「該当事例なし」の報告含む) 労働局は95.7%、地域障害者職業センターは92.3%であった。 (2)分析対象とした事例の件数 190件(ハローワーク分121件、地域障害者職業センター分69件)であった。このうち、発達障害の重複について「発達障害の診断がある」または「診断はないが発達障害者の支援機関に繋いだ」者は49件(25.8%)であった。以下、該当者を「重複あり」、「重複がないと思われる」者を「重複なし」という。 (3)就業・離職状況 分析対象事例のうち、収入になる仕事をしていなかった者は136件(71.6%)で、そのうち就業経験がない者は55件(40.4%)であった。 次に離職理由の分析結果を示す。一般求人と障害者求人では障害に対する配慮の受けやすさが異なり、その影響が離職理由にも及ぶことが想定できるため、就業経験がある者のうち、前職の求人区分が不明な者(11件)を除いた68件について、前職の求人区分別に離職理由の選択率を示した(図1)。求人区分にかかわらず、選択率が相対的に高いのが「作業水準についていけなかった」「人間関係がうまくいかなかった」であり、いずれも3割以上の就業経験者に選択されていた。特に「人間関係がうまくいかなかった」については、障害者求人の方が一般求人よりも離職理由として挙げられた割合が高いように見える。この差について、統計的有意差が認められるかどうかをχ自乗検定で検討したが、有意差は認められなかった(χ2(1) = 1.09, p =.30)。 図1 前職の求人区分別の離職理由の選択率 (4)就業上の課題 就業上の課題は障害特性による影響を受けることが想定できる。そこで、発達障害の有無別に就業上の課題として回答者より指摘された割合(以下「指摘率」という。)を図2に示した(発達障害の重複が「不明」を除く)。発達障害の有無を区別しない場合、最も多く指摘された課題は「コミュニケーションの改善」(63.7%)であり、次いで「作業指示の理解」(57.1%)、「対人関係の改善」(52.2%)と続き、いずれも過半数の事例で指摘された。 発達障害の重複の有無別にみた場合、順位が異なるものの、上位3位に含まれる課題内容は重複の有無を区別しない場合と同じであった。これら3つの課題について、指摘率が発達障害の有無によって統計的に異なるかどうかを検討するため、χ自乗検定を実施した。その結果、「コミュニケーションの改善」については「重複あり」(77.6%)の方が「重複なし」(60.5%)よりも有意に高い割合で課題として指摘されていた(χ2(1) = 4.01, p <.05)。しかし、「対人関係の改善」や「作業指示の理解」については発達障害の有無による有意差は認められなかった(対人関係の改善:χ2(1) = 0.66, p =.42、作業指示の理解:χ2(1) = 0.27, p =.61)。 図2 就業上の課題の指摘率(発達障害の有無別含む) 4 考察 前職の離職理由及び就業上の課題に関する分析結果から、就業及び職場定着に困難がある若年の軽度知的障害者においては、作業水準の課題だけでなく、良好な対人関係の構築・維持にも課題を有することが少なくないことが示された。このことから、軽度知的障害者への支援にあたっては、作業遂行に関する特性評価や環境調整だけでなく、コミュニケーションの改善に対する特性評価・介入2)を検討する必要に迫られる可能性が高いと言える。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:知的障害者の学校から職業への移行課題に関する研究—通常教育に在籍した事例をめぐる検討—,障害者職業総合センター調査研究報告書No.42,(2001) 2) 障害者職業総合センター:発達障害者のコミュニケーション・スキルの特性評価に関する研究(その2)—新版F&T感情識別検査の試行に基づく検討—,障害者職業総合センター調査研究報告書No.136,(2017) 【連絡先】  武澤友広  障害者職業総合センター  e-mail:takezawa.tomohiro@jeed.or.jp 専門的な雇用支援が必要な若年軽度知的障害者の実態把握(その2) ○浅賀 英彦(障害者職業総合センター 主任研究員)  武澤 友広(障害者職業総合センター) 1 はじめに 知的障害の軽度な者の中には一般高校に進学した後、若年時から離転職を繰り返し、安定した雇用に結びつかない者が見られるという問題意識に基づき、その実態を把握するための調査を行った。 2 方法 全国の各労働局管内のハローワーク及び地域障害者職業センターを対象に、最終学歴後、就職したことがない、あるいは離転職を繰り返す若年軽度知的障害者の実態を把握するための質問紙調査を実施した(連続発表その1を参照)。質問紙調査の回答の中から、収入になる仕事の有無別、前職の有無別、年齢階層別(25歳以上・未満)に6つのパターンに分け、各パターン最低3事例ずつを選び、回答のあったハローワーク又は地域障害者職業センターにヒアリング調査を実施し、全24事例を聴取した。今回の報告では、このうち18事例を分析の対象とした。 ヒアリング調査においては、軽度知的障害者の実態について、全体的な背景、問題状況について聴取し、その後、就労に至った経緯、就職に向けての課題等、事例の詳細を聞き取った。 3 結果 (1)障害者支援窓口の利用状況 軽度知的障害者の全般的な状況についてみると、ハローワークの専門援助窓口での軽度知的障害者の相談は多くはないとのことであった。そうした登録者は、多くても10件程度とする所がある一方で、レアケースであるとする所も見られた。多くの所では4〜5件であった。傾向としても横ばいで推移しているとする所が大半であった。ただ、「(療育手帳を取得して)ハローワークの専門援助部門を利用する軽度知的障害者は全体のごく一部と思われる。手帳を持っていない者は一般相談窓口で相談するし、持っていても若年者向けの支援機関を利用している者、学卒窓口で対応している者がいると思われる」、さらに、「ハローワーク等利用者に限らず軽度知的障害者全般について就業に係る問題のある者は増加傾向にある」との指摘も多くみられたことから、今後、問題が顕在化することが懸念される状況にあるといえる。 (2)一般高校への進学理由 ア 学校側の理由 知的障害者が特別支援学校でなく一般高校へ進学するという状況について、受入側の背景についてヒアリングしたところ、一般高校の中には少子化の影響もあって、様々な方面から募集するため、結果として知的障害の軽度な者も受け入れている高校がある、高校卒業後に進学する専門学校等においてもその傾向がみられるとの意見があった。なお、特別支援学校の定員が不足という状況は1か所で聞かれたのみで、これは発達障害者の増加に特別支援学校の増設が追いつかないとのことであった。 ・高校に関しては、私立高校とか公立校でも分校だと生徒の募集が困難なところがあり、知的障害の軽度な者がそちらに流れる傾向にある。私立高校の場合、障害者の就職指導まで手が回らず、高校を出て離転職を繰り返すという卒業生が多い。 ・通信課程や単位制の高校では、生徒を集めるのが大変で、どうしてもいろいろな要素を持った生徒を募集する形となり、そこに障害のある生徒が集中するようになる。 ・大学に関しては、以前であれば高卒で就職していた人が、AO入試や学校推薦でかなり私大に入学している。この中には療育手帳を持っている人もいる。 イ 家庭側の理由 次に特別支援学校を選択しない家庭の側の要因をみてみると、親の意向により一般高校を選択しているという指摘が多くみられた。親の意向の背景としては、世間体を気にする、子供に障害者のレッテルを貼られたくない、知的障害が軽度であり、生活に問題ないので障害の認識・理解がない等があった。 ・世間体とか、保護者の面子とかそういうことが多い。家から毎日送り出して「どこの学校へ行っているの」と聞かれて、特別支援学校とは言いにくい。 ・特別支援学校へ進学すれば、将来は履歴書に特別支援学校卒と記載することとなり、学校名から障害が明らかになってしまう。 ・知的障害の程度は軽度なので、一般高校で頑張らせたいと親が考える。 ・小中学校と普通学級で十分に通用しているので、知的障害との認識を親が持たず、したがって手帳も取得しなかったため、特別支援学校に行かないこともある。 以上のように、最近の少子化傾向の中で、一般高校やその後の進学先でも運営上の理由から知的障害の軽度な者を受け入れる素地ができており、特別支援学校に入れたくない親の意向があれば、軽度知的障害者の一般校への進学は容易になっているものと思われる。 (3)就職、職場定着に係る問題点 今回の調査では就職が困難であったり、離転職を繰り返したりといった課題の背景を聴取した。 一般校で障害者向けの職業教育、進路指導が適切に行われているかについては、肯定的な回答はほとんど聞かれず、あったとしてもハローワーク等の利用が勧められている程度であった。 ・一般高校でも毎年1人か2人を受け入れている学校では、対応の仕方を比較的分かっているが、初めて受け入れた学校とか、進路指導の経験の浅い先生だと指導方法に手詰まり感があり、あとはハローワークでの就職支援となる。 ・就職支援で何かしてくれる大学は特にない。ハローワークへ相談に行くように指示するだけでもたいしたものだ。  軽度知的障害に起因する就職、職場定着の問題点として挙げられた例を示す。 ・知的障害の軽度な者全体の傾向として、就職しても早期に離職する可能性が高いことがある。要は感覚に走りすぎて、よそがいいと思うと、先のことを考えずに辞めてしまう。後で後悔して相談に来ることがある。 4 考察 今回の研究で明らかになった点としては、 ①療育手帳を取得してハローワークの専門援助窓口や地域障害者職業センターで相談している一般高校卒の軽度知的障害者は多くはない。ただし、そもそも療育手帳を持っていないか、持っていても開示せずに、一般窓口や若年者向け支援機関で求職活動をしているといった把握困難な知的障害者が潜在的に存在すると思われる。 ②軽度知的障害者の若者は、一般の若者と比較して継続就業期間が短く、安定した雇用に結び付きにくい傾向がある1)。 ③知的障害が軽度であるため、本人や家族が障害に気付かなかったり、気付いても特別支援学校に進むことを希望しなかったりして、一般高校やその後の上級学校へ進学するケースがある。 ④一般高校や上級学校では知的障害向けの就職指導を受けられず、就職に際して困難に直面したり、就職しても短期間に離職してしまったりするケースがある。 といった点が挙げられる。これらの問題の背景には、特別支援学校高等部ではなく、一般高校への進学を選択する軽度知的障害者が一定程度存在することがある。 この原因として、幼少時に知的障害を指摘されても、小中学校では何とか学校生活を送ることができているので、療育手帳取得の時期を見計らっていて取得に至っておらず、特別支援学校に入れないということがある。今回の調査対象者は療育手帳所持者であるが、このような者は、就職に際して、困難性に直面し、ようやく療育手帳取得に向けて、本人、親が動き出しているものと思われる。こうした課題を解決するには、まずもって親が障害を理解する必要があるが、このためには、特に、中学校卒業時に本人、親が知的障害を理解し、特別支援学校進学という選択肢もあることを理解することが必要であろう。 一般高校を選択する別の要因としては、障害が軽度であって、家族、本人も障害とは思っておらず、一般高校入学後又は卒業後に初めて外部から指摘を受けて療育手帳を取得する場合があることも挙げられる。こうした場合には、4年制大学まで進学する場合もみられている。この場合においても、一般高校やその後の進学先の学校からの就職支援が十分でなく、就職の段階で就職活動に困難が生じてしまいがちである。 この場合に軽度知的障害者の円滑な就職、職場定着に当たって最も重要なポイントは、家族と本人が障害の存在に気付き、理解することである。幼少期に療育手帳を取得し、家庭での理解も進んでいる場合は就業支援がしやすいが、高校卒業後に療育手帳を取得しているケースでは、就職にかなり困難を感じている様子がみられた。こうした事例が今回調査で複数みられたことから、社会にはこうした軽度知的障害者が一定程度存在するものと推測できる。ただ、高校卒業後であっても、障害の理解がなされた時点で療育手帳を取得し、ハローワーク等での障害者支援を受けることで、スムーズな就職に結びついた事例もみられていることから、そうした困難を抱えている軽度知的障害者の声を察知し、「気付き」に誘導する指導機会が必要だと思われる。このため、就職が難しく、困っている軽度知的障害者やその家族に対して助言、援助できる十分な指導機会の用意が求められる。今回ヒアリングした事例においても、気付きを促した契機として「親戚」「知合い」「会社の上司」「ひきこもり支援機関」「保健師」「自治体施設」等からの助言が本人、家族の障害理解の決定的な転機になった例がみられている。これらが最初の一歩となり、その後障害者就業支援機関につながったことが就職への転機になっている。そこで、まず最初の手がかりの場を増やすこと、その上で就業支援機関に円滑につながっていくような方策が必要であろう。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:専門的な雇用支援が必要な若年軽度知的障害者の実態把握に関する基礎調査,障害者職業総合センター資料シリーズNo.97,(2017) 【連絡先】  浅賀 英彦  障害者職業総合センター  e-mail:Asaka.Hidehiko@jeed.or.jp 精神障害者に対する「自己理解の支援」における支援行動に関する質的研究 ○前原 和明(障害者職業総合センター 研究員)  八重田 淳(筑波大学) 1 はじめに 近年、障害者と事業主双方の障害者雇用に対する関心の高まりに呼応して、職業リハビリテーション(以下「職リハ」という。)に携わる支援者への期待が高まってきている。この種の期待に応えていくために、職リハに携わる支援者は、自らの実践活動をより有効なものとしていくことが必要である。特に、2018年4月から雇用義務の対象となる精神障害者は、就職件数が増加する一方で短期離職が指摘され、職場定着に向けての課題解決が求められる。この課題の解決に向けて、対象者の「自己理解の支援」を提供することが、必要と支援者間でしばしば言われている。しかし、この「自己理解の支援」の概念内容は、十分に整理されておらず、不明確である。結果、個別の就業支援の質の改善及び定着支援のための連携が不十分なものになってしまうと考えられる。よって、本研究では、精神障害者の職場定着に向けての支援のあり方を検討するために、精神障害者に対する「自己理解の支援」における支援行動を明らかにすることとする。 2 方法 (1)分析1:文献調査 ① 対象 雑誌「職業リハビリテーション」(1987年発行第1巻〜2015年発行第28巻第2号)の精神障害者を主たる対象とした論文8本及び1995年から2014年までに発表された論文について「精神障害 and 自己 and 就労支援またはリハビリテーション」で検索をしたCiNiiの検索結果から重複を除いた6本の計14本の論文。 ② 分析 各論文の「自己理解」が用いられた文脈を意味の類似性から図上にマッピングし、視覚的に各分類概念の関係性を把握した。 (2)分析2:グループ・インタビュー ① 対象 障害者職業カウンセラー7名 ② 調査方法 2015年8月に、120分1回のグループ・インタビューを実施した。 ③ 分析 KJ法1)に基づき、各文脈の意味の関係性から3〜4程度の概念になるまで分類した。   3 結果及び考察 (1)分析1:文献調査 「社会経験の不足と自我の未熟性」とは、青年期の発症により社会的経験が不足し、社会的なルール等の習得ができていないことや自我の未熟性が見られるという課題である。これらは、例えば、社会人としてのルールを知らずに職場において自分のルールで行動してしまうことや、指導を注意と捉え間違えて体調を崩す等の就業上の課題として発生するような課題と考えられる。 「認知面の課題(症状理解の困難性/障害自覚の困難性)」とは、病識欠如等により客観的に自分自身を振り返ることが難しいというような「症状理解の困難性」と、非現実的な職業目標の設定というような「障害自覚の困難性」といった認知機能の障害等に起因する課題である。これらは、例えば、継続的な服薬ができていないために就業後に体調悪化に至ることや、現状の生活リズムに不釣り合いな長時間勤務を希望する等、課題対処に向けた支援や支援体制の構築が必要となるような就業上の課題として発生するような課題と考えられる。 「自尊心の低下」とは、これまでの生活歴等から本人の自己評価が大きく低下しているというような課題である。これらは、例えば、働くことに対する自信の無さから就業のチャンスを棒に振ってしまうことや、上司からの良い評価にも関わらず本人の就業意欲が高まらない等の就業上の課題として発生するような課題と考えられる。 文献調査の結果、精神障害者の自己理解の支援は、上記のような対象者の持つ課題を解消するために行われていると考えられた。 (2)分析2:グループ・インタビュー インタビュー調査によって得られた結果を分析した結果、下表のような結果が得られた。 表 インタビュー結果   自己理解の支援行動は、「支援における主体性の尊重」、「現状認識のための支援」、「時期に応じた支援」、「医療機関との協働」、「企業との協働」の5つの行動に最終的に分類できた。 「支援における主体性の尊重」としては、単に「ツール」を導入するのではなく導入の意図を説明できること、自分で自分の支援計画を立てたり、希望を整理してもらう等の主体性を尊重した支援が行われていた。 「現状認識のための支援」としては、定期的な振り返り相談の実施、体調変化や睡眠状況等の記録、体調悪化のエピソードの把握、同じ障害を持つ人とのやり取り、面接練習で人事担当者の視点に立って見る等の現状を認識するための支援が行われていた。 「時期に応じた支援」としては、この段階においてどんなことが分かっていたらよいかというようにより広い視野で理解を求めること、失敗か成長を見いだすこと等の成功体験の積み重ねに向けた支援が行われていた。 「医療機関との協働」として、医療機関と会議で情報交換をし、就業支援の結果等を報告することで治療との足並みをそろえることがポイントとして語られていた。 「企業との協働」として、企業から指導してもらうことと、支援者が指導することを役割分担したことや、どう雇用していくかという企業側の認識に向き合っていくことがポイントとして語られていた。 これらは、自己理解を促進するために提供されていた具体的な支援行動から明確になったものである。これらの支援行動を就業支援の支援方法に取り込むことは、自己理解の促進に配慮した関わりをより可能にすることに繋がると考えられる。 4 本研究の限界と課題 障害者職業カウンセラーは、職リハの代表的専門職である。よって、本研究で明らかになった支援行動は、職リハの自己理解の支援の標準的な行動として捉えてよいと考えられる。しかし、職リハにおいては、多様な専門職が関わり、各専門職は働く環境やタイミングが違う。そのため、一定の有効性があると考えられるが、他の職リハ機関の支援者において活用が可能であるのか、また、どのように応用していくと良いかに関する検討が必要であると考えられる。 今後の課題としては、自己理解が促進されるための条件をより詳細に検討することが必要と考えられ、支援行動の更なる精査と共に、結果の職リハにおける妥当性を明らかにしていくことが必要である。 付記 本研究は、障害者職業総合センター資料シリーズNo.91「精神障害者に対する「自己理解の支援」における介入行動に関する基礎調査」に基づく。 【参考文献】 1) 川喜田二郎:発想法−創造性開発のために,中公新書 (1967) 【連絡先】  前原 和明  障害者職業総合センター  e-mail:Maebara.Kazuaki@jeed.or.jp 社会的行動障害のある高次脳機能障害者の支援において、支援者が難しさを感じること−医療従事者への調査の自由記述から− 土屋 知子(障害者職業総合センター 研究員) 1 背景及び目的 社会的行動障害は高次脳機能障害者によく見られる症状であり1)、社会的行動障害のある高次脳機能障害者への支援スキルを高めることは職業リハビリテーション従事者にとって重要である。障害者職業総合センターでは社会的行動障害のある高次脳機能障害者の支援に関する調査研究に取り組んでいる。その一環として、職業リハビリテーションの重要な関連分野であり、高次脳機能障害者の支援経験の蓄積があるリハビリテーション医療分野における支援上の課題に関して検討したので報告する。 2 方法 本調査は、リハビリテーション医療機関800ヶ所を対象とする「医療機関における高次脳機能障害者の就労支援に関する実態調査」の一部として2015年に実施した。調査の全体像及び詳細については調査研究報告書№1292)の通り。 社会的行動障害の下位症状である、「情動コントロールの障害」及び「対人関係の障害」に関して、「支援を行う上で特に難しさを感じること」について自由記述で回答を求めた。得られた回答をKJ法を参考にして内容により分類した。同一回答者により複数内容の記載が見られる場合はそれぞれ一記載として数えた。カテゴリーとしてまとめられなかった記載は「分類困難」として残した。   3 結果 回収数は261通(回収率32.8%)であった。自由記述欄に何らかの記載が見られた回答者は、「情動コントロールの障害」については151人、「対人関係の障害」については134人であった。回答者の職種は、作業療法士が最も多く全体の55%、その他に言語聴覚士、理学療法士、医療ソーシャルワーカー、医師、心理職などが含まれた。 記載内容は、22の小カテゴリーと4の大カテゴリーに分類された。記載の約93%がいずれかのカテゴリーに分類された。「情動コントロールの障害」に関しては、「有効な支援方法が見つからない」「病識の乏しさ」「支援者間での意識や情報の共有、対応方法の統一の困難」の小カテゴリーに分類できる記述が多く見られ、「対人関係の障害」に関しては「家族や周囲の理解と協力を得ることの困難」「病識の乏しさ」「医療機関で支援できることの限界」の小カテゴリーに分類できる記述が多く見られた。詳細については表1、記述の具体例については表2の通り。   4 考察 本調査では、自発的に表現された自由記述を分類、集計した。各内容について普段の支援において困難を感じるかどうかそれぞれ質問すれば、困難があると回答される割合は更に高くなることが推測される。 「情動コントロールの障害」についての回答と「対人関係の障害」についての回答は、双方で「病識の乏しさ」の回答割合が高いなど類似する点もあるが、それぞれの特徴も見られた。「情動コントロールの障害」に関しては、有効な支援方法を見つけることや支援者間で対応を統一することといった、医療機関内での支援自体に関する困難への言及が目立った一方、「対人関係の障害」では、医療機関で支援できることの限界や家族や周囲の協力を得ることといった、退院後を見据えた課題が目立つ結果であった。「社会的行動障害」と一口にいっても、その内容により支援上の課題に違いがあり、職業リハビリテーション分野における今後の支援技法開発においても、この点を念頭におく必要があることが考えられた。 今回の検討の限界として、研究担当者の判断による分類であり、異なる分類もあり得ることが挙げられる。例えば、「退院後のフォロー」と「施設間の連携・社会資源の不足」を同一カテゴリーにまとめる方法も考えられるが、本調査においては、支援者の感じる難しさの内容をできるだけきめ細かく把握する観点から、研究担当者による解釈を最小限に留め、細分化されたカテゴリーのままとした。   【参考文献】 1) 中島八十一. (2006). 診断基準. 著: 高次脳機能障害支援コーディネート研究会, 高次脳機能障害支援コーディネートマニュアル (ページ: 28-39). 東京: 中央法規. 2) 障害者職業総合センター.(2016).調査研究報告書№129高次脳機能障害者の働き方の現状と今後の支援のあり方に関する研究Ⅱ.千葉:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 【連絡先】  土屋 知子  障害者職業総合センター研究部門(社会的支援部門)  e-mail:Tsuchiya.Tomoko@jeed.or.jp 表1 記載内容の分類結果 表2 記載が多かった小カテゴリーの具体的な記載例 発達障害者の「正確な指示内容の理解」のための支援の工夫−ワークシステム・サポートプログラムの事例から− ○阿部 秀樹(障害者職業総合センター職業センター企画課 職業レディネス指導員)  加藤 ひと美・佐善 和江・渡辺 由美(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 はじめに 職業センターでは、発達障害者を対象とした専門的な支援プログラムである「ワークシステム・サポートプログラム」(以下「WSSP」という。)を実施している。 WSSPにおいて「受信(情報受信や理解などinputの特性)→判断・思考→送信・行動(作業や日常場面でのoutputの特性)」という情報処理のモデル(図1:情報処理過程におけるアセスメントの視点)からみると「受信」が適切にできていないため、指示内容がうまく伝わらず、支援者の意図と異なった作業結果となることがしばしばみられる。「正確な作業指示の理解」のためには、まずは適切に「受信」できるような支援が重要であると考える。 本発表では「指示受けメモ」の作成と活用の支援によって、指示を受ける際のプロセス(①メモをとる、②曖昧な指示内容について質問する、③最後にまとめて復唱する)を習得することにより、指示を正確に理解し、指示通りの作業遂行ができた事例を報告する。 図1 情報処理過程におけるアセスメントの視点(一部抜粋) 2 事例の概要 (1) 対象者の属性及び経緯 Aさん(男性、20代)。自閉症スペクトラム障害。高校卒業後、B社に就職。製造部門、事務部門で仕事を行うが、仕事が覚えられず、ミスが出る、仕事が遅いという指摘を受けた。事業所の勧めでC病院を受診し、発達障害の診断を受けた。障害者手帳を取得し、部署を異動するが、事業所がAさんにどのような仕事を任せられるかがわからず、WSSPの受講に至った。 WSSP開始前の相談では、Aさんからは「指示はその場では理解しても、後で思い出すときに抜けてしまう。メモは活用しているが、書字が苦手」、事業所からは「作業を習得するのに時間がかかる。メモは取っているが抜けや不足がある。本人からの発信が少ない」との話があった。 (2) 支援の期間及び経過 13週間(月〜金,10:15〜15:20)。Aさんの支援経過は図2のとおりである。 3 考察(図3) Aさんの支援から、作業指示の正確な理解のための工夫とその効果については、次の3点が考えられる。 ①作業指示の受信のアセスメントとして、手順書作成技能トレーニングを活用した結果、メモをとる際の特徴について相互に共有することができた。 ②Aさんの特徴に合わせた「指示受けメモ」を作成し、作業での活用を通して、視覚的に情報を整理することにより、質問+復唱が定着できた。 ③「指示受けメモ」では優先順位がつけにくい作業については、「タスク管理票」を活用し、相談することにより、作業の優先順位を考えやすくなった。 図3 Aさんの「正確な作業指示の理解」のための支援内容 4 まとめ 本事例から、支援は個別の特徴に応じて様々な工夫を凝らすことが重要となるが、そのためには継続的に精度の高いアセスメントを行い、その結果を的確に分析・検討することが基本となることを確認した。 ※本報告に際し、Aさんからご承諾いただきました。 【参考文献】 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のための手順書作成技能トレーニング、障害者職業総合センター職業センター支援マニュアル No.15、 (2017) 図2 Aさんへ対して実施した支援 中途視覚障害者の就労支援の現状の検討 ○石黒 秀仁(障害者職業総合センター 主任研究員)  内木場 雅子・野中 由彦・杉田 史子(障害者職業総合センター) 1 緒言 障害者職業総合センターでは、平成29年度から2年計画で「視覚障害者の雇用の実状及びモデル事例の把握に関する調査研究」を行っている。当該研究を進めるに当たり、視覚障害者に対する就労支援の取組について、文献、専門家ヒアリング、訪問調査等により収集した情報から、特に中途視覚障害者の就労支援について考える。 2 視覚障害者の状況 厚生労働省の「平成18年身体障害児・者実態調査」(以下「18年調査」という。)によると、視覚障害者数は314,900人であり、そのうち18歳未満4,900人(1.6%)、18歳以上65歳未満118,000人(37.6%)、65歳以上は192,000人(61.1%)であった。「平成23年生活のしづらさになどに関する調査」(以下、「23年調査」という。)によると、視覚障害者は315,500人で、そのうち18歳未満4,900人(1.6%)、18歳以上65歳未満は91,400人(29%)、65歳以上は217,700人(69%)であった。 厚生統計要覧の身体障害者手帳交付台帳登録数によると視覚障害者数は、平成18年度389,603人、平成23年度369,025人、平成27年度344,038人となっている。 さらに、平成19年の日本眼科医会研究班報告によると、米国の視覚障害基準(良い方の目の矯正視力が0.5未満の者。このうち、良い方の視力が0.1を上回り0.5未満をロービジョン、良い方の視力が0.1以下を失明としている。)に準じて我が国の視覚障害者数を推計したところ、視力が0.5未満の視覚障害者は1,637,000人で、このうち失明者は188,000人(11.5%)、ロービジョンの者は1,449,000人(88.5%)とした。将来予測として、2030年には視覚障害者は200万人に達し、その後は総人口の減少により漸減するとしている。 以上から、身体障害者手帳を所持している視覚障害者は減少しているが手帳を取得していないロービジョンの者が多数いること、65歳以上の者の割合が約7割を占めること、大半は中途障害者であることなどがうかがえる。 3 視覚障害者の就労状況 18年調査では、視覚障害者の就業者66,000人のうち20,000人(29.3%)が「あんま・マッサージ・指圧、はり、きゅう」(以下「三療」という。)に従事している。また、点字毎日(平成29年6月29日)によると、平成28年度においてハローワークを通じて就職した視覚障害者2,129件のうち三療等の専門的・技術的職業が1,147件と54%を占め、障害者手帳1級及び2級の重度視覚障害者では7割を占めた。 三療以外の視覚障害者の職業は、昭和40年代から、電話交換手、コンピュータプログラマーなどの職域開拓の取組が行われてきたが、近年では、IT技術の発展によって、少なからぬ事務的職業への職域の拡大が見られており、点字毎日(同)によると、平成28年度にハローワークを通じて就職した視覚障害者2,129件のうち、運輸・清掃・包装等391件(18.4%)、事務的職業269件(12.6%)などであった。 以上から、視覚障害者、特に重度の視覚障害者にとっては、伝統的な視覚障害者の職業である三療の業務に従事している者が依然多いこと、情報機器の発展に伴って事務的職業に就く者も出てきているが、平成28年度にハローワークを通じて就職した身体障害者の事務的職業に就職した割合(26.3%)と比較しても視覚障害者の事務的職業での就職は容易ではないことがうかがえる。 4 中途視覚障害者の就労支援の状況 (1)ロービジョンケア等の状況 視覚障害者に対するリハビリテーションはロービジョンケアと言われ、その保有視覚を最大限に活用してQOLの向上を目指すケアである。日本眼科医会のホームページによると、全国で586の病院やクリニックがロービジョンケア施設として掲載されている(平成29年4月15日現在)。 視覚障害者の場合、仕事以外にも移動や生活の支援も必要となり、ロービジョンケア、生活訓練、職業訓練、職業あっせん等、広範な支援を必要とすることが多く、高橋1)によれば、中途視覚障害者にとっては、日常生活訓練が完了してから職業リハビリテーションへという従来の段階的リハビリテーションの考え方では視覚障害者の多くは職業リハビリテーション完了前に失業してしまう可能性があり、できるだけ早い段階から職業リハビリテーションを日常生活訓練と同時進行させるべきであると述べている。 一方、入所や訪問による個別対応が基本である視覚障害者に対する福祉サービスについて、障害者自立支援法の施行に伴い、視覚障害者であっても障害者施設に通所する形態が主流となり、もともと母集団が小さい視覚障害に対する支援機会が減少し、支援者の視覚障害に対する知識や技術が、急速に減退することを懸念する指摘もある2)。 (2)職業リハビリテーションの状況 日本理療科教員連盟の「平成27年度盲学校実態調査」によると全国の盲学校本科保健理療科、専攻科理療科及び専攻科保健理療科の在学者は、10歳台110人(11.2%)、20歳台260人(26.4%)、30歳台187人(19.0%)、40歳台245人(24.8%)、50歳以上184人(18.7%)となっており、理療を学ぶ視覚障害生徒に占める中途視覚障害者の割合が多い。全国の盲学校は中途視覚障害者にとっての三療等理療師養成の中心的な役割を担っているが、社会資源の地域差もあり、十分な心理的な援助が行われないまま盲学校へ入学し、受障後の落胆から回復が進まず、入学後精神的に不適応な状態に陥る者も少なくないとの指摘もある3)。 また、厚生労働省の衛生行政業務報告例を見ると、視覚障害者のあんま・マッサージ・指圧師はピーク時の38,889人(昭和53年)から25,999人(平成26年)、はり師はピーク時の19,081人(平成4年)から14,927人(平成26年)、きゅう師はピーク時の18,164人(平成4年)から14,307人(平成26年)と減少しており、三療従事者総数が増える中、平成27年の筑波技術大学による三療業者の実態調査においては、視覚障害のない者の年収の中央値400万円に比べて視覚障害者の年収の中央値128万円となっており、三療に従事する視覚障害者の生計の維持が厳しい状況に置かれていることがうかがえる。 三療以外のコンピュータプログラミング等の情報処理技術、オフィスワーク等の事務的職業に関する視覚障害の求職者を対象とした公共職業訓練は、国立職業リハビリテーションセンター等全国9か所で実施されている。在職者を対象とした公共職業訓練は、国立職業リハビリテーションセンター、国立吉備高原職業リハビリテーションセンターのほか、地方自治体の委託によるNPO法人等で行われている。 5 中途視覚障害者の就労支援の状況 中途視覚障害者の場合、仕事以外にも移動や生活の支援も必要となり、ロービジョンケア、生活訓練、職業訓練、職業あっせん等、広範な支援を必要とすることが多いが、情報障害と移動障害の特性から、適切な支援に結びつきにくいと言われている。このような中、眼科医療が視覚障害者支援団体の協力を得ながら労働関係機関と早期に緊密な連携を取ることで職場復帰等を図っている取組1)、眼科医から遅滞なく、ロービジョンケアや視覚障害リハビリテーションサービスに橋渡しをする「スマートサイト」の取組4)、視覚障害者が通いなれた病院や眼科クリニック等に福祉機関などの支援者が出向いて相談や情報提供を行う「中間型アウトリーチ」の取組5)、さらには、福祉サービスにおける視覚障害に対する知識や技術の急速な減退が懸念される状況において、支援者や視覚障害者が課題に応じて専門的な支援機関等の情報を得ることができるインターネットを使ったシステム(ファーストステップ)の試み2)や、これを発展させた視覚障害者の支援専門家とロービジョンの者のテレビ電話を使った遠隔相談の試み6)などが行われている。研究、治療、ロービジョンケア、就労支援などに一体的に取り組む先進的な施設も、神戸市、理化学研究所等によって設置されようとしている。 また、情報機器の発展により事務的職業における雇用の進展が期待される一方、訓練機関が限られ特に地方在住者の技能習得の機会が得られにくいこと、スクリーンリーダー等を駆使したパソコンを使った事務的作技能の習得が難しい者もいること、支援機器の整備を含む職場環境の整備のノウハウをもつ専門的なジョブコーチ等の支援者がごく限られていることなどの課題も指摘される中、視覚障害者の個別のニーズに応じたパソコン講習や遠隔訓練の取組、在宅でのパソコン訓練の可能性を探る就労移行支援事業所の試みなどもでてきている。 6 結語 近年の眼科治療の発達の一方、中途障害によるロービジョンの者も多数いることがわかった。中途視覚障害者の就労支援は、中途視覚障害者ならではの障害受容の難しさ、情報障害と移動障害を併せ持つことによる適切な支援への結びつきにくさ、視覚障害の専門的な支援者の偏在、三療資格の取得やスクリーンリーダー等を駆使したパソコンによる高度な事務的技能の習得が難しい者もいること、さらに、企業や地方自治体における「視覚障害者にできる仕事が見つからない」との考え方に対する社会啓発7)など、専門的な支援者の広範な連携を要する困難度の高い支援であると言える。各支援機関にあっては、スマートサイトなどの地域の視覚障害リハビリテーションネットワーク形成の動きとさらなる連携を図り、中途視覚障害者の雇用継続など、必要な支援に適切に結びつけられるよう期待したい。 【参考文献】 1)高橋広:働く視覚障害者にはロービジョンケアを、日本職業・災害医学会誌、61:1-7(2013) 2)仲泊聡他:総合的視覚リハビリテーションシステムプログラム「ファーストステップ」、視覚リハ研究(2013) 3)柏倉秀克:中途視覚障害者の心理と支援、久美株式会社(2011) 4)永井春彦:スマートサイト米国眼科学会の取りくみ、視覚障害その研究と情報No.272(2011) 5)仲泊聡他:中間型アウトリーチ支援の実践可能性、視覚リハ研究(2013) 6)仲泊聡:遠隔ロービジョン相談の試み、第26回視覚障害リハビリテーション研究発表大会抄録集(2017) 7)寺島 彰:視覚障害者の就労〜現在とこれから〜、働く広場(2011年11月号) 障害者求人により就職した障害者の職場定着状況−障害者の就業状況等に関する調査研究から− ○大石 甲 (障害者職業総合センター 研究員)  高瀬 健一(障害者職業総合センター) 1 研究の背景と目的 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構は、これまでに障害者の離職率・定着率を公的に詳細に調査したものはないことを踏まえて、2015年度から2年間の計画により身体障害者・知的障害者・精神障害者・発達障害者の就職状況、職場定着状況及び支援状況等の実態を調査・分析して取りまとめ、調査研究報告書を発行した1)。 当該報告書の結果では、障害者求人により就職した場合には、一般求人により就職した場合と比較して1年後の職場定着割合が高いことを確認した。 そこで本発表では、障害者求人により就職した障害者に焦点を絞り、特に公共職業安定所との連携による支援機関の職場定着支援(以下「定着支援」という。)と職場定着の状況について分析を行うことを目的とした。 2 研究の方法 厚生労働省と調整して作成した調査票を使用して、2015年7月1日から8月31日に全国の公共職業安定所134所の専門援助部門の紹介により就職した者のうち、主たる障害が身体障害、知的障害、精神障害、発達障害のある者について、就職状況、職場定着状況及び支援状況等を、就職時点から就職後1年経過後まで追跡調査した。調査項目については、公共職業安定所が調査票に入力することにより回答を得た。 本発表では、報告書として取りまとめた結果を基に、障害者求人により就職した者のデータを抽出して追加の分析を行った。 3 結果 (1)職場定着状況について 障害者求人により就職した障害者は1,923人であった。障害別の内訳は、身体障害者696人、知的障害者409人、精神障害者618人、発達障害者200人であり、就職後3か月時点の職場定着率(以下、「定着率」という。)は、身体障害者86.8%、知的障害者91.2%、精神障害者82.7%、発達障害者92.0%、就職後1年時点の定着率は身体障害者70.4%、知的障害者75.1%、精神障害者64.2%、発達障害者79.5%であった(図1)。 (2)定着支援について 定着支援の実施割合は36.6%であった。実施した支援機関の内訳を表1に示した。(「実施不明」を除く。) 図1 障害者求人による就職者の職場定着状況 表1 定着支援を実施した支援機関 図2 定着支援の有無別の1年時点の定着率と実施割合 図2に、障害別に、定着支援の有無別の1年時点の定着率と、定着支援の実施割合を示した。定着支援の実施割合は、身体障害者11.5%、知的障害者63.9%、精神障害者41.2%、発達障害者56.5%であった。定着支援の実施の有無による就職後1年時点の定着率の差は、身体障害者11.5ポイント、知的障害者8.5ポイント、精神障害者5.3ポイント、発達障害者11.0ポイントであった。なお、ログランク検定の結果、就職後1年時点では身体障害者(p<.05)において、支援機関の定着支援があった場合に有意に職場定着期間が長かったが、他の障害では有意な差は検出されなかった。 1年時点の定着率は、定着支援の有無に関わらず精神障害者が最も低かった。定着支援の実施割合は、身体障害者が最も低かった。 4 考察 (1)定着支援の有無による定着率について 障害者求人による就職において、当面の職場適応を予測する中で、障害特性等を踏まえた企業による配慮等により職場定着にかかる課題がない者、もしくは課題があっても企業の雇用管理として対応可能な者は、定着支援を必要とせず、定着支援を実施しない場合でも一定の職場定着が進むことが見込まれる。一方で、図2に示した定着支援の有無による1年時点の定着率をみると、すべての障害種類において、定着支援を実施しなかった場合の方が定着率が低いという結果となった。 これらを踏まえると、定着支援を実施しなかった者の中には、企業自らの雇用管理として対応が困難な課題が見過ごされていた者に加えて、就職後の職業生活の中で新たに課題が発生した者が含まれ、それらの者に定着支援が実施されなかったために、結果として定着率が低くなったと考えられる。このため、就職前に職場適応上の課題を評価して職場環境を調整するだけでなく、就職後の状況の変化を踏まえて課題の評価を継続することの重要性が示唆された。 (2)障害別にみた定着支援の効果と課題 図2のとおり、精神障害者では、定着支援を実施した場合であっても、他の障害種類で定着支援を実施しなかった場合よりも定着率が低かった。このことから、定着支援の質的な向上の重要性が示唆された。また定着支援を実施しなかった場合の定着率が最も低かったこと、定着支援の実施率は41.2%とさほど高くなかったことから、職場適応上の課題が見過ごされた者や状況の変化により新たに課題が発生した者に対して、定着支援が行き届いていない可能性が示唆された。このため、課題の評価及び定着支援の実施の拡大の必要性が示唆された。 知的障害者及び発達障害者では、定着支援を実施した場合には8割前後の高い定着率、定着支援を実施していない場合においても7割前後の定着率であり、定着支援の実施の有無により定着率に差は検出されなかった。これらを踏まえると、就職前から追跡期間中における課題の評価及び定着支援の実施が妥当であったことが示唆される。ただし(1)で述べたとおり、継続した課題の評価は重要であると考えられる。 身体障害者では、定着支援の実施の有無により定着率に差が検出され、定着支援の実施率が最も低かったことから、定着支援を必要とする者に対して定着支援が充分に実施されていない可能性が示唆された。 また、障害別にみた、就職時点での関係者(本人・事業所・支援者・家族等)からの定着支援の希望については、身体障害者において希望する割合が低かった(表2)。 このことから、身体障害者においては、支援機関の定着支援の必要性について精査するとともに、ニーズのある者へ定着支援が実施されるよう関係機関と連携していくことが今後求められると考えられた。 加えて、身体障害の詳細別にみると、聴覚障害者においては定着支援の有無による定着率について、他の身体障害とは別の傾向を示した。このことから前段の考察は、視覚障害者、肢体不自由者、内部障害者における傾向と考えられた。   表2 障害別にみた定着支援実施への希望 5 補足 なお、本調査は就職後1年間の追跡結果であり、5年、10年といった長期的な職場定着を推測することはできない。本調査の補足として、職場定着にかかる採用企業側の取組に関して、企業へインタビューし質的分析を行った。その結果、職場定着の安定には、障害種類にかかわらず雇用企業の障害者雇用担当者による継続的な〔安定の確認〕と〔安定の調整〕により〔現状〕とのバランスを取ることの重要性が示唆された。特に〔安定の調整〕には〈外部の支援を活用する〉としたコンセプトが確認されていることから、定着支援においては、役割分担を踏まえた効果的な支援のあり方の更なる検討が重要になると考えられた。 【謝辞】  本調査に多大な協力をいただいた全国の公共職業安定所の皆様に心より感謝申し上げます。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター: 障害者の就業状況等に関する調査研究, 調査研究報告書, 137 (2017) 【連絡先】  障害者職業総合センター社会的支援部門(Tel:043-297-9025) 職業サイクル第5期における職業生活前期調査の結果−障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究から− ○田川 史朗(障害者職業総合センター 研究協力員)  高瀬 健一・大石 甲(障害者職業総合センター) 表 「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」の研究実施計画 1 研究の目的・背景 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が行う「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」は、障害のある労働者の職業生活上の各局面における状況と課題を把握し、企業における雇用管理の改善や障害者の円滑な就業の実現に関する今後の施策展開のための基礎資料を得ることを目的として、16年間という長期間に渡って調査の対象者として協力の同意が得られた障害のある労働者個人の職業生活等の変化を追跡する縦断調査(パネル調査)である。 本調査では、平成20年度の調査開始時点で40才未満の対象者への調査を「職業生活前期調査(以下「前期調査」という。)、40才以上の対象者への調査を「職業生活後期調査(以下「後期調査」という。)とした。平成20〜35年度の16年間で交互に各8回を実施する計画で、いずれも第4回までの調査を終了し、現在は第5回の調査を実施している(表)。 本発表では、平成28年4月より改正障害者雇用促進法が施行され、すべての事業所に障害者差別の禁止と合理的配慮の提供が義務付けられたことを踏まえ、第5回前期調査において新たに設けた調査項目の集計結果について、障害者雇用施策等との関連を踏まえて報告する。 2 方法 (1)調査対象者 調査対象者は、視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、内部障害、知的障害、精神障害のいずれか、またはこれらの重複障害がある者とした。ただしそれぞれの障害の詳細は把握していない。調査対象者の調査開始時点での年齢は、下限を義務教育終了後の15才、上限は16年間の継続調査という点を考慮して55才とした。就労状況については、企業や自営業で週20時間以上就労している人を対象として調査を開始し、その後、離職した場合であっても調査を継続して、その後のキャリア形成の状況を確認している。調査対象者の確保は、当事者団体、事業所、就労支援施設等を通じて紹介を受け、調査の趣旨等について説明の上、本人の同意が得られた場合に調査対象者として登録した。なお、回収率低下のため、第3期調査に際し調査対象者の補充を行った。 (2)調査方法 調査は、郵送によるアンケート調査にて実施している。調査票の質問内容は、調査対象者の障害種類にかかわらず同一だが、調査票の形式は、ルビ付き版、点字版、音声読み上げソフト対応のテキストファイル版、PC入力用のMicrosoft Word版など複数種類を作成し、障害状況に合わせて対象者に選択してもらうこととした。また、本人による回答を原則としたが、必要に応じて家族等周囲の支援を受けて回答しても構わないものとした。 (3)調査内容 障害のある労働者の職業生活について、対象者の基本的な属性に関することから職業やそれ以外の生活に関することまで幅広く確認している。具体的には、就労状況(就労形態、職務内容、労働条件等)、仕事上の出来事(昇格・昇給、転職、休職等)、仕事に関する意識(満足度、職場への要望等)、私生活上の出来事(結婚、出産、転居等)その他であり、偶数期のみの質問として、地域生活、医療機関の受診状況、福祉サービスの利用状況、体調や健康に関する相談先等、奇数期のみの質問として、年金受給の有無、収入源、経済的に困ったことが起きたときの相談先等がある。 第5回前期調査においては、「事業主に対する障害者への差別禁止指針と合理的配慮の指針について、聞いたり読んだりしたことがあるか」、「平成28年4月以降に職場において支障となっていることの確認や話合いの機会があったかどうか」という新たな設問を追加した。 (4)成果物 期毎に調査研究報告書としてとりまとめることとしている(第1期は資料シリーズ)。既刊の報告書類は、「資料シリーズ№50」「資料シリーズ№54」「調査研究報告書№106」「調査研究報告書№118」「調査研究報告書№132」である。また、調査対象者全員に対して、調査結果等を簡潔にまとめたニュースレターを年1回作成し発送している。 3 調査の結果 (1)調査対象者数と回収率 第5回前期調査においては544人を調査対象として調査票を郵送し、342人から回答を得た。回収率は62.9%であった(前回同期調査の回収率:63.2%)。なお、集計結果の詳細は本稿では省略する。 (2)職場の合理的配慮 ① 事業主の差別禁止指針と合理的配慮の指針についての労働者本人の認知度 本設問には、現在就業しているかどうかにかかわらず、すべての回答者を対象としているが、本稿では就業中の者のみを集計した(n=296)。 結果は「指針の内容を把握している」との回答が26.0%、「指針の名称は聞いたことがあるが内容は把握していない」との回答が27.0%、「指針について知らない」が44.3%となった(図1)。 図1 合理的配慮等の指針についての労働者本人の認知度 ② 職場において支障となっていることの確認や話合いの機会の有無 本設問は就業中の者のみを対象としており(n=296)、結果は「今までと同じように確認や話合いの機会があった」が31.1%、「新たに確認や話合いの機会があった」が11.1%、「確認や話合いの機会はまだない」が34.5%、「よくわからない」が20.3%となった(図2)。 図2 職場の支障の確認や話合いの機会の有無 4 まとめ 本発表で報告する調査は、平成28年4月の改正法施行後間もない同年7月末に回答を得ているため、施行前から施行直後の事業所における取組について、労働者側の視点から確認した結果と捉えている。企業における「障害者差別の禁止と合理的配慮の提供」に関連する取組と考えられる「話合いの機会」は、42.2%の者が施行後に「あった」と回答しており、障害者の雇用管理に関する企業の取組の進捗がうかがわれる。本結果に加えて、後期調査を含めた今後の職業サイクル調査において経時的に確認・分析することにより、現状と課題について考察したい。その際は、機構が平成28年度から企業に対する調査研究として「障害者雇用制度の改正等に伴う企業意識・行動の変化に関する研究」を行っていることから、その結果も踏まえて、職業サイクル調査の結果の分析及び調査内容等の検討を進めたい。 なお、職業サイクル調査は、長期にわたるパネル調査の共通の課題として、回を重ねる毎の回収率低下があるため、今後、調査対象者へのインタビュー調査等の新たな研究についても検討し、職業サイクル、キャリア形成に関する知見をさらに得ていきたい。   【参考文献】 障害者職業総合センター:『調査研究報告書 No.132 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第4期)—第4回職業生活前期調査(平成26年度)・第4回職業生活後期調査(平成27年度)—』(2016) 【連絡先】  障害者職業総合センター研究部門 社会的支援部門  Tel.043-297-9025 発達障害者に対する新版F&T感情識別検査の実施とフィードバック〜事例にみる検査結果の解釈例と実施上の留意事項〜 ○知名 青子(障害者職業総合センター 研究員)  武澤 友広(障害者職業総合センター)  向後 礼子(近畿大学 教職教育部) 1 研究の背景と目的 対人コミュニケーションに課題の多い発達障害者の就職や職場適応を目指す上で、非言語的なコミュニケーション・スキルについての特性評価は重要である。 障害者職業総合センターでは、非言語コミュニケーション・スキルの特性評価ツールとして、明確な感情表現への認知特性を評価する4感情評定版(以下「4感情版」という。)と、曖昧な感情表現への認知特性を評価する快-不快評定版(以下「快-不快版」という。)からなる新版F&T感情識別検査(以下「新版F&T」という。)を開発した。新版F&Tは、表情(Face)や音声(Tone)から他者が表現した感情を読み取る際の特徴(受信の特徴)を分析することによって、感情認知の特性を把握することを目的としている1)2)。 本報告では、調査研究に協力の得られた発達障害者を対象に実施した新版F&Tの結果の解釈並びにフィードバックの際のインタビューを通じて、結果解釈の際の留意点と実施上の留意点に関する検討を目的とする。 2 対象および方法 (1)調査研究の時期と対象 H26年6月〜H28年10月に調査研究に協力の得られた発達障害者(知的障害がなく、発達障害の診断のある成人)21名(男性17名、女性4名)を対象に検査を実施した。対象者の基礎的な情報(基本属性:性別・年齢・学歴・職歴・診断名・障害特性・就職や復職の希望等)を支援担当者から聞き取り、検査時の対応について事前検討を行った。 (2)検査実施方法 検査は個室で行った。検査の事前事後にコミュニケーションやストレスに関するアンケートを実施した。検査はPC・マウスおよびスピーカーを用いた。所要時間は約1時間半で、途中、休憩を挟んだ。 検査結果を取りまとめ、後日、フィードバックとともに、検査に関するヒアリング調査を行った。フィードバック・ヒアリング時には許可を得て録音を行い、後に逐語録を作成した。 (3)分析対象の選定 新版F&Tを利用する際の結果解釈の視点を整理することを目的に、分析する事例を選定した。具体的には、①検査結果(4感情版、快−不快版)が多様なパターンとなること、②基本属性がより多様であることを基準に、類似した事例からより特徴的な代表事例を選定することとした。結果、21事例中8事例が選定された。 本報告では、これら8事例のうち、"就職・復職に向けた主な課題"を整理する視点から「就職に向けた適職の探索(入職前段階)」「初職不適応の課題への対応(初職入職直後)」「異動・昇進による不適応への対応(異動後)」が主たる課題と考えられる、3事例を取り上げる(表)。 表 事例の概要 3 結果 (1)入職前段階で不適応が生じた事例 事例A:20代男性、広汎性発達障害/アスペルガー症候群(診断時23歳)。大学不登校・就職活動での躓きを契機として診断を受け、障害特性や職業上の適性を検討している。大卒後、就職未経験である。 4感情版の正答率は、「音声のみ」および「表情のみ」ともに平均より低かった。しかし、Aさんは「表情のみ」の正答率を「70%〜80%」と予想し、実際にはそれよりも低かったことに意外性を感じていた。 快‐不快版の結果については「表情のみ」「音声+表情」条件で、曖昧な感情表現から不快に偏って感情を読み取る傾向があり、「相手の感情をより深刻に受け取る(他者の評価を気にする)」等の構えがある可能性が示唆された。 Aさんは他者の嫌悪の感情を察知した場合の対応は『考えたことがない』ものの、『"すみません、何かありましたでしょうか"と、聞きます』等、望ましい行動を理解していた。しかし、実際の場面ではやってみないとわからないと自信のない様子を表していた。 (2)入職直後に職場不適応が生じた事例 事例B:30代男性、ADHD・アスペルガー(診断年齢23歳)。大学院修了後、研究室の紹介で研究開発職に就職。しばらくして会社での不適応(作業遂行上の課題、対人態度、マナー)が指摘されるも本人に自覚はなかった。病院を受診し発達障害の診断がなされるが、本人は障害を"癖"として理解している。 4感情版は「音声のみ」「音声+表情」で平均的だが、「表情のみ」で低い正答率。快-不快版では特に「音声+表情」で快に偏って捉える傾向が見られた。この結果は、状況を気にする必要がある場合でもその必要性を感じず、楽観的に捉える("配慮"の面で職場での対人トラブルに繋がる)可能性を示唆している。 Bさんは4感情版の結果が予想よりも高かったことに驚き、納得に多少の時間を要していた。快-不快版の結果については、状況の理解が必要な事態を見落とす可能性があることについて経験と対応させて理解していたが、自身のコミュニケーション上の課題を"癖"としてではなく、障害を背景とした特性であることの理解を進めていく中で、対処行動を取れるかどうかが、検討課題となっている。 (3)異動で不適応が生じた事例 事例C:50代男性、アスペルガー症候群・ADHD(診断年齢50歳)。大学卒業後、開発職で就職。異動に伴い専門領域が変わったことで作業遂行上の問題が生じたが、相談ができないなどからメンタルヘルス不全、休職に至る。自己肯定感が低く自信が持てないことが課題である。会社はCさんが相談したり助けを求めることを期待しており、それが可能となれば一般枠での復職も受け入れる考えにある。 4感情版はすべての呈示条件で平均的かそれ以上であった。快-不快版では曖昧度の高いB検査の「音声のみ」で快に偏って捉える傾向があったが、それ以外の条件は平均的であった。一方、検査前に実施したストレスに関するアンケート結果からは全体的にストレスの高さが示されており、職場での不適応の経験が関連する可能性が示唆される。 Cさんは4感情版の正答率の予想を「表情のみ」で50%と予想した。実際には特に「表情のみ」で大きく予想を上回っていることに意外性が大きいようであった。これについては、「プラス(肯定的)に受け止めていいのか」と尋ねられ、回答として正確な読み取りに対して自信を持って良いことを強調することとなった。快-不快版では、偏りが大きくない状況に対して「...平凡にあるというか、穏やかというか、特にストレスを受けていない状態なんですかね」と、自発的に肯定的な理解を示していた。 4 考察 (1)検査結果の理解 先に示した3事例は、職業経験も就職・復職に向けた主な課題も異なるが、4感情版や快-不快版の結果への反応には共通点がいくつか見られた。一つは、本人による正答率への見積もりと実際の結果との乖離である。4感情版について事例Aは高い方向に、事例Bと事例Cは低い方向に正答率を見積もっていた。このようなずれの背景には、自己の特性への認識の難しさ、自己肯定感の低さなどが関連する可能性がある。しかし、重要な点は、理解と現実との乖離への気付きを足掛かりに、自己の特性理解を修正することにあるだろう。 快-不快版への反応については、3事例とも対人場面での自己のストレス状況と対応させたことは共通していたが、職場での具体的な状況と結びつけて理解したのは事例B,事例Cであった。事例Aについては職業未経験のため、就職後の留意事項として結果理解を促すこととなった。このことからは、職業未経験などで具体的な問題への認識が希薄にならざるを得ない場合には、現場実習など体験的・具体的な場面を設定する等が次のステップとして準備される必要があるといえる。 (2)結果解釈の可能範囲・限界 4感情版と快-不快評定版の検査結果は、対象者によって多様であった。しかし、対象者の結果に対する理解を促す上では、数値的な情報の伝達に限るのではなく、結果に対する感想や、対象者の反応、支援者の見立ても含めて総合的に勘案して検討する必要がある。 4感情版は、明確な感情表現に対する読み取りの"正確さ"を測定する検査である。 一方の快-不快版については、"曖昧な感情表現"に対する"偏った読み取りの状況"を測定するものであり、その結果の心理的な背景について明確な答を得るものではない。このため、検査結果を「対象者の反応」や「過去の職場等での状況」等と関連付けて理解することで、対象者の問題整理を図る必要があると言える。 今後は、本検査を「どのように支援の中に位置付けるか」について、検討する必要がある。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター調査研究報告書№136:発達障害者のコミュニケーション・スキルの特性評価に関する研究(その2)−新版F&T感情識別検査の試行に基づく検討−.(2017) 2) 障害者職業総合センター調査研究報告書№119:発達障害者のコミュニケーション・スキルの特性評価に関する研究 −F&T感情識別検査拡大版の開発と試行に基づく検討‐.(2014) 【連絡先】  知名 青子  障害者職業総合センター 研究部門  Tel:043-297-9086  e-mail:China.Aoko@jeed.or.jp 農業分野における障害者雇用 ○内木場 雅子(障害者職業総合センター 研究員)  弘中 章彦 (前 障害者職業総合センター)  野中 由彦 (障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門では、2016年(平成28年度)、農業分野で障害者雇用を行う企業等に対する聞き取り等による調査研究を行った。ここで「農業分野」とは、農産物の生産・加工・販売と、それらに付随する業務に係る企業等の事業や取組の分野全般を指す。この調査研究では、農業分野における障害者雇用の実状とその広がりの背景を把握し、障害者雇用に必要な情報等を企業等に提供することを目的に、障害者雇用の事例を把握、整理した。  2016年(平成28年)の農業の障害者雇用(産業分類)は、実雇用率が2.32%で、医療・福祉に次いで高く、障害者雇用率の達成企業の割合は64.4%と、他の産業を大きく上回る状況にある。このような中で、国は、2016年(平成28年)に閣議決定した「日本再興戦略2016」、「ニッポン一億総活躍プラン」において、農業分野での障害者の就労支援と農業の担い手不足解消につながる農福連携の推進を図ることとした。また、厚生労働省では、「障害者の就農促進プロジェクト」、「農業分野における障害者雇用推進モデル事業」や、農林水産省との連携による農と福祉の連携プロジェクトチームの設立等により、農業分野における障害者の就労促進とその支援を図っている。   2 目的 本発表では、農業における障害者雇用の事例から把握した企業等の様々な取組と事業の展開について報告するとともに、今後の農業分野における障害者雇用について考える。 3 内容 農業分野で障害者雇用(就労継続支援事業A型の事業所は除く)を行う16の企業等を選定し、農業分野に取り組む企業等の実状、障害者雇用の取組、農業特有の作業環境や働き方を踏まえた企業の配慮事項、地域との連携等について、担当者から聞き取りを行った。 4 結果 企業等の農業には、いくつかの特徴がみられた。ここでは、グループA(障害者雇用を主たる目的に、農業の事業を開始した子会社等)と、グループB(農業分野の事業を元々行い、障害者雇用をした一般企業等)に分け、比較的多くみられた特徴を紹介する。 グループAでは、次のような特徴の企業がみられた。①主たる目的が障害者雇用で農業の事業を開始した。②設備投資(植物工場)が可能なところもある。③農業は異業種からの参入だが、親会社には関連した産業もある。④技術等の提供・指導は関連会社等から得る。⑤今後も販路や販売量の拡大を考えるが、一定の販路を前提に農業の事業を開始している。⑥農地の確保に行政の紹介(地方自治体は企業誘致と捉えている)はあるが、高額で賃借し、広い農地の確保に苦労しているところもある。⑦地域の農業者との関係はある程度、決まった範囲である。⑧不足する働き手を一時的に地域の農業者等から取り込む工夫をするところもあるが、業務量が不足する時期があるところや、データを蓄積し生産に活かしているところもある。⑨面接では支援機関の同席を得て、障害者の受入れには実習等を活用するなど、職場定着には内外から支援を得ている。⑩農業以外の事業をしているところもある。⑪農業は生産、販売等が中心である。これらの状況からグループAは、必要なノウハウや技術提供を受けることや、ある程度、事前に確保された安定的な販路を前提として農業の事業化を図っているところも多いと考えられる。グループAにとって農業は異業種参入であることを勘案すると、生産・販売の次なるハードルは加工であると推察される。 グループBでは、次のような特徴の企業がみられた。①農業の事業化は障害者雇用とは直接関係していない。②多くの企業等がハウス栽培や露地栽培が中心でいわゆる「植物工場」を運営するような大規模な設備投資が難しい場合が多い。③農業の6次化に向けて「六次産業化・地産地消法に基づく農林水産省による総合化事業計画の認定」(以下「総合化事業計画の認定」という。)を受けているものがある。④倒産や撤退した工場を技術や従業員ごと受け入れるなどの工夫をしている。⑤販路や販売量を増やしたいとしている。⑥農地確保に行政支援はあまりない。また、広い農地の確保が難しい。⑦地域の農業者等との関係を重視している。⑧生産調整を減らすために別法人を設立するところや、諸データを蓄積し生産に活かしているところもある。⑨障害者の受入れは実習等を活用した上で、職場定着には外部から支援を得る。⑩ほとんどが農業の事業だけを行う。⑪農業は生産、又は生産・販売が多くを占めている。これらの状況からグループBは、考え方や取組は様々であるが、大規模化や6次化を目指すものもある一方で、黒字化は容易ではないとする企業もあり、大規模化や6次化に必ずしも前向きでない企業もみられた。 障害者雇用や障害者が働く上での工夫や配慮の取組については、次のようなものがみられた。障害者の職務として多くみられたのは、「通常の栽培管理とそれに付随する業務」1)である。①障害者の業務配置は、少人数のグループ作業として、能力・体調・対人面での状況や課題に応じて柔軟な配置をすることで、苦手な部分を補完し合う。②目標を設定して意欲やモチベーションを維持するとともに、人間関係のトラブルを予防し、体調に応じて業務内容・業務量を調整する。③業務範囲は、業務内容を細分化、又は単純化、固定(限定)化することで障害特性に合わせ、場合によっては、職務の範囲を広げるためには新たな業務(仕事)にチャレンジさせる。④業務体制は、常に複数の人員で作業ができるようにする、全員が同じ業務をし、役割分担をして作業をする、不足する労働力は短期的に外部から受け入れる。⑤支援・指導体制は、グループ内や近くに本人を指示・指導する者を置き、場合によってはマンツーマンで指導を行う。⑥作業環境は、管理者がどの位置からも働く障害者が見える設計にし、安全講習を実施する。⑦働き方に関する本人の希望をかなえ、生活面のサポートと保護者とのつながりを作る等の工夫をする。⑧働き方は、グループAでは1日6時間〜8時間の勤務で週休2日のものが多く、中には変形労働時間制の導入もある。グループBでは、障害者個々の状況や業務量の変動に応じ短時間勤務から1日8時間勤務に変更するなど多様であり、ローテーション勤務の導入もある。特に精神障害者には、A・B何れも体調が悪い時は休養、複数体制で対応、無理のない働き方にする等の配慮をする。⑨障害者の受け入れでグループAでは、単独通勤を必須条件にする。グループBでは、明確な採用要件を示していない。場合によっては、保護者などによる送迎を認めているところもある。⑩賃金は、最低賃金によるもの、安定就労で作業量を向上させた障害者に+αを支給するもの、最低賃金の減額特例許可を受けているものなど多様である。身分は、何れも正社員や準社員、契約社員等があり、就労条件や業務に応じて調整されている。  以上のように、グループBの中には、6次化に取り組み、総合化事業計画の認定を受けた企業もある。また、両グループに共通する特徴や課題をみると、以下のようなものがみられた。①生産、又は生産・販売を行うところが多い。②行政のさらなる支援を必要と考え、特にグループAでは、広く整備された農地の確保を必要とするとしているところもある。③障害者雇用には実習等を経て採用することが多く、グループAでは殆どが単独通勤を採用条件にしている。④障害者雇用やその業務と働き方には工夫や配慮があるが、働き方(働き手)と業務量(内容)が十分マッチングしないところもある。⑤待遇と身分は様々である。⑥指導者や不足する働き手は地域の農業者等を取り込んでいる。⑦雇用後は内外の支援を活用している。⑧生産量と安定した販路先の拡大を望む。 5 考 察 今回の結果では、ほぼ全ての企業等が本人の能力や適性に合う職務と工夫・配慮のある働き方を障害者に提供していた。しかし、グループAは、主は生産と販売で加工はほとんど行われておらず、グループBも、多くが生産と販売だが、中には6次化や総合化事業計画の認定後も黒字化に腐心するものもあった。2016年(平成28年)に施行された農地法の改正では、企業が農業生産法人(現農地所有適格法人)に出資できる比率の「25%以下」から「50%未満」への引き上げなどが行われた。しかし、農業生産法人(現農地所有適格法人)ではない企業等にとって農地の購入は難しく、農地で農産物の生産を新たに開始することは容易ではない面もある。また、事業活動の取組は、親会社の意向などによるところも大きい。 企業等による農業分野への取組は、障害者の職域と働き方の幅を広げる可能性が高い。しかし、農産物の加工まで業務を広げていくとなると、新たなノウハウ、技術、投資、販路等が必要であり、容易ではないことがうかがえる。そこで、次のような取組が重要になっていくと考えられる。まずは、①既存の業務と働き方(働き手)を年間平準化させることである。特に業務量が減る時期を把握しそれに合わせた業務(業務は必ずしも農業分野でなくてもよい)の確保が必要である。②また、新たに技術(ノウハウ)や機器を導入する企業等に対する助成の仕組みを充実することも有効だと考えられる。例えば、障害者雇用を前提に、AI(人工知能)やICT(情報技術)を導入し業務管理に活用していくことができるようにすることも1つの方法である。③さらには、参入する企業が地域の物流システム等に参画しやすい環境づくりも必要と考えられる。これらにより安定した生産と販売が拡大するよう支援していくことは、農業分野における障害者の働く機会、働き方、待遇等の充実の促進に繋がる可能性があり大いに推進していく必要があると考えられる。 【参考文献】 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:農業分野における障害者雇用の現状と可能性に関する研究、資料シリーズ,NO.98(2017) 1)土づくり・播種・植付・水やり・剪定・収穫・選別・除草・土壌の入れ替え等と、包装・箱詰め・運搬・洗浄・清掃等をいう。 「インクルーシブな雇用」/「障害多様性」に向けた米国での企業向け啓発資料 ○三田 敬 (障害者職業総合センター 研究協力員)  春名 由一郎(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者雇用が拡大する中、企業ではそれらの雇用障害者が能力を発揮して活躍できるようにする雇用管理が重要であり、それは我が国だけでなく米国でも同様である。 米国では、元々伝統的に、障害自体に着目するよりも、むしろ個々人の労働者としての適性に基づく公正な採用や処遇が重視されてきた。しかし、最近、米国連邦政府は、より積極的に障害に着目した「障害多様性」(Disability Diversity: 多様な人種・国籍・性別・年齢の人材を活用する取組《ダイバーシティ》の考え方に障害も取り入れて活用すること)や「インクルーシブな雇用」の推進に向けて相次いで企業向けの啓発資料を公表している。 そこで、本発表では、我が国とは障害者雇用の歴史的発展が異なる米国における、あえて障害自体に着目した支援への取組における「障害多様性」と「インクルーシブな雇用」について、その概況を紹介することを目的とした。 2 方法 米国労働省障害者雇用政策局(以下「ODEP」という。)の技術支援センターの1つである「障害インクルージョン雇用主援助・支援ネットワーク(EARN)」が特に「障害インクルージョン」をうたうようになった2016年以降に出版した、企業向けの次の3つの啓発文書から「障害多様性」と「インクルーシブな雇用」の内容を調べた。 ①「障害インクルージョン入門(2017)」1) ②「効果的な事業戦略:障害インクルージョンの基本的枠組み(2017)」2) ③「尋ねよう、話そう:障害のある従業員の自己開示の奨励のために(2016)」3)   3 結果 米国においては、障害の有無にかかわらない公正な採用や処遇の延長線上で、より障害のある人々を積極的に雇用する意義として「障害多様性」が位置づけられ、それを企業のメリットとするための方法論として「インクルーシブな雇用」、さらに、障害のある人の障害開示の支援が位置づけられていた。 (1)「障害インクルージョン入門(2017)」 本手引きでは、障害のある従業員の募集、採用、雇用継続、昇進による米国社会と企業にとってのメリットについて、先進的な雇用主の事例から、障害の有無にかかわらない有用な人材の活用と多様性の強化が示されていた。 ①障害のある人が雇用主に競争力を提供すること:有能な障害のある人々をビジネスから排除せず参加させることは、その才能、スキル、創造的に事業の問題解決を図ることといった広い観点から利益となる。 ②課題への取組や仕事の進め方への職場の多様化の強化:米国では、障害のある人々はベビーブーマー世代、熟年世代に次いで3番目に大きな市場区分であり、このような「障害多様性」の重視は、成長する市場への参入への重要な方法である。積極的に障害のある人々を雇用することで、企業は重要で拡張する顧客のニーズに応える方法をより良く理解できるようになる。 (2)「効果的な事業戦略:障害インクルージョンの基本的枠組み(2017)」 本文書では、あらためて一般消費者による障害のある人々を雇用する企業への好感と「障害多様性」による21世紀の競争力に必要な柔軟で革新的な考えの企業への提供というメリットを強調しつつ、その実現のためのビジネス戦略として、以下の7つの雇用方針と実践内容を示していた。 ① 積極的啓発:インクルーシブなビジネス文化 真に多様でインクルーシブな労働環境を作り、そして維持するためは、組織のすべてのレベルでの責任ある取組が重要である。組織のすべてのレベルの従業員に対して、インクルーシブで多様性のある職場という企業の目的を伝え、そのための企業からの支援を示すことも極めて重要である。 ② 最も有能な人の採用と雇用継続:人事プロセス 人事プロセス、資格基準、職務記述書を見直し、それらが、障害のある人々を含めて、本当に有能な人材の採用と昇進を促進しているのか、それとも妨げているのかを、決定することが重要である。 ③ 生産性の確保:合理的配慮の手続き 障害のある人においては、職務遂行に不可欠なタスクを遂行するために「合理的配慮」が必要なことがある。ODEPの技術支援センターのJob Accommodation Network(以下「JAN」という。)によると、配慮の半数以上は全く費用のかからないものである。また、JANの統計から、配慮を行うことによって、ほとんどの雇用主は生産性の増加や新規採用者のトレーニング費用と社会保険料の減少によって、金銭的な利益が得られていることを紹介している。また、雇用主が有効で効果的な配慮を確実に実施できるようにするために、手続きと管理方法の検討が重視されている。 ④ パイプラインの構築:支援活動と採用 採用に必要な要件を満たした障害のある応募者が得られるのか? つまり、障害のある人からは適任の候補者を見つけられないのではないかという企業の不安がある。これに対して、企業は様々な採用に関する支援団体との関係を築き、企業の採用基準を満たす障害のある応募者とつながることができる「パイプライン」の構築が重視されている。 ⑤ コミュニケーション:企業方針と実践を外部・内部に伝えていくこと 有能な障害のある人々が応募してくれるような企業の魅力を高めるためには、下請業者や取引先を含めて、外部に、障害のある人の雇用やインクルーシブで多様性のある労働環境への責任ある取組について伝えることが重要である。 そのような外部へのコミュニケーション戦略、支援活動、採用促進を効果的に行うためには、組織上層部や管理職からの内部支援と同僚からの理解が重要である。管理者、監督者、同僚を対象とした内部コミュニケーション等の戦略によって、企業内のすべてのレベルの従業員間の意識、理解、支援を促すことができる。 ⑥ テクノロジーへの精通:アクセシブルな情報・コミュニケーション技術 ICT(情報・コミュニケーション技術)の開発、調達、賃貸、保全、使用は21世紀のビジネスの中核であり、障害のある応募者や従業員は、障害のない応募者や従業員と同様の情報やデータへのアクセスや使用が保障される必要がある。ICTをアクセスしやすく使用可能にするための責任ある取組は、障害のある個人への有意義で有効な雇用機会を促進するのに絶対不可欠である。 ⑦ 成功事例の増殖:責任と継続的改善の制度 これらのビジネス上のベスト・プラクティスには、訓練を担当する責任者の指名やその評価方法、継続的改善を保障する制度と仕組みの確立が含まれる。 (3)「尋ねよう、話そう:障害のある従業員の自己開示の奨励のために(2016)」  従来、米国の企業では、従業員に障害自体について尋ねることは障害者差別につながるとの懸念があった。インクルーシブな雇用に向けて、障害のある応募者/従業員が自ら障害を心配なく開示し、それによって支援が得やすくなると感じることができることの重要性が強調され、そのための自己開示を促す6つのヒントが紹介されている。 ① 企業が従業員に障害開示を求める理由の説明 ② 障害の受容と理解を促進できるような、すべてのレベルの管理者と従業員向けの「障害エチケット」と「障害認識トレーニング」の提供 ③ 障害のあるアメリカ人法(Americans with Disabilities Act)による障害の定義を障害のある従業員に伝え(障害者としての自覚がない従業員が比較的多いため)、説明に役立つ実例を彼らと共有することで、障害の自己認識と開示を促進 ④ 従業員の障害開示のための多数の手段の保障(匿名化した自己開示を許可する等)、及び、多様性とインクルージョンについて企業がPR活動する際にこれらの手段についての定期的な言及 ⑤ 匿名・守秘義務の厳守と保持についての監視 ⑥ 障害のある従業員に自己開示を求める際、障害開示による本人利益が確保できる方法を必ず伝えること 4 考察 米国の障害者雇用政策や企業経営においては、元々、障害者雇用であっても、企業側の雇用メリットとの両立が不可欠であり、その中で、障害者雇用をさらに進展させる理念として「障害多様性」が位置づけられ、個々の障害状況に応じた生産性の増大を可能にする方法論としての「インクルーシブな雇用」があった。 障害のある人の障害開示の促進によって、本人と企業の間での合理的配慮の検討を効果的に行えるようにすることが、企業における障害者雇用と生産性向上の両立に不可欠であることは、我が国においても同様と考えられる。そのための、米国でのインクルーシブな労働文化の促進と、企業や支援団体のネットワークの構築、民間の力を最大限発揮させられる行政の対応への体系的な取組は、障害者雇用の歴史が異なる我が国においても参考となると考えられる。   【参考文献】 1) The United States Department of Labor, Office of Disability Employment Policy: EARN’s Primer on Disability Inclusion (2017) http://www.askearn.org/earns-primer-on-disability-inclusion/ (閲覧日:2017年6月8日) 2) The United States Department of Labor, Office of Disability Employment Policy: Business Strategies that Work: A Framework for Disability Inclusion (2017) http://www.askearn.org/wp-content/uploads/docs/businessstrategiesthatwork.pdf (閲覧日:2017年6月9日) 3) The United States Department of Labor, Office of Disability Employment Policy: Do Ask, Do Tell: Encouraging Employees with Disabilities to Self-Identify (2016) http://www.askearn.org/wp-content/uploads/2016/07/EARN-Self-ID-Fact-Sheet.pdf (閲覧日:2017年6月9日) 就労移行期の障害者向け研修プログラム「職場適応促進のためのトータルパッケージ」を用いたセルフマネジメントスキル訓練 佐藤 文弥(株式会社スタートライン 障害者雇用研究室) 1 はじめに 株式会社スタートライン(以下「SL社」という。)は、障害者雇用の実現と長期安定就業を目指した、雇用サポートつきサテライトオフィスの運営および障害者雇用に関するコンサルティングを行なっている民間企業である。SL社のサテライトオフィスでは、常時300名以上の様々な障害を持つ方が就業している。「自分自身の障害と向き合い、障害によりうまくできなくなった部分を受け入れ、こころの問題に取り組みながら自分に合った働き方を見つけていくことが、長期安定就業につながる(刎田20171) )としている。今回発表する研修プログラム(以下「EIT研修」という。)は、SL社が培ってきた職場定着支援のノウハウを、就労移行期の方へ提供することで、就職に対する良質な自信をつけていただくことを目指している。 今回の発表では、カリキュラムの実施概要と実績、修了生を対象とした満足度および研修後の就職状況の調査結果等を報告する。 2 研修概要について (1)目的 EIT研修とは、「雇用されるにふさわしい能力(Employability) を、障害をお持ちの方自身で評価し、その能力を訓練することにより向上(Improvement)させ、就労準備および就労後に長期定着する力を身につけること」をめざした9日間の研修プログラムである。 ① 「職場適応促進のためのトータルパッケージ」を用いた作業の正確性向上および安定的な作業遂行のための休憩取得方法の確立 ワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)を導入し、自身の得意・不得意の把握およびミスやストレスが生じやすい場面への対処方法(効果的な休憩取得や補完手段の実践等)を学んでいただく。また、支援者の関わりとしては、応用行動分析学に基づき研修生自身に変化を実感していただきやすいフィードバックを行なっていく。 ② 「アクセプタンス&コミットメントセラピー(以下「ACT」という。)」を用いた心理的柔軟性の向上 臨床行動分析に基づくメンタルヘルスへの介入法を導入し、こころの問題との付き合い方を学んでいただく。また、理解を深めていただくための体験的エクササイズも実施し、感情に振り回わされず自身が大切とする価値に沿って継続的に行動できるような動機づけおよび行動活性化を図っていく。 このように、安定就業のために必要なセルフマネジメントスキルを、1人1人に合った方法で習得いただくことを目的としている。 (2)実施概要 対象者:就労移行期の方(就労移行支援機関の利用者) 期間:9日間(月曜日〜金曜日) ※土日祝除く 人数:定員6名 費用:無料 場所:東京および神奈川(SL社サテライトオフィス内) (3)カリキュラム内容 <1日目>オリエンテーション、心理的柔軟性および尺度を測定するための質問紙評定(FFMQ・AAQ-Ⅱ・CFQ)の実施 <2日目>情報整理ツールを用いた「生育歴・自身の障害・ソーシャルサポート・ストレスおよび疲労の対処方法等」の整理 <3日目>ACT心理教育、心理的柔軟性を養うための体験型エクササイズの実施 <4日目〜9日目>MWSの実施、体験型エクササイズ、ビジネスマナー講習等 <9日目>フィードバック面談、就職相談、質問紙評定(2回目) この他、体調管理方法の習得を目的として、毎朝健康管理ツールおよびM-メモリーノートを活用したセルフモニタリング等を実施している。 (4)結果 2016年1月から2017年7月までに計13回実施し、受講人数は計63名(うち57名は就労支援機関を利用中)であった。 研修生の内訳は「男性」45名(71%)・「女性」18名(29%)、「10代」1名(1%)・「20代」27名(43%)・「30代」20名(32%)・「40代」12名(19%)・「50代」3名(5%)であった。 障害種別と等級および障害内容の内訳は図1、2に示した。 最終日に実施しているアンケートでは、カリキュラム・環境・進行に対しほぼ100%の方が「有意義だった」「良い」以上と回答しており、性別・年代・障害内容などの属性を問わず満足感を得られたとの結果であった(図3)。 また、このうち21名(34%)の方がEIT研修後にサテライトオフィスの求人へ実際にご応募され、11名の方が採用となった。 図1 研修生の障害種別・等級 図2 研修生の障害内容 図3 満足度アンケート 3 就職状況についての調査 (1)手続き 就職状況についての調査は、2016年7月〜2017年7月の間にEIT研修を受講された47名を対象とし、電子メールおよび研修生が利用している就労支援機関の支援員へ直接ヒアリングを実施した。 (2)結果 対象者47名のうち、29名の方から回答が得られた(「女性」9名、「男性」20名)。内訳としては「就業中」が15名(52%)、「就職活動中」12名(41%)、「就職活動休止中」が2名(7%)であった。 「就業中」と回答された方のうち15名全員が、現在「障害者求人」で就業されていた(図4)。勤続期間としては「7ヶ月以上」の方が3名(20%)、「4〜6ヶ月」と「1〜3ヶ月」の方がともに6名(40%)であった。また、現時点ではEIT研修終了後に入社した企業を離職された方は0名であった。 「就職活動中」と回答された12名全員が、希望する雇用形態・職種について「障害者求人」「事務・オフィスワーク」を選択した。 なお「就職活動休止中」の2名はそれぞれ「手術」「ご家族の介護」との理由であった。 図4 就職状況(就業中の方) 図5 就職状況(就職活動中の方) 4 今後の展望 EIT研修は、セルフマネジメントスキル向上への取り組みであると同時に、今後の就職への自信が得られるひとつのきっかけになると考えている。研修生は9日間を通し、休憩の取得方法・作業における補完手段・こころの問題との付き合い方など様々なことを実践し習得される。この実感に加えて、研修修了後に「9日間、新しい環境でも安定して通うことができた」と述べる方も多く、この達成感もまた、自信につながっているのではないだろうか。さらに、作業上の得意・不得意を知ることは、自身の合理的配慮を整理し企業へ伝えることにも繋がり、結果的に「安定就労を見込めそうな方」との印象を持っていただきやすい。これは、11名の方がサテライトオフィスでの就労に繋がったひとつの要因ではないかと考えている。 今回の発表では、過去1年間のEIT研修生を対象としたデータであった。勤続期間の短い方が中心であったため引き続き、修了生に対する定着支援を継続し長期安定に繋げていきたい。 【参考文献】 1 刎田文紀・江森智之:成功する精神障害者雇用,p84,第一法規(2017) 障がい者雇用・定着サポートのためのスタートライン・サポート・システムの開発と試行 刎田 文記(株式会社スタートライン 障がい者雇用研究室 室長) 1 はじめに (株)スタートライン(以下「SL」という。)では、サテライトオフィス等での雇用・定着サポートや就労移行サービスで活用できるスタートライン・サポート・システム(Startline Support System;以下「SSS」という。)を開発している。このWebシステムを活用すると、アクセプタンス&コミットメントセラピー(以下「ACT」という。)やワークサンプル、健康管理データの記録・参照等を個々のニーズに応じてカスタマイズし実施することができる。 本発表では、SSSの概要と試行状況について報告する。 2 SSSの概要 SSSは職業リハビリテーションや職場定着支援を効果的・効率的に実施することを目的に、実際の作業やワークサンプル、健康管理チェック、ACT等の実践に、幅広く活用できるツールであり、以下のような特徴を備えている。 【実施機能】SSSはPCやタブレット端末等を用いてWeb上で職業リハビリテーションや職場定着の支援に役立つ様々なコンテンツを利用・実践できる。また、それらのコンテンツの実施結果を記録したり、ユーザー自身で参照したり、ユーザーの支援者にメールで連絡することができる。 【管理機能】SSSは、固定化されたシステムではなく、新たな作業やワークサンプル、ACTのエクササイズを順次追加できる柔軟なシステムとなっている。また、支援者側で、個々の利用者のニーズに合わせた環境を設定し、随時提供できる。 (1)共通部分 a)権限・個別設定 SSSでは、個々のユーザー情報を登録するとともに個別のIDやパスワードを設定し個人情報のセキュリティ管理を行っている。また、利用者や支援者毎に利用できるメニューを個別に設定し、ニーズに応じた環境が構築できる。さらに、作業やワークサンプル、ACTのエクササイズ等のコンテンツについても、利用者毎に細かく設定することができる。これらのコンテンツの実施を遠隔でも支援できるよう、利用者毎のスケジュールを作成し通知メールの送信等を行うことができる。 b)データ管理 作業やワークサンプル、エクササイズ等の各コンテンツの実施状況や実施結果を記録・参照できるようWebシステム上で管理できる。また、日常場面での行動について、記録を促すメールをシステムから送信し、スマートフォン等からアクセスし記録することができる。 (2)雇用支援ツール a)ACT-online(試行実施中) ACTをWeb上で実施できるシステムである。このシステムでは、新たなACTのエクササイズや質問紙を追加できる。特にエクササイズは、文章・音声・動画を用いて任意に登録できる。ACTエクササイズの実施前後の内観や結果を得点化し記録することができる。 b)健康管理システム(単独PRGで試行中) 日々の生活状況を登録・報告できるシステムである。睡眠・食事・排泄・入浴・服薬等、健康的な職業生活の基礎となる日常生活の状況を日々登録・報告し、必要に応じて相談の申し出などを行うことができる。 c)SAPLI(様式にて試行実施中) SAPLIは自分自身の状態や情報を整理し、こころの問題との付き合い方や対処方法を学べるよう支援するための7つのシートから構成されるアセスメントツールである。 d)CardViewManager(開発中) 実際の作業実施環境を、Web上に構築するためのシステムである。このシステムを用いることで、障がい特性に応じた作業環境として、補完方法を導入し、実作業の実施のサポートや正確性、作業能率向上を図ることができる。 e)WorkSampleManager(開発中) ワークサンプルの実施環境を、Web上に構築するためのシステムである。このシステムでは、Web上で実施した作業結果をフィードバックすることで作業能力の向上を支援することができる。また、障がい特性に応じた補完方法の体験等、個々に適した作業の実施方法やセルフマネジメント能力の向上に向けた段階的支援をおこなうことができる。 f)MultipurposeMatching_to_Sample(単独PRGで試行中) 汎用性のある見本合わせ課題の実施プログラムである。見本や選択肢、フィードバックに用いる刺激を個々のニーズに応じて任意に設定し、テストやトレーニング等の課題実施することができる。実施結果は自動的に保存されるので、支援者は結果の検討し段階的に課題を提供することができる。 3 SSSの活用場面と試行状況 2に示した雇用支援ツールは様々な場面で活用できる。 以下に、主な活用場面と現在の試行状況について示す。 a)サテライトオフィス利用企業の従業員への定着支援 SLでは、障がい者雇用のためのサポートつきサテライトオフィスを提供している。特に、新規オフィス開設時に実施しているスタートアップサポートでは、個々のニーズに応じて順次雇用支援ツールを活用している。特に、健康管理データについては、日常生活状況や体調の変化等について日々確認を行うことができ、安定就労のためのアプローチをタイムリーに実施することに役立っている。 b)就職を目指している障がい者への就労可能性向上研修 SLでは、就労移行支援機関を利用している障がい者を対象に就労可能性向上研修(Employability Improvement Training : 以下「EIT研修」という。)の機会を提供している。EIT研修では、試行中の雇用支援ツールを全て導入し、効果的かつ効率的な研修環境を構築している。 特に、EIT研修の大きな目的の一つである、こころの問題への対処方法(心理的柔軟性)を身につけることについては、研修当初に実施するSAPLIを用いた面談→ACTの心理教育→ACT-onlineを活用した日々のACTエクササイズの実施→ACT-Matrix研修の実施等による段階的なアプローチの有効性が確認されている。 c)就労移行支援機関等の障がい者サポートでの活用 就労移行支援機関等でのSSSの活用可能性について、一部の雇用支援ツールを研究協力機関に提供し、活用の際の課題点や有効性についての検討を開始している。 d)職場定着の支援者に対する研修等 SLでは、雇用支援ツールの活用方法を学ぶにあたり、全てのサポーターに対し、これらの雇用支援ツールを体験することを必須としている。また、研修効果を把握するため、Multipurpose Matching to Sampleプログラムの言語教示課題作成機能を用いて、知識の習得状況に関するテストを作成し実施している。 4 今後の展望 SSSは、Web上に置かれた大きな器のようなものである。 その器の中に、雇用支援ツールという特別な機能と特徴を持った器を用意している。雇用支援ツールの器の中には、様々な作業やワークサンプル、ACTエクササイズ、見本合わせ課題の課題構造を活用した学習支援コンテンツ等を作成し、順次計画的に活用を開始していく予定である。 これらの、雇用支援ツールでは、応用行動分析学を軸としてプログラム学習の考え方に基づいた課題やエクササイズを、構造化された形で提供できるよう検討を重ねている。 このような特徴を持つSSSの活用の場として、当社サービスの中での実践だけでなく、様々なリハビリテーション機関や医療機関、教育機関等の多様なニーズに対応できるよう、コンテンツの充実を図りたいと考えている。多様な支援の場面でのSSSの活用を促進することで、障がい者への職業リハビリテーションをはじめとした、様々な支援を合理的・効率的に実施できる環境を提供するだけでなく、それらの質的向上を図り、障がい者雇用の拡大に寄与したいと考えている。 また、ACT-onlineについては、文脈的行動主義(Contextual Behavioral Science)に基づくサポートに関する世界大会であるACBS(Association for contextual Behavior Science) World Conference 15 の中で、ポスター発表をおこない好評を得た。様々なコンテンツを柔軟に展開できる当社のシステムが、様々な文化的背景に応じた、また各国の様々な言語に対応したシステムを、比較的安価に構築することが可能なものとして受けとめられたものと考えている。 今後、世界的な視点に立って、効果的・効率的な支援技術の普及を目指して開発・試行・活用を促進していきたい。 就労移行支援事業所における集団認知行動療法に基づいたプログラム効果②〜プログラムへの動機付けを高める〜 田中 庸介(ウェルビー株式会社 就労移行支援部 支援開発係 スーパーバイザー) 1 問題と目的 厚生労働省の平成28年度障害者雇用状況の集計結果1)によると、昨年度と同様に精神障害者雇用数の伸びが著しく前年比の21.3%増となっている。平成30年度の障害者の雇用の促進等に関する法律が改正されるに伴い、精神障害者の雇用数が今後さらに伸びていくことが推察される。 しかし、精神障害者の雇用数が伸びている一方で、職場定着については課題が残されている。障害者職業総合センター2)によると、精神障害者の離職率は就労後3ヶ月未満で30.1%、就労後1年未満まで含めると50.7%と報告されており、精神障害者の離職率の高さが指摘されている3)。精神障害者の離職要因に関して先行研究では、就業意欲の低下、精神障害に関連する問題4)などが報告されている。 職場定着と類似した要因が就労移行支援事業所における訓練継続にも影響を与えており5)、この課題に対して田中6)は自身の考え方や行動の癖に気付き、対処するスキルを身に付ける集団認知行動療法に基づいたプログラムの有効性を示唆したが、プログラムの課題取り組みへの動機付けの低さを課題として挙げた。そこで、本研究ではプログラムを一部改編し、課題への動機付けを高めるアプローチを試みることを目的とした。 2 方法 ① 調査対象 当社A事業所に在席している精神障害者15名を対象とした。その中からプログラム途中での就労者、ドロップアウトを除外し、計13名を有効データとした。平均年齢は29.80歳(SD=8.57)であった。 ② 実施時期 調査は2017年2月〜2017年7月に実施。 ③ 手続き 臨床心理士資格保有職員によって週に1回60分のプログラムを計9回実施し、初回と第9回、3ヶ月後のフォローアップ時に質問紙調査を実施した。その際、個人情報の管理方法、質問への回答は自由意志であること、質問紙に回答しないことによる不利益はないことを説明し、同意を得ている。 ④ 方法 1)プログラムについて 田中6)が使用したプログラムを使用した(表)。加えて、関東集団認知行動療法研究会7)による『集団認知行動療法実践マニュアル』を参考に以下3点の課題への動機付けを高められる内容を各セッションに追加した。 ①無理なく課題をできる工夫を話し合う時間を設ける ②セッションで学んだことで達成可能なことを課題として設定する ③共通してできることと一歩踏み出せばできるものの2段構えにする 表 プログラム内容 2)課題への動機付けについて 毎回の課題への取り組みをプログラム冒頭に確認した。 3)うつ状態評価について 日本語版BDI-Ⅱベック抑うつ質問票を用いた。 4)訓練時間について 通所・退所時に打刻されたタイムカードを用いた。   3 結果 ① 課題への動機付けについて 毎回プログラムに参加し、課題に取り組んだ群(以下「実施群」という。)とそうでない群(以下「非実施群」という。)に分類し、集計を行った。今回は実施群69.2%(n=9)、非実施群30.8%(n=4)であり、田中6)の実施群27.2%(n=3)、非実施群72.8%(n=8)と比較して実施群の割合が高くなった(図1)。また、今回の非実施群の理由としては、精神不調による欠席、プログラムで自身の考え方に向き合うのが怖いため不参加、が挙げられた。 図1 課題への取り組みについて ② うつ状態評価について 実施群と非実施群に分類し比較したところ、実施群は抑うつの程度が下がり3ヶ月後も維持されていた。非実施群も程度の減少は見られたものの、実施群と比較して大きな変化は見られなかった(図2)。 図2 BDI-Ⅱ得点について   ③ 訓練時間について 実施群の9名について初回後、9回目後、3ヶ月後における1週間の平均訓練時間を算出し比較したところ、初回から3ヶ月後までの変化は見られなかった。一方、非実施群については9回目後には訓練時間の増加が見られたが、3ヶ月後での維持は見られなかった(図3)。   図3 実施群の訓練時間の変化について 4 考察 本研究は、就労移行支援事業所における集団認知行動療法に基づいたプログラムで提示される課題への動機付けを高めるアプローチを目的とした。 結果より、前回と比較して実施群の割合が増加したことから、課題への動機付けを高める3つの内容の有効性が示唆された。参加者からは「自分だけが課題の取り組み方に悩んでいるわけではないことがわかって良かった」「できる範囲の課題が設定されたから取り組みやすかった」といった声が挙がった。また、前回同様プログラムに毎回参加し、課題に確実に取り組むことで抑うつ症状改善の一助となることが示唆された。訓練時間について、実施群はプログラム前から訓練時間上限に達しており、9回目、3ヶ月後と変化は見られなかった。前回同様、初回時から訓練時間の長い参加者については訓練時間が維持される傾向が伺われている。 一方、非実施群についてはプログラムで自身に向き合うことへの恐怖心が意見として挙がっていることから、精神不調による欠席はプログラム参加への回避行動である可能性が考えられる。そのため、自分自身のことを知る意義をプログラム内容に追加することでさらに実施群の割合を増やすことを今後の課題としたい。 先行研究では精神障害者に対する就労支援プログラムが確立されていないことが指摘されている8)が、本プログラムは高齢・障害・求職者雇用支援機構の提唱する就労準備性ピラミッドの心と身体の健康管理、日常生活管理といった就労の土台を固める役割を担うことが考えられるため、引き続きプログラムのブラッシュアップが求められる。 【引用文献】 1)厚生労働省:平成28年 障害者雇用状況の集計結果(2016) 2)障害者職業総合センター:障害者の就業状況等に関する調査研究,調査研究報告書 №.137(2017) 3)倉知延章:精神障害者の雇用・就業をめぐる現状と展望,日本労働研究雑誌No.646,p.27-36(2014) 4)中川正俊:統合失調症の就労継続能力に関する研究,臨床精神医学vol.33,p193-200(2004) 5)橋本菊次郎:精神障害者の就労支援における精神保健福祉士の消極的態度についての研究(第一報)−就労移行支援事業所のPSWのインタビュー調査から−,北翔大学北方園学術情報センター年報 vol.4,p.45-57(2012) 6)田中庸介:就労移行支援事業所における集団認知行動療法に基づいたプログラム効果〜症状の安定、訓練のモチベーション維持に向けて〜(2016) 7)関東集団認知行動療法研究会著:集団認知行動療法実践マニュアル(2011) 8)山岡由美:精神障害のある人たちの就労移行における支援事業所の機能と課題−支援事業所へのヒアリング調査を通して−,岩手県立大学社会福祉学部紀要 vol.16,p.35-41(2014) 精神障害者・発達障害者の職場定着について就労移行支援事業所が行う企業支援の試み・調査発表 ○高橋 亜矢子(ウェルビー株式会社 就労移行支援事業部 支援開発係 支援開発チーム)  杉山 明子 (ウェルビー株式会社 就労移行支援事業部 ウェルビー北千住駅前センター) 1 当社の概要 当社は平成29年7月1日現在、全国に52センターの就労移行支援事業所(以下「就労移行」という。)を有し、障害者に対する施設内プログラムを中心とする訓練と就職活動支援、職場定着支援を提供している。特に職場定着支援に関しては平成27年よりサポート期限を定めず、本人、企業、地域のニーズに応じて支援を継続した結果、平成29年4月時点で6カ月定着率は83.1%(平成28年9月までの就職者累計809名)となった。 当社就労移行に在籍する利用者の属性として、精神疾患の診断を持つ方が6割を超える現状があり、発達障害の診断も含め精神保健福祉手帳の所持者が主な支援対象となっている。   2 背景と目的 障害者雇用率の算定基礎に精神障害者が追加される平成30年を迎えるにあたり、企業支援ニーズの高まりが予想される。 企業支援の標準的実施方法として、就職前、就職時、就職後(適応)、就職後(定着)とステップの枠組みが示されており1)、これによると職場定着支援は広く企業支援の一環に含まれる。また企業支援の今後の方向として「必ずしもひとつの機関がすべての支援ニーズに対応しなければならないものではなく」「役割と責任の範囲を明確にし、確認しあう」必要性が示されているが1)、これは企業支援に関わる可能性のある支援機関がハローワークを中心にいくつか存在するためである。なかでも就労移行は近年事業所数が増加しており、平成22年3月時点では1890件(国民健康保険団体連合会実績)であった事業所数が、平成28年12月時点で3236件と報告されている2)。  当社就労移行においても、年々、企業との連携ケースが増加し、同時に就労移行への期待と責任の高まりを実感している。こうした状況をうけ、当社では平成28年にそれまで注力してきた職場定着支援の効果について振り返りを行った結果、企業支援に注力する方向性を掲げ実践を行ってきた3)。今年度、改めて就労移行の立場で利用者の就職後の職場定着に有効な企業支援の方針を検討したいと考え、またこれまでの支援効果を検証する目的で本調査を実施した。   3 調査対象・方法・内容 平成27年から平成29年7月の間に当社就労移行にて訓練を受けた利用者が障害者雇用枠で就職した事業所のうち官公庁などを除く260社を対象とし、『精神障害者・発達障害者の雇用についてウェルビー株式会社(就労移行支援事業所)のサポートに関するアンケート』として質問紙を送付し調査依頼した(調査期間:平成29年7月)。質問項目は先行研究を参考に、企業のニーズと当社就労移行の活用状況に関する項目とした。また、匿名回答を可能とし、さらに公表にあたり回答した企業名や個人を特定する要素を含まないことを明記した。   4 結果 (1)回答企業について 79社から回答を得て回収率は30.4%であった。企業規模については従業員299人以下の中小企業が45.6%、300人以上の大企業が54.4%と規模の偏りなく回答が得られた。当事者の職種については回答事業所の69.6%と約7割が事務職と回答した。79社のうち6社が特例子会社であった。 (2)企業の取り組み内容 回答企業中、96.2%が障害者雇用に関して何らかの取り組みを実施していた。実施内容について回答が多かった項目順に職場実習を行っている、助成金・奨励金を活用、産業医・保健師・産業カウンセラーの配置となり、実施割合は40%超であった。一方、仕事以外の(生活等)相談を行う担当者の選任、企業内ジョブコーチによる支援の実施、を行っている企業は1割程度であった(図1)。雇用段階の企業全体の取り組みについては実施割合が高い一方で、当事者の職務遂行の課題など現場で生じるニーズを満たす取り組みに関して実施割合は高くないことが読み取れた。   図1 企業の取り組み内容 (3)企業が感じている課題 採用やともに働く場面での課題や心配があると回答した企業は75社であり、多かった項目順に、安定した勤怠が保てるか不安(50.7%)、適切な指導が分からない(42.7%)、コミュニケーション面で不安がある(40.0%)となった(図2)。項目の特徴として、企業の中でも特に現場従業員の課題感につながる項目と読み取れた。 図2 企業が感じている課題   (4)当社の支援に対するフィードバック 当社が提供した主な支援内容8項目中、支援を受けたと回答した企業の割合が多かった4項目(企業訪問による相談援助、情報提供、採用面接時の支援者同席、当事者に対する健康管理や日常生活管理の支援)について、満足もしくはおおむね満足との回答割合が80%を超えた。一方で支援を受けたと回答した企業が少ない項目(医療機関との橋渡し、家族との橋渡し、ジョブコーチ等活用の提案)について、その割合が減少する傾向となった。これらはいずれも就労後の関係者間の連携に関わる項目であった。 (5)当社(就労移行支援事業所)に望む支援 受けたいサポートについて自由記述で質問したところ、当事者に関する情報提供、障害特性等に関する従業員研修、就職後の本人支援の充実に関する要望が複数寄せられた。また少数ではあるが、通所時期の支援を強化し、就労までに課題を克服しておいてほしいとの要望も見られた。   5 考察・課題 (1)調査結果からの考察 当社が支援介入した企業の傾向として、雇用段階において既存の制度(奨励金など)を活用しながら受け入れ体制を整えつつある現状が示された。その一方で、就職後の定着段階において現場で生じるニーズを満たす取り組みについては、企業が主体となって実施している割合が低いことが挙げられた。この傾向は企業が感じる課題および、企業が当社に望む支援の回答内容にも反映されており、現場で当事者を支えているであろう現場従業員が課題感を持ち、支援を求めている構図の表れとも考えられる。 また当社の企業支援の実績について、これまで提供してきた支援に一定の満足感は得られていたが、今後の課題も明らかになった。就労移行の利用期間中は比較的ゆとりをもって関係者間のコーディネートが可能であり、医療同行、家族を含めたケース会議などを実施しやすい。しかし就職後の定着段階においてこそ、より自覚的に企業を含めた支援の輪を構築していくことが求められている。同時に必要に応じて他の支援機関と連携し、活用しやすい形で提案していくことも大切であり、職場定着支援に対する企業の満足感に繋がっていくことが予想される。 (2)当社就労移行の立場から見た考察と課題 さらに改めて当社就労移行の立場から、職場定着に有効な企業支援の方向性を考えた。 就労移行は利用者個人を軸に支援を行っている。そのため企業支援を主業務とする就労支援機関が企業を軸に介入する場面と比較して、利用者のニーズをきっかけに企業とのコンタクトが発生しやすい。就職前のアプローチとして見学や実習を提案するが、精神障害者を募集・採用する際に関係機関を利用したり、協力を求めたことのある事業所は全体の17.7%という報告もあり4)、多くの企業が就労支援機関の役割を認知していない状態でのアプローチとなる。見学・実習を含む適切なマッチング(適応指導)は精神障害者の就労定着要因であるため5)、充分に有効性を示し、実現していくことが求められている。 一方、当事者の訓練場面と就業場面を直接・継続的に支援する立場にある就労移行は、一般的な障害特性を個人の特性と結びつけ、現場で求められる指導方法・コミュニケーションに関する情報に落としこんで提供することに適した立場にあるといえる。 本考察は従来の就労支援機関の課題に沿うものではあるが、就労移行として改めて必要な支援について焦点化できた。当社では現在、段階に応じた企業への介入、就労後の関係者連携のための方法などを順次試行している。今後も個別のケースに対し着実な介入を行い、職場定着に有効な企業との関わり方を実践・蓄積していきたい。 6 謝辞 調査の実施に当たり、調査趣旨を汲んで忌憚のないご意見をお寄せくださった企業の皆様へ厚く御礼申し上げます。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:障害者雇用に係る事業主支援の標準的な実施方法に関する研究(2012) 2)厚生労働省:障害者就労支援施策の動向について(2017) 3)ウェルビー株式会社:就労移行支援事業所における職場定着支援の介入および課題についての調査・実践報告(2016) 4)厚生労働省:障害者雇用実態調査(2013) 5)障害者職業総合センター:障害者の職場定着及び支援の状況に関する研究(2014) 「埼玉県発達障害者就労支援センター ジョブセンター草加 事例報告」〜もしかして発達障害かも? から受けられる支援の形〜 梅原 綾乃(ウェルビー株式会社 埼玉県発達障害者就労支援センター ジョブセンター草加 センター長) ※内容については、発表者の申し出により掲載しておりません。 就労移行支援事業所における障害者の職場定着支援に関する実績報告 〜ウェルビー高崎駅前センターの取り組み〜 谷川 悠貴(ウェルビー株式会社 就労移行支援事業所 高崎駅前センター) 1 はじめに ウェルビー株式会社は平成29年7月1日現在で全国に52センターの就労移行支援事業所を設置している。ウェルビー高崎駅前センター(以下「当センター」という。)は群馬県内で初めての開所となり、平成26年11月より運営開始、平成29年7月14日現在で24名の就職者がおり、全員就労継続している。 2 障害者の職場定着支援のニーズ 群馬県でも障害者雇用の状況は年々増加しており、実雇用率 1.92% 法定雇用率達成企業割合 56.4%、雇用者数も前年度より4.1%増加し、障害者雇用は着実に進展している1)。 障害者雇用が進んでいる一方、雇用後の職場定着率については身体障害者、知的障害者は約40%、精神障害者は50%以上が1年経たずに離職していることが報告されている2)。このような状況の中、平成30年度の障害者総合支援法の一部改正内容に就労定着支援が含まれていることから今後定着支援への関心が高まることが想定される。そこで、本発表では今後のより質の高い定着支援方法の検討を目的として、当センターの定着支援について振り返り、報告したい。 3 高崎駅前センターの就職者の内訳 高崎駅前センターの就職該当者の内訳は以下の通りである。 就職者24名のうち、87.5%が精神障害者、8.3%が身体障害者、4.2%が指定難病者となる。また、87.5%の方が障害者雇用求人での就労となる。 4 高崎駅前センターの就労支援から定着支援までの流れ 【就労支援について】 当センターは地域との連携を重視しており、就労支援の基本的な流れは下記の通りである。①就職活動開始に合わせ、障害者就業・生活支援センターへ登録。②ハローワークや障害者就業・生活支援センターの情報をもとに障害者就業・生活支援センターと連携し、希望する企業への見学を実施③実習を実施④ハローワークを通して応募し、採用面接を実施⑤面接を通して就職に至る(図)。 当センターでは就労前の障害者就業・生活支援センターへの登録者が83.3%、登録者の79.1%が事前実習を通して就労している。また、就労者の41.6%がトライアル雇用を活用して就職していることも特徴である。  図 就労支援の基本的な流れ 【定着支援について】 就労後の定着支援に関しては、入社初日のオリエンテーションから同席、業務の見守りを行う。入社後〜半年の期間は約2週間に1度訪問を実施、半年経過後は本人・企業と相談し訪問、連絡のペースを決めている。また、障害を非開示での就労を希望される方に対しては事前に電話連絡のペースを決め、定期的に様子を伺っている。 5 事例 事務/軽作業で従事する統合失調症を有する就職者の就労・定着の事例である。 就職までの経緯として利用開始当初より過去に経験のある事務職を強く希望しており、勤務地が通勤可能なエリアであることから見学・実習を通し就労に至る(3ヶ月間トライアル雇用使用、雇用開始時は就業時間5時間)。 【企業への支援】 ・実習を行うなかで細かい業務ミスの多発や他従業員との関わりについて課題があったため、定期訪問時に就職者の上司とも面談を行い、企業側から見た本人の様子の情報共有や、課題に対しての助言を行った。 ・就職者との面談内容から希望する内容(業務内容・方法の交渉、特定の異性の方との関わり)について相談を行い、勤務時間・場所・休職期間の調整、人的支援に関する配慮を受けることができた。 【就職者への支援】 入社後3ヶ月の期間は約2週間に1度定期訪問を行い、従業員との面談を行う。3ヶ月経過後は徐々に期間を空けての訪問や、電話連絡を実施した。 【他機関との連携】 就職後の体調・精神不調の予防に向けて、障害者就業・生活支援センターと連携をとりつつ進めた(契約更新前に共に訪問を行い上司・就職者と面談を行う、平成29年5月中に雇用継続の見極めの為の実習があったため、同席を依頼し共に実習同行支援を行った)。 【定着支援の効果】 障害を有する従業員は、定期訪問時に相談をした内容について具体的な対応を企業側から迅速に頂け、精神的にも前向きに従事することができる。現在までも遅刻・早退なく継続通勤し、勤務時間も6時間の勤務に延長し定着している(就職後1年7ヶ月が経過、平成29年7月14日現在)。 6 考察 本稿では「障害者の職場定着」に焦点を当て、就職者の長期定着を実現するための流れや、事例を挙げて報告した。 障害者の就業状況等に関する調査研究では企業の障害者雇用担当者が行う、企業と障害者双方の希望と現状のバランスをとるための調整方法、チーム支援、就職後の支援機関による定着支援、障害者トライアル雇用奨励金が職場定着に係る支援の有効性が高いと示唆されており、本稿も障害者職業総合センターが行った調査研究と概ね内容に合致している。今後は、更に定着者を対象として様々な事例を交えながら検討することで障害者の定着支援について有効な方法を模索していきたい。 【参考文献】 1)厚生労働省群馬労働局:平成28年 障害者雇用状況の集計結果(2016) 2)障害者職業総合センター:障害者の就業状況等に関する調査研究(2017) 発達障害者の就労を支える早期からの地域支援 その1 〜Wing PROの試み〜 ○吉田 礼子(NPO法人Wing PRO 理事)  新堀 和子・丹藤 登紀子・大蔵 佐智子(NPO法人Wing PRO)  松為 信雄(文京学院大学) 1 取り組みの背景と目的 発達障害のある生徒の多くが在籍する一般校では、就労準備に向けた体験学習の機会が乏しく、発達障害者の就労に関する情報も得られにくい状況にある。そのため、仕事についての理解や、自身の障害特性の理解が不十分なまま、一般の学生と同じように就職活動を行い、卒業を迎える学生も少なくない。このような場合、就職活動で失敗をくり返すうちに、自信喪失・抑うつ状態となり、引きこもり等の二次障害の発症につながるケースもみられる。 わが子を支えるべき保護者も、発達障害者の就労の現状や利用できる社会資源の情報を知る機会がない場合、わが子の不安定な状態にうろたえつつ、就職を見守るしかない状況となる。発達障害当事者の支援を行う機関は増えつつあるものの、その保護者の支援を行う機関はいまだ乏しい。 このような中、Wing PROは、就労を希望する側と雇用する側の架け橋となるべく、発達障害者の保護者が中心となり、ピアサポート活動に取り組んでいる。本報告(その1)では、Wing PROにおける保護者支援の活動の概要と、その中で把握された保護者の支援ニーズについて報告する。 2 保護者支援に関する主な活動内容 Wing PROでは、以下の(1)から(3)のように、発達障害者の保護者の心情、ニーズに合った様々な形式による支援活動を実施している。 (1)わが子の就労に関する保護者の悩みの軽減をねらいとした、「ピアグループ」や「勉強会」の実施 (2)保護者がわが子の就労の準備状況を知り、本人と一緒によりよい進路を考えられるよう支援することをねらいとした、就労に関する「親子講座」の実施 (3)保護者の発達障害者の就労に関する視野の拡大をねらいとした「セミナー」の実施 (1)−1 ピアグループ(茶話会) ①期間・回数:2014年度から2017年度の4年間に15回実施した。参加者の中にはリピーターもみられた。 ②内容:「とことん語りつくそう発達障害」をテーマに、保護者のほか、当事者や支援者など誰でも参加可能な形でピアカウンセリングを行った。これは、様々な立場にある参加者同士が本音で語り合うことによる学び合いの効果を期待したためである。進行は、発達障害者の保護者であるスタッフが一人ひとりに寄り添いつつ実施した。なお、個人情報の配慮から、参加者はハンドルネームを用いた。 ③参加者:保護者の参加が最も多かった(表1)。保護者の特徴としては、高校生や大学生の子どもをもつケースが多く、子どもの大半は、小・中学校でいじめや学力不振を理由とした不登校や転校を経験していた。保護者は、親の会等の所属がないことから、学校以外の相談の場に関する情報が不足しており、わが子の就労に向けどう取り組んだらよいか分からないという悩みを抱え、参加していた。 参考までに、他の参加者の特徴を述べると、当事者は、就労の苦労や上司、保護者との意見の違い等による離職を理由として情報収集のために参加していた。支援者は、利用者の自己理解・障害受容の難しさや、そのような中での本人と保護者へのアプローチに悩み、参加していた。 ④参加者の感想:アンケート(自由記述)を実施したところ、スタッフや他の参加者から得た、支援制度の情報や幅広い体験談が参考になったとの意見が得られた。またもっと支援制度を学びたいとのニーズが確認された。 (1)−2 勉強会 ①期間・回数:2015年度から2016年度の2年間に5回実施した。 第1回 障害者手帳について 第2回 障害基礎年金について 第3回 わかりやすい成年後見制度 第4回 障害者の自立生活 第5回 私たちにとっての合理的配慮を学ぶ   ②内容:ニーズが確認された、支援制度の勉強会を実施した。講師は、就労支援機関の支援者や職業リハビリテーションを専門とする大学教員に依頼した。 ③参加者の感想:アンケート(自由記述)を実施したところ、保護者の悩みの軽減や、保護者のわが子の就労に向けた準備行動を示唆する意見が得られた。 ・これから抱える課題や問題を聞けて良かった。 ・手帳取得に悩んでいた。具体的話が聞けて参考になった。 ・親だけの頑張りでは、難しい。解決策を探っていきたい。 ・「職業適性検査」「人材紹介会社」について調べてみようと思う。(2)親子講座(発達障害のある生徒を対象としたキャリア教育講座と保護者による講座の傍聴) ①期間・回数:2015年度から2016年度の2年間に2回(各年度に1回ずつ)実施した。 ②内容:生徒の夏休みである8月に、3日間連続での体験的キャリア教育講座(1コマ90分程度)を実施した。概要は表2の通りである。講師は、就労支援機関の支援者や職業リハビリテーションを専門とする大学教員に依頼した。生徒らは、ロールプレイからビジネスマナーを学んだり、企業見学から働くことのイメージを深めたりした。保護者は、講座を傍聴することで生徒とともに知識を深めたほか、保護者のみを対象とした講座や茶話会に参加した。 ③参加者:2015年度は、高校生6名、大学卒業者1名、その保護者7名の計14名が、2016年度は、高校生6名、専門学校生1名、その保護者7名の計14名が参加した。保護者は、わが子が働けるか不安に感じており、わが子の就労に向けて学びや相談の場がほしい、というニーズをもつ場合に、わが子とともに参加を決意する状況があることが窺えた。 ④参加者の感想:アンケート(自由記述)を実施したところ、就労に関する親子の対話の促進、保護者のわが子の就労に向けた準備行動を示唆する意見が得られた。 (3)セミナー(講演及びグループワーク) ①期間・回数:2015年度から2016年度の2年間に2回(各年度に1回ずつ)実施した。 ②内容:発達障害者の就職や職場定着にあたっては、 保護者、企業関係者、教育・就労支援関係者の協働が重要となる。しかし、現状では、三者が各々の立場の意見を聞く機会はほとんどない。そこで、三者に共通するテーマを切り口に、相互理解の促進に向けた取り組みを行った。 セミナーのテーマは下記の通りである。セミナーは2部構成とし、第1部の講演による話題提供は企業関係者、就労支援者、大学教員に依頼した。第2部のグループワークは6名程度のグループにて三者が意見交換を行った。 ③参加者:企業関係者の参加が最も多かった(表3)。 保護者は、発達障害者の就労について基礎的な知識をもち、企業での合理的配慮の実情や法律改正等の状況について情報を得たいというニーズをもつ場合に、参加を希望する状況があることが窺えた。 ④参加者の感想:アンケート(自由記述)を実施したところ、発達障害者の就労に対する保護者のより現実的な理解の促進を示唆する意見が得られた。例えば、就労に向けた自己理解については、働く場を具体的にイメージした上でその重要性を再認識したようであった。   3 活動から把握された保護者の支援ニーズ 保護者の傾向として、障害者手帳の取得や障害者年金の申請など、まずは身近なテーマに直結する活動に参加しやすい状況があることが窺われた。そのような保護者は、わが子の就労に向けてきっかけをつかみたい、どのような場所でどのような支援を利用できるか知りたい、といったニーズをもっていた。そして、活動に参加し必要な情報を得る中で、わが子の就労に向け必要となる専門的な情報を少しずつ探索していく様子がみられた。また、そのような学びは、企業関係者や支援者との交流により深まっていく様子がみられた。今後、保護者・企業関係者・支援者の三者がより参加しやすいセミナー等のあり方を模索することで、発達障害者の早期からの就労支援に貢献していきたい。 発達障害者の就労を支える早期からの地域支援 その2 〜「放課後等デイサービス版」就労準備プログラムの開発の試み〜 ○新堀 和子(NPO法人Wing PRO 理事長)  大蔵 佐智子・吉田 礼子・丹藤 登紀子(NPO法人 Wing PRO)  野牧 宏治(八王子 市民活動団体 フューチャーセンター虹の会)  松為 信雄(文京学院大学)   1 取り組みの背景と目的 近年、発達障害のある児童・生徒の多くが「放課後等デイサービス」を利用するようになってきた。このような中、我々は、通常の学級や家庭では難しい「就労・自立に向けた分かりやすい学び」の提供を、放課後等デイサービスにて、担える可能性があるのではないかと考えた。 放課後等デイサービスは、平成24年の児童福祉法改正により位置づけられた支援制度である。6歳から18歳までの障害のある児童・生徒(障害者手帳または医師の診断書の保持者)に対し、学校の授業終了後や学校の休業日に、日常生活に必要な訓練(療育機能)や余暇活動(居場所機能)、地域社会との交流等を提供する機能をもつ。施設の特徴・形態は多岐に渡るが、児童・生徒の自己選択や自己決定を促し、それを支援するプロセスが重要視されている。 Wing PROでは、我々がこれまで実績を積んできた「キャリア教育講座(親子講座)」の内容(本報告(その1)を参照)を基に、発達障害のある児童・生徒に対し、身近な地域で早期から、就労・自立に向けた体験的学びを系統的に提供していくための「放課後等デイサービス版 就労準備プログラム」を開発する活動に着手した。本報告(その2)では、その開発過程について報告する。 2 取り組み内容 2−1 放課後等デイサービス実態調査 放課後等デイサービス施設における、発達障害のある児童・生徒の就労・自立に向けたプログラムの導入可能性について調査することとした。主な調査項目は以下の通り。 ア 利用者の特徴(障害の種類や年齢) イ 就労準備プログラムの導入についての見解 (1)方法 首都圏にある6か所の放課後等デイサービス施設へのヒアリング調査を行うこととした。現在までに2か所の調査を実施した。 (2)結果 ① 施設A(登録人数58人:小学生50人・中学生5人・高校生3人) ア 利用者の特徴 児童・生徒の障害の種類は、ASD、LD、知的障害、ADHDのほか、障害の重複がみられる。 特別支援学級の在籍者は情緒的に安定しているが、通常の学級で無理をしている場合は、保護者と子どもの関係が悪化し、日常的な事柄への対応の課題が大きい印象を受ける。 また、保護者の子どもへの理解は浅く、わが子の将来に対する不安にまで至らないために、自立に向けたスキルを身に付けさせることに意識が向きにくいという印象をもつ。 イ 就労準備プログラムの導入についての見解 将来を見据えた準備は必要であり、そのためには、長い時間を経て療育から就労までの一貫した教育が必要である。ただし、就労準備プログラムとして特化した形で実施するのであれば、最低限の日常生活スキルが身についている子どもを対象としてプログラムを新たに作成するなど、検討すべきことも多い。また、職員の研修も必要である。 ② 施設B(登録人数35人:小学生27人・中学生3人・高校生5人) ア 利用者の特徴 ASD、LD、ADHD等、何らかの発達障害を有している。学校での担任による配慮が良かれ悪しかれ子どもに影響している印象をもつ。 イ 就労準備プログラムの導入についての見解 当施設において、将来的には、利用者の将来の自立を意識し、自己理解や自己受容を促し、自分の取扱い説明ができるようなプログラムを作りたいと考えている。また、地域での職人体験の機会なども提供できればと考えている。このような取り組みに対する保護者のニーズを感じている。 (3)得られたこと 2施設では、就労準備に向けた取り組みの必要性は認識しつつも、現段階では、就労準備に特化したプログラムの開発には着手していない状況であった。また、職員の研修が必要との意見もあり、今後、放課後等デイサービスにおける、就労準備に向けたプログラム開発を支援していくことが必要であると考えられた。 2−2 市民との協働による就労準備プログラムの検討 放課後等デイサービスの機能の一つに「地域社会との交流」が位置づけられているが、共生社会の実現に向けその重要性が指摘されている。他方、近年、学校現場においても、地域との連携の下、キャリア教育を展開していこうとする動きがある。そこで、放課後等デイサービスにおける、市民活動団体(地域ボランティア)との協働による就労準備プログラムの提供のあり方について検討することとした。 (1)方法 ① 協働した市民活動団体(フューチャーセンター虹の会) この会の前身は、2011年に八王子市が主催して実施した「八王子ゆめおり市民会議2011」である。同会議は、2013年度からの10カ年にわたる八王子市政の「新基本構想・基本計画素案」をまとめた。フューチャーセンター虹の会は、当時の委員184名うち、有志約20名により発足した任意団体である。子どもたちにとっての教育のあり方を中心に検討し、実践していく活動を続けている。 ② 協働の方法 ワールドカフェや学習会、グループワーク等を通じて、地域にて実施可能なプログラム内容の検討を行うこととした(表)。現在までに4回の交流を実施している。 (2)結果(現在までの実施状況) ① 第1回目 ワールドカフェで「地域密着型アルバイト」という、地域企業等が当事者とジョブアシスタントをペアで受け入れ、丁寧で温かい就労体験の機会を創出する活動が提案された。 ② 第2回目・3回目 外部講師を招いて、発達障害のある子どもたちへの就労支援の実状について理解を深めた。 <現場から学ぶその1> ・講 師:東京障害者職業センター 多摩支所 池谷祥子氏 ・テーマ:「発達が気になる子の就労を知ろう!」 ・骨 子:a)他者へ働きかける力が重要になってきている。      b)やりたいこと、できること、求められていることを理解することが重要。      c) ジョブコーチ支援の活用が就労定着に有効。 <現場から学ぶその2> ・講 師:都立あきる野学園 進路指導担当 神立佳明先生 ・テーマ:「東京都知的障害特別支援学校の進路指導」 ・骨 子:a)仕事の種類を知り、自己理解を深める。      b)事務職志望が増加。都心への通勤が増加。      c)療育、生活習慣の確立、コミュニケーション力の養成、そのうえで職業技術の体験。 ③ 第4回目 グループワークにて「君も社会人!」「ワクワク子ども志民塾」という2つの提案がなされた。いずれも、地域のさまざまな企業や団体がパートナーとなり、ソーシャルスキルの獲得と就労体験の場を創出していく趣旨の提案であった。そのうちの一つの事例を示す(図)。 (3)得られたこと 「就労スキル(個人が興味・関心をもつ仕事内容の理解、働く意味の理解、働く上で求められる能力の習得等)」とそれを発揮するための「社会生活スキル(職場や家庭等での日常生活で求められる能力の習得等)」の2軸でプログラムを構成すること、これらを地域の多様なパートナー企業・団体との連携のもと、子どもたちが体験的かつ楽しく学べるようにすることの有用性が話し合われた。なお、検討は回を追うごとに内容が深まった。 ⅰ就労スキルを育むプログラムの方向性 ・施設での日々の生活の中での学びのほか、施設での模擬体験、職場での実地体験(地域密着型アルバイト)の2段階の体験学習 ⅱ社会生活スキルを育むプログラムの方向性 ・施設での日々の生活の中での学びのほか、公共交通機関の利用やお金の使い方の等の体験学習     3 今後の展望 今回の取り組みを通して、地域の市民活動の有志や発達障害者の家族、発達障害者支援の専門家と協働することで、地域に根ざし、かつ、利用者のニーズに即した、放課後等デイサービスにおける質の高い就労準備プログラム(キャリア教育プログラム)の開発・提供に大きな可能性を実感した。今後、地域のさまざまなセクターと見出したプログラムの方向性を基に、年度内のプログラムの完成を目指し、引き続きプログラムの方法論について検討を進めていく予定である。最後に、「働くことは楽しいことだと夢や期待を持てる支援」の地域での広がりに期待したい。 受傷歴20年の交通外傷による高次脳機能障害者が、自身の障害特性を説明できるようになるまで ○萩原 敦 (クロスジョブ阿倍野 作業療法士)  西脇 和美(クロスジョブ阿倍野)・辻 寛之(クロスジョブ堺)・巴 美菜子(クロスジョブ鳳)   1 はじめに 当NPO法人クロスジョブは関西圏を中心に就労移行支援に携わっており、対象とする利用者は発達障害や知的障害、精神障害や高次脳機能障害者等である。なかでも、当事業所は高次脳機能障害者を積極的に受け入れており、日々模索しながら就労支援を行っている。 今回、交通外傷により高次脳機能障害を呈した40代男性を担当する機会を得た。20代での受傷以来、20年間に及び30件以上の職場で障害のことを打ち明けないまま就職と離職を繰り返してきた。この離職を繰り返した経験により思考や行動パターンが強固に形成されていたため、自身の障害特性の説明は偏り、外的環境への不信感も強かった。この事例に対して就労準備として事業所内訓練やグループワーク(以下「GW」という。)、施設外就労、実習を通して自己理解と就職に対する考え方の変化を試みた。結果、特性の捉え方や就労の考え方及び行動が変化したため、考察を加え発表する。尚、発表に際して本人の同意を書面にて得ている。 2 目的 就労準備性は就業において非常に重要な要素であり、その中でも渡邉は就労に対する強い意志と、高次脳機能障害を正しく理解(病識)し、補いながら仕事ができる(代償)ことが重要と言っている(1。そこで、当事業所の特徴や工夫点に焦点をあてつつ、行動変容を得るに至った経過を報告し、就労支援の一助として参考になることを期待する。 3 事例紹介 (1)受傷歴および利用までの経緯 高校卒業後、旅行代理店で就業していた。X-21年に就業中、自損事故で脳挫傷を受傷。入院後、日常生活動作(以下「ADL」という。)は自立しリハビリテーションも終了したため2ヶ月で退院。高次脳機能障害の自覚はなかったが、当初より近時記憶や注意機能に低下があったと思われる。 その後は外食チェーン店や食品工場、引っ越し業など幅広く就業するが、長くても5年、短くて数日で退職を繰り返す。X-2年、バイク運転中に二度目の交通事故で外傷性くも膜下出血を受傷。約20日間入院し、立位バランスの不良や右上肢の軽度の麻痺を自覚し家族にも指摘を受けるがそのまま退院となる。ADLは自立していた。退院後、就労時に記憶力や注意力、バランス不良などを強く意識しはじめる。これ以降に急激に離職が増え、抑うつ状態となる。ハローワークで顔見知りとなった専門官から就業・生活支援センターを紹介され、X-6ヶ月から約3ヶ月間、就労継続支援B型事業所を利用する。その後、一般就労を目指し、当事業所の利用開始となった。 (2)離職歴と背景 飲食店を中心に20〜30ヶ所で就労経験があり、その離職理由の大半は運搬時にバランスの不良を指摘されたり、書字の際に右手指の不自然さを指摘されたりした場合である。その場合は「癖です」と切り抜けようとするが、隠し通せずに症状を告白し、解雇に至っていた。雇用前の面接時に症状を告白すれば雇ってもらえないと思っていたため、隠し通そうとしていた。 (3)全体像 40代半ばで痩身。挨拶はハキハキし、社交的。通勤時はスーツを着こなし、頭髪もセットしているため清潔な印象。荷物は毎日、鞄いっぱいに入れている。 (4)生活状況  障害年金と、就労当時からの貯蓄を切り崩して生活。両親ともに認知症症状がみられ母は施設入所、父は同居中。兄家族が近隣に住んでいる。家事全般は自立している。 (5)事業所での様子(利用開始〜1ヶ月目) ①訓練課題中 強み:訓練には積極的に取り組む。 弱み:作業スピードを意識するあまりミスを頻発する。準備が不足したり、やり方を忘れているために混乱したりすることが多い。提出物の期限を守ることができない。「わかりません」と言えず、質問ができない。同時課題は困難で、処理速度に低下も見られる。  ②その他の様子 強み:通勤時間に遅れることはない。経験測から、迷っても良いように早めの行動を心がけ、腕時計は5分早めている。初めての場所は迷いやすく、4〜5回通わなければ慣れない。電車の乗り換えは間違えない。忘れ物が無いよう、必要以上に荷物を持参している。 弱み:荷物が多く整理できていない、待ち合わせの時間よりも早く着きすぎる。 ③自身の捉え方 強み:目に見えやすい立位バランス不良や右上肢の軽度麻痺に対しては自覚があり説明できる。 弱み:机上課題で、注意や記憶の低下に起因するミスに関しては原因がよく解っておらず、対処も出来ていない。 4 浮き彫りになった課題(利用開始〜1ヶ月で抽出) 待ち合わせや忘れ物をしないといった社会的なルールには対処出来ている。しかし、その他の事業所内業務では、頭でわかっていても行動に移せないという場面が続いた。一般的に望まれる場面で報連相ができない、メモは習慣化しているが、乱雑でどこに書いたか分からなくなる。「できない」「わからない」と発信することも難しかった。背景には、過去の経験から仕事が十分に出来ないことで「ペナルティ」が発生するのではないかという思考や、具体的にどこからどこまで出来ないのか、どのような援助があればできるのかを把握できていないこと等が挙げられた。 5 目標 事業所内での訓練やGWを通して、理想通りに動けていない自分を知ること、理想と現実のギャップがあることを知ること、その差を理解して就職するにはどうしていけばいいかをGWで話し合うこととした。 さらに、並行して企業見学や実習などを通して視野を広げることも目標にした。障害者が働く現場が存在すること、工夫をすればできる仕事の幅が広がること、合理的配慮による仕事のしやすさを実感してもらうこと等である。 6 関わり (1)訓練中の関わり 週に5日間9:00〜16:00まで通所し、随時朝礼の司会や掃除当番を担当。通常の通所以外に見学に3ヶ所、実習に1週間通った。GWは同事業所内の高次脳機能障害をもつ利用者4名と実施した。毎週、1週間の振り返りと、自身の苦手と思うことや合理的配慮内容を考えたり、就労した卒業生に話を聞いたりという内容に取り組んだ。各自症状は違うものの、共感できる部分は多く活発な意見交換の場となった。良い関係性を築け、笑いも多く、他者からの意見は素直に聞き入れやすい雰囲気であった。 (2)工夫点  ①訓練後は、訓練担当者が毎回午前・午後の2回振り返りを実施。その場ですぐにフィードバックした。その他に支援担当者が週に1回以上、面談を行い、変化点や今後のスケジュールを確認した。また、課題ごとに手順書を作成してもらい、メモが散在しないようにした。②施設外就労は近隣のジムのタオルやシューズ補充を実施。狭い空間で他者と場所の共有や役割分担を行った。1〜2回/週シフトに入り、時間的制約下でフォローを依頼せざるを得ない環境を作り、報連相の練習を行った。③GWでは、自分の考えと他者からの見方の違いについて意見を言い合って気付きを得やすいよう工夫した。また、日記で言語化し症状理解や日々の変化への気付きを促した。④実習では工程の少ない現場で就労の模擬体験と、報連相の練習を目標として取り組んだ。 7 結果(約5ヶ月後) 利用開始後、ムラはあるものの自身の障害に対する理解や、働き方に対する考え方に変化がみられた(表)。 (1)訓練課題中  同時課題は難しいが、課題開始前に手順書を見る習慣はついた。手順書を見ても分からない場合は「わかりません」と質問ができるようになった。提出物の期限は7〜8割守れるようになった。 (2)その他の様子 急遽仕事を頼むと慌てるが、手順書をみれば落ち着いて役割を果たせる。荷物の多さは変わらない。 (3)自身の捉え方 出来ないことを伝えることが自分に必要だとわかった。 表 変化の振り返りシート 気付いたこと もっと人を信用して必要ない羞恥心をなくすこと 自分の仕事をしっかりすれば、周りの人がフォローしてくれる 行動を変えたこと 以前より心を開いて質問するようになった 周りを気にせず、自分の仕事をしっかりとする まだ足りないと思っていること 一人で悩んで一人で解決しようとしてしまうこと まだ周りを気にして焦って作業してしまうことがある。 8 考察 今までの社会経験によって得た基礎マナーはそのままに、理解や代償についての考え方の変化を促した。Bruce Crossonは、障害の認識は、知的気付きから体験的気付き、予測的気付きの階層へと進んでいくこととした2)。これは先の渡邉の指標とする就労準備性の病識にも通ずるものである。今回の介入においても言語化を促し、自身の症状について継時的な記録を行ったことが、気付きを促す一助になったものと考える。現状では体験的気付きの段階にあると思われるため、さらなる実習経験を重ねることによって予測的気付きまで自己理解と行動変容を促していきたい。 9 結語 今回の事例を元に、高次脳機能障害者の就労に関しては、理解や代償に重要な点があることが分かった。予測的気付きにつながるよう、支援を継続し報告していきたい。 【参考文献】 1)渡邉 修:長期的な医療と地域の連携により復職を達成し得た重度出血梗塞例「Jpn Rehabili.Med」2016;53:69-72 2)Crosson,B,Barco,P.P.,Velozo,C.A.,et al.:Awareness and c-ompensation in postactute head injury rehabilitation.-Jounal of Head Trauma Rehabilitation,4(3):46-54,1996 理療教育を学ぶ盲ろう者が実技を習得するための支援−第2報− ○浮田 正貴 (国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局理療教育・就労支援部理療教育課 厚生労働教官)  高橋 忠庸・伊藤 和之 (国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局理療教育・就労支援部理療教育課) 1 はじめに 国立障害者リハビリテーションセンター理療教育・就労支援部理療教育課は、視覚に障害のある方に対してあん摩マッサージ指圧師、はり師及びきゅう師の国家資格を取得することを目的とした自立支援施設である。近年、視覚障害に加え他の障害を併せ持つ利用者も増加傾向にある。その中で、平成25年度から視覚障害に聴覚障害を併せ持つ利用者に対して、就労に向けた学習支援の方略に取り組んできた。まず、通常の訓練においては、授業中の聴こえに対する配慮として、専門用語の聞き間違いを減らすための予習の実施やメールの活用を行い、学習環境の整備として赤外線補聴システムの導入を行った。また、実技実習では、複数教官の配置などを実践し、国家資格取得から就労に向けての支援方法の構築を模索してきた。 前報では、盲ろうの利用者に対して、より就労を意識した手技の技術力向上並びに患者とのコミュニケーション手段の確立をするために必要な学習支援方法の取り組みを報告した。本報では、就労を目前に控えた盲ろう者に対し、あん摩マッサージ指圧の臨床実習において支援を行った結果、1モデルケースではあるが、就労した際の課題が見出されたのでその内容を報告する。   2 目的 就労を目前に控えた盲ろう者に対し、あん摩マッサージ指圧の臨床実習において、盲ろう者と外来患者とのコミュニケーション技術の習得など、就労に必要な学習支援方法の確立を目的に支援を行った。 3 方法 (1)対象者 A氏 50代 女性 網膜色素変性症(右・左 手動弁) 両感音性難聴(右・左 100dB以上) 語音弁別35程度 両耳補聴器を併用 (2)支援の内容 ○患者情報や実習の流れの説明   ○医療面接の実施   ○身体診察の実践   ○施術の実際:施術時間は70分前後 (3)支援の実際 A氏に外来患者情報の提示、臨床実習の流れの確認、医療面接、身体診察、施術と進んで行く中で、これまで支援した結果、効果的であった非言語的手段を取り入れることとした。また、臨床実習終了後は、A氏および外来患者から、臨床実習についてのアンケートを実施し、課題の整理や解決手段の確立のためにその内容を活用した。 (4)期間 平成28年4月〜平成29年2月 4 結果 (1)患者数 臨床実習は全37回実施し、外来患者は延べ27名に対し施術を行った。外来患者の内訳は、女性26名、男性1名であった。 (2)医療面接 医療面接では、補助的に主訴や身体部位を書いた2種類の主訴カードの活用を検討したが、外来患者の意志を表現できなかったこと、点字の読みに時間がかかったことなどが明らかになった。また、実際の外来患者では主訴カードを使うタイミングや主訴カードの組合せなど複雑な作業が入るため、実践に活用するまでに至らなかった。 臨床実習では、主訴カードを活用せず、聴き取れない場面においては手書き文字や指文字を多く活用した。その結果、主訴や身体部位をより正確に把握することができた。 (3)身体診察 身体診察では、教官がA氏の手を取り主訴の部位や身体部位の状態を手で直接確認することなど触覚を活用した非言語的手段により行った。その結果、外来患者に施術する度に主訴の部位や身体部位の状態をより正確に確認することができた。 (4)施術の実際 施術では、教官が施術の開始前に外来患者にA氏の視覚や聴覚の状況を説明し理解を得ることとした。また、外来患者に力が強い場合は施術者を手で叩く、あるいは、外来患者に体を大きく揺ってもらうなど、外来患者と施術者との間で合図を決めて施術を行うこととした。その結果、力度を調節することができるようになり、外来患者からは「気持ちよかった」などの高い評価が得られた。しかし、施術以外の場面では、A氏の体調や周囲の環境が一定でないため、聴こえ方に毎回安定した状況には至らなかった。 (5)主観的評価 ①支援前 A氏の臨床実習開始前のアンケートでは、「患者とのコミュニケーションに一番不安がある」と回答があった。 ②支援後 A氏の臨床実習最終日には、「コミュニケーションがとれるようになった」「自分の施術の方向性が見えてきた」と回答があった。 5 考察 これまでの実践から、A氏の手技の技術力は就労に値するまでに安定した。 医療面接や身体診察では、触覚を活用した非言語的手段を多く取り入れることで、より正確に理解できるようになることが伺えた。施術中の外来患者とのコミュニケーションでは、外来患者の意志を手で叩くなど、何らかの合図を決めることで聴こえに対する不安が軽減できた。また、外来患者の快・不快などの状況は、外来患者が施術者を手で叩く、体を大きく揺するなどの動作で合図するなど、ダイナミックな動きがわかりやすく確実に伝わることが示唆された。 今後、就労した際に医療面接から施術に至るまで安定した状況を目指すには、外来患者の協力や周囲の環境も重要であると感じた。 今回の臨床実習では、視覚や聴覚の状況説明、外来患者とのコミュニケーション、特に、医療面接や身体診察では教官のサポートで実現できた場面がみられた。より安定した就労を目指すには、要所で何らかの人的サポート体制が重要不可欠ではないかと考える。 6 今後の課題 ○医療面接や身体診察では非言語的手段を多く取り入れる。 ○施術中の患者の「快、不快」など多様化する意志表現の受信方法の確立。 ○聴こえにくい状態を外来患者に伝える手段。 ○人的サポート体制の確立。 7 参考資料 (1)臨床実習開始前アンケート項目(抜粋) ○臨床実習について不安なことがあれば教えてください。 ○模擬臨床実習を2回しました。その時に気になったことや課題と思ったことを教えてください。 ○臨床室のカルテの記入方法で、音声環境やピンディスプレイについて教えてください。 ○会話や聴こえ方について教えてください。 ○施術中のリスク管理について、危険と感じたり、不安になったことはありますか。 (2)臨床実習終了後アンケート項目(抜粋) ○今日の臨床実習はどうでしたか。 ○医療面接で聴き取りにくかった言葉はありますか。 ○身体診察で身体の部位は確認できましたか。 ○施術中の外来患者とのコミュニケーションはいかがでしたか。 (3)外来患者へのアンケート項目(抜粋) ○今日のあん摩はいかがでしたか。 ○力の強さはいかがでしたか。 ○一番つらいところをあん摩してくれましたか。 ○快・不快などは伝わりましたか。 【参考文献】 1) 高橋忠庸, 伊藤和之:理療教育を学ぶ盲ろう者が実技を習得するための支援「視覚障害リハビリテーション研究発表大会抄録集24」p.68(2015) 2) 伊藤和之, 高橋忠庸:弱視難聴者T氏の理療教育から就労までの道程「視覚障害リハビリテーション研究発表大会抄録集23」p.76(2014) 3) 高橋忠庸他:視覚聴覚二重障害を有する理療教育在籍者に対する学習支援「視覚障害リハビリテーション研究発表大会抄録集23」p.77(2014) 盲ろう者の理療就労に関する実態調査−盲ろう者10名の面接結果から− ○高橋 忠庸 (国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局理療教育・就労支援部理療教育課 厚生労働教官)  浮田 正貴 (国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局理療教育・就労支援部理療教育課) 1 研究の背景と目的 盲ろう者は、移動、コミュニケーション、情報の入手などに大きな困難を抱えており、就労するには極めて難しいことが指摘されている。全国盲ろう者生活実態報告書(2006)の調査では、盲ろう者の半数が仕事はしていない、3割以上が訓練は受けておらず、過去の職業として理療師18%、会社員43%、現在の職業として理療師11%、会社員4%という結果になっている。盲ろうの状態では、盲ろう者の働く意欲があっても就労に結びつきにくい中、盲ろう者の仕事として理療師が高い割合を占めているものの、その実態は明らかとなっていない。また、理療で就労するためには、国家試験に合格し免許取得する必要がある。 前報において、盲ろう者5名の面接結果から免許取得には、ホワイトボードの使用や手書き文字など個別に見合った支援が行われていた。また、理療就労では、通勤時や職場でのコミュニケーション、人間関係において様々な困難を抱えている反面、患者への施術時は良好な関係が築けていることが窺えた。 本報では、さらに盲ろう者5名の面接を加え、10名の面接結果から盲ろう者の理療師免許取得から理療就労するための要件を明らかにし、盲ろう者の自立と理療に関する就労支援に役立てることを目的とした。 2 方法 (1)対象  東京都盲ろう者支援センターの協力のもと、機縁法による全国の30代から50代の理療就労している盲ろう者10名を対象とした。 (2)調査内容 以下のインタビューガイドに沿って対象者との対面による半構造化面接を行った。また、面接時は、必要に応じて研究協力者の内容が十分伝わるように、通訳者が同席した。 ①理療師免許取得のための学習上の配慮や工夫、提供されていた支援 ②現在、理療就労している中での苦労、配慮や工夫、提供されている支援 ③今後、理療就労するために必要な支援 以上の面接内容をICレコーダーに記録し逐語録を作成した。 (3)調査期間 平成28年6月から9月 (4)分析方法 基礎項目は、視聴覚の状況を参考に、盲ろう、弱視ろう、弱視難聴、全盲難聴の3段階の障害程度に分類し個人ごとにまとめた。また、自由回答は、関連キーワードを抽出して質的に分類することで実態を明らかにした。 3 結果と考察 対象者の基本属性は、男性5名女性5名であり、弱視ろう者は男性2名、弱視難聴者は女性3名、全盲難聴者は男性3名、女性2名であった。年齢は、30代1名、40代3名、50代6名であった(表1)。また、視覚障害の発症時期は、就学前4名、就学後成人前4名、成人後2名に対して聴覚障害の発症時期は、就学前8名、就学後成人前1名、成人後1名であり、聴覚障害を先に発症するケースが多かった。  ICT機器の使用については、パソコンを持っている者8名、携帯電話では10名が持っており、特にメールなどで活用していた。また、弱視者2名はタブレットも活用しており、10名全員が何らかのICT機器を使用していた(表2)。   表1 基本属性 表2 ICT機器の活用 このように、障害程度に関わらずパソコンや携帯電話、タブレットなどのICT機器は全員が活用していた。特に、メールの使用は毎日10通から50通と幅はあるもののコミュニケーションツールとしてその便利さが際立っていた。また、メールを利用して施術の記録や予約の状況など仕事においても活用していた。さらに、自由回答からも「授業でiPadが使えればよかった。」「リアルタイムの情報の入手」「UDトークの進歩」など免許取得から就労する支援機器として期待していることが窺えた。 理療師免許取得のための支援では、全般的に「専門用語が聞き取りづらかった」と話されていた。これらを解消する支援として、音声以外の点字資料や墨字資料の配布などが行われていた。特に、弱視ろう者や弱視難聴者は、全盲難聴者に比して支援内容が多岐にわたっている。このことは、視覚障害において弱視は、その見え方に個人差が大きく墨字資料の提供だけでなく、教卓の横に机を配置する、ホワイトボードの使用や文書データの提供など、様々な媒体を活用し、各個人に見合った支援をする必要があると考えられた(表3)。   表3 授業・就労での配慮、希望 一方、全盲は弱視に比べ情報を入手する手段が少ないため全盲難聴者では、点字などの触覚を活用する必要があるものの、中途の全盲難聴者では、点字の習得が難しいため録音物に頼らざるを得ないことから、より録音の音質や音量、明瞭な発話と文節で区切った話し方などを工夫する必要があると考えられた。そして、自学自習では、盲ろうの障害程度に関わらず、授業内容の定着を図るため毎日3から5時間程度勉強しており、本人の絶え間ない努力が免許取得に結びついたと考えられる。 就労に関しては、通勤において単独で行えている者も含めて不安を感じている者が多かった。そのため、人の手を借りて通勤するケースがほとんどであるものの、福祉サービスである同行援護は、基本的に通勤に使用できないため、家族や親族などに頼らざるを得ないことが窺えた。よって、家族への負担が大きいことが推察される。 職種においては、全般的に治療院や訪問マッサージ、開業が多かった。特に全盲難聴者では、施術以外の事務仕事や職場のスタッフなどとの関わりが深い病院やヘルスキーパーでの勤務は難しく、施術に集中できる治療院、訪問マッサージや開業が勤務しやすいのではないかと考えられる。 以上の結果から、就労を継続するためには、通勤時や施術以外のコミュニケーションの多い職場での人的サポート体制を整える必要性がある。さらに、就労するには、それまでの学校生活より周りとの関わりが増えるため、自身の障害のアピール、他者に対する感謝の気持ちや人間力などを重視している声が多かった。しかしながら、障害の理解がされないケースも多く、孤独感や不安感を生じ人間関係にトラブルをおこすこともあり、これら心理面に対する支援も検討する必要があることから、就労に関してはICT機器の進歩はもとより、通勤や問診時での患者とのコミュニケーションなど、その要所に人的支援を構築することが就労の要件であると考える。 平成26年にわが国は障害者の権利に関する条約の批准手続を行い締約国となった。そして、改正障害者雇用促進法に基づく差別禁止・合理的配慮の提供が義務づけられ、今後は障害者の教育や雇用に一定の支援が期待できる。その中に盲ろう者への支援として、移動やコミュニケーションにおける人的支援を導入することが望まれる。さらに、その支援に加えてICT機器の進歩による情報の入手が容易になれば、盲ろう者にとってより豊かな就労が実現できるものと考える。 【参考文献】 1) 全国盲ろう者協会: 厚生労働省平成24年度障害者総合福祉推進事業盲ろう者に関する実態調査報告書, pp.1-19, 2013 2) 福島智・前田晃秀:盲ろう者の立場から—「足し算」ではなく、「掛け算」の障害, 月刊ノーマライゼーション24, pp281, 2004 3) 全国盲ろう者協会: 平成16・17年度盲ろう者生活実態調査報告書, 2006 精神科訪問看護ステーションに勤務する訪問看護師が精神障害者に対する就労支援を試みた実践事例 ○渡邉 響 (マーノ訪問看護ステーション)  一柳 理絵(横浜市立大学医学部看護学科)  中金 竜次・那須 祐子(マーノ訪問看護ステーション)  那須 一郎(吉祥寺こころの診療所) 1 はじめに マーノ訪問看護ステーションは、精神科専門の看護師・作業療法士が提携の診療所の医師と連携しながら、ともに患者さまの心と体に寄り添い、特に精神疾患を抱える方々が社会生活するために大切な「就労支援」に力を入れて取り組んでいる。本報告では、精神科訪問看護ステーションにおいて訪問看護師が、ハローワーク、障害者就業・生活支援センターや障害者就労移行支援事業所等との連携を通じて、精神障害者に対する就労支援を試みた①発達障害を有するひきこもり状態にある若者、②パニック障害を有する育児ネグレクト歴のある母親、③統合失調症の陽性症状に苦しむ大学生の3事例について発表する。 2 事例紹介 倫理的配慮として、個人を特定する個人情報は削除して、事例の匿名性を保証して紹介する。 (1)事例1 発達障害を有するひきこもり状態にある若者 ア 属性と背景 A氏(男性・20代前半・未就労)は、短大中退後、就職したが、仕事が続かず半年間に3度の転職を繰り返していた。またA氏は転職を繰り返す中で「人の視線が怖い」と重度社交不安が出現し視線恐怖を抱き外出困難となり、自宅にひきこもるようになった。その間、A氏は1日中オンラインゲームに没頭し昼夜逆転の生活を2年以上も過ごしていた。A氏は、A氏の状態を心配した両親に促されて、精神科病院に受診し発達障害と診断された。訪問看護導入の目的は、A氏はひきこもり状態で定期的な通院が困難であったことから、ひきこもり状態を改善することであった。服薬は漢方薬(毎食後1包)であった。 イ 対応を必要とする問題点・課題点 A氏はひきこもり状態であるため、定期的な通院が困難となり、重度社交不安が出現し視線恐怖を主訴とした精神症状を悪化させる可能性がある。 ウ 査定 A氏は抑うつ気分や食欲減退等があるものの、自宅では注察妄想は安定していた。訪問看護師は、A氏のひきこもりには、短大中退や転職による挫折体験に関連した自尊心の低下が影響しており、発達障害の2次障害を生じていると査定した。訪問看護を通じてA氏の自尊心が回復すれば、A氏がひきこもりを脱することができるのではないかと考えた。またA氏の就労支援には、A氏の特徴を活かせる仕事内容であること、発達障害に理解を示す職場環境であることが、必要になると考えた。 エ 看護計画と実践(介入) 訪問看護師は、週1回の訪問看護を通じてA氏の精神状態を査定し服薬状況を確認した。その上でA氏のひきこもり状況と就労意欲を確認した。加えて訪問看護師は、A氏の挫折体験による自尊心の低下を緩和するために、3か月間に及ぶA氏への肯定的関わりを通じて、A氏との信頼関係を構築した。その上でA氏の同意のもと注察妄想を克服するために、人の少ない夜間帯に 週2回の同行散歩を開始した。その後、徐々に単独外出を勧めA氏は注察妄想を抱かなくなった。またA氏から「ハローワークに行きたい」と希望があり、訪問看護師はA氏をハローワーク(障害者専用窓口)と就業・生活支援センターに繋ぎ、就労支援体制を構築する中で、各関係機関へA氏の特徴(障害特性・接し方等)を伝え、A氏が各関係機関を利用しやすい環境を整えていった。その結果、A氏は、派遣・3か月契約として、公共工事関連の会社で仕事を始めた。最終的には、ハローワークの一般雇用枠でIT関連企業に就職した。 (2)事例2 パニック障害を有する育児ネグレクト歴のある母親 ア 属性と背景 B氏(女性・20代後半・未就労・生活保護)は、幼少期より両親から虐待を受け10歳代で情緒不安定でパニック発作を発症し精神科病院を受診した。20歳頃には過量服薬や過食嘔吐の問題も抱えていた。また複数の男性と性的関係を持ち複数の子を持つ。次女以外はB氏の育児ネグレクトが原因で児童養護施設にいる。B氏は生活保護受給(以下、生保とする)を機に「病気を治して働いて生保を抜けたい」という思いから新たに精神科病院を受診した。主治医はB氏が情緒不安定でパニック発作を抱えたまま就職した場合、次女への育児ネグレクトが生じる可能性があると判断し、B氏の精神状態の安定化と次女への育児ネグレクトの防止を目的に訪問看護が導入された。服薬は漢方薬(毎食後1包)であった。 イ 対応を必要とする問題点・課題点 B氏はこれまでに次女以外の自児に対して育児ネグレクトを繰り返していた。またB氏は「病気を治して働いて生保を抜けたい」という就労意欲が強く、次女に対する育児ネグレクトをしない形で仕事に就く必要があった。 ウ 査定 B氏はこれまでに次女以外の自児に対して育児ネグレクトを繰り返していたため、B氏が情緒不安定でパニック障害を抱えたまま就職した場合、仕事の負荷に耐え切れず、次女に対する育児ネグレクトが起きる可能性が高いのではないか、またB氏の情緒不安定は、被虐待体験によるトラウマが影響しているのではないかと査定した。 エ 看護計画と実践(介入) 訪問看護師は、週3回の訪問看護を通じてB氏の精神状態を査定し信頼関係の構築に努めた。その上で、B氏のパニック発作を引き起こす被虐待体験によるトラウマを緩和するために、B氏のこれまでの異性交流に対する自己洞察を促した。同時に、B氏の育児状況を確認して、育児ネグレクトを防止するために、次女の保育園への入所を勧めB氏ひとりで育児を抱え込まない環境を設定した。またB氏の精神状態が改善し始めるとB氏からさらに「働きたい」と就労意欲がみられたため、就労支援を開始した。B氏から「保育園が決まるまでは次女の側にいたい」と希望があり、B氏はインターネットで仕事を検索できる人材派遣会社へ登録し、自宅で過ごせる工夫を図った。次女の保育園入所が決まると、金融関連会社(時給1,400円)での仕事を始め、月収約20万円を安定して得るようになった。一年後には生保を受給せずに生活できるようになった。 (3)事例3 統合失調症の陽性症状に苦しむ大学生 ア 属性と背景 C氏(女性・20代前半・未就労)は、高校在学中に幻聴で発症。薬物治療で軽快していた。大学3年時より就職活動として会社説明会への参加を重ねていたが、統合失調症の陽性症状が残存して、幻聴と「集中力が途切れる」という認知機能障害を持ち、このまま就職活動を続けていけるのかと不安感を抱いていた。さらにC氏は、会話が端的で単刀直入な表現をする傾向があり、コミュニケーション面で他者に誤解されやすいこともあった。訪問看護開始時には、幻聴は薬物療法の効果を得て、雑踏の中で自分の名が呼ばれる程度に治まっていた。C氏の幻聴は薬物療法により治まっているため内服継続を維持させること、就職活動中のストレスによる症状再燃を防止することを目的として訪問看護が導入された。服薬は抗精神病薬(眠前)を内服していた。 イ 対応を必要とする問題点・課題点 C氏の幻聴は薬物療法により治まっているが、就職活動中のストレスにより幻聴が再燃する可能性があった。また「集中力が途切れる」という悩みを抱え、就職活動を続けていけるのかと不安を抱いていた。 ウ 査定 訪問看護師は、C氏の「集中力が途切れる」という悩みは、統合失調症の症状の1つである「思考のまとまらなさ」が影響しているのではないかと査定した。また訪問看護を通じてC氏の病状が安定し続ければ、C氏が就職活動中のストレスに耐えることができるのではないかと介入の方向性を考えた。また幻聴には、服薬管理を維持することで症状の安定を図り、C氏自身が幻聴の再燃兆候に気づくことで早期に対処できるのではないかと考えた。 エ 看護計画と実践(介入) 訪問看護師は、週1回の訪問看護を通じて、C氏の服薬状況を確認して精神状態を査定した。また訪問看護師は、C氏の悩みである「集中力が途切れる」に着眼して、2か月かけてC氏へ積極的傾聴を行い、C氏との信頼関係を構築した。その上でC氏の同意のもと「集中が途切れる」を克服するために、訓練として集中力の維持が求められる内容のアルバイトを提案した。はじめC氏は訪問看護師の提案に消極的であったが、「就職前の練習になる」という理由で、訪問看護開始から6か月後に、塾講師のバイトを週3回始めた。アルバイトを開始してから「悪口を言われていると感じる」と被害的な思考になることがあったが、「この経験が将来役立つ」と訪問看護師による動機づけによって、アルバイトを続けることができた。その間もC氏は、大手企業の子会社など複数の会社を見学し、IT企業のインターンへ応募するなど就労意欲を維持させていた。訪問看護師は、C氏のタイミングを見計らって新卒応援ハローワークと就労移行支援事業所へ働きかけ、C氏への就労支援体制を強化した。それからすぐに大手企業のインターンに採用され、C氏の自信に繋がった。その後C氏は不採用の結果を得ることもあったが、挑戦する姿勢が認められ、訪問看護開始から1年2か月後には、一般企業の特例子会社の内定が決まった。 3 おわりに 精神科訪問看護ステーションに勤務する訪問看護師が、ハローワークや障害者就業・生活支援センターや障害者就労移行支援事業所等との連携を通じて、精神障害者に対して就労を支援することは、対象者の就労支援を、就職活動前あるいは訪問看護介入の初期から病状を把握し、個々の状態に応じた支援を可能とする。さらに、訪問看護師が対象者の症状および能力を見極めて、多職種・多機関と連携を図り、対象者の就労意欲を引き出すことにおいて、就労支援の質向上に重要な役割があるといえるだろう。 高次脳機能障害者に対する回復期外来リハビリテーションでの復職支援〜勤務訓練日誌を使用して〜 ○清野 佳代子(東京都リハビリテーション病院 作業療法士)  森 友紀・栗原 彩・坂本 一世・倉持 昇・武原 格(東京都リハビリテーション病院) 1 はじめに 倉持1)の報告より、当院の脳卒中入院患者で発症前に何らかの仕事に就いていた患者は約30%であり、退院後復職が必要な症例は多い。通常は就労支援機関などと連携していくが、個々の事由により退院後早期に復職を目指す症例も少なくない。その場合、患者の能力の見極めが重要となることが多い。また、受け手の職場と効果的な連携を取る方法はまだ確立されていない。 渡邉2)は就労準備性9項目(表)を安定した職業生活の継続に必要な個人の要件として挙げている。今回、外来リハのみで復職支援するために、時間的な目標設定が分かり易い「勤務訓練スケジュール表」と、職場内リハの状況を把握し職場と情報交換しやすい様式として「勤務訓練日誌」を作成した。それらを使用した症例2名の内容を基に回復期外来リハにおける復職支援を考察したので報告する。   表  就労準備性9項目(渡邉,2014) 働きたいという強い意志がある(自発性) 日常生活が自立している病状が安定している生活のリズムが整っている (5〜6時間の作業と通勤)×1週間に耐える体力がある 公共交通機関を一人で安全に利用できる 高次脳機能障害を正しく理解している(病識) 高次脳機能障害を補いながら仕事ができる(代償能力) 感情のコントロールができる 2 目的 平成28年10月〜平成29年6月に勤務訓練スケジュール表及び日誌を使用して復職した症例2名の内容を検討し、時間・場所・環境的に制限のある回復期外来リハの支援のみで復職可能な患者の能力と有効な手段を模索する。 3 病院と職場との連携 (1)退院時:面談・情報交換・勤務訓練スケジュール 退院日前後に本人・家族・職場(上司・同僚など)・当院チーム(Dr・PT・OT・ST・心理士など)と面談を行い、具体的な復職スケジュールについて話し合う。当院からは復職に当たっての体調管理を含めた留意事項、本人の身体および精神機能、通勤手段や現状能力、外来リハで行える訓練内容などを報告する。その際、事前に作成した2〜3ヶ月分の勤務訓練スケジュール表(図1)と日誌(図2)を提示する。職場からは、職場内リハの受け入れの可否、キーパーソンの有無、業務内容の切り出しについてなどの情報を提供してもらう。  勤務訓練スケジュール表は外来リハ継続期間3ヶ月間を目安に作成する。最初はラッシュアワーを避けた時間帯で通勤練習を兼ねる。職場滞在時間は2時間からの時短勤務で、徐々に勤務時間を4時間・6時間・フルタイムへと延長し、勤務日数も週2回から3〜5回へと徐々に増やすことが望ましい。時短勤務中は原則傷病手当の受給期間で、職場の協力により職場内リハが行える。スケジュール表に沿って勤務訓練を行っていくが、体調等の影響により臨機応変な変更も可能としている。 (2)外来時:勤務訓練日誌を使用した復職支援 勤務訓練日誌は、週5日分の自宅出発/帰宅時間、職場出勤/退勤時間、勤務時間、勤務内容、感想の記入欄と、週間振り返りとして本人・職場・病院の記入欄で構成されている。患者は職場内リハ内容を勤務日誌に出勤日毎に記入する。可能な範囲で週1回職場の方にも記入してもらう。週1回の外来リハで日誌の内容を基に勤務内容の確認、困りごとの精査、問題解決方法の提案・助言などを行う。リハ担当者は病院で支援出来る内容を記入し患者へ返却する。職場の方に必要時に内容を確認してもらい、やり取りを継続することが出来る。 4 症例紹介(2名) (1)A氏:40代男性、左被殻出血、軽度右麻痺・軽度失語、会社員、正規雇用、大手文具メーカー営業、勤続21年 就労準備性:「体力」以外は問題なし 勤務訓練期間:2ヶ月半 職場:部署配置転換など通勤及び職場内リハをしやすい環境設定を調整。営業部門からデスクワーク業務になり、徐々に会議の参加や顧客訪問への同行など責任ある業務を増やす。日誌の記入はなかったが、充分に協力的であった。 本人:当初は体力的・精神的に疲労が見られたが、徐々に慣れ、段階を追ってスケジュール通りに勤務時間を延長し、業務内容も難易度を上げた。外来リハで困難課題を適宜報告し問題解決方法を獲得していった。 OT:本人の性格上、一つ一つ丁寧に課題解決していく能力があり、スケジュール表に沿って復職出来た。 (2)B氏:50代男性、左被殻出血、軽度右麻痺・記憶障害、会社員、正規雇用、展示場設営監督責任者、勤続36年 就労準備性:「体力・代償能力」以外は問題なし 勤務訓練期間:3ヶ月 会社:病院側との面談や日誌の記入、外来診察の同行、業務の切り出しなど非常に協力的。 本人:体力・パソコン操作能力の低下を自覚しながら焦らずに勤務訓練に取り組む。資料作成から始め、来客の対応、会議の参加を経て現場の展示場に行くことが出来た。 OT:体調管理に配慮しながら段階的に復職出来た。元々責任のある役職で、慎重に進める。上司・同僚・部下の協力で予定より早く完全に復職することが出来た。 5 2症例に見られた共通点 (1)復職に有利に働いたと考えられる職場環境 ・前職が正規雇用であり、傷病手当を受給している ・職場が協力的で、病院との連携の受入が可能 (2)就労準備性からみた患者の能力 ・復職したいという強い意思があり、主体的に動く ・日常生活が自立している ・体調・服薬管理が自立している ・昼夜逆転せず、日中は継続した活動が可能 ・勤務訓練開始時に作業耐久力は不十分でも可能 ・屋外歩行および公共交通機関の利用が自立している ・一定の病識があり、謙虚な態度で業務に取り組める ・代償手段の獲得が不十分でも方法は確立している ・感情のコントロールが出来ていて、他者と交流出来る (3)勤務訓練スケジュールおよび日誌の効果 ・視覚的な把握がしやすく、本人・他職種・職場と連携が滞りなく出来た ・見通しを立て段階的に復職を進める手立てとなった ・週1回の外来リハで日々の勤務内容を把握することが出来、具体的な支援につながった 6 考察 医療現場において30〜50歳代の若年脳卒中患者は増えており、社会復帰、特に復職は重要な課題3)であるが、ニーズは高いものの諦めで多かったのも復職である4)。わが国の脳卒中後に復職した患者の約80%が発症前の職場に復帰しており5)、回復期外来リハにおいて復職支援は避けて通れない支援である。  回復期外来リハの復職支援は主に週1〜2回・訓練室で行うため、時間・場所・環境的に限界がある。しかし前職のある患者は復職への強い意志や気持ちの焦りから、退院後早期の復職を希望することが少なくない。また職場も同様であることが多い。その中でタイミングを逃さずに、正確な情報を提供しながら、確実に復職を進めるために、早期復職可能な患者の能力を見極めることは重要である。渡邉の就労準備性は一つの指標として分かり易い。勤務訓練開始時に不十分であっても2〜3ヶ月先の復職時には全て整っている予測可能な患者が成功例に結びつくと考える。 また外来リハのみで遠隔的に支援するには、より職場と連携しやすい方法が必要である。今回作成した日誌を使用することで、それが出来、早期の復職に結びついたと考える。今回は症例数が少なく、方法を確立するには至っていないが、今後も使用例を増やし、より連携しやすい方法を模索していきたい。そして外来リハのみで復職困難な患者には、本人や職場に情報提供し、早期に就労支援機関などと連携し支援していくことが引き続き求められると考える。 【参考文献】 1)倉持昇:当院入院患者の復職支援のための評価とかかわりの検証,東京都リハビリテーション病院研究論文(2017) 2)渡邉修:急性期および回復期病院の高次脳機能障害者に対する地域支援の在り方,臨床リハ Vol.23 No.11・1036−41(2014) 3)佐伯覚ほか:脳卒中後の復職—近年の研究の国際動向について,総合リハ Vol.39 ・385−390(2011) 4)澤俊二:就労支援における作業療法士の役割と特徴,作業療法ジャーナル Vol.43 ・738−742(2009) 5)豊永敏宏:中途障害者の職場復帰,Medical Practice Vol.27・1703−1706(2010) 【連絡先】 清野 佳代子  e-mail:ot@tokyo-reha.jp 視覚障害者の就労移行支援における遠隔サポートシステムの開発 ○石川 充英(東京視覚障害者生活支援センター 就労支援員)  山崎 智章・河原 佐和子・稲垣 吉彦(東京視覚障害者生活支援センター)  江崎 修央・渡辺 一善・川邊 有紗(鳥羽商船高等専門学校)  伊藤 和幸(国立障害者リハビリテーションセンター研究所) 1 はじめに 障害者の職業紹介状況によると、身体障害者の事務的職業への就労は、就職件数の約27%にあたり、最も割合が多くなっている。一方、視覚障害者の事務的職業への就労は12.3%と少なく、この現状について以下3つの視点より課題があると考える。 1点目は、視覚障害者がパソコン操作を習得する場が地方都市にはほとんど設置されていない課題がある。視覚障害者は、画面情報読み上げソフト(以下「SCR」という。)をインストールしたパソコンで、マウスの代替としてキーボード操作(以下「Key」という。)を行うことにより、ビジネスソフトを含むパソコンの操作は可能となる。しかし、視覚障害者を対象としたSCRとKeyによるパソコン操作の訓練(以下「PC訓練」という。)を行っている就労移行支援事業所等は大都市圏を中心に全国で12か所しかない。 2点目は、視覚障害者の就労移行支援(以下「就労支援」という。)では、保有視覚の評価と適切な支援機器活用訓練があまり行われていないという課題がある。視覚障害者自身が障害の程度を把握し、必要な支援機器を適切に活用できることは、就労や復職時において担当業務を考える際にも、また合理的配慮として自ら申し出る際にも大変重要である。 3点目は、地方都市では事業所数が少なく、公共交通機関のアクセスも悪いため、単独で通勤できる就業場所が少ない課題がある。一方、大都市圏は事業所数が多く、公共交通機関のアクセスもよく、視覚障害者が単独で通勤できる就業場所が多い状況がある。 これらの課題を踏まえ、視覚障害者が居住地にかかわらず、就労支援を利用できるためは、3つの訓練を実施できる遠隔サポートシステムが必要であると考えた。1つめは【PC訓練】、2つめはタブレット端末のアプリを利用した【面接試験訓練】、3つめはスマートフォンと既存の遠隔会議アプリを利用した【保有視覚の評価と視覚支援機器活用訓練】である。テレワークによる在宅就労は、地方都市における視覚障害者の就労の課題を解決する1つの方法である。そのため、在宅就労を中心とした視覚障害者の就労支援に対する遠隔サポートのシステムを検討することは、視覚障害者の就労支援体制の構築に向けた実践的意義及び社会的意義があると考える。 そこで本研究では、遠隔サポートシステム開発の一環として【PC訓練】【面接試験訓練】【保有視覚の評価と支援機器活用訓練】の中から【PC訓練】のシステムの開発概要について報告する。 2 視覚障害者の就労支援における遠隔サポートシステムの開発について 東京視覚障害者生活支援センター(以下「TILS」という。)では、就労支援を『就労前支援』、『就職活動支援』、『就労後支援』の3つの段階に分け、実施している。本研究では、遠隔サポートシステムの開発の一環として【PC訓練】のシステム開発概要について、『就労前支援』のPC訓練で使用している教材(以下「教材」という。)を用いた取り組みとして、二段階に分けその方法と結果を記述する。 (1)遠隔サポートシステム第一段階 ① 対象者 九州に居住している視覚障害1級(全盲)の60歳代男性で、SCRとKeyによる基本的なパソコン操作は可能である。 ② 期間 2013年3月から2015年3月まで ③ 方法 遠隔サポートシステム開発にあたり、対象者のパソコンの画面状況の把握、リアルタイムによる対話が可能であることは、必須の条件であると考えた。そこで、市販の画面共有ソフトと音声通話ソフトを利用して実施した。教材はメール等により配布した。開始時にはTILS職員(以下「支援者」という。)が電話で画面共有ソフトと音声通話ソフトを対象者に起動するように伝え、常時起動した状態で、対象者は教材を行いながら不明な点について支援者に対してサポートを依頼する方法で実施した。また、終了後は対象者に聞き取り調査を実施した。 ④ 結果 対象者である全盲者からの聞き取りでは、①支援者が隣にいるような感覚があり、適切な支援を受けることができ、遠隔サポートでも訓練を受けられると感じた、②画面共有ソフトにより、操作状況を適宜支援者に確認してもらえ、間違った操作をした際に支援者に元の状態に戻してもらえるため安心して訓練に臨める、③対象者自身では画面共有ソフトと音声通話ソフトの起動が難しい、④音声通話ソフトが常時起動していることにより、支援者側の周囲の声や音などが聞こえ、ノイズになる、⑤メールによる教材の配布では、保存などの管理に手間がかかるなどの指摘があった。 支援者からは、①教材の配布は、簡単な方法にする必要性がある、②教材の追加や添削結果の提示など進捗状況の管理の必要性がある、③画面の共有は、対象者の操作手順を確認でき、必要に応じて支援者が教材の任意の時点まで戻すことができるため、必要である、④音声通話と画面共有は、必要なときに簡便な操作による接続の必要性などの指摘があった。 これらのことから、【PC訓練】のシステム開発においては、①教材の配布は簡単な方法であること、②教材の進捗状況などの管理が容易にできること、③対象者、支援者のそれぞれが必要とするときに簡単な操作で音声通話や画面共有によるサポートが開始できることが必要であることが明らかとなった。 (2)遠隔サポートシステム第二段階 ① 対象者 TILSの就労支援を利用している視覚障害1級の30歳代の男性で、SCRとKeyによる基本的なパソコン操作は可能である。 ② 期間 2016年12月から2017年3月まで ③ 方法 第一段階の結果を踏まえた上で開発したMicrosoft社のOffice365を用いたシステムを利用した。教材は、支援者が対象者のOneDriveに保存して配布した。対象者は教材をおこないながら、システムの不明な点についてシステム開発者に対してサポートを依頼する方法で実施した。終了後に対象者に対して聞き取り調査を実施した。 ④ 結果 第一段階で実施した結果を踏まえ、Office365によるPC訓練システム(以下「システム」という。)を開発し、①教材の配布はクラウドストレージであるOneDriveを利用、②サポートは音声通話、文字によるメッセージ、画面の共有と遠隔操作をおこなうことができるネットミーティング機能を利用、③対象者の進捗状況を把握するために学習支援サイトを設定した。 3 PC訓練のシステム概要 (1)OneDriveを利用した教材の配布 教材の配布については、簡素化を図るためOneDriveを利用した。TILS内での教材の配布は、ローカルネットワーク上のフォルダで行っていた。システムではOneDriveのフォルダに変更となったが、対象者と支援者からは、全く違和感も、また混乱もなく利用することができ、ファイル管理も今までどおり行うことができたとのコメントがあった。このため、教材の配布について利便性は向上し、簡素化が図られた。 (2)ネットミーティング機能を利用したサポート 支援者が音声通話、文字によるメッセージ、画面の共有と遠隔操作によるサポートを可能にするためにネットミーティング機能であるOffice365のSkype for Businessを利用した。文字によるメッセージはインスタントメッセージ(以下「IM」という。)、音声通話、および画面の共有と遠隔操作はオンライン通話サービスを使用した。これにより、文字、音声通話、画面共有による画面状況の把握を可能とした。 対象者からは、IM、音声通話、画面共有によるサポートが準備されているとTILSとほぼ同じ状態で訓練とサポートが受けられるとのコメントがあった。一方、IMと画面共有のサポートを依頼する際、キーボードによる操作は複雑で、改善を求めるコメントがあった。 これに対応するため、IM、音声通話、画面共有については、アプリを開発して機能ボタンをデスクトップ、およびスタートメニューに配置することで、改善を図った。これらの機能とアプリを利用することにより、対象者と支援者はIM、音声通話、遠隔操作の中から必要に応じて適切な遠隔支援を行うことが可能となった。 (3)進捗状況などを管理するための学習支援サイトの設定 支援者が教材の配布と進捗状況などの管理を実現するために学習支援のWebサイト(以下「サイト」という。)を設定した。サイトの機能として、①支援者がサイトからOneDriveに教材を配布すると、対象者に教材が追加されたことが自動的にメールで通知される。②対象者が教材実施後にファイルの保存を行うと支援者に自動的にメールで通知される。③対象者が保存したファイルについてサイトを通してアクセスすると、その内容がWebブラウザで確認できる。④支援者はフィードバックとして対象者にアドバイスや次の教材などの指示をメールで送信することができる。 このサイトにより、支援者は対象者の教材の進捗状況の管理が容易になった。 4 まとめ PC訓練を遠隔サポートするためのシステムをMicrosoft社提供のOffice365を用いて開発し、検討を行った。このシステムは、視覚障害者が就労後に利用するExcelやWord等のOfficeツール、OneDrive、Skype for Businessを使用しており、今後企業での導入が進むと考えられるOffice365の機能についても理解を深めることができると考える。また、利用者がサポートを依頼するための機能ボタンの設置を行い、サポートに関する操作のアクセシビリティの向上を行った。一方、サポートの一つであるIMについては、入力後の文書を読み上げないなど、課題も明らかとなった。 今後はこのシステムを用いた検証を実施し、利用者、支援者ともに利用しやすいシステムにさらに改善していく必要がある。 働き続けることに焦点をあてたプログラム−『職場でのコミュニケーションを良くする会』の試み− ○小西 隆史 (横浜市総合リハビリテーションセンター 就労支援課 職業指導員)  田代 知恵 (横浜市総合リハビリテーションセンター 就労支援課)  山口 加代子(横浜市総合リハビリテーションセンター 機能訓練課)  玉井 創太 (横浜市総合リハビリテーションセンター 機能訓練課) 1 はじめに 横浜市総合リハビリテーションセンター(以下「当センター」という。)は、医療と福祉の複合施設であり、医師、看護師、理学療法士、作業療法士、心理士、ソーシャルワーカーなど複数の職種が所属している。 当センター内にある就労支援課(以下「当課」という。)は、障害のある方々が新規就職、復職を目標として通所する施設である。当課には、高次脳機能障害を含む中途障害の方が多く利用している。 2 背景と目的 中途障害の方は、発症(受傷)前との変化を感じ、自己肯定感が低くなることが少なくない。また、社会復帰後、職場内で自分の状況が理解されないことで、不全感を抱くことも多い。 そのような彼らが働き続けるためには、自分の障害や自分の状況を適切に理解することに加え、職場の人にそれを伝えることが必要である。職場内で理解され、支援を受けるためには、職場での円滑な人間関係の構築も必要不可欠である。 我々は、彼らが社会復帰前に、自己肯定感を高め、自己理解に基づいた自分の障害・状況の説明の仕方や、必要な支援を求めるためのコミュニケーションが必要であると考えた。 そこで、職場で必要なコミュニケーションに焦点をあてたプログラム『職場でのコミュニケーションを良くする会』(以下「本プログラム」という。)を当課支援員と心理士が協働で開発し、平成27年より実施した。 現在まで計4クール実施し、今回その有用性を検討したため報告する。 3 本プログラムについて 1クール6回(1回60分)の実施内容は(表)のとおりである。1クールの参加者は8名程度。当課利用者のうち、復職、新規就職が具体化しつつある利用者。クローズドグループとし、プログラム進行は心理士が、当課支援員が進行を補助する。 それぞれの回は、①職場で必要なコミュニケーションについてのレクチャー、②発症(受傷)前のコミュニケーションをロールプレイで再現、およびワークシートに記入、③本プログラムで学んだより良いコミュニケーションを取り入れてロールプレイ、ワークシート記入、④まとめ、という構成としている。 表 実施内容 レクチャーでは、職場では気持ちの良いあいさつが望まれること(1回目)、円滑な人間関係を構築するためには、言葉だけではなく言葉以外のコミュニケーションに配慮することや、自分の伝えたいことを相手が受け取りやすいように伝えるアサーションを実践する(2、3回目)、職場で障害があることにより生じやすいストレスとその対応方法(4、5回目)、復職や新規就職した際のあいさつ(自己紹介)の仕方(6回目)という職場で必要と思われるコミュニケーションスキルを取り上げた。それらを実際にやってみることで、体験的な理解に至るよう工夫した。 「感情コントロール(アンガーマネジメント)」は、参加者の状況により、取り上げることが必要と判断したクールに実施した。 心理士は、各回のロールプレイや、ロールプレイに対する参加者の感想に対してポジティブにフィードバックし、自己肯定感の回復を図るとともに、アサーションのモデルを示した。さらに、参加者が感想をワークシートに記入することで、自分の「できたところ」が視覚的に残り、後で参照できるようにした。 4 検討方法 (1)対象 対象は、本プログラムに参加した29人である。 ア 性別・年齢(年代) 男性が26人(90%)、女性が3人(10%)である。30歳代が3人(10%)、40歳代が17人(59%)、50歳代が9人(31%)である。 イ 原因 発症(受傷)原因は、脳出血7人(21%)、脳梗塞5人(17%)、くも膜下出血3人(10%)、脳外傷6人(21%)、低酸素脳症2人(7%)、てんかん1人(4%)、その他5人(17%)である。 ウ 障害 (ア)高次脳機能障害の有無 高次脳機能障害の診断がある方が26人(90%)、ない方が3人(10%)である。 (イ)身体障害の有無 片麻痺等の身体障害がある方が、22人(76%)、ない方が7人(24%)である。 エ 目標(新規就職、復職) 復職目標の方が15人(52%)、新規就職目標の方が14人(48%)で、ほぼ同割合である。 (2)方法 各回に実施したアンケートを分析した。 アンケートは、満足度を“とても役に立った”“まあまあ役に立った”“どちらともいえない”“あまり役に立たなかった”“まったく役に立たなかった”の5段階で尋ねたものと、自由記述欄を設けている。 自由記述欄については、KJ法を用いて分類した。 5 結果 (1)満足度 各回を集計した結果、“とても役に立った”“まあまあ役に立った”が8割以上であり、“あまり役に立たなかった”“まったく役に立たなかった”はなかった。 「職場でのあいさつ」は“とても役に立った”が9割であった。 (2)自由記述 自由記述については、各内容ともさまざまな意見の記入があった。KJ法により、「コミュニケーション」、「就労準備」、「他の人の意見」の3群に分類された(図)。 図 自由記述の分類 6 考察 本プログラムに参加することによって、発症(受傷)前の職場でのコミュニケーションを振返り、お互いに気持ち良いコミュニケーションになっていたかどうか考える機会を提供し、参加者が「相手への配慮」や「アサーション」の必要性を理解して、表現方法によってお互いに気持ち良いコミュニケーションが可能であることを学ぶことができたと考える。 あわせて、「コミュニケーション」の要素だけでなく、「就労準備」や「他の人の意見」の要素も満足度が高い理由と考えられた。 「就労準備」の要素に関しては、参加者が「自己認識」を得ること、「職場の理解」を求めることを「見直す・再認識」することができたと考えるからである。 「他の人の意見」の要素に関しては、参加者が他者の考え方を聞き、参考にできたことから、グループで実施したことを有意義に感じられたと思われるからである。 本プログラムの中でも、「職場でのあいさつ」は、適切に自己認識を伝えるため、そして職場へ理解や配慮を求めるために、どのような表現が良いか考え、実践できた点で満足度が高かったと考える。 以上のことから、本プログラムは、働き続けるために必要なコミュニケーションを学ぶことができる有用なプログラムであると考えられた。 7 まとめ 本プログラムに参加するなかで、「職場に戻ることが楽しみになった」という意見が聞かれた。 また、社会復帰した参加者からは「アサーティブな表現」を実践しているとの声も聞かれた。 職場での人間関係やコミュニケーションがうまくいき、仕事が順調に進むことで、自己肯定感が高まることを期待したい。 本発表は、当課利用中のアンケート結果に基づくものであり、本プログラムの長期的な有効性を検討するためには、社会復帰後の経過を確認することが今後の課題である。   【参考文献】 1) 平木典子:改訂版 アサーション・トレーニング −さわやかな〈自己表現〉のために−,日本・精神技術研究所(2009) 2) 川喜田二郎:発想法 創造性開発のために,中公新書(1967) 3) 川喜田二郎:続・発想法 KJ法の展開と応用,中公新書(1970) 発達障害の疑いのある方への就労支援ネットワーク構築に向けた取組み ○天久 親紀 (沖縄県発達障害者支援センターがじゅま〜る 主任/臨床心理士) ○岡野 みゆき(沖縄県おしごと応援センターOne×One 次長 兼 就労支援員) 1 沖縄県発達障害者支援センターについて 発達障害支援の中核を担う発達障害者支援センターは、利用者へ直接支援を行いながらも、関係機関等へのバックアップ、支援ネットワーク構築など、地域に焦点をあてた間接支援に軸足を移すことが求められている。一方で、沖縄県発達障害者支援センターがじゅま〜る(以下「センター」という。)に寄せられる相談件数については、平成28年度の実支援445件の内239件(54%)が19歳以上となっている。また、19歳以上の相談者の内149件(62%)が未診断となっている。遠藤ら(2016)は発達障害者に係る地域の就労支援ネットワークについて、「連携できる機関がない」「支援のノウハウが不足している」など課題をあげているが、未診断ケースについて問題はさらに深刻であり、支援機関のネットワーク構築は、喫緊の課題となっている。 2 沖縄県おしごと応援センターOne×Oneについて 沖縄県おしごと応援センターOne×One(以下「One×One」という。)とは、沖縄県労働者福祉基金協会が、沖縄県から「パーソナル・サポート事業」を受託し運営している就職困難者支援のセンターである。沖縄県労働者福祉基金協会では、平成21年から県の委託を受け「就職困難者」の支援をスタートさせた。平成23年に内閣府の「パーソナル・サポート・サービスモデル事業」を受託し、事業終了後は、平成25年より県独自の事業として継続実施されている。スタッフは、キャリアコンサルタント、産業カウンセラー等で構成され、関係機関と連携した支援を実施している(図)。   図 One×Oneの業務スキーム図         平成28年度相談者数は955名にのぼり、表に就職阻害要因を示す。就職阻害要因の多さから、個別的、継続的、包括的、伴走型支援を実施してきたが、就職困難者や生活困窮者の一部に発達障害の特性を持つ方がいたり、診断はあるが障害者手帳を持っていない方への支援などが増える中で、専門機関との連携が必要となった。         表 就職困難に陥る方の様々な阻害要因(一部抜粋) 3 センターとOne×Oneで協働した取組み (1)連携の経緯 One×Oneでは、発達障害の特性を持つが、福祉サービスの活用や障害者雇用に至っていないケースへの支援方法を学ぶ必要性を感じ、平成22年よりセンターにコンサルテーションを依頼している。その後、一般就労を支援する地域の支援機関で構成され、One×Oneが事務局を務める「中部地域就職支援ネットワーク会(以下「ネットワーク会」という。)」にて発達障害の特性と対応方法に関する研修を実施した。この、ネットワーク会とは、沖縄県中部地域の就職支援機関の顔の見える連携及び情報共有を目的に組織され、学習会の実施等も行う中で、中部地域の雇用率アップを目指している。構成団体は、サポートステーション、ジョブカフェなど8機関である。参加機関からも継続して学びたいと声が挙がり、連続研修へと発展している。 さらに、センターではナビゲーションブック(以下「ナビブック」という。)を未診断ケースへ活用しており、One×Oneでもナビブック活用についても検討することとなった。沖縄障害者職業センターへ依頼し、ナビブックの研修を受講した上、One×Oneでナビブックを作成した事例についての事例検討会を、センターと協働で実施した。 (2)ナビゲーションブックについて ナビブックとは、受講者自身が面談やプログラムでの体験等をもとに、診断名や症状でなく、自らの特徴やセールスポイント、障害特性や職業上の課題、課題に対して本人が対処していることや事業所に配慮を依頼すること等を取りまとめて、自らの特徴等を事業主や支援機関に説明する際に活用するツールである(障害者職業総合センター,2016)。 One×Oneの就職支援の基盤にあるキャリアコンサルティングの考えにおいて自己理解は重要であり、ナビブックは馴染みやすい。また、ナビブックの「配慮が必要なこと」を含めて整理する点は、新たな視点として支援に取り入れている。One×Oneでは、ナビブックの要素を取り入れた「自己紹介書」を作成し、現在支援に活用している。 (3)One×Oneで自己紹介書を作成した事例(一部加工) ① A氏 [30代 男性 診断名なし] 複数の就職支援機関利用歴あり、2年間の就職経験もある。コミュニケーションが苦手で、指示が1度では覚えられないなど発達障害を疑う特性がある。自己肯定感が低く、医療機関を受診したいが母親が反対している。 One×Oneでは、面談、グループ学習、個別SSTなどを実施。他者との違いに悩んでいたため、自分の特性を整理することを目的に自己紹介書を作成。セールスポイントを承認され、趣味に関心を示してもらったことでエンパワーメントされる。苦手なこととその対処方法、職場へ考慮してほしい点も整理できた。現在、セールスポイントや趣味を活かした分野で就労継続中。 ② B氏[20代 男性 診断名あり] 学生時代に障害者であることを理由にいじめを受けたため、「障害」という言葉に敏感で、地域障害者職業センターを利用できない。発達障害の特性があり(時間に正確、例え話が苦手 など)、突発的な行動をとることもある。 One×Oneでは、面談、個別SST、企業実習を実施。仕事をする上で自身の特性を整理することと、企業へ配慮を依頼することを目的に自己紹介書を作成。実習先で得意なことを活かせる作業を提案してもらい、また、苦手なことへの支援方法も事前に共有した。その後、苦手としていたことが本人の努力や企業の配慮によりできるようになったため、自己紹介書を更新。更新の作業を通じ、成長を実感しながら今後の取り組み課題の「見える化」がなされ、意欲をもって就職活動を続けた結果、現在就労継続中。配慮を受けることへの抵抗は減っている。 4 考察 (1)ナビブックの可能性 一般就労を支援する地域の支援機関向けの研修機会は限られているため、センターの間接支援機能を活用し、支援ノウハウを提供することは重要である。本稿では、理論や一般的な支援方法の提示に加え、支援ツールとして、ナビブックの活用を検討した。A氏は、自身の特性を理解することに焦点を当てた自己紹介書を作成し、セールスポイントへの承認や趣味へ関心を向けられる経験を通じ、自尊感情が高まった。B氏は、実習先に特性を知ってもらうツールとして活用し、さらに自己紹介書を更新することで、成長の実感を得たり、更なる課題の確認もできた。 また、自己紹介書を作成したケースについての事例検討会を行うことで、「自己理解」や「職場への説明について」など、ポイントを絞った検討ができ、他の利用者支援への般化や窓口対応を含む相談場面での応用も容易となった。ナビブックは、一般就労を支援する地域の支援機関にとっても、未診断を含む発達障害の特性を持つ方への支援に活用できる貴重なツールとなりそうだ。 (2)継続した協働の重要性 One×Oneがナビブックを活用した新しい支援に取り組めた背景に、研修機会の提供や支援ツール紹介に留まらず、継続してバックアップする機関としてセンターが果たした役割は大きい。また、事例検討会や研修会の企画運営、本稿の作成など、継続した協働を通じ、センターの強みである発達障害や対人援助に関する専門性と、One×Oneの強みであるキャリアコンサルティングのノウハウが共有され、両機関の支援力向上やスムーズな連携に繋がっている。継続可能な支援体制を構築するためには、他機関の役割や強みの相互理解が重要であり、継続した協働が欠かせない。 (3)発達特性を持つ方への就労支援の広がりに向けて 発達障害の特性を持つ方が、数%以上いると言われる中、発達障害者支援において、一般就労を支援する地域の支援機関の協力は不可欠である。センターは、既存のネットワーク会を貴重な社会資源と捉えており、One×Oneと協働で本稿の報告会が実施できないか検討している。専門機関のバックアップや支援ツールをうまく活用することで、発達障害の特性を持つ方等への支援の一部が担えることを知って頂く機会としたい。One×Oneが実践を示し、センターが継続したバックアップを担い、構成団体と協働を重ねることで、確かな支援体制の構築を目指す。最後に、ネットワーク会を維持することも重要な課題である。One×Oneが事務局を務めてはいるが、恒常的な支援体制の維持には行政の力が欠かせず、現在、沖縄県雇用政策課と検討を進めている。 【参考文献】 1) 天久親紀:「成人の発達障害が疑われるケースへのナビゲーションブック活用に関する検討」第24回職業リハビリテーション研究・実践発表会(2016) 2) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラム「ナビゲーションブックの作成と活用」(2016) 3) 遠藤雅仁・望月葉子・浅賀英彦・榎本容子:「発達障害者に係る地域の就労支援ネットワークの現状把握に関する調査研究‐発達障害者支援法施行後10年を迎えて‐」障害者職業総合センター 平成28年度調査研究報告書No.135(2017) 障害者に対する就労支援の現状と課題〜障害者手帳を取得できない 又は取得できなかった障害のある人の雇用について一考察する〜 綿貫 登美子(千葉県立障害者高等技術専門校 障害者職業訓練コーチ/元千葉大学大学院博士後期課程) 1 研究の背景と目的 社会経済環境の変化に対応したキャリア形成と職業能力の向上が求められるようになってきた。 障害のある人の職場定着率や労働条件等については、政策上からも度々問題になる一方で、就職先の職場の同僚との関係性やサポートの重要性、労働を通して「やりがい」や「生きがい」の感得、さらには「生活の質(QOL)」と「労働の質」の向上等、障害者雇用の現場に投げかけられる課題は多い。その一方で、障害者雇用が制度的な枠組みの中で行われていることから、必然的にそこには制度の狭間にある課題が発生する。 本稿では、手帳非所持で就労を希望する障害のある人に注目する。切れ目のない包括的な支援体制をどのように構築するか、労働・雇用の位置づけとともに障害者雇用率制度の有用性を確認する。 2 研究方法 調査方法として、障害開示と非開示による就業定着率との関係性を確認するとともに、障害のある人への職業訓練を通して、障害者手帳所持者と非所持者との相違点から、障害者を取りまく労働・雇用の現状と課題を探る。 理論的研究では、社会的包摂がこれからどのように進められていくのか、社会分化がどのような可能性を提供することができるのか、ルーマンが示すマイノリティにおける包摂/排除の概念をもとに、制度の狭間にある障害者就労支援の現状を考察する。 3 障害者と障害者雇用率制度 障害者雇用促進法(以下「雇用促進法」という。)では、障害者を「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)その他の心身の機能の障害があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者をいう」(2条1号)と定義している。 同法37条では、障害者雇用率制度として、身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳の所有者を実雇用率の算定対象(表)と限定する。 障害者手帳は、雇用促進法第2条の障害者であっても、「手帳を取得できない又は取得できなかった場合」もある。その障害者手帳の支給判断は、いわゆる医学モデルの考え方に基づいていることは既に知られているところである。 表  障害者雇用率の算定対象 4 結果 (1)障害開示と非開示による定着率との関係性 「障害者の就業状況等に関する調査研究注1)」によると、求人種別の定着率は、就職後1年時点で障害者求人は70.4%であるが、一般求人障害開示では49.9%、一般求人障害非開示では30.8%と定着率が下がる。一般求人により就職した人のうち、「支援制度の利用」があった場合とない場合を比較すると、支援制度の利用があった場合には、就職後1年時点の定着率は65.6%で、利用がない場合より27.9 ポイント高い。障害の開示を前提とする支援制度の利用により、職場定着が促進されるという結果が報告されている。障害非開示の場合は、障害開示が前提となる障害者トライアル雇用奨励金、ジョブコーチ支援、特定求職者雇用開発助成金等の採用企業及び就職した障害者を支援する支援制度を利用することは難しくなるなど、障害開示・非開示による課題もある。職業紹介の過程において、障害の非開示を希望する場合は、本人の意向や考えを十分に尊重・配慮しつつ、どのような働き方を希望しているのかを第一の目的として、障害特性とニーズの把握が重要になってくる。 (2)狭間はどこから生まれるか 現在の雇用率制度は、原則として障害者手帳を持つ人を対象としている。雇用側の民間企業は、常用労働者50人以上の規模としているが、障害者手帳を所持していない人の雇用は、事業主側にしてみると雇用率でのメリットがないことになる。課題は制度上にあるとはいえ、企業は法定雇用率をクリアすることが障害者雇用の目的の一つとする傾向がある。たとえば、手帳が無いため、ハローワークでは一般就労の募集で応募することになり、健常者との競争で面接までつながらない場合もある。病気開示をして働きたいと思っていても開示することによる不利は免れないなど、企業の理解を得る困難さがある。障害者合同面接会等では障害者手帳保持者を参加対象としているため、企業と直接面接できる機会は少なくなる。最終的には障害を非開示で求職するケースが多く、その後の雇用定着が困難になりやすい。制度が想定もしくは対応していないニーズについては、支援対象からは当然のように外れてしまう。法定雇用率の対象とならない障害者雇用をどのように支援するか、狭間をいかに埋め、切れ目のない包括的な支援体制をどのように構築するか、制度の狭間にある課題注2)でもある。 5 考察 ドイツの社会学者ニクラス・ルーマンは、社会福祉や社会政策の分野で注目される社会的排除の問題を、現代社会の構造的帰結として機能分化が原因であると捉える。それは、現代社会の構造的特質を包摂/排除と描写し、その場面や状況において「その人」にどのように振舞えばよいか、当該人物に対する期待が与えられていることが包摂であり、その反対の事態を排除としている。経済、政治、教育、法、宗教、科学などの複数の機能システムがそれぞれの分野で独自の論理により進行されている現代において、個々人は多様な機能システムに関わることで生活上の諸要求を満たすことが可能になる。それぞれの機能システムは、合理性を高めることに役立つ人々を優先的に包摂し、それ以外の人々を排除することで、人々を不公平に扱い、排除を生み出し続けることで、自らの合理性を高めようとする側面を持っている。こうした排除問題をそれぞれのシステムでは解決できないことが、機能分化した現代社会に危機をもたらしていることをルーマンは指摘する。 排除が継続的な排除あるいは他分野へ連動する累積的な排除に陥らないように取組むことが重要になる。縦割りで個々人を包摂する制度に対して、横断的にかかわることで、個々人が多様な機能システムに再包摂されることを探ることは、現代社会に課せられた構造的な問題であり、社会福祉の課題でもある。 手帳非所持者は、障害者雇用促進と企業経済効率性の中で、支援が届きにくい狭間にありジレンマに陥りやすい。それはマイノリティを巡るニーズではあるが、ニーズを潜在化させ事態を深刻化させている要因ともいえる。ソーシャルワークをいかに使い分け、さらに横断的に組み合わせることができるかという問いにも帰結する。 6 まとめ 障害者雇用の在り方については、障害の特性に配慮しつつ、「社会的包摂」(ソーシャル・インクルージョン)に向けて、いかなる施策が重要なのか、本稿で述べるべきであるが、結果的には課題の列記に終始した。 課題を総括すると、手帳所持者と非所持者、障害開示者と非開示者の間で、制度の運用面が原因でもあるが、雇用機会の格差問題がある。さらに、雇用側の企業には、障害の特性への理解とともに、地域と地域経済がプラス成長するような新たな雇用を生み出す確かな努力と、合理的な配慮の提供など、よりスピリチュアルな経営が期待される。就職した後も安心してキャリアアップが図れるようなそんな道筋が見える支援が求められる。 制度上の課題は、ルーマンのいう再包摂を探る作業にもなる。障害の有無にかかわらず非正規雇用等が増加する現代社会の中で、障害者雇用を法定雇用率達成注3)・未達成の面から就業率をさらに向上させるには限度があると思われる。制度の存続にかかわる問題として、「支援が届きにくいニーズを丁寧に把握するための新たな議論をする」その時期に到達しているのではないだろうか。 【注釈】 注1)障害者職業総合センター 調査研究報告書No.137(2017)7頁。 注2)ダブルカウントや一人の障害者が1年間に転職をくり返した場合も就職率に算定される等の課題もある。手帳を取得していない理由として「症状が手帳対象外」「症状が軽度」「申請したが取得できない」「本人や家族の意向」等が多い。 注3)民間企業:障害者雇用達成状況48.8 %(H28.6現在)。 【参考文献】 1)朝日雅也・笹川俊雄・高橋賢司 (2017)『障害者雇用における合理的配慮』中央経済社. 2)阿部志郎(1997)『福祉の哲学』誠信書房. 3)厚生労働省:平成28年12月・「障害者雇用状況の集計結果」 4)佐藤勉(2004)「ルーマン理論における排除個人性の問題」『淑徳大学社会学部研究紀要』第38号,63-78. 5)障害者職業総合センター:障害者の就業状況等に関する調査研究,調査研究報告書137(2017). 6)高瀬健一・鈴木徹・大石甲・西原和世・綿貫登美子(2015)「障害者の職場定着に関する文献の傾向等の分析」,第23回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集. 7)ニイリエ、ベンクト(2008)ハンソン友子訳『再考・ノーマライゼーションの原理−その広がりと現代的意義』現代書館. 8)宮本太郎(2009)『生活保障 排除しない社会へ』岩波新書. 9)—(2013)『社会的包摂の政治学』ミネルヴァ書房. 10)ルーマン・ニクラス(村上淳一編訳)(2007)「インクルージョンとエクスクルージョン」『ポストヒューマンの人間論』東京大学出版会. 11)綿貫登美子(2017)「障害者の就業上のニーズと就労を通して地域で期待される役割について一考察する」第65回 関東社会学会 発表論文. 【連絡先】 わたぬき・とみこ(E-mail:otomisan2004otomisan.yahoo.co.jp) 地方都市における「デザイン系」への就労と職域拡大に向けた取り組み 高橋 和子(就労移行支援事業所ここわ 就労支援員) 1 目的 栃木県河内郡上三川町の就労移行支援事業所ここわでは、平成24年9月から栃木県に於いてデザイン会社への就労を目指す障がい者の就労支援を行って来た。平成29年9月で5年目を迎えるに先立ち、デザイン会社でのフルタイム正社員の就労実績も達成することができた。デザイン業界は一般的に勤務時間が不規則になる傾向があり、障がいのある方達には安定した勤務をするのが難しい業種の一つであると考えられる。今回は、平成28年6月から週4日5時間から勤務し、平成29年6月からフルタイム正社員勤務となった恐怖症性不安障害(精神障害者保健福祉手帳2級)の方の事例を中心に事業所での取り組みを紹介させていただく。これを機会に、障がいのある方のさらなる職域拡大につなげられたらと考えている。 2 栃木県内の状況推移 栃木県では、障害者合同就職面接会において、専門的職業の求人の割合は、ゼロではないものの、A型事業所等であり、あるとはいえない状況だった。2017年度の面接会では、初めてWebデザイナーの求人が出ることとなった。 図1 2013-2016業種別求人数 表1 2013-2016専門的職業内訳(IT・デザイン系抜粋) 3 就労移行支援事業所ここわ概要 利用契約時の希望に応じ、総務部には主に事務・事務補助系職種への就労を目指す利用者が、デザイン部には主にデザイン・印刷・Web等の職種への就労を目指す利用者が配属され、日々の業務にあたっている。 4 デザイン部支援内容の特徴 就労移行支援事業所ここわ、デザイン部の主な支援内容の特徴として、以下のような点が挙げられる。 ① 業務の成果物をポートフォリオ※としてまとめる デザイン会社ではほとんどの場合、面接時に履歴書の他にポートフォリオの提出が求められるため、本人・デザイン部責任者・就労支援担当者の3者で繰り返し面談を行い、本人の想いを実現するためのポートフォリオ作成を行う。また、面接時には、受ける会社の業態・特徴を研究し、担当者に会ってみたいと思っていただけるようなポートフォリオに仕上げて持参するようにしている。 ② 訪問先の開拓(デザイン会社の例) 2016年、あるフライヤーから株式会社TRUNK様を知り、ホームページを拝見、デザインを展示する会場のすみずみまで考え尽くされた空間デザインを見て、デザインに対する自分達の視野の狭さを感じた。デザイン部のメンバーと共に、“感じたい”との思いで連絡させていただき、何度かやり取りさせていただいた後、お会いする時間をいただくことが出来た。 【デザイン部利用者コメント】 「お会いできてとても光栄でした。有意義な時間をいただき、誠にありがとうございます。いただいた言葉を噛み締めています。素晴らしい芸術作品を、たくさん見て感性を磨き、生涯をとおして学んでいきます。」  不定期で東京や各地方のデザイン会社、印刷会社等へ依頼し、訪問させていただいた上での現地研修の機会をいただいている。訪問先企業様では、現場の生の話や機材を間近で見る経験をし、さらに、現役のプロデザイナーにポートフォリオにコメントをいただく機会を設けている。このことにより、本人の現状の把握、現場との感覚の一致等、より職場に近づけた意識を持てるようにしている。 ③ 美術館・企画展等を見学 テーマを設定し、テーマに基づいたアート・デザイン等の企画展を見学、事前準備と見学後の意見交換会を実施している。 ④ デザイン研究会 毎回デザインに関わるテーマを設定し、テーマに基づき利用者それぞれが研究した内容を発表する機会として、2015年12月から延べ30回実施している。もともとは、主旨として知識や操作を学ぶことにとどまらず、デザイナーとして求められる能力の一つであるコミュニケーションスキルを高めるための方法として実施をしていたが、現在は、他者の考えを聴き、クライアントの意図を理解するために重要なプログラムに成長した。効果として、デザインというやりたい事を通して、本人の興味や理解から参加を促し苦手分野の克服、視野の拡大につながったと考えている。 表2 デザイン研究会テーマ例 ⑤ DTP※オペレーションの経験 栃木県内のデザイン会社様と契約し、チラシ・ポスター・冊子等のDTP作業を担当している。業務の工賃の額と自分の求める給料の額の比較ができるため、実際の業務に耐えうる作業スピード・正確性を身につけることができる。 5 就職から定着までの流れ デザイン会社の求人は、ホームページ等での募集が多いため、社員数50人前後の企業を中心に、障害者雇用検討についてアポイントをとることから活動をしている。 表3 就労定着までの流れ(精神2級の方の例) 定着支援のポイントとして、企業様訪問の際は、本人と周囲の方たちがコミュニケーションを取れる機会を持てるように会話をすることにしている。また、実際に以下のような定着支援を行った。 表4 契約終了後定着支援の流れ(精神2級の方の例) 6 考察 企業関係者様、デザイン部責任者、就労支援担当者が協働し、採用後に本人が働きやすい職場環境作りに取り組めたことで、正社員採用につながったと考察した。 【用語説明】 ポートフォリオ クリエイティブ業界において、自分の能力・経験・実績等を伝えるための作品集。 ラフ デザインを制作する前に、コミュニケーションや情報整理のために作成するデザイン案。 コンセプト 広告等の基本的な目的となる考え・構想。 DTP コンピュータを使用して印刷物を制作すること。 【謝辞】  株式会社TRUNK様、他採用・見学・実習・講話等を快くお引き受けいただいた皆様に、心より感謝申し上げます。 【参考文献】  ハローワーク(宇都宮・那須烏山・鹿沼・真岡・日光)・栃木労働局・栃木県 『2013とちぎ障害者合同就職説明会(県央会場)参加事業所求人票一覧』(2013.2)  ハローワーク(宇都宮・那須烏山・鹿沼・真岡・日光)・栃木労働局・栃木県 『2013とちぎ障害者合同就職説明会(県央会場)参加事業所求人票一覧』(2013.10)  ハローワーク(宇都宮・那須烏山・鹿沼・真岡・日光)・栃木労働局・栃木県 『2013とちぎ障害者合同就職説明会(県央会場)参加事業所求人票一覧』(2014.2)  ハローワーク(宇都宮・那須烏山・鹿沼・真岡・日光)・栃木労働局・栃木県 『2013とちぎ障害者合同就職説明会(県央会場)参加事業所求人票一覧』(2014.9)  ハローワーク(宇都宮・那須烏山・鹿沼・真岡・日光)・栃木労働局・栃木県 『2013とちぎ障害者合同就職説明会(県央会場)参加事業所求人票一覧』(2015.2)  ハローワーク(宇都宮・那須烏山・鹿沼・真岡・日光)・栃木労働局・栃木県 『2013とちぎ障害者合同就職説明会(県央会場)参加事業所求人票一覧』(2015.9)  ハローワーク(宇都宮・那須烏山・鹿沼・真岡・日光)・栃木労働局・栃木県 『2016とちぎ障害者合同就職説明会(県央会場)参加事業所求人票一覧』(2016.2)  ハローワーク(宇都宮・那須烏山・鹿沼・真岡・日光)・栃木労働局・栃木県 『2013とちぎ障害者合同就職説明会(県央会場)参加事業所求人票一覧』(2016.9) 【連絡先】  高橋 和子 Mall:info@cocowa.co.jp 発達障害者に対する自己理解を目的とした取り組み−就労移行支援事業所におけるCSAW・DACを用いた実践− ○上原 深音(ひゅーまにあ総合研修センター)  中野 智子(ひゅーまにあ総合研修センター)  縄岡 好晴(千葉県発達障害者支援センター) 1 はじめに 発達障害もしくはその疑いを持つ利用者(以下「利用者」という。)の就労支援プロセスにおいて、適切な自己理解は常に直面する課題である。本発表では自己理解を支援するために、千葉県発達障害者支援センターのコンサルティングのもと実習先においてTEACCH Transition Assessment Profile(以下「TTAP」という。)の「CSAW」(実習現場のアセスメントワークシート)と「DAC」(毎日の達成チェック)による評価を実施し、事業所内でのゾーン指導に取り組んだ過程を報告する。さらに実習前後の利用者の自己理解の変化を考察する。 2 手続き (1)プロフィール マサル(仮名)は20代前半の男性で発達障害の診断を受けている。高卒後、障害者高等技術専門校で訓練するも就職に繋がらず、支援者の紹介により当事業所へ通所することになった。アルバイトも含めて就労経験はない。通所当初の課題は、就労経験がないためビジネスマナーや報連相の実践がないこと、特性や職業への理解が十分でないため、サービス業やコンサルティング職を希望するなど、現状のスキルと希望職種の間に大幅なギャップがあることだった。 (2)実習への動機づけ 実習先は有料老人ホームの清掃職、期間は1ヶ月としたマサルの希望職種とは異なるため、実習に取り組む動機づけが必要だった。そこで自宅地域とその近辺を管轄するハローワークの求人票を集計し職種別のグラフ(図1)を作成した。そこには清掃業も含まれており、本人は自宅に近い就職先を志望していることもあって、グラフの情報から実習に取り組む「きっかけ」を得ることができた。 (3)実習前のアセスメント 実習前に各種フォーマルアセスメントの結果をもとに優先順位の高い課題を「CBC」(行動チェックリスト)および「CSC」(スキルチェックリスト)に落とし込み、今後支援が必要なスキルや行動・態度を絞り込んだ(図2、3)。 図1 実習の動機づけに使用した職種別グラフ 図2 CBC(実習前、一部抜粋) 図3 CSC(実習前) (4)実習先でのアセスメント 清掃箇所は計7領域(手すり、椅子、手洗い台、男子/女子/車椅子トイレ、脱衣所)。各領域でTTAPのCSAW、DACをフォーマットとしスキル領域と行動領域の累積記録を実施した。CSAWで「芽生え」又は「不合格」のチェックがついたスキルや行動に関して構造化を実践し日々の達成度をDACに記録した(図4、5)。 図4 CSAW(例:手洗い台) 図5 DAC(例:手洗い台) (5)実習後指導とアセスメント 実習先でのアセスメントの結果、就業上の課題とそれに対する構造化を整理した(表)。中でも「曲がっている/凸凹がある/狭い箇所は汚れが取り切れない」という課題に関しては、実習終了後、事業所内で模擬的就労場面を設定しゾーン指導を行った。その際もCSAW、DACにて累積記録をおこない達成度をチェックし本人へのフィードバックを繰り返した。また、実習前に実施したCBC、CSCを実習後にもチェックし、実習前後のスキルおよび行動面の変化を記録した。 表  実習先で出た課題と構造化 3 結果 実習前後でマサルの自己理解に変化が見られた。 (1)適職への理解 実習前は「話すことが好き」という理由だけでサービス業やコンサルティング職を志望していたが、清掃実習を通じて現状のスキルに見合った職種検討ができるようになり体を動かす仕事にも興味を持つようになった。具体的には、ハローワークの求人票の検索において、清掃業や軽作業を中心に検討するようになった。 (2)リスクの理解 実習先で出た課題をフィードバックすることで自身の就労上の課題について、体験的に理解を深めることができた。特に行動面の課題について、実習先の上司や先輩から指摘や注意を受けたことが印象に残ったようで、実習後に事業所に戻ってからも自主的に休憩を入れるなどの行動変容が見られ、課題を意識する様子がうかがえた。 (3)ニーズの理解 自身の特性を踏まえた上で企業側へ求める配慮点についても意識するようになった。具体的には、指示を受ける際に「お手本を見せて頂けますか」、「もう少し具体的に教えて頂けますか」といった適切な援助要求を出すことができるようになり、そのほか集中力の継続時間についても体感的に把握することができ、休憩を適宜入れられる職場環境が望ましいことを自覚することができた。 4 考察 今回の実践を通じて、利用者の自己理解において重視すべきことは以下の点であると考える。 ①「事実」を積み重ねる 特に思い込みの強い利用者に対して支援者が説得を働きかけても徒労に終わることが多い。まずは「事実」を揃え、本人と支援者で一つひとつ確認していく過程が必要である。今回の実践で言えば、CSAWとDACはもちろんのこと、2-(2)で用いた職種別グラフ(図1)や実習先の上司からの言葉も本人の気付きを促す重要な「事実」となった。 ② 課題点と評価点を同等に扱う 結果では割愛したが、実習先で浮き彫りになったのは課題点だけではない。評価点も適切にフィードバックすることで利用者のモチベーション維持が可能になる。 ③ さまざまな場面で評価する 理想としては、今回の取り組みを複数の実習先で実施し、PDCAサイクルを回すことが望ましいと考える。そのためには、実習先の確保および模擬的就労場面の柔軟な設定が引き続き課題となる。 今後もより効果的な支援について検討を重ねていきたい。 特別支援学校進路指導担当教員のスキル獲得が活用度へ及ぼす影響に関する研究 藤井 明日香(高松大学発達科学部 准教授) 1 問題の所在と研究目的 特別支援学校の進路指導担当教員(以下「進路教員」という。)は成功する就労移行支援の要ともいえる重要な役割を担っている。この進路教員の専門性とは、幅広くかつ高度な内容が求められており、専門性獲得機会の保障と持続的な専門性向上システムの構築が急務となっている1)。進路教員の専門性向上を目的とする研修システムを検討するためは、進路教員のスキル獲得が、教員自身の専門性に対する満足度にどのように影響を与えているのか明らかにする必要がある。よって、本研究では、進路教員のスキル獲得が専門性満足度にどのように影響を及ぼしているのか検討し、満足度への影響モデルを明らかにすることを目的とする。研究設問は、「①活用度へ影響しているスキル内容は何か」、「②スキル獲得の専門性活用度への影響モデルはどのようなモデルか」の2点である。 2 方法 本研究は、進路教員のスキル獲得が専門性満足度に与える影響を検討するために、全国の特別支援学校(知的障害)492校の進路教員各校1名、計492名を調査対象に郵送法にて自記式質問紙調査を実施した。調査期間は、2011年9月13日から10月31日であった。調査項目は、1)回答者の教員経験年数、2)回答者の進路経験年数、3)就労移行支援に係る研修経験の有無、4)スキルの獲得状況(9つの領域:①法制度、②ジョブコーチ(JC)、③現場実習、④職場開拓、⑤ITP、⑥アセスメント、⑦指導法、⑧進め方、⑨連携の仕方について(表1)、5)自身のスキルの活用度 (7件法)である。 データ分析では、欠損値のない274名(有効回答率55.7%)を分析対象とした。分析手続きでは、教員のスキル獲得レベルが活用度に与える影響を検討するために、ステップワイズ法を用いた重回帰分析を行い、活用度に影響を与えているスキル項目を整理し、明らかになったスキル項目の影響を検討するために共分散構造分析を行った。まず重回帰分析の結果、有意な影響を与えている説明変数として、進め方、法制度、現場実習、研修経験の有無、進路経験年数であることが示された。これらのすべての説明変数が教員の活用度へ影響を及ぼすことを仮定して飽和モデルで分析を行った。その結果、パス係数が有意でないパスを削除後再度分析し、モデル適合指標数値の良いモデルを最終モデルとした(図)。これらの分析は、SPSS StatisticsVer.19とSPSS Amos Ver.24を使用した。 3 結果 活用度に影響を与えている要件を明らかにするためにステップワイズ法を用いた重回帰分析を行った結果、F(5、268)= 30.30 p<0.01で有意な影響を与えている変数として進め方、法制度、職場開拓、現場実習が選択された。R2=.361、調整済みR2=.349であり、それぞれの変数の標準化係数を表2へ示す。またこの分析で除外された変数は表3の7つであった。有意な説明変数を用いて、教員満足度への影響を検討するために共分散構造分析を行った結果、適合度指標が、CMIN=27.927,GFI=.969,AGFI=.907, RMSEA =.105であり、このモデルはデータ構造に当てはまりのよいモデルであることが確認された(図)。 最終モデルでは、重回帰分析の結果と同様にすべてのパスで正の有意な値を示した。また研修経験、進路経験年数を除く変数間では正の相互作用が確認された。本研究の結果、教員の専門性活用度に影響を与えているスキルは、法制度、現場実習、進め方であり、研修の経験と進路指導教員としての年数も教員の専門性の活用度へ有意な影響を与えていることが明らかになった。 進路教員の活用度への影響は、法制度と進め方に関するスキル獲得が5つの変数の中でも相対的に強い影響を与えていた。研修経験と進路経験年数は、他のスキル獲得に関わらず、活用度へ影響を与えていた。   4 考察 本研究の結果、進路教員の専門性活用度への影響モデルが明らかになった。専門性活用度に影響を与えているスキルの内容は、法制度、現場実習、進め方であった。またスキル内容に関わらず、就労支援に関する研修経験があることと進路経験年数の長さも正の影響を与えていることが明らかになった。 この5つの要因のうち、法制度と進め方が相対的に強い影響を与えていた。これは、進路教員自身の専門性活用度において、特別支援学校からの就労移行支援の制度的な枠組みや在学3年間の生徒の就労移行支援の流れを全体的に捉える力に関連するスキルの獲得が高い影響を与えているといえる。これまでの進路教員に関連する先行研究2)でも、法制度や進め方に関するスキルの獲得は、進路教員の初歩的に獲得すべき内容として認識されている。また進め方は現場実習と相互に影響していた。現場実習における養育効果を最大限に発揮するためには、高等部3年間において、現場実習がどのように位置づけられているのか、現場実習において実習先へどのような配慮を必要とするのか、必要な生徒への指導は何か、現場実習を行う生徒の保護者はどのような準備や生徒への支援をする必要があるのかといった点を全体的な流れの中で理解をしておく必要がある。現場実習の場面においては、実習先や就職先となる企業や事業所等などの関係機関と連携する必要があり、この連携を効果的に実現するためにも就労移行支援に関連する法制度の活用スキルが必須になる。よって法制度と現場実習の間にも相互の影響が確認されていると思われる。 進路教員の専門性の活用度は、スキルの獲得と共に就労支援に関する研修の経験や進路教員としての年数も影響を与えていた。就労支援に関する研修を受講することで自身の知識やスキルが獲得され、教員自身も日々の実践の中でそれらを活用しようとする意識や実際的なスキルの高まりがあることによって、結果活用度が高まっていると思われる。また進路経験年数においても経験年数が高くなるほどに、専門性を活用する場面は増える。よってこうした点からも研修経験と進路経験年数がスキルの獲得とは独立して活用度に影響している結果となっていると推測される。本研究の結果、進路教員の専門性活用度には、就労移行支援に関する研修の受講経験と進路経験年数に加えて、生徒の就労移行支援の実現に直接に影響している現場実習のスキルやこれらを円滑に行うための法制度や効果的に生徒や保護者と協力しながら就労支援の進め方スキルの獲得が影響していることが明らかになった。 5 限界点と今後の課題 本研究は、進路教員の専門性活用度を、教員のスキル獲得の状況及び諸条件の影響を検討したものである。本研究での説明率も約35%と低く、活用度に影響している要因として十分な説明変数を検討していたとはいえず、本結果を一般化するには制限がある。よって今後は活用度に影響を及ぼすと考えられる要因を増やして検討することが必要である。 【参考文献】 1) 藤井明日香(2011)特別支援学校高等部の進路指導担当教員の専門性獲得の現状と課題,日本職業リハビリテーション学会,24(2),14-23. 2)藤井明日香・川合紀宗・落合俊郎(2014)特別支援学校(知的障害)高等部の就労移行支援における進路指導担当教員の困り感-法制度及び支援システムに関する自由記述から-,高松大学研究紀要,61,95-110. 【連絡先】  藤井 明日香 高松大学発達科学部子ども発達学科  〒761-0194 香川県高松市春日町960   Email:afujii@takamatsu-u.ac.jp 地域の福祉施設障害者の就労促進のためのプログラム−工業団地内の緑地を活用した取り組み− ○荻野 恵(筑波大学大学院 人間総合科学研究科 障害科学専攻)  大和ハウス工業株式会社 東京本店建築事業部  大村 美保・森地 徹(筑波大学人間系)  平野 昌美(元 筑波大学大学院 人間総合科学研究科 障害科学専攻)  富澤 澄玲・白石 千晴(筑波大学大学院 人間総合科学研究科 障害科学専攻) 1 研究の目的 大和ハウス工業株式会社(以下「大和ハウス」という。)は、埼玉県和光市で参画している区画整理事業地内の緑地を活用し、「障害者の働く場の創出」を目的とした新規プロジェクトに取り組んでいる。これは、障害者の働く機会の創出に向けた企画とその実施を通じて、障害者の就労への貢献と自立の促進、共生社会の実現に向けた企業活動のあり方を模索するものである。文献検討及び調査を行い参考としながら2年目のプロジェクト実践が進行中であるので報告する。 2 プロジェクトの特徴 (1)工業団地内の緑地を活用 区画整理事業参画による工業団地開発にあたり、工業団地が位置する自治体の条例により、緑地の設置及びその適正な管理が義務付けられている。本プロジェクトはこの場所を有効に利用して障害者の働く場の創出を目指すものである。 (2)共生社会の実現への貢献 企業による障害者の労働に関する取り組みは、障害者雇用促進法による障害者雇用が中心である。本プロジェクトは、共生社会の実現に向け、既に法令遵守の観点から取り組んでいる障害者雇用とは一線を画し、直接の障害者雇用ではない形を志向し、障害のある人を包摂する共生社会の実現を目指す。 (3)製品・役務の開発を含めたスキームの構築 障害者優先発注法では官公需の優先発注の努力義務が規定される。また、企業による障害者就労系事業所の製品・役務の発注(民需)については在宅就業支援団体を通じて行う場合に発注企業への表彰制度が開始した。本プロジェクトは、官公需・民需を問わず、また単に障害者就労系事業所に対して発注元として単に発注を行うにとどまらず、障害者就労系事業所が提供可能な製品・役務の開発を含めたスキームの構築を目指す。 (4)役務と製品の2本立て 本プロジェクトは、ア.障害者就労系事業所に対する緑地管理の委託、イ.緑地管理による植物の副産物の利用、の2点において障害者就労系事業所と関連させるものである。すなわち、1つのプロジェクトにおいて障害者の働く機会が複数創出されることとなる。 (5)ノベルティへの活用も視野 製品については、大和ハウスが1度買い取り、同社の顧客(例えば住宅展示場に来て下さったお客様)にお渡しする等のノベルティとしての活用も視野に入れている。 (6)地域への貢献 本プロジェクトは工業団地の位置する和光市の全面的な協力を得て進行している。複数の障害者就労系事業所(就労継続支援A型・B型:知的障害者対象、地域活動支援センター:精神障害者対象)に通所する障害者(将来的な利用者を含む)の働く機会の創出やウェルビーイングの向上を志向する。 (7)汎用性のあるモデル構築を目指す 今後大和ハウスが開発する工業団地において、当プロジェクトを先行事例とした同様のプロジェクトの全国各地での展開も視野に入れつつ、汎用性のあるモデル構築を目指す。 3 プロジェクトの進行状況 (1)緑地管理 ア 概要 地元造園会社に緑地管理を委託し、その一部について、造園会社と当該自治体にある複数の障害者就労系事業所とが業務委託契約を締結する。 イ 成果 作業を実施した障害者就労系事業所に対し賃金を支払うこととし、2016年10月より運用中である。 (2)緑地管理による植物の副産物の利用 ア 植物の栽培及び商品の開発・販売を行っている事業所へのインタビュー オリーブ栽培・加工を行う埼玉福興株式会社を訪問し、植物の栽培、加工、商品の販売の実際とその課題についてインタビューを行った。販売に耐えうる収穫量の確保、収穫のない時期における仕事の確保が課題として挙げられた。 イ 障害者就労系事業所における原材料の加工と委託に関する先行事例の調査 全国の社会就労センター関係者及び日本セルプセンターに照会したところ、障害者就労系事業所が発注して製造を行わせる事例は、酒類醸造(焼酎・日本酒)の例を除いてはみられなかった。原材料の生産が小規模に留まるケースが多いこと、その原材料のみを用いるため小規模ロットの加工であること、障害者就労系事業所で加工設備が必要な場合は社会福祉施設等施設整備事業補助金の就労・訓練事業等整備加算や各種助成金等を用いる場合がほとんどであることが、委託製造がほとんど行われていない理由であると考えられる。 ウ 障害者就労系事業所による製品製作の可能性 文献検討では、障害者就労系事業所が商品の製作を行う場合には利用者像、人数、生産体制により生産可能量に限りがあることが示唆された。 4 考察と今後の予定 〜製品化に向けて〜 (1)工業団地開発の協働プロジェクト 本プロジェクトは、区画整理事業における工業団地開発の一端を担う事業としての位置づけであり、事業に関わる企業が協働して行う。 (2)製造工程の検討 商品の製造においては、専用の製造工程を持つ方法と、OEMメーカーに製造を請け負ってもらう方法が考えられ、当初はOEMメーカーに製造を請け負ってもらう方法が望ましいと考えられる。市場流通の観点からは、当該緑地由来でない原材料も投入して製造する等も含めて検討が必要である。なお、将来的に専用の製造工程を確保した場合は、障害者就労系事業所であって他社ブランドの製品を製造するOEMメーカーとなる事例(社会福祉法人厚生協会)があり、選択肢として参考となる。 (3)市場のニーズに応える製品作り 文献検討では、障害者就労系事業所は商取引、マーケティング、パッケージデザイン、需要の予測と生産量の調整、商市場取引に耐えうる品質の管理等に困難を抱えてきたことが明らかとなった。本プロジェクトでは、上記の困難を克服すべく以下のフローで段階的にプロジェクトを進行させていく予定である。 ア 試作品の製作 試作品を提供し、試作品に対する市場での反応や評価を踏まえて最終的な仕様を決定する。 イ 製品を確定させ、作業を切り出す 障害者就労系事業所が新たに仕事を開始する際には、当該事業所に在籍する多くの障害者が作業可能となる仕事を選定する場合が多いと考えられる。一方で本プロジェクトでは、市場で製品を確定させ、その工程の中から仕事の内容や分量を考慮し、障害者が実際にできる作業について切り出しを行う方法を採用する予定である。これにより、市場における消費需要とのミスマッチを減らし、工賃の上昇につながるスキームの構築になると考える。 5 まとめ 本事業では、建築、福祉、緑地管理の多角的な視点からの構築が目指され、障害者の雇用・就労の機会の拡大、緑地の活用、地域社会との交流の三つの側面からの効果が期待される。  本プロジェクトは従来の障害者就労施設における新規で事業を開始するフローとは大きく異なるため、先行事例が存在しない。本プロジェクトはこの1年で着実に進展しており、本プロジェクトが成功すれば、障害者雇用とも障害者就労施設による工賃上昇の取り組みとも違った、企業が地域の障害者就労に貢献する取り組みの一例となるだろう。 今後は、本プロジェクトの着実な推進とともに、プロジェクト評価が求められる。具体的には、障害者の工賃の上昇、障害者自身の意識や行動の変化、障害者雇用への移行、本事業に関わる者の意識の変化について評価を行うことが必要である。 【参考文献】 ILO(2015) Decent work for persons with disabilities: promoting rights in the global development agenda. 一般社団法人日本経済団体連合会(2016) 障害者雇用率の見直しに向けて〜分け隔てない共生社会の実現〜 池田千登勢ら(2014) 障害者福祉事業所におけるデザインマネジメント手法の研究-魅力的な商品開発を実現した就労継続支援B型事業所の好事例分析-.日本感性工学会論文誌13(1), 17-26. 【連絡先】  荻野 恵  筑波大学大学院人間総合科学研究科障害科学専攻  e-mail:s1621327@u.tsukuba.ac.jp ワークサンプル幕張版(MWS)新規課題の障害者に対する試行状況 その1−給与計算について− ○八木 繁美(障害者職業総合センター 研究員)  高坂 修・前原 和明・知名 青子・戸ヶ崎 文泰(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター障害者支援部門では、気分障害者や発達障害者への活用ニーズを踏まえ、ワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)における新規課題の開発を進めている1)。本発表では、新規課題の一つである「給与計算」について、復職を目指す気分障害者及び発達障害者への試行状況を報告する。    2 「給与計算」の概要 パソコン画面上の指示文に、社員1名分の給与の各項目を算出する際に必要な社員のデータを記載し、算出方法を記載したサブブックと社会保険料の表を参照しながら、パソコン上で給与計算事務の一部を模擬的に行う作業である。1試行を1社員の給与計算とし、1ブロックを6試行とした。難易度を示すレベルは4段階とし、レベルが上がるごとに計算項目が増え、適用するルールが複雑になる。簡易版は、短時間で全レベルを体験できるよう各2試行とした。 3 方法 (1)対象者 ① Aさん 37歳 男性 うつ病 大卒。大手製造業に勤務。実績や予算管理等の職務に従事。仕事を抱え込む傾向があり、昇進等を機に体調を崩し、休職に至った。手応えのある作業を求めていること、負荷の高い職場に戻ることから、「給与計算」の試行を提案された。 ② Bさん 50歳 男性 アスペルガー症候群にADHDを併存。大卒。大手製造業に勤務。パソコンの設計業務に従事していたが、他者との調整を求められる部署に異動後、適応が難しくなり、体調を崩して休職に至った。復職後は、開発部門で検証・確認業務を予定。MWSの既存課題は安定して遂行できており、作業に物足りなさを感じていた。 ③ Cさん 23歳 ADDにうつ病を併存。大学卒業後、事務職として就職。仕事上でミスや忘れ物が目立つようになり、精神科を受診。上記診断を受け、休職に至った。職務の一つにパソコン画面上でのデータの照合作業がある。 (2)場面 障害者職業総合センターにて、担当研究員が個別に実施。 (3)実施手続き 本研究の目的を説明し、研究協力の同意を得た上で、次の手続きで「給与計算」を行った。 ①サブブックを読み、課題の概要の確認を指示する。②サブブックを読み、導入問題を行うよう指示をする。③簡易版を実施する。④簡易版の結果をフィードバックする。 ⑤対象者の希望を確認し、訓練版を実施する。 4 結果 (1)Aさんの作業結果 ① 正答率 簡易版の結果は、レベル3以外、全問正解だった。レベル3では通勤手当の非課税額のエラーが生じた。マイカーでの通勤手当非課税額を求める指示が初出であり、画面上の通勤手当の表示を見落としたことによるものだった。 訓練版の結果を図1に示す。簡易版と同じく、レベル3でエラー(表の選択エラー、行ずれ)が生じた。「入力する項目が増え、難易度が上がった」との話があり、補完方法について相談。定規の活用に読み上げ確認を加え、レベル3とレベル4において安定した作業が可能となった。 ② 疲労のモニタリング 2日目に簡易版のレベル4を実施後、休憩を取らずに訓練版のレベル1とレベル2を実施。作業後に、「間違えないようにとの思いと早く処理をするという気持ちで疲れが出ている。手は動かしているが、ボーッとして頭が回っていない。確認し過ぎると疲れる。バランスが問題」との発言があった。レベル3のベースライン後、休憩の取り方を相談。「離席した方が、気持ちを切り替えリフレッシュできる」と述べ、部屋の外に出ることを希望。レベル4では、「日数が空いたため必要以上に確認し、目が疲れた。首や肩のこりがある」と述べ、自発的に休憩を取っていた。 「給与計算」の感想として、「復職支援プログラムでの作業が速く正確になった。集中力を高めるのによい」「パソコンの使用により目が疲れる。単純作業が苦手で、慣れるとミスが生じやすいことに気づいた」「2時間続けるとしんどくなる。既存課題より負荷が高く、実践に近い負荷をかけられる。ブロック数を増やすなどにより、疲れの出方など自分の反応を知ることができる」との話があった。 (2)Bさんの作業結果 簡易版では、レベル2と3で扶養親族のカウントエラーが、レベル3と4で通勤手当の非課税額のエラーが連続した。結果をフィードバックし、間違えやすいポイントを確認した上で、訓練版に移行した。 訓練版の結果を図2に示す。レベル1で表の選択エラーなどが生じたため、トレーニングに移行。定規の活用や読み上げ確認を行ったが、「6」と「8」など類似した数字の入力エラーなどが生じた。全てのセルに入力後の見直しを行うことで、レベル1ではエラーが消失したが、レベル2で再びエラーが生じたため、本人と相談。Bさんより、「目の前に作業があると、目標の時間を決め、焦ってしまう」との話があり、対処方法について話し合った。Bさんより、「まずは正確性を優先に、時間の目標を外す」との話があり、見直しでエラーに気づくことができたという体験を通じ、「落ち着いてやるにつきる」「余裕が大事」などの発言が増え、作業が安定した。 レベル3では、作業への慣れからサブブックを確認せずに取り組んだことで、初出の問題でエラーが生じた。従来の対処方法に加え、サブブックの間違えやすいポイントにマーカーを引くことで、作業が安定した。 「給与計算」の感想として、「同時に複数箇所に注意が必要で、既存課題より負荷が高く実践に近い」「疲れやストレスの現れ方など自分の反応を知ることができ、気づかなかった特性が分かった」と述べ、事業所面談に向け、試行により気づいた自身の特性をナビゲーションブックに整理した。支援者からは、「注意の影響はないと考えていたが、作業に支障が出ることが分かった」との感想を確認した。 (3)Cさんの作業結果 簡易版のレベル1で端数処理のエラーが、レベル3で端数処理と残業時間単価の手当選択エラーが生じた。レベル4では正答率が100%であり、レベルが上がることで手続きを学習したと推測されたが、終了後、「仕事のミス(気づかないところでミスをする)と似ている。ショックだった」との感想を確認した。今後の対策として、「気をつける。前向きに捉える。負けない」などと精神論的な対処方法を挙げていたことから、復職支援プログラムで問題解決技能トレーニングのグループワークを実施。対処方法について話し合った上で、訓練版の実施につなげた。 5 考察 新規課題は、復職を目指す気分障害者や発達障害者を中心に、既存課題では安定した作業遂行が可能であり、障害の影響や、ストレス・疲労の現れ方を把握しにくい人に対し、効果的な支援が可能となるよう、実務に即した難易度の高い課題の開発をコンセプトとしている。今回の試行の結果、事例AとBは、いずれも「難易度の高さ」と「疲れやストレス、自身の特性への気づき」について言及しており、「給与計算」が開発のコンセプトに沿った作業課題であることを確認できたと言える。  一方、実務に近い負荷がかかるため、職場でミスをする状況が再現される可能性が高く、対象者によっては、事例Cが「ショックだった」と述べたように、心理的負荷がかかることが懸念される。対象者の状況に応じた効果的な活用方法について、今後整理が必要だと言える。 6 おわりに 本発表での報告は、現段階で得られたデータをもとにまとめたものである。今後、試行事例を蓄積することにより、対象者像を明確にし、効果的な活用方法、実施上の留意事項等の検討を進めていく予定である。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:調査研究報告書No130 「障害の多様化に対応した職業リハビリテーション支援ツールの開発」(2016) 図1 Aさんの「給与計算」の結果 図2 Bさんの「給与計算」の結果 ワークサンプル幕張版(MWS)新規課題の障害者に対する試行状況 その2−社内郵便物仕分について− ○高坂 修(障害者職業総合センター 主任研究員)  八木 繁美・前原 和明・知名 青子・戸ヶ崎 文泰(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター障害者支援部門では、気分障害者や発達障害者などへの活用ニーズを踏まえ、既存のワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)より難易度を高く設定したMWS新規課題の開発を進めている1)。 本発表では、「社内郵便物仕分」の開発状況について、障害者を対象とした試行結果を中心に報告をする。   2 社内郵便物仕分の概要 社内郵便物仕分は、仮想の会社(株式会社JEED)に届いた郵便物を、宛先の部署名又は部署名及び個人名を見て、フォルダーやボックスに仕分ける作業である。サブブックの「仕分のルール」に従い、必要に応じて組織図や社員名簿を参照しながら部・課、速達・親展、転送、要確認のフォルダーなどに正確に仕分けることが求められる。 レベルは5段階で、レベルが上がると、宛先が「部」のみから「部課名」「該当のない部課名」「個人名」や扱いが異なる「速達・親展」「転送」など、参照箇所が増え、ルールを読み込まないと仕分けられないよう設定した。郵便物1通を1試行とし、1ブロックを20試行とした(表)。       3 障害者に対する試行実施 (1)概要 平成28年度は、関係機関に所属する障害者又は健常者へ協力を依頼し、同意の得られた対象者に対して、試行を行った。以下、障害者を対象とした試行結果について述べる。 (2)事例A ア 状況 気分障害で休職中の50代男性。大卒。これまでに複数回の休職をしており、現在、地域障害者職業センターで職場復帰に向けた支援を受けている。 イ 実施結果 実施した結果について図1に示す。 レベル1〜5までを評価(ベースライン期、以下「BL」という。)として各2ブロック実施した。 その結果、レベル3では、行書体で記載された部課宛の郵便物を「要確認」に誤って仕分けたほか、レベル4では、「製造第2部品質管理課→製造第1部品質管理課」のように似たような部名のエラーと「速達・親展」の見落としがあった。レベル5でも同様に「速達・親展」の見落とし、同じ部内の違う課に仕分ける課名確認のエラーや異動先を記載した付箋を付けて仕分ける郵送物に付箋を付けずに送ったエラーがあった。 各レベルの終了後に感想を聞いたところ、レベル1では、「部あての郵便物ばかりで、レベル1としては丁度よい」、レベル2では、「要確認に該当する郵便物を後に残して仕分けた。課宛の郵便物があったので、部課でまとめた」と話されていた。さらに、レベル4では、「個人宛の郵便物があり、サブブックを見る機会が多く、難易度が上がった」、レベル5では、「個人宛で転送が必要な郵便物でも、転送ボックスではなく転送先に仕分ける郵便物や個人名だけの郵便物もあり難しくなった」と話されていた。 また、仕分のルールの理解は的確だが、「速達・親展の見落とし」や「似たような部名を間違う」部名エラー、「書体の違い」から生じる仕分エラーについて伝えたところ、「書体の違い」は、「行書体」がわかりにくかったとのことで、その他のエラーについては、本人自身も職場でそうした傾向があると話されていた。 そこで、エラーの多くなったレベル4から、補完方法などを取り入れて、訓練(トレーニング期、以下「TR」という。)することとなった。 TRでは、「速達・親展」「個人宛」「その他」の3種類に仕分けてから個々の郵便物を仕分けた。また、所属する従業員の多い製造部の個人宛の郵便物を仕分ける際、「社員名簿」ではなく、「あいうえお索引」から特定することにより、正答率100%で推移した。その後、レベル5のBLに移行し、正答率100%だった。 終了後のフィードバックでは、「思い込みで間違うことがあるので、確認することが重要」と話されていた。 (3)事例B ア 状況 アスペルガー症候群の30代女性。郵便局に勤務。現在は休職中。職場復帰に向け、地域障害者職業センターの支援を受けており、MWS の既存課題を活用している。既存課題に対する理解力は高く、集中できる環境であれば、正答率は高い。職務遂行上の課題として、同時複数的な作業やイレギュラーなことがあるとパニックになりやすい。 イ 実施結果 簡易版を実施。正答率100%だった。実施後の感想では、「物流課の下にたくさんのグループがあり、戸惑った」、「注意散漫なので、間違いがないかどうかわからない」と話されていた。フィードバックの結果、注意散漫さの影響やエラーの傾向を確認するため、訓練版のレベル3から実施した。結果については、図2に示す。 訓練版では、1試行目で似たような部名のエラー(製造第2部→製造第1部)があり、結果のフィードバックで本人はこうした単純なエラーがあることに驚いていた。 そこで、補完行動として、製造部宛の郵便物を先に仕分けることとしたが、新たに「監査室と鑑査室」の違いを認識せずに仕分けるエラーが発生し、似たような部名や文字の違いによるエラーが生じていることが判明した。 特に、個人宛かつ部の代表宛に関するルールを適用する郵便物がこの試行で初出しており、本人の特性からその対応に注意が向いた可能性も考えられた。 そこで、本人との相談では、部名を判別しやすくするため、付箋をボックスに貼付したり、読み間違いを防ぐため「組織図」の活用や部課名が表示されているフォルダーを数センチ引き上げて、郵便物と照合するなどの補完方法を取り入れることとなり、結果として全問正解できた。 感想としては、これらの補完方法を活用することが有効であった、との話が聞かれた。 レベル4では、これまでの補完方法を活用し全問正解できたが、個人宛の郵便物が増えたことや個人名の該当なしなど、レベル3より難易度が上がったとの感想が聞かれた。 全体を通じての感想として、「既存課題のような作業よりは、実際のオフィスワークに近い」「職場のケアレスミスをなくしていくのに役に立った」と述べていた。 4 今後について 今回の事例からは、難易度が徐々に上がることが当事者の感想で示唆されたほか、事例Bにおいては、いくつものルールを適用させる際に文字情報の処理に注意が向きにくいなど、既存課題ではなかった気づきなどが得られたことから、引き続き新規課題開発部会員の所属する機関において試行実施することとしている。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:調査研究報告書No130 「障害の多様化に対応した職業リハビリテーション支援ツールの開発」(2016) パネルディスカッションⅡ 障害者雇用の現場で実践する合理的配慮 法政大学 現代福祉学部 教授  眞保 智子 平成25年(2013)年に改正された障害者の雇用の促進等に関する法律により合理的配慮義務が明文化されて4年が経過いたしました。 しかしながら、一言に「合理的配慮」といっても、障害のある方ご本人の心身の特徴や、目的や場面、その人を取り巻く環境によって、必要になる合理的配慮の内容や程度は異なってきます。これまで障害者雇用を行ってきた企業は、雇用にあたり一定の配慮をしてきた経験があります。改正法がもとめる「合理的配慮」を進める上で今後必要とされることはどのようなことでしょうか。 また、配慮を行う行政や事業者の側にも人的・技術的・金銭的資源の限界があるため、過度な負担でない実現可能な配慮を検討していく必要もあります。 障害のある労働者との開かれたコミュニケーションのために大切なことは何か。「合理的配慮」はコストなのか、それとも能力開発への投資なのか。本ディスカッションでは、実際に障害者雇用の現場において実践されてきた合理的配慮の具体的事例を確認しながら、合理的配慮を提供するための有効な方法について検討していくこととします。 障害者雇用の現場で実践する合理的配慮 株式会社エヌ・エフ・ユー 第1事業部ふくし事業課 課長 酒井 和希 [就労(職業)体験時] ① 支援員(担当教員)及び本人から提出いただいた『プロフィール』にて内容確認 ② 事前アセスメントと同時に職場環境の見学をし、支援員(担当教員)と共に確認 基本的には、本人の申し出により検討⇔その場で協議  *支援員より申し出られた配慮内容をご本人が断られるケースも多々あり ③ 就労体験のふり返りにて、有効な配慮かどうかの確認を都度実施 [採用時] ① 事前実習を必須としているので、実習期間中で配慮に関しては確認しながら実施した上で、本 人・支援員(担当教員)・配属先社員、必要に応じて主治医及び産業医の見解を参考に実施 ② 採用後についても、必要に応じて①を実施 [合理的配慮について気を付けていること] ① 本人が自分で言えること ② “配慮してあげている”・“配慮してもらって当然”という感情論にならないようにすること“この配慮で更なる能力を引き出したい、頑張ってもらいたい”・“配慮以上の努力・工夫をしよう”という関係性が築けるよう特別扱いにならにように ③ 配属先からの自発的な取組みに繋がるように ④ 義務としての配慮にならないように ⑤ 出来ないことは出来ないので、一緒に他の方法を考える(必要性も含めて) ⑥ あまり『配慮』という言葉も含めて、前面に出さない様に ⑦ 必要以上のことはしない [配慮の実施例] ① 通勤時間を外した勤務時間 ② トイレ時間の確保 ③ エレベーター点検・修繕期間の業務場所の変更 ④ 業務指導方法の工夫 ⑤ 共有ロッカーではなく個人ロッカーの使用 ⑥ 窓口から離れた席の配置 ⑦ 在宅勤務 ⑧ 駐車スペースの確保 ⑨ スポットクーラーの設置 根本には、お互いを理解することで、事前発生的な『配慮』が出来るように『配慮』が『配慮でない』こと、働く社員すべてが働きやすい職場であることを目指したい 障害者雇用の現場で実践する合理的配慮   独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構中央障害者雇用情報センター 障害者雇用エキスパート 湯浅 善樹   情報センターの相談記録を「合理的配慮」のワードで検索した内容を集計したものです。 2013年度に在り方研究会の開催あたりから相談が入り始めた。法施行直前の2015年度後半が相談のピークであり、当時は法解釈の質問や、自社の合理的配慮についての全般的な質問が多かった。 講演依頼も相談件数と同様で、2015年度後半と2016年度前半がピークであった。2017年度に入り相談件数は落ち着いたが、内容は当事者の申出に関するような具体的内容に変化してきている(図1)。 障害種別を見ると、障害全般に係る質問が35件。種別ごとの質問では、視覚・聴覚が各8件でトップ。次いで精神の6件内部障害の5件と続いている。やはり、物理的な合理的配慮が先行しているようだ。枠外に申出とあるのは本人申出によるもの、中途は入社後に障害となった方の相談案件(図2)。 相談内容は、支援機器に関するものが18件と飛び抜けている。次いで相談窓口の人選や運営方法が多く、関連する社内への周知方法に関する点もご相談が多かった。また、過重な負担に関する相談は本人申出による個別具体的なものが殆どで増える傾向にある。採用試験時の支援機器活用などの質問も増えている(図3)。   障害者雇用の現場で実践する合理的配慮 「人を活かせないのは、会社が悪い」−障がいのあるなしにかかわらず平等に成長の機会あり−                        株式会社 カシマ 代表取締役社長 米田 一夫 1 事業内容 当社は、株式会社ノーリツのグループ会社である株式会社アールビーの100%出資子会社です。部品加工メーカーであり、給湯器部品、システムバス部品、建築部品のプレス板金、溶接、組立加工を行っております。 2 採用前の取組み 当社は採用面接時に第三者(当人の特性を理解されている先生、支援員様)を交えて応募者の特性を理解する事から始め、実際に作業をしていただく職場を中心に工場の視察をしてもらい、その後ヒヤリングで感触を確認し本人の希望があれば実習(単純繰返し作業)をしていただきます。実習後に本人の意思確認と会社側の評価をもとに採用の決定を行い、会社側で採用可否の判断が難しい場合、本人の意思を聞きながら実習の延長を行います。実習を担当した職場のリーダーと本人の適性などを話し合い、場合によっては本人の合意を得て職場を変更しております。 3 作業上の取組み 次に作業ですが『だれにでもできる化』を基本として記憶作業にならないようマニュアル(写真付)を準備し、リーダーと共に『やってみせ⇒言って聞かせ⇒させてみる』を繰返し、速さなどは問わず手順どおり作業ができるよう訓練してもらいます。上手く出来ないなどの事情には、やりづらさ、難しさの感触、感覚が人それぞれ違う事が原因である場合が多く、それを克服するためには真因を見つけなければなりません。本人と話し合い、思考してやりやすい環境・道具・作業ポイントへの改善が必須です。改善して上達してもらう事がリーダーの仕事の本分であり改善によって好結果が得られれば本人、リーダーもモチベーションアップに繋がり共に成長する事ができますし、一体感も生まれます。いかにお互い成功体験を作れるかがその後の『働きがい』に繋がると思います。 4 作業外の取組み その他にも障がいのある方と出来るだけ多く対話する機会をとるため会社行事として花見・暑気払いでのBBQ大会、有志での社員旅行、忘年会、各種ボランティアへの参加、障がい者2名と役員2名でのランチミーティング(3ケ月に一度巡回)を行い終了後には相談、要望アンケートを実施し課題等に対応します。また、管理職抜きのQCサークル活動など幅広くコミュニケーションの場作りを行っています。 5 おわりに 弊社役員におきましては、生活相談員、企業在籍型職場適応援助者の講習に参画し障がいについての理解を深め配慮のできる会社を目指し『共存共栄』することを目的とし、思いやりのある人の集まりでありたいと考えております。『社員が生き活きと働ける会社』を目指し努力を続けていきます。 ホームページについて 本発表論文集や、障害者職業総合センターの研究成果物については、一部を除いて、下記のホームページからPDFファイルによりダウンロードできます。 【障害者職業総合センター研究部門ホームページ】http://www.nivr.jeed.or.jp/ 著作権等について 無断転載は禁止します。 ただし、視覚障害その他の理由で活字のままでこの本を利用できない方のために、営利を目的とする場合を除き、「録音図書」「点字図書」「拡大写本」等を作成することを認めております。その際は下記までご連絡ください。 なお、視覚障害者の方等で本発表論文集のテキストファイル(文章のみ)を希望されるときも、ご連絡ください。 【連絡先】 障害者職業総合センター研究企画部企画調整室 電話 043−297−9067 FAX 043−297−9057 E-mail kikakubu@jeed.or.jp 第25回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集 編集・発行 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター 〒261-0014 千葉市美浜区若葉3−1−3 TEL 043−297−9067 FAX043−297−9057 発行日2017年11月 印刷・製本株式会社コームラ