第24回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 ご挨拶 「職業リハビリテーション研究・実践発表会」の開催に当たり、一言ご挨拶申し上げます。 本発表会は、職業リハビリテーションの発展に資することを目的として開催しており、これに関連する調査研究や実践活動を通じて得られた多くの成果を披露いたしますとともに、ご参加いただきました皆様方の意見交換、経験交流等を通じて、研究・実践の成果の普及に努めるものでございます。 振り返りますと、本発表会は、平成5年に第1回を開催し、今年で第24回を迎えることとなりました。この間、ご参加いただきました関係者の皆様は、第1回では380名、そして23回となる前回では1,127名となっております。こうしたことから、本発表会が、着実にその関心を高めてきたものと考えております。 また、皆様の所属先をみますと、企業そして福祉関係機関からのご参加が大きく伸びており、全体の2割程度から6割以上を占めるに至っております。 ご参加いただいている方が着実に増え、加えて、障害のある方の雇用を実際に行う企業の方と、障害のある方を企業に送り出し、また支援する福祉関係機関からのご参加が進んでいることは、障害者雇用の促進に最も基本的なことであり、かつ、重要なことであると考えております。ここに、主催者として、皆様に深く感謝し、御礼を申し上げる次第でございます。 さて、障害者雇用を取り巻く環境につきましては、本年4月に障害者に対する差別の禁止及び合理的配慮の提供義務が盛り込まれた「障害者の雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律」が施行され、また平成30年度には精神障害者が法定雇用率の算定基礎に組み入れられることとされております。 こうした状況を背景として、企業の皆様におかれましては、多様化する障害の種類に対応した障害者雇用の促進と職場定着の推進が求められ、また支援機関の皆様におかれましては、より適切、そしてタイムリーな支援が求められていると考えております。 本発表会では、様々な調査研究の成果のほか、企業や支援機関、あるいは教育、医療といった関係機関の皆様から、実践的な報告をいただくこととしております。 こうした成果や報告は、ご参加いただきました皆様にとって、必ずや、有益であり、役立つものと確信しております。是非、ご参考にしていただければと思います。 本日の特別講演は、当機構で行っております平成27年度の職場改善好事例として優秀賞を受賞された株式会社ザグザグ様での取組につきましてお話しいただくほか、本日、そして明日と、パネルディスカッション2本、口頭発表79題、ポスター発表39題を予定しております。ご応募いただきました皆様には、この場をお借りしまして御礼申し上げますとともに、本発表会が実り多いものとなりますよう祈念いたしまして、開会の挨拶とさせていただきます。 平成28年11月10日 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 和田慶宏 目次 【特別講演】 「障がいのある人もない人もともに働きやすい環境づくりを目指して」 講師 阿部瞳 株式会社ザグザグ総務部採用チーム 2 【パネルディスカッションⅠ】 「1人でも多くの障害のある方の雇用・定着を実現するために ~企業の取組から考える~」 司会者 稲田憲弘 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構雇用開発推進部雇用開発課 8 【口頭発表 第1部】 第1分科会:企業における障害者雇用の取組Ⅰ 1 富士ソフト企画(富士ソフト特例子会社)における合理的配慮・業務拡大・雇用継続・職場定着の取り組み 10 2 外部支援機関との連携による職場定着について 12 3 本業の戦力になる業務拡大の取り組みについて 14 4 障がい者雇用における「当たり前」は、本当に当たり前なのか 16 第2分科会:精神障害Ⅰ 1 日本におけるピアサポートの現状と課題Ⅰ 18 2 日本におけるピアサポートの現状と課題Ⅱ 20 3 精神疾患で自信を失っている大人が、「子どもに勉強を教える」関わり等を通して生まれる『心と頭の“揺らぎ”』を評価する試み 22 4 職場定着支援のその先へ~コミュニティ活動が広げる「より良い人生」への可能性~ 24 5 自殺を予防する支援から「生きる力」を支える支援へ~生と死を語るコミュニティ形成を通じて~ 26 第3分科会:発達障害Ⅰ 1 ESPIDD(発達障害者の就労支援プログラム)の作成について害者職業センター 28 2 発達障害(ASD)のある求職者を対象とした基本的な就職支援ニーズを把握するための職業相談シートの作成 30 3 支援機関協働による岡山県北部の発達障害者に対する就労支援プログラムの創出 32 4 職業リハビリテーションにおける応用行動分析の活用−トークン・エコノミー法を活用した安定通所のための支援プログラム− 34 5 精神・発達障害と似た行動特性の学生に対する効果的な支援方法に関する研究 ~暗黙の了解などを学ぶ問題集の開発~ 36 第4分科会:高次脳機能障害Ⅰ 1 高次脳機能障害を持つ当事者と家族に対する青年期の支援プログラム~作業と振り返りによる自己理解へのアプローチ~ 38 2 小児期発症の高次脳機能障害児・者の実態調査 40 3 小児期発症の高次脳機能障害者就労定着の実態 42 4 医療・地域との連携により自己認識が向上した症例に対する就労支援 44 5 各種支援機関における高次脳機能障害者支援の現状 46 第5分科会:就労移行支援Ⅰ 1 特例子会社設立、経営の経験を生かした、多機能事業所(移行+B)における精神障害者の就労支援 48 2 夢を語れるための就労移行支援事業の現状と課題 50 3 就労移行支援事業所における職場定着支援の介入および課題についての調査・実践報告 52 4 高次脳機能障害者の復職支援における就労移行支援事業所の役割とネットワーク構築について 54 第6分科会:地域における連携、ネットワーク 1 企業への就労実績を踏まえ、関係機関との共有する場面を通して、細い糸からワイヤーロープ程の強度にする、ネットワークづくり 56 2 東京都大田区における就労移行支援事業所連絡会の意義と展開−自治体支援から考える− 58 3 働く障害者等の立ち寄り型ピアサポート拠点の試み 60 4 地域の就労支援の現状把握に関する調査研究−障害者就業・生活支援センターの現状把握と分析− 62 第7分科会:障害者を取り巻く状況Ⅰ 1 障害者の職場定着に関する分析−「障害者の就業状況等に関する調査研究」から− 64 2 中小企業への障害者雇用促進の重要性と推進方法 66 3 障がい者の就業と市民後見の役割 制度とのはざま 68 4 触法障がい者への複合的支援 ~司法・医療・福祉・家庭の連携による再犯防止プログラムの計画と実施~ 70 第8分科会:職域拡大 1 都立高校での知的障害又は精神障害の非常勤職員の就労継続支援と転職に向けた取り組みについて 72 2『チームぴかぴか』の役割 教育委員会における障害者雇用と就労支援 74 3 企業との協働による在宅就労者の二次障害予防に向けた取り組み 76 4 数字で見る「在宅で働いている人、働きたい人」の現状について−最新の在宅就業に関する調査研究事業から 78 第9分科会:農業分野 1 障害者雇用における農業での雇用確保及び就労移行支援における障害者の就業について 80 2 農業分野における障がい者就労−就労継続支援B型事業所の工賃向上に向けた取り組み事例− 82 3 障がい者就労支援のための農作業の取組継続要因と課題~福祉事業所の社会貢献視点から~ 84 4 経験や意向に応じた農作業の取組による障がい者の就労支援~福祉事業所での潜在的需要に着目して~ 86 【口頭発表 第2部】 第10分科会:企業における障害者雇用の取組Ⅱ 1 企業間で双方向に行うインターンシップの取り組みについて(1) 90 2 企業間で双方向に行うインターンシップの取り組みについて(2) 92 3 働きがいのある職場環境の構築とモチベーション向上の取り組み①~ホテル客室清掃におけるjob事例~ 94 4 働きがいのある職場環境の構築とモチベーション向上の取り組み②~ホテル客室清掃におけるjob事例~ 96 5 企業における職場定着支援・就労継続支援・職場改善・・・あれから10年・・・ 98 第11分科会:精神障害Ⅱ 1 精神障害者の雇用に係る企業側の課題とその解決方策について 100 2 Webシステムを利用した精神障害者の就労継続支援システムの導入効果 102 3 精神・発達障がいと職場マネジメントについての研究(心身ともに健康的に働ける職場作りとその対策について) 104 4 精神科医療機関とハローワークが直接連携した就労支援について(医療から就労へ) 106 5 ひきこもりの傾向を有する精神障害者の就労支援~病院や関係機関と連携した事例~ 108 第12分科会:発達障害Ⅱ 1 企業・支援者・保護者の三者によるグループワークの効果 110 2 発達障害者の職場適応上の課題と課題解決に向けた支援方法について~事業主支援の視点から~ 112 3 発達障害の就労支援と社会的認識に関するチェックリスト作成の試み 114 4 発達障害者に対する職場対人技能トレーニング(JST)の改良の取組について 116 5 発達障害者に対する雇用継続支援にかかる一考察~職場復帰における「在職者のための情報整理シート」活用事例より~ 118 第13分科会:高次脳機能障害Ⅱ 1 大型トラックドライバーの復職支援~第一種大型自動車運転再開支援の介入を中心に~ 120 2 脳挫傷後、高次脳機能障害を呈した方への復職支援~地域障害者職業センターとの連携により復職達成された一事例~ 122 3 高次脳機能障害を呈した50歳代母親の就労に至るまでの医療機関における長期支援からの一考察 124 4 脳出血により左片麻痺及び高次脳機能障害を呈した事例への復職支援~回復期リハビリテーションから復職に至った要因の検証~ 126 第14分科会:視覚・聴覚 1 アジア太平洋諸国におけるマッサージ業の現状と課題−第13回WBUアジア太平洋地域マッサージセミナーに参加して− 128 2 盲ろう者の理療就労に関する研究−あ・は・き師免許取得から理療就労までの要件− 130 3「チャレンジドサポーター コミュニケーション力強化プログラム」−聴覚障害者の職場定着を目指して− 132 4 聴覚障がい者のキャリアアップを阻害する要因についての一考察 134 第15分科会:就労移行支援Ⅱ 1 本人の話に耳を傾けることの重要性 ~就労支援における一考察 136 2 同じ事業所を2回利用した方の事例から、効果的な支援を多面的に考える~失敗?成功?本人や関係者はどう考える?~ 138 3 就労移行支援事業所における集団認知行動療法に基づいたプログラム効果 ~症状の安定、訓練へのモチベーション維持に向けて~ 140 4 就業者を対象としたアンケート調査から考える職業生活前後の支援 142 第16分科会:障害者を取り巻く状況Ⅱ 1 障害者雇用制度の改正等に伴う企業意識・行動の変化に関する研究 144 2 障害者就労支援における就労支援サイドと企業サイドの間に存するギャップについて 146 3 障がいのある教師の職場並びに生活の場における社会的障壁の克服の実践と必要な合理的配慮 148 4 ある権利条約締約国における批准後の取り組み ~ドイツの事例から~ 150 5 障害者就労支援の効果的な取組に関連する信念、知識、外的環境の分析 152 第17分科会:復職支援 1 非メランコリー親和型の気分障害を有する若年者の休業と復職支援の動向に関する研究 ~企業ヒアリングの結果~ 154 2 うつ病像の変化に対応した復職支援−雇用管理と再発予防の視点から− 156 3 中途障害者の職場復帰の現状と対応に関する研究~中途障害者の職場復帰支援の強化を目指して~ 158 4 気分障害等による休職者の復職支援プログラムにおける「ワーク基礎力形成支援」 −試行状況について− 160 第18分科会:キャリア形成・能力開発 1 SSTを活用した人材育成プログラム~効果的なプログラム構成と実施方法について~ 162 2 千葉県特例子会社連絡会会員企業による交流型SST研修の取組み~SSTを通して会員企業の交流を深め、共にスキルを高める~ 164 3 人材育成とワーク・エンゲイジメント−就労移行支援事業所に対する調査から− 166 4 障害者就業と女性の活躍促進に向けた課題~共通するワークライフバランスを探る~ 168 【ポスター発表】 1 地域の就労支援ネットワークに関する検討 その1……調査結果からみた発達障害のある利用者の課題と支援内容…… 172 2 地域の就労支援ネットワークに関する検討 その2……調査結果からみた発達障害者支援の体制と連携の課題…… 174 3 新版F&T感情識別検査による特性評価と結果の解釈…発達障害者の感情認知の特性理解のために… 176 4 新版F&T感情識別検査 快‐不快評定版に基づく検討…一般基準値からみた発達障害者の特性… 178 5 発達障害者の感覚特性の気づきの促進−ワークシステム・サポートプログラムにおける支援モデルの試行− 180 6 発達障害者就労支援センタージョブセンター草加の取り組み−平成26年度から平成27年度の活動報告及び事業紹介− 182 7 成人の発達障害が疑われるケースへのナビゲーションブック活用に関する検討 184 8 ワークサンプル幕張版(MWS)新規課題の開発について障害者職業総合センター 186 9 就労移行支援事業における幕張ワークサンプル(MWS)を用いた能力開発・技能訓練に関する実践報告 188 10 企業が求める人材と本人の特性の視覚的な比較を目指したジョブマッチングシートの考案と経過報告 190 11 市民後見人は障害者就業支援のための一助となりえるか−役割期待について考察する− 192 12 障害のある生活困窮者への就労支援:全国アンケート調査の結果から 194 13 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第4期) その1−16年間のパネル調査の中間報告− 196 14 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第4期) その2−職業上のニーズに関する分析− 198 15 職場における障害者雇用が従業員の否定的ステレオタイプ形成・軽減におよぼす影響 200 16 職場定着支援における企業等へのヒアリング調査結果−「障害者の就業状況等に関する調査研究」から− 202 17 障害受容と雇用継続に向けたツールの活用~二次障害を患った発達障害者の一事例の取り組み~ 204 18 発達障害の方の長所をプラスにいかす支援 ~制限した関わりからの脱却 206 19 就労移行支援事業所におけるアセスメントツールを活用した介入と有効性 その① ~TTAPフォーマルアセスメントについて~ 208 20 就労移行支援事業所におけるアセスメントツールを活用した介入と有効性 その② ~TTAPフォーマルアセスメントによる実践~ 210 21 支援機関協働による岡山県北部の発達障害者に対する就労支援プログラムの創出※ 口頭発表第3分科会(P.32)に論文掲載 22「チャレンジドサポーター コミュニケーション力強化プログラム」−聴覚障害者の職場定着を目指して−※ 口頭発表第14分科会(P.132)に論文掲載 23 一人ひとりの適性を鑑み、更なるキャリアアップ及び定着に成功した人事異動事例(知的・精神障がい者)/ベネッセビジネスメイト 212 24 ある脳卒中患者の復職及びセカンド・キャリアについての組織認識論的考察 214 25 肢体不自由教育における就労への取組み~東京都立府中けやきの森学園の事例~ 216 26 精神科医療機関とハローワークが直接連携した就労支援について(医療から就労へ)※ 口頭発表第11分科会(P.106)に論文掲載 27 東京都大田区における職場体験実習のとりくみ −5年間の報告から− 218 28 就労支援機関と精神科医療機関の効果的な情報交換・連携に資するためのマニュアル作成について 220 29 職場復帰におけるジョブコーチ支援の役割にかかる考察~リワーク支援からジョブコーチ支援への移行事例を通じて~ 222 30 地域の福祉施設障害者の就労促進のためのプログラム−工業団地内の緑地を活用した取り組み− 224 31 障害者の在宅就業支援 ~団体からの聴き取り調査~ 226 32 職業リハビリテーションで用いられる「自己理解の支援」についての概念分析 228 33 働くことの追及から生まれた生活介護事業所における重度障害者の地域での果たす役割・就労への挑戦 230 34 高次脳機能障害のある方が一般就労する為に~就労準備性から見えてきたもの~ 232 35 障害者職業能力開発校の保健室における聴覚障害者への支援 234 36 聴覚障がい者に特化した就労移行支援事業所における実践報告 236 37 理療教育を学ぶ盲ろう者が実技を習得するための支援 238 38 ヘルスキーパー等のマッサージ業務での就労を希望している視覚障害者への就労支援について 240 39 理療就労を目指す中途視覚障害者の医療面接学習と漢字力向上の取組み 242 【パネルディスカッションⅡ】 「発達障害者の就労支援を進めるために ~支援の手助けをするツールの活用~」 司会者 高瀬健一 障害者職業総合センター 246 特別講演 障がいのある人もない人もともに働きやすい環境づくりを目指して 株式会社ザグザグ総務部採用チーム 阿部瞳 パワーポイント資料のため割愛 パネルディスカッションⅠ 1人でも多くの障害のある方の雇用・定着を実現するために~企業の取組から考える~ 【司会者】 稲田憲弘(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用開発推進部雇用開発課 課長補佐) 【パネリスト】(五十音順) 阿部瞳(株式会社ザグザグ 総務部 採用チーム) 髙橋広樹(大和ライフプラス株式会社 ダイバーシティ推進部統括課 課長) 吉永俊介(THK株式会社 山口工場 製造推進部環境教育課  副課長 兼 経営戦略統括本部 人事総務統括部人財課 (障がい者雇用推進担当)) 1人でも多くの障害のある方の雇用・定着を実現するために~企業の取組から考える~ 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用開発推進部雇用開発課 課長補佐 稲田憲弘 ○ 障害者雇用は着実に進展しているが、障害者の数が0人である企業(0人雇用企業)もあり、当該企業では、何からどうすればよいのか、どのように社内の理解を得たらよいのかといった根本的な悩みを抱えていることも少なくない。 ※ H27.6.1現在、全企業数87,935社のうち「0人雇用企業」は27,614社(31.4%)(厚生労働省「平成27年障害者雇用状況の集計結果」より)。 ○ 他方、雇用障害者が増加し、精神障害者や発達障害者等の受入れが進む中で、各企業では、業務形態等に応じて障害者職業生活相談員や企業在籍型ジョブコーチ等を配置し、支援機関と効果的に連携しながら職場定着支援に取り組んでいる。 ○ こうした中、今年4月から合理的配慮指針が施行され、社内サポート体制の要である企業内の障害者職業生活相談員等には「障害のある方の思いを聴き、支え、同じ職場で働く人との相互理解を促進する」等の役割も求められるものと考えられる。 ○ これらを踏まえ、本パネルディスカッションでは、様々な形で障害のある方の雇用・定着に取り組んでいる企業の皆様に各社での取組を報告していただき、企業における障害者雇用の取組の現状と課題について情報共有・検討を行うこととしたい。 口頭発表 第1部 富士ソフト企画(富士ソフト特例子会社)における合理的配慮・業務拡大・雇用継続・職場定着の取り組み ○遠田 千穂(富士ソフト企画株式会社 企画開発部 部長) ○槻田 理 (富士ソフト企画株式会社 教育事業グループ 課長代理) 1 業務拡大・雇用継続の取り組み −JOBサポート窓口−  平成28年の5月より弊社では、JOBサポート窓口という相談窓口を設置した。ここでは社員が仕事やプライベートのことなどについて、自由に相談できる仕組みとなっている。まずは設置の経緯について説明する。 (1)JOBサポート窓口設置以前(カウンセラーが対応)  このJOBサポート窓口を設置する以前に、専属のカウンセラーを雇用して社員のケアにあたってきた。しかし運用する中で以下のような問題が生じ、制度を廃止した。  まず1つ目の問題点として、カウンセラーが高負荷になったことである。特に障がいのある1部の社員は何かあるとすぐカウンセラーに相談することになった。勤務時間内にとどまらず、カウンセラーの携帯電話に昼夜問わず連絡を入れることが常態化した。これは社員がカウンセラーに依存している状態といえよう。これによりカウンセラーの心身に大きな負担となった。  2つ目は、守秘義務の問題がある。相談した社員とカウンセラーの相談内容は守秘扱いとなっている。そのため問題が上司・経営側に伝わることが少なく、問題が混濁化した事例もあった。 (2)JOBサポート窓口設置以前(上司が対応)  次に社員への相談対応を、カウンセラーから現場の上長へと移した。組織で社員の問題を解決していくことが望ましいと考えたため、社員(部下)の悩み、困りごとを上司が聞くようにした。弊社は障がいを持った社員が多い。上司がそうした社員からの相談をしっかり受け止めることができるよう、各障がいへの理解について会社全体が取り組む課題とした。そして障がいの理解を促す教養動画の視聴を社員に義務付け、レポートをあげる仕組みにした(教養講座)。  しかし問題点として、相談内容によっては上司に相談しづらいものも少なからずあった。社員にとってもっと相談しやすい窓口の設置が求められるようになった。 (3)JOBサポート窓口を設置(平成28年5月~)  このような経緯もあり、平成28年5月よりJOBサポート窓口を設置し、運用をしている。JOBサポート窓口のメンバーは、社内より5名程度が選任された。本業を別に持つ兼任という形をとった。またメンバーはチーム長、社員代表などを経験した社員があたっている。  相談内容は仕事・プライベートを問わない。相談対応は5名の中から1名ないし2名が担当となる。しかし相談担当割り振りにおいて、JOBサポート窓口メンバーが、相談者の直属の上司にあたる場合はその担当から外れることになる。守秘義務はあるが、経営陣への最低限のレポートを提出する仕組みにしている。社員の問題において、会社ぐるみで解決が必要な場合に迅速に動けるようにするためである。  JOBサポート窓口の利用の手順としては以下のようになる。まず相談者はJOBサポート窓口へメールを出す。その際に可能ならば相談の概要も記してもらい相談対応のスケジュールを立てる。その際には相談者の上司と連絡をとり調整することになるが、相談内容についてはその上司には伝えなくて良いことになっている。その後相談対応を行う。面談を行う場合が多いが、軽微な問題であれば、メールで済ませることもある。相談対応は複数回にわたることもある。  平成28年5月に窓口を設置して、6月末現在10数件の相談があった。 2 合理的的配慮・職場定着の取り組み  平成28年11月11日現在、精神疾患に罹患される方は500万人を超える。メンタルダウン時代と言われる程、心の病、あるいは、その予調に苦しむ方々は増えている。障がいは他人事ではない。いつ何時、事故で障がいを負うか、ストレスで心を病むか、万人が障がい者となる可能性を秘めているのが現代である。  障がい者手帳を取得した方々は、障がい疾患においては先輩である。その経験を活かすか否かが、企業の腕の見せ所である。障がいを負ったことを後悔させず、むしろ強味として業務に活かすこと、また、障がい疾患罹患経験を活かす業務を創出することで、障がい者雇用は拍車がかかる。  当社は障がい者が就労移行支援事業所に取り組み、委託訓練や、リワークを企画し、申請し、実行する。  また、親会社のビルに常駐し、今まで派遣会社が行っていた仕事を障がい者の方々が行っているが、現場の管理職も障がいを持った方々で構成されている。障がい者の目線で障がい者を雇用管理したほうが、お互いの障がいの軽減につながる。いつまでも他社からの指示でしか動かない障がい者にしてはならない。ある程度仕事を覚えたら、部下を育成する権限を与える、企業は本人の力を信じ、自分で考え自分で動ける自発性を育むことがCSRにつながる。  企業は様々な人の集合体(ダイバーシティ)である。他者の障がいを受け入れること、思い通りにならなくても決してあきらめない忍耐力を鍛えることも、企業ならではである。人+物事が思い通りに動かないことで、精神的不調に陥る社員も少なくない。世の中には思い通りにならない、むしろ、厳しいところだと認識しておいた方が、新入社員が定着するポイントとなる。 【業務遂行の心掛け(合理的配慮の一部)】 ① 自ら楽しむ  予備自衛官の訓練もそうだが、いやいややっていると怪我をする。仕事も自ら楽しむことで、嫌いな仕事も好きになる。 ② 自ら指揮下に入る  命令されて動くようでは、柔軟性がない。自発的に動く習慣こそが、障がいを軽減する。 ③ 掃除、洗濯、靴磨き、アイロン掛けに集中する  無心でやっていると、嫌なことを忘れ、集中力が高まる。無心に今やるべきことをやる。規則正しい生活は精神衛生上、良いことである。自分と自分の生活を磨くことは心を磨くことにつながる。 ④ 過去にこだわらない  過去の雪だるまを背負わない。溶かしていく。 ⑤ 人をコントロールしない  生活環境の違う人間が集まっているので、人は思い通りに理想通りには、動かない。価値観の異なる人材が沢山集まり、利益を上げ、税金を納めるのが企業である。ペットなら粗相も許せるのに、人間はだめなのか? 自分に厳しく他人に優しく。他人ではなく自分をコントロール(自律)しよう。 職場定着の心掛け  ①規則正しい生活の励行  ②働く、会社に来る習慣をつける  ③身だしなみを整える  以上3点の励行は、確実に職場定着に直結する。また、必ず、毎日会議を開き、ミッションを共有すること。主体性、自立性を伴って、職務に当たる姿勢を育むことが大切である。  健常者は障がい者を管理、監視するのではなく、のびのびと仕事をさせて、そっと後ろから援護、バックアップするという姿勢に徹すれば、自ら考え、動く当事者の管理職の育成にもつながる。  また、ダイバーシティの概念は「人は思い通りに動かない」現実を受け入れることにもつながる。人をコントロールするのではなく、まずは自分自身をコントロールすることにより自律心が養われる。  「過去にこだわらない」ことも大切であり、いつまでも後悔の念に苛まれるのではなく、今やること、明日やる予定を見つめていくことこそ、障がいの軽減につながる。決して、病気になったことを後悔させるのではなく、むしろ強味として、活き活きとした社会生活を送れる礎を築く、これこそが、障がい者の職場定着につながる。 【連絡先】  遠田 千穂(富士ソフト企画株式会社)  Tel:0467-47-5944  e-mail:todachi@fsk-inc.co.jp 外部支援機関との連携による職場定着について ○大森 千恵 (株式会社 エルアイ武田 業務部長) ○守谷 由美子 (株式会社 エルアイ武田 湘南グループリーダー)  沼野井 良子(障がい者就業・生活支援センター サンシティ)  尾崎 祐子 (神奈川県立平塚養護学校)  1 はじめに (1) 会社概要  株式会社 エルアイ武田は平成7年6月に武田薬品(以下「親会社」という。)の特例子会社として医薬品業界では初めて設立した会社である。段差・階段の多い親会社の旧本社ビルの中で操業を開始したため、聴覚障害者と知的障害者中心の会社となった。当時、知的障害者はまだ義務化はされていなかったが、現在の精神障害者と同様で将来的に義務化されることが決まっていたため、先駆けて雇用したという経緯がある。  設立当初は全従業員34名、内障害者23名(聴覚17名、知的4名、その他2名)だったが、設立21年目を迎えた平成28年6月現在では、全従業員97名、内障害者78名(聴覚28名、知的39名、肢体5名、内部1名、精神5名)となった。 (2) 湘南グループ立ち上げの経緯と課題  平成23年親会社の研究所が大阪市淀川区から神奈川県藤沢市に移転することになり、移転前受託していた洗濯業務を引き続き受託するために湘南グループを立ち上げることになった。当初障害者4名であった職場が平成25年に外回り清掃、平成26年には屋内清掃と業務の幅を広げると共に、人員も現在は11名にまで増加した。立ち上げ当初には大阪在籍の障害のある先輩社員を派遣し、業務のリズムを作ったり、清掃業務を始めた時には同じく大阪からビルクリーニング技能士の資格を持った社員を派遣し指導にあたった。  今日では大阪同様仕事の効率も上がってはきたが、メンバーの中には生活のリズムを崩し、仕事に集中できなかったり、また自分自身の障害認知をしないまま就職し、リーダーの注意を素直に受け入れられない状況が表れるようになった。 2 今回の事例 (1) Aさんの事例 ア 背景  平成25年入社、知的障害、女性 当時18歳、兄弟と同居、養護学校卒。入社後、あまり表面で出ることもなく、淡々と仕事をこなしていた。仕事のミスも自分から積極的に報告することもなく、どちらかといえば他のメンバーの陰に隠れて目立たないようにしていた。  3年目に入り、異性との事で仕事に集中出来ずリーダーより注意を受けることが多くなり、支援者・養護学校教諭・兄らと話し合いを続け、生活改善に取り組んでいたが、なかなか改善せず、そんな矢先、身だしなみの問題も目立つようになり、注意を受けるようになった。話をすると仕事に集中するよう頑張ると答えるが、また同じことの繰り返しで再三リーダーから注意をされ、会社を辞めると言って荷物を纏めて帰ってしまった。 イ 対応  支援者に連絡、Aさんとの面談を依頼。「とりあえずお休みを」という旨の連絡があり、このままでは退職をせざるを得ない状況であると伝えた。Aさんは仕事を辞めてしまった同級生を尋ね、相談をすることで本人なりに猛反省し、翌日は養護学校でも面談をし、復職希望を訴える。翌々日会社へ支援者同行で出社するとの連絡が入ったが、自ら退職すると帰ってしまった以上、口先だけの反省では同じ事を繰り返す可能性があると考え、Aさんがどうしたいのか考える時間を与えるために会社をしばらく休職させるということを提案した。ただ、在宅では生活のリズムが狂ってしまうため、会社で働いているのと近い形で訓練できるところを探して欲しい旨、支援者に依頼。また生活面の問題により注意を受ける事が多く、仕事に集中できていないことが根本にあるので、生活改善のためにご家族と話し合った上で、グループホームへの入居の検討をお願いした。  休職一ヶ月目に会社から訓練先で働いているAさんの様子を見学、面談を実施したところ、『エルアイに戻りたい』との意思表示があったが、一度辞めると言って帰ってしまった以上、その本気度を見せてもらうため、休職を延長した。休職中の訓練の様子を支援者から聴取した上で、再度会社から訓練先を訪問、Aさんの様子を確認し面談、職場復帰となり、同時期にグループホームへ入居した。  今回の休職に至った原因を探り改善策をAさんを含め関係者にて検討し同じ認識をもつ必要があるため、職場復帰後、支援学校及び支援者主導で一同に会してケース会議を開催。  まず、Aさんの意向を確認したところ、将来、自立して結婚したいとのこと。Aさんがその目標を達成するために、今は何をしないといけないかを話し合い、ケース会議に集まっている人たちはバックアップしてくれる人たちであるということを認識してもらった。 ウ 対応後  ケース会議で自分の気持ちを尊重してもらえたことと、グループホームへの入居により、生活のリズムが整い、仕事に対する気持ちに変化が見られると同時に、仕事を任せても積極的に報告・連絡・相談が出来るようになり、責任感が芽生えてきている。 (2) Bさんの事例 ア 背景  平成23年入社、知的障害、男性、当時29才、大学中退、就労移行事業所出身。  基本的な能力は高く見えており、当初仕事は無難にこなしてはいたが、慣れるにつれ、注意を受けることが増え、リーダーとのコミュニケーションにズレが生じてきた。Bさんは解っているつもり、リーダーも伝わったと思っていると、仕事の漏れやミスが多々あり、何度注意をしても同じミスを繰り返すという状況が続いた。そんな中Bさんが感情的になり、会社を辞めると言ってしまったため、支援者と連絡をとり面談を実施していただく。結果、反省をして謝罪をしたため、継続勤務となったが、状況は変わらず。 イ 対応  採用時から知的障害者という認識で対応していたが、指示が通らなかったり、人との関係が困難な様子を見て、知的というよりは発達障害ではないかと支援者に相談。支援者も手帳を取った経緯が不明ということで、ご家族のご了承を得て発達検査を実施していただいた。その結果を検査機関からBさん及び会社へもフィードバック(Bさん許可後)していただいた。リーダーはそれを踏まえてスケジュールを明確にし、短く指示を出すようにしたが、Bさんの障害認知が低く、問題がなくならない状態が続き、リーダーに注意を受け、やる気がない、みんなに迷惑をかけるので辞めたいとの発言があった。そこで支援者と相談、Bさんの希望もあり、休職して出身事業所にて再訓練をしていただき、考える時間を与えた後、会社からBさんの様子を見学・面談を実施した結果、会社に戻りたいが不安があるとの事。会社からは発達障害に特化した職業センターの職業準備支援プログラム、週4日6週間コースの受講を提案、Bさんも了解し訓練を通して社会性を学んでいただいた。 ウ 対応後  訓練終了後、支援者と共にBさんが来社、自身が作成したナビゲーションブックを基に苦手なことや要望を説明、翌日より復帰。  復帰後も空回りしたり、休職中に変更になったルールを確認せず、ミスになることが多々あったが、確認の重要性を実感することで、ミスをしても以前より冷静に注意を聞き、ミスを認められるようになった。 3 まとめ  障害者雇用を進めていく上で、定着支援が不可欠であることは言うまでもない。障害者を雇用する以上、社内で出来る限り対応していきたいと考えるが、企業として存続していくためには、健常・障害を問わず社員の能力を伸ばし戦力化し、業務を円滑に進める必要がある。特に障害のある社員には障害に特化した対応が必要となる。だが、われわれは福祉や医療の専門家ではないし、専門家にはなれない。障害特性により、業務上のトラブルが発生した場合には社内で解決の方法を探るが、それでもトラブルが解決しない場合、あるいは生活面が深く影響している場合、支援者と情報共有をし、お互い協力しながら問題解決を図るべきだと考える。だが、その中心に障害のある当事者がいるべきで、『働きたい』『働き続けたい』という当事者の思いを受けて、われわれ企業と支援者がそれぞれの役割を果たしながら定着支援をすることが必要である。  ただし、その根底には企業としても簡単に退職させるのではなく、専門家の力を借りてでも障害のある人を戦力として行こうという考えが不可欠であると考える。  結論としては、トラブルが発生した場合、当事者が閉塞感に苛まれないよう、どこに相談をかけても良いような当事者を取り巻く環境を作り、横の連携をしっかりと図っていきながら、企業として必要な役割を果たしていきたいと考えている。 本業の戦力になる業務拡大の取り組みについて 深水 清志(ビーアシスト株式会社 人財開発部長) 1 会社概要  ビーアシスト株式会社(以下「ビーアシスト」という。)は、「障害者雇用促進法の理念のもと、働く意思を持ち働くことのできる障がい者が、自立して安定して働くことのできる環境の創造」を目的にブックオフコーポレーション株式会社の子会社として2010年に設立され、同年に特例子会社として認定された。関東圏に事業所を5拠点設置し、2016年6月1日現在で105名のパートナースタッフ(ブックオフグループにおける障がい者スタッフの呼称)が在籍している。親会社や他のグループ会社も含めると総数154名(表1・2)のパートナースタッフが在籍している。  表1 就労人数(2016年6月1日現在)  ※2016年6月1日時点のグループ全体の雇用率は3.14% 2 パートナースタッフの業務について  ビーアシスト及びブックオフグループではパートナースタッフが多岐に渡る業務に従事している。今回はその一部を紹介させていただきたい。 (1)店舗支援業務(ビーアシスト) ①本やCDの加工(商品化作業)  お客様から買取った本やCDを洗浄液で拭いたり、傷を落とすなどのリフレッシュ加工を行う。その後、商品値札を発行し貼り付け、ジャンルごとの箱詰めを行い、店舗へ納品する。店舗スタッフによるダブルチェックは無く、そのまま売場に陳列される。店舗スタッフは売場作りや接客により多くの時間を使うことができ、分業による店舗の効率化が図られている。 ②ホビー商品化  低価格で販売するホビー商品(おもちゃ類)も店舗で扱う量が膨大なため、ビーアシストが請け負っている。ホビー商品を袋詰めし、値段を付ける作業を主に行う。ルーチン業務に強い方だけでなく、人気アイテムの識別や組み立て式のおもちゃの対応など「こだわり」や「好きな物への集中」を持つ方の特性が活かされるケースも多い。 ③アパレル商品化  メンズ・レディース・子供服の値札付けを行い、ハンガー掛けの後、サイズ・形状・ブランドなどを分ける作業を行う。一部の事業所では売場への陳列まで請け負う。 チームで作業を行うので、苦手な工程(アルファベットが苦手なのでブランドの識別ができない等)があれば、他のメンバーがカバーし、その分、他の得意な工程で頑張るしくみを作っている。 ④新規業務の開発  パートナースタッフの業務の実績が評価され、店舗側から新しい業務の依頼が増えつつある。  「ヤフオク!」(ネットオークション)への出品作業もそのひとつ。本やソフト類、ホビー商品の写真を撮り、出品登録を行う。ミスが発生しない正確さと商品に対する知識が必要になるため、適性を考えた人員配置が必要になるが、個人で完結する業務であることから、発達障がい・精神障がいの方のやり場につながる可能性も高いと考えている。  また、落札された商品の発送業務も付随して発生し、こちらもパートナースタッフが担当している。 (2)BOOKOFF店舗業務(親会社) ・店舗での主な業務である買取・加工・補充・販売の4つのうち、加工(商品化作業)と補充(陳列作業)を主に担当している。熟練度や適性により、買取や販売(レジ対応)を担当しているパートナースタッフも多くいる。 ・売場での作業もあるため、お客様対応もおこない、わからなければ他のスタッフに速やかに取り次ぐ。(接客が苦手なパートナースタッフに対しては、バックヤードでの業務を行うなどの配慮も行う) ・一部のパートナースタッフは新人の健常者スタッフに対し、業務のトレーニングを行うケースもある。 ・部門担当を任されるパートナースタッフもおり、任された部門の商品の棚作りや管理を行う。 ・店舗在籍のパートナースタッフは健常者スタッフと同じ環境で業務を行うため、ナチュラルサポートのバックアップとしてビーアシストの定着支援担当マネージャーが、巡回や面談、支援機関とのパイプ作りなどをおこなっている。 (3)グループの各所で活躍(その他子会社など) ・ブックオフオンライン㈱でのピッキングや発送業務、本社での事務補助、IT部門でのPC入力業務などパートナースタッフの業務の種類は多岐に渡っている。 3 業務に対する考え方  ビーアシスト及びブックオフグループでの業務について紹介させていただいた。これらの業務の特徴として「ブックオフグループの本業・収益に直結している」事があげられる。「障がい者だからこれぐらいの仕事で良いだろう」ではなく、あくまでもグループの一員として生産性向上に貢献したいと考え、業務を切り出している。  ポイントとして下記の3点を業務に反映している。 図1 パートナースタッフの業務についての考え方  もちろん、全て健常者と同じ作業ができるわけではない。しかし、お客様・店舗が必要としている業務について、「まずはやってみる」という考えで取り組んでいる。  自分たちの仕事の結果が、お客様や店舗の人に喜んでもらえるという実感は、仕事に対する強いモチベーションを生み、①専門性を高める、②新しい仕事にチャレンジする、③今より質や量を高めるなど、それぞれのできる範囲で業務に貢献しようという意識があらわれてくると感じている。  また、本業への貢献により、社内でのサポーター的存在の社員も増え、パートナースタッフ達への理解も進みだした。これは新しい業務に関する提案や依頼に繋がり、パートナースタッフのやり場が増えはじめている。  ブックオフグループの障がい者雇用は「法定雇用率達成のため」から「戦力としての貢献」のステージに入りつつあると考える。 4 目指しているのはパートナースタッフの自立  本業の仕事を任されることで、パートナースタッフのモチベーションに繋がることについて述べたが、これは同時に業務に対する責任も生まれ、①しっかり出勤する、②任された仕事をやり通す、③商品のクオリティを維持するなどを意識するようになり、社会人としての成長にも繋がっている。  弊社社長の永谷は「ビーアシストで働いたパートナースタッフにはどこに行っても通用する人財になってもらいたい」とパートナースタッフ達に語っている。「ビーアシストの仕事ができるようになる」がゴールではなく、社会人として自立・成長できる事を目標に日々の業務に取り組んでもらいたいと考えている。 図2 パートナースタッフの自立・成長へ  パートナースタッフの更なる可能性の追求とやり場の創造を目指し、ビーアシストとブックオフグループは障がい者雇用に取り組んで参ります。 【連絡先】  深水 清志  ビーアシスト株式会社 人財開発部  e-mail:kiyoshi.fukamizu@boc.bookoff.co.jp  HP:http://www.bog-assist.co.jp 本業の戦力になる業務拡大の取り組みについて 深水 清志(ビーアシスト株式会社 人財開発部長) 1 会社概要  ビーアシスト株式会社(以下「ビーアシスト」という。)は、「障害者雇用促進法の理念のもと、働く意思を持ち働くことのできる障がい者が、自立して安定して働くことのできる環境の創造」を目的にブックオフコーポレーション株式会社の子会社として2010年に設立され、同年に特例子会社として認定された。関東圏に事業所を5拠点設置し、2016年6月1日現在で105名のパートナースタッフ(ブックオフグループにおける障がい者スタッフの呼称)が在籍している。親会社や他のグループ会社も含めると総数154名(表1・2)のパートナースタッフが在籍している。  表1 就労人数(2016年6月1日現在)  表2 障がい区分(2016年6月1日現在)  ※2016年6月1日時点のグループ全体の雇用率は3.14% 2 パートナースタッフの業務について  ビーアシスト及びブックオフグループではパートナースタッフが多岐に渡る業務に従事している。今回はその一部を紹介させていただきたい。 (1)店舗支援業務(ビーアシスト) ①本やCDの加工(商品化作業)  お客様から買取った本やCDを洗浄液で拭いたり、傷を落とすなどのリフレッシュ加工を行う。その後、商品値札を発行し貼り付け、ジャンルごとの箱詰めを行い、店舗へ納品する。店舗スタッフによるダブルチェックは無く、そのまま売場に陳列される。店舗スタッフは売場作りや接客により多くの時間を使うことができ、分業による店舗の効率化が図られている。 ②ホビー商品化  低価格で販売するホビー商品(おもちゃ類)も店舗で扱う量が膨大なため、ビーアシストが請け負っている。ホビー商品を袋詰めし、値段を付ける作業を主に行う。ルーチン業務に強い方だけでなく、人気アイテムの識別や組み立て式のおもちゃの対応など「こだわり」や「好きな物への集中」を持つ方の特性が活かされるケースも多い。 ③アパレル商品化  メンズ・レディース・子供服の値札付けを行い、ハンガー掛けの後、サイズ・形状・ブランドなどを分ける作業を行う。一部の事業所では売場への陳列まで請け負う。 チームで作業を行うので、苦手な工程(アルファベットが苦手なのでブランドの識別ができない等)があれば、他のメンバーがカバーし、その分、他の得意な工程で頑張るしくみを作っている。 ④新規業務の開発  パートナースタッフの業務の実績が評価され、店舗側から新しい業務の依頼が増えつつある。  「ヤフオク!」(ネットオークション)への出品作業もそのひとつ。本やソフト類、ホビー商品の写真を撮り、出品登録を行う。ミスが発生しない正確さと商品に対する知識が必要になるため、適性を考えた人員配置が必要になるが、個人で完結する業務であることから、発達障がい・精神障がいの方のやり場につながる可能性も高いと考えている。  また、落札された商品の発送業務も付随して発生し、こちらもパートナースタッフが担当している。 (2)BOOKOFF店舗業務(親会社) ・店舗での主な業務である買取・加工・補充・販売の4つのうち、加工(商品化作業)と補充(陳列作業)を主に担当している。熟練度や適性により、買取や販売(レジ対応)を担当しているパートナースタッフも多くいる。 ・売場での作業もあるため、お客様対応もおこない、わからなければ他のスタッフに速やかに取り次ぐ。(接客が苦手なパートナースタッフに対しては、バックヤードでの業務を行うなどの配慮も行う) ・一部のパートナースタッフは新人の健常者スタッフに対し、業務のトレーニングを行うケースもある。 ・部門担当を任されるパートナースタッフもおり、任された部門の商品の棚作りや管理を行う。 ・店舗在籍のパートナースタッフは健常者スタッフと同じ環境で業務を行うため、ナチュラルサポートのバックアップとしてビーアシストの定着支援担当マネージャーが、巡回や面談、支援機関とのパイプ作りなどをおこなっている。 (3)グループの各所で活躍(その他子会社など) ・ブックオフオンライン㈱でのピッキングや発送業務、本社での事務補助、IT部門でのPC入力業務などパートナースタッフの業務の種類は多岐に渡っている。 3 業務に対する考え方  ビーアシスト及びブックオフグループでの業務について紹介させていただいた。これらの業務の特徴として「ブックオフグループの本業・収益に直結している」事があげられる。「障がい者だからこれぐらいの仕事で良いだろう」ではなく、あくまでもグループの一員として生産性向上に貢献したいと考え、業務を切り出している。  ポイントとして下記の3点を業務に反映している。 図1 パートナースタッフの業務についての考え方  もちろん、全て健常者と同じ作業ができるわけではない。しかし、お客様・店舗が必要としている業務について、「まずはやってみる」という考えで取り組んでいる。  自分たちの仕事の結果が、お客様や店舗の人に喜んでもらえるという実感は、仕事に対する強いモチベーションを生み、①専門性を高める、②新しい仕事にチャレンジする、③今より質や量を高めるなど、それぞれのできる範囲で業務に貢献しようという意識があらわれてくると感じている。  また、本業への貢献により、社内でのサポーター的存在の社員も増え、パートナースタッフ達への理解も進みだした。これは新しい業務に関する提案や依頼に繋がり、パートナースタッフのやり場が増えはじめている。  ブックオフグループの障がい者雇用は「法定雇用率達成のため」から「戦力としての貢献」のステージに入りつつあると考える。 4 目指しているのはパートナースタッフの自立  本業の仕事を任されることで、パートナースタッフのモチベーションに繋がることについて述べたが、これは同時に業務に対する責任も生まれ、①しっかり出勤する、②任された仕事をやり通す、③商品のクオリティを維持するなどを意識するようになり、社会人としての成長にも繋がっている。  弊社社長の永谷は「ビーアシストで働いたパートナースタッフにはどこに行っても通用する人財になってもらいたい」とパートナースタッフ達に語っている。「ビーアシストの仕事ができるようになる」がゴールではなく、社会人として自立・成長できる事を目標に日々の業務に取り組んでもらいたいと考えている。 図2 パートナースタッフの自立・成長へ  パートナースタッフの更なる可能性の追求とやり場の創造を目指し、ビーアシストとブックオフグループは障がい者雇用に取り組んで参ります。 【連絡先】  深水 清志  ビーアシスト株式会社 人財開発部  e-mail:kiyoshi.fukamizu@boc.bookoff.co.jp  HP:http://www.bog-assist.co.jp 障がい者雇用における「当たり前」は、本当に当たり前なのか ○梶野 耕平(第一生命チャレンジド株式会社 職場定着推進室 課長)  齊藤 朋実(第一生命チャレンジド株式会社 職場定着推進室) 1 はじめに  第一生命チャレンジド株式会社(以下「DLC」という。)は今年で設立から10年を迎えた。10年の歩みの中で、DLCは「障がいがある職員ができる仕事をする会社」から「障がいに関係なくプロとして質の高いサービスを提供する会社」へと変化してきた。現在は、職員一人ひとりの「成長を」キーワードに、障がいのある職員も上の職位で活躍する体制ができつつある。この10年の運営で、当初、障がい者雇用のために必要だと考えてきたことが、必ずしもそうではないのではないかという気づきがあった。本論では、その経験をもとに、これまでのDLCの歩みの中で何が変わってきたのかについて整理していきたい。 2 いわゆる“就労準備性”は必要か  近年は職業訓練に重点を置く特別支援学校が増え、新卒者でありながら高い職業スキルを有する人が多くなった。一方で、入社後3~4年で、前触れもなく突然退職を申し出るといった事例や、仕事のミスや上司から注意を受けたりといったような、本来、休むほどではないことで仕事を休むというといった事例が増えてきた。これらの事例は、普段から同僚との交流が少なく、困った時に、周りの人に頼ることができないという点が共通していた。  困ったことがあった時に、周囲に相談する、困っていることを周囲に伝えることは、就労を継続していく上で大切なことであり、それができないと困難に直面した時に、逃げるという選択をするようになってしまい、結果として就労の継続ができなくなる。DLCでは、長く就労するためには、自分の意見を伝えること、誰かと協力して一つのことを成し遂げる経験をすることが、非常に重要だと考えるようになった。周囲と関係していくことは、学生時代であれば、学校などの行事や友達付き合いの経験の中で、会社では、同僚と力を合わせて業務を遂行することで培われていく。  次に、就労準備性でよく語られる「障がいの受容」について考えたい。会社設立当初、DLCは、精神障がいのある方は、服薬管理ができており、妄想や幻聴といった症状を、本人が受け入れられている状態の人でなければ働くことは難しいと考え、採用にあたってはその点を重視していた。しかし、以下に紹介するAさんのような人達との出会いで、障がいの受容は必ずしも絶対条件ではないと考えるようになった。  Aさんは被害妄想があり、入社当初は妄想と現実の区別がつかず上司に「仕事をしている時に他の人が自分の悪口を言う。何とかして欲しい」「担当している業務を免除して欲しい」と訴えることが頻繁にあったが、現在は「自分としては悪口を言われていると思うが、それは病気のせいかもしれない」と話しており、業務に臨むことができるようになった。Aさんは今年で入社から7年が経っているが、Aさんが就労を継続できているのは「働きたい」という強い気持ちがあったからである。Aさんは、働いていくためには、自分の認識を変えていかなければならないということに気づいた。大切なのは、働きたいという気持ちが、最初にあって、そのために何が必要かと、本人が考え意識が変わっていくことである。それがあればAさんのように、障がいの受容が十分でなくても働き続けることは可能である。  困難を乗り越える力の習得や障がいの受容は、主体的な経験によってのみ得られるもので、周囲の人が直接そこに働きかけることはできない。そのため、本人のできないことに注目し、それを指摘して指導するのではなく、どうすればこの人が高いモチベーションで仕事に臨むことができるか考え、仕事を通して様々な経験をする「機会」を提供することが大切だと考えている。 3 重要なことは「障がい」を理解することなのか  会社設立当初、障がいに対する理解を深めるため上司であるリーダーを対象に「精神障がいとは?」「発達障がいとは?」という内容の研修を行ってきた。リーダーの強い要望もあり、障がいに対する理解を深めるため実施していたが、障がいの知識から職員と接することで、リーダーの中には、何か特別なことをしなければならないと考えて日頃の対応に悩む人が出てきた。また、こうした研修を行ううちに、逆に障がいをベースに相手を見てしまうことで「この人は統合失調症だからこうかかわればいい」というように、病気や障がいの型に相手をはめて理解しようとし、相手の人格に焦点をあてて接することができない人が増えるのではないかという懸念もでてきた。実際にDLCでは、精神障がいの方は理解力が高く、経理などの仕事にも向くだろうと考え、採用を行ったが、そこでの業務がうまくいかなかったことや、知的障がいの人だから長時間同じ仕事でも集中できるだろうと考え、一種類の業務に特化させたところ、飽きてしまい精度が上がらなかったという経験をしてきた。障がいを理解するといっても、同じ障がい種別や病名であっても、かなり個人差があるのが実態であるため、現在、DLCでは、敢えて「障がい」を理解するための研修は行っておらず、コーチングやリーダー論といった研修を行っている。  病気や障がいは、その人を構成する要素のごく一部でしかなく、その人の性格や人柄を含めたもっと広い視野で相手を見ることが求められる。大切なことは、特別なことではなく、日常の会話や、一緒に働くことを通して相手との関係を築いていくことだと考えている。そうした思いからDLCでは、障がいのある職員の障がいの種別や程度を情報として事前に現場に連携することはしていない。事前に情報を連携しないことで、障がいのある職員は、必要な場合は自ら申し出ることが求められる。また、上司は本人に直接確認する必要が出てくる。このようにコミュニケーションをとることで、お互いに相手のことを理解するきっかけとなり、信頼関係を築く第一歩となる。また、そうすることで、障がいに関する機微情報が安易に連携されなくなる。障がいに関する機微情報を事前に連携することは、配慮をする上で必要だと言われがちだが、本当に必要かどうか慎重に検討する姿勢が求められると考えている。 4 職場のキーパーソンは上司なのか  長く働いていると誰でも必ず一度は困難に突き当たる。その時に一番頼りになるのは上司なのだろうか。部下にとって上司は頼れる存在である反面、評定者でもある。仕事や会社の不満、私生活のことなど上司には相談できない(したくない)ことがあるのは当たり前ではないだろうか。特定の上司との関係性が良くても、その上司が異動などでいなくなる可能性があり、上司と部下の関係だけで困難を乗り切るのは難しい。そうしたことから職場で重要なのは上司との関係よりも同じ立場で働いている同僚との横の繋がりだと考えている。  Bさんは、入社当初、少人数でBさん以外は上の職位のひとしかいない部署で仕事をしていた。しばらくすると体調不良の訴えが多くなり、やがて療養休暇となった。復帰後は、本人の同意のもと部署の異動と、専門職でもある上司の定期面談、短時間勤務への移行などを行ったが、体調が持ち直すことがなく、再度休職となった。再び復職する際に、本人とも話し合い、Bさんが面談に向けて事前に不安な点を探してしまっていることや、体調がいいか聞かれることで不安になることがあるため、専門職の上司の定期面談はやめて、社内で人数が最も多い部署に異動することにした。新しい部署では、Bさんが「ちょっと具合が悪い」と話すと、周囲の人から、「私もそういう時あるよ。気のせいよ。(笑)」とあまり深刻にされずに気軽に返答されたことで、体調の良し悪しがそんなに深刻な問題ではないと考えられるようになり、早退せずに頑張れるように変わっていった。現在も病状が良くなったわけではないが、休んだり、早退することも減り働き続けている。  こうした経験を踏まえ、DLCでは、日常の業務にもチーム制を取り入れるなど、一日の仕事を一人で完結するのではなく、同僚と一緒に仕事や役割を持つような仕組みを取り入れるようになってきている。  ここで、家庭との連携についても触れておきたい。家庭との連携の方法は企業ごとに様々であるが、DLCは直接家庭と関わることは行っていない。かつて、会社でのことを家庭に連携した際、会社で起こしたミスについて家庭で再度怒られるといったことがあった。通常、会社での出来事を親が把握していて家で怒られるということはあり得ない。こうした経験から、職員もひとりの社会人として働いているのだから、会社で起こったことについては会社の中で完結させようと考えるようになっていった。必要な場合は支援機関に間に入ってもらい家庭と情報を共有している。 5 結論  DLC10年の歩みの中で気づいたことは、「障がいがあっても能力が固定化されるのではなく、人は成長するということ、成長は個人の力ではなく、人は人の中で成長するということ」である。仕事を通じてのモチベーションの向上と行動の変化こそが、その人の成長だと考える。モチベーションの向上のためには、他の人からの刺激が欠かせない。そのため、いろいろな障がい、興味、能力、価値観がある人が職場で活躍している方が、自分の目標も見つけやすくなると考えている。そうしたことから、会社の人財は多様化している方が、多くの人がモチベーションを向上させやすくなるため、組織全体が活性化すると考えている。  会社に多様な人財がいることで、トラブルが増えるのではないか、意思決定に時間がかかるのではないかという質問を頂くことがあるが、そうしたことは当てはまらないと感じている。たとえば、多様な立場の人が何の制約もなく自由に発言をしたのでは話はまとまらないかもしれないが、自分たちの所属する組織の理念や目標、ビジョンを共有し、何のためにそれをしなくてはならないかということが明確になっていれば、全員が同じ方向を向いて、効率よく意思決定することは可能である。そのためにも何を目標にしているかということをグループに確認していくことを、時間をかけて丁寧にやっていくことが必要である。 日本におけるピアサポートの現状と課題Ⅰ ○宮澤 史穂(障害者職業総合センター 研究員)  岩佐 美樹(障害者職業総合センター) 1 はじめに  ピアサポートは、「同じ問題や環境を経験する人が、対等な関係性の仲間(ピア)を支え合うこと」と定義されている1)。日本において、障害当事者では、身体障害で古くから行われていたが、近年、知的障害、精神障害でも広がりを見せている。ピアサポートを受けることで、同じ課題や環境を体験する人が、その体験からくる感情を共有することで、安心感や自己肯定感を得られる。こうした安心感や自己肯定感は、専門職によるサポートでは得難いものであり、ピアサポートは地域生活を送る上での大きな支えの一つとして必要不可欠なものであるという認識が広がりつつある1)。  従来、セルフ・ヘルプグループの中で、相互のボランティアとして行われてきたピアサポートであるが、アメリカでは2000年代から、精神疾患のある人々が精神保健システムの中のチームの一員として働く「認定ピアスペシャリスト」という新たな職種が創設されている。また、ピアサポートを提供する者を養成するための専門的なトレーニングも行われている2)。  日本において、精神障害を持つ求職者が年々増加する中で、精神障害者の職務創出は課題の一つとなっており、ピアサポートの提供は、精神障害者の強みを活かした職務の一つとして有効であると考えられる。そこで、本報告では、ピアサポートについて概観し、日本における状況を整理することを目的とする。 2 日本におけるピアサポートの状況 (1)ピアサポートを提供する者の呼称  ピアサポートを提供する者の呼称は統一されておらず、「ピアスタッフ」、「ピアサポーター」、「当事者スタッフ」等様々な呼び方が存在する。本報告では、以下「ピアサポート従事者」とし、「精神障害のある人が、同様の障害のある人への支援に関する業務に従事することで、雇用契約を結び、報酬を得ている者」と定義する。 (2)精神障害者地域移行支援事業との関連  日本において精神障害者のピアサポートが広がった背景として、精神障害者退院促進支援事業の開始が契機とされている3)。2003年に発表された、厚生労働省の精神保健福祉対策本部中間報告「精神保健福祉の改革に向けた今後の対策の報告」では、重点施策の一つとして、「ピアサポート(当事者自身による相談活動)」が挙げられている。2007年には、「相談支援体制整備特別支援事業のピアサポート強化事業」が開始された。また、2010年には、精神障害者地域移行・地域定着支援事業の中で、ピアサポーター活動費用の予算が計上された4)。さらに、2011年の「精神障害者アウトリーチ推進事業」では、アウトリーチにおいて想定されるチーム構成として、精神科医や看護師、精神保健福祉士とともに、「ピアサポーター」が含まれている。  このような流れを受け、全国の自治体において、ピアサポートの導入が行われている。2011年に行われた調査では、23都道府県において導入されていることが報告された5)。また、未導入の自治体のうち、約3割は今後の導入を検討しており、現在ではさらに増加していることが予測される。特に、大阪府では、最も早期から導入に取り組んでおり、退院者数の増加等の成果が報告されている6)。しかし、ピアサポートが導入されている自治体でも、活動に対して交通費のみの支給となっているところも多く、雇用にまで至っているところは少ない5)。  現在示されている「精神障害者地域移行・地域定着支援事業実施要項」においては、「対象者の退院に向けた相談・助言、個別支援計画に基づく院外活動に係る同行支援等について、ピアサポートが積極的に活用されるよう努めるものとする」とし、ピアサポートの活用が謳われている。さらに、「活動内容、報酬、活動時間等の条件を明確にし、契約書等を取り交わす」としており、専門的な職務として雇用することが推奨されている。 (3)ピアサポート従事者養成の状況  ピアサポートを導入している自治体では、7割が養成研修を実施している。研修は、主に各自治体が、それぞれの圏域にある病院、福祉事業所等に依託して行われているものが多い。現時点で、養成のための統一的なカリキュラムは存在していないが、厚生労働省の障害者総合福祉推進事業の中で、研修や雇用のためのガイドラインの作成が行われている7) 8)。また、2015年には一般社団法人日本メンタルヘルスピアサポート研修機構が発足し、ピアサポート従事者を専門職として位置づけることを目指す「精神障がい者ピアサポート専門員」の養成研修も行われている9)。 (4)ピアサポート従事者の働く場  日本で雇用されているピアサポート従事者は少ないが、具体的に雇用される職場として、①行政機関、②精神科等医療機関、③障害者福祉機関、④一般企業の4つの領域があり、利用者の支援に関わるような業務内容が想定されている9)(表)。 表 ピアサポート従事者の想定される職場と業務内容 (「精神障がい者ピアサポート専門員養成ガイドライン」9)より作成) 3 ピアサポート従事者の雇用の取組と課題  アメリカでは、2000年代当初からピアサポート従事者を、精神保健システムのチームの一員として雇用する取組が始まっており、その成果と課題が明らかになっている。 (1)制度化による雇用の促進  アメリカでは、ピアサポートを提供するための資格として「認定ピアスペシャリスト」が制度化されている。これは、州ごとに認定制度化が行われており、訓練プログラムを受講し、認定試験に合格したものに与えられる資格である。これにより、ピアサポート従事者を精神保健システムの中の新たな専門職として雇用する流れが加速した2)。認定ピアスペシャリストの資格取得者を対象とした調査では、336人中、291人がピアサポート従事者として雇用されていた。しかし、週の平均勤務時間は、約30時間であり、一般の労働者よりは短い時間となっている10)。 (2)雇用する際の課題  ピアサポート従事者を雇用する事業所を対象とした先行研究からは、雇用する際の課題として、ピアサポート従事者の立場の曖昧性や、利用者との境界の問題が指摘されている11)。これは、ピアサポート従事者が元利用者であることが多く、利用者とスタッフの中間的な立場となることにより生じていると考えられている。  また、専門職としての力量には個人差が見られることも問題となる12)。日本においては、ピアサポート従事者を雇用した自治体でも、約3割は養成研修を行っていない5)。日本のように確立された養成プログラムやガイドラインが存在しない場合に、どのように専門性を担保するのかは、これらの者の雇用を進める上での大きな課題となるだろう。 4 まとめ  本報告では、ピアサポートの概要、日本における制度、ピアサポート従事者の養成状況について概観した。精神障害者の地域移行等日本においてもピアサポートの役割の重要性は増しているが、まだ一つの職務として確立するまでには、至っていないと考えられる。「日本におけるピアサポートの現状と課題Ⅱ」では、実際にピアサポート従事者を雇用している事業所の事例を通して、雇用のための課題等について考察を行う。 【引用文献】 1)社団法人日本精神保健福祉協会・日本精神保健福祉学会監修:「精神保健福祉用語辞典」, 中央法規出版, (2004). 2)相川章子:北米におけるピアスペシャリストの動向と課題「ソーシャルワーク研究 vol.37(3)」,27-38, (2011). 3)橋本達志:当事者による支援活動(ピアサポート)の現状と課題—PSWとの協働を考える「精神保健福祉vol.44(1)」, 4-7,(2013). 4)厚生労働省障害保健福祉部障害福祉課:精神障害者地域移行・支援定着支援事業と地域移行支援の現状「ノーマライゼーション vol.30(4)」, 12-15, (2010). 5)松本真由美:精神に障害のある人の権利回復−地域以降支援事業におけるピアサポートの導入・拡大と地方精神保健福祉審議会への精神に障害のある人の参画を中心として−「北星学園大学博士学位論文」, (2013). 6)大阪府:平成21年度大阪府精神障がい者退院促進支援事業報告書, (2010). 7)NPO法人十勝障害者サポートネット:精神障害者のピアサポートを行う人材を育成し、当事者の雇用を図るための人材育成プログラムの構築に関する研究」 (2010). 8)特定非営利法人ぴあ・さぽ千葉:「ピアサポートの人材育成と雇用管理等の体制整備の在り方に関する調査とガイドラインの作成」, (2011). 9)精神障がい者ピアサポート専門員養成のためのテキストガイド編集委員会(編):「精神障がい者ピアサポート専門員養成ガイドライン」改訂版 第3版, (2015). 10)Salzer,S.M., Schwenk, E., & Brusilovskiy, E.:Certified peer specialist roles and activities: result from a national survey. 「Psychiatric Services vol.61(5)」,520-523, (2011). 11)Repper, J & Carter, T:A review of the literature on peer support in mental health services.「Journal of Mental Health vol.20(4)」, 392-411, (2011). 12)Mead, S., Hilton, D., & Curtis, L: Peer support: A theoretical perspective.「Psychiatric Rehabilitation Journal vol.25(2)」, 134-141, (2001). 【連絡先】  宮澤 史穂  障害者職業総合センター  e-mail: Miyazawa.Shiho@jeed.or.jp 日本におけるピアサポートの現状と課題Ⅱ ○岩佐 美樹(障害者職業総合センター 研究員)  宮澤 史穂(障害者職業総合センター) 1 はじめに  障害者総合支援法に基づく地域生活支援事業のメニューに「ピアサポート」が明記されて以来、各地域・分野においてピアサポーターの育成に向けた取組が積極的になされている。しかしながら、育成はされながらも、十分にその活用がなされているとは言い難い状況である。ニューヨーク州においては、精神疾患のある人々が精神保健システムの中のチームの一員として働く「認定ピアスペシャリスト」という職種が創設され、同様の動きが全米に広がった。また、認定ピアスペシャリストに関する研究においては、ピアサポートの有効性が指摘されており、我が国においてもピアサポートの活用促進が望まれるところである。さらに、ピアサポートという職務、ピアサポート従事者という職域が確立されることにより、精神障害者の雇用の促進も期待されるところである。本稿においては、研究部門で行う「精神障害者及び発達障害者の雇用における職務創出支援に関する研究」(平成27年度~28年度)における事例調査の中から、ピアサポート従事者に係る事例調査を取り上げ、その現状と課題についての考察を行う。 2 事例報告  ピアサポートが想定される4領域(「日本におけるピアサポートの現状と課題Ⅰ」表参照)のうち、表に記した精神科等医療機関、障害者福祉機関の4事業所におけるインタビュー調査をもとに報告する。 (1)事例1~医療機関における雇用~  平成19年に開業した精神科クリニックであり、看護師1名、事務員3名、ピアサポート従事者2名(A氏、B氏)が雇用されている。診察は週4日であり、看護師及び事務員のうち2名は週4日、事務員1名及びA氏は週3日、B氏は週1日のフルタイム(7.5時間)勤務となっている。 ①雇用の契機  院長は勤務医時代、A氏及びB氏の主治医であった。A氏の自宅は、診察やデイケア帰りの患者の集い場となっており、自然発生的にピア活動が行われていた。リーダー的存在であったA氏より誘われ、自助グループ活動に関わるようになった院長は、その後クリニックを開業し、アルバイトを辞めることになったA氏からの相談がきっかけとなり、A氏及びB氏はピアサポート従事者として現在に至る。 ②職務内容等  診察前後の相談、診察への同席、訪問看護への同行、月2回のピアルームにおける当事者の集いの開催等のピア活動の企画運営のほか、診察予約の受付等の事務補助作業を担当。勤務日数は本人の希望により設定しており、訪問看護への同行を行う週1日のみ2人体制、残りは1人体制での勤務となっている。 ③雇用主が感じるピアサポート従事者の効果等  ピアサポート従事者への相談は無料、経費は持ち出しとなるが、それに見合った効果は十分あると考えている。ピアサポート従事者がいたからこそ、再発、再燃を防ぐことができたと感じるケースもあり、クリニックには欠かせない存在である。ピアサポート従事者不在の日を無くしたいが、本人たちの希望により、現在は週1回不在の日がある。 (2)事例2~特定相談支援事業所における雇用~  NPO法人が平成18年に開設した事業所で、精神障害者の一般相談支援(地域移行支援及び地域定着支援)及び特定相談支援(計画相談支援及び障害児相談支援)等を実施している。開所日は祝日を除く月~金曜日、開所時間は8時30分から17時15分、スタッフは6名となっている。 ①雇用の契機  平成23年度に、県の予算にて、ピアサポート養成研修と研修修了者を相談支援事業所等で半年間雇用する事業が実施された。研修を委托されていたNPO法人では、この取組をきっかけに、ピアサポート従事者の雇用を検討し、半年間の雇用を終えたC氏に声をかけ、C氏はピアサポート従事者として現在に至る。 ②職務内容等  割合的に多いのはピアミーティング等のピア活動の企画・運営である。そのほか、地域移行支援のための面談、外出の同行支援や同法人が運営する地域活動支援センターにおけるサポート的業務を担当、最近は外部から家族教室等での体験談の講演依頼等も増えてきている。1日6時間で週3~4日勤務(勤務日数は本人希望により調整)している。 ③雇用主が感じるピアサポート従事者の効果等  利用者に対する効果のみならず、職場にリカバリーの視点が浸透し、障害者に対する偏見が解消され、支援の幅が広がり、質が高まった。 (3)事例3~障害者相談支援事業所における雇用~  平成18年の障害者自立支援法に基づく精神障害者社会復帰施設の新体系への移行に伴い、地域生活支援センターから相談支援事業所へと移行した事業所で、日常生活に対する相談支援、情報提供や地域活動交流室、各種講座、ピアサポートに関するワークショップ等を実施している。開所日は365日、開所時間は月~金曜日は9時から18時、土日祝日年末年始は11時~17時。スタッフ構成は、管理者兼相談支援専門員1名、相談支援専門員1名、相談支援員2名、事務員1名となっている。 ①雇用の契機  新体系への移行に伴い、事業所の運営方法、相談の在り方についての見直しが必要となった際、ピアサポートの力を活用した事業運営を考え、ピアサポート従事者を採用した。予算の関係もあり、週1回の雇用から開始したが、1人目は自己都合により1年で退職した。その後、同事業所にてD氏が体験実習を行ったことをきっかけに、D氏はピアサポート従事者として現在に至る。 ②職務内容等  相談業務のほか、各種講座(ピア活動を含む)の企画・運営のメイン担当を担う。勤務時間は1日8時間、勤務日数は、週2日からスタートし、週4日まで増えたことがあったが、現在は本人の希望により週3日となっている。 ③雇用主が感じるピアサポート従事者の効果等  体験者ならではの視点による言葉かけにより、利用者が停滞していた状態から脱することができることもしばしばある。また、同様の視点からのスタッフへの助言等により、職場全体が学ぶべきことも多い。雇用主として障害当事者である本人への配慮は必要だが、結局は誰もが働きやすい職場づくりではないかと考えている。 (4)事例4~就労移行支援事業所における雇用~  平成25年に開所した事業所で、就労移行支援と自立訓練 を行っている。開所日は祝日を除く月~金曜日、開所時間は9時~17時30分(利用時間は16時まで)。スタッフは6名で、E氏を除く5名は前職にて同じ病院に勤務している。 ①雇用の契機  E氏と事業主は、患者と病院スタッフという関係からスタートし、友人関係となる。独立について事業主より相談を受けるうち、開所の立ち上げメンバーになることを誘われ、E氏はピアサポート従事者として現在に至る。 ②職務内容等  相談業務のほか、前職(システムエンジニア)の経験を活かし、電子機器、通信関係の保守管理等を担当している。 ③雇用主が感じるピアサポート従事者の効果等  一緒に仕事をしようと思った人が、たまたま障害を持っていただけで、ピアだから雇用しているわけではなく、雇用した理由は、本人の人間性が全てである。ピアであることにより、自分たちにはない引き出しを持っているという強みがあることは確かである。本人のみに特別な配慮はなく、本人が活用している制度(年休の前借り制)、疲労時等の勤務時間の変更等についてはすべてのスタッフに認めており、スタッフの働きやすさへと繋がっている。 3 考察  雇用については、全て公募ではなく、個人的なつながり、雇用主からの声かけによるものであった。また、ピアサポート従事者としての研修を受けていたのは1事例のみであった。このことからは、ピアサポートが一般的な職域となり得ておらず、また、採用要件の不明確さという問題を有していることが指摘される。  職務内容としては、全員がピアサポートとそれ以外の既存の業務を担当しており、事例4においては前職で培ったスキルを活用し、自らのストレングスを活かした職務に従事していた。また、雇用とともに新たな職務の創出を行っている事例もあり(事例1の来院者、訪問看護に同行しての相談業務)、ピアサポート従事者の主導で創出された職務もあった(事例2~3のピア活動の企画・運営)。今後、ピアサポートを活用した職務創出の可能性が指摘される。  常勤の正社員として勤務している1名を除いた4名の勤務時間、日数は他の職員より少ないが、これは全て本人希望によるものであった。症状の再燃、再発等により勤務日数を減らしたケースもあり、ピアサポート従事者がフルタイム勤務することの難しさがうかがわれる。職場定着においては柔軟な労働条件の設定が一つのポイントとなると考えられるが、事例2、3において指摘されているように、ピアサポート従事者の問題を個人の問題ではなく、職場全体の問題と捉え、解決していくことにより、誰もが働きやすい職場づくりを生み出す効果があると考える。 精神疾患で自信を失っている大人が、「子どもに勉強を教える」関わり等を通して生まれる『心と頭の“揺らぎ”』を評価する試み ○兎束 俊成(ひきこもり対策会議 船橋 代表)  朝倉 幹晴(あさくら塾) 1 はじめに  精神疾患で自信を失っている40数名の元ビジネスマン等の話を聴いた。「自分らしさを取り戻したい」「自己否定を終わらせたい」「自分の価値を気付き直したい」との内容を話す人が何人もいた。  “もっと学びたい”と思っている子どもに、自信を失っている大人が、勉強を教える支援を行うこと1)を現在試みている。“助けることが助けられていた”の言葉のように、自分が支援した子どもから、“ありがとうございます”と生き生きとした姿や言葉が返って来て、自分の価値を気付き直すことを、身体で実感して欲しいからである。  教える側になって子どもの学習支援をしてみると、「子どものペースを考え、子どもに掛ける暖かい言葉が、実は言葉のブーメランのように、その言葉が自分にも向けられ、いろいろ振り返りが始まる」可能性が見えてきた。  自分に向けられた自分の暖かい言葉に気付くとき、客観的感覚を、冷静さを、あるいは穏やかさを感じる場合もあれば、思い出さないようにしていた出来事を思い出して、不安や後悔を再び感じてしまう場合も予想される。複数の感情が動き始めると予想されることから、これらの感情の“揺らぎ”の評価を試みる。 2 電子機器の分解を教える試みについて  2012年6月~10月にかけ『精神障害者が、知的障害者等に電子機器の分解方法を教え、そうか!解った!と反応する様子から、自分の価値を再認識させる試み2)』を行った。  “手応えのある反応”に、表情や口調がはっきりとした、そして柔和で落ち着いて満たされたような様子が観察された。しかし外部就労支援施設を出て1時間後には、表情が少ない元の状態に戻ってしまったと報告を受けた。  忘れていた感覚や感情が生まれて動いたが、施設を出て1時間後には元に戻ってしまった。生まれて動いて戻ったこの動きが、心と頭に生じた“揺らぎ”と考えている。 3 考えていること  感情は、視床下部から分泌される内分泌代謝産物に影響を受けると言われている。脳の内分泌代謝産物が少なくなり、あるいは枯渇すると、心や頭に柔軟性がなくなり、疾患が発症する可能性が高まると言われている。  脳の内分泌代謝産物量を測定することは簡単ではない。しかし内分泌代謝産物と感情が連動するものであれば、感情の動きの変化を記録したものは、脳の代謝産物量の変化と関連したものを記録している可能性がある。  そこで今回利用者に、教える前の気持ちと教えた後の気持ちを評価表に記入してもらうことにした。気持ちを2回記入することにより、気持ちの動きが記録される。そして記録の回数が増えることにより、“揺らぎ”としての様子や程度、そして方向性が観察されると考えている。 4 評価表の作成  子どもに教える大人の回復レベルは、寛解期以降で持続治療機関と考えられる。評価表は、寺崎・岸本・古賀(1992)などの多面的感情状態尺度3)、坂野ら(1994)の気分調査票3)、小川ら(2000)の一般感情尺度4)、日向野・小口(2002a)職場用退陣苦手意識尺度5)を参考にした。  評価の第1項目は、疲労感とした。開始前には前日の睡眠状況も記入して、体調の確認を行う。2回の評価は、開始前は評価表の上段に、終了後は評価表の下段に記入する。項目数は、記入する利用者の負担を考えて10項目とした。気持ちの動く方向性を見やすくするために、複数の評価項目を、マイナスからプラスに向かうように並べて、図1 心と頭の“揺らぎの評価表を作成した。 5 項目ごとの評価について 評価項目①: 疲労感(体調) ①疲労感  終了後の疲労感を確認する。疲労感が大きくなり、またその疲労感が継続される場合、負担が大きいことが考えられる。教えるための準備が十分にできているかの確認や、教える回数を少なくする話し合いの必要も考えられる。 評価項目②: 気持ちが重い 評価項目③: 考えがまとまらない 評価項目④: 人と関わりたくない ②気持ちが重い ③考えがまとまらない ④人と関わりたくない  “何かをやりたいが、できないでいる”と話す人たちの会話から加えた。やりたいができない感覚が、子どもに教える関わりを通して、『今、特に感じていない』と気が紛れている感覚になっていることを想定している。動きが小さい場合、負担になっている可能性もあり、話し合いの必要も考えられる。動く方向性は マイナス → ±0とした。 評価項目⑤: 教えている時に不安を感じる 評価項目⑥: 教えている時に後悔を感じる ⑤教えている時に不安を感じる ⑥教えている時に後悔を感じる  自分の言葉が自分に向けられた時、思い出さないようにしていた出来事を思い出す可能性を想定して加えた。  思い出したことが、一定の不安や後悔で受け止められれば、過去のことの整理が出来始めていると考えられる。しかし受け止め過ぎた場合は、まだ整理出来ていないと考えられる。そのときは、教えることを一時的に離れる話し合いも必要と考えられる。動く方向性は、動く幅が小さい場合は マイナス → プラス に、動く幅が大きい場合は プラス → マイナス とした。 評価項目⑦: 冷静さを感じる 評価項目⑧: 集中力を感じる 評価項目⑨: 穏やかになる感じがある 評価項目⑩: 役立っている、嬉しい感じがある ⑦冷静さを感じる ⑧集中力を感じる ⑨穏やかさを感じる ⑩嬉しさを感じる  電子機器の分解を教えている時の、利用者の言葉から加えた。利用者からは、『日頃いつも、自分を否定・自分を責める気持ちがある』『いろいろ考えると苦しくなるので、何も感じないようにしている』という気持ちを聞いていた。そこで動く方向性は、マイナス → プラス とした。 6 おわりに  今回の評価表は、『揺らぎの中での自分の変化を可視化出来れば、疾患者の我慢している気持ちに、変化が出始めていることを伝えられる』と考えて作成した。“自分は戻り始めている”との評価データを渡すことは、気持ちを強く持たせる“もう一つの支援になる”と考えたからである。 【参考文献】 1) 兎束俊成・朝倉幹晴:第23回職業リハビリテーション研究・実践発表会 (2015),46-47. 2) 兎束俊成:第22回職業リハビリテーション研究・実践発表会 (2014),289-291. 3) 堀洋道・山本眞理子:心理測定尺度集Ⅰ,サイエンス社 4) 堀洋道・吉田富二雄・宮本聡介:心理測定尺度集Ⅴ,サイエンス社 5) 堀洋道・松井豊・宮本聡介:心理測定尺度集Ⅵ,サイエンス社 【連絡先】  兎束俊成 ひきこもり対策会議 船橋  e-mail:uzuka@v101.vaio.ne.jp. 職場定着支援のその先へ~コミュニティ活動が広げる「より良い人生」への可能性~ 柳田 貴子(LITALICOワークス五反田 職業指導員/センター長) 1 ある卒業生の言葉  「仕事は順調で半年間休まずに働いている。でも土日はやることないし、家で一人」……この言葉を聞いた時、私たちは、より良い生活と人生をめざしていく上で、「働くこと」だけの支援でいいのだろうか?と大きな問いを抱くようになった。  そして、「利用者一人ひとりの人生の幸せを実現する」という支援の原点に立ち帰り、新たな定着支援の取り組みとして、昨秋、コミュニティ活動を本格的に開始した。 2 「共通点」からコミュニティをつくる (1)形成までのプロセス  利用者同士のサポートを見据えた取り組みは一年前からあり(図1)、コミュニティ形成の素地となったことは、開始から3ヶ月でコミュニティ活動が軌道に乗ったことを考える時、非常に大きかったと言える。 図1 コミュニティまでの変遷  また、これまでのOBOG会は、雑談が得意な人だけ盛り上がる傾向があり、足の向かない卒業生も少なくなかった。そのため、彼らにも喜ばれる集まりにしたいという目的も添えた。 (2)土曜午後は「コミュニティの日」  毎週土曜の午後を、卒業生をはじめ、誰もが気楽に立ち寄れるよう利用者以外にも開放。某人気バラエティ番組を参考に、「共通点(くくり)」で人が集まる時間とした。「テーマが決まっているので話しやすい」と、雑談が苦手な人も喜んで参加できるようになっている。  「共通点」から自然発生するコミュニティは、テーマは無限に設定できる。カテゴリは、趣味をベースにした「ライフ」、気質や特性による「キャラクター」、その他「特別企画」の三つ。2016年8月現在、80以上のコミュニティが誕生(図2)、参加者はのべ1000名に迫る。 図2 コミュニティ一覧表より一部抜粋 (3)実際の運用 ①コミュニティミーティング  開始当初は支援者主導による実施であったが、今春からは、コミュニティのテーマ設定や開催日・担当者、告知文の作成までのほぼすべてを、利用者が毎週のミーティングで決定し進めている。 ②共通点からの親和性  コミュニティについて必ず質問されるのが、「対人トラブルのリスクが高そうだが大丈夫?」である。当初はある程度覚悟していたが、実際始まってみると、 驚くことにこれまで一件もない。「共通点」を持った集まりであるゆえ、親和性が高いからではないかと考えている。 3 コミュニティの推進力とは (1)「卒業生メンター」の力  働く卒業生が得意分野を活かし、利用者に訓練・就活や生活面を直接アドバイスする「卒業生メンター制度」がある。もともとはプログラマをめざす利用者から勉強すべき内容について相談され、その職種で働く卒業生との面談をコーディネートしたことがきっかけで始まったものである。それ以外でも、年2回の「卒業生によるお悩み大相談会」実施、親睦会の企画運営等で多数の卒業生が活躍してきた。  この卒業生メンターとコミュニティとの相性が非常に良いことに気付いた。例えば、イラストレーターの卒業生が「芸術コミュニティ」で講師を務めたり、ストレスコントロールとしてアクセサリーづくりを趣味にしている卒業生が、利用者向けにレクチャーするなど…皆「誰かの役に立てること」をやりがいにして、いきいきと活動中である(写真)。  このように、働く卒業生の多様性を力に変えていくことが、コミュニティ活動の推進力になったと言える。 写真 アクセサリーコミュニティ (2)自己開示の文化  コミュニティは趣味だけでなく、「完璧主義」「人見知り」「溜め込みやすい」等、コンプレックスと捉えがちなテーマも「キャラクター」カテゴリで取り上げている。  一人ではダメな部分ばかりに目がいってしまうが、同じコンプレックスをもったメンバー同士が集まると、「あるある!」と大いに共感でき、皆で笑い飛ばすことができる。しかし、それには大前提として、ダメな部分を安心してさらけ出せる場所と関係性がなければならない。  そのために私たちは、支援者の自己開示が必要と考えてきた。その一例として、「一緒に悩みますシート」(図3)を挙げる。これは、利用者から多く寄せられる質問…例えば「失恋した時」「眠れない時」「自分はダメだと落ち込む時」どのように対処するか…に対して、支援者が自身の体験を率直に回答、常時公開しているものである。  障害あるなし関係なく、「人はより良く生きたいからこそ悩む」「自分だけでなく皆も同じ」というメッセージとなり、そこから、ありのままの繕わない自分でいられる居場所へと発展、約2年の月日を経て、自己開示の文化を確立した。この文化こそが、コミュニティ活動の土壌であり、欠かせない要素となっている。 図3 「一緒に悩みますシート」 4 コミュニティがもたらした変化 (1)寄せられている声 ①利用者  ・主体者となり、自分が知らない一面に気付けた  ・社会に出ても一人じゃないと思えたから卒業後も安心 ・卒業生が応援してくれて、就活にもやる気が出た ②卒業生  ・仕事辞めようかなと考えていたけど、   皆と一緒にいたらいつの間にか乗り越えていた  ・何でも協力したい。自分の得意なことを活かしたい ③支援者  ・仕事のはずなのに普通に楽しい……  ・自分の趣味や特技を、ここで活かせると思わなかった  ・障害あるなし関係なく、コミュニティの一員と実感 ④利用者家族  ・働く卒業生の姿を見て、直接話を聞いて、   これからの人生に希望がもてるようになった ⑤関係機関・企業  ・コミュニティを通して、地域の共通の課題に   一緒に取り組んでいきたい  ・職場以外での顔を見られるのが新鮮  ・休職中の方の活動の場としても最適ですね! (2)数値面  ・参加する卒業生の数は2.6倍に増加、個別対応は1/5に  ・卒業生メンターの増加と利用者の就活応募数が比例  ・職場定着率:6ヶ月90% 12ヶ月80%以上を維持  ・支援者の定着支援に関わる業務時間が1/3に  ⇒当事者同士の支え合い・励まし合いが活発化   人に励まされた人は、人を励ます存在になっていく  ・定着支援対象者の約70%がコミュニティに参加  ・「コミュニティ面白い」口コミによる参加が80%以上  ⇒高い満足度が自主性を高め連鎖している 5 新たな「働く意欲」とコミュニティの可能性  働くこと以外に視点を置き、約一年間取り組んできたコミュニティ活動が、結果として新たな「働く意欲」を生み、「働く希望」に繋がっている。また、コミュニティに「所属感」をもち、そこでの他者貢献の体験が、「自身の存在価値」を高めていく可能性も示している。  職場定着支援に対する成果以上に私たちが得たものは、誰もが「自分が今いる場所を照らす存在」になれるという事実であった。コミュニティは「より良い人生を生きたい」と願う一人と一人が向き合う場であり、障害あるなしではない「人間としての」の集まりであり続けたい。  今後は、より目的をもたせたコミュニティ活動(合理的配慮の促進や引きこもり対策、自殺予防支援など)を展開する。そのことで、一人でも多くの「その人らしい、より良い生活と人生」を後押ししていくものの一つとして、進化していきたい。 自殺を予防する支援から「生きる力」を支える支援へ~生と死を語るコミュニティ形成を通じて~ ○丹羽 康治(株式会社LITALICO LITALICOワークス府中 サービス管理責任者)  柳田 貴子(株式会社LITALICO LITALICOワークス五反田) 1 はじめに  LITALICOワークス府中(就労移行支援事業所)の利用者の中で精神疾患(発達障害含)の利用者の割合は7割を越える。その中には、「死にたい」と思っている利用者や、過去に「死にたいと思い、実際に行動にうつした」利用者もいる。  就労支援のサービスを受けている利用者は健康状態の悩みだけではなく、経済的な苦痛やそれに伴う家族不和など自殺に傾く危険因子を多く抱えている。  これまで4年間、自殺に関する知識がないことや、自殺予防支援を行った経験がないことから、対応に苦慮し支援者自身も疲弊した過去があった。  今回の発表では、そうした自殺予防支援で苦慮した経験を元に、Intervention(介入)の支援からPrevention(予防)の支援へと転換するに至った経緯、利用者の「生きる力」を高めるために行った支援とその効果について検証するものである。 2 自殺の対人関係理論からの着想  2014年に実施した社内のゲートキーパー研修で講師の山田素朋子氏(北里大学病院:当時)は「自殺予防支援は支援者を疲弊させる」と述べている。  「また自殺企図するのではないか」、「自分のアプローチの方法で利用者が自殺に大きく傾くかもしれない」という不安、そして対応が長期間になりやすく支援の見通しを立てにくいことで支援者は精神的に疲弊してしまうことが少なくない。  私たちはゲートキーパー研修で知り得たジョイナーが提唱する「自殺の対人関係理論」1)をもとに支援について検討する時間を設けた。「自殺の対人関係理論」とは、自殺が起きる要因として、自殺の潜在能力が高まることと自殺願望が高まることとしている。そして自殺願望とは、所属感の減弱と負担感の知覚ということである。私たちは「所属感」と「負担感」がプラスに作用することで、「死にたい」ではなく「生きたい」と実感できるようになるのではと考えた。「誰かとつながっている」と思うこと(所属感)、「誰かの役に立っている」と感じること(他者貢献)がより良い人生を生きるために必要であると考え、支援の軸と定めた。これを府中モデルと呼ぶ(図)。 図 府中モデル 3 コミュニティの開始とKPSの会  所属感と他者貢献を高める支援について検討し、2015年11月より開始したのがコミュニティ活動である。同じ悩みをもつ利用者同士が集まり話し合うことで、所属感が高まるのではと呼びかけたのがきっかけである。毎週土曜日午後に開催しており、趣味嗜好や性格など共通点がある利用者(支援者含む)で集っている。毎回の参加人数は20名以上、コミュニティの数は80を越えており、現在は利用者が企画・運営・当日の司会進行を行っている。  また卒業生もコミュニティに参加することができ、就職後も「所属感」と「他者貢献」を高めることにつながっている。定着支援の面談で来所することに抵抗がある卒業生も共通の話題があれば比較的気軽に来所できるという利点もある。  コミュニティの中で、「キャラクター系」(※思考や性格を共通点とする)と呼ばれるカテゴリーがあり、利用者の中でも参加率が多いのが「完璧主義者について語る会」(以下「KPSの会」という。)である。  自他ともに完璧を求めていきたいにもかかわらず、現実社会の中で完璧にできないことから自責に陥りストレスを抱える完璧主義の利用者が、人前で自分のコンプレックスを開示することにより自分を客観的に分析し、第三者から承認されることでストレスを軽減する狙いがある。 4 「鎧の会」から「生と死を語るコミュニティ」へ  コミュニティを実施する中で、KPSの会に自殺リスクの高い利用者が多いことがわかった(10人/17人中)。  自責傾向が強いこと、自身の感情を内面に溜め込みやすいことで他者への援助希求力が弱いことが要因であると考えられる。  その中でも自殺リスクが高い4名を対象としたコミュニティを開催した(以下「鎧の会」という。)  「鎧」とは、ありのままの自分をさらけ出すことで自分自身が傷ついた経験があることから、他者に良い印象を与えるために本心を隠すための防御策の意である。他者を気にして本心を出せないという利用者からの相談を受け、他にも同じような悩みを抱えている利用者がいるのではと推測し、過去の面談記録を参考し上記4名の利用者を対象者として選出した。  「鎧の会」では、自身の「鎧」を身につけるに至った経緯やどのような状況で「鎧」を身につけるのか等を話し合う中で、他者に自分の本心を打ち明けること(自己開示)ができず、援助希求力が低くなり、「死にたい」気持ちが高まりやすいことが検証された。会を重ねると、利用者自身から自発的に「死にたい」気持ちについて発言する機会が見られたため、利用者同士で希死念慮を語るコミュニティを行うことで自殺リスクも軽減できるのではないかと考え、「生と死を語るコミュニティ」という名前に改称し、引き続き開催することとなった。  希死念慮や家庭の状況など他者に開示することに抵抗がある話題こそ、他者に開示し共有することで精神的な負担も軽減できると考えている。 5 利用者に見られた変化 (1)自殺リスクの低下  下記の表は当社で運用している自殺リスクの危険度評価の指標である。年間の平均値の比較では、2014年度は4.2だったのに対して、府中モデルを支援の軸とした2015年度は3.5に減少している。 危険度 内容 1 自殺の危険性がない 2 自殺に傾くなんらかの思考をもっている 3 自殺念慮はあるが具体的な計画はない 4 自殺念慮があり具体的な計画性がある 5 自殺の準備をしており自殺が差し迫っている (2)欠席数  2014年度と比較して2015年度の欠席数は7割に減少している。2016年度についても前年度に比べて減少傾向にある。 (3)定着支援の相談件数  コミュニティを開始してから、卒業生がコミュニティに参加できるようになり、定着支援の相談件数は減少している。これはコミュニティ自体が定着面談の役割を担っているということを表している。(個別面談回数の平均値:6.6回→2回/月) 6 利用者の声  利用者に現在の支援について聞き取りを行った。  「吐き出す場所ができた」「通所しているからこそ希死念慮が減った」「自分に自信を取り戻すことができた」「支援者の対応が平等であることで安心感がある」「利用者間で同士感覚がある」「病気のことを話したら楽になった」「支援者の自己開示が利用者に連鎖している」 7 コミュニティ形成における重要な要素  熊谷晋一郎氏2)は「希望は、絶望を分かち合うこと」と述べている。この言葉は、コミュニティの存在意義を端的に表しているが、絶望を分かち合うためには以下の要素が必要と考える。 (1)支援者による自己開示  支援者が自身の悩みや葛藤を利用者に開示することにより、利用者も悩みを開示しやすい雰囲気が生まれ、利用者と支援者のラポール形成につながる。 (2)利用者同士の相互作用に期待  利用者からの悩みを解決するにあたり、支援者の視点だけではなく利用者同士の相互作用が有効であると考え、支援者が利用者と利用者を結びつけることで、小さなコミュニティが形成され始めた。 (3)相互作用の段階的な深化  初期に形成したコミュニティは、趣味や性格など話しやすい話題であったが、利用者の所属感が高まるにつれて、自身の健康状態や診断名も利用者間で共有するなど、さらなる自己開示が進み、相互作用が高まっている。 8 最後に  「生きる力」とは、本来人に内在するものであり、環境によってエンパワメントされるものである。「生きる力」自体が就労への最大の動機づけとなり、「生きる力」が高まることで、生活の意向も明確になり、より良い人生を生きたいと望むようになる。支援者にとっても、リスク対応の支援で疲弊することより、利用者のストレングスやエンパワメントに沿って行う支援にやりがいを感じるであろうし、その支援こそが「就労支援のあるべき姿」であると考えるものである。 【参考文献】 1)トーマス・E・ジョイナー他(北村俊則監訳):自殺の対人関係理論−予防・治療の実践マニュアル(金剛出版、2005年) 2) 熊谷晋一郎:TOKYO人権 第56号(2012年) http://www.tokyojinken.or.jp/jyoho/56/jyoho56_interview.hth 2016年8月25日最終アクセス ESPIDD(発達障害者の就労支援プログラム)の作成について ○梅永 雄二(早稲田大学)  井口 修一・遠藤 径至・木田 有子・猪瀬 瑶子・竹場 悠・工藤 英美里(東京障害者職業センター) 1 目的  近年発達障害を有する人たちの就労問題がクローズアップされてきている中で、就職だけではなく就職しても定着できず離職している人が多い(梅永、2004)。その理由はいくつか考えられるが、発達障害者に特化した専門的な職業リハビリテーションサービスがなされていないことも一因と考えられる。  発達障害の中には読み・書き・計算が困難なLD(限局性学習症)、不注意・多動・衝動性の強いADHD(注意欠如多動症)、対人関係・コミュニケーションがうまくできないASD(自閉スペクトラム症)が存在するが、この中でASD者が抱える課題が最も問題となっている。ASD者はたとえ学歴が高くても就職面接で落とされる人、就職したとしても対人関係でつまずき、定着できずに離職を繰り返す人が多いからである。障害者職業総合センター研究部門が行った調査によると、LD親の会、自閉症協会、JDDネットなどの調査結果でも、障害種の86%がASDといった状態であったように、発達障害といってもそのターゲットはアスペルガー症候群を中心とするASDであるといえる。  よって、発達障害者に特化した就労支援プログラムを開発する必要性があると考える。このプログラムをESPIDD(Employment Support Program for Individuals with Developmental Difference)と名づけ、本研究ではなぜこのようなプログラムが必要なのかについて、ASD者の職業リハビリテーションサービスにおける課題をそれぞれの支援別に精査することを目的とする。 2 方法  従来実施されてきた職業リハビリテーションサービスがASD者にとって、必ずしもマッチしているとはいえなかった理由について、職業相談、職業評価、職業紹介、職場定着指導の中から、今回は職業相談、職業評価、適職マッチングに絞って報告を行う。 3 結果 (1)職業相談  DSM-ⅤにおけるASDの定義はコミュニケーションを含む対人関係が困難であること、および想像力の欠如からくる強いこだわりなどがその主症状となっている。 具体的に生じているASD者のコミュニケーションの課題を表1に示す。 表1 ASD者のコミュニケーションの課題 ・質問ばかりする ・言葉を文字通りに解釈するため誤解する ・社会的フィルタリングが苦手なため、文脈に基づいたコミュニケーションがとれない ・思いついたことを衝動的に口にする ・正直で直接的な返答が相手を怒らせることがある ・適切なアイコンタクトや笑顔を見せるなど非言語的コミュニケーションが苦手 ・相手を凝視して威圧感を与える ・怒っていないのに怒っているように見える ・席を立つとき(話をするとき)相手に近づきすぎる ・自分が興味のあるテーマしか話さないので相手をいらだたせたり、会話を支配したりする ・相手が話していることに興味がない ・相手が自分と視点や理解を共有していると思い込んでいる ・単調な口調が、相手に不快感を与える ・集団内での会話についていくことができなかったり、集団での話し合いに参加できない  以上のような状況を解決するためには、従来の職業相談のみでは十分とはいえない。そこで、以下のような方策が考えられる。①言葉による意味が理解できないことが多いASD者には、文章で示したり視覚的に構造化した状況であれば理解できることが多い。②話題が限られている場合は、話す話題のリストを視覚的なリストを使って提供する。③質問に答えさせる場合には、視覚的な情報に言語的な情報を加える。  ASD者に対する職業相談では、言葉でのやりとりではなく、(主訴など)カウンセラーが聞きたい内容が示されたチェックリストを前もって作成し、ASD者に視覚的に確認させることによって、話を進めていくと相談業務がちぐはぐにならずに済む可能性がある。そのためには、ソーシャルストーリーズやコミックストリップ等が有効といわれているため、それらを応用したASD者のための「職業相談チェックリスト」の作成が望まれる。 (2)職業評価  就労に関するアセスメントは数多く存在するが、ASDに特化した就労アセスメントは少ない。そのような中、ASDに特化した就労のための検査として、ノースカロライナTEACCH部で開発されたTTAP(TEACCH Transition Assessment Profile)が作成された(Mesibov・Schopler・Thomas・Chapman,2006)。   この検査はASDの特性を考慮した検査であり、単に作業能力のみのハードスキルのアセスメントではなく、対人関係や機能的コミュニケーションなどのソフトスキルといわれる側面の評価も含まれている。しかしながら、この検査は知的障害を伴うASD者向けのものであり、アスペルガー症候群等の高機能ASD者にとってはやや簡易すぎる課題も含まれている。  よって、高機能ASD者に特化した職業アセスメントの作成が必要となる。その最も高機能ASD者に適したアセスメントは実際の現場でのアセスメントである。  その理由を表2に示す。 表2 実習現場でのアセスメントが有効な理由 ・様々な職種の体験が可能 ・現場で生じた課題と支援が具体的に示される ・具体的構造化のアイデアを提供できる ・ソフトスキルの課題が明確になる ・同僚・上司にどのような関わり方をすればいいかをまとめることができる ・般化の困難性が軽減できる  以上のような支援方法を整理するにあたって、職場実習におけるアセスメントチェックシートを作成する必要がある。 (3)職場開拓とジョブマッチング  ASD者の離職要因としては、適切なジョブマッチングがなされていなかったことも一因と考える。  表3は、ASD者の特性から考えられる適職マッチングの難しさである。 表3 適職につけないASD者の課題 ・些細なことに注目し、資格が必要だったり自分に合っていない仕事や就労の機会が限られている仕事を追い求める ・ある特定の仕事や会社に固執し、ほかの選択肢を検討することを拒む ・全体の職種の中でたった一つの職務が嫌なため、その仕事がしたくないという ・職探しなどの重要な活動を軽視し、特別な興味を追求することにあまりに多くの時間を費やす ・効果的な職探しや仕事のプロジェクトの計画を立てられない ・あるテーマへの興味を、その分野で生計を立てる能力があるということと混同してしまう  実習によって、実際に仕事をしてみることでできないこと、できること、またやってみたい仕事、やりたくない仕事などをカウンセラーとともに考え、自己理解することが就職した後の早期離職を回避できるものと考える。 4 考察  職業リハビリテーションの流れの一つである職業相談から職業評価、職場開拓と適職マッチングについて、新しい視点で取り組む必要があることが示された。今後は、そのような職業リハビリテーションサービスを職業準備支援や就職後のフォローアップに至るトータルサポートに推し進めていく必要がある。  ASDを中心とする発達障害者の就労支援は従来の支援とは異なる新しい支援体制を構築すべく、それぞれの支援過程に新しい試みを導入していく必要があることが示された。  それぞれの支援領域において実践を行う中で、個々の発達障害者に合った最良の就労支援プログラムを検討していくべきだと考える。 発達障害(ASD)のある求職者を対象とした基本的な就職支援ニーズを把握するための職業相談シートの作成 ○井口 修一(東京障害者職業センター 所長)  梅永 雄二(早稲田大学)  遠藤 径至・木田 有子・猪瀬 瑶子・竹場 悠・工藤 英美里(東京障害者職業センター) 1 はじめに  近年、東京障害者職業センター(以下「センター」という。)を利用する発達障害者、とりわけASD(自閉症スペクトラム障害)者が増加しており、センターでは職業準備支援に発達障害者向け支援カリキュラムを導入する等により支援の充実を図っている。  発達障害者の支援ニーズに的確に応えていくためには、職業準備支援だけでなく、就職のための職業相談、職業評価(アセスメント)、就職活動支援、就職後の職場定着支援といった基本的な就労支援プログラム(ESPIDD)において、複雑で捉えにくい個人特性に配慮した効果的な支援方法について検証、検討が必要になっている。  このため、早稲田大学梅永教授の指導・協力の下、センターにESPIDD研究会を設置し、発達障害(ASD)のある求職者を対象とした職業相談シートを作成、試行したので、その結果を報告する。 2 目的  発達障害(ASD)者は、その障害特性により、話(文脈)をよく理解できない、話を要約できない、話題が限られるなどのコミュニケーションの課題を有していることが多い。このような発達障害者に対する就職のための職業相談では、その特性に配慮した相談内容や相談方法を工夫する必要がある。  そこで、米国でBarbara1)が紹介している就職する際の基本的なニーズと課題の整理のためのワークシートを参考に、発達障害者との初期の職業相談において基本的な就職支援ニーズを効果的かつ網羅的に把握するための職業相談シートを作成することにした。 3 方法 (1)職業相談シート試行版の作成  Barbara1)が紹介しているワークシート5.1(就職する際の基本的なニーズ)及びワークシート5.2(就職する際の自分の課題の整理)の翻訳版を参考にして、初期の職業相談において活用することを想定した、基本的な就職支援ニーズを把握するための職業相談シートについて、全体構成、設問項目、使用方法、記録方法等を検討し、試行版を作成した(平成28年1月~4月)。 (2)職業相談シートの試行  障害者職業カウンセラーが、就職希望の発達障害者を対象とした初期の職業相談場面において、作成した職業相談シート試行版(以下「試行版」という。)を9事例に試行実施した(平成28年5月~7月)。  試行した障害者職業カウンセラーから職業相談シートの回答状況、使用効果や使用方法の意見、設問の修正意見等について集約し、その結果に基づいて同シートの設問項目の修正、効果的な活用方法等について検討した。 4 結果と考察 (1) 職業相談シート試行版の作成  ワークシート翻訳版(以下「翻訳版」という。)の全体構成、設問の内容、表現等について、障害者職業カウンセラーから意見を集約した(表1)。 表1 翻訳版に対する主な意見 ■関連している設問をカテゴリーに分類して並び替えた方が効果的に相談を進めることができる。 ■就職する上での課題に関する設問が多いが、強みやセールスポントに関する設問も必要である。 ■課題の選択肢の表現がわかりにくい(例:仕事に影響を与える可能性があります)ので、回答が容易になるように該当非該当の二択にした方がよい。 ■わかりやすい設問になるように表現の修正が必要である。 ■職歴等のエピソードを聞きながら相談を進める方が効果的である。 ■障害の開示についての考えを確認した方がよい。  試行版では、翻訳版の設問項目を関連したもので分類し、翻訳版にはない対象者の強み(セールスポイント)に関する設問を複数追加した上で、全体構成を①就職希望、②職場環境、③就職する上での課題、④就職する上での強みの4つのカテゴリーに再構成し、それぞれの基本的なニーズを把握できるようにした。  試行に当たっては、すべの設問を詳細に聴取することに注力するのではなく、対象者の状況にあわせて柔軟にシートを使用するとともに、職歴等のエピソードは重要な情報になることもあるので項目に応じて聴取することにした。  翻訳版と試行版の全体構成及び主な設問項目の比較は、次のとおりである(表2)。 表2 ワークシート(翻訳版)と職業相談シート(試行版)の比較 ワークシート(翻訳版) 職業相談シート(試行版) Ⅰ就職する際の基本的なニーズ[17項目] ・労働時間 ・通勤時間・通勤手段 ・給料 ・職業訓練の必要度 ・同一活動の好み ・構造化の必要度 ・仕事のペース・対人接触 ・指導の必要度 ・屋内・屋外の希望 ・特別な職場環境の必要性 ・作業の好み・対象の好み ・就職の課題・大切な基準等 Ⅰ就職希望に関するニーズ [7項目] ・職業・職場の希望 ・労働時間・給料 ・通勤時間・通勤手段 ・障害開示の考え ・就職重視項目 Ⅱ職場環境に関するニーズ [6項目] ・配慮希望 ・対人接触の程度 ・定型的作業の好み ・求められる処理速度・納期 ・場所・屋内屋外の好み ・仕事対象の好み Ⅱ就職する際の自分の課題の整理[25項目] ・アイコンタクト・対人言動・行動 ・初対面・グループディスカッション ・言語処理・コミュニケーション ・集中力・計画遂行 ・黒白判断 ・処理速度・優先順位 ・複数処理・中断復帰 ・衝動性 ・時間の管理 ・感情コントロール・不安 ・同時処理・学習効果 ・感覚特性・困難な職場環境 Ⅲ就職するうえでの課題に関するニーズ[5項目] ・対人関係・コミュニケーション ・仕事(作業) ・感覚・感情 ・就職上の課題認識 ・困難な職場や仕事 Ⅳ就職するうえでの強みに関するニーズ[3項目] ・免許・資格 ・やりがい興味を感じた経験 ・就職するうえでの強み (注)下線部(斜体)は試行版において削除した項目であり、囲み線部は試行版で新たに設定した項目である。 (2)職業相談シートの試行  試行した9事例の回答状況と担当した障害者職業カウンセラーの意見を集約した(表3)。 表3 試行結果の概要(障害者職業カウンセラーの主な意見) ■使用効果 ☑このシートを使用することで対象者自身が課題の整理を行うことができた。 ☑具体的なエピソードを引き出すことにより、支援者も対象者の課題が具体的に把握できた。 ☑課題だけでなく、強みを把握できたことがよかった。 ☑口頭でのやり取りが苦手なケースは、選択肢を見せながらチェックしてもらうことでストレスや緊張が低減した。 ■使用上の留意点 ☑就労経験のない対象者の場合、就労イメージがもてず回答が難しい項目が多くなった。 ☑知的能力が境界線レベルの対象者の場合、回答が難しい項目が多くなった。 ☑課題等の選択肢は設問を見せながら確認する方が適切である。 ■回答状況から削除することが適当な項目 ・定型的作業の好み・場所移動の好み・仕事対象の好み (3)試行結果に基づく職業相談シートの改良  試行結果に基づいて職業相談シート改良版を作成した(表4)。また、表3の試行結果を参考にして、使用効果が見込まれる発達障害者を対象に、設問や選択肢を見せながら確認する方法や項目に応じてエピソードを確認する方法等により、職業相談シート改良版を活用することにした。 表4 職業相談シート改良版の設問項目 Ⅰ 就職希望に関するニーズ 1.職業や職場の希望【職業・職場回答例】 2.フルタイム勤務・労働時間・正社員の希望 3.給料の希望 4.通勤時間の希望、通勤手段の予定 5.就職希望で特に重視【選択肢6】 Ⅱ 職場環境に関するニーズ 6.障害開示の考え 7.職場での配慮希望 8.職場での対人接触程度[職場の人・外部の人]【選択肢各2】 9.求められる処理速度と期限(納期)【選択肢3】 Ⅲ 就職するうえでの課題に関するニーズ 10.対人関係やコミュニケーションに関係する特徴・課題【該当選択肢9】 11.仕事に関係する特徴・課題【該当選択肢11】 12.感覚や感情に関係する特徴・課題【該当選択肢6】 13.就職するうえでの課題認識 14.働くのが困難な職場環境や仕事内容 Ⅳ 就職するうえでの強み(セールスポント)に関するニーズ 15.免許・資格 16.やりがいや興味を感じた職業経験や社会経験 17.就職するうえでの強み(ほめられた経験、感謝された経験、頑張った経験など) 5 今後の課題  今回の試行により、発達障害(ASD)者の特性に配慮した職業相談シートの有効性について確認することができた。試行実施が9事例と少ないので、今後も引き続き試行を継続し、使用方法や設問表現、視覚的構造化を改良していく必要がある。  また、発達障害者に対する職業リハビリテーションの質的向上を図るため、職業相談シートにより把握した就職支援ニーズと関連づけながら、具体的な就職支援を進めていくための職業評価(アセスメント)の方法について検討を行い、対象者の強みや課題が実際の場面でどのようにあらわれるのかを把握するためのアセスメントシートを開発し、対象者の自己理解の促進や必要な支援、職業・職場とのマッチング、職場環境の改善等の検討に同シートを活用することが必要である。  さらに職場定着のためのフォローアップや事業主支援で活用できるツールの開発も今後の課題である。 【引用文献】 1) Bissonnette.Barbara:Helping Adult with Asperger’s Syndrome Get & Stay Hired. JKP(2015) 支援機関協働による岡山県北部の発達障害者に対する就労支援プログラムの創出 ○岩田 直也(おかやま発達障害者支援センター 心理判定員/津山地域自立支援協議会就労支援部会)  井上 満佐美(岡山障害者職業センター) 1 背景  発達障害者が住み慣れた地域で継続して生活を送れるよう地域の支援体制を整備することが発達障害者支援センターには求められている。おかやま発達障害者支援センターは、岡山県全域(岡山市除く)を本所と県北支所で運営しており、県北支所は、県北部の美作圏域を支援エリアとしている。美作圏域(3市5町2村)は、過疎地域に指定されている市町村が多く、発達障害専門の医療機関や就労移行を行う支援機関に限りがあり、数少ない資源をいかに活用して支援を届けていくかが大きな課題となっている。  平成20年度に開設した県北支所では、成人期の就労相談が年々増加している。成人期の方の状態像として、普通高校や大学等を卒業した後に就労できなかった、就労しても何らかの不適応状態となり離職した方が多い。こうした方が、一般就労を目指すうえでは、職場で必要な知識(報連相等)について学び、実践する機会と、それらを本人と振り返る機会を通して自身の得手不得手や周囲に配慮を求めることを整理する機会が必要である。しかし、美作圏域においては、就労にむけた準備を整える場(就労移行支援事業所等)が少ない現状があった。  そこで、平成25年度に岡山障害者職業センター(以下「職業C」という。)の「発達障害者就労支援カリキュラム」を美作圏域版に改編した就労支援プログラム(以下「プログラム」という。)を実施した。そして、平成27年度には津山地域自立支援協議会就労支援部会(以下「自支協」という。)を主体として支援機関と協働実施した。 2 目的  プログラムの効果を検証することを目的とした。 3 評価方法  ロジックモデル1)を参考にプログラムの効果を整理した。 4 結果および考察 (1) Target(対象者)  プログラムの対象者は、就労を希望する成人で知的障害を伴わない発達障害者(定員6名)とした。参加は支援機関からの推薦とした。3年間(平成25年度~平成27年度)で計13名がプログラムを修了した。 (2) Input(プログラム実施機関)  協働実施機関の3年間の広がりを、表1に記載した。 表1 プログラム協働実施機関の広がり 平成25年度 岡山障害者職業センターが実施  ・岡山障害者職業センター  ・津山公共職業安定所  ・津山障害者就業・生活支援センター  ・おかやま発達障害者支援センター県北支所 平成26年度 地域の支援機関と協働で実施  ・岡山障害者職業センター  ・津山公共職業安定所  ・津山障害者就業・生活支援センター  ・精神科病院  ・就労移行支援事業を新設予定の事業所  ・おかやま発達障害者支援センター県北支所 平成27年度 津山地域自立支援協議会就労支援部会を主体に実施  ・岡山障害者職業センター  ・津山公共職業安定所  ・津山障害者就業・生活支援センター  ・就労継続支援B型事業所  ・美作県民局  ・津山地域自立支援協議会事務局  ・おかやま発達障害者支援センター県北支所 (3) Activity(枠組み) ①プログラム実施前  参加者に事前面接で「プログラムを希望した目的」、「希望する職種とその理由」、「障害開示と手帳利用の意向」、「働くうえでの自分の特性(得手不得手)について」を確認した。これらの事前面接の内容や職業評価の結果をもとに職業Cが作成した支援計画案によって、本人の参加動機を明確化した。 ②プログラムの内容  津山公共職業安定所(以下「HW」という。)を会場として(平成27年度は美作保健所)、全8回(週1回実施)、1回4時間で実施した。プログラムでは、「講義やグループワークでの学びを作業場面で実践し、自分の発達障害特性や職業上の課題を整理する」、「企業に自分の発達障害特性等を説明するためのナビゲーションブックを作成する」を目標として、講義、JST(職場対人技能トレーニング)、作業体験、振り返りを実施した(表2)。 ③プログラム実施後  プログラム終了後に、参加者に事後面接を行い、参加した感想や事前面接と同じ質問項目を再度確認して、事前事後の変化を参加者と共有した。そして、関係機関を含めたケース会議を実施し、就労にむけたケースワークについて検討する機会を持った。また、HW主催の障害者就職面接会とプログラムの終了時期を揃えることで、就労にむけた意識の継続や、スムーズな求職活動への移行を計った。 (4) Output(個人にとっての効果)  参加者(13名)のプログラム後の行き先を表3に示す。 表3 プログラム終了後の行き先 プログラム終了後の行き先 人数  障害者雇用(フルタイム) 6名  障害開示の一般就労(フルタイム) 2名  就労移行支援事業所 1名  就労継続支援A型事業所 3名  所属元の就労継続支援B型事業所※ 1名 ※所属元のB型では利用動機が高まり、顕著に利用回数や時間が増加した  平成28年度現在の状況でも離転職者はなく、参加者からは、「職場でマナーや身だしなみが、なぜ必要かをプログラムで学べたことで、今も実践できている」、「自分にとって必要な配慮や力を発揮できる環境を整理できたので、再就職先で困らないのだと思う」等の意見があった。また、就労継続支援A型事業所を利用している参加者からは、「出来ることが増えてきたので、ナビゲーションブックを作り直す手伝いをして欲しい」との要望が寄せられている。 (5) Outcome(プログラム実施による地域の変化) ①地域の支援機関と協働で実施(平成26年度)  プログラム実施の経緯や内容を、支援機関と共有するために、実践報告会を実施した。この中で、発達障害者の就労支援のノウハウを所属機関に取り入れたいとのニーズが、精神科病院と就労移行支援事業を新設予定の事業所から挙がった。そこで、これらの機関からスタッフを派遣してもらい、プログラム実施時のサブスタッフを担ってもらうことで地域展開を行った。  それぞれの機関に移行した結果は表4のとおりである。 ②自立支援協議会主体でのプログラム実施(平成27年度)  美作圏域での普及促進のために、自支協において、プログラムの取り組みを報告する機会を持った。その結果、地域の支援機関からも賛同を得ることができ、自支協を主体にプログラムを実施することとなった。  自支協が主体となるプログラムでは、地域のネットワークを活用し、支援機関(就労継続支援B型事業所等)から参加者の推薦を募る方法を用いた。支援機関から推薦者を受けるにあたり、本人の就労準備性をアセスメントするためのシートを作成した。そして、就労準備性が十分ではない対象者に関しては、プログラム協働実施機関が参加者の所属機関内で取り組む就労にむけた準備についてコンサルテーションするシステムとした(図1)。これらにより、支援機関の発達障害者の就労準備性についての視点が揃っていくことを目指した。 図1 参加者の推薦システムの流れ (6) Impact(個人を越えて地域に与えた効果)  プログラムを軸とした実践報告会は、対象者を採用した企業からの報告を聞かせてもらう機会、地域全体で発達障害者の就労支援を考える機会やニーズを共有する場となった。また、地域の障害者等への支援体制に関する課題を共有・検討する場である自支協を主体としてプログラムが実施されたことも大きな効果であったと考える。つまり、携わった支援者がプログラムのノウハウを習得しスキルアップできただけではなく、発達障害者の就労準備支援の必要性や視点を共有できたことは、美作圏域にとって大きな意義があったと考える。 5 まとめ  プログラムを地域の支援機関により協働実施し、一定の効果が得られたと考える。また、プログラムという資源があることで地域の支援者に対する発達障害者の就労準備に関する啓発にもつながった。このように、地域の新たな資源としてプログラムが位置付けられたことは、美作圏域の支援体制整備の一助になったと思われる。今後も資源が少ない美作圏域においては、地域のネットワークを活用した支援や資源の創出が望まれる。 【参考文献】 1) 安田節之・渡辺直登:臨床心理学研究法 プログラム評価研究の方法,新曜社(2008) 職業リハビリテーションにおける応用行動分析の活用−トークン・エコノミー法を活用した安定通所のための支援プログラム− 佐藤 大作(山口障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 目的  近年、雇用障害者数が増加し、実雇用率が上昇する中で、就職を希望する発達障害者、精神障害者も増えている。こうした状況においては、就労支援を行う支援者の専門性を高めることが必要不可欠と言える。私は第22回職業リハビリテーション研究・実践発表会において、職リハ分野における応用行動分析学の有効性と職リハ専門職の専門性向上について考察し、支援者が試行錯誤して得た経験や工夫の積み重ねを支援者間で共有することの重要性と実践事例を共有する取組をどう進めていくのかという課題があることを述べた。前回、指摘した課題に対して「課題を分析し、見立てを立て、介入方法を立案実施し、結果を評価する」という支援プロセスをどのように進めたのかについて、事例を踏まえて支援者間で共有することは専門性向上の方法の一つとして有意義ではないかと考えた。そこで本稿ではトークン・エコノミー法1)※を用いた支援事例について報告したい。 ※トークン(token)とは代替貨幣という意味の言葉である。トークン・エコノミー法とは一定数貯めたトークンを多様な好子と交換できるシステムにより特定の行動を引き出す応用行動分析の一手法である。ある行動の直後に好子が現れるとその行動は増えるが、常に行動直後に好子を提示することは現実的には難しい。同法のポイントは直後に提示できない好子の代わりにトークンを用いるところにあり、実用性の高い手法とされている。 2 方法 (1)対象者  山口障害者職業センター(以下「山口センター」という。)を利用した発達障害のある20歳代男性A。 (2)支援開始までのAの経過  学生時は学業や友人との関係がうまくいかず、高校卒業後の就職活動も不調に終わった。その後、家族が見つけたB社に就職するが約1か月で離職。山口センター利用も家族の勧めだった。Aは相談時「働きたい」と述べるが具体的な検討は不十分だった。その他にAには障害受容、社会経験/職業経験の少なさ、家族への強い怒り、状況を客観視する力の弱さ等、複数の課題があった。また、課題に取り組む以前に「課題に取り組むことで起きる失敗やミスをした時の気持ちの整理方法」から身に付ける必要がある等、課題改善には細やかな段階を踏む必要があった。 (3)介入に至る経過 ①職業準備支援内での取組  就職準備のため職業準備支援(以下「準備支援」という。)を12週間受講した。受講前に6日間の体験期間を設け、本人が受講内容を確認し、納得の上で開始した。なお、体験期間中は遅刻2回、欠勤0回だった。 ②問題点の整理と目標設定  受講開始直後から欠勤/遅刻が続いた。出勤(山口センターに来る)行動がなければ前述の課題に取り組めないため、出勤行動を増やす取組を目標とした。 (4)改善を目指した行動(以下「標的行動」という。)  標的行動はAと相談し「9時15分までに出勤する」とした。 (5)行動の指標  専用の記録用紙にAが記入し、結果を山口センタースタッフ、家族が確認した。 (6)ベースライン  7日間計測した。 (7)介入 ①介入1  Aと面談実施。Aから「週5日9時15分開始を週4日10時開始に変えれば出勤できる」との申し出があったため、条件を変更した。15日間計測した。 ②介入2  介入1で改善が見られなかったため、本人、家族と相談しトークン・エコノミー法を実施。以下(イ)(ロ)(ハ)を条件とし、27日間計測した。なお、介入2の設定金額は現時点で毎月いくら使っているのか家族に聞き取りを行い、支出の全体金額は変えないことを前提にして家族が無理のない方法か十分確認を取った上で実施した。 (イ)9時15分までに出勤できたら1日1,000円(お小遣い600円+昼食代400円)をその日の夜にもらえる。 (ロ)遅刻・早退の場合は例外なく小遣い0円とする(昼食は必ず400円を注文する)。 (ハ)9時15分出勤を5日連続達成できたら、1,000円を土曜日または日曜日にもらえる。 3 結果  結果を図1に示した。横軸は受講日数、縦軸は出勤状況を3段階(出勤2、遅刻1、欠勤0)で示している。ベースラインと介入1を合わせて22日間中4日の出勤日数(出勤率18.1%)だったが、介入2では27日間中26日(出勤率96.2%)となり、出勤行動に改善が見られた。 4 考察 (1)生態学的アセスメントの実施  生態学的アセスメントとは個人と環境との関係性に着目して支援に必要な情報を得る手法である2)。準備支援開始前のアセスメントに加え、準備支援でのAの言動を分析した。その中でも準備支援場面で昼食を摂らない様子が観察されたため、Aに聞くと「昼食代節約のため」とのことだった。併せて家族との面談により家庭での過ごし方(平日と休日)、好きな活動を詳しく聞き取った。その結果、特定のアニメに関する玩具収集やイベント参加に対して強い興味関心があること、それらにかかる費用を家族に頼んでその都度もらっていること、家族に頼むことに後ろめたさを感じていること、家族はいけないと思いながらも費用をAに渡していることがわかった。以上のことから好きな活動を動機付けとして節約していること、数百円単位の金銭感覚を獲得していることがわかった。 (2)介入方法の検討について  本人がすでに獲得している節約行動と好きな活動への強い動機付け、費用をもらうことへの負担についての随伴性を分析した(図2及び図3)。  その結果、小遣いを得ることが特定の行動の増減に影響したことが推測された。小遣いの渡し方と出勤行動を結びつけた点がポイントと言える。ただし、出勤してもしなくても手にする金額に差はないことから、今回の介入を出勤のご褒美として小遣いを渡したと捉えると他ケースへ応用する際に不調に終わる可能性がある。随伴性分析が先にあり、その結果から介入方法を考えるという流れが重要である。 (3)行動の選択肢を広げる  介入2を提案したとき、Aはうれしそうな表情で「(こんな方法をやってみても)本当にいいの?」という発言をした。実は介入2の導入前にはAと定時出勤するように約束や指示はしていない。出勤するかどうかはAが決めることとして、支援者はAの行動に伴って結果が変わるように環境設定しただけである(図4)。 (4)トークン・エコノミー法実施について  今回用いたトークン・エコノミー法は職業リハビリテーション分野での適応事例は少ないようだ。考えられる理由としてはトークンと交換する好子にお金や物等の物的好子を用いることを連想させるからかもしれない。しかし、一般企業の活動には「サンキューカード」等の社会的好子3)や「目標行動の達成度合い」という情報的好子4)を用いた事例等もあり、それらを見ると工夫次第によっては職業リハビリテーション分野での応用も十分可能ではないかと感じる。 5 まとめ  支援プロセスを振り返ると状況分析段階では「生態学的アセスメント」、見立て段階では「随伴性分析」、介入方法では「トークン・エコノミー法」と各段階で具体的な知識と手段が必要であることがわかる。支援者の専門性には、この「具体的な知識と手段」が欠かせない要素と思われる。どんな考え方と方法を用いて支援を行ったのか、支援者間で多くの事例を共有することが専門性向上に繋がると思われる。私自身も引き続き実践報告を行っていきたい。 【参考文献】 1)杉山尚子、島宗理、佐藤方哉、R・W・マロット、M・E・マロット:「行動分析学入門」p.161~164,産業図書(1998) 2)奥田健次:不登校を示した高機能広汎性発達障害児への登校支援のための行動コンサルテーションの効果 -トークン・エコノミー法と強化基準変更法を使った登校支援プログラム-「行動分析学研究2005 vol.20No.1」p.2-12 3) 4)島宗理:「リーダーのための行動分析学入門」日本実業出版社p.119(2015) 精神・発達障害と似た行動特性の学生に対する効果的な支援方法に関する研究~暗黙の了解などを学ぶ問題集の開発~ ○深江 裕忠(職業能力開発総合大学校 能力開発院 助教)  來住 裕 (職業能力開発総合大学校 基盤整備センター)  安房 竜矢・寺内 美奈(職業能力開発総合大学校) 1 はじめに  一般校の職業訓練現場では、精神・発達障害を想起する行動特性を持つグレーゾーンの訓練生(以下「配慮訓練生」という。)が増加している。配慮訓練生は、従来の訓練手法では効果が出ないため、職業訓練指導員(以下「指導員」という。)が対応に悩むことが多い1)。  ところで、指導員が配慮訓練生に指示を出しても、意図したように配慮訓練生が行動せずトラブルを起こすことがよくある。このようなトラブルの場合、実は指導員の指示の出し方に原因があったりする。特に、暗黙の了解を使って指示を出していると発生しやすい。さらに、指導員自身が暗黙の了解を使っていることに気がつかないことも多い。  もし、指導員が暗黙の了解を使わずに指示を出すことができたのなら、これらのトラブルは防止できる。特に、配慮訓練生が指示を誤解しなくなることで、指導員と配慮訓練生の双方のメンタルヘルスや人間関係の悪化を防ぐ効果は大きい。また、誤解を解くために(想定以上の)時間を費やす事態を回避できるので、訓練時間の短縮にもつながる。  そこで、暗黙の了解に気がつき、暗黙の了解をなくした話し方を学ぶ問題集を開発したので報告する。 2 暗黙の了解が原因となるトラブル  暗黙の了解とは、非言語のコミュニケーションの一種で、双方にとって常識的に判断可能であるため会話から省略している部分のことである。  暗黙の了解は、日常会話で非常にたくさん使われている。なぜなら、伝えなくても判断可能な部分まで話すと、くどいと思われるからである。また、そのような部分は省略して話したほうがよいものだと、経験的に学習してきた。  そのため、ほとんどの人が無意識に暗黙の了解を使って会話している。さらに、暗黙の了解を意識したことがないため、自分の話している言葉に暗黙の了解があることに気がつくことも難しい。  ところが、コミュニケーションに困難さがある配慮訓練生の多くは、この暗黙の了解を読み取ることができない。これが指示を出したときのトラブルの原因となる。  例えば、指導員が訓練生に「この書類は申請を行うのに必要な書類です。明日の申請に間に合うように忘れずに持ってきてください」と指示して書類を渡したとする。このときの指導員の指示では、書類の必要事項を記入することを伝えていない。なぜなら、常識的に判断できるため明示する必要がなく、省略しているのである。つまり、「書類に記入する」という部分が暗黙の了解になっている。  しかし、暗黙の了解を読み取ることができない配慮訓練生の場合、白紙の書類を翌日に持参してくることになる。なぜなら、配慮訓練生は「書類を忘れずに持ってくる」という指示しか受け取っていないからである。暗黙の了解になっている「書類に記入する」という指示は受け取っていないので、実行しないのである。  すなわち、配慮訓練生は言葉に出された指示だけ行動している。この点では指示を確実に守っている。  だが、指導員は無意識に暗黙の了解を使っているため、「書類に記入する」という指示を出したと思い込んでいる。あるいは、言葉に出していないことに指導員が気がついていても、それは常識的に判断して書類に記入するのが当然であり、言葉に出していなくても行動するのがあたりまえだと思い込んでいる。ここで、「指示を出したのに書類に記入してこなかった」というトラブルが発生する。  さらに、指導員は指示を出したと思い込んでいるため、配慮訓練生は指示を守っていないと判断してしまう。そして、指示を守らないことについて指導するのだが、実際は指示通り行動している。そのため、指示を守った/守らないの水掛け論となってしまい、指導員と配慮訓練生の人間関係が悪化するというトラブルが発生する。  この2つのトラブルの原因は、指導員が暗黙の了解を使った指示を出したことにある。言い換えると、指導員が暗黙の了解がわかりにくい配慮訓練生に対して「暗黙の了解を使わないで指示を出す」という配慮に欠けていたことが原因である。  すなわち、解決するためには、指導員が自分の言葉に暗黙の了解があることに気がつき、暗黙の了解がないように指示を出さなければならない。だが、無意識に暗黙の了解を使っているので、それは難しいのが現状である。 3 問題集開発のきっかけ  職業能力開発総合大学校が行っている一般校の指導員向けの研修では、コミュニケーションに困難さがある配慮訓練生との接し方について、暗黙の了解も含めて、学ぶ。  研修では、演習問題を使った実践的な内容で学んでいく。図1に、暗黙の了解について研修中に出している演習問題のスライドを示す。 図1 研修で用いている暗黙の了解の演習問題スライド  もちろん、暗黙の了解を使わない話し方は、研修期間中だけで身につくようなスキルではない。よく、「細かい部分まで指示を出すこと」と云われているが、それだけでは暗黙の了解をなくすことはできない。日々の会話の中で暗黙の了解を意識しながら実践しないと身につかない。特に、どこに暗黙の了解があるのか気がつけるようになるのが難しい。  もし、普段から暗黙の了解がわかりにくい発達障害者と接しているのであれば、指示通り行動しなかったときに、自分の言葉に暗黙の了解があるかどうか振り返ることができる。  だが、一般校の指導員は、障害者校や支援機関と比べて、配慮訓練生と多く接する機会は少ない。そのため、研修参加者から、暗黙の了解などの接し方を学ぶことができる問題集の開発が望まれていた。 4 問題集の開発  問題集を開発するにあたって、まずはどのような出題形式が理解しやすいか検討を行った。その結果、訓練現場にありがちな場面を切り取った仮想事例を提示してから出題するという形式で行うことにした。  暗黙の了解の問題では、指導員や職員が暗黙の了解を使ったことが原因となっている仮想事例を提示することにした。  図2と図3に、問題集の問題を示す。  図2では、配慮訓練生が質問の意図を理解していない。暗黙の了解がわかりにくい訓練生なので、職員は「休みの日は車に乗って、どこへ行きますか?」と、暗黙の了解をなくした形で質問する配慮が必要である。 図2 雑談場面での暗黙の了解の問題  初級レベルでは、図2のように暗黙の了解がどこにあったのかを示している。これにより、どのようなものが暗黙の了解となるのかも学んでもらう。  中級レベルだと、図3のように暗黙の了解がどこにあるのかも考える問題となっている。 図3 就職指導場面での暗黙の了解の問題 5 おわりに  筆者の経験では、暗黙の了解がわかりにくい配慮訓練生は意外と多い。そして、暗黙の了解が原因で、指導員の指示を誤解して理解している。  この問題集を活用することにより、指示の誤解をなくし、トラブルの防止効果があることを期待したい。 【参考文献】 1) 「訓練・学習の進捗等に特別な配慮が必要な学生への支援・対応ガイド(実践編)」,http://www.tetras.uitec.jeed.or.jp/database/download/(2015) 高次脳機能障害を持つ当事者と家族に対する青年期の支援プログラム~作業と振り返りによる自己理解へのアプローチ~ ○大塚 恵美子(千葉県千葉リハビリテーションセンター 高次脳機能障害支援センター センター長)  遠藤 晴美・磯部 ゆい・藤平 敏夫・小菅 倫子・田中 葉子・阿部 里子 (千葉県千葉リハビリテーションセンター) 1 はじめに  当センターでは小児部門で高次脳機能障害児の診断と支援を続けながら、高校生、大学生となった当事者と家族に支援を検討するようになった。その中で当支援センターではH24年度から、青年期を迎え就労をめざす年代になった当事者のうち週1回程度の頻度で通える者を対象に、レディネスグループを行ってきた。プログラムの内容を概観するともに、対象の参加までの経過、参加時の状況、並行して行った家族支援の状況、参加後の帰結を分析し、青年期の支援プログラムの課題を検討する。 2 プログラムの概要 (1) 目的  以下の目的を持って、ほぼ一対一でつくスタッフの見守りのもと小集団で作業を中心とした活動を行う。 ・同じ活動をする他の参加者の存在を通して、自分を理解する手がかりを得ること ・作業のふりかえりとスタッフフィードバックにより自身では気づきにくい自分の状態に気づく機会とすること ・スタッフが具体的な作業における参加者の行動を理解し、どのような支援が有効であるかを模索すること (2) 実施方法 ① 実施期間 1期H24年7月〜H25年3月 2期H25年5月〜H26年3月 3期H26年5月〜H27年3月 4期H27年5月〜H28年3月 ② 対象 幼児期から大学・専門学校在籍中までに高次脳機能障害を発症し青年期を迎えた当事者12名およびその家族 表1 対象者の状況 ③ 実施頻度 原則月3回 90分グループ+30分個別面談  家族面談、家族グループ(2期〜)を並行した。 (3) 実施内容 ① 毎回の活動の基本の流れ  ①レディネスグループの目的の確認・約束の確認→②メインの活動→③参加者・スタッフ全員による振り返り→④自己評価表の記入→⑤個別面談→⑥スタッフ合議での評価  ③の振り返りは、時間を十分取って「ふりかえりシート」に記入してから各メンバーが発表し、スタッフも事実に沿ってフィードバックした。その際、発言内容は全てホワイトボードに書き出して可視化した。 ② メインの活動について イ 作業プログラム:手順書を良く見て指示どおり行う ・すうじ盤・六角ペン立て作成・家計簿作成課題など ロ 伝える・聞くプログラム:上手に伝える為のポイント・しっかり聞くためのポイントを意識する ・自己紹介・近況報告・今の生活で悩んでいること ハ まとめのプログラム:ビデオや記録を見直して気づいたことを話しあう ・ビデオで自分の姿を見る・自分の変化を振り返るなど ③ 振り返りの個別面談  その日のグループでの事実の振り返りと各自のニーズに応じて今の生活で感じていることを聞き取り、整理した。 ④ 家族へのフィードバック  次のステップを考えるために有用な情報を、当事者の状況を見ながら必要に応じ、家族にフィードバックした。 (4) 実施結果 ① 対象者の帰結 表2 対象者の帰結 *更生園:生活訓練事業・就労移行支援事業等を行う障害者自立支援施設 ② 自己評価とスタッフ評価  評価項目は実施年度によりやや異なるが7〜8項目で、今回分析に用いたのは全期共通項目の内、①活動に集中して取り組むことができた、②伝えたいことをしっかり伝えることができた、③優先順位をつけて作業を進めることができたの3項目。それぞれ5:かなりそう思う〜1:まったくそう思わないと5件法で数値化した。対象者の自己評価をスタッフ評価と比較することで、その対象者の自己理解の目安にできると考え、2種の評価点の乖離を分析した。参加回数にばらつきがあったが、対象者ごと項目ごとに評価点を加算し、その平均値を求め比較した(図)。 図 対象者別のスタッフ評価-自己評価で示す乖離の状況 3 自己理解の状況とアプローチ:症例の経過 (1) 自己評価とスタッフ評価の乖離が大きな群 症例No.2[作業内容]六角ペン立て作成・三段たんす作成  手順書に従って作業指示通りに作成することを求めたが、作業中に手順書を机上に開いて置くという行動もなかなか定着しなかった。一方で、作業スピードばかりを重視し、とにかく作業が速いことが良いことという発言が目立った。  毎回の作業開始直前と作業中に、個別にスタッフが声かけをして、手順書をしっかり見ることを促した。また、作業後のふりかえりの時に、自発的に手順書の大切さに関する発言が出なかったため、再度スタッフからそのことに触れ、その旨をメモするよう促した。このようなスタッフからの頻回な介入があれば、その都度の行動は修正することができたが、最後まで活動における優先順位の認識の修正が困難だった。また、活動中にあくびをしたり姿勢が崩れるなど集中を欠く様子が見られたが自覚が乏しく、スタッフ評価と大きく乖離した。  大学卒業年度の参加で、本人・家族とも障害者雇用の一般就労を目標としていたが、就職活動がうまくいかない中で、特に家族との面談を重ね作業時の様子を伝えていった。新年度の課題を本人に無理のない範囲で卒業後も定期的に通える場所の確保をすることを確認。自宅から通える通所施設の見学を進め、本人と希望が合致したパン作りを主とする就労継続B型の利用につながり、3年目を迎えている。 (2) 自己評価とスタッフ評価の乖離が小さな群 症例No.8[作業内容]家計簿作成課題・物品請求書作成課題  開始当初は、作業中に自分のミスに気づかず、作業終了後のふりかえりの時点においても気づかないままという様子があったが、事実についてのフィードバックを積み重ねることで、ふりかえり時に作業中のミスを自分から具体的に発言するようになり、フィードバックの内容を取り入れて、自分でミスを防ぐ工夫することができるようになった。「今日の作業で気をつけたいこと」でも「落ち着いて焦らず行う」等の抽象的な内容が、家計簿作成課題で「繰り越しの転記のタイミングに気をつける」のように、自分が気をつけるべきことが具体化した。発言した内容は、次回以降にも活かすことができた。  症例の課題は原因疾患からくる極端な易疲労で、就Bの利用も安定しないことだった。個別面談の中で1週間の生活リズムを図式化して休息の必要性を確認したことで、午前活動・午後休息のリズムが安定した。活動時間が限られるため、短時間からスタートできるユニバーサル就労を次のステップとして検討した。グループ終了後も就B利用しつつ1年以上経過する中で、こどもに関わりたいという希望に沿った実習やボランティア活動の体験を重ねつつ、ユニバーサル就労について支援機関と調整を進めている。 4 青年期の支援プログラムの課題  小児期に高次脳機能障害を発症し青年期に至った当事者は、仕事として指示通りに作業を行った経験がほぼない。記憶障害や遂行機能障害などの認知障害が作業遂行に影響するのは成人と同様であるが、自己理解が困難な場合、就労場面で“現実の自分”に気づかない、取るべき行動が定着しないことにつながり一般就労をより困難にする。事実に基づく振り返りにより自己理解を促すプログラムを実施したが、対象者により自己理解の進み方に差が見られた。  自己理解に困難がある症例では、家族支援を密にしてスタッフ評価も伝えつつ卒業後の進路選択に必要な支援を行った。作業での自己理解が進む症例では、他の活動場面の振り返りを並行して行い、本人の希望を家族とも共有しながら次のステップを検討した。いずれも社会参加の次のステップにおいても継続した支援が必要と考えられた。 【連絡先】  大塚 恵美子  千葉リハビリテーションセンター高次脳機能障害支援センター  e-mail:emiko.o@chiba-reha.jp 小児期発症の高次脳機能障害児・者の実態調査 ○山本 浩二(富山県高次脳機能障害支援センター 支援コーディネーター)  野村 忠雄・堀田 啓・吉野 修・浦田 彰夫・柴田 孝・太田 令子(富山県高次脳機能障害支援センター) 1 目的  小児期発症の高次脳機能障害者の問題は、成人期発症の抱える問題とは異なることが多い。本調査は、全国7機関において行った学童期から青年期にいる小児期発症者の病態、進学状況、経済状況などの実態を明らかにすることを目的に行った。 2 対象と方法  小児期(18歳未満)に高次脳機能障害を発症し、調査時に40歳未満の者を対象とした。調査期間は2014年11月~2015年10月までとし、病院の診療録、各機関の書類等から後方視的検討を行った。  調査項目は、受傷(症)時年齢、原疾患、高次脳機能障害の症状、発症から診断までの期間、支援開始時年齢、発症から支援開始までの期間、定期相談機関の有無と相談機関の種類、通院・相談機関の有無での地域差、支援学級・特別支援校への進学率、高校中退率、大学等への進学率、中退率、主たる収入であった。 3 結果  発症時年齢は平均9.5歳であった。発症時年齢には、7歳~10歳と12歳~17歳の2つのピークがあった(図1)。 図1 受傷時年齢  外傷性脳損傷が109名、脳血管疾患35名、脳炎・脳症27名、低酸素脳症8名、その他2名であった(図2)。高次脳機能障害の症状は、注意障害、記憶障害、遂行機能障害の順で多かった(図3)。  発症から高次脳機能障害の診断までの期間は0~33年(平均2.3年)で、10年以上を要したものが18名(9%)で、発症から支援開始までの期間は0~33年(平均2.8年)であった。対象者198名中163名(84%)は定期的に相談できる機関を有しており、そのうち137名(84%)が高次脳機能障害支援センターであった。  発症時年齢が高くなるにつれ、支援校への進学が低くなった(図4)。 図2 原疾患 図3 対象者の障害(症状) 図4 支援級・支援学校の進学率  高校進学率は支援校を含め100%であった。高校中退率は平均で6.8%であり、特に高校生時の発症者は高率で約12%であった。平成24年度の全国高校中退率1.5%1)と比較すると極めて高かった。  大学進学率は平均で54%であったが、学童前の発症者では30.8%と低かった。大学中退率は平均18.6%で高く、特に中学生・高校生発症者では約25%であり実に大学進学者の4人に1人が中退していた。平成24年度の全国の大学中退率は2.65%2)であり、大学中退率も極めて高い率である。  主たる収入については、今回の調査において、一般就労か福祉的就労(就労継続A型事業所)かの具体的な内容は調査できなかったが、調査時20歳以上の71名のうち就労収入のある者は33名(46.5%)であった(図5)。 図5 収入状況  そのうち就労報酬のみで生活している者は13名(18.3%)に過ぎず、他の者は家族からの援助と自分の公的年金を合わせて生活しているのが実態であった(表1)。 表1 収入実態 4 考察  今回の実態調査により、定期的な相談機関を有する者が82%おり、そのうちの85%が高次脳機能障害支援センターであり、支援拠点が高次脳機能障害者の相談機関として広く認知されていることが分かった。しかし、本調査はいずれも高次脳機能障害支援センターが行っており、我々が把握していない高次脳機能障害者が存在することが推測され、今後も高次脳機能障害支援センターの機能を周知する努力が必要である。  また、支援校を含む高校への進学率が100%だが中退率が6.8%、大学中退率が18.6%であり、共に非常に高い率であることから、中学、高校卒業時に適切な進路指導を受けていないことが原因と考える。そして、20歳以上の対象者のうち就労報酬ありの者が46.5%であったが、平成25年度の全国のハローワークを通じた精神障害者の就職率45.6%3)と比べると近い数値であったが、調査対象者の82%が定期的な相談機関を有している割には低い率であると考える。調査時の就労報酬無しの理由は不明であるが、就労定着支援も含めた適切な就労支援を受けていない者が多いことが推測された。 5 まとめ ・高校、大学等の中退率が極めて高く、進路選択において、障害特性を十分に理解した進路指導が行われるシステム作りの検討が必要である。 ・就労報酬のある者が46.5%と低い率であり、就労支援の在り方の検討が必要である。 【参考文献】 1)文部科学省:www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?did=ooooo1o52838 2)文部科学省:www.mext.go.jp/b_menu/26/.../13524_01.pdf 3)厚生労働省:mhlw.go.jp/stf/houdou/0000045834.html 【連絡先】  山本 浩二  富山県高次脳機能障害支援センター  Tel:076‐438‐2233  e-mail:chiikireha@toyama-reha.or.jp 小児期発症の高次脳機能障害者就労定着の実態 ○堀田 啓(富山県高次脳機能障害支援センター 支援コーディネーター)  野村 忠雄・浦田 彰夫・吉野 修・太田 令子(富山県高次脳機能障害支援センター) 1 目的  高次脳機能障害者では一般に離職経験者が多いが、小児期発症例では特にその傾向が強い。今回、全国7つの機関が協力して、学童期から青年期にある高次脳機能障害者への就労定着の実態調査を行ったので報告し、定着困難の要因を検討したい。 2 対象  厚生労働省の定める行政的定義に該当する高次脳機能障害者で、発症時年齢が18歳未満かつ調査時年齢が40歳未満の就労経験者(非正規就労も含む)とその家族を対象とした。 3 方法  調査用紙を用いて、直接面接及び電話面接にて調査を実施した。調査を「離職群」「定着群」「家族群」に分類し、比較検討した。「離職群」とは一度でも離職経験があり、「定着群」とは離職経験が一度もないものとした。また、「家族群」とは「離職群」の家族とした。調査期間は2015年1月10日~2015年7月31日であった。 4 アンケートの内容について  調査票は、①離職経験があって、現在就労していない者用、②離職経験があり、現在就労している者用、③離職経験がなく、現在就労している者用、④離職経験がある者の家族用の4種類とした。①~③の共通質問内容は、就労の際の窓口相談、障害の伝達、就職時年齢、職種、仕事内容、雇用形態、雇用条件、給与、通勤方法、職場内外の支援体制、在籍期間、仕事の満足度、定着に必要な支援内容、趣味の有無、生活の張り合いの有無とし、さらに①では直近の離職理由、離職時の気持ち、離職回数、今後の展望、現在利用している支援機関を、②では直近の離職理由、離職時の気持ち、離職回数、現在の仕事に対する気持ちと現在の仕事について、③では仕事に対する気持ちを追加した。④については、本人と家族の自己認識の違いを調べる目的で、障害の伝達、離職理由、離職時の気持ち、職場内外の支援体制、今後の展望、定着に必要な支援内容を質問内容とした。 5 調査機関および調査対象数  調査対象者は58名(本人40名、家族18名)で、調査機関及び調査機関別の対象者数は以下のとおりであった。諏訪の杜病院(7例)、神奈川県総合リハビリテーションセンター(6例)、聖隷三方原病院(5例)、千葉県千葉リハビリテーションセンター(6例)、富山県高志リハビリテーション病院(15例)、石川県高次脳機能障害支援センター(17例)、福井県高次脳機能障害支援センター(2例)。 6 結果及び考察 (1) 離職群と定着群での検討  離職の有無での比較を行った。 ① 離職群と定着群の数  離職群は20例(50.0%)、定着群は20例(50.0%)で、半数のものが離職を経験していた。平成26年度雇用動向調査結果1)によると、一般雇用の離職率は15.5%であり、それに比べて今回の対象者の離職率は高かった。 ② 発症時年齢・診断時年齢・支援開始時年齢  発症時年齢は両群間で有意な差を認めなかったが、「離職群」で診断時年齢、支援開始時年齢が「定着群」と比べて有意に高かった(図1)。 図1 発症時年齢・診断時年齢・支援開始時年齢 ③ 発症から支援開始までの期間  発症から支援開始までの期間は、「離職群」では平均12.6±10.5年で、1年未満は4例(20.0%)に過ぎなかった。「定着群」では平均3.5±5.0年であり、1年未満は13例(65.0%)であった(図2)。早期に支援を開始することが就労定着のポイントと思われた。 図2 発症から支援開始までの期間 ④ 地域別  地域別注1)では、地方圏で「離職群」が都市圏に比べて有意に多かった(χ2検定:p<0.05)。 注1: 「富山県職員等の旅費に関する規則」の「第2節 内国旅行の旅費 宿泊料 給内容」に宿泊地の区分として「甲地方」と書かれているのが「都市圏」とした地域であり、それ以外が「乙地方」とされている。それに準じて「甲地方」を「都市圏」、「乙地方」を「地方圏」とした。 ⑤ 障害者手帳  障害者手帳の取得状況をみると、「離職群」では精神障害者保健福祉手帳の取得が多かった。「定着群」においては、身体障害者手帳の取得率は50.0%、療育手帳は25.0%と「離職群」と比べ高率であった(図3)。 図3 障害者手帳(複数回答) ⑥ 就学歴  小・中・高校の卒業歴では、支援学校卒業のものが「定着群」では「離職群」に比べて多く、特に中学校・高校では有意に多かった(χ2検定:p<0.05)。 ⑦ 就職活動時の相談先  就職活動時の相談先を卒業した学校としたものが「定着群」は「離職群」に比べて最も多く、ハローワーク(障害者枠)と障害者就労支援機関の利用も「定着群」が多かった(図4)。 図4 就職活動時の相談先(複数回答) ⑧ 障害の告知  障害を職場に伝えているかどうかについては、「伝えていない」が「離職群」では「定着群」に比べて多い傾向であった(χ2検定:p=0.077)。 ⑨ 業種  「定着群」では製造業が28.6%(重複1例あり)と「離職群」の14.3%に比べて多く、「離職群」では医療・福祉、サービス業が「定着群」に比べて多かった。 ⑩ 雇用形態  一般雇用が「離職群」では50.0%と「定着群」の30.0%に比べて多く、障害者雇用が「定着群」で70.0%と「離職群」の40.0%に比べて多かった。障害を職場に開示したほうが就労定着しやすいと思われた。 ⑪ 支援体制  職場内の支援体制では、「理解ある上司がいた」が「定着群」では60.0%と「離職群」の40.0%に比べて多く、「相談する人が決まっていた」が「定着群」では45.0%と「離職群」の30.0%に比べて多かった。また、職場外の支援体制では、「家族が相談に乗ってくれた」が「定着群」では60.0%と「離職群」の30.0%に比べて多く、「家族以外で個人的に相談に乗ってくれる人がいた」が「定着群」では40.0%と「離職群」の20.0%に比べて多かった。何か困った時に身近に相談できる人がいることが就労定着には重要と思われた。 (2) 本人と家族での検討  離職群(20例)と家族群(18例)での比較を行った。 ① 障害の告知  障害を職場に伝えているかどうかでは、「本人が伝えていた」が「離職群」では45.0%と「家族群」の22.2%に比べて多く、障害の開示について認識の差が考えられた。 ② 離職理由  離職理由では、「仕事の内容が難しい」が「家族群」では44.4%と「離職群」の25.0%に比べて多く、病態認識の差が影響すると考えられた。 ③ 支援体制  職場内の支援体制では、「理解ある上司がいた」が「離職群」では40.0%と「家族群」の16.7%に比べて多く、「相談する人が決まっていた」が「離職群」では30.0%と「家族群」の5.6%と比べて多かった。また、職場外の支援体制では、「家族が相談に乗っていた」が「家族群」では44.4%と「離職群」の30.0%と比べて多く、相談に関する認識の差が考えられた。 7 結論  小児期発症の高次脳機能障害者とその家族にアンケート調査を行った。離職群と定着群での検討では、「障害の自己認識」と「職場の理解」が職場定着においてもっとも重要と思われた。また、それらに診断・支援機関の地域格差、支援学校の利用や就労支援機関の利用による業種のマッチング、雇用形態、相談体制などが相互に影響しており、就労定着には多面的な対応が必要と思われる。  離職群と家族群での検討では、本人と家族とで本人の病態認識が乖離していることがわかった。同様の乖離は本人と職場においてもみられ、職場定着に重要な因子と思われるため、今後検討していきたい。 【参考文献】 1) 厚生労働省:平成26年雇用動向調査結果の概要 http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/15-2/index.html 医療・地域との連携により自己認識が向上した症例に対する就労支援 ○北薗 由恵(社会医療法人財団慈泉会 相澤病院 脳卒中・脳神経リハセンター 作業療法士)  村山 幸照(社会医療法人財団慈泉会 相澤病院 リハセラピスト部門) 1 はじめに  高次脳機能障害の就労支援は、外来での個別の認知リハのみでは、障害の気づきや障害認識の促進が難しく、支援に難渋することがある。  職業リハの支援において大切なことは、①職業上の課題をあきらかにすること②障害認識を進め、補償行動の獲得を図ること③適切な職務の選択、職場環境の調整などを行い、安定した就労の実現を支援すること1)と言われている。それには、自宅・病院から生活範囲を拡大し、社会環境に触れていくことが必要であり、また、多職種が関与し、情報や目標を共有できる包括的なリハの機会が必要である。今回、発症から3年後、障害者相談支援センター、就労継続支援A型事業所との連携で、障害の気づきが促進され、障害認識が向上した症例を経験した。多職種での連携の重要性と、症例の変化について考察し、報告する。 2 症例紹介 (1)対象者  40代男性  (2)現病歴  X年Y月、脳梗塞を発症され当院受診。脳梗塞(右頭頂葉)を指摘され1か月入院。その後、上肢機能、高次脳機能障害に対するリハの継続を目的に他院へ転院。  X年3月、脳梗塞を再発され、新規に左MCA領域に脳梗塞を認め再入院となる。2か月後自宅退院となり、復職を目標に外来リハ、医療保険での訪問リハにて支援を継続したが、X+2年、会社の都合により退職することとなった。その後、障害者職業センターで3か月職業訓練を行ったが就労につながらず、X+3年、障害者支援センターと連携し、就労継続移行支援A型事業所の利用を開始した。訪問リハ、外来リハと連携を図りながら、現在も就労支援を継続している。 (3)社会背景  家族構成:妻、子供3人との5人暮らし。  病前ADL:全自立。  職歴:化学薬品メーカーの品質管理業務を行っていた。     管理職。 (4)画像所見  頭部MRI(2016年8月) T2・FRAIRにて右頭頂側頭葉・前頭葉、右被殻~放線冠に脳梗塞を認めた。 (5)現在の状況  月1回:外来リハ(OT・ST)  月2回:医療保険にて訪問リハ(OT・ST)  週5日:就労継続支援A型事業所利用 ①コミュニケーション能力  日常的なやり取りが可能であるが、表現力の乏しさ、対人スキルの低下は残存している。 ②身体機能面  12段階片麻痺機能テスト:左上肢11 手指11 下肢11  感覚:表在感覚軽度低下  簡易上肢機能評価(STEF):右96/100点、左60/100点 ③高次脳機能面  注意障害、遂行機能障害、対人スキルの低下、処理速度の低下、構成障害、突発的な出来事への対応が難しい点などが残存している。 ④日常生活について  自宅での生活は自立されており、歩行は屋内・屋外歩行ともに杖なしにて自立。車の運転は困難だが、公共交通機関の利用が可能であり、外来通院などは1人で来院されている。  3 支援の経過 (1)介入初期:復職を目標にしていた時期  本人のニーズは、車の運転を再開し、管理職として職場復帰することであった。X年5月に自宅退院となり、左上肢麻痺の改善、障害の気づきの促進、手帳の活用を定着することを目標に、外来・訪問リハを開始した。X年8月、週1回、半日からリハ出勤を開始し、段階的に週3回まで勤務日を増やした。仕事場面では、左麻痺による両手作業の拙劣さ、パソコンの入力ミス、薬品調整の手順の誤りや薬の量を間違えるなどのミスを多く認めた。できない事への理解はあるものの「続けていれば良くなる」と、課題を受け入れる事は難しかった。できる事、できない事を整理して気づきの促進につながるよう手帳の導入を開始したが、必要性の認識が低く定着しなかった。現段階での復職は難しく、ジョブコーチの活用、障害者職業センターの利用を検討した。しかし、再雇用は難しいとX+2年で退職となった。その後、新規就労を目的に障害者職業センターにて3か月の職業訓練を行った。 (2)介入中期:目標を見失い支援に難渋した時期  障害者職業センターでの訓練修了後、ハローワークでの企業説明会などに参加したが、面接まで辿りつけず、今後の方向性は不透明であった。就労できない事で徐々に意欲が低下し、「先が見えず不安。仕事をするなら、管理職で前と同じ給料をもらえる仕事をする。」などの発言が聞かれ、就労に向けリハ専門職との間に目標の解離を認めた。リハの目標としては、障害に対する気づき促進、就労上の課題を明確化し、今後の目標、方向性を可視化することとした。障害者支援センターと連携を開始し、就労継続支援A型事業所の利用を開始した。 (3)介入後期:具体的な支援を開始した時期  多職種(妻・本人・外来リハOT・ST、訪問リハOT・ST、MSW、支援員、相談支援ワーカー、市役所職員、就労継続支援A型担当スタッフ)でのカンファレンスを定期的に開催し、在宅、病院、地域の中での状況を共有し、就労に向けての課題(障害に対する気づきの欠如、作業効率の低下、コミュニケーション能力の低下など)を明確化していった。障害者雇用枠での就労を目指す事を目標に、本人の理想と現実の状況の解離が大きくなっているため、すこしずつ現実の状況についてそれぞれの立場から気づきの促進をすることで関わり方を統一した。  職業準備性向上のための支援や模擬的な課題に取り組んでいく中で、主体的な行動が見られ、「失敗はするけど、達成感がある」と自己効力感も得られていった。障害に対する気づきも促進され、課題に対する問題解決能力も向上していった。 4 結果  現在、実際に企業での職業実習まで可能となったが、障害者雇用枠での就労までには至っていない。しかし、実習を通し、「単純な繰り返しの作業であれば自分でも仕事ができそう。」「管理職でなくても、自分でできる仕事をさがしたい」と、仕事に対する姿勢に変化がみられていった。 現在の高次脳機能評価結果を表に示す。 5 考察  本症例は介入当初より、自己の能力より高い目標を掲げており、就労支援に難渋した。自分の能力より高い目標を掲げている時は、実際の作業の中での失敗経験や他者を見ることで自分と比較するなど、自分を振り返る機会が必要と言われている2)。地域と連携したことで、生活範囲が拡大し、現実に近い社会に触れていく中で、在宅・病院・地域と様々な場面から、自分を振り返る機会を提供できたことが、気づきの促進につながったと考える。また、多職種で情報を共有し、目標を統一できた事で、それぞれの機関での役割分担を明確にすることができ、適切な支援につなげられたと考えられた。  障害への気づきや障害認識を促進していくには、医療機関、地域の機関と情報を共有しながら、双方からの支援が重要であること、また、医療機関として、地域へつなぐ橋渡しも大切な役割であることを再認識した。 【引用・参考文献】 1) 厚生労働省:社会・援護局障害者保健福祉部・国立障害者リハビリテーションセンター.高次脳機能障害者支援の手引き:p.29-36.2011 2)特定非営利活動法人 高次脳機能障害支援ネット:高次脳機能障害ファシリテーター養成講座:p.53.三輪書店(2014) 3)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター:障害者職業総合センター職業センター支援マニュアルNo.14 「高次脳機能障害者のための就労支援~医療機関との連携編~」p4-12(2014) 各種支援機関における高次脳機能障害者支援の現状 ○田谷 勝夫(障害者職業総合センター 特別研究員)  土屋 知子・緒方 淳(障害者職業総合センター) 1 はじめに  障害者職業総合センター研究部門において、『高次脳機能障害者の働き方と今後の支援のあり方に関する研究』その1(平成24~25年度)とその2(平成26~27年度)を行い、研究成果を調査研究報告書No.121(その1)とNo.129(その2)に取りまとめた。 2 目的  『高次脳機能障害者の働き方と今後の支援のあり方に関する研究』で実施した各種支援機関調査により明らかとなった、高次脳機能障害者支援の現状、および高次脳機能障害者の“働き方”の実態について紹介する。 3 各種支援機関における支援の現状  各種支援機関における支援の現状について、下図に示す支援の流れに沿い、(1) 医療リハ領域における「リハ医療機関調査」、(2) 生活リハ領域における「就労移行支援事業所調査」、「障害者就業・生活支援センター調査」、(3) 職業リハ領域における「地域障害者職業センター調査」の概要を以下に紹介する。 図 高次脳機能障害者支援の流れ(中島ら2006を一部改変) (1)医療リハ領域 −「リハ医療機関調査」結果− ① 調査時期:平成27(2015)年4月 ② 調査対象:全国の主なリハ医療機関(735所)と高次    脳機能障害支援拠点機関(65所)、合計800所。 ③ 調査方法:郵送による調査票の発送と回収。 ④ 調査内容:高次脳機能障害者支援及び連携支援状況。 ⑤ 調査結果: ア 回収率と回答者:262所(支援拠点機関 37所含む) より回答あり(回収率32.8%)。回答者は作業療法士(50.4%)、言語聴覚士(17.9%)、理学療法士(14.1%)等が多かった。回答者の経験年数は平均14.5年と比較的経験豊富な方からの回答となっている。 イ 高次脳機能障害者支援:252所(96.2%)が高次脳機能障害者への支援が「可能」と回答。支援内容は「評価」  が21.0%、「訓練」が53.4%、「就労支援」が19.1%。  支援拠点機関に限れば「就労支援」は37.8%。 ウ 関係機関との連携:連携の程度が「非常に多い」と  「多い」を合計した値でみると、医療機関同士の連携  は31.7%、福祉機関との連携は37.1%、就労支援機関との連携は23.7%。支援拠点機関に限れば、医療機関との連携は29.7%、福祉機関との連携は86.5%、就労支援機関との連携は73.0%。 (2)生活リハ領域 −「就労移行支援事業所調査」− ① 調査時期:平成25(2013)年1月 ② 調査対象:全国の就労移行支援事業所(967所)。  (主な対象者が「知的障害者のみ」の事業所は除外) ③ 調査方法:郵送による調査票の発送と回収。 ④ 調査内容:高次脳機能障害者支援及び連携支援状況。 ⑤ 調査結果: ア 回収率と回答者:967所より回答(回収率 53.2%)。 回答者はサービス管理責任者(23.8%)、施設長  (16.4%)、管理者(15.7%)が多かった。 イ 併設サービス内容:就労継続支援A型が103所  (10.7%)、就労継続支援B型が684所(70.7%)。 ウ 高次脳機能障害者支援:それぞれの開設時~平成24年  度までに「利用者あり」の施設は347所(35.9%)。  利用者数は770人。 エ 賃金・工賃:「雇用契約のある働き方」は10人 (2.9%)で、月額平均賃金は8万2,831円。「雇用契 約のない働き方」が229人(66.0%)で、月額平均工  賃は1万9,961円。「賃金支給なし」が53人(15.3%)。 オ 作業内容:当事者の作業内容欄に記載のあった302所  の作業内容(重複回答)の分類から、「組立・詰め作  業」(112所)、「PCデータ入力」(63所)、「清掃・洗浄作業」(56所)等が多いことが示された。 カ 作用遂行状況:作業自立者(作業遂行に問題なし、  慣れれば単独で可能、時間何に作業終了など)は80人(29.1%)と少なく、確認および指示が必要な者が195人(70.9%)と多かった。 キ 配慮事項:必要な配慮や環境整備等についての自由記  載欄への記載内容(294所より記載あり)を分類・整  理すると、「本人への配慮」が 333件(64%)と最も多く、 次いで「環境への配慮」が 96件(18%)、「連携支援」が 53件(10%)、「理解促進」が42件(8%)となっている。 −「障害者就業・生活支援センター調査」− ① 調査時期:平成27(2015)年4月 ② 調査対象:全国の障害者就業・生活支援センター (平成26年10月現在324所)。 ③ 調査方法:郵送による調査票の発送と回収。 ④ 調査内容:高次脳機能障害者支援及び連携支援状況。 ⑤ 調査結果: ア 回収率:340所より回答(宛先不明の4所を除き、回収率は29.1%)。 イ 高次脳機能障害者支援:平成25(2013)年度1年間に高次脳機能障害者の利用実績のあったセンターは、相談者あり82所(88.2%)、登録者あり78所(83.9%)。登録者440人のうち、就労に至った者は121人(27.5%)。 ウ 紹介事例(就労に至った事例 N=198)の特徴: (ア)性別は、男性165人(83.3%)、女性33人(16.7%)。(イ)年齢は、30代(30.3%)がピークで、20~50代が97.5%を占めている。(ウ)原因疾患は、脳外傷95人(48.0%)、脳血管障害74人(37.4%)。(エ)受傷~登録までの期間は2年未満が21.8%、2年以上~5年未満が23.2%、5年以上が47.0%。(オ)受傷前の就労経験ありが88.9%。(カ)高次脳機能障害の症状は「記憶障害」83.2%、「注意障害」58.7%、「遂行機能障害」49.5%などが多い。(キ)障害者手帳は、所持者が188人(94.9%)、手帳種類は重複を含め精神障害者保健福祉手帳が60.1%、身体障害者手帳が42.4%。(ク)登録~入職までの期間は、2年未満132人(66.7%)、2年以上41人(20.7%)。(ケ)雇用形態は、一般雇用が19人(9.6%)、障害者雇用161人(81.3%)のうち、非正規社員が144人(72.7%)と多い。(コ)作業内容は「事務作業」(17.2%)や「清掃作業」(16.7%)が多い。(サ)職場での配慮事項は、「指示の出し方」(27.3%)や「職務内容」(26.1%)が多い。(シ)定着状況は、129人(65.2%)が就労定着。 (3)職業リハ領域 −「地域障害者職業センター調査」結果− ① 調査時期:平成24(2012)年10月 ② 調査対象:地域障害職業センター(47所+5支所)。 ③ 調査方法:内部電子メールによる調査票の発送と回収。 ④ 調査内容:高次脳機能障害者の利用状況、利用者の実  態、ジョブコーチ支援実施者について ⑤ 調査結果: ア 回収率:35所より回答あり(回収率は67.3%)。 イ 利用者数:平成21(2009)~平成23(2011)年度の3年間の利用者は1226人(このうちの347人について詳細情報の提供あり)、ジョブコーチ支援事例は112人であった。 ウ 詳細情報の明らかな事例(N=347) の特徴: (ア)性別は、男性294人(84.7%)、女性53人(15.3%)。(イ)年齢は、40代(30.0%)がピークで、20~50代が96.6%を占める。(ウ)原因疾患は、脳外傷138人(39.8%)、脳血管障害169人(48.7%)。(エ)受傷~地域センター利用までの期間は2年未満が35.2%、2年以上~5年未満が25.6%、5年以上が36.3%。(オ) 障害者手帳は、所持者が273人(78.7%)、手帳種類は重複を含め精神障害者保健福祉手帳が50.4%、身体障害者手帳が31.4%。(カ)支援内容は「職業指導」「職業評価」「職リハ計画策定」などは80~90%に実施しているが、「適応指導」は46.1%、「JC支援」は33.1%、「職業準備支援」は27.7%と少ない。(キ)利用後の転帰は、「一般就労」が216人(62.2%)、「福祉的就労」が65人(18.8%)であった。 エ JC支援事例(N=112)の特徴: (ア)高次脳機能障害の症状は「記憶障害」66.1%、「注意障害」50.0%,「遂行機能障害」42.0%などが多く、(イ)作業内容は「単純作業」「補助作業」「周辺作業」が多い。具体的には「清掃」27人、PCデータ入力」12人、「箱詰め・袋詰め・梱包」11人、洗濯・洗浄・洗車」10人、「仕分け作業」9人、「伝票整理」8人など。(ウ)作業遂行上の問題点として、「作業手順の定着」28人、「覚えられない」22人、「作業入力ミス」16人、「処理スピード」12人、「指示理解」9人、「正確さ」9人など。 (エ)支援内容は「手順書の作成」42人や「メモの活用」24人が多い。(オ)転帰は、就職58人と復職41人で88.4%と就労率が高い。 4 まとめ  各種支援機関における高次脳機能障害者支援の現状と働き方について、全国規模の調査により把握した調査結果を紹介した。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:高次脳機能障害者の働き方の現状と今後の支援のあり方に関する研究.調査研究報告書No.121,2014年4月 2) 障害者職業総合センター:高次脳機能障害者の働き方の現状と今後の支援のあり方に関する研究II.調査研究報告書No.129,2016年3月 【連絡先】  田谷 勝夫  障害者職業総合センター  e-mail:Taya.Katsuo@jeed.or.jp 特例子会社設立、経営の経験を生かした、多機能事業所(移行+B)における精神障害者の就労支援 ○早津 宗彦(特定非営利活動法人ともに会 副理事長/障害福祉サービス事業所 総合施設長)  湯川 進 (特定非営利活動法人ともに会) 1 福祉事業との関わり (1)特例子会社の設立と経営 ① 子会社への出向   私は、富士ソフト㈱から平成11年突然子会社のケーアール企画㈱へ出向を命ぜられた。社宅管理と損害保険代理業を行う社員一名の会社を、早く利益を生み出すように改善せよとの大きな問題が投げかけられた。 ② 特例子会社誕生の経緯   本社人事部長から聞いていた本社喫緊の課題「障害者雇用率(0.38%)が低いので改善するようハローワークから要請を受けている。」に着目し、特例子会社の設立が私の使命であると考え、ハローワークを訪ね特例子会社について詳細な説明を受けた。この子会社を富士ソフト(株)の特例子会社とし、障害者を多数雇用することで法定雇用率を充たし、上場企業である親会社のCSR評価も高めることを人事部長に提案した。役員会で承認され平成12年4月に障害者雇用が開始され平成12年9月特例子会社が誕生した。 ③ 特例子会社の創業社長  社名を富士ソフト企画㈱に変更し、私が特例子会社の初代社長になり経営を開始した。障害者の雇用について私は未経験であり当初は身体障害者3名を雇用した。仕事は、親会社がやっていた社員の名刺作りを特例子会社に切替えることから始まった。さらに本社総務部の社員が行っていたメール便の受発信業務の仕事や定型的な事務・各種集計表のパソコン入力作業を特例子会社が引き受けることになり本格的になってきた。評判を聞き、就労支援施設の紹介により実習をした結果、知的障害の方がパソコン入力できることが分かり彼らも採用することになった。精神障害者の雇用については、当時障害者雇用促進法の対象に含まれておらず法定雇用率に算入されていなかったし、パソコン使用等、神経を使う仕事は、症状を悪化させる恐れがあると考えられていた。私も同様の不安を抱いていたところへ、神奈川県精神保健福祉センター(小島氏)が来訪され、「精神障害の方は職場環境を整えれば高度なパソコン作業も行える。実習だけでも。」と懸命に説かれるので、3ヶ月の実習を行い、職員体制を整備すれば雇用に特に問題がないことが分かった。そして、トライアル雇用制度を用い 平成15年4月採用することになった。精神障害の方は、定期的な通院と服薬の励行の下、勤務時間を短くし残業はせず休憩を小まめにとることで健常者に負けない立派な仕事が出来ることが分かった。親会社の発展に伴い増加する事務作業を特例子会社が引受けることで本社業務の効率化が図られた。同時に精神障害者雇用数が増加して日本一になり、厚生労働大臣賞が授与された。なお、創業当時雇用された精神障害をもつ社員の多くの方が、現在も働いており、離職率が低いことを私は誇りに思っている。 (2)「NPO法人 ともに会」の福祉事業 ① NPO法人の設立  私は、富士ソフト㈱を定年退職後、同じ相模原市在住の長岡(上場企業の会長)と出会い福祉事業を開始するために賛同者(企業退職者)を集め、平成21年9月NPO法人ともに会を設立した。長岡が理事長、私は副理事長になり、精神障害者の雇用に詳しい松為先生(当時東京福祉大学の教授)をともに会の理事として加わっていただき体制を整えた。 ② 最初の事業   トライ(神奈川県の実施する障害者就職委託訓練)を受託し5回実施した。ともに会の精神障害者向けプログラムの特徴は、メンバーの企業経験を活かした模擬会社でのパソコンを活用した実習であり、利用者の就労率が県目標率30%を超えた。 ③ 障害福祉サービス事業の開始  福祉施設の経験者を職員として公募し、平成23年精神障害者の就労支援施設シェ−ン相模大野を開設した。 早津と施設シェーンの作業事例ボード  障害者福祉サービス事業所「シェーン相模大野」事務所にて イ) 工賃アップ計画   ◇B型利用者の工賃を早く高めることが肝要であり、5か年計画を立て工賃アップに注力し、平成27年度に時給工賃470円(神奈川県トップクラス)を達成。 ◇工賃アップの具体的方策については、仕事の種類を増やし利用者がやってみたい仕事を選べるようにする、工賃の高い施設外就労先の開拓、付加価値を付け工賃の高い自家作業の開発、顧客を増やすため車で訪問し受注活動を増やす。ともに会が相模原市の法人会、商工会議所の会員になり会員企業への接触を高め取引を開始。  これらの開発、開拓活動にあたって、ともに会メンバーの会社勤務時代の営業経験が大いに活用された。工賃が高くなったB型利用者は、生活も向上し、色々な仕事が自分でできることが分かり就労に向けて自信をつけた。 ロ) 就労移行について  利用者へは、就労に備えたビジネスマナーの習得に力を入れると共に、B型利用者と一緒に工賃作業が選択できる体制をとった。 ハ)シェーン橋本の新設   相模大野に次いで利便性・発展性の高い橋本に、本年2月シェーン橋本を開設した。シェーン相模大野で培ったノウハウを橋本地区で展開したい。 ④ 相模原市精神保健福祉センターとの協働事業  精神障害者職場体験事業 を平成25年~3年間実施。ともに会の企業等への折衝力と市の信頼性と専門性が活かされた。 イ) 事業の成果 ◇企業向け研修会を3年連続実施、研修会参加者延べ254名 ◇体験実習参加者延べ25名 ◇体験実習受入れ企業の開拓30社から受入可能の回答 ロ)事業効果  ◇実習体験で働くことの喜びを経験し、障害者の社会参加促進に繋がる事業であり市民ニーズに対応できた。 ◇協働によりともに会の強みである折衝能力を活用でき行政の効率化につながったとの市の評価を得た。 ◇企業開拓や体験実習を通し、多くの企業に精神障害者の雇用の可能性についての啓発活動を行うことができた。 ◇事業終了後、有効な事業として市に認められ、市の専門部署の職場体験事業に組み込まれた。 2 ともに会の精神障害者就労支援への思い (1)トライアル雇用の勧め  ① 特例子会社時代「障害者トライアル雇用奨励金制度」を活用      特例子会社の開設当初、私にとって全てが初めての経験であり、精神障害者の雇用については、種々問題が生じるのではないか不安があり踏み切れないでいた。しかし、精神障害者雇用に熱心な専門家に実習を行っていただき、さらにトライアル雇用制度を活用することで、精神障害者の働きぶりを確認できたので不安が解消し正規に雇用した。 ② 「障害者短時間トライアル雇用奨励金制度」の活用・ シェーンの就労支援  現在、障害者短時間トライアル雇用制度は、精神障害者、発達障害者を対象労働者として雇い入れ時の週所定労働時間を10時間以上20時間未満とし、職場適応状況や体調に応じて同期間中に、これを20時間以上とする制度で、3ヶ月以上12ヶ月以内とされている。  シェーン利用者の就労支援は、精神障害者の雇用を検討中の企業に支援者(シェーンの職員)が訪問し、人事担当者に「障害者短時間トライアル雇用奨励金制度」を説明することから始まる。この制度を利用すれば、企業は安心して精神障害者を雇用できることがわかり、人事担当は制度利用について検討することになる。制度の利用が決まると、支援者は企業担当者と連携して準備する。トライアル制度の終了まで両者の連携関係が続く。制度利用が無事に終われば、正式雇用されることになる。雇用中何か問題が生じても、担当者は支援者に相談に乗ってもらえるので安心して雇用を継続できる。また支援者は企業担当者から就労状況が聞けるので的確な対応ができる。このように就労先担当者と支援者の好関係ができて就労した方はたとえ問題が生じても離職することは少ないので長期間働くことができる。 (2)B型利用者と工賃の向上  移行支援同様B型についても、就労に向けた活動を展開している。利用者の病状が安定し職業準備性を整えた段階に至れば就労支援に繋げていく。B型利用者への実践的就労訓練である工賃仕事については、各種バラエティーに富んだメニューを用意しており、利用者本人の希望に沿って仕事を日々選択するシステムを今後とも継続したい。自分で選択していろいろな職種の仕事をすることが本人の能力開発・自己啓発に結びつき、そして就労に繋がっていくものと考える。  精神障害の障害特性等により一般就労が難しい方が多く、福祉就労の場としてのサービス提供が必要である。そのため、仕事のメニューの質量を充実させるとともに(施設外就労、WEB・印刷等の専門的仕事)、時代のニーズにあわせた仕事の開発を進めており工賃の向上を図っている。 (3)シェーンの経営面の充実  利用者への質の高いケアが出来る精神保健福祉士資格を有する職員を増員し、サービスのさらなる向上を目指す。  B型事業所は福祉就労者の職場であり、質の高い専門性のある職員を雇用し、福祉サービス向上と職場機能の充実をを図って行く。同時に、他業界に比し低いといわれている職員の給与等待遇面の改善に努めたい。 夢を語れるための就労移行支援事業の現状と課題 松本 裕樹(社会福祉法人県南福祉会 さつき園小島 係長・コミュニティ ソーシャル ワーカー) 1 事業の概要  2006年10月にオープン。どんな障害を持っていても、自分らしく、いきいきと地域で自立した生活ができるように就労の場として、安心かつ継続的に働いていける場を提供。利用する方たちが喜びや生きがいを持ち、一人ひとりが輝いていける自己実現の場を目指している。現在定員6名で7名(全員男性)が利用。 2 取り組み (1)企業開拓&企業実習  現在、23社の企業と契約を結び実習を中心として週間計画表に沿って取り組んでいる。実習開拓はまさに草の根運動であり企業に出向き受け入れのお願いを伺う。お互いの合意の元、契約となる。  実習は主にメンテナンスが多いが、ヘルパーの資格を取得して老人施設で職員補助をしたり、畳屋では障子の張り替え、畳のゴザ剥ぎ、スーパーや日用雑貨店では商品の品出しや接客、鉄工所では溶接、ペンキ塗り、整骨院では施術の補佐や受付、コンビニエンスストアでは訪問販売の接客、海産物系の仕事では天日干しや乾燥機などの操作、精肉加工会社ではお肉の袋詰めやラベル貼りなど、さまざまな職種や仕事に関わる機会を得ることができたことは仲間にとっても、受け入れてくれた企業にとっても良いキッカケとなる。  自分たちの実習の取り組みをケーブルテレビに放映していただいたり、新聞やラジオにも取り上げていただいた。実習開拓の協力をしてもらうのに企業への会議(ショップの店長らが集う定例会など)、企業に向けた研修会(企業による障がい者雇用の事例発表や就労支援にあたる福祉サービスの説明)などの啓発活動にも力を入れた。その都度、商工会議所や中小企業同友会、ロータリークラブ、地域自立支援協議会の就労支援部会、地域の方の支援を得ながら取り組んだ。 (2)エイブルアート~カフェプロジェクト  月に一度、地元で活動するアートティストを招きアート活動の時間を作っている。陶芸も行っていて完成した作品を地元のカフェ(7か所)と連携してアート展時即売会、仲間の接客、ライブ、自主製作映画の上映会などと合わせてイベント展開を行っている。  そういった活動を通して地域の人に知ってもらい、いつの間にか実習につながっていたり、仲間の名前を覚えてもらったり、地域に出るキッカケの場が少しずつ増えていった。こういった活動が広がり、入所施設での訪問(自主製作映画上映会、カフェプロジェクト、ライブ、アート展の一体型として)も行われている。 知ってもらうイベントから地域と繋がる。 (3)自主製作映画への挑戦  「コーヒーデイズ」というコーヒーをテーマの映画を製作。1日カフェを貸切にしていただき、地域の人たちの協力で無事に完成。出演者や協力者は就労移行の仲間、カフェの店主、地域の方、福祉関係者などで構成。完成後はカフェを中心に上映会を展開。映画で使用した音楽のライブや映画「コーヒーデイズ」をテーマにしたアート作品も一緒に展示。現在も福祉施設や学校、カフェで上映中。その時に可能であれば就労の仲間でカフェプロジェクト同様に接客したり、映画(ライブ)のチケットとしてさつき園小島のオリジナル珈琲「さつきモカブレンド」、仲間が作る手作りお菓子を付けて販売をして売り上げにもしている。 (4)日々の記録・就労報告会  「わからない」から始まった取り組み。毎日仕事が終わった後に本人が記録を残す日報。毎月1回何に頑張ったかを報告し合う就労報告会。相手に伝える力を付ける。以前はとても一生懸命に仕事をしていても、今日は何の仕事をしたのかと尋ねられると「わからん」と答える人もいた。今は日報に記し、伝えたいことはメモにして報告するようになった。少しずつ働くこと、伝えることへの意識付けをしていった。  そしてお互いの実習先での活躍をお互いで評価し合えるようになってきた。自分のことを伝えるだけでなく、仲間の日々の取り組みを知ることも、お互いを認め合えるということでは大切な会となっている。 (5)就労OB会・OBによる研修会  就労移行支援事業を巣立った仲間たちとのOB会は日頃の仕事のことは少し忘れて、現在の就労の仲間と以前就労にいた先輩たちとの交流の場になる。今でも時間が空いた時に先輩たちがさつき園小島に遊びに来てくれ、今の職場でのことを話してくれる。お互いにとってとても良い時間となっている。現在の就労の仲間と以前いた先輩、就職はできなかったけどB型作業所で取り組んでいる人、みんなが集いそば打ち体験などの交流を通し、楽しいひと時になる。  卒業した先輩たちによる研修会も行っている。身近にいた先輩たちが就職をし、今の職場で任されていること、職場の厳しさ、気を付けていることなど自分たちの言葉で報告し伝えてくれる。とても頼もしく、説得力があり、仲間にとっても大きな指針となり、身近なモデルとして感じることができる。彼らの存在は就職を目指す人にとってはとても大きな意味がある。  時にはアドバイスに乗ってくれたりするので、仲間の側に立ち、話をしてくれる。こういった関係性を継続して意見を聴くことも重要なことである。 3 ネットワーク~地域自立支援協議会就労支援部会との連携~  (1)啓発活動 *就労新聞(部会の活動内容を企業などへ配布) *企業の会議への参加(中小企業同友会・ロータリークラブ・地元ショップの定例会など) *企業に向けた研修会(商工会議所の協力の元、障がい者雇用している企業の事例発表など) (2)企業との交流  (フリーキャンバスアート・プロジェクト~地域の人や企業家とのアート展示会・ボウリング大会・企業への視察、研修会など *県南3市合同ふれあい懇談会~地元に障害者に向けた就職説明会や面接会がなかったことから始まった企画。あえて就職が絡まない懇談会を行うことで参加企業に負担なく出会いのキッカケの場を提供。*就職、実習を前提とした面接会~実際に雇用を望む企業に来て頂き、2から3社程度参加していてハローワークにて行う。) (3)チーム支援 (個人を対象に就職前から就職後について各関係者で振り返りフォローアップ~対象者とその保護者、企業側、ハローワーク担当者、障がい者就業・生活支援センター、対象者が所属している場合の事業所の担当者らが集まりどう支援するかを検討。) 4 主な就職先 ・老人施設・リサイクルセンター・畳屋・A型事業所 ・障がい者施設・のぼり、旗・ホテル・海産物 ・日用雑貨店・コンビニ・幼稚園精肉加工会社など 5 退職理由 ・コミュニケーションの難しさと信頼する上司が退職。話しやすい人(キーパーソン)がいなくなり自分の意思をしっかり伝えることができなかった。 ・真面目だったが女性関係でのトラブルで仕事が休みがちになり、仕事を任せられなくなる。出勤しても予定より短時間で帰ったりした。 ・企業理由によりし仕事が減少。 ・仕事の減少と勤務時間や休日の変更の多さ。 6 課題 ・新しい利用者の確保(入る出るの流れ)。 ・都心部と地方が同じ条件である事(統一された決まり事でなく、企業の数、土地柄の違いや現在取り組んでいる実習の実績、就職者を地方で定期的に出したりなどの実績のある事業所においての評価を。) ・利用期間の短さ(精神の方だとコミュニケーションを誰とも長い間、取れてなく力があっても人の輪に入っていくことが難しい。大人数で構成されているB型と比べ少人数で企業実習を中心とした取り組みができる就労移行支援事業は最適でコミュニケーションも取りやすい。もう少しゆとりを持って取り組める期間設定が必要である。知的障がいの方も同じことが考えられる。2年間、利用期間内で就職できなかった場合、再度就労移行支援事業を利用することが難しい。B型から企業実習すると就労移行支援事業の必要性が薄れてくる可能性がある。 ・通勤時の移動(就職しても通勤手段がない。) ・補助金(企業実習3カ月以上だと使えない。) ・就職後、就労移行支援終了後の安心できる支援。 7 さいごに  就労支援は対象者となる、仲間だけでなく支援者も評価される。クレーム対応や、仲間とその保護者や企業の間を取り持ち、仲間やそこで働くスタッフとお互いが働きやすい場を一緒に考えていける環境を築くこと、さらには人と人を繋ぐ技術が必要である。  就労に関係のないイベントから人に知ってもらえることもあるので、自分の趣味や特技を生かし別の角度から、幅広く地域に発信し就労支援の現状や取り組みを広く一般の人に興味を持ってもらい知ってもらうこと、見てもらうことも重要と考えられる。イベントや会議、メディアを通して地域に出て伝える場を広げることも可能性の一つ。まずは現在の取り組みを続け、発信し続けることが何よりも大切。  そしていつの間にか地域が元気づくためのキッカケとなるように、障がい者就労のあり方や楽しい企画作りを地域の人たちと一緒に考えていける機会が増えると誰もが暮らしやすい街へ繋がると考えられる。 【連絡先】  松本 裕樹  社会福祉法人県南福祉会 さつき園小島  PCメール:satukien-2@saiki.tv 就労移行支援事業所における職場定着支援の介入および課題についての調査・実践報告 ○高橋 亜矢子(ウェルビー株式会社 就労移行支援事業部 ウェルビー川越駅前第3センター主任・就労支援員)  齊藤 麻衣子(ウェルビー株式会社 就労移行支援事業部)  宮川 英一(ウェルビー株式会社 就労移行支援事業部 ウェルビー池袋センター) 1 当社の沿革と現状  ウェルビー株式会社(以下「当社」という。)は全国に43センターの就労移行支援事業所を有し(平成28年7月1日現在)、主に施設内プログラムを中心とする訓練と就職活動支援を提供している。平成28年7月7日時点において当社運営の就労移行支援事業所(以下「当社センター」という。)にて訓練及び就職活動支援を受けて就職した方の累計は743名となった。その内訳を以下に示す(図1)。 図1 年度別就職者数・就職先種別割合 2 本発表の要旨・背景  当社センターでは平成24年度より卒業生に対し職場定着支援を実施しており、短期から中長期定着に至る対象者への支援の必要性が高まっている。この機に今後の支援の方向性を検討すべく、現状の支援効果の把握および、効果的かつ現実的な支援のあり方や連携支援における当社の役割を検討することを目的とし、本調査を実施した。 3 調査対象・方法 (1)対象  当社運営の全国43センター中、平成28年7月時点で開所3年以上が経過した5センター(西船橋駅前、松戸、新越谷駅前、航空公園駅前、秋葉原駅前)で直接支援に関わる職員に対し調査を実施。在籍していた利用者のうち平成27年1月1日~平成27年12月31日の1年間に就職した方66例を対象にした(就労継続A型は除く)。ただし勤務開始時点で当社センター在籍3カ月未満の10例を除外している。 (2)方法・調査項目  該当する当社センター支援担当職員に対し、excelシート形式の質問紙を送付。先行する鴇田ら1)の枠組みに習い、介入した定着支援の課題の質別に調査項目を設定した。 (3)倫理的配慮  調査範囲に該当する方に対し、匿名性を保証したうえで、口頭にて調査協力を依頼した。 4 結果 (1)対象者の属性  調査対象66例のうち有効回答は60例であった。対象者の障害種別、就業時の年齢の構成比を以下に示す(表1)。性別は男性40例、女性20例であった。また対象者の勤務開始までの当社センターにおける訓練期間は平均12カ月であった。定着状況について60例のうち46例は平成28年7月1日現在就労中であり6カ月定着率は86.7%であった。対象者のうち9例は障害非開示での就労を選択している。 表1 対象者の属性 (2)定着支援の内容 ① 障害別介入状況と介入の結果  定着支援の課題の質別介入状況を障害別に分類した。  精神障害事例は対象者の70.3%を占めており当社センターの主要な支援対象となっている。事例数の多い順に、「安定した出勤」について16例の支援要請がありそのうち14例に介入した。10例が解消し6例の課題が残る結果であった。次に「コミュニケーション」について9例の支援要請がありその全例に介入した。7例が解消、2例が残る結果であった(図2)。  発達障害事例では一番事例数の多い項目として「職務内容」に4例の要請があり、全例に介入し4例すべて解消の結果であった。身体障害事例では「職務内容」に3例の要請がありそのすべてに介入し課題は解消した。知的障害事例の課題は分散したが、「コミュニケーション」に2例の要請がありそのすべてに介入、1例が解消・1例が課題は残る結果であった。 図2 課題の質別 介入要請・介入状況・結果(精神障害事例) ② 支援機関別 介入した課題の質  本調査における介入課題について、先行する障害者職業総合センターの調査1)における短期課題の介入状況と比較した(表2)。当社センターでは、障害種別に関わらず「安定した出勤」、「コミュニケーション」の項目で介入頻度が高い。職業センター、ナカポツセンター等では障害種別に関わらず「障害に対する従業員の理解」に注力しており、内容の差が見られた。 ③ 外部機関との連携の状況  本調査において介入した課題は91件でそのうち26件について当社センター職員と外部機関が連携して支援を行った。連携した機関の内訳を示す(図3)。また連携支援の割合が高かった課題は「安定した出勤」7/16例、「勤務時間」3/5例、「職場における相談体制」3/5例であった。 図3 連携した支援機関の内訳 5 考察  ハローワーク経由で窓口紹介就職した精神障害者の定着状況については、6カ月未満での離職者の割合が40.7%と示されている2)。本調査における対象全体の6カ月定着率は86.7%であり、精神障害事例に限定すると88.9%であった。職業準備訓練を受けた精神障害者に関しては、就職後数カ月間にわたる集中支援の実施により早期離職が防止されるとの仮設が検証されており3)4)、短期定着において当社センターの支援プロセスが定着率を高める要因となったと考えられる。  また他支援機関との間で介入した短期課題の質に差が見られたことについて、当社センターの課題および役割を示唆するものとして解釈した。他機関で介入の多かった「障害に対する従業員の理解」を含むソフト面の環境整備は短期定着において主要課題とされており、とくに知的障害者、精神障害者について企業からの支援要請が高い1)。当社の支援実績として項目はあがっているものの要請・介入ともに割合は多くない。障害者雇用経験が少ない企業にこうした潜在的なニーズがあることを想定して支援していくことが、中長期的な定着率に影響する可能性がある。  一方、就労移行を経て就職を希望する方の主要な訓練ニーズのひとつに「安定した出勤」が想定されることから、定着期においても当社センターの役割として「安定した出勤」に対する継続支援の必要性があると仮定できる。「コミュニケーション」に関しては各機関の主要課題であるが、移行の役割上、1年近い支援者と対象者の関わりの蓄積を通じて本人のコミュニケーションの特徴を理解し介入できることがメリットとなっている実感がある。  こうした結果をふまえ、当社では今後も他支援機関等と連携しながら、当事者とともに企業のニーズ抽出にも力点を置いて支援を試みることを一つの方針としたい。 6 謝辞  本調査を実施するにあたり、ご助言いただいた長谷川病院佐々木真一先生をはじめ諸先生方、また快くご協力をいただきました元利用者の皆様に心より感謝を申し上げます。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:調査研究報告書No.107,(2012) 2) 障害者職業総合センター:調査研究報告書No.117,(2014) 3) 障害者職業総合センター:資料シリーズNo.86,(2015) 4) 障害者職業総合センター:地域障害者職業センターの職業準備支援を利用した精神障害者の職場定着-Cox回帰分析による検討-,(2015) 高次脳機能障害者の復職支援における就労移行支援事業所の役割とネットワーク構築について ○高橋 和子(就労移行支援事業所ここわ 就労支援員)  就労移行支援事業所ここわスタッフ一同 1 背景  平成22年度からとちぎリハビリテーションセンターに高次脳機能障害を持つ方への支援拠点機関が設置され、当事者や家族に対する相談支援・啓発活動等の取り組みが実施されている。  しかし、就労支援のプロセス等は、高次脳機能障害は言語・行動・認知等の機能に対する症状が様々なため、就労に関する情報を収集するには困難な状況であると思われる。今回就労支援のプロセスの一例として、復職準備プログラムから、関係機関と連携した就労支援の取り組みを中心に報告する。 2 対象者の状況  A氏は、自覚症状がなかったが、平成22年9月仕事中の脳出血が原因にて発症。休職中、リハビリにて装具装着後自力歩行が可能となった。失語レベルは中程度の診断がでており、言語の表出は単語レベルであった。  身体機能:右上肢・右下肢麻痺(要介護2)  平成26年10月から復職に向けた訓練のため相談支援事業所の紹介により当事業所に通い始めた。本人と家族の意向として、パソコンを習得し、事務職として元の職場に復帰したいとの主訴であった。 3 支援プログラム  訓練プログラムは午前3時間、午後2時間を基本とし、リハビリと併用のため週3日訓練を行う。当初3か月間はパソコンの訓練を中心に実施した(表1、図1~図3)。本人との関係性もまだ確立されていなかったため、コミュニケーションを取る際のこちらからの問いかけに対して、「そう」、「ちがう」等の単語で会話が終了していた。  3か月経過後から、仕事に関係するコミュニケーションを始めた。屋外のプログラムでは本人が勤めていた職場に関係する場所等に行き、できるだけ本人にとって身近な話題で会話をするよう努めた。会話の際に、単語が途切れ途切れではあるが具体的な内容の言語の表出が認められた。また、事業所内で発話が困難だった単語等は、担当STとの連絡ノートを作成し、共通で訓練を行った。 図1 平成26年訓練時間内訳 図2 平成27年訓練時間内訳 図3 平成28年訓練時間内訳 (1)パソコン基礎  ローマ字入力の練習からであった。かなやカタカナについては、認識し入力するために、ローマ字表にカタカナ表記を追加する等の補完を提案した。漢字入力については、認識することができるが、ローマ字に置き換えて入力することが困難であったため、IMEパッドで対応することを提案した。マウス操作にも慣れていなかったため、当初は漢字2文字程度の入力に1分程度かかっていた。  平成28年8月現在、30秒以内で入力できるようになった。また、入力ミス等も自らチェックし修正している。 (2)エクシェア  Experience(経験)、Sharing(共有)から、弊社独自に開発したプログラム。屋外・グループワークを実施する中で、発言する機会を作り、残存機能でできる方法を提案しながら参加した。 (3)事業所内実習  事務関係業務として、シュレッダー・ファイリング・金銭集計・掃除・封筒の袋詰等の業務を実施し職務を再設計。 (4)復職準備プログラム  視覚的アプローチを目的とし、本人の仕事に関係する写真・単語表等から、自己有用性や価値観を高め、本人の復職へ向けたイメージの継続を図った。 4 復職に向けた対策  訓練プログラムを経て復職を進めるにあたり、関係機関とのケース会議を踏まえながら、調整検討を進めた。 (1)家族環境の確認(環境調整)  事業所で2か月に一度程度実施している面談に家族が毎回同席し協力的であった。面談では事業所でのプログラムの進捗状況を明確化し、自主決定をできるだけ尊重することを図った。本人の意欲が高まることで、課題が明確になり、周囲との信頼関係もでき復職準備期・実習準備期・実習中においての専門職(介護・就労)との具体的な連携が可能となった。 (2)進捗状況に応じた目標設定と動機付け(気持ちの安定)  復職に向けて、企業訪問や実習の機会を設け、本人の就労意欲に対するモチベーションの継続を図った(表2)。 表2 企業実習頻度 (3)職場との事前調整(障害の理解)  訓練開始から半年経過後に、企業の協力を得て復職に向けた話し合いを実施し、目標設定を共有化した。初回実習は、職業導線・職場環境の確認を目的として行った。 初回実習の課題を踏まえ、企業の受け入れ体制準備確認。キーパーソンとなる方とのコミュニケーションをどのようにとるか、言語の理解度合等を踏まえて2回目の実習を実施した。  週1回継続的な実習に至る前に、本人が車通勤を希望したため運転上の安全性確認を行う。運転適性相談終了書と主治医から収集した情報を企業に提示した。 5 企業実習  実習期間中の支援ポイントとして、本人の継続的な職業導線確認・作業環境の確保、作業環境については、パソコンのコンセントの差し込み可能な位置確保等を行う。  情報交換支援として、家を出た時間・朝の気持ち・会社で会話をした人の氏名・帰宅した時間・帰宅後の疲れ・気持ち等をノートに記入してもらい、事業所で記入されていることについての話題で情報の共有を図ると同時に疲労の確認をしている。 6 今後の支援  実習頻度(表2)に示した通り実習は継続中であるが、現在の週1日(9:00~16:00)を、週2日を目標に進めていく。支援過程の中で、企業との雇用契約を目指す。契約後も継続支援として、職場への定期訪問をする。 7 まとめ 支援の方法として、準備期間中の復職プログラムを、個々に応じて設定する。本人の就労に向けたステージごとに各専門分野への連携調整を行うことが就労支援事業所としての役割を果たしていく上で重要となる。 本人の希望する就労目標に近づけるように、状態を確認しながら支援ステージをステップアップしていく。就労支援機関として、復職を目指す方の支援が難しいポイントであると思われるが、支援員が以前の職業の理解をどこまでできるかが重要であると考察した。 図4 就労ステージ 8 お願い  今後の具体的な就労支援策として、できるだけ情報を収集したい。参考になる案件があればご意見を頂戴したい。 【参考文献】  公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会 情報センター 高次脳機能障害を伴う中途障害者の職場復帰の課題と対策  独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター 【連絡先】  高橋 和子 就労移行支援事業所ここわ  Mall:info@cocowa.co.jp 企業への就労実績を踏まえ、関係機関との共有する場面を通して、細い糸からワイヤーロープ程の強度にする、ネットワークづくり 城間 恵美子(障害者就労支援センターちいろば ジョブコーチ) 1 はじめに  障害者就労支援センター「ちいろば」は、沖縄県豊見城市にあり、「特定非営利活動法人ちいろば会」が運営、2008年11月に設立した。知的・身体・精神・発達・高次脳の5障害を対象に就労訓練を行っている。今年で8年目になり、11月現在で、47名が民間企業に就職した。障害を持っている彼等が就職し、地域で暮らすという時に、様々な困難に遭遇することも少なくない。「働きたい」という当事者の「夢・実現」のために現在まで、取り組んでいる地域や関係機関との連携を報告する。 2 地域との関わり  毎朝9時に職員と訓練生全員でビジネスマナーを取り入れた朝礼を行っている。  その後、清掃訓練として約40分間、事務所が入っているアパートの階段、廊下、駐車場、建物周辺の清掃を行い、住人の方に積極的に挨拶をしている。初めの頃は、こちらから挨拶をしても反応はなく素通りされていたが、約半年たった頃から、アパート住人の方から「毎日、きれいに掃除してくれてありがとう」と声をかけられるまでになった。また、近くのスーパーでは、週に2日、バックヤードで実習させていただき、その成果もありスーパー関係に就職の実績がある。  昼食を近くのコンビニで購入する訓練生がいますが、買い物時のマナー等などで、コンビニの店員に見守っていただけるなど、地域と温かい連携がとれている。 写真1 毎朝の清掃訓練 3 事例  22歳 男性  障害名 知的障害(B2)  3歳の頃、母親と伯父の虐待で、近所の方からの通報により、児童養護施設に入所した。特別支援学校を卒業後に、児童養護施設を退所することになるのだが、身元保証人や経済面からアパート探しが困難であるとの相談が、学校の進路担当からあった。  当事業所の役員が、不動産を経営しており、障害者の自立支援に理解があったため、所長が保証人となり、特別支援学校卒業後、賃貸の古民家で生活援助を受け、半年間の訓練を経て、県内の大手スーパーに就職することが出来た。約3年間、古民家でのルームシェアーを続けながら自立するためのお金を貯めて、今年の2月に職場近くのアパートで一人暮らしを始めた。金銭管理では、権利擁護の制度を利用し、現在まで就労の定着支援も継続している。 写真2 スーパーで働いている様子 4 オペレッタ「たいせつなきみ」  訓練生の自己表出訓練の一環として、年に1回、それぞれの障害特徴に合わせ、訓練生が演じる、オペレッタ「たいせつなきみ」の公演を行っている。物語は、いつも周りの目ばかりを気にして生きてきた主人公が、ありのままの自分を受け入れて生きて行こうと確信を持つストーリーになっている。障害を持つ彼等が演じることが重要で、自己肯定感を強め、観る人々に感動を与えてきた。これまでに、10回の公演を施設や地域の公民館のホール、昨年は、特別支援学校の創立50周年記念会での公演依頼があった。  また、隔年で開催される、参加型チャリティイベント「ハッピー大賞」がある。観客の方々をハッピーにしたチームに厳選なる審査の結果、「ハッピー大賞」が授賞されるという遊び心もまじえたイベントを行っている。前回の参加者は、約300名で大盛況であった。年々、地域との輪が広がり、障害者と地域のつながりが強くなってきている。 写真3 オペレッタ「たいせつなきみ」 5 同窓会  毎年、10月の第4土曜日に卒業生の同窓会を行っている。今年で第7回目の同窓会を開催した。同窓会の場所としては、障害者に理解があり、働き続ける当事者を応援をしてくださるレストランで行っている。家族をはじめ市長や行政の担当課長、学校の先生方も参加して、共に祝ってくださった。自分の働いた給料から参加費が出せるという自信と誇りが就労を継続させていると考える。 写真4 第3回同窓会 6 防犯パトロール隊  今年の4月、特別支援学校を卒業したばかりの訓練生に向けて、地域の警察署の警部補を招き、「犯罪に巻き込まれない・犯罪に関わらない・心のブレーキを引くために」と題して特別講話を行った。後日、警察署からの依頼で「みんな笑顔で暮らしたいから心のブレーキ忘れはしない」を掲げて、「とみぐすく防犯パトロールちいろば隊」を結成し、6月30日に豊見城警察署から委嘱状の交付を受けた。第1回のパトロール隊の活動は、7月14日に大手スーパーの玄関前でチラシを配り、第2回目はショッピングモール内で風船とチラシを配った。訓練生である彼ら自身が、心のブレーキを引く勇気と大切さを知ることが、就労訓練そして就職、さらに一人一人の人生において大きな意義があると考えている。 写真5 防犯パトロール ちいろば隊 写真6 防犯パトロール ちいろば隊 7 おわりに  地域に開かれた事業所として、共に幸せな社会を創ることを指標とし、一つ一つの出来事を丁寧に積み重ねる事と、関わって下さった方々に対しての近況報告やお礼状を欠かさない事で、ここまでのネットワークが広がり、強い味方(応援団)ができ、活動に力を得ている。  これからも、「一期一会」を大切に、地域との関わりを強め、そして、深めていきたいと願う。 【連絡先】  城間恵美子  特定非営利活動法人 ちいろば会  障害者就労支援センターちいろば  〒901-0201   沖縄県豊見城市字真玉橋327番地 フィエスタdeアスル3-A  TEL(098)856-2115  FAX(098)856-2015  e-mail: chiroba.agape.327@rose.plala.or.jp 東京都大田区における就労移行支援事業所連絡会の意義と展開−自治体支援から考える− ○富田 文子(立教大学 コミュニティ福祉学部福祉学科 助教)  木伏 正有・徳留 敦子・村田 亮・滝本 裕弥(大田区立障がい者総合サポートセンター 就労支援調整係) 1 はじめに  就労移行支援事業所制度が設置されて以降、多くの事業所が開所し、障害者の企業就労への門戸が開かれている。近年の障害者雇用率の達成企業割合から見ても、企業の障害者雇用への意欲は向上しつつあり、就労移行支援事業所への期待はますます高まっている。そのために、各事業所には、業務内容や就業形態、時間、給与、職場環境等の個々人のニーズに合う、雇用情報や企業開拓が必要である。 2 大田区就労移行支援事業所連絡会の構成と内容  東京都大田区では、就労移行支援事業所連絡会(以下「連絡会」という。)を継続的に開催している。その結果、各事業所はプログラムの特徴や支援対象を相互に理解し、課題やノウハウを共有することができる。連絡会の事務局は、大田区が直営する大田区立障がい者総合サポートセンター就労支援調整係が担い、2か月に1度開催している。区内9か所の就労移行支援事業所と、1か所の自立訓練(生活訓練)事業所で構成されている。参加は任意であるが、就労移行支援事業所が新設された際、連絡会への参加を呼び かけており、ほぼ全ての事業所が参加している。  連絡会の内容は、各事業所の2か月間の報告、新規就労者や企業実習の有無、事業所の利用状況、好事例・困難事例等の情報共有を行う。また、事務局から雇用情報や、就労移行支援事業に関する諸制度等の連絡をする。加えて、学卒者の就労継続支援B型事業所でのアセスメントの方法並びに受け入れ体制や、その他連絡会が主催して開催する事業についても話し合いを行う。 3 大田区内の就労移行支援事業所の特徴  平成28年7月26日に行われた連絡会に参加し、区内就労移行支援事業所9か所の、利用状況等の概要について調査を依頼した。調査時点は、平成28年7月31日現在とした。  各事業所の特色を明らかにするため、①定員数、②利用者数、③待機者数、④定着支援者数、⑤主な対象障害者、⑥就労支援事業所における主なプログラム内容、⑦回答者の属性(機関名/役職/事業所開所年月日/回答年月日)の7項目を設問とした。調査結果を示す(表1)。 4 就労移行支援事業所連絡会の展開  就労移行支援事業所は、全ての障害種別を支援することを前提としつつも、主な支援対象を選択することで、障害種別のニーズに応じた支援が可能な場合がある。地域内の事業所が競合し、利用者を確保することは、就労希望者に合う事業所を探すことが困難となる。逆に、各事業所の特徴を関係機関に示すことで、利用者のアセスメントに基づく事業所を提案しやすくし、空き状況のみでの利用を防ぐことができる。同様に、企業に対して、訓練プログラムや定着支援の方法を具体的に説明することは、連携を促進し、新たな雇用につなげられる可能性がある。つまり連絡会は、相互の連携のみならず、各事業所の特徴を支援機関や企業に説明することで、適切な障害福祉サービスの提供と利用を促進する役割を担っている。そして、事業所間の競合と共存を可能にする。これらの実現のため、連絡会として、平成27年度に2事業を実施した(表2) (1) 支援機関向け就労支援事業所事業所説明会  ハローワークや特別支援学校、福祉事務所、保健所、相談支援事業所等を対象に、平成27年7月に実施し、68名が参加した。各事業所の概要と支援プログラム内容を説明し、概要を冊子にして参加機関に配布した。参加機関には、利用者支援への継続的な活用を依頼した。 (2) 企業向け施設見学会  平成27年10月に、ハローワーク雇用指導官に協力を依頼し、区内企業の中から、障害者の雇用に支援を必要とする企業を対象とした。事務系と作業系の3か所の就労移行支援事業所の見学会を実施し、5名の企業担当者が参加した。その後、参加した1企業が、他の就労支援関係事業への参加や、支援機関・利用者による企業見学会が開催できた。 5 就労移行支援事業所連絡会における意義  連絡会と各事業の実施状況から、就労移行支援事業所連絡会の意義を3つの側面から捉えることができる。すなわち、参加する「就労移行支援事業所としての意義」と、様々な「利用者等としての意義」、そして事務局を担う「自治体としての意義」である。 (1) 就労移行支援事業所としての意義  参加している事業所においては、連絡会の効果を機能別に見ると、以下の4つが考えられる。「事業所間の連携と協働」は前提であり、その上で情報交換による「困難事例への対応能力の向上」があげられる。それは、「企業への支援力の強化」を示しており、何より、各事業所がその「特徴を生かした利用者の確保」につながると考える。 (2) 利用者等における意義  連絡会は、それぞれの支援主体に、様々なメリットをもたらしている。まず利用者にとって、各事業所においての主なプログラムを通して、機能別の4つの効果を得ることができる。また、ハローワークや学校、医療機関、その他の支援機関には、多様な就労希望者のニーズに応じて事業所を選択することが可能になる。それは、広く障害のある住民への支援と位置付けることができる。そして企業には、自社に合う人材の確保の可能性が広がると考える。 (3) 自治体としての意義  自治体は、住民である利用者へ、適切な障害福祉サービスを提供することが求められているが、全てを直接提供することはできないだけではなく、多様なニーズが存在する。そのため、様々な事業所が、それぞれの特徴に応じたサービスを提供している。自治体は、事業所が競合することでサービスの質を、そして、事業所数を存続させることでサービスの量の維持・向上が可能になる。つまり、各事業所に適度な競合意識を持たせることによる、サービスの質の向上としての意義である。そして、相互支援の機会の提供による事業所確保という意義であり、これは適切なサービス量の確保にもつながる。  以上のように、連絡会の意義は、参加事業所における意義を中核として、それらの効果を活用できる利用者や関係機関等における意義として整理することができる。そして、自治体はこれらの意義を包含しながら、自治体としての意義を生み出していると言える(図)。  地域において、住民ニーズに対応可能な事業所の適切な運営に関しては、自治体による側面的な支援が不可欠であると考える。 6 今後の展開  本研究は、東京都大田区に限定しており、他の自治体でも、同様の事業が行われているのかを比較検討する必要がある。同時に、各事業所に直接、連絡会に参加する意義を調査することで、その効果と課題をさらに明確化していきたい。 【連絡先】   富田 文子  立教大学 コミュニティ福祉学部 福祉学科  〒352-8558 埼玉県新座市北野1-2-26  048-471-7249fumiko-tomita@rikkyo.ac.jp 働く障害者等の立ち寄り型ピアサポート拠点の試み ○山下 浩志(特定非営利活動法人障害者の職場参加をすすめる会 事務局長) ○日吉 孝子(特定非営利活動法人障害者の職場参加をすすめる会 事務局員) 1 はじめに  当会は10年間、K市障害者就労支援センター(以下「センター」という。)を受託し、利用者の状況や希望に合せ多様な形の就労を支援し、就労現場外でも交流できる場を定期的に設けてきた。特に当会本部の自主事業である世一緒(よいしょ)の当番やそこを拠点とした語る会、グループワーク、仕事発見ミッションや各種地域イベントの参加等の役割が大きい。就労を支えるこれらの活動があったからこそ、センターの受託者が変わっても、混乱なく定着支援ができている。いま模索中である、仕事や活動帰りに立ち寄り相互に情報交換できる場の運営と課題について報告する。 2 K市就労支援センター受託10年間の実績 図 新規相談者、就職件数、離職件数の推移  センターの支援対象は①障害のある者、②障害のある者を雇用した、あるいは雇用しようとする事業所、③支援者全般(家族、知人、関係機関担当者等)で、就職~職場定着~働き方の変更~離職までを就労支援の視野にいれた。  センター受託最終の2014年度、障害のある者本人、事業所、関係機関からの相談件数は、いずれも過去最多であり、就職者数も最多を記録した。また、最近3年間に就職して離職した65人の顛末は、39人が再就職、26人中2人は再就職を目指し求職中で、その他24人は再就職困難(就労意欲が減退している者、療養を要する者、居所不明)である。  離職するにはそれ相当の理由があること、よってその後の顛末も納得できるものである。就労後の定着支援が効を奏していることを示唆している。 3 利用者の状況の変化  近年、障害があることに加え、多様な困難さ(生活困窮、シングルマザー・シングルファザー、被虐待体験、家族のなかに複数の障害者がいる者、家族や親族等の支援がない単身者)が重複して、就労困難の状況にある相談者のセンター利用が増えた。多くは、他者と相談し合ったり情報交換したりする関係が乏しく、悩みを一人で抱え込んだり、自身では事の重大性に気付かない場合も少なくない。  その結果、ストーカー、窃盗といった犯罪に属する行為への緊急対応や、過去のDV被害のフラッシュバックで集中できないことへの支援、生活困窮状態への制度情報提供をはじめ、多様な支援が必要になった。  この点で、何も問題がなくとも日常的に近況報告に顔を出せる場としてセンターが存在していること、そして本部事業によるピアサポートの場・世一緒(よいしょ)の存在は大きな意味があった。多様かつ複合的な困難を他者と共有しながら、それらが支障にならないような働き方を、地域の職場の中で開拓し、就労を進めてきた。  4 就労現場外での利用者同士の交流の場  当会は、センター受託前から本部の自主事業として、センター及びハローワークの至近距離に、世一緒を開設した。ここは、一般就労をめざしたり、現に就労している障害者だけでなく、福祉施設利用者やひきこもっている者、また関係者等が誰でも気軽に立ち寄ることができる。そして、職場見学や体験やグループでの請負仕事を含む、多様な形で地域の企業や役所等の職場に参加してゆくための活動を進めている。適用できる制度がなく、財源が限られるため、鍵の開け閉めや清掃、来客対応などは、就労や通所をしていない障害者が、若干の手当を得て当番を交代で務める。ここに少数の関係者が無償・一部有償のサポーターとして関わる。  しっかりした態勢がないことにより、障害者等が自分の体験に基づき、自分の言葉やスタイルで他者と関わり、失敗からも学びながら交流の場を育て、就労困難・生活困難な状況を生きぬく多様な活動を編み出した。ここでは、グループワークと仕事発見ミッションを紹介する。 (1)グループワーク  世一緒を訪れた障害者のうち、就労または通所中でない者の多くが、できる仕事があれば働きたいと言う。彼らに「エントリー票」に必要事項を記入してもらい、仕事が入った時に当番から予定日時・集合場所を含めて電話連絡を入れる。その作業が希望に合い、その日時で体調や都合が合えば参加が決まる。これまでに192人がエントリー票を提出し、うち99人がグループワークに参加している。  このグループワークのうち、県立公園の花壇整備作業は、年間を通して行い、面積も広いため、花の植え替え時等には福祉施設や院内デイケアにも呼びかけ、時には50人近くで行うこともある。さまざまな障害者や支援者全員とその場でミーティングを行い、管理事務所職員等と共に働く機会もあり、地域の中で共に働いて生きる実感が得られると好評である。 (2)仕事発見ミッション  工賃が得られるグループワークだけでなく、他の諸活動にも参加している障害者が主な対象。障害者二人がペアになり、ショッピングモールやコンビニ等に飛び込み訪問し、職場見学や体験の機会提供を打診する。40件飛び込んで1件OKをとれればよい方だが、コミュニケーションが苦手な障害者のトークがすぐに理解できない店員等が逆にいろいろ訊いてくれるなど、障害者たちにとってしっかり社会参加している実感が得られるため、一度参加すると継続して参加する者が多い。  ただ最初の抵抗感があり、これまでの参加者は59人。2007年秋から始め、延べ7064事業所を訪問し、153事業所で短時間・複数での職場体験を受け入れていただいた。 5 センター受託終了後の世一緒の活動の変化  受託終了後、半年を経た頃から、世一緒の当番スタッフの半数余りを含む障害者たちが、企業や就労A事業所等に自立していった。家族や支援者よりも、本人が動き、開拓して行った。中には、世一緒で行っている月曜日の求人広告チェックと仕事発見ミッションに学んで、新聞折り込みでパート募集を見て電話し、面接で障害者雇用として採用をかちとり、後からセンターやハローワークに話を付けた知的障害者もいる。  一方、センターからの新規相談者紹介はとだえ、新規の紹介はハローワークや生活支援センター等から時折あるだけになった。世一緒に就労準備中の者たちがあふれていた情景が変わるに従い、センターやハローワークに来たついでに、就労中や離職後の者が前より多く立ち寄るようになった。  仕事発見ミッションは対象者が少なくなりめったに行っていないが、離職後や生活保護受給中およびひきこもっている者たちのグループワークへの参加が増え、新たな仕事を増やしている。  土日・祝日のイベントには、就労者や日中活動参加者が多く参加しており、越谷花火大会時に世一緒の前で行った夜店には、かつて仕事発見ミッションなどでがんばった21名の障害者達が手伝いに来るなど、40名の関係者が交流した。 6 働く障害者等の立ち寄り型ピアサポート拠点の試み  センターを受託終了時、継続就労者が約300人、支援登録者が約520人、登録せずに相談対応した人は10年間でその倍近くいたと思われる。毎年増加してゆく利用者に対し、職員体制はほとんど変わらないので、問題があっても潜在化していたり、問題がない者ともそれなりにかかわりを持てたのは、ガイダンスやセミナーなどセンターが実施してきた毎月のプログラムや世一緒の存在によるところが大きい。センター受託は終了したが、就労を切り口にした障害者等のピアサポート的なつながりを、世一緒を拠点としてさらに進めていきたいと考えた。 (1)たそがれ世一緒  そのために本年7月からスタートさせたのが、ふだんは10:00~16:00開けている世一緒を、当面木曜の16:00~19:00も開き、通所や勤務の帰りに立ち寄りやすいようにし、「たそがれ世一緒」と命名した。ここでは、ふだんの当番スタッフではなく、地域で周りの人々の介助を得て自立生活している重度の障害者が、ご近所のサポーターと組んで、ホスト役を務める。障害があっても地域で共に生きるイメージをふくらませ、それと併せて各々の働き方や暮らしを交流し合える雰囲気づくりに留意した。 (2)世一緒NOWの発行とアンケート  過去にグループワークのエントリー票に記入した192人に向け、ニュースレター「世一緒NOW」を発刊し、アンケートの返信用はがきを同封して送った。4こまマンガ入りで、現在の世一緒の活動メニューと15人の障害者の近況を載せた。徐々にアンケートの回答が戻ってきており、他県への引っ越し、結婚、入院など、数年の間にさまざまな境遇の変化があったことがわかってくる。 7 当面の課題  当会は、多様な就労支援を、障害者の個別支援の面だけでなく、受け入れる職場との相互関係の支援と考え、誰もが働きやすい地域づくりの一歩として取り組んできた。センター受託終了後のグループワークの拡大や立ち寄り型ピアサポート拠点の試みにより、地域づくりはその第2段階に入った。ただ、世一緒のがんばりにも限界がある。折しも、イベントを共にしてきた主婦たちの店や農業を始めた若者や廃業の境目にある伝統工芸家などから、障害者を含めた仕事おこしの相談を受けている。企業からの雇用や請負の相談も来ている。世一緒という一極でなく、地域にいくつもの職場参加の極を有するピアサポートネットワークの構築が、当面の課題である。 【連絡先】  山下浩志 特定非営利活動法人障害者の職場参加をすすめる会  e-mail:shokuba.deluxe.ocn.ne.jp 地域の就労支援の現状把握に関する調査研究−障害者就業・生活支援センターの現状把握と分析− ○浅賀 英彦(障害者職業総合センター 主任研究員)  武澤 友広(障害者職業総合センター)  松本 安彦(秋田労働局)  森  誠一(千葉障害者職業センター) 1 はじめに  障害者就業・生活支援センター(以下「就生センター」という。)は、身近な地域において障害者からの相談に応じ、必要な指導、助言その他の支援を行う機関として平成14年から設置されている。近年においては、精神障害者、発達障害者等に対する支援の増加が著しく、連携の対象となる支援機関も多岐にわたっている。  本調査研究においては、アンケート調査・ヒアリング調査により就生センターの状況について把握し、地域の就労支援ネットワークとその中での就生センターの現状・課題を提示することを目的とする。 2 アンケート調査 (1) 調査対象  運営期間が1年未満のセンターを除く全ての就生センター(321所)に調査票を郵送し、124センターから回答が得られた(回収率:38.6%)。 (2) 調査時期  平成27年7月~9月 (3) 調査項目 「利用者の課題と支援内容」「支援体制や環境面の課題」「関係機関との連携状況」など 3 ヒアリング調査 (1) ヒアリング調査の目的  就生センターに対するヒアリング調査は、アンケート回答を基にしながら「地域(対象圏域)の状況」、「就生センター運営法人の状況」、「就生センターの業務展開等の現状・課題」とこれらの相互関係を聴取する中で、就生センターの現状・課題とその背景について把握することを意図して実施した。 (2) ヒアリング調査の実施  アンケート調査に回答した124センターの中から、その回答内容等より上記(1)の観点で特に参考になると思われるセンターを選定した。そこから、対象圏域の規模・特徴のバランス等にも配慮して絞り込んだ20センターに対し、平成27年10月~12月に実施した。 (3) ヒアリング調査の項目  次のような項目について実施した。 ア 就生センターの業務  ①アセスメント、②マッチング、③職場実習、④雇用の場の確保、⑤職場定着支援と生活支援、⑥企業ニーズへの対応、⑦障害別の支援 イ 他機関との連携  ①就労系障害福祉サービス事業所等との連携、利用者の就労移行の促進、②精神障害に関する医療機関との連携、③学校(特別支援学校、一般校)との連携、④ハローワーク・地域障害者職業センターとの連携、⑤自治体独自の就労支援機関・事業の状況及びこれらとの連携(自治体独自の障害者就労支援施設、自治体による就生センターに対する上乗せ事業、職場実習助成等)、⑥ネットワークの構築・運営(ネットワーク会議・就労支援部会、ケース会議、情報共有の仕組み等) ウ 就生センターの成り立ちと母体法人との関係 エ 今後の就生センターの方向性・課題 4 就生センターの現状と課題  上記の調査結果から、次のような点が就生センターの現状と課題に関するポイントとして抽出された。 (1) 地域における支援ニーズへの対応の視点から  就生センターは「労働」と「生活・福祉」のサービスをつなぐ機関としての役割が期待されているが、それゆえに地域におけるセンターの役割・機能については広範に期待されがちであり、就生センターに対する地域のニーズと実際にセンターが供給できるサービスの間にはギャップが生じがちである。これを埋めているのは、母体法人による種々のバックアップ(人材・ノウハウ等のソフト面、スペース等のハード面)、自治体の独自措置(独自の就労支援センターの設置、就生センター事業の補強措置等)、地域における就労系障害福祉サービス事業所・医療機関・教育機関・ハローワーク等との関係構築(業務分担の調整、就労支援を促進するための他機関への働きかけ(アクティベーション)、ネットワーキング等)である。 (2) 業務面での課題 ア アセスメント  就生センターにおけるアセスメントは、大別すると①相談の中でこれまでの成育歴・支援歴や家族を含めた状況、本人の自己認知や希望などを丁寧に聞きつつ行うもの、②パッケージ化されたツールや模擬的な支援場面を活用し、その実施結果や実施経過の観察によって行うもの、③就労系障害福祉サービス事業所での作業訓練等の状況を評価するものに分かれると考えられるが、今回のヒアリングを通じ、このどれを重視するかについて就生センターによって意見や方針の違いがあることがうかがわれた。  また、a) ②の実施に関し、地域障害者職業センターとの距離が遠い場合等には、地域障害者職業センターとの連携に制約があること、b) ③の実施に関し、最近支援対象となるケースが増加している発達障害者等について適切に行うことができる就労系障害福祉サービス事業所が一部であること、c)地域の就労支援ネットワーク全体としてのインテーク・アセスメント機能が不足しており、適当でない支援機関に誘導されることがあること等の問題が意識されていた。 イ 職場定着支援  就生センターにおける職場定着支援は、対象者が累積的に増加することや、生活支援との関連など就生センターの特徴を生かした支援が必要であることなどから、今後ますます重要性が増していくと認識されている業務であるが、連携における課題が最も多い業務でもある。就労移行支援事業所との役割分担、特別支援学校卒業生に関する学校との役割分担、さらにジョブコーチとの関係は各センターが常に意識せざるを得ないところであり、その中には次のような要因も関係してくる。 ① 就労移行支援事業所が定着支援の終期を定めたい意向を持つ場合があること、特別支援学校も就生センターにシフトする前提での定着支援を行う場合が多いこと ② 支援対象者の中で、支援のフェードアウトまでに時間がかかると言われている精神障害者や発達障害者の比重が高まっていること  また、定着支援において生活支援の視点が重要であるとの指摘は多いが、今回のヒアリングにおいては、生活支援に深入りすると就労面での支援がおろそかになるというジレンマや体制上の制約もあり、就生センターが自らどこまで生活支援を行うべきかについては悩みの多い状況が把握された。生活相談・支援を行う相談支援事業所との関係も今後の推移を注視すべき部分である。 ウ 企業ニーズへの対応  企業・職場のニーズ対応に関しても、平成30年に予定されている精神障害者を法定雇用率の算定基礎に加える改正法施行に向けて障害者雇用ニーズが高まっていることを背景に、大都市圏では企業の障害者雇用ニーズへの対応について真剣に考えている就生センターが多く、このことは、就生センターが就労系障害福祉サービス事業所に対して一般就労への移行を働きかけることの背景要因になっている面もある。今回の調査では、ハローワークや地域障害者職業センターとの連携により雇用率未達成企業に対する当該企業に適した障害者雇用の提案を積極的に行っている就生センターや、企業の雇用管理に対するコンサルティングへの課題意識を持っている就生センターなどがあることが把握された。 (3) 他機関に対するネットワーキングとアクティベーション  就労の支援・促進には就労系障害福祉サービス事業所を始めとする地域の多くの社会資源の意識の統一・ノウハウの底上げや情報の共有が必要であるが、地域の就労支援ネットワークが未確立であったり、地域の社会資源の就労支援機能が十分ではない状況の中では特に、地域の就労支援ネットワークのコーディネート(ネットワーキング)や地域の社会資源の就労支援機能の活性化(アクティベーション)が必要である。その役割は就生センターに期待される面が大きく、現にそのような使命感や役割意識をもって活動をしている就生センターも存在する。  今回の調査でも、他機関に対するアクティベーションやネットワーキングについて使命感や役割意識を持って取り組んでいる就生センターが一定程度把握された。具体的には、他機関に対するセミナーや個別的な助言のほか、共通シートによる情報共有の推進、ネットワークによるマッチングシステム構築の例もあった。  しかしながら、そもそも実効性のあるアクティベートやネットワークの方法は地域性に大きく左右されるもので、自立支援協議会就労支援部会を活用するなどある程度の共通的方法はあるものの、それのみで十分というわけではなく、地域の状況、社会資源の状況、それら関係主体の意識・活動の状況等々によって柔軟に戦略を立てて行う必要がある。  このような活動は長期的にはセンターの就職・定着の成果に反映されると思われるものの、短期的・即効的には反映されにくい。このため、このような活動について努力の状況を個別に把握することが必要であり、これを情報共有することも有意義であると考えられる。 【参考文献】 1) 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター 資料シリーズ No.94 地域の就労支援の現状把握に関する調査研究Ⅱ−障害者就業・生活支援センターの現状把握と分析−(2016) 【連絡先】  浅賀 英彦  障害者職業総合センター  e-mail:Asaka.Hidehiko@jeed.or.jp 障害者の職場定着に関する分析−「障害者の就業状況等に関する調査研究」から− ○高瀬 健一(障害者職業総合センター 主任研究員)  鈴木 徹・大石 甲・西原 和世(障害者職業総合センター) 1 「障害者の就業状況等に関する調査研究」の背景  2015年度に公共職業安定所において紹介就職した障害者の就職件数は7年連続で増加し、精神障害者の就職件数(38,396件)が身体障害者の就職件数(28,003件)を大きく上回った1)。  しかしながら、障害者の定着率を把握するための公的な調査は実施しておらず、精神障害者の職場定着状況に関しては、障害者職業総合センターで実施した「精神障害者の雇用促進のための就業状況等に関する調査研究」(2010)において把握した「公共職業安定所における職業紹介により就職した精神障害者の在職期間」を引用することが多いが、調査実施時から時間が経過しておりデータが古いこと、精神障害者しか把握していないため他の障害と比較できないといった問題があった。 図1 精神障害者の就職後月数と職場定着率  このため、障害者職業総合センターは、2015年度から2年間の計画により、障害者の就職状況、職場定着状況及び支援状況等について調査・分析すべく「障害者の就業状況等に関する調査研究」(以下「就業調査研究」という。)に取り組んでいる。 2 「障害者の就業状況等に関する調査研究」の概要 (1)公共職業安定所における職業紹介の実態調査  就業調査研究は、公共職業安定所における障害者の職業紹介とその後の定着支援等の実態調査を主としている。その内容は、以下のとおりである。 ・調査対象障害種:身体・知的・精神・発達障害者 ・調査協力公共職業安定所:全国134所(全ての都道府県  から2所以上) ・調査対象期間等:2015年7月及び8月の2か月間に協力公共職業安定所の紹介による雇入全数、5,000人強 ・調査内容:属性情報、支援情報、雇用企業情報 ・雇入時、6か月後及び1年後の定着状況の継続調査  就業調査研究の留意点は、従来の統計では発達障害者の就職状況が得られなかったが、障害者手帳の有無や種別ではなく、新たに発達障害の区分を設け、他の障害と同様に集計していること、職種は厚生労働省編職業分類の大分類のみを確認しており仕事内容の詳細は不明であること、就職先企業における職場定着への配慮や工夫の有無は不明であること、調査時期を7月及び8月に設定したため、年度当初の新規学卒者の就職状況が集計に反映されていないこと等が挙げられる。2016年8月現在、調査継続、集計・分析中であるため本稿では分析結果を示すことはできないが、定着率及び定着している者と離職した者の違い等について、障害種別、年代別、転職歴別、就職時の支援の有無別、求人種類別(一般求人、障害者求人、A型)、障害の開示状況別、職種別、週当たりの労働時間別、賃金別(最低賃金との差)等により集計と分析を進める予定である。 (2)ヒアリング調査  また、就業調査研究は、障害者雇用に関する企業や関係機関にもヒアリングを行い、グラウンデッドセオリー法による質的研究から得られた知見により定着支援のあり方等を補足する。企業からのヒアリング結果の一例として、職場定着において関係機関の連携の重要性を取り上げる企業が大半であり、入職時のきめ細かな支援への感謝とあわせて、中長期的な視点では入職時同様の支援の継続を期待するというより、支援や情報提供の必要性を企業の担当者及び組織が判断して関係機関に依頼することの大切さを強調する意見が多かったところである。 (3)文献調査  加えて、先行調査研究等の情報収集として国内421件の文献を確認し、障害者雇用施策の進展に沿って調査対象となる障害種の変化に加えて「職場適応」という環境に合わせるという視点から「職場定着」という職場に落ち着くという視点を含んだ文献の増加傾向がみられた。この点は2015年当発表会ポスターにより報告したところである2)。 3 分析の視点について (1)キャリア形成に関して  障害の有無に限らず就職時の一般論に「就職はゴールではなくスタートである」という言葉がある。就職すること自体にも困難性は依然として残っているが、ここでは、最初に就職によってスタートまたは再スタートするキャリアについて整理する。  障害者のキャリアに関する調査は、障害者職業総合センターが2008年から16年間の計画で実施しているパネル調査「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」、厚生労働省が5年毎に実施するトレンド調査「障害者雇用実態調査」等がある。最新の「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」第4期報告書では、障害者のキャリアに関する文献調査結果の中で「INCOMEモデル」(Hershensonら,2002)を紹介している3)。また一般には「虹:ライフ・キャリア・レインボー」(Super,1980)、「錨:キャリア・アンカー」(Schein,2003)といったメタファーを用いたモデル・理論があり、今後も抽象的かつ個別性の高いキャリアについて既存の概念では説明できないキャリアの様相を発見していくことの重要性も指摘されている(El-Swad,2005)。就業調査研究は、キャリアのモデル・理論を提唱することを目的としていないため、例えば、受障後に転職を4回以上繰り返した者のうち今回の就職で一般求人に非開示で就職したものの短期間で離職した者が全体の数%いるといったグループを量的に分けることは可能だが、職業リハビリテーションにおいて重要な視点は、その背景や要因としての個々人の就職についての考え方等の影響を分析することであり、今後、質的な研究を行うことが必要と考えられる。よって就業調査研究においては、定着率が高い/低いといった事実を基にしつつも、データのみを提供するのではなく、例えば一般との比較を行うことにより障害の影響を考察する等の分析を進めたい。 (2)職場定着にかかる障害特性への配慮に関して  次に障害種は、就業調査研究でもその影響は大きいと考えられるため分析の視点として重要である。他の調査や報告をみても、障害状況により職種、雇用形態、賃金、年齢構成等に明確な違いがある1)4)。しかし前記したとおり仕事内容の詳細を把握していないため、障害特性に配慮した労働時間の設定、職場の物理的・人的環境の整備、仕事内容の適正化等を踏まえて、賃金や雇用形態が設定されているかどうかは不明である。よって就業調査研究においては、障害者求人/一般求人の違い、障害の開示/非開示の違いにより障害特性への配慮の有無を推測して分析を進めたい。 (3)就職後の能力開発について  35歳未満を対象とした離職や職場状況等の調査結果では、定着策として労働者は賃金向上、企業は教育を重視している5)。また、非正規労働者のキャリア形成に関する研究では、非正規労働者にとって勤続を通じたキャリア形成の機会は正規労働者に比べて限られており、それに応じて非正規労働者の技能形成の機会も勤続初期に限定される傾向にある6)。厚生労働省は、キャリアアップ助成金及びキャリア形成促進助成金により、正規労働者化や労働者の能力開発の促進を支援しており、障害者雇用においても障害者の正規労働者化を支援するために、東京都は2016年度から障害者安定雇用奨励事業を開始している。よって就業調査研究においては、正規/非正規労働者の職種による分布、それぞれの定着状況の違い等について分析を進めたい。 図2 職種別の正規労働者割合 4 まとめ  現在分析中の就業調査研究は全国の公共職業安定所から多大な協力をいただいている。集計において一つひとつの報告を確認する中で、関係機関とのチーム支援もさることながら、第一に公共職業安定所の窓口は、求職障害者のニーズに対して、実に多様なアプローチを展開している職業紹介の現状のデータであり、その重要性を痛感している。 【参考文献】 1)厚生労働省:平成27年度・障害者の職業紹介状況等(2016) 2)障害者職業総合センター:障害者の職場定着に関する文献の傾向等の分析,職業リハビリテーション研究・実践発表会(2015) 3)障害者職業総合センター:障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究,p.65-74,調査研究報告書No.132(2016) 4)厚生労働省:平成25年度障害者雇用実態調査結果 (2014) 5)労働政策研究・研修機構:若年者の離職理由と職場定着に関する調査,JILPT調査シリーズNo.36 (2008) 6)労働政策研究・研修機構:非正規社員のキャリア形成,労働政策研究報告書No.117 (2010) 【連絡先】  障害者職業総合センター社会的支援部門(043-297-9025) 中小企業への障害者雇用促進の重要性と推進方法 瀧川 敬善(東京海上日動システムズ株式会社 GRC支援部課長/東京都教育委員会 就労支援アドバイザー) 1 はじめに  法定雇用率2.0%に対して雇用率2.09%(2015)と義務率を上回っているように、大企業は法定雇用率を遵守する傾向にあるが、中には「障害者雇用は社会的使命を果たすためのコスト」と捉えている企業もある。反面で厳しい経済環境のなか、中小企業での障害者雇用は停滞、50〜100人規模の企業の雇用率は1.49%であるが、中には厳しい経営状況の中での雇用であるがゆえに障害者をコストではなく「戦力」として有効活用できているところもあり、このような企業では健常者/障害者の異別意識が緩和されていることも多い。本発表では障害者雇用における中小企業の重要性を述べたあと、中小企業が抱える障害者雇用への懸念事項の解消策を提言し、雇用促進に向けた課題を整理する。 2 中小企業への雇用促進の重要性 (1)障害者の能力開発  割当雇用制度による法律の義務を満たすための雇用、いわば雇用のための雇用は「雇用しておけば良い」として真剣な能力開発につながらない懸念があり、障害者の成長機会を阻害する要因となる。社会的使命を果たすためのコストとして雇用する余裕のない中小企業は、障害者も戦力化する必要性に迫られることが能力開発につながる側面を持つ。 (2)職場の拡大  東京都の調査1)によれば障害者の通勤時間の7割は30~60分未満、2〜3割が30分未満で、平均は35~40分程度と推定され、健常者の平均である58分2)とは開きがある。公共交通のバリアや体力面の問題で遠くまで通えない障害者もいるので、近くに通える職場の拡大が必要である。 (3)地域包摂  親が他界したあとは地域のグループホーム等で暮らす人たちも多い。地域外での就労では、離職後は職場の同僚との関係は断たれるが、地域の中小企業であれば元の職場の同僚が障害者を支える地域の人的ネットワークとなる。離職した後も夏祭り等の会社の行事に呼ばれることもあるだろう。 (4)福祉就労の発展基盤  中小企業がA型事業所等の経営母体の一つになることに加え、将来的には社会的雇用等の基盤となっていくことも期待される。企業雇用における合理的配慮が障害者の就労能力を高めていく反面で福祉にいる障害者との能力格差を広げていく懸念も生じるが、中小企業の経営力や人材育成のノウハウを注入することで格差拡大の防止や、福祉就労と一般就労の接近につながっていく。 (5)自社雇用  障害者雇用のための会社ではなく、自社での雇用となるので分離性がない。規模の違いから大企業に比べて職位の階層も少なく、比較的にフラットな組織であるのでより緊密な人的交流が生じる。 (6)共生社会の推進  東京都(16社)、千葉県(19社)、新潟県(12社)、札幌市(6社)の雇用事例集3)を分析したところ「採算可能」、または「貴重・重要な戦力」と答えている企業(20社)は、いずれも「会社に良い影響があった」、「差別や先入観が緩和されて行った」と述べている。職場における「人的交流」と「能力開発」が障害者への異別意識・差別意識を緩和する大きな要因となっている。日本の企業就労者の7割、約3,000万人が中小企業就労者で、家族を含めると2倍程度にはなるであろうから、中小企業が障害者を雇用し、障害者の能力が開発されていくことは医学モデルから社会モデルへの転換を暗黙のうちに促し、地域間格差のない共生社会構築の推進につながっていく。 3 雇用に関する懸念事項と払拭方法  「障害者雇用ガイドブック」4)にある障害者雇用に関する懸念事項について述べる。 (1)業務能力や採算性、生産性への懸念  「雇用の場としての中小企業」5)によればアンケート調査を行った知的障害者の雇用経験がない28社のうち8社は「様々な課題が全て解決しても雇用は考えない」とし、その理由として「コスト負担ができない」ことを挙げている。しかしながら、茨城県の調査6)では704社のうち227社(32%)が「戦力となって働いてもらえている」と答えている。また、高齢・障害・求職者雇用支援機構の調査7)では300人以下の企業の85.2%は障害者雇用に満足していると答えており、そのうち53.0%の企業が「業務能力」を、26.2%が「仕事への意欲」を評価理由としている。中小企業は、雇用前は採算性(能力)に強い懸念があるため雇用を拒絶する姿勢が強いものの、一旦、雇用すると障害者雇用への評価が変わることの一端が示されている。 (2)人間関係やコミュニケーションへの懸念  先の茨城県の調査6)では704社のうち280社(40%)が「障害者に対する理解が深まった」、179社(25%)が「真面目さや一生懸命さが従業員の刺激になる」と答えている。弊社では知的障害のある社員が働く社内喫茶店に健常者の社員を体験入店させて協働させているが2009〜13年度体験者420名のうち152名が「知的障害社員の仕事振りから学ぶことがあった」、127名が「楽しかった」と答えている。 (3)適当な仕事がない  業種の影響があり、例えばIT関連では知的障害者の雇用余地は少ないが、精神・発達・身体の雇用余地はある。またIT業種でも事務はあるので一定の社員数があれば知的障害者が事務補助の仕事をする余地はある。雇用に向けて特定の障害種別にこだわらないことが重要である。 (4) 不測の事態や事故への懸念  弊社では知的障害のある社員が7年間勤務しているが、この間、事故や事件というべきものは起きていない。神奈川県にある、重度知的障害者の多数雇用で有名な企業でお聞きした話では知的障害者はルールを守るので、むしろ健常者の方が油断をして怪我をするとのことであった。 (5)会社の標準的作業方法を適用できない  障害者のための工夫が会社全体の生産性を向上させることがある。いずれもネット上で公開されているが、新潟県のある会社では知的障害者に縫製作業をさせるために導入したミシンが会社全体の生産性を高めた。また、静岡県のある会社では知的障害者や精神障害者のための農作業の作業改善が会社の生産性向上、事業規模の拡大につながった。 (6)労務管理のノウハウがない  就労支援に関わる社会資源(ハローワーク、障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター、特別支援学校、近隣の就労支援機関等)や既雇用企業があり、費用がかからないことを含めて周知する必要がある。 4 今後の課題 (1)企業の懸念事項に充分に応えること  企業向けセミナーや雇用事例集も企業の懸念事項全般に応えておらず、充分ではない。障害者の業務能力と、同じ職場の同僚になっていけることについて説明していくことが特に重要である。今回調査した4自治体の雇用事例集では新潟県の事例集は企業の懸念事項に比較的に応えているが、企業ごとに記載内容の偏りや濃淡がある。 (2)企業への支援を充実させること  各種の懸念事項の払拭を念頭に、各就労支援機関がより積極的に中小企業を支援する必要があるが、就労支援機関の立ち位置は主に障害者本人を支援することにあり、企業を支援するという意識は薄く、ノウハウも不足している。今後、就労支援機関が今以上に企業支援の役割を担い、企業出身者の参画等によって採算性や生産性等の企業経営の視点からの支援が行えるようになることが重要である。 (3)地域における就労支援ネットワークの拡充  「障害者雇用のノウハウや知識がないから」ということが企業が障害者雇用を躊躇する一つの理由でもあるが、反面で就労支援サイドでは「障害者雇用が進まないのは企業に理解がないから」8)という意識もあり、連携が不十分である。ノウハウや知識の共有、互いの文化の理解、連携や協力体制の強化のため、地域の就労支援機関・医療・教育・行政・企業等による就労支援ネットワークの構築が有益である。多摩南部就業支援連絡会は上記各機関が加盟し、特別支援学校を幹事とする就労支援ネットワークとして成果をあげている。奈良県の50~100人規模の企業の雇用率は3.32%に達している9)が、職業センターの方によれば県内の特別支援学校と企業の連携が強いことも一因とのことであり、今後、インクルーシブ教育推進に向けて進められていく地域の教育資源の統合ネットワークであるスクールクラスターとの連携も考えられる。 5 まとめ  中小企業への障害者雇用促進のアプローチは大企業に対するものとは違うことを認識して行う必要がある。人的交流のある中で障害者の能力が高められていくことを通して差別や偏見は緩和されていくので、中小企業への障害者雇用促進はインクルーシブな社会構築のためにも重要となるが、就労能力を偏重して、働くことが充分にできない人たちを置き去りにすることのないように、障害者の社会参加全般の観点で捉えていく必要がある。 【参考文献】 1) 東京都 「障害者雇用実態調査」(2009) 2) at home「通勤実態調査」1都3県の調査(2014) 3) 千葉県 「障害者多数雇用事例集」 (2010) 東京都 「都内身近な企業の障害者雇用取組事例集」(2014) 札幌市 「障害者雇用のためのハンドブック」(2013) 新潟県 「障害者雇用事例集」 (2015) 4)「障害者雇用ガイドブック」高齢・障害・求職者雇用支援機構 (2007) 5) 林謙治、他「中小企業における知的障害者の雇用」(2010)  6) 平成23年度茨城県「障害者雇用に関するアンケート」調査 結果 (2011) 7)「中小企業における障害者雇用促進の方策に関する研究」 p.23 高齢・障害・求職者雇用支援機構 (2013) 8)「中小企業における障害者雇用促進の方策に関する研究」 p.101 高齢・障害・求職者雇用支援機構 (2013) 9) 奈良労働局 平成27 年「障害者の雇用状況」(2015) 【連絡先】  瀧川 敬善  東京海上日動システムズ株式会社  e-mail:takayoshi.takigawa@grp.tmnf.jp 障がい者の就業と市民後見の役割 制度とのはざま ○有路 美紀夫(市民後見促進研究会BON・ART 事務局長)  東 弘子・角 あき子・杉森 久子・廣瀬 由比・綿貫 登美子(市民後見促進研究会BON・ART)※ 1 はじめに  成年後見人制度1)は、障がいを持つ人々や意志能力が疑われる人々の民法上の利益と権利を守ることを意図して、平成12年から実施に移されている。その中で、被後見人としての知的障がい者は、意志能力が疑われる人々として、判断能力の状態に応じて行為能力が制限されている。  本報告では、公表されている各種統計資料等から、知的障がい者の就業に関する問題点と将来像について検討するとともに、後見人2)としての立場から、受任している後見事務において得られた知見をもとに、その役割と制度とのはざまにある問題点を模索する。 ※ 平成27年度市民後見人養成講座「地域コミュニティ後見プロジェクト」の修了生で構成されている。 2 現状 (1)雇用状況等  総務省「労働力調査(詳細集計)平成28年(2016年)4~6月期平均(速報)」によると、役員を除く雇用者は、5356万人と発表されているが、2010年からは増加傾向にある(図)。 図 雇用状況の推移 (H28.8.9「総務省統計局」資料から筆者編集作成)  一方で、厚生労働省「平成27年障害者雇用状況の集計結果」によると、雇用者のうち、身体障がい者は 320,752.53)人(対前年比2.4%増)、知的障がい者は97,744.0人(同8.4%増)、精神障がい者は34,637.0人(同25.0%増)と、いずれも前年より増加している。特に精神障がい者の伸び率が大きく変化したことが注目される4)。さらに、平成27年統計による知的障がい者5)は97,744.0人(同8.4%増)が、同年の労働力人口5,284万人に占める割合は、0.0018%である。 (2)成年後見制度  成年後見制度について概観すると、過去5年間(平成23年から平成27年)の成年後見人と本人との関係(表16))をみると、成年後見人等(成年後見人、保佐人及び補助人)と本人との関係として、親族が成年後見人等に選任されたものは、年々減少傾向にあり、親族以外の第3者が成年後見人に選任されたものは、増加傾向にある。まだまだ知名度は高くないが、市民後見人7)は224件(前年は213件)で、対前年比5.2%と僅かではあるが増加している。 表1 成年後見人等と本人との関係 (3)知的障がい  知的障がい者の就労支援8)については、障がい者の就労に関する制度的枠組についてどう考えるか、その例として、①就労移行支援、就労継続支援A型・B型のサービスの現状とその成果②障がい者の就労の形態の在り方③賃金補填のメリット・デメリットなどが検討の視点として整理できる。また、就労継続支援(A型及びB型)、就労移行支援の機能やそこでの支援のあり方については、①利用者の中長期的なキャリア形成に向けた事業所の機能や支援②利用者のニーズを踏まえた機能や支援などが検討視点となる(表2)。  注目すべきことは、労働者と利用者・労働関係法令の適用という用語の使い方である。筆者は、就労継続支援B型については、「労働者として捉えていない」と理解している。まさに、ここに「制度とのはざま」問題が潜んでいると思われるからである。 表2 一般就労と就労継続支援(A・B)(編集作成:筆者) 3 就業課題  公益財団法人日本知的障害者福祉協議会が実施した「平成27年度全国グループホーム実態調査」9)によると、1,436事業所、ホーム数6,432か所、利用者数28,596名から回答として、その前年度の1,278事業所、ホーム数5,270か所、利用者数26,389名に比べ、158事業所で12.4%増、ホーム数1,162か所で22.0%増、利用者数2,207名で8.4%増としている。また、全国のグループホームの利用数は昨年(2015年)10月時点の数で100,314名(国保連)であった。本調査は全体の28.5%の実態を明らかにしている。さらに、区分毎10)の割合では、「区分3」が26.7%(昨年度27.3%)、「区分2」が20.9%(昨年度22.9%)、「区分4」が19.0%(昨年度17.4%)と「区分2~4」で全体の66.6%(昨年度67.6%)と多くを占めている。一方、「区分6」が6.4%(昨年度5.6%)、「区分5」が10.7%(昨年度8.9%)、「区分4」が19.0%(昨年度17.4%)と、0.8~1.8ポイント増加しており、「区分4」から「区分6」の利用者数は昨年より1,895名増加で、重度障がい者の地域生活が着実に進んでいることが資料等から窺うことができる。今後は、重度障がい者が地域で暮らすことができる社会の仕組みを創っていくことが求められる。  グループホーム利用者の日中活動の状況をみると、「生活介護」が35.8%(昨年度33.7%)で利用者数1,352名の増、「就労継続支援B型」が33.3%(昨年度33.8%)で利用者数621名の増となっている。日中活動の状況においては、重度障がい者の増加傾向が見て取れる。一方「就労移行支援」が2.0%(昨年度2.6%)で、利用者数で116名減少(減少率は−17.1%)、「就労継続A型」が4.7%(昨年度4.4%)で、利用者数で194名増加(増加率16.7%)している。このことから、就労継続A型事業の増加により、移行支援事業の利用者数が少なくなっていると考えられる。筆者は、安易な就労継続A型事業の利用が一般就労への道を閉ざしていることにならないかという危惧を払拭できないでいる。 4 結びに変えて  残念ながら、知的障がい者について、被後見人等の比率(表1)、就業者—就業継続支援B、自営を含む(表2)の中で、被後見人等の比率について明確な調査結果に辿り着くことができなかった。これらは今後の研究調査に委ねることとする。筆者は、知的障がい者の中で、就労していない人々11)の置かれた環境を「制度のはざま」と命名し、どのようにしたら、これらの人々の自己決定を支援12)できるのか、各制度間の調整が必要であると考えている。稿を改めて考察する。 【参考】 1)民法7条、11条、15条 2)本稿において、成年後見人は、「後見人」「保佐人」「補助人」の類型を包括して「後見人等」という用語を使用する。なお、必要に応じて使い分けしている部分もある。 3)カウント方法は、法律上、ダブルカウント1人を0.5人に相当するものとして、それぞれ0.5カウントとしている。 4)平成27年11月27日「Press Release 厚生労働省」 5)総数54.7万人「平成25年障害者白書」 6)作成:綿貫登美子(市民後見促進研究会BON・ART) 7)一般市民を担い手とする市民後見人には養成のための研修が欠かせず、地域包括ケアの理念を地域で実現するために、日常業務を支援できる機関も必要である。 8)厚生労働省「障害者の就労支援について」(平成27年7月14日資料2−1) 9)調査概要:①調査対象:グループホーム事業所を運営する法人のうち該当する法人宛に調査票を送付し指定事業所単位で回答を求めている ②調査基準日:H27.4.1 ③回答のあった事業所:1,436事業所 ④上記事業所の運営するホーム数:6,432ホーム ⑤上記ホームの利用者数:28,596人。 10)障害支援区分 障害者総合支援法第4条第4項 11)就業している知的障害者に含まれない人々:80%。筆者概算として、97744人(就労数)/547000人(総数)。 12)障害者の就労の背景には、ノーマライゼーションやインクルージョンの考え方があるが、できないことに着目するのではなくて、何らかの援助があればできることに着目することが、福祉サービスに要求される内容」という。 【連絡先】  有路 美紀夫(市民後見促進研究会BON・ART)  E-mail: jarlcom01@gmail.com 触法障がい者への複合的支援~司法・医療・福祉・家庭の連携による再犯防止プログラムの計画と実施~ 亀井 あゆみ(社会福祉法人かんな会 障害者就業・生活支援センタートータス 所長) 1 はじめに  就業支援の現場では、ひとりひとりに合った個別支援を計画していく中で、本人の支援に必要とされる情報を数多く取り扱っている。本人や家族への聞き取りや外部の関係機関から情報提供を受けながら、今までどのように生活を送り、これからの将来どのような生活を送って行きたいのか、より多くの情報をもとにアセスメントを行う。  必要な情報として成育歴、職歴、病歴等のたくさんの個人情報を取り扱っているが、中でも犯罪歴の問題は一番情報として把握しづらく、また慎重に扱っていかなければならないケースでもある。また犯罪歴について、今後の就職活動に不利になってしまう、知られたら支援を受けられないのではないか等、本人や家族にも支援者側へ伝えようか葛藤がある。過去に罪を犯してしまった時の環境や状況、障害の特性や本人の性格を把握した上で、再犯を防止する支援方法と就労へ向けた支援を計画していくことが重要である。 2 現状  矯正施設には毎年約3万人が出入りをしており、そのうちの25%以上が知的障害の疑いがあると言われている。  平成27年の新受刑者の総数は21,539人(男性19,415人:女性2,124人)であり、下表のCAPAS能力検査の結果から、知的障害に該当する検査値が全体の約20%に該当する。 表 新受刑者の能力検査値  法務省:矯正統計表2015年より  また割合の多かった罪名は、窃盗(万引き)、詐欺(無銭飲食)が多く、そのような状況になってしまったのか、より具体的な要因を探っていくことで、再犯予防へ向けた対策は、比較的取り組みやすいとも考えられる。 3 実際の取り組み (1)司法との関わり  就業中の障害者が軽犯罪(窃盗)を犯し拘留される。担当の弁護士より本人の状況を聞きたいと依頼があり、これまでの支援経過や障害特性、就業までのプロセス、職場定着の状況等について情報提供を行う。軽度知的障害と発達障害(ADHD)の診断を受けていることから、罪を犯してしまった要因と何らかの関係があるのではないかと質問を受け、さらに障害特性について具体的な説明を行う。  今回の事件の状況から、①善悪の判断ができるのか、②衝動的な行動をなぜ起こしてしまったのか、③再犯防止のために取り組める具体的な方法とは何か、この3点が裁判に向けてポイントになった。 (2)裁判に向けて  支援者の立場から組めることの一つとして、上記ポイントの①~③について、司法側へ情報提供を行うこと、特に③については今回の状況を踏まえた上で、どのような取り組みを行っていくことが、より効果的であり再犯防止につながって行けるのか、一番の重要課題である。弁護士と情報共有をしながら、これから裁判に向け、法廷で証言をすることを前提に準備を進めていく。 4 再犯防止プログラムの計画 (1)課題  事件当時の状況を確認して行く中で、自分の判断で服薬を中断していたこと、ストレスの発散方法やイライラした時の対処方法、金銭管理について課題があることが明確になった。これらの課題について今まで本人が受けて来た支援の効果とこれから再犯防止に必要な支援について、それぞれの役割を活かした医療・福祉・家庭が連携した再犯防止プログラムの作成が必要となる。 (2)役割分担  上記の課題からそれぞれの役割分担を行う。  (医療)今まで受診先の精神科が、自宅から離れていたこともあり、継続した受診と服薬をしていく為にも、利用していた自宅近くの精神科デイケアの外来へ受診先を変更する。これによって外来とリハビリの連携が取れ、より効果的な支援が可能になる。精神科デイケアでは集団活動を通してマナーやルールの再確認、自分自身のストレスの把握と対処方法を身に着ける。  (福祉)精神科デイケアへ月1回の訪問を実施。本人との面談や医療スタッフから通所状況の確認を行う。また、リズムを崩さない生活を送ることや自分の行動パターンを把握する手段として、1日の活動記録を付けることを提案。訪問時に活動記録の確認、また自宅での生活状況を家族へ確認をして、医療側へ情報提供を行う。イメージとしては医療と家庭の間に入り、必要な情報を福祉からそれぞれへ提供していく。  (家庭)活動記録の確認と金銭管理を行う。金銭管理については厳しく制限をすることが目的でなく、上手な使い方と使う目的について本人と話をしていく。また家庭の中でも役割を持った生活を送れるように、買い物や掃除、料理とひとつでも自分でできることを増やせるような働きかけを行う。 図 再犯防止・社会復帰プログラムのイメージ 5 司法への働きかけ  再犯防止プログラムの計画を立て、このような再犯防止プログラムがなぜ必要なのか、どのような支援が再犯防止に繋がっていくのか弁護士へ提示する。  実際に法廷では、刑務所に服役することで一時的に犯してしまった罪の重さを感じとれる障害者もいれば、反省をしていないのではなく、反省することができない障害者もいる。刑務所の矯正生活を送ることで規則正しい生活を送り、監視のある中で規則を守った生活を送ることを一時的にできるかもしれない。しかし障害者に対しては、課題に対しての具体的な支援が必要であり、その支援が再犯防止につながっていくこと、必要であるのは「監視」ではなく「支援」が重要であることを伝える。 6 チーム支援の必要性  家族だけで再犯を防止するために支えていくことは限界がある。また家族が高齢であればある程、関わりも薄くなってしまう。司法・医療・福祉・家庭とそれぞれの専門分野で役割分担を行うことで、専門性の高い支援を行うことが可能である。再犯防止の支援でもっとも重要なことは支援を継続していくことであり、どこか1ヶ所に負担が掛かってしまう支援であれば、支援を継続していくことが困難になってしまう。情報や負担を共有し、ひとりでも多くの専門職が関わっていくことで、長期にわたっての支援が可能になっていくと考えられる。 7 現在の状況  裁判の結果、執行猶予になり、現在は再犯防止・社会復帰プログラムを実施して数ヶ月が経過。それぞれの役割を 活かし支援を継続している。事件当初、課題になっていた自分の判断で服薬を中断していたこと、ストレスの発散方法やイライラした時の対処方法、金銭管理を中心に経過の確認をしながら、目標を持った生活が送れるように働きかけを行っている。 8 今後の課題  障害者雇用の取り組みでは、就労に向けて企業側に対して、それぞれの障害特性について理解を求めていく支援を行っているが、障害に「触法」ということが重なってきた場合に、犯罪歴のあることを企業側へ伝えることによって就労に繋げる上で、リスクが高くなることも現状である。  犯罪歴がある障害者や家族から、なぜそのようなことが起きてしまったのか当時の状況を検証することが重要である。また今後の対策を検討していくこと、将来どのような生活をしていきたいか本人や家族のニーズを踏まえた上で必要な支援機関へ繋ぎチームとして支援を行っていくことが、企業側へも体制が整っていることの安心感を与えることができるのではないか。また過去に犯罪歴のない障害者でも生活環境や金銭問題等がきっかけとなり、いつそのような状況に陥ってしまうか、誰にでも起こり得る問題でもある。  より多くの情報や本人、家族へ関わる支援者がひとりでも多くいること、また司法側へより多くの情報提供を行い 福祉や医療側の取り組みを伝え、垣根を超えて連携していくことが、大変重要であると考えられる。 【連絡先】  亀井 あゆみ  社会福祉法人かんな会障害者就業・生活支援センタートータス  e-mail:k-fujisaku@xp.wind.jp 都立高校での知的障害又は精神障害の非常勤職員の就労継続支援と転職に向けた取り組みについて 中村 規一(東京都立小川高等学校 障害者雇用支援員) 1 はじめに  表記取り組みについてご報告する前に知的障害者・精神障害者を非常勤職員として採用したチャレンジ雇用制度について説明することにする。チャレンジ雇用とは、働く意欲と能力を有する知的障害者・精神障害者の就労促進を図ることを目的に、各府省・各自治体において非常勤職員として雇用し1年から3年の業務の経験を踏まえた後に、ハローワーク等を通じて一般企業等への就職につなげる制度である。東京都教育委員会版チャレンジ雇用により採用された非常勤職員を「教育事務補助員(以下「補助員」という。)」と呼び、東京都教育庁各部や各事業所・都立学校等47校・所等で本年6月20日現在97人が配置されている。東京都教育委員会のホームページ上に掲載された補助員の職務内容としては、①資料等の仕分け作業②資料の封入及び封かん③文書の受取り及び発送④会議等資料の印刷及び製本⑤資料の整理⑥文書等の廃棄業務⑦用品庫の整理と補充、コピー用紙の補充⑧リサイクルボックス等の整理⑨データ入力⑩タクシーチケット整理⑪庁舎内外の清掃等環境整備⑫その他、常勤職員の補助などの業務がある。 2 補助員の自信につなげる就労継続支援について  私が担当している都立高校では平成28年8月26日現在合計5人の補助員が従事されていた。学校という性格上どうしても事務業務から環境衛生業務や臨時業務まで多種多様な業務を処理していかなくてはならないが、これは補助員に苦痛のみ与えることになりかねず業務の切り出しや作業手順の説明等に苦慮することになった。  しかし試行錯誤の末に次の2点に行きついた。①納品・サービスの質的向上のために必要な期間中はスローでの業務処理を指導する。②準備から見直しまでを補助員単独でも出来るように詳細を凝縮した作業手順書を作成する。※なお、この場合の作業手順書のレベルは補助員に理解できる内容にしなくてはならないことは勿論であるが、同時に常勤職員が業務の確認用としても使用に耐えうるレベルで無くてはならない。現在私が担当する都立高校における補助員の日常固定業務は、約40種類程度ありこれに固定の週間業務や月間業務が加わり、さらに臨時の印刷等の業務が日常的に加わる。たとえば郵便配達作業においては、図1のように教職員室の教職員別ポストと同じ配列の投函データ表を作成した。都立高校に来る郵便物は教職員名で来る郵便物のほか教科名や部活名等あらゆる宛先名で1日100通近くの郵便物・FAX・小包・メール便等が送付されて来る。当初は常勤職員が宛先を仕分けして、補助員はただ教職員別ポストに投函するだけの行為をしていたが、常勤職員の日常的協力がなければ出来ない仕事をたださせていたのでは潜在能力が未知数である補助員の能力や意欲向上につながりにくいと考えた。そこで、図1のような投函データ表を障害者雇用支援員(以下「支援員」という。)が作成し、新たな宛先が増える都度変更し活用した。当初補助員はこの投函データ表を片手にかなりの時間を掛けて教職員ポストに投函していたが各補助員は郵便物の受領から仕分け・配布まで一貫して実施することにより、やれば出来るという自信からほとんどデータを覚えてしまい、投函データ表が無くても投函出来るまでに成長した。しかし、1日に扱う郵便物等の量が大変多いために当初は郵便物の誤配や紛失の指摘が教職員より度々あった。殆どの場合は教職員による取り間違いや勘違い等であったが補助員のミスと勘違いされることもしばしばあった。到着郵便物等の全てについて郵便リストを作成すれば確実であるが、さらに業務の処理スピードが遅くなってしまう。  そこで、図2のように投函チェック表を作成した。投函チェック表は投函データ表とは異なり、教職員ポストと同じ配列ながら教員名のみ記載されており、氏名の下に2行分の記入箇所がある。1日2回の郵便等配達において上の行に1回目の投函記録を下の行に2回目の投函記録を記入する。また記入するのも、赤ペンで○は郵便物、△はFAX、□は小包、◇は小冊子、「カ」は交換便、「モ」は大型荷物案内メモ、「大」は各席に置いた大型小包、☓は分類不可・その他等として記号のみの記入とした。これにより何時の配達にどの教職員に何通の郵便物等が配達されその内訳は何かということが分かるようになった。この結果、誤配や紛失の指摘が激減した。  その他図3のように印刷の1つの手法として、小冊子作成マニュアルを補助員に作成指導している。理屈さえ分かれば何十ページであっても問題なく作成できるが、当初は何度も支援員に確認する場面があった。しかし、「印刷設計図の作成」「印刷準備」が最も大事な作業と指導し更に「印刷」「印刷中のミス確認」等と段階別に従事させていくと、結果として単独でも出来る補助員が誕生することになる。この結果、教職員からの印刷依頼は単なる印刷よりも小冊子での依頼が増えた。 3 指導や作業手順書だけでは無く物理的対策も必要  業務時間が最も長いのが環境衛生業務である。校舎棟の洗面台洗浄や校舎棟廊下等の清掃は、授業中での清掃・洗浄ということになる。このため授業妨害にならないようにするため清掃作業は「無音清掃」とした。補助員に「音を立てずに清掃しなさい」と言い、支援員が作業見本を見せる指導方法であってもそれだけでは不親切と思っている。補助員が努力し清掃していてもうっかり壁等にホウキをぶつけてしまい音を出しては本来の目的を果たせない。「音を立てずに清掃する」ことが目的である以上は補助員の努力目標だけでは足りないのだ。図4のブラシのように本体よりブラシ部分が飛び出していて誤ってぶつけても音が出ぬくいものを使用しなくては本当の意味での職場適応援助では無いと考える。掃き方についても無音の為に引きずり清掃としスウィング清掃はしない。一見見るとだらしなくホウキを引きずっているので不適切な清掃に見られがちであるが、実際にゴッソリと埃や毛玉等が取れるのである。 4 補助員の能力を見極めて、転職につなげる  一般就労でも同じ種類の仕事を大量に実施していく作業の方が補助員にとって負荷が少なく安定し継続して勤務していけるという考え方もある。しかし補助員の多くが、都立高校や図書館や教育委員会出先機関で業務に従事していく中で本人が気づいていなかった潜在能力を支援員により知り開花し成長している。補助員Bは、当初清掃や洗浄業務が嫌いで事務系業務を希望していた。しかし都立高校での業務を経験することにより補助員Bは大変努力され自信もつき、特に清掃・洗浄業務に目覚め、校舎棟のガラス洗浄で腕を磨き、本職の窓ふき作業員並みといっても言い過ぎでは無いレベルまで成長した。 5 支援員の質的向上が補助員の成長には不可欠  補助員にとっては採用当初から多種多様な業務をすることは苦痛だと考える。勤務時間も固定され最初は短時間、慣れたら通常勤務というわけにもいかない。支援機関もこのことはしっかり認識していただきたいと思っている。しかし補助員だけではなく多種多様な業務を指導する支援員側も大変な努力をしている。何故なら最長でも3年(優秀な補助員は再採用で更に3年間)後には転職しなければならない制度だからである。そして更に前記補助員Bのように自分の能力に目覚め、本職並みに飛躍する補助員も現れるからでもある。このため支援員は例えばパソコン指導の為にパソコン教室に通い、清掃指導では清掃技能講習会等に参加し一般レベル以上の支援に対応しようとしている。  当校においては、補助員に対して就労継続支援と転職に向けたこのような取り組みをしている。 【参考文献等】  ①東京都教育委員会ホームページ  ②障害者雇用支援員連絡会資料(平成28年6月20日開催分) 【連絡先】  中村規一(Norikazu_2_ Nakamura@member.metro.tokyo.jp) 『チームぴかぴか』の役割 教育委員会における障害者雇用と就労支援 杉山 功一(埼玉県教育局 県立学校部特別支援教育課 指導主事) 1 これまでの経過 (1)課題 ① 県立特別支援学校における就労状況  近年の知的特別支援学校における入学生の増加に伴って就労数は伸びている。しかし、高等部入学時に本人・保護者が一般就労を希望しながらも、卒業時には3割程度が希望を断念せざるえない状況が続いた。 ② 教育委員会における障害者雇用率  埼玉県教育委員会における障害者雇用率について改善が見られつつも、法定雇用率には依然として達しない状況が続いていた。(平成25年度時点)行政機関において職員と障害ある方が互いに働きやすいモデルを模索していた。 (2)平成26年度から「チームぴかぴか」事業のスタート 「働きながら学ぶ(雇用と就労支援)」の仕組みづくり  埼玉県教育委員会の特別支援教育課が取り組む意味を考えた時、単に障害ある方を雇用するだけでなく、雇用した方を一般就労へとつなげるための再教育をすることも行いたいと考えた。そこで「働きながら学ぶ(雇用と就労支援)」の仕組みづくりを目指した。 (3)平成28年度から「チームぴかぴか北部(行田)」開設  今年度より拠点を県北部(行田)にも設けた。これまでの南部(浦和)と共に県内どこからでも通勤しやすい状況を作り、定員も24名に倍増した。  これまで南部では事務系作業中心であったが北部では清掃・環境整備作業にも取り組んでいる。障害者雇用の場で特に伸びている業種への就労を念頭に職域の拡大を図った。 2 事業概要 (1)雇用形態    対  象 県立特別支援学校卒業生 他         定  員 24名 欠員ができ次第追加募集   雇用条件 非常勤職員 任期1年(年度末まで)    勤務時間 週5日6時間勤務(週29時間勤務) 勤務場所 南部(浦和):埼玉県庁内        北部(行田):県立総合教育センター内 活動内容 各拠点4名の支援員を配置。 主な仕事 シュレッダー業務、名刺作成、文書帳合        郵便物の集配、施設内清掃・環境整備 等 (2)就労支援 ① アセスメント ア 県立特別支援学校(卒業校)との連携  学校での指導の継続性を大切にして、支援方針を決定している。短い雇用期間の中で良いスタートを切り、力をつけて就労へ結びつけるためには、学校からの情報提供は欠かせない。 イ 専門家の活用  事業開始当初から臨床心理士、作業療法士、言語聴覚士、理学療法士の先生に御協力をしていただいている。本人たちへの直接支援と共に、日々関わりを持っている支援員に対して指導方法の助言をいただいている。 ウ 日々の業務・生活態度からの実態把握  本事業の強みは「働きながら学ぶ(雇用と就労支援)」の仕組みにある。日々の業務の中で本人の適正と課題を見つけ出すとともに、生活の乱れ等の基本的生活習慣の改善に対しても適時支援・指導を行うことができる。併せて定期的に本人面談・保護者面談も実施して課題の解決に努めている。まさにOJT(On the Job Training)の場である。 ② 職業マッチング ア スキルアップ研修  企業実習でも、就労を目指す実習から適性を見いだす実習と目的は様々である。メンバーそれぞれの状況に応じて実習を行っている。  また、今年度からデュアルシステム型の実習にも取り組んでいる。長期間にわたる実習と異なり適時振り返りができるメリットがあり、特に課題克服の時期には効果的な取り組みである。 イ 地域の支援機関との連携  長期的な就労には地域の支援機関等のバックアップは欠かせないものである。そのためにメンバーが学校在学中に登録した支援機関と共に就労へ向けてチームで支援していくことが、就労支援の一番の好事例となっている。 ③ 定着支援  生活の状況も含め本人の特性や課題を把握しているということもあり、定着支援にも力を入れている。しかし、現実的に私たちはフェードアウトしていく立場であると考えている。そのためにも早期から地域の支援機関との連携は欠かせない。 3 就労実績  これまでの2年間で、のべ28名が「チームぴかぴか」を利用した。そのうち19名が一般就労に結び付いた。一般就労できない場合は地域の就労移行支援施設、就労A型事業所等に結び付ける支援を行ってきた(表)。 表 平成26年度・平成27年度 就労実績 4 「チームぴかぴか」の役割 (1)「チームぴかぴか」からの学校への発信  これまで県立特別支援学校生徒の実習・見学を多数受け入れてきた。その中には一般就労を目指すあたり、「社会」を知ることを目的とした実習もある。その後、卒業時に一般就労へ結びついた報告も受けている。  また、今年度より教員の体験研修を実施している。短期間ではあるが教員もメンバーと共に仕事に取り組み作業ノウハウや就労支援の実態を知る場にしている。その経験を学校へ持ち帰り日々の実践にフィードバックすることを期待している。  さらに県立総合教育センターに拠点を設けた。ここは県内全校種の教員の研修の場である。今ではどのような学校種においても課題を抱えている児童生徒はいる。学校を卒業し大人になった障害ある方たちが働く姿を見て、日々の指導のヒントになればという期待も持っている。 (2)障害者理解の推進  メンバーに対して給料をいただいているのだから、仕事に対する正確さ・丁寧さを求めている。そのことを通して社会人として大切なことを学んでいる。そして、県職員からの「信頼」「理解」につながり、「チームぴかぴか」発足より県庁内各課より絶えることなく仕事を受注できた。  また、県職員からメンバーに対して挨拶や声をかけてくださったり、お礼の言葉をいただいたりと自然なコミュニケーションの光景が見られる。  これまで行政機関・各企業で障害者雇用を進めようとして、うまくいかない理由の一つに障害者に対する理解不足があると考えている。本事業を通して彼らが生き生き働く姿を目の当たりにすることで共に働く県職員の障害者理解が進んだと考える。 (3)企業へのノウハウの提供  これから障害者雇用を検討している企業に「チームぴかぴか」の働く場を見ていただき「業務の切り出し」「職場環境の構造化」「障害特性の理解」等について参考にしていただいた。実際に雇用の創出や職域の拡大に寄与した事例もある。 (4)県内経済団体との連携   県では障害者雇用推進を目的に、県内経済団体との連携強化を進めている。障害者を「就労させたい学校」と「雇用したい企業」のニーズを繋ぐためのコーディネート役も果たしている。特別支援学校の生徒を一般就労へ結びつけることをより一層推進する役目も担っている。 5 今後の展開に向けて (1)個々に抱える課題への対応  「チームぴかぴか」で勤務を継続するのも難しい者も出ている。更に一般就労した者の中には既に離職している者がいる。そこに至るまでの理由は様々であるが、どのケースも支援者として何ができたか課題点を考えさせられる。 (2)障害特性に応じた支援  事業開始当初は知的障害特別支援学校の卒業生を対象としていた。しかし、「聴覚障害」「視覚障害」「精神障害」「発達障害」等を主たる障害としている者から併せ持つ者までいる。また、高等学校を卒業し地域の支援機関の紹介で「チームぴかぴか」に加わった者もいる。 (3)支援員のチーム力  「チームぴかぴか」を運営するうえで欠かせない存在は支援員である。複雑な課題を抱えたメンバーに対して、これまでの人生経験を踏まえ、毎日のように試行錯誤しながら諦めずに向き合う姿勢がこの取り組みを支えている。「チームぴかぴか」の「チーム」は支援員に向けられた言葉である。支援員同士の長所を認め合い、生かしながらこれからもチームで支援にあたっていきたい。 6 最後に  まだまだ、「チームぴかぴか」の取組は道半ばといったところである。冒頭にもあるように特別支援教育課が取り組むことの意味を念頭にして取組を継続し、発展させ、学校と共に障害のある児童生徒の自立と社会参加を推進していきたい。 【連絡先】  杉山 功一  埼玉県教育局県立学校部特別支援教育課 ℡:048‐830‐6891  e-mail:sugiyama.koichi@pref.saitama.lg.jp 企業との協働による在宅就労者の二次障害予防に向けた取り組み ○中川 翔次(神奈川県総合リハビリテーションセンター 作業療法科)  松本 健 (神奈川県総合リハビリテーションセンター 職能科) 1 はじめに  現在、日本では社会全体で障害者の雇用を促進していけるように取り組みがされている。当リハセンターにおいても入院や在宅生活をされている障害を持たれた方々に対し、安定した在宅・社会生活が送り続けられるよう配慮した支援を心がけている。  今回、当センターの地域リハビリテーション支援センターに対し外部の支援機関より1つの相談があった。内容としてはパソコン作業環境の影響で二次障害が生じたと思われる四肢麻痺者についてであった。その方は就労から間もなくして肩や首に痛みが生じ、仕事もADLも阻害されてしまう状態になっていた。これをきっかけに、在宅という目の届き難い場で行われる障害者の労働環境衛生について考えさせられ、障害を持たれた在宅就労者(以下在宅就労者)と雇用する企業に対してもリハビリテーション(以下「リハ」という。)支援が必要ではないかと考えた。  そこで今回、特例子会社 沖ワークウェル様(上記事例とは無関係)のご協力をいただき、「在宅就労者の二次障害予防」というテーマで講演会と個別の相談会を行ないアンケートによる現状調査を行った。それらの結果から支援の必要性を考察する。 2 目的  在宅就労者および企業が、  ① 作業姿勢や作業環境に対する意識を高める。  ② リハビリテーション職ができることを知る。  ③ リハビリテーション職への相談方法を知る。 とし、アンケートで得られた在宅就労者・企業の現状を把握しリハの今後の支援に役立てる。 3 方法  講演は沖ワークウェル様が開催する社員総会の中の40分間で実施。聴講されたのは在宅就労者とその家族あるいは介助者、沖ワークウェル社員の総勢70名程度。講演後に個別の相談を受ける時間を設けた。アンケートは在宅就労者のみに後日mailで配布し回収した。今回の発表に企業との利益相反はなく発表に対して企業・在宅就労者共に了承を得ている。 4 結果  アンケート返信人数32名、男性27名、女性5名、平均年齢44歳±8.3、障害別分類は図に示す。無回答項目はカウントから除外した。 図 疾患別人数内訳 ・講演に対する評価は5点満点評価で平均4.4点であった。 ・講演を聞く前からの痛み・苦痛の自覚がある方は17名でそのうち6名は誰にも相談していなかった。 ・もともと自覚がなかった14名も、うち2名の方が講演を聞いたことで痛みや苦痛に思い当たることが見つかった。 ・この誰にも相談しなかった6名と講演を聞いたことで思い当たることが見つかった2名の計8名のうち、7名から講演を聞いたことで誰かに相談しようと思ったという回答を得た。 ・講演を聞いたことで姿勢や作業環境、寝姿勢などの自身の生活を見直す努力をしようと思ったか、という質問に対しては26名から「思った」という回答を得た。 ・身近に相談できる人・機関はありますか?という質問に対し7名が「無い」という回答で、「ある」と答えた方もその相談相手をPT・OT以外の職種と答えた方は11名となり、合わせると半数以上の18名がPT・OTへ相談できる環境に無いことがわかった。 5 考察  二次障害予防にはやはり、医療・福祉関係者の関わりが重要であるが、在宅就労者自身が自分の体に気を配り、何かあったときには声に出して相談できることも重要である。企業においても体調管理を大切にし、随時意見や状況報告を受ける体制をとっており、訪問も実施していた。しかし個別相談では10年以上車いす、車いすクッション環境を変えず、「座っていると2、3時間でお尻が痛くなる」という方もおり、このような問題を感じていながらも相談しない例が多々あることも確認された。つまりリハ職が実際に顔を合わせ関わることで生まれる気付きや相談があると言える。その点で今回の取り組みは在宅就労者・企業にとって二次障害予防の意識向上において有効であったと考えられる。今後も在宅就労者や雇用する企業に対し啓蒙する機会を得られていければと感じている。 【連絡先】  中川翔次  神奈川県総合リハビリテーションセンター 作業療法科  e-mail:shoji1117@gmail.com 数字で見る「在宅で働いている人、働きたい人」の現状について−最新の在宅就業に関する調査研究事業から ○堀込 真理子(社会福祉法人東京コロニー 職能開発室 所長)  篠原 智代 (かがわ総合リハビリテーションセンター) 1 はじめに  重い障害のある人たちの間で、「多様な働き方」の1つとして一定の広がり感のある在宅就労だが、実際に在宅で働いている人の数や支援事業所の全国レベルの数字はほとんど目にしたことがない。ここでは、平成27年度厚生労働省委託調査として実施された「障害者の在宅就業に関する調査研究事業」をもとに1)、推計値ではあるが、在宅就労の現状データについてお伝えしたい。 2 調査の背景と方法  本調査では、3種の対象者に対して、調査票を郵送にて配布・回収した(表1・2)。実施期間は平成27年9月1日~10月31日。 表1 調査対象先 (1)チャレンジホームオフィス掲載団体 (厚生労働省ホームページ) ①在宅就業支援団体(厚生労働大臣に申請、登録を受けている団体) 23団体(平成27年9月時点) ②障害者の在宅就業を支援する団体(登録団体以外で支援活動をしている団体) 19団体 (2)全国の障害者の就労支援事業所  全国の障害者の就労支援事業所(就労移行、A型、B型事業)から3000団体を無作為抽出 本人 調査  支援団体調査票の対象団体に所属する障害者から、当該団体が任意に抽出した障害者 394人 表2 アンケートの回収状況 3 特筆すべき調査の結果 (1)障害者の在宅雇用数  障害のある在宅勤務者数は、企業の規模別に見ると表3のとおりである。 表3 企業規模別の障害者における在宅勤務者数 この数字と、調査結果による1企業あたりの障害者雇用数(非在宅も含めた数)の算出数を元に、全国の企業数(平成24年経済センサスの全国値)から全体の障害者雇用数、障害者在宅勤務者数を推計すると表4のとおりで、約6万人と見込まれる障害者の在宅勤務者数には、完全在宅勤務のみではなく状況によって在宅勤務が認められる人もかなり含まれてはいるが、予想以上に大きな数字となっている。これまで「障害者の在宅就労は伸びていない」「ニーズが実際にあるのかどうか」と疑問視される傾向もあったが、一部の特殊な働き方という認識は当てはまらなくなりつつある。 表4 障害者の在宅勤務者数 (2)就労支援事業所から在宅雇用へ ア 就労施設から在宅勤務で就職した人数  就労継続支援事業A型、B型においては、2012年から在宅利用が可能となっている(就労移行支援では2015年以降)。当調査において、昨年1年間で就労支援サービスにより一般就労した人数は計2,494人、そのうち、在宅勤務で就職した人数は27人、在宅勤務者の比率は1.1%となっている(表5)。 表5 一般就労・在宅勤務の人数  この結果をもとに、就労支援事業所から在宅雇用の形で一般就労する障害者人数を推計すると、就労移行から93人/年、就労継続支援A型から32人/年で、合計125人/年が在宅勤務を取り入れた一般就労をしているものと見込まれる(表6)。 表6 就労支援事業所から在宅雇用となった人数  イ 在宅勤務も想定した支援について(複数回答) 図 在宅勤務も想定した支援について(複数回答)  図のとおり、就労支援事業所で「在宅勤務も想定した支援」について聞いたところ、「特にしていない」が71.7%と最も多いが、「(略)在宅勤務で留意すべき事項について教えている」が9.9%、「在宅勤務に適した業務の訓練等を行っている」が9.2%と、1割近くの事業所が在宅就労を視野に入れた支援を始めている。就労施設経由の一般就労の1%が在宅雇用であるという表5のデータには、こうした努力が繋がっていると思われる。 (3)その他、注目すべきデータ  ここでは2点紹介したい。まず、在宅就業の不安を問うた項目(複数回答)で、64.7%が「仕事をしている時に、居宅介護などのサービスが利用できないこと」を挙げていること。現行制度では、就労をしている時間や、就労移行支援事業、就労継続支援事業を利用している時間には(同時に)公費ヘルパーは使えない。「就労か、ヘルパーか」の二者択一を迫られるという不条理な現状は、調査に明確に表れており、喫緊の解決がのぞまれる。  次に、「自宅で働きたい」と希望しているのはなぜかという基本的な設問(複数回答)に、最も多くの人が「在宅なら仕事量の調整などがしやすいから」(56.6%)と答えている点。「通勤が厳しいから」(51.8%)を超えている数字からは、回答者の障害や疾病を考慮すると、単純に「通勤ができない」ということだけではなく、標準的な一般就労に自分を合わせることが困難である現実がわかる。このことは、作業量や作業時間等の労働条件(環境)を十分に個人に合ったものにすれば、逆に「通勤」が可能になるケースも一部にはあろうと考えられる。 4 最後に  国のこのたびの「働き方改革」で見据えるものはワークライフバランスの実現であり、そのための有用策の1つが在宅労働の環境改善と聞いている。本研究は、アンケート調査に基づく推計値ではあるが、一定の実態をデータで把握したものであり、提言には有効な材料になると考える。  今後は難病等慢性疾患をもつ方などの現状も踏まえたうえで、「ハローワーク登録者」や「特別支援学校生徒」の在宅就労を望む数や声を具体的に把握してみたい。さらに関係機関と連携した調査等を検討していく所存である。 【参考文献】 1)『障害者の在宅就業に関する調査研究事業』(2015)平成27年度厚生労働省委託調査 【連絡先】  社会福祉法人東京コロニー 職能開発室  堀込真理子 e-mail:horigome@tocolo.or.jp 障害者雇用における農業での雇用確保及び就労移行支援における障害者の就業について ○菊元 功(CDPフロンティア株式会社 総務部長)  加藤 麻衣子(CDPフロンティア株式会社 ディンクル就職支援センター)  1 はじめに  当事業所「CDPフロンティア株式会社」は「シーデーピージャパン株式会社」(以下「本体」という。)が設立した特例子会社である。設立は2013年と歴史は浅いが、障害者の雇用促進をめざし本体の経営理念である「雇用創造」の理念を基本に「農業と福祉の融合」を目指して新設した。当事業所で就労する障がい者は、社員に加え当社で運営している「さくらきのこ倶楽部」「大谷いちご倶楽部」の農業に従事している障がい者の従業員と「ディンクル就職支援センター」(以下「施設」という。)で就労移行支援事業の従業員及び就労移行事業の利用者から構成され、現在合わせて約51名が就労している。 2 CDPフロンティア株式会社の目指す姿と役割  当社では、通常の特例子会社が業務とする「書類整理」「清掃」等の業務が当社では切り出したとしても障がい者を雇用する人員が少ないことから、本体の本業の総合人材サービス事業とは別な事業を模索し、次の観点から事業の選択をした。 イ 障がい者の雇用に特化できるか   人的作業が多く雇用人員が必要な業種 ロ 障がい者の其々の特性を生かすことが出来る業種   それぞれの障がいがあっても出来る仕事があるか ハ 逆に障がいが有っても頑張れば仕事として成り立つか   健常者であっても、現実には頑張ってこなしているのが仕事であり、現状の社会では「障がい者」だからの仕事が多いが、障がい者自身がそれを望んでいる部分と多くの場合は仕事場・会社・社会で自分が如何に必要とされ貢献しているかを望んでいる部分もある。  以上の事を加味して、現状で精神障害者の雇用があまり進んでいないことも加味して自然に接することが出来(リハビリティションの一環)、後継者不足で労働者不足である農業に着目した。  当初は、「障がい者による障がい者の育成」と独立採算をモットーに農業生産物での「ブランド力強化!」により売り上げの向上を目指し「品質向上」を軸に一人でも多くの障がい者が自信と誇りを持って就労できるように取り組んできた。      さらには自ら指導者になり、「自分の給与は自分で稼ぐ「風土」を実践し、企業として自立した運営を目指してきた。加えて特例子会社として(①それぞれの得意な分野に専念する、②就労移行支援従業員も農業で就労する、という2点から構成される)を構築し障がい者の就労と自立を支援してきた。ここではこの協力関係にもふれながら、障がい者の自立にむけた取組みを紹介し、直面している課題を挙げる。  特に特例子会社は「障がい者雇用率への貢献」が着目されがちであるが、まずは障がい者雇用であれ営利法人である以上「企業」として成果が求められる。障がい者が就労するだけで成果に結び付くものではなく、如何に事業として利益を確保し、健全な経営基盤の確保をすることが、障がい者の雇用促進、安定につながると考えてきた。  また、そのためには如何に品質の良い農産物を作ることができ、それが市場で評価されるかが重要になる。そのためには、障がい者が如何に生産物の品質基準と作業が通常の農業生産物として市場の要求に応えられるか!障がい者個人の特性に合った工程を作ることが生産量と品質にかかわってくる。  具体的には、 ① 障がい者自身が安定して会社への貢献度を感じる 障害の特性と程度に合わせた、個人ごとの作業の標準化及び勤務形態による個人の意識としての達成感を共有する。 ② 品質の明確化  農業生産物は販売業者(取引先)により規格が異なる。取引先の規格を守って出荷するため、障害特性により規格のズレが発生しない工夫とチームによる規格の確認作業の実施による品質の向上 ③ 品質実績の向上と納期遵守により信頼を確立する 農業生産物は、毎日生産量も品質も異なることが起きるが取引先への納品量・規格は変更ができないため農業生産物でありながら計画的な品質・生産・供給をしていかなくては信頼を勝ち得ない ④ 信頼により受注を継続し、できればさらに受注する 農業生産物であっても取引先の要望に沿える商品づくりをすることによる、受注の安定化による健全な事業体質を構築するよう取り組んできた。   障がい者・健常者の垣根を越え成果を達成する事での個人の成長を図り、次の目標にチャレンジする心と自立の精神を育むよう図ってきた。通常の農業者と比較すれば、経験と知識の深さ、日々の農業に係わる時間等には差があるが、当社の運営している農業事業の範囲内で品質の向上、顧客の要望に応えることを第一と考えてきた。  この過程のなかで生産・販売に関する業務に専念し、「障がい者の心の面の支援」は施設に任せてきた。又就労移行事業の従業員も敢えて「CDPフロンティア株式会社」の組織の中で就労し業務上の指示を一にする従業員として位置づけOJT・OFFJTによる育成に取り組んできた。 3 ディンクル就職支援センター(「施設」)の役割  就労し成果をだす為には「障がい者」に関する知見による支援が不可欠である。「さくらきのこ倶楽部」「大谷いちご倶楽部」で障がい者が農業生産に集中するためのフォローに取り組んできた。  具体的には、 ① 就労可能な人財の確保 ② 職業人としての教育 ③ 福祉サービスの一環である「個別支援計画」と職場評価との融合による育成 ④ 特例子会社の社員も対象とした、精神衛生管理 ⑤ 業務外での生きがいの提供 ⑥ 本体とのイベントへの参加等での社会との関わりあいの提供  企業の利益確保の課題は「CDPフロンティア株式会社の農業部門」に任せ、これらを担い、「ディンクル就職支援センター」で就労する社員、従業員、利用者全員が本来の能力を発揮できるよう支援すると同時に健康で活き活きと、少しでも長く就労できるよう活動してきた。  「施設」の目指す姿の実現に貢献すべく①②については障がい者を特別視しない基準を設け選抜、育成してきた。  一般就労促進も施設の役割であり、心身ともに健全で業務でも社会的にも真面目な従業員を、就労移行から社員登用(「当社」へのStep Up)すべく、OJTでの育成を通じて両社協力して取り組んできた。  2016度からは新人の「CDPフロンティア株式会社」への計画的な社員登用を前提にした就労移行事業も開始している。 4 結果  障がい者自身の努力、関連者による支援、「施設」との協力関係により、時間をかけながらも目指す姿の実現に向け活動してきた結果、現状以下の状況となっている。 (1)自立した運営にむけて ① 「さくらきのこ倶楽部」「大谷いちご倶楽部」の設立 ② 「各部門の障がい者枠」の向上 ③ 農業生産に関する間接部門も障がい者が担当 ④ 「本体」からの業務の移行の受け入れ開始 ストレスチェック表の集計等 ⑤ 利益確保の目標設定 (2)ステップ アップ(Step Up) ① 就労移行事業から「CDPフロンティア株式会社」のStep ② 農業から「ディンクル就職支援センター」へのStep ③ 就労継続支援B型から就労移行支援へのStep ④ 就労移行支援から障がい者枠での就職 5 課題とまとめ  取組みの中である程度の成果がだせた一方、今後の課題を解決するためにも「障がい者雇用」の促進という特例子会社の使命にプラス、本体の高齢化による定年後の再就職先の確保という使命も当社には課題としてあげられるようになっている。先に述べた「さくらきのこ倶楽部」「大谷いちご倶楽部」においても60歳以上の高齢者の雇用を今年度3名採用し内1名は本体の定年退職者を採用している。高齢者の採用に合わせた障がい者の占有率の向上と雇用の確保の為に更なる売り上げ向上を図る事業計画の立案が必要となってきている。  ただし、高齢者の採用は良い部分がある。障がい者を温かい目で見て、お互いの欠けている部分を補うことが出来てきていることだ。今後の社会のあるべき形を当社において実践できることを期待されたい。 【連絡先】  菊元 功  CDPフロンティア株式会社  ℡:028-651-6123  e-mail:kikumoto.i@cdpjp.com 農業分野における障がい者就労−就労継続支援B型事業所の工賃向上に向けた取り組み事例− 福間 隆康(高知県立大学 専任講師) 1 はじめに  わが国の農業は担い手が不足しており、障がい者を受け入れる余地が十分にある。しかしながら、農業には季節性や事業所規模が小さいなど、障がい者の就労促進への制約が少なくない。障がい者の就労を促進するためには、両者の期待と現実とのギャップを埋める必要がある。そこで本研究では、農業分野へ進出した就労継続支援B型事業所を調査し、収益を生み出す仕組みを明らかにすることを目的とする。  障がい者が参画し、事業として成り立つユニバーサル就農モデルを明らかにすることにより、障がいの有無等にかかわりなく、誰もが支えあい自立して暮らせる共生社会の実現に寄与することになるであろう。 2 調査対象と方法  本研究は、農業分野における就労継続支援B型事業所の工賃向上に向けた取り組みを検証するため、社会福祉法人E.G.Fを対象にインタビュー調査を実施した。インタビューは2016年4月22日、施設長に対して行った。 3 事例 (1)法人概要  E.G.F(Easy Going Farm)は、2008年4月に山口県萩市に開設されている。「やるき、のんき、こんき」を合言葉に、2008年10月に就労継続支援B型事業所「のんきな農場」を設立し、農業に取り組んでいる。現在、社会福祉法人E.G.Fは、多機能型事業所「のんきな農場」(定員:就労継続支援B型24名、就労移行支援6名)、「のんきな農場阿武事業所」(就労継続支援B型20名)を運営している。このほか、生活介護、自立訓練、共同生活援助、短期入所、相談支援、日中一時支援、放課後等児童デイサービスに関する事業を実施し、自主製品の販売を行う販売所も運営している。  職員数は、2016年4月1日現在43名である。利用者は、知的障がい者、精神障がい者等、計73名である。  障がい者が生産・加工した生産物売上の推移は、年々増加しており、六次産業化ネットワーク事業が認可された2015年度は、18,579,516円となっている。  障がい者の月額平均工賃は、「のんきな農場阿武事業所」で15,000円~30,000円、「のんきな農場」で5,000円~10,000円を支払っている。 (2)農業をはじめた経緯  同会は、知的障がい者の就労支援をしていくなかで、二次産業や三次産業では彼(彼女)らの能力を十分に発揮できていない現状を目の当たりにしてきた。しかし、農業であれば、以下のようなメリットが得られると考え、農業をメインとした福祉事業所を立ち上げた。ひとつは、個々の障がい程度、能力にあった作業環境を設定できることである。もうひとつは、自然の中での労働は、最大の福祉的ケア(生活リズムの確立、持続力、集中力、忍耐力の向上)につながることである。  E.G.Fは、設立当初から農業に取り組んでおり、すべての作業を農業に関わるものに設定している。最初は、地域住民から休耕田を借用し、落ち葉を集めて肥料を作る、ライスセンターからもみ殻をもらってくるなど、作物の育つ畑にするための土づくりからスタートした。すべての工程で障がい者の特性を活かし、手間と手をかけて本物の物作りを目指している。 (3)活動内容  「のんきな農場」は、イチゴ班、メロン班、受託班、販売・加工班の4つの事業に分かれている。 ア イチゴ班  事業所近郊の農場に設置したハウスで、イチゴの高設栽培、親株育苗、野菜苗、花苗の栽培を行っている。イチゴは、章姫イチゴによる有機栽培「わかば農法」を基本とし、他にない特徴のある栽培方法でブランド化を図っている。現在、栽培ハウス6棟、育苗用ハウス1棟で生産している。  植物が本来持ち合わせる成長力を最大限に生かす環境を整え、自然界に近い形で栽培を行い、化学肥料や化学農薬に頼らない方法で、安心して食べられるイチゴづくりを念頭に置いている。  具体的には、大粒のイチゴを育てるため、余分な果実は摘果される。そのため、収穫量は3分の1になるが、大きさと味は通常の3倍となる。33グラム以上の厳選された果実は、ギフトBOX(12粒入り)として2,500円で販売されている。ギフトBOXにわずかに届かなかった大粒のイチゴは、プレミアムパック(12粒入り)1,000円、通常のパック(300g)は、700円で販売されており、同会の中心作物としての役割を担っている。 イ メロン班  協力農家の借用地を利用し、アムスメロン、アールスメロンを栽培している。メロンは、ブランド化を図る目的で栽培し、完全有機物肥料を使い、農薬の使用は最小限に抑えている。温度管理、水分量の調整、芽かき、誘引、玉拭き、除草等をはじめ、播種から収穫までの栽培管理を、手間を惜しまず行い、品質向上に努めている。  アムスメロン、アールスメロンは、空中栽培(1株に1個のみ選果し、実の重みで枝が折れないよう、1つずつひもでつるす)で丁寧に育てられている。糖度14度以上の玉のみギフトBOXとして販売されている(アムスメロン2玉セット(2Lサイズ:14cm相当)2,500円;アールスメロン2玉セット(青肉系・赤肉系)5,000円)。 ウ 受託班  借用地(小川地区栗園)では、栗、柑橘類の栽培管理を行っている。栗については、山口県原産の品種(岸根)を中心に栽培し、他との差別化を図り、ブランド化を目指している。草刈り、剪定等の管理作業を徹底して行い、栽培に関するデータを集積、数値化し、栽培の技術を確立させ、品質向上を目指している。  柑橘類については、スイートスプリングを中心に栽培し、製品化と品質向上を目指している。受託作業としては、周辺地域の個人宅や企業周辺の清掃に出向き、建物周辺等の管理作業(草刈り、花壇整備等)を受託し、定期的に管理を行っている。  利用者の支援については、個々の能力や特性を把握し、それぞれに役割を持ってもらい、達成感と意欲の向上を目指している。また、日々の作業にメリハリをつけ、行事での息抜きを交えながら、体力と気力の充実を図っている。 エ 販売加工班 (ア)販売  農産物、加工品の製造を受け、イベントや外部販売を計画し、売り上げの確保と商品のPRを行っている。季節の素材を定期的に組み込み、野菜、果物、加工品等の品数を、年間を通して揃えることで、固定客を増やしている。毎年新しい商品の開発に取り組み、顧客を飽きさせない戦略を立てている。  販売計画は、年間、月間、週間の計画を立てて実施している。道の駅たまがわ敷地内の法人店舗(販売所)を、E.G.Fの中心拠点とし、情報発信、集客に努めている。販売エリアは、山口県内、島根県内、広島県内、萩市内の各中心部、企業、官公庁等に出向き、個人顧客を中心に販売している。また、レストラン、菓子店と提携し、定期販売先の確保に努めている。  利用者支援については、息抜きという点を考慮し、旅行や祭などの行事や研修、レクリエーションを交え、日々の作業とメリハリをつけている。 (イ)加工  事業所内の加工場2か所で、加工品の製造を行っている。  小川加工場では、のんきな農場で採れた新鮮な野菜や果物を一つひとつ丁寧に加工している。季節を通した食材の扱い方や、蓄積された技術、昔から伝わってきた方法や知恵を受け継ぐことにより、生きていくための力をつけている。それらの知識を惣菜やお弁当に取り入れ、製造している。  江崎加工場では、のんきな農場で生産された果物を使用し、和菓子、洋菓子、ジャム等を製造している。こだわりの製法により生産された果物をふんだんに使用し、他との差別化を図っている。また、食品添加物や保存料を極力使用せず、素材の味を生かした商品開発、商品製造を行っている。このような中で四季折々の食材に触れ、毎年新たな挑戦による商品を提供することの意味を学び、それを楽しみながら心身ともに成長し、加工・販売に関わっていくことを大切にしている。  阿武事業所では、六次産業化法で認定を受けた総合化事業計画に基づいて農作物を栽培し、その素材を加工し、販売している。  生産班は、協力農家、農業法人から事業所近郊の露地畑、ハウスを借用し、カット野菜の原材料を生産している。ほうれん草、小松菜、ブロッコリー、玉ねぎを中心に栽培し、芋類(里芋、じゃがいも)やその他の野菜(かぼちゃ)にも取り組んでいる。  加工班は、事業所の加工場においてカット野菜の製造を行っている。土作り、種まきからはじまり丁寧に育てた農作物を、捨てるところなく最後まで大切に扱うことにより、自然への感謝や協働の成果を感じることができる。  販売は、農産物、加工品の製造を受け、学校給食会への販売を主とし、売り上げの確保と商品のPRを行っている。今まで市場の規格に合わず廃棄されていた農作物もカット野菜として使用し、ゼロエミッションを目指している。また、山口県産野菜を生産、加工、販売することにより、地産地消の推進に貢献している。 4 おわりに  同法人の障がい者は、ほぼ毎日、圃場で活動しており、農地の持ち主から管理の依頼が殺到している。遊休農地になる前に預けられているので、農地の管理ができている。また、自然豊かな環境で農業に取り組むことで、障がい者の問題行動が落ち着き、障がい程度区分の改善にも効果が出ている。さらに、過疎地でありながら農福連携による取り組みは、農業での事業性を確保できることもあり、市外や県外からの就業者が増え、移住者も増えている。事業展開することで雇用が確保でき、地元住民の働く場となり、地域の発展に寄与しているといえるであろう。 障がい者就労支援のための農作業の取組継続要因と課題~福祉事業所の社会貢献視点から~ ○石田 憲治(農研機構 農村工学研究部門)  片山 千栄・鬼丸 竜治(農研機構 農村工学研究部門)  島 武男(農研機構 九州沖縄農業研究センター) 濵川 雅夫・戸川 圭夫(社会福祉法人同仁会) 1 はじめに ~報告のねらいと視点~  障がい者福祉制度の大きな転換となった2003年の支援費制度の導入から十数年が経過し、この間、様々な課題の解決が試みられ、2013年の障害者自立支援法から障害者総合支援法への発展的改正を経て、「共生社会の実現」という理念の担保が一層強化されたと認識される。  厚生労働省の2016年度予算では、こうした法律の理念を実現する諸施策推進の一環として、農業分野での障がい者の就労促進について「農福連携」という用語とともに、積極的に位置づけられた。農業と福祉の連携においては、地域社会との良好な関係構築が特に重要である。  そこで、本報告では2015年に実施した全国の福祉事業所における農作業の実態調査結果をもとに、農作業の取組を継続している事業所では、農作業を通して近隣地域との関係づくりを重視していることを示し、遊休農地の管理を通した社会貢献の視点から、農作業による障がい者就労支援の取組継続要因と課題について考察する。 2 全国の福祉事業所における農作業の取組実態  全国の福祉作業所の協力を得て、約3,000箇所の福祉事業所等を対象に実施した農作業の取組実態調査によると、回答のあった1,531事業所のうち、708事業所(46.3%)が農作業に取り組んでおり[①]、現在中断しているが過去に取り組んだ事業所が134(8.8%)あった[②]。約45%に相当する689事業所では現在・過去とも農作業の取組はなかった[③]。  このうち、農作業取組実績のある①②群について、農作業の取組場所を整理すると、農家等からの借地が最も多く、事業所の敷地内が次いで多く、他の選択肢との間に大差が見られた(図1)。 図1 福祉事 業所における農作業の取組場所  また、農作業に取り組む以前の土地利用については、最多の回答が「畑」(58.2%)であるが、「荒廃農地」にも事業所の28%が回答しており「水田」を凌いでいる。「その他」には、荒れ地、藪など、もとは農地であったと推量される回答も多いことを勘案すると、放置しておけば荒れてしまう高齢農家の農地などが有効活用されている実態が考察される(図2)。 図2 農作業取組場所の取組以前の土地利用状況  熊本県の社会福祉法人が運営する福祉事業所の事例では、実際に遊休化した農地を高齢農家から借地して、米粉パンの原料とするコメ、ソバ、露地野菜などを栽培している。10,000㎡の面積を就労継続支援B型事業の利用者が主体となって栽培している。農作業の内容は季節により変動するが、おおむね週に1~2回の農作業を行っている。圃場は中山間地域の傾斜地で区画も狭小であるため、作業性は良くない。福祉事業所が引き受けなければ、荒廃農地となっていた可能性は高く、行政や地域農業者からの福祉事業所に対する評価は極めて好意的である。  農作業実態調査では、福祉事業所が農作業に取り組む目的について複数選択で回答を求めた上で、最優先の目的について質問した。6項目に整理して示すと、工賃確保と利用者の生きがい・達成感が大半を占めるが、全体の15%程度の事業所では、農作業に取り組む最優先の目的として、社会参加や交流など地域との関係性を重視していることがわかる(図3)。そして、「生きがい・達成感」「健康維持・リハビリ・レク」の項目では農作業を中断した事業所の回答割合が高く、「工賃確保」「就労活動準備」では農作業を継続している事業所の回答割合が高いことが指摘される。  また、農作業の取組実績がある事業所の中断率を運営法人の種類別に整理すると、国公営、社団・財団、社会福祉法人、医療系法人、特定非営利活動法人、営利法人の順に中断率が高く、必ずしも実際の取組継続年数の長短を反映するものではないが、単一時点の調査で比較すると、NPO法人や営利企業が運営する福祉事業所での農作業取組の継続割合が相対的に高い結果となっている。 図3 福祉事業所の農作業取組における最優先の目的  さらに、農作業の取組を継続している事業所と中断した事業所の農作業を平均的な数値として定量化できる指標で比較すると、取組継続中の事業所では、作業面積、作業時間、週5回以上の頻度で農作業を行う割合が、中断事業所に比べて相対的に大きいことが指摘される。参加する利用者の人数は中断事業所の方がやや上回るが、職員の人数では継続事業所の方が上回ることも特徴である(表)。 表 農作業取組に関する継続/中断事業所の比較 3 福祉事業所における農作業の取組継続に向けた課題  福祉事業所が農作業に取り組むねらいは複数かつ多岐にわたるが、利用者の健康維持や社会参加による生きがいや達成感の実現と、農産物の生産、加工、販売などで利用者への工賃を確保して自立を支援することに主眼が置かれている。そして、農作業に取り組みながら、個々の事業所の実情に適した農作業の取組や運営方法を主体的に考えることが求められる。農作業の取組を継続している事業所では、地域住民から声をかけられたり、応援されたりする機会が多くなり、顔見知りが増え、農業理解も深まったと感じている。そして、そのことが農地の借り易さや継続意欲に結びつき、地域の農地保全の一翼を担っている実感にも繋がっていると考察される(図4)。  図4の変化に関する選択肢の中で、「その他」に次いで選択率の小さい「苦情減」も、選択した事業所の実数では34であり、農作業を中断した事業所の選択実数2と比べると、地域の変化の感じ方に顕著な差があると判断される。 図4 農作業継続事業所が感じる地域との関わりの変化  調査票の自由回答欄に寄せられた記述の中には、「農作業を通して地域社会との関係づくりを図る」ことや「耕作放棄地や遊休化している農地を管理することで社会貢献できる」ことへの明示的な言及が見られた。福祉事業所における農作業の取組では「大変な割には採算が取れない」ことへの焦燥感も多く指摘される反面、記述の多くからは、販売できる収穫物の多寡や成否という生産活動の成果に囚われない新しい「農作業の価値」形成への積極的な取組が意識され始めていることが読み取れた。  困難に直面しながらも農作業の持続的な取組に至る道筋を模索してきた事業所に共通している点は、「自らの事業所に適した農作業の取組と運営方法を確立する過程」と「事業所の実情・環境に合わせて創意・工夫する過程」の2つの局面を経験していることである。前者は、技術の習得、種苗や肥料など資・機材の調達、収穫物の販路開拓に象徴される。しかし、これらは研修機会の確保や公的助成を含む支援と連携で克服できる可能性が大きい。これに対して後者は、季節による周期的変動や天候への突発的対応、具体的な栽培管理作業の時宜や好機と福祉事業所の日課やスケジュールとのマッチング、個々の利用者の体調不良がもたらす職員の負担増大などが課題となる。これらは、事業所の個別事情を踏まえて解決する必要があり、主体的な取組が不可欠である。そのため、福祉事業所における農作業の継続には、規模や立地環境など個々の事業所の特徴に適合した農作業の取組や運営方法を確立し、農作業の取組を通した地域社会との関係構築、遊休農地の管理による社会貢献など、新しい農作業の価値づくりが期待される。 【付記】 調査の実施には厚生労働科学研究費補助金の助成を得た。 【参考文献】 石田ほか:障がい者就労支援の職域選択肢拡大における農作業の潜在的需要、第23回職リハ研究・実践発表会発表論文集、pp.82-83(2015) 【連絡先】  石田 憲治 農研機構農村工学研究部門  e-mail:ishida@affrc.go.jp 経験や意向に応じた農作業の取組による障がい者の就労支援~福祉事業所での潜在的需要に着目して~ ○片山 千栄(農研機構 農村工学研究部門)  石田 憲治・鬼丸 竜治(農研機構 農村工学研究部門)  島 武男(農研機構 九州沖縄農業研究センター) 濵川 雅夫・戸川 圭夫(社会福祉法人同仁会) 1 はじめに  農業分野における農作業を通した障がい者の就労支援は、深刻化する農業の担い手不足と共生社会の実現を目指す福祉施策の推進を背景に、過去10年程度の間にも少しずつではあるが着実に進んだと認識される。全国の福祉事業所を対象とした農作業の取組実態調査の結果からも、回答の得られた1,531の事業所の半数以上が農作業への取組経験を有している1)。個々の障がい特性に合わせた農作業を担うことで、地域社会での役割を得て障がい者の自立を支援するしくみづくりの原形は、充分な作業道具や機械が普及する以前の農村に普通に見られた風景でもある。そして、多くの障がい者の健康管理にとって屋外で自然に触れて活動する農作業の有用性も高い。  本報告では、働く場と暮らしの場を近接させやすい農業分野の就労支援について、質問紙調査から考察される福祉事業所での農作業の潜在的需要と農福連携の特徴的な事例に着目して、経験や意向に応じた支援の方策を考察する。 2 福祉事業所を対象とした質問紙調査 (1) 調査方法  2015年7~10月にかけて実施した質問紙調査の対象は、2014年時点で厚生労働省に登録されている全国の障がい者支援施設や障がい福祉サービス提供事業所等(以下「福祉事業所」という。)である。ただし、児童および重度心身障がい者を対象とした事業所、サービス種別が居宅介護、相談支援、短期入所のみの事業所を除き、各都道府県から50~70件を目安に無作為抽出により選定した。調査票は、約3,000箇所を対象に所属法人宛に郵送配布して、直接郵送により回収した(有効回収率47.8%)。  本報告では、農作業の取り組みの有無と実施状況、農作業の中断経験のある福祉事業所の中断理由や再開意向のほか、支障事項について尋ねた結果を取り上げる。 (2) 回答事業所の概要  運営する法人種別をみると、社会福祉法人が最多で72.6%を占めた。次いで特定非営利活動法人が18.3%、株式会社3.7%、医療系の法人1.6%などであった。職員総数規模別にみると、101~300人の区分に該当する法人が最も多く(24.9%)、次いで11~30人(19.0%)、51~100人(16.9%)、10人以下(15.2%)の順であった。 (3)農作業の取り組み状況  2015年春時点での全国の福祉事業所の取り組み状況は、無回答の1件を除き、「農作業に取り組んでいる」708(46.3%)事業所[①]、「以前は取り組んでいたが、現在は取り組んでいない」134(8.8%)事業所[②]、「以前も現在も取り組んでいない」688(44.9%)事業所[③]であった。  そして、現在農作業を行っていない事業所(②及び③)のうち、147の事業所は「条件さえ整えば農作業に取り組みたい」と回答している。「すぐにでも」もしくは「1~3年以内に」取り組みたい事業所を含めると、現在取り組んでいない事業所のうち、20.9%の事業所においても、農作業の潜在的な需要が見込まれることが考察される。  こうした福祉事業所における農作業の潜在的需要を裏付けるように、自由記入欄には、「取り組みたいが取組方法がわからない」、「時間や人的、社会的、経済的資源の制約から取り組めていないが関心は高い」など、潜在的需要を示唆する回答も存在する。また、今回の調査を契機に「障がい福祉サービスに農作業という選択肢を意識させられた」という記述もあった。 3 潜在需要の存在と課題の解決方策 (1) 農作業の取組における支障事項  先述したとおり、福祉事業所での農作業に一定の潜在的需要があることが明らかになったが、実際の取組に発展しない理由を解明する必要がある。現在、農作業の取り組みを行っていない延べ822の事業所に、「その他」を含む18の項目(図の左の記載参照)について、妨げになるか否かを想定して3段階で回答を求めたところ、ほぼ半数の事業所が「かなり妨げになる」と回答した項目は、「指導人材の不足」、「全体計画の立案人材不足」、「資金不足」の3項目で、「田畑や施設の日常手入れ」が次いで多かった。  他方、「あまり妨げにならない」との回答の上位1~3位は、「リハビリ効果が不明確」(57.7%)、「施設内や周囲の理解の欠如や不足」(42.1%)、「就職につながらない[難]」(38.0%)[注:下線部は図の項目略称に対応]であった。福祉事業所が農作業に取り組む場合、農地や年間を通した作業の確保がネックになることがしばしば指摘されるが、必ずしもそれらに限定されず、多様な支障事項が存在することが明らかになった。このことは、農業者以外の主体が農地を借地しにくい制度的側面や季節変動が大きい農業の特徴が、必ずしも就労支援に致命的な要因とはなっていないことを示唆している。  さらに、取組の支障事項の大きさを評価する回答について、「かなり妨げになる」を2点、「妨げになる」を1点とする加重平均値で農作業の取組経験の有無による相違を比較すると(図)、支障要因としての認識の相違が一層明確に把握される。取組経験の有無により、優先度の高い支援方策も異なることが理解される。また、「相談窓口」、「活動場所」、「移動手段」、「資金不足」、農作業に関する情報の「探索手段」、などに関する障壁意識は未経験群で高く、「体調管理」や「ケガ対応」に関する障壁意識は過去経験群で高いことが認識される。これらの結果から福祉事業所に対する「農作業に関する情報の提供機会」を頻繁に設けることや人材の派遣、研修会の開催などの重要性が指摘される。 (2) 農作業取組の中断理由  農作業の取組を中断した134事業所のうち、112事業所から回答を得た自由記述による中断理由の内容について、東日本大震災の影響のような非常時の外的要因によるものを除いて、①福祉、②農業、③福祉・農業の双方に関わるもの、の3つに分類整理した(表)。  福祉に関する記述では、利用者、福祉施設や職員、制度等に関する内容が多く見られた。農業経験のある職員の配置換えや退職による負担増、給食の外部委託による収穫物利用機会の減少などを指摘するケースも複数みられた。  農業に関する記述では、獣害、荒天や気候条件による作業の難しさに加え、大規模化する地域農業ニーズの変化、利用者のできる作業の減少などの記述が見られた。また、農業側と福祉側双方の期待のギャップ、作業頻度や重労働に対して収益が少ない点、生産性に関する記述があった。  これらの記述内容から、利用者の体力や健康状態に合わせて少しずつ軽度の作業を再配分するノウハウと、負荷の大きい作業を軽減するための技術開発などが期待される。担当職員や指導人材の不足を機に中断されるケースが少なくないことから、法人や事業所内部での経験の蓄積や継承と研修や専門機関からの情報提供など、外部からの技術的支援も重要であることが示唆される。 4 特徴的な農福連携事例にみる課題解決と支援方策  以下では、農福連携現場での特徴的な知見を紹介する。 調査票への自由記述には、障がい者が担える農作業が限られ、就労支援に充分な作業量が見込めないという指摘も見られた。長崎県の干拓地で展開される農業では、キャベツやタマネギを栽培する農地の区画が10ha規模のものも多い。大規模な面積を利用して、作付時期をずらして単一作物を栽培する農業経営体では、福祉事業所から数名の通年雇用や収穫期の数ヶ月は10名規模での雇用も毎年継続的に見受けられる。経営規模が拡大しても、作業工程や消費者対応の観点から人手に頼ることが効果的な作業も多く存在することが見込まれ、近接地域で複数の農家や法人から同種の農作業を請け負うことにより、経営規模の小さい地域にも適用可能な農福連携の形態である(写真)。  また、加工品の販売やカフェの併設など、栽培管理作業に留まらず加工部門や販売部門を一体的に運営しながら障がい者の就労支援を図る取組の増加も見込まれる。熊本県の福祉事業所の事例では、米粉パンの販売が順調であるため、高齢農家から管理を依頼される水田の活用が原材料の確保に好都合である事情が活かされる。中山間地域で大型の農作業機械に不向きな圃場では、畦の雑草管理など人手を要する作業が多く、また小区画な圃場は休息をとりながら農作業に取り組む時間的ユニットの構成に都合がよい。 【付記】  調査の実施には厚生労働科学研究費補助金の助成を得た。 【参考文献】 1) 片山ほか:アンケートによる全国調査からみた福祉事業所における農作業の現状「農村計画学会春期大会学術研究発表会要旨集」pp.16-17,(2016) 【連絡先】  片山 千栄  農研機構農村工学研究部門  e-mail:chiek@affrc.go.jp 口頭発表 第2部 企業間で双方向に行うインターンシップの取り組みについて(1) ○梅田 耕一(東電ハミングワーク株式会社 人材育成・業務改革推進担当 部長) ○山田 幸司(東電ハミングワーク株式会社 清掃事業部 班長) 1 はじめに  当社は、東京電力グループの障がい者雇用のより一層の促進を目指し、障がいのある人もない人もお互いを育て、ともに生きがいを感じ、成果・努力を共有する「共育・共生・共有」を経営理念として、平成20年7月に設立された東京電力ホールディングス100%出資で設立された特例子会社である。  設立時に社員45名(うち障がい者25名)、印刷・清掃の2事業部でスタートした当社は、その後、園芸・ビジネスサポート・計器の各事業を順次加え、平成28年4月現在、5事業部・社員137名(うち障がい者96名)に至るまで成長しており、多彩な5つの事業を展開することで、社員1人ひとりが持つ多様な能力を最大限に発揮し、いきいきと仕事に取り組める環境整備に取り組んでいる。  これもひとえに、特別支援学校など教育機関の皆さま、社員を日々支えていただいている就労支援機関の皆さま、日野市やハローワークなど地元自治体や行政機関の皆さま、そして東京電力グループをはじめとした多くのお取引先の皆さまなど、数多くの関係する皆さま方のご支援の賜物であると同時に、ネットワークの大切さを実感している。  当社はこれからも、社員全員が自分の目標に向かって果敢に挑戦し続けることで、1人ひとりの未来を広げる可能性を追求し続けており、今後、都内(大田区)において来年4月から開始する予定の新事業の設立準備が始まっている。 2 8年目の現状  各事業においてのスタッフの作業技術の成長は著しく、業務の拡大を支える会社の力となっている。  一方、慣れ親しんでくると人はどうしても、自分自身で「この程度で良い」といった上限を決めてしまう。見方を変えると、そこまで成長をしてきたとも言えるが、同時に成長を止めているとも考えている。  ノルマをこなせるようになると、当然業務量も拡大していく。そこから作業の成長を実感し、自信にも繋がってはいるものの、そこから先(それ以上)を目指そうとした時、業務量を増やすだけでは成り立たない。それを考えるには、様々な視点を広げる必要があると考えている。  幸い当社の事業は多岐に渡っており、それを生かして年2回は選抜スタッフに他事業部の経験をさせ、新たな気づきや、他を知る機会としてきた。また、指導者には、毎月1回指導者研修会を開催し、学ぶ機会を設けている。これは、「他を知る事」「自分を知る事」また、「モチベーション向上」に効果は見られる。  しかし、先を考えた意識という視点からは、少し物足りなさも感じていた。  これを解消するために、班長の他企業1日見学会やスタッフも班長も参加する他企業見学や意見交換会等、少しでも、外を知り、新しいことを学ぶ機会を増やし、意識を広げる機会を設けてきた。 3 新しい取り組みの考え  障害者の人生において、ネットワークが大切なのは言うまでもないが、企業もそのネットワークの1つであると考えている。そう考えると、よく特例子会社の課題として挙げられる、業務の切り出しや、スタッフのモチベーションの維持・向上といった課題への改善手段の1つとして、企業間のネットワークで支える形も面白い。そんな視点で、「企業間で双方向に行うインターンシップの取り組み」を企画した。  障害者雇用をネットワークで支えあうことを通じ、特例子会社という共通点や障害者雇用という共通点でネットワークが出来、双方向にとっての気づきを吸収しあうといった効果が望めると考えている。 4 他企業インターンシップという取り組み (1) はじまり  まず相手先の選定からはじまったが、今までの活動で関わりのあった株式会社電通の特例子会社である株式会社電通そらり様にご協力いただけた。  突然の話に前向きに捉えて下さった理由として、前述した特例子会社の課題への改善意識が共通していたのでは、と捉えている。  そうして、実現に向けた準備に取り組みはじめることが出来たのである。 (2) 準備について  まず双方向に会社見学をすることで、インターンシップのイメージを持ち、実施に当たっての内容とそこから得られる可能性などの準備をそれぞれ進めていく。その後、スケジュール等の実施に向けての具体的な調整を行っていった。  その中で、次の2つを共通した考えとし、当日の組み立てを行った。 ①スタッフが自分の作業を教える ②スタッフ同士の懇談会(振り返り)を設定する (3) 参加にあたって  今までに2度のインターンシップ(6月と8月開催)において大切にしたのは、様々な機会を活用する意識を持ってもらう事にある。  参加にあたり、限られた参加人数であることと、そもそもスタッフの成長を目的としているため、参加者の人選は「参加者募集」という形にした。  1回目は、初めてという事もあり指導者が選んだスタッフの参加が目立ったが、2回目の参加では、スタッフ自ら参加を希望してきた。  そんな事からも、当たり前の事だが、説明の方法や内容等見直しながら、参加意欲を持てる様工夫をした結果であると考えている。 (3) 収穫(スタッフ)  大きな収穫は気づきである。実際に企業に出向く事で、ビジネスマナーを学ぶ機会ともなり、それぞれの会社の職場環境の違いを感じ、これにより、ルールやマナーにも違いがあり、その違いは、全てに「必要性があって出来ている」という事を改めて学んだ様子。この機会は、普段にない「わくわく感」の中、他企業の障害を持つ方に、説明を受け、実際に作業を教わり、体験することが出来たからであり、ただの見学とは違い、人が何かを吸収するために必要な要素と考えられる「感じ」「体験し」「考える」を兼ね備えている取り組みだから、より効果的だったと考えている。  そして、そんな体験を通して、自分たちの日常を振り返る事が出来ていたのが、一番の収穫だったと感じている。 (4) 収穫(班長)  班長にとっても有意義な学びの機会となった。むしろ、班長の学びが大きかった。  まず、普段とは違うスタッフの様子を見る機会であったし、環境の違いによる意識をするポイントの違いを知り、その違いからくる指導方法の違いを知ることにより、自然と自分たちの日常を振り返ることが出来ていた。その中で、普段見落としていた工夫などに気づくことが出来ていた。  もっとも大きい収穫としては、スタッフの違った姿を見、それぞれのスタッフの可能性を感じ取る機会になったことも、大きな収穫であった。 5 まとめ  日頃、人材育成への取り組みは、スタッフ、班長といった立場や役割ごとに別々の取り組みをしてきたが、「他企業インターンシップ」を実施して、別々でなくても良く、当社の理念でもある「共育」「共生」「共有」をあらためて考えさせられる機会となった。  障害者雇用に特化した特例子会社としての大きな役割の1つはグループ全体の雇用率への寄与であるが、それだけでは成り立たつものではない。雇用率だけでない、社会的な役割を持った会社に成長するために、企業理念でもある「共に」を大切にすることで、実現していけると感じている。  また、この取り組みで得た「気づき」をネットワーク全体に広めていくことで、障害者雇用全体の成長へも積極的に取り組んでいきたいと考えている。 【連絡先】  梅田 耕一  東電ハミングワーク株式会社  Tel: 042-848-7300(代表)  e-mail:k-umeda@t-humming.co.jp 企業間で双方向に行うインターンシップの取り組みについて(2) 是枝 恵美子(株式会社電通そらり メンター) 1 はじめに  株式会社電通そらり(以下「そらり」という。)は、株式会社電通の特例子会社として2013年に設立され、現在4年目を迎えた。2016年8月1日時点で総員39名、うち知的障害のある社員は28名在籍しており、年齢層は10代、20代社員が多い。  主たる業務は、電通本社ビル内での、資源ごみの回収・廃棄、共用部の清掃、機密文書の破砕業務、文書の電子化、文具リサイクルであり、様々なオフィスサービスとなっている。また、さらなる職域の拡大にも取り組んでいる。 2 インターンシップが行われた経緯  長期に渡って雇用が継続されるために、また人材育成の観点からもより効果的な研修が必要と思われる。そらりではOff-JTとして「新人研修」、コミュニケーションスキルの獲得・向上のために「SST」等の研修を行っている。理想としては、時には社外で通常とは異なる環境に身を置き、刺激を受け、新たな発見の機会を享受できるような外部の研修に参加することが望ましい。しかし、残念ながらその実現はなかなか難しいというのが現実だ。  そんな状況下、東電ハミングワーク株式会社(以下「ハミングワーク」という。)より、企業間で双方向に行うインターンシップの提案を受けた。2016年2月にハミングワークの社員がそらりを訪問し、はじめてのインターンシップが行われた。  その後企業間で双方向に行うインターンシップとしては2016年6月に第1回を、同年8月に第2回が行われている。 3 目的  企業間で双方向に行うインターンシップは、他社で普段とは異なる業務を経験し、また自分と同様に仕事に取り組む他社の社員を知ることにより、両社の社員が何らかの刺激を受け、仕事への意欲を一段と強く持つことを期待し、企画されている。  会社としては、障害のある社員がさらに成長する機会を渇望しており、今回の取り組みがその機会を拡げるきっかけになることを切に願っている。  また、成功体験を獲得する機会とも捉えている。社員のスキルより少し高いハードルを設定し、それを乗り越え達成感を得、さらに自信につながることを目指したい。 4 研修内容  貴重な研修の機会である。ただインターンシップに参加したということで終わらせないためにも、そらりではこのインターンシップを事前研修から始まり最終日の報告発表会までの5日間の研修と設定した(図1)。対象者は社員全員、参加者は入社順に5名ずつとした。 図1 研修スケジュール(第1回インターンシップ) (1)事前研修  事前研修では、まず今回の研修の主旨について噛み砕いて説明を行った。さらに研修の目的、内容、研修方法を伝え、研修参加者が受け身ではなく能動的に動くことが必要だと訴えた。あくまでも研修参加者が主役であり、必ず成功体験として終わらせること、また研修参加者は仲間であり時には互いが助け合い目的を達成させることが必要なことも伝えた。  研修の中ではハミングワークについての事前学習も行った。所在地、業務内容等を調べ、先方のことがある程度イメージできるようにした。  またインターンシップ受入れ時の役割をそれぞれに与えた。各自が何をすべきかをシートにまとめ、理解を深めるよう配慮した。 (2)インターンシップ受け入れ  研修参加者にはそれぞれ役割が与えられた。ハミングワーク社員の案内、オリエンテーションでの業務説明等、各人の力量に合わせた役割とした。  また、作業体験ではマンツーマンでハミングワーク社員と作業を一緒に行い、作業のやり方を説明した。初対面の人と向き合い、相手を気遣いながらともに作業を行うのだが、時間が経過することで少しずつ緊張感は解かれていった。特に人と関わることが苦手な参加者は適宜サポートを受けることで役割を果たすことができた。  最後の振り返りでは、司会進行、書記ともに研修参加者が担い、意見交換を行った。 (3)インターンシップ参加  第1回インターンシップでは、当日現地最寄り駅である京王線聖蹟桜ヶ丘駅に各自集合し、インターンシップに参加した。  はじめは緊張の中、浴室清掃、居室清掃の作業のやり方を、ハミングワークの障害のある社員から教えてもらいながら一緒に作業を進めた。コツが必要な作業の場合は、まさに手取り足取りという状況で作業体験は進んでいった。  昼食は先方の社員食堂を利用した。これもまた他社の社風を肌で感じるよい機会となった。  振り返りは障害のある社員が中心となって行われた。一日体験した中で感じたことを自分自身の言葉で表現することができた。 (4)報告発表会  午前中自身が今回のインターンシップで体験したこと、感じたことをシートにまとめ、参加者5名で意見交換を行った。体験した業務ごとに発表する担当者を決め、発表内容を模造紙にまとめた。  午後、そらりの社員全体の前で報告発表会を行った。事前にリハーサルを何度か行い本番を迎えたためか、参加者5名とも特に大きな動揺は見られず、落ち着いて発表を行い、自身の感想も伝えることができていた。また、今回インターンシップに参加していない障害のある社員はその内容を熱心に聞き入っており、質問も積極的に行っていた。 5 研修の効果  第1回の参加者5名に対しては研修参加2か月後に研修事後アンケートを行った。以下はアンケートの結果をまとめたもの(図2)。  現在はサンプル数が少なく、アンケート結果は参考程度に過ぎないが、「はじめは緊張していたが、やってみると緊張せずやり遂げることができた」(20代男性A)、「(難しそうでしたが)できましたね、参加してよかったです」(30代男性B)等、実際前向きな声が上がっている。  第1回の研修参加者5名のうち3名は、第2回インターンシップ受け入れにも参加している。第2回研修参加者へのアドバイス等も含め、経験者として力を発揮した。第1回時には緊張感がにじみ出ていた者(20代男性A)も、第2回では平常心で作業説明を行うことができていた。  また、会社としては障害のある社員の意外な一面を発見する機会ともなった。普段人と関わることが苦手と思われていた社員がインターンシップで作業を教える役割になったときに、とても生き生きとその役割を成し遂げた。会社がまだ把握しきれていない力が障害のある社員にあることを思い知らされた一場面となった。  さらに、報告発表会で内容を知った未参加者から、参加希望の意思表示も見られた。今回の研修には参加者だけでなく会社全体の士気が高まる可能性を感じている。 図2 研修事後アンケート(第1回参加者5名分) 6 まとめ  インターンシップの取り組みはまだ2回と回数は少ないが、障害のある社員の成長する機会としてはかなり効果的な研修と思われる。本人の力量に合わせてある程度カスタマイズできることも魅力だ。そして何よりも外に出て、新しいことに触れることができる。自身の普段の仕事の活性化につながることを期待したい。  現在、障害のある社員28名のうち参加者は10名にとどまっている。定期的にこうした機会を作り、まずは全員の参加を目指したい。そのためにも交流企業の拡大が求められる。賛同する企業を募り、ネットワークの構築に挑戦したい。そしてこの取り組みは、障害のある働く人たちがチャレンジする機会を公平に与えられる社会の一端を担うものになる可能性を秘めていると強く感じている。  一方、その特性により負荷がかかりすぎてしまう社員への対応については課題として慎重に受け止める必要がある。研修には黒子として常にサポート役が入って対応はしているがそれで十分なのか、よりよい対応方法の探索等も含め、見極めていく必要がある。 【連絡先】  是枝 恵美子(株式会社電通そらり)  Tel:03-6217-2222  e-mail:e.koreeda@sol.dentsu.co.jp 働きがいのある職場環境の構築とモチベーション向上の取り組み①~ホテル客室清掃におけるjob事例~ ○鳥居 正隆 (リゾートトラスト株式会社 東京事務支援センター 主事)  市川 行康 (東京ジョブコーチ支援室) 1 会社概要  リゾートトラスト株式会社は、会員権事業、ホテルレストラン事業、メディカル事業の3本部を柱として、ゴルフ、介護付き老人ホーム、検診事業、サプリメント、化粧品、アクセサリー製造販売など、多方面な事業を展開している。 2 はじめに  当社は、特例子会社を作らずに平成18年から東京本社に事務支援センター(以下「センター」という。)を設立。現在、69名の障がい者スタッフが、作業指導を行なうサポートスタッフ14名と共にノーマライゼーションの一環として健常者と同じフロアー(東京人事総務部内)で働いている。複数の仕事ができるという『一人多役』を基本理念とし、仕事内容はDM作成・軽作業・PC入力・ホテル客室清掃作業の4グループに分かれ、短期的な仕事も含め180種類以上を受注している。  本発表では、平成21年にセンターの職域拡大に伴いスタートしたホテル客室清掃班(以下「サンメン班」という。)のこれまでの歩みと東京ジョブコーチ制度を活用しながら築き上げた取り組みを事例に基づいて紹介する。 3 サンメン班の歩み  サンメン班の活動場所は東京本社から徒歩10分圏内の都庁近く、当社が運営している会員制ビジネスホテル『サンメンバーズ東京新宿』(以下「サンメン」という。)である。清掃はグループ会社の(株)ジェスに委託している。はじめは、5名の障がい者スタッフと2名のサポートスタッフで10ベットメイクを担当。次第にサンメン班の取り組み姿勢が評価され18名《知的障害16名(内重度7名)、精神障害2名》に増員。現在では、90ベットメイクと11客室バストイレ清掃、その他館内清掃等広範囲において任される様になった。ホテルの支配人、ジェス所長の理解があり、実践できている。継続して信頼できる業務を実践した結果である。  業務に関しては、基本的に障がい者スタッフが全て行ないサポートスタッフは作業指示、確認作業に徹している。 4 グループ雇用(職場環境の構築) (1)マニュアル  業務には、全てマニュアルを作成している。障がいの程度により理解に差がある為、写真など視覚的な効果で分かりやすく示している。また、体感して覚えていく為、本人の感覚ややりやすい体勢など柔軟に対応できる様に指導している。マニュアルは、一つのツールであり、本人の理解にあわせて変更や改訂を行なっている(図1)。 図1 マニュアル 【効果】 ・視覚的に綺麗な状態のベッドを確認できる ・サポートスタッフと東京ジョブコーチの統一指導が可能 ・ホテル従業員の障がい者スタッフ業務への安心感 (2)ワークシェアシステム  サンメン班の作業内容は主に客室清掃と館内清掃である。例えば①③④⑤⑦⑧を得意とするAスタッフと、①②③⑨を得意とするBスタッフがいる。お互いにできる仕事をカバーしホテル側から指示された業務をすべて担当できるよう個々の特性能力、育成に合わせてサポートスタッフが業務配分を考え仕事を振り分けている(表1)。 【効果】 ・障がい者スタッフが複数の業務を担当する事で責任感やモチベーション向上に繋がっている ・担当が重複している事で、気兼ねなく有休取得できる (3)スタッフの分析と傾向把握  ベッドメイクタイムチェック表を導入。ベッドメイク作業はサンメン客室清掃の中で重要な部分である。4種類と作業内容が複雑な為、障がい者スタッフによって作業終了までの時間差が出やすい部分である。年間を通して正確な作業時間を把握する為、ベッドメイクタイムチェック表(以下「チェック表」という。)を考案(図2)。 図2 チェック表  チェック表は名刺サイズの大きさで、サポートスタッフが指示した部屋番号と作業時間を記入。障がい者スタッフは作業台数を記入。最終的にPCにてデータ化し、個別に4種類の平均時間(月毎)を算出している(図3)。 【効果】 ・完成度を意識し正確性の高い業務が可能 ・時間に対する意識(生産性の向上・作業量の増加) ・部屋番号記入で、指示部屋のミス・クレームの削減 ・年間の傾向(気候の変化による時間への影響)の把握 ・適正な業務配分の振り分け(作業効率の増加) 図3 ベッドメイク時間(分/月) 5 表彰制度  年に数回、朝礼時に表彰を実施。評価基準は勤務態度・完成度・スピード・貢献度・期待度など総合的に判断して選出。同時に複数の受賞者が選出される事もある。 【効果】 ・障がい者スタッフのモチベーション向上に繋がっている ・個別、全体での目標の設定 6 障がい者スタッフのジョブローテーション  センターでは障がい者スタッフや保護者、支援機関との面談を随時実施。必要に応じて障がい者スタッフのジョブローテーションを行なっている。結果、高齢による作業能力の低下や自閉症スタッフのパニックなどさまざまな変化に対応できる職場になった。職場定着率が安定し、将来も安心して働ける環境が構築された。 【効果:ケース】 7 支援機関との信頼関係  支援機関と本人の関係性は、重要であり、生活面含めた指導など、日頃から綿密に連絡をとりあい情報共有、早期問題解決を図っている。  また、年1回(6月)各支援機関や保護者、学校関係者に向け保護者会を開催。前年度の実績や活動、今後の展望などを共有する。特に学卒の障がい者スタッフに対しては、支援機関とのつながりを持つ場として活用している。 8 東京ジョブコーチの活用  平成21年より、東京ジョブコーチを活用している。各支援機関との連携も行なっているが、それぞれサービスが異なる為、本人の特性(能力)を十分に引き出す事が困難であった。会社の成長と共に障がい者スタッフの雇用が増大し、サポートスタッフもなかなか増員ができなかった。制度を活用し継続支援、実習生に対しては集中的に支援を依頼している。  会社側の要望を事前に伝え、一緒になってスタッフをフォローできる東京ジョブコーチの存在は非常に大きい。 9 最後に  現在、東京オリンピック開催に向け、ホテル開発が進み ホテル清掃などの障害者雇用の需要が見込まれる。当社のグループ雇用形式を扱えば、重度である障がい者にも働ける裾野が広がると考える。当社としても、この「サンメン方式」を導入する事により全国のホテルに障害者雇用の場を捻出し、今後もホテル清掃業務における障がい者スタッフの働きやすい環境作りと拡大に努めていきたい。 働きがいのある職場環境の構築とモチベーション向上の取り組み②~ホテル客室清掃におけるjob事例~ ○市川 行康(東京ジョブコーチ支援室)  鳥居 正隆(リゾートトラスト株式会社 東京事務支援センター) 序  ここでは、サンメン班の皆様への支援の中で、感じ、考えたことを綴っていく。  障がいのある人が職場に定着するために、何が必要なのか、どのようにすればよいのかを、固有のエッセンスを考え、あてはめようとしていた私は、サンメン班の皆様とのかかわりを重ねていく中で、定着支援とは私が思い描いたことにとどまらず、さらに広い視点・視座が必要であると考えを改める機会となった。  今後自らのさらなる支援強化を図るべく、これまでの取り組みを整理し、述べていきたいと思う。 1 東京ジョブコーチとは (1)東京ジョブコーチ  私たち東京ジョブコーチ(以下「ジョブコーチ」という。)は、(公財)東京しごと財団が認定した東京都独自の職場適応援助者である。障害者が職場で円滑に働き続けられるように、また、雇用する企業がスムースに受けられるように、障害者の作業適応支援や職場内の環境調整など、職場適応に向けた支援を行う専門家である。 (2)支援の流れ  「東京ジョブコーチ支援室」という支援に関する相談や申し込みを受け付ける窓口があり、障害者・企業・支援機関等が問い合わせを行い、支援を招請するコーディネーターと東京ジョブコーチが就業先等へ訪問して、支援内容事前打ち合わせを行う。その後、東京ジョブコーチが支援計画を立て、支援を開始する。 (詳しくは、パンフレット参照。) 2 サンメン班への支援 (1)ジョブコーチが見たサンメン班  私がジョブコーチとして初めてサンメン班の支援を行ったのは、平成21年7月であった。当時、すでに10名の障害者スタッフが、2名のサポートスタッフとともにベッドメイクを含むホテル内清掃作業に従事していた。  障害者スタッフは、それぞれの仕事を粛々と、しかし、 快活にこなしていた。サポートスタッフは障害者スタッフの様子(こころやからだの調子)に気を配っており、障害者スタッフからも気軽に相談ができる環境がつくられていた。このような環境の下で「安心」がつくられ、他者に対する思いやりや配慮が行え、初めて訪問した私を好意的に受け入れることができたと振り返る。そして「しごとをすることとは」を私自身が考える環境も与えられた。さらにジョブコーチがその活動本旨としている「職場定着支援」のための様々なヒントを得ることができた。  サンメンでの支援対象者は、  ①現在就労中の方  ②就職初期の方  ③休職明けの方  ④実習生  ⑤委託訓練生 などである。  サンメンでの作業は、ひとり一人がそれぞれの作業を担う個別作業だが、「みんなで一緒に作業している」一体感がうかがえる。実習生や就職者は、この一体感を感じ取りながら取り組むことが意欲の向上において効果的といえる。そして最も重要な「安心」を持つことが不可欠である。この「安心」とは、「自分はここで存在していてよい」と思うことができる、自己肯定感である。そして、「安心」は就職や実習をする個人が自ら作り出すものではなく、職場環境に「ある」ものである。実習や就労をする方に「安心」を与えられれば、そこを基礎にしてさまざまな作業支援を進めることができると考える。 (3)「安心」の土壌を作る  私は「安心の土壌を耕す」とも表現している。これは、迎え入れる側に「受けとめる」姿勢をつくることである。初めてジョブコーチとして訪問した際、「受けとめられた」ことによって得られた安心感が、緊張を解きほぐしていったことを実感していた。私が何かを持っているから、とか、何かを積極的にしたからではなく、まったく無条件に丸ごと受け入れられた。私は、この「受けとめられ感」が安心となって「支援をする」ことができるようになったのだと思っている。サンメン班の障害者スタッフがこうした受けとめができるのは、彼ら自身が受けとめられることによる「安心」を持っているからであり、それを担っているのは、サポートスタッフたちの豊かな感性であることは言うまでもないことである。  この「受けとめられること」「安心」の構築については、イギリスの精神科医D・Wウィニコットも説明していることであり(beingそのあとのdoing)1)、社会評論家の芹沢俊介氏の「イノセンスの解体」2)にも示されているところである。 (4)サンメンでのジョブコーチの立ち位置について  さて、当然、ジョブコーチは事業所の社員ではなく、長期に障害者スタッフをサポートする支援機関ではない。企業や支援機関からの依頼に基づいて、上限支援回数20回の期間で、職場定着の基礎作りをして、当事者に移譲していく役割である。だから、前述した「安心の土壌を耕す」ことも、これから述べる具体的支援も、私たちの影を残さずに、成果のみを残すことになる。そのために、サンメンでの支援でも、サポートスタッフとは、常に綿密な情報交換を行っている。  サンメンでのジョブコーチの立ち位置について、近い将来消えゆく存在として、支援対象である障害者スタッフとの距離の取り方を5段階で整理してみた。 ①密着期  ジョブコーチが業務を整理し、または分析した内容を障害者に伝え、ともに試行錯誤しながら改良等を加え、作業内容を確立させていく。ジョブコーチは本人の特性をできるだけ作業にプラスに作用するように作業手順等を整理する。 ②随伴期  確立した作業を、本人が一人で進めることができるよう、そばについて一緒に作業していく時期である。本人が振り返るとジョブコーチがいつ位置取りであり、ジョブコーチはその都度指摘したり励ましたりできる環境をつくり、支援する。 ③近距離期  単独での作業がかなり進んだ時期である。ジョブコーチの姿は時折本人から見えなくなるが、声をかければ応えることができる距離にある。本人がジョブコーチに対して抵抗を示し始める時期にも一致することもある。 ④遠隔期  ジョブコーチは同じ建物にはいるが、本人の視界に入らない位置取りをする。ジョブコーチは本人にいるところを伝えてあり、質問等があればジョブコーチのところへ行く。ジョブコーチは質問等を受けた内容を事業者に伝え、現状を把握していただき、今後は本人は直接事業担当者に質問ができる環境を整えてもらう。 ⑤確認期  本人は完全に単独で、または会社のチームの中で、ジョブコーチの支援を受けずに作業できる時期である。ジョブコーチは、支援終結に向けて、日をあけて確認に行く程度の支援になる。  この「段階」は障害者スタッフ自身の職場定着への道筋である。迎えられたことによる「安心」の獲得、そして作業を覚えやがて独り立ちしていく。その過程では、迎え入れてくれたサンメンのメンバーとして所属感を持てたこと、存在の承認をされたことを経て、サポートスタッフの指示に従って作業を行い、評価されるという自己実現の体験によって、職場定着は強固なものになっていく。そして、ジョブコーチの役割もその終焉を迎えるのである。 3 サンメンでのジョブコーチの役割  サンメン班では、清掃業務が始まる前に、当日の作業内容を伝える朝礼を行っている。そこでサポートスタッフは、障害者スタッフの顔色やしぐさなどから体調やこころの調子を読み取ろうとしている。一人が調子を崩していると、それが全体に広がっていくようで、そのような日には、サポートスタッフは調子を崩している障害者スタッフだけでなく、影響を受けてしまうほかの障害者スタッフにも気を配る。こうしたサンメンでのジョブコーチの役割は、実習生や新しい就職者を、障害者スタッフやサポートスタッフとともに迎え入れ、また、障害者スタッフが受けとめていくサポートをすることにもある。障害者就労支援の専門家として、ときに俯瞰し、ときに近くによってみつめ、そのときどきにどのようなサポートが必要であるのかを、サポートスタッフと共有しつつ支援することが、大切な役割になっている。 【参考文献】 1) D・W・ウィニコット:改訳 遊ぶことと現実p112−118 岩崎学術出版社(2015) 2) 芹沢俊介:現代〈子ども〉暴力論p1-14 春秋社(1997) 企業における職場定着支援・就労継続支援・職場改善…あれから10年… 恒岡 夕貴子(有限会社松山サービス 企業内ジョブコーチ・精神保健福祉士) 1 はじめに  前回この会で発表させていただいてから、10年が経過している。その間、弊社でも障害者雇用、障害者の職場定着支援・就労継続支援・職場改善などをしてきた。障害福祉サービス事業を民間でも行うことができるようになり、我々もこの10年で6つの事業所を設立し、現在に至っている。 2 人に対しての改善事例 (1)改善前その1  入社からは10か月となるが、関連事業所からの出向という形だったので、実際に従事している期間としては、7年半になるSさん。直接雇用になり、実働5時間勤務から実働8時間勤務に変更。休憩時間についても1時間30分から1時間に変更、社会保険に加入など、他の正社員と変わらない勤務体制となる。Sさんは昨年クリーニング師の国家試験に合格し、クリーニング師として現場作業に従事している。  現在の勤務体制に少し慣れてきたころ、近年は減ってきていた妄想や幻聴が出てくるようになる。夜中にSさんから不可解なメールが届いたという同僚もおり、職場の環境だけでなく、生活面での乱れも表れはじめる。  クリーニング師の有資格者というプライドを持って仕事にあたるように話してきたが、そのプレッシャーもあり、不安が生じることもあった。  だんだんと仕上り商品のミスが多発するようになった。そして、「辞めたい」「仕事を変わりたい」ばかりを口にするようになる。 (2)改善内容  社内には障害者職業生活相談員を配置している(工場長)。他にも従業員のメンタルケアに携わっている精神保健福祉士が常駐しており、その両名との面談時間を(月に2回)設けている。  普段から治療に当たっているかかりつけ医や担当のソーシャルワーカーにも連絡を取り、お互いに情報共有をして支援に当たっている。  ミスの件については、理解をしていないというミスではなく、理解はしているものの作業への集中力に欠け、他のあらゆることが気にかかってしまい、ミスが多発するという事態となっている。 (3)改善後の効果  勤務終了後は、1人暮らしということもあり、話し相手がいない状態で過ごすことが多い。余計なことを考える時間ばかりが増えてしまっていたが、他へ関心を向けるためにも、ランニングをしたり、体を鍛えるためにトレーニングをしたりしていて、先日は空手の大会で優勝したなど、成果も出ている様子である。  休みの日は充実した生活を送ることができていて、就業時間中についても仕上り商品のミスも減ってきている。 3 環境に対しての改善 (1)改善前その2  クリーニングの工場は、機械に熱源があり、夏は暑くて冬は暖かいという環境である。  以前から熱中症対策として、どのようにして夏場の暑い時期の作業環境を整えていくことが良いかが課題となっていて、昨年・一昨年は、熱中症対策として、水分で膨らむ膨張剤の入ったスカーフのようなものに水分を浸して冷凍庫で凍らせたものを首に巻いて使用する「冷え冷えネック」という商品を会社で大量購入し、従業員全員に配布した。  ところが、効果が出ている時間が短く、だんだんと温まってしまい、冷えているのは朝から使用してお昼まで、という状態だった(そのため、1人2個配布していた)。 (2)改善内容  今年5月、各作業場に水を入れて霧の噴射を排出する機械の導入をした。  超微粒子 クールミスト Line(水を入れて霧の噴射をしている)を導入し、作業場内の熱中症対策・冬場の乾燥対策に備えている。 (3)改善後の効果  作業場の室温が設置前より5~10℃ほど下がるようになった。快適に作業ができ、集中力も高まり、生産性向上にもつながった。 4 危険回避に対しての改善 (1)改善前その3  大型機械を扱う作業なので、見た目で「難しそう」「危なそう」「誰かがついていないとできないのでは?」と不安な要素がたくさんあった。機械の隙間にも危険箇所があり、突発的に行動を起こしてしまう方、多動性のある方と仕事をする際にはいつも不安が伴った。 (2)改善内容  昨年より、障害のある方が安全に作業することができるように、最新の設備を整えている。その為、「これを覚えていなければ作業が進まない・できない」や「誰かがそばについていないと作業ができない」ということがなく、自分がひとつの仕事を任されているという自覚が芽生えやすく、活き活きと障害のある方が現場で活躍できている。  機械の隙間の危険箇所に、イラスト入りで簡単に危険とわかる看板を掛けて、視覚的に示している。突発的に行動をしてしまう方や多動性のある方が誤って侵入をしないように緑のネットを張っている。 (3)改善後の効果  作業効率が上がり、生産性も上がった。  最新機械で、計数も機械化されているので、計数ミスがなく、ミスに対する叱責もなく、従業員同士の人間関係によるトラブルが減った。  きれいな機械で仕事ができるのがうれしく、機械の清掃に余念がない従業員も出てきた。 5 まとめ  弊社は、重度障害者多数雇用事業所の認定を受けていることもあり、日頃から怪我や事故のないように安全に配慮した作業環境づくりを進めている。玄関は車いすが通れるようなスロープがあり、入口も広く設けている。階段も通常よりも低い設計にしている。お手洗いは車いす専用トイレを設置し、いつでもどんな方でも従業員として迎え入れられるような準備が整っている。 精神障害者の雇用に係る企業側の課題とその解決方策について ○笹川 三枝子(障害者職業総合センター 研究員)  遠藤 雅仁・田村 みつよ・宮澤 史穂・河村 康佑(障害者職業総合センター) 1 はじめに  近年、精神障害者雇用に関する指標の伸びが著しいが、マッチングや定着に関しては課題があり、さらなる企業支援が求められている。一方、企業におけるメンタルヘルス不調者の増加が目立ち、医療機関に加えて、地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)を含む様々な機関でも職場復帰支援を実施している。  障害者職業総合センターでは、平成25年度から3年計画で「精神障害者の雇用に係る企業側の課題とその解決方策に関する研究」に取り組み、企業における精神障害者雇用とメンタルヘルス不調休職者の復職支援との関係を切り口として分析し、精神障害者の雇用促進方策について検討した結果を成果物として取りまとめたところである1)2)。  本発表では、当該研究によって得られた知見の概要について報告する。 2 方法  調査研究は、以下の4つの方法で実施した。 (1) 調査研究委員会の設置  関連分野の専門家を委員として調査研究委員会を設置し、研究の実施方針や調査結果解釈等について助言を得た。 (2) 地域障害者職業センターのリワーク支援に関する調査  地域センターで実施しているメンタルヘルス不調休職者の復職支援の状況を把握するため、リワーク支援を実施する48か所の地域センターにアンケート調査を実施し、さらに地域センター4か所と企業4社に対してヒアリング調査を行った。 (3) 企業側の課題に関するアンケート調査  規模と業種により層化抽出した常用労働者50人以上の企業6,991社に調査票を郵送し、2,099社から有効回答を得た(有効回収率30.0%)。  企業側が感じている課題や実施可能な配慮について、 精神障害者雇用とメンタルヘルス不調休職者の復職支援の両面から把握できるように、調査票では並列的に問いを設けた。 (4) 課題の解決方策に関するヒアリング調査  アンケート調査等によって明らかになった企業側の課題の解決方策を検討するために、企業、当事者、雇用・就労支援機関、行政機関、医療、産業保健や職業リハビリテーションの専門家などにヒアリング調査を実施した。 3 結果と考察 (1) リワーク支援に関する調査結果  企業が地域センターのリワーク支援に求めていると思うものについて地域センターに尋ねたところ、「本人の職場に対する適応力の向上」が79.2%と多くを占め、職場が求める復帰レベルの高さが窺われた。  また、企業における休職者の職場復帰支援への積極的な取組(姿勢や内容)が精神障害者雇用に何らかの影響を及ぼすかについては、「そう思う」47.9%、「そう思わない」27.1%、「わからない」25.0%という結果であった。 (2) 企業アンケート調査結果 ① 精神障害者の雇用経験 企業における精神障害者の雇用経験を聞いたところ、「これまで雇用したことがない」企業が6割弱と最も多かった。図1 精神障害者の雇用経験 ② メンタルヘルス不調による休職者の復職状況  メンタルヘルス不調により1か月以上継続して仕事を休んだ社員が職場に復帰して安定的に働き続けられる割合について尋ねると、結果は図2のとおりとなった。 図2 メンタルヘルス不調による休職者の復職状況 ③ 障害者の採用予定と今後採用しようとする障害者の障害種類  「今後新たに障害者を採用する方針」38.5%、「障害者に欠員が出た場合は採用する方針」21.2%と、肯定的な回答が約6割であった。また、これらの肯定的回答企業の中では、「できれば身体障害者を中心としたい」という回答が58.3%と最も多く、「精神障害者を中心としたい」は2.0%と少なかったが、「障害の種類は原則として問わない」23.0%及び「その他」を選択して「身体障害者と精神障害者を中心としたい」と記入した企業1.0%と合わせると、障害者採用に肯定的な企業の中に精神障害者の採用も肯定的に考える企業が4分の1以上(26.0%)となった。 表 メンタルヘルス不調休職者の職場復帰状況と精神障害者採用方針によって分類した6つの企業タイプ ④ メンタルヘルス不調休職者の復帰安定度と休職期間の上限  企業側の配慮の指標として休職期間に着目して休職者の復帰安定度と休職期間の上限の関係を調べると、休職者が「ほとんど」または「半分以上」安定的に復帰できているという企業は、休職期間の上限が1年を超えるところが6~7割を占め、逆に「復帰する者がほとんどいない、1か月以上連続して休む者がいない」企業では4分の1以上が「有休休暇以外に休める制度がない」と回答していた。休職者が安定的に復帰できるかどうかは、企業側の配慮実施状況と関係しているものと考えられる。 ⑤ 休職者の復帰安定度と精神障害者雇用時の配慮実施  休職者が復帰後どのくらい安定的に働いているのかの程度(復帰安定度)に応じて企業を5群に分け、群ごとに精神障害者雇用時の配慮実施の積極性を調べると、休職者の復帰安定度と精神障害者を雇用した場合の配慮実施積極性には関係があることがわかった。企業がメンタルヘルス不調者に対して実施している配慮が精神障害者雇用の場面でも活かされる可能性が示唆される。 4 企業タイプごとの特徴と対応例  企業の実態に応じた課題の解決方策を検討するため、メンタルヘルス不調休職者の職場復帰状況と障害者採用計画の2軸により企業を6群に分類し、対応策の検討を行った。各企業群の特徴と対応例は表のとおりである。 5 おわりに  障害者職業総合センターが実施した「精神障害者の雇用に係る企業側の課題とその解決方策に関する研究」の概要について報告した。精神障害者雇用に取り組む企業及び支援機関にとって一助となれば幸いである。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:精神障害者雇用に係る企業側の課題とその解決方策に関する研究,調査研究報告書No.128(2016) 2) 障害者職業総合センター:「企業からみた」精神障害者雇用のポイント(2016) 【連絡先】  笹川 三枝子(障害者職業総合センター)  e-mail:Sasagawa.Mieko@jeed.or.jp Webシステムを利用した精神障害者の就労継続支援システムの導入効果 ○三原 卓司(特定非営利活動法人全国精神障害者就労支援事業所連合会 事務局員・精神保健福祉士)  宇田 亮一(心理臨床ネットワーク アモルフ) 1 はじめに −精神障害者の就労継続への取り組み−  平成30年の雇用義務化を控えて増加する精神障害者においては、適応指導の有無によって職場定着率に差が出る傾向が指摘されている1)。当会では公益財団法人JKAの補助事業の採択を受け、Webシステムを利用して当事者と職場担当者と外部支援者の三者が情報共有して精神障害者の就労継続を支援するSPIS(Supporting People to Improving Stability)の全国普及活動を平成26年度から行っている。今回はその活動の中から平成27年度に実施した利用者アンケートについて報告する。 2 SPISのシステム構成とその運用  SPISは日報形式のWebシステムで、日報は体調面、生活面、対人面、作業面などの観点から当事者自身が5-7項目程度で設定した4点法による自己評価点の記録と、自由記載コメントで構成される。そしてこの日報データをWeb経由で本人、職場担当者、外部支援者(臨床心理士やPSWなど)の三者で共有する。自己評価点はグラフ機能で推移を一覧可能であり、自由記載コメントは職場担当者および外部支援者が返信できる様になっている。また職場担当者と外部支援者間でもコメント交信が可能である。さらにSPISの運用に当たっては、Web支援の補完目的で当事者/職場担当者/外部支援者を交えた面談を定期的に実施する事が基本となっている。  当会が行った普及活動で、平成26年度は15事業者で36名の当事者と20名の職場担当者に、平成27年度は19事業者で41名の当事者と26名の職場担当者に、SPISのアカウントとそれぞれに対応するIDとパスワードを配布した。 3 利用者アンケートの実施  SPISが精神障害を持つ方などの就労継続に与える効果を検討するため、平成27年10月から平成28年1月にかけて導入事業者を巡回し、以下の要領で利用者アンケートを実施した。なお、アンケートは別事業で大阪府とNPO法人大阪精神障害者就労支援ネットワーク(JSN)が作成したものを利用した。  対象:SPISを利用した当事者、雇用企業担当者、依頼と回収:当会事務局員または外部相談員が対象企業を訪問して依頼、その場で回収(例外:メール依頼・回収1社)、質問項目:当事者と雇用企業担当者のそれぞれに設定、回答形式:4点法(1.とてもあてはまる、2.ややあてはまる、3.あまりあてはまらない、4.全くあてはまらない)の選択式、補足情報:ヒアリングにより補足情報収集。 4 アンケート集計結果 (1)当事者アンケート  41名の当事者から34件の回答が得られた。自己チェックに関する質問では、質問①「日々の体調を確認しやすかったか」で12名/16名が評価1/評価2、質問②「日々、仕事に思うように取り組めていたかを確認しやすかったか」で16名/8名が評価1/評価2の評価を行った。グラフ機能の活用については、質問③「不調に早めに気づくことが出来るようになったか」で評価1が6名にとどまり、評価3も9名いる一方で、質問④「不調に気づいた時には、生活の見直しや、早めに医療機関にかかるようになったか」については、16名が1または2の評価を行った。  担当者・支援者との情報共有について、質問⑤「SPISの利用後、心身の調子が悪くなった時に担当者に相談しやすくなったか」で、11名/16名が評価1/評価2、質問⑥「以前より担当者から仕事上の配慮をしてもらえていると感じるようになったか」で10名/13名が評価1/評価2とした。また、質問⑦「担当者や支援者が見守ってくれているという安心感を持てるようになったか」という問いでは、全体の62%弱に当たる21人が評価1とした。全体的な効果としては、質問⑧「SPISを利用することで仕事を続けていく自信につながったか」という問いに対して20名/10名から評価1/評価2が得られた。 表1 SPIS当事者アンケートの集計結果 (2) 企業担当者アンケート  26名の企業担当者から21件の回答が得られた。自己評価のチェックやコメント交信に関する質問では、質問①「当事者への理解がより深まったか」という質問項目で21名全員が評価1か評価2を行った。また質問③「当事者への声かけの回数が多くなったか」という質問でも11名/8名が評価1/評価2としたが、質問②「不調時にも適切に配慮が出来るようになったか」では、評価1/評価2は8名/11名と評価点の最頻値が下がり、ややネガティブな評価3も2名見受けられた。グラフ機能の活用では、質問④「当事者の心身の波がつかみやすくなったか」という問いで評価1と評価2を各9名が行った一方、質問⑤「それにより早目に配慮が出来る様になったか」について評価1/評価2/評価3がそれぞれ7名/10名/2名、質問⑥「業務のペース配分がしやすくなったか」で、評価1/評価2/評価3がそれぞれ5名/9名/6名となるなど、評価のピークが下がる結果となった。  また、支援者との情報共有については、質問⑦「支援者との情報共有により当事者への理解がより深まったか」で、それぞれ14名/6名が評価1/評価2の評価を行った。質問⑧「当事者理解が深まり、不調時にも適切に配慮が出来るようになったか」では、それぞれ8名/11名が評価1/評価2とピークが下がり、評価3も2名おられた。全体的な効果については、質問⑨「当事者に合わせた休憩の取り方、指示の仕方などについて考えるようになったか」という問いで評価1/評価2が10名/9名となる一方、質問⑪「精神障害者の雇用管理への負担が減ったと感じるか」という問いでは、評価1/評価2/評価3は、4名/10名/6名に留まった。 表2 SPIS企業担当者アンケートの集計結果 5 考察 (1)当事者アンケート  全般的にSPISに対して高い評価が得られたと思われるが、必ずしも当事者がグラフ機能を効果的に活用しているとは言い難い状況であった。グラフを効果的に活用するには、外部支援者が訪問面談時に直接説明提示する事が望ましいと思われる。しかし不調に気付いた時には、当事者も生活の見直しや医療機関の受診を行っている様子も読み取れた。目立った回答として、「担当者や支援者が見守ってくれているという安心感を持てるようになった」という質問項目で62%弱の当事者が評価「1」を与えた事があり、精神障害者が働く上で関係者から見守られているという「安心感」が重要であると考えられた。 (2) 企業担当者アンケート  ほとんどの企業担当者がグラフ機能の活用や外部支援者との情報共有を通じて当事者理解が進んだと考えている事が読み取れた。しかし適切な配慮や不調時対応が出来る様になったかという質問項目で評価が少し下がるなど、当事者理解を具体的対応レベルに落とし込むところに課題を感じている様にも見受けられた。この傾向は精神障害者の雇用管理への負担が減ったかという問いでややネガティブな評価が見られた事とも重なっている。一方で当事者対応について考える事が増えている傾向も読み取れ、SPISを通じた当事者/企業担当者/外部支援者間の情報共有によって当事者理解が進み、雇用管理の質の向上を意識するきっかけになった可能性も考えられる。雇用管理の負担が軽減された様に感じられなかったのは、むしろその結果であると解釈する方が適切であるかもしれない。 6 まとめ  本アンケートの結果から精神障害を持つ方などの就労継続に有効な要因がいくつか示唆されるだろう。まず当事者にとっては、企業担当者や外部支援員から見守られていると感じられる安心感の重要性である。そして企業担当者に取っては、本人や外部支援者との情報共有により当事者理解が進みうる事と、それが当事者対応について考えを深めるきっかけとなる可能性である。精神障害を持つ方などが就労を継続できる要因は複数あると思われるが、SPISのようなシステムを活用する事もそれらを整備する方法の一つになりうるように思われる。参考までに平成27年度にSPISを利用した41名の当事者で退職に至ったのは、転居1名、転職1名、社内体制の急変1名に留まり、高い就職継続率が維持された。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:精神障害者の職場定着及び支援の状況に関する調査研究,調査研究報告書 No.117(2014) 【連絡先】  三原 卓司  全国精神障害者就労支援事業所連合会  e-mail:info@vfoster.org 精神・発達障がいと職場マネジメントについての研究(心身ともに健康的に働ける職場作りとその対策について) ○佐藤 謙介(株式会社フロンティアチャレンジ ゼネラルマネジャー)  鈴木 紀子・塩田 達人・瀬川 由美・菊地 裕樹(株式会社フロンティアチャレンジ) 1 はじめに・目的  数年前から比べるとオフィス内で精神・発達障がい者が働く機会は格段に増えてきた。株式会社フロンティアチャレンジ(以下「当社」という。)では、障がい者手帳を持った方の有料職業紹介事業、就労移行支援事業所を展開し、精神・発達障がい者の就職支援を行っている。また当社でもパーソルグループ(旧テンプグループ)の特例子会社として、現在(2016年8月時点)70名の精神障がい者手帳を持った社員を雇用している。  社会的に理解が進んできた実感はあるものの、現場では「雇用した社員が体調不良を起こし、出勤率が下がっている」「任せた仕事でミスが多くやり直しの工数が増えている」「現場で一緒に働くスタッフから『どのように接したらいいか分からない』と言われる」といったような声が当社には寄せられており、雇用は進み始めているが、現場にまだ精神・発達障がい者をマネジメントする能力が備わっていないことを感じる。  一方で当社では精神・発達障がい者を雇用してきた経験から、障がい者スタッフの「健康状態」によって業務の生産性や勤怠状況、マネジメント工数が大きく変わることが分かってきた。また「健康状態」によって勤怠や生産性、思考パターンには一定の規則性があるのではないかとの仮説から当社で働くスタッフの状況を観察し「メンタルレベルマトリクス(以下「MLM」という。)」というメンタルの状態と、言動や思考性の相関関係をまとめる取組みを行った。そこから見えてきた精神・発達障がい者が心身ともに健康的に働ける職場作りを通して、彼らの生産性を向上させていく方法について研究報告をしたい。 2 精神障がいの特徴  観察する中で見えてきた精神・発達障がい者の特徴として「不安が人よりも大きくなる」という傾向がある。さらにその「不安」を分類すると①仕事に対する不安②自分の能力・評価に対する不安③それ以外(人間関係、家族関係)にわけられる。その「不安」がかかると、障がい者スタッフはそれを自分の中で大きくさせ、やがて強いストレスを感じ、自分のメンタルの状態を悪化させていく。メンタルの状態が悪化したスタッフは仕事上で様々な症状を見せ、仕事の生産性が下がることが分かってきた。つまり仕事上で成果をだしてもらうためには、上記の「不安」を取り除く必要があり、そうすることで障がい者スタッフは自身のメンタルの状態を悪化させずに勤務することが可能となる。 3 メンタルレベルマトリクスとは  ではメンタルの状態が悪化した障がい者スタッフはどういった症状を出し始めるだろうか。当社ではメンタルの状態を「17の項目」と、各項目を「5段階に分類」して、それぞれの状態に応じた症状を一つのマトリクスにした。 【MLM作成のためにデータ取得した被験者データ】 被験者数 :精神障がい手帳を持った50名のスタッフ 障がい種別:鬱、統合失調症、パニック障がい、不安障がい、広汎性発達障害、アスペルガー、ADHD 観察期間 :2015年5月~2015年11月 観察内容 :本人の思考パターン、表情、仕事中の態度、仕事の成果物、発言内容、私生活の動向、トラブルの内容 観察方法 :個別面談、リーダー・同僚・支援機関ヒアリング、医師の診断 【分類項目】 ① 睡眠 :睡眠の状態・度合い ② 体力 :疲労の度合い ③ 勤怠 :一カ月の欠勤日数 ④ 服薬コントロール :服薬の状況 ⑤ 作業判断力 :個人の作業判断力 ⑥ 作業の正確性 :作業ミスへの対応力 ⑦ 作業スピード :個人の作業スピード ⑧ 作業理解力 :業務を理解する能力 ⑨ 能動性 :仕事に対する主体性 ⑩ 素直さ/正直さ :他者意見の受入れ度合 ⑪ 事実把握 :事実に対しての認知力 ⑫ 向上意欲 :自己成長への意欲度合 ⑬ 自己責任感 :仕事に対する責任度合 ⑭ 他者への貢献意欲 :他人に関わる意欲 ⑮ 自己認知力 :他者意見への認識力 ⑯ 他者理解 :他人の考えの理解力 ⑰ 他人からの指示 :指示に対する実行力  上記17の項目において、それぞれ1から5段階で症状を分類した。「3」を標準状態として「1」に近づくとメンタルの状態が悪く、「5」に近づくとメンタルの状態が良好としている。またメンタルの5段階の状態に合わせて管理職がとる基本的な行動を定めた(表1参照)。 表1 メンタルの状態における基本的な対応  17の項目においての症状は、例えば①の「睡眠」であれば、メンタルの状態が1の段階は「朝まで眠れない日が続く」。2の段階は「寝ようと思っても寝られない日が増える。中途覚醒が増える。朝起きるのが辛い」。3の段階は「月に数日睡眠が乱れる日があるが概ね眠れている」。4の段階は「ほぼ決まった時間に寝起きできている」。5の段階は「睡眠に乱れはない」としている。こういった実際の症状を17の項目すべてで5段階に分けて表したのがMLMである。管理者はMLMを使うことで、自分が担当しているメンバーのメンタルの状態を日々把握することができ、またどういった対応をすればよいかが分かるようになる。 4 MLMを使ったマネジメント実績  当社名刺の入力作業を行うチームにて、同一業務、同一期間にメンバーの出勤率と名刺1枚当たりの入力スピードの計測を行った。管理者には該当メンバーのメンタルの状態をMLMに沿って判断してもらい、基本的な対応を実施してもらい、その結果を表2にまとめた。  全体として入力スピードは平均で38.3%向上した。さらにメンタルの状態が向上したAからEの名刺入力スピードは平均45.2%向上を見せたが、Fは4.0%の成長にとどまった(Fは入社時期が異なっているため、計測期間が2か月となっている)。実際にはスタッフは日々仕事を行う中で業務に習熟するため、入力スピードは上がっていくが、メンタルの状態が改善したスタッフの方が明らかに入力スピードの成長率は高くでていた。  入力スピード以外に出勤率を見ても、メンタルの状態が高い方が出勤率も高くなる傾向が見て取れる。またその他のMLM17の項目においてもAからEのスタッフは向上が見られたが、Fには向上は見られなかった。 表2 入力作業におけるメンタルの状態と勤怠・作業能力 5 結論  MLMを用いることで、管理者はメンバーのメンタルの状態を把握するために「何を観察しなければいけないのか」「どう対応すればいいのか」が明確になった。また職場の「不安」を取り除くことによって、精神・発達障がい者のメンタルの状態を向上させることができることも分かってきた。メンタルの状態が3以上で安定してくると、一般的な業務上のマネジメントだけで安定して仕事を行うことができるようになる。またこの取組みは一人の管理者が個別に行っても効果はあるが、チームや組織で職場から「不安」を取り除き、心身ともに健康的に働ける職場作りを行っていくことが理想的だと考えている。精神・発達障がい者にとって働きやすい職場は、健常者社員にとっても働きやすい環境であり、メンタルを病まずに仕事をすることができる「予防」にも役立つと考えている。  また今後はさらにMLMの利用範囲を拡大し、採用時の基準としたり、仕事と人のマッチングにおいても利用していくことを検討している。 【連絡先】  佐藤 謙介  株式会社フロンティアチャレンジ   e-mail:kensuke_sato@frontier-challenge.co.jp 精神科医療機関とハローワークが直接連携した就労支援について(医療から就労へ) ○佐伯 公帥(千葉公共職業安定所 専門援助部門 就職促進指導官(併)上席職業指導官) 坂牧 一哉・高品 典男(千葉県精神科医療センター) 藤尾 健二(千葉障害者就業支援キャリアセンター) 飯田 智史(ウェルビー千葉駅前センター) 小林 誠(LITALICOワークス千葉) 杉田 圭(就労移行支援事業所PRACT) 1 はじめに  医療機関と公共職業安定所(以下「ハローワーク」という。)の連携による就労支援は、厚生労働省が平成27年度より全国4か所のハローワークでモデル事業を開始し、28年度は全国22都道府県に拡大して実施しているが、連携対象医療機関はデイケア等の枠組みを活用した就労支援プログラムの運営経験や一定の就職実績等の要件を満たす必要がある。医学的リハビリテーションの後に実施される職業リハビリテーションに関し、デイケア等で独自に就労支援に取り組み、実績を上げる医療機関はまだ多くはなく、当ハローワークではモデル事業を実施していない。  筆者は、各支援機関と連携した「チーム支援※」の担当として、普段から障害者就業・生活支援センターである千葉障害者就業支援キャリアセンター(以下「キャリアセンター」という。)や近隣の障害者就労移行支援事業所(以下「就労移行支援事業所」という。)の担当者と交流しており、上記モデル事業が全国的な実施になった場合、支援機関が多いという地域の特徴を活かすことで「医療機関から一般雇用への移行」を促進する流れを確立できないかと考え、キャリアセンター及び就労移行支援事業所3所の協力を得て、千葉県精神科医療センターに呼びかけ、試みを実践することとした。  実施の際意識したことは、就職を希望していても、職業経験が浅い、もしくは、就職活動の経験のない精神障害者にとって、ハローワークは敷居の高い、遠い存在に感じるだろうということである(表1)。ハローワークに対する心理的な壁を壊すには、「顔を見せる」ことが必要と考え、当ハローワークには、ハローワークに来所するものの就職への一歩が踏み出せない精神障害者を対象に、職業準備性を高め、求職活動から就職、職場定着を目指すまでの支援を行っている精神障害者雇用トータルサポーター(以下「トータルサポーター」という。)が配置されていることから、トータルサポーターが直接病院に出向きプログラムと個別相談を担当することで、その役割を果たせるようにした。 ※「チーム支援」とは、ハローワークを中心に各支援機関が連携し、それぞれの強みを生かしてチームで障害者の就職から職場定着までを支援すること。 表1 デイケア利用者の就業経験及び就職活動経験(n=65) 2 実施要領 (1) 目的  医療機関のデイケア等を利用している精神障害者で、職業準備性を高めることができると思われる方に、医療機関も含めたチーム支援の枠組みを用いて、職業意識形成を支援し、就職へとつなげることで、精神障害者の一般就労への新たな方策として確立することを目的とした。 (2) 名称  この取組みは「ジョブ・チャレンジ・プロジェクト(略称ジョブ・チャレ。以下「ジョブ・チャレ」という。)」と呼称することとした。 (3) 対象者  精神科に通院、またはデイケアを利用している方で、就労意識の形成を支援することで、就労の可能性が高まると思われる方を対象とした。 (4) 各機関の役割と連携(図) ① ハローワーク  ・全体の進捗管理、実施方法の検証  ・医療機関スタッフに対する「就労」に関する研修  ・就労支援プログラムの策定、実施  ・求職登録、職業適性検査の実施・評価  ・ケース会議の開催  ・カウンセリング、職業相談・職業紹介 ・雇用指導部門、求人部門と連携した個別求人開拓、実習先開拓  ・就職後の雇用管理面での職場定着支援 ② 医療機関  ・院内での周知・広報  ・対象者選定  ・ハローワーク、キャリアセンター、移行支援事業所スタッフに対する「医療」に関する研修  ・デイケアプログラムの実施  ・キャリアセンター、移行支援事業所による見学ツアーの受入れ  ・プログラムの日程調整  ・ケース会議への参加  ・就職後の医療面での職場定着支援 ③ キャリアセンター  ・利用登録  ・求人、実習先の開拓及びハローワークへの情報提供  ・ケース会議への参加  ・就職後の職場定着支援 ④ 就労移行支援事業所  ・利用希望者があった場合の利用契約  ・求人、実習先の開拓及びハローワークへの情報提供  ・ケース会議への参加  ・就職後の職場定着支援 図 ハローワークと医療機関等の連携イメージ 3 具体的な取組み (1) ガイダンスの実施  まず、対象者を確保するため、28年6月にデイケア利用者等を対象にジョブ・チャレを紹介するガイダンスを実施した。ガイダンスには15名が参加し、うち6名はガイダンス終了後、即ジョブ・チャレ参加希望を表明した。 (2) ジョブ・チャレ対象者の選定  参加希望者は医療機関が面談を行い、参加意思と病状を確認のうえ、プログラムの目的に合った対象者11名を選定した。ハローワークに求職登録のない方は、できるだけプログラム開始前に求職登録するよう依頼した。 (3) 職業準備プログラムの実施  プログラムは4回1クールとし、月1回トータルサポーターがデイケアに出向いて実施した(表2)。第3回のプログラムは医師にも協力いただいた。また、希望者には千葉障害者職業センターの職業評価等も行うことにしている。  この他、病院担当者引率による「ハローワークツアー」や移行支援事業所見学も予定している。 表2 職業準備プログラムの実施状況 (4) 就労支援  就労可能性が高い対象者については、プログラム実施日に対象者を交えて、ハローワーク・医療機関・キャリアセンター・就労移行支援事業所によるケース会議を実施し、職業準備が整った方には個別に求人や実習先を開拓し、提案することとしている。 4 まとめ  この取組みは今年度開始したばかりであり、まだ成果が出ているとは言えないが、参加11名中6名が生まれて 初めてハローワークに来所することができるようになったことで、「ハローワークは敷居が高い」というイメージを変えることができ、このプロジェクトに対する期待の大きさを再認識した。今後、実施状況を踏まえた職業準備プログラムや就労支援の充実を図り、「医療と就労のサポート付き常用雇用」の確立を目指して、医療機関及び各支援機関と連携して、この取り組みを進めたい。 【謝辞】  ジョブ・チャレの実施、本論文の作成・発表に当たり、ご指導・ご協力いただいた共同研究者はじめ、国立精神・神経医療研究センター病院の清澤氏、千葉公共職業安定所所長、同専門援助部門職員の方々に厚くお礼申し上げます。 【連絡先】  千葉公共職業安定所 専門援助部門 佐伯 公帥  043−242−1181(部門コード43#)  e-mail:saiki.kimihiro@mhlw.go.jp ひきこもりの傾向を有する精神障害者の就労支援~病院や関係機関と連携した事例~ 髙田 悠生(和歌山障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 背景と目的  和歌山障害者職業センター(以下「当センター」という。)においては、昨今、職業リハビリテーションの領域においてスポットが当てられている、いわゆる、ひきこもりの傾向を有する精神障害者の職業準備支援利用者が平成28年7月末現在、既に5件に達している(図)。 図 ひきこもりの傾向を有する精神障害者の職業準備支援利用の推移(平成28年7月末現在)  ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン1)には、「様々な要因の結果として社会的参加(義務教育を含む就学,非常勤職を含む就労,家庭外での交遊など)を回避し、原則的には6か月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態(他者と交わらない形での外出をしていてもよい)を指す現象概念」として、ひきこもりを定義している。   当センターの職業準備支援を利用した、ひきこもりの傾向を有する精神障害者は、普段から連携がとれている特定の病院からの依頼が半数以上であり、その支援経過については、いくつかの共通点が見られる。  そこで、本発表者が職業準備支援で関与した対象者の支援経過を踏まえ、ひきこもりの傾向を有する精神障害者の支援上の課題について整理し、同様の傾向を有する者に対する支援方法を検討する際の一助としてもらうことを、本報告の目的とする。 2 方法等 (1)対象者  平成25年4月~平成28年7月までの間で、病院から支援依頼のあった、ひきこもりの傾向を有する精神障害者であり、ひきこもり期間が5~15年という長期にわたっている4事例。4事例の属性情報は表1のとおり。 表1 4事例の属性情報 (2)方法  対象者別に支援経過の要点を記録から抽出し、表2のとおりマトリックス上にまとめた。 表2 4事例の支援経過の要点 ※関係機関は病院以外のハローワーク、障害者就業・生活支援センター等を言う。 3 結果 (1)事例の共通点  4事例の共通点として特徴的な事象につき、以下のとおり整理した。  ①通院先の病院における精神療法によって、集団参加に対する精神的準備が一定程度形成されているものの、初めての環境である職業準備支援の利用を躊躇した。躊躇した理由としては、「新しい集団場面は緊張する」、「体に周りからの圧力がかかってくる感じがする」、「視野が狭くなり、目の前しか見えなくなる」等となっている。  ②病院のコメディカルと連携し、対象者の心理的動静を把握しつつ、職業準備支援の見学や体験利用の頻度及び実施時期を慎重に調整した。  ③職業準備支援利用前においては、ハローワークや障害者就業・生活支援センター等、関係機関の利用経緯がない。利用に至っていない理由としては、「何を相談してよいか分からない」、「現時点では、生活支援は必要ない」、「新しい人間関係に馴染めないのではないか、受け入れてもらえないのではないか、傷つくことを言われるのではないか等の漠然とした恐怖がある」等となっている。  ④職業準備支援利用中、対人面の課題改善については病院のショートケアでの取組を継続した(4事例とも同じ病院)。当センターにおいては、作業遂行力の向上に特化した訓練を実施した。  ⑤職業準備支援利用後は、関係機関の利用について要望が発生している。例えば「祖母が要介護状態になった際に仕事をやめずに介護を両立するためには、相談支援事業所へすぐに相談できるようにしておきたい」、「障害者就業・生活支援センターに登録すると、新しい人間関係を構築していかなければならず不安だったが、同センターの担当者と情報交換の場を設けてもらったことで、自身を肯定してくれる方たちであると認識できた」等となっている。  ⑥「事業所で働く自信がない」、「自分にできるかどうか、わからない」等、事業所の要求水準に対処できそうにないとの認識が対象者に見られた。このため、自己の作業処理能力と事業所の要求水準を照合することを目的とした職場実習(体験実習)を1~2週間程度実施した。  ⑦2名の対象者から、「職場実習で行った作業であれば自信を持って取り組める」旨の申し出があったため、職場実習先事業所に対して雇用を依頼した。また、「変化に弱いため、臨機応変な対応が求められないようにしてほしい」との対象者の要望に沿って、3か月間は職場実習と同様の作業遂行条件を設定してもらい、自信の醸成を見計らいながら、勤務時間の延長及び作業領域の拡大を事業所担当者と共に検討した。 4 考察  ひきこもりの傾向を有する精神障害者に対し、より効果的な職業準備支援を展開していく上での留意点及び、関係機関連携の際の留意点について考察する。 (1)職業準備支援実施上の留意点  対象者の自信を無理なく醸成していくための方策として、作業量や確実性の達成目標については、おおよそ1週間程度で達成が可能と判断される水準に設定した。これは、他の職業準備支援利用者の達成目標よりも細分化されたステップ(スモールステップ)になっている。スモールステップの過程で、対象者の自己効力感を喚起していくことに留意する必要がある。 (2)関係機関連携の留意点 (ア)病院との連携  職業準備支援を利用することに対する不安感を緩和しつつ、有意味感を促していくための具体的な方策(見学の時期や体験利用の頻度・進め方)について、病院の支援担当者と入念に打ち合わせを行うことで、当センターの利用を決断できたと考えられる。また、病院でのショートケアを継続することも、ひきこもりを再燃させるリスクの軽減につながっているものと考える。 (イ)関係機関との連携  未利用の関係機関を利用することに伴い、人間関係を新たに構築していかなければならないことに対して強い不安を示す傾向がある。これが、ひきこもりを再燃させるリスク要因となる可能性がある。このため、関係機関との連携の必要性について対象者に丁寧に説明した上で、関係機関支援者と対象者の関係構築を側面的にバックアップしていく必要がある。 (ウ)事業所との連携  ひきこもりの傾向を有する精神障害者については、自信に乏しく自己評価が低い傾向にある。このため、職場実習(体験実習)の過程では、作業課題の内容や範囲を、できるだけ絞り込み、達成感や自己効力感を喚起できるような条件を設定することに留意することが望ましい。 5 まとめ  以上、ひきこもりの傾向を有する精神障害者の就労支援について、課題と留意点を整理した。  今後、医療機関から、地域障害者職業センターや障害者就業・生活支援センター、就労移行支援事業所等に対し、支援の依頼が増加することが推量される。このため、関係機関の連携を視野に入れながら対象者の心理的動静を注視しつつ、支援を展開していくことが肝要であると考える。 【引用・参考文献】 1)厚生労働省:ひきこもりの評価・支援に関するガイドラインの公表について,P6,厚生労働省(2010年) 2)宮西 照夫:実践 ひきこもり回復支援プログラム アウトリーチ型支援と集団精神療法,岩崎学術出版社(2014年) 企業・支援者・保護者の三者によるグループワークの効果 ○丹藤 登紀子(特定非営利活動法人Wing PRO 副理事長)  新堀 和子・吉田 礼子・木村 仁美(特定非営利活動法人Wing PRO)  松為 信雄(文京学院大学) 1 問題の所在と目的 (1)問題の背景  発達障害者支援法の施行や特別支援教育の展開などで、働くことを含めた社会的自立に向けたキャリア教育に関心が高まってきている。にもかかわらず、子供たちの多くが在籍する一般の中学・高校では、障害の特性に配慮した系統的なキャリア教育を実施しているところは必ずしも多くはない。発達障害者の就労・就労継続には保護者の支援が欠かせないと考えられるが、実際には、保護者には就労に関しての情報はほとんど届いていないのである。  だが、保護者は子供の将来に対する強い不安の中で、そうした情報を強く望んでいる。また、子供の特性に対処できる支援者や社会資源を得るために自分が先導役としての役割を担わねばという思いもある。  NPO法人の Wing PROは、こうした思いを抱いた学習障害(以下「LD」という。)親の会の有志が立ち上げ、親子を対象とした「親子講座」、保護者自身への支援として「セミナー」や「茶話会」を定期的に開催している。  これらのうちで、「セミナー」は、保護者・企業・支援者の三者が協働することが特徴である。これは、就労支援ネットワークの中では、親自身も当事者を継続的に支援する機能を担っているという視点から開催している。  なぜなら、就業と日常生活の支援は一体的かつ継続的に行うことが不可欠であるため、おもに生活支援を担う役割をもつ保護者は、支援に対するイメージを就業支援を担う実務担当者と共有化することが必要だからである。  さらに、ライフステージに沿った支援を継続的に行うには、保護者は、部分的ではあっても切れ目のない一貫した支援体制を担う役割があると考えている。人生全体を通して発生する様々な問題は、特定の分野だけでは対処できないことが多く、保護者・企業・支援者の三者協働による包括的な支援が不可欠であろう。  支援ネットワークの構造は、支援の実務担当者同士で構成されるミクロネットワーク、個別の組織・機関の管理職レベルで構成されるメゾネットワーク、組織や機関を管轄する行政組織や政策レベルとしてのマクロネットワークの3層構造が望ましいとされる1.2)。このうち、保護者・企業関係者・教育や就労支援者による協働はミクロネットワークの構築を目指すものだろう。 (2)目的  こうした背景を踏まえて、発達障害者の就労と定着支援に関わる保護者、企業関係者、教育就労支援者の三者協働セミナーを開催した。  その目指すところは、これらの三者が、支援することの意義や目的、また、支援対象者の特性や貢献する社会資源の情報などを共有化することを通して、関係者が「顔の見える関係」を形成して、役割分担を明確にして支援が途切れないようにすることにある。  本研究は、アンケート結果をもとに、三者協働セミナーの効果について検討する。特に、保護者への効果に焦点を当てる。 2 方 法 (1)プログラム  セミナーは2部構成とした。第Ⅰ部(90分)の2人の講師(企業人事労務部署と就労移行支援事業所)による話題提供(テーマは「一人ひとりがベストマッチングするために」)に続いて、第Ⅱ部(80分)で6人編成によるグループディスカッションを行った。 (2)参加者  保護者24人、企業関係者29人、教育・就労支援者等14人(大学相談室4、教育関係者2、就労支援機関6、その他2)の合計67人である。 (3)グループディスカッションの目的と展開  第Ⅰ部の話題提供を踏まえて、保護者、企業関係者、教育・就労支援者の三者が相互理解を深め、提起された課題の解決に向けた知恵や工夫を提案し、それを「見える化」して、参加者全員が明確に意識化することを目的とした。  9グループで構成したが、各グループとも保護者・企業関係者・教育就労支援者が配属されるよう割り振った。自己紹介に続いて、あらかじめ内諾を得たファシリテーターのもとでディスカッションを行い(45分)、最後に各グル−プの発表(30分)を行った。 3 結 果  セミナー終了後のアンケート(回収率83.5%)のうち、自由記述(合計80件)の中の主な結果は次の通りだった。 (1)話題提供について  保護者は、①企業ニーズの理解(「企業ニーズに合致した働きができれば気持ちよく働ける」「特例子会社の特徴を知った」)や、②企業の立場の理解(「障害者は合理的 配慮を当然の権利と思わないこと」「我が子を支えて下さる企業人の力量のすごさに感激」「本人の自己理解が大切であり企業側はそれを受け止める姿勢がある」「好きな事とやれる事の違いが分かった」「企業側の努力と現実の厳しさを知った」)を深めることができた。それは同時に、③家族の就労準備に向けた心構え(「企業には情報を隠さず伝えて共有することが大切」「マッチングのポイントが見えた」「就労にむけた家庭での取り組みを知った」「さまざま就労支援事業所を見学して本人に見合った場所を探すことが大切」)を導いた内容だった。  企業関係者は、①支援者や家族への認識を改める機会(「支援者側の話を聞く良い機会」「情報の共有化が重要であることを明確に意識」「保護者の情報を入手する方法を改善する必要を認識」)となった。それは、②支援機関の理解の深化(「支援機関の就職に向けた段階的な設定を知った」「情報共有がマッチングを成功させ長く働ける環境を確保する」)と、③積極的な活用(「アセスメントを利用したい」「移行支援が明確な個別支援計画に基づいていることに安心」)の契機となるものだった。さらに、④実習の受け入れ(「実習生の受け入れも企業として必要である」「企業での現場研修の重要性を感じた」)とアセスメントの重要性について再認識を促した。 (2)グループディスカッションについて  保護者は、①企業の立場や視点について理解を深めた(「企業の要望から障害を認めて自己を知ることが大切とわかった」「特例子会社や支援者の立場がよくわかった」「企業の方の思いや言葉が聞けて良かった」)。このことは、②家族自身の振り返りに繋がった(「支援をしてもらうばかりでなく我が家のネットワーク作りを真剣に考えたい」「日々の向き合いが大事と考えた」「将来へのイメージを全く持てなかったが、今すぐに家庭ですべき事や活動すればいいかについて分かった」)。  企業関係者は、親・支援者と情報共有することの重要性を認識した(「親や就労支援事業所の人の率直な話が聞けて参考になった」「普段は話す機会のない保護者からの直接的な意見を聞けて有意義かつ新鮮」「立場の異なる人の話は、今後の取り組みの大きな情報になった」)。また、教育・就労支援者も、情報交換の意義を認識(「自分の立ち位置や出来る事が明確化した」)するとともに、自分の仕事を見直す契機となった(「様々な方と意見交換する機会は自分の仕事を見直すきっかけとなった」)。 4 考察と結論 保護者、企業関係者、教育就労支援者等が協働するセミナーはさまざまな効果をもたらすことが明らかになった。  第Ⅰ部の話題提供では、保護者は、企業のニーズや立場への理解を深めるとともに、家族の就労準備に向けた心構えを導いた。企業関係者は、支援者や家族への認識を改めるとともに支援機関の理解を深化させる契機となり、さらに、実習の受け入れとアセスメントの重要性について再認識を促した。第Ⅱ部のグループディスカッションでは、保護者は、企業の立場や視点について理解を深めるとともに家族自身の振り返りに繋がった。企業関係者や教育就労支援者は、情報交換の意義について再認識する契機となった。 グループディスカッション  それゆえ、今後とも三者協働のセミナーを継続的に開催して、相互の理解促進の援助をしたいと考えている。 他方で、アンケート結果から、今後の運営に関して次のことが明らかになった。  第1に、グループディスカッション時間の延長である。「今まで参加したセミナーの中で一番中身が濃かった(企業・保護者)」と指摘される中で、「時間が足りなかった」という意見が複数あった。これは、三者協働セミナーへの期待の大きさを反映するものだろう。  第2に、グループ構成員の割り振りへの配慮である。保護者から「企業側から家庭の対応の問題ばかり指摘された。支援者が加わっていればもっと生産的な話し合いになれたはず」と指摘された。三者協働のグループディスカッションは構成員によって成果が左右されるということだろう。 【参考文献】 1)松為信雄:就労支援ネットワークの形成,精神障害とリハビリテーション,Vol18.No2,162-167,2014 2)松為信雄:障害者の雇用促進と福祉の連携−リハビリテーションを視点として−,季刊社会保障研究,Vo137.No3,2002 発達障害者の職場適応上の課題と課題解決に向けた支援方法について~事業主支援の視点から~ ○木田 有子(東京障害者職業センター 障害者職業カウンセラー)  岡本 ルナ(国立職業リハビリテーションセンター 職業指導部職業評価課)  米田 衆介(明神下診療所) 青山 陽子(中央大学) 1 はじめに  障害者職業総合センター1)によると、発達障害者の職業生活の満足度の構成要素は「周囲の人たちの理解」「仕事のやりがい」「否定的な対応が少ない」の三つだとしており、事業主へ障害特性を的確に伝えることが支援者の重要な役割だと示している。また、米田2)は発達障害者の就労に必要となる能力として、①作業を行うために必要となる能力、②環境としての職場で周囲に疎まれないようにする能力を挙げている。①が配慮を前提とすることはイメージしやすいものの、②は発達障害の特性が影響している事柄であると認識されにくいため、起きている事象の捉え方や対処の方法が異なってくると考えられる。  そこで本調査では、発達障害者の職場適応上の課題について、事業所の担当者が発達障害の特性とは気づきにくい点及び、支援者側が留意すべき事業主支援のポイントを明らかにすることを目的とする。 2 方法 (1)調査対象  東京障害者職業センターが、事業所担当者と繋がりのあることを条件とし、知的障害を伴わない発達障害者を雇用する事業所、及び発達障害者の雇用経験がある事業所のうち、調査の了解が取れた10社を選定した。選定に当たっては、「事業所の担当者が特性とは気づきにくいことを明らかにする」目的から、発達障害の障害特性に詳しい担当者を配置している可能性の高い特例子会社を除いた。 (2)調査の方法・調査の内容  調査は半構造化面接によるインタビュー方式とし、事前に送付した質問票の内容を確認した後、具体的なエピソードを表1の観点から聞き取った。表1の作成に当たっては、障害者職業総合センターによる『発達障害者の企業における就労・定着支援の現状と課題に関する基礎的研究』3)に掲載されている事例から類型化した。また、エピソードの聞き取りは図の流れで行った。 3 結果  インタビュー対象事業所の概要等を表2に示す。 (1)「対応した事業所担当者の評価」について  図及び表2の網掛け部分に示す事業所の担当者の評価に注目した結果、以下ア~ウに示す傾向が認められた。 ア ネガティブな評価をしたA社及びC社  発達障害者の社員を正社員として登用し、労働条件面では他の社員との差が無く、履歴書上での評価(学歴や資格等)が高かったこと、入職当初は支援機関による訪問等はなく、課題が表面化した後に支援機関につながり、対処していた点に共通項があった。  また、A社では、本人の周囲で勤務している社員は「職場内での言動を改善してほしい」と表現しており、C社は「せっかく力を注いで育てても不適応(退職)になってしまうことへの脱力感がある」と表現している。 イ ポジティブな評価をした6社  6社のうち、事前に特性の勉強を行ったのは1社のみであった。また、就労中の本人を「よくがんばってくれている」と6社とも表現していた。そのコメントにつながる各社の背景としては、D社とI社は職務内容や職場環境が構造化されていたこと、G社とH社は事業所の新人教育システムを汎用して対応できていたことや、時折発生する「特性なのか性格なのかわからない」ことを外部の支援者に助言を求めていたこと、B社とJ社は作業面・職場ルールの理解という点での課題は発生しつつも、ジョブコーチ支援(以下「JC支援」という。)によってタイムリーに課題解決を図っていたことであった。 ウ どちらともいえないと評価したE社及びF社  E社は、「発達障害者の社員に対して特性を理解して対応すべきと考えるため丁寧な対応が求められるのは当然である」と表現する一方、中小企業のために現場社員のゆとりが無い中で調整をすることの難しさが述べられている。F社の担当者は発達障害の特性を予め把握していたが、「特性に起因すると十分理解しているが、同じことが何度も続くとなぜだろうかと思ってしまう」と表現している。 (2)JC支援の有無で分かれる支援者の対応内容  JC支援を活用している事業所では表1で定義した問題分類①~③への外部の支援者による介入が多く、問題分類⑤は発生していなかった。JC支援を活用していない事業所では①~③への介入の多くは事業所が行なっている一方、問題分類⑤は外部の支援者による介入が多かった。  また、JC支援を活用している事業所では、発達障害者の社員に対応するキーパーソンを定めていたため、JCが訪問する際にキーパーソンに特性説明をしており、その結果、他の健常者社員からの疑問にもキーパーソンがタイムリーに対応することができていた。 (3)全体の傾向について  本調査の依頼段階で問題分類④「より一般的な社会常識の逸脱に関する理解」に課題が出ている事業所からは調査の依頼段階で同意を得られなかったことが影響しているとも考えられるが、問題分類④に課題が発生しているのは1社であった。 4 考察 (1)共通する事業主支援のニーズについて  JC支援を活用していない事業所の多くは、他の健常者社員の障害理解に対する対応を、外部の支援者に求めていることが窺え、JC支援を活用した事業所では問題分類⑤の課題が発生しにくい成果が得られているとも考えられる。  これらのことから、発達障害者の定着支援においては、JC支援の有無に関わらず、問題分類③~⑤に早期に対応すること、問題分類③~⑤は発達障害の本来的な特性であるという理解を深めるための支援を、継続的に行っていくことがポイントになるといえるだろう。そのためには、雇用前に実施する機会の多い特性理解の啓発研修に加えて、雇用から一定期間経過した後にも発達障害者の社員を事例とした特性理解の研修を行うことで、事業所担当者の実感を伴う特性理解に繋がると考えられる。 (2)事業所側の受け入れスタンスから分かること  今回の調査では、2社の担当者が本人の課題への対応後にネガティブな評価をしており、両者の共通点は健常者の社員と限りなく同様の労働条件で発達障害者の社員を雇っていることだった。一方で、問題分類⑤「他の社員への障害理解への対応」を必要とする事業所が必ずしもネガティブな評価をしているわけではなかった。  今回の調査から得た事業所の社員が抱くイメージから推察すれば、「社員である発達障害者」に問題分類③や④の課題が発生した際に、企業の担当者は問題の背景を自分自身の過去の経験則で推測しようと試みるため、疑問や不全感が生まれやすくなるように思われた。この場合、事業所の担当者は、通常の枠組みで考えられる対応策を講じるため、障害を踏まえた効果的な対応に至らず、結果的に問題が長期化し、対応する社員のネガティブな評価に繋がったものと考えることができる。 5 まとめ  従来から就労支援の現場では、事業所の配慮事項と本人の努力事項を整理することは、重要な支援目標として取り上げられてきた。知的障害を伴わない発達障害者に対してこのような支援を実施するに当たり、事業所の担当者や同僚が下すネガティブな評価の事例を把握し、発達障害者に関わった経験の少ない健常者が陥りやすい評価のポイントを明確にしつつ、事業所の配慮事項と本人の努力事項を明らかにできれば、発達障害者が組織の中での関係性を維持して働き続けることに繋がるものと考える。  また支援者は、事業所が「他の社員と同じ」と見て接している場面も多くあることを理解しつつ、事業所が配慮しようとしていること、本人が求めている配慮を的確に見極め、両者にとってメリットと感じられる調整を行っていくスキルが求められると思われる。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:発達障害者の職業生活への満足度と職場の実態に関する調査研究 No125(2015) 2) 米田衆介:自閉症スペクトラムの人々の就労に向けたSST「精神療法 第35巻第3号」,金剛出版(2009) 3) 障害者職業総合センター:発達障害者の企業における就労・定着支援の現状と課題に関する基礎的研究 No101(2011) 発達障害の就労支援と社会的認識に関するチェックリスト作成の試み ○中村 有志(国立障害者リハビリテーションセンター 自立支援局 作業療法士)  加木屋 小夜里・小林 菜摘・藤井 知亨・荒木 俊晴・渡邊 明夫 (国立障害者リハビリテーションセンター 自立支援局) 1 背景  国立障害者リハビリテーションセンターでは、平成20年から実施した「青年期発達障害者の地域生活移行への就労支援に関するモデル事業」を踏まえて、平成24年度より、発達障害者の就労移行支援事業を開始した。当センターでは、「体験をとおして学ぶ」ということが重要であると考え、 施設内訓練や職場実習、行事参加、働いていくために必要な日常生活訓練等の支援を、作業療法士や生活訓練員等が連携をとりながら行っている。  近年、発達障害の診断と発達障害者の障害福祉サービスの利用の増大が見られており、当センターの就労移行支援事業においても、利用者の障害特性や二次障害、知的水準の幅に広がりが見られている。それに伴い支援ニーズも増大してきたが、就労支援における支援ニーズを抽出するアセスメントツールがないことから、支援者間で統一した個別支援計画の策定や支援プログラムの設定ができない現状がある。支援を行っていく中で、多くの利用者に就労のベースとなるべき日常生活活動に何らかの課題があり、その要因は、日常生活活動が社会的な認識に結びついていないことである、と考えられた。そこで、「就労」という上位目標の下で、社会的な認識に関する3つの下位目標、「自己理解」、「他者理解」、「社会的規範の理解」を設定し、支援プログラムを実施、実施した支援モデルを分析することで、支援プログラムを整理し、社会的認識に関するチェックリストの試作を行っている。  本報告では、当センターの就労移行支援事業で行っている取り組みと、その結果をもとに試作しているチェックリストについて報告する。 2 方法 (1)対象者  当センターの就労移行支援を利用した、また利用中の発達障害者。 (2)訓練内容 ①施設内訓練  作業活動や調理訓練、グループ活動、リハビリテーション体育等を通して、作業の方法や、社会人としてのマナー等の学びに向けた訓練、体力作りを目的とした訓練を行った。また必要があれば日常生活訓練を行い、身辺管理や簡単な家事などの体験を積み重ねる訓練を行った。 ②行事参加  文化祭や体育祭に参加することで、主体的に取り組む体験や他者と協働する体験、それらをとおしてコミュニケーションについて学べるように訓練を行った。 ③職場実習  職場体験をとおして、組織の仕組みや規範について理解できるように訓練を行った。また、就労準備支援として事務補助作業や郵便配達作業に取り組み、体験から学んだことをもとに、社会人としての視点で自分の得手不得手を整理し、就職活動に備えられるよう支援した。 3 結果 表 試作したチェックリスト カテゴリー 達成の有無 (達成していれば○) 1.他者との受身的な相互作用 2.他者への肯定的関心 3.主観的事実と客観的事実の乖離への戸惑い 4.限定的な近未来への展望 5.社会的規範の認知 6.社会的基準に基づいた自己認識 7.社会的対応の必要性の認識 8.自己の成長への気づき 9.漠然とした自己の課題設定 10.漠然とした将来像への言及 11.体験から拡大した希望 12.社会的規範の体験的学習 13.他者との能動的な相互作用 14.他者との意志疎通の困難さへの言及 15.内省 16.具体的な自己の課題の設定 17.自立への言及 18.自己の客観的評価 19.就労に向けた自発的な課題設定 20.日常生活における自発的な課題設定 21.自己の特徴への関心  訓練を行うことで、「自己理解」、「他者理解」、「社会的規範の理解」の体験的な理解が得られたことがうかがわれた。就労において、社会的認識が重要な要因であると考えられたことから、表のような、21項目からなる社会的認識に関するチェックリストを試作した。 4 考察  訓練期間に定期的にチェックリストを使用し評価を行うことで、現在の認識の状況、経時変化を確認することができれば、より有効的な訓練を行うことができると考えられる。  今後、本チェックリストの有用性を明確にするためには、より多くの事例を積み上げ、詳細な分析を行い検証していく必要がある。 発達障害者に対する職場対人技能トレーニング(JST)の改良の取組について ○小沼 香織(障害者職業総合センター職業センター企画課 障害者職業カウンセラー)  障害者職業総合センター職業センター企画課 1 はじめに  障害者職業総合センター職業センター(以下「センター」という。)では、平成17年度から発達障害者を対象としたワークシステム・サポートプログラム(以下「WSSP」という。)を実施し、WSSPを通じて発達障害者への効果的な就労支援技法の開発に取り組むとともに、地域の就労支援機関に対して、これら支援技法の普及を推進している。  WSSPは、グループワーク主体の「就労セミナー」、「作業」、「個別相談」から構成されており、この三つを関連付けながら障害特性や職業上の課題についてのアセスメントと、これに基づいたスキル付与支援を行っている1)。  就労セミナーには四つの技能トレーニングがあり、その一つが、職場におけるコミュニケーションスキルの向上を目的とした「職場対人技能トレーニング(以下「JST」という。)」である。現在、多様な障害特性に視点を置き、その有効性を高めるとともに、就職から職場定着に至る様々な場面での活用を図るための改良に取り組んでおり、その中間報告を行う。 2 職場対人技能トレーニング(JST)の標準的な流れ  現在、WSSPで実施しているJSTの流れと主なテーマを整理したものを、図1に示す。JSTは、受講者5名程度のグループで、毎回テーマを設定し、1回当たり2時間程度のセッションとして実施している。 3 JST実施状況の分析  JST受講者へのアンケート結果及び支援を実施したスタッフへのヒアリングを基に課題点の整理を行った。 (1)WSSP受講者の感想  平成24~27年度にWSSPでJSTを受講した56人に対し、JSTが「役に立ったか」「講座の内容のレベルが合っていたか」について、アンケートを行った。アンケートの結果は図2、自由記述欄で挙げられた意見を表1にまとめている。  アンケートでは、「どちらかと言えば役立った」も含めJSTが「役立った」と言う意見が8割を超えており、対人対応面の理解を深めたり、自信の向上に役立つことが確認できた。しかし、内容のレベルは「自分に合っていた」と答えた者は約半数で、「易しかった」「やや易しかった」と答えた者、逆に「難しかった」「やや難しかった」と答えた者がそれぞれ2割以上いた。また、改良の参考になる意見として、「自分の課題に合わせたテーマのバリエーションがあると良い」「実際の職場に合わせたロールプレイができると良い」という意見が挙げられている。  これらの結果を踏まえると、以下の2点が講座を実施する上での課題と思われる。 ①様々な障害特性と、知的レベルや経験に差がある対象者の多様性への対応 ②一人ひとりに合わせた課題や場面設定をどのように行うことができるか 表1 WSSP受講者のアンケートに書かれた意見 「役立った」「どちらかと言えば役立った」と答えた方の意見 ・これまで困っていたことがテーマになっており、クッション言葉などの具体的な対応をきちんと教えてもらえる機会があって良かった。 ・自分がロールプレイをしてみたり、他人のロールプレイを見ることで、自分が他人からどう見られているか、どう振る舞えばその場に適した行動になるのかを理解することができた。 ・自分ができている部分を確認でき、自信になった。 ・あらかじめ練習をしていたことで、実際の困った場面でも慌てずに行動できた。 改良の参考となる意見 ・ある程度わかっている内容もあったので、もう少し自分の課題に合わせたテーマのバリエーションを増やしても良いと思った。 ・電話対応など、在職中の職場で起こった状況に合わせたロールプレイができるとさらに良かった。 (2)JSTを実施する支援者への聞き取り  地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)では、平成19年度から発達障害者を対象とした就労支援カリキュラムを試行実施し、平成25年度に全国導入を完了し、就労セミナーの中でJSTを実施している。地域センターやWSSPで就労セミナーを担当しているスタッフそれぞれに、JSTの実施状況について聞き取りをした結果は表2のとおりである。  聞き取りの中では、情報の受信の苦手さや、想像力の苦手さ等の様々な特性に応じた実施の難しさや効果が十分に得られていないケースがあること、求職者向けの支援場面での活用に限らず「JSTを在職者への支援でも活用できると良い」という意見が挙げられている。 表2 支援者(地域センター、WSSPスタッフ)からの意見 4 考察  実施状況の分析を行った結果、JSTをより効果的に活用できる支援技法とするための改良のポイントとして、以下の2点が挙げられる。 ①多様な障害特性に合わせて、技法をより有効に活用するための工夫 ②就職から職場定着まで、様々な場面での活用を図るための工夫  それぞれの改良のポイントに合わせた工夫点を表3にまとめている。現在実施しているセッションや基本的なやり方を踏まえつつ、以下のような実施方法の工夫を行うことで、より効果的な支援になるのではないかと考える。 ・導入用のグループワークの検討 ・他の支援技法との組み合わせによる場面設定の工夫 ・事前準備の工夫 ・ワークシートの工夫 ・企業内JSTの試行  今後はこれらの点を踏まえ、WSSPにおける実践をとおして効果の検証を行い、その成果を実践報告書として取りまとめていくこととする。 表3 改良のポイントに合わせた工夫点 多様な障害特性に合わせた改良の工夫点 特性 状況の読み取りが苦手 ●導入用のグループワークの検討 →着眼点やルールの存在を伝える テーマ例:表情認知、タイミングを読みとる時のポイント、GoサインとNo-Goサイン 想像することが苦手(自ら場面設定が難しい、共有が難しい) ●他の支援技法との組み合わせによる場面設定の工夫 →ロールプレイを行う際の、状況や課題の整理を他の支援技法を活用して行う 例:問題解決技能トレーニング+JST   リラクゼーション技能トレーニング+JST 判断(考える)→送信(話す)に時間がかかる ●事前準備の工夫 →受講前に、セッションの中で確認したいことを、事前準備シートを用いて準備できるようにする 言葉の結びつけ、想起がしづらい ●ワークシートの工夫 →過去の受講者の例を記載するなど、場面設定が思いつきづらい場合の手がかりを示す 様々な場面で活用を図るための改良の工夫点 活用場面 求職者支援 ●ワークシートの工夫 →ワークシートを改良し、就職先の会社に合わせて汎化できるためのステップを加える ①一般的なルールを知る(求職活動中)  …知識を得る、本人の自信の向上 ②会社ごとのルールを知る(就職後) …就職後、会社ごとに合わせた望ましい対応方法を確認する 在職者支援 ●実際の職場での場面や課題に合わせた場面設定の工夫 →在職中の職場で起こった状況に合わせてJSTを実施する(個別/グループ) 例:問題解決技能トレーニング+JST   問題状況分析シートを活用して、問題が生じた状況の整理や共有を行う 事業主支援 ●企業内JSTの試行 →会社(A社、B社…)に合わせたふるまい、マナーを伝達することができる技法としての検討 例:JSTを活用したビジネスマナー講習3) 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:障害者職業総合センター職業セン ター支援マニュアルNo.4発達障害者のワークシステム・サポートプログラム 障害者支援マニュアルⅡ(2009) 2) 武澤友広他:発達障害者の表情識別に関する特性の検討 その1~F&T感情識別検査及び表情の注目箇所に関する検討~、第23回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集、p.204-205(2015) 3) 浅野栄治他:JSTを活用したビジネスマナー定着までの取り組み~会社の印象アップと、より良い職場環境の為に~、第23回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集、p.30-31(2015) 【連絡先】  障害者職業総合センター職業センター企画課  e-mail:csgrp@jeed.or.jp  Tel:043-297-9042 発達障害者に対する雇用継続支援にかかる一考察~職場復帰における「在職者のための情報整理シート」活用事例より~ ○古野 素子(障害者職業総合センター職業センター企画課 障害者職業カウンセラー)  障害者職業総合センター職業センター企画課 1 はじめに  障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)では、平成17年度から発達障害者を対象にしたワークシステム・サポートプログラム(以下「WSSP」という。)を実施し、発達障害者への効果的な就労支援技法の開発に取り組んでいる。  事業主は発達障害者の雇用管理において問題解決の難しさを抱えている。一方、発達障害のある従業員も職場で様々な悩みを抱えているが、その内容は事業主の捉え方とは異なっていることが多数見受けられる。こうした点に着目して、平成25~26年度においては、就業中又は休職中の発達障害者に対する職場適応又は職場復帰のための支援(以下「雇用継続支援」という。)を実施し、取組から得られた支援の方法やポイントをまとめた実践報告書を作成した1)。  この実践報告書には、支援ツール「在職者のための情報整理シート(以下「情報整理シート」という。)」を資料編に掲載しており、本報告では職場復帰支援における効果的な支援について、WSSPにおいて発達障害者の情報整理シートを活用した事例から検討を行う。 2 在職者のための情報整理シートについて  情報整理シートは、事業主が、従業員とコミュニケーションをとりながら雇用継続のための「就業状況(現状)の把握」や雇用継続のための「共通の目標設定」に活用するコミュニケーションツールの一つとして位置付けている。情報整理シートは「事業主用」と「従業員用」の二種類があり、いずれも「健康面・体調面・生活面」、「職場のコミュニケーション」、「ビジネスマナー」の領域を設定し、基本的に下位のチェック項目を同様の内容としている。活用の基本的な流れは、図に示す4つのステップに沿って進めることとしている。 3 方法  平成27年度にWSSPを受講した3名の在職者(休職者)への職場復帰支援事例について、情報整理シートの活用方法、情報整理シートからみられた傾向及び支援への活かし方、支援結果等の視点から整理を行った。 4 対象事例の支援状況  情報整理シートを活用した支援状況について整理した結果を表に示す。3事例とも情報整理シートを活用し、両者の考え方や捉え方を把握した上で職場復帰を目指してWSSPを実施した点は共通しているが、情報整理シートの活用方法(活用のタイミング、共有の範囲や内容)については異なる点もみられる。 5 考察 (1) 情報整理シートの有効性  情報整理シートの効果について、職場復帰支援を実施した事例を検証した結果、次のことが挙げられる。 ・共通の項目に沿って聞き取りを行うことにより、事業主と従業員の現状の就業状況についての考え方や捉え方を把握することができる。 ・両者の捉え方を視覚化して確認することができる。 ・確認できた就業状況に基づき、両者が共通の目標を設定することができる。 (2)効果的な支援を実施するための活用のポイント  情報整理シートについては、Step1で両者の就労状況に対する捉え方の相違を視覚化し確認することに加えて、Step2以後の問題の明確化や目標の設定の行うタイミングや方法を工夫することが、(1)で述べた有効性に加え、その後の支援を効果的に実施するためには重要である。 ア タイミング  情報整理シートを共有し、雇用継続のための共通の目標設定以降「後半の支援」に取り組む期間が十分に残されているタイミングでの実施が効果的と思われる。  なお、「後半の支援をより有効にするために」と目的を説明し情報整理シートの提案をすると、活用への動機づけにつながりやすい効果もみられる。 イ 事業所側との共有  職場復帰に当たって、復帰の時期やリハビリ出勤制度の活用等を事業所内で判断するキーパーソンは産業医であることが多い。産業医の捉え方、休職の再発防止の観点からの懸念事項や不安等を把握し共有することが、現実的な対処や配慮を要する事項の検討につながり支援効果を高めると思われる。 ウ 具体的なエピソードレベルでの共有  相違点について事業主と従業員双方の捉え方を確認、共有する際には、具体的なエピソード・行動レベルでの共有を図る方が、その後の支援効果を高めやすい。  本報告では検証事例が少ないため、より様々なタイプの発達障害者の職場復帰や職場定着の支援技法として用いることができるよう、さらに実践を積み重ねながら、効果を高める活用方法の工夫について、引き続き検討を深めていきたい。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:障害者職業総合センター職業センター実践報告書No.27発達障害者に対する雇用継続支援の取組み~在職者のための情報整理シートの開発(2015) 【連絡先】 障害者職業総合センター職業センター企画課 e-mail:csgrp@jeed.or.jp  Tel:043-297-9042 表 情報整理シートを活用した支援状況 大型トラックドライバーの復職支援~第一種大型自動車運転再開支援の介入を中心に~ 丹治 賢太郎(社会福祉法人わたり福祉会 介護老人保健施設はなひらの リハビリテーション室 作業療法士) 1 はじめに  道路交通法の改正に伴い、脳損傷者は自動車運転再開前に臨時適性検査を受けなければいけない。今回、脳梗塞を呈した大型トラックドライバーに運転再開支援を行い、復職できた事例を報告する。 ※事例は発表者が現在勤務する施設系列の福島医療生協わたり病院回復期病棟にて担当したものである。 2 基本情報 (1)一般情報  ①年齢:50代前半 ②性別:男性 ③職業:長距離大型トラックドライバー(約30年ドライバー職に従事) ④本人の希望:ドライバー職に復帰したい ⑤妻の思い:ドライバー職に不安あり、軽作業の仕事に復職してほしい (2)医学的情報  ①現病歴:仕事中に言葉が出づらくなり、数日後のX年Y月Z日かかりつけ医にて脳梗塞が疑われ、同日、総合病院にて左分水領域梗塞、左中大脳動脈・右内頸動脈狭窄の診断を受け入院となり保存的治療を受ける Z+9日後リハビリ目的にて当院転院となる ②既往歴:高血圧 (3)他部門情報  ①医師:梗塞巣は頭頂葉にかかっており、空間認識に影響する可能性あり→大型自動車運転時に影響する可能性もあり ②理学療法士:身体機能・体力の維持・向上を目的に介入 SIAS(脳卒中機能障害評価法)74/76点 ③言語聴覚士:言語機能の改善を目的に介入 レーヴン色彩マトリクス検査34/36点 日常会話問題なし、複雑な内容は返答に遅れることあり ④看護師:院内生活自立、服薬管理可、療養生活記録表実施 ⑤社会福祉士:経済状況は就労収入、病休中 3 作業療法評価 (1)身体機能:著明な運動麻痺・筋力低下・感覚障害なし  基本動作・独歩・階段昇降自立 (2)FIM:126/126点 (3)神経心理学評価 ①自動車運転カットオフ値以上(初期評価のみ実施) MMSE 27/30点 CDT 10/10点 FAB 16/18点 TMT−B(縦) 156秒 コース立方体 IQ119 レイの複雑図形 模写36/36点 即時24/36点 ②自動車運転カットオフ値以下 (4)ドライビングシミュレーター(以下「DS」という。) 初期 最終 運転適性 やや注意 普通 総合体験 安定性なし 安定性あり 危険予測体験 安全 安全 ハンドル・ウインカー・アクセル操作(身体動作) 良好 良好 (5)実車評価(場内教習) Road Test 60/60点 深視力 正常 ※大型車の特徴1) ① 運転席が高く遠くまで見え、前方の視認性はよい ② 死角が多い→ミラーを多く設置し代償している   (縦長のサイドミラー、アンダーミラーなど)   平ボディ車以外ルームミラーは実用性なし ③ 道路標識や看板やトンネルの高さに注意が必要 ④ 全長(約12m)とホイールベースが長い   →内輪差、オーバーハングに注意が必要 ⑤ 2速発進 ⑥ エアブレーキ、排気ブレーキ ⑦ 坂道はエンジンブレーキで制動する ⑧ ブレーキの制動距離は長い ⑨ 先を読む運転、流れにのる運転、積み荷の状態など 4 作業療法計画 (1)目標:運転免許センターにて臨時適性検査を受け、 第一種大型自動車の運転再開が可能となる (2)プログラム:①神経心理学評価 ②DS ③認知機能訓練 ④実車評価 ⑤運転免許センターにて臨時適性検査 ⑥物品運搬動作訓練 5 介入経過  当院の自動車運転評価様式に沿って神経心理学評価から実施した。その結果、TMT−A(縦)、かなひろい、F−SWCST(ウィスコンシンカード分類課題)の3検査でカットオフ値に満たない結果となった。また、DSの運転適性検査では、やや注意と判断された。神経心理学評価とDS検査の結果からは一見、注意機能の低下があると考えられる。しかし、評価中の様子を観察していると、正確な答えを導くことは可能であったが決定的に一問ずつ消化していくことはできず、不安をもちながら次の問題へ取り組んでいる様子であった。そのため、病前に比べ、情報処理速度や判断力が低下したと考えられ、認知機能訓練を実施し、自主トレでは脳トレドリルやナンプレを行った。  DSでは運転適性、総合体験で低評価の判定であった。指示への対応遅れ(車線変更が間に合わない)、指示への対応違い(右折と左折)などがみられた。その他の夜間コースや高速道路コースなどの応用コースも行い、指示への反応もよくなり徐々に改善がみられた。また、神経心理学評価も適宜行い、DSの検査結果も向上がみられたため実車評価実施が可能と判断した。  実車評価は教習所に依頼し、場内教習を行った。評価方法はRoad Testを用い、前述した大型車の特徴にも注意した。教官の指示に遅れることなく対応でき、車両感覚や空間認識もよく、他教習車との協調性もとりながら安全に運転可能であった。教官からは「運転の感覚は概ね良好。今後も安全確認の目視の範囲を多くするように。」とのコメントをいただいた。  妻も教習中の様子を見学し、教官から説明を受け安心した様子であった。また、運転中の様子や教官のコメントを動画撮影したものをリハビリ時に観てフィードバックを行った。  その後、臨時適性検査も実車評価時と同様に事例と妻、作業療法士が同行し受けに行った。免許センター職員からは、発症時からの経過、服薬状況、身体機能、片足立ち能力、認知機能などの確認をされ、適宜、作業療法士がこれらの質問事項に医療的な面も加味しながら答えた。  また、トラックドライバーの業務内容は運転だけでなく、重量物の運搬動作も当然必要である。そのため、物品運搬動作訓練として、最大10㎏のものを独歩、台車で運ぶことや台車から高めの棚への積み下ろし作業などの動作訓練を行った。耐久性も維持されており、動的バランスを崩すことなく安全に動作可能であった。 6 結果 (1)神経心理学評価・DS  初期評価時にカットオフ値以下や低評価のものも適宜再評価し退院時にはほぼ上回る。 (2)臨時適正検査  運転免許センターに、事例と妻、作業療法士が同行し、第一種大型自動車の運転再開が可能となる。 (3)追跡調査  Z+57日後に当院退院し、一か月自宅療養後、大型トラックドライバー職に復帰となる。会社側の配慮もあり、少しずつ仕事量を増やしながら職務を遂行している。 7 考察  神経心理学評価やDS検査より、実車評価をするには情報処理速度や判断力の向上が必要と考え、認知機能訓練を行った。また、本人にも評価結果と低下している部分を具体的に伝え、意識的に自主トレを取り組めたことにより、低下した認知機能が向上したと考えられる。  「加納2)によれば、運転を職業(タクシー、トラック運転手)にしている熟練ドライバーはドライビングの技術も高い。熟練ドライバーは初心者に比べ相手ドライバーの意図を読み取ること、危険察知能力に長けているとの報告もあり、神経心理検査の数値が低下していても実際の運転では円滑に運転できる場合もある、と述べている。」  よって、事例においても約30年のドライバーの職歴があることから、神経心理学評価でカットオフ値に満たないものもあったが、DSの危険予測体験では初期評価時より安全と判断され、実車評価でも車両感覚や空間認識の低下はみられず、安全に運転が可能であったと考えられる。  当院の運転再開支援プログラムでは、通常は臨時適性検査の同行はしていないが、復職を目的にした大型自動車の運転再開のためには作業療法士が同行し、医療機関~教習所~免許センターとの連携役を担うべきと考えた。  作業療法士が免許センター職員に医療機関での経緯や実車評価の様子を的確に伝えたことにより、円滑に臨時適性検査が行え、運転再開可能となり、職業ドライバー支援が実現でき、妻の不安も解消できたと考えられる。 8 おわりに  会社との直接のやりとりは事例・妻のみで病院からの情報は伝言という形で行った。医療機関から直接的に会社に情報を与えることで、安全面も含めて復職支援がよりスムーズにできたとも考えられる。また、今回は担当作業療法士が第一種大型自動車運転免許を所持しており、トラックドライバーの職歴があったことから総合的に必要な支援が可能であったことも環境要因の一つと考えられる。今後も職業ドライバーの復職支援の機会は少なくないと考えられる。そのためにも、各関係機関との連携の継続、新たな連携先の開拓をしていく必要がある。 【参考文献】 1) 小川政一、清水勤:若年世代に贈るトラッカー講座,「カミオン 第33巻 第5号 No.401」p.115-122,芸文社(2016) 2) 加納彰:脳卒中者の自動車運転,「作業療法ジャーナル 6月増刊号 Vol.48 No.7 脳卒中の作業療法 支援技術から他職種連携・制度の利用まで」p.762-768,三輪書店(2014) 脳挫傷後、高次脳機能障害を呈した方への復職支援~地域障害者職業センターとの連携により復職達成された一事例~ ○金谷 浩二(医療法人永広会 八尾はぁとふる病院 リハビリテーション部 理学療法士)  武平 孝子(医療法人永広会 八尾はぁとふる病院 リハビリテーション部)  小野 仁之(医療法人永広会 八尾はぁとふる病院 診療管理部医局) 1 はじめに  本事例は、高次脳機能障害の影響(注意、記憶、遂行機能の全般的な低下)により、本人が職場復職の具体的計画立てなどの相談を職場担当者とうまくできていなかったため、地域障害者職業センター(以下「職業センター」という。)の介入を依頼、職場担当者との打ち合わせを重ね、結果的に職場復帰達成に至った。  本事例の経過と、支援内容を振り返り、報告する。 2 症例紹介  40代、一人暮らしの男性で、倉庫業兼運送業(2階建ての倉庫の現場監督、夜勤担当)をされていた。  X年に職場倉庫の中で頭部打撲され、A病院に救急搬送された。脳挫傷をともなう右前頭葉内急性硬膜下血腫と診断されるが、血腫は大きくないため保存的治療の方針となった。3週間ほど意識がなく、発話もなかった。  その後、A病院の回復期リハビリテーション病棟を経て、受傷後約5ヶ月で、両親の住む実家へ退院となった。  退院後すぐに目標(独居生活、職場復帰)達成に向けたリハビリテーションが継続できるよう、当院のリハビリテーション科外来へ紹介となった。 3 初期評価と方針設定  頭部CTでは右前頭葉・弓隆部の損傷が目立ち、遂行機能、ワーキングメモリ、情動コントロールなどの障害が懸念されるため、作業療法(以下「OT」という。)と評価が開始となった。また、特に四肢の運動麻痺は認めないものの、受傷後から両手指と左肩の運動制限と痛みがあるということで、併せて理学療法(以下「PT」という。)も開始となった。  Trail Making Test(以下「TMT」という。)は、Part-A は所要時間174秒、Part-Bは所要時間270秒であった。リバーミード行動性記憶検査(以下「RBMT」という。)は、標準プロフィール点15/24であった。遂行機能障害症候群の行動評価(以下「BADS」という。)は、修正6要素検査にて、ルールを理解しているが、手をつけることができたのは2課題のみであった(プロフィール得点1/4)。以上のことから、注意、記憶、遂行機能の低下が確認できた。  上肢機能に関しては、両手指の屈曲制限と筋力低下が著しく、握力は右14.4kg、左18.4kgであった。左肩は自動屈曲90°と制限は強いが、日常生活に大きく支障をきたすことはなかった。 体力低下も認め、連続歩行は10分程度が限界であった。  本人は、早期の復職と、独居生活への復帰を強く望まれていた。先に述べた高次脳機能低下、上肢機能低下、体力低下が復職、独居復帰にどう影響するかを探りながら、必要な治療プログラムを立案していくこととした。併せて、職場担当者との打ち合わせを経て、どのような業務形態からまず復職していくかを考えていくようにした。 4 介入開始と経過  通院開始より3ヶ月(発症より8ヶ月)経過した頃から、本人よりそろそろ復職したいという発言が増えてきた。 仕事については「できると思う」と話されるが、通勤手段の確認や、復帰後の職務内容等の具体な話を職場担当者とおこなえていなかった。遂行機能、病識の低下から、自ら予定を立てて取り組むことが難しく、促してもなかなか行動につながらない、というところが目立った。  また、元々から家族とのコミュニケーションをほとんどとらなかった経緯もあってか、家庭で今後の話(意思疎通)がなかなかできないという悩みを両親から告げられており、本人、家族の代弁役をPT、OTが担う関わりも多かった。  今後の方向性の確認、目標設定のための面談の日程を調整していたが、発症より9ヶ月目に、てんかん発作があり救急搬送された。それを受けて、職場担当者より、復帰の具体的な話は「症状をみながら」ということとなり、しばらく見送られることになった。  本人は、発作のショックが大きかったのか、活気がなくなり、ほとんど外出することがなくなったようであった。職場担当者は「職場の管理をしていた本人の立場も踏まえて放っておけない」という気持ちも話されていたため、職場、本人、家族との話合いのもと、今後の職業復帰計画について職業センターへ相談する運びとなった。 5 職業センターとの連携  職業センターの担当カウンセラーに経緯を説明し、ワークトレーニングの導入と、今後の復職計画を立ててもらいたいという要望を伝えた。職業センターが用意できることとして、①職業評価、②職場との打ち合わせ、③職業準備支援、という提案があった。  まず職業センターでの職業適性評価をおこなうため、当院での評価内容、本人の職業内容、就労に関する医師からの意見(特に疲労や発作誘因などの注意事項など)を情報提供した。  職業センターより、職業適性検査の結果から、条件を整えれば職業復帰可能ではないかということであった。職場との打ち合わせにより復帰方法、復帰時期など具体化すればという意見を受け、具体的な復職に向けた打ち合わせ会議を設定した。 6 復職に向けた打ち合わせ  受傷より12ヶ月が経過したところで、復職に向けた打ち合わせ会議を実施した。  職業センター担当からは、即時的な記憶、注意の分配、自ら予定を立てて取り組むことが難しいこと、作業課題(ピッキング)では正しくできているが、連続する作業は疲労する印象を受けるので、作業範囲、内容を限定して復帰することがしばらくは望ましいのではないかという提案があった。  それを受け、2週間程度、職場内作業を短時間おこなう機会(試し出勤)を設け、今後の具体的に考える職務内容を職場から洗い出し、その内容を踏まえて、外来リハに併せ、職業センターでのワークトレーニングを約2ヶ月間(月~金、9:00~15:00)おこなうことが決まった。 7 打ち合わせからの各経過と、復職前の最終確認  試し出勤は、バラ発注のピッキングから開始した。業務内容を鮮明に覚えており、順調に作業遂行できたとのことであった。試し出勤開始時期から右肩が痛くなりはじめ、5~10kgの重量物持ち上げが難しくなった。痛みについては当院整形外科を受診し、鎮痛薬投与とPT追加開始となった。(その後徐々に痛みは改善し、持ち上げ動作は可能となった。)  職業センターのワークトレーニングでは、反復軽作業を中心とした作業課題を実施した。集中できており、作業スピードも特に不足なかったとのことだった。自らメモを活用し、記憶面を補完することができていたようである。  OT評価では、TMTは、Part-Aの所要時間96秒、Part-Bの所要時間126秒であった。RBMTは、標準プロフィール点18/24であった。BADSは、修正6要素検査にて、全ての課題に手をつけられていた。注意、記憶、遂行機能と、初回より改善がみられていた。  ワークトレーニングが終わった時点で、再度、病院、職場、職業センターの担当者が集まり、それぞれの経過報告をおこなった。復職可能と判断し、近日復帰の調整へ話が進んだ。受傷前に扱っていた、フォークリフトを使えるようになってほしいということについては、講習を受け、ライセンスの再発行をおこなうことになった。 8 結果  発症から17ヶ月し、職場にも復帰された。労働時間はまず7時間での復帰となり、業務は問題なくおこなえたとのことであった。それを受けて、外来OT、PTも終了となった。  その3ヶ月後に、就労継続できているか、本人に確認をとったところ、労働時間も受傷前の状態に戻し、上手く続けられているとのことであった。  復職までの経過を振り返り、特に良かったことはないか尋ねてみたところ、職業センターでのワークトレーニングの話題が挙がる。通っていた時には自覚がなかったが、通勤に似た一連の流れが生活リズムを整え、自信につながったのではないかと振り返られていた。  後に独居生活にも戻られ、現在も就労継続できているとのことであった。 9 考察  高岡1)は、高次脳機能障害では、専門機関におけるフォローアップは長期にわたらざるを得ないが、医療機関だけでは支援を継続することは困難、かつ不十分である。他の社会資源の職員を含めた医療職以外のメンバーとともに、より包括的な支援をおこなう必要があると述べている。本事例では、職場担当者が積極的に受診に付き添い、復職に関しての相談がいつでもできる体制にあったこと、就労支援機関と連携することによって具体的な職業復帰計画が立ち、明確な目標設定ができたことで、スムーズな復職が達成できたと考える。  今回の事例を通し、専門職、関係者が互いに寄り添い、支援をおこなうことの大切さと、復職のイメージを持ちにくいケースに対して、通う場を持つことの大切さを改めて実感できた。この経験を生かし、今後も、就労支援機関との連携、職場関係者との関わりを重視して、復職支援に取り組みたい。 【参考文献】 1)高岡 徹:高次脳機能障害者「総合リハビリテーションVol.41 No.11」p.997-1002(2013) 【連絡先】  金谷 浩二 医療法人永広会 八尾はぁとふる病院 リハビリテーション部e-mail:kanatani@heartful-health.or.jp 高次脳機能障害を呈した50歳代母親の就労に至るまでの医療機関における長期支援からの一考察 ○清野 佳代子(東京都リハビリテーション病院 作業療法士)  築山 裕子・水品 朋子・坂本 一世・倉持 昇・柳原 幸治(東京都リハビリテーション病院) 1 はじめに  経済産業省1)及び坂本2)の報告によると、高次脳機能障害を呈した50歳代女性が新たに就労できることは難しい。また高岡3)は「一定レベルの障害認識がなければ他者の助言を受け入れることも代償手段の利用も困難であり業務遂行能力の低下を補うことができない。」と述べている。  今回、4人の子供を扶養しなければならないために、障害認識の低い発症時から就労に対する強い意志を持つ50歳代母親が入院・外来・集団訓練・他機関の利用を経て就労に至った過程を報告する。特に集団訓練において就労に必要不可欠な障害認識を得ることが出来た。この症例を通し医療機関における就労支援で有用なポイントを検討する。本報告は書面にて症例の同意を得ている。 2 高次脳機能障害特別訓練プログラム(集団訓練)  平成21年度より、年間1クール(5~8ヶ月、全10~17回)、高次脳機能障害者6~11名を対象として高次脳機能障害特別訓練プログラム(以下「集団訓練」という。)を実施している。このプログラムは注意力・集中力の向上、記憶を補完する代償手段の獲得、患者と家族の障害認識を深め目標志向的に生活することへの支援を目的としている。内容は各部門(医師・看護師・理学・作業・言語・心理・医療相談)が担当する専門的プログラムと認知行動療法をベースにした社会生活力訓練“Sympho”(以下「“Sympho”」という。)である。“Sympho”とは橋本4)がニューヨーク大学ラスク研究所のプログラム5)を参考に行なっている「羅針盤」を参考にした当院オリジナルの認知行動療法的プログラムである。毎回患者1名を主役とし、希望や目標に向けて明日から出来ることを他の参加者が助言し、それを生活で実行に移していく。その後の実施状況も適宜確認・共有していき、そこでは自発的にポジティブな意見を出し合うことが心得とされている。 3 症例紹介  50歳代女性、左内頚動脈瘤破裂によるくも膜下出血を発症、急性期病院を経て在宅復帰目的に当院転院、軽度右片麻痺、失語症、注意・記憶・遂行機能障害を呈していた。シングルマザーで中学生から大学生の4人の扶養者であった。発症前は事務系契約社員として勤務していた。発症時に会社からは解雇され、入院中より就労への強い希望があったが、障害に対する認識は低かった。 4 介入経過 (1) 入院期:X(発症日)+2.5~5.5ヶ月  理学・作業・言語・心理療法を実施した。入院時は覚醒不良、失語症により一部の神経心理学検査施行不能、作業療法(以下「OT」という。)では主に屋内家事動作自立を目指し訓練を実施した。表1に入退院時評価結果を示す。  退院時、運動麻痺は軽度で独歩可能、セルフケア自立、調理と外出は見守りを家族に依頼した。高次脳機能は、入院時と比較して改善したが、注意・記憶・遂行機能低下、および障害認識は低下していた。意思疎通不良であった失語症は軽度まで改善したが、複雑な内容を伝えることや理解力は不十分で、表出や書字も中等度の障害が残存していたため、メモの実用化は困難な状況であった。そのため症例のニードはあったものの就労支援レベルではないと判断し、外来訓練は言語と心理のみで、OTは一旦終了となった。 表1 入退院時評価 (2) 外来初期:X(発症日)+5.5~11ヶ月  外来での言語と心理の個別訓練にて、聴理解と書字能力が改善しメモの活用が可能になった。 (3) 外来中期:X(発症日)+11~21ヶ月  調理と外出が自立となり、集団訓練に参加した。“Sympho”では就労への強い希望を変わらず訴えていた。集団訓練終了時の全体像を表2に示す。前述の結果、年齢・機能的に困難は予測されたが、症例の思いを尊重し、就労支援レベルに到達したとチームで判断し、OTも再開となった。また他患との関わりで障害認識が向上し、精神障害者保健福祉手帳3級を取得、障害者枠正規雇用を目指すこととした。OTでは就労に対する心掛けなどの助言や適宜現実的・具体的な目標立てを行った。求職活動整理シートで希望内容を整理したり、長所や短所を明記した履歴書や障害説明書の作成、面接の練習を実施した。障害者職業センター・ハローワーク・就労支援会社の利用方法の説明や安心して相談出来るよう訪問に同行した。必要に応じて他職種・他機関との情報交換も行った。症例は外来訓練を継続しながら職業センターでの評価・訓練を行い、自己の障害認識を更に高め、真摯に就職活動を行った。 表2 集団訓練終了時の全体像 (4) 外来後期:X(発症日)+21~24ヶ月  障害者雇用合同説明会・郵送での応募で30社以上の不採用が続いた中、障害者就労支援会社の紹介で面接し、中規模商社の常勤嘱託事務職員として、年収240万円、1年毎の契約更新での採用が決定した。発症からちょうど2年が経過していた。現在就職してから3年目を迎えるが、継続して雇用されており、4人の子供を無事に大学進学させた。 5 考察 (1) OTの介入ポイント  入院時より「仕事に就きたい」という症例の変わらぬ一貫した思いに寄り添いながら、生活・就労に向けて課題分析し、短期目標を提示していった。症例がそれらを手掛かりとしたことで、着実に就労に近付いていけたのではないかと考える。このようにOTは常に目的に向けた現状能力を見極め、目標志向的に介入することが求められると考える。 (2) 就労支援で有用なポイント  就労は本人の自己決定なしには成立しない。症例は入院時から就労への意欲を示したが、障害認識の低下や重複した高次脳機能障害により非現実的な課題であった。しかし、経過の中で機能が改善し、ADL/IADLが自立しメモ活用が可能になったことで就労支援開始となった。また集団訓練で得られた障害認識から、精神障害者保健福祉手帳を取得し、障害者枠での就労に臨むことが出来た。先崎ら6)は「集団訓練の指針として『気付き・順応性・可逆性・障害の受入・代償』の経過をたどる。」と述べている。症例もまたこの経過を経て、就労という目標達成に結び付いたと考える。OTは年齢や入院時の障害の重症度で就労の実現が可能かを判断しがちである。しかし、今回症例の強い意志に寄り添い、タイミングを見極め、適宜必要な能力の獲得、助言、情報提供、他職種・他機関との連携を行い長期に支援出来たことで、多くの困難な条件をクリアし就労に結び付くことが出来たと考える。 (3) 集団訓練の効果  就労は対象者と就職先の適合で終わりではなく、いかに定着するかが求められる。それには他者とのコミュニケーション能力が必要であり、謙虚な姿勢で臨まなければならず、自己の障害認識が深められているかが重要である。  中島ら7)は「集団訓練は自己・他者意識、意欲を促進させ、集中力、現実検討力を改善し、障害認識を改善することに有効である。」と述べている。また山里8)は「グループ訓練には社会的適応を改善する可能性がある。」と述べている。医療機関で行う個別訓練では障害認識を得ることに限界がある。そのため就労支援においては集団訓練が一定の効果を示すと考える。本症例においても障害認識を獲得したのは集団訓練に参加して数ヶ月経過してからであり、社会参加の初めの一歩としての場になったと考える。  築山ら9)は「この集団訓練を通して客観性や現実志向性が向上し、自らの障害を適切に認識する基盤が出来ていった。」という研究結果を述べている。また西原ら10)は「様々なプログラムを通じて患者同士やスタッフとの交流機会が増えたことで社会生活機能が改善した。」と述べている。今後も高次脳機能障害者の集団訓練における効果および社会参加や就労に及ぼす効果を検証していきたい。 【参考文献】 1) 経済産業省:「人材ニーズ調査」(2004) 2) 坂本一世:急性期から維持期までー高次脳機能障害者の障害と生活—,臨床作業療法 Vol.5 No.1・10−14(2008) 3) 高岡徹:高次脳機能障害者,総合リハ 41巻11号・997-1002(2013) 4) 橋本圭司:生活を支える高次脳機能リハビリテーション,三輪書店(2008) 5) 立神粧子:前頭葉機能不全 その先の戦略,医学書院(2010) 6) 先崎章ほか:ニューヨーク大学医療センター・ラスク研究所「脳損傷者外来通院治療プログラム」で行われている集団を利用した認知・心理療法,Journal of Clinical Rehabilitation Vol.8 No.6(1999) 7) 中島恵子:高次脳機能障害のグループ訓練,三輪書店(2009) 8) 山里道彦ほか:高次脳機能障害症例に対するグループ訓練,認知リハビリテーション Vol.15 No.1(2010) 9) 築山裕子ほか:高次脳機能障害者の社会参加に向けての関わり(その1)−集団訓練前後の感情検査と人格検査の結果からー,第32回日本心理臨床学会抄録集(2013) 10) 西原大助ほか:健康関連QOL(SF-36)からみた高次脳機能障害者グループ訓練プログラムにおける変化,リハビリテーション・ケア合同研究大会札幌2012抄録集(2012) 【連絡先】  清野 佳代子(東京都リハビリテーション病院)  e-mail:ot@tokyo-reha.jp 脳出血により左片麻痺及び高次脳機能障害を呈した事例への復職支援~回復期リハビリテーションから復職に至った要因の検証~ ○福地 弘文(医療法人ちゅうざん会 ちゅうざん病院 リハビリテーション部 作業療法士)  末永 正機(医療法人ちゅうざん会 ちゅうざん病院) 1 はじめに  佐伯¹⁾によれば、脳卒中後の復職率は我が国で約40%と言われている。さらに重度の片麻痺や高次脳機能障害の合併等が復職阻害因子として挙げられており、片麻痺や高次脳機能障害が残存した対象者にとって、復職は高い目標であり、支援する側にとっても難渋するケースが多い。  今回、脳出血により重度の左片麻痺及び高次脳機能障害を呈した事例を担当した。入院初期から機能回復や復職の希望が強く聞かれたため、早期から復職を視野に入れ、本事例の勤め先(以下「職場」という。)と連携しながら復職に向けたアプローチを行った。その結果、中等度の左片麻痺と高次脳機能障害が残存したなか、復職へ繋げることができた事例へのアプローチを振り返り、当院における回復期リハビリテーションにおける作業療法の成果を検証する。 2 事例紹介  50歳代男性。家族構成は妻との2人暮らし。X年、左片麻痺が出現し起立不能。呂律難もあり救急搬送。右被殻出血を認め入院加療となる。発症から約3週間後にリハビリテーション目的で当院に入院。職業はホテル従業員。主に清掃(客室準備)、勤務表作成、電話対応を含む清掃状況・空き部屋の確認などの仕事を受け持っていた。 3 作業療法評価(入院時) ・身体機能は、Brunnstrom stage(以下「Brs」という。)左上肢Ⅱ・手指Ⅰで廃用手レベル。下肢Ⅱ。感覚は麻痺側上下肢表在、深部覚ともに重度鈍麻。筋力は徒手筋力検査にて右上下肢4~5レベル。 ・認知機能は、精神状態短時間検査‐日本版(以下「MMSE‐j」という。):25/30点。その他、紙面上の検査や日常生活動作 (以下「ADL」という。) 場面より 注意障害、構成、視空間認知の低下も認めた。  表1の結果より、注意障害を中心とした高次脳機能障害、知能低下がみられた。 ・ADLは車椅子レベルで、機能的自立度評価法(以下「FIM」という。)では、運動項目43/91点、認知項目32/35点、合計75/126点であった。基本動作は軽介助。食事、整容動作自立。排泄、更衣、入浴動作は一部介助を要した。歩行は、長下肢装具(以下「KAFO」という。)装着し重度介助レベルであった。 ・心理状況は、落ち込みや焦り、今後の不安が強く、ニーズとしては麻痺の改善と復職の希望が強く聞かれた。 表1 神経心理学的検査 入院時 (cutoff値以下のみ記載) 4 作業療法経過 (1)機能改善及びADL獲得に向けた時期(入院~1カ月半)  麻痺側上下肢に対しては随意運動介助型電気刺激装置を用いた機能訓練、KAFO装着下での立位・歩行訓練を実施。ADLに対しては実際の場面での介入、高次脳機能課題では、注意の変換・同時処理・作動記憶課題を実施。構成・視空間認知障害に対してもアプローチを実施した。介入1カ月半後には、麻痺はBrs上肢Ⅲ~Ⅳ、手指Ⅳまで改善。ADLは車椅子で全て自立。歩行はKAFO装着し見守り。高次脳機能障害は残存していたが、紙面・机上課題での誤りは減少傾向にあった。 (2)職場との連携、模擬訓練の時期(入院1カ月半~3カ月)  機能訓練を継続しながら、職場と第1回面談を実施。事例の現在の状態と今後の見通しを説明し、実際行っていた仕事内容を聴取した。仕事内容に合わせ、パソコン操作、電話対応から開始。注意障害の影響から、入力ミス、聞き間違えなど細かいが多くみられたが、本人は「大丈夫。実際の仕事ではミスしないよ。慣れているし。」と障害に対する受容や気づきは不十分であった。 (3)職場訪問、他職種共同アプローチ(入院3カ月~4カ月)  歩行が自立となり職場訪問及び2回目の面談を実施。実際の環境で、安全に移動できるのか、どのような作業を行うのか確認させてもらい、今後の課題や代償手段などについて本人・職場上司と話し合った。また、復職へ向けたアプローチをより緻密にするため、生活行為向上マネジメントを用いて、アセスメントやプランを立て他職種共同でのアプローチを実施した。身体機能及び能力面の課題として、階段昇降や体力的不安があったため、理学療法士は主に有酸素運動、階段昇降、応用動作訓練を実施し、さらに自主トレーニングメニューを提供した。高次脳機能障害に対しては、作業療法士、言語聴覚士にて、紙面・机上課題の継続に加え、実際に職場で使用する書式を用いた事務課題、電話対応、空き部屋確認など具体的な内容の作業を実施した。また、中等度の片麻痺が残存していたため、ヘッドホンや首かけなどの代償手段の検討を行った。さらに、仕事内容の一つに、ベッドメイキングやアメニティーグッズの準備が含まれていたため、介護士に協力を依頼し、病棟内の各部屋のシーツ運びや自身の部屋のベッドメイキングを一緒に行ってもらった。事例は、「早く仕事に戻りたい」と復職意欲は維持できていたが、ミスや片手だけでは困難な作業など、障害に対する気づきや、復職後に直面する課題や心理的負担へのイメージは不十分であった。 (4)実際の職場で訓練を行った時期(入院4カ月~退院まで)  3回目の面談で、未だ体力的不安や、事務的作業においてもミスがでる可能性を説明し、実際に職場に出向いて復帰に向けた訓練を行うことが決まった。当院入院中であったが、外出や外泊を利用して職場へ行き、職場復帰後行うメニューを実際に行ってもらった。何度か職場での訓練を繰り返すうちに、「~ができなかった。聞き取りミスがあった。片手ではできないことがあって迷惑をかけた。歩くスピードが遅くて病前みたいに動けない」など障害に対する気づきや受容が芽生え、同時に職場仲間の障害に対する認識も深まっていった。本人へはその都度、解決方法のアドバイスや代償手段の提案、できることを少しずつ増やしていけるようにとメンタル面のケアも行った。 5 結果 ・身体機能は、Brs左上肢Ⅳ・手指Ⅴ・下肢Ⅴまで改善し補助手としての使用が可能となった。感覚は上下肢表在、深部覚ともに中等度鈍麻が残存した。 ・認知機能は、MMSE‐j:29/30点。  表2の結果より、全般的に高次脳機能障害の改善は得られたが、注意障害を中心とした障害が残存した。 ・ADLは独歩にて全て自立し、FIMで運動項目 88/91点、認知項目35/35点、合計123/126点であった。 ・心理状況は、病前のような働きができないことへの落ち込みや苛立ちがみられたが、「少しずつできることを増やしていかないと」と復職意欲は維持できていた。 ・職場側からは「事務的な作業を中心に本人ができる仕事からやってもらう」と、本事例の能力に見合った配慮が得られた。また、退院後は当院の外来リハビリテーション(以下「外来リハ」という。)を利用しながら復職することとなり、退院後の支援も可能となった。復職から3カ月経過した時点でも、大きなトラブルはなく勤務継続に至っている。 表2 神経心理学的検査 退院時 (cutoff値以下のみ記載) 6 考察  脳血管障害者の復職支援において、仕事内容の把握、復職に向けた評価、訓練に加え、職場の環境把握、同業者への情報提供、患者の復職希望の意欲を維持することが重要である。さらに、本人や同業者の障害に対する気づきや理解、受容が大切であり、本事例は、模擬的訓練に加え、職場訪問、実際の職場での訓練を入院中から実施したことで課題が明確になり、自身の障害に対する気づきや、受容に繋がったと思われる。田谷²⁾は、仕事内容の調整や能力に見合った職務の準備など職場側の配慮がなければ就労は困難と示唆されると報告している。今回、職場での訓練、仕事内容の調整や能力に見合った職務の準備など職場側の配慮を得られたことが早期復職に至った大きな要因と考える。また、徳本³⁾らによれば、早期復職を可能にする要因として、①発症早期よりADL能力が高い。②復職に適応する十分な体力がある。③医療機関の復職に関する支援があること。と述べている。本事例は、入院初期はADL能力が低下していたが、集中的な機能・ADL訓練に加え、早期から復職に向けたアプローチを行った。その結果、早期からADL能力が改善し、体力の向上、復職意欲の維持、企業側の受け入れに繋がり早期復職に至ったといえる。  一方、医学的復職可否の的確性については、今後の課題であり、患者や家族の意見、機能や能力をしっかり評価していき、適切な復職時期を見極める力も身に着けていく必要がある。復職は復職そのものがゴールではなく、その後の支援も重要である。復職後も連携を維持する方法として、今回は当院の外来リハを利用したが、必要に応じてジョブコーチといった他職種との連携が図れる支援体制の構築も必要であると考える。 【参考文献】 1) 佐伯覚:脳卒中後の復職 近年の研究の国際動向について「総合リハvol.39」p.385~390,2011 2) 田谷勝夫:「医療から社会へ」-復職へ向けた支援体制の整備-vol.16.No.1.p32-36.2007. 3) 徳本雅子他:脳血管障害リハビリテーション患者における早期職場復帰要因の検討 -日職災医誌 58. p.240-246,2010 アジア太平洋諸国におけるマッサージ業の現状と課題−第13回WBUアジア太平洋地域マッサージセミナーに参加して− ○指田 忠司(障害者職業総合センター 特別研究員)  藤井 亮輔(筑波技術大学保健科学部)  足達 謙 (筑波大学附属視覚特別支援学校) 1 はじめに  東南アジア諸国では、視覚障害者がマッサージ業に従事する事例は半世紀前まであまりみられなかった。しかし現在、これらの国々でも、日本、韓国、台湾、中国など東アジア諸国と同様、マッサージ業は、視覚障害者の有力な職業として注目されている。  本研究では、2016年5月にフィリピンで開かれた第13回WBU(世界盲人連合)アジア太平洋地域マッサージセミナーに参加して得られた情報をもとに、昨年に引き続きフィリピンの状況を紹介するとともに、特に、韓国、台湾の現状と今後の課題について報告する。 2 調査方法 (1) 文献情報の収集・分析  国内外の関連文献を収集するとともに、インターネットを活用して、行政機関等が保有する制度面の関連情報を収集した。 (2) 面接調査  2016年5月にフィリピンで開催された第13回WBUアジア太平洋地域マッサージセミナーに出席して、各国の関係者に面会して意見交換をするとともに、追加的に関係者に対して電子メールによる質問を送付し、面接調査を補完する情報を得た。 3 調査結果 (1) フィリピンの状況 ア 視覚障害者の状況  フィリピンには約50万人の視覚障害者がいる(総人口に占める割合は約0.5%)。大多数の視覚障害者が小学校段階までの教育は受けているが、上級学校への進学率は低いといわれている。  職業教育は高校段階で行われるほか、地域のリハビリテーションセンターなどで訓練が提供され、技術教育技能開発局(TESDA: Technical Education and Skills Development Authority)が定める基準に適合する技能習得証明を得ることができる。 イ マッサージの教育・訓練  マッサージの資格には、マッサージ療法(Massage Therapy)と保健マッサージ(Hilot Massage)の2種の資格があり、これらの資格を取得するためには一定期間の訓練を修了しなければならない。前者については6か月間の受講が、後者については短期(例:15日間)の訓練を修了すれば、資格認定試験が受けられるという。  視覚障害者がマッサージ療法士の資格を取得するためには、マニラにある国立盲学校高等部か、社会福祉省が主要都市に設置している職業リハビリテーションセンターで、6か月の訓練を受講して、認定試験を受けることになる。 ウ 視覚障害マッサージ師の状況  フィリピンでは現在約15,000人の視覚障害者がマッサージ業に従事している。その半数以上はいわゆるフリーランスの立場だが、少なくとも40%は視覚障害者または非障害者が経営するマッサージ施術所で働いているという。  都市部では、視覚障害マッサージ師は、1日当たり平均4人に施術しており、月12,000~15,000ペソ(約32,000~40,000円)の収入があり、農村部では、6,000~8,000ペソ(約16,000~22,000円)の収入があるという。  エ 法的整備の状況  1997年に、世界盲人連合東アジア太平洋地域協議会(WBUAPの前身)のマッサージセミナーがフィリピンで開催され、マッサージ業が視覚障害者にとって有望な職種であることが認識されるようになった。このセミナーを契機に、医療法(Republic Act 8423)の中に「マッサージ療法」が規定され、国民の健康維持と保健のための医療技術として正式に位置付けられたという。  このように、マッサージが健康医療産業として認められた結果、視覚障害者だけでなく、健常者の中にもこの仕事に就く者が増えてきた。そこで、保健省は、安全性確保のため、マッサージの実践ルールを徹底させ、免許証提示の必要性を認めることとなった。厳格な訓練を受け、マッサージ療法士団体による資格試験に合格した者だけがマッサージ業に従事できるとする行政命令(Administrative Order No. 2011-0034)を発布したのである。  しかし、この命令は視覚障害者の実情に適合していないという問題が指摘された。視覚障害者の多くは、マッサージ師としての技能はあるが、学力・経済面で基準を満たすことができないからだという。そこで、2011年に視覚障害業者の職能団体が結成され、視覚障害マッサージ師の現状を訴えた。その結果、政府は、①訓練教材は全て視覚障害者がアクセスできるものにすること、②視覚障害マッサージ師は2017年末までは免許無しでも働けるよう猶予すること、③高校を卒業していない者にも資格試験の受験を認めること等の経過措置を行った。これにより、無免許でマッサージを行っていた視覚障害者の80%が資格試験に合格し、免許所持者となっている。 (2) 韓国の状況 ア 視覚障害者の状況  韓国の人口は約4,900万人であるが、うち視覚障害者と認定されているのは約26万人である(人口に占める割合は0.53%)。 イ マッサージ師の教育・訓練  韓国には12の盲学校(国立1、公立2、私立9)があり、それぞれの高等部(3年課程)で按摩師免許取得に必要な教育が行われている。また、2004年度からは、国立盲学校を含む3校で高等部に普通科が設置されたことから、その卒業生が進学できる専攻科(2年課程)でも同様の教育が行われるようになった。そして中途視覚障害者のために、大韓按摩師会が運営する按摩修練院の本部と11の地方支部で、按摩師免許取得に必要な2年間の訓練が行われている。 ウ 視覚障害マッサージ師の状況  韓国には約13,000人の視覚障害の按摩師がいるが、その大半が按摩施術所を経営するか、按摩施術所に雇用されている。企業内按摩師として、民間企業の保健室などで働くヘルスキーパー制度も導入されているが、賃金水準が低いことなどの課題があり、あまり普及していない。 エ 今後の課題  視覚障害按摩師が直面する課題としては、①按摩業の視覚障害専業制度を今後も維持すること、②按摩の医療的効果に着目し、按摩施術を健康保険制度に組み込むこと、③ヘルスキーパーのほかに、保健所に按摩師を配置すること等が挙げられている。 (3) 台湾の状況 ア 視覚障害者の状況  台湾の総人口は約2,350万人であり、うち視覚障害者は約57,000人である(総人口に占める割合は、0.24%で、全障害者数の5%に当たるという)。 イ 視覚障害者の就業状況  2010年の調査によれば、労働年齢(15~64歳)の視覚障害者のうち就業中の者は、約8,300人で、就業率は29.1%。うち2,160人(26%)がマッサージ業で働いている。 ウ 法的規制の撤廃  台湾でも2011年10月末までは、マッサージ業(按摩業)は、視覚障害者の専業とされてきた。盲学校や中途失明者の訓練施設では、職業自立の手段としてマッサージ(按摩)が指導されていたが、視覚障害者だけでは、急増するマッサージへの需要に対応できず、非公認のマッサージ或いは類似の手技療法による同種の営業者が市場を席巻するようになった。こうして新たに参入した営業者の団体が、按摩業の視覚障害者専業について、憲法違反を主張して争った結果、2008年10月に大審院がこの争点について判断を示し、専業が違憲とされた。そして、2011年10月末を以って専業制度が廃止されたため、政府は、視覚障害者の新たな職業の開発、雇用機会の創出に努めることとなった。 エ 今後の課題  セミナーでの報告によれば、晴眼業者参入によって市場競争が激化してきたことを踏まえ、視覚障害業者の技能面、経営面での強化を図ることが重要だとしている。日本の施術所経営の状況を例に引きながら、個人開業ではなく、按摩師5~10人程度の施術所の経営が、①職業的技能の向上、②施術所の立地環境、③顧客との人間関係、④施術所の経営管理の面から、比較的実現しやすい形態であろうと予測している。 4 考察  わが国では、マッサージ業は長年にわたって視覚障害者の伝統的な職種として見なされてきたが、過去50年間に晴眼業者の割合が年々高まりつつあり、施術所自営の視覚障害者が置かれた状況は、日を追って深刻化しつつある。フィリピンでは、目下、視覚障害者の職業的自立を支える重要な手段としてマッサージ業が注目されているが、わが国が確立してきた教育制度、医療制度への組入れ等の経験がその発展に役立つ可能性が認められる。  他方、東アジアでわが国に次いで伝統をもつ韓国と台湾では、マッサージ業の視覚障害者専業を巡って存置と廃止の二つの立場がみられる。視覚障害者の就業機会を確保する手段として、専業を存置するか、専業を廃止して視覚障害者の市場競争力の強化を図るかの違いである。わが国でもあん摩マッサージ指圧師養成課程の定員増、新設に当たって、視覚障害者の生計維持を考慮して認可しないことができるとする法律の条項があり、市場における競争を制限するしくみが設けられているが、その有効性については議論が分かれている。その意味で、台湾の当事者団体の調査研究と実践的取組の推移が注目される。 【参考文献】 1) 指田忠司:視覚障害者のマッサージ業就業にかかる法的規制に関する国際比較−韓国及び台湾における憲法判例を素材として−, 「第17回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」, pp.296-297 (2009) 2) Korean Blind Union: Korean Massage Therapist Act and the Current Status of Korean Massage Therapists (2016) 3) Ting K.S., et al.: Development and Operation Analysis of Taiwan’s Massage Industry of the Blind (2016) 盲ろう者の理療就労に関する研究−あ・は・き師免許取得から理療就労までの要件− ○高橋 忠庸(国立障害者リハビリテーションセンター 理療教育・就労支援部理療教育課 厚生労働教官)  浮田 正貴・伊藤 和之(国立障害者リハビリテーションセンター 理療教育・就労支援部理療教育課) 1 はじめに (1) 研究の背景と目的  わが国における盲ろう者の人口は、平成24年の実態調査1)により、約14,000人とされ、そのうち、労働年齢である18歳以上65歳未満の割合は2,490名(17.8%)である。盲ろう者の就労に関する研究では、全国盲ろう者協会が行った全国盲ろう者生活実態報告書がある2)。その内容は、盲ろう者338名を対象に外出や就労などの社会参加について調査した結果、半数が仕事はしていない、3割以上が訓練は受けたことはないとの結果であった(回収率:92.3%)。また、就労について過去の職業として、あん摩マッサージ指圧師はり師きゅう師(以下「理療師」とする)18%、会社員43%、現在の職業として理療師11%、会社員4%という結果になっている。盲ろう者の多くが就労喪失する中、唯一理療師が高い割合を占めており盲ろうという状態になってもなお、仕事ができる要件を備えていると考えられる。  本研究では、盲ろう者の就労の中で高い割合を占めている理療師に焦点を当て、盲ろう者の面接により免許取得から就労までの実態を把握するとともに、特別支援学校・養成施設へのアンケート調査を行うことで、理療師免許取得の実態、理療で就労するための要件を明らかにし、盲ろう者の自立と就労支援に役立てることを目的とする。 (2) 盲ろう者の分類  盲ろうの分類について坂尻3)は、盲ろう者は視覚及び聴覚の障害の程度によって、①全盲ろう、②弱視ろう、③全盲難聴、④弱視難聴の4つのカテゴリーに大別されるとともに、いつ、どちらの障害から重複化したかの障害歴では、①盲ベース、②ろうベース、③同時(先天性)、④同時(後天性)の4つのカテゴリーに大別されるとしている。 2 方法 (1) 現在理療で就労している盲ろう者への面接調査 ① 対象:理療師免許取得している盲ろう者10名程度 ② 期間:平成28年6月~9月 ③ 面接内容  対象者の基本属性は、性別、年齢、障害の状況等プロフィール項目、読む、聞く、書く、話す等情報の受信と発信の項目、ICT活用の項目の3項目とし、理療師免許取得のための授業の実態、就労時の状況等について調査した。 ④ 手順  機縁募集した盲ろう当事者に対し、半構造化面接による調査を実施した。面接時は、必要に応じて研究協力者の内容が十分伝わるように、通訳者の同席も行った。面接後の内容について、逐語録を作成し分析を行った。なお、8月現在で10名中5名の面接結果の分析を終了しており、5名については今後分析する。 (2) 特別支援学校・養成施設へのアンケート調査 ① 対象:全国の理療教育課程を設置している特別支援      学校・養成施設 65校 ② 期間:平成28年6月~8月 ③ 調査方法  対象校の進路等の担当教員に対し、盲ろう者の実態について、全体調査、在学生の個別調査、卒業生の個別調査の3種類の調査票を送付し、同封した返信用封筒により回答を求めた。 ④ 調査内容  全体調査は、全学校に対して盲ろう者の受け入れ実態、教育相談の状況、卒業生からの相談等とし、在学生及び卒業生の調査は、盲ろう者を受け入れたことのある学校に対して、性別、年齢等基本属性、座学や実技授業での支援実態、就労に向けた支援、卒後の進路等の内容とした。なお、アンケート調査は集計中であり、今回は面接から得られた内容と関連した項目について検討することとした。 3 結果 (1) 盲ろう者の面接結果  基本属性は、男性3名、女性2名で、40代が3名であった。盲ろうの分類では、弱視難聴1名、全盲難聴2名、弱視ろう2名であった。情報の受信・発信では、聴く手段において、指点字や触手話など多岐にわたる反面、話す手段では4名が発話を使用しており、面接時の場面において、スムーズにコミュニケーションがとれた。また、ICT機器の活用においては、パソコンが4名、携帯電話が5名であり、インターネットを活用し、必要な情報収集に使用していた。特にメールは毎日使用するなど5名ともICT機器の使用に精通していた。  授業の実態では、専門用語の理解が難しい反面、ホワイトボードの使用、手のひら文字、メールの使用等、個別に見合った支援が行われていた。また、授業でわからない用語は、わかるまで聞きにいく等、積極的に問題解決する姿勢が窺えた。  理療就労については、病院勤務1名、治療院勤務2名、出張マッサージ2名という結果で、あマ指の仕事が4名とほとんどであった。あマ指施術においては、患者との間で力の強さを手でたたく等、非言語的合図を決めておけばスムーズな施術ができるとのことであった。しかし、通勤、コミュニケーションは弱視難聴者以外は介助者が必要な場面が多く、家族など人的サポートに依頼するケースがみられた。  また、5名中4名が、通勤面や人間関係などで最初の就職先から2年程度で転職を余儀なくされ、自分に合った就労先を探すのに苦心している状況が伺えた。 (2) 特別支援学校・養成施設へのアンケート結果  アンケート調査は、65校中57校から回答が得られた(回収率87.7%)。そのうち、盲ろう者の入学経験のある学校は27校(47.4%)であり、現在、在学している学生は10名、卒業生は75名という結果であった(表1)。 表1 特別支援学校・養成施設へのアンケート結果 表2 盲ろう分類と就労状況(人)  今回は、卒業生のうち48名の状況を集計した内容を報告する。理療師免許取得した者は41名(あ・は・き師19名、あマ指師22名)であった。授業の実態は、1対1の補修や教室に補助員を配置する等、個別の支援が行われていた。また、免許取得した41名中、就職した者は35名(72.9%)であり、学校の就労支援としては、高い割合で就職に結び付いている結果となっている(表2)。 4 考察  免許取得のためには、指点字や触手話等適した情報の発信と受信手段が確立していること、学習方法が十分確立していることが必要であり、そのうえで個別の支援が行えれば、盲ろうの状況にかかわらず可能性が高いことが示唆された。また、免許取得から就労するためには、パソコン等ICT機器の活用は不可欠であり、5名ともに十分活用している状況が伺えた。さらに、自らの障害をアピールし、問題の解決について積極的に他者と関わる面もみられた。これらは、理療師免許取得から就労するための要因の一つと考えることができる。  一方、就労後の状況について、施術における患者への問診などのコミュニケーションでは、複数の主訴や現病歴等が多岐にわたる場合は、情報量が多く単独での理解が困難な状況であった。また、通勤での困難をあげる者が多かった。例えば、公共交通機関での事故や工事現場など突発的な問題が生じた場合は、周りの状況がつかめないため単独での対処が難しく、家族などの援助が必要なケースがほとんどであった。  しかし、免許取得の状況や施術において、患者との間で合図を決める等すれば十分施術できることから、問診や通勤時のコミュニケーションの解決策を見出すことが就労に結びつく要件ではないかと考える。今後も、面接調査、アンケート調査の分析を行い、就労の要件について人的サポート体制も含め検討をしていく予定である。 【参考文献】 1) 全国盲ろう者協会:「厚生労働省平成24年度障害者総合福祉推進事業盲ろう者に関する実態調査報告書」p.1-19(2013) 2) 全国盲ろう者協会:「平成16・17年度盲ろう者生活実態調査報告書」(2006) 3) 坂尻正次:盲ろう障害とその特性に応じた支援機器の導入-盲ろう者用就労支援機器の研究のために収集した情報から「職リハネットワーク (53)」p.33-39(2003) 「チャレンジドサポーター コミュニケーション力強化プログラム」−聴覚障害者の職場定着を目指して− 笠原 桂子(株式会社JTBデータサービス JTBグループ障がい者求人事務局) 1 背景  障害者雇用実態調査1)によると、従業員規模5名以上の事業所に雇用されている身体障害者約43万3千名のうち、聴覚言語障害者は約5万8千名(13.4%)であり、肢体不自由(43.0%)、内部障害(28.8%)に次いで三番目の数値を示した。  聴覚障害者の雇用においては、雇用者側・当事者側の両者の課題として、コミュニケーション不全により、正確な情報伝達・意思疎通等の困難な状況や2)、コミュニケーション障害に派生する職場における対人関係の調整の課題についての指摘がある3)。しかしながら、コミュニケーション障害を改善する策を講じている企業は半数にとどまっていると報告されている3)。  また、特に若年の聴覚障害者の就労においては、職場帰属意識や職能充実感に加え、支援関係が満足度を構成すると考えられており4)、聴覚障害者の定着支援においては、職場での支援体制とコミュニケーションが重要と考えられる。 2 JTBグループの障害者雇用と定着支援  JTBグループにおける、2015年度の障害者雇用状況は、雇用している障害者は330名であり、うち、聴覚障害者は120名と、36.4%を占めた。これはほかの障害種別を比較しても大多数を占め、JTBグループの障害者雇用促進と社会貢献の観点から、聴覚障害者の定着支援が、重要と考えられてきた。  また、障害のある社員が活躍できる環境を構築することが社の成長戦略と位置付けられており、障害社員当事者に対しては、2007年度より、「チャレンジドサミット」として、集合研修及び交流の場を開催してきた。この中で、職場での課題として、特に聴覚障害社員から、毎年「コミュニケーション」が挙げられており、当事者にとっての課題として大きなものだと認識をしてきた。  一方で、2008年度より、「チャレンジドサポーター研修」として、障害のある社員を部下に持つ管理職者、リーダーを対象に、障害のある社員とのコミュニケーションを深めるスキルを身に着けることを目的に、集合研修を開講した。  しかしながら、特に、社内でのコミュニケーションに課題を抱える聴覚障害者のサポーターにとっては、座学でのその場限りの学習よりも、聴覚障害者との職場でのコミュニケーションを必須とした教育プログラムが有効ではないかとの視点から、2011年度より、聴覚障害のある社員のサポーターを対象に、通信教育へと切り替えを行い、毎年実施してきた。 3 プログラムの目的  障害者の中でも、特に相互理解のための「コミュニケーション」が難しいとされる「聴覚障害者」と共に働き直接指導する社員・上司(サポーター)が、職場で具体的なコミュニケーションスキルを身につけることで、聴覚障害者の定着率向上を目指す。 4 対象者  新入社員及び異動などで聴覚障害の社員を初めて指導するサポーター(直接指導する社員・上司)を対象とし、希望制とした。 5 方法  社内イントラネットに、プログラムを掲載、申込者はダウンロードし、受講を開始する。課題の提出先は特例子会社の定着支援課とし、所属する専門職が課題を採点およびフィードバックをする。また、同時に特例子会社定着支援課には相談窓口を設置し、サポーターが直接専門職に相談可能な仕組みを構築した。 (1)プログラムの目標  聴覚障がいを理解し、聴覚障がい者のサポートを通して自己及び聴覚障がい者の成長と働きやすい職場づくりを推進できる。 (2)内容 ① 第1回 聴覚障がいを知る  聴覚障がいについての理解度とコミュニケーションや職場環境について振り返り、聴覚障がい者と働く上で、知っておいた方が良い知識・スキルを学ぶ。  方法は、テキストおよび、高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)発行の、「聴覚障害者の職場定着推進マニュアル」と、「コミック版3 障害者雇用マニュアル 聴覚障害者と働く」を使用し、自己学習を進め、理解度チェックシートにて、確認を行う。 ② 第2回 聴覚障がい者との直接コミュニケーション  実際に聴覚障がい者と向きあうことで、サポーターとの距離を縮め、業務上の摩擦、誤解を解消できるように動く。  また、聴覚障がい者のやりがいを高め、自己の成長にもつなげる。  方法は、テキストにて、聴覚障がい者との面談の手法とポイントを学び、実際に面談、その内容を振り返り、課題(面談シート)を提出し、フィードバックを得る。 ③ 第3回 課題解決に向けた職場内共有と環境の整備  聴覚障がい者の理解を進めるとともに、働きやすい職場環境づくりのために何ができるかを職場内で考える。  方法は、テキストにて、職場内の問題共有と解決に向けた手法とポイントを学び、実際に職場ミーティングを行い、組織として、聴覚障がい者が働きやすい環境づくりに取り組む。また同様に課題(職場内共有と環境整備シート)を提出し、フィードバックを得る。 (3)進め方  表を目安に、概ね11週間での終了を目指す。なお、課題の提出が遅延した場合は、特例子会社担当者より、プログラムを進めるよう促す連絡を行い、全員がプログラムを終了できるようにサポートを行う。 (4)終了後の振り返り  プログラム受講者(サポーター)、および対象の聴覚障がい者にアンケートを実施し、本プログラムの有用性を検討する。 6 実施状況 (1)2016年度実施状況について  5月開講の第1回については、12名のサポーターがプログラムに参加した。最終課題まで提出したのは11名(91.6%)であった。8月開講の第2回については、20名のサポーターが参加している。  また、第1回、第2回の受講生計32名のうち、9名が2016年度新入社員で聴覚障害者を迎えたサポーターであり、他23名は、異動等で聴覚障害者とともに働くことになったサポーターであった。 (2)2015年度終了アンケート結果  2015年度の終了後のアンケート結果について、サポーター(参加者)では、「自身と対象聴覚障がい者との関係に変化があった」が90%、「組織全体での変化があった」が80%、「プログラムが役に立った」と答えたのは100%と、全体的に高評価であった。  一方で、当事者アンケートにおいては、「サポーターとの関係に変化があった」のは83.3%、「組織全体での変化の実感」は66.7%と、サポーターと比較して低値を示した。 7 今後の課題  プログラムの効果が、聴覚障害社員当事者とプログラム受講者のサポーターのみに留まらないよう、職場のチーム内での共有の重要性とその有効な方法について検討したい。  また、職場でのコミュニケーションの改善が一過性にならないよう、アフターフォローの必要性についての検討および、長い職業人生を見据えた、さらなる定着支援への取り組みについて、検討していきたい。 注)JTBグループでは、「障害」を「障がい」と表記しているため、本論文についても、プログラム内容等一部で「障がい」と表記した。 【参考文献】 1)厚生労働省:平成20年度障害者雇用実態調査結果報告書.5-7,2009. 2)打浪文子,北村弥生:大学で情報保障を利用した聴覚障害者の職場における状況と課題.国立障害者リハビリテーションセンター研究紀要31,43-46,2011. 3)水野映子:聴覚障害者の職場におけるコミュニケーション.ライフデザインレポート (182), 4-15,2007. 4)笠原桂子,廣田栄子:若年聴覚障害者における就労の満足度と関連する要因の検討.Audiology Japan 59,66-74,2016. 【連絡先】  株式会社JTBデータサービス 笠原桂子  keiko_kasahara@jtb-jds.co.jp 聴覚障がい者のキャリアアップを阻害する要因についての一考察 ○宮本 治之(聴覚障がい者キャリアアップ研究会 会長)  渡辺 儀一・村松 広丘・長野 裕美(聴覚障がい者キャリアアップ研究会) 1 はじめに  2010年1月に「聴覚障がい者キャリアアップ研究会」(以下「聴障キャリ研」という。)を立ち上げて以来、聴覚障がい者の就業におけるキャリアアップの問題を多く見聞きしてきた。聴障キャリ研は、大手企業で就業している主任層から管理職を担っている聴覚障がい者で構成され、現在のITツール(チャットや音声認識など)や手話通訳、要約筆記などのサポートによる情報保障や法的な整備が無かった時代から実務をこなしてきたメンバーである(表)。 表 聴障キャリ研の主なメンバーの属性  大手企業における就業は「音声によるコミュニケーション」が大きな比重を占めている職場環境である。特に聴覚障がい者の場合は、他の障がい者よりもフットワークよく動けるのに思いどおりの成果に結びつかないケースが見受けられる。聴覚障がいのハンディやコミュニケーションなどの不利な条件があっても、自らがもつ「強み」をアピールすることによって、昇進・昇格を可能にしてきた。障がいがあっても能力がある人は、それなりの創意工夫や向上心と気概があれば、企業にとっても社会にとっても活かされる機会は必ずあると考える。  本発表は、聴障キャリ研の主なメンバーが大手企業において昇進・昇格してきた経験がある当事者の観点から、既知の聴覚障がい者のキャリアアップの問題点を考察するものである。 2 背景と現状問題  聴覚障がい者はコミュニケーションが取りづらいという問題があるためにキャリアアップが難しい、という問題を取り上げた記事やアンケート統計、研究調査がいくつか散見されるが、実態を見据えつつ的確に分析されたものはほとんどない。  なぜなら、そのほとんどは健常者がおこなっているものであり、健常者の価値観や判断、主観やバイアスがあり、聴覚障がい当事者が経験してきたこととは乖離がある。  また、学識者や行政、ジョブコーチなどの理論や取り組みが現場で活かされていない、問題解決につながっていないなどの問題があるために、就労移行支援会社や人材紹介会社などがサポートしているという現象が起きている。  企業に入社した聴覚障がい者自身の意識と処遇にギャップを感じた人は優秀な人ほど離職する可能性が高い面も見受けられる。逆に、苦労して入社できただけで安心している人、そのまま現状維持、キャリアアップをあえて考えないようにして淡々とルーチンをこなしていく人も多い。  そこで、能力がある聴覚障がい者はたとえば、有名難関大学を卒業して就職したのに、コミュニケーションなどの問題やキャリアアップの悩みに対して解決できないまま離職、大学院や聾学校(聴覚特別支援学校)教員、公務員への転身を図る実例もみられる。企業は能力だけではなく資質や実務経験などの目に見えない要求が多くあり、これを感じ取らないまま、コミュニケーションの方法や環境などを問題として取り上げる現状が多いのである。 3 キャリアアップを阻害する要因  聴覚障がい者が就業上におけるキャリアアップ問題を取り上げるとき、まずコミュニケーションありきで考える傾向がある。特に聴覚障がい者が健常者とコミュニケーションの方法や環境などに対して、ITツール(チャットや音声認識など)や手話通訳、要約筆記などの情報保障の改善や要望、環境整備の話題が増加する。  しかし、実際に情報保障の有無とキャリアアップとの相関関係は未だに明確になっていないだけでなく、聴覚障がいに起因するハンディとギャップは必然的に生じているのが現実である。その差を情報保障によって乖離を小さくする機能としての役割があるだけに過ぎないと考える。その乖離の大きさは聴覚障がい者によってさまざまであり、情報保障でなくても聴覚障がい者自身の創意工夫や何らかのプラスアルファの努力などによって克服できるケースは実際にある(図)。 図 キャリアアップの阻害イメージ  図で表記した点線の矢印は、聴覚障がい者自身の努力によってAやBのように角度が変化、左側に傾けば傾くほど健常者にたとえる黒の階段線に近づいていき、それにともなってキャリアアップが可能になるイメージである。Bのようなイメージは、キャリアアップを断念してルーチンをこなしていく現状維持のパターンである。  要するに、聴覚障がい者自身が企業の中で全体から見て自分の位置、立場を把握していない、もしくは興味を寄せていないことと、周囲の健常者や企業の組織の論理を学ばない要因もある。情報保障という環境に依存し、自助努力せずにまず環境を問題として取り上げるところは勉強不足、経験不足はないのかということを認識する必要がある。  そして、健常者の聴覚障がい者との認識ギャップ、健常者の聴覚障がい者に対する理解不足の問題などは必然的な要素であり、聴覚障がい者自身がそれらの問題に対する解決方法を健常者にマネジメントする必要がある。 4 今後の課題  雇用率が2%にアップしただけでなく、雇用率の維持と採用については以前より改善されてきているが、職場定着の問題、離職率の高さは従来からあまり改善がみられない。  また、職場定着を超えてその先にあるキャリアアップについて議論や研究などをおこなっている事例がほとんどない。情報保障などの環境を整備することでキャリアアップに連動するかどうかの検討が必要になるが、他の障がい者の就業におけるキャリアアップを俯瞰して対比してみると明白なところがある。情報保障の配慮にともない、健常者と同等かより高次の実績や利益を創出できなければ、健常者との競争力を保てないことは明らかである。聴覚障がいの程度に関係なく、健常者の側からみて一様に要求されるといったハードルは高いのである。表向きでは差別の無い、障がい者が活躍できる、などのようなフレーズが多いが、実際には現場と乖離がある。  最近、世情によりポスト減少、昇進機会の減少などがあり、管理職やリーダー職などの適齢期の人には表彰などのインセンティブで還元するといった昇進外施策があり、同義でたとえると聴覚障がい者への情報保障の施しそのものを相対評価として影響されやすい面もある。  最後に、情報保障をおこなうということは聴覚障がい者がスポットライトをあびるように周囲から注目され、それにともなって健常者が配慮するといった心理的なバリアが生じることは明らかである。配慮をおこなうという前提には人と人の間に生じる健常者と障がい者という差異があるということを認識する必要があり、それによって人に対する見えない評価が機能される側面もある。そこにキャリアアップの弊害があることの因果関係を可視化していく必要があると考える。 【参考文献】 1) 厚生労働省:平成25年度障害者雇用実態調査結果の概要につい て(平成26年12月発表) 2) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:障害者の雇用管 理とキャリア形成に関する研究「調査研究報告書NO.62」,障害 者職業総合センター(2004) 3) 株式会社ゼネラルパートナーズ:障がい者総合研究所「障がい者のキャリアアップに関する調査Report」(2016) 4) 内閣府:障害者白書平成28年版 【連絡先】  渡辺 儀一  聴覚障がい者キャリアアップ研究会  e-mail:deafcareerup@gmail.com 本人の話に耳を傾けることの重要性~就労支援における一考察~ ○島谷 柚佳里(NPO法人コミュネット楽創 就労移行支援事業所コンポステラ 就労支援員)  本多 俊紀 (NPO法人コミュネット楽創 総務部) 1 はじめに 昨今、障害者支援過程において、支援者と対象者との良好な関係づくりが重要なことと言われている。ラップらによれば「それがないと、その人のストレングス、才能、技能、望み、願望は休止状態になり、その人のリカバリーの旅を前に進ませることができない」1)と述べられており、関係性構築と維持がその支援の成否と効果に大きな影響があるともいえる。  就労移行支援事業所コンポステラでは、IPS(Individual Placement and Support)モデルに基づき、利用者の個別性と希望を大切にした迅速な就労支援を行っている。  今回、就労支援を通して、支援者が“本人の話に耳を傾けること”の重要性について改めて考えるきっかけとなった事例について報告し、就労支援における、本人の希望を大切にするための気づきについて考察する。  なお本報告に際し、個人が特定できないように配慮した記載とし、本人にも発表の了承をいただいている。 2 Aさんの紹介  20代、男性、難治性てんかん、精神障害者福祉手帳1級。  子どもの頃の交通事故で受傷し、3年前に海馬摘出手術を受け、左手足の軽度の使いづらさ、視野狭窄、「ぼーっ」とするなどのてんかん発作がある。大学卒業後、1人で就職活動するもうまくいかず、親戚の紹介で当事業所の利用。  社交的な性格であるが、話題が転動し考えや意思がわかりにくいことなど、独特なコミュニケーションの仕方から、周囲に誤解されることも少なくない。 3 通所開始時  初回アセスメント面談では、職場に障害を伝えて働くことを希望していたが、一方で「小さい頃からこの状態なので、発作が起こること以外病気の実感がない」と話されていた。また、少ない就労経験から漠然とした職種イメージしかもっておらず、自分の希望職種をうまく表現できない様子が見受けられた。  これらのことから、Aさんと話し合い、“自分にあった職種を固める”“会社への病気の説明方法を考える”“職種選びの材料を増やす”の3つを柱として個別支援計画を作成し、取り組むこととした。 4 職場実習に向けて~職場実習  本人の希望もあり希望職種検討のため、一緒に職場実習を検討することとなった。Aさんは、社交的な性格から本来は接客をしてみたいとのことであったが、主治医から止められているとのことで、就労したOBの話を参考に、店舗の品出しを希望された。このとき支援者は、接客がとめられているのに店舗の品出しに主治医や家族は了承するのか疑問に思い、Aさんに確認したところ、「ちゃんと僕の話を聞いてください!!」と強い口調で伝えられ、お互いに意図を理解できない状況が起こった。そのため、本人と相談し、通院同行し主治医に現在の症状と今後の職種選びについて相談することとした。  主治医からは、「現在、大発作は起こっていない」「疲労と睡眠不足が発作要因の一つ」「発作は1~2分ほどでおさまり、その後は自分で回復できている」「安全性を考えて段階を踏まえるなら、座り仕事→立ち仕事→接客業の順がいいのではないか」「いろいろ経験してみて、そこからやりたい仕事を選べばよい」と意見を頂き、その意見をもとにAさんと話し合い実習を活用して2つの職場体験に挑戦することとなった。  まずは当初本人の希望した接客を実習し、販売数のチェック、商品補充、呼び込みなどを行った。3時間という短い時間ではあったが、立ちっぱなしで笑顔を意識して業務を行う姿が見えた。一方で、暑い場所は疲れやすく発作につながりやすいことが分かり、水分補給での対処を検討することとした。また、事務職実習では領収書の印刷、実習報告書の作成を3日間3時間行った。Aさんからは「事業所内で行っている事務作業訓練が実際の職場でも活かせることに気づいた」と話された。また、実習先の社員の方からは、出社・退社時の挨拶が抜けていたことを指摘され、今後の課題を明確化することができた。 5 就職活動開始~就職~就職後  一般就労に向けてハローワークへ同行したが、職業評価結果と職歴の無さ、窓口担当者との会話のキャッチボールのずれから、就労継続A型で働く経験をしてからの一般就労を提案された。しかし、再度Aさんと話し合い、「一般企業での就労」という希望を確認し、その後の支援の方向性を明確にした。  方向性が明確化したAさんは、職場を意識した行動が増加し、事業所内でも挨拶や言葉遣いを意識したり、メモを取り確認するなど変化がみられた。また、就職活動にも本格的に取り組み、企業研究やOBの話を聞いての職種検討、志望動機の作成や面接練習などを積極的に取り組んでいた。  その結果、障害者求人より事務補助職での採用が決まった。現在も支援者自身がAさんの働きぶりを職場訪問やOBから話を聞き、元気をもらっている。 6 考察  職場実習について面談したとき、「ちゃんと僕の話を聞いてください!!」と言われ、Aさんがどんな思いを込めて強い口調で伝えたのか、アセスメントシートや過去の記録から振り返った。  すると記録には「自立したい!」「自分の活かせる力を見つけたい」という言葉がいくつも書かれていた。このとき支援者は、本人は助けてもらってやりたいのではなく、「自分でやれるようになりたい」のではないかと考え、家族や主治医の同意があるかの確認が「その人たちの助けを借りないと挑戦できない」という意味合いをAさんへ与えてしまったのではないかと考えた。  私たちは支援対象者の希望や価値観を中心に、より具体的に実現していくため、家族や病院、関係機関等のサポートする人々の意見を聞きながら支援を進めていくことが多い。しかし、支援対象者の「やりたいこと」に対して、そのサポートをする人々から「難しい」と言われた場合、支援者は支援対象者の言動の曖昧さなどから、そのサポートの意見を客観的事実と受け止めやすい傾向にある。だがそれは、本人以外の意見に本人の希望を合わせさせる行為になりかねない。川村によれば「支援者が権威者として、彼らの失敗や欠陥を探り、それを治療、改善しようとするなら、当事者は、主体的になって問題と向き合うことはできなくなる。そして自尊感情を取り戻すことも、他者と協働する力も得ることができない。」2)と述べられており、ともすると支援関係が損なわれ、その後の支援が成り立たなくなる可能性も考えられる。特に就労支援の場面では、就職やそれに付随する決定事項が今後の本人の人生そのものに与える影響は大きく、そこに支援対象者自身が主体となっていない場合には、支援者への不信感や今後の人生へのあきらめなどパワーレスな状況を作りかねないと思われる。 7 結語  支援対象者を取り巻く環境は、本人の情報を知るうえで大切になるものだが、その人の価値観の良し悪しや人生の決定をできるものではなく、客観的な情報は本人の希望を叶えるための一つのアイテムでしかない。本人の人生の一番の理解者は本人であり、私たちは全てを理解することはできない。しかし、本人の力を信じて支援をすすめることは、本人の自己肯定感を高め、自分の希望を支援者に伝えるきっかけとなるだろう。  今回の事例を通して、私たち支援者に求められるストレングスの視点は、支援対象者自身を「信じること」ではないかと学んだ。今後も支援対象者を「信じる」視点を忘れずにいたい。 【参考文献】 1)C.A.ラップ他:ストレングスモデル第3版,p.80,金剛出版(2014) 2)川村隆彦:ソーシャルワーカーの力量を高める倫理・アプローチ,P153,中央法規出版(2011) 【連絡先】  島谷 柚佳里  NPO法人コミュネット楽創  就労移行支援事業所コンポステラ  TEL:011-788-6143  e-mail:compostela@ia8.itkeeper.ne.jp 同じ事業所を2回利用した方の事例から、効果的な支援を多面的に考える~失敗?成功?本人や関係者はどう考える?~ 小野 彩香(認定特定非営利活動法人Switch 常務理事 法人ディレクター) 1 はじめに  本発表では、精神疾患がある方への就労に特化した就労移行支援事業所「スイッチ・センダイ」(以下「スイッチ」という。)を利用した、一人の利用者の事例を振り返る。利用者A氏(以下「Aさん」という。)は、2回事業所を利用した。一度目は症状悪化し退所。2回目は就職となり、現在も就労継続している。この2回の利用の帰すうが真逆になったことをうけ、その要因を様々な視点から検証し、より効果的な支援について考える。 2 方法 ①Aさんの個人台帳や通所時の活動日誌、支援記録の閲覧 ②アンケートを実施。調査対象者は、ご本人のAさん、支援者は、通院先B病院担当PSW B氏、相談支援事業所 C氏(2回目利用前から関わり)、スイッチ1回目の担当者Dである。アンケート項目には、医療面、関係者の変化、家族の変化、支援方法の変化などの視点から、2回の利用についてそれぞれから回答を得て、考察した。 3 事例概要  Aさんは、30代女性。診断名はアスペルガー症候群。特性は、こだわりが強く、見通しがもちづらい。小学生から自身でも特性の自覚はあり、周囲からも自閉的傾向も指摘されていた。性格は穏やかで優しく、人に好かれる方であり、不登校期間がありながらも大学卒業、就職をする。就職後に、不眠や食事がとれなくなる、混乱等を中心とした精神的不調になり、通院(服薬あり)し1年以上勤務したが、退職。以下、年表式に記載する。 退職。実家(現住所地)に戻る。 B病院に通院開始、服薬無し。B氏との関わり開始。B氏よりスイッチを紹介される。 スイッチ1回目利用開始。混乱、食事がとれなくなる等最初から顕著にあり、必要に迫られた課題をD氏と共に対応し、何とか通所していた。 精神保健福祉手帳3級取得。 通所開始1年で担当変更があり、不調が多くなる。最終的に本人より退所希望となり退所。 服薬開始。 相談支援事業所 開始(担当C氏)。 スイッチ通所(2回目)開始。 就労開始 ジョブコーチ支援利用。現在まで就労継続中。 表 1回目と2回目の利用のご本人の状況 4 アンケート回答結果  質問「1回目と2回目の結果の違いについて、要因や思い当たることを教えてください」  Aさんの回答…薬を飲みはじめたこと。薬を飲み始めたことで、わからなくなることが少なくなった。1回目の利用で良かったことは、誰にどんなことを言えばよいのか分かったこと。自分の調子のサインをまとめられたこと。  B氏…セルフモニタリングができ、構造化されたこと。  C氏…支援者の役割、支援の流れ等が構造化され、A氏が理解し対処できるようになったこと。  D氏…セルフモニタリングが完成し安心した上に、支援者間でも共有され、同じ対応を図れたこと。 5 考察 (1)支援者のアセスメントと、医療との連携の重要性  1回目の利用時、A氏は混乱も強く、スイッチ開始時はバスに乗れない日でも「行かなくてはならない」というこだわりの強さもあり、片道3時間近くかけて徒歩で来る、でもエレベーターにはのれない等、通所するのも大変な日があった。混乱時にはこのような状態になることは病院も把握していたが、特性からくる混乱状況の一つとして受け止め、一つ一つ問題解決作業を通して、落ち着くかどうかを見極めていた。D氏との共同解決作業により徐々には安定しつつも、かなりの活動負荷が高かったことに関しては、「薬の効果について学びなおす」という機会が持てるとAさんの負担は少なかったかもしれない。Aさんは、最初の就職時の薬がどんどん増えたがうまく働けなかった、混乱は一時的に少なくなるが、それ以外の時も何もできなかったと語った。そこから、薬への抵抗感を強く持ち、服薬を拒否していた。支援経過の中でB氏も医師も、D氏も薬の導入について聞いたことはあるが、本人が拒否していた。  しかし、今回のアンケートで、Aさんは「もう少し早く薬を飲みたかった」「混乱しているときは、入らないけど、混乱していないときもあったから、そういう時に言ってもらえたら良かった」と語った。結果論ではあるが、支援者としても、本人から拒否を聞くと、何度も話に出すことは抵抗を持つ。しかし、支援者が他の事例を経験している中で、やはりあまりにも苦しい状況で試しても良いのではと思うことに関しては、情報提供したり、「拒否」の拘りを深め解決の糸口がないかなど検討する必要がある。実際に、Aさんは以前10種類程度まで処方されていた。現在のB病院は、そのような処方ではない。想像力の乏しさという特性と、実際のマイナス体験が重なった結果であるが、支援者間で、この話題をもっと積極的に深めていくことも一つの方法だったと考える。 (2)セルフモニタリングの獲得と、共有化  特性からも、構造化の理解、活用する遂行力が優れていた。しかし1回目の利用時は、医師には何を伝える必要があるのかわからないという現状であった。医師の問いかけ「何か変わったことはありましたか?」に対して、「昨日は○○に行った」など、医師の役割に合った回答がわからなかったとD氏に話している。D氏は食事がとれないことや、スイッチに来るのに「わからなくなって」バスを途中で降りたり、エレベーターが怖くて乗れなかったこと、いろいろ考えてわからなくなって寝れないことなどは、伝える必要があると話し、食事記録表や病院連絡メモをAさんとともに作成、通院時には必ず医師に見せることを定型化した。これは現在も継続して行っている。  この取り組みにより、初めてAさんは医師には何を言えばよいのか分かったと言っている。ツールを活用することが得意であることがわかり、セルフモニタリングへと進み、調子のサインと対処方法についてもAさんが深めていった。セルフモニタリングでは、親やB氏からも情報を集め、対処を考えたため、周囲もAさんの理解が進み、フローチャートを進めるように、場面分解し、対処方法をとることができた。1回目の利用では、セルフモニタリングは完成まで至らず、導入・模索期であった。だから、担当変更されたときに、負荷が高まり、不調・混乱からの退所となったと考える。退所してからもB氏や新しくかかわったC氏もこのセルフモニタリングを活用した。2回目の利用では、Aさんは自分自身の構造化モデルに安心し、さらに行動分析と解決行動は強化されていったと考える。 6 まとめ  事業所統括の立場でもある演者は、2回目の利用について相談を受けた際、不安を感じた。1回目の混乱が強くAさんが苦しんでいる様子、担当もそれ以外のスタッフもAさんの対応をし、どうしたらよいのだろうと苦慮している場面も見ていた。2回目の利用の際に、1回目にはなかった「薬」がAさんの解決策に入り、Aさんが「働きたかったから薬を飲んだ、今度は大丈夫だと思うからスイッチに行きたい」と語った。演者は、薬を飲みたくないというこだわりよりも、働きたいというこだわりの強さに心を打たれた。スイッチに発達障害の方を対象とした新しい支援構造枠の開始も決まっており、Aさんがその対象者に該当することも再利用を後押しした。1回目のようにならないようにと留意した。  しかし、今回アンケートの機会を得て、改めて振り返ると、Aさんは確実に就労が成功するステップを踏んでいたことが分かった。混乱が強い中で、初めてセルフモニタリングという視点を自分に導入し、自分自身の調子のサインや不調への対処方法を模索し確立させていった。1回目の利用があったからこそ、2回目では施設側としてもより構造化させたプログラムや担当や支援者の役割の明確化など最初に形を作り具体的に説明することでAさんは理解し、活用した。  また、支援者や関係機関が本人の現状を共通理解するのは、難しいことであると改めて感じた。支援においては、本人の日常がわかるようなもの(客観的材料)と、支援者からの情報の共有、検討が何よりも大切であろうと考える。1回目はB氏も悩み迷いながらかかわっていたことがアンケートからも得られた。2回目は計画相談が入ったこともあり、より構造的になり、多方面の情報が定期的に共有できたことも、支援者の判断に影響していると考える。  過去の経験は評価の対象になりがちであるが、今回のAさんの事例からも、失敗・成功という評価ではなく、経験から何を獲得し、今はどんな状況で、就労するために達成したい課題は何かというアセスメントの基本に立ち戻ることが大切だと考える。  事例等の使用は2016年5月に対象者の承諾を口頭で得ている。 【連絡先】  小野 彩香  認定NPO法人Switch 常務理事  e-mail:a.ono@npo-switch.org 就労移行支援事業所における集団認知行動療法に基づいたプログラム効果~症状の安定、訓練へのモチベーション維持に向けて~ 田中 庸介(ウェルビー株式会社 就労移行支援事業部 スーパーバイザー) 1 問題と目的  厚生労働省の平成27年度障害者雇用状況の集計結果1)によると、雇用障害者数は45万3133.5人となり、前年比から5.1%増と12年連続で過去最高を更新している。特に精神障害者雇用数の伸びが著しく、前年比の25.0%となっている。平成25年の通常国会において障害者の雇用の促進等に関する法律が改正され、平成30年には精神障害者の雇用が義務化されることから、精神障害者の雇用数が今後さらに伸びていくことが推察される。  しかし、精神障害者の雇用数が伸びている一方で、職場定着については課題が残されている。障害者職業総合センター2)によると、精神障害者の離職率は就労後3ヶ月未満で38.7%、就労後1年未満まで含めると54.7%と報告されており、倉知3)はこういった現状から精神障害者の離職率の高さを指摘している。精神障害者の離職要因に関して先行研究では、MacDonald-Wilson KL et al4)、Twaml ey EW et al5) 、中川6)は就業意欲の低下を、Becker DRet al7) 、中川6)は精神障害に関連する問題などを報告している。  このような就労後の職場定着に関する問題と類似した報告が就労移行支援事業所における訓練継続においてもなされている。橋本8)は就労移行支援事業所に在席するPSWへの調査によって、「病状の不安定さ」「モチベーションが維持されない」といった要因を精神障害者の就労移行支援の持続しにくさとして報告している。山岡9)も同様に就労移行支援を進めていく上での支障要因として「精神的な不安定さ」を報告している。  そこで本研究では、集団認知行動療法に基づいたプログラムが症状の不安定さの中でも特に抑うつ病状の安定、訓練へのモチベーションを維持させる手段として有用であると考えられるため、その効果測定を目的とした。 2 方法 (1)調査対象  当社S事業所に在席している精神障害者14名を対象とした。その中からプログラム途中での就労者、ドロップアウトを除外し、計11名を有効データとした。平均年齢は37.47歳(SD=7.70)であった。 (2)調査時期  調査は2016年1月〜2016年6月に実施。 (3)手続き  臨床心理士資格保有職員によって週に1回60分のプログラムを計9回実施し、初回と第9回、3ヶ月後のフォローアップ時に質問紙調査を実施した。その際、個人情報の管理方法、質問への回答は自由意志であること、質問紙に回答しないことによる不利益はないことを説明し、同意を得ている。 (4)調査材料 ①プログラムについて  岡田ら10)による『さあ!はじめよう うつ病の集団認知行動療法』の職場復帰のための集団認知行動療法を一部改編し実施した(表)。 表 プログラム内容 ②うつ状態評価について  先行研究に従い、日本語版BDI-Ⅱベック抑うつ質問票を用いた。 ③モチベーションについて  訓練時間を指標とし、通所・退所時に打刻されたタイムカードを用いた。 3 結果 (1)うつ状態評価について  毎回の課題に取り組んだ群(実施群:n=3)とそうでない群(非実施群:n=8)に分類し比較したところ、実施群は抑うつの程度が下がり3ヶ月後も維持されていたが、非実施群の変化は見られなかった(図1)。 図1 BDI-Ⅱ得点について (2)訓練時間について  実施群の3名について初回後、9回目後、3ヶ月後における1週間の平均訓練時間を算出し比較したところ、9回目後まではいずれも維持もしくは向上されたが、3ヶ月後には2名の減少が見られた(図2)。 図2 訓練時間について 4 考察  本研究は、就労移行支援事業所における精神障害者の訓練持続困難さの要因である「症状の不安定さ」「モチベーションが維持されない」に焦点を当て、集団認知行動療法に基づいたプログラムの効果を測定することを目的とした。  結果より、プログラムに毎回参加し、課題に確実に取り組むことで抑うつ症状改善の一助となることが示唆された。ただし、本研究は伊藤ら11)が報告したように心理士によるプログラム実施に限定した効果とも考えられる。今後プログラム実施範囲を他の事業所へ広げていくにあたり、様々な背景を持った職員が実施した結果の蓄積が求められる。一方、訓練時間を通して測定したモチベーションに関しては3ヶ月後のフォローアップ時には3名のうち2名が減少していることから、実施後も訓練に対するモチベーションを維持し、訓練時間を保てるような内容を精査し、プログラムに反映することが課題であると考えられる。加えて、プログラム参加者ひとりひとりの毎回の課題への取り組みに明確な差が見て取れたこと、ドロップアウト者が出たことから、プログラムや課題取り組みへの動機付けが今後の課題として挙げられる。さらに、山岡9)が精神障害者に対する就労支援プログラムが確立されていないことを指摘しているように、精神面の安定だけでなく、就労準備性を高めるプログラム内容へのブラッシュアップが求められる。 【引用文献】 1)厚生労働省:平成27年 障害者雇用状況の集計結果(2015) 2)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター:精神障害者の職場定着及び支援の状況に関する研究,調査研究報告書 №117(2014) 3)倉知延章:精神障害者の雇用・就業をめぐる現状と展望,日本労働研究雑誌No.646,p.27-36(2014) 4)MacDonald-Wilson KL, Revell WG, Nguyen N, Peterson ME:Supported employment outcomes for people with psychiatric disability, A comparative analysis,Journal of Vocational Rehabilitation vol.1,p.30-44(1991) 5)Twamley EW, Narvaez JM, Becker DR, Bartels SJ, Jeste DV:Supported Employment for Middle-Aged and Older People with Schizophrenia、Am Psychiatr Rehabil vo1.11,p76-89(2008) 6)中川正俊:統合失調症の就労継続能力に関する研究,臨床精神医学vol.33,p193-200(2004) 7)Becker DR, Drake RE, Bond GR, Xie H, Dain BJ, et al:Job terminations among persons with severe mental illness participating in supported employment,Community Mental Health Journal vol.34,p71-82(1998) 8)橋本菊次郎:精神障害者の就労支援における精神保健福祉士の消極的態度についての研究(第一報)−就労移行支援事業所のPSWのインタビュー調査から−,北翔大学北方園学術情報センター年報 vol.4,p.45-57(2012) 9)山岡由美:精神障害のある人たちの就労移行における支援事業所の機能と課題−支援事業所へのヒアリング調査を通して−,岩手県立大学社会福祉学部紀要 vol.16,p.35-41(2014) 10)岡田佳詠,田島美幸,中村聡美:さあ!はじめよう うつ病の集団認知行動療法,医学映像教育センター(2008) 11)伊藤大輔,兼子唯,巣山晴菜,金谷順弘,田上明日香,小関俊祐,貝谷久宣,熊野宏昭,鈴木伸一:心理士による集団認知行動療法がうつ病患者のうつ症状の改善に及ぼす効果 : 対照比較研究(<特集>日本における心理士によるうつ病に対する認知行動療法のエビデンス),行動療法研究 vol.38(3),p.169-179(2012) 就業者を対象としたアンケート調査から考える職業生活前後の支援 ○和田 圭徳(社会福祉法人同朋福祉会 障害福祉サービス事業所あそかの園 就労移行リーダー)  田村 政文(社会福祉法人同朋福祉会 障害福祉サービス事業所ステップあそかの園)  石川 稚菜・末永 麻衣(社会福祉法人同朋福祉会 障害福祉サービス事業所あそかの園) 1 アンケート調査の目的 (1) 経緯  平成21年度から平成28年度までの当法人内就労移行支援事業所(2事業所)からの就職件数は48件。25件が職場定着、23件が離職(離職後、10件は再就職)。  うち、グループホーム(以下「GH」という。)を生活拠点とした就業者は17名いたが、13名が離職。定着率が23%に下がった時期があり、GHからの職業生活は一つの大きな課題になった。そこで、家庭(在宅)とGHにおける職業生活の違いにも着目しながら、当事業所内での「訓練内容・アセスメントの見直し」「定着支援の質向上」を目的として、アンケート調査を開始した。 (2) 対象等  アンケートの項目は50項目。対象は19歳~55歳。障害の種別は知的障害・精神障害・身体障害・発達障害。雇用期間は半年から最長6年。離職ケースでは、当時者や企業にも聞き取りを行う。 2 アンケートの内容と所見  全項目のうち5項目を抜粋。全ての質問については「複数回答可」とした内容である。 表1 職場定着のために支援者(事業所)に求めるもの  就業後、どうしても社会との繋がりが少なくなる傾向から、変わらぬ関係性や余暇支援を求める声が多かった。意外なところでは、「支援者と企業との信頼関係」を重視する声など。また、家庭や職場への訪問に関して、就労移行支援事業所の人員配置・人材育成・ネットワークも定着率に大きく影響しているのは言うまでもない。ほか、早い段階で家庭への訪問を行ったケースと、反対にそれがうまく出来なかったケースでは定着率に大きな差が出ていた。対象者の生活環境を正確にキャッチし、必要な福祉サービスの調整に結びついた結果とも言える。 表2 就業後、利用期間内に必要だと感じたこと <プログラムの見直し>  利用期間中に「社会性」「社会生活技能」の向上をねらった年間カリキュラムを消化できているかは重要であった。効果を見込めるプログラムとして、以下のものが挙げられる。①資格取得(成功体験・自信)②毎月・毎週の目標設定(意識の向上、きめ細かい自己分析)③メモ・要約の訓練(新聞やコラム等)④生活設計・収支チェック表⑤JST(ムービーチェック)⑥離職時のシミュレーション(これを怠っていたことで、安易に辞めていく姿が多く見られた)。これらを消化せず、作業訓練にウエイトを置き過ぎて失敗・離職に至るケースが多い。様々な経験やロールプレイ、シミュレーション、バーチャルを経験しなかったことで、実社会に出ての戸惑いが生じた様子。  「何のために働くか」という意識に加え「パーソナリティの育成」、「就労への眼差し」、「評価ではなく就労訓練」を考えた時間を設ける必要があった。また「自身の障害を理解できるか」、そこに辿り着けるかがとても重要なポイントである。これらを見つめ直し、今年度から単位制の年間カリキュラム(職業生活を見据えた講義時間の増加)にシフトチェンジ。必要なスキルが確認しやすいようにした。  アセスメントにおいては細かく情報を収集していくよう、項目を増やした。(立位、座位、巧緻性、安定が見込めるスパン、温度、湿度、通勤距離、照明、騒音、眼精疲労、食事時間、睡眠時間、寝具、月齢、糖質の摂取量、机や椅子の高さ、視覚媒体の好み、生活状況など。)  一般求人と障害者専用求人の比較だが、障害者専用求人、中でもチーム就労においての定着率が高い。週30時間勤務が多いことからも「会議や訪問の時間を調整しやすい」「トレーナーの負担軽減」など、その理由も見えやすかった。 表3 現在の仕事(職場)に就いた理由  また、障害者雇用の経験がある企業と未経験の企業において、未経験企業は発達障害者の職場定着率が低く、雇用経験のある企業であっても前任・前対象者との比較が出てしまうため、継続に難色を示すケースが見られた。個別性が強いため、本人だけでなく家庭・支援者・職場環境(理解)それぞれに早めの、充分な準備性が必要である。 表4 現在・将来の不安  今後はライフステージに沿った問題とも向き合っていかなければならない。本人だけでなく、対象者を取り囲む環境(家族・支援者・地域)も歳を重ねているという、見えにくい難しさからも、今後、定着支援の在り方には一工夫が必要になる。権利条約の批准という観点からも、成年後見制度に対する在り方も変わることが予想される。クロスオーバーな視点と行動での関わりが必要になるだろう。  「何(誰)かのために」という意識や、日常の中に生きがいや自己有用感を得るシーンが備わっているかも重要。 表5 職業生活を送る上での支え  離職者・企業からの聞きとりからは、希望職種に就けた者も定着しないケースが多く、生活面とのマルチバランスが課題であった。また、通勤面の疲労や、家族の疲労蓄積も2~3年でピークアウトしてしまうケースが多い。  ほか、会社からの相談により雇用の継続が難しい(調整が困難)と判断し、離職に至ったケースもあった。が、これは本人が納得した上での離職とは言え、労働者としての権利を守る関わりが出来ていなかったケースも在り、関わる者全ての力不足・問題とも言えるかもしれない。 表6 離職の理由  日常面でのストレスが蓄積され、離職に向かってしまったケースもあった。が、反対に定着している者達の傾向では、GHでの生活(パターン、周囲との関係性)が安定した時期から、良き職業生活になっているように見られる。  事情により家庭での生活が困難となり、余儀なくGHの利用に至ったケースが大半ではあるが、これらの経験が日々、本人達の精神面の成長に繋がっている様子。  だが、GHは「自立(自律)を目指したプロセス⇒地域生活移行」を目標とした訓練の場であり、生活の場の確保が目的ではない。利用当初から本人・支援者の意識・方向性が大きく違うと、定着や底力に繋がらなくなることにも留意したい。 表7 GHからの職業生活について(※離職者対象) 4 まとめ  GHの就業者と話す中で「楽しい」という声があった。多くの社会参加が本人の行動力に繋がっている様子。外出や自由行動、外部との関わりが広がることで、全体的にも定着率は上がってきている。  今後の課題として、主体性と自立心が育まれるような機会提供・環境整備を、生活の場と協力しながら、充実させていかなければならない。そして、具体的な職業生活のイメージと、地域生活の実現・社会的承認の確保に繋がる活動、その営みを、次の時代・世代(当時者・支援者・企業・地域など)に託していくことが望まれる。 障害者雇用制度の改正等に伴う企業意識・行動の変化に関する研究 ○田村 みつよ (障害者職業総合センター 研究員)  笹川 三枝子・弘中 章彦・松浦 大造・河村 康佑(障害者職業総合センター) 1 背景と目的  我が国が平成19年に署名、26年に批准した障害者の権利に関する条約の労働分野における法律として25年に一部改正された障害者雇用促進法の施行により、28年4月から、すべての企業が差別禁止及び合理的配慮の提供義務を負うことになるとともに、30年度から法定雇用率の算定基礎に精神障害者が算入されることとなった。  当機構が平成25年に行った企業調査1)によれば、障害者を雇用している企業規模56人以上の企業における雇用管理上の配慮実施率(表)は、勤務形態(在宅・短時間勤務)への配慮が約5割、障害に応じた多めの休憩取得が約3割、それ以外ではいずれも約1~2割となっている。いずれの配慮事項においても「未実施」とした企業におけるその理由は「配慮や支援なしでも十分働けると判断している」とするものが5割を超えていた。  また、長谷川2)(2014)は、「事業主に義務づけられることになった『合理的配慮』の提供は、この概念がこれまで日本法に存在しなかったことから、事業主間で大きな不安と混乱をもたらしているといわれている。しかし、その中身はこれまで雇用率制度等の下で事業主が行ってきた障害者への各種の配慮と多くの共通点をもつものであり、殊更不安を抱くべきものではない。とはいえ、第1に合理的配慮が差別禁止の文脈において義務づけられたものであることから、要件や効果の面で従来の配慮とは異なる点がある」と述べている。  障害者職業総合センター研究部門において平成28年度から30年度において実施する「障害者雇用制度の改正等に伴う企業意識・行動の変化に関する研究」では、障害者雇用促進法の改正等により、28年4月から差別禁止や合理的配慮の提供が企業の義務とされるとともに、今後、法定雇用率算定基礎に精神障害者が算入される中で、企業の障害者雇用への意識や行動が実際にどのように変化するのかを把握・分析することとした。 2 文献研究  障害者雇用に係る企業の意識や行動の調査を行うにあたって参考とするため、ADAについての調査報告資料を収 集した。1990年の施行からしばらくの間、ADAの4大目標(機会均等、完全な参加、自立生活、経済的自立)のうち、経済的自立の達成度については、厳しい評価を示す報告が見られた。  一方、障害の定義をより広く解釈するようになった改訂ADA施行の2008年以降では、配慮を実施している企業での障害者雇用の肯定的側面の報告が見られる3)。2013年コーネル大学が行った1182社の事業主を対象にした調査4)では、配慮における直接的・非直接的な成果(従業員の定着率や、生産性などの向上)が報告された。また、企業のグローバル化の潮流がCSRの観点において障害者雇用にも波及している傾向についても言及されている。  さらに、日本とは雇用環境は異なるが、大いに参考になる企業実践例が豊富に報告されている。 3 方法  本研究の骨格は、①電話アンケート調査、②企業規模と業種を幅広く網羅する紙筆調査、③企業訪問による障害者雇用の取組に関する3年間の質的縦断調査により構成され、 以下それぞれの調査目的について述べる。 (1)電話アンケート調査  厚生労働省は、平成25年の障害者雇用促進法の一部改正を受け、26年3月「障害者差別禁止指針」及び「合理的配慮指針」を告示した。  企業支援団体の担当者によれば、その内容について、社内でダイバーシティ推進室のような専従部署を持つ企業の多くは、これらの指針がどのようなものになるか強い興味関心を持って注視してきたとのことである。また、中小規模企業においては、障害者雇用に積極的に取り組む企業等ではその関心が高まる一方で、関心が薄い企業もあるのではないかとのことである。  このように、企業の規模や業種によって異なると見られる制度改正についての認識や取組の実情について、基礎的な情報を把握する。 (2)紙筆調査  制度改正が、これまで堅調に改善してきた障害者雇用にどのように影響し、障害者の安定した雇用の促進にどのように寄与するのかについて検討する。  また、制度改正を受けての雇用の質的変化として、障害が多様化する中で、障害者がその有する能力をどのようにして有効に発揮5)できるようになっているか、障害者に対する配慮措置の実施により、職場適応度の向上がどのように見込まれるかについても調査する。  さらに、大規模企業は、特例子会社の設置により法定雇用率を達成しているものも多いが、差別禁止・合理的配慮提供義務の趣旨を踏まえれば、各事業所での改正法の理念の浸透と適切な対応が、今後さらに取り組むべき課題となる。その際、障害者が配属される部署での同僚から理解、配慮等が職務遂行上、どのように進められるのかということも重要な問題である。  加えて、メンタルヘルス不調等中途障害者への合理的配慮措置の取扱いについても検討したい。 (3)質的縦断調査  ハローワーク、地域障害者職業センターや就業・生活支援センターといった支援機関が行う企業支援に加え、平成26年から、企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ)の認定の対象拡充や、企業での障害者の雇用管理業務の経験豊富な障害者就労アドバイザーを支援機関等に派遣する企業就労理解促進事業の新設により、地域連携の活性化が図られている。  これらの事業の他に、都道府県でも障害者雇用企業サポートセンター、障害者雇用推進コーディネーター派遣事業、中小企業団体中央会による精神、発達障害者雇用促進プロジェクト、障がい者雇用企業支援センターの設置といった名称での企業支援の事業が展開されてきている。  制度改正により、地域特性や地域事情の背景なども加味しつつ、これらの様々な企業内外の支援体制の整備が、企業の障害者雇用のさらなる展開にどのように活用されていくかを追跡調査をしていく予定である。  さらに、今後増加するであろう精神障害者の安定した雇用を図るには、就職前の実習や入職後の雇用管理についての適切なサポートが重要である6)。障害者差別禁止指針では「事業主や同じ職場で働く者が障害の特性に関する正しい知識の取得や理解を深めることが重要である」とされている。精神障害者や発達障害者など外見上からは障害が把握しにくい者を含め、企業が制度改正を受けて、地域の医療、教育、福祉の各専門機関と連携を取りながら、障害者の雇用促進及び定着支援を進めていく過程や実情についても検討していきたい。 4 結語  新たな法制度を有効に定着させる取組には、企業や社会全体での課題認識の共有や支援体制の充実が求められる。  本研究では実態把握に加え、課題の把握や問題解決を指向し、障害者雇用に取り組む企業や、これをサポートしていく支援機関の実践に資する有用な情報が提供できるよう努めて参りたい。  また、発表会当日は、本調査研究の進捗を踏まえた直近の状況も含めて報告したい。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:事業所における障害者雇用に関する配慮や支援の状況 資料シリーズNo.78(2014) 2) 長谷川珠子:日本における「合理的配慮」の位置づけ「日本労働研究雑誌」(2014) 3)Erickson et al.:Employing People with Disabilities: Practices and Policies. (2014) 4)Leveling the Playing Field;Attracting, Engaging, and Advancing People with Disabilities (2013) 5) 水之浦啓介他:企業価値を高める障がい者雇用のあり方『経営実態調査』に見る障がい者雇用のポイント「知的資産創造」(2016) 6) 障害者職業総合センター:精神障害者雇用に係る企業側の課題とその解決方策に関する研究 報告書No.128(2016) 【連絡先】  田村みつよ  障害者職業総合センター 事業主支援部門  E-mail:Tamura.Mitsuyo@jeed.or.jp 障害者就労支援における就労支援サイドと企業サイドの間に存するギャップについて 瀧川 敬善(東京海上日動システムズ株式会社 GRC支援部課長/東京都教育委員会 就労支援アドバイザー) 1 はじめに  障害者の企業就労には就労支援サイドと企業サイドの協力が必要である。両サイドの連携が、いかに円滑に行われるかが、就労や定着に大きな影響を及ぼす。本稿は障害者の就労支援について、両サイド間に存するギャップを明らかにし、これを解消していく方法を述べる。 2 企業向けセミナーにおけるギャップ (1)セミナーの内容  多く見られるケースは大企業の特例子会社が講師を務めるもので、知名度による集客力がある。企業紹介からはじまり、どのような障害種別を持つ人たちが何人、どういう業務に就いていて、どのような配慮や工夫をしているか、というパターンが多い。障害者雇用ガイドブックによれば1)下記が障害者雇用に関する企業の主な懸念事項とされているが、大半の企業向けセミナーではこれらの懸念事項に充分に応えられていない。いわば下記の懸念事項への回答が未雇用企業のニーズであるが、企業向けセミナーの多くはこのニーズを満たしていない。  ①コスト負担への懸念  ②適切な仕事がない  ③生産性低下への懸念  ④不測の事態や事故への懸念  ⑤人間関係やコミュニケーションへの懸念  ⑥標準的な作業方法を適用できない  ⑦労務管理のノウハウがない  ⑧雇用メリットがない (2) セミナーの参加者  参加者名簿等で企業向けセミナーの参加者を見ると、大半が特例子会社や既雇用企業の皆さんで、未雇用企業は僅かということも多い。日頃の「付き合い」や新人の勉強のためという背景がある。雇用指導の一環として未雇用企業の参加を促す必要があるが、ニーズを満たさないセミナーでは「言われたから出ただけ」で「今後は来ない」ことにつながりかねない懸念を含んでいる。 (3)アンケート結果  障害者雇用に踏み出せない理由の一つである「コスト負担への懸念」は、セミナー後のアンケート結果や、各種調査結果に多くは見られない。企業の中の「誰が回答しているか」という観点がある。2010年の商工総合研究所本賞を受賞した慶応大学の学生達の論文2)での調査によれば中小企業の3割は「コストの問題がある限り、他のすべての懸念事項が解消しても知的障害者を雇用しない」としている。コストの問題は中小企業にとっては格段である。 (4)セミナーの講師  大企業や特例子会社が講師のセミナーで、中小企業はスクリーンに映し出される設備を見て「うちでは無理だ」と感じる。調査によれば特例子会社の4割は赤字であり3)、6割は会社運営に必要な費用を親会社から支給してもらう包括委託方式4)である。「採算に見合っています」と言える特例子会社は少ないのである。したがって中小企業の最大のニーズである「コスト負担の懸念」に答えにくい。「立派な設備」と「コスト負担の懸念」、これでは中小企業に雇用インセンティブは生じない。大企業や特例子会社だけでなく、併せて、障害者が貴重な戦力になっている中小企業にも講師をしてもらうことが訴求力を高める。 3 特別支援学校の企業開拓におけるギャップ  アプローチの一つとして学校見学~学校見学時の企業向けセミナー~企業見学をセットで実施することが多い。 (1)学校見学  学校見学では授業風景や作業学習等を見学する。陶芸の作業学習を見学したことがあるが、陶器関係の就職先が稀な今日、何故、陶芸の作業学習を見学するのか疑問を感じたことがある。そこには何か意味があるはずなので、なぜ、陶芸の作業学習を見学させるのかを説明する必要がある。また、作業学習で目にする生徒の能力は企業就労の現場で実際に必要な水準には満たないことが多いが、未雇用企業は「能力は就職後のOJTによって伸びる」ことを知らないので「これでは雇用できない」と思われかねない。 (2)学校見学時の企業向けセミナー  学校見学の内容と連続性がないことがある。例えば、学校見学をしたあと、教室や講堂で、卒業生が勤務していない会社が、作業学習で見たものとは違う仕事の事例をもとに講演するケースが典型例である。今日、大企業や特例子会社は社会的責任を果たす必要から法定雇用率を遵守する。したがって、作業学習の内容や、セミナーの内容に関わらず、コンスタントに卒業生を雇用するが、未雇用の中小企業は状況が異なる。作業学習で見て貰ったのが清掃なら、卒業生が清掃の仕事をしている企業にセミナーの講師をしてもらい、企業自身から「会社の仕事には能力的に足りないと思われたかも知れません。でも、会社に入ってからのOJTで能力は伸びます。この方は、この学校を卒業して清掃の仕事をしていますが、貴重な戦力になっています」と語ってもらうことが有益である。大企業だけでなく中小企業にも話して貰うことが望ましい。 (3)企業見学  学校見学を終えたら、後日、希望者による企業見学の段となる。中小企業が大企業や特例子会社の見学に行くと、「2 企業向けセミナーにおけるギャップ」で述べた逆効果が現実のものとなることがある。大企業なので豊富な仕事があると思われがちだが、多数の支店に社員が分散していたり、清掃やメーリング等の事業をしているグループ会社から、それらの仕事を持って来れない等の事情で充分な業務量が確保できていないと、非常にのんびりと仕事をしているが赤字ではないという不思議な状況を見学することになる。中小企業の感想は「さすがは大企業さん。でも、うちでは無理」となる。学校見学の際に講演してもらった中小企業への見学を組込むことが望ましい。 4 事例集におけるギャップ  最初に挙げた企業の懸念事項に網羅的に応えるように編集されていないことが課題である。また、記載内容が企業によってまちまちで一定の観点や関心に揃っていない。アンケート調査では全ての企業が同じ質問に答えるので一定の内容に揃うが、事例集の原稿は各企業が自由に書いている場合が多いので内容が揃わないのである。茨城県のアンケート調査5)では企業の3割は障害者が会社の戦力になっているとしているが、高齢・障害・求職者雇用支援機構の障害者雇用事例リファレンスサービスの企業事例261件では13%となっている6)。障害者の発揮している能力や戦力性について触れてください、と依頼しておけば、もっと多くの企業が戦力になっていると答えたであろうと思われる。企業への遠慮も働いていると思われるが、原稿を出してくれる企業は、協力的なところが多いはずなので、依頼しても差し障りはないはずである。千葉県の事例集19件のうち6社は「企業である以上、費用対効果を満たすことが重要だ」と言っている7)。企業によって採算性・生産性等と表現が違っていて良いはずなのだが「費用対効果」という同じ言葉を使っているのは編集サイドからの依頼があることを窺わせる。 5 就労支援機関と企業のギャップ  「障害者雇用のノウハウや理解がない」ことも企業が障害者雇用を躊躇する一つの理由となっている。ところが就労支援サイドは「障害者雇用が進まないのは企業に理解がないからだ」8)と言っていて、お互いにそっぽを向いてしまっている。これでは障害者雇用は進まない。しかしながら、就労支援サイドに非がある話でもない。就労支援機関は主に本人支援の立ち位置で、企業支援の立ち位置にいないのである。その中で、各支援機関にいるジョブコーチは明確に企業支援の役割を担っている。地域の中で機動性もある。仕事の切り出しや再構成のスキルもある。しかしながら、費用対効果や採算性の観点が欠けていたり、企業文化や企業の考え方の理解に乏しいことが多い。ジョブコーチが費用対効果や採算性の観点を持って企業支援をすることや、企業経験者が定年後にノウハウを就労支援のフィールドで生かすことは有益である。その上で、就労支援サイドから積極的に企業支援を行っていくことが重要である。 6 まとめ  能力向上によって周囲から評価をされていくことで社員全員の心理障壁やスティグマが下がっていくことは、弊社での知的障害者の雇用経験を通して、強く感じて来たことである。就労による能力拡大は、雇用を通した社会参加のためだけでなく、共生社会実現のためにも非常に重要であり、それゆえに、企業は本当は社会モデルを推進しやすい位置にある。Persons with Disabilities とされて社会から排除されて来たことを改めて考えなければいけないが、充分に能力開発されていく障害者と、そうでない障害者との格差を広げていく懸念もあるので、一般就労と福祉就労のギャップを埋めていくことも大きな課題であるし、就労のみを価値化せず、働くことが出来ない人たちの社会への参加全般に関するギャップを埋めていくことも国民連帯の大きな事業であることは間違いないものと思われる。 【参考文献】 1)「障害者雇用ガイドブック」高齢・障害・求職者雇用支援機構 (2007) 2) 林謙治、他 「中小企業における知的障害の雇用」(2010) 3) 伊藤修毅「特例子会社と就労継続支援事業(A型)の比較 研究」(2011) 4) 水之浦啓介、他「企業価値を高める障がい者雇用のあり方」(2016) 5) 平成23年度茨城県「障害者雇用に関するアンケート」調査 結果 (2011) 6)「障害者雇用事例リファレンスサービス」における企業雇用 事例 (2012~2014) 7) 千葉県 「障害者多数雇用事例集」 (2010) 8)「中小企業における障害者雇用促進の方策に関する研究」   p.101 高齢・障害・求職者雇用支援機構 (2013) 【連絡先】  瀧川 敬善  東京海上日動システムズ株式会社  e-mail:takayoshi.takigawa@grp.tmnf.jp 障がいのある教師の職場並びに生活の場における社会的障壁の克服の実践と必要な合理的配慮 清水 建夫(働く障害者の弁護団 代表/NPO法人障害児・者人権ネットワーク 理事) 1 教職員への障害のある者の採用・人事配置 中央教育審議会初等中等教育分科会は、2012年7月23日「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」を報告した。報告書5(3)において、「教職員への障害のある者の採用・人事配置」の必要性を強調し、次のように指摘している。  「児童生徒等にとって、障害のある教職員が身近にいることは、障害のある人に対する知識が深まるとともに、障害のある児童生徒等にとってのロールモデル(具体的な行動技術や行動事例を模倣・学習する対象となる人材)となるなどの効果が期待される。このため、特別支援学校をはじめとする様々な学校においては、障害のある者の教職員が配置されるよう、採用や人事配置について配慮する必要がある。併せて、学校においては、教職員の障害の特性等に考慮し、職務遂行に必要な支援を行う必要がある。」  障害のある教師は、それぞれの障害特性を職場や生活の場で克服し、児童生徒にとってのロールモデルの役割を果たしている。 2 脳性まひによる障害のため電動車椅子によって移動する教師の職場環境と生活環境  A教師(B県の公立中学校数学教師・現39才)は生後まもなく脳性まひとなり、肢体不自由のため移動手段として電動車椅子を使用している。A教師は大学時代から教師をめざしてきた熱血漢の教師であり、著書も数冊ある。B県教育委員会は、A教師にバリアフリーな職場ということを最優先に考えたと思われるが、B県は東北の農村県であり、バリアフリーな学校は限られていた。その結果、A教師はB県を北から南、西から東へと大移動させられ、その都度新しい住環境での対応を余儀なくされた。B県においてバリアフリーな住居を確保することは容易ではなく、C市への異動を2度にわたって命ぜられ、A教師は教育委員会の担当者とともにバリアフリーな住居を探し求めたが、C市においては確保することができず、A教育委員会もC市への異動を断念した。A教師は、脳性まひのため、浴槽で体位を変えるのに間口の広い浴槽を必要としていたが、C市ではそのような浴槽のある貸室はなかった。障害のある教師の異動にあたっては、職場環境はもとより住環境確保においても合理的配慮が必要であることを痛感した。 3 視覚障害教師と教育力 (1) 視覚障害は教育力の低下をもたらすものではない。しかしながら、無理解な管理職も少なくない。とりわけ私立学校においては、中途で視覚障害となった教師を排除しようとする理事が今なお存在する。 (2) 宮崎県のD高校のEベテラン数学教師(当時51才)は、進行性眼病により視力が低下した。D高校はキリスト教育を基本とする女子高であったが、2001年シスターの理事長が「目も見えない、言葉も聞こえない、人前に出すのが恥ずかしい」という言葉を投げかけ解雇した。宮崎地方裁判所で賃金仮払仮処分命令を得て、本訴を提起し、1年6ヵ月後職場復帰を果たすことができた。 (3) 兵庫県のF高校は弱視の障害をもつベテランのG日本史教師に授業を持たせず、自宅待機命令を出した。G教師は訴訟を起こし、2016年神戸地方裁判所はG教師に対するF高校の一連の行為はG教師を退職させる目的で行った不法行為であると断じ、現在の処遇に理由がないことの確認と損害賠償を認めた。 (4) H短期大学のI准教授は、進行性眼病による視力低下により、担当の授業からはずされ、授業を一切もたせられず、研究室の使用と授業の担当の地位確認を求めて、2016年3月岡山地方裁判所に提訴した。現在係争中である。(2)~(4)は筆者が代理人として関わった。 (5) 公立学校の場合、かつて教育委員会は法定雇用率未達成の公的機関の最たるものであったが、最近では障害のある教職員の採用に積極的であり、採用試験においても各障害に対する配慮を行っている。かつては視覚障害等の障害があることが不採用事由として当然のこととしてまかり通っていたことと比べ隔世の感がある。 4 全国聴覚障害教職員協議会意見書(2010年10月22日) (1) 同協議会は第1項記載の初等中等教育分科会の報告に先立ち、文部科学省中央教育審議会「特別支援教育の在り方に関する特別委員会」宛に意見書を提出した。  わが国の教育機関に従事する聴覚障害のある教職員は、同協議会の調査によれば332名おり、そのうち、聴覚障害教育を行う特別支援学校に勤務する聴覚障害者は273名(平成22年7月現在)である。  意見書は障害のある教職員の役割について、次のとおり指摘している。 ○同じ障害のある児童生徒が、自己の将来像を描く上での指針となる ○障害に応じた指導方法の工夫を同じ立場、また自身の経験をもとに実践、提案できる ○手話のみならず、個々の児童生徒にみあった多様なコミュニケーションモデルを提供できる ○保護者支援にあたり、当事者としての体験に基づいた適切な支援ができる ○障害のない教職員とよき関係を築くことにより、児童生徒、保護者に対して望ましい社会参加の関係モデルを提供できる ○視覚的補助機器の設置、手話通訳の配置等、障害に即した職場環境を学校園内で整備することに、当事者として関与することで社会にバリアフリーのモデルを示すことができる  その上で意見書は「聴覚障害のある教員は、当事者としての経験と知見を教育現場に反映させていく意味で聴覚特別支援学校(以下「聾学校」という。)における中枢的役割をになう位置にあり、また今後の聴覚障害教育のありように影響を及ぼすものでもあり、その積極的な雇用を推進」するよう求めている。  また、異なる障害種の支援校および通常学校に勤務する聴覚障害のある教職員は、「その教職員がもつ障害と配慮すべき諸事項について、校内外に啓発することで、社会的理解を広げる」という重要な意義をもつとし、その場合には次の条件を満たすこととしている。 ①教職員本人の希望・適性を尊重した適切な人事配置が行われていること。 ②通訳体制をはじめコミュニケーション保障等、職場におけるバリアフリー体制が整備されていること。  そしてこれら「条件整備が不十分である現在、異なる障害種の支援校への配置は、きわめて慎重になされるべきものと考える」としている。  意見書は聴覚障害のある教員の日々の実践に裏打ちされたものであり、尊重されるべきである。 (2) J氏(K県立聾話学校教諭/学校心理士)は、2009年11月聴覚しょうがい学生対象の就労支援セミナーにおいてご自身の経験をもとに次のとおり述べている。  「頑張って勉強しようと大学に入ったが400人を対象とする講義のため講義が分からなくなり、大学を辞めようかと思うようになってしまった。18 年間で初めて感じた挫折であった。(中略)絶対に先生になる!と強く思うようになったのが、2週間教育実習で聾学校へ行き、そこで、子ども達は今まできこえない先生から学んだことがないので非常に楽しんでくれ、また、私自身もとても楽しかった。(中略)それが教職を目指す大きなきっかけになった。」 5 精神疾患により休職する教師 (1) 文部科学省「教員のメンタルヘルスの現状」(2012年1月22日)  公立学校における精神疾患による病気休職者数は平成元年1037名(在職者に占める割合は0.10%)、平成11年1924名(同0.20%)、平成22年5,407名(同0.59%)と22年間で実に5.2倍に激増している。一方精神疾患以外の病気休職者数はほぼ横ばいである。教員は一般の労働者より疲労度が高い。教員の「仕事や職業生活におけるストレス」は一般企業の労働者よりも6ポイント以上高い。また、ストレスの問題は「仕事の量」と「仕事の質」が一般企業の労働者より高い。教員は一般企業の労働者と比べて「上司・同僚に相談しにくい」と感じている。 (2) 文部科学省「平成26年度公立学校教職員の人事行政状況調査について」(2015年12月25日)  精神疾患による病気就職数は平成26年度が5,045人(全教育職員の0.55%)で平成25年度5,079人(同0.55%)と同程度であった。平成19年度以降5,000人前後で推移している。平成26年度の病気休職者数は8,277人であり、うち精神疾患による休職者数5,045人で病気休職者全体の60.9%である。精神疾患は教師の職業病と言えるほど休職者において精神疾患の占める割合が高い。 (3) 2013年OECD国際教員指導環境調査(TALIS)  日本を含む34か国・地域の前期中等教育段階(中学校及び中等教育学校前期課程)において、通常の仕事として指導を行う職員及び校長を対象に調査が行われた。  1週間当たりの仕事にかける時間は、参加国平均では38.3時間であるが、日本は最も多く53.9時間である。  また、教員が指導(授業)に使ったと回答した時間は、参加国平均では週19.3時間に対し、日本の教員は週17.7時間で同程度であり、日本の場合、一般的事務業務など授業以外の業務に多くの時間が費やされている。  日本の教員はストレスの多い業務で世界で最も長時間働くことを余儀なくされており、精神疾患発症の最大の要因であると言える。 (4) 教師の精神疾患は教師自身の責任ではない  教師の精神疾患の圧倒的割合はうつ病と思われる。教育に意欲を燃やしていた教師が突然うつ病に罹り、学校に来られなくなることが少なくない。受験戦争の過熱化から教育熱心な親がモンスターペアレンツとなりがちな傾向があり、また、管理教育の下に教師の自由は制限され、理想と現実のギャップの中で立ち往生する教師は少なくない。教師のうつ病は個人の責任というよりも、教師一人に多くのことを求める人的、物的、時間的環境がもたらすものであり、労災と言っても過言ではない。教育委員会は教師の数を大幅に増やし教師一人あたりの負担を軽減するための抜本的改善をするとともに、うつ病に陥った教師が安心して回復できるまでの十分な休息を保障するべきである。 ある権利条約締約国における批准後の取り組み~ドイツの事例から~ 佐渡 賢一(元 障害者職業総合センター 統括研究員1))  障害者権利条約の批准と条約の要請に沿った法規定の整備。どちらが先であるべきかと問われれば、後者と答える人が多数ではないだろうか。日本は、まさにその順序で取り組みを進め、差別禁止法制の成立を踏まえて条約の承認・批准手続きを行った。  しかし、海外に目を転じると、条約締約国が自国の法律を見直しているかという観点に立つ論考もみられる。欧州財団が委託した調査研究(2010年に最終報告2)公表)では、上述した視点からの考察があり、EU加盟国の中で組織的に行っているのは4カ国にすぎないと指摘していた。  ドイツはその4カ国の1つに数えられている。条約批准後に「権利条約実施のための連邦政府行動計画3)」の策定を進めていたことが勘案されたものと思われる。本稿では、この計画の経緯や内容を概観した上で、主要な法律にも及ぶ見直しについて、可能な範囲の説明を試みる。 1 批准から計画の策定まで  計画本文の記述によれば、策定までの経緯や過程は次のとおりである。2009年の権利条約批准手続中に当事者団体が権利条約の実施を総合的・戦略的に進めるために計画を策定することを求め、連邦参議院においても連邦政府による障害者施策に関する定例報告への意見表明の場において、同趣旨の要望が出された。  2009年議会選挙のあと4)発足した連立政権において、この要求を採択することが合意された。計画策定手続きは労働社会省が調整を担当する中で進められ、2010年2月から関係部局・州政府・障害者団体との議論、複数回にわたる公開の会議、ネットワークを活用した意見募集などの段階を踏み、2011年6月連邦政府の閣議決定に至った。 2 計画の全貌  対象範囲は広く、大きな分類として12項目が設定されている5)。  個別の施策は上記大項目に分類された上で担当省庁とともに列挙され、総数は 200以上にのぼっている。  実施方法に関する記述をみると、計画期間は2020年までの10年間であるが、中間で評価を経て改訂が行われることとなっており、本年第2次計画へと更新された。なお、(障害者施策に関する)報告のありかたについても1つの章があてられており、マイナス面に偏しない、信頼できるデータによって、生活状況に関する実態を明らかにすることが必須であるとされている。一昨年の発表論文で取り上げ、昨年も言及した2013年連邦政府報告は、従来と異なる枠組みのもとで作成されたが、本計画の問題意識によることは、報告冒頭にある上記指摘引用からも明らかであろう。 3 計画と法改正  日本で策定されている障害者基本計画は障害者基本法の規定に基づくものであり、現行法の枠組みのもとで、施策の方向性が整理されている。2013年9月に策定された現行計画も、同年成立した差別解消法の存在を前提としている。  一方、今回取り上げているドイツの行動計画では、権利条約実施のための施策が列挙されているが、この中には改正を視野に置いた関係法規の見直しも含まれる。「条約の実施」の一環として「国内法制化(の徹底)」も考えられていることを示すとともに、計画に法改正も明示している点が、日本の場合と比べて特徴的である。 4 連邦参画法と社会法典第9編改正案  ここで取り上げる改正法(案)は「連邦参画法」(案)と呼ばれるもので、その方向性については、当事者代表も加わったワーキンググループで検討が進められてきた。障害者の雇用促進の根幹を扱う社会法典第9編の改正が含まれることもあり、早くから注目されている6)。本年に入り、「連邦参画法」案が労働社会省のページで公表された。以下、社会法典第9編を中心に改正案の特徴を概説する。  「連邦参画法」は、20近くの法例を対象とする改正法である。中心は社会法典第9編ではあるが、社会法典に限っても第3編、第6編、第12編等に実質的な(参照する条文番号の変更等にとどまらない)改正が及んでいる。  社会法典第9編の改正7)は条文単位の加除・変更ではなく、全体を差し替える形で改正案が提示されている。条文数でみても現行の 160から 241へと大幅に増加しており、かなり大きな改正であるとの印象を受けるが、その特徴を列挙しよう。 (1) 障害・障害者の定義  障害を定義する文章(第2条1項)が変更されている。  現行では「ある人の身体的機能、知的能力又は精神状態が、6ヵ月以上にわたり、その年齢に典型的な状態とは異なる確率が高く、そのため社会生活への参画が侵害されている」場合に「障害がある」とされている。改正案では「身体的、知的、精神的あるいは感覚的な機能障害(Beeintrachtigungen)があり、態度や環境の障壁との相互作用により平等な社会参画が6か月にわたり高い確率で妨げられうる」人をもって障害がある人としている。権利条約前文e及び第1条における障害の考え方に沿う記述への変更といえ、ICIDHからICFへの準拠の移行も認められる。  この変更の効力は第9編にとどまらない。第3編は「第9編第2条1項の意味における障害の種類や程度のゆえに労働生活への参加の見通しが低下している」人(第19条1項)と本条文を参照して障害を定義しているからである。第12編にも同様の定義がみられる(現行第53条1項)。  なお、障害者同権法(BGG)でも本年7月成立した改正法により、障害の定義(第3条)に同じ変更が施されている。 (2) 一部用語の変更  現行第2部で例示すると、これまで統合協定と称してきたIntegrationsvereinbarung がInklusionsvereinbarung に(現83条) またこれまで統合プロジェクトと称してきたIntegrationsprojekt が Inklusionsbetriebe(betriebeは事業所)となっている(現132条等)。いずれも「インテグレーションからインクルージョンへ」への流れをうかがわせるが、この方向性は必ずしも徹底されておらず、Integrationsamt(統合局)等変更されない用語も混在する。 (3) 3部構成への変更、新たな第2部  新たに設けられた(新)第2部は「障害者の自立した生活形態(Lebensfuhrung)のための特別な給付」と名づけられており、„Eingliederungshilferecht“という副題が与えられている。既存の翻訳に照らすと訳は「編入支援(法)」となるが、意味を適正に示しているかは判断を保留したい。 (4) 重度障害者関連部分  現行第2部、改正後は第3部となる重度障害者にかかる認定手続き、割当雇用制度を始めとする諸制度は本質的な変更を施されていない。気づいたのは既述の用語変更の他、雇用率が満たされていない場合の納付金の単価が増額されていること等である。他の部分でかなりの改訂が行われている中で、本部分の枠組みが温存されていることも、今回改正案の特徴8)と考えてよいかもしれない。 (5) 財政への影響  法案文書では財政への影響も試算されている。これによると、法改正が完了する2020年度における財政負担は連邦政府で6.9億ユーロ増、州政府で0.5億ユーロ増である。内訳をみると、連邦政府では高齢の障害者への給付を手厚くするなどの施策による増額がみられる一方、給付の適正性を向上させるためのパイロット事業(2億ユーロ)など、必ずしも当事者を恒常的に対象としない項目も含まれる。社会法典第9編新第2部にて設けられた編入支援は州政府の負担となるが、これは従来第12編で規定されていた障害者給付を再編したもので、純増は上記のとおり0.5億ユーロにとどまる。上で改正規模に関し私見を書いたが、財政支出の拡大が「かなりの大きさ」かは、検討の余地がある。 5 今後の注目点  「連邦参画法」案は本年6月末(第2次行動計画決定と同日)に連邦閣議において連邦政府案が決定され、本稿はこの案に基づいている。ドイツの立法手続きを調べたところによると、今後連邦参議院での審議を踏まえ(場合によっては一部修正の上)、連邦議会への提出・審議に進むと思われる。実際、連邦参議院のウェブページでは9月の予定の1つに本法案審議があげられている。同法による法規定の改正は2020年まで段階的に行われるが、最初の法改正は2017年が予定されており、あまり日数も残されていない中、法案審議の行方が内容とともに注目される。  さらに改正法成立後を考えると、社会法典第9編改正の影響は主に給付手続きに生じるように見えるが、枠組みや概念の変更が実質的な変化を伴う場合は重度障害者施策にも影響する。特に、今回改められる障害概念については認定のありかた(基準及びその適用)への波及9)という重要なポイントがあるので、注視を続けたい。 【注・参考文献】 1) 現厚生労働省労働基準局労災管理課労災保険財政数理室勤務(再任用短期職員)。ただし本稿、本発表における見解は筆者個人のもので、いかなる組織の立場も代弁しない。 2) European Foundation Centre: "Study on challenges and good practices in the implementation of UN CRPD" (2010) 3) Der Nationale Aktionsplan der Bundesregierung zur Umsetzung der UN-Behindertenrechtskonvention 4) 通常第17会期(会期は次回総選挙までの期間)と呼ばれる。 5) 労働及び雇用、教育、予防・リハビリテーション・健康・看護、子供・青少年・家族・パートナーシップ、女性、高齢者等。 6) 例えば、小西啓文「ドイツにおける障害者政策の新展開:連邦参加法の制定をめぐって」週刊社会保障2831号 (2015) 7) 社会法典第9編の改訂は2017年、2018年の2段階で行われ、以下述べる改正は2018年に予定されるものである。 8) 行動計画で、社会法典第9編の見直しが「労働及び雇用」ではなく「予防・リハビリテーション」等をカバーする分類に属する施策とされたことからも、力点の所在が推測できる。 9) 現行認定基準(援護医療命令及び付属文書)、その適用の見直しがいずれも行動計画の個別施策に数えられている。 【連絡先】 e-mail:RXG00154@nifty.com 障害者就労支援の効果的な取組に関連する信念、知識、外的環境の分析 春名 由一郎(障害者職業総合センター 主任研究員) 1 はじめに  障害者就労支援の発展に伴い、医療、福祉、教育等の地域関係機関が新たに就労支援に取り組む状況が急増しており、地域での連携体制や就労支援に向けた人材育成が課題となっている。そのためには、これらの価値観や優先順位が異なる関係分野や専門職が就労支援に取り組む理由や意義を正しく理解し、それを踏まえて関係機関の間での就労支援に向けた役割や連携の必要性についての共通基盤を見出していく必要がある。  そこで本研究では、障害者の就労支援ニーズに公式/非公式にかかわらず対応している全国の保健医療、福祉、教育、雇用等の様々な8,604機関の担当者及び専門職を調査対象とし、効果的な就労支援への取組状況及びその促進要因を明らかにすることを目的とした。 2 方法 (1) 調査対象  調査への回答は3,054名から得られた。その代表的な所属機関と職種は表1のとおりである。 表1 本調査の回答者の代表的な所属機関・職種(重複あり) (2) 調査内容及び因子得点による要約  質問紙により以下について個別の項目で聞き、それぞれについて因子分析により内容を要約し、個々の変数を要約した因子の得点を用いて分析した。 ・就労課題の解決可能性:職業準備、就職活動、就職後の問題経験とその解決状況 ・就労支援行動:職業準備、職業評価、就職、職場適応、スキル向上等への取組(連携を含む) ・障害者就労支援についての機関・職種の役割認識 ・行動の信念:障害者就労支援の基本的原則の認識 ・基本的知識:障害者就労支援の基礎的知識の有無 ・組織体制・社会動向:所属組織、専門職種、地域等の障害者就労支援への積極性、消極性 (3) 分析  分析はSPSSの一般化線形モデルにより行った。 ア 機関・職種、利用者特性等の影響の調整  機関・職種、利用者特性(就職前支援が多い/就職後の支援が多い、身体障害者が多い/知的・精神障害等が多い等)による階層的な影響を避けるため、これらの変数を分析モデルに加え、本分析における影響を調整した。 イ 効果的な就労支援  各就労課題の解決可能性の増加を説明するモデル効果が有意に認められる就労支援行動を特定した。 ウ 就労支援行動の分析モデル  計画的行動理論(Ajzen, 2006)に基づき、イの各効果的就労支援行動を促進する「意図」として役割認識を用い、また、さらにそれを促進する「行動的信念」「規範的信念」「規制的信念」については行動の信念、基本的知識、組織体制・社会動向を用いて、関係性を分析した。 3 結果 (1) 効果的な就労支援  障害者の就職前から就職後にわたる支援課題の解決には4つの就労支援行動が強く関連していた(図1)。 図1 地域関係機関における効果的な就労支援の概要 (各「就労課題の解決可能性」を目的変数とした、一般化線形モデルによる機関・職種、利用者特性等を調整後の「就労支援行動」の因子得点との関係;結合線の太さは係数の大きさを示す。) (2) 効果的な就労支援に関連する取組への役割認識  4つの就労支援行動の要因として、多職種のケースマネジメントによる就労支援、個別の職業場面に即したアセスメントや、就職後も継続する支援体制に取り組む役割認識が関連していた(図2の中央枠と右枠)。その詳細内容は、表2-1~4に示す因子の変数の構成のとおりである。 図2 効果的な就労支援行動の要因構造の分析結果の要約 (右枠と中央枠、中央枠と左枠の各右側を目的変数とした、一般化線形モデルによる機関・職種、利用者特性等を調整後の左側項目の因子得点との関係;結合線の太さは係数の大きさを示す。) 表2-1 「就労支援での多職種ケースマネジメント」の因子負荷量 (3)効果的支援への役割認識に関連する信念、知識等  図2の左枠と中央枠の関係に示されているように、役割認識には、いわゆる「援助付き雇用モデル」と事業主と障害者の双方に益となる就労支援への信念、基礎的知識、組織体制・社会動向が強く関連していた。その詳細内容は、表3-1~6に示す因子の変数の構成のとおりである。 表3-1 「援助付き雇用モデルの支援体系」の因子負荷量 表3-2 「事業主と本人の双方に益となる就労支援」の因子負荷量 表3-3 「雇用制度の知識」の因子負荷量 表3-4 「雇用管理の課題の知識」の因子負荷量 表3-5 「地域の社会資源の知識」の因子負荷量 表3-6 「支援機関の組織体制、社会動向」の因子負荷量 4 考察  地域の多様な関係機関・職種による就労支援への取組の共通基盤として、「援助付き雇用モデル」による障害者と事業主両面に対する継続的支援が双方にとって益となり、これが就職前から就職後までの就労課題の解決につながるという信念、さらには支援組織体制整備、実践の成果の好循環を形成していくことが重要であることが示唆された。  また、就労支援を専門としない関係機関・職種による就労支援への役割認識としては、既に一般的に実施されている多職種のケースマネジメントを、共生社会の理念により職業生活の支援にも延長していく認識が重要と考えられる。 【参考文献】 1) Ajzen: Theory of Planned Behavior, 2006 非メランコリー親和型の気分障害を有する若年者の休業と復職支援の動向に関する研究~企業ヒアリングの結果~ 野中 由彦(障害者職業総合センター 特別研究員) 1 はじめに  障害者職業総合センター研究部門の事業主支援部門では、平成27年度、『非メランコリー親和型の気分障害を有する若年者の休業と復職支援の動向に関する研究』を実施した。心の健康問題により休業する労働者への対応は多くの企業にとって大きな課題となっており、この研究は、20~30代の若年者を中心として、うつ病、抑うつ症状等の診断を受けていながら、従来型のうつ病(メランコリー親和型)の特徴とされる生真面目さや自責性、広汎な興味関心の減退がみられない休職者の存在が注目されていることを受けて、そのような者に対する新たな支援技法の開発に先駆け、企業や支援現場の実情等を把握することを目的に実施したものである。  研究の方法は、文献調査、専門家に対する聴き取り調査及び企業等に対する聴き取り調査(以下「企業ヒアリング」という。)を行い、その結果を分析し整理することであったが、ここでは、企業ヒアリングの結果について整理する。 2 企業ヒアリングの目的・概要 (1)目的  企業ヒアリングは、非メランコリー親和型の気分障害を有する若年者の休業と復職支援に係る事例を幅広く収集することを目的として実施したものである。 (2)調査対象  調査対象は、精神障害者またはメンタルヘルス不調者が多数いることが見込める企業等、計25社であった。うち、参考となる体系的な情報が得られ、かつ、報告書への掲載許可が得られた企業は、12社であった。 (3)調査方法  訪問による聴き取り調査。 (4)実施時期  平成27年4月~11月。 (5)ヒアリング項目の構成  企業ヒアリングでは、以下の点を中心に把握した。 ① 最近の若手社員に頻繁にみられる職場適応上の課題、不適応行動の傾向 ② ①のような問題を早期に解消するための、指導教育の観点からの具体的な取組 ③ ①のような問題が解消されないまま精神疾患の診断を受け、休業する社員に係る復職支援の取組 ④ 復職者を受け入れる場合を含め、①のような問題が十分に解消されない社員との間で確執を生じないために、企業として定めているルールや工夫している内容 ⑤ いわゆる「新型うつ病」とされる、他罰的であったり趣味活動が旺盛なままであったりする休職者の有無及びそのようなケースへの対処方針 3 ヒアリングの結果と考察 (1)非メランコリー親和型の気分障害の理解 ① 企業のうつ病についての理解  企業ではメランコリー親和型(従来型)のうつ病者については、すでに対応法等の不安はないとする一方、非メランコリー親和型(新型)については、どのように理解しどう対応すればよいかが分からず混乱し困惑している状況であった。  うつ病の病態の変化が激しく、定型うつは最近ではごくわずかしかみられないとの理解が一般的であった。非定型うつについては、様々な呼び方があり、「新型うつ」といった呼称を好まない人も少なからずいた。いわゆる新型うつは、病状ではなく状態を表すものとして理解されていた。いわゆる新型うつは、従来型と比べて回復の仕方が異なり、外出できるレベルまで回復した後、リワーク等の社会的な活動に参加できるようになるまでの停滞期が長引くとの指摘が注目された(図)。 図 定型うつ・いわゆる新型うつの回復モデル ② 非メランコリー親和型の気分障害の原因の理解  非メランコリー親和型うつの原因としては、発達障害、双極性障害、適応障害、パーソナリティ障害等が挙げられていたが、中でも発達障害が非常に多いという印象が共通していた。また、そうした状態にある者の中には病気ではない者もいるとの指摘が注目された。 ③ 疾病の見立ての困難さ  病気の有無の見極めや就労継続の困難さの原因の特定は非常に難しいと考えられていた。一方、疾患ではなく課題や可能性等に焦点を当てるべきとする意見も多数あった。 (2)メンタルヘルスに係る企業の対応  企業では、就業規則に基づく雇用管理上の問題として、一律に対応することとしているところが多かった。企業には安全配慮義務があり、慎重に対応せざるをえない事情があるが、いわゆる新型うつに対しては毅然とした対応へシフトしている企業も増えていた。  メンタルヘルスに係る予防については、三段階で理解されていて、第一段階である休職者をできるだけ出さないようにする一次予防が共通の課題として認識されていた。病気のダメージを深くさせず復職を進める二次予防も重要だが、今後は病気にならないようにするための対応を検討するほうが生産的であるとする意見が多数聞かれた。 (3)若年者の職業人としての教育に関する課題と対応  ビジネス構造の変化と急激なスピードアップが背景にあり、それについて行けない若年者が増えていると理解されていた。雇用環境の厳しさや正社員就業の困難さがうつ病の発症に関係があるのではないかとする意見が多数聞かれた。  集団活動になじむ経験が乏しい等、職業人としての基礎的能力に係る教育が不足していることが指摘されていた。こうしたことについては 企業で再教育するのは困難であり、企業外の機関での教育への期待は大きかった。一方、企業自身の人材育成能力の衰えを危惧する声も聞かれ、伝統的な「屋根瓦方式」等の企業での人材育成システムが劣化していることが指摘されていた。また、若年者の状況に合わせた作業指導の工夫等が必要であるとの意見も多数聞かれた。 (4)若年者復職支援の方法 ① うつ状態を解消することが第一  復職支援の方法については、休職の事由であるうつ状態の解消が先決である。いわゆる新型うつの場合は停滞期が長引きやすいが、その時期にできる限り早期に復職支援プログラムへ移行させることが望ましいとの意見が注目された。 ② 若年者向け復職支援プログラムの対象者と障害種類  発達障害が主因となっているケースが多いので、発達障害者向けのプログラムに馴染みやすいとの見解が一般的であったが、その場合、いわゆる新型うつ独特の生きづらさや難しさを理解する必要があるとの指摘があった。 ③ 若年者向け復職支援の期間  リワークは元々復職支援と再発予防を意図したもので一定の期間を要するものであるが、企業によってリワークに向けられる期間には差がある。このため期間設定には十分留意する必要があると認識されていた。 ④ 集団プログラムと個別支援の併用が必要  回復のポイントは気付きであるので、グループによるプログラムが効果的だとする意見が主流であったが、一方、障害種類や各人の状況に合わせた個別支援も必要であり、集団プログラムと個別支援の効果的な組合せが必要であるとの意見が多数を占めた。 ⑤ 若年者向け復職支援プログラムの対象者グループの構成  復職を目指すグループと再就職を目指すグループとでは自ずと別々にまとまる傾向があることや、グループ行動に慣れていない者もいることに注意することが必要であるとの指摘があった。 ⑥ 特に注目されたプログラムの内容  特に注目されたプログラムとしては、生活を記録し客観視・分析する支援、「自分取扱説明書」を作成する支援、<折り合い>を付ける支援、キャリアチェンジを促す支援等があげられた。 ⑦ 企業の「困っている人」に対するサポート  また、当事者へのアプローチに限らず、困っているのは周囲の人たちであるから、その人たちへのサポートが重要であるとの指摘が注目された。また、非メランコリー親和型うつ病者に対する企業としての対応法に係る研修等のニーズは今後高まるものと予想されていた。 4 まとめ  うつ病罹患者に非メランコリー親和型うつの増加が著しく、多くの企業が困惑している状況があった。そうした中で、非メランコリー親和型うつの若年者に対する先駆的な取組を展開している事例が増えてきている。今後は、非メランコリー親和型うつの若年者の休業予防・復職支援のノウハウを蓄積し拡散していくことが求められている。  企業ヒアリングにご協力いただいた関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。 うつ病像の変化に対応した復職支援−雇用管理と再発予防の視点から− 石川 球子(障害者職業総合センター 特別研究員) 1 背景  男女とも30代のうつ病・そううつ病が急増している背景の一つに、合理化・効率化のしわ寄せが挙げられ、若年層のうつ病有病率の増加には児童・思春期のうつ病有病率の増加とともに、うつ病概念の多様化が関連していると指摘されている1)。さらに若年層のメンタルヘルス不調による休職・退職者の割合が高く、6割強の事業所が復職後の専門家によるサポート体制がない現状2)もみられ、職業リハビリテーション機関と連携した三次予防を視点においた新たな復職支援策が望まれる。 2 目的  「非メランコリー型の気分障害を有する若者の休業と復職に関する研究」3)(平成27年度実施)では平成28年度から職業センターが取り組む技法開発のために必要な知見を得るために社外機関復職支援プログラム利用者事例調査等を実施したところであり、その結果をもとに、こうした若者のうつ病像の変化に対応した復職支援について、雇用管理と再発予防の視点から報告する。 3 方法  うつ病像の変化と復職支援に関する文献調査、社外機関復職支援プログラム利用者事例調査(対象:外来クリニック3所・病院(ストレス病棟)1所)を実施した3)。 4 結果 (1)うつ病像の変化に関する文献調査結果  現代型うつ病の中で非定型うつ病は、診断基準が明確で、その発病要因には虐待やネグレクト等が含まれる(表1)。 表1 非定型うつ病像の判断基準(DSM-5)と発病要因4)        非定型うつ病像の判断基準(DSM-5) 気分反応性があり、さらに次の症状のうち2つ以上がある    ○著しい体重増加、又は過食 ○寝ても寝ても眠い    ○鉛様麻痺         ○拒否過敏性 非定型うつ病の発病要因5) ①気質 ②脳の不調  ③社会状況  ・いつも仕事に追われる生活 ・情報過多          ・核家族や離婚率の上昇   ・運動不足  ④虐待やネグレクトの経験者が多くみられる  また、広範な抑うつ病態を改めて抑うつの側からみた「抑うつスペクトラム」5)では、「従来型うつ病」と「現代型うつ病」(逃避型抑うつ・ディスチミア親和型うつ病・非定型うつ病)を位置づけ、逃避型抑うつ・非定型うつ病の双極性Ⅱ型障害との親和性を示し、適応障害、パーソナリティ障害、気分変調症もそれに含めている。 (2)社外機関復職支援プログラム利用者事例調査結果  本調査3)では、クリニック(外来)3所(あいクリニック神田・ひだクリニック・さくら・ら診療内科)の復職支援プログラム利用者224事例が得られ、さらに日本で最初にストレス病棟(年間約200人程度入院)を開所した不知火病院のプログラム利用者の復職判断評価事例67事例、家族療法参加者2,155人、開所(1989年)以来の利用者の状況から病像の変化に関する知見が得られた。本復職支援事例の復職・就労継続率は、良好であった3)。  これらの復職支援プログラムでは若年者が主な利用者で、表2に示す7項目の支援が共通して効果的であった3)。 表2 復職プログラムに共通して効果のみられた支援3)  表中の「中集団による支援」とは専門スタッフが存在する7~15人以内のうつ病者の集団療法を指す3)6)。「ピアサポート」とはピアの助言や回復振りを見ての利用者自身の成長を指す。「レジリエンス(精神的回復力)を引き出す」では病気がもたらしたポジティブなこと等を検討する3)。  この他、本調査では「特異性のある女性休職者のニーズに応える支援」(1所で実施)の重要性も示された3)。  また、表中の「アンビバレントな気持ちへの支援」の一つとして、動機づけ面接(後述)(本調査対象機関では未実施)の有用との結果が文献調査7)と本研究の一環として実施した専門家ヒアリング3)8)から得られた。 5 病像の変化に対応した復職支援の考察 −雇用管理と再発予防の視点から−  上述表2の支援に加え、雇用管理と再発予防の視点から、以下の病像の変化に対応した支援が重要と考察された。 (1)動機づけ面接 −自己動機づけのための支援−  アンビバレントな気持ち(両価性)に働きかける動機づけ面接は、うつ病に極めて関連の深い「内的動機の強化」と「変化についての両価性の解決」を重視しており、うつ病の精神療法と薬物療法の効果を増強する方法の一つになりうる9)10)。また、物質使用と健康関連の領域での有効性を支持する実証データの蓄積9)があり、うつ病治療に適用する論拠として、①うつ病患者の活動性向上に役立つこと、②共感的治療関係はうつ病を緩和すること9) が挙げられる。国内でも依存症、健康、司法の分野での効果3)8)がみられ、復職支援への導入も有用と考えられる。 (2)上司・同僚の協力と配慮  表3は、必須と考えられる社内の協力と配慮である。 表3 必要となる上司・同僚の協力と配慮4) (3)休職せずに仕事を続けた方がよい場合  非定型うつ状態が中程度までで体が動く場合、多少無理をしても休職せずに仕事を続けた方がよいと考えられ4)、抑うつスペクトラムについても同様の指摘5)がある。また、仕事を続けるメリットは大きいがデメリットもある4)(表4)。また、職場での複雑な人間関係が発症原因、職場への恐怖心・嫌悪感が強い場合は休職した方がよい4)。 表4 仕事を続けるメリットとデメリット4) (4)回復のための従業員への情報提供の必要性  表5に示した「職場で対応に困る行動特性」を症状によると捉え、適切な自己主張等を支援し、表6の「悪化を招く日常生活上のリスク」4)についても説明をする。  表5 職場で対応に困る行動特性4) ①自己中心的・自己愛的行動特性  ②回避的行動傾向 ③短絡・享楽的行動特性       ④権利主張傾向 表6 悪化を招く日常生活上のリスクに関する情報提供4) (5)家族への情報提供 −本人への接し方と自傷行為−  本人への接し方と自傷行為について説明を行う(表7)。          表7 家族への情報提供が重要となること4) 12)  (1)非定型うつ病に対する家族の理解と本人への接し方5) 13)  ① 気分反応性への対応   →  責めない  ② 保護するだけでは悪化する → 「多少の励ましが必要」  ③ 回復にとって → 「前向きな気持ち」が必要  ④ 困った言動   → 病気の症状と理解する  ⑤ 暖かな雰囲気でゆっくり話す  (2)自傷行為への理解と対処5)  ① 逃避:生きていることの確認・自責感や離人感から逃れる  ② サイン:「死ぬ程苦しんでいる」ことを周囲に伝え「助けを      求める」サイン → 周囲は絶対に軽く片付けない  ③ 理解:周囲の人達の「本人の苦しさをわかろうとする思い」は、本人に必ず伝わり、抑止力となる。  ④ 対処:自傷行為は不安・抑うつ発作から逃れるための行為  ⑤ 注意:助けを求めるサインではない自傷行為の場合     怒りの発作の激化・攻撃性を持った時には自殺に注意               ( 4)と12)をもとに筆者作成 ) 【文献】 1) 日本生物学的精神医学会日本うつ病学会日本心身医学会:うつ病対策の総合的提言 日本生物学的精神医学会誌 別刷 21(3):155-182 (2010) 2) 独立行政法人 労働政策・研修機構Press Release「職場におけるメンタルヘルスケア対策に関する調査」結果(2011) 3) 石川球子:第1章・第2章「休業と復職支援の実践に関する動向」『非メランコリー親和型の気分障害を有する若年者の休業と復職支援の動向に関する研究』7-164,資料シリーズNo,90,障害者職業総合センター(2016) 4) 貝谷久宣:「非定型うつ病 パニック症・社交不安症」主婦の友社(2014) 5) 坂元薫:「うつ病の誤解と偏見を斬る」日本評論社(2014) 6) 徳永雄一郎:ストレスケア病棟を有効に機能させるための治療 日本精神科病院協会雑誌 29(4),37-39,(2010) 7) Miller,W.R.&Rollnick,S:MortivationalInterviewing Gulford (2013) 8) 磯村毅:講演「攻撃的・拒否的なクライエントを支援するための面接技法」於障害者職業総合センター(2015) 9) ハル・アーコウイッツ、ヘニー・A・ウエスラ、ウイリアム・R・ミラー、ステファン・ロルニック「動機づけ面接法の適用を拡大する」星和書店(2016) 10) Cognitive-behavioural therapy for depression in young people:A modular treatment manual. Orygen(2015) 11) 川上憲人 今村光太郎 小林由佳 難波克之 森田鉄也 有馬秀晃 原雄二郎 土屋一成:「職場で困った行動リスト」の作成:いわゆる「新型うつ病」事例の特徴の整理と類型化    産業医療ジャーナル Vol.38 No3 (2015.5) 12) 貝谷久宣:講演「職域における非メランコリー親和型の気分障害の理解の促進と復職支援におけるポイント」 (2015) 中途障害者の職場復帰の現状と対応に関する研究~中途障害者の職場復帰支援の強化を目指して~ ○小池 眞一郎(障害者職業総合センター 主任研究員)  宮澤 史穂・石川 球子(障害者職業総合センター) 1 背景と目的  1987年の「障害者の雇用の促進等に関する法律」の改正により、中途障害者等の使用する作業施設の設置や職場適応措置に係る助成制度が創設され、障害者の雇用の安定のための施策の充実強化が図られた以後、その対象は短時間労働者や精神障害者(2002年~)、在宅勤務者にも拡大されてきた。このうち、職場適応措置に係る助成金は、2015年度から難治性疾患者(332疾患)や高次脳機能障害者にも対象を拡大し、雇用保険法における雇用安定事業の「障害者職場復帰支援助成金」として、能力開発・訓練、時間的配慮、職務開発、リワーク支援等の実施に関して支給されることとなったが、その支給実績は制度発足から間もないこともあり、低い水準にある。  また、従来からの中途障害者の職場復帰に関連する調査研究では、うつ病、高次脳機能障害者、難病等、特定の障害を中心にしたものが多く、職場復帰をする障害者全般を対象としたものがほとんどなく、全体的な中途障害者の現状と課題を把握して、今後の施策の改善に役立てていくための資料を得ることが求められている。  このため、中途障害者全体に対する就労継続・職場復帰支援の在り方の検討を行うとともに、助成金制度等の活用促進の参考とするため、中途障害者の休職の実態や休職後の職場復帰に当たっての就労困難性を把握し、職場復帰に必要な人事労務管理上や業務管理上の対応の在り方について本年度から2年間で調査研究を行っていくこととした。 2 調査研究の内容  この調査研究では、成果物として調査研究報告書と中途障害者の職場復帰に関する効果的な配慮や対応を取りまとめた中小企業向けの制度利用勧奨パンフレットを作成する。具体的な調査研究における情報収集、分析の方法としては、①各障害分野等の専門家からのヒアリング、②全産業の中小企業を対象に全障害者の職場復帰での課題や改善方法等を把握するためのアンケート調査、③職場復帰好事例がある企業等への訪問を実施する。 (1) 各分野の専門家ヒアリングの実施  大きく、①障害別に見た支援の実践者、②学術的な専門分野の研究者、③企業の対応の際のアドバイザーから、中途障害者の職場復帰等の支援について、実践や研究の実績がある専門家からヒアリングを実施した(表1)。 表1 専門家ヒアリングの対象と把握事項 (2) 中小企業対象のアンケートの実施  職場復帰への対応強化や助成金の有効活用が期待される中小企業に対して、現状と課題を把握するため、2017年度当初を目途にアンケート調査を実施することを予定している(表2)。 表2 中小企業へのアンケート調査の主な内容 (3) 研究の経過に応じた企業訪問の実施  (2)の企業へのアンケート調査を補完し、さらなる具体的な情報を入手することを目的に、2年間にわたり、3段階のステップで実施する(表3)。 表3 段階的な企業訪問での把握内容 3 調査研究の状況  現在は、職場復帰支援を行う実践者を中心に専門家ヒアリングを実施しており、2016年度上期に完了を予定している。この発表ではこの専門家ヒアリングから得られた現状を中心に触れる。 (1) 障害別に見た専門家の意見  企業との雇用関係がある中で、障害者となる事例は、脳血管障害、交通事故等による肢体不自由者が最も多く、うつ病、内部障害が続くと考えている。このうち、肢体不自由は、職場復帰を妨げるものが誰からも分かりやすく、過去からの知識や技術が蓄積されていることから、職場復帰はスムーズにいくことが多いが、次の3種類の障害にはいまだ状況に応じた対応が必要である。  その対応方法として専門家の意見では、 ① うつ病者は、十分な休養が必要であり、休職開始時に適切な情報提供を行い、不安軽減策を講じるとともに、職場復帰プランを明確にして関係者の役割分担の下で、段階的に対応することが必要であること。しかし、早期復帰、前職への復帰、リワークプログラムへの参加等の是非は専門家により意見に差が見られた。 ② 高次脳機能障害者は、脳の損傷部位が局所的か広範囲かで症状に多寡があり、これらの者の中には、就業を継続し、それを長期支援することで改善する場合もあること。本人の障害の受容を進めつつ、損失部分の代償と環境整備を図ることが大切であること。 ③ 難治性疾患者は、就業を継続していく中で症状が徐々に悪化していくことが多いが、共通的な事項として、休憩を取りやすくする、通院に配慮する、自己管理しやすいように職場環境を改善する等の就業上の配慮が必要であること。また、指定難病の患者数は80万人以上いるが、配慮が必要な難治性疾患の者は企業の中で潜在化している可能性があること。 が挙げられた。 (2) 企業内での対応に関する専門家の意見  企業の実態として、人事担当者等が、肢体不自由以外の中途障害者に関しては、どの程度の状態であれば障害に該当するのかが分からないことが多く、また、誰がその扱いを提案するべきかが明確でなく、提案を躊躇することが多いことが挙げられた。  併せて、産業医は、障害者が採用される時点で企業側からの相談を受けておらず、障害者に関する対応をした実績が少ないことや、安全衛生法をテキストの基本としており、同法では特に障害者に関する職業の安定や健康管理についての特段の規定がないこともあり、中途障害者への対応に関する全般的な知識は多くはないことも分かった。  これらから推測されることは、中小企業における中途障害者への職場復帰への対応や配慮には限界があり、本調査研究で実施する中小企業対象のアンケートでは、この点についての課題も浮き彫りにしたい。 4 今後の方向性  「障害者の雇用の促進等に関する法律」の改正で、企業は2016年4月から施行された障害者差別禁止及び合理的配慮提供義務やこれらに適切に対処するための指針への対応を求められ、これにより中途障害者への企業側の姿勢や対応に何らかの変化が生じることが予測される。この変化について把握していくことは今後の中途障害者の雇用環境の変化を把握する上で有意義であることから、この観点も踏まえて今後の調査研究を進めていく。 【参考文献】 1)難波克行:メンタルヘルス不調者の出社継続率を91.6%に改善した復職支援プログラムの効果「産業衛生学雑誌」p.276-285,日本産業衛生学会(2012) 2)東川麻子:治療と職業生活の両立支援に向けた人事労務担当者と産業保健スタッフとの連携「労務事情」p.12-24,産労総合研究所(2012.12) 3)生方克之:高次脳機能障害者の就労を支えるための公的医療機関の役割「メディカル リハビリテーションVol.119」p.17-23,全日本病院出版(2010) 4)江口尚:障害者・難病患者の就労支援と産業保健「公衆衛生vol.80」p.275-279,医学書院(2016.4) 【連絡先】  小池 眞一郎  障害者職業総合センター  e-mail:koike.shinichiro@jeed.or.jp 気分障害等による休職者の復職支援プログラムにおける「ワーク基礎力形成支援」−試行状況について− ○石原 まほろ(障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー)  障害者職業総合センター職業センター開発課 1 はじめに  障害者職業総合センター職業センターでは、気分障害等による休職者への効果的な復職支援技法の開発に取り組んでおり、平成16年度からはジョブデザイン・サポートプログラム(以下「JDSP」という。)を実施してきた。  復職支援では、従来から、休職原因の分析や復職後のキャリア形成を支援することが重要である1)ことから、JDSPにおいても、キャリアプラン再構築支援を中心に位置付けてきた。キャリアプラン再構築支援は、働き方だけでなく人生や生き方を含めた広義のキャリア概念に基づき、疾病がありながらも自分らしくいられることを理解し、再発予防に向けて行動する力を習得することを目的に、主に用意されたテーマに基づき、受講者がワークシートに記入する個人ワークと受講者同士の意見交換から構成されている。  しかし、近年、JDSPの受講者においては、仕事への取組やコミュニケーション等の職業生活上の課題が顕在化しているにもかかわらず、社会性や就業態度の問題が根底にあるため、これらの課題を受け止められず、復職後に安定して働くための手立てを検討できない事例がみられるようになった。そのため、職業生活上の課題への気づきを促すための基礎知識の付与を盛り込んだキャリア形成支援が必要であるとの考えに至ることとなった。  そこでJDSPでは、社会性や就業態度によって現れてきた職業生活上の課題に対処するための力を「ワーク基礎力」と定義し、平成23年度からワーク基礎力形成講習とSST(Social Skills Training)等の既存のプログラムを組み合わせたワーク基礎力形成支援の試行に取り組んできた。  本報告では支援事例からワーク基礎力形成支援の概要と今後の課題を報告する。 2 事例報告 (1)対象者(Aさん、30代前半、男性)  大学院卒業後、エネルギー関連の研究職として就職したが、上司等からの指導を負担に感じて休職に至る。アセスメントを通じて確認された主な支援課題は、職場で必要とされる基本的なコミュニケーション能力の向上である。 (2)支援経過  コミュニケーション面での課題の整理と改善策の検討を行うためにワーク基礎力形成講習及びSSTを実施した。 ア ワーク基礎力形成講習  全4回の講座で構成される講習(表)のうち、第1回から第3回を実施した。その結果、Aさんは、職場で求められる役割や自らの課題を認識し、対処策を検討できたため、第4回目の講座は実施していない。 目的 実施内容 第1回 「自分の価値観を確認しよう」 ・キャリアについて考える意義を理解する ・自分の生き方や働き方に関する価値観を確認する ①キャリアの定義、キャリアの問題、価値観に関する講義 ②価値観カードやキャリアアンカーを用いて価値観を振り返る個人ワーク ③意見交換 第2回 「成功体験を振り返ろう」 ・成功体験を振り返り、今後のキャリアに活かせる自分の能力や強みを知る ①成功体験を振り返る意義に関する講義 ②成功体験を振り返るための個人ワーク ③意見交換 第3回 「組織の中で働くということ」 ・組織で働く時に求められているものを振り返る ・チームで働くために求められているものを振り返る ・自分自身の強みと弱みを知る ①組織やチームで働くために求められる能力に関する講義 ②チームで働く力を振り返るための個人ワーク ③意見交換 ④組織の中で働くためのヒントに関する講義 第4回 「役割について考える」 ・自分の人生における役割を振り返る ・重きを置きたい役割を確認する ・復職後に求められる役割を棚卸しする ・求められる役割から生じるストレスへの対処策を考える ①人生役割についての講義 ②人生役割を振り返るための個人ワーク ③意見交換 ④職業生活で求められる役割を振り返るための個人ワーク ⑤意見交換 (ア) 第1回「自分の価値観を確認しよう」  個人ワークに取り組み、自分は、健康的に過ごすこと、時間に余裕を持って過ごすこと、仕事以外の余暇を楽しむゆとりを持つことに価値を見いだすとの気づきを得た。 (イ) 第2回「成功体験を振り返ろう」  Aさんは個人ワークに取り組んだ後、意見交換の場で、減量に成功した体験を発表した。他の受講者からは、Aさんを成功に導いた要因には意志の強さ、継続力及び美意識の高さがあるのではないかとの意見が挙げられた。Aさんは、自分では気づかなかった自分の強みを認識することができ、自信を高めることができた。 (ウ) 第3回「組織の中で働くということ」  職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な力として経済産業省が提唱している社会人基礎力の構成要素である「チームで働くための6つの力(発信力、傾聴力、柔軟性、状況把握力、規律性、ストレスコントロール力)」について、いずれも向上させる必要があるとの気づきを得た。Aさんは、職場でコミュニケーションを図る際にメールを多用していたが、コミュニケーション手段の使い分けについて意見交換を行ったところ、上司への報告は口頭で行う方がよいと理解することができた。 イ SST  Aさんは2つのテーマを取り上げ、コミュニケーションスキルの向上に取り組んだ。 (ア) 上司に現状を報告する  Aさんは、上司に報告をする際、緊張して上手く説明できないのではないか、上司からの質問に答えられないのではないかとの不安を感じていた。このため、上司に現状を報告する場面を取り上げた。  ロールプレイを行ったところ、周囲からは要点を押さえた報告ができているとのフィードバックが得られた。Aさんは達成感を得ることができ、自分の報告の仕方について自信を高めた。 (イ) 厳しい納期を延ばせるか相談する  Aさんは上司から厳しい納期を指示された際、相談したり断ったりすることができず、休日出勤等の無理をして体調の悪化を招いた経験があった。このため、厳しい納期を指示された際、上司に事情を説明し、納期の延長を申し出る場面を取り上げた。  ロールプレイを行ったところ、納期の延長を繰り返し依頼し、相手の了承を得ることができた。しかし、相手の期待に応えられず申し訳ない気持ちを言葉で伝えることが課題として残った。 (3)支援効果  Aさんは、自らのコミュニケーション面での強 みや弱みについて理解を深め、復職を果たした。職場からは、コミュニケーションスキルが大幅に改善したとの評価を得ている。 3 考察  ワーク基礎力形成支援を試行してきたことから、重視すべき取組は以下の3点であると考えられる。 ①受講者の自信の回復を促す。 ②組織の中で働くために必要な力を振り返る。 ③受講者同士の心理的な支え合いを基盤とした場で意見交換を行い、職業生活上の課題を多面的に捉え直す。  こうした取組の結果、Aさんのように職業生活上の課題を改善できる事例が見られており、課題を受け止めることにより一定の支援効果が得られると考えられる。  他方、職業生活上の課題を受け止められず、対処策の検討が十分に行えない受講者も見られている。このため、今後は職場における適切な自己表現が行えなかったり、職務へのモチベーションが低く安定した出勤が維持できない等、様々な生活上の問題を有する受講者への実践を積み重ね、課題の整理を行い、より効果的な支援方法について検討を進める必要がある。 【引用文献】 1)宮城まりこ:キャリア支援とメンタルヘルス支援の統合的アプローチ, 「社会人のための産業カウンセリング入門」, p.278-279,産業能率大学出版部(2014) SSTを活用した人材育成プログラム~効果的なプログラム構成と実施方法について~ 岩佐 美樹(障害者職業総合センター 研究員) 1 背景  人材育成は多くの企業に共通する重要な課題であるが、障害者雇用企業においては、障害を持つ社員(以下「障害者社員」という。)の育成とともに、障害者を職場で支援する社員(以下「支援者社員」という。)の育成という2つの人材育成が必要となる。特に近年においては、支援者社員のように障害者の就労生活を支える人材の育成が喫緊の課題となっている。  また、人材育成を考えるに際し、最も重視されるものの一つにコミュニケーションスキルがあるが、その具体的な育成方法等のノウハウや情報は乏しく、十分な取組がなされているとは言えない。  こういった状況を踏まえ、当センターにおいては、平成23年度~平成27年度にかけて、障害者雇用企業における人材育成の一つの方法として提案し、活用を促すことを目的に、SSTを活用した人材育成プログラムの開発と普及に係る研究に取り組んできた。  本稿においては、効果・効率的なプログラムの構成・実施方法についての検討結果を報告する。 2 本プログラムについて  SST(Social Skills Training)は、障害者の認知機能障害に着目し、社会的学習理論等を背景として開発された認知行動療法の一つであり、コミュニケーションスキルを中心とした社会生活技能の向上を目的としている。SSTは非常に優れた支援技法とされるが、その効果を発揮するためには、SSTで学んだスキルを日常生活の中でくり返し練習することが必須となり、この練習環境をいかに整えられるかということがポイントとなる。そこで、本プログラムにおいては、障害者を対象としたSSTのセッションと並行して、支援者社員に対する研修を実施した。  SSTにおいて、障害者社員はリーダーのモデル(お手本)を観察し、次に自らロールプレイを行い、それに対するフィードバックを受け、再度実践するという繰り返しによりスキルを学習する。支援者社員は、この一連の流れを見学することにより、リーダーが行う指導、支援スキルとその効果の観察学習を行う。SST終了後、障害者社員は、宿題(日常生活におけるコミュニケーションスキルの活用)を実行し、支援者社員はこれに対する支援を行う。本プログラムにおいては、障害者社員のコミュニケーションスキルの活用が、支援者社員の支援スキルの活用を促し、支援者社員の支援スキルの活用が障害者社員のコミュニケーションスキルを強化し、障害者社員のコミュニケーションスキル等が良い方向へ変化することにより、支援者社員の支援スキルが強化されるという構造を形成することにより、障害者社員及び支援者社員双方のスキルの向上を図ることをねらいとしている。 3 検討事項  本プログラムは、SST研修、パートナー研修、リーダーパートナー研修という三つの研修ユニット(表)に加え、事業主によるプログラムの自主運営時へのサポートである導入支援によって構成される。  本研究においては、(1)利用者のニーズ等に応じたプログラムの構成方法、(2)プログラム全体の実施方法、(3)SSTの実施内容及び方法についての検討を行った。  表 三つの研修ユニット 4 検討結果 (1)プログラムの構成方法  試行結果をもとに、全体的なプログラムの構成方法について取りまとめたものを図1に示す。プログラム導入時点で、自主運営によるSST研修の実施の希望がある場合は、SST研修とリーダーパートナー研修をセットで実施し、SSTについての知識がない場合はパートナー研修の理論編も実施することが望ましい。また、希望があれば導入支援も実施する。導入時点で自主運営に対する明確な希望がない場合はSST研修とパートナー研修をセットで実施する。 (2)プログラムの実施方法の整理  実施方法については、プログラムに対するニーズ、地域事情により、以下の三つの方法を使い分ける。 図1 ニーズに合わせたプログラムの構成 ① 企業単位での実施  実施地域において、プログラムを希望する企業が少ない、 あるいは近隣に合同開催できる企業がない場合、企業単位で実施する。複数企業合同で開催する場合に対して実施コストは高いものの、個別のケースに対するきめ細やかな支援を行うことができる。 ② 複数企業合同開催  複数の企業が合同で行うプログラムでは、一つの会場企業のもと、すべての研修が複数企業の社員の混合チームで行われる。会場企業以外の参加に係るコストが高くなってしまうが、効率的な実施が可能であり、他企業社員との交流による障害者社員、支援者社員双方に対して副次的な効果も期待できる。 ③ 企業単位、合同開催の中間型  中間型は、企業単位で行う研修を他企業の支援者社員が見学参加できるようにし、パートナー研修、リーダーパートナー研修については複数企業合同開催とする方法である。この方法によって、まずはプログラムについて知りたい、あるいはSST研修の自主運営を希望する多くの企業に対してプログラムを提供することができる。 (3)SSTの実施内容及び方法  本研究においては、主として、ステップ・バイ・ステップ方式のSSTを行ったが、対象者の障害やコミュニケーションの受信、処理、送信技能のいずれに重きをおいて実施するかによりSSTの技法を選択する必要があり、精神障害者に対しては基本訓練モデル、聴覚障害者に対しては問題解決技能訓練が効果的と思われる(図2)。  SSTの実施方法については、参加者全員をメンバーとして実施する通常の方法以外に、障害者社員をSSTのメンバーとして参加するメインメンバーと見学参加をするサブメンバーに分ける方法が挙げられる。この方法では試行結果から、観察学習によりサブメンバーに対してもコミュニケーションスキルの向上が見られた。また、このSSTの後、 図2 モデルから見たSSTの様々な技法 小グループに分け、全員をメンバーとするブースターセッション(復習セッション)を実施することにより、より障害の程度が重い社員に対して効果を上げることができるという示唆も得られている(図3)。さらに、パートナー研修および導入支援を活用しながら、ブースターセッションを支援者社員に自主運営してもらうことにより、支援者社員の日常生活におけるスキルトレーニングへの関わりがさらに深くなり、SSTの効果が高まるといった効果が期待できる。多くの障害者社員、支援者社員を雇用する特例子会社等においては、一斉研修としてSSTを実施し、それを継続していきたいというニーズを持つ企業は少なくないが、本方法はこのニーズに応える有効な方法と考える。 図3 ブースターセッションの実施方法 5 まとめにかえて  本研究においては、プログラムの実施内容や方法について一定の整理を行ったが、本プログラムの試行については、すべて少しずつ異なった内容、方法で実施してきている。本プログラムが、対象者のニーズ等により、柔軟に活用され、障害者雇用企業の人材育成に寄与することを願う。 千葉県特例子会社連絡会会員企業による交流型SST研修の取組み~SSTを通して会員企業の交流を深め、共にスキルを高める~ ○白川 恒平(ちばぎんハートフル株式会社 取締役)  寺井 岳史(さくらサービス株式会社)  岩佐 美樹(障害者職業総合センター) 1 はじめに(交流型SST研修導入のきっかけ)  千葉県の特例子会社連絡会は28社が加盟しており、年2回の連絡会、年1回ずつの情報交換会、見学会を通し、お互いの連携を深め、各社が抱える悩みや課題を話し合い、情報共有してきた。その中で、就労・定着のために障害者社員のコミュニケーション能力アップが不可欠であるとの認識は共通しており、具体的な方法を模索してきた。何社かが既にSSTを自社内で実施した経験があり、同研修は有効であるとの認識を持っていた。  意見を交わす中で、①SSTの実施によって、社員のコミュニケーション能力を磨いてもらう②支援者がコ・リーダーとなってSSTをサポートする能力をアップする③参加各社の社員、支援者が交流し見聞を広める④SSTの導入に向けて幅広く見学参加を図る等を目的に「交流型SST研修」を実施してはどうかとの提案があり、2015年6月から11月にかけて計6回、同研修を実施。会場は参加各社が提供、持ち回り開催の形を取った。 2 2015年開催の交流型SST研修の反響  参加企業を対象とした調査結果によると、障害者社員の受講後の変化について、①会話を積極的にしようと意欲が出てきた②自信を持ってはっきり発言できるようになった③表情が明るくなった④「それは嫌です」ときっぱり言えるようになった⑤研修を受けたメンバーが自分の職場でスキルを使って褒められる姿を見て周囲にも好影響が出ている等、実施の効果がみられた。  コ・リーダーを務めた支援者にとっても、リーダーの指導や言動を通し、①どういう言葉がけや指導・アドバイスが良いのかを知ることが出来た②参加した障害者社員に笑顔が見られるようになり、自分の意見を言えるようになって感動を覚えた③本人のみならず周囲に良い影響が出ている④他社の支援体制や指導の工夫を見ることが出来、勉強になった⑤社員と共に支援者自身も一緒に成長できる可能性を感じることが出来たといった好反響が得られた。 3 交流型SST研修の目的  ① SST導入企業のスキルトレーニングの活性化を図る。  ② 企業間の障害者社員、支援者同士の交流を進める。  ③ トレーニングの成果を持ち帰り各社で活用を目指す。 4 第2回目の実施  2015年の調査に基づき、同連絡会で検討し、2016年についても交流型SST研修を実施する運びとなり、加盟企業に参加を呼びかけたところ、前年より幅広い参加希望が出た。障害者社員並びにコ・リーダー(支援者社員)両方が参加した企業は4社で、見学参加の企業は8社、合計27名が参加、研修会場の提供は5社となった。 表 平成28年度「交流型SST研修」参加者一覧 5 交流型SST研修におけるカリキュラム等  研修については、グループ目標を「コミュニケーションスキルをアップして、今より、たくさん生活を楽しもう!」と設定し、以下のカリキュラムメニューにてステップ・バイ・ステップ方式のSSTを実施した。  ① 5月30日(月): オリエンテーション  ② 6月 8日(水):「相手の話に耳を傾ける」  ③ 7月 6日(水):「相手の話に耳を傾ける」/「質問する」  ④ 8月 3日(水):「頼みごとをする」  ⑤ 9月 7日(水):「頼みごとをする」/「バックアップスキル」  ⑥10月 5日(水):「不愉快な気持ちを伝える」 6 プログラム実施の方法  研修会場は参加企業の持ち回りとした。障害者社員が参加する企業は必ず支援者社員も参加することとし、障害者社員が参加しない企業については、支援者社員のみの参加も可とした。 SSTの講師については、2015年と同様、障害者職業総合センター研究員の岩佐美樹氏にお願いし、SSTのリーダーを務めていただいた。岩佐氏は事前にメンバーのアセスメント面接を実施、個人及びグループの目標設定を行った。研修開始30分~1時間前にはリーダー、コ・リーダーの打ち合わせを実施、ロールプレイ場面の確認を中心に話し合いの機会を持った。  研修の手順は、リーダーが各回のテーマを確認し、スキルを身に付けるためのステップを提示、ポイントを説明しながら、コ・リーダーも交え各社員とロールプレイを繰り返していく。  第1回の「相手の話に耳を傾ける」のスキルを例に取ると、リーダーは「相手の話を聞くことは、仕事をしていく上で大切でしょうか?」と問いかける。「大切です」と社員が確認した上で、さらにリーダーは「相手の話に耳を傾ける」スキルのステップ(①相手の顔を見る ②うなずいたり、あいづちを打つ ③聞いたことをくりかえす)を確認していく。リーダーとコ・リーダーによるお手本のロールプレイ後、メンバー全員がコ・リーダーを相手にロールプレイを行う。ロールプレイ終了後は、良かった点についてフィードバックを受け、さらに良くするためのポイントを取り入れて再度ロールプレイを行う。  SST実施後は会場提供企業の作業見学を行い、全員参加の「意見交換会」となる。各社で製造している商品や工程を見学し、社員と支援者の仕事ぶりに接し意見を交わし刺激を受ける良い機会となった。 7 結果 <事例A>  当初、言葉が少なく、緊張すると相手に自分の意思を伝えられなかったが、日常的な練習を繰り返す中でゆっくり話すことや周りとのコミュニケーションをスムーズに取ることができるようになった。 <事例B>  相手の目を見て話せなかった社員がリーダーから「顔を上げる」とのアドバイスを受け、自然な形で相手を見て自分の気持ちも嬉しそうに伝えられるようになった。 8 結論  今回の交流型SST研修を実施してみて、参加各企業からは以下のような感想が得られた。 ① 障害者社員が研修に参加し、大いに成長が見られた。他社の社員等との交流によって、見聞が深まった。好影響は社内にも持ち込まれた。 ② 自社だけでSSTを実施するには、リーダーの養成、ノウハウの蓄積が未成熟なため継続が懸念されていた。きっかけを与えてもらい非常に助かった。 ③ コ・リーダーを務める支援者社員の育成につながった。支援者社員同士の交流によって、同じ悩みや成功例を聞くことができ参考になった。 ④ 他社の業務内容や支援の取り組みに違いがあることが分かり、自社に生かせるヒントを得た。 ⑤ 見学参加の企業を含め今後、「交流型」あるいは「自社開催型」等の研修を通し新たな人材育成を図っていこうとの機運が醸成された。  今後も千葉県特例子会社連絡会として「交流型SST研修」を継続して開催し、幅広い導入に向け環境づくりを図りたい。 人材育成とワーク・エンゲイジメント−就労移行支援事業所に対する調査から− ○大川 浩子(北海道文教大学人間科学部作業療法学科 教授/NPO法人コミュネット楽創 理事)  本多 俊紀(NPO法人コミュネット楽創) 1 はじめに  近年、メンタルヘルスの領域で、ワーク・エンゲイジメント(以下「WE」という。)が注目されている。WEとは、仕事にエンゲイジしている状態であり、つまり、情熱を持って働いている状態1)といえる。すでに、WEが心身の健康度と相関があり、離職の意思とは逆の相関があるとされており2)、WEが高まることで、職場に定着し、キャリア形成が促されると考えられる。  昨年、我々は就労移行支援事業所管理者に対し、人材育成に関するアンケート調査について報告した3)が、ストレスやWEの観点からの調査は行っていなかった。今回、新たに事業所の障害者就労支援従事者(以下「従事者」という。)に対しアンケート調査を行い、WEとの関係を検討したので、報告する。  なお、本研究は本学の倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:27009) 2 方法  全国にある就労移行支援事業所の従事者611名を対象とした。対象事業所の選定には、WAMNETを利用し、2016年2月10日~14日の間登録されていた就労移行支援事業所(全3,491ヵ所から受け入れ停止の136ヵ所を除いた計3,355ヵ所)から、47都道府県ごとに13ヵ所ずつランダムに抽出した。その後、選定事業所の施設長宛に依頼文書及び従事者用調査表を郵送し、返送をもって本研究へ同意したものとみなした。調査期間は2016年2月~4月とし、返送されたアンケートデータは単純集計及びクロス集計を行った。 3 結果  郵送したが届かず戻ってきた9ヵ所、及び、現在就労移行支援を行っていないとTELで連絡があった2ヵ所を対象から除き、232通が回収された(回収率38.6%)。さらに、就労移行支援事業を廃止したという記載があった1通と従事者以外が記載した1通を除いたため、最終の回収率は38.4%(230事業所)であった。なお、複数の回答者が回答した施設は、ランダムに1名を抽出した。 (1) 回答施設の事業形態・運営法人・対象  回答事業所の事業形態は、多機能型事業所が197ヵ所(85.7%)であり、就労移行支援単独事業所(以下、単独事業所)は28ヵ所(12.2%)であった。運営法人としては、社会福祉法人が133ヵ所(57.8%)と最も多く、次いで、NPO法人44ヵ所(19.1%)、株式会社31ヵ所(13.5%)であった。  また、事業所で受け入れている障害領域(複数回答)は身体障害134ヵ所(58.3%)、知的障害201ヵ所(87.4%)、精神障害182ヵ所(79.1%)、発達障害141ヵ所(61.3%)、高次脳機能障害88ヵ所(38.3%)、難病42ヵ所(18.3%)であった。 (2) 事業所の規模と職員  事業所の定員は30名以上が96ヵ所(41.7%)、職員数は15名以上が61ヵ所(26.5%)と最も多かった。しかし、単独事業所は20名未満が15ヵ所と単独事業所全体の53.6%を占め。職員数も5~7名未満が10ヵ所(35.7%)と一番多かった。 (3) 回答者  回答者である従事者の属性は、性別が男性134名、女性が94名、無記入が2名であった。平均年齢は42.4±10.8歳で、役職がある者(サービス管理責任者を除く)は105名(45.7%)、勤務形態は常勤が222名(96.5%)、兼務については、106名(46.1%)がありと回答した。 (4) WE  WEについては、日本語版UWESを用いた。日本語版UWESは9つの項目に対して7段階(0~6)で評定する。一般的には総得点を項目数で除した値が用いられるが、先行研究1)のWEのレベルを用いるため、総得点を直接利用した。WEのレベルは総得点で低いレベル(27点以下)、平均的レベル(28~35点)、高いレベル(36点以上)と判断した1)。  その結果、回答者のWEのレベルは、低いレベル73名(31.7%)、平均的レベル77名(33.5%)、高いレベル78名(33.9%)、無記入2名(0.9%)であった。  回答者の属性との関係では、性別、給与額、事業所の規模については大きな特徴が認められなかった。しかし、役職の有無については、役職がある者では低いレベル24名(22.9%)に対し、役職がない者では49名(39.2%)であった(表)。  さらに、運営法人別では、NPO法人で高いレベルの者が占める割合が大きかった(図1)。しかし、NPO法人は役職者が占める割合が、24名(54.5%)と他の法人よりも高かった(図2)。 表 役職がある者と役職がない者とWEレベル 図1 運営法人とレベル 図2 運営法人と役職者の割合 4 考察  結果から、役職がない者において、WEが低いレベルの割合が多いことが示された。これは、すでに訪問看護師の調査でも管理職のWEのレベルが高いことが示されており4)、WEが離職の意思とは逆の相関がある2)ことも踏まえると、役職のない者が離職する背景の一つとして、WEの低いレベルが影響している可能性が考えられる。つまり、職員が職場に定着し、キャリア形成を促していくためには、WEのレベルを高める必要性があると考えられた。  また、今回、NPO法人において、WEのレベルが高い者が多かった。訪問看護師において、「設置主体」が「会社群」の方が「医療法人群」よりもWE が高く、背景として、看護職が裁量権を持ち、職員の経営参画意識が高く、仕事のやりがい等に影響を及ぼしていることが考えられている4)。NPO法人で役職がある者が多かったことから、法人設立に関わった者が事業所の役職者となって裁量権を持ち、結果として、仕事のやりがい等に影響を及ぼしているため、WEが高いレベルになると思われた。 5 結語  本研究では、就労移行支援事業所の従事者のWEについて検討した。今後、人材育成にかかわる他の要因との関係を検討することで、事業所における人材育成について貢献できると思われる。 【参考文献】 1)ウィルマ—・B・シャウフェリ・他(島津明人・他訳):第1章ワーク・エンゲイジメント「ワーク・エンゲイジメント入門」,p.1-38,星和書店(2012) 2) 島津明人:29ワーク・エンゲイジメント「産業ストレス研究21巻」,p.295-297,(2014) 3) 大川浩子・他:就労移行支援事業所における人材育成の現状−アンケート調査から−「第23回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集」,p.92-93,(2015) 4) 渡邉真美・他:A 県訪問看護師のワーク・エンゲイジメントと就業継続意思との関係の検討「第46 回日本看護学会論文集看護管理」,p207-210,(2016) 【連絡先】 大川 浩子 北海道文教大学人間科学部作業療法学科 E-mail:ohkawa@do-bunkyodai.ac.jp 障害者就業と女性の活躍促進に向けた課題~共通するワークライフバランスを探る~ ○東 弘子(市民後見促進研究会BON・ART会員)  有路 美紀夫・角 あきこ・綿貫 登美子(市民後見促進研究会BON・ART) 1 研究の背景と目的  戦前から現代へ移行する時代の中で、様々に変化する女性の地位(意識➖仕事観➖人生観➖現実)や人生観・仕事観、さらに、制度、障害者の就業・就労状況の変化など、多様化する共生社会の中で、より自分らしく前向きに生きていくためにはどのような方法があるのか、職業選択とワークライフバランスの観点から障害者就業と女性の活躍に向けたその在り方を探る。  キーワード 職業選択(職業適性、自己理解、職業理解) 2 方法  グラス・シーリング1 の「ガラスの天井」のように、年功序列から業績主義にシフトしたとはいえ、仕事社会は、男性色がまだまだ色濃く存在している。女性や障害を持つ人にとっては喜べない現実が多い。それは、今日的な課題でもあるとして、次のような点を中心に考察する。 (1)女性の人生観  日本の女性管理職の比率は諸外国に比べてみるとまだまだ低い水準にある。共生社会に求められる多様性ではあるが、変化しているのは女性だけではない。男女雇用機会均等法も整備され、世界レベルでも専業主婦から職業婦人へ、そして、働く人々にとって不利益にならない様にと男女平等が定義づけられている。しかし現実はそうとは限らない例が多くある。 (2)仕事と人生のライフプラン  自分の時間をどのように使うのか、ワークライフバランスの考え方も注目されるところである。特に若い世代は仕事もライフスタイルも、すべてにバランスが取れている事にウエイトを置き職業選択している例が多い。自分のしたい事を我慢して、無理してまで働くことを選択しない若者世代は多い。これは、ある一種の社会現象でもあるが、時代とともに価値観が変化したことによるものであることは否めない事実である。 (3)障害者の就労増加率  障害を持つ人の仕事は、障害の程度に応じて職種も様々である。仕事をする意欲を持っている障害者の方が多くなっている中で、企業側からの障害者雇用ニーズも多様化してきている。本人の働きたいという意思がいちばん大切なことではあるが、ここでは時代の流れに伴い注目される精神障害者の就労増加率について注目する。 3 結果  仕事観の変化を考える時、世界全体の産業発達の歴史をさかのぼる必要がある。歴史的な産業革命が起こったことを発端に、手工業からオートメーション化し、大量生産時代へ突入した。さらに激動する時代の変化の波の中で、現代社会はこぞってITを利用する時代となった。時代の変化(戦前〜現代へ時代の流れ)に伴い、文化、教育、生活様式、食事等のあらゆるものが西洋化する中で、女性の意識改革が進み、職業選択(職業適性,自己理解、職業理解)についても同様の変化をみることができる。  障害者の就労については、厚生労働省が発表した「障害者の雇用の促進等に関する法律」のもと、就労支援制度が適用され、各種の支援を受けることができる。障害者雇用をした企業に対する措置は、雇用義務制度と納付制度がある。障害者本人に対する措置は、職業リハビリテーションの実施である。さまざまな支援が要因となって、時代の流れとともに障害者の就労率UPにつながっている。就労支援のための制度が適用され、就労に関しての支援がより一層深まったと思える一方で、就職した後のモチベーションの維持向上や、『やりがい』を含んだ職業選択などには多くの問題が散見される。就職することが最終的なゴールではなく、『やりがい』がある環境が継続就労を維持するポイントとなる。もちろん経済的な面も重要であるが、個別の教育支援計画や情報は常に最新の情報であることが不可欠である。障害者の就職の中でも特に精神障害者の就職率は向上しているが、平成30年に向けて制度の義務化等の影響が大きいと思われる。 4 考察  「障害者の雇用の促進等に関する法律」により、就労支援のための制度が適用され、就労に関しての支援がより一層深まっているが、支援対象者が拡大傾向にあり、法的制度の整備により、就職を希望する障害者の数も増加している。厚生労働省発表資料2 によると、身体障害者は28,175件で、132件減、前年度比0.5%減。知的障害者は18,723件、1,074件増、前年度比6.1%増。精神障害者は34,538件、5,134件増、前年度比17.5%増で、増加率が高くなっている。その他の障害者は3,166件、643件増、前年度比8.6%増。合計84,602件、6,719件増、前年度比6.1%増である。10年前から増加傾向にあり、今後も増加傾向が続くと推測される。  就労支援については、職業安定所の専門援助部門や就職支援会社等の地域のネットワークの連携が有効利用されており、就職件数の増加に繋がっている。障害者を取り巻く社会環境が目まぐるしく変化する中で、受入先の理解や教育体制、職種部門、適職情報、行政関係やジョブコーチの支援、そして、キャリアコンサルタント登録資格者の支援など、制度の導入や企業側の職種のニーズ、本人の希望と企業のマッチングが成立する事も就労率UPに繋がっている。 受入先の支援体制については、教育担当者の育成、通常業務への影響度等、障害者を取り巻く共生社会の支援体制がさらに重要になる。 5 結果  多様化する時代にあって、社会学習理論のクルンボルツ3は、極端な言い方ではあるが、何か行動を起こしてみることの大切さと自己理解(自己の意識)が必要な時代であることを説いている。女性の意識の変化とともに取り巻く共生社会に求められる多様性は、女性だけではなく男性にも及んでいる。それは、戦前より女性は、家庭にいて家族を守ることが一般的であったが、女性の社会進出や高学歴化に伴い、男性社会で活躍する女性は多くなってきた。結婚し、育児もしながら共働きをすることで、夫である男性側の意識にも変化が起きている。育児休業は男性も取得することができるが、妻と同時に育児休暇を取得する夫の例や、妻が職場復帰をした後に夫が育児休暇を取得するなど、また、育児介護休業法を有効活用する子育て世代なども増加傾向にある。  現代社会は情報過多である。いかに自分に必要で正しい情報を入手するかという課題が常にある。最も重要なことは、その情報の入手方法である。情報化社会の中で共存していくには、原始的な方法が一番良い方法であると筆者は考えている。  生活の基本となる仕事や人生のライフプランを自分の思い通りに描くのは他者ではなく、あくまでも自分自身であるから、なりたい自分になるためには自己理解が最も重要で大切な情報であるといえる。 【注釈】 1「ガラスの天井」と言われ、手を伸ばせばすぐそこにあるのに届かない、目に見えない壁と言う意味でつかわれている。 2 厚生労働省「平成26年度障害者雇用状況の集計結果」 3「大半のキャリアは計画された偶然の上にある。予期せぬ出来事を多いに活用し、絶好のチャンスを見逃さないように準備をし、心を広く開いておかねばならない」という。 【引用・参考文献】 1)グラス・シーリング(glass ceiling)は、ガラスの天井の意で、女性の能力開発を妨げ、企業における上級管理職への昇進や、労使団体等における意思決定の場への登用を阻害している見えない障壁(「男女共同参画2000年プラン」). 2)厚生労働省「平成26年度障害者雇用状況の集計結果」. 3)ジョン・D・クランボルツ「計画された偶発性理論」(Planned Happenstance Theory)米スタンフォード大学教授が提唱したキャリア理論. 4)内閣府男女参画共同局(平成27年度男女共同参画社会形成の状況). 【連絡先】  東 弘子(市民後見促進研究会BON・ART)  E-mail: hiroaz2016@icloud.com ポスター発表 地域の就労支援ネットワークに関する検討 その1……調査結果からみた発達障害のある利用者の課題と支援内容…… ○榎本 容子(障害者職業総合センター 研究員)  望月 葉子・浅賀 英彦・遠藤 雅仁(障害者職業総合センター) 1 研究の背景と目的  我が国では、障害のある利用者一人ひとりの就職の実現に向け、就労支援ネットワークの構築が求められている。また、近年では、発達障害者の障害特性に応じたネットワークを構築する有効性も指摘されている1)。  発達障害者の就労支援ネットワークを構成する主要機関としては、発達障害児・者に対し、相談支援・発達支援・就労支援を行う「発達障害者支援センター」、障害者に対し、身近な地域で、就業面とそれに伴う日常生活面の一体的な相談・支援を行う「障害者就業・生活支援センター」、障害者に対し、職業準備支援等の専門的な職業リハビリテーションを提供する「地域障害者職業センター」が挙げられる。今後より良い就職の実現に向け、連携先となる機関が置かれている状況や、連携先の機関で提供可能な支援と限界について相互理解を深めていくことが重要であろう。  障害者職業総合センターでは、発達障害者の就労支援ネットワークの現状を把握することを目的として、発達障害者支援センター、障害者就業・生活支援センター、地域障害者職業センターに対しアンケート調査を行った。本報告その1では、各機関の利用者は就労への移行や職場定着に当たり、どのような課題を抱え、各機関においてどのような支援を受けているか、機関別の実態と特徴を把握した結果について報告する。 2 方法 (1) 調査対象   全国の発達障害者支援センター(n=88)、障害者就業・生活支援センター(n=321)、地域障害者職業センター(n=52)であった。 (2) 調査手続き   平成27年7月から10月にかけて、郵便または電子メールにて調査票の送付・回収を行った。なお、回答は、発達障害者支援センター及び障害者就業・生活支援センターについては、機関で就労支援を最も多く担当している者に依頼した。地域障害者職業センターについては、原則として主任障害者職業カウンセラーに依頼した。 (3) 調査項目  ①利用者の障害の種類と診断状況 発達障害者支援センター及び障害者就業・生活支援セン ターに対し、発達障害のある利用者の数を、障害の種類別かつ、障害の診断状況別に尋ねた(表1)。 表1 利用者の障害の種類と診断状況 ②利用者が抱える課題  発達障害者支援センター、障害者就業・生活支援センター並びに地域障害者職業センターに対し、利用者が就労移行や職場定着に際して抱えていた課題を、障害の種類別に13選択肢(「自分の特性の理解」「就労の理解・意欲・自信」「作業力」「作業態度」「コミュニケーション」「職場のルールの遵守」「新たな環境への不安・緊張・ストレスコントロール」「支援を利用することへの抵抗」「生活面の課題」「医療面の課題」「家族に関する課題」「職場に関する課題」「その他」)の中から主なものを五つまで選ぶよう求めた。本報告では「知的障害を伴わない広汎性発達障害」のある利用者が抱える課題を報告する。 ③利用者に実施している支援内容  発達障害者支援センター、障害者就業・生活支援セン ター並びに地域障害者職業センターに対し、②の利用者の課題に対して行った支援内容を障害の種類別に自由記述にて回答するよう求めた。本報告では「知的障害を伴わない広汎性発達障害」のある利用者への支援内容例を報告する。 3 結果と考察 (1) 回収率  発達障害者支援センターは48.9%(n=43)、障害者就業・生活支援センターは38.6%(n=124)、地域障害者職業センターは96.2%(n=50)であった。ただし、分析ごとに欠損データ及び無効データの数が異なるため、有効回答数は分析ごとに異なる。 (2) 18歳以上の「利用者の障害の種類と診断状況」:2機関  発達障害者支援センター(n=29〔利用者数:4978人〕)では、「知的障害を伴わない広汎性発達障害」が2072人(41.6%)で最も多く、次いで「不明・その他の発達障害」が1895人(38.1%)で多かった。このうち診断がある者の割合は、「知的障害を伴わない広汎性発達障害」で90.3%、「不明・その他の発達障害」で54.7%であった。  障害者就業・生活支援センター(n=89〔利用者数:2905人〕)では、「知的障害を伴わない広汎性発達障害」が1599人(55.0%)で最も多く、次いで「知的障害を伴う広汎性発達障害」が929人(32.0%)で多かった。このうち診断がある者の割合は、「知的障害を伴わない広汎性発達障害」で92.7%、「知的障害を伴う広汎性発達障害」で84.8%であった。  2機関ともに、「知的障害を伴わない広汎性発達障害」のある利用者が最も多かった。次いで多かったのが、障害者就業・生活支援センターでは「知的障害を伴う広汎性発達障害」、発達障害者支援センターでは「不明・その他の発達障害」であった。診断後に機関利用に至る者がいる一方で、発達障害者支援センターの利用時には確定診断に至っていないケースもあることが明らかとなった(図)。 (3) 知的障害を伴わない広汎性発達障害のある「利用者が  抱える課題」:3機関  発達障害者支援センター(n=40)では、「自分の特性の理解・受容」が85.0%であり最も多く選ばれていた。次いで、「コミュニケーション」が70.0%、「就労の理解・意欲・自信」が55.0%と多く選ばれていた。  障害者就業・生活支援センター(n=106)では、コミュニケーション」が72.6%であり最も多く選ばれていた。次いで、「自分の特性の理解・受容」が69.8%、「職場に関する課題」が43.4%と多く選ばれていた。  地域障害者職業センター(n=49)では、「自分の特性の理解・受容」が91.2%であり最も多く選ばれていた。次いで、「コミュニケーション」が83.7%、「新たな環境への不安・緊張・ストレスコントロール」が65.3%と多く選ばれていた。  3機関の共通点として、「自分の特性の理解・受容」や「コミュニケーション」の課題を多く認識していることが示唆された。 (4) 知的障害を伴わない広汎性発達障害のある「利用者に 実施している支援内容」:3機関  支援内容に関する自由記述を「1 就労に向けた方向づけのための支援」「2 職業準備性の向上に向けた支援」「3 就職及び雇用継続に向けた支援」の三つのカテゴリの視点から整理した。表2に、3機関において最も多く記述が挙げられていたカテゴリの自由記述例を示した。  3機関で行われている支援は、制度上の役割と対応していることが窺える。 表2 3機関における支援内容 自由記述例 発達障害者 支援センター 「カテゴリ 1」 “(障害)特性等への自己認知や受容以前に、まずはご本人が戸惑われている状況を把握し、何につまづいているのか、それに対して本人はどう思い(とらえて)いるのか、等をつかんだ上で、ご自身の状況や状態について本人の負担やつらさにならないことに配慮しながらふりかえったり整理していただく。ご自身である程度自分の状況や状態がつかめたところで、得意・苦手の理解→特性(かも知れない)の理解→受診の提案とすすめていく” 障害者職業 センター 「カテゴリ 2」 “障害の自己理解については、職業評価における各種検査の結果をフィードバックする際に、日常的に現れる障害特性との関係を踏まえながら説明する事や、職業準備支援における作業支援や対人コミュニケーション面での支援にて、成功経験を重ねる中で認識を深めるよう支援している” 障害者 就業・生活 支援センター 「カテゴリ 3」 “入社前の企業に本人の障がい面、コミュニケーション面を理解して頂くよう訪問を繰り返し説明。周りに理解して頂くよう配慮を求める。入社後は面談を多く行い本人のストレス緩和を行い、会社の巡回を多くして情報共有に努め定着支援を行う” 地域の就労支援ネットワークに関する検討 その2……調査結果からみた発達障害者支援の体制と連携の課題…… ○望月 葉子(障害者職業総合センター 特別研究員)  榎本 容子・浅賀 英彦・遠藤 雅仁(障害者職業総合センター) 1 はじめに  障害者職業総合センターが2008年に実施した「発達障害のある若者の就労支援施設利用状況に関する調査」では、発達障害者支援センターと障害者就業・生活支援センターを利用した若者の利用後の状況について報告した。  発達障害者支援センターを利用した後の紹介先機関としては、障害者職業センターが91%で最も多かった。次いで、ハローワークと障害者就業・生活支援センターが78%、医療機関が75%、福祉機関が59%であった。その他にデイケアや若年就労支援機関があり、障害者雇用のための就労準備の他、一般求職者としての活動も連携体制の中で構想されていた。こうしたことから発達障害者支援センターは対象障害を限定した特異な役割を担いつつ、既存の支援機関との関係を持ちながら支援を行っている実態が明らかとなった。  一方、障害者就業・生活支援センターを利用した後の紹介先機関としては、多い順にハローワークと障害者職業センターが44%、福祉機関が39%、病院と発達障害者支援センターが18%であった。調査時点では発達障害者の利用数は発達障害者支援センターのようには多くないものの、職業リハビリテーション機関の他、福祉機関や医療機関の支援も紹介されており、障害者雇用のための就労準備に加えて生活・福祉における支援も連携体制の中で構想されていた(障害者職業総合センター,2009)。  発達障害者支援法施行から10年余を経た現在、発達障害に対する理解や社会的な支援基盤の整備状況等の変化によって、就労支援の課題はどのように解消されたか、残されている課題は何か、また、新たに見出された課題は何かに関する検討が求められている。  ここでは、障害者職業総合センターが2015年に実施した「発達障害者に係る地域の就労支援ネットワークの状況に関する調査」の結果から、支援体制と連携の課題について報告する。 2 調査の概要 (1) 調査対象:発達障害者支援センター(88 所)、  障害者就業・生活支援センター(321 所)、  地域障害者職業センター(52 所) (2) 調査時期:平成27年7月~平成27年10月 (3) 調査項目:回答機関を利用する利用者の概要/利用者に対する支援の課題/支援体制の現状と課題 等 (4) 調査方法:質問紙への回答  各支援機関の回収率、利用者の概要、支援の課題と支援内容については、本報告その1を参照されたい。 3 結果と考察 (1) 支援機関利用の状況  本報告では、調査対象機関の利用者の内訳で最も多い18歳以上の知的障害を伴わない広汎性発達障害者に焦点をあて、支援機関及び他機関の利用状況を検討しておくことにする(回答は利用の多い機関について5機関まで)。  表に、「利用者が支援機関利用前に利用した機関」「並行利用した機関」「利用後に紹介した機関」として回答された支援機関の概要を示す(太字:50%以上/太字+網掛け:75%以上であることを示す)。  各機関利用後の利用状況は以下のとおりである。 ①発達障害者支援センター  利用前の機関は、学校(高校・大学等)が突出して多く、次いで企業であり、いずれも他機関に比して特徴的に多かった。また、「利用機関なし」も50%を超えた。  並行利用している支援機関をみると、相談支援事業所/就労継続支援事業所といった福祉関連施設が最も多く、次いで地域障害者職業センター、ハローワーク(専門援助)があげられた。しかし、利用後については、相談支援事業所/就労継続支援事業所が最も多く60%を超えていた。次いで、就労移行支援事業所が50%、障害者就業・生活支援センター、企業、病院、地域障害者職業センターが40%を超えた。こうした結果から、利用後の就労にすぐに結びつくというよりも、就労を目指した機関連携が模索されている状況とみることができる。 ②障害者就業・生活支援センター  利用前の機関は、学校(高校・大学等)に次いで、ハローワーク(専門援助)があげられた。ただし、並行利用している支援機関は、相談支援事業所/就労継続支援事業所が最も多く、次いでハローワーク(専門援助)、就労支援事業所があげられていた。  また、利用後については、相談支援事業所/就労継続支援事業所が最も多く60%を超えた。次いで、企業、ハローワーク(専門援助)が40%前後であるが、その他は40%に届かず、就労を目指した機関連携自体に課題が大きい利用者に対応している現状があるとみることができる。 表 知的障害を伴わない広汎性発達障害者における支援機関利用の概要  ※1:表中の支援機関は、地域障害者職業センター利用後に紹介した機関の多い順に並べ替えを行った。  ※2:調査項目では「並行利用した機関」「利用後に紹介した機関」について自機関紹介と他機関紹介に分けているが、表では合計してある。また、障害    者総合支援法による福祉施設の再編が行われてきたが、ここでは、就労移行支援事業所の利用は単独で、また、相談支援事業所及び就労継続支援事業    所(A/B)の利用については合算して示している。さらに、教育関連の機関について、特別支援学校は単独で、高校・大学等通常教育関連については    合計して示した。こうした回答対象の再構成の結果、回答比率が100%を超えているセルがある点に注意が必要である。  ※3:それぞれの支援機関を利用した者について多いもの5つを再構成したが、複数の機関が選ばれていても利用者数の多寡を示しているわけではない。 ③地域障害者職業センター  利用前の機関は発達障害者支援センター、ハローワーク(専門援助)が70%を超えて最も多く、障害者就業・生活支援センターや病院、学校(高校・大学等)も60%を超えた。また、並行利用している機関は利用前の機関と類似であったが、その他に企業が60%を超えて多かった。  利用後は、ハローワーク(専門援助)が最も多く90%を超え、次いで企業が80%を超えた。さらに、就労移行支援事業所が60%弱、相談支援事業所/就労継続支援事業所と障害者就業・生活支援センター、発達障害者支援センターが50%を超えて多く、多様な機関が回答されていた。利用後すぐの就労が予定されている点は他機関に比して特徴的であり、就労を目指した機関連携が模索されている状況であるといえよう。  一方、ハローワーク(一般窓口)が20%である点も他機関に比して特徴的である。 (2) 支援体制の現状と課題  図に、知的障害を伴わない広汎性発達障害に対する地域就労支援体制の課題として選択された回答結果を示す。  発達障害者支援センターの回答では「周囲の理解や協力を得ることが困難」が最も高く、次いで「連携できる他機関がない」「自機関の支援体制の不足」「他機関との役割分担や情報共有の困難」「自機関の役割に対する理解」の順であった。 一方、障害者就業・生活支援センターでは「自機関のノウハウ不足」以外は、発達障害者支援センターの回答を下回っていた。  これに対し、地域障害者職業センターでは「連携きる他機関がない」「周囲の理解や協力を得ることが困難」の2課題で発達障害者支援センターを上回っており、知的障害のない広汎性発達障害者をめぐる困難としてとりわけ大きく指摘されていた。 4 今後の課題  2008年調査の結果と比較すると、総合支援法施行に前後して進められた福祉施設の再編を経た現在、発達障害者支援センターや障害者就業・生活支援センターの連携体制には、当初とは異なる変化が顕著であることが明らかとなった。こうした変化や障害別の課題を踏まえた詳細検討が求められている。  【文献】 障害者職業総合センター 2009 調査研究報告書     №88 「発達障害者の就労支援の課題に関する研究」 新版F&T感情識別検査による特性評価と結果の解釈・・・発達障害者の感情認知の特性理解のために・・・ ○知名 青子(障害者職業総合センター 研究員)  武澤 友広・望月 葉子(障害者職業総合センター)  向後 礼子(近畿大学) 1 はじめに  対人コミュニケーションに課題を有する発達障害者の就労支援を進める上では、非言語コミュニケーション・スキルの特性を客観的に評価することが重要となる。  障害者職業総合センターでは、非言語コミュニケーション・スキルの特性評価ツールとして、新版F&T感情識別検査(FはFace(顔)、TはTone(声)の意:以下「新版F&T」という。)を開発した1)。新版F&Tは、「表情」や「音声」から他者感情を読み取る際の特徴を評価することを目的とした検査で、「4感情評定版」(以下「4感情版」という。)と「快-不快評定版」(以下「快-不快版」という。)で構成される。  なお、新版F&Tを利用するに当たっては、①検査の構成、②検査結果の読み取り、③検査結果を解釈する際のポイント等に関する基礎的な知識と実施上の留意事項についての理解が必要である。このため、本発表では新版F&Tの利用の促進と活用可能性の拡大を目指し、上記①~③について報告するとともに、発達障害者を対象に実施した結果について紹介する。 2 検査の概要 (1)4感情版  4感情版は、音声や表情によって明確に示された他者の感情(喜び・悲しみ・怒り・嫌悪)に対する読み取りの正確さを評価するものである。呈示条件は「音声のみ」「表情のみ」「音声+表情」の三つである。刺激は4人の演技者(20代・40代男女)による音声と表情の動画が用いられている。検査結果表には、呈示条件ごとに4感情に対する回答内容と正答率が表示され、そこから感情識別の正確さや感情の読み誤りの傾向を把握することができる。  検査結果表の着目点は第一に「4感情ごとの読み取りの正確さ」である。呈示された感情と回答した感情が対応する表1の濃い網掛けセルには正答数が入り、誤答数は誤りの内容に応じて横に並ぶ他のセルに入る。各感情は8回呈示されるため、全問正答すれば4つの濃い網掛けセルは各々最大「8」となる。感情の識別に困難が大きいと正答数は小さい。基本的な他者感情をどの程度確実に読めているのかを客観的に把握することがポイントとなる。  二つ目は「快感情と不快感情間の混同の有無(点線囲み箇所)」(例:「喜び」を「嫌悪」に読み取る、「怒り」を「喜び」に読み取る等)である。快感情と不快感情間の読み誤りは、対人場面でのトラブルを誘発させる可能性がある。このため、快-不快間の混同がある場合は、訓練等で表情識別力の向上が図れるか、問題が生じた場合の対応や配慮を検討するか等を提案することが必要となるだろう。  三つ目は「不快感情間での混同の有無(薄い網掛け箇所)」(例:「悲しみ」を「怒り」に読み取る等)である。不快感情は不快度の高い順に「怒り・嫌悪」 > 「悲しみ」となる1)。ここでは感情をより不快に読み取る傾向があるか、逆に不快な感情をより不快ではない方向に読んでいないかなど、読み誤りの方向性が確認事項となる。なお、不快感情の受け止め方(受信)の特徴に加えて、日常場面で他者の不快感情に接した際の対応方法(発信)などについても聴取することで、支援の課題を明確にすることができる。  さらに、4感情版では呈示条件を「音声のみ」「表情のみ」「音声+表情」の順に実施することで、各呈示条件の正答率に応じたコミュニケーション・タイプが判定され、あわせてタイプの解説文が表示される(表2、表3)。  日常生活上のコミュニケーションが、一見、円滑に見える者であっても、呈示条件別に検討することで特性を明らかにできる場合もあることから、コミュニケーション・タイプを判定することは重要である。  例えば、音声から正しく他者感情を識別できる者が必ずしも表情からも正しく識別できるとは限らない。もし、両者の差が大きく「音声」もしくは「表情」のどちらか一方からの感情の識別が困難であることが明らかとなった場合、結果フィードバックにおいては、正しく識別できるための工夫や留意事項等を提案するかどうかが検討事項となるだろう。こうしたタイプ別の解説は、当事者向け、支援者向けにそれぞれ用意されている。 (2)快-不快版  職場においては、一般的に感情を顕わにすることは少ないため、感情表現は抑制的で、曖昧な感情を読み取りながらコミュニケーションをとることが多い。快-不快版は特定の感情として評価されにくい曖昧な感情の声や表情に対し、どの程度の「快-不快」を読み取るかといった特徴を評価するものであり、これによって感情認知における偏りの傾向を把握することができる。  三つの呈示条件は4感情版と共通で、回答方法は刺激に対する快-不快の程度を9段階で評価させるものである。  結果は不快度の高い刺激(A検査)への回答結果と、不快度の低い刺激(B検査)への回答結果が各々のパーセンタイル順位によって示される(表4)。折れ線グラフが図中の左側に位置するほど不快に読み取る傾向を、右側に位置するほど快に読む傾向を意味し、中央に近いほど読み取りにおいて偏りがないことを意味している。また、折れ線の3点の位置が近ければ呈示条件別の回答傾向は類似することとなり、3点の位置が遠いほど呈示条件別に異なった傾向があることを意味する。快-不快の判定に偏りが見られた場合、心理的なストレスや独特な構え・考え方と関連している可能性もあることから、まずは、これらの特徴の背景について相談場面等で確認することが必要となるだろう。 3 検査の実施例と解釈のポイント …Tさん(特定不能の広汎性発達障害・20代・男性)…  4感情版の正答率は音声条件で66%、表情条件59%、音声+表情条件84%でありコミュニケーション・タイプは「相補タイプ」に判定された。基本的な感情であっても、「音声」「表情」のみからの情報では正答率が低いものの、両者の情報を相互補完的に利用することで全体的な正答率が高まるタイプである。相手の感情を知りたい時は、顔だけ・声だけではなく、双方を「よく見て、よく聞く」ことが重要なポイントとなる。  一方、快-不快版ではA検査において「音声」では不快な読み取りが顕著だが、「表情」「音声+表情」では平均的な結果であった。また、B検査では「音声」と「表情」においてA検査と同様の傾向が見られたが、「表情+音声」では不快に読む傾向が明らかとなった(表4)。こうした対象者の場合、相手の意図よりも強く「不快」を読み取る傾向があることから、対人場面等のストレスや不安の状況について把握した上で支援を進める必要がある。 4 おわりに  4感情版によって評価される表情識別の正答率については、練習・訓練等によって高めることが可能な場合もある。一方、快-不快版は、心理的な状況によって結果が左右される可能性があることを踏まえた上で実施する必要がある。このため、検査を利用するに際しては、その実施目的や必要性を事前に十分検討する必要がある。  なお、検査結果のフィードバックは可能であれば、職業生活場面等での対人関係上の困難などの聞き取りとともに行われることが望まれる。本人と支援者が情報を共有し、支援の目標を定めることや自己理解を支援するなど、様々な活用方法が期待される。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:調査研究報告書No.119 発達障害者のコミュニケーション・スキルの特性評価に関する研究-F&T感情識別検査拡大版の開発と試行に基づく検討-(2014) 2)障害者職業総合センター:調査研究報告書№39 知的障害者の非言語的コミュニケーション・スキルに関する研究-F&T感情識別検査及び表情識別訓練プログラムの開発-(2000) 新版F&T感情識別検査 快-不快評定版に基づく検討・・・一般基準値からみた発達障害者の特性・・・ ○武澤 友広(障害者職業総合センター 研究員)  知名 青子・望月 葉子(障害者職業総合センター)  向後 礼子(近畿大学) 1 研究の背景と目的  発達障害者の支援に当たり、他者の感情を推測する上で手掛かりとなる「音声」や「表情」といった非言語情報の認知特性に関する評価は、有益な情報の一つとなる。このようなコミュニケーションの特性を客観的に評価できる検査として、障害者職業総合センターでは新版F&T感情識別検査を開発している。新版F&T感情識別検査は、喜び、悲しみ、怒り、嫌悪といった感情が明確に表現された音声や表情から他者感情を読み取る際の特性を評価する「4感情評定版」と曖昧に感情が表現された場合の他者感情の読み取りに関する特性を評価する「快‐不快評定版」(以下「快‐不快版」という。)から構成されている。本稿では、明確に感情が表現されることが少ない成人同士のコミュニケーションの支援に資する快‐不快版を取り上げることとする。  障害者職業総合センターは、発達障害者の快‐不快版の検査得点を分析した結果、年代によって回答傾向が異なる可能性を指摘した1)。そして、定型発達者においても検査得点の年代差を検討した上で、一般基準値を作成し、発達障害者の特性について再検討する必要があることを課題として挙げている。  そこで、本研究は定型発達者の快‐不快版の検査得点が年代により異なるかどうかを明らかにすることを目的とする。さらに、年代差を考慮して検査の一般基準値(ただし、2016年6月末時点の暫定値)を作成した上で、一般基準値に照らした発達障害者の回答傾向の特徴を明らかにする。 2 方法 (1) 分析対象者 ① 定型発達者  19−59歳の在職者(パート及びアルバイト除く)287名(男性142名、女性145名)と18−28歳の大学生・大学院生155名(以下「学生群」という。男性83名、女性72名)。 ② 発達障害者  知的障害を伴わない18−61歳の発達障害の診断・判断を有する122名(男性:96名、女性:26名)。対象者の83.6%が自閉症、アスペルガー症候群、その他特定不能の広汎性発達障害といった自閉症圏の障害の診断があった。 (2) 調査時期  定型発達者を対象とした調査:2014年6月−2016年6月  発達障害者を対象とした調査:2013年5月−2016年5月 (3) F&T感情識別検査 快-不快評定版 ① 検査刺激  まず、演劇等で感情表出の訓練を積んだ20代の男女各1名、40代の男女各1名の計4名が、感情的意味のない台詞(「おはようございます」など8種類)を、感情(喜び、悲しみ、怒り、嫌悪、驚き、恐怖、軽蔑の7感情のいずれか)をこめて発話した様子を撮影した動画から、刺激の提示条件別(「音声のみ」「表情のみ」「音声+表情」の3種類)に224刺激ずつ作成した。次に、23−61歳の成人10名(男性4名、女性6名)を対象に行った調査結果に基づき、明確に感情が表現されていない刺激(以下「曖昧刺激」という。)を9刺激ずつ選定した1)。具体的には、曖昧刺激は次の(ア)(イ)を満たすものとした。(ア)刺激から読み取れる感情を7感情から回答(複数回答可)させた結果、特定の感情が50%(音声+表情条件は60%)以下の調査対象者にしか選ばれていない。(イ)回答に関する確信度(3段階評定)の調査対象者間平均が2以下である。  しかし、曖昧刺激のほとんどは不快感情を喚起する刺激であり、そのような刺激を繰り返し提示することは被検査者にストレスを与える可能性があるため、調査対象者全員が「喜び」を選択した快刺激を検査の刺激系列に加えた。また、快刺激の直後には.前述の9刺激とは別の曖昧刺激を配置し、快刺激と共に分析から除外することとした。これは、快刺激によるストレス緩和がその後の評定に及ぼす影響を抑えるためである。  以上より、快不快版の検査刺激は各条件について9(曖昧刺激)×2(反復提示)+3(快刺激)+2(分析対象外の曖昧刺激)=23刺激で構成した。 ② 刺激提示の概要  チャイム音と刺激番号提示(5秒間)→ 刺激提示(2−3秒間)→ 回答時間(5秒間) ③ 回答方法  提示された刺激が表現している快-不快の程度を9件法(「−4:非常に不快である」−「0:快でも不快でもない」−「+4:非常に快である」)で回答を得た。 ④ 手続き  検査はパソコンのモニターで映像を提示した個別実施とパソコンのモニターまたはスクリーンで映像を提示した集団実施の2通りで実施した。  調査の実施時間は各提示条件につき約7分で、「音声のみ」→「表情のみ」→「音声+表情」の順に実施した。 3 結果 (1) 定型発達者における検査得点の年代差の検討  検査得点の年代差を検討するに当たり、厚生労働省が平成25年に行った「雇用の構造に関する実態調査」における若年労働者の定義である「調査日現在で満15~35歳未満」を基準に、在職者について群分けを行った。具体的には35歳未満の者からなる「35歳未満群」(男性:55名、女性:41名)と35歳以上の者からなる「35歳以上群」(男性:87名、女性:104名)とした。また、検査得点には、曖昧刺激の評定値における不快の程度が相対的に高い「高不快刺激」と低い「低不快刺激」の2種類に分けた上で、得点を算出した。具体的には、定型発達者に快‐不快版を実施した結果に基づき、各条件の曖昧刺激9刺激について1回目の提示時点における評定値の対象者間平均が低い順から三つずつ刺激を抽出し、これらの3刺激を「低不快刺激」とし、それ以外の6刺激を「高不快刺激」とした。  高不快刺激と低不快刺激のそれぞれに対する評定値の合計点を「35歳未満群」、「35歳以上群」、「学生群」の3群間で比較した結果を、男性は図1、女性は図2に示す。  検査得点の対象者間平均について条件別・刺激別に分散分析を実施した結果、男性では「音声のみ」条件の高不快刺激を学生群及び35歳未満群が35歳以上群よりも不快に評定する傾向が認められた。女性では「音声のみ」条件の高不快刺激については35歳未満群が、低不快刺激については35歳以上群が、それぞれ学生群よりも不快に評定する傾向が認められた。また、「音声+表情」条件では、35歳以上群が学生群よりも不快に評定する傾向が認められた。 (2) 一般基準値(暫定値)に基づく発達障害者の回答傾向  (1)の結果から、男女ともに検査得点に年代差が確認できたことから、発達障害者についてもそれぞれの年齢群に対応した男女別の検査得点を集団基準として、パーセンタイル順位を算出した。そして、パーセンタイル順位が30%未満(不快に偏って評定する傾向が認められる)の人数が全体に占める割合を定型発達者と発達障害者の別に算出した(図3)。その結果、「音声のみ」条件の高不快刺激及び低不快刺激、並びに「音声+表情」条件の低不快刺激の評定値に関するパーセンタイル順位について、発達障害者の場合は30%未満の人数が全体に占める割合が半数以上を占めた。 図1 男性の定型発達者における条件別・刺激別の得点 (縦軸の単位は点、誤差棒は標準偏差を示す。†:p<.10) 図2 女性の定型発達者における条件別・刺激別の得点 (縦軸の単位は点、誤差棒は標準偏差を示す。*:p<.05) 図3 パーセンタイル順位30%未満の人数が全体に占める割合(男女計) 4 考察  快-不快版の検査得点は、大学生・大学院生、35歳未満と35歳以上の間で違いが認められたため、検査の一般基準値は性別・年代別及び職歴の有無別に設定する必要があることが示された。ただし、データは収集途中であるため、この基準値は暫定値であり、確定値は調査研究報告書で公表する予定である。  また、基準値に基づき、パーセンタイル順位を算出した結果、発達障害者は曖昧な感情表現から他者感情を過度に不快に読み取る者が多いという特徴が示唆された。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:調査研究報告書No.119 発達障害者のコミュニケーション・スキルの特性評価に関する研究 -F&T感情識別検査拡大版の開発と試行に基づく検討-(2014) 発達障害者の感覚特性の気づきの促進−ワークシステム・サポートプログラムにおける支援モデルの試行− ○阿部 秀樹(障害者職業総合センター職業センター企画課 職業レディネス指導員)  加藤 ひと美・佐善 和江・渡辺 由美(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 目的  改正障害者雇用促進法において、障害者から支障となっている事情などの申出があった場合に、事業主は合理的配慮を提供することが義務付けられた。発達障害の特性の一つである感覚特性に着目すると、職業センターのワークシステム・サポートプログラム(以下「WSSP」という。)の受講者の多くが、自らの特性の理解が不十分であったり、それへの有効な対処法を獲得していない。  表1はWSSP受講者(平成26~27年度,計30名)の感覚特性の状況と、その課題の対処法(リラクゼーション技能トレーニング)習得希望の関係を示している。感覚特性の状況と対処法習得の希望が異なる場合が、13名(43%)の受講者に見られている。また、表2は受講者の自覚する感覚特性が、WSSPでのアセスメントと異なった例である。これらの点は、受講者の感覚特性の捉え方が本来の特性と異なる場合や、対処法が確立されていない受講者が多いことを表しており、感覚特性を正しく理解し、その対処法を習得するための支援の必要性がうかがわれる。  本報告では、「多種多様な作業環境や作業条件の設定により、感覚特性を的確にアセスメントし、本人の気づきを促進する」ための支援モデルを試行した事例の報告を行う。 表1 受講者の感覚特性の状況と対処法習得の希望 ※斜体字は、感覚特性の状況と対処法習得の希望が異なる場合 表2 自覚する感覚特性がアセスメントと異なった受講者例 2 方法 (1) 対象 Aさん(男性、30代)。自閉症スペクトラム障害。学生時に光や音への過敏さを自覚。大学卒業後、アルバイトを経て、B社に入社。人事・総務の騒がしい部署で疲労が蓄積し、3年間で離職。C病院を受診し、発達障害の診断を受けたのをきっかけに、地域障害者職業センターへ相談、WSSP受講に至った。C病院には月1回通院し、抗精神病薬、抗不安薬、睡眠導入薬を服用。また、不安や緊張に伴う頭痛の頻度が高く、市販の頭痛薬を併せて服用。  利用相談時は「光がまぶしく、目に痛みを感じる」「騒がしい環境では耳栓で対応。ノイズキャンセリングヘッドフォンは接触部分が痛む」「感覚過敏が疲れや体調不良につながる」「最近まで発達障害の特性として自覚していなかった」と話していた。 (2) 実施期間及び内容 期間は13週間(月~金,10:15~15:20)。本稿では、図の支援モデルに基づいた感覚特性の作業場面での取組について、その支援経過を踏まえ考察した。 図 発達障害者の感覚特性の支援モデル 3 支援経過  Aさんの支援経過は表3のとおりである。 4 まとめ  感覚特性の支援モデルの試行により、Aさんの感覚特性の気づきの促進へとつながった。支援者からの一方的なアセスメントではなく、「対処法を検証していくプロセス」が重要であると思われる。この共有していくプロセスが「感覚特性の気づきを促進する」ことにつながると考えられる。  ※本報告に際し、Aさんからご承諾いただきました。 【参考文献】 1) 厚生労働省:改正障害者雇用促進法 合理的配慮支援事例集(第一版)、厚生労働省ホームページ、p.64-65、(2015) 2) 阿部秀樹・加藤ひと美・佐善和江・渡辺由美:発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける特性に応じた作業支援の検討(5)-作業環境に対する特性の検討-、「第22回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.326-329、(2014) 表3 Aさんの支援経過と共有できた感覚特性 発達障害者就労支援センタージョブセンター草加の取り組み−平成26年度から平成27年度の活動報告及び事業紹介− 伊藤 雅義(ウェルビー株式会社 就労移行支援事業部) 1 はじめに  ウェルビー株式会社(以下「当社」という。)が最も多くの就労移行支援事業所を設置している埼玉県は、平成23年に生涯を通じた発達障害児・者支援の推進を県の重要プロジェクトとして位置づけている。その一環として、平成26年6月には当時全国で初めての発達障害者に特化した就労支援センターが県内2箇所(草加、川口)に設置され、平成28年8月現在、県内計4箇所に広がっている。なかでも「ジョブセンター草加」「ジョブセンター川越」に関しては、埼玉県からの委託事業として当社が運営を行っている。 2 発達障害者の就労支援のニーズ  文部科学省の調査1)によると、平成18年度、公立の小中学校で通常学級での授業を受けながら週に何時間か障害に応じた教育を受ける個別指導(通級指導)を受けている発達障害者数は6,894人であったが、平成26年度には37,559人に上り5.4倍に増加している。また厚生労働省によると2)「就職してから初めて、仕事が臨機応変にこなせないことや職場での対人関係などに悩み、自ら障害ではないかと疑い病院を訪れる人もいる」等のケースに触れられており、大人の発達障害にも注目が集まっている。当社では今後さらに発達障害者への就労支援のニーズが高まることを想定しており、「ジョブセンター草加」の実践について振り返り、ここに報告することとした。 3 支援実施対象者  ジョブセンター草加への相談・利用対象者は以下の通りである(表)。また平成26年6月の開設から平成27年3月末までの相談受付者の属性は右図の通りである(図)。 4 支援内容  ジョブセンター草加における支援の特徴として、就労相談から職業能力評価、就労訓練、職場定着支援のプロセスを一元的に担うことが挙げられる。これによりご本人のニーズや特性を蓄積しながら途切れない支援が可能になる。 (1)就労相談  発達障害のあるご本人、ご家族、関係者の方々からの相談を受け付けている。電話・メール・面談などにて内容を聞き取り、解決に向けて必要な助言や情報提供を行う。 (2)職業能力評価  面接およびワークサンプル幕張版を用いて、職業適性をアセスメントしフィードバックしている。 (3)就労訓練  擬似オフィスでの就労訓練を実施している。事務作業、軽作業等適性に応じた実務能力の訓練と、ビジネスマナー等の講座で社会性を習得していただく目的がある。 (4)企業調整  企業に対し発達障害の正しい理解や、雇用環境の準備の必要性に関するアナウンスを実施、セミナーや合同企業説明会等、当事者と企業をつなぐ機会を設けている。 (5)定着支援  就労後に就業先への定期訪問を行い、職場担当者を含めた面談等の支援を行う。 5 支援実績  平成26年6月の開設から平成27年3月末までの約2年間の支援実績を報告する。 (1)就労相談  569名の相談があり、そのうち397名に面談を実施した。 (2)職業能力評価  191名に対し職業能力のアセスメントを実施した。 (3)就労訓練  158名に対し就労訓練を実施した。そのうち59名は就労移行支援の枠組みで訓練を実施した。 (4)就職実績  相談等支援をうけて就職した方の累計は39名であった。 6 結語  当社は今後も発達障害者への支援の取り組みを進めるとともに、社会全体の発達障害に対する理解促進に貢献し、障害の有無に関わらず誰もが生きやすい社会の実現のための一助になりたいと願っている。 【参考文献】 1) 文部科学省調:平成26年度通級による指導実施状況調査結果,(2014) 2)厚生労働省:知ることからはじめようみんなのメンタルヘルスhttp://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_develop.html 成人の発達障害が疑われるケースへのナビゲーションブック活用に関する検討 天久 親紀(沖縄県発達障害者支援センターがじゅま~る 臨床心理士) 1 はじめに  発達障害支援の中核を担う発達障害者支援センターは、利用者へ直接支援を行いながらも、より専門性を必要とするケースへの対応や事業所等へのバックアップ、支援ネットワーク構築など、地域に焦点をあてた間接支援に軸足を移していくことが求められている。一方で、沖縄県発達障害者支援センターがじゅま~る(以下「センター」という。)に寄せられる相談件数については、平成27年度の実支援343件の内181件(53%)が19歳以上となっている。また、19歳以上の相談者の内107件(59%)が未診断となっており、成人の未診断ケースに対応できる支援機関のネットワーク構築は、喫緊の課題となっている。  また、発達障害者支援法の改正に伴い、発達障害者の就労支援において、事業所の責務が明記されるなど、更なる支援の充実が期待される。一方で、障害の発見及び診断が遅く、通常の学校教育を受けてきた発達障害者の場合、障害受容が困難なことが少なくない(職業能力開発総合大学校能力開発研究センター、20081))。自身の特性を理解しないまま、社会生活・就労へ移行する中で問題が顕在化している未診断ケースが存在しており、就労支援の現場では、診断がなくても自身の特性を確認できるような支援ツールが求められている。 2 ナビゲーションブックとは  ナビゲーションブック(以下「ナビブック」という。)とは、受講者自身が面談やプログラムでの体験等をもとに、自らの特徴やセールスポイント、障害特性、職業上の課題、事業所に配慮を依頼すること等を取りまとめて、自らの特徴等を事業主や支援機関に説明する際に活用するツールである(障害者職業総合センター,20162))。診断名や症状でなく、①セールスポイント、②職業上の課題、③課題に対して本人が対処していること・周囲が配慮する必要があることを整理するナビブックは、未診断ケースにとって心理的抵抗も少なく、取り組みやすいツールであると考えられる。  本発表では、成人の未診断ケースの支援にナビブックを活用した事例を報告し、その有用性及び、今後の地域でのナビブック活用の可能性について検討する。 3 方法  対象は、①成人、②未診断、③知的障害を伴わない(伴わないと推察される)方とした。  インテークを含む3回の面談で、聞き取りをもとにナビブックを作成した。なお、ナビブック作成にあたっては、事前に沖縄障害者職業センターによる講義を受講した。 4 事例 (本事例については、口頭で利用者の承諾を得た。個人情報に配慮し、事例の本質を損なわない範囲で一部加工し論述する。「 」は利用者の発言。) (1) A氏[20代男性、公務員]  発達の問題について乳幼児健診等で指摘は受けていないが、幼少期より独り遊びが多く、他者に関心が無かった。学生時代の成績は平均的だった。高等学校卒業時に、担任より発達障害の可能性を示唆されたが、当時は納得がいかなかった。現在、経理業務は問題なくこなせるが、他者との関わり方が分からず、上司の指示も理解できない。また、スケジュールを忘れてしまうことも多く、自信を無くし落ち込む。自身が自閉症スペクトラム(以下「ASD」という。)に当てはまると感じ、センターへ相談となる。  ナビブック作成の際、自身のセールスポイントをあげられなかったが、筆者と相談する中で、遅刻をしないことや丁寧な言葉遣いができることなど、当たり前と感じていたことも職業上ではセールスポイントとなることを確認した。作成後は、診断や他機関への紹介を希望せず、自身で工夫したり、上司に一部配慮をお願いしてみるとのことだったため、今後の相談窓口として、所属機関の保健センターを案内した。現在、就労継続中。 (2) B氏[20代女性、公務員]  発語は早いが、4歳頃から友達と馴染めず、独り遊びが多く、偏食もあった。学生時代は、成績はよいが、言葉を字義通りに受け取るところがあり、友人関係に苦労した。現職の研修期間に強い不安を感じ、心療内科受診するも、継続通院には至らなかった。現在、他者との調整業務を特に苦手としている。上司は助言してくれるが理解できず、同じ失敗を繰り返してしまう。また、職場内の人間関係でもトラブルが続き、センターへ相談となる。  ナビブック作成を通じ、自身の状態をよりはっきりさせたいとの思いが強くなり、医療機関を受診したところ、ASDの診断を受ける。診断について上司に報告し、ナビブックも提出し、業務上の配慮を検討することとなった。現在、就労継続中。 (3) C氏[20代女性、大学生]  学生時代は、成績はよいが、受け身的で友人関係を作ることが苦手だったため、いじめられていた。大学在学中、3度バイトを変えており、どの職場でも、入職して1ヶ月足らずでスタッフに嫌われてしまった。ひきこもり傾向となり、就職活動が行えず、センターへ相談となる。  初回面談終了時に、「まずは自己理解が大切なんですね」と言い、2回目以降、意欲的にナビブック作成に取り組む。一方で、少ない職業経験の為か、職業上の課題や職場へお願いしたい配慮の検討に時間を要した。診断は希望しないが、訓練等は受けたいと訴えたため、地域若者サポートステーション(以下「サポステ」という。)を紹介し、その際、就職活動のヒントとして、ナビブックを活用するよう、C氏及びサポステスタッフへ伝えた。正職員採用が決まり、現在、就労継続中。 5 考察 (1) 効果  平成28年4月から、障害者の雇用の促進等に関する法律の一部改正に伴い、障害者が職場で働くにあたって事業主にも合理的配慮の提供が義務づけられているが、松為(2015)3)は、障害のある人自身が、合理的配慮に関して事業主に申し出ることの重要性を述べている。本事例のA氏やB氏は、ナビブックを活用し自身の特性を上司へ説明しており、診断のあるなしに関わらず特性を他者へ説明するツールとして、ナビブックは有効であった。  A氏は、ナビブック作成を通じ、独りでは見落としてしまう自身のセールスポイントに気づくことができた。また、全ての事例で、自身で取り組むことと配慮をお願いすることの整理ができ、今後の展開へと繋がった。未診断のケースであっても、利用者をエンパワーメントしたり、課題を整理するツールとして、ナビブックは効果的といえる。  限られた面談回数でナビブックを作成しても、自己理解が深まるとは言えないが、C氏の「まずは自己理解が大切なんですね」という言葉に表されているように、自己理解の重要性に気がつく、きっかけのツールとしての有効性はありそうだ。障害者職業総合センター(2000)4)では、自己理解の深化について4つのステップをあげているが、1ステップのさらに前段階にあたる自己理解を深める必要があるということに気がつく、気づきの支援といえる。 (2) 課題  ナビブックは利用者が主体的に作成することが重要とされているが、限られた面談回数の中では、利用者の主体性を十分に引き出す時間が取れないこともあった。また、就労経験の少ないC氏は、ナビブックがやや抽象的な内容となったり、A氏は独りではセールスポイントに気づくことができなかった。作成にあたっては、支援者からの気づきの促しが重要であり、作成されたナビブックもプレナビブックと考え、引き続きバージョンアップを繰り返していくことが求められる。  また、地域の支援機関で作成すると、支援者が事業所の事情や業務に精通していないことで、ナビブックが利用者側の視点に偏ってしまうことも考えられる。本事例でも、事業所に配慮してほしいことが、利用者からの一方的な内容となることがあった。利用者自身に自己客観視の弱さがみられることも多いため、ナビブックに事業所からの客観的な視点を取り入れることは重要であり、作成する機関は、事業所との連携が求められる。 (3) 展望  就労支援の現場では、利用者が「自分の特性を理解したり、整理することに意味があるのか」と訴えることがあるが、自身の特性を理解したり整理することの重要性に気づいてもらうきっかけのツールとして、ナビブックは有効であるといえそうだ。ナビブック作成を通じ、特性を理解し整理することの重要性に気づき、相談意欲が高まったところで、地域障害者職業センターをはじめとする就労支援機関へ紹介することで、より効果的で継続的な就労支援が期待できるのではないだろうか。  また、C氏のように、引継ぎ資料としてもナビブックは活用できた。未診断の方も利用できる支援機関でナビブックを作成し、その後、医療機関や障害者就労支援機関へと引き継ぐこともできそうだ。ナビブックを介して支援機関同士が連携し、切れ目ない就労支援が展開されることで、支援ネットワークの構築へと繋がるかもしれない。  成人の未診断ケースへのナビブックの活用ついては、先にあげた課題への対応や支援ネットワーク構築に係る検討も含め、今後、地域障害者職業センターと協議していく必要がある。 【参考文献】 1) 独立行政法人雇用・能力開発機構 職業能力開発総合大学校 能力開発研究センター:「発達障害のある人の職業訓練ハンドブック」(2008) 2) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラム「ナビゲーションブックの作成と活用」(2016) 3) 松為 信雄:特別寄稿 障害者雇用における合理的配慮「精神障害とリハビリテーション vol.19(2)」p.220-224,(2015) 4) 日本障害者雇用促進協会 障害者職業総合センター:調査研究報告書No38 「学習障害」を主訴とする者の就労支援の課題に関する研究(その1)(2000) ワークサンプル幕張版(MWS)新規課題の開発について ○八木 繁美(障害者職業総合センター 研究員)  高坂 修・前原 和明・知名 青子・望月 葉子・遠藤 雅仁(障害者職業総合センター) 1 はじめに  障害者職業総合センター障害者支援部門では、「障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査」1)の結果を踏まえ、平成25年度よりワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)における新規課題の開発を進めている。  本発表では、新規課題の開発状況について、一般成人及び障害者を対象とした事前試行の結果を中心に報告をする。 2 開発の方針  新規課題の開発に当たっては、広域・地域障害者職業センター及びMWSを活用している外部機関の支援者を委員とする新規課題開発部会を設置し、開発案の検討及び情報収集を行った。基礎調査1)によって把握されたMWSの開発ニーズ及び部会での検討結果を踏まえ、以下の方針に基づいて課題を選定した:①知的障害を伴わない発達障害や復職を目指す気分障害の対象者への活用ニーズを踏まえ、既存のワークサンプルよりも高い難易度を設定すること、②MWSのコンセプトに沿った作り込みが可能な課題であること、③従来の支援対象群(知的障害、統合失調症、高次脳機能障害等)への適用可能性についても視野に入れること、④基準値(一般成人の平均作業時間、平均正答率)の提供が可能であること、⑤コスト面(製造コスト、支援場面で活用する際の負担など)が多大でないこと。  以上の開発方針を踏まえ、OAWorkとして「給与計算」、事務作業として「文書校正」、実務作業として「社内郵便物仕分け」の3種類の課題を選定し、次の3点に考慮して開発を進めることとした。  ①「給与計算」については、文章の読解力に加え、定められた手順に則った数的処理能力が要求されることから、知的障害を伴わない発達障害者や気分障害者等を主な適用対象とし、負荷の高い課題の構成及び内容とする。  ②「文書校正」については、原稿の誤字・体裁の誤りを探索して、修正する能力が要求されることから、対象者の適用範囲を確認した上で課題の難易度や構成を検討する。  ③「社内郵便物仕分け」については、文字や記号の判読能力を一定程度有する知的障害者や統合失調症者、高次脳機能障害者等を含め、対象者の適用範囲を確認した上で課題の難易度や構成を検討する。 3 一般成人及び障害者に対する事前試行の実施  まず試作版を用いて、課題の構成、難易度の設定の妥当性、疲労・ストレスの状況等を把握するために一般成人を対象に事前試行を行った。次いで課題の修正後、支援場面での適用可能性、疲労・ストレスの状況、難易度の設定を把握するために、研究協力機関の支援対象者(障害者)に対して事前試行を行った。以下、各課題の概要、一般成人及び障害者を対象とした事前試行の結果について述べる。 (1) 給与計算 ア 給与計算の概要  パソコン画面に表示される指示文に、社員1名分の給与の各項目を算出する際に必要な社員のデータを記載し、算出方法を記載したサブブックと社会保険料に関する各種表を参照しながら、パソコン上で給与計算事務の一部を模擬的に行う作業である。1試行を1社員分の給与計算とし、1ブロックを6試行とした。レベルごとのブロック数は30である。難易度を示すレベルは4段階に設定し、レベルが上がるごとに、計算項目が増え、かつ適用するルールが複雑になるようにした。 イ 事前試行の結果  一般成人及び障害者に対する事前試行の結果、以下の点が把握された。 ・一般成人における平均作業時間はレベル1、レベル3が長く、レベル2、レベル4が短かった。平均正答率はレベル3よりもレベル4が高く、学習効果が期待される結果となった。また、「レベル1の1問目は大変だが、2問目以降はやり方が分かり楽だった」「レベル3では確認するポイントが増え、難易度が高くなるように感じた」との感想を確認した。 ・疲労度については、障害の有無を問わず、「休憩を取る必要があった」「休憩を取れば良かった」との所感を得た。 ・事務職や管理的業務に従事し、復職を目指している気分障害や発達障害の対象者からは、「復職を目指すにあたって実践的な課題であり、意欲的に取り組むことができた」「業務との類似性を感じる」との感想を確認した。 ・職業経験の少ない発達障害や統合失調症の対象者からは、サブブックの読み込みが難しいとの感想が挙がった。簡易版の正答率は低位であったが、訓練版を通じて補完手段を活用することにより、正確な作業遂行が可能となった人も見られた。  以上の事前試行の結果を踏まえ、次の2点について改修を行った。 ・一般成人への試行において分かりにくさを指摘された点を中心に、サブブックの見直しを行った。 ・トレーニングの効果的な実施に向け、対象者及び支援者が、エラー箇所とエラー内容を把握しやすいように、訓練結果詳細画面とエラーカテゴリーの見直しを行った。 (2)文書校正 ア 文書校正の概要  文書校正は、原稿と校正刷を照らし合わせ、文字や図表の体裁などに誤りがないかを確かめ、誤りがあった場合には、校正のルールを記載したサブブックに従って校正記号を用い、修正を行う作業である。レベルは5段階に設定し、レベル1及び2を誤字の訂正、レベル3を誤字の訂正・照合による文書の訂正、レベル4及び5を段組などの体裁の訂正とした。1ブロック当たりの試行数、簡易版については、事前試行の結果をもとに検討することとした。 イ 事前試行の結果  一般成人及び障害者に対する事前試行の結果、以下の点が把握された。 ・レベル1からレベル3では正答率や作業時間に顕著な差は見られなかった。レベル4、レベル5では作業時間が増加し、疲労度が高まる傾向が認められた。 ・レベル1からレベル3については、一定程度の漢字の判読能力やサブブックの内容を理解できる人であれば、活用できる可能性が示唆された。 ・支援者からは「実際の職場で扱われている事務文書をもとに課題文を作成しており、事務の現場を彷彿とさせる」との意見を得た。  以上の事前試行の結果を踏まえ、次の点に改修を加えた。 ・1ブロックを2試行とし、レベルごとのブロック数を25とする。また、簡易版は1ブロック1試行とし、すべてのレベルを体験できるものとする。 ・エラーカテゴリーは、「見落とし」「過剰修正」「転記エラー」「体裁」「図表」とする。 ・事前試行では、文字の大きさを確認する際に既存のポイント表を活用したが、扱いづらさを指摘する意見が挙がったことから、見直しをすることとした。 ・著作人格権の保護の観点から、課題文の作成に当たっては、官公庁が発行する白書等を用いることとした。 (3)社内郵便物仕分け ア 社内郵便物仕分けの概要  社内郵便物仕分けは、仮想の会社に届いた葉書や封書等の郵便物を、宛先に書かれている部署及び個人名を見て、正しいファイルケースまたはボックスに仕分ける作業である。サブブックに記載した「仕分けのルール」に従い、部・課ごとに郵便物を正確に仕分けることが求められる。  レベルは5段階に設定し、レベルが上がるごとに、仕分けの際に参照する箇所を増やすことで難易度を設定した。1ブロックは20試行とし、レベルごとのブロック数を30とした。 イ 事前試行の結果  一般成人及び障害者に対する事前試行の結果、以下の点が把握された。 ・レベルの上昇に伴い作業時間が増加し、正答率は低下する傾向が認められた。特に、レベル4、レベル5ではエラーの発生率が高まる傾向が見られたが、疲労のサインや訴えは顕著ではなかった。 ・一定程度の文字や記号の判読能力やサブブックの内容を理解できる人であれば、活用できる可能性が示唆された。 ・「実際の職場にも同じような部署や課があり、リアルに感じる」などの感想を確認した。 ・「作業終了後の採点と郵便物の整理に時間がかかる」「採点に時間がかかるため、適切なタイミングでのフィードバックが難しい」との意見が挙がった。  以上の結果を踏まえ、仕分けのルール及びエラーカテゴリーの見直し、採点に要する負担を軽減するための採点ツールの見直し、実施手順の整理を行っている。 4 今後の課題と展望  一般成人及び障害者への事前試行の結果から、給与計算については負荷の高い課題であり、知的障害を伴わない発達障害や復職・再就職をめざす気分障害の人等が適用の中心となることが推測された。文書校正、社内郵便物仕分けについては、 実施するレベルによって、比較的幅広い障害者に適用できることが示唆された。   また、いずれの課題についても、支援対象者及び支援者からは、「これまでのMWSとは異なる負荷の高い課題である」「業務との類似性を感じる」など、復職・就職をめざすにあたって実践的な課題であるとの意見を確認した。  さらに、給与計算、文書校正については、負荷が高いことから、ストレスや疲労の現れ方や対処方法の把握が可能となることが示唆された。この点については、対象者に過度の負荷がかからないよう実施に留意が必要であると考えている。  今後は、障害者に対する試行を積み重ねながら課題の改修や手続きの整理を行い、課題内容を確定した後に、実施マニュアルを整備し、基準値の作成に取り組む予定である。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:資料シリーズNo72 「障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査」(2013) 就労移行支援事業における幕張ワークサンプル(MWS)を用いた能力開発・技能訓練に関する実践報告 石澤 香里(多機能型事業所えいる 職業指導員・臨床心理士・ジョブコーチ) 1 はじめに  就労移行支援事業において、利用者の特性把握および企業就労に向けての能力開発・技能訓練は必要不可欠のメニューと考えられる。一方で、利用者の障がい特性は多岐に渡り、また、企業が障がい者に求める内容も年々複雑化している傾向があると感じる。とはいえ、就労に向かうために必要な基本的な土台(安定した出勤や基本的なマナーなど)をしっかり作ることで、複雑化する時勢に対応していくことが可能と考えられる。  本実践報告は、「多機能型事業所えいる」の就労移行支援事業において平成26年度より実施した、幕張ワークサンプル(以下「MWS」という。)を活用した取り組みについてのものである。2年間という限られた時間の中で、単に就労に必要な技能の習得を目指すだけではなく、「働くとはどういうことか」について利用者自身に考えて頂くために、利用者の特性把握のためのアセスメントツールとしてだけではなく、より実際の職場で求められている内容に即した訓練教材としてMWSを使用してきた取り組みについて報告する。なお当事業所では、MWSにパッケージされているすべての訓練内容を実施しているが、その取り組みすべてを掲載することは難しいため、今回は「ピッキング」「作業日報集計」を用いた訓練について重点的に報告する。 2 多機能型事業所えいるの概要 (1)地域性  多機能型事業所えいる(以下「えいる」という。)は、「特定非営利活動法人障害者の地域生活をひらく会」を母体とした施設で、平成26年度より多機能型事業所として、就労移行支援事業と就労継続支援B型の2事業を運営している。川口市は都心への利便性も高く、またバスや地下鉄の整備も進み、埼玉県南地域への通勤も比較的スムーズである。えいるへの通所を経て就労した方には、川口市内だけではなく、さいたま市、戸田市、越谷市、草加市といった地域へ通勤している方もいる。川口市就労支援センターをはじめ、各関係機関と連携し、定期的な定着支援を提供している。 (2)えいるについて  えいるは、就労移行支援事業の定員が12名、就労継続支援B型の定員が15名、計27名定員で、主に知的障がいを有する方が通所されている。今回は就労移行支援事業における取り組みについて報告するが、就労継続支援B型からも就労者が出ており、不定期ではあるがMWSを使用した支援を提供している。なお、以下「えいる」と表記するものは、えいるにおける就労移行支援事業を示すものとする。 (3)えいるでの訓練内容  えいるの支援は、就労支援講座、軽作業訓練、パソコン講座の3つの柱で構成されている。就労支援講座は、企業就労に必要な社会人としてのルール・マナーの習得(報告・連絡・相談、言葉使い、メモの取り方など)、施設内清掃、簡易事務作業(帳合、裁断機・ラミネーターの使用、シュレッダー等)などを行っている。MWSは主に就労支援講座で使用している。軽作業訓練では、外部受注先から部材を引き受け、企業就労に必要な基本的な技能(手先の巧緻性を高める、作業ペース・効率アップ、就労に必要な体力作りなど)の習得を目的としている。また、周囲との協力や納期の意識など、働く意識付けという側面もある。パソコン講座はWord・Excelといった基本的なパソコン技能を習得すると同時に、機械を扱うことに慣れることを目的としている。  それぞれの訓練には1名職員が付き、就労支援講座とパソコン講座は利用者が2名ずつ実施している。また各訓練受講中の様子や内容は現場職員内で共有するよう努め、就労支援講座で学習したマナー等を他の訓練場面でも汎用できるよう適宜声掛けをしている。 3 MWSを用いた取り組み (1)実施について  基本的に「MWS実施マニュアル」に従い、作業指示書を提示して各利用者に実施して頂く。利用者がそれでは十分に理解できない場合、モデリングや作業指示書の重要部分のみを抜き出して口頭指示する場合もある。この時の様子は一つのアセスメントとして職員間で共有している。作業指示書をもとに単独で作業を完了できるようになることを目標としているが、それに至る過程の中で、次ページの表に示すような技能を体得することを支援の目的としている。その際には、通常就労支援講座で提示しているフォーマットを活用するよう伝えている。「作業日報集計」においては上記に加え、作業日報集計表の数字の読み取りについて伝えている。詳細は「作業日報集計」についての項を参照のこと。 表 MWS実施に付随する技能 (2)実際の取り組み ①ピッキング  ピッキング終了時には、各自が取ってきたものを、ペアで実施している利用者が戻している。このことで「指定されたものを指定された場所へ戻す」という訓練も並行して実施している。その際、「何をいくつ戻したか」という報告を求めている。また、作業指示書を活用し自立して作業が完了できるようになったら、同じくらいの習熟度の利用者同士で検品を実施している。その際にも適切な報告を行うよう求め、「正確な作業をする」ことに加え、「相手にきちんと伝わっていること」が大切であることを体験して頂いている。 実施の様子 ②作業日報集計  通常の訓練に加え、算出項目の中で「作業量」「不良数」「不良率」が何を意味しているかを利用者に説明している。例えば、同じ作業時間の中で作業量・不良数・不良率に差があるということはどういうことを意味するのか、企業がこのような集計をして見ている本来の意味を解説することで、仕事に対する責任や企業が求めていることを体験的に理解して頂いている。 実施の様子 4 まとめ  えいるでの訓練を終え、企業就労を始められた方の中には、MWSの訓練内容を活かした仕事(ピッキングや高齢者施設等での洗濯物たたみなど)に就いている方もおられる。しかし、訓練内容が直結しない職種であったとしても、表に示すような基本的技能の習得や、3−(2)−②に示した作業日報集計で扱っている「働くとはどういうことか」「企業が求めていることは何か」といった内容について理解しておくことで、長く安定的に職業生活を送ることが出来ると考えている。  また支援する側にとっても、標準化された訓練教材を用いることにより、より的確に各利用者の特徴を伝えることができ、具体的な支援方法を提案できる利点がある。  今後も時勢に合った実践的な訓練を展開していくと共に、さらに内容の充実を図っていきたいと考えている。 【連絡先】  石澤香里  多機能型事業所えいる  e-mail:aile@onyx.ocn.ne.jp 企業が求める人材と本人の特性の視覚的な比較を目指したジョブマッチングシートの考案と経過報告 ○諏澤 友紀子(かがわ総合リハビリテーション成人支援施設就労移行支援 職業指導員・就労支援員)  六車 浩・上原 美智代・山口 和彦(かがわ総合リハビリテーション成人支援施設就労移行支援) 1 はじめに   かがわ総合リハビリテーション成人支援施設就労移行支援では、平成19年より毎年平均11.4名が一般就労している。企業とのマッチングを行う際は職業評価やアセスメントを行っているが、マッチングが適切かどうか視覚的に確認する手段がなく、就労支援員、職業指導員、生活支援員各自の判断基準で評価し、協議しているのが現状である。また、評価シートは様々あるが、企業によって求められるレベルは様々であり、全ての項目をクリアできなければ就職できないというわけではない。以上のことから、企業が求める人材と、本人の特性を視覚的に比較できるようなジョブマッチングシートを考案し、その経過を報告するものである。 2 ジョブマッチングシートの概要  本人の特性、企業が求める人材像を分析するにあたり、チェック項目の大項目は厚生労働省推奨の「ジョブカード制度」の中で評価基準として挙げられている「職務遂行のための基本的能力」をベースとして設定した。具体的なチェック項目としての中・小項目は、複数の既存のチェックリスト(「就労移行支援のためのチェックリスト:障害者職業総合センター」「就労支援のためのチェックリスト 訓練生用・従業員用:障害者職業総合センター」「就労支援のための評価シート(とっとり版)v1.07」「障がい者職場実習受入れマニュアル(平成26年1月 宮崎県福祉保健部障害福祉課)」その他、複数の就労移行支援事業所独自の評価表等)の項目を分析。大分類に沿って項目を分類し、優先順位の高いものを中心に中項目を以下のように設定した。  ①働くための基礎 働く意欲、出勤、通勤手段、勤務日数、勤務時間、健康管理、メンタル管理  ②働くための心構え 身だしなみ、ルールを守る、約束を守る、時間を守る、手順を守る、指示に従う、最後までやり通す、アドバイスを受け入れる、失敗を認める  ③コミュニケーション 挨拶、謝罪とお礼、質問・報告・連絡・相談、意思を伝える、話を聞く、相手の都合を考える、誰とでも話ができる  ④ビジネスマナー   敬語が使える、ビジネスマナーの知識  ⑤協調性 苦手な人とも一緒にいられる、手伝いができる、共同作業ができる  ⑥遂行力   段取りができる、整理整頓、危険回避  ⑦向上心 工夫・改善、うまくいかない時、自己研鑽、チャレンジ意欲  各小項目は段階別に4~5個のチェック項目を設け、それぞれ−20点から10点の点数を設定。それぞれの大項目の得点率をレーダーチャートで表示する。なお、一般就労を考える上で最低限クリアしなければならないと思われる項目は-20点と最高得点(10点)よりも大きな減点幅を設定した。これは本人への意識付けを促すことを目的としているためで、1つでも-20点の項目にチェックがついている場合はマッチング結果が良くても丁寧なフィードバックが必要である。  作成ソフトはマイクロソフト社のExcel2010を使用し、自動で計算・レーダーチャート作成・評価が出るよう設定した。 3 ジョブマッチングシートの使用方法  入力シートは「本人用」「支援者用」「企業用」の3セットがあり、それぞれの結果を比較することができる。(1)本人評価と支援者評価の比較  本人評価と支援者評価に大きな乖離がある場合、自己評価が適切にできていない可能性がある。(図1)は基礎、心構え、協調性、遂行力の項目において、本人評価と支援者評価が大きく乖離している。本人と支援者のチェック項目を照らし合わせると、本人が自分の体力、体調管理、他者との接し方、作業の効率性等においてかなり過大評価していることが分かった。これは高次脳機能障害による記憶力、認知機能の低下、病識の欠如等により、自分の状態を客観視できていないことが原因だと考えられる。具体的なエピソードによるフィードバックやSTの検査結果等を通して、少しずつ認識の摺合せをしていく必要があると思われる。(図2)はほとんど支援者との乖離はなく、客観的に自己分析できている。本人評価の方が低い項目もあり、さらにアセスメントをすることで、適切な自信をつけることができると考えられる。 (図1)         (図2) (2)本人評価・支援者評価・企業評価の比較  企業評価は企業にチェックをつけてもらうか、支援者が企業に聞き取りをしてチェックをつけて完成させる。  この比較は就職の可否を判断するものではなく、現状では何が不足しているのか、このまま就職するとどういった問題が予測されるか等を具体的に分析するためのツールとして活用するものである。  (図3)は脳出血による高次脳機能障害の方の復職ケースにおいてマッチングチェックを試行したものである。本人評価と企業評価を比較するとほとんど乖離はないが、支援者評価と企業評価を比較すると、協調性以外の全ての項目において企業が求めるレベルに達していない。これは本人が適切に自己評価できておらず、業務内容等の打ち合わせを本人のみで行うと、企業が求める作業を全て「できる」と返答してしまう可能性が高い。実際は高次脳機能障害で、記憶・注意・遂行機能といった業務を効率良く行うための力がかなり低下しているのだが、企業が本人の能力を受傷前と同様レベルだと認識して業務内容を設定しているものと考えられる。このまま復職すると、「目立った身体障害もなく、日常会話はできるし、協調性もあるのに仕事ができない。これはやる気がないのではないか」といった誤解を招くことが予想されるため、障害特性の説明や業務内容の検討、配慮の要請、補完手段の確立等の支援が必要であると考えられる。 (3)職場環境のチェック  職場の環境もマッチングには重要な要素である。  マッチングシートでは特性のチェックに入る前に企業の環境チェックを行うようにしている。企業名、住所、事業内容、就業時間、就業日数、作業内容、必要な資格・スキル、現場に居る人数、男女比、広さ、温度、におい、音、雰囲気、バリアフリー、障害者雇用経験、事前実習の有無などをチェックし、不安な点は企業と相談できるようにしておくと、より離職因子を排除することができると思われる(図4)。 (図4) 4 今後の課題  今後はこのマッチングシートを試行、結果データを収集し、項目や点数設定の検討をしていく。また、タブレット端末等を利用し、より使いやすいツールを目指していきたい。 【参考文献】 厚生労働省:ジョブカード制度 職業能力証明(訓練成果・実務成果)シート(企業実習・OJT用) 障害者職業総合センター:就労移行支援のためのチェックリスト,就労支援のためのチェックリスト 訓練生用・従業員用 鳥取県就業支援課:就労支援のための評価シート(とっとり版)v1.07 宮崎県福祉保健部障害福祉課:障がい者職場実習受入れマニュアル(平成26年1月) 市民後見人は障害者就業支援のための一助となりえるか−役割期待について考察する− ○綿貫 登美子(市民後見促進研究会BON・ART 会員)  有路 美紀夫・東 弘子・角 あき子・杉森 久子・廣瀬 由比(市民後見促進研究会BON・ART) 1 研究の背景と目的  ハローワークに求職登録する障害を持つ人は年々増加傾向1にある。ライフスタイルの多様化を背景に、「どのような職場で、どのように働き、どのように生きるか」など、「労働生活の質」の向上は、「生きがい」を感じ取るためのきわめて重要な要素となる。  成年後見制度は、障害を持つ人々や意志能力が疑われる人々の民法上の利益と権利を守ることを意図して、これまでの禁治産・準禁治産制度に変わり、2000年度から実施されている。この制度の基本は自己決定権の尊重にあると言われる。そのことは新たに創設された「任意後見2」制度に見ることができる。  本発表では、障害を持つ人を「地域福祉の推進者」「地域の代弁者」と位置づけ、成年後見制度に焦点を当てながら、市民後見人による障害者支援、それを支える地域社会における地域支援に注目し、障害者就業と福祉サービスに求められる課題と役割を分析する。 2 方法  障害にはそれぞれの特性があり、同じ障害であってもその個別性があり、個性や人柄を把握しにくい面もある。そこで、障害福祉サービス事業所訪問と「障害者への期待」アンケート結果等を通して、障害者就業に内在する課題等を模索する。さらに、市民後見人の活動は、地域における支え合い活動の延長線上にあるとして、受任する被後見人等は同じ圏域に住む地域住民が想定されることから、成年後見制度における市民後見人と本人との関係性を探る。 3 結果 (1)就業課題  「障害のある人が積極的に社会参加できるようにするために大切なことは何ですか3」(図1)のアンケート結果からは「参加しやすい機会をつくる」など、地域からも障害者への理解が進んでいることがわかる。障害を持つ人が就労するためには、①職場に障害に対する理解と配慮があれば、一般就労が出来る障害者も多く、職場での障害理解と協力できる支援者が必要(当事者団体)であること、②障害者が働くためには、職場が障害や本人の特性について理解してもらえること、支援者には継続支援を望んでいる(障害児者の親の会)等が必要とされている。その一方で、重症児・者の会での現場実習4体験からは、基本的生活そのものをあらためて問いなおして考えてみなくてはならない「福祉と医療」問題も見えてくる。障害を持つ人個々人の就業と生活上の両面の課題があるが、どちらも常に支援者が必要とされている。 図1 障害者の社会参加への期待 (2)市民後見人への役割期待  成年後見人等(成年後見人、保佐人及び補助人)と本人との関係を、平成23年から27年までの5年間を比較(表)すると、親族が成年後見人等に選任されたものは、年々減少傾向にあり、親族以外の第3者が成年後見人に選任されたものは、増加傾向にある。市民後見人5は224件(前年は213件)で、対前年比5.2%と僅かではあるが増加している。これまで、親族以外の第3者後見人の多くが弁護士・司法書士・社会福祉士等の「専門職後見人」であったが、今後は親族以外の需要増加がさらに見込まれる中で、専門職とは異なる立場で活動する「市民後見人」の役割は、その制度の理解が進むとともに、その需要は増加するのではないかと思われる。 4 考察  「障害者の雇用の促進等に関する法律」のもと、雇用率制度、助成金制度、職業リハビリテーションサービスなどの支援を受けることができるが、障害を持つ人が長期就労を続けるためには、職場と本人・家族をつなぐための調整が必要になる。成年後見制度の施行に伴い、障害を持つ人の民法上の行為能力・意志能力・責任能力に対して、自己決定がより尊重される法的判断基準や適正手続き等の整備と促進が進められている。後見人には親がなる場合が多く、その後、親自身の高齢化によって、自らの後見人が必要になる場合もある。問題は「親なき後も社会の中で健全に自立していくこと」を具現化することであろうか。障害者就業支援には、一人ひとりにどんな働き方や活動が合うのか、どのような環境での支援が必要とされているのか、働きたいと願う人の働く場の確保と社会環境をどのように整えていくか、「生活の質(QOL)」と「労働の質」の向上が喫緊の課題でもある。 5 結論  障害者の就労の背景には、ノーマライゼーションやインクルージョンの考え方がある。ニイリエは、「障害のある個人を、障害のあるまま、その差異を認めて社会に受け入れることを要請する」とその理念を表現している。できないことに着目するのではなくて、何らかの援助があればできることに着目することにある。福祉サービスの究極の目標が個人の幸福を支援することにあるとすれば、それを尊重することがノーマライゼーション原理から導かれる帰結ともいえる。地域から障害者に対する期待(図2)が多くある中で、身近な支援者として「身上監護6」を中心に活動を進める市民後見人は、専門職とは異なる市民という関係性から、日常的な見守りやきめ細かな対応が可能である。その特性と優位性を活かした支援は、福祉サービスの目指す役割期待でもあり、地域連携することで、障害者就業支援の一助になる可能性があると考えられる。 【注釈】 1 「平成27年障害者雇用状況の集計結果」によると、実雇用率1.88%、前年比0.06ポイント上昇している。 2 将来判断能力が衰えた時の財産管理や医療・介護等について、被後見人となる者があらかじめ後見人を選定し、両者の意思を反映しつつ被後見人の権利保護を図る制度。 3 千葉県生涯大学校(福祉専攻・中高年齢者)学生100人、千葉大学(工学部・社会学専攻)学生100人、千葉市ことぶき大学校(中高年齢者)学生100人へ「障害者への理解と期待」アンケート実施結果(2012筆者実施)。 4 2015年11月25日、筆者自身が現場体験実習するとともに関連グループホーム訪問等により各種資料提供を受けた。 5 一般市民を担い手とする市民後見人には養成のための研修が欠かせず、地域包括ケアの理念を地域で実現するために、日常業務を支援できる機関も必要である。 6 被後見人を定期的に訪問して本人の生活状況を把握し、本人が安心して日常生活を送ることができるよう配慮しながら、金銭の支払いや福祉サービスの手続きを行う。 【参考文献】 1) ニイリエ、ベンクト(2008)ハンソン友子訳『再考・ノーマライゼーションの原理−その広がりと現代的意義』現代書館. 2) 秋元美世・平田厚(2015)『社会福祉と権利擁護−人権のための理論と実践』有斐閣. 3) 小賀野晶一(2000)『成年身上監護制度論』信山社. 4) 最高裁判所事務総局(2011~2015)「成年後見関連事件の概況」. 5) 綿貫登美子(2012)「長期キャリアを有する障害のある中高年労働者の社会参加」第10回日本キャリアデザイン学会. 【連絡先】  綿貫 登美子 (市民後見促進研究会BON・ART)  E-mail: otomisan2004otomisan.yahoo.co.jp 障害のある生活困窮者への就労支援:全国アンケート調査の結果から ○清野 絵(障害者職業総合センター 研究員)  春名 由一郎(障害者職業総合センター) 1 研究背景と目的  近年、ホームレス、生活保護受給者、低所得者等の生活困窮状態にある人への支援が喫緊の課題となっている。併せて、職業リハビリテーション分野でも「生活保護を受給している障害のある人といった複合的な問題のある人」への支援が指摘されている1)。また、生活困窮者のうち、生活保護受給者や路上生活者、福祉施設滞在者の中に一定数の障害者がいることが報告されている2,3)。こうした中で、生活困窮者の支援については政策的に就労支援が中核的な支援となっており、生活困窮者支援についても、障害に配慮した就労支援が必要であると考えられる。しかしながら、障害のある生活困窮者の就労支援の実態や課題が明らかになっていない状態にある。  こうした背景を踏まえ、本研究は、職業リハビリテーションの知見を活用した支援範囲の拡大の一つとして、生活困窮者の自立支援の促進に寄与するため、障害のある生活困窮者の就労支援の実態と課題を明らかにすることを目的とした。  なお、本研究では生活困窮者を①生活保護受給者、②路上生活者、③帰住先のない刑事施設出所者、④住居喪失不安定就労者(ネットカフェで寝泊まりしている者等)、⑤低所得者、⑥福祉施設滞在者と定義した。 2 研究方法 (1) 対象  先行研究および予備調査の結果から、生活困窮者に対応していると推測した路上生活者支援団体、高次脳機能障害支援拠点機関、大都市圏の精神科診療所(東京、大阪、神奈川、愛知)、無料低額診療所、無料低額病院、生活困窮者自立支援法の自立相談支援事業実施機関(以下「自立支援法機関」という。)、大都市圏の福祉事務所(東京、大阪、神奈川、愛知)の1,500機関を対象とし、支援者に回答を求めた。なお、自立支援法機関は単純無作為抽出とし、その他の機関は全数調査とした。 (2) 方法  自記式質問紙を用いた郵送法による調査を実施した。調査内容は、①所属部署の基本属性、②障害者の課題の状況、③支援ニーズへの対応状況、④就労支援の知識や役割認識、⑤地域や組織等の環境整備状況であった。本研究では結果の一部を報告する。なお、本研究は独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター調査研究倫理審査委員会の承認を得た。 3 結果 (1) 回収状況  有効回答数351件、回収率23.6%であった。最も回収率が高かった機関は自立支援法機関38.2%、最も回収率が低かった機関は高次脳機能障害支援拠点機関4.8%であった。 (2) 障害種類  障害のある生活困窮者の障害種類別の対応状況を図1に示す。「日常的に対応」と「時々対応」の回答を合わせると、対応していた割合が比較的高かったのは、「精神障害」89.1%、「障害の疑いがあるが不明確」82.3%、「知的障害」79.0%、「発達障害」68.4%であった。 図1 障害種類への対応状況 (3) 相談・支援  障害のある生活困窮者への相談・支援の対応状況を図2に示す。就労支援と直接関係するもののうち、「日常的に対応」と「時々対応」の回答を合わせた割合は、「就職・再就職」78.5%、「職業訓練、資格取得」54.2%、「職場適応」53.5%、「離職、退職」が49.9%、「求職と復職」45.7%であった。 (4) 本人の就労支援の課題  支援機関からみた障害のある生活困窮者の就労支援の課題を図3に示す。「課題が多く/解決はとても困難」の回答の割合が比較的高かったのは、「就労意欲がない」32.3%、「本人・家族の自覚が不十分」30.0%、「障害・病気の自己管理が不十分」27.1%であった。 4 考察  結果から、生活困窮者を支援している機関が対応している障害種類には「精神障害」「発達障害」「知的障害」等が特に多いこと、対応している相談・支援や「解決はとても困難」と考える課題には就労前の職業準備支援に関することが多いことが明らかになった。  一方で、これらの対象障害に応じた職業準備支援に関しては、職業リハビリテーション分野では既に十分な研究や実践の蓄積がある部分である。  したがって、今後、生活困窮者を支援している福祉分野等において、関係支援機関が連携して、職業リハビリテーションの知見を活用することで生活困窮者の就労を通して自立支援がより効果的に促進できる可能性があるものと考える。  また、そのためには、職業リハビリテーションの知見について関連領域へ普及啓発することや、どの領域においても把握していることが望ましい職業リハビリテーションの共通基盤となる基礎知識について研修を行う等の人材育成も重要と考えられる。  本研究の限界として、①機関種類によって回答率に偏りがあること、②支援者の主観に基づく評価であることが挙げられる。  回答率の偏りについては、生活困窮者には対応しているが、障害のある生活困窮者にはあまり対応していない場合や、障害のある生活困窮者の支援は実施しているが、就労支援はあまり実施していない場合等に調査に回答しなかった可能性が考えられる。  今後の研究の方向性として、各機関種類の分析、当事者調査や客観的指標を用いた実態調査、本調査結果に基づくヒアリング調整及び縦断調査や効果研究を行うことで、より詳細な実態を明らかにすることが期待される。 【参考文献】 1)若林功:職業リハビリテーションの多様な対象者への拡がり、「職業リハビリテーショ」、28(2)、p10-11(2015) 2)ホームレスの全国調査検討会:平成24年「ホームレスの実態に関する全国調査検討会」報告書(2012) 3)エム・アール・アイ・リサーチアソシエイツ株式会社:生活困窮者支援体系におけるホームレス緊急一時宿泊事業等に関する調査研究,平成25 年度厚生労働省セーフティネット支援対策等事業費補助金(社会福祉推進事業)報告書(2014) 【連絡先】 清野 絵 障害者職業総合センター E-mail:seino.kai@jeed.or.jp 図3 本人の就労支援の課題 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第4期) その1−16年間のパネル調査の中間報告− ○鈴木 徹(障害者職業総合センター 統括研究員)  春名 由一郎・土屋 知子・田川 史朗・山本 美奈子(障害者職業総合センター)  佐藤 邦政(元 障害者職業総合センター(現 敬愛大学)) 1 はじめに  効果的な職業リハビリテーションを行っていくためには、障害のある労働者の職業生活の各局面における状況と課題に対応する必要がある。本調査は同一の調査対象者に繰り返し調査を行う「パネル調査」の手法を採り、16年間の長期縦断調査とすることで障害のある労働者の職業生活の全体像の把握を目指すものである。この調査においては、調査開始時点(平成20年度)で40才未満の者への調査を「職業生活前期調査(以下「前期調査」という。)」、40才以上の者への調査を「職業生活後期調査(以下「後期調査」という。)」とし、両調査を隔年ごとに平成20~35年度までにそれぞれ8回行う計画であり、平成27年度で各第4回目までの調査が終了した。  以下、本調査の実施方法、調査対象者の基本的属性、就労状況の変化に関する集計・分析結果の一部を報告する。 2 方法 (1)調査対象者  本調査の対象者は、視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、内部障害、知的障害、精神障害のいずれか、あるいはこれらの重複障害があり、調査開始時点で主に常用雇用(精神障害者については週15時間以上)で就労している者とした。  調査開始時点での年齢の下限は義務教育終了後の15才とし、上限は16年間の調査継続という点から55才とした。  調査対象者の募集に際しては、各障害の当事者団体や家族会、障害者を多数雇用する事業所、就労支援機関等の協力を得た。転居による連絡先不明等による調査対象者減少への対策として、平成24~25年度の第3回調査に際して調査対象者の補充を行った。 (2)調査方法  調査方法は郵送によるアンケート調査とした。調査内容は調査対象者の障害種類を問わず同一としたが、調査票の形式は障害の特性に応じて回答しやすいものを選択できるように複数種類を用意した(例えば、点字の調査票、拡大印刷した調査票、平易な表現で漢字に振り仮名を振った調査票)。調査への回答は原則として本人に依頼したが、必要な場合は家族等の周囲の支援を受けても問題がない旨を付記した。 (3)調査内容  障害のある人の職業生活を幅広く捉える観点から、調査対象者の基本的な属性に関すること(年齢、性別、障害状況、学歴)、職業に関すること(職務内容、労働条件、職業満足度等)、職業以外の生活に関すること(家族構成、福祉サービスの利用状況、生活満足度等)についての質問とした。調査内容は第1~8回調査において原則として共通としたが、一部の項目については隔回の調査とした。 3 結果 (1)調査対象者数と回収率  調査対象者数は、第1回調査において前期・後期の各調査を合わせて1,026人であった。各調査回の調査対象者数は、第2回調査で1,003人、第3回調査で1,199人、第4回調査で1,149人と多少の増減があるが、これは、前述した調査対象者の補充および、調査対象者の転居による連絡先不明や、体調不良・死亡その他の理由で調査の継続が困難になる事例があったことによる。各調査回における調査票回収数および回収率は表1のとおりである。 表1 各調査回における調査対象者数および回収数 (2)回答者の基本的特徴(障害種類、性別、年齢)  4回の調査のうち1回以上回答があった調査対象者の障害種類および性別について表2に示す。障害種類別の回答者数は、登録者数自体の多寡が反映されている。いずれの障害種類でも6~8割が男性であった。 表2 1回以上回答があった人の障害種類と性別  第4回調査時点の調査対象者の年代を表3に示す。第4期調査時点では、全体としては40~50才台が多いが、知的障害では20~30才台の若い調査対象者が多かった。 表3 第4期調査時点の回答者の年代 (3)回答者の就労状況の変化  隣りあった2回の調査回の両方に回答があった回答者について、就労状況の変化を表4に示す。全体としては就労を継続した回答者が多いが、離職や再就職が一部見られた。精神障害者において離職割合が高かったが、本調査の募集要件が他の障害種類と異なるため、障害種類別の比較は慎重に行う必要がある。 表4 就労状況の変化 (4)職業満足度と就労状況の変化  隣りあった2回の調査回の両方で就労状況が確認された調査対象者について、就労継続群(就労→就労)と離職群(就労→非就労)に分け、その前回の職業満足度を比較した(表5①②③)。満足度は、「仕事の内容」「給与・待遇」「職場の人間関係」「職場環境」の4領域に分けて尋ね、満足度は「不満=1」から「満足=5」の5段階とした。満足度の領域別の傾向は各調査回で一致していないが、概して就労継続群ではその前回(2年前)の職業満足度が高い結果であった。 表5 職業満足度と就労状況の変化  今回の分析結果から、障害者の安定した就労を実現するための方策の一つとして、当事者の職業満足度に着目することが有効である可能性が確認された。  本調査では、同一の調査対象者から繰り返しデータを取得していることから、横断調査では困難な時系列的観点を含む検討が可能である。この特徴を活かして今後も蓄積されたデータを様々な観点から分析し、障害のある労働者の職業生活の全体像に迫り、有効な支援や施策につながる情報を得ることを目指したい。 【参考文献】 障害者職業総合センター:調査研究報告書№132「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第4期)」(2016) 【連絡先】  鈴木 徹 (e-mail:Suzuki.Akira2@jeed.or.jp) 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第4期) その2−職業上のニーズに関する分析− ○山本 美奈子(障害者職業総合センター研究協力員)  鈴木 徹・春名 由一郎・土屋 知子・田川 史朗(障害者職業総合センター)  佐藤 邦政(元 障害者職業総合センター(現 敬愛大学)) 1 研究の背景  雇用の分野における障害者差別の禁止と合理的配慮の提供義務が規定された改正障害者雇用促進法が、平成28年4月から施行され、個別性を考慮に入れた対応への関心が高まっている。このような障害のある労働者の職業上の個別的なニーズには、障害の種類や性別、年齢、本人が選んだ職種や働き方、また、経年的な出来事などが関連すると考えられる。  そこで本研究では、障害のある労働者の8年間のパネル調査によって得たデータを使用し、個別的な職業上のニーズ(職場や職場の人に配慮してほしいこと及び要望)と関連する要因について明らかにすることを目的とした。 2 研究方法 (1)調査対象者  対象者は、視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、内部障害、知的障害、精神障害である。調査データは、第1期から第4期の調査において1回以上回答した1,111名(延べ4,444名)から、連絡先不明やその他の理由で調査票を送らなかった人と年代別の人数割合が少ない10代と60代を除く、延べ3,821名を対象とした。 (2)分析方法  データは、階層構造を持つため解析可能な一般化推定方程式(一般化線形モデルの拡張)を用いて分析した。一般化推定方程式は、パネル調査における個人内の相関関係をモデル化し、欠損値のあるデータであってもデータを除くことなく、最尤法によって解析することができる。また集団単位と個人単位の違いを統計学的に解析することで、モデルの適合性を高めることができる。 (3)モデルの設定  職業上のニーズとなる目的変数には、職場や職場の人に配慮してほしい7項目と要望9項目を使用した。  職業上のニーズに関連すると考えられる説明変数は、基本属性(性別、年齢、障害種類、調査時期)、就業条件(通勤時間、労働時間、休日、給与、賞与、職種、勤続年数、障害の開示、仕事の意向)、直近2年間の仕事上の出来事の11項目とした。職種を除く各変数に関しては、分布を参照し2群にグループ分けし、出来事については、該当するを1、該当しないを0の2値とし、ロジスティック回帰分析を用いて解析した。  モデル効果は、複数の説明変数から最も予測のよいシンプルなモデルを選択するために、QIC(独立モデル基準の準尤度)を参照し決定した。モデル効果で有意であった項目を基に推定周辺平均値及び95%Wald信頼区間を図示した。また、変数間の群間差には、Bonferroniの多重比較法を用いた。統計学的な有意水準は1%とした。 3 結果  モデル効果で有意だった項目の一部を以下に示す。 (1)障害種類別による職業上のニーズによる違い  職業上のニーズは、障害別により異なり、それぞれの障害特性との関連が考えられる結果が示された(図1~4)。 (2)年代別や性別による職業上のニーズによる違い  年代別では「作業手順をわかりやすくする」ニーズは、20才代は40才代や50才代より多く、30才代は40才代より多かった(図5)。  「仕事のスピードや量を障害にあわせる」ニーズは、30才代は、40才代よりも多かった。  性別では、「職場の中で困った時に相談ができる」ニーズの割合は、女性に多かった。 (3)就業条件別による職業上のニーズによる違い  「作業を容易にする機器や設備改善」ニーズは、販売より製造の割合が多かった(図6)。  1週間の就業時間では、「30時間未満」の群が「体力や体調に合わせて休みを調整する」ニーズの割合が多く、勤務先の事業所規模では「50人以上」の群が「障害や障害者のことを理解して欲しい」ニーズの割合が多かった。 (4)直近2年間の仕事上の出来事と職業上のニーズによる違い  「給料が下がった」群は、そうでない群よりも「給与面を改善して欲しい」ニーズの割合が多かった。なお、その他5%で有意だった項目として「正社員になった」群は「勤務時間や休みの調整」ニーズと関連、「上司が異動した」群は「障害や障害者への理解」ニーズと関連、「援助者がいなくなった」群は「職場のなかで困ったことの相談できる」ニーズの項目と関連していた。 4 考察  障害者の職業上の配慮に関する調査1)によれば、障害者の希望する配慮が実現しないことは、職務満足度に直接影響し、間接的には離職意図に影響することが報告されている。本研究において、職業上のニーズは、特に障害種類との関連が明らかになり、また性別、年齢、就労条件など様々な要因が関連していたため、これらの個別要因に留意し、合理的配慮に取り組むことの必要性が示唆された。  職業上のニーズは、視覚障害では設備面の改善へのニーズの割合が多く、先行研究を支持する結果2)であった。聴覚障害においても、コミュニケーションの困難さを感じる割合の多さは、先行研究と類似していた。「仕事の量やスピードを障害にあわせる」ニーズは、知的障害や精神障害、肢体不自由に多く、障害の特性に応じた配慮が求められていると言える。また、「作業手順をわかりやすくする」や「仕事のスピードや量を障害にあわせる」ニーズは、若い年代で多いことから、業務への習熟との関連が考えられ、障害特性に加え、若年者の仕事への配慮の必要性が示唆された。「職場の中で困った時に相談ができる」ニーズが女性に多かった要因には、障害を持ちながら働き続けることによって生じる結婚、子育て、親の介護などの悩みなども考えられ、身近に相談できる体制が求められていると解釈できる。直近2年間の仕事上の出来事と職業上のニーズに関連する項目は、給与面や配置転換および上司の異動等によって、職業上のニーズが変化する可能性が示唆された。 【参考文献】 1) 若林功:働く障害者の職業上の希望実現度と職務満足度が離職意図に及ぼす効果 職業リハビリテーション(2007)2-15. 2) 障害者職業総合センター:『資料シリーズ No.35 視覚障害者雇用の拡大とその支援—三療以外の新たな職域開拓の変遷と現状—』 (2006) 職場における障害者雇用が従業員の否定的ステレオタイプ形成・軽減におよぼす影響 蒲倉 聡(日本大学/東京都肢体不自由児者父母の会連合会) 1 研究の目的  2016年4月に改正障害者雇用促進法が施行され、新たに精神障害者も法定雇用率カウント対象者として加えられるようになり、障害者等を雇い入れる法整備が整いつつある。しかし、当事者側で特に障害の程度が軽度であったり可視化できない障害疾病等をもつ者にとっては、職場にカミングアウトをした際の職場からの偏見や差別を懸念し、あえて隠し通す(クローズド)ことにより、通院等の機会を逸し、結果として労務不能となる事案が報告されている1)。  一方、国内の過去の研究では、当事者の支援や援助法、当事者自身の心をテーマにした研究が盛んであるが、当事者ではない第三者から見た障害者への印象形成に焦点を当てた研究は少ない。社会心理学領域でステレオタイプや印象形成をテーマにした研究は散見2)され、障害者の印象についての研究がされているが、調査対象者が社会人経験のない学生を主とした研究が多い3) 4)。  そこで、本研究では、フルタイムによる就労経験が1年以上ある社会人・成人を回答対象とし、実験操作として架空の調査者が精神障害者である旨をカミングアウト(顕現性のある自己呈示条件)を行う条件を用いた後、質問紙に回答することによって、回答対象者の障害当事者への各接触経験と各呈示条件が、否定的ステレオタイプ形成・低減にどのような影響をもたらすのかについて検証した。 2 方法  調査期間は2015年9月から10月であった。調査対象は、日本国内在住で、いままで企業等で勤務経験が1年以上の30歳以上の男女(11,500名)に対してweb調査を用いて回答をおこなった。予備調査では回答者の属性情報と接触経験についての質問を行い、予備調査から抽出された2195名に本調査を実施した。本調査では、実験群と統制群、質的接触が高い群、低い群に分けた。実験群のそれぞれの調査対象者には、無作為に障害者手帳を呈示(P-Hi群)、一方には学生手帳を呈示(P-Lo群)させた。統制群(Control群)にはなにも呈示させなかった。各情報呈示をおこなった後、Linkスティグマ尺度日本語版に回答させた。  なお、上記尺度はLinkら5)によって開発された尺度を、下津ら6)が日本語版として標準化した尺度である。  Linkは、精神病患者が病状を悪化させる要因のひとつとして、精神病理学の問題とは別に、地域社会からの排除に起因するパブリックスティグマや、患者本人が無価値と思い込むといった、セルフスティグマによる要因があるとする仮説を元に作成した尺度である。  最後にディブリーフィングを行い、呈示実験についてのマニピュレーションチェックを行った。本調査から得られた1390名を分析対象者とした。本調査の各群調査結果と、Linkスティグマ尺度日本語版(4件法、12項目)の過去の合計得点の平均値を比較・分析し結果を検証することとした。 3 結果 (1)否定的ステレオタイプの有無・程度の検討  上記尺度の平均点(患者群・健常群)と、本調査で得られた回答結果(実験群、ならびに統制群)を、各々2群間の母平均の差の検定(Welchの方法)をおこなった。外来患者群に対しては両者とも1%の有意差が検出された(t(1090)=-17.157, p<.001; t(300)=-7.910, p <.001)。次に、尺度の健常群(大学生)に対しては、実験群については1%有意差が現れたが、統制群との間には有意差が認められなかった(t(1090)=-3.920, p<.001; t(300)=-0.386, n.s.)。なお、実験群・統制群との間には有意差はみられなかった(t(1388)=1.602, n.s.)。 (2)接触経験別の軽減効果の検討   各接触経験(N=903)(質的接触経験(Q)・単純接触経験(S)・直接接触経験(D))が尺度得点にどのような差があるのか、各下位水準を高(Hi)・低(Lo)に分けたうえで2×2×2の分散分析で分析をおこなった。結果、質的接触(Q)の主効果が認められた(F (1,895)=7.4370, p<.01)が、単純接触(S)、直接接触(D)の主効果は認められなかった(F (1,895)=3.7452, n.s.; F (1,895)=0.5334, n.s.)。Tukey法による多重比較検定をおこなったところ、質的接触の水準間(Q-HiとQ-Lo)においてのみ、5%の有意差がみられた。交互作用については、質的接触・単純接触間のみ有意差が認められた(F(1,895)=8.9633, p <.01)。 (3)呈示効果の検討   尺度得点について、自己呈示を明示させた群(P-Hi (N=337))、曖昧に呈示した群(P-Lo (N=346))、なにもしない群(Control (N=220))に分けて、比較分析した結果、呈示(P)の主効果が認められた(F(2,900)=4.078, p <.05)。 (4)呈示タイミングの検討   呈示と各接触経験に着目し、2×2×2×2の分散分析を行った。分析の結果、呈示(P)の主効果は認められなかった(F(1,667)=0.0004, n.s.)。交互作用については、呈示(P)と単純接触(S)間、に有意差が認められた(F(1,667)=3.9849 ,p <.05.)。呈示(P)と単純接触(S)間においてTukey法による多重比較検定では、P-Loにおいては有意差なしだが、P-Hiにおいては1%の有意差が確認できた(F(1,667)=0.0051, n.s.; F(1,667)=8.0998, p <.01)。 4 考察  以上、分析結果から、次のことが分かった。①社会人においても障害者への偏見が存在している。②質的接触経験が高い人の方がとくに偏見が強い。③顕現性の高い自己呈示は否定的ステレオタイプを全般的に強化させる。④顕現性の高い自己呈示は、顕現性の低い自己呈示に比べ、単純接触が高い群、質的接触が低い群に対しては、否定的ステレオタイプを低減する上で有効であるが、劇的に低減するほどではなく、効果は限定的。⑤顕現性の高い自己呈示は、単純接触が低い群、質的接触が高い群に対しては、否定的ステレオタイプをさらに強化してしまう。  結果から、「第三者から容易に確認することができない障害や疾病,特性等抱えている者」は、よほどの状況ではない限り、自己の病状を隠し通してしまう方が、自己や社会からのスティグマにさらされない上では得策であると判断し、つい、隠し通してしまうことが、分析結果からも浮き彫りとなった。  今後は、準実験や実験室実験を用いた、呈示実験の検証も必要と考える。 【引用文献】 1)相澤欽一:「現場で使える精神障害者雇用支援ハンドブック」,金剛出版 (2007) 2)栗田季佳・楠見 孝:障害者に対する潜在的態度の研究動向と展望,「教育心理学研究」, 62, p 64-80, (2014) 3)上瀬由美子:視覚障害者一般に対する態度 - 測定尺度の作成と接触経験・能力認知との関連,「 江戸川大学紀要 <情報と社会>」, 12, p 91-100, (2001) 4)豊村和真:大学生の障害者に対する意識3,「日本応用心理学会82回発表論文集」, p16, (2015) 5)Link, G. B., Cullen, T. F., Elmer, S., & Shrout, P. E.: A modified labeling theory approach to mental disorders : An empirical assessment. American Sociological Review, 54, 400-423, (1989) 6)下津咲絵・坂本真士・堀川直史・坂野雄二: Linkスティグマ尺度日本語版の信頼性・妥当性の検討, 「精神科治療学」, 21, p521-528. (2006) 職場定着支援における企業等へのヒアリング調査結果−「障害者の就業状況等に関する調査研究」から− ○大石 甲(障害者職業総合センター 研究員)  鈴木 徹・高瀬 健一・西原 和世(障害者職業総合センター) 1 背景と目的  平成27年度に公共職業安定所において紹介した障害者の就職件数は90,191件と7年連続で増加し、その内訳をみると精神障害者の就職件数(38,396件)が身体障害者の就職件数(28,003件)を大きく上回った1)。こうした中にあって、障害者の定着率を把握するための公的な調査は実施されておらず、唯一精神障害者の職場定着状況に関しては、障害者職業総合センターで実施した調査2,3)により把握した「公共職業安定所における職業紹介により就職した精神障害者の在職期間」が存在するが、データが古いこと、精神障害者しか把握していないため、他の障害と比較できないといった課題があった。  このため、身体・知的・精神・発達障害者の就職状況、職場定着状況及び支援状況等について分析を可能とするよう、障害者職業総合センターでは「障害者の就業状況等に関する調査研究」に取り組んでいる。当該研究は平成27年度から28年度の研究計画であり、平成27年7月から8月の全国の公共職業安定所134所における紹介就職の実態調査を実施している。  併せて、数量的調査の結果を補足するため、障害者を雇用する企業及び支援する関係機関等に職場定着に関するヒアリング調査を行い、質的研究法により分析する調査研究を実施している。  加えて両調査結果の解釈へ活用するため、先行調査研究等である職場定着に関する国内文献を収集・確認している。  本発表は当該研究のうち、ヒアリング調査の分析方法について報告する。 2 方法 (1)分析方法  インタビュー内容及び各種資料の分析には、グレーザー版に準拠したグラウンデッド・セオリー・アプローチ4,5)(以下「GTA」という。)を参考とした。 (2)グレーザー版GTAの特性と本研究で用いた理由  GTAは1960年代のアメリカでグレーザーとストラウスという二人の社会学者により提唱された理論産出のための質的研究法である6)。当時の社会調査では仮説に基づき理論を検証することが強調され、理論検証に先行する、その領域にとって適切な概念や仮説の理論を生成することが考慮されていなかった。そのため、社会調査において体系的に得られたデータから理論生成するために考案された方法論がGTAである。GTAにおいて取り上げるデータとは、観察記録、インタビュー記録等の質的データを意味し、分析と理論生成に使えるものはすべてデータとして扱うことができる。なお、GTAにより生成された理論はデータに基づいた(grounded on data)理論であることからグラウンデッド・セオリーと呼ばれている。  グラウンデッド・セオリーの基本特性を木下は次の3点にまとめている7)。①データに密着した分析から生成される独自の理論であること、②人間行動を効果的に説明でき、かつ、予測に有効であること、③実務において諸要素を取り込みながら、理論を修正し応用することができること。これらはグレーザーとストラウスが当初提唱したオリジナル版GTAにおいて述べている基本的な理論特性である6)。  ①については、GTAでは継続的比較分析というデータ収集と分析を同時並行的な継続作業として行う手法を用いて、データ相互間、概念とデータ間、概念相互間の三つの関係性について、類似例と対極例に着目して繰り返し比較分類して理論生成する。その過程で分析に不足しているデータを追加取得する理論的サンプリングという手法を用いてデータ収集と分析を繰り返し、データを追加取得しても新しいバリエーションの概念が生成されなくなった時点、すなわち調査対象とした領域で分析に必要なデータが余すことなく取得された理論的飽和化した状態に達したとき調査を終了する。このため、調査対象とした領域のデータに基づいた独自性の高い理論が生成されることを表している。②については、この方法で生成された理論は、調査対象とした領域で起こっている事象を現実のデータに基づき分析した結果であるため、理論が活用されるその領域にマッチしたものになり、その領域に関心を持つ人々に理解しやすく、その領域の中の様々な状況に適用可能な一般性を持ち、その領域の状況のコントロールに活用できるということである。③については、理論自体が現実のデータから生成されていることから、その領域に理論を適用できるだけでなく、状況に変化が生じた場合には変化した状況をデータとして取り込み、理論そのものを改めていけるだけの柔軟性を備えていることを意味する。  GTAはその後、各派に分かれ今日まで発展している。我が国では分析プロセスの可視化や研究者とデータの相互影響性を踏まえて開発された木下のM-GTA8,9)、ストラウス・コービン版の流れを汲む戈木版10)などが普及しており、グレーザー版はその技法を継承した志村により紹介されている5)。各派により分析に適した質的データの形式、分析プロセスのルール化の範囲、データ分析におけるものごとの見方である認識論などに相違があるが7,9,11,12)、各方法論はどれも精査され発展したものであり、個々の研究者に馴染む方法論が選択されるべきものであると考えられる。  本研究で参考としたグレーザー版GTAはオリジナル版の流れを継承する方法論で、以下のような特性を持つ。①分析手続きにワークシートを埋める作業を持ち込むことをせず、データに基づき意味を一つひとつ要約してコード化するオープンコーディングを行う。これにより得られたコードの比較分析を継続的かつ丁寧に行う中から浮上した中核概念(core variable)に基づき全体を理論化することで、データに基づいた理論生成が可能となる。②すべてをデータと捉え、ヒアリング記録の他にヒアリング対象や調査対象領域に関連したあらゆる資料を分析データとして扱う。③オープンコーディング、中核概念に着目して関連するデータ・コード・概念を比較分析する選択的コーディング、確固なものとなった中核概念を中心にコードや概念の関係を比較分析して可視化する理論的コーディングを用いて、データの収集・コード化・分析を繰り返し行い、分析に必要なデータが余すことなく理論に用いられ理論的飽和化する。④研究者の仮説をあえて「眠らせて」比較分析し、不足データの追加取得を行う理論的サンプリングにより、当初の想定を超えたデータの取得や理論生成が促進される。  本研究ではこれらGTAとグレーザー版GTAの特性を踏まえ、調査対象から得られたデータを余すことなく分析に活用できることに加え、数量的調査の結果を補足しつつ、実践への応用可能性を高めることを目的に、グレーザー版GTAを分析方法として選択した。 (3)調査対象者と調査方法  グレーザー版GTAによる理論的サンプリングを用いて、障害者を雇用している企業及び関係機関等へヒアリング調査を実施する。対象機関には文書及び口頭で研究の趣旨等を説明の上、同意を得て、1件90分程度、半構造化面接調査を実施し、障害者の職場定着に関して自由に語ってもらう(所属機関の研究倫理委員会承認済)。調査は分析プロセスにより理論的飽和化まで継続する。 (4)調査期間  平成28年1月から原稿提出時点(8月5日)で継続中。 (5)分析プロセス  グレーザー版GTAを用いて調査を実施、分析する。分析ではグレーザー版GTAを熟知する外部の研究者の助言を受け、信頼性と妥当性の保持に努める。 3 結果と考察  障害者を雇用する企業5社のヒアリング結果をオープンコーディングし、コードの類似性と対極性に着目して行った比較分析により中核概念の候補として、①企業内に障害者雇用を推進する枠組みが構築されている、②その枠組みが有効に機能することを促進する動因が企業に存在する、③その枠組みの中で動きメンテナンスする者がいる、という概念が浮上した。ただし分析の過程で、①その枠組みの機能が阻害された事例が不足している、②関係機関等の連携の重要性が取り上げられているが、企業と関係機関等の相互作用が不明確である、というデータの不足が明らかとなったことから、理論的サンプリングにより調査対象の拡大と追加データの取得が必要と考えている。 4 今後の課題  グレーザー版GTAを用いた分析により、障害者の職場定着に関する中核概念の候補は浮上した。今後は数量的調査の結果を踏まえた中核概念の精査と不明確な事象の補完のため、調査対象を関係機関等まで拡大するとともに、追加データを取得し分析を継続する必要がある。その後は選択的コーディングにより中核概念及びそれを取り巻く概念群が浮上し確固たるものとなったところで、それら概念に基づき理論的コーディングを実施し、理論化することを検討している。 【参考文献】 1) 厚生労働省:平成27年度・障害者の職業紹介状況等 (2016) 2) 障害者職業総合センター:精神障害者の雇用促進のための就業状況等に関する調査研究, 調査研究報告書, 95 (2010) 3) 障害者職業総合センター:精神障害者の職場定着及び支援の状況に関する研究, 調査研究報告書, 117 (2014) 4) Glaser, B. G.: Doing Grounded Theory: Issues and Disc-ussions, Sociology Press (1998) 5) 志村健一:グラウンデッド・セオリー — アクション・リサーチの理論と実践 No.1-No4, ソーシャルワーク研究, 34, p.71-75, 143-147, 232-235, 330-334 (2008-2009) 6) Glaser, B. G. & Strauss, A. L.: The Discovery of Grou-nded Theory: Strategies for Qualitative Research, Ald-ine Publishing Company, New York (1976)(後藤隆・大出春江・水野節夫訳:データ対話型理論の発見, 新曜社 (1996)) 7) 木下康仁:グラウンデッド・セオリー論 現代社会学ライブラリー17, 弘文堂 (2014) 8) 木下康仁:グラウンデッド・セオリー・アプローチ — 質的実証研究の再生, 弘文堂 (1999) 9) 木下康仁:グラウンデッド・セオリー・アプローチの実践, 弘文堂 (2003) 10) 戈木クレイグヒル滋子:質的研究法ゼミナール グラウンデッド・セオリー・アプローチを学ぶ 第2版, 医学書院 (2013) 11) 三毛美予子:ソーシャルワークの調査方法としてのグラウンデッド・セオリー・アプローチ, ソーシャルワーク研究, 27, p.276-285 (2002) 12) 若林功:グラウンデッド・セオリー・アプローチ — 労働研究への適用可能性を探る, 日本労働研究雑誌, 665, p.48-56 (2015) 【連絡先】  障害者職業総合センター(社会的支援部門)  tel.043-297-9117 障害受容と雇用継続に向けたツールの活用~二次障害を患った発達障害者の一事例の取り組み~ 岡島 里実(株式会社ASK アスク京橋オフィス サービス管理責任者) 1 背景と目的  広汎性発達障害や注意欠陥障害を持つ人が職場への適応の難しさを抱える対象として関心を集めている。これらの障害では、コミュニケーションや社会性の習得の困難さ、特異な行動などの障害特性により、事業主の理解を求めることが困難であると言われている。発達障害では、何らかの認知障害を抱えていることから、軽度な知的な障害を伴う場合もあるが、知的能力のアンバランスさはあっても全般的な知的障害を伴わない者も多い。加えて、感情のコントロールや情緒の問題を有する者もおり、職場適応上の障害がどのような機序によって生じているのか、本人自身も周囲から見ても特定することが難しく、自己の障害受容や他者からの障害理解が不十分な者も多い(刎田,2003)。  一方、国の施策では2005年に「発達障害者支援法」が施行され、早期発見と学習教育における発達支援、就労支援などが目的として掲げられている。この法律において「発達障害とは、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥/多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの」と定義された(小柴,2013)。  また「障害者の雇用の促進等に関する法律」による「障害者雇用率」の達成義務がある企業には、雇用率の引き上げと、それに伴う障害者雇用義務が発生する事業主範囲の変更、障害者雇用納付金制度の対象事業主の拡大が行われており、今後は平成30年4月より精神障害者の雇用が義務化されるなど、障害者を取り巻く環境整備も進んできている。  本研究では、就労移行支援事業所を利用し就職したうつ病と診断された発達障害者の一事例の就労支援について、障害受容や雇用継続の観点から、ツールの活用の有効性と行動分析学に基づいた対象者の行動改善の有効性について検討する。 2 株式会社ASK アスク京橋オフィスについて  「株式会社ASK アスク京橋オフィス」とは、平成26年3月に開所された障害福祉サービスの就労移行支援事業所である。基本的に、一般就労を目的とした障害のある方や難病のある方が訓練を重ねるための施設で、就職に向け、ビジネスマナーやパソコンスキルの獲得に向けたプログラム、模擬作業訓練プログラムの提供のほか、「ソーシャルスキルトレーニング(SST)」や「グループワーク」など対人スキルの習得に重点を置いたプログラム展開をしている事が特徴的である。 3 対象者と実施方法  対象者:E氏(42歳、男性)  経緯:設備工事施工管理業務に18年勤務し、管理職として人間関係に悩み心療内科を受診。うつ病と診断を受け休職後に退職。受診・カウンセリングを重ねていく中で発達障害の診断も受ける。個人で就職活動を進めていたが、主治医より就職に向けた訓練の必要性や休息を兼ねた準備期間、就労後の支援機関の必要性を聞き、当事業所の利用に至る。  TEGエゴグラム(平成27年3月):「CP」=9、「NP」=4、「A」=13、「FC」=7、「AC」=13  家族構成:妻、子ども3人  主症状:うつ状態、不眠、不安症、不信感、身体の痛み  期間:平成26年9月~平成28年6月(約1年9ヶ月)  方法:対象者が把握している課題・支援者が客観的に把握している課題について情報共有し、対象者が課題の優先順位をつけ目標設定をする。目標は「個別支援計画」として位置づけ、目標設定に対し支援者と定期的にモニタリングをおこない目標設定の見直しをする。個別支援計画は対象者が視覚的に確認できるよう印刷し週間目標設定の参考にする。目標を達成するための具体的な改善策を協議し、対象者が取り組み可能な範囲で了承されたもののみを具体策とする。対象者は個別支援計画に基づいて訓練・実習に参加し、支援者は進捗確認とともに適切な行動には強化し、不適切な発言・行動がみられた際には課題分析を行い、対象者にとって実行可能であり、かつ適切な行動を複数モデリングし、その中から対象者自身が取り組めるものを選択する。選択したモデリングが般化しているかを確認し、対象者の行動と認知をすり合わせ、今後の目標や具体的な改善策を検討する。ただし、利用開始後の約2ヶ月間はアセスメント期間(ベースライン時期)として、個々の特性把握に努めている。 4 結果 (1)ベースライン時期  意向:適職を探し、主治医の許可が出れば週5日のフルタイム就労する。  目標:予定通り(週3日、半日)通所し訓練に参加する。 (2)第1期個別支援計画  意向:適職を探し、主治医の許可が出れば週5日のフルタイム就労する(表1)。  表1 第1期個別支援計画 ①安定した通所 ・週3日予定通りに通所する ・家事と通所をスケジュール調整し、訓練に参加する ②様々なプログラムに参加する ・プログラムによって、参加・見学などの方法をスタッフへ報告する。 ・プログラムに参加し、メモ取りをして見直す習慣をつける ③報告・連絡・相談をする ・スタッフと面談日を決め、面談日に相談する内容をあらかじめ整理することで、相談・報告する。 ・急ぎの相談は、日報に記入するなどの発信方法を取り入れ、スタッフへ面談の依頼をする。 (3)第5期個別支援計画  意向:適職を探し、主治医の許可が出れば週5日のフルタイム就労する(表2)。 表2 第5期個別支援計画 ①メモを使って気持ちの整理、作業の進め方などまとめる。 ・プログラム中のメモ取り、気になっていることなどメモに書きだす。 ・メモのまとめや整理をする時間を決め、進捗状況スタッフへ報告し、面談の予定を決める。 ②就職活動に向けた準備をし、色んな仕事を体験・見学する ・経験のない職種の実習に参加することで、得意・苦手を把握する。 ・実習で「障害をオープンにする」体験をする。 ・求人検索に取り組み、興味のある仕事について考える。 ・応募書類の作成に取り組む。 ③安定した通所 ・体調や生活リズムを整え、スケジュール通りに通所する。 ・フルタイム就労に向けて、家事と終日通所(10:00~15:30)できるように調整する。 (4)ライアル雇用個別支援計画  意向:トライアル雇用3ヶ月を経て、雇用継続を目指す(表3)。 表3 トライアル期個別支援計画 ①予定通りに出勤する ・勤務時間に合わせた生活リズムを整え、出勤する。 ・シフトに変更があった場合は、事前に連絡する。 ②報告・連絡・相談を行う。 ・日次で出勤、退勤の報告を行う。 ・体調や感じたことなどで気づいたことがあれば、早めに相談する。 ③仕事を覚える。 ・マニュアルをみたり、研修を受けるなどして業務を覚える。 ・分からないことは、その場で質問する。 (5)感情の変化と行動  利用開始から就職に至るまでの感情の変化とそれに伴った行動を示す(図)。 図1 就労までの経過 5 考察  本事例では、早期に支援者が受診同行し医学的な見解を得ることが出来ており、うつ状態や不安などを医療機関へ情報提供することにより、就職準備を適切な時期に進めることができたと考えられる。また前職での経験から他者への不信感や対人緊張が強く残存していたため、支援者と面談を細かく重ねることで、特定の支援者には気持ちを伝えられるようになっていた。職場実習で実践経験を積むことは、優先順位をつけることや選択すること、想像することが困難であった対象者には、業務に携わり従事可能かを判断する機会になったと考えられる。また特例子会社と一般企業の異なる環境・職種で職場実習を経験したことで“障害をオープンにして働く”理解を深められる機会となり、初回の職場実習において障害受容が課題であったが、一般企業での実習経験を踏むことで、一般企業での就労やクローズ就労への難しさ、またオープン就労のメリットに目を向ける契機になったと考えられる。  就職後3ヶ月間は出勤前、勤務終了後に連絡を取り、週1回の職場訪問と定期面談を実施している。早朝の出勤であったため、時間を問わず発信できるEメールを活用し、報告やフィードバックを重ねることで職場定着に結びついたと考えられる。5ヶ月が経過した現在でも不安は高く、週1回から2週間に一度の面談を希望されているが、就業先と支援機関では課題はなく、自己評価の低さが関係していると考えられるため、就業先でも発信できる関係構築が今後の課題であり、ツールを活用し継続して支援者にも発信できる環境が必要と考える。 【参考文献】 刎田 文記:調査研究報告書№55「多様な発達障害を有する者への職場適応及び就業支援技法に関する研究」p.5-6,(2003) 発達障害の方の長所をプラスにいかす支援~制限した関わりからの脱却 砂川 双葉(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ阿倍野) 1 はじめに  発達障害の診断を受け、一般企業で就労される方が増加傾向にある。目に見えない障害であるため、周囲からの理解を得られにくく、生きにくさ、働きにくさを感じられている方が少なくない。しかし、少子高齢化のため労働力を確保する事が我が国の喫緊の課題になっている中、どんな障害があっても企業の戦力となり、社会の中で生きていく事は必要不可欠なことである。今回は、アスペルガーの診断を受けられ、その特性が故に虐めなどの経験をした事で社会に不安を抱かれるA氏の事例を通じて、本人の得意を生かす事、発達障害の方に対する支援で必要だと感じた事を報告する。 2 法人概要  特定非営利活動法人クロスジョブは、就労移行支援事業に特化した法人であり、2010年2月に設立、同年4月にクロスジョブ堺を開設している。その後、2012年にクロスジョブ阿倍野、2014年にクロスジョブ梅田、2016年にクロスジョブ草津を開設し、今後、鳥取県米子市、北海道札幌市にも事業所を開設する予定だ。  利用者の方の多くは発達障害の診断を受けられた方で、職業訓練を行いながら、日々の振り返りや面談に重きを置き、利用者の方が自分自身で障害特性や得意な事に気付いていく関わりを大切にしている。高次脳機能障害の診断を受けられた方にも多くご利用頂き、各事業所に専属のスタッフを配置。開所以来の就労退所は192名である(平成28年7月末現在)。 3 ケース概要  A氏:20代、女性。アスペルガー症候群の診断を受け、精神保健福祉手帳3級を所持。  学生時代や職場等で虐めの経験を受けており、その事により社会への不満感が強く、過激な発言が多々ある。また自身の障害を認識したのが成人してからであったため、「もっと早くに障害に気付きたかった」「なぜ健常者に産んでくれなかったのだ」と両親への不満感もある。事業所には遅刻、欠勤なく通所されている。 4 経緯 (1)支援開始時期 【状況】  自身の障害特性や得手不得手は比較的把握をされている。その一方、社会や両親に対する不満を過激な言葉で話されており、他利用者が「怖い人」という印象を持つこともあった。その点は本人も自覚をしている。 【支援】  過激な発言内容については、個別面談で肯定も否定もせず、A氏がその様な感情を抱くようになった経緯、思いのみを受容し、整理を行っていった。ただし、発言を不特定多数の方が耳にすると不快な思いを抱いたり、A氏の印象がマイナスになる可能性があることを説明。①面談時は自由に発言をしても良い、②それ以外の場では発言を控えることをルールとして提案する。合わせて、障害者就業・生活支援センターの定期面談でも自由に思いを発信していく事を確認した。 【様子・本人の思い】  提案内容は理解をされるが、訓練開始前や昼休み中などの空き時間に過激な発言をする事が見受けられる。ご本人から「どんな雑談をしたら良いか分からず、社会の不満を口にする事もある」との聞き取りをすることも出来た。 (2)利用開始4か月目(企業実習) 【状況】  訓練目標である「報告・連絡・相談をする」「メモを取り、作業の抜けがないようにする」をある程度達成していたため、次のステップとして企業実習へ参加。実習のために作成したご本人の特性や対策、配慮事項を記載した「サポートブック」を作成し企業に提出したところ、「A氏の表現は初めから自分と他者を別世界として捉えている印象がある。色んな人が見る書類であるため、A氏が働きやすくなる表現を考えることが大切」と助言を受ける。実習については予定通りに日程をこなす。 【助言を受けた文言】  「定型発達者に虐げられていた経験があるため、彼等をあまりよく思っていない。過去の虐めやパワハラの経験がフラッシュバックすることがある」。 【対応】  助言に対し「自分のしんどさを押さえつけられ、否定された様な気持ちになった」と受け止められるため、助言内容の整理を行った。多くの人と働く中では「相手の人が見て、聞いて、どう感じるか」を考える事も大切であるとA氏と確認。 (3)利用開始5か月目(職業評価) 【助言】  企業実習を終え、A氏・支援者共に職業適性が見えてきた。就職後はジョブコーチ制度利用を希望されたため、職業評価を受ける。当日の聞き取り調査の中でも職業カウンセラーの方に対し、社会への不満、自分の思いを止めどなく話し続けられる。カウンセラーの方からは「発言する場所を切り分ける」「話す以外の発散方法を見つける」事をご助言頂いた。 【変化】  企業実習に続き、職業評価でも所属事業所外の方から過激な発言に対する助言を受けた事で、ご自身の認識が変化していく。また、イラストを描く事が得意なため、自分の気持ちを漫画にすることを思いつかれた。 (4)利用開始7か月目(就職活動) 【状況】  職業評価からの発見を受け、A氏が実習中の出来事を漫画で表現し、面談を行った。漫画では実習中のご本人の心の声、焦り、戸惑いなどの表情を表現していたため、当時の様子を詳細に把握する事が出来た。 【変化】  A氏の特技を活かしたコミュニケーションが取れたことで、自信と達成感を得られる。今後、円滑に働いていくためにもサポートブックを修正したいとの申し出があり、漫画で自身の特性や配慮などを表現された。 【支援】  初見の方にも理解を得やすい様、漫画とは別にスタッフの解説も添付し、新しいサポートブックを完成させる。その後参加した雇用前実習で実際に企業に提出を行い、「目には見えない感情を把握する事が出来、理解が進んだ。興味深い」との評価を受けることが出来た。 5 まとめ  A氏の発言は周囲との摩擦を生じさせてしまい、支援者は社会的マナーから逸れた行動に制限をかける対処をしてしまいがちだが、適した場所で発信をする事、発信の仕方をA氏の得意とするイラストで表現する事で、発言内容にクッションを置くことができ、発言内容にも柔らかさが生まれた。また、イラスト表現によって発言だけでなく、A氏の持つ不安感も周囲がより深く理解することができた。  摩擦を避ける為に行動に制限をかけるのではなく、環境を整え制限をゆるめていく支援は、将来的な仕事場面、生活場面の自立度を上げることに繋がる。支援者は現状のみにアプローチするのではなく、先を見据えて、段階的に支援を行っていく事が大切であると事例を通じて学べた。  また、サポートブックをイラストで提出し、それを好意的に受け入れて下さった企業のご対応にも感謝したい。前例のない事を受け入れるのは非常に労力のいる作業だと考えるが、発達障害のある方が戦力として働いていくには周囲のご理解、ご協力を頂く事が不可欠になる。今後もご本人と企業の中立な立場を心掛けながら、双方の懸け橋となる支援を行っていきたい。 【連絡先】  特定非営利活動法人クロスジョブクロスジョブ阿倍野  砂川 双葉  e-mail:sunagawa@crossjob.or.jp 就労移行支援事業所におけるアセスメントツールを活用した介入と有効性 その①~TTAPフォーマルアセスメントについて~ ○縄岡 好晴(千葉県発達障害者支援センター 相談員/精神保健福祉士・社会福祉士・臨床発達心理士)  上原 深音(ひゅーまにあ総合研修センター)  梅永 雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院) 1 はじめに  発達障害者への就労支援に関するニーズは、年々高まっているが、その反面、対応する支援機関での支援ノウハウの不足や専門性などが懸念されている。  筆者¹)が平成26年度に実施した所属機関の利用支援状況の分析結果から発達障害者における就労支援において、従来の支援技法に加え、①自己理解への支援、②個々の特性に応じた工夫の提案、③個々の対象者に合わせた特性に合わせた相談援助技術などといったノウハウの必要性が明らかとなり、また、梅永²)も発達障害者の就労支援において、発達障害に特化したアセスメントの必要性を示唆している。  そこで本研究では、発達障害者に特化したアセスメントであるTTAPを実際の就労移行支援事業所で実施し、その支援結果について検証をしていく。 (1)TTAPとは  TTAPとは、TEACCH Transition Assessment Profileの略であり、日本語訳としては「自閉症スぺクトラムの移行アセスメントプロフィール」と訳されている。このアセスメントは、米国ノースカロライナ州で実施されているTEACCHプログラムで開発され、成人期への移行を計画し、教育を開始するためのアセスメントツールである。 アセスメントの内容は、フォーマルアセスメント・インフォーマルアセスメントにわかれている。 (2)フォーマルアセスメント  フォーマルアセスメントでは、直接観察尺度、家庭尺度、 学校・事業所尺度の3つの尺度にわけられている。それ以外に、職業スキル、職業行動、自立機能、余暇スキル、機能的コミュニケーション、対人行動といった6つの領域が設けられ、計216項目の検査項目で構成されている。直接観察尺度は、検査者が実際に検査道具を用いて実施していくのに対し、家庭尺度及び学校・事業所尺度は、保護者や教師、事業所の担当者などに聞き取りを行っていく。 (3)インフォーマルアセスメント  インフォーマルアセスメントでは、対象者が現在持っているスキルを確認するシート『CRS』を実施し、実習現場の検討を実施していく。次に実習先の職務において初日に行うアセスメントである『CSAW』に取り掛かる。そして、芽生え反応であった項目を抽出し日々の進捗状況を確認していくシート『DAC』を実施する。また、実習終了時では、再度『CSAW』を実施することで職務遂行能力を確認し、有効だった支援方法や構造化を『CRS』に記載していく。  このように、般化に困難さを抱える発達障害者に対し、実際の就労現場となる場面で評価を行っていくことでPDCAサイクルを実施し、現在、所有しているスキル及び今後獲得すべき新たなスキルなどを検討していく。これらに関しては、介入と有効性その②で詳しく報告をおこなう。 2 手続き (1)プロフィール  ユウタ(仮名)は30代前半の男性でADHDの診断を受けている。  高等技術専門学校を卒業後、数社の就職歴がある。最初に就職した倉庫内作業は特に難しいと感じなかったが、このまま続けていくことにキャリア形成の不安を感じ転職を繰り返していた。離職中のX-1年5月にADHDと診断され、病院の紹介により同年〇月に初めて就労移行支援事業所へ来所することとなった。  (2)就労上の課題  通所開始直後より、訓練プログラムへの参加頻度にばらつきが見られた。PCのタイピングやOAワークなど個別作業には熱心に取り組むが、講座プログラムなどは不参加であった。  また、本人が認識する課題(自己評価)と支援者側が示す課題(他者評価)にズレが生じており、課題に対し共通認識を図ることに困難さが生じた。  その他に、訓練を続けていく中でストレスコーピングが課題として表面化し、他の利用者の言動に苛立ちや怒りを覚える場面が増え、そういったストレッサーに対し忌避的な行動(注意散漫、貧乏ゆすり、トイレにこもる)をとってしまう傾向が見られた。 (3)アセスメントの実施  TTAPのフォーマルアセスメントを実施した。本来は「直接観察尺度」、「家庭尺度」、「学校/事業所尺度」の3尺度で実施するが、「家庭尺度」はAの家庭の事情により実施することができなかった。  その他に、認知特性のバラつきの確認をするうえで、WAIS-Ⅲを実施した。そして、現状の環境適応を把握する目的でVineland-Ⅱも実施した。 3 結果  TTAP及びWAIS-Ⅲ、Vineland-Ⅱの結果(図1・2、表)をもとに、各種アセスメントからうかがえる特性に対し、どのような配慮が必要なのかを実際の対処方法の検討も含め、今後の訓練への動機づけを行なった。  <職業行動>は、直接観察尺度でも事業所尺度においても援助要求の実践訓練が必要であることが示された。これを受け、他者との協働場面を模擬体験する「集団作業訓練」への参加を促し、その結果、徐々にプログラムに参加するようになった。  <対人行動>では、検査結果だけでなく、検査時の映像を使用し、本人の状況を確認した。そして、その結果を論拠として「メンタルヘルス講座」や「ヨガ講座」など、ストレス管理やリフレッシュを目的としたプログラムへの参加を改めて促したところ、自身の課題点を認識し受講の必要性を理解し、自発的に参加するようになった。そして、以前のような忌避的な行動(注意散漫・貧乏ゆすり・トイレにこもる)をとることが減り、代わりに早めに職員に相談するなど、具体的な対処方法や生産的な行動変容が見受けられた。 図1 TTAPフォーマルアセスメントによる結果 図2 Vineland-Ⅱ適応行動尺度による結果 一部抜粋 表 WAIS-Ⅲアセスメント結果 一部抜粋 4 考察  ユウタのように、青年期まで自己の障害と向き合う機会が少なかった高機能の利用者に関し、今回のような客観的に示されたデータは、受け入れやすく理解しやすいことが示唆された。特に職業系の訓練では、ある程度のモチベーションを維持することが出来たが、課題となるストレス対処やコミュニケーションといったものに対しては、課題認識として捉えることが出来ず、支援者もどのような切り口でアプローチを仕掛けるかが課題となっていた。しかし、アセスメントの検査結果に基づいたフィーバックを実施したところ、徐々に折り合いをつけることが出来るようになり、ストレスやコミュニケーションといった課題に対し、目的意識を持ってプログラムに取り掛かることが出来るようになった。その後は、TTAPのインフォーマルアセスメントであるCSAW、DAC、CRSなどのツールを使用し、自己理解をより深められる取り組みへと繋げている。その結果に関しては、介入と有効性 その②で報告する。 【文献引用】 1)日本ASD学会 第13回研究大会研究発表論文集 P57 2)Mesibov.G,&Thomas.J,&Chapman.M,&Schopler.E,(2009) TEACCH Transition Assessment Profile (梅永雄二監修.2010 自閉症スペクトラムの移行アセスメントプロフィールTTAPの実際 川島書店) 就労移行支援事業所におけるアセスメントツールを活用した介入と有効性 その②~TTAPフォーマルアセスメントによる実践~ ○上原 深音(ひゅーまにあ総合研修センター)  縄岡 好晴(千葉県発達障害者支援センター) 梅永 雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院) 1 はじめに  ひゅーまにあ総合研修センターは千葉市中央区で就労移行支援サービスを提供する事業所として、ひゅーまにあ千葉、ひゅーまにあ千葉中央に続き、平成28年3月1日に開設された。近年増加している発達障害もしくはその疑いのある利用者(以下「利用者」という。)の受け入れを積極的に行なっており、より専門的な見地からの支援を実践するべく千葉県発達障害者支援センターによるコンサルテーションや研修の受講を定期的に実施している。  利用者に対する就労移行支援において、主に次の点で課題を感じていた。 (1)障害特性の適切な自己理解  既存の評価手法のみでは利用者の自己理解を深めることに限界を感じていた。特に、青年期以降に診断を受けた高機能の利用者にその様相が顕著だった。 (2)ソフトスキルの評価と構造化  対人技能やストレス耐性などソフトスキルの評価の統一が図れておらず、主にそれが就労後の定着課題として表出していた。 (3)支援方針や介入方法の統一  環境の変化に弱い利用者に対して支援方針や介入方法の統一は不可欠であるが、支援者間において即時に適切な情報共有ができていなかった。  以上の課題に対し、支援過程にTEACCH Transition Assessment Profile(以下「TTAP」という。)を導入した。その実践例を紹介し有効性について考察する。 2 手続き  フォーマルアセスメントの結果を受け、ユウタの移行計画立案のための分析フォームを作成した(表)。さらにCRS(スキル累積記録:図1)をベースに優先順位の高い課題を設定し、今後支援が必要なスキルや行動・態度を絞り込んだ。その後、実習先(老人ホームでの介護補助)においてTTAPのインフォーマルアセスメントを開始した。CSAW(実習現場のアセスメントワークシート)とDAC(毎日の達成チェック)をフォーマットとしてスキル領域と行動領域のチェックを行い、累積記録を実施した(図2~7)。 表 移行計画立案のための分析フォーム 図1 CRS(スキル累積記録) 図2 CSC(スキルチェックリスト) 図3 CSAW(シーツ交換) 図4 DAC(シーツ交換) 図5 CBC(行動チェックリスト) 図6 CSAW(対人スキル) 図7 DAC(対人スキル) 3 結果  実習先において「芽生え」または「不合格」のチェックがついたスキルや行動・態度に関して、ユウタの特性に応じた構造化を実践し日々の達成度を記録した。  スキルに関して、<シーツ交換>の業務でベッドの頭側と足側を混同してしまう場面があった。フォーマルアセスメントによって明らかになった「視覚優位」の特性を考慮し、シールを貼ることで明瞭化を図ったところ達成できる頻度が上昇した。そのほか<居室の清掃>の業務でもコロコロクリーナーの使い方に関して指示書の字義通りに捉えてしまう場面が見受けられたため、本人にとってわかりやすい表現を確認し指示書を修正した。  また<対人スキル>では、場に応じた自己開示(話題の選別)に課題が見られたため、コミック会話を活用して自分の発言によって他者がどのような気持ちになるか・自分がどう思われるか等を確認した。そのほか、他者からの働きかけに対して、相手の話が終わる前に早合点する傾向があった。そのため映像によるビデオフィードバックを実践した。問題となる場面をビデオで撮影し、視覚的に状況を認識させたうえで、適切な反応の仕方を確認した。 4 考察  今回TTAPを導入することで、1で述べた課題 (1)~(3)に一定の有効性が見られた。 (1)障害特性の適切な自己理解について  青年期まで自己の障害と向き合う機会がなかった(または、少なかった)高機能の利用者にとって客観的に示されたデータは受け入れやすく、自己の特性と現実の課題との間のギャップに「折り合い」がつけやすいことがうかがえた。 (2)ソフトスキルの評価と構造化について  フォーマルアセスメントにより、具体的な目標設定を設けることが出来た。また、就労現場でインフォーマルアセスメントを実施したことで、環境の変化における本人の許容範囲をより明確にすることができた。 (3)支援方針や介入方法の統一について  本人の特性に合った構造化を提案することで戦略的に介入することができたため、支援の方向性がぶれなかった。また、職員間の共通認識をより図ることが出来た。  今後は、さらにCSCなどのシートを活用し、地域アセスメントに基づいた施設内訓練の見直し、実習先の確保などを徹底していきたい。そして、ソフトスキルの課題に対し、CBCといったシートを使用し更なる追求をはかり、訓練終了後の離職率に対し検証し続けていきたい。 一人ひとりの適性を鑑み、更なるキャリアアップ及び定着に成功した人事異動事例(知的・精神障がい者)/ベネッセビジネスメイト 〇佐藤 瑞枝(株式会社ベネッセビジネスメイト 東京事業部 スタードーム課 課長) 〇濱  文男(株式会社ベネッセビジネスメイト 東京事業部 メールサービス課 課長)  菊野 徳一(株式会社ベネッセビジネスメイト 東京事業部) 1 人材育成の考え方  ベネッセビジネスメイトは、2015年2月に設立。今年で12年目を迎えた。現在東京2拠点・岡山3拠点で136名の障がい者が働いている。設立時は清掃、メールサービス業務でスタートし、近年ではコピーを中心としたOAセンター、総務経理業務、スタードーム(プラネタリウム)運営、マッサージ等業務も拡大し、社員の活躍場所は多岐に渡る。全事業で共通して言える事は全て「人」の力を中心とした事業であり、ベネッセグループの企業理念「よく生きる」を元に、社員全員がやりがいを持って、成長できる会社をめざしている。  2011年に改訂した人事制度の中で一人ひとりの成長につながる「人材育成の考え方」を提示している(図1)。 図1 人材育成の考え方  この方針を踏まえ、「人事異動」も一人ひとりの成長や適性に応じて、より働き続けられる場所の確保や今後のキャリアアップの一つとして位置付けている。 今回は、異動した後、活躍を続けている社員の異動背景、また異動までのステップ・配慮事項等を紹介したいと思う。 2 異動がキャリアアップにつながった事例  OAセンター課(以下「OAC」という。)からスタードーム課(以下「SD」という。)への異動 <Aさん(2009年入社 統合失調症)>  OACに配属され、コピー、印刷等の業務に従事し、リーダー補佐ができるまでに成長。その後、2015年4月にSD課に異動した。   SD課は、ベネッセコーポレーション東京ビル最上階にあるプラネタリウム施設を運営する業務で、その業務特性の難しさから障がい者の採用も難航、適任者が見つからないなか、比較的勤務が安定していたAさんの名前があがった。 <SD課の業務特性> ・シフト勤務で土日の出勤があり、平日と土日祝日の始業、終業時間が異なる(平日9−17時、土日祝10−18時)。 ・上司が常にそばにいるわけではなく、同僚と2名体制で、現場で対応しなければならない場面も多い。接客に対しての臨機応変さと自立的な判断が求められる。  OACでのAさんは、前述通り勤務も安定し、コピーの受付業務や後輩指導もできるようになっていたが、不安をためやすく悩んだり泣いたりすることもある。面談を行い、不安を取り除いたり、気持ちの切り替えを行うといった場面ではサポートが必要な社員だ。社員にとって異動は大きな環境変化である。Aさんの異動をステップアップのチャンスとするため、職場では3つの工夫を行った。 (1)社内実習の実施を通した業務とのマッチングを見極め  異動を決める前に2週間の「社内実習」を行い、Aさんにプラネタリウム運営業務を体験してもらった。Aさん自身が新しい業務にチャレンジしたいかどうかキャリアアップの方向性も選択できるようにした。同時に、職場ではAさんの強み弱みを把握し、職場とのマッチングを見極め、安心して働けるサポート体制を考えた。 (2)受け入れ先環境の整備  異動後の環境変化(シフト勤務かつ職場環境の変更、未体験の新しい業務)が大きいことから、育成計画を立案し、少しずつ業務に慣れていけるようステップを構築した。また異動のタイミングもハイタイムをはずし、来館者の少ない時期から慣らしていけるよう調整した。 (3)受け入れ後体制の構築(自立に向けたステップアップ)  Aさんが安心して働けるよう相談体制も確立。現場だけでなく、支援機関、臨床心理士等、会社全体で必要な支援がとれる状態をつくった。更にAさんとの付き合いが長く、本音で相談できるOACの課長もサポートに入り、双方の課長が情報共有しながらAさんの成長支援を行った。  Aさんとの面談も1週間に1度からスタートし、自立度合に応じて徐々に面談の回数を減らしていく計画とした。  業務でわからないことや現場で判断したことが正しかったかどうかの確認のため、定例会を開催し、場面ごとのお客様対応の考え方や判断基準を明確に示し、事例を積み重ねることで自信をもってお客様対応ができるようにした。 <Aさんの育成計画抜粋> ・4~6月:業務の基本習得期間。シフト勤務に体を慣らす。面談は週1~月2回。 ・7~9月:お客様対応の基本習得期間。簡単な問合せ対応。夏休み上映時(多忙時)の体調管理。面談は月1回。 ・10月以降…運営方針に基づき、上司に相談しながらお客様対応に自分なりの判断ができる。上映以外の付帯業務へ守備範囲を広げる。面談は必要に応じて。  以上の取り組みの結果、AさんはSD課で新しいキャリアアップの道を歩んでいる。前の職場では大勢の人前で話す機会もなかったAさんだが、明るくハキハキとしたアナウンスは周囲を驚かせるほど上達した。Aさんの「やってみたい」気持ちと周囲のサポートがAさんのキャリアアップを後押しした。 3 環境調整のための異動が安定につながった事例  クリーンサービス課(以下「クリーン課」という。)からメールサービス課(以下「メール課」という。)へ異動(Kさん 現在29歳 知的障がい4度 発達障がい(自閉症))。  2006年4月入社 クリーン課に配属。入社当時は、①働きたいという高い意欲、②遅刻や突発の休みが無い、③仕事の品質が良い、など評価が高く、Kさんの目標も5年をめどにメール課に異動し、お金を貯めて一人暮らしをする為に通勤寮に入りたい等自分で高い理想像を抱き、仕事もエース級の働きぶりであった。しかし生活面の変化(通勤寮入居)もあり、ここ1、2年で、①理想が高すぎ、頑張りすぎる(強迫観念)、②コミュニケーション力不足、③自己コントロール力不足等の特性が見えてきた。また、①勤務中も踊る、歌う、奇声を発する、②同僚への固執(怖がる言動)、③危険行動など様々な言動が見られるようになった。長期にわたり継続的な不調の波が続いており、どんな行動をとるか分からず指導員が目を離せない等、指導員の負荷および周りの同僚への影響もあり、都度支援会議を開催したがこれ以上クリーン課での業務継続は困難と判断した。 <社内実習、異動検討理由> 基本方針:会社として「雇用継続に対して最大限の努力をする」という方針のもと、Kさんの働き場所を確保する。 ・思い切って環境を変えることで、Kさんが負のスパイラルを脱し、落ち着いて仕事ができるようになるのではないか。 ・Kさんはメール課への異動を強く希望しているが、業務適性、マッチングを社内実習というかたちで見極めたい。 ・社内実習を通して、Kさん自身が得意なこと、苦手なことを知り、将来に向け、自分の適性を考えるきっかけにできる。 <メール課の業務特性>  会社に届く社内文書、会員からの文書、郵便、トラック便(個人情報含む)を各フロアの社員までお届けする業務とOACで印刷する書類等をフロアまでお届けする業務があり、業務内容によってはお客様(社員)とのコミュニケーションが必要なケースもある。 <メール課での実習目的>  Kさんの混乱や動揺をさけるため、「実習」は、「自分の業務適性を知るための社内研修である」と説明し、平常心で臨めるようにした(図2)。メール課では、本人の苦手を理解したうえでコミュニケーション力が低くても可能な業務を切り出し、雇用継続へ向けた最大限の努力を行う。 ①期間:1か月間(変化対応力の見極め、フラッシュバックの影響も確認するため、長めにとる) ②業務:OACデリバリー 1日8便(60分に1便程度) ③適性:漢字能力(読み書き) ④実習支援:指導員、定着推進課、支援センターにも業務同行してもらう。 ⑤評価ポイント:  ●業務能力⇒時間通りに決められた仕事ができたか  ●業務適性⇒実習期間中の問題行動が無いか 図2 Kさんへの実習説明資料 <実習結果>  全く異なる環境での実習となったが、Kさんは職場の人間関係も含め、新しい職場に馴染み、実習中は落ち着いて仕事に取り組めていた。軽微なミスもあったが、「業務能力・業務適性もクリア」と判断。メール課への異動を決定した。  今回の異動は、前の職場でうまく適応できなくなったKさんの次の働き場所を思い切った環境調整を行うことで確保できた事例である。Kさんは、現在も不調の波を繰り返してはいるが、毎日の業務日誌の確認や「?」と思う事は指導員へ報告、相談を行いながら気持ちを整理させており、不定期ではあるが課長面談を実施し、波を小さく抑えることができている。 4 まとめ  2つの事例を通し、我々が学んだ事は、異動は変化を伴うリスクもあるが、本人が無理なくチャレンジできるステップを構築し、サポートすることで、社員のキャリアアップやキャリアチェンジにつなげることができる。ベネッセビジネスメイトは、これからも社員がやりがいを持って働きつづけられるよう一人ひとりの成長を応援していきたいと考えている。 ある脳卒中患者の復職及びセカンド・キャリアについての組織認識論的考察 中村 稔(株式会社エルアイ武田 事業推進室) 1 はじめに  本報告の目的は、報告者自身の脳卒中発症から、提供いただいた医学的リハビリ(急性期及び回復期)、復職体験、復職及びセカンドあるいはサード・キャリアとしての特例子会社移籍時から今日までを振り返り、事例報告的に報告すると共にあまり報告されていない報告者自身による組織認識論的な考察を試みる。  報告者は、人事部門の専門家ではないが、先行文献における伝統的キャリア論及びニューキャリア論との関わりを通して、報告者の今後のキャリア形成における課題等についても論ずる予定である。 2 リハビリテーション経験の3ステージ  報告者の経験したリハビリテーション(以下「リハ」という。)を次の3つに大別して考察した。 ① 復職までの医学的リハビリ経験期 ② 元職場復帰から特例子会社移籍まで ③ 特例子会社移籍時から今日まで  ステージ①では、医学的リハと社会復帰に必要な総合リハサービスの提供を受け、必要かつ十分なカリキュラム内容を自主的に選択でき、ステージ②の元職場への復職に極めて重要な役割を果たし、今も深く感謝している。このステージ①における障害者スポーツ体験を通して「やればできる」という達成感及び自信獲得に大きく貢献した。本報告では、ステージ②及び③を広義の職業リハのステージと考え、主として金井1)及び鈴木2)の論文を参考に考察した。 3 キャリア発達における伝統的なキャリアパラダイムとの関連  金井1)は、伝統的キャリア学説は次の3つにまとめられると考えている。 ① シャイン説3):長期的なキャリアを貫くアンカーと、その時々の仕事状況に適応すること。 ② ニコルソン説4):キャリアには、トランジションの時期があり、そのサイクルに沿ってキャリアが進むこと。 ③ クランボルツ説5):キャリアについて、ずっとデザインなどと騒ぐよりも、アクションを起こしながら偶然に身を任せる方が良いこと。  上記①~③の学説は、統合可能であると考え、まとめた成果の一つが『働くひとのキャリア・デザイン』であると金井1)は報告している。  復職以後のキャリアでニコルソン説の様に、それまでのキャリア同様、節目の時期とそうでない時期があり、何周か回ったと考えられる。しかし、その各節目の時期にシャイン説の様にキャリア・アンカーなど自分の長期的な拠り処を診断し、それにキャリアをデザインできたわけではなく、どちらかというとキャリア・コンフリクトを感じていた。ステージ②の時期は、金井1)のポジティブな意味でキャリア・ドリフトできたとは考えられない。  その意味で金井1)の述べるように、本来、ひとりひとりにユニークでパーソナルなテーマとならざるを得ないキャリアの理論化に際しては、どのように研ぎ澄まされた理論でもすべてを説明し切れないということは報告者にも当てはまると考えられる。そこで次に、鈴木2)の論文によるニューキャリア論との関わりを検討した。 4 組織内キャリア発達における中期のキャリア課題との関わりについて  本項目名は、鈴木2)の論文から引用した。なぜなら、論文概要の冒頭に「本論文の目的は、キャリア発達論においてあまり注目されてこなかった中期キャリアに着目し、この時期のキャリア課題とその背景を理論的に検討すること」と述べられていることに惹かれたからである。しかし、「はじめに」では「ここでいうキャリア中期とは、30歳代半ばから40歳代にかけての年代を指す」と記載されているので、もしかしたら、50歳代以降は、対象外なのかも知れない。 (1) ニューキャリア論2つとの関わりについて  鈴木2)は、バウンダリレス・キャリア論とプロティアンアン・キャリア論の共通点について、「個人が、自分のキャリアの主導者になる点、あるいは多方向、自由な方向への発展を考える点、客観的な成功よりは、主観的な成功を重視する点である」と報告している。企業研究所の基礎研究分野の研究者として、ルーチンワークとしての研究業務への貢献及び基礎研究分野での貢献も期待と許容されていたため、研究成果を学位論文としてまとめた。それ故、伝統的なキャリアパラダイム論より、ニューキャリア論により一層の親近感を感じる。  2つのキャリア論のうち、プロティアン・キャリア論は、地位や収入といった客観的な価値ではなく、個人的な価値に基づく心理的な成功を重視するキャリア論であり、組織ではなく、個人によって主導されるキャリアである、と鈴木2)は報告している。  他方のバウンダリレス・キャリア論は、組織や産業、あるいは専門性など、これまで境界とされてきたものを、あたかも何もないかのようにキャリアを歩む人々に焦点を当ててきたので、報告者は該当しないと考えられる。 企業研究者としての経験を持つ報告者には、前者のプロティアン・キャリア論の方に共感を覚える。また、脳卒中の後遺症による障害者となって以降は、プロティアン・キャリア論に拠るキャリア・アンカーを求める方が自然とも考えられる。 (2) 伝統的キャリア論とニューキャリア論との関わりについて  鈴木2)は、ニューキャリア論は、これまでの伝統的キャリア論と異なるキャリアを持つ人々のキャリアを捉えることができたと同時に、日本で見られた様に新しいキャリア観を提示することで、人々のキャリアに関する考えを豊かにしてきたと報告しており、キャリア論のダイバーシティー的な発展とも考えられる。  さらに、特に伝統的なキャリア観に対して違和感を持つ人々にとってニューキャリア論は、自分自身のキャリアを肯定するような役割を果たして来たといえる、とまとめている。報告者の復職以降の移籍時までは、長く深いキャリア・ミスト期にあったと考えられる。  金井1)説では、キャリアには、節目とそうでない時期があり、キャリア・トランジション・サイクルが長い人生の間で何回か回る中で(ニコルソン説)、節目では、キャリア・アンカーなど自分の長期的な拠り処を診断し、それに基づいてキャリアをデザインすることが大切である(シャイン説)が、ポジティブな意味でドリフトする(流れの勢いに乗る)のが適合し、偶然のチャンスをうまく活かすことができる(クランボルツ説)、とこれら3つの説が統合されている。 5 後期キャリア形成期におけるキャリア・メタファーとリーダーシップとの関係の考察  これまで金井1)及び鈴木2)の論文及びその背景の説や考え方を参考に、報告者自身の広義のリハ経験についてキャリア論との関連性を検討してきた。幸いなことに、勤労意欲のある者は、定年延長等による雇用が可能な状況となり、途中障害者も応分の社会的責任を果たすことが期待されるようになってきている。  途中障害者の場合、本人及び家族にとって、発症は大きなトランジション期の一つであり、復職あるいは転職を迎え、キャリア論との関連性の検討も、より一層その重要性を増していると考えられる。 6 むすび  特例子会社移籍という偶然のチャンスを得られたのは、親会社の広範な援助者の方々によるご厚意のお陰及び移籍後の社長をリーダーとする社員の方々のお陰と深く感謝している。  これらのトランジション・ポイントにおけるメタファーとなる人物との出会いの重要性は、以前、知識創造集団とそのリーダーシップに関する研究でインタビュー調査時に、多くの調査対象者(経営者、科学者、料理人、杜氏、伝統工芸家及び宮大工棟梁)の方々から得た情報と同種と考えられ、今後の検討課題の一つと考える。  また、野中等6)による個人の暗黙知として深く潜行していた知識を組織知として再構成し、同時に組織知としてナレッジメント・サイクルを円滑に回す、という組織からの要請に応えると同時に、個人のキャリア生涯発達理論を信じて、更なるキャリア形成に取り組むことも課題と考える。  今後の検討課題の一つに、トラジション期における周囲のバックアップ体制の重要性とキャリア・メタファーとしてのリーダーシップ、特にサーバント・リーダーシップ及びフォロワーシップとの関わりがある。 【参考文献】 1) 金井壽宏:キャリアの学説と学説のキャリア,「日本労働研究雑誌vol.603」,p. 4-15, (2010) 2) 鈴木竜太:組織内キャリア発達における中期のキャリア課題,「日本労働研究雑誌vol.653」,p. 35-44,(2014) 3)Schein, Edgar H. :”Career Anchor: Discovering Your Real Values. San Diego, CA: Pfeffer.(1990)(金井壽宏訳:「キャリア・アンカー, −自分のほんとうの価値を発見しよう」白桃書房,(2003) 4) Nicholson, Nigel: The transition cycle: Causes, outcomes, processes and forms. In Shirley Fisher and Cary I, Cooper eds., On the Move: The Psychology of Change and Transition, Chichester, UK: John Wiley & Sons, p.93-108. (1990) 5) Krumboltz, John and A.S. Levin: Luck of no accident: Making most of Happenstance in your life and career. Impact Publishers. (2004). (花田光世・大木紀子・宮地夕妃子訳「その幸運は偶然ではないんです!」ダイヤモンド社, (2005) 6) Nonaka, I., & H. Takeuchi:The Knowledge Creating Company:How Japanese Companies Create the Dynamics of Innovation,New York:Oxford University Press, Inc.(1995)(梅本勝博訳『知識創造企業』東洋経済新報社,1996) 【連絡先】  中村 稔  株式会社エルアイ武田・事業推進室  e-mail:minoru.nakamura2@takeda.com 肢体不自由教育における就労への取組み~東京都立府中けやきの森学園の事例~ ○牛丸 幸貴 (東京都立府中けやきの森学園 知的障害教育部門高等部 主任教諭) ○江見 大輔 (東京都立府中けやきの森学園 主幹教諭)  山下 さつき(東京都立府中けやきの森学園) 1 はじめに  東京都立府中けやきの森学園は、知的障害教育部門と肢体不自由教育部門を併置した開校5年目の学校である。本校には、小学部から高等部まで400名以上の児童・生徒が在籍しており、日々の学習に励んでいる。  本校では、「個に応じた専門性の高い教育を充実して、地域とともに学び、つながり、歩む学校」を目指し、知・肢併置という学校の特色を生かし、両部門の専門性を交流させながら、より個の実態に応じたきめ細やかで質の高い教育を推進している。また、児童・生徒のもてる能力を最大限引き出し伸ばすために、外部専門機関と連携しながら、支援や指導方法などの改善を図っている。  中でも、肢体不自由教育部門高等部では、3年前から生徒の「働く生活」の実現のために、①実社会の視点で、「働く力」を身につけさせる指導を行うこと、②肢体不自由のある生徒の「働く姿」を具体化し、社会に発信しながら「仕事の創出」に繋げることなどをねらいとして作業学習の改善に取り組んでいる。改善にあたっては、本校の「肢知併置」という利点を生かし、知的障害教育部門と連携しながら、作業環境や支援方法などの工夫を行っている。また、肢体不自由教育部門ならではの新たな作業種の開発にも取り組んでいる。  本発表では、昨年度(平成27年度)肢体不自由教育部門高等部の作業学習で取り組んだ「ドット・クリアファイル」作りを通して、手指の巧緻性に課題があったり、不随意運動があったりする肢体不自由の生徒一人一人の特性を生かした授業改善の事例について述べる。 2 研究概要 (1)対象生徒  本発表の対象生徒は、本校肢体不自由教育部門高等部の「クリアーファイル製作班」に所属する14名の生徒である。同作業班に所属する生徒の中には、中重度の知的障害のある生徒もおり、昨年度は1年生5名、2年生3名、3年生6名で活動していた。 (2)活動内容  本作業班では、タブレット端末のVOCAアプリとヘルプライトなどを活用し、資料を綴じこむ際に活用する「ドット・クリアファイル」の製作を行っている。 (3)授業改善の事例 ① タブレット端末などの活用  「ドット・クリアファイル」の製作では、タブレット端末を活用し、画面に触れた指先を少し動かすだけで、ドット絵を簡単に作ることができるように工夫した。タブレット端末の活用により、肢体不自由のある生徒の微細な動きでも、大きな変化を起こすことが可能になり、製品作りを自分の力で行えるようになった(図1)。 図1 タブレット端末の活用 ② 生徒の特長を生かした作業工程・分担の工夫  生徒の特長を生かした作業が行えるように、タブレット端末を操作してドット絵を作成する「デザイン係」、デザイン係から受け取ったデータを印刷する「印刷係」、印刷済用紙をラミネート加工する「ラミネート係」、ラミネート用紙を断裁機でカットする「カット係」、製品の規格を元に、適・不適を判断する「検品係」、クリアファイルの角を丸くカットして、製品の仕上げをする「仕上げ係」の6つに分けた(図2)。 図2 作業工程の様子 ③ 生徒一人一人のニーズに応じた教材・教具作り  生徒が作業に取り組みやすいように、教材教具の工夫を行った。例えば、ラミネーターの挿入口にラミネートが真っ直ぐ入るように、両サイドに挿入口と同じ高さの台を付けた。また、カットの位置がずれないように、裁断機の奥にストッパーを付けた(図3)。 図3 ラミネートガイド・断裁機ストパー ④ 環境の整備  「仕事」を意識して学習に取組めるように、作業実習室「けやきファクトリー」を開設した。ファクトリーでは、可動式パーテーション、係毎のカラーリング、テグスを使った係表示などを設置し、生徒が分かりやすく集中して作業に取り組めるように作業環境の整備を行った。  また、長期スパンでの数値目標 (「めざせ100枚」等)や当日の数値目標・出来高表なども教室の前面に掲示し、仕事として意識を高めるように工夫した(図4)。  さらに、タイムタイマーを活用して時間を意識しながら仕事を進めるようにしたり、狭い空間を有効活用するために廊下を前室として当日の係分担を確認したりするなどの工夫を行った。 図4 仕事・時間への意識を高める工夫 ⑤ 教員との関わり(自分で伝えられる工夫)  発音が聞き取りにくく、「ほうれんそう」が伝わりにくい生徒は、タブレット端末のVOCAアプリとヘルプライトを活用した。VOCAアプリにより、本人の発声が補完され、報告・連絡・相談が誰にでも伝わるようになった。また、 困った時に「ヘルプライト」を押すと、光の点滅と音声が鳴り目立つので、教師が確実に気づくことが分かり、自分で支援を要請できるようになった(図5)。 3 結果  以上のような取り組みを行った上で、昨年の7月と12月に独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センターが作成した「就労支援のためのチェックリスト」を活用して、生徒一人一人のアセスメントを行ったところ、作業班全体で以下のような変化が見られた。  1回目(7月)に実施した調査では、日常生活が2.4、対人関係2.32、作業力2.21、作業への態度が2.19だったが、2回目(12月)に実施した調査では、日常生活が2.46、対人関係2.46、作業力2.8、作業への態度が2.75と全ての領域で数値が上昇した。特に、作業力、作業への態度の領域の向上が見られた(図6)。 図6 就労支援のためのチェックリストの結果 4 考察  肢体不自由教育部門高等部では、「ドット・クリアファイル」作りを通して、様々な授業改善に取り組んだ結果、「就労支援のためのチェックリスト」の数値が全体で約10%向上した。しかし、生徒個々の結果を分析すると、本作業班14名の生徒中、半数の生徒は約7%の伸びに止まっている。今後は、全ての生徒の「働く力」をより効果的に育てるために、「作業学習」の作業種や製品種をさらに開発し、指導のバリエーションを増やしていくことが必要である。 【参考文献】 1)独立法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター「就労支援のためのチェックリスト」 2)東京都教育委員会「平成27年東京都特別支援教育推進計画第三次実施計画に基づく都立特別支援学校の指導内容充実事業報告書「知的障害のある児童・生徒の教育内容の充実に向けて~」 【連絡先】  東京都立府中けやきの森学園 牛丸幸貴  ℡:042-367-2511  東京都大田区における職場体験実習のとりくみ−5年間の報告から− ○村田 亮 (大田区立障がい者総合サポートセンター 就労支援調整係)  大内 伸一(NPO法人ステップ夢)  酒井 弘美(東京工科大学医療保健学部作業療法科)  木伏 正有・徳留 敦子・滝本 裕弥(大田区立障がい者総合サポートセンター) 1 はじめに  東京都大田区では、平成23年度から精神障害者を対象にした職場体験実習を実施してきた。試みを開始してから5年が経過し、参加者や実習協力企業の数も大幅に増加した。これまでの経過を振り返ることで成果と問題点を明らかにし、今後の取り組みへの課題を明らかにしたい。 2 大田区精神障害者の職場体験実習の経過 (1)実施まで  大田区では、特別支援教育の充実と知的障害者の就労支援に力を入れており、知的障害者の就労に関して、一定の成果を得ている。しかし、精神障害者の就労については、十分とはいえなかった。その状況を踏まえ、平成22年に大田区自立支援協議会の中に「精神障害者の就労支援部会」が発足した。その中で、就労希望者にとって、体験実習の経験は有益ではあるが、その機会が少ないこと、特に区内の実習先が少ないことが明らかになり、精神障害者を対象にした大田区版の職場体験実習を企画することになった。 (2)経過 ① 平成23年度 ~アンケートの実施~  精神障害者の雇用を促進するための企業向けセミナーを開催し、職場体験実習のアンケートを実施した。職場体験実習の受け入れについて依頼したところ、約350社中、28社の回答を得、8社より受入れ可能との返答があった。また、企業側の実習実施にあたって特に必要な条件として、「時期」と「支援者の同行」があげられた。次年度にむけて、受入れ可能と回答した企業に連絡をし、具体的に職場体験実習の実施に向けて検討していくことにした。 ② 平成24年度 ~職場体験実習のスタート~  前年のアンケートにて受け入れ可能と回答のあった企業に対して、精神障害のある方の職場体験実習の受け入れについて具体的に打診を行った。8社中3社の企業で可能との返答があった。平成24年度は試行として、就労支援部会委員が所属する就労支援事業所から実習希望者を募集し、8名の職場体験実習を行った。全実習終了後、職場体験実習報告会を開催し、実習者が病気経験や実習体験・将来の希望を話し、次の実習体験の希望者が体験を聞くスタイルを作った。 ③ 平成25年度 ~職場体験実習の継続・より発展した取り組みへ~  前年度職場体験実習の試行を経て、他の就労支援事業所にも呼びかけて、参加者を募集するとともに、近隣区の企業へも打診を行い、参加企業の拡大を図った。これにより8事業所から16名の実習参加があり、実習受け入れ企業が3か所から7か所に拡大した。  企業と実習生が情報を共有しやすくするため、個人プロフィール・チェックシートなど書式や手順を標準化し、区内関係機関への説明会を開催した。また、説明会に参加できなかった事業所へも個別訪問での説明を行った。さらに、実習生が在籍する就労支援部会委員が企業との打ち合わせ等調整役となり、フォロー体制を強化して支援機関のネットワークの拡大を行った。 ④ 平成26年度 ~職場体験実習の継続・就労への道筋~  平成24年度実習参加者8名中6名、平成25年度実習参加者16名中7名が就職し、職場体験実習をきっかけに就職へとつながるケースが増えた。受け入れ企業が9か所に拡大し、参加者も6事業所から14名となった。  体験実習報告会では病気の苦労話や実習体験を分かち合うとともに、次に実習を希望する者が話を聞き、就職した実習者からの報告の機会を設けた。また、精神障害者を初めて雇用した企業より就労の取り組みの報告を受け、企業の精神障害者への理解を促した。 ⑤ 平成27年度 ~新しい体制での職場体験実習の実施~  今まで自立支援協議会就労支援部会で行っていた職場体験実習を、地域の支援機関が連携して実行委員会を立ち上げ、サポートセンターが事務局としてバックアップを行うことにした。受け入れ協力企業は12か所となり、参加者は、10事業所から19名となり、報告会には前年度の倍以上が参加した。また、新たな取り組みとして、就労者・体験実習参加者・就労希望者とで就労者交流会「サロン・ド・ワーク」を実施した。 3 結果  これまでの職場体験実習参加者数、企業数を表1に示す。 年々、体験実習への参加者と参加企業が増加し、報告会も盛況となった。 表1 職場体験実習参加者・企業数 ※1 参加事業所は就労継続支援B型・自立訓練(機能訓練)・地域活動支援センター・医療デイケア  次に職場体験実習参加者で就職者、異動者数を表2に示す。体験実習をきっかけにした就労が増え、就労支援事業でもステップアップがみられた。 表2 職場体験実習参加者就職・異動数 ※1 就職には一般雇用・障害者雇用・アルバイトを含む ※2 就職数には実習参加年度以降の就職を含む 4 考察 (1)チャレンジしやすい機会の提供  大田区職場体験実習の取り組みの特徴は、できるだけ体験実習のハードルを低くすることで、精神障害者がチャレンジしやすい機会の提供を重要としてきたことである。 ①「できるだけ近場・地元での実習」慣れた地域で、通勤の負担を少なくし、実習に取り組める環境を開拓する。 ②「オーダーメイドの実習」受入れ先との相談や調整を行い、それぞれの実習期間、時間や内容を設定していく。 ③「気軽に参加できる」就労についてまだ準備や課題があっても支援者のフォローを得ながら経験し、中長期的の目標として就労を意識して取り組むことができる。  つまり、障害者雇用での就労を目的とした体験実習だけでなく、「就労」の枠組みを幅広くとらえ、障害当事者が希望する「働きかた」を考えるきっかけとなる体験実習として位置づけている。このように、新しい環境が苦手な精神障害者に対して体験実習のハードルを低くしたことが、徐々に参加者の増加につながったと思われる。 (2)体験の分かち合い  体験実習終了後には、障害当事者同士で病気発症からの経過と体験実習での経験を伝えあい、分かち合うことを目的とした報告会を実施してきた。これは、発表者の今までの苦労を聞くことで、当事者が体験を身近に感じ、自分にもできるかもという勇気を育んでいる。この報告会が、当事者相互の交流と体験実習を次に伝え合う場となっている。このことも就労継続支援B型事業所や医療デイケア、地域活動支援センター等からの希望者が広がった一因といえる。 (3)地域でのネットワーク連携  一つの事業所単位での実習先の開拓や実施は厳しい状況であったため、地域でネットワークを組みながら、体験実習のシステムを作っていくことが有効であった。そのことが精神障害者の就労支援ネットワークの構築につながり、支援者側にとっても、実習先企業との折衝、相談や実習の同行を通して、企業とのやり取りや企業先での支援の経験など就労支援のノウハウを学んでいく機会ともなっている。 5 今後の展望  この5年間の職場体験実習の取り組みを通して、実習経験を活かしながら、企業就労や次のステップにすすめていくシステムが出来つつある。しかし、職場体験実習だけでなく、障害者雇用制度、支援体制、障害者が就労する際の不安や体調管理などについても具体的に知りたいといった声も届いている。地域の公共職業安定所と連携し、平成28年度から就労準備講座を職場体験実習前後に開催する予定である。また、平成27年度から取り組んでいる就労者や就労希望者相互の交流する機会「就労者交流会」をはじめ、地域での就労支援機関や関係機関の連携と多様な働き方を支えるネットワークを形成していく方針である。 【参考文献】 大田区:平成23年度大田区地域自立支援協議会報告書(平成24年) 大田区:平成24年度大田区自立支援協議会報告書(平成25年) 大田区:平成25年度大田区自立支援協議会報告書(平成26年) 【連絡先】  村田 亮  大田区立障がい者総合サポートセンター 就労支援調整係  Tel:03-5728-9135  e-mail:sienoota@city.ota.tokyo.jp 就労支援機関と精神科医療機関の効果的な情報交換・連携に資するためのマニュアル作成について 相澤 欽一(障害者職業総合センター 主任研究員) 1 研究の背景  障害者職業総合センターが実施したハローワーク調査1)によると、ハローワーク障害者窓口から就職した精神障害者のうち、ハローワークと精神科医療機関(以下「医療機関」という。)が連携した事例は3.6%、チーム支援を実施した事例は2.0%であった。ハローワークが他機関と連携した事例が38.8%、チーム支援ありの事例が24.3%で、ハローワークが他機関と連携したり、チーム支援を実施した事例自体あまり多くないが、ハローワーク障害者窓口に求職登録する精神障害者のほとんどが医療機関に通院していることを踏まえると、医療機関の関わりの乏しさが目立つ。  では、障害者職業センターや障害者就業・生活支援センター、就労移行支援事業所など、ハローワーク以外の就労支援機関と医療機関との連携状況はどうだろうか。  障害者職業総合センターが実施した就労支援機関と医療機関との連携状況等に関する調査2)では、「精神障害者の医療・生活・就労の複合的支援ニーズに対して、貴部署では次のような支援体制はありますか。対応体制がある場合、その支援体制は問題なく機能していますか。」という質問を設定し、いくつかの項目について、「機能している」「実施上の問題が多い」「特に対応体制なし」などの選択肢から回答を求めているが、「医療機関・職種を含めたケース会議等を実施している」という項目に対して、「機能している」と回答したのは、ハローワークの2割弱に対し、障害者職業センター6割弱、障害者就業・生活支援センター4割強、就労移行支援事業所3割弱であった。  いずれもハローワークより「機能している」と回答した割合は高くなっているが、視点を変えれば、障害者職業センターの4割強、障害者就業・生活支援センターの6割弱、就労移行支援事業所の7割弱は「機能している」とは回答しておらず、ハローワーク以外の就労支援機関でも医療機関との連携に問題を抱えていることがうかがえる。なお、この調査は自己評価であり、どれほどの割合でケース会議等を実施しているのか、ケース会議等を実施した事例の経過はどのようなものかなど、「機能している」とはどんなレベルなのかは不明確であることに留意が必要である。  また、同調査では医療機関に対し、「貴機関の患者の就職・復職に関する評価・支援を行う際に、次の外部機関等とどの程度連携していますか」との設問で、ハローワーク、障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター、就労移行支援事業所などの就労支援機関ごとに、「多くの患者の個別の評価・支援で連携」「個別ケースに関する連携は少ない」「連携はほとんどしていない」の三択で回答を求めたところ、いずれの就労支援機関も、「多くの患者の個別の評価・支援で連携」が選択された割合は2割前後、「連携はほとんどしていない」が選択された割合は4割前後で、医療機関から見た就労支援機関との連携状況は、機関別に大きな差は見られなかった。なお、この調査の回答率は19.5%(3,874か所中757か所)と低く、ある程度就労支援に関心を持っている医療機関がこの調査に回答した可能性は否定できないことに留意が必要である。  いずれにしても、以上の結果からは、ハローワークだけでなく、多くの就労支援機関と医療機関で効果的な連携ができていない現状がうかがえる。 2 研究の目的  精神障害者の就職件数は年々増加しているが、職場定着の課題が指摘されている。職場定着の要因は様々考えられるが3)、精神障害者の多くが継続的な医療管理を必要とすることから、安定した職業生活の継続には医療機関の関わりは欠かせない。精神障害者に対し効果的な支援を行うためには、就労支援機関と医療機関の連携が望まれるが、上述したように、双方の連携が十分に行われているとは言い難い状況にあり、ハローワーク調査1)の結果からは、多くの事例で、ハローワークが医療機関から「主治医の意見書」を取得するだけにとどまっている可能性が高いことをうかがわせる。  就労支援と医療の連携システムに関する考察等は様々なされているが2)4)5)、そのようなシステムを構築・運用するためにも、個別事例における、就労支援機関と医療機関双方の望ましいコミュニケーション・情報交換の具体的な方法をスキルレベルで整理し、広く関係者に周知することが求められる。  このため、障害者職業センターでは、「就労支援機関と精神科医療機関の効果的な情報交換のあり方に関する研究」(平成28年度)を実施し、精神障害者に対する効果的な支援のために求められる就労支援機関と医療機関双方の望ましいコミュニケーション・情報交換の方法をスキルレベルで収集・整理し、現場で利用できるマニュアルを作成することとした。 3 研究の方法  下記①~④を対象にしたヒアリングにより、就労支援機関と医療機関双方の望ましい情報交換の方法をスキルレベルで具体的に把握する。  ①就労支援機関(ハローワーク、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター、就労移行支援事業所等):約15機関。②医療機関(就労支援を積極的に行っている医療機関、上記就労支援機関と連携を図っている医療機関等):約15機関。③サービス利用者(上記の就労支援機関・医療機関を利用する精神障害のある当事者)約5人。④学識経験者(就労支援及び精神科医療全般に詳しい者、連携やネットワーク形成に詳しい者等):約5人。 4 情報交換の基本的な視点  発表会当日は、ヒアリング結果を提示し、マニュアルの全体構成について報告するが、本稿執筆時点で6機関しかヒアリングを実施していないため、本稿でそれらを報告することは困難である。ここでは、スキルレベルではなく、就労支援機関と医療機関の情報交換を考える上で基本的に踏まえるべきことを、紙面が許す範囲で指摘しておく。  自分は何者か(役割や機能を含めた自機関の紹介)、なぜ問い合わせることになったか(相談経過や可能であればこちら側の見立てを説明)、問合せの内容は相手の専門領域から考えて適切か検討した上で、その内容を明確にする。顔の見える関係作りに留意し一度は相手方に出向く、経過などを相手側にフィードバックする。  関係性ができていない他機関に問い合わせるときは、一般的に上記のような点に留意すべきと考えるが、例えば、「問合せの内容は相手の専門領域から考えて適切か検討」することについて言えば、「精神障害は病気である→病気のことは医師に聞く必要がある→先生どうしたらよいでしょう」という、焦点を絞らず医療機関に質問を丸投げするような構えが就労支援側にないか、十分吟味しておく必要がある。  質問を丸投げするようなことはしていないという人でも、次のような話を読めば、「問合せの内容は相手の専門領域から考えて適切か」再度検討する必要を感じる人もいるのではないだろうか。 ○ある就労支援機関での話:  「主治医の意見書」で本人の希望を書く先生がいるけれど、こちらが欲しいのは、本人の希望ではなく、精神科医の客観的な判断である。 ○ある精神科医との話:  (精神科医)「主治医の意見書」では、本人の希望を確認しながら書くようにしている。  (質問者)本人の希望ではなく、精神科医の客観的な判断を求める声もありますが。  (精神科医)もちろん、すり合わせの作業はするが、精神科医は日々の診察でも本人の話を聞くことで本人の状況を把握している。本人の話から独立した精神科医の客観的な判断というのを期待しているとすれば、それは難しい面がある。症状をどう考えるか、これまでの経過からどのような治療が考えられるかといったことは検討できるが、就労可能性の有無や対応可能な作業時間などの職業能力について、医師が客観的に判断するのは基本的に難しいと考える。これらについては、仕事内容や職場環境、就労支援の制度や就労支援の成功事例などをたくさん知っている、就労支援機関の方が、より適切な見立てができるのではないか。  このように、「「問合せの内容は相手の専門領域から考えて適切か」ということ一つとっても、様々な点から検討しなければならない。  また、就労支援機関と医療機関との情報交換というと、就労支援にいかに役立てるかということに焦点があたるが、日常生活や職業生活の具体的な情報が就労支援機関から医療機関に提供されることは、より良い治療をする上でも重要になるといったことも議論される必要がある。  ポスター発表当日は、本研究に対するご意見やマニュアルに対する要望などを聴取し、それらをマニュアル作成に活かしたいと考えている。多くの方からご意見をいただければ幸いである。 【文献】 1)障害者職業総合センター:精神障害者の雇用促進のための就業状況等に関する調査研究,「調査研究報告書No.95」,(2010) 2)障害者職業総合センター:就労支援機関等における就職困難性の高い障害者に対する就労支援の現状と課題に関する調査研究,「調査研究報告書No.122」,(2014) 3)障害者職業総合センター:精神障害者の職場定着及び支援の状況に関する研究,「調査研究報告書No.117」,(2014) 4)池淵恵美他:特集 就労支援と医療の統合をめざして,「精神科臨床サービス,12(4)」,(2012) 5)相澤欽一他:特集 わが国におけるIPSの実践を考える,「職業リハビリテーション26(1)」,(2012) 【連絡先】  相澤 欽一 障害者職業総合センター  Tel:043-297-9033  e-mail:Aizawa.Kinichi@jeed.or.jp 職場復帰におけるジョブコーチ支援の役割にかかる考察~リワーク支援からジョブコーチ支援への移行事例を通じて~ ○山本 香織(栃木障害者職業センター 配置型ジョブコーチ) ○野口 恵 (栃木障害者職業センター 主任障害者職業カウンセラー) 1 はじめに  栃木障害者職業センター(以下「職業センター」という。)では、平成17年よりうつ病等による休職者のための職場復帰支援(以下「リワーク支援」という。)を実施している。その目的は、再発予防スキルの習得と職場環境へのスムーズな導入及び定着であるが、獲得したスキルを実践場面で活かすことが難しく再休職に至る事例もみられていた。再休職の予防と復職後の定着に向けた対応が重要であるという課題に対し、大工・山本(2015)1)は、復職後の職場定着の確実性を高めるためのジョブコーチ支援(以下「復職後JC支援」という。)が職場定着に一定の効果がみられるとしている。  そこで、本発表では、対象者及び企業からニーズがあった復職後JC支援事例について概説し、ヒアリング調査の結果を踏まえた、職場復帰の過程におけるジョブコーチ支援の役割について考察し、報告する。 2 方法  リワーク支援を終了し復職した事例のうち、対象者及び企業からのニーズに基づき復職後JC支援を実施した2事例に対し、ヒアリング調査を行った。  なお、掲載するデータは全て個人や企業が特定できないようにし、簡潔に取りまとめた。 3 事例概説 (1) リワーク支援及び支援終了後の支援経過の概要  2事例の概要は表1のとおりである。 (2) 復職後JC支援の経過の概要 ① 事例Aの復職後JC支援の経過  事例Aは復職後も定期メール相談があったが、復職6か月経過時点で、双極性障害に伴う気分変動の影響を強く感じ悩んでいること、職務における優先順位付けで悩みが大きくなったことの対象者自身の訴えを機に、復職後JC支援を実施することとなった。3か月間の支援の過程で、(a)対象者自身の症状や対人関係の影響を鑑みた気分管理チャートの改訂及びモニタリング(b)上司面談時の症状説明や配慮要請事項の整理と準備(c)通院時の主治医との相談事項の整理と確認等を実施した。定期訪問頻度は週1回程度から開始し、月2回平均で実施。支援終了後のフォローアップは、月1回平均で継続中である。 表1 2事例の概要 事例A 事例B 事例概要 双極性障害/30代男性。20代で初発。休復職歴1回。 うつ病/40代男性。30代で初発。 休復職歴2回。 休職前の職務 設計業務 製造業務 医療機関によるリワークプログラム 1回目の休職後に5か月利用。 なし 職業センターによるリワーク支援と支援ポイント 3か月利用。認知の癖及び双極性障害に伴う気分変動への対処方法整理、スキル獲得支援を実施。 3か月利用。身体反応の出現が目立ち、リラグゼーションスキル獲得、対人関係面の認知の癖への対処方法整理やスキル獲得支援を実施。 企業における職場復帰支援プログラムの適用とフォロー体制 リハビリ出社1か月を経て復職。復職後は産業保健スタッフの面談を月2回程度。職業センターには定期メール相談あり。 リハビリ出社1か月を経て復職。復職後は産業保健スタッフの面談を月2回程度。職業センターへの相談・利用は殆どなし。 ② 事例Bの復職後JC支援の経過  事例Bは定期メール相談が殆どなく、復職10か月経過時点で、身体反応を中心とした安定出勤の困難さにかかる企業側の訴えを機に、復職後JC支援を実施することとなった。3か月間の支援の過程で、(a)対象者自身の生活リズムや食事パターンの記録日誌作成及びモニタリング (b)リワーク支援で実施したリラグゼーションスキルの再提案と確認等を実施した。定期訪問頻度は週1回程度から開始し、月2回平均で実施。支援終了後のフォローアップは、月1回平均で継続中である。 4 ヒアリング結果 (1) 対象者ヒアリング結果の概要  対象者ヒアリング結果の概要は表2のとおりである。  支援内容は各々異なるが、復職後JC支援の機能について(a)定期面談により客観的な振り返りができる(b)“病気”と“働く上での問題”の相談を両方できる(c)“今”の状況に応じて相談ができる、という評価があった。なお、両者より、業務時間を割くことで申し訳ないという気持ちが生じるという意見もあった。  また、リワーク支援との差異については、(a)“復職のために取り組む段階”と“今、働き続ける段階”では状況や周囲に開示する情報の質が異なる(b)通所する“場”ではなく、会社という職場環境という“場”において支援を受けられる安堵感、があげられていた。 表2 2事例のヒアリング結果概要(対象者) 事例A 事例B 開始時と終了時の目的の変化 職場の状況に気分が振り回されやすかったが、改善。今後は上手く働き続けられる方略を考えたい。 休まずに出社をすることができてきた。今後は自立的・能動的に活動できるようになりたい。 JCの役割 「働くことの先輩」であり専門家。 上手に褒める専門家。 支援の満足感 定期面談での振返りで定点観測できる。会社に相談する程ではないその都度の困り感を相談できる。 定期面談で振返り、リワークで学んだことを思い出せる。会社の人に相談する程ではない話をできてよかった。 リワーク支援とJC支援の違い 泳ぐ練習のために水に慣れるのがリワーク、泳ぎ方を教えてくれるのがJC。 リワークは過去の状況整理、JCはリアルタイム・オンタイムで相談できる。 フォローアップについて 職場の状況や環境がその都度変わる為、その時期に応じた継続フォローを相談したい。 フォローアップが終了する頃に、今より安定した状態になっていたい。 (2) 企業担当者ヒアリング結果の概要  企業担当者ヒアリング結果の概要は表3のとおりである。 表3 2事例のヒアリング結果概要(企業担当者) 事例A (産業保健スタッフ) 事例B (産業保健スタッフ) 開始時と終了時の目的の変化 気分変動の幅があり安定感の確保が必要だったが改善。今はキャリア面のステップアップに目標があがっており、目的がレベルアップしている。 再休職の予防という具体的な課題は改善。今後は、自らが安定勤務に取り組む為の行動化が重要。 JCの役割 会社と異なる立場で、会社の状況及び対象者の個性に応じた対応をする専門家。 職業生活(食事や時間の使い方等)への家庭的な距離感も感じられる専門家。 支援の満足感 会社の立場理解と本人への寄り添いの両立があり安心できた。本人と相談しながらのツール改善や家族会や書籍の情報提供等、本人の特性に応じた対応が効果的であった。 会社のみでは細かな対応が難しい時期にゆっくり話をしてもらえてよかった。日誌のツール提案や相談により掘り下げて得られた情報は、今後の関わりの上でも役立つ。 リワーク支援とJC支援の違い 復職後、相談のために外出や休暇はとりづらい。復職しても抱える不安やもどかしさへの訪問支援は有効。 リワークは学校、JCは家庭教師。学んだことを行動化・活用するための関わり。 フォローアップについて 支援期間で種を蒔き、フォローでステップアップの経過をみる視点は必要。 改善の為の行動化は苦しい過程。継続フォローで成果が少しずつでることを期待。  支援内容及び関わり方への個別評価は各々異なるが、復職後JC支援の機能について(a)会社の立場を理解した上で、対象者に応じた支援を行う(b)職場定着の為のポイントを支援期間中に整理、実践し、フォローアップで見守りをする流れがある(c)復職後に生じる課題に、その都度、会社という“場”で対応を受けられる、ことへの評価があげられた。なお、業務時間を割くことについては、不安を軽減し仕事に取り組むことで結果として業務効率に資するという長所と、面談が復職後業務に影響を及ぼさない範囲になるかは配属先との調整如何で判断が変わるという留意点が指摘された。また、リワーク支援から連動した復職後JC支援であることで、信頼性が高まるという評価も得られた。  5 考察 (1) 職場復帰後の支援の有用性  リワーク支援を通じて、個々の特性把握や対処法の習得がなされ、企業にも一定程度の理解を得ていたが、復職し、実践する段階では、不安や迷いが対象者及び企業側に生じている。したがって、職場復職後のプロセスに伴走し、対処行動の実践力を高める支援が求められていると考えられる。  また、実際の支援を通じて、対象者が自ら、次なる目標を見いだす等、精神的な回復力もみられていた。職場復帰後も、対象者の目標は適宜変化しており、その都度の課題に応じた“今、ここで”得られる支援に対象者、企業側双方の期待感も高まるものと思われる。 (2) 支援者間の十分な情報共有の重要性  対象者及び企業からは、特性に応じた対応と一貫した支援を期待されている。特に、今回の事例においては、リワーク支援(復職前支援)から復職後JC支援に移行する際に支援者間で十分な情報共有を行い対応したことにより、対象者及び企業からの安心感を得られるのみならず、支援者側にも、より効果的な支援を展開できたというメリットがあったと思われる。 6 今後の課題  リワーク支援を活用し、対象者の復職準備性を高める支援が有効であることは言うまでもない。しかし、本発表を通じ、復職後JC支援により、職場復帰後も対象者の適応力や回復力を高める可能性が示唆されたと考えられる。  ただし、本発表は2事例の報告に留まっており、更なる事例の積み重ねや効果の検証が求められる。また、対象者及び企業からの要望は、モニタリング〜スキル獲得支援〜行動化に向けた支援、の一貫した連続性にあり、効果的な支援モデルの検討が引き続き必要と考えられる。 【御礼】  調査にご協力いただいた皆様に、心より御礼申し上げます。 【参考文献】 1) 大工智彦・山本健夫:リワーク支援を利用して復職した後の職場定着支援の実際〜ジョブコーチ支援を活用した3年間の実践から〜「第23回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集」p.64-65,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(2016) 地域の福祉施設障害者の就労促進のためのプログラム−工業団地内の緑地を活用した取り組み− ○荻野 恵(筑波大学大学院 人間総合科学研究科障害科学専攻)  大和ハウス工業株式会社 東京本店建築事業部 1 研究の目的  大和ハウス工業が開発した工業団地内の緑地を活用し、緑地管理、栽培した植物を用いた商品の開発、販売による障害者の賃金向上と自立に繋がる働く場の創出に向けた新規事業の企画・実施を通じて、障害者の雇用・就労への貢献と共生社会の実現に向けた企業活動のあり方を模索する。  本報告では農福連携の先行研究を概観するとともに、市場と福祉施設の中間に位置付く先駆的な団体・企業の訪問ヒアリング調査からマーケティング・ブランディング及び自治体・福祉施設との連携の在り方を含めた中間的機能について検討することにより、本プロジェクトの実施に関する今後の課題について考察する。 2 大和ハウス工業 工業団地緑地活用プロジェクトの概要  上記のスキームで行う緑地管理によって栽培した植物を商品化し、販売を行う。 3 研究の方法 ① 「農福連携」、及び市場と福祉施設の中間に位置付く企業・団体に関連した文献の検討を行う。 ② 市場と福祉施設の中間に位置付く団体・企業に対する訪問によるヒアリング調査を行う。 4 結果 (1)農福連携に関する文献検討 ①農福連携とは  担い手の高齢化と減少が進む農業分野、障害者や高齢者らの働く場の確保を求める福祉分野の連携が注目され、農林水産省・厚生労働省、地方自治体などが、農業の障害者就労マニュアルの作成、農家と福祉施設とのマッチングによる農作業の受託等を進めている事業である。 ②農福連携の効果  飯田1)によれば以下の3点が指摘できる。 イ 障害者の就労の場の拡大  障害者とそれをサポートする福祉施設の職員が、福祉行政のもとで、農家と連携しながら様々な課題を克服することで、農業分野でも多数就労しているという報告がなされている。それらの先進的な取り組みを行ってきた工夫として、障害者の仕事の特性を活かすことが挙げられる。仕事の特性とは、豊富な労働力、丁寧な作業等である。それらによって付加価値の高い農産物を生産したり、オリジナル商品の販売や無農薬栽培に至った例も見受けられた。また、直売や加工、調理といった単なる農産物の生産だけに終わらない多角的な取り組みも見られた。福祉分野から農業部門を独立させたケースでは、福祉と農業が、障害者就労支援と販路確保で連携を図ることで、双方の課題を解決し、経営を安定させ、就労の場を安定的に確保することにつながったという報告も見られた。 ロ 農地の保全と活用  小規模で大型機械が入れない圃場等では、手作業や小型の農機具を用いて作業を行う場合が多い。福祉施設の関係者が所有する農地で農業活動を行うケースや後継者不足の農家が、福祉施設に農地管理を依頼するケースがあり、農地の保全と活用が図られるという効果が見られる。ただし、この取り組みには課題もあり、生産性の低い農地が集まりやすく結果として農業経営を圧迫する帰結を生むことも指摘される。 ハ 地域の交流  農作業や普請(草刈、掃除等)の業務では、障害者とそれをサポートする職員、ボランティアが参加して作業を行い、高齢化した農家を援農したり、体験農業や収穫祭などの開催により、大学生、OL、主婦、子ども、中高年、高齢者等の交流が生まれる。また、生産した農産物を直売所や農家レストラン、あるいは学校や病院給食の食材として販売することで、市場を通じた経済交流が生まれる。学校との関わりでは、障害者と生徒、教職員等が日常的に触れ合うこととなり、ノーマライゼーションを自然な形で体現することにもつながる。さらに、コミュニティの再構築や、地域外の人が訪れることで改めて自地域の良さを見つめる機会ともなる。 ③農福連携発生の4類型  小柴・吉田・香月2)によれば、農業分野における障害者就労を本格化させている事例には、Ⅰ.福祉分野の主体がそのまま進出、Ⅱ.福祉分野の主体が別途主体を形成して進出、Ⅲ.農業分野の主体がそのまま進出、Ⅳ.農業分野の主体が別途主体を形成して進出、の4類型があり、以下の3点が指摘できる。  第1に、取り組みの契機は、いずれの類型も農作業体験の実施や交流である。そのため、初期段階では農業分野と福祉分野が主体の相互理解やマッチングを行う機会が重要である。第2に、福祉分野から進出した主体は、農業分野の知見を得るため、知見を有する人材との連携体制を構築したり、新たに雇用するなどして弱点を補強していた。第3に、農業分野から進出した主体は、障害者に理解のあるスタッフがいるセクションを設け、障害者をケアするなどして障害者の雇用環境を整備していた。  農業分野における障害者就労を本格化させている事例では、上記のようなプロセスを経て、結果的に農業分野、福祉分野それぞれの知見や経営要素を兼ね備えた体制を構築していた。 ④農福連携に向けた支援とその類型  小柴・吉田3)によれば、地方公共団体等が中心となって農福連携を積極的に支援しようとする動きがあり大きく以下の4つに分類される。すなわち、Ⅰ.農業経営体と就労系障害者福祉サービス事業所での農作業請負マッチング支援、Ⅱ.障害者個人が農業経営体で就労できるよう支援を行うもの、Ⅲ.特例子会社や社会福祉法人等の福祉分野主体の農業参入支援、Ⅳ.上記3つの支援のいくつかを組み合わせ、複合的、段階的に支援するもの、である。  農業関係部局、福祉関係部局が連携して部局横断的に支援にあたる事例では、農業分野と福祉分野の両者の連携を促進しながら地域課題の解決を図るプラットホームの構築に重要な役割を果たしていた。商工関係部局が参加し、加工や販売などでより広い支援が期待されるケースもあった。 (2) 市場と福祉施設の中間に位置付く団体・企業に対する訪問によるヒアリング調査 ①株式会社テミル  株式会社テミルは「テミルプロジェクト」としてB型事業所での製菓・販売を中心としたコンサルティングを行う企業である。事業所での製菓にあたり、プロのパティシェによるレシピ作り・製菓指導、絵本作家やプロのデザイナーによるパッケージデザインを登用し、商品価値が高い商品を消費者に提供することを可能にした。また、販路拡大にあたり、工場製品とは異なり大量出荷が難しいことから、流通先の選定や流通先との交渉にあたっている。 ②特定非営利活動法人日本セルプセンター  特定非営利活動法人日本セルプセンターは、全国の社会就労センターが任意加入する団体で、障害者就労事業の振興を行う。社会就労センターの事業種別は多岐に渡るが、農業、工芸品の製作、請負等についても事業所支援や販売促進支援を行っている。また、農林水産省都市農村共生・対流総合対策交付金事業(平成25・26年度)を受託し、全国での「農福連携」支援を行った。 ③株式会社研進  株式会社研進は、本田技研工業株式会社から社会福祉法人進和学園が運営する障害福祉サービス事業所に発注される自動車部品組み立て加工の仕事を中心に営業窓口として機能する商社である。 5 考察  大和ハウスにおけるプロジェクトでは、建築、福祉、緑地管理という多角的な視点から1つのプロジェクト構築が目指される。  先行する農福連携の取り組みからは、本プロジェクトにおいても①事業の障害者就労の場の拡大、②用地の活用、③地域の交流、の3点が期待される。その事業の成功のためには、①緑地管理事業と福祉の双方の知見の必要性、②障害者・事業所とのマッチング、③自治体との連携、の3点が鍵となることが窺える。  市場と福祉施設の中間に位置付く団体・企業に対する訪問によるヒアリング調査からは、①企画に関心を寄せる障害者関係事業所ばかりではないこと、②障害者も含めた地域住民等の参画による緑地管理の可能性、③障害者就労のみならず将来的には工業団地に誘致された企業の障害者雇用も見越した体制づくりの必要性、④在宅就業障害者支援制度の活用、の4点が示唆された。 【参考文献】 1)飯田恭子:農業分野における障害者就労と農村活性化—農家と社会福祉法人、NPO法人等の連携に向けて—,「定例研究会第2118回」p.31-34,(2011) 2)小柴有理江・吉田行郷・香月敏孝:農業と福祉の連携の形成過程に関する研究—農業分野における障害者就労の事例から—,「平成25年度農業と福祉の連携に関するセミナー『障害者などの多様な人材による農業の可能性』」,(2014) 3)小柴有理江・吉田行郷:地方公共団体等による農福連携の体制の構築,「農林水産政策研究所レビューNo66」,p.2-3(2015) 【連絡先】  荻野 恵  筑波大学大学院人間総合科学研究科障害科学専攻  e-mail:s1621327@u.tsukuba.ac.jp 障害者の在宅就業支援~団体からの聴き取り調査~ 内木場 雅子(障害者職業総合センター 研究員) 1 はじめに  障害者職業総合センター研究部門では、障害者の在宅就業支援団体に関する調査研究(平成27年度)を行った。障害者の在宅就業支援については、障害者雇用促進法において、「障害者在宅就業支援団体として厚生労働大臣の登録を受けた法人」(以下「登録団体」という。)が、在宅就業者に対し、①希望に応じた就業機会の確保と組織的な提供、②その業務を適切に行うために必要な知識及び技能の修得のための職業講習又は情報提供、③その業務を適切に行うために必要な助言・援助、④雇用による就業を希望する者への必要な助言・援助を行うものとされている1。  また、登録団体を介した企業の発注については、障害者雇用納付金制度に基づく特例調整金、特例報奨金の支給対象とするなどの措置が講じられているが、登録団体数は23件(平成27年10月現在)に留まり、特例調整金、特例報奨金の支給額は大きく伸びてはいない2。 2 目 的  本調査研究では、特に運営上の課題が多く見られているICT3系業務で有効な取組を行っている在宅就業支援団体から業務遂行状況や登録者の実態などを把握した。  今回は、在宅就業支援をする各団体の取組み状況を報告(概要)し在宅就業を希望する障害者側のニーズから障害者の在宅就業支援を考える。 3 内 容  ICT系業務を受託し障害者の在宅就業支援を行う団体を数か所選定し、在宅就業者の受入れ(障害者を含む)、受注の方法、スキルアップの方法、在宅雇用等に向けた就職支援の方法などを中心に聴き取りをした。 4 結 果  聴き取り調査の結果は次のとおりである。事例Aは、法人が登録団体で就労移行支援事業(通所)を併用し一般と障害者の在宅就業と雇用(通勤と在宅)支援をしている。①在宅就業者の自団体への受入れでは、在宅就業の登録希望者があれば、必ず1回は登録希望者宅を訪問し、本人の意欲と働く環境を確認している。これは企業に就職する場合のマッチングまで考えて行っている。また、この団体では障害のある在宅就業者や利用者の中で約3割が精神障害者である。なお、障害者の場合は医療機関(精神科系)からの登録希望の問合せや紹介が多い。②受注方法は、企業に営業活動(取引先企業が約130社で7割が県外)をする。受注前に職員による試行を行い、受注額(単価)と受注期間を算定する。また、年間契約やロット単位で業務を受注し、年間を通じて業務があるようにするほか、受注後には、同一業務の継続による品質向上に伴い、受注相手と単価向上の交渉をしている。なお、受注業務はICT系業務に限定していない。③受託業務への取組では、個人事業主である在宅就業者(障害者を含む)には数名のグループを編成し業務を請け負ってもらうほか、特に障害のある在宅就業者には同一グループにベテランの在宅就業者を入れ指導を併せて行っている。④スキルアップの方法としては、在宅就業者(障害者を含む)には、受注した業務に特化した研修を実施する。また、登録者(在宅就業者も含む)はチームで請け負った仕事に不良品があれば、チーム全員に研修を行っている。⑤雇用支援としては、登録した在宅就業障害者に限定せず、在宅就業から在宅雇用への移行を支援するマニュアルを作成している。雇用に当たっては仕事内容の確認、企業との面談を行い、就職希望者と企業との橋渡しをしている。  事例Bは、法人が就労継続支援事業A型を活用しITセンターを開設している。①利用者の受入れでは、在宅就業を希望する者には、月に1回スタッフが利用者と相談し利用者個々のニーズ、状況に応じた勤務形態をとっている。団体では、利用者に精神障害者が増加したことや、休職中にICT技術を高め、職場復帰や再就職を希望する精神障害者が増加している。②受注方法としては、中小企業、地元の店舗、行政からの発注がある。③受託業務への取組では、専門性が高い業務はできるメンバーが行うが、それ以外はメンバーの能力と適性に応じて仕事を振り分ける。④スキルアップの方法としては、団体ではICT技術は毎年新しくなる技術を学ぶ機会や指導者がいないため、それが学べるWebサイトや企業からサポートを受けられる仕組みが必要と考えている。⑤雇用支援では、就職希望者には仕事のスキルアップを考えて業務指示する。なお、就職者はいるがICT系業務とは直接関係ない。  事例Cは、法人がIT企業で登録団体である。入力ソフトを開発、特許取得し、受注した入力業務を在宅登録者などが受託をする。①在宅就業者の受入れは、在宅就業の登録希望者には障害の有無を問わず、自宅のPC環境を確認し、入力テストで登録者を決定する。障害のある登録者が入力業務を半年以上離れた場合は、新たに登録のためテストを受けてもらう。②受注方法としては、障害者が行う入力業務は発注元と別途契約をしている。③受託業務への取組では、入力業務はすべてPC上で行われる。④スキルアップの方法としては、事業所の管理者が在宅障害者にPCの取扱い等を1~2か月指導(自宅まで出向く場合もある)をする。在宅の精神障害者は取組意欲に個人差があり管理者が状況に応じて声かけを行っている。⑤雇用支援は、実施していない。  事例Dは、法人が登録団体で、就労移行支援事業、就労継続支援B型事業と、県の事業を活用している。①在宅就業者の受入れでは、県の事業を受講後、登録者を決定している。県の事業の受講には、基本的なICT技術レベル、自宅のネット環境、家庭環境を確認、また、疾病管理状況などを把握し、面談と合わせて受講を決定している。なお、精神障害者は医師の診断書の提出を求めている。②受注方法では、就労継続支援B型事業の職員が県内を営業(取引先は100社以上)する。ただし、受注額は県内相場が低いことと福祉事業者ということで低く見積もられていると法人は見ている。なお、ICT系業務を受注しているが、最近は発注元からweb関係の要求が高まる反面、WordやExcelによる簡易なデータ入力は減っている。③受託業務への取組では、ICTの技術レベルに応じ登録者などを上位と下位のグループに分け、業務を分担させている。④スキルアップの方法としては、県の委託事業の受講者にはICT操作などをスタッフがネットを使って教えるほか、必要に応じて自宅に出向く(不明点を指導したり、精神面などの症状を把握したりする)こともある。また、県の委託事業の習得レベルを把握するために受講者にテストをするが、外部組織に客観的な評価を依頼している。在宅就業の登録者に仕事がない場合は、スタッフが個々に課題を与えてICT技術の維持向上を図り、受注があれば即時に対応できるようにしている。⑤雇用支援では、開始当初「重度身体障害者」の場合、就職は比較的容易であったが、現在は精神障害者が増加して在宅雇用は少なくなっている。また、講演会等の開催時には在宅雇用に前向きな企業を招き在宅就業、在宅雇用の職場開拓に努めている。  事例Eは、法人が就労継続支援A型事業で、ICT系業務を受注している。また、事業組合を設立し法人の理事長がその代表理事を務め、複数の事業者間で仕事を受注するための「共同受注窓口」を運営している。①在宅就業者の受入れは、年齢とICTスキルのレベルで判断(若年者でICTスキルの低い者には就労移行支援事業の事業者を紹介し就労を目指してもらう。中高年者でICTスキルの習得が困難な者には、他の事業者や障害者就業・生活支援センターを紹介する場合もある)する。②受注方法として「共同受注窓口」で受注した仕事を複数の事業者で分配することでリスクを下げる。また、発注側の分割発注業務を軽減して、発注してもらいやすい環境にしている。「共同受注窓口」では官公庁の受注を主体に受けている。自法人宛ての民間企業からの発注は自法人で受ける。③受託業務への取組では、A型の利用者には、専門性の高い者とそうでない者がおり、受注の際は、幅広い様々な仕事に対応できる他、本来1人でする仕事を細分化し、新たな仕事を作り出すことで、個人の特性に合わせた仕事にする場合が多い。④スキルアップの方法としては、利用者のICTスキルの向上のために、一般的な技術研修を行うほか、受注したICT業務に特化した研修を実施する。講師は内部の利用者などの他、外部から講師を招くこともある。⑤雇用支援では、利用者には企業で働ける力を持った者もおり、基本的には企業へ就職をしてほしいと法人は考えている。利用者に企業就職の希望がある場合、ハローワーク等の利用(就職者はICT系と無関係の職種)を勧めている。企業に就職を希望しない利用者には相談を重ねながら次のステップを考えて支援する。発達障害者や精神障害者の在宅就業の場合でもICT技術のみならず生活習慣、勤怠、コミュニケーションの改善が必要であり、それは企業就職とも通底すると考えている。 5 考 察  在宅就業は、かつては通勤困難や勤務時間の制約などから身体障害者(特に重度身体障害者)の利用が多かったが、ほとんどの団体で精神障害者や発達障害者などが増加している。これは、対人面や仕事・職場におけるコミュニケーションなどの課題から在宅就業を選ぶ傾向があるためだと思われる。ほとんどの団体では、本人の状況や課題などに合わせた支援方法を選択する他、雇用(在宅・通勤)を念頭に支援をしている。中には、精神障害者や発達障害者の在宅就業の場合でもICT技術の他、生活習慣、勤怠、コミュニケーションなどの習得が必要だと考える団体もある。このような精神障害者や発達障害者などに対して生活習慣やコミュニケーションなどの習得を求めていくのは、在宅就業の場合も雇用(在宅・通勤)の場合も同様であり、これらのことを含め在宅雇用を推進し、障害者の仕事や職務への定着を図るためにも、就業支援に加えて生活支援等の重要性が増していくと考えられる。 【参考文献】 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:障害者の在宅就業を支援するための資料、資料シリーズNO.93(2016) 1 厚生労働省:在宅就業支援団体関係業務取扱要領 2 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:障害者の在宅就業支援の現状と課題に関する研究、調査研究報告書NO.131(2016) 3 Information and communication technology(情報通信技術) 職業リハビリテーションで用いられる「自己理解の支援」についての概念分析 ○前原 和明(障害者職業総合センター 研究員)  八重田 淳(筑波大学) 1 はじめに  昨今、障害者及び事業主双方における障害者雇用に関するニーズの高まりとともに、職業リハビリテーション(以下「職リハ」という。)に携わる支援者への期待が高まってきている。この期待に応えていくために、職リハに携わる支援者においては、職リハの実践活動をより有効なものとしていくことが求められる。本研究が分析の対象とする「自己理解の支援」は、一つの実践のあり方になると考えられる。しかし、「自己理解の支援」の概念内容は、これまで十分に整理されておらず、不明確である。  このため、本研究では、職リハの実践現場で用いられる「自己理解の支援」の概念についての整理を行う。 2 方法 (1)分析方法  本研究の分析に際しては、Rodgers,B.L.1)の概念分析(concept analysis)の手法を用いる。  具体的な手続きとしては、対象文献の選定後に、支援対象、介入、研究目的、結果等の情報を、①対象となる概念に先立って生じる要件=先行要件(Antecedents)、②先行 要件との関連から対象となる概念が持つ属性=属性(Attributes)、③その対象となる概念の結果に引き続いてどのようなことが生じるかの帰結=帰結(Consequences)、④さらに関連する概念の抽出=関連概念(Related Concepts)の4つの観点から整理・分析する。 (2)対象文献の選定  研究目的に基づき、職リハの実践現場における「自己理解の支援」の概念を明らかにするために、職リハの実践家が幅広く参加する高齢・障害・求職者雇用支援機構が開催する職業リハビリテーション研究・実践発表会の論文集(過去5年間:2011~2015年)を対象とした。そして、論文集のすべての文献に目を通し、一度でも「自己理解」とのキーワードが使用された文献を対象文献として選定した。この選定により、発表論文集の計551件の文献の内、32件の文献が対象となった。 3 結果及び考察 (1)概念の全体像  「自己理解の支援」の概念の全体像としては、図のように整理できた。以下、各観点について分析を行う。 (2)先行要件  先行要件の内容を表1にまとめた。  職リハに携わる支援者は、対象となる方が【障害理解の困難さ】な状態にあったり、自らの障害理解やスキル獲得のための【機会の不足】の状態にある際に、「自己理解の支援」を実施していると考えられた。 表1 先行要件の内容 (3)属性  属性の内容を表2にまとめた。  職リハに携わる支援者は、対象者の状況に応じた【支援 における工夫】を織り交ぜながら、【経験等の振り返り】、【他者からのフィードバック】、【現状の把握】、【課題整理】の支援介入を行い対象者の〈現状認識と整理〉を行うとともに、就業に必要な【知識の獲得】のための支援を「自己理解の支援」として行っていた。 (4)帰結  帰結の内容を表3にまとめた。  職リハに携わる支援者は、「自己理解の支援」を行うことで、【行動の変化】、【就業に向けた準備】、【就業支援に有用】、【安定就労】といった「就業に関する変化」と共に、【生活上の変化】や【個人内変化】を目指していた。 表3 帰結の内容 (5)関連概念  関連概念として、「キャリア教育」、「気づき」、「障害受容」、「特徴の整理把握」を抽出することができた。 「気づき」、「障害受容」、「特徴の整理把握」は、いずれも、「自己理解の支援」の属性における「現状認識と整理」の概念に関連するものであると考えられる。しかし、「自己理解」に関しては、「障害受容」が目指されるよりも、むしろ「気づき」や「特徴整理」というプロセスに力点が置かれていると考えられる。 4 総合的考察  結果より、自らの障害理解が難しいことや、それに関連する様々な機会が不足した等の理由から、就業及び職業生活面での安定化に必要な変化ができていない対象者に対して、現状の認識と整理及び知識の獲得に向けた支援を行うことが、職リハの実践現場における「自己理解の支援」であると考えられた。  これまで、職リハにおいては、「自己理解の支援」の必要性が指摘されてきた一方で、個々の支援者の主張する「自己理解の支援」があるだけで、職リハにおける「自己理解の支援」の全体像を示すものはなかった。本研究の結果は、今後の実践における活用という観点から考えると、支援の指針となり、有益であると考えられる。 【参考文献】 1) Rodgers,B.L.&Knafl,K.A.:Concept Development in Nursing : Foundations,Techniques,andAppllications (2nded),77-102., W.B.SaundersCompany,Philadelphia,2000. 【連絡先】  前原 和明(障害者職業総合センター 研究部門)  Tel:043-297-9029  e-mail:Maebara.Kazuaki@jeed.or.jp 働くことの追及から生まれた生活介護事業所における重度障害者の地域での果たす役割・就労への挑戦 ○藤本 照子(特定非営利活動法人よつ葉福祉会 てんとう虫 所長)  西垣 千穂(特定非営利活動法人よつ葉福祉会 てんとう虫) 1 はじめに  平成19年4月に生活介護事業所を開所し、現在8年が経過した。重度心身障害者、重度知的障害者の利用が中心であり、就労や作業活動のプログラムはなく、居場所としての機能に限定された事業所であった。身体的機能や知的能力には重度の方ではあるが、「子どもは学び、大人は働く」という理念を掲げ、働くことで社会の中での役割を獲得し、成長や生きがいにつながるよう、就労活動に挑戦した。今回、これまでの活動を経過報告する。 2 就労活動までの経過  障害者自立支援法の施行に伴い、障害者デイサービス事業から生活介護事業へ移行したが、従来の居場所や余暇的機能をそのままに、日中は事業所内や外出をして過ごす活動に限定されていた。働くことによる社会参加の機会や社会での役割を得ることは障害の程度に関わらず必要であることを事業所の理念として定め、就労活動への一歩を踏み出した。 3 事業所での取り組み (1) 支援者の意識統一  制度やニーズの変化とともにこれまでの内容や事業所としての機能を見直し、働くことへの挑戦をするにあたり、支援者の戸惑いや不安が先行した。そこで以下の3点を繰り返し実施した。 ① 研修の実施  平成20年度から24年度までの5年間、概ね月に1度の頻度で延べ52回の研修を継続的に実施した(図1)。はじめは支援の基本を中心に構成し、進む中で支援者から出された希望の内容に基づいて実施した。 ② 利用者及び家族の声  利用者からは「もっと仕事をしたい」といった前向きな声が聞かれ、家族からは「この子が給料をもらえるなんて思わなかった」といった声があり、直接利用者や家族から取り組みに対する肯定的な評価をいただき、支援者の意識も少しずつ変わり始めた。 ③ 生活実態調査  これまでサービス管理責任者しか行っていなかった生活実態の把握や家族との調整を各支援者が担うことにした。利用者が通所している時間以外の生活や、日常の活動を通したアセスメントを繰り返し行い、私たちの生活や同年代の人との生活の違いに気付けるようにした。 図1 研修内容 (2) 働く場の開拓  事業所内での軽作業から始め、地域の中での役割や感謝されることによる生活の質の向上を求め、支援者による働く場の開拓を実施した。全体の開拓企業数を50件と設定し、各支援者でエリアと件数をわけ、電話や訪問による企業開拓を実施した。そのうち、農園での花の管理作業や特別養護老人ホームでの清掃作業、セレモニーホールでの清掃作業等、5か所の施設外就労先を確保した。中でも業務量や作業時間、障害特性等を考慮し2か所で体験実習を実施した。最終的に企業との条件が一致したセレモニーホールの外周清掃の業務を受託した。さらに、役割を果たすことで感謝されることが実感できる仕事を探し、高齢者向け在宅配食サービスの配達部門業務を受託した。  セレモニーホール清掃作業では、支援者1名、利用者2名が従事し、配食サービスでは、支援者1名、利用者1名がペアとして、3ルート分の配達業務に従事している。また、高齢者向け在宅配食のサービス内容に、在宅高齢者の安否確認が含まれているため、当事業所で居宅介護員初任者研修過程の修了者をスタッフとして配置した。 (3) 地域の関係機関との連携  平成25年4月に障害者優先調達推進法が施行され、圏域の障害者就業・生活支援センターに設置された共同受注窓口を通じ、システムキッチンやユニットバスの工場内で、部品の仕分けや仕様に基づいたセッティング作業を実施した。 4 生活介護事業ならではの就労実践のあり方  開所当初より、重度心身障害者、重度知的障害者の利用が中心であり、障害支援区分が5及び6の人の割合が80%を超え、現在でも60%を超えている。生活介護事業における指定基準で、職員配置を1.7:1として加配しているため、充実した職員配置が可能となり小集団による施設外でのグループ就労が実現した。現在は概ね半数の人が施設外でグループ就労に従事している。  また、「個別支援」=マンツーマン対応になりがちな重度障害者への支援について改め、「個別支援」の中に集団支援が含まれるものであり、すべては個別配慮から発生するものであるとした。個別の配慮を軸に個別支援計画を作成し、それぞれの目標に対して個別対応が必要か、または集団活動の中で目標達成に向かえるものか等、利用者のエンパワメントの視点を重要と考えるようにした。 5 所得の向上  これまでの取り組みの中で、事業所内で「働くこと」を始め、その活動を地域の中に移行してきた。所得の向上を第一目標として取り組んできたのではないが、平成19年度には平均月額347円であった工賃が平成27年度には4,981円にまで向上した。また、最高工賃額についても、平成19年度の月額1,700円から平成27年度には14,080円にまで向上した。平均額と最高額で単純に比較はできないが、これは平成26年度の就労継続支援B型事業所の全国平均工賃額の14,838円に近い額となっている。また、就労支援事業収入においても、平成19年度の11万円から平成26年度には300万円を超えるようになった(図2)。  生活介護事業所の活性化による工賃向上は、障害のある人にとって所得を得るだけではなく、生活の幅や質を高め、その人らしく生きる基盤になっている。これまでもこれからも、働く障害のある人の工賃向上を最終の目的とせず、誰もが当たり前に地域で働き、暮らす社会を目指して行くその過程に所得の向上を位置づけて取り組んでいく。 図2 工賃額と売上高 6 これからの課題 (1) 働くための準備支援  社会の中で役割を得る働き方を創ることを目的に取り組んできたが、社会が求める働くためのスキルが身についておらず、ルールやあいさつ等の社会性を求められる場面で対応できない課題が見えてきた。働くために必要な学習や、職場見学等を実施し社会性を獲得できる機会を確保していかなければならない。 (2) 地域ニーズの変化による支援体制の整備  両親の介護が必要となり、これまで自宅で生活されていた人の活動場所としてのニーズや、就職をリタイアされた年配の人の働く場としてのニーズ等、地域の利用ニーズに変化が出てきた。これまでの、働くことが潜在的ニーズであった人に対し、表面化された働くニーズを持たれた人が増え、その人たちは障害支援区分も2から4の中程度の方である。障害支援区分が5及び6の人の割合が60%の基準で、職員配置を1.7:1として加配できているが、その配置を薄くせざるを得ない状況にきている。その中で小集団による施設外でのグループ就労を確保していくための支援体制を整備することが急務となっている。 7 まとめ  人にとって働くことは所得を得ることだけではなく、社会の中で役割と居場所を得ることであり、障害のある人一人ひとりの成長や生きがいにつながるものである。人や地域の役に立つ仕事をして感謝をされることで、社会の中で生きる希望を持ち、その人らしい充実した生活を過ごすことができる。  私たちは障害のある人たちの住みやすい地域づくりを進めるにあたり、働くことによる社会参加という視点から、事業を通して発信し続けていくことが必要である。地域の中で誰もが当たり前に働き、暮らすことができるノーマライゼーションの社会実現を目指していくことを目的に、これからも活動に取り組んでいく。 【連絡先】  藤本 照子  てんとう虫  e-mail:s.c-tentoumushi@yotsuba-hukushikai.or.jp 高次脳機能障害のある方が一般就労する為に~就労準備性から見えてきたもの~ ○辻 寛之 (特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺 管理者兼サービス管理責任者)  西脇 和美(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ阿倍野)  巴 美菜子(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺) 1 はじめに  近年、高次脳機能障害のある方への就労支援が注目され ているが、その実態はまだ見えない事も多い。  高次脳機能障害のある方と関わりを持ちながら、就労移行支援事業所で働く中で見えてきた事を、就労準備性を交えて考察し発表させて頂く。発表について、当事業所利用開始時に個人情報使用同意書にて当人の了承を得た上で、個人が特定されない配慮を行っている。 2 目的  高次脳機能障害のある方の就労準備性が、就労とその後の就労継続にどのように影響しているのか、その実態を探る事を目的とする。 3 方法  当法人の堺、阿倍野、梅田のいずれかの事業所を利用し、平成26年度、平成27年度に一般就労した12名を対象に東京慈恵会医科大学附属第三病院の渡邉修教授が提唱した、8項目(表1)を4段階(表2)で点数化したものを利用開始時と就労時の2つの時期で比較する。 表1 就労準備性8項目 4 結果  12名中、就労時の8項目の合計点は32点3名、31点5名、30点1名、29点1名、27点2名、平均30.3点であり、利用開始時の平均25.8点と比較すると4.5点の向上が見られる。      8項目中、「1;病状の安定、2;働きたいという強い意思(自発性)、3;日常生活の自立、5;交通機関を1人で安全に利用できる」の4項目については、利用開始時と就労時の平均点の差がほとんど見られない状態で、「3;日常生活の自立、5;交通機関を1人で安全に利用できる」の2項目については、利用開始時と就労時ともに12名全員が「4点;自分でできる」状態であった。  一方で「6;高次脳機能障害を正しく説明できる(病識)」は利用開始時平均2.3点から就労時平均3.8点へ、「7;障害を補いながら仕事ができる(代償能力)」は利用開始時平均2.2点から就労時平均3.6点へと2項目ともに平均点で1.5点以上の向上が見られた。  また、「4;5~6時間の作業×1週間の体力」は利用開始時平均3.2点から就労時平均3.7点へ、「8;感情をコントロールできる(社会性)」は利用開始時平均2.8点から就労時平均3.4点へと前述の2項目に比べるとわずかではあるが向上が見られた。 5 考察  就労時の合計点が30点以上の9名は雇用開始直後に環境や業務内容の調整を行うことで、その後の安定的な継続就労に至っている。  しかし、合計点が29点以下の3名は、雇用開始直後に環境や業務内容の調整を行い、その後も半年から1年に渡り配慮面や業務の工夫など企業との調整が必要であり、定期的な企業訪問などで本人から不安やしんどさ、仕事のやり難さなどの聞き取りを行う頻度が高かった。  これらのことから、今回の8項目の合計点が30点以上であると、就労とその後の継続した就労に対しての介入頻度が比較的少なくて良いと考えられる。  また、合計29点と30点の方で就労後の支援頻度に大きな差があることから、今回の点数化における1点の差は大きい。  特に「6;高次脳機能障害を正しく説明できる(病識)、7;障害を補いながら仕事ができる(代償能力)」では就労時の平均点で大きな向上が見られた。これらについては、当事業所での訓練や企業実習、面談を通じて自己認識が深まったこと、それにより仕事をするための代償能力の獲得に前向きに取り組めたことが一因であると考える。  最後に「4;5~6時間の作業×1週間の体力」については大きな向上はなかったものの個人の体力に見合った業務内容、就業時間を念頭に求職活動をしていることから必ずしも5~6時間働く体力がなくても一般就労は可能と言える。 【連絡先】  辻 寛之  特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺  e-mail:tsuji@crossjob.or.jp 障害者職業能力開発校の保健室における聴覚障害者への支援 鵜野 澄世(淑徳大学 看護栄養学部看護学科 助教) 1 はじめに  障害者職業能力開発校(以下「開発校」という。)とは、厚生労働省¹⁾によると、一般の公共職業訓練(以下「訓練」という。)において訓練を受けることが困難な重度障害者に対して、その障害の態様に配慮した訓練を提供することを目的としていることが明記されている。  各開発校の多くには保健室が設置されている。しかし、そこに配置される職員の職種や雇用形態は一律ではなく、また法令上養護教諭や看護師等の配置義務はない。実際には、医療・保健福祉の専門職として看護師や精神保健福祉士を配置する校も見られるが、それぞれの設置主体や所属する訓練生の障害特性や傾向に応じて、校独自に職員を配置している現状である。  開発校に所属して訓練を受ける障害者について、中でも聴覚障害者においては障害の性質上、授業を受けること自体やその他学校行事に参加する際には、手話や筆談など何らかのサポートが必要である。彼ら(彼女ら)が体調不良により保健室を利用する際には、保健室スタッフは彼らの健康状態をアセスメントするために様々な情報を収集する必要がある。その際に、思うように進まず時間を要す場合や、結果として体調不良の彼らに対してさらに身体的負担をかけてしまう可能性もある。これらから、今回聴覚障害のある訓練生と保健室スタッフの関わりに着目し、その支援の状況を明らかにすることを目的とした。 2 方法 (1) 調査対象  X開発校における保健室の利用記録である日誌(以下「利用記録」という。)と保健室スタッフの行動計画や実施内容、アセスメントなどを記した行動の記録であるメモ(以下「行動メモ」という。)を対象とする。X開発校には事前に説明し、調査協力の承諾を得た。 (2) 情報の収集方法  利用記録と行動メモは、訓練生の在籍期間である1年度分を調査し、聴覚障害者の保健室利用時の事由と保健室スタッフの関わりや支援内容を抽出し、基礎データとする。基礎データについて、その意味や解釈がわかりにくい箇所については、記録者に直接聞き取りを行い、確認したうえでデータに補足情報として追加し分析時の参考とする。 (3) 分析方法  得られた基礎データを用い、支援の様相を表わしている部分の意味を損なわないレベルに細分化しコードとして抽出する。その内容は類似項目ごとに整理し関連性を検討し概念化する。信頼性確保のため、開発校に勤務経験のある看護師および精神保健福祉士に内容を確認し、障害関係の研究者に助言を得た。 (4) 用語の操作的定義  問診:医学的診断プロセスの最初のステップ。患者の訴えや関連した症状や環境情報を聞き取るもの。本研究では看護師が訓練生の心身の状態について医学的なアセスメントと、その後の処置や指導内容を判断するための手法とする。  保健室スタッフ:X開発校の保健室に職員として配置されている看護師と精神保健福祉士の双方を指すものとする。 3 結果 (1) X開発校の保健室の職員体制  X開発校では、訓練生の年間定員が80名に対して、正規雇用の精神保健福祉士(以下「PSW」という。)1名と嘱託看護師2名が配置されている。保健室では、職員の配置やその雇用形態から、曜日によっては職種を問わず2名および1名だけで活動しなければならない日も存在する。主に看護師は健康面全般に関するケアを、PSWは精神状態に関する相談や調整等を担う。心身の状態は相関し連動することがあるため、お互いに専門性を活かし協力・補完しながら活動している。 (2) 訓練生の特性  X開発校では、身体障害者向けコース・知的障害者向けコース・精神障害者対象コース等があり、それぞれに障害者手帳を有する者が一般企業の障害者雇用枠での就職を目指して日々訓練を受けている。今回は聴覚障害者に限定し着目したところ、知的障害や視覚障害の重複、糖尿病、不整脈、喘息等の身体疾患、うつ状態やリストカット等の精神症状を併せ持つ者がいた。保健室の利用では、頭痛や発熱、気分不快等を主訴とするものが多く見られた。 (3) 保健室の支援の内容  分析し得られた結果から、今回は心身の健康状態に関係する部分の支援を中心に述べる。保健室が実際に支援していた主な内容の例を図1に示す。保健室の支援は【体調不良に関する対応と健康管理】【日常的な関わりにおける健康管理】【行事における特別な支援】の3カテゴリーと14のサブカテゴリーに整理された。  【体調不良に関する対応と健康管理】では、看護師は、体調不良時をはじめ状況に応じた検温や処置を「フィジカルアセスメント」をもとに行い「直接的なケア」に携わっていた。PSWは、彼らが相談を希望する際には「個別に面談」を行い、メンタルヘルスの向上に努めていた。それらの関わりを通して、保健室スタッフ間で「問診に時間がかかる」や「問診中の(訓練生の)体調が気になる」等の項目が含まれていた。保健室ではこれらの対策として、聞き取り内容を項目化し、受診指導の流れを統一できるように問診補助版を作成して取り入れを試みていた(図2)。 図1 保健室の支援の内容の例 図2 問診補助版の例  【日常的な関わりにおける健康管理】では、日々の訓練生活での健康管理に関する声かけや世間話で相手の最近の様子や体調を読み取ることをしていた。訓練生同士(聴覚障害を持たない訓練生を含む)あるいは職業訓練指導員との関係性や家庭内での状況においての情報を得ていた。訓練生からの意思表示があったときに行う「面接相談」や、彼らからの意思表示がなくても保健室スタッフの判断により面談が必要と思われた時には「必要に迫られた面談」を実施し、心身の状態が低迷したり悪化するのを「予防する対応」をしていた。精神面のケアには、看護師も携わっていた。授業や恋愛関係の悩みの相談にのることもあった。  【行事における特別な支援】では、健康診断や胸部レントゲン撮影検査等を始めとした保健関係の行事において、彼らに「個別に事前説明」を行っていた。事前に内容を段階ごとに整理して、日にちを変えて説明する例が見られた。その回数は1回にとどまらず1週間前から複数回におよび実施している例も見られた。また、行事当日の対策として、待機時間に読むことで心身の準備を整え不安を軽減してもらう目的で説明書を作成し用いていた。また保健室スタッフは、レントゲンが検診車内の密室狭空間での撮影であることから、車内の様子や注意点を「聴覚障害の訓練生同士で情報交換するように促す」ことをしていた。これら各カテゴリーの支援が、年間を通じて健康状態や行事に合わせて、その都度実践されていた。 4 考察  開発校の保健室における聴覚障害者への支援は、体調不良時の対応だけでなく、日常的に訓練生本人なりの健康状態が維持されているときにも、疾患のコントロール状況や心身の負荷状態に合わせて必要な支援をしていたといえる。  彼らが体調不良で保健室を利用する際に、障害の特性から情報のやり取りに誤差が生じてしまう恐れがあるが、その点に注意しながら問診補助版を活用することで、スタッフ間による対応の差が若干生じたとしても、受診が必要な場合には受診を促すことにつながったことは問診補助版の効果である。また保健室スタッフも彼らも問診時間の短縮を体感でき、実践においても効果的であることが伺える。  彼らの障害特性からくる情報量の不足は、彼らにとって様々な不安を与えることがあり、また不安すら抱かせない場合もある。これらから、事前に説明を行い必要最低限の知識や情報を提供することは必要な支援である。また、彼ら個々の性格や考え方の傾向、精神的な要素、背景等に配慮した事前説明の検討が大切である。  保健室では、訓練期間の時間軸の中で訓練生の状況に適した必要な支援をアセスメントし展開していた。彼らが健康状態を保ち訓練に臨めるように、健康面での支援をしながら就職に向けて自立した健康管理に導くことが保健室の役割である。 5 まとめ  保健室では、聴覚障害者への支援として体調不良時に限らず、日常的な健康管理と行事に関連した支援についても提供していることが明らかになった。また、問診補助版などを用いて統一的な支援を行いながらも、個別的な点にも配慮して支援を工夫することが大切であり、今後は、聴覚障害の他にも様々な障害特性に応じた開発校の保健室の支援について検討していく必要がある。 【引用・参考文献】 1) 厚生労働省「職業能力開発校の概要」http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11800000-Shokugyounouryokukaihatsukyoku/0000066669.pdf 「障害者職業能力開発校の在り方に関する検討会」 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000132209.html (検索日2016.8.25) 2) 松為信夫・菊池恵美子編:職業リハビリテーション学 キャリア発達と社会参加に向けた就労支援体系[改訂第2版],p.12,協同医書出版社(2006) 3) 人材開発研究会編:解説日本の職業能力開発 平成20年版,第2部‐3公共職業訓練の推進,P73‐90,労働新聞社(2009) 【連絡先】  鵜野 澄世  淑徳大学看護栄養学部看護学科  e-mail:sumiyo.uno@soc.shukutoku.ac.jp 聴覚障がい者に特化した就労移行支援事業所における実践報告 ○戸田 重央(就労移行支援事業所 いそひと・LinkBe大手町 施設長)  益子 徹 (日本社会事業大学大学院博士後期課程) 1 研究の背景と目的 (1) 研究の背景  近年、聴覚障がい者の就労状況はオフィスワークの増大に伴う一般従業員とのコミュニケーション量の増加などで、これまでとは大きく変化している 1)。  それに伴い、就労上の課題は多くなっており、水野(2014)では、他者よりも情報取得が遅れること、会話をするタイミングがつかめないといった様子があること、その結果、職場で十分な能力を認められる聴覚障がい者は少なく、昇進や昇格、仕事の能力を高めることといった、いわゆるキャリア形成の実現が困難な状況が示されている2)。  岩山(2013)においては、その就労定着率が低いことについても言及がされている3)。  そうした状況を改善するうえでも就労前の訓練の必要性が叫ばれるものの、聴覚障がい者を対象とした職場適応援助者(ジョブコーチ)やハローワークでの手話通訳の配置には未だに課題があり(全日本ろうあ連盟2015)、十分な支援を受けにくい現状がある。このことは、就労移行支援事業においても同様である4)。  実際のところ、聴覚障がい者を対象とした就労移行支援は極めて少なく(全国でも数か所)、聴覚障がい者を対象としたプログラムの開発は不十分と推察される。 (2) 研究の目的  本研究は、聴覚障がい者の就労移行支援事業所における事例検討を行うことで、聴覚障がい者に対応した就労移行支援事業において必要な要因を明らかとすることを目的とする。 2 視点及び方法  本調査では、聴覚障がい者に対する就労移行支援を実施しているA事業所に通所していた3名を対象に、通所開始時、訓練期、就職活動期(または退所期)の3段階における実践について報告をする。  調査方法には、インテーク時のチェックリスト、カウンセリングや就職相談などの面接記録及びインタビュー調査を用いた。  A事業所は一般事務職を志望する聴覚障がい者を対象に支援を行っている事業所であり、訓練時には文字通訳を原則的につけ、情報の保障を実施している。  訓練プログラムには、模擬職場での業務を通じて一般事務職に必要な報告・連絡・相談の実践、文章作成や企画書作成に関する訓練をしている。  また、個々の課題を解決するためにストレスマネジメント研修や日本語文法の基礎研修も実施している。 3 結果 (1) 対象者の属性  対象者は20代が2名、40代が2名であり、いずれも障害者手帳2級を所持しており、手話を用いることが出来る聴覚障がい者であった(表)。 表 対象者の属性 (2) 事例の概要と経緯 ①Aさん  20代男性、最終学歴は短大卒。精神障がいの発症歴あり。主に読話(口話)や手話でコミュニケーションをはかり、必要に応じ筆談を使用する。 【通所開始時】  相談時には就職活動を開始しており、当事業所には書類添削や面接対策といった就職活動での支援を求めていた。 【訓練期】  日本語理解度は高く、意思疎通は円滑であった。過去の就労期に精神障がい発症歴があることから、一般就労への不安が大きく見られた。ストレスマネジメントの研修を必修とし、ストレス対処・解消技術を身につけてもらうことに重点を置いた。 【就職活動期】  採用面接毎に振返り面談を実施し、改善点を見出すサイクルを継続。結果、通所2ヶ月で一般企業へ就職。 ②Bさん  20代女性、最終学歴は高専(聾学校)。主なコミュニケーション方法は手話、必要に応じ口話、筆談を使用する。 【通所開始時】  約1年離職中。軽作業より事務職をやりたいということで通所。ただし日本語に困難があることや、計算が苦手との申告もあり、軽作業や入力業務の割合が多い事務がよいと思われた。 【訓練期】  ほぼ毎日遅刻・早退するため、生活リズムを正すことに努めた。また、当人のスキルに応じたトレーニング(簡単なデータ入力など)を用意し、通所意欲を持続する工夫を行った。一時は遅刻が半減するなど改善が見られたものの、研修中に居眠りをするなど集中が続かなくなった。 【退所期】  研修についていけないとの悩みを受け、検討した結果、聴覚障がい対象の就労継続支援B型事業所への移籍を希望し、移籍。 ③Cさん  40代女性、最終学歴は専門学校卒。聴力障害2級、音声・言語障害3級(身体障害者手帳1級)主なコミュニケーション方法は手話。必要に応じ読話(口話)、筆談の順で使用する。 【通所開始時】  年齢等の様子から、就職に強い不安を示していた。そこで1年で就職を決めるという計画で支援を開始。直近6社の勤続年数が約1年と短く、これをどう克服するかという課題を中心に据えた。 【訓練期】  他責傾向が大きく、仕事に対する不満をうまく処理することが困難な要素がある。ストレスマネジメントなどの研修を通じて、ストレスを感じないコミュニケーションのとり方について学ぶ機会を提供した。また隔週で面談を実施し、自身の障がい特性、退職理由の振返りについて整理し、理解を深めることに努めた。 【就職活動期】  通所6ヶ月で就職準備が整ったと判断し、就職活動を開始。これまでの退職理由が主にコミュニケーション不全にあったことから、聴覚障がい者の雇用実績が高い企業を中心に求職を実施。結果大手金融機関に就職が決まった。 4 まとめと今後の課題  聴覚障がい者の就労課題は必ずしも聴覚障がいがもたらすコミュニケーション障がいのみではなく、相談をする上で必要な言語化などの面にも課題が見られた。  聴覚障がい者が一般企業に就職するに当たり、「日本語」で円滑に意思疎通をとることは、採用において必須な要素と推察される。ただし、聴覚障がいの様相は多彩で、かつその日本語の理解深度もさまざまなため、個別に応じたカリキュラムを提供する必要がある。そういった点からも「聴覚障がい専門の就労移行支援事業所」の重要性について、当事者にも社会にも認知してもらう必要がある。  そのほかにも聴覚障がいはそれぞれの教育歴、家族とのコミュニケーションなどの生育歴全般に複雑に関わっており、それらが原因で精神疾患に成る、社会性が身についていない、などの現象も引き起こしているとも考えられる。  今回は就職に向けて各自の課題に対処療法的に応じただけに過ぎず、就労継続(定着)にまで意義があるかどうかは明らかとはなっていない。  今後は協力いただいた対象者への定着支援を実施する中で研修効果が就労継続にどの程度効果があるのかについても、引き続き調査を行っていきたい 【参考文献】 1)厚生労働省(2013)「障害者雇用状況」集計結果 http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/index.html 2)水野映子(2014)「聴覚障害者の希望を職場で伝えることの重要性—働く聴覚障害者・健聴者のコミュニケーションに関する調査から—」Life Design Report,Summer2014.7 3)岩山誠(2013)「聴覚障害者の職場定着に向けた取り組みの包括的枠組みに関する考察」,地域政策科学研究 (10), 1-24. 4)全日本ろうあ連盟(2015)「聴覚障害者の労働及び雇用施策への要望について」 【連絡先】  戸田 重央  就労移行支援事業所 いそひと・LinkBe大手町  e-mail:isohito@generalpartners.co.jp 理療教育を学ぶ盲ろう者が実技を習得するための支援 ○浮田 正貴(国立障害者リハビリテーションセンター 理療教育・就労支援部理療教育課 厚生労働教官)  高橋 忠庸・伊藤 和之(国立障害者リハビリテーションセンター 理療教育・就労支援部理療教育課) 1 はじめに  国立障害者リハビリテーションセンター理療教育・就労支援部理療教育課の理療教育課程は視覚に障害のある方に対してあん摩マッサージ指圧師、はり師及びきゅう師の国家資格を取得することを目的に訓練を行う自立支援施設(養成施設)である。利用者は視覚障害が対象であるが、視覚障害に加え聴覚障害を併せ持つ方も在籍している。  通常の訓練においては、授業中の聴こえに対する配慮や学習環境の整備、また、実技実習では複数教官の配置など、あん摩マッサージ指圧師の国家資格取得に向けて学習支援を続けている。本報告では、盲ろうの利用者に対して、より就労を意識した手技の技術力向上並びに患者とのコミュニケーション手段の確立を目的に、学習支援を行った結果、安定してきた点と課題点が見出されたので報告する。 2 目的  盲ろうの利用者に対して、より就労を意識した手技の技術力向上並びに患者とのコミュニケーション手段の確立をするために必要な学習支援方法の確立を目的に行った。 3 支援の方法 (1) 対象者  対象者はA氏で50代の女性である。視覚障害の原因疾患は網膜色素変性症で視力は右左共に手動弁である。聴覚障害の原因疾患は両感音性難聴で右左共に100dB以上である。 また、語音弁別は35%程度である。 (2) 支援内容         ① 手技の授業  手技の授業はあん摩マッサージ指圧実技で就労に必要な手技の技術を習得する授業である。通常は集団授業で指導教官は一人である。A氏に対して指導内容が確実に伝わるように複数の教官を配置しチーム・ティーチングの体制をとった。教官は4名でローテーションし、常時2名の教官を配置した。教官の指導には通訳という側面も持たせた。 ② 問診や身体診察の授業  問診や身体診察の授業は、施術をする前に患者の情報を収集する技術を習得する授業で、A氏と教官2名を問診担当と患者役で配置した。また、ビデオ撮影による評価も行った。 ③ 支援後  A氏から習得状況に関する主観的評価を月に1回程度実施した。評価は半構造化面接や電子メールのやりとりで行った。 ④ 支援期間  支援期間は平成27年4月~平成28年3月までの1年間行った。 4 支援の実際  問診や身体診察、身体の施術部位などの授業の実施内容は事前に説明し、授業終了後にA氏と授業内容の確認を行った。患者へのコミュニケーション方法の内容については、次回の授業に向けてA氏と共に検討することとした。 (1) 問診や身体診察の実践  問診や身体診察は、A氏と共に患者の訴えを点字と普通文字を記した「主訴カード」を作成した。主訴カードは身体の主訴部位5カ所と症状5種類を記した2種類作成した。  また、ロジャーシステムは、アシストホーンやFM歩聴器に比べ、より就労に向けて簡便で使いやすいことや聞こえやすいことから導入し、聴こえについても観察を行った。 ① 有用  アシストホーン使用から、ロジャーシステムの導入は聞こえやすいようであった。また、2年前に比べると、やや語音弁別閾が低下してきたためロジャーシステムの使用に切り替えてよかった。 ② 課題  問診に補助的に用いる2種類の主訴カードは、身体の部位や症状の組合せが患者の意志を表現できなかったこと、点字の読みに時間がかかったことなど、工夫の必要性が明らかになった。また、実際の患者で主訴カードを使うタイミングや主訴カードの組合せなど複雑な作業が入るため実践に用いるまでに至らなかった。 (2) 施術の実践  施術は、全身施術を基本とし身体の主訴部位を設定しながら行った。施術中は、手技の力度や患者の快・不快などの状況を把握するために、振動機を活用したり、患者の体動で表現したり、患者が手で合図をするなどの工夫を実践した。 ① 有用  患者の快・不快などの状況は、患者が体を揺するなどの動作、患者が手でたたいて施術者に合図するなど、動きで確実に伝えることができた。また、力度や快・不快など患者の状況を把握するには、ダイナミックな動きがわかりやすいことが明確になった。 ② 課題  振動機は、本体をA氏が装着し、患者に送信機を持たせた。振動する回数は、患者への問いかけに対して1回が「良い・はい」、4回が「不快・いいえ」とした。振動する回数で問いかけの答えを導き出すためには、問いかけの仕方を工夫する必要性を感じた。また、A氏に振動が伝わらないこともありやや不安定であった。振動機の使用方法の確立も重要な課題である。 (3) A氏の主観的評価 ① 支援前  ・患者とコミュニケーションができるか心配。  ・聴こえの具合も変動するため心配。 ② 支援後 ・ある程度、患者とのコミュニケーションがとれたので少し自信が持てた。 5 考察・展望  本報は、より就労を意識した支援であるが、手技の授業での支援は昨年度から継続して行ってきた。その結果、手技の技術力については、部位、力度、時間など就労に値する施術力が安定してできるようになった。  盲ろうの利用者が理療就労を目指す理療教育においては、支援によって施術力の安定感が増す一方、患者とのコミュニケーション手段での課題が明確になった。  問診や身体診察での患者とのコミュニケーションの課題は、  ①患者の発話の聴き取り  ②患者に対する自己アピールの不足 ③主訴カード、振動機、手など非言語的な媒体を活用するための意識変革と活用法の確立 以上のことが考えられる。  今後、聴こえにくい状態でのA氏自身の意識の変革による非言語的媒体の活用について検討し、患者からの情報が把握できる力を養うための支援技術を構築する必要がある。 6 参考資料 (1) 支援の経過(抜粋)  2015.04.21 アシストホーンのきこえについて面談 2015.06.01 ロジャーシステムを用いて臨床に向けた練習  2015.09.07 アシストホーンとFM補聴器を併用  2015.11.05 臨床実習に向けたアンケート調査  2015.11.19 主訴カードを用いた問診の練習  2015.12.03 振動機を用いた施術の練習  2015.12.10 振動機とFM補聴器を併用した施術の練習  2016.01.07 主訴カードと振動機を併用した施術の練習  2016.01.25 内部患者でFM補聴器を用いた施術の練習  2016.02.02 模擬臨床実習(1回目)  2016.02.09 模擬臨床実習(2回目)・レポート提出  2016.02.12 臨床実習に向けたアンケート調査  2016.03.17 模擬臨床実習 (2) アンケートの実施  アンケートも行いながらA氏のニーズの参考にした。  アンケート項目 抜粋 1.今年度も、実技科目にて複数教官を配置しましたが、授業を受けてどのように感じましたか?  2.臨床実習に向けて下記の内容にお答えください。 ①患者とのコミュニケーションをどのようにしようと思っていますか   ②不安なことはありますか 5.臨床実習について不安なことがあれば教えてください。 ①模擬臨床を2回しました。その時に気になったことや課題と思ったことを教えてください。 ②臨床室のカルテの記入方法で、音声環境やピンディスプレイについて教えてください。 ③患者との会話やコミュニケーションで、聞こえ方などについて教えてください。 ④施術中のリスク管理について教えてください。危険と感じたり、不安になったことはありますか ⑤患者の誘導やベッドサイドでの指示について気づいたことを教えてください。 【参考文献】 1) 高橋忠庸, 伊藤和之:理療教育を学ぶ盲ろう者が実技を習得するための支援「視覚障害リハビリテーション研究発表大会抄録集24」p.68(2015) 2) 伊藤和之, 高橋忠庸:弱視難聴者T氏の理療教育から就労までの道程「視覚障害リハビリテーション研究発表大会抄録集23」p.76(2014) 3) 高橋忠庸他:視覚聴覚二重障害を有する理療教育在籍者に対する学習支援「視覚障害リハビリテーション研究発表大会抄録集23」p.77(2014) ヘルスキーパー等のマッサージ業務での就労を希望している視覚障害者への就労支援について ○石川 充英(東京都視覚障害者生活支援センター 就労支援員)  山崎 智章・小原 美沙子・稲垣 吉彦・宮之原 滋・河原 佐和子・長岡 雄一 (東京都視覚障害者生活支援センター) 1 はじめに  厚生労働省が公表した平成27年度の障害者の職業紹介状況によると、ハローワークを通じた視覚障害者の就職件数は2283件であった。内訳をみると、あんま・鍼・灸・マッサージが1063件(46.6%)、企業内マッサージ師(以下「ヘルスキーパー」という。)が54件(2.4%)、高齢者施設での機能訓練指導員が45件(2.0%)など、マッサージに関連する就職件数が約半数を占めていた1)。  一方、視覚障害者に対してあん摩マッサージ指圧師等を養成する施設や視覚特別支援校(盲学校)(以下「養成校」という。)の卒業時の状況を見ると、国家資格を取得したにもかかわらず、就職できない状況が見受けられる。  このような状況を踏まえ、東京都視覚障害者生活支援センター(以下「センター」という。)では、一般事務への就労希望者に加え、ヘルスキーパー、および高齢者施設での機能訓練指導員やマッサージ師(以下「マッサージ業務」という。)への就労希望者を対象として就労移行支援事業を実施している。  今回、あん摩マッサージ指圧師の免許を持ち、マッサージ業務への就労希望者に対して実施したパソコン操作訓練や臨床実習等の就労支援の内容について報告する。 2 方法 (1)対象者  対象者は、平成22年4月から平成28年7月までにあん摩マッサージ指圧師の国家資格を持ち、マッサージ業務への就労を希望してセンターの就労移行支援を利用し、マッサージ業務に就労した視覚障害者である。 (2)就労支援の内容と分析の方法  対象者に対して行った主な就労支援の内容は、「パソコン操作訓練」、「臨床実習」、「就職活動支援」の3つである。これらの内容について、対象者から寄せられた電話やメールなどの意見をもとに分析を行った。 ①パソコン操作訓練  マッサージ業務の求人票にはメール、ワープロ、表計算ソフトの初級程度の操作必要と記載されていることがある。  そこで、センターではパソコン操作訓練(以下「PC訓練」という。)として、画面読み上げソフトとキーボード操作による、メール、ブラウザ、表計算、ワープロなど、一般的なビジネスソフトの利用が可能となるようなプログラムを実施している。 ②臨床実習  マッサージ業務の求人票には、あん摩マッサージ指圧師としての就労経験者を優先する記載がある。しかし、養成校を卒業したばかりでは、就労経験はなく、臨床経験も少ない。また、養成校卒業後は、臨床を経験できる場は少ないため、実践から遠ざかるとその技術が鈍ってしまう。  そこで、センターでは、施術技術の維持、ならびに向上をはかることを目的として、マッサージ担当の支援員(以下「担当支援員」という。)のもと、週1日臨床実習を実施している。臨床実習は、電動昇降式施術台や機能訓練施術台を設置するなど、マッサージ業務に就労した際の近い環境で実施している。 ③就職活動支援  就職活動支援の一つとして、面接試験への同行・同席を行っている。特に面接試験に同席した際には、安全な通勤のための歩行訓練、入社後のフォローアップなど、センターの支援態勢を説明している。さらに、新規マッサージ室開設の求人の場合は、センターがマッサージ室開設の支援を行うことも説明している。 (3)倫理的配慮  個人情報保護の視点を十分留意し倫理的配慮を実施した。 3 結果 (1)対象者のプロフィール  平成22年4月から平成28年7月までの対象者数は男性17名、女性10名の合計27名であった。利用開始時の平均年齢は、40.89歳で、40歳以上50歳未満が13名で最も多かった(表1)。障害程度等級は、1級が17名、2級が9名、6級が1名であった(表2)。就労状況は、ヘルスキーパーに14名、高齢者施設に11名、訪問マッサージに2名の合計27名が就労した(表3)。 表1 年齢構成 表2 障害程度等級 表3 就労状況 (2)パソコン操作訓練  カルテや予約管理などが可能となるためにPC訓練を行っている。対象者全員がパソコン操作の習得を利用目的の1つとし、PC訓練は役立ったと答えている。就労した27名のうち18名、特にヘルスキーパーは14名全員が業務でパソコンを利用していることから、マッサージ業務での就労の際にもPC操作の習得は必須であると考える。  特に、ヘルスキーパーの場合、予約管理をグループウェアで行っている企業もあった。グループウェアは企業ごとに仕様が異なるため、事前の練習が難しく、グループウェア導入企業に就労した対象者に対して、現場で操作説明も行った。  このことから、PC操作訓練では、グループウェアを利用する際に使用するブラウザの練習強化、代表的なグループウェアを利用できる環境の整備、勤務開始前後の現場において操作説明時間の確保など、対応を考える必要がある。 (3)臨床実習  平成22年度から26年度までは、対象者同士による実習を中心に行っていた。しかし、対象者同士では慣れが生じ、マンネリ化が生じるなど、対象者からも改善を求める声があった。そこで、平成27年度からはセンターで活動しているボランティアグループ、および近隣の企業に被施術者としての協力依頼を行った(以下「施術協力者」という。)。これにより臨床実習では、施術協力者に対して施術を行えるような環境を整えることができた。その結果、対象者同士の臨床では実施できない、施術前の主訴の確認や問診、所定時間内に主訴に応じた施術の実施など、実践に近い形で臨床実習が可能となった。さらに、施術終了後には、施術協力者に施術に関するアンケート方式による聞き取りを実施し、担当支援員から対象者にフィードバックを行っている。これについては、アンケート実施以降の対象者から、施術時の振り返りに役だったという声があった。  しかし、施術協力者が対象者の人数に対して不足する状況となることもあり、人数の確保が今後の課題である。  また、就労後の施術に関して、現場でのフォローアップを望む声があった。これに対応するため、平成28年度からは担当支援員による実地指導による臨床フォローアップを始めた。これにより、対象者の就労後の状況を把握しやすくなり、定着支援に役立っていると考えられる。 (4)就職活動支援  就職活動支援の1つである面接試験への同行は、土日の面接を除く25名に対して行った。このうち先方の了解が得られた18名については同席した。同行・同席した対象者全員からからは、初めての場所に行くことが困難なため、安心して面接試験に臨むことができたといった回答があった。同席した際には、勤務開始時の通勤経路の安全確保のための訓練、入社後のフォローアップ態勢について、面接官にセンターとしての見解を申し伝えた。さらに、新規マッサージ室開設のための求人の場合は、センターがマッサージ室開設の支援を行うことを伝えた。これは採用側にとり通勤の安全性への不安、勤務開始後の対応への不安、さらにヘルスキーパー室開設や運営に対する不安の軽減に繋がると考えられ、採用に優位に働いたと考えられる。 4 まとめ  マッサージ業務での就労希望者に対して、「パソコン操作訓練」「臨床実習」「就職活動支援」の就労支援を実施してきた。その結果、マッサージ業務就労希望者30名に対して27名が就労した。これは、センターが実施している就労支援について、一定の評価が得られるものと考えられる。  今後は、マッサージ業務での就労希望者に対してパソコン操作訓練と臨床実習についての検証を行い、より実践に近い形式でのプログラムを提供していきたい。 【参考文献】 1)平成27年度視覚障害者就職状況:日本盲人会連合ホームページ、平成28年6月 ULR  http://nichimou.org/welfare/160617-jouhou-1/ 理療就労を目指す中途視覚障害者の医療面接学習と漢字力向上の取組み ○伊藤 和之(国立障害者リハビリテーションセンター 主任教官)  加藤 麦・池田 和久(国立障害者リハビリテーションセンター) 1 はじめに  あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師(以下「理療師」という。)は、国家資格である1)。障害者総合支援法上、就労移行支援(養成)は安定した教育プログラムを提供し、中途視覚障害者の就労に寄与し続けている。  理療を学ぶ中途視覚障害者の多くは、過去の職歴において、医療職の経験はない。そのため、国立障害者リハビリテーションセンター(以下「当センター」という。)では、1989年以降、理療臨床における患者とのコミュニケーションに関する授業を実践し、臨床の基礎領域を担ってきた。  また、医学教育で導入され始めた客観的臨床能力試験 (Objective Structured Clinical Examination)を施術技能評価に適用する研究が行われ、理療教育界は、評価の対象を、医療面接、病態把握、施術技能を含めた臨床能力全体に拡大する方向性を示した2)。  近年の理療教育では、①準備、②患者の迎え入れ、③医療面接、④身体診察、⑤施術、⑥患者の送り出し、⑦片づけ、⑧施術録作成を、理療臨床の流れとしている。  しかし、この一連の行動を中途視覚障害者が円滑に遂行するには、医学的知識と施術技能の習得に加え、患者情報を記憶・記録するための文字処理の力が必須となる。  そこで、本研究では、医療面接及び施術録作成を支える漢字力向上のための効果的な学習・訓練プログラムを構築することを目的とした実践と調査を行った。 2 方法 (1) 授業単元「医療面接」の実践と授業評価 ア 対象  2003、2005~2008年度理療教育専門課程1、2年生119名 イ 単元開発と実践  授業単元は、独自に開発することとした。底本として、筆者も共同執筆した丹澤3)を用いた。  単元の内容は、①母音トーク、②患者・医療者・医療行為とは、③トータルコミュニケーション、④準言語的・非言語的コミュニケーション、⑤受容と共感、⑥アクティブリスニング、⑦医療面接とは、⑧ロールプレイを軸とした。 ウ 授業評価  各年度とも、授業評価を得ることとした。評価は5件法で、自記式質問紙調査で行った。 単元「医療面接」ロールプレイの様子  評価項目は、①授業の構成、②分かりやすさ、③授業のレベル、④教材の適切さ、⑤視聴覚機器の効果、⑥目標の理解、⑦知識・考え方の習得、⑧質問のしやすさ、⑨進度の適切さ、⑩興味・関心度、⑪総合評価を軸とした。 エ 分析の方法  対象者の回答を集約し、ヒストグラムの作成をとおして行うこととした。 (2) 漢字力判定調査 ア 対象  2013~2015年度理療教育専門課程1年生40名 イ 調査内容  日本漢字能力検定2~10級の漢字各級4問ずつ40問の書き取りを行うこととした。漢字は単漢字乃至2字の熟語とした。実施者が当該漢字を含む文を2度読み上げ、対象者は全員、鉛筆などの筆記具で、当該漢字のみ書き取ることとした。熟語は全て書けた場合に正答(1点)とした。  なお、各級の漢字の選定は、本調査に利害関係のない学習支援担当の非常勤講師に依頼した。 ウ 分析の方法  対象者の回答を集約し、ヒストグラムを作成するとともに、学年末全学科及び受験科目の成績の平均点との対比をとおして行うこととした。 エ 実施時期  各年度とも、4月オリエンテーション期間中 3 結果 (1) 授業単元「医療面接」の実践と授業評価  119名中109名から回答を得た(回収率91.6%)。「高く評価できる」が26名(23.9%)、「どちらかというと高く評価できる」が63名(57.8%)、「どちらとも言えない」が19名(17.4%)、「どちらかというと高く評価できない」が1名(0.9%)、「高い評価はできない」(0.0%)であった(図1)。自由筆記では、「ロールプレイ」「複数科目の教官の参加」の評価が高く、「取扱い時数を増やすこと」「ビデオ撮影の取扱い」「事後ディスカッション」について、更なる検討を求める意見が特徴的であった。 (2) 漢字力判定調査  40名中39名が回答した。全問正答40点中、平均23.1±7.8点、中央値23.5点であった(図2)。  対比する学業成績は、39名中、中途退所者を除く35名分とした。当センター利用可能年齢である中学校卒業レベル(3級)及び中学校在学レベル(4級)の8問中、正解がある群24名では、全学科平均81.0±9.1点、受験科目平均81.9±13.7点であり、正解が無い群11名では、全学科平均72.5±9.1点、受験科目平均65.7±14.8点であった。 図2 漢字力判定調査結果と1年次学年末成績(n=39) 4 考察  単元「医療面接」の授業評価から、知識の習得と体験型学習の組合せが、患者とのコミュニケーション技能の修練に効果的であることがわかった。教育目標分類にある情意領域並びに精神運動領域の学びは、理療就労に向けた学習・訓練プログラムとして効果を挙げると考えられる4)。   課題は、取扱い時数と模擬患者の確保、視聴覚教材の取扱い方であることが明らかとなった。  次に、理療教育開始時の漢字力判定結果と学業成績の対比は、国家資格取得だけでなく、就労を見据えた支援のあり方に、示唆を与えた。東洋医学の専門用語を習得して使いこなす上で、基礎となる漢字力は、日本漢字能力検定では3級程度と仮定しているが、4級を含めても3割弱の者は届いていない状態で理療教育を受けていた。  医療面接によって患者から得た情報を記憶し、的確に要約、翻訳する技能には語彙の豊富さが影響し、その支えとなるのが漢字力である。臨床実習学年に入るまでに、医療面接と、的確且つ効率的に施術録を作成するための漢字力を、同時に身につける学習・訓練プログラムが必要である。 5 結論  視覚障害リハビリテーションの一局面である就労移行支援(養成)では、医療面接及び施術録作成技能の習得と、それを支える漢字力は、資格取得後の理療臨床において、礎石としての機能を果たす重要なコンテンツと言える。 【謝辞】  本研究の一部は、平成26~28年度 科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金) (基盤(C))の補助により遂行された。 【参考文献及び参考資料】 1)厚生労働省:あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律. http://wwwhourei.mhlw.go.jp/hourei/html/hourei/contents.html 2)OSCE調査研究会:平成12~14年度文部科学省 専修学校職業教育高度化開発研究委託「鍼灸等臨床教育におけるOSCE(客観的臨床能力試験)の導入に関する研究」報告書,(2001~2003) 3)丹澤章八編著:<拡大版>鍼灸臨床における医療面接,pp.3-159, 医道の日本社(2002) 4)日本医学教育学会:医学教育マニュアル1 医学教育の原理と進め方,pp.28-44,篠原出版社(1978~1984) 【連絡先】  伊藤 和之  国立障害者リハビリテーションセンター  Tel:04-2995-3100  e-mail:itou-kazuyuki-0303@rehab.go.jp パネルディスカッションⅡ 発達障害者の就労支援を進めるために~支援の手助けをするツールの活用~ 【司会者】 高瀬健一(障害者職業総合センター 主任研究員) 【パネリスト】(五十音順) 小田訓(島根障害者職業センター 所長) 柏木真司(NPO法人ウェルコミュニティ飛騨 理事長) 馬場明日香(株式会社Kaien 就労移行支援事業 Kaien横浜 サービス管理責任者) 発達障害者の就労支援を進めるために~支援の手助けをするツールの活用~ 障害者職業総合センター 主任研究員 高瀬健一 発達障害のある者の支援については、それぞれに課題が異なり、またその障害特性の多様さも加わり、支援者はどのように支援したらよいか悩むことも多いと思われます。一方で発達障害のある者の就労の現状は、賃金、賞与、就業形態及び労働時間並びに勤続年数等の雇用形態・待遇等労働条件において、一般労働者と比較すると、厳しい状況に置かれており、離職率も高いことから雇用の安定という観点から様々な問題を内在し自立した生活が送りにくい状況にあることが当研究部門の調査研究からわかったところです(調査研究報告書No.125「発達障害者の職業生活への満足度と職場の実態に関する調査研究」)。 このパネルディスカッションⅡでは、正に「今ここ」の困難性を受け止めて、未来志向で就労支援を考えていこうと思います。パネリストとして、求職中の発達障害のある者に特化した就労移行支援を首都圏中心に展開している事業所の方、発達障害を含む幅広い障害者に対して就労支援から生活支援まで行っている立場で当機構が作成したツール等を活用されている事業所の方をお招きしました。それぞれの実践についてご報告いただくとともに、当機構の地域障害者職業センターの立場から発達障害者の就労支援を円滑に進めるためのツールの活用と関係機関からのニーズを中心に報告いたします。 ディスカッションでは、これからの発達障害のある方への就労支援について、①求職活動及び職場定着にかかる支援のポイント、②アセスメントにかかるツールの共有化等、③研究開発へのニーズの3点を中心に多面的に討議を進めます。