第23回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 開催日 平成27年11月12日(木) 平成27年11月13日(金) 会場 東京ビッグサイト会議棟 主催 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 ご挨拶 「職業リハビリテーション研究・実践発表会」は、職業リハビリテーションの発展に資することを目的として開催し、職業リハビリテーションに関する調査研究や実践活動を通じて得られた多くの成果を発表するとともに、ご参加いただいた皆様の意見交換、経験交流等を図り、研究・実践の成果の普及に努めてまいりました。第1回を平成5年11月に開催し、今回第23回を迎えることとなりました。 さて、近年では障害のある方々の雇用は着実に進展し、昨年11月26日に公表された障害者雇用状況の集計結果を見ると、平成26年6月1日現在で従業員50人以上の民間企業に雇用される障害者の数は約43万1千人、実雇用率は1.82%といずれも過去最高を更新しています。 障害別にみますと身体障害31万3千人、知的障害9万人、精神障害2万7千人と、いずれの障害においても雇用される者の数は増加しており、特に精神障害は、前年度比で24.7%の増加と大きな伸び率を示しており、企業の採用意欲の高まりと障害のある方々の就職意欲の高まりが感じられるところです。 一方で、身体障害、知的障害、精神障害といった障害以外にも、発達障害、高次脳機能障害、最近では難病や若年性認知症なども含めて、職業リハビリテー-ションの対象となる障害は多様化してきており、周囲からわかりにくい障害特性なども増えてきております。 また、昨年度まで常時雇用している労働者数が200人を超える規模の企業が法定雇用率を達成しない場合に、障害者雇用納付金の納付義務が生じていたところですが、今年度から常時雇用している労働者数が100人を超える規模の企業も納付金の申告対象となることとなり、その対象範囲が拡大することになりました。 さらに、これまで実雇用率への算定対象だったものの、雇用義務の対象でなかった精神障害者について、平成30年度には法定雇用率の算定基礎に組み入れることとされております。 また一方で、障害者権利条約への対応として、今年の4月には厚生労働省においてすべての事業主を対象とした「障害者差別禁止指針」及び「合理的配慮指針」が策定されました。合理的配慮指針の事例集もとりまとめられるなど、平成28年4月の改正法施行に向け、着々と準備が進められているところです。 このような状況を背景として、企業の方々には、多様な障害種類を視野に入れた、さらなる障害者雇用の促進と、職場定着の推進のための適切な配慮が求められることになります。そして障害のある方にとっては、就職のチャンスがさらにいっそう拡大することになるものと思います。 今後は、我々も含め、就労支援に携わる者としては、企業の「障害者を雇ってみよう」「職場定着を進めつつ、障害者雇用の拡大をしていこう」といった意欲やニーズに対して、よりタイムリーで的確な支援を行うことが求められることになります。 本研究・実践発表会では、様々な調査などの結果に基づく研究成果のほか、企業や支援機関の皆さまの実践的な活動のご報告をいただくこととしています。 本日の特別講演では、平成26年度の職場改善好事例で最優秀賞を受賞された第一生命チャレンジド株式会社様の障害者雇用の取組についてお話をいただきます。 このほかにも、パネルディスカッションを2本、口頭発表82題、ポスター発表36題のご発表をいただきます。口頭発表、ポスター発表は前回併せて109題であったものが今回118題と、例年を上回る発表のご応募をいただきました。ご応募いただいた皆さまには感謝申し上げます。 ご参加くださった、労働、福祉、教育、医療の関係機関の皆様、また障害者雇用に関心をお持ちの企業の皆様にとって、本研究・実践発表会が実り多いものとなるよう祈念いたしまして、開会のご挨拶とさせていただきます。 平成27年11月12日 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構  理事長  和田 慶宏 特別講演 さまざまな人たちがともに働く、挑戦と成長の職場づくり 第一生命チャレンジド株式会社 代表取締役社長 湯浅 善樹 事業本部 職場定着推進室 課長 齊藤 朋実 プログラム 【第1日目】 平成27年11月12日(木) ○基礎講座・支援技法普及講習 時間内容 10:00 受付 10:30 基礎講座 Ⅰ 「発達障害の基礎と職業問題」 講師:望月 葉子(障害者職業総合センター 特別研究員) Ⅱ 「高次脳機能障害の基礎と職業問題」 講師:田谷 勝夫(障害者職業総合センター 特別研究員) Ⅲ 「難病の基礎と職業問題」 講師:春名 由一郎(障害者職業総合センター 主任研究員) 支援技法普及講習 「発達障害者支援技法の紹介 ~ナビゲーションブックの作成と活用~」 12:00 講  師:古野 素子(障害者職業総合センター職業センター 障害者職業カウンセラー) ○研究・実践発表会 時 間 内 容 12:30 受付 13:00 開会 挨拶:和田 慶宏 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 13:15 特別講演「さまざまな人たちがともに働く、挑戦と成長の職場づくり」 14:45 講  師:湯浅 善樹氏 第一生命チャレンジド株式会社 代表取締役社長 齊藤 朋実氏 第一生命チャレンジド株式会社 事業本部 職場定着推進室 課長 休憩 15:00 "パネル ディスカッションⅠ" 「精神障害者雇用の実際」 司 会 者:加賀 信寛 障害者職業総合センター 主任研究員 "パネリスト:(五十音順)" 倉持 利恵氏 株式会社シータス&ゼネラルプレス コーポレート部門 総務部 部長 清家 政江 氏 "社会福祉法人JHC板橋会 障害者就業・生活支援センター ワーキング・トライ センター長" 16:40 西尾 正人氏 鎌取メンタルクリニック 院長 【第2日目】 平成27年11月13日(金) ○研究・実践発表会 時間内容 9:00 受付 9:30 研究発表 口頭発表 第1部 (第1分科会~第9分科会) 11:20 分科会形式で各会場に分かれて行います。 休憩 11:30 "研究発表 (昼食)"  ポスター発表 12:30  発表者による説明、質疑応答を行います。 ※掲載時間:10時30分~15時10分 休憩 13:00 研究発表 口頭発表 第2部 (第10分科会~第18分科会) 14:50 分科会形式で各会場に分かれて行います。 休憩 15:10 "パネル ディスカッションⅡ" 「これからの事業主支援」 司会者:野中 由彦 障害者職業総合センター 主任研究員 "パネリスト: (五十音順)" 窪  貴志氏 株式会社エンカレッジ 代表取締役 直井 敏雄氏 ノーマライゼーション促進研究会 会長 16:50 丸山  哲氏 社会福祉法人高水福祉会 常務理事 目次 【特別講演】 「さまざまな人たちがともに働く、挑戦と成長の職場づくり」 講師:湯浅 善樹 第一生命チャレンジド株式会社 2 齊藤 朋実 第一生命チャレンジド株式会社 【パネルディスカッション】 「精神障害者雇用の実際」 司会者:加賀 信寛 障害者職業総合センター 8 パネリスト:倉持 利恵 株式会社シータス&ゼネラルプレス 9 清家 政江 障害者就業・生活支援センター ワーキング・トライ 19 西尾 正人 鎌取メンタルクリニック 24 【口頭発表 第1部】 第1分科会:企業における障害者雇用の取組Ⅰ 1 "国立がん研究センター東病院での知的障がい者雇用の取り組み−看護職員の業務の一部を代行する障がい者雇用について− ○長澤 京子 国立がん研究センター東病院/立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科 26 荒木 紀近 国立がん研究センター東病院 芝岡 亜衣子 国立がん研究センター東病院 佐々木 貴春 国立がん研究センター東病院 山添 知樹 国立がん研究センター東病院 天野 由莉 国立がん研究センター東病院 湊 俊介 国立がん研究センター東病院 国立がん研究センター東病院 国立がん研究センター東病院 国立がん研究センター東病院 国立がん研究センター東病院 国立がん研究センター東病院 国立がん研究センター東病院" 2 いきいき働く仲間たちの挑戦が社風をつくる−人ひとりの可能性を信じ、仕事を造る− 蜂谷 菜保子 株式会社沖縄教育出版 28 3 JSTを活用したビジネスマナー定着までの取り組み~会社の印象アップと、より良い職場環境の為に~ ○淺野 栄治 大東コーポレートサービス株式会社 30 圷 利勝 大東コーポレートサービス株式会社 山本 美代子 大東コーポレートサービス株式会社 勝野 幸絵 大東コーポレートサービス株式会社 高橋 紀充 大東コーポレートサービス株式会社 4 障がい者の自律による特例子会社の運営に向けた取り組み ○岩崎 正 デンソー太陽株式会社 32 長谷 孝彦 社会福祉法人太陽の家 5 様々な障がいや経歴を持つメンバーに対する、事務ワークを中心とした業務・環境への定着施策と、長期的雇用を企図した人事制度 長岡 美恵子 株式会社リクルートオフィスサポート 34 第2分科会:企業における障害者雇用の取組Ⅱ 1 特例子会社における精神障害等を有する社員に対する定着支援の事例報告 −アセスメントと実際の支援との関連− 高坂 美幸 MCSハートフル株式会社 36 2 障害者権利条約に伴う指針への対応と取り組みⅠ ○笹川 俊雄 "埼玉県障害者雇用サポートセンター 38 林 善宏 SAPハピネス株式会社 3 障害者権利条約に伴う指針への対応と取り組みⅡ ○林 善宏 SAPハピネス株式会社 40 阪井 好生 SAPハピネス株式会社 笹川 俊雄 埼玉県障害者雇用サポートセンター 4 合理的配慮提供プロセスに関する研究 ○眞保 智子 法政大学現代福祉学部 42 亀井 あゆみ 障害者就業・生活支援センタートータス 第3分科会:福祉・教育分野の取組 1 醜貌恐怖を持つ精神障害者の就労に向けての意識の変化について−就労継続支援B型作業所での関わりを通して− ○㓛刀 幸美 社会福祉法人小さい共同体 44 太田 民子 社会福祉法人小さい共同体 髙橋 良輔 社会福祉法人小さい共同体 2 精神疾患で自信を失っている大人が地域貢献を行い、人々との関わりを続ける中で『自分を取り戻す』プログラムの企画とその取組み ○兎束 俊成 ひきこもり対策会議 船橋  46 朝倉 幹晴 あさくら塾 3 知的障害特別支援学校卒業後の就労継続状況の調査・分析  設楽 なつ子 新潟県立高田特別支援学校 48 4 卒業後を見据えた学校教育における体育 三好 喜久 高知大学教育学部附属特別支援学校 50 5 行政機関における障害者雇用と就労支援のモデル研究について 杉山 功一 埼玉県教育局県立学校部 52 第4分科会:事業主支援 1 障がい者の動機づけと企業の就労支援に関する研究−特例子会社による事例分析−  福間 隆康 高知県立大学 54 2 精神障害者雇用における企業側の課題について(1)~企業アンケート調査の概要~ ○笹川 三枝子 障害者職業総合センター 56 遠藤 雅仁 障害者職業総合センター 田村 みつよ 障害者職業総合センター 宮澤 史穂 障害者職業総合センター 河村 康佑 障害者職業総合センター 3 精神障害者雇用における企業側の課題について(2)~企業タイプ別の傾向~ ○田村 みつよ 障害者職業総合センター 58 遠藤 雅仁 障害者職業総合センター 笹川 三枝子 障害者職業総合センター 宮澤 史穂 障害者職業総合センター 河村 康佑 障害者職業総合センター 4 精神障害者雇用における企業側の課題について(3)~自由記述から見る企業タイプ別の困難感~ ○宮澤 史穂 障害者職業総合センター 60 遠藤 雅仁 障害者職業総合センター 笹川 三枝子 障害者職業総合センター 田村 みつよ 障害者職業総合センター 河村 康佑 障害者職業総合センター 5 障害者雇用に係る事業主支援の標準的な実施方法 野中 由彦 障害者職業総合センター 62 第5分科会:復職支援 1 リワーク支援を利用して復職した後の職場定着支援の実際~ジョブコーチ支援を活用した3年間の実践から~ ○大工 智彦 石川障害者職業センター 64 山本 健夫 大阪障害者職業センター 2 リワーク機能を有する医療機関と連携した職場復帰支援について~東京障害者職業センター多摩支所における実践例について~ ○井上 量 東京障害者職業センター多摩支所 66 虎谷 美保 東京障害者職業センター多摩支所 谷口 幹 東京障害者職業センター多摩支所 3 メンタル疾患による休職者の再発防止につなげる復職訓練プログラム−心理面の本質的な課題の直面化に焦点を当てて− ○諏訪 裕子 キューブ・インテグレーション株式会社 68 北堀 真衣 キューブ・インテグレーション株式会社 島倉 大 キューブ・インテグレーション株式会社 張 磊 キューブ・インテグレーション株式会社 伊東 あづさ キューブ・インテグレーション株式会社 4 気分障害等による休職者の復職支援プログラムにおける「ジョブリハーサル」の概要について ○石原 まほろ 障害者職業総合センター職業センター 70 森 陽子 障害者職業総合センター職業センター 古屋 いずみ 障害者職業総合センター職業センター 野澤 隆 障害者職業総合センター職業センター 渡邉 容子 障害者職業総合センター職業センター 朝野 晃司 障害者職業総合センター職業センター 松田 淑恵 障害者職業総合センター職業センター 第6分科会:地域連携 1 視覚障害と知的障害を併せ有する重複障害生徒の一般就労に向けた取り組み−学校、企業、就労関係機関の連携− 古川 民夫 神戸市立盲学校進路指導部 72 2 重度障害児の一般就労に向けた地域連携の経験 ○宮﨑 健司 十勝リハビリテーションセンター 74 片平 修 帯広ケア・センター 3 就労継続B型通所者を対象とした就労準備講座−就労支援機関と公共職業安定所による次のステップへの取組み− ○太田 幸治 大和公共職業安定所 76 今村 彩 大和市障害者自立支援センター 北舘 崇司 大和市障害者自立支援センター 今若 惠里子 大和公共職業安定所 八賀 伸治 フレッシュゾーン・ボイス 4 山間農家を支える −EM堆肥作り− ○田中 誠 就実大学・就実短期大学 78 宇川 浩之 高知大学教育学部附属特別支援学校 矢野川 祥典 高知大学教育学部附属特別支援学校 石山 貴章 就実大学 第7分科会:職域拡大 1 重度障がい者の農業就労を可能にする福祉型植物工場の開発に関する研究 ○岡原 聡 大阪府立急性期・総合医療センター 80 奥田 邦晴 大阪府立大学大学院 2 障がい者就労支援の職域選択肢拡大における農作業の潜在的需要 ○石田 憲治 農研機構農村工学研究所 82 片山 千栄 農研機構農村工学研究所 鬼丸 竜治 農研機構農村工学研究所 島 武男 農研機構九州沖縄農業研究センター 濵川 雅夫 社会福祉法人同仁会 戸川 圭夫 社会福祉法人同仁会 3 障がい者の職域を農業分野に拡大するための身体活動量計測による農作業評価 ○片山 千栄 農研機構農村工学研究所 84 石田 憲治 農研機構農村工学研究所 鬼丸 竜治 農研機構農村工学研究所 合崎 英男 北海道大学 上野 美樹 農研機構農村工学研究所 4 重度障害者の在宅雇用における身体的負荷軽減~地方採用での企業と地域福祉の連携~ ○青木 英 クオールアシスト株式会社 86 菊池 博文 みやざき障害者就業・生活支援センター 松浦 裕子 みやざき障害者就業・生活支援センター 5 障害者在宅就業支援の現状と課題に関する研究~支援団体と企業への調査の結果~  ○小池 眞一郎 障害者職業総合センター 88 田村 みつよ 障害者職業総合センター 第8分科会:人材の育成 1 コーポレートコミュニケーションを取り入れた職業訓練に関する研究報告 栗田 るみ子 城西大学 90 2 就労移行支援事業所における人材育成の現状−アンケート調査から− ○大川 浩子 北海道文教大学/NPO法人コミュネット楽創 92 本多 俊紀 NPO法人コミュネット楽創 3 障害種別・支援依頼経緯毎の職場適応上の課題とジョブコーチに求められる役割 鈴木 修 特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん 94 4 「訓練・学習の進捗等に特別な配慮が必要な学生への支援・対応ガイド(実践編)」と関連研修の開発 ○深江 裕忠 職業能力開発総合大学校 能力開発院 96 來住 裕 職業能力開発総合大学校 基盤整備センター 松本 安彦  障害者職業総合センター 5 ワークサンプル幕張版(MWS)改訂の現状と課題 ○加賀 信寛 障害者職業総合センター 98 森 誠一 障害者職業総合センター 八木 繁美 障害者職業総合センター 松浦 兵吉 障害者職業総合センター 鈴木 幹子 障害者職業総合センター 前原 和明 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 松本 安彦 障害者職業総合センター 内田 典子 東京障害者職業センター 中村 梨辺果 福井障害者職業センター 下條 今日子 栃木障害者職業センター 第9分科会:高次脳機能障害Ⅰ 1 就労継続困難ケースのアウトリーチ支援の一例から見た一般病院に勤める作業療法士の限界と可能性についての考察 ○中井 秀昭 滋賀県立リハビリテーションセンター 100 乙川 亮 滋賀県立リハビリテーションセンター 高松 滋生 滋賀県立リハビリテーションセンター 田邊 陽子 滋賀県高次脳機能障害支援センター 小西川 梨紗 滋賀県高次脳機能障害支援センター 川上 寿一 滋賀県立成人病センター 2 脳梗塞による高次脳機能障害にて現実検討能力が低下した事例に対する復職支援 ~働く喜びの再獲得を目指して~ ○中島 音衣麻 長崎北病院 102 山田 麻和 長崎北病院 松尾 理恵 長崎北病院 大木田 治夫 長崎北病院 佐藤 秀代 長崎北病院 井戸 裕彦 長崎高次脳機能障害者センター 3 復職後も支援に難渋している事例~多職種との連携によるチームアプローチの経過~  ○植田 正史 浜松市リハビリテーション病院  104 重松 孝 浜松市リハビリテーション病院 秋山 尚也 浜松市リハビリテーション病院 岡本 圭史 浜松市リハビリテーション病院 野崎 静恵 浜松市リハビリテーション病院 鈴木 修 特定非営利活動法人くらしえんしごとえん 4 復職までの行程表を用いた高次脳機能障害患者への復職支援の取り組み 馬渡 敏也 NTT東日本伊豆病院 106 【口頭発表 第2部】 第10分科会:企業における障害者雇用の取組Ⅲ 1 しょうがい者雇用と定着支援について 丹野 憲仁 東日本環境アクセス 弘済学園事業所 110 2 企業が行う就労移行支援事業「就職予備校」及び当事者社員の就労支援者としての育成 ○遠田 千穂 富士ソフト企画株式会社 112 ○槻田 理 富士ソフト企画株式会社 3 一般就労の際の職域を広げるにあたって 佐野町 陽子 ビーアシスト株式会社 114 4 障がい者がイキイキと働く職場環境について 工藤 賢治 株式会社ぐるなびサポートアソシエ 116 第11分科会:SSTを活用した人材育成プログラム 1 外部支援機関によるSSTを中心とする支援から見えてきた成長と課題~就労定着から自立支援に向けた5年間の歩みを振り返って~ ○中田 貴晃 キューブ・インテグレーション株式会社 118 杉本 文江 サノフィ株式会社 松下 由美 サノフィ株式会社 尾上 昭隆 サノフィ株式会社 2 SSTを活用した人材育成プログラムの活用Ⅰ ○岩佐 美樹 障害者職業総合センター 120 石崎 雅人 株式会社電通そらり 佐藤 珠江 社会福祉法人シナプス 埼玉精神神経センター 3 SSTを活用した人材育成プログラムの活用Ⅱ ○石崎 雅人 株式会社電通そらり 122 岩佐 美樹 障害者職業総合センター 佐藤 珠江 社会福祉法人シナプス 埼玉精神神経センター 4 SST研修の効果の定着を図る取組み−職場の理解促進を中心とした試み− ○平井 正博 株式会社かんでんエルハート 124 松本 貴子 株式会社かんでんエルハート 岩佐 美樹 障害者職業総合センター 5 SSTを活用したサポーター(リーダー社員)育成 ○上田 崇 シャープ特選工業株式会社 126 岩佐 美樹 障害者職業総合センター 福永 佳也 大阪府福祉部障がい福祉室 瀧本 優子 梅花女子大学大学院 足立 一 大阪保健医療大学 第12分科会:就労移行 1 就労移行支援事業と宿泊型自立訓練の併用利用における成果 −博愛大学校どりーむの取り組み− 山路 隆元 社会福祉法人博愛会 128 2 私たちの「自分らしく気持ちよく働く姿」が、最高の就労支援~支援員自身の「個別支援計画書」作成を通じて~ ○柳田 貴子 株式会社LITALICO ウイングル府中センター 130 丹羽 康治 株式会社LITALICO ウイングル府中センター 3 レッテルをはらない支援 =失敗をその方の性質と決め込まず、支援の目が、レッテルをはることなくみていくことが必要です。 落合 清美 就労センター白山浦 132 4 社会福祉法人が実施する就労継続支援A型の意義~就労継続支援A型への就労定着から企業就労へ~ 武井 潤 社会福祉法人あだちの里 竹の塚ひまわり園 134 5 就労移行支援事業の円滑な在宅利用について ○堀込 真理子 社会福祉法人東京コロニー 136 山崎 義則 社会福祉法人東京コロニー 第13分科会:障害者を取り巻く現状 1 生活保護受給者の中間的就労から一般雇用にむけた介護人材育成事業~障害者就労支援事業所マイWayの取り組みについて~ ○坂本 栄一 NPO法人マイWay 138 渡辺 典子 NPO法人マイWay 2 オリーブの樹における触法障害者の就労支援の現状と可能性 ○伊藤 美奈子 就労移行支援事業所 オリーブハウス 140 吉井 雅昭 就労移行支援事業所 オリーブハウス 藤井 直樹 共同生活援助事業所 鉄腕アットホーム 3 障害者権利条約の骨抜き化につながりかねない「障害者差別禁止指針」と「合理的配慮指針」 清水 建夫 働く障がい者の弁護団/NPO法人障害児・者人権ネットワーク 142 4 「意識」と「情報」に関する内外の取り組み 佐渡 賢一 元 障害者職業総合センター 144 第14分科会:視覚、聴覚、難病等 1 フィリピン共和国における視覚障害者のマッサージ業就業の現状と課題−教育・訓練と就業支援における制度の発展を中心として− ○指田 忠司 障害者職業総合センター 146 藤井 亮輔 筑波技術大学保健科学部 2 全盲の精神科医が公立病院から民間病院へ再就職するに際しての課題~職場介助者の必要性と制度利用の問題点について~ ○生駒 芳久 視覚障害をもつ医療従事者の会(ゆいまーる) 148 大里 晃弘 視覚障害をもつ医療従事者の会(ゆいまーる) 藤原 義朗 視覚障害をもつ医療従事者の会(ゆいまーる) 守田 稔 視覚障害をもつ医療従事者の会(ゆいまーる) 湯川 仁康 認定NPO法人タートル 3 大卒難聴者の職場適応へ向かうプロセス  伊藤 由美子 日本福祉大学大学院 150 4 「聴覚障がい者キャリアアップ研究会」が取り組む当事者の“経験知”(暗黙知)の検討 ○渡辺 儀一 聴覚障がい者キャリアアップ研究会 152 宮本 治之 聴覚障がい者キャリアアップ研究会 152 村松 広丘 聴覚障がい者キャリアアップ研究会 5 難病の症状の程度に応じた就労困難性の実態及び就労支援のあり方に関する研究 ○春名 由一郎 障害者職業総合センター 154 清野 絵 障害者職業総合センター 土屋 知子 障害者職業総合センター 第15分科会:発達障害 1 就労移行支援事業所における発達障害者支援①~背景・経過と対応について~ ○吉本 佳弘 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 ピアス 156 中村 干城 江戸川大学/社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 2 就労移行支援事業所における発達障害者支援②~コミュニケーションプログラム(CES)の臨床的効果について~ ○中村 干城 江戸川大学/社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 158 吉本 佳弘 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 ピアス 3 A型事業所からの紹介により、当事業所を利用し特例子会社への就労に至った一例 ~作業療法士の特性を生かした関わり~ ○久安 美智子 株式会社ハートスイッチ 160 二神 雅一 株式会社ハートスイッチ 葉田 勉 株式会社ハートスイッチ 土居 義典  株式会社ハートスイッチ 中村 春基 一般社団法人日本作業療法士協会 土屋 景子 川崎医療福祉大学 4 自閉症スペクトラム障害のある30代女性の不適応行動に対する応用行動分析の介入による一考察 ○本田 真大 株式会社LITALICO ウイングル大阪梅田センター 162 陶 貴行 株式会社LITALICO ウイングル大阪梅田センター 5 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける手順書作成技能トレーニングの実践 ○菊池 麻由 障害者職業総合センター職業センター 164 古野 素子 障害者職業総合センター職業センター 増澤 由美 障害者職業総合センター職業センター 第16分科会:精神障害 1 精神障害者の就労定着に関する研究~企業および当事者へのアンケート調査から~ 田島 尊弘 株式会社ゼネラルパートナーズ 166 2 地域障害者職業センターの職業準備支援を利用した精神障害者の職場定着 −Cox回帰分析による検討− ○大石 甲 障害者職業総合センター 168 加賀 信寛 障害者職業総合センター 松浦 兵吉 障害者職業総合センター 3 対人緊張の訴えが強い対象者の報告/相談行動への介入−支援における介入効果の測定の重要性について− 佐藤 大作 山口障害者職業センター 170 4 うつ・気分障害圏に特化した就労移行支援~リワーク支援で人生の選択を~ ○新倉 正之 リワーク支援青山会 172 櫻井 照美 リワーク支援青山会 5 こころの病に伴う「疲労」の軽減に関する就労支援ニーズ ○石川 球子 障害者職業総合センター 174 布施 薫 障害者職業総合センター 第17分科会:高次脳機能障害Ⅱ 1 社会的行動障害への医療機関での対応・技法について ~「医療機関における高次脳機能障害者の就労支援に関する実態調査」より ○土屋 知子 障害者職業総合センター 176 田谷 勝夫 障害者職業総合センター 2 小児期受障の高次脳機能障害者への就労準備支援の重要性 ○阿部 里子 千葉県千葉リハビリテーションセンター 178 遠藤 晴美 千葉県千葉リハビリテーションセンター 太田 令子 千葉県千葉リハビリテーションセンター 大塚 恵美子 千葉県千葉リハビリテーションセンター 小菅 倫子 千葉県千葉リハビリテーションセンター 高橋 伸佳 千葉県立保健医療大学 3 障害者支援施設<にじ>における脳卒中後遺症者の就労影響因子の検証 ○福澤 至 別府リハビリテーションセンター 障害者支援施設<にじ> 180 古本 節子 別府リハビリテーションセンター 障害者支援施設<にじ> 芝尾 與志美 別府リハビリテーションセンター 障害者支援施設<にじ> 長岡 博志 別府リハビリテーションセンター 障害者支援施設<にじ> 4 記憶障害を有する者の補完方法習得に向けた支援について ○菊香 由加里 障害者職業総合センター職業センター 182 河合 智美 障害者職業総合センター職業センター 松村 礼奈 障害者職業総合センター職業センター 井桁 重乃 障害者職業総合センター職業センター 大曽根 未希 障害者職業総合センター職業センター 第18分科会:高次脳機能障害Ⅲ 1 脳損傷により高次脳機能障害を呈した方への就労支援に関する研究−新潟県の医療機関における作業療法士の現状− ○北上 守俊 新潟リハビリテーション大学/新潟県障害者リハビリテーションセンター 184 高野 友美 新潟県障害者リハビリテーションセンター 安中 裕紀 総合リハビリテーションセンター みどり病院 松本 潔 燕労災病院 日高 幸徳 新潟障害者職業センター 泉 良太 新潟医療福祉大学 2 ジョブコーチ支援を利用した高次脳機能障害者の職場定着に関する考察 ○北島 佳知 兵庫障害者職業センター 186 横峯 純 兵庫障害者職業センター 3 障害者就業・生活支援センターにおける高次脳機能障害者の利用実態および支援の現状 ○緒方 淳 障害者職業総合センター 188 田谷 勝夫 障害者職業総合センター 4 医療機関における高次脳機能障害者の就労支援の現状 ○田谷 勝夫 障害者職業総合センター 190 土屋 知子 障害者職業総合センター 緒方 淳 障害者職業総合センター 【ポスター発表】 1 ワークサンプル幕張版(MWS)改訂の経過 その1−検索修正について−                                                                       ○森 誠一 障害者職業総合センター 194 松本 安彦 障害者職業総合センター 加賀 信寛 障害者職業総合センター 八木 繁美 障害者職業総合センター 松浦 兵吉 障害者職業総合センター 鈴木 幹子 障害者職業総合センター 前原 和明 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 中村 梨辺果 福井障害者職業センター 内田 典子 東京障害者職業センター 下條 今日子 栃木障害者職業センター 2 ワークサンプル幕張版(MWS)改訂の経過 その2−数値入力について−                                                                       ○鈴木 幹子 障害者職業総合センター 196 森 誠一 障害者職業総合センター 加賀 信寛 障害者職業総合センター 八木 繁美 障害者職業総合センター 松浦 兵吉 障害者職業総合センター 前原 和明 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 松本 安彦 障害者職業総合センター 中村 梨辺果 福井障害者職業センター 内田 典子 東京障害者職業センター 下條 今日子 栃木障害者職業センター 3 ワークサンプル幕張版(MWS)改訂の経過 その3−物品請求書作成について− ○松浦 兵吉 障害者職業総合センター 198 森 誠一 障害者職業総合センター 加賀 信寛 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 八木 繁美 障害者職業総合センター 鈴木 幹子  障害者職業総合センター 前原 和明 障害者職業総合センター 松本 安彦 障害者職業総合センター 中村 梨辺果 福井障害者職業センター 内田 典子 東京障害者職業センター 下條 今日子 栃木障害者職業センター 4 ワークサンプル幕張版(MWS)改訂の経過 その4−数値チェックについて−                                                                       ○八木 繁美 障害者職業総合センター 200 加賀 信寛 障害者職業総合センター 森 誠一 障害者職業総合センター 松浦 兵吉 障害者職業総合センター 鈴木 幹子 障害者職業総合センター 前原 和明 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 松本 安彦 障害者職業総合センター 中村 梨辺果 福井障害者職業センター 内田 典子 東京障害者職業センター 下條 今日子 栃木障害者職業センター 5 ワークサンプル幕張版(MWS)改訂の経過 その5−ピッキングについて− ○前原 和明 障害者職業総合センター 202 森 誠一 障害者職業総合センター 加賀 信寛 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 八木 繁美 障害者職業総合センター 松浦 兵吉 障害者職業総合センター 鈴木 幹子 障害者職業総合センター 松本 安彦 障害者職業総合センター 中村 梨辺果 福井障害者職業センター 内田 典子 東京障害者職業センター 下條 今日子 栃木障害者職業センター 6 発達障害者の表情識別に関する特性の検討 その1~F&T感情識別検査及び表情の注目箇所に関する検討~ ○武澤 友広 障害者職業総合センター 204 知名 青子 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 向後 礼子 近畿大学 7 発達障害者の表情識別に関する特性の検討 その2~事例に基づく支援の検討~ ○望月 葉子 障害者職業総合センター 206 武澤 友広 障害者職業総合センター 知名 青子 障害者職業総合センター 向後 礼子 近畿大学 8 発達障害者の社会適応力向上に向けた取り組みについて~和歌山版・発達障害者就労支援プログラム開発とソプラスの実践~ ○井端 郁人 特定非営利活動法人よつ葉福祉会 ソプラス 208 ○谷 亜矢子 特定非営利活動法人よつ葉福祉会 ソプラス ○野中 千尋 特定非営利活動法人よつ葉福祉会 ソプラス 井邊 一彰 和歌山県発達障害者支援センター ポラリス 9 発達障害者の就労支援に関する一事例の研究 ~アスペルガー症候群と診断された事例の就労移行での訓練から定着支援まで~ 岡島 里実 株式会社ASK アスク京橋オフィス 210 10 発達障害者の就労支援ネットワークにおける機関連携の課題の検討−文献調査に基づく課題の抽出と分類− 榎本 容子 障害者職業総合センター 212 11 発達障害者を雇用する企業の聴き取り調査 内木場 雅子 障害者職業総合センター 214 12 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける特性に応じた作業支援の検討(6) −作業速度に関する特性への対処− ○阿部 秀樹 障害者職業総合センター職業センター 216 加藤 ひと美 障害者職業総合センター職業センター 佐善 和江 障害者職業総合センター職業センター 渡辺 由美 障害者職業総合センター職業センター 13 発達障害のある学生へのキャリア支援の実践 その1~本人・親・学校を対象としたWing PROのアプローチ~ ○新堀 和子 NPO法人Wing PRO 218 市村 たづ子 NPO法人Wing PRO ボーバル聡美 NPO法人Wing PRO 藤岡 美和子 NPO法人Wing PRO 松村 佳子 NPO法人Wing PRO 松為 信雄 NPO法人Wing PRO 14 発達障害のある学生へのキャリア支援の実践 その2~高校生を対象とした親子集中講座の実践と今後の展望~ ○市村 たづ子 NPO法人Wing PRO 220 新堀 和子 NPO法人Wing PRO ボーバル 聡美 NPO法人Wing PRO 藤岡 美和子 NPO法人Wing PRO 松村 佳子 NPO法人Wing PRO 松為 信雄 NPO法人Wing PRO 15 障害高校生を一般就労に導く放課後等デイサービスの新しいスタイル「のとよーび」の取り組み 名和 亜由美 株式会社Notoカレッジ 222 16 引きこもりから一般就労を目指して 荒木 春菜 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺 224 17 サテライトオフィスにおけるACTの活用と展望 刎田 文記 株式会社スタートライン 226 18 サテライトオフィスにおけるトータルパッケージの活用と効果 ○志賀 由里 株式会社スタートライン 228 刎田 文記 株式会社スタートライン 19 就労移行期の方に対するトータルパッケージの活用方法と効果 ○小島 育宏 株式会社スタートライン 230 刎田 文記 株式会社スタートライン 20 ベネッセビジネスメイトにおける人材育成の考え方と研修のしくみ ○網代 美保 株式会社ベネッセビジネスメイト 232 守田 節子 株式会社ベネッセビジネスメイト 21 知的障がい者に対するストレスチェック実施の取組み ○松本 貴子 株式会社かんでんエルハート 234 平井 正博 株式会社かんでんエルハート 原田 新 岡山大学学生支援センター 22 複数の障害者の雇用における連携支援に関する実践 大庭 淑子 障害者就業・生活支援センター さくら 236 23 就労訓練の有無が依存症を呈する者の再発に及ぼす影響の再検証 ○廣上 愛莉 株式会社わくわくワーク大石 238 大石 雅之 大石クリニック 大石 裕代 大石クリニック 長縄 瑛子 大石クリニック 藤丸 悦子 株式会社わくわくワーク大石 中西 桃子 株式会社わくわくワーク大石 高畑 智弘 株式会社わくわくワーク大石 斎藤 美奈 株式会社わくわくワーク大石 石井 愛 株式会社わくわくワーク大石 長野 安那 株式会社わくわくワーク大石 24 依存症患者の就労定着を促進するための要因調査 ○長野 安那 株式会社わくわくワーク大石 240 大石 雅之 大石クリニック 大石 裕代 大石クリニック 長縄 瑛子 大石クリニック 藤丸 悦子 株式会社わくわくワーク大石 中西 桃子 株式会社わくわくワーク大石 斎藤 美奈 株式会社わくわくワーク大石 石井 愛 株式会社わくわくワーク大石 廣上 愛莉 株式会社わくわくワーク大石 高畑 智弘 株式会社わくわくワーク大石 25 就労支援における認知行動療法を用いた介入の有効性 小髙 仁 就労移行支援事業所ノイエ 242 26 職業復帰者を対象とした意欲とFIMの関係から考察される回復期病棟の役割の検討 ○神﨑 淳 横浜新緑総合病院 244 林 研二郎 横浜新緑総合病院 大平 雅弘 横浜新緑総合病院 小宮 正子 横浜新緑総合病院 太田 裕子 横浜新緑総合病院 27 高次脳機能障害のある方が企業で働くための取り組み ○辻 寛之 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ梅田 246 西脇 和美 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ阿倍野 巴 美菜子 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺 28 指定療養介護事業所における就労支援チーム「グリーン」の6年間の活動報告について ○丸山 佳子 厚生連鹿教湯三才山リハセンター三才山病院 248 永井 久子 厚生連鹿教湯三才山リハセンター三才山病院 中山 裕章 厚生連鹿教湯三才山リハセンター三才山病院 29 ハローワークにおける関係機関と連携した障害者就労支援の現状 ○清野 絵 障害者職業総合センター 250 春名 由一郎 障害者職業総合センター 鈴木 徹 障害者職業総合センター 30 障害者の職場定着に関する文献の傾向等の分析~「障害者の就業状況等に関する調査研究」から~ ○高瀬 健一 障害者職業総合センター 252 鈴木 徹 障害者職業総合センター 大石 甲 障害者職業総合センター 西原 和世 障害者職業総合センター 綿貫 登美子 障害者職業総合センター 31 アセスメントシートを活用した就業準備支援カリキュラムの構築及び提供とその支援実践の効果 ○中田 安俊 チャレンジめいとくの里 254 平野 佑典 チャレンジめいとくの里 32 東京都立府中けやきの森学園 ~就労に向けた作業学習の改善~ ○牛丸 幸貴 東京都立府中けやきの森学園 256 岡村 亜希子 東京都立府中けやきの森学園 稗田 健治 東京都立府中けやきの森学園 33 教育・訓練における「特別な配慮を必要とする学生」への支援に関する論点と課題 −ポリテクカレッジ等における取組から− 松本 安彦 障害者職業総合センター 258 34 視覚特別支援学校理学療法科における多様な生徒の個別支援の取り組み ○工藤 康弘 筑波大学附属視覚特別支援学校 260 小池 功二 筑波大学附属視覚特別支援学校 高橋 博臣 筑波大学附属視覚特別支援学校 長島 大介 筑波大学附属視覚特別支援学校 津野 弘美 筑波大学附属視覚特別支援学校 山中 利明 筑波大学附属視覚特別支援学校 35 視覚障害者に対する就労移行支援プログラムに関する実践報告 ○石川 充英 東京都視覚障害者生活支援センター 262 山崎 智章 東京都視覚障害者生活支援センター 小原 美沙子 東京都視覚障害者生活支援センター 濱 康寛 東京都視覚障害者生活支援センター 長岡 雄一 東京都視覚障害者生活支援センター 36 視覚障害者の就業範囲と実際の就業先に関する考察 嶋村 幸仁 筑波技術大学 264 【パネルディスカッションⅡ】 「これからの事業主支援」 司会者:野中 由彦 障害者職業総合センター 268 パネリスト:窪  貴志 株式会社エンカレッジ 269 直井 敏雄 ノーマライゼーション促進研究会 270 丸山  哲 社会福祉法人高水福祉会 271 パネルディスカッションⅠ 精神障害者雇用の実際 【司会者】 加賀 信寛 (障害者職業総合センター 主任研究員) 【パネリスト】(五十音順) 倉持 利恵 (株式会社シータス&ゼネラルプレス コーポレート部門 総務部 部長) 清家 政江 (社会福祉法人JHC 板橋会 障害者就業・生活支援センター ワーキング・トライ センター長) 西尾 正人 (鎌取メンタルクリニック 院長) 精神障害者雇用の実際 障害者職業総合センター 主任研究員 加賀 信寛 平成26 年度における障害者の職業紹介状況等(厚生労働省職業安定局発表)によると、精神障害者の新規求職申込件数及び就職件数は毎年、大幅に増加している。加えて、「障害者の雇用の促進等に関する法律」の改正によって、2018 年4月から精神障害者が雇用義務の対象となることから、精神障害者に対する職リハサービスの一層の質的向上を図る必要がある。 そこで、パネルディスカッションⅠでは、精神障害者を雇用している企業の担当者から雇用管理の実際について報告いただき、これを受けて、精神障害者を企業に送り出す側の就労支援機関の担当者から、本人と企業をサポートする際の留意事項や課題等について報告いただく。 また、精神科医療機関のスタッフ、特に主治医の関与が職リハサービスの質を左右する重要な要因となることから、精神科医の立場で職リハに関与する際、留意している点について所感を述べていただく。 各パネラーの発言後、機関連携の視点でパネルディスカッションしながら、精神障害者の雇用継続に関する諸課題をフロアーの参加者と共有し、精神障害者に対する職リハサービスの質的向上に資する支援の方策について検討することとする。 精神障害者の雇用の継続のための課題 —医療から 鎌取メンタルクリニック 西尾 正人 野村1)は「薬物療法と心理社会的アプローチがそろって精神科治療といえる」と述べている。また根本2)は精神病治療薬の服薬はLiberman の経過モデルの4つの再発予防因子の一つだが、決して同列ではなく、服薬はけた違いに重要であり、再発予防、疾病の進行阻止のためには、薬物の安定的継続的服用が必要で、そのためには、デポ剤の使用に優るものはないとまで述べている。 演者は病院中心で多職種による支援をしていた時代からの精神科医であるが、現在でも重要と考えられる課題を指摘するならば、当事者の心に寄り添いつつも、あえて服薬の重要性について強調することを今回のパネルディスカッションの演者の役割と考える。 Aさん。高1で発症。卒後間もなく3回目の入院をし、30 年入院した。24 年目から社会復帰プログラムに参加し工員として約20 年働きアパート生活を送ったあと、がんを発症しケアハウスに入居し69 才で亡くなった。PSWやOT、Nsなどのスタッフも葬儀に出席した。小柄で弱々しく引きこもり気味で、対人緊張が強く、作業療法でも人から離れたすみで蹲っていた。時々他の患者さんや面会に来た家族と看護師が話していると急に馬鹿にしたと怒鳴ることがあった。不潔で私物の整理ができず、病室の彼のコーナーは異臭を放っていた。ただし朝はきちんと起き休まず作業に出席していた。ある日突然、外泊からの帰途ハローワークの障害者コーナーを訪ねた。当時私が始めていた「退院準備グループ」の障害者職業センター見学やハローワーク見学の話を人づてに聞いての行動だった。「退院は無理と思うが働いてみたい。」と言うのでグループへの参加を勧め、作業を院内保護工場ともいえる印刷部門に変更した。指導員の指示通り動け、一同が顔を揃えて座るお茶の時間にも耐えられた。1年半後に退院後の生活資金として障害年金の受給をさせ、個別スタッフの指導する退院生活の準備コースへの参加と病院そばの工場への「外勤」を開始した。当初2ヵ月はジョブコーチとしてOTの実習生に一緒に働いてもらった。その中で会社の上司とのコミュニケーションがつき同僚との息の合せ方などが会得された。その後同じ病棟から何人もの患者さんが退院後入居しているアパートの一室に入居した。食事は3食全て病院の職員食堂でとり、薬は疲れて眠気があり自ら著しく減らしていると聞きデポ剤に切り替えた。なんとか外来通院を継続し、スタッフの自宅訪問を拒否せず再発防止につきあってくれた。途中で原付自転車の免許を取得し上手に生活していた。また、英会話を習うなど本人なりの生活の満足度はあった。 【参考文献】 1) 野村総一郎:「すべての診療科で役立つ精神科治療ハンドブック」堀川直史/野村総一郎編 羊土社(2005) 2) 根本豊實:「精神科治療学第30巻07号」星和書店(2015) 口頭発表 第1部 国立がん研究センター東病院での知的障がい者雇用の取り組み−看護職員の業務の一部を代行する障がい者雇用について− ○長澤 京子(国立がん研究センター東病院 ジョブコーチリーダー・障害者職業生活相談員/ 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科比較組織ネットワーク学専攻博士前期課程) 荒木 紀近・芝岡 亜衣子・佐々木 貴春・山添 知樹・天野 由莉・湊 俊介 (国立がん研究センター東病院) 1 要旨 国立研究開発法人国立がん研究センター東病院(以下「東病院」という。)では、平成23年度より知的障がい者雇用の取り組みを実践している1)。理念は「障がい者の可能性を見極め、機会を提供し、職業的自立を目指す」「病院らしい業務を開拓し、障がい者の職域を広げる」「他職員の時間的余裕を創造し、より専門的な業務へシフトできるようにする」の3項である。平成27年8月現在、6名の知的障がい者が週30時間の非常勤職員として事務部門に所属し、主に看護職員の業務の一部である医療関連業務に従事している。 医療関連業務とは、看護職員の業務のうち専門職でなくてもできる医療に関連する業務のことである。たとえば、がん患者が身体に装着するチューブを固定するための固定用絆創膏をカットする業務や、検査で使用する内視鏡スコープの消毒液を拭きとるための紙タオルを折りたたむ業務などがある。業務の多くは、障がい者を雇用する前には、看護職員が夜勤時などに実施していたものであり、障がい者が代行することで、看護職員に時間的余裕が生じ、より専門的な業務に専念できるなどの効果もみられている2)。 本論文では、看護職員の業務の一部を代行する障がい者雇用について、代行することの仕組みの一部や、業務を円滑に遂行するための取り組みの一部を示し、紹介する。また、看護職員の業務の一部を代行する障がい者雇用の効果や課題について、考察する。なお、本稿では、必要不可欠でないかぎり「知的障害者」を「障がい者」と表記する。 2 看護職員の勤務環境の実態 『医療従事者の勤務環境の改善に向けた手法の確立のための調査・研究 調査報告書』によれば3)「人口減少、若い世代の職業意識の変化、医療ニーズの多様化に加え、医師等の偏在などを背景として医療機関等による医療スタッフの確保が困難な中、国民が将来にわたり質の高い医療サービスを受けるためには、医療分野の勤務環境の改善により、医療に携わる人材の定着・育成を図ることが必要不可欠であり、特に、長時間労働や当直、夜勤・交代制勤務など厳しい勤務環境にある医師や看護職員等が健康で安心して働くことができる環境整備が喫緊の課題となっている。」 『看護白書』4)によると、看護職員の多くが医療事故への不安を抱えており「その背景には業務量の多さ、責任・役割の重さ等の看護労働の量と質の過重性が推測されている。」業務量が課題との声は多い。『看護師等の「雇用の質」の向上に関する省内プロジェクトチーム報告書』5)によると、勤務環境の改善のために、職場づくり、人づくり、ネットワークづくりに取り組むこととされ、改善に向けた解決策は多岐にわたる。このうち職場づくりでは、労働時間等の改善、看護業務の効率化、多様な働き方が可能な環境の整備、の3項が重要とされている(厚生労働省 2013)。 3 解決策としての障がい者雇用 看護職員は多忙である。『医療分野の「雇用の質」向上プロジェクトチーム報告』6)によると、看護職員の業務負担軽減や多様な看護業務の効率化を図るには、チーム医療の推進と補助職の活用が重要である(厚生労働省 2013)。多忙に起因する厳しい勤務環境があるならば、看護職員の業務のうち看護師免許がなくてもできるものに関しては、他者が代行することが勤務環境改善のための有効な解決策なのではないか。 実際、看護職員の業務の一部を他者が代行している事例としては、定義にもよるが、高齢者やロボットの活用などが挙げられる。東病院の障がい者が看護職員の業務の一部を代行することも、前述の補助職の活用に該当し、勤務環境改善のための解決策の一つと位置づけられる。東病院のような看護職員の業務の一部を代行する障がい者雇用は、障がい者の就労の機会の提供だけでなく、看護職員の忙しさの解消という視点からも、有用性があるといえよう。 4 代行することと遂行すること (1)看護職員の「猫の手も借りたい」業務を捉える 看護職員の業務の一部を代行する障がい者雇用は、需要と供給を考慮した結果の産物でもある。看護職員は雑務を減らし専門職として患者に向き合う時間を増やしたい、障がい者が就労するには業務が必要である。所属組織の看板業務に就くことは、障がい者のやりがいとプライドを育み、長期的定着にも繋がる。医療機関には、看護職員でなくてもできる医療関連業務が沢山あるが『日本経済新聞』7)によれば、東病院が取り組むまで知的障がい者が患者に関わる業務に従事した例はない、とのことである(日本経済新聞 2013)。ウィンウィンを目指せば、所属組織の理念と乖離せず環境に即した、感謝される障がい者雇用になる。 (2)障がい者が業務を円滑に遂行するために 障がい者が医療関連業務を担う上で欠かせないのは、病院職員は患者のために働いているという意識である。自身の業務と患者が上手く結びつくと、安全・衛生・情報などが徹底されやすいため、障がい者が看護職員の業務を代行するには、これらの動機付けが重要になる。東病院では、障がい者も、病院職員として患者を支援し、組織の一員として看護職員を助け、質のよいサービスに繋げていく。たとえば、前述の固定用絆創膏カット業務前には、100%手指消毒をせねばならない。不衛生な絆創膏を患者が使用すればどうなるかなどを、患者の立場にたって、じっくり想像する機会をつくることで、強い意識が働き消毒をし忘れることはなくなる。自己の職務を理解し意識を高め、自立して責任ある行動がとれるよう、チーム医療の研修にも参加する。組織の中の立場を認識し連携や報告をし、自ら業務解説し、協力して担当業務を遂行する姿は、多くの見学者から、東病院の障がい者雇用の特徴として評価されている。 5 まとめ 障がい者雇用において各人の連携が不可欠であるように、看護職員の勤務改善も、個別独自に取り組んで解決するものではない。他職員の勤務改善を包括するのは勿論のこと、医療機関全体、ひいては、医療の質の向上という社会全体の課題としての視点で取り組むことが必須である。 看護職員の業務の一部を代行する障がい者雇用には、看護職員の勤務環境改善と医療機関での障がい者雇用促進という、2つの効果があると考えられる。したがって、この形態での障がい者雇用が広まれば、医療の質の向上と障がい者の社会参加という2つの社会課題が、同時に解決できるといえるのではないだろうか。 一方で、看護職員の業務の一部を代行する障がい者雇用には課題もある。医療機関は、人命を預かる組織であり、安全・衛生・情報などの危機管理が徹底している。障がい者であっても、病院職員として患者を支援する側にまわる必要があり、責任ある態度が求められるのである。だからこそ、障がい者の特性などにもよるが、導入時や業務習得までの間は、むしろ、看護職員に負荷がかかる場合もありうる。実際の指導にはあたらなくても看護職員の業務である以上、調整コストがかかるからである。看護職員の業務を代行する障がい者雇用の費用対効果は、障がい者の業務習得後に、看護職員の時間的余裕の創造の結果として現る。 看護職員をはじめとした医療分野の勤務環境改善については、国も注力しているところである。安易に取り組めるものではないかもしれないが、女性労働市場全体でも医療機関での従事者数でも多数を占める看護職員の一助となる、意義と影響力のある障がい者雇用の形態だと考えられる。 なお、東病院での取り組みは、年数の短さや、障がい者数の少なさなどから、検証の妥当性に課題が残るため、再検討の余地がある。今後は、平成27年度中に、東病院内外でアンケート調査などを実施し、取り組みの実態を取り纏める予定である。また、筆者は、在籍中の大学院でも医療機関での障がい者雇用促進に関する論文を執筆中8)である。併用して、引き続き、このテーマを考察していきたい。 東病院の取り組みは決してベストではないが、前述のような社会課題を解決しようとするときの参考にしてほしい。これからも先行して革新的に挑戦していくことで、医療機関での障がい者雇用促進に貢献できたら、幸いである。 【引用・参考文献】 1)国立がん研究センター東病院、「『国立がん研究センター東病院での知的障がい者雇用の取り組み』概要」、『障がい者雇用について』、 http://www.ncc.go.jp/jp/ncce/division/pdf/shogaishakoyo.pdf(2015年8月28日アクセス)。 2)長澤京子論、2012、「国立がん研究センター東病院での知的障がい者雇用の取り組み−病院らしい業務の探求と実践−」、『第20回職業リハビリテーション研究発表会論文集』、52-54。 3)医療従事者の勤務環境の改善に向けた手法の確立のための調査・研究班、2014、「医療従事者の勤務環境の改善に向けた手法の確立のための調査・研究 調査報告書」、http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/quality/dl/houkokusyo-08.pdf(2015年8月28日アクセス)。 4)公益社団法人日本看護協会編、2013、『看護白書』、日本看護協会出版会。 5)厚生労働省、2011、「看護師等の「雇用の質」の向上に関する 省内プロジェクトチーム報告書」、http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001fog4-att/2r9852000001foyp.pdf (2015年8月28日アクセス)。 6)厚生労働省、2013、「医療分野の「雇用の質」向上プロジェクトチーム報告」、http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002uzu7-att/2r9852000002v08a.pdf (2015年8月28日アクセス)。 7)日本経済新聞、2013、「知的障害者が看護アシスト 国立がんセンター東病院」、『日本経済新聞』、朝刊、2013年1月14日、社会面。 8)長澤京子、2015、「看護職員の業務の一部を代行する障害者雇用は看護職員の勤務環境改善に貢献できるか」、『2015年度研究報告会レジュメ集』、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科、245-250。 【連絡先】 長澤 京子(論文執筆者) 国立研究開発法人国立がん研究センター東病院(千葉県柏市) TEL : 04-7133-1111 E-mail : kynagasa@east.ncc.go.jp いきいき働く仲間たちの挑戦が社風をつくる−人ひとりの可能性を信じ、仕事を造る− 蜂谷 菜保子(株式会社 沖縄教育出版 総務部) 1 はじめに  「そこで働く人は社風通りの働きをする」と言われている(人とホスピタリティ研究所・代表 高野登氏)が、当社では『仕事は祭だ!仕事は芸術だ!一体感』と掲げており、全員が主役となりお祭りのようにみんなで力を合わせていきいき楽しく働く社風を大切にしている。 ジョブコーチをつけず、知識も経験もなくゼロから始めた障がい者雇用、「彼らには仕事は無理かもしれない…」との当初の予見を裏切るほどコツコツ少しずつではあるが着実に成長を積み重ねてきた彼らの努力と、「すなおさ」「明るさ」「前向き」など人間性においても職員の手本であり、彼らの働く姿勢が職員にいい刺激を与え当社の社風を支えている。 「心身に障害があっても仕事に害はない。障がい者を納税者に」---創業者・川畑が別府太陽の家(大分県)を訪れた際、ホンダ太陽社長の話に感銘を受け、2002年より障がい者雇用を開始。以来ほぼ毎年採用を続け現在は計12名。健康食品と化粧品の通信販売業を行う当社では、12名中10名は商品発送を担う配送事業部に勤務、総務部1名、お得意様担当1名という配属体制である。 2 (株)沖縄教育出版での取り組み (1)全員が主役となる「朝礼」 「全員参画のコミュニケーションの場」として毎日行う朝礼は、「日本一長くて楽しい朝礼」として全国的にも知られることになったが、職員にとっては「伝える」練習の場でもある。入社当初、スピーチが支離滅裂だったN社員(男性)は現在入社6年目、最近ではロジカルに、さらには機転をきかせながら発表が出来るようになってきた。N社員の特徴として、テレビ・ラジオ、リポーターやパーソナリティーの真似ごとが好きだということが挙げられるが、その強みを活かし朝礼では自らがリポーターだと思い込み率先して進行を買って出る。また、観察力が優れているようで、他職員の発表に注意して耳を傾け、自分が発表する際にも良いと思った部分を取り入れているよう。主体性を発揮できる機会を周りが尊重すると、自ら考え工夫し、成長するのではないか。 (2)朝の勉強会、掃除…“コツコツ…”継続の姿勢は全職員のお手本 障がい者雇用を始めた当初、毎朝30分程度、国語や算数など小学生向けのドリルを用いて勉強会を始めた。その活動は徐々に発展し、パソコンでアルファベット入力が出来るようになり、127文字以内で自分の考えを入力する仕組みを活用し全員が毎日一情報を提供できるまで成長した。 コツコツ継続している取り組みは勉強会だけではない。「人間力を磨くため」とし、正社員は毎朝始業前の清掃活動を行ってきたが、そうした企業文化が崩れ始めたときにも、変わらずに文化を守り続けてきたのは特別支援学校出身の社員であった。「決めたことをコツコツやり続ける」姿勢は全職員のお手本となっている。 「最初は下手くそでもいいからやり続けたら出来る」と障がい者雇用1期生のU社員(男性)は語る。彼は数年前、運転免許の取得に挑戦。筆記試験の受験回数は16回。諦めずに挑戦し続け、晴れて合格し免許証を手に彼が出社した時、社内の拍手はなかなか鳴り止まなかった。「誰でも出来ることを、誰にも出来ないくらいやり続ける」ことで成長する姿は社内にいい風を吹かせている。 (3)お得意様へ発信 “いまを生きる”、コツコツ前向きな障がい者雇用メンバーが働く姿勢と彼らの成長よって生まれる感動を、お得意様・社外の方々とも共有したいとの想いから、以下のような取り組みを新たに始めた。 ①会報誌『ちゃ?げんきな人』に登場 お得意様向け会報誌『はいさい!ちゃ?げんきさん』(2012年秋創刊/発行部数:各号1万?1万8千部程)では、2014年より、「ちゃ?げんきな人」というコーナーで障がい者雇用1期生から入社順に一人ずつ、ほぼ毎月紹介を続けてきた。お得意様からは、「特別支援の子らが大勢働いているのを見てこんな素晴らしい会社があるんだなと感動した。周りの理解があるから長く続くことが出来、親御さんも大変喜ばしいでしょう」「働くメンバーも楽しそうで来社してみたい」「今までのちゃ?げんきさん読み感動した。働くメンバーの頑張りが励みになる」(ハンディキャップをもつ娘さんがいらっしゃるお客様、お電話あり1時間お話)など好反応、紙面の中で一番反響の多いコーナーへと成長してきた。 ②オリジナルカレンダー 朝の勉強会や週報などで文章ではなく、時折絵で表現するJ社員(男性)。彼の独自のイラストは、「癒しの効果がある、人を笑顔にする」と次第に社内でも人気となり、2014年夏、J社員が描いた魚やパイナップルなど南国・沖縄をイメージさせるイラストをモチーフにした社員用Tシャツが完成。と同時に、お得意様へ届けるお手紙の台紙、当社HPにもイラストが使用された。 J社員の活躍を皮切りに、イラストによる新たな価値の可能性を感じ、季節の沖縄を描いたイラストをデザインに用いて2015年オリジナルカレンダーを制作。カレンダーは2万名以上のお得意様へプレゼント、「皆さんの絵に凄く感動、それぞれに個性が有って絵心(感性)が素晴らしい」「とても素直でピュアな感じが絵に出ている」「一人ずつの頑張って描いた絵とメッセージもありとてもいい」等好感想。その他県内の特別支援学校やパートナー企業など様々な分野でプレゼントし喜ばれ、障がい者雇用についてや、12名の活躍と働くことの可能性について発信する機会も創造できた。 ③『いきいき働く仲間たち』展 こうした取り組みが社内、そしてお得意様に好評を得てきたことから、新たな発表の場として『いきいき働く仲間たち展』を企画した (2015/7/20?8/1)。オリジナルカレンダー原画等の常設展示ほか、実際に会場へ出向き、漫才やドキュメンタリー映画上映など計3回イベントを行い、家族や恩師が足を運んでくれた。準備も含め、自分で考えたことを実践、社外の方に発表したイベントは新たな挑戦の機会となった。 ④「配送メンバーブログ」設立 主に朝の勉強会の時間(8:00?8:50)を用いて行うさまざまな企画の準備など、日々の会社での様子・風景を会社フェイスブックページ、ホームページで紹介し、(2014年秋「配送メンバーブログ」ページ開設;http://www.cha-genki.co.jp/wp/archives/category/haiso/)好反応。 (4)職場体験の受け入れ 後輩指導に力 「人の成功を手助けするのが成功への近道」との考えが当社では根付いており、採用の有無に関わらず就労支援センターや特別支援学校生の実習受け入れを積極的に行っている。入社4年目のN社員(女性/(2014年4月入社)は、後輩・実習生の指導に人一倍想いをもち取り組む。指導にあたる姿勢と経験とともに成長が見られるN社員の記述を紹介する。 ・2012/6/4「今日から実習生が来て自分の時のことを思い出しました。教えられることは教えます。」 ・2012/7/23「自分にしかできないこと、見つけました。実習生が来たときに一生懸命わかりやすく教えることです。」 ・2013/7/18「実習生のNさんはまだ落ち着かないようで色々声かけています。けどどう対応したら楽しんでもらえるか皆で悩み工夫します。」 ・2013/9/17「一番の仕事のやりがいは後輩の面倒ですね。」 ・2014/10/23「初めて学校の先生とKさんとの面談。緊張しましたが改めて先輩として責任と自分たちは実習生の成長の為どれだけ寄り添いその人が成長へつなげてるか考えさせられました。その子の課題も自分の課題。」 ・2015/1/23「Tさん実習最後で本当に発表の成長ぶりに驚きました。沢山話すようにして良かったと思いました。」  実習生の指導にあたることで社員が成長し、プラスのストローク、感動として全職員に伝播すると社内の雰気が明るくなる。 3 おわりに 決めたことをコツコツ努力する能力に長けている当社の障がい者雇用メンバーは、「いいお稽古」を続けると成長することを身をもって証明している。「わからないだろうから、教える」よりも、自ら気づく・考える力をつけられるよう「教えない共育」に重点を置いている。そのうちに自分のカラーがわかり、自然と組織の中での自分の役割を見出し、その得意分野を極めていくようだ。また、そうした個性光る生き方に触れることで、職員が元気と勇気をもらう。どんなときでも明るく元気・すなおな姿勢は、職員の仕事に向かう心構えを引き締めてくれる。「沖縄教育出版は、お寺のような、福祉施設のような、学校のような、不思議な会社」と言っていただいたことがある(清水義晴氏/株式会社 博進堂)。それは、彼らの存在なしには語られなかったであろうと確信している。 【連絡先】 株式会社 沖縄教育出版 蜂谷 菜保子 hachiya@cha-genki.com JSTを活用したビジネスマナー定着までの取り組み~会社の印象アップと、より良い職場環境の為に~ ○淺野 栄治(大東コーポレートサービス株式会社 係長) 圷 利勝・山本 美代子・勝野 幸絵・高橋 紀充(大東コーポレートサービス株式会社) 1 会社概要 大東コーポレートサービス株式会社(以下「コーポレート」という。)は、親会社である大東建託株式会社の100%出資による障がい者雇用を目的とした特例子会社である。 大東建託本社内に位置する品川事業所では、大東建託本社やグループ会社から依頼を受け、事務(データ入力、封入封緘、スキャニング、郵便計器等)物品作製(名刺、ペーパークラフト、社員証、ゴム印、ネームプレート)、軽作業(シュレッダー、メール便配送、集荷)、メール室運営等500種類以上に及ぶ業務を行っている。 2 経緯 今まで、コーポレートではビジネスマナー向上のために、朝礼時・チームミーティング時・トラブル発生時に、ビジネスマナー研修を実施してきた。しかし、それは伝える側が社員に対し一方的に研修を行う方法が中心で、方法も統一されたものではなかった。また、研修の効果についても、きちんと検証できないままであった。このままのビジネスマナー研修では「コーポレートのビジネスマナーは向上しない!」と感じていた。そこで「もっと社員が理解したかが解る方法はないか」と考えていた時に、障害者職業総合センターの方に「JST」という手法を紹介してもらい、ビジネスマナー研修はこの手法を取り入れて実施してみる事に決めた。 ちなみにJSTとは、「JST (Job related Skills Training)」の略で、職場における基本的な対人マナー等について社会生活技能訓練(SST)の手法を採用したグループワークの中で、視覚的な補助教材を使用した、ロールプレイや意見交換を行いながら、職場で必要となる対人技能を学ぶものである。 3 JST手法を取り入れたビジネスマナー講習(以下「JST講習」という。)の実施 (1)テーマの決定 日常業務上で障がい者社員(以下「社員」という。)が対応に困難と感じる場面や他部署から指摘を受けた場面を考慮し、指導員がテーマを決定した。今回取り組んだテーマは次の3つである。 テーマ1:通路(歩き方・部屋への入り方) テーマ2:報告する テーマ3:他部署訪問時の受け渡し (2)参加社員の選定  各テーマのビジネスマナーが苦手と思われる社員を指導員が選定した。今回対象者となったのは15名。障がい別内訳は、知的(重度含む)10名・精神3名・身体2名。 (3)実施要項 テーマを1~3までを合わせて1クールとして、合計3クール実施した。1回の参加社員は5人、実施頻度は2週間に1回1テーマを行い、1回の講習は30分とした。JST講習は指導員4名で実施した。 (4)JST講習  障害者職業総合センターの協力の下ワークシート(図1)を作成し、ワークシートに沿って講習を実施した。参加社員には、適宜記入をしてもらいながら、講習を実施した。 実際の講習は以下の流れで実施した。 ①意義の確認:なぜそのテーマに取り組むのかを説明 ②服装の確認:ビジネスマナーの基本である服装を確認 ③テーマに沿った「悪い見本」を指導員がロールプレイ →見本のどこが悪かったのか、社員に発表してもらう。→社員に自分の意見を記入してもらう。 ④「良い見本」を指導員がロールプレイする。 →見本のどこが良かったか、社員に発表してもらう。→社員に自分の意見を記入してもらう。 ⑤社員が1人ずつロールプレイする(全員)。 →テーマのポイントを伝える。 →もう一度ロールプレイする。 →出来たら終了 ⑥講習を受けて、明日からやれそうなことを記入する。 また、JST講習を行う際には以下の点に留意した。  ○良い点が見受けられたら直ぐに褒める。 ○悪い例をロールプレイする際に良くないふるまいを入れ過ぎない様にする。 ○受講メンバーに応じた例題(悪い例)の提示を行う。 ○ロールプレイの開始・終了の合図。見るとき、メモを取るときの指示を明確にする。 (5)定着テスト 1クール終了後、概ね1ヶ月をめどに「定着テスト」を実施した。定着度合いを確認するため、「定着テスト」は、社員には実施予定をあらかじめ伝えずに行った。また定着テストの評価は指導員がチェックリスト(図2)を基に実施し、不合格者には「再講習」を行った。 (6)再講習  定着テストの際にビジネスマナーが定着できていなかったと判断された社員に対し、もう一度同じテーマのJST講習を実施した。 4 結果 JST講習参加者の内、定着テストまで行ったのは10名であった(5名はJST講習のみ)。JST講習直後は全員、合格点を取る事が出来たが、1ヶ月経過後の定着テストによる合格率は40%だった(表1)。 表1 定着テスト結果 JST講習直後 定着テスト(1ヶ月後) テーマ1~3 10(100%) 4(40%) なお、定着テストで不合格だった社員には再講習を実施したが、再講習直後は全員合格点をとることができた。 ※再講習を行った社員の定着については、当日の口頭発表で報告する。 5 考察 JST講習を実施することで、ビジネスマナーが苦手な 社員でも、ビジネスマナーを修得する事が可能になった。 社員の中には、どんなふるまいが良いか言葉や頭の中では 分かっていても、実際にどの様にすれば良いのかがわかっていない事があり、良い例、悪い例を見て、実際に練習するというJSTのプロセスをきちんとふまえることで、誰でも、身につけられるようになることが分かった。 また、JST講習を重ねる毎に社員から積極的に意見がでる様になり、日々の業務において常にビジネスマナーを意識する様子が、ワークシートから伺えるようになった。参加社員からは「どうぞ・すみません・今よろしいですか・失礼します、を一言添えて行動したい。」など意見がでるなど、ビジネスマナーに対する意識の向上がみられた。 一方、定着については社員によってばらつきが見られた。社員の理解度には個人差があり講習後すぐに身に付き継続できた社員と、そうでない社員がおり、今後の課題である。  今後は再講習後の再定着テストを行い、定着出来ていない社員が、定着できるようになるまで繰り返し講習とテストを続けていきたいと考えている。 【参考文献】 (1)古野 素子:発達障害の特性をふまえた職場定着への支援にかかる−考察② 第21回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集p208,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター(2014) 【連絡先】 大東コーポレートサービス株式会社 品川事業所 サービス1課 淺野 栄治 e-mail:ae000012P@kentaku.co.jp 障がい者の自律による特例子会社の運営に向けた取り組み ○岩崎 正 (デンソー太陽株式会社 取締役社長) 長谷 孝彦(社会福祉法人太陽の家 愛知事業本部) 1 はじめに 当事業所“デンソー太陽”は㈱デンソー(以下「“本体”」という。)と社会福祉法人“太陽の家”が合弁で設立した特例子会社である。設立は1984年と歴史は古く、㈱デンソーより受注した自動車部品を生産している。社会福祉法人“太陽の家”は“デンソー太陽”の操業を福祉面からサポートする目的で愛知事業本部(以下「“福祉法人”」という。)を新設した。当事業所で就労する障がい者は、社員に加え“福祉法人”の就労継続支援A型の従業員、B型、及び就労移行事業の利用者から構成され、現在合わせて約185名が就労している。 当事業所では、“良い品質が我らの仕事を確保する!”をモットーに定め“品質第一主義”、を軸に一人でも多くの障がい者が自信と誇りを持って就労できるように取り組んできた。更には自ら指導者になり、“キチンと決めキチンと守る”風土を醸成し自律した運営を目指してきた。加えて特例子会社と“福祉法人”は協力し、独自の仕組み(①それぞれの得意な分野に専念する、②就労継続支援A型従業員も特例子会社で就労する、という2点から構成される)を構築し障がい者の就労と自律を支援してきた。ここではこの協力関係にもふれながら、障がい者の自律にむけた取組みを紹介し、直面している課題を挙げる。 参考 HPに記載されているデンソー太陽のモットー 2 “デンソー太陽”の目指す姿と役割 特例子会社は“障がい者雇用率への貢献”が着目されがちであるが、まずは“企業”であり成果が求められる。真面目に就労するだけで成果に結び付くものではなく、仕事を確保し、成果にこだわり成果を出す事が健全な経営の基本でありこれが障がい者の雇用促進、安定につながると考えてきた。 “デンソー太陽”では前述の品質第一主義を軸に、“本体”と同じ製品を障がい者が働きやすい工程で生産することでそれらに取り組んできた。具体的には、 ①安定している・貢献を感じる・障害の程度に合わせた、製品を受注する(本体から受託する)、 ②働きやすく品質、コスト要求を満たす工程を“デンソー太陽”で準備する(本体の支援はミニマム)、 ③品質実績その向上と納期遵守により信頼を確立する、 ④信頼により受注を継続し、できれば更に受注する、 というサイクルを時間もかけできる事を増やしながら、モットー“良い品質が我らの仕事を確保する!”を実現し、健全な事業体質を構築するよう取り組んできた。 これらのプロセスに障がい者が全面的に責任もって参画し成果を達成する事での個人の成長を計り、次のチャレンジと自律の精神を育むよう計ってきた。通常の企業と比較すれば、できる範囲、深さ、スピードには差があるが、任された範囲では“本体”の負荷をへらし最大限自分で“キチンと考え、決め、守って”きた。 この過程のなかで“デンソー太陽”は生産に関わる業務に専念し、“障がい者のヒトの面の支援”は“福祉法人”に任せてきた。又就労継続支援A型の従業員も敢えて“デンソー太陽”の組織の中で就労し業務上の指示を受け真のOJTによる育成に取り組んできた。 3 太陽の家愛知事業本部(“福祉法人”)の役割 一方きちんと就労し成果をだす為には“障がい者”に関する特別なネットワークと支援が不可欠である。生産上の課題に煩わされることなく、この分野の専門知見を有する“福祉法人”がこれらに専念してきた。具体的には、 ①就労できるヒトの採用、 ②職業人としての教育、 ③福祉サービスの一環である“個別支援計画”と職場評価との融合による育成、 ④特例子会社の社員も対象とした、健康管理、 ⑤業務外での生きがいの提供、 ⑥定年後の生活への円滑な移行の支援、 である。生産上の課題は“デンソー太陽”に任せこれらを担い、“デンソー太陽”で就労する社員、従業員、利用者全員が本来の能力を発揮できるよう支援すると同時に健康で活き活きと、少しでも長く就労できる様活動してきた。“デンソー太陽”の目指す姿の実現に貢献すべく①②については独自の基準を設け選抜、育成してきた。 一般就労促進も福祉法人の役割であり、心身ともに健全で業務でも社会的にも真面目な従業員を、就労継続支援A型から社員登用(“デンソー太陽”へのStep Up)すべく、OJTでの育成を通じて両社協力して取り組んできた。2014度からは新人の“デンソー太陽”への計画的な社員登用を前提にした就労移行事業も開始している。 4 結果 障がい者自身の努力、関連者による支援、“福祉法人”との協力関係により、時間をかけながらも目指す姿の実現に向け活動してきた結果、現状以下の状況となっている。 (1)自律した運営にむけて ①“デンソー太陽”の課長以下職制はすべて障がい者 (課長2人、係長7人、班長8人)、 ②移管した製品は生産しやすい工程への変更を含め“デンソー太陽”で準備できる体制、 ③生産に関する間接部門(品質管理、工程設計、生産管理)も障がい者が担当、 ④“本体”、そのグループ会社と同等それ以上の品質実績、(納入不良率1PPM以下) ⑤ 決めた事がやれているかを自分で管理する体制、 ⑥2004年以降社員A型・B型合わせて180人以上の障害者の雇用を維持、 (2)ステップ アップ(Step Up) ①就労継続支援A型から“デンソー太陽”へのStep Up:2005から10年で44人、 ②就労移行事業から“デンソー太陽”へ:同期間1人 ③就労継続支援B型→A型→“デンソー太陽”へのStep Up:同期間1人 ④就労継続支援B型からA型へのStep Up:同期間8人 目指す姿が達成できたといえる段階ではないが、わかり易い方針を定めそれに向かって、本人の努力と組織的な活動があれば何らかの成果が出せるものと考える。 5 課題とまとめ 取組みの中である程度の成果がだせた一方、“仕事”と“ヒト”に関わる基本的な課題も露呈してきている。要因としては、特例子会社の宿命、環境変化、施策の不十分さ、等が挙げられるが以下列挙する。 ①乖離:安定した製品を確保して頑張ってきた。しかしリーマンショック以降日本の製造業は急激に進化しており、“本体”との間で力量の格差が広がっている、 ②高齢化:特例子会社にだせる仕事は量的に一定の限度がありパイが増えない以上社員、従業員も増えず平均年齢はあがってゆく。それにより生産力低下のリスクがある、 ③新人の確保:将来のリーダを目指す新人が採用しにくい、 ④成果が出せなかった人:同等の指導をしてきたつもりだが充分成果が出せず成長できなかった社員、従業員も存在する、 ⑤障がいの進行:高齢化、障がいの進行により生産力が極端に落ちる例がでてきた、 ⑥定年後:就職時には障がい者・事業所の支援策が確立されているが、定年時、定年後には就職時程の支援はない。自分で意識して就労時からの定年後の準備が必要であるがこれができていない社員、従業員がいる。 基本“仕事”に関する課題は“デンソー太陽”が“ヒト”に関する課題は“福祉法人”が主体となって解を求め活動をしているが現在紹介できるような段階には至っていない。 特例子会社の“企業”としての当たり前と障がい者の自律にこだわった“デンソー太陽”の活動を紹介してきた。些か総論的になった事を容赦頂きたい。ここで取り上げた課題に関してはある程度共通する分があると思うので、障がい者活用に携わる方々から御意見、提案を頂ければ幸いである。 【参考資料】 デンソー太陽概要 HP: http://www.aichi-taiyonoie.co.jp 【留意事項】 本論文で、特例子会社の就労者は社員、就労継続支援A型の就労者は従業員、就労継続支援B型の就労者は利用者とした。 様々な障がいや経歴を持つメンバーに対する、事務ワークを中心とした業務・環境への定着施策と、長期的雇用を企図した人事制度 長岡 美恵子(株式会社リクルートオフィスサポート 経営企画室 総務・経理グループ) 1会社概要 株式会社リクルートオフィスサポート(以下「ROS」という。)は、1990年2月にリクルートの特例子会社として設立された。自社ビルをバリアフリー化し、車椅子中心に下肢障がい者を積極的に雇用し、社内報の印刷業務からスタート。 以来、リクルートグループ各社のオフィスワークや従業員の暮らしに関わる業務を全方位的にサポートし、「事業会社」にこだわり、規模を拡大してきた。 (1) 設立からの歩み 印刷事業に加え、総務系領域のサービスカウンター・マッサージサービス・名刺一括請負と職域を広げ雇用を拡大し、1993年には法定雇用率を達成した。 2003年には経理業務を受託し、大幅に雇用を拡大し、グループ会社の連結雇用に踏み切った。 それ以降もグループの成長に伴い、情報関連事業等新たな領域への挑戦を続け、法定雇用率を達成し続けている。 図1 従業員数と障がい者雇用率推移 (2)雇用状況と従業員の内訳 2015年6月現在、従業員数257名のうち81%にあたる209名が障がいを持つメンバーである。 採用に当たっては、下肢障がいを中心にあらゆる障がい部位の人を雇用しており、配属も部位に拘らず、様々な部署で様々な障がい部位を持つ人が共に働いている。 (3)人事ポリシー 障がい者も健常者も区別なく働く会社を目指し、障がいへの配慮はするが、期待もかけ共に成長していくことを求めており、現在、マネジャー15名のうち8名が障がいを 持っており、健常者も含めた10~20名の組織のマネジメントを担っている。 2事業概要 安定的な品質を武器に、グループ各社の情報管理領域、オフィスサービス領域、経理事務代行領域の3軸でのサポート業務を担っている。 (1)事業スタイル グループ各社に点在する事務業務を【集約化】?【定型化】?【分業化】のプロセスを踏むことで、専門化を進め品質及び生産性の向上を図り、分業化することで障がい部位別の対応を可能とし、更に定期通院・体調不良などでの欠勤時の相互フォローを行いやすくしている。 (2)事業運営と変遷 他のアウトソーサーと同レベルの品質と価格でサービスを提供しながら、障がい者雇用にかかるコストを差し引いたら全社黒字となる事を目指し、事業会社として健全な運営を行っている。 また、外部環境の変化やグループ内の事業やニーズの変化に応じ、職域を開拓してきた。 創業期:名刺作成など印刷事業を中心とした事業展開。 拡大期:グループ連結・法定雇用率の見直しに合わせ、経理事務業務などオフィスワークを中心とした事業を開拓。 環境変化:個人情報保護法・Web化の進展・エコロジー志向など外部環境の変化による紙事業の縮小に伴い、環境配慮・情報管理に特化した事業を開拓。 第二拡大期(現在):法定雇用率見直し・グループ成長に伴い、3年間で1.6倍(約100カウント)の雇用拡大の為、サイトチェック業務、グループ本社ビル内でのビルサービス業務などグループ会社と協力して新規職域を開拓。 3長期安定雇用のための施策 当社の従業員の入社までの経験・キャリアは様々であるが、「仕事を通して少しずつでも成長したい」という前向きな志向を重視した採用を行い、入社後の研修や様々な定着施策を通して、自由で風通しの良い社風に馴染み、内外環境の変化と共に拡大・高度化した業務に対応出来る人材を育成してきた。 (1)職務給と目標管理をベースとした人事制度 健常・障害の区別なく同じ制度のもと、等級・報酬・役割を決定。半年ごとに全ての等級にミッションを設定し、その達成状況に応じて給与・賞与・昇進が決まる。報酬・役割については年功序列の考え方は全く無い。 表2 役職毎の役割と就任目安 (2)能力開発施策 人材は、入社後に育てるという考え方に基づき、OJTも含め様々な研修や自己啓発の機会を設けている。 図4 研修体系図 ①研修プログラム 入社時研修(入社~3カ月):経営企画室定着支援チームに所属し、PC操作など業務に必要な基礎知識を学びながら、応援派遣という形で複数部署の業務を体験し、環境や業務に慣れ、適性・能力を見極めてから正式配属。 年次別研修(~3年目):問題解決などの基礎的なスキル習得と、同時期入社したメンバー同士の組織を超えたコミュニケーション強化を目的に年に2回を目途に実施。 階層別研修:戦略立案など役割に応じたスキル習得と同時に、同じ立場のメンバー同士共通の課題感を共有し、情報交換することを目的に年に2回を目途に実施。 全社横断研修:全従業員対象に、組織の実態調査に基づく課題抽出と改善策検討や、目指したい会社の姿を語り合いビジョンを描く研修などを通じ、会社や組織について自ら考え発信する機会を設け当事者意識を醸成。 ②その他能力開発施策 各種表彰制度 資格インセンティブ制度 ジョブローテーション (3)障がいに配慮した制度 障がいによる負荷を軽減し、本来ある能力を最大限に引き出し、長期的安定的に働き続けられるための制度を用意。 定期通院許可制度 車通勤許可制度/駐車場の完備 借上げ住宅制度 産業医/健康管理室 (4)コミュニケーション施策 社内のメンバーと広く交流し、組織内だけでなく居場所や信頼できる人・仲間を増やすことを目的に、全社横断型のイベント・活動を実施。 社員総会:全社の動きや各部署の状況を共有し、総会後に所属組織外のメンバーと懇親する場として年に1度開催。 コミュニケーションイベント:BBQなど、任意参加型の全社横断イベントを年1度程度開催。 クラブ活動:業務時間外・複数組織横断を前提に、マラソンやバンド、手話などの業務外活動の推奨と活動費用の一部負担。 (5)施策の効果 グループの成長や法定雇用率の拡大に伴い、大型新規事業の取り込みや、精神障がいを中心に雇用を拡大したが、入社時研修やコミュニケーション施策など様々な施策を行ったことで、離職率は大幅に改善された。 4 最後に 当社は、スキルアップだけでなくコミュニケーションを意図した研修・イベント等ハード・ソフト両面での取り組みを継続していくことで、様々な障がい・スキル・キャリアを持つメンバーが、当社の風土に馴染み、仕事を通じて成長し、担当分野でのエキスパートとして活躍することを目指す。 【連絡先】 長岡美恵子 (株)リクルートオフィスサポート 経営企画室 e-mail:ros_pr@waku-2.com 特例子会社における精神障害等を有する社員に対する定着支援の事例報告−アセスメントと実際の支援との関連− 高坂 美幸(MCSハートフル株式会社 精神保健福祉士) 1 問題と目的 当社の精神障害者社員(以下「当事者社員」という。)に対するアセスメントに基づき、疾患関連よりも、心身の「健康」に対するセルフマネジメント力の向上に焦点化した支援が有用であると考えられた。その具体的な支援方法として、第22回職業リハビリテーション研究・実践発表会では、アセスメント項目をモニタリング項目として使用した支援経過を発表した1)。そこで本発表では、当社における支援経過を振り返り、①モニタリング項目の有用性の個人差を検討すること、②当事者社員に対する支援事例を通じて、定着支援における個別化の課題を明らかにすることを目的とし、最後に、これらを通じて、アセスメントと実際の支援との関連を検討する。 2 モニタリング項目の有用性における個人差の検討 (1)方法 ① 対象者:当事者社員5名(男性3名、女性2名、平均年齢36.5±6.5歳、平均在職月数24±14カ月)。 ② 対象期間:2015年1月5日から6月30日の6カ月間とした。 ③ 分析手続き 全体のモニタリング項目出現回数:全対象者が使用したモニタリング9項目(①服薬実績、②入眠時刻、③起床時刻、④睡眠時間、⑤中途覚醒頻度、⑥睡眠満足度、⑦日中の眠気、⑧業務満足度、⑨職場満足度)に関して、対象期間における面接記録(103件)を用いて出現回数を集計し、上位3位を求めた(「入眠」項目は「就寝」「入床」を含めた)。また、時期によって出現頻度にどのような変化があるのかを検討するために、2カ月ごとの集計期間で再集計した(表1)。 個人のモニタリング項目出現回数:個人によってモニタリング項目の有用性がどのように異なるかを検討するために、対象者ごとに9項目の出現回数を集計して上位3位を求めた後、表1の集計期間に対応する個人の上位項目を参照し、順位にかかわらず対応する項目を除外した。この手続きによって残ったモニタリング項目のうち、3つの集計期間に重複して(2回以上)出現した項目の出現回数を再集計して、上位3位を求めた(表2)。 (2)結果と考察 ① 全体の特徴(表1) 全体に出現したモニタリング項目は、「入眠時刻」、「日中の眠気」、「睡眠満足度」の順に多かった。また、「日中の眠気」はすべての集計単位で出現した。一方、集計単位ごとに出現した項目を参照すると、先に挙げた3項目に「起床時刻」を加えた4項目に限定された。これらのことから、まず「日中の眠気」は、業務遂行の主な阻害要因のひとつと考えられることから、対象者に共通して、定着支援場面において有用なモニタリング項目であったことが示唆された。また、上位3位に含まれた4項目は、客観的なデータと主観的な評価を含んでおり、双方をバランスよくモニタリングすることが有用であることが示唆された。さらに、「日中の眠気」以外の3項目はいずれも「日中の眠気」に影響を与えると考えられることから、「日中の眠気」を検討する時に有用であったことが示唆された。  ② 個人の特徴(表2) 9つのモニタリング項目の有用性における個人差に関して、対象者に共通して使用回数の多かった項目を除いた後に再集計した結果、睡眠満足度といった主観評価項目が多く残った。また、残った項目数が複数あった者(多数群:ケースB、E)と、そうでなかった者(少数群:ケースA、C、D)の存在が認められた。両群の特徴として、多数群の第1位項目は「睡眠満足度」であったのに対して、少数群の第1位項目は「職場満足度」または「業務満足度」であった。これらのことから、多数群においては、表1にある上位項目を用いながら、他のモニタリング項目を関連づけて振り返りが行なわれたことが示唆された。その一方、少数群においては、他のモニタリング項目が十分に活用されなかったと同時に、全体に出現回数の多かった項目を使用しながらも、振り返りの時にモニタリングの標的が個別化されていた可能性が示唆された。 3 事例を通じた当事者社員の定着支援における個別化の問題に関する検討 (1)方法 ① 対象者:前項の考察に基づき、モニタリングの標的が個別化されていた可能性が考えられる少数群(ケースA、C、D)の3名とした。 ② 対象期間:2015年1月5日から6月30日の6カ月間とした。 ③ 分析手続き 前項の集計期間に対応する面接記録(ケースA:27件、ケースC:21件、ケースD:17件)を閲覧し、表2の上位モニタリング項目を基準としてエピソードを選定し、収集期間ごとにまとめた。なお、ケースAに関しては、各集計期間において個別にもっとも出現回数の多かったモニタリング項目(1~2月:起床時刻、3~4月:入眠時刻、5~6月:入眠時刻)を基準としてエピソードを選定した。 (2)支援経過 ① ケースA(40歳代女性、統合失調症、勤続月数38カ月) ケース情報:入眠・起床時刻のばらつきは大きい、スケジューリング機能の不全が勤怠に大きな影響を与える、当社にて短期間の休職経験あり。 面接記録の概要:【1月~2月】起床時刻にばらつきがあった、余暇の過ごし方が影響していると思う(#1)/起床時刻は、仕事のある日は安定していると思う(#6) 【3月~4月】外出した日は、興奮してなかなか寝つけなかった(#9)/記録上、入眠時刻が早まった、実感とも一致していた(#20)【5月~6月】外出後は興奮して朝まで眠れなかった(#22)/新たな交友活動に伴って、入眠時刻が遅くなった(#25)/記録上は入眠時刻が早まっているが、実感では遅くなっていると思う(#26) ② ケースC(30歳代男性、不安障害、勤続月数25カ月) ケース情報:睡眠習慣はおおむね安定、職場の対人交流が勤怠に大きな影響を与える、当社にて休職経験あり。 面接記録の概要:【1月~2月】職場満足度は職場での対人交流に依存する(#2)/職場満足度は職場内の対人交流によって変化する(#4)【3~4月】職場で自分が注目されていると思うと焦る(#9)/人と話すと職場満足度は上がる(#10) 研修生の業務体験を見て、自分の職場満足度が下がった(#12)【5~6月】気分の変化が生じると内容にかかわらず職場で話す回数が減る(#14)/職場で思ったことを言えなかった(#19)/どんな職場の問題も、(自分が変わらないなら)変わらない(#21) ③ ケースD(30歳代女性、うつ病、勤続月数19カ月) ケース情報:入眠・起床時刻のばらつきは大きい、職場では対人交流が必要な場面やルーティン業務以外に対して強い緊張と不安を訴える、勤怠は安定。 面接記録の概要:【1月~2月】業務が忙しい時に強い焦りが生じ、冷や汗や手汗をかくことが増えた(#3)/慣れている業務では業務満足度が上がった(#5)【3月~4月】職場で人前で話す場面で緊張したが、その後気分を引きずらず業務に集中できた(#9)/起床時にその日の業務が円滑に進むか不安で考え込むことがあった(#12) 【5月~6月】久しぶりの業務に気忙しさを感じた(#14)上司が不在で不安があった(#15) 4 考察 ケースCでは、半年を通じて自身の勤怠に影響を与える要因を同定したことによって、共通モニタリング項目のうち、当該要因との関連性が低い項目は使用されなくなったと考えられた。その一方、ケースAでは、取り上げるモニタリング項目は特定されていたものの、スケジューリング機能の改善にはつながらなかった。このことから、本ケースの問題を明確化し、本ケースの訴えとその問題とを関連づけるような支援者の働きかけが必要であった可能性が示唆された。また、ケースDでは、記録と訴えに不一致が見られ、面接場面では不安の訴えが多くみられた。このことは、本ケースの特性である「できていないところ探し」を、支援者が面接場面で促進していた可能性が示唆された。 5 総合考察 報告の目的は、モニタリング項目の有用性における個人差を事例を通じて振り返り、アセスメントと実際の支援との関連を検討することであった。全対象者が多用したモニタリング項目の結果から、「睡眠満足度」と「日中の眠気」の双方が、当事者社員にとって有用な指標であったことが示唆された。また、これらの主観評価は、「入眠時刻」と関連づけることが、睡眠習慣を振り返る時に有用であったことが示唆された。その一方、モニタリングの共通項目の有用性には個人差のあることが示された。事例を通じてこの個人差を振り返ったところ、支援標的が焦点化されたために関連性の低い共通項目の使用回数が相対的に減ったケースがあった一方、記録よりもその時々の当事者社員の訴えを優先して焦点化したために、モニタリング結果が十分に活用されなかったと考えられた。今後は、セルフマネジメント力の向上に対して、支援者は個別の問題を明確にし、既存のモニタリング項目の変化をその問題に関連づけて当事者社員とともに検討する必要がある。 【文献】 1)今野雅彦他:「精神障害者雇用の推進における課題と対応」取り組みⅡ、第22回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集、p.139-142(2014) 【連絡先】 高坂 美幸(MCSハートフル株式会社) e-mail:miyuki.kosaka@mcsg.co.jp 障害者権利条約に伴う指針への対応と取り組みⅠ ○笹川 俊雄(埼玉県障害者雇用サポートセンター センター長) 林 善宏 (SAPハピネス株式会社) 1 埼玉県障害者雇用サポートセンターの概要 埼玉県障害者雇用サポートセンター(以下「サポートセンター」という。)は、平成19年5月に、全国初の障害者雇用の企業支援に特化して設立された埼玉県独自の組織であり、平成27年で9年目を迎えている。 設置主体は埼玉県産業労働部就業支援課であり、民間企業の障害者雇用を推進するため、企業に対して障害者に適した仕事の創出方法、雇用管理や各種援助制度などに関する助言や提案を行い、円滑に障害者雇用が出来るように支援することを目的としている。事業所は埼玉県さいたま市浦和区の埼玉県浦和合同庁舎別館1階に所在する。 スタッフは、企業出身者を中心に、現在センター長を含めて21名が従事しており、企業の障害者雇用や支援等に携わった経験と専門性を活かした活動を展開している。 2 研究会の概要と進め方 埼玉県に本社を構える特例子会社は、平成27年8月現在、23社あり、社数で全国順位4位までに拡大してきている。サポートセンターでは、年2回の特例子会社連絡会とは別に、特例子会社を対象に毎年研究会を開催しており、各企業が抱えている問題や、今後予想される課題と対応について情報の共有化と次世代のスタッフ育成等を行っている。 平成27年度は、平成26年の障害者権利条約批准・発効に伴う障害者差別禁止指針及び合理的配慮指針と平成28年4月に施行される改正障害者雇用促進法及び障害者差別解消法を受けて、「障害者権利条約に伴う指針への対応と取り組み」というテーマで実施、研究会の取り組み状況と参加代表企業の取組事例を実践報告することとした。 研究会ではアンケートを実施し、事前に各社の現時点での対応済み内容と抱える課題、疑問や質問等について声を寄せていただいた。開催は平成27年6月から10月にかけて計5回、参加企業は、県内の特例子会社を中心に合計20社、42名の参加となった(表1)。 第1回の基本的知識の理解については、埼玉県立大学教授の朝日雅也氏に講師を依頼し、講義と質疑におけるアドバイスをお願いした。 第2回から第4回については、代表事例として参加企業中3社に取組状況を報告していただき、質疑応答も含めて参加企業における今後の取り組みの参考にすることとした。 第2回は、㈱JR東日本グリーンパートナーズ代表取締役社長の松井信乃氏に、第3回は、SAPハピネス㈱代表取締役の林善宏氏に、第4回は、㈱マルイキットセンター取締役社長の堀口武夫にそれぞれお願いした。最終回の第5回は、基本的知識を踏まえて、今後の取り組みについて各社の発表の場としていただき、参加企業における情報の共有化を図ることとした。 表1 研究会参加企業名と参加者名 3 代表企業の取組事例 (1)㈱JR東日本グリーンパートナーズの取り組み ㈱JR東日本グリーンパートナーズは、東日本旅客鉄道㈱の特例子会社で、平成20年に設立。主な業務内容は、1.制服の管理業務、2.印刷サービス業務、3.植栽管理業務、4.乗車証等の発券業務、5.メールセンター業務等で、戸田本社、南浦和事業所、大宮事業所、新宿事業所の4事業所で業務を行っている。平成27年8月現在で、合計従業員数は53名、内障害者数は28名(内訳:知的障害者27名、精神障害者:高次脳機能障害1名)である。 ①障害者差別禁止指針への対応と取り組み 配置、昇進、降格や職種変更や形態の変更等において、人事制度における評価制度の客観的な手法等の整備が課題として挙げられていた。 ②合理的配慮指針への対応と取り組み 募集及び採用時の項目では、面接時の就労支援機関の支援者の同席を実施しており、労働契約書についても必ず説明を行っている。高次脳機能障害者の受入れについては、担当医師やリハビリテーション担当医師と面談を行い、採用後は、ジョブコーチの支援も実施している。 知的障害者の採用後の項目では、業務指導や相談に関して、業務自体を指導員と障害者との組合せで行っており、作業日誌の相談記録欄の活用も行っている。また、毎月社長との個人面談を実施しており、「困りごとはいつでも指導員に相談」をルール化している。相談内容は、ミーティング等において指導員間で共有化。支援機関の支援者との支援者会議も開催、情報提供を行っている。 本人の習熟度に応じた業務上の配慮では、入社後は戸田本社へ配属し、基幹業務の制服の管理業務(ピックアップ業務)を全員が経験、その他の業務については本人の能力や適性を見ながらの配置を行っている。また障害特性で、集中して作業することが得意な障害者や一人作業での環境の方が活躍できる障害者への配慮も行っている。 業務指示や作業手順の明確化については、指導員研修による指示や手順の統一化と共に、マニュアルの作成を行っているが、「文字を大きく、少なく、必要に応じて、ふりがな、写真・図を活用」を基本として配慮している。 出退勤時刻・休憩・休暇に関する項目では、1時間の休憩時間を45分と15分に分割して体調に配慮すると共に、午前・午後に各1回トイレタイムを設けている。年次有給休暇も、1日及び半日単位での取得が可能であり、通院・体調等への柔軟な対応を取っている。また、体調が不調な時は、座り仕事を中心に行うように配慮を実施。肥満対策として「体調管理帳」も活用している。 (2)SAPハピネス㈱の取り組み SAPハピネス㈱は、ヒューマンアセッツ㈱の特例子会社で、平成23年に設立。川口本社と草加事業所の2拠点で業務を実施。平成27年8月現在で、合計従業員数は48名、内障害者数は19名(内訳:身体障害者1名、知的障害者11名、精神障害者7名)である。同社は平成26年、厚生労働省の「精神障害者等雇用促進モデル事業」に参加、平成27年には「精神障害者等雇用優良企業」の認証を受けている。 参加企業を代表して、SAPハピネス㈱代表取締役の林善宏氏が、「障害者権利条約に伴う指針への対応と取り組みⅡ」として、業務上の工夫や、配慮への取り組みについてのノウハウを具体的に本発表会で発表することとした。 (3)㈱マルイキットセンターの取り組み  ㈱マルイキットセンターは、㈱丸井グループの特例子会社で、平成15年に設立。主な事業内容は、1.用度品のピックアップ業務、2.商品検品業務、3.事務サービス業務を戸田市にある本社で行っている。平成27年8月現在で、合計従業員数は48名、内障害者数は36名(内訳:身体障害者9名、知的障害者27名)である。 ①障害者差別禁止指針への対応と取り組み 用度品のピックアップ業務は、知的障害者を中心に、商品検品業務と事務サービス業務を聴覚及び知的障害者とで行っている。 賃金、配置、昇進、昇格、降格等については、業務遂行能力に応じて定められた社員等級と年2回の評価に基づいた実績評価や自己申告制度等で実施している。会社設立時から目標管理制度や評価制度、表彰制度を整備しており、能力と適性を基本として運営を行っている。 教育訓練では、能力と技能の向上を目的に「キットセンターライセンス制度」を導入し、全員を対象にOJTを中心とした技能認定や教育を行っている。また、支援スタッフからの提案により、不得意業務に対する新たなサポートツール(治具等)を開発し、業務改善につなげている。 ②合理的配慮指針への対応と取り組み 特に聴覚障害者の対応では、募集及び採用時は、手話検定資格を取得した通訳が出来る支援スタッフが同席し面接対応を行っている。採用後は、定期的に手話通訳士が同席する面談を行っている。評価等でじっくり会話が必要な場面も手話通訳士の同席をお願いしている。 その他の配慮では、コミュニケーション面でミーティング時の手話やパソコンの活用による情報保障の配慮や、安全管理面では、パトライトや電光掲示板の設置による緊急時の連絡を実施している。また、年2回、全員を対象とした震災訓練と、安否登録研修も行っている。 4 おわりに 障害者差別禁止条約の批准・発効に伴い、平成27年3月、厚生労働省より障害者差別禁止指針と合理的配慮指針が示されたが、平成28年4月から改正障害者雇用促進法と障害者差別解消法とが、施行・適用されることとなっている。 この法律の理念である「共生社会の実現」のためには、企業の担当者として基本的知識の理解がまず求められている。何をすべきか、また何をすべきでないのかを正しく知ると共に、対応・未対応の項目の棚卸と改善が急務である。 また、企業内における周知徹底では、研修や社内広報誌等での啓発と共に、相談窓口と担当者の明確化、相談者のプライバシー保護措置、不利益取扱い禁止規定の対応等の課題もある。障害者は、保護の対象から権利行使の主体となる背景を踏まえ、事業主は、一層のコミュニケーションへの配慮とノウハウの蓄積が望まれる。 【備考】本資料では、障害者の「害」は「害」の字で表記。 障害者権利条約に伴う指針への対応と取り組みⅡ ○林 善宏 (SAPハピネス株式会社 代表取締役/企業在籍型職場適応援助者) 阪井 好生(SAPハピネス株式会社) 笹川 俊雄(埼玉県障害者雇用サポートセンター) 1 SAPハピネス株式会社の概要と業務内容 SAPハピネス㈱は、平成23年11月、ヒューマン・アセッツ㈱の特例子会社として設立、埼玉県川口市所在の川口本社と草加市所在の草加事業所の2拠点で展開している。 平成27年8月現在で、合計従業員数は48名、内障害者数は19名(内訳:身体障害者1名、知的障害者11名、精神障害者7名)が在籍している。 ヒューマン・アセッツ㈱の本社は川口市に所在、サンキョー㈱のグループ会社として昭和51年に創業。現在はサンキョー㈱が運営している業務を受託、従業員数は830名で、遊技場18店舗、ボウリング場2店舗、飲食店3店舗での営業を行っている。 川口本社業務の第1はクリーニング業務で、平成25年5月より、遊技場で使用する布ベルトのクリーニングを開始。平成26年8月以降、遊技場のお客様用おしぼりとグループ会社で運営の老人介護デイサービス事業所におけるリネンのクリーニングや飲食店のおしぼり、エプロン等のクリーニングを追加。さらに平成27年2月より遊技場の制服のクリーニングも手掛け、業容を拡大している。 第2はグループ会社の各営業店で使用している空気洗浄機のセル・フィルター洗浄及び製品管理業務。第3はリサイクル業務で、グループ会社の各営業店における使用済みペットボトルと空き缶を有価物として回収し洗浄する業務。その他、POP制作物の補助業務としてグループ会社の各営業店で使用するPOP制作物の裁断やパウチ加工等の業務を行っている。 また、草加事業所業務の第1は駐車場巡回及び駐輪場整理業務で、SAP草加店の駐車場4ヶ所(延836台)の巡回と各駐輪場の自転車整理業務を、また第2は施設内の清掃業務で、SAP草加店の各営業店のエントランスの床清掃、ガラス拭き、トイレ掃除、灰皿清掃、タバコ吸殻回収等の業務を行っている。 2 差別禁止指針への対応と課題 (1)募集及び採用・賃金・配置 募集については、障害者は、障害の程度に関わらず応募を受け付けている。また、採用における労働契約書は、共通の書式を使用。賃金では、社員は月給制、パートは時給制としている。 配置では、川口本社・草加事業所共に障害者の中からリーダーを1名指名し配置している。川口本社では当日の業務量により個別に対応しているが、草加事業所は、個々の能力と希望を確認し、清掃関係と巡回関係に配置している。また、本社と草加事業所との人事交流も行っている。 (2)昇進・降格 制度は検討中。 リーダーの登用基準や本人の特性を考慮した配置等、人事制度全般の整備が今後の検討課題。 (3)教育訓練 OJTは、業務知識・技能の向上、取組姿勢や仕事をすることの価値や達成感醸成をねらいとして実施。組織の一員として成長するための布石としている。 OFF-JTは、全員参加での同業他社見学の実施や指導員研修も行っている。また、外部スタッフ(精神保健福祉士)によるカウンセリング及びSST(社会生活技能訓練)を、平成26年度から指導員と精神障害者を対象に開始、今年度は全員を象に実施している。 (4)福利厚生 会社の福利厚生のサービスに全員が加入。また、会社が企画するイベント等は全員参加で行っている。 健康管理面で、精神障害者の就労継続支援・健康評価システム(SPIS)を導入。企業側の当事者理解、当事者の自己理解、支援者との迅速な連携、相互間のコミュニケーション等をねらいとして、精神障害者5名を対象に本人の承諾を得て試験的に実施している。 (5)職種変更 本人希望を考慮しながら、川口本社と草加事業所間の職種変更を実施している。 (6)雇用形態の変更・退職の勧奨 行っていない。 (7)定年 社員は60歳で、以降65歳まで継続雇用制度を適用。パートは定年制なしで、積極的差別是正措置として規定しているが、同条件での制度設計も検討課題。 (8)解雇 実績なし。 (9)労働契約の更新 平成25年4月施行の改正労働契約法における無期労働契約への転換に対応している。 3 合理的配慮指針への対応と課題 募集・採用時の配慮は、面接時には、極力本人の家族、福祉施設の担当者、特別支援学校の教諭等の同席を要請している。その際は、本人情報の補足説明や障害特性、配慮事項等の適切なアドバイスを頂いている。 採用後の配慮では、業務指導や相談に関する担当者を決めて、本社に3名、草加事業所に1名配置している。指導員は毎週1回、当事者とのミーティングを実施。また毎月1回、代表取締役と指導員と当事者で3者面談を行い、情報の共有化を図っている。 通院・体調に関する配慮では、通院日は公休・有休対応とし、休日出勤や早出残業は行っていない。また、短時間勤務者については、勤務日・勤務時間等の調整の配慮もしている。睡眠時間や怠薬がないか等の自己チェック支援を行い、夏場は規定休憩以外にも適宜休憩を入れている。また、業務用サーキュレーターやウォーターサーバーを設置し、夏場に限らず水分摂取を奨励している。 その他の配慮では、草加事業所では、コミュニケーションの円滑化を目的に、昼食時に随時席替えを実施、また、終礼時ミーティングでは、業務を振り返り、良かった点についてお互いがほめあう機会作りを行っている。 川口本社と草加事業所は距離的に離れているため、会社としての一体感の醸成のためには、共通の教育訓練やイベントへの参加等の工夫が課題。 (1)身体障害(肢体不自由) 採用後の配慮では、業務指導や相談に関し、担当者を定め、障害者職業生活相談員が、リハビリも考慮し、余裕を持って仕事に従事できるように業務指導を行っている。また、移動頻度の少ない場所に配置、業務量を調整し、重い物の運搬、雑巾を絞ること等については、他のメンバーや指導員が支援している。 制服のズボンは、自宅で着用し通勤することを認めており、エプロンの着脱については他のメンバーの補助で支援している。また、自家用車による通勤も認めている。 (2)知的障害 採用後の配慮では、本人の業務の得手・不得手な分野を指導員が見極めて業務量を調整し、得意な分野を見つけ出し、段階的な業務の割り当てを行っている。 また、障害特性で共同作業より一人完結型の業務を好む 傾向がある場合は、配置での配慮も行っている。 作業手順の明確化については、制服のタタミ業務では、指導員が治具を作成、また、制服に顧客毎のマーク(色)を縫い込み、顧客識別を分かりやすくしている。 清掃業務では、ガラス等の拭き掃除の仕方を、図入りのマニュアルを作成、業務に際しては、指導員が声掛けをしながらペース配分を調整している。 指導員は、障害特性を理解する勉強会への参加や週1回のミーティングで個別特性の理解と共有化を図っているが、今後業務毎の理解しやすいマニュアル作成や作業手順のタイムスケジュールの整備や、社会・会社のマナー・ルール等の教育の推進が課題。 (3)精神障害 採用後の配慮では、当日の業務内容を指導員が朝礼時に発表し、優先順位に沿った業務を指示すると共に、予定終了時間を告げている。また、その日の体調により調子の良し悪しがあるため、指導員は、調子の良い時は業務量を調整、逆に調子の悪い時は無理をさせないようにその都度指示を出しながら業務を行っている。 指導員は、障害者が体調不良になった際に、対処できるよう配慮事項などの勉強会を実施しているが、今後はピアサポート体制の整備も課題。 (4)発達障害 採用後の配慮では、障害特性に配慮し、共同作業より一人作業を重視する場合には、一人で完結できる業務の割り当てや、先々の予定を伝えると不安になってしまうメンバーに対しては、当日の明確なことのみに絞って指示を出すようにしている。 車を使用する配送業務担当の場合は、指導員が3カ月間、運転指導し、独り立ち時には短距離運転から始める等の配慮を行っている。 また、指導員自身も発達障害の特性について理解を深めながら他のメンバーに対して、コミュニケーション能力に困難さを抱えていること等の障害の内容や必要な配慮を説明・伝達し共有化している。 (5)高次脳機能障害 採用後の配慮では、高次脳機能による障害に加え、年齢や持病に関する配慮も検討し、腰痛や疲れやすさへの対応として、昼食後に使用できる簡易ベッドを配置している。 【備考】本資料では、障害者の「害」は「害」の字で表記。 合理的配慮提供プロセスに関する研究 ○眞保 智子 (法政大学現代福祉学部 教授) 亀井 あゆみ(障害者就業・生活支援センター トータス) 1 はじめに(先行研究と本研究の意義) 障害者雇用に関わる現場で、差別禁止・合理的配慮提供をどのようなかたちで実現していけばよいのか、このテーマについて地域で障害者雇用に携わる有志と議論するなかで「地域における差別禁止・合理的配慮提供プロセスに関する研究会」(以下「本研究会」という。)は活動を始めることとなった。障害者雇用に携わるだれもがもっている問題意識から企業の人事担当者、支援機関の就業支援員、弁護士と研究者がその都度議論に参加する形式をとりながら今日にいたっている。 配慮をすることにより職場において障害者が円滑に業務を遂行できること、職場での定着がなされること、安定的な職業生活を営むことが可能になることなどについては、すでに多くの先行研究で知見が積み重ねられている。一部であるが例えば、早い段階では、手塚直樹・松井亮輔(1984)1)、手塚直樹(2000)2)、自立支援法以前の福祉工場や授産施設と特例子会社を対象とした猪瀬桂二(2008)3)、自立支援法における就労継続支援事業(A型)と特例子会社を対象に、キャリアに注目して、職場におけるOJT(on-the-job training)から仕事能力形成の方法とそれを促すマネジメントについて言及した眞保(2010)4)、アンケート調査、ヒアリング調査ともに行い分析し、貴重な知見示した独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター編(2013)5)。 近年では、就職件数が飛躍的に伸長している精神障害者に関する研究もなされている。独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター編(2014)6)他である。しかし、今改正法の「合理的配慮」を実際の雇用の場で、取り組んだ事例についての報告はまだほとんどない。 厚生労働省は、平成26年6月に「改正障害者雇用促進法に基づく差別禁止・合理的配慮の提供の指針の在り方に関する研究会」での議論を報告書(以下「在り方報告書」という。)としてまとめた。その後、平成26年9月から労働政策審議会の障害者雇用分科会において指針について議論を行い平成27年3月に「障害者差別禁止指針」と「合理的配慮提供指針」が策定された。われわれの研究会での議論は、こうした一連の厚生労働省の発表を踏まえながら、これらと並行して本研究会メンバーが、それぞれの立場で実際に障害者雇用に関わり、募集・採用前の合理的配慮提供に向けての調整とその後すなわち採用後の調整を記録した。現在は事例を収集している段階であり、限定的な事例からではあるが、まずは新規採用から採用後にいたる合理的配慮提供プロセスはどのようなものとなるのか、検討する材料を提供することに意義があると考えている。 2 方法 障害者雇用に関わる本研究会のメンバーが、改正障害者雇用促進法、報告書を精読し、今後実際の企業採用に際して、どのように合理的配慮を提供していくことが望まれるのか検討を重ね、実際の障害者雇用の現場で、合理的配慮提供のため、障害のある労働者と企業、支援者が、採用にいたる活動の中で、「合理的配慮提供プロセス」を明確にするために一定の書式の作成に至り、そのフォーマット(定型書式)を提示する実践研究である。 なお、データは全て個人や企業が特定できないよう加工がほどこされている。 3 現段階での成果と考察 本研究会では、実際の雇用の場面に際して、合理的配慮提供のために、障害のある労働者(採用前の呼称として)と企業との調整の場で必要な「視点」や留意点の洗い出しを行い、それらを採用活動過程で使用するフォーマット(定型書式)に反映し、議論と改定を重ねてきた。 (1)事例収集できた障害種別について 「合理的配慮提供指針」の別表に示された9つの「障害区分」のうち「難病に起因する障害」を除く8つの障害区分で収集でき、障害区分ごとにケースに基づき、そのケースにおける合理的配慮提供プロセスを例示することができた。 (2)募集・採用前、採用とその後のプロセス 本研究メンバーが関わる採用は、必ず実習の合意を得てから行われた。その理由は、次の図の「募集及び採用に当たって合理的配慮提供のための調整会議」の際により納得性の高い、すり合わせを可能とするためである。障害のある労働者にとって採用から採用後の合理的配慮提供にいたる調整プロセスは、以下のとおりである。 障害の状態や職場の状況が変化することもあり、「必要に応じて定期的に職場において支障となっている事情の有無を確認する」ことが求められていることから、上記、採用後における合理的配慮提供のための調整会議を記録する④「障害のある社員への配慮事項記録シート」は調整会議を行うたびに新規のシートを使用して、その状況における新たな配慮事項を記入する。「障害のある社員への配慮事項記録シート」の蓄積は、障害のある社員(採用後の呼称として)と企業との合理的配慮提供のプロセスの記録となる。 本研究のフォーマット(定型書式)は、そうした活動を通じて作成した第一版である。障害者雇用の現場は日々動いており、その中で新たに想定していなかったケースも発生している。誠に個別性が高く、まさに「ひとりひとり、あるいは企業ごとにそれぞれの事情を勘案して」取り組まなければならないことを再認する。だが一方で多くの現場が経験する事象抽出への努力もまた怠ってはならないと考えている。今回のフォーマット(定型書式)は、障害者雇用の現場で合理的配慮提供の在り方を検討する途上の最初の小さな一歩にすぎない。この報告を通じて多くの方々よりご高見を賜れたら幸いである。 【参考文献】 1) 手塚直樹・松井亮輔:「障害者の雇用と就労」光生館(1984) 2) 手塚直樹:「日本の障害者雇用—その歴史・現状・課題」光生館(2000) 3)猪瀬桂二:知的障害者が働くための職場環境づくり—特例子会社と授産施設における成功事例の分析から「日本労働研究雑誌No.578」、17-31,日本労働研究機構(2008) 4)眞保智子:知的障害者の職場における能力開発—自動車部品を組立てる雇用型福祉工場と特例子会社の事例から「キャリアデザイン研究Vol.6」、p.49−67,日本キャリアデザイン学会(2010) 5)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター編:障害の多様化に応じたキャリア形成支援のあり方に関する調査研究「調査研究報告書No.115,1-3」独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター(2013) 6)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター編:精神障害者の職場定着及び支援の状況に関する研究「調査研究報告書No.117」独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター(2014) 【連絡先】 眞保智子(しんぼさとこ) 法政大学現代福祉学部 〒194-0298 東京都町田市相原町4342 E-MAIL :shimbo@hosei.ac.jp 醜貌恐怖を持つ精神障害者の就労に向けての意識の変化について−就労継続支援B型作業所での関わりを通して− ○?刀 幸美(社会福祉法人 小さい共同体 就労継続支援B型 飛翔クラブ 職業指導員) 太田 民子・髙橋 良輔(社会福祉法人 小さい共同体 就労継続支援B型 飛翔クラブ) 1 はじめに 就労をするうえで他者とのコミュニケーションは不可欠であるが、醜貌恐怖を持つ障害者にとっては、人前で自分の身体をさらすことに苦痛を感じるため、コミュニケーションが困難になるとされている。 醜貌恐怖とは1)身体上の外見の欠陥にとらわれて、醜く見える、魅力的でない、異常である、ゆがんでいると感じてしまう症状である。他者から見るとわからない、あるいはごく些細なものであっても本人には気になってしまう。症状も人によって様々で、魅力的でないと感じる程度から、ぞっとする、怪物の様に見えるなど幅がある。とらわれる箇所は1つあるいは多くの部位に集まる場合があり、最もよく見られるのは毛(髪の毛、顔の毛、体毛)、鼻(大きさや形)、皮膚(瘢痕、しわ、顔色)であるが、目、歯、脚、性器、身長、体重など身体中のどの部分でも対象となりうる。また、大きさや形以外にも身体の左右非対称にとらわれる人もいる。これらの症状に反応して過剰な繰り返し行為や精神的行為が行われる。鏡などで気になる箇所を繰り返し確認したり、頻繁に触ったりする。また、繰り返し化粧をしたり、帽子やマスク、服装などで自分の身体を隠したりする。他人の外見と比較することで安心感を得ようとしたり、嫌いな部分がどのように見えるかを聞き、安心させてもらうようにする場合もある。しかし、これらの行動は強迫的に行われている場合が多く、抵抗したり制御することは困難である。また、継続して安心感を得ることができないため、不安および不快感が強まることもある。ほとんどすべての醜貌恐怖の人が、心理社会的機能の障害を経験しており、機能障害は社交的状況の回避から、引きこもりになるなど様々である。学校や仕事において特に障害が認められ、失敗する、働けないといった状態になり学校の中退や退職の原因となっている。 本研究の対象者は、醜貌恐怖により会食恐怖も併発しているため、それについても少しふれたいと思う。 会食恐怖とは2)外食をする際や、他者と食事をする時に吐き気やめまいが起こり、飲み込む事ができなくなるため、会食ができないという症状である。特に目上の人や関わりの少ない人など、緊張する場面や相手により症状が強く表れるため、食事の誘いを断ったり旅行や訪問ができないなど、会食場面を避けようとするため日常生活や社会生活に支障をきたしてしまう。人前で食事ができないため就職して働くことができないと感じてしまったり、食事を共にする合宿に参加できないため部活を退部したりする。しかし、会食恐怖を持つ人は会食をする機会さえなければ他者と普通に接することができる場合が多い。例えば、友人とスポーツなどを楽しんだり、仕事も問題無くこなすことができ、中には目立ちたがり屋な性格である場合もある。症状は人によって様々であり、完全に一人の状況でなければ食事ができない人もいれば、馴染みの深い人とは食事ができる人もいる。また、家族とのみ食事ができないという人も存在する。  本研究では、就労継続支援B型作業所に通所する醜貌恐怖、会食恐怖のある利用者の入所時から現在までの作業を通して、また職員や他の利用者との関わりを通して本人の見た目や服装、行動やコミュニケーションなどの変化をまとめ、どのように気持ちや精神状態が変化したのかを取り上げる。 また、対象者にはあらかじめ研究対象となることを承諾してもらったうえで取り組んでいる。 2 調査方法 入所時から現在までの経過を作業、食事、見た目、コミュニケーションに注目し、それぞれの変化があった時、改善された時にどのような事があったのかを、作業や生活状況について記録した生活状況記録や本人が書いた感想用の作業ノートを参考にし、合わせて本人にその時の状況や気持ちを聞き取り、何が本人に影響したのかを考察する。 ・生活状況記録 作業所において利用者の日々の作業の内容、作業中や作業所での様子、行動や話していた内容など利用者について観察したものを職員がまとめたもので、入所時から現在までの事が書いてあり、利用者の様子や状況の把握に使用されている。 ・作業ノート 参加した作業に対して利用者が感想を書くノートで、作業内容や自分の気持ちなどが書いてある。2014年10月からは個人に1冊ずつノートを持ち、作業以外にも自分に起こった出来事や体調などを自由に書いてもらっている。それ以前は作業ごとに1冊のノートが用意してあり、作業に参加した人がそれぞれ書く形をとっていた。 3 対象者概要 20代の女性(入所時は17歳)。中学3年生の時に不登校経験があり、中学時代から人付き合いは苦手。美容専門学校に入学するが、適応できなかった。遅刻しながらも出席していたが、初めて欠席したときに物にあたるなどして暴れた。2012年4月に初めて精神科を受診、翌月に飛翔クラブに入所した。入所後1年程は手芸作業を行っていたが、2013年1月よりクロネコヤマトのメール便作業を始め、現在もその作業を行っている。作業態度、生活態度は真面目であり、遅刻をする事もあるが、毎日作業所に通っている。人前で顔を出すことができず、顔を隠すためにいつもマスクをしていた。また、服装も地味なものを着ており、毎日同じ服装で通所していたが、2013年8月頃から服装に気を使うようになり、女性らしい服装をするようになった。それに伴い自分で服を選ぶために一人で買い物に行く話などもしていた。また、同年の12月に初めてマスクを外して通所するようになってからは、作業やコミュニケーションなどに変化が現れ、積極的に行動するようになり、いつも笑顔で作業や会話をするようになった。入所後しばらくは顔を見せられないため人前で食事をすることができず、作業所でも個室を利用して食事をしており、レクリエーションなどで外食をする際に個室が利用できない場合はトイレに持ち込んで食事をしていた。作業中の水分補給も物陰など人目につかないところで行っていたが、マスクを外して通所するようになってからは、人前でも水分補給ができるようになった。また、食事に関しても人から離れた場所や、顔が見えない位置で食事をする事ができるようになり個室を利用することはなくなった。現在では、他の利用者と同じテーブルで食事をしており、問題無く会食ができるようになっている。また、就労に向けて通信の高校を受けており、将来保育士になりたいという希望のために勉強しながら通所している。母親からはできないであろうと言われていたが、本人は勉強を楽しんでいる様子であり、分からないことがあれば職員や他の利用者に質問をして課題をこなし順調に続けている。 4 考察 マスクを外したことが大きな転機となり、積極性が出たことや人に臆することがなくなり、コミュニケーションや人前での食事ができるようになったと考えられるが、本人がマスクを外すに至った理由として、人との信頼関係を築けたことが大きな理由として挙げられる。本人の話からも「何か月かマスクを取ろうと迷っていて、外したいと思いつつも作業所の前に来ると外せなかった。作業所に通ううちに周囲の人が信頼できるので安心できるようになり、段々自信がついてきたからマスクを取ろうと思った。」と話しており、作業所での信頼関係ができ、緊張が解けてきたことがうかがえる。また、真面目で礼儀正しい性格であるため、他の利用者の助力なども多く見受けられ、周りからの関わりも良好なものであり、職員も本人が嫌厭すると思われることには触れないようにし、本人の意思を尊重する形で接してきたことも安心して行動できるようになった要因であると考えられる。 5 まとめ 今回の症例では周囲の環境から安心感を得られ、本人の就労に対する意識の変化にまでつながったと考えられるが、発症の理由や症状は人によりさまざまであるため、一概に環境の要因が改善につながるとは言い難い。また今回の対象者についても、顔を隠さず人前で食事ができるようになり、積極的に行動できるようになったが、実際に就労するにあたってはいつもと違う環境においても同じように行動できるよう社会的な訓練が必要であると考えられる。しかし、安心して人を信頼できるように本人の意識を改善していくことが就労に向けての第一歩であると考えられる。 最後に、この研究に快く協力してくれた利用者のYさんに心から感謝の意を表する。 【参考文献】 1)Diagnostic AND Statistical Manual Of Mental Disorders (Fifth Edition). American Psychiatric Association. 2013 2)中村剛・西村優紀美:『会食恐怖症』学園の臨床研究 1, 31-36 2006 【連絡先】 太田民子 社会福祉法人 小さい共同体 就労継続支援B型 飛翔クラブ Tel:042-395-1427 e-mail:tiisaikyoudoutai@lake.ocn.ne.jp 精神疾患で自信を失っている大人が地域貢献を行い、人々との関わりを続ける中で『自分を取り戻す』プログラムの企画とその取組み ○兎束 俊成(ひきこもり対策会議 船橋 代表) 朝倉 幹晴(あさくら塾) 1 はじめに 2012年6月~10月にかけて「精神障害者が、知的障害者等に電子機器の分解方法を教え、『そうか!解った!』と反応する様子から、自分の価値を再認識させる試み」を行った1)。 週1回3時間という制限内での試みであったが、教えるという“人に与えること”を行ったところ、「そうか!解った!」と返ってくる“手応えのある反応”に、表情や口調がはっきりした、そして満たされたような表情を見せた。 今回、精神疾患で自信を失っている元ビジネスマン等が、福島原発事故で船橋市に避難されてきた小中高の子供たちに、勉強や宿題を教える企画を軌道に乗せようとしている取組みを報告する。 この企画は、元ビジネスマン等約40名の話を聴きながら構築した。行ってみると新たな課題も見つかった。その課題についても報告と考察をする。 2 考えの背景 どのような疾患でも“本人が治ろう”と思わない時、治療の効果は出にくくなる。しかし“うつ等”の精神疾患とは、自信を失わせた事柄が繰り返すのではないかとの不安から、治ろうとする気持ちがぐらつき気持ちが弱くなりがちになる。 “治りたい”との気持ちが“冷静に遠くから込み上げてくる”には、どのような体験をすればよいのだろうか。“自信を取り戻したい”との気持ちが“静かに湧き出てくる”には、どのような支援をしたらよいのだろうか。 精神疾患とは、外的刺激や環境等の負荷が脳内の神経伝達物質に影響を与えて発生すると言われている。 それならば“自分は受け入れられている”と感じる時に、あるいは“満たされている”と感じる時に『穏やかでジワっと込み上げる感覚』を利用できないだろうか。仕事に集中している時に感じる『全体が見渡せるような落ち着いた感覚』を利用できないだろうか。 このような継続的刺激を視床下部に与えることにより、脳内の神経伝達物質に可逆的影響を与えることは、可能性として考えられないだろうか。このような期待を持ちながら取り組んでいる。 3 当事者の話 気持ちが弱くなっている元ビジネスマン等約40名の話を聴いた。 話を聴くと何人かが「自分の価値を気付き直したい」「自己否定を終わらせたい」「自分らしさを取り戻したい」という内容を含む話をした。 それ以外に「会社のために、自分はこれだけ無理をした」「許せない!会社は私に謝って欲しい!」と、過去の出来事が頭の中で繰り返し思い出され、先に進めずに苦しんでいる人もいた。 会社のためにという言葉からは、ひきこもってしまった若者・ニートが、「親のため、学校のために私はこれだけ頑張ってきた」という言葉と似たものを感じた。また「会社が許せない!謝って欲しい!」という言葉からは、このことを我慢させた場合症状が長引いてしまう可能性があり、労働法からの支援が必要な場合もあると感じた。 4 多くを考えている 元ビジネスマン等の多くは、いろいろ考えている。しかし症状の影響もあるためか、考えをまとめ切れない人や、考え過ぎて何も始められないでいる人もいた。少し行ってみたが、続けられなかったことで再び自分を責めてしまう人もいた。 5 何かをしたい 症状が安定し始めると、何かをしたい、何かをやらなければとの気持ちが生まれる人が多くいた。 「何かやってみたいことがありますか?」と聞くと、やりたいことはあるけれどまだ始めていないと話す人や、よく分からないと言う人もいた。既に具体的行動を始めている人もいた。 6 何かを始めるためのキーワード 会話の中に、「できること」で「負担にならず」、「体調の悪い日は休めること」ができ、「自分の得意なこと」で「人のためになること」をやってみたいとの言葉があった。 具体的な内容になると、「自信がない」「ストレスが掛からなければできることは幾つもある」「やっても意味が無い」との言葉が多くあった。 ストレスについて聞くと、過去に仕事で感じたストレスを話す人が多いが、それ以外に、人と接するときに適切な距離感に自信がないと話す人もいた。また家族等から受けるストレスもあるが、ネットやテレビ等で過去の出来事を連想させる出来事や言葉に当たると、身体が反応してしまうと話す人もいた。 7 船橋市内での地域貢献 元ビジネスマン等の興味のあることで、得意なこと、出来ることで、船橋市の地域問題を助ける地域貢献を行うことはできないかと考えた。 8 あさくら塾の協力を得て あさくら塾は、福島原発事故で船橋市に避難されてきた小中高の子供たちに勉強や宿題を教えている。 今回精神疾患で自信を失っている元ビジネスマン等に、子どもたちに教える機会を依頼したところ快諾していただいた。 元ビジネスマン等に説明したところ、継続して行うことは難しいかもしれないとの話であった。 ここで、子どもたちが先生に慣れることも重要であるが、元ビジネスマン等にとっても、どんな子どもたちがいるのか、また子どもたちに迷惑をかけることはないかと気にしている様子もあった。 9 課題 地域貢献という説明をしたためか、「そこまでは・・・・」との身構えた言葉もあり、不安を感じさせてしまった。実際に教えている様子を見ればイメージが湧くと考えたので、始めは当団体のメンバーが講師として教え、その後彼らを講師の補助として子どもたちと顔合わせすることにした。 体調的に自信がないので、継続して行うことは難しいとの話についても、講師の補助として始めれば、体調が悪い場合は講師がきちんと対応できるので不安を少なくすることができると考えた。 それ以前の大きな課題として、子どもの学力は簡単には上がらない。せっかく覚えても、翌週には忘れていたり、授業中に眠ってしまう子どももいる。あさくら先生からは「そんなものですよ」との話を受けた。 10 考察 教える時、子どものリズムを尊重し、継続させることが必要である。つまり「子どもが頑張ろうと思うときまでじっくり暖かく見守り、やる気を出したら教える」やり方が必要ではないだろうか。 疾患で苦しんでいる元ビジネスマン等にとっても、気持ちの揺れが落ち着いてきて、何かをやろうと思うときまでじっくりと見守ることが重要である。こう考えるとこの二つは同一と思われる。 つまり子どもと関わる時間を続けることが、実は自分に関わる時間を続けることで、子どもに暖かい言葉をかけることが、自分にも同じ言葉を投げ掛けていることになる。 そしてこの時 “穏やかでジワっとくる感覚” を得たり、子どものことを考えている時に “相手を思いやり全体が見渡せるような感覚” を得続けることができれば、「自分を取り戻すこと」に繋がる可能性があると考えている。 子どもも元ビジネスマン等も両方が元気になれるよう、現在この企画に取り組んでいる。 謝辞 この企画の具現化に協力していただいた朝倉幹晴氏に謝意を申し上げます。 【文献引用】 1)兎束俊成:第22回職業リハビリテーション研究・実践発表会 (2014),289-291. 【連絡先】 兎束 俊成 ひきこもり対策会議 船橋 e-mail:uzuka@v101.vaio.ne.jp この企画のコメントや協力をお願いいたします。 知的障害特別支援学校卒業後の就労継続状況の調査・分析 設楽 なつ子(新潟県立高田特別支援学校 教諭) 1 はじめに 障害者権利条約や改正障害者雇用促進法制定により、障害者の社会進出が一層進められることとなった。今後の雇用や社会生活の上で知的障害のある人への合理的配慮がどのように進むか注目していたいところである。 勤務校で進路を担当して6年目になるが、送り出した卒業生と話をする中で、卒業時の事業所が変わっているケースが多いことが気になっていた。今回、追跡調査を行い、実際に変わっている事例を調べた。その中で事業所を変更した人が必ずしも希望した方向に進んでいない例があるという実態が明らかになった。卒業後、障害のある人たちが社会で生活していく上で、どのような課題があるかを探る中で社会との関わりと合理的配慮について考えてみた。 2 調査方法 (1)調査対象 平成21年度から26年度までの高等部卒業生 (2)調査方法 福祉事業所や一般事業所に行って本人への聞き取り調査を行った。 3 調査結果 (1)卒業時の状況 平成21年度から26年度までの卒業生の数と一般就労、福祉就労の割合は表1のとおりである。24年度、25年度は障害者就労でない一般就労した生徒がいた。一般就労と福祉就労は年度によりばらつきが見られるが、平成23年度に市内に職業学級のある高等特別支援学校が設立され、以来一般就労する生徒は減少してきている。 表1 卒業時の就労の状況 (2)平成27年8月の様子 年度によりばらつきはあるが、卒後6年目の定着状況が一番低く55%となっている。全体的に一般就労した人より福祉就労した人の定着状況が高いが、反対の場合もある。 表2 27年6月の定着状況 (3)一般就労の変更 離職後の様子は表3のとおりである。卒業後、時間が経つほどに就労した事業所への定着率が下がっている。特に平成21年度卒業の場合は1人しか定着できていない。これは学校の進路指導の問題も考えられる。この年以外の離職者を見ても、転職した再就労が維持できている人や福祉就労につながったケースより、離職(解雇)後転職を繰り返したり、就職しなかったりするケースが多いことが分かる。職場で問題を起こして解雇になったケースも2例ある。また、離職の理由を聞くと、コミュニケーション不足による周囲と適切な関係を築くことができないことが多い。知的障害者の特徴でもある意思表明の困難さが職場でうまく人と接することができない理由として考えられるのではないかと推察され、これが離職後の社会との関係を保てないこととも関連しているように考えられる。 表3 離職後の状況 (4)福祉就労からの変化 就労移行支援から一般就労したケースが例年あり、訓練後に就労できることは良いのだが、県の制度で1年間訓練的に就労したあと、一般就労ができずに福祉就労に戻るケースもある。また、就労移行支援だけの事業所から2年後に就職できずに事業所変更した数が多い年もある。一般就労した生徒より変更や在宅も少ないが、事業所になじめずに変更したり、行かなくなったりするケースもある。 表4 福祉就労の変更 (5)グループホーム入居後の変化 在学中または卒業後すぐにグループホームに入居するケースが例年あるが、家庭的な問題で入居したにもかかわらず入居後の生活上の問題で退去になったケースが2例ある。 グループホームで訓練を受けてヘルパーの支援を受けながらアパートで自立できた例もある。 表5 グループホーム入居後の状況 4 考察 学校の進路指導は在学中3年間の様子を見ながら、本人に適した職場を探しているが、早期退職が多いのは生徒の実態の把握が不十分であったことも考えられる。3年間に実習を5回以上行って就労を決めているが、本人の実態と企業の求める姿の調整の難しさを感じている。卒業後しばらくは本人、事業所どちらからも学校への連絡や相談も多いので、学校でも卒業後の支援を行うが、単独でなく、地域との連携が必要である。 一般就労して離職した場合、ほとんどが社会との関わりが切れてしまう。福祉就労につながることができればよいが、それにしてもかなりの時間がかかる場合も多い。福祉就労の場合は計画相談による相談支援はあるが、福祉事業所を離れてしまうとやはり関係を維持するのは難しい。支援室のような場にいつでも話しに行けるといった環境作りも必要と考える。 知的障害者の場合、多くの場合保護者も含めて本人の生活支援が就労維持には欠かせない。地元の障害者就業・生活支援センターは、就労を維持するための動きは積極的に行っているが、生活支援にまで踏み込むことは少なく、実際にそこまで関わってくれる場が少ないのが現状である。学校も、卒業後時間が経つと関わりが減ってくる。地域で学校や障害者就業・生活支援センター以外にも働く障害者のサポートをしたり、気軽に立ち寄って仲間やサポーターと話ができたりするような場が望まれるところである。 グループホームの退去のケースの場合、こちらも知的障害に特徴的な判断力の困難さから、自分の生活を確立する以前に退去となっている。その後も住所を転々として、触法行為に至った例もあり、こちらも手厚い相談支援の場が必要であると感じている。 5 おわりに 卒業したらずっと同じ事業所で生活を展開していくとの自分の勝手なイメージは実際とはかなり違ったものであった。自分の働く場や生活に不安をもち、社会との関わりがもてない苦しさを伝える場を持たない人もいる。特に卒業後間もない人たちは、社会との関係をどのように築くか分からずにいることが多く、失敗の連鎖を作ってしまう場合もあることが分かった。合理的配慮について聞く場も多くなってきたが、「伝える」困難さを有する知的障害の場合、実際にどのような配慮が必要かは個々によっても異なり、難しい問題でもある。ともすれば個人の問題として捉えられがちだが、障害の特性としてコミュニケーションへの合理的配慮の理解や方法の向上が今後望まれるところと思う。自分でも事業所へこの面での働きかけを続けていきたいと思っている。 それぞれの卒業生が、働くことが楽しい、充実した生活をしている、と希望する生活を送ることができるよう学校と地域の更なる連携が進路指導担当者として必要と思っている。 【連絡先】 設楽 なつ子 新潟県立高田特別支援学校 e-mail: shitara.natsuko@nein.ed.jp 卒業後を見据えた学校教育における体育 三好 喜久(高知大学教育学部附属特別支援学校 教諭) 1 目的 本校では、開校以来、教育の大きな柱として身体つくりをかかげて長年取り組んできた。体育で培った体力は卒業後の生活に欠かせない必要な力であり学校全体で系統立てて取り組むことが求められる教科の一つである。 本稿では、本校の体育内容を今一度分析検討することで児童生徒の発達により、効果的な体育とはどのようなものであるかを研究しその結果を報告する。他校との比較や各検査の結果を踏まえ小中高等部への系統性と卒業後のQOLの向上へとつなげる力を考察する。 2 本校の体育の現状と課題 (1)基本的立場 本校の教育目標を受け、特に小学部では、体育の果たす役割として以下のようにとらえている。 体力は、自分の命を守りより健康で幸福な生活を送るために必要不可欠な力である。体力作りやその向上をめざして、小学部体育では多様な動きを経験させていく。そしてそれらの運動の効用によって基礎体力作りをおこない、丈夫な身体をつくることをめざしている。それとともに、柔軟性、筋力、瞬発力、調整力、持久力などをふくむ体力の全面的な向上をはかることをねらいとしている。 また、キャリア教育の視点からも心身ともに健康な生活をおくるために日常的に運動をおこなうことを習慣化することは、基礎体力の向上とともに生涯にわたって運動を習慣化する基盤をつくる意味で大変重要ととらえている。そのための基盤つくりとして小学部の体育の果たす役割は大きいととらえている。 体育では、運動を通して体を動かす仕組みを知り、多様な動きを経験し、よく動く身体をつくることをねらい発達段階別の3グループに分かれて毎朝9時から45分間体育をおこなっている。各グループがそれぞれの児童の実態に合わせてその内容に違いはあるものの、固定施設(築山、鉄棒、ジャングルジム、平均台、クライミングネット、タイヤなど)や運動用具(ラダー、ハードル、マット、跳び箱、なわとび、ボール、フープなど)を幅広く活用し、さまざまな動きが経験できるような運動を設定している。 また、身体ほぐしの運動として、初めに小学部全体で5分間走をおこない、その後各グループに分かれて準備運動の後、グループに応じた距離を設定し、往復や片道を使ってさまざまな動きをおこなっている。具体的には、前後走やサイドステップ、片足や両足とび、スキップ、四つ這いや高這いなどである。これらの運動を、動物の動きをモチーフにしたり、それぞれの動きにあわせた歌を歌ったりして楽しく正しく動けるように工夫しながらおこなっている。各グループは、認知能力、運動能力、体力測定の結果などを総合的にふまえて決定している。そして小学部教員で各グループの目標を決め長期的スケジュールをたてる。そして、運動の種類、具体的な実施方法を決めて運動を実施する。その運動は各グループの最近接領域の課題とし、毎日の繰り返しの中でクリアできた課題については、その質と量を変化させながらより能力が向上するようにしている。また、実施後にその効果について検討し、効果のないものについては計画や支援方法を再考する。そして、目標タイムの達成や、逆立ちができる、なわとびができるなどの具体的な目標のクリア、またはその後の体力測定の結果をふまえて年間の体育における成果とし、まとめをおこなっている。 また、週に一度小学部全員で赤白に分かれたリレーや、体育館で音楽に合わせてリズム運動などもおこなっている。この内容は運動能力の向上とともに、ルールの理解や人とのかかわりなど社会性を育てることともリンクした運動となっている。 (2)本校体育時間と内容の分析 本校は教育課程の変遷に伴い体育時間数が減少傾向にある。内容については、全学部とも主にサーキットトレーニング、雨天時は筋力トレーニングをおこなっている。近年、児童生徒が近肥満傾向にあり、3種類の検査を実施し、その結果から体育時間の活動量の測定分析をおこない、因果関係を探る。 (3)他校、各教室との比較 他校の体育時間や内容、あるいは、各運動教室の内容を視察し、本校と比較することで、今後の本校の体育のあるべき姿を検討する。 3 まとめ 特に小学部体育について様々な角度から分析と考察をすすめてきた。中高等部との関連を探りその系統席をさぐってきた。 小学部の時間数については、体育において他校と同様の時間数が確保できていることが明確となった。保健の観点からも時間数の確保と内容の充実がもとめられている。 また、内容については、文献と各検査の結果の観点から発達段階はほぼ適切に分けることができていた。 内容については、現状の運動のほかに、ランニングを基本とする活動量の確保に加え、調整力やバランス感覚を養う運動や投てきなどの動作を取り入れること、なわとびやシャトルラン、トランポリン、自転車や一輪車など、体全体の調整力や瞬発力を養う運動を加えること、あるいは、合同体育などでころがしドッチボールやフットベース、風船バレーなどでの集団運動を経験すること、肋木、跳び箱、マットなどの器械運動、あるいは、ラダー、ミニハードル、なわとび、ボールなどの道具をつかったさまざまな動きを経験することを加えることなどで、体全体のバランスのとれた発達をめざすことができることがわかった。限られた体育の時間の中で、行事と照らし合わせながら年間計画をたて、その内容の充実をはかっていくことが必要である。 体力の充実とともに、小学部として重要なのは、達成感や意欲の向上である。そのことが中高等部での運動に対する抵抗感をなくし、運動の習慣化や卒業後の生きがいや余暇活動へとつながるといえる。達成感や意欲が向上するための目標の設定と支援方法、賞賛のあり方を小学部全体で確認しながら学習意欲の向上に努めていきたい。同時にそれぞれの個別支援計画や成長の記録の項目と照らし合わせながら目標をたてる必要がある。 小学部体育は、小学部での集団行動、学習態度の基礎作り、体力つくりはもちろん、運動することの喜びや意欲の芽生えを形成することをめざしていかねばならない。体育による体力の向上は卒業後のQOLの向上はもちろん、成人病や離職、ひきこもりを防ぐ意味でも大変重要な役割を担っているといえる。 4 今後の検討課題 (1)雨天時の体育館での運動に関して 体育館全体を使って一つのサーキットコースをつくり、い、ろ、は組でダイナミックな運動をおこなう。例『トランポリン・ステージからの逆さすべり・斜め梯子・トンネルくぐり・なわとび・肋木・ボール運動・ラダー・ミニハードルなど』 (2)集団体育について 社会性を育てる意味でもゲーム運動をおこなう時間を設ける。例『風船バレー・ころがしドッチ・風船バドミントン・フットベースボール・玉入れ・ピンポンなど』 (3)道具を用いた運動に関して 調整力・瞬発力を高めるため様々な運動をおこなう。例『バランスボール・バランスディスク・JPクッション・大繩など』 【参考文献】 1)高知大学教育学部附属特別支援学校:研究紀要2,P5~51(1974) 2)高知大学教育学部附属特別支援学校:研究紀要9,(1988) 3)高知大学教育学部附属特別支援学校:研究紀要21,(2012) 4)小林芳文・大橋さつき・飯村敦子編著(2014)『発達障害児の育成・支援とムーブメント教育』大修館書店 5)林邦雄・小林芳文編著(1986)『感覚運動を育てる  運動を育てる2』コレール社 6)小林芳文監修・著(2010)『発達に遅れがある子どものためのムーブメントプログラム177』学研 7)小林芳文編(2006)『ムーブメント教育・療法による発達支援ステップガイド MEPA−R実践プログラム』日本文化科学社 行政機関における障害者雇用と就労支援のモデル研究について 杉山 功一(埼玉県教育局県立学校部特別支援教育課 指導主事) 1 これまでの課題 (1)県立特別支援学校における就労状況 近年の知的特別支援学校における入学生の増加に伴って就労数は伸びている。しかし、本人・保護者が高等部入学時には一般就労を希望しながらも、そのうちの3割近くの者が卒業時には希望を断念せざるえない状況が続いている。 (2)教育委員会における障害者雇用率 埼玉県教育委員会における障害者雇用率について改善が見られつつも、法定雇用率には依然として達しない状況が続いている。行政機関において職員と障害ある方が互いに働きやすいモデルを模索していた。 2 障害者雇用促進に向けたモデル研究事業 「チームぴかぴか」~働きながら学ぶ仕組み~ (1)事業概要  対  象 県立知的特別支援学校卒業生 定  員 12名 欠員ができ次第追加募集 雇用条件 非常勤職員 任期1年(年度末まで)  29時間勤務/週(H26:20時間勤務/週) 勤務場所 埼玉県庁内 特別支援教育課の分室 活動内容 4名の支援員を配置。 県庁内各課より事務作業を中心に仕事を受注。分室での業務と出張業務を組み合わせ「本人の課題」に向き合うとともに「本物の仕事の緊張感」を経験させる。 研  修 週1回程度(職業マナー、社会生活等) 主な仕事 シュレッダー業務、名刺作成、文書の袋詰め、県立施設清掃、郵便物の集配、等 表1 「チームぴかぴか」1日の様子 (2)就労支援 ①アセスメント イ 県立特別支援学校(卒業校)との連携 担任等への聞き取りや個別の指導計画等の引き継ぎを行うことで、学校での支援との継続性を確保すると共に情報共有を図っている。  ロ 専門家の活用 理学療法士、臨床心理士、言語聴覚士、作業療法士の各専門家より、本人に直接の支援と共に、支援者への助言をいただいている。月に2回程度、継続的に訪問していただくことで、より本人の実態に迫る支援をいただいている。 ハ 日々の業務からのアセスメント 県庁内各課より受注する様々な仕事に取り組むことを通して本人の適職と課題を見つけ出すことができる。 ②職業マッチング イ スキルアップ研修 民間企業への一般就労を目指し、スキルアップ研修(実習)を繰り返している。研修を通して、課題を明らかにし、県庁での日常の業務の中で課題克服に取り組んでいる。 ロ 地域支援機関との連携 早期より一般就労後の定着支援を念頭に地域就労支援機関等と情報の共有を行い、スムーズに支援の移行を行えるようにしている。 ハ 定着支援 一般就労実現後も、特に採用年度内は継続的に定着支援を行っている。就労後間もない不安定な時期の本人支援と共に企業との情報共有を行っている。 ③その他の取組 イ 基本的生活習慣の定着 本事業を進める中で、改めて基本的生活習慣の定着が重要であることが見えてきた。そのために就寝時間、起床時間、食事、服薬等の記録(表2:生活ノート)を本人がとり、支援を行った。併せて記録することを通して自身を客観視することを期待した。 表2 「生活ノート」サンプル ロ 本人との面談 定期的に全員を対象とした面談を実施し、課題と目標を明確にして日々の業務にあたった。更に適宜、個別の面談を実施して効果的な支援を行った。 ハ 保護者との連携 基本的生活習慣を確立していく上で、保護者の協力は必要となる。そのために「生活ノート」を通した連携を継続するとともに、定期的に面談を実施し、課題を共有した。  ニ 評価検討会議 平成26年度のみの取組。「県庁内で障害者雇用を継続するためには」「一般就労を目指すためには」の2点について、県内特例子会社幹部と専門家から意見を頂いた。 ホ 専門家カンファレンス 平成27年度からの取組。専門家同士が意見交換を行うことで、より本人の実像に迫ると共に支援方法や課題を明確にした。 ④平成26年度実績 のべ14名が「チームぴかぴか」を利用した。そのうち11名が一般就労に結び付いた。他3名も地域の就労移行支援施設、就労A型事業所等に結び付けた。 表3 平成26年度就労実績 3「チームぴかぴか」の効果 (1)「チームぴかぴか」からの発信 本事業を広く発信することを心がけた。行政機関、地域支援機関、県立特別支援学校の教員・保護者の見学を可能な限り受け入れた。また、県立特別支援学校高等部生徒の実習を受け入れた。 (2)障害者理解の推進 県庁内各課より絶えることなく仕事を受注できた。それは「チームぴかぴか」への「信頼」と「理解」の表れであると考える。これまで行政機関で障害者雇用を進めようとして、うまくいかない理由の一つに障害者の理解があると思われる。本事業を通して彼らが生き生き働く姿を目の当たりにすることで職員の障害者理解が進んだと考える。 (3)企業へのノウハウの提供 今後、障害者雇用を検討している企業に「チームぴかぴか」の働く場を見ていただき「業務の切り出し」「職場環境の構造化」「障害特性の理解」等について参考にしていただいた。 4「チームぴかぴか」の課題 (1)定着支援の難しさ 「チームぴかぴか」を利用し、一般就労した者のうち離職している者がいる。理由は様々であり、一概に言えないがそこに至るまでにいくつか課題はある。 ・アセスメントと職業マッチングの課題 ・本人の基本的生活習慣の定着の課題 ・本人の就労意欲育成の課題 ・定着支援と地域就労支援機関との連携の課題  等 (2)きめ細かい支援の必要性 「チームぴかぴか」は選考を実施し、何より本人の働く意欲を確認している。しかし、欠勤や遅刻を繰り返す者もいる。体調不良等の理由が挙げられてはいるが、根本的な理由としては就労意欲が大きく影響している。本人の実態を正確に把握し、原因を明らかにすると共に、個々に対するきめ細かい支援の必要性を感じている。 5今後の展開 (1)県立特別支援学校へのフィードバック 本事業の目的の一つに県立特別支援学校の就労実現率の向上がある。 「チームぴかぴか」の5つのキーワード(表4)は就労支援を通して見えてきたポイントとなる言葉である。そのキーワードに基づいたリーフレットを作成し、県立特別支援学校の全教職員に配布した。今後もキャリヤ教育の視点の一助となるフィードバックを行っていきたい。 表4「チームぴかぴか」のキーワード (2)障害特性に応じた支援 知的障害特別支援学校の卒業生を対象としてきた。しかし、障害の重複化が言われるように、「難聴」「精神障害」「自閉症スペクトラム障害」等を併せ持つ者がいる。今後ますます、個々の障害特性に応じた支援が必要となる。 【連絡先】 杉山 功一 埼玉県教育局県立学校部特別支援教育課 ℡  :048-830-6891 E-mail:sugiyama.koichi@pref.saitama.lg.jp 障がい者の動機づけと企業の就労支援に関する研究 −特例子会社による事例分析− 福間 隆康(高知県立大学 講師) 1 はじめに 2014年6月1日現在、常用雇用労働者50人以上規模の企業における障がい者の実雇用率は、1.82%である。2004年6月1日現在の1.46%に比べると実雇用率は上昇している。しかし、これらの数値は法定雇用率の2.0%を下回っている上に、法定雇用率未達成企業の割合は2014年6月1日現在55.3%となっている。障がい者の実雇用率は中長期的に上昇傾向にあるものの、雇用促進に向けた課題は少なくない。 知的障がい者の雇用促進に向けた課題の一つとして、仕事への動機づけがあげられる。厚生労働省1)によると、企業から見た知的障がい者雇用上の課題として、「会社内に適当な仕事がない」「職場の安全面の配慮が適切にできない」「採用時に適性、能力を十分把握できない」「労働意欲・作業態度に不安がある」といった項目が上位に並んでいる。これは、知的障がい者に適する仕事はない、あるいは対応できないので、採用に消極的であるという企業側の姿勢を物語っている。つまり、仕事の中身、採用方針、組織運営、といった企業の職務構造は所与のものとして変化させることはできないため、それにマッチングしない知的障がい者は雇用できないというスタンスと解釈できる。 上述のスタンスでは、たとえ法定雇用率が向上したとしても、行政から押しつけられたコストとしか認識されない。コストという認識では、障がい者の意欲や能力開発、職場定着といったものは重視されない。それは、障がい者自身の職務上の自立や自己実現を成し遂げることを難しくし、双方にとって好ましくない状況を生み出すことになる。 しかし、適切な仕組みや支援があれば、障がい者自身が本来持っている特性が発揮され、仕事意欲や生産性の向上にもつながる。したがって、知的障がい者を雇用する企業では、彼(彼女)らをいかに動機づけるかは、極めて重要であるといえるだろう。 以上のような問題意識に基づき、本研究では、特例子会社における取り組み事例を通じて、承認による知的障がい者の動機づけ効果について検討することを目的とする。 2 調査対象と方法 本研究は、承認による知的障がい者の動機づけ効果を検証するため、特例子会社X社を対象にインタビュー調査を実施した。インタビューは2015年2月20日、雇用支援担当者に対して行った。調査後は必要に応じてEメールで問い合わせた。 3 事例 (1)特例子会社の概要 X社は総合人材サービス業の特例子会社として、2007年4月に設立され、同年9月に特例子会社として認定を受けた。「人を育て、人を活かし、人にやさしい」を経営理念としている。業務内容は、事務・軽作業の業務請負(メール配達、紙袋の製造、工業部品の仕分・検品等)、オリジナルハーブ&ティの製造販売、菓子パンの加工販売、清掃、雑貨・日用品の企画販売などである。従業員数は2015年2月1日現在88名である。社員は知的障がい者55名、精神障がい者8名、聴覚障がい者6名、身体障がい者1名の計70名である。このほか健常者18名という構成である。 (2)表彰制度の導入 障がいのある社員の能力には個人差があった。そのため、入社半年の新入社員が在職期間の長い社員の作業量を超える力を発揮するケースが出てきた。また、自分が担当していた仕事を作業能力の高い新人と交代したことにより、自分の仕事を奪われたと認識し、モチベーションが低下するといった問題が起こっていた。 そこで、事業所では社員のモチベーションを高める取り組みとして、事業開始2年目から「月次賞揚制度」を導入した。賞揚の目的は、障がいのある社員全員に公平にチャンスを与え、自信をもたせることである。例えば、自分自身が立てた目標の達成には至らなかったが進捗の成果が見られた、新規業務ができるようになったなど、身近な成果を評価する。毎月1名以上の表彰者を決定し、月末に社長から直接賞揚している。また、表彰の写真を社内掲示することにより、障がいのある社員のステータスとなり、モチベーションの向上に結びついている。 (3)社内資格制度の導入 事業所では、さまざまな業務に対応できる人材育成を基本としている。しかしながら、障がいのある社員の個々の得意な能力を活かして、特定の業務スキルを高めて自信や誇りを持たせるような育成の視点も重視している。 そのため、事業開始3年後から社内特有の資格である「マイスター制度」を導入している。具体的には、技術が卓越した社員がより上位レベルの業務に挑戦し訓練を行う。訓練後は社内審査により、8種類の業務でマイスターを認定し、授与している。審査のためには、業務の基本となる小項目すべての課題をクリアする必要がある。事業所長が推薦し、マイスター審議委員会で審査基準に照らして審査を行い、最終的にマイスターが選ばれる。 マイスターは永続的な資格ではなく、有効期限は1年であり、新年度に改めて審査が行われる。1業務ごとに1人のマイスターの認定となり、2015年2月現在のマイスターは4名である。マイスター制度の導入により、特定の業務のスキルアップを重視した結果、①障がいのある社員個々の得意分野のスキルが向上した、②自分の能力に自信を持つようになった、③仕事に対する意欲が高くなった、④集中力や精度の求められる他の業務に対しても質の高い作業を提供できるようになった、といった効果が見られた。これにより、受注先からの信用や評価が高まるだけでなく、より高単価かつ難易度の高い受注にも対応できるようになった。 (4)社内資格制度の導入 事業所の業務は、簡単な組立といった軽作業のようなものから、計量、販売等での接客や金銭の授受などさまざまであり、それぞれの業務で必要とされる能力は異なる。 事業所では、どのような業務にも対応できる人材を育成することを目指している。そのため、採用後間もない新入社員は、簡単な軽作業の業務から入り、基本的なスキルを磨きながら、より難易度の高い作業の習得や販売等の異なる業務へ挑戦し、仕事の幅を広げて多能工を目指していく。 一方、特定の業務を継続し、作業習熟を図ることに適性がある障がいのある社員にとっては、実際に挑戦できるキャリアアップの方策を検討する必要があった。そのため、事業所では、特定の業務で経験を積み重ねた障がいのある社員をリーダー、サブリーダーに任命し、作業進捗等の管理や後輩への指導といった役割を任せるようにした。 リーダー&サブリーダー制度を導入したことにより、仕事に対する責任感の自覚とともに、業務全体を見ながら作業指示や管理を行うマネジメントスキルが身につくといった効果が得られた。2015年2月現在、リーダーは精神障がいのある社員2名と知的障がいのある社員1名が担当しており、サブリーダーは知的障がいのある社員2名と精神障がいのある社員1名が担当している。 4 考察 事例を通じて、知的障がいのある社員に対する賞揚表彰・社内資格認定・職位任命の有効性について、次の3点が示唆される。第一に、人間のもつ「認められたい」という欲求を受け止め、それによって社員に生きがいや働きがいを与えながら仕事に対する意欲を引き出している点である。第二に、承認によってモチベーションが高まり、その結果、業績に好影響をもたらしている点である。第三に、上司や同僚から受ける日常の承認が仕事を続ける原動力になっている点である。 人間は、周りの人の目や評価を通して、はじめて自分自身を知ることができる。日常の仕事で実力や業績を称賛されることや、相手から感謝されることは、自分の能力や影響力を客観的に知る重要な手段となる。なぜなら、称賛や感謝を通して、自分にどれだけ能力や影響力があるか、それを発揮する方向性が間違っていないかどうかを知ることができるからである。 承認を時間軸でとらえると、日常の仕事における称賛や感謝などは、短期的なやりとりの中で交わされるものであり、その効果はあまり長続きしない。一方、昇進やキャリアアップなどは長期にわたる能力の発揮や実績の積み重ねによって手に入るものであり、その効果は長続きする2)。知的障がいのある社員の承認に対する期待は、長期的なキャリアの承認よりも、短期的な日常の承認に偏る傾向がある。その理由の一つとして、管理的な立場につくためには判断を伴う業務をする必要があり、それを不得手としていることがあげられる。 一般に、人は年齢が上がって経験を積み重ねるにつれて、現在の満足だけではもの足りなくなり、自己実現などといった内面的な充実感や、社会のために役立っているという満足感を求めるようになる。キャリアアップ、昇進という形で認められることは、長期的に自分の能力が社会的に証明されたことを意味する。つまり、長期的な承認を受けることによって、有能感(competence)や自己効力感(self-efficacy)が高まり、その結果、努力が報酬につながる主観的な可能性が高まると考えられる。 X社では、短期的な承認として月次賞揚を実施し、長期的なキャリアの承認としてマイスターの認定、リーダー&サブリーダーへの登用を行っており、障がいのある社員が入社時から将来の展望が開け、着実に成長してそれを実感できる仕組みを導入し、実践しているといえる。 5 おわりに 本研究は知的障がい者の仕事への動機づけを高める支援について、承認を中心に、特例子会社の事例を通じて検討を行った。承認の効果に関する先行研究や先行事例は、人的資源管理などの分野で豊富にあるが、健常者を対象としており、障がい者を取り上げてこなかった。しかし、本研究の結果から、承認による動機づけ効果は障がいの有無に関係なく、不変であることが示唆されたといえるであろう。 【参考文献】 1) 厚生労働省:『平成25年度障害者雇用実態調査結果』(2014) 2) 太田肇:『承認欲求』東洋経済新報社(2007) 精神障害者雇用における企業側の課題について(1)~企業アンケート調査の概要~ ○笹川 三枝子(障害者職業総合センター 研究員) 遠藤 雅仁・田村 みつよ・宮澤 史穂・河村 康佑(障害者職業総合センター) 1 はじめに 厚生労働省によると、平成26年6月1日現在の民間企業における障害者実雇用率は1.82%であり、雇用障害者数とともに過去最高を記録した。さらに、平成26年度には、ハローワークを通じた障害者の就職件数が5年連続で過去最高を更新し、とりわけ精神障害者の就職件数は大幅な増加を見せた。精神障害者の雇用は着実に進展しており、平成30年には、精神障害者が法定雇用率の算定基礎に加えられる予定である。 一方で、精神障害者特有の不安定さや現在すでに抱えているメンタルヘルス不調を抱えた社員への対応の難しさ等を理由に、精神障害者の雇用に二の足を踏む企業も見られるところである。 障害者職業総合センターでは、平成25年度から3年計画で「精神障害者の雇用に係る企業側の課題とその解決方策に関する研究」に取り組んでいる。平成25年度においては、地域障害者職業センターを対象としたアンケート「地域センターリワーク支援に関する調査」1)2)等を行い、メンタルヘルス不調による休職者の復職支援の状況について、主に支援する側からの実態把握を試みた。 平成26年度には、一般的な企業が精神障害者を雇用する際に感じる課題や制約、実施可能な配慮とは何かを明らかにすることを目的として、企業アンケート調査を実施した。この調査では、併せてメンタルヘルス不調による休職者の復職支援についてもパラレルに問いを設け、企業におけるメンタルヘルス不調による休職者の復職支援への取り組みと精神障害者雇用との関係把握に努めた。 本稿は、企業アンケート調査結果の報告(1)として、本調査結果の概要について報告する。 2 方法 (1)企業アンケート調査の概要 ① 調査対象と抽出方法、調査方法 東京商工リサーチの企業データベースを用い、常用労働者50人以上の民間企業を対象に、企業規模4分類(50-99人、100-299人、300-999人、1000人以上)と、日本標準産業分類を基にした業種17種類の企業数をベースとして、規模×産業による層化抽出により7,000社を抽出し、郵送調査を行った。うち、実際に郵送可能であった企業は6,991社であった。 ② 調査実施時期と回収状況 平成26年11月~12月にかけて調査を実施し、2,105社から返送を受けた。うち、有効回答は2,099社(有効回収率30.0%)であった。 (2)調査内容 調査票は、以下の3つの内容で構成した。 ① 企業のプロフィール 事業内容、常用労働者数、雇用障害者数、今後の障害者採用方針と採用しようとする障害者の障害種類など。 ② 精神障害者雇用の取り組み これまでの精神障害者の雇用経験、精神障害者の求人・応募・採用状況、精神障害者を雇用する場合の課題や制約、実施可能な配慮など。 ③ メンタルヘルス不調による休職者の復職支援の取り組み  メンタルヘルス不調者の休職・復職の状況、復職させる場合の課題や制約、実施可能な配慮、メンタルヘルス不調者の精神障害者保健福祉手帳所持状況など。 3 結果と考察  (1)今後の障害者採用の方針と採用しようとする障害種類 「今後新たに障害者を採用する方針」38.5%、「障害者に欠員が出た場合は採用する方針」21.2%と、肯定的な回答が約6割であった。また、これらの肯定的回答企業の中では「できれば身体障害者を中心としたい」という回答が58.3%と最も多く、「精神障害者を中心としたい」は1.7%と少なかったが、「障害の種類は原則として問わない」23.0%及び「その他」を選択して「身体障害者と精神障害者を中心としたい」と記入した企業1.0%と合わせると、障害者採用に肯定的な企業の中に精神障害者の採用も肯定的に考える企業が25.6%(321社)あった。 (2)これまでの精神障害者雇用経験 「現在、精神障害者を雇用している」30.3%、「過去に雇用していた」9.0%、「これまで雇用したことがない」59.3%であった。 (3)精神障害者を雇用する場合の課題や制約の困難度 17項目の課題や制約を提示し、その困難度について各々4件法で回答を求めた。「とても困難である」及び「やや困難である」が選択された割合が最も高かったのは「対人トラブルを起こしかねない他罰的な傾向がある場合への対応」93.7%であり、次いで「業務中に突発的な行動が起きた場合の対応」92.1%、「意思疎通を図ることが的確にできない場合への対応」90.3%であった。 図1 精神障害者採用方針別の3群ごとのメンタルヘルス不調休職者の安定的復帰割合 (4)メンタルヘルス不調者の休職、復職の状況 84.7%の企業が年次有給休暇以外に継続して休むことができる制度を有しており、その期間が1年以上である企業が49.4%であった。また、復帰者がいる企業が63.5%と過半数を占めた一方で、復帰者がいないまたは休職者がいないという回答も24.2%あった。 (5)メンタルヘルス不調者を復職させる場合の課題や制約 精神障害者雇用時の課題や制約と概ね共通した17項目を提示し、その困難度について4件法で回答を求めたところ、精神障害者雇用時と同様「対人トラブルを起こしかねない他罰的な傾向がある場合への対応」が困難とする回答が最も高い割合(88.1%)を示し、「業務中に突発的な行動が起きた場合への対応」と「職場以外の人間関係や生活態度に問題がある場合への対応」(いずれも84.2%)が続いた。 (6)精神障害者採用方針とメンタルヘルス不調による休職者の安定的復帰割合 ① 障害者採用方針と安定的復帰割合 (1)で示した今後の採用方針について、障害者採用方針の有無と精神障害者採用の積極性によって企業を3群に分け、群ごとにメンタルヘルス不調による休職者の復帰状況を調べた(図1)。障害者採用方針がある場合にメンタルヘルス不調者の復帰割合が高いことがわかったが、精神障害者採用に積極的か否かによる違いは明確ではなかった。 《注》精神障害者採用の積極性: 障害者採用方針のある企業のうち「精神障害者を中心としたい」と「障害の種類は原則として問わない」に加え「その他」を選択し「身体障害者及び精神障害者を中心としたい」と記入した企業計321社を精神障害者採用に積極性のある群とした。 ② 精神障害者採用方針と安定的復帰割合による企業分類 精神障害者採用方針とメンタルヘルス不調者の安定的復帰割合との関係について多角的に分析するため、メンタルヘルス不調者が1年以上継続して休める休職制度があり、且つ安定的復帰者が一定割合存在している企業群を「安定復帰」群、それ以外を便宜的に「非安定復帰」群と定義し、採用方針による3軸と交差させて企業を6群に分類した(表1)。 6群は、企業数ではH/B群(非安定復帰/採用方針無群)が最も多く、次いでH/N群(非安定復帰/消極採用群)、A/N群(安定復帰/消極採用群)と続いた。また、この6群を詳しく調べると、企業規模や業種、大都市・地方の別、精神障害者の雇用経験、精神障害者雇用に際して感じる課題、実施可能な配慮などについて各々特徴的な傾向を示していることが分かったが、群ごとに分析した結果については、次の「精神障害者雇用における企業側の課題について(2)」で、群ごとの対応等の検討結果については同(3)で詳しく報告したい。 表1 安定的復帰割合と精神障害者採用方針による6つの企業群 4 おわりに 企業を対象に障害者職業総合センターが実施した「精神障害者雇用の課題などに関する調査」について、調査結果の概要を報告した。 障害者採用方針の有無とメンタルヘルス不調による休職者の安定的復帰割合の高低に関連が見られることから、安定的な復職と新たな障害者の採用に何らかの共通する要素があると推察される。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:地域センターリワーク支援に関する調査結果,職リハレポートNO.7(2014) 2) 宮澤史穂:企業における職場復帰支援は精神障害者の新規雇用へ影響を及ぼすか?,日本職業リハビリテーション学会発表論文集(2014) 【連絡先】 笹川 三枝子(障害者職業総合センター) e-mail:Sasagawa.Mieko@jeed.or.jp 精神障害者雇用における企業側の課題について(2)~企業タイプ別の傾向~ ○田村 みつよ(障害者職業総合センター 研究員) 遠藤 雅仁・笹川 三枝子・宮澤 史穂・河村 康佑(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 平成30年度から精神障害者を法定雇用率の算定対象に含めるにあたり労働政策審議会意見書1)では「雇用環境の改善状況のさらなる検証が必要である」とされた。当センター事業主支援部門では平成26年度に「精神障害者雇用の課題などに関する調査」を実施したが、これにより従来報告が積まれてきた先駆的事例だけでなく、障害者雇用の進んでいない中小企業も含めたすべての企業の精神障害者雇用に対する態度を明らかにし、より企業実態に即した支援方針提案を行うこととしている。 そこで本稿での目的は、企業や就労支援機関が行う職場復帰支援の実施効果が、企業の精神障害者新規採用の取り組みにどのような形で、どの程度影響を与えているかを検証することである。 2 分析方法 精神障害者の雇用時とメンタル不調者復職時の双方にパラレルに配置した課題や制約に関するアンケート設問項目と、実施可能な配慮のアンケート設問項目を因子分析した。それに関する因子得点と主成分得点について、安定復帰と採用傾向を要因とする2×3の分散分析を行った。 3 結果 (1)因子分析の結果(主成分法、プロマックス回転による) ①雇用時の困難度 「職場以外の人間関係や生活態度に問題がある場合への対応」が最大負荷量0.854となる第一因子を『行動対応の困難因子』、「雇用にあたってどのような支援制度があるかを調べたりそれを活用すること」が最大負荷量0.787となる第二因子を『雇用管理の困難因子』、「作業能率が期待する水準に達しない場合への対応」が最大負荷量0.909となる第3因子を『職務遂行の困難因子』とそれぞれ命名した。 ②雇用時の実施可能な配慮 雇用時に可能な配慮の実施率について因子分析を行ったところ、因子に分解されず一つの主成分で解釈可能と判断した。最大の負荷量を示す項目は「本人の希望や障害状況を勘案した職務内容を限定して配置する」0.851であった。 ③復職時の困難度 「職場以外の人間関係や生活態度に問題がある場合への 対応」が最大負荷量0.858となる第一因子を『行動対応の困難因子』、「復職にあたってどのような支援制度があるかを調べたりそれを活用すること」が最大負荷量0.790となる第二因子を『雇用管理の困難因子』、「作業能率が期待する水準に達しない場合への対応」が最大負荷量0.931となる第3因子を『職務遂行の困難因子』とそれぞれ命名した。他の因子構造は雇用時の困難度と若干異なる。 ④復職時の実施可能な配慮 「本人の希望や体調を勘案した勤務内容や業務量に限定して配置する」が最大負荷量0.908となる第一因子を『雇用管理上の配慮因子』、「社外の復職支援プログラムを利用する」が最大負荷量0.886となる第二因子を『支援機関利用の配慮因子』、「他の従業員とは異なる時間帯や場所での休憩を認める」が最大負荷量0.797となる第三因子を『特別な配慮因子』と命名した。 (2)分散分析の結果 ① 雇用時の困難度 雇用管理困難因子において交互作用; F(2,2013)=4.83, p<.01,partial?2 =.00) が有意であった。Bonferroniの補正を用い多重比較を行ったところ(以下「多重比較結果」という。)、方針無群で非安定復帰の困難度が安定復帰の困難度よりも有意に高かった。非安定復帰群ではすべての採用傾向群間で有意な差、安定復帰群では消極採用群と方針無群間以外で有意な差が見られた(図1)。 ②雇用時の実施可能な配慮 採用傾向×安定復帰の交互作用;F(2,1994)=4.26, p<.05,partial?2=.00)が有意であった。多重比較の結果;方針無群および消極採用群で安定復帰群ほど積極的配慮得点が有意に高く、安定復帰、非安定復帰群ともに採用傾向群間の積極的配慮得点に有意な差が見られた(図2)。 ③復職時の困難度 すべての困難因子で交互作用が有意であった。行動対応の困難因子;F(2,1988)=.3.37,p<.05,partial?2 =.00)多重比較結果;方針無群で非安定復帰>安定復帰、非安定復帰群で消極採用>積極採用、安定復帰群で消極採用>方針無、消極採用>積極採用(図3)。 雇用管理の困難因子;F(2,1988)=.5.84,p<.05, partial?2=.00) 多重比較結果;方針無群で非安定復帰>安定復帰、非安定復帰群で採用傾向群間の困難度に有意な差、安定復帰群で消極採用>積極採用(図4)。 職務遂行の困難因子;F(2,1988)=.5.39,p<.01, partial?2=.01) の多重比較結果;方針無群で非安定復帰>安定復帰、安定復帰群で消極採用>方針無(図5)。 ④復職時の実施可能な配慮 雇用管理配慮因子;F(2,1955)=2.64,p<.05,partial?2 =.00)で交互作用が有意であり、多重比較結果;安定復帰群、非安定復帰群共採用傾向群間に有意差あり。支援機関利用の配慮因子;F(2,1955)=2.43,p=.09,partial ?2=.00)で交互作用が有意であり、多重比較結果;すべての採用傾向において安定復帰群の支援機関利用の配慮得点が有意に高く、安定復帰群ではすべての採用傾向に有意な差が見られ、安定復帰群では採用方針有無による有意な差が見られた(図6)。 図1 雇用時の雇用管理困難因子 図2 積極的配慮得点 図3 復職時の行動対応困難度因子 図4 復職時の雇用管理困難因子 図5 復職時職務遂行困難因子 図6 復職時の雇用管理と支援機関利用の配慮因子 4 考察 分散分析の結果から明らかになったのは、○障害者採用方針がない企業では雇用管理の困難感が強いが、安定復帰の実績のある会社では採用方針変更には至らずとも困難感の弱まりが見られる。○採用方針がない又は消極的な企業では安定復帰の実績が積極的配慮の実施率をひき上げている。○復職後の安定度が高くても、復職時行動対応の困難感が強い場合には、新規雇用に於いて精神障害者の採用には消極的になる。○安定復帰群のうち職務遂行困難因子が特に低い群は(A/B群)、企業の業態(金融保業、情報通信業)の性質上、職務遂行水準の復職基準が厳格に設定されていると想定され、復職時雇用管理の困難因子得点も同時に低いが、そういった安定復帰実績の場合には新規雇用については採用方針には繋がらない。○復職時の雇用管理と支援機関利用への配慮の実施は安定復帰と同時に採用方針を前進させる。 精神障害者の新規雇用への課題や制約となるのは、障害者雇用に共通する雇用管理への困難感だけではない。この困難を解消し更に雇用促進を図るためには、行動対応の困難感の解消等が必要となる。実質的にはリワークプログラムの活用実績(A/P群)や企業の職種上の特性(医療福祉分野)(H/P群)が奏功している現状が明らかになった。他の企業タイプの特質については「精神障害者雇用における企業側の課題について(3)」で詳細に報告する。 【参考文献】 1)http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002xeb3-att/ 2r9852000002xtn7.pdf労働政策審議会障害者雇用分科会意見書平成25年3月14日 【連絡先】 田村みつよ 障害者職業総合センター e-mail:Tamura.Mitsuyo@jeed.or.jp 精神障害者雇用における企業側の課題について(3)~自由記述から見る企業タイプ別の困難感~ ○宮澤 史穂(障害者職業総合センター 研究員) 遠藤 雅仁・笹川 三枝子・田村 みつよ・河村 康佑(障害者職業総合センター) 1  背景と目的 「精神障害者の雇用における企業側の課題について(1)(2)」では精神障害者の採用方針と、メンタルヘルス不調による休職者の復帰状況から企業の分類を行った。その結果、安定復帰/積極採用(A/P)群、安定復帰/消極採用(A/N)群、安定復帰/採用方針なし(A/B)群、非安定復帰/積極採用(H/P)群、非安定復帰/消極採用(H/N)群、非安定復帰/採用方針なし(H/B)群の6群に分類された。また、群ごとの特徴を検討した結果、企業規模や業種、精神障害者の雇用経験といった各群に代表される企業像に違いがあることが示された。 本発表では各群の特徴について、さらに詳しく検討することを目的とする。具体的には、精神障害者を雇用するうえでの課題及び、メンタルヘルス不調による休職者の職場復帰についての具体的な課題について自由記述の分析を行う。さらに、一連の発表で示された企業タイプ別の特徴についてまとめを行う。 2  方法 (1)調査対象・方法・実施時期 「企業アンケート調査の概要」を参照。 (2)分析対象とした調査項目 ①「精神障害者を雇用する上で懸念されることや、貴社としての課題は何ですか」という問いに対して自由記述で回答を求めた。 ②「メンタルヘルス不調による休職者の職場復帰を進める上で懸念されることや、貴社としての課題は何ですか」という問いに対して自由記述で回答を求めた。 (3)分析方法 テキストマイニングの手法を用いた。テキストマイニングとは、テキストデータを単語やフレーズなど何らかの単位に分解し、これらの関係を定量的に分析する手法のことである1)。自由記述に対してこのような方法を用いることの利点として、これまで選択肢型の回答の補足程度の役割でしかなかった自由回答を、定量的に分析することが可能になることが挙げられる。 3 結果と考察 (1)精神障害者を雇用する上での懸念や課題 ① 回答状況 A/P群:94件、A/B群:95件、A/N群:260件、H/P群:105件、H/N群:325件、H/B群:331件の合計1210件の自由記述回答が得られた。 ② 分析方法 SPSS Text Analytics for Surveysを用いて自由記述を単語(単純語と複合語の両方を含む)に分け、出現頻度の分析を行い、3222語を抽出した。次に出現頻度が15以上の単語を対象カテゴリー化を行い、92カテゴリーを作成した。それだけでは意味をなさない語から構成されているカテゴリー(「ある」「いる」等)を削除し、さらに、意味が類似しているカテゴリー(「職員」と「従業員」など)は同一カテゴリーとしてまとめた。その結果、カテゴリー数は46となった。カテゴリーの削除と統合については研究担当者5名の合議の上決定した。分析対象となった46カテゴリーを対象に、コレスポンデンス分析を行い、各群に特徴的なカテゴリーを明らかにした(表1)。 ③ 各群に特徴的なカテゴリーと解釈 雇用に積極的なA/P群やH/P群では、「再発」や「安定」といった、障害者の症状についての懸念や、企業側で症状がどの程度「把握」できるのかということを課題と考える傾向が見られた。雇用方針のないA/B群やH/B群では、「トラブル」や業務を行う上での「危険」について懸念する傾向がみられた。また、「当社」では雇用は難しいといった雇用そのものを課題と考える意見も多く見られた。雇用に積極的な場合は、復職者の安定度に関わらず課題として挙げられる内容は類似していたが、方針がない場合は、内容に違いが見られた。 表1 各群に特徴的なカテゴリー(雇用時) (2)休職者の職場復帰を進める上での懸念や課題 ① 回答状況 A/P群:91件、A/N群:241件、A/B群:75件、H/P群:80件、H/N群:259件、H/B群:246件の合計992件の自由記述回答が得られた。 ② 分析方法 3(1)と同様の方法で出現頻度の分析を行い、2248語を抽出した。次に出現頻度が15以上の単語を対象にカテゴリー化を行い、68カテゴリーを作成した。カテゴリーの削除と統合を行った結果、カテゴリー数は33となった。分析対象となった33カテゴリーを対象に、コレスポンデンス分析を行い、各群に特徴的なカテゴリーを明らかにした。 ③ 各群に特徴的なカテゴリーと解釈 安定的に復帰しているA/P群とA/N群では、「再発」や「安定」といった復帰者の症状を課題と考えており、類似した内容を課題と考える傾向が見られた。しかし、障害者雇用方針のないA/B群では上記の2群とは異なる傾向が見られた。安定していない群は、障害者の雇用方針によって課題と考える内容に違いが見られた。 表2 各群に特徴的なカテゴリー(復職時) 4 総合考察 各群の代表的な企業像、課題と配慮に対する姿勢、具体的な課題についてまとめたものを表3に示す。 最も多くの企業が分類されたのはH/B群であった。この群に属する企業は、雇用時の課題に対する困難が全ての因子において最も高く、配慮に対しても消極的である傾向が見られた。次に多く分類されたのはH/N群であり、この2群で全体の約半数の企業数を占めていた。H/N群は、雇用時の困難や配慮については平均的であるが、復職時の「行動対応」に特に困難を感じていた。これらの企業は、「支援機関利用」も消極的であり、これまであまり支援が行われてこなかったと考えられる。 精神障害者雇用、復職支援ともに最も取り組みが進んでいたのはA/P群である。このような企業では「症状の安定」や「再発」が課題であると考えていた。これは、障害者雇用も復職支援も共通に見られた傾向であった。このような課題は、メンタルヘルス不調者への対策や、障害者雇用がある程度進んだ場合に現れてくると考えられる。このような問題を解決するためには、医療機関との連携が重要になってくるだろう。 A/P群に属する企業は、これまで先進的な事例として報告される機会が多かったと考えられる。しかし、今回の分類からA/P群に属する企業像と、H/N群やH/B群に属する企業像は規模や課題の点で大きく異なることが示された。そのため、必ずしもモデルケースとして呈示することが支援対象であると思われる企業にとって適切であるとは限らず、企業の特徴に応じた支援が重要である。本研究で行った企業の分類は、企業の特徴を把握するために有効な方法の一つであると考えられる。 【引用文献】 1) 金明哲:テキストデータの統計科学入門,岩波書店(2005) 【連絡先】 宮澤 史穂 e-mail:miyazawa.shiho@jeed.or.jp 障害者雇用に係る事業主支援の標準的な実施方法 野中 由彦(障害者職業総合センター 主任研究員) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門の事業主支援部門では、平成26年度、『障害者雇用に係る事業主支援の標準的な実施方法に関する研究』を実施した。ここでは、その概要を発表する。 2 目的・方法 (1)目的 この研究は、これまで独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が提供してきた事業主支援に係る知見やノウハウが、支援機関においてどのように有効活用されているかを把握した上で、企業の規模や経験値、業態等によって、どのような支援等が必要なのかを整理し、実際に展開されている先駆的な事業主支援の実施方法について情報収集し、分析することにより、事業主支援の標準的な実施方法に関するガイドとして取りまとめることを目的としたものである。 (2)方法 研究の方法は、事業主支援に関する文献調査、専門家による寄稿、支援機関等ヒアリング、事業主アンケート調査によって、障害者雇用に係る事業主支援の標準的な実施方法について調査・分析し整理した。 寄稿していただいた専門家は、秦政氏(特定非営利活動法人障がい者就業・雇用支援センター理事長)、笹川俊雄氏(特定非営利活動法人サンライズ理事)、直井敏雄氏(ノーマライゼーション促進研究会会長)、大場俊孝氏(株式会社大場製作所代表取締役)、中島哲朗氏(障害者就業・生活支援センターしゅーと所長)、および障害者雇用企業支援協会である。障害者雇用企業支援協会からは、会員企業への事業主支援に係るアンケート調査結果を提供していただいた。 支援機関等ヒアリングでは、株式会社エンカレッジ(窪貴志代表取締役)、NPO法人大阪精神障害者就労支援ネットワーク(金塚たかし統括所長)、社会福祉法人高水福祉会(丸山哲ふっくら工房ふるさと所長)、医療法人社団宙麦会ひだクリニック(石井和子就労支援部長)、岩手中部障がい者就業・生活支援センターしごとネットさくら(小田島守副所長)、ビー・アイ・シー社会保険労務士法人(清水雅文取締役)の6機関からご協力いただいた。 実施時期は、平成26年4月~11月。ヒアリングの主な項目は、①事業主支援の実施状況(標準的な実施方法、工夫、課題等)、②事業主支援のニーズ、③関係機関等との連携の実際、その他、とした。 3 結果と考察 (1)事業主支援のステップ 事業主支援は、一般的には、①障害者雇用の動機づけ、②障害者雇用の計画、③雇用時の配慮、④雇用後の戦力化・定着、の4つのステップに分けられる1)。それぞれのステップの支援対象者は、経営者、人事担当者、現場管理者、現場従業員に大別され、支援時期によって求められる内容も大きく異なる(図1)。事業主支援は、段階ごとにターゲットを絞って行われる必要がある。 (2)事業主支援のニーズ 事業主支援のニーズについては、さまざまな調査が実施されているが、いずれも多方面にわたって支援ニーズがあることが示されている。事業主支援ニーズは、企業規模や業種、障害者雇用経験の有無や年数、雇用障害者の障害種類等によって異なるが、なかでも企業の置かれている環境の影響が大きく、都会と地方とで大きく異なることが指摘された。 また、既に障害者を雇用することを決めた企業にとっては、個々の障害者の障害特性と配慮事項について正確に把握することについての支援ニーズが最も高いことが指摘された。 (3)事業主支援としての職場実習 事業主支援の方法として職場実習の有効性が注目されている。職場で実際に働いてみれば、障害特性や能力・適性を具体的に把握できるうえに、どのような配慮が必要か、通勤はどういう手段が現実的か、その仕事が合っているか、本人がそこで働きたいかどうかといった基本的な事項を総合的に確認できる。事業主にとっては、採用後にどのような状況となるか、その見通しがつくことが大きなメリットと考えられる。 (4)事業主支援の実施方法 この研究では、これからの事業主支援の標準的な実施方法として、以下の7つのポイントにとりまとめた。 ① 事業主支援体制の構築~単独機関による支援からネットワークによる支援へ 事業主支援に関するヒアリングで特徴的であったこととして、企業からみて、地域の就労支援ネットワークの窓口が一本化されていることが指摘されていた。過去においては、単独の機関がそれぞれの企業に対して支援するのが標準的な方法であったが、現在では、支援機関が増えて、支援者の数も増え、多様性も広がってきているので、個々の機関が単独で企業に対応する方法ばかりでなく、地域のネットワークとして、それぞれの機関の特長を保ちつつ、事業主支援を展開していくのが標準的な実施方法となっていくものと思われる。 ② 事業主支援へ力点をシフトする傾向 最近は、事業主支援に特化した支援機関や事業主支援を展開する民間企業も登場してきた。これからは、さらに事業主支援のニーズや必要性についての意識が高まり、全体として、障害者雇用・就業において、さまざまな機関が、事業主支援に力点を置くようにシフトしていくものと思われる。 ③ 事業主支援のための人材育成 的確な事業主支援を展開するには、そのために必要とされる知識・技術等を身に付けた人材の育成が欠かせない。今後は、地域において的確な事業主支援ができる人材を育成すべく、さまざまな研修等の充実が求められるようになると考えられる。 一方、企業の経営や障害者雇用に係る人事管理等の経験を持つ人材を事業主支援担当者として起用する機関も増えてくるものと予想される。また、事業主支援の経験を地域で共有する機会を持ち、事業主支援の技法を広めようとする動きが活発になってくるものと期待される。 ④ 情報交換の活性化 支援機関の中には、積極的に企業同士の情報交換の場や企業と障害者がお互いを知り合う場を設定しているところもある。経営者同士で自ら障害者雇用について情報交換し合う機会を作るのも珍しいことではなくなってきている。今後は、地域に企業と企業の間、企業と障害者の間、企業と支援機関の間の情報交換の活性化を促すような、地域コーディネート型の支援が広まるものと予想されている。 ⑤ 企業と支援機関との連動強化 最近は特に、コミュニケーションや企業人としてのルール等の理解に難のある人が増えているとの指摘もあり、企業としてはそうした課題について、できる限り企業に入る前に支援機関でトレーニングしておいて欲しいとの声がある。現在、職場実習が見直され積極的に活用されていて、企業と支援機関との間での常識や感覚の違いを確認し、支援機関の側でのトレーニングのあり方を見直すことにも繋がっている。今後は、地域において、企業と支援機関とが情報交換をより密接にして、企業で働こうとする障害者の支援機関から企業への移行がよりスムーズになるよう、効果的に連動させていく努力が求められる。 ⑥ ローカルルールによる事業主支援の展開 今後は、それぞれの地域で、地域の実情や地域企業の実際のニーズに沿ったさまざまな工夫が独自のローカルルールとして形となり、より効果的に事業主支援が展開されるようになってくるものと期待される。 ⑦ 定着支援の充実 事業主支援は、障害者が「企業の人」になりきるため、企業がナチュラルサポートの担い手として自立するための過渡的な支援であるとも考えられる。企業の中に障害者が長期間勤務していると、従業員はその障害者から学び、優れた支援者になっていく事例は数多くある。事業主支援の最終的な目標は、それぞれの企業が、自社の障害者の雇用・定着の課題に自立して取り組み、ナチュラルサポートができる力を備え、外からの支援を必要としない状態になることであると言えよう。そこに行き着くための事業主支援が今求められている。 4 まとめ ここでは研究成果の概要を報告したが、詳細は、障害者職業総合センター資料シリーズNo.87「障害者雇用に係る事業主支援の標準的な実施方法に関する研究」に取りまとめてある。 (寄稿、ヒアリング等にご協力いただいた関係者の皆様に厚くお礼を申し上げます。) 【文献】 1) 障害者職業総合センター:調査研究報告書No.94 企業経営に与える障害者雇用の効果などに関する研究,(2008) 【連絡先】 野中由彦 障害者職業総合センター E-mail:Nonaka.Yoshihiko@jeed.or.jp リワーク支援を利用して復職した後の職場定着支援の実際~ジョブコーチ支援を活用した3年間の実践から~ ○大工 智彦(石川障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 山本 健夫(大阪障害者職業センター) 1 はじめに 石川障害者職業センター(以下「当センター」という。)では、平成17年よりうつ病等の休職者の職場復帰支援(以下「リワーク支援」という。)を実施しているが、再発予防スキルを実践的なレベルまで高められぬままに復職するケースや、再休職してリワーク支援を再度利用するケースも散見されていた。 そのような課題に対して、復職後の職場定着の確実性を高めるため、平成24年度よりジョブコーチ支援を活用した職場定着支援(以下「復職後JC支援」という。)を実施している。 本稿においては、3年間の復職後JC支援の実践について報告するとともに、支援の効果と課題について考察したい。 2 復職後JC支援の概要 (1) 対象者・事業主の概要及び選定理由 平成24-26年度の間に13名(実人数)、同期間中のリワーク支援全体の16.0%に支援を実施した。 リワーク支援終了前後に実施する終了ケース会議において、図1の選定理由により復職後の職場定着の困難性が比較的高く、環境調整も含めた復職後JC支援が有効と判断され、利用について同意が得られた者を対象とした。 図1 対象者の選定理由(複数選択) 主治医の意見書にて確認した診断名の内訳は、うつ病(39%)、双極性障害(15%)、適応障害(8%)、発達障害(15%)、その他(23%)となっている。支援期間は平均4.58ヶ月、支援頻度は週1回程度から漸減する例が大半であった。 また、対象事業主の事業場単位での支援ニーズについては表1のとおりである。一般的な対応から支援ニーズがある事業主が半数以上を占めていた。 表1 復職後JC対象事業場の支援ニーズ (2) 復職後JC支援における特徴的な支援内容 ① 対象者と事業主との橋渡し 復職後JC支援においては、13例中9例で対象者・事業主・ジョブコーチとの三者面談を通じて、対象者の体調や負担感の確認と業務負荷の調整を行い、対象者と事業主とのコミュニケーションを促進する橋渡しの支援を図2のとおり実施している。支援開始当初を中心に、必要に応じて事前に二者面談を行い、双方が直接伝えにくい悩みの確認と、三者面談での共有の促しを行い、対象者・事業主双方が抱える悩みや問題を極力共有し、必要な問題解決や環境調整に繋がるよう支援している。 図2 対象者と事業主との橋渡しの実際 なお、事業主担当者については、職場の上司や管理職が中心であるが、状況に応じて人事労務や産業保健の担当者も交えて実施している。 ② ストレス対処の汎化支援 二者面談の中では、対象者から体調の変化や業務の負担等から来る不安や気分低下等の訴えが聞かれることがある。その際にリワーク支援で整理したストレス対処法の活用を促し、的確な対処を促す支援を表2のとおり行っている。 表2 ストレス対処の汎化支援 ③ 適切な受療行動の促進 支援の過程で対象者の体調が悪化し、不眠や身体症状、気分変動等が出現し、出勤状況等に影響を及ぼすこともある。体調を崩すサインを対象者も見逃している場合もある一方で、短期間のうちに体調を大きく崩す場合もある。 そのため、体調の些細な変化や、リワーク支援を通じて把握したストレスの悪循環パターンに陥っていないか、対象者の悪化のサインをより把握しているリワーク支援スタッフとも連携して注意深く様子を見極め、極力体調の悪化に至らぬよう、表3のように早期の対処を促している。 表3 適切な受療行動の促進 ④ 適切な負荷設定の助言 十分なノウハウを持ち合わせていない事業主を中心に、全13例中5例において、時間延長や業務の幅・負荷の掛け方やそのタイミングについて、必要に応じて主治医とも連携しながら上司等へ助言を行っている。 ⑤ 回復の見通しのすり合わせ 症状が遷延化している場合等、復職後時間が経過しても出勤状況が安定しない、職務遂行能力の回復が見通せない等、事業主が期待するような回復に至らない場合がある。 全13例中4例には、事業主の期待値と対象者の対処能力のギャップを埋めるため、表4のように回復の見通しや今後の方向性のすり合わせの支援を実施している。 表4 回復の見通しのすり合わせ 3 考察 (1)“何でも言える”関係作りの重要性 復職後JC支援における三者面談では、対象者がストレスとなっている事項とその影響を把握することができ、事業主が的確にラインケアを行う契機となっている。 負担感や体調の辛さを伝える事への遠慮・不安を抱きがちな対象者にとっては、自身の状態や悩みを率直に伝える事で、的確な助言や配慮が得られる事を実感できるようになり、徐々に“何でも言える関係”が深まっていき、次第にジョブコーチを介さずとも、対象者と事業主のコミュニケーションが円滑に進む事例が複数見られた。 また、援助希求行動が取りにくい場合には、事業場のラインケアがより重要になると考えられるが、この三者面談を通じた関係性の構築が、その基盤となると考えられる。 (2)直接的な介入の効果 これまでの定着支援は、対象者の来所相談が中心の間接的な支援に留まり、時機を得た対応が難しい側面があった。 一方で復職後JC支援においては、事業主にもコンタクトを取り、ストレス要因となっている問題に直接アプローチできることが大きな違いでありメリットと考えられる。 また、定期的に第三者が職場を訪問することで、対象者や事業主の自発的な相談を待たずに、タイムリーに状態の変化やサインをキャッチできる。主治医や上司とも連携して早期に対応することで、適切な業務負荷調整や受療行動の促進、服薬調整等に繋がり、業務上の問題の早期の解決と体調悪化の未然防止につながっていると考えられる。  (3)事業主の支援ニーズの存在 十分な産業保健体制が担保されてなく、復職受入経験も希薄な事業場では、体調悪化時や万全の状態でない場合の負荷の掛け方、復職後の目標設定、職務の広げ方等への支援ニーズがあることが、支援を通じて明らかになっている。 産業保健総合支援センターとの連携等そもそもの体制整備の促進とのバランスも留意が必要であるが、事業主の安心感の醸成や、対象者への的確な対応を促すことは、事業主支援という観点から重要な点と考えられる。 (4)事業主の要求水準と対象者の対処能力のギャップ 事業主は復職から時間が経つにつれ、処遇に見合った職務遂行を求めるようになり、症状が遷延化する対象者に対して、陰性感情が強まったり、現状に見合わない高い要求を課すことがある。そのような状況下で、現実的な職場適応を促すために、処遇の変更や障害者雇用への移行を提案せざるを得ない場面に直面することがあった。 加賀1)によれば、症状が遷延化したケースや事業主の要求水準への対応が困難なケースには、精神障害者保健福祉手帳取得や障害者雇用の視点での復職の検討がなされること、その際には休職者の意思を十分考慮する必要がある旨指摘されている。 実際には、対象者は経済的な面や自身のキャリアを維持したい思いから、無理をしても事業主の要求に合わせようとしがちである他、誰がどのようにこの提案をするか等、対応には難しいものがある。復職までの調整のあり方も含めて、今後検討が必要と考えられる。 4 まとめ この3年間で復職後半年以上経過した対象者の就労継続率は83.3%となっている。定着困難性が高いケースを中心に支援していることを鑑みると、復職後JC支援は職場定着に一定の効果が上がっていると考えられる。 繰り返す休職に困惑する声が事業主より多く聞かれる中、復職までの支援に留まらず、復職後の定着支援まで一貫した対応が今後更に重要性を増してくるものと考えられる。 【参考文献】 1) 加賀信寛:地域障害者職業センターのリワーク支援「精神医学 55巻8号」p. 777-784 ,医学書院(2013) リワーク機能を有する医療機関と連携した職場復帰支援について~東京障害者職業センター多摩支所における実践例について~ ○井上 量(東京障害者職業センター多摩支所 主任障害者職業カウンセラー) 虎谷 美保・谷口 幹(東京障害者職業センター多摩支所) 1 背景 地域障害者職業センター(以下「職業センター」という。)では、うつ病等による休職者の職場復帰支援としてリワーク支援を実施している。東京障害者職業センター多摩支所(以下「多摩支所」という。)では年間100名程度のリワーク支援の利用があり、終了後の職場復帰率は80%を超える一方、体調の回復が不十分で症状が不安定なケース、事業所とのコミュニケーションに問題があるケース等、従来のリワーク支援の支援内容や支援期間内では対応が難しいケースも見られる。これらに対応するためには、職業センターの職場復帰支援の質的向上を図っていくと共に、リワーク機能を有する医療機関との連携を図ることで、職場復帰につなげていくことも有効と考えられる。 なお、リワーク機能を有する医療機関との連携については、既に障害者職業総合センター職業センターの実践報告書1)(以下「報告書」という。)においてその効用や課題が論じられているところである。 2 目的 本稿では医療機関におけるリワーク(以下「リワークプログラム」という。)と連携してリワーク支援を行った事例の検討を行うと共に、各医療機関からヒアリングを行い、連携した支援の成果や、職場復帰支援にかかる職業センターと医療機関との連携ポイントについて考察する。 3 方法 リワーク支援の実施前後においてリワークプログラムの利用があった5事例について、支援状況を取りまとめ、関わった医療機関から以下についてヒアリングを行った。 ○リワークプログラム概要(利用状況、実施内容等) ○多摩支所との連携事例について(関わりの経過、成果等) ○多摩支所への要望及び今後の連携について 4 結果 (1)連携した支援状況のとりまとめ 5事例の経過は図1のとおりである。 まず各事例における両リワークの利用の仕方に関しては、リワークプログラム終了後にリワーク支援を利用した者に加えて、リワーク支援終了後にリワークプログラムを利用した者、職場復帰に向けてリワークプログラム、リワーク支援を複数回利用した者等、様々なパターンが見られた。 リワークプログラムからリワーク支援に移行した契機としては、事業所との職場復帰の調整等にあたって多摩支所の利用が求められたケース(事例A,D)、職場復帰に向けて週5日間の通所施設として多摩支所の利用が適当とされたケース(事例A,B)があった。リワーク支援からリワークプログラムに移行したケースでは、リワーク支援の所定期間内に体調安定が図れずに、生活リズムの安定を中心にさらなる支援を必要としたケース(事例B)がある。 支援の結果としては、職場復帰まで結びついたケース(事例A,D)がある一方で、職場復帰後に再休職あるいは退職したケース(事例C,E)もあった。 (2)医療機関からのヒアリング結果 各医療機関のヒアリング結果は、図2のとおりである。まずリワークプログラムの実施内容は様々だがリワーク支援同様にオフィスワークやプレゼンテーション等の実践的な要素を入れたプログラムを用意している医療機関もある。 多摩支所との連携については職場復帰に向けて週5日利用できるリワーク支援を利用したい、企業に関する情報共有を期待する、さらには地域のリワーク機関や企業担当者との情報交換の機会を設定してほしいという声があった。 5 考察 (1)連携した支援の成果について 支援の成果を職場復帰と捉えると、現在在職中のA,Dにその成果を見ることができる。その経過からはリワークプログラムの心理療法で不調の要因等を見直した上で、リワーク支援を通じて勤務に耐えうる体力、生活リズムを身につける等、職場復帰に向けた段階的な準備が功を奏したという流れが認められる。また職場復帰にあたって職場との調整を主に多摩支所が行い、医療機関との情報共有を図ったという点も共通する点である。これらは報告書に示された医療機関、職リハ機関のそれぞれの強みを活かした支援と言える。ただし支援の成果を再発防止やキャリアプランの再構築という点で捉えると、リワーク支援からリワークプログラムに移行して体調安定を図った例(事例B)、退職に至ったがリワークプログラムにおいて自身にあった働き方を模索できた例(事例C)も、対象者の状況・ニーズにあわせた支援の成果として捉えられる。 (2)医療機関との連携のポイント リワークプログラムは医療機関という特性上、本人を中心とした支援に重点がおかれているが、今回のヒアリングからは、職場復帰という成果を意識した実践的な要素を導入し、企業側の意向や情報を必要とするという声も聞かれた。このように個々の医療機関によってニーズは様々であるため、職業センターは医療機関がどういった連携を求めているかを個別に捉えていくことが必要である。 さらに、リワークのサービスが広まる中、休職者や事業所等のユーザーにとっては、サービスを選択しやすい環境が整えられている必要がある。そのためにはリワーク機能を有する機関同士が、お互いの強みや支援のつなぎ方、利用者や企業情報の共有の仕方等を情報共有できる関係作りが今後ますます重要になると考えられる。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター職業センター 実践報告書№26「リワーク機能を有する医療機関と連携した復職支援」 メンタル疾患による休職者の再発防止につなげる復職訓練プログラム−心理面の本質的な課題の直面化に焦点を当てて− ○諏訪 裕子(キューブ・インテグレーション株式会社 コラボレーター・臨床心理士) 北堀 真衣・島倉 大・張 磊・伊東 あづさ(キューブ・インテグレーション株式会社) 1 はじめに(問題と目的) メンタル疾患による休職者が円滑に復職していくためには、基礎体力、安定した生活リズム、集中力や思考力、コミュニケーション等、業務上必要とされる作業遂行性の回復が重要であり、多くの復職支援プログラムでは、定期的な通所や様々な活動を通じて、これらの回復を目指す支援を行っている。 また、メンタル疾患の再発防止においては、特に、自己理解の支援の重要性も指摘されている。五十嵐1)は、「再び仕事に戻っても、同じ要因で再休職することが多いが、環境因子が100%の原因である場合はきわめて少なく、普通は本人側の要因も存在する」と指摘しており、「自分に多少なりとも原因があるということを理解することは、再発、すなわち、再休職を防ぐ観点で重要なポイント」としている。 しかし、実際の復職では、復職支援プログラムにおいて、認知行動療法をはじめとする様々な自己理解の取り組みを経ていても、本人が自己の課題の本質に迫り切れないまま復職し、同じ課題に直面して再休職に至るケースも少なくない。福島2)が、「そもそも自己の課題とは、本人の盲目が故にメンタルヘルス不調に陥るのであり、手がかりがなければ自力で気づくことは容易ではない」と指摘しているように、当事者本人の力だけで自己の課題の本質に迫ることは非常に困難であり、復職支援プログラムには、課題の直面化を促進するため、様々な工夫や配慮が必要である。 当社の「復職訓練プログラム」では、主治医が復職可能と判断する水準から、企業が復職に求める水準までのギャップを埋めるべく、事例性判断に重点を置いたリハビリ・トレーニングのプログラムを実施している。中でも重要視するポイントの1つとして、心理面の本質的な課題に対する直面化がある。 今回は、その直面化に関わる「心理面振り返り」のプログラムの取り組みを紹介しながら、支援者側の工夫や配慮が、自己の課題への理解や直面化をどのように促すのか、ということについて考察していきたい。 2 「復職訓練プログラム」の利用構造 (1)契約構造 当社のプログラム利用料金は、利用者本人が所属する企業の負担が原則となっており、支援の対象者は本人と企業である。支援するスタッフは、本人の職場での実際の様子を直接上司や人事から確認することができ、その情報を本人の自己理解を促進するために活用している。また、実施したプログラムから得られる本人の特徴や課題などについて、企業へフィードバックを行うとともに、復職後の職場での配慮等に関するアドバイスを行っている。 (2)時間構造 利用時間は、本人の状態によって段階的に延長され、最終的に9時から17時までとなる。復職前に、勤務時とほぼ同じ生活リズムを整えることができる。 (3)スタッフ構成 プログラムを実施するスタッフは、全員が心理士(臨床心理士および産業カウンセラー)である。 (4)カリキュラム構成 カリキュラムは、「業務遂行面の回復」と「心理面の課題の自己認識と改善」を目指すリハビリ・トレーニングで構成されている。後者の中心となるプログラムが「心理面振り返り」である。並行して、認知療法や行動変容を目指すプログラム等も実施している。 3 「心理面振り返り」の取り組み (1)実施概要 「心理面振り返り」のプログラムでは、「休職に至った経緯」「自分自身の課題」「課題への対処方法」の3点について、資料を作成すること(=レポート)、心理士と一対一の面談で説明すること(=語り)が求められる。「レポート」と「語り」のプロセスは、たいていの場合は一往復で終わらず、数回繰り返すことになる。このプログラムは、本人の症状が安定しており、1週間の通所が安定していると判断されたときに導入される。 レポートでは、文章化、図式化等のまとめ作業を行うことを通じて、自分自身を振り返り、客観的に捉えることが期待される。作成は通所中の時間で行い、自宅での作業は認めていない。 語りでは、心理士との一対一の面談を通じ、より深い自己理解、課題への直面化につながることが期待される。毎回異なる心理士が面談を担当することで、様々な角度から介入を行うことができる。 (2)プロセスごとの介入のポイントとその方法 プログラムに参加した利用者の多くは、ある程度共通したプロセスで直面化の作業が進んでいた。そのプロセスを、①初期、②中期、③後期という3つの段階に分け、それぞれの介入ポイントとその方法について述べ、考察したい。 ①初期 この段階は、「休職に至った経緯」への介入に重きを置く。利用者が初めて作成するレポートの内容は、経緯の記載が具体的でないため、その状況や場面を聞き手がイメージしにくい、あるいは他罰的(仕事内容や職場の人間関係、物理的な環境など、自分の周囲に問題があるという記述に偏っている)という特徴を持つことが多い。 このようなレポートには、まず、可能な限り時系列で具体的に記載すること、次に、その状況や環境に自分はどう関わったのか、どう影響されたのか(自分にとって、どのように辛く、大変であったのか)を記載するように介入を行う。このような介入を行うと、休職に至った状況での気持ちや考え等、自分自身に関する説明が出てきやすく、その結果、本人の中で、自己に向き合う準備が徐々に整っていくものと推察される。 ②中期 この段階は、「自分自身の課題」への介入に重きを置く。レポートの内容は、課題の記載が表面的・抽象的であることが多く、経緯と課題とのつながりが見出せないという特徴を持つことが多い。 この時期は、他のプログラムで自己の特徴を見つめる作業に取り掛かっており、自己の内面に目が向き始めている。そのため、他のプログラムで感じたこと、気づいたことなどを取り上げながら、休職に至った経緯とのつながりを考えていくように促す。このような介入を行うと、他のプログラムで気づいた自己の特徴が、休職に関わる課題でもあったという認識に至ることが多く、自己の課題への問題意識を高めるものと推察される。 ③後期 この段階は、「課題への対処方法」への介入に重きを置く。レポートの内容は、対処の記載が具体的でない、実現可能性が低いことが多く、課題に対する直接の対処となっていないという特徴を持つことが多い。 この時期は、他のプログラムで自己理解が促進され、自己の課題への問題意識が高まっており、対処しやすい課題、対処しにくい課題を認識していることが多い。そのため、他のプログラムで得られたことと結びつけながら、具体的かつ実現可能で、効果的な対処方法を本人と一緒に検証する。課題とのつながりが薄く、表層的な対処法に終始している場合は、課題の背景にある要因と対処とのつながりを考えていくように促す。このような介入を行うと、課題の再検討ができ、本質的な課題に直面していくため、実現可能な対処方法の具体的なイメージができるものと推察される。 以上のプロセスを経ることが、自己の課題に直面化していく作業となる。その体験が、本人の自信にもつながり、復職に対する不安の軽減および就労意欲の向上につながるものと考えられる。 4 今後の課題 今回、当社で取り組んでいる心理面の直面化に焦点を当てたプログラムを紹介しながら、自己の課題の理解や直面化を促進するための工夫や配慮について考察してきた。その中で、いくつかの共通するプロセスがあること、そのプロセスにおいて必要かつ効果的な介入があることが示唆された。 一方で、現状の実施では、心理面の本質的な課題の直面化に至らなかった利用者もいた。直面化に至らなかった可能性の1つとして、メンタル疾患の再発防止に対する意識が十分に整っていなかったことが挙げられる。今後は、他の要因も含めて、更なる検討を重ね、より効果的な介入の実施につなげていきたい。 【参考文献】 1) 五十嵐良雄:精神科クリニックにおける復職支援プログラム(特集 うつ病からの復帰・復職をめざして)「精神科vol.11(6)」p.460-467,科学評論社(2007) 2) 福島満美:メンタルヘルス不調者の「再発予測仮説」と再発させない方法論について「産業精神保健vol.23増刊号」p.130,日本産業精神保健学会(2015) 【連絡先】 諏訪 裕子 キューブ・インテグレーション株式会社 e-mail:ysuwa@cubeintegration.com 気分障害等による休職者の復職支援プログラムにおける「ジョブリハーサル」の概要について ○石原 まほろ(障害者職業総合センター職業センター開発課 援助係) 森 陽子・古屋 いずみ・野澤 隆・渡邉 容子・朝野 晃司・松田 淑恵(障害者職業総合センター職業センター開発課)  1 はじめに 障害者職業総合センター職業センターでは、平成14~15年度の2年をかけて、気分障害等による休職者に対する復職へのウォーミングアップを目的としたリワークプログラムを開発した。平成16年度からは、リワークプログラムのブラッシュアップを目的に、ジョブデザイン・サポートプログラム(以下「JDSP」という。)の開発に取り組み、開発した技法については、地域障害者職業センターが行うリワーク支援等の効果的な実施に資するための伝達・普及を行っている。 復職後に適切なストレス対処を行い、安定した就労を維持するためには、体調の自己管理、アサーティブなコミュニケーションスキル及び他者からの指摘に対する適切な対処スキル等の復職準備性を高めることが必要1)とされており、JDSPでは、これまでSST(Social Skills Training)、グループミーティング、個別作業及び個別相談を実施して受講者の復職準備性向上を図ってきている。 こうした中、平成23年度から新たなプログラムとして、職場で想定されるストレスを体験し、対処する「ジョブリハーサル」の試行に取り組んできた。 今回、その取組内容について報告する。 2 概要 (1)目的 受講者が負荷を伴う複数の作業を共同で取り組む過程で、作業遂行上の課題解決や人間関係におけるストレスへの対処法を実践し、復職準備性の向上を図ることを目的としている。 (2)対象者 精神面が安定し週5日の定時通所が可能で、ストレス耐性の維持・向上が見込める者を対象としている。標準的な受講者数は2名~5名である。 (3)設定場面 リーダー役の受講者の調整の下、受講者同士でコミュニケーションを図りながら、上司役のスタッフから指示された課題を定められた時間内に仕上げる場面を設定している。 3 実施方法 (1)実施日時 実際の労働場面に近似したストレス環境を設定する趣旨から、一日のJDSPで設けることができる最大の時間帯(10:30~15:00の3時間半)で、週1回、同一曜日に実施している。 (2)作業課題 作業課題は、個別課題と討議課題(表1)を組み合わせたものとし、作業開始時に一度に指示することを基本としている。個別課題では正確性と効率が求められ、討議課題では、アサーティブなコミュニケーションが求められる。 受講者に対し、より重い負荷を課すことが有効である場合、次の取組を行う。①作業課題を追加することにより、適切に段取りを組み直すことができるか確認する。②討議結果についての発表を行わせることにより、上司からの質疑に対して適切に対応できるか確認する。 (3)実施手順 ①スタッフの事前調整・準備 ジョブリハーサルの効果的な実施にあたっては、適度な負荷を設定することが重要である。そのため、各受講者の精神の安定度及び作業遂行力を勘案し、リーダー役を担う受講者、当日の作業課題、各受講者の支援目標を決定しなくてはならない。 ②作業課題の実施 突発的な事象への対応力を高めるため、リーダー役と作業課題は実施直前に発表する。リーダー役は、メンバー役を担う他の受講者に上司役から指示された課題を伝達し、作業スケジュール及び作業分担を決定した上で、共同作業を開始する。作業中は、受講者の主体的な行動を促すため、上司役は支持的な関わりを最小限に留める。 ③振り返り 作業課題終了後、全体で15分程度の振り返りを行う。全受講者から感想を発表した後、スタッフから受講者の良かった点や改善が望まれる点を支持的に伝達する。また、受講者は日誌及び振り返りシートを自ら記入し、復職準備性に関しての気づきや次回の目標を明確化する。 4 実施上の留意点 (1)オリエンテーションの必要性 ジョブリハーサルは、受講者が目的を十分に理解していなければ、負担感が先行し、自分自身の課題に気づき、改善に向けて取り組むまでには至りにくい。そのため、実施前に目的や実施方法について丁寧に説明する機会を設け、受講者から十分な理解を得た旨を確認するとともに、不安や不明な点が示された際には、適宜個別相談等により補足説明を行うことが肝要である。 (2)他のプログラムとの連動 ジョブリハーサルは、JDSPの他のプログラムと連動させることで、受講者の内省を深めることが可能となる。 具体的には、グループミーティングで習得したストレス対処法やSSTで習得した対人技能のスキルを実践する場と位置づけている。さらに個別相談では実施状況を受講者と共有し、受講者が習得した復職準備性の活用度を確認している。なお、発症後、職務遂行能力が低下し、担当職務の遂行に支障をきたしていることの認識が不足している場合には、改善が必要な課題について率直にフィードバックし、対処方法について受講者と検討している。 (3)受講者が1名時の対応 ジョブリハーサルは、受講者同士がコミュニケーションを図りながら共同作業に取り組むことで、復職準備性の向上を図ることを目的としているため、受講者が1名の場合には、スタッフがメンバー役を担い実施する。なお、受講者にコミュニケーション上の課題が見られない場合には、適切に段取りを組む力や効率的に作業を遂行する力を高めること等を目的に実施する。 5 まとめと今後の課題 平成27年7月末現在までの受講者数は34名となっている。受講者からは、「最も緊張を強いられるプログラムだったが負荷を乗り越える度に自信につながった」、「ストレス場面における認知の偏りに気づき、軌道修正ができるようになった」といった感想があげられている。ジョブリハーサルは、負荷の高い環境下において職務遂行上の課題や、他のプログラムで習得したストレス対処法を実践する際の課題が把握できるため、職場復帰支援で実施するプログラムとして、その有効性は高いと考えられる。 ジョブリハーサルの今後の課題として、受講者の個別性に注目しながら、職場の状況(人員体制等)を踏まえた現実的な場面を柔軟に設定していくこと、各受講者の職業準備性に応じた作業課題の組み合わせ方法を確立していくこと等があげられる。 【引用・参考文献】 1)有馬秀晃:リワークプログラムにおける評価と その利用法,臨床精神医学,41(11),2012. 2)中村美奈子:復職支援におけるマルチタスクプログラムの意義—一般就労への復職を目指すということ—,職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集,2014. 視覚障害と知的障害を併せ有する重複障害生徒の一般就労に向けた取り組み−学校、企業、就労関係機関の連携− 古川 民夫(神戸市立盲学校 進路指導部長) 1 はじめに 近年、本校では視覚と知的の障害を併せ有する重複障害の幼児児童生徒が増えている。2014年度幼稚部から高等部普通科までの幼児児童生徒26名のうち、身障手帳と療育手帳の両方を所持する者が14名在籍しその割合は53.8%であった。重複障害生徒の進路はこれまでの場合普通科卒業後、自立訓練や就労継続B型に、重度の生徒は生活介護といった福祉事業所に進むケースがほとんどであった。 ところが、昨年度普通科を卒業した弱視の男子生徒Aが 1年次から一貫して一般就労を希望したため、就労実現に向けて外部関係諸機関の協力を得ながら、職能評価や職場実習を含む様々な取組みを行ってきた。その結果、ある企業に就労することができたので報告する。 2 本校卒業生就労の現状 (1)2013年度、兵庫県内の特別支援学校42校の高等部卒業生843名のうち一般就労したのは141名(16.7%)である。 (2)843名中、本校卒業生は10名でうち4名が就労している。ただし、いずれも理療(あんまはりきゅう)での就労である。 (3)本校には職業課程の理療科が設置されており、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師の養成を行っている。免許を取得した生徒は、そのほとんどが就労している。 (4)理療の免許を取得するには、国家試験に合格しなければならないため、知的障害を有する生徒には困難である。 (5)したがって、知的障害を有する生徒が一般就労を希望する場合、知的分野での就労を目指すのが現実的である。 (6)本校普通科卒業生の進路状況を過去20年間でみても、知的障害を有する生徒が一般就労したのは1件のみである。 3 生徒Aの実態(2015年3月現在) (1)学年:高等部本科普通科3年 (2)障害の状況: ①視覚障害:未熟児網膜症  身障手帳1種3級 視力 右0.05(視野40度以内)、左光覚 ②知的障害:療育手帳B2 他者とのコミュニケーションは図れるが、作業に関する指示内容の理解には時間を要する。 (3)日常生活動作 食事・更衣・排泄などは自立している。移動についても、電車を利用して自力で通学している。 (4)趣味 和太鼓。本校の部活動に加え、外部の和太鼓クラブにも所属して定期的に演奏会にも参加している。 (5)家族の状況:父母兄 ①両親も一般就労を一貫して強く希望している。 ②Aの職場実習に際しては何度も企業を訪問したり、その他の学校行事などにも積極的に参加している。 ③兄はAのよき相談相手である。 (6)1年担任からみた生徒・保護者の様子 ①手先が不器用で、自己肯定感が低い。 ②保護者の期待度と本人の能力とに多少のズレがある。 ③卒業後すぐに一般就労するのは極めて困難である。 4 1~2年次の主な取組みと課題 作業学習、職能評価、職場実習などを行ったが、コミュニケーション力や意欲は評価されるものの、作業能力が高くなく卒後の就労は困難であり、就労移行支援で訓練を受けるのが妥当との結論に達した。 5 3年次の主な取り組み (1)ハローワークでの求職登録(6月) 担当官が来校し、求職登録と保護者も交えて就職相談を受ける。第1希望を知的分野での一般就労、第2希望を就労移行支援とすることを確認した。 (2)就労移行支援事業所での体験実習(6月) 単一知的障害の生徒と一緒に行ったことで、見えにくさによる作業の困難さが改めて確認された。 (3)障害者職業センターでの職能評価(8月) 基礎学力や作業能力において様々な課題を指摘される一方、コミュニケーション力、就労意欲、忍耐強さなどが高く評価され、卒後すぐの一般就労も可能との評価を得た。 (4)特例子会社での体験実習(8月) 企業ジョブコーチの方が、Aの特性に配慮しつつ、いろいろな作業を用意してくれた。非常に温かく指導してくれたことで、Aの就労意欲はさらに高まった。 (5)就労先企業での雇用前提実習1(9~10月) 初めての障害者受け入れということで、所長が全従業員に対して理解を求めるなど、率先して受け入れ態勢を整えてくれた。作業内容についても上記の特例子会社同様、Aの特性に配慮しながら、いくつもの作業を用意してくれた。 指導担当の方が、大変熱心かつ温かく指導して下さったことで、Aは自身の能力を存分に発揮することができ、「ここで働きたい」とはっきり意思表示をした。 (6)就労先企業での雇用前提実習2(11月) 2回目ということで、職場内のコミュニケーションもかなり円滑に図れるようになった。神戸市障害福祉課の担当者3名が実習の見学に訪れ、本ケースに対する関心の高さを示した。最終日の反省会には、保護者、ハローワークの担当官、地域障害者就労推進センター担当者も同席し、本ケースにおける強力な支援体制が確認された。就労先企業の所長より、雇用を確約する旨の意思表示があった。 (7)内定通知届く(12月) (8)職場定着実習1(2月) (9)職場定着実習2(3月) 本校教職員のための実習見学会を実施 ジョブコーチや、保護者も参加し、就労に向けて学校から企業への移行(引き継ぎ)をスムーズに行うことができた。 6 就労の状況 (1)就労企業情報 商  号:○○○株式会社 神戸支社 従業員:320名(神戸支社27名 男18名 女9名) 主な事業:ユニフォームのアウトソーシング事業、ク リーニング業、倉庫業など (2)雇用形態:フルタイムパート (3)作業内容 ①ユニフォームの倉庫整理 ユニフォームの収納袋に付けているタグを携帯型拡大読書器で読みとり、倉庫の所定の場所に収納する作業。 ②ユニフォームのネームタグ剥がし作業 クリーニングをしたユニフォームに新しいネームタグを張り付けるために、使用済みのタグを剥がす作業。 ③ユニフォームのネームタグ圧着作業 新しいネームタグを、高温圧着機を使ってユニフォームに圧着する作業。 ④タオルたたみ クリーニング済みのタオルをたたむ作業。 7 就労に結びついた理由 障害者雇用率のアップなど法整備が進む一方で、知的障害者や精神障害者は増え続けており、結局のところ就労の厳しさはそれほど緩和されてはいない。こうした状況の中、一般就労は極めて困難と思われた視覚・知的重障生徒の就労が実現できた理由を以下の8点にまとめる。 (1)障害者雇用促進法の法改正によって、社会全般で障害者雇用に対する関心が高まったこと。 (2)企業がAをしっかりと評価した上で、その特性にあった仕事内容を日々の業務から掘り起こしてくれたこと。 (3)それらの仕事をAが集中的に行うことが、職場全体のスムーズな業務遂行に繋がったこと。 (4)企業がAの実習受け入れに際して用意してくれた合理的配慮が会社にとっても有益であったこと。 (5)ハローワーク、地域障害者就労推進センターなどの関係機関が視覚・知的重複という難しいケースであることから、親身に相談に応じてくれたことで、結果的に強力な就労支援体制が組織できたこと。 (6)保護者が常に積極的、協力的な姿勢を保ったことが企業に対しても大きな安心感を与えたこと。 (7)学校側も、企業と随時コミュニケーションを図り、信頼関係の構築に努めたこと。 (8)このような環境の中で、Aは自信を持ち、高め、そして自己の能力を最大限に発揮することができたこと。 8 おわりに 企業が要求する能力として最初に挙げるのがコミュニケーション力である。例えば、「あいさつができる」、「自分の障害を周囲にきちんと伝えることができる」、「分からないことを聞くことができる」ということを、すべての企業が望んでいる。一方、作業能力については、高いに越したことはないがある程度の能力があれば、むしろコミュニケーション力や就労意欲を優先するというのが企業の基本的な考え方のようである。本ケースにおいても、生徒Aの作業能力は決して高くはなかった。前述のように障害者職業センターの職能評価においても「見えにくさ」によるものも含め多くの課題が指摘された。一方で就労意欲の高さや忍耐強さなどから「就労可能性あり」との判定を受け、就労先企業での実習へと繋がったのである。 今回のことを振り返ってみて、就労に必要な要素で最も重要であると思えたのは、人と人との繋がりである。本人と家族との繋がり、学校との繋がり、そして関係機関との繋がりである。家族は父母兄であり、学校は教師であり、関係機関は各々の担当者という人たちであった。今後、重複障害生徒の一般就労を支援する場合に、まずは作業学習やコミュニケーション訓練をバランスよく行い、それらを通じて生徒の就労意欲を高めなければならない。同時に関係機関に対しては、就労に必要な能力を数値で判断せず、また盲学校(視覚障害)に対する既成概念に捉われることなく、生徒一人一人の特性をしっかりと把握してもらった上で、その能力を最大限引き出せるような支援および合理的配慮を講じてもらうための働きかけとして、各関係機関の担当者の人たちに直接会って、伝え、そして理解・協力を求めていかなければならない。 重度障害児の一般就労に向けた地域連携の経験 ○宮﨑 健司(十勝リハビリテーションセンター 医療技術部 作業療法科)  片平 修 (帯広ケア・センター) 1 はじめに 障害者の自立にとって各種学校を卒業する段階で、就労や進学、社会福祉サービス等への移行を行っていくことは重要な課題であるといえる。現状として、平成24年度の特別支援学校高等部(肢体不自由)の卒業後の就職者割合は全体の10.5%である。進学者に関しては1.5%、その他80.4%が社会福祉施設等入所・通所者となっている。 また、養護学校高等部卒業後においても就職者割合は全体の7.7%、進学者1.8%、社会福祉施設等入所・通所者64.0%1)と大きく変わりない。 このことから、障がい児にとって学校教育を卒業するということは、同時に社会参加への移行期としてとても重要な時期であることがいえる。 今回紹介する症例の年齢は20代前半、当院外来リハビリテーションを利用している。近隣普通高校定時制(以下「高校」という。)、近隣専門学校(以下「専門学校」という。)を卒業後に「一般就労を目指したい」「自分にあった職業を決めていき、スキルを身につけていきたい」と、症例とご家族から一般就労の希望があった。第1回目のケア会議から現在まで、約1年半の介入の経過と経験をまとめ報告する。 なお、発表に際して症例、ご家族の了解を得ている。 2 症例プロフィール 20代前半 男性 診断名:脳性まひ 障害名:痙直型四肢麻痺 障害区分:1種 1級 全身に麻痺がある障害で、可動域の制限があるものの左上肢、頸部には比較的随意性が保たれている。そのため日常生活活動(以下「ADL」という。)場面では、電動車椅子を左手で操作して移動している。その他のADLとして、水分摂取を含めた食事の動作、トイレでの下衣操作や拭き取りなどの動作、上衣下衣の着替え動作、歯磨きや入浴動作を含めた全般的なセルフケアなどは全介助である。 高校在学中から一般就労を目標に専門学校への入学を志し、専門学校在学中も職場実習など精力的に取り組んでいた。就学中、学校内でのADLに関しては、学校配置の生活支援員や介助員が同伴し行っていた。知的水準としては高校、専門学校卒業レベルで、コミュニケーションは良好である。 当院での外来リハビリテーション(以下「外来リハ」という。)は12歳から始めている。現在は理学療法(以下「PT」という。)、作業療法(以下「OT」という。)を各々約40分、週1回の頻度で利用している。外来リハの訓練内容として、PTでは主に移乗動作の介助量軽減に向けた立位練習などの下肢機能訓練、OTではパソコン操作などの円滑化に向けた上肢機能訓練を行っている。 3 支援経過 ?ケア会議? 本人及びご家族の希望と、ADL全般的に全介助である現状の身体機能、専門学校で学んだスキルを考慮し、医療・介護施設でのPCを使用した事務作業獲得へ向けて専門学校卒業後の4月から就労移行事業が開始された。 就労移行支援事業開始後、各関係機関のスタッフ、本人とご家族含め約15名のチーム体制にて取り組むこととなった。初回から現在(約1年半の間)までに、計4回のケア会議が実施された。 ケア会議の中で、本人及びご家族の希望が再確認され本人からは「一般就労を目指したい」「将来的に自分の稼ぎで1人暮らしをしてみたい。」また、「年金なども納めていきたい。」と社会参加に対し意欲的に話されていた。ご家族からは「自分にあった職業を決めていき、スキルを身につけて欲しい」とあった。 4 検討内容 まず、食事・トイレ動作などADLで全般的に介助が必要であった。そのため、実習や就労に際しては水分摂取及び食事、トイレ動作に関して自立していることが求められた。 本人の身体機能では自立は難しいため、介助員の同行を提案したが、就労は営利目的となる活動のため同行介助は非該当とのことだった。さらに、通勤に関しても同行援護や移動支援については、営利目的であるため非該当であった。 これらについて、本人ご家族及び関係機関職員の掛け合いにより町役場の地域生活支援事業のガイドラインが、「ニーズの高い外出目的にも対応できるよう検討していきます。」と改正されることとなった。このため、移動支援での介助員同行が可能となり、通勤、食事動作、トイレ動作への介助者介入が可能となった。 次に、実習先・就労先について、身体活動が難しいため、上肢での作業がメインとなるPC操作などが主な作業となる事務職が検討された。ここでも、食事・トイレ動作などへの介助者介入が可能な実習先・就労先の確保が必要であった。 実習先についても関係機関職員の掛け合いにより近隣介護施設での実習が可能となった。また、今後必要に応じてOTが職場へ同行し環境設定を行う予定である。 最後に、電動車椅子上での座位姿勢や、デスクの高さなど環境が変化することでPC操作の円滑性に影響があった。さらに、水分摂取、資料や本のページを捲るなど応用的な上肢操作についても検討された。 これらに対し、本人とOT・PTに加えて、就労移行支援事業所スタッフ、車椅子作製会社スタッフを交えて作業環境設定を行った。 5 考察・今後の課題 今回、一定の知的水準がありながら重度の運動障害を持ち合わせる症例の就労支援を通して、就労支援の難しさと地域連携の重要性を痛感した。 身体障害者が一般就労するには、職場内でのADLに問題がないこと2)と言われているが、今回の症例は、各関係機関の専門職種がチームとして社会資源の活用や作業環境設定に対して取り組めた事により、職場でのADLを向上させることとなった。 今回の支援経過で焦点となっていたのは、通勤の支援、食事動作やトイレ動作など実習・就労先での身体活動を伴うADL介助の支援先とPC操作や電動車椅子姿勢など含めた環境設定である。 本症例の場合、関係機関内で定期的にケア会議を行っていたことで、現状と今後の課題を明確にして情報共有することが出来ていた。 通勤の支援、就労先での介助者の必要性に関して、関係機関の専門的、積極的な支援が行われたことにより、地域生活支援事業での就労時ADLへの介助者介入が可能となったことはとても重要であると考える。 また、電動車椅子やデスク周りの作業環境設定に関しても、本人と専門職種を交えた意見交換を行うことで、本人の上肢操作や想定される場面をチーム内でより具体的に検討することが出来たことにより、実践的で効率的な作業環境設定を行うことが出来ていたと考えられる。 これらのように、障害者の社会参加を考える上で、チームとなり支援の対象者やそのニーズをどのように考えていくのかは重要であると考える。 おわりに、これら社会資源の活用と作業環境設定の向上が職場でのADLを向上させ、さらに企業側とのマッチングを円滑にすることや、職業の維持、生活の維持といった社会参加の一助となっていくのではないかと考える。 【参考・引用文献】 1) 文部科学省ホームページ http://www.mext.go.jp 2) 作業療法全書 第12巻 作業療法技術学 職業関連活動 平賀昭信・岩瀬義昭 【連絡先】 十勝リハビリテーションセンター 〒080?0833 北海道帯広市稲田町基線2?1 ℡0155?47?5700 就労継続B型通所者を対象とした就労準備講座−就労支援機関と公共職業安定所による次のステップへの取組み− ○太田 幸治(大和公共職業安定所 精神障害者雇用トータルサポーター) 今村 彩・北舘 崇司(大和市障害者自立支援センター) 今若 惠里子(大和公共職業安定所) 八賀 伸治(フレッシュゾーン・ボイス) 1 就労準備講座について (1)実施までの経緯 平成24年度、地域の自立支援協議会就労部会の主催により、医療デイケア通所者を対象に就労準備講座(以下「講座」という。)が実施され、参加者8名中、1名が就労継続支援A型事業所(以下「A型」という。)、3名が就労継続支援B型事業所(以下「B型」という。)につながり、一定の成果が得られた。一方、就労を含め次のステップを希望する通所者を就労あるいは就労移行支援事業所(以下「就労移行」という。)、A型へつなげることがB型の課題として挙げられており1)、平成26年度、B型通所中の精神障害者を対象に、就労部会の中心メンバーの就労支援センター(以下「センター」という。)、障害者就業・生活支援センター(以下「就・生センター」という。)、大和公共職業安定所(以下「安定所」という。)の共催により講座を実施した。 (2)内容 講座は週1回2時間、計4回、曜日を固定しセンター内の会議室で実施した。内容(表1)は、B型から次のステップへの移行を考慮し、センター、就・生センター、安定所が協議し策定した。 表1 講座の内容 (3)参加者の概要 就労支援センターが内容、開催目的を明示し、講座の実施を地域のB型6か所に文書にて周知した。参加にはB型施設長の推薦という形を取り、申込用紙に参加目的を記入してもらった。センターが窓口となり参加者を募り、4か所から計9名が参加した。参加者の概要は表2のとおりである。なお、平成24年度の講座でB型につながった3名中1名が今回の講座に参加した。 表2 参加者の概要 (4)講座の概略 初回の「働くための準備」では、働くために必要なこと等について、グループワーク形式で参加者から意見を募り、就労移行、ジョブコーチ支援等の社会資源を活用することの意義を伝えた。 2回目の「精神障害者雇用の現状」では厚生労働省の資料2)を用いて精神障害者が働いている業界、業種について情報提供し、安定所の活用方法、チーム支援等について伝えた。 3回目の「精神障害者雇用実績のある会社から話を聞く」では、参加者の働くうえでの不安を扱い、体調管理の難しさを受けとめつつ、自分自身を知ることが大切であり、就労への意欲、自己管理、困ったときに自ら相談ができる、協調性があること等が求められる人物像であると伝えられた。約1時間、質疑応答の時間を設け、選考方法、仕事内容、労働条件等について意見交換を行った。 4回目の「就労移行、A型の紹介、就労移行通所者の話」では、各施設のプログラム、仕事内容について案内があり、就労移行通所中の2名より利用のメリット等について話があった。 2 講座終了後の参加者の動向 講座終了3か月後をめどに参加者の動向について、所属するB型の協力を得ながらセンター、安定所で確認を行った。結果は表3のとおりである。 表3 講座終了3か月後の参加者の動向 9名中、3名がA型を含む障害者求人に応募し1名が特例子会社に採用され就業し、2名がB型から就労移行の利用につながり、1名は訓練に応募した。B型以外の就労支援機関の見学、体験通所、就職活動、アルバイト、職業訓練の応募等、いずれにも該当せずB型通所を継続した者は4名であった。 3 考察 講座終了後3か月以内に次のステップへ移行を試みた5名は、表2の参加目的で就労への意欲を示していた。そして、この5名はB型の活動だけでは接触する機会が少ないと思われる特例子会社の職員から、求められる人物像、採用選考等、有益な情報を聞き、就労意欲を高められたのではないだろうか。結果として3名が就職活動に移行したと考えられる。また、A型、就労移行の職員からの話、特に就労移行を利用している当事者から体験談を聞けたことは、就労移行の利用につながった2名にとって意義があったと考えられる。 したがって、B型の次を具体的に考えているB型通所者を対象に、事業所ならびに地域の就労支援機関が連携し就労に関するノウハウを伝えていくことは、B型から次のステップへの移行に効果的に機能することが示唆された。 一方、今回、次のステップへの移行を試みなかった4名については、3か月後という短期ではなく中長期の目標として就労を意識していたと思われ、就労を希望するB型通所者に対し、引き続き働きかけを地域で行うことが今後の課題と考えられる。 【文献】 1)橋本菊次郎:精神障害者の就労支援における精神保健福祉士の消極的態度についての研究(第二報)−就労継続支援事業所B型のPSWのインタビュー調査から−、「北翔大学北方圏学術情報センター年報Vol.4」、p.45-57(2012) 2)厚生労働省Press Release(平成26年5月14日):「平成25年度・障害者の職業紹介状況等」http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11704000-Shokugyouanteikyokukoureishougaikoyoutaisakubu-shougaishakoyoutaisakuka/0000045833.pdf 山間農家を支える−EM堆肥作り− ○田中 誠 (就実大学・就実短期大学 教授) 宇川 浩之・矢野川 祥典(高知大学教育学部附属特別支援学校) 石山 貴章(就実大学) 1 はじめに 土佐嶺北地域(以下「嶺北」という。)においては、人口減少・少子高齢化に伴い、地域コミュニティの活力が低下し、地域経済が低迷する一方、都市住民からは、付加価値の高い観光・教育・福祉へのニーズが増大するとともに、地域の絆を重視する傾向が生じていることが山間地域における現状である。そこで、山間地域でEM注)堆肥を作り、また山間農家へ貢献している社会福祉法人 本山育成会しゃくなげ荘(以下「しゃくなげ荘」という。)の実践について報告する。 2 研究方法 平成3年4月から継続して、しゃくなげ荘利用者のアフターケアをおこなうと同時に訪問及び嶺北の山間農家への踏査による聴き取りを主体とした。 3 しゃくなげ荘の概要と土佐嶺北の風土 しゃくなげ荘は平成3年4月1日に精神薄弱者更生施設(当時の用語)として高知県の北部中央・四国山脈の真ん中に位置した嶺北の長岡郡本山町に高知県最後の入所型施設として設立された。 爾来、社会のニーズ、保護者の願い等も起こり新たに就労継続支援B型事業、共同生活援助・介護事業、地域相談支援センター事業が新設された。山村に開所されたしゃくなげ荘の精神は、「地域と共に生きる−地域の文化・教育・産業の発展をともに創る−」である。 しゃくなげ荘は、地域の一住民として毎年秋に行われる産業文化祭に施設メンバー全員が参加し、栽培収穫した農作物を提供出店している。地域福祉・地域教育の一環として、小・中学生の体験実習を受け入れ、しゃくなげ荘耕作地で共に汗を流し理解を深めている。地場産業への支援として、耕作放棄地あるいは高齢者農家への支援をおこなっている。 特に嶺北は、四国最大の早明浦ダム開発(着工1963年・竣工1975年)以降少子高齢に歯止めが利かず、高度成長の勢いとともに一次産業が減衰した。 その変化現状として、「①人口減少・高齢化、集落機能の低下、②農業所得の減少、社会インフラの老朽化、③廃校等遊休資源の増加、④美しい農村資源の保全・継承が困難化、⑤都市との交流」等がみられる。 ここで嶺北の風土について述べておく。嶺北は土佐郡大川村、同郡土佐町、長岡郡本山町、同郡大豊町の4ヶ町村を形成した総人口1万人を有した山村である。 農林業を主体とした地域であり、林業は全国トップクラスの91.5%森林を有し、天空の郷で育てる棚田米、樹齢50年の古木の柚子栽培、わが国では既に幻のお茶と云われる「碁石茶」が栽培されている。森林水資源を育んでいる背景には、西日本最高峰の石鎚連峰を最源流として四国最大の水系(四国三郎)が上流域・下流域の暮らしの礎を担っている地域である。 4 EM堆肥着手の動機 しゃくなげ荘設立当時に、地域小売業オーナーより、生ゴミを再生しEM肥料作りを進言されたことがきっかけである。 写真1 EM堆肥の原料 この進言を聞いたしゃくなげ荘作業支援員(現園長の真鍋(以下「真鍋」という。))は、メンバーの日中活動として「できる」ことを確信したといわれている。 設立当初の初代園長は、設立から5年で結果を出さないと、地域住民、福祉行政からしゃくなげ荘としての真価を問われると述べられた。 しゃくなげ荘設立当時からの支援員は、教育・社会福祉系学部以外の学部出身であり、障害児(者)へのアプローチについて利用児(者)から学ぶ精神をモットーにして、日常の作業支援・生活支援を実践し、現在のしゃくなげ荘の礎を築いてきている。支援員は地域で育ち、県外(大学)で学び、里帰りしてきた。幼少期から農業経験が豊富であり、有機農法を考えたEM堆肥作りへの理解と同時に着手した。  写真2 完成のEM堆肥 年間生産量は次の通りである。EMボカシ7200kg、EMパレット4000kg、生発酵78t。販路は嶺北をはじめ高知市、香川県、徳島県、愛媛県である。 少子高齢が進む嶺北で、しゃくなげ荘が地域住民、地域農家へ貢献することについて、真鍋は次のように述べている。 嶺北の農業は、狭い耕地面積(大半が棚田)をフルに活用し、生産性をめいっぱい引き出し、農業生産を拡大するための、いわば効率至上の農法を招いている。嶺北地域に限ったことではなく日本の農業全体がそうであろう。そのマイナス現象が、環境に与える負荷の増大となってハネ返ってきている。もともと農業とは大気、土壌、水系、生物相など環境をめぐる大きな物質環境の流れのなかで、これを巧みに利用して食料の生産を行う、工業とは異なる特色をもつ生命産業である。その物質循環の流れを肥料、農業、エネルギー多投型の農業が自らの手で破壊、汚染している現状である。病害虫の発生状況、作物、土壌の状態に応じた防除や施肥を行わず、化学合成の農薬や肥料への依存を強めることは、過度に環境に負荷を与えることにつながり、また水田における水管理の不徹底による農薬、肥料の河川等への流出も懸念する。さらに、このように述べている。現実は「懸念される」「おそれもある」などという生易しいものではない。農薬は水道水源を汚染している元凶であり、化学肥料頼りの安易な農法が、地力を衰弱させている。天空の郷で知られる嶺北の棚田への貢献はしゃくなげ荘のメンバーであり、EM堆肥提供であると。さらに「新しい時代の農業の担い手来たれ」ということを聞いたことがある。嶺北での若者による農業後継者は少数である。ほとんどがサラリーマン兼副業としての農業である。純粋な農業後継者は僅かである。昭和50年代までは農家の子どもが農家の跡を継ぐという生業的な感覚でやってきたが、これからは産業として自立できる農業を志す人材を、広く国民から募る時代ではあると言われ、新・農業従事者を求め、「豊かな自然のなかで、いのちを育てる創造的な暮らしをしてみたい」という人も大学生から定年された方々にみられる。この場合は夫婦であったり、あるいは単身(独身)であったりしているが少数の限られた人達である。さらに棚田、山林への資財運搬、棚田、山林から収穫物運搬の場合、狭い山道での機械運搬には限界がある。そこで、しゃくなげ荘メンバーの動力が必要とされる。当に嶺北地域では援農隊としての重要な役割を発揮していると。 写真3 嶺北天空の郷 しゃくなげ荘メンバーによる、高齢者農家への田植えボランティア、夏は農家の草取り・草刈り運搬作業、秋は稲刈り。 写真4 椎茸栽培 秋は山から原木運搬作業、冬は椎茸菌打ち作業。 5 むすびに 嶺北の山間を担う人々は、収穫の喜びは当然のことであるが、しゃくなげ荘メンバーが有機肥料を作り、地域から活用され、その努力の結果として農業経営者から、季節労働者としてあるいはボランティアとして要請されていることは、しゃくなげ荘が地域の重要な福祉機関であることを示している。 注) 有機微生物群(Effective Microorganisms)。自然界に存在する微生物の中から作物生産に有効な乳酸菌、酵母菌、放線菌、光合成細菌等10属80種以上の微生物群を選び出して複合した培養液を指す。多種多様な微生物の働きが土壌中でお互いに共存共栄し連動し合い、相乗効果を発揮する仕組みとなっている。 【連絡先】 田中 誠 就実大学・就実短期大学 e-mail:makoto_tanaka@shujitsu.ac.jp 重度障がい者の農業就労を可能にする福祉型植物工場の開発に関する研究 ○岡原 聡 (大阪府立急性期・総合医療センター 理学療法士) 奥田 邦晴(大阪府立大学大学院総合リハビリテーション学研究科) 1 はじめに 完全人工光型植物工場(以下「植物工場」という。)は、屋内で植物を育成することから天候に左右されずに農作物の安定供給が図れること、農作物を無農薬や無菌環境下で栽培できることにより、高い安全性が確保できること、高速生産が可能であること、栄養成分のコントロールから付加価値が高い植物の育成が可能なことなどにより、安定した賃金と雇用を産出できる就労施設としての期待がある。また、閉鎖空間で多段棚を利用した植物の栽培が可能なことから、都会の鉄道高架下などの狭い土地を有効活用することができ、特に地域で生活する障がい者や高齢者にとって、身近なところで、そして空調設備や障害の特性に適応した作業環境が整備された場での安全、快適な就労を可能にする。 さらに、植物工場は、緑の植物に直接触れる作業過程があり、おいしいと人に喜んでもらえる食物を生産できることなどから、リハビリテーションや精神的な癒し効果が大きく期待できる場でもある。 2 障がい者の農業就労 厚生労働省の平成25年度障害者雇用実態調査1)によれば、農林漁業分野への就労率が際立って低く、知的障がい者が0.6%、次いで精神障がい者が0.5%、身体障がい者に至っては0.1%と皆無と言って良いほどの状況であることが報告されている。車椅子を使用している身体障がい者にとって、一般的な農作業で必要となるしゃがみ姿勢やその動作が困難なため、農業就労は難しい現状がある。 また、これまで一度も障がい者雇用を行ったことがない企業では、会社内に適した仕事があるかがわからない、職場の安全面の環境整備についてどのように対応したら良いかがわからない、採用時にその方の能力を十分に把握できるかどうかの確信が持てないなどの理由1)を挙げており、障がい者雇用に踏み切れず敬遠する企業も多い。 一方、植物に触れることで得られるメリットから、特に知的障がい者の就労に農業を活用する取り組みは行われてきており、その効果も報告されている。 最近では、植物工場が障がい者の新しい農業就労施設として導入され始めており、2009年の時点で、植物工場事業者の約1割において社会福祉法人が運営している2)。 しかし、従来の一般的な植物工場では、屋内施設に植物育成ユニットを設置することで生じる構造上の段差や高さ2m前後の多段棚での作業が必要なことなどにより、車椅子使用者が植物育成作業に関わることが難しい。 3 福祉型植物工場のコンセプト 「楽しく、安全に、誰もがいつまでも働き続けることが可能な植物工場」をコンセプトに掲げ、一般の人から障がい者、高齢者に至るすべての人が働けることを目標にして、特に、農業人口では皆無に等しい、車椅子使用者の就労を可能とすべく、福祉型植物工場の開発に関する研究を進めている。 座位でも植物の育成作業を可能にするために、多段棚に栽培用トレーを自動搬送するリフトロボットの活用を提案している。搬送装置の導入により、作業者が窓口にトレーを設置することができればその後の栽培過程は自動化され、さらに、栽培環境と作業環境を区別することが可能となり、就労対象者に快適な環境が構築できる。 このように作業の平面化や軽労化、単純化を図った次世代型の植物工場の実用化は、農業の中腰やしゃがみ姿勢から生じる身体的負担を大幅に軽減でき、腰痛症等の問題を一掃できるとともに、特に今日まで農業就労が難しいとされていた車椅子使用者や重度障がい者にとって、快適に就労できる場として、今までの既成概念そのものを大きく転換させることができると考えている。 4 重度障がい者に適した作業環境 現在までに、健常者、高齢者、車椅子使用者を対象にした座位での作業環境に関する研究を経て、下肢や体幹だけでなく手指にも麻痺がある頸髄損傷者が植物工場の一連の作業を行える作業環境を検討してきた。 研究結果より、車いす座位で行う前方での植物育成作業に適した奥行きが約50cmであることが明らかとなり、50cm×50cmの特製トレーを作成した。さらに、体幹筋群の麻痺のために前傾姿勢をとれない頸髄損傷者が作業を行いやすくするため、トレーの下に回転盤を設置し、手を伸ばさずに、体幹に近いところで楽に作業ができるようになった。 また、作業台の高さが肩関節周囲筋群の活動に密接に関係していることから、楽に作業ができる高さとして、車椅子のアームレストが作業台の下を通過できることを考慮し、約70cmが至適値であることがわかった。 その他、車椅子使用者が使用しやすい高さにリフトロボットの操作パネルを設置すること、麻痺等のある上肢でも操作しやすいよう、緊急停止用ボタンの大きさや設置場所を考慮すること、作業者がリフトロボットのトレー設置窓口に安全に近づけ効率よく作業ができるようにセーフティカーテンを設置するなどの環境整備が必要であることを明らかにした。 5 特製の補助具の開発 頸髄損傷者の場合、細やかな種をひとつひとつ蒔くことや成長した苗を植え替えるなどの作業が困難となりやすいため、手指が動きにくくても掴みやすい太めの持ち手を取り付けた改良型播種機やスポンジを把持しやすい特製のフォーク、苗を植えやすいように穴の形状を改良したトレーなどを開発した。収穫の際、ハサミの使用が難しい者も簡単に植物を収穫できるように、植物が乗るサイズの取り皿を改良して剃刀を安全面に配慮した上で装着し、取り皿をスライドさせると植物が楽に収穫でる簡易型の特製収獲機を作成した。 これら特製の補助具は、重度障がい者だけでなく誰もが使用しやすい汎用性のある道具になるよう留意して開発しており、簡易かつ安価でき導入できるメリットがある。 さらに、電動のリフトロボットを用いず、手動による棚の上下移動を可能とする新しい栽培棚の開発を共同研究企業と進めており、完成すれば工場設置の際のコストを大幅に減少できる。 6 福祉型植物工場の実用性の検討 重度障がい者が楽しく働ける福祉型植物工場の事業化を想定し、試算を行った。150株/日を目安とした小~中規模の福祉型ユニバーサルデザイン植物工場を就労継続支援A型もしくはB型として事業化した場合、植物の売り上げに加え、重度障がい者を雇用した場合に事業主に対し3年間で240万円が助成される特定求職者雇用開発助成金や障がい者雇用促進に関する政策の補助金等を活用することで、健常者の1/3程度の生産作業が行える重度の障がい者では、月額賃金を10万円程度支払うことができる試算となっている。 そこで、頸髄損傷者を対象に、ユニバーサルデザイン植物工場モデル環境下で、特製の補助具を用いた際の『播種~収穫』の約150株の各作業量おける作業時間、筋活動、自覚的疲労感を評価した。結果、各々の作業時間は、補助具を用いなかった時に要した健常者の4?15倍の時間に比較して約2?3倍まで大幅に短縮し、植物工場における重度障がい者の就労の可能性が確認できた。また、作業時間の減少に伴い、肩関節周囲筋群の活動量が減少し、特に疲労感は、播種と移植において補助具を用いたことで20~30%減少し、収穫において約50%の減少を認めた。 被験者からは、「植物工場の作業はできそうだ」「実際に行ってみて楽しい」「日頃、1万円程度の月収の内職的な仕事しかないが、植物工場ならもっと多くの収入も期待できるし、安全でおいしい植物を育てて、消費者の皆さんが喜んでくれるので、このようなところで働きたい」 など多数の実用化を期待する意見が寄せられた。 このように福祉型植物工場は、地域で暮らす障がい者や高齢者がより身近なところでいつまでも楽しく働ける就労場所であるばかりか、余分な輸送費がかからず地産地消のメリットが活かせ、より新鮮かつ安心安全な美味しい高付加価値植物を提供できることから、採算性の面からも大いに期待できる。 7 まとめ 頸髄損傷者が快適に作業できる環境や補助具に関する研究を踏まえ、福祉型植物工場において重度障がい者が農業就労できる可能性が明らかとなった。このような福祉型植物工場は、我が国や世界が求める重度障がい者や高齢者を含め誰もが垣根なく働くことができるノーマライゼーション社会の一つのモデルとして期待できる。 【参考文献】 1) 厚生労働省:平成25年度 障害者雇用実態調査(2013) 2) 農林水産省・経済産業省:植物工場の事例集(2009) 障がい者就労支援の職域選択肢拡大における農作業の潜在的需要 ○石田 憲治(農研機構 農村工学研究所農村基盤研究領域) 片山 千栄・鬼丸 竜治(農研機構 農村工学研究所農村基盤研究領域) 島 武男(農研機構 九州沖縄農業研究センター)、濵川 雅夫・戸川 圭夫(社会福祉法人同仁会) 1 はじめに 都市部に暮らす非農家高齢者を対象とした鬼丸ら1)の調査によると、被調査者の21.4%は健康づくりに役立つならば農作業に参加してもよいと考えている。健康と農作業の関わりについては松森ら2)が、農作業を行っている人は農作業を全くしない人に比べて、生活習慣病の危険因子の保有率が低い傾向を指摘している。さらに、福祉事業所の日中活動における農園活動では、知的障がい者や高齢者の農作業前後におけるストレス軽減や健康維持効果が確認される3)4)。 農村地域に立地する社会福祉施設や福祉サービス事業所では、近隣の遊休農地を活用して農作業を通した就労支援に取り組む事例も増え、取り組み経験のない施設においても関心が高まっている。また、療育や福祉的就労にとどまる場合にも野外で自然と接する農作業の特徴に着目した潜在的需要が見込まれている。 本報告では、こうした視点から福祉施設や事業所における全国規模の農作業実態調査の取り組みを紹介する。 2 農作業による知的障害者のストレス軽減 (1)簡易測定方法 客観的かつ定量的にストレスを評価する方法として、血液、尿、唾液中の生理活性物質を測定する生化学的な評価方法があげられるが、前二者は医療行為であることの制約や即時的なストレス反応を把握し難い。そこで唾液を採取して測定する方法がストレスの簡易測定方法として期待される5)。 特に、ストレスにより唾液中の濃度が増加するアミラーゼをマーカーとすることが日常生活の場でストレスを計測する上で有望である。被調査者個人間の定常値の差や同一個人における日間変動があることに留意を要するが、具体的な活動の前後のストレスを活動現場で迅速に測定する方法として有効であると判断される。 (2) 農作業によるストレス低下実態 岡山県の福祉施設入所の知的障がい者及び支援員の協力を得て、2014年~2015年に農作業の前後におけるストレス値について、唾液中アミラーゼ濃度をマーカーとする簡易測定を行った注)。測定には市販の唾液アミラーゼモニターを使用した。 福祉施設から車で10分程度の場所にある畑での農作業の前後に先述した方法によるストレス値を測定したところ知的障がいのある当事者7名、支援員2名について、ほとんどの被調査者の農作業後の値は農作業前の値より低下していた(図1)。 図1 農作業前後のストレスの比較(2014年11月) 3 地域との関わりに着目した知的障がい者の就労支援 (1) 職業リハビリテーションにおける農作業の意義 暮らしの場に近接した畑や農場などの自然の中で働くことは、健康の維持にも有効であり、多種多様な農作業と障がい特性をマッチングしながら就労し得ることから、農業は「職業リハビリテーション」における有望な選択肢であると考えられる。実際に鎌などの作業道具を用いて作物を収穫する作業や適度な水やりから、畦に集めた刈草や圃場に散在する小石を集める作業まで、必要となる技量や体力は極めて多様である。 したがって、農作業の種類によっては季節や天候などに左右されるものの、複数の障がい者がチームを組むことにより、個々人は体調や障がい特性に応じた無理のない働き方ができるとともに、作業環境に配慮することにより、担える農作業の種類が増加して、個々人のキャリア形成に繋がるとともに障がい者全体の職域拡大にも資する。 (2) 地域での社会参加を促す農作業の有用性 合理的配慮のもとに障がい者が地域で自立して生きるという観点からは、農作業を通して障がい者が多くの地域住民や農業者と関わる機会が生じることが重要である。高齢農業者から農作業の技術を教えられ、農作業の協力者・補助者として頼りにされることは、地域での社会参加を大きく促すことになると思われる。 農業の担い手の不足から発生した耕作放棄地の再生を図るための実態把握や対策を講じる県や市町村の協議会を対象とした質問紙調査(2013年1月時点)によると、割合にして回答者の1/4を超える協議会が、福祉施設や障がい者が農作業の「担い手」もしくは「担い手の協力者・補助者」になり得ると回答している(表1)。また、期待される農作業の内容についても、草刈りなどの管理作業にとどまらず、作物栽培、加工品づくり、土づくりや圃場の障害物除去など、多様な作業が挙げられている(図2)。 表1 農業側からみた福祉施設や障害者の農作業への期待 図2 福祉施設や障がい者に期待される農作業の内容 障がい者らの社会参加が地域の農業振興にも繋がる可能性も見逃してはならない。消費者である地域住民の参加を得て筆者らが地域の社会福祉法人と共催した地域食材講座が契機となり、栽培の手間から農家に敬遠されていた伝統野菜の生産に障がい者が参加することにより、美味しい食材の需要が高まることで障がい者の職域が拡大するとともに、農業生産も高まる可能性が確認されている6)。 4 施設や事業所における農作業実態と潜在的需要の把握 (1)農業業実態調査のねらいと調査設計の特徴 この調査は、厚労科研費研究として実施しているもので、全国の社会福祉施設や障がい福祉サービス事業所等における農作業の取組実態や取組の潜在的需要を明らかにすることを目的としている。そして、農業が地域に密着した就労の場であることに着目して、①全国的規模の定量的調査を行うこと、②現状の取組に留まらず潜在的需要を把握して福祉分野における農作業の導入方策の提案を試みること、③地域社会との関係性や農業の地域特性との関連を加味した分析を行うこと、を目指している。 (2) 調査対象の選定方法と主な設問内容 調査対象は厚生労働省に登録のある全国の障がい福祉サービス事業所で、サービス種別が在宅介護、相談支援、短期入所のみである事業所及び児童関係の施設、重度心身障害者(児)施設は原則として除外し、各都道府県当たり原則として50箇所程度の事業所を無作為抽出により選定した。調査対象として選定された事業所等には、運営法人経由にて郵送で依頼した。回答も調査票に同封した返信封筒にて郵送回収とした。回答のための留置期間は3~4週間程度で依頼している。 調査票の設問については全30問として、多くは共通の設問であるが、農作業に「現在取り組んでいる」、「以前取り組んだが現在取り組んでいない」、「以前も現在も取り組んでいない」の回答により、それぞれ異なる設問も設定している。また、「農作業」には農業生産のほか、収穫物の加工や販売に関する作業も含めて回答を求めている。そして、農作業を行っている場所、取り組んでいる目的、農地確保の経緯や技術などの導入方法、新規の取組や継続の支障となることが見込まれる課題など、農作業の実態や課題、施策への期待に関わる具体的な事項について質問している。 5 農業に関わる障がい者支援施策の展開方向 2015年8月時点では、調査に着手したばかりであるが、調査結果の分析を通して農作業を通した障がい者の社会参加と自立促進の支援、地域生活拠点の整備と農業振興が同時に実現することによる活力ある農村地域の共生社会構築が期待される。 注) 測定は十分な倫理的配慮のもと、本人及び関係者の同意と協力を得て実施している。 【参考文献】 1) 鬼丸ほか:都市圏で暮らす高齢非農家住民の農作業参加構造の分析−健康づくりに着目して−「農村工学研究所技報No.217」p.63-74(2015) 2) 松森ほか:農作業が有する高齢者の疾病予防に関する検討「農村工学研究所技報No.209」p.105-115(2009) 3) 石田ほか:農業と福祉の連携における農業農村整備の課題「農業農村工学会大会講演要旨集」p.224-225(2015) 4) 片山ほか:身体活動量からみたデイサービス利用高齢者の農作業評価「第74回日本公衆衛生学会総会抄録集」(2015) 5) 田中ほか:ストレスと疲労のバイオマーカー「日薬理誌No.137」p.185-188(2011) 6) 片山ほか:地域食材をとりまく多様な主体と農作業による障がい者就労支援のしくみづくり「第22回職業リハビリテーション研究・実践発表会論文集」p.72-74(2014) 【連絡先】 石田 憲治 農研機構農村工学研究所農村基盤研究領域 e-mail:ishida@affrc.go.jp 障がい者の職域を農業分野に拡大するための身体活動量計測による農作業評価 ○片山 千栄(農研機構 農村工学研究所農村基盤研究領域 契約研究員) 石田 憲治・鬼丸 竜治(農研機構 農村工学研究所農村基盤研究領域) 合崎 英男(北海道大学農学部) 上野 美樹(農研機構 農村工学研究所農村基盤研究領域) 1 はじめに (1) 背景 我が国の農業では、加速する高齢化への対応を余儀なくされるとともに、社会的には障がい者の雇用促進が求められている。とりわけ農村では農業者の高齢化が進み、後継者や新規就農者不足が常態化し、農業を担う多様な人材の確保・育成が急務である。多様な人材としては、後継者や新規就農者のみならず、退職後の高齢者、就労希望の障がい者、都市住民など、農作業の補助者も含めて様々な人材が想定される。 一方、福祉の分野では、高齢者の健康維持増進や介護予防、障がい者の療育ならびに就労の場として農業が注目されている。例えば、福祉施設が農作業を余暇活動やリハビリの一環として活用したり、福祉施設が農業生産・加工・販売に取り組んだり、農家から農作業の補助的作業を請け負ったりしている。 (2) 地域における障がい者の農業分野への職域拡大 地域の中で農業を就労の場としていくには、農業分野と福祉分野の主体のマッチングが重要である。ただ、‘出会い’の機会であるマッチングができても、‘継続’が困難な例も少なくない。さらに職域を拡大していくには、相互に信頼関係を構築することが欠かせない。 また、障がい者の就労の場を農業分野に拡大するためには、「身体的な負荷が大きい作業」と捉えられがちな農作業の身体負荷が、日常生活の範囲を大きく越えるものではないことを定量的に把握して、障がい者や支援員・指導員らの不安を軽減する必要がある。 そこで、本報告では、地域の中で障がい者が継続的に農作業を担い、職域を拡大してきた事例を示すとともに、より多くの地域の高齢者・障がい者が安心して農作業を担えるよう、身体活動量を指標として農作業の特徴をわかり易く示すことを試みたので報告する。 2 事例にみる農業分野での障がい者の職域の拡大 以下では、農業の補助的な作業を障がい者が担い、取組が定着し職域を拡大してきた事例を示す。いずれも、地域の農家との互恵的な関係を築いている。 (1) 農作物や農作業の種類の拡大 静岡県のある地域では、2012年の農作業体験募集を契機に複数の福祉サービス事業所の利用者が、栗拾い、ソバ刈り、ミカン収穫などを体験した。 一般に果物の収穫作業は、個々の果実の収穫適期の判断が難しい。また、農家からみると、永年作物である果樹は一度損傷すると修復困難なため、障がい者であるか否かにかかわらず未経験の外部者に主要な農作業を依頼することは少ない。ミカン収穫では、収穫の最盛期を過ぎた時期に全ての実を収穫する方法をとり、収穫者が判断に迷わないよう工夫された。 このミカン農家では、この経験をもとに翌年以降も障がい者に農作業補助を委託している1)。福祉事業所の利用者や支援員が丁寧な農作業に取り組んだことが委託農家に評価された結果であるが、作業委託のきっかけが地域の親しい農業者であったことも一因であり、この背景には相互の信頼関係の構築が指摘される。 (2) 福祉事業所間ネットワークによる農作業受託の拡大 兵庫県神戸市北区では、複数の福祉事業所がネットワークを作り生産・加工・販売など得意分野を活かして分担し、障がい者らの職域拡大と工賃向上に取り組んだ2)。生産部門では、2012年から共同で農作業や遊休農地の管理作業を請け負い、地元農家からの作業受託件数を増やしてきた。ネットワークの主要メンバーが農作業の取組実績の長い福祉事業所であり、地域では集落営農のメンバーでもあることが、ネットワーク全体の農業への進出を後押ししていると判断される。 左:ミカン収穫作業   右:ネットワークの共通ロゴマーク (3) 社会福祉施設の農業部門設置による職域拡大 岡山県玉野市では、複数の福祉サービス事業所を運営している社会福祉法人が遊休農地を利用した雑穀栽培や農福連携事業への参加を通じて農作業技術を蓄積し、農業部門を設置した。地域の協力を得ながら栽培作物の種類や面積を広げ、現在は特別支援学校の卒業生らを雇用して、水稲、野菜などを積極的に生産している。外部者とも連携した農作業の道具や機械の改良ならびに出荷調製方法の工夫による職域の拡大にも積極的である。 3 身体活動量計測による農作業評価 上述のような取り組みがより多くの地域に広がれば、障がい者の農業分野での活躍の場が拡大する。しかし、農業に関する知識や経験が少なく、年代や心身機能も多様な人材の農作業への参加を促すには、個々人の特性に適合した農作業選択のための目安が必要である。 (1) 農作業の身体負荷をめぐって 農業になじみの少ない人にとって、農作業は高齢者や障がい者が関わるには心身への負担が大きく危険で困難な作業とのイメージもあろう。一方で、健康のために身体活動の増加が推奨されており(厚生労働省)、「家庭菜園、ガーデニング」は適度な活動としても期待されていることから、日常の農作業の中で無理なく身体活動量を増やすことがのぞましい。 鬼丸らによる都市部在住の非農家高齢者への調査によれば3)、農作業への不安が少ない人ほど、また農作業が健康維持増進に役立つと考える人ほど、農作業に参加したいと考える傾向にあった。他方、「農作業による疲れや身体の凝り・痛み」への不安が最も多かった。すなわち、農作業は身体負荷が少なく健康維持増進に役立つと働きかけることで、非農家高齢者の農作業参加を促すことができると考えられる。 また既に筆者らは、デイサービスに通所する高齢者の農作業プログラムへの参加による健康増進への意義について、歩数の計測により検討し、農作業プログラムに参加した高齢者では、デイサービスでのふだんの活動時に比較して、対象者8人全員の1時間あたり歩数が4倍に増加したことを確認した。すなわち、農作業は無理なく身体を動かす機会として有効な選択肢になること、身体活動量が農作業の特徴を示す指標となり得ることを明らかにした4)。 (2) 身体活動量の計測 農作業による身体活動の強弱を何らかの指標で示すことができれば、農作業と作業者の選択と組み合わせの目安になる。そこで、多様な農作業の特徴を把握するため、農作業の身体活動量を計測した。玉野市の社会福祉施設の利用者らが行う冬の露地栽培に関連する農作業ごとに身体活動強度を分析したところ、例えば、室内で座って手先を動かす「クロマメの殻むき・選別」、立ち作業の「シイタケの軸切り」、圃場内を移動する「エンドウ苗の定植」の順で値が高くなっており、これらを目安に農作業の特徴を示せることがわかった5)。このような特徴をもとに、農作業に必要な身体活動強度と、作業者の心身の機能の状態とを組み合わせることにより、適切な農作業と作業者をマッチングすることができる。 図1 農作業の種類と身体活動量の目安のイメージ 4 おわりに 地域における障がい者の自立という観点から、多種多様な農作業の身体負荷を定量的に把握して、障がい特性に合わせて農作業の種類を選択しながら、職域を拡大していくことが重要である。身体活動量の計測による農作業の量的評価は、障がい者の社会参加や農業分野の担い手不足の解消という点でも社会的重要性が高いと考えられ、障がい者の就労支援からも期待される。 付記  本報告は、農林水産省の競争的資金「高齢・障がい者など多様な主体の農業参入支援技術の開発」(農食研究25071)課題の助成を得ている。同関係者および計測に協力を頂いた方々に謝意を表する。 【参考文献】 1) 石田ほか:多様な担い手が参加できる農業生産環境づくり「畑地農業」No.688, p.17-22,(2014) 2) 片山ほか:持続的な農業と福祉の連携のためのネットワークづくりと地域の活性化「農村計画学会春期大会学術研究発表会要旨集」p.44-45,(2015) 3) 鬼丸ほか:都市圏で暮らす高齢非農家住民の農作業参加構造の分析-健康づくりに着目して-「農村工学研究所技報vol.217」p.63-74,(2015) 4) 片山ほか:歩数計による高齢者農作業の身体活動量把握-デイサービス利用者を対象として-「第73回日本公衆衛生学会総会抄録集」p.233,(2014) 5) 片山ほか:障がい者の農作業における社会参加と軽労化の課題-身体活動量の把握を通して-「日本職業リハビリテーション学会第42回大会プログラム・発表論文集」p.104-105, (2014) 【連絡先】 片山 千栄 農研機構農村工学研究所農村基盤研究領域 e-mail:chiek@affrc.go.jp 重度障害者の在宅雇用における身体的負荷軽減~地方採用での企業と地域福祉の連携~ ○青木 英(クオールアシスト株式会社 取締役) 菊池 博文・松浦 裕子(みやざき障害者就業・生活支援センター) 1 会社概要 クオールアシスト株式会社(以下「アシスト」という。)は、クオール株式会社(保険調剤薬局の経営)の障害者雇用をより促進するため2009年2月に設立、同年3月に特例子会社に認可された。重度身体障害者の在宅雇用を中心に全国に33名が在籍、関東圏以外では宮崎県での雇用が多く、現在8名が在籍している。 2 地方における雇用管理 (1)障害者就業・生活支援センターの存在 在宅雇用では「雇用管理」が課題となることが多く、企業での導入障壁の一つとなっている。しかし雇用管理が機能しインフラが整備されていれば、採用市場を全国に求められるというメリットがある。この雇用管理を機能させるためには地域福祉との連携が欠かせない。とりわけ「障害者就業・生活支援センター(以下「ナカポツセンター」という。)」の存在が大きい。 (2)ナカポツセンターとの連携内容 宮崎で実施しているナカポツセンターとの連携は、採用相談、応募者集め、雇用定着サポート、ご家族との連携、企業への情報連携など多岐に渡る。特に重要なのが社員のご家族及び環境変化について定期訪問などで情報をつかみ、必要に応じで企業への報告と一時対応を実施。企業からの直接支援の繋ぎとしての役割も担っている。以前の当発表会ではこれらの実践内容の全体像について発表をしたが、今回は雇用管理及び定着における重度障害者の身体的負荷軽減にスポットを当て、その実践例を発表したい。 3 業務における身体的負荷軽減の実践 (1)対象者について 宮崎県宮崎市在住で2014年4月に入社。当時の年齢は22歳。障害は「脳性麻痺による両上肢及び体幹機能障害併1級」。左半身にやや強い硬直があり、PC入力などは右手人差し指1本で入力。普段は電動車いすを利用している。若干の過緊張があるが、業務に支障が出るようなレベルではない。 (2)身体的負荷軽減実践の経緯について アシストでは、入社後在宅社員間でWeb会議システムを利用した「遠隔OJT」を実施しているが、開始から1か月程度経ってから、指導者からの報告で「入力に大変時間が掛かっており業務量を増やせない」とあり、対象者自身もこのことでストレスが生じている様子がうかがえた。その1か月後に筆者とナカポツセンターが同行訪問し、業務中の様子を四方から観察した。そこで何点かの不自然な身体姿勢を感じ、対象者からのインタビューとOJT指導者からの報告を含めて問題点を抽出した。 (3)姿勢制御の問題点を抽出 ① 企業管理者及びナカポツセンターからの視点 背後からの観察で、硬直のある左側に大きく傾いており、右手を頭にかぶせるような格好でキーボードに指を置いていた。キーボードの左側にあるキーを押すのに不自然な姿勢であったため、肩や背中だけでなく腰回りや臀部への負荷の偏り、最悪は内臓への負荷に対する不安を感じた。また業務進捗の遅れを意識し精神的ストレスへの懸念もあった。 ② 専門家(理学療法士)からの評価 骨盤体の安定確保のため車いすの座角度がやや強く設定されていたため、座位姿勢での骨盤が後傾し、いわゆる背もたれに寄り掛かった猫背であった。机上の業務ではこの姿勢が原因で無理な傾きや無駄な筋力使用があり、肩甲帯の可動性が低下し、上肢の自由度が制限されていた。併せて机が高いため右上肢を持ち上げてキーボードを操作、資料を左側に置いていることから、体幹が徐々に左傾し姿勢の安定保持が困難であった。 ③ 対象者からの身体負荷についての報告 上半身を主に全身に力を入れて頭部を起こすため、上半身のコリや疲労感に加え、前傾姿勢となるため力を抜いた後に頸部に違和感があった。左傾しているため頭部を右に向け左上肢で身体を支えていたため、重みのため両下肢に痛みがあった。これらの症状に対して違和感がなく、長時間座位による臀部の痛みや頸部のコリが当たり前になっていた。 4 改善の内容と在宅雇用特有の背景 (1)企業からの要請内容 対象者の業務に臨む態度などに強い意気込みを感じていたため、真剣に業務に臨み過ぎて二次障害を発症する危険性があると感じた。そのため長時間座位に耐えるための姿勢制御、机などの器具類の工夫、これらの効果としてのタイピングスピードの向上を要請した。 在宅雇用における就業環境の改善には、できるだけご家族の負担を発生させないようにしたい。これは経済的なことだけでなく、物理的にも精神的にも負担をさせないようにしなければならないと考えている。福祉支援もあるが、やはり最大の支援者はご家族なので、今回の改善がそのままご家族の負荷軽減につながっていくことに期待した。 (2)理学療法士からの改善の視点 ① 車いすの調整 骨盤帯の安定確保のため車いすの座角度がやや強く設定されていたが、この座角度を調整し重心の前方移動を容易にし、体幹安定性を向上させる。 ② 筋力の緊張を低減 姿勢を安定することで、肩甲帯・後頸部の筋緊張を低減し、上肢の分離動作を容易にする。もともと痙直型脳性麻痺では筋緊張が特徴の一つであるが、これを少しでも低減させることが重要。 ③ 作業環境の見直し 机の高さと車いすの高さをマッチングさせ楽な姿勢を作る。同時に資料類を右前方に移動させ、キーボードに傾斜をつける。 5 具体的な改善内容 (1)前傾姿勢の安定及び維持 高さ2.5㎝の板を設置し、その上に車いすの後輪を乗せることで座面が平行になり臀部が沈まなくなった。これにより骨盤が立ち、これまで全身に力を入れて起き上がっていたが体幹だけで起き上がるようになった。同時に上半身のコリが軽減、頸部の違和感がなくなった。姿勢の維持についても、骨盤が立ち体幹が安定したことで上半身の左傾が軽減。左上肢(手)の自由度が増し、同時に下肢の痛みが軽減された。 改善前の姿勢          改善後の姿勢 (2)作業環境の改善 前傾姿勢の安定と机の高さの調整により、キーボードを上から確認することが可能になった。同時にキーボードに傾斜を付けたので、右手を伸ばす距離が縮まったことでキータッチが楽になった。 6 改善の効果 (1)実施後の業務効率改善について ① 実施前 右手人差し指のみの入力。1分間に10文字程度のスピード。長文メールを作成する際に気持ちに反しタイピングが遅いため、精神的・肉体的に激しく疲労していた。 ② 実施直後 左上肢(手)の自由度が増し、左人差し指での入力もわずかだが可能となった。スピードは1分間に23~25文字程度と2倍強に上昇。長文メールを作成する際の身体的疲労が軽減された。 ③ 現在 改善から1年程度経過し環境は変わっていないが、今の前傾姿勢の角度に慣れ、スピードは1分間に25~27文字程度に安定。改善実施前に比べ身体的・精神的負荷が大幅に軽減し、これまでの3倍近くの業務量を行うことも可能になった。 (2)ご家族からの評価 精神面での変化が一番大きかった。これまで周囲から入力スピードの遅さを指摘され、学生時代は周囲に合わせようと工夫もしてきたが、簡単に解決できるものでもなかった。しかし会社から「環境面での改善」を提示され、会社と各支援との連携で働きやすい環境が整えられた。背後から見る姿勢も明らかに良くなり、本人も良い姿勢を保つよう心掛けているように見える。縮んだ筋力を伸ばし可動域を拡げるため家族が行うストレッチやマッサージでも、体のほぐれる時間が早くなり、体感的にも改善が進んだと感じている。 7 考察 在宅雇用では雇用管理や長期定着の問題がクリアになれば、全国に人材を求めることが可能になる。これを実現するためにナカポツセンターなどの地域福祉との連携が必要である。在宅雇用では生活環境=業務環境であり、就業のための生活支援を行うナカポツセンターの存在はとても大きい。これらの連携に、本人の改善意識やご家族の協力が加われば、二次障害の防止、長期の雇用継続、業務スキルの向上も図れる。 現在の障害者雇用における重度身体障害者の置かれた環境は決して恵まれていない。無理な通勤をして体調を崩し長期入院して退職をするケースも多い。就労人口が減少している中でこういった人材を積極的に活用すべく、長期安定雇用を図るため、社内制度整備以外の一例として参考にして頂ければ幸いである。 【協力】 宮崎県身体障害者相談センター みやざき障害者就業・生活支援センター 【連絡先】 青木 英 (クオールアシスト株式会社) e-mail:e-aoki@qol-assist.co.jp 障害者在宅就業支援の現状と課題に関する研究~支援団体と企業への調査の結果~ ○小池 眞一郎(障害者職業総合センター 主任研究員) 田村 みつよ(障害者職業総合センター) 1 支援団体への調査等の結果と今年度の活動 厚生労働省登録の在宅就業支援団体は23団体ながら、特例調整金等の年間支給件数は、登録開始以来、団体数の半数にも満たない支給件数で推移するという低調な状態が続いている(表1参照)。 表1 特例調整金等の支給の推移 当研究では、平成26年度に在宅就業支援団体(以下「支援団体」という。図1参照)に対してアンケート調査を実施するとともに、訪問ヒアリング等を行い、支援団体の現状と課題を把握してきており、高野1)が指摘しているように支援団体は設立の経緯等から大きく3類型に分けられ、その特徴等を勘案しながら、その活性化を図っていくことが効果的と考えている(表2参照)。 表2 在宅就業支援団体の類型 図1 在宅就業支援団体の概要 また、アンケート結果では、IT技術を活用している支援団体では約6割が財政面での課題を持ち、全体の8割が作業の発注需要の少なさを訴えていた。その窮状に至った要因として、①登録障害者は基礎的なIT関連スキルは有しているものの、応用・専門的なスキルの習得率が低いこと、②データ入力等の単純な受注作業が少なくなり、企業からの需要も減っていること、③在宅就業支援を行う人員体制が不足しており、営業活動力が弱いこと(ノウハウ不足を含む)が挙げられる。 これらの3要因がある意味で負のスパイラルを生じさせているが、障害者雇用促進施策の1つとして、登録在宅就業者のニーズや希望する最終の目標を明確にした支援を行い、雇用促進に繋がるような活動の展開に資することが必要である。 さらに、支援団体の活性化を図るためには、同時に企業に対して発注を奨励していく策を検討していく必要があるため、現在、在宅就業者への発注が多い業種の企業に対してアンケート調査を実施している。 2 企業へのアンケート調査の実施 (1) アンケート調査の対象 障害の有無に関わらず最も在宅ワーカーへの外注が多い情報通信業(外注実施企業割合:35.2%2)のうち、通信業及び放送業を除く全ての中分類の業種を主業務とする企業(以下「情報サービス」という。)であり、かつ従業員数が50人以上規模(障害者雇用状況の報告義務対象企業規模)のものをランダムサンプリング法により当該業種の全体像を示す必要標本数が回収できるよう抽出するとともに、有益な情報入手が期待できる情報サービス業を主業務とする特例子会社の親会社を調査対象とした(表3参照)。 表3 調査対象企業の内訳 (2) アンケート調査の方法 調査時点は2015年6月末。郵送により調査対象企業の人事・労務担当者あてに送付し、同封した返信用封筒により回答を求めた。 なお、回答期限は8月14日としている。 (3) アンケート調査の内容 調査項目は表4のとおり。 調査内容では、対象企業での在宅雇用や在宅就業者への発注の状況等、さらに、在宅就業支援制度の改善に向けた意見等を把握する。 表4 アンケート調査内容の概要 3 企業へのアンケート調査の取りまとめ 企業の雇用形態としては、福利厚生の一環として週数回許可するという部分的な在宅勤務が多い現状にあるが、今回のアンケート調査では、在宅就業の理解が進んでいる情報サービスの企業を対象に、まず、障害者を含めた在宅雇用の現状と課題について把握していく。 また、一般に在宅ワーカーと言われる雇用関係を持たずに在宅で就業する者への外注に関する企業側の考え方や立場を整理した上で、障害者の在宅就業支援団体の活性化に繋がる施策的な改善策等について調査の中で示唆を得たいと考えている。企業へのアンケート調査の結果については、本発表会において、全容をお示しする予定である。 【参考文献】 1)高野剛:在宅就業支援団体の実態と問題点-在宅ワークで働く障害者を事例として-(2014.3) 2) (財)日本生産性本部:在宅就業調査報告書(2008) 3) 総務省:平成24年通信利用動向調査(企業編)(2012) 4) 奈良県:テレワークに関するアンケート調査結果(2008) 5) 社会福祉法人東京コロニー:重度障害者の在宅就業において、福祉施策利用も視野に入れた就労支援のあり方に関する調査研究(2010) 6) 山岡由美「精神障害のある人たちのテレワークの可能性と在宅就業支援の課題」(2013) 7)厚生労働省「障害者の在宅就業に関する研究会報告書—多様な働き方による職業的自立をめざして—」(2004) 【連絡先】 小池 眞一郎 障害者職業総合センター e-mail:koike.shinichiro@jeed.or.jp コーポレートコミュニケーションを取り入れた職業訓練に関する研究報告 栗田 るみ子(城西大学 教授) 1 はじめに 企業は、社会との相互コミュニケーションを通じて、「良い評価」「良いイメージ」を培うことを目的とした、コーポレートコミュニケーション活動(以下「CC」という。)がある1)。 本研究では、障害者の社会的自己実現へ向けた指導の一環に、CCの要因を利用した教材で、表現力を育成する。  コミュニケ—ションは、社会生活に必須のものであるが、多くの精神障害者にとっては特に負担となっており、社会復帰を試みる際の大きなハードルになっている。 我が国では、「教育的なニーズ」という概念を導入しているが、ニーズについては、本人の感じる主観的なニーズと専門家などが考える客観的なニーズがあり、近年は民主主義的な観点から、本人の感じる主観的なニーズが重要視されるようになってきている2)。 本研究では、精神障害者の社会的自己実現へ向けた指導の一環に、CCの要因を定義した教材開発を行い、表現力を育成した。課題には様々なレベルのものを準備し、PCのナレーション機能を利用した。生徒自身のナレーション課題の完成に向けた指導事例を報告する。 2 研究の背景 内閣府による26年度障害者白書による基本的統計から、身体障害、知的障害、精神障害の3区分で障害者数の概数を見ると、身体障害者393万7千人、知的障害者74万1千人、精神障害者320万1千人となっており、およそ国民の6%が何らかの障害を有していることになる3)。 精神障害者は職業に就いても、継続が難しく退職を余儀なくされた場合や、発症し社会生活が困難となる者も少なくない。筆者はこれまで、東京障害者職業能力開発校にお いて、「学校から職場への橋渡し」を念頭に平成20年度から精神障害者のキャリア支援教材研究を進めてきており、個に対応した訓練を行い、成果を上げてきた4)5)6)。 3 ビジネスキャリア育成モデル 本研究では、キャリア形成および能力開発を推進するためには、戦略を共有し、価値を共創するCCの観点から、3つの基本要素、何を=「価値」、だれに=「対象」、どのように=「戦略」をより明確にした。 この3つの要素は、インサイトとアウトサイトの両面のコミュニケーションを円滑に進めるための最も重要な要因となる(図1)1)。 図1 戦略的コミュニケーションのフレームワーク 4 カリキュラム概要 (1)訓練 訓練内容は、オフィスで広く使用されているソフトを用いる。 (2)レディネス指導 本研究では、これまで、障害を持つ生徒が、主体的、自主的に行動し、仕事を通して自分の人生を切り開くことができるよう支援するための学習カリキュラムとして、上記訓練内容において、レディネス課題を掲げている。これまでの活動で、特に「仕事をしつづける」ための要因に、自ら発信する力の育成を取り上げている。具体的なスキルとしては、以下の4項目である。 ①文章をまとめる力、 ②文章を読み取る力、 ③話を要約する力、 ④説明する力 これらを、文章によるコミュニケーション能力、対話によるコミュニケーション能力に大別し訓練をおこなって成果を上げてきた6)。 また、本訓練においては、全体の訓練がリンクされる。課題を組み込む時に、文書資料にワードファイル、データ処理にエクセルファイル、また、プレゼン資料にパワーポイントファイルを組み込み完成する。課題は毎時間更新するため、ファイル量やファイル数が増えていくため、どのように保存しておけば効率的にファイル処理が出来るかなど、ファイリングの知識も身についていく。 5 ナレーション作業を取り入れた授業 ナレーション機能を取り入れた表現力の育成授業の手順は、文章入力練習で作成したファイルをパワーポイントのスライドに組み込み、文章をイメージする絵を挿入する。プレゼン資料に自らの声でナレーションをいれることで、声の大きさやタイミングを調整することに合わせて、PPTに自分の声が入るリアリティーが学習への意欲を前進させている。 何度もタイミングを計り流し込むことにより、自分の声を出す恥ずかしさが軽減され、積極的に取り組む姿勢へと変化していった。 (1)発生練習 声を出す練習においては、まず恥ずかしさを取り除くことが大切である。PCに向かって話すことに慣れていないため、多くの時間を要した。また、ヘッドセットを利用した場合どの程度の大きさで話せばきれいに録音できるか各自が実験を行いながら、自分の声の大きさと機器との距離を検証するため、演習全体の約7割の時間を要した。発声や滑舌の練習では、背筋を伸ばし、口角をあげ、声はやや高めに、話すスピードをやや速めに録音するようにした。口角をあげることにより表情が笑顔になり、自然と前向きな気持ちになれるのである。 (2)表現練習 練習課題は3つのセッションからなっている。 第一セッション:読む 第二セッション:感情を込め最後まで読む 第三セッション:タッピングを使って読む 3つのセッションを通じて注意したことは文章を丁寧に読み込み、言葉の意味を深く理解することである。これまでの実験では。音読にタッピングを組み込むことにより、完成度が1/3に短縮され大きな成果をあげている6)。 (3)自らの表現について振り返り 自ら作り出した文章や声を振り返ることにより、文章だけの場合とそれにナレーションを組み込んだ場合の表現の違いに気付くことにより、更に作品の更新作業を行うことができる。 これらの作業は各自にオペレーションの技能が身についていることから、繰り返し実習することが出来る。 6 ビジネス現場への学習効果 近年デジタル書籍の導入が多くの教育機関で実施されてきた。今後は、マルチメディアの利用とデジタル書籍への組み込みを念頭に、どのような教材が精神障害者の為の職業人教育を進めて行けるか検討を重ね、分析する。特に文章表現を研究テーマにおいているが、ナレーションを導入する際にタッピングを組み込んだ指導の重要性を身近に感じた。今後も日本語教育と感情表現を取り入れ研究を進める。 【参考文献】 1) 鏡 忠宏:経営戦略とコーポレートコミュニケーション「AD STUDEIS Vol23」(2009) 2) 横尾俊:我が国の特別な支援を必要とする子どもの教育的ニーズに関する研究「国立特別支援教育総合研究所研究紀要35」p123(2008) 3) 内閣府 平成26年版 障害者白書(2014) http://www8.cao,go.jp/shougai/ 4) 栗田るみ子他:主体的な活動を支援するキャリア支援サイトの活用,私情協(2014) 5) 栗田るみ子,園田忠夫:グループ活動と個別活動を融合した自立支援型授業プログラムの実践「第21回職業リハビリテーション研究会」(2013) 6) 栗田るみ子,園田忠夫:コーポレートコミュニケーションを取り入れた精神障害者の指導事例「第22回職業リハビリテーション研究発表会」(2014) 【連絡先】 栗田るみ子 城西大学 経営学部  埼玉県坂戸市けやき台1−1 e-mail:kurita@josai.ac.jp 就労移行支援事業所における人材育成の現状−アンケート調査から− ○大川 浩子(北海道文教大学人間科学部作業療法学科 教授/NPO法人コミュネット楽創 理事) 本多 俊紀(NPO法人コミュネット楽創) 1 はじめに 現在、障害のある人の就労支援を行う支援者の大半は在学中に雇用・就労に関する知識にふれる機会がなく、卒後の実践現場に入った後のOJT、Off-JTに委ねられているとされている1)。つまり、雇用された事業所での人材育成が支援者の獲得する知識やスキルに大きく影響していることが推察される。 今回、就労支援に携わる人材育成の現状と課題を検討する目的で、就労移行支援事業所の管理者を対象にアンケート調査を行った。その結果について考察を加え報告する。なお、本研究は本学の倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:26005) 2 方法 全国にある就労移行支援事業所の管理者470名を対象とした。対象事業所の選定には、WAMNETを利用し、2015年2月9日~12日の間に登録されていた就労移行支援事事業所(計3219ヵ所)から、47都道府県ごとに10ヵ所ずつランダムに抽出した。その後、選定事業所の管理者宛にアンケートを郵送し、返送をもって本研究へ同意したものとみなした。調査期間は2015年2月~3月とし、返送されたアンケートデータは単純集計及びクロス集計を行った。 3 結果 届かず戻ってきた1通を対象から除き、254通が回収され(回収率54.2%)。更に、就労移行支援事業を現在、休止・廃止しているという記載があった8通と管理職以外が記載していると書かれていた3通を除いたため、最終の回収率は51.8%(243事業所)であった。 (1) 回答施設の事業形態・対象・就職実績 回答事業所の事業形態は、多機能型事業所が201ヵ所(82.7%)であり、就労移行支援単独事業所は32ヵ所(13.2%)であった。また、事業所で受け入れている障害領域(複数回答)は身体障害146ヵ所(60.1%)、知的障害215ヵ所(88.5%)、精神障害177ヵ所(72.8%)、発達障害135ヵ所(55.6%)、高次脳機能障害で87ヵ所(35.8%)であった。 前年度の一般企業への就職実績は170ヵ所(70.0%)が5名未満であった。内訳は就労移行支援単独事業所が14ヵ所、多機能型事業所が149ヵ所であった。 (2) 事業所の規模と職員 事業所の定員は30名以上が123ヵ所(50.6%)、事業所の職員数は15名以上が70ヵ所(28.8%)と最も多かった。また、事業所で直接の就労支援に携わる職員の人数及び就労支援の平均経験年数を集計した結果、職員数は5名未満が157ヵ所(64.6%)と最も多く、平均経験年数の内訳は3~5年未満が65ヵ所(26.7%)、3年未満が48ヵ所(19.8%)であり、全体の46.5%を占めていた。 (3)回答者 回答者である事業所管理者の就労支援及び管理職としての経験年数は、就労支援の経験年数は5~10年未満が64名(26.3%)、管理職経験年数は3年未満が81名(33.3%)と最も多かった。就労支援及び管理職の経験がいずれも3年未満の回答者が36名(14.8%)であり、いずれの経験も3~5年未満は26名(10.7%)であった。 (4)各事業所の研修の現状 新人職員に対する研修について(複数回答)、「研修があり、受講を義務化している」が全体の51.5%であった。 図1 事業形態と就労支援職員の受講内容 また、事業所の研修システムについては、「外部の研修会参加への配慮」が74.9%と最も多く、次いで「全職員向けの内部研修会を実施している」が56.8%であった。「研修システムはあるが機能していない」「研修システムを設定されていない」は就労移行支援単独事業所(4ヵ所)よりも多機能型事業所(22ヵ所)で多く認められた。 更に、直接就労支援に携わる職員が受講している研修内容(複数回答)は図1の通りである。 (5)人材育成の課題 人材育成の課題について事業形態ごとに集計した(図2)。いずれの事業所も「職員の処遇面での課題」「システムの問題」は同じ傾向であったが、他の項目については多機能型事業所で比率が高い傾向が認められた。 図2 事業形態と人材育成の課題 4 考察 調査結果から、前年度の一般企業への就職実績は70%の事業所が5名未満であり、特に、多機能型事業所で顕著であった。事業所の定員及び職員数は多く、多岐にわたる障害領域の方を対象としている一方、直接就労支援に携わる職員数は5名未満が60%以上であり、職員の経験年数も5年未満が46.5%であった。つまり、就労移行支援事業所で就労支援に携わる人の多くが、一般企業への就職実績が少なく規模の大きい多機能型事業所に所属し、経験は短く、事業所職員の一部の人のみが就労支援に携わっている現状があると思われた。 また、新人職員に対する研修は約半数の事業所で義務化していたが、職員の研修システムとして経験年数や役職に合わせた研修システムがある事業所は31.7%であり、新人教育以後の人材育成が課題になっていることが考えられた。人材育成の課題で「職員の処遇面の課題」が最も高いことから、事業所内で職員が安心してキャリアを積める条件整備をすることが重要であると思われた。 一方、事業形態により参加している研修内容の割合が異なり、就労移行支援単独事業所では基礎的な研修に加え「専門的な知識」「障害特性の知識」「他機関の支援者との交流会」について参加の比率が高かった。更に、「研修システムが機能していない・設定されていない」ことが多機能型事業でより多く認められたことを踏まえると、多機能型事業所における人材育成の課題が深刻であると考えられた。 5 結語 本研究では、就労支援に携わる人材育成の課題として就労移行支援事業所の就労支援職員に関する調査を行ったが、管理者の人材育成については調査していない。今後、管理者の育成についても検討の必要があると思われる。 【参考文献】 1) 松為信雄:職業リハビリテーション人材の育成 「精リハ誌第18巻」,p.42-46,(2014) 【連絡先】 大川 浩子 北海道文教大学人間科学部作業療法学科 E-mail:ohkawa@do-bunkyodai.ac.jp 障害種別・支援依頼経緯毎の職場適応上の課題とジョブコーチに求められる役割 鈴木 修(特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん 代表理事) 1 はじめに 2005年の職場適応援助者助成金制度のスタートから10年が経過した。そして本年度より助成金の財源変更に伴い、これまでの「第1号・第2号職場適応援助者」から「訪問型・企業在籍型職場適応援助者」へと名称が変更になった。 名称や財源の変更に伴う制度変更も重要なことではあるが、精神障害、発達障害、高次脳機能障害、難病といった支援対象範囲の拡大と、雇用納付金対象事業所の拡大に伴う中小企業での障害者雇用への取り組みなど、雇用現場はますます多様化し、それに伴いジョブコーチの果たす役割は、今まで以上に重要となってきている。 多様化する現場支援の中、今回、特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん(以下「当法人」という。)がこれまで職場適応援助者として関わった112ケースについて、支援依頼経緯を中心に整理をし、ジョブコーチとしての果たす役割について考えてみたい。 ※ 障害については手帳による分類ではなく「高次脳機能障害」「発達障害」で分類した。 2 支援の概要 これまでの当法人の年度別・障害別の支援件数は図1の通りである。 また、支援形態は法人単独支援がほとんどを占めている(表1)。 その他概要としては以下の通りである。 支援件数…112ケース(事前支援のみ10ケース、その他の事業による支援、相談は除く) 支援人数…106名(再支援6名) 支援事業所…64事業所(2人以上支援20事業所) 離職ケース…29ケース(図2) 3 支援依頼経緯毎の特徴 支援依頼については、事業所からの依頼が一番多く54ケース、ついで移行支援事業所22、特別支援学校17、医療機関10、就業・生活支援センター5、その他4ケースとなっている(図3)。 以下、事業所、移行支援事業所、特別支援学校、医療機関からの支援依頼について見ていきたい。 (1)事業所 事業所からのケースでは19事業所から複数の支援依頼を受けている。これは初めてのケースで定着に結びついた場合などでジョブコーチ支援の有用性を実感し、二人目の雇用時にはジョブコーチ支援とセットでの雇用を考えるケースが多いことと、既に雇用中の障害者の職場適応上の課題などに対する支援依頼となっている。 また、新規支援依頼の29ケースの内13ケース、雇用中の支援依頼25ケース中15ケース、計28ケースは、本人や家族がどこの支援機関とも関わりがない。そのため、ジョブコーチ支援と平行して何らかの支援機関へのつながりをつくることも勿論だが、「支援」に対する抵抗感が強い場合があり、「支援者、支援機関の関わり」や「支援を受けてうまくいく経験」を積み上げることが重要な要素になる。 (2)特別支援学校 雇用中の支援依頼4ケースは、いずれも卒業後数年経ってからの支援依頼である。いずれも実習時の評価も高く、雇用時には「問題がない」とされていたが、その後、様々な問題が出る中、職場不適応を起こしたケースである。 特別支援学校の場合、卒業後、生徒から社会人として大きな意識の転換が求められる。また、未成年であり保護者の労働に対する価値観が大きく影響を及ぼすこともあるため、新規就労時の丁寧な支援は重要であると考える。 逆に就職と同時に支援に入り、1年後、2年後の見通しを持つことができると、課題が出たときなどの機敏な現場での支援が可能となる。 (3)医療機関 中途障害の場合、復職の話が出た時点から、医療機関が中心となり事業所、本人・家族とジョブコーチが関わりを持つことが大切である。 医療機関からの雇用中の4ケースは、いずれも高次脳機能障害で復職時には障害像が明確になっておらず、その後、問題が表出したケースである。特に元の職場に復帰する際には、以前の職場内での本人の働き方や、他の従業員との関わりが非常に大きな要素を占める。そして、復職後、時間が経てば経つほど、状況が悪化していることが多い。そうした場合などは、「できないこと」を明確にし、本人に突きつけることも必要となることもある。 一方退職を余儀なくされた場合などは、就労のタイミングの見定めが重要となり、本人の障害に対する自己理解と過去の自分とのギャップなどをどのように埋めていくかがポイントとなる。 ジョブコーチ支援につなげるためにも、医療機関のリハビリテーションの状況や、医療現場そのものを知ることはジョブコーチとして必要である。 (4)就労移行支援事業所 職場実習を経てからの就労という流れはできてきてはいるが、実習を通してのアセスメント能力により、その後のジョブコーチ支援の内容が大きく変わってくる事は言うまでもない。就労支援員自身が自ら業務を体験することなく送り出すケースなども見られたり、事業所からは就職後、困ったときに相談に乗ってもらえず困っているという声も耳にする。 移行支援事業所との関わりにおいては、具体的なケースをどれだけ重ねるかに尽きる。お互いの組織の違いも含めそれぞれの持っている力を理解し、機能をはたしていくことができるかどうかにかかっていると言えよう。 4 おわりに 障害者の雇用義務や合理的配慮の提供義務は、雇用事業主に課せられるのであり、そこで働く従業員に課せられているものではない。様々な雇用現場に関わっていると、そこで働いている従業員の人たちにとって、障害のある人と一緒に働く意味は何があるのだろうかということを考える。 しっかりと働く、ということを通してこそ、その職場の従業員となっていくことができると思っている。 多様化する職場に多様化する障害。 一緒に働く雇用現場について、もっと詳しくみていくことがジョブコーチには求められると思うが、まだまだデータも分析も不十分である。もっと「雇用現場において一緒に働く人たち」に焦点をあてていくことが、より「ジョブコーチ像」を明確にしていくことにつながると考える。 【連絡先】 鈴木 修 特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん e-mail:s-osamu@kurasigoto.jp 「訓練・学習の進捗等に特別な配慮が必要な学生への支援・対応ガイド(実践編)」と関連研修の開発 ○深江 裕忠 (職業能力開発総合大学校 能力開発院 能力開発応用系 職業能力開発指導法ユニット 助教) 來住 裕(職業能力開発総合大学校 基盤整備センター) 松本 安彦(障害者職業総合センター) 1 はじめに 近年、発達障害に関する関心が高く、特に教育等の現場では発達障害を想起させるいわゆるグレーゾーンと呼ばれる人達への関心が高まっている。独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(以下「機構」という。)では全国各地に一般求職者を対象とした公共職業訓練を実施しているが、職業能力開発(職業訓練)の現場においても、従来の指導方法では訓練効果が低く、グレーゾーンと思われるような、行動特性の異なる訓練生への対応が求められている。さらに、診断のある訓練生も増えている状況である。 そこで、機構が有する職業リハビリテーションと職業能力開発の知見と経験をベースに相乗効果を発揮して、一般求職者を対象とした職業訓練校(以下「一般校」という。)で活用できる「訓練・学習の進捗等に特別な配慮が必要な学生への支援・対応ガイド(実践編)」(以下「支援・対応ガイド」という。)を開発した。 この支援・対応ガイドは、高校卒業程度を対象とした学卒者訓練を実施している職業能力開発大学校およびその附属校からモデル校を選定し、モデル校での3年間の取り組みを整理してまとめたものである。 さらに、支援・対応ガイドをより活用するために、段階的に習得する支援・対応ガイド関連研修(図1)も開発した。 本発表では、支援・対応ガイドとその関連研修の特徴と、新たに開発した演習教材について紹介する。 2 支援・対応ガイドの特徴 支援・対応ガイドは、一般校の職業訓練現場の状況を踏まえて、次の特徴的な方針に基づいて開発された1)。 ●行動特性に着目して支援を検討する。 ●診断がなく発達障害を想起するような訓練生や、診断があるが周囲へ情報をクローズすることを望む訓練生への支援にも対応する。 ●事後対応ではなく、予防の観点で支援する。 ●専門的な知識が必要なときは、支援機関を頼る。 ●職業訓練指導員だけでなく、事務職・管理職を含めた組織的な支援をする。 図1 開発した3段階の研修 特に一般校では、診断があっても本人・家族から連絡がなかったり、本人・家族より先に職員が発達障害の可能性に気がつくというケースが非常に多い。この状況を踏まえた上で、支援可能な方法を紹介している。 3 支援・対応ガイド関連研修の特徴 職業大では、支援・対応ガイドを研修資料として用い、支援・対応ガイドの活用方法を習得するための研修を計画し、カリキュラムと演習教材を開発した1)2)。 研修の特徴は、ガイドの内容を段階的に分割し、図1のように3段階に分かれていることである。それぞれ2日間の研修で、1つ目が発達障害の理解と接し方について、2つ目が訓練の支援と支援体制構築について、3つ目が就労支援について習得する。 これは単純に支援・対応ガイドの内容をジャンルで分けたものではない。支援を実施するための前提条件を踏まえて設定している。すなわち、「理解と接し方編」で習得した支援を実現できていないと、次の「訓練の支援と支援体制編」で扱っている支援を実施しても効果がない。同様に 「訓練の支援と支援体制編」で習得した支援を実現できていないと、「就職活動の支援編」で扱う就労支援は実施不可能となる。 支援・対応ガイド関連研修のもう一つの特徴となっているのが、職業訓練の指導技法を組み入れた実践的な演習が豊富に用意されており、無理なくスモールステップで体験的な学習ができることである。 4 開発した演習教材の例 ここでは、開発した演習教材の一例を紹介する。 コミュニケーションの障害がある訓練生との接し方に悩む指導員は多い。そこで、支援・対応ガイド関連研修では、次のような演習を開発した。 1.話し方を以下の3ステップで学習する。 ・第一ステップ:理解できない表現をなくす。 ・第二ステップ:暗黙の了解をなくす。 ・第三ステップ:ストレートに話す。 2.褒め方のコツを学習する。 3.話し方と褒め方で学習したことを守りながら、隣の人に紙ヒコーキの折り方を教える。 このようにして、知識だけでなく体験として接し方を習得するように工夫している。 次に、グループワークでは、事例を元にして行動特性の強み/弱みを見つけたり、支援方法を検討したりする。このとき、職業訓練の現場に合わせた事例の方が訓練効果が高まる。そこで、リアルな仮想事例を開発した。例えば、次のような仮想事例である。 本人の求職先企業の面接試験が近いので、面接練習を行った。志望動機など一般的な質問に関しては、本人はそつなく答えて特に問題はなかった。そこで、面接練習前に筆記の模擬試験を行ったので、その結果について質問することにした。 計算や一般常識の成績がほぼ満点近くだったことを伝え、どんな勉強をしてきたのかを質問すると、「訓練が終了して家に帰ってから毎日4時間ほど、問題集に取り組みました。最初は問題を解くのが難しかったのですが、何度も諦めずに挑戦し続けることで徐々に解くのが楽しくなっていき、最後には問題集の全ての問題を回答できるようになりました。」と回答した。 次に、作文試験で数行しか書けていないことを伝えると、「家に帰ってすぐにテレビを見たり、ゲームをしたりして過ごしてきたのがいけなかったと思います。」と回答した。 指導員は違和感を感じて、さっきと答えが矛盾していることを指摘したが、本人はきょとんとしている様子だった。何度か説明したが、本人は矛盾していないと主張して押し問答となったので、面接練習を打ち切ることにした。 5 おわりに この原稿の執筆時点では支援・対応ガイド関連研修の本格実施はまだ始まっていない。しかし、開発した演習教材については先行して、今年度実施している発達障害に関する研修で用いた。 3会場で合計39人のアンケートを回収し、「研修の満足度」と「現業への活用度」について共に100%という結果になった。また、受講者からは、仮想事例と同じ訓練生がいるという話が何度も出た。 今年度後半からは、いよいよ支援・対応ガイド関連研修が開始する。今後は、研修成果について検証していきたい。 【参考文献】 1) 深江裕忠,来住裕,松本安彦:「訓練・学習の進捗等に特別な配慮が必要な学生への支援・対応ガイド(実践編)」の開発とその関連研修について,「日本職業リハビリテーション学会第43回大会プログラム・発表論文集」,p.72-73,日本職業リハビリテーション学会(2015). 2) 深江裕忠,来住裕,松本安彦:「訓練・学習の進捗等に特別な配慮が必要な学生への支援・対応ガイド(実践編)」を用いた体系的・段階的な研修の開発,「職業大フォーラム2015 第23回職業能力開発研究発表講演会講演論文」,職業能力開発総合大学校(2015). 【連絡先】 深江 裕忠 職業能力開発総合大学校 能力開発院 能力開発応用系 職業能力開発指導法ユニット e-mail:fukae@uitec.ac.jp ワークサンプル幕張版(MWS)改訂の現状と課題 ○加賀 信寛(障害者職業総合センター 主任研究員) 森 誠一・八木 繁美・松浦 兵吉・鈴木 幹子・前原 和明・望月 葉子・松本 安彦(障害者職業総合センター)、内田 典子(東京障害者職業センター)、中村 梨辺果(福井障害者職業センター)、 下條 今日子(栃木障害者職業センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門(障害者支援部門)では、トータルパッケージの中核的ツールであるワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)に対するユーザーのニーズを踏まえ、表1に示したMWS を構成する13種類のワークサンプルのうち、5種類のワークサンプル(数値入力、検索修正、物品請求書作成、数値チェック、ピッキング)について改訂作業を進めている。 本稿においては、改訂の趣旨及び再標準化を進める過程で確認できた効果や実施上の課題、留意点等について要点を報告する。 表1  MWSの構成と改定対象ワークサンプル 2 改訂の目的と改訂の進捗状況等 (1)改訂の目的 この度の改訂は、昨今の職業リハにおける対象者の障害特性が多様化していることに鑑み、MWS の機能を充実・強化することを目的としている。すなわち、①対象者の多様な障害特性に応じた作業適性や職業能力をより適切に評価し、妥当な支援の方策を策定できるようにすること、②対象者の作業体験の幅を拡大し、障害の補完手段と具体的な対処行動の習得及び般化等、作業遂行力向上のトレーニングをより円滑に行えるようにすること、③対象者の障害に対する自己理解を一層促進し、適切な職業選択を促していくこと、等があげられる。 (2)ワークサンプル別の改訂内容 表2の通り、改定対象の5種類のワークサンプルについては、難易度の引き上げ(レベル数の増設)及び各レベルの問題数の増量(ブロック数の増設)を行った。 表2 改定対象ワークサンプルの改訂内容 3 改訂対象MWS の試行状況 図1に示すとおり、改定対象とした5種類のワークサンプルについて、平成25年度下期~平成27年下期の間で、研究協力機関(千葉県リハビリテーションセンター、静岡大学付属特別支援学校、就労移行支援事業所ラ・ポルタ、国立職業リハビリテーションセンター、福島・東京・京都障害者職業センター、障害者職業総合センター職業センター)において試行実施し、結果について質的分析を行い、障害特性毎に改訂の効果と課題、留意点等を整理しているところである。 図1 研究協力機関における障害別、課題別試行実施数 平成27年7月末日現在 4 改訂対象MWS の試行実施結果 前述した通り、研究協力機関における試行実施及び標準化のための健常者データの取得を平成27年7月末日現在において継続しており、最終的な分析対象データの確定には至っていない。このため、次項において記述する改訂対象ワークサンプルの効果と課題及び留意点等については、本稿執筆時点において取得できている範囲のデータに基づいた分析結果の記述となっている。 (1)改定の効果 ①改訂前の難易度レベルの下では障害特性が顕在化しなかった支援対象者(特に、発達障害者、精神障害者で知的水準が高い者)が、増設レベルにおけるエラーの発生を支援者から伝達されたことが切掛けとなって、以降の作業態度や対人態度に課題(直面化の回避や感情抑制不全)が顕在化する者が一定数いることを確認した。こうした支援対象者については、職場内の対人ストレス場面における適切なコミュニケーション(またはアサーション)の方法を学習できる機会が拡大したことになる。 ②増設レベルにおいて障害特性の顕在化が認められた対象者については、作業適性に関する適切な評価に繋がるだけでなく、職場定着を促進するためのより妥当な支援計画の策定が可能となる。 ③エラーの発生を防止するためのトレーニングを増設レベル及びブロックのもとで継続できることによって、より負荷の高い作業条件下における障害の補完手段及び対処行動を習得できる機会が得られ易くなる。 ④レベル及びブロック数を増設したことによって、支援対象者の作業体験の幅が広がり、MWSの取り組みに対するモチベーションが継続され易くなる(またはモチベーションの低下を防止できる可能性が拡がる)。 (2)課題と留意点 ①レベル及びブロック数を増設してもなお、適切な負荷の提供に繋がらない支援対象者が少なくないことについても確認した。こうした支援対象者については、より知的・認知的・精神的負荷が高く、十分なブロック数が用意された新たなワークサンプルのもとでトレーニングを実施していくことが望ましい。 このため障害者支援部門においては、知的・認知的・精神的負荷の高い新たなワークサンプル(給与計算、文書構成、社内郵便物仕分け)の開発を進めており、昨年度の本研究発表会におけるポスターセッションにおいて開発の途中経過を報告したところである。 ②高次脳機能障害者、軽度知的障害者にとって、既存の難易度を全てクリアし増設レベルまで到達することは困難が大きいことを確認した。しかしながら、「数値入力」に関しては、増設レベルにおいて数値が視空間範囲に収まらなくなるか、視覚認知が困難となる高次脳機能障害者が一定数いることについても併せて確認した。 ③既存レベルおいて蓄積された疲労感が、増設レベルの作業遂行過程で顕著になるせいか、注意や集中の持続ができ難くなるという所感を述べる健常被験者、障害被験者が少なくなかった。このため支援者は、ストレス・疲労のセルフマネージメントに関する支援についてこれまで以上に留意する必要がある。 5 MWS改訂に伴う再標準化 改訂したMWSの再標準化を行うため、平成26年度下期~平成27年下期の間で、健常者を対象とし、作業時間及び正答率のデータを取得しているところである。 再標準化にあたっては、被験者の性別・年代別にバランスの取れたデータを取得できるよう努めており、性別・年代別に改訂対象ワークサンプルの使用感等について被験者から聴取している。 平成27年7月末現在の被験者総数は、120名となっている。 6 今後の予定 ①研究協力機関における試行実施及び標準化のための健常者データの収集を引き続き行い、結果について質的分析を行う。 ②健常者データに基づき偏差値基準及びパーセンタイル基準を整備し、対象者に対するフィードバックのポイントや留意点について整理・分析する。 ③難易度の連続性、体系性、負荷による疲労の度合い、集中の持続等に関する被験者の所感を引き続き聴取し、実施上の留意点を整理する。 ④医療・教育・福祉・就労支援等の関連機関における改訂版の活用可能性について検討する。 ⑤改訂に伴う教示方法や構成物品を必要に応じて変更・追加すると共に、各様式の整備を行い、これらが終了次第、市販化の準備を進める。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:資料シリーズNo72 障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査(2013/3) 2) 障害者職業総合センター:トータルパッケージの活用のために(補強改訂版)(2013/8) 3) 障害者職業総合センター:ワークサンプル幕張版「MWSの活用のために」(2010/3) 就労継続困難ケースのアウトリーチ支援の一例から見た一般病院に勤める作業療法士の限界と可能性についての考察 〇中井 秀昭(滋賀県立リハビリテーションセンター 作業療法士) 乙川 亮・高松 滋生(滋賀県立リハビリテーションセンター) 田邊 陽子・小西川 梨紗(滋賀県高次脳機能障害支援センター) 川上 寿一(滋賀県立成人病センター) 1 はじめに 高次脳機能障害は様々な症状を呈する事や、症状が一定ではなく、本人や家族、または周囲の人が障害を理解して受容するには時間を要する事が多い。また、職場においても職業能力や損傷により引き起こされる行動が理解されず、仕事がうまくいかない理由を個人の問題にされてしまう事や、職場内での人間関係に問題等を生じることが多くある。 それらの課題に対し、当センターでは、障害のある方が勤務する職場や活動の場に、職員(理学療法士・作業療法士)が訪問し、身体・認知・遂行機能などの面から評価し、それに応じた作業および就労環境の整備や職務内容の提案等を行う事業を展開している。さらに、滋賀県では高次脳機能障害に関する相談や実際場面での評価・助言・検討等を行う支援チームが組織されている。 今回、企業側から高次脳機能障害支援センター(以下「支援センター」という。)に実際の就労場面における具体的な工夫や助言を求める相談があり、そのチームの一員である当センター作業療法士(以下「リハセンOT」という。)が対応した。その一例の介入を通じて、一般病院に勤める作業療法士が果たす事のできる就労支援におけるその限界と可能性について考察し、報告する。 2 症例紹介 40代男性。X年交通事故にて外傷性脳損傷(左前頭葉、眼窩外側壁骨折)受傷しA病院に入院。その後回復期を経て、退院(受傷後5か月目、以下同様)。退院時日常生活動作においては特に問題なく、障害の自己認識、聴覚記憶、同時処理能力、論理的思考等の低下がみられた。社会生活フォロー及び職業前訓練・評価を目的にB病院にて外来通院を開始(7か月目)。同時にCセンターで実施している就労等の社会参加を目的とした高次脳機能障害者の集団プログラム参加(11か月目)。さらに、地域障害者職業センター(以下「職セン」という。)で生活リズムの構築や作業スキルの向上を目指した早期就職支援が開始される(12か月目)。その後、前職復帰の場合の問題点の把握も目的にしたリハビリテーション(以下「リハ」という。)出勤が開始(週2回、3時間)(13か月目)された。リハ出勤における課題と検討を行った結果、3か月間広域障害者職業センターにて現職復帰に向けた職業訓練を受ける(20か月目)。その際、広域職業センターから現職復帰が困難と判断される。その後、異動を前提としたリハ出勤を再度行い(この際ジョブコーチ支援は企業側に断られる)(24か月目)、その後正式に職場復帰に至った(27か月目)。 3 経過 (1)B病院での介入経過 B病院では本人、家族、職セン、企業等と情報共有を行いながら、職場や日常生活において起きている事について情報収集し、その対応策について医師、作業療法士(以下「OT」という。)、言語聴覚士(以下「ST」という。)、臨床心理士(以下「CP」という。)、ソーシャルワーカーを含めた様々なアプローチを行ってきた。 外来におけるリハは認知機能訓練、職業前訓練、神経心理学検査、機関連携を各種職種で分担し行うこととなっていた。 またOTでは、作業場面での遂行機能の評価や、その修正に必要なコミュニケーションの手段について、実際の仕事とは異なる作業場面を設定し評価・訓練を行っていた。職業訓練校での訓練後ST、CPは継続的に実施していた。正式復職後、各種機関と連携を取りながら継続的フォローは行っていたが、大きな変化はなかった。産業保健師、現場の上司、家族、B病院主治医との面談にて、企業側から職場で起きている事象(同僚とのコミュニケ—ションが取れない、決められた配置場所にいない、質問に対して事実とは異なる報告を行う、業務における見落とし)についての報告があった(72か月目)。それに対し、B病院医師から評価と照らし合わせた困難点についての解釈やその対策について伝達した。また、ジョブコーチ支援の活用によっての期待について説明がなされ、この後ジョブコーチ支援の導入に至った。また、現在もB病院は、定期的なフォローを実施している。 (2)リハセンOTのアウトリーチ支援の介入経過 事前に企業側や職業センター等との連絡・調整・情報収集は支援センターが行い、リハセンOTはB病院医師、Cセンターでの集団プログラムでの情報を取得した(80か月目)。この後、次のような流れで展開した。 ①情報収集及び現場の見学、今後の介入方針について検討 ②本人との協働作業の中で作業評価を実施 ③主治医、ジョブコーチ支援の職セン担当者とそれぞれの評価結果を基に再検討 ④報告及び今後の方針について企業担当者と再度検討 ⑤その後支援センター職員が本人の心理状況の評価後、企業、支援センター、リハセンで再度方針の検討リハセンOTとしてそれぞれ以下のように対応した。 ①・②企業側(人事・現場)の想い等の現状把握をした後に、作業場面を観察・体験し、評価を実施 ③企業側への対応として、作業内容の評価を伝達する以前に、現場の職員との関係や職場で困っている事や作業実施について高次脳機能と関連付け整理することが必要と感じ、それらを統合的に図示したものを作成し検討 ④・⑤支援担当者間で検討した結果を基に企業に提示し説明 企業側の反応は、以下のようなものがみられた。 ③「何ができて、何ができないのかはっきりとした線引きがほしい」「今まで色々対策もしてきている。これ以上何を…」という発言も見られた。 ⑤「一番困るのは、現場の士気が落ちる事。外部機関からの評価で、本人は〇〇ができないという線引きが周囲の理解につながる。」という事や、現在は作業自体に大きな困りごとは少なく、現場でのルール(報告・相談など)について対策が取れないかという要望に変化していた。また、対象者を特別扱いする事に対しての苦悩なども述べられていた。 種々の検討の結果、障害者手帳がある対象者であることの理解を同僚等に進め、合理的な配慮について検討していくという方向性になり、現在も支援は継続している。 4 考察 (1)長期介入の利点とアウトリーチ支援について 今回、医療リハは外来という形で各種機関と連携を取りながら支援を実施し続けていた。アウトリーチ支援を実施するまでの長期経過の中で、本人の機能が大きく変化したとは考えにくく、長期に渡る経過の中で企業側のみでは対応しきれない課題が蓄積によって生じたものと考える。このような場合、企業側から本人の状態を把握している相談支援機関や病院が身近にあることは、就労継続の為の大きな担保であると考えられる。また、就労継続困難事態への対応は、多職種チームで密に連携して行う事はもちろん、特に綿密な環境因子(人的・物的)を含めた包括的な評価を再度行う必要があると考えられ、現場に直接介入するアウトリーチ支援は有効な手段である事が考えられた。 (2)一般病院OTの限界と可能性 チームで就労支援ができる場合、OTに期待される機能は職業生活能力評価とその向上のための介入1)とされる。また、医療機関に勤めるOTの役割は急性期から生活自立に向けた機能回復訓練に加え、将来を見越した制度や地域資源等の情報をチームの一員として提供する対応が求められている2)事が述べられている。また、多くの病院に勤務するOTにとって制度上制約があり、アウトリーチは困難な状況である。 その前提を踏まえ、今回の介入を通じ、企業側が求める勤務をするにあたって「何ができて、何ができないのか」という依頼に対してOTが応えるためには、特に物的な作業環境はもちろん、企業側の雇用スタンス(人事と現場の差)や方針、周囲の職員との関係・障害理解の度合い等の環境因子についての詳細の評価が必要であると考えられた。その為には、実際に作業現場を見ることができるジョブコーチや企業担当者等から多角的な情報を得る事が必要になってくる。つまり、このような情報収集が実施され初めて原因や対応策、労働に必要な“作業遂行”への支援が行えると考える。また、同時に労働における物的・人的環境について関係者と把握した上で対応策を検討しなければ、職種としての支援も困難となることが再認識できた。 【参考文献】 1)野中猛:作業療法士に就労支援活動が求められている「作業療法ジャーナルvol.40,No11」,p1162-p1165,三輪書店(2006) 2)藤田早苗:脳血管障害者の復職支援と院内作業療法士の役割「職業リハビリテーションVOL17NO1」,p55-p62,(2005) 【連絡先】 中井 秀昭 滋賀県立リハビリテーションセンター E-mail:ef4701@pref.shiga.lg.jp 脳梗塞による高次脳機能障害にて現実検討能力が低下した事例に対する復職支援 ~働く喜びの再獲得を目指して~ ○中島 音衣麻(社会医療法人春回会 長崎北病院 総合リハビリテーション部 作業療法士) 山田 麻和・松尾 理恵・大木田 治夫・佐藤 秀代(社会医療法人春回会 長崎北病院) 井戸 裕彦(長崎高次脳機能障害者センター) 1 はじめに 中島(2006年)の報告によると国内の高次脳機能障害者の就労率は約30%といわれており、高次脳機能障害者にとって就労は高い目標であり支援する側にとっても難渋するケースが多いといえる。  今回、脳梗塞により左片麻痺と高次脳機能障害を呈した40歳代の事例を担当した。事例は復職を希望したため、訪問リハビリテーション(以下「訪問リハ」という。)が開始となったが現実検討能力の低下から「職場がなんとかしてくれるだろう」といった発言を繰り返していた。そこで、行政・医療機関・介護サービスが約3年間に渡って復職支援を行い、一般就労は断念したものの福祉的就労を果たし、就労を前向きに捉えられるようになるまでの経過と支援内容を報告する。 2 事例紹介(発症より1年6ヶ月目) 45歳男性、疾患名:脳梗塞(H23年8月発症)、障害名:左片麻痺・高次脳機能障害、教育歴:12年、身体障害者手帳:2級 介護度:要介護2 ・画像所見:MRI所見にて右中大脳動脈領域、基底核、島回および前頭頭頂葉に脳梗塞を認める。 ・生活背景:設計の仕事を行っていた。家族構成は両親、妻(専業主婦)、子供3人。本人のdemandsは復職したい。 ・現在の状況:介護保険にて、訪問リハ週1回、デイケア週2回、身体障害者手帳にて長崎市障害福祉センター週1回を利用。 ・身体機能面:左上下肢に重度の麻痺あり、感覚は表在深部ともに重度鈍麻。短下肢装具とT字杖を使用し自宅内ADLは自立、屋外移動は見守り。 ・認知機能面はMMSE29/30点と認知機能は保たれていたが、全般的な注意能力、記憶力の低下、軽度の半側空間無視を認めた。入院中は抑うつをみとめ、退院後も感情失禁(易怒性、泣く)が強く、復職のために自発的に行動を起こす事はなかった。 3 経過 (1)自宅での生活が始まった時期 発症より1年6ヶ月目に退院となり訪問リハにて理学療法士による屋外歩行練習、デイケアにてPC操作練習、長崎市障害福祉センターにて拘縮予防のストレッチを行っていた。発症より1年8ヶ月目、職場の条件として食事と職場内移動、トイレ動作の自立が提示された。そこでカンファレンス(ケアマネージャー・訪問リハ・デイケア・本人・妻)を開催し1年後の復職を目標に掲げたが、本人は「タクシーで通勤する」と復職に対する現実的な検討が出来なかった。そこで、訪問リハでは高次脳機能障害の側面を踏まえた就労支援を目的に、作業療法士(以下「OTR」という。)の介入が開始された。 (2)復職への取り組みを模索した時期 OTRが復職について聴取したところ「同僚が助けてくれるだろう」と漠然とした発言しかなく、具体的なイメージがしづらい状況と考えられた。そこで、障害理解を深めるきっかけ作りとして、長崎県高次脳機能障害者支援センターが開催する通所リハビリ(以下「通所リハ」という。)の利用を提案した。通所リハは復職を目指す方を対象とし、グループ活動を通じ障害認識や問題解決能力を高めることを目的としている。本人は乗り気でなかったがOTRと見学等を行い、発症より2年2ヶ月後より利用開始となった。また並行して自宅内での役割獲得を目指し、調理練習を開始し、妻に感謝される成功体験により、練習に対する意欲的姿勢がみられるようになった。 (3)復職に必要な具体的な練習を開始した時期 通所リハ開始当初は遅刻が多かったが、グループディスカッションやスタッフとの個別面談によって周囲とのコミュニケーションがとれるようになった。利用開始から1ヶ月後、カンファレンス(ケアマネージャー・通所リハ・訪問リハ・デイケア・長崎市障害福祉センター)を実施し、通勤手段の未確立、時間配分ができず遅刻が多い、対人交流での感情失禁、問題意識が低く積極性がないといった問題点が挙げられた。その対応策として、通所リハ:周囲と協調してグループワークに取り組む。訪問リハ:職場内での動作を想定した練習、通勤手段の確立に向けたバス練習。デイケア:デイケア内のお知らせの作成などPC操作練習を継続。長崎市障害福祉センター:応用歩行の強化、各プログラムに時間を守って参加してもらう。といった各事業所の役割を明確にした。このような関わりの中で、本人が自ら職場へ電話連絡を行い、発症より2年3ヶ月目に本人・妻・各部門スタッフ全員が参加した職場との面談が開催された。面談ではジョブコーチや職場訪問を提案し、その後本人は自発的に職場へ挨拶に行くなど、職場側が示した条件を満たしたため、職場側からの返答待機となった。 (4)次なる目標を模索した時期 発症より2年8ヶ月目に職場よりジョブコーチの受け入れや職場訪問は困難との返答があり復職は難しいといった見解が示された。そこで、今後の方向性を再検討するためカンファレンス(通所リハ・訪問リハ・ケアマネージャー・本人・妻)を開催した。その中で就労移行支援を受け福祉的就労を経る提案をOTRより行い、本人に合ったPC活動等を行っているNPO法人障害者就労支援センターアビリティ(以下「アビリティ」という。)を紹介した。アビリティとは、指定障害福祉サービス多機能事業所であり、PC関連の資格取得や建物清掃等を行っている。本人は見学へ行きPC検定やWord、Excel検定などの資格取得をしながら一般就労を目指せることを説明してもらい、発症より3年3ヶ月目にアビリティの利用が開始となった。 4 結果(2015年8月現在、発症より4年) 職場は発症より3年7ヶ月目に退職となったが、週4日アビリティへ一人で通勤し、PC関連の資格取得に向けた訓練を行っている。本人より「俺今まで仕事もせず遊び人みたいだったけど、少ないけど給料もらって好きな物を買うことができるんだ。それはとても気分がいいよね。」との発言が聞かれた。 5 考察 「社会参加」はリハビリテーションにとって最大のゴールであるが、高次脳機能障害者への復職支援は個別性が高く支援するシステムも十分ではないのが現状である。 高岡は「障害へのアプローチとしては障害認識(自己認識)の向上が欠かせない。一定レベルの障害認識がなければ他者の助言を受け入れることも代償手段の利用も困難であり、業務遂行能力の低下を補うことができない。」と述べている1)。今回の事例も当初復職への現実的な検討が難しかったが、通所リハにて集団的な関わりを持てたことで障害認識を深めることができたのではないかと考える。加えてカンファレンスを複数回行ったことで問題点や目標がより明確となりモチベーションの向上につながったと考えられた。最終的に現職復帰はできず福祉的就労となったが、練習したバスの利用や集団でのコミュニケーションなどの関わりは活かされており、現在まで半年以上アビリティへ継続して出勤できている。このように高次脳機能障害を持つ事例に対しては、復職支援を行う際に障害に合わせた個別的アプローチと周囲に合わせていく集団的アプローチの両面からすすめていく必要性があることを実感できた。約3年に渡り支援者全員が共通の目標を持ち障害について理解を深めながら支援したことは、本人にとって障害を持ちながら働いていく意欲に繋がり、これからの長い人生を自律して過ごす第一歩となったのではないかと考える。 今回、行政・医療機関・介護サービスが連携することで復職に対して多面的にアプローチすることができ、今後も連携していく必要性を痛感した。この経験から学んだことを、今後の高次脳機能障害者への復職支援に役立てていきたい。 【参考文献】 1) 高岡徹:高次脳機能障害者,総合リハ 41巻11号・997-1002(2013) 復職後も支援に難渋している事例~多職種との連携によるチームアプローチの経過~ ○植田 正史(聖隷福祉事業団 浜松市リハビリテーション病院 作業療法士) 重松 孝・秋山 尚也・岡本 圭史・野崎 静恵(浜松市リハビリテーション病院) 鈴木 修(特定非営利活動法人くらしえんしごとえん) 1 はじめに 事例は40代男性、脳出血により軽度右片麻痺、失語症を含む高次脳機能障害を呈し、当院回復期病棟に入院。退院後は外来通院によるリハビリを経て復職に至った。リハビリスタッフだけでなく、主治医や外来看護師、医療相談員(以下「MSW」という。)、ジョブコーチ(以下「JC」という。)や職場担当者、保健師など多職種による関わりを継続的に行ったが、復職後も様々な問題が発生し支援に難渋した。医療機関から職場での支援を振り返り、問題点を考察する。 2 事例紹介 40代前半の男性、独身。両親との三人暮らし。電子部品の製造販売の会社で技術職として勤務。既往に高血圧があり、職場の健康診断でも再検査や要注意の指摘あり。X日、右手足の脱力ありA病院に救急搬送、左被殻出血と診断、同日開頭血腫除去術施行。約1カ月後にリハビリ目的で当院転院、約2ヶ月後に自宅退院。退院後も復職と自動車運転再開を目標に外来通院にて作業療法(以下「OT」という。)、言語療法(以下「ST」という。)によるリハビリを実施し、発症から約9カ月後に復職。復職後も支援を継続し、現在に至っている。 3 作業療法評価(発症後1~2ヵ月) 当院入院時は右手足に軽度の運動麻痺と表在感覚に軽度鈍麻があり、ADLは軽介助から見守りを要していた。高次脳機能面は感覚性の失語症があるも、簡単なコミュニケーションは可能。また注意障害や記憶障害を認め、病識に乏しく脱抑制の影響による離院もみられた。 約2ヵ月間の入院により右片麻痺は上肢に若干の巧緻性低下は残存するもほぼ改善しADLは自立。感覚性失語は簡単な日常会話であれば可能となったが、複雑な内容の理解は困難で書字も不十分。注意散漫で集中力の維持や適切な注意の配分が難しく、複数同時課題の遂行が困難、工具などの物品管理も助言を必要としていた。記憶は言語性の記憶が失語症と注意障害の影響もあり低下を認め、口頭で指示した内容や課題を忘れるといったことが頻繁にみられた。 4 目標と関わり 退院後も、復職と自動車運転再開を目標にOTとSTを継続。STでは注意や記憶などの高次脳機能障害に対するアプローチと代償手段としてメモの活用に向けた書字訓練などを行った。OTでは生活リズムの維持や健康管理への意識向上、また実際に職場で使用する部品や道具を使用し組み立て作業の練習など実施。医師は月に一度の診察により血圧・体重などの医学的管理を継続。MSWも支援を継続し、職場への現状報告や復職時期の調整などを行った。 5 退院後の経過(発症後2~11ヵ月) 本人からは早期の復職と自動車運転再開の希望が強く聞かれていたが、生活リズムが安定せず、食事も発症前と同様外食が多いなど再発予防への意識が薄く、職場復帰に対しても楽観的であった。そこで、復職に向けた課題を明確にするため、「目標共有シート」を作成。それをもとに本人・家族と医療スタッフ、職場担当者で面談を実施。健康管理への意識を高め、自己管理を徹底していくこと、復職に向けた課題に対する自主トレを実施し内容の記入・提出を行うことを確認。その後の具体的な復職の時期なども設定した。面談から1ヵ月後に再面談を実施。血圧や体重は概ね安定し、自主トレも行えていたことから1ヶ月後の復職が決定。復職までの期間は病院内でボランティア業務を実施、患者送迎や書類の折り込み作業などを2~3時間行い、仕事復帰に備えた。 復職は本人が希望した以前の技術職ではなく資材部で、午前のみの勤務から開始し、2ヵ月かけて徐々に勤務時間を延長。その間に自動車運転評価として自動車学校での実車評価も行ったが、スピードのコントロールや安全に対する注意低下を指摘され、この時点での運転再開は見送りとなった。 6 復職後の経過(発症後11ヵ月~現在) 発症から11ヵ月を経てフルタイムの復帰となった。しかし復帰後まもなく長時間の離席や業務以外でのインターネット使用などの問題行動が指摘された。そのため医療スタッフによるカンファレンスを実施し、問題行動や注意点などを記載したチェックシートを作成。本人が毎日記載し職場の上司に確認を依頼、週3回業務後に来院しOT、ST、MSWがチェックすることとした。だがチェックシート記入は定着せず、業務後の来院も滞りがちとなったため、約8ヵ月で業務後の来院は中止し、チェックシートの記載のみ継続とした。その後、人員的な背景もあり発症前に所属していた生産技術部へ転属。しかし発症前に出来ていた作業が巧緻動作の低下などによる影響で技術的な問題を認め、業務中に練習を繰り返したが以前のレベルには戻らず、再度出荷部門への異動となった。離席やパソコンの業務外使用などの問題は減少したが、指示が守れない、業務遂行に時間がかかるといった新たな問題や喫煙の発覚、体重増加などの健康管理が依然不十分であったため、職場での直接支援の必要性が検討され、JC支援が導入された。JCは本人に対する支援の他に、職場に向けて改めて高次脳機能障害についての説明を実施。精神保健福祉手帳取得の検討も依頼した。JC支援により、職場内での不満や人間関係が改善され、周囲の理解も深まった。現在は発症から約2年半、復職後約1年半が経過しているが、依然として問題は抱えており、引き続き月2回のOT、STと月1回の医師による診察を継続している。 7 考察 今回の事例において、回復期病院への転院時から外来通院支援、復職に至るまで、OT、ST、MSWは同じ担当者が関わり(主治医は異動により外来の途中で変更)、医療側の支援者、本人、家族と職場の担当者が何度も話し合いを行い、JC支援も導入するなど多職種による支援を実施した。しかし入院中から健康管理への意識が低く、復職に対する自己認識の低さが改善されていない状態で復職に至ったことや、身体機能や高次脳機能などの障害に関する能力の見極めが不十分であったことなどの問題点が挙げられる。健康管理の問題は発症前から指摘されており、復職に関しても以前と同様に仕事ができるといった自己認識の低さに対し、入院中からチームとして支援し、健康管理や食生活の改善などの教育と、他者評価と自己評価を擦り合わせるなどのフィードバックを積極的に行う必要があったと考えられる。 また身体機能や高次脳機能に関しても、日常生活上は問題なく、リハビリ内で行った模擬的な課題もクリア出来ていたが職場では実際に行えないということがあり、専門職への復職における支援の難しさが示された。復職時期の判断においても、やや早急であったとの反省も挙げられる。高岡1)は就労支援のポイントとして①復職を第一目標とし、②生活基盤の安定、③障害認識向上、④代償手段の利用定着、⑤職場の情報収集と情報提供、⑥職場環境調整(JC支援の導入)、⑦多様な働き方の検討などを挙げている。今回のケースでは上記のポイントに基づいた支援であったと考えているが、各段階がクリア出来たかどうかの見極めが不十分な状態で職場復帰に至ったことが問題であったと思われる。復職支援の場合は、とかく本人の希望により復職時期を早く設定しがちである。限られた期間の中で能力の見極めと自己認識の向上について確認する必要性を改めて強く感じた。これらの点については障害者職業総合センターの就労支援のためのチェックリストの複数評価(本人・家族・支援者など)の実施や院内外での連携を強化していくことで対応が可能と思われるが、高次脳機能障害における就労支援は障害の個別性も高く、引き続き個々のケースにおいての検討を重ねていくことが重要であると思われる。 【参考文献】 1) 高岡 徹:総合リハビリテーション Vol.41 No.11、p997-1002,2013 復職までの行程表を用いた高次脳機能障害患者への復職支援の取り組み 馬渡 敏也(NTT東日本伊豆病院 リハビリテーション科 医師) 1 はじめに リハビリテーション(以下「リハビリ」という。)医療では縦軸として「どのくらい良くなるのか」と、横軸として「いつまでにそれができるのか」をゴールとして短期、長期の目標設定を行う。復職支援でも同様に縦軸・横軸につき目標を積み上げて復職までの過程を設定するべきと考えている。本来なら蓄積されたデータを基にクリティカルパス(以下「パス」という。)としてその行程が標準化されるべきだが、多数の交絡因子のため未だ確立されたパスは存在しない。本稿ではパスの叩き台とする目的に現在当院で運用している復職リハビリ行程表につき概説し、現在までの結果を報告する。 2 脳卒中患者の復職までの行程 (1)対象症例の基準 (本稿では脳卒中、脳外傷等で高次脳機能障害を生じ復職支援の対象となる症例を「脳卒中患者」とする。) 復職支援を行う際の明確な選択基準は無いが、「就労年代」で「病前に就労」しており「退院時歩行自立、日常生活動作が見守り軽介助レベル以上までの回復が見込まれる」症例を対象とすることが多い。なお基本的に復職に有利な元職への復帰を軸に検討を行う。 (2)発症から復職までの行程の概要 急性期発症から復職に至る間の過程を幾つかのステージに分割し、各ステージの目標と期間を概説する(図1)。 なお本稿では高次脳機能障害に対する個別の対応方法には触れず、復職支援において共通に必要な目標設定を考える。 ①急性期の目標と期間 急性期においては生命の危機を克服し全身状態を安定させることが目標となる。通常急性期病院の入院期間は数週から1-2か月程度のことが多い。 ②回復期の目標と期間 状態が安定した脳卒中患者は一般に回復期リハビリ病院に転院し集中的なリハビリを受ける。この期間の目標は「ADL自立度向上」と「在宅退院」に集約できよう。脳卒中患者の回復期リハビリ病院入院期間は3~4か月間程度の事が多く発症から3~6か月目で在宅退院となる。 ③在宅期の目標と期間 在宅退院後は「一人で自宅で過ごすことができる」即ち「生活の自立と自律」がリハビリの要諦になる。当院ではこの時期積極的に屋外の散歩を勧め、目標として午前、午後各1~2時間程度、時間割を決めて実施してもらっている。ここで培った体力がいずれ復職した際の体力に置き換わり、有酸素運動により脳循環を良好に保つことが高次脳機能障害改善の基礎ともなる。 また家人や医療機関に適切に連絡をとる「通信自立」も在宅生活を送る上で重要な課題である。 症状にもよるが通常この期間は1-2か月、発症から4~7か月目までを想定している。 ④通勤練習期の目標と期間 在宅期が安定すれば次は「1人で出かけられる」ことが課題となる。具体的には「電車・バスを使い1人で外出」し「買い物や通院」が自立すること、さらには職場までの通勤ができることが目標となる。なおここで言う「1人の外出ができる」とは単に運動機能、移動能力のみを指すのではなく、そのために必要なプランニングやトラブルシューティング能力の獲得を含む。 期間は約1~2か月、発症から5~9か月目までを想定している。なおこの時期は前項在宅期と一部重複する。 ⑤復職訓練期の目標と期間 通勤能力が獲得できれば、次は実際の就労を試みる。就労当初は耐久力低下、高次脳機能障害の影響、てんかんやうつ病の発症リスク等を鑑み、短時間・軽負荷から開始し、疲労の有無を確認しながら徐々に負荷を高めていくことが望ましい。復職開始当初は週1-3日出勤、1日あたり1-2時間程度の簡単な作業から開始し、1-2週間毎に主治医・産業医の診察を受け過負荷でないことを確認しながら段階的に負荷をかけていく。仕事内容はミスが生じにくい簡単な内容を考えてもらう。1-2か月、発症から6-11か月目までをかけて連日の就労そのものに対する耐久力がある事を確認する。 ⑥復職調整期の目標と期間 連日の出勤が可能となればフルタイムで実践的な就労を試みる。仕事内容はミスがないことを確認しながら段階的に元職の内容に近づけてもらう。この時期になると医療的リハビリ介入はほとんど不可能で職場内での仕事そのものが職業リハビリとなる。3-6か月、発症から9-17か月ほどかけて安定的な復職就労に至る。 3 復職と自動車運転 当院では自動車の運転は脳卒中発症後1年間控えてもらうよう説明している。復職の要件に運転が絡むケースも多いが、通勤はあくまでも手段であり目標は就労である。てんかん発作リスクや易疲労性また高次脳機能障害の問題を鑑み、「フルタイムで仕事をして電車・バスで帰宅しても問題ない耐久力の獲得」を達成してから自動車運転再開を検討するように勧めている。ここまで到達するには発症から約1年以上経過していることが多い。 4 職場面談 職場との面談は回復期リハビリ病院退院の前後1か月頃、ADLが概ね自立したタイミングで実施している。 職場側から「会社はリハビリの場ではない」というコメントを頂くことがあるが「仕事のリハビリは仕事の場でなければできない」ことを面談で説明し理解を得ている。人間は環境に適応して生活する。使う機能は磨かれ、使わない機能は廃れる。仕事の場で必要なスキルは仕事の場でなければ磨くことはできない。職場側の発言には合併症の対応やトラブルシューティングへの不安が含まれていると推 測されるので、医療的な状態悪化時には病院が対応すること、職業上の問題では地域障害者職業センター(以下「職業センター」という。)等に介入してもらい、職場側のみに負担を押し付けることはない旨を説明している。 5 復職支援の結果 2012年4月から2015年7月まで当院回復期リハビリ病棟に入院し入院中から復職支援を行った全21症例(全例男性、平均年齢49.9±6.3歳)では、元職へのフルタイム就労復帰(職場内の配置転換含む)を達成した症例は11例(以下「元職復帰群」という。)、福祉就労や時短など部分復職となった症例は6例(以下「福祉就労等群」という。)、就労が達成できなかった症例は4例(以下「就労不能群」という。死亡1例含む)であった(表1)。 各群の退院時ADLをFIM(総合)およびFIM認知項目別に図2に示す。元職復帰可能な退院時ADLはFIM115点前後がおよその目安かもしれない。ただし元職復帰群で退院時FIM最低の症例は95点であり、FIM以外にも発症前の職場内評価、実績、また発症後に職籍が残っているかなども復職可否に大きな影響を与えていた。 復職開始は偏差が大きいが概ね発症約1年で復職を開始している。福祉就労群の方が復職開始時期が早いのは退院後早期に社会参加の場所を確保する目的による。 元職復帰群を職業センター利用の有無別でみたものが表2である。未紹介群の方が発症時年齢が高いがFIM認知項目の得点を比較すると未紹介群が34.8±0.37とほぼ満点なのに対し、紹介群は31.8±4.1と若干下回った。また紹介群5例の元職は全例従業員数300名以上の企業であったのに対し未紹介群でこれに該当するのは1名のみであった。 6 まとめと考察 職業リハビリの行程において、「何が」「いつまで」にできるべきか、は症例によらず共通である。行程表あるいはパスの作成は、復職リハビリの標準化、適切な時期の社会復帰、本人の尊厳の回復に役立つと考えている。 【連絡先】 馬渡敏也 NTT東日本伊豆病院 e-mail:toshiyam@east.ntt.co.jp 口頭発表 第2部 しょうがい者雇用と定着支援について 丹野 憲仁(東日本環境アクセス 弘済学園事業所 所長) 1 はじめに 東日本環境アクセスは、駅・ビル等の清掃・警備・設備等のサービスを行っている企業である。その中の弘済学園事業所は知的しょうがい児施設の清掃・洗濯を請け負っている事業所である。社員数22名。うち知的しょうがい・発達しょうがいの社員が14名である。約6割強がしょうがい者の社員ということである。事業所のしょうがい者の社員の年齢構成は、20歳代が8名・30歳代が5名・10歳代が1名である。知的しょうがい者の平均年齢26.7才。事業所全体の平均年齢40.1才というところから、しょうがい者の方が平均年齢をかなり下げている事になる。勤続年数は3年未満が7名・3年から10年が3名・11年以上が4名である。区分認定としてはA2重度3名・B1中度4名・B2軽度が7名である。ここ数年養護学校高等部の卒業生を採用していることから、年齢構成や勤続年数を大きく下げている。雇用も以前は弘済学園の卒園生だけであったが、ここ5年は、他施設の出身や高等部の方も雇用している。それに従って、配慮点なども変化してきている。今までは、学園出身者であったため、細かい情報が入ってきたが、そこまでの情報は入りづらくなっている。 2 雇用者としての考え方 まず、しょうがい者雇用を考える時、雇用を継続的に行い、定着支援にまで進めるにはしょうがい者も健常者と一緒に助け合いながら、暮らし働いていくのが正常な社会のありかたであるという理念が必要と考える。しょうがい者雇用率の達成と言う消極的な視点ではなく、社会貢献的な視点にたって積極的にしょうがい者雇用を進めないと難しさばかりに目がいくと考える。 3 しょうがい者雇用のメリット そこで、企業がしょうがい者を積極的に雇用していくうえで、しょうがい者雇用のメリットを考える必要がある。 メリットは2つあると考える。可能性を秘めているということと一般社員への良い影響を上げる。可能性を秘めているとは、企業が発展していくための大切な視点であり、その視点の体現として彼らの可能性を秘めているという部分を身近で感じられるのはメリットと考える。 可能性とは、 ①支援・配慮・改善によりできるようになる ②構造化によって見通しを持てる ③適正な仕事では力を発揮する【仕事を作る視点も生まれる】 ④障害特性を生かして一般の人より仕事ができる メリットの2つ目の一般社員への良い影響としては、 ●安全に対する意識が高くなる ●行動の適正化 ●リーダーとして育つ ●展開力・改善力・観察力がつく ●人間としてのレベルアップがあげられる この良い影響は、しょうがい者の雇用を定着させていくためには欠かせない要素であって、雇用とこのメリットが相乗効果していくことこそ定着支援につながると考える。 ●安全に対する意識が高くなるとは (知的しょうがい者自身の危険認知能力が低いことが多いので、配慮しないと彼ら自身が怪我や事故を起こしてしまうので、リーダーとして組む一般社員も意識が高くなる。) ●行動の適正化とは (知的しょうがい者たちのモデルケースとして作業・行動することになるので、見本として模範を示す意識が生まれ、ルールの中で適切に作業するようになる。) ●リーダーとして育つとは (知的しょうがい者をリードしていく中で周りを引っ張る意識が生まれる。当事業所では一般の方1名に3人から4人のしょうがい者の方がついて清掃していく) ●展開力・改善力・観察力がつくとは (知的しょうがい者と組んでいく為には、しょうがい特性を理解し、その上で個々人の適正・能力を観察し、それをチームとして展開していく為の組み合わせや手順を考え、出来ないときは知的しょうがい者でもできないか改善していくことが必要になる。 ●人間としてのレベルアップとは (ノーマライゼーションの考え方は全ての他人を肯定することにつながるので、どの方に対しても、穏やかに、優しく、接することができるようになる。これは、職場の雰囲気づくりにも一役買うことになり、一般従業員同士や新人に対しても適切に接することができるようになることにつながる。また、知的しょうがい者が仕事を通して成長していく姿を感じられ、それが自分のレベルアップにもつながる。) 以上の様なメリット・職場への良い影響があると当事業所のしょうがい者雇用を通して感じている。 4 社員への配慮 しかしこのメリットを職場として生かすためには一般従業員への配慮は欠かせない。また、一般従業員の知的しょうがい者への理解なくしては、仕事自体が成り立たない。そのためには、支援者がしょうがい者と一般従業員のパイプ役になり、しょうがい特性の把握・作業環境の把握・両者の信頼関係の構築・支援や作業の調整を行う。もちろん一般従業員が感じる、給与の差・彼らをうまく使わなくてはと言う余計な仕事・何倍も仕事をしている・指導してもつみあがらない・同じ失敗をする・いうことをきかない、などの心情面のフォローも大切になる。それは、一般従業員をフォローする立場の管理者が作業環境をシンプルにし、しょうがい特性もシンプルに一般の方に伝え何かの違和感を早期に発見しタイムリーに両者に支援しコミュニケーションをとる。そして自分が知的しょうがい者との関わりをしっかり行動の中で示して適切な支援・伝え方によって知的しょうがい者が変わっていく姿を見せて共有していくことで、知的しょうがい者との仕事に楽しみを感じとれるようになる。 また、知的しょうがい者のしょうがい特性とその個人を知ることで、彼らが能動的に動き自分の仕事自体も楽になることを伝える。これらを繰り返しすることが、一般従業員と知的しょうがい者をつなぐことになり、お互いの信頼関係の中でチームとして機能することになる。 5 その後の問題点 しかし、この後のいちばん発生しやすく厄介な問題は、チームとして機能して好循環になってくると知的しょうがい者の従業員に対して「もっと、できるようになる」という気持ちが生まれてくることである。 これはあくまでその人間の可能性の追求であり、本人の能力内開発で過剰にもっとと思ってしまうと知的しょうがい者自身を追い込み、結局スキルも身につかず、雇用の定着は難しくなる。それは、結局、一般従業員自身も追い込むことになる。一般従業員が彼らを「もっとできるはず」と錯覚してしまうことが、そこまで作った知的しょうがい者との信頼関係をあっという間に壊し、悪循環に代わり一般社員は「なんで出来ないのか」彼らは「わかってくれない」とすれ違う。 あくまでその方が持っている能力内開発でありそれが可能性の追求でもあると思う。 6 本人支援として 「外的要因が仕事に直結する」のを痛感する。外的要因を把握し支援していくことが、彼らの仕事を生かしていく近道である。 支援の内容は、通勤、家庭、グループホーム、非常時対策、薬の管理、体重の管理、休憩時間の管理、友人関係、余暇など、多岐に渡る。 当事業所ではこの本人支援に必要な外的支援を実習中に出来るだけ把握することに努める。要因を把握して対応を考えて、知的しょうがい者本人を知ることで、彼ら自身が仕事の中で活きていくことになると考える。このため、実習期間をしっかりとり(1~2ヶ月)外部支援機関・家庭と連携をとり、支援する。その時、本人の数ヶ月から数年後をイメージできる事が重要になってくる。一般の社員にその人の将来像を伝えていけるようになると一般社員の受け止めも良くなる。管理者が把握し、一般社員にまで浸透してはじめて雇用になる。この過程をしっかり踏むことが継続につながると感じる。短い実習期間だと雇用継続できない確率はかなり上がる。 この支援が行えるのは当事業所の特殊性(施設職員の出向者がいる)があるからともいえる。通常は企業・事業所としてこの外的要因をすべてフォローする必要がない。しかし、ここをフォローできるとしょうがい者の定着率はかなり上がる。 7 最後に 知的しょうがい者を雇用するメリット・配慮点・外的要因・一般従業員の理解などどれが欠けても継続雇用は上手くいかないと考える。 従って、企業は企業内支援体制を構築し、支援機関へ登録し就労管理アドバイス・相談などを利用し、一般従業員のしょうがいに対する教育を続け理解し、家庭との密接な関係を築くことが大切と考える。 当事業所はこのネットワークを駆使してしょうがい者の雇用の定着雇用と安定を図っていきたい。 企業が行う就労移行支援事業「就職予備校」及び当事者社員の就労支援者としての育成 ○遠田 千穂(富士ソフト企画株式会社 人材開発部 部長) ○槻田 理 (富士ソフト企画株式会社 人材開発部 主任)  当事者の苦しみは当事者が一番良く分かる。 苦しみを経験則として世の為、人の為に活かすか、嘆きながら暗闇を生きるかは、企業の職域開拓にかかっている。 ここで、障がい者の就労支援者、カウンセラーを育てる理由が活きて来る。 当社では、委託訓練を入札し、受託し、実行するのも、障がい者、就労移行支援を担うのも、障がい者である。第2号職場適応援助者(現:企業在籍型職場適応援助者)、職業生活支援員、精神保健福祉士の資格を持つのも、障がい者である。親会社、グループ会社でうつ病を発症した健常者のリワークを担当するのも、障がい者、リワーク時の認知行動療法を行うのも、障がい者である。当時者は勿論、健常者の就労支援者・教員実習を受け入れるのも、障がい者である。 もはや、健常者が障害者をサポートするのではなく、障がい者が健常者をサポートし、職場復帰させる時代が到来している。 健常者は障がい者を信じ、障がい者向けの仕事を「作る」のではなく健常者がやっている仕事を障がい者に「まかせ」「お願い(依頼)する」勇気が必要である。いつまでも指示、管理を続けていると、健常者の言いなりでしか動けない障がい者が育成されてしまう。ある程度、業務を覚えたら、権限を譲渡し、自分で考え動く管理職の障がい者を育成するのが、職域開拓、支援員育成につながる。いつまでも平社員では、向上心の高い障がい者も、やる気を失ってしまう。昇任、昇格を計画的に実行することで、当事者も将来の展望を持って通勤する事ができ、職場定着につながる。 1 就労支援に携わる障がい者の人材育成  委託訓練、就労移行支援事業の卒業生を講師として、人材開発部で採用する。受講生時、自分だったらこうする、もしくはこうしたらもっと良いものになる、と思ったことを、どんどん実行、チャレンジして頂く。又、知的障がいの方々はボイストレーニングや、体操を担当して頂き、できる範囲の就労支援を行って頂く。 当たり前のことが当たり前に出来なくなるのが精神疾患である。日常生活の励行が何よりの薬であり、その分野を知的障がいの方に担当して頂く。知的障がいの方は話をよく聞き、分からないところは質問し、きちんとフィードバックして下さる。障がい者は、天性のカウンセラーであると言えよう。 2 就職予備校のコンセプト 弊社が行う就職予備校のコンセプトは以下の通りである。 (1)就職できる場所 就職予備校の目的はあくまでも利用者の就労である。そのためのプログラムを多数用意している。その一例を示す。 ・1分間スピーチ ・・・毎日2回1人ずつ前に出てスピーチを行う。テーマは自分について。いわゆる自己紹介である。就職活動は自己紹介の集大成と考える。そのためには自己分析、自己表現が欠かせない。そこでこの就職予備校では毎日、自分のことを話す練習を繰り返し、来る就職活動に向けての準備を参加初日から始めるのである。 ・日報作成 ・・・就職予備校で1日学んだこと、感じたことを日報にまとめる。そこには2つの目的がある。1つは、1日何を行ったか、学んだかを振り返ることである。ただ惰性に過ごすのではなく、常に意識を向けるために振り返る。2つ目の目的は文章を書く練習をすることである。文章作成を毎日繰り返し練習する。それにより、文章は上手くなる。文章が上手くなれば、自然と言葉も論理的に整理して話せるようになるのだ。また月末に1ヶ月を振り返りプレゼンを行う。学んだことを資料にまとめて、1人ずつ発表するのだ。つまり毎日の学んだことをまとめ、毎月末人前でプレゼンテーションを行う。これらは就職活動時に自身の取り組みとして企業に大いにアピールできるであろう。そのためには日々の日報作成が非常に重要な意味を持つ。 (2)安心できる場所 安心できる場所とは何か。人は自分が安心できると思う場所に居て初めて精力的な活動ができる。就職予備校では利用者の方々が安心して訓練に参加できるよう様々な配慮をしている。 ・仲間が自分の話を聴いてくれる場所 ・・・就職予備校では1分間スピーチを毎日行っている。他の利用者、スタッフが発表者の話に熱心に耳を傾ける。そこでは発表者と聴き手の間で笑いや泣きが頻繁におきる。なぜなら、発表者と聴き手の間に信頼関係が出来ているからである。共に笑ってもよい、笑いをとってもよい、発表中に泣いてもよい、場合によっては怒りを出してもよい。自分が何を話していても、他の仲間がしっかり聴いてくれると分かっている、だから安心して話せるのである。安心して話せることにより、安心して自分が出せる、自分を分析できる。安心して就職に向けて取り組めることになるのだ。 発表者に安心して話してもらうためには、聴き手にも聴く姿勢が求められる。就職予備校では聴くための姿勢についても指導を行っている。 (3)企業が行う就労訓練 就職予備校は富士ソフト企画という一般企業が行っている。そこには大きな意味がある。 ・企業についてダイレクトに学べる ・・・企業で行う訓練であるから、企業とは何かということを直接学ぶことが出来る。例えば帳票作成の授業がある。パソコンの使い方を学ぶという側面もあるが、何より実際企業で使用している書類を繰り返し作成し練習できる。帳票の意味と使い方を理解したのだから、就職した際に戸惑うことはなくなるだろう。また弊社の社長の講話も定期的に行っている。企業のトップの話を直接聴けるというのも非常に貴重であろう。社長講話では、企業について、時事問題、障がいを克服する方法など多岐に渡るテーマを扱っている。 ・訓練施設と実習施設が同一組織である ・・・弊社は一般企業である故に、様々な部署が様々な業務を行っている。実習では、それら各部署で業務体験ができるのだ。訓練施設と実習施設の連絡も密にとれるので、利用者には濃密な体験ができることだろう。 (4)障がい者社員が中心スタッフとして関わる 弊社では多くの障がい者が働いている。就職予備校のスタッフにも何名かの障がい者社員が関わっている。訓練の運営から講義に至るまであらゆることに携わっているのだ。利用者と同じ障がいを経験しているが故に、きめ細かい訓練を実施できる。また利用者から見れば、社会人として活躍している障がい者を目の当たりにするのである。自分もいつかああなりたい、と発奮することだろう。またピアサポートとして、利用者の相談などにも積極的に乗っている。就職予備校は障がい者による障がい者のための訓練といっても過言ではない。 (5)最後に 就職予備校では利用者の皆さんが就職するまでに限らず、いくつになっても地域で、組織で幸せに生きていけるような技能・習慣を身に付けさせる場である。スタッフ、先輩利用者皆で、新しく来る仲間を暖かく迎え入れるようにしている。 【連絡先】 遠田 千穂 富士ソフト企画株式会社 Tel:0467-47-5944 e-mail:todachi@fsk-inc.co.jp 一般就労の際の職域を広げるにあたって 佐野町 陽子(ビーアシスト株式会社) 1 発表概要 ブックオフコーポレーション㈱の障害者雇用推進担当者として、ブックオフ店舗やブックオフオンライン㈱などの配属者約50名の仕事の切り出しとトレーニングの変遷。 特例子会社であるビーアシスト㈱の5事業所、約80名を展開するにあたって、5年間の請負業務拡大について考察する。(2015年6月1日現在グループ在籍125名) 2 ブックオフコーポレーション㈱の障害者雇用推進担当者として 2009年3月にそれまで店舗にて、副店長や店長を行ってきたが、障害者雇用を進めるために、本社労務担当部署の障害者雇用推進担当として配属される。 先に配属された1名と共に、「どうやって障害者の採用を進めていくか」を検討し、ブックオフ店舗とブックオフオンラインに実習生を受け入れてもらい、「できる仕事がどのくらいあるか?」検証をしてみることになる。 ブックオフ店舗やブックオフオンラインでは、新しいP/Aスタッフ(ブックオフグループでのパートアルバイトスタッフの呼称(以下「P/Aスタッフ」という。))が入るとトレーニング担当の先輩が一から面倒をみて、1人で仕事ができるように育てる考え方が元々あった。 そこに障害者の実習生もマッチングし、できる仕事の切り出しも徐々に増えてきた。 店舗の配属者は、当初関東圏のみであったが、受け入れが可能な地方の大型店でも実習を開始して、仕事の切り出しを進めた。 店舗の場合には、商品化をする一部(文庫本や単行本)のみを請け負う形からスタートし、店舗で求められる業務と実習生のスキルとのすり合わせを何回も行い、実習を繰り返して、採用を進めてきた。 3 配属者の仕事の切り出しとトレーニング ブックオフ店舗やブックオフオンラインの仕事の切り出しとしては、直接お客様に関わることではなく、通常のスタッフさんでは、日常的に手がまわらない事(商品化やPOP作成など)から進めてきた。 トレーニングしていくうちに、店内に出て商品を補充(棚に並べること)やレジもできるパートナースタッフ(ブックオフグループでの障害者スタッフの呼称)も出てくるようになってきた。 当社のパートナースタッフは知的障害の軽度の方が多いので、入社から経過するうちに、色々なトラブルも増加してきた。 北海道から九州まで配属者を増やした為、定期面談や問題が起きるたびに各地を訪問しなくてはならないなど、2名体制での対応が難しい状況になってきた。 4 ビーアシスト㈱の設立 障害者雇用を進める中で、2010年10月に特例子会社を設立し、担当者5名の体制に増強を行い、これを機に、新たに事業所を設立した。 事業所では、多くのパートナースタッフを一括管理でき、請負業務の量も増やせるように方向転換を図った。 まずは本社の一角から、実習生を受け入れてスタートし、その後ブックオフオンラインのある倉庫内に約80坪の瀬谷事業所を設立する。 ここでは、トレーディングカードのパック詰めからスタートをし、本の値札シール剥がしなど業務等を次々と広げてきた。 スタートは1事業所であったが、採用が20名近くになり、作業場所の広さから考えてこれ以上の採用が一事業所では難しくなる。 5 事業所を5ヶ所に展開する ブックオフグループの大型店舗ブックオフスーパーバザー(以下「BSB」という。)の展開が進み、本、CD以外にも服やスポーツ用品、ブランド品など取扱商品が広がってきた。 BSBのバックヤードが広い場所で、店舗併設型の事業所(川崎、町田)を、2ヵ所開設することになる。 川崎事業所はスタートから洋服の取扱いをはじめ、現在では子供服、レディース、メンズの商品化から補充まで行っている。 町田事業所は本を中心に商品化を行っているが、それ以外にもPOP作成からバックヤードの管理まで行っている。 昨年、東千葉事業所を開設し、全国のブックオフ店舗から、ホビー加工を請け負っているが、今後は川崎事業所や町田事業所と同様に店舗業務も請け負っていく。 さらに、今年10月に大宮事業所も開設し、店舗併設型として、店舗からの請負業務を中心に、作業の切り出しを進めている。 なぜ、このように事業所を複数展開していくことに、変化していったかを考察すると、以下のとおり。 ・複数展開することにより、取り扱う業務の種類が増えていく。 ・事業所を細分化することで、パートナースタッフ1人1人に厚いトレーニング・コミュニケーションが可能になる。 ・事業所が複数あることにより、サポート側の経験値向上のスピードが上がる。 ・事業所間で業務をお互い補完しあえる。 など進めていくうちに見えてくるようになった。 6 総括として 障害者雇用に関して何も知識が無いところからのスタートで、「どうしたら採用を進められるか」「法定雇用率をクリアできるか」が当初の目標であった。 だが現在は、「採用したパートナースタッフが何をしたら、もっと楽しく活き活きと仕事ができ、長く働き続けられるか」に焦点が変わってきている。 そのために、ビーアシスト㈱の「フィロソフィー」や「パートナースタッフ評価制度」を構築し、サポート側の私たちが、迷ったり困ったりがなくなるようにしている。今後も引き続き、働きやすい環境構築のため、努力を続けてまいります。 【連絡先】 佐野町陽子 ビーアシスト株式会社 大宮事業所 Tel: 048-669-6706 e-mail: yoko.sanomachi@boc.bookoff.co.jp 障がい者がイキイキと働く職場環境について 工藤 賢治(株式会社ぐるなびサポートアソシエ 管理部リーダー) 1 はじめに (1) 会社概要 株式会社ぐるなびサポートアソシエ(以下「アソシエ」という。)は株式会社ぐるなび(以下「ぐるなび」という。)の障がい者雇用を担うために2010年11月19日に設立し、2011年1月5日に業務を開始、今年で5年目を迎える。特例子会社の認定日は2011年3月7日。創業時から精神障がい者を多数雇用し、現在の社員数は全体で20名である。 (2) 企業理念 1. 働いて、貢献して、稼ぐ 2. 仲間同士で貢献しあうチームに 3. 優れた貢献をするために最適な環境を作る (3) 従業員数・男女比・年代・障がい内訳・年齢 従業員数:20名(障がい者数17名) 精神障がい者   :7名 身体障がい者   :7名 発達障がい者   :2名 高次脳機能障がい者:1名 ※2015年9月1日現在 2 設立当初の課題 (1) 状況 先に設立している特例子会社の方や支援機関のジョブコーチの意見を参考に、精神障がい者が多いという事もあり障がい者スタッフの業務管理は全て管理スタッフが行っていた。 コミュニケーションの障がいと言われる精神障がい者や発達障がい者への配慮として、報告・連絡・相談は管理者とのみ行い、ストレスに感じるであろう事は先に検討し、できるだけ避ける配慮をしていた。具体的には、1日の作業スケジュールの組み立て指示、作業の指示、疑問や不安の相談先、作業の終了報告などを管理スタッフが担っていた。 管理スタッフが障がいの知識や対応経験に乏しかったため、どこまで配慮すべきなのかが分からなかった時期であった。 (2) 問題意識 障がい者スタッフは管理スタッフの指示を受けてから作業を行うため、指示がないと行動しない。そのため自分の頭でやるべきか否かを考えなくなり、主体性が育ちにくい状況であった。 障がい者スタッフは「できることを無理せずにやればよい」と思いがちになり、自分のペースで慎重に時間をかけて作業していた。また、分からない事はどんな事でも直ぐに管理スタッフに相談できるため、業務の習熟度が上がらなかった。 そのため作業者のあるべき姿である「ミスを減らして、作業スピードを上げ、効率的に仕事をする」からはかけ離れていった。 3 障がい者スタッフの価値を高める取り組み (1) 業務指示の見直し 管理スタッフが全ての業務指示を行うのではなく、障がい者スタッフ自身も自分でやり方を考えて行うよう、自主性を大事にするよう仕事のやり方を見直した。自分で試行錯誤した取り組みが評価されるようになり、一人ひとりが考えて行動するようになり始めた。 (2) 取り組みの評価 作業が手順通りに上手くいったかといった「結果」ではなく、現在の手順より良くしようと試行錯誤したのかといった「取り組み」を評価するようにした。 また、終礼で全体に上手くいった事、上手くいかなかった事を発表する場を設け、「取り組んだ事」と「発表した事」に対して、全体の前でたたえる文化をつくった。 (3) 不安に対してのサポート 今より改善するために自分で考えて行動するため、上手くいかなかったり、上手くいかなかった事を考えたりして、障がい者スタッフが不安に感じてしまうという問題に対して、自分で考えて行動するための意味や目的を何回も伝えたり、文章にしてメールや資料を掲示したり、不安を共有できるように日々の日報や定期的な面談の場を設けたりした。 管理スタッフがちょっとした異常に気付けるよう普段から目を配り、声をかけ、一人ひとりを見て一人ひとりに合わせた対応を意識することは創業時から続けてきた。 さらに、ミスをした場合でも次工程でカバーできる確認の体制やシステムでの注意喚起(アラート)や、問題が生じた時の責任は管理スタッフが取る事を伝え、不安要素を取り除くように工夫を加えた。 (4) できることを増やしていく 新しい業務に取り組んだり、コミュニケーションが円滑にできるようにしたり、人前で話す機会を増やしたり、自分の価値を高めるために苦手な事に積極的に挑戦できる機会も増やしていった。 自分がやりたいと思える事に、人と比べるのではなく自分のペースで取り組むように管理スタッフがサポートを行なった。 (5) 業務のステップアップ 担当業務の習熟度に応じていくつかの段階(レベル)を作り、現在行っている作業ができるようになると次の作業に進めるようにした。また、業務毎に難易度を付け、1つの業務ができるようになると次の業務へとステップアップできる道筋も作った。目標を持って日々の業務に取り組めるように考えた。 4 アソシエをともに創る (1) 障がい者スタッフが会社を支える 会社を経営者や管理スタッフが運営しており、自分達(障がい者スタッフ)は言われた事をやっていればいいと思うのではなく、一緒に会社を創っていく事を目指していきたい。 チーム毎に月に一度行うミーティングや週次面談の場を設け、積極的に気になる事やアドバイスを拾いあげている。 (2) 主体的な行動を大切に 障がい者スタッフ自身が有志で"会社を良くするために考える"事を目的に、「アソシエ向上委員会」を立ち上げてくれている。会社が良くなるためにどうしたらよいのか定例ミーティングを開いたり、投書箱を作ったり、参考になる企業の取り組みを取り上げたDVDやテレビ番組を上映したり、経営陣に直接提言したりと、自分達が貢献できる方法を考えた行動も目立ち始めた。 5 まとめ 人間は自分で考えて行動した取り組みが認められる事で、遣り甲斐や生き甲斐を感じる。そこに障がいのあるなしは関係ない。 障がいへの配慮だといって、失敗をしないようにといって、ストレスを感じないようにといって、細かく指示を出し過ぎてしまうと主体性に乏しくなり、ひいては仕事の遣り甲斐も感じられなくなる可能性がある。 当社の取り組みはまだ道半ばであり、障がい者は作業をする人、管理者はマネジメントをする人という役割が続いているが、これを少しずつ変えていくのが今後の課題だ。 本人がやりたいと思い、管理スタッフができると判断した事については積極的に任せていきたい。苦手だったり障がいの特性に関する事については支援機関や主治医とも連携しながら、自分のペースで少しずつできるようになる事を目指していく。 従業員すべてがイキイキと働き、自分の会社に誇りを持っている、管理者・障害者という区別がなくなり、それぞれが一人の社員として持ち場を責任持ってあずかっている、そんな会社を目指している。 【連絡先】 工藤 賢治 株式会社ぐるなびサポートアソシエ 管理部 e-mail:kudo-mas@gnavi.co.jp http://www.gnavi.co.jp/company/recruit/gsa/ 外部支援機関によるSSTを中心とする支援から見えてきた成長と課題~就労定着から自立支援に向けた5年間の歩みを振り返って~ ○中田 貴晃(キューブ・インテグレーション株式会社 エグゼクティブ・コラボレーター) 杉本 文江・松下 由美・尾上 昭隆(サノフィ株式会社) 1 はじめに 障害者の就労で課題となるのが、就職よりも定着にあるといわれており、埼玉県産業労働部の事業所・支援機関を対象にした障害者離職状況調査報告書1)によれば、事業所が考える離職防止・就労継続支援策として、「就労意識や職場マナーなど一般スキル向上への支援」「家族の理解・家族からの支援」「就労支援の専門機関からのより頻繁な相談・訪問などの支援」「健康管理や服薬管理など生活面を含めた支援」の4つの回答が上位を占めている。否定的要因による離職は、当事者の失敗体験となり就労に対する自信や意欲を喪失させるだけでなく、企業にとっても大きな損失となる。こうした離職の軽減には、障害特性を勘案した労務管理と合理的配慮に加え、職場でのコミュニケーション、就労意欲の喚起、ストレスマネジメント、健康管理といった側面での教育や支援が必要となる。 本稿では以上の問題意識を踏まえ、フランス・パリに本社をおく大手製薬会社サノフィ株式会社(以下「S社」という。)の要請により、外部支援機関の立場から2010年より実施してきたソーシャルスキルトレーニング(以下「SST」という。)について紹介する。本取り組みについてはすでに、第20回の本研究発表会で発表しているが、今回は5年余りにわたる支援の取組みを概観し、その成長成果と課題について考察する。 2 S社の知的障害者の業務と雇用体制 S社は、2009年4月に知的障害者の就業の場として人事本部付けの部署にラ・メゾンサービスセンターを設立し、特別支援学校より6名の新卒者の雇用を開始した。経費や人件費(社員の残業代)といった社内コスト削減を担うプロフィットセンターとしてS社内で評価され、2013 年1月にはラ・メゾンビジネスサポートセンター(以下「LMBC」という。)と名称を変え、名刺作成、コピー用紙在庫管理、シュレッダー業務、大量印刷、DM発送業務、PC業務、共通資材管理、各部門への派遣によるオンサイト業務等、従来アウトソースや各部門で対応していた業務を代行している。業務拡大に応じて随時新たに社員を雇用し、2015年8月現在15名の知的障害者が途中離職することなく就業している。 LMBCの管理体制としては、センター長、事務長を含む  3名で労務管理を行うとともに、社内外の関係者(産業医、産業保健看護職、社内各部署、保護者、特別支援学校、ハローワーク、東京ジョブコーチ支援室、地域の就労生活支援機関など)と適宜連携を図っている。持続的雇用に向けて「職域開発」と「育成」の二軸での取組みを行い、本稿で紹介するSSTを中心とする支援は、「育成」の場の提供という位置付けで実施している。 3 SST実施のコンセプト SST導入にあたり、S社と以下の支援方針を固めた。 ①一般社員と同じ職場で働く上で、挨拶や立ち居振る舞いなど、基本的ビジネスマナーを身に付けていくこと ②労務管理や業務遂行上必要不可欠となる報告・ 連絡・相談をはじめとするコミュニケーションスキルを身に付け、職場のマナーやルールを守る習慣を定着させること ③障害者の離職のリスク要因となる人間関係上のトラブルに至らないよう、日頃からお互いに声をかけ合ったり、自分の気持ちを適切に伝え合うなど、社員同士が良好な人間関係を築く風土を醸成すること ④就労維持の要となる心身の健康維持に向けて、セルフケアの教育を行うこと ⑤S社が全社員へのミッションとして求める「成長と変化」という企業風土に適応できる力をつけていくこと  4 SSTセッションの実施概要 SSTは、原則月2回の頻度で実施している。1回のセッションにかける時間は開始当初から徐々に長くなっていき、今では途中休憩を含めておよそ2時間半に及ぶ。SSTの冒頭では月間目標と近況・チャレンジ報告を一人ずつ発表し、発表に対して周囲からの質問を促すなどして、LMBC社員同士のコミュニケーションを生み出す仕掛けづくりを行っている。また、セッションに入る前に、ウォーミングアップを挿入して本題にスムーズに導く工夫を行っている。 実施テーマ例としては「ミスをした時の対応」「電話の対応」「仕事を手伝ってもらう」「相手に上手に注意する」といった業務上必ず生じるコミュニケーション場面や職場のルールやマナーに関するテーマの他、その時々にトラブルや課題が生じた際は、その課題にリンクさせたテーマを設定し、柔軟な運営を試みている。またセルフケアや生活スキルの習得を目的に「リラクセーション」「余暇活動の過ごし方」「生活リズム」「食生活」等についても必要に応じて取り上げている。 SST終了後は、LMBC社員全員と短時間の個別面談を行い、SSTのセッション中に観察されたポジティブ・フィードバックと合わせて、個別課題の提示やチャレンジの促しを行っている。 また、ビジネスメールや自己表現力のトレーニングも兼ねて、3年目より月間目標(振り返りを含む)を、4年目より毎回のSSTの感想を各自パワーポイントにまとめ、メール報告を行う取り組みも開始した。このようにインプットとアウトプットのタスクを入れることで、月間目標の達成やSSTでの学びの動機づけを促している。 5 SSTを通じて見えてきた成長変化 (1)集中力と参加意欲の向上 SST開始当初は集中力が持続しない場面が多々あり、他の社員のロールプレイに注目や関心が向かず、発言も少なかった。現在は2時間半という長時間のセッションを実施しているが、集中が持続でき、発言や意見交換も活発に行われるようになっている。 (2)尊重・共感・チームワークの風土の醸成 相手のよいところを発見する目線が定着し、SSTでのロールプレイ後に行う、相互のポジティブ・フィードバックが自然にできるようになってきた。また、実際の仕事の場面では、不適切な言動が見られたら注意をしたり、ミスをして混乱する社員をフォローしたり、手隙の時は他の社員のサポートに入るなどの行動も見られるようになっている。できる社員がつまづきのある社員を教えサポートするといった協調的行動がリーダーシップを取る社員を生み出し、全体の業務パフォーマンスの向上と管理者の労力軽減にもつながっている。 (3)自己課題への直面化と問題解決力の向上 当初は注意や課題の指摘に対して強く抵抗を示したり、過剰反応して委縮してしまう社員が散見されたが、失敗したり、注意を受けることが成長へのステップであるという考え方が浸透していくにつれ、問題解決志向への切り替えができ、現在は個々の課題を素直に受け止め、自ら克服するエピソードも多く見られるようになっている。 (4)自立活動の活性化 SSTでの近況・チャレンジ報告の場面で、他の社員の報告に刺激を受け、体力づくりのためのウォーキングや休日のリフレッシュ活動、さらには、地域イベントへの参加や 自立生活に向けた家事手伝いなど、セルフケアや自立生活に向けた行動が年々増えている。また、SSTのウォーミングアップやグループワークの進行をLMBCの社員自身が担えるようにもなり、自立した組織づくりにつながっている。 6 SSTを通じて見えてきた課題 就労に必要なスキルは、業務遂行に必要となるテクニカルスキル、ルールやマナーを遵守し円滑な対人関係を営むためのヒューマンスキル、そして健康管理や金銭管理といったライフスキルの3つに整理することができる。テクニカルスキルについては、企業内でのOJTをはじめとするトレーニングを通じて育成が図れる一方、離職リスクの軽減のためにも本来は就職前に身に付けておきたいヒューマンスキルやライフスキルについては、企業だけの力で改善を図るのは難しい。事実、初歩的なルールやマナーの無知、ゲームやインターネットに依存した生活による生活リズムの崩れ、アンバランスな食生活や運動不足による健康課題などが少なからず見受けられ、こうした課題の改善に多くの時間と労力がかかっている。この背景には、就学中の就労準備に向けたトレーニング不足、家庭内での健康管理や自立生活に向けた練習不足が考えられる。加えて、就労後のフォローアップ体制が学校や地域によってばらつきがあり、結果的に企業側の負担が大きくなっているのが実情である。 S社では年に1度ラ・メゾンサポーターズミーティングを定期開催している。ここに保護者、教育・就労支援関係者が参集し、LMBC社員の成長成果の共有の他、LMBC社員それぞれの今後の目標を支援者と一体となって考案し、目標達成に向けて各関係者の支援要請をはかっている。就職はゴールではなくスタートラインであることを就業当事者を含めた関係者が再認識し、自立支援と持続的就労に向けた継続的支援と連携が重要であり、今後一層求められる。 また、障害者雇用の更なる促進のためには、就業後発生するであろうトラブルを見極め、早い段階で学校や保護者などの関係者が連携の元、SSTなどを通じて課題改善に努めることが必要であると考える。 【参考文献】 1)埼玉県産業労働部就業支援課:「障害者離職状況調査報告書」(2011) 2)北野谷麻穂、山崎亨:企業における障害者の定着支援とSST「第19回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、P100‐102,(2011) 3)佐々木紀恵、伊東一郎:定期的なSSTの取組みがもたらす効果についての考察「第20回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」P34-36,(2012) 4)中田貴晃、杉本文江、尾上昭隆:企業内における職場定着・能力開発・自立生活支援を目指したソーシャルスキルトレーニングの取り組み「第20回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」P187-190,(2012) 【連絡先】 キューブ・インテグレーション株式会社 中田貴晃 e-mail:ynakada@cubeintegration.com Tel:03-6416-9801 SSTを活用した人材育成プログラムの活用Ⅰ ○岩佐 美樹(障害者職業総合センター 研究員) 石崎 雅人(株式会社電通そらり) 佐藤 珠江(社会福祉法人シナプス 埼玉精神神経センター) 1 はじめに 障害者職業総合センターにおいては、平成23年度から、コミュニケーションスキルの獲得・向上の支援技法の1つであるSST等を活用し、障害を持つ社員(以下「障害者社員」という。)を育成するとともに、障害者を職場で支援する社員(以下「支援者社員」という。)を育成するという2つの人材育成を同時に支援することを目的とした人材育成プログラム(ジョブコミュニケーション・スキルアップセミナー)の開発とその普及方法に係る研究に取り組んできた。 平成27年からは、ユーザーごとに異なるニーズに合わせてカスタマイズしたプログラムを提案し、その実施を支援することで、プログラムの普及に係る研究を行っている。   本発表においては、株式会社電通そらりの協力を得て実施している取り組みについて報告する。 2 平成26年度までの人材育成プログラムの概要 プログラムは、個人及び職場全体のコミュニケーションスキル並びに障害者支援スキルの向上を支援することを目的とし、ベースとなるSST研修とパートナー研修(理論編・解説編)に、リーダーパートナー研修を加えた3つの研修ユニットと導入支援という支援メニューを組み合わせて実施した(図1)。 図1 平成26年度までのプログラムの概要 SST研修では、支援者社員の見学のもと、障害者社員により構成されるグループを対象としたステップ・バイ・ステップ方式のSSTを行った。   パートナー研修は、支援者社員を対象とし、SSTで学んだスキルの般化(学んだスキルを実際の生活の中で活用できるようになること)のために必須とされるサポーティブな環境づくりやスキルトレーニングへの効果的な支援方法の習得を目的とした講義や演習を実施した。 リーダーパートナー研修は、パートナー研修を受講した支援者社員を対象として、パートナー研修の解説編にSSTのリーダー演習等を加えた内容とした。 3 本事例におけるプログラムの実施概要 本事例におけるプログラムは、以下の(1)の事業主ニーズにあわせたプログラムで構成し、平成27年3月~10月の予定で試行を実施している。 (1) 事業主のニーズ ① 全社員を対象とした効果的な実施 知的障害及び発達障害を有する24名の障害者社員、6名の支援者社員に対し、平等に学びの機会を提供したいというのが事業主のニーズであったが、言語的能力に制限の多い社員については、SST研修に対応することが困難ではないかという不安も抱えていた。 ② 支援者社員によるSST研修の実施 当研究の試行協力事業所としてプログラムを実施後もSST研修を継続して実施していきたい、そのために支援者社員によるSST研修の実施体制を試行期間内に整えたいというのが事業主の2つ目のニーズであった。 (2)ニーズを踏まえたプログラムの構成及び実施方法 上記の2つのニーズを踏まえ、SST研修のブースターセッションという新しい試みを取り入れ、プログラムを構成した(図2)。 図2 本事例におけるプログラムの概要 ① SST研修 従来の外部講師によるSST研修(以下「本セッション」という。)のほか、支援者社員によるSST研修(以下「ブースターセッション」という。)を取り入れた。 当該事業所においては、2名の支援者社員のもと8名ずつの障害者社員が配置され、これを1チームとして、全体として3つのチームで仕事を行っていた。そこで、各チームから障害者社員2名ずつ、本セッションの対象者(以下「メインメンバー」という。)として選出してもらい、その他の障害者社員(以下「サブメンバー」という。)6名については、支援者社員と同じく、見学参加とした。 ブースターセッションについては、本セッションと同じスキルを取り扱う復習セッションとし、3つのチームごとに、全チームメンバーを対象に実施。最初に実施するグループのブースターセッションには、外部講師もメンバーとして参加し、実施前には、全支援者社員とともに事前打合せ、予行演習等を実施する等運営等をサポートした。 なお、各セッションの実施時間は約1時間とし、月1回ずつの実施とした。 ② パートナー研修  SST研修開始前に、理論編を2時間×2回実施した。1回目ではSST概論等の講義の他、アセスメント面接の演習を実施し、2回目までに各支援者社員が担当する障害者社員に対して実施したアセスメント面接結果をもとに、個人及びグループの目標、SST研修のカリキュラムメニューの策定を行った。 ③ リーダーパートナー研修 毎回の本セッション終了後には、本セッションに係る解説、ブースターセッションに向けた演習等を1時間実施。また、SST研修以外についても、日頃、障害者社員の指導、支援を行う中での疑問や不安等についての質疑応答も実施した。 4 実施状況(中間報告) 本稿においては、第4回の本セッション終了時点での中間報告を本セッションとブースターセッションの2つのSST研修の実施状況を中心とし、以下に行う。 (1)本セッション メインメンバーについては、多くの見学者に囲まれる中でも、セッションに集中し、過去の他の試行と同等のトレーニングの効果を上げることができている。 サブメンバーについては、見学中心ということで覚醒レベルが低下する者もいるものの、多くの者はしっかりと観察学習を行い、時には挙手をして発言する等、積極的に参加をすることができている。 (2)ブースターセッション 各グループの支援者社員は、ステップ・バイ・ステップ方式のSSTの手順に沿って、SST研修を進めることができており、メンバーも集中してセッションに取り組むことができている。モデルのロールプレイ場面については、各グループ、個人の状況に合わせて設定、また、グループの特性に応じたルールを作る等の工夫も行っている。ロールプレイ後の修正のフィードバックについては、メンバーとして参加している外部講師の助けを借りることが多いものの、回を重ねるごとにリーダー役の支援者社員自身で行うことができることが増えてきている。 メインメンバーは、サブメンバーのコーピングモデルとなっており、SST研修への適応が危惧されていたサブメンバーも含め、全員がそれぞれの目標に向けたロールプレイを行い、仲間のロールプレイに対するフィードバックを行うことができている。 (3)その他 SST研修では毎回、日常生活におけるスキルトレーニングの実行が宿題として出されるが、メインメンバーのみならず、サブメンバーの宿題実行率も高い。事業主からは、程度の差こそあれ、全員にコミュニケーションスキルに対する意識や行動の変化が見られているとの報告を受けている。 5 まとめ  支援者社員によるブースターセッションの運営がスムーズに行われ、全ての障害者社員がSST研修に適応することができていることについては、本セッションの見学において事前に自らが演じる役割の観察学習を行った効果が高いと考えている。また、観察学習後、リーダーパートナー研修及び予行演習等により練習を積み、また、仲間の協力を得てSST研修を運営し、それに対するフィードバックを受けるというまさにSSTと同じ構造で進めていく本試行のスキームは、SSTのリーダースキルの学習にも有効と考えている。 また、支援者社員がブースターセッションを運営することにより、日常的なスキルトレーニングに対する関与度が増し、よりサポーティブな環境を整える効果も高いと考える。 以上のことから、SSTグループの適正人数を超えた対象者やより障害の重い対象者へのSST研修の実施、あるいはプログラムと並行して行うSSTのリーダー養成の方法として、ブースターセッションの活用が1つの方法ではないかと考えている。 SSTを活用した人材育成プログラムの活用Ⅱ ○石崎 雅人(株式会社電通そらり 代表取締役社長) 岩佐 美樹(障害者職業総合センター)・佐藤 珠江(社会福祉法人シナプス 埼玉精神神経センター) 1 会社概要 株式会社電通そらりは、株式会社電通の子会社として、2013年4月に設立され3年目を迎える若い会社である。会社設立の翌月より委託訓練に取り組み、同年7月よりトライアル雇用により5名を採用するところから事業がスタートした。2013年11月には特例子会社としての認定を受けることができたが、事業開始からは2年余りを経過したばかりであり、様々な課題を抱えながら走っている現状にある。 現在、知的障害のある社員を24名雇用し、指導に当たる社員(当社ではメンターと称している)が6名、管理関係の仕事に携わる社員も含め全体で36名という体制で業務に勤しんでいる。 現在主に取り組んでいる業務は、電通本社ビル内の清掃関連業務だが、会社として持続可能性を追求するという観点並びに障害のある社員の特性を伸ばすといった観点に立ち、株式会社電通の社員のルーティーン的な業務で当社社員が代行しうるものを見つけるべく、職域拡大にチャレンジしているところである。 2 SSTに取り組むこととなった背景 会社自体が若い当社では社員もとても若く、平均年齢は22歳である。知的障害のある社員の採用を進めてきたプロセスのひとつは特別支援学校の現場実習受入れだが、特別支援学校の新卒生として当社に入社した社員は、現在10名いる。つまり当社は、社会経験の極めて浅いメンバーが多い会社であり、設立2年目の昨年には、早くもコミュニケーション上の問題に起因した社員間のトラブルが発生し、社としては対応に苦慮することとなった。会社設立以降、先達の各社を訪問したり特例子会社が集う勉強会・研究会などに参加するプロセスで、先達の各社がこれまでに経験されたり取り組んでこられていることなどを見聞きしてきたが、その中でいくつかの会社がSSTなるものに取り組まれているということを知り、当社としても興味を抱いたということが今回の取り組みのきっかけであった。 その後、SST普及協会を通じて障害者職業総合センターでのSSTへの取り組みのご紹介を受け、今年度の試行協力事業所として社内にてSSTを実施することとなった訳だが、当社としては千載一遇のチャンスとして受け止め真摯に取り組んでいる。 当社としては、コミュニケーション上の課題は特定の社員の課題ではなく、社員全員がそれぞれなんらかの改善すべき課題を抱えており、その面でスキルアップすることが長期就労を実現する上で欠かせないと考えている。しかしながら、そもそも発語そのものに難点を抱える者もいる中、全員が一同に会し取り組むことが難しいのではないかという思いもあり、逡巡するところもあった。 3 具体的な展開 当社でのSSTの取り組みの特徴は、①全体セッションと②ブースターセッションの組合せによりプログラム全体の深化を図るという点にある。 ① 本セッション 当社は3つのチームに分かれ業務を遂行しており、各チームを2名のメンターが担当し、業務及び生活の指導を行なっている。本セッションでは、各チームから障害のある社員2名ずつを「メインメンバー」として選出し、計6名のメインメンバーに対して外部講師によるSST研修を実施(月1回)。メインメンバー以外の障害のある社員はサブメンバーとして、メンターとともにその様子を観察学習している。本セッションの最後では、次の本セッションまでの一ヶ月間で取り組むべき宿題が外部講師より示されるが、それはメインメンバーだけでなくサブメンバーにも与えられる宿題となる。 セッション終了後は、外部講師よりその日のセッションに関する解説とともに、場面場面でのポイントになる事柄がメンターに対して伝えられる。メンターからは感想や質問を外部講師に対して伝える。そのような外部講師との間の総括的な言葉のやり取りを通じて、メンターの理解は深まって行く。 ② ブースターセッション 本セッションの2週間後に、「外部講師のサポート付きのブースターセッション」を行なう。テーマは、2週間前に全体セッションで行なったものと同じであり、宿題への取り組みを起点としてセッションが開始される。その際は、毎月持ち回りで一つのチームが対象となり、2名の担当メンターがリーダー・コリーダーの役割を担い、外部講師から適宜援助を受けながらブースターセッションを実施する。その場には、他のチームを担当するメンター4名も同席し、ブースターセッションの進行を観察学習する。 ブースターセッションを始める前30分間で、2週間前の全体セッションでのポイント等を振返るとともに、当日のブースターセッションの進め方に関する確認を外部講師との間で行なう。 また終了後は、同様に外部講師からの講評をいただき、次回に向けての課題を共有する。 「外部講師のサポート付きのブースターセッション」を行なわなかったチームは、さらにその翌週、担当チームに関するブースターセッションを外部講師からのサポートなしで独自に展開する。 当社では、以上のようなサイクルで、SSTに関する取り組みを展開している。 4 成果(中間報告) 対象となる社員が24名と多いため、全体的な総括が難しいところはあるが、ここまで4か月間の取り組みに関しては期待以上の効果が上がっていると考えている。ある社員が宿題の実施をあたかもゲームのような感覚で繰り返すことが、他の社員に対する刺激となって伝播していく様子が窺われ、その中から自然にスキルが身についていくことが期待される。恐らく24名が、それぞれのレベルでコミュニケーション・スキルを獲得できてきている実感を得ているものと思われる。それが各自の表情にも表れてきており、もし客観的な立場から当社の状況を眺めている方がおられたとしたら、会社全体の印象が明るくなっていると言っていただけるのではないかと想像する。 ① Aさん(メインメンバー・19歳・知的4度・自閉傾向あり)のケース ◎ SST実施前の状況:自閉傾向が強く、表情が乏しく、発語のタイミングが遅れ、スムーズに会話を行なうことが難しいことが多かった。 ◎ 改善点:最初は戸惑いが強く見られた。しかしながら、取り組みが進んでいく中で、自分なりにポイントを押さえることができたようで、みるみる自信をつけていく様子が窺われた。宿題の実施量もトップクラス。自分から挨拶したり、話を切り出すことができるようになってきており、表情が豊かになった印象がある。 ② Bさん(サブメンバー・21歳・知的4度・発達障害あり)のケース ◎ SST実施前の状況:普段無表情なことが多く、挨拶の実施は不安定。また相手の気持ちやタイミングを理解しないまま発言してしまうといったことが多かった。 ◎ 改善点:SSTに取り組み始めた時点では戸惑いも見られたが、時間の経過とともに宿題に取り組む意欲が増してきた。徐々に自分から挨拶するという意識が持てるようになってきた様子が窺われ、最近では動作を止めてしっかりと挨拶できるようになっている。業務中もSSTのスキルを用いようという意欲が見られ、会話の中でもタイミングをつかもうとする意欲が見られる。また表情が豊かになってきた印象で、業務に対する評価も高まっている。 ③ Cさん(サブメンバー・21歳・知的3度・言語障害あり)のケース ◎ SST実施前の状況:観察学習する力は高いが、言語障害があり、そもそも言語を介する必要のあるSSTに取り組むことができるのか心配であった。 ◎ 改善点:最初から意欲的に取り組み、宿題の実施量はトップクラス。発語は不明瞭だが、ロールプレイの中で学習した内容はすぐに理解し実行できている。実生活の中でも最も忠実に活用することができており、家庭生活の中でも行動や言動の随所に改善が見られるという話が母親からあった。 ④ メンターの変化 自身が初めて取り組むにあたり、失敗してはいけないといった意識や緊張が当初は強く見られたが、外部講師の援助を受けながら徐々にリーダー・コリーダーの役割を体得していっている様子が窺われる。個人差はあるものの、新たなことを学ぶことに伴う負担感があることは否めない。とはいえ、障害のある社員が会社での生活や業務の中で、SSTで学んだことをすぐに実行する様子を見て喜びを感じることがある模様である。各メンターが、SSTは業務面・生活面での指導に欠かせないものと受け止めることができているとまでは現時点では言い切ることができないが、そう確信できる日が必ずやってくるものと考えている。 5 今後の課題 SSTの取り組みを始めてまだ4か月だが、当社としてはその有効性を強く感じており、中期的に継続していく取り組みと考えている。そのためには、外部講師の支援を得られる残り3か月でメンターにスキルを移植し、その後自走させることができるようにならなければならない。 SSTの副次的な効果として、メンターの日常的な指導スタンスに対する好影響といったものがあるということを前向きに捉えたいとも考える。SSTを通じて、「ポジティブなフィードバック」という基本スタンスを支援者であるメンターが繰り返し体験することにより、日常的な指導においても同様のスタンスが醸成される効果があると考える。当社は、障害のある社員の長期就労を実現する場を創出する場となることが自らの社会的使命であると考えているが、支援される側、支援する側双方にとって重要なエッセンスがSSTというフレームの中に存在することを自覚し、障害のある社員のスキル獲得ということに留まらない目的意識をもって、今後も取り組んでいきたいと考えている。 【連絡先】 石崎 雅人(株式会社電通そらり) Tel:03-6217-2222 e-mail:masato.ishizaki@sol.dentsu.co.jp SST研修の効果の定着を図る取組み−職場の理解促進を中心とした試み− ○平井 正博(株式会社かんでんエルハート 臨床心理士) 松本 貴子(株式会社かんでんエルハート) 岩佐 美樹(障害者職業総合センター) 1 これまでのSST研修の取組みと課題 当社では「職場の生産性向上」「不調者の発生予防」「人が育つ組織・育てる風土の醸成」を目的に、知的障がい者に対してSST研修を実施してきた(松本ら,2012)。しかし、これまでの取組みでは、指導者に対してSSTの意義やフォロー方法について十分な説明が不足していたため、定着のためのフォローが職場で十分に出来ず、SST研修の効果が一時的なものに留まっていたことが課題であった。 2 改善の取組み 平成26年度はSST研修の効果の定着を図ることを目的に、知的障がい者に対するSST研修に加え、職場でのキーパーソンである所属長、指導者に対してSSTの意義等の理解促進と、フィードバック方法の理解促進・実践に取り組んだ。 (1)SSTの理解促進 ① SST説明会 所属長や職場の指導者に対し、知的障がい者の特性やSSTの理論について説明を行った。 ② SST研修の見学 指導者が研修を見学することで、研修を受講している知的障がい者(以下「研修受講者」という。)に対するフィードバック方法や、関わり方を学べるようにした。見学に参加できない指導者に対しても、研修の様子を撮影し、配信した。 (2)フィードバック方法の理解促進・実践 ① SST研修後の振り返り 各回のSST研修後に、見学していた指導者に対し、研修受講者へのフィードバックの留意点について説明を行った。見学に参加できない指導者に対しても、振り返りで説明した内容をメールで配信した。 ② フィードバックの実践 SST研修では、研修受講者に研修で学んだスキルを実践することを宿題として設定していた。そのため、研修受講者が研修で学んだスキルを実践した場合に、指導者から研修受講者に対し、実践したスキルでうまくできたポイントを褒め、今後の改善点を指導するなどのフィードバックをするように依頼した。 3 取組みに関するアンケート結果 知的障がい者に対するSST研修が全て終了してから2~3週間後に指導者11名に、今回の取組みについてアンケートを配布し結果を集計した。 (1)SSTの理解促進について ① SST説明会について 8割が満足度・理解度ともに「満足」「理解できた」と回答した。自由記述でも「事前に詳しく教えてもらうことにより現場での指導の仕方や自分の役割が分りやすかった」「ロールプレイを用いた実践的な研修で指導方法が理解しやすかった」など、肯定的な意見が多かった。 ② SST研修の見学について 全員が「大変役立った」「役立った」と回答した。自由記述では「SSTの指導法にそった褒め方や指導の進め方が勉強になった」「実演を見ることで、SSTによる知的障がい者への接し方が良く分った」等の意見があった。 ③ 動画配信について 8割が「大変役立った」「役立った」と回答した。自由記述では「研修受講者の強み弱みが理解でき、今後の指導に活かせると思った」「SST研修の見学に参加できないときでも、研修の様子を確認できてよかった」「顔の表情や声のトーンで研修受講者がどのように研修を受けとめているのか分りやすかった」などの意見があった。 (2)フィードバック方法の理解促進・実践 ① SSTの振り返りに関するメールについて 全員が「大変役立った」「役立った」と回答した。自由記述では「研修受講者のぞれぞれのコミュニケーションにおける課題やポイントが分り、フィードバックをする際に役にたった」「研修受講者のコミュニケーションの課題が理解できた」「研修受講者個々の強み弱みが理解できて、今後の指導に活かせると思う」など、肯定的な意見が多かった。 ② フィードバックの実践について 9割が日常的にフィードバックを行っていた。しかしながら、SST研修受講者に設定していた宿題については「宿題の存在を知らなかった」「指導者として、宿題をどのように職場で活用すべきか分らなかった」との意見が多数であった。 (3)その他(指導者自身の変化) 「人が育つ組織作り」の指標として、指導者自身の変化を捉えることは重要と考え、アンケートで回答を求めた。その結果、80%が「大きく変化」「少し変化」と回答。自由記述には「感情的・主観的にならず、知的障がい者を客観的にポジティブに見えるように心がけるようになった」「障がい者の行動にも変化があることがわかった」「これまで特性を踏まえた指導を自分が出来てなかったことがわかった」との意見があった。  (4)アンケート結果の考察 アンケート結果から、今回の取組みが、SSTや障がい理解と、フィードバックの実践を促進したと考えられる。さらに、知的障がい者に関わる際に、指導者が自らの知的障がい者への考え方、関わり方を振り返るようになった。 4 SST研修の効果の定着状況について 所属長、指導者に対する取組みが、SST研修の効果の定着に寄与しているかを検討するため、研修受講者と指導者に対して、以下のアンケート調査を行った。 (1)受講者の自己評価 研修受講者にSST研修の直前・研修直後・全研修終了2~3週間後の3つの時点で「SSTで学んだスキルの活用度」について自己評価させ、結果を比較した。その結果、全ての回で研修直後と全研修終了2~3週間後のほうが、研修直前よりも自己評価が高かった。さらに、各回の自己評価の平均について、分散分析を行った結果、「質問する」スキルについては、SST研修の直前より直後が5%水準で有意に評価が高かった。 図1 スキル活用度における自己評価の平均値の比較 (2)指導者からの評価 指導者に全研修終了2~3週間後の時点で、研修受講者の変化についてのアンケート調査を行った。その結果、指導者は研修受講者の67%について「大きく」あるいは「少し変化した」と回答した。自由記述には、「ゆっくりと話すことを意識するようになってきた」「独り言ではなく話し相手に聞いてもらえるように話し方を意識する姿勢が見られるようになった」との意見があった。「ほとんど変化ない」「変化はない」を回答した者の自由記述には、「直後は意識していたがすぐに忘れる」との意見があった。 (3)定着状況の考察 SST研修の効果の定着状況について、スキルの活用度の自己評価が、統計的には一部しか有意差が確認されなかったが、全体的に研修直前よりも研修直後と全研修終了2~3週間後が高いこと、さらに、指導者からの評価では67%の指導者が受講者に変化があったと回答していることから、SST研修の効果は、研修終了後も持続していると考えられる。 5 まとめと今後の課題 今回の取組みによって、SST研修の効果を持続させることが出来たと考えている。これは、障害者職業総合センター(2000)にある「知的障がい者が研修で学んだスキルを発動する→指導者がフィードバックを返す→さらに知的障がい者がスキルを発動する」というサイクルが当社でも起きたためと考えており、これを継続していくことによって、SST研修の効果の定着と、SST研修の目的のひとつである「人が育つ組織、育てる風土の醸成」の実現に繋がると考えている。 しかしながら、アンケート結果から、SST研修の見学や長時間の動画の視聴などは、多忙な指導者にとっては負担が大きいことや、知的障がい者への教育に対する指導者間の温度差がある等の課題が明らかになった。一方で、研修事務局の課題として取組みの意義の説明不足なども明らかになった。     今後はさらに指導者の負担への配慮・理解促進などに取組み、SST研修の効果を定着させ、知的障がい者のスキルアップに繋げて行きたいと考えている。 【参考文献】 障害者職業総合センター:SSTを活用した人材育成プログラムの普及に関する研究-ジョブコミュニケーション・スキルアップセミナーの普及‐,2000 松本貴子,中嶋由紀子,平井正博:SSTを活用した人材育成の取組み,第20回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集, 2012 SSTを活用したサポーター(リーダー社員)育成 ○上田 崇 (シャープ特選工業株式会社 取締役部長) 岩佐 美樹(障害者職業総合センター) 福永 佳也(大阪府福祉部障がい福祉室自立支援課 就労・IT支援グループ) 瀧本 優子(梅花女子大学大学院 梅花女子大学短期大学部 心理こども学部 心理学科) 足立 一(学校法人福田学園 大阪保健医療大学) 1 はじめに シャープ特選工業株式会社はシャープ株式会社創業者 早川徳次が「身障者には適材適所さえ配慮すれば決して普通の人の能力と変わりがない」という信念のもと、昭和25年9月に設立した会社である。昭和52年3月にシャープ株式会社の特例子会社として日本第一号の認定を受けた。 設立当初は全従業員8名、障がい者(身体)のみで経営。平成27年7月現在、全従業員97名、内障がい者(身体42名、知的5名、精神8名)55名で事業活動を行っている。 主たる業務は電子部品製造、複写機修理、書類電子保存、印刷・発送、書類細断、清掃等である。 障がい者の従事する作業の内訳は、表1の通り。 表1 従事作業の内訳 2 背景・目的 当社では平成22年度より精神障がい、発達障がい者の雇用を開始。延べ10名雇用し、平成27年7月現在、8名が定着している。今後の障がい者雇用においては、社会的要請及び平成30年には精神障がい者雇用が法律でも義務化されることから、当社としても精神障がい者の雇用を促進する方向である。平成26年度より大阪府労働局から、精神障がい者等雇用促進モデル事業を受託。職場定着に向けて何が必要かについて社員アンケート調査の結果、普段の接し方や対応方法の習得を希望する声が多く上がった。当事者社員のSST訓練を通して、その対応方法をサポ-ター社員も習得することとした。 3 実施 (1) 対象者 当事者社員7名とサポーター社員22名。 (2) 実施方法とスケジュール 訓練については、障害者職業総合センター岩佐研究員のご協力のもと、外部講師をお招きしサポーター社員は理論を講義形式で受講することとした。外部講師の助言を頂きながらサポーター社員と当事者社員とセッションすることとした。 スケジュールは、表2の通りに立案。 表2 SSTスケジュール (3) サポーター社員研修 ① 事前に他社SST研修を見学 サポーター社員が10名参加 内容:ジョブコミュニケーション・スキルアップセミナー 実践編(精神・発達障がい対象SST見学及び体験) 実施場所:関東・関西薬品会社2社 ② 外部講師講演聴講(座学) 全8回 内容:SSTを活用した人材育成プログラム、SST概論、生活技能、社会的学習理論、行動分析、SSTにおけるアセスメントと課題設定、SSTの基本訓練モデル、サポーターによる当事者社員のアセスメント (4) SST研修 当事者社員、サポーター社員参加による研修:全6回 内容:外部講師と当事者社員によるSST見学、外部講師による課題ポイントの解説、サポーターによるリーダー、コリーダー、メンバー体験を実施した際の疑問などに対する外部講師の助言/指導 *SSTセッションを開始してからは、より当社社員に適した内容になるようPDCAサイクルを回し、グループワークの追加やリーダー・コリーダー演習追加など、実用的な運用変更を実施した。 スケジュールを表3の通りに変更。 表3 実用的なスケジュールに変更 第8回 SST研修の様子 4 結果 (1) 効果 当事者社員及びサポーターのアンケート結果からも、80%以上が有意義であると感じ、本研修を当事者社員だけでなくサポーター社員も受講することにより、人間関係が良好(笑顔、良く会話する等)になった。 回を増すごとに社員の「話す声」が大きくなるなど、職場でのコミュニケーションが活性化したと感じられた結果であった。 当事者社員は学んだスキルを積極的に職場で活用しコミュニケーションを取る良い機会となった(図1)。 サポーター社員の「固まった時にどのように対応すればよいか?」に対しても指導や会話のポイントが明確になった。また当事者社員の「できた事」に対して褒める(正のフォードバック)と言った具体的な知識の習得にも有益に働いた。 図1 当事者社員 スキル活用度自己評価 (2) 今後の課題 平成27年度も継続研修として定期的に取り組み、サポーター社員のスキル向上を図っていく予定である。具体的にはステップバイステップ方式以外の課題達成SSTに取り組み、社内に定着するように研修内容を体系化して社内で展開する方法や、サポーターの教育材料としてのマニュアル化に取り組む必要があると考えている。 就労移行支援事業と宿泊型自立訓練の併用利用における成果−博愛大学校どりーむの取り組み− 山路 隆元(社会福祉法人博愛会 博愛会地域総合支援センター 次長兼支援課長) 1 はじめに 全国的にみても長い伝統と歴史を有する当法人は、理事長である釘宮卓司(以下「釘宮」という。)の「困っている人に手を差し伸べるということこそ人を救えば我もまた人の心に救われる」という経営理念の中で、表1のとおり障がい者の方々へ多くのサービスを提供している。 表1 社会福祉法人 博愛会組織図 (詳細は、弊社ホームページをご覧ください) 当施設は、平成25年4月より大分市中心部へ新規に開設し「施設入所から地域社会の中での暮らしへ」「障がいの状態に応じた仕事や活動で社会参加を」という障がい者福祉施策の大目的を実現するために、表2のとおり「就労と相談と生活等の福祉サービスに留まらず、皆様の豊かな生活を安心してご利用いただける機能の集合体」として多くの皆様にご愛顧いただいている。 第15回職業リハビリテーション研究・実践発表会にて報告をした『入所更正施設からの一般就労‐博愛大学校「どりーむ」の取り組み-』の続編として大分市中心部へ移転した経緯や昨年度までの実績や課題について述べると共に、就労移行支援事業と宿泊型自立訓練の併用利用における成果、役割と使命について記す。 表2 社会福祉法人博愛会 博愛会地域総合支援センター 2 博愛大学校どりーむ (1)設立の主旨 博愛大学校どりーむは、釘宮が「なぜ障がいのある者に大学が無いのか?無いのであれば、私が作り彼らを育て地域に送り出そう」という言葉を具現化した法人独自の事業で、「3年間(当時)で一般就労・生活自立を目指す」という期限と目的を明確に打ち出し平成15年4月に表1にある第二博愛寮(大分市の郊外)で開校した。 (2)移設の経緯 特別支援学校等の卒業生が寄宿して職業訓練と生活訓練を受けながら就職と将来的な自立を目指す「博愛大学校どりーむ」、コロニー久住と連携して上質な久住産黒毛和牛や新鮮な高原野菜を販売する「健康レストラン久住屋」、障がい者支援に関わる専門機関ネットワークの要となる「障害者就業・生活支援センター 大分プラザ」、芸術活動を行う「アトリエ空」や地域社会で生活する障がい者を一時的に受け入れる短期入所、障がいに配慮した旅行プランを提案する「博愛旅行センター」など、多彩な事業所を配置し、あらゆる相談やニーズに応え、適切なサービスをパッケージで提供する総合的な相談窓口を備えるワンストップサービス事業所を大分県の中心部に設立するという釘宮の強い信念により、平成24年4月に移設し10年目の運営を新事業所での開校となった(表2参照)。 (3)就労支援システムと生活支援システム 開校以来の就労支援システムと生活支援システムの実績と効果から、2年間での支援プログラムで一貫した人材育成を行っている。 ア 就労支援システム 就労移行支援を利用いただきながら、1年次である最初の12カ月はレストラン作業、カフェ作業、小ネギ作業、クリーニング作業、介護科実習の5種目の作業訓練にて基本的労働習慣の確立、職業観を持つ事、時間管理能力、コミュニュケーション能力、体力や巧緻性の向上等を図っている。2年次となる13カ月目からは、いわゆる「就職活動期」とし、1年次で培った職業能力を十分に発揮できる企業への就職を目標に取り組んでいる。 イ 生活支援システム 宿泊型自立訓練を24カ月間利用いただきながら、金銭管理、時間管理、計画性、整理整頓、整容、施錠管理、触法行為への理解等、常に2年後の自立生活を目標に取り組んでいる。 ウ 社会生活力講座 年間25回の講座を企画し、例えば「障がいとの付き合い方」「外食のマナー」「法律に違反する行為」「調理の方法」「金銭管理」「適切な携帯電話の使用方法」等のより生活に身近なテーマで講話を実施している。 エ 課題と効果 以前は大分市郊外の事業所であったため、上記内容の推進にタイムラグが生じ、タイムリーな支援が難しかった。しかし表1の弊社内の各事業所や関係機関が一同にサポートする事でより強固で、ボリュームのある支援をタイムリーに展開できるようになった。 また、当センター全体をみてもA型のレストランやカフェの来店者数は年間8万人を優に超え、見学者数や相談者数の増加を考えると、大分県央という利便性の良さからの福祉を土台にした発信をすることで、地域社会への貢献と影響は計り知れない。 3 博愛大学校どりーむの成果 開校から昨年度までに54名の方が当事業所を卒業された。その方々の進路状況、卒業後の住まい等は下記のとおりである。 表3 進路状況 表4 卒業後の住まい 障害基礎年金請求もサポートしており、現在までで53名を請求し50名の方々が受給されている。また、就労支援と生活支援を一括して行い、社会に送り出す当システムは大分県のみならず、九州各地の支援学校等から産業現場実習の依頼があり、年間で平均40名程の高校生の実習受け入れ先となっている。昨今の傾向としては、児童養護施設退所者(手帳を有する方)の利用ニーズも高まっている。また卒業後の定着支援等については、大分プラザが対応している。 4 就労移行支援事業所 博愛大学校どりーむの責任と使命 法人独自事業として開校し、早13年目を迎えた。開校当時の福祉を取り巻く環境や支援学校(当時は養護学校)卒業生の進路状況、児童養護施設退所者の就労と住まい、就労支援システム、支援ネットワークの構築等、当時に比べれば格段に進歩している。 福祉サービスは時代の流れや我が国の状態に応じて変化するものである。しかしながら、時代の変化が我々の心までもを変える事は出来ないのであって、常に彼らと真摯に責任を持って向き合い、彼らが希望する道をしっかりと支援すべく、質の高いサービスの提供と常日頃からサービスの質の向上に精進しなくてはならない。前述したとおり、皆様のおかげを持って13年目の事業を運営できているのは、正にそういった日々の積み重ねがあるからである。支援学校の産業現場実習の受け入れから、実習終了まででその期間中の生徒の良さを見出し、課題を拾う。そういった事で、博愛大学校どりーむの利用を希望され入学し、そして卒業をする。卒業後も法人内各事業所や関係諸機関とのネットワークを密にし、状況に応じて必要なサポートを提供する。要は、就労移行支援の24カ月のみの点でのサポートでは無く、長い人生に亘っての線でのサポートが我々の使命なのである。 5 まとめ 就労移行支援と宿泊型自立訓練の併用利用における効果は、その人が生涯働きながら地域の中で明るく豊かに生きることの土台作りに大変有用である。現に博愛大学校どりーむの卒業生の企業での職場定着率は、91.4%、A型やB型ではそれ以上である。これは単に前述した点の支援ではなく、線のサポートが要因になっているだけではなく、博愛大学校どりーむ利用中に受ける様々な教育が、彼ら一人一人の生き方に大きな影響を与えているからである。 6 最後に 地域の中で力強く生きる人材の育成には、就労移行支援事業と宿泊型自立訓練の併用利用がベストである。就労訓練から就職活動、就職後の職場定着には、生活場面での支援は大変重要であり、就労面での課題を宿泊型自立訓練で即時フォローが出来るからである。 期限と目的を有する大学校生に対し、2年後のビジョンを共に描き共に歩み苦楽を共にしながら、ご本人、ご家族へ高い利用満足度が提供できるよう今後とも尽力していきたい。 《謝辞》 今回の研究論文作成にあたり、博愛会本部事務局長池田早苗氏、博愛会地域総合支援センター施設長赤嶺光徳氏にご協力頂いた。ここに記し謝辞を表する次第である。 私たちの「自分らしく気持ちよく働く姿」が、最高の就労支援~支援員自身の「個別支援計画書」作成を通じて~ ○柳田 貴子(株式会社LITALICO ウイングル府中センター センター長/就労支援員) 丹羽 康治(株式会社LITALICO ウイングル府中センター) 1 支援モデルの確立 (1)「自殺の対人関係理論」との出会い 当センターは、利用者の約8割が精神障害の方である。ゲートキーパー研修受講の際、私たちはJoinerら(2009)が提唱する「自殺の対人関係理論」について学ぶ機会を得た。この理論では、①自殺潜在能力②負担感の知覚③所属感の減弱の三要素が高まることで、自殺の危険性が増すとしている。 私たちは、それでは、この三要素が逆の状態になったならば、自殺念慮ではなく「生きたい」という気持ちが強くなるのではないか?との考えに至り、改めて大事にしてきた思いや価値観を言語化し、モデルとして確立していくこととした。 (2)「府中モデル」とセンタービジョン その支援モデルを「府中モデル」と呼ぶ(図1)。毎朝唱和・確認している「バイスティックの7原則」を土台に、①自分はここにいていい、誰かとどこかと繋がっているという「所属感」②誰かの負担になるのではなく、誰かの役に立っていく「他者貢献」③上記①②が増すことで、自分は生きているんだという実感を得る「存在価値」。私たちの支援はここに根ざしたものとしていくことを、利用者にも共有した。 さらに、このモデルに基づき、センタービジョンを「私たちが自分の言葉と行動で『自分らしく働く喜び』を伝えていくことで、人と地域の役に立っていく」と定めた。 図1「府中モデル」 2 センタービジョンの実現にむけての取り組み (1)個別支援計画書の活用 チームの進化と支援員一人ひとりの成長のために、利用者と同じ書式の個別支援計画書を作成し、目標設定で活用。「何のための目標か」の確認にも有効と考えたからである。 (2)手順・プロセス 約1ヶ月間にわたり実施した手順が下記である。 ① センタービジョンの共有 ② 今期取り組みたいことを皆でリストアップ(KJ法) ③ ②について皆で「重要度×緊急度」仕分け(図2) 図2「重要度×緊急度仕分け」 ④ 支援員用個別支援計画書(仮)作成 ⑤ ④を基に、センター長と面談 ⑥ 支援員版ケース会議 ⑦ グループ面談(相互アドバイスで個人目標修正) ⑧ 最終面談、個人目標確定→個別支援計画書共有(図3) ⑨ 週次ミーティングにて、「報告相談タイム」を設定 (進捗状況確認、他の支援員への相談や協力依頼の場) 全支援員、非常に悩みながら取り組んだが、効率よりも、利用者と同じステップで考え悩むことの体験を重要視した。 (3)支援員版ケース会議の開催 上記⑥について詳述する。書式だけでなく、ケース会議も利用者と同じ内容で行った。 まず、全員の「本人および家族の生活に対する意向の確認」「めざす支援者像」を発表。それに対し、「なぜそう思ったのか」質疑応答を重ねることで、自分の思いをより深め明確にする。そして最後に、一人ひとりのストレングスを出し合い認め合う時間を設けた。 お互い照れくささもあるが、自身が気付かない強みまでも皆が認めているのだという事実は、支援員が「所属感」を持つことに大きな役割を果たしたと言える。 図3「支援員用個別支援計画書」 3 チームビルディングにおける効果 (1)ストレスフリーな関係 ケース会議等を通じ、支援員としてだけでなく「人間」としてお互いを認め合える関係が構築できた。仕事のストレスはセンターの皆で発散できる。 (2)チームの現在地を皆が把握・理解 全員が同じ方向を見て進み、振り返りができている実感があるため、むしろミーティングの回数は減少。意識せずに情報を即時共有できることは、チームの強みである。 (3)目標は全員で追いかける 支援員より、モニタリング・評価は個別でなくチームで実施してほしいと要望が出た。「このように取り組み結果を出していくのか、と参考になる」「チームの皆が自身の課題を知ってくれているのが心強い」との理由から。 (4)仕事だけでなく、その人の生活や人生を応援できる 「本人および家族の生活に対する意向」を共有しているため、お互いが自然に協力し合える関係が構築。例えば、「家族との時間のために、今日は皆で業務を分担して、定時であがってもらおう」等である。 4 利用者に見られた変化 (1)ラポール形成の促進 支援員が利用者と同じように個別支援計画書を持っていることで、信頼関係構築が進んでいる。障害の有無に関係なく、より良い人生を望んでいることへの共感からである。 (2)就労イメージの変化 「仕事は辛くて当たり前、その対価の賃金」と話していた利用者が、支援員のいきいき働く姿を見て、「やりがいをもって働くとは、こういうことなのか」と気付いたと言う。また、なかなか自分が働くイメージが描けなかった利用者が、「支援員のように、自分も人のために働いていきたいと考えるようになった」と語っている。 (3)「所属している」という安心 数字として大きく変化が見られたのは、欠席率である(昨期対比-4.8%)。通所開始時は休みがちであった利用者が、現在は「センターは自分の大事な居場所」と話し、無遅刻無欠席で通所できている。 (4)他者貢献」の行動が連鎖 所属感を持った人は、誰かのために行動を起こす。その行動がまた次の誰かの「ありがとう」に繋がっている。 ・元SEのスキルを活かし、センターのシステムサポート ・自分の得意な分野でワークショップ講師 ・Excelで家計簿ツールを作って利用者全員に共有 ・卒業生が訓練や就職活動を直接アドバイス ・家族の障害理解促進のために利用者が講演  等々 5 一番身近な「働くモデル」として 職業訓練において、例えば「それは会社では認められない」「社会に出たらそうはいかない」等、とかく「仕事・社会の厳しさ」を周囲は言いがちである。 しかし、それ以上に「働く喜び」と「働くことは目的ではなく、自分が望む生活や人生の実現に向けての手段の一つである」と伝えていくことは、支援員の使命である。 利用者(特に職歴のない方)からすると、私たち支援員は一番身近な社会人、働くモデルである。「自分らしく気持ちよく働く」ことの実現にむけて努力できること、それを目の前の一人ひとりに身を持って伝えていけることは、スキルや経験に勝るのではないか。 その意味で、「今の自分の姿は『あの人のように働きたい』と思ってもらえるか」との内省は、就労支援に携わる者にとって、成長ならびに育成のために非常に重要な視点であり、求められるものである。 レッテルを貼らない支援=失敗をその方の性質と決め込まず、支援の目が、レッテルをはることなくみていくことが必要です。 落合 清美(就労センター白山浦・就労移行支援事業 サービス管理責任者・ジョブコーチ) 1 はじめに 平成20年に就労移行支援事業を定員9名で開設し、平成27年8月18日現在で延べ86名の方が利用してきた。本年で7年目を迎えたが、この間、利用者の経歴は様変わりしてきている。開設当初は特別支援学校からの卒業生が多く利用されていたが、現在利用されている方の大半は離職者である。離職の理由は、会社が倒産した、職場で問題行動を起こした等、様々であるが、私どもはそれを理由に拒否することなく、「また新たなスタートに立つことができればいい」という思いで受け入れている。我々支援者の目は、過去の失敗で未来もそうなるだろうと決めつけた眼差しになってはならない。 2 利用者の推移 当事業を利用する前は何をしていたか?に着目し、これまでの利用者86名を、新卒(特別支援学校卒業)・在宅もしくは福祉施設より(就労経験なし)・離職を1回以上繰り返す、で分類してみた。 図1 白山浦における利用の推移 図1 当事業における利用者の推移 障害者自立支援法により、平成20年3月に就労移行支援事業を開設した。当初は特別支援学校の卒業生や福祉施設から就職を目指してみようという方など、就職未経験の方の利用が多かった。その後平成23年、特別支援学校では、就職率アップを図るため、新潟市近郊の学校3校に職業クラスが開設された。平成27年、更に1校に開設され、より就職に向けた専門性の高い指導が行われるようになってきた。これにより特別支援学校が就職率を上げ、新卒の利用希望者は減っていった。と同時に、離職された方の利用希望が増えてきた。就職経験があるが、なんらかの理由で退職し、その後、なかなか職が決まらずにハローワークの窓口や障害者就業・生活支援センターや相談事業所につながり、私どもを紹介されて利用し始めるといった方がほとんどになってきている。 3 ジョブコーチ支援での内訳 平成20年度より第1号ジョブコーチとして様々な方を支援してきた。平成20年から平成27年までの現在に至るまでを支援してきた方96名の内訳も2で述べたの観点より分類してみた。下のグラフが示す通りジョブコーチ支援でも、離職歴のある方を支援することが多くなってきている。 図2 ジョブコーチ支援における支援対象者の割合 4 支援のありかた (1)情報の伝達 就労移行事業所を利用する際、役所で聞き取った認定調査票等の書類が送られてくる。紹介先の障害者就業・生活支援センターや相談支援事業所からの情報の申し送りがあり、職歴のある方は職業センターから就労時の様子も聞き取り、様々な情報が私どもに集まってくる。ご本人には概ね2週間ほど体験的に利用してもらい、ここで頑張って就職を目指してみようと思う方には、契約をして正式に利用をしていただいている。その際には、ご家庭の様子等も情報として聞き取っている。 このような流れで様々な機関より情報を頂き、情報が集まってくる。ほとんどの場合、紹介の際には何も触れずにいて、正式利用となった際に「実は・・」と問題行動について申し訳なさそうに話を聞かされる場合が多い。 (2)就労センター白山浦での支援 7年前の開設当初より、作業を請け負わず就職に必要と思われることをあらゆる角度から訓練として取り入れている。私どもの支援では、特に難しい技術を身に付けるのではなく、どちらかというと日常生活や社会でのマナー、職業人としての態度・考え方に重きをおいている。就職させることが当面の目標ではあるが、働き続け、一人ひとりが今よりも潤いのある生活ができることを目指して支援している。 上記でも触れたように、近年私どもには、職場で問題行動を起こして退職となり、一人で求職活動をするがなかなか見つからず、支援機関を経て、次の就職を目指す為に利用される方が多くなってきた。彼らが離職に至った問題行動の原因や内容も様々である。 以下、支援機関より聞き取った情報で問題行動のあった方を支援した例である。 Aさんの場合 職歴:新聞配達、スーパー、運送業 遅刻や無断欠勤について嘘をつき、ばれてしまって 店長と喧嘩。 カッとなり暴力をふるってしまう。 Bさんの場合 職歴:庭師補助 ストーカー行為で保護観察となる。 Cさんの場合 職歴:衣料品工場 工場内の機械をこわす、パソコンをこわす。 Dさんの場合 職歴:車両場でのごみ分別 分別機械をこわす、職員の車のガラスをこわす。 ○問題行動のあったAさんは暴力的どころではなく、体は大きく威圧感はあれども実は気持ちの弱い方だった。怒られることが怖くて、自分を防御するためについつい嘘をついていた。当事業で日常生活の時間を自分で管理することやコミュ二ケーションスキルなどを身につけて再就職をした。今では遅刻もすることなく、介護施設で力強く風呂清掃を頑張っている。 ○Bさんは高校を卒業してすぐの就職でストレスがかなりたまっての出来事だった。当事業所への行き帰りや実習先への通勤の様子、休日の過ごし方でも交通機関の使い方も心配なく、何よりも誠実な人柄を十分汲み取ることができた。今は周りが心配するほどの汗をかきながら配送センターで頑張っている。 ○Cさんは極度の心配性の母親がいた。母親の気持ちがそのまま伝わってしまい、Cさんのもオロオロとした気持ちになってしまうなど、本当の自分の気持ちを出せないでいた。現在は母親へのフォローを入れながら彼自身には自信を持たせ、新たな実習先へ向かうところである。 ○Dさんはとても生真面目な人だった。職場で仕事を教えてくれる人に対しては絶対服従で自分が納得いかないことも、言われるままに受け入れていた。と同時に家庭での不和が重なり問題行動を起こしてしまった。その後は両親が自分の応援者であることを理解し、自分が起こしてしまったことに対して振り返り、二度と同じ過ちを繰り返すまいという気持ちが十分くみ取ることができた。今では介護施設の清掃員として真面目に仕事をしており、職場からも評価を頂いている。 5 終わりに思うこと 上記の彼らが就職する際には、必ずやあちこちの支援機関から「大丈夫か」との声を聞く。時には求人にエントリーする際、問題のある人ということでそれを渋られることさえある。しかし、その都度彼らが次の就職のための力が十分についていることをしっかりと伝えている。企業との面接時には、過去の失敗も正直に話しつつ、現在の姿について自信を持って伝え、理解して頂いている。 「○○をした人」とずっと同じ目で見られてしまうことは、前を向いて歩こうと思う人にとっては大きな障害のように思える。過去に問題行動を起こしたとしても、環境や周りの支援によって十分に行動を振り返り、同じ失敗を繰り返さずにしっかりと働いていくことは可能なはずだ。 就労支援は、場面場面において様々な角度からの支援の目が必要となり、またその支援の目は繋がれていく。支援者は、過去にあった事柄を正確に伝えなければならないし、見つけたストレングスもしっかり伝えていく必要がある。避けたいことは、ただ問題のあった行動だけが伝わってしまい、情報を受け取る側が、「そういう人なんだ」という見方をしてしまうことだ。 新たな支援を進める支援者は、それぞれの機関から受けた過去の失敗や問題行動の情報はそのまま「性質」として受け取ってしまわずに、レッテルをはることなく、一人一人の方を見ていくことが大切なのだと思う。 【連絡先】 落合 清美 就労センター白山浦 就労移行支援事業 e-mail:syuro-hk@bz03.plala.or.jp 社会福祉法人が実施する就労継続支援A型の意義~就労継続支援A型への就労定着から企業就労へ~ 武井 潤(社会福祉法人あだちの里竹の塚ひまわり園 サービス管理責任者) 1 事業概要 社会福祉法人あだちの里は、東京都足立区に平成8年に認可された法人で、区内に15ヶ所の通所・入所施設等21ヶ所のグループホームを運営している。また、平成19年には就労継続支援A型(以下「クリーン」という。)の事業をスタートさせ、現在では竹の塚ひまわり園を含めて3か所の事業所がある。障がいのある方を法人の非常勤として雇用し、施設内の日常清掃業務を行なっている。そして、企業就労支援を実施し、多くの就労者を出している。 足立区社会福祉協議会では障がい者の保護雇用の場として平成6年に「Jステップ」をスタートさせ、福祉施設の日常清掃業務を行なってきた。しかし、企業就労に向けた取り組みには至らなかったため、クリーンでは企業就労を目指そうと考えたのである。 2 就労継続支援A型への就労定着 クリーンの体制は、管理者1名、常勤支援員2名(兼務含む)、そして利用者2~4名と非常勤支援員1名でチームを組んで業務に当たっている。平成19年の事業開始後、現在まで56名を採用し、また、多様な重度障がい者の採用にも努力している(表1)。内訳としては、就労継続支援B型から18名、就労移行支援から17名、他の就労支援機関から21名となっている。採用後、1~2年でクリーンへの就労定着を図り、その後5~6年を目標に企業就労できるよう支援している。 (1)自立講座【作業支援】 毎週1回、自立講座という時間を設けている。目的は、クリーンへの就労定着と企業就労への準備である。そのひとつとして清掃業務手順の徹底やスキルアップのための研修を実施している。施設内では「クリーン検定」がある。決められた手順で清掃業務を行なえているかを支援員が採点し表彰するもので、スキルアップと共にモチベーションの向上にもつながっている。また、施設外研修として「東京ビルメンテナンス協会」の障がい者向け清掃研修に参加している。参加した利用者が学んだことを発表する時間を設け、底上げを図っている。 また、言葉遣いや整容、組織の上下関係における報告や挨拶の仕方などを学ぶ時間もあり、日々の業務と企業就労に向けた訓練の一環としている。 (2)生活支援 清掃業務の定着と同様に生活支援に力を入れている。勤怠は毎月ほぼ99%の出勤率であるが、金銭管理や衛生面、対人関係や気持ちの安定等に課題を抱えている利用者が多い。話を聞くなどの支援することで利用者の安定となり、それにより業務や事業の安定につながっている。 ある男性利用者は、相談することが苦手で「オレ、もう死んじゃおうかな」などと言うことがある。支援員がじっくり話を聞くと、少しずつ困っていることを話してくれる。昨年度にはご本人を含めて、相談支援事業と支援者会議を実施し、小遣いや服薬管理について希望通りできるようになった。ご本人の抱えている問題やニーズを的確に把握し、必要な支援を提供することが求められている。 (3)支援員の清掃業務と支援業務 利用者に直接支援するのは非常勤支援員であるが、入職時に障がいのある方と接したことのない方が少なくない。そのため設立当時は、「何故伝えているのにできないのか」と悩む方が多くいた。清掃業務はできるが“支援”に至っていなかったのである。繰り返し、支援の重要性や具体的な支援のやり方を理解できるよう毎日のミーティングで話したり、研修を重ねた。良い支援には、支援員の育成は欠かせない。支援員の支援力向上がクリーンへの就労定着につながっている。 3 就労支援の特徴と実績 (1)企業就労実績 事業開始後、平成26年度末までに法人クリーンとして15名が企業就労している(表2)。職種としては清掃業務が8名と一番多く、クリーンでの業務で自信とスキルを身につけることができた成果と言える。また、これまで誰一人も離職しておらず、100%の定着を実現している。 (2)就職に向けたモチベーションを高める取り組み 年間計画を立てて、企業見学や実習を実施している。2~3年目の利用者を対象として実施しており、企業就労に向けたステップのひとつとしている。また、ハローワークへの求職相談も個別に実施している。実施後は、自立講座にて報告する機会を設け、参加していない利用者も学べるようにしている。またご本人にとっては、学んだことを再度振り返ることになり、自身の適性や適職を考える機会としている。 (3)集団の力の活用 企業見学や実習に参加した際、写真などを交えてその報告をするが、聞いている利用者は、「次は自分の番だ」と考え、支援員に見学や実習に行きたいと申し出ることがある。また、企業就労した先輩との交流の場を設けており、企業就労したいという気持ちを刺激している。 (4)就労移行支援との連携 法人では就労移行支援1か所を運営している。平成19年に開所しこれまで35名の企業就労者がいることから就労支援ノウハウを蓄積している。そのため、企業情報をもらいながら、具体的なアドバイスを受けている。就労移行支援事業所の支援員と共に企業訪問し、就労支援の進め方を具体的に学ぶこともある。また、いくつかの企業に双方から就労者がいるため、職場訪問した際の情報共有を図るなど、就労支援全般に渡って連携している。 4 企業就労定着100%の実際 ある特例子会社に就労した男性利用者Bさんは、自閉症の方だった。クリーンでの清掃業務は丁寧に行なうことができる一方、時間通りに進めることができないとパニックを起こし、床に寝転んでしまうことがあった。企業就労は難しいとの意見もあったが、Bさんは手先が器用であることからご本人の特徴が活かせる軽作業の求人を探した。そして、法人内の就労移行支援からの情報提供により、就労することができた。 就労して間もないころは、通勤電車やバスが遅れたことでパニックになることもあったが、ご家族が遅れや混雑の少ない通勤経路を探したり、送り迎えなどして支えた。クリーンでは、Bさんの障がい特性やご家族の支えなどを企業に伝えた。途中、事業所の所在地が変更することがあったが、2年半経った現在も戦力として働くことができている。 5 課題 (1)利用者の確保 平成27年8月時点で就労継続支援A型事業所は、東京都に91ヶ所ある。足立区には10ヶ所あり、実に都内の一割が集中していて、社会福祉法人経営は当法人のみでクリーン以外は企業(企業が運営するNPO法人含む)が運営しており、特に最近2~3年で増加している。また、区内の就労移行支援事業所も増加していること、企業就労者数の増加などから利用者の確保が難しくなっている。年間で2~3回、採用試験を実施しているが、区内外の就労支援施設を訪問をしたり、見学会を実施するなどして利用者確保につなげている。 (2)支援員の育成 直接支援をする支援員の多くが、障害福祉を学んだことのないのが現状である。開設当初は、障がい理解が難しい状況が続いた。しかし、日々の支援や毎日のミーティング等を通じて、障がい理解だけでなく、利用者理解ができるようにした。また、企業就労支援をする上で、適職を見抜くスキルも必要となる。企業見学を実施するなどしているが、支援員を育成することが事業や支援の充実につながるため、必要不可欠な点である。 (3)社会福祉法人事業としてのモデル(経営問題) クリーン設立の目的として「足立区の障がい者雇用のモデルとなる」ことを掲げていた。東京都の雇用状況では、300~500人未満規模で1.54%、医療福祉分野では1.91%(H26.11.26東京労働局発表)である。当法人の障害者雇用率は平成27年6月現在、16.42%と平均を大きく上回っている。 経営問題は大きな課題である。施設との委託契約であり、その委託料は変わらないが、年々最低賃金は上昇している。収入よりも支出が多くなっているため、赤字となる事業所も出ている。そのため、新たに剥離清掃ができるよう機器を揃えたり、研修を実施するなどした。その結果、年間で数十万円の収入増があった事業所もある。経営を考えれば、赤字事業の存続は理解されにくいかもしれないが、収入を増やす努力をしていることや障がいのある方を企業就労させることで、税金を使う側から納税者にしていることを考えると赤字があっても事業を維持させていく意義はあると強く感じる。 (4)全国的な動き 就労継続支援A型事業所全国協議会が平成26年2月に設立された。設立の趣旨は、A型事業所の在るべき姿を全国的な情報交換と論議を通じて政策提言に繋げること、事業所の質的向上と障がい者の労働の可能性を拡大することである。全国にある事業所の中には2~3時間といった短時間勤務の事業所があり、報酬改定により、そうした事業所は減算されるようになっているが、適正な事業運営が求められている。A型事業所は、雇用契約に基づく生産活動の機会の提供、知識・能力の向上のために必要な訓練等を行なう。このサービスを通じて企業就労に必要な知識や能力を高め、最終的には企業就労を目指すことが求められるのではないかと考える。 6 まとめ 社会福祉法人が実施する就労継続支援A型では収益面での課題はあるが、利用者の想いに寄り添い、生活全般を整え、力を伸ばし、希望している企業就労を実現するという意義がある。地域の障がいのある方の雇用の場であると同時に企業就労へのステップの一つでもあることを広めていくことも求められていると感じる。就労継続支援A型でじっくり利用者と関わり理解した上で、企業就労支援をするという形態は、知的障がい等のある方にとってたいへん有効であることを証明している。 就労移行支援事業の円滑な在宅利用について ○堀込 真理子(社会福祉法人東京コロニー 職能開発室 所長) 山崎 義則 (社会福祉法人東京コロニー 職能開発室) 1 はじめに 今春より、就労移行支援事業において在宅での利用が可能となった。就労継続支援事業A型、B型については2012年より既に可能となっている。 また、2013年より手帳のない難病者も福祉的就労の事業所が使えるようになったことを受け、様々な困難がありながら労働を目指す方々にとって、在宅での福祉的就労は新しい選択肢の1つとなった。 本発表では、昨年度制作した「在宅における就労移行支援事業ハンドブック」の研究過程において、最も検討が必要であった事項、および更なる検討を今後に残した事項などを振りかえり、改めてポイントをお伝えしたい。 2 従来の在宅IT訓練との違い 現在、障害のある人が在宅で受けられるIT研修の制度には、在宅就業支援団体によるトレーニングや、国の委託訓練事業(eラーニング)などがある。今回実施可能となった在宅での就労移行支援事業は、前述の2つの制度と比べると、「就職」を目標としてトータルのプロセスで利用者に関われるのが特徴であり、福祉的な手厚い支えを受けながら在宅雇用を目指す方に向いていると考える。 図1 在宅IT訓練(支援)の対象者範囲イメージ 3 在宅における就労移行支援事業の実施要件 従来の通所型就労移行支援事業の標準的なポイントをもとに、在宅ならではの留意点を次の項目で整理した。 ・「在宅での就労移行支援」の受け入れ対象 ・「在宅での就労移行支援」の実施事業所 ・「在宅での就労移行支援」のインテーク要点 ・「在宅での就労移行支援」の作業/就労訓練 ・「在宅での就労移行支援」の職場開拓の要点 そのうち、討論となったポイントの主なものを記す。 (1)対象となる利用者の要件 「就労を希望する65歳未満の障害者であって、通常の事業所に雇用されることが可能と見込まれる者」とした従来の要件を前提に、在宅での就労移行の実施がその方にとって最適かつ効果的な方法かをポイントとし、アセスメントで次の2つの留意点を満たす必要があると考えた。 ① 留意点1 通所の困難性 通所が困難であることが就労や訓練を阻害する要因の1つであり、在宅であれば就労や訓練の可能性がある人 ② 留意点2 在宅での事業実施の妥当性 就労移行支援事業の基本プロセスを、在宅で効果的に実施できる人 ②が最も議論を必要とした点である。遠隔で支援を受けられるという訓練の性質上、自宅から出たくない人、対面を苦手とする人など様々な利用ニースが考えられた。しかし、「在宅での職業訓練を一定期間で効果的に実施できるかどうか」が鍵であるので、結論としては、従来の「就労移行支援のためのチェックリスト」(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構)(表1)をベースに、客観的かつ注意深く検討することが望まれるとした。 表1 就労移行チェックリストの一部 対面による気づきの機会が少なくなると、ケースによっては訓練効果を期待できないばかりか、結果として、意欲や可能性を引きだすチャンスを失ってしまうことにもなりかねないため、利用実施には総合的な判断が望まれる。 (2)ICT環境の整備 訓練に必要なICT環境の整備に付いて、事業所負担とすべきか、利用者が準備すべきか、の検討も時間を要した。PC機器や訓練に用いるソフトウェアなどを利用者負担とすると購入を強要するなどリスクも考えられるため、結果としては、現段階では事業者負担にて準備する方向とした。 (3)実施事業所の要件 遠隔指導という環境から、ビデオ講義のような安易な支援が行われることのないよう、事業実施には条件を検討した(就労移行支援事業A型B型の在宅利用にも準じた)。 <条件例の一部> ・在宅で実施可能である訓練メニューの十分な準備 ・在宅利用者への日々の連絡、助言と日報作成 ・在宅利用者への定期的な訪問 ・在宅利用者への緊急時の対応 利用者の居住地と利用事業所は極端に遠方でなく、対面の支援が無理なくできる距離とした。 また、事業所の設備基準も通所の就労移行支援事業所と同様とし、モラルに欠ける安易な参入の抑制を意図した。 (4)適正な事業実施について 適正実施をしているかどうかの外からのチェックとして、第三者評価やモニタリングの利用がのぞましいとし、努力義務とした。 (5)インテーク等での在宅特有の評価の視点 通所ケースの視点に加え、在宅では支援が実施しにくい生活面の視点を入れ、自宅訪問時の注意項目等を検討した。 (6)雇用以外の就労の選択肢(出口)支援 就労移行支援事業は「雇用」を目標とする制度ではあるが、在宅就労を希望する利用者の障害や疾病を考慮すると、作業量、作業時間等の制限から、標準的な一般就労だけでなく、短時間の在宅でのパート・アルバイトや、非雇用の自営など多様なゴール例を記した。 「一般就労への移行」を強く進めていくことの意義は大きいが、重い障害のある人の働き方を検討していく時、量的な側面だけにとらわれることなく、質的な面の注視の重要性を喚起した。 図2 本人の状況と出口の相関イメージ 4 最後に 就労移行支援事業を「在宅」で行うという新しい取り組みにあたって、ヒアリングでは、可能性の広がりを期待するとともに、モラルハザードを心配する声も多かった。 新しい訓練のあり方を探る検討は、必ずしも完結したわけではなく、スタート後、一定の期間を経て、再度検討を重ねるべきと考えている。周辺課題も含め、残っている検討項目の一部を記しておきたい。 (1)定期訪問の回数等、適切な支援条件の検討 (2)一般雇用だけでない成果の評価(訓練等給付) (3)ヘルパー利用制限の解決(周辺課題) (現行制度では、就労をしている時間や、就労移行支援事業、就労継続支援事業A型およびB型を利用している時間は、同時に公費ヘルパーの利用ができない。) 【参考文献】 1) 『在宅における就労移行支援事業ハンドブック』 在宅における就労移行支援」のあり方研究会(2014) 平成26年度厚生労働科学研究 「難病のある人の福祉サービス活用による就労支援についての研究」 2) 『重度障害者の在宅就業において、福祉施策利用も視野に入れた就労支援のあり方に関する調査研究』 東京コロニー職能開発室(2010) 【連絡先】 社会福祉法人東京コロニー 職能開発室 堀込真理子 e-mail:horigome@tocolo.or.jp 生活保護受給者の中間的就労から一般雇用にむけた介護人材育成事業~障害者就労支援事業所マイWayの取り組みについて~ ○坂本 栄一(NPO法人 マイWay 管理者) 渡辺 典子(NPO法人 マイWay) 1 はじめに NPO法人マイWayでは障害者総合支援法に基づく就労支援事業及び川崎市のモデル事業としてH25年8月より国の緊急雇用創出事業臨時特例交付金を活用し、生活保護受給者(以下「受給者」という。)を対象として自立に向け介護職員初任者研修の資格を取得し、高齢者施設などへの就労を目指す介護職に特化した介護人材育成事業を実施している。受給者は市内の各福祉事務所から紹介を受け当事業所のプログラムを受講する。障害者就労支援事業所として培ってきたノウハウを生かしつつ、受給者用にカスタマイズされたプログラムを導入し、これまで52名の受講修了者のうち51名が資格を取得し42名が就職者うち8名が生活保護を打ち切るなどの成果が上がっている。 本稿ではこの事業における背景、事業概要とプログラムのポイント、考察、事業成果などについて報告する。 2 背景 川崎市における生活保護受給者世帯は図1のように平成20年のリーマンショック以降、急激に増加しており、同年度では17,858世帯に対して平成23年度では23,149世帯と3割増加している。世帯類型別に見ると高齢者世帯とその他の世帯が著しく急増しており、その他世帯では平成20年度では2,492世帯に対して平成23年度には4,718世帯と5割弱増加している。また、図2では川崎市の一般財源の10パーセントを生活保護受給者世帯で占めていることが分かる。   このような状況下で財源をいかに抑制するかが急務であり、受給者の自立つまり就労による増収、ひいては経済的自立による生活保護廃止が理想的である。 図1 被保護世帯の世帯類型別世帯数の年次推移 川崎市 図2 生活保護扶助費決算額の年次推移 川崎市 3 事業概要とプログラムのポイント 1クール3か月とし①生活改善プログラム(1.5か月)②介護職員初任者研修(1か月)③実習現場+振り返り(2週間)④就職活動及び就労定着支援とし(6か月)①~③の3か月間の当法人が中間的就労と位置づけ受給者を雇用し、介護の資格取得と高齢者施設などの一般雇用を目指す。受給者への相談に応じる職員は精神保健福祉士、社会福祉士、介護福祉士、キャリアコンサルタント、産業カウンセラーなどの有資格者を配置した。 ①は規則正しく生活するための訓練、自己理解と他者理解、就労するうえで不安を取り除くケア、就労するうえでのこころの準備など、こころの安定に着目した内容を意図的に取り入れている。受給者の多くはニート、引きこもり、いじめ、虐待、障害(障害の疑いがある者を含む)、社会経験の乏しさなど何らかのハンディを抱えており、それが要因となり社会での不適応を起こし離職、再就職を繰り返し次第に就労から遠ざかってしまうのである。つまり受給者は社会的排除の繰り返しによって傷つき、疲弊し働く気力さえも奪われてしまうという悪循環に陥り自力ではどうすることもできないところまで追い詰められてしまうのである。だから、こころの安定と安心を保証し、低下している自尊感情や自己肯定感を回復させることが重要である。同時に健全な状態へと生活を立て直し、毎日の通勤の安定を図る狙いがある。また受給者は他の受給者とプログラムを通じて関わり、徐々にお互いの存在を認め合い仲間意識が芽生え信頼関係を形成して行くのである。生活改善プログラムはその後コミュニケーションや運動プログラムやキャリア形成プログラムを受講し終了する。 次に②外部の研修施設でスタートする。一般の受講生と共に1か月に渡り130時間のカリキュラムを消化する。欠席はもちろん遅刻や早退が生じると修了認定試験を受けることができない厳しい内容になっている。職員は毎朝、毎夕巡回し、受給者の様子やチェックシートを確認し相談があれば夕方の振り返り時に面談を実施する。できるだけ早期に対応し様々な不安やトラブルを未然に防止することで、研修プログラム離脱者を極力抑えることが可能になってくる。受給者はスタッフとの関係以上に受給者同士の仲間意識が強く、体調不良や欠席している受給者へ連絡を取り合い、互いに気を配り、人が人を支え合うことで自己の存在意義を再認識し、社会参加の実感や充実感を味わうのである。久々の社会経験の獲得により受給者は短期間のうち仲間意識から介護職へ就労する目的共有集団へと成長を遂げて行くのである。 ③現場実習+振り返りとなる。介護職員初任者研修では現場実習がないことから当事業所独自に高齢者、障害者施設など2日~4日間程度の実習を実施している。働く現場を知り、最終的な適職を見極めるのである。 現場実習が終わると実習の振り返り、就職活動を見据え模擬面接を実施する。最終日には修了式が催され就職活動へ向けたスタートを切ることになる。 ④では就職活動、就労定着支援を実施する期間は6か月間。この間ハローワークへの同行、面接の同席、就労先が決まれば定着支援のために施設への訪問、電話連絡、来所相談、就労者の集いなどの支援を実施し定着支援の充実を進めている。出口になる就労先へは市内外を中心に職員が積極的に開拓を行うのである。 4 考察 受給者はこのプログラム参加にあたり、基本的な労働習慣を確立するために、生活改善に取り組む必要があった。生活改善プログラムは最初の1週間は午前中のみとし、次第に終日勤務へと段階的に移行して行くことでプログラムへの適応が進み、結果として生活改善へと繋がったと考える。また想定以上にメンタル的な問題を抱えている受給者が多くいたため、状況によっては医療機関への受診を勧め障害者手帳を取得した受給者もおり、医療機関との連携を視野に入れた支援が生活習慣の改善に有効であった。 受給者は単身世帯者が多く日常的にコミュニケーションを取れる環境がなく、プログラムの参加により、他者との接点をきっかけに自己の存在意義を再認識し仲間意識が形成されることで、一部の受給者がくじけそうになっても、仲間がいることを励みにプログラムをやり遂げるという効果があったものと考える。外部研修では一般人と混合実施になるという配慮事項があるが、質の高い教育を得られ、社会復帰の第一歩としての貴重な経験となった。これらの経験は生活リズムの改善、仲間意識の形成のみならず自尊感情や自己肯定感の回復、就業意欲の向上、社会性の再構築など受給者が失っていた働く力を取り戻す効果的な取り組みと結論付ける。 5 事業成果 平成25年10月生~平成26年月生の事業成果である(表1参照)。修了者とは、プログラムを最後まで受講した受給者であり、このうち51名が介護職員初任者研修資格取得者である。就職者は42名と高い割合に推移しており、就職率は81%となっている。6か月後の定着率では介護業界という高い離職率という現実から58%まで落ち込んでいる。それでも60%近くの定着率を維持。自立においては6名が生活保護を廃止、2名が受給者に陥ることなく自立に至っている。 表1(就労状況H27.8月現在) 6 おわりに 今年度より、財政的な理由から中間的就労(雇用型)から非雇用型への大きな変化があった。しかしながら就労への困難や不安を抱える受給者の就労支援というテーマは変わらない。この事業の生命線であるインプットとしての福祉事務所との有機的連携を深め、アウトプットとしての高齢者施設等との信頼関係をさらに得ることで、より充実した就労支援を担って行きたいと考える。受給者への手厚い支援には時間もコストもかかるが、受給者から納税者に変わることができればリターンも大きい。最後にこの意義あるモデル事業がモデル事業で終わることのないよう、今後制度化された事業として位置付けられることを期待している。 【参考文献】 1)現場発!生活保護自立支援川崎モデルの実践  資料p.213 ぎょうせい(2015) 【連絡先】 坂本 栄一  NPO法人マイWay 電話:044-833-5886 e-mail:sakamoto@normalization-s.org ホームページ:http://my-way.jp オリーブの樹における触法障害者の就労支援の現状と可能性 ○伊藤 美奈子(社会福祉法人オリーブの樹 就労移行支援事業所 オリーブハウス 就労支援員) 吉井 雅昭 (社会福祉法人オリーブの樹 就労移行支援事業所 オリーブハウス) 藤井 直樹 (社会福祉法人オリーブの樹 共同生活援助事業所 鉄腕アットホーム) 1 はじめに オリーブの樹では、触法障害者の受入れを行ってきた。困難な問題を抱えている方々の支援は容易ではないが成果も出ており、一般就労や単身生活に移行する者を輩出することが出来た。しかし、一方で再犯し、収監されてしまった者もいる。今後も触法障害者の支援を実践するにあたり、支援の現状を踏まえ、事例からみる支援の過程を振り返ると共に、そこから見えた課題を示し、今後の可能性を明確にすべく実践報告とする。 2 法人概要 1984年、小規模作業所オリーブハウス開所。2000年、社会福祉法人オリーブの樹(以下「当法人」という。)として法人認可を受け、2001年授産施設オリーブハウスとなる。2007年より就労系3事業(就労移行、継続A型、継続B型)に移行、現在定員85名となる。その他、相談支援事業、共同生活援助、ヘルパー事業等を実施。千葉市花見川区、稲毛区、中央区に亘り13事業所を展開している。 3 触法障害者受入れの経緯 施設利用者が、何度となく非行、触法行為を繰り返し逮捕起訴された。他の利用者も、犯罪行為に巻き込まれてしまう危険性が生じた。そのような状況に問題意識を感じ、法人として千葉県地域生活定着支援センター(以下「定着センター」という。)の設立に関わった。定着センターには2010年10月の設立時から2015年3月まで、当法人より延べ5名の職員を出向として派遣した。2010年2月、定着センター設立前のモデルケースを受入れ、以後触法障害者の受入れ支援を積極的に続けている。触法障害者の大多数は生活拠点が無いため、先ずは生活支援を行い、更に日中活動の場の確保、就労支援を行っている。 4 触法障害者受入れ実績 2010年2月のモデルケース受入れから2015年7月末現在まで、5年間で16名の受入れを行ってきた。知的障害8名、精神障害4名、身体障害3名、難病指定1名。 就労系事業利用者は14名、現在利用中5名。グループホーム利用者は13名、現在利用中4名、単身生活移行2名。 16名の内9名が他事業所等への移行により退所した。なお、残念ながら再犯してしまった者が2名いる。 5 触法障害者への支援概要 (1) 地域生活支援 ① 共同生活援助(グループホーム) 矯正施設出所後の居場所の確保として、当法人内のグループホーム(定員男性16名、女性11名、計27名)での受入れを行っている。支援内容は基本的には一般の利用者と変わらず、朝夕の食事提供、金銭管理、服薬・通院支援、相談等の支援を提供している。生活環境を安定させることで再犯防止につなげる支援を行っている。ただし、犯罪内容を良く理解するためのアセスメント、定着センターや医療機関を始めとした関係機関との連携は必須である。 ② ヘルパー 移動支援、通院の支援を提供することで安心して外出できるようにすることや、医療機関との適切な連携を目的に支援を行っている。 ③ 相談事業 当法人内相談支援事業所にて、障害福祉サービスを利用するためのアセスメント、計画作成、モニタリングを実施。また、日々生じる様々な相談にも対応している。 (2) 就労支援 日中活動の場として、就労系サービスの提供を行っている。基本的には就労移行支援の利用により就労準備支援を実施している。本人の希望や適性、障害特性に応じた作業訓練により作業技術や社会性を習得出来るようにしている。また、座学による就労講座も行い、一般就労に対する意欲の高揚を図っている。その際、他の利用者には触法者であることはクローズにして、特別なプログラムの提供は行わず、全く同じ環境の下での支援を行っている。 就職活動に関しては、本人の同意を得た上で触法障害者であることを開示して支援を行っている。本人の経験や希望を尊重した職場開拓、応募書類作成、面接同行を実施している。特に採用後の定着・継続支援を重視しており、作業状況だけでなく生活面の確認も注意深く行っている。 6 Aさんの事例紹介 (1) 対象者の概要 28歳の男性。身体3級、知的障害B2(軽度)。幼少期に両親が離婚。以降、父親に引きとられたが、虐待を受けて育ち窃盗を繰り返した。中学卒業後は高等技術専門学校に通うが3ヵ月で退学、その後一般就労するが、業務中の怪我により入退院を繰り返した。その後実父が経営する会社に就職したが虐待は続いた。その間、生活苦により窃盗を繰り返し、懲役2年執行猶予4年保護観察付となった。その後も実父との折り合いが悪く会社を退職し、従兄弟宅で居候生活を始めた。 (2) 利用開始に至るまでの経緯 従兄弟宅を出て行かなくてはならなくなり、保護観察官からの相談で当法人のグループホームに入居、同時に日中活動の場として、就労移行支援事業所オリーブハウス(以下「当事業所」という。)の利用を開始した。 (3) 提供した支援内容・経過 生活支援では、ほとんど着の身着のままで入居したため、生活用品を揃える所から始めた。職員の支援に反発したり挨拶をしなかったりと反抗的な態度が見られた。また、他の利用者を見下して馬鹿にする言動が目立った。ADLは自立しているが、部屋の掃除を一切しないなど実際の生活力には支援が必要であった。生活基盤の確立後、一般就労して単身生活を目指すことを目標として支援を実施した。 就労支援では、当事業所で清掃関係の訓練を行った。作業能力、理解力共に高く、指示通りの作業を行うことが出来たが、服装の乱れや作業中にガムを噛む、携帯電話を見るなどの態度の悪さが目立った。他利用者には、ぶっきらぼうながらも気遣い、優しい一面もみせるところがあった。 就職活動は、利用開始半年で千葉県就労支援事業者機構(以下「機構」という。)の紹介により協力雇用主のB社に就職した。しかし、身体的な障害により作業についていけず約1ヵ月で解雇となり、再び当事業所を利用して作業訓練を行った。5か月後、保護観察官の紹介により協力雇用主のC社で実習を実施した。就労支援員の支援も入り、実習状況が評価され採用が決定した。しかし、2ヵ月経過時、経営者の交代により触法者雇用の方針も変更となり解雇となった。短期間ではあったがC社での作業が本人の自信に繋がり就労意欲は非常に高揚した。そのため間髪入れずに次の就職先を開拓し実習を行った。実習評価は高く、協力雇用主である高齢者施設のD社に就職が決定、採用後の定着・継続支援を綿密に行い現在も就労継続中である。 (4) Aさんの事例からの考察 B社は機構の主導により就職活動が進められた。このため当事業所による支援の提供は行われず、機構との連携した支援が出来無かった。定着・継続支援が十分に行われず短期間での退職となってしまった。C社は経営者の雇用方針の変更による会社都合での退職であり、本人に原因は無く残念な結果であった。D社は障害の有無を問わず触法者の受入れを実施している。しかしながら雇用人数には限りがあり、何時でも受入れ可能という訳ではない。たまたま欠員が出たタイミングであった。今回の事例から、触法障害者の就労には雇用主の理解と定着・継続支援が必要不可欠であることが考察出来る。 7 触法障害者支援の課題 (1) 生活支援での課題 触法障害者は長く社会から切り離されていたため、出所後に早く自分の思い通りの生活をしたくて焦っている。また、自由を得たために共同生活やルールに縛られることを嫌い、支援を拒否することもある。じっくりと向き合って今後の生活を一緒に考えていくことが必要である。 受刑して、もう犯罪はしないと考えられる利用者もいるが、犯罪に対する意識が低く再犯リスクが高い利用者もいる。我々が出来ることは支援であり監視ではない。24時間見守りを行うことも出来ない。地域で生活することで、犯罪のリスクは常につきまとう可能性がある。 (2) 就労支援での課題 これまで受入れた16名の内、実際に就職活動を行ったのは4名で、一般就労に2名、継続A型事業所に1名が繋がった。触法障害者は「触法」と「障害」という重複した働き辛さを抱えており、一般就労への移行は大変難しい状況である。困難さの要因として以下の2点が挙げられる。一つ目は、生活面での支援で止まってしまい、十分な就労準備支援の提供まで至らないケースが多いこと。二つ目は受入れ先企業の開拓の困難さである。協力雇用主でも障害者雇用は行っていない。障害者雇用に積極的に取り組んでいる企業でも、触法者である事を開示すると一歩引いてしまうのが実情である。大半は再犯リスクを危惧していることが窺える。 8 まとめ 罪を犯した障害者が繰り返し罪を犯し、再び矯正施設へ戻って行く。この負のスパイラルからの脱却支援が福祉の役割であり責任でもある。それは居場所の確保と安定した日常生活習慣の構築、更に就労により生活基盤の確立を目指す支援であり、結果として再犯を防止することとなる。 触法障害者の就労支援は、困難性や課題が数多く存在する。雇用促進には受け皿の拡大が必要であり、受入れ側の理解と協力が不可欠である。福祉事業所の役割は、受入れ側が安心して雇用できるような生活面を含めた就労準備支援の実施と雇用後の綿密なサポートである。そのためにも行政や司法、他支援機関、何より受入れ側とのネットワーク構築と連携を進めていかなければならない。 【連絡先】 伊藤 美奈子 社会福祉法人オリーブの樹 オリーブハウス e-mail:houjin@olivehouse.info 障害者権利条約の骨抜き化につながりかねない「障害者差別禁止指針」と「合理的配慮指針」 清水 建夫(働く障がい者の弁護団・NPO法人障害児・者人権ネットワーク 弁護士) 1 障害者雇用促進法は障害者権利条約を反映させる国内法としては適格性を欠く 日本政府は2007年9月28日障害者権利条約(以下「条約」という)に署名したのち、批准に向けて国内法の整備を進めるとしてきた。条約に忠実な国内法が制定されることが期待された。条約27条「労働及び雇用」に対応する国内法の整備は障害者雇用促進法に集約された(障害者差別解消法13条)。 しかし障害者雇用促進法は事業主や国・地方公共団体の任命権者の「雇用義務等に基づく雇用の促進等のための措置」等を講じるとするもので(1条)、この措置の主体は事業主や国・地方公共団体の任命権者であって障害者ではない。この法律においては障害者はあくまでも事業主と任命権者の雇用義務・採用義務に基づく雇用の促進の結果を受け入れる客体にすぎず、主体ではない。労働についての障害者の権利を明確にし、保障する条約を忠実に反映させる法律としては全く不適格な法律である。 2 改正障害者雇用促進法と二つの指針 障害者権利条約との関連で同法が改正された主な点は次のとおりである(施行は2016年4月1日)。 第1条(目的)に、「雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会及び待遇の確保の確立並びに障害者がその有する能力を有効に発揮することができるようにするための措置」が加えられた。 「第2章の2 障害者に対する差別の禁止等」が新設された。第2章の2は事業主による「障害者に対する差別の禁止」を定める34・35条と事業主による「雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会の確保等を図るための措置」を定める36条の2~36条の4に分かれる。 これらはいずれも法的義務である。ただ、規定が抽象的であることから、改正法は厚生労働大臣は事業主が適切に対処するための指針を定めるとし(36条第1項、36条の5第1項)、これを受けて厚生労働大臣は2015年3月25日前者については「障害者差別禁止指針」、後者については「合理的配慮指針」を発表した。しかし残念ながらこの二つの指針は条約の内容を忠実に具体化するものではなく、条約の保障する「障害者の働く権利」を事業主主体の「事業主の講ずる措置」に封じこめるものであり、障害者権利条約の実現をむしろ阻害するものとして機能している。 3 「障害者差別禁止指針」について 「改正障害者雇用促進法に基づく差別禁止・合理的配慮の提供の指針の在り方に関する研究会報告書」(平成26年6月6日)は「本研究会では、指針の検討に当たって、障害者団体、経済団体、労働組合からヒアリングを実施したところである。当該ヒアリングにおいて示された一般求人において、障害者は正社員にせずに契約社員や嘱託社員にしかしないという募集を行うこと等の事例を踏まえ、指針には、『募集又は採用に当たって、障害者であることを理由に、その対象から障害者を排除することや、その条件を障害者に対してのみ不利なものとすること』が差別に該当すると記載することが適当である。」と特記している(2頁)。 政府(厚生労働省)は障害者雇用率制度が発足して以来、障害者雇用は非正規雇用でも同法38条の規定する「常時勤務する職員」、同法43条の規定する「常時雇用する労働者」に該当するとして、雇用率算定の分母のみならず分子としてカウントすることを一貫して認め、実雇用率にカウントしてきた。このため障害者の多くは契約社員・嘱託社員や期限付職員という不安定で低賃金の労働に固定化され続けてきた。政府のこの扱いは「常時雇用する労働者」「常時勤務する職員」の法文に明らかに反する違法なものであり、国による障害者差別である。 研究会の報告を受け、厚生労働大臣は「障害者差別禁止指針」の中で“採用時の雇用形態差別”の是正を明確にするべきであった。ところが指針は抽象的表現に終始し、今なお政府(厚生労働大臣)に採用時における雇用形態差別を変える動きが全く見られない。 4 「相互理解と話合い」による解決にとどめるかぎり障害者の権利は確立されない 「合理的配慮指針」は、「合理的配慮に関する基本的な考え方は、以下のとおりである」としている。 「合理的配慮は、個々の事情を有する障害者と事業主との相互理解の中で提供されるべき性質のものであること。」「合理的配慮の提供が円滑になされるようにするという観点を踏まえ、障害者も共に働く一人の労働者であるとの認識の下、事業主や同じ職場で働く者が障害の特性に関する正しい知識の取得や理解を深めることが重要であること。」 これは事業主と障害者が対等な当事者であることを前提とし、障害者の側にも自覚を求めている。対等な当事者である前提そのものに意図された現実との落差がある。事業主と障害のない労働者との関係においてすらも雇う側と雇われる側は対等ではない。ましてや障害者は一般労働市場で「雇ってもらえるだけましだ」という考え方が事業主側に強くあり、対等な当事者関係は成立しえない。 対等な当事者でないにもかかわらず指針は「合理的配慮の手続」を次のとおり定めている。 1 募集及び採用時における合理的配慮の提供について (1)障害者からの合理的配慮の申出 (2)合理的配慮に係る措置の内容に関する話合い (3)合理的配慮の確定 2 採用後における合理的配慮の提供について (1)事業主の職場において支障となっている事情の有無等の確認 (2)合理的配慮に係る措置の内容に関する話合い(1(2)と同様) (3)合理的配慮の確定(1(3)と同様) 指針は合理的配慮の確定手続について次のように定めている。「合理的配慮の提供義務を負う事業主は、障害者との話合いを踏まえ、その意向を十分に尊重しつつ、具体的にどのような措置を講ずるかを検討し、講ずることとした措置の内容又は当該障害者から申出があった具体的な措置が過重な負担に当たると判断した場合には、当該措置を実施できないことを当該障害者に伝えること。」(3頁、4~5頁) 「障害者との話合いを踏まえ」としながらも最終的に「講ずる措置」を決定するのはあくまでも事業主であって障害者ではない。事業主は「当該措置を実施できないことを当該障害者に伝えること」で済ますことができる。障害者の主体性はどこにもなく、指針は事業主がすべてを判断し決める仕組みで一貫するものである。 5 権利救済規定の欠落 条約27条1項(b)は「苦情に対する救済についての障害者の権利を保護すること」を求めている。これにつき障害者雇用促進法は都道府県労働局長による助言、指導、勧告(74条の6)と紛争調整委員会による調停(74条の7、8)を設けるのみである。あっせんは意図的に除外している(74条の5)。労働局長による助言・指導・勧告や紛争調整委員会による調停制度は事業主が受諾することが前提であるが、紛争に陥った当事者間で、事業主が受諾することはほとんど期待することはできない。したがってこれら制度では苦情処理の解決にむけての実効性が期待できず、権利救済規定が有名無実に等しい。 韓国の障害者差別禁止及び権利救済に関する法律49条は、「この法律で禁止した差別行為を行い、その行為が悪意であるものと認められる場合、裁判所は差別をした者に対し、3年以下の懲役又は、三千万ウォン以下の罰金に処することができる」として、差別行為に対し厳しく臨んでいる。厚生労働省は日本で罰則規定を設けなかった理由を、「障害者である労働者が継続して勤務できることが重要であることを踏まえれば、事業主に罰金を課すよりも、助言、指導及び勧告といった行政指導により、継続的に雇用管理の改善を促すことが有効であると考えられることから、罰則規定は設けておりません。」と述べた。しかし、助言、指導及び勧告に実効性がないことは前述のとおりである。 6 合理的配慮の事例(別表) 合理的配慮指針6頁は「合理的配慮の事例として多くの事業主が対応できると考えられる措置の例は別表のとおりであること。」としている。しかし別表に挙げられた合理的配慮は障害者の基本的な機能障害に関する単なる物理的・物質的な対応ばかりで、当たり前のこととしてこれまで実施されてきた対応を書き連ねているに過ぎない。これでは現実の改善・充実にほとんど寄与しない。 例えば ア「視覚障害」については、「拡大文字、音声ソフト等の活用」「職場内の机等の配置、危険箇所の事前確認」 イ「聴覚・言語障害」については、「筆談やメール等の利用」「危険箇所や危険の発生等を視覚で確認できるようにすること。」 ウ「肢体不自由について」は、「移動の支障となる物を通路に置かない」「机の高さを調節すること等作業を可能にする工夫をすること。」などとした。 これらはこれまでにすでに当然のこととして行われてきた物理的・物質的対応ばかりであり、かかる事項を合理的配慮事例としてわざわざ掲げること自体、この指針が現実の改善をめざすものでないことを示している。 7 結び 障害者雇用促進法が改正され、二つの指針が発表されたものの、この実施で障害者をとりまく労働環境が変わるとは到底思えない。変化の微風すら感じない。政府も厚生労働省も働く障害者の現実を改善する意思も意欲も欠いており、現状固定で封じ込めることでよしと考えている。障害者権利条約を批准したにもかかわらず、障害者をとりまく前向きで明るい将来を展望することができないのは誠に残念である。 「意識」と「情報」に関する内外の取り組み 佐渡 賢一(元 障害者職業総合センター統括研究員1)) 日本の障害者権利条約批准は2014年2月であった。国連総会での採択(2006年12月)から7年強を経ているが、その間、国内法制の整備に向けて取り組みが進められてきた。 当然のことながら、批准は到達点ではなく、これからは締約国(State Party)として果たすべきことが種々課されてゆく。履行状況の報告を定期的に提出する必要があり(第35条)、報告は障害者権利委員会の検討に付される。障害者権利委員会と締約国との間では建設的対話と称する協議が進行しており、いずれ日本もその対象となろう。 権利条約での規定事項としては差別禁止が連想されるが、報告・審査の対象とされるのはそれにとどまらない。権利条約が規定する範囲は多岐にわたり、履行状況の報告や上に述べた協議は、この広範な領域のすべてが対象となる。 本発表では、その中で情報(第31条)と意識の向上(第8条)をとりあげ、基本的ながら地味な印象を与えるこれらの事項で、権利条約を契機にどのような変化が生じているか等について考察する。 1 統計をめぐる動向 (1) EUの労働力調査 諸外国の障害者雇用に関する統計は、総合センターの研究成果物でも随時説明されてきた。ここではEUに絞って動向をアップデートしよう。EUではこれまでに横断的な統計調査を活用して障害者に関する調査項目を追加し、その結果を公表してきた。雇用に関しては労働力調査の障害に関する付帯調査が2002年に実施されているが、その後2011年に再度同じテーマの付帯調査が実施された2)。 テーマは同じであるが、調査項目には変化があった3)。2002年付帯調査では、 ・長期的な(6ヶ月以上)健康上の問題または障害の有 無 ・上記健康上の問題または障害に基づく就業上の制約の有無及び深刻度 が調査され、労働力状態をはじめとする調査項目との関連が把握できるよう設計されていた。これに対し、2011年付帯調査の調査項目は、次のとおりである。 ・健康上の問題の有無、基本的な活動に関する困難の有 無 ・健康上の問題・活動に関する困難による労働への制約 ・就業に際しての特別な支援の必要性(就業していない場合)または使用(就業している場合)の有無 障害の有無、就業への制約という2つの視点から障害概念を捉えている点は2002年調査を踏襲しているが、2011年調査では、①障害の有無に関する判定が複数の調査項目(いずれも「障害」という言葉を用いていない)の組み合わせにより階層的に行えるようになるとともに、②就業を実現するための支援についても調査している。 ①に関し、ドイツを例にとり具体的な比較を行おう。2002年調査で「長期的な健康上の問題あるいは障害」があるとした回答の割合は15~64歳(以下同じ)で11.2%であった。これに対し2011年調査結果では、同じ年齢層で設問への回答の組み合わせによって24.4%(「長期的な健康上の問題」と「活動に関する制約」のいずれかがある)から10.2%(「長期的な健康上の問題」と「活動に関する制約」がどちらもある)まで、何通りかの該当者分布状況が明らかとなった。ドイツについては昨年の発表論文で障害の概念を従来の認定基準より幅広く、かつ階層的に捉えるよう枠組みを改めたことに触れたが、EU調査における調査方法の変更は、ドイツで確認していた障害に関する把握の見直しと同じ趣旨であり、これがドイツにとどまらずEU全域での変化の方向であることを示唆するといえる。 説明が前後したが、この見直しは障害者権利条約が提起する方向に沿ったものである。今回の事例は基本的な統計に関するものであるが、権利条約は統計を含む情報収集に関する規定も備えており(第31条)、これが条約における障害概念への接近を図ろうとした結果と捉えることができる。今後日本4)も含む各国の統計や情報が条約に即して提供・評価されることが契機となって、障害の範囲やその捉え方に関する議論が進んでゆくことも考えられる。  (2) ICFをめぐって 障害に関する情報整備に関して今一点、ICF(国際生活機能分類)をめぐる動向にも触れておきたい。権利条約における障害の考え方は、ICFの考え方(モデル)と関連つけて論じられることも少なくない。統計との関連についてみると、調査項目の設計にICFの発想を取り入れようとする動き5)とともに、ICFの側からも円滑な情報収集に向けての試みがみられる。その一例が、本年開催されたICFシンポジウム(第4回)でも取り上げられたICFコア・セットである。これは本研究発表会でも2010年に策定に向けての取り組みが紹介されていたが、2012年にマニュアルの形で取りまとめられ、日本語も含む各国語に翻訳されている6)。コア・セットは、疾病等特定の対象ごとに関連性の高い分類項目を絞り込み、コーディングの負担を軽減しようとする発想に沿って構成されたものであり、これによってICDと同様の情報蓄積機能を獲得することも視野に収めている。 コアセットの試みはICFの普及・活用の面からは大きな促進要素となる可能性を持つが、個人的な考えを述べると、ICFの理念の面で議論を呼ぶ余地がある。ICFの重要な特徴として、しばしば強調されてきたことが、その自由性・包括性であり、例えば構成要素間の相互関係が1方向に固定されないことも自由性の1つの現れとされてきた。しかし、コアセットは疾病の種類から判定すべき分類を絞り込むという方向性を有している。単純化して書いてしまうと「記入者の負担軽減のため、自由度を一部犠牲にした」との見解を招く余地がないとはいえない。 権利条約同様、ICFもいわば理念から実践の段階に進もうとしているのだろうか。コア・セットは、新たな段階に向けての試みという面からも今後の動向が注目される7)。 2 意識の向上について 意識の向上については、残りの紙面を勘案して、いささか原則にこだわった私見を交えた要約にとどめたい。 第8条に記述された「意識の向上」に関する事項は、条約が効力を有してからのことと考えられる。一方、他の条約同様、前文には条約の前提となる数々の認識が掲げられている。本条約の特徴である「障害が、機能障害を有する者とこれらの者に対する態度及び環境による障壁との間の相互作用で」あるとの考え方も、ここに明記されている。 周知のとおり、権利条約は基本的認識に及ぶ法規定の改正・整備を要請しており、社会のあり方にも変化を求めるものとされている。そのような重大性を持つ条約が国に対して拘束力を持つためには国会における批准を必要とする。条約の前提となる種々の認識は、採択や国内での批准に先だって共有されるべきものである。現実問題として、この点はどの程度クリアーされたと考えるべきだろうか。 条約はすでに批准されており、それを前提とした枠組みが社会に適用されてゆく。しかし、条約の理念がどのように現実化し、浸透してゆくかについては、複数の可能性があると筆者は考える。現時点における意識がいかなる状況か、今後の「意識の向上」への働きかけが現状をどのように踏まえたものであるか。それも将来の姿を左右する一つの要素になるというのがその理由である。 権利条約を契機に手が加えられた法的枠組みにしても、いくつかの方向が考えられる。ひたすら履行を求めることに徹するのか、枠組変更の必要性や効果を周知することにも注力するのか、両者間のバランスのとりかたによって結果は異なるものとなろう。その観点から、新しい枠組みが何故に必要か、その実現がどのようにして可能か、その変更が社会をどのように進歩させてゆくか、それらの点が広く伝わってゆくかどうかにも筆者は注目している。 この視点は、権利条約に伴って設けられた枠組みへの見方によって変わるものかもしれない。これまでと異なる価値観への転換とみるか、これまでの積み重ねの方向を修正した延長線とみるか。あえて二社択一を求められれば後者の考え方に立つ筆者としては、長い実践の積み重ねを通して方法と効果についての知見が蓄積されている職業リハビリテーションの分野からも、権利条約の核につながる多くのことが発信できるはずであると、個人的に期待している。 【注・参考文献】 1) 現厚生労働省労働基準局労災管理課労災保険財政数理室勤務(再任用短期職員)。ただし本稿、本発表における見解は筆者個人のものである。 2) Eurostat : Employment of disabled people −Statistical analysis of the 2011 Labour Force Survey ad hoc module (2015)。  結果のみならず、その妥当性に関する考察に及んでいる点にも注目した。例えば、回答者が本人か他の世帯員かによって障害に関する回答が影響を受けるかを検証している。 ただし、結果は図表で提供されたものが多く、正確な数値が把握できないことにもどかしさを感じることが少なくなかった。その理由から本稿での紹介を断念した事項も1つならずある。 3) 2002年調査と設計を比較するには、次の文献との対比が有効と思われる。European Commission : Men and women with disabilities in the EU: statistical analysis of the LFS ad hoc module and the EU-SILC (2007) 4) 本稿では十分説明できないが、日本においても障害の有無を把握する基本統計に変更が加えられている。 5) 上述の EU 横断調査でもICFの考え方に沿って障害を把握することが強く意識されている。 6) Jerome Bickenbach 他 :ICF Core Sets: Manual for Clinical Practice (2012) WHO(邦訳書名−臨床実践のためのマニュアル) 7) 今後ICFが医療情報の記述手段としてICDと同様の役割を果たすようになると、日本における障害把握も影響を受けることを予想している。現在精神障害がある人の数は「患者調査」の患者数に基づくことが多く(障害者白書でもこの数値を使用)、その分類はICDに沿っている。従って現状では該当する疾病に分類されるかのみが、把握の基準となっている。ICFが分類手段に組み入れられれば、行動の制限・参加への制約も把握の基準に加えることが可能となり、上述の現状把握にも変化が及ぶことが考えられる。 【連絡先】 e-mail:RXG00154@nifty.com フィリピン共和国における視覚障害者のマッサージ業就業の現状と課題−教育・訓練と就業支援における制度の発展を中心として− ○指田 忠司(障害者職業総合センター 特別研究員) 藤井 亮輔(筑波技術大学保健科学部) 1 はじめに わが国では、三療(あん摩、はり、きゅう)が視覚障害者の伝統的職業として知られているが、中国、韓国、台湾を除くアジア諸国では、視覚障害者がマッサージ業に従事する事例は半世紀前まであまりみられなかった。 本研究では、こうした事実を踏まえつつ、フィリピン共和国(以下「フィリピン」という。)における視覚障害者に対するマッサージ業就業に向けた教育・訓練、並びに就業支援の現状について情報を整理し、今後の展開の方向性と課題を明らかにすることを目的とする。 2 調査方法 (1)文献調査 国内外の関連文献を収集するとともに、インターネットを活用して、行政機関等が保有する制度面の関連情報を収集した。 (2)面接調査 平成27年6月12日にフィリピン・マニラ市内で開催された世界盲人連合アジア太平洋地域協議会(WBUAP:World Blind Union - Asia Pacific)マッサージ委員会理事会に参加し、フィリピンからの出席者のうちマッサージ業界の代表者1名に面接調査を実施した。また詳細については、電子メールにより追加の質疑を行った。 3 調査結果 (1)フィリピンの視覚障害者の状況 フィリピンには約42万人の視覚障害者がおり、人口比からすれば、わが国の視覚障害者数よりも多いと言える。フィリピンでは、大多数の視覚障害者が小学校段階までの教育は受けているというが、上級学校における就学状況については不明である。職業教育は高等学校段階で行われるほか、地域のリハビリテーションセンターなどで訓練を受け、技術教育技能開発局(TESDA:Technical Education and Skills Development authority)が定める基準に合った技能習得証明である職業資格を得ることができる 1)。 (2)マッサージの教育・訓練 マッサージ師の資格には、マッサージ療法(Massage Therapy)と保健マッサージ(Hilot Massage)の2種の資格があり、これらの資格を取得するためには一定期間の訓練を修了しなければならない。カリキュラム等の詳細は不明だが、前者のマッサージ療法の資格については6ヵ月間の受講が、後者の保健マッサージについては短期(例:15日間)の訓練を修了すれば、資格認定試験が受けられるという。 面接調査によれば、フィリピンで視覚障害者がマッサージ療法士の資格を取得するために必要な訓練を受講できるのは、マニラにある国立盲学校高等部の6ヵ月課程の訓練コースか、マニラにある社会福祉開発省が設置する職業リハビリテーションセンターの6ヵ月の課程の2つである。他のリハビリテーションセンターでの課程もあるが、水準の点において問題があるという。 (3)視覚障害マッサージ師の状況 フィリピンでは現在約7千人の視覚障害者がマッサージの仕事に従事している。その半数以上はいわゆるフリーランスの立場で仕事をしているが、少なくとも40%は視覚障害者または非障害者が経営するマッサージ施術所で働いているという。 また、視覚障害マッサージ師は、1日あたり平均4人に施術しており、月1万ペソ(約2万8千円)の収入があって、これで子どもを学校に通わせるなど、家族を養うことができるとしている2)。  (4)視覚障害マッサージ師の組織 マッサージ業に従事する視覚障害者の組織としては、フィリピン視覚障害マッサージ産業会議(PCMIVI:Philippine Chamber of Massage Industry for Visually Impaired Inc.)と、フィリピン視覚障害認定マッサージ療法士協会(VILMTAP:Visually Impaired License Massage Therapists Association of the Philippines)の2つがある。前者は2011年に設立され、2012年に法人格を取得した団体で、視覚障害者のマッサージ自営または視覚障害者を雇用するマッサージ施術業者の団体である。後者は2013年に設立された団体で、公認のマッサージ療法士の職能団体である。ここでは、前者の関係者に対する面接調査の結果を紹介する。 (5)PCMIVIの組織と活動 PCMIVIは非営利団体であり、会員は30団体。これら会員団体に所属する視覚障害マッサージ師は計3千人いる。会員団体はルソン島のみならず、他の島で開業する業者を全国的に会員として取り込み、政府に対する業界の声を1つにして伝えるための組織作りが行われている。 PCMIVIが直面する課題としては、①マッサージ業に従事する者は、保健省(Department of Health)が認定する職業資格(TESDAの定める基準に従って民間、地方自治体が行う試験に合格した者)を有する者でなければならないが、まだ視覚障害者の中には、この資格を所持していない者があること、②資格試験の前提として、職業訓練を受講しなければならないが、その訓練を受講するための費用を捻出できない視覚障害者が多いこと、③マッサージ免許については、政府の提案では、高等学校卒業後の職業訓練を受講することが望まれていたが、視覚障害者の現状では、その水準に達している視覚障害者は少ないこと、④2015年から職業資格取得義務の実施が3年間延期され、2017年12月までに資格を取得すればよいことになったが、それまでに全ての視覚障害業者がこの基準をクリアするようにしなければならないこと、等である。 (6)法的整備の状況 フィリピンでは、1997年に、世界盲人連合(WBU:World blind Union)の東アジア太平洋地域協議会のマッサージセミナーが開催され、アジア太平洋諸国の10ヵ国から参加者がマニラを訪れ、マッサージ業が視覚障害者にとって従事可能な有望職種であることが示された。このセミナーを契機に、フィリピンでは医療法(Republic Act 8423)の中に「マッサージ療法」が規定され、国民の健康維持と保健のための医療技術として正式に位置付けられたという。 このように、マッサージが健康医療産業として認められてきた結果、マッサージを職業とする者が増え、視覚障害者だけでなく、健常者の中にもマッサージの仕事に就く者が増えてきた。この状況を受けて保健省は、安全性保障のためにマッサージの実践ルールを徹底することと、免許証提示の必要性を認識するようになった。厳しい訓練を受け、マッサージ療法士団体による資格試験に合格した者だけがマッサージ業に携わることができるという行政命令(Administrative Order No. 2011-0034)を発布した。この命令は視覚障害者にも適用されるが、視覚障害業者の多くが、マッサージ師としての技術はあるが、学力面・経済面で基準を満たしていない状況にある。 このような状況に対応するため、国内の視覚障害マッサージ師たちがPCMIVIを結成し、視覚障害マッサージ師の現状を訴えた結果、政府は、マッサージの訓練教材は全て視覚障害者にとってアクセス可能であること、またマッサージ師は2017年末までは無免許でも働けるよう猶予すること、そして高校を卒業していない者にも資格試験の受験を認めることを約束した。こうした経過措置によって、無免許でマッサージを行っていた視覚障害者の80%が資格試験に合格し、今では免許所持者となっている。さらに、相当数の視覚障害者が現在訓練を受け、資格試験に挑戦しようとしていることから、2015年には免許所持者の数は2倍に達すると見込まれている。 4 考察 アジア太平洋地域で、マッサージ(あるいはそれに相当する手技療法)に関して、国が認める資格制度を有するのは、日本、韓国、台湾、中国等であり、視覚障害者もそれらの資格試験を受験することができる。最近になって、タイ王国で、漸くタイ伝統医学に基づくタイ式マッサージの資格認定試験を視覚障害者も受験できるようになってきた。 こうした各国の状況をみると、フィリピンは、多数の視覚障害者がマッサージ業に従事するようになった後に、職業資格制度を定め、その義務づけを行ったものであり、上記の資格先進国に次ぐ位置にあるものと考えられる。 わが国が過去に実施した官民の途上国における人材育成支援プロジェクトでも指摘されているように、今後の発展にとっては、初等教育段階を含めた基礎学力の充実が大きな課題である。すなわち、マッサージの技術指導の前提として必要な人体解剖学、生理学、病理学などを理解するための算数、理科、国語(英語)の基礎学力が不可欠な点である。 また資格制度の充実とともに、視覚障害業者が市場競争の場で障害ゆえに不利な地位に立たされないようにしていくことも重要な課題である。マッサージ療法、或いは保健マッサージの免許の意義を市場にわかりやすい形で広報することと同時に、視覚障害業者に対する経済的支援(起業支援、税制面での優遇措置の適用など)も視野に入れた多面的な支援の可能性について検討する必要があると思われる。 ただし、フィリピンでは、すでにマッサージ業に晴眼者も進出して市場が公開されていることから、韓国のように、マッサージを実質的に視覚障害者専業職種にすることはできないと考える。むしろ、将来の職業的可能性を確保しつつ、現状のマッサージ従事者の立場も十分強化していくことに力を入れる必要があると考える。 5 結論 わが国では、長年にわたって、三療は、視覚障害者にとって伝統的な職種として見なされてきたが、過去50年間に晴眼業者の割合が順次高まりつつあり、視覚障害者の三療自営の課題は日を追って深刻化しつつある。フィリピンにおける視覚障害者の職業的自立を支える重要な手段であるマッサージ業の可能性を拡大する上で、こうしたわが国の経験を役立てていく必要が認められる。 【参考文献】 1) 日本盲人福祉委員会(2014):アジア太平洋地域における視覚障害者雇用・就労とマッサージに関する報告書,pp.47-51,pp.61-62. 2) Del Rio R.A.: answers to questions (dated Aug. 10, 2015) 【連絡先】 指田 忠司 障害者職業総合センター e-mail:Sashida.Chuji@jeed.or.jp 全盲の精神科医が公立病院から民間病院へ再就職するに際しての課題~職場介助者の必要性と制度利用の問題点について~ ○生駒 芳久(視覚障害をもつ医療従事者の会(ゆいまーる)副代表) 大里 晃弘・藤原 義朗・守田 稔(視覚障害をもつ医療従事者の会(ゆいまーる)) 湯川 仁康(認定NPO法人タートル) 1 はじめに 発表者は6年前に全盲となった後も精神科医として働き、今春、公立病院を退職した後、民間病院に再就職した。公立病院では専属のサポーター(以下「サポーター」という。)に介助され臨床業務を行ってきたので、民間病院に就職するに当たり、障害者雇用納付金制度に基づく「職場介助者の配置または委嘱助成金1)」(以下、助成金制度という)を利用したいと考え、問い合わせや交渉を行ったが、現状では必要な形での制度利用は困難であることが判明した。幸い、民間病院が独自に「医療秘書」という肩書でサポーターを配置してくれたので、勤務はスムーズに始めることができた。 この経験を通して、臨床を行う精神科医が、新しい職場で働く時に、どのような職場介助者が必要か、また何故、必要とする形でこの助成金制度を利用できないのかを検証し報告する。 2 これまでの公立病院での勤務実態について2) 27年間精神科医として勤務。視力は徐々に低下し、8年前からサポーターが付く。外来患者診察、入院患者診察、当直、事務処理、会議などを行う。そのためには毎日数時間サポーターによる直接介助を受けていた(表1、表3)。また、毎日上記以外の時間に行う担当入院患者の対応、当直時の診察は現場の看護師の介助を受けていた。 サポーターは事務所にデスクを持ち、介助はオンコールで依頼した。病院内の移動は、白杖なしで、手すりを使って一人で移動し、病棟内では看護師の介助を受けていた。 3 新しい民間病院での勤務実態について 主な業務は受け持ち病棟での診察と週1日の外来診察を担当している。終日サポーターが付く(表2、表3)。サポーターは、読み書き、移動の介助、診察時などは文字以外の視覚情報の提供、セルフサービスの職員食堂での介助、会議用の資料や各種資料のパソコン用データ作成などを行う。例えば、人に慣れるための患者一覧表、業務に慣れるためのさまざまな情報のテキスト形式やエクセル形式の資料。また、入院患者に慣れるために、毎日ベッドサイドを訪問する時に同行する。これらはサポーターの専属配置がなければできないことである。 そのためサポーターは医局のデスクの隣に席を持ち、常に介助体制が敷かれている。また、病院内を移動する時には同行してくれるが、必ず白杖を使用する。 表1 曜日別業務と介助時間(公立病院) 表2 曜日別業務と介助時間(民間病院) 表3 介助内容の説明 4 考察 (1) 職場介助者の必要性について 医療現場での業務を障害特性の面からみると、読み書きや移動の他に、音声ソフトが対応できないパソコン、表情などの観察などサポーターに頼る部分と、画像や処置など他の医師や看護師に頼らざるを得ない業務がある。特に新しい職場では、移動の介助は欠かせない。これはリスクマネージメントの点からも重要なことである。安全性や効率性の面からもサポーターを得ることで同僚に伍して業務を遂行し、視覚障害をもつ医療従事者が自信を持って仕事が出来るということでもある。 2001年に医師法が改正され、視覚障害が医師資格の絶対的欠格事項ではなくなった。その後全盲の視覚障害者2名が医師国家試験に合格、いずれも精神科医になった。また、すでに医師であった者が視力を失った後でも精神科医やリハビリテーション医として勤務するものや、内科や東洋医学の分野で診療業務をする医師がいる3)。そのほとんどは、医療機関や診療所、福祉施設などに勤務するが、診療所を経営する者もいる。いずれにおいても業務を行う上で何らかの介助を必要としている。 (2) 助成金制度利用の問題点について ところが、精神科医をはじめ視覚障害をもつ医療従事者がこの助成金制度を利用しようとしても「事務職ではないので『委嘱』の対象とはなるが、『配置』の対象ではない」との現実に直面する。この助成金制度において、「配置」とは、必要な援助を常時受けられるようにサポーターを配置することをいい、「委嘱」とは、必要な時だけ限定的なサポートが受けられるように業務を委嘱することをいう1)。 視覚障害をもつ医療従事者の会(ゆいまーる)には、視覚障害をもつ医師や理学療法士などが集い、情報交換や相互支援を行っている。会員に助成金制度やそれに関するコメントを求めたところ、既に制度を利用している会員や利用を希望しながら利用できていない会員がいることがわかった(表4)。特に医師や理学療法士がこの制度を利用しようとしても、サポーターの「配置」の適用にはならないことから申請には至っていない事例がある。 この原因は、「事務職と非事務職」という画一的な形で「配置」と「委嘱」の線引きがなされてきたことによる。また、制度が生まれた頃には、全盲の医師が臨床業務に従事することなども想定されていなかったであろう。 このような状況は、障害者差別解消法における合理的配慮という理念にも反することであると同時に、現状にもそぐわなくなってきているのではないだろうか? 5 おわりに われわれ医療業務に従事する視覚障害者が、いかにして日常業務を行っているかを、今後も具体的に提示していくことは重要である。そうすることにより視覚障害者がなしうる医療業務の可能性と限界が具体的に示され、個別事例に応じた配慮の必要性が明らかになってくるだろう。 この助成金制度が、重度の視覚障害をもつ医療従事者にとって、働き続けるための有用なツールとなり、職種にかかわらず利用できる制度に改定されることを望みたい。 表4 ゆいまーる会員からの声 【参考資料】 1) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構,職場介助者の配置または委嘱助成金 http://www.jeed.or.jp/disability/subsidy/download/sub01_care_03-02.pdf,2015年8月5日 2) 守田稔,大里晃弘,生駒芳久,守屋裕文:日本における視覚障害をもつ精神科医の現状,第110回日本精神神経学会シンポジウム(2014年)http://www.myschedule.jp/jspn110_nonmember/timebox.php?session_unique_id=S27,2015年6月30日 3) 視覚障害をもつ医療従事者の会:機関誌『ゆいまーる』,創刊号(2010),第2号(2012),第3号(2014)  http://yuimaal.org/,2015年6月30日 【連絡先】 生駒 芳久(医師) 特定医療法人旭会和歌浦病院(和歌山市) http://www.wakaura-hosp.net/ 大卒難聴者の職場適応へ向かうプロセス 伊藤 由美子(日本福祉大学大学院 研究生) 1 問題の所在と目的 就学期より地域の学校に在籍している難聴児・者は、クラスメートから特別視されることに抵抗があり、授業サポートに大変消極的であった。日本学生支援機構の調査1)によると、大学での難聴学生授業支援者数は難聴学生総数の約半数、あるいは半数以下である。難聴学生が授業サポートを申し出ないのは、筆者が担当した難聴児・者と同じ理由によるものであろうか。また、大学から社会への移行期は、コミュニケーションに問題を抱える難聴者は自身の難聴と対峙して、就職先を選択しなければならない大切な時期であると考えられる。情報保障が不十分な会社に入社すれば、社会人として責任をもって仕事をするために、難聴者はきき取れない情報をどのように獲得するのであろうか。学生時代は難聴のききとり難さを自学自習でカバーできても、十分な情報が得られない職場で、仕事内容を理解することは困難であると考えられる。それゆえ大卒難聴者の職場適応プロセスを明らかにすることは、各職場にひとり、あるいは少人数在職する難聴者が職場適応するために有効であり、社会に向けて難聴理解・啓発の推進を目指すことができると考えられる。 2 方法 (1)研究対象者の選定 入社約4年目以降に研究対象者を設定することで、就職を考え始めてから就職し、どのような葛藤や危機を経験し、不適応から適応へ向かうのか、プロセスが得やすいと判断した。そこで、本研究の対象者を主として音声コミュニケーションを基盤としている20代30代の入社約4年目以降の現在就労している大卒難聴者と設定した。20代女性—3名、30代女性—4名、30代男性—3名の計10名である。 (2)データの収集・分析 以下の3点により修正版グランウンデッド・セオリー・アプローチ(以下「M-GTA」という。)に適した研究であると考えた。 ① 社会的相互作用 「話せるけど、ききとれない」難聴者が健聴者の職場で仕事をするうえで、意思・感情・思考を伝え合うコミュニケーションは欠かせない。難聴者と健聴者の社会的相互作用を通して難聴者が職場適応へ向かうプロセスを明らかにすることが、本研究の目的である。 ② プロセス的特性 就職を考え始めてから就職後約4年目以降の20代30代大卒難聴者を研究対象とすることで、M-GTAは難聴者の行動の変化と多様性を一定程度説明できる。その現象がプロセス的特性を有する ③ 理論生成・応用 各職場で一人或いは少人数在職する聴覚的情報を把握しにくい難聴者がM-GTAで提示された理論を、自分の置かれている状況に取り入れながら修正を施しつつ応用し、実践に活かしていくことができると考えられる。 分析テーマと分析焦点者を設定し、半構造化面接(1時間から1時間半)を実施した。録音許可を得てICレコーダーで録音し、逐語録から分析ワークシートを作成した。 3 結果 (1)結果図の作成 (2)ストーリーライン 分析の結果、難聴者が社会生活を送るうえで、【難聴という障害】は健聴者と関わるうえで障壁となる。そして、【難聴という障害】を軽減、克服する3要因【難聴理解の職場】、【関係のプロバイダ】、【難聴アイデンティティ】の双方向循環により、難聴者は職場適応へと向かうことが明らかになった。 【難聴という障害】は、「難聴固有のきき取れなさ」、健聴者からの「きき取れていないことへの誤解」、「障壁となる電話対応」、職場の同僚同士、あるいは、上司と同僚の「雑談が気になる」、「補聴器の限界」の5概念からなる。難聴者は、大学時代、《改めて難聴に向きあう》。授業サポートを希望する学生は、大学にサポート要請する。《大学のサポート》は、まず、「学生有志と教員のサポート」が行われ、「段階的にサポート体制が構築」される。「障害受容できない」学生は、大学の「授業サポートを敢えて受けず」。就職活動は、障害受容有無にかかわらず難聴学生は、「希望職種目指し就職活動」する。そして、入社選択の時点で自らの難聴に向き合い、「入社選択の岐路」に立つ。「障害者雇用活用」入社、「一般雇用入社」と分かれる。「障害者雇用活用」して「希望職種に入社」するケース、「障害者雇用活用」しても時代背景により一社しか合格せず「やむなく入社」するケース。あるいは、「一般雇用入社」して、難聴に不安を抱きつつ「ジレンマ抱え入社選択」するケース、「一般雇用入社」して【難聴理解ある会社】に入社するケース、とさまざまに分かれる。「やむなく入社」や「ジレンマ抱え入社選択」した会社では、難聴理解されず、難聴者は「情報保障の先行き不安」を抱き、「何を言っているのか分からない」ことが日々繰り返され、《情報保障されない不安の蓄積》により「窮地の決意」、すなわち、退職する。退職した難聴者は、情報保障される会社を目指して転職する。「情報保障され安心」し、同じ立ち位置で向き合う「同視のかかわり」や「職場で仕事理解」される【難聴理解ある会社】である。また、難聴者は「難聴者同士のつながり」を通して【難聴アイデンティティ】をもつ。すなわち、難聴に関する「説明力と受援力をものにする」。そして、入社時に「初めに難聴開示」し、「自分からサポート提示」依頼する。さらに「サポートの具体的提示」を行う。その仲介役となるのが【関係のプロバイダ】である「IT機器等のアシスト」(例えば、パソコン筆記、メール、チャット)であり、「職場の手助け」(会議等の要約筆記やホワイトボード筆記)である。このように、健聴者に関する【難聴理解ある会社】、難聴者と健聴者に関する【関係のプロバイダ】、難聴者に関する【難聴アイデンティティ】は、双方向循環により「職場のコミュニケーション変化」が起こり、難聴者は「適応への兆し」を経て、《障害を超えて共に働く関係》が構築されていく。 4 考察  (1)難聴理解の職場 【難聴理解の職場】は、難聴無理解な会社に対する社会的モデルとなり、難聴無理解な会社に入社しないための方策になると考えられる。難聴者が「一般雇用入社」しても、【難聴理解の職場】、【関係のプロバイダ】、【難聴アイデンティティ】の双方向循環で、「職場のコミュニケーション変化」がみられているケースもある。このことは、職場の健聴者も難聴者も共に自身のあり方を変化させていると考えられる。コミュニケーションは人間と人間の関わりのなかで成立するものである。難聴者、健聴者のどちらか一方が変わるものではなく、両者が自分の考え方やあり方を変えることで関係性が変化するのではないだろうか。難聴者は自分の障害について、どのような状況になるときき取れないのか、また、どのような支援が必要なのか、健聴者に具体的に伝えなければ健聴者は理解できないと考えられる。職場も難聴者が必要としている情報を保障し、同じ立ち位置での関わりを通して、職場全体の士気が上がり業績につながるのではないだろうか。 (2)関係のプロバイダ 現在、スマートフォンやタブレットを使用してUD手書き(UDはユニバーサルデザイン)アプリが難聴者のコミュニケーションツールとして開発されている。健聴者にUD手書きアプリを操作する協力が得られれば、難聴者は健聴者との雑談を楽しむことができる。UD手書きは、指で手書けるのでペン、紙、机等の環境を必要としない。携帯アプリは、まず難聴者が積極的に使用し始めることが大切であり、使用して初めて改善点を提案することができるのである。そのことにより、さらに良いアプリの開発へつながると考えられる。 (3)難聴アイデンティティ 【難聴アイデンティティ】の実践的応用として「難聴者同士つながる」ことを考えたい。全難聴・実態調査報告2)では、地域の難聴者協会の20代30代入会者数は僅少である(東京都青年部を除く)。ソーシャル・ネット・ワーキングサービスを利用すれば、全世界とつながる昨今である。東京都青年部活動をモデルとして他地域に波及することが期待される。 5 今後の課題 今後は比較材料として、研究対象者を難聴学生、あるいは入社直後から4年未満の難聴者に限定して研究することで、障害受容に関わる【難聴という障害】について検討していくことができるのではないかと考えられる。また、難聴者と共に働く職場の健聴者を研究対象とすることで、【難聴理解ある会社】の社会的モデルを示し、難聴者と健聴者の関係性についてさらに深い検討ができるのではないかと考えられる。《入社選択の岐路》で明らかにされたように、「障害者雇用活用」しても、時代背景による就職難で「やむなく入社」し、「窮地の決意」をして離職せざるを得ない状況に陥るケースや、「一般雇用入社」しても、入社先が【難聴理解の職場】で、転職しないで適応へ向かうケースもみられた。このように、雇用する側である一般企業の障害者に対する考え方や時代背景により、難聴者は《入社選択の岐路》で、究極の選択を迫られる。入社選択がその後の人生に関わる厳しい選択となる。入社先の障害者支援に関する考え方が事前に分かれば、難聴者は難聴無理解な会社で《情報保障されない不安の蓄積》により「窮地の決意」を免れるのではないだろうか。今後、雇用する側の障害者支援に関する実態調査と共に、障害者支援実践モデルとなる【難聴理解ある会社】の研究を待ちたい。 【参考文献】 1) 日本学生支援機構:大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書、p.18,独立行政法人日本学生支援機構(2013) 2)全日本難聴者・中途失聴者団体連合会青年部:平成24年度全難聴加盟協会&各地域青年部実態調査報告書(2013) 「聴覚障がい者キャリアアップ研究会」が取り組む当事者の“経験知”(暗黙知)の検討 ○渡辺 儀一(聴覚障がい者キャリアアップ研究会 事務局長) 宮本 治之・村松 広丘(聴覚障がい者キャリアアップ研究会) 1 はじめに 「聴覚障がい者キャリアアップ研究会」(以下「聴障キャリ研」という。)は、大手企業で就業している聴覚障害者の管理職およびリーダー・主任レベルのメンバーで構成されている。 2010年1月に聴障キャリ研を立ち上げて以来、2015年からステージ2に入り、仕事における聴覚障害のハンディやコミュニケーションなどの不利な条件があっても、プラスアルファ(知力、人間力、暗黙知など)の獲得によって乗り越え、昇進・昇格が可能であるということを研究し、活動をおこなっている。 障害があっても能力がある人は、さらに向上していこうという気概があるならば、それが活かされないのは本人にとっても、企業にとっても、ひいては社会にとっても大きな損失でもあると考える。 聴障キャリ研は、聴覚障害ビジネスパーソンのトップランナーの地位が高くなれば、聴覚障害者全体が引っ張られてボトムアップしていくはずという理念で活動している。 本稿は、聴覚障害者が大手企業において昇進・昇格してきた経験を、当事者の観点から述べる方法論を検討するものである。 2 現状問題と課題 聴覚障害者がキャリアアップしていくためには、手話通訳や要約筆記などの情報保障が必要不可欠になってきているが、聴覚による情報も文字情報とは違った意味での感覚や体感などがあり、その関係性から、この補償の必要性もあることがあまり論じられていない。 大沼1)によれば、「手話だけでは保障してくれない言葉(音声言語)以外のあらゆる「音」も受け入れられなくなるということに気づかなければならない」と述べ、「視覚のみを通した情報保障には「音」そのものが抜け落ちる心配がある」と述べていることから、コミュニケーションに必要不可欠な要素は聴覚と口話をあわせた「聴覚口話法」(auditory oral approach) 1)を活用することにあるといえる。 したがって、「高度で専門的な内容になればなるほど、「手話+文字」だけではなく「+音・音声」が必要となる」1)と述べているが、「聴覚口話法」が十分であっても、就業におけるコミュニケーションの問題でキャリアアップできない聴覚障害者が多いことは事実である。 (1) 社会的背景 内閣府発行の障害者白書平成25年版によると、国公私立の4年制大学や短期大学の平成24年度の入学試験において、障害に対する配慮を受けた受験者数がある。(図1) 図1 入学試験における配慮状況(受験者数) 聴覚障害者の配慮率32.2%は、他の障害者より高く、人数も3分の1を占めるのに対して、管理職・現場監督(含む係長・班長)への昇進は6.5%で、逆に他の障害者より低くなっている。(図2) 図2 管理職・現場監督(含む係長・班長)への昇進 大学進学への割合が高く、就職して勤続年数(図3)が他の障害者より長くても、昇進や昇格に結びつかない現状がある。 図3 障害者の勤続年数 (2) キャリアアップの阻害要因 大手企業で就業している聴覚障害者は、聴覚障害があっても「音声によるコミュニケーション」が大きな比重を占めている職場環境におかれることがほとんどである。その中で、音声コミュニケーションが難しい聴覚障害者はキャリアの形成などに際して厳しい状況におかれている。 その問題と課題はかなり整理されてきている状況であるといえるが、それに対する解決策がいまだに出されていない。 聴覚障害者がキャリアアップしていく段階で、まず問題として取り上げられるのが、コミュニケーションについてである。そのために、手話通訳、パソコン要約筆記などの情報保障やスキルなどの問題の解決方法ばかりに目がいく。 しかし、実際にキャリアアップしていくためには、それらの問題の解決そのものを繰り返しても、なかなか昇進・昇格につながらないという実態がある。 3 当事者の“経験知”とは何か 図4は、キャリアアップの過程において聴覚障害者が昇進・昇格していくイメージを、経験者の話をもとに俯瞰してみたものである。(図4) 図4 キャリアアップの過程イメージ キャリアアップしていくとき、情報保障という問題があるが、別な角度から見ると「情報知」、すなわち、文字情報や書籍テキスト、WEBネットなどによって習得する知識がどのくらいあるかによっても影響されている。そして、この知識が十分であってもキャリアアップができない聴覚障害者がいることも事実である。 そこで、何が不足しているのかを分析してみると、それは、「経験知」の蓄積量の相違が重要なポイントではないか、というのが、聴障キャリ研の考えるところである。 「経験知」とは、学校や書籍などから学んだ理論では使えない、仕事上における見えない情報を、どのくらい扱ったことがあるかの体験を語ることにある。 そこで、キャリアアップを経験してきた聴覚障害者自身が語るという当事者からのアプローチは、とても重要な意味を持つと考える。 健常者ベースとなっている社会の中で、聴覚障害者自身がどこに位置しているか、自分のポジションはどのあたりなのかを把握しているかどうかは重要である。健常者の強みと弱みは何かなどを深く把握し、マネジメントするスキルも身に付けて、対等になれるような対人的戦略も求められる。 そのためには、健常者と聴覚障害者の間に生じる壁は何かを分析して、健常者に理解してもらうための論理を自らが経験の中で蓄積しながら習得していくことである。健常者と聴覚障害者との認識のギャップ、健常者の聴覚障害者に対するマネジメント不足の問題など、当事者自身がそれらの問題に対する解決方法を、仕事の中で体得していくのである。 4 聴覚障害者が気づきにくい(暗黙知)とは何か 楠見5)によれば、「暗黙知は「個人の力だけで獲得されるものではなく、先輩・同僚など周囲の人との相互関係を築く中で獲得されるもの」と述べていることから、就業上でロールモデルの薫陶と指導を受ける場合は、聴覚障害者であっても「暗黙知」の獲得は可能と考える。 その音声言語で示される空気感やニュアンスの中に「暗黙知」が含まれる場合、聴覚障害者にとってハードルが非常に高くなり、これまで指摘されている聴覚障害者のキャリアアップ問題が浮き彫りにされていくのである。 聴障キャリ研は、その問題の核心は、まさしく「暗黙知」の獲得にあると考え、それはどういうものなのかを、実際に昇進・昇格した経験者が体得してきたものをもとに、明らかにしていく方法を試みている。 【参考文献】 1) 大沼直紀:難聴児の教育・歴史的展開(過去・現在・未来)「新生児・幼小児の難聴-遺伝子診断から人工内耳手術,療育・教育まで-(加我君孝編)」、p.1-9,診断と治療社(2014) 2) 内閣府:障害者白書平成24年版 3) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:障害者の雇用管理とキャリア形成に関する研究「調査研究報告書NO.62」、p.58,障害者職業総合センター(2004) 4) 厚生労働省:平成20年度障害者雇用実態調査結果の概要について(平成21年11月発表) 5) 楠見孝:ホワイトカラーにおける暗黙知とその継承「グローバルエッジNo.13」、p.12-13,電源開発株式会社(2008) 【連絡先】 聴覚障がい者キャリアアップ研究会 渡辺儀一 e-mail:deafcareerup@gmail.com 難病の症状の程度に応じた就労困難性の実態及び就労支援のあり方に関する研究 ○春名 由一郎(障害者職業総合センター 主任研究員) 清野 絵・土屋 知子(障害者職業総合センター) 1 はじめに 難病医療の進展に伴い、治療を継続しながら日常生活が可能となった生産年齢にある難病患者が既に50万人を超え、医療・生活・就労の総合的支援に向け平成27年1月には難病法が施行された。医療費の公的助成の対象疾病が56から306に拡大されることで、安定した医療を受け就労を希望する難病患者もさらに増加すると考えられる。これに加え、平成28年度からの障害者差別禁止と事業主による合理的配慮提供の義務化に向けて、障害者手帳の対象にならない場合を含め、難病の特性を踏まえた対応について企業への情報提供が必要である。さらに、ハローワークにおける難病患者就職サポーターの配置が進められ、地域関係機関との連携による就労支援のあり方の検討も急務である。 本研究は、各難病に特有の多様な症状と程度、機能障害と、それに伴う就労困難性の実態を把握し、必要な職場や地域の就労支援のあり方を明らかにすることを目的とした。 2 方法 (1)対象 平成27年1月1日難病法施行段階における対象110疾患に関係する患者団体等で、調査への協力を得られた団体の会員等の生産年齢の患者を調査対象とした。 (2)調査方法 調査は平成26年9月~12月にかけて実施し、調査協力団体に対して調査表一式を発送して患者への発送を依頼し、回答済み調査票は障害者職業総合センターに返送するものとした。視覚障害者には電子ファイルでの回答を配慮した。調査方法・内容については事前に障害者職業総合センターの調査研究倫理審査委員会の審査で妥当と認められた。 (3)調査内容・分析 調査内容は「難病の症状等」「就労困難性」「就労支援や配慮の内容」「他の調整因子」について、様々な職業生活場面における難病に関連した困難性の経験者から、その状況を聞く設問とし、特に困難性の要因についての時系列を意識し、因果関係を想定した分析を可能とした。 上記調査内別に因子分析を行い、その因子得点と元変数を用いた「就労困難性」を従属変数とし他を独立変数としたステップワイズ重回帰分析を行い、決定係数により症状や支援との関係が特に強い就労困難性を特定した。 3 結果 (1)調査実施状況と回収率 発送数5,789に対して、神経・筋系(41.7%)、自己免疫系(18.5%)、消化器系(12.4%)、呼吸器系(12.4%)、その他、視覚系、皮膚・結合組織系、骨・関節系、血液系、内分泌系、腎・泌尿器系、循環器系の幅広い疾患群の患者からの2,439の回答を得た(回収率42.1%)。 (2)難病患者の就業状況 調査時点の生産年齢の回答者のうち、就業者(正社員、パート・アルバイト、自営・会社経営、派遣労働、等)は54.2%(休職者3.0%を含む)であり、求職活動・職業訓練中は5.1%、就職活動等はしていないが仕事に就きたい者が11.8%、就業希望なしが23.0%であった。非就業者の内訳は、主婦等が53.7%、病気療養中が32.5%であった。 また、最近10年間の経験については、難病をもっての就業経験があった者が70.9%、難病をもっての就職活動の経験があった者が55.2%であり、当該就職活動での就職成功率は77.9%であった。また、難病に関連した離職経験のある者は全体の31.6%であった。 (3)難病の症状等の因子分析 先行調査の自由記述等から就労困難性の原因と考えられる難病の症状や機能障害を網羅した調査項目について、回答を因子分析(主成分法、プロマックス回転)した結果、「全身的疲れやすさ等の体調変動」と解釈される成分が最も大きな負荷量和となり、その構成変量は「週単位・日内・月年単位の体調変動による社会的支障あり」を主とし、「少しの無理で体調が崩れやすい」「医療的制限による社会的支障あり」「全身のスタミナ、疲れやすさ」等が加わっていた。これは特定の疾患との関係は弱かった。 一方、その他、成分2「肢体不自由」、成分3「若年発症/中年期以降の発症」、成分4「集中力や活力の低下」、成分5「視覚障害、視野狭窄、夜盲、弱視」、成分6「皮膚・外見の変化」、また、成分7~12及び14、15「消化器系」「心肺系」「腎臓系」「血液・免疫系」「循環器系」「骨・関節系」は、疾患に特徴的な機能障害や症状であった。ただし、成分13「体調変動への対応困難」は疾患にかかわらない特徴であった。 (4)難病の就労困難性の因子分析 様々な職業生活場面における具体的な困難性についての回答を同様に因子分析した結果、職業準備・就労移行場面で5成分、就職活動場面5成分、就職後の就業状況・職場適応場面で7成分、離職理由で4成分、離職後の状況で2成分が抽出された。その詳細は(5)で示す。 (5)就労困難性と難病の症状等、支援、等の関係 上記 (3)(4)と同様に「就労支援や配慮の内容」「他の調整因子」も因子分析を行い、それらの因子得点等のステップワイズ重回帰分析により、難病の症状等や支援の有無との関係の強い就労困難性の特徴が明らかとなった。 ①「就職活動」への症状と支援の影響 「企業への就職応募・就職活動の全般的困難」は「就職できないこと」に最も強く関連し、両者とも「全身的疲れやすさ等の体調変動」の症状により困難性が増していた。これに対して、「就職後も本人や企業が困った時に相談できる継続的支援体制」「興味や強みを踏まえて自分の仕事を考える職業相談」の専門的支援及び「企業側から就職後に必要な配慮を理解しようとする採用面接時の配慮」が効果的支援であった(就労困難性が減少していた)。 他に、「少しの無理で体調が崩れやすいこと」は「病気や必要な配慮の適切な説明の困難」を増しており、これに対して「ハローワーク専門援助窓口の利用」「採用面接時の企業側の理解や配慮」が効果的であった。また、「35歳以上の発症」では「応募しても面接以上に進まないこと」が多かったが、これに対しては「企業の難病についての誤解や偏見の解消」が効果的であった。 ②「就業状況・職場適応」への症状と支援の影響 「全身的疲れやすさ等の体調変動」の症状は、就職後における「職場の働きやすさへの不満」「休憩・健康管理・通院と仕事の両立課題」「疾患管理と仕事の葛藤」「職場の人間関係・ストレス課題」「デスクワーク事務の課題」と広範に強く関係していた。その他「神経筋疾患」「自己免疫系疾患」は「デスクワーク事務の課題」が多かった。特に「難病関連の離職」が多かったのは「35歳以上の発症」の場合であり、また「職場の働きやすさへの不満」と「疾患管理と仕事の葛藤」を抱えている場合であった。 これらに対して、「通院・体調管理・疲労回復に十分な休日・休憩等の条件のよい仕事内容」「上司や同僚の病気や障害の正しい理解」「職場での健康管理・通院・休憩・無理のない仕事内容の配慮」が、効果的支援であった。 ③「難病関連の離職状況」への症状と支援の影響 離職原因として「病状悪化による離職」は「35歳以降の発症」「医師による就業禁止(失神発作・免疫低下等)」「病状進行の不安あり」に関連し、これに対して「柔軟な業務調整や休日、休憩のとりやすい仕事内容や職場」「弱点よりも得意分野を中心とした業務調整」「職場の業務ミーティングでの配慮や調整の検討」、また、ハローワークや医師への相談が効果的支援であった。 また、「難病に関連した退職勧告・解雇」は「集中力や活力の低下」に関連していたが、「体調悪化時の早めの休憩・通院等」が効果的な配慮であった。 ④「難病関連の離職後の状況」への症状と支援の影響 「離職後の疎外感・孤立感」は「全身的疲れやすさ等の体調変動」「集中力や活力の低下」の症状によるだけでなく、就職活動時の「病気や必要な配慮の適切な説明の困難」の経験があった場合にも多くみられた。これに対しては離職前の職場の配慮と医師への就業可能性等の相談が効果的支援であった。 「離職後の再就職意欲低下」は「35歳以上の発症」「医師による就業禁止」「循環器系疾患」「障害認定有」で大きくなっており、働きやすさへの不満で辞めた場合はむしろ再就職意欲は大きかった。これに対して、離職前の「病気の進行等を考慮した長期的な職務・配置転換の検討」、ハローワークや医師への相談が効果的支援であった。また、この「離職後の再就職意欲低下」は、難病患者全体の無職状態や就職活動経験のないこととの関係が強かった。 ⑤他の調整因子による就労困難性への影響 症状や支援状況によらず、一般的な職業能力等が高い場合や35歳未満、事務・保健医療福祉の資格のある女性は就職しやすく、正規雇用の方が疾患管理と仕事の両立の葛藤が大きく、女性は難病関連の離職が多く、生きがいや貢献が就業動機である程、病状悪化による離職は少なかった。 4 考察・結論 (1)難病の症状等による就労困難性の特徴 慢性疾患であることで「全身的疲れやすさ等の体調変動」等により、体調のよい時期の就職自体には比較的問題が少なくても、体調が変動しやすいことから、就職前から就職活動時、さらに、就職後の職場適応や就業継続への多様な就労困難性が生じていることが、難病の特徴である。 (2)効果的な就労支援の特徴 疲労回復や体調管理に適切な勤務時間や休日等のある無理なく能力を発揮できる仕事の選択、及び、治療と仕事の両立のための職場での配慮等の促進が効果的支援の特徴であり、就職前から就職後に継続する本人、企業・職場、保健医療・労働の専門支援の役割分担と連携が重要である。 (3)多様性、個別性への対応の重要性 上記の難病の全般的特徴以外に、難病の症状等の多様性・個別性、難病患者の性別・年齢・職業経験やスキル、就労動機や個性等の多様性を踏まえ、職業生活・人生の局面・場面における個別性を踏まえた就労支援が重要である。 【参考文献】 障害者職業総合センター調査研究報告書 No. 126(2015) 就労移行支援事業所における発達障害者支援①~背景・経過と対応について~ ○吉本 佳弘(社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 就労移行支援事業所ピアス 副施設長) 中村 干城(学校法人江戸川学園 江戸川大学/社会福祉法人多摩棕櫚亭協会) 1 発達障害者支援の経過 (1)ピアス開設 ピアスは1997年に一般就労を希望する精神障害者に訓練を提供するために精神障害者通所授産施設として開設した。当時は統合失調症の利用者の割合は80%以上であった。 そうしたことから、ピアスでは統合失調症の方々の就職をめざして、職業準備性の向上を目的に訓練を提供、さらに様々な職業場面を体験することにより、自身の得意・不得意を整理し、『自分に合った』『長続きする』仕事を選択できるように支援を行っていた。 作業内容としては弁当製造、菓子製造、清掃などであったが、当初から限りなく職場に近い形を意識した。また、精神科医師による『病気や服薬に関する基礎知識』や企業の立場から『企業が求める人材像』などの講習会を行い、就労へのモチベーションの向上や現実検討の機会としていた。また、時に認知面の障害があり、職業準備や作業能力などに他者との認識のズレがあるため、チェックリストを導入し、主観と客観、評価のすり合わせを行うなどの工夫をした。 こうした試みにより、毎年終了者の50?60%が就職していた。 図1 ピアスのプログラム概要 (2)利用者層の変化 2010年ごろにはアスペルガー障害などの発達障害の診断を受けた方の利用希望が増えている。また統合失調症圏の利用者の中にも、統合失調症の症状は安定しているが、集団での適応やコミュニケーションが課題となるなどの発達障害が背景にあるのではというケースも増えていった。なかなか作業の質が向上しないことや他の利用者とのトラブルなどが頻発し、休憩時間をずらす、個別で行える作業を提供するなど、他の利用者との接点を少なくすることで対応していた。しかし、こうした対応では利用者自身の障害特性への理解が深まらない、コミュニケーションスキルなどが身につかないなど、根本的な解決に至らなかった。 その後、職員の発達障害者への支援スキルの不足を解消しようと、何度も勉強会を行い、グループ適応の方法を検討するために、多摩総合精神保健センターデイケア、昭和大学烏山病院デイケアなどへのプログラム見学などを行った。そのなかで、発達障害のコミュニケーションプログラムCES(Communication Enhancement Session 以下「CES」という。)に出会う。 (3)コミュニケーションプログラムの導入 2012年ピアスはCESプログラムを導入するために専門の講師を依頼した。CESはSSTを元に作成されたプログラムでコミュニケーションに関するスキルトレーニング(詳細は「就労移行支援事業所における発達障害者支援②」を参照のこと)である。内容としてはコミュニケーションを行う上でのメリット・デメリットを知る、他者の心理を推察する、効果的なコミュニケーションの構成を知る、適切なコミュニケーションのための台本を作りロールプレイを行うというものである。 CES自体効果的であったが『CESで練習し、作業訓練でコミュニケーションを行う、その結果をフィードバックする』など既存の訓練との連携でより効果的になることもわかった。 またCESはスキルトレーニングであるが、対象者に関するアセスメントを行いやすくするなどの効果があった。これにより、職員がより対象者を理解し、対象者とのコミュニケーションを取りやすくすることができた。一方で、作業訓練の中でコミュニケーションを発揮する場面が少ないことなどもわかってきた(例えば相談の機会は多いが、連絡する場面が少ないなど)。また、CESを経て就職するメンバーが出てくると、より具体的なコミュニケーションを求められることがあり、就職後のフォローアップのためのCESを行うこととなった。また、実際の職場では解決をしなくてはいけない場面設定について、本人と企業側とのズレがあることがわかり、課題抽出の為の新たなセッションが導入された。 図2 CESプログラムの変遷 図3 CES導入後のプログラム概要 (4)幕張版ワークサンプルの試行 コミュニケーショントレーニングを導入する一方で、作業現場では、発達障害者の作業の適応がはかれないという点が課題となっていた。ピアスでは弁当宅配や清掃などの作業訓練を行っていたが、繁忙期、閑散期など、作業量や密度が時によって増減してしまうこと、作業を回していくことに職員のマンパワーが取られてしまうことがあり、作業面に関する十分なアセスメントが行えずにいた。 そこで幕張版ワークサンプル(以下「MWS」という。)の導入について検討を行った。そして同時期にピアスの分場であるトゥリニテが訓練として行っていたレストラン事業を閉店し、他の事業への転用を模索していたため、MWSによるアセスメントをトゥリニテで試行することとなった。対象としてはピアス利用者、ピアス利用希望者、また同一法人内の障害者就業・生活支援センターオープナーの利用者とした。MWSは対象者にとっては軽作業や事務作業などの様々な作業が体験できること、印象などではなく体験に基づく評価であるため、対象者にとっても受け入れやすいことが分かった。支援者としては対象者の作業傾向やミスの傾向が比較的理解しやすく、対応策なども講じることができるので、対象者との信頼関係を構築しながらアセスメントを行うことができた。 2 ピアスⅡの現状と今後の課題 トゥリニテでの試行を踏まえ、2015年2月より新規に事務所を借り上げ、名称をトゥリニテよりピアスⅡ(だいに)と改めた。現在はMWSを中心に作業訓練を行い、CESも合わせて行っている。CESとの連動を意識的に行うことでコミュニケーションの練習の機会が増え、丁寧なフィードバックを行えている。さらにコミュニケーション面だけでなく、職場でのマナーやルール、休憩時の過ごし方、仕事への責任感などにも介入の機会が広がり、集団への適応も高まっている。従来のピアス訓練では安定しなかった人が、中断せずに通所できるようになり、発達障害傾向のある方同士の交流が生まれるなど、目に見える変化があった。 また一部作業を外部にも開放しており、オープナーと連携し作業遂行面の見立ての機会を提供している。 ピアスⅡが発足して半年だが課題も見えてきた。MWSは個人のアセスメントという点では有用だが、訓練という視点では他者との関わりが持ちづらいこと、長期的にモチベーションを保ちづらいことが挙げられる。CESに関しても既存の訓練の場面との関連をどれだけ意図的に作れるかという問題もあり、職員の力量が課題となっている。今後としては各プログラムの位置づけの整理をしつつ、全体の作業訓練を充実させていきたい。 図4 今後の展望 【連絡先】 吉本佳弘 就労移行支援事業所ピアス TEL:042-571-6055 Mail:piasu@shuro.jp 就労移行支援事業所における発達障害者支援②~コミュニケーションプログラム(CES)の臨床的効果について~ ○中村 干城(学校法人江戸川学園 江戸川大学 講師/社会福祉法人多摩棕櫚亭協会) 吉本 佳弘(社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 就労移行支援事業所ピアス) 1 就労移行支援事業所における発達障害者へのコミュニケーショントレーニングプログラム 本法人が運営する就労移行支援事業所ピアスでは、発達障害の診断、或いはその特性を持つ利用者の増加に伴い、2012年より都立精神保健福祉センターや都立多摩総合精神保健福祉センターで実施されているコミュニケーションプログラム「Communication Enhancement Session(以下「CES」という。)」を取り入れ、事業所の利用者を始め、就労した利用者へもフォローアップとしての取り組みも進めている。本発表では、その過程で見えてきた臨床的効果と問題、それに対応するための新たなコミュニケーションプログラムについて考案することを目的とする。 (1)利用者を対象としたCESの実施 CESは、発達障害者を対象に開発した集団心理療法である。Good-Bad SessionとPlaybook Sessionの二つのセッションから成り立ち、時間や進行の構造化、台詞や文脈の視覚化、考えや気持ちの言語化を軸に、発達障害者の世界観を理解し、その上で、社会常識の再構築を図ることを目指したプログラムである。その機能としては、アセスメントとしての機能、グループセラピーとしての機能、ソーシャルトレーニングとして機能が備わっている。 就労支援事業所におけるCESは、デイケアでのCESと異なり、具体的なトレーニング場面と結びつけることでよりトレーニングとしての要素が強化された。一方、彼らの考えや思っていることが言語化されることで、その世界観をスタッフが知ることになり、スタッフの指導が一貫していないためにどの対応が正しいのか分かりにくかったり、練習する場面そのものがないテーマがあったりなど、事業所全体のトレーニングを見直すきっかけにもなった。 (2)就労者を対象としたCESの実施 就職した利用所のうち、CESの受講経験がある者を対象に、コミュニケーションのフォローアップのグループを実施した。進め方などにはまだまだ課題があるものの、このフォローアップCESを実施する中で、今まで見えなかった以下のような問題が明らかになった。 ?福祉環境と異なった職場環境ならではの生々しい実体験 ?相手から台詞を引き出すスキルの必要性 ?職場適応から自己成長へ課題の推移 ?生活課題(可処分時間の生活→非可処分時間の生活) ?障害への理解の促進 2 就労移行事業所における新しいコミュニケーショントレーニングプログラムモデル 就労した発達障害者のフォローアップを通して、就労移行事業所におけるコミュニケーションのスキルトレーニングを実施するにあたり、(1)課題を抽出するスキルの強化、(2)会話の展開を予測するスキルの強化といった課題が挙げられた。そこで、Good-Bad SessionとPlaybook Sessionに加え、事業所でのトレーニングと職場のフォローアップのギャップを埋めるプログラムとして、Episode Sessionを新たなプログラムを考案した。 (1)コミュニケーションの課題を抽出するスキルの強化 就労者のフォローアップでは、それぞれの職場によって直面する課題が異なったり、定着支援の段階によって異なったりすることから、基本的には、課題を持ち寄って練習するようにしており、その取り組みの中で、次のような問題が浮き彫りとなった。 ?職場で課題になっていることをなかなか挙げることができない、あるいは出来事が曖昧で思い出すことができずに時間がかかってしまう。 ?細かい課題を沢山挙げ過ぎてしまい、どの課題が重要なのかが分からない、さらに練習する場面を絞り切れずに時間を費やしてしまう。 ?課題がコミュニケーション以外のことに偏ってしまい、練習場面と結び付けることができない。 ?最も練習した方が良い課題と、本人が練習したい課題がずれてしまう。また、職場では問題になっていることがあがってこないため、間違った対応を練習してしまう。 手厚い支援の副作用とも言えるかもしれないが、福祉現場でのトレーニングにおいては、スタッフが良かれと思って課題を見つけ、本人に伝えていることが多い。そのため、自分で見つける能力を育てられない現状がみられ、さらに、発達障害の特性であるセルフモニタリングや情報処理能力の脆弱性などをアセスメントすることができていなかった。 そこで、Episode Sessionでは、プレワークにおいて、テーマに沿った課題について自分で予め考えてもらうと共に、客観的な情報を担当スタッフや部門スタッフから収集し、その中から適切な課題を選択することができるようにする、課題抽出スキルのトレーニングを取り入れた。さらに、これらがスタッフと乖離していないかでアセスメントに活かせるようにした。 (2)会話の展開を推測するスキルの強化 職場においては、直接的な表現ではなく、相手の台詞を想定したやり取りが多く見られ、それらを「生々しい実体験」と表現し、事業所でのやり取りとの違いが浮き彫りとなった。福祉的な就労トレーニングでは、利用者が自分のことを伝えることを主眼とした会話の展開に軸を置くあまり、支援者が自然と言葉を補足したり、意図を読み取ったりしていることが多い。一方で、職場では、それらが少なくなり、相手に軸を置いた会話の展開が重要となるため、コミュニケーションの在り方の質的な違いが明確となった。 例えば、苦手なところがあるので他の人に代わってもらう「依頼」の練習であった場合、今までの会話のやり取りは以下のようなものでも十分であった。 メンバー:「すみません。テーブル拭きは大丈夫なのですが、冷蔵庫の掃除は強迫症状が出てしまうので、他の人に代わっていただいてもよろしいでしょうか。」 スタッフ:「分りました。それでは、冷蔵庫の方は私がやりますので、Aさんはテーブル拭きの方をお願いします。」 メンバー:「ありがとうございます。よろしくお願いします。」 しかし、フォローアップの練習の場では、最後に相手から「大丈夫」と言う台詞を引き出せることが安全であるといった分析から、以下のようなやり取りへと変わった。 メンバー:「すみません。実は、テーブル拭きは大丈夫なのですが、冷蔵庫の掃除は厳しくて、症状が出てしまうことがあるんです。」 スタッフ:「そうなんですか。」 メンバー:「はい。強迫的な症状が出てしまうことがあるんです…。」 スタッフ:「分りました。それでは、冷蔵庫の掃除は私がやっておくので、Aさんにはテーブル拭きをお願いしても良いですか?」 メンバー:「分りました。ご迷惑をおかけし、すみません。」 スタッフ:「いえ、大丈夫ですよ。また、困ったことがあれば言ってくださいね。」 職場では高い割合で、会話の展開を予測し、結論を自分で出さずに相手に言ってもらう、或いは相手に言ってもらい台詞を引き出すような文脈を展開するといった、語用能力が求められる。そこで、状況を分析し、相手の台詞を推測してから自分の台詞を考えると言ったプロセスを重視したセッションをメインとするEpisode Sessionを考案した。 (3)CESにおけるEpisode Sessionの位置づけ Episode Session を加えた新しいCESは、既存のGood-Bad Session、Playbook Sessionと併せると、図のような関係となると考えられる。 発達障害者の就労支援における新しいコミュニケーションプログラムモデルとしては、語用能力に着目したトレーニングが必要であると考えられる。就労移行事業所におけるCESでは、Good-Bad Sessionで台詞そのもの判断やそれに対する他者心理などのコミュニケーションの横断的な側面を、また、Playbook SessionとEpisode Sessionでは、良い台詞をどう用いるかと言った文脈の展開と、相手の台詞を推測して文脈を組み立てると言ったコミュニケーションの縦断的な側面を取り扱う。さらに、2つの間に課題を抽出するスキルのトレーニングを加えることで、就職後のフォローアップを円滑に進めることができると考えられる。 3 今後の課題と展望 グループを用いたコミュニケーションプログラムでは、最初は集団心理療法としての機能が強いが、プログラムが進むに連れて、次第にスキルトレーニングとしての機能が高くなる。また、職場で問題解決技法としてつけるようになるには、一定の教育が必要である。さらに、フォローアップでは、グループの形式を維持しつつも個別性が濃くなるため、効率的な学習方法をより検討していく必要がある。 今後は、事業所でのトレーニングが、職場でも汎化できるよう、語用論的コミュニケーションとプログラム効果の機序を明確にしていくとともに、さらなるプログラムの見直しを進めていきたい。 A型事業所からの紹介により、当事業所を利用し特例子会社への就労に至った一例~作業療法士の特性を生かした関わり~ ○久安 美智子(株式会社ハートスイッチ 就労支援員/作業療法士) 二神 雅一・葉田 勉・土居 義典(株式会社ハートスイッチ) 中村 春基(一般社団法人 日本作業療法士協会) 土屋 景子(川崎医療福祉大学 リハビリテーション学科) 1 はじめに ハートスイッチは平成25年3月より就労移行支援事業所をスタートした。現在、岡山市、倉敷市の2カ所(各定員20名)あり、利用者は、広汎性発達障害、統合失調症、双極性感情障害、高次脳機能障害、知的障害などである。2カ所併せてスタッフは12名、そのうち作業療法士(以下「OT」という。)は6名、OT1名は医療・介護コンサルティング業兼務者である。その他は、企業経験者、プログラマー経験者と教員経験者で構成され「医療・教育・ビジネス」の3つの視点による人材育成支援を特徴としている。主なOT業務は、①必要な能力を評価する。②医療機関と情報を交換、現病歴や症状を考慮し、機能的予後を検討する。③訓練プログラム立案と遂行の統括などである。支援内容は、対人関係技能、パソコン、ビジネスマナー、労働生産性、企業実習・見学を実施、ハローワークへの同行、企業面接、就労後の定着支援のための職場への訪問及び調整、そして就労定着である。 当事業所の利用者は病院や職業センター、ハローワークの紹介によるものが多く、主な就労先は一般企業や特例子会社である。 今回報告する対象者は「指示の理解が難しい」などの理由で、A型事業所(以下、A型)での雇用継続が難しいと判断され、当事業所を利用することとなった。A型利用時の課題と問題点に対し、当事業所において、ビジネス・医療的視点による評価を行い、対象者の得意な能力を引き出す支援を行った結果、就労に結びついた事例である。 2 対象者情報 年齢・性別 20歳代・男性 障害名 自閉症スペクトラム障害 最終学歴 パソコンデザイン系専門学校卒 家族構成 父・母・弟・妹・祖父・祖母 3 経緯と評価 (1)当事業所利用までの経緯 X-2年春、専門学校卒業までに就職先が決定せず、新卒ハローワークに登録し求職活動を行う。 X-2年夏頃に職業センターにて職業評価と職業準備支援を受けている。同時期に障害者手帳取得し、障害者求人も視野に入れて求職活動を行なっていた。X-2年初冬、就職先が決まらず、求職活動が続いていたが、一般企業以外の就労先としてA型を勧められ、体験の後、契約し就労した(約1年間)。 X-1年冬、「指示の理解が難しい」「契約を更新するより、支援が必要であると判断した」という理由で当事業所を紹介された。 (2)各事業所での評価及び経過 ①職業センターでの評価 ・WAIS-Ⅲ:FIQ=72、VC=71、PO=91、WM=74、PS=110 ・指示理解:視覚的に手順を把握でき、作業は理解が良好。話を聞いて作業することに苦手さがあり、見本を見せ一緒に作業し、練習を重ねると手順の理解ができる。 ・作業遂行:スピードは標準比7~9割程度で可能だが、スピードを意識すると手順が疎かになりやすい。 ・作業態度:分からなくても「分かりました」と答えるので、質問や確認する習慣をつけることが必要。 ②ハローワークでの経過 専門学校卒業後、新卒ハローワークに登録し求職活動を行なった。障害者手帳取得後は、障害者求人を視野に入れて応募を続けた。対象者と母が希望する雇用体系は、パソコン関係で、正社員で社会保険完備であったため、デザイン系の企業に、ハローワークの職員、対象者と母で見学に行くも、技術を確認すると「仕事で使えるレベルではない」と判断された。職業準備支援後も求職活動を行ない、A型を紹介され、その中でも長時間勤務が可能で社会保険完備、通勤可能圏内という条件で選択した。 ③A型事業所での経過 主な作業は野菜の選別・袋詰め作業であった。作業では野菜の形と大きさを均一に揃えることが難しく、選別の際に何度も確認を行なう事が続いた。確認内容も「分かっている」ことをアピールしたり、返事は全て笑顔で「はい。分かりました」と答えることが多く、作業内容の理解が出来ているかの確認が困難であった。対人関係面は、大きなトラブルは無いがコミュニケーションの苦手さが見られた。指示理解の難しさや支援が必要であるとの判断から、当事業所へ紹介された。 ④当事業所での経過 利用当初の対象者と母の希望は「パソコンでデザインをする仕事に就きたい」であったので、以下のような評価と支援を行なった。 イ パソコン作業 データは正確に入力可能だが、スピードは平均的であった。WordやExcelの基本的な操作は可能だが、業務を想定した課題は操作が分からない場面があった。デザイン作業は、指示がない部分では細部にこだわり時間内に作業を終えることができない。明確な指示があれば可能であった。 ロ ピッキング 初めての作業だが手順、ルールの理解は良好で、平均20分の作業を10分~15分でミスなく行うことができた。数を増やすなどして数回繰り返しても集中力低下はなく完璧であった。作業後に「ピッキングで就職したい」と発言があった。 ハ シール貼り 貼る場所を数値で提示すると、物差しで測りながら作業を行なっていた。提示した数値からのズレは無く、スピードも速い。他利用者の作業物をチェックしてもらうと5mm以下の誤差でも見つけることが出来た。 ニ 視覚性注意 視覚性の注意課題として、間違いさがし、図の模写(Rayの複雑図形)を行なった。間違いさがしは平均スピードを上回っており、難易度が上がってもミスや集中が途切れることはなかった。図の模写後の遅延再生では、ほぼ見本通りの図形が描けていた。視覚的な記憶と注意能力は高く、健常者以上の結果であった。 ホ コミュニケーション面 利用初期から、基本的に敬語を使用できていたが、とっさには敬語が出ないことや自分の事を他人の話のように話すこともあった。また他利用者へ干渉的な言動目立ち、生活場面での課題を「個別SSTの時間」と定め、行動を振り返り、その理由と対策を話し合った。さらに、現場で仕事をする時に求められる言い方や行動を練習した。約束事を決めるとスタッフへの報告が出来、他利用者への干渉的な関わりは減少した。 へ 精神面 精神面は安定しており、作業難易度が上がる負荷の場面では動揺は見受けられなかった。動揺が見られた場面としては、協力して行う作業にて他生徒のスピードが自分より遅い時や、個別作業時に、求めるタイミングでスタッフに質問できない時に、ため息をついたり頭を掻いたりする場面があった。その状況が10分ほど続くと髪を抜く自傷行為が見られ始める。その状態を指摘するが「大丈夫です」と答えた。 (3)経過のまとめとその後 イ~ヘの評価の結果を元に就労先を検討する面談を対象者、両親同席にて実施し、ロ、ハ、ニの対象者の得意な作業を重点的に伝えた。対象者は、視覚で確認出来る作業や数値など基準が決まっている作業が向いていると提案し、得意な作業能力を向上させ就労に結びつけるよう支援することで合意した。その後、特例子会社の実習の話があり、作業内容が対象者に向いていると判断し、施設外就労を依頼した。実際の作業は、はがきへの宛名ラベル貼り、封筒への冊子の封入作業であった。宛名ラベル貼りは当事業所のシール貼り作業同様高い能力を発揮した。封筒への冊子の封入作業では作業時に口頭での説明を自らメモし、必要なところは手順書を作成した。封入作業は同じ手順が繰り返されるので安定して行え、指定の書類が入っているかのチェックもミスはなかった。施設外就労の様子を見た特例子会社から、「就職してほしい」と要望があり就職することとなった。 4 考察・今後に向けて 当事業所では、作業能力から日常のコミュニケーションに至るまで多面的に捉え、それぞれの問題点について指導を行っている。我々は、様々な作業場面を提供し、医療・教育・ビジネスの視点で評価し、作業分析をもとにアプローチする。結果、対象者の、新しい得意な作業を見出すことができ、自信を得ることができた。対象者は次第にスタッフの指示や注意も素直に受け入れることができるようになった。様々な作業を試みる中で主体性も向上し、職業の選択範囲も広がったのではないかと考える。 そして、対象者は、当初の希望とは違った職種であることを家族とも合意し就職に至った。大切なことは、以前の情報を理解し、しかし、先入観を持つことなく、対象者の潜在した能力を導き出すことであると考える。 特例子会社からは、今後対象者に他の仕事も任せていきたいとお話を頂いている。我々は、就職先の業務の中で、能力を十分発揮できるように工夫することや業務内容を話し合い焦点化することも大切であることを学んだ。 今後も、OTの視点を生かした評価や支援を行い、対象者らしく働き続けられる支援を行なっていきたい。 【参考文献】 1) 平成27年度版 就業支援ハンドブック 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(2015) 2) 作業療法ジャーナル Vol.43 NO.7(6月増刊号) 三輪書店(2009) 【連絡先】 久安美智子(株式会社ハートスイッチ ハートスイッチ岡山校) e-mail:m.hisayasu@heart-switch.com 自閉症スペクトラム障害のある30代女性の不適応行動に対する応用行動分析の介入による一考察 ○本田 真大(株式会社LITALICO ウイングル大阪梅田センター 就労支援員) 陶 貴行 (株式会社LITALICO ウイングル大阪梅田センター) 1 問題と目的 近年、発達障害者に対する就労支援事例が増えている。障害者総合支援法に定められた就労移行支援事業を実施しているウイングルにおいても2012年4月時点の発達障害の割合は全利用者の7%であったのに対して、2014年11月には15%にまで倍増している。 自閉症スペクトラム障害は、相互的な対人関係技能、コミュニケーション能力、または常同的な 行動・興味・活動の存在といった発達のいくつかの面における重症で広汎な障害によって特徴づけられる。発達障害者は環境の影響を受けやすく、不適応が生じやすい傾向にある。発達障害者の不適応行動に対して応用行動分析学に基づいた介入を行う事例研究が多く存在し、その効果が認められている。宮1)によれば応用行動分析学とはSkinner, B. F.によって体系化された行動分析学の知見、すなわち人間や動物を対象とした種々の実験的研究によって導き出された行動変容の原理や技法を日常生活場面て?問題となる行動の改善や、よりよく環境に適応するための技能の獲得に応用する心理学的な行動変容技法て?ある。しかしながら就労において応用行動分析学を用いた事例はまだ少ない。本事例研究では職場環境における不適応行動を改善するために応用行動分析学に基づいて、行動変容に焦点を当てた介入を行った。 2 事例の概要 (1)事例 利用者A(以下「A」という。)、30代後半、女性。 アスペルガー障害およびそううつ病の診断がある。 (2)来談の経緯:X年9月 理解ある職場で、仕事を長く続けたいとの主訴で、来所。これまでの職歴で様々な困り感(パニック、不適応)が生じていた。発達障害とうつ病であると言われたが、Aは否定し勤務を継続した。また、家庭の状況では兄がうつ病、母はリウマチという状況にあり、『この状況下で自分もうつ病になってはいけない』と思い、ハローワークの障害者専門窓口で相談。就労移行支援事業所ウイングル(以下「ウイングル」という。)を紹介された。 3 支援の構造 【支援期間】X年10月~X+1年4月(約6ヵ月) 【通所頻度】週5日通所 【支援の環境】オフィス様式の訓練室及び実習先企業 【センター内での訓練内容】プログラム学習では、「ストレスコントロール」、「ビジネスマナー」、「就職活動」、「SST」、「自己分析」、「職場定着に関する講座」を実施。個別の作業訓練では、タイピング、アンケート入力、顧客伝票修正、ワード・エクセル練習等を実施した。 【職場体験実習】X+1年1月中旬から2週間 中小企業コンサルティング会社での事務(マニュアルの作成、発送業務や入力業務)を行った。 【各支援機関とその利用期間】 ウイングル:X年10月~X+1年4月 医療機関:X-2年から月1-2回通院 生活相談支援事業所:X+1年1月~ 4 アセスメント (1)職業生活上の困り感の訴え 職場では曖昧な指示、複数同時指示、急な予定の変更や叱責があるとパニックや泣きの不適応行動があった。 (2)検査結果  精神科クリニック実施者の検査所見として得意なこととして、学習による知識や語彙が豊富、社会的経験によるルールの学習ができていること、聴覚情報の処理に優れ、言語指示において、正確に記憶し聞き取った情報を機械的に分類する力が優れている等が挙げられた。一方で苦手なこととして、経験や知識と結びつかない情報を理解できないこと、曖昧な情報の処理、物事の順序立て、効率的な行動、物事の本質を推測することがあげられた。 表1 WAIS-Ⅲ結果 X-2年11月 5 支援経過 (1)利用開始期(X年10月上旬~11月上旬) 利用当初から週5日遅刻欠席なく、通うことができていた。プログラムは集中して受講しており、コミュニケーションにおいてAは積極的に挨拶を行い、支援者や他の利用者の名前を覚えていった。 (2)介入期(X年11月下旬~12月下旬) プログラム受講中にも下を向いてじっとしたりする様子がみられ、ストレスコントロールプログラム受講中に過去の辛い記憶を思い出し感極まって泣いてしまうこともあった。その際は、支援者が別室に誘導し、呼吸法によって気持ちを落ちつけられるよう対応した。不安が高まった時に、都度相談の申し出があるなど職場にそぐわない支援者の注意を引く不適応が見られ始めていた。その様子をABC分析すると、不適応行動の後には支援者の関わりがあることが分かり支援者が不適応行動を強化している可能性が懸念された。一方で、不適応行動ではない、より適切な行動ができた直後に褒める・承認するなど支援者の関わりが少なかったこともあげられた。つまり不適応行動後に支援者の関わりがない(強化子がない)ことで、その行動が減少すると考えられ、適応行動の後に必ず、支援者の関わりがある、つまり強化子を与えることで適応行動が増加することが推測された。自分でコントロールができるよう、支援者の関わりにおいて次のように考えた。Aが適切な行動がとれるよう、より適応的な目標行動(以下「ターゲット行動」という。)を決めた。“泣く”といった不適応行動に対しては “泣く”のではなく、自分の気持ちを落ちつけて、報告をする行動をターゲット行動とし、それに対して支援者が関わり、正の強化を行った。つまり代替行動分化強化を行った。その結果を図1に示す。12月は不適応行動が頻繁に見られたものの1月からは不適応行動が減少した。 図1 不適応行動の頻度の推移 (3)不適応行動減少期(X+1年1月~4月) 不適応行動が減ったため1月中旬からコンサルティング会社での職場体験実習を2週間実施した。体験実習がAにとって成功体験を重ねる中で今まで就職に対して抱いていたAの不安や悩みが軽減され、不適応行動も少なくなった。これらの成功体験により、家庭の不安やストレスが生じても、悩んだ際に支援者をすぐ頼るのではなく、自己対処を入れていることが増えていった。 6 考察 Aは以前の職場では曖昧な指示や急な予定の変更、叱責があるとパニックや泣きの不適応行動になる場面が見られた。訓練中も様々な悩みが高じ、不適応行動がみられた。本事例では、ABC分析の結果に基づいてプロンプトの操作と強化子の操作を行った。不適応行動の代わりになる適切な行動への強化を行うことで、自発的な行動の頻度が増し、その結果本人の成功体験から自己効力感が増していく事につながったと考える。このように発達障害者の就労支援においても応用行動分析学に基づいた介入を行うことは効果があると考えられる。 一方、反省点として、今回の取り組みにおいて一定の効果は得られたと考えられるが、実証的な点では課題が残る。特にベースライン期、介入期、プローブ期と本来の応用行動分析としてあるべき介入方法に従うことが難しかった。そのため介入の実証性には課題が残っている。しかしながら例えばベースラインをとるということはその期間、介入を行わないことになり、サービス提供上あるいは倫理的問題が懸念された。このように就労移行支援事業として介入における実証性については、限界点があるので、今後どのように実証性を高めるための工夫ができるかは引き続きの研究課題としてあげられる。 【参考文献】 1)宮 裕昭:要介護高齢者の不適応行動に対する応用行動分析学的介入の諸相高齢者のケアと行動科学特別号2011第16巻、p.53?63(2011) 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける手順書作成技能トレーニングの実践 〇菊池 麻由(障害者職業総合センター職業センター企画課 障害者職業カウセンラー) 古野 素子・増澤 由美(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「センター」という。)では、平成17年度から発達障害者を対象にしたワークシステム・サポートプログラム(以下「WSSP」という。)を実施し、WSSPを通じて発達障害者への効果的な就労支援技法の開発に取り組み、各地域の就労支援機関に普及している。 WSSPは、グループワーク主体の「就労セミナー」、「作業」、「個別相談」から構成されており、この3つを関連付けながら障害特性や職業上の課題についての詳細なアセスメントと、それに基づいたスキル付与支援を行っている1)。「就労セミナー」には4つの技能トレーニングがあり、その一つが手順書作成技能トレーニングである。その他の技能トレーニングについては、これまで実践報告書や支援マニュアルを作成し、普及を進めているところであり、手順書作成技能トレーニングについては、現在、支援マニュアル作成に向けた取り組みを進めている。 手順書作成技能トレーニング(以下「トレーニング」という。)は、手順書の作成と活用による作業遂行の、①確実性及び②自立性の向上を目指した支援技法であるが、本稿では、現在行っているトレーニングの流れを整理し、WSSP受講者に対する支援事例をとおして、トレーニングの効果的な実施方法について検討することとする。 2 手順書作成技能トレーニングの標準的な流れ 図1 手順作成技能トレーニングの流れ 現在、WSSPで実施しているトレーニングの流れを整理したものを、図1に示す。トレーニングは、手順書の作成・活用についてその意義を受講者に説明し、受講者とスタッフ間で共有した上で(オリエンテーションの実施)、「a.スタッフの指示(モデリング)を受けて手順書を作成する段階」と、「b.作成した自分の手順書を活用して作業を行う段階」で構成される。 3 対象事例の支援状況 対象: 平成26年度のWSSP受講者16名について、支援実施事例を整理した。 整理の方法:プログラムスタッフに対し、質問紙を用いヒアリングを行った。その内容は以下のとおりである。 ①手順書作成・活用上の課題の有無及び課題の詳細 ②受講の経過に伴う手順書作成・活用、作業遂行状況の変化 4 支援実施事例の分析 (1)手順書作成及び活用における課題の状況 手順書作成及び活用における課題についてとりまとめた結果を図2に示す。対象者16名のうち、1名を除く15名が手順書の作成・活用において何らかの課題を有していた。また、トレーニングの実施によって変化が見られた者は14名、変化が見られなかったものは1名であった。なお、ここでいう「変化」とは、課題が改善されたり、何らかの自己対処、周囲の配慮によって課題が補完されたことを示している。 15名の課題の詳細については表1のとおりである。「作成段階」欄に記載しているように、書くことに課題があると言っても、その内容は様々であることがわかった。また、課題は作成段階だけではなく活用段階においても見られることがわかった。 (2)手順書作成・活用に伴う作業遂行状況の変化 課題のあった者15名の中から、課題の種類や変化の有無の異なる4事例を取り上げ、表2にまとめた。 図2 課題の状況 表1 課題の詳細(n=15) 表2 受講の経過に伴う手順書作成・活用、作業遂行状況の変化 ※A、Bについては作成段階に、Cについては活用段階に焦点を絞り、変化を記した。 支援によって変化のあった事例(A、B、C)からは、作成・活用の各段階の課題に対する支援が有効である可能性が確認できた。また、変化のなかった事例(D)からも、手順書作成や活用に対する本人へのスキル付与支援ではないが、周囲に配慮を求める事項として、手順書を要さない作業の検討等の環境調整が有効であることが確認できた。このように、どの段階にどのような課題があるのかを把握し、課題に応じて対処の工夫や支援をすることで、確実な作業遂行につながることが確認された。 5 考察 今回対象とした者の大多数が、手順書作成や活用において何らかの課題を有している状況が見られた。このことから、発達障害者が作業遂行の確実性や自立性を高めるための支援を行うにあたっては、手順書作成及び活用に係るより個別的な支援が必要であることが示唆された。 トレーニングでは作成と活用の2段階を設けることにより、段階毎のアセスメントが可能となり、そのアセスメント結果に基づいて、スキル付与・向上の支援に加えて、周囲の配慮事項やあると望ましい支援の把握を行うことができ、その結果、様々な特性のある発達障害者の職務適応力の向上につながる支援となると考える(図3)。 図3 手順書作成技能トレーニングと職務適応力の向上 6 今後の課題 トレーニングをより職務適応力の向上に寄与する効果的なトレーニングとして、標準化させていくための課題は次の2点である。 ①アセスメントの視点の整理 ②アセスメントの視点を踏まえた作業設定や指示の出し方の工夫(実施上のポイント)についての整理 今後は実践を積み重ね、課題の整理を行い、支援の内容を深化させながら、より効果的なトレーニングの実施方法についてさらに検討を進めていきたい。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:障害者職業総合センター支援マニュアルNo.2 発達障害者のワークシステム・サポートプログラム 障害者支援マニュアルⅠ 【連絡先】 障害者職業総合センター職業センター企画課 E-mail :csgrp@jeed.or.jp TEL:043-297-9042 精神障害者の就労定着に関する研究~企業および当事者へのアンケート調査から~ 田島 尊弘(株式会社ゼネラルパートナーズ 障がい者総合研究所 主任研究員) 1 研究の目的 2018年施行予定の障害者雇用促進法の改正に伴い、「精神障がい者の雇用」に対する関心は非常に高まっている。一方で、2015年1月に弊社 障がい者総合研究所が実施した障がい者へのアンケート調査1)では、回答した精神障がい者の46%は1年以内に退職するなど、他の障がいと比較して定着率が低い状況にある。また、同調査によれば、転職・退職を決断する前に必要としていたフォローや対応として「障がいへの理解・配慮」という回答が多く挙がった。 こうした障がいへの理解・配慮に関する問題意識は企業側にもある。水野2)によれば、「障がいのある従業員に対する他の従業員の理解・配慮を促す事が重要である」と答えた企業は92.0%にのぼった。 しかしながら、こうした障がいへの理解・配慮について、企業および精神障がい者の双方の視点から調査した研究は見当たらない。そこで、本研究では、企業・精神障がい者の双方の声を集め、障がいへの理解・配慮と定着の関係を明らかにする事を目的とした。 2 研究の視点と方法 過去の障がい者総合研究所のアンケート調査1)における調査対象は障がい者のみ、水野2)の調査対象は企業のみであったが、本研究では企業・精神障がい者の両者を対象とした(ただし、対象の企業と精神障がい者の勤務先を同一とする事を今回は前提としていない)。 また、過去の障がい者総合研究所のアンケート調査1)では、障がいへの理解を一括りにしていた。しかし、本研究では、障がいへの理解を「全社的な理解」と「配属先の社員の理解」の2つに分けて企業へアンケートを実施した。また、精神障がい者へは、「経営層の理解」「人事の理解」「配属先の社員の理解」の3つに分けてアンケートを実施している。 さらに、社内の障がいへの理解・配慮を促す為には、入社前までに採用する精神障がい者の障がいや必要な配慮について十分に理解する必要があるという問題意識のもと、入社前までの情報と定着との関係についても分析した。 なお、調査は障がい者総合研究所のアンケートモニター登録者を対象に行ない、企業については104名の障がい者採用担当者から、精神障がい者については173名の20~60代の就業経験者から回答を得た。これらの回答から得られる企業の傾向、精神障がい者の傾向を比較する事で、障がいへの理解・配慮と定着の関係について考察した。 3 研究結果 (1)「企業の活動」と「精神障がい者の実感」の現状 精神障がい者の雇用に関する「全社的な理解促進」をしている企業の割合は41%、「配属先の理解促進」をしている企業の割合は87%。いずれも人事等が主体となり、理解促進の為の活動をしている。 一方、精神障がい者の回答によれば、障がい者雇用への理解がある「経営層」の割合は55%、障がいへの理解がある「人事」「配属先の社員」の割合はそれぞれ57%、52%であり、理解に関する実感値は55%前後に留まっている。 (2)「入社前までに得られた(伝えられた)情報」の現状 精神障がい者の採用において、入社前までに障がいや必要な配慮に関する情報を「得られた」企業は71%、「得られなかった」企業は27%であった。 なお、「得られた」企業では、入社後の実際の障がい配慮は「想定していた通りだった」という回答が多かったが、「得られなかった」企業では「想定よりも障がいへの配慮が多かった」という回答が多く、入社前後で大きく差が生じている(図1)。 図1「入社前に得られた情報」と「想定していた配慮」の関係 精神障がい者の回答によれば、入社前までに自身の障がいや必要な配慮について情報を「伝えられた」方は63%、「伝えられなかった」方は33%であった。また、情報を「伝えられなかった」方では、「期待していたよりも配慮してもらえなかった」という回答が86%と最も多くなっており、ここでも入社前までの情報量が入社後の配慮に影響している事が窺える(図2)。 図2「入社前に伝えられた情報」と「期待していた配慮」の関係 なお、精神障がい者が情報を伝えられなかった理由のうち、最も多い回答は「自分の障がいや配慮を、上手く表現する方法が分からなかった」である。その為、精神障がい者自身が上手く表現できる能力を身に付ける、企業側が上手くヒアリングできる状況を作る、または当該障がい者について理解のある第三者が情報を補足するなど、情報を十分に伝える為の工夫が必要と思われる。 (3)定着と「社内の障がい理解」「入社前の情報」の関係 「定着が上手くいっている」と回答した企業の割合は71%、「定着が上手くいっていない」と回答した企業の割合は15%であった。一方で「定着が上手くいっている」と回答した企業のうち、51%は課題も感じていると回答している(図3)。 図3「精神障がい者の入社後の定着」 これらの企業のうち、「全社的な理解促進」または「配属先の理解促進」を行なっている企業のほうが、行なっていない企業よりも定着が上手くいっているという回答が多くなった。また、入社前までに障がいや配慮に関する情報を「得られた」企業のほうが、「得られなかった」企業よりも定着が上手くいっているという回答が多くなった。 さらに、精神障がい者については、会社の障がいへの理解や配慮について、「満足している」方は46%、「満足していない」方は54%であった(図4)。 図4「会社の障がいへの理解や配慮についての満足度」 これらの精神障がい者のうち、経営層・人事・配属先の社員等の「理解がある」と回答した方のほうが、「理解が無い」と回答した方よりも会社の障がいへの理解・配慮への満足度が高くなった。また、入社前までに障がいや配慮に関する情報を「伝えられた」方のほうが、「伝えられなかった」方よりも会社の障がいへの理解・配慮への満足度が高くなった。 4 考察 本研究の結果から、「精神障がい者の雇用に関する社内の理解」「入社前までの情報量」が、定着に影響している事が明らかになった。特に、「入社前までの情報量」は障がいについて配属先等へ説明する上でも重要な要素であり、「精神障がい者の雇用に関する社内の理解」と密接に絡み合っている。その為、前項で記載した通り、精神障がい者が企業へ障がいや必要な配慮に関する情報を十分に伝えられるような支援が求められる。 また、精神障がい者の定着については、本研究の結果以外にも様々な要因が考えられる。今後は、他の要因についても分析を進めるとともに、障がい者雇用の現場における実践的なアプローチ方法を研究していく必要がある。 【参考文献】 1) 田島尊弘:転職・退職理由に関するアンケート調査,株式会社ゼネラルパートナーズ 障がい者総合研究所(2015)http://www.gp-sri.jp/report/detail009.html 2) 水野映子:企業内の障害者に対する理解促進の取り組み p.5,株式会社第一生命経済研究所(2015) 【連絡先】 田島尊弘 株式会社ゼネラルパートナーズ 障がい者総合研究所 Tel:03-3270-5500 e-mail:sri@generalpartners.co.jp 地域障害者職業センターの職業準備支援を利用した精神障害者の職場定着−Cox回帰分析による検討− ○大石 甲(障害者職業総合センター 研究員) 加賀 信寛・松浦 兵吉(障害者職業総合センター) 1 研究の背景と目的 障害者職業総合センターでは、広域及び地域障害者職業センターの支援を受けた精神障害者の障害状況、支援状況、就職状況、職場定着(以下「定着」という。)状況等を把握する調査を実施し、今後の支援実施に資する基礎資料となる報告書を作成した1)。 報告書では、地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)の職業準備支援(以下「準備支援」という。)を利用後に就職した精神障害者の定着率の推移を明らかにすると共に、ハローワークから一般事業所へ紹介就職した精神障害者2)の定着率の推移と比較し考察することで(図1)、準備支援利用後の就職における定着に関する3つの仮説の生成を試みている(表1)。 本報告では、上記地域センターへの調査において、限定的ながら取得可能であった定着に関連することが想定される変数を用いて多変量解析を行うことにより、前述の仮説を検証することを目的とした。なお仮説1に関しては、3か月時点の分析実施に十分な離職ケース数を確保できなかったことから、仮説2及び3についてのみを検証対象とした。 2 研究方法 (1) 対象 平成22年度に、地域センターにおいて準備支援を利用した精神障害者の全数。 (2) 調査方法 電子ファイル形式のパスワード付き質問紙を作成し、全国の地域センター47所及び準備支援を実施している1支所へEメールにより送付し、ケース記録を基に回答を求めた。 (3) 調査項目 個人属性、準備支援の状況、準備支援終了から平成25年度末までの就職及び定着状況等。詳細は報告書1)に掲載済のため省略する。 (4) 調査期間 平成26年8月から9月に実施。 (5) 倫理的配慮 障害者職業総合センター設置の研究倫理審査委員会の承認の上で調査を実施(平成26年7月22日, 26年度−03)。 (6) 分析方法 全所において準備支援利用後に就職が確認された339件のうち、就労継続支援A型事業所への雇入及び定着期間不明を除いた、一般事業所への就職277件の結果を用いて、定着に影響する変数をCox回帰分析により整理した。 表1 職場定着に関する生成された仮説 1障害者職業カウンセラーによるフォローアップ支援やジョブコーチ等による集中的支援が一因となり早期離職が防止される 2継続的な支援によりおよそ1年間の離職が抑制される 3就職後1年を超え時間経過と共に定着状況把握を含むフォローアップの機会が漸減するにつれて離職が誘発されやすくなる全変数を分析に使用すると、回答の部分欠損により有効データ数が減少することから、次の手順により変数を選定して分析を実施した。①各独立変数と定着との2変数間の単純な関連性をLogRank検定により分析し、10%水準で有意傾向の変数を抽出する。②抽出された変数をステップワイズ法によるCox回帰分析に投入し、変数間の関係性を整理して定着に直接影響する変数を明らかにする。 本検証では就職後の時間経過に伴う定着要因の変化を検討するため、分析可能な定着・離職数が得られた就職後1年時点、2年時点、3年時点についてそれぞれCox回帰分析を実施した。 3 結果 変数ごとの集計結果は報告書1)に掲載済のため省略する。LogRank検定の結果、定着と離職に10%水準で有意傾向の差があった変数(表2)を用い、就職後1年時点、2年時点、3年時点の定着に直接影響する変数をCox回帰分析により整理した(表3)。就職後1年時点では、就職時にジョブコーチ等の人的支援(以下「JC等人的支援」という。)があった場合に有意に定着していた。2年及び3年時点では、発病後の職歴が4社以上あった者と比較して発病後に職歴がなかった場合に有意に定着しており、また就職時に福祉機関との連携があった場合に有意に定着していた。 4 考察 本研究の対象群は全員が準備支援を利用していたことの他、就職先の約6割が障害者求人であったこと、約9割が障害開示の就職であったこと、約8割は就職後に地域センターの支援を受けており、約5割はJC等人的支援を受けていたことなど1)、就職後に支援や配慮を受けられる環境下での就職であったと考えられる。このため分析結果は、就職前から就職後にかけて地域センターによる継続的な支援を受けて高い定着率を示した精神障害者群において、より定着を高める要因と解釈することが妥当と考えられる。 以上を踏まえ総合的に解釈すると、就職後1年時点まではJC等人的支援の変数が定着へ有意に影響していたことから、職業リハビリテーション計画を策定した障害者職業カウンセラーによる継続的なフォローアップ支援やジョブコーチ等による支援のある環境で離職が抑制されると考えられる。2年時点以降の中長期的なフォローアップ期の定着では、JC等人的支援の要因による定着への影響は見られなくなり、発病後の職歴が多いという本人が有する何らかの離転職要因が顕在化すると共に、就職時に福祉機関と連携があったことが離職の抑制につながったと考えられる。就職時点で福祉機関と連携のあるケースは、障害福祉サービスを利用し地域の支援ネットワークに身を置いて生活していると想定されるため、多くの対処資源を持つことが離職の抑制につながっていると考えられる。 就職後の職場適応のための集中的支援期を経て安定定着を確認し、定期的な定着状況の把握と必要に応じて集中的なフォローアップ支援を実施する中長期の定着支援に支援の質が変化する3)ことは支援技法のひとつであるが、このような中長期的な定着支援において、2年時点以降で有意であった2つの変数は、定着状況把握の頻度や支援内容を検討する際の有効な視点であると考えられる。 5 まとめ Cox回帰分析の結果、仮説の2について検証されたと考えて差し支えないだろう。また仮説3について直接検証することはできなかったが、一般に集中的支援終了後に中長期的な定着支援へと移行することを踏まえると、本人が有する離転職要因並びに本人の属する支援ネットワークの広がりとその関係に着目することは、定着支援の頻度や支援内容を検討する際の有効な視点であると考えられる。 表2 LogRank検定で職場定着に有意であった変数 表3 就職後時点ごとのCox回帰分析結果 本研究では早期離職に関する仮説1の検証は実施できなかったことから、今後は短期的な離職を抑制する支援や配慮を明らかにする調査研究が望まれる。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:資料シリーズNo.86,(2015) 2)障害者職業総合センター:調査研究報告書No.117,(2014) 3)志賀利一:第Ⅱ部第4章第1節 職業生活継続の支援, 職業リハビリテーションの基礎と実践,中央法規, p.183-200(2012) 【連絡先】 大石 甲 障害者職業総合センター研究部門(社会的支援部門) e-mail:Oishi.Kou@jeed.or.jp 対人緊張の訴えが強い対象者の報告/相談行動への介入−支援における介入効果の測定の重要性について− 佐藤 大作(山口障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 目的 就職を希望する障害者の数は増加しており、平成 26 年 障害者雇用状況によれば雇用障害者数、実雇用率ともに過去最高を更新している。それに伴い、障害の重度化や多様化も進んでいる。職リハ分野の実践現場では対象者毎に抱えている課題、置かれている環境は大きく違う。つまり個人差が大きい。その場合、個人の変化を対象とするシングル・ケース・デザイン(単一症例研究法)1)が有効となるが、職リハ分野において対象障害者の観察可能な行動を記録し、介入効果を測定して確かめるといった実践報告数は極めて少ないのが現状である。そこで、本稿では対人緊張の訴えが強い精神障害のある対象者に対するシングル・ケース・デザインによる支援事例報告と併せて、支援(介入)における効果測定の重要性や課題点について考察する。 2 方法 (1)対象者 山口障害者職業センター(以下「山口センター」という。)職業準備支援(以下「準備支援」という。)を利用した精神障害のある30代男性で、課題は「極度の対人緊張があり、職場で必要なコミュニケーションができない」であった。 (2)支援までの経過 山口センター利用前に複数の職歴があるが、いじめや女性上司から強い叱責を受けた経験等から女性や直接的、威圧的な言い方をする相手に苦手意識があり、報告・連絡・相談等のコミュニケーションを極力避けるようになっていた。また、自分の体臭が気になるときもあり、周囲の人の咳払いなどをきっかけに「自分の体臭のせいではないか」等が頭に浮かび、職務遂行等に支障が出ていた。 (3)介入に至る経過 ①準備支援内での取り組み 作業中、疲労を感じても休まず作業を続けるため「自分から休憩を申し出る」を目標としていたが、3週間経過後も達成できないまま経過していた。また「自分から質問する」「終了報告する」もできないときがある、時間がかかってしまうとの訴えが出された。そのため、カウンセラーと相談し、改善に向けて個別に取り組むこととした。 ②問題点の確認と整理 休憩申し出、質問、終了報告の仕方について、本人は「できていない」と捉えていた。準備支援の場面で確認したが実際には問題は見られず、それぞれ行動レパートリーとして習得していた。改善に向けて動機付けを高め、具体的な目標設定をするため以下のステップで問題点を整理した。 まず「頭の中のアセスメント」ワークシート2)を用いて、苦手な場面で自分がどのような気持ちを抱いているのか書き出した。次に「頭の中のアセスメント」ワークシートの結果を踏まえ、苦手な場面の「気分」「行動」「身体反応」を体験整理シート3)を用いて整理した。最後に苦手な場面毎に不安感の強さを100点~0点で点数化した不安階層表を作成し、どの段階を目標とするか検討した。これらの取り組みと並行して、「認知と思考の特徴」「認知の偏りパターン」「馴化の仕組みとエクスポージャー」の心理教育を行った。 (4)標的行動 標的行動は「自分から質問する」「終了報告する」「自分から休憩を申し出る」のうち、最も苦手な休憩の申し出を自ら選んだ。具体的には不安階層表から「相手が忙しそうにしているときでも休憩を申し出る」とした。この標的行動は、就職後に必要な行動であり、本人にとって取り組む価値あるものと判断した。また、課題改善に向けては本人が苦手としている状況に曝露し、不安を感じたままでも適切な行動を取れた経験を積むことが必要であることについて、説明して本人の同意が得られた。 (5)行動の指標 「休憩を取りたいと思った回数」のうち「実際に休憩を申し出た回数」の頻度を測定した。 (6)セッティング 職業準備支援場面を活用した。測定方法は専用の記録用紙を支援者が作成し、本人が記録することとした。 (7)ベースライン 7日間測定した。 (8)介入 介入1では、苦手な場面に曝露させることを目的にSSTで休憩の申し出の練習をした。この際、集団SSTでは緊張が強く、落ち着いて取り組めないとのことであったため、カウンセラーとの相談場面で実施した。介入2では「午前、午後で1回ずつ休憩を申し出る」を目標とし、申し出の相手と休憩場所の優先順位を付けるなど、休憩の手続きを明確にして取り組んだ。基準1では、申し出る相手を話しかけやすい相手、基準2では「苦手な相手」に変更した。 3 結果 結果を図1、2に示した。図1の横軸は実施日数、縦軸は休憩の申し出の頻度である。図2は休憩の申し出回数である。実施日数1~7及び介入1(実施日数8~10)では0%で推移したが、介入2では100%となった。結果については、面談時に記録票を見ながら本人と共有し、その際「苦手なことなのに、いきなり達成できましたね」「なかなかできることじゃないですよ」等の声かけを行った。介入2実施日数14では0%となっているが、作業時間が短く休憩を必要としなかったとのことだった。 図1 休憩の申し出行動 図2 休憩の申し出回数の推移 4 考察 今回、行動の記録に基づいて介入効果を把握しながら支援を行った結果、改善が見られた。支援効果を検証するためには記録を取ることが大切とされている4)。ここでは、支援効果の検証以外の効果と課題点について整理し、記録を取ることの重要性について考察する。 (1)記録を取る効果その1:正確な現状把握 問題点の改善に取り組む前に原因を考えることが重要である。行動について記録を取ることで正確な現状把握ができ、原因推定の足掛かりとすることができる。また、本事例では測定結果を見て「自分が思っていたほど報告に時間はかかってなかった」と対象者自身が問題を過大視していたことに気付くことができた。 (2)記録を取る効果その2:達成記録が好子として働く 今回は専用の記録用紙を用いて、目標行動ができたら自身でチェックを入れる形で記録を取った。用紙に書くことで達成状況が見える形で確認できること、達成の推移を感じやすいこと以外にも「チェック印」という視覚刺激自体が好子として働いたとも考えられる。また、記録用紙をカウンセラーとの達成状況を共有するツールとして用いることで、時間が経過しても「昨日もできましたね」「この日は目標達成ですね。やりましたね」と支援者からの結果に基づく具体的な承認(強化)を伝えやすくなった。 (3)記録を用いた支援での留意点 ① 観察可能な行動を記録する 今回、対象者の主訴は対人緊張の強さであったが、記録を取る際に緊張感や不安感の強弱(例えば、不安感の点数化など)を指標としなかった。主観的判断の自己報告では、バイアスや歪みを生みやすいためである4)。観察可能な行動を選ぶことが基本となる。 ② 解決したい行動に合った指標を選択する 行動測定の基本的な指標は回数、頻度、持続時間、強度等である。今回は頻度(実際の申し出た回数/休憩したいと思った回数)を指標とした。本事例の問題の本質は「休憩の申し出」ではなく「休憩したいが取れないこと」にあるからである。1回休憩できても、休憩を取りたいと思った回数が、1回なのか10回なのかで意味が違ってくる。指標は解決したい行動に合ったものを選択することが重要である。 ③ 記録を取るコストを減らす工夫をする 記録はいかにコストをかけず取るかが重要である5)。今回は専用記録用紙を作成し、負担を減らした。また、対象者自身が記録する方法をとった。支援者が記録しなくても、本人や事業所担当者等が取ることも可能であろうし、自ら取ることで問題の把握を促す効果も期待できる。その際、支援者には記録の取り方を教示するスキルが求められる。 5 まとめ 本事例で支援における記録を取ることの重要性について考察した。現在はエピソード記録が主流と思われる。しかし、職リハ分野での支援の質を高めるためには、観察可能な行動を記録し、介入効果を測定し、本当に効果的な方法なのかを検討するといった実践の積み重ねが必要である。今後もさらに実践報告を行っていきたい。 【参考文献】 1)奥田健次:症例研究の方法「リハビリテーションのための行動分析学入門(監修)河合伊六」、p.37-49,医歯薬出版(2006) 2)東京学芸大学特別支援科学講座小笠原研究室:「機能的アセスメント」http://www.kei-ogasahara.com/support/assessment/ 3)「精神障害者職場再適応支援プログラム~気分障害等の精神疾患で休職中の方のためのストレス対処講習~」障害者職業総合センター職業センター支援マニュアルNo.9(2013) 4)仁藤二郎、奥田健次:嘔吐不安の訴えるひきこもり男性の食事行動への介入-エクスポージャーにおける行動アセスメントと介入の評価-「行動分析学研究2013 vol.27No.2」p.80-91 5) 島宗理:「使える行動分析学-じぶん実験のすすめ-」p.119,ちくま新書(2014) うつ・気分障害圏に特化した就労移行支援~リワーク支援で人生の選択を~ ○新倉 正之(リワーク支援青山会 就労支援員・生活支援員) 櫻井 照美(リワーク支援青山会) 1 はじめに 我々、青山会グループでは、2011年にクリニックデイケアでのリワークプログラムを開始し、うつ病の復職支援を行なってきた。実践の中で、リワークプログラムに関するニーズが多様化していると感じ、その多様なニーズに対応すべく、2012年より就労移行支援事業所を開設し、リワークプログラムでは支援が十分に行なえないケースに支援を行なってきた。 今回は、当事業所の利用者事例を通して、我々の取り組みについて実践発表を行ないたい。 2 クリニックデイケアにおける実践と課題 まず、当事業所を開設するにあたり、我々は同法人クリニックにおいて、2011年より小グループ制(6名程度)、短期間(2か月)の「自己理解」をテーマとしたリワークプログラムを行なってきた。その中で、大きく2つの課題を感じたのでお伝えしたい。 (1)離職者への対応の課題 リワークプログラムに対し、離職者からの問い合わせは数多くあった。また、プログラム受講後、離職の選択をする者、休職期間・就労環境的に離職せざるを得なかった者もいた。 しかしながら、当クリニックでは期間的、マンパワー的な問題から上記のような離職中で、再就職支援を必要とする者への十分な支援が行なえない課題を感じた。 (2)生活支援、ストレス耐性の課題 生活リズムが整わず、リワークプログラム中に欠席を重ねる者や日々のストレス耐性に課題を感じる者も見られ、プログラム終了後、復職するも再休職となるケースもあった。この事から、生活面として一定の期間、個別の関わりを通した生活リズムの形成が必要であると感じた。 また、ストレス耐性としては、短期間のリワークプログラムでは、うつの背景となるパーソナリティや行動特性に対する気付きは得られたものの、気付きに対する自己洞察には大きな個人差があると感じた。ストレス耐性向上に向けた、対人関係能力・問題解決能力を獲得するためには、一定期間、集団と個人の双方から自己の変容を促すアプローチが必要と感じた。 3 リワーク支援青山会の特色 以上の経過から、一定期間・個別対応を必要とする再就職支援の必要性を感じ、就労移行支援事業所を開設し、支援を展開してきた。当事業所の特色を紹介する。 (1)対象 当事業所では、上記の経過から離職中でうつ病、気分障害の者を対象としている。具体的には、リワークプログラムを受講したいが、既存のサービス枠では参加困難となっている者。また、認知行動療法を受けたいが、デイケアには抵抗がある者、公共の職業訓練だけでは認知面の改善に至らず、就労が困難となっている者などサービスの狭間にいる者を対象としている。 (2)各種リハビリテーションプログラム 当事業所では、精神面、職業面、生活面の3点に焦点を当てたリハビリテーションプログラムを実践している。 ① 精神科リハビリテーションプログラム 離職者の認知行動療法を受けたいというニーズを満たすため、認知行動療法、マインドフルネスを取り入れ、同法人クリニックの心理士、精神科医による心理・疾病教育も展開している。 ② 職業リハビリテーションプログラム 離職期間が長く、ブランクが長い者向けに、基本的なビジネスマナーを実施している。また、対人関係能力の獲得を目指しコミュニケーションに主眼を置いたグループワークや、学んだスキルを実践するための作業プログラムを展開している。 ③ 生活面 生活リズムの形成、ストレス状況の可視化を目的に、行動記録表を付けて日々の疲労度、感情の揺れなどを客観視できるように取り組んでいる。 以上の3点から、「自己の変容」をテーマに一定期間、集団活動・個別支援を通して自己理解を進め、納得した再就職が出来るよう自己決定を尊重した支援を展開している。 4 事例紹介(Aさん 30代・男性 職種:SE) 以後は、事例を通して利用のモデルケースを紹介する。Aさんは、同法人クリニックにてリワークプログラムを受け、復職とならず退職。以後、リワーク支援青山会を利用し、障害者枠にて就労し2015年8月現在まで就労を継続しているケースである。 (1)同法人クリニック リワークプログラム参加まで X年3月、出勤途中で会社に行けなくなり、心療内科受診。以後、職業センターリワークプログラムを利用し、X年10月に復職。その後、勤務継続されるが、異動、引っ越し、研修などが重なりX+1年9月再休職。X+1年12月には症状改善されるも、人事・産業医面談など復職に向けた動きがあると状態悪化を繰り返す。療養を続ける中で、今後の復職、再就職を考えX+2年11月、障害者手帳を取得。その後、状態安定し、X+3年2月より復職に向けた活動をするため、同法人クリニックリワークプログラムの参加をされる。 (2)リワークプログラムの経過 X+3年2月よりリワークプログラム参加し、状態安定、欠席もなく参加される。プログラムを受講し、自身の行動特性、ストレス場面については理解が得られた。復職に関しては、本人の傾向から職場環境・労働環境調整のため、障害者手帳を利用した障害者枠での雇用継続を求め交渉をした。結果、折り合いがつかず退職を決意。障害者雇用を前提とした再就職を考える。 (3)リワーク支援青山会の利用 リワークプログラム終了後、生活リズム形成、社会との関わりの場としてX+3年4月、当事業所の利用開始。プログラムを通し、ストレス耐性の向上、自己理解の促進に取り組む。 (4)就職活動期 通所安定、体調安定されているため、個別面談で応募職種、就職条件の整理を行ない、障害者枠・一般事務職での再就職を決意。10社応募し、うち1社から内定を受けX+3年6月入社となる。 (5)就職後 1ヶ月に1度のフォローアップ面談を実施。職場内、生活での悩みを聞き、X+4年現在も1ヶ月に一度ペースで面談を続けている。 5 事例まとめ Aさんのような、リワークプログラムを利用後、復職に至らなかったケースの支援機関として、当事業所が効果的に支援できたと考えている。 (1)離職者ニーズの対応 これまで、リワークプログラム終了後、スムーズに復職に至らなかった者へのフォローとして、デイケアの利用等を勧めてきた。しかしながら、プログラム内容や疾患種別から通所への抵抗感を感じる、もしくは定着できないケースが見られた。この点に関し、就労移行支援事業所として、認知行動療法、そして再就職を目的としたプログラムを展開することでうつ病離職者のニーズを満たす事が出来たのではないかと考えている。 (2)生活支援、ストレス耐性の対応 生活面の支援としては、日中の通所先があることで生活リズムの形成が出来たと考えている。同時に、行動記録表の作成、個別面談を通して自身の生活をスタッフと振り返ることで、調子の波を明確に捉えられるよう支援を展開出来たと考えている。 ストレス耐性への支援としては、プログラムを通して集団と関わることで、対人関係における課題を認識できるよう支援が展開出来たと考えている。 また、Aさんのようにリワークプログラムを通して、自己理解がある程度得られている場合、個々の行動特性に焦点をあて、雇用条件など環境調整を主として考えることも効果的な支援であったと考えている。 6 今後の課題 以上から、うつ病離職者への支援として就労移行支援事業所で一定期間・個別支援を行なうことは、ニーズに応えられる物であると考える。 うつ病の復職支援のリワークプログラムと併せて離職者への再就職支援も行なうことで、うつ病のトータル支援が行なえるのではないかと考える。 しかし、実践に際し課題も感じている。 まず、サービス利用に至るまでの課題が挙げられる。情報提供の面では、うつ病の復職支援機関及び医療機関と連携を取り適切なタイミングで関われるかが課題である。他の復職支援機関において、うつ病離職者の参加ニーズを把握する仕組みと、再就職支援のサービスをスムーズに橋渡しする機能・役割が必要であると考えている。そのために、今後はうつ病離職者と関わっている機関との連携が求められている。 次に、障害福祉サービスのハードルの高さが挙げられる。離職者にとっては、「障害」というワードから障害福祉サービスを利用することが本人に取って大きな心理的抵抗となり、利用に積極的ではないケースも散見される。 回避傾向のある離職者の場合、ニーズが再就職に絞られ、これまでの休職・離職の原因となる自己の行動特性・認知面の課題を認識しづらい点があると考えている。就労支援センターや障害福祉、生活困窮者の行政窓口からの紹介に対し、就労継続のために、自己を見直す必要性をどう本人に自覚してもらうかが課題であると感じている。 【連絡先】 新倉 正之 医療法人財団青山会  就労移行支援事業所 リワーク支援青山会 e-mail:rework@bmk.or.jp TEL:045-260-6631 FAX:045-260-6632 こころの病に伴う「疲労」の軽減に関する就労支援ニーズ ○石川 球子(障害者職業総合センター 特別研究員) 布施 薫 (障害者職業総合センター) 1 はじめに —リカバリーと職場における疲労軽減— 精神障害、発達障害及び発達障害とその二次障害等を有する従業員の不安感や身体的症状などに起因した「疲労」は1)、周囲からはわかりにくいため、負荷がかかり易い傾向にある1)。 特に、好発年齢の低い統合失調症や非定型うつ病等の早期精神病の若者は、孤立感や焦り等のプレッシャー等で疲労を強く感じる傾向にある1)。また、職業はリカバリーにとって重要であることから、こうした「疲労」の予防が職業の継続に重要となる。 さらに、精神障害を有する方自身(以下「ユーザー」という。)が提唱するリカバリーの3原則(表1)によると、ユーザーによる「疲労」管理の方法(原則2)、病後の生活を立て直す(原則3)ための「支援」の重要性が窺える。また、こうした支援は、「就労」という願いを叶える可能性に対する希望ともなる(原則1)。 表1 ユーザーが提唱するリカバリーの3原則 1 個人の目標と願いを叶える可能性に対する希望が常にある 2 人生や症状について、ユーザー自身が管理できる 3 病後の生活を立て直す機会を得る (NHS Confederation)2) また、リカバリーを支える家族を対象とした調査3)に基づく「本人・家族の安心に繋がる支援実現のための7つの提言」(表2)3)の内、経済的なことの他に、特に、職業生活におけるユーザーと家族の疲労軽減に直接的に関連する「個別支援体制の確立」、「利用者中心の医療の実現」、「家族に対する適切な情報提供」の具体策の検討は有用である。 表2 本人・家族の安心に繋がる支援実現のための7つの提言 本人・家族のもとに届けられる訪問型の支援・治療サービス 24時間・365日の相談支援体制の確立 本人の希望に沿った個別支援体制の確立 利用者中心の医療実現 家族に対する適切な情報提供がなされること 家族自身の身体的・精神的健康の保障 家族自身の就労機会及び経済基盤の保障 (全国精神保健福祉会連合会,2010)3) さらに特に、新たに障害者を雇用する事業主等からの職業リハビリテーション分野の支援者へのこうした疲労軽減に関する合理的配慮やナチュラルサポートの視点を含む情報提供や配慮推進方法に関する支援ニーズの高まりもみられる。また、ユーザーの就労継続と上司や同僚等によるナチュラルサポートの有無との関連性を示す先行研究もみられる4)。 2 目的 本稿では、「精神障害等の見えにくい障害を有する従業員の疲労軽減のための方策に関する調査研究」結果1)から、二次予防(早期発見と適切な対処)及び三次予防(職場復帰支援)を踏まえた職業リハビリテーションと前掲のリカバリーと家族の視点に立ち、精神障害・発達障害等の見えにくい障害を有する従業員への「必要となる疲労の軽減策」と「疲労軽減のための就労支援ニーズ」とを報告する。 3 方法 前掲の調査研究1)の一環として実施した「精神障害・発達障害を有する従業員の疲労軽減等に関する実践事例調査」1)と「こころの病に伴う疲労の軽減に関する就労支援ニーズ調査」1)にみられた「必要となる疲労の軽減策」の検討結果から軽減策のための就労支援ニーズを考察した。 4 「必要となる疲労の軽減策」の検討結果 必要であると示された疲労軽減策を以下にまとめておく。 (1)合理的配慮の視点からの「疲労軽減策」の検討結果 「精神障害・発達障害を有する従業員の疲労軽減等に関する実践事例調査」では従業員63人の疲労軽減のための企業内における「配慮内容と効果」及び「推進上の課題」を調査し、収集した配慮実践事例を事例集1)にまとめた。 イ 配慮を必要とした「疲労を訴えた状況」 疲労軽減策(配慮)を必要とした状況(複数回答)(表3)には内面的な状況と環境面の状況が含まれた1)。 表3 配慮を必要とした従業員が疲労を訴えた状況(件) 自己評価の低下 内面 26 他人の気持ちを理解する 内面 24 仕事の量が多い 環境 24 新しい仕事や予定の変更 環境 23 集中力の持続 内面 19 自分の気持ちを表現する 内面 19 モチベーションの低下 内面 17 周囲の物音や雑音・仕事内容が難しい 環境 10 温度や湿度の変化 環境 6 不慣れな場所への移動 環境 5 ロ 事業主による配慮推進事例の予防的効果 事例集の配慮推進事例の効果について以下にまとめた。 (イ)二次予防(早期発見と適切な対処)としての効果 二次予防としてユーザー他に事業主、他の従業員への多様な効果が精神、発達、併存の各障害事例にみられた1)。 (ロ)三次予防(復職支援)とリカバリーにおける効果 若干の課題を残すものもあるが、収集した大多数の配慮事例で効果がみられ、表1のリカバリーの3原則に則した配慮事例もみられた5)。 (2)リカバリーの視点からの「疲労軽減策」の検討結果 「こころの病に伴う疲労の軽減に関する就労支援ニーズ 調査」1)の目的は、「就労への移行及び継続等」と「リカバリー」のための個別支援体制の強化に向けた「疲労軽減策」の検討で、倫理審査委員会の承認、東京都精神障害者家族会連合会の協力を得て郵送調査を実施した。疲労の原因(回答数244件)(表4)では「将来などについての不安感」による「疲労」が最多で、その不安感の原因の最多は「定職がないため」(72.1%)であった。なお、障害の内訳は、統合失調症228件、うつ病26件、不安障害24件、依存症16件、発達障害15件、双極性障害14件、摂食障害7件、その他17件であった。 表4 疲労の原因    (複数回答)(%) 将来などについての不安感 83.6 自己評価の低下・自身を責める 61.5 周囲のこころの病に対する誤った認識 58.2 本人自身が、希望や主張を上手く伝えられない 56.1 本人が、他人の気持ちを理解しづらい 55.3 支援がなかなか受けられない状況における孤立感 53.7 症状の安定を図る方法に関する情報の不足 48.0 動機付けの欠如による悪循環 39.3 服薬管理についての情報の不足 35.7 病に関する情報不足 29.1 その他 23.0 さらに、家族が専門家への相談が必要としたのは、社会的ネットワークを広げる方法(65.2%)、精神症状軽減の方法(61.7%)、問題解決の方法(同)、規則正しい生活や栄養バランスに配慮した食事(58.3%)、コミュニケ-ションにおける感情表出の留意点(54.3%)、再発と再入院の予防法(44.8%)、服薬管理方法(同)1)であった。 5 「疲労軽減のための就労支援ニーズ」の考察 「こころの病に伴う疲労の軽減に関する就労支援ニーズ調査」結果の「疲労の原因」(表4)の他に、ユーザーをサポートする家族への有用な情報、専門家に相談したいことの回答230件1)も踏まえ、疲労の軽減策のための情報提供や支援方法等に関する就労支援ニーズを以下に考察した。 (1)「自己効力感回復」や「動機付け」の支援の必要性 疲労の原因の2位であった「自己評価の低下・自身を責める」ことが、若い程多いという結果1)から、自己効力感回復の支援(SSTや認知行動療法6))が特に若者及び早期精神病(発症から5年以内)の場合に重要である。 また、「動機付け(積極的姿勢)の欠如」には、仕事に特化した認知行動療法6)や配慮1) 等が効果的である。 (2)「こころの病に対する誤った認識」を防ぐための支援 周囲やユーザーのこころの病に対する誤った認識による負荷が示された(表4)。職場の上司や同僚に対する正しい情報の提供、また、ユーザーや家族が病気を正しく理解する機会(例:教育入院1)5)外来での心理教育1))を通して、症状の安定を図る・主体的な服薬管理方法を知るための支援が重要となる1)5)6)。また、こうしたことを集団の中で学ぶ機会のメリットを生かした支援や就労支援者や専門家へのタイムリーな個別相談も必要である1)。 (3)家族から専門家への相談が必要となることがら 家族が「専門家への相談が必要」と回答した各項目(前述4(2)下段)の支援者による情報提供が必要となる。 (4)「双方向の円滑なコミュニケーション」のための支援 「希望や主張をよりうまく伝えられる」又は「他人の気持ちをよりよく理解する」ためのSSTなどによる支援が、特に併存症のあるユーザーにとり有用である1)。さらに、家族のユーザーに対する感情表出の少ない接し方(Low EE)1)5)についての情報提供等も欠かせない支援である。 ホ「就労支援者に望むこと」に寄せられた回答 「就労支援者に望むこと」(複数回答)を示したものが表5であるが、こうした支援が求められている1)5)。 表5 就労支援者に望むこと      (%) 本人の得意とすることを活かせる職場を探せるように支援 86.0 就労中に個別支援を受け、就労上の課題を乗り越えられるよう、就労中も個別支援を受けられるようにしてほしい。 84.7 医療及び家族との連携をとりながらの就労支援 76.4 仕事を早く見つけられるよう支援を充実させてほしい 59.0 さらに、「支援がなかなか受けられない孤立感」が疲労の原因ともなっており、例え長期入院後であっても就労支援に速やかに繋がれる道筋を整備することも必要である。 【文献】 1)石川球子:精神障害等の見えにくい障害を有する従業員の疲労軽減のための方策に関する調査研究「資料シリーズNO.85」障害者職業総合センター(2015). 2)NHS Confederation:Supporting recovery in mental health. 3)全国精神保健福祉会連合会:精神障害者の自立した地域生活を推進し家族が安心して生活できるようにするための効果的な家族支援等の在り方に関する調査研究(2010.3). 4)Corbi?re,M.,Villotti,P.,Lecomte,T.,Bond,G.R.,Lesage,A., Goldner,E.M.:Work Accommodations and Natural Supports for Maintaining Employment. Psychiatric Rehabilitation Journal Vol.37,No.2,90-98(2014). 5)障害者職業総合センター:リカバリーのための就労支援 —就労支援者用マニュアル— (2015). 6)L?vvik,C,?verland,S.,Hysing,M.,Broadbent,E.,Reme,S.E.: Association Between Illness Perceptions and Return-to-work Expectations in Workers with Common Mental Health Symptoms. Journal of Occupational Rehabilitation 24: 160-170 (2014). 社会的行動障害への医療機関での対応・技法について~「医療機関における高次脳機能障害者の就労支援に関する実態調査」より ○土屋 知子(障害者職業総合センター 研究員) 田谷 勝夫(障害者職業総合センター) 1 背景・目的 社会的行動障害には、「意欲・発動性の低下」「情動コントロールの障害」「対人関係の障害」「依存的行動」「固執」の症状があるとされている1)。研究ニーズに関する当機構内の調査において、特に「情動コントロールの障害」「対人関係の障害」に起因する職業上の課題について支援に苦慮することが多く、高次脳機能障害者に接する機会の多い医療機関での支援方法について情報を得たいとの要望が挙げられた。本稿では「情動コントロールの障害」に関する支援技法についての調査結果を報告する。 2 方法 本調査は、「医療機関における高次脳機能障害者の就労支援に関する実態調査」の一部として実施した。調査票の配布先、回収率等は、本論文集「医療機関における高次脳機能障害者の就労支援の現状」の項を参照されたい。 (1)支援技法に関する設問 2008年以降にリハビリテーション医療分野の雑誌に掲載された、「社会的行動障害」をタイトルまたはキーワードに含む論文または特集記事から、情動コントロールや対人関係の障害に対応するものとして記載された支援技法を抽出後、25に整理し、内容・目的から4グループに分類した。 グループ名 内容 環境調整 アセスメントと環境調整 気持ちの安定 支援対象者の気持ちの安定を目指すもの 障害理解 支援対象者の障害の理解の深化を目指すもの 対応力向上 支援対象者の様々な場面への対応力向上を  目指すもの 調査票において、各支援技法を上記グループとは関係なく選択肢として配列し、情動コントロールの障害のある患者に対し、回答者個人が普段の臨床場面の中で活用する支援技法について、個数の制限なく選ぶよう依頼した。 (2)回答者の所属機関に関する設問 回答者の所属する医療機関の高次脳機能障害者への対応として、「1.診断・評価のみ実施」「2.高次脳機能障害に特化した訓練プログラムを実施」「3.高次脳機能障害に特化した就労支援を実施」から回答を求めた。「1」のみの回答者については、本稿の分析から除外した。以下、「3」に回答のあった回答者を「就労支援あり群」それ以外を「就労支援なし群」として分類した。 3 結果 (1)各支援技法が活用される割合 各支援技法について、普段の臨床場面で活用すると回答された割合を図に示す。全体の半数以上の回答者が活用すると回答した支援技法はいずれも「環境調整」あるいは「気持ちの安定」グループに属する支援技法であった。 (2)就労支援なし群と就労支援あり群の比較 両群の違いについて検討するため、各回答者一人あたりが活用する支援技法の総数に着目して比較した。Mann-WhitneyのU検定を行ったところ、就労支援あり群の方が活用する技法の数が有意に多かった(p=0.008)。 (3)就労支援なし群とあり群の比較(技法グループ別) 各支援技法グループ別に、両群の各回答者一人あたりが活用する支援技法の数について比較した。Mann-WhitneyのU 検定を行ったところ、「障害理解」に関して就労支援あり群の方が活用する技法の数が有意に多かった (p=0.004)(表2)。 p値 Bonferroni 補正後のp値 環境調整 .166 .664 気持ちの安定 .096 .384 障害理解 .001 .004 対応力向上 .022 .088 4 考察 医療機関における情動コントロールの障害に対する支援技法について検討を行った。就労支援の有無を問わず多くの回答者が活用する支援技法は、環境調整や支援対象者の気持ちの安定を目指す支援技法であり、これらは情動コントロールの障害を持つ高次脳機能障害者に接する上での基本的な支援技法であると考えられた。 就労支援を行う医療機関とそうでない医療機関の違いについて、活用する支援技法の数に着目して検討を行ったところ、就労支援を行う医療機関の方がより多くの支援技法を用いて支援を実践していた。中でも、支援対象者の障害理解を深めることに関して多くの種類の支援技法が活用されており、就労支援との関連が深いことが考えられた。 当研究の限界・課題として、活用する支援技法の数に着目した分析であるため、それらの用いられる頻度やその効果については言及できない点がある。その他、調査票の配 布が無作為ではないため医療機関の現状を偏りなく反映しているとはいえないこと、支援技法の分類が内容によるものであるため調査者の主観性を排除できず別の分類方法もあり得ることが挙げられる。今後の取り組みとして、上記の課題点を踏まえた上で、就労支援の場面において、情動コントロールの障害等に起因する職業上の課題に対する効果的・効率的な支援技法を把握することを目指したい。 【参考文献】 1)厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部、国立障害者リハビリテーションセンター: 高次脳機能障害者支援の手引きp.4-5,(2008年) 小児期受障の高次脳機能障害者への就労準備支援の重要性 ○阿部 里子 (千葉県千葉リハビリテーションセンター 高次脳機能障害支援センター ソーシャルワーカー) 遠藤 晴美・太田 令子・大塚 恵美子・小菅 倫子(千葉県千葉リハビリテーションセンター) 高橋 伸佳(千葉県立保健医療大学) 1 背景 千葉県千葉リハビリテーションセンター(以下「当センター」という。)は平成13年度から高次脳機能障害支援モデル事業に参画し、開始時より多くの支援を経験している。そのなかで小児期に発症し青年期となり就労に至るケースが増えている。国内では小児期に受障した高次脳機能障害者への就労支援の報告は少ない現状がある。今回、回復期から現在に至るまでの長期に渡り関わった症例の、職場定着支援を行った5年間をふりかえり、小児期受障の高次脳機能障害者にとって必要な支援の在り方を検討したので報告する。 2 対象および経過 (1)医療的経過 A氏(30歳男性)はH12年3月(15歳)に自転車で中学校登校中、自動車に衝突され受傷。外傷性くも膜下出血、脳挫傷の診断で保存的治療を受ける。約2週間意識障害があったが、受傷1か月後に急激な回復を示し経口摂取可能、車椅子座位可能となる。受傷2か月後にリハ目的で当センターに転院する。転院時意識清明、発声はほとんどないが、口形を見て発語はほぼ可能。意思疎通可能。右上肢:軽度痙性、共同運動レベル~分離運動しはじめ。右下肢:分離運動しはじめ。介助にて立位保持可能。尿・便意有。PT,OT,ST,スポーツリハ訓練を受け、受傷後5か月で右片麻痺改善、歩行自立、ADL自立。知的レベルは改善し退院となる。その後は当センターにて定期診察、個別ST、個別心理を継続していた。H19年(22歳)当センター外来の認知リハグループ訓練に参加。(1クール6か月)H19年当センターフォロー終了。 (2)就学 受傷時中学3年生で高校進学が内定していた。本人の強い希望で高校1年生7月末より試験登校し2学期(受傷6か月後)より特別な配慮なく復学。H15年3月高校卒業。自身のリハビリ経験から短大の介護福祉士養成課程に入学し、指導教官等による手厚い支援を受け、留年をしながら4年かけて卒業し介護福祉士の資格を取得した。 (3)就労 H19年3月短大卒業後指導教官の紹介で有償ボランティアとして単身生活をしながら障害児サービス事業所に勤務し、清掃等の間接支援業務を行う。H22年4月同指導教官の紹介で、障害があることを前提に高齢者施設に介護福祉士として就職した。 (4)障害の状況(H24年時点) 身体機能:麻痺はなく問題なし。 高次脳機能障害:記憶障害、注意障害、遂行機能障害が 残存。WAIS-Ⅲ VIQ92 PIQ106 FIQ98  WMS-R 言語性68 視覚性104 一般73 注意/集中95 遅延再生52 自己認識:知的な障害の気づき段階で、体験的気づきは希薄 代償手段:メモを取ることはできるが参照は困難 3 経過・結果 H22年5月就職1か月後に当センターに卒業校の指導教官から、介護職として働いているが仕事がなかなか覚えられない、同じミスをする、利用者とコミュニケーションが取れないといったことに対する支援依頼があった。当センタースタッフが事業所訪問し、本人、事業所、教員を交え状況の確認を行い、定期的に連携会議を開催することになった。 (1)第1期支援 H22年4月~24年3月 連携会議の開催:月1回の業務の振り返り会議を実施。参加者は本人、事業所管理者、業務上の上司、同僚および当センタースタッフ。 当センターからの提案:「振り返りシート(表1)」の作成。ミスのあった場面、良かった場面、本人がどのように考えて行動したのかを記入し、職場からもその時の評価を記入してもらった。 がんばった事 提案の狙い:①事業所評価および本人の評価をもとに双方のギャップを可視化。②業務場面から見える障害特性の説明を当センタースタッフが行い、事業所側の障害理解を促す。③業務場面ごとの手順書の作成や1日のスケジュール等、業務の切り出しと作業手順の可視化。④本人の能力に合わせた業務見直しと環境調整の工夫。 (2)第1期支援結果 本人の障害特性に合わせ作業内容を、直接介護業務の削減、お茶出し・リネン交換・ドライヤーかけ等間接業務へシフトした。また疲労に起因する注意転動による失敗軽減をめざし勤務時間を短縮した。入職当初は介護福祉士の専門性を活かしたいという本人の希望に沿った業務が組まれていたため、環境調整をしたことにより結果としてステップダウンしたという印象が強く、モチベーションの低下、就労態度の不良を招いた。代償手段の活用や対人関係等自分の行動を変えることはできず、当センター介入後ステップアップをはかれなかった。また事業所の現場では職員全体の共通認識が持てず、一部の職員は熱心に関わっているが、状況が改善しないことへの疲弊感が感じられた。一方家族は「ここを辞めれば次に行くところがない」という思いが強く、短大も頑張り通せたのだからと本人には今の職場で頑張るように励ましていた。 (3)第2期支援 H25年4月~26年3月 障害認識の向上、代償手段獲得のため当センターで実施しているレディネスグループ(1クール1年、小児期に高次脳機能障害を受障した青年が対象)に参加し、作業活動を通し、働くマナーや工夫を学び職業準備性を高める訓練を、現状勤務を継続しながら実施した。 (4)第2期支援結果 グループ活動中は、作業場面でミスがあった時に、その場ですぐにフィードバックすれば自分のミスをすぐ受け入れられ、代償手段の必要性を理解できたが、職場での汎化は難しかった。月1回の連携会議での振り返りだけでは支援の有効性が得られないと判断し、地域障害者職業センター(以下「職業センター」という。)へジョブコーチ(以下「JC」という。)の支援依頼を行った。JC導入のための評価結果においては、事業所内の環境調整の必要性は低く、この職場では現状以上のステップアップは困難であるなど、業務と障害特性のミスマッチの要因が大きかった。またこの時期上司の指摘に対し感情的な言動をすることも見られるようになり、このまま働き続けることが本人にとって良いのか事業所も支援者も考えさせられる結果となった。 (5)第3期支援 H26年4月~27年3月 現在の職場以外の、職業イメージを作るために、高次脳機能障害の方が働く事業所の見学と、就労移行支援事業所の見学を行った。しかし「他に働けるところはないから、ここにいる」「面倒くさい」と消極的な理由で仕事を続けたいと、本人の気持ちが変わることはなかった。この状態ではうつなどの二次障害を起こす可能性も有り、就労移行支援事業所を経て本人の得意な部分を活かした仕事につくことを勧めた。これまで他に働けるところがないことを理由に転職に消極的であった家族と当センター支援者が面談を行い、本人らしさを発揮できる職場があることを説明し、そのために就労移行支援施設で訓練を受けることを勧めた。 (6)第3期支援結果 家族が支援者の提案に理解を示し、最終的に家族から「もっと自分に合った良い職場がある」と本人に退職を勧め、H27年3月末で退職し、障害福祉サービス生活訓練事業所を利用することとなった。 4 考察 本症例の長期間にわたる支援を通じて、以下のことが課題であったと考える。①入職当初に障害特性に応じた作業の切り出しとステップアップの道筋が見えないまま働き始め、結果として支援機関の介入が本人の働く意欲や未来への見通しが持てないものとなった。②資格を活かすことが前提になり、障害特性と業務内容のミスマッチを修正しにくくした。③就労準備支援を経ることなく就労に至ったために、障害特性が就労に与える影響についてイメージを本人・家族ともに持っていなかった。④学校生活などこれまで頑張ることで切り抜けてきた経験が、働くことにも通じるという家族の思いがあり、こうした家族への思いに対しきちんとした家族支援が行われてこなかった。 5 まとめ 小児期に発症し就労準備支援が十分でなかった症例支援の5年間の経過をまとめ、小児期受障(受障前に就労経験がないかもしくは安定した就労を経験していない)者の支援の在り方を考察した。 (1)小児期受障の高次脳機能障害者に対しての就労準備支援プログラムの充実 特別支援校にはキャリア教育カリキュラムがあり、高校入学後から体験的にじっくりと自分の進路を検討するシステムがある。しかし普通校出身者にはこうした機会は少ない。小児期受障の青年に特化した障害の気づきの促進や、就労を意識した体験的プログラムを開発し、適切な職業選択ができる就業前の支援が重要である。 (2)家族支援プログラムの充実 小児期受障にとって、家族の影響は成人期受障者よりもはるかに大きな影響力がある。青年期を迎える高次脳機能障害者の家族が、将来就労した場合に及ぼす障害特性の影響を理解し、障害福祉サービスや就労支援等の社会資源を把握しながら就労イメージを持てるプログラムを開発する。 【連絡先】 千葉県千葉リハビリテーションセンター 高次脳機能障害支援センター e-mail:satoko.abe@chiba-reha.jp 障害者支援施設<にじ>における脳卒中後遺症者の就労影響因子の検証 ○福澤 至(別府リハビリテーションセンター障害者支援施設<にじ> 作業療法士) 古本 節子・芝尾 與志美 長岡 博志(別府リハビリテーションセンター障害者支援施設<にじ>) 1 緒言 脳卒中後遺症者の就労に重要な因子を検証し、就労支援に寄与する事が本研究の目的である。豊田1)の報告では勤労者世代における脳卒中の実態は、30歳代という若年層で増加傾向にあるという。また、佐伯2)、平松3)、豊永4)らによれば脳卒中後の復職率は3割程度で、大半は軽症例であるとの事である。したがって勤労者世代で就労が難しい脳卒中後遺症者が増える可能性があり、脳卒中後遺症者の就労支援は喫緊の課題である。 今回、社会生活力向上を目標に障害者支援施設で自立訓練、就労移行支援を実践した120名の脳卒中後遺症者を対象とした就労に影響する因子の検証を行った。その内容と結果について考察を加え報告する。 2 対象 (1)対象者の分類 障害者支援施設<にじ>に入所し、自立訓練または就労移行支援を実践し、2011年4月~2015年3月の期間内で退所した脳卒中後遺症者120例を対象とした。このうち復職、一般就労、福祉的就労(就労継続支援A型・B型)の帰結となった利用者45例を就労群、その他の帰結となった利用者75例を未就労群として分類した。 (2)障害者支援施設<にじ>の概要と訓練内容 障害者支援施設<にじ>は、施設入所支援の中で機能訓練54名、生活訓練20名、就労移行支援6名の入所定員80名の施設である。訓練に特化した取り組みを実践しているため、入所者は食事・排泄面の介護を要さないレベルの割合が多い。訓練は、50分1時限の訓練枠を平日6時限、土曜日3時限の時間割を基本にして、平日は4時限以上、土曜は1時限以上の訓練を行うスケジュールを実践している。訓練内容は国際生活機能分類を基に施設で作成した約30種類のプログラムから担当療法士と利用者との協議の元、個別選択され設定する。 表1に各群の利用者属性と評価の比較を示す。評価内容は、Functional Independence Measure(以下、FIM)を日常生活動作の指標として用い、その他定期的評価の中から6分間歩行距離、握力、10m歩行最速を抜粋した。これらの項目は、2群共に入所時に比べ退所時は有意な向上を認めている。また就労に必要と考えられる自動車運転免許の更新の有無とデータ整理の際に未就労群に多い傾向にあった糖尿病の有無を加えて列挙した。 表1 就労群と未就労群の属性および評価の比較(数値データは中央値を記載) 3 方法 就労の有無に関する複数の予測因子の独立した寄与を算出するために、就労の有無を従属変数とするロジスティック回帰分析を行った。独立変数は、年齢、性別、発症から入所までの期間、入所期間、自動車運転免許更新の有無、糖尿病の有無、さらに就労するための因子を検証する目的により、退所時のFIM運動項目合計、FIM認知の各項目、10m最速歩行、麻痺手握力、6分間歩行距離の評価項目を挙げた。歩行困難な場合の歩行タイムの数値は0秒とし、両側脳損傷者の握力は数値が低い方を記録した。 統計解析はSPSS PASW statistics18で行った。変数選択にはステップワイズ法を用いた。就労影響因子を厳選し、訓練や評価に活用するため、有意水準は変数除外と組み入れも含め0.05とした。 4 結果 ロジスティック回帰分析にて有意に影響を与える因子として抽出されたのは、退所時FIM記憶(p=0.009)と退所時6分間歩行距離(p=0.011)であった。表2にステップワイズ法における最終ステップの抽出結果を示す。 表2 就労影響因子の抽出結果 5 考察 本研究の結果、①記憶障害の影響が少ない、②6分間歩行距離が長い事が就労しやすい傾向が示唆された。記憶障害の影響については、就労群と未就労群の中央値の違いが完全自立と修正自立になっており、業務における記憶障害の影響で就労に不利な状況を招きやすい事が示唆される。したがって、障害者支援施設における就労支援において、記憶の代償としてメモを取る等の手段の定着に加え、完全自立に近いレベルを目指す必要がある。それには実習等の機会を得て業務に影響しない時間内での記録や要点をまとめて記載出来るといった、より習熟する訓練が重要であると考える。また6分間歩行距離については、中央値の違いが就労群は394mで未就労群は282mという約110mの差を認めた。佐伯2)は復職の必要条件の一つとして、疲労なしに少なくとも300mの距離を歩行できる事を挙げおり、今回の結果からも300m以上疲労なく歩ける事は就労を視野に入れた訓練において目指すべき指標であると考える。 本研究の限界として、就労影響因子を厳選する事を目的とし、影響因子は2つに絞られたため、抽出されなかった影響因子が潜む可能性がある。ステップワイズ法の最終ステップの結果から、糖尿病の有無、自動車運転免許更新の有無、入所期間、年齢、退所時FIM問題解決が関連する可能性もあるため今後データ数を増やし検証していく必要がある。 以上、障害者支援施設の立場から脳卒中後遺症者の就労に影響する因子について検討した。就労に影響する因子として、記憶と歩行能力が重要な因子である可能性が示唆された。 【参考文献】 1)豊田章弘:勤労者世代における脳卒中の実態−全国労災病院患者統計から−「日職災医誌vol.58」 p.89-93,2010. 2)佐伯 覚,有留敬之助,吉田みよ子,他:脳卒中の職業復帰予測「総合リハvol.28」p.875-880,2000. 3)平松和嗣久,豊田章宏,真辺和文:脳卒中発症後の職業復帰「リハ医学vol.41」p.465-471,2004. 4)豊永敏宏:職場復帰のためのリハビリテーション−脳血管障害者の退院時における職場復帰可否の要因−「日職災医誌vol.56」 p.135-145,2008. 【連絡先】 福澤 至 別府リハビリテーションセンター障害者支援施設<にじ> e-mail:it-fukuzawa@brc.or.jp 記憶障害を有する者の補完方法習得に向けた支援について ○菊香 由加里(障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー) 河合 智美・松村 礼奈・井桁 重乃・大曽根 未希(障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)では、高次脳機能障害を有する休職者を対象とした職場復帰支援プログラム(以下「復帰プロ」という。)と求職者を対象とした就職支援プログラム(以下「就職プロ」という。)の実施により、障害理解の深化、障害の補完方法と対処行動獲得のための支援技法を開発し、地域障害者職業センターをはじめとする地域の就労支援機関等に対して伝達・普及を行っている。 高次脳機能障害の大きな特徴の一つとして記憶障害がある。これは業務遂行上大きな支障となるものであるが、復帰プロや就職プロでは過去5年間における受講者52名のうち31名が記憶障害を有する者で、プログラム受講者全体の約6割を占めることから、記憶障害に関する支援を行うにあたって効果的な技法が必要であり、その開発に取り組んでいる。 本稿では、就職プロの支援事例を通して、記憶障害を有する者の補完方法習得のために必要と考えられる事項について整理し、今後の課題を報告する。 2 事例報告 (1)対象者(Aさん、38歳、男性) 32歳時に脳腫瘍の摘出手術を受け休職。手術後、職種転換して復職するが、指示内容を失念する、ミスが多い、集中力が続かない等により離職に至る。その後、2カ所就職するものの対応できずに、いずれも短期間で離職。そこで、医療機関の受診を勧められ、高次脳機能障害(記憶障害)の診断を受ける。再就職に向け、外来リハビリ(作業療法)、地域障害者職業センターでの職業評価を経て、記憶障害に対する補完方法の習得を目的に就職プロの受講に繋がる。 (2)Aさんの課題 医療機関から提供された医療情報を基に、開始時に神経心理学的検査、作業場面等の行動観察、個別相談によるアセスメントを実施した。 アセスメントを通じて確認された支援課題は以下の2点である。 ① 行動管理 「記憶の補完方法としてメモを確実にとることができるようにしたい」と発言するものの、障害状況についてAさん自身と家族の捉え方には乖離が見られた。また、メモリーノートについては、情報を整理せずに記入するため「どこに」「何を」書いたか分からなくなる、メモした内容の確認を忘れる、行動記録を残さないため予定の進捗状況が分からなくなることが多く、周囲からの声かけが必要であった。 ② 作業 手順の理解に支障は見られなかったが、記憶を頼りに作業を進めるため、その都度手順が変わる様子が見られた。また、指摘されたことを忘れて、同じミスを繰り返していた。 (3)支援経過 Aさんの記憶障害に適した補完方法を提案し、その有用性の実感及び必要性の理解が深まることを主眼に支援を行った。 ① 補完方法の提案 イ メモリーノートの改良 メモリーノートの記載箇所と内容についてルールを提示したところ、Aさんからその場で情報を整理するのは手間取るのでそのまま簡単にメモできるページが必要である旨要望があった。そのため、スケジュールの右ページを全て自由メモ欄に変更し、一時的にメモを残した後、左ページの適切な箇所に転記する方法を提案した。 また、スケジュールの進捗確認については、記載項目の行動が終了した時点でAさんが都度レ点チェックを記載するルールを設けたが、チェックの失念や記載のタイミングに誤りが見られたため、定時的に進捗状況を確認する方法を支援者が提案し、変更した。 ロ 手順書等の活用 プログラムでは記憶障害を有する受講者が正確に作業することを目的に、手順書を自ら作成するための支援を行っているが、困難な場合には支援者が作成し受講者に提示している。Aさんに対しては、支援者が提示する方法をとるとともに、作業開始前に内容の参照ができているか支援者が確認した。 また、同じミスを繰り返さないため、留意すべきポイントをメモした付箋を手順書と併せて作業開始前に参照するとともに、作業中も参照できる場所に置いた。 ② 自己理解の促進に向けたアプローチ 補完方法の使用状況をAさん自らモニタリングし、補完方法を活用できている場面について支援者がフィードバックを行いながら、補完方法に対する有用感や捉え方について確認した。 なお、支援者と補完方法の活用の取組について振り返る機会を重ね、振り返った内容(取組での気づき、補完方法の効果、今後の対策)をAさんが具体的にメモリーノートに記載し、支援者が個別相談で確認していった。 (4)支援効果 メモリーノートや手順書等の効果的な活用方法を理解し習慣化が図られたことで、行動管理や作業における混乱が軽減された。 なお、時間が経過すると補完方法を失念する場合があることから、就職の際にはジョブコーチが職場の理解や配慮が必要な内容を伝達し、事業所から理解が得られた。 現在もAさんは事業所の協力を得つつ、メモリーノートの活用を継続することで、自らスケジュール管理をしながら作業を進めることが可能となり、職場定着に繋がっている。 3 考察と今後の課題 本稿の事例から、対象者が記憶障害の補完方法に積極的に取り組み、効果的に活用できるためには、対象者に対する適切なアセスメント、対象者への障害理解の促し、対象者が有用と実感できる補完方法の選定を一体的に行うことが重要と言える。考察では「アセスメント」、「障害理解の促し」、「補完方法の選定」について述べる。 (1)アセスメントについて 記憶障害を把握するためのアセスメントは、プログラム実施前の段階で医療機関等から提供を受けた検査結果等を基に、主にプログラム開始時の段階で行う神経心理学的検査、プログラムの期間を通しての行動観察や個別相談により行っている。 アセスメントは、支援者が対象者の状態を把握することが目的である一方、対象者がどのような場面で困り感があるのか自覚を促す、すなわち障害理解を促す一助にもなり得る。 なお、対象者の記憶障害に対する理解度を把握するためのアセスメント手段としては、プログラム開始時と終了時に生活健忘チェックリストを使用しているが、本稿の事例では、開始時と終了時における記憶障害の理解度に大きな変化は確認できず、また生じた変化の傾向を分析することはできなかった。生活健忘チェックリストの使用については、開始時と終了時の各時点において対象者を取り巻く環境が異なること、日常生活場面を想定した質問項目であるため職業リハビリテーションに関わる支援者による評価がしにくいこと、補完方法による効果の有無が把握しにくいこと、といった課題点を持っている。 今後、プログラム場面で対象者と支援者が記憶障害の理解度や補完方法の有用度を共有できるアセスメントツールを考案する必要がある。 (2)障害理解の促しについて 対象者が自身の障害の理解や受容に課題がある場合、その内容として、①障害への気づきが少ない、②気づきはあるが、気持ちの面で受け入れにくい、③機能回復への期待が強い、④気分が不安定である、といった4つのタイプに整理して考えることができるが1)、アセスメント結果による現実を直視することに抵抗感がある場合、現実認識を促すはたらきかけと併せて補完方法に対する有用感を付与することが有効である。そのためには、支援者は、本人の状態に適した補完方法を選定あるいは考案し、使用状況を確認しながら効果についてフィードバックすることと、有用感を積み重ねるために対象者自ら使用状況を記録することを促す必要がある。 また、就労場面において補完方法の活用を継続するには職場による確認が必要であるため、ジョブコーチ支援が有効である。 (3)補完方法の選定について プログラムでは補完方法としてメモリーノートや手順書の活用を中心に支援しているが、その都度必要事項を記載することに対し負担感を持つほか記載自体が困難な者も少なくない。そのため、本稿の事例で紹介したようなメモリーノートのカスタマイズのほか、ボイスレコーダーとの併用、携帯電話(スマートフォン)におけるスケジュール管理アプリケーションの代用等が有効である2)。 今後、記憶障害を有する者に有効と思われる情報管理ツールを活用した補完方法について、事例の蓄積を通じて整理し、実践で活用できるように取りまとめていきたいと考えている。 【参考文献】 1)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総 合センター職業センター:障害者職業総合センター職業センター支援マニュアルNo.11「高次脳機能障害者のための就労支援~対象者支援編~」p.40-42(2014) 2)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総 合センター職業センター:障害者職業総合センター職業センター支援マニュアルNo.11「高次脳機能障害者のための就労支援~対象者支援編~」p.16-17(2014) 脳損傷により高次脳機能障害を呈した方への就労支援に関する研究−新潟県の医療機関における作業療法士の現状− ○北上 守俊(新潟リハビリテーション大学/ 新潟県障害者リハビリテーションセンター 作業療法士/言語聴覚士) 高野 友美(新潟県障害者リハビリテーションセンター) 安中 裕紀(総合リハビリテーションセンター みどり病院) 松本 潔 (燕労災病院) 日高 幸徳(新潟障害者職業センター) 泉 良太 (新潟医療福祉大学) 1 背景 医療機関を対象とした2011年の高次脳機能障害の全国実態調査において、高次脳機能障害に対する認知リハビリテーションは広く実践されていたが、就労支援は十分に普及していない現状が明らかとなっている1)。医療機関からの就労支援に関して、外来訓練2)の有効性等が示されている。しかし、復職支援を実施している医療機関は新潟県では10%と少なく3)、全国的にも就労支援を実施している医療機関は13.2%に留まっている4)。また、当事者・家族を対象とした2009年の全国調査では、今後期待する要望として「社会に対する啓発活動:20.3%」が最も多くを占め「就労支援への充実:14.6%」が2番目に多く、さらなる充実が期待されている5)。 2 問題の所在と研究目的 脳損傷による高次脳機能障害者の就労支援の充実が期待されているが、医療機関で就労支援を実施している機関は一部に限られている。そこで、今回作業療法士(以下「OT」という。)が就労支援をどの程度実施しているのか、また実施にあたっての促進因子を明らかにすることを目的とした。 3 研究内容 (1)研究設問(以下「RQ」という。) RQ1:新潟県の医療機関に所属するOTはどの程度就労支援を実施しているのか? RQ2:新潟県の医療機関に所属するOTが就労支援を実施していく上での促進因子は何か? (2)方法 ①対象:脳卒中や高次脳機能障害に関連する診療科が存在する新潟県の医療機関に勤務するOTを対象とした。 ②サンプリング方法:一般社団法人新潟県作業療法士会が2014年度に発行した会員名簿6)から新潟県の医療機関80施設を対象とした。 ③調査票:先行研究と主任・共同研究者の就労支援の経験をもとに医療機関での就労支援の業務として重要な職務30項目をリスト化し調査票を作成した。回答方法は、職務遂行度について4件法(1=全くない、2=少ない、3=やや多い、4=非常に多い)で回答を求めた。 ④調査の実施方法:無記名自記式質問紙調査法によるアンケート調査を新潟県のOT全数(合計398名)に調査した。 ⑤データ分析方法 RQ1:単純集計 RQ2:重回帰分析(ステップワイズ法) 4 結果 154件(回収率:38.7%)から返信があり、154件を分析対象とした。 (1)基本属性 年齢の平均は33.8歳で、経験年数は133.0ヶ月であった。職員数は平均10.1名で、最大が32名であった。過去に就労支援に関係する研修会に参加した頻度の平均は1.17回で、最大10回、年間の就労支援に関する学会発表頻度は平均0.01回、最大1回であった(表1)。 表1 回答者の基本属性 (2)OTの就労支援の実践について ①企業訪問に関して 企業訪問を「必要に応じて行っている」OTは2.0%に留まり、「行いたいが、現在は行っていない」OTが47.0%を約半数を占めた(表2)。 表2 企業訪問の実施状況 ②就労支援機関の認知度について 新潟障害者職業センターについて「知っている:110名(72.4%)、役割・機能を把握している:42名(38.2%)」であり、障がい者就業・生活支援センターについて「知っている:45名(29.8%)、役割・機能を把握している:15名(33.3%)」であった(表3)。 表3 役割・機能の把握状況について ③OTの具体的な就労支援の実施状況に関して 日常生活関連や業務に関係する模擬的な課題の実施頻度は高値を示したが、新潟障害者職業センターや障がい者就業・生活支援センター等、外部機関との関わりに関する項目は低値を示した(表4)。 表4 OTの就労支援の実施状況 ④職務遂行度の促進因子について 職務遂行度を従属変数、職員数、研修会の参加頻度、企業訪問の実施状況、企業への情報提供の認識度等14項目を独立変数とし重回帰分析(ステップワイズ法)を実施した結果、「職員数」と「企業への情報提供の認知度」の2要因が僅かに影響を及ぼしていた。また、決定係数は0.27であった(表5)。 表5 職務遂行度を促進する要因について 5 考察 OTの就労支援として、企業訪問まで実施出来ているOTは2.0%と非常に僅かであった。また、新潟障害者職業センターは72.4%、障がい者就業・生活支援センターは29.8%名称は知っているが実際に連携を図っているOTは非常に少なかった。医療機関からの就労支援は、現在の診療報酬制度上、院外業務が困難であったり、算定日数制限や医療保険から介護保険への推進等など就労支援が実施しにくい状況にあるため、医療機関単一での就労支援には限界があることは明らかである。本研究で、就労支援の職務遂行度を向上させる要因として「職員数」と「企業への情報提供の認知度」の2要因が正の影響を及ぼすことが分かった。企業へどのような情報を提供したら良いかを把握することは先行研究7)を通じて可能であるが、職員数を増員することは現実的ではない。まずは、OTが企業の求めていることを把握し、さらに外部機関と積極的に関わっていくことが今後の大きな課題の一つであると考える。 ※本研究は、一般社団法人新潟県作業療法士会 事業部 障害福祉対策委員会の研究事業の一環として実施した。 【参考文献】 1)高次脳機能障害全国実態調査委員会:高次脳機能障害全国実態調査報告「高次脳機能研究 31(1)」p.19-30,(2011) 2)倉持昇ら:脳血管障害による高次脳機能障害者に対する就労支援とその効果−医療機関での外来訓練結果より−「認知リハビリテーション2008」p.19-25,(2008) 3)新潟県福祉保健部障害福祉課:新潟県高次脳機能障害支援体制現況調査結果報告書,(2007) 4)田谷勝夫:高次脳機能障害者の雇用促進等に対する支援のあり方に関する研究−ジョブコーチ支援の現状,医療との連携の課題−「調査研究報告書No.79」,(2007) 5)日本脳外傷友の会:高次脳機能障害者の生活実態調査と支援拠点機関の利用状況調査の結果~10年間で、「支援システムの確立」は、どこまで進んだか~(2010) 6)一般社団法人新潟県作業療法士会:平成26年度会員名簿 7)井上直之ら:地域の職業リハビリテーション・ネットワークに対する企業のニーズに関する調査研究「調査研究報告書 No.120」障害者職業総合センター(2014) 【連絡先】 北上 守俊 新潟リハビリテーション大学 新潟県障害者リハビリテーションセンター e-mail:kitakami@nur.ac.jp ジョブコーチ支援を利用した高次脳機能障害者の職場定着に関する考察 ○北島 佳知(兵庫障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 横峯 純 (兵庫障害者職業センター) 1 はじめに 高次脳機能障害支援モデル事業および高次脳機能障害支援普及事業の進展とともに、医療リハの受け皿として高次脳機能障害者の地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)の利用が増加しており、具体的支援となるジョブコーチ(以下「JC」という。)支援の利用者も増加している??。兵庫障害者職業センター(以下「兵庫センター」という。)においても、高次脳機能障害者の利用は年々増加しているものの、JC支援件数としては他障害と比較して少なく、支援の実績の積み上げが少ないため、支援する際に苦慮することも多い。 本考察において、兵庫センターで取り組んだ支援を振り返り、支援ノウハウの向上につなげたい。 2 方法 平成26年度に兵庫センターで実施したJC支援のうち高次脳機能障害者を対象とした支援は10事例であった。このうち、復職と再支援の事例を除く、8事例を紹介し、職場定着に関する考察を行う。事例の概要は表1に示す。 3 事例の状況 職場定着に関連すると思われる項目を以下に整理する。 (1)在職中ケース(事例A~E) ① 支援機関の利用 事例A~Eでは、就職前に準備支援等の就労支援機関を利用しており、事前に障害特性の把握や補完手段の検討・習得、面接同行時に事業主に対して本人の特性や配慮点等の説明を行っている。また、事例A~C・Eは担当JCが準備支援に入り、本人に対して実際の職場を想定した作業体験の場を提供している。 ② JC支援の開始時期 事例A~Eでは、就職前または就職の段階でJCを開始しており、早期からマニュアル等の補完手段の導入や、事業所に対して障害特性の説明、要求水準の調整を行っている。 (2)離職ケース(事例F~H) ① 家族のサポート 事例F・G(Bも家族のサポートを得ることができなかったが在職中)では、家族のサポートが得られにくい点が共通していた。特に事例Gでは、作業面については課題なく作業することができていたが、体調面の悪化等が就業に支障をきたす状況があった際に、家族のサポートが一切なく、結果的に離職することとなった。 ② 感情障害に対する事業主の理解 事例Fは、店長とはこうあるべきだと店長に対して反発することがあった。JC支援では本人の思いを聞き、店長の立場について客観的に説明し、職場への適応を図った。しかし、職場が忙しく本人の特性に応じた対応ができない際などには、店長に対して反発することが続いたため、店長からは、障害特性でなく性格の問題と捉えられてしまった。 表1 対象者の概要 ③ 本人の作業遂行力と要求水準の乖離 事例Hでは、JC支援開始後徐々に作業遂行力は向上したが、正社員という立場上要求水準が高いことや、感覚的な作業と精度を求められ、補完手段を活用しても自立した作業が難しかった。そのため、職務内容の変更と配置転換を行ったが、事業所が求める要求水準に達することができず離職することとなった。 4 考察 (1)支援機関の利用状況及びJC支援の開始時期について 職業リハビリテーションを開始する時点では、活動量が少なく、自宅と病院以外の社会に触れる機会の少ない生活を送っている人が多く??、今回の事例のいずれにおいても同様であるが、特に離職事例(事例F,G,H)を見ると就職までの間、医療機関とハローワーク以外の機関の利用は見受けられない。 離職事例のように特に関係機関との関わりが少ないケースについては、障害による課題の整理や就職の準備が不十分なまま就職し、就職後に課題が顕在化することが推測される。JC支援が開始された時点から医療情報の収集や、日常生活のサポート体制を構築する等、後追いの支援になるため、課題に対するアプローチが難しかった。一方、在職中の事例においては、JC支援開始までに準備支援の利用や、実習時からJCが介入する等、本人及び事業所が職務のマッチングについて検討する機会を得、その中でJCがスムースな職場定着のための調整を行うことができた結果、継続雇用につながっているのでないかと考えられる。 (2)感情障害への対応及び事業所内の調整について 記憶障害、注意障害、遂行機能障害等の障害特性に関しては、本人に対しては、メモの活用・作業マニュアル等の補完手段の習得を促す支援を行い、事業所に対しては、補完手段の目的や周囲からの働きかけ等を助言・調整する等の支援を行うことで概ね定着を図ることができており、JC支援の有効性が認められるものと考えられる。一方、感情障害が職場で課題になると他障害よりも対人関係に支障をきたしやすいと思われる。上記でも述べたが、結果的に後追いの支援となるため、本人と事業所の関係が悪化し、JCからの助言や調整が受け入れられにくくなるように思われる。感情障害への対応方法については、JC支援において検討すべき課題の一つと考えられる。 (3)支援機関による家族へのサポートについて 家族に期待される役割として、①判断が必要な場合、本人に代わって判断を下す、②生活リズムなどの必要な生活の枠組みをつくる、③情報の整理やコントロールをする、④対人関係を円滑にするためのパイプ役となる、⑤本人の気持ちを支える、⑥本人に代わって、医療・福祉などの資源を活用することが期待されている??。今回事例BとGを通じて、上記①・⑥について支援機関が関わることの難しさを特に感じた。具体的には家族のサポートを求めようとしても、家族と関わる機会が得られず、金銭管理面等家族に関わる問題について本人と支援者だけでは方針を決定することができなかったり、本人が社会資源を利用する必要性を感じていないため、必要と考えられた支援が提供できず、仕事に影響が出てしまったりした。 本人に対して適切な支援が構築できるよう、家族へアプローチすることが重要であるが、支援の開始段階で家族のサポートが得られない場合もある。そのため、JC支援において、本人を取り巻く環境として、安定した就業生活を維持していくため必要な、家族の状況や他機関利用の可否といったものを含めたアセスメントと、適切なコーディネーが重要になると考えられる。 5 最後に 現状では、医療機関以外の支援機関を利用している高次脳機能障害者は少なく、JC支援開始の段階で調整する事柄も多い。JC支援を利用することで職場定着の可能性を高めることはできるが、地域の就労支援機関と連携することでさらに定着の可能性を高められるのではないかと考えられる。そのため、就職までに個別の状況に応じた支援を提供できるよう、支援機関同士がスムースに連携できる環境を整えていくことが必要と考えられる。一方、JC支援の課題は、家族への介入方法やサポート体制の構築、感情障害のある対象者への支援方法が挙げられる。 冒頭で述べた通り、他障害と比較すると高次脳機能障害者への支援実績は少ないため、1事例ずつ検証を行いながら支援方法の蓄積を図り、支援ノウハウを向上させていきたい。 【参考文献】 1) 田谷勝夫:「高次脳機能障害者の働き方の現状と今後の支援のあり方に関する研究」障害者職業総合センター調査研究報告書,No.121 2)田谷勝夫:「高次脳機能障害者の雇用促進等に対する支援のあ り方に関する研究-ジョブコーチ支援の現状、医療機関との連 携の課題-」障害者職業総合センター調査研究報告書,No.79 3) 阿部順子:「脳外傷者の社会生活を支援するリハビリテーション」(1999) 4)綱川香代子:「高次脳機能障害者を有する者の就業のための家族支援のあり方に関する研究」障害者職業総合センター調査研究報告書,No.58 障害者就業・生活支援センターにおける高次脳機能障害者の利用実態および支援の現状 ○緒方 淳 (障害者職業総合センター 研究協力員) 田谷 勝夫(障害者職業総合センター) 1 目的 「高次脳機能障害支援モデル事業」や「高次脳機能障害支援普及事業」によって、高次脳機能障害への対応可能な医療機関や地域障害者職業センターの利用者は増加しており1)、障害者の就労に関連して就業面と生活面からの支援を提供する障害者就業・生活支援センターにおける高次脳機能障害者の利用者も増加している2)。このような背景の中、高次脳機能障害者への支援についての調査3)が行われているが、障害者就業・生活支援センターにおける高次脳機能障害者の利用状況や支援の実態などに関する調査報告はされていない。 そのため、本研究では障害者就業・生活支援センターにおける高次脳機能障害者の利用実態や支援の現状、就労に至った高次脳機能障害者の特徴を明らかにするために調査を行った。 2 方法 平成27年3月~4月に全国の障害者就業・生活支援センターに障害者就業・生活支援センターの利用者の状況や高次脳機能障害者への支援方法、医療機関や地域障害者職業センターとの連携状況などについて郵送にて回答を求めた。回収したデータのうち、記入漏れがあった項目は除外してデータの分析を行った。 3 結果 全国の障害者就業・生活支援センター324所(平成26年10月現在)に調査用紙を送付し、宛先不明4所を除いた93所からの回答(回収率29.1%)が得られた。 (1)障害者就業・生活支援センターの利用者状況 平成25年度の障害者就業・生活支援センターの登録者は平均が257人、中央値が250人であった。高次脳機能障害と診断された登録者の平均は3.7人、中央値は2.0人であり、登録者0人が16所、1−4人が49所、5−9人が17所、10人以上が9所であった(図1)。高次脳機能障害の診断またはその疑いのある登録者で就労に至った利用者の平均は1.4人、中央値は1.0人であり、就労に至った人数は0人が33所、1−4人が52所、5−9人が3所、10人以上が1所であった(図2)。 障害者就業・生活支援センターと医療機関および地域障害者職業センターとの連携の程度は、医療機関では「連携なし」、地域障害者職業センターでは「協力(二者機関以上の連携)」が多く報告された(表1)。 (2)高次脳機能障害とその疑いがある者の支援において重要な点 支援における重要な点として、「職業準備性の向上」「専門的知識の習得」「就労・生活面での支援」「対象者の理解やアセスメント」「情報提供・情報共有」「障害認識」「高次脳機能障害に対する周囲(家族や企業などの支援者)の理解と対応」「本人の動機や意欲」「支援者と本人の信頼関係」「継続的な支援」「実習・訓練」「障害特性に合わせた支援」「家族のサポート」などが報告された。 (3)障害者就業・生活支援センターを利用して就労に至った高次脳機能障害者およびその疑いのある登録者の特徴 就労に至った登録者については198人の事例が得られた。 就労に至った登録者の内訳は、男性164人(20歳代;23人、30歳代;47人、40歳代;54人、60-64歳;3人)、女性34人(10歳代;2人、20歳代;13人、30歳代;13人、40歳代;3人、50歳代;3人)であり、就労経験のある方は177人、ない方は18人、欠損値は3であった(以降の結果の欠損値は、記述せず)。 受傷日から障害者就業・生活支援センターへの登録日までの期間は、平均88.1ヶ月、中央値56ヶ月、範囲4-480ヶ月、障害者就業・生活支援センターの登録日から入職までの期間は、平均15.6ヶ月、中央値12ヶ月、範囲0-120ヶ月、入職後の登録者は9人であった。 就労に至った登録者の事例における障害者就業・生活支援センターと医療機関との連携の程度は「連携していない」が最も多く報告された(表2)。 障害者就業・生活支援センターを利用して就職に至った登録者の雇用形態は「正社員以外・障害者雇用(80.1%)」、就労形態は「新規就職(74.6%)」が最も多く報告された。 就労に至った登録者198人の作業内容は「清掃作業(34人)」「事務作業(33人)」「食品関係(21人)」「PCデータ入力(14人)」「組立作業(11人)」「詰め作業(11人)」などが報告された(図3)。また、職場において配慮されている点は、「指示の出し方(84)」「本人の特性に合わせて業務内容の配慮をする(42)」「担当者を決める(18)」「易疲労性への配慮(17)」「勤務時間の配慮(14)」「ジョブコーチの利用(13)」「メモの活用(13)」「話を聞く(5)」「メモリーノートの利用(5)」「職場の理解(4)」「環境設定(4)」「スタッフの見守り(3)」「声かけ(3)」「実習体験(2)」「定期的な面接(2)」などが報告された(()内は回答数)。 就労に至った登録者の就職後の経過は「定着(72.2%)」「退職後再就職(14.2%)」「退職(11.4%)」「不明(1.7%)」「配置転換(0.6%)」であった。 4 まとめ 平成25年度の障害者就業・生活支援センターにおいて高次脳機能障害と診断された登録者数は、0人が16所(17.6%)、1-4人が49所(53.8%)であった。医療機関との連携の程度は「連携なし」が多く、地域障害者職業センターとは「二者機関以上の連携」が行われているとの報告が多かった。また、就労に至った高次脳機能障害者およびその疑いがある登録者の雇用形態は「正社員以外・障害者雇用」、就労形態は「新規就職」、就労後の経過は「定着」が最も多く報告されていた。 【参考文献】 1)田谷勝夫:「高次脳機能障害者の雇用促進等に対する支援のあり方に関する研究−ジョブコーチ支援の現状、医療との連携の課題−」, 独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター, (2007) 2)公益財団法人日本知的障害者福祉協会:平成26年度就業・生活支援センター実態調査報告(2014年現在), 公益財団法人日本知的障害者福祉協会, , <アクセス日:2015年6月24日>, (2014) 3)東川悦子:高次脳機能障害者の生活実態調査と支援拠点機関の利用状況調査の結果(2010年7月4日現在), NPO法人脳外傷友の会, < http://npo-jtbia.sakura.ne.jp/about/pfizer/ 2010report.pdf >, <アクセス日:2015年6月24日>, (2010) 【連絡先】 緒方 淳 障害者職業総合センター 社会的支援部門 e-mail:Ogata.Jun@jeed.or.jp 医療機関における高次脳機能障害者の就労支援の現状 ○田谷 勝夫(障害者職業総合センター 特別研究員) 土屋 知子・緒方 淳(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者職業総合センターでは、平成17(2005)年10月に、全国の主なリハビリテーション医療機関(以下「医療機関」という。)を対象として、医療機関における高次脳機能障害支援の現状および関係機関との連携の現状と課題に関するアンケート調査(以下「第1回調査」という。)を行い、医療リハ領域を中心とした高次脳機能障害支援モデル事業が終了し、支援普及事業へと引き継がれる前年の、医療機関における高次脳機能障害者支援の実態を明らかにした1)。 2 目的  第1回調査から約10年経過(高次脳機能障害支援普及事業が全国展開となって7年経過)した現在、再度医療機関における高次脳機能障害者支援の現状および関係機関との連携の進展状況の実態を把握することを目的とする。 3 方法 (1)調査対象医療機関 ①主な大学病院(N=92)、③労災病院(N=30)、④リハ科のある医療機関でOT人数+リハ専門医人数が10人以上の医療機関(都道府県単位で対象機関数が10ヶ所未満の場合、OT人数+リハ専門医人数が5人以上~10人未満も含め10機関)の計800の医療機関を調査対象とした。このうち、高次脳機能障害支援普及事業の拠点機関に指定されている医療機関が65ヶ所含まれる。 (2)調査方法 A4判、5ページの調査票を調査協力依頼文書とともにリハビリテーション担当者様宛に郵送し、同封の返信用封筒にて調査票を回収した。 (3)調査期間 平成27(2015)年3月末に調査票を発送し、4月末をめどに返信を依頼した。 (4)調査内容 調査内容は下記イからニの4項目計16問からなる。 イ 貴病院・部署について 問1) 病院名称、問2) 記入者の所属と職種(経験年数)、問3) 病院の属性(急性期、回復期、維持期、その他)、問4) 平成26年12月末現在の常勤専門職員数(リハ専門医、PT,OT,ST,Psy,MSW、その他の高次脳機能障害支援者) ロ 高次脳機能障害者への支援について 問5) 対応可能性(可能、不可)、可能な場合の対応内容(診断・評価、訓練プログラム、就労支援)と不可能な場合の理由、問6) 退院後の関連機関への紹介頻度 ハ 地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)との連携について 問7) 連携密度(連携なし~十分な協力体制)、連携ありの場合、①地域センターに求める役割、②支援ケース数の動向(減少・不変・増加)、③情報交換の密度、④個人情報の提供方法、⑤地域センターから求められる役割、問8) 地域センターとの連携に際しての課題・要望・意見 ニ 社会的行動障害のある人への支援について 問9)から問16)で、①情動コントロールの障害、②対人関係の障害に対して実践しているアプローチ法を、活用頻度にあわせて26項目の選択肢で回答を求めた。この結果については、本論文集「社会的行動障害への医療機関での対応・技法について」を参照されたい。 4 結果 (1)調査票の回収 800ヶ所の医療機関に調査票を送付し、262ヶ所から回答を得た(回収率32.8%)。 (2)回答医療機関の属性 大学病院30、労災病院10、公立・公益病院51、一般病院171(うち、支援拠点機関は37ヶ所)、急性期133、回復期178、維持期78、その他36。 (3)回答者の職種(経験年数) 多い順に、作業療法士133人(13.5年)、言語聴覚士47人(13.7年)、理学療法士38人(20.3年)、ソーシャルワーカー14人(7.5年)、リハ専門医13人(23.2年)、心理職5人(16.2年)、その他12人(9.2年)。 (4)常勤専門職の配置状況 リハ専門職の配置状況は、262病院(施設)全体では、リハ専門医が317名(1病院平均1.2人)、理学療法士が7468名(平均28.5人)、作業療法士が4560名(平均17.4人)、言語聴覚士が1906名(平均7.3人)、ソーシャルワーカーが1134名(平均4.3人)、心理職が188名(平均0.7人)、その他が72名(平均0.3人)。 (5)対応可能性 対応「不可能」との回答は10所(3.8%)のみ。その理由は「高齢者が多い」「急性期のみ対応」「当該患者がいない」「対応力に乏しい」「専門医がいない」等である。  対応「可能」との回答は250所(95.4%)と多く、支援内容は、「診断・評価のみ」が55所(22.1%)、「特化した訓練プログラムを実施」が140所(55.8%)、「特化した就労支援を実施」が50所(20.1%)となっている。 (6)退院後の関係機関との連携 退院後の関係機関への紹介頻度が「非常に多い」または「多い」との回答は、医療機関が83所(31.7%)、福祉機関が97所(37.1%)、就労支援機関が62所(23.7%)である。 (7)地域センターとの連携 イ 連携体制について 地域センターとの連携に関して、「十分な協力体制のもと就業支援を実施」が25所(9.5%)、「連携して支援を行っているが最小限の連携」が19所(7.3%)、「必要があればケースを紹介する程度」が85所(32.4%)、「連携はほとんどない」が129所(49.2%)と、連携なしが約半数を占める。連携なしの理由として、「職リハ対象外・ニーズがない」「地域センターの活動に関する情報不足」「地域センター以外の就労支援施設と連携している」「どのようなケースを紹介したらよいかよくわからない」「地域センターが距離的に遠い」などがあげられる。 ロ 地域センターに求める役割 連携ありと回答した医療機関が地域センターに求める主な役割(複数回答)は、「職業能力の評価」が67所(25.6%)、「具体的な就労支援活動」が120所(90.9%)、「その他」が9所(3.4%)となっている。 ハ 地域センターとの連携支援の最近の動向 「ケースの紹介事例」は101所(75.3%)、「連携支援事例」は96所(72.2%)が「変化無し」であり、医療機関と地域センターの連携支援状況はあまり変化がないとの回答が多い。 ニ 地域センターとの情報共有 地域センターへの「紹介事例」について、地域センターからのフィードバックは「就労後の状況についても情報提供あり」が20所(15.0%)、「支援経過と転帰」が30所(22.6%)、「転帰情報のみ」が11所(8.3%)、「やりとり無し」が69所(51.9%)と約半数であった。 ホ 個人情報の提供方法  地域センターへの個人情報の提供は、「本人の同意のもとに医療機関が提供」が95所(71.4%)、「本人を介して提供」が31所(23.3%)、「提供しない」は2所(1.5%)となっている。 へ 地域センターから求められる役割 「ケースの紹介」が75所(56.4%)、「医療的支援」が36所(27.1%)、「その他」が14所(10.5%)。 ト 連携に関しての課題および要望 自由記述欄に記載あり96所(36.6%)、記載無し166所(63.4%)。96所の記載内容(複数回答)は、①課題が25件、②要望35件、③意見が12件、④その他が36件であった。①課題としては「能力の見方のミスマッチ」「フィードバックに時間がかかる/フィードバックがない」「活動内容の周知不足」「受け入れの体制の情報発信不足」等があり、②要望としては「施設見学/講習会・研修会・勉強会の開催」「定期的なカンファレンスの開催」「広報活動/情報発信」等が多い。 (8)第1回調査との比較 イ 対応可能性と連携体制について 高次脳機能障害者に「対応が可能」な医療機関は、第1回調査時の89.0%から今回は95.4へと増加し、対応内容は、 「診断・評価のみ」が29.8%から22.0%に減少し、「就労支援」が13.2%から20.0%に増加した。 ロ 関係機関との連携 紹介することが「非常に多い」または「多い」との回答を指標とすると、「医療機関との連携」は43.0%から31.7%とやや減少、「福祉機関との連携」は37.5%から37.0%と変化なく、「就労支援機関との連携」は15.1%から23.7%へと増加した。 ハ 地域センターとの連携 「十分な協力体制のもと就業支援を実施」は6.6%から9.6%、「連携はほとんどない」が51.1%から49.2%となっており、大きな変化(進展)はみられない。 5 まとめ 全国の主な医療機関を対象として、第1回調査から10年後の高次脳機能障害者の支援実態および関係機関との連携状況について調査した。 地域センターとの連携については、10年前と比較しても大きな変化はみられなかったが、高次脳機能障害支援普及事業の進展により、高次脳機能障害者に対応可能な医療機関が増加するとともに、対応内容についても診断評価だけでなく、特化した訓練プログラムや就労支援まで実施する医療機関が増加している。また、退院後に就労支援機関を紹介する医療機関が増えている。 【参考文献】 1)独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター 調査研究報告書No.79「高次脳機能障害者の雇用促進等に対する支援のあり方に関する研究−ジョブコーチ支援の現状、医療との連携の課題−」p.109-129,(2007) ポスター発表 ワークサンプル幕張版(MWS)改訂の経過 その1−検索修正について− ○森 誠一(障害者職業総合センター 主任研究員) 加賀 信寛・八木 繁美・松浦 兵吉・鈴木 幹子・前原 和明・望月 葉子・松本 安彦(障害者職業総合センター)、中村 梨辺果(福井障害者職業センター)、内田 典子(東京障害者職業センター)、下條 今日子(栃木障害者職業センター) 1 はじめに 当機構の障害者職業総合センターで開発されたワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)は、職業上の課題を把握する「評価ツール」だけでなく、「作業遂行力の向上」や「障害の補完方法の活用」「セルフマネージメントの確立」に向けた支援ツールとして活用されている。 一方、職リハを取り巻く昨今の変化、特に求職または休職中の精神障害者や発達障害者の就業支援ニーズの高まりを背景として、多様な障害者に効果的に活用できる支援ツールとして期待されている。 このため、当研究部門では、「障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査」(以下「基礎調査」という。)1)の結果から得られたニーズを踏まえ、MWSの既存課題の改訂と併せ、新規課題の開発に取り組んでいるところである2)3)。本稿においては、既存課題の1つである『検索修正』の改訂の経過について報告する。 2 検索修正課題の改訂ニーズへの対応 「検索修正」は、Personal IDによってパソコン上のデータベースからデータを検索し、紙ベースのデータ修正指示書(社員の属性、住所等のデータ)にもとづいて、パソコンに表示された文字・数字等を正しく修正していく作業である。この作業では、IDを正しく入力することと、データを正確に修正することが求められる。 改訂ニーズとして、レベル数(難易度)やブロック数(課題の量)の増加の他に、「濁点・半濁点、全角・半角を区別しやすくする」「修正指示書の字体変更等」があげられた。1) (1)レベルとブロックの構成 現行5レベルまでの構成となっているが、改訂版では新たに1レベル追加し、6レベルとした。ブロック数(修正指示書1枚を1試行とし、6枚(6試行)を1ブロックとする)については、各レベル現行20から40へと倍増した。 表に、検索修正の現行及び新規のレベル設定の内容等を示す。現行の5レベルまでは紙ベースの「データ修正指示書」に修正が必要な項目を太字・斜字等で明示している。新設のレベル6では、先の基礎調査において、「修正項目が太字・斜体となっていることが不自然である」との指摘があったことも踏まえ、太字・斜体による明示を全項目外した。さらに、「職業」「携帯mail」を新たな修正項目として追加した。 このように、増設レベルでは、太字・斜体等の明示が全てなくなったことに加え、修正項目が追加されたことにより、被験者自らが、全項目にわたって修正箇所を探しながら作業を遂行しなければならない。このため、既存レベルに比べ、認知面の負荷や作業時間が増えることにより難易度、疲労度を高められると考えられる。 表 改訂後のレベル構成 (2)その他 データ修正指示書の修正箇所の判別に困難が生じないよう必要な改良を加えた(濁点・半濁点、記号・数字・スペースの半角・全角等の修正、難解な漢字の修正等)。 3 試行(障害者)データに基づく検討 研究協力機関において試行したデータに基づき、正答率と作業時間/エラー内容に関する知見を踏まえ、「評価として活用した事例」と「訓練を想定して活用した事例」に分けて検討することとしている。本稿では、訓練を想定して活用した発達障害者の1事例について紹介する。 【職歴あり:発達障害30代 男性求職者】 図に結果を示す。 繰り返し、見直し確認を実施するが、レベル1~4までのベースライン評価(BL)においてエラーがなくならなかったことから、訓練モードによるトレーニング(TR)を実施。レベル4まではトレーニングの効果が顕著であり、再評価(PR)での正答率は100%。しかし、レベル5以降では、トレーニングにおいてもエラーがなくならず、修正指示書をパソコン画面の横に置いて実施するなどの工夫をしながら作業を進めた。エラーの内容は、“数字の誤認”が中心であったが、その中で、自発的に見直し確認を行うという補完行動が可能となった。 このとき、レベル6まで実施したいという希望があったことから、レベル5のトレーニングを中断し、レベル6のベースライン2試行にチャレンジした(レベル6:平均作業時間27分24秒/平均正答率83%/2ブロック連続正解には至っていない)。本ケースでは、レベル5以降の難易度の高い作業については、エラーへの対応にあたって、見直し確認の方法等をさらに工夫することなどを検討のうえで、トレーニングを実施することの必要性が示唆された(総作業時間 7時間17分37秒/全4日)。 4 実施上の留意事項等 (1)課題で把握できる特性 本課題で把握できる特性としては、①修正指示書のPersonal IDをパソコンに正確に入力する、② データ修正指示書の内容とパソコン上のデータを照合し、誤りの箇所を正しく修正する、③自分の行った作業に誤りがないか適切に確認する、といった行動が確実にできるかといった点である。そして、支援が適切に行われた場合、所要時間の短縮、エラーの減少、といった変化が得られるとしている。 改訂課題についても、同様の手続きにより支援を行い、 適切な教示方法や結果のフィードバック、補完手段の提案、補完行動の般化等を通して、作業遂行能力の向上をめざすことが望まれる。 (2)エラーカテゴリの概要 現行及び改訂課題で想定されるエラー内容について以下に示す。なお、レベル6を増設した結果、新たに検出されるエラーとして「備考欄」の「見落とし」を確認することができたため、エラーカテゴリとして追加した。①検索条件エラー(PersonalIDの入力ミス)、②詳細入力エラー誤字脱字、スペースなどの修正項目の入力ミス)、③見落としエラー(備考欄の見落としミス)、④その他(パソコンの操作ミスなど)。 なお、現行のレベル5における「備考欄」の「見落とし」については、出現頻度の高いエラーであり、このエラーを回避できるかどうかが正答率の向上に大きくかかわっていることが、標準化のためのデータ収集(健常者を対象として実施)で確認された。こうした特性は、レベル5(修正箇所表示)のみならず、レベル6(修正箇所非表示)の課題でも保続する可能性があり、対象者の特性把握のポイントとなる項目であること、トレーニングにより学習可能なエラーであることが確認された。       (3)期待される効果の検討 試行データでは、増設レベルを含む難易度の高い課題において、認知的負荷の高まり等により、作業時間が増え、正答率の低下が確認されたことから、レベル増設の一定の効果があったと考えられる。また、3の事例のように、エラー内容を指摘することで「見直し」行動は確認できるものの、エラーがなくならない対象者においては、作業能力向上のためのさらなる補完方法の確立等が望まれる。今後、試行データの収集を積み重ねる中で、障害種別ごとの効果的な活用、支援方法について検討を進めることとしている。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:資料シリーズNo72 「障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査」(2013) 2)下條今日子他:ワークサンプル幕張版の改訂・開発について その1−ワークサンプル幕張版改訂に向けた基礎調査の結果を受けて−「第21回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.416~419(2013) 3)中村梨辺果他:ワークサンプル幕張版の改訂の試み 「第42回日本職業リハビリテーション学会発表論文」(2014) ワークサンプル幕張版(MWS)改訂の経過 その2−数値入力について− ○鈴木 幹子(障害者職業総合センター 研究員) 森 誠一・加賀 信寛・八木 繁美・松浦 兵吉・前原 和明・望月 葉子・松本 安彦(障害者職業総合センター)、中村 梨辺果(福井障害者職業センター)、内田 典子(東京障害者職業センター)、下條 今日子(栃木障害者職業センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門(障害者支援部門)では、ワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)において先行調査1)の結果から得られたニーズを踏まえ、5課題について改訂をおこなっているところである。本稿では、OA課題の1つである「数値入力」について、改訂内容、試行データに基づく検討結果等について報告する。 2 数値入力課題の改訂ニーズへの対応 先行調査により、既存のMWSに対する改訂への要望として、「課題数の増加」「難易度の高い課題設定」があげられた。今回、これらのニーズを踏まえ、数値入力課題の改訂に取り組んだものである。 数値入力は、画面に表示された数値をエクセルのワークシートを模した画面に入力する課題である。既存の数値入力課題の構成及び今回の改訂により新たに追加されたレベル構成は表の通りである。今回の改訂では、6桁から8桁混合のレベル7及び7桁から9桁混合のレベル8を追加した。新規に改訂された数値入力の画面の例を図1に示す。  数値入力課題は、主に処理すべき情報量の増加が難易度増加の目安となっている2)。この点を考慮し、今回の改訂では、最大9桁までの数値(小数点第2位を含む。)を入力する課題とすることで、処理すべき情報量を増やし認知的負荷をかけた難易度の高い課題とした。また、ブロック数を現行の10ブロック(数値入力は、既存レベルでは、1ブロックあたり6試行を実施。改訂に伴い、1ブロックあたり12試行を実施)から20ブロックとし、課題数の増加の要望を踏まえた改訂を行った。 表 数値入力課題の改訂の概要 図1 レベル7,8の数値入力の画面 3 試行(障害者)データに基づく検討 (1)試行(障害者)実施におけるデータ 現在、改訂課題の試行実施として研究協力機関において試行データを収集している段階である。ここでは、現段階で収集した試行データのうち、発達障害事例を取り上げ、質的分析を行い、改訂課題の妥当性、課題等について検討する。データ提供の研究協力に際しては、本研究の目的について説明を行い、個人情報に配慮した秘密保持と試行データの情報公開について同意を得た。 (2)試行実施における結果 本事例は、大学卒業後、アルバイトなどの就職経験をもつが長続きせず、両親のすすめにより発達障害の診断を受けたケース(手帳なし)である。事例の試行結果を図2に示す。数値入力課題を開始後、7分程経過したところで休憩の申し出があり、作業を中断した。また、休憩後、約5分後にあくびがみられるなど持続力、ストレス耐性面に不安が感じられた。 レベル1、2はミスなくすすみ、レベル3で数値エラー、不足・過剰エラーがみられた。結果をフィードバックし、訓練(以下、「TR」という)を提案するものの本人が大丈夫だと主張し、TRに移行せず再評価(以下、「PR」という)を行った。休憩後は、小さな声を出して、読み上げて入力しており、ミスなくレベル4、5に移行した。あくびがみられた直後、レベル6で不足・過剰エラー、見落としエラーが発生した。結果をフィードバックし、TRを提案したところ、本人は大丈夫だと主張したが、数字の誤認を伝え、一度TRをやってみるよう声かけを行い、TRを行った。レベル6以降、桁数が多くなると、2桁ずつ入力し、4桁ずつ小声をだして確認している様子がみられた。「大きな数字は見直しするようにした」と本人から振り返りがみられた。レベル7で再度ミスが発生しが、結果をフィードバック以降、エラーが発生しなかった。入力後、自分で「よし」と確認している場面でも、不足・過剰エラー、見落としエラー、数値エラーがみられた。 4 実施上の留意事項 (1)数値入力課題で把握できる特性 数値入力課題では、作業指示の理解力、入力作業の速さ、正確性とともに注意や記憶等の認知的特性を把握することを目的としている。 (2)エラーカテゴリ エラーカテゴリは、「数値エラー」「行ズレエラー」「不足・過剰エラー」「見落としエラー」に分かれ、エラー内容に応じてそれぞれの組み合わせ(例えば、411を誤って11と入力した場合、「不足・過剰+見落とし(3桁目)」)と記録される。 (3)改訂における有効性 本ケースでは、レベル6以降レベル7,8とさらに桁数がふえることで数字の見直しが意識づけられるようになった。レベル7で一時的なエラーがあったもののフィードバックのみでエラーがみられなくなった。 桁数が多くなることで、ミスの傾向が把握でき、本人が見直し確認のポイントをより多くすべき点を認識できたことは、既存の課題設定(レベル6)だけでは取り組めなかった点であり、新規に改訂したレベル7、レベル8の有効性が示唆されたといえる。 現在蓄積されている試行データを概観すると、試行実施では、1レベルあたりの実施ブロック数が少なかったこともあり、正答率100%でレベル8まで達成するケースが多くみられた。特に、発達障害事例では、総じてミスなくレベル8まで移行するケースが多いことが指摘される。訓練場面では、実際の職場での作業を想定し、ブロック数を多くするなど一定程度の負荷をかけた環境での作業時間や誤答率、疲労度などを確認することも一案であると思われる。一方、知的障害のケースではミスが頻発するケースもみられた。特にレベル6以降、桁数の増加に伴いミスが出始め、レベル8では正答率が大幅に下がることが確認された。このケースでは、正確性よりスピードを重視する作業特性が推察された。上位レベルになるとその特性が具体化されることが確認されたという点では、新規に改訂したレベル設定の有効性を示すものである。同時にミスが頻発した段階でのフィードバックや桁数が多くなった際の介入方法、補完手段、ストレス・疲労への対処行動の確立など支援の必要性が再確認された。 5 おわりに 本稿での試行実施における検討は、現段階で得られたデータをもとにまとめた知見である。今後、さらにデータを蓄積し、改訂課題の妥当性、補完手段の確立等の検討を進めていく予定である。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:資料シリーズNo72「障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査」(2013) 2) 障害者職業総合センター:資料シリーズNo57「精神障害者等を中心とする職業リハビリテーション技法に関する総合的研究(最終報告書)」(2004) ワークサンプル幕張版(MWS)改訂の経過 その3−物品請求書作成について− ○松浦 兵吉(障害者職業総合センター 研究員) 森 誠一・加賀 信寛・望月 葉子・八木 繁美・鈴木 幹子・前原 和明・松本 安彦(障害者職業総合センター)、中村 梨辺果(福井障害者職業センター)、内田 典子(東京障害者職業センター)、 下條 今日子(栃木障害者職業センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門(障害者支援部門)では、トータルパッケージを構成する支援ツールの一つであるワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)について、「障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査」(以下「基礎調査」という。)1)の結果から得られたニーズを踏まえ、既存課題のうち5課題(数値入力、検索修正、数値チェック、物品請求書作成、ピッキング)の改訂および新規3課題の開発を進めているところである。本稿においては、既存課題のうち「物品請求書作成」改訂の経過、試行データに基づく検討結果、今後の課題などについて報告する。 2 物品請求書作成課題の改訂ニーズへの対応 「物品請求書作成」は品名カードに書かれた物品をカタログで探し、購入するための物品請求書を作成する作業である。この作業は、事務作業の1つとして位置づけられており、多くの情報の中から条件に合う適切な物品を検索すること、品名・単価・個数などを正確に転記し、計算することが求められる。MWSの他の課題に比べ、転記や検索、計算、ストップウォッチの操作といった遂行上の手続きが多い課題である。 今回の改定においては「基礎調査」で把握されたニーズをふまえ、レベル及びブロック数の増設を行っている(物品請求書作成では品名カード1枚の作業を1試行とし、6試行を1ブロックとしている)。 (1)レベルとブロックの構成 ア レベルの構成 表1 レベルとブロックの構成 現行ではレベル5までの構成となっているが、改訂に伴いレベル6を新規に増設した。レベル6では色、寸法など種別3~4種の分別に加え、物品がグリーン購入法に適合しているかどうかを確認し、適合の場合は備考欄に「グリーン」と記入する工程を追加して負荷を高めている。 原稿執筆時点でデータの収集途上であるが、健常者を対象とした試行では所要時間についてはレベルを増すごとに増加し、正答率についてはレベルを増すごとに減少するという傾向が確認できている。 イ ブロックの増設 ブロック数については、現行レベル(レベル1~5)では10ブロックまでであったが、すべてのレベル(1~6)で40ブロックまで大幅に増設を行い、より長期にわたるトレーニングについても、同じブロックを繰り返さずに対応できるようにしている。 (2)手続き等に関すること レベル6の新設に伴い、レベル5から6に移る段階で、次の教示を追加することとしている。「物品が『グリーン購入法適合』とカタログに書かれた商品であった場合は、備考欄に“グリーン”と記入してください。」 (3)使用物品の変更について レベル、ブロックを増設したことにより、品名カードの枚数が大幅に増えている(300枚→1440枚)。それに伴い、カード保管用のケースを大型のもの2つに変更している。カタログなど、その他の使用物品については従来より変更ない。 3 試行(障害者)データに基づく検討 研究協力機関において試行実施を行っているところであるが、実施に比較的時間及び労力のかかる課題であることから、未だ十分な試行実施ケース数が確保されているとは言い難いが、その中の1事例について紹介する。 (1)事例 【職歴なし:発達障害 20代 女性】 ADHDの診断あり。併せて自閉症スペクトラム障害の疑い。手帳なし。有名私立大学4回生。発達障害者支援センターにて継続して相談中。幼少時より落ち着きがない、忘れ物が多いといったエピソードが多くあり、友人関係も孤立することが多かった。ご自身で受診し、診断を受けられた。 (2)結果 試行実施の結果は図1のとおりである。 開始直後、レベル1で小計のミス1(単価・計のエラー)が発生、手順の間違いがないかなど結果をフィードバックしたところ、その後レベル2までは正答率100%で進む。レベル3でエラー1(種別エラー)発生、トレーニング期(TR)1回をへて、プローブ期(PR)で正答率100%、レベル4でエラー1(検索エラー)発生、トレーニングモードの実施を提案するが、本人の希望によりトレーニング期を経ずにプローブ期で正答率100%、レベル5で6試行中エラー1(種別エラー)。新設のレベル6では“グリーン”の記入見落としのエラー2が発生し、時間切れで終了となっている。全15ブロックの実施を通して作業時間の測定忘れが2回生じている。 (3)考察 対象者は、注意に障害があり、レベルが上がり手続きや条件が増えると、何かしらのエラーや手続き漏れが発生する傾向が見られる。新設のレベル6では新しく加わった条件(グリーン購入法適合の判断)について見落としている。 トレーニングモードについては本人が不要と主張したため十分に実施できておらず、有効性は確認できていない。 4 実施上の留意事項 (1)課題で把握できる特性 本課題では、①多くの情報からからカタログの物品を正確に検索できるか、②検索した結果を請求書に正しく転記できるか、③計算機を適切に使用し正しい計算結果を得られるか、④検索、転記、計算、ストップウォッチの操作など一連の手続きを正確に遂行できるか、といった点について、作業遂行における障害の現れ(特性)を把握できる。そして、特性に応じた適切な教示、結果のフィードバック、補完手段の導入・般化といった支援が適切に行われると、作業時間の短縮、エラーの減少といった変化が見られるとしている。 改訂課題においても、同様の考え方及び手続きにより支援を行い、作業遂行力の向上を目指すことが望まれる。 (2)エラーカテゴリーについて エラーの定義を若干見直し、以下の通り整理している。 ①カード転記エラー:品名カードの転記のミス(品名、個数) ②単価・計のエラー:数の不一致(単価、計) ③検索エラー:指定物品と異なる物品の検索(品番)、指定物品の検索不能 ④種別エラー:指定物品の種別エラー(品番) ⑤その他:“グリーン”の記載漏れ(レベル6のみ)、カンマの脱落及び位置のズレ(単価・計) ハイフンの脱落、位置のズレ(品番) 記号(ハイフン、カンマ他)の余剰(品番) 従来のエラーカテゴリーに加え、新設のレベル6では、備考欄への「グリーン」記入忘れというエラーが比較的多く発生することが、健常者データ及び障害者試行の結果から確認されている。 (3)期待される効果と試行における今後の課題 新設のレベル6では、グリーン購入法適合の可否という見るべきポイントが加わったことにより、作業負荷が高まり、ミスが誘発されやすくなっている。レベル増設の効果が見られると言ってよいだろう。 新設レベルにおけるトレーニングモードの効果確認、適切な補完手段の検討についてはまだ十分なデータが確保できておらず、試行における今後の課題となる。今後、試行データの収集を積み重ねる中で検討していきたい。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:資料シリーズNo72 障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査(2013/3) 2) 障害者職業総合センター:トータルパッケージの活用のために(補強改訂版)(2013/8) 3) 障害者職業総合センター:ワークサンプル幕張版「MWSの活用のために」(2010/3) ワークサンプル幕張版(MWS)改訂の経過 その4−数値チェックについて− ○八木 繁美(障害者職業総合センター 研究員) 加賀 信寛・森 誠一・松浦 兵吉・鈴木 幹子・前原 和明・望月 葉子・松本 安彦(障害者職業総合センター)、中村 梨辺果(福井障害者職業センター)、内田 典子(東京障害者職業センター)、 下條 今日子(栃木障害者職業センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門では、ワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)について、「障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査」2)の結果を踏まえ、改訂作業を進めている。本稿では、事務課題の一つである「数値チェック」について、改訂内容、試行事例に基づく検討結果を報告する。 2 数値チェック課題の改訂ニーズへの対応 (1)改訂への要望 数値チェックは、納品書と請求書の指定された箇所(計、合計、合計金額)を見比べて、請求書の誤りを修正する作業である。請求書1枚に12個の数値(12試行)を並べて1ブロックとし、6レベル各12ブロックで構成している。改訂への要望としては、「難易度の高いレベルの増設」「課題の量の増加」が挙げられた。2) (2)改訂の内容 ①訓練版におけるレベルとブロックの構成 今回の改訂では、照合する計の金額が6桁から8桁混合の「レベル7」及び7桁から9桁混合の「レベル8」を追加した。また、各レベルのブロック数を40に増量した。 ②簡易版について 一枚の請求書にレベル1からレベル8に相当する桁数の数値18個(レベル1から3に相当するもの3個、レベル4からレベル6に相当するもの9個、レベル7からレベル8に相当するもの6個)を並べ、納品書を見ながら15箇所(現行10箇所)の誤りを修正することとした。 3 試行(障害者)データに基づく検討 (1)対象者 双極性障害の40代の男性。現在、休職中。 (2)方法 改訂中の5課題の簡易版の実施によりエラー傾向を把握し、その後、改訂中の数値チェック訓練版を実施した。  (3)結果 ①簡易版の結果 簡易版では、作業開始直後、手続き上のミス(②で述べる訓練版レベル1と同様のミス)と見落としが見られた。手続き上のミスについては、作業途中で本人自身が誤りに気づいた。また、終了時刻を記入後、合計金額の修正もれに気づき、自己修正している。簡易版の結果から、作業の開始直後はエラーが生じやすいと考え、訓練版はレベル1からレベル8まで各3ブロック実施することとした。 ②訓練版の結果 訓練版の結果を図1に示す。レベル1の1ブロック目で作業開始後考え込み、作業時間が長くなった。この点について本人は、「数量と単価を計算すると勘違いをして、計算をしていた」と述べている。その後、レベル3の1試行目、レベル5の1試行目で、ストップウオッチによる計測忘れが見られたが、レベル6以降は手順が安定した。 レベル7でカンマの打ち間違いが見られ、本人がミスに気づき、自己修正している。また、レベル7実施後、「目をこする」という行動が初めて観察された。 作業後のアンケート及び面談では、「桁数が増えることで難しくなった。特にカンマが2つ増えた頃(レベル6)から難しくなった。その頃から、左右に眼を動かすため、目が疲れた。」との感想を確認した。 (4)考察 本事例については、導入場面での指示の理解と定着に課題がみられたが、ブロック数を重ねることでレベル6以降は手順が安定した。現行の数値チェックであれば、レベル6で手順が安定し、1ブロック目、2ブロック目、3ブロック目と徐々に作業時間が短くなったところで同課題を終えていたと考えられる。つまり、現行の数値チェックで一般的な感想として挙げられる「簡単な作業なので、特に問題はないと思う」という認識に至った可能性がある。 一方、今回は改訂版の活用により、増設したレベル7からカンマ位置のミス、目をこするなどの行動が観察され、アンケートにおいても桁数が増えることによる難しさ、目の疲れなどの感想を確認することができた。現行版の基準値から作業時間について考えると、レベル6までは、各レベルの最初のブロックは基準値を上回るが、その後は基準値と同程度または基準値内の時間で作業を終えている。レベル8についてはデータ収集中であり基準値との比較はできないが、1ブロック目から3ブロック目にかけて徐々に作業時間が長くなっており、データの傾向に質的な変化がみられる。ブロック数を重ねることで疲労による影響が大きくなるのではないかと推測できる。 以上の点を考えると、当事例については、レベル7以降は難易度、負荷が高くなり、レベルを増設した効果があったと考えてよいだろう。 4 実施上の留意事項 (1)数値チェックで把握できる特性  数値チェックは、作業手順の聴覚理解や数値の照合における注意や記憶の課題の有無について把握することを目的に開発された。エラー内容としては、見落とし、過剰修正、その他(転記ミス、合計金額のミス、担当者名の記入もれなど手続き上のミス)が想定されている。 本事例については、簡易版において、導入場面での作業手順の理解に課題を確認することができた。訓練版のレベル1においても簡易版と同様の手続きの誤りをしかけていることから、本事例の場合、いったん抱いた考えを切り替えることが苦手なのかもしれない。 また、訓練版では、レベルの増設により、照合作業による疲労の影響を確認することが可能になったと考えられる。改訂版ではブロック数を増量したことから、本事例について、数値チェックを活用した評価・訓練を展開する場合には、「各レベルのブロック数を増やす」「時間の制限をかけて(現在の作業時間×8割など)、各レベルを3ブロック実施する」「複数課題を組み合わせて、手続きの安定性を確認する」などの方法を用いることで、量的あるいは時間的負荷をかけた場合のエラーや疲労の現れ方を把握し、トレーニングを行うことも可能だろう。 (2)実施する上でのポイント 本事例の試行結果から改訂版を効果的に活用する上でのポイントを考えた場合、次の2点が挙げられる。 ①簡易版によるアセスメント トータルパッケージでは、基礎評価として簡易版の実施によりエラー傾向を把握し、訓練版に移行することを推奨している。本事例については、簡易版にて導入場面でのエ ラーの現れやすさを把握し、訓練版では各3ブロック実施することとした。基礎調査の結果では2)、数値チェックについて、「利用者が物足りなさを感じる」ということを指摘されている。利用者が訓練の必要性を理解するには適切な負荷の設定が重要であり、そのためには、まず簡易版にて本人の作業遂行力を確認した上で、負荷を設定することが有効だと考えられる。 ②行動観察及び面談の重要性 本事例の正答率は、簡易版で94%、訓練版で100%と高く、開始直後の手続きや合計金額のチェックで発生したエラーは、本人が気づいて修正しており、正答率として現れていない。疲労については、「目をこする」という行動の観察や、面談による認識の確認をしなければ把握することができなかった。数値チェックはMWS の中でも正答率が高いワークサンプルであり、正答率だけでは障害による課題や疲労の現れを把握しにくい面がある。行動観察や面談を含めた状態像の把握が重要だと考えられる。 5 おわりに 本稿では、試行事例を通じて把握した数値チェック(改訂版)の効果と実施上の留意事項について報告をした。現行のMWSに対する「難易度を上げてほしい」「評価の機能を充実してほしい」という要望に応じ、難易度については今回の改訂でレベルを増設し、対応した。評価の機能については、支援者による行動観察や面談を併せて実施することで、対応できるものと考えている。今後、試行事例を蓄積し、質的分析により効果的な活用方法について整理をする予定である。 【参考文献】 1) 下條今日子他:ワークサンプル幕張版の改訂・開発について その1−ワークサンプル幕張版改訂に向けた基礎調査の結果を受けて−「第21回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」p.416-419,(2013) 2) 障害者職業総合センター:資料シリーズNo72 「障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査」(2013) 3) 障害者職業総合センター:「トータルパッケージの活用のために(増補改訂版)」(2013) 図1 事例の試行結果(数値チェック) ワークサンプル幕張版(MWS)改訂の経過 その5−ピッキングについて− ○前原 和明(障害者職業総合センター 研究員) 森 誠一・加賀 信寛・望月 葉子・八木 繁美・松浦 兵吉・鈴木 幹子・松本 安彦(障害者職業総合センター)、中村 梨辺果(福井障害者職業センター)、内田 典子(東京障害者職業センター)、下條 今日子(栃木障害者職業センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門(障害者支援部門)では、「障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査」1)の結果から得られたニーズを踏まえ、MWSの既存課題の改訂(13課題のうちの5課題)と、新規課題の開発に取り組んでいる2)3)。 本稿においては、改訂課題の1つである『ピッキング』の改訂の経過及び試行事例に基づく検討結果について報告を行うこととする。 2 ピッキング課題の改訂ニーズへの対応 (1)レベルの構成 ピッキングとは、注文書に従って品物を揃える作業であり、本課題は、注文書に書かれた物品の品名や番号を手がかりに、指示された品物を揃えることを内容とする作業課題である。今回の改訂におけるレベル数及び各レベルのブロック数の増設については表1の通りである。 現行では、同一の品番が存在する一つの引き出し内のみで数量の計算が完結していた。改訂版では、複数(レベル6では二つ、レベル7では三つ)の引き出しに偏在する薬品の内容・量を確認し、加算により指示された分量となるよう薬品を集めることが求められる。 (2)その他 改訂に際しては、物品数及び収納棚を追加せず、現行の物品のみでのレベルの積み増し及びブロック数の増設を行った。 このため、積み増したレベル6、7まで連続して作業を行うには、薬品(サプリ瓶)が不足することとなった。よって、レベル5及びレベル6終了時には、集められた薬品を全て収納棚に戻すことが必要であり、このための休憩時間(10~15分程度想定)を取ることを手続きとして加えている。 3 試行(障害者)データに基づく検討 本稿では、研究協力機関において試行したデータに基づき、訓練を目的として活用した精神障害者の1事例について紹介する。 【休職中:精神障害40代、女性】 図1に結果を示す。本人は、パニック障害による休職中であり、休職前の職場の様子からは、作業手順の変更や業務に対する心理的負担を強く感じていた。 作業状況としては、改訂前からあるレベル5までの作業においても、間違った品物を集めてくる、数量の誤り等のミスが見られた。その上で、改訂により積み増しを行った新規のレベル6及び7のうち、特に最上位のレベル7においては、品物の集め間違いや計算ミスが顕著に見られた。加えて、この時の作業遂行状況の観察からは、本人が大きく動揺し、開始時刻の記入や時計計測の忘れ等の手続きに関するミスまでをも生じさせ、最終的には、こわばった表情で「できない」とスタッフに訴え、継続的な実施を拒否し終了となった。また、レベル7では、作業時間も長くかかっていた。 そのため、レベル7においては、難しさの認識を少しでも減らせるようにとの意図から、特に初めて行う作業において、作業指示をメモに取ること及び手順を確認するための質問をする等の助言を行った。加えて、動揺した様子がうかがわれた際には、落ち着くようにとの声かけを行った。本改訂によって、このような本人の状態を観察することができ、これらの支援を検討することを可能にしたと考えられた。 4 実施上の留意事項 (1)課題で把握できる特性 現行マニュアルにおけるターゲット行動から、本課題では、①対象者が正確に作業指示書への記入、コンテナの取扱い 等の作業準備が行えるかどうか、②対象者が課題分析に定められた計測、作業指示書に基づくピッキング、作業台の上への取り出し等の正確な作業手順を遂行できるかどうか、③コンテナに取り集めた物品を作業台の上に取り出す際等で対象者が自身の行った作業を適切に確認できるかどうか、の特性を把握することができ、支援が適切に行われると、所要時間の短縮、エラーの減少といった変化が得られるとしている。 改訂課題についても、同様の手続きにより特性を把握でき、適切な教示方法や結果のフィードバック、補完手段の提案、補完行動の般化等を通して、作業遂行能力の向上をめざすことが望まれる。 (2)エラーカテゴリの概要 現行及び改訂課題で想定されるエラー内容を表2に示す。レベルの増設に伴い、エラーの判断に混乱がないようにとの意図から、エラーの定義の若干の整理を行った。 (3)期待される効果に関する所見の整理 今回のピッキング改訂による情報処理の複雑さと認知的負荷の増加に伴い、アセスメント機能として、例えば、知的障害者等における計算能力や精神障害者等の判断能力等の認知特性等の把握、身体障害者等の補完手段の把握等がよりできるようになったと考えられる。特に、認知的側面や体力面での負荷の増加は、課題に対する難しさ等の心理的な負荷や、作業の見通しを持ちづらい等の作業遂行上の負荷を発生させている状況が見られている。これは、作業能力や障害特性の自己理解、精神的耐性に対する支援を行う上でも有効な視点に繋がると考えられる。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査「資料シリーズNo.72」(2013) 2)下條今日子・他:ワークサンプル幕張版の改訂・開発について その1−ワークサンプル幕張版改訂に向けた基礎調査の結果を受けて−「第21回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p416-419(2013) 3)中村梨辺果・他:ワークサンプル幕張版の改訂の試み「第42回日本職業リハビリテーション学会発表論文集」、p124−125(2014) 発達障害者の表情識別に関する特性の検討 その1~F&T感情識別検査及び表情の注目箇所に関する検討~ ○武澤 友広(障害者職業総合センター 研究員) 知名 青子・望月 葉子(障害者職業総合センター)、向後 礼子(近畿大学) 1 背景と目的 F&T感情識別検査4感情版(以下「F&T」という。)は、「喜び」「悲しみ」「怒り」「嫌悪」のいずれかの感情が明確に表現された音声や表情を呈示し、どの感情が読みとれるかを被検査者に回答させることで、他者感情の読みとりに関する正確さを評価するツールである。 F&Tにおいて、特性を評価する指標の一つに「感情の混同」がある。「感情の混同」は大きく分けて、快(不快)感情の表現から不快(快)感情を読みとる「快-不快の混同」と、ある不快感情の表現から別の不快感情を読みとる「不快感情間の混同」の2種類がある。どの混同傾向が強いかによって、支援のアプローチも異なるため、これらの混同傾向を区別して評価することは重要である。 障害者職業総合センターは、知的障害者を対象とし、感情の識別に有効な「表情の箇所」を覚えた上で、表情を見た際にその箇所に優先して注意を向ける方略を獲得させることが他者感情の読み取りの正確さの向上につながることを報告した1)。また、知的障害を伴わない発達障害者についても「快-不快の混同」と「不快感情間の混同」のいずれの読み誤りが多いか、感情識別に有効な表情の箇所を注目できているかどうか、について検討を行っている2)。 しかし、発達障害者の中には、定型発達者と同等の正確さで表情から他者感情を識別できる者もいれば、識別が困難な者もいる。そこで、本研究では、前者と後者とでは混同の傾向がどのように異なるのか、また、後者は表情のどの部分に注意を向ける傾向があるのか、について検討を行った。これらの特徴について検討することは、発達障害者の中でも表情からの感情の読み誤りが特に多い者を対象とした支援を考える上で手がかりとなるであろう。 具体的には、知的障害を伴わない発達障害者に対しF&Tを実施した結果に基づき、以下の2点を検討する。 a.表情からの感情の読み誤りが多い発達障害者は「快-不快の混同」と「不快感情間の混同」のいずれの読み誤りが多いか b.表情からの感情の読み誤りが多い発達障害者は表情のどの部分に注目しているか 2 方法 (1)対象者 18-54歳の知的障害を伴わない発達障害の診断・判断がある者103名(男性81名、女性22名)と18-29歳の定型発達者(大学生・院生)149名(男性78名、女性71名)。なお、本データは障害者職業総合センター調査研究報告書No.1192)において報告したデータを再分析したものである。 (2)F&T感情識別検査4感情版 ① 検査刺激 演劇等で感情表出の訓練を積んだ20歳代の男女各1名と40歳代の男女各1名の計4名が、感情的意味のない台詞(「おはようございます」など全8種類)を、音声や表情に感情(喜び、悲しみ、怒り、嫌悪の全4種類)を込めて話した様子を撮影した動画を用いた。刺激は、動画の音声だけを呈示する「音声のみ」条件、映像だけを呈示する「表情のみ」条件、音声と映像の両方を呈示する「音声+表情」条件の3種類の呈示条件で呈示した。 ② 検査課題 「うれしい」「かなしい」「いやだなぁ」「おこっている」の中から、検査刺激が表している感情として最もあてはまる言葉を選択させた。各呈示条件につき、4(演者)×4(感情の種類)×2(反復呈示)の計32試行実施した。 ③ 検査方法 検査はパソコンのモニターで映像を呈示した個別実施とパソコンのモニターまたはスクリーンで映像を呈示した集団実施の2通りで実施した。 (3)表情の注目箇所に関する質問紙調査 本調査は発達障害者と定型発達者の双方の対象者に実施した。喜び、悲しみ、怒り、嫌悪のそれぞれの感情を表した4枚の女性の顔写真を呈示し、各写真について以下の2点について課題を課した。 ア 「喜び」「悲しみ」「怒り」「嫌悪」「驚き」「恐怖」「軽蔑」の中から、顔写真が表している感情として最も あてはまる言葉を選択させた。 イ アで選択した感情が強く表れている顔写真の部分を、丸で囲ませた(1カ所でも複数箇所でも可)。 3 結果 (1)表情からの感情の読み誤りが多い発達障害者にはどのような混同の傾向があるか 先行研究1)において報告された表情条件における定型発達者の平均正答率は85 %であった。この8割にあたる正答率である68 %以下の正答率を示した発達障害者を正答率低群(33名:男性28名、女性5名)、平均正答率の9割(77 %)を超える正答率を示した発達障害者を正答率高群(30名:男性23名、女性7名)とした。 これら2つの群間において、呈示した感情の種類別に呈示した感情とは別の感情を選択した割合(誤回答率)を算出し比較した。その結果、「快-不快の混同」については有意な群間差は認められなかった。なお、表1に示したとおり、正答率高群については、嫌悪の表情を喜びと読む誤りは全く認められなかった。一方、「不快感情間の混同」については有意な群間差が認められた。具体的には、悲しみの表情を怒りや嫌悪と読み誤った割合は正答率低群の方が正答率高群よりも多かった(F(1.4,83.7)=9.5, p<.01)。また、嫌悪の表情を悲しみや怒りと読み誤った割合も正答率低群の方が正答率高群よりも多かった(F(1.2,71.5)=12.7, p<.01)。 表1 呈示した感情とは別の感情を選択した割合 (注) 網掛けをした箇所は有意な群間差が認められた箇所 (2)表情からの感情の読み誤りが多い発達障害者は感情識別に有効な表情の箇所に注目しているか 正答率低群は「不快感情間の混同」が多い傾向が認められた。正答率低群が不快感情を表現した表情のどの部分に注意を向ける傾向があるのかを検討するため、不快感情である「悲しみ」「怒り」「嫌悪」を表現した顔写真の注目箇所に関するデータを定型発達者と比較した。注目箇所は「眉」「眉間」「目」「鼻」「鼻唇溝」「口」「その他」に分類し、注目箇所として指摘した人数の割合を箇所別に算出した。表2にその結果を示す。 表情の種類別に、各箇所を注目箇所として指摘した人数 の割合を、定型発達者と正答率低群の間で比較したところ、全ての顔写真について「口」を指摘した人数の割合は正答率低群の方が定型発達者よりも有意に多かった(悲しみ:χ2=11.37, df =1, p<.01、怒り:χ2=6.57, df =1, p<.05、嫌悪:χ2=10.28, df =1, p<.01)。また、悲しみを表した顔写真については、「鼻」を指摘した人数の割合も正答率低群(9 %)の方が定型発達者(1 %)よりも多かった(χ2=6.07, df =1, p<.05)。怒りを表した顔写真については、「眉」を指摘した人数の割合は正答率低群(12 %)の方が定型発達者(30 %)よりも有意に少なかった(χ2=4.22, df=1, p<.05)。 4 考察 本研究の結果から、不快感情間の混同が多い発達障害者は、定型発達者よりも口に注目する傾向があることが示唆された。一方、目は感情の識別に有効な注目箇所であることを示すデータ1)3)が報告されているが、本研究では目を注目箇所として指摘した人数の割合に有意差は認められなかった。 以上から、正答率低群は表情から感情を読みとる際に、目に優先的に注意配分ができていないために、不快感情の読み誤りが起きる可能性がある。したがって、表情識別の訓練を行う際には、感情識別に有効な表情の部分に優先的に注意を向けるよう助言することを検討する必要がある。 【引用文献】 1) 障害者職業総合センター:調査研究報告書No.39 知的障害者の非言語的コミュニケーション・スキルに関する研究─F&T感情識別検査及び感情識別訓練プログラムの開発─ (2000) 2) 障害者職業総合センター:調査研究報告書No.119 発達障害者のコミュニケーション・スキルの特性評価に関する研究─F&T感情識別検査拡大版の開発と試行に基づく検討─ (2014) 3) Bal et al.:Emotion recognition in children with autism spectrum disorders: Relations to eye gaze and autonomic state. Journal of Autism and Developmental Disorders, 40, 358-370. (2010) 発達障害者の表情識別に関する特性の検討 その2~事例に基づく支援の検討~ ○望月 葉子(障害者職業総合センター 特別研究員) 武澤 友広・知名 青子(障害者職業総合センター)、向後 礼子(近畿大学) 1 はじめに 障害者職業総合センターでは、F&T感情識別検査の結果から「表情」の読み取りに関する正答率が低い対象者に対し、表情識別訓練プログラムの実施を提案している。このプログラムは、基本的な感情の特徴が顔のどの部分に表れるのかを「言葉」で確認することにより、「表情を使ったコミュニケーション」のルールを学ぶことを意図したものである(障害者職業総合センター調査研究報告書№39,2000)。 本報告その1では発達障害者の表情識別の特徴を検討するとともに、表情識別の手がかりを効果的に活用しているかどうかについて、「顔の注目箇所」に関する検討を行った。表情識別の課題への対応は、発達障害者においても有効な支援となることが期待される。 また、発達障害者を対象とし、F&T感情識別検査実施後に行った結果の受け止め方や経歴、コミュニケーションの課題等に関する聞き取り調査(同調査研究報告書№119,2014)の結果に基づき、本報告その2では、表情識別に関する課題への対応を工夫した2事例の行動に即して支援のあり方について検討する。 2 事例の概要 (1) 表情識別のための訓練を考案・実践し、相手の気持ちの読み取りに自信を深めたAさん ① プロフィール 30代女性。診断名はパニック障害(診断時25歳)/アスペルガー障害(診断時29歳)。 大学卒業時点での就職を希望するが実現しなかった。その後5年間に短期離転職を繰り返し、5社で就業した経歴がある。また、この時期に並行して、結婚・出産・子育てを行っているが、パニック障害を発症して入院から退職に至る経験(2回)で療養を余儀なくされるなど、通常のライフサイクルでは予期しない出来事を経験している。 家族の支えで子育てを中心とした個人の生活に自信を持つことができるようになった現在、「できる仕事」で社会生活の幅を広げる生活を志向する事例。 ② 障害の気づきと自立の実現:表情識別訓練と成果 対人コミュニケーションに対する特徴への気づきでは、「言葉を聞いただけでは分からない事が多いです」「表情を見て、自分に対して悪い意味で言葉を説明している訳ではないことを推測してから、言葉を聞くようにしたんです」「推測が正しいかどうかをまず心理学の本で確認し、その推測が正しかったっていうのを翻訳する人が(必要でした)……私の場合は夫……こういう推測で正しかったかっていうのを私の分かるように夫に翻訳してもらって、そこからマッチングをして、次にロールプレイングをするという方法をとりました」と説明された。 ③ コミュニケーションの課題への対応 F&T感情識別検査4感情版の結果(表1)から、「音声のみ」条件の正答率はやや低いが、「表情のみ」「音声+表情」条件では、一般基準と同等の正答率であることが把握できる。また、「音声のみ」条件では【快−不快】の感情間に混同が認められたが、「表情のみ」「音声+表情」条件ではこの混同は認められなかった。 一方、いずれの条件においても、「悲しみ」「怒り」「嫌悪」の3感情間で混同が認められた。 コミュニケーションに際しては、音声のみからの他者感情の読み取りについては不快感情の正答率がやや低いものの、音声と表情の両方を活用すれば、読み誤りはきわめて少ないと考えられる。 適応の問題はコミュニケーションの課題としてAさんに理解されており、言語コミュニケーションの課題を補完する上で、非言語コミュニケーション(主として表情認知)の能力開発を意図したことになる。 (2) 顔を見ることは苦手だが、職場定着のために相手の表情を意識するようになったBさん ① プロフィール 20代女性。診断名は広汎性発達障害(診断時24歳)。 在学時から大学の学生支援室へ相談に通いながら、卒業後、ハローワークを介しての職場実習や障害者職業センター等での就労移行支援を利用して就職・職業定着を目指し、障害者雇用で採用された事例。 ② 職業選択の概要と職場における適応上の課題 就職を希望して複数社に応募し、いずれも採用試験では優秀な実績を残すが、面接で不採用に至る。 その後、障害を開示して就職するためにトライアル雇用に臨んだが、上司の顔を見ることが苦手であり、「気をつけてないとうつむいてしまう」状況があった。顔を見ることも視線を合わせることも苦手だが、ただ「この仕事で働きたい」という一心で、意識して相手の視界に入り、あいさつを心がけている。 ③ コミュニケーションの課題への対応 F&T感情識別検査4感情版の結果(表2)からは、「音声のみ」条件の正答率は低く、「表情のみ」条件の正答率もやや低いが、「音声+表情」条件では一般基準と同等の正答率であることが把握できる。また、「音声のみ」条件では【快‐不快】の感情間に混同が認められたが、「表情のみ」「音声+表情」条件ではこうした混同は認められなかった。一方、いずれの条件においても、「悲しみ」「怒り」「嫌悪」の3感情間で混同が認められた。特に「表情のみ」条件については「怒り以外の不快感情」を「怒り」と読み取る誤りが顕著である。 コミュニケーションに際しては、音声と表情の両方を活用すれば、読み誤りはきわめて少ないと考えられる。このため、表情を意識的に見るというBさんの努力はコミュニケーションの課題軽減に結びつく可能性がある。 3 表情識別の課題への対応と支援について AさんにとってもBさんにとっても、“表情を見る”という努力はコミュニケーションの障害の軽減に結びつく可能性がある。そして、いずれもが“表情を見る”ことの効果を理解していたが、両者の対応は異なっていた。 Aさんは“声を聞く”よりも“顔を見る”を重視して、表情による情報理解の精度を上げることを試行した。一方、Bさんは“視線をあわせる/顔を見る”を苦手としており、“意識的に見る”ことなくしては、情報の有効活用は困難であった。 (1) 表情識別訓練の可能性と展望 言語によるコミュニケーションの課題を補完するために、非言語コミュニケーション(主として表情認知)の能力開発を行うことを計画したAさんの試みは、表情識別能力の向上の可能性を示唆するものであり、確かに表情識別訓練の成果が確認されている。 しかし、対処行動の獲得に長い時間を要したことからは、支援者による系統的・組織的な訓練実施について、検討が求められるといえる。 (2) 表情識別の精度向上をめざす支援と留意事項 表情認知に課題があったとしても、直ちに訓練による能力開発の提案ができるとは限らない。顔を見ることを苦手とするにもかかわらずBさんが表情に注目するのは、「この職場で働きたい」からこそのことである。 特性には個人差が大きいと考えられるものの、「視線をあわせることが苦手」等があったとしても、「表情への注目」が選択される可能性があることが示唆される。 ただし、こうした努力自体、障害特性からみてきわめて負荷が高い場合、提案することに慎重さが求められることに注意が必要である。 表1 Aさんの F&T感情識別検査(4感情版)の結果 表2 Bさんの F&T感情識別検査(4感情版)の結果 発達障害者の社会適応力向上に向けた取り組みについて~和歌山版・発達障害者就労支援プログラム開発とソプラスの実践~ ○井端 郁人(特定非営利活動法人よつ葉福祉会 ソプラス 統括所長) ○谷 亜矢子(特定非営利活動法人よつ葉福祉会 ソプラス 主任) ○野中 千尋(特定非営利活動法人よつ葉福祉会 ソプラス 生活支援員) 井邊 一彰(和歌山県発達障害者支援センター ポラリス) 1 はじめに 和歌山県内の相談支援機関や福祉事業所において、発達障害者とその家族からの相談が増加している。本人・家族の主訴は、「仕事をしたい、自立をしてほしい」だが、実際は就労以前に、生活スキルや社会的なマナーの獲得が必要な方も少なくない。しかし、各事業所は、本人の課題にあったサービス提供に苦慮している。そこで、県発達障害者支援センターと共同し、発達障害者が自己肯定感を獲得し、社会適応に向けたプログラムの開発及び、県内の事業所にプログラムが普及できるよう取り組んでいるので経過報告をする(図1)。 図1 発達障害者就労支援プログラム開発イメージ 2 方法 (1)実態調査(アンケート) 発達障害者支援において、課題や困難と考えられる項目についてのアンケートを作成し、県内にある就労移行支援及び自立訓練事業所8ヶ所から43名の回答を得た(図2)。アンケート結果からは、障害特性、スキルアップ、アセスメント技法、個別のケース対応について学びたいという意見が多かった。実際に関わっている発達障害者の不適応行動の要因が、環境調整等の配慮を要するものか経験不足によるものかの見極めが難しく、特性理解を望む意見が多かった。また、本人の自己肯定感が低い、自己評価と能力との乖離がある、困ったことを相談できない等、個別ケースの対応について実地で検討する機会を希望する記述が多かった。アセスメント技法については、アセスメントとインテークが重なっている、アセスメント視点がわからないことも挙がった。その他の項目は30%以下と低く、何れも一部の職員が関わる、他機関に依頼する形をとっており、直接関わる機会が少ないために直近の課題でないことがわかった。 図2 事業所アセスメントアンケート結果 (2)プログラム作成 アンケート結果をもとに、本人用と支援者用のプログラムを作成した。本人用プログラムは、自己肯定感を獲得し社会に適応していくことを目的に、自立訓練2年間と就労移行支援の2年間を組み合わせた計4年間のプログラムとした。「生活スキル」「所属感」「相談スキル」「自己理解」の4領域のスキルに分け、4ヶ月を1クールとし座学で伝えることを中心とした。また、支援者用プログラムとしてアンケート結果で高かった4項目については、県発達障害者支援センターと共同し支援者に対する講義を実施した。発達障害の特性についての理解度は向上したが、アセスメントや個別のケース対応について、知識は獲得したが支援に結びつけることは困難であり、実地でケースを通じて学ぶ必要性があると考える。 3 プログラムの開発・改善 (1)構成員による視察・助言 県内の福祉事業所や相談支援事業所、就業・生活支援センター、県障害福祉課職員の計10名に構成員として依頼し承諾を得た。構成員が本人用プログラムを視察し、改善すべき点を意見する機会として、和歌山県発達障害者就労支援プログラム開発会議(以下「開発会議」という。)を計4回開催した。 (2)構成員からの意見 本人用プログラム参加者(以下「利用者」という。)は、他の事業所で適応が難しかった18歳から23歳の発達障害者または知的障害者4名とした。学生時代は不登校や不適応行動という形で問題解決をしており、人に対する信頼感やストレス耐性が低い様子が伺えた。開発会議において、①座学のプログラムを実際に実践することは難しく、スキル獲得には至っていない。利用者は、座学の活用方法や目的を理解していない。②4年間で社会適応するためのスキル獲得を目指しているが、作業課題への取り組みがなく、作業アセスメントができていない。自立訓練の段階で職場を想定した実践を取り入れていくべきである。③社会的なマナー獲得には、相手の行動を意味づけし概念化することで、利用者が適切な行動がとりやすくなる。④利用者の社会適応面の課題と4年間のプログラムを受けた効果については、客観的な評価をするべきである。との意見があがりプログラムを改良した。 (3)プログラムの変更 開発会議での意見を基に、以下の通りプログラムの変更を行った。 ①自立訓練時でのプログラムの指針作成 各座学を行っている意味づけとして、図3を基に利用者に説明した。仕事をすると誰でもストレスがたまる。ストレスが溜まり過ぎると健康が損なわれる。ストレスを溜めないために体力づくり、感情コントロール(考え方の幅を拡げる)、余暇・遊びのプログラムを行う。余暇を行うにはお金がいるため、仕事をする必要があるという流れを利用者に意味づけを行った。日常生活においても、掃除・洗濯などの家事全般、制度利用のための相談などを座学で伝え体験する。各生活課題で実施することが難しい場合は、将来的に一人暮らしでヘルパーを活用した生活やグループホームなどを見学・体験し、将来的には自分がどのような暮らしをするか具体的にイメージできるようにした。 ②作業種目の選択性 これまで全員が同じプログラムに沿って座学を受講してきたが、個々の特性が異なるため、理解度には個人差がみられた。達成感を得るという視点からも課題があった。できる限り多くの作業種目を取り入れ、利用者ができたと実感できる作業課題を自己選択できるようにした。 ③般化促進のために本人の概念化を促す 座学で学んだことを実践するためには、本人が概念化できるように伝えることを心がけた。例えば、「話をしている時に相手が腕時計をみたら、相手は話を終わりたいと考えている」と捉えて話を切り上げるように行動することを伝え、ロールプレイで体験していくようにした。また、支援者による具体的かつ肯定的なフィードバックを繰り返し行った。 ④評価 適応行動評価尺度Vineland-IIをプログラム開始前に行い、本人の適応度を明確にした。また、プログラム実施後にも本評価尺度を実施し、本人の適応度がどれぐらい向上したかを評価基準にすることにした。 4 結果 支援者は、利用者に対しプログラムの意味づけが容易になった。また、利用者も座学時に意味を確認したり、メモをとる等以前よりも受講態度が良くなり、できる作業課題をとり入れたことで、集中して作業ができるようになった。独自の方法ではなく、支援者の指示通りに作業が行えるようにもなった。また、自分から作業の準備を行うなど積極的な姿もみられ、座学で学んだことを実施するようにもなった。今まで他の事業所に定期通所できなかったり、不適応行動で問題を解決してきた利用者が毎日通所し、支援者に対して困りごとを伝えることができるようになったこと、事業所のルールを守ろうとしていることから所属感は確立してきたと考える。但し、一定の変化は見られてきたが、実践場面での取り組みが少なすぎることや概念化したことを般化できているのかどうかが確認できていない。社会で実践できるためのプログラム作成という意味では、成果があったかどうかは現時点ではわからないため、今後も改良していくべき課題が多く出てくることが予測される。 図3 社会適応力向上のイメージ 5 まとめ スキル獲得においては、発達障害者の課題や特性、能力、段階などに合わせた個別支援の方が集団で関わるよりも効果的である。しかし、障害福祉サービスにおける職員配置では、限られた支援者で個別支援することには限界があり、集団と個別を効果的に組み合わせることが必要である。また、個別ではなく集団の効果として、通所に消極的な人を安定した通所に導いたり、他者の影響を受けて嫌なことに向き合うこと、各課題に取り組む動機作りなどがあげられる。集団への所属感を基盤にした利用者の自己肯定感の確立が今後の職業生活を支える糧になると考え、本プログラムでは、集団を中心にした個別化に取り組んでいきたい。 6 今後の課題 開発会議で改良したプログラムを通して取り入れるべき要素が見えつつある。しかし、今後もプログラムをさらに改良し、県内にプログラムを普及するためには、評価を実施し効果を立証していく必要がある。また、各事業所を訪問し現地で学べる機会を確保するための予算の確保と行政のバックアップを得ることが課題である。 発達障害者の就労支援に関する一事例の研究~アスペルガー症候群と診断された事例の就労移行での訓練から定着支援まで~ 岡島 里実(株式会社ASK アスク京橋オフィス 職業指導員) 1 背景と目的 発達障害は環境によって後天的に発症するものではなく、生得的な中枢神経系の障害であり、薬物療法などによって根本治療ができるものではない。したがって、知的に問題はないが認知やコミュニケーション、社会性、学習、注意力などの能力に偏りがあり、現実生活に困難をきたしている(小柴,2013)1)。 一方、「発達障害者支援法」が平成17年に施行され、早期発見と学習教育における発達支援、就労支援などが目的として掲げられている。この法律において「発達障害とは、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥/多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの」と定義された(小柴,2013)。 DSM−Ⅳ−TRの診断基準によれば、アスペルガー障害は対人相互反応に問題がある広汎性発達障害に含まれ、早期の認知および言語能力に顕著な遅れはみられず、限定的・反復的・常同的な特徴として、限定された関心だけを追求するため、情報や事実を収集するために莫大な時間を費やし、そのことに関する話題を一方的に繰り返す。対人関係において冗長で一方的、無神経であるが、他者に接近しようとする意欲は強いとされている(高橋ら,2002) 2)。 また「障害者の雇用の促進等に関する法律」による「障害者雇用率」の達成義務がある企業には、雇用率の引き上げと、それに伴う障害者雇用義務が発生する事業主範囲の変更、障害者雇用納付金制度の対象事業主の拡大が行われており、今後は平成30年4月より精神障害者の雇用が義務化されるなど、障害者を取り巻く環境整備も進んできている(厚生労働省,2015)3)。 本研究では、アスペルガー症候群の診断を受けた一事例の就労支援をもとに、医療機関と福祉施設の連携、支援機関と連携し取り組んだ定着支援の有効性と、行動分析学に基づいた対象者の行動改善の有効性について検討する。 2 株式会社ASK アスク京橋オフィスについて 「株式会社ASK アスク京橋オフィス」とは、平成26年3月に大阪市城東区に開所された障害福祉サービスの就労移行支援事業所である。基本的には一般就労を目的とし、障害者や難病患者が訓練を重ねるための施設で、就職に向けビジネスマナーやパソコンスキルの獲得に向けたプログラム、模擬作業訓練プログラムの提供のほか、「ソーシャルスキルトレーニング(SST)」や「グループワーク」など対人スキルの習得に重点を置いたプログラムを実施。 3 対象者と実施方法 対象者:K氏(24歳、男性) 経緯:高校生の頃、アスペルガー症候群と診断を受ける。短期大学を卒業後、楽器や音楽に関わる仕事に就きたいと思い大阪にある専門学校にて楽器の制作等を学び、作品が専門雑誌に掲載される程のスキルを習得するも就職先が決まらず精神科を受診し、うつ病と診断を受ける。主治医より就職に向けた訓練の必要性を聞き、また当事業所の見学を勧められ、利用に至る。 診断名:アスペルガー症候群、うつ病 主症状:意欲低下、過眠、抑うつ 期間:平成26年6月~平成27年2月(約8ヶ月) 方法:対象者が把握している課題・支援者が客観的に把握している課題について情報共有し、対象者が課題の優先順位をつけ目標設定をする。目標は「個別支援計画」として位置づけ、目標設定に対し支援者と定期的にモニタリングをおこない目標設定の見直しをする。個別支援計画は対象者が視覚的に確認できるよう印刷し週間目標設定の参考にする。目標を達成するための具体的な改善策を協議し、対象者が取り組み可能な範囲で了承されたもののみを具体策とする。対象者は個別支援計画に基づいて訓練・実習に参加し、支援者は進捗確認とともに適切な行動には強化し、不適切な発言・行動がみられた際には課題分析を行い、対象者にとって実行可能であり、かつ適切な行動を複数モデリングし、その中から対象者自身が取り組めるものを選択する。選択したモデリングが般化しているかを確認し、対象者の行動と認知をすり合わせ、今後の目標や具体的な改善策を検討する。 ただし、利用開始後の約2ヶ月間はアセスメント期間(ベースライン期)として、個々の特性把握に努めている。 4 結果 (1)ベースライン期(約2ヵ月間) 意向:適職をみつけフルタイム就労する 目標:予定通り(週5日)通所し、訓練に参加する。 (2)1期個別支援計画(3ヶ月~5ヶ月) 意向:年内に楽器店での販売や修理、データ入力等の仕事でフルタイムのオープン就労を目指す(表1)。 表1 1期個別支援計画 (3)2期個別支援計画(6ヶ月~8ヶ月) 意向:平成28年2月までに楽器に関わる仕事やできる仕事(就労継続A型も含む)を見つけ、正社員で就職する(表2)。 表2 2期個別支援計画 (4)トライアル雇用個別支援計画(8ヶ月~) 意向:トライアル雇用3ヶ月を経て、雇用継続を目指す。 表3 トライアル雇用支援計画 (5)勤怠の安定 過眠による遅刻が目立っていたが減少傾向にある(図1)。 図1 勤怠の推移 5 考察 本事例では、医療機関からの紹介を受けて利用開始し、早期に支援者が受診同行し医学的な見解を得ている。また通所中の過眠やうつ状態など、客観的に対象者の様子を医療機関へ情報提供することにより、職業準備性を高めることに繋がったと考えられる。そして、対人コミュニケーションに関して、プログラムにおいて適切なコミュニケーション・不適切なコミュニケーションを提示し、なおかつ日中活動でメンバーやスタッフ間でのコミュニケーション、求職活動や支援機関との関わり、職場実習等の実践的な経験を積むことにより、対象者の課題の意識付けにも繋がったと考えられる。 さらに、地域の就業・生活支援センターに登録されていたが必要に応じ活用することが難しかったため、発達障害者コーディネーターの在籍する就業・生活支援センターへ新規登録を行い、支援が途切れることのないよう連携を図っている。また、トライアル雇用制度を活用し就業先とも密に連絡を取り、企業側が捉えている対象者の状況を把握し、必要に応じ企業訪問・受診同行することで課題の整理を行い、雇用継続を目指している。 現在は職場に慣れ、新たに就業先から課題が出ている一方で、対象者は指導者とうまく関われないと支援機関に相談に来ている。しかし、様々な観点からの情報収集が可能で、ケース会議では対象者の訴えと周囲との認識のズレなど修正をする機会を持つことで医療機関・支援機関と連携し支援の方向性を統一することにより、対象者の行動改善に繋がっていると考えられる。 今後は、就業場所や指導者が変わっても円滑に業務を遂行できるよう社会的ルールに従い働き続けることが目標であり、対象者自身が課題を認識できるような場面を継続して設けることで就労継続に結びつくと考えている。 【参考文献】 1)小柴孝子:アスペルガー障害のある学生への理解と教育的支援,研究論文集116号(2013) 2)American Psychiatric Association 2000 Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition,Text Revision;DSM-IV-TR 高橋三郎・大野裕・染矢俊幸(訳)2002 DSM-Ⅳ-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル(新訂版)医学書院 3)厚生労働省,障害者雇用率制度(2015) http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/shougaisha/04.html 【連絡先】 岡島里実 株式会社ASK アスク京橋オフィス e-mail:okajima@ask-inc.net 発達障害者の就労支援ネットワークにおける機関連携の課題の検討−文献調査に基づく課題の抽出と分類− 榎本 容子(障害者職業総合センター 研究員) 1 背景と目的 わが国では、就労、福祉、教育等の支援機関が役割分担し、障害者のニーズに対応した地域の就労支援ネットワークを形成することが求められている。このような中、発達障害など、障害特性に応じた就労支援ネットワークを形成することの有効性についても指摘されている1)。 障害者の就労支援ネットワークに関する研究としては、就労支援ネットワークの形成・維持の要件に関する理論的検討2)や事例的検討3)が行われている。他方、発達障害者の就労支援ネットワークに関する研究としては、就労支援を行う機関間の連携の実態や課題についての調査4)が行われている。しかし、障害者の就労支援ネットワークの形成・維持の要件や発達障害者の就労支援における機関連携の課題に関する知見を網羅し、整理した研究は見当たらない。また、これらの知見を関連づけ、発達障害者の就労支援にあたり、現場ではどのような連携上の課題が生じ、また、それによりどのようなネットワークの形成・維持の問題が生じているか把握を試みた研究も見当たらない。 本稿では、障害者の就労支援ネットワークの形成・維持の要件及び発達障害者の就労支援における機関連携の課題について整理した上で、発達障害者の就労支援における機関連携の課題を障害者の就労支援ネットワークの形成・維持の観点から考察した。 2 方法 文献研究の手法をとり、文献から①障害者の就労支援ネットワーク全般の形成・維持の要件に関する知見、②発達障害者の就労支援における機関連携の課題に関する知見を抽出した。そして、それらの知見を用いて、(1)ネットワークの形成・維持に関する要件の類型化、(2)(1)の要件に基づく機関連携の課題の分類を行った。 文献収集にあたっては、発達障害者支援法施行後の2005年4月から2015年3月までに発表された文献を対象とし、データベース検索(以下DBとする;CiNii及び厚生労働科学研究成果データベースを利用〔キーワードは表1〕)及びハンドサーチ(以下HSとする;当センターの研究報告書及び発達障害情報・支援センターで紹介されている研究資料、職業リハビリテーション学会の書籍を対象)を行った。 表1 検索キーワード 文献 検索条件 ①「障害」and「就労or就業」and「ネットワーク」 ②「障害者職業センター」and「発達障害」/「障害者就業・生活支援センター」and「発達障害」/「発達障害者支援センター」and「就労or就業or就職」 ①で収集した文献の選定基準は「障害者の就労支援ネットワーク全般の形成・維持の要件が理論的検討又は事例的検討を踏まえ論じられているもの」とした。該当する文献は7件(DB 2件、HS 5件)であり、88の知見を抽出した。 ②で収集した文献の選定基準は「発達障害者の就労支援を行う上で主要な結節点となる、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター、発達障害者支援センターに属する支援者の関係機関との連携上の課題に関する意見が報告されているもの」とした。該当する文献は13件(DB 9件、HS 4件)であり、そのうち全国アンケート調査の結果が報告されている文献2件から38の知見、地域の事例報告がなされている文献11件から26の知見を抽出した。 3 結果 (1)障害者の就労支援ネットワーク全般の形成・維持の要件の整理:①の知見を、KJ法のカテゴリ化の手法を参考とし類型化した。その結果、6類型17要件を抽出した(表2)。なお、各類型は、ネットワーク支援の必要性の認識を契機として、ネットワークを形成し、維持していくという流れを想定し、順番に配置した。 (2)発達障害者の就労支援における機関連携の課題の整理:②の連携上の課題に関する知見を、意味の類似性に基づき(1)の17要件に関連づけた。本稿では、そのうち、全国の支援者の意見が集約されている、全国アンケート調査の結果から得られた知見が最も多く関連づけられたネットワークの形成・維持の要件を報告する。また、参考までに、上記結果について、地域の事例報告から把握された知見を付加することで、課題の具体例の把握も試みた。 その結果、発達障害者の就労支援における連携上の課題(全国アンケート調査)が最も多く関連づけられた要件は、項目①【利用者のニーズを的確に把握し、利用者のニーズに合った支援機関を的確に選定する】(12知見)であり、「自己理解支援や障害受容支援(他機関への期待)」「発達障害者に対して適切な支援を提供できる機関が少ない」「職業リハビリテーションの場の不足」等の課題が該当した。参考までに、項目①に該当する、発達障害者の就労支援における課題事例(地域の事例報告)を参照したところ、「障害者手帳の取得を望まない人や未診断の状態にある人が利用できる社会資源が少ない」「地域の支援機関の中には、就労支援のノウハウはもっていても、発達障害の特性理解については十分でない機関があり、就労移行支援が困難になり相談を受けるケースも少なくない」「障害者向けの専門サービスを希望したとしても、そのサービス利用要件により、タイムリーな利用がかなわないことがある」等の課題が把握された。 なお、他の要件については、項目⑰【ネットワークのシステム形成を官民一体となり柔軟に取り組む】(7知見)を除いて、関連づけられた課題数は少なく、項目①は突出して連携上の課題が関連づけられていたことを述べておく。 4 考察 発達障害者の就労支援にあたり、支援者は利用者の障害受容や職業準備性の向上に向けた支援を行う上で、社会資源の質的・量的な整備の課題から、利用者のニーズに合った支援機関につなぐことが難しいという、連携上の課題を認識していることが示唆された。そして、これらの課題が最も多く関連づけられた、就労支援ネットワークの要件である項目①【利用者のニーズを的確に把握し、利用者のニーズに合った支援機関を的確に選定する】という内容は、現場で生じているネットワークの形成・維持の問題の一つであることが推定された。 ただし、本結果は、過去の文献整理を通し得られたものであり、把握された課題は今日の課題とは異なる可能性がある。また、他の要件では関連づけられた課題が少なかったという結果は、文献研究の限界から生じた可能性もある。 今後は支援者が認識している今日的な連携上の課題について、新たに広く調査し、その上で、改めて機関連携の課題をネットワークの形成・維持の観点から考察していくことが必要である。そして、これにより、発達障害者の就労支援においては、ネットワーク支援の要件のうち、どの要件の充足が妨げられているかを把握し、必要な解決策を検討していく必要がある。 【文献】 1)厚生労働省職業安定局 地域の就労支援の在り方に関する研究会:地域の就労支援の在り方に関する研究会報告書 (2012) 2) 松為信雄:就労支援ネットワークの形成,精神障害とリハビリテーション,18(2),162-167.(2014) 3) ジョブコーチ・ネットワーク:地域における障害者の就労支援ネットワークに関する調査研究,厚生労働省平成20年度地域生活支援事業補助金及び障害程度区分認定等事業費補助金事業報告書 (2009) 4) 障害者職業総合センター:調査研究報告書No112 若年者就労支援機関を利用する発達障害のある若者の就労支援の課題に関する研究 (2013) 発達障害者を雇用する企業の聴き取り調査 内木場 雅子(障害者職業総合センター 研究員) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門(以下「研究部門」という。)では、「発達障害者を中心とした職場における配慮と支援に関する資料」の調査研究(平成26年度)において、発達障害者を雇用する企業から聴き取り調査を行い、職場や仕事・職務等における工夫と配慮の把握を行った。これは、「発達障害者の職業生活への満足度と職場の実態に関する調査研究」の一環で行われたものである。 発達障害者の支援は、平成17年4月の「発達障害者支援法」の施行以降、様々な制度が整備されその充実が図られている。また、平成23年には、「障害者基本法」が、平成25年には、「障害者の雇用の促進等に関する法律」(以下「促進法」という。)が、それぞれ改正され発達障害者が精神障害者の中に明記されることとなった。 全国のハローワークにおける精神障害者の就職件数と新規求職申込件数に占める割合では、平成23年度は18,845人(38.6%)であるが、平成25年度は29,404人(45.3%)、平成26年度は34,538人(47.0%)であり、発達障害者の就職率も伸びていることを推測させるものとなっている1)。平成27年3月に、厚生労働省から「合理的配慮指針」が告示されたところであり、今後さらに発達障害の就職者の増加及び職場定着率の向上を目指すためには、職場において障害特性を踏まえた適切な配慮が行われることが不可欠であると考える。 2 目的 これまで研究部門で行った研究では、発達障害者の就職に際してはコミュニケーション等の障害特性に配慮する必要があることがすでに明らかになっている2)。しかしながら発達障害者が働くために職場や仕事・職務内容等に対して企業が具体的に行っている工夫や配慮等については、十分把握できているとは言い難い。そこで、企業が発達障害者のために職場や仕事・職務で行う工夫と配慮等について、企業の担当者から直接、聴き取りを行い、今後の発達障害者の就職促進と職場定着に活かすことを目的とする。 3 内容 聴き取り調査の対象は、発達障害者を雇用しジョブコーチ等の支援制度を利用した企業である。聴き取り内容は、企業の情報、本人の概要、支援の状況等である。 4 結果(概要) 聴き取り調査結果(概要)は次のとおりである。なお、ここでは、仕事、働き方等とその工夫と配慮を記載する。 事例A、仕事は介護の補助的業務である。本人は集中力が続かない等の特性があった。企業は勤務時間を本人が集中できる範囲の時間帯に変更。さらに、ミスが問題になりやすい業務から外しスタッフのサポートによるルーティンな仕事に従事させた。その結果、本人は、決まった範囲の一通りの職務を理解し指示通り安定的に職務を遂行できた。 事例B、仕事は自転車によるチラシの配達業務である。本人には粗雑な仕事ぶりがみられたので、企業は本人の勤務時間と配達地域を固定しエリアの把握を容易にした。また、必要に応じて同行し挨拶等を指導した。その結果、より正確で丁寧に職務を遂行できた。 事例C、仕事は機械加工業務である。企業は本人の在宅期間の長さから職場に不慣れなことを配慮して短時間勤務にした他、歳の近いリーダーの下に配置し本人の職務と対人面のフォロー等の工夫をした。その結果、職場にも慣れ本人は、2台の機械を使い仕事量が増えた。 事例D、仕事は注文商品の品揃えと出荷商品の検品業務である。企業は端末機の導入により作業をすでに簡素化していたので、本人をこの職務に配置することで本人の特性であるマイペースだが正確な仕事ぶりを活かすこととした。また、企業は本人の勤務時間や出退勤時間に配慮する他、本人にベテラン社員による個別指導を行った。その結果、本人は、他の従業員と同等の職務を遂行できた。 5 考察 今回の事例で発達障害者が職場定着しているのは、企業が本人に合う職務内容や勤務時間を選択した他、業務指示方法や人的体制等の職場環境に、細かな工夫・配慮を行った結果と考えられる。また、これら事例に共通するものとして、特に本人の障害特性に対する従業員の理解を得る取り組みを強化している点が目立った。厚生労働省は、「合理的配慮指針」に基づく簡便な事例集(第一版)を発表しているが、こうした資料と併せてここに挙げたような詳しい事例を事業主の参考として提供することで、障害者の就職や職場定着の向上が図られることを期待する。 【御礼】 聴き取り調査へのご協力に御礼申し上げます。 【参考文献】 1)厚生労働省「障害者の職業紹介状況等」(平成23年度~平成26年度) 2)望月葉子他:発達障害者の就労支援の課題に関する研究,障害者職業総合センター調査研究報告NO.88(2009),同:発達障害者の企業における就労・定着支援の現状と課題に関する基礎的研究,障害者職業総合センター調査研究報告NO.101(2011) 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける特性に応じた作業支援の検討(6)−作業速度に関する特性への対処− ○阿部 秀樹(障害者職業総合センター職業センター企画課 職業レディネス指導員) 加藤 ひと美・佐善 和江・渡辺 由美(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 目的 発達障害者の離職に関する報告1)によると、離職に至った事例における作業遂行面の問題として、「ミスの多さ」と「作業の遅さ」が挙げられている。一方、作業遂行への支援報告では、ミスに対する補完方法の報告に比べ、作業速度の改善に関する報告はあまり見られない。 発達障害者のためのワークシステム・サポートプログラム(以下「WSSP」という。)の受講者の中には、過去の経験等を通じて、作業速度について苦手感を訴える者も少なくない。また、「仕事では速さが求められる」という過去の経験に基づく思いから、作業速度を意識しすぎることで、ミスや焦りへとつながりやすくなる場合もあり、作業速度に関する支援の検討の必要性が示唆される。 「受信・理解−判断・思考−送信・行動」という情報処理過程の視点2)から、作業速度に関する特性の分析を行うと、図1のような例が挙げられる。本稿ではWSSP受講者の支援事例を通じて、情報処理過程の視点から、「作業速度に関する特性」に着目し、個々人の特性に応じた効果的な作業支援の方法について検討を行いたい。なお、本稿における「作業速度に関する特性」は、①作業速度の遅さ(目安として、MWS訓練版で平均の2倍以上の所要時間)、もしくは、②自分の行っている作業速度への意識の強さ、と定義する。 図1 情報処理過程から見た作業速度に関する特性の例 2 方法 対象は、「作業速度に関する特性」を持つWSSP受講者3名の支援事例を取り上げ検討する。 3 支援経過・考察 対象とした3名の支援経過と考察は表1のとおりである。 4 まとめ 「作業速度に関する特性」に着目したところ、事例A・Bでは、受信・理解面や判断・思考面の特性に応じた支援によって効果が得られた。また、事例Cでは、作業速度に対する判断・思考の傾向をふまえた上での、受信・理解面への支援により、結果的に作業速度重視から正確性の意識へとつながった(図2)。 この3事例を振り返り、情報処理過程の視点から特性をアセスメントし、把握した特性に応じた支援が有効であったと言える。また、発達障害の特性は個々人によって異なるが、「支援→振り返り→仮説→検証」という作業支援のサイクルを、支援者と本人が確認・共有し、「本人自身の気付き」への支援を行っている点も3事例に共通している。アセスメントに基づき、「本人自身が特性に気付いていく」ことを促す支援の重要性が確認できた。 図2 3事例の特性に応じた支援ポイントとその効果 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:発達障害者がよりよい就労を続けるために ~障害者職業総合センターにおける発達障害研究の歩み~、資料シリーズ リーディングス 職業リハビリテーション1、(2012) 2) 阿部秀樹・加藤ひと美・佐善和江・渡辺由美:発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける特性に応じた作業支援の検討(1)(2)(3)、「第20回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.343-354、(2012) 3) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者に対する雇用継続支援の取組み ~在職者のための情報整理シートの開発~、障害者職業総合センター職業センター実践報告書 No.27、 (2015) 表1 「作業速度に関する特性」を持つWSSP受講者3名の支援経過と考察 発達障害のある学生へのキャリア支援の実践 その1 ~本人・親・学校を対象としたWing PROのアプローチ ~ ○新堀 和子(NPO法人Wing PRO) 市村 たづ子・ボーバル 聡美・藤岡 美和子・松村 桂子・松為 信雄(NPO法人Wing PRO) 1 はじめに Wing PROの活動は2003年からLD親の会「けやき」自主グループ「就労部会」として始まった。 2008年からは新たに「キャリア教育講座Wing」として活動を開始し、2011年には「親の企画・運営する講座」として3年間の実践成果を冊子としてまとめた。2014年には、親の会を離れ、NPO法人を設立した。 2 「発達障害のある児童・生徒のための『キャリア講座』教材集」作成の背景  発達障害のある人の雇用状況は、急速な展開を遂げてきた。しかし、特別支援学校以外の雇用に関する環境は、いまだ未整備であると感じている。 特に一般高校の学齢期における発達障害の特性に合わせたキャリア教育の機会は無いまま社会に出るという現状がある。 発達障害のある人が、働く喜びや生活が充実し、企業にとって発達障害のある人の雇用が進む社会の実現のために2011年に発刊した報告書をもとに「発達障害のある児童・生徒のための『キャリア講座』教材集」(以下「教材集」という)を作成した。また、その後この教材集についておこなったヒアリングについても触れてみたい。 3 構成 図1 各学年のねらいと講座内容 (1)全体 この教材は、中学3年生から高校3年生までを対象にして学年別にまとめ、全18回講座を想定している。付録として「ビジネスマナー」と「社会人の心構え」の解説がパワーポイント資料として加えてある(図1参照)。 図2 高2自分のことを伝える (2)内容 講座目標を「自己理解(自分を知る)」「情報活用能力(仕事・社会を知る)」「将来設計能力(自立)」とし、それぞれ学年に応じて深まる内容になっている。例として、「自分を知る」は、中3の段階では講座や学校生活、友人・家族関係という身近な関係性の中から自分を見つめ高1になると外部の客観的評価や体験を加えて深め、高2の段階では、自己アピールでまとめ、高3では職種を選択し、具体的に履歴書にまとめて面接にチャレンジするという形で進めている(図2参照)。 (3)各講座の構成 最初のページに「学習指導略案」が記載されている。その上段には、講座の日時・場所・講師の各記入欄とともに講座の目当てと準備物が、下段には講座の内容(指導のポイント)が一覧表としてまとめてあり、一覧表は、講座の開始から終了までを「導入」「展開」「まとめ」の過程として区分し、それぞれの過程ごとに、活動内容、指導上の留意点、準備物が記載されている。2ページ以降は、講座の「導入」「展開」「まとめ」のそれぞれの過程に応じて活用する各種の教材資料がまとめてある(写真1参照)。 写真1 各講座の構成 4 教材についてのヒアリング (1)ヒアリング調査の目的 この教材は、講座の中用したものを精査し、さらに検討して作成したものであるが、各機関では、どのような支援を実施しているのであろうか? 教材についてはどのような感想を持たれるのか?幅広いヒアリングを実施した。 ①調査対象  中学校・高等学校職員 6人 支援機関職員 7人 ②調査方法  直接訪問 ③調査内容  就職希望者への支援内容(自己理解・仕事理解含む)とその成果と課題・教材の使用・評価・意見 10項目 ④調査時期 2015年1月~3月 (2)聞き取り内容 ① 高等学校教員 ○支援内容 社会生活に必要な基礎基本の教育や基礎学力の取り組みインターンシップ全員参加によっての体験。 ○聞き取り内容 担任が企業を知らない。生徒の閉ざされた心を開くまで時間がかかる。などがあげられている。勉強することが将来を作るという考えから指導しているという回答もあった。各校とも就労希望者は数名である。 ② 就労支援関係職員・若年支援団体職員、訓練指導員 ○支援内容 面談、評価、職場体験、ビジネスマナー、PC,職場体験、見学などきめ細かな内容  メンタル面も個別相談でサポート。 ○聞き取り内容 ・障害を持つ生徒を含め全員で取り組めるとよい。 ・障害を持たない生徒にも役立つはずだ。 ・自己理解が深められる教材だと思った。 ・コンパクトで要領が充実した本ができて諸先生の悩みが解決すると思う。 ・就職できるように支援することと安定して働くこと。前者には有効。後者には一部有効と思われる。 ・人数や期間、制度の問題などで振り回されることもあり、保護者との連携が課題になっている声もあった。 (3)教材ヒアリングについてのまとめ キャリア教育教材については、13人中10人が役立ちそうである。1人が、役立っていると回答し、10人が使用してみたいと回答している。教材内容への意見として、生活内容へのボリューム、文字数が多いので絵がほしい、など具体的な意見を受けることができた。 5 まとめ 大学全入時代を迎え、発達障害のある大学生の就職についても対応が急がれるところである。 発達障害を持つ人にとって、就職だけでなく、その先の就労継続や自立を考えるとき、高校時代に、自分はどのような人生の選択をするのか考える機会を得ながら、「自己理解」「働くこと」を学ぶことが、発達障害を持つ人の社会へ出るための準備性となることと考えている。また、その後の大学でもさらに深化しながらまとめあげて、社会に送り出す必要性も出てくるのではないだろうか。その対応については、当法人で行った「発達障害のある(または疑われる)大学生に対する効果的な就職支援のあり方に関する調査」が手掛かりになるのではないかと考えている 6 Wing PROの今後の展望 今回の教材作成や、教材についてのヒアリングを通して、キャリア教育教材の必要性が確認できるとともに、実際に取り組むことの重要性も確かめることができた。また、中学、高校の早い段階から取り組むことによって、社会に出てからの本人の不安を軽減するとともに働くとはなにかということがわかり、就労継続や仕事への意欲、充実した職業生活ができ、自立にもつながると考えている。 今後は、ヒアリング内容を踏まえ、改良した教材集を平成28年に発刊する予定である。高校生の講座は茶話会、個別相談と連動した保護者への支援と就労への理解を推進していく。また、大学生に対する支援の検討や、企業・支援者・保護者への研修会により、発達障害者の雇用に関する理解も図っていく方針である。 【参考文献】 「発達障害のある児童・生徒のための『キャリア教育講座』教材集」(2014.9) 「発達障害のある(または疑われる)大学生に対する効果的な就職支援のあり方に関する調査」(2015.3) 発達障害のある学生へのキャリア支援の実践 その2~高校生を対象とした親子集中講座の実践と今後の展望~ ○市村 たづ子(NPO法人Wing PRO) 新堀 和子・ボーバル 聡美・藤岡 美和子・松村 佳子・松為 信雄(NPO法人Wing PRO) 1 親子集中講座実践の背景 NPO法人WingPROは、2014年「発達障害のある児童・生徒のための『キャリア講座』教材集」を作成した。これは、2011年の「キャリア教育講座WING」の教材を、発達障害のある生徒の学齢期のキャリア教育実践のために、広く活用されることを目指し、支援者向けに再編した実践的な教材である。同時に、前身であるLD親の会「けやき」で2003年から通年の親子参加の「社会人講座」に取り組んできた実績を活かし、教材の開発・普及に留まらずこれまでのノウハウと『キャリア講座』教材集を活かしたWingPROとしての講座を今年度新たにスタートさせた。その第1弾が「夏季親子集中講座」である。 さらに、講座内容と対象者についてはWingPROが昨年度実施した、全国大学キャリアセンターのアンケート調査の自由記述に着目した。 2 「発達障害のある(または疑われる)大学生に対する効果的な就職支援の在り方に関する調査」1)(抜粋) (1)調査方法 全国の四年制大学に設置されているキャリアセンター751センターを対象に2014年9月実施。回収率34,2%。 (2)調査概要(一部抜粋) 表1 今年度、発達障害が疑われる学生の有無 表2 大学入学前に教育段階で最優先で学んでおくべき項目 (3)支援にあたり、困っていること(自由記述抜粋) (4) WingPROにできること(講座の目的) 普通高校に通う高校生を対象に、「自己理解(子の特性理解)」と「働くことの理解」を親子で学ぶ講座の開催。 3 夏季親子集中講座(オラクル助成事業) (1)参加者 高校2年生を中心に7組の親子が参加した。その内の1名は大学を既に卒業された方であったが、本人・保護者の希望が強く参加となった。 (2)日程と内容 ①事前準備(実態把握) 参加申込後に「参加の理由、手帳・診断の有無、登校状況、講座内容の確認等」の聞き取りで実態把握をし、後日参加者には詳細なしおりを送付した。 ②講座内容 ③教材の工夫 3日間で効果をあげるためには教材の工夫が重要である。幸い、講師が前述の『キャリア講座』教材集作成者でもある利点を活かし、新たに本講座用に系統性を持たせた教材の再編と支援体制、座席等の工夫も行った。 「自己理解(子の特性理解)」については、初日に職種と具体的な仕事内容・必要なスキルを知り、現時点での興味関心やできることと実際の仕事とのマッチングをし、2日目の仕事体験や適性検査の客観的評価を踏まえ、最終日に自己の特性理解の深化と働くために自分に必要なスキルを親子で再確認できるように計画した。 また、話の中から重要なことを取捨選択することや書くこと、伝えることが苦手な特性を踏まえ、振り返りシートや見学のしおりを工夫すると共に、身だしなみやお辞儀・お礼状等、今後の生活に活用できる内容も取り入れた。 (3)外部機関の協力 見学企業や東京障害者職業センターには講座目的と活用、今後の展望をご理解いただき、作業体験の導入等、実態に即した丁寧かつ柔軟なご対応をいただいた。 (4)講座の様子 ①第1日目 緊張をほぐし、共に学ぶ仲間としての意識づくりのため「自己紹介」からスタートした。卒業後の進路や働くことについてのイメージがないことを想定し、対話形式で丁寧にわかりやすく進めた。90分の講座は、受講生達の意識や特性を把握し、以降の講座進行に大きく役立つものであった。午後は、職種ごとに写真を活用しながら現時点で“できそうな仕事”“苦手なこと”のチェックをした。これは明日の体験・検査を通してより現実的なものに深化していくための基になるものである。最後のビジネスマナーは座学から一転、マナーの意味を日常生活と結びつけて説明し、“お辞儀”のロールプレイは親子共に一番の盛り上がりを見せた。予想以上に全体指示理解と考えをまとめることが苦手な実態が浮き彫りになり、手厚い個別サポート体制・進行、座席等の更なる工夫が必要とされた。 ②第2日目 徐々に打ち解け、特に保護者からは進路の不安等、具体的な相談が出始めた。受講生の集中力を切らさないために説明・見学・体験を各30分とコンパクトにまとめていただいた。保護者は会社の工夫や配慮に感心し、受講生は7桁の数字の並べ替えの作業に苦労した。昼食をはさんだ午後は、職業レディネステストと作業体験、振り返りを待つ間に“しおり”の完成とかなりハードなスケジュールであったが、記憶の新しいうちにまとめることは学びの再確認として重要と考えたからである。 ③第3日目 昨日の検査の続きを行ったが、疲れと職業名が難しいこともあり、受講生の反応は鈍かった。しかし、自分に向いている仕事のインターネット検索に興味を示したことは、今後の活用に期待できるものであった。同時間、別室で親とスタッフでじっくり話し合う場を設定した。それぞれの参加の思いや進路の不安・心配等、本音を正直に打ち明けられたのは、3日目ということとスタッフが親だからこそできたことであると考える。午後は3日間の内容と学んだことを再確認し、親子で丁寧に「振り返りシート」にまとめ、一人一人発表した。講座の締めくくりとして一人一人に修了書を授与し、終了となった。帰りの親子の表情は初日とは見違える程明るかったのがとても印象的であった。 (5)成果と課題  実態に即して柔軟に対応できたことは来年度の講座運営のつながる意義のあるものであった。さらに受講生の意外な良い面も明らかになった半面、開催日程や広報の仕方等の検討事項も見えてきた。 4 今後の展望 「自己理解・障害受容」は年齢が高くなる程、高学歴になる程困難になる。さらに、社会に出る第一歩となる学校卒業後の就職はマッチングが重要であり、就労継続には働く意義理解も欠かせない。普通高校に進学した場合、親子で気づきや学ぶ機会を失い、大学入学後や就職後に困難性が顕在化してくる。 本講座は試行とも言える取り組みであったが、受講生の 変化や保護者アンケートを踏まえ、今後さらに工夫や改善を図っていきたいと考えている。ニーズに応じた(対象者・講座内容・実施時期)複数講座のパッケージ作りとWingPROの相談事業とも連携し、双方向からの手厚い親子の支援体制を考えていくつもりである。当然、大学在学中の学生や社会人支援も含めて考えていかなければならないと考えている。 【引用文献】 1) NPO法人 WingPRO:発達障害のある(または疑われる)大学生に対する効果的な就職支援の在り方に関する調査報告書(2015年3月) 障害高校生を一般就労に導く放課後等デイサービスの新しいスタイル「のとよーび」の取り組み 名和 亜由美(株式会社Notoカレッジ チーフ) 1 はじめに 児童福祉法に基づく放課後等デイサービスの主たる目的のひとつとして、「障害児の自立の促進」がある。その期待された役割において放課後等デイサービスが果たすべく責任は大きい。 放課後等デイサービス利用者は平成26年3月現在、73,985名、事業所数は同4,254ヶ所(厚生労働省発表数値)となっており、障害児通所施設の中で大きなウエイトを占めているが、その利用目的の多くがレスパイト機能としての期待であり、本来の放課後等デイサービスに期待されるべく利用目的から乖離している現状がある。 2 就労準備型放課後等デイサービス「のとよーび」開設背景 就労準備型放課後等デイサービス「のとよーび」を運営する株式会社Notoカレッジは、平成25年4月に就労移行支援事業と就労継続A型事業の多機能事業所として開設された。 報告者は、就労移行支援事業所にて就労支援員として従事し、また、前職において岐阜県内の特別支援学校へ研修実施のために何度か訪問した経験がある。その経緯の中で、出来るだけ早い就労啓蒙活動と具体的な就労のトレーニングの重要性を認識すると共に、特別支援学校で行われている職業訓練を補完するための社会的機能が必要であると感じていた。 そうした中で、円滑な社会人への移行と将来的な社会的自立を目的とした放課後等デイサービスの開設の提案を行い、平成26年4月に当事業開始と共に責任者として就任した次第である。 3 サービス概要 従来型の放課後等デイサービスは前述した通り、レスパイトが主目的になっている。その理由のひとつとして、サービス提供対象の広さが挙げられる。 放課後等デイサービスの利用可能対象は小学生~高校生までの12年間であり、多くのサービス提供事業所がこの対象者層に対して包括的にサービスを提供している。 しかしながら、最大年齢差が12歳の児童に対し、同一のサービスを提供することには内容面、空間面、スタッフ配置面に非常に無理があり、結果として、レスパイト型に落ち着いてしまっているものと思われる。 こうした問題点を回避するべく「のとよーび」においては、対象を障害やつまづきのある高校生に特化し、社会人になる前準備として、就労に向けた様々なトレーニングを行う場所と定義づけた。 社会に出るまでの3年間は準備期間として非常に大切な時期であり、その時期に「就労意識を高める」「働くことに対して自信をつける」「働くために必要なスキルを身に付ける」など就労のための「準備」にフォーカスし、円滑な社会人への移行と、将来的な社会的自立を目的とし、サービス提供を目指している。 4 サービスの特徴 カリキュラムの内容および提供プロセスにおける狙いも含めた特徴は以下の通りである。 (1)「様々な経験を積む場所」としての機能 学校では学ぶことのできない就労を意識した内容の提供やスタッフや様々な学年・学校に通う生徒と関わり合うことにより、「働くことの意味・意義」の理解を促し、「コミュニケーション」機会を提供する。 (2)「学校と家に次ぐ第3の居場所」としての機能 利用者が「一歩踏み出してみよう」「チャレンジしてみよう」と思えるような意欲を創発させる環境づくり、「失敗してもいい場所」「自分を否定されない場所」と思えるような、安心して学べる環境づくりを行うことにより、学校でも、家でもない児童にとっての第3の居場所を提供する。 (3)「就労」を直接、間接的に意識する学習環境の提供 「のとよーび」を運営する株式会社Notoカレッジは、前述通り、「就労移行支援事業」と「就労継続支援A型事業」を実施しており、「のとよーび」の事業所と併用されている。そうした環境下にあるため、「のとよーび」を利用する児童は事業所にいるときは常に実際に就労しているNotoカレッジ社員と直接、間接的に触れ合う機会が発生する。この体験が、将来の就労・就職に向けての就労イメージの構築に寄与する。 (4)「就労」を意識したカリキュラムの提供 「のとよーび」にて提供するカリキュラムにて、個人差はあるが「意識向上」「自己理解(気づき)」「発信力」「受信力」「コミュニケーション力」「理解力」等、トータル的に社会適応できるスキルを身につけることが可能となる。 〔カリキュラム例〕 ・就労に向けた疑似体験 (実践トレーニング、職場体験等) ・将来の働くに繋がる学習 (パソコン、ビジネスマナー、面接指導、日常動作指導等) ・生徒主体のコミュニケーショントレーニング (コミュニケーション、SST、レクリエーション等) (5)「企業的」かつ「福祉的」視点から対応できるスタッフの配置 多くの放課後等デイサービスは福祉施設や教育機関で勤めてきたスタッフが中心になっているが、「のとよーび」においては、就労準備型というコンセプトに適合すべく企業勤務経験のあるスタッフの配置を意識している。このことにより「企業」「福祉」どちらよりでもないバランスの取れた指導が可能となる。「ジョブコーチ」の資格保持者、パソコンについて専門知識を持っている者にて構成されており、想定したカリキュラムが効果的に提供できるスタッフを配置している。 5 開設からの17か月の成果と今後の課題 放課後等デイサービスは例えば就労移行支援事業における就職者数といった定量的な成果を示しづらいサービスである。そうした中、実際に利用した児童や保護者の意見や声を日々アンケートにて収集している。 その中から、一部抜粋し、成果として示したい。 (声) 【保護者Aさん】 人との挨拶の仕方、コミュニケーションの取り方など自分なりに考え行動できるようになりました。 【保護者Bさん】 親以外の大人に困った事を伝え、相談できるようになりました。時間配分や自分のスケジュール管理ができるようになりました。勉強とは違う、社会へ出てから必要なことを教えてもらえたのが良かったです。 【生徒Kさん】 色々なことにチャレンジしてきました。その結果、いろいろな達成感を感じました。また、自分の苦手なことができるようになりました。 【生徒Nさん】 就職についてイメージがつかめるようになりました。時間までに終わらせることの大切さを知りました。 【生徒Hさん】 人と積極的に関われるようになり、分からないことも分かるようになりました。 今回の発表は、成果について定量的に示すためのデータ、特にタイトルにあるように一般就労に導くべく、サービスの最大のコアはどこにあるのかについての深堀ができていない中で実施したが、サービスを向上させ、その質を担保するためには、各種データに基づく科学的なアプローチも非常に重要であると考えており、今後の取り組み課題としたい。 6 まとめ 開設から約17か月での「のとよーび」登録・利用者数 は44名を数え、そのほとんどが保護者の方がつくられるネットワークにて広がったものである。 前述した通り、就労のためのトレーニングは、早ければ早いほど効果が高いという確信の中、就労準備型放課後等デイサービス「のとよーび」は開設された。 障害児にとって、社会に出る段階でのハードルは私たちが想像しているよりもずっと高い。従って、「事前準備」という考え方は非常に重要だと考えている。 「のとよーび」での従事経験により、高校在学中から「自己理解」「意識」を持っている児童とそうでない児童との差は、社会に出てからのつまづきに大きく関係していると感じている。多くの失敗経験と多くの楽しい経験の学びから、気づきを得て自分の「意識」や「行動」が変わるような支援を今後も目指していく所存である。 【連絡先】 株式会社Notoカレッジ  名和 E-mail : nawa_ayu@notocolle.co.jp TEL : 0584-71-6966 引きこもりから一般就労を目指して 荒木 春菜(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺) 1 はじめに 引きこもりとは、仕事や学校に行かず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、6か月以上続けて自宅にひきこもっている状態をいう。内閣府の発表によると、平成22年度のひきこもりの人数69.6万人に上るという。その中には発達障害をもっている方も存在する。少子高齢化により労働人口が減少している昨今、いかに働ける人を増やしていけるかが課題だと考える。引きこもりになる原因は様々だが、就労での躓きが原因となり引きこもるケースも少なくない。今回は、引きこもりの期間を経て、一般就労を目指して取り組まれるAさんのケースを通して、働くためにどのような支援が必要になるのか考察する。 2 クロスジョブとは 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺(以下「クロスジョブ」という。)は、大阪府堺市で就労移行支援事業を行っている。発達障害と高次脳機能障害の方が多く来所。訓練時間は平日9:30~15:30。軽作業、PC、基礎学習、清掃、グループワーク、ハローワークなどの訓練を通して基本的な生活習慣の確立やビジネスマナーの習得を目指す。オフィスビルの中で事務所と訓練室が廊下をはさんで2部屋で実施。 3 ケース概要 Aさん。18歳、女性。両親と弟の4人暮らし。広汎性発達障害、社会不安障害、アトピー性皮膚炎。療育手帳B2、精神保健福祉手帳2級を所持。真面目で頑張り屋。環境の変化に弱く、慣れるまでに時間がかかる。予定の変更や曖昧なものが苦手。自分の体調の変化に気付くことが難しい。 4 経緯 (1)クロスジョブの支援開始前 【状況】 小学校のころから不登校気味。中学2年生のときの担任の先生と合わなかったことや体調の変化から学校に行けなくなる。「みんな中学校に行っているから、学校に行けない自分は外に出てはいけない」という思いから5年間ひきこもり状態が続く。高校生の年齢になり、「みんなもいろんな進路に進んだから、自分も外にでてもいいか」と思えるようになり、障害者就業・生活支援センターに登録。クロスジョブ利用を機に毎日外に出られるようになる。 (2)初期 【状況】 最初の1か月はほとんど問題なく通われる。スタッフからの提案に素直に取り組む「いい子」の印象。この時期にステップアップとして企業見学や実習を提案。実習は途中で行けなくなった。その後、訓練場面でも、人が多い環境、予定変更、ルール違反の人などのストレスが原因で、事務所のロッカーの隅で小さくなって泣いている、等。訓練室に入れない状況になる。保護者への連絡を極端に嫌がる。 【対応】 最初は施設内の訓練を全体的に取り組んでいただく。泣いているときはこまめに声を掛け、安心して毎日通所していただけるように心掛ける。1週間に1回の面談を実施し、日々の困りごとを確認。スタッフとの信頼関係性を作ることを目標とする。保護者の方には、本人に内緒で連絡をとり、状況の共有を行う。 (3)中期 【状況】 訓練室に入れない状況が続く。担当職員の前では泣いていても、スタッフが代わればコロッとしているなど、状況の一貫性が持てない。本人いわく「いろんな自分がいて、代わる」とのこと。記憶も曖昧になっているときがあり、面談中にも筆跡、目、雰囲気、一人称などが代わることがある。「血がでていないとしんどいと信じてもらえない」との思いから、アトピーの治療は拒否。安全ピンで自分の腕をひっかくなど、常に血が滲んでいる。企業見学などは提案せず、施設内で取り組めるよう、本人の得意とする作業(PCデータ入力や事務補助)を依頼(表1)。ただし、明確な枠組みがないと不安になるため、書類はどこまでのスペースに広げていいか、PCの表の網掛けの色など、細かい設定は随時お伝えした。 表1 ある月のスケジュール 【対応】 本人の安心感のため寄り添う支援を目指したが、本人のしんどさを聞くだけでは不十分だと判断した。医療面のサポート、家族サポート、など、多面的な関わりができるよう、障害者就業・生活支援センターに相談。本人は後からそれを知り、「クロスジョブを解約されるのではないか」と混乱。週1回の面談の中で、状況と各機関の役割を説明し、全てAさんの「就職したい」という気持ちを応援するためのものであることを説明する。保護者にも定期的に連絡をとり説明。本人の自覚しにくい体調の変化についてサポートをしていただく。 【変化】 「クロスジョブにいられなくなるかもしれない」という気持ちから「このままではいけない」と気付く。このときは、「働きたい」という気持ちよりも「クロスジョブにいたい」という気持ちが大きく、「クロスジョブにくるためにしっかりしなければ」と考えるようになる。訓練室で集団の中で訓練を受けられるようになり、休憩時間にメンバーと会話をしていることもある。徐々に笑顔が増える。本人は「楽しくて話しているんではなく、会社だから。話すのも仕事だから」とのこと。人との繋がりが出た分、プライベートでの付き合い方や男女間の恋愛感情など、様々な状況に悩む。面談で整理をしながら乗り越えていく。 (4)後期(現在) 【状況】 先輩が就職をしていなくなることや利用期限が迫る中で焦る。しかし、「落ち着いて、前にすすんでいるから。焦らず、自分のペースで」と自分に言い聞かせて落ち着くことができる。保護者への連絡も以前ほどは拒否しなくなる。「前は嘘をついていたから。構ってほしくてわざと悲しくなってた。だからお母さんに連絡をされて嘘がばれるのが嫌だった。でも、今は話せる人が増えてさみしくなくなったから嘘をつかなくてよくなったし、もう連絡しても大丈夫」とのこと。以前は拒否していたアトピーの治療を開始。「就職したい」という気持ちが明確になり、企業見学、実習に意欲的に取り組まれる。実習も1週間行ききることができ、面接を受けることもできた。 【対応】 本人の望む就職ができるよう、条件の整理をして開拓にあたる。以前から何かを決めるときに決定を他人に任せる傾向があったため、自分で決めることができるように関わる。チャレンジを促すときは、就職に繋がっていることを伝え、前に進んでいることを強調する。 【変化】 最初は混乱もあったが、徐々に「自分はこう思うからこうしたい」と意見を言えるようになる。表情が明るくなり、声を出して笑うことが増える。一人でいることがほぼなくなり、常に訓練室で誰かと談笑をしている。少し戸惑うことが起きても「あの人はあんな人だから」と受け流すことができるようになる。以前は、1つできないことがあると全てできなかったと認識されていたが、一部でも「できた」と捉えられるようになる。 5 考察 現在の社会は情報に溢れ変化も早い。発達障害の方や引きこもりの方が外に出ることは安易なことではない。出れたとしても、少しの躓きで引きこもりに戻ってしまうケースもある。今回のAさんの事例で、「寄り添う支援の大切さ」を学んだ。Aさんは、最初の企業実習を途中で挫折し、訓練室に入れなくなり、自分を傷つけ、他人との関わりにおびえた。しかし、それを1つずつ乗り越えて、現在「働きたい」と言って笑っている。それを乗り越えられたのはなぜか。 1つ目は、本人の「働きたい」という意欲。 2つ目は、支援者との信頼関係。 3つ目は、社会との繋がり。 だと考える。 「働く」ということは、社会に出て、そこで役割を果たし、認めてもらえるということだ。「働きたい」という希望は、多くの人が自然に持っているものだと考える。それが上手く実現せず、引きこもりになってしまったとき、社会に対する恐怖や、自己否定の気持ちが芽生えてくる。その方達に対して、私が伝えたいことは「失敗してもいい」「一人で無理をせず、相談をして一緒に乗り越える力を付けていければ良い」ということだ。支援の中で「そんなことをしていては会社で通用しない」などと伝えてしまうことがある。支援者としては、本人に気付いてほしいという気持ちで伝えることがあるが、本人にとってはどうか。本人にとって、まず必要なことは社会の厳しさを知ることではなく、「認めてもらえる」経験だと考える。その経験があれば、少しの失敗をしても、自分で修正するか、相談に来て一緒に考えていくことができる。 しかし、就労移行支援は2年の期限の中で就職を決めなければならず、「寄り添う支援」だけでは不十分になる場合もある。そのときは、保護者や他の支援機関、医療と連携を取りながら、多面的に関わることが有効である。 本人の小さな変化を大切に、タイミングを見て対応していくことで、引きこもりの期間のある方でも就職することは可能だ。 今後も、様々な機関の協力をいただきながら、引きこもりの方の「働きたい」という気持ちに寄り添える支援をしていきたいと考える。 【連絡先】 荒木 春菜 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺 e-mail:araki@crossjob.or.jp サテライトオフィスにおけるACTの活用と展望 刎田 文記(株式会社スタートライン 障がい者雇用研究室 室長) 1 はじめに 株式会社スタートライン(以下「SL」という。)では、企業の障がい者雇用の実現を支援するため雇用管理付きのサテライトオフィスを提供している。利用している企業(以下「クライエント」という。)は、各社が雇用している障がいを持つ社員(以下「メンバー」という。)の職務をサテライトオフィス向けに切り出し、日々の業務管理を主体的に行っている。SLは、クライエントのメンバーが日々の業務に活力を持って従事できるよう、各クライエントに提案したサポートプランに基づき、メンタルヘルスサポートを含めた健康面や職場環境の安全面等の雇用管理サポートを実施している。 ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)は、行動分析学及び文脈主義的な行動科学を理論的背景に、基礎研究や応用場面での検証などに基づき構築されたヒトの心の問題へのアプローチである。SLが運営するサテライトオフィスでは、メンタルヘルス対策の一つとして、ACTを導入し実施している。本報告では、当社でのACTを用いたアプローチを紹介し、今後の展開の方向性について検討する。 2 ACTとは? Hays(2014)は、「損なわれている状態こそノーマル(destructive normality)」という考え方を示している。この考え方では、健常で有用な人間の心理的プロセスが、損なわれた機能不全をもたらし異常な生理的・心理的条件を増幅・悪化させる可能性があるとしている。そして、うつ病や統合失調症などの精神疾患は、人間の心理的プロセスによりもたらされた結果として捉えられている。ACTはこのような考え方に基づき、図1に示したような「アクセプタンス」、「脱フュージョン」、「今、この瞬間の認識」、「文脈としての自己」、「価値」、「コミットされた行為」の6つのコア・プロセスを中核に心理的柔軟性もたらすためのアプローチである。ACTでは、これら6つのコア・プロセスを通して、次のような3つの反応スタイルを身につけられるよう支援している。クライエントは、①「アクセプタンス」と「脱フュージョン」では様々な感情や思考に対する「オープン(open)」な反応スタイルを、②「今この瞬間の認識」と「文脈としての自己」では心身の内外の出来事に対する「集中した(centered)」反応スタイルを、③「価値」と「コミットした行為」では自ら選択した価値やゴールに向けて「従事した(engaged)」反応スタイルを身につけ、”ノーマルに損なわれている状態”を抱えながらも、人生の様々なでき事に上手く適応できるよう支援される。 図1 ACTのコアプロセスを示すヘキサフレックス 安定的な精神障がい者等の障がい者雇用の実現を考えると、職場環境におけるさまざまな危険因子に対し、個々の障がい特性に応じた合理的配慮が必要となると同時に、職場や家庭で生じた某かのでき事が個々の心理的プロセスに影響し機能不全をもたらす可能性についても注意を向けアプローチしていくことも必要であろう。 3 SLにおけるACTの実践 (1)SLにおけるACTの実施状況 図2にSLにおけるACTの実施対象となった障がい種別を示した。サテライトオフィスで勤務するメンバーのうち、何らかの形でACTを実施したメンバーは、全体の37%である。また、ACTの実施対象障がいは、精神障がい38%、身体障がい(聴覚障がいを含む)37%、発達障がい21%となっている。 (2)個別的アプローチによるACTの実施 a)ニーズの把握 SLでは、メンバーのメンタルヘルスサポートの一環として、MSFASによるストレス・疲労に関する情報の整理と相談を行っている。この相談の中で、メンバーの「自分の心の問題に対処したい」とのニーズを確認できた場合に、個別的にACTを実施している。 このようなニーズの原因は様々であるが、次のような例が挙げられる。 ・職場適応上の問題が生じている。 ・職場で居眠りが頻繁にある。 ・職場の人間関係が悪化し出勤できなくなった。 ・職場でのストレスから欠勤が増えてきた。 b)実施方法 個別にACTを実施する場合には、クライエントと調整し個別相談の時間(2時間程度)の中で、心理教育や体験的なエクササイズを実施する。また、毎日の日程にACTのエクササイズの実行と記録を組み込み、定期的な面談の機会の中でそれらの状況を確認・フィードバックをすると同時に、エクササイズの継続を支援している。 (3)小集団的アプローチによるACTの実践 a)ニーズの把握 小集団でのACTの実施は、サテライトオフィスの立ち上げ時である「スタートアップ期間中」に実施することが多い。スタートアップ期間には、「職場適応促進のためのトータルパッケージ」を用いた初期研修を行っており、そのカリキュラムの一つとしてACTを実施している。メンバー入社後の初期相談でMSFASに基づく相談を行い、メンバーのメンタルヘルス上の課題を整理し、メンタルヘルス対策あるいは予防の一つとしてACTを実施している。 b)実施方法 小集団での実施は、各クライエントのオフィス規模に応じて2~10名程度の小集団で行っている。心理教育と体験的エクササイズを組み合わせた形で、各回1.5~2.5時間程度の時間の中で実施している。 また、体験的エクササイズについては毎日のカリキュラムに組み込み、複数のエクササイズの中から個々のメンバーが選択できるような形へと移行しながら実施している。毎日の体験的エクササイズの状況はメンバーが個々に記録し、随時SLサポーターからフィードバックを行っている。 4 ACT実践における効果と課題 (1)サテライトオフィスにおけるACT実践の効果 サテライトオフィスにおけるACTの実践により、多くの事例で定着に向けた効果が確認されている。 ・人間関係におけるイライラを受け容れ、落ち着いて職務を実行できるようになった事例 ・上司への恐怖感から離職まで考えたが、短期間で復帰することができた事例 ・人間関係への不安から居眠りが目立ち休みがちとなっていたが、価値と行動化により改善された事例 ・強い不安から連続欠勤が目立っていたが、心の問題とのつきあい方を変えることで出勤が安定した事例 (2)サテライトオフィスの利点 SLのサテライトオフィスでは、運営スタッフとしてサポーターが常駐しており、実際の職場で生じるストレスとのつきあい方や疾病の再発予防を目的としたACTの実践を継続的に支援し,その効果を確認できる機会が多い。 また、日々のメンタルヘルスサポートとして,継続的に職業生活の中にACTのエクササイズ・面談・フィードバックの機会を組み込み、価値やゴールの設定・修正についても柔軟に行えるような支援環境を持っていることもサテライトオフィスの利点と考えられる。 (3)サテライトオフィスにおけるACT実践の課題 a)専門的ノウハウを持った支援者の育成 職場内でACTを効果的に実践するためには、障害者の雇用管理サポートとACTのノウハウの両方を有する支援者の存在が必要である。 今後のさらに、ACTの実践を拡大するにあたり、支援者の育成が大きな課題であると考えている。 b)効果的なACT実践のための実施方法の確立 SLでは、メンタルヘルスの課題が顕在化した個別事例へのアプローチやメンタルヘルスの課題を潜在的に有する個人・グループへの予防的なアプローチを行っているが、障がい状況や課題内容によって、ACTの実施方法を調整することで、さらに効果的な実践につなげることが必要であると考えている。 c)職場の人的環境に応じたACTの実践 ACTの効果を継続的なものとするには、全ての関係者(障がい者、支援者・管理者)を含めた職場環境への働きかけが必要であると考えている。そこで障がい者雇用の場に関係する方々についてもメンタルヘルスサポートの対象として捉え、ACTの活用の拡大を図ることも必要であると考えている。 サテライトオフィスにおけるトータルパッケージの活用と効果 ○志賀 由里(株式会社スタートライン 障がい者雇用研究室 シニアカウンセラー) 刎田 文記(株式会社スタートライン) 1 はじめに 株式会社スタートラインでは、サテライトオフィスを利用している企業の障がいを持つ社員(以下「メンバー」という。)の状況を見ながら、トータルパッケージの活用を積極的に行っている。ワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)や、幕張ストレス・疲労アセスメントシート(以下「MSFAS」という。)の活用が有効と考えられるメンバーについては、利用企業へサポートプランを提案し、実施のタイミング等を検討し導入している。本稿では、サテライトオフィスで実施したMWSおよびMSFASの事例について報告する。 2 導入の効果 (1)MWS事例1 ①概要 A氏、20代前半の男性。両下肢麻痺の障がいがあり、車椅子を常用している。高校卒業後、就労を目指すため、障害者総合福祉施設でボールペンの組立作業や菓子の袋詰作業等に2年間従事した。その後、障害者職業能力開発校でビジネススキルを1年間学び、平成26年1月よりサテライトオフィスで就労している。 ②課題と施策 A氏は、業務上のミスや報連相の不足について上司から注意や指摘をされた際、表面上は改善すると答えるが、具体的な行動に移せない様子が散見されていた。例えば、業務実施時に不明点が生じたらすぐに聞くことや、上司から指示されているにも関わらず自分なりに判断し、誤った業務方法を継続していることがある。また、ミスを指摘されると不機嫌な様子になり、同じミスを繰り返すなども上げられる。 これらの行動の原因として、自分が出来ないことを認められないという行動習慣が身についていることが考えられる。そこでMWSを導入し、ミスを受け入れること、補完手段や補完行動を用いればミスは減っていく等の経験を積んでもらうことで、『出来ないことを認め、改善する』という行動習慣を身につけられるよう支援を実施した。 ③実施状況と結果 MWSでは、OA作業と事務作業の簡易版と訓練版を実施した。簡易版実施時には、不明点が生じても質問をしない、理解が出来ていなくても「大丈夫です」と答える、作業後のセルフチェックを行わないなどの課題が見られた。A氏の簡易版の正答率を、表1に示した。この結果から、作業の難易度が上がるにつれ、正答率が低下している状況が見られた。 訓練版移行後は、作業後のセルフチェックと補完行動(声出し、マウスの活用等)を徹底したことで、各作業共に正答率は向上し、ミスに対して新たな補完行動をA氏自身で考えられるなど、前向きに取り組む姿が見られた。また、メモリーノートの作業手順書を導入したことにより、正答率が更に向上するという一面も見られた。 A氏は、MWSの実施場面では真摯な姿勢で取り組むが、実業務での改善は見られず、誤った作業方法を継続し、ミスを受け入れられない態度は繰り返し見られた。これらの行動の原因として、作業結果が明確に示される場面では適切な行動をとることは出来るが、明確なフィードバックが頻繁ではない場面では不適切な行動をとってしまうことが考えられた。 ④ 現在の状況 MWSは週1回のペースで継続的に実施している。MWSを導入したことにより、A氏は作業手順書を用いれば正答率が上がること、明確なフィードバックが頻繁であれば適切な行動をとれることが明らかになった。そこで、実業務において上司が業務指示をする際、支援者が同席させてもらい、業務手順書がA氏の机上に出ていることを確認し、ミスのないよう心掛けて作業することをA氏へ伝えた後、A氏が業務を実施するという支援を行っている。 (2)MWS事例2 ① 概要 B氏、20代前半の男性、聴覚に障がいがある。聾学校卒業後、障害者職業能力開発校へ進み、C言語プログラミングや電子回路設計等を約2年間学んだ。その後、平成25年1月よりサテライトオフィスで就労している。 ② 課題と施策 実業務でのミスが散見されるが、同僚からミスの指摘を受けてもB氏はミスを減らそうという姿勢を見せない。また、サテライトオフィス内では単独での業務実施となることが多く、他者から直接フィードバックを受けることが少なかった。そのため、マイペースで自由に過ごし、仕事の大切さを知る機会を得ることが少なかったものと考えられる。これらの状況に対し、業務後のセルフチェックの定着を目指し、MWSの実施を行うこととした。 ③ 実施状況と結果 MWSは、OA作業と事務作業を導入した。簡易版を取り組んだ際は、高い集中力を維持しながら全て終えることが出来ていた。B氏はタイピングが得意なため、OA作業を予定時間よりも早く終わらせていたが、読み方が分からない漢字については質問や確認をすることなく、類似した漢字を独自の判断で入力していた。また、正確性よりもスピードを重視している側面があるため、セルフチェックをする姿勢は皆無だった。B氏の簡易版の正答率を、表2に示した。 訓練版を実施する中で、B氏に対して作業後のセルフチェックの大切さを伝え、セルフチェックの定着を促すよう支援した。OA作業の文書入力では、一文入力毎と全文入力後に目視でセルフチェックすることを約束してもらい、取り組んでもらった。また、事務作業では、やや乱雑に解答を書く側面があったため、丁寧に記入をすることでミスの減少に繋がる可能性があることを伝えた。正答率が上がっていくと、B氏自身で積極的に補完行動を考えるようになり、作業後のセルフチェックが身につくようになった。しかし、飽きや慣れの状態になると、セルフチェックを怠り始め、入力漏れや記入漏れが散見されることがあった。 また、B氏は正答率が100%に近い値であれば問題ないと考えていることが分かったため、実業務上でミスをしても重大なことではないと捉えていたのではないかと考えられる。 ④ 現在の状況 MWSは現在実施していないが、MWSを導入したことにより実業務後のセルフチェックを行うようになった。しかしながら定着までには至っていない。そのため、実業務に沿ったセルフチェックシートを支援者側で作成し、B氏に使用してもらったところミスが見られなくなった。その状況が一ヶ月ほど続いたことにより、B氏は独自の判断でセルフチェックシートの使用を中止したが、その結果、再びミスが散見されるようになった。再度セルフチェックシートの導入を検討することになり、形式や項目を見直し、改訂版を導入したが、こちらも継続使用には至らなかった。その原因として、これらのセルフチェックシートはB氏から見て必要性を感じないものと判断されたからと考える。 MWSを導入した結果、作業後のセルフチェックの意識付けに関しては一定の成果が上がったが、まだ十分な状態ではない。B氏自身の作業ミスに対する問題意識の低さが今後の課題と考えている。 (3) MSFAS 平成26年度よりサテライトオフィスに入社したメンバーに対し、入社オリエンテーションの一環としてMSFASを記入してもらっている。主な目的は、本格的に実業務へ入る前に、どのような場面で疲労やストレスを抱えるかを知るためである。そして、記入後のMSFASを基に、当社カウンセラーが面談をし、どのようなことで悩んでいるかを更に掘り下げていく。ソーシャルサポートが不足しているメンバーには近隣の支援機関を紹介し、採用面接時に求める配慮を伝えられなかったメンバーには具体的な合理的配慮を利用企業へ伝えている。また、怠薬傾向があるメンバーに対しては、服薬管理シートを支援者側で作成提供するなどし、徹底した服薬管理の安定を促している。 3 まとめ 障がい者雇用の現場では、実業務に入る際や新たな作業を導入する際などに様々な問題が起きることが多い。また、個々人の行動習慣や作業に対する考え方の改善、そして作業遂行力の定着についてサポートの必要性を感じることがあっても、実業務の中で改善していくことは難しい。そのため、当社では様々な定着サポートの中でMWSを活用し、実業務での環境調整やモチベーション向上等の支援を行っている。 また、長期的な障がい者雇用の定着サポートでは、様々な原因によるメンタルヘルス対策も不可欠である。当社ではMSFASを活用することで、生活環境の変化や健康状態の変化に柔軟に対応しつつ、個々の生活習慣を整えられるよう支援を行っている。 当社では、障がい者雇用の現場で生じる課題に柔軟に対応し、企業の安定的な障がい者雇用と障がい者の長期的就労を実現できるよう定着サポートを継続していきたい。 就労移行期の方に対するトータルパッケージの活用方法と効果 ○小島 育宏(株式会社スタートライン 障がい者雇用研究室) 刎田 文記(株式会社スタートライン 障がい者雇用研究室) 1 はじめに 株式会社スタートライン(以下「スタートライン」という。)は、サテライトオフィスを利用して頂いている企業の障がいを持つ従業員(以下「メンバー」という。)に対して、トータルパッケージの活用を積極的に行っており、多くの企業から一定の評価を受けている。特に入社直後のメンバーに対しての活用は効果的であり、障がいの特性や業務遂行能力等を入社直後に把握することで、スムーズに各社の業務に移行している。本発表では、このトータルパッケージを就労移行期の方に就労支援研修として導入した事例を報告する。 2 トータルパーケージ活用事例 (1)A氏 40代 男性 統合失調症 職場の上司からの高圧的な指示、職場衛生環境にストレスを感じ発症。発症を機に退職し、再就職するも定着に至らず職を転々としている。 ① 研修の目的 病気発症時以降の職歴から、上司との意見の食い違いが原因でストレスを感じてしまい、病気の発症及び退職に至っている。また、その後の就労も同じようなことから定着に至っていない。そこで、これらの状況をご自身に理解してもらい、定着就労を目指してもらうことを目的とした。 ② 現状把握 以下のツールを使用し、A氏の障がい状況や行動特性の把握を行った。 イ 幕張ストレス・疲労アセスメントシート ご自身のストレスや疲労を感じる状況を整理してもらうため、幕張ストレス・疲労アセスメントシート(以下「MSFAS」という。)を活用した。MSFASを記入してもらい、その内容を基に弊社カウンセラーと面談を実施することで、更に深く内容を整理してもらった。A氏の場合、ご自身と意見の会う上司からの指示については問題なく受け入れられるが、意見の合わない上司からの指示についてはご自身の意見を主張・選択してしまいストレスを感じてしまう傾向が見受けられた。 ロ ワークサンプル幕張版 作業遂行能力を把握するためワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)の簡易版を活用した。実施直後は正確性を重視して作業を丁寧に行っていたが、作業に慣れてくると、作業指示の途中にもかかわらず作業を始めてしまうなど、自分のルールで進めてしまう行動傾向が見受けられた。その結果、表1に示すように複数の作業で多くのミスが見られた。 表1 MWS簡易版正答数及び正当率 ハ Wisconsin Card Sorting Test 法則性の推測やそれに沿った行動が実行できるかを評価するため、Wisconsin Card Sorting Test(以下「WCST」という。)を実施した。独力で法則性を見出すことは困難で、混乱して同じミスを続けてしまう様子が見られた。法則性を説明した後、補完ツールを使用して実施したが、独自の使用方法で行い混乱しミスを続けてしまっていた。その後正しい補完ツールの使用方法を伝え、ミス無く実行することができた。その後、Aさんの希望により補完ツールを使用しないで実施したが、法則性に沿った行動が維持できずミスが出てしまったことで、補完ツールの重要性を自覚することができた。 これらのツールを実施した結果、Aさんは人の意見を素直に受け入れず、内容を理解しないまま、自分のルールで作業を進めてしまう行動傾向があり、それがミスの多発に繋がっている状況にあった。 ③ 課題に対する施策 MWS訓練版に入る前にA氏に現状のフィードバックを行った。ミスの原因は、作業の理解度と補完ツールの使用方法に問題があることを認識してもらい、作業内容の理解を深めてから作業を始めること、また、ケアレスミスを防ぐために補完ツールを正しく使用してもらうことを伝えた。さらに、ミスを犯さないことを目標にMWS訓練版に取り組むこととした。 ④ MWS訓練版実施状況と結果 訓練版の開始後、徐々に慣れてきたころから、自分のルールで行い始めミスが出てしまっていた。そのことを指摘することで修正をするものの、またしばらくすると自分のルールで行うという状態に戻ってしまった。一方で、指示を受け入れて実行する姿勢も見受けられたため、作業実施前に前回実施時のおさらいをすることで、改善の兆しが見受けられた。 今回の研修においては、A氏に自身の障がいの特性を理解してもらうことはできたが、正しい作業方法を定着させるまでには至らなかった。A氏には、ご自身の障がい特性を理解し継続して訓練する必要があり、現状での就労は難しい旨を伝え研修を終えた。その後、ご自身で今回の研修内容を踏まえ、訓練校の入校手続きを行い、障がい特性と向き合い訓練することを決意された。 (2)B氏 20代 男性 アスペルガー症候群 過去の就労において、作業指示の内容が理解できない状況下において、質問をすることができず焦りからミスを犯してしまい上司から厳しい口調で怒られることがあった。そのことにストレスを感じ、朝の通勤ラッシュ時にパニック症状を数回繰り返していた。そのため通勤ラッシュに不安を感じるようになってしまった。 ① 研修の目的 職場でのストレス原因となっている状況を軽減し、電車通勤に慣れてもらい定着就労を目指してもらう。 ② 現状把握 以下のツールを使用し、B氏が作業指示の内容を理解できなくてもそのままにしてしまい、自分の思考に準じた行動を取る傾向が見受けられた。また、ストレスマネジメントができず、ストレスをため込んでしまう傾向が見受けられた。 イ MSFAS B氏の場合、ご自身で不調のサインに気づくことはできず、気づいたらストレスをためている状態になってしまい通常の状態に戻れなくなってしまう傾向が見受けられた。 ロ MWS 作業遂行能力は高く、表2に示すようにミスも無く終えたが、セルフチェックを怠る傾向が見受けられた。また、作業内容について曖昧になっていたことがあっても確認することができていなかった。本人曰く、以前MWSを実施したことがあり、その時と同じでいいと思い、そのまま行ってしまったと報告があった。 ハ WCST 色へのこだわりが強く、混乱時に色を選ぶ傾向が見受けられた。補完ツールを使用して法則性に気づいた後、補完ツールを使用しなくなりミスを起こしてしまった。再度、補完ツールを使用することでこの問題は解消された。作業終了後、補完ツールの必要性を確認した。 ③ 課題に対する施策 ご自身の体調の変化に気づいてもらうため、健康管理シートに現在の状態について記入し体調管理を徹底してもらい、疲労を感じた時に休憩を自ら取るよう促した。また、簡単な作業でもセルフチェックを怠らないようにメモリーノートに作業終了後に必ずセルフチェックを行う旨を記入してもらい、毎日作業前にメモリーノートを見てもらうことで習慣化を図った。 ④ MWS訓練版実施状況と結果 決められたことを忠実に守り、自身の疲労度に合わせて休憩を取ることができ、ミスもなく作業を進めることができるようになった。そこで、意図的に作業量を増やし、作業の締め切り時間を定めて実施したところ、休憩も取らずに、また、締め切り時間を過ぎても報告もせず作業を継続していた。B氏は疲労を感じつつも、作業を終わらせなければならないという使命感から作業を継続していた。面談時に、疲労を蓄積せずに作業を行うことが大切であり、今回の場合は指揮命令者に対して相談することが重要であることを伝え、メモリーノートにそのことを記入してもらった。その後、同じような局面で自発的に相談できるようになってきた。しかし、時間が経つと休憩を忘れ自分に課せられたことを優先する行動が見られるようになり、疲労が蓄積さてれた結果、軽い混乱を起こしてしまった。作業遂行能力は高く、即戦力として就労することは可能であるが、ストレスマネジメントに課題が残る結果となった。 3 まとめ 就労移行期の方にトータルパッケージを導入し、作業遂行能力を高めることよりも、自身の障がい特性を理解し、正しい作業方法や補完方法の使い方を見出し、それらの定着を優先する方が効果的であることが、今回の研修から見て取れた。 今後も就労移行期の方にトータルパッケージの導入を進めて行く上で、即就労を目指すものではなく、障がいを理解してもらい今後の訓練に活かしてもらえるよう継続してトータルパッケージの導入を進めていきたい。 ベネッセビジネスメイトにおける人材育成の考え方と研修のしくみ ○網代 美保(株式会社ベネッセビジネスメイト 定着推進課 課長) 守田 節子(株式会社ベネッセビジネスメイト 人事課) 1 人材育成の考え方と研修制度 ベネッセビジネスメイトは、2015年2月に設立10周年を迎え、現在東京・岡山2拠点で128人の障がい者が働いている。弊社の主たる事業は清掃業務、デリバリーサービス業務など「人」の力を中心とした事業であり、「人」こそが最も大切な資産だと考えている。ベネッセグループの企業理念「よく生きる」、そしてベネッセビジネスメイト企業理念をもとに、社員全員がやりがいを持って働き、成長できる会社をめざしている。そして働く意欲をもった人に対して、個人の持つ能力や適性に応じて、お互いを理解し協力できる自立した人材、向上意欲をもって努力し続ける人材への育成に取り組んでいる。 2011年に改訂した人事制度の中で一人ひとりの成長につながる「人材育成の考え方」を明確に提示している(図1)。 図1人材育成の考え方 この方針を踏まえ、現場の業務指導だけでなく、個人のスキルアップ、そしてキャリアアップを支援していくしくみを作りたいと考え、「研修体系」として整理している(図2)。 それぞれの研修については設立以来試行錯誤しながら、そのノウハウを積み上げてきている。社員数の増加、業務の拡大にともない、研修のプログラム内容の変更、レベル設定の見直しなどを行ってきている。また同時に、障がいのある人だけでなく、指導員や会社幹部など指導者側も当然レベルアップしていく必要が出てきたため、その研修ブログラムも強化してきている。 2 具体的な研修内容 主な研修の対象、内容については以下の通りである。 (1) 入社研修(社員全員対象) 新卒、中途、出向者と、障がいのあるなしだけでなく、年齢もキャリアもバックグラウンドも様々な社員が入社してくる。そうした社員全員が最初に受けるのが「ビジネスマナー研修」と「障がい基礎理解研修」である。 ①ビジネスマナー研修 もちろんこの研修の目的はビジネスマナーの基本を身につけること。スムーズに仕事をスタートさせるには上司、周囲の先輩社員、そしてお客様と上手に気持ちよくコミュニケーションをとれることが大切である。最低限のマナーはこの研修で確認しておく。 新卒の知的障がいの社員が多いこともあり、テキストは平易な言葉、漢字のルビ、絵や図を使っている。全社員がこの同じテキストで同じ内容の研修を受ける。この研修にはもうひとつの目的がある。障がいのある社員と一緒に働く上での配慮を学ぶことだ。 ロールプレイを多用したアクションラーニングがメインで、楽しく学ぶしくみである。キャリア豊富な人の中には、「今更マナー研修なんて…」といった戸惑いをみせる者もいるが、研修が進むにつれ笑顔が増え、他の受講者と一緒にワークに取り組み、ベネッセビジネスメイトの一員としての自覚を持つ。 ②障がい基礎理解研修 各障がいの基本的な特性と職場でできる配慮について学ぶ。このテキストも図・絵を多用し、平易な言葉で作成している。この研修は障がいに関する知識を学ぶことだけでなく、もしかしたら抱いているかもしれない障がいのある社員と接することへの不安、無駄な気遣いをなくし、お互いを思いやることが大切であるという基本姿勢を確認してもらう機会とも位置づけている。 (2) 知的障がい社員をメインとした研修 特に知的障がいの社員には、働くことの意味を再確認し、お客様や他の社員とのコミュニケーションの力をアップさせるための機会として、毎年研修を実施している。 ①コミュニケーション研修 職場で実際に起こっている様々な事例を取り上げてロールプレイ中心の研修を行う。スタッフが役者になって芝居仕立てで見せる「こんなときどうする?」シリーズが人気。例えば、上司の指示が素直に聞けない、同僚とのトラブル、SNSのトラブルなどのテーマを取り上げ、各自が「あっ、これ自分もしていた」と反省したり、「こうすればいいのか」と学んだりする機会となっている(写真1)。 この研修も回数を重ねるにつれ、社員の成長もしっかり感じられてきている。以前は、居眠りばかりだった社員、考えることが嫌いでずっとうつむいていた社員、話すことが苦手で一言も話さなかった社員が、今ではグループディスカッションに加わり、自分の意見を話すことができている。今年度は「なぜ働くのか」をテーマに取り入れた。自分自身や仕事に否定的だった社員が、研修レポートに「“仕事”はとても価値のある大切なものだと思いました」と書いていた。個別指導だけでなく、全員で考え、学ぶ機会も社員の成長に大きな効果があると感じる。 図3コミュニケーション研修テキスト抜粋 ②ブラッシュアップ研修 コミュニケーション研修をしっかり理解でき、仕事の面でもリーダー的役割を期待されている社員向けに、一歩進んだ内容のブラッシュアップ研修を行っている。例えば、指示の受け方、報連相のしかた、後輩や実習生への仕事の教え方などの内容。今年度は、「一緒に働く仲間の良いところを書き出し、研修後に完成させて相手に伝える」という課題を出した。この課題が出ていることを上司に「報告」し、課題を完成させて発表する時間をもらえるよう「相談」することが、研修で学んだことを最初に実践する場となっている。この研修の後、現場の指導者からは「職場の雰囲気が明るくなった。彼らは本当に周りの人のことをよく見ているんですね」という喜びと驚きの声もあがった。 写真1コミュニケーション研修の様子 (3) 指導員研修 障がいのある社員を指導・サポートしている社員(=指導員)を対象とした研修も継続して実施している。経験からの学びは貴重だが、それだけでは我流になったり、思いこみの指導になる可能性もある。知識を磨くことはもちろん、自分の指導を見直す機会としても強化すべきと考えている。 ①指導員研修 年1回、休日に丸1日かけた全指導員参加の研修を実施。会社方針、指導員の役割、ケーススタディ、指導の基本等について勉強する機会を作っている。知識を詰め込むのではなく、ワークやディスカッションを多用し、実感、体感をしてもらうよう工夫している(写真2)。 写真2指導員研修 (システマティックインストラクションの実践演習中) ②ジョブサポート会(指導員情報共有会・勉強会) 毎月1回開催し、障がい者就労に関する情報共有、障がい特性、社内事例等について学ぶ機会としている。 年2回は東京と岡山の社員が集まり、合同勉強会を開催。各課の指導者が指導の成功事例や取り組み中の事例を発表し、ノウハウを共有する機会としている。 障がいのある社員も指導者もそれぞれの実務経験を積みあげながらこれらの研修での学びを加え、社員一人ひとりの自立と成長とともに会社全体の事業成長、働きやすい職場になることをめざしていきたい。 知的障がい者に対するストレスチェック実施の取組み ○松本 貴子(株式会社かんでんエルハート 精神保健福祉士) 平井 正博(株式会社かんでんエルハート) 原田 新 (岡山大学 学生支援センター 障がい学生支援室) 1 問題・目的 労働安全衛生法改正により、平成27年12月から企業におけるストレスチェックの実施が義務付けられる。それに伴い、企業で働く障がい者に対してもストレスチェックを行う必要がある。しかし、知的障がいのある従業員(以下「知的障がい者」という。)は、質問紙を用いた調査では質問項目の内容を正確に理解し回答することが難しい。 当社では、平成23・24年に社内カウンセラーを活用して、従業員のメンタルヘルス向上を目的とした「職場メンタルヘルス実態調査」を実施した。その調査では、原則として従業員に厚生労働省が推奨する「職業性ストレス簡易調査票」(加藤,2000)を使用したが、上記の理由から知的障がい者には、調査票を使わずに社内カウンセラーが面談を行うことで精神的健康状態を把握した。 しかし、(1)面談実施に多大な時間を要すること(1人50分×知的障がい者56名=計約47時間)、(2)知的障がい者が答えるストレスの原因(以下「ストレッサー」という。)は、対人関係が大半を占め、それ以外のストレッサーを十分に把握できないことが課題として残った。 特に(2)に関しては、知的障がい者も健常者と同様、多様なストレッサーのもとで働いているため、それらが知的障がい者のメンタルヘルスに影響を及ぼしていないとは考えにくい。しかし、知的障がい者はストレッサーに晒されたとしても、その状況を分析し、原因を特定することに困難を伴うと考えられる。例えば業務に対する「働きがい」や「技能活用度」も、業務を付与した「上司との関係の問題」として訴えるなど、全ての問題を「対人関係の問題」として訴えている可能性が考えられる。 そこで本研究では、まず知的障がい者へのストレスチェックにかかる時間の短縮を目指し、「職業性ストレス簡易調査票」をもとに知的障がい者にも理解・回答可能な質問紙(以下、「簡易表現ストレス調査票」と略記)を作成することを第一の目的とする。さらに、簡易表現ストレス調査票を知的障がい者に実施し、知的障がい者のメンタルヘルスの問題(本研究ではストレス反応)を誘発し得るストレッサーを特定することを第二の目的とする。 2 方法 (1)調査対象者:当社に勤務する知的障がい者57名(男性38名、女性19名、18歳~54歳、平均年齢34歳、SD=7.7歳)であった。 (2)測定尺度:職業性ストレス簡易調査票(加藤,2000)をもとに簡易表現ストレス調査票を作成した。作成に際し、事前に重度知的障がい者(療育手帳A、B1程度)3名に職業性ストレス簡易調査票についてのヒアリングを行い、理解が困難な項目を容易な表現に変更した。さらに変更した項目について、専門家2名(社内の精神保健福祉士1名、臨床心理士1名)により内容的妥当性を検討し、確認された。 当調査票は57項目で構成されている。そのうち、ストレッサーを表すものとして、「心理的な仕事の負担(量)」、「心理的な仕事の負担(質)」、「自覚的な身体的負担度」、「職場の対人関係でのストレス」、「職場環境によるストレス」、「仕事のコントロール度」、「あなたの技能の活用度」、「あなたの感じている仕事の適正度」、「働きがい」の9下位尺度、計17項目が含まれる。各項目は「1.そうだ」~「4.違う」の4件法で測定された。 さらに、ストレス反応を表すものとして、「活気」、「イライラ感」、「疲労感」、「不安感」、「抑うつ感」、「身体愁訴」の6下位尺度、計29項目も含まれる。各項目は「1.ほとんどなかった」~「4.ほとんどいつもあった」の4件法で測定された。 なお、簡易表現に修正しても自己回答が困難な知的障がい者もいると予測された為、実施に際しては、職場ごとに集団で当調査票を実施し、実施者が項目内容に関する質問を受け付けられる体制をとった。 (3)調査時期:平成27年5~6月 3 結果と考察 (1)ストレスチェック実施の効率化 知的障がい者に対し、簡易表現ストレス調査票を実施したところ、知的障がい者の8割は1人で回答可能であった。このことから、比較的能力の高い知的障がい者は、回答を補助する必要がないことが示唆された。また残り2割については、集団実施の際の質疑応答で対応した。その結果、今回の調査実施に要した時間は、約18時間(集団実施3時間、結果作成10時間、調査票の発送5時間)であった。面談を行う場合には、およそ75時間(面談47時間、結果作成18時間、面談に伴う移動時間10時間)を要することが想定される為、本研究で作成した簡易表現ストレス調査票の実施は、計約57時間の時間短縮をもたらしたといえる。限られた人員と時間的制約の中、知的障がい者へのストレスチェックにかかる多大な負担を削減する上で、本調査票を用いたストレスチェックは極めて有益な方法と考えられる。 また、このような時間的短縮は、メンタルヘルス不調者の早期発見をも可能とする。さらに、その節約できた時間を、高ストレス反応を示した者へのサポートに充てることにより、早期支援にも役立てられるであろう。 (2)知的障がい者のストレッサーとストレス反応との関連 知的障がい者のストレッサーとストレス反応との関連について検討する為、相関分析を実施した。 なお、本調査票におけるストレッサーは、「そうだ(1点)」~「違う(4点)」という聞き方の為、得点が高いほど「ストレッサーが低い」ことを意味する。一方で、ストレス反応は「ほとんどなかった(1点)」~「ほとんどいつもあった(4点)」という聞き方の為、得点が高いほど「ストレス反応が高い」ことを意味する。加えて、各下位尺度には逆転の意味内容のものも多数含まれる(具体的には、ストレッサーの「仕事のコントロール度」、「仕事の適正度」、「働きがい」の3下位尺度と、ストレス反応の「活気」)。その結果、分析の結果が複雑になり、結果の読み取りが難しくなっている。その為、+の相関係数は全て、ストレッサー得点が高ければストレス反応得点も高いことを意味するよう、数値の逆転処理を行った(表1)。 表1 知的障がい者のストレッサーとストレス反応との関連 分析の結果、以下のことが明らかになった。 ・ストレッサーの「仕事負担(量)」、「仕事負担(質)」、「身体的負担度」の3下位尺度は、ストレス反応のいずれの下位尺度とも有意な関連を示さなかった。 ・ストレッサーの「職場の対人関係」、「職場環境」、「仕事コントロール」の3下位尺度は、ストレス反応の全下位尺度と、.32~.67という中程度~比較的高い正の有意な関連を示した。 ・ストレッサーの「技能活用度」、「仕事適正度」は、ストレス反応の「不安感」とは有意な関連を示さなかったものの、他の5下位尺度とは.29~.56という弱~比較的高い正の有意な関連を示した。 ・ストレッサーの「働きがい」は、ストレス反応の「不安感」、「身体愁訴」とは有意な関連を示さなかったものの、他の4下位尺度とは.26~.49という弱~中程度の正の有意な関連を示した。 分析の結果から、知的障がい者にとって、ストレッサーの9下位尺度のうち、「職場の対人関係」、「職場環境」、「仕事コントロール」、「技能活用度」、「仕事適正度」、「働きがい」の6下位尺度については、多くのストレス反応に繋がる結果が示された。特例子会社数社の指導者への聞き取りでは、「知的障がい者は業務ではなく私生活や対人関係の問題によって離職する」との意見が多かった。しかし本研究では、知的障がい者が実際には、対人関係以外の多様なストレッサーからも精神的苦痛をもたらされる結果が示されており、そのような苦痛から離職という決断を下す可能性も考えられる。その為、知的障がい者からの相談を受ける際には、「対人関係」を主訴とする相談であっても、実際には本人が自覚できていない問題が潜んでいることも考慮し、注意深く聞き取りを行う必要があるといえよう。 (3)まとめと今後の課題 本研究では、知的障がい者にも回答可能な簡易表現ストレス調査票を作成すると共に、知的障がい者にとってストレス反応の誘因となり得る多様なストレッサーの特定を行った。 今後は、本調査票を用いることで節約できた時間を、高ストレスとなった者のフォローに当てるなどメリハリのある対応を行うことで、不調者早期発見・早期対応を図って行きたいと考えている。また知的障がい者の相談対応の際は、自己申告が「対人関係」の問題であったとしても、それを唯一のストレッサーと決め付けるのではなく、知的障がい者のストレス状況を包括的に把握することが必要である。その上で、改めて知的障がい者にとって働きやすい職場作りを検討していくことが望ましい。 しかしながら、本研究での調査対象者は当社の知的障がい者に限られているため、サンプルの少なさに加え、結果が当社独自の業務内容や、知的障がい者への対応方法に影響されている可能性がある。その為、今後当社のみならず就業する知的障がい者のストレスチェックに本調査を活用するには、より多くの会社における知的障がい者に調査を実施し、結果の一般化可能性を厳密に検討していく必要があるであろう。 【参考文献】 加藤正明.労働省平成11 年度「作業関連疾患の予防に関する研究」労働の場におけるストレス及びその健康影響に関する研究報告書.2000 複数の障害者の雇用における連携支援に関する実践 大庭 淑子(障害者就業・生活支援センターさくら 就業支援員) 1 はじめに ここ数年、障害者雇用が理解され、数字的には障害者手帳所持者の雇用は年々増えている。しかし、その陰では短期間で退職するケースの数も増えているという現状がある。これからは、長く働き続けることが重要になってくると考えられる。そこで、本報告では、多様な障害を持った5人の障害者を同時に雇用した企業に関する支援事例について紹介する。この企業は、家族と共に複数の就労移行施設の支援員や障害者就業・生活支援センター(以下「就生センター」という。)のワーカーと連携をとりながら、それぞれの支援対象者の特性を把握することによって、働きやすい職場環境を構築した企業であり、その結果、雇用された5人は一人も欠けること無く6年間働き続けることができている。雇用された5名の障害者の一覧を以下の表1に示す。 表1 雇用された障害者一覧 2 支援経過 本報告の企業(以下「M社」という。)は、産業・工業用資材製造を主とした製造業で、今まで手帳所持者を新規で採用したことがなかった。最初にハローワークに相談し、その後、地域の就生センターが引き継ぐ形で、支援を開始した。 (1) 対象企業M社の見学と雇用に向けた連携 まず、身体障害者以外の障害者の雇用を進めるために、就生センターがM社を見学し、知的障害者や精神障害者が従事できると思われる作業を数種類拾いだした。また、障害者を雇用するにあたって新たな部署を立ち上げるとの計画がM社から提案された。そこで、障害特性に配慮した作業場の設置のためのノウハウをM社に伝えた。 (2) 支援対象者の選考・決定 M社が福祉事業所の見学と面接を通して選考した。4か月前から関連会社で勤務していた者1名(A氏)、福祉事業所に在籍していた者3名(B氏、C氏、D氏)、在宅の者1名(E氏)、計5名が雇用された。 A氏については、すでに平成20年12月1日から関連会社で勤務していたが、今回、移籍により新たにM社に雇用されることになった。B氏、C氏、D氏は、雇用前に2週間の実習をした後、平成21年4月1日から新たに雇用された。なお、E氏については、配慮が必要な内容は内部疾患による通院時間の確保だけであり、特別な支援を必要とする課題はなかったため、本報告における対象者からは除外した。 (3) 雇用前の支援 内定後、支援対象者が作業現場に慣れることと、企業が個々の特性をおおまかに把握することを目的として、2週間の実習を行った。その後、各福祉事業所と就生センターが、それぞれの対象者の特性等の情報を共有するためにケース会議を開催し、合わせて雇用後の連携についても話し合った。 雇用後の定着支援については、各福祉事業所がM社を訪問して得た様々な情報は、一旦就生センターが集約し、その後、各対象者の福祉事業所に必要な情報を提供することにした。その際に、就生センターは得られた情報を整理するとともに、その後の福祉事業所の対応についても把握するようにした。 (4) 雇用後の支援 各福祉事業所がM社を訪問した際には、対象者全員の情報収集を行った。M社から指摘された課題についても聞き取りを行い、就生センターへ情報提供した。指摘があった課題を該当者の福祉事業所に伝達し、その対応を依頼した。その後、対処の方法や経緯を就生センターが把握するようにした。 雇用当初は、C氏が訓練していた福祉事業所LがM社を訪問する機会が多かった。その際に、課題がみられたB氏の状況を就生センターに伝達し、就生センターが福祉事業所Kへ連絡した。その対応としては、福祉事業所KはB氏との面談や電話相談を行い、M社担当者に対処法や可能な改善を提案していった。また、1.5か月後と3か月後に対象者全員についてケース会議をM社において開催した。その後は、対象者毎に随時M社においてケース会議を開催した。 3 対象者個々の支援経過 (1) A氏について 重度の上下肢麻痺があるため、主にPC作業での雇用であった。トライアル雇用中に緊張からくる痛み痙攣により、救急車で運ばれることがあった。業務は特に問題は無かったため、移籍という形で継続雇用となった。 当初は体調管理が課題であったため、作業についての効率は特に強く要求されなかった。2年が経過したころから人間関係でのトラブルにより休むことが多くなり、数か月の休職を2度繰り返した。その間、就生センターや福祉事業所Jが面談や家庭訪問をすることにより、改善の傾向がみられた。 しかし、平成26年12月に再びM社より人間関係のトラブルで連続して休むことが多くなったとの相談があった。 そのため、M社において家族・就生センター・会社の三者で話し合いを実施した。その際、会社の考えや社会人としての在り方等を改めて説くと共に、家族の理解と協力を得た。現在は連続して休むことはなくなり、人間関係に関しても改善の傾向がみられる。 (2) B氏について 他のケースとは異なり、勤務時間は短時間から設定された。同時に週1回のペースで福祉事業所Kでの面談を続けた。本人からの要望により、6か月が経過した頃に勤務時間を延長した。しかし、徐々に体調不良を訴え、早退や休みがちになった。就生センターと医療機関との連携で、短期間の休職期間を何度か入れるなどの対応を行う。同時に福祉事業所K及び就生センターとの面談や電話相談、M社への支援(電話や訪問)により対応した。M社には、特に作業以外での配慮をお願いした。また、本人には“就労者のつどい”や“ピュアサポート”等、仕事以外の仲間との場を勧めた。それまで、体調不良が続いていたが、3年が経過した頃には概ね安定した勤務が可能となった。 (3) C氏について 重度の知的障害のため、簡単な作業の繰り返しであれば問題なく高評価が得られていた。しかし、配属された部署がM社内のその他の部署から様々な作業を引き受ける部署であったため、M社の業務の変更に伴い、判断を要する作業が持ち込まれるようになった。このため、それまでは得意とする作業を行うことで高評価が得られていたが、1年程前からは課題がみられるようになった。 (4) D氏について 手帳を3種類持っている。軽度の上下肢障害(杖での歩行程度)のため、座位での作業ができるように配慮をした。しかし、理解力の低さや精神面の弱さなどが徐々に課題として取り上げられるようになった。福祉事業所Jが中心になって、理解しにくい知的障害や精神疾患の特性をM社に伝えていったが、些細なトラブルは絶えなかった。元々就労意欲がそれほど高くはなかったため、1年が経過したころから、急に仕事を休むようになった。対応として就生センターが家庭訪問を実施し、現在は家族の協力を得ながら安定して勤務することができている。 4 おわりに M社は製造業ということもあり、ミスをなくすことや事故を防ぐことが重要な現場である。このため、図1や図2のような安全に関する注意書きが特別に掲示されている。杖での歩行や車椅子での移動、不随意運動による思いもよらない動きがあるため、作業台等の設備の配置に関する対応は重要である。また、知的障害や精神障害からくる理解力不足を補なったり、誤解によるミスや事故をなくすためにも、これらの配慮は有効である。 障害者を複数雇用しようとする場合、はじめに雇用し安定して働いている対象者がいると、その対象者と同じような障害特性を持った人をさらに雇用したいと考える傾向がある。そのため、複数の障害者を雇用する必要がある企業は、なかなか障害者雇用が進まないことがある。このような場合、地域にある関係機関や就生センターと適切に連携することにより、短期間に多様な特性を持った障害者を雇用できる可能生がある。同時に、他機関との連携により様々な支援の情報を得ることができ、企業のスキル向上にも繋がる。 M社は、従業員の復職などについても医療機関や職業センター等と連携することにより、より積極的に促し、以前にもまして安心して働ける企業へと変わっていった。 図1 安全に関する注意書きの例(MAF梱包用当て板作製の注意点) 図2 安全に関する注意書きの例(紙資料PDF化の注意点) 【連絡先】 大庭 淑子 障害者就業・生活支援センター さくら e-mail:scsa-oba@joetsu.ne.jp 就労訓練の有無が依存症を呈する者の再発に及ぼす影響の再検証 ○廣上 愛莉(株式会社わくわくワーク大石 精神保健福祉士) 大石 雅之・大石 裕代・長縄 瑛子(医療法人社団 祐和会 大石クリニック) 藤丸 悦子・中西 桃子・高畑 智弘・斎藤 美奈・石井 愛・長野 安那(株式会社わくわくワーク大石) 1 はじめに 第21回職業リハビリテーション研究発表会で、就労モデル利用者とデイモデル利用者の通院・通所継続率と断酒率の比較研究を行った。そこでは、就労モデル利用者の方が通院・通所継続率は有意に高く、断酒率も、全体の人数に対する断酒継続者の割合で比較すると、就労モデルの方が高いことがわかった。そして、就労訓練は病状を悪化させるとは限らず、病状安定を促進するのではないかという内容を報告した。本研究では前回と同様の方法で、通院・通所継続率と断酒率について、調査対象を広げ就労モデルとデイモデルの比較調査を行った。さらに今回は就労モデルの利用者を対象に、就労モデルとデイモデルを比較したアンケート調査を行い、その内容についての検討を加えた。 ここでの「就労モデル」とは、就労移行支援、就労継続支援A型、就労継続支援B型のいずれかを利用することで、断酒と就労の両立を継続する訓練を行うことを指す。一方「デイモデル」とは、ミーティングを主体とするデイケア施設での治療を受けることを指す。またここではアルコール依存症以外の者の、問題行動を起こさないことについても含めて「断酒」と表現している。 2 対象 (1)通院・通所継続率と断酒率の調査 平成24年1月~平成26年12月の間に就労モデルを利用開始した依存症者49名と、平成18年1月~12月にデイモデルの利用を行った依存症者40名を比較した。それぞれの疾患の内訳は、就労モデルではアルコール依存症が32名、ギャンブル依存症が12名、性嗜好障害が4名、薬物依存症が1名であった。デイモデルではアルコール依存症が38名、薬物依存症が2名であった。 (2)アンケート調査 平成27年8月時点で就労モデルに在籍しておりデイモデルの経験があり、継続通所し調査に同意した全利用者46名を対象に実施した。疾患の内訳は、アルコール依存症が31名、ギャンブル依存症が8名、薬物依存症が1名、その他が6名であった。 3 方法 (1)通院・通所継続率と断酒率の調査 通院・通所継続率、断酒率共に以下の様に前回と同様の方法で求めた。 ①通院・通所継続率について 調査期間は就労モデル・デイモデルともに利用を開始した月から12ヶ月間とした。継続の有無の判断基準については、月に1日でも参加した場合を継続利用とみなした。 ②断酒率について 調査期間は①と同様である。判断基準については12ヶ月に1度も問題行動(再飲酒等)を起こした記録がない場合を断酒したものとみなした。 (2)アンケート調査 通院・通所と断酒の継続率の高さに影響すると考えられる12項目を用意し、「1、就労モデルにあてはまる 2、どちらかといえば就労モデルにあてはまる 3、どちらかといえばデイモデルにあてはまる 4、デイモデルにあてはまる」という4段階に分けそれぞれ選択してもらう形式で行い、その他の自由記述欄も設けた。 表1 アンケート項目 4 結果 (1)通院・通所継続率と断酒率の調査 ① モデル別の通院・通所継続率 イ 就労モデルの利用者の49名中45名が継続通所し、継続率は91.8%であった。ここでは就労によって施設利用を終了した者も、治療効果があった者として継続した者に含めている。 図1 モデル別の通院・通所継続率 ロ デイモデルの利用者では40名中12名が継続通院し、継続率は30.0%であった。これを結果イと比較すると、低い割合であった。 ② モデル別の通院・通所をした者の断酒率 イ 就労モデル利用者45名中29名が断酒し、断酒率は64.4%であった。 ロ デイモデル利用者では12名中10名が断酒し、断酒率は83.3%であった。これを結果イと比較したところ、有意の差はなかった。 図2 モデル別の通院・通所をした者の断酒率 (2)アンケート調査 全体的に、デイモデルよりも就労モデルの方が評価が高かった。(p<.05)ただし、「⑦ストレスが溜まる」・「⑧来所が嫌になる」の項目では有意差がなかった。 図3 アンケート集計結果 5 考察 (1)通院・通所継続率と断酒率の調査 ① 結果①について 前回と同様に、デイモデルより就労モデルの方が通院・通所が継続するということがわかった。その理由として考えられることは、デイモデルでは基本的に断酒が目標となるが、就労モデルではさらに就労するという目標があることである。それを達成することで、本人が自尊心を取り戻し、自己肯定感も高まる。つまりこの目標の存在が、通院・通所のモチベーションを高めているということである。 ② 結果②について イ 今回の調査で断酒が継続していた者は通院・通所を継続していたことから、通院・通所が継続していない者は再発が多いと考えられる。よって、通院・通所継続率の高い就労モデルの方が、断酒率が高いと考えられる。 ロ ①と同様に、就労モデルの方が断酒率が高くなる理由として、断酒をする目的が明確であるということが考えられる。 (2)アンケート調査 ①就労訓練を通して回復を実感でき、社会参加意識が芽生えることが示された。体力が回復し、自分が役に立っていると実感できることで就労への自信がつき、社会復帰意欲も向上するということが考えられる。 ②利用者自身が就労モデルの方が断酒を継続できると実感していることから、就労モデルの方が断酒率が高いと考えられる。 ③生活リズムの安定が断酒率に関係することが考えられる。就労モデルでは、毎日決まった時間に出勤・退社する習慣がある。アルコール依存症の者には携帯用アルコール呼気検査を帰宅後に実施してもらうようにもなっているため、早寝早起きが定着している者が多い。生活リズムが整うことで飲酒しない習慣も身に付いていくと考えられる。 ④「ストレスが溜まる」、「来所が嫌になる」の2項目では有意差がなかったことから、就労モデルもデイモデルも同様にストレスがかかり、就労モデルばかりがストレスが大きいわけではないということが考えられる。 6 まとめ 前回と同様、やはり就労訓練が病状を悪化させることは考え難く、病状安定を促進していることがわかった。その理由として、主に「社会復帰意欲と治療意欲の向上」、「生活リズムの安定」、が関係している可能性が高い。 またアンケートの自由記述欄では様々な意見が得られ、課題も指摘されている。特に訓練の種類を増やして欲しいという意見が最も多く、様々な職種に繋がるような訓練先の開拓も今後の大きな課題になることがわかった。また相談しにくいという意見や、支援者の援助技術の未熟さを指摘されている部分もあった。支援者が、利用者への態度や関わり方を見直していくことも今後の課題である。 【参考文献】 1) 井田百合子:就労訓練の有無が依存症を呈する者の再発に及ぼす影響「第21回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.372-375,株式会社美巧社(2013) 依存症患者の就労定着を促進するための要因調査 ○長野 安那(株式会社わくわくワーク大石 精神保健福祉士) 大石 雅之・大石 裕代・長縄 瑛子(医療法人祐和会 大石クリニック) 藤丸 悦子・中西 桃子・齋藤 美奈・石井 愛・廣上 愛莉・高畑 智弘(株式会社わくわくワーク大石) 1 はじめに 就労移行支援事業所における一般就労への就労率は毎年増加傾向にあるが、残念ながら仕事に定着できずに辞めてしまい支援を再開するケースが存在することも事実である。特に、依存症を呈する者(以下「依存症者」という。)の就労は、慣れない職場環境の中で依存対象物を断ち続け、病状を安定させることが課題であると考えられる。 そこで本調査では、依存症者の就労継続状況を調査し、訓練終了後の病状と併せて就労を長期継続するために必要な支援について検討を行った。 2 わくわくワーク大石とは 就労移行支援、就労継続支援A型、就労継続支援B型の3つの障害福祉サービスを提供する多機能型施設である。隣接する依存症を専門とする大石クリニックが母体となり、精神障害を持つ者のための就労支援を行っている。 3 対象 (1)就労継続率に関する調査 当施設で就労訓練を行い、平成22年4月~平成27年1月の間に就職して且つ正確な記録が残っている依存症者、男性38名、女性7名の計45名(アルコール依存症n=37、病的賭博n=4、薬物依存症n=2、性嗜好障害n=1、クレプトマニアn=1)とした。(以下「調査1」という。) (2)就労後の状況についてのアンケート調査 上記の対象者の内、連絡が取れた者(n=28)を対象とした。(以下「調査2」という。) 4 方法 (1)調査1:就労継続率について 調査期間は、就労訓練終了後に就職した日から就労が継続している期間とした。この期間の経過記録を調べ比較した。 (2)調査2:就労後状況調査 調査対象者に対してアンケート用紙を郵送、または電話で以下の内容について聴き取りを行った。 ① 病状が安定しているか ② 断酒・断薬・断ギャンブル期間はどれくらいか ③ 職場でのストレスの有無 ④ 自身のメンタル面のコントロールができるか ⑤ 離職した理由(離職した者に対して) ⑥ 働くことへの目的意識や理由 5 結果 (1)調査1:就労継続率について ① 就労継続率(表1) 就労して6ヶ月経過した45名(一般雇用n=38、障害者雇用n=7)のうち、30名が6ヶ月間就労継続をしており、全体の6ヶ月就労継続率は67%であった。就労して12ヶ月経過した38名のうち21名が12ヶ月間就労継続をしており、 12ヶ月就労継続率は55%となった。更に、一般就労と障害者雇用の雇用形態別の比較は表1に示す。 表1 雇用形態別の就労継続率 ② 要因別の6ヶ月就労継続率(図1) イ 訓練前の生活保護受給歴の有無による就労継続率には有意差は認められなかった。(x?(1,N=45)=2.31,p>.05) ロ 訓練前の一般就労経験の有無による就労継続率には有意差は認められなかった。(x?(1,N=45)=0.08,p>.05) ハ 通院継続の判断基準については、就労後に月に一度でも通院している場合を通院継続とし、そうでない場合を通院中断とした。通院継続者の方が通院中断者よりも就労継続率が有意に高かった。 (x?(1,N=45)=5.62,p<.05) 二 就労後の支援継続を受けている者は以下の(イ)(ロ)(ハ)のいずれかを受けている者とした。 (イ)就労後の6ヶ月間に支援として定期的に就労支援担当と面談して近況報告や相談を受けたり電話で連絡を取っている者。 (ロ)施設に顔を出してから就労先に出勤している者など関わりを継続している者。 (ハ)ジョブコーチ支援としてジョブコーチが企業側と連携を図り定期的に面談を行っている者。 支援継続している者は、支援中断した者よりも就労継続率が有意に高かった。特にジョブコーチ支援を利用した5名に関しては、全員が6ヶ月間就労継続していた。(x?(1,N=45)=7.98,p<.01) 図1 要因別6ヶ月就労継続率(n=45) (2)調査2:就労後状況調査 ① 就労後、約82%(23名/28名)が病状が安定していると答えている。 ② 問題行動がない(断酒・断薬等)期間は、就労継続者が平均37ヶ月であるのに対し、離職者が平均19ヶ月であった。 ③ 50%(14名/28名)が職場でストレスを感じると答えている。 ④ ストレスについてはメンタル面のコントロールができていると答えた者は全体の71%であった。ただし、離職者の約40%はできていないと答えた一方で、就労継続者でコントロールできていない者は8%という結果であった。 ⑤ 離職者の離職理由について複数回答可能な記入欄を設けたところ「転職のため」(n=5)、「体調不良による」(n=5)、「職場の人間関係によるストレス」(n=4)、「業務過多・労働条件よる」(n=4)等、就労環境に起因するものが見られた。 ⑥ 働く意味についても複数回答可能な記入欄を設けたところ「再発防止・心の健康のため」(n=9)、「生活費のため」(n=8)、「家族・誰かのため」「規則正しい生活のため」「生きがい」(n=4)という結果であった。 6 考察 従来、依存症者は就活、就労等を行うとそのストレスのために症状が悪くなり飲酒等問題行動をしてしまう可能性が高くなると言われてきた。このため、依存症者にとって就活は大きな難関であると言われてきた。 前回我々が報告したように??、就労に就くことに関してはIPSの理論??と同様に就労訓練はストレスとなり再発率を上げることは決してないことが分かっている。今回の就労継続に関する調査では、6ヶ月で67%、12ヶ月で55%と高い確率で就労継続ができることが分かった。特に、調査1の結果より通院・支援継続をしている場合は非常に高い確率で就労継続できることが分かったため、就労を続けることが再発を招くとは限らないと思われる。更に、就労継続においても就労前の一般就労等の社会経験の有無や病状は関係ないと考えられる。 7 まとめ 依存症者に就労を勧めることやその就労を継続させることは、決して再発を招くわけではなく、むしろ治療的であると考えた。就労前の病状等に関係なく、通院・支援継続があれば就労を継続することができる。 【参考文献】 1)井田百合子:就労訓練の有無が依存症を呈する者の再発に及ぼす影響「第21回職業リハビリテーション研究発表会」、p.372-375,株式会社美功社(2013) 2)中原さとみ・飯野雄治・リカバリーキャラバン隊:「Q&Aで理解する就労支援IPS」有限会社EDITEX(2015) 就労支援における認知行動療法を用いた介入の有効性 小髙 仁(多機能型就労移行支援事業所ノイエ 心理士) 1 はじめに 厚生労働省によると、ハローワークを通じた障害者の就職件数が4年連続で過去最高を更新し、精神障害者の就職件数が身体障害者の就職件数を初めて上回ったことが発表された。そのような中、精神障害者への就労支援は注目を集めており、認知行動療法を用いた支援も盛んに行われるようになってきている。 2 研究目的 この度、精神科単科病院の就労移行支援事業所ノイエ(以下「ノイエ」という。)における就労支援及び、職場定着支援を行った事例を報告する。ある利用者への就職支援を行う過程において、認知行動療法(以下「CBT」という。)を用いた。一回目の企業に対する支援には直接的暴露を用い、二回目の企業に対してはCBTを用いた。計二回の就労支援の方法を変化させたことで、どのような効果があったのか比較検討を行う。なおCBTとは、行動療法の理論や技法を用いるとともに、認知にも働きかけることによって、問題の改善を図ろうとする治療法である。 3 倫理的配慮 本事例を報告するにあたり、対象者に対し、目的、内容を『職業リハビリテーション研究・実践発表会』にて発表すること、事例報告の協力の有無によって不利益が生じないことについて説明し、同意を得た。 4 事例 男性(Aさん)、42歳、統合失調症 主訴:仕事をしていた時の生活に戻りたい 生活史・現病歴: 20代前半から独語、空笑、壁を叩く等の状態が出始め、5~6年続く。20代後半頃から被害的な妄想が出現し始め、身内の人間に対し暴力・暴言もあった。 仕事は高校卒業後、調理士として2つの職場で計8年働いたが、その後は職を転々としている。転々としていた頃の多くの離職理由は、被害妄想による職場での人間関係不良であった。その中でも異性からの被害妄想が多く出現していた。 ノイエを利用する前は、上記に示した精神状態は安定していた。しかし異性とのトラブルはデイケア通所中にも見られていたと報告を受ける。デイケアスタッフからは、支援担当者を男性にしてもらいたいという依頼があった。 (1)利用期間【X年8月~X+1年10月】 仕事をしたいという希望があり、移行支援で訓練を開始した。週5日5.5時間の訓練と “自分の出来る仕事は何か”をイメージすることを目指した。約1年後、他の利用者が卒業し始めた。Aさんは徐々に焦り始め、苦手であった接客業に挑戦したい気持ちを語った。面接を繰り返ししても、その意思は変わらなかった。X+1年9月、接客業の仕事(以下「M社」という。)の職場実習を経て、X+1年10月に就職しノイエを卒業する。その後の支援は職場訪問を行った。訪問時は特に問題なく仕事を行っていた。しかし約2ヶ月後、「仕事を辞めたい」とAさんからノイエに電話が来た。就職してから不眠が続き、体力的・精神的にも限界となり、主治医から退職を勧められる。X+1年12月M社を退職し、デイケアに通所することとなった。 <アセスメント> M社の就職面接を受けるとAさんが訴えた時、支援者は周りの状況からAさんの就職への気持ちが高まり、Aさんなりに将来の見通しが立ったと考えた。その反面、一緒に仕事をしていた仲間が就職することで「孤独さ」を感じ、焦燥感が高まったと考えられる。実際に就職すると、不眠や被害妄想等の症状が頻繁に出現し、退職となってしまった。就職した後の2ヶ月間、Aさんの仕事を優先した為、面接を定期的に実施しなかった。Aさんは働く場に慣れることで、その場に合わせて臨機応変に作業することが出来るようになっていた。支援者側は、ノイエで訓練してきたことをM社で実践することで、臨機応変に仕事が出来ると考えた。しかしこの方法は、Aさんに過剰なストレスをかけることになり、今回の支援における直接的暴露は、Aさんのみならず、M社にも負担をかける支援になったと考えられる。またAさんの症状の出現の発見が遅れた原因の一つであるとも考えられる。 (2)利用期間②【X+2年7月上旬~同年7月下旬】 Aさんの就職への気持ちが、デイケアで体調を整えたことにより、次第に増幅してきた。そこでノイエは就職活動を中心とした支援を行った。求人探し等は一人で動いてもらい、ノイエは面接で現状の報告から始めていった。さらにAさんの訪問看護スタッフと連携し、生活情報を入手することで、二つの視点からAさんを理解するように努めた。利用開始から1週間後、Aさんから工場(以下「N社」という。)の就職先を見つけたと連絡が入った。早速就職面接に臨み、実習を設定し、Aさんに体験してもらった。その目的は、Aさんに仕事をイメージしてもらうことと、N社にAさんのイメージをしてもらうためである。実習後、就職が決定した。 <アセスメント> N社の就職決定からノイエはAさんとの関係を維持する必要があった。就職初期の段階から今までの関係を保つことは、Aさんが強い孤独を感じなくなる可能性があり、さらに孤独を感じることで、被害妄想が出現し、不眠という身体症状が出る行動パターンの出現を抑える役割があった。N社の就職を機に、さらに過去の行動パターンを振り返ると、同じようなパターンが繰り返されていた。新規場面に直面した時に出現しやすい行動であった為、この行動パターンを修正する介入が必要であると考えられた。 <介入と支援> 上記のアセスメントに基づき、週1回の定期面接を設定し、安定して勤務出来るまで継続していくことをAさんと確認した。また、面接時に獲得した情報を訪問看護や就職先の企業と情報共有していくことも確認した。 企業側へは職場訪問を2週間に1回行うことで、仕事を依頼する上での留意点などすぐに確認できるよう、顔が見える支援を行うことを提案し、実践した。このような支援体制を整えたうえで、N社の仕事をAさんに実体験してもらった。面接と職場訪問を隔週で設定したことは、支援者もAさんの様子を確認でき、悪循環になるAさん特有の行動パターンが出現しにくい状況を設定できた。次第にAさんは、職場に支援者が来ることを恥ずかしいと思うまで職場の人間関係に慣れていった。そこで定期面接と訪問看護の支援に切り替えた。AさんはN社との契約を現在も続けている。 5 考察 本報告はAさんに対する二つの企業への就職支援の報告及び、支援の比較検討であった。まず、状況面を確認する。M社への就労は、実際の仕事場面へ本人さんを直面化し、問題が生じた場合に介入しようとした。その為、直面化が定着するまで面接を取り入れなかった。次に認知面を確認する。前述した状況下で現れたAさんの認知は、仕事に対し『こうしなければ』というものであった。面接を設定しないことが、Aさんの認知を『誰にも相談してはいけない』という考えに変化させた。その結果、職場で孤立してしまいAさんの症状として特徴的であった被害的思考が表面化し、体調を崩してしまった。この就職支援は、支援者がCBT面接を導入せず、就職場面への暴露を優先して行うという目的があった。しかし、それはAさんへの負担を増幅させることに繋がり長期的就労の支援とは言えないものであったと考えられる。 一方N社への挑戦では、Aさんとノイエの関わりを維持する目的で、定期的な面接を支援者側から設定した。結果、Aさんは孤独を大きく感じることはなかった。さらに面接を重ねることで、支援者側はAさんが体調を崩すポイントを伝えることが出来た。これはAさんにとって今後を予測し、予防策を考える時間が生まれ、不安が出現しにくくなったと考えられる。一方予測することで、『こうしなければ』という考えがより強く出現していたと考えられる。この認知は、強迫という防衛としてAさんの中で機能していたと考えられる。そこで強迫を現状の維持に必要な要因と捉え、防衛を守る為の面接に切り替えた。結果、安心の獲得と不安の除去がおこり、長期的就労に繋がったと考えられる。 支援を振り返ると、Aさんが長期就労する際に必要であったことは、今後の予測を伝えることと、困った時の相談場所を確保しておくことであったと考えられる。M社に就職する際、間接的にノイエが相談場所として機能するよう設定することで、特徴的な行動パターンの出現や孤独を感じることを防ぎ、長期就職に繋がった可能性がある。面接の終盤に、問題が出現した時の具体的な対処法を伝えるCBTに基づいたフォローアップ面接を取り入れていれば、問題の焦点化と適応行動の学習が可能となり、症状の悪化を抑えられていた可能性がある。M社の支援を踏まえ、N社の対応した今回の事例の場合、定期面接がフォローアップの役割を果たし長期就職に繋がったと考えられ、結果をもとに判断をすると、CBTの導入は有効であったと考えられる。今後も利用者それぞれのニーズに合わせ、CBTを取り入れ、職場定着支援を継続していく予定である。 【参考文献】 1)谷口敏淳:臨床心理士による就労支援の利点と課題:総合病院精神科外来における実践を通じて 精リハ誌,14(2)181-186 2010 【連絡先】 小髙 仁 医療法人 せのがわ 多機能型就労移行支援・就労継続B型事業所 ノイエ Tel:082-892-0442 e-mail:neue@senoriver.com 職業復帰者を対象とした意欲とFIMの関係から考察される回復期病棟の役割の検討 ○神﨑 淳(横浜新緑総合病院リハビリテーション部 言語聴覚士) 林 研二郎・大平 雅弘・小宮 正子・太田 裕子(横浜新緑総合病院リハビリテーション部) 1 はじめに 当院回復期病棟に入院した患者が退院後に職業復帰を希望することが年に何例か(20例程)ある。職業復帰するための要因は患者によって多種多様であるが、患者とリハビリテーションを行う中で意欲の高さや動作能力の自立が大きく関係するのではないかと考えた。 本研究では職業復帰を可能とする要因を分析し、今後の回復期病棟での職業復帰のために取り組むべき課題を検討することとした。 2 方法 (1)対象 2014年5月から2015年4月の間に当院回復期病棟に入院し職業復帰を希望した男性患者15例(平均年齢49.9歳)を対象とした。主疾患は脳血管疾患(脳梗塞7名、脳出血8名)であった。カルテより対象者の年齢、主疾患、回復期病棟入院期間および配偶者の有無を調査した。 (2)検討内容 ①職業復帰の状況 対象者を復職した群(以下「復職群」という。)、復職しなかった(以下「非復職群」という。)に分類し両群間での比較を行った。 ②入院期間 回復期病棟へ転棟した日もしくは転入した日から退院した日までの日数とした。 ③意欲 意欲に関しては、標準意欲検査法(以下「CAS」という。)の質問紙を使用した。CAS質問紙は33項目からなり、生活意欲を検討するものである。それぞれ0点から3点の4段階で評価する。得点範囲は0~99点で33点をカットオフとして、高値であるほどに意欲が低下していることを示す。 ④ADL評価 入院時のADLの指標として、CASの質問紙法の検査実施時期に相当する機能的自立度評価表(以下「FIM」という。)を使用した。移動の項目は、歩行・車椅子ともに実施しているものはすべて歩行での評価とした。また動作項目の指標として認知機能を除外した項目(全13項目)を使用した。 ⑤認知機能 認知機能項目としてはCASの質問紙法の検査実施時期に相当するレイヴン色彩マトリックス検査(以下「RCPM」という。)・FIMの認知項目を使用した。RCPMは思考、知的機能レベルを測定するものである。FIMの認知項目は動作項目を除外した項目(全5項目)を使用した。 ⑥家庭環境 復職希望者の配偶者の有無を調査した。既婚だが死別した場合もしくは離婚歴があり現在は配偶者がいない場合は配偶者はなしとした。 ⑦就労形態 入院以前の就労形態を調査し、正社員・非正社員に分類、自営業者は非正社員とした。 (3)統計学的処理 年齢・入院期間・CAS・FIM・運動FIM・認知FIM・RCPMはそれぞれt検定を用い有意水準は5%未満とした。配偶者の有無はフィッシャーの直接確立検定を用い有意水準は5%未満とし群間の差を検討した。統計ソフトはExcel2010を使用した。 3 結果 表1 復職群、非復職群別にみた生活意欲とFIMの関連 年齢、入院期間、CAS、FIM、動作FIM、認知FIMおよびRCPMはmean±SDで表記。※p<0.05、※※p<0.01配偶者の有無および就労形態についてはフィッシャーの直接確立検定を使用した。それ以外の項目は対応の無いt検定を使用した。 復職群・非復職群別にみた対象者の年齢・入院日数・CAS・FIM・動作FIM・認知FIM・RCPMの得点・配偶者の有無・就労形態の結果を表1に示す。 復職群・非復職群別のCAS・RCPM・認知FIMの値において、復職群の得点が非復職群に比べ有意に高かった(p < 0.05)。復職群は生活意欲や認知機能が高いことが示された。また配偶者の有無は、復職群は非復職群に比べ、配偶者を持つ人数が有意に多かった(p < 0.01)。 復職群・非復職群別にみた年齢・入院日数・FIMの得点・動作FIM・就労形態の値は群間での有意差を認めなかった。 4 考察 本研究では回復期病棟に入院し職業復帰を希望した患者15名に対し入院時の生活意欲と身体機能および職業復帰との関連性について検討した。 (1)有意差を認めた項目について 復職群・非復職群を比較した結果、CASの得点から求めた生活の意欲や認知FIM・RCPMの得点から求めた認知機能および配偶者の有無について両群で有意差を認めた。このことから、生活の意欲や認知機能の向上が職業復帰に関連する重要な因子であることが示唆された。また配偶者がいることによって退院後、日常生活にスムーズに戻れる可能性が高くなり、家庭を支えなくてはならないという責任を感じられ職業復帰へ向かう気持ちも向上してくるのではないかと考えられる。知的機能が高い患者をみていくと何かしたいという気持ちが強く社会とのつながりを持ちたいと考える人が多くみられた。 (2)有意差を認めなかった項目について 復職群・非復職群を比較した結果、年齢・入院期間・FIM・動作FIMの各項目の値、就労形態について両群では有意差を認めなかった。このことから、年齢の高低や入院期間が延び復職までに時間がかかること、入院中の身体機能、および正社員か非正社員かの是非は職業復帰に関連する因子としては重要度が低い可能性があることが示唆された。 しかし今回、検討した各項目は入院期間中に変動していく値である。検査時期も各々の患者でばらつきがみられた。よって検査を実施する時期を決め、定期的に評価する必要があると考えられる。 5 結語 (1)本研究について 今回の研究で復職群は非復職群に比べ生活の意欲が高く認知機能も高いことが示唆された。しかし高次脳機能障害や身体機能の重症度だけでなく、職場での立場、人間関係および家庭環境などの社会背景は個人によって様々である。そのことを加味したうえで就労支援を進めていく必要があるだろう。 (2)回復期病棟の担う役割について 回復期病棟とは日常生活活動能力の向上を目的とし、集中的なリハビリテーションを行う場である。重症度により患者個人の目標設定は様々となるが、その中で今後は必要なリハビリテーションを行うとともに職業復帰を目標とした患者に対して退院後の就労の場や支援機関と連携を取ったり、情報提供をしていくことも重要になる。情報提供の一つとして例えば、実際に職業復帰した患者の体験談は大きな励みにつながる。 当院の現在の取り組みとして、当院回復期病棟を退院した患者が当院で障害者雇用の枠組みで働いている。仕事の内容はカルテの管理や事務作業を中心としたリハビリ助手である。配属先は障害の理解が得やすいという目的もあり患者を担当したリハビリスタッフが在籍するリハビリテーション部とした。就労時間の考えや残存する障害への理解に対して職場環境を整えた。患者からは働きやすさが保障されて安心感がある。生活にめりはりが生まれ日常の様々なことに対して意欲が出てきたとのことであった。 今後も患者を支援していく側としては、機能の向上だけでなく患者固有の特性を理解し、それを取り巻く環境を踏まえたうえでリハビリテーションを行うとともに、関連機関・就労企業などとの連携や情報を提供できる場を整備していく必要があると考える。 【参考文献】 1) 新海直美:回復期リハビリ病棟における脳血管障害及び脳外傷患者の意欲とADL自立度の関係,日本理学療法学術大会(2007) 2)標準意欲評価法(CAS)実施マニュアル、p.4-5.14, 振興医学出版 3)看護師・コメディカルのためのFIM講習会基礎編テキストVer3, NPO法人東京多摩リハビリ・ネット・杏林大学医学部リハビリ医学教室 高次脳機能障害のある方が企業で働くための取り組み ○辻 寛之 (特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ梅田 サービス管理責任者) 西脇 和美(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ阿倍野) 巴 美菜子(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺) 1 はじめに 昨今、医療機関から退院後すぐ復職し、職場での業務遂行や対人関係が受傷・発症前とは違い、本人や周囲がその違和感や異変に気づき退職を余儀なくされるという事をよく耳にする。高次脳機能障害のある方が、復職または新規就労にて一般就労の継続・定着を目指していくには、様々な困難と立ち向かい、自分を知り、合理的配慮のもと周囲に理解して頂く為の取り組みが必須であると考える。今回、当法人の高次脳機能障害のある方への支援を振り返りながら、現状の取り組みと今後の課題について報告する。 2 法人概要 特定非営利活動法人クロスジョブは、これまでの保護的就労の色が濃かった障害福祉サービスのあり方を大きく変える就労移行支援事業の強化を目指して、2010年2月に設立、同年4月、クロスジョブ堺を開設、2012年にクロスジョブ阿倍野、2014年にクロスジョブ梅田、2015年にクロスジョブ草津を開設し、法人設立5周年を迎えた。 開設当初より、就職を希望しながらも一人では困難で作業所や福祉施設を利用することが苦手な方々への移行支援を地域で実施する事、一般就労のみに特化した支援、会社で働く環境に近く就職への見通しが持てる環境設定及びハローワークに近いオフィスビルでの訓練実施、職業リハビリテーションの観点を持ちながら取り組む就労移行支援事業所であり、現在、開所以来の利用者256名、就労退所者130名、内高次脳機能障害のある方の利用44名、就労退所者28名である。 3 事業所での取り組みについて (1)支援者の役割 事業所内外の訓練プログラム企画・運営、面談を通しての個別支援計画作成、企業開拓、主治医診察同行、企業面接同行、就職後のフォローアップなど多岐に渡る。 事業所内外でのアセスメント、評価はそのほとんどが観察と個別面談での本人との話し合いとなる為、本人の訓練プログラム遂行時の各作業の遂行能力(記憶・注意・遂行機能等認知機能含む)、作業耐久性と疲労度、対人関係技能、感情コントロールなどを観察し、訓練毎の振り返りにて個別にフィードバックを行う。個別面談では、自己認知を初め、本人が主体性を持って日々取り組めているのか、 目標・課題の達成度、今後の方向性、悩みやストレスはないかなど、進捗状況を本人と共に話す。 (2)事業所内外での訓練 通所という形態ながら、出勤しているというイメージを持って頂く為、タイムカードの打刻から一日が始まり、ホワイトボードでのスケジュール管理を行う。会社での1日と同じ模擬職場である事、スタッフは見本である事を重視している。プログラムは月曜日から金曜日までの9:30~15:30で実施し、水曜日と第一金曜日は午前中のみの訓練となっている。事業所内ではパソコン(タイピング、ワード、エクセル、パワーポイント、アンケート入力、伝票修正等)、学習(幕張版ワークサンプル、認知課題、求人検索、履歴書・自己PR作成、個人課題への取り組み等)、軽作業、事務補助(事業所内清掃、電話対応、お茶出し、ファイル整理、求人票PDF作業、ラミネート作業、シュレッダー作業等)などを行う。事業所外では施設外就労(スポーツジムバックヤード作業、居酒屋開店前準備作業)、企業実習、ハローワークでの求人検索・紹介状手配などを行う。 (3)就労に向けたグループワーク 高次脳機能障害の方のみで構成されたグループで毎週水曜日の午前中にグループワークを実施している。それぞれが1週間の振り返りを報告し、それ以外の方は内容をメモにとった後、参加者同士で質問をし合い、回答するという事や当番制で新聞記事を要約し、他者にわかりやすく伝達する事を定型で行う。その他、テーマとして、就労に向けて実施していきたい内容を参加者から挙げて頂き、そのテーマに沿ってグループワークを進めている。内容として「高次脳機能障害について」「自分の障害について」「障害をオープンにすること、クローズにすることで働くメリット・デメリット」「仕事の選択、優先順位の付け方」「自分の長所・短所」「企業側への配慮事項の伝達」「自己PRや志望動機の書き方」などを参加者と共に議論する。その中で他者理解と自己理解を深め、「気づき」を促す。 また就労退所された方に来所して頂き、実際の就労現場の話や経験談、苦労話を聞かせて頂く機会も設けている。これは参加者にとっては非常に良い機会となり、就労に対するモチベーション向上に繋がるとの声が挙がっている。 (4) 利用から就職、定着支援まで 就労移行支援事業所の利用期間は原則2年間であり、その限られた時間の中で一般就労を目指す為には本人の「働きたい」という意欲やモチベーションの継続が必要不可欠である。その為に個別面談を軸として本人の目標を明確にもって頂き、またそれを支援者と共有しながら就職を目指す事を行っている。あくまでも一つの目安ではあるが、利用開始から3ヶ月間で信頼関係を築き、事業所内での訓練で見えてきた出来ること、出来ないことの把握や出来ないことへの工夫の提案を行い、次の3ヶ月間で事業所内で取り組んできたことが企業で出来るのか職場実習に参加して頂く。実習後の3ヶ月間で実習の振り返りを通じて新たな課題や工夫について取り組み、自分自身を知る事を深め、求職活動へと進んでいく。本人の障害特性や状況にもよるが、おおよそ利用開始から9ヶ月~12ヶ月を目処に就職を目指し、就労定着支援として雇用開始後、約半年間を目処に企業に訪問し、業務面、対人面などのフォローアップを行うが、必要に応じてジョブコーチとの連携も欠かせない。 (5) 壮行会と就職者の会 就労退所された方は壮行会に参加して頂き、「就職までの道のり」、「どのような業種を行うのか」、「なぜその企業で働こうと思ったのか」、「自分の障害特性を企業にどのように伝えたのか」など現利用者からの質問に答え、新たな門出を祝うとともに就職までの自分を振り返る機会を設けている。 また月1回、就職者が集まって近況報告や会社で頑張っている事、困っている事、今後このような事をしていきたいなどを話し合う会、「チャレンジャーズの会」を開催している。代表は高次脳機能障害の方が務めている。 4 2014年度の高次脳機能障害のある方の就労退所の状況 2014年度に就労退所者された方は8名で全員が障害者雇用枠での新規就労であった。平均年齢は37.5歳、男性7名、女性1名、発症・受傷の経緯は、脳血管障害が7名、交通事故による外傷性脳損傷が1名、平均利用期間は10ヶ月、最短で5ヶ月、最長で22ヶ月、職種は事務補助2名、作業系(品出し・接客、整備点検、製造、商品加工)6名、雇用開始時の勤務時間は8時~18時の間でフルタイムが7名、6時間勤務が1名、平均賃金は総支給で月14万5千円、休日は固定休が7名、シフト制が1名、ジョブコーチとの連携ケース2名であった。 5 取り組みを振り返って 現在までの取り組みを振り返ると、会社に近い環境や企業実習を通じて、日々繰り返し行う事がいかに重要か思い知らされる。毎朝の朝礼で上司役である職員がその日施設外に出る予定の利用者を読み上げ、誰がどこに何をしに行くのかという事をメモに取る練習を毎日行う。各訓練では短期目標を定め、その目標に対する振り返りを訓練毎に必ず行う事により、訓練で起きた事はその訓練中にリアルフィードバックとして本人に返す事を繰り返す。 また各訓練プログラムは他利用者、主として発達障害の方と同一環境内にて行う。高次脳機能障害の方は前職までの経験から発達障害の方にとって「働くとは」という事の見本に、発達障害の方は日々の取り組みへの直向さで高次脳機能障害の方にとっての日々頑張る事の原動力へと双方良い影響力を及ぼすと考えられる。 グループワークは、高次脳機能障害の方のみで行う事により、凝集性が増し、同じ様な特性や悩み、出来る事、しにくい事などを、より具体的な内容で共有する事で共有し、あるある体験などから他者理解、そして自己理解へと繋がると考えられる。何よりグループワークに就労退所された高次脳機能障害の方に来て頂き、実際の企業現場の事や働き始めてからの事を話して頂く事ほどモチベーションの向上に繋がる事はないと感じている。これは壮行会や就職者の会でも同様の事を感じるが、就労退所者にとって激励の意味と現利用者にとっては新たな希望や目標となり、支援者には成し得ない効果になる。 高次脳機能障害の方にとって自己への気づきを促し、一つでも多くの気づきに繋げるには訓練や面談、企業実習を通じての関わりの積み重ねと一緒に工夫を考える事ではないかと思う。事業所内で点数評価をあまり用いる事がないのもこういった理由からである。 就労退所者より、就労までの期間が利用開始から1年未満は、基礎体力があり、代償手段の活用が出来ている、逆に1年以上は自己への気づきが希薄、自発性が乏しい、強いこだわりがあるなどの傾向が読み取れる。 当法人での取り組みは一般就労のみに向けたものであり、その目的や目標が明確で見通しをもった中で、職業リハビリテーションを通じて、自分の事を振り返り見つめ、そして知り、企業には自ら工夫をした上で、必要な時に必要なだけの配慮を依頼出来る力、困った時に相談出来る力をどのように本人と共に考えていけるかではないかと思う。 6 まとめ 高次脳機能障害の方の就労を考えた時に実生活、実際場面での障害特性は医療機関退院後に見えてくる事が多い。だからこそ医療、福祉、就労という連携を通じて就職とその後の定着を考えていく必要がある。当法人では医療から福祉、福祉から就労という連携の中で自立訓練施設との並行利用を進めている。 今後も継続して連携の在り方を検討、実践しながら報告を行っていきたい。 【連絡先】 辻 寛之 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ梅田 Tel:06-6136-6587 e-mail:tsuji@crossjob.or.jp 指定療養介護事業所における就労支援チーム「グリーン」の6年間の活動報告について ○丸山 佳子(JA長野厚生連鹿教湯三才山リハビリテーションセンター三才山病院 作業療法士) 永井 久子(JA長野厚生連鹿教湯三才山リハビリテーションセンター三才山病院) 中山 裕章(JA長野厚生連鹿教湯三才山リハビリテーションセンター三才山病院) 1 はじめに 当院は平成19年10月に指定療養介護事業所20床を開設し、現在約8年が経過し、60床まで増床している。入所者は、筋ジストロフィー患者、重度心身障害者、気管切開を伴う人工呼吸器による呼吸管理を行っているALS患者等が中心となっている。 身体機能的には重度の障害で動けない入所者が多いが、わずかな残存機能を活かしてパソコン操作等を行っている入所者もいる。当院では治療のみでなく、入所者のQOL向上をはかる目的で、就労支援チームを立ち上げた。今回チームの6年間の活動を紹介し、今後の課題について考察したので報告する。 2 就労支援チーム「グリーン」の紹介 当院の就労支援チームは、平成21年5月に発足した。チーム名は三才山病院一帯の綺麗な緑から「グリーン」とした。 メンバーは,入所者3名、看護師2名、サービス管理責任者1名、医療ソーシャルワーカー1名、事務職1名、作業療法士1名の計9名であった。入所者は、就労活動に興味・関心があり、チームに参加を希望する者であった。メンバーの多くは筋ジストロフィー患者で、主にパソコンを操作し作業を行っている。事業所内に就労支援チームの学習室があり、活動の拠点としている。 現在メンバーは入所者10名となり、職員を含めて計16名で活動している。 3 「グリーン」発足からの経過 平成21年4月に障害者総合支援センターの身体障害支援相談員に障害者の就労について相談にのっていただいた。そこでホームページ作成の仕事を紹介され取り組んだ。ホームページ作成の知識が乏しく、院内の詳しい職員や院外から講師を招いて指導を受けた。また障害者施設に相談に行き、障害者の就労について教えていただき、援助してもらった。7月頃より、名刺の作成を取り入れ、中心に行っていくことにした。またTシャツのデザインの依頼があり、取り組み始めた。11月頃より試行的に院内の職員対象に年賀状印刷の受注を開始した。 平成22年6月に地元の業者に指導を受けながらオリジナルTシャツの作成を始め、9月に完成し販売した。この時に「グリーン」のブランドを作った方がよいとのアドバイスを受け、「輝楽臨(キラリ)」というロゴマークを作り、デザインした商品に入れるようにした。 平成23年1月から外注ポスター、Tシャツデザイン等の本格受注を始めた。10月にはメンバーの詩と鹿教湯病院の患者の絵と近隣の福祉施設の入所者の絵との共同制作でカレンダーを作成し、販売した。 平成25年6月に「グリーン」のゆるキャラ「ぐりんちゃん」を決定し、そのエコバッグを作成し、販売した。 平成26年4月からセンターの名刺作成を一手に引き受け始めた。ゆるキャラをデザインしたメモ帳、付箋、クリアファイルを作成し、販売した。 平成27年6月にはメンバーの絵をデザインした手ぬぐいを作成し、販売した。またメンバーの詩にメロディーをつけて歌にしてもらい、インターネットで音楽配信をする予定で、準備を進めている。 4 活動状況 (1)運営会議 ①チーム会議の開催 年6~8回程必要に応じて開催した。活動計画や商品販売に向けての打ち合わせを行った。 ②活動連絡会 年に1回院外の支援業者を招き、活動内容と活動計画を報告し、意見交換を行った。 (2)販売方法 ①病院祭等での販売 三才山病院、鹿教湯病院の病院祭や、JA祭り、その他のイベントに参加し販売を行った。 ②院内での販売 売店にて商品を販売した。また新商品販売開始時などに、院内の移動販売を行った。 ③支援業者による販売 支援業者の販売店での販売、福祉施設等での販売に協力してもらった。 ④メディアからの宣伝 新聞社の取材を受け、広く一般市民に向けて宣伝し販売を行った。 ⑤ホームページ作成 平成24年からホームページを作成し、チームの紹介、商品の紹介、販売を行った。 (3)関連活動 ①東日本大震災の義援金 平成23年12月に宮城県の障害者施設へ、Tシャツ販売の売り上げの一部を義援金として送金した。 ②SC軽井沢応援Tシャツ作成 平成25年6月にデザインの指導を受けていた方の紹介で、男子カーリングチームの「SC軽井沢」と交流を持つことになり、応援Tシャツを作成しプレゼントした。メディアの取材を受け、広く一般に活動を紹介された。平成26年11月には第2弾となるTシャツを作成し、プレゼントした。 ③障害者の作品展示への出品 平成25年頃より、各地で開催されている障害者の作品展示のイベントに参加し、メンバーの詩や絵、Tシャツなどを出品した。 5 今後の課題 チームの活動は名刺作成、Tシャツ作成、カレンダー作成、ポスター等の各種デザインが主体となってきているが、毎年新たな商品開発に頭を悩ませている。 カレンダーは毎年作成数を増やしているが、販売先を確保することが課題となっている。地元の企業等と連携をはかり、販売する方法などが検討されている。 またカレンダー作成のように、チームが中心となり、他施設の入所者や関連業者と共同で仕事を行う事により、連携ができていくことを目指している。それができていくと、障害者の自立に役立っていくことができると思われる。 また今後の商品の開発にあたっては、特定の人にターゲットを絞り、客のコストやニーズに合わせてデザインしていく技能が求められる。売れる商品を作成するためのノウハウを、チーム全体で修得していく必要がある。 商品の販売を単発で終わらせないために、継続して積極的に売り込むことが重要となる。そのための広報活動を工夫し、タイムリーに行っていく必要がある。 メンバーそれぞれの能力を発揮した活動ができるように、様々な形態の就労活動が用意されることが理想である。それにより、更に入所者からメンバーを増やしていくことが可能となる。 また就労活動をきっかけに、院内にいながらも社会とのつながりをもつことができる経験を得た。各種イベントに積極的に参加したり、他団体と交流をもつこと等により、自分たちの活動を社会に発信していくことが大切である。 6 おわりに 就労支援チーム「グリーン」が発足して約6年が経過した。 メンバーは徐々に増加し、名刺作成、カレンダー作成、各種デザインの仕事を、役割分担しながら日々こなしている。 課題はたくさんあるものの、質の高い商品を作成し、お客様に喜んでもらおうとの気持ちで、メンバーそれぞれが真心を込めて取り組んでいる。就労活動に取り組むことにより、入所生活の中で生きがいをもつことができたり、人に喜ばれる体験を通して自己有用感を得たり、就労の厳しさ、責任を体験することにより、社会人としての成長ができている。 今後も、メンバーそれぞれが技能を磨きながら、他施設や関連業者とより密に連携をはかり、就労活動に取り組んでいきたい。 【連絡先】 丸山 佳子 JA長野厚生連鹿教湯三才山リハビリテーションセンター三才山病院 e-mail:otmisa@km-rehacenter.jp ハローワークにおける関係機関と連携した障害者就労支援の現状 ○清野 絵(障害者職業総合センター 研究員) 春名 由一郎・鈴木 徹(障害者職業総合センター) 1 研究背景 公共職業安定所(以下「ハローワーク」という。)は雇用のセーフティーネットを担う機関であり、職業紹介、雇用保険・求職者支援、雇用対策等を実施する1)。一方、近年、障害者就労支援(以下「就労支援」という。)においては、本人と仕事のマッチング支援、事業主支援、地域機関との支援の調整等が重要となってきており2)、それらの役割はハローワークの専門性と関係が深い。また、障害者の就労に向けた「チーム支援」、また「福祉・教育・医療から雇用への移行支援事業」等、地域の就労支援機関(以下「関係機関」という。)のネットワークの中核としての役割も大きくなっている。しかしながら、これら拡大しているハローワークの就労支援の役割については担当者による認識の差や、質の向上・維持等が課題として指摘されている3)。ハローワークにおける先進的取組を整理することで、ハローワークの就労支援のあり方や効果的取組を明確化して、関係者が共通認識を持てるようにすることが重要である。 2 目的 (1)研究目的 本研究では地域における効果的な就労支援の促進に資するため、ハローワークにおける従来から行われてきた地域障害者職業センター等の労働関係機関以外の関係機関と連携した就労支援の現状を明らかにすることを目的とした。 (2)研究設問(Research Question,以下「RQ」という。) RQ1:ハローワークが就労支援の際に連携先としている関係機関はどこか?また、対象障害によって連携先の関係機関に違いはあるか? RQ2: ハローワークが関係機関と連携して行っている就労支援の具体的内容は何か? 3 方法 本研究では、当センターの「障害特性等に応じたマッチング等、ハローワークにおける就職支援のノウハウ向上のための調査研究(平成19~20年度)」3)で収集した事例について二次分析を行った。対象は全国のハローワークとし、回答者は専門援助部門、事業主支援部門の指導官、障害者専門支援員、職業相談員等の全ての職員とした。調査内容は、①ハローワークにおけるマッチング・職場適応支援、②地域の関係機関との連携等の工夫・取組の事例についてとし、厚生労働省の協力を得て、それぞれについて指定様式により①就労支援の工夫・取組と②連携による就労支援の工夫・取組について選択式回答と自由記述で回答を求め、郵送やメール、FAXにて回収を行った。期間は平成19年10月~11月であった。 4 結果 (1)連携先の関係機関 RQ1の「ハローワークの連携先である関係機関」について、「連携による就労支援の工夫・取組」の様式(263ヶ所、315事例)の選択式回答(複数回答、548件)の結果、福祉施設(特に就労移行支援事業所)、障害者就業・生活支援センター、特別支援教育機関、自治体(相談事業や就労支援センター等)、医療機関等であった(図1)。また、同じ事例について自由記述の内容から対象障害ごとに分類を行った結果(複数回答、502事例)、障害種類が特定されているものでは精神障害や知的障害において連携先の機関が多かった。精神障害では福祉施設や障害者就業・生活支援センターとともに、医療機関やその他の施設との連携が多かった(表1)。 図1 ハローワークの障害者の就労支援の連携先 表1 障害種類別のハローワークの障害者の就労支援の連携先 (2)関係機関と連携した就労支援の内容 RQ2の「関係機関と連携した就労支援の内容」について、「連携による就労支援の工夫・取組」の様式と「就労支援の工夫・取組」の様式(272ヶ所、332件)の両方の自由記述の内容から支援段階別に業務を分類した結果(複数回答、780件)をみると、ハローワークの就労支援の全体において、関係機関との連携は、①普及・啓発活動、②紹介あっせん(マッチング、事業主支援)に次いで3番目に多い取組であり、④情報収集、効果的な相談、ニーズ把握、⑤定着支援、⑥求職・求人受理時の取組、⑦ハローワークの職員研修等が続いた(図2)。 図2 支援段階別の分類 さらに、「関係機関との連携」186事例について自由記述の内容から連携の内容を分類した結果、①顔の見える関係での情報交換等、②地域の協議会への参画、③就業支援の役割分担の明確化、④求人情報の提供、⑤ケース会議での状況把握と共同のケースマネジメント、⑥「障害者就労支援計画」の作成と活用の順に多かった(図3)。 図3 関係機関との連携の内容 具体的には「顔の見える関係の情報交換」としては障害者就業・生活支援センター等との連絡体制の確立や定期的な情報交換が多く、「就業支援の役割の明確化」は自治体や障害者就業・生活支援センターとの役割分担、ハローワークの職業相談・就労支援の実施等であった(表2)。 5 考察 本研究の結果、ハローワークは障害者就労支援業務において、地域障害者職業センター等の労働関係機関以外に福祉施設、障害者就業・生活支援センターを中心に多様な機関と連携しており、ハローワークの先進的取組・工夫の業務のうち関係機関との連携は23.8%を占め、①顔の見える関係での情報交換等42.5%、②地域の協議会への参画24.2%、③就業支援の役割分担の明確化18.8%等、が行われていることが明らかとなった。 様々な関係機関が連携して効果を上げるには、お互いの機関の業務や専門性を理解し、ケースに応じた役割分担や協働を行っていくことが必要である。本研究で確認された、ハローワークで効果的と考えられた先進的取組・工夫についてハローワークにおける担当者の認識や質について、その標準化を図る一助として、共有を進めていくことが効果的である可能性がある。また、関係機関においてもハローワークの業務における地域連携の重要性や、就労支援の先進的取組・工夫を把握することで、今後の役割分担の認識や連携がより促進することが可能になると考えられる。 【参考文献】 1)寺山昇:ハローワーク「就労支援サービス」、P63-68,みらい(2015) 2) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:就労支援機関等における就職困難性の高い障害者に対する就労支援の現状と課題に関する調査研究~精神障害と難病を中心に~「調査研究報告書 No.122」、(2014) 3)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:障害特性等に応じたマッチング等、ハローワークにおける就職支援のノウハウ向上のための調査研究「資料シリーズ No.46」、(2009) 【連絡先】 清野 絵 障害者職業総合センター E-mail: seino.kai@jeed .or.jp 表2 関係機関との連携の内容の主な事例 障害者の職場定着に関する文献の傾向等の分析~「障害者の就業状況等に関する調査研究」から~ ○高瀬 健一(障害者職業総合センター 主任研究員) 鈴木 徹・大石 甲・西原 和世・綿貫 登美子(障害者職業総合センター) 1 はじめに (1)「障害者の就業状況等に関する調査研究」について 2014年度に公共職業安定所において紹介就職した障害者の就職件数は4年連続で過去最高を更新し、2008年度比較で精神障害者約3倍、知的障害者約1.5倍、身体障害者約1.25倍となり、就職率も45.9%と4年連続で上昇している。また、精神障害者の就職件数が初めて身体障害者の就職件数を上回った1)。 しかしながら、障害者の離職率を把握するための公的な調査は実施しておらず、精神障害者の職場定着状況に関して障害者職業総合センターで実施した「精神障害者の雇用促進のための就業状況等に関する調査研究」(2010年3月)において把握した「公共職業安定所における職業紹介により就職した精神障害者の在職期間」を引用することが多いが、調査実施時から時間が経過しておりデータが古いこと、精神障害者しか把握しておらず、他の障害と比較できないといった問題があった。 よって、障害者職業総合センターは、2015年度から2年間の計画により、公共職業安定所において紹介就職した障害者(身体、知的、精神、発達)の就職状況、職場定着状況及び支援状況等の調査・分析すべく「障害者の就業状況等に関する調査研究」(以下「就業調査研究」という。)に取り組んでいるところである。 (2)本研究報告について 就業調査研究では、公共職業安定所における紹介就職の実態調査と平行して、先行の障害者の就職状況及び職場定着に係る企業の取組や支援機関の支援の状況等に係る調査研究等の情報を収集・分析している。 本研究報告では、インターネットの文献検索サイトを活用し、障害者の職場定着をキーワードとして検索収集した文献情報について、特に発表された年代別に分析した結果を報告する。 2 方法 (1)検索用語検討 障害者の職場定着に関連するキーワードとして「定着率」「離職率」「職場定着」「職場適応」「就労継続」「就労状況」「雇用継続」「雇用状況」「就業継続」「就業状況」の10の用語を選定した。また障害に関連するキーワードとして、障害名・疾患名・補装具等を含む計175の用語を選定した。 (2)文献の収集方法 学会発表タイトルの収集を含むことから、文献検索には、国立国会図書館雑誌記事検索(NDL-OPAC)及び科学技術総合リンクセンター(J-Global)を用いた。職場定着に関連する上記10の用語をORで接続したものに、175ある障害に関連する用語のうち5~13の用語をORで接続したものをANDで組み合わせて、複数回に分けて検索した(2015年5月~7月実施)。 (3)対象文献の選定 前項の検索手順で該当した文献は、NDL-OPAC検索が670編、J-Global検索が514件、計1184であった。このうち使用言語が日本語以外の文献、行政発行の集計報告、障害者雇用に焦点を当てていない文献、及び重複文献を除いた。これら選定は複数名の研究担当者の合意により実施し、421編を分析の対象とした。 (4)分析方法 文献タイトルに対して、計量テキスト分析ソフトであるKH Coder(Ver2β32f) を用いて単語の抽出と抽出された類似単語のコーディングを行った。コーディング結果はSPSS(Ver22.0.0.0)を用いて、各コードの該当状況と文献の出版年代をクロス集計してχ2検定を行った。 3 結果 結果の詳細は、第23回職業リハビリテーション研究・実践発表会のポスター発表の際に配付し、本研究報告では、一部抜粋して記載している。 文献タイトルの定量テキスト分析により3457の単語が抽出された。重複を除いた1123語について、類似した742語を取りまとめて(コーディング)、67語とした。「する」「年度」等の未コーディングの381語を除いた上で、コーディング結果と出版年代のχ2検定により、20語に有意差が検出され、一例として以下を取り上げる。 表1 文献タイトルにおける「職場適応」「職場定着」の出現割合 図1 文献タイトルにおける障害に関する語句の出現割合 表1及び図1はコーディングした語を文献の出版年代から2群に分けて、文献タイトルに使用されている語が出現する割合を比較した。表1は、「職場適応」「職場定着」の2つの語の出現割合をχ2検定により有意差をもとめた結果である。図1は、障害に関する記述をコーディングにより関連する語をまとめて、同様に群間の比較を行うとともに、それぞれの出現する割合を円の面積で図示した。 4 考察及びまとめ 本研究報告では、①2005年以前と②2006年以降の最近の10年間との2群に分けて比較した結果を報告した。施策の変遷との具体的な関係において、②の起点となっている2006年は、精神障害者保健福祉手帳所持者が障害者雇用率の算定対象になった年である。以降、精神障害者の就職の増加傾向と連動して、「精神障害」をキーワードとした文献も①に比して②が増加している傾向がみられる。 また、1997年の障害者の法定雇用率が1.6%から1.8%となり知的障害者が雇用義務化となった背景があり、「知的障害」をキーワードとした文献は、②に比して①が多くなっている。 なお、本研究報告で設定した群の分岐点である2006年は、前述の職業リハビリテーション領域における精神障害関係の進展に加えて、障害者自立支援法、発達障害者支援法の施行と障害者福祉領域でも新たな施策が開始され、2013年の障害者の法定雇用率の1.8%から2.0%への引き上げにも繋がる障害者雇用の進展があった。実際に障害者の実雇用率は、1.52%(2006年6月)から1.82%(2014年6月)へと0.3ポイント上昇している1)。期間の年数を揃えて以前と比較してみると、2006年までの間では、1.49%(1998年6月)から0.03ポイントの上昇であった2)。更に文献との関係性においては、①では「職場適応」という環境に合わせるという視点を含んだ文献が②と比して多く、一方②では、「職場定着」という職場に落ち着くという視点を含んだ文献が①と比して多くなっている傾向がみられる。 本研究報告における文献タイトルの定量テキスト分析の結果、障害者雇用に関する時流の変化と職場定着に関する文献のタイトルには一定の関係性がみられたところである。一方、定着率や離職率といった数値に関しては、文献毎の母集団の違い等があり、比較し結論をまとめることは困難であった。 よって、現在、継続している就業調査研究において、公共職業安定所における職業紹介後の職場定着状況等の量的な分析を行うとともに、本研究報告によって収集した文献の内容等にも踏み込んだ更なる分析を行い、障害者の職場定着の要因、離職の要因の仮説を探索する等も含めて、今後の障害者の職場定着支援のあり方をはじめとした就労支援策に幅広く資する等のための基礎資料となるよう研究を進めたい。 【参考文献】 1)厚生労働省:平成26年障害者雇用状況の集計結果 http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11704000-Shokugyouanteikyokukoureishougaikoyoutaisakubu-shougaishakoyoutaisakuka/0000066519.pdf 2)厚生労働省:平成18年6月1日現在の障害者の雇用状況について http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/12/dl/h1214-2a.pdf 【連絡先】 障害者職業総合センター 社会的支援部門 Tel:043-297-9025 アセスメントシートを活用した就業準備支援カリキュラムの構築及び提供とその支援実践の効果 ○中田 安俊(社会福祉法人明徳会 チャレンジめいとくの里 サービス管理責任者) 平野 佑典(社会福祉法人明徳会 チャレンジめいとくの里) 1 はじめに 弊社の就労移行支援事業(以下「弊社移行」という。)において、効果的な就業準備ができる支援提供を行うために、就業準備支援カリキュラム(以下「カリキュラム」という。)について実践を行いながら改善を重ねている。今回は、これまでの弊社移行の取り組みとその効果について振り返り、今後の就業準備支援(以下「準備支援」という。)がより効果的なものになり、かつ精度の高いジョブマッチングが図れるよう、支援実践の整理と効果を確認することを目的とする。 2 就業準備支援カリキュラムについて 弊社移行の状況について、利用者の障がい特性状況割合は、一般高校・大学を経由している発達障害・精神障害の方が7~8割、特別支援学校を経由している知的障害の方が2~3割となっている。 利用開始時に求める本人及び関係者の準備支援内容は、「対象者が就業に必要な準備への気づき」「対象者の就業に必要な課題について改善・軽減を狙った対象者の準備支援」「働く場へのアプローチ準備」が多い。 このようなニーズに対し、発達障害や精神障害の方への準備支援内容について「自分に合った働き方について探り・築くカリキュラム」を狙って構築している。 図1 弊社移行就業準備支援カリキュラム 3 アセスメントについて 対象者のカリキュラムを構築するにあたり2種のシート(1)情報整理シートと、(2)就業準備アセスメントシートを活用してアセスメントを実施する。 (1)情報整理シート 本人の障害状況や生育歴などこれまでの情報については基本情報としてシートに整理する。 シートは対象者が就業準備について理解が深まるように、また、支援者チームの意識統一を図り、チームアプローチを効果的なものにするために3つのステップを記入している。 ステップ1:対象者の就労移行支援を利用する目的や思いを、できる限り本人から抽出した言葉を使って「100文字アセスメント」としてまとめている。 ステップ2:次に挙げている「就業準備アセスメントシート」の結果をもとに就業上の「強み」と「課題となるもの」を整理している。 ステップ3:有期限の中で、必要となる就労支援を時間軸に整理して、対象者と支援チームで見通しの共有をできるようにしている。 (2)就業準備アセスメントシート アセスメント項目は、「就労移行支援のためのチェックリスト」「職業準備性のピラミッド」などの資料を参考にした項目と弊社移行で追加した項目を含めている。 <就業準備アセスメントシートの狙い> ① 対象者のストレングスについて伸ばす・発見する。 ・対象者のもともともっている強みをより伸ばす。 ・準備支援の中で生まれてくる強みを発見する。 ② 就業上の課題について整理し支援アプローチを考える。 ・対象者の改善・軽減に向けたトレーニングを構築する。 ・働く環境へのアプローチ準備をする。 <アセスメントシートの活用> アセスメント実施の時期は、図1のアセスメント期に1回目のアセスメントを実施し、その結果をもとに対象者とのミーティングの中でトレーニングプログラムの内容を決めていく。その後、トレーニング期のトレーニングミーティングや職場実習期の就活ミーティングで対象者と効果を確認し、プログラムの変更等の調整や職種の検討の際に活用をしている。 4 トレーニングプログラムの実践 対象者のプログラム実践経過の指標として職務分析シートを使用したワークサンプルトレーニングとワークセミナーを実施している。 (1)職務分析シート 職務分析シートには作業場所、作業工程、作業ルール、職務分析ポイント、作業記録欄を設けており、それらの項目を対象者が確認し記録を取ることでアセスメントの指標となる。 <職務分析シートの狙い> ①職務分析ポイントには前述の就業準備アセスメントシートのアセスメント項目を記載しており、視覚情報として明示することで、対象者が作業遂行において何が必要かを意識する。 ②支援者にとって職務分析ポイントを基に、振り返りやアドバイスを画一的かつ客観的に行う。 (2)ワークサンプルトレーニング ワークサンプルトレーニングは個別で行うシングルトレーニング、複数で行うペア・チームトレーニングを行っている。 <シングルトレーニングの狙い> 就業準備支援アセスメントシート「職業適性」「基本的労働習慣」分野への気づきと向上を目指す。 ・ペア・チームトレーニングや支援者の助言により気づくことが出来た作業工夫について理解する。 ・助言を基にした、作業遂行力の向上と自信を積み上げる。 <ペア・チームトレーニングの狙い> 就業準備支援アセスメントシート「職業適性」「基本的労働習慣」「対人技能」分野の気づきと向上を目指す。 ・自身の作業ペース、ルールの理解や作業時の立ち振る舞いが他者に与える影響について理解する。 ・協働の中で、責任感や自発性について理解する。 ・協働の中での感情コントロールの必要性について理解する。 (3)ワークセミナー 就業・生活に必要な就業知識やストレスマネジメント等の対処方法を講座と演習で実施する。 <ワークセミナーの狙い> 就業準備支援アセスメントシート全分野の気づきと向上を目指す。 ・JST、SST等、就業・生活場面を想定した対人コミュニケーションの取り方について学び、どのように立ち振る舞えばよいかの基本を身に付ける。 ・ストレスへの対処法を書面に整理して、自分自身に適した方法を形にしていく。 各セミナーで学んだことは、トレーニング場面を通して活用状況を振り返ることで、知識や技能の積み上げを図っている。 5 効果と今後の展開 今回の支援実践の効果に関して、事業所内でのトレーニング効果にポイントを絞った。  弊社移行では、対象者自身が「自分に合った働き方」について、情報整理シートで将来イメージする就業生活の「思い」をまとめ、就業準備アセスメントシートで「働く力」「会社で求められる力」を知り、職務分析シートで「自分に合った働き方」を身に付けて行く流れをカリキュラムとして構築してきた。「思い」を「自分に合った働き方」に結びつけるにあたり、「働く力」と「会社で求められる力」をイコールに近づけるための環境準備を含めた支援アプローチを重要視している。それぞれのシートで視覚的に情報が整理されていることは対象者にとって、トレーニングを通して何を身に付けて行く必要があるかの根拠であり、気づきとなっている。これらのカリキュラムが対象者にとっては納得感を得やすく、就業準備の意欲喚起に繋がっている。 今後は就業準備アセスメントシートについて、対象者の関係機関との情報共有のツールとして、企業と就業後のサポート方法や雇用管理について検討するツールとして使用する機会を増やして活用の幅を広げていく。 【参考資料】 1)就労移行支援のためのチェックリスト(厚生労働省) 2)就業支援ハンドブックP16図3職業準備性のピラミッド (独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構) 【補足説明】 (図1)内の「しごとプラグマッチングシート」について くまもと障がい者ワークライフサポートセンター縁(就業・生活支援センター)が管理を行い、熊本市を中心に活用している「顔の見える求職者情報登録システムしごとプラグ」システム。システムへの求職者登録シート「マッチングシート」は、就職活動の際に履歴書等に添付する自己紹介シートとして活用できる。 くまもと5000プロジェクトホームページ  http://kp5000.sakura.ne.jp/special/index.html 【連絡先】 中田安俊  e-mail:meitokunosato-works@meitokukai.jp 東京都立府中けやきの森学園~就労に向けた作業学習の改善~ ○牛丸 幸貴(東京都立府中けやきの森学園 教諭) 岡村 亜希子・稗田 健治(東京都立府中けやきの森学園) 1 はじめに  東京都立府中けやきの森学園は、知的障害教育部門と肢体不自由教育部門を併置した開校4年目の学校である。本校には、小学部から高等部まで417名の児童・生徒が在籍しており、日々の学習に励んでいる。 本校は、「個に応じた質の高い学習指導と進路指導を充実し、自立と社会参加を推進する学校」を目指し、知・肢併置という学校の特色を生かし、両部門の専門性を交流させながら、より個の実態に応じたきめ細やかで質の高い教育を推進している。また、児童・生徒のもてる能力を最大限引き出し伸ばすため、外部専門機関と連携しながら、個別指導計画の目標設定や指導方法の工夫・改善などを行っている。昨年度は医療、福祉、心理、労働等の各方面から23名の外部専門家を招き、個別指導計画の改善や授業づくり、教材製作などに取り組んだ。 中でも、高等部は、卒業後の就労を想定した作業学習の改善に力を入れている。特に、知的障害教育部門高等部では、職業類型(事務サービス班、クリーンサービス班、食品加工班)、基礎類型・生活類型(木工班、生産園芸班、製紙班、ハンドワーク班、リサイクル班)に分け、実態に応じた作業学習に取り組んでいる。 昨年度から、高等部では生徒の実態を把握するために、障害者職業総合センターの「就労支援のためのチェックリスト」を活用している。同チェックリストは、生徒の支援課題や達成状況などを確認するもので、日常生活、対人関係、作業力、作業への態度の4領域28項目から構成されている。本校では、障害者職業総合センターに助言を受けながら、教員間で情報を共有し適切な支援を行うためのツールとして、同チェックリストを活用してきた。 本論では、同チェックリストによる生徒の支援課題や達成状況等のアセスメントをもとに、作業学習の改善を図ることを目的とする。 2 研究の概要 (1)対象者  本校の知的障害教育部門の高等部に所属する1年生から3年生まで約200名の生徒。本論では、ハンドワーク班の生徒について報告する。ハンドワーク班は、主に中重度の知的障害のある生徒が所属しており、2年生11名、3年生7名の計18名である。 (2)方法 「就労支援のためのチェックリスト」の記入は、以下の方法で行った。まず、日常生活・対人関係の領域は、普段生徒と接している学級担任が記入した。次に、作業力・作業への態度の領域は、作業を担当している教員が記入し、複数の教員による記入を行った。 作業学習の改善については、①工程の分析、②補助具の開発、③環境の整理、④教員の関わり方の4つの工夫をし、PDCAサイクルによる改善を行った。複数の教員による記入を行った。 (3)調査時期 平成26年7月から12月。「就労支援のためのチェックリスト」については7月と12月の2回実施した。 (4)結果 ① 1回目(7月)のアセスメント結果 ハンドワーク班全体として、日常生活2.3、対人関係2.1、作業力2.4、作業への態度2.3であり、対人関係などを中心に、全ての領域で課題が見られた(図2)。 ② アセスメントをもとにした実践 ハンドワーク班では、リサイクル芳香剤の製作に取り組んでいる。7月のアセスメント結果をもとに、生徒一人一人の作業力や作業への態度の向上を目指し、作業工程の改善に取り組んだ。主な改善例は以下の通りである。 【工程の分析、環境の整理】 生徒が自主的に活動に取り組めるように作業工程をライン化した。これにより、生徒一人一人が見通しをもって作業に取り組めるようになった(図1)。 図1 ハンドワーク班の作業工程 【補助具の開発】 芳香剤の布袋を作る作業では、丁寧に取り組む姿勢はあったが、裁ちばさみの使用が難しかったため、欠品が多く作業速度も遅かった。そこで、押さえ板を置いてカッターで真っ直ぐ裁断できるようにした(写真1)。この結果、生徒の作業スピードが上がり、自信をもって作業に取り組めるようになった。 写真1 押さえ板を置いてカッターを裁断する様子 【工程の分析】 芳香剤に入れるひのきの裁断作業では、「洗濯バサミに挟んだひのきがなくなると報告する」という作業工程を見直した。報告までの個数を決めることで、生徒は見通しをもって作業に取り組むことができるようになった(写真2)。 写真2 ひのきの裁断用教材 【環境の整理】 アイロンの工程では、工程と道具が多いため、道具の置き場所を決め、一人で道具の準備ができるようにした。また、めくり式の手順書を作成し、一人でアイロン掛けができるようにした(写真3)。  この改善により、教師の言葉掛けなどがなくても、一人でアイロン掛けを進めることができるようになった。 写真3 アイロン作業の様子 ③ 2回目(12月)のアセスメント結果 以上のように、7月から12月にかけて授業改善に取り組み、2回目のアセスメントを行った。2回目のアセスメントでは、日常生活2.3、対人関係2.2、作業力2.6、作業への態度2.6と作業力と作業への態度の領域が0.2以上向上した(図2)。  図2 ハンドワーク班全体の結果 また、各領域において、生徒一人一人の作業力などの向上が見られた(図3)。 図3 Aさんの事例 (5)考察 以上のように、アセスメントの結果を受け、①工程の分析、②補助具の開発、③環境の整理、④教員の関わり方の4つの工夫をして作業学習の改善に取り組んだところ、ハンドワーク班の作業効率や生徒の意欲が向上し、作業力と作業への態度の数値にも伸びが見られた。 上記の他にも、本校では、全ての作業班においてアセスメントに基づく作業工程の分析を行い、補助具の改善や仕事量を明確にし、生徒の意欲を引き出すような工夫を行った。例えば、リサイクル班では、計画(Plan)、実行(Do)、評価(Check)、改善(Act)という、「PDCAサイクル」による授業の改善を行った。また、作業工程の分析を行い、支援具の改善などを行った他、仕事量を明確にするなど生徒の意欲を引き出すように工夫した。 さらに、クリーンサービス班では、清掃技能検定への参加や近隣の大学での校外清掃などを行い、生徒の働く意欲や態度の向上などに取り組んだ。 こうした作業学習の改善の結果、どの作業班においても一人一人の生徒に変化が見られ、高等部全体として、作業力や作業への態度といった領域の向上が見られた。 今年度も、「就労支援のためのチェックリスト」を活用して、生徒一人一人のアセスメントを行っている。また、大学教授や企業など外部専門機関と連携した作業工程の改善や教材・教具の工夫も継続している。 今後も、本校では、生徒の卒業後の生活を視野に入れ、福祉、医療、労働等の関係する機関と連携を深めながら、生徒の就労に向けて様々な取り組みを行っていく。 【参考・引用文献】 1)独立法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター「就労支援のためのチェックリスト」 2)東京都教育委員会「平成26年東京都特別支援教育推進計画第三次実施計画に基づく特別支援学校の指導内容充実事業報告書 各教科等を合わせた指導の充実」 【連絡先】 牛丸幸貴 (東京都立府中けやきの森学園) ℡:042-367-2511 e-male:Yukitaka_Ushimaru@member.metro.tokyo 教育・訓練における「特別な配慮を必要とする学生」への支援に関する論点と課題−ポリテクカレッジ等における取組から− 松本 安彦(障害者職業総合センター 統括研究員) 1 背 景 教育機関や訓練機関における発達障害を有する者に対する配慮・支援の重要性が広く認識され、初等・中等教育機関においては特別支援教育が推進されている。独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が運営するポリテクカレッジ(職業能力開発大学校、同短期大学校)及び職業能力開発総合大学校においても、発達障害を有する等により「訓練・学習の進捗等に特別な配慮が必要な学生」への支援・対応のレベルアップが重要な課題となっており、同機構では、職業能力開発業務と障害者職業リハビリテーション業務を併せ持つことのシナジー効果を追求しながら、次の取組を行ってきた。 2 今回のポリテクカレッジ等における取組の概要 ① 機構本部による「発達障害の可能性のある学生等への対応等に係る実態調査」とポリテクカレッジ等向けの「特別な配慮が必要な学生等への支援・対応ガイド」(基礎編、23年度)をベースに、 ② 24年度から機構内の障害者職業総合センター、公共職業訓練部、国立職業リハビリテーションセンター及び国立吉備高原職業リハビリテーションセンター(以下「広域センター」という。)、職業能力開発総合大学校からなる「研究プロジェクト実施委員会」を設置するとともに、ポリテクカレッジの「モデル校」(4校)を選定し、 ③ プロジェクト会議メンバーも参加したモデル校での「ケース会議」を開催して、モデル校の事例・ノウハウやプロジェクト実施委員会に参集した機構内の各組織のノウハウを集約しつつ、 ④ 26年度に、ポリテクカレッジ等向けの「訓練・学習の進捗等に特別な配慮が必要な学生への支援・対応ガイド(実践編)」を作成し、全国のポリテクカレッジ等に配付した。 3 教育・訓練における『特別な配慮を必要とする学生』への支援に関する論点と課題 本研究では、上記2の取組について中間的に総括するため、ⅰ)発達障害の定義・分類・特性等や発達障害に関する支援等制度の状況の概観、ⅱ)発達障害等により特別な配慮が必要な学生等の状況、これら学生等に対する支援の現状や課題の概観を行うとともに、ⅲ)ポリテクカレッジ等における今回の取組の背景・課題認識・方法・経過、モデル校で収集した事例や指導・支援担当者の意見等を整理し、これらを踏まえて、次のような論点・課題の抽出・整理を行った。 (1)「特別な配慮が必要な学生等」に対する教育・訓練機関における支援・対応に関する論点 ① 発達障害の「気付き」・「受容」・「診断」・「障害者手帳取得」・「オープン・クローズ」をめぐって 発達障害の場合、障害自体の「わかりにくさ」、現れ方の「多様性」、診断・支援を受けることに対する「抵抗感」等があり、ポリテクカレッジ等においても「診断はないが、発達障害の可能性を想起させる者」という領域が幅広く存在している。そのような中で、発達障害に関する支援・対応の分岐となっているのは、まず本人・家族の側に「困り感」があるかどうか、そして障害の可能性に関する「気付き」・「受容」があるかどうかである。これらがあれば、将来的な社会生活や職業生活上のメリットを見越しつつ、「診断」を受けるかどうか等の種々の選択や教育・訓練上の対応について、当事者とともに考え対応することができる。 しかし、本人・家族の側に「気付き」・「受容」はないが、教育・訓練機関の側で発達障害の可能性についての「気付き」を持ち、障害が存在する可能性を考慮しての対応が必要と判断される場合(それがなければ訓練・学習の進捗や就職活動等に支障が生じたり、心的ストレスからの二次障害(不安・抑うつ等)の発症等につながる危険があると判断される場合)もある。そのようなときには、「レッテル貼り」になることを避けつつ、本人・家族との信頼関係に配慮しながら、種々の配慮や対応を行うことが必要になってくる。 ポリテクカレッジ等においては、このような複雑な状況の中で、次のような課題・葛藤を抱えつつ具体的ノウハウを蓄積している現状がある。 ・行動等に現れたどのような特性を、「発達障害」が存在する可能性と結びつけるべきか、そのための「気付き」のヒントはどこにあるか。また、実態把握(観察、本人面談、家族面談、出身校からの情報収集)はどのように行ったらよいか。 ・「発達障害が存在する可能性あり」との判断に至った場合、本人を医療機関等の専門機関の相談・検査・受診に誘導すべき(できる)時はどういうときか、また、それが望ましいと判断した場合に、どのように本人・家族に伝えたらいいか。 ・「発達障害」の場合、就職活動等に伴い求められる認知・行動のレベルが上がることで、課題が顕在化する場合も多い。また、就職活動や職業生活に際しては、「診断」や「障害者手帳」に伴う各種制度上の支援のメリット(デメリット)も明確化してくる。こうした中で、就職活動や職業生活を見越した本人・家族への働きかけや配慮をどのように行うか。 ・「発達障害」の存在の可能性を考慮する必要があるものの、本人・家族が「困り感」を持っていない場合、本人・家族の混乱・反発等の可能性を考慮すると検査・受診等は時期尚早と考えられる場合、専門機関の利用を本人・家族が望まない場合等において、当面どのような配慮・支援を行うことが適切か。また、専門機関での相談・検査・受診等によって、「発達障害」(の可能性)が確認された場合には、どのような配慮・支援を行う必要があるか。 ・「発達障害」の診断がなされた場合でも、本人・家族が望まない等により、「発達障害」をオープンにすることができない(又は不適当な)ケースは多い。しかし、特段の理由説明なく集団指導の中で個別の配慮・支援が突出すると、周囲が「特別扱い」に反発する可能性もある。これを踏まえ、どのように周囲への配慮を行い必要な支援を行う環境を整えるか。 ・就職に関する具体的な検討段階や就職準備の段階において、障害の「オープン・クローズ」の選択肢も考慮しつつ、どのように本人・家族と話し合うか。 ② 教育・訓練機関における組織体制・研修等 このような複雑な課題・葛藤を抱える現場において、本人の学習・訓練の進捗や二次障害予防のためにも、また、個々の教職員・指導員が孤立した状態の中で悩まないようにするためにも、組織としての系統的な対応が必要である。さらに、支援・対応に際しては、「アセスメント」と補完手段・環境調整等による「対応の工夫・修正」からなるサイクルを継続的に回していくことが重要である。 このため、教育・訓練機関においては、「研修」はもとより、個別対象者の特性・課題、対応の留意点等について、関係教職員等の間で情報を集約し共通認識を持つための「校内システム」(「ケース会議」、システム化された「記録」・「引き継ぎ」等)、校内での配慮・支援の中心を担う「キーパーソン」等が重要となる。 (2)残された課題 ① ポリテクカレッジ等における更なる取組と各種の教育・訓練機関間の相互参照等 発達障害の場合、現れ方の多様性等もあり、教育・訓練のそれぞれの現場で日頃接している教職員・指導員が個々の対象者と現場の特性に応じた配慮・支援を行おうと努力し、その中で生み出された実践的な知見・ノウハウを蓄積することが極めて重要である。また、これらは、同種の現場のみでなく一定の類似性を持つ他の現場における対応のヒントを豊富に含んでいる可能性もある。 今回、モデル校の事例・ノウハウ等を「支援・対応ガイド(実践編)」にとりまとめることで、上記のような論点に関し、ポリテクカレッジという「現場」で「実践」的に対応するためのヒント・ポイントが相当程度に明確化され、「共有」可能になったと考えられるが、今後、全国のポリテクカレッジがこれを有効活用し、広範囲なノウハウ等の相互交流を行うことが期待される。また、ポリテクカレッジ等と他の職業能力開発施設、類似の立場にある教育機関等との相互交流・相互参照の推進も課題である。 ② 障害に関する専門機関の課題—特別の配慮が必要な学生等への支援・対応上の課題を抱える機関に対する地域での間接支援(バックアップ・ネットワークの充実)— 今回の取組において、ポリテクカレッジにおける障害に関する専門機関との一層の連携を期待する声は大きかった。高校・大学等の状況を見ても、障害等に関する教職員に対する研修・啓発が十分に行き渡っておらず、研修・アドバイスに関する外部機関からの支援を求める声もあった。 ポリテクカレッジを含め、障害を有する在籍学生等に対して直接支援を行っている教育・訓練機関は、必要な際に、専門機関(発達障害者支援センター、医療機関、地域・広域センター等)の相談・検査・評価・診断等の機能を活用している。しかし、これらの専門機関では、教育・訓練機関に対する間接支援(直接支援を行う教職員等に対する支援。教職員等に対する研修の実施や個別ケースに関するものを含めたアドバイス等)の役割について、必ずしも明確に位置づけられているわけではない。 したがって、これら障害に関する専門機関に関しては、地域における通常の教育・訓練機関のニーズを踏まえ、これらに対する間接支援機能の一層の明確化と充実を図ることについて、検討がなされる必要があると考えられる。 【参考文献】 障害者職業総合センター:訓練・学習の進捗等に配慮を要する学生に対する支援・対応に関する研究−ポリテクカレッジ等における取組の現状と課題−.調査研究報告書No.123, 2015年3月 【連絡先】 松本安彦 障害者職業総合センター E-mail:Matsumoto.Yasuhiko@jeed.or.jp 視覚特別支援学校理学療法科における多様な生徒の個別支援の取り組み 〇工藤 康弘(筑波大学附属視覚特別支援学校 教諭) 小池 功二・高橋 博臣・長島 大介・津野 弘美・山中 利明(筑波大学附属視覚特別支援学校) 1 はじめに 視覚特別支援学校理学療法科(以下「理学療法科」という。)では、昭和39年から視覚障害者を対象とした理学療法士の養成を行っている。現存する理学療法士の養成校では、最も長い歴史を持つ学校であり、我が国に理学療法士の資格制度が導入された当初から視覚障害者の職域として確立されてきた。これまでに300名を超える卒業生を輩出しているが、時代背景や就労環境、生徒の資質等の変化もあり、課題も散見される。理学療法科で教育が開始されて50年を迎えた現在、課題を明確にして今後の継続した教育支援の充実を図る必要がある。 さて、現在、我が国の理学療法士の養成校は、大学・短大・専門学校・特別支援学校を含めると253校が存在する。このうち視覚特別支援学校(盲学校)は、筑波大学附属視覚特別支援学校と大阪府立視覚支援学校の2校に限定されている。理学療法士は、視覚障害者の職域の一つであるものの、圧倒的に晴眼の有資格者数が多く、視覚障害者の職域であるという認知は低い。この数的劣位の状況は、視覚障害のある理学療法士の職場環境の整備や、視覚に制限があっても使いやすいリハビリ器具の開発の遅れを招いていることも否めない。従って、視覚特別支援学校から理学療法士の職域に継続して情報発信を行うことが必要である。また、視覚障害に係わる専門諸機関との連携によって、専門性を追求する事も理学療法科としての使命である。 2 理学療法科の課題 (1)生徒の視覚障害(見え方)の多様性 理学療法科は主として弱視者が在籍している。弱視者の見え方は、非常に多様なため見え方を的確に捉え、個々に応じた支援内容を早期から策定していかなければならない。特に学習面においては、教科書や参考書の判読や、実技での人の動きを捉えるなど視確認の頻度が高い。従って、眼の負担を最小限に、かつ効率よく指導することが肝心である。また、IT技術も活用し、個人が最も適した方法を模索していく必要がある。更に進行性の疾患を有する生徒もおり、障害の進行度の把握も正確に行うことが大事である。現段階では、経験的に指導が進められているが、評価バッテリー等の策定も含めて検討が必要と考える。 (2)生徒のパーソナリティの多様性 理学療法科の入学基準では、年齢制限がなく、年齢、社会的背景等、多様な生徒が在籍する。そのため、個々のパーソナリティに応じた教育支援も重要となる。視覚障害の受容の状態もパーソナリティに与える影響は大きく、見落とせない事項である。また、最近の入学者は心の問題を有する生徒も増加傾向にあり、専門的な支援の必要性も強く感じられるようになった。そのため、心理学専門家との連携は重要になると考えられる。 (3)就職後の支援体制 就職後に視覚障害が原因で職場不適応になるケースも見受けられるため、理学療法科としての支援体制も確立しなければならない。就職上の問題点を明確にして、改善対策を提案するなどの職場調整を行えると理想的である。しかし、現状は、専任職員のマンパワーや時間的な問題、また職場の理解などの問題もあり、支援体制の構築が遅れている。また、就労後には段階的にスキルアップを図る必要があるが、一般的な講習会では視覚の配慮が得られにくいこともあり、卒業生は苦労している様子も見られる。 3 理学療法科での取組みの現状 (1)生徒の視覚障害の多様性に対する取り組み ①入学前の取り組み イ 学校公開 本校では年1回学校公開が行われるが、理学療法科でも授業や設備を直接見学していただき、受験希望の方に情報を提供している。 ロ 教育相談 理学療法科では、入学希望者に対して教育相談を随時行っている。就学上の不安や、就職後の現状についての質問が多く、適宜対応している。教育相談の段階では理学療法士の情報について不足している方が多く見られ、各種資料を作成し、相談者の理解を深めるように努めている。 ②在学中の取り組み イ 個別の支援計画にもとづく支援 クラス担任を中心として生徒の視覚、及び心身の状況を把握し、個別に支援計画を策定し支援を進めている。前述したように多様な視覚障害やパーソナリティをサポートするために特に重要と考える。理学療法科は定員が8名と少人数制のため、対応しやすいメリットもある。個別に実施した支援の例として、「音声パソコンの使用や歩行練習などの自立活動支援」「同じ障害種の卒業生への職場訪問」「職業マナーの補習」などが行われてきた。 ロ ピア・サポートの実施 理学療法科では卒業生の協力を得て、懇談会を年間3回実施している。在校生と卒業生がピア(仲間)という立場で、意見や経験談などにもとづいて懇談する機会として設定している。現職の卒業生と対面する機会は、在校生にとっても大きな指針となる。また、様々な情報収集の場としても貴重な場になると考えている。 (ィ)6月:1、2年生対象(学校生活全般について) (?)3月:1、2年生対象(次年度の準備について) (?)3月:3年生対象(就職後のリスク管理について) ハ 自立活動教諭との連携 理学療法科の生徒は、入学時に視覚の代償が確立されていない生徒も見受けられる。また、進行性疾患の生徒は、代償方法の変更が必要になることもある。個々の状況によって、校内の自立活動教諭と連携して適宜、自立活動における問題点をクリアしている。 (ィ)主な自立活動支援内容 比較的ニーズの多い自立活動の内容は、「歩行指導」「拡大読書機使用」「音声パソコンの使用」「点字の読み書き」などがある。 ニ スクールカウンセラーとの連携 心の問題を抱える生徒は、近年増加傾向にある。理学療法科でも、個別に面談を行い問題解決に努めているが、解決の難しさを感じることも多い。本校ではスクールカウンセラーが導入されており、理学療法科の生徒でも定期的にカウンセリングを受け、心理負担が軽減された生徒もいる。しかし、カウンセリングは守秘義務を伴うため、教員とカウンセラーとの連携の方法は難しさもあり、課題となるところである。 ホ 視覚支援機器の開発 理学療法士が業務で使用するリハビリ器具に関節角度計とメジャーがある。ともに数値の判読が必要なため、重度弱視生徒では、確認作業が困難な場合がある。そのため、理学療法科では、音声式関節角度計(図1)の開発や、触察で数値を確認できるハトメ付メジャー(図2)を使用する工夫を行っている。 図1 音声式角度計 図2 ハトメ付メジャー (2)生徒のパーソナリティの多様性に対する取り組み <臨床実習(インターンシップ)> 卒業後、自らのパーソナリティと職場の適応を考える上で、臨床実習は最適なインターンシップである。理学療法科では、就労移行支援の一環として重要なプログラムとして位置付けている。実際の実習形態は以下の通りである。 【第1学年】見学実習/1週間 施設内での理学療法士の働きや連携について見学を行う。 【第2学年】評価実習/4週間 患者様の身体機能を理学療法評価法にもとづいて実践する。 【第3学年】総合実習/8週間×3施設 理学療法士の業務全般をケースを担当して実践する。 (3)就職活動における連携 重度視覚障害のため、就労が困難な場合がある。原因としては、職場の視覚障害者に対する理解不足も考えらえる。こうした場合に、第三者の介入が有効な場合がある。数年前に理学療法科において、入学後に急激な視野狭窄を生じた生徒がおり、就労移行支援として、A市障害者就労支援センターと連携して就労に至った経緯がある。学校としての介入も整理する必要があるが、職場と生徒の相互理解を深めるために第三者の介入が有効な場合もある。 4 まとめ 昨年度、我が国は「障害者の権利に関する条約」への批准書を寄託した。障害者の権利実現のための措置として、就労の実現は重要である。しかし、視覚障害者の職域は、人的支援、技術支援、環境整備、社会理解の面など多くの課題が残されている。理学療法科では、視覚障害者の職域として理学療法士の職業教育を維持するために、社会環境の変化や生徒の多様性に対応しながら教育支援を続けていきたい。そのためには、視覚障害教育の専門性を更に向上させ、かつ多方面の職種との連携が必要になる。 【参考文献】 1)全国盲学校理学療法教育研究会編:盲学校理学療法科五十周年記念誌、p.65-73(2015)   2)社会福祉法人視覚障害者支援総合センター:視覚障害者の教育・職業・福祉 その歴史と現状、p.45-75(2005) 3)筑波大学附属視覚特別支援学校:研究紀要第47巻、p.73-76(2015) 4)筑波大学附属視覚特別支援学校:研究紀要第40巻、p.47-51(2008) 【連絡先】 工藤 康弘 筑波大学附属視覚特別支援学校 Tel:03-3943-5424 e-mail:y-kudo@nsfb.tsukuba.ac.jp 視覚障害者に対する就労移行支援プログラムに関する実践報告 ○石川 充英(東京都視覚障害者生活支援センター 就労支援員) 山崎 智章・小原 美沙子・濱 康寛・長岡 雄一(東京都視覚障害者生活支援センター) 1 はじめに 視覚障害者の就労は、一般的には2つに大別される。1つはあん摩マッサージ指圧師等の国家資格を有し、治療院や病院、企業内マッサージ(ヘルスキーパー)、高齢者施設などでのマッサージ業務での就労である。もう一つは、画面読み上げソフトや画面拡大ソフトがインストールされたパソコンを使用した事務的業務での就労である。東京都視覚障害者生活支援センター(以下「センター」という。)では、視覚障害者のニーズに応じて平成22年4月より、事務的職業での就職を希望する視覚障害者(以下「事務希望者」という。)と有資格者で企業や高齢者施設におけるマッサージ業務での就職を希望する視覚障害者(以下「マッサージ希望者」という。)に対して、就労移行支援を実施している。 そこで今回は、センターの就労移行支援を利用した視覚障害者(以下「対象者」という。)に対して、就労支援プログラムの実践報告を目的として、その内容の評価を検討した。 2 方法 (1)対象者 対象者は、平成22年4月から平成27年3月までにセンターの就労移行支援を利用した視覚障害者である。なお、対象者には、事務希望者とマッサージ希望者のほかに、就労移行支援の利用が必要であると自治体が判断し、障害福祉サービス受給者証の交付を受けた在職中の視覚障害者(以下「復職希望者」という。)を含む。 (2)就労支援プログラム内容と方法 対象者に対する就労支援プログラムを、「就職前支援」、「就職活動支援」、「就職後支援」の3つの段階に分けた。 ① 第1段階 就職前支援 第1段階の就職前支援(以下「前支援」という。)の内容は、画面読み上げソフトを使ったパソコン操作力の向上である。 パソコン操作力では、事務希望者、マッサージ希望者、復職希望者ともに画面情報読み上げソフト(以下「スクリーンリーダー」という。)とキーボード操作によるによるワードやエクセル、アウトルックなどのオフィス系ソフトやブラウザなどを中心に行った。特に入力は、パソコン操作の基礎と位置づけ、鳥羽商船高等専門学校と共同開発した入力練習ソフト、およびフットペダルを使用した録音データの文字化の教材等が常時利用できるよう準備した。さらに、パソコン操作力の一つの目安とするため、資格試験を導入した。資格試験は、パソコン技能標準試験(主催:ITC利活用力推進機構)、コンピュータサービス技能評価試験(主催:中央職業能力開発協会)の表計算ソフト3級試験実施校としての認定を受け、受験環境を整えた。また、マッサージ希望者には上述の内容に加え、マッサージ施術技術の維持・向上のため、週1日の臨床訓練日を設定し、センターで活動しているボランティアに被施術者として協力を依頼した。被施術者は施術内容に関するアンケート調査への回答を必須とし、その内容をフィードバックした。 前支援の期間は、事務希望者、マッサージ希望者、復職希望者ともに利用開始から利用終了までである。 ② 第2段階 就職活動支援 第2段階の就職活動(復職)支援(以下「就活支援」という。)の内容は、求人情報の提供、応募書類作成時の助言、面接試験時の同席である。 求人情報の提供では、事務希望者とマッサージ希望者に対して公共職業安定所の求人情報提供、障害者合同面接会への参加、民間職業紹介会社への紹介を行った。また、ハローワークインターネットサービスによる求人情報にアクセスできるよう、ブラウザ操作の練習も行った。 応募書類作成時の助言では、自己PRや応募動機、障害程度の書き方について、助言した。また、書類選考通過時に備え、模擬面接も行い、質問に対しての答え方について助言を行った。 面接試験時の同席では、対象者が希望し、面接担当者の了解が得られれば同席した。同席の申し出については、対象者宛に面接試験の連絡があった際には、「支援者が同席させて欲しいと申している」と面接担当者に伝えるように話している。また、同席した際には、通勤経路の歩行訓練や就職後の定着支援などについて説明し、支援者の顔が見える状態を心がけ、企業側の不安軽減を図った。 復職希望者に対しては、復職後の仕事内容の調整、スクリーンリーダーなどの支援機器や配慮事項について調整を行った。 就活支援の期間は、事務希望者とマッサージ希望者は求人応募時から内定が出るまで、復職希望者は、復職時期の数ヶ月前から復職前日までである。 ③ 第3段階 就職(復職)後支援 第3段階の就職(復職)後支援(以下「後支援」という。)の内容は、安全な通勤の確立とスクリーンリーダーなどの支援機器導入に関するサポート、勤務開始後の質問対応である。 安全な通勤の確立では、対象者は、視力の状況にかかわらずセンター利用時は公共交通機関を利用して単独で通所している。これは、基本的な歩行技術は有していることを示していることから、勤務先の最寄り駅から建物までの経路の移動練習を重点的に行う。さらに、企業側の了解が得られれば、職場建物内の移動訓練も実施した。 支援機器導入に関するサポートでは、業務で使用するパソコンにスクリーンリーダーのインストールや設定、グループウェアなどの操作方法の説明などを行った。 勤務開始後の質問対応は、電話やメールによる質問に応ずるとともに、対象者や企業担当者からの依頼に応じ、職場への訪問も実施した。なお、復職希望者に対しても、事務希望者とほぼ同様の内容を行った。 後支援の時期は、事務希望者およびマッサージ希望者は内定が出てから勤務開始後6ヶ月、復職希望者は復職日から6ヶ月を目途として行っている。 3 結果 (1)修了者のプロフィール 平成22年4月から平成27年3月までの修了者は73名。性別は男性42名、女性31名であった。利用開始時の年齢構成は、18歳以上20歳未満が4名、20歳以上30歳未満が11名、30歳以上40歳未満が19名、40歳以上50歳未満が31名、50歳以上61歳未満が8名で、平均年齢は38.3歳であった(表1)。障害程度等級は、1級が30名、2級が34名、3~6級が9名であった(表2)。対象者は、一般的には働き盛りと言われる年齢で、重度の視覚障害を有している人が多かった。 表1 年齢構成 表2 障害程度等級 (2)第1段階 就職前支援の評価 前支援については、スクリーンリーダーとキーボード操作によるオフィス系ソフトの操作習得について、操作手順、練習問題をファイルで提供し、自学自習形式で行っている。集団の講義形式ではないため、対象者の訓練開始時期を随時とすることが可能であり、ニーズに対応できていると考える。入力練習ソフトと録音データは、自習として活用する対象者も多く、キー入力の正確性と速度の向上に役立ったと考えられる。さらに、資格試験については受験を必須としていないため、受験者は18名にとどまっている。しかし、受験した対象者からは、試験会場がセンターであるために受験しやすいこと、合格した際には履歴書に記載できることなどの評価を得ている。 (3)第2段階 就職活動支援の評価 就活支援では、平成25年4月以降に面接試験を受けた31名のうち21名の面接試験に同席した。また、復職希望者に対しては、20名全員に復職前に担当者と話す機会を設けた。 このような支援の結果として修了時には、事務希望者35名のうち22名が就職、マッサージ希望者17名のうち16名が就職、復職希望者20名のうち18名が復職した(表3)。 表3 修了時の状況 (4)第3段階 就職後支援の評価 後支援については、事務希望者、マッサージ希望者は勤務開始日までに安全な通勤を確立するための訓練を実施した。また、職場建物内の移動練習や支援機器導入のサポート、勤務開始後の職場訪問において、面接試験時に同席しているため担当者との連絡が非常に円滑に行うことができた。 4 まとめ センターでは視覚障害者に対する就労移行支援として、段階を3つに分け、実践してきた。就職者の支援で、前支援の資格試験はスキル習得の動機付けとして、また就活支援の面接試験時の支援員の同席は円滑な後支援につながったと評価できる。 今後は、本研究結果を踏まえ、対象者の個別の状況に適した効果的な就労支援プログラムの検討をしていく予定である。 視覚障害者の就業範囲と実際の就業先に関する考察 嶋村 幸仁(国立大学法人筑波技術大学 准教授) 1 はじめに (1) はじめに 視覚障害者が就業できる範囲としてはさまざまなものがある。例えば、鍼灸マッサージ師の取得によるヘルスキーパーや鍼灸院開業、又は理学療法士の取得による病院や介護施設等での就業やデイサービスの開業、さらには、パソコン技術習得によるシステムエンジニアや一般事務職での就業などさまざまな分野で活躍している。 この中でも特に、著者が所属している筑波技術大学保健科学部情報システム学科における就業範囲及び就職先における仕事について考察する。 (2) 目的 視覚障害者がパソコン等の技術を習得して就職できる就業範囲や実際に就職した企業における仕事内容を考察することによって、今後の就職活動等を支援することを目的とする。 2 視覚障害者のパソコン利用による就業範囲 (1) 視覚障害者のパソコン操作 視覚障害者におけるパソコンの普及は、それまでの就業範囲を拡大し、大きな武器となっている。 視覚障害者には大きく分けて①弱視者と②全盲者に分けられる。それぞれのパソコン操作について解説する。 ①弱視者のパソコン操作としては、画面拡大機能を利用しての操作や白黒反転機能を利用しての操作など現在のパソコンに備わっている機能を利用しての操作が多い。 ②全盲者は、音声によるパソコン操作を行っており、スクリーンリーダーの利用によって、音声読み上げ、入力を行っている。これらの習熟者においては、健常者よりも文字等の入出力のスピードが速いものがいる。しかし、一方、画面が見られないことにより、図形やデザインを音声で読み上げることは出来ないことから理解できないことや音声ソフトと他のソフトの相性の問題から読み上げない文字などもある。 (2) パソコンを利用した事務系の就業範囲 現在の企業内の事務においては、ほとんどパソコンを使用しており、ほとんどの事務を行うことは可能である。また、様々な業種に共通した業務としては、人事、総務、経理などとなっている。特に、人事(人事データ管理・評価・研修・障害者採用)、総務(各種総務事務)、経理(給与計算・旅費、経理データ入力、決算、管理会計、経営データ分析)などの事務は可能である。 さらに、企業の代表的な活動における事務としては、販売、物流、生産などの事務にも従事できると考えられる。販売では、販売企画、営業活動、販売事務(受注・出荷・売上・請求・回収)。物流では、購買事務(発注・入荷・仕入・支払)、在庫管理(入出庫指示・棚卸集計・現場作業)。生産では、製造活動、生産管理(生産計画・工程管理・外注購買管理・原価計算)、新製品開発の企画(新製品開発、CAD・設計)。などである。 (3) パソコンを利用したシステム系の能力と就業範囲 現在のシステム系の業務として就業可能な範囲は、大きく分けて4つある。①システム設計、②プログラミング、③システムの保守運用、④ネットワーク等の専門技術となっている。 システム設計で必要な能力としては、コミュニケーション能力、企業の業務分析能力、システム設計能力である。実際に就業するには、ある程度の経験が必要であり、全盲者では紙媒体による調査やデザインに関する設計は困難となっている。 プログラミングで必要な能力としては、様々なプログラム言語に対応する能力と不明なプログラム言語を調査分析できる能力である。実際に就業する場合には、パソコンやプログラミング言語への習熟が必要となる。 システム保守運用で必要な能力としては、プログラミングよりもハード・ソフトに関する知識が必要と考えられるが、原則としてはプログラミングに類似している。  ネットワーク等の専門技術で必要な能力としては、プログラミングよりもネットワーク等の専門技術に関する知識が必要と考えられるが、原則としてはプログラミングに類似している。 3 実際の視覚障害者の就業範囲 (1) 事務系の就業範囲 本学卒業生で事務系に就業した者を調査したところ様々な業務に従事していたが、大きく分けると10に分けられた。 ①統計調査、アンケート回収集計分析 ②ブランド、CSR、総務事務サポート ③物品管理、資材購入、欠品管理 ④旅費計算、経費支払 ⑤人件費請求や支払事務 ⑥個人情報データ管理と提供 ⑦人事申請書類作成及び管理 ⑧源泉徴収関係事務 ⑨障害者採用及び人事、庶務 ⑩ホームページ作成 (2) システム系の就業範囲 本学卒業生でシステム系に就業した者を調査したところ様々な業務に従事していたが、大きく分けると13に分けられた。 ①技術支援・ヘルデスク ②取引情報データの開発、保守管理 ③ビジネスインテリジェンスツールの構築、保守運用 ④契約管理システムの設計、保守管理 ⑤システム導入に関する保守運用 ⑥顧客システムの設計開発 ⑦ドキュメントライブラリ開発、管理 ⑧ネットワークに関するサービス企画 ⑨アウトソーシング設計・開発 ⑩購買発注管理システム設計・開発 ⑪代理店向けシステムの運用保守 ⑫社内決済システムの変更設計・開発・運用保守 ⑬QCDに関するデータ管理、運用 4 まとめ 視覚障害者のパソコン利用における就業範囲について事務系とシステム系について考察してきたが、まだまだデータが不足していると共に、就業範囲の詳細分析までの考察ができなかった。このことから、今後は、詳細データを蓄積していきたいと考えている。 【連絡先】 嶋村 幸仁 国立大学法人筑波技術大学 Tel:029-858-9570 e-mail:shimamura@cs.k.tsukuba-tech.ac.jp パネルディスカッションⅡ これからの事業主支援 【司会者】 野中 由彦 (障害者職業総合センター 主任研究員) 【パネリスト】(五十音順) 窪 貴志 (株式会社エンカレッジ 代表取締役) 直井 敏雄 (ノーマライゼーション促進研究会 会長) 丸山 哲 (社会福祉法人高水福祉会 常務理事) これからの事業主支援 障害者職業総合センター 主任研究員 野中 由彦 障害者雇用は激動期を迎え、さまざまな企業が障害者雇用に真剣に取り組んでいます。言うまでもなく、障害者雇用の主役は、障害者と事業主の両者です。以前は、支援機関が障害者支援の延長として事業主に接するパターンが多かったようですが、最近は、事業主を直接支援することの必要性が意識されるようになり、徐々に事業主支援のウェイトが高まっています。そして、さまざまな創意工夫が試みられ、新しい支援のパターンも登場してきており、事業主支援は今や新時代を迎えようとしているかのようです。 このパネルディスカッションでは、パネリストとして、事業主支援に実績をあげている民間企業の立場から窪貴志氏、地方において職場実習の制度を活用し事業主支援と障害者雇用促進に実績をあげている立場から丸山哲氏、民間企業での障害者雇用の経験を元として企業の障害者雇用を支援している立場から直井敏雄氏をお招きしました。 ここでは、パネリストの方々から興味深い先進的な実践を報告していただくとともに、これからの事業主支援の望ましいあり方について、①事業主支援の実施方法、②事業主支援の人材育成、③定着のための事業主支援の3点に焦点を合わせ、多角的に討議を進めます。 これからの事業主支援 株式会社エンカレッジ 代表取締役 窪 貴志 エンカレッジの行う事業主支援のプロセスについて、具体的な実践を交えて説明を行います。特に精神・発達障害者を雇用する場合、なかなか第一歩を踏み出せない事業主も多く、そういった事業主に第一歩を踏み出してもらい、かつ継続した取り組みにするための支援(目的設定や職域開拓等)について報告します。 また、職場定着においても、問題が発生した場合、「障害者個人の問題」として整理されることも多くありますが、それだけでは解決しない場合も多々あります。事業主により踏み込んだ支援をどのようにして行うか、実践を交えて報告します。 1 事業主支援のプロセス ・事業主支援を、大きく「企画段階」と「実行段階」に分けて、支援を行います。 −企画:障害者雇用の目的設定、付加価値のある業務の切り出し 等 −実行:障害者雇用のプロセス設計、環境の構築、雇用条件の設定、実習の実施 等 2 障害者雇用の目的設定 ・事業主にとってメリットがある障害者雇用でないと、結果として長続きしにくく、事業主は継続して問題を抱えたままの状態になります。したがって、最初の目的設定が重要です。 −価値を出せる障害者雇用の目的・ビジョンの設定 −社内の合意形成をどう進めるか 3 職域開拓・採用における事業主支援 ・職域開拓について、業務の候補を挙げるだけではなく、業務をどのようにして切り出していくか、また、採用課題によってどのような採用方法を取るのか、といった支援が求められるケースもあります。企業に応じた支援のあり方について報告します。  −職域開拓のパターン  −採用ニーズ・規模に応じた採用方法  −採用プロセス 4 職場定着における事業主支援 ・定着支援のスタンス(予防的取組、プロセス提示) ・障害者本人の問題にとどめない、職場定着の在り方 ・事業主の問題解決のための「階層」 これからの事業主支援 −支援機関をつなぐクロスオーバー支援− ノーマライゼーション促進研究会 会長 直井 敏雄 1 企業経営と障害者雇用 障害者雇用は法律に定められた義務であり、すべての企業は法令の遵守を求められる。しかしながら企業の側に立てば、障害者の雇用も一つの経営活動であり、経営を取り巻く環境の変化と無縁ではありえない。 企業の本質的な使命は、様々な資源を効率的に運用しながら経営目標を達成することにある。そのための手段として、適切な人材を適正に確保するために資金を投入し、企業の永続的な発展(ゴーイング・コンサーン)に取り組むことが企業経営の社会的使命である。企業の論理でいえば、障害者雇用においても“企業の経営活動に貢献が期待できる人材を確保する”ことが求められる。 2 クロスオーバー支援 私が実践した事業主支援は、クロスオーバー支援と呼んでいる。企業、支援機関、行政の3分野を横断する形で障害者雇用の支援に取り組み、交差点となって推進したことが由来である。クロスオーバー支援は、企業へ関わる障害者雇用の関係者の隔たりを解消する中で形になっていった。 支援機関も行政組織もどちらも高い専門性を持つ支援者たちであるが、企業の論理に対して、支援機関や行政の考え方はそれぞれ独特であり、それは支援スタイルにも表れている。例えば、行政組織は法律や制度に沿ったある意味で上から目線の指導になるのに対して、支援機関は人間性を重視し本人へ寄り添った温かい支援提供のため、企業へは「お願いする」という形で提案型の支援になりがちである。 組織により専門性と支援スタイルは違うことから、全体を見渡して障害者雇用をつなぐ存在が必要となる。行政組織や支援機関の特徴を熟知した実践者が支援者の違いに応じて調整し、その上で企業へ同じ目線で事業主支援を実践するクロスオーバー支援が、これからの事業主支援では求められる。 3 事業主支援の実践者へ求められる資質 企業の課題やニーズは千差万別である。真摯な対話力で企業と関係性を構築して、ニーズに合致した企業経営と障害者雇用の融合を提案し、必要な関係機関と調整していく力があること。つまりは企業経営と障害者雇用について熟知し、カウンセリングとコンサルティングとコーディネートを使い分けてクロスオーバー支援を実現できる資質が、これからの事業主支援の実践者に求められる。 事業主支援の実践者には、企業経営や人事労務管理について経営学修士(MBA)のような知識や経験があり、産業カウンセラーやキャリアコンサルタントのような職業人と真摯に対話する力があり、企業や公的機関等で障害者雇用の支援経験があり、障害者雇用を計画して推進する力があることなど高い専門性が求められる。 そのような力を持つ専門家が、経営学のみならず心理学や行動科学の知識とスキルを用いて、企業経営と障害者雇用の融合を支援することが、企業ニーズに合致した事業主支援の実現に求められる。また、これらの専門性を持つ実践者を計画的に育成していく仕組みづくりが急務といえるだろう。 これからの事業主支援~就労支援事業所の立場から~ 社会福祉法人高水福祉会 常務理事 丸山 哲 障がいのある方々の就労支援をする立場から企業(この地域は大半が中小企業)との関係を考察すると、ひと昔前は企業の求人に対し直観的マッチングで障がい者を雇用に結びつけるというスタイルで就労支援をしていました。しかし、平成18年障害者自立支援法の施行による就労支援の強化がきっかけとなり、支援者の意識も変わりました。支援者は障がい者の雇用支援の拡大を期待し職場開拓をしました。しかし企業は障がい者雇用には興味を示さず、「彼らに何ができるのか?」と質問を投げかけられ、答えられずに撃沈することがありました。それでも求人が出る度、トライアル雇用やジョブコーチ(訪問型職場適応援助者)支援を活用して企業から障がい者を戦力として認めてもらうために取り組みを継続してきました。そこで成果が出ているケースを振り返ると職場実習によるマッチングがポイントであることが分かり、その職場実習を効果的、かつ複数回実施することで雇用に繋がっているということがみえてきました。 効果的な職場実習をするためには、先ずはマンパワーが必要になるのです。この問題を解決するために長野県自立支援協議会の就労支援部会が試みた内容がOJT推進員派遣事業です。 【OJT推進員派遣事業】 《障がい者・企業がともに負担なく実習経験を積み重ね、安定した雇用を継続するため》 企業の方に向けての役割 障がいのある方に向けての役割 ・障がいのある方の受け入れのための職務分析 ・作業環境の検討や作業指導等のサポート ・「障がい」の特性についてわかりやすく説明 ・実習を進めるための助言 ・従業員とのコミュニケーションのサポート ・実習中の不安等に関する相談(通勤支援も) *OJT推進員は長野県内10の圏域で、ジョブコーチ養成研修修了者又相当の能力を持つ者が担いジョブコーチ的支援を実施します。(派遣上限 10日間、40時間、報酬2,000円/1時間) *雇用が約束されていない実習でも1時間単位で使うことができる。 この事業については、長野県内の就労支援を担う支援者の強化・掘り起こしを意図しています。企業と障がい者の重要なつなぎ役を担うジョブコーチは企業内に入り込み、現場の従業員さんと有機的に繋がりナチュラルサポートを形成します。それにより障がい者の安定した雇用が継続できるのです。しかしこの人材が県内で一部に集中し、地域による偏りがあることに気づきました。そこで第一号ジョブコーチ養成研修を受けたことのある支援者が、それぞれの地域で必要なだけ平均的に配置できる仕組みを作り、雇用契約以前の職場実習でも部分的な役割を果たすことができる簡易ジョブコーチの役割を担う制度とし実現しました。 これによって障がい者雇用率と継続性が高まる効果が現れることが期待され、企業の負担が軽減され相乗効果も上がることでしょう。 ホームページについて  本発表論文集や、障害者職業総合センターの研究成果物については、一部を除いて、下記のホームページからPDFファイル等によりダウンロードできます。 【障害者職業総合センター研究部門ホームページ】 http://www.nivr.jeed.or.jp/ 著作権等について 視覚障害その他の理由で活字のままでこの本を利用できない方のために、営利を目的とする場合を除き、「録音図書」「点字図書」「拡大写本」等を作成することを認めます。その際は下記までご連絡下さい。 なお、視覚障害者の方等で本発表論文集のテキストファイル(文章のみ)を希望されるときも、ご連絡ください。 【連絡先】 障害者職業総合センター研究企画部企画調整室 電 話 043−297−9067 FAX 043−297−9057 E-mail kikakubu@jeed.or.jp 第23回 職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 編集・発行 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター 〒261-0014 千葉市美浜区若葉3−1−3 TEL 043−297−9067 FAX 043−297−9057 発行日 2015年11月 印刷・製本 情報印刷株式会社