第22回 職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 日時 平成26年12月1日(月)・2日(火) 会場 東京ビッグサイト 会議棟 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 第22回 職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 平成二十六年十二月 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 ご挨拶 「職業リハビリテーション研究・実践発表会」の開催にあたり、一言ご挨拶申しあげます。 本発表会は、今回の第22回から、これまでの「職業リハビリテーション研究発表会」という名称を上記のように変更することといたしました。 「職業リハビリテーション研究発表会」は、職業リハビリテーションに関する調査研究や実践活動を通じて得られた多くの成果を発表し、ご参加いただいた皆様の意見交換、経験交流等を行っていただくことにより、広くその成果の普及を図り職業リハビリテーションの発展に資することを目的として、平成5年11月に第1回を開催いたしました。その後20年以上の間、多数の方々の参加を得て毎年開催してまいりましたが、近年では障害者雇用に取り組む企業や支援機関の方からの実践的なご報告も多く見られるようになったことから、今回の第22回から名称に「実践」を加えることとしたものです。今後とも、皆様の日頃の研究、実践の活動の成果をご発表いただく場としていただければ幸いです。 さて、障害のある方々の雇用は近年着実に進んでおり、平成25年6月1日現在で従業員50人以上の民間企業に雇用される障害者の数は約40万9千人、実雇用率は1.76%といずれも過去最高となっています。また25年度のハローワークを通じた障害者の就職件数は約7万8千人で、前年度と比べ14.0%増加し、4年連続で過去最高を更新しています。障害別に見ると、精神障害者の伸びが大きく、就職件数は約2万9千人で、前年度と比べ23.2%の増加となり、初めて身体障害者の就職件数を上回りました。 また、皆様もご存じとおり、平成30年度から法定雇用率の算定基礎に精神障害者が組み入れられることから、精神障害者に対する企業や支援機関の対応がより強く求められることとなります。 当機構におきましては、地域障害者職業センターや広域障害者職業センターなどがきめ細かな相談、支援あるいは訓練を実施しておりますが、障害のある方々の自立と社会参加を推進するためには、雇用、福祉、医療、教育、生活といった様々な分野の方と互いに連携、協力し、必要な知識や情報を共有していくとともに、それらを現場で実践していくことが極めて重要です。 今回の発表会では、障害者の雇用・就業をめぐる最近の状況や課題、特に平成25年4月から民間企業における法定雇用率が2.0%に引き上げられ、また雇用納付金の対象となる事業主の企業規模が段階的に引き下げられることを受け、これから障害者雇用を始める企業あるいはその支援者に参考となるよう、特別講演「これから始める障害者雇用」、パネルディスカッション「障害者の雇用を支えるために」等を行うこととしております。また、研究・実践の発表につきましても多数のご応募をいただき、109題の発表を予定しております。口頭発表については昨年同様18分科会を予定しておりますが、うち1分科会をILOとの連携により国際的な取り組みをテーマとしたものとしております。 この発表会での調査研究や実践活動のご報告が、今回ご参加いただいた皆様の現場の実践に役立つものとなり、ひいては広く地域に普及し、職業リハビリテーションの発展の一助となることを念願しております。 最後となりましたが、ご参加いただいた皆様には、当機構の業務運営に引き続き特段のご理解とご支援を賜りますようお願いを申しあげましてご挨拶といたします。 平成26年12月1日 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 小林 利治 プログラム 【第1日目】平成26年12月1日(月) ○基礎講座 時間 内容 10:00 受付 10:30〜12:00 基礎講座 Ⅰ 「精神障害の基礎と職業問題」 講師:野中 由彦(障害者職業総合センター 主任研究員) Ⅱ 「発達障害の基礎と職業問題」 講師:望月 葉子(障害者職業総合センター 特別研究員) Ⅲ 「高次脳機能障害の基礎と職業問題」 講師:田谷 勝夫(障害者職業総合センター 特別研究員) ○研究・実践発表会 時間 内容 12:30 受付 13:00 開会式 挨拶:小林 利治 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 13:15〜14:45 特別講演 「これから始める障害者雇用」 講師:進藤 祥一氏 リゾートトラスト株式会社 東京人事総務部 部長 北沢 健氏 リゾートトラスト株式会社 東京人事総務部事務支援課 課長 休憩 15:00〜16:40 パネルディスカッション 「障害者の雇用を支えるために」 司会者:野口 勝則 千葉障害者職業センター 所長 パネリスト(五十音順):多田康一郎氏 千葉県立特別支援学校市川大野高等学園教諭/就労支援コーディネーター 長澤 京子氏 独立行政法人国立がん研究センター東病院ジョブコーチリーダー/障害者職業生活相談員 中島 一重氏 社会福祉法人 桐友学園障害者支援施設 沼南育成園就労支援センター 就労支援部長 藤尾 健二 氏 障害者就業・生活支援センター 千葉障害者キャリアセンター センター長 【第2日目】平成26年12月2日(火) ○研究・実践発表会 時間 内容 9:00 受付 9:30〜11:20 研究発表 口頭発表 第1部(第1分科会〜第9分科会) 分科会形式で各会場に分かれて行います。 休憩 11:30〜12:30 研究発表(昼食) ポスター発表  発表者による説明、質疑応答を行います。 休憩 13:00〜14:50 研究発表 口頭発表 第2部(第10分科会〜第18分科会) 分科会形式で各会場に分かれて行います。 休憩 15:10〜16:50 テーマ別パネルディスカッション Ⅰ 「休職者の復職支援における効果的な連携」 司会者:今若 修 障害者職業総合センター職業センター 企画課長 パネリスト(五十音順):五十嵐良雄氏 メディカルケア虎ノ門 院長/うつ病リワーク研究会 代表世話人 稲田 憲弘 東京障害者職業センター 主幹障害者職業カウンセラー 川浦 且博氏 KYB株式会社 人事本部 岐阜人事部 部長 Ⅱ 「教育から雇用への移行支援における課題 −専門的支援の活用の可能性を広げるために−」 司会者:望月 葉子 障害者職業総合センター 特別研究員 パネリスト(五十音順):石川 京子氏 ぐんま若者サポートステーション 臨床心理士/NPO法人リンケージ 理事長 林 眞司氏 東京都立足立東高等学校 副校長 深江 裕忠 職業能力開発総合大学校 能力開発院能力開発応用系職業能力開発指導法ユニット 助教 目次 【特別講演】 「これから始める障害者雇用」 講師:進藤 祥一 リゾートトラスト株式会社 東京人事総務部 2 北沢 健 リゾートトラスト株式会社 東京人事総務部 【パネルディスカッション】 「障害者の雇用を支えるために」 司会者:野口 勝則 千葉障害者職業センター 8 パネリスト:多田 康一郎 千葉県立特別支援学校市川大野高等学園 9 長澤 京子 独立行政法人国立がん研究センター東病院 13 中島 一重 社会福祉法人 桐友学園 障害者支援施設 沼南育成園就労支援センター 24 藤尾 健二 障害者就業・生活支援センター 千葉障害者キャリアセンター 27 【口頭発表 第1部】 第1分科会:教育から職場への移行 1 特別支援学校における視覚障害生徒のキャリア教育の現状と課題 −高等部生徒に対するキャリア教育を中心として− 指田 忠司 障害者職業総合センター 32 2 知的障害者の一般就労における継続状況調査の分析 −合理的配慮の観点に基づいて− ○矢野川 祥典 高知大学教育学部附属特別支援学校 34 是永 かな子 高知大学 田中 誠 就実大学 3 企業が求める学校教育の取り組みについて 〜産業現場等における実習を充実した取り組みとする学校教育の在り方〜 島宗 徹 株式会社エム・エル・エス/埼玉県立特別支援学校さいたま桜高等学園 38 4 デュアルシステム型現場実習を通しての社員、実習生の自己成長について ○伊東 一郎 株式会社 前川製作所 42 大石 貴世子 株式会社 前川製作所 久留 幸子 株式会社 前川製作所 木所 裕一 株式会社 前川製作所 第2分科会:就労に向けた評価と人材の育成 1 就労支援に携わる人材育成の現状と課題 −文献レビューと学生へのアンケート調査から− ○大川 浩子 北海道文教大学/NPO法人コミュネット楽創 46 本多 俊紀 NPO法人コミュネット楽創 2 ワークサンプル幕張版(MWS)の新規課題開発の取り組み −開発の経緯と概要について− ○森 誠一 障害者職業総合センター 50 加賀 信寛 障害者職業総合センター 内田 典子 東京障害者職業センター 下條 今日子 栃木障害者職業センター 中村 梨辺果 障害者職業総合センター 鈴木 幹子 障害者職業総合センター 松浦 兵吉 障害者職業総合センター 前原 和明 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 松本 安彦 障害者職業総合センター 3 職業リハビリテーションにおける応用行動分析学の活用について −シングルケースデザインを用いた支援事例を通じて− 佐藤 大作 山口障害者職業センター 53 第3分科会:地域におけるネットワーク支援、連携 1 公共職業安定所における広域ワンストップ相談の実践 −障害のある求職者のために就労支援機関が集まることの効果について− ○太田 幸治 大和公共職業安定所 57 野澤 紀子 神奈川障害者職業センター 柳川 圭介 障害者就業・生活支援センターぽむ 佐藤 倫孝 大和市障害者自立支援センター 大長 和佳奈 大和市障害者自立支援センター 関野 由里子 大和公共職業安定所 今若 惠里子 大和公共職業安定所 芳賀 美和 相模原公共職業安定所 2 雇用率達成指導と連携した提案型事業主支援の取り組みについて 〜職業準備支援・ジョブコーチ支援の積極的活用を通して ○齋藤 弘 兵庫障害者職業センター 61 木村 平 兵庫障害者職業センター 奥村 眞司 神戸公共職業安定所 砂川 佳之 神戸公共職業安定所 3 営利と非営利によるパートナーシップ③ 内木場 雅子 障害者職業総合センター 65 4 知的障がい者の就労支援をめざした地域間農業交流の取り組み ○石田 憲治 農研機構 農村工学研究所 技術移転センター 69 片山 千栄 農研機構 農村工学研究所 技術移転センター 上野 美樹 農研機構 農村工学研究所 技術移転センター 5 地域食材をとりまく多様な主体と農作業による障がい者就労支援のしくみづくり ○片山 千栄 農研機構 農村工学研究所 技術移転センター 72 石田 憲治 農研機構 農村工学研究所 技術移転センター 第4分科会:企業における障害者雇用の取組Ⅰ 1 国立がん研究センター東病院での知的障がい者雇用の取り組み −病院職員として働くということ− ○長澤 京子 国立がん研究センター東病院/立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科 75 荒木 紀近 国立がん研究センター東病院 芝岡 亜衣子 国立がん研究センター東病院 佐々木 貴春 国立がん研究センター東病院 山添 知樹 国立がん研究センター東病院 天野 由莉 国立がん研究センター東病院 湊 俊介 国立がん研究センター東病院 2 第一生命チャレンジド㈱書類発送グループの8年間の変遷から見る職員の成長と業務の拡大 ○梶野 耕平 第一生命チャレンジド株式会社 79 長田 聡美 第一生命チャレンジド株式会社 3 ちばぎんハートフル㈱の障がい者雇用の取り組み −「社員の主体性を重視し将来の自立を目指す」− 白川 恒平 ちばぎんハートフル株式会社 83 4 特例子会社における従業員の能力開発についての一考察 ○和泉 圭良子 大東コーポレートサービス株式会社 北九州 87 小山 奈弥 大東コーポレートサービス株式会社 北九州 藤本 純子 大東コーポレートサービス株式会社 北九州 森 愛 大東コーポレートサービス株式会社 北九州 比嘉 清子 大東コーポレートサービス株式会社 北九州 5 “程々にきびしく、大目にみる” 〜雇用継続のためのもうひとつの視点〜 ○髙木 正彦 株式会社Re 91 武田 春信 株式会社日南 第5分科会:在宅就業 1 重度障害者のITを活用した在宅就労における就労機会創出の取り組み ○篠原 智代 かがわ総合リハビリテーション福祉センター 94 諏澤 友紀子 かがわ総合リハビリテーション成人支援施設 山口 和彦 かがわ総合リハビリテーション成人支援施設 2 企業への発注奨励制度を活用した施設外就労モデルの構築 〜就労を見据えたスーパーでの実践的作業〜 出縄 輝美 社会福祉法人進和学園 98 3 在宅雇用支援の20年から見える、今後の「働く力」 ○堀込 真理子 社会福祉法人東京コロニー 102 山崎 義則 社会福祉法人東京コロニー 4 障害者在宅就業支援の現状と課題 ○田村 みつよ 障害者職業総合センター 105 小池 眞一郎 障害者職業総合センター 5 「障害者優先調達促進法」を活用するための仕事の検討 ○山中 康弘 ITバーチャル八尾 108 阪本 美津雄 ITバーチャル八尾 第6分科会:復職支援 1 リワーク支援における『グループ作業』の実践① −背景と運営の実際− ○佐藤 真樹 広島障害者職業センター 112 崎山 由保 広島障害者職業センター 2 リワーク支援における『グループ作業』の実践② −効果と活用上の課題− ○崎山 由保 広島障害者職業センター 116 佐藤 真樹 広島障害者職業センター 3 復職支援におけるマルチタスクプログラムの意義 −一般就労への復帰を目指すということ− 中村 美奈子 千葉障害者職業センター 120 4 マルチタスクプログラムを活用した復職支援 −双極性障害の復職準備性− 神部 まなみ 千葉障害者職業センター 124 第7分科会:精神障害者雇用に向けた支援 1 ひきこもり精神障害者の一般事業所内職場への受け入れと定着支援の必要性について 野村 忠良 府中市精神障害者を守る家族会 127 2 当事者の希望する職業イメージと職業適性について 〜精神障害、発達障害のある方の就労支援〜 ○岡坂 哲也 医療法人尚生会 (創)シー・エー・シー 131 北岡 祐子 医療法人尚生会 (創)シー・エー・シー 松永 裕美 医療法人尚生会 (創)シー・エー・シー 徳田 篤 医療法人尚生会 (創)シー・エー・シー 橋本 健志 神戸大学大学院 3 「精神障害者雇用の推進における課題と対応」取り組みⅠ ○笹川 俊雄 埼玉県障害者雇用サポートセンター 135 今野 雅彦 MCSハートフル株式会社 4 「精神障害者雇用の推進における課題と対応」取り組みⅡ ○今野 雅彦 MCSハートフル株式会社 139 水井手 裕司 MCSハートフル株式会社 岡田 祐子 MCSハートフル株式会社 千葉 裕明 MCSハートフル株式会社 石川 幸一 MCSハートフル株式会社 笹川 俊雄 埼玉県障害者雇用サポートセンター 第8分科会:発達障害 1 先ず生活より始めよ! ○落合 光一 知的障害者総合福祉施設 向陽の里 143 弓削 加緒里 知的障害者総合福祉施設 向陽の里 甲斐 千温 知的障害者総合福祉施設 向陽の里 2 発達障害者の非言語コミュニケーション・スキルに関する検討 〜感情識別に関する特性評価の意義〜 ○知名 青子 障害者職業総合センター 147 向後 礼子 近畿大学 武澤 友広 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 3 発達障害のストレス・疲労のセルフモニタリングと対処について 〜発達障害者のワークシステム・サポートプログラムの事例より〜 ○古野 素子 障害者職業総合センター職業センター企画課 150 中村 祐子 障害者職業総合センター職業センター企画課 増澤 由美 障害者職業総合センター職業センター企画課 4 ナビゲーションブックの作成・活用における取組の工夫について 〜発達障害者のワークシステム・サポートプログラムの事例より〜 ○増澤 由美 障害者職業総合センター職業センター企画課 154 中村 祐子 障害者職業総合センター職業センター企画課 古野 素子 障害者職業総合センター職業センター企画課 5 発達障害者の自己理解を促すための効果的な就労支援の方法について 〜発達障害者就労支援カリキュラムの実践を通じて〜 大村 良平 東京障害者職業センター 158 第9分科会:高次脳機能障害 1 高次脳機能障害者の就労支援を通して学んだこと 〜回復期リハビリテーションから就労移行までの経過報告〜 ○秋山 健太 医療法人徳寿会 鴨島病院 162 土橋 孝之 医療法人徳寿会 鴨島病院 津川 靖弘 医療法人徳寿会 鴨島病院 2 就労支援を利用する高次脳機能障害者におけるSelf-awarenessの獲得とIQとの関連 ○川人 圭将 名古屋大学大学院 医学系研究科 166 伊藤 恵美 名古屋大学大学院 医学系研究科 加藤 朗 名古屋市総合リハビリテーションセンター 3 高次脳機能障がい者に対するグループ訓練のアウトカムに関する予備的研究 −就労を目標とする方を対象に− 北上 守俊 新潟県障害者リハビリテーションセンター/新潟大学大学院 170 4 高次脳機能障害者を多数支援する支援施設における取り組みの現状と課題 ○緒方 淳 障害者職業総合センター 174 田谷 勝夫 障害者職業総合センター 5 「高次脳機能障害者のための職業リハビリテーション導入プログラム」の試行実施状況について 〜3年間の取組を通して〜 ○菊香 由加里 障害者職業総合センター職業センター開発課 178 我妻 芳恵 障害者職業総合センター職業センター開発課 坂本 佐紀子 障害者職業総合センター職業センター開発課 吉川 俊彦 障害者職業総合センター職業センター開発課 【口頭発表 第2部】 第10分科会:福祉や行政の就職に向けた取組 1 就労支援の実践における企業内就労訓練の導入と効果について 橋本 一豊 特定非営利活動法人WEL'S新木場 184 2 施設外就労(請負作業)から障害者雇用へ 〜誰もが働く喜びや苦悩を感じるために〜 ○坂上 淳子 公益財団法人慈愛会 就労支援センターステップ 187 西牟田 真理子 公益財団法人慈愛会 就労支援センターステップ 3 「千葉市障害者職場実習事業」について 〜政令市における障害者職業能力開発事業のその後〜 寺澤 妙子 千葉市 保健福祉局 191 4 宇部市障害者就労ワークステーションにおける障害者支援の記録 〜ワークステーションから一般就労への足跡〜 ○谷 寛子 宇部市 健康福祉部障害福祉課 195 岡村 洋子 光栄会障害者就業・生活支援センター 第11分科会:SSTを活用した人材育成プログラム 1 SSTを活用した人材育成プログラムⅠ 〜普及に向けた取り組み〜 岩佐 美樹 障害者職業総合センター 199 2 SSTを活用した人材育成プログラムⅡ 〜SSTの職場での日常化に向けたリーダー育成の試み〜 ○中村 功 さくらサービス株式会社 203 寺井 岳史 さくらサービス株式会社 寺嶋 正美 さくらサービス株式会社 奈良 彩子 さくらサービス株式会社 岩佐 美樹 障害者職業総合センター 3 SSTを活用した人材育成プログラムⅢ 〜当社におけるSST実施報告〜 ○今野 美奈子 株式会社アドバンテストグリーン 207 曽田 真由美 株式会社アドバンテストグリーン 岩佐 美樹 障害者職業総合センター 4 SSTを活用した人材育成プログラムⅣ 〜企業内のジョブコミュニケーションスキルアップセミナー〜 ○大森 千恵 株式会社エルアイ武田 事業推進室 211 岩佐 美樹 障害者職業総合センター 5 SSTを活用した人材育成プログラムⅤ 〜公務部門における障がいのある職員に対する就労継続のためのSST〜 福永 佳也 大阪府 福祉部障がい福祉室 215 第12分科会:障害者雇用にかかる制度・支援 1 より多くの就労支援をおこなうために 〜就労支援の中断例を減少させる検討〜 ○加藤 源広 もりおか若者サポートステーション 217 川乗 賀也 岩手県立大学 2 ジョブコーチ支援の実施ニーズ及び関係機関から求められる役割 小池 眞一郎 障害者職業総合センター 219 3 障害者雇用に係る事業主支援の標準的な実施方法について 野中 由彦 障害者職業総合センター 223 4 海外における雇用促進施策の新たな展開−尊重と支援の視点から− 佐渡 賢一 元 障害者職業総合センター(現 厚生労働省労働基準局)225 5 障害者雇用促進のための社会的企業の活用可能性に関する研究 −韓国の社会的企業の分析を中心に− ○權 偕珍 立命館大学院経済学研究科/学術振興会 229 韓 昌完 琉球大学教育学部 佐藤 卓利 立命館大学経済学部 第13分科会:精神障害者雇用の課題と取組 1 精神障害者の職業能力開発支援とその体制について 佐藤 浩司 株式会社サポートケイ 233 2 精神障がい者社員の適正配置・定着継続のためのアセスメント 野村 弥生 株式会社フロンティアチャレンジ 235 3 精神障がい者の職場定着に対する取り組みと、職場定着の先にみえてきた課題への取り組みについて ○松原 史明 大東コーポレートサービス株式会社 239 辻 庸介 大東コーポレートサービス株式会社 野村 克幸 大東コーポレートサービス株式会社 金井 圭 大東コーポレートサービス株式会社 山本 美代子 大東コーポレートサービス株式会社 4 精神障害者の雇用に係る企業側の課題等について(1) 〜企業アンケート調査の概要から〜 ○笹川 三枝子 障害者職業総合センター 243 白石 肇 障害者職業総合センター 田村 みつよ 障害者職業総合センター 宮澤 史穂 障害者職業総合センター 佐久間 直人 障害者職業総合センター 5 精神障害者の雇用に係る企業側の課題等について(2) 〜地域センターにおけるリワーク支援の状況から〜 ○宮澤 史穂 障害者職業総合センター 245 白石 肇 障害者職業総合センター 笹川 三枝子 障害者職業総合センター 田村 みつよ 障害者職業総合センター 佐久間 直人 障害者職業総合センター 第14分科会:企業における障害者雇用の取組Ⅱ 1 グループミッションとしての障がい者雇用の取組 (障がい者適職要件の共通言語化と、職域開拓における各社の役割) 樋口 安寿 株式会社リクルートオフィスサポート 249 2 就労は究極のリハビリであり、就労は障がいを軽減する。 〜企業に於ける合理的配慮とは〜 ○遠田 千穂 富士ソフト企画株式会社 253 ○槻田 理 富士ソフト企画株式会社 3 障害のある社員の潜在的ニーズを抽出し職場環境改善につなげる取り組み 山崎 糧 大東コーポレートサービス株式会社 浦安事業所 257 4 業務内容の見える化と障害者自身による作業週程の組立て ○川本 小津枝 株式会社前川製作所 関西支店 261 伊東 一郎 株式会社前川製作所 松山 靖恵 株式会社前川製作所 関西支店 第15分科会:キャリア形成、能力開発 1 「聴覚障がい者キャリアアップ研究会」の当事者主体によるメソッド開発 渡辺 儀一 聴覚障がい者キャリアアップ研究会 265 2 特別な支援を要する障害者のための職業訓練に関する研究 報告1 企業内CSRを参考にした精神障害者の受け入れカリキュラム ○園田 忠夫 東京障害者職業能力開発校 269 栗田 るみ子 城西大学経営学部 3 特別な支援を要する障害者のための職業訓練に関する研究 報告2 コーポレートコミュニケーションを取り入れた精神障害者の指導事例 ○栗田 るみ子 城西大学経営学部 273 園田 忠夫 東京障害者職業能力開発校 4 「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」 〜調査対象者の働き方や意識の4年間の変化について ○土屋 知子 障害者職業総合センター 277 春名 由一郎 障害者職業総合センター 第16分科会:精神障害者の雇用・就労 1 「もう一度働きたい」思いに寄り添った7年間 −Aさんと共に歩んだアザレア作業所の就労支援の今とこれから 小木曽 眞知子 社会福祉法人アザレア福祉会 アザレア作業所 281 2 精神障害者の雇用推進における福祉的就労のプラス面とマイナス面 清水 建夫 働く障害者の弁護団/NPO法人障害児・者人権ネットワーク 285 3 精神障害者が、知的障害者等に電子機器の分解方法を教え、そうか!解った!と反応する様子から、自分の価値を再認識させる試み 兎束 俊成 ひきこもり対策会議 船橋 289 4 初発期精神病を有する従業員の疲労軽減のための事業主による配慮の推進 ○石川 球子 障害者職業総合センター 292 布施 薫 障害者職業総合センター 第17分科会:難病等 1 就労訓練による場面緘黙症状の変化 ○伊藤 麻希 株式会社コスモス〈コスモス〉ケアサービス 296 藤木 美奈子 コスモス共生社会研究所 中村 隆行 コスモス共生社会研究所 坂本 亜里紗 こすもすくらぶ 野口 真紀 株式会社コスモス〈コスモス〉ケアサービス 2 難病者の就労支援に向けたアセスメントのあり方に関する一考察 〜京都府難病相談・支援センターとの連携による就労支援〜 ○武藤 香織 京都障害者職業センター 300 戸田 真里 京都府難病相談・支援センター 3 難病者の就労支援に向けたアセスメントのあり方に関する一考察 〜京都障害者職業センターとの連携による就労支援〜 ○戸田 真里 京都府難病相談・支援センター 304 武藤 香織 京都障害者職業センター 4 難病の症状による職業上の困難に対する職場での配慮と地域支援の課題 ○春名 由一郎 障害者職業総合センター 308 荒木 宏子 障害者職業総合センター 清野 絵 障害者職業総合センター 土屋 知子 障害者職業総合センター 第18分科会:「ビジネスと障害グローバルネットワーク」と外資系企業における取組(ILO関係) 1 ILOビジネスと障害グローバルネットワークについて ヘンリック・モレー ILO使用者活動局 312 2 ネットワーク・メンバー企業の経験と教訓 シュテファン・トロメル ILO労働条件平等局 3 ダイバーシティとその経済効果 グローバル市場との連携による有益性 ナンシー・ナガォ EYアドバイザリー株式会社 4 アクサ生命における障害者インクルージョンの取り組み 金子 久子 アクサ生命保険株式会社 5 障がいと共に歩むための世界方針と日本での取り組み 徳光 健 ダウ・ケミカル日本株式会社/ディスアビリティエンプロイーネットワーク(DEN) 【ポスター発表】 1 発達障害者の職業生活上の課題とその対応に関する研究 その1 ○根本 友之 障害者職業総合センター 318 望月 葉子 障害者職業総合センター 武澤 友広 障害者職業総合センター 知名 青子 障害者職業総合センター 榎本 容子 障害者職業総合センター 松本 安彦 障害者職業総合センター 2 発達障害者の職業生活上の課題とその対応に関する研究 その2 ○望月 葉子 障害者職業総合センター 322 根本 友之 障害者職業総合センター 武澤 友広 障害者職業総合センター 知名 青子 障害者職業総合センター 榎本 容子 障害者職業総合センター 松本 安彦 障害者職業総合センター 3 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける特性に応じた作業支援の検討(5) −作業環境に対する特性の検討− ○阿部 秀樹 障害者職業総合センター職業センター企画課 326 加藤 ひと美 障害者職業総合センター職業センター企画課 佐善 和江 障害者職業総合センター職業センター企画課 渡辺 由美 障害者職業総合センター職業センター企画課 4 「発達障害者の職業生活への満足度と職場の実態に関する調査」における結果の概要について ○鴇田 陽子 障害者職業総合センター 330 田川 史朗 障害者職業総合センター 5 成人発達障害者のライフステージに対するイメージに関する調査報告 −職業を持ち、暮らしていくことのとらえ方について− ○藤原 幸久 国立障害者リハビリテーションセンター 334 四ノ宮 美恵子 国立障害者リハビリテーションセンター 小林 菜摘 国立障害者リハビリテーションセンター 山本 忠直 国立障害者リハビリテーションセンター 渡邉 明夫 国立障害者リハビリテーションセンター 林 八重 国立障害者リハビリテーションセンター 山口 佳小里 国立障害者リハビリテーションセンター 6 発達障害者の機能評価と就労移行支援プログラム −体力・巧緻性・注意機能を中心に− ○山口 佳小里 国立障害者リハビリテーションセンター 337 林 八重 国立障害者リハビリテーションセンター 小林 菜摘 国立障害者リハビリテーションセンター 藤原 幸久 国立障害者リハビリテーションセンター 山本 忠直 国立障害者リハビリテーションセンター 渡邊 明夫 国立障害者リハビリテーションセンター 四ノ宮 美恵子 国立障害者リハビリテーションセンター 高橋 春一 国立障害者リハビリテーションセンター 深津 玲子 国立障害者リハビリテーションセンター 7 発達障害者の就労移行支援における、生活活動に関するアセスメントの試作の試み ○小林 菜摘 国立障害者リハビリテーションセンター 341 四ノ宮 美恵子 国立障害者リハビリテーションセンター 山本 忠直 国立障害者リハビリテーションセンター 藤原 幸久 国立障害者リハビリテーションセンター 渡邊 明夫 国立障害者リハビリテーションセンター 林 八重 国立障害者リハビリテーションセンター 山口 佳小里 国立障害者リハビリテーションセンター 8 サテライトオフィスにおける雇用管理サポートとメンタルヘルスサポート 刎田 文記 株式会社スタートライン 343 9 サテライトオフィス運用における障害者6名に対するマネジメント実践報告 −発達障害者の眠気に対する取り組みと周囲の理解− ○志賀 由里 株式会社スタートライン 346 刎田 文記 株式会社スタートライン 10 F&T感情識別検査4感情版から明らかとなった発達障害者の特性 〜明確に表現された他者感情の読み取りの特徴〜 ○知名 青子 障害者職業総合センター 350 向後 礼子 近畿大学 武澤 友広 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 11 F&T感情識別検査拡大版から明らかとなった発達障害者の特性 〜曖昧に表現された他者感情の読み取りの特徴〜 ○武澤 友広 障害者職業総合センター 354 知名 青子 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 向後 礼子 近畿大学 12 「軽度の身体・高次脳機能障害を呈した症例への復職支援」 〜早期復職へ向けて回復期OTに必要な評価・訓練・支援とは〜 ○福地 弘文 医療法人ちゅうざん会 ちゅうざん病院 358 田中 正一 医療法人ちゅうざん会 ちゅうざん病院 末永 正機 医療法人ちゅうざん会 ちゅうざん病院 嘉数 進 医療法人ちゅうざん会 ちゅうざん病院 13 県外企業への復職を目指した高次脳機能障害者の復職支援経験 −当院の就労支援の現状と今後の課題を踏まえて− ○小林 裕司 輝山会記念病院 362 鈴木 愛美 輝山会記念病院 熊谷 純久 輝山会記念病院 下井 隼人 輝山会記念病院 遠藤 尚子 輝山会記念病院 熊谷 信吾 輝山会記念病院 加藤 譲司 輝山会記念病院 清水 康裕 輝山会記念病院 14 精神障がい者ならびに高次脳機能障がい者のための職務の創出と就労継続支援 ○永楽 充代 はーとふる川内株式会社 366 山野井 宏宗 はーとふる川内株式会社 西野 直樹 はーとふる川内株式会社 高岡 真仁 大塚製薬株式会社 岡本 修一 大塚製薬株式会社 原口 満輝 大塚製薬株式会社 15 一般就労を目指す精神障害者の作業所におけるリハビリテーションの実践例 ○野田 正道 社会福祉法人小さい共同体 飛翔クラブ 370 太田 民子 社会福祉法人小さい共同体 飛翔クラブ 16 気分障害等による休職者の復職支援プログラムにおける「アンガーマネジメント支援」 −試行の実際について− ○古屋 いずみ 障害者職業総合センター職業センター開発課 374 奥村 博志 障害者職業総合センター職業センター開発課 松原 孝恵 障害者職業総合センター職業センター開発課 野澤 隆 障害者職業総合センター職業センター開発課 石原 まほろ 障害者職業総合センター職業センター開発課 17 ワークサンプル幕張版(MWS)の新規課題開発の取り組み その1 −社内郵便物仕分けについて− ○加賀 信寛 障害者職業総合センター 378 内田 典子 東京障害者職業センター 森 誠一 障害者職業総合センター 中村 梨辺果 障害者職業総合センター 松浦 兵吉 障害者職業総合センター 鈴木 幹子 障害者職業総合センター 前原 和明 障害者職業総合センター 松本 安彦 障害者職業総合センター 18 ワークサンプル幕張版(MWS)の新規課題開発の取り組み その2 −給与計算について− ○中村 梨辺果 障害者職業総合センター 382 加賀 信寛 障害者職業総合センター 森 誠一 障害者職業総合センター 松浦 兵吉 障害者職業総合センター 前原 和明 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 松本 安彦 障害者職業総合センター 19 ワークサンプル幕張版(MWS)の新規課題開発の取り組み その3 −文書校正について− ○前原 和明 障害者職業総合センター 386 森 誠一 障害者職業総合センター 松浦 兵吉 障害者職業総合センター 中村 梨辺果 障害者職業総合センター 加賀 信寛 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 松本 安彦 障害者職業総合センター 下條 今日子 栃木障害者職業センター 20 回復期リハビリテーション病院での就労支援 −ワークサンプル幕張版を用いた効果について− ○中林 智美 わかくさ竜間リハビリテーション病院 390 牟田 博行 わかくさ竜間リハビリテーション病院 村橋 大輔 わかくさ竜間リハビリテーション病院 錦見 俊雄 わかくさ竜間リハビリテーション病院 21 特別支援学校における就労定着についての取り組み 〜教員のジョブコーチ支援から見る合理的配慮から〜 ○宇川 浩之 高知大学教育学部附属特別支援学校 394 柳本 佳寿枝 高知大学教育学部附属特別支援学校 辻田 亜子 高知大学教育学部附属特別支援学校 大塚 伴美 高知大学教育学部附属特別支援学校 山下 仁美 高知大学教育学部附属特別支援学校 22 雇用継続の一考察−㈲K木工所の事例− ○田中 誠 就実大学/就実短期大学 398 矢野川 祥典 高知大学教育学部附属特別支援学校 宇川 浩之 高知大学教育学部附属特別支援学校 23 川崎市内の就労移行支援・就労継続支援A型事業所の実態に関する報告 ○勝野 淳 川崎市 健康福祉局 401 楜澤 直美 川崎市 健康福祉局 滝口 和央 川崎市 健康福祉局 吉澤 正安 川崎市 健康福祉局 志村 佐智子 川崎市 健康福祉局 金山 東浩 川崎市 健康福祉局 小城 泰平 川崎市 健康福祉局 24 米国における障害者の福祉から雇用への移行政策としてのEmploymentFirstから日本が学べること ○野元 葵 障害者職業総合センター 405 春名 由一郎 障害者職業総合センター 清野 絵 障害者職業総合センター 土屋 知子 障害者職業総合センター Heike Boeltzig-Brown マサチューセッツ州立大学ボストン校 25 くまジョブKumaJOB 〜“顔の見える”求職者情報登録システム〜 求職者情報を可視化し、企業と効率的なマッチングを図る仕組み ○原田 文子 くまもと障がい者ワーク・ライフサポートセンター縁 409 山田 浩三 アス・トライ 中田 安俊 チャレンジめいとくの里 26 社内デリバリー業務における知的障がいのあるメンバーのキャリアアップ ○濱 文男 株式会社ベネッセビジネスメイト 412 原 しげ美 株式会社ベネッセビジネスメイト 大石 孝 株式会社ベネッセビジネスメイト 27 当事者視点から見た障害者の就労支援に関する実態と課題および効果的取組 ○清野 絵 障害者職業総合センター 416 春名 由一郎 障害者職業総合センター 28 職場復帰支援の実施に際した障害福祉サービス事業所との連携 〜復職準備性の向上にむけた実践の報告〜 ○高橋 郁生 富山障害者職業センター 420 川田 有彦 社会福祉法人富山県精神保健福祉協会 29 視覚障害者を対象とした就労移行支援の活動報告 ○石川 充英 東京都視覚障害者生活支援センター 424 山崎 智章 東京都視覚障害者生活支援センター 濱 康寛 東京都視覚障害者生活支援センター 小原 美沙子 東京都視覚障害者生活支援センター 長岡 雄一 東京都視覚障害者生活支援センター 【テーマ別パネルディスカッション】 Ⅰ 「休職者の復職支援における効果的な連携」 司会者:今若 修 障害者職業総合センター職業センター 428 パネリスト:五十嵐 良雄 メディカルケア虎ノ門/うつ病リワーク研究会 430 稲田 憲弘 東京障害者職業センター 439 川浦 且博 KYB株式会社 人事本部 岐阜人事部 441 Ⅱ 「教育から雇用への移行支援における課題−専門的支援の活用の可能性を広げるために−」 司会者:望月 葉子 障害者職業総合センター 444 パネリスト:石川 京子 ぐんま若者サポートステーション/NPO法人リンケージ 445 林 眞司 東京都立足立東高等学校 446 深江 裕忠 職業能力開発総合大学校 能力開発院能力開発応用系 職業能力開発指導法ユニット 454 特別講演 これから始める障害者雇用 リゾートトラスト株式会社 東京人事総務部 部長 進藤 祥一 東京人事総務部事務支援課 課長 北沢 健 パネルディスカッション 障害者の雇用を支えるために 【司会者】 野口 勝則 (千葉障害者職業センター 所長) 【パネリスト】(五十音順) 多田 康一郎 (千葉県立特別支援学校市川大野高等学園 教諭/就労支援コーディネーター) 長澤 京子 (独立行政法人国立がん研究センター東病院 ジョブコーチリーダー/障害者職業生活相談員) 中島 一重 (社会福祉法人 桐友学園 障害者支援施設 沼南育成園就労支援センター 就労支援部長) 藤尾 健二 (障害者就業・生活支援センター 千葉障害者キャリアセンター センター長) 障害者の雇用を支えるために 〜就労支援の現状と今後を考える〜 千葉障害者職業センター 所長 野口 勝則 近年の障害者の雇用者数や実雇用率の推移をみると、障害者の雇用は着実に進んでいます。また、実雇用率の対象となる障害範囲拡大や法定雇用率の改正など法制度の見直し、障害者就業・生活支援センターの設置をはじめとする就労支援機関の拡充など、障害者雇用を取り巻く状況も障害者の雇用の拡大に向けて変化してきています。 しかし一方で、企業規模別の実雇用率の違いや精神障害者等への効果的な就労支援等解決すべき様々な課題があります。 法定雇用率の見直しにより、障害者の雇用義務が生じる企業の範囲が拡大しました。このため、企業における障害者雇用のニーズが拡大し、雇用される障害者が増加すると考えられることから、雇用支援や定着支援のニーズも今後さらに拡大することが予想されます。このような状況を背景として、就労支援機関はこれらのニーズに効果的に応えることが求められています。 本パネルディスカッションでは、千葉県の就労支援機関と雇用企業をパネリストに招き、支援ニーズや支援機関に求められている役割と支援の実状、そして、今後の支援をどう進めるかについてディスカッションを行います。 障害者雇用のための支援機関の役割についての一考察 −組織アセスメントと非主体型アプローチの重要性− 独立行政法人国立がん研究センター東病院 ジョブコーチリーダー/障害者職業生活相談員 長澤 京子 1.はじめに 昨今、障害者の就職件数は増加している。2013年4月の障害者雇用率引上げ、同年6月の障害者雇用促進法改正に加え、障害者の就労意欲の高まり、景気回復に伴う人手不足等が主な要因である。2014年1月には、国連の障害者権利条約を批准し、日本における障害者政策自体も前進した。一方で、教育、福祉、医療、労働などの各分野で、また、分野を横断して、障害者に関する様々な課題が残っている。たとえば、障害者のホームレス化や孤立死、累犯障害者問題などは、労働を通じた社会参加の場の欠如が大きな要因の一つと考えられる。共生社会の実現のためには、障害者の職業的自立を進めることが重要である。障害者雇用においても、障害者の求職者数の増加に対し、企業全体に占める障害者雇用率の達成企業は未だ半数にみたない現状がある。また、雇用の底上げにより、アセスメントやマッチングが不十分のまま、訓練を受ける機会をまたずに障害者が就職するケースが増えること等への懸念もある。以上のような状況を踏まえると、障害者を雇用する企業を支える支援機関の役割は重要度を増しているといえる。 本稿でいう支援機関とは、狭義には就労支援機関のことであるが、広義には学校教育機関や行政機関も含むものとする。紙面の制約があるものの語弊を恐れず、雇用側として支援機関に求めることを率直に述べたい。支援機関には、拡充し続ける障害者の就労に柔軟に対処し、質の高い支援を求めたいところである。なお、本稿の一部は、第4分科会『国立がん研究センター東病院での障がい者雇用の取り組み−病院職員として働くということ−』での口頭発表論文と、適宜、重複する。 2.東病院の障害者雇用、その背景 医療機関での障害者雇用の特徴と考えられる一部を、以下に3点挙げる。医療機関では従前より法定雇用率の除外率が認められるなど障害者雇用が困難と考えられてきたこと、障害者雇用促進には事例の充実が不可欠にもかかわらず医療機関での障害者雇用事例が乏しいこと、医療事業自体に社会貢献の意味が含まれるためか改めてCSRやCSVの一環として障害者雇用を前面に出す動きや広報的発信力のある人材が少ないこと。 こうした背景の中で、2011年6月より、独立行政法人国立がん研究センター東病院では、知的障害者が医療関連業務に従事する障害者雇用の取り組みを探求・実践してきた。当院の概要『国立がん研究センター東病院での知的障がい者雇用の取り組み』http://www.ncc.go.jp/jp/ncce/division/shogaishakoyo.htmlに示した通り、各支援機関や御家族等との連携や、各方面との情報交換をしながら進めてきたところである。障害者の雇用は、単に障害者個人の就労を目指すのではなく、障害者、支援機関、家族、雇用側、地域コミュニティ、社会サービスなどが一体となり、社会全体をデザインしていく長期的な視点をもって取り組むべき課題だと考えている。当院では、立ち上げ時より、医療分野全体の障害者雇用促進も念頭に、医療機関での障害者の職域を広げるなどを理念に掲げている。また、障害者自らが障害者雇用の広報の媒体となるなどすることで、取り組み事例の発信にも力を入れている。これらには、医療機関での障害者雇用がアプローチ次第では促進できることを示し、障害者雇用全体にも多様性をもたらし、障害・障害者・障害者雇用への構えや無関心を除くなどの狙いと効果がある。同業種間の障害者雇用の交流が進めば、より質の高い障害者雇用の事例がうまれ、医療分野全体の障害者雇用の底上げがなされると仮定している。独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構主催で当院にて情報交換の場を設けたり、医療機関などからの見学者を受け入れたりして、医療機関同士の繋がりを深めている。たとえば、特例子会社連絡会のような医療分野での障害者雇用の連絡会があればと考え、提案をしている。これに準じた、医療機関で働く障害者向けの研修や相互理解の場もあるとよい。 支援機関にも、画一的で場当たり的な支援ではなく、当院の目指す障害者雇用の方向性に沿った支援を求めて、対応していただいている。以下では、筆者が障害者雇用に取り組む中で、筆者の気づきだけでなく各方面との対話を通して得てきた、障害者雇用を支えるための支援機関の役割についての考察を述べたい。ここで想定する支援機関の支援対象は、就労する障害者個人ではなく、主に、支援機関が支援する雇用側組織とする。支援対象組織は、医療機関だけに限定せず、企業などに置き換えられるものとする。 3.求められる支援機関の役割 雇用側組織が支援機関に求める役割は、その支援機関の業種や、雇用側組織の知識などによって異なるが、いくつかの共通項があると考えられる。 たとえば、専門性の確保、専門性の研磨である。雇用側組織の担当者同士での会話に頻繁にのぼる話題がある。支援機関の離職率の高さについてである。離職率が高いと人材の育成が追い付かないのではないか、と懸念されている担当者も多い。また、雇用側組織としては、支援機関の人材が入れ替わる度に雇用側組織の環境や事情を繰り返し説明するのは、時間と労力の無駄遣いのように感じるようである。一定期間、継続して職に就くことで、専門性を確保し研磨していくことができるのではないか。介護職などと同様に、支援機関の職員の離職率を下げるような取り組みや政策が求められている。 上記とも関連することであるが、ニーズに融合した仕組みの提言も支援機関に求めたい。支援機関の方との会話内で、行政・政策批判の声をきくことがある。その中には、自助努力で解決すべきと思われるものもあるが、現場に即した、なるほどという意見もある。しかし、それは、ただその場での議論に終始してしまっているようである。提言というのは誰でもできるものであり、行政の方々も幅広い意見を求めているものである。支援機関ならではの意見を行政に反映させるくらいの姿勢が欲しい。特に支援機関には個々の雇用側組織のニーズが集まりやすい。それを集計して提言することで、雇用側組織も助かるし、支援機関も組織がより活動しやすくなるのではないか。 4.組織アセスメントと非主体型アプローチ ここでは、組織のアセスメントと主体型ではないアプローチの重要性を取り上げることで、支援機関の役割について考えていく。 障害者雇用の導入時、円滑に進まない時、考えられる理由として、アセスメントが不十分である場合がある。支援機関の人材は、障害者に対するアセスメントのスキルが高い。しかしながら、筆者が、障害者のアセスメントと同程度に重要視しているのは、雇用側組織のアセスメントである。障害者のアセスメントと組織のアセスメントは、同じスキルを活用して実施できるはずだが、支援機関は、この組織アセスメントに、障害者のアセスメントと同様の時間と労力をかけているだろうか。現代では、インターネットという便利な媒体がある。これで、訪問企業の基礎情報は簡単に入手可能である。支援機関が雇用側組織を訪ねる前には、少なくとも訪問先の予備知識はつけておいてほしいし、障害者にもそういう心構えを伝えてほしい。その組織がどのような理念をもち、どのような業態で、障害者自身には、その組織でどのような役割が求められているのか。こういったことを、障害者は、実習前、エントリー前、採用前には知っておくべきである。また、たとえば、筆者の場合は、当院での職域開拓をするにあたり、当院はもちろんのことながら、他の同程度の規模の医療機関に出向くなどして医療分野自体のアセスメントもした。診療待合室に数時間座り、看護師の動き、患者の様子などを観察するだけで、どれだけの情報収集ができるか。それは曜日や時間帯によっても違う。こうした主旨のアセスメントであれば、雇用側組織に所属する担当者でなくとも取り入れられる。情報の充実は、その後のマッチングの成果に反映されるので、努力のしがいもある。 次に、非主体型のアプローチについて考えてみたい。支援機関は、組織の人間ではなく、あくまでも外部の人間である。雇用側組織で主体性をもって取り組むことができるのは、雇用側組織の人間のみである。もともと支援には、他者を助け支えるという意味がある。知人宅をはじめて訪問したとする。喉が渇いた時、勝手にキッチンからコップを出して水を飲む行為は、常識的といえるだろうか、いえまい。同じように、支援機関が障害者の支援にくる。支援にきたとはいえ、雇用側組織からすれば、支援機関は来客者である。一通りの関係を構築する前においては、たとえ支援に必要であっても雇用側組織でのルールを都度、確認するなど配慮がほしい。こういったことは、筆者も、当院の中で、時に営業の人間のように、調整してきたからいえることかもしれない。 専門性よりも、こうしたコミュニケーションスキル(アセスメントやアプローチのセンス)が有効であることもある。障害者雇用が円滑に進んでいる場合は、既存の方策でも構わないが、何か違和感を感じた場合は、少し視点を変えたアプローチを試みるのも一つの方法である。ちなみに筆者は、日本語教育と広報、経営の視点を取り入れてきた。 5.まとめ 当然のことながら、雇用側組織には経営理念がある。このため、雇用側組織では、理念に沿った形での障害者雇用をすることが求められている。この理念に沿うという辺りが、障害者個人だけでなく、支援機関に根本的に理解されないと、不幸な結果をもたらす。たとえば、有名企業の特例子会社での好事例を、そのまま中小企業で実行しようとしてもうまくいくわけがない。組織の理念や業態、環境、規模、都合などが異なるからである。これらを組織ごとにアセスメントした上で、その組織の職員として成立する障害者をマッチングしてほしい。組織は一つとして同じものはない。置換して考えると、障害者雇用も元来、一つとして同じものができるわけがないのである。支援機関は、高い専門性をいかしながら、雇用側組織が、障害者雇用においても、理念や組織経営の追求ができるよう支えとなる存在であってほしい。 目的は、働きたい障害者が、その者がもつ可能性を十分に発揮し、よりマッチした職場で、いきいきと労働者として職業的キャリアを積んでいけることである。指導者の満足や、支援機関からの就職者数増加や、障害者雇用率を達成することではなく、理想とされる好事例の障害者雇用の形を継承するのでもない。支援機関には、雇用側組織が思い描く障害者雇用の形をつくる後援を頼みたいのである。雇用側組織は、理念に沿った風土に合った障害者雇用の形を求めている。障害者雇用に構えのあるような雇用側組織であればあるほど、支援機関に依存する傾向がみられるかもしれない。この場合、支援機関が介入すればするほど、一見、上手くいっているようにみえるが、雇用側組織が支援機関から自立していくにつれ、課題が生じる構造であることの想像はたやすい。雇用側組織が、支援機関の専門性を尊重し活用したいと考えることはよいことであるが、主体は雇用側組織であることは、共通認識としておくべきである。 障害者雇用のメインステージは雇用側組織内にある。障害者の見学や実習を受け入れる組織、障害者を雇用しようとしている組織、障害者が雇用された組織、他。いずれにしても、雇用する組織がなければ障害者雇用は成立しない。主旋律は、組織に所属したい障害者、組織に所属しようとする障害者、組織に所属している障害者が担うとして、支援機関には、その雇用側組織のビジョンに寄り添うようなステップを踏める、伴奏者となってほしい。障害者の就労という共通目的のために、各々の最適な分業による連携がなされて障害者雇用が促進すれば、労働を通じた社会参加の場の欠如が大きな要因の一つと考えられるような社会的課題の解決にも繋がる。共生社会の実現のためにも、支援機関の役割は重要であり、今後の発展性に期待したい。 当院の取り組みの進展は、障害者スタッフの努力、御家族の御協力、各支援機関をはじめとする関係者の皆様の温かい御支援によるところが大きいと認識しております。この場をお借りして、略式ながら書中にて御礼申し上げます。いつも、ありがとうございます。今後とも、よろしくお願い致します。 口頭発表 第1部 特別支援学校における視覚障害生徒のキャリア教育の現状と課題 −高等部生徒に対するキャリア教育を中心として− 指田 忠司(障害者職業総合センター 特別研究員) 1 はじめに 盲学校等の特別支援学校では、長年にわたってあん摩・はり・きゅう(三療)を教授する理療科を中心とする職業教育が行われてきた。しかしながら、生徒の特性や障害程度によっては、その教育が、本人の希望に適合しない場合があるだけでなく、必ずしも職業的自立に結びつかない場合もあることが指摘されている。 本発表では、こうした指摘を踏まえ、特別支援学校高等部に在籍する視覚障害生徒に対するキャリア教育の実践の現状を明らかにし、今後のキャリア教育をめぐる課題について検討する。 2 調査方法 (1)文献情報の収集・分析 視覚障害者の教育・福祉・リハビリテーションに関する専門雑誌を検索し、盲学校等の特別支援学校における進路指導、キャリア教育の状況について情報を収集・分析した。 (2)関係者に対する聴き取り調査 ①平成25年9月、A特別支援学校(盲学校)高等部の進路指導担当者2名より、同校における進路指導、並びにキャリア教育の状況について聴き取り調査を実施した。 ②平成26年6月、B特別支援学校(盲学校)高等部進路指導担当の教諭を訪問し、同校における進路指導の状況とキャリア教育、とりわけ、インターンシップ(就業体験)プログラムの状況について聴き取り調査を実施した。 3 調査結果 (1)A校の現状と課題 ・A校では、高等部本科、高等部専攻科というそれぞれの教育段階に応じてキャリア教育を実施している。 ・高等部本科には普通科があり、卒業後の進路として、専攻科(鍼灸手技療法、理学療法、音楽)または一般大学への進学が想定されている。そこで、キャリア教育では、それぞれの進路に応じた将来展望と課題について、理療科教員、大学に進学した卒業生の講話を聴講する機会を設けている。 なお、A校の場合、卒業後の進路として就職を希望する者は稀であり、インターンシップについては検討されていない。 ・専攻科には、鍼灸手技療法科等が設置されており、それぞれの分野に応じた職業生活の展望と課題について卒業生の講話を聴講するだけでなく、職場見学の機会を設けている。 ・高等部卒業生の多くが一般大学に進学しているが、こうした卒業生の就職活動に対して、学校としてどのように関与していくかが課題である。かつては、卒業生が頻繁に来校して支援を求めたこともあったが、最近では、専門機関の利用が進んでいる。今後は在学生の進路選択の参考として、卒業生の進学・就職状況について、関連機関と連携して情報を収集し、整理・分析していくことが重要になる。 ・専攻科については、免許取得に向けた指導とともに、卒業生の就職支援に向けて、地域の盲学校・養成施設との情報交換を進めるとともに、進路担当者の研修機会を確保していくことが重要である。 (2)B校の現状と課題 ・B校高等部には、本科普通科と専攻科があり、普通科は障害特性・能力によって学年ごとに3クラスに分けて指導されている。専攻科には、3年間で三療免許試験の受験に必要な単位を取得できる理療科と、あん摩マッサージ指圧師免許試験の受験に必要な単位を取得できる保健理療科がある。 ・高等部普通科の場合、3年間の課程で将来の進路を決めるが、障害程度や能力、本人の希望などを勘案して、学年の進行に応じてキャリア教育の内容が分かれていくことになる。 ・普通科卒業生の進路は、専攻科(理療科または保健理療科)、大学、職業訓練校、一般雇用、福祉的就労(作業所)などとなっており、これらの進路に応じて、理療科教員や卒業生による講話、職場見学、インターンシップなどが段階的に実施されている。 ・インターンシップについては、平成26年度から授業の一環として実施する態勢が整備されたが、従来、授業時間をやりくりして実施してきた事例の多くは、墨字使用可能な弱視生徒であった。今後も、この傾向は変わらないであろうが、実施期間については、2週間程度まで可能になる。 ・インターンシップ実施に際しては、実習先までの安全な移動に備えて、事前に本人に調査させ、なるべく単独で通勤するように指導している。実習内容については、受け入れ企業と事前に打ち合わせを行い、障害特性、安全上の配慮などについて告知している。 ・従来は、高等部卒業生の多くが専攻科に進学したが、最近は大学に進学する者も増えている。かつては、大学の門戸は狭く、点字受験の機会も限られていたが、最近では推薦入試、AO入試など、選抜方式も多様化しており、重度視覚障害者の間でも大学進学者が増えてきたと言える。 ・重複障害のある生徒については、作業所への入所を想定して進路指導を行っているが、B校の所在地域には、視覚障害を主障害とする者が利用できる通所作業所が限られており、十分な受け皿があるとは言えない。 ・専攻科在籍者については、通常の臨床実習の他、卒業生の講話、職場見学などの機会を設けて、卒業後の就職について考える機会を提供している。 ・また専攻科卒業生の就職については、ハローワークの協力を得て、ヘルスキーパー(企業内理療師)、介護施設における機能訓練指導員などへの就職を支援している。自宅開業については、最近の経済状勢と、晴眼業者、類似違法業者などとの競争激化もあって、かなり厳しい状況にある。 ・今年度からインターンシップを授業の一環として実施できる体制はできたが、今後は、受け入れ先の開拓が課題となる。視覚障害の場合、他の障害と違って、高等部段階でのインターンシップの取り組みはかなり出遅れている。視覚障害の特性を理解し、対応してくれる企業や団体など、視覚障害学生の受け入れ先をより多く確保していくことが充実したプログラム運営にとって重要な課題である。 4 考察 以上で見たように、特別支援学校(盲学校)では、高等部の本科(普通科)と専攻科とで、教育目標が異なることから、インターンシップを含むキャリア教育の内容も異なっている。また、高等部本科でも、学校によって、大学等への進学者が多い場合には、インターンシップの取り組みは見られないが、一般雇用を希望する生徒がいる場合には、インターンシップの実施について具体的な取り組みがなされ、内容も充実しつつある。 翻って考えてみると、盲学校で理療教育が実施されてきた背景には、この職業における視覚障害者の実践の長い歴史があった。明治期から始まった近代視覚障害者教育では、理療教育を柱にした教育課程が整備され、三療は視覚障害者が従事する代表的な職業として認められてきた。 しかし、1960年代から、高等部における普通科教育が強調され、大学進学の可能性が高まった。そして、1970年代に入って、大学卒業者の増加とともに、三療以外の職業の開発が求められるようになり、地方公務員試験、教員採用試験などの点字受験、中途視覚障害者の職場復帰事例などが見られるようになった。 さらに、1980年代の音声ワープロの開発・普及、1990年代のインターネットの普及、2000年代の欠格条項の見直し等を通じて、事務系職種を中心にした一般雇用の可能性も高まってきたのである。 5 結論 特別支援学校(盲学校)におけるキャリア教育は、このような推移を反映しつつ、理療科を中心とした職業教育の変容と、多様な障害をもつ生徒への対応の観点から、根本的に見直されつつあると言えるであろう。 【参考文献】 大野哲也(2014):関進協の取り組みについて −普通科分科会を中心に−「視覚障害」№309(2014.02),PP33-42 知的障害者の一般就労における継続状況調査の分析 −合理的配慮の観点に基づいて− ○矢野川 祥典(高知大学教育学部附属特別支援学校 教諭) 是永 かな子(高知大学)・田中 誠(就実大学) 1 問題の所在と目的 近年、障害者の就労支援について関心が高まる中、2014年2月、障害者権利条約が我が国で締結された。これにより障害者の差別禁止や社会参加への期待が高まるとともに、教育や労働等の分野において合理的配慮に対する理解と推進が求められている。 某知的障害特別支援学校ではこれまで、職業教育及び進路指導の充実を図り、卒業生の高い一般就労率に繋げている。しかし、A県内の他の知的障害特別支援学校を併せた就労継続状況の把握は十分とはいえず、就労者は事業所に対してどのような要望を持ち、悩みや困り感を抱えているのか、詳細は明らかでない。そこで、青年学級(毎月開催の同窓会行事)に参加した20代〜50代の卒業生に対して聞き取り調査を行い、事業所への要望や悩み等を明らかにした。就労継続を図るため、今後、事業所に対して就労者へのいっそうの配慮と支援を求めることが重要と考える。 障害者就労支援のための新たな概念である合理的配慮においてその観点をふまえ、学校の就労移行支援、アフターケアとしてどのような支援方法を考え、提供していくことができるのか考察するとともに、事業所に対する理解と啓発を進めるための手がかりとすることを目指す。 2 方法 (1)調査対象 某知的障害特別支援学校卒業生のうち、一般就労者を対象とした。回答者は18名で、内訳は男性15名、女性3名である。年齢構成は18〜20歳以下が3名、21〜25歳以下が3名、26〜30歳以下が4名、31〜35歳以下が5名、36〜40歳以下が2名、51〜55歳以下が1名である。 (2)調査期間 2013年12月から2014年7月までの期間とした。 (3)調査方法 質問項目を提示しての面接式、聞き取り調査とした。本論文では調査内容のうち、第1に回答者就労先の産業分類及び勤務年数、第2に職場への要望及び困り感の有無、相談相手について、第3に仕事をする理由及び将来における不安や心配の理由について、各調査結果を示す。 3 結果 (1)事業所の産業分類及び勤務年数 回答者が所属する企業や法人について、産業分類別に示す。 表1 産業分類(日本標準産業分類を参照) 上記のような産業分類の構成となっている。 次に、回答者18名の勤務年数について5年毎に集計し、表2で示す。 表2 勤務年数(〜年目) 今回、調査した対象者については、上記のような勤務年数となっている。 (2)職場への要望や困り感の有無、相談相手について 回答者における職場への要望について、表3で示す。 表3 職場への要望(複数回答可:各回答者数を回答者18名で割って計算) ①「今の仕事をずっと続けたい」が最も多く、次いで、⑥「仕事ができるように教えてほしい」、⑧「まわりの人に仕事をたすけてほしい」、といった各項目を7名が挙げている。 次に、現在、職場で悩みや困ることがあるか、たずねた。その結果を表4で示す。カッコ内は、回答者の業務内容である。 表4 困り感の内容(自由記述 回答者数9) 自由記述では、「仕事で分からないことがある」といった業務を遂行する上での悩みや困り事について述べた者が4名、「話し相手がほしい」といった職場環境(人間関係)を挙げた者が2名であった。 次に、職場での悩みや困った時の相談相手についてたずねた。その結果を表5で示す。 表5 悩みや困り事の相談相手(複数回答可:各回答者数を回答者18名で割って計算) ②「職場で一緒に働いている人」が最も多く、次いで①「職場の上司」、③「家族」と続き、職場や家族以外では、⑥「障害者職業センターの職員(ジョブコーチなど)」と⑧「学校の先生」を挙げている。 (3)仕事をする理由及び将来における不安や心配の理由 次に、仕事をする理由について表6で示す。 表6 仕事をする理由(複数回答可:各回答者数を回答者18名で割って計算) ①「生活していくため」、③「自由に使えるお金がほしいから」が最も多く次いで、②「働くのがすきだから」などが挙げられている。 次に、今の仕事が楽しいかどうかについて、たずねた。「楽しい」と回答者が16名、「楽しくない」との回答者が2名であり、9割弱の回答者が「楽しい」と回答している。その回答をふまえ、どのような時に楽しいと思うか、たずねた。自由記述の回答を要約して示す。 ①仕事そのものやスキルアップについて挙げたのが2名、②ほめられたことや人の役に立っている等の達成感や充実感について挙げたのが5名、③職場の同僚との会話やチームワーク、忘年会等のコミュニケーションについて挙げたのが3名、④職場からグループホームに帰った後の団らんの充実を挙げたのが1名、⑤給料に関してあげたのが7名となっている。 次に、将来の不安や心配についてたずねた結果、将来の不安や心配が「ある」との回答者が6名、「ない」との回答者が12名で7割弱であった。「ある」と答えた6名に、その理由についてたずねた結果を、表7で示す。 表7 将来の不安や心配の理由(複数回答可:各回答者数を回答者6名で割って計算) ①「いまの仕事をつづけていけるかどうか心配」、③「職場で仕事をおしえてくれる人がいなくならないか心配」と回答した人が最も多く、次いで、②「職場の仲のよい人がいなくならないか心配」、④「仕事がなくならないか(失業しないか)心配」、という結果が示された。 4 考察 今回の調査は、本校卒業生を対象とした青年学級(同窓会)出席者に対して実施しているが、学校卒業後すぐに就労した者が中心となっている。 そのため、質問項目によっては、回答に同じ傾向がみられることを記しておく。 表3の「職場への要望」では、「今の仕事をずっと続けたい」との要望が圧倒的に多く、18人中15人を占めた。この結果から、ほとんどの者が現在の職場に対して、ある程度の満足感を持っている、といえるであろう。また、「一緒に働く仲間、友だちがほしい」、「仕事ができるように教えてほしい」、「まわりの人に仕事を助けてほしい」、「仕事で困ったときに相談できる人がほしい」といった項目への要望が多いことが分かった。ここから、他者との関わり(人間関係)やコミュニケーション面において満足できていない、もっと関わりが欲しい、と考える対象者の実態が浮かんでくる。本人支援はもちろんこと、就労先に対して配慮をお願いする必要がある、といえるであろう。 表4の「困り感の内容」では自由記述の回答として、「仕事で分からないことがある」、「仕事を教えてほしい」といった業務遂行上の悩みや困り事、「話し相手がほしい」といった職場での他者との関わり(人間関係)における記述が見られた。「仕事が分からない、教えてほしい」との回答も、言いかえれば他者との関わりを求め、人間関係上の困り感があることがうかがえる。これらの回答が多数挙げられたことをふまえると、仕事をする意欲は十分にあるが、業務の理解でつまずいていたり、困ったときに業務を教えてくれる人や、職場で気さくに話ができる相手を求めていることが分かる。表3「職場への要望」を裏付ける結果といえるものであり、職場環境での配慮と支援が望まれる。 一方、表5の「悩みや困り事の相談相手」では、「職場で一緒に働いている人」及び「職場の上司」を最も多く挙げており、悩みや困り事など、職場に相談している実態も分かった。これらから、職場によって話し相手の有無に差異があると思われる。また、障害者職業センター(ジョブコーチ)や就業・生活支援センター等の支援機関への相談者がやや少ない結果となった。就労者の困りごと等、学校が先に事態を把握した場合、支援機関に相談し、職場における就労者の配慮と支援を共に求め、時に就労者の代弁者となるように、今後よりいっそうの連携が必要と考える。 表6の「仕事をする理由」では、「生活していくため」との回答が最も多かったが、次いで「自由に使えるお金がほしいから」、「働くのが好きだから」等の項目に対する回答も多かった。社会生活を営んでいくという大前提のもと、消費生活を楽しむためには給料をもらうことが不可欠であり、余暇生活を楽しみたい、と考えていることがうかがえる。また、「働く」ことに対する意欲や達成感、成就感を在学時に育んでいくことが、学校における使命であり、卒業生がキャリアデザインを描くうえで大事である、といえるであろう。 「仕事の楽しさ」では「楽しい」と9割弱の回答を得た。さらに、自由記述で寄せられた「作業をしている時」、「給料がもらえる」等の回答から、懸命に仕事をして給料をもらい、消費生活を楽しむ生活スタイルがほぼ全員に定着している、といえるであろう。また、「(洗濯物を)たたむのが速くなった」「職場の人にほめられた」「職場の忘年会」等の回答から、仕事を全うする自分に対する喜びと上司や同僚からほめられた際に感じる達成感、成就感、自己肯定感を感じ、「楽しい」と表現していると考えられる。 しかし、「楽しくない」との回答も2名おり、「職場で嫌なことを言われる」、「話す人がいない」といった回答があった。先に表3、表4で述べたように人間関係をより重視した職場環境の整備は不可欠であると思われる。 表7の「将来の不安や心配の理由」では、「今の仕事を続けていけるか(失業しないか)心配」との回答が多かった。このことから、仕事をずっと続けたいという願いと先の調査項目にあったように消費生活を含めたライフスタイルの維持を望む声ととらえることができるであろう。 次いで、「職場で仕事を教えてくれる人がいなくならないか心配」と回答が寄せられたが、このことからほめられることや達成感、充実感の喪失、職場での孤立を恐れている、と考えられる。卒業生の就労生活の維持はライフスタイルの維持に直結している、といえるであろう。 5 課題と展望 我が国における障害者権利条約の締結を受け、新たな概念である合理的配慮に関する理解を推進すべく、本校においても学習会を定期的に催している。文科省が推進するインクルーシブ教育システムの概念と併せ、合理的配慮の観点を踏まえた学習活動は、徐々に整備が進みつつある。 具体的には、現在行っている学習活動における配慮と支援に関して、質、量をさらに高めていくこと、及び校内研究による学習会等で教師間の意識を高めていくことを目指している。 また、文科省における合理的配慮のほか、厚生労働省が進める差別禁止を含めた雇用現場における合理的配慮についても、校内研究による学習会で観点整理を行い、理解に努めている。 子ども一人ひとりにおけるキャリアデザインを描き、支援計画を進めるうえで、教育の場における合理的配慮、そして雇用の場における合理的配慮の観点をしっかりとふまえて就労移行支援を計画、実行していくことは、今後、学校に課せられた非常に大切な役割であり、使命といえるであろう。 子ども達の円滑な就労移行を果たすうえで、本校において合理的配慮に関する教師間の学習をさらに深め、観点に基づいた配慮と支援を子ども達に提供していきたい。 そして、卒業生の就労継続を図るために、円滑にコミュニケーションが図れる人間関係を含め、「働く」ことに対する達成感、成就感を得られる職場環境が整うように、今後、合理的配慮について事業所に啓発、理解を求め、本人に対する配慮と支援の充実を訴えていきたい。 【連絡先】 矢野川祥典 高知大学教育学部附属特別支援学校 e-mail:yos-ya@kochi-u.ac.jp 企業が求める学校教育の取り組みについて 〜産業現場等における実習を充実した取り組みとする学校教育の在り方〜 島宗 徹(株式会社エム・エル・エス民間企業派遣研修生/埼玉県立特別支援学校さいたま桜高等学園) 1 はじめに 私は今年度、エム・エル・エスでの研修生として、企業側の立場から学校の取り組みを考察している。多くの生徒が企業就労できる職業教育とは何かを追求し、今後は学校教育にフィードバックしていくことが研修の目的である。 多くの学校は、企業就労する力を育む上で産業現場等における実習(以下「現場実習」という。)を重要な取り組みだと捉えている。特別支援学校高等部学習指導要領(平成21年3月告示)の職業教育に関して配慮すべき事項の中で「産業現場等における長期間の実習を取り入れる等、就業体験の機会を積極的に設ける」とあり、現場実習をより充実した取り組みとすることが学校に求められているといえる。 2 株式会社エム・エル・エスについて (1)会社概要 平成12年2月に(株)松屋フーズの100%出資する特例子会社として設立した。埼玉県東松山市(東松山工業団地内)に位置し、従業員全体で106名おり、その中で障害者は54名である。 事業内容は主に以下の3事業である。 ランドリー事業 松屋フーズグループ各店舗や工場等のユニホームのクリーニング 洗剤事業 松屋フーズグループ店舗で使用した洗剤ボトルの回収・洗剤をボトルに詰める リサイクル事業 松屋フーズグループ厨房機器・食器・備品などの清掃、部品交換・店舗への中古品の販売 (2)産業現場等における実習の取り組み 特別支援学校の生徒や、職業能力開発センターの委託訓練事業の実習、教員研修を受け入れている。 年間の実習する人数は、平成23年度は124名、平成24年度は50名、平成25年度は27名、今年度は、16名(8月末現在)である。教員研修は1〜3日間であるが、生徒においては基本となる実習期間は2週間であり、ランドリー事業で1週間、リサイクル事業と洗剤事業で1週間行う。 ① 実習時間 9:00〜16:00(実習) 12:40〜13:25 15:00〜15:15(休憩) ② 実習内容 作業工程は以下の通りであるが、実習生の働く意欲に応じて他の作業工程を行う場合もある。 ○ランドリー事業の場合 イ 仕分け エプロン・シャツ・ズボンをサイズに分ける。 ロ 洗濯物出し入れ 洗濯物を洗濯機に出し入れする。 ハ トンネル乾燥機 専用のハンガーにシャツ・ズボンを掛ける。その時に汚れやボタンが取れていないかを確認する。 ニ エプロンたたみ 洗濯・乾燥させたエプロンをきれいにたたむ。 ホ おしぼり  おしぼりを広げ、破れや汚れを確認する。機械を使い袋に詰める。 ○洗剤事業の場合 店より回収した洗剤ボトルを洗い、6種類の洗剤をボトルに詰める。 ○リサイクル事業の場合 店から回収した、皿、椀等の食器類を綺麗に洗う。 ③ 実習の評価 学校から記入を依頼される評価表とは別にエム・エル・エスでは、社内で記録し、保管しておく実習生チェック票を作成している。実習生チェック票を元に実習最終日の反省会において実習生や学校へ今後の実習生の学校生活における学びに活かせるように課題点を整理し、助言をしている。 イ 評価の観点 エム・エル・エスでは、実習においては、基本能力(以下の4つの観点)に加え、作業能力を基にして、実習生を総合的に評価している。 ・挨拶や返事はできるか ・他の従業員と会話(意思の疎通)ができるか ・失敗したとき、落ち着いて報告できるか ・与えられた仕事への取り組む姿勢はどうか *基本能力と作業能力は、別々の項目となっているが、作業能力においても基本能力をベースに評価している。 ロ 実習チェック票 各事業で作業工程ごとの評価項目を設け、4段階で評価している。 表1【作業能力】*例:リサイクル事業チェック票 表2【基本能力】*例:リサイクル事業チェック票 3 本研究について 現場実習をより充実した取り組みとすることが学校教育に求められていることの一つである。エム・エル・エスで受け入れた特別支援学校高等部生徒の過去3年間の現場実習での評価を調査する。調査結果を基に私自身がエム・エル・エスで体験し、学んできたことを踏まえて学校が現場実習を充実した取り組みとするための在り方を考える。 ① 平成24年度〜平成26年度(7月末まで)の過去3年間の実習生チェック票を調査する。エム・エル・エスの評価の観点である「基本能力」と「作業能力」の関連性を見つけ出す。 ② 調査結果から学校での取り組みの課題点を示す。 ③ 現場実習を充実させる学校の取り組みを考える。 4 実習生チェック票の調査 平成24年度〜平成26年度(7月末現在)までの特別支援学校在学の生徒のみを調査の対象とした。 ○は4段階のうちの高評価、●は低評価であり、①〜④各パターンの評価を受けた実習生の人数を表した。作業能力においては、基本能力をベースとして評価するため、基本能力の各評価パターンの人数のうち、作業能力で高評価を受けた実習生の人数も表した。 *調査対象は、高等部在学の生徒のみであり、教員研修・事業所からの委託訓練生は除いている。 *【基本能力】の評価パターンのうち、該当数0名の評価パターンについては、記載していない。 ○平成24年度 実習生38名 表3 【基本能力】の評価パターン ☆考察 ・挨拶・返事、報連相、働く姿勢全てで高評価12名のうち、11名が作業能力でも高評価である。 ・全体38名のうち、挨拶・返事、報連相で低評価が24名(①+②)と全体の半数以上を占めている。 ・低評価を受けた26名(①+②+③)のうち、作業能力の高評価は12名であり、半数に達していない。 ・前年度に引き続き、今回で2回目という実習生が3名いた。3名とも前年度の実習と比較して作業能力と挨拶・返事、報連相で高評価を得た。 ○平成25年度 実習生18名 表4 【基本能力】の評価のパターン ☆考察 ・挨拶・返事、報連相、働く姿勢全てで高評価4名のうち、全員が作業能力でも高評価である。 ・働く姿勢で高評価が9名のうち、8名が作業能力で高評価であった。 ・全体18名のうち、低評価(①+②+③)が14名と全体の大半を占めている。 ○平成26年度 実習生6名 平成26年7月末現在 表5 【基本能力】の評価のパターン ☆考察 ・挨拶・返事、報連相、働く姿勢全てで高評価3名のうち、3名が作業能力でも高評価である。 ・挨拶・返事、報連相で低評価が2名のうち、全員が作業能力で低評価であった。 ・全体が6名に対して、挨拶・返事、報連相、働く姿勢で低評価が3名であった。 5 調査からわかった点 ・挨拶・返事と報告・連絡・相談の評価は一致する。 ・多くの実習生が基本能力(挨拶・返事、報告・連絡・相談)に課題がある。 ・挨拶・返事、報告・連絡・相談で高評価の実習生は、作業能力でも高評価である。 ・基本能力で低評価の実習生は、作業能力でも低評価である。 ・働く姿勢(意欲力・集中力・継続力)で高評価の実習生は、作業能力でも高評価である。 ・平成24年度の実習生3名が2回目の実習で評価が上がったのは、前回の経験から場面に応じて、どう行動したらよいかが分かったからである。 6 今後の学校での取り組み (1)挨拶をする習慣をつける 調査結果から実習生の多くは、挨拶・返事、報告・ 連絡・相談等のコミュニケーションに課題がある。実習担当者である私への挨拶のみで他の従業員へはしなかったり、挨拶をされたら挨拶を返すのみであったり、同じ人への挨拶は一回きりであったりする。また、教わる際には、教えてくれている人の跡を気の抜けたようなゆっくりとした歩調でついていったり、教わっている時に片足に重心をかけて休めの姿勢をとったりするような実習生が少なくなかった。 このような実習生は、その場で正しい手本を示したり、言葉かけで正しい行動を取ったりするように促せば、その場だけでも正しい行動が取れた。 エム・エル・エスでは一日に何回も同じ人と挨拶をする。学校内においては、馴染みの教員や、学級の仲間等の限定した人だけではなく、校内で顔を合わせる全ての人に何度でも挨拶をすることが習慣となるような支援してはどうか。 (2)仕事に関心を持ち、相談する姿勢を育てる 実習の担当をしていて、作業中に分からないことや疑問に思ったことを積極的に聞いて相談してくる実習生は、仕事をもっと上手くなりたい、仕事に関心があるという意欲の表れであるという印象を受けた。学校においても活動をする度に生徒にその活動を行う意義を考えたり、疑問を持ったりするような状況をつくる。自分から仕事に関心を持ち、生徒の方から相談してくる場面を意図的につくってはどうか。 (3)働く姿勢は経験の積み重ねで育つ 働く姿勢(意欲・集中・継続して取り組める)について課題がある実習生が多い。働く姿勢は、長時間働く体験を積み重ねていくことで身に付く。実際に私は、エム・エル・エスの作業時間に慣れてきたと自分で実感できるまでに2ヶ月はかかった。教員研修で実際に作業を経験した教員からは「3日間という短い研修期間では集中力が身に付いたと実感できない。集中することが最も苦痛だった」という感想があった。学校では、現場実習期間や、作業学習で長時間にわたる仕事の体験を行っているが、実際の企業での仕事を想定して積極的に長時間続けての作業を行う場面を設定してもよいのではないか。 7 おわりに 今回の研究から分かったことは、挨拶・返事等、学校では日常的に徹底して指導・支援をし、校内ではできていることが、校外ではできなくなってしまうということである。今以上に実際の就労の場を想定した状況を校内に取り入れ、日常的に就労の場を体験できるようにする。さらに現場実習を受けることについて、生徒自身が目標や目的を明確に持つことである。現場実習で何を学びたいのかが明確である生徒は、校外である現場実習でも緊張を乗り越えて挨拶をする等、自分の目標を達成したいという真剣さがあるのが私にも伝わってくる。学校は生徒に現場実習の目的を持たせると共に、実習先である企業側に実習中・実習後に生徒のどんな姿を期待しているかという明確な趣旨を持って依頼する必要があると感じた。 デュアルシステム型現場実習を通しての社員、実習生の自己成長について ○伊東 一郎(株式会社 前川製作所 常務取締役) 大石 貴世子・久留 幸子・木所 裕一(株式会社 前川製作所) 1 はじめに 当社は、H19年の一社化を期に特例子会社を作らずH20年から積極的な障害者雇用をスタートした。H21年には東広島工場で5名の障害者を雇用し、当社における積極的障害者雇用の第一歩となった。 その後、都立足立特別支援学校からの要請で2年生からの短期実習、就職を控えた3年生の実習や授業の一環としてのデュアルシステムを茨城県にある当社守谷工場で受け入れてきた。 本報告は、昨年から本社経理部門で千葉県立特別支援学校市川大野高等学園の2年生のデュアルシステムを受け入れているが、当社社員(健常者、障害者)及び生徒達双方にメリットが出ることが分かったので、その報告を行う。 2 市川大野高等学園とのかかわり 千葉県立特別支援学校市川大野高等学園との係わりは、東京都特別支援教育推進室から当社を紹介され、先生が訪問されてからであった。その後、実習可能性のある部署として総務部門と経理部門の担当に聞いたところ、経理部門の課長である大石が将来のある子達なので引き受けても構わないと言ってくれた為、部門長の許可を取り、実際に大石他のメンバーがデュアルシステムの内容説明と現状を確認して実習を始めた。 (1)学校として「デュアルシステム」の目的 ① 学びながら働き、働きながら学ぶ学習形態として学校の中で行う「専門教科」と「本物の職場の中で生徒が目標を持って働く体験(デュアル実習)」の2本立てでキャリア教育を進める。 ② デュアル実習を体験することで、「インターンシップ(職場実習)」の不安軽減や、実習先の職種に興味を持つことができるなど、インターンシップへの準備としての効果にも期待する。 (2)当社としての期待 ① H25年に新卒(精神の手帳取得)として都立青峰学園から経理・総務部門共通で一名(Y君)入社しており、先輩社員であるY君のさらなる成長を促す上でも好機ととらえた。 ② 知的障害のある社員が既に清掃業務に従事しており、清掃の品質チェックは少なくても月に1回部門メンバーに廻って来るので慣れてはいるが、知的障害の生徒が半日、自部門にいると果たして受け入れられるかどうかも気になった。 (3)実施期間 【平成25年度】 ・平成25年11月〜平成26年1月(計6回8名) ・13:00-16:00 ・実習生は流通コースの2年生 【平成26年度】 ・平成26年6月〜平成27年1月(計12回8名) ・基本的に水曜日の13:00-16:00 (15:30-16:00はディスカッション) ・実習生は流通コースの2年生 3 実習内容 (1)パソコン操作を含む作業 ① 実習のポイント 「事務職ってどんな仕事をするのかな?」 「伝票って何?」 という疑問を、実際に体験してもらう。 事務職にはパソコン操作が必須となることを理解してもらう為、実際に行っている業務の伝票発行、伝票入力・入力チェック作業をお願いした。 イ 社内送金依頼書から振替(支払)伝票起伝 ロ エクセル表からの振替用伝票起伝 ハ 会計システムへの伝票入力→入力チェック ニ 会計データから月別勘定科目集計表への入力(エクセルデータ入力) ※上記全て実際の業務内容 (2)ビジネスマナー(今年度より) ① 実習のポイント 企業ではビジネスマナーが非常に重要になることから、入社してからとまどう事がないよう簡単な内容を、先輩社員Y君との間の実習として取り入れた。 Y君が相手役となる為、普段自分が行っている業務を逆の立場から見ることによってお互いに自己成長できる機会と考えた。 イ 業務中の人への声のかけ方 ロ 電話のかけ方(内線電話)(図1〜4) ・内線電話のかけ方の確認(資料読み合わせにて) ・その後、作業終了報告の電話を実際にかける (3)ディスカッション(今年度より) ① 実習のポイント 市川大野高等学園が新設校ということで、実際に会社に就職した先輩の意見を聞く機会がないため、そういう場を提供し、実習生自からが質問をする、会話をする機会を作った。また、Y君も実習生と直接対話することで社会人としての意識が芽生えることを期待した。また、今回のデュアルシステムの実習場所が東京になるため、地元での就職を希望するのか、電車通勤しても希望の職種を選ぶのか?を選択する体験にもなり、その辺も話が出れば面白いと考えた。 イ 先輩社員とのディスカッション (特に議題は設けずフリートーク) (4)Y君作成の電話の掛け方資料 図1 図2 図3 図4 4 実習による生徒とY君の成長について (1)学校への質問とその回答 問1:弊社での実習を体験した後の生徒さんの様子を教えてください。 回答:本校では生徒の職業観を育てることを目的に座学での職業紹介や職場見学等を行っていますが、抽象的思考を苦手とする生徒ですので、あいまいなままでした。貴社での実習を通して、生徒の中で「事務職」に対するイメージが確かなものになりました。 (事務職を希望するならば、貴社での実習のような仕事を8時間行わなければならないことも考えられる、と生徒に話した) 問2:実際に事務職を希望して就職活動をされている生徒さんはいますか? 回答:25年度参加者8名(現在高等部3年生)についてお知らせします。 表1 貴社で実習をさせていただくことにより、曖昧なイメージで事務職を希望している生徒が希望職種変更となりました。このことにより、就職先のミスマッチを事前に防ぐことができました。 問3:先輩社員との質疑応答についてのご意見、ご感想をお聞かせください。 回答:貴社社員様からのお話は、本校生徒にとって非常に有益なものと考えおります。実習後に「こんな話を聞いた」と生徒同士が話している姿を何度か見る事ができました。仕事への姿勢や心構え、コミュニケーションの取り方などについて、学校でも同様な事を生徒へ伝えていますが、指導者(教師)から伝えられることと、実際に障害を持って働いている年の近い先輩から伝えられることでは、生徒の受け止め方(響き方)が違うようです。 (2)実習生とY君の係わり ① ビジネスマナー実習で使用する説明書及び日報作成について 説明書はY君が得意な絵を交えて、まず自分が見てわかるように作成してもらった。彼自身が分かる難しい漢字も「実習生が分かるようにひらがなにしてください」と指示すると納得して修正し、何度も修正依頼をしたが、その都度快く修正してくれた。その他、Y君が担当している作業の手順書作成についても「実習生が使用するかもしれません。」と伝えると、納得してより分かりやすい作業手順書に修正してくれた。 ② ディスカッションについて Y君は人に何かを伝えることが苦手で、後輩とのディスカッションについて次のような感想をもっている。 イ「得意ではないが、嫌ではない」 ロ フリートーク形式のため、当日いきなりの質問に答えることは、うまく自分の言葉にできず難しい。(言葉の選択が難しい) なんとかニュアンスは伝えるようにしている。 ハ 気持ちは理解できるので、自分のことを振り返りながら話しをしている。 ニ キラキラしていて刺激になっている 先輩社員と実習生との対話 (3)Y君の成長と課題 前述の通り、Y君も一生懸命実習生の質問に答えているが、実習生の顔より同席するメンバーの顔を見て話をするところが課題の一つである。その他、通常業務では1年間で次の通り成長した。 ① 各担当部署で効率よく作業し、余った時間があった時には進んで違う作業に取り組むなど積極的な行動ができるようになった。 ② 入社当時指導を受けた方が退職し、その方の業務をY君だけではなく他の社員へも引継ぐためにY君から作業を教えてもらう事があったが、細かく丁寧に教えてくれ、自分の不得意作業を社員にお願いして、自分の得意作業を任せてください。と伝えることができた。 ③ 担当する仕事にも慣れてきた為、新しい仕事もチャレンジしている ・書類引取り作業 商工会議所への外出(電車を乗り継いでの外出)初回は社員が同行、2回目からは一人で外出。 ・名刺作成、発送 ・他部署からのデータ入力作業 5 生徒とY君を指導する立場から 実習に参加する生徒は、緊張しながらも一生懸命作業しており、忘れていた入社した頃の初心を思い出すこともあった。 (1)実習中、大きな声を出してしまう生徒にはどの様に対応してよいのかわからず、驚くばかりだったが、障害特性としてそのような生徒がいることを知ること自体勉強になった。 (2)指導側としては、相手に合わせて対応する大切さがわかり、教えているはずが生徒から教えられていることが沢山あった。 (3)実習によって、自分の夢と現実に向きあわなければいけないことになってしまうが、それで良いのかと思うときもあった。 (4)全員が希望職種に就ける訳ではないが、今の経験を糧に、希望する会社に全員が入社できることを願っている。 6 おわりに 当社の積極的な障害者雇用については、役員会で決まったものの全社員が両手を挙げて賛成したわけではない。現在でもまだ不安を感じて積極的に関わりたくない社員もいるとは思うが、本社では全役員も含め全ての社員が、ジョブサポーターとなっているため、少なくても本社にいる限り、施設管理で清掃を担当する知的障害者から品質チェックを求められれば、否応なく彼らと会話し、その出来具合をチェックしている。そのことが、いつのまにか社員個々人の中にある障害者に対する気づかぬバリア(意識)が無くなってきたように思う。今では、障害者を健常者、高齢者と同様の仲間として受け入れる土壌が醸成されている。そのことが、本社の経理部門で特別支援学校2年生のデュアルシステムの実習を受け入れるベースとなったと考えている。また、都立足立東高等学校の様に体験学習として、学校内に模擬的な会社を作り、実際に働く体験学習をプログラム講座として開設し、成果を上げているところもある。1) 職業コースを持っている特別支援学校でも、いきなりデュアルシステムの実習をおこなうよりは、2年次前期のデュアルシステム実習前に必要なビジネスマナーをワーク・チャレンジ・プログラムで組んでみてはどうだろうか?そうすることで、生徒達は自信を持って1日しかない実習そのものに取り組むことが出来、企業側でも知的障害者に対する印象が変わり、職域を広げる上では有利になると思われる。 また、障害を持っていても、支援学校の職業コースに進ませ、早いうちに就労を目指すべきだと考えている保護者の願いや、働く意欲がある生徒達には、企業側として積極的に実習を受け入れるべきだと考えて入る。 その上で、やりたいことと実際に出来ることの違いを自ら感じ取ってもらい、出来ないところは何か?先生もそれを知り就労する上で必要なスキルをしっかり教え込んで頂きたい。 大手企業のほとんどが、特例子会社を作って障害者雇用率を高めているのが現状だとは思うが、当社(本社)においては入社後も定期的にスキルチェックとビジネスマナー等の社会人ルールの指導を続けている。そのため、企業の中に障害者がいるのが当たり前で、それを個性と捉え社員が自然体で接してくれている。その結果、知的障害を持っている社員達は毎日、驚くほど元気に生き生きと仕事をしている。 【参考文献】 1)大塚千枝、林眞司;第2学年体験学習におけるワーク・チャレンジ・プログラムについて「第21回職業リハビリテーション研究発表会論文集」p.186-189,(2013) 【連絡先】 伊東一郎 株式会社前川製作所 役員席 tel:03-3642-8090 e-mail:ichiro-ito@mayekawa.co.jp 就労支援に携わる人材育成の現状と課題 −文献レビューと学生へのアンケート調査から− ○大川 浩子(北海道文教大学人間科学部作業療法学科 准教授/NPO法人コミュネット楽創 理事) 本多 俊紀(NPO法人コミュネット楽創) 1 はじめに 就労支援に携わる人材育成について、既に海外では大学院レベルの教育が行われている。しかし、日本では平成21年度より社会福祉士カリキュラム(選択科目)として「就労支援サービス」の科目が配置されたが、時間数は15時間と他の科目よりも少なく、実践面での重要性がカリキュラムに反映されているとは言い難いと指摘されている1)。小川は、高等教育における人材育成の遅れの背景に、就労支援体制の強化で職域は広がったが、各事業における任用基準のハードルが低く、就労支援の仕事を行う上で、大学での専門教育が必ずしも必要とされている状況ではないと述べている1)。 また、精神障害、発達障害、難病と就労支援の対象が広がる中、多岐にわたる知識・スキルが求められるが、就労支援実践者の人材育成の課題として支援者の支援に対する視点や習得スキルは多様であり、研修受講の機会についても差があることが知られている2)。更に、就労支援を担当する職員の処遇やキャリア形成への配慮の必要性も言われており3)、まさに人材育成の課題は就職前から就職後まで山積していると言える。 今回、日本における就労支援に携わる人材育成の現状と課題を検討する目的で、就労支援に携わる人材育成に関する文献レビューをし、報告する。更に、大学の講義で就労支援を紹介した際の学生アンケート結果を踏まえ、高等教育における人材育成の課題について考察した。 2 就労支援に関する文献レビュー (1)手順 2014年7月9日に医中誌Webで「職業リハビリテーション 人材育成」「就労支援 人材育成」「職業リハビリテーション 養成」「就労支援 養成」のキーワードで文献検索を行った。文献の種類、年代の範囲については指定しなかった。 (2)結果 「職業リハビリテーション 人材育成」では48文献、「就労支援 人材育成」では28文献、「職業リハビリテーション 養成」では22文献、「就労支援 養成」では20文献がヒットし、重複を除くと92文献になった。その後、抄録及び原文を読み、障害当事者への就労支援に携わる支援者の人材育成に関する文献を抽出し、26文献が残った(表1)。 表1 文献の年代と種別 2002年から該当文献があり、年間0〜3文献であるが、2009年が9文献と突出していた。論文種別では解説が20文献と最も多く、原著、会議録、座談会が各2文献であった。また、筆頭著者の所属が大学及び行政である文献が19文献であった。 掲載雑誌では、職業リハビリテーションが7文献で最も多く、リハビリテーション研究、作業療法ジャーナルが各3文献と続いた(表2)。 更に、各文献の内容について分類を行った(表3)。内訳は、特定のテーマに関する人材育成が13文献で、テーマは職種別、領域別、介入法であった。職種別では、独自の資格(役割)に関する人材育成が4文献と多く、独自の資格(役割)としては、「障がい者就労支援コーディネーター」「ワークサポート専門員」「復職コーディネーター(脳卒中後)」「生活版ジョブコーチ」であった。障害種別では発達障害が4文献と最も多かった。そして、日本の人材育成の現状は調査を含めて9文献で、内容は人材育成に関する報告と課題が主であった。特に、現状として人材確保(処遇等を含む)にふれている文献が複数認められた。 表2 掲載雑誌と論文数 表3 文献の内容分類 3 大学生に対するアンケート調査 本学では、人間科学部の教養科目として「現代社会総合講座」を設けており、1年生の必修科目として開講していた(〜2010年度)。この科目は、主の科目担当者以外に人間科学部4学科(健康栄養、理学療法、作業療法、看護)の教員が各回の講義を担当していた。今回のアンケート調査は、演者が担当した2009年度の講義で市民活動に関する講義を実施し、その中で就労支援について紹介した際のものである。 (1)手順 まず、講義開始時に、アンケートに関して使用目的、個人情報の保護、回答による不利益が生じないこと等を学生に説明した。 その後、市民活動に関してパワーポイントを用いた講義を行い、市民活動の実践例として、①障害のある方への就労支援、②WRAP(Wellness recovery action plan)、③夜のお茶の間の三つを紹介した。 講義終了後、アンケートを回収した。アンケート内容は、①市民活動について、②障害のある方への就労支援について、③リカバリー・WRAPについて、④夜のお茶の間について、の4領域に関し、9項目(選択式)を尋ね、講義全体の感想を自由記載してもらった。 (2)アンケート結果 記載もれ及び記載ミスのない計354名(健康栄養学科137名、理学療法学科92名、作業療法学科41名、看護学科84名)分を分析対象とした。 「あなたは障害がある方への就労支援について聞いたことがありますか」の項目では、「聞いたことがあるし、よく知っている」と回答した学生は47名(13.3%)で、「名前を聞いたことはあるが、詳細は知らなかった」が206名(58.2%)、「この講義で初めて知った」が101名(28.5%)であった。なお、作業療法学科で「聞いたことがあるし、よく知っている」学生の割合が高かった(図1)。 図1 各学科の就労支援に対する認知度 次に、「もし、障害のある方への就労支援に関わる機会があるとした場合、あなたはどうしますか」の項目では、「ぜひ、関ってみたい」が103名(29.1%)、「機会があれば、関わりたい」が209名(64.7%)、「関わりたいと思わない」は22名(6.2%)があった。両項目でクロス集計したところ、就労支援について名前は聞いたことがあり、機会があれば関ってよいと考えている学生が約40%と最も多かった(表4)。 表4 就労支援の認知度と関わり 更に、「将来、自分が専門職になった場合、自分の専門性を生かしてプロボノ(自らの専門知識や技能を生かして参加する社会貢献)活動をしてみたいと思いますか」という項目では、「ぜひ、活動してみたい」が135名(38.1%)、「機会があれば、活動してみたい」が200名(56.5%)、「活動したいと思わない」が19名(5.4%)であった。前述の就労支援への関わりとのクロス集計の結果では、いずれについても機会があれば関わりたいと回答した学生が約40%であった(表5)。 表5 就労支援への関わりとプロボノ活動 4 考察 (1)就労支援に関する文献レビュー 今回、2009年の文献数が最も多いことが示された。2009年は障害者自立支援法の見直しを実施した年であり、そのような背景から、就労支援に携わる人材育成の文献数も増加したと考えられた。 また、多彩な雑誌で就労支援に携わる人材育成が取り上げられ、障害当事者に対する就労支援について興味関心を持つ領域や対象は広がっていると思われた。しかし、最も掲載数が多い雑誌は「職業リハビリテーション」であり、次点の雑誌の2倍の文献数であった。また、筆頭著者の所属が大学や行政である文献が19文献であった点からも、就労支援に携わる人材育成の課題に着手している者は、職業リハビリテーション(または就労支援)に専門性をおく一部の研究者等になっていることが推測され、現場の管理職が考える人材育成と乖離している可能性が考えられた。更に、対象文献の大半が解説であり、実践や根拠を示す原著論文や会議録はわずかであった。今後、現場レベルでの就労支援に携わる人材育成の報告や調査の充実が課題解決の一つの方法であると思われた。 文献内容の分類では、特定のテーマを持つ人材育成の文献が多かった。これは、就労支援に携わる人材に対し多岐にわたる知識・スキルが求められ、障害領域や現場ごとに独自に細分化されているとも考えられる。「障害者の一般就労を支える人材育成のあり方に関する研究会報告書」4)では、就労支援に関る知識やスキルは、①役割や職務の違いを超えて専門人材としての共通した基本的なものと、②役割や専門性の違いに応じて付加することが望ましいもの、が階層的に構成されていることを述べた上で、就労支援員の育成カリキュラムが提示されている。この相違も、就労支援に携わる人材育成について、研究者等と現場で求めるものの乖離を示していると思われた。 そして、日本の現状に人材確保や職員の処遇も含まれていた。人材育成には知識・スキルの教授以外に、安心して学ぶことができる環境整備も必要である。既に、障害者就業・生活支援センターの正規職員率が低く、就労移行支援事業所の就労支援員の経験年数が低いことが示されている5)。この点からも、処遇が整うことで長期的なキャリアを形成することが可能になり、現場における人材育成が促進されると考えられた。 (2)大学生に対するアンケート調査 各学科の就労支援に対する認知度で作業療法学科の学生の認知度が最も高かった。1年生後期は教養科目が多いが専門科目も既に開講されている。講義で職業リハビリテーションにふれる機会がある、作業療法学科の学生が就労支援に対する認知度が最も高いことは当然の結果であると思われた。 しかし、学生全体の傾向として、機会があれば就労支援に関ってもよいと思う学生が約40%を占めており、将来のプロボノ活動と同様の結果を示していた。岩永ら6)は、工学部の学生に職業リハビリテーションの講義を行った結果、講義前に関心等が低かった学生においても障害者雇用に対し社会的な意義を見出すように変化したと報告している。今回の結果も、学生が「就労支援」を知ることで、就労支援に直接携わる人材ではなくても「機会があれば関わりたい」と思い、結果として障害者雇用の促進への一助となる可能性が考えられた。先述の文献レビューにおいても就労支援に対し興味関心を持つ領域が広がっていることが推察されており、このような取り組みは就労支援に携わる幅広い人材育成に有益であると考えられた。 (3)高等教育における人材育成について 文献レビューの結果から、就労支援に携わる人材育成の現状は、多岐にわたる知識・スキルが求められながらもシステム整備の部分では不十分な状況にあると考えられた。その背景として、現場レベルでは就労支援について専門性が必要であるとは十分に認識されていない可能性や、安心して学び、長期キャリアを形成するための処遇も含めた環境整備の不十分さがあると思われる。 また、高等教育におけるカリキュラム開発で示された問題点として、エビデンスの必要性、開講にかかわる教員、時間割、資格制度等があげられている7)。本研究をはじめとする限定的な科目やトピックスとしての導入することは、現状でも可能であるが、専門性のある人材を育成することは難しい課題があると考えられる。更に、就労支援の仕事を行う上で、大学での専門教育が必ずしも必要とされている状況ではない2)ことも高等教育での人材育成を阻んでいると思われる。 これらのことを踏まえ、まず、職業リハビリテーションや就労支援におけるエビデンスを蓄積し、専門性が必要な領域であることを示していく必要があると思われる。同時に、現場のレベルで実践する職員の長期キャリアを考えた処遇や組織、作りを行い、人材育成のシステムを活用できるための環境整備必要があると考えられた。 職業リハビリテーション人材育成の仕組みは、①実践サービスを提供する仕事に就く前の大学等における教育という意味での「プレ・サービス教育」と、②実際に障害者職業センター等に就職してから職場研修等の機会を利用して学習する「イン・サービス教育」に分けることができると言われている8)。この「プレ・サービス教育」と「イン・サービス教育」の両者が充実することが、人材育成において目指す目標であると思われる。 【文献】 1)小川浩:職業リハビリテーション分野における人材養成の動き 「リハビリテーション研究№156」,p.28-33,(2013) 2)松為信雄:職業リハビリテーションに携わる人材の育成 「職リハネットワーク№66」,p.1-3,(2010) 3)松為信雄:労働行政関係の動き 「リハビリテーション研究№156」,p.4-9,(2013) 4)厚生労働省:障害者の一般就労を支える人材育成のあり方に関する研究会報告書 http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/03/dl/s0301-2a.pdf(2009) 5)厚生労働省:障害者の一般就労を支える人材に関する実態調査結果報告 http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/03/dl/s0301-2c.pdf(2009) 6)岩永可奈子・他:職業リハビリテーション教育による工学部大学生の障害者雇用に関する態度変容 「第21回職業リハビリテーション研究発表会論文集」,p.104-107,(2013) 7)堀川悦夫:障がい者の就労支援に関する高等教育カリキュラムの開発-佐賀大学障がい者の就労支援コーディネーター養成- 「職業リハビリテーション第23巻」,p.50-54,(2009) 8)八重田淳:人材育成 「職業リハビリテーションの基礎と実践 障害のある人の就労支援のために」,p.54,中央法規,(2012) 【連絡先】 大川 浩子 北海道文教大学人間科学部作業療法学科 FAX:0123-34-0057 E-mail:ohkawa@do-bunkyodai.ac.jp ワークサンプル幕張版(MWS)の新規課題開発の取り組み −開発の経緯と概要について− ○森 誠一(障害者職業総合センター 主任研究員) 加賀 信寛(障害者職業総合センター) 内田 典子(東京障害者職業センター) 下條 今日子(栃木障害者職業センター) 中村 梨辺果・鈴木 幹子・松浦 兵吉・前原 和明・望月 葉子・松本 安彦(障害者職業総合センター) 1 はじめに 当機構の障害者職業総合センターで開発されたワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)は、「事務作業」「OA作業」「実務作業」に大別された13種類によって構成されている(表1)。作業の疑似体験や職業上の課題を把握する「評価ツール」としてだけでなく、「作業遂行力の向上」や「障害の補完方法の活用」「セルフマネージメントの確立」に向けた支援ツールとして活用され、平成19年度より外部機関にも市販化されている。 一方、MWS開発当初は高次脳機能障害者を主な対象として開発された経緯があるものの、職リハを取り巻く昨今の変化として、特に求職または休職中の精神障害者や発達障害者の就業支援ニーズの高まりを背景として、多様な障害者に効果的に活用できる支援ツールとして期待されている。 このため、当研究部門において平成24年度に取りまとめた「障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査」(以下「基礎調査」という。)1)の結果を踏まえ、既存のMWSの改訂作業と併せ、MWSの新規課題の開発に取り組んでいるところである(平成25年4月〜平成28年3月)。本発表においては、新規課題の開発の経緯とその概要について報告する。 表1 MWSの種類 2 開発の経緯と概要 (1)改訂・開発ニーズの把握 当研究部門では、基礎調査において、MWSを活用している広域障害者職業センター及び地域障害者職業センター(以下「広域・地域センター」という。)の障害者職業カウンセラーや関係機関の支援スタッフを対象としたアンケート調査やヒアリング調査の結果の取りまとめを行った。 その内容とその後のMWS改訂作業(既存のワークサンプル課題の改訂)の進捗状況については、前回の第21回職業リハビリテーション研究発表会にて報告したところであるが、既存のMWSの改訂ニーズとしては、知的な発達の遅れを伴わない発達障害者や復職支援対象の精神障害者等を念頭に、「難易度の高いレベルを増設する」「課題の量を増やす」こと等が主な要望として挙げられた。 なお、既存の13種類の課題以外の新規課題の開発ニーズとしては、①「就職先企業で従事する仕事に類似した、より現実的で臨場感を伴うワークサンプル課題(ビジネス文書作成、出退勤確認作業、ファイリング、テープ起こし、郵便物仕分け、清掃の作業等)」の開発、②「複数のワークサンプルを一連の流れに組み合わせた、臨場感のある作業」「社会的スキル(相談、質問、報告等のコミュニケーションスキルなど)の要素を取り入れた作業」に対する要望が多く寄せられた2)3)。 (2)改訂・開発の進め方 改訂・開発にあたっては、広域・地域センターの障害者職業カウンセラーやMWSを活用している外部機関の支援者を委員とする「既存課題改訂検討部会」「新規課題開発部会」の二つの作業部会を設置した。各部会では、①改訂・開発案の検討および情報収集、②各委員の所属施設の支援対象者への改訂・開発課題の試行とデータの収集を行うことなどを目的として運営することとした4)。 (3)開発のコンセプト 上記2の(1)の新規課題の開発ニーズ、当研究部門での検討、作業部会での情報収集や意見等を踏まえ、開発課題を選定し、作成を行った。 まず、新規ワークサンプルの開発に際しては、①知的障害を伴わない発達障害者や復職を目指す精神障害者等への活用を踏まえた難易度の設定、②MWSの構造を踏まえた実現可能性、③標準値(一般健常者の作業時間、正答率)の提供、④コスト面(製造コスト、支援者側の実施上の負担)、などを考慮して、各領域(OA作業、事務作業、実務作業)毎に、1種ずつ3種類の課題を選定し、開発することとした。 もう一方の開発ニーズである、「複数のワークサンプルを組み合わせたグループ作業」「コミュニケーション等の社会的スキルの要素を取り入れた作業」については、現行MWSのコンセプトにない仕組みと考えられる。このため、課題の設定や評価基準のあり方等を含め、どのような位置づけで開発すべきか、継続的に検討を進める方針とした5)。 なお、開発の工程と進捗状況については、表2のとおりである。 表2 開発の工程、進捗 (4)新規開発課題の概要 現在開発中の課題、作成に向け検討中の課題の概要については表3のとおりである。 なお、開発中の新規ワークサンプルの3課題(「社内郵便物仕分け」「給与計算」「文書校正」)の開発経緯や具体的な内容等については、今回のポスター発表にて、それぞれ報告することとしている6)7)8)。 表3 新規開発課題の概要 3 今後の予定 (1)事前試行の実施 「社内郵便物仕分け」「給与計算」「文書校正」の新たな3課題については、今年度、一般成人を対象に“事前試行”を実施することとしている。すでに一部の課題(「社内郵便物の仕分け」)において開始しており、作成面での問題点等の洗い出し、難易度(レベル)の体系性の確認や負荷による疲労の度合等の把握を行うことを目的としている。 (2)支援対象者への試行 次に、“事前試行”の結果を踏まえた検討や課題の修正を行った後、研究協力機関の“支援対象者への試行”を行うこととしている。難易度(レベル)の体系性等の確認、実施データの分析を踏まえ、支援対象者に実施する際の更なる改善を図ることを目的としている。 (3)グループ作業等の開発 「複数のワークサンプルを組み合わせたグループ作業」「コミュニケーション等の社会的スキルの要素を取り入れた作業」のニーズについては、これまでの検討を踏まえると、現行MWSの構造との整合性(課題の設定の仕方や基準値の提供等)を担保することが難しい面も想定される。 このため、現行MWSの枠組みとは異なる位置づけとして、開発に向けた検討を更に進める予定としている。 (4)標準値の算出等 新たな3課題については、“支援対象者への試行”を実施後、必要な修正等を加えた上で、標準化に向けた健常者データの収集、統計解析を行い、MWSを構成する新たなワークサンプルとして整備を図ることとしている。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:資料シリーズ№72 「障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査」(2013) 2)内田典子他:ワークサンプル幕張版改訂に向けた基礎調査(1)−広域・地域障害者職業センターの調査結果から−「第21回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.408〜411,(2013) 3)森 誠一他:ワークサンプル幕張版改訂に向けた基礎調査(2)−関係機関に対する調査結果から−「第21回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.412〜415,(2013) 4)下條今日子他:ワークサンプル幕張版の改訂・開発について その1−ワークサンプル幕張版改訂に向けた基礎調査の結果を受けて−「第21回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.416〜419(2013) 5)中村梨辺果他:ワークサンプル幕張版の改訂の試み 「第42回日本職業リハビリテーション学会発表論文集」(2014) 6)加賀信寛他:ワークサンプル幕張版(MWS)の新規課題開発の取り組み その1−社内郵便物仕分けについて−「第22回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集」(2014) 7)中村梨辺果他:ワークサンプル幕張版(MWS)の新規課題開発の取り組み その2−給与計算について−「第22回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集」(2014) 8)前原和明他:ワークサンプル幕張版(MWS)の新規課題開発の取り組み その3−文書校正について−「第22回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集」(2014) 職業リハビリテーションにおける応用行動分析学の活用について −シングルケースデザインを用いた支援事例を通じて− 佐藤 大作(山口障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 背景と問題 就労支援に携わる専門職には、専門性向上が求められている。平成23年11月〜平成24年7月には「地域の就労支援の在り方に関する研究会(第1次研究会)」が開催される等、職業リハビリテーション(以下「職リハ」という。)に従事する専門職の専門性向上に向けた機運はますます高まっている。その背景には精神障害、自閉症スペクトラム障害、高次脳機能障害等、就職困難性の高い障害者からの支援ニーズが増え、課題に応じたオーダーメイドの支援が本人、事業主から求められていることが挙げられる。 では、専門性向上とは、具体的に何ができるようになることを指しているのだろうか。また、効果的に専門性の向上を図るにはどうしたらよいのだろうか。専門性向上に影響のある要素として「支援者が試行錯誤して得た経験や工夫の積み重ねを支援者間で共有できること」が挙げられる。ある支援者の「試行錯誤」を、支援者個人の“個人芸”に終わらせずに支援者間で共有し、着実に積み重ねていけるのか、それとも毎回行き当たりばったりで最初から始める非効率な支援を行うのかの違いによって専門性向上に大きな差が出るのではないだろうか。 支援者間の経験・工夫の共有化には以下の2点がポイントになると考えられる。1点目は「支援課題の原因を考える際、支援者間で同じ視点を持っていること」、2点目は「客観的事実に基づいた支援を行うこと」である。支援者個人の経験や勘、直感だけに基づいた原因推定や解決策の立案がされていたり、支援効果がエピソードだけで示されている場合、支援者間での共有は難しいものになると思われる。 2 目的 私は、上記の2点をカバーするものとして、行動分析学に着目した。 行動分析学(behavior analysis)とは、心理学の一体系で「人間を含めた動物全般を対象として、行動の原理が実際にどう働くかを研究する学問」である1)。行動分析学では「どんな行動が、どんな環境で、どのように学習されるか」について、基礎研究と応用研究が積み重ねられてきた。基礎研究で発見された「行動の原理」を、現実社会の問題に応用して解決を図る活動は応用行動分析学(Applied Behavior Analysis)と呼ばれている。現在までに療育、医療、ビジネス、スポーツ、動物行動等、様々な分野で応用研究と実践が進んでいる。 一方、職リハ分野において行動分析学の活用状況はどうだろうか。過去10年(平成16年〜平成25年)の職業リハ研究発表会の論文では、行動分析学に何らかの関連のある発表は、全934件の発表のうち、6件であった。以前は、同発表会で行動分析学関連のテーマで一分科会を占めていたこと2)やトータルパッケージの基礎理論として活用されるといったこともあったが、他分野に比べると、現在は行動分析学に基づいた職リハの実践活動はかなり少ないと言える状況である。 今回、1事例への支援報告を題材に職リハ分野における行動分析学の活用の有効性と活用に向けた課題について考察し、職リハ専門職の専門性向上を図るための要点について検討したい。 3 方法 (1)対象者 対象者は、山口障害者職業センター(以下「山口センター」という。)職業準備支援を利用したてんかんを有する20才代の女性Aである。山口センター来所前には独自に就職活動を行っていたが不調に終わり、ハローワーク、障害者就業・生活支援センターでの相談を経て、山口センターの利用に至った。発作は服薬により概ね抑えられていたが、小発作はたびたびあった。職業準備支援では主にコミュニケーション、服薬行動、作業効率の向上を目標に取り組んだ。本稿では、作業効率向上の取り組みについて取り上げる。 (2)課題の概要 作業効率の向上については、疲労の蓄積が発作の誘因でもあったため、本人の体調や体力を見ながら、支援を行った。その過程で、作業時間に対する作業量の少なさが問題となり、観察の結果、作業そのもののスピードではなく、作業と作業の合間の準備に時間がかかり過ぎていることがわかった。作業効率の向上については、本人の体調や体力を勘案しながら、進める必要があったため無理はできないが、作業の合間の時間を短縮することで、作業時間全体でみた場合の作業効率を高めることができるのではないかと考えた。 (3)課題の設定 トータルパッケージの「請求書数値チェック」を用いて、作業時間の短縮に取り組んだ。指標には1試行目の課題を終え、次の試行を開始するまでの時間を用いた。具体的にはAが作業終了時にストップウォッチを押してから、次の作業開始時のストップウォッチを押すまでの時間を指標とした。数値チェックは各レベル全12試行あるので、計測は11回で1セットとなっている。作業レベルは変えず、レベル1の12試行を実施した。 (4)実験デザイン:ABCデザイン 実験デザインとは、データ収集及び分析の方法論のことである。大別するとグループデザインとシングルケースデザインがあり、行動分析学では、シングルケースデザインがよく用いられる。本稿ではシングルケースデザインの中でも複数の介入効果を検討する際に用いられる「ABCデザイン」を使用した。 ①ベースライン 介入前の現状記録である。 ②行動随伴性の分析 ベースラインの状況について、随伴性ダイアグラム3)で整理した。その結果を元に、課題となる行動の原因推定を行い、介入方法の検討を行った。 ③介入 イ【介入1】一度に提示する課題数を減らす それまで12試行を1セットで渡していた同課題を5試行で1セットにして本人に提示した。 ロ【介入2】アシスタントによる先行モデリング 作業準備の流れについて、課題分析を行い、その結果を手順書にまとめた。その上でアシスタントが、手順書に従ってAに対して作業準備のモデリングを実施した。手順書はAには提示しなかった。達成基準はベースライン時に最も短い時間だった20秒以下とし、5回連続で達成とした。 ハ【介入3】手順書の提示 介入1、2で達成目標に到達できなかった場合に、手順書を提示し、参照しながら作業を行うこととした。 4 結果 ベースラインと介入の結果を図1にまとめた。グラフの横軸は試行数、縦軸は作業間にかかった所要時間を示している。ベースラインでは、最高値80秒、最低値20秒で試行ごとの変動の大きさが見られた。観察の結果、作業遂行に関係のない手順を加えていることが要因であると推測された。Aは、作業間の準備に「書類の位置を整える」「バインダーの下に請求書を置く」等、様々な手順を行っていた。そのうちの一つ「バインダーの下に請求書を置く」の原因を随伴性ダイアグラムで整理し(図2)、整理した結果を元に介入方法を検討した(図3)。 図1 介入前・介入後の所要時間の推移 図2 介入前(ベースライン)の状況 図3 介入(解決策)の検討 介入1では、一度に提示する課題数を12試行から5試行に減らした。その結果、達成目標の20秒を下回る結果も見られた。その後再び12試行に戻したところ、準備時間に時間がかかるようになっていた。このことから一度に提示する課題の量は作業時間に影響を与えていることが考えられた。介入2では、アシスタントによる先行モデリングを実施した。その結果、達成目標よりやや上回るものの大幅に時間が短縮され、変動幅も小さくなった。 変動幅が小さくなったこと、時間が短縮されたことから、4日間の間をあけて、再度、介入2を実施した結果、達成目標の20秒以下の回数が増え、目標を達成した。達成目標を5回連続で達成したため、介入3は実施しなかった。 5 考察 今回、シングルケースデザインを用いた支援結果から職リハでの行動分析学の活用の有効性と課題点について考察した。 (1)有効性について ①問題状況の正確な把握(記録を取る意味) 行動分析学では、行動の観察と記録・測定を重要視し、記録に基づいて介入の有効性等を判断する4)。今回、介入前に指標を決め、記録を取り、グラフ化したことは正確な実態把握の方法として有効であった。最も効果を感じた点は、問題の有無や影響を視覚的に判断できたことである。今回の問題の出発点は「作業の合間に時間がかかっている」「作業効率が悪いようだ」といったアシスタントの評価であったが、グラフ化したことで「毎回時間がかかっているわけではなく、スムーズに次の作業に取り掛かれる場合もあること」「スムーズにできる場合もあるので、効率的な手順がわからないという知識の問題ではない可能性があること」「若干ながら時間短縮に向かっている傾向が窺えること」がわかった。このようにグラフ化して初めて課題の実態把握が容易になると言える。例えば、ジョブコーチ支援で不適応行動があった際、事業所から問題行動について過大または過小評価を聞くことがある。問題の訴えを聞いてすぐに支援を行うのではなく、まず記録を取ることで問題の過大評価あるいは過小評価を避け、より優先順位の高い問題に専念できるのではないだろうか。 ②介入方法の検討(記録に基づいて決める) 記録を取ることで、介入前後の変化の過程を正確かつリアルタイムに把握することができた。そのため、その介入方法を継続すべきか、変えるべきか、次の一手を検討できた。また、たとえ介入効果が見られなくても、それとすぐにわかり、効果のない介入を続けることを避けることができる。それは、障害者本人への負担が減り、限られた支援資源の有効活用にもつながるだろう。また、記録は本人や事業所との情報共有にも使えるのではないだろうか。今回の結果をAにフィードバックしたところ「自分なりの工夫をする方が速くなると思っていたが、違ったようだ」とのことだった。事業所に対しても支援効果や進捗等を伝える際、説得力ある情報源になると思われる。 ③問題と解決策の検討(行動随伴性の分析) 行動分析学では、行動の原因を考える際、行動随伴性の分析を行う。行動随伴性とは「ある条件の下で、ある行動をすると、ある環境の変化が起こるという行動と環境との関係」のことである。ある行動の原因を考える際、個人の資質や能力、性格等にその原因を求めず、個人と個人を取り巻く環境との関係に目を向けて何故その行動を行うのかを考えることは支援を行う上で欠かせない視点である。このような考え方の枠組みを持つことで作業準備に色々な手順を入れるという行動の原因をAのこだわりや障害特性、性格と捉えることなく、原因の検討や解決策を考えることができた。 ④介入効果の見極め(変数を特定する) 今回の事例では、介入1、2を実施した際、所要時間が短縮した。だが、厳密に言えば、この結果だけでは介入に効果があったとは言えない。今回の手続きでは介入以外の要因により時間短縮された可能性が排除できないからだ。ただし、行動分析学では今回と同一の介入を作業種や作業場面を変えて実施し、有効かどうかを確かめる等、介入効果を特定する方法が確立されている。職リハは対象となる障害は同じでも、個人差が大きく、同業種に就職しても個人を取り巻く環境に大きな違いが出る場合もある等、個別要素が強い分野である。困難性の高い障害者への支援では個別性の高い支援を求められる。その際、その対象者個人に効果のある介入を特定できるかどうかは支援に大きく影響すると思われる。 (2)行動分析学を活用する際の課題点について ①記録を取ることにかかるコスト問題 記録を取ることは手間(コスト)がかかる。一方「いかに客観的な記録が取れるか」は行動分析学での要諦である。今回の事例は職業準備支援の場面であったため、比較的自由に環境設定や観察ができた。しかし、事業所では物理的、人的にも制限があり、行動の記録を取るには工夫が必要である。職業リハよりも先行している教育、医療、ビジネス等の分野ではその分野に適した記録の取り方の実践事例が多数ある。どのような指標を設定し、いかにコストをかけずに記録を取るか等について、職リハ独自の実践と工夫の積み重ねが必要となるだろう。 ②行動分析学独自の行動観をどう獲得するか 行動を記録し、その原因を考える際、行動分析学独自の行動観を身に付ける必要がある。今回の事例でも、例えば「準備に時間がかかっている」「準備が遅い」は行動とは言えない。行動分析学には何が行動なのかを特定する死人テスト5)もあるが、行動分析学的行動観を身に付けるためには、そのための学習と実践に対するスーパーバイズを受けられる仕組みが必要と思われる。 6 まとめ 困難性の高いケースからの支援ニーズが増えている現状を考えると、職業リハに従事する専門職の専門性をどう向上させるのかは避けては通れない課題である。冒頭で「専門性向上とは具体的に何を指すのか」と問題提起をしたが、今回の事例を通じて言えることは「専門性向上とは、根拠(研究)に基づいた実践を行える力を身に付けること」ではないだろうか。支援者として、最も大切なことは支援がうまくいかなかった場合でも、その理由を考える枠組みを持っていて、改善策を検討できることではないだろうか。その枠組みとは「なぜ、そうなるのか」という根拠、原理のことである。本事例への支援を通じて、この原理を提供するものとして行動分析学は非常に有効なものと考える。また、知識を共有する上で支援者間で共通言語を持っておくことは必要になるのではないだろうか。その点においても不要な概念や原理、仮説を使わない「節約性」を重んじる行動分析学は優れていると言える。 以上のように実践と知識に基づいた専門性を向上させるには職業リハにおいても、行動分析学の視点や方法論は役立つものと思われる。今後は、職リハにおいて行動分析学に基づいた多くの実践を積み重ね、それを共有する取り組みをどう進めていくのかが今後の課題である。 【引用・参考文献】 1)杉山尚子、島宗理、佐藤方哉、R・W・マロット、M・E・マロット:「行動分析学入門」p.8,産業図書(1998) 2)「第7回職業リハビリテーション研究発表会論文集」p.158〜177,(1999) 3)島宗理:「使える行動分析学−じぶん実験のすすめ−」p.12-25,ちくま新書(2014) 4)P.A.アルバート、A.C.トルートマン(著)、佐久間徹、谷晋二、大野裕史(訳):「はじめての応用行動分析−日本語版第2版」p.69,二瓶社(2004) 5)奥田健次:「メリットの法則−行動分析学実践編」p.32,集英社新書(2012) 公共職業安定所における広域ワンストップ相談の実践 −障害のある求職者のために就労支援機関が集まることの効果について− ○太田 幸治(大和公共職業安定所 精神障害者雇用トータルサポーター) 野澤 紀子(神奈川障害者職業センター) 柳川 圭介(障害者就業・生活支援センターぽむ) 佐藤 倫孝・大長 和佳奈(大和市障害者自立支援センター) 関野 由里子・今若 惠里子(大和公共職業安定所) 芳賀 美和(相模原公共職業安定所) 1 はじめに (1)広域ワンストップ相談 平成19年4月2日付の職高発第0402003号「障害者福祉施策及び特別支援教育施策との連携の一層の強化について」の別紙に記載された、「地域障害者就労支援事業実施要領」中の「障害者を対象としたワンストップによる相談の実施」に基づき、大和公共職業安定所(以下「安定所」という。)では平成19年度より管轄地域に居住し専門援助部門求職登録者で支援機関につながっていない者を対象にワンストップ相談を実施した1)。一方、安定所の管轄外に住所を置く求職登録者も存在するため、管轄にとらわれることなくワンストップ相談を提供すべく、広域ワンストップ相談(以下「広域ワンストップ」という。)と称し、平成23年12月より開始した。広域ワンストップを安定所で実施するにあたり、専門援助部門担当官(以下「担当官」という。)、精神障害者雇用トータルサポーター(以下「サポーター」という。)が協働し2)、安定所とチーム支援で協力関係にある障害者職業センター(以下「職業センター」という。)、障害者就業・生活支援センター(以下「就・生センター」という。)、自治体が設置する就労援助センター(以下「援助センター」という。)と連携した。 (2)本研究の意義と目的 障害者の就労支援における安定所と就労支援機関との連携についてはすでに報告されている1)2)3)4)が、職業センター、就・生センター、援助センター、安定所が一堂に会し、求職者の就労相談に応じた先行研究は筆者が知る限り見当たらなかった。したがって、広域ワンストップを扱うことは障害者の就労支援の方法を提示するうえで意義のあることと考えられる。本発表では平成23年度から平成25年度の間の広域ワンストップの実施状況とともに事例を提示し、職業センターをはじめとする就労支援機関、安定所との相互連携を含め、安定所に就労支援機関が集まることの効果について考察することを目的とする。 2 広域ワンストップの実施方法 広域ワンストップの実施にあたり、安定所に専用の予約簿をつくり、月1回、第一月曜日といった具合に実施日を固定し、年度のはじめに年間計画を策定した。対象は専門援助部門求職登録者で、求職者向けの張り紙等による広域ワンストップの周知は行わず、原則、担当官、サポーターが求職者の就労支援機関利用のニーズをくみ取り、個別に広域ワンストップの予約を入れた。会場は安定所の約15㎡の会議室を使用し、机二つを接合し、机を取り囲む形で椅子を人数分並べ実施した。9時30分から10時30分までを1ケース目、以降10時45分から11時45分、13時30分から14時30分、14時45分から15時45分と時間割し、1日最大4ケースとした。 出席者は、安定所から担当官1名、サポーター1名、職業センターから主任障害者職業カウンセラー1名、就・生センターから所長1名、援助センターから所長1名および相談支援員1名の計6名であった。他に各機関から登録者を広域ワンストップにつなぐ場合は各機関の担当職員が同席することもあった。広域ワンストップ開始前の15分間、職員のみで相談内容について情報を共有した後、対象者に入室してもらい、導入した職員が対象者を紹介し相談内容について改めて確認した。職員、対象者から相互に質問を交換したうえで、支援内容を就労支援機関の職員が具体的に提案し、利用機関の選定等、支援の方向性について検討した。 3 広域ワンストップ対象者の概要 障害別の内訳は表1のとおりである。精神障害者保健福祉手帳の所持者であっても安定所に提出された主治医の意見書に発達障害である旨が記載されている場合は、発達障害に分類した。精神障害、発達障害が全体の64%であった。 表2は広域ワンストップに求職者を紹介した機関の内訳である。安定所が主催者であり、就労支援機関につながっていない求職者を支援機関につなげる目的で行っているため、安定所が紹介元として全体の64%となった。職業センターから広域ワンストップにつながる場合は、職業センターの職業評価が終わったが、引き続き就職活動をする際に、地域の支援機関を活用していくのが望ましいと思われるケースであった。就・生センター、援助センターからつながったケースは、職業センターの活用が主目的であった。 表1 広域ワンストップ障害別内訳(単位:人) 表2 広域ワンストップの紹介元の機関(単位:件) 表3は求職者のニーズであり、職業センターの活用および就労相談が大半を占めた。 表4は広域ワンストップ後につながった就労支援機関であるが、職業センターが全体の49%であった。 表5は広域ワンストップ後、1年以内に就職した求職者数である。平成23年度の就労率は69%、平成24年度53%、平成25年度52%であった。平成25年度は平成26年9月1日現在の結果である。 表3 広域ワンストップ時のニーズ 表4 広域ワンストップの紹介先の機関(単位:件) 表5 広域ワンストップ障害別就職者数(単位:人) 以上のことから、精神障害あるいは発達障害のある求職者が安定所から、職業センター、地域での就労相談を目的に広域ワンストップにつながり、職業センター等で支援を受けながら就労につながっていることがうかがえた。以下に職業センター、就労支援機関、安定所との相互連携を含め、広域ワンストップから就労につながった精神障害者、発達障害者の事例を提示する。 4 事例 (1)職業センターにつながり就労に至った事例 A氏(30歳代後半、男性、統合失調症)はデイケアに通所しながら、安定所主催の計5日間の就労支援セミナーに参加した。就労への意欲を高めたA氏は安定所に障害者求職登録し、サポーター面接につながった。面接でA氏は「3年以上再発せずデイケアに通所しているが、働いていない期間が5年近くあるので、就労のための準備から始めたい」と語った。サポーターは職業センターの活用を含め、広域ワンストップにつなぎ、当日はデイケア担当のスタッフも同席することとなった。広域ワンストップでA氏は職業センター、就・生センター、援助センターより支援内容を聞き、デイケアの担当スタッフと相談した結果、職業センターを活用することとなった。 職業センターでA氏は、厚生労働省編一般職業適性検査(以下「GATB」という。)を含む職業評価を受けた後、適職の見極め、通勤の練習等を課題に6週間の職業準備支援(以下「準備支援」という。)に進んだ。A氏は週4日、準備支援に休まず通いパソコンの操作に関心を示し、事務職で働くことを希望した。しかし、事務職を想定した課題の処理速度が平均より低く、どちらかというと身体作業に適職が出た。職業センターの担当カウンセラー(以下「職業カウンセラー」という。)は身体作業を取り入れた事務補助的な職種がA氏の長期就労につながると考え、A氏、デイケアの担当スタッフ、職業カウンセラー、担当官、サポーターで準備支援終了後、安定所にてケース会議を行った。A氏は「他の準備支援参加者ともコミュニケーションが取れ就労への自信につながったので、事務職で仕事を見つけていきたい」と語った。職業カウンセラーは、準備支援の作業結果をA氏に示しながら、「事務職でデスクワークだけでなく身体作業を含んだ事務職に目を向けてもいいかもしれない。」と、選択肢を広げる提案したところA氏も同意した。A氏は方向性を定め、デイケアに参加しながら就職活動を進めた。 ケース会議から1か月後に行われた障害者合同面接会でA氏は事務補助的な職種を中心に応募したが不採用に終わった。後日、職業カウンセラーとの面談で仕事選びの方向性について確認しながら、A氏は就職活動を続けた。その1か月後A氏は安定所で紹介された事務職の障害者求人に応募し採用された。ファイリングと伝票処理中心で週30時間より開始し、ジョブコーチの定着支援を受けA氏は1年半以上就労を継続している。 (2)求人情報の共有により就労に至った事例 B氏(20歳代前半、男性)は、新卒で勤めた会社を3か月で解雇されたと、安定所の専門援助部門学卒窓口に来所した。B氏は10歳代から日中眠くなる睡眠障害があるといい精神科に通院中であった。支援機関による就労前支援が必要と窓口で判断され、B氏も「どんな仕事をしたらよいのかわからない」と支援を希望したため、まずは安定所から職業センターにつなぎGATB受検を含め、今後の方向性を模索していくこととなった。 職業センターで職業評価が出た後、広域ワンストップの場でB氏を交えケース会議が行われた。生活リズムが不規則なことから睡眠障害の改善を図り医療的な支援を含め地域での相談が望ましいと、職業センターより提案がなされ、援助センターで面談をすることにB氏も同意した。 援助センターで2週間に一度の割合で面接が重ねられ、その過程でB氏は生物が好きで河川清掃のボランティアに参加していること、絵を描くのが好きなことを話した。援助センターの相談支援員(以下「支援員」という。)との関係性が構築されたころ、B氏から「自分は発達障害ではないか、書籍の発達障害の項目と当てはまることが多い。」との発言があり、「発達障害であるとしたら、そのことを伝えて就職したい。」と、発達障害の専門医への受診と障害開示での就職活動の意向が語られた。後日、B氏の通院に支援員が同行し、主治医から発達障害の専門医への受診の同意を得た。3か月後、発達障害の受診に支援員が同行し、B氏は広汎性発達障害と診断された。その後B氏の就職活動の方向性について、日中活動の支援を含め支援員からの依頼で、サポーターを交え安定所にてB氏と面接を数回重ねた。結果、サポーターの紹介で、日中活動への安定参加を目的にB氏の特性に理解を示した就労移行支援事業所(以下「就労移行」という。)に通所を決めた。プログラム中にB氏は眠ってしまうこともあったが、支援員が定期的に就労移行を訪問しB氏を見守った。週5日通所したB氏は発達障害の受容を進め、半年後に精神障害者保健福祉手帳を取得した。 ところで、B氏が広域ワンストップにつながってから約1年後の広域ワンストップの場で職業センターから公園清掃の障害者求人の情報提供があった。公園清掃はB氏が行っているボランティア業務に類似する職種であったため、後日支援員が就労移行の担当者と相談しB氏を推薦した。職業センターが仲介しB氏の実習を進め、10日間の実習を経て採用された。援助センターと就労移行のスタッフが職場定着を行い、睡眠障害について職場に休憩所を準備してもらうなど理解と配慮を得ながらB氏は週30時間で半年以上勤務している。 5 考察 A氏は広域ワンストップにて職業センターを選択し、就労継続という観点から適職についての助言を職業カウンセラーから受け、ケース会議を通じて安定所と情報共有し就労に至った。B氏についても職業センターから地域の援助センターにつながり、面談、通院同行により支援員との関係性を深め、就労移行の活用を通じ、広域ワンストップの場で職業センターからの求人情報により就労に至った。 広域ワンストップでは、就労支援機関の活用を希望する求職者が、職業センター、就・生センター、援助センターから説明を聞いたうえで自ら選択し、求職者が希望すれば職業センターと就・生センターといった具合に複数の支援機関の併用も可能である(当然、活用しない自由も保障されている)。同時に、安定所ならびに上記の三つの就労支援機関で広域ワンストップの情報を共有するため、両事例のようにつながった先の就労支援機関は責任をもって求職者に対し就労支援を行うこととなる。 一方、広域ワンストップを主催する安定所は、就労支援機関に求職者をつなげて役目を終えたわけではなく、ケース会議に担当官、サポーターが同席し、就労支援機関と連携を取ることに努めている。つまり、安定所は、求職者が就労に向けて活動している様子を把握し、求職者に合った求人を紹介する役割を負っている。このように広域ワンストップは安定所と就労支援機関相互の連帯責任によって成立しているといえよう。また、就労支援機関が責任をもって求職者の就労支援に取り組むため、求職者がたらい回しにされるのを避けることにもつながる。広域ワンストップは求職者にとって就労に向けて支援の連続性が担保されやすい環境にあると考えられる。 したがって、広域ワンストップで就労支援機関が集まることの効果として、スタッフ同士が顔の見える関係を構築し、求職者が就労支援機関につながった後もケース会議等を通じて報告するため、求職者には切れ目のない支援が体系化されることにあると考えられる。 【文献】 1)太田幸治・芳賀美和・塩田友紀・柳川圭介・大箭忠司・和賀礼奈・松川亜希子:公共職業安定所における障害者ワンストップサービス−地域の支援者との連携による就労前支援について−、「第19回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.251-254(2011) 2)太田幸治・芳賀美和:公共職業安定所における精神障害者就職サポーターと障害者相談窓口との連携−支援機関につながっていない求職者に対する支援を中心に−、「第18回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.268-271(2010) 3)新木香友里・太田幸治・日高幸徳・芳賀美和:公共職業安定所と地域障害者職業センターの連携に関する一考察−精神障害者雇用トータルサポーター実習を活用し就労に至った事例を通して−、「第20回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.211-214(2012) 4)太田幸治・今若惠里子・大長和佳奈・関野由里子・芳賀美和:就職準備プログラムを通じた公共職業安定所と就労支援機関との連携−就労移行支援事業所における事例を中心に−、「第21回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.211-214(2013) 雇用率達成指導と連携した提案型事業主支援の取り組みについて 〜職業準備支援・ジョブコーチ支援の積極的活用を通して ○齋藤 弘(兵庫障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 木村 平(兵庫障害者職業センター) 奥村 眞司・砂川 佳之(神戸公共職業安定所) 1 はじめに 平成21年4月以降に施行された障害者雇用促進法の改正等に伴い、兵庫障害者職業センター(以下「センター」という。)では近年、事業主に対する支援件数が増加傾向にある。また今後は、平成27年に常時雇用している労働者数が100人を超える中小企業に対しても納付金制度が適用されること、平成30年に法定雇用率の算定基礎に精神障害者が加えられること等から、より多くの事業主から支援の依頼が挙がってくることが予想される(表1)。 表1 兵庫センターが実施した事業主業務実施状況 2 ハローワークと連携した事業主支援の流れ センターでは公共職業安定所(以下「ハローワーク」という。)の雇用指導官より依頼を受け、雇用率未達成企業への同行支援を行うことが多い。 雇用指導官は毎年各企業から提出される障害者雇用状況報告を基に、法定雇用率未達成企業との相談を行う。具体的には、企業の人事担当者等から障害者雇用に対する不安感や会社の状況、負担感を聞き取り、それらを解消するためのハローワークの活用法、障害者雇用支援制度、負担の少ない雇用から職場定着までの流れについて紹介を行っている。1) 一方、センターは雇用に関する課題の整理や障害者雇用への理解を促す一助としてセンターの障害者職業カウンセラー(以下「カウンセラー」という。)が次のような支援を行っている。 まずは雇用指導官と一緒に企業のニーズの聞き取りを行う。併せて、実際取り組まれている業務を見学し、会社が取り組んで欲しいと考えている業務がどのようなもので、どのような障害者であれば対応できそうか、どの程度の時間でこなすことができそうか等を確認する。また、既存の業務から作業を抽出することが難しい場合は、障害者が取り組み可能な業務について改めて検討を行う。 後日、遂行可能な作業スケジュールや作業パターンを含めた提案書を作成して会社に提示し、より具体的に雇用について検討して頂く。その他、社内での受け入れをより円滑に進めるための職員研修の実施や職業準備支援の見学の提案、職場体験実習の受け入れ、ジョブコーチ支援の活用等を促す場合もある。 平成25年度は、ハローワークからの依頼に基づき提案書を活用して8件の事業主支援を実施したが、このうちセンターの支援サービスを多様に組み合わせて提供した事例について紹介し、今後の事業主支援のあり方を検討する。 3 実践事例 (1)事業主支援での取り組み ①対象事業主(B事業所)の概要 服飾関係の製造・販売等を行っているメーカー。事業所の従業員数は約600人。障害者雇用に関しては、これまで身体障害者の受け入れが中心で、知的障害者、発達障害者の受け入れの経験はなく、今後受け入れ可能な部署の発掘に苦慮している状況が窺えた。 ②提案書作成から受け入れまでの流れ イ 情報収集・ニーズの整理 ハローワークが行っている雇用率達成指導に職業センターのカウンセラーが同行した。ハローワークの雇用指導官、就職促進指導官からB事業所の人事担当者に対して、B事業所の障害者雇用率の達成状況、障害者雇用の不足数等の確認を行った。 B事業所としては、できるだけ早期に清掃等を担当する職員として3名程度の受け入れを希望しているとのことだった。 B事業所の希望と現在ハローワークに登録している求職者像(年齢、障害種別、希望職種等)を念頭に置いて、まずはセンターが、特に障害の種類を問わず勤務時間はそれぞれ週30時間程度に設定して設備管理業務、清掃業務での職務創出を行うこととなった。職務創出にあたっては、B事業所に各職員が主たる業務以外で、手が空いている時に適宜行っている業務を細分化して業務ごとに必要な実施頻度(毎日、週1回等)を確認した。 ロ 作業リストの作成 (イ)の結果と視察で確認した内容をもとに、カウンセラーが、他事業所で従事している障害者を参考に、おおよその所要時間と求められる精度(来客や従業員の目につきやすい場所かどうか)を設定し、作業リストを作成した(表2)。 表2 作業リスト(抜粋) ハ 作業スケジュールの作成 作業リストをもとに、作業スケジュールを2パターン作成した。作成にあたっては、早期に雇用したいB事業所の意向をくみ、複数の候補者が応募できるよう可能な限り簡易な作業を設定し、スケジュールの定型化を図った。また、頻度の少ない作業については、手順の習得に時間を要しやすいことや、一度習得しても忘れてしまう可能性があるため、適宜スケジュールに組み込むこととした(表3)。 ニ 提案書の作成、事業所への説明 作業リスト、作業スケジュールの他、雇用管理のポイント、利用可能な支援制度、今後の受け入れの進め方を含めた提案書を作成。ハローワーク雇用指導官、就職促進指導官に内容を確認してもらった後に、B事業所の人事担当者に説明を行った。その後、候補者を募り、提案した内容で実習から受け入れを進めることとなった。 表3 作業スケジュール(抜粋) (2)職業準備支援での取り組み Aさん(20代男性、発達障害)は当初、就職への強い希望を持ち、積極的に就職活動を行っていたものの、なかなか結果が出ずに自信を喪失しかけていた状態であった。センターで職業評価を実施し、就職活動が思うように進まない要因について整理したところ、発達障害の特性として挙げられることの多い三つ組の特性(社会性、コミュニケーション、想像力)に加え、これまでの体験からくる自己肯定感の低下が関連していることが推察された。 そのため、職業準備支援を活用し、自身の得意・不得意や障害特性に関する詳細な整理、ナビゲーションブックを用いた自身のアピール方法の習得、また自信回復のためのセールスポイントの掘り起こしを目的に支援を実施した。また、様々な作業に関わる機会や他受講者との意見交換を行う場面等の提供を行った。 結果、職業準備支援終了後すぐの就職には結びつかなかったが、半年後にB事業所の求人応募へとつながることとなった。 (3)ジョブコーチ支援での取り組み ①支援までの経過 雇用率達成指導の後、AさんにB事業所の求人について情報提供を行った。面接の後、他の候補者2名を含めた計3名で5日間の職場実習を行うこととなり、結果Aさんと知的障害者1名が採用となった。Aさんには、本人とB事業所の同意を得た上で、職場実習の開始に合わせてジョブコーチの雇用前支援を実施した。 ②職場実習時のB事業所に対する支援 カウンセラー、ジョブコーチが事業主支援で作成した作業リスト、作業スケジュールをもとに現場担当者と相談しながら作業に従事する頻度や従事時間帯を改めて整理し、暫定的な作業スケジュールを作成した。また対象者の特性(臨機応変な対応が難しい等)について現場担当者と情報共有を図った。 ③採用後のB事業所に対する支援 職場実習時に作成した作業スケジュールは3名の受け入れを想定し業務を分配していたため、2名分の作業スケジュールに変更する必要があった。 スケジュールの変更にあたっては、ジョブコーチが支援に入り、実習時の対象者の適応状況、各作業現場から上がった要望も加味し、試行実施を重ねて適宜修整を加えた。 現在のところ、Aさんは指示理解がスムーズであることや作業が丁寧であることを高く評価されており、上司や同僚との対人面の課題も確認されていない。適応状況は良好と思われる。 4 考察 (1)取り組みの効果 ①事前の準備から雇い入れまでのイメージの共有化 提案書を作成し、受け入れ前に雇用の流れや職務に合わせた対象障害者像等を具体化したことで、センター、ハローワーク、B事業所が受け入れまでのイメージが早期に共有できたと言える。そのため、支援者はハローワークと連携を図りながら具体的な対象者をイメージして職務のマッチングを図ることが可能となり、B事業所側も受け入れのための配慮事項や留意事項を事前に把握したことでスムーズな受け入れに繋がったと思われる。なお、平成25年度に実施した提案書を活用した事業主支援を行った全ての事業所(8社)において障害者の受け入れに繋がっており、一定の効果を上げていると言える。 ②ニーズの遷移に応じた目標及び使命の共有 企業、各機関、各担当者によって本支援に関わる目的(目標達成、対象者の就職等)は様々であり、また、事の経過によっても支援の目的(雇用率達成から職場定着)は変化していくこととなる。各々の機関、担当者が異なるアプローチを行うことで支援の方向性を見失いがちになることが想定されるが、雇用率達成という使命の下で、経過に応じた目標のすり合わせ、設定を行うことで、目標に向けた取り組みができ、連携の効果が生かせたことが想定される。 ③一連の業務サービスを提供したことによる相乗効果 従来、センターが行っている事業主支援、職業準備支援、ジョブコーチ支援それぞれ単一のサービスを一つのパッケージとして提供したことで、それぞれサービスが質的に向上したと言える。 本事例では、提案書で作成した作業スケジュールを、ジョブコーチ支援の中で対象者の特性や事業所の事情等に合わせた形に修整して導入することができた。また、職業準備支援を通してアセスメントした対象者の障害特性や必要と思われる配慮事項については、ジョブコーチが対象者への支援、事業所への支援を行う際の有益な材料となった。以上のようにそれぞれの役割を補完することで支援効果が高められていると考えられる。 (2)今後望まれる取り組みについて ①タイムリーな対象障害者の確保とアセスメント情報の把握 通勤面や処遇面、事業所側が受け入れを想定している時期等の事情によっては、タイムリーに職業準備支援受講者から受け入れ候補者を選定することが難しい場合がある。その場合はハローワークが主体となって速やかに求人情報を他の支援機関等に周知し、センター利用者以外にも候補者を募っている。 センター利用者以外の候補者をマッチングさせる際に、ジョブコーチ支援などの職場定着支援を行うための事業所と対象者のアセスメント情報が重要になると思われる。 例えばセンターが事業所から確認した具体的なニーズや事業所の物理的環境、人的環境等を職場定着支援を行う支援者に伝達しきれていないと不適応の一因となる可能性がある。そのため、他の支援機関の利用者であっても、他の支援機関と共同的に連携支援しながら職業準備支援受講者同様に事業所のニーズにマッチした対象者をコーディネートし職場定着させていく仕組みを確立させる必要がある。 ②業務とのマッチング 本事例では、早期の受け入れを想定していたこともあり、受け入れの間口を広げ、多くの障害者が対応できるよう比較的簡素で雑務的な要素を多く含む作業を中心に切り出しを行った。しかし、事業所側のニーズや対象者の職業的なキャリア、スキルによっては、特定のスキルを有する対象者に向けた切り出し方も想定していく必要性を感じた。Aさんの場合も、今後の適応状況によっては現在の業務だけでなく、段階的に緻密さや習熟が必要な業務を部分的に担当していくことなども考えられる。 一方で、対象者のキャリアアップを図ることで、心身の負担が増大したり、コミュニケーション面の課題が顕著になる等、対象者に負の影響を及ぼす可能性もある。 そのため、職業準備支援等で得られた対象者のアセスメント情報を活用して、対象者の負担の少ない方策を模索することが重要と思われる。 ③所内での連携体制 一連の業務サービスを提供するためには、センター内での各業務担当者間の連携体制構築が不可欠である。所内ミーティング等の情報共有の機会を活用して、一連のサービスによる支援という意識を所内で醸成し、担当者レベルにとどまらずセンター全体の取り組みと捉えることが望まれる。また、各担当者が次のサービスに引き継ぐために必要な支援、確認しておくべき情報は何か常に把握しておくよう努めることが重要と考える。 本事例では、達成指導同行に係る事業主支援では早期の受け入れに関するニーズが主であり、ジョブコーチ支援での事業主支援ではスムーズな職場定着に関するニーズが主であった。それぞれのタイミングでニーズの変化があり、その変化にスムーズに対応できるような所内での密な情報共有が必要である。 5 終わりに 冒頭で述べたとおり、障害者雇用に関する企業からのニーズは、今後も増えていくと予想される。各社のニーズを踏まえた、きめ細かな支援に取り組む必要があるが、センター単独で行う支援には限界があるため、日頃からハローワークや地域の就労支援機関と綿密な連携体制を整え、各機関の強みを活かした支援につなげていくことが重要であると考える。 また、今回事例で報告した提案書を活用した事業主支援についても、同様の事例を積み重ね、各障害特性の強みを活かせる作業パターンの構築、企業の規模、想定している職種にあわせた支援モデルを体系化していくことが必要と考える。 以上のことを視野に入れ、これからの業務の中で引き続き経験を蓄積させ、センターとして事業主のニーズに的確に応えるための方法を確立していきたい。 【参考文献】 1)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター研究企画部企画調整室:職リハレポート№6「第21回職業リハビリテーション研究発表会の概要」p.10-22,(2014) 2)四方宣行、矢代美砂子、中條靖子:発達障害者の雇用を進める取り組みについて「第18回職業リハビリテーション研究発表会論文集」p.46-49,独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構(2010) 3)独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラムとその支援事例「障害者職業総合センター実践報告書№19」,独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター職業センター(2007) 営利と非営利によるパートナーシップ③ 内木場 雅子(障害者職業総合センター 研究員) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門では、平成22年度〜25年度に亘り、「民間企業等」(以下「企業等」という。)と「障害者の職業自立支援を行う非営利法人等」(以下「非営利法人等」という。)による障害者雇用・働く場作りの可能性を検討する調査研究を行った。これは、障害者の雇用や就職、働く場作りの新たな取り組みの模索と地域の課題解決を目的に行ったものである。 障害者については、「障害者自立支援法」(現障害者総合支援法)(以下「支援法」という。)の施行と改定に伴い就労の支援が強化されてきた。また、障害者の就労では、目標の達成度に応じた報酬体系の導入と加算配分の見直し等がなされたが、企業との関わりに課題を抱える非営利法人等がみられ、障害者の職業自立支援は必ずしも十分とはいえない状況にある1)。 「障害者の雇用の促進等に関する法律」(以下「促進法」という。)による「障害者雇用率」(以下「雇用率」という。)の達成義務がある企業には、促進法の規定に基づく雇用率の引き上げ(民間企業の雇用率は2.0%)と、それに伴う障害者雇用義務が発生する事業主範囲の変更(従業員50人以上へ)の他、障害者雇用納付金制度の対象事業主の範囲拡大(平成27年4月1日から常用労働者数100人を超える事業主が対象)が決定している。また、平成30年4月1日から精神障害者の雇用が義務化される等、企業等における雇用率の達成は喫緊の課題となっている。 2 目的 このような状況から障害者の職業自立支援を強化する非営利法人等と障害者雇用を急務とする企業等が、障害者雇用・働く場作りに取り組むことは、地域課題の解決とともに、一つの雇用モデルの提案に繋がると考えられる。そこで、先行事例を調べ、担当者からヒアリング調査を実施した2)。また、障害者の職業自立支援を行う非営利法人等に対して、事業の実施状況や企業等との障害者雇用・働く場作りをすること等について、アンケート調査を実施した3)。今回は、ヒアリング調査結果(概要)とアンケート調査結果(概要)を併せて報告する。なお、ここでは、立ち位置の異なる企業等と非営利法人等による障害者雇用・障害者の働く場を作るという目的を達成する仕組みをパートナーシップとしている。 3 内容 (1)調査内容(概要) ①ヒアリング調査 ヒアリング調査は、次の6ヶ所である(表1)。 事例aは、企業が、社会福祉法人の側に働く場を作り、その利用者(障害者)を雇用した。また、企業は、社会福祉法人の既存の機能を活用し併せて継続的な雇用管理の助言と生活支援、フォローアップを受けられるようにした。社会福祉法人は、障害者(利用者)の就職と利用者(障害者)の優先的な職場実習先を確保した。 表1 パートナーシップの取り組み(概要) 事例bは、企業が、地方自治体から建物の賃借と新規事業立ち上げにより障害者を雇用した。地方自治体は、未利用物件(資産)を賃貸しその収入を得た他、地域在住の障害者雇用に繋げた。また、企業等の従業員(障害者)に福祉サービスを得られるようにすることで雇用管理を容易にした。 事例cは、障害者の受入れ等に調整役(マネジメント役の有限会社)が企業と社会福祉法人を繋いだ。調整役が自ら提案した「企業と福祉を繋ぐ仕組み」で、企業の障害者の受け入れと雇用を支援する他、障害者の職業能力や職業適性を把握し障害者の働き方や待遇等を提案した。これにより企業は、受注量の増加と人手不足の解消に対応できた。また、調整役は、利用者(障害者)の職業適性の評価と職業能力の開発を行い、個々の利用者(障害者)の適切な指導方法を社会福祉法人に提供する他、社会福祉法人の職員を指導者として育成した。これにより社会福祉法人は、利用者の仕事・作業場の確保と工賃収入を増やした他、利用者(障害者)の就職先に繋がった。 事例dは、特定非営利活動法人(以下「NPO法人」という。)が、地域農業の活性化と農業事業者の確保のために、地方自治体から農業就業サポーター事業の受託と農業ジョブコーチを育成する他、「障害者の就農と企業の障害者雇用を活用したプラン」(以下「新プラン」という。)を作成し企業の障害者雇用を支援した。地方自治体は、新プランの企業への周知に協力した。 事例eは、NPO法人が公共事業をきっかけに障害者や高齢者等の暮らし働く場作りのために、地域事業者・専門家・住民等とつながることで、バリアフリー観光や住まいのための事業等、様々な取組みを行った。 事例fは、障害者の職業自立を目的に農業に取り組んできた社会福祉法人が、農地・農業生産量の拡大、加工品の製造・販売を続けながら農業団体の協力を得て、地域に利用者(障害者)の働く場を作ろうとする他、地方自治体とともに農業事業者が農業を続けるための仕組みを併せて作ろうとしている。 ②アンケート調査 アンケート調査(「非営利法人と企業による障害者雇用のための調査」)を実施した。 イ、目的 非営利法人等の現状と課題を把握し、「企業等の他の法人とともに障害者の雇用や賃金を支払える働く場を作る」(以下「企業等の相手と働く場を作る」という。)方策を検討する資料とすることを目的とする。 ロ、調査対象 調査対象は、支援法における就労移行支援事業(以下「就労移行」という。)を行う法人及び同法の就労継続支援事業雇用型(以下「雇用型」という。)、同事業非雇用型(以下「非雇用型」という。)を行う法人並びに促進法における障害者就業・生活支援センター事業(以下「支援センター」という。)を行う法人、又、地域若者サポートステーション事業(以下「サポステ」という。)を行う法人である。 対象となった法人数は、5,557件である。その内訳は、非営利法人が4,993件、営利法人が564件である(表2)。なお、東日本大震災の影響を考慮し岩手県、宮城県、福島県は、調査対象から外している。 表2 アンケート調査の対象法人数とその割合 ハ、調査時期 実施時期は、平成25年2月上旬〜3月中旬にかけてである。 ニ、調査方法 調査方法は、郵送によるものである。 ホ、調査内容 アンケート調査の内容(概要)は、法人形態、事業形態、運営・規模、法人の事業の利用者と就業・就労支援、パートナーシップによる障害者等の雇用・働く場作り取り組みである。 (2)調査結果(概要) ①ヒアリング調査 ヒアリング調査(概要)の結果は、次のとおりである。 パートナーシップの契機は、相手を見つけて開始した事例、調整役が介在し関係者を繋いだ事例、公共事業を取り組みの契機に活用したものである。 パートナーシップとして取り組んだ具体的内容は、菓子製造や農業、リサイクル等、企業等がこれまで実施してきた事業の充実や異業種分野に進出した事例等である。 パートナーシップの手法は、既存施設・制度の有効活用、地域を含めた新しい仕組みの提案・実践等を行うものである。 ②アンケート調査 アンケート調査(概要)の結果は次のとおりである。回答があった法人数は、2,044件で、非営利法人が1,841件(90%)、営利法人が179件(8.8%)、その他が24件(1.2%)である。その内訳は次のとおりである(表3)。回収率は、36.8%である。 表3 アンケート調査結果の法人数と割合 パートナーシップによる障害者雇用・働く場作りに取り組む法人が35.1%、取り組まない法人が43.5%、無回答が21.4%である。 パートナーシップの具体的なきっかけは、「法人自ら企業等の相手を探した成果の一つ」が43.8%、「企業等の相手からの打診」が38.1%である。パートナーシップで取り組んでいる企業等の相手の業種(上位6つ)は、製造業が37.0%、その他サービス業が31.1%、医療・福祉が25.1%、農業が25.0%、卸・小売業が21.6%、飲食店・宿泊業が16.5%の順である(図1)。また、パートナーシップで取り組んでいる内容(業務)を業種別に分けてみる(上位6つ)と、製造業が42.0%、その他サービス業が36.1%、農業が17.4%、飲食店・宿泊業が15.2%、卸・小売業が12.7%、医療・福祉が11.5%であり、製造業とその他サービス業を行う企業等が他の業種と比べ元々多い他、増加している。 図1 パートナーシップの相手(企業等)の業種 パートナーシップの取り組みについては、「積極的に進めるべき」が54.8%、「ひとつのあり方としてあってもよい」が39.4%、「企業が障害者を雇用すればよい」が2.4%、「他の法人とする必要はない」が1.2%、「取り組みたい者同士がやればよい」が1.2%、「わからない」が1.0%である。また、パートナーシップの取り組みを可能にするために最も必要な要件(上位)は、「仲介者・機関」が21.1%、「企業等の相手と出会える場」が16.0%である。 4 考察 ヒアリング調査では、事例aは、既存施設の利用と障害者雇用・雇用管理を容易にした新しい働き方の提案であるが、双方がパートナーを探し続けたことも見逃せないところである。アンケート調査では、「法人自ら企業等の相手を探した成果の一つ」との回答が半数近くを占めており、意欲ある法人のパートナーシップによる取り組みの可能性を示していると思われる。事例bでは、事業公募が取り組みのきっかけであるが、企業等が福祉の支援を上手く取り入れ、雇用管理のための支援体制を強化したことや、異業種分野へ進出・拡大により新たなつながりができることで、地域に雇用や働く場をもたらす可能性が考えられる。アンケート調査では、パートナーシップに取り組む企業等の相手の業種と取り組んでいる内容(業務)をみると、製造業及びその他サービス業がともに多い。これを例えば、特例子会社と親会社の関係でみると、特例子会社の業種は、その他サービス業、製造業及び情報通信業が大半を占め、当該親会社の業種は、製造業とその他サービス業が多くみられるものの、基本的に様々な業種があり、その傾向から特例子会社の業務は、親会社の業種との関連性は薄い2)。つまり、企業等がこれまで実施してきた事業の充実や異業種分野に進出し障害者の働く場が拡大する可能性があるといえる。 事例cは、調整役が企業、福祉とその利用者の仕事・働き方等の全体をマネジメントすることで、双方の課題を解決している。民間の企業等によるこのような取り組みは、他ではほとんどみられないが、行政と地域がこの仕組みを積極的に利活用することによって企業の障害者の受け入れや障害者の働き方・職業選択の幅を広げたり、作り変える機会につながると考えられる。事例dは、地域農業の活性化・農業事業者の確保という異なる目的に、企業の障害者雇用を組み込む等、既存の組織・仕事を活用し、新たな考え方を上手く取り入れた地域課題の解決方法の一つといえる。事例eは、福祉が公共事業を切り口に、新しいサービス(事業)とそのパートナーを模索し、地域を巻き込み、障害者等の暮らし働く場作りを考えたところに発想の柔軟さがみられる。事例fは、福祉が中心になって農業団体と行政とともに地域に働く場と農業に関わる人材育成の仕組みを併せて作ろうとしており、これまであまり例のないことであるが、地域で多くの異業種と繋がり、6次産業化の充実で障害者等の多様な働く場・働き方が期待できるものと思われる。 何れの特徴も相手との繋がりで、各々の強みを発揮し不得手な部分を補完することや、両者の調整で仕事・働く場の確保と障害者の作業指導ノウハウ等を確立させること等である。また、何れも障害者雇用を進める上で有益な部分が多く、単独では必ずしも容易に解決できない地域と個別の課題を解決しており、今後、推進されるべき取り組みであると考えられる。 アンケート調査では、パートナーシップによる働く場作りに取り組むのは35.1%の法人であるが、その傾向は、「就労移行」や「雇用型」を行う法人で、年収が300万円〜500万円の法人に多いものの、法人の職員規模では、顕著な差はみられない。また、パートナーシップによる働く場作りの取り組みは、全体の94.2%の法人が賛成しており、その最も必要な要件は、「仲介者・機関」、「企業(相手)と出会える場」が上位にあがっている。 このような成果をあげる実践と多くの賛同を得られたパートナーシップという新しい課題解決の方法を取り入れ、行政が組織間のつなぎ役を率先して果たすことは、新しい障害者雇用のあり方を創出することにも繋がる。今後は、アンケート調査結果にある、定期的に各組織が出会う場や情報交換をする機会、また、パートナーシップを支援(マッチング等)する機関・機能等を設定していく他、パートナーシップを成立するための個々具体的な環境整備・調整をしていくことが必要だと考えられる。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:就労支援機関が就労支援を行うに当たっての課題等に関する研究,「資料シリーズ№56」(2010) 2)障害者職業総合センター:企業と非営利組織等との協業による障害者雇用の可能性を検討するための研究,「資料シリーズ№68」(2012) 3)障害者職業総合センター:企業と非営利法人等との協業による障害者雇用の可能性を検討するための研究〜全国的な実態の把握と可能性の検討〜,「資料シリーズ№83」(2014) 【御礼】 調査へのご協力に御礼申し上げます。 知的障がい者の就労支援をめざした地域間農業交流の取り組み ○石田 憲治(農研機構 農村工学研究所 技術移転センター 教授) 片山 千栄・上野 美樹(農研機構 農村工学研究所 技術移転センター) 1 はじめに 障がい者の自立に向けた取り組みには、充実した制度にもとづく福祉事業所等の支援はもとより、地域コミュニティの積極的な協力が重要な役割を果たすと思われる。働く場が暮らしの場に近接する農業は、水や農地の利用方法を例に取り上げても、生産活動を進める上で地域コミュニティとの関係が最も密な産業であると考えられる。 生産活動が日常生活と緊密な関係にある働き方は、知的障がいのある人やその周囲の人々にとって安心して働ける環境であり、農業は障がい者の就労の場としての親和性が高いとされる1)。しかし、一方では、一層幅広い社会参加や作業スキルの向上を考えると、農作業を通した他地域との適度な交流機会の創出が重要であると考えられる。 本報告では、障がい者福祉施設が他地域における農作業を相互に一緒に体験することを通して、障がい者の社会参加を促しつつ地域の活性化を図る取り組みや都市地域の福祉事業所の障がい者が農村地域の農作業補助者として活躍できるよう、地域でのネットワークを形成して社会参加と就労支援を進めている取り組みを考察する。 2 棚田の農作業交流 (1)調査の対象地域と交流の契機 ここで取り上げる事例は、岡山県玉野市と香川県小豆島町における障がい者支援施設利用者らの交流である。従来から社会福祉施設関係者による職員を主体とした地域間交流は行われていたが、障がい者らが参加する農作業交流は、2010年のオリーブ植樹が契機となった。 2010年は、瀬戸内国際芸術祭がはじめて開催された年でもある。この一大イベントを地域活性化の好機ととらえて、開催準備に積極的に協力してきた小豆島町では、同町の特産品であるオリーブの収穫期に実施されてきた恒例の「オリーブ収穫祭」がちょうど20回目を迎え、例年以上に盛大に開催されることとなった。前年度に岡山県玉野市の社会福祉法人の参加する「農業分野における障がい者の就労支援」に関する調査研究事業の一環として開催された研修会に、小豆島町はじめ島内の複数の社会福祉施設が参加した経緯や、日頃から小豆島町内外の社会福祉施設とは、秋祭りなどの開催時に互いに参加して交流していた実績から、20年の節目を迎えたオリーブ収穫祭おいて、瀬戸内に臨む関係市町、関係者らがさらなる交流を期して、オリーブの木の記念植樹を行うに至ったのである。そして、これを契機として2011年から玉野市、小豆島町、土庄町の社会福祉施設それぞれ1施設が中心になって知的障がい当事者が参加する田植えや稲刈りの農作業交流が始まり、現在に至っている。3市町3施設のほかにも近隣の他の社会福祉施設等が随時参加してきたが、近年では、広島市内からも参加が定着している。 (2)棚田を活用した農作業体験交流 農作業交流の場は、標高150〜250mの急峻な山腹斜面に棚田が広がる美しい田園風景のN地区である。千枚田と呼ばれる平均面積およそ150㎡の小区画の水田758枚(2012年時点)が、高齢農業者により耕作されており2)、用水の水源は湧水である。N地区の千枚田のうち5枚の水田で、地権者や地元役員らの協力を得て、2011年から田植えと稲刈りの時期に合わせて、町内外から参加する障がい者らの農作業体験交流が実施されてきた。 障がい者らによる田植えの体験交流(2013年5月) 写真は、昨年の田植えの状況である。田植えの準備や千枚田での田植えの指導は、N集落の農業者らが協力し、社会福祉施設の指導員らも必要な手助けをしながら、参加者はそれぞれ障がいの特性に応じて、無理のない作業を担った。2013年5月13日に実施された昨年の田植え体験には、4ヶ所の施設から障がい当事者53名のほか、施設職員、地元農家、行政や団体関係者らを含め、のべ72名が参加した。 (3)棚田資源を活用した地域の活性化と農業振興 棚田における農作業体験交流は、農地の提供をはじめ、資機材の供与や作業指導に至るまで、障がい者らが参加しやすいように、事前準備や関連イベントの実施協力など地区の農業者らに多くを依存している。町行政は、障がい福祉部署が障がい者らの交流体験を支援する一方、農林水産部署では地区の農業者をアグリサポーターに認定して取り組みを支援している。 小豆島は、古来より瀬戸内航路の要衝であり、多くの来訪者を迎えてきた。近代以降には、温暖な気候に加えて、先述したオリーブの産地としても有名になり、島内の名所旧跡が観光地として脚光を浴びた。近年では瀬戸内国際芸術祭の開催や映画のロケ地としても知名度が高い。 一方で、農業従事者の高齢化が加速して、N地区の棚田も面積のおよそ2/3を65歳以上の高齢者が耕作する状況となっている。こうした実態を踏まえて、地区住民が中心となって「棚田保全協議会」を設立したり、棚田オーナー11組を公募で選定したり、地区内の合意を図りつつ、地域外の人材とも連携した地域活性化や農業振興に取り組んでいる3)。 こうした一連の取り組みの中で、町内外の障がい者らが参加する農作業体験は、地区外の人材との交流を通した地域資源の保全管理活動の取り組みを地域住民自身が再認識する機会にもなっている。農作業体験は往々にして、農作業の補助者としての役割が期待できる一方で、イベント的な一過性の活動に留まる場合も多く、地区の農業者の負担を増大させる懸念も少なくない。実際にN地区での農作業交流においても、田植えから稲刈りまでの多くの管理作業が地区の農業者の負担となっていることは否めない。しかしながら、非日常的な体験による驚きと喜びの表情を満面に浮かべる知的障がい者との交流に、高齢農業者の多くは農業が潜在的に有する癒しや安らぎの機能を再認識するとともに、社会貢献としての手応えを得ている。そして、達成感のある充実した交流の取り組みが地域農業の振興と活力の向上にもつながっていると判断される。 3 農業部門ネットワークによる就労支援 (1)ネットワークの活動と参加事業所の役割分担 神戸市北区の地域自立支援協議会の特別部会「農でデザインする福祉のまちづくりネットワーク部会」(以下「ネットワーク」)では、休耕田等を活用して複数の障がい福祉施設が協同で農業による障がい者の就労支援に取り組んでいる。これは、国の緊急雇用対策財源による「農でデザインする福祉のまちづくり事業」(2009〜2011年度)をベースに地域で独自に発展させたプロジェクトで、事業終了後の2012年度から開始している。 障がい福祉サービス事業を展開する複数の事業所が、「農業生産」、「農産加工」、「販売」のうち、得意な部門一つ以上を持ち寄ってネットワークを形成し、農業による障がい者の就労支援を行っているのが、取り組みの特徴である。2013年度のネットワークへの参加状況をみると、耕作放棄地や遊休農地を再生して農業生産に取り組んでいる事業所が5ヶ所、弁当づくりを含め農産加工に取り組んでいる事業所が6ヶ所、直売所やレストランを運営して地域で生産した農産物の販売を行っている事業所が5ヶ所存在している(表1)。 表1 ネットワークへの参加事業所とその事業内容 注;農村工学研究所主催の研修会資料4)をもとに作成 新規就農希望者らとともに農業技術を習得 農業生産を行っている事業所のうち、3ヶ所では近隣の農家や集落営農組合から、収穫や草刈りなどの農作業受託も行っている。また、大規模な消費地が南部に隣接していることから、販売に特化した事業所も少なくない。農業生産を行っていない事業所では、農業生産を行う事業所から農産物を受け入れて加工するなど、ネットワークに参加する事業所が相互に連携することで、農業に関連する作業を安定的に確保し就労の場を拡大している。また、障がい者の農作業技術を向上させるために、農業経験豊かな地域の高齢農業者らを講師に迎え、新規就農を希望する若者らとともに実践技術を学ぶ機会を設けている(写真)。 農業生産を行う事業所では、野菜生産の取り組みが共通している。これは、生鮮野菜の需要が高いことを裏付けている。ホダ木によるシイタケ栽培に取り組む事業所も複数存在する。農産加工では、弁当づくりのほか乾燥シイタケ、佃煮・漬物、ジャムなどの加工が行われている。そして、販売では直売所の開設が大半を占めるが、レストランや喫茶店を運営している事業所もあり、ネットワークに参加する事業所が相互に連携することで、障がい者の幅広い就労機会の開拓にも貢献している。北区以外で開設される「野菜市」などに販路を見出している事業所も散見される。 年度によりネットワークに参加する事業所数に若干の変動があるものの、「きたベジねっと」の愛称ロゴマークを作成したり、農地の生産全面受託や農作業受託業務を新たに開始したり、障がい者の就労支援を推進する農業生産の拡大に積極的な取り組みが展開されている。 (2)ネットワークにおける今後の課題 ネットワークの今後の課題としては、①ネットワークに参加する事業所の農業に対する興味と関心の向上に沿った人材育成のための指導者の確保、②事業所が開設する直売所の販売日や時間の拡大と販路の新規開拓、③農産物の省コストかつ迅速な搬送体制の確立が指摘される。 このうち、①は地域の農業者と連携しつつ事業所の内部に指導者のスキルを有する人材を養成するとともに、農業部門における収益を拡大することにより、事業所としても指導者の内部化を重要視する方向付けが必要である。また、②および③については、消費地に隣接する立地条件を最大限に活用しながら、福祉サービス事業の趣旨に適合させつつ消費者ニーズに応えた農業生産や農産加工を一体的に実現していくことが期待される。 4 おわりに 上述した2地区の事例は、いずれも地域内外における多様な主体間の緊密な連携の重要性を示唆している。 【謝辞】 本報告の作成に際しては、小豆島町N地区の住民各位、塩田小豆島町長、同町農林水産課担当者各位、神戸市北区「きたベジねっと」井上部会長、加辺氏をはじめメンバー各位の多大な協力を得た。 【参考文献】 1)片山千栄:障害者と農業の取り組み,「発達障害白書2015年版」,p.139,明石書店(2014). 2)石田憲治:農業用水や水利施設資源の維持管理活動と地域の活性化,「環境技術」,43(8),pp.2-7,環境技術学会(2014). 3)石田憲治・片山千栄・上野美樹:棚田保全管理における集落住民の意向集約と合意形成要因,「平成26年度農業農村工学会大会講演要旨集」,pp.166-167,農業農村工学会(2014). 4)農村工学研究所:食が育む地域の農福連携,農林水産省補助「平成25年度障害者就労支援事業」研修会資料(2014) 【連絡先】 石田憲治/農研機構農村工学研究所 e-mail:ishida@affrc.go.jp 地域食材をとりまく多様な主体と農作業による障がい者就労支援のしくみづくり ○片山 千栄(農研機構 農村工学研究所 技術移転センター 契約研究員) 石田 憲治(農研機構 農村工学研究所 技術移転センター) 1 はじめに 〜背景と目的〜 障がい者の自立に向けた取り組みには、福祉、教育、労働など、様々な分野の協力や連携が重要である。障がい者を地域で見守り自立を支援する取り組みが重視されるようになり、専門家による支援のみならず、地域コミュニティを構成する様々な主体の役割が増しつつある。 農業分野では、農業者の高齢化が進み農業生産の担い手が減少するとともに、遊休農地の拡大が問題となっており、多様な人材が農作業や地域の資源管理に関わることが期待されている。また、地域で生産された農林水産物を地域で消費する「地産地消」や、食を通して地域の歴史・文化や社会のありようについて学んだり、健康とのつながりを学ぶ「食育」の取り組みも注目されている。 近年は、障がい者による農作業の補助や、社会福祉施設による農業参入事例が散見されるようになり、農村地域の活力の向上にもつながると考えられる。そのためには、地域住民が積極的に参加するしくみづくりが必要である。地産地消や農業と福祉の連携に関心をもった地域住民が参加することで、コミュニティの力を農業振興や就労支援に活用することができる。 そこで、誰もが関心のある「食」に着目して地域食材を中心に据えることにより、農作業に取り組む障がい福祉事業所、特別支援学校関係者、農業生産者、食材を購入し利活用する消費者など、多様な主体が積極的に関わる障がい者就労支援のモデル的なしくみづくりをめざす。本報告では、取組内容を示すとともに、地域食材生産の推進による持続性のあるモデル的なしくみづくりについて考察する。 2 モデルの枠組み 地域の多様な主体が積極的に関わる障がい者就労支援をめざし、地域食材を中心にした概念モデルを構築した(図1)。 しくみが地域に定着し、持続的な取り組みとなるには、それぞれの主体にとって互恵性のある関係が築かれることが重要である。このしくみの中で、それぞれの主体の役割と期待される内容は次のようになる。①多様な農業参入者は、地域食材の生産に挑戦し、その安定的な販路の確保をめざす。②農家・農業法人等は、経験の蓄積を活かして参入者と競争・協力関係を築きつつ高齢化等の課題解決をめざす。③特別支援学校関係者は、生徒らの農作業体験等を通して農業理解を進めて、卒業後進路の選択肢の一つとして「農」が加わることをめざす。④消費者としての地域住民は、生産物の購入や利用を通して、①②③の協力者として農業技術や食文化を支える存在となる。 地域食材の販路が拡大し、生産量が増えれば、農業分野での障がい者の就労の場を拡大することも期待でき、地域の資源を活かしつつ、地域の人材育成につながることになる。さらに安定的な供給のためには、1事業所だけでなく福祉事業所間の相互補完のネットワークも必要になる。 図1 地域食材をとりまく障がい者就労支援モデル1) 3 地域食材を中心とした取り組み (1)事例地区への適用 モデル的な取り組みは、岡山県T市で実施した。T市は、県南部の瀬戸内海に面した人口約6.3万人(住民基本台帳2014.8月末現在)、産業別の就業人口構成では第3次産業が60.0%と最も多く、第1次産業は2.7%の市である(2010年国勢調査)。 地域食材としては、市が特産物として認定している農産品の中から、千両ナス、番田イモ、雑穀に着目した(以下では地域食材を「郷土食材」と称す)。千両ナスは、稲作とともに干拓地周辺での農業を40年以上支えてきた歴史をもつ作物である。番田イモは、栽培に適した砂地のある番田地区の名前を冠した紫イモの一種で、色を活かして菓子類の加工に用いられる。雑穀は、新たな特産品として位置づけられ、行政・農業者・JAなどからなる雑穀生産振興研究会が組織されている。 地域の農業者の技術的支援のもと、農業参入をして間もない福祉事業所(以下「A事業所」という。)の販路拡大や隣接地域の特別支援学校との人材交流、地域住民対象の郷土食材に関する研究会等を実施し、農業、福祉、教育関係者、障がい者とその家族らのネットワーク形成を促して、多様な主体による障がい者就労と地域農業の支援体制の構築をめざした。 (2)「郷土食材講座」の開催 地域の食材を取り上げて「郷土食材講座」(以下「講座」という。)を実施した(表1)。会場は、いずれも市内の調理室をもつ公共施設である。 表1 郷土食材講座の概要 ① 第1回「講座」の内容 第1回の内容は、座学(発表と意見交換)と、郷土食材を用いた料理の調理と試食であった。 午前の発表は順に、①「A事業所の農業部門の現状と特別支援学校の実習受入れ」、②「B施設の農業の取り組み経緯と地域特産物の継承」、③「番田イモの普及の歴史と農業振興における位置づけ」、④「B施設の農業について」、⑤「S地区における最近の農業事情」で、地域の農業・福祉・教育の分野の連携の状況や、郷土食材である千両ナス、番田イモの歴史を、福祉施設の支援員や市の農政担当者、地域の農業委員を講師として学習した。また、地元料理家の参加により千両ナスや番田イモを用いた調理実習を行い、参加者で試食し、管理栄養士のコーディネートで評価を述べあった。午後は、「郷土食材に着目したT市の暮らしと農業について」座談会を行い、郷土食材を活用した障がい者の就労支援と農業の今後について意見交換を行った。 ② 第2回「講座」の内容 第2回の内容は、座学(発表と意見交換)と郷土食材を用いた料理の試食、ほ場見学であった。①「A事業所の農業部門の現状と実習生の受け入れ」、②「郷土食材の生産について−計画と見通し−」、③「郷土食材を活用した料理について」の順に、特別支援学校の生徒の農作業実習への受入れや郷土食材の生産や利用について、福祉施設の支援員や管理栄養士から紹介された。昼食時にはA事業所で生産された米や豆、野菜などを用いたレシピによる料理(写真)を試食した。このときの使用量は、米およそ3㎏、クロマメ0.75㎏(1人分の使用予定量から換算)になった。午後は、地域の町内会、農業委員会、家族会のメンバーによる話題提供と意見交換会のあと、食材を生産したほ場を見学した。 第2回「講座」での試食内容(吹出はメニュー名とそのうちA事業所による生産物) (3)成果報告会 2回の「講座」を踏まえ、モデル的な取り組みの成果報告と他地区にも適用可能な知見の普及を兼ねた研修会を、2014年3月1日(土)午後に、市内において開催した。メインテーマを「食が育む地域の農福連携〜多様な主体による農業振興と障がい者就労支援〜」として、農業者、障がい福祉施設の職員・利用者、農業・福祉に関わる市町行政担当者、農業・福祉・医療分野の大学・専門学校の教員・研究者、国や独立行政法人の行政担当者ほか、地域内外の幅広い分野から、計82名が参加した。 また、会場にて、A事業所による農作業や農地の写真、農作物の展示、生産した郷土食材を用いた加工・調理品(番田イモの料理含む)などの展示を行い、日頃の取り組みを紹介しつつ、参加者の交流の場を設けた。 クロマメの栽培ほ場 成果報告会での展示 研修会の構成は、基調講演と4件の事例発表、パネルディスカッションである。各演題は登壇順に、基調講演「障がい者とともに取り組んだ地域農業振興の原点(社会福祉法人上野丘さつき会・井上氏)」、事例発表①「地域特産物の開発と障がい者の就労支援(岩美町まこもたけ生産協議会・濵﨑氏)」、②「地域の福祉事業所間ネットワークを活かした農業生産・加工・販売による就労支援(神戸市北区地域自立支援協議会農でデザインする福祉のまちづくりネットワーク部会・加邊氏)」、③「麦の郷が取り組んできた農業と福祉の関係(社会福祉法人一麦会・柏木氏)」、④「郷土食材を活かした障がい者の就労支援と地域農業の振興(社会福祉法人同仁会ホープオブライフ・柏山氏)」であった(所属等は研修会当時)。事例発表では、地域の食材生産や加工を通した特産品開発と、地域内の農業・福祉・教育の各分野および地域の様々な立場の消費者が参加した障がい者の就労の場の拡大と農業振興について、各地の先進的な取り組みが報告された。パネルディスカッションでは、「食が育む地域の農福連携」をテーマに、基調講演者、事例発表者の5名に、研究者と管理栄養士が加わり、障がい者の就労時間や地域の高齢者による支援などを皮切りに、会場の参加者を交えて活発な意見交換が行われた。 (4)多様な主体の関わりと成果 この間、福祉事業所では、農業者の指導・助言を得つつ、これまでの水稲や野菜に加えて千両ナスの生産を開始し生産作目の種類を拡大した。また、レシピ開発や試食に協力し、生産物の利用用途拡大による販路開拓に取り組んだ。さらに、特別支援学校と連携して、8日間、のべ16人の生徒と保護者1人に対して農作業体験の機会を提供し、農業部門で1人の職場実習を受け入れ、生徒らの農業理解を促し、就労先としての農業のイメージ醸成に努めた。他方、「講座」で紹介したレシピは、地域で活用されたり入所施設の給食に応用されるなど、地域住民の郷土食材利用や消費拡大につながる契機となった。 4 おわりに 講座には、自治会関係者、農業者、福祉事業所の家族会員など、農業と福祉の協働に関わる様々な関係者の出席があった。地域食材を中心に障がい者が生産に参加した農産物の試食を含めたことで、地域の多様な主体の参加を促し、調理作業や試食を通して農福連携を支援する地域住民の交流につながるなど、農産物の生産拡大による障がい者就労の広がりの見通しを得た。また、しくみの継続に不可欠な、農業振興と障がい者就労支援が連動することによる自律性の手がかりが得られた。ただし、取り組みの継続を強化するための福祉事業所間の相互補完体制づくりは、必ずしも充分に機能していない。福祉事業所間で生産・加工・販売の得意分野を活かしたネットワーク形成事例(兵庫県K市)もあることから、今後、長期的に取り組む必要があろう。 【付記】 本報告の内容には、農林水産省補助「平成25年度障害者就労支援事業」におけるモデル実証の成果を含む。ご協力いただいた皆様に謝意を表す。 【参考文献】 1)石田憲治・片山千栄:多様な担い手が参加できる農業生産環境づくり「畑地農業」vol.668,pp.17-22,畑地農業振興会(2014) 【連絡先】 片山千栄/農研機構農村工学研究所 e-mail:chiek@affrc.go.jp 国立がん研究センター東病院での知的障がい者雇用の取り組み −病院職員として働くということ− ○長澤 京子((独)国立がん研究センター東病院 ジョブコーチリーダー・障害者職業生活相談員/立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科比較組織ネットワーク学専攻博士前期課程) 荒木 紀近・芝岡 亜衣子・佐々木 貴春・山添 知樹・天野 由莉・湊 俊介((独)国立がん研究センター東病院) 1 はじめに  近年、日本の障がい者の就職件数は増加している。2013年4月の障害者雇用率引上げ、同年6月の障害者雇用促進法改正、障がい者の就労意欲の高まり、景気回復に伴う人手不足等により、さらなる増加が予想される。しかし一方で、日本には、未だ、労働を通じた社会参加の場の欠如が要因の一つとされる課題も残る。例えば、障がい者のホームレス化や孤独死、累犯障がい者問題等である。障がい者雇用の促進は、こうした課題を包括的に善処できるものであると考えられる。  また、障がい者雇用の底上げにより、新たな懸念も生じている。アセスメントが不十分にもかかわらず、訓練を受ける機会を持たずに障がい者が就職するケース等が増えることである。安定・継続雇用の確保には、業務内容と障がい者だけでなく、組織理念と障がい者等、組織自体と障がい者のマッチングも重要になってくる。 医療機関は、産業の少ない地域にも存在し、障がい者に適した業務も多種多様あり、障がい者雇用の受皿として期待できる分野である。しかしながら、医療機関では、従前より、障害者雇用促進法による除外率が認められる等、障がい者雇用が困難であると考えられてきた。病院と障がい者のマッチングは成立しづらいのか。障がい者は病院職員として働きにくいのか。 本稿では、医療機関で、障がい者が「病院職員として働くということ」について着目する。できるかぎり障がい者の所見に重きをおき、以下の5項目「病院で働く前と働いた後で変化したこと」「病院で失敗すると何がよくないのか」「後輩に教えてあげたいこと」「病院で働きたい人へのメッセージ」「病院で働くということ」を挙げることで、病院で働くということはどういうことなのかを明らかにしたい。 その上で、そこに、病院職員として働くために必要な知識・技能・能力や態度とは何かが垣間見られれば、病院での就労を目指す障がい者、さらには、病院での就職を希望する障がい者を支援していく職業教育の一助になると考える。ただし、本稿の範囲は、紙面の都合上、障がい者の所見の抽出とその考察までとし、上記の知識・技能・能力や態度の特定まではせずに、別の機会に論じることとする。 なお、本稿では、障害者を障がい者と表記し、障がい者とは、主に、知的障がい者とする。また、本稿でいう病院職員とは、常勤非常勤を問わず、病院に直接雇用され賃金を得ている者のことである。 2 東病院の取り組み 国立がん研究センター東病院は、千葉県柏市にある、がん専門病院である。当院では、平成23年度より、知的障がい者を病院職員として直接雇用している。現在、6名の知的障がい者が、主に、医療関連業務に従事している。医療関連業務とは、がん患者の治療に直接的・間接的に使用する、注射針の切り離し、点滴台点検、固定用絆創膏カット業務、内視鏡スコープ用キムタオル折り等である。これらの多くは、専門職でなくとも担当できるが、以前は、看護師が携わっていた。医療関連業務のような代行業務は、医療専門職の負担軽減により感謝されるため、組織内の障がい者の地位確立と定着、障がい者のやりがいとプライドの獲得につながりやすい。 組織には、一般的に、理念や目標、それを分かりやすく言語化したスローガン等がある。当組織のスローガンは「革新への挑戦と変革」「職員の全ての活動はがん患者のために」である。全職員が同じ方向性を持ち、上記の文脈を目指している。もちろん、障がい者は除くという付帯文はなく、障がい者もこれを目指して就労することになる。 当院では、当然のことながら、理念や目標、上記のスローガンに即した所作ができるように障がい者を教育している。また、障がい者は、病院で実施される病院職員全員参加の研修にも参加する。研修の内容は、手洗い等の衛生に関するもの、AED等の医療安全に関するもの、接遇等のマナーに関するもの、コミュニケーション等のチーム医療に関するもの等、多岐にわたる。どれも医療機関で働く「病院職員」として、必要不可欠なものであることはいうまでもない。障がい者には、この必要性自体も理解してもらいたいところである。 3 当事者の所見  当事者の所見は、様々な方法で抽出可能であり、対話や記録等により、膨大な容量が収集できる。以下は、朝礼等の時間的余裕のある時に、本稿執筆に向けたデータ収集のため、題目のある作文作成を実施し抽出した、障がい者の所見である。紙面に限りがあるため、作文の中から、5項目の題目に対し2項ないし3項の所見を選択して掲載する。なお、該当障がい者には、自閉症、長期的引きこもり経験者、職業的重度判定保持者を含む。また、障がい者の主観的ニュアンスを伝搬するため、賛否はあろうが、あえて、誤字脱字、文法表記の間違いを含め、すべて原文のままとする。ただし、固有名詞は○○で表記する。 (1)病院で働く前と働いた後で変化したこと ① 自分の変化。前はこうだった。他人のためにという意識がそんなに高くなかった。時間を意識していない場面もあり。他人のためにという意識が高まった。他人の意識変革を努めるようになった。清潔を心がけるようになった。誰かの負担を軽くするという気持ちが出てきた。誰かを(ここでは患者)考え、優先する部分が増してきた。人の顔など確認出来るようになった。それまで人の様子をみていなかった。 ② 病院で働く前はあまり話さなかったので自分の気持ちがうまく伝えられなれませんでした。病院で働いた後は少しずつ話すようになって意見を言えるようになり相談や報告ができるようになりました。チームで働いているので相談や報告をしないで自分かってにやるとミスをしてしまうので職員や病院にもめいわくをかけてしまうので相談・報告するのがたいせつというのが分かりました。 ③ 自分が患者さんのときは看護師さんのきづかいにきづかなかったです。でも今は病院で働いてみて患者さんのことを思って働いています。病院で働く前はせいけつのことは特に考えていませんでした。でも今病院で働いてみてわかったことはせいけつにすることで患者さんのことを考えるようになりました。 (2)病院で失敗すると何がよくないのか ① 注射針業務は適当にやったり、急いだり、ねじったりすると破損します。なので私○○さんは集中して適当にやらないようにして、急がないように落ち付いて、ねじらないようにきまりを守ってやります。そうすると、成功して上手にできてほめられます。ちゃんとやったら注意されないです。ちゃんとやらなかったら注意されます。当たり前なことです。なのでいちいちイライラしません。イライラしそうになったら落ち付きます。 ② 注射針を失敗すると患者さんが使用する本数がへってしまいます。病院で失敗するとしんようしてもらえなくなります。患者さんの名前、確認、の失敗をするとちがうくすりをのんだり注射を違う人にしてはダメです。病院で失敗(ネットの丸め方)きまったやり方でしないでしないと仕事がもらえなくなるのでダメです。エレベーターの開閉失敗すると患者さんにケガをさせてしまうので集中しないとダメです。 (3)後輩に教えてあげたいこと ① ジョブコーチの話を聞かないと、何の業務に、取り組めば良いかわからないからです。集中がひつようです。何ぜなら、安全第一だからです。どの業務も考えて取り組むひつようがあります。ジョブコーチにおそわったやり方をしないとはそんします。自分かってなやり方をすると指示が聞けてないことになります。やるきをだすのは自分じしんで出します。何ぜなら、人に言われて出るものではないからです。仕事をおぼえると、たっせい感をえられます。何ぜなら社会人だからです。 ② 表情は笑顔。態度は良く。清潔感は大事で看者さんを不快にさせない。看者さんは弱っていて、めん液力がなく、歩くのが大変だったり、他の病気に感染するので通る時は避けてあげたり、くしゃみをしたり風邪はマスクを着用。看者さんにケガさせないようにぶつからない。礼儀は忘れずに。階段はかけない。自分でやれることは自分で。 (4)病院で働きたい人へのメッセージ ① しょうがいがあっても働きたい気持ち、があれば働けます。ただし患者さんのことを考えないと働けません。集中力もひつようです。業務するときはきまりをまもるひつようがあります。ジョブコーチの話をきちんと聞いて理解するひつようがあります。 ② 病院に入る前は○○にいました。イライラして、バタバタして、大きな声を出して、暴力して、興ふんしていました。病院に入って気持ちを切り換えて、話を聞く、集中する、姿せいを正しくします。物を大切に扱う、階段は静かに歩く、ドアは静かに閉めます。努力をする。 (5)病院で働くということ ① がんセンターはどれだけ清潔を心がけているか?私たちの働いている国立がん研究センターでは清潔を心がけています。例えば点滴台点検では目立った汚れがあった点滴台があったらその点滴台を拭きます。次に緩和ケア病棟(PCU)の手すりを拭きについてはいつでも人々は手すりを使っています。そこも拭いて汚れを落としています。一部の作業、という話ですが手洗い研修など改善チェックされている程です。固定用バンソウコウでも手指を消毒してから作業しています。これらは患者さんが快く治療が出来ていればと思います。 ② 医療安全管理研修。チームが乱れると看者さん関わる事を学び、指ずもうで勝って下さいの指示で人それぞれ違う事をしていたと言う発見になりました。チームワークと確認は大事でそれが乱れると命に関わる事を学びました。研修に参加する機会が有って良かったです。 ③ 病院での業務ではせいけつを第一に考えかん者さんが少しでも元気になってもらえるよう活動しています。かん者さんがすごしやすく安心してちりょうできるかんきょう作りを考えています。私たちはかん者さんやかんごしさんお医者さんにたいしていつも笑顔でいる事ややさしくせっする事が大切です。いりょうにかんけいする業務なので一つひとつていねいに業務をしています。私たちの病院ではしょうがい者が病院で働いています。私たちの全6人でかんごしさんたちが少しでも仕事が大変なので私たちが業務をお手つだいしています。みんなできょう力して仕事をしています。私たちが仕事する事によって全たいがすごくまとまって感謝されたりまたがんばろうと思えて自分たちがせいちょうでき次のステップにつながるからです。いつも一つひとつ業務をコツコツクリアしてレベルアップして行ける事をめざして仕事と自立をめざしています。 4 考察 障がい者の所見からは、障がい者が、病院で働くようになってから、患者の存在を意識し、適切な振る舞いを心がけるようになったことが見て取れる。前述の通り、当院では、障がい者も、他の職員と同様に、スローガンや理念を把握・理解することで「患者さんのために」という意識づけができるよう教育している。また、研修参加でチームワーク等を学ぶ機会も得ている。彼等の意識や振る舞いが、育成環境や研修参加によるもののみで形成されたとは断言しきれないが、障がい者の所見にもあるように、病院職員としての採用後に、何らかの形で習得した感覚があるようである。 以上のことを踏まえると、仮説として、採用時には、病院職員として必要とされる知識や技能等がなくても、採用後に獲得できるものであるといえる。別の視点から考えれば、彼等が習得したであろう病院職員としての振る舞い、それを、病院が求人する段階で、あるいは、支援者が職場開拓する段階で、病院での就労を希望する障がい者に職業教育することができたなら、マッチングがより高確率になるのではないか。 一般に、健常者が就職を目指す際、就労希望の業界全体、さらには、就労希望の個別組織を調査し、概要を予習することが重要である。社名、所在地等は当然のことながら、規模、形態、理念、事業内容を把握・理解しておくことで、自己準備ができるからである。しかしながら、障がい者雇用においては、これらの準備不足が放置され重要視されていないケースが多い。組織の理念等を理解できていることが、どれだけ、就労意欲や就労姿勢の違いとして顕著に表れるかは、彼等の所見からも分かる。 組織では、障がい者への合理的配慮はするものの、組織の理念を障がい者に合せることはできない。これは一見当たり前のことであるが、盲点になりやすい。障がい者(や障がい者の支援者)の姿勢の方向性と組織の理念等に整合性が取れていないと、障がい者雇用が困難になるばかりか、不幸な結果を招きかねない。 病院で働くということは、障がい者が、病院という組織の業態を理解し、障がい者自身の組織の中での立ち位置、組織の中の自己を意識して了解していることである。例えば、当院でいえば、障がい者であっても、病院職員であるからには、患者のためにならないような行動をとることがあってはならない。帰宅時に乗車したいバスの発車時刻が迫っていても、階段を駆け下りれば患者を突き飛ばしかねないと考えられ、歩みを緩めることができるかどうか。知識として知っているだけでなく、とるべき行動をとれるかが鍵なのである。これが「病院職員として働くということ」である。患者の立場にたてるかどうか。 なお、知的障がい者が情報発信する場合、組織の意向や影響を受けやすいため、主観的意見が抽出できるか否かは、議論が分かれるところでもある。本稿では、一般的な広報戦略においても組織の意向の反映が見られるという見解の下、充分な対話を経ていて、かつ、誘導や強要がなされなければ、障がい者の情報発信は障がい者の所見として成立するという立場をとりたい。 5 おわりに 前回の発表会後、参加した4名の障がい者には、著しい成長がみられた。主に、責任感の強化がなされ、自尊心と他者への関心が深まり、自他双方への受容幅が伸びた。当院では、視察・見学者対応も障がい者の業務の一つであり、来客者への業務説明を実施している。障がい者は、発表や来客者との対話の中で、日々の実践の振り返りを繰り返し、都度の復習の機会を得ていることになる。他者への業務説明は、障がい者にとって、新しい出会いや体験とともに、組織理念や業務内容等を長期記憶に保管できる有効な手段であるといえよう。 当院では、障がい者が積極的な対外広報もする。民間企業では、障がい者雇用をCSRに位置付け、広報戦略として取り組み事例を発信しているむきもあるが、医療機関では、医療そのものにCSRのイメージに近いものがあるためもあり、障がい者雇用を事例化することが少ない。事例の充実は、その分野の促進とともに、質を高め充実強化するにも役立つ。医療機関での障がい者雇用の発信された事例が少ないことも、医療機関での障がい者雇用を困難にする要因の一つであると考えている。障がい者が、就労等について発言する機会は、未だ、少ないのが現状である。それは、障がい・障がい者・障がい者雇用の正しい認識や事例を社会に広める機会でもある。 発表や説明等は、他者へと向き合う作業でもある。今回、発表会参加に意欲を示した障がい者に対しては、常に、なぜ参加するのか。なぜ我々か。何を伝えたいのか。あなただから伝えられることは何か。相手が何を聞きたいと思うか。等の問いを投げかけてきた。障がい者が、発表会に参加することが、彼等の成長のためだけの当院の自己満足で終わることなく、彼等が他者とのつながりを意識する機会であってほしいし、社会にも意義があることであってほしい。 共生社会の実現のためには、多様性のある障がい者と参加する社会環境とのマッチングが重要である。こうした発表の場を通して、当院で働く知的障がい者が、自身の存在を、病院職員であるという、組織の中の自己として捉えるだけでなく、社会の中の自己としても捉えられるようになれば、幸いである。 【連絡先】 長澤 京子 独立行政法人 国立がん研究センター東病院 〒277-8577 千葉県柏市柏の葉6-5-1 TEL:04-7133-1111(代表)PHS:91440 E-mail:kynagasa@east.ncc.go.jp http://www.ncc.go.jp/jp/ncce/division/shogaishakoyo.html 第一生命チャレンジド㈱書類発送グループの8年間の変遷から見る職員の成長と業務の拡大 ○梶野 耕平(第一生命チャレンジド㈱ 職場定着推進室 課長補佐) 長田 聡美(第一生命チャレンジド㈱ 職場定着推進室) 1 はじめに 第一生命チャレンジドは2006年に第一生命保険株式会社(以下「親会社」という。)の特例子会社として設立された。書類発送グループは会社の設立からある部署で、はじめは3名でスタートしたが、現在では47名が所属する社内最大の規模となっている。書類発送グループでは、障がいのある職員(以下「職員」という。)が、朝一番、誰の指示を受けなくても仕事が始まる。どの仕事をやるかは職員が判断し、上司の指示を待つのではなく、職員が自ら考え主体的に仕事に取り組んでいる。本論では、なぜ職員が主体的に動けるようになっていったのかということについて、書類発送グループの変遷とともに考察する。 2 社会人としての自覚と当事者意識の醸成 書類発送グループは設立当初、業務フローが確立されておらず、業務でミスが出たりしていた。親会社の信頼を得るためには、ミスを無くす事が必要であり、そのためには各人が責任を持って仕事に取り組む意識の醸成(社会人としての自覚と当事者意識を持って仕事に臨む姿勢)が必要だと考え、以下のような取り組みを行った。 ① 話し合いの場を設ける 設立当初、業務の内容や手順がまだ確立されておらず、そのことが原因でミスに繋がっていた。ミスが出たときは、その都度、再発防止のための話し合いを設け、作業工程の見直しを行った。話し合いでは、情報を共有し、全員で意見を出し合いボトムアップで改善をしていった。話し合い、考える事で、作業工程への理解が深まり、自分たちが決めたことに責任を持って取り組むようになった。その他にも「個人情報の取り扱い方」について話し合うことで、なぜ顧客の情報は丁寧に扱わなければならないかを考え、意識して仕事に取り組めるようになっていった。 ② 全員で残業 話し合いを通して作業手順の見直しがされ、ミスが減っていくと、徐々に親会社から任される仕事の量が増えていった。そんな中、業務が間に合わず残業を行う機会が出てきた。当初は管理者の上司だけが残り、職員は定時で帰宅していたが、そうすると職員は、自分たちの仕事の進捗に関係なく帰宅できるため、仕事の生産性が落ちることがあった。そこで、最後まで自分たちの仕事に責任を持つということで、原則として職員も残業するようにした。最初は特定の人だけが残っていたが、徐々に残業する人が増え、現在はほぼ全員が残業するようになっている。さらに、残業にならないよう日中の業務を頑張る職員が増え、逆に生産性が上がったり、より効率的に仕事が進むように工夫をしたりするという変化が見られた。 ③ 親会社と壁のない同じフロアでの勤務 書類発送グループは親会社とは別のフロアで業務を行っていたが、2010年より同じフロアで一緒に仕事をするようになった。そのことで、部署内では、社会人として恥ずかしくないようにしたいという意識が高くなり、机上の整頓や身だしなみなどに変化が起こった。また、親会社側も、当初「障がいのある人達と同じフロアで働くことに不安を感じる」などの声があったが、日常的に職員が挨拶をしたり、働く様子をみたりしているうちに「障がいがあっても自分たちと変わらないことがわかりました」という声が聞かれるようになった。現在では、お互いに、声をかけ合って、納品の作業などを一緒に行っている。 設立当初は、1日の業務量が少なく時間にゆとりがあった。そのような状況の中、ミスが出たことは、結果として「働く」ことについて深く考える大変よい機会になった。そして、部署内で何か問題が起こった時には、上司のみで問題解決に当たるのではなく、全員が自分たちの問題として認識するようになった。話し合いや残業を通し、仕事に対しての当事者意識が強くなり、さらに作業の精度と効率、生産性の向上へと繋がっていった。 3 モチベーションの維持と向上 設立から2〜3年が過ぎると、業務が軌道に乗り始め、仕事を覚えるのに手一杯という状況から、同じ仕事をくり返し行っていくという状況に変化していった。そのため、慣れからくるマンネリ化でモチベーションが下がる職員が出てきた。 ① 任されるから面白くなる 設立から2、3年は、親会社からの確固たる信頼がまだ得られておらず、失敗をすると「障がい者にこの仕事は難しいのではないか」と判断されてしまう時期だった。そのため「失敗できない」という意識が強く、上司が一定のルールのもと職員に仕事を指示していた。しかし、職員よりも勤続年数が短い上司もおり、説明が不十分であったり、指示の内容が必ずしも適切ではなかったりすることがあり、職員から「上司の指示が間違っている」「なぜ、自分たちもできるのに仕事を任せてもらえないのか」といった不満ともとれる声が出てくるようになった。職員の中には指示がなくても仕事ができる人や、仕事によっては上司よりも高い力を発揮している人がいた。そうしたことから「上司の仕事を職員へ」を合い言葉に業務の見直しを行い、進捗担当(納期までに納品できるように業務の進捗を管理する役割)や印刷機のトナー在庫管理、業務日誌の記入や朝礼や終礼の司会、新しい業務を受託する際の研修への参加など、これまで上司の仕事とされていたものを職員に任せるようにしていった。職員から出てきた声に対しては、単に不満として処理するのではなく、積極的に取り入れることで、職員が行う仕事の幅が広がり力を発揮できる機会が増えた。 ② キャリアデザインの形成 目標管理制度(年間を通して個人目標を立て、半年に一度、部署や状況によっては随時上司との面談を行い、目標の達成状況を確認し評価する制度)が導入される以前は、「次にどの業務を習得するか」、「作業を中心としたプレイヤーとして働きたいか」、「人財の育成などマネジメントに興味があるか」など自分のキャリアデザインについて、上司と職員が定期的に話し合う機会はなかった。目標管理制度の導入後、どの従業員も、半年毎に上司とゆっくり話し合うようになり、それぞれのキャリアデザインについて一緒に考える機会ができた。目標管理制度が始まった当初は、「何を話せばいいのかわからない」といった声があったが、徐々に自分の将来についてこうしていきたいという意見を積極的に述べる人が増えていった。 ③ トレーナー制度の導入 2011年4月にトレーナーという新しい職位が作られた(図1参照)。書類発送グループではトレーナーは、通常の業務に加えて、書類の最終の点検業務、他の職員の人事面談、新規業務の担当、各種会議・研修の参加及び企画、講演等を行っている。また、今期は大阪事業部の立ち上げに伴い、出張して立ち上げのサポートも行っている。トレーナーという職位ができたことで、トレーナーになった人は、その働きぶりの評価が明確となり、より意欲的に仕事に取り組むようになった。それ以外の人も、自分も頑張れば役職が上がるということで、全体のモチベーションの向上に繋がった。それまで上司のみが行っていた、より難易度の高い仕事にも取り組む事が出来るようになったため、業務の幅が広がり、マンネリ化が減少しモチベーションのアップに繋がった。 図1 職位図 ④ 得意な事を生かせるチーム制の導入 書類発送グループも40名を越え、全体で会議や話し合いをする事が難しくなってきた。そこで、部署の中に6つのチームを作った。チームは、職員の性格や特性に基づいて構成されており、それぞれのチームに合った役割を担当している。 例:細かい仕事が得意で、正確性の高い人が多いチームには、仕事で使う部材の在庫管理を任せている。 これまで、仕事で使用する部材の在庫確認などやプリンターのトナー交換、調整などの仕事は、上司が、通常業務の合間に行っていた。チーム制の導入で、各チームが役割を担当し、定期的に取り組むことで、より正確で確実にできるようになった。また、チームの名称も所属メンバーで決めている。 従業員が高いモチベーションを持って働く事はとても重要な事だと考えている。目標管理の導入で、自分のキャリアについて考え、意見を反映できるようになった。トレーナー制度ができた事により、仕事が評価されると職位が上がりキャリアアップすることで、更に上の職位を目指す道筋が開けた。事務の仕事は、基本的に自席で書類を処理する仕事なので、同僚同士の横の繋がりが希薄な傾向にあったが、チーム制の導入で、チームに役割が与えられ、それをきっかけに、仕事以外の場面でも職員同士が話し合うようになった。これらの取り組みに、職員も始めは戸惑っていたが、仕事で評価されたり、会社に友人ができたりして、自身の居場所の獲得にも繋がり、全体的にモチベーションが向上した。 4 考えるための環境作り ここまでは、社会人としての自覚と当事者意識の醸成、モチベーションの維持と向上など、人の内面についての取り組みについて述べてきたが、一方で、各人が考えて動ける職場環境を作るために、以下のような取り組みも行ってきた。 ① 作業の見える化 職員が主体的に判断して動くために、仕事の進捗がわかりやすくなるよう、作業の見える化を行った。書類を工程ごとに箱に入れ、自分ができる工程の箱の中に書類があればそれを自席に持って行き処理をして、次の工程の箱に進めるという形にした。こうすることで、自分がどの工程に入れば良いかわかりやすくなり、自主的に動けるようになった。職員に任せることで生じるリスクについては、他者のチェックを何重にも入れるなど、リスク管理体制を整える事で対処した。 箱から取り出して作業を進めている様子 ② シフトの撤廃 複数の仕事を同時にやる場合、部署内では、シフトを組まないと業務がまわらないと思われていた。しかし、予定通りに業務が進まない事が多く、人の配置をし直す調整に時間を取られたり、配置が上手くいかず一方の業務は忙しいのに、もう一方は手が空いている人がいるという状況が生まれたりした。それを受けて、シフトの必要性について議論し、試験的にシフトを組まない期間を設けた。その結果、多くの人が、声を掛け合いながら進捗を確認し、遅れている作業に入っていた。また、シフトがないと困ると言っていた人も、周囲の同僚が、シフトがなくても動いている姿に影響を受けたり、他の人と相談したりすることで作業を進める事ができたためシフトを完全に撤廃した。 作業の見える化については、誰からみても仕事の進捗がわかるようにして、各人が自ら進んで業務に当たれるようにするための仕組みである。そしてシフトの撤廃という事例を通して、普段当たり前にやっていることでも本当に必要なのかという視点で考え直す事が、より働きやすい環境を作るという事に繋がる事を学んだ。 5 人財の成長 これまで述べてきたような取り組みを行ううちに、職員の中から大きく変化する人が出てくるようになった。ここではその一例を紹介する。 ① Aさん Aさんは、入社当初を振り返り、本人が「就労支援センターの人に連れてこられた」と言っていることからもわかるように、第一生命チャレンジドで働きたいという気持ちは決して強くはなく、業務中も寝ていることがしばしばあった。しかし、徐々に人が増え、後輩が入り人が増える事で、あの人には負けたくないというライバル心を持つようになったり、新しい仕事のメンバーに抜擢され仕事を任されたりする事で、次第に意欲的に仕事に取り組むようになっていった。今では、トレーナーとなり各地で講演活動も行い活躍している。 ② Bさん Bさんは、ボタンを押す事が大好きで、必要がないのにエレベーターやパソコンなどのボタンを押してしまっていた。そのため上司が一日中、Bさんと行動を共にするといった対応もしていた。入社後も、多くの失敗をしてきたが、その度に一つひとつ振り返りを行い問題を改善してく努力をした。また、一方ではBさんができていることや努力していることを認めて、得意なことや興味のあることを活かせる仕事を任せていった。そうした経験を積み重ねることで、徐々に周囲からも認められるようになり、任される業務も増えて、今ではボタンをむやみに押す事もなくなり貴重な戦力として仕事に取り組んでいる。 ③ Cさん Cさんは、入社時から他の人と話す事はほとんどなく、休憩時間もどこかに行ってしまい姿が見えないことが多かった。(休憩の時間はきちんと守って戻ってきていた)チームの仕事もうまく周りの人に分担できず、全部自分でやろうとするなど周囲との連携が課題であったが、自分が休んだ時に周りの人が仕事をフォローしてくれたことをきっかけに、少しずつチームメイトを信頼し、頼ったり仕事を任せたりするようになった。それ以外の場面でも同僚と食事に行ったりするなど周囲とよい関係を築いていった。今では書類発送グループの中でもチームワークの良いチームのチーム長として働いている。 職員の成長に伴い、上司にも変化が見られるようになった。従来、上司は、職員に対して、「してあげなければならない」という意識がある人が多く、何かとやりすぎてしまう事が多かったが、こうした職員の成長を目の当たりにし、徐々に職員を信頼し、仕事を任せるようになってきた。今では職員がチャレンジできそうなことは何でも、一緒に話し合い、任せてみるという信頼関係が構築されている。 6 まとめ ここまで述べてきたように、「当事者意識を持って仕事をすること」、「頑張ったことがきちんと評価されモチベーションが上がること」、「そのための環境があること」は、各人が主体的に考え、自ら進んで行動するために必要な要件である。従業員が主体的に生き生きと仕事をすることは、結果として企業が成長することに繋がっていく。 現在、書類発送グループは、入社段階でいろいろな事が出来るという点を重視して採用している訳ではない。それは主体的に考え行動することで障がいのある人でも成長するということを経験的に知ったからである。障がいのある人は、能力がないのではなく、経験が不足していることが多い。障がいがあっても経験を積む事で、時間がかかるかもしれないが、自ら考え、判断することができるようになっていく。そうしたことから上司に求められるのは一緒に考えることである。一人ひとり、経験や能力によって理解する幅は異なるが、一緒に考え、理解し、行動する事こそが重要である。その時に常にベースとして持っておくべき事は職員のモチベーションをいかに上げるかという観点で物事を見ていくことではないだろうか。 ちばぎんハートフル㈱の障がい者雇用の取り組み −「社員の主体性を重視し将来の自立を目指す」− 白川 恒平(ちばぎんハートフル株式会社 業務第一部長) 1 会社概要 当社は平成18年12月千葉銀行により、障がい者雇用の一層の促進を図るために設立された。 さらに、平成19年5月には「障害者の雇用の促進等に関する法律」に基づく「特例子会社」として、地方銀行の100%出資の子会社として初めて認定を受けた。働く意思と能力を持った障がい者に、安定した雇用機会を提供し、障がい者がいきいきと働くことの出来る職場環境づくりに務め、地域社会への積極的な貢献を目指している。 現在、当社を含めた千葉銀行全体の障がい者雇用率は法定雇用率の2%を大きく上回っている。 設立当初の障がいのある社員は7名であったが、8年目を迎えた現在、24名の障がいのある社員が働いている。社員の内訳は身体5名、聴覚7名、知的12名で、今後も毎年2〜3名程度の社員を継続して採用していく方針である。 設立以来ほとんど退職する社員がおらず、定着率が高いのが当社の大きな特徴である。主に千葉銀行から名刺やゴム印の作成、パソコンのデータ入力などの業務を請け負っているが、若手の指導や照査業務をはじめ社員にある程度の権限を委譲し、主体性を持った取り組みを実践している。 社員の一人ひとりの意思を尊重し、目標管理を徹底して行い、やりがいのある職場づくりを目指していることが定着率に反映しているものと考えている。 表1 障がい者雇用率 当社の社員は重度障がい者10名、重度以外の障がい者14名のため、カウント人数は34名となる。 表2 社員数と障がい別割合表 2 主な業務内容 (1)バーコード入金伝票作成業務 お客様の名前や口座番号などのデータがバーコードで登録された1冊50枚の入金専用伝票の作成。 (2)名刺作成業務 千葉銀行と千葉銀行の関連会社の職員の名刺の作成。最近は千葉銀行以外のお客様からの注文もある。 (3)手形・小切手帳作成業務 千葉銀行のお取引先の手形・小切手帳の作成。1冊50枚になっている。支店からの注文に応じ作成している。 (4)ゴム印作成業務 氏名、役職名、枠番など様々なゴム印の作成。千葉銀行と千葉銀行の関連会社からの注文が中心だが、最近は千葉銀行以外の官公庁などからの注文も増えている。 (5)為替手数料一括入力業務 送金手数料など為替手数料の一括引落し契約をしている法人のお客様からの依頼に応じ、毎日、振込件数と金額などのデータをホストコンピューターに入力する業務。 (6)印鑑登録業務 お客様が銀行の窓口で普通預金の口座を開設した際などに届出た印鑑を銀行のホストのコンピューターに登録する業務。 (7)送金データ入力業務 お客様が銀行の窓口で振込み手続きを行った際に、先方銀行、振込先、口座番号、金額などのデータをコンピューターに入力し実際に先方銀行に送金する業務。 (8)預金取引履歴調査業務 市町村や税務署、警察など公的機関から依頼される、取引履歴の調査依頼に対し、パソコンで照会をとり回答書を作成し送付する業務。 (9)発送業務 投資信託や保険のパンフレットなど、各支店からの注文に応じ冊数を揃えて発送する業務。その他、お客様に各種取引履歴やパンフレットなどを発送する業務も請け負っている。 表3 従業員数及び主な受託業務の推移 3 当社の取組み (1)権限の委譲と社員教育 設立当初は管理者がつきっきりで作業に当たっていた。管理者が始業の準備を行い当日の作業の段取りを組み、社員は管理者の指示に従って作業を行う。作業のルーティーンの中には必ず管理者が入り、チェックは管理者が行う。支店からの注文や、支店への問い合わせなど、電話によるやり取りは全て管理者が行っていた。設立当初は社員も業務量も少なく、十分に対応は可能であったが、業容が拡大し社員が増加するにつれ管理者の負担が大きくなり、一人ひとりの社員に目が行き届かなくなる傾向が強くなったように思われた。管理者が忙しく動き回る光景が珍しくなく、社員のマンネリ感も否めない状況であった。そこで、思い切った権限の委譲を行うことにした。立ち上げ当初から勤務する社員を選抜し照査権限を付与した。 ①投資信託・保険の発送業務は従来3人1組で行い、うち1人が管理者で、全体の統括とチェックを行っていたが、全て社員とした。 ②名刺の作成作業も通常日は3人1組で、うち1人が管理者で照査を行っていたが、ベテラン社員を名刺チームのチームリーダーとして位置づけ、作業の段取り、照査、支店との電話のやり取りを任せることとした。 ③その他の業務の中でも、多くの部分を障がいのある社員に任せることで、管理者の負担を減らすことが出来た。 「社員に出来るのか」また、「責任ある仕事を任せることで、それが精神的な負担になりはしないか」など管理者の間でも葛藤があった。 事実、「自分の思う通りに作業が運ばない」「若手の社員が自分の指示に従ってくれない」など不安や不満の声も社員の中から出たが、管理者は事務負担が軽くなったことで社員の仕事振りや表情をしっかりと把握出来るようになった。社員の様子に変化があれば、すぐに呼び、個別に悩みや希望を聞き、直せるところは直した。社員からも「今までは与えられた仕事をこなしているだけ」という感じであったが、責任ある仕事を任せたことで、「仕事に対する意欲が変わった」「やりがいが出てきた」という意見が多く聞かれるようになった。 管理者は社員の仕事に責任を持たなければならない。勇気が必要である。仕事の任せっきりは禁物であり、しっかりと業務面も体調面もフォローしなければ逆効果であることは言うまでもない。しかし、思い切って社員に仕事を任せることで社員も私たち管理者も成長できたと思う。 社員の指導はOJTを基本としている。設立当初は管理者が手取り足取り教えていたが、現在は先輩社員が後輩社員を教えている。教える方も教えられる方もお互いにスキルを高めることが出来、効果的である。当社はインターンシップの受入を積極的に行っているが、実習生の指導も各自の役割分担に応じて社員が行っており、実習受入先からも好評を得ている。 (2)目標管理と多能化 当社の雇用体系は設立当初から正社員が基本であり、定年は60歳である。銀行本体と同じように、スキルチェック表を活用し、業務毎に ①人に教えることが出来る ②一人で出来る ③過去にやったことがある の三つの項目に分けてチェックを実施している。 毎期、期の初めに社員一人ひとりと面接を行い、今期はどの業務にチャレンジするのか、自分のスキルを高めるために何をするのか目標を定めて、人繰りの中に組み込んで、出来る限り担当以外の業務を覚えさせることを心掛けた。 私たちはこれを「多能化」と呼んで社員に奨励した。慣れた仕事を続けて担当させる方がミスも少なく、人繰りを立てることも容易であるが、あえて、「多能化」を進めることで、社員のモチベーションも高まり、作業効率も向上した。予想していた以上に社員の覚えは早く、次から次へと新しい仕事を覚えて行くので、私たちも驚くほどだった。作業の生産性は見違えるほど向上し、担当者の休暇の際も、別の社員が容易に対応することが出来るようになり組織としての体制が強化された。 期の終わりに結果面接を行い、自分の目標がどれだけ達成出来たのか、出来なかったのか、これからの課題が何なのかを話し合っている。この結果が人事考課や賞与査定にも反映されるため、社員のモチベーションは更に上がっている。賞与はA〜Dの4段階で評価を行い、各自の評価に応じて支給額に上乗せ支給される。毎年6月と12月の賞与支給日には社長が直接一人ひとりにフィードバックを行っている。 (3)コミュニケーション能力の強化 ① 生活技能訓練(SST)の導入 障害者職業総合センターの研究員の方のご協力を得て、知的障がい者の中からコミュニケーションが困難な社員を選抜し、毎月勉強会を行っている。自分の考えや気持ちや用件をうまく伝える方法を学んでいる。 ② 各種勉強会の実施 当社の業務は繁閑の差が激しく、閑散期には午前中で業務の目途が立ってしまうときがあるため手すきの時間を有効に使うことと、社員のスキルアップのために勉強会を実施している。 お互いの障がいを理解したり、コンプライアンス意識の醸成のために、管理者が講師になって講義を行ったり、手話、ビジネスマナー、パソコンについては社員が主体となって勉強会を行っている。手話勉強会は聴覚障がいの社員が講師になり講義の内容も考えている。社員間のコミュニケーションを図る場としても有効に機能している。パソコン勉強会は障害者技能競技大会(アビリンピック)の出場をーつの目標に掲げ、それに向けて訓練を行うことで、お互いの向上心を高めている。 ③ 委員会活動の実施 社内新聞やレクリエーションなどの委員会活動を行っている。新聞委員会では委員の社員がインタビューや取材を行って毎月「ちばぎんハートフル新聞」を発刊している。社員の主体性を尊重し管理者はあまり口出しせずに、社員自ら企画して作成している。自分の長所や特技を生かすことが出来、いきいきとした活動が実践出来ている。 ④ 当番制度 当社では朝の掃除や郵便、メールの仕分けなどを4つの班に分け当番制で行っている。やり方などは各班の班長に一任し、問題があればお互いに話し合って解決するように指導している。 4 当社の課題と将来の展望 (1)新規業務の開拓 ① 新規業務開拓の必要性 前述の通り、当社には退職者がほとんどなく、社員数は増加し続けていることから、現在のペースで採用を継続した場合は10年後には40名、20年後には60名の障がい社員を抱える企業へと成長することとなる。 現状でも手狭になっており、今後の働くスペースの確保はもとより、新規業務の開拓は急務である。当社は株式会社であり民間企業として収支が成り立たなければ、企業として成立しない。収益の確保のために新規業務を開拓していくことは私たち管理者に課せられた最大の課題である。 ② 新規業務の内容 印刷や文書管理など千葉銀行の営業店や本部で行っている業務の中で当社として取り組めるものがないか。外注に出しているものの中で内製化出来るものがないか、銀行の各部署と定期的に会議を行い検討している。 名刺やゴム印作成業務など千葉銀行以外からの注文も増えているが、全体の取扱量から比べれば、まだわずかである。設備と社員のスキルに更に磨きをかけ、お客様からのいかなるニーズにも対応できるような体制づくりを行い、営業力を強化し、銀行以外からの受注量も増やしていきたい。 (2)将来の展望 ① 障がい社員の社外での勤務 「特例子会社は障がい者の囲い込み」との批判的な意見もある。確かに障がい者雇用は健常者との共生が理想である。ただ、私たちは障がい者雇用には色々な形があって良いと考えている。表1にあるように千葉銀行本体でも71名の障がい者を雇用しており、千葉銀行単体でも法定雇用率の2%を達成出来ている。当社で採用した障がい社員を1〜2年掛けて養成し、千葉銀行の本体で勤務させたり、逆に、本体の障がい社員の訓練の場として受け入れたり、うつ病などになった職員の職場復帰のための訓練の場として提供するということも選択肢ではないかと考えている。 ② 障がい社員の管理職への登用 社員に権限を委譲して業務を任せるという当社のスタンスは前述した通りだが、更に進んで将来は、社員の中から課長や部長といった管理職に登用していくことを目指している。一般企業と同様に、昇格によって社員の給料も上がり自立が可能となる。肩書が付くことで社会的な地位も向上し、モチベーションアップにも繋がると考える。社員の増加に伴い、管理職も増やして行かなければならなくなるが、社員の中から能力のある者を管理職に登用することが出来れば、健常職員を増やさずに、障がい者雇用の推進を更に進めることが出来、理想的である。 一期生に対しては、将来を担う管理職候補として常日頃からリーダーシップの発揮を求めている。当社の社員の平均年齢は25〜26歳と若く、近い将来に夢が叶えられるときが来ることを確信している。 手話勉強会 ビジネスマナー勉強会 新聞委員会打合せ ちばぎんハートフル(株)では以上のような取り組みを実践することで、社員の将来の自立を目指している。少子高齢化が進み、日本の労働力人口が減少していく中で、障がいのある社員が健常者と同様にいきいきと働ける環境を作ることは私たちの使命であると考えている。今後も、障がい者雇用の一層の促進を図ることにより、ちばぎんグループの一員として企業の社会的責任を果たし、地域社会に貢献していく所存である。 【連絡先】 白川恒平 ちばぎんハートフル株式会社 e-mail:chibaginheartful@chibagin-heartful.co.jp 特例子会社における従業員の能力開発についての一考察 ○和泉 圭良子(大東コーポレートサービス株式会社 北九州) 小山 奈弥・藤本 純子・森 愛・比嘉 清子(大東コーポレートサービス株式会社 北九州) 1 はじめに 大東コーポレートサービス株式会社は、2005年に大東建託株式会社の特例子会社として設立され、東京、福岡、千葉の三ヶ所に事業所を持っている。社員数は102名(うち障害者63名)。主な取引先は親会社・グループ会社である。 2 北九州事業所 福岡県にある当事業所は、2008年に開所、10名の社員(うち障害者5名)でスタートした。 2014年9月現在、社員数22名(うち障害者15名)である。障害者の内訳は、知的障害10名(重度判定2名)、身体障害3名(視覚障害1名、聴覚障害1名、肢体不自由1名)、精神障害2名。 開所時より定例業務の種類は増え、それに伴い売上も増加している。 しかし、次第に「新規業務の導入」や「障害者の新規採用」について限界を感じるようになっていた。その理由として、事業所の社員の半数近くを占める知的障害者が、簡易な単純作業のみを担当しており、知的障害者以外の社員に業務の負担がかかっていることが考えられた。事業所として、量・質ともにこれ以上の業務に対応することが難しい状況になっており、そのような状況において障害者の新規採用を進めることが難しくなっていたのである。 3 業務における現状調査および分析 (1)知的障害者とその他社員の担当業務の割合(2008年〜2013年) 知的障害者とその他の社員がそれぞれ担当する業務工程数の割合は、業務の種類が増えているなかでも大きな変化はなく、開所時より約3:7の比である(表1)。 表1 知的障害者とその他社員の担当業務工程の割合 一方、知的障害者とその他の社員の人数の割合は平均5:5であった。年によっては、知的障害者の人数が他の社員よりも上回ることも見られた。担当する業務工程数と人数の割合から考えると、その他の社員は人数が少ない上に担当する業務工程が多いことから、その他の社員に業務の負担が偏っていることが考えられる。 (2)知的障害者とその他社員の担当業務工程(2013年) 各業務の工程を調べた結果、知的障害者が担当する業務工程はその業務の簡易的な手作業工程に限られ、パソコンや機械操作の工程を担当していないこと、また生産した製品の数量を照合する工程や伝票と照合する工程を担当していないことがわかった(表2)。 表2 知的障害者とその他社員の担当業務工程一覧表 勤続年数3年以上の知的障害者は8名いるが、担当する業務工程はほぼ固定され、簡易的な業務にとどまっていた。また、どの知的障害者も担当する業務工程は全体の1割から2割にとどまり、個人差が少ないことがわかった。全業務の工程の約7割(68%)は、知的障害者以外の社員が担当している。 開所時より業務の種類は増え、売上も順調に上がってきているが、その実状は「簡易的な業務を行う知的障害者とその他の全てを行う社員」という構造があった。そして、このような構造が当事業所の限界に起因していることが考えられた。 今後について協議した結果、事業所の発展のためには、この構造を見直す必要があるのではないかということ、つまり、知的障害者が担当する業務内容を見直す必要があるという結論にいたった。 そのためには、知的障害者それぞれの能力について再度アセスメントを行い、適材適所を見極め、業務習得にむけOJTを強化する必要があった。 以下、当事業所が構造改革のために取り組むことになった能力開発について報告する。 4 能力開発 (1)能力アセスメントのやり直し 最初に取り組むことになったのは、知的障害者の「能力アセスメント」のやり直しである。今までは「知的障害がある」ということを重要視し、それぞれの能力を判断していた。 今回は、障害に対する一般概念は考えに入れず、実際の業務において、何が、どのように得意で、何が、どのように苦手なのかを調査した。また、苦手なことはどのようにすれば改善ができるか、改善の可能性についても検討した。 (2)カンファレンス 能力アセスメントの結果をもとに、どの業務の、どの工程を、だれが、どのように教え、いつまでにできるようになるのか、その課題と方法について詳細に協議し、それを実践した。 (3)「目標管理」の導入 「目標管理」を導入し、社員それぞれがどのような役割を持ち、何を、いつまでに、どのようにして取り組むのかを明確にした。 目標の達成状況について毎月振り返りを行うとともに、目標達成のためにクリアしなければならない課題の確認や取り組み方法の検討および変更など、随時必要な修正を図った。 また、社員それぞれの目標の達成状況については賞与や昇給に反映されるものとした。 (4)マスター制度 業務において優れた能力を発揮している社員を評価する目的で、称号的な制度を導入した。所属長の推薦により社長が任命するもので任期は1年。任命された者は手当が支給される。 「マスター」はメンター的な存在となり、任命されていない社員にとっては身近でわかりやすい目標となった。 5 事例 (1)A社員 ①プロフィール 20代前半、知的障害(療育手帳B2) 普通中学校卒業。その後、福祉施設を1年利用。2009年入社。 ②新たなアセスメント イ パソコン操作 ・ローマ字一覧表を見ながら入力可能 ・漢字変換、マウス操作も理解可能 ロ 機械操作 ・操作上の危険の認識可能 ・業務に必要部分の操作理解可能 ハ 正確性 ・担当する業務でのミスがない ニ 業務の流れの理解 ・一つの業務の全体の流れの理解可能 ③新たな業務工程の取り組み ・パソコン工程 ・機械操作を伴う工程 ・検品や照合の工程 ・一つの業務を最初から最後まで行う ④結果 各業務を工程別に分けると全部で100工程となる。このうちの83工程、つまり全業務工程の83%(取り組み前27%)を担当することができるようになった。また、多くの業務工程を理解できたこと、業務の一連の流れを理解することができたことで、状況に応じた判断もできるようになり、機械の不具合などイレギュラーな状況での業務の対応もできるようになった。 (2)B社員 ①プロフィール 30代後半、知的障害(療育手帳B2) 普通高校卒業。一般企業に健常者として就職するが定着できず。 20代後半で療育手帳取得、福祉施設を2年利用。2008年入社。 読み書きは小学校高学年程度。 ②新たなアセスメント イ パソコン操作 ・ローマ字一覧表を見ながら入力可能 ・業務で対応できるレベルではない ロ 機械操作 ・操作上の危険の認識可能 ・業務に必要部分の操作理解可能 ハ 正確性 ・担当する業務でのミスがない ニ 業務の流れの理解 ・自分が担当する工程の前後の理解は可能 ③新たな業務工程の取り組み ・難易度の高い手作業工程 ・機械操作を伴う工程 ・検品や照合の工程 ・全体状況を見て、臨機応変に各業務に入る ④結果 全業務工程の50%(取り組み前19%)を担当することができるようになった。 難易度の高い業務や機械を取り扱う業務など、限られた社員しかできないことを担当できるようになったことで仕事の対するモチベーションが向上した。 (3)C社員 ①プロフィール 40代前半、重度知的障害(療育手帳A2) 特別支援学校卒業。入所および通所福祉施設を25年利用。2010年入社。 読み書きは小学校低学年程度。 また、支援機関の担当者からの申し送りとしては次の通りであった。 ・自閉症 ・朝の時点でスケジュールを提示すること ・急に予定が変わると混乱する ・嫌なことがあると不適切な独語を発する ・大きな声を出して暴れることが見られる ②新たなアセスメント イ パソコン操作 ・困難 ロ 機械操作 ・困難 ハ 正確性 ・担当する業務でのミスがない ニ 業務の流れの理解 ・部分的な理解は可能 ③新たな業務工程の取り組み ・今までよりも一段階難易度の高い工程 ・会社で大きな声を出すことや暴れることは規則違反とし守ることを徹底した ④結果 全業務工程の25%(取り組み前13%)を担当することができるようになった。手先を使うだけの簡易的な工程だけではなく、郵便番号による仕分けや文字の照合などの工程もできるようになり、そのなかで集中力も高まった。また、他社員が担当する業務の進捗状況を見て、担当する工程に取り掛かるタイミングを自分で判断するようになった。そのため、その都度の指示の必要性や本人の指示待ちの状態がなくなり、他社員と同様、業務の流れの中で自発的に動けるようになった。 以前のように、大きな声を出すことや暴れることは見られなくなり、指示に対しても素直に従うようになった。 6 考察 アセスメントのやり直しから始まり、カンファレンス、OJTの実施により全従業員(特に知的障害者)の能力開発が進んだ。その結果、知的障害者が全体の業務の9割を担当できるまでになった(表3)。 表3 取り組み後の知的障害者とその他社員の担当業務工程一覧表 それまでは「知的障害」に対する一般概念からその能力(理解力や判断力)を判断し、担当する業務において限界を作っていた。簡易的な業務を担当させるにとどまっていたのは、「知的障害者には任せられない」という考えがあったからである。 他社員ができない業務を担当できるようになった知的障害者、また状況判断においても優れた能力を発揮し、臨機応変な対応ができるようになった知的障害者もいる。重度の知的障害のC社員においても「これ以上は難しい」と思っていた業務工程もできるようになった。 しかし、その一方でOJTの実施においては、教える際にアセスメントの能力、OJTの能力がこれまで以上に求められることになった。「これ以上は難しい」という状況を作り出していたのは、知的障害者自身の能力そのものではなく、アセスメント力、見立て見極める力、能力を引き出す力が不足していたためであったといえる。 能力開発にあたっては、導入した「目標管理」が有効であったと考える。 会社とは自分がやりたいことを自由にやれる場所ではない。会社に求められることを仕事として行う場所である。そのことを本人と会社で確認できるものが「目標管理」であった。 障害者の上司にあたるものは、部下育成として障害者のOJTを行い、業務として定着させることが会社から求められている役割であり、責務となる。 以上に述べた「目標管理」に基づいた能力開発に取り組むまでは、障害者に対して「負担やプレッシャーをかけていけない」と考えていた。しかし、働く上で負担もプレッシャーもないことは「不自然」であり「違和感」があることでもある。そのような状況では社員の成長はなく、事業所としての発展に限界が生じてくるのは当然のことであったといえる。 7 おわりに 今回の取り組みにより、個々の生産力が上がったのはもちろんであるが、それぞれの仕事へのモチベーションが向上し、業務に取り組む姿勢が変わっていった。 企業で働くということは、そこで働く従業員が、会社の一員として課せられた役割を果たすことが求められる。そこで自分の能力を期待され、仕事を任され、成果を出し、それが認められるということは、自分の存在意義や価値を認められることでもある。 『能力開発』とは、単に社員のできることを増やすことではない。自分で考えて主体的に働くこと、苦手なことにも前向きに挑戦すること、担当した業務を全うすること、他の社員と協力することなど、会社員として精神的な成長を図ったものである。 一年前とは違う自分、成長を実感することができた社員は、生き生きと働いている。今後も社員がそれぞれの能力を発揮できるよう、能力開発の取り組みを継続していくことが重要と考えている。 “程々にきびしく、大目にみる” 〜雇用継続のためのもうひとつの視点〜 ○髙木 正彦(株式会社Re 業務管理部 第2号職場適応援助者) 武田 春信(株式会社日南 総務部) 1 はじめに 株式会社Re(アールイー)は、平成23年4月に設立され、翌年平成24年に株式会社日南グループの特例子会社として認定を受けた。現在は重度障害者を含む障害者6名と、63歳以上の高齢社員3名により構成される小規模な事業体である。 事業内容は、親会社の基幹事業である試作モデルの設計・加工・仕上げ作業のサポート業務のほか、施設内の清掃作業全般を請け負う。 会社設立からまだ日が浅く、支援実績も少ないことから、ここでは障害者雇用の初歩的段階である評価技法や、支援者としてのポリシーと雇用における理念(フィロソフィー)にハイライトをあて、雇用継続のための「もうひとつの視点」についての考察を紹介する。 2 問題と課題 (1)評価システムの不在 当初は評価基準を設定するためのガイドラインが存在せず、主として担当者や関係者の印象によって評価が決定付けられていた。 対象者の特性を分析し判断する上で必要な評価システムの不在により、場当たり的な支援となるケースもあり、明確な評価基準の導入が課題となっていた。 (2)過度なプレッシャー 会社組織として従業員のパフォーマンスとポテンシャルを最大限に引き出すことは命題であるが、そのことに固執しすぎて対象者に対しての要求レベルが本人の限界を超えてしまい、過負荷な状態に陥る場合がある。 過去の事例として、高次脳機能障害者の支援において脳外傷者の認知−行動障害尺度(TBI-31)を用いてアセスメントし、その分析データに基づき、改善を必要とする障害要素について集中的に支援を行った。ある一定の成果は得られたものの、本人への過度なプレッシャーから作業ミスを誘発し、心身的ストレスが重なり結果的に作業能率の低下を招いてしまったことがある。 (3)ネガティブスパイラル 支援者側においても、改善を期待するほどに現実とのギャップに苛まれ、些細なミスにも叱責し、両者がストレスにより疲弊した状態となり、ネガティブスパイラルに陥る。 経営する側にも位置する2号ジョブコーチのジレンマがここにあり、採算面を意識しつつ支援を行うことの難しさをあらためて痛感した。 3 課題解決への取り組み 対象者の特性を把握する上で、特徴的な障害部分だけに注目するのではなく、個人全体を多面的にとらえ評価することで、偏りのないバランスのとれた支援が実現できると考えた。 (1)評価基準の設定 まず初めに、基本となる評価基準を設定する上で、神奈川県下の養護学校で使用されている現場実習評価表を用いて、より詳細な評価を行うために評価ポイントを5段階から10段階とした。 下記(表1)は、軽度知的障害者Bさんと、同等の障害を持つ入社3年目のAさんとの評価比較表である。 表1 AさんとBさんの評価比較表 表列A1・B1は、それぞれ絶対値による評価で、B2はAさんの評価(A2)に対するBさんの相対値である。Aさんについては、就労全般において安定しており、人事考課上評価基準となる人物である。 (2)障害特性の可視化 表1のデータをグラフ化して、評価者の数値概念にとらわれない形状イメージで障害特性をとらえてみる。以下グラフ(図1)は、二人の絶対評価の結果の関係を示すレーダーチャートである。 図1 絶対評価グラフ Bさんについて、一見してグラフB1の形状から対人関係に障害の特徴がみられるが、相対評価グラフ(図2)のB2線の形状は、比較的やや緩やかであり、Aさんを基準とした場合においては、弱点部分は差ほど目立たない印象である。 図2 相対評価グラフ 一方、長所の部分はAさんの評価に近似しているため、相対評価では形状的により膨らみが増す。 相対的に比較することで、全体の印象が視覚的にポジティブな方向に修正される。評価結果をどのような方法で示すかによって、対象者の捉え方の印象が変わってくることがわかる。 (3)色相グラフによる印象評価 ひとつの評価手法の試みとして、カラーチャート(表2)を用いた色相グラフ(図3)による評価表現を行ってみる。 表2 評価ポイント別カラーチャート 色彩からイメージする印象を評価ポイントに置き換え、全体を大まかな色のグラデーションで捉えてみる。評価ポイントの低い順に寒色系から暖色系に色分けし、各評価項目を均等分布表示することで、視覚的に全ての項目を同じバランスにする。 図3 10ポイント評価による色相グラフ グラフ内に評価項目を付していないが、長所や短所を特定しないことで、偏りのない全体の印象評価としてイメージすることができる。さらに評価ポイントを増やすことで、評価者の細かなニュアンスが加わり、より精細な色彩となる(図4)。 図4 15ポイント評価による色相グラフ 4 評価データに基づく実践において (1)俯瞰的見地 各グラフから対象者の特性をイメージしつつ、全体を俯瞰でとらえ、一部の特徴だけに注目しないよう意識することが重要である。 確かに、Bさんは挨拶が苦手で返事もしないことがあり、言葉の選び方を間違うこともある。 規律や統制の観点においては、改善されることが望ましいが、それこそが障害であり、最も理解が必要とされる本人の特性の一部である。 いつもそこに厳しい監視の目を向けるのではなく、多少は大目にみることで、支援者と対象者の両方のストレスが軽減され、良好な関係も維持できる。 業務に支障を来たさない範囲であれば、それらを許容することは、支援者の裁量において実践できると考える。 (2)障害特性の周知 個別的支援を行う上で、他の同僚への配慮が必要と考えられる場合、事前に対象者の障害特性について周知し、その後も適宜フォローしていく。 同僚間に生じる不公平感や嫉妬心は、将来においても根の深い問題に発展する可能性があるため、指導する際の言葉の選び方やタイミングには、細心の注意を払う必要がある。 5 考察とまとめ 今回紹介した取り組みは、一般に知られる色彩に対する人間の心理的効果に着想し、評価手法として取り入れた主観的な試みであり、持論の域を出ない。あくまでも目的は、文字や数字の評価に現れにくい曖昧な印象部分の評価を、視覚的に表現し捉えることにあり、数値による評価の補完的手段である。これを実践した結果、対象者本人の特性とその傾向を大局的にとらえ支援するスタイルに変わったことは十分な成果といえる。 就労上、求められることに対して「できているか?いないか?」の二元論的な評価ではなく、『大体できているが、たまにミスをする』という、常に不安定な状態であると理解し、時間をかけて課題をクリアしていくという発想の必要性を強く感じた。 最後に、障害者を支援するということは、支援者の理想やポリシーの押し付けではなく、就労する上で本来必要とされる支援を深く考え、“利他の精神”をもって取り組むことであると、私自身は考える。 程々にきびしく、大目にみるという理念を持つことで、心のゆとりが生まれ、支援者と対象者の間に信頼関係が生まれる。 相手に求めるだけでなく、支援する我々が求められることにもっと目を向けなければならない。それが、雇用継続のために必要な、もうひとつの視点である。 【連絡先】 髙木 正彦 株式会社Re(アールイー) e-mail:m-takaki@h-nichinan.co.jp 重度障害者のITを活用した在宅就労における就労機会創出の取り組み ○篠原 智代(かがわ総合リハビリテーション福祉センター 地域支援員(支援コーディネーター)) 諏澤 友紀子・山口 和彦(かがわ総合リハビリテーション成人支援施設) 1 はじめに かがわ総合リハビリテーションセンター(以下「リハセンター」という。)では、重度障害者のITを活用した在宅就業のための支援を、成人支援施設の就労移行支援事業(以下「就労移行支援」という。)及び福祉センターの在宅就業支援事業(以下「在宅就業支援」という。)において実施している。今回、重度障害者が在宅で働く機会を拡げるため就労機会創出の取り組みを行ったので報告する。 2 在宅就業支援について (1)取り組みの経緯 在宅就業支援の取り組みは、福祉センターにおいて平成16年度、在宅ワーカー育成事業を香川県より受託したことから始まった。事業内容は、在宅ワーカー養成講習を100時間程度、集合講義形式により開催するものであった。一方で講習後の受け皿がなかったことから、受講後の活動支援を福祉センター事業として並行して行うこととなった。支援内容は、リハセンターのWebサイト制作や更新作業の活動機会提供とし2名の兼務職員で対応していた。 しかし、いずれの取り組みも“在宅ワーカー”を想定したものにも関わらず、決まった日時に福祉センターまで通える方への支援となった課題もみえてきた。そこで活動や移動に制限のある重度障害者に対して、在宅就業に必要とされる技術習得の機会提供とその後の就労支援をどうしていくか、プロジェクトチームをつくり議論を重ねた。 そして、平成22年度より新たに在宅就業のための支援体制をスタートさせた(図1)。新体制では、在宅就労に特化したカリキュラムを通した技術習得支援を就労移行支援で行うこととし、自宅で在宅就労訓練を利用し技術習得ができるようにした。また、実務を通した育成支援を在宅就業支援として行うこととし、自宅で在宅就業支援を利用し働く力を身につけられるようにした。 図1 (2)在宅就業支援の概要 支援の流れは、図2のとおりである。支援対象者は在宅ワーカー登録試験に合格するか、就労移行支援の在宅就労訓練を終了した方とした。 図2 現在8名が在宅ワーカー登録をしている。そのうち5名が登録試験合格者、3名が就労移行支援終了者である。障害種別は、脊髄損傷や筋ジストロフィー等の身体障害者7名、精神障害者1名でそのほとんどが重度障害者である。 支援内容は、実務を通した育成支援とともに、身体状況に合わせて作業環境を整えるIT活用支援やスキルアップ支援、また普及・啓発を目的した講演会等の事業を行っている。なお、実務を通した育成支援の流れは、図3のとおりである。厚生労働大臣が認定する在宅就業支援団体の取り組みを参考に、支援コーディネーター2名(兼務職員)が関わっている。 図3 (3)課題 平成22年から24年までの取り組みの中で、“自宅”を拠点として働くという課題解決への支援は徐々に進んでいったと思われる。この期間在宅ワーカーが行ったWeb関連の仕事は、関係機関の新規Webサイト制作業務(4件)と更新業務(1件)、その他リハセンターWebサイトの更新業務(随時)であった。移動や身体的な制限が比較的少ない在宅ワーカーは前者の業務を受注し活動につながった反面、筋ジストロフィー等の重度障害のある在宅ワーカーは納期までの見通しがたてづらいこと等から、後者のリハセンター更新業務受注に留まる傾向がみられた。また不安定な体調や身体的負担から仕事の打診があっても業務委託に踏み切れず断ることへの精神的負担が重なっている傾向も見受けられた。更に、受け皿となる企業や就労支援機関が重度障害者が“働く”ということや“在宅就労”という働き方に対する捉え方や思い込みから理解や認知が進んでいないことも感じられた。 そういった現状や課題に対し、平成25年度からの取り組みとして、重度障害者が在宅で働く環境づくりへの支援を実施することとした。在宅就業支援の実践を通して、①在宅雇用・在宅就労に向けたステップアップ支援、②企業や関係機関への働きかけ・バックアップ、③在宅就業支援のモデルづくり、④ネットワーク構築、⑤普及・啓発を行い、働く選択肢を拡げ就業機会創出を図ろうとするものである。 3 就業機会創出の取り組みについて 平成25年度に実施した、①県内の企業と協同した「分業制」による就労機会創出の取り組み、②県外の就労継続支援A型事業所との「遠隔体験実習」〜働く選択肢を拡げる取り組み〜を紹介する。 (1)県内の企業と協同した「分業制」による就労機会創出の取り組み ① きっかけ 取り組みのきっかけは、平成25年2月に開催された「かがわ障がい者雇用フォーラム2012」である。講師を務めたNPO法人障がい者就業・雇用支援センター理事長秦政氏の「企業発想の転換 障がい者の戦力化を考える」をテーマとした講演の中で、①仕事を分解することで平易な業務に転換できる、②在宅就業も大きな選択肢のひとつ、とそれぞれの人が力を発揮し働くための仕事の創出、働き方における発想の転換の重要性が述べられた。 その翌月、地元ホームページ制作企業に訪問したところ、“仕事を分解”“在宅”というキーワードから自社としてどうできるかフォーラムをきっかけに模索し始めていたという話をいただいた。そのことから協同で「“仕事を分業”し、就労機会を創出する取り組み」をまず実習形式で始めることとなった。 ② 分業について 数年前まで小規模のWeb制作会社では、複数の業務を一人で担当する場合が多かったというが、現在は各業務の専門性が高まりより詳しい知識が必要になってきたため、分業して行うことが増えてきているという。しかし県内ではまだ浸透していないのが現状のようである。 分業制による企業のメリットとしては、①全体としてスピーディーに作業が進む、②よりクオリティの高い成果物が創りだせる、と考えられる。一方、在宅ワーカーとしては①自分なりのペースでできる仕事が見つかる、②1人1人の専門性が活かされる状況が生まれる、③安心して請け負える、断れる、挑戦できる、などのメリットがあると考えられる。 ③ 取り組みの流れ 取り組みの流れは、図4のとおりである。事前説明会に参加した在宅ワーカーからは、分業によるWebサイト制作の取り組みにより「私にも何かできる可能性を見出す事ができた」「企業側にも僕らができるような仕事があることを知ってモチベーションが上がった」「仕事が細かく分業されているので、重度障害のある私でもやっていけると感じた」等の声が聞かれた。 事前説明会後、5名から実習希望があった。そのうち、1日2時間、計18時間の実習を行った在宅ワーカーの事例を紹介する。 図4 ④ 事例紹介 A氏(30歳台、男性、デュシェンヌ型筋ジストロフィー) 重度訪問介護等居宅サービスを利用しながら、両親とともに在宅で生活をしている。平成23年3月より2年間、就労移行支援の在宅就労訓練を利用し終了する。その後、平成25年度より在宅就業支援(Webコンテンツデザイン制作コース)に登録し、活動を開始し現在に至る。 【実習前面接】 企業の代表取締役を始め実習担当者が自宅を訪問し、本人の希望の聞き取りや実習の流れ、また作業環境の確認等を行った。A氏はマイクロスイッチを用い家族が製作した入力操作スイッチでパソコンを使っているが、スピードや操作性では業務遂行上支障なしとの評価をいただいた。 【実習】 居宅サービス等を除いた図5の時間帯で行った。 日々の実習は、まず業務開始報告のチャットから始まり、その日の業務終了報告書をメール送信して終了という流れで行った。実習中の質問等連絡にもメール、チャットを使用した。実習期間中1日は企業に出社しての就労を体験した。これには福祉センター支援コーディネーターと障害者就業・生活支援センター就労支援員が同行した。 図5 【実習を通して】 9日間の実習が無事終了し、その後のふりかえりでは、実習担当者より①案件把握、②スケジューリング、③正確で、効率的な業務遂行、④報告、連絡、相談の習慣づけ、などIT技術以上に大切となるポイントが述べられた。A氏からは、それらの力を身につけることの大切さとともに、コミュニケーション力、質問力の必要性を実感でき、今後の活動において重要な経験ができたとの感想があった。 ⑤ 企業、支援者で課題を共有し解決に向けて取り組んだ成果 実習後3名の在宅ワーカーが個人事業主として企業からの業務を受注し、現在も仕事に取り組んでいる。福祉センターでは企業へ定期訪問しアフターフォローを行っているが、そのなかで企業側から「どの社員が、“どの在宅ワーカー”に“どの仕事”を“どれくらい”発注をしているのか把握できず、発注に偏りがみられたり、特性に応じた業務の発注につながっていない」という課題が挙げられた。その後、個々の在宅ワーカーと社員をつなぐグループウェアやメーリングリストの作成により、各社員が在宅ワーカーの発注や進捗状況、また得意分野等を共有でき、個々の仕事量や適性等に応じた発注につながるように改善された。 ⑥ 企業・支援者で、今後進めていこうとしていること 企業に出向き、技術指導等を受けることが難しい重度障害のある在宅ワーカーに対し、①職域を拡げるためのスキルアップ支援のシステム、②対面でのコミュニケーション不足の解消、③ひとりひとりの状況を把握する窓口となる社員(コーディネーター)の配置等新たな課題を共有しているところである。解決策の提案のひとつとして、就労継続支援A型事業所の雇用形態や情報提供等も行い、就労機会創出にむけどうできるか共に取り組んでいる。 (2)県外の就労継続支援A型事業所との「遠隔体験実習」〜働く選択肢を拡げる取り組み〜 ① きっかけ 取り組みのきっかけは、四国在宅就業支援ネットワークで交流のあった愛媛県のサスケ工房(就労継続支援A型事業所)より、CAD遠隔実習の提案があったことから始まった。サスケ工房は、CAD作成業務を主として行っている。①新たな職域拡大、②ITを活用することで遠隔でも可能、③CAD業務も分業が可能、という点から、働く選択肢を拡げることを目的とした実習形式で取り組むこととなった。 ② 取り組みの流れ 取り組みの流れは、図6のとおりである。今回、CAD体験実習後、就労継続支援A型事業所利用を想定した職場体験実習を行った就労移行支援訓練生の事例を紹介する。 図6 ③ 事例紹介 A氏(30歳台、男性、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー) 平成26年2月より、成人支援施設就労移行支援事業を通所での利用を開始した。通えるうちは企業に通勤して働きたいとの希望を持っているものの、将来的な働き方として在宅就業も視野に入れており、選択肢を拡げるため今回遠隔実習を体験した。 【実習】 実習時の作業環境としては、身体への負担軽減のため、事務用いすに逆向きで座り身体を支える姿勢で作業に取り組んだ。障害者就業・生活支援センターが定期訪問し、実習中の不安の解消とともに気分転換の時間ともなったようである。遠隔での質問等のやりとりの手段としてはSkype、メールを活用した。 ④実習を通して B氏にとって、自宅で働くことの経験は初めてであった。自宅ということで①移動しなくてよい、②自分にあった作業姿勢をとりやすい、ことにより自らの身体的負担軽減を実感する機会ともなった。また“1日4時間、週20時間働く”体験ができたことは大きな自信につながった、との感想が聞かれた。 支援側としては、企業や就労支援機関と連携した実習支援ができ、就労移行支援→就労継続支援A型事業所利用→障害者就業・生活支援センター、在宅就業支援による継続した就労支援の流れをつくることができた。また、現在のところ県内にはITを活用し在宅勤務ができる就労継続支援A型事業所がなく、新たな就業形態の選択肢を増やすことができたのではないかと考える。 4 おわりに 今回の取り組みは、地域の企業や就労支援機関への“重度障害者の在宅就労”に対する理解を広げ、働く地盤やネットワーク構築の足掛かりともなった。そして在宅ワーカーや就労移行支援訓練生にとっては、体験から得られる職業人としての成長や、自らの働く選択肢を拡げる挑戦の機会となったのではないかと考える。 今後もネットワークを大切に就労機会創出を意識した取り組みを行っていくとともに、多様な働き方を社会で支えるしくみについても共に考えていきたい。 企業への発注奨励制度を活用した施設外就労モデルの構築 〜就労を見据えたスーパーでの実践的作業〜 出縄 輝美(社会福祉法人進和学園 支援員) 1 最低賃金と働く障害者の現状 障害者自立支援法時代より、最低賃金の1/3の工賃水準であれば障害基礎年金と合わせて自立生活が可能と言われている。同法が施行された平成18年、神奈川県の最低賃金は717円であった。障害者総合支援法の下に障害福祉サービスが提供されている平成26年現在は868円、本年10月には887円となる旨報じられている。8年間に神奈川県の最低賃金は170円上昇しており、最低賃金と生活保護のバランスの観点からも、最低賃金は今後更に増額されて行くとの見通しが強い。現在、企業は雇用障害者の最低賃金の減額特例注1)は、積極的に適用しない傾向にある為、最低賃金の上昇は、雇用障害者の給与水準(全国平均月額約11万円)の引き上げに直接反映されると思われる。 企業に雇用されている障害者は労働者として認められ、最低賃金法その他の労働法の対象とされる。一方、福祉サービスを利用し福祉施設で働く障害者は、最低賃金法その他の労働法が適用されない。障害者が福祉サービスを利用して生産事業に従事する事は「福祉的就労」と呼ばれ、労働者としての権利は保全されない。福祉施設で働く障害者の平均月額工賃は、約1万3千円と非常に低く、自立可能とされる最低賃金の1/3の収入(概ね4万円程度)にはほど遠い。福祉的就労であっても働く意思があり一定の職業能力を発揮し、役割を担って働く障害者は労働者である事に変わりはない筈であるが、「企業(労働)」か「福祉」かの所属によって職業能力の乖離を大幅に超える10倍近い収入格差が生まれている。雇用と非雇用との格差の是正が見込めない不公平な環境に置かれているのが現状である注2)。 かかる状況を打開すべく、平成19年から「工賃倍増5か年計画」が実施され、成果が曖昧なまま、平成24年度より26年度にかけて「工賃向上計画」が実施されているが、目立った成果は出ていない。工賃向上を実現する為には、抜本的な対策が必要である。筆者が籍を置く社会福祉法人進和学園(神奈川県平塚市・以下「進和学園」という。)が国の発注奨励策と福祉制度の施設外就労制度を活用し、民需を取り込む事例を、工賃向上のモデルとして紹介したい。 2 工賃向上を目指す進和学園 進和学園は、就労継続支援、生活介護支援、施設入所支援、放課後等デイサービスの障害者事業、保育園や地域子育て支援等の児童福祉事業を展開している。昭和33年に障害児のための児童施設から始まったが、利用者の成長と共に自立に向けた就労支援が必要となり、昭和49年に営業窓口会社である株式会社研進(以下「研進」という。)を設立し、本田技研工業株式会社(以下「ホンダ」という。)と連携した自動車部品組立事業により、全国トップの工賃水準を維持し続けている。進和学園の就労系事業所の拠点「しんわルネッサンス」はA型(雇用型)・B型(非雇用型)・就労移行支援事業の多機能施設であり、月額平均工賃は、平成25年度、A型が約14.5万円、B型・就労移行支援は約4.5万円であり、全員が最低賃金の1/3以上を受給している。 リーマンショック以降の円高・デフレや震災の影響を受け顕著になった産業空洞化の回復の目途は立っておらず、総量が縮小する企業の国内生産の下請けのみに依存していると、今後、福祉的就労分野において自立可能な工賃水準を安定的に維持する事が難しいとの問題意識から、進和学園は研進と連携し、「在宅就業障害者支援制度」と「施設外就労制度」を合わせ、平塚市を中心に11店舗を展開する地元有力スーパーの株式会社しまむら(以下「スーパーしまむら」という。)との新たな連携モデルを構築した。 3 企業への発注奨励策:在宅就業障害者支援制度 障害者雇用促進法における「在宅就業障害者支援制度」は、平成18年度に創設されたもので、自宅や福祉施設において就業する障害者に仕事を発注する企業に対して、年間支給工賃額105万円を1単位として助成金(特例調整金・特例報奨金)注3)が支給される制度である。平成26年4月に障害者法定雇用率が2%に改定されたが、事業主は法定雇用率が未達成の場合には障害者雇用納付金を納め、達成している場合には障害者雇用調整金または報奨金を受け取る。在宅就業障害者支援制度は、この納付金を財源としている。 研進は、在宅就業支援団体として厚生労働省に登録され、本制度を利用し発注企業であるホンダは自動車メーカーで唯一特例調整金を受給している。平成25年度は、スーパー業界初の特例調整金の申請がスーパーしまむらより為され、受理されている。 本制度は、障害者に仕事を発注する企業に、国が公的資金を還元する国内唯一とも言える企業への発注奨励策である。福祉施設への仕事の発注が社会的に評価され、金額の多寡を問わず資金が還元される意味は企業にとってもメリットが大きい。 4 施設外就労制度 障害者総合支援法において、施設外(企業内等)での作業・訓練が、利用者の就労移行や工賃向上のために有効である事から、実施状況に応じて福祉施設への給付金に加算がある。就労支援を担う福祉施設において、障害者3人以上、職員1人の合計4名を最低ユニットとし、障害者1人当たり1日1,000円の給付加算となる。本制度を活用して、施設外に利用者を引率し、仕事に従事する福祉施設の経済的な負担を幾分軽減できる。福祉施設の職員にとっては、施設の外で福祉的な指導・支援ノウハウを発揮する場となる。 5 制度を組み合わせた実践的事例 在宅就業障害者支援制度と施設外就労制度を組み合わせたスーパーしまむらと研進/進和学園の連携は、店舗バックヤード作業、環境整備作業、援農作業、自主製品販売、緑地帯作りの5つに分けられる。 ① 店舗バックヤード作業 パート不足に悩む店舗が人員補充の代わりとして開始した連携である。毎朝しんわルネッサンスの職員が、障害者4名を車で引率し、週5日、延べ3店舗において店舗バックヤードでの野菜袋詰めや店内での品出し等を行う。1時間2,000円で業務を請け負い、最低賃金で割り返し、2.3人分の労働力を提供する事を目標としている。受注金額の上限は1時間当たり2,000円だが、人数に制限がない為、業務の技能修得に時間を要する障害者も同行し、貴重な実修の場ともなっている。開始当初は生産性が低かったが、現在では主戦力に成長した障害者が働き甲斐を抱いて勤務している。職員は、障害者を引率し、業務の指示を行い、自らも業務をこなすリーダー役を担う。店舗としては、進和学園の職員に指示をすれば采配を任せられる事は大きな利点がある。障害者の特性を把握している職員の支援により、安定して効率良く業務を遂行し、一度に数名の障害者を店舗に受け入れる事を可能としている。 施設外就労は、業務自体の品質に加え、身だしなみ、挨拶、返事等、社会で働く為のルールを学ぶ実践的な場となる。平成26年1月には、バックヤードでの働きが認められ、参加メンバーの中から1名の同スーパーへの雇用が実現した。コミュニケーションが難しい50歳に近い障害者で、通常の面接や実修の流れでは採用には至らなかったと予想される。継続的に店舗に通い、作業に従事していたところ、高い作業性がスタッフの目に留まった。また、巧みにコミュニケーションを取っていた職員とのやり取りから、本人の仕事への意欲や真面目さが同スーパーに伝わった。コミュニケーションの難しさはあるが、現在も施設外就労で訪れる進和学園の職員に協力を依頼したり、ジョブコーチ制度を利用しながら障害を克服して就労は継続されている。 福祉的就労の場で毎日行う作業と連動したその先に「就職」の可能性がある事は、他の障害者達を刺激した。自分も就職したいと実修希望者が増え、職員は基本的な社会のルールや生活態度の努力点を障害者に伝えている。福祉施設で一定の支援を得た後、実践的作業に参加し、その後企業実修に参加する事は、就労を目指す障害者への段階的な就労支援となっている。 ② 環境整備作業 スーパーしまむらは、店内の床や高所の窓、機材等の清掃を業者に委託している。業者は契約にある項目のみの作業となる為、施設内に清掃しきれない隙間が残る。また、店舗の駐車場の草取り等の作業は、社員が多忙な業務の合間に行っていた。そのような仕事を切り出し、全11店舗のニーズに細やかに対応し、職員1名と障害者3名のチームが環境整備業務として年間契約で請け負った。草取り、木の剪定、休憩室・トイレ清掃、シール剥がし、床の油落とし等、体力を必要とする仕事である。店舗によって異なる担当者や設備の配置等を職員が把握し、週に5日間障害者と作業に取り組んでいる。 ③ 援農作業 スーパーしまむらは、同じ平塚に本社を置く養豚業の株式会社フリーデンとの合弁会社、株式会社フリーデンファームをグループ傘下に持つ。フリーデンで発生する堆肥を再生し、有機無農薬野菜を栽培して、同スーパーをはじめとする流通業者で販売している。連携開始当初はしんわルネッサンスで農作物の栽培や収穫等の援農作業を請け負っていたが、平成26年4月より、研進が仲介して精神障害者の支援施設であるNPO法人フレッシュ(平塚市)が請け負っている。 ④ 福祉施設自主製品の販売 スーパーしまむらの全11店舗に福祉施設コーナーを設置している。進和学園に加え、多数の連携福祉施設の商品が陳列されており、不特定多数の消費者からの忌憚のない意見は、商品の改良に活かされている。ここで販売される商品の内、条件を満たす商品は、在宅就業障害者支援制度の対象として、同スーパーが受給する特例調整金に加算される。 ⑤ 緑地帯作り スーパーしまむらの駐車場の空地に、お客様の憩いの場となるよう、進和学園が育てた様々な樹種の苗木と、進和学園で焼成した陶板を合わせ、四季を感じられる緑地帯を設ける業務を受注した。季節毎に花が咲き、実が色付く緑地帯の中に、障害者が思い思いに描いた動植物の陶板、スーパーしまむらと進和学園のロゴマーク、店舗スタッフの直筆による「感謝」「笑顔」の文字が目を惹く。お客様が足を止め、陶板を眺め、樹木の成長を見守る姿は、企業がけん引し、障害者が地域で共生する社会の実現を象徴している。 上記①〜⑤の受注業務の内、①バックヤード、②環境整備、③援農は、支払い工賃の全額が在宅就業障害者支援制度の対象となっている。援農作業を研進を介して請け負うNPO法人フレッシュも、スーパーしまむらの在宅就業障害者支援制度の対象となり、同法人独自に施設外就労加算も得ている。④自主製品の販売、⑤緑地帯作りは、在宅就業障害者支援制度の条件を満たす就業場所で生産される商品が同制度の対象となる。スーパーしまむらは平成25年度、スーパー業界初となる特例調整金申請で3単位を申請しているが、平成26年度は5単位ないし6単位の申請が見込まれる。 6 在宅就業障害者支援制度の課題 国内唯一と言える発注奨励策の在宅就業障害者支援制度であるが、本制度は課題も多い。第一に、工賃105万円を1単位とする基準が高すぎて利用を難しくしている。良質な仕事を長年に亘り福祉施設に発注していても、工賃が105万円に満たないと本制度の対象外となる。第二に、仕事を仲介する在宅就業支援団体の事務経費等を支援する仕組みがなく、同団体への登録を促すインセンティブが弱い。第三に、同一企業からの発注でも、一般就労の希望が無い障害者への発注は本制度の対象外になる等、就労に限定された制度となっている。本連携事例④自主製品販売や⑤緑地帯作りで、進和学園の生活介護施設が陶芸や工芸の商品を請け負い、高品質の「商品」を納めても、本制度の対象にはならない。第四に、制度の「在宅〜」という名称が、文字通りの自宅での就業を連想させ、福祉施設への発注も含まれる事が認知されにくい。制度名の改定も検討すべきである。このような課題も背景に、本制度の利用件数は少なく、過去4年間の支給実績は、毎年10件程度に止まっている。支給金額の過半は、前述のホンダが発注する自動車部品組立に係わるものである。 在宅就業障害者支援制度特例調整金等支給実績 7 労働施策と福祉施策の連動 〜福祉的就労の底上げを目指して〜 特別支援学校から一般企業への就労は約30%で、約60%は福祉的就労に従事している。福祉施設に通所し、その後一般就労する障害者は2%に満たないとされている。日本の障害者雇用率が今後欧米諸国並みに上がり、益々多くの障害者に就労の門戸が開かれるようになっても、福祉的就労を選択せざるを得ない障害者は存在する。障害者雇用率が引き上げられ障害者雇用がより一般的になる際には、企業も職業能力や労働生産性を考慮し、最低賃金の減額特例を申請する局面が予想される。一般就労している障害者の給与水準も、減額特例制度を利用し、職業能力や労働生産性に応じて段階的なものに見直しが求められるものと思われる。 一方、欧州で先例があるように、企業から福祉への発注が一定障害者雇用率に算定されるいわゆる「みなし雇用」制度注4)が導入されれば、福祉が民需を取り込むことが容易となる。「みなし雇用」により福祉的就労が拡充され、福祉的就労でも自立可能なレベルの収入が得られるようになると「企業(労働)」「福祉」と二極化している現状とは様相が異なってくる。職業能力に応じて段階的な収入を得ることが可能となり、福祉的就労から一般就労への移行は勿論、職業能力の低下や老化による逆のシフトも本人の状況に即してシームレスなものになる。福祉的就労で自立が叶えば、無理して一般就労を選ぶよりも、本人の働き甲斐や幸せに繋がると判断されるケースも増えるであろう。 更に、福祉的就労分野においても制限的にせよ労働法が適用されれば、相当の職業能力を有しながら一定の福祉サービス上の配慮を必要とする障害者にも、労働者としての権利が保全され、わが国の障害者就労問題に劇的な質的変化をもたらすであろう注5)。公正な職業能力判定を実施する仕組みを整備する事により、「企業(労働)」と「福祉」が有機的に連携し、多様な働き方の選択を可能とすべきと考える。障害者にとってのディーセントワーク(働き甲斐のある人間らしい仕事)を追及できる共生社会の構築に向け、労働施策と福祉施策との連動こそが急務である。 【注釈】 注1)最低賃金の減額特例 一般の労働者より著しく労働能力が低い等の場合に、最低賃金を一律に適用すると返って雇用機会を狭めるおそれ等があるため、特定の労働者については、使用者が都道府県労働局長の許可を受けることにより個別に最低賃金の減額の特例が最低賃金法によって認められている。 注2)平成20年度厚生労働省助成・職業能力実態調査(事務局:NPO法人福祉ネットこうえん会)によると、93事業所1,841名の雇用型(A型)と非雇用型(B型)の職業能力と賃金の比較は次の通りである。福祉分野においても雇用と非雇用の格差は顕著である。 注3)特例調整金(常用雇用労働者200人超)年間支払工賃総額105万円につき、6万3千円/特例報奨金(左記規模を下回る企業)同じく105万円につき5万1千円が発注企業に支給される。 注4)フランスでは、障害者法定雇用率は6%とされ、3%は直接雇用、残りの3%は直接雇用に加えて発注形態も許容する「みなし雇用」を導入している。 注5)福祉的就労における「労働者性」の問題については、松井亮輔・岩田克彦編著「障害者の福祉的就労の現状と展望」(2011/中央法規出版)を参照。 【連絡先】 出縄輝美 社会福祉法人進和学園サンメッセしんわ sunnmesse@shinwa-gakuen.or.jp 在宅雇用支援の20年から見える、今後の「働く力」 ○堀込 真理子(社会福祉法人東京コロニー 職能開発室 所長) 山崎 義則(社会福祉法人東京コロニー 職能開発室) 1 はじめに 通勤困難な障害(疾病)の方の在宅における労働の研究が始まったのは1980年代であるが、社会福祉法人東京コロニーでは、1985年に初めて実態調査を実施し、その10年後の1995年以降、本格的に雇用促進の一手法として在宅就労のための講習事業や職業支援事業を開始した。 本発表にあたって、在宅就労者となった100人を超す修了生の例などを振り返り、阻害要因の見直しや、時代にあわせた職域の可能性、支援方法をあらためて整理してみることとする。 2 支援事例から見る在宅就労の現状 1992年以降、2年過程の在宅技術者養成研修を受けた修了生114人の働く実態は、下記のようになった。 (1)働き方 114人は在宅雇用を希望して受講を開始しており、その半分は希望どおりの働き方となっている。「請負」の20%は、雇用保険加入の要件である「週20時間以上」の労働を満たすことができなかったケースが多い。「その他」は、体調の悪化で休養中の方がほとんどであるが、中には、重い身体障害に加えそれ以外の障害もあり、在宅就労の職域や業務を見いだせていない場合もある。 図1 修了生の働き方 通勤雇用が10%いるのは、事業主側が、通勤時間や通勤日を勤務者の希望に寄り添った形に配慮してくれたおかげで、諦めていた会社での労働が可能となったケース。働く力は社会の環境要因がかなり大きいことがわかる。 (2)修了生の障害(疾病) 障害等級は、93%の107名が1級2級のいわゆる重度障害である。一般的に、車いすやベッド利用ゆえの移動障害で在宅希望と思われがちであるが、実際にはトイレの問題(介助、時間がかかる等)や、移動自体はできても疲れてあとの作業に影響する等の「体調不安定(内部障害、難病)」、あるいは医療、介護でまとまった時間がとれない等、希望理由は様々である。現在、ヘルパー利用をしている方も多いが、在宅就労時は公的ヘルパーが利用できないという大きな問題は20年経っても解決していない(図2は主とする身体障害で分類してあり、重複については後述)。 図2 障害別人数 (3)雇用事業主(規模) この事業所数には、在宅技術者養成研修の修了生以外にも、当事業所で在宅雇用の職業紹介をした28名のデータも入っており、総数81社となっている。 人数規模でいうと、30〜100人未満の中小企業と、1000人以上の大企業が多いことがわかる。 事業所の業務内容は多岐に亘っており、民間企業以外にも国立大学や独立行政法人等も入っている。 図3 修了生を在宅雇用している規模別事業所数 (4)契約(身分) 図4は、(3)同様に、講習を受けていない就職者も含む81人の在宅勤務者の契約形態を示したものである。短時間勤務や週4日勤務等、個別に柔軟な契約をしている人がほとんどであるため、個別契約となり正社員以外が多くなっている。給与(初任給)の月額平均は151,389円となっており、プログラミングやデザイン等は20万を超える人もいる(労働時間がまちまちなので平均出しは少々無理がある。給与には、基本給の他、在宅特有の光熱費や通信料等の手当を含んで計算)。 図4 在宅雇用で働いている人の契約について (5)作業内容と資格 在宅雇用の81人のほとんどが複数の作業を受けもっているので、図5は重なりがある。 81人の持っている資格は、経済産業省が行う国家試験の基本情報技術者試験資格が26名、同じくITパスポート資格が40名であった。プログラミングの仕事をしている人はそのほとんどが基本情報資格の所有者であるが、それ以外にはあまり資格と作業内容の相関はなかった。しかし、基本情報取得者はどの職種においても、在宅勤務でありながら責任ある仕事を任されているケースが多かった。事例はWEBを参考にしていただきたい。2) 図5 在宅雇用の主な作業内容(一人が複数作業) 3 在宅就労の変遷と傾向 (1)雇用の場合 ① 対象者 90年代は、重度肢体不自由の方々が主な支援の対象であったため、技術と社会性を身に着けた方は、週20時間以上労働が可能であれば在宅雇用の可能性は高かった。その状況や、手法・ノウハウは全国に広まり、2000年代には在宅で受講できる遠隔の技術教育も増加し、在宅雇用数も少しずつ増えていった。それにつれて、その頃から、精神疾患の方の在宅雇用を望む声が大きくなった。図2では、主たる障害(疾患)で整理しているが、実際には当事業所でも、身体障害に精神障害を併せ持つ方が8名、高次脳機能障害、発達障害を併せ持つ方が4名である。 これらの方の在宅で働くための課題は未だ山積みである。精神疾患の方々は身体的な意味では移動自体に問題がないために、在宅の職業訓練を利用できないケースも多々ある。また、高次脳機能障害や発達障害を併せ持つ方になると、これまでの技術的な訓練に加え福祉的な支えが有効である場合も多く、自宅訪問等の人的支援が手厚く必要となり、従来の遠隔教育では難しくなっている。 ② 雇用事業主 在宅雇用の初期の頃は中小企業のトライアルが多く、まずは1名を必要部署に採用し育成するケースであったが、その後、特例子会社等で複数人(10名〜30名程度)を採用し、在宅メンバでチームを組んでの就労の形も増えた。また、規模の大きな事業所では、通勤がない働き方ということで、遠く離れた他県の方を雇用する事例もある。いずれの形も利点や難点はあるが、基本は、通勤と同じ被雇用者性を担保することであり、時に、雇用管理や作業指示を自社で行わず外部に委託しているようなケースは、本質を欠いていないかの注意が必要となった。 在宅での作業は、図5にあるように20年間で非常に多様化した。特にここ10年は、データ入力に代わって、ネットを活用した簡易作業が増えてきており、難易度の高いプログラム開発やWEB制作等を勉強せずともある程度の仕事ができるようになった。相応の基礎学力で可能であり、選択の幅が広がった。 (2)非雇用の場合 図1の「在宅請負」の方も全国的にここ20年間でかなり増加し、2006年に「在宅就業支援制度」ができた。非雇用についてはここでは詳細説明は避けるが、障害が重いゆえに前述のように「週20時間以上」等の雇用条件を満たせないケースや、遠隔で働くだけの理解力やコミュニケーション力が足りない場合がある。一方、自分で働く時間や作業を決められるこの働き方を自ら選んでいる人もいる。いずにせよ、平均収入は在宅就業支援制度登録団体で一人当たり年間15万円以下1)と、非常に低い状態であることがわかっている。また、福祉的な支援を受けながらの訓練や就労が適して方も多いことから、2012年より「就労継続支援事業所(A型、B型)」でも在宅利用が可能となった。多くの肢体不自由特別支援学校の卒後の選択肢となるであろう。 4 在宅就労のこれから 在宅雇用においては、時代にあわせた三つの「これから」が可能性として見えるのではないかと思う。 まず一つは、労働者としての権利性。 在宅就労を希望する理由は様々だが、現在、事業所では「移動障害」以外はなかなか「在宅勤務」を認められない。しかし、今後、障害者権利条約に基づいて合理的な調整を検討するようになれば、在宅で働くことが解決策となるケースは増えるであろう。また、その逆もあり、従来の、採用時の「自力で通勤できる」や、「介護者なしに職務遂行できる」といった要件が合理的配慮によってなくなれば、彼らは在宅勤務である必要もなくなるかもしれない。 もう一つの「これから」は仕事内容の充実。 前述のように、現在の在宅勤務の作業内容は、プログラミングやHTMLといった一定の技術習得を前提とするものと、比較的誰でも携われやすいネット上の簡易作業のようなものに分かれており、どちらも大事な職域であるが、いずれも何年も同じ作業、同じ立場であることが往々にしてある(給与もあまり変わらない場合も)。差別解消促進法等に則して、在宅であっても今後は遠慮せずに、教育や仕事のレベルアップを望む声をあげてほしい。 三つめの「これから」は、新しい就労支援法。 テクノロジーの進化により、お金をかけずとも遠方の誰とでもつながり伝えあう時代となった。それだけに、道具にはできない、より人間的な職業訓練を行うことが大事である。在宅就労を希望される精神障害の方や発達障害者の方の困難さは、面談やネット教育だけではわからない。実際に在宅模擬就労などを通じてこそ精度の高い困難さの判断ができる。これを、複数の支援者で根気強く確認していく必要があるのだが、一体どの支援制度で行えばよいだろうか。現在承認されていないが、就労移行支援制度の在宅利用を検討することで、そのしくみづくりの場とできないかと考える。ここには当然難病の方の支援も含みたい。 在宅就労の20年を振り返ると、IT技術の進歩や制度の後押しで、人の働く力は大きく変化していることがわかる。つまり働く力はかなり相対的なものであり、社会へ押し出す力の強さ次第なのだと改めて思う。 【参考文献】 1)『重度障害者の在宅就業において、福祉施策利用も視野に入れた就労支援のあり方に関する調査研究』東京コロニー職能開発室(2010) 2)社会福祉法人東京コロニーWEB http://www.tocolo.or.jp/syokunou/triangle/jirei.html 【連絡先】 社会福祉法人東京コロニー 職能開発室 堀込真理子 e-mail:horigome@tocolo.or.jp 障害者在宅就業支援の現状と課題 ○田村 みつよ(障害者職業総合センター 研究員) 小池 眞一郎(障害者職業総合センター 主任研究員) 1 背景と目的 通勤の困難さや支援・介助が必要となる重度身体障害者の勤労の権利を保障する観点からの福祉的分野での草の根的な活動であった障害者の在宅就業支援は、IT技術の進歩や政府・官庁のテレワークの推進と相まって、1998年の「障害者に対する在宅就労支援事業」から始まり、2002年の「重度障害者在宅就労推進事業」に引き継がれた。その後2006年に、厚生労働大臣が一定の条件を満たす団体等を在宅就業支援団体として登録した上で、そのような団体等へ仕事を発注し、業務の対価を支払った企業に在宅就業障害者特例調整金・報奨金を支給する「在宅就業障害者支援制度」として、障害者の雇用対策の中での一定の位置付けがなされた(図1参照)。 図1 在宅就業支援団体の概要 しかし、現在の在宅就業支援の団体の登録は23団体あるにも拘わらず、表1にもあるように、調整金、報奨金の年間支給件数は、制度開始以来、団体数の半数にも満たない支給件数で推移するという低調な状態が続いている。 加えて、在宅就業支援団体の支援に関する人件費等の補助は、1998年の在宅就労支援事業から、2013年度の「在宅就業支援団体等活性化助成金」までで終了しており、在宅就業支援団体は在宅就業している障害者から得る手数料と都道府県等から委託されたパソコン講習会の実施経費等にその財政的な基盤を得ていることから、その運営のみならず、業務面での課題も生じているものと推測される。 標記調査研究では、在宅就業支援団体によって行われた調査研究や、在宅就業支援団体に関する事例的な研究を踏まえつつ、2013年度に施行された「国等による障害者就労施設等からの物品等の調達の推進等に関する法律(障害者優先調達推進法)」の影響等も加味して、初年度に在宅就業障害者及び在宅就業支援団体の現状と課題を把握するとともに、2年目で企業から見た制度への意見・要望等を受け、在宅就業支援制度の活用を図っていくための方策を講ずる際の参考となる資料を得ることを目的として2年間で実施する。 表1 在宅就業障害者特例調整金等の支給実績の推移 2 アンケート調査等の実施(初年度分) (1)アンケート調査の対象 本年度のアンケート調査では、次の2条件を設定し、事前にこの2条件が確保できているかを電話等により把握した上で、協力できる状態にあるとの回答があった49団体を調査対象とした。 条件1 在宅就業障害者に対して、就労に関する相談や情報提供を行うとともに、IT等に関する技術面での支援を行っていること。 条件2 企業等からの発注を受け、登録している在宅就業障害者に仕事を供給するとともに、品質・進捗管理を実施し、その収益を在宅就業障害者に分配していること 今回の調査対象を団体の属性により分類すると、①厚生労働省大臣登録の障害者在宅就業支援団体(23)、②ひとり親家庭等在宅就業支援事業1で、障害者も対象としている団体(10)、③①以外で当機構の障害者の在宅就業支援ホームページ「チャレンジ・ホームオフィス」に掲載されている団体(12)、④その他Web検索等により上記2条件が確保されていると判明した団体(7)となっている。 (2)アンケート調査の方法 調査時点は2014年7月末時点として、同年8月末までの回答とした。また、基本的な部分での数値等の齟齬が出ないように警告を表示する加工を行ったExcelファイルの調査票を、対象の支援団体への電子メールに添付して送信し、記入後に当部門のメールアドレスへの返信を求めた。 (3)アンケート調査の内容 調査項目は表2のとおり。 表2 アンケート調査内容の概要 なお、先行研究である2010(平成22)年『重度障害者の在宅就業において福祉施策利用も視野に入れた就労支援のあり方に関する調査研究』1)によれば、在宅就業を希望する人は「在宅でなくては働けない人」と社会や制度の受け入れ準備がないため「とりあえず在宅になっている人」の2種類があるとされる。在宅就業を進めていく上では、主に前者については作業遂行上の自己管理スキルの学習が、後者については仕事(納期等)に対する認識や態度等就労準備教育が、福祉的就労の場で時間をかけて行われる必要があり、支援団体における運営体制上の困難さが指摘されている。 今回の調査では、このような在宅就業を職業リハのゴールとして活動している障害者と、過渡的な状況・一時的な活動の場としている障害者が混在していることに着目し、その両者にとって必要な支援策を検討できるような設問内容とした。 1 母子家庭及び寡婦自立促進計画を地方公共団体が国の基本方針を踏まえて策定。安心こども基金を活用してひとり親家庭等の在宅就業支援を積極的に活用しようとする地方自治体に対して助成を行い、普及促進を図る。平成21〜24年度実施。44団体中17団体が障害者も対象としていた。平成25年度からは在宅就業者総合支援事業として株式会社へ業務委託。 (4)専門家ヒアリング等の実施 (1)から(3)の在宅就業支援団体に対するアンケート調査の実施に加え、在宅就業支援団体や在宅就業する障害者の現状と課題を把握するために、社会政策、IT技術教育、社会福祉、在宅就業、在宅勤務等の専門家からヒアリングを行うとともに、厚生労働大臣登録の在宅就業支援団体等を訪問し、事例的な実態把握を行っている。 3 調査研究の中で把握されたこと (1)在宅就業支援団体の運営に関する動き 専門家からのヒアリングや論文、Webの団体のHP等による情報から、近年の在宅就業支援団体の運営に関する変化をまとめると次の通り。 ① 在宅就業支援団体間の情報共有、後発支援団体への支援ノウハウの技術移転が行われている。 ② 発達障害、精神障害などの利用が増えてきており、従来からの重度身体障害者への支援スキームでは支援が対応できないことが出ている。 ③ ②の障害者への対応を図るため、当該障害の専門の支援機関や医療機関との接点が増えてきており、安定した在宅就業の継続のための連携した支援が必要になってきている。 ④ ICT技術の進展により、個人情報等機密性や技術的に高い仕事を外注に出せるようになるとともに、コンテンツ市場の拡大等に伴って仕事の幅も広がっている。在宅就業支援団体、障害者ともに、このような変化への対応が求められている。 (2)在宅就業支援団体を取り巻く変化 また、厚生労働大臣登録の障害者の在宅就業支援団体以外の在宅就業に関する動きでは次のようなものがある。 ① ひとり親家庭等の在宅就業支援事業では、当初からコンソーシアム方式で、事業終了後は民間企業等へ引き継ぐことを前提とした支援を行っていた。 ② 大阪府ITステーション、松山市のテレワーク在宅就労奨励金、発注奨励金事業など、地方自治体が積極的に在宅就業を推進している地域も出てきている。 ③ 都道府県、特別区、政令指定都市等に設置されている障害者ITサポートセンターの運営も併せて行っている在宅就業支援団体もあるが、全障害者に対して、社会参加の推進の視点で初歩的な講習を行う事業であるため、在宅就業支援団体の活性化を図るまでのシナジー効果は発生していない。 (3)在宅就業支援制度の状況 ① 登録制度が創設された2006年当時は障害者自立支援法の施行により福祉サービスの再編が進んだ時期でもあり、福祉施設が企業から安定的に仕事を受注できるようにするための方策の一つとして、障害者雇用納付金制度の活用が求められた。そのために障害者の在宅就業を支援する本来の団体に加えて、就労移行支援事業所、就労継続支援(B型)のうち就労移行支援体制加算の対象となる事業所等も在宅就業支援団体の登録範囲とされ、結果として本来の趣旨が薄れ、団体としての横の繋がりが弱い状況がある。 ② 制度発足当時の資料では、在宅就業支援団体への登録は就労移行支援事業者には必須2)とまで記述されている寄稿もあるが、全国の移行支援事業所数(2012年度)9,492カ所3)と比較して、本制度による登録を受けている在宅就業支援団体の数は現在23カ所であり、きわめて少数である。 ③ 在宅就業支援制度利用の低迷の問題点として、先行論文では、発注企業の実雇用率に反映されないこと、在宅就業支援団体に対するメリットが見受けられないこと、特例調整金支給の条件が厳しいことが挙げられており4)、そもそも障害者雇用納付金を財源とする特例調整金等を雇用以外の就労形態である在宅就業に関連づけて支給することが問題である5)とも指摘されている。 4 今後の課題 発表会で現在実施中の上記2の在宅就業支援団体への調査結果について報告するが、この研究では、これに引き続き、次年度は、IT技術の活用による在宅就業の拡大の可能性を探るための企業への調査を予定している。 先行研究6)で実施されている企業への調査では、発注元の事業所の認識として、納期遵守と仕上がりの品質を重視する以外には、障害者が作業を行うということに対する先入見は見られないとの報告がなされているが、今回実施する調査対象で同様の回答が見られるのかを再検証するとともに、在宅就業支援団体等への発注促進に繋げるための方策に資する情報を収集し、分析していく予定である。 【参考文献】 1)社会福祉法人東京コロニー:重度障害者の在宅就業において、福祉施策利用も視野に入れた就労支援のあり方に関する調査研究(2010) 2)今井明:在宅就業支援の政策意図と活用可能性,職業リハビリテーション(2006.10) 3)http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/service/shurou.html(2014.08.11) 4)吉見憲二、藤田宣治、筬島専:在宅就業障害者支援制度から考えるテレワークと障害者雇用障害者(2013) 5)高野剛:障害者の就労支援と在宅ワーク−在宅就業障害者支援制度の実態と問題点−(2012) 6)バーチャルメディア工房ぎふ「障害者の在宅就業を活用した新たな職域に関する調査研究事業報告書」(2010) 【連絡先】 障害者職業総合センター 田村みつよ e-mail:Tamura.Mitsuyo@jeed.or.jp 「障害者優先調達促進法」を活用するための仕事の検討 ○山中 康弘(ITバーチャル八尾 代表) 阪本 美津雄(ITバーチャル八尾) 1 はじめに 平成25年4月に障害者優先調達促進法(正式名:国等による障害者就労施設等からの物品等の調達の推進等に関する法律)が施行され、国や地方公共団体から物やサービスの発注が義務づけられている。 障害者が自立するために、行政からモノやサービスを発注の促進することが必要であり、障害者ができる仕事の発掘し、継続的に福祉施設等に対して、仕事を受注するためのシステムの構築が求められている。 そこで、行政から福祉施設や在宅障害者に対して、モノやサービスの発注を可能とするため、障害者ができる仕事の発掘し、継続的に福祉施設等に対する仕事の受注するための課題と解決策の検討を目的とする。 2 障害者優先調達推進法について 障害者優先調達推進法は、国や地方公共団体等から、モノやサービスなどの仕事を障害者就労施設で就労する障害者、在宅就業障害者等へ発注することで、自立の促進することが目的である。 国や地方公共団体等は予算の適正な範囲内で障害者施設等に優先的にモノやサービスを発注するよう努力しなければならない。そして、国や地方公共団体等は優先調達にかかる基本方針を定め、基本方針に則って、調達の計画と実績の公表が義務づけられる。したがって、障害者施設等に対して、国や地方公共団体等からモノやサービスの発注の機会が増加していくことが考えられる。 一方で、この法律における「障害者就労施設」とは自立支援法上のいわゆる就労継続支援、就労移行支援、生活介護等の事業所、小規模作業所や特例子会社・重多事業所等の企業である。 また、この法律は、ある障害者就労施設等に独占して、業務を発注するのではなく、障害者就労施設等や在宅障害者と民間事業者との競争において一定のアドバンテージを付けるものである。すなわち、障害者就労施設等が、永続的に業務を受注できるのではなく、障害者就労施設等や在宅障害者と民間業者との間で競争原理を導入することによって、お互いに切磋琢磨することが求められている。 したがって、この法律を活かして、障害者ができる仕事を異次元発想で創造していくことが大切だと考えられる。 3 障害者優先調達推進法に関するアンケート 障害者優先調達推進法を活用するために、障害者優先調達推進法の周知度や現在の福祉施設が行っている仕事の内容、受注可能な仕事内容等を把握する必要がある。 そこで、「障害者優先調達推進法に関するアンケート」の調査を実施した。調査内容と結果は、次の通りである。 (1)アンケートの概要 障害者優先調達推進法に関するアンケートの概要は、次の通りである。 実施期間:平成25年11月〜12月 対象施設:就労継続支援B型の施設29施設 回答数 :19施設(66%) 調査方法:紙面調査及び面接調査 (2)アンケートの調査内容 調査内容は、次の5項目である。 ・施設における仕事や作業の現状 ・工賃についての考え方 ・障害者優先調達推進法の周知度 ・共同受注について ・福祉施設ができる仕事と参加人数 (3)調査結果 アンケートの調査結果を項目ごとに示す。 ① 福祉施設における仕事や作業の現状 仕事や作業の種類は、表1の通りである。1位が内職で14施設(74%)であり、2位がパン・クッキーの販売、バザー、清掃で8施設(42%)、続いて、小物類の販売が6施設、名刺印刷が5施設であった。 表1 福祉施設の仕事の現状 ② 工賃についての考え方 工賃についての考え方は、図1のとおりである。 工賃をできるだけ上げたいと思っているところが68%である。一方で、工賃よりも作業や介護サービスに重点を置いている施設が32%であった。 図1 工賃についての考え方 ③ 障害者優先調達推進法の周知度 障害者優先調達推進法の周知度は障害者優先調達推進法の中身まで知っているところが6施設、法律の名前を聞いたことがあるところが6施設であった。一方で、障害者優先調達推進法を全く知らないところが5施設であった。 ④ 共同受注を行う仕組みを作ることの必要性 共同受注を行う仕組みを作ることの必要性については、共同受注の必要性がある回答している施設が半数であった。また、共同受注の参加の可否について、参加する、または条件次第で参加すると答えた施設が12施設であった。その理由は、次の通りである。 ・受注可否の選択権があれば参加する。 ・利用者の仕事をもう少し増やしたい。 ・作業内容や時間、工賃、体制等の条件によって判断が必要である。 ・利用者と現在取り引きしている企業とのペースに無理が生じない程度と思う。 ・当施設で受注ができる内職には限りがある。 ⑤ 福祉施設ができる仕事と参加人数 福祉施設ができる仕事と参加人数は、表2の通りである。八尾市内の福祉施設ができる仕事のうち、もっとも可能な仕事がDMのあて名シール張りであり、11施設であった。次に可能な仕事は、配布書類の軽作業(配布物の準備やホッチキス止めなど)であり10施設であった。次に、トイレや公園、室内などの掃除の仕事は、5〜8施設が可能と答え、掃除の仕事ができることがわかった。また、放置自転車の撤去作業は、4施設で仕事ができることがわかった。 表2 福祉施設ができる仕事と参加人数 4 八尾市における調達方針と可能な仕事業務 (1)可能な仕事業務について 以上のアンケート結果と八尾市における調達方針を基にして、可能な仕事業務について考察する。 八尾市における調達方針1)に挙げられている業務は、清掃の業務と文房具事務用品の販売業務である。このうち、短期的に実現できるのは、清掃の業務だと考えられる。また、文房具事務用品の販売業務は、仕入れ先の確保さえできれば、販売業務が実現できる可能性が考えられる。 そこで、本論文では清掃の業務と文具事務用品の販売業務に焦点を当てて、仕事や業務の内容と課題の分析を行う。 ① 清掃の業務の課題 現在、清掃の業務は、受注している福祉施設がある。また、アンケート結果から5〜8施設がトイレ掃除や公園の清掃の業務が可能であり、福祉施設側において、清掃の業務は受注可能な業務であると考えられる。 今後、清掃の業務を受注するための課題としては二つがあり、一つ目は八尾市等に対して営業をしていく必要がある。二つ目は清掃の業務が可能な福祉施設が連携して、清掃の業務を受注する体制の構築が必要である。 ② 文房具事務用品・OA機器の販売業務と課題 次に実現が可能な仕事として、文房具事務用品・OA機器の販売業務が考えられる。文房具事務用品・OA機器の販売は、市役所や学校等で発注する機会が多く、受注する機会が多いと考えられる。 今後、文房具事務用品・OA機器の販売するための課題としては二つが考えられ、一つには仕入れ先の確保が必要であり、「いかに安く良いものを仕入れるのか」がポイントである。また、もう一つは、販売を行う福祉施設を募る必要があり、今後、お客様のニーズに合わせて、福祉施設の業務内容を考える必要がある。 (2)地方自治体から発注するときの注意点 次に、地方自治体から発注するときの注意点として、品質保証が考えられる。 福祉施設が地方自治体から仕事を受注するために、「品質保証をどう確保するのか」という課題がある。地方自治体から発注されるモノやサービスは、福祉施設であっても品質管理をしっかりと行う必要がある。 (3)八尾市における共同受注体制の整備と課題 八尾市における受注可能な業務は、清掃業務や文房具事務用品の販売であり、複数の福祉施設が共同で一つの業務を受注する必要性が考えられる。そこで、八尾市における共同受注体制の整備と課題を考える。 八尾市における共同受注体制の課題として、共同受注窓口の構築と品質管理、納期管理の機能の二つが必要であると考えられる。共同受注窓口は、八尾市の各部署と各福祉施設とのコーディネータの役割が求められる。 また、アンケート結果より、「作業所での受注可否の選択権があれば参加する」「作業内容や時間、工賃、体制等の条件によって判断が必要」などの意見があり、案件ごとに仕事の内容を整理して、福祉施設に仕事の内容を提示して、福祉施設が業務を選択できるしくみ作りが必要である。 案件ごとに業務の進捗管理を行う生産体制の構築も必要である。特に、品質の管理を行って、日々、カイゼンを行う姿勢が求められる。そのため、専門知識の習得が必要である。そして、福祉施設同士がともに補いながら、仕事を遂行していく能力も必要である。そのためには、しっかりとPDCAを回しながら、お互いにコミュニケーションをとり連携していくことが求められる。 5 優先調達法の活用の課題と解決策 以上の考察を踏まれて、八尾市における優先調達法の活用の課題と解決策について考える。 (1)優先調達法の活用の課題 八尾市における優先調達法の活用の課題と解決策は、福祉施設の分析と業務の情報の共有化、営業力の強化、共同受注体制と生産体制に関する課題、専門知識の学習と専門家によるコンサルティングの4点が考えられる。 ① 福祉施設の分析と業務の情報の共有化 八尾市における優先調達法の活用する前提して、福祉施設や八尾市などが情報不足の課題がある。そのため、八尾市と各福祉施設等と情報共有のしくみ作りが必要であると考えられる。 ② 営業力の課題について 優先調達法を活用するためには、積極的に市役所の各部署や各出張所、各学校等へ営業していくことが求められている。また、各福祉施設の商品を展示し販売する機会も定期的に開催を提案する。 また、優先調達法を活用するためには、優先調達法に関する情報を記載したチラシを作って、関係機関にチラシを配布して、告知する必要がある。 ③ 共同受注体制と品質管理体制の構築 八尾市などから受注を促進するためには、共同受注の体制の構築が必要である。ただ、従来の作業所連絡会のような組織ではなく、優先調達法に関するモチベーションが高い同士で組織化した方が、効果が高いと考えられる。 また、業務を遂行していくためには、品質管理の確保と納期の管理が求められ、共同受注体制の役割の一つであると考えられる。 ④ 専門知識の学習とコンサルティング 優先調達法を活用するためには、障害者ができる仕事を創造していくことが求められる。そのため、福祉施設の職員は、一般的な仕事の方法やマネジメント等が必要になり、定期的に、勉強会・学習会を開催が必要である。 また、専門家によるコンサルトとの相談する機会を設け、経営の改善、業務の改善することも必要である。 6 まとめ 2013年4月から障害者優先調達推進法が施行されたため、障害者優先調達推進法を活用するために、障害者優先調達推進法に関するアンケート実施した。アンケートと勉強会の結果、清掃の業務と文房具事務用品の販売の業務が比較的に実現可能性を秘めている。ただ、それらの業務を遂行するためには、八尾市との連携やモチベーションが高い施設同士による共同受注体制の構築等、いくつかのハードルがある。 しかしながら、障害者ができることは、仕事を与えることは、その人を生かすことであり、自立につながり、それが、「自立」につながると考えられる。 本来ならば、就労支援によって、障害者に仕事を与え、それが多くの人のためになることが正しい使い道ではないかと考えられる。就労支援のための福祉サービスを使わない方向で、障害者に仕事を与えることができれば、福祉サービスの削減費につながる。さらに、障害者に仕事を優先に発注することによって、障害者も税金が払えるようになる。これが、新しい福祉の在り方と考えられる。 この障害者優先調達推進法を通して、多くの人たちに仕事を与え、就労支援のための福祉サービスを使わない人を増やしていきたいと考えている。 今後、障害者優先調達推進法の理解と障害者に仕事を与える活動に協力していただけると幸いである。 ※本事業は八尾市障がい者地域福祉推進事業委託事業として実施した。助成していただきましたことに感謝いたします 【参考文献】 1)八尾市障がい者就労施設等からの物品等の調達の推進等を図るための方針の策定について http://www.city.yao.osaka.jp/0000024907.html 【連絡先】 山中康弘 ITバーチャル八尾 e-mail:yamanaka@mail.vr-office.org リワーク支援における『グループ作業』の実践① −背景と運営の実際− ○佐藤 真樹(広島障害者職業センター リワークカウンセラー) 崎山 由保(広島障害者職業センター) 1 はじめに 広島障害者職業センター(以下「当センター」という。)のリワーク支援では2010年10月から、集団場面での対人スキルの向上とストレス対処方法の実践・定着を目的として、「Be Creative」、「チームワーク作業」、『グループ作業』を実施してきた。 本報告では実施の背景、変遷及び現在の『グループ作業』の運営方法を発表する。報告を通して、当センターにおける『グループ作業』の精緻化を図るとともに、地域障害者職業センター及び他機関でのプログラムとしての活用を提案したい。 2 実施の背景・目的 (1)リワーク支援の概要 当センターでは、うつ病などによる休職中の方に、生活リズムの構築、集中力・持続力の回復、ストレス対処スキルの習得、主治医・会社との連携の4点を目的としてリワーク支援を行っている。 利用者は表1に示すようなスケジュールにより、約3か月の支援プログラムを受講する。 表1 リワーク支援の基本スケジュール プログラムでは、作業課題とリラクゼーション、アサーショントレーニングなどのストレス対処講習やグループミーティング(以下「GM」という。)が用意されている。作業課題としては、事務作業、OA作業、軽作業、資格勉強などの個別で行う作業が中心となっている。 (2)共同作業の必要性 ストレス対処講習やGMでは、アサーションや認知療法、ストレス対処などについて学ぶ。しかし、これまでは、支援者との相談やGMを通して自身のストレス傾向を整理し、課題が明確になっても、リワークの中で“再発予防策としての対処スキル”を実践できる場面が不足していた。 そこで、当センターでは、2010年後半から「Be Creative」と称した、職場での企画会議を模した共同作業の導入を検討し始めた。 (3)「Be Creative」からの変遷 ① 第1期 「Be Creative」 「Be Creative」は、GM上で会社組織をシミュレートし、自由な意見交換をしながら参加者に柔軟な思考と業務感覚を取り戻してもらうことを主な狙いとした。例えば「○町の名物(菓子)を考案する」、「新たなプロ野球球団を創設する」などの課題(テーマ)を提示し、参加者が会社組織に準じた役割(ex.社長、企画、製造、営業、広報など)を担い、「魅力ある企業経営プランの策定」を目標に、討議と個別作業を繰り返してもらうものである。120分間の「全体会議→部門会議→全体会議」の流れの中で、企画案をまとめ、プレゼンテーションしてもらう方法をとった。 参加者からは、「意見がなかなか言えない」、「考えるのがたいへん」、「企画会議の経験がなく、難しい」、「非常に疲れる」、「復職にはこういう作業も必要」といった感想を得た。 試行的に立ち上げたプログラムで、参加者をGM上の不特定としていたため、参加者によっては負担が大きすぎる、作業の目的についても個々の受け取り方にばらつきがあるなどの課題を残した。 また、事業所とのケース会議で、受講者が「Be Creative」に参加した報告をした際に、産業医から「評価を気にしすぎて、仕事で自信が持てない、上司や周囲にうまく相談できない社員には有効なプログラムと思われる」との評価を得るとともに、「もっと実際の仕事に近い設定にしたらどうか」との意見も寄せられた。 筆者は、参加者個々が未経験の事柄に対し、仮想の担当業務とは言え、責任を持って自ら考え、アイデアを発表し、チームとしてまとめ上げるというプロセスの中に(過去の経験にとらわれない)柔軟な思考、自己の主張、協調、交渉といった対人スキルの向上、自己効力感の高まりを求めた。しかし、支援者内部には、リワークは社員研修の場ではないとの意見もあり、支援方法としては、飛躍しすぎた感は否めなかった。 リワーク支援で求められる集中、持続力の回復、場面に応じた対処やコミュニケーションスキルの向上、復職に向けた自信の獲得につなげていくには、プログラムの目的や参加に当たっての個人の目標を明確にすることが必要と考え、更に検討を重ねた。 2012年には、共同作業を進める中で、個々の課題をアセスメントし、ストレス対処スキルの習得につなげること、それをより職場に近い状況で演習することを狙いとし、「チームワーク作業」と形を変えた。いわば「Be Creative」の作業版である。 ② 第2期 「チームワーク作業」 「チームワーク作業」は、3〜5人のグループに同時に複数の作業課題を提示し、一週間の納期で仕上げてもらうものである。 作業はMWSを利用した事務作業、軽作業、書籍の要約などを取り混ぜて、課題シートにより提示した。参加者内の役割分担や進捗管理、支援者への報告などの役割を互選のマネージャー役に任せることにし、参加者間の主体的かつ自発的なやり取りの中で、対人スキルの向上やストレスや疲労に対する対処行動の定着が図られることを期待した。また、作業課題に90%以上の正答率を条件として、作業の精度(正確性)を求めることで、復職に向けた準備としての作業負荷を高めた。 納期、作業量、精度といった一定の作業負荷のかかった状況で、作業をやり遂げることは、自身の病状の回復を確認することになり、復職への自信をつけることにもなると考えた。 「チームワーク作業」への参加は、通所状況や気分・体調の安定している通所者に対し、他プログラムの受講状況を勘案し、支援者から勧める形を取った。参加に不安を感じる対象者には、主治医との相談を必ず勧めた。 参加者には、全体会議で支援者から表2の目標を説明した。 表2 支援者から伝える目標 参加者と支援者間でこれらの目標を共有した上で、図1のような設定で作業を進めた。 図1 「チームワーク作業」の組織図 最後に支援者も加わった全体会議で振り返りを行い、必要に応じて参加者と個別の相談時間を設け、課題点に関するフィードバックや助言を行った。 緊張の強いられる状況で疲労を訴える参加者もいたが、自身の疲労やストレス状況に気づき、効果的な作業の進め方を工夫する、休憩を意識的に取るなどの無理をし過ぎない作業を実践するトレーニングにもなった。また、マネージャーに相談し、作業量の軽減を申し出る場面も見られ、まさにストレスマネジメントの演習と言えた。合わせて、参加者同士の自発的なコミュニケーションが生まれ、対人スキルの向上にもプラスに働いた。 「チームワーク作業」は、作業課題がパターン化されたこと、まとめ役(マネージャー)と作業担当者(メンバー)というシンプルな設定が功を奏して、ほぼ定期的な運営が可能となった。 しかし、支援者主導のため、参加者は受動的な取り組みになり、「納期に間に合った」という結果のみに目がいってしまいがちであった。また、90%以上の正答率としたにもかかわらず、ある参加者が、100%を求めるがために進捗が遅れ、他の参加者からのフォローを仰ぐことになり、本人が気分の落ち込みを呈するような場面も見られた。 共同作業においては、単に結果を出し、作業遂行力を高めることのみにとどまらない自己形成の場であることが望ましいと考えた。そこで筆者は、改めて「Be Creative」の精神としていたところの“主体的な取り組み”、“柔軟な思考”、“自己効力感の高まり”を追求した。 ③ 第3期 『グループ作業』 2012年後半からは、「Be Creative」と「チームワーク作業」を融合した形を模索した。「チームワーク作業」では、3〜5名の参加者に対して1週間の納期でMWSや軽作業を依頼していた。加えて、新たに「主体性、柔軟な思考をもって自ら考え、アイデアを発表し、チームとしてまとめ上げる。その結果を成果物として提出することで達成感、自己効力感の高まりを得る」という内容の課題を提示した。 『グループ作業』では、その結果、報告・連絡・相談にとどまらない対人交流が生まれ、個々の課題が更に明確にあらわれることとなった。 グループ作業の実施時期を支援の終盤に設定しているため(図2)、同時期に自己課題として資格勉強、業務知識のリフレッシュなどに取り組む参加者が多い。そのため、現在はMWS作業を提示せずに、並行してタイムマネジメントを意識して自己課題を計画的に進めるよう提案している。 図2 『グループ作業』実施時期のイメージ 以下に課題の一部(表3)をあげる。 表3 作業課題例 作業課題としては、企画もの、再発予防のための取り組み、コミュニケーションの方法を考えるものなどが中心である。現在は、基礎編として比較的負荷の軽い、相談やGMで得たストレスや疲労に対する理解をグループ作業の中で発表・提案できるものにまとめる課題(例:課題1、2)と実践編として職場復帰をより意識した、実際の仕事場面を想定した企画会議やプロジェクト型の課題(例:課題3)の2種類に集約している。 3 『グループ作業』の進め方 (1)対象者の選定 概ね1か月後に復職予定である、集団場面の中でのリハビリが望まれる、業務上の対人スキルの向上が望まれる、業務調整能力・交渉能力・マネジメント能力の向上が望まれる、主治医・事業所からも勧められているなどの条件にあてはまる場合、グループ作業の目的や意義、大まかな流れを本人に伝えて参加を提案する。質問があれば回答し不安を軽減し、参加意思を示した者で確定とする。 各回4名から7名程度で実施し、10名を超える場合は2グループに分けて行う。2012年度からこれまでに101名の利用者が参加している(表4)。 表4 実施件数 (2)実施スケジュール 事前説明、作業期間、発表日、振り返りを含め最大10日間で実施する(図3)。 図3 グループ作業の流れ ① 目標設定 個々人のリワークでの目標(リワーク支援計画)と照らし合わせながら、グループ作業での目標を設定する。参加者が主体的に取り組めるよう、復職に向けて、再発予防のために必要だと思われることを必要に応じて支援者から助言する。 ② 事前説明・課題提示 作業開始前に1〜2時間程度、グループ作業の趣旨及び進め方の説明、課題の提示を行う。 ③ 役割決め まず、対象者の中からマネージャーを自薦もしくは他薦で選出する。管理職などのマネージャー業務経験者や、マネージャー業務に課題がある人がいる場合は、事前に職員からマネージャー役割をとることを提案することもある。この時、それぞれがグループ作業でどのようなかかわりをとっていきたいかと合わせて希望する役割を確認することでグループ全体に連帯感が生まれている。そのほかの役割としては、サブマネージャー、書記、資料作成、発表担当、進行役などがあがる ④ 作業 作業期間は原則として休日を含まず5日間である。定められた期間中に実施するよう伝えるが、要望があれば延長も可能としている。 グループミーティングなどのプログラムを優先すること、自己課題の時間も可能な範囲で取りタイムマネジメントを意識すること、終日グループ作業に徹することは避けるよう伝える。 イ 討議・作成 マネージャーを中心にディスカッションや作業分担のスケジュールを決めて作業を行う。その際支援者が可能な範囲で同席し、適宜助言を行う。 ロ 日々の報告 各日、マネージャーから作業の進捗状況についてまとめて任意の書式で報告を提出する。必要に応じてマネージャーから、作業内容や期限について交渉することもできる。 ⑤ 発表 パワーポイントを使ったプレゼン、ポスター、寸劇などの形式で、質疑応答を含み30分程度発表を行う。聴講者(リワーク受講者内の希望者、センター職員。計20〜25名程度)からの感想も聞く。 ⑥ 振り返り 発表終了後、支援者と参加者が集まり30分から1時間程度行う。 個別目標について、自己課題との兼ね合い、グループ作業中に感じた葛藤ややり残したこと、自信になったこと、復職後いかしていきたいこと、今後のグループ作業への要望などを意見交換する。 必要があれば、支援者との個別の相談時間を設ける。 (3)実施に対する所感 『グループ作業』を実施する中で、その効果を実感できる事例も多く体験してきたが、同時に参加者や課題内容によって、支援ポイントやアウトプットとされるものが大きく変化するという難しさも実感している。支援者にとっても「Be Creative」であることが肝要である。そのための工夫や課題点について次の②効果と活用上の課題にて報告する。 【連絡先】 佐藤真樹・崎山由保 広島障害者職業センター e-mail:Sato.Masaki@jeed.or.jp リワーク支援における『グループ作業』の実践② −効果と活用上の課題− ○崎山 由保(広島障害者職業センター リワークアシスタント) 佐藤 真樹(広島障害者職業センター) 1 はじめに 本報告では広島障害者職業センターで行っている『グループ作業』の効果と活用上の課題を示す。まず参加者の声や支援者として感じる効果をあげ、次に有効活用のために生じてくる課題とそれに対する実施上の工夫、最後にプログラム化のために必要と考えられることについて発表する。 2 効果 (1)参加者の声 ① 効果 参加者からはコミュニケーションの練習になった、自他を客観視できた、作業への注力の度合いを勘案できたなど表1のような声があがっている。 表1 参加者の声(効果) ② 復職後にいかしていきたいこと グループ作業終了後の振り返り時、復職後にいかしていきたいこととして以下のような意見があがっている(表2参照)。 表2 参加者の声(いかしていきたいこと) (2)支援者として ① 利用者のアセスメントとして 課題の達成・発表という緊張場面における作業状況や、集団場面における作業状況、コミュニケーションの様子を把握する機会とすることができる。加えて、本人に課題が表れた場合はその都度支援者からフィードバックや助言を行っていく機会を得ることができる。 ② 参加者に見込まれる効果 参加者の声と同様に、支援者としても個人の対処スキルの確立、コミュニケーション力の向上、復職への準備性の高まりなど効果を感じている。 対処スキルとしては、負荷のかかる場面におけるセルフモニタリングの練習の機会なり、自ら調べ、討議を重ねることによる課題に対する理解の促進にもつながっている。コミュニケーションについては、自分の意見を発信し、アサーティブに働きかける体験、集団場面で協力したという体験・達成感、人前でプレゼンするなどの成功体験となっている。また、目標管理及びスケジュール管理、メンバー間の調整など復職への準備性の高まりにもつながると考えられる。 3 課題と実施上の工夫 グループ作業実施中に生じた課題や難しさから、実施上の工夫や必要と考えられる事項をあげる。 (1)実施の案内、参加確認 オリエンテーション時にグループ作業というプログラムがあることを伝えるとともに、支援計画にも盛り込んでいる。それに加えて、グループ作業実施に際してはポスターなどで利用者全体に周知することが望ましい。全体に周知せず個別に声掛けを行った場合、支援者から声掛けする前に他利用者よりグループ作業の話が本人に伝わったケースがある。「声掛けがなく、自身の参加について不明確で不安に思った」との声が上がった。個別の声掛けのみでは、支援者の判断が大きく利用者は受動的に参加の機会を待つこととなる。 他方、本人にグループ作業の意図や目的を伝え、参加を提案するとともに、全体に周知することで、他利用者もグループ作業の存在を再認識し、どのような流れで進んでいるか観察し、次回は自分も参加してみようと心の準備をすることができ、主体的参加につなげることができる。自己決定の上での参加であると、意欲をもって取り組み、活動に責任を持つことができるとも考えられる。 (2)目標設定 参加に当たっては、リワークを通した復職に向けた目標をさらに掘り下げ、個別目標を設定する。参加者の主体性に重きを置きつつ、再発予防のために必要だと思われることを支援者から助言することもある。個別目標を基にグループ全体の目標も設定するが、目標をしっかりと設定しなかった場合、目的意識が定まらず、楽しい共同作業、雑談に終始してしまう可能性がある。 また、個別目標をグループ全体で共有することにより、それぞれの課題を意識しながら取り組むことができるようになる。その際、自身の傾向や苦手意識を表明、共有することで、似た傾向をもつ参加者を鏡のように観察でき、気づきの機会となる。例えば、こだわりが強い、ついやりすぎてしまう、抱え込みがちなどの参加者を客観視することで、普段の自分を捉え直すことが出来る。作業途中で目標とその達成度をメンバー間で確認するよう促し、共有することも有用である。以下に目標例を示す(表3参照)。 表3 個別目標例 (3)事前説明 参加予定者への事前説明では、より実際的な場面でリワークでの学び(想定される課題への対処方法)を実践する機会を設け、職場での業務をシミュレーションしながら取り組むことを促している。また、リワークと職場の負荷の差異を軽減するために一定以上の負荷をかけていることを伝える必要がある。参加希望したが、負荷に対応できず徐々に体調を崩し次回に参加を見送ったケースもある。そのため、本人の希望だけではなく、支援者として参加可能かどうか事前に検討しておく必要がある。一方で、負荷のかかる場面であるからこそ、どのようなストレスサインが出るかの気づきにつながり、アサーティブな対応を試みる機会ともなる。支援者からの現実に即した助言により、本人が行動調整しやすくなるとも考えられる。 (4)課題提示 課題提示時は、メンバーが支援者の提示した言葉から自身の体験を基に内容を過剰にイメージすることが無いよう、中心となる課題を明示し、詳細な説明をすることが求められる。 課題提示後、支援者の意図とは違った理解で作業が進められたケースがある。仕事術を検討することはひいては健康推進につながるとの視点から、“健康推進プロジェクト”の中でタイムマネジメント術を検討するよう課題を出したが、“健康推進”という言葉に目が向き、仕事術に関する課題であるとの理解が得にくかった。途中で支援者より訂正を試み、最終的にはメンバー全員の理解を得られた。このケースのように初動で支援者とメンバー間に認識のずれが生じると、時間を余分にとられてしまうため課題を理解できたか確認することが望ましい。 時には、課題内容の枠に抵抗を示し、マネージャーから譲歩や変更を求められることもある。「設定内容を短納期で実施することは困難」との要望や、状況(病欠者や予定していた人数の不足)を勘案し期間を延長する必要性が生じる。 以上より、支援者間の認識やルールを統一しておくと参加者の意見に迅速な対応が可能となる。 (5)役割決め ① マネージャー決め まずマネージャーを設定する必要がある。事前にマネージャーに求められること(短納期で成果物を出すこと、支援者と他メンバーの間に立つこと、全体を見渡しながら作業を進めていくこと)や想定される負荷(実践する上で他メンバー以上に負荷がかかるであろうこと、復職1か月前頃の準備として想定していること)について提示しておく必要がある。また、受動的にマネージャーになるのではなく、復職後の業務の実践に有効であると考えた人が主体的にマネージャーになることが望ましい。参加予定メンバーの中で、主体的にマネージャーになろうとする人がいない場合には、事前に支援者から望ましい人を検討して、本人に打診しておくことも作業進行の上で有効である。 ② その他の役割 必要に応じて、マネージャー以外の役割を設定することもできる。例えば、サブマネージャー、議事進行、書記(記録)、資料作成、発表などである。重複して役割を複数名で担うこともある。マネージャーから個々の希望や目標、できることを勘案し、役割を振る場合もある。必ずしもそれぞれの役割を固定化する必要はないが、参加者からは決めておきたいとの要望が出ることが多い。その際、役割に自分をあてはめられず、自信が低下することもあるので、本人の目標と照らし合わせてグループ作業での取り組みのスタンスについて支援者から助言することもある。 役割として自身のできそうなものが見つからず、自己否定的に感じていたケースでは、支援者から本人の普段のグループミーティングでのかかわり(他者の意見をよく聞き、それに伴って自分の意見を伝えたり、場を和ませたりできていること)をフィードバックし、役割にこだわらず共同作業を体験し、できる範囲での参加を勧めた。作業中は本人からグループを客観的にみた意見を述べるなど、周囲から本人の貢献を感謝されるようなかかわりができていた。 役割設定後に、他メンバーの働きを見て自分には出来ないと落ち込み自信を無くしたケースでは、支援者に相談があり、翌日同じ進行役割をとるメンバーに自分の気持ち(自分にはうまくできそうにないこと、進行役は辞退したいこと)を伝え、全体に対しできる範囲で参加していきたいと表明した。自分から気持ちを伝えられたことが、本人の自信につながった様子も認められた。 上記2ケースは、役割をめぐる葛藤への対応の重要性を示している。役割葛藤は職場でも想定されるが、この経験は復職後にアサーティブに考えを伝え、客観的フィードバックをもらえる環境作りを進めていく足掛かりになると考えられる。 (6)個別作業 ① 作業の抱え込み 抱え込まないようにしたいとの目標を立てても、マネージャーや作業担当者に作業分担の偏りが出てしまうことがある。類似した共同作業の経験者や、PCを利用できるメンバーが中心となってしまいがちであり、他メンバーが作業できるよう分配することが必要である。抱え込みが生じた際は、その時できる工夫を参加者と支援者が共に考えていく機会と捉える対応が望ましい。そうすることで、自身が抱え込まなくても作業が進行することを体験でき、復職後に安心して人に任せる足掛かりとなる。また、他者の抱え込み状態を見ることで、客観視が進む可能性も考えられる。 ② 個々の動機づけの問題 グループ作業は参加への動機づけが重要であり、作業を通して復職に向けて何かを得たい、体験したい、準備したいとの共通認識が重要である。 共通認識を持てず、グループ作業自体への動機づけや設定目標の差異から、グループが二極化してしまったケースがある。目標を高く取り組むマネージャーに対して「厳しすぎる」との批判が出た。他方、真剣に取り組むメンバーからは、あくまでリワークの作業のひとつとして消極的に取り組むメンバーには復職への意識が足りないと映っていた。取り組みの中で難しさを感じた場合はそれぞれの課題と照らし合わせて対応した。例えば、要求水準を高く持ち妥協するのが苦手であることを意識する、周囲への期待の表現の仕方に工夫を考える、自分なりの目的を再確認するなどである。 (7)情報共有 ① 報告・連絡・相談の不足 コミュニケーション不足や作業の抱え込みに対処するため、作業実施中は報告・連絡・相談を徹底するよう促している。これはマネージャー・メンバー間、支援者・参加者間双方に必要である。 個々が自己判断で動き、情報の共有が図れず重複した作業を実施してしまったケースでは、発表資料作成担当者2名がマネージャーに申告せずに集まり作業を進めていた。他方、他メンバーがマネージャーに手伝いを申し出て、ここまでの流れをまとめた資料の作成をした。手伝いを申し出たメンバーの作業は全体の作業には反映されず、本人の希望からその働きはマネージャー以外の周囲には伝えられなかった。事態を全体で共有できなかったことは残念ではあるが、マネージャー・作業担当者間の報告・連絡・相談が不十分だったことを該当メンバーが共有できたことで、それ以後意識している様子が見られた。 4 プログラム化のために必要なこと (1)プログラム化の上での課題 ① 企画・運営に時間を要す グループ作業実施中は、参加者の様子確認のため、可能な範囲で打ち合わせなどへ同席している。また、参加予定者の来所予定日の調整や実施途中でのかかわりなど、企画や運営には時間を要する。 ② 人数が集まらない可能性 ある程度の規模のリワークであれば実施可能であるが、少人数の場合は参加が望まれる利用者がいても実施出来ない可能性がある。 ③ 参加者の準備性の問題 参加希望しても、体調が整わず途中で中止したり、次回に見送ることがある。また、参加後に体調を崩して来所が難しくなることがあるなど負荷を大きく感じてしまうケースもある。 ④ 関係性の問題と留意点 マネージャーは個々のメンバーに作業を分担したり報告を受けたりするが、時に評価を与えてしまうこともある。また、個々の体調について気になることがあった場合は、マネージャーが直接本人にアプローチするのではなく、支援者に報告の上、支援者が対応することが望ましい。 一体感や協力したという感覚から、メンバー間で関係が深まっていく可能性もある。そのため、グループ討議中支援者が同席し、適宜様子を見学するなど、メンバー間のやりとりを見守る必要がある。また、必要以上に関係性を深めないように、連絡先の交換やリワーク外での打ち上げの機会を差し控えるよう伝えることも重要である。 周囲へ目を向けると、参加していない他利用者へ焦燥感や疎外感を与えることもある。そのため、案内を全体に周知し、プレゼン発表の聴講を促すことで、プログラムの一環との捉え方を強めることが望ましい。それにより参加者の取り組みの様子を自身の課題と重ねながら観察し、今後の参加への動機づけにもつながると考えられる。 (2)プログラム化のための提案 課題に対する提案を表4に示す。これまで述べてきたように、グループ作業実施には課題点も散見される。一方で実施による利用者への効果は計り知れず、復職のためのリハビリとして有用であると感じている。この報告が他機関におけるグループ作業導入の一助となれば幸いである。 表4 運営上の課題とプログラム化のための提案 【連絡先】 佐藤真樹・崎山由保 広島障害者職業センター e-mail:Sato.Masaki@jeed.or.jp 復職支援におけるマルチタスクプログラムの意義 −一般就労への復帰を目指すということ− 中村 美奈子(千葉障害者職業センター リワークカウンセラー) 1 問題と目的 一般にリワークと呼ばれる精神疾患による休職者への復職支援は、医療デイケアの枠組みで開始され、その後職業リハビリテーションを基礎とした支援が開始された。これらは疾病からの回復と社会復帰を支援し、休職者の職場再適応への新たな支援として成果をあげてきた。 一方復職支援の拡大により、企業や休職者が求める支援内容は変化している。長期休職者や反復休職者、若年休職者、復職支援利用後の再休職など、従来の復職支援では対応困難な事例が増加している(中村,2013)。 一般就労者である復職支援利用者は、復職後、労働契約に基づく労務の提供を期待される。しかし精神疾患による休職者を病者と位置付ける医療福祉的な視点だけでは、就労能力回復を目指す支援が不十分となる。ここから既存の医療や職業リハビリテーションモデルによる復職支援が一定の成果を得た今、その経験を基礎とした新しい復職支援技法の必要に思い至った。そして千葉障害者職業センターでは、業務遂行能力向上を総合的に支援する「マルチタスクプログラム」の開発、実践に取り組んでいる。 本発表ではマルチタスクプログラムを紹介し、その復職支援における役割を考察する。 2 復職支援の目標 (1)業務遂行能力向上を目指す復職支援 復職支援は一般就労者としての業務遂行を目指す精神疾患による休職者を対象とする。この復職支援の目標は、休職者が役職に見合った労務を提供できる状態に回復し、労使双方が義務と責任に基づく労使関係を回復することである。これには体調や生活リズムの管理、集団への再適応に加え、復職者に求められる「働くための能力」、つまり業務遂行能力向上の支援が不可欠である。 経済産業省(2007)は基礎学力や専門知識の活用に必要な能力として、アクション・シンキング・チームワークから成る「社会人基礎力」を提唱している。会社はこの社会人基礎力を労働者に求める(障害者職業総合センター,2011)。 「社会人基礎能力」を実際の職場で発揮するには、セルフマネジメント(Bio)や職業的アイデンティティ(Psycho)、対人スキル(Social)、論理的思考(Vocational)の総合的な運用が必要である。このBio-Psycho-Social-Vocationalの各能力を構造的に把握し課題を解決することで、個人が組織で働くうえで必要な業務遂行能力を総合的に向上するのがマルチタスクプログラムである(図1)(中村,2014a)。 図1 マルチタスクプログラムの構造 (2)業務遂行能力向上支援と復職判断 休職者は、労働契約による労務提供に必要な業務遂行能力を回復することを目指す。休職原因となった業務遂行能力上の課題を分析しその改善に努め、期待されるレベルに回復できれば、復職可能と判断されるのが一般的である(中村,2014b)。 しかし復職決定権は会社にある。会社が何をもって復職可能と判断するのかが曖昧なために復職困難となることがある。休職者が何ができるようになれば復職を認めるのか、つまり復職判断基準を会社が明示することで、休職者が復職にむけ目標とすべき課題が明確になる。 ただし休職者は一般就労者であると同時に、精神疾患がある。復職者に期待する業務の質と量と、会社が提供できる安全・健康配慮のバランスを取るといった合理的配慮をもとに、休職者の個別性に配慮した復職判断基準を設定することが望ましいといえる。 マルチタスクプログラムでは会社が提示する復職判断基準と、休職原因となった休職者の業務遂行能力に関する課題を関連づけて分析し、解決すべき課題を実践的に訓練する。そのため支援者は支援開始時に会社に復職判断基準を確認する。 復職判断基準は復職への各プロセスで意味をもつ。不要な労働紛争を避け、安定的な復職プロセスを経た合理的で妥当性の高い復職判断を担保するため、本人と会社、支援者が復職判断基準に基づく業務遂行能力に関する課題とその達成目標を共有し、協働することが重要である(表1)。 表1 復職までのプロセスと休職者・会社の役割 3 マルチタスクプログラムの開発と実践 (1)マルチタスクプログラム開発の背景 千葉障害者職業センターでは2005年にリワーク支援を開始した。プログラムは認知的ストレス対処法やキャリアデザイン、リラクゼーションやレクレーションなどであり、医療リワークや職業リハビリテーションを基礎とした復職支援を展開した。この休職者への支援に加え、復職先企業とも情報共有などの連携を積極的に実施し、これは現在も継続している。 支援利用者が増加するにつれ、長期休職者や反復休職者、若年休職者などの困難事例が増加した。これらの困難事例には従来の医療や福祉的職業訓練を基礎としたプログラムによる支援では不十分であり、新たな支援提供が課題となった。そのため千葉障害者職業センターでは従来のプログラムを見直し、困難事例への支援に必要な要素や、休職者や会社が復職支援に期待する支援を検討した。 するとそれまでのプログラムは体調管理(Bio)中心の医療モデルと、福祉的就労支援を基礎とした職業リハビリテーション(Social)によるものであり、一般就労者が主体的(Psycho)な業務遂行すること(Vocational)への支援、特に組織内での業務遂行実現への支援が不足していることに気づいた。 このことからリワーク集団を模擬職場と見立て、休職者の業務遂行能力向上を構造的に支援するため、2011年からマルチタスクプログラムの開発と実践に取り組んでいる。 (2)マルチタスクプログラムの目標 マルチタスクプログラムはBio-Psycho-Social-Vocationalの各側面から、個人と組織での業務遂行を総合的に訓練できることを目指した。 各項目の訓練目標は、①Bio:体調管理を中心とし、体調モニタリングとそれに基づく適切な休憩や作業分担、翌日に疲労をもち越さないための疲労管理、②Psycho:業務負荷や、対人関係での心理的ストレス対処法の検討と実践、③Social:組織での人間関係やコミュニケーションズ、ビジネスマナーの実践、④Vocational:問題解決や目的志向に基づく計画的業務遂行や、組織内の役割行動の実践、である。 業務遂行能力上の課題をマルチタスクプログラムのタスクに当てはめ、利用者は自分が訓練すべき目標を設定する。例えば個人的課題は「PDCAによる主体的目的的作業遂行と、適切な休憩によるセルフマネジメント」、組織内行動は「報告・連絡・相談などの適切なコミュニケーションと、全体の業務進行を意識した組織内の役割行動」など、各人の復職への課題に応じて訓練目標を設定する。 (3)マルチタスクプログラムの実践 参加者は5名程度のチームを組み、チーム内で上長役やメンバー役を設定する。チームごとの目標や作業計画を立て、個別作業と集団作業を並行して行うことで、複数のタスクを完成する。 タスクは、①ワークサンプル幕張版(MWS)(障害者職業総合センター,2010)から応用したタスクと、独自に開発したタスクがある(五十嵐ら,2013)。これらを組み合わせ、マルチタスクプログラムを構成する(表2)。各タスクに得点を付与しチームごとに成果を競うことで、参加者の目的意識や達成動機を高め、また終了後にチームや個人で達成事項を確認し自己効力感を高めるよう工夫している。そして新たに得た課題や気づきを今後の取り組みに活かすよう促している。 参加者からは「仕事の仕方や人間関係などの課題が明確になった」、「会社を思い出しストレスを感じたが、復職後のイメージトレーニングができた」、「実際の会社はさらに並行作業が多い。もっと複雑なタスクで練習したい」など、訓練効果に関する積極的な意見が聞かれている。 表2 マルチタスクプログラム例 (4)マルチタスクプログラム運営の工夫と課題 マルチタスクプログラムでは、参加者の業務遂行や対人コミュニケーション、セルフマネジメント能力が如実に表現される。参加者が会社やリワークで実際に体験した問題や困った出来事をプログラムに反映しタスクの題材とすることで、臨場感のある実践的な訓練となるよう心掛けている。 また参加者の課題やニーズにより、敢えて緊張感のあるメンバー構成や高い目標設定をすることもある。参加者が難しい課題に挑戦するための問題意識とモチベーションをもち、実践的な主体的学習ができるよう、スタッフは参加者との目標共有に努めている。 さらに安全にプログラムを実施できるよう、スタッフは参加者の心身状態や復職への課題などの個別性を十分把握し、プログラム参加の妥当性を検討する。特に睡眠などの体調管理が不十分な場合、課題設定や目的意識が十分でない場合、現実検討力が低く対人場面での易刺激性による病状悪化が予測される場合などは、その課題を本人と話し合い、参加を見合わせることもある。 スタッフはリワーク全体の集団力動を把握し、組み合わせるタスクの内容や量、作業時間やチームメンバー構成に配慮し、プログラムによる訓練場面をマネジメントする。しかし模擬職場場面としてのマルチタスクプログラムでは、想定外の出来事が起こりうる。これも職場での課題解決や対人コミュニケーションの訓練として活用できるよう、臨機応変な対応を心がけている。 参加者への丁寧な個別対応と集団マネジメントが必要なマルチタスクプログラムは、スタッフにも高負荷であるといえる。しかしプログラム全体の目的や参加者個別の目標をスタッフ同士、またスタッフと参加者が共有することで、スタッフの目的意識や動機付けが高まりチームプレーが促進される効果もある。 休職者の業務遂行能力向上を支援する復職支援の新たな技法として、今後もマルチタスクプログラムの内容や運営方法を精査し、実施効果を明らかにしたい。そして休職者や会社のニーズに広く対応できるよう、マルチタスクプログラム実施マニュアルなどの作成を目指したいと考えている。 4 まとめ 復職支援における業務遂行能力の回復とマルチタスクプログラムの意義 復職支援の目的は休職者が元の職場で再び働けるようなり、労使双方が義務と責任を果たせる労使関係を回復することである。これには休職者の業務遂行能力から休職原因となる課題を把握し、これを回復、向上することが求められる。体調や疾病の管理、対人スキルやストレス対処などを中心とした既存の復職支援に、業務遂行能力を総合的実践的に訓練できるマルチタスクプログラムを追加することで、Bio-Psycho-Social-Vocationalの視点による総合的復職支援が可能になる。 業務遂行能力は職場での主体的継続的な実践により向上される(中原,2012)。集団で行う復職支援の枠組みを活用し、リワーク集団を職場と見立て、臨場感を演出して行うマルチタスクプログラムは、個人が組織で求められる主体的業務遂行に必要な能力の回復、向上を支援できる。 さらに休職は職業をとおし人生における自身のあり方を見つめなおす人生の転機である。Bio-Psycho-Social-Vocationalの視点によるマルチタスクプログラムは、休職者を労務提供可能な状態にするだけでなく、一般就労者としての主体的労働を促進する。職業的課題をとおし休職者の人生全体の福祉に関わる復職支援にとって、主体的労働による職業を通した自己実現を目指すためにも、マルチタスクプログラムは有意義であると考える。 本稿は、第21回日本産業精神保健学会、および、第22回日本産業ストレス学会での発表をもとに再構成した。 【参考】 1)五十嵐由紀子 神部まなみ 中村美奈子:MWSを活用した「マルチタスクプログラム」による復職支援①②③ 第21回職業リハビリテーション研究発表会論文集,pp295-305(2013) 2)経済産業省:「社会人基礎力」育成のススメ(2007) 3)中原淳:経営学習論 東京大学出版会(2012) 4)中村美奈子:復職支援における業務遂行能力回復支援−「マルチタスクプログラム」の開発と実践 第22回日本産業ストレス学会抄録集(2014a) 5)中村美奈子:復職支援における企業の合理的配慮−復職判断基準明示の重要性− 産業精神保健,22,増刊号,pp90(2014b) 6)中村美奈子:復職支援におけるクライエントの自己成長支援技法−社会人経験の少ない身体表現性障害による長期休職者の事例− 日本心理臨床学会第32回大会論文集,pp48(2013) 7)障害者職業総合センター:ワークサンプル幕張版 MWSの活用のために(2010) 8)障害者職業総合センター:発達障害者の企業における就労・定着支援の現状と課題に関する基礎的研究 調査研究報告書№101(2011) マルチタスクプログラムを活用した復職支援 −双極性障害の復職準備性− 神部 まなみ(千葉障害者職業センター リワークカウンセラー) 1 はじめに 千葉障害者職業センター(以下「当センター」という。)では、平成24年度より既存のリワーク支援で習得した内容を実践する場として、職場の疑似体験プログラム「マルチタスクプログラム」(以下「マルチタスク」という。)を開発・実施している。マルチタスク開発の背景には、当センターのリワーク支援を受けながら再び休職となったとの報告やリワーク支援再利用という、言わば「支援の限界」を感じていた状況がある。その理由として、リワークの既存プログラムで得た知識や情報を実践する場が少ないことや、うつ病以外の精神疾患を原因とした休職者への支援内容が的確でない可能性が推測された。本発表で取り上げる双極性障害もその対象と考えられる疾病である。求められるニーズはうつ病休職者への支援内容と大きく異なり、本来であれば双極性障害に特化したプログラムが必要であると考えている。現時点での対応は、疾病特性の説明やマルチタスク実践方法の事前説明・振り返り・実践を繰り返し行うことで復職準備性を高める実践を重ねている。 本発表では、これらの実践結果から双極性障害の復職準備性を高めるためのマルチタスクについて検討する。 2 双極性障害を有する利用者の現状 平成25年度当センターを利用した137名の疾病割合を示した(図1)。双極性障害の利用者は、全体の10%である。休職の原因はうつ状態による出勤困難や躁状態による対人コミュニケーションの困難などが多い。症状が主たる復職阻害要因となっている。 図1 利用者の疾病割合 3 マルチタスクの概要 (1)目 的 「組織で働くことを大きなテーマとし、①職務上の自分の立場や役割を意識した行動。②作業を遂行するための集中力や持久力、疲労のマネジメント。③スケジュールの調整や管理。④必要な対人コミュニケーションの実施を目的とした。」(五十嵐2013・詳細については、第21回職業リハビリテーション研究発会論文1)を参照) (2)マルチタスク実施内容 マルチタスクの作業項目(表1)と1日分のタイムスケジュールを示した(表2)。実施する作業項目は、スタッフで検討し4〜5種類のタスクを指定する。 表1 マルチタスク作業項目 表2 タイムスケジュール 4 双極性障害に特化したマルチタスクの実践 (1)事前説明のポイント これまで実践した振り返りから、双極性障害の利用者が感情への刺激を受けやすいと感じた代表的な場面(マルチタスク実施中のダイナミクス・図2)を事前説明のポイントとしてまとめた。 ① 先の見通しがたちにくい状況 開始時のミーティングで上長役の段取りが悪い、或いは指示内容が不明瞭なとき。的を得ない発言をするメンバーがいた時など、先の見通しがたちにくい時。 ② イレギュラーへの対応や意見の相違 人事異動や急なタスク量の増加があった時。グループ内協議をするタスクで意見の相違があった時。 ③ 結果に対する不全感 上長役が業績を気にしない時や、相手に交渉もしないであきらめた時。結果が不振であった時。 上記の内容を、セルフモニタリングのポイントとして事前説明し、個々でセルフモニタリングを実施して欲しい旨を伝える。 図2 マルチタスク実施中のダイナミクス (2)セルフモニタリングのポイント マルチタスクの時間内で行う振り返りは、時間の都合上簡易なものである。そのため、詳細な振り返りは実施日の翌日午後に小集団で行い、必要に応じて個別面談も実施している。時間が経ってからの振り返りということもあり、翌日への疲労の持ち越し具合や体調の変化についてセルフモニタリングをすることができる。感情の高ぶりについてのモニタリングも、時間の経過とともに冷静となった視点から自己評価をすることができるメリットがある。利用者は、これらのプロセスを通して得られた復職への課題を、担当カウンセラーとともに整理し、次回のマルチタスクで実践する計画を立てている。 以下に、セルフモニタリング整理のポイントを示した。これらの項目は、当センターのリワーク支援を終了した利用者が、マルチタスク実施後の振り返りで発表した内容である。この実践から、事前説明とセルフモニタリング実施のヒントを得ることができた。さらにセルフモニタリング整理のポイントは、過去のマルチタスクにおいて双極性障害の利用者が経験をしたことと捉えることができる。 ① 体調変化 ・ 帰宅時、電車の乗り過ごしはなかったか。 ・ 帰宅後、いつもと同じペースで生活できたか。 ・ マルチタスク前日の睡眠はとれたか。(前日の睡眠時間が4時間以下であった場合、参加を見合わせることもある。) ・ 睡眠時間への影響(中途覚醒・早朝覚醒)はなかったか。 ・ 疲労から、気分の落ち込みを感じることはなかったか。 ・ 翌日、決められた時間に(リワークに)通所することができたか。 ② 感情への刺激のモニタリング ・ 事前説明であった場面で感情への刺激を感じることはあったか。 ・ その感情への刺激による気分の高まりはあったか。 ・ 気分の高まりがあった場合、いつまで継続したか。 ・ その時どうような行動をとったか。 ・ その行動により気分の高まりに変化を感じたか。 (3)セルフモニタリングの活用 振り返り面談の中で整理したセルフモニタリングで明らかになったことは、休職に至った原因に含まれるさまざまな要因との共通点に気づく機会であり、これを検証していくことでより深く休職原因を探ることができる。さらに、この内容を本人から主治医に報告し、治療上の有効な情報として活用できている。 (4)対処行動の検討 振り返りで気づいたセルフモニタリングの内容をふまえ、対処行動について検討をする面談を実施する。このプロセスは、その後のリワーク参加目的についてよりいっそう的を絞る機会となっている。このプロセスを経て整理された対処行動の実践を次回のマルチタスク参加の目標にとして、対処行動の定着を図っている。 セルフモニタリング整理のポイントと同様、当センターのリワーク支援を終了した利用者が発表した対処行動について示した。 ① 体調変化への対処行動の例 ・ 疲労を体感したときや、作業にのめり込みそうになったときは、場所を変えて休憩を取る。 ・ 自分の所属していたグループが1位になって終了時間以降盛り上がっても、グループに事情を話した上で立ち去る練習をしてみる。 ・ 帰宅時、駅を乗り過ごすような疲労を体感したときは、夕飯作りを手抜くなど負荷を減らす。 ② 刺激による気分の高まりに対する対処行動の例 ・ 対人コミュニケーションに刺激や気分の高まりを感じたときは、当たり障りのないやり取りをした後、場所を変えて休憩を取る。 ・ 担当カウンセラーをつかまえて「毒を吐く」。(本音を語る) ・ ランチミーティングで仕事とは関係のない話をして気分を切り替える。 5 まとめと考察 (1)双極性障害の復職準備性 双極性障害の復職準備性を高めるマルチタスクの効果的な実施方法とは、職場環境で起こりうる刺激を設け、刺激による感情の高ぶりが症状へつながるプロセスを検証することと考える。また、マルチタスクの実践により得られた結果から、双極性障害の復職準備性とは、復職する職場環境を想定し、双極性障害特有と言える感情の高ぶりに対するセルフコントロール方法について熟知することであると考える。 (2)今後の課題 セルフモニタリングの視点や実践結果は、口頭・記録レベルの情報であることから、今後は対処行動とその効果について因果関係を明らかにする調査を実施し、体系的な実践方法として支援に取り入れたい。また、このプロセスを利用し、他の疾病に特化したリワークプログラムの開発も試みたいと考えている。 【参考文献】 1)五十嵐由紀子・中村美奈子・神部まなみ:第21回職業リハビリテーション発表会「MWSを利用した『マルチタスクプログラム』による復職支援①」p.295-297,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(2013) 2)加藤忠史「双極性障害 疾病の理解から治療戦略まで 第2版」医学書院,2011 3)奥山真司・秋山剛「双極性障害の復職に際して〜双極Ⅱ型障害を中心に〜」臨床精神医学vol.40 №3,2011,p349-360 【連絡先】 神部 まなみ 千葉障害者職業センター e-mail:Kambe.Manami@jeed.or.jp ひきこもり精神障害者の一般事業所内職場への受け入れと定着支援の必要性について 野村 忠良(府中市精神障害者を守る家族会 相談員) 1 ひきこもり状態になっている精神障害者にともないがちな困難 (1)苦しい精神症状 さまざまな精神疾患にともなう症状は本人の努力に関わりなく発生し、本人に影響を与えて障害がない人と同じ行動がとれないようにする。社会参加を阻害する。他の人には理解が難しい。 (2)薬の作用による困難 薬により症状が軽減される例が多いが、同時に意欲や注意力等の減退を引き起こし、活動を緩慢にすることがある。すぐに疲れ、集中力を欠き仕事や生活に支障を来す。感情や体の動きが抑えつけられるような不快感等により、薬を飲みたくなくなる。断薬により症状が悪化する。 また、人によっては副作用で耐え難い経験をしたり、稀に元に戻れない損傷を受けたりすることもある。長年の服用で内臓に異変が生じ、突然亡くなる例もある。 (3)自己否定的な心理状態 幼少の頃からの経験や精神疾患による症状が原因で、自己否定のイメージが強く、自分自身を受容できず、自信や自尊心が失われていることがよくある。劣等感のため尊大な態度になることもある。自分自身を信頼したり好きになったりすることが難しい。怒りに心を占有されることもある。 (4)人間関係の行き詰まり 自分自身を受け入れられない心理状態にあると、不満を家族にぶつけたり、人が怖かったりして、人間関係に支障が生じる。 2 社会参加を支援する社会資源の現状 (1)医療機関 本来、精神科医療では患者が自分自身を受容できるようになるための支援や、人間として社会で生きていけるようになるための精神的成熟を促すカウンセリングなどを含む治療を行うものと考えられるが、実態は数分間の面接で患者の訴えを聞き、薬の処方の調整をするだけの診療が多い。 先に述べた患者の困難を解決するにはほど遠く、せいぜい薬による症状の軽減がなされれば良い方である。 しかも生活上で起きてくる症状の急速な悪化に対応するための体制がなく、本人が受診を拒否するときには家族が自費で業者を呼び、都内の空いた病床がある救急精神科病院に強制的に搬送してもらうこともしばしばである。 多くの医師が、就労については消極的である。ストレスをかかえないようにして再発させないことが重要と考えている。 (2)相談支援事業所 就労について相談に行くと、症状が重ければまず精神科病院のデイケアを、やや軽ければ地域の自立支援事業所への通所を勧められる。生活上の経済的問題等の相談では既存の制度が紹介され利用を勧められるが、ニーズに合わず、利用できないこともしばしばである。さらに自分の精神的悩みや心理状態の相談に対応できる専門家は配置されていないことが多い。ひきこもりの方々は、その状況から抜け出せず、年齢を重ねてゆく。 (3)自立支援事業所 現行の障害者総合支援法では、自立支援事業所での福祉的就労とそこからの一般就労への移行を重視している。一般就労への移行では最近はかなりの成果があがっており、一般事業所でも精神障害者を雇用するところが増えつつある。一方の福祉的就労では、時給100円から300円くらいにしかならない内職などの単純作業を毎日繰り返させるだけの事業所が大半であり、一般就労を目指すための本格的な訓練とは言い難い。将来の見通しもなく、何年も通い続けている利用者が多い。履歴書に障害者自立支援事業所通所と書いても一般事業所ではキャリアと看做されない。毎日働いても1ヶ月1〜2万円の工賃にしかならず、一般事業所では「虐待」となる賃金である。過去に日本はILOから福祉的就労の制度を改善するよう改善勧告がなされたことがある。 (4)ハローワーク このところ、ハローワークを通しての軽度の精神障害者の一般就労は目を見張るほど活発である。いっそうの発展が期待される。障害者総合支援法のプラスの面が遺憾なく発揮されている。 (5)一般事業所 精神障害者を受け入れている地域の企業は僅かであり、精神障害者の雇用を義務化するための昨年の障害者雇用促進法改正時には経団連が極めて慎重な意見を述べたこともあり、正式に法定雇用率が決まるのは今から9年後になった。受け入れを実施しているのは零細企業が多く、しかもほとんどはアルバイトによる単純作業である。 自治体によっては身体障害以外の障害がある人は雇用しない規定が、いまなお残っている。 自立支援事業所等の支援により一般就労が果たせても、職場での定着支援が弱く地域で日常的に支える体制も不十分なために長続きしない例が多々ある。 3 支援のあり方の根本的改革の必要性とその具体策 すでに記したように、支援事業所は一般事業所への就労支援において多少の成果をあげてきた。しかし、心理的な支援のレベルが専門的な水準にまで達していないことやプログラムの内容が単純すぎて個人個人の精神的成長及び能力の向上への貢献が少ないこと、何より工賃が低すぎて生活の見通しがたたず、自分の価値を低く感じて意欲のある利用者は途中で辞めてしまうことが課題となっている。 精神障害者が市民としての自信や自尊心を回復し、ストレスを克服して生きがいを感じられるような社会参加を実現するには、誰でもが一般事業所で働くことができ、ふつうに生活できるだけの所得が保障される必要がある。その際に、個人個人の能力を最大限に発揮できるように、それぞれの個性に合った仕事に就くことができ、本人の希望があれば仕事に慣れるに従い徐々に高度な役割に移行し、やりがいを感じられるようにするなどの配慮が、障害の無い人と同じように必要である。障害があることを理由に差別をしてはならないことから、身分も非常勤だけではなく、正規職員としての雇用が広がることが望まれる。このことは障害者雇用促進法に明記されるべきである。 精神障害者と言われる人々の市民としての権利が守られるためには上記の改革が必要であり、それを可能にするためには一般事業所でのいっそうの受け入れ拡大と障害者総合支援法の支援事業所等での支援方法や地域社会の社会資源のあり方について、以下に述べる改革が必要とされる。 (1)就業の場の拡充 自治体も含めて、すべての企業等が精神障害者を積極的に受け入れられるようにするための国策が必要である。精神障害があることを理由に職場から排除することは、障害者差別解消法で禁じられている。精神障害者を雇用するためには職場での合理的配慮も必要である。従業員同士がお互いを認め合い理解し助け合う職場の精神的環境は、障害の無い従業員にとっても働きやすく人間としての権利が守られやすい。企業の業績にもプラスになるはずである。 公的支援については当事者だけでなく企業の側も必要としている。どのような公的支援があれば職場に受け入れられるのか、今後、国をあげての検討を要する課題である。 精神障害者の雇用を拡大するときに、当事者の側から見れば次のような配慮が望まれる。 ①職場見学、実習、短時間就業の機会をさらに拡大してほしい。 見学では、どのような仕事が合っているのか分からない精神障害者が、ジョブコーチ等とともになるべく多くのさまざまな職種の職場を見学し、最終的に自分で選んだ業種の職場で働けることを目的に実施する。 実習では、本格的に就労する前に、試しに仕事に参加してみる。 就業時間であるが、現在、東京都においては週10時間の雇用から順次、時間を長くするトライアル雇用の制度がある。しかし職探しの時点でそれほどの体力・精神力が無い人は就労が難しくなっている。週3時間くらいからの制度はできないだろうか。 ②合理的配慮をしてほしい 精神障害により、注意力、集中力が十分に発揮できなくても、初めは緊張しないでできる仕事を事業所側が切り出して準備し、仕事を教え確認する人を予め決めて上手にアドバイスする訓練を受けておいてもらう。初めの仕事に慣れたら、やや難しい仕事にレベルアップする。 人が怖くて人数が多い場所に入れずコミュニケーションが苦手な人のために、他の人と頻繁にコミュニケーションしなくて済む位置に仕事場所を設ける。その際は「隔離」「孤立」の印象を与えないよう、なるべく全体に溶け込みやすい位置にするよう心がける。 疲れたら随時、人目につかないソファーで横になることも認める。 仕事で分からなかったり精神的に苦しくなったりしたときに、社内ですぐに相談出来る人を決めておく。その人には精神保健と精神疾患の研修を受けてもらう。 勤務評価については、誠実に行動していても精神障害特有の理由による無断欠勤等がありうることを事業所の全ての職員に知っていてほしい。たとえば不眠時、睡眠薬を飲んで熟睡し、朝、目覚まし時計が鳴り終わっても目が覚めない場合もある。勤務中に心理的緊張からしばしば具合が悪くなり、早退を申し出ることもある。 ③一般事業所への財政面での公的支援 精神障害者が期待された能力を発揮できず、最低賃金以上を支給すると事業所の経営にマイナスを生じさせる場合は、国が事業所の負担分を公的助成金として支払い、事業所に負担がかからないように配慮する。職場に十分に定着したら、その仕事を続ける限り最低限の生活費の心配をせずに暮らせるような国の所得上の社会保障制度が必要である。 (2)福祉的就労の場の抜本的改革 先に述べたとおり、一昔前は「作業所」と言われていた障害者支援事業所は、現在でもその多くが創設期の特徴を色濃く残しており、「行き場の無い障害者が日中通い、とりあえず小遣い銭を稼ぐ場所」として運営されている。このような実情を変え、利用者にとって有意義な場所にするには次のような改革が必要である。 ①一般事業所と繋がりがあることを前提とする 社会からの隔離をなくすために、一般事業所と密接なつながりを持つ事業を行い、利用者や一般事業所職員がお互いに行き来する。就労と訓練を明確に分けて、就労には最低賃金を支払う。支援事業所に登録してからは、さまざまな職種を見学し、本人の適性を評価し、本人が関心を持てる仕事の実習を一般事業所で行う。就労支援を一般事業所と一緒に行う。 支援事業所そのものを、社会的事業を行う場にしても良い。障害がある人と無い人が一緒に働き、同じ仕事では障害の有無で賃金に差をつけない。 ②就労に必要な、人間としての精神的安定や成長を支援する 心理支援と精神保健の教育を受けたスタッフが勤務し、利用者の悩みや苦しみを十分に聴いて人間としての自己洞察やありのままの自分の受容、生活の目標や人生の夢を見つけることを助ける。病気への対応方法と生活の具体的調整の仕方を一緒に考え工夫する支援を行う。 対人関係の基礎となる自信や自尊心、自分の長所や強さの自覚、人の尊厳や善意を感じられる感性、感謝の気持等のプラス面の成長を支援する。同時に自他のありのままの状態を肯定的に受け入れる心構えが育つように支援する。 ③キャリア蓄積のための能力向上や資格取得支援 努力を続ける間に職業の能力が向上するように、また、仕事に必要な資格が取れるように支援する。 ④支援事業所の職員の誇りと満足を大切に 支援に係る職員が専門性を高め、支援が実効性のあるものになることで誇りがもて、社会との密接な関係の中で社会人としても磨かれて仕事に満足でき、報酬も専門家として十分な額になるよう設定すべきである。若い人々から求職する際に高く評価される職業になってほしい。 (3)地域での生活支援体制の充実 ①日常の生活相談窓口 地域に一般市民がなんでも気軽に相談出来る相談窓口を設け、その一角に心の悩みや精神的問題の相談窓口を付設する。人と対話するだけで心が休まるような孤独な人の話し相手を務めるボランティアを配置しておくと助かる人が多い。市民が緊急の救援を求めるときにも役に立つ。 就労している精神障害者を、地域で支える機能をもたせることができれば心強い。職場の愚痴など、誰かが聴いてくれれば離職が避けられることもある。 自宅から窓口まで出かける元気がない人には、訪問相談を行う。 ②趣味の必要性とその支援 地域で暮らす精神障害者にとって、職場だけでの活動では人間として狭い人生を送ることになる。生涯を通して楽しめる趣味に出会い、余暇を充実させ、趣味を通して自分を高めたり友人をつくったりできるような支援を地域に整えると、生活の中での障害による苦しみを軽減できる。 一般市民と同様に、生涯学習センターやカルチャー教室に精神障害者が安心して通い、活動できるような制度を設けるべきである。体力や精神力が強くない方々は、職場での就業時間を軽減するなどして余暇や休日に体力や精神力の余力が趣味に向けられるよう配慮がなされるべきである。その場合にも生活費の保障はもちろん、趣味にかかる費用の面でも助成する制度が必要である。 精神障害者に対するこのような配慮は、すべての市民が暮らしていて幸福を感じられる社会へとつながってゆく。市民の運動で是非とも実現したい。 当事者の希望する職業イメージと職業適性について 〜精神障害、発達障害のある方の就労支援〜 ○岡坂 哲也(医療法人尚生会(創)シー・エー・シー 就労支援員) 北岡 祐子・松永 裕美・徳田 篤(医療法人尚生会(創)シー・エー・シー) 橋本 健志(神戸大学大学院保健学研究科) 1 はじめに 当事業所は精神科に通院する精神障害および発達障害のある方を対象とした就労移行支援事業所である。利用者の就労支援を行う際、本人の希望を尊重し就労先を検討していくが、利用開始時の希望職種が変化し、別の職種で就職され働き続けている場合も多く見られる。利用者がある職業を希望する背景にはどのような理由があるのか、就労支援の過程の中で希望職種が変化することがあるのはなぜか、また当初の希望や抱いていたイメージと異なる職種を選択した者はどのような理由で働き続けているのだろうか。これら当事業所を利用し就職した者30名の職業イメージと就労経過について調査結果を報告し、職業適性について考察する。 2(創)シー・エー・シーの事業所概要 当事業所は、平成15年に精神障害者通所授産施設として開設した後、平成21年10月に多機能型就労移行支援事業所となった。利用定員は15名で、精神障害(発達障害含む)に配慮した職業リハビリテーションおよび就労支援サービスを提供している。そのプログラム内容は①基本的労働習慣作りと職業適性を知る、②職場での対人技能や対処技能の習得、③疾病・障害管理のための心理教育、④社会人マナーの習得や社会体験の再構築、などの職業準備性を高めるものに加え、家族への支援や就職後の職場定着支援なども行っている。事業所は神戸市の中心部にあり、公共交通網なども多く利便性の高い場所に位置している。 3 当事業所の就労状況 当事業所開設時平成15年1月から平成26年8月末現在の就職者数は、102名となっている(表1)。 表1 平成15年1月から平成26年8月末までの総利用者数と就労実績 今回の発表は、特に平成24年4月から平成26年8月末(現在)までの期間に当事業所を利用し就労した30名の状況について取り上げる。就職者30名のうち、25名は職場実習を体験し、また障害者職業センターの職業準備支援を並行して利用した方は3名であった(表2)。 表2 年度ごとの就職者数と、就職者の中で職場実習体験や障害者職業センターを利用した人数 4 希望する職業イメージ (1)利用当初の希望職種と実際の就職先 次に平成24年4月から平成26年8月末までの就職者30名の希望職種と実際の就職先について表に示す(表3)。 表3 利用当初の希望職種と実際の就職先の職種 就職者30名のうち、14名が事業所利用時の希望職種と異なる職種に就職し、働き続けている。希望職種に就職した人は13名であり、ほとんどが前職と同じ職種を希望されていた。特に希望がなかった3名は自分に何が合っているかわからないので、できる仕事をしたい、と希望されていた。 (2)希望していた職種イメージの背景 なぜその職種を希望したのか、その理由について「前職がそうだったから」「経験があるから」「特定の資格を取得したから」「その職業で働いた時に周りとの人間関係がよかったから」と、過去の仕事ができた経験をもとに希望する人は85%の26人であり、多数を占めた。一方、前職についているときに発病しもう一度と、その職種を希望する人、過去複数の仕事の経験があっても自分に仕事ができたという感覚がなく「何ができるかわからない」と希望職種のない人、「人に言われたから」「身近な人がその職種だったから」と仕事ができた経験からでなく周囲から強く影響されてその職種を希望する人もいた。 5 職場実習による職種イメージの変化 (1)職場実習の特徴 当事業所では、ある程度労働習慣がついている人を対象に、職場実習を通し働く経験をしていただいている(表2)。本人の希望職種を優先して実習を行うが、本人の実習希望のタイミングや企業の実習受け入れのタイミングなどもあり、必ずしも希望職種で実習ができるわけではない。また実習期間については、職場によって2週間〜数か月にわたって職場実習を実施する。これは単に実習のみか、雇用前実習かによって異なってくる。頻度としては週1日から3日である。また職場実習を数社行う場合もある。その実習を通して、何を練習したいのかは、例えば、職場実習に合わせた生活リズムづくり、体調管理、実習先での人間関係づくり、作業遂行など、人によって練習課題は様々である。そのため企業での職場実習だけでなく、障害者職業センターの職業準備支援も練習の場の選択肢として利用する。職場実習を始める際には実習の意味を本人とよく話し合いながら進めている。 (2)希望していた職種での職場実習の場合 希望をしていた職種の職場実習を経験して感想を聞くと「職場実習を経験してよかった」という人がほとんどで「よくなかった」という人はいなかった。その理由として、「働くイメージを作ることができた」「事業所の中でする作業とは違い、仕事の経験ができた」「仕事の感覚が取り戻せた」「やってみて自分に合わない事が分かった」などの感想があった。いずれもその職種で就職するか、他の職種も検討するにしろ、体験により働く方向性が見えてきた、との感想が多かった。 (3)希望と異なる職種での職場実習の場合 タイミングによって、希望していた職種以外の職場実習を体験していただく場合もある(14/30、46%)。本人がこれまで経験したことのない分野での実習をして、新しい発見をされる人もいる。その感想として「この職種の方が自分に合っていると感じられた」「体力の無さを実感できた」「これまで経験したことのない職業だったが、仕事のイメージを新しく作ることができた」との感想があった。このように未経験の職種でも経験のひとつとして前向きに実習に取り組んだ人は、新しい発見や実感したことを就職への検討材料として取り込み、可能性を広げることができた。しかし職場実習を経験しても容易には自分の状態とすり合わせることが出来ず、仕事の達成感が持てない場合もあった。 6 希望と異なる職種での就職 (1)業務内容と勤務条件 事務職希望から職場実習を経てベッドメイクの仕事で働くAさんは「身体を使うことがよかった。整理整頓が好きなのでそれも合っていた」と、業務内容や勤務時間も短時間から徐々に伸ばしたことで無理なく働くことができている。同じく事務職希望から高齢者施設で働くBさんは「実際に働いてみると活気がある職場で、毎日の業務が決まっているので仕事がしやすい」と話されていた。当初の希望職種ではなかったが、本人の求めていた環境や労働条件が合った例である。その他にも職場実習で経験し、最初はうまくできるか不安だったが、会社から配慮で、仕事も遂行することができ、勤務時間や通勤時間も本人の希望に合い、そのまま雇用となった例も多かった。 (2)職場環境 希望職種と違う職種で働いている人は14名いるが(47%)(表3)、全員が障害者雇用となっている。そのうちの10名は障害者雇用で働くことは初めての経験であった。「職場の人が皆優しいので助かった。気になることは上司に相談ができた」「仕事がしやすいよう配慮してもらった」などの意見も多かった。障害をオープンにすることにより仕事の慣れ具合や障害などの配慮があり、優しく対応されたことで、人間関係の不安が軽減され安心感を得た人が多かった。職場に受け入れられ仕事をすることができたということ、そこからやりがいや達成感を得られる、それが職場の人に喜ばれる、という相乗効果を生んでいる。また「(創)シー・エー・シーや障害者職業センターのジョブコーチの支援があったからよかった。話を聞いてもらったり、配慮してもらったりすることで気持ちが楽になった」と支援者も職場に入りサポートできたことで安心して仕事に取り組めたことも、現在の職場を選択したひとつの要因となっている。 (3)自己効力感と自己肯定感 Bさんは「職員の方も『助かりました』と喜んでくれる。自分でも役に立っていると思い、嬉しかった」と話されていた。就労した他の人たちも職場の人から「助かった」「ありがとう」「この職場に来てくれてよかった」などの声かけで、それがやりがいに感じるとの感想が多く聞かれた。このことから、自分が役に立っている、仕事ができているという自己効力感を得ることができ、それが安心感につながっているのではないかと考えられる。精神障害や発達障害があることで、罪悪感や自己否定感をもつ方が多い。仕事においては、できているという実感をもてないと自己肯定感を得ることができない。また職場実習においても、できていると感じられる業務内容であり、円滑な人間関係であるという条件がそろわなければ、継続して仕事をすることができなかった。障害を持つ人が、働き続けるためには、仕事ができているという自己効力感、そして職場に自分が受け入れられている、という自己肯定感の二つの要因が重要と思われる。 7 考察 (1)職業へのイメージ 人はどのように働きたい職業を選択するのだろうか。すべて職種を体験し、比較検討することは不可能である。自分の生活の中で目についた仕事、印象的だった仕事、身近だった仕事など片手で数えるくらいの選択肢から実際できるかどうかもわからないまま就職しているのではないだろうか。そのような中で、誰もが、生活や働いた経験から、「○○をして楽しかった」「○○ができた」という感覚により、こんな職種に就きたい、こんな職業で働きたいというイメージにつながっている。加えて過去の職歴の中でよかった面が働きたい職業としてイメージ化されている。在職中に病気になった場合は、その職種を選択肢から外したり、あるいは自分に合う職種がわからないと言われたりする人もいる。 また、職種のイメージが先行してしまう場合があり、例えば『事務職』は、パソコンだけをしていたらいい、座って仕事ができると考え、『清掃業』は肉体労働で、汚れた場所を掃除する仕事というイメージを持つ場合がある。実際は勤務先により職場環境も業務内容も千差万別である。障害特性の影響として、特定の職種にこだわり、現実検討ができず思い込みでイメージを決めつけてしまう場合もある。 そこで就労準備期間や就労時に希望職種のイメージを修正できないと失敗を繰り返してしまう傾向がある。例えば、就職活動しても不採用が続く、就職しても長続きできないなどの傾向もみられた(2/30、6%)。 (2)職場実習の意義 精神障害、発達障害のある方は、これまでの家庭環境や学校、職場など社会生活の中で病気、障害により辛い体験をしている。周りの人とコミュニケーションがうまく取れないことから、自分の存在価値を見失ったりする人もいる。自分や周りの人に対する不信感を持つ方も少なくない。働くために職場という組織や人間関係に慣れるために、グループや集団に入る経験、人への信頼を再構築するという過程が必要と思われる。グループで経験しながらお互いの思いを共有したり、グループで一つの事に取り組み、できる感覚を味わったり、周囲に認められる経験を作ることが役立つと感じる。 職場実習を経験するなかで、業務遂行の適性や新たな視点、新しい仕事のイメージを作ることができる。これらのことを試行錯誤する期間が必要である。また本人だけでなく、支援者も、職場実習を通して利用者の職業適性について新たな発見をする場合も多い。 障害をもつ人がある職種を希望する場合には、なぜその仕事なのかという希望する背景をご本人自身が理解する必要があると思われる。例えば、事務職を希望する場合にはコツコツと自分の仕事だけしたい、人と関わりたい、人から注目されたいなど、職種イメージの背景にあるご本人の仕事への思いを理解すると、希望をしていた職種でなくても要素は共通しており、「やりがい」を感じながら働くことができる。 (3)「希望」と「できること」 過去の経験を通して、希望職種のイメージを持っている方もいるし、持っていない方もいる。そのイメージをきっかけとして、就労支援プログラムのなかで、その職業観を様々な視点から検討し、再構築できる働きかけが必要と考える。まずできることに目を向け、経験しながら自分に対しての自信を改めて作っていく。そのなかで、また別の希望が出てくる場合もある。その繰り返しで、できることが明確化されていくのである。それは人によって妥協と考えるかもしれないが、新たな適性が見つかり、長く職業生活を維持する場合もある。しかしその反面、仕事内容はよかったが給与面や待遇面などで葛藤が生じる場合もある。葛藤を持ち続ける方もいれば、今の自分に目を向け、できることを伸ばす努力をする人もいる。その結果新たな目標が出てくれば、転職支援も必要であろう。 (4)「役に立っている」という感覚 仕事をしていく中で周りの人から「ありがとう」「助かった」と声をかけてもらうことが多い。そのことで「こんな自分でも人の役に立てる」「目標の仕事ができた」と、実感できるのである。障害の有無に関わらず、周りの人から認められた経験は必要である。誰でもそのように言われるとうれしく感じる。特にそれは障害者雇用の場合、周りの方がその方に配慮をしているからこそできる部分もある。逆に就職初期に必ずしも十分に仕事ができていなくても周りの方に理解があれば、前向きに考えることができ、長く働くことができる。そのような経験を通し、自分自身のやりがいを自ら見出し、働き続けることができるのである。 (5)職業適性とは 人はこれまでの経験の中で誰しも少なからず、希望の職種や職業へのイメージを持っている。様々な経験をする中で、そのイメージを明確化し、自分の現状とすり合わせをしていく取り組みが必要である。そのことで本人の持つ職業イメージを再構築していくのである。仕事は多くの職種に広がっている。これが職業適性と思い、仕事を始めるためのきっかけになっても、いろいろな経験をしていくなかで適性は試行錯誤しながら変わっていく。職業適性だけを見ると、本人だけの問題だが、仕事を長く続けるという視点で見ると職場環境も含まれる。職場の人から認められ声をかけてもらうことで、仕事はやりがいになっていく。 「精神障害者雇用の推進における課題と対応」 取り組みⅠ ○笹川 俊雄(埼玉県障害者雇用サポートセンター センター長) 今野 雅彦(MCSハートフル㈱) 1 埼玉県障害者雇用サポートセンターの概要 埼玉県障害者雇用サポートセンター(以下「サポートセンター」という。)は、平成19年5月に、全国初の障害者雇用の企業支援に特化して設立された埼玉県独自の組織であり、平成26年で8年目を迎えている。 設置主体は埼玉県産業労働部就業支援課であり、民間企業の障害者雇用を推進するため、障害者に適した仕事の創出方法、雇用管理や各種援助制度などに関する提案や助言を行い、円滑に障害者雇用が出来るように支援することを目的としている(事業所:さいたま市浦和区)。 スタッフは、企業出身者を中心に、現在センター長を含めて19名が従事しており、企業の障害者雇用や支援等に携わった経験と高い専門性を活かした活動を展開している。 事業は、4つの柱で展開しており、内容は、①「雇用の場の創出事業」、②「就労のコーディネート事業」、③「企業ネットワークの構築と運営」、④企業・就労支援機関・障害者等からの「相談事業」である。 ①については、障害者雇用についての専門的な提案や助言を行い、円滑に雇用が出来るように支援、また、②については、各地域の就労支援センター等に登録している障害者が就労に結びつくように支援機関や障害者への側面的支援を行っている。 ③については、障害者雇用に理解のある企業ネットワークの推進と拡大をねらいとして、企業等を対象とした障害者雇用サポートセミナーや埼玉県を5地域に分けた地域別障害者雇用企業情報交換会の開催、企業見学のコーディネート等を行っている。 また、企業ニーズを受けて、埼玉県内における特例子会社連絡会の開催や企業内での研修会による勉強会等の支援も行っている。 平成23年度からは、特例子会社を対象に障害者雇用に関する研究会を開催している。 年2回開催の障害者雇用サポートセミナー 地域別障害者雇用企業見学会及び情報交換会 年2回開催の特例子会社連絡会 平成23年度から開催の特例子会社を中心とした障害者雇用に関する研究会 2 研究会の概要と目的 埼玉県に本社を構える特例子会社は、平成26年9月現在、20社あり、社数としては全国順位4位までに拡大してきている。 サポートセンターでは、年2回の特例子会社連絡会と共に特例子会社を対象とした研究会を開催しており、各企業が現在抱えている問題や、今後予想される課題と対応について情報の共有化と次世代のスタッフ育成等を行っている。 過年度の取組状況は、平成23年度は、「障害者雇用における加齢現象と事業所の対応」、平成24年度は、「発達障害者の雇用管理について」、平成25年度は、「SST研修を活用した人材育成」を各テーマに取り上げて実施してきている。 平成26年度は、平成25年の障害者雇用促進法の一部改正に伴い、平成30年度より精神障害者の雇用の義務化が決定したこともあり、アンケート結果では精神障害者雇用への関心度が高く、「精神障害者の雇用促進における課題と対応」というテーマで実施することとした。 また、この研究会の活動状況やサポートセンターの新規業務及び先進企業の取組事例の発表を通して実践報告とすることとした。 参加企業18社の事前アンケート(平成26年4月現在)では、精神障害者の雇用企業数は、11社と全体の約6割であった。しかしながら、0人企業に1人企業を加えると6割強もあり、雇用促進の視点では、これからという状況にある。これは特例子会社が身体及び知的障害者を中心として運営してきた背景や親会社の方針・施策との関係によるものもあると思われる(表1)。 また、雇用障害者数は合計で704名、障害種別構成比では、身体が68%、知的が23%、精神障害者は63名で9%の状況であり、雇用数でもこれからの課題とみることが出来る(表2)。 また、参加者に対して、精神障害者雇用を推進していく上で、採用から職場定着に至るまでの項目やリワーク対応及びメンタルヘルス対策等の項目を含めて、合計で13項目を提示し、不安や課題の難易度アンケートを実施したところ、表3に表記した順位で難易度の高さを感じていることが参考として挙げられる。 表1 参加企業の精神障害者雇用状況 表2 参加企業の障害者の障害種別状況 表3 アンケートによる不安や課題の難易度順位 3 研究会の進め方 研究会の進め方は、サポートセンターが事務局となり、精神障害の知識面については、専門分野の講師を招き基礎知識の理解を図ると共に、各社で現在抱えている問題や課題を持ち寄り、対応の在り方について、講師からのアドバイス等を通して、情報の共有化を図ることとした。また先進企業の取組事例について学ぶことで、今後各企業が推進していくうえでの参考とした。 あわせて、サポートセンターにおける平成26年度の新規事業である、「精神障害者就業促進業務」について、概要と進捗状況を研究会で説明し、支援体制の実践報告とした。 開催数は5回、平成26年6月から10月の期間、表記スケジュールで実施した(表4)。 参加企業は、埼玉県内の特例子会社中心に合計で18社となり、参加者も38名の参加となった(表5)。 第1回及び第2回の基礎知識の理解については、障害者職業総合センターの事業支援部門主任研究員の野中由彦氏に講師を依頼し、講義と討議におけるアドバイスを依頼した。 表4 研究会における各回の討議テーマ 表5 研究会に参加した特例子会社と参加者名 4 知識面の理解と先進企業の取組事例 第1回では、精神障害者雇用の基礎知識として、雇用制度と雇用・就業状況、また精神障害者の特性及び精神障害者の理解の仕方や就労支援に必要な視点、初めての雇用における留意点を学んだ。 また、第2回では、雇用管理上の課題と対応として、コミュニケーションの取り方、雇用管理の指針やノウハウ、接し方等について学ぶと共に、参加各社の中で、現在雇用管理上、苦慮している事例や対応の在り方についての課題等を発表していただき、野中由彦氏の専門的アドバイスを通して対応のヒントとした。 第3回と第4回については、県内外を含めて先進的に取り組んでいる2社から報告をいただき各社の今後の取り組みの参考にすることとした。 埼玉県については、MCSハートフル㈱の今野雅彦氏及び水井出裕司氏、千葉裕明氏に、他県では、東京都の大東コーポレートサービス㈱の村田洋司氏及び田中淳子氏に依頼した。 (1)MCSハートフル㈱の取り組み MCSハートフル㈱は、メディカルケアサービス㈱の特例子会社で、平成22年に設立。主な事業内容は、①事務系業務、②清掃業務、③厨房補助業務、④印刷業務、⑤広告宣伝等で、上尾・岐阜・川崎の3事業所で運営している。 平成26年8月現在で、合計従業員数は85名、内障害者数は54名(内訳:身体障害者6名、知的障害者40名、精神障害者8名)が在籍している。 同社は、平成26年度、厚生労働省が行っている「精神障害者等雇用促進モデル事業」に参加しており、従来からの雇用と合わせて現在進めている取り組みについて発表していただいた。具体的には、会社設立の背景から現在までの運営状況と、雇用推進及び定着支援チームの編成による仕事の切り出しから採用までの対応、職場定着支援に至るまで、改善方法について説明していただいた。 (2)大東コーポレートサービス㈱の取り組み 大東コーポレートサービス㈱は、大東建託㈱の特例子会社で、平成17年に設立。主な事業内容は、①親会社からの事務作業等の受託業務、機密文書の処理、社内メール・郵便宅配小荷物の受渡、名刺製作、書類のスキャニング・データベースの作成、ペーパークラフト製作他、②お客様向け冊子の印刷・製本・発送、③オフセット印刷、シルクスクリーン印刷等を品川本社・北九州・浦安の3事業所で運営している。 平成26年8月現在で、合計従業員数は101名、内障害者数は63名(内訳:身体障害者19名、知的障害者32名、精神障害者12名)が在籍している。 同社は、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構主催の平成21年度「精神障害者のための職場改善好事例」で優秀賞を受賞している企業である。障害特性に応じたきめ細かな支援により安定した就労環境を構築しており、その後の状況を含めた取り組みについて発表していただいた。 5 サポートセンターの取組事例 (1)埼玉県における障害者雇用の現状 埼玉県における障害者雇用推進のキーワードは、中小企業への支援強化と精神障害者雇用の促進を挙げることができる。 特に精神障害者雇用に関連する資料として、表6の埼玉県の「平成25年度の障害者職業紹介状況」では、精神障害者の紹介件数が、身体障害者の件数を抜いており、前年比も124%と2桁増の伸長を見せている。しかしながら、表7の「平成25年6月1日付け障害者雇用状況」では、精神障害者の雇用数は662人と身体障害者の1割程度であり、全体に占める構成比でも6%と低く、これから促進していくべき課題を抱えているといえる。 また、表8の「ハローワークにおける精神障害者の実態調査」では、3ヶ月以内に約35%が離職しており、採用後の職場定着も同様に課題となっている。 平成27年4月から、障害者納付金制度のおける対象企業が、企業規模100人超へ拡大されることとなっており、中小企業への支援の強化が求められているが、職域開発による業務の切り出しや、精神障害者の職業準備性の見極め及び職場定着支援等は、後押しのきっかけ作りとなると考える。 表6 平成25年度障害者職業紹介状況 表7 平成25年6月1日付け障害者雇用状況 表8 ハローワークにおける精神障害者の実態調査 (2)平成26年度の新規事業概要と進捗状況 サポートセンターでは、企業における障害者雇用の支援と障害者の離職防止の取組を進め、障害者の雇用機会拡大と職場定着を図ることを目的とし、埼玉県の独自組織や社会資源をサポートセンター運営を核に、有機的に連携することで、企業支援を加速、「埼玉モデル」を構築・推進していくことを目指している。 特に平成26年度は、課題対応として「精神障害者就業促進業務」を新規事業として立上げ、精神障害者雇用アドバイザー及び精神保健福祉士を配置、2チーム(計5名)による支援で、企業の理解を進めると共に、障害者本人に対しても働くことの実感と職業選びの支援を進めることとした。 進め方としては、サポートセンタースタッフによる日々の企業支援の中で、精神障害者雇用に関する案件が発生した場合、連携して、精神障害者雇用アドバイザーと精神保健福祉士のペアによるチーム支援を展開しており、具体的には、採用に向けた準備、実習、企業と障害者とのマッチング、採用・継続雇用に向けた支援等、どの段階からでも対応していく形で運営している。 支援事例としては、①新規案件としての実習や採用に向けての支援、②受入れ時の研修会による職場の理解促進、③既に雇用されている障害者も含めた職場定着支援、④Eメールによる障害者本人からの相談等が挙げられるが、企業が抱えている不安や悩みに対して一つひとつの事例を積み上げ、「埼玉モデル」として好事例を発信していきたい。 6 おわりに 精神障害者の雇用は、まだ緒についたばかりで、促進のためには、企業の担当者における基礎知識の理解と共に実践が求められていると考える。また、障害者差別禁止条約の批准や障害者差別解消法、精神障害者の義務化等の法律の動向を踏まえた対応も今から進めていくことが急務である。 参加企業を代表して、MCSハートフル㈱の先進事例について、今野雅彦氏に「精神障害者の雇用促進の課題と対応」取り組みⅡとして、業務上の工夫や、配慮への取り組みについて具体的に本発表会で発表することとした。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:調査研究報告書№95「精神障害者の雇用促進のための就業状況等に関する調査研究」、p.38、(2010) 【備考】 1)本資料では、障害者の「害」は、法律用語に準じて「害」の字で表記。 「精神障害者雇用の推進における課題と対応」 取り組みⅡ ○今野 雅彦(MCSハートフル株式会社 代表取締役社長) 水井手 裕司・岡田 祐子・千葉 裕明・石川 幸一(MCSハートフル株式会社) 笹川 俊雄(埼玉県障害者雇用サポートセンター) 1 MCSハートフル株式会社の概要 (1)設立の経緯 ① 親会社(メディカル・ケア・サービス)のこと イ 概要 設立:平成11年11月、資本金:1億円、本社:さいたま市大宮区大成町2-212-3、社員数:5,000名(子会社含む、内障害者15名)、事業所数:グループホーム222棟、有料老人ホーム8棟、小規模多機能型居宅介護9棟、デイサービスセンター1棟、都市型軽費老人ホーム1棟、訪問介護事業所8事業所、居宅介護支援事業所5事業所、等(以上、子会社含む:27都道府県) ロ グループ企業 MCS:2,300名、MCS北海道:160名、MCS東北:110名、MCS新潟:120名、MCS東海:570名、MCS関西:190名、MCS三重:130名、グリーンフード:330名、その他5社で320名。現在、MCSのほか、東海、グリーンフード、北海道、関西とハートフルの6社にて、関係会社特例を適用しており、来年4月に、東北、新潟、三重を加える予定。 ハ MCSグループの障害者雇用 グループホーム数の増加に伴う社員数増加に障害者雇用が追いつかず、2005年から始まったMCSの障害者雇用率は1%に満たない状態が続いていたが、MCSハートフルを設立することにより、障害者雇用率は劇的に改善した。平成26年8月1日現在、関係会社特例の関係会社に15名、MCSハートフルに54名、計69名(102P)の障害者が在籍しており、雇用率は2.78%を維持している。 ② MCSハートフルの取り組み イ 概要 設立:平成22年9月1日、創業:平成22年10月1日、特例認定:平成22年10月12日、資本金:1,500万円(MCS100%)、本社:さいたま市大宮区大成町2-212-3、社員数:82名(内障害者54名:身体6名、知的40名、精神8名:26年8月1日現在) ロ 創業時の雇用人員 創業時は身体障害者4名、知的障害者5名、精神障害者3名の12名でスタート。業務は本社管理部門から、名刺印刷、IDカードの作成、PCセットアップやヘルプデスク等を切り出し、本社・運営部門からは、グループホームの清掃や営業チラシの作成、入居促進ツールなどの作成業務等を切り出した。 その中で、グループホームの清掃は主に知的障害者、印刷、PC関係は身体障害者と精神障害者のメンバーの担当とした。身体障害者(内部障害)の1名は印刷・PCチームの指導員として、精神障害者(うつ)の1名は清掃チームの指導員として従事してもらうこととした。 ハ 精神障害者雇用の経緯 当初、地元の就労支援センターには、名簿打ち込みなどの作業を想定して、精神障害者の紹介を依頼していたが、その仕事はなかなか立ち上がらず、そのため、要員の2名はやむを得ずIDカードの作成(統合失調症)やPCセットアップ、ヘルプデスク(てんかん)を担当させた。しかし、当初想定していた仕事と違うことから、不安と不満がたまり、パフォーマンスが落ち込み、電話応対はしないことにするなど、就労支援センターと協議のうえ、業務の見直しを再三にわたり行うなどして、定着を図った。 ニ 配置転換 精神障害2級で、てんかんの社員は、PCグループのヘルプデスクのうち、主に受付業務を行っていたが、次第にパフォーマンスの低下がみられた。支援センターと相談している中で、改めて検査の結果、軽度の知的障害がある事が判明した。本人、家族とも相談のうえ、清掃グループへの異動を行ったところ、見事に適応し、現在は清掃グループ特定施設チームの一員として、特定有料老人ホームの清掃を担当している。 ホ 業務拡大と雇用拡大 親会社グループが運営するグループホームが増加するのに伴い、当社の業務量も増加の一途をたどり、同時に人員も増加することになる。特に、印刷関係とPCのセットアップ等については、国立障害者リハビリテーションセンター等を通じて、身体障害者と精神障害者を増員した。その中で、自然と身体障害者がリーダー的存在となり、精神障害者がサブ的な立場に収斂されていく傾向が見られた。 ヘ 精神保健福祉士の採用 会社設立から1年半が経過したころに、清掃グループの指導員をしていた精神保健福祉士の資格を持つ指導員(精神障害者:うつ)を印刷、PCグループに異動し、精神障害者社員のケアにあたらせた。しかし、本人も当事者であり、出勤も月の半分程度となかなか安定しないことから、新たに男性の精神保健福祉士を採用した。この者は、SST(ソーシャル・スキルズ・トレーニング)の認定講師の有資格者であり、その後の業務に役立てている。 ト モデル事業の受託 精神障害者の雇用継続や採用拡大に対する新たな局面を迎えていた平成24年2月下旬、埼玉労働局から精神障害者等雇用促進モデル事業の公募があるとの知らせを受けて、これまでの問題点を整理し、今後取り組むべき課題を列挙した申請書を提出したところ、幸いにも受託することとなった。新たに採用した精神保健福祉士は臨床心理士の試験にも合格したため、これを十分活用する仕組みを作り、産業医を精神科医にするなどの工夫も試みた。また、平成21年度から22年度にかけて実施されたモデル事業参加企業への訪問を重ね、当社の目指す方向性を確認、修正する中で、雇用推進チームと定着支援チームを設けて、精神障害者の新たな雇用と定着に取り組むこととした。 2 精神障害者雇用に対する仕事の切り出しから採用まで (1)雇用推進チームの役割について 当社では、精神障害者が安定して長く働くために、雇用推進チームと定着支援チームの2チームでサポートを分担することとした。具体的には、採用から安定就労までを「①仕事」、「②準備」、「③募集」、「④実習」、「⑤採用」、「⑥安定就労」の6ステップに分けた。そして、①〜③までを雇用推進チームが、④、⑤を両チームが、⑥を定着支援チームが担当することとした。 雇用推進チームの担当する各ステップにおいては、職域開発、業務の明確化、必要とするスキルの洗い出し、就労支援機関への依頼、および業務アセスメントを実施している。 ① 仕事 イ 精神障害者の業務 当社では、精神障害者はPCグループ、印刷グループ、総務グループに所属し、親会社からの依頼業務の内、パソコンのセットアップやヘルプデスク、名刺作成など、パソコンを使用した仕事を担当している。また、原則的に親会社からの依頼に合わせて、人員を補充している。 ロ 職域の開発について 既存の業務で人員が充足しているため、2014年4月からのモデル事業受託に伴い、新たな職域を開発することとした。 当該モデル事業における職域開発は、精神障害者が所属していない清掃グループ(図1)を対象とし、「①定期的にある」、「②量が一定」、「③単純化できる」、「④判断が必要ない」、「⑤納期が長い」、「⑥気分転換になる単純作業を間に入れる」という点をポイントとし、業務の切り出しを行った。切り出したい業務が、上記ポイントに沿わない場合でも、指導者のサポートで、ポイントに近付けることができれば、担当業務として捉えることができる。 図1 上尾事務所内組織図 ② 準備 イ 業務を行いやすくするための工夫 業務を分割・単純化することによって、判断業務から解放し、フォーマットの見直し・マニュアルの整備によって、業務の「見える化」を進めた。 ③ 募集 イ 採用に向けた求人・紹介元 当社では、就労支援機関からの紹介を通じて採用を行っている。就労支援機関から採用を行う理由は2点ある。1点目は、症状が安定し、生活リズムが整っており、就労後も長く勤務可能かどうかを予め判断したうえで、当社の業務との適性を考慮してもらえるとの信頼感からである。2点目は、採用後の定着のために家庭や医療との連携を分担してもらうことを期待するからである。 モデル事業に合わせて、約10ヶ所の機関に紹介を求めたところ、紹介数は合計3名であり、そのうち採用に至ったのは1名であった。したがって、当社への紹介数をさらに増やすため、今後は紹介元となる資源をさらに開拓する必要がある。 ロ 依頼するポイント 紹介された求職者と業務内容とがうまくマッチできるよう、就労支援機関へは、マニュアルを見せながら、具体的に業務内容の説明を行う。ただし、求める人材については、支援機関が紹介しやすいように、最重要ポイント1点のみを伝える。 ④ 実習 イ 実習中に確認を行うポイント 実習は、1日あたり6時間の約10日間行う。 実習中は、「①仕事を行いたいと思っている」、「②今の自分の仕事のペースをわかっている」、「③会社の雰囲気に合う」、「④予定している仕事を問題なくできる」というポイントを確認する。 確認する項目を数値化し、一定の基準を明確化できるよう、さらに検討を行う必要がある。 ロ 実習の意義 実習は、支援センターから紹介された精神障害者が、当社で長く働くことができるのかを確認する場である。また、「切り出した業務」や「受け入れ準備」の課題点を見つけることもできる。見つかった課題点を一つひとつクリアすることにより、安定就労に向け、よりよい業務を提供することができると考えられる。 3 定着支援 (1)問題と目的 精神障害者の継続就労に関しては、雇用1年以内の離職率が高いことが知られている1)。また、職場定着に影響をおよぼす要因は定着期間によって異なり、定着期間が長くなるにしたがい、持続的で個別的な支援が重要性を増すことが示唆されている2)。これらのことから、精神障害者の個別性に基づく状態像の理解は、定着支援において中核的な課題のひとつであると考えられる。 そこで、当社における精神障害者社員(以下「当事者」という。)の職場定着を促進するために、当事者の個別性を理解するアセスメント方略を検討することを目的とした。 (2)方法 ①アセスメント次元の再定義 当事者の就労可能性をアセスメントするためのツールとして、「職業準備性チェックリスト」が開発されている3)。当リストは3次元11領域から構成されている。当リストを定着支援に援用するために、当リストの3次元のうち、疾患管理行動をはじめとした個人の健康維持関連行動を含めた「基本的職業生活」次元を、「健康」次元と再定義した。また、作業能力やコミュニケーション能力など、業務関連行動を含む残りの2次元は、「業務」次元と再定義した。この2次元を直交させたモデル図(図2)によって、当社の当事者においては、「健康」次元が職場定着に影響すると考えられた。したがって当該次元のアセスメントが、当事者の定着支援においては特に重要になることが想定された。 図2 2次元アセスメントに基づく当事者の状態像分類のモデル図 ②アセスメント対象者 既雇用の5名、および2014年度精神障害者等雇用促進モデル事業受託期間(2014年4月〜2015年3月)に新規雇用した1名の合計6名とした。 ③アセスメント担当者 「健康」次元は、精神保健福祉士および臨床心理士資格を有する当社の定着支援チーム社員が担当した。また、「業務」次元は、当社の雇用推進チーム社員が担当した。 ④「健康」次元のアセスメント手続き 新規雇用者に対しては、入社後1週間以内に開始した。睡眠や食事といった生活習慣関連項目、および処方薬変更や服薬実績といった疾患関連項目を含んだ記録用紙(図3)を作成し、当事者に記録してもらうよう依頼した。この記録を用いて、担当者との定期的な振り返りが行われた。 図3 「健康」次元のアセスメント記録用紙(例) また、「体調不良」といった、あいまいな表現で気分や身体の不調を訴える一方、標的症状そのものは明確にならない当事者に対しては、身体症状や生活習慣関連の項目を含んだうつ症状自己評価質問紙3)を継続的に用いた。当該質問紙の各項目の変化に基づき、不調時に変化の見られる症状を担当者と協働して絞り込んでいった。 (3)結果 ①記録用紙を用いたアセスメントと振り返り 「業務」次元の勤怠実績を結果変数に用いて、記録用紙の各項目を個別に振り返った。その結果、当事者によって勤怠実績と関連のある項目が異なることが示された。また、勤怠実績に影響をおよぼす精神症状の増悪は、当該記録用紙の項目における変化とは必ずしも関連が見られない当事者が認められた。 ②うつ症状自己評価質問紙を用いたアセスメントと振り返り 各項目の継時的変化を共有することによって、「体調不良」という言葉が表現している症状に対する言語化が促進された。その一方、主観的な不調が勤怠実績に影響をおよぼす時にも、変化のない項目のあることが明らかとなった。 (4)考察 職場定着に大きな影響をおよぼすと想定される「健康」次元をアセスメントするために記録用紙を作成し、勤怠実績と対応させながら定期的に振り返ったところ、当事者のセルフ・モニタリング機能によってその有用性が異なることが示唆された。すなわち、勤怠実績が安定している者に対しては、安定状態を維持するための要因を確認するために有用であると考えられた。その一方、勤怠実績が不安定な者に対しては、当該次元のアセスメントに有用な標的項目を当事者の生活全般からさらに模索するとともに、低下したモニタリング機能を支援する必要のあることが示唆された。 (5)今後の課題 勤務実績の不安定な当事者の定着支援において、勤怠実績に影響をおよぼす要因をアセスメントするためには、余暇の過ごし方といった、勤務時間帯以外の時間の過ごし方や、処方薬の変更といった、治療状況の共有が必要となる。そのため、紹介元の就労支援機関や、受診先の医療機関との間において、何をどのように連携するかを明確化し、情報の共有化を促進する必要があると考えられる。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:「精神障害者の雇用促進のための就業状況等に関する調査研究」調査研究報告書№95(2010) 2)障害者職業総合センター:「精神障害者の職場定着及び支援の状況に関する研修」調査研究報告書№117(2014) 3)Beck, A.T., Steer, R.A., and Brown, G.K.(小嶋雅代・古川壽亮(訳)):「Beck Depression Inventory-Second Edition 日本語版BDI-II−ベック抑うつ質問票−」日本文化科学社(2003) 先ず生活より始めよ! ○落合 光一(知的障害者総合福祉施設 向陽の里 通所係長) 弓削 加緒里・甲斐 千温(知的障害者総合福祉施設 向陽の里) 1 はじめに 向陽の里は昭和47年に知的障害者の入所施設としてスタートした。平成5年以降、年次的に地域生活を推進し、現在宮崎市、東諸県郡圏域で総数33箇所のグループホーム(以下「GH」という。)を有している。 通所部門においては、平成19年より就労移行支援事業を開所し、現在は、就労移行支援事業(定員10名)、就労継続支援B型事業(定員30名)、生活介護事業(定員50名)の多機能型で事業展開を行っている。当事業所の利用者の約90%は、GHでの生活者となっている。 当事業所においては、在宅の広汎性発達障がい者を対象に、平成21年度より「発達障がい者就労・生活支援モデル事業」を受託し、就労支援を行ってきた。この事業を通して就労に結び付いたケースはなく、仕事に対するスキルが高まり、実習場面でも高い評価を受けながら就労の機会を逃す方もいた。 その主な理由として、利用者の殆どが生活場面において何らかの躓きがあり、家族(親戚)に集中して依存している生活形態にあった。 その為、就労支援を行う前段の生活支援に重きを置かざるを得ない利用者も多く見られた。実際、生活場面において利用者の家族への依存が大きく、家族の負担が増す傾向にあった。利用者の中には自己判断ができず家族の判断を委ねる方もおり、精神的な自立が課題となることもあった。 この事業を通して、関係機関の協力を得ながら支援を行ってきたが、生活という土台が脆弱である為、その上に就労を積み上げることの困難さが感じられた。 このような結果を踏まえ、就労支援が安定した生活環境の上に成り立つものであるとし、生活リズム・生活習慣を確立することを目的とした生活支援プログラムを居住環境と併せて整え、就労支援プログラムと一体的に提供されることに取り組んだ。 今回の報告においては、「就労支援と生活支援の一体的な取り組み」を意識した支援を展開し、就労に結び付いた事例を報告したい。 2 対象者プロフィール (本人の状態像) 養護学校時代は文字の複写や計算機遊びを好み、間々エコラリアが見られる。友人との交流も少なく、切手集めなどをして一人でいる時間が多かった。 卒業後は当施設の授産施設へ入所したが、作業を好まず、数々の作業班へ異動する状況があった。入所施設内の役割当番は確実に行うが、共同よりも1人で行うことを好む。 コミュニケーションについては、自分から積極的に行うことは少なく、自分の考えを整理し、言語変換するまでに時間を要し、会話に対し苦手さが見られる。 初めての場所や初対面の人と接する時は緊張が強く、ロッキングが見られる。緊張の度合いにより、ロッキングも強くなる傾向にある。 H25年6月よりGHへ地域移行を希望され、入所施設において地域生活が可能であるとの判断を受け、GHへ居住の場所を移行され、日中活動においては、就労移行支援事業を利用されることとなる。 3 就労移行支援利用状況 (1)利用開始期(H25年6月から8月) 就労移行支援事業の利用開始時は、施設入所と異なる生活リズムを体験することもあり、就労支援事業所に慣れることを目標に支援をおこなう。 しかし、生活環境の変化や日中活動の場所が変化したことのストレスにより、利用開始1週間経過したところで、興奮した様子や集中力に欠ける場面が見られた。 施設入所からの引き継ぎの中ではスケジュール等の活用はしていなかったとのことであったが、本人との面談の中でスケジュールを強く希望され、落ち着かない様子が見られた。その為、当事業所と当施設内の専門療育チームにて臨時のケース会議を開催し、スケジュールの導入を図ることとなる。 当施設内の専門療育チームの協力を受け、日中活動場面でのスケジュールを作成し、支援を行っていった。また、本人への日課だけでなく、作業訓練毎の手順書を準備し、訓練導入時の支援に取り入れていった。 スケジュール導入後は落ち着きを取り戻され、集中力や持続力ともに向上が認められた。その間にアセスメントを通して、臨時のケース会を開催し、支援内容の確認や修正を行っていった。 (2)利用期(H25年9月からH26年3月) 利用開始3カ月を経過したところで、本人も新しい環境に慣れてきたこともあり、心理的余裕からスケジュールの使用については必要ないと本人より申し出がある。本人との面談において、今後も必要であることを伝えたが、本人からの強い申し出により、最終的には作業訓練の手順書のみ残すこととなる。 また、本人との面談で機械工場や野菜工場で働きたいとの希望もあり、通常の就労支援に加え、就労継続支援B型事業の野菜収穫と出荷調整や生活介護の委託作業(自動車部品の組み立て、カット野菜の皮むき)などを作業体験として組み入れた。 平成26年3月に就業・生活支援センターより法定雇用率未達成事業所(スーパー)の求人情報を得る。本人への就労への意思確認を行ったところ、本人より強い就労希望があり、申込みをおこなうこととなる。 4 就労までの経過(就労支援) (1)面接 平成26年4月に事業所との面接となる。この実習は職務試行法に則って行われたため、面接には労働局、障害者職業センターも同席される。 事業所内を見学し、精肉部門・惣菜部門・青果部門を見学した。当事業所での野菜の出荷調整の体験もあったことから青果部門を希望される。 本人の面接状況としては、挨拶はできたもののロッキングを終始しており、かなり緊張している様子が窺えた。 (2)職業準備訓練 本人の希望で青果部門での雇用を希望されたことにより、当事業所においてもバックシーラー等の器具を使用して訓練を継続していたが、使用状況確認を含め、障害者職業センターの職業準備訓練の受講を依頼する。 訓練に参加した際に本人の身だしなみについて職業センターから「服のにおい」について指摘があり、当事業所とGH担当サビ管と話し合いの場を設け、生活面での確認と支援についてお願いをする。この話し合いで、就労移行支援員による就労支援だけでなく、GH担当サビ管による生活面での支援をおこない、定期的な情報交換をすることとなる。 また、実習までの間は作業スキルを高めるため、就労継続支援B型事業でのシーラーやバックシーラーなどを使用し、野菜出荷調整を集中的に行う。 (3)実習 実習初日、土曜日については、当事業所の職員が終日支援につき、就労支援と実習先事業所への本人の状態像について通訳にあたる。 本人の作業スキルに関しては問題が少なく、修正も容易であった。しかし、勤務時間や通勤時間により昼食時間が遅れるため休憩時間を設け、軽食を取るようにしていたが、休憩の場所や過ごし方での支援を要し、本人も休憩が負担になっており雇用上問題はなかったことから休憩時間を取りやめる。実習先の事業所はナチュラルサポートができており、作業中に水分補給などへの配慮をおこなうことで了解を得た。実習やケア実施の際は、担当ジョブコーチへ連絡を入れ、情報の共有に努めた。 (4)就労 実習終了後、再び就労継続支援B型事業において野菜の出荷調整でのトレーニングを重ね、雇用決定の連絡を待った。 雇用決定の後、当事業所においても定着支援をおこなうことから、職業センターとの連携をさらに深めることとした。 5 就労に係る生活支援 就労支援においては職務試行法に則って実施し、職業センターや就業・生活支援センターとの連携のもと支援をおこなってきた。就労に関する部分においては、支援機関の協力や就職先事業所のナチュラルサポートにより、躓くことなく就労に向けた取り組みを行っていった。 しかし、職業準備訓練や実習の際に生活面での課題が生じ、就労支援をおこなう一方で、GH担当サビ管と連携した生活支援をおこなう必要が生じた。 本人は、施設入所時は日課が明確である為、日課に沿って生活をされていた。実際引き継ぎにおいても、本人のスキル的にも問題はなく感じられた。 しかし、職業準備訓練の際の職業センターからの指摘により、本人への聞き取りをおこなう中で、 GH生活となったことによる微妙な変化が行動を妨げていることが分かった。 例えば、施設入所時は洗濯機の台数も多く、空いている所を使えばよかったが、GHは1台共同で使用するため洗濯のタイミングが分からず、溜めこんでしまっている状況があった。 その為、日中活動同様に当施設内の専門療育チームの協力を依頼し、生活面での構造化を図り、就労支援担当者と生活支援担当者、専門療育支援担当者でケース会議を重ね、本人の就労を目指し、連携して支援を行っていった。 (1)GH生活場面の確認 日常生活におけるスキルと状況について、就労支援員とGH担当サビ管にて再度アセスメントを実施し、本人の躓きの把握をおこなう。同時に生活面におけるスケジュールを作成し、生活面での支援をおこなう。 アセスメントから導き出された課題については、臨時のケース会議にて整理し、ナビゲーションブックやGH世話人に対する支援の手引書としてファイリングする。 当施設では生活支援に際し、実際の支援者が世話人となることから、世話人に対する学習会を定期的に開催しており、GH担当サビ管により本人の支援を含めて個別的に支援内容確認及び伝達をおこなう。 (2)就労支援時の課題 実習に際し、公共交通機関利用と自転車での通勤を考えていたが、事前の通勤支援の際に施設入所時に自転車に乗る機会がなかったことから公道での利用に恐怖を感じ、自転車通勤を徒歩に変更する必要性が生じる。 また、緊急時の連絡として、携帯電話使用を考えていたが、施設入所時に本人が所持したことがないこと、電話使用の機会が少なかったことにより、電話の使用やマナーを獲得する機会が少なかったことで家族を含めた関係者が携帯電話を所持させることに不安を抱いている状況にあった。 そこで当事業所としては、通勤途上の安全面や本人の安心感への配慮から「おたすけカード」を作製して通勤途上にあるセブンイレブンに協力依頼をおこなうとともに、将来的な携帯電話所持を目的に実習中および定着支援期間の毎日の報告を電話で受けることとし、電話でのやり取りの練習や仕事上の悩み相談の機会とした。 6 今後の課題と方向性について 現在は就職できたことが嬉しく、日々真面目に通勤している。初めての給料に際しGHサビ管へ本人の欲しい物を買わせて欲しいと依頼していたが、野球の雑誌を買っただけで、残りは貯金に回したとのことであった。 休日の過ごし方については本人からの聞き取りが主であり、部屋で過ごしていることが多く、外出もしたい話が聞かれるが、何ができるか分からないといった様子であった。現在、GH担当サビ管との連携により、休日の過ごし方について整理をおこなっており、地域の社会資源を活用した余暇支援マップに繋がるように一つひとつ情報提供と支援をおこなっている。 また、勤務時間の関係から昼食時間が帰宅後の14:00以降となっている為、職場に近いGHへの転居を考えている。本人の障害特性に配慮し、休日にGH見学をおこない同居人との面談や生活環境の確認をおこなっており、転居先の通勤手段や本人のナビゲーションブック、GH世話人に対する支援の手引書を転居先のGHに合わせて準備を進めている。 今後は長期に亘って仕事に定着するための支援として、発達障害を有していることを踏まえ、その障害特性を理解し、生活面での構造化を図ることにより、より充実した生活環境を整え、安定した就労環境を提供できるように支援していきたいと考える。 7 まとめ 今回のケースは、生活の場面がGHであった為に生活面での課題がスムーズに解決に向かった事例であった。このことについては、「発達障がい者就労・生活支援モデル事業」の在宅の利用者とは明らかに違い、取り組みやすい環境であったといえる。 安定した就労生活を目指すには何より生活基盤がきちんとしていなければならない。生活基盤を組み立てることはとても重要で、「生活支援」がうまく機能していない人の場合、いくら日中支援の事業所として頑張って支援しても利用者に良い効果は期待できないと思われる。今回就職した利用者は、グループホーム利用者であったので生活面のサポートを行っている地域支援係と共同で支援にあたった。しかし、対象となる方が在宅の方であるなら相談支援事業所や、サポートセンターなどとも協力していかなければならない。その為に地域のネットワークを構築することも重要である。日中、生活の両面から適切な支援を受けることにより本当の意味での地域生活が送れるのではないだろうか。働くための支援だけでなく、就労側だからこそ見える生活面の課題を整理し、生活支援担当に協力を求めていくことも重要な活動として利用者支援にあたっていきたいと思う。 最後に今回の就労支援において多大なるご協力を頂いた障害者職業センターをはじめとする関係機関の皆様に厚くお礼を申し上げる。 【連絡先】 落合 光一 宮崎県社会福祉事業団 知的障害者総合福祉施設 向陽の里 福祉課 通所係 e-mail:somukouyou@m-sj.or.jp 発達障害者の非言語コミュニケーション・スキルに関する検討 〜感情識別に関する特性評価の意義〜 ○知名 青子(障害者職業総合センター 研究員) 向後 礼子(近畿大学) 武澤 友広・望月 葉子(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 日本経済団体連合会が企業の新卒採用活動を総括し、次年度に向けた課題を把握するために実施しているアンケート調査結果1)からは、企業が選考にあたって重視した点が明らかとなっている。調査結果の年次推移では、「コミュニケーション能力」が2013年時点で10年連続の1位となっており、他の項目を大きく引き離している。 発達障害のある若者が障害者雇用制度の対象でなく企業就職を目指す場合には、前述した若者一般と同様にコミュニケーション能力等が期待される雇用環境へ参入することとなる。 障害者職業総合センターにおけるこれまでの発達障害関係の研究からは、作業遂行と対人関係の問題に焦点をあて、発達障害者の職場定着の要因を明らかにしてきた。 具体的には、発達障害の特性から、作業遂行やコミュニケーション、対人態度等への対応が就労支援や雇用管理の課題として重視されていること、そして、発達障害者の障害特性が就労の実現や定着を左右する要因となっていること等である。また、障害者雇用による就労継続事例においては、企業が職場適応のための配慮を行い、障害特性に具体的に対応している事例がありつつも、雇用に至る過程や雇用後の適応・定着においては、支援が困難である現状が指摘されている。 こうした現状を踏まえると、支援の方策を検討するにあたっては、発達障害者の障害特性を十分に把握した上で、その特性に対する配慮を行うための環境整備や適応・定着支援を行うという視点が重要となる。 発達障害者の障害特性の一つである“コミュニケーションの障害”については、特に非言語コミュニケーション・スキルに着目した多くの先行研究において、検討が進められてきたところである。発達障害者のうち、知的障害者については、障害者職業総合センターによる「知的障害者の非言語的コミュニケーション・スキルに関する研究」(2000)3)において、F&T感情識別検査4感情版が開発され、非言語コミュニケーション・スキルの特性の評価について検討が行われている。しかしながら、知的障害のない発達障害者の非言語コミュニケーション・スキルの検討については研究の途上にある。 本稿は、知的障害のない発達障害者の障害特性を把握する上で重要な“非言語コミュニケーション・スキル”の特性に関連して、特に“表情識別”についての先行研究から得られた知見を概観することで、発達障害者の感情識別の特性を評価する意義について検討することを目的とする。 先行研究収集・整理にあたっては、円滑なコミュニケーションにおける課題について支援の必要性が大きいとされる「自閉症スペクトラム」に関する知見に注目してまとめた注1)。 注1)収集した先行研究においては、主たる調査対象についてアスペルガー症候群もしくは知的障害を伴わない自閉症(高機能自閉症)もしくは自閉症スペクトラム障害を診断された者等と記述されていた。このような対象者像は、概ね、わが国における発達障害者支援法が定める発達障害で「自閉症、アスペルガー症候群、その他特定不能の広汎性発達障害」とされる者のうち、知的障害を伴わない者と重なると考えられるが、ここでは自閉症圏の障害の一群として「自閉症スペクトラム」を用いることとする。 したがって、本稿では、円滑なコミュニケーションにおける課題について、支援の必要性が大きいとされる「自閉症スペクトラム」に関する知見に注目してまとめている。学習障害(LD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)については、障害特性に対応する知見が見出されていないものの、それぞれの中核的特性を背景としてコミュニケーションに課題を有する者の場合、同様の支援が必要となる者と位置づけて検討した。 なお、自閉症スペクトラム障害という診断名は、わが国ではアメリカ精神医学会の精神疾患の診断・統計マニュアル第5版(DSM-5)への改訂(2013)前後に注目されるようになってきているが、厳密にはその範囲が異なっている可能性がある。 また、非言語コミュニケーション・スキルについては「表情、音声、姿勢、身振りといった非言語情報から他者の感情を認知する技能」と定義し、その中でも、本稿では表情の非言語情報の活用に焦点をあてることとした。 2 発達障害者の表情からの感情認知の特性 「自閉症スペクトラム」のある者の認知特性を明らかにすることを目的とした研究のほとんどが、同年代の障害の診断のない、いわゆる定型発達者と呼ばれる者との比較を行っている。 表情からの認知の特性を明らかにする研究の場合、「喜び」や「怒り」などの感情を表出した表情写真もしくは動画を呈示し、表現された感情を回答させることが多い。これまでの研究成果から得られた「自閉症スペクトラム」のある者の表情からの感情識別の特徴を表1に示す。 定型発達者を対象とした表情認知に関する研究知見からは、「喜び」「悲しみ」「怒り」「嫌悪」「驚き」「恐怖」という6つの感情の中では「喜び」を最も早く認知できるようになること、最後に6歳頃には「嫌悪」を認知できるようになることが示されている(Widen,S.C., 2013)。自閉症スペクトラムにおいては、特に「恐怖」の認知が難しく、その認知の困難さは、脳の応答性の弱さと関連することが指摘されている(表1①、②)。 表1 表情からの感情識別に関する知見 ただし、扁桃体の活動水準は状況によって亢進し、定型発達者を上回る場合もあるという報告もある(表1③)。また、扁桃体の応答性の違いは「恐怖」に特有のものではなく、他の不快感情のついても認められるとする報告がある(表1④、⑤)しかし、読み取りの違いが定型発達者と自閉症スペクトラムでは見られないという結果(表1⑦)もあることから、あらゆる事態において表情からの感情識別に困難があるとは限らない。 3 知的障害者の非言語コミュニケーションに関する知見 表情からの感情識別に関連して、知的障害者を対象とした先行研究から知見を紹介する(表2)。 ここでは、知的障害者の表情識別に関する具体的な特徴について、見解の一致した項目について示す。 表2 知的障害児・者における表情識別の特徴 知的障害者では定型発達者と比較して、一般に表情から感情を識別することに困難があることが指摘されている。先に紹介した「自閉症スペクトラム」を対象とした先行研究の知見(表1)と比較すると、定型発達者と比較したときの感情識別力の低さや、感情の読み誤り等は、共通した特性であるといえるだろう。 こうした知見は、知的障害があるなしに関わらず、発達障害のある者において、例えば、同僚や上司が怒りや不快を表現している状況でも、言語的な叱責をうまく理解できず、かつ、表情等からの感情の読み取りにも失敗するならば、極端な場合「ほめられていると誤解する」、反対に「ほめられているにもかかわらず怒られていると否定的に捉える」、といったことが起こる可能性を示唆している。 4 F&T感情識別検査による知的障害者の特性 障害者職業総合センターによる「知的障害者の非言語的コミュニケーション・スキルに関する研究」(2000)3)からは、F&T感情識別検査を用いた知的障害者における「表情のみ」の正答数に関して、知的障害者と定型発達者の分布の一部は重なるものの、知的障害者の分布は正答数の低い方に偏っていることが明らかとなっている(図1)。また、表情識別に関する結論として、①「表情のみ」「音声+表情」の呈示条件の場合、「知的障害者においても、健常児・者においても、『喜び』の弁別成績が最もよい」こと、②知的障害者においては、「表情のみ」の正答率は「音声のみ」の正答率よりも有意に低いこと、③知的障害者では「喜び」と「怒り」、「喜び」と「嫌悪」の間みられる【快−不快】の混同が定型発達者と比較にして高率で認められたこと、④知的障害者では、いずれの呈示条件においても、「悲しみ」を「嫌悪」または「怒り」と混同する傾向が定型発達者と比較して高率で認められたこと、等が明らかとなっている。知的障害を伴わない発達障害者の特性評価の結果については、「F&T感情識別検査4感情版から明らかとなった発達障害者の特性−明確に表現された他者感情の読み取りの特徴−」(第21回職業リハビリテーション研究発表会,2014)で検討しているので、当該発表を参照されたい。 図1.「表情のみ」条件における知的障害者と定型発達者の正答数に関する分布 5 発達障害者の感情識別の評価の意義 言語を介することで問題が明確になりやすい言語コミュニケーション・スキルに比して、非言語コミュニケーション・スキルの課題は客観的に把握することが難しい。発達障害者の状態像が多様であることを踏まえると、非言語コミュニケーション・スキルに焦点をあてた特性の把握は、支援を適切なものとする上で必須となろう。障害者職業総合センターで開発したF&T感情識別検査は音声や表情からの感情の読み取りの特性を客観的に評価できるツールだが、表情のみならず音声からの条件を加えて感情識別の特性を把握することが、今後の重要な支援課題となるだろう。 【引用・参考文献】 1)日本経済団体連合会.新規採用(2013年3月卒業者)に関するアンケート調査結果の概要,2013 2)越川房子 知的障害者の職業指導を支援する評価システムの開発に関する研究 第6章1節「訓練プログラム作成のねらい」障害者職業総合センター調査研究報告書№14,89-93,1996 3)障害者職業総合センター調査研究報告書№39「知的障害者の非言語的コミュニケーション・スキルに関する研究」2000 4)障害者職業総合センター調査研究報告書№119「発達障害者のコミュニケーション・スキルの特性に関する研究」2014 発達障害のストレス・疲労のセルフモニタリングと対処について 〜発達障害者のワークシステム・サポートプログラムの事例より〜 ○古野 素子(障害者職業総合センター職業センター企画課 障害者職業カウンセラー) 中村 祐子・増澤 由美(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センターでは、地域における就労支援に役立てることを目的として、発達障害者のためのワークシステム・サポートプログラム(以下「WSSP」という。)の実施を通じ、発達障害者に対する就労支援技法の開発を行っている。平成25年度は、技法の一つである「リラクゼーション技能トレーニング」の標準化を行い、支援マニュアルを作成した1)。 発達障害の特徴に、ストレス・疲労による心身の状態の変化に自らでは気づきにくく、その対処が難しいという課題がみられる。 本稿では、WSSPで行っているリラクゼーション技能トレーニングの取り組み結果から、受講者の状況や傾向の分析を通じて、ストレス・疲労のセルフモニタリングを行うにあたってのポイントやそれを踏まえた効果的な対処について検討する。 2 方法 平成25年4月から平成26年3月の間にWSSPを受講した16名の支援事例について、共通点など受講者の傾向、また、リラクゼーション技能トレーニングにおいて活用するツール(ふりかえりシート、ストレス温度計等)の記載内容、個別相談の内容(ヒアリング結果等)に基づくストレス・疲労に関する傾向等の分析を行った。 3 対象事例の状況 対象とした16名についての共通点や傾向は図1の通りである。 ①二次障害(抑うつ状態等)で、継続通院している者が多い。 ・16名全員に通院歴があり、そのうち14名がうつ、双極性障害等の診断を受けている。(c、d) ②体調不良による休職、離職を経験している者が多い。 ・在職中の5名全員がうつ症状等の病歴があり、そのうち3名が休職中である。(f) ・求職中の11名のうち6名が職歴を有しているが、そのうち5名はうつ症状等による体調不良が原因で離職を経験している。(e、f) ・職歴を有する11名のうち5名が休職中(3名)、若しくは休職経験者(2名)である。(e、g) ③受講者16名のうち14名がWSSPの支援目標に「ストレス・疲労の対処、体調管理」を設定している。 以上のことから、WSSPの受講者は、ストレス・疲労の対処、体調管理に課題を有する者が多いことがわかる。 図1 平成25年度WSSP支援実施事例の属性 4 リラクゼーション技能トレーニングの概要 (1)概要・実施方法 リラクゼーション技能トレーニングは図2の4つのステップに沿って実施する。Step1では、ストレス・疲労についての関心を高め、基本的な知識の習得を通じて、ストレス・疲労のマネジメントの必要性の理解を促す。Step2では、発達障害者がストレス・疲労を生じやすい場面や状況、自らの特性を把握する「ストレス・疲労のサインを知るためのセルフモニタリング支援」、そして、自らのストレス・疲労のサインに応じた対処方法を活用するための「ストレス対処のスキル向上支援」を併せて行う。Step3では、Step2を通じて確認したストレス・疲労のサインと体験した各対処方法をふり返り、サインに応じた対処方法を検討する。Step4では、Step3で検討した内容を実際の場面で試し、個別に実用性や効果を検証する。これらを通じて、受講者がツールを活用しながらストレス・疲労のセルフモニタリングを行うこと、また、環境調整等の配慮事項を把握することを目的としている。 図2 リラクゼーション技能トレーニングの流れ (2)実施結果よりみられる傾向 Step1において、「ストレス・疲労の温度計」を記入し、リラクゼーション技能トレーニング導入期のストレス・疲労のセルフモニタリングの状況を把握する。また、Step2において「ふりかえりシート」の記入を行い、セルフモニタリングの状況を把握する。その結果、ストレス・疲労の対処がうまくできないタイプとして、表1の二つのタイプに着目して分類を行った。 表1 セルフモニタリングの状況から見られるタイプ ①ストレス・疲労の対処が上手くできない場合の要因は様々である。 二つのタイプについて、相談(ヒアリング)により詳しく状況を把握した結果、次の状況が特徴的である(表2参照)。 A:「ストレス・疲労」がわからない イ.「ストレス・疲労」がわからない者の中に「身体の痛み等の変化」に気づく者と気づかない者がいる。 ロ.「身体の痛み等の変化」を感じても、程度がわからない者、それが「ストレス・疲労」と思っていない(結びついていない)者がいる。 B:「ストレス・疲労」を感じることができるが、対処や表出が上手くできない イ.特徴的な受け止め方(判断)を行う傾向があり、対処が上手くできない者がいる。 ・想像やイメージが苦手な特性から、対処の選択肢が思いつかない。 ・独特の思考特性により、思いつく対処が適切ではない(原因と方法が結びついていない)場合や、対処しようとしない等対処に至らない場合がある。 ロ.コミュニケーション(送信)が苦手な特徴があり、対処や表出が上手くできない人がいる。 ・表出できない場合、表出方法が適切でない場合及び言語ではなく行動として表出する場合がある。 表2 ストレス・疲労のモニタリングの特徴の傾向 ②「ストレス・疲労」と関連のある特徴として「感覚特性」「注意・集中の特性」がある場合もみられた。 16名の受講者のストレス・疲労に影響を与えている要因の一つに「感覚特性」「注意・集中の特性」が考えられる。「職場環境適応プロフィール」による自己チェックの内容、作業や相談場面での観察を通じて特徴の把握を行った結果が表3である。 ③モニタリングからみられた特徴ごとに対処方法は異なる。 表4は、Step4の実施事例を基に、モニタリングの状況(特徴)とそれに応じた対処方法についてとりまとめたものである。その傾向を整理すると、対処方法は、モニタリングの状況(特に、難しさ)によって異なることがわかる。 表3 ストレス・疲労に影響を与える特性の状況 5 考察 (1)効果的な対処を考えるためのポイント ストレス・疲労のモニタリングについては、個々の感じ方や特徴に加えて、感覚特性や注意・集中の特性を含めてアセスメントすることが、効果的な対処検討のために重要である。 そして、アセスメント結果を基に、個々のセルフモニタリングスキルに応じた対処のためのアプローチ方法を検討することが有効である。 ①支援や工夫でセルフモニタリングができる ようになり対処できる者 →セルフ対処力向上を目指したアプローチ ②セルフモニタリングが難しい者 →環境調整によるアプローチ (2)自己理解を深めるためのポイント リラクゼーション技能トレーニングは、ストレス・疲労についての自己理解を深める機会としても有効であると考えられる。 ①ストレス・疲労についての自己理解を深め、自分にとって効果的な対処の気づきを得るためには、モニタリングと対処方法の体験を継続的に実施する必要がある(試行とふり返りの繰り返し)。その場合、個々に応じて、次のようなプロセスを選択することも重要である。 A)モニタリング「理解」→対処 B)行動→対処→その結果から「理解」 ②「自分で変化を感じることができる事柄」に注目し、「本人版」の対処方法を検討することが有効性を高める。 今回、発達障害者への就労支援技法として行っているリラクゼーション技能トレーニングは、①ストレス・疲労のセルフモニタリング、②対処力向上の機会、③必要な支援を適切に把握するためのアセスメントの機会として有効であることを確認できた。 今後は、発達障害者の職場定着を支えるための支援技法として、実際の就労場面での活用ができることが期待される。また、さらに効果的な技法とするため、在職者支援への活用や事業主支援での効果的な活用方法について、実践を積み重ねながら、さらに検討を深めていきたい。 表4 ストレス・疲労のモニタリングの特徴にあわせた対処の傾向整理表 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:障害者職業総合センター職業センター支援マニュアル№10発達障害者のためのリラクゼーション技能トレーニング(2014) 【連絡先】 障害者職業総合センター職業センター企画課 e-mail:csgrp@jeed.or.jp Tel:043-297-9042 ナビゲーションブックの作成・活用における取組の工夫について 〜発達障害者のワークシステム・サポートプログラムの事例より〜 ○増澤 由美(障害者職業総合センター職業センター企画課 障害者職業カウンセラー) 中村 祐子・古野 素子(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センターでは、地域における就労支援に役立てることを目的として、発達障害者のためのワークシステム・サポートプログラム(以下「WSSP」という。)の実施を通じ、発達障害者に対する就労支援技法の開発を行っている。 WSSPでは13週間のプログラムの前半をアセスメント期、後半を実践支援期として、作業、グループワーク形式の就労セミナー、個別相談を組み合わせて支援を行っている。それらを通して把握した特性等について、受講者自身がプログラムでの体験等をもとに、自身の特徴やセールスポイント、障害特性、職業上の課題、事業所に配慮を依頼すること等を取りまとめたナビゲーションブックを作成している。ナビゲーションブックは、自らの特性等を事業主に説明する、支援機関と共有する時に活用できるツールの一つである。 本稿では、WSSP受講者に対する支援事例を通じ、ナビゲーションブックの標準的な作成のプロセスと作成・活用のための支援の工夫、留意点について検討する。 2 方法 平成25年4月から平成26年3月の間にWSSPを受講した16名の支援事例を対象とした。それぞれの事例について、WSSPでアセスメントした特性と、ナビゲーションブック作成・活用に係る支援状況について相談記録等から情報収集を行い、対象者の特性及び作成・活用において生じた課題や必要な支援・工夫についての傾向を整理する。 3 ナビゲーションブックの作成のプロセス (1)各支援場面を通じたアセスメント WSSPでは、作業、就労セミナー、個別相談の各場面を通じてアセスメントを行う。また、支援者がアセスメントをするだけでなく、受講者自身が自分の特性について知る(アセスメントする)ことも目的の一つに、支援場面を設定している。具体的には各場面で見られた状況(例:ミスの傾向、思考の特徴)について、個別相談の中でフィードバックする、受講者自身の気づきを確認することにより、課題に対する目標を確認し、各場面での取組に繋げる。このように各場面を関連づけて、実行、ふりかえり(フィードバック、目標設定等)を繰り返し、自らの特性や職業上の課題について気づきを促すための支援を行っている。 (2)ナビゲーションブック作成の流れ ナビゲーションブックは、図1のようなプロセスで作成する。まず、アセスメント期で確認できた特性について、「自己紹介書」にまとめる。「自己紹介書」は、その後の職場体験実習のための事業所面接で使用する。事業所面接、実習での状況等を踏まえて加筆、修正し、連絡会議で活用するための「ナビゲーションブック」として、とりまとめる。アセスメント、作成、試用(ふりかえりとアセスメント)、再作成(バージョンアップ)を繰り返し、活用性を高めるための流れを設定している。なお、「自己紹介書」は記載項目を予め設定しているのに対し、「ナビゲーションブック」は表1の手順により、項目の設定についても自ら検討することとしている。 図1 ナビゲーションブック作成までのプロセス 表1 ナビゲーションブックの作成手順 4 支援事例 (1)受講者の状況 受講者16名の、アセスメント期における相談、作業及び就労セミナーの状況、ふりかえりシートの記載内容等から見られた特性、課題については、①言葉に関するもの、②情報整理に関するもの、③想像力(イメージ)に関するもの、④課題認識に関するものの4項目に着目して、整理した中から、課題の異なる5事例を取り上げて分析を行った(表3)。 (2)ナビゲーションブックの作成等における取組みの工夫事例 特性の自己理解の促進、特性を分かりやすくかつ確実に事業主に伝えることができるナビゲーションブックの作成を主眼に、個別の課題等を踏まえて支援の工夫を行った。 〈事例A〉 Aは①、②及び③に課題があり、ナビゲーションブックの作成過程において、記載した情報が多すぎる、また、情報を整理できないという状況が見られたため、a)「まとめのイメージづくりのための参考の提示」を行った。また、苦手な事項や配慮を得たい事項のみを羅列する傾向があったため、b)苦手な事項のみではなく、その自己対処の方法も記載する、c)セールスポイントを見つけるための工夫について助言を行う等、情報整理の支援に力点をおいた。 〈事例B〉 Bは①と②に課題があり、「伝えたいことがたくさんあり、全てが大事なことなので整理できない」という状況があった。そのため、Bの伝えたいという思いを尊重しつつ、a)内容を分かりやすい表現で言語化を行った。また、b)企業面接用としてA4用紙2ページに収める、c)企業が知りたいことを中心に記述することを要・不要の判断基準として提示し、それ以外の内容は別に詳細版にまとめる等企業の視点で、情報整理の支援に力点をおいた。 〈事例C〉 Cは③に課題があり、作業場面でも「作業の全体像のイメージができると理解しやすい」という状況があった。a)手順Ⅰの時点で過去の受講者の作成例を参考に完成形のイメージを作る、b)自身の特性への疑問については主治医から説明を受ける等想像力の課題を補完しつつ、見通しを持って主体的に取り組むための支援に力点をおいた。 〈事例D〉 Dは①、③及び④に課題を有しており、作業イメージが持てないことに加え、全般的な理解力やワーキングメモリの制限があった。そのため、a)手順Ⅱにおいて、チェックリストによる自己評価を行わせる、b)相談場面でホワイトボードを活用し視覚的なフィードバックを行い整理する等を実施した。また、過去の職業体験のトラウマから自身の課題に向き合うことに抵抗感が見られたため、c)ふりかえり相談では、プラスのフィードバックを行うことに留意し、記載内容の検討を行った。当初は課題等の記述に精神的な負担を示していたが、結果として自らの課題や配慮を求めたいことを含めたナビゲーションブックが完成した。 〈事例E〉 EはDと同様に①、③及び④に課題を有しているが、作業や就労セミナーの目的を理解できず、プログラム自体への受講にも消極的な様子が認められていた。ナビゲーションブックの作成には興味を持つことができたため、a)ナビゲーションブックのとりまとめを行うための作業課題、就労セミナーの設定を行った。また、書き出すことにストレスを感じる面があったので、b)付箋を活用して支援者と協働する工夫を行った。ナビゲーションブックは様々な取組結果の成果物として取りまとめるものであるが、ナビゲーションブックの作成をプログラムの目的として支援を実施することに重点をおいた。 5 考察 (1)ナビゲーションブックの作成・活用のための支援のポイント ①個別目標に予め設定しておく。 支援の開始に当たって設定する個別目標(例:コミュニケーションスキルの向上、疲労・ストレスへの対処スキルの獲得等)のひとつに、予め「ナビゲーションブックの作成」を設定しておくことが重要と考えられる。例えば、プログラムの終盤に、ナビゲーションブックの作成を課題として設定すると、自らの特性等についての気づき、整理が十分でない状態で作業が始まることが多く、結果として完成できない、支援者主導で完成させる状況が発生しやすい。また、予め個別目標に加えることで、ナビゲーションブックを作成するために「検証する」という前向きな姿勢を醸成できると考える。 ②きめ細かにアセスメントを行う。 ナビゲーションブックの作成においては、発達障害の特性に起因する課題から、作成の困難さが見られるケースは少なくない。その特性ごとに必要となる支援は個々に異なるため、アセスメントに基づいて、その受講者に有効な支援の工夫を考える必要がある。なお、「自己紹介書」の作成は、受講者の特性のアセスメントにも活用でき、早い段階で適切な支援を行うことに繋がる。 ③使用する目的や相手、受講者の自己理解の変化に応じて内容を変更する。 ナビゲーションブックは使用する目的、相手、場面に併せて、その内容を変更することが効果的と考える。また、支援の継続等によって各段階で受講者自身の自己理解の内容が変化するので、その段階に応じてナビゲーションブックの内容を見直す必要もある。今回報告した「自己紹介書」から「ナビゲーションブック」の作成のプロセスは、受講者が自らナビゲーションブックを作成するためのスキルを身につける、目的等に応じて内容を見直すことを理解させる等において効果的であったと考える。さらに、ナビゲーションブックは、常に更新しながら活用する重要性をあらためて認識することができた。 ④受講者の意思を尊重し、主体性を重視する。 ③のポイントを踏まえると、個々の多様性・主体性を重視し、状況に応じて項目や内容を検討することが重要であると考えられる。有用度の高いナビゲーションブックを作成し、効果的に活用するためには「支援者が記入様式を定めたり、一方的に記載事項を指定したりしない」ことが重要なポイントとなる1)。 ⑤特性及び課題のタイプに応じた支援を行う。 表2は、ナビゲーションブックの作成においてみられた課題の状況をとりまとめたものである。 アセスメント期にみられた特性、課題等を踏まえ、事例A、Bでは主に情報処理に、事例C、D、Eでは主に想像力に重点をおいた支援を行った。このように、受講者の自己理解を促し、主体的かつ的確なナビゲーションブックを作成させるため、a)課題が生じている段階、b)介入のタイミング、c)主体的な取り組みの状況を適切に見極めて、特性や課題に応じた支援を行うことが重要と考える。 表2 ナビゲーションブックの作成においてみられた課題の状況 (2)今後の課題 ナビゲーションブックの作成・活用においては、アセスメントを踏まえ、個々の課題に応じた支援が必要である。今後は、引き続き事例の蓄積を行いながら、ナビゲーションブックの作成・活用の標準化を図るため、作成に係るステップの整理、課題の分類と課題に応じた有効な支援方法について検証を行っていきたい。 表3 課題に応じた支援工夫 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:障害者職業総合センター職業センター支援マニュアル№4 障害者支援マニュアルⅡ 【連絡先】 障害者職業総合センター職業センター企画課 Email csgrp@jeed.or.jp TEL 043-297-9042 発達障害者の自己理解を促すための効果的な就労支援の方法について 〜発達障害者就労支援カリキュラムの実践を通じて〜 大村 良平(東京障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 目的 発達障害者の就労ニーズが高まる中、発達障害者の円滑な就労の一因として“自らの特性を勘案”し「できる仕事」を選択することが指摘されている1)。当機構では平成19年度から発達障害者に対する専門的支援の試行を実施し、東京障害者職業センター(以下「東京センター」という。)を含む全国14センターでは平成24年度より、その他のセンターは平成25年度より発達障害者就労支援カリキュラム(以下「カリキュラム」という。)を本格実施している。カリキュラムでは就職及び職場適応に必要な基本的な労働習慣、社会生活技能、作業遂行力等スキルの獲得及び向上を図るとともに、職業上の課題改善に向けた自発的な取組や自らの力を発揮できる職種選択等の前提となる「自己理解」を深めることを目的とし、模擬的就労場面での作業支援、講座、個別相談等を発達障害者の希望や特性に応じて支援している。 こうした取組を通じて東京センターにおけるカリキュラム受講者の就職率は平成23年度50.0%、平成24年度53.2%、平成25年度63.4%と高まっている。 本発表では、発達障害者の円滑な就労の一因として考えられる“自らの特性を勘案”し「できる仕事」を選択することの前提となる「自己理解を深めるための支援」について、平成25年度カリキュラム受講者の中から2事例を選定し、比較分析することでカリキュラムの効果等を報告する。 2 方法 カリキュラムは事前に初回相談、職業相談、職業評価等を行い、個別の目標、実施内容、支援方法等を決定して実施することから、カリキュラムの実施前の状況を表1に、カリキュラムにおける支援及び対象者の自己理解の変化を表2に整理し比較分析し、その結果及び考察について述べる。 表1 事例の利用前・初回相談時・職業評価時の状況 表2 カリキュラムでの支援方法及び自己理解の状況 3 事例検討の結果 (1)カリキュラム受講前の対象者の変化 ① 初回相談時 初回相談は事例A及びBともに就労上の配慮を希望し、自らの苦手さを認識してはいるものの、内容は具体化されていなかった。初回相談時対象者は困り感があるものの、その内容は漠然としているものと判断される。 ② 職業評価結果のフィードバック時 職業評価後、事例A及びBは若干であるが自己理解が就労場面を想定したものになっている。 また事例Aに関しては職業評価の振り返りの際に障害者職業カウンセラー(以下「カウンセラー」という。)から障害を開示・非開示することのメリット・デメリットを伝えたところ、障害を開示することを決断した。 このようにカリキュラムの前段階である職業評価を通じて対象者は自らの特徴や課題に向き合い始めることがわかる。 (2)カリキュラムの支援方法及び自己理解 ① コミュニケーション面に関する自己理解 事例A及びBは職場での基本的なコミュニケーションスキルの獲得を目標に設定しており、作業及び相談場面を通じた支援方法は共通している。事例Aはそれに加えて対人技能トレーニング注ⅰ)(以下「JST」という。)を受講しており、JSTを通じて言いたいことを伝える時の自らの特徴を理解するとともに「言いたいことを伝える前にメモすると落ち着く」等対応方法を学んでいる。 事例Bは集団場面での発言が苦手なことや想像力が低いことを考慮し、JSTは実施していない。職業評価時に把握された事例Bの特性から、挨拶や報告及び質問時の場所・タイミング・言い方等をルール化し、実際の作業及び個別相談を通じた練習場面を多く設けることでコミュニケーションスキルの獲得や自己理解を深めることを支援した。その結果基本的なコミュニケーションスキルを獲得するとともに、個別相談での振り返りでは「規則的な挨拶や報告はできる」等の発言が得られ、自己理解が進んでいる。 このようにコミュニケーション面に対する自己理解を促すためには作業及び相談場面で意図的にコミュニケーションの練習場面を設定すること、個別相談での振り返りやJST等を通じて客観的な意見を得ること等が有効であると考えられる。 ② 作業面に関する自己理解 作業を通じて事例A及びBともに支援者が「見本」を提示したり、「指示書」を手渡すことで作業を理解できる体験を得た。個別相談でそのことを振り返り、過去の職場での指示方法と比較することで、指示理解に関する自らの特徴や配慮事項について理解を深めることができた。 また、事例Aは支援者からミスが出やすいポイントを明確に伝えることでミスが減少する傾向が確認されたが、作業結果を基に振り返りを行ったところ、対処法を実践したとしても事務作業ではミスが完全になくならないこと、物を扱う作業は正確にできること等がわかり、自分の力を発揮できる職務内容への自己理解が深まった。 事例Bは個別相談での振り返りではカリキュラムを通じて経験したことをそのまま「得意」と表現するだけの自己理解であったが、カリキュラムの作業及びその他の仕事の構成要素をカウンセラーが紙面に書き出し、それを事例Bが選択する方法で振り返りを行ったところ、自らの得手不得手を具体化することができた。 こうしたことから作業面に関する自己理解を促す支援は、作業が「できる」という体験を作り出すこと、作業結果を基に個別相談で振り返りを行い過去と現在の状況を比較すること、作業の構成要素を支援者が提示し対象者が得手不得手を考える枠組みを設けること等が有効だと考えられる。 ③ 自己理解した内容の統合 事例A及びBともに講習「障害特性について」注ⅱ)の受講、コミュニケーション面及び作業面に関する支援や個別相談等を通じて自分自身の特徴に関する自己理解を深めている。その上で講習「ナビゲーションブック」注ⅲ)を受講し、自らの特徴を紙面にまとめていくことで、さらに自己理解を深めたり、自己理解した個々の事項を一つに統合している。 このようにカリキュラムでは個々の事項に関して自己理解を深める支援だけでなく、自己理解を深めた個々の事項を統合し、自らの特徴の全体像を把握するための支援を実施している。 ④ カリキュラム終了後の就職活動及び職場定着 カリキュラム終了後、事例Aは希望職種が事務系から現業系に希望が変わり、スムースに求人への応募、就職に至った。一方事例Bは未確定なことや未来への不安が高く、求人票を見ても「できるかわかりません」と発言し、就職活動に踏み込めずにいた。そこで職場実習を受けることができる求人にチャレンジすることで作業が「できる」という実感を持たせることを支援したところ、「応募を悩む仕事はやってみるとできる」と自らの仕事選びの特徴を理解できた。その後はスムースに就職活動に至り、カリキュラム終了半年後に就職が決まった。 このように自己理解はカリキュラムだけで完結するとは限らず、その先の就職活動を行う中で達成していく場合もあることがわかる。 4 考察 (1)カリキュラムの効果等について 前述した事例検討を通じてカリキュラムの効果等を三つの点から整理する。 ① 事前の特性把握及び特性に応じた支援 東京センターでは初回相談後に職業評価を通じて対象者の特性把握を行い、個別の支援を実施する。事例A及びBが同じ目標であるにも拘らず支援方法が異なったように支援の個別化が図られており、これがカリキュラムの効果を向上させている一要因と考えられる。 ② 「成功体験」「振り返り」を通じた支援 発達障害者は自分自身の特徴を客観視することができず、自己理解を深めたり、苦手なことに対する対処法を見出すことができない場合がある。そのためカリキュラムは作業やコミュニケーションに関する「成功体験」を設け、その結果を個別相談で「振り返り」を行っており、対象者の自己理解を深めるために有効であると考えられる。 ③ 自らの特徴を統合するための支援 筆者は対象者の面接選考に同行する際、事業所から「彼は何ができて、何ができないのか。何を配慮すればよいのか」等質問を受けることがあり、対象者が自己理解を深め、事業所にその内容を説明ができることは重要であると感じている。しかし発達障害者は一つひとつの物事や場面の意味を汲み取ることができても、それらを一つにまとめあげることが苦手な場合が少なくない。 こうしたことからカリキュラムを通じて自己理解を深めた個々の事項を一つに統合し、自らの特徴の全体像を対象者が把握する支援をすることは、就労及び職場定着において有効であることが予測され、カリキュラムの効果であると考えられる。 (2)自己理解の進む要因について 本稿作成を通じて発達障害者の自己理解の進むプロセスとして筆者が考えたものを表3に示した。 発達障害者が支援を受けるきっかけには、学校生活や就職活動及び就労上で何らかの「つまづき」を経て困り感を抱いていることが多い。そして漠然とした困り感を持つ対象者に対して東京センターでは初回相談、職業相談、職業評価等を通じて個々の特徴や課題を整理し伝えることで自己理解を深めるきっかけを作り出す。もちろん障害受容が進んでいない、家族が理解を示さない等様々な要因が影響して職業評価が発達障害者の自己理解を深めるきっかけとならない場合もあるが、自己理解が少しでも芽生えた場合には次の支援、つまりカリキュラムの利用に至ることとなる。 そしてカリキュラムでは前項で述べた「成功体験」「振り返り」「統合」等の要素を含む支援を通じて、対象者の自己理解を深めていく。しかし、例えば事例Bが就職活動のタイミングでさらに自己理解を深めたように、必ずしも自己理解はカリキュラムだけで完結するものではなく、その後の就職活動もしくは就労場面でも進んでいくものであると思われる。 表3 自己理解の進むプロセス (3)現実検討に関するカリキュラムの課題 事例Bのように自己理解の深まりが十分でなくカリキュラム終了後の就職活動が長期化する場合もある。今回事例Bが就職に踏み込むことができなかった理由の一つは仕事の内容や求められる能力等に関する具体的な知識が不足していたことが要因だと考える。 そこでカリキュラムの内容を考えると、現実検討を行う前提となる「自己理解を促す」支援に関しては充実しているものの「仕事に関する知識」を付与する支援に関しては各担当カウンセラーが個別に実施しており、カリキュラムとして用意されていない状況がある。 今後、発達障害者の就労ニーズがより高まることが予測される中、支援の効果をさらに高めるためにはカリキュラムに「現実検討」を円滑に促すための「仕事に関する知識」を得る講習の実施が必要ではないかと考えられる。そうした点で現行のカリキュラム期間のあり方を含みながら具体策を検討したいと思う。 【注釈】 ⅰ)職場でのコミュニケーションをテーマに設定し、グループワーク、ロールプレイ等を通じてスキルの学習及び獲得、自己理解の深化を図る。 ⅱ)発達障害の特性に関する知識を座学で付与したり、チェックシートを用いて特性への理解を深める。 ⅲ)障害特性、作業上の特徴、コミュニケーションの特徴等を各項目ごとに整理する方法を学ぶ。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:発達障害者の就労支援課題に関する研究「調査研究報告書№88」p.227(2009) 高次脳機能障害者の就労支援を通して学んだこと 〜回復期リハビリテーションから就労移行までの経過報告〜 ◯秋山 健太(鴨島病院 リハビリテーション部 作業療法士) 土橋 孝之・津川 靖弘(鴨島病院) 1 はじめに 鴨島病院は回復期病棟87床、その他一般、医療、介護病棟の計268床からなる回復期病院である。回復期のみでなく、成人・小児外来リハビリ、通所リハビリ、訪問リハビリテーション等も実施しており、地域の中核病院として医療・福祉サービスを提供できるよう積極的な支援を行っている。 近年、当院において若年の脳卒中や頭部外傷による身体・高次脳機能障害を呈した患者様が増加している。それに伴い退院後の就労を希望するケースも少なくない。 今回紹介する症例の年齢は50代と若く、当院回復期リハビリテーション病棟入院中から復職の希望があった。しかし、症例の自己能力評価と実際の能力には差があった。回復期リハビリテーションから外来リハビリへ移行し、継続して介入を行った結果、自身の能力に気づき、新たに就労を目指すことになった。 約1年間の介入と症例の精神的変化についての経過に考察を加え報告する。 尚、発表に際して症例、ご家族の了解を書面にて得ている。 2 背景 (1)当県の概要 人口約70万人、総人口に占める高齢化率は27.0%と全国平均の23.0%を大きく上回るとともに、高齢者人口に占める75歳以上人口の占める比率も全国平均48.1%に対し、当県は54.3%と全国平均より高い比率となっており、75歳以上人口の伸び率が全国平均を大きく上回っている。 当県の障がい者施設の累計は、障がい者施設(身体・知的)①就労移行支援:19施設 ②就労継続支援A型:6施設 ③就労継続支援B型:41施設である。障がい者施設(精神)①就労移行支援:4施設 ②就労継続支援A型:1施設 ③就労継続支援B型:12施設あり、就労支援についてはまだまだこれからといったところである。 3 症例紹介 50歳代 男性 診断名:閉塞性脳梗塞(左中大脳動脈閉塞) 障害名:右半身麻痺、高次脳機能障害(失語症) 現病歴: H.◯.6.4自宅で倒れ、急性期病院緊急搬送される。 H.◯.6.6急性期リハビリテーション開始。 H.◯.6.22当院回復期リハビリテーション(以下「回復期リハ」)開始。 H.◯.12.19当院外来リハビリテーション(以下「外来リハ」)開始。 現在に至る。 生活背景:症例と妻、息子の3人暮らし。レジなどの精密機械の修理業を行っていた。長期間県外に単身赴任をしており、月に2〜3回程度家に帰ってきていた。 4 作業療法評価(入院時) (1)身体機能・日常生活動作(以下「ADL」という。) 麻痺側上下肢の動きは低下しており、上下肢共に近位部に僅かな筋収縮を認める程度であった。日常生活面ではベッド上寝たきりで、寝返りや起き上がりにも介助を要していた。食事はベッドをギャッジアップさせ非麻痺側上肢でスプーンを用いて摂取していたが、右口唇からの食べこぼしを認め、見守りが必要であった。その他、日常生活動作は全介助であった。 (2)高次脳機能 知能レベルは比較的保たれており、認知機能障害は認めない。運動性失語を呈しており、「あれ」「これ」といった発言が多く、喚語困難を認める。指示理解は可能だがジェスチャーを多く用い、日常生活上でコミュニケーション障害を認める。 (3)就労に対する意識 本人・家人共に、入院時から復職の希望は強く持っている。しかし職場との具体的な話は特に行っておらず、現在休職扱いとなっている。 5 治療経過報告 (1)介入初期(回復期リハから外来リハ移行時期) 身体機能の改善および自宅でのADL自立を目標としたアプローチから開始し、徐々に就労を指向したアプローチへ移行することを目標に介入を行った。 主に理学療法士(以下「PT」という。)は日中就労に必要とされる体力の増強、作業療法士(以下「OT」という。)は、作業耐久性の向上、問題解決能力の向上、一日のスケジュール管理など、高次脳機能面へのアプローチと生活リズムの獲得へのアプローチを行った。言語聴覚士(以下「ST」という。)は、対人コミュニケーション能力向上や携帯メールなどを用いての代償手段の検討に向けてのアプローチを行うなど各療法で連携しながら取り組みを進めた。また退院2ヶ月前に、家人カンファレンスを実施し、医療ソーシャルワーカー(以下「MSW」という。)から一般就労や福祉的就労についての説明なども実施した。この時、症例及びご家族ともに入院時と同様、一般就労(復職)の希望を強くもっていた。入院6ヶ月間で身体機能面ではフリー歩行が可能となり、日常生活動作も麻痺側上肢の麻痺は残存しているものの、非麻痺側上肢を主に使用して動作自立レベルまで回復した。高次脳機能面では失語症の影響により喚語困難は認めるが、自分から積極的に他患やスタッフに話しかける場面も認めるようになってきた。また対人関係での社会的行動障害も認めず、関係性は良好であった。 現段階での復職については、職場との話し合いなど主に本人、ご家族に任せており、こちら側が関与することはなかった。しかし復職についての具体的な話は進んでおらず、本人・ご家族と職場との話し合いを重ねていた。退院後は外来リハを利用し復職について経過を見ることとなった。 (2)介入中期(精神的落ち込みから就労支援を積極的にできない時期) 身体機能面や在宅生活は安定して過ごすことが可能となってきており、比較的積極的に外出や友達などとの交流も行っていた。外来リハには、主に家族の送迎で来院されるが、JRなどを用い一人で来院することも可能となった。復職現状については職場の意向では「復職する際は再度県外で仕事することになる」といったもので、症例の現状では実質復職は困難であった。その後の話し合いの結果、現在の会社を退職することとなった。 この時期にOTはMSWを交えて再度、就労支援についての説明を実施するが、退職となったことで症例本人は精神的に落ち込んでおり、連絡なく外来リハを休むことも多くなっていた。その為、新規就労についての話は一旦打ち止めとなった。 (3)介入後期(本格的に就労支援を実施していった時期、そして現在。) 時間の経過と共に精神的落ち込みは軽減され、少しずつ就労についても前向きになっていた。そこで就労支援を再開した。しかし未だ仕事内容について聴取しても「なんとかなる」「できると思う」等の曖昧な発言多く、自己能力に対しての過信、将来性を具体的にイメージすることができていなかった。 また症例から「パソコンなら使えるだろう」等の具体的な活動内容についての発言が聞くことができた。そこでOTはSTと相談し、実際の外来リハビリメニューにパソコン操作(打ち込み)、電卓等を使用しての計算等の具体的な活動場面訓練を実施していった。結果、実際のパソコン操作ではローマ字入力の理解が困難であり、通常のキーボードでの入力は困難であった。この活動を通して症例から「できると思っていたけどできないな」などの発言を聞くことができた。同時期にMSWと症例とでカンファレンスを行い、再度、就労についての説明を実施した。症例の受け入れは良く、この時期から就労についての支援を積極的に開始した。 現在は、症例及びご家族と話し合いを重ね、福祉的就労に向けて就労支援センターと連携を行い、希望である働くことに向けて支援を継続している。 6 経過から見た症例の障害像の特徴 ①症例の自己身体能力と実際の能力との認識に差があった。 ②当初から復職を強く希望しており、介入初期から積極的な就労支援を行うことができなかった。 7 考察と今後の課題 (1)自己認識と支援のタイミングの重要性 今回の症例は50歳代と若く、入院当初から就労希望をしていた。OTら支援者側は数回に渡り、障がい者の就労について、話し合いの場を作り説明を実施してきた。 症例は作業持久力などの身体機能面に加え、コミュニケーション能力や状況把握などの高次脳機能面でも就労する為の能力を満たしておらず、何らかの支援体制が必要な状態であった。しかし本人の発言は「仕事はなんとかなる」「まあできるだろう」等の就労に対する曖昧な言動が多く認めた。症例は以前就労していた経験から「社会復帰してしまえばなんとかなる」と自己能力を過信していると考えられた。症例の意向と支援者側の意向に相違があることで就労支援を行いにくい状況であった考えられる。 今回の症例で積極的に就労支援が可能となったのは経過後期である。一度復職を目指し、退職を経て、さらにもう一度就労を行うといった経緯を経て、この時期で初めて症例と支援者側との方向性がまとまり、作業活動にも積極的に参加するようになってきた。さらに具体的な作業活動を通して、経過初期では浮き彫りになっていた自己能力の過信を示唆するような発言も減少し、症例自身の現実検討が可能となってきたと考えられる。 植田1)によれば作業療法士は、実際に本人が「出来ること・出来ないこと」を把握し職業適性を見極め、適切な課題を提供し自己認識を高めていくよう支援する必要があると述べている。 今回の症例では根本である、就労に対するイメージや自己能力に支援者側と相違があることで、介入初期から積極的な就労支援を行うことができなかった。その為OTは外来リハへの移行を勧め、就労に必要な基本的な能力訓練を継続した。さらに支援者側の考えを押し付けるのではなく、一度症例の希望である復職にチャレンジし、結果を受け止めた上で症例の精神状態が安定するのを待った。その後作業活動を通して自己能力に気づく場を提供出来たことが、症例の自己認識を更に高め、新たな就労に向けての方向性を決定づける一助になったと考える。 医療機関での支援を行う場合、目標として挙がることは、日常生活動作の獲得、在宅復帰後の生活の再建である。今回の症例の様に就労を目標とする場合、①支援者側の明確な予後予測②早期から就労支援を開始することが必要であると考える。しかし高次脳機能障害の場合、自己認識の低下やメタ認知が低下していることが多く、就労に対する準備が出来ていないことに気づかず就労を希望することが多い。 医療機関で就労支援を行う場合、支援者側はその方の先を見据え、他部門との連携を行いながら介入を行っていくが、症例の精神・心理状態やneeds、環境の変化などもしっかりと評価した上で、自己認識の気づきの場を作り、支援のタイミングを計って行く重要性があると考える。 (2)今後の課題 医療機関での就労支援を行う際、障害となることは大きく、①支援期間が限られている②症例自身が就労イメージを抱き難い。の2点あると考える。つまり支援者側は限られた期間の中で、症例に明確な就労イメージを持ってもらうことを求められる。 その為にも支援者側は、医療機関のみの評価や介入といった従来の作業療法領域だけでなく、連携先である就労支援施設などの他分野にも顔の見える関係性を作り、視野を広げ学んでいく努力と地域全体で連携を図って行く必要性がある。 今回の症例のみでなく、高次脳機能障害における就労支援は、自己認識が低下し、在宅復帰後も継続して支援していくケースが多い。その為、医療機関で完結しない事例が多く、医療機関から地域、就労に至るまでのそれぞれの分野で専門的な職種が連携し、継続的に支援を行っていくことが今後の課題である。 8 おわりに 今回の症例を通して、作業療法の可能性と就労支援の難しさを痛感した。また課題も多く見つけることができた。症例は未だ就労には至っていないが、今後も継続して支援、経過を追っていく。症例のみでなく、高次脳障害を有する方々が生き甲斐を持ち、社会で働けることを目指し、今後も地域に根付いた支援を行えるよう模索して行きたい。 最後に今回の発表にあたり快く引き受けて下さった症例とそのご家族、多くのアドバイスを頂きました先生方に深く感謝いたします 【参考・引用文献】 1)植田正史:医療機関における就労支援の現状と問題点、職リハレポート№6,p85-88(2013) 2)坂爪一幸:高次脳機能障害の社会復帰を目指して BRAIN MEDICAL 20(4):371-378,(2008) 3)大阪障害者雇用支援ネットワーク 編:障害のある人の雇用・就労支援Q&A、中央法規出版(2004) 就労支援を利用する高次脳機能障害者におけるSelf-awarenessの獲得とIQとの関連 ○川人 圭将(名古屋大学大学院医学系研究科 リハビリテーション療法学専攻 博士前期課程2年) 伊藤 恵美(名古屋大学大学院医学系研究科 リハビリテーション療法学専攻) 加藤 朗(名古屋市総合リハビリテーションセンター 自立支援部就労支援課) 1 背景 復職は高次脳機能障害者の優先すべき目標の一つとされている1)。また、障害を持った後、元のコミュニティへの復帰や復職といった社会参加を達成することによって、障害者の金銭的・社会的な自立の促進だけでなく、日常への満足度が向上することが報告されている2)。 2000年以降、高次脳機能障害支援モデル事業、高次脳機能障害支援普及事業と高次脳機能障害者雇用を促進するための対応が進められている3)。職業リハビリテーションでは、高次脳機能障害に対する訓練だけでなく、適正評価、職業能力の向上、シミュレーショントレーニング、On the job training、職場での環境調整などが主として行われており、特に、Self-Awarenessの獲得や感情のコントロール、代償手段の獲得や環境調整などにアプローチすることが重要であるとされている4)。特にSelf-Awarenessは復職に関連する重要な因子の一つであり、就労結果との関連を報告した文献は多数ある5)。 Self-Awarenessとは、自身の能力や障害、また、それらが日常生活でどのような影響を及ぼすのかについて理解していることと定義されている6)。Self-Awarenessの獲得・向上はリハビリテーションへの参加や適切な目標設定、社会復帰に影響するとされており、反対にSelf-Awarenessが障害されていると、リハビリテーションの結果や代償手段の獲得、退院後の生産的で独立した生活の獲得を阻害する因子となることが報告されている7)。 Self-Awarenessの概念はCrossonら(1989)が3段階のカテゴリに分類しており、まず、Intellectual Awareness(障害の認識、すなわち自身の機能が障害されていることへの認識)、そして、Emergent Awareness(問題の認識、すなわち機能障害がどのように自身の能力・活動に影響しているかの認識)、最後に、Anticipatory Awareness(問題の予測、すなわち自身の障害が原因で起こる問題を予測できる認識)と段階づけている8)。 国外では、Self-Awarenessに対する評価方法・介入方法について報告されている9)。評価方法としては、同一の質問紙を用いた自己評価と他者評価の比較からSelf-Awarenessを評価するものや、面接及び作業活動の観察から評価するものがある。 一方、知能指数(以下「IQ」という)は、全般的な認知機能を図る指標としてリハビリテーション場面で広く用いられている。また、リハビリテーションの予後予測因子としても報告されており、これまで、IQが高次脳機能障害者の再就労、独立した生活、交通手段の利用や金銭管理との関連が明らかとなっている10)。これらのことから、IQが社会復帰を予測する上で重要な因子であるといえる。 しかし、共に高次脳機能障害者の復職に影響する因子とされている、Self-AwarenessとIQとの関連はまだ明らかとされていない。 2 目的 就労結果と関連するSelf-AwarenessとIQの関連を検討することを目的とした。 3 方法 (1)調査期間 平成25年12月〜平成26年7月 (2)対象者 本研究の対象者は医療リハビリテーションを終了後、職業リハビリテーションを受けている者23名とした。対象者の取り込み基準は以下の5点である。 ① 高次脳機能障害と診断されている ② 職業適性年齢(18〜55歳)である ③ 面接可能なレベルのコミュニケーション能力を有している ④ 発症から3年未満である ⑤ 現在、職業リハビリテーションを受けている。 対象者は就労支援施設において、週3回〜週5回の職業リハビリテーションを受けている。支援内容は、面接・職業適性評価・シミュレーショントレーニング・On-the-job Training・環境調整等であり、訓練課題については対象者に合わせて提供されている。 表1に本研究対象者の基礎情報を示した。 表1 対象者の基礎情報 (3)方法 就労支援を行っている研究協力機関に研究概要を説明し許可を得た上で、職業リハビリテーションを利用中の方に口頭及び書面により研究概要を説明し、参加者を募集した。応答者の中から取り込み基準を満たす方を選定し、口頭で本研究の意義、目的、実施方法、利益などを説明し、本人から同意の得られた方のみを対象とした。 評価者は、対象者のSelf-Awarenessを評価するため、個室にて、Self-Awarenessの評価指標に使用したSelf-Regulation Skills Interview11)(以下「SRSI」という。)の質問項目に従って面接を実施した。 IQについては、関連医療機関で臨床心理士によって実施されたウェクスラー成人知能検査−第3版(以下「WAIS-Ⅲ」という。)の結果をカルテより入手した。 (4)評価指標 ① SRSI11) Ownsworthら(2000)によって作成された、メタ認知や自己統制スキルを評価する六つの要素で構成されている半構成的インタビューであり、本研究では原版を日本語訳したものを使用した12)。SRSIは“戦略の気づき”“問題の動機付け”“変化への動機付け”の三つの主成分に分けられる。六つの要素はそれぞれ0〜10点(0点が最も高く、10点が最も低い)で定められている採点基準に従って採点された。 原版及び日本語版SRSIの妥当性・信頼性は先行研究で明らかとされている11)12)。 ② WAIS-Ⅲ13) WAIS-ⅢはIQを評価するために用いられる評価指標の一つである。WAIS-Ⅲは七つの言語性検査と七つの動作性検査の計14下位項目で成り立っており、全検査IQ(以下「FIQ」という。)、言語性IQ(以下「VIQ」)、動作性IQ(以下「PIQ」)の3項目のIQが算出される。 (5)解析 Self-AwarenessとIQの相関を検定するため、Spearman's correlation coefficient by rank testを使用した。Self-Awarenessは、SRSIから問題の動機付けの下位項目“出現する問題”“問題の予測”の2項目、及び、戦略の気づきの下位項目“戦略の生成”“戦略の使用”の得点を変量とし、IQはWAIS-ⅢのFIQ、VIQ、PIQを変量とした。 4 結果 SRSIの得点及びWAIS-Ⅲの評価結果を表2に示した。 表2 評価結果 SRSIの4項目とWAIS-Ⅲの3項目の相関係数を表3に示した。 表3 SRSI下位項目とIQとの相関 出現する問題、問題の予測の得点とそれぞれのIQ値との間には有意な相関は見られなかった。 戦略の生成とIQ値の相関については、FIQ(r=−.47、p<.05)、VIQ(r=.46、p<.05)と有意な相関が見られた。 戦略の使用とIQ値の相関については、FIQ(r=−.42、p<.05)、VIQ(r=−.45、p<.05)と有意な相関が見られた。 PIQについては、SRSIの4項目全てで有意な相関は見られなかった。 5 考察 分析結果から、SRSIの項目“戦略の生成”及び“戦略の使用”とIQ値に有意な相関が見られた。これら2項目は、障害によって起こりうる問題に対しての対策、対処方法についての項目であり、代償手段の獲得と関連していると言える。 代償手段の獲得は、高次脳機能障害者が復職するうえで重要な要素の一つであると言われている14)。また、職業リハビリテーションでは、代償手段の獲得に焦点を当てた介入が重要であるとされている4)。 IQと代償手段の獲得に相関関係が見られたことから、獲得のためには、より高いIQが求められており、IQが低い場合、対象者自身での代償手段の生成、獲得は困難であると考えられる。従って、代償手段の獲得を促進するため、代償手段の意義・必要性の理解促進、実践場面における具体例の提示、使用方法へのFeedbackなど、より緻密な支援が必要となる。 本研究における対象者の平均IQ値は、本邦の高次脳機能障害者の就労実態調査15)の中で調査された高次脳機能障害を持った就労者の平均IQ値とほぼ一致しており、知能検査の平均が100であることから、平均よりも10程度低下していると考えられる。また、SRSIの結果から、戦略の生成及び戦略の使用の得点は全体的に低く、代償手段の獲得は十分であるとは言えない。これらのことから、就労群についても十分に代償手段を獲得していない可能性が考えられる。そのため、本研究に限らず、本邦の職業リハビリテーションにおける代償手段の獲得への介入が重要であると言える。 一方で、SRSIの出現する問題及び問題の予測の項目とIQとの間に相関は見られなかった。 Self-Awarenessの獲得は段階的に行われるとされており、SRSIで評価されるカテゴリは、前述した分類8)におけるEmergent Awareness及びAnticipatory Awarenessという上位二つである12)。 これらのカテゴリは障害によって出現する問題を理解する、更には起こりうる問題について推測することができる能力を指している。これらのAwarenessの獲得については、実践場面での経験やそれらの経験に対するFeedbackが重要であり、IQ以外に関連する要素があると考えられる。そのため、IQとSelf-Awarenessに関連する2項目について有意な相関が得られなかったのではないかと考える。 6 まとめ 本研究では、共に高次脳機能障害者の復職に関連する、Self-AwarenessとIQとの相関関係を調査した。その結果、代償手段の獲得とIQとの間に有意な相関が見られた。このことから、代償手段の獲得には一定以上のIQ値が必要とされており、IQ値が低下している場合、その対象者に適したより細かな支援が必要であることが明らかとなった。 7 研究の限界 本研究の対象者数は23名であり、サンプルサイズが小さいことが本研究の限界の一つである。また、評価指標についても、Self-Awareness及び代償手段の獲得についての評価にSRSIのみを使用しており、今後はより多面的に評価できるよう複数の評価指標を用いて検討することが求められる。 【参考文献】 1)Corr, S., Wilmer, S.: Returning to work after a stroke: an important but neglected area.「British Journal of Occupational Therapy(66)」, 186-192(2003) 2)Conneeley, L, A.: Transitions and brain injury: A qualitative study exploring the journey of people with traumatic brain injury.「Brain Impairment13)」, 72-84(2012) 3)田谷 勝夫:日本の高次脳機能障害者に対する職業リハビリテーションの取り組み「高次脳機能研究(31)」151-156(2011) 4)Ownsworth, T., & Mckenna, K.: Investigation of factors related to employment outcome following traumatic brain injury: a critical review and conceptual model.「Disability and Rehabilitation(26)」 765-784(2004) 5)Wise, K., Ownsworth, T., & Fleming, J.: Convergent validity of self-awareness measures and their association with employment outcome in adults following acquired brain injury.「Brain Injury(19)」 765-775(2005) 6)Schlund, W, M.:Self-awareness: effects of feedback and review on verbal self-reports and remembering following brain injury.「Brain Injury(13)」 375-380(1999) 7)Katz, N., Fleming, J. et al :Unawareness and/or denial of disability: Implications for occupational therapy.「The Canadian Journal of Occupational Therapy(69)」 281-292(2002) 8)Crosson, B., Barco, P, et al : Awareness and compensation in postacute head injury rehabilitation.「Journal of Head Trauma Rehabilitation(4)」 46-54(1989) 9)O'Keeffe, F., Dockree, et al.:Awareness of deficits in traumatic brain injury: A multidimentional approach to assessing metacognitive knowledge and online-awareness.「Journal of the International Neuropsychological Society(13)」 38-49(2007) 10)Perna, R., Loughan, A.: Executive functioning and adaptive living skills after acquired brain injury.「Applied neuropsychology,(19)」263-271(2012) 11)Ownsworth, T., McFarland, K. et al: Development and standardization of the Self-Regulation Skills Interview(SRSI): A new clinical assessment tool for acquired brain injury.「The Clinical Neuropsychologist(14)」76-92(2000) 12)宮原 智子、清水 一他:脳損傷者に対するself-awareness(自己の気づき)の評価法「日本語版SRSI(Self-Regulation Skills Interview:自己統制能力質問紙)」の作成および信頼性・妥当性の検討「総合リハビリテーション(40)」1117〜1126(2012) 13)日本版WAIS-Ⅲ刊行委員会:日本版WAIS-Ⅲ成人知能検査法 理論マニュアル(2006) 14)Mary, S, K., Amber, Y. et al.: The personal and workplace factors relevant to work readiness evaluation following acquired brain injury: Occupational therapists' perceptions「Brain Injury(24)」948-958(2010) 15)障害者職業総合センター:高次脳機能障害者の就労の継続を可能とする要因に関する研究「調査研究報告書(92)」68-69(2009) 【連絡先】 川人 圭将 名古屋大学大学院医学系研究科リハビリテーション療法学専攻作業療法学分野博士課程前期課程2年 e-mail:kawahito.keisuke@c.mbox.nagoya-u.ac.jp 高次脳機能障がい者に対するグループ訓練のアウトカムに関する予備的研究 −就労を目標とする方を対象に− 北上 守俊(新潟県障害者リハビリテーションセンター 作業療法士/言語聴覚士) 1 背景 高次脳機能障がい者は18〜30%とばらつきがあり他の障害に比し低い状況にある(図1)1、2)。 図1 障害種別の障害者雇用率 その一方で、高次脳機能障がい者の地域障害者職業センターの利用者数は年々増加傾向にある3)。 高次脳機能障がい支援拠点機関は、開始当初は全国12ヵ所であったが、2014年2月時点で全国100ヵ所まで拡大している4)。支援の強化が徐々に進んでいる一方で、高次脳機能障がいへの就労支援には課題が残っており、高次脳機能障がいに特化した就労支援を実施している医療機関は全国で13.2%に留まっている5)。 高次脳機能障がい者に対するグループ訓練は、1980年代から国外で有効性が整理され6)、国内においても自己認識7)、心理的安定8)、知的機能の改善8)、記憶力の改善8)、対人関係技能の向上7)、失語症者の自己効力感の向上9)が報告されている。 新潟県障害者リハビリテーションセンターは、新潟県で数少ない脳損傷等により身体障がいや高次脳機能障がいを呈した方への社会参加を支援する中間施設である。利用者の45.2%(33人/73人)が高次脳機能障がいを呈しており、65.8%(48人/73)が就労を目的に利用されている10)。 2 問題の所在と研究目的 これまでにも就労を目標とする方を対象としたグループ訓練の報告はされているが7)、信頼性・妥当性の確保されたアウトカム指標を用いて検証した報告はみられない。 今回、就労を目標としているが自己認識や社会的スキル、自己効力感、感情の状態に課題が残る方を対象にグループ訓練を4ヶ月間実施し、そのアウトカムを検証した。 3 用語の操作的定義 (1)高次脳機能障がい 脳損傷に起因する認知障害全般を指し、この中にはいわゆる巣症状としての失語・失行・失認のほか記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害が含まれる。 (2)アウトカム 提供した医療サービスにより実際に得られた効果のことを指す11)。 4 研究設問(以下「RQ」という。) RQ1:グループ訓練の介入前後で、神経心理学的検査の結果に差があるのか? RQ2:グループ訓練の介入前後で、気分と自己認識、社会的スキル、自己効力感の結果に差があるのか? 表1 参加者の概要 5 方法 (1)参加者(表1) 年齢は10歳代後半から40歳代前半、発症後からの経過期間は1年3ヶ月から9年6ヶ月である。原因疾患は、脳出血2名、脳梗塞1名、脳炎1名、くも膜下出血1名、高次脳機能障がいは、失語症や記憶障害、注意障害、遂行機能障害、左半側空間無視を認める。身体機能は、右片麻痺2名、左片麻痺3名で、独歩4名、車椅子1名である。 (2)アウトカム指標 ①神経心理学的検査 イ かな拾いテスト(無意味綴り・物語)12) ロ Trail Making Test(Part A・Part B)13) ハ 三宅式記銘力検査(有関係対語・無関係対語)14) ニ Wechsler Adult Intelligence Scale-Revised(以下「WAIS-R」という。)15) ②自己認識 ホ Patient Competency Rating Scale(以下「PCRS」という。)16) ③気分や感情の状態 ヘ 日本語版Profile of Mood States(以下「POMS」という。)17) ④社会的スキル ト Kikuchi's Social Skill Scale-18項目版(以下「KiSS-18」という。)18) ⑤自己効力感 チ 特性的自己効力感尺度19) (3)実施期間 平成26年4月7日〜平成26年8月6日 (4)実施の流れ グループ訓練実施前にアウトカム指標イ〜チまで実施し、その後4ヶ月間グループ訓練を行った。その後、再度アウトカム指標イ〜チを実施し変化の確認を行った。 (5)介入内容 2週間に1回2時間実施した。グループ訓練の流れは表2の通りに実施し、テーマの内容は就労に関連した内容とした(表3)。支援者の援助内容は、表4の通りである。 表2 グループ訓練の主な流れ 表3 話し合いのテーマ 表4 支援者の援助内容 表5 神経心理学的検査、自己認識、自己効力感のアウトカムについて 6 結果 (1)神経心理学的検査、自己認識、自己効力感のアウトカムについて(表5) 神経心理学的検査は、介入前後で症例D以外は注意、記憶、知的機能に関して、ほぼ改善を認めた。自己認識は、症例BとCの2名は改善を認めたが、ほか3名は変化なし又は自己評価と他者評価の差が増加した。自己効力感は、自己認識と同様に症例BとCの2名は改善を認めたが、ほか3名は自己効力感が僅かに減少する結果となった。 (2)社会的スキルと気分・感情のアウトカムについて(表6) 社会的スキルは、症例C以外はKiSS-18の下位項目のほぼ全てで改善を認めた。気分・感情は、POMSの「緊張−不安」に関してはどの症例も安定化を認めた。「抑うつ−落ち込み」と「疲労」に関しても4名が介入前に比し安定する結果となった。一方で「活気」と「混乱」について改善を認めた症例は2名と少数であった。 表6 社会的スキルと気分・感情のアウトカムについて 7 考察 グループ訓練の介入によりすべての症例で注意、記憶、知的機能に改善を認め、先行研究を支持する結果となった。自己認識と自己効力感は、それぞれ2名の症例で改善を認めたが、ほか3名では改善を認めず、自己認識と自己効力感に関しては先行研究と異なる結果であった。 社会的スキルは、4名の症例でKiSS-18の下位項目6項目とも改善を認め、グループ訓練により、自ら会話を始めたり、質問する等のコミュニケーションスキルや他人を助けたり、和解したりなどの社会的スキルを獲得するのに有用であることが示唆され、先行研究を支持する結果となった。 気分・感情は、グループ訓練を通じて緊張や不安感の軽減だけでなく、落ち込んでいる気持ちや疲労感も改善する機会になったと考える。 8 結語 就労を目標とする高次脳機能障がい者へグループ訓練を実施することで、社会的スキルの獲得や気分・感情、特に緊張や不安の軽減を図る機会となった。それ以外にも注意や記憶、知的機能など認知機能面に関しても改善を認めた。自己認識や自己効力感のグループ訓練におけるアウトカムについては今後さらに検証が必要である。 9 今後の課題 本研究は、統制群を設けずに検証を行っているため、グループ訓練単独のアウトカムの検証には至っておらず、今後他の交絡因子を考慮して検討する必要がある。また、データ数が少なく一般化には限界がある。 今後、さらにデータを蓄積し症例の帰結の状況についても追跡していく。 【参考文献】 1)厚生労働省:難病・発達障害・高次脳機能障害の「その他の三障害」者の効果的な就労に向けた調査研究事業報告書,p.64-72,(2010) 2)厚生労働省:平成23年度・障害者の職業紹介状況等;ハローワークにおける障害者の職業紹介状況,p.1-16,(2012) 3)障害者職業総合センター:高次脳機能障害者の働き方の現状と今後の支援にあり方に関する研究「調査報告書Vol.121」,(2014) 4)高次脳機能障害情報・支援センター:高次脳機能障害支援拠点機関一覧(都道府県分)〈http://www.rehab.go.jp/brain_fukyu/soudan/?action=common_download_main&upload_id=47406〉,2014年7月19日アクセス 5)田谷勝夫:高次脳機能障害者の雇用促進等に対する支援のあり方に関する研究−ジョブコーチ支援の現状、医療との連携の課題−,「調査研究報告書Vol.79」,(2007) 6)Sohlberg, M. M. et al:Conducting group therapy with head-injured adults, p.303-326, The Guilford Press(1989) 7)山本正浩ら:高次脳機能障害者に対するグループ作業療法,「作業療法23」p.133-142,(2004) 8)中島恵子:高次脳機能障害のグループ訓練,三輪書店(2009) 9)中村やすら:失語症者の心理・社会的側面の改善を目的としてグループ訓練「高次脳機能研究23(4)」p.261-271,(2003) 10)北上守俊ら:新潟県障害者リハビリテーションセンターの役割と機能の探索的検討:利用者状況の分析から「新潟県作業療法学術誌8」p.31-40,(2014) 11)Donabedian, A.:Evaluating the quality of medical care「The Milbank Memorial Fund Quarterly 44(3)」p.166-203,(1966) 12)今村陽子:臨床高次脳機能評価マニュアル2000「新興医学出版社」,(2001) 13)豊倉穣ら:情報処理速度に関する簡便な認知検査の加齢変化−健常人におけるpaced auditory serial addition taskおよびtrail making testの検討−「脳と精神の医学 7(4)」p.401-409,(1996) 14)松本啓ら:臨床心理検査入門,医学出版(1975) 15)Wechsler D:日本版WAIS-R成人知能検査法.日本文化科学社(1990) 16)Sherer, M. et al:Measurement of impaired self-awareness after traumatic brain injury:a comparison of the patient competency rating scale and the awareness questionnaire「Brain Injury 17(1)」p.25-37,(2003) 17)横山和仁ら:日本語版POMS手引,金子書房(1994) 18)堀洋道:心理測定尺度集Ⅱ,p.170-173,サイエンス社(2001) 19)堀洋道:心理測定尺度集Ⅲ,p.37-41,サイエンス社(2001) 【連絡先】 北上守俊 新潟県障害者リハビリテーションセンター e-mail:mori.kitakami@gmail.com 高次脳機能障害者を多数支援する支援施設における取り組みの現状と課題 ○緒方 淳(障害者職業総合センター 研究協力員) 田谷 勝夫(障害者職業総合センター) 1 目的 高次脳機能障害とは、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害の4つを主要な症状とする障害である(厚生労働省・援護局障害保健福祉部国立障害者リハビリテーションセンター,2009)。高次脳機能障害は「制度の谷間・峡間の障害」と呼ばれ、行政的な施策の対象となりにくかったが、2001年「高次脳機能障害支援モデル事業」や2006年「高次脳機能障害支援普及事業」、家族会の働きなどによって広く認知され始めている(高岡,2013)。高次脳機能障害についての認知が広がるとともに、高次脳機能障害への対応可能な医療機関は増加し、地域障害者職業センターにおける高次脳機能障害者の利用者も増加しているため(田谷,2014)、障害者の社会参加が求められる今日においては就労支援事業所を利用する高次脳機能障害者も増加していると考えられる。 高次脳機能障害者の支援には、社会適応モデル(阿部,1999)や高次脳機能障害標準的訓練プログラム(厚生労働省・援護局障害保健福祉部、国立障害者リハビリテーションセンター,2009)、医療・福祉の連携としての三重モデル(白山ら,2004)などが報告されている。また、地域職業障害者センターや就労移行支援事業所、総合リハビリテーション施設、医療機関で行われている実際の支援についての報告はみられるが(田谷,2010;2014)、高次脳機能障害者を多数支援している事業所でおこなっている支援内容については明らかにされていない。そのため、本研究では、高次脳機能障害者を多数支援する支援施設における取り組みの現状と課題を明らかにすることを目的として調査を行った。 2 調査方法 (1)調査協力者・機関 調査期間は2013年10月〜12月。高次脳機能障害者の利用者が多い(7名以上)事業所に、高次脳機能障害者の支援の現状と課題についての原稿執筆を依頼した(文字数9600字)。調査協力機関の事業形態は表1に示した。 表1 調査協力機関の事業形態 (2)質問項目 質問項目は表2に示した。 表2 質問項目 (3)分析方法 執筆内容を意味のある文章ごとに分け、同じ意味の文章ごとにまとめてカテゴリーを作成した。これらの分析は、高次脳機能障害者の専門家を含む3名で行った。本稿では、(1)高次脳機能障害者を支援する取り組みの現状、(2)運営施設の目的や位置づけ、(3)関係機関との連携の現状、(4)高次脳機能障害者を支援する際の課題の4点について執筆原稿から該当部分を抜き出しまとめた。 ※本稿はH25年度 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター 調査研究報告書№121「高次脳機能障害者の働き方の現状と今後の支援の在り方に関する研究 第5章」を筆者が再分析してまとめたものである。 (4)倫理的配慮 調査協力者には個人が特定されないような形式にて原稿の執筆を依頼した。また、分析の際には個人情報に関する部分があった場合にはその部分を除いて分析を行った。 3 結果 (1)高次脳機能障害者を支援する取り組みの現状(表3) 表3 高次脳機能障害者を支援する取り組みの現状 ① 職業準備性のピラミッドを考慮して支援を行う 支援の初期には生活技能や生活訓練、生活習慣の獲得、生活リズムの形成、生産活動、障害認識・代償手段の獲得を目的として活動を行う。生活が安定してきた段階で、職業イメージの形成やチームでの課題遂行、コミュニケーション能力の向上、職業評価、実習などを通して就労へとつなげる支援を行う。 ② 利用者の症状や特性を総合的に理解すること 高次脳機能障害の症状の現れ方は個人によって異なる。そのため、利用者を「障害名」や「障害特性」から理解するのではなく、医療機関や関係機関との連携・情報共有、施設での様子や生活場面の観察から得られた情報などを総合して利用者の理解に努め、これらの情報を基に支援計画を立てている。 ③ 社会参加・復帰の際に必要なことを身につける 高次脳機能障害者が社会参加・復帰の際に必要なこととして、「障害認識」「代償手段の獲得」「基本的な生活習慣の獲得」「社会の一般的ルール(報告・連絡・相談)を学ぶ」「自己管理」「コミュニケーションスキル」「身だしなみを整える」「自分・仕事・企業を知ること」などが報告された。 ④ 障害特性に対する実用的な対応 各障害(記憶障害や注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害、病気欠如など)へ対応するための代償行動の獲得や支援方法を提示し対応策を考えていく。 ⑤ 実習や体験活動の実施 職場実習は、利用者本人が「働き方」をイメージすることや支援者が利用者の働きぶりを観察し、利用者へ必要な配慮などを確認することができるため有用である。 ⑥ 本人の意思を尊重して関わる スタッフは利用者を障害者という視点で関わるのではなく、受傷以前の本人として対応する。それによって、利用者のプライドも保たれ聞く耳を持っていただける場合がある。また、本人の主体性を尊重し「その人らしく生きること」ができるように、援助していく。 ⑦ 環境の設定 利用者に合わせて環境を設定することによって、利用者が作業に集中しやすくなり、自分に自信を持つことにつながる。 ⑧ 継続的な支援を受けることができる体制づくり 高次脳機能障害者は適応に時間がかかることや環境の変化に敏感で対応することが難しいため、就労後においてもいつでも相談することができる関係や支援体制を維持しておく必要がある。 ⑨ 地域における連携支援 高次脳機能障害の障害は社会との接点によって表出するため、一つの事業所でできることは限られている。そのため、医療機関や家族を含めた各関係機関と連携・情報共有することによって、利用者の全体像を把握し支援していく必要がある。 (2)運営施設の目的や位置づけ ① 就労移行支援事業 就労移行支援事業では、毎日(週5日)通うことができ、就労を希望している人を対象としている。就労の目安として、トレーニングや実習などを通して、自身の障害を認識し、注意されたことを素直に受け入れられ、週20時間以上の勤務ができるようになることがあげられる。 ② 就労継続支援A型 就労継続支援A型では、雇用契約がある就労を通して利用者の自信を高め、一般企業へ就労することを目標としている。特に就労を目指している人に対してはスキルアップができるような特別トレーニングを仕事の一環に組み込んでいる。 ③ 就労継続支援B型 就労継続支援B型では、生きがいや楽しみを見出すこと、就職の準備の場(コミュニケーション能力の向上、代償手段の獲得)、生活リハビリ(日常生活動作の定着、生活習慣の獲得の場)、自立を目指す場、作業を通じての社会参加などを目的として位置付けている。 ④ 生活介護 生活介護事業では、退院直後の方や集団活動が苦手な方に対して、生活技能の獲得を中心として生活面での楽しみや生きがいを探していくことを目標としている。 ⑤ 地域活動支援センター 地域活動支援センターには40歳未満の高次脳機能障害者が、就労のための基礎的能力の獲得と職業準備訓練のために利用している。また、若年で就労経験がない高次脳機能障害者には、「報告・連絡・相談・確認」の社会的ルールの定着を目標としている。 ⑥ 障害者自立生活アシスタント事業 単身者や一人暮らしを希望している高次脳機能障害者を対象に障害特性を踏まえた生活力、社会適応力を高める支援をおこない、地域で自立した生活の構築、維持を目標とした事業である。利用者が生活している地域に出向き、生活の中でアセスメントを行い、環境調整や代償手段を用いることによって自立できるのか、もしくは福祉サービスの利用を検討するかなどを判断している。 (3)関係機関との連携の現状 ① 医療機関 定期受診に同行して施設や実習、職場、求職活動状況などの情報の共有を行い、主治医からの医学的情報(診断内容や検査結果など)を踏まえて今後の方針や訓練を検討していく。また、医療リハビリテーションで不足している部分を自施設にて補えるような関わりを行う。利用者のうつや不眠などの治療をおこなう。 ② 家族 家族は支援対象であり支援者でもある。家族への支援は、利用者の障害についての説明や関わり方についての助言、定期的な面談、家族教室への参加などにより障害についての理解を深めることによって、家族が感じるストレスを軽減させる。また、家族は、利用者が安定した日常生活を営む上で大きな役割を果たすため、スタッフは家族と情報交換をしながら一緒に利用者の支援に取り組む。 ③ 障害者就業・生活支援センター 職場体験のあっせんや自施設以外の相談機関、就労後のフォローアップを含めた継続的な支援を担う機関である。 ④ ハローワーク ハローワークは就職に関する相談を行う公的機関であるため、行政の制度が利用しやすく、働く環境を整えやすい、企業の信頼を得やすいなどの利点がある。 ⑤ 障害者職業センター 障害者職業センターでは、職業評価や職業イメージの形成、求人活動を行う。ハローワークと連携しているため職業評価を生かした求人活動ができる。 ⑥ 就労先・企業 求職活動の際には、利用者に同行して本人が伝えきれない部分について補足説明をする。企業に対しては、障害として難しいことはどのように工夫すれば補完できるかという視点で説明をしている。就労後には、職場における環境調整に関する助言や利用者本人に対するフォローアップなどを行っている。 ⑦ 地域 勉強会や講演会などを実施して、地域へ高次脳機能障害について知ってもらう。 (4)高次脳機能障害者を支援する際の課題 高次脳機能障害者の支援における課題は、「高次脳機能障害に対する家族や企業、地域の理解不足」「高次脳機能障害者に対する就労支援の研究やその知見が少ない」「高次脳機能障害者への職業リハビリテーションの受け入れ態勢が整っていない」「医療リハビリ後に就労移行(継続)支援への流れの確立」「ジョブコーチと就労移行支援の期間・時間的な問題」「利用者の賃金の向上と職員の待遇の改善」などが報告された。 4 まとめ 本発表では、高次脳機能障害者を多数支援する支援施設における取り組みの現状と課題について検討した。 高次脳機能障害者の支援は、職業準備性のピラミッドを考慮した支援を行っていることが示された。具体的には、受傷後には生活介護施設や就労継続支援B型で生活訓練や生活習慣の獲得、障害認識や代償手段の獲得などを行い、就労への準備が整った利用者は就労移行支援事業を利用して就労へ向けて活動するという一連の流れが報告された。 高次脳機能障害者を支援する際のポイントとして、アセスメントや自身の障害特性に対する認識と対応方法の獲得、実習や体験活動の実施、本人の意思を尊重すること、環境を設定すること、継続的な支援を受けることができる体制づくり、地域における連携支援などが報告された。これらの報告は、職業準備性や高次脳機能障害者・標準訓練プログラム(厚生労働省・援護局障害保健福祉部、国立障害者リハビリテーションセンター,2009)、社会適応モデル(阿部,1999)と一致する内容であった。 高次脳機能障害者の支援には地域における連携支援が重要であるという報告がある一方で、家族や地域、社会の理解が少ないことや医療から就労支援機関までの流れが確立されてないなどの課題も報告された。それ以外の課題として、ジョブコーチや就労移行支援の期間的な問題や利用者の賃金と職員の待遇の向上などが報告された。 【文献】 1)厚生労働省・援護局障害保健福祉部、国立障害者リハビリテーションセンター:「高次脳機能障害者支援の手引き 改訂第2版」(2009) 2)高岡徹:高次脳機能障害「総合リハビリテーション,41」、p.997-1002、(2013) 3)田谷勝夫:「高次脳機能障害者の働き方の現状と今後のあり方に関する研究」独立行政法人高齢・障害・求職雇用支援機構 障害者職業総合センター(2014) 4)阿部順子:社会適応に向けた援助の基本「脳外傷者の社会生活を支援するリハビリテーション」、p.35-50、中央法規出版株式会社(1999) 5)白山靖彦・園田茂・太田喜久夫:高次脳機能障害者に対する医療・福祉連携モデルの構築−1三重モデルの概要「総合リハビリテーション,32」p.887-892(2004) 6)田谷勝夫:高次脳機能障害者の就労支援の現状と課題「MEDICAL REHABILITATION №119」(2010) 【連絡先】 緒方淳 TEL:043-297-9089 E-mail:Ogata.Jun@jeed.or.jp 田谷勝夫 TEL:043-297-9026 E-mail:Taya.Katsuo@jeed.or.jp 「高次脳機能障害者のための職業リハビリテーション導入プログラム」の試行実施状況について 〜3年間の取組を通して〜 ○菊香 由加里(障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー) 我妻 芳恵・坂本 佐紀子・吉川 俊彦(障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)では、これまで職場復帰支援プログラム(以下「復帰プロ」という。)と就職支援プログラム(以下「就職プロ」という。)を実施し、高次脳機能障害者に対する職業リハビリテーションに係る支援技法の開発を進めてきた。これらのプログラムでは、障害が及ぼす職業上の課題を整理するとともに、自己理解の促進や補完方法の習得を目標に支援を行ってきた。上記支援を行う中で、生活リズムや健康管理等の生活面の課題、障害認識や職業リハビリテーション(以下「職リハ」という。)への動機づけが不十分で主体的な取り組みに繋がりにくいといった課題がある場合、プログラムの支援効果があがりにくく、対応に苦慮することが少なくなかった。 このような背景から、職業リハビリテーション導入プログラム(以下「導入プロ」という。)を開発し、平成24年度から今年度まで3年間にわたって試行実施してきた。本稿では、3年間の試行実施状況によるプログラムの効果を検証するとともに、今後の展望について報告する。 2 導入プロの概要及び実施状況 (1)導入プロの概要 導入プロは、復帰プロや就職プロに先立って8週間程度実施し、職リハへの円滑な移行を図ることを目的としている。表1のとおり復帰プロや就職プロは終了後職場復帰や就職を目指している一方で、導入プロでは、職リハに取り組む基盤を整えることに主眼を置いており、①安定的な職業生活の基礎となる健康的な生活を整えること、②職リハの目的とプロセスを本人が十分に理解し、職リハへの主体的な取り組みを引き出すことを目標としている。プログラムの構成とその内容は表2のとおりで、4項目を相互に関連づけて実施している。 対象者は医学的なリハビリテーションが終了し職リハに移行する段階にある高次脳機能障害者であるが、動機づけが不十分である等円滑な職リハへの移行にあたって段階的な取り組みが望まれる方としている。 表1 導入プロと復帰プロ・就職プロの違い 表2 導入プロの内容と目的 (2)受講者の概要 平成24年9月から平成26年8月末までに、地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)を通して申請のあった8名に実施した。約7割が40〜50歳代であり、男女比は3:1であった。 受障から当プログラム利用までの期間は、1年〜2年が約7割を占め、医療リハを終了した段階で希望される方が多い。また、幼少期に受障し就労年齢になって職業センターを利用する他、受障後約15年以上の在宅生活が続いている受講者もいた。導入プロの支援が必要かつ効果的と判断した課題を、表3のとおり整理した。 表3 導入プロ受講開始時にみられた課題 3 支援の効果 (1)帰趨状況 平成26年8月末までに8名が導入プロを終了し、復帰プロに移行した者が4名、就職プロに移行した者が2名、就労移行支援事業所の支援に移行した者が2名となっている。 (2)受講前後の変化に関する傾向 体力の充実、意欲や自発性の促進、障害に対する理解の促進について受講前後の変化を確認するために、受講第1週と最終週に表4に示した神経心理学的検査を実施した。これらの検査における結果の変化から読み取れることは以下の5点である。1点目は、標準注意検査法(CAT)より抜粋したSDMT(Symbol Digit Modalities Test)において注意力、処理速度の向上が窺われ、作業体験等を通じて作業遂行に必要な基礎体力が養われたことが一要因として推察される。このことは、作業中のあくびの軽減、作業に集中して取り組む時間の増加等の行動観察からも裏付けられる。 表4 神経心理学的検査における結果の変化 2点目は、PCRSの日常生活を独力で行う自己評価指標の向上から、生活面における自己効力感の高まりが推測される。導入プロでは、段階的に目標を立て、支援者が肯定的なフィードバックを対象者の特性に配慮して行うことで、成功体験を積み重ね、達成感が実感できるように支援を行っており、このことが指標向上の一要因と推察される。3点目は、面接による意欲評価スケールや質問紙による意欲評価スケールより、意欲の向上や自発性の促進が推測される。導入プロでは作業体験による気づきと補完手段の試用を通して有用感を実感してもらうことを重視した支援を行っている。受講当初は動機づけが乏しく受け身姿勢であることが少なくないが、受講を通じて「頑張りたい」と前向きな発言をする、課題に対して意欲的に取り組むようになる等の変化が見られる方が多いことから、主体的な参加姿勢に繋がったと思われる。4点目は、日常生活の記憶に対する自己認識について、生活健忘チェックリストにおいて、「忘れることが多くなった」と自己評価が下がる受講者と「忘れることが少なくなった」と自己評価が上がる受講者の双方が見られた。現実的な障害認識が深まることで自己評価が下がる場合と、補完手段の活用により実生活上の能力が高まったために自己評価が上がる場合の双方があり、精査が必要といえる。5点目は、PCRSと生活健忘チェックリストでは自己評価と他者評価が近づいており、自身の状況に対する周囲との認識のズレが少なくなっていることが窺える。質問紙のみの検証であることや、母数が少なく信頼性の検証に課題が残るものの、以上から、導入プロが体力の充実、意欲・自発性の向上、自己効力感の向上、障害の自己理解の促進に一定の効果を与えることが推測される。 なお、導入プロでは、先述の神経心理学的検査に加えて、独自に健康管理の自己認識を確認するために毎日の元気度を確認している。元気度とは、毎日の体と心双方の調子を図る自己申告による指標で、50%を標準として、50%以上を「調子がよい状態」、50%以下を「調子が悪い状態」という形で表している。 受講者8名の元気度の推移について、元気度が高まっていくタイプ3名、元気度が安定しているタイプ2名は、50%以上を常に維持している状況が見られた。一方で、元気度が低下した3名については、身体症状が優れない等のプログラムの参加そのものに支障があった他、障害特性について現実視していく過程が元気度を下げる一要因となっているものと推察される。このように、元気度の推移が、職リハに向けて取り組んでいく体力、意欲等の基盤を確認する一材料となるように思われる。 (3)事例報告 次に、復帰プロや就職プロに移行したケースと繋がらなかったケースそれぞれを紹介し、事例を通じたプログラムの効果を検証する。 ① 事例A イ 概要 57歳男性。55歳の時に脳梗塞を発症し、受障。約半年の入院後、約1年半通院リハを受けながら在宅生活を送る。職場復帰を目指し、地域センターでの職業評価を経て、職業センターに来所。障害の主症状は注意障害、遂行機能障害、右片麻痺で、身体障害者手帳1級取得。 ロ 当初の課題 右麻痺による制限を強く感じ、「職場に戻ってもたいしたことができない」と自信を失い、「本当は訓練をしないで仕事を辞めたい」と消極的な発言が見られた。その一方で、障害に関しては、「頭はいたって正常」とその認識が乏しかった。 ハ 支援状況と結果 作業体験等を通じて「できること」「苦手なこと」についての実感や、本人の気づきを促すことを主眼に支援を行った。 作業体験の際に、同じようなミスを繰り返していることを個別相談で支援者と振り返りながら、障害の影響を確認していった。その結果、中盤から「自分のできないことが見えてきた」「ショックだけど、現実だと受け止めなければならない」との発言があり、葛藤はありつつも、自身の障害を理解し、向き合っていこうという気持ちへの変化が窺えた。 また、「改善してミスを減らしたい」との発言もあり、支援者から見直しの工夫を提案したところ、その効果を実感することで、徐々に工夫を取り入れながら取り組む様子が見られた。終了時には「障害について十分認識することができた」と障害に対する自己理解が深まる発言が見られ、受講当初に比べて「やり遂げなければという気持ちが強くなった」という気持ちの変化も見られた。 ニ 終了後の帰趨状況 終了後は、復帰プロに移行し、作業上の課題に対する補完方法の習得、疲労のマネージメントスキルの習得、復職にあたって対応可能な職務の検討を目標に支援を行った。現在は、職場に復帰している。 ② 事例B イ 概要 40歳の男性。大学1年時にヘルペス脳炎を発症し、受障。受障後約16年間在宅生活が続き、その後5年間作業所に通所。就職を目指し地域センターの職業準備支援を3ヶ月間受講し、職業センターに来所。障害の主症状は記憶障害。精神保健福祉手帳2級取得。 ロ 当初の課題 記憶障害を補完するためにメモリーノートを使用していたが、十分に使いこなせない状態であった。そのため、スケジュール管理などの生活管理面では終始周囲の見守り、声がけが必要であった。また、自身の障害に対し「記憶を回復させたい」と治癒に対する気持ちが強く、自分の記憶で対処しようとする傾向があった。 ハ 支援状況と結果 メモリーノートの試用にあたっては補完手段の習得よりも、その有用性の実感を促すことを主眼に支援を行った。 受講当初は、自主的に記載する様子が見られたが、記載したい内容が多く、記載場所を考える余裕がないために、後で見た時に分かりにくい記入になっており、参照に時間を要していた。そのため、2ページを1日で使うこととし、スケジュールの右側のページ全てを自由メモ欄にして、Bさんがメモしておきたいことを書き留められるようカスタマイズを行い、日常生活の中でも試用するようにした。個別相談では「し忘れたり間違ったことがあったと思う」「ぎこちなさがあった」と感想を述べることが多かったが、自己効力感が持てるよう支援者から効果のあった場面を都度フィードバックしていった。終了時には「最初は書くときりがないので億劫で書きたくなかったが、今は便利と思う。書かないといけないと思う」と、補完手段に係る有用性の実感が高まった発言が聞かれた。 ニ 終了後の状況 終了後は、就職プロに移行し、引き続き、メモリーノートをはじめとする補完手段の習得、今後の就職を考える際の対応可能な職務の検討を目標に支援を行った。現在、就職活動を行っている。 ③ 事例C イ 概要 42歳の男性。40歳の時にくも膜下出血を発症し受障。療養のため休職していたが、休職期限満了により退職。約半年入院した後、約1年半通院リハを受けながら在宅生活を送る。就職を目指し、地域センターでの職業評価を経て、職業センターに来所。障害の主症状は記憶障害で、精神保健福祉手帳2級取得。 ロ 当初の課題 障害認識が乏しいことに加え、在宅生活が続いたため生活管理面、健康管理面での課題が多く、終始周囲の見守り、声がけが必要であった。 ハ 支援状況と結果 職業生活を円滑に送れることを主眼に、併設の宿泊棟に入所し、他の受講者と同様に、一連のメニューによる支援を密に行った。 しかし、導入プロの受講について、家族の意向が強く影響しており、本人の職リハへの動機づけの弱さがあった。受講を通して動機づけを図っていこうとしたが、本人の発言から「家族と一緒に居たい」という気持ちが強く、受講に向けた意欲を維持することが難しい様子が窺えた。このため地元に戻り、より長期的な支援の中で職リハに向けた準備を整えていく必要があると感じられた。 ニ 終了後の状況 終了後は、地元の就労移行支援事業所に通所し、就職に向けて取り組んでいる。 4 考察 (1)効果のまとめ 導入プロ受講者全体の受講前後の変化と事例から、基礎体力の向上を図っていくことで、職業生活の基礎となる健康的な生活を整えていくことができた。また、導入プロの目標に沿った支援者の関わりにより、一部を除き、障害に対する気づきや補完手段の有用性の実感、意欲の喚起が図られ、職リハへの動機づけが高められ、主体的な参加姿勢の形成に繋がった。こういった効果により、その後に続く職リハの中でも効果的な取り組みを継続させることができ、職リハがより有効に機能するものと考える。 (2)今後について 今後は、導入プロから復帰プロ・就職プロまでを一連の支援として計画的に連動させながらより効果的、効率的な支援を展開していくことが必要と考えている。さらに、職業センターで開発したプログラムを基に、医療リハ等との早期からの連携のあり方や、職業生活への移行を目指した生活支援に係るアセスメント方法の検討等も視野に、今後更なる検討を行いたい。 【参考文献】 1)土屋知子他:障害者職業センターにおける「高次脳機能障害者のための職業リハビリテーション導入プログラム」の開発の経緯と試行実施について第20回職業リハビリテーション研究発表会論文集(2012) 2)菊香由加里他:障害者職業センター職業センターの「高次脳機能障害者のための職業リハビリテーション導入プログラム」の試行実施経過について第21回職業リハビリテーション研究発表会論文集(2013) 口頭発表 第2部 就労支援の実践における企業内就労訓練の導入と効果について 橋本 一豊(特定非営利活動法人WEL'S新木場 就労準備センターわだち 施設長) 1 はじめに 今後の多様な支援ニーズに対応するために、当法人では企業との協力の下、平成22年6月に東京都足立区において企業内就労訓練事業所を開設した。設立当初は人材の確保や資金面での運営上の課題もあったが、設立から現在に至るまで一定の実績と成果を上げており職業リハビリテーションにおいても新たな選択肢として機能してきている。 本発表では、就労支援実践業務の中で、企業内就労訓練事業所が持つ機能と役割について紹介していきたい。 2 事業実施のきっかけ 当法人の顧問社労士による紹介で、今後障害者雇用を推進していきたいという企業の雇用ニーズに対して、よりスムーズな雇用拡大の仕組みとして企業内就労訓練の導入について情報提供したところ実施の方向で検討されることとなった。その後、職務分析や支援者による作業体験、職務構築などのプロセスを経て工場内の一角の業務(産業廃棄物処理)での請負契約を結び実施することとなった。 【事業実施までの流れ】 (1)企業の雇用ニーズの把握と情報提供 (2)雇用ステップに関する提案 (3)企業内就労訓練事業実施に向けての打合せ (4)職場見学 (5)職務分析(作業内容と職場環境の把握) (6)職務分析結果のフィードバック (7)作業体験(支援者による作業体験) (8)事業実施についての詳細の確認 (9)事業開始(契約) 3 仕組みの構築と情報発信について 就労支援における一つの機能を担えるよう、企業内就労訓練事業の実践を重ねながら仕組みを構築していくことを進めた。また、本事業は法的な根拠のない事業であるため、他事例も参考にしながら、より分かりやすい情報発信を心掛けた。 【具体的な実施内容】 (1)DVD「あだちファクトリー物語」の制作 障害者雇用施策の中にない、企業内就労訓練事業の普及啓発活動に取り組むため、事業の仕組みと制度との関連づけについて明らかにし情報発信を行なった。平成23年度には東京都中小企業振興公社の実施している「地域中小企業応援ファンド」を活用し、普及啓発のためのDVDの制作とイベントでのPR活動を行なった。 なお、予告編はyou tubeで確認することが出来る(https://www.youtube.com/watch?v=wq-YLSpUoKU)。 (2)アセスメントツールの作成 就労支援における企業内就労訓練事業の機能と役割について明らかにしていくために、就労支援に必要なアセスメントについて実践の中で検討した。 その結果、48項目の評価点とフィードバックシートを活用し、3か月に1回、支援対象者(以下「対象者」という。)との定期面談で振り返りと目標設定を行ない、今後の就労支援に向けての個別支援計画の作成に繋げるようにしている。 (3)事業実施のメリットについての確認 事業の効果を検証するために、就労を目指す対象者のメリットと事業に協力する企業のメリットについて明らかにするため、対象者と保護者には、第三者サービス評価を活用し、無記名でのアンケートを実施した。事業を実施している請負元企業へは定期打合せでの情報交換の中で、事業の効果についての確認を行なった。その結果、対象者にとっては、工賃を得ることで生活を維持しながら就職活動が出来ることや、実際の職場に近い環境で訓練を積むことで働くことを体感できる点がメリットとしてあげられ、企業側からは職場内で支援者が常駐して管理運営を行なうことでの不安の軽減やノウハウの共有、障害者雇用へのスムーズな移行についての利点を確認することができた。 (4)管理運営のための体制作り 企業内就労訓練事業は、現場の作業を遂行しながら就労支援を行なうための人員体制と安全管理が重要であるため、就労移行支援事業の施設外就労の仕組みを活用し、必要な人員配置を行なった。また、作業遂行に支障がないように、月ごとに個別の就労訓練スケジュールを作成し、運営のためのシフトの調整を行なっている。現場の体制においては対象者3名に対し1名の支援員の配置を基本として安全に作業が遂行できるように配慮している。 (5)個別の就労訓練プログラム 就労移行支援事業所と連携し、事務補助訓練との組み合わせにより、多角的なアセスメントを行ない今後の就労支援における作業適正の把握と自己覚知を促すための環境整備を行なっている。 (6)他事例の調査と情報共有 三菱財団からの助成を受け、他団体で企業内就労訓練事業所を実施する事例を調査し、効果や課題についての情報を共有した。企業内での授産活動をしている事例はあったが、就労訓練として機能させている事例は少なく、改めて企業の理解と現場の体制作りの課題を認識できた。 4 実施による効果 就労支援における一つの機能の在り方として、企業内就労訓練事業の実践は、以下のような成果により効果が立証できている。 (1)事業についての対外的な情報発信と反応 DVDの販売やマスメディア等の情報発信による効果で、設立から現在までに40名の対象者受入れ、190名の見学者受入れを行った(平成26年8月現在)。また、就労移行支援事業所の施設外就労先として機能し、明確な制度の位置づけができるようになり、対象者の受け入れもよりスムーズになってきている。 (2)実態に沿ったアセスメント 支援者が企業内の作業を対象者と一緒に行うことで、より実態に沿ったアセスメントができ、就労後のサポートを行なう際にも具体的な対応方法などを企業側についた得ることができ、効果的な就労支援を行えることを確認することが出来ている。 (3)ソーシャルワークにおけるアセスメント 対象者の支援ニーズに対応するために、支援者が関連機関と連携しコーディネートを行なうことにより、一般就労が難しい対象者への「生活」と「仕事」を一体的に支援するためのソーシャルワークの実践を実現することが出来ている。 (4)企業就労に向けての支援 設立から現在まで、企業内就労訓練事業所を利用した10名が企業就労につながった。就職先は事務系、物流系、清掃、飲食業など多様である。また、事業協力先企業に4名が就職している。 (5)工賃の支払い 企業からの委託費を対象者に工賃として還元している(平均工賃は月4万円程度で時給は600円程度)。協力先企業は今後職域拡大や雇用拡大に向けて検討している。 5 考察 (1)企業というリアルな場での訓練は、対象者にとっても、雇用する企業にとっても体験を重ねていくことによりイメージがつきやすく不安を取り除くための有効な仕組みである。 (2)企業内就労訓練事業は、今後障害者雇用を行なう企業にとって、タイムリーなマッチングを図ることが可能であり雇用をより確実に進めていく方法として非常に効果的である。 (3)就労支援業界での人材不足が課題となっているが、企業内就労訓練事業所で実際の作業を対象者と一緒に行なうことで、これまで福祉の知識や経験のない職員も障害特性に応じてどのような支援を行なえばより安定的・効率的な作業を遂行できるかを発見できる環境であり、OJTとして非常に有効的である。 (4)全国的に数が少ない企業内就労訓練事業所を広げていくためには、対象者のニーズと企業のニーズを的確に把握できるソーシャルワーカーの存在と提案力、それを後押しする有効な制度の活用が必要になってくる。 6 課題 (1)企業内就労訓練事業を広げていくためには、企業の協力が不可欠であるが、事業そのものに活用できる制度がなく、企業へのインセンティブが少ない状況の中で、事業を実施するメリットについて企業ニーズに対応できる提案力が必要になるが、事例も少ないため提供できる情報が限られている。 (2)企業内就労訓練事業を実施していくためには、福祉的な視点のほか経営力も必要になってくるため、継続的に管理運営を行なっていくためのマネジメントが重要であるが、そのための人材育成プログラムが必要になってくる。 (3)企業内就労訓練事業では、就労訓練と作業の遂行とのバランスが重要であるが、作業量の増減により就労訓練への影響が懸念される。 7 結論 (1)企業内就労訓練事業所とは、企業の仕事を請負い、企業の中で実際の作業を行いながら対象者が就労に向けた職業準備訓練を行うことができる事業所である。 (2)企業就労に向けた就労支援を行う際に、企業内就労訓練事業所では就労に向けた実践的な職業訓練環境の提供が可能であり、就労に向けたアセスメントと就労移行後のフォローアップがよりスムーズになり、就労支援の機能としても有効である。 (3)企業内就労訓練事業所では、対象者にとっては実践的な職業訓練を受けながら工賃を取得することができる仕組みであり、協力企業にとっては雇用管理ノウハウの提供やスムーズな障害者雇用の実現など、社会的なメリットが大きい取り組みである。 (4)企業内就労訓練事業所で支援者がアセスメントを行なうことで、生活支援と就労支援の課題を明確に把握することができ、利用者を援助する関連機関と連携しながらそれぞれの専門性を生かした一体的なソーシャルワークを行なうことができる。 (5)全国的に事例の少ない企業内就労訓練事業について広く発信していくことで、障害のある人が戦力として活躍している姿を広めていくことが出来るほか、協力先企業のCSRの取り組みとしてPRしていくことができ、障害者雇用の普及啓発につながる。 東京都の助成を受けDVDを作成し以下の賞を受賞。その他マスメディアに取り上げられた。 ・日本視聴覚教育協会 優秀映像教材選奨優秀作品賞受賞 ・文連アワード2012 ソーシャル・コミュニケーション部門 部門優秀賞受賞 ・その他、NHKや経済団体の広報誌への記載、セミナー発表、ラジオ出演など この実践を今後広めていくためには、企業の協力が不可欠であり企業の理解を促すことが出来るソーシャルワーカーの存在が必要になる。そのためには、福祉と企業双方の立場に立った支援のできる支援者の人材育成が必要である。 8 おわりに 障害者雇用率の引上げ等により、今後も就労支援ニーズはますます高まっていくことが予測される。一方で雇用ノウハウのない企業は今後の障害者雇用への不安を抱えており、支援機関における企業支援の力量もより一層必要とされており、適切なジョブマッチングを行なうための人材育成と連携の仕組みの構築が急務である。その中で、企業内就労訓練事業の導入は、福祉と企業が共に障害者雇用を進めていくための段階的な方法の一つであるため、より一層広がっていくことを期待したい。 【参考文献】 特定非営利活動法人WEL'S新木場「企業内授産施設運営の実践研究と普及啓発事業」2012(第42回)三菱財団研究・事業報告書 【連絡先】 特定非営利活動法人WEL'S新木場 就労移行支援事業所 就労準備センターわだち 〒121-0831 東京都足立区舎人4-9-13 Tel/fax:03-5837-4495 Email:info@wels.jp 施設外就労(請負作業)から障害者雇用へ 〜誰もが働く喜びや苦悩を感じるために〜 ○坂上 淳子(公益財団法人慈愛会 就労支援センターステップ 作業療法士) 西牟田 真理子(公益財団法人慈愛会 就労支援センターステップ) 1 はじめに 公益財団法人慈愛会(以下「慈愛会」という。)のある鹿児島県は、精神科病床への入院患者数が多く、都道府県別で最多である。また、厚生労働省の2012年の病院報告によると、鹿児島県の精神科病床の平均在院日数は418.6日と、全国平均の1.4倍となっている。慈愛会は、離島も含め三つの精神科病院(計954床)を抱えているが、地域社会との共生を目指し、入院医療から地域生活中心へ、またその後の就労支援へ積極的に取り組んでいる。 「就労支援センターステップ」(以下「ステップ」という。)は、平成11年4月より通所授産施設として開設し、平成21年7月法改正により新体制に移行。それと同時に、法人内での請負作業を開始した。「共に働くことで理解を含め、お互いの負担を軽減し、職場定着につながるのではないか」という考えの下、請負作業からの障害者雇用を進めてきた。 今回、ステップの就労支援や職場定着への介入方法を振り返り、請負作業先の職員と、請負作業後に就職した障害者へ意識調査を実施したので、今後の課題とともに報告する。 2 概要と現状 (1)法人の概要 創設80年、「医療の原点は慈愛にあり」という理念の下、包括的な保健・医療・介護・福祉・教育サービスを行っている。 (2)ステップの概要 慈愛会谷山病院(単科精神科)(以下「谷山病院」という。)に併設され、就労移行支援事業(以下「移行」という。)と就労継続支援B型(以下「B型」という。)を実施する多機能型事業所である。 ① プログラム内容 イ B型(定員:30名) クリーニング、喫茶、清掃、厨房補助の4作業を実施。清掃と厨房補助は、谷山病院との請負契約を結んでいる。 ロ 移行(定員10名) 施設外就労と講義を実施。施設外就労は、近隣の大型商業施設内で㈱Misumiと請負契約を結び書店業務を行っている。講義では、就職準備プログラムとして、ストレス対処や再発予防、ビジネスマナー等に取り組んでいる。 移行開設当初より、一般就労を意識し施設外の作業を取り入れている。過去5年間の就職実績は41名。(うちA型2名)(表1) 表1 過去5年の就職実績 3 請負作業と雇用の経過 平成21年7月〜谷山厨房補助開始(移行)。 内容:食器洗浄、洗浄室清掃、ゴミ庫清掃等 現在もB型で継続。 平成23年4月〜今村病院分院(以下「分院」という)厨房補助開始(移行)。 内容:食器洗浄、野菜下処理等 平成24年2月〜谷山厨房で2名雇用。 平成24年10月〜分院厨房で3名雇用。 平成24年11月〜谷山厨房で2名雇用 平成24年12月末 分院厨房請負終了。 平成25年1月〜分院厨房で1名雇用。 請負作業を経験後、合計8名の雇用へつながり、現在5名継続中である。(表2) 表2 請負作業後の就職者 慈愛会全体の障害者雇用の推移は、平成22年法改正後、短時間労働者も0.5カウントになり実雇用率が低下するが、その後23年度、24年度とステップからの就職者もあり回復した。(図1) 図1 過去5年間の障害者雇用の推移 4 方法 (1)調査対象 ① 請負作業先の厨房職員 ② 請負作業後の就職者 (2)調査内容 ① 厨房職員用 基礎情報、障害者雇用のイメージの変化、障害者雇用のメリット・デメリット、請負作業後の就職について、障害者雇用の促進に必要なこと、障害者へ求めるもの、職場定着に必要なことから構成した。また支援スタッフへ求めることとして自由記載欄を設けた。 ② 就職者用 基礎情報、勤務形態、満足度、不満の改善に必要な事、請負作業後の就職について、同じ職場にステップから複数名働いていることについて、就職後の体調管理について構成した。また支援スタッフへ望むこととして自由記載欄を設けた。 (3)調査期間 平成26年8月15日〜8月25日 5 厨房職員用の結果 2病院51名の回答を得た。 (1)精神障害者に対してのイメージ 「怖い」等のマイナスイメージより、「わからない」「真面目」の項目が多かった。 表3 精神障害者のイメージ (2)障害者雇用のイメージの変化 障害者雇用を始めてからのイメージの変化に ついて、「大いに変化があった」と「やや変化があった」の回答を合わせると半数以上であった。変化の内容として、「自分の意思を持って仕事に取り組むことが出来るとわかった」「もっと動けない人ばかりと思っていたが、頼むと確実に行っている」との回答があった。(図2) 図2 障害者雇用のイメージの変化 (3)障害者雇用のメリット・デメリット メリットとして「障害への理解が深まる」「業務改善が図られる」との回答が多かった。また、デメリットは「安全面の注意」「継続勤務への不安」との回答が多かったが、「特にデメリットは無い」との回答も18%あった。(表4)(表5) 表4 障害者雇用のメリット(複数回答有) 表5 障害者雇用のデメリット(複数回答有) (4)請負作業後の就職について 「障害特性を知ることが出来た」「個人を知ることが出来た」「支援者の動きをみる事が出来た」との回答が多かった。(表6) 表6 請負作業後の就職について(複数回答有) (5)障害者雇用の促進に必要なこと 「職員の理解促進」「個々の適性の把握」「支援体制の充実」の3項目で全体の80%になった。 (6)働く障害者へ求めるもの 生活管理・病状管理等、職業準備性の項目が多かったが「素直さ」も10%と高かった。(表7) 表7 働く障害者へ求めるもの(複数回答有) (7)職場定着へ必要なこと 表6に加え、「職業マッチング」「忍耐力」「支援スタッフ」の順で回答が多かった。 6 請負作業後の就職者用の結果 8名中7名の回答を得た。(離職者含む) (1)仕事内容・勤務形態 仕事内容は、食器洗浄・野菜の下処理が多い。勤務時間は、8時間(1名)、6時間(3名)、4時間(3名)、全員週5日勤務である。 (2)満足度 人間関係・勤務形態の満足度は80%以上である。仕事内容に対しては「どちらとも言えない」との回答もあった。 (3)仕事や職場の不満の改善に必要な事 「周囲の理解」「人間関係の改善」「相談出来る人や場所」の回答が多かった。 (4)請負作業後の就職について 請負作業後の就労のメリットとして、「雰囲気や職員に慣れた」「気持ちに余裕がある」の回答が多かった。(表8) 表8 請負作業後の就職について(複数回答有) デメリットや気になることとして、「請負作業と就職してからのスピードが違った」「求められることが増えてきた」との回答があった。 (5)同じ職場にステップから複数名働いていることについて メリットとして「心の支えになる」「安心感がある」「相談できる」との回答があった。逆にデメリットとして「比べられているか気になる」「差を感じた」との回答があった。 (6)就職後の体調管理について 「就職後、定期診察や服薬を行っていても体調が悪くなったか」の問いに、無回答を除く全員が「はい」と回答があった。対処法として「無理せず休みをもらう」「規則正しい生活を心がける」「相談する」と回答があった。 7 考察 今回の厨房職員用結果より、請負作業を通じ障害者と接点を持つことで、障害者雇用のイメージの変化が半数以上の方にみられ、障害や個人の理解が進んだことがわかった。また、請負作業で予め仕事の役割分担をすることで、障害者雇用開始時の業務切り出しにかかる負担を軽減出来ることもわかった。一見、手間がかかると思われる業務分担やマニュアル整備のノウハウは、職員の育成にも応用可能で企業のメリットにもなり得ると考える。 就職者の結果からは、請負作業での経験が精神的負担の軽減に大きく影響していることがわかった。それと同時に、請負作業とのスピードのギャップや仕事内容の変化・増加に戸惑いを感じていることもわかった。 金塚1)は、仕事を継続させるためには「四つの力」が必要であると報告している。「本人の力」「企業の力」「地域の力」「支援者の力」の四つである。請負作業からの就職は、この四つのうち「地域の力」以外の三つの要素が重なり合っているのではないかと考える。そこに、本人を取り巻く家族や医療など「地域の力」をプラスすることで、仕事を継続出来る可能性が高まると考える。 また、精神障害者の特徴として、個人差があり、場面や状況の変化に弱い。また、症状の程度が変動するため、周囲にわかりづらく、誤解を招くことも多い。障害者本人の良さや人間性を、面接のみで伝えることは困難だと考え、企業と本人両者にとってメリットが大きい請負作業からの就職を、今後も進めていきたい。しかし同時に、離職した3名の要因を検討し、今後に活かす必要がある。請負作業で経験していたにも関わらず、職業マッチングの見極めが不十分であったと思われる。「経験しているから大丈夫」と支援者が驕ること無く、請負先と協力し真摯に取り組んで行きたい。 8 今後の課題 (1)一般企業への応用 今回は、同法人内に限った取り組みの報告を行った。同じ方法が、一般企業にも応用出来るのではないかと考え、昨年度1事例取り組んだが、結果が実らなかった。仕事へのマッチングだけではなく、職場のアセスメント(会社の雰囲気や人間関係に馴染めるかどうか)の重要性を感じた。現在も、一般企業で請負作業を行っている為、これまでの経験を踏まえ、前向きに取り組みたい。 (2)慈愛会の障害者雇用促進 現在、ステップから慈愛会への就職者は、厨房補助のみである。事務局や看護学校での事務実習は行っているが、主な目的は職種体験である。今後、清掃や事務、看護・介護補助、さらに過去の経験を活かしたピアスタッフなど、様々な領域で活躍出来ると信じ、雇用促進に繋げたい。 【参考文献】 1)里中孝史,金塚たかし他:精神障害者枠で働く,p.193-201,2014 2)障害者職業総合センター研究部門:働く広場№399,精神障害者雇用促進のための就業状況等に関する調査研究(一),p.10-11,2010 3)影山摩子弥:なぜ障がい者を雇う中小企業は業績を上げ続けるのか?,p.130-174,2013 4)中野加代子他:障害者雇用・就労支援についての市職員意識調査の結果,第21回職業リハビリテーション研究発表回発表論文集 「千葉市障害者職場実習事業」について 〜政令市における障害者職業能力開発事業のその後〜 寺澤 妙子(千葉市保健福祉局高齢障害部 障害者自立支援課・障害者職業能力開発プロモーター) 1 はじめに 平成18年度、厚生労働省から政令市に委託され開始された「障害者職業能力開発プロモート事業」は、障害者の職業的自立を支援するため、福祉、教育、企業、労働等の機関が連携して、企業及び障害者のニーズや、障害者の一人ひとりの態様に応じた職業訓練の利用促進を図ることを目的とした事業である。 平成22年度からは「地域における障害者職業能力開発促進事業」として政令市及び都道府県を対象に企画を募り、実施自治体を選考し、15政令市で実施された。 平成25年度より本事業は、委託先が政令市から都道府県に変更されたが、これまで受託していた政令市では障害者職業能力開発プロモーターという職責を残し、独自の展開を図り引き続き事業を実施している。 平成22年度までの実施内容については、第19回職業リハビリテーション研究発表会において、千葉市・広島市・神戸市・新潟市・京都市・仙台市のプロモーターにより共同研究という形で発表しているので、詳細については前回発表された資料を参考にしていただきたい。 2 千葉市の取り組み まず、平成23年度・24年度に実施された、厚生労働省より委託された「地域における障害者職業能力開発促進事業」について説明させていただく。 (1)委託事業の目的 障害者一人ひとりの把握から、職業訓練の受講促進及び一般就労支援とその後のフォローアップ・定着支援まで、関係機関との連携の中で継続的な支援を提供する。特に、福祉施設との連携を重点に置き、主に23年度にアプローチした61人をはじめとする施設利用者に対して、職業訓練の受講勧奨や一般就労に向けた支援を実施した。 こうした取り組みにより、福祉・教育から職業訓練の受講や一般就労に向けた流れを形成し、福祉施設、特別支援学校、障害者、就労支援機関、企業との連携基盤を構築した。 (2)障害者職業能力推進会議の開催 福祉・教育・労働・経営・行政等の各分野委員で構成する障害者職業能力推進会議を平成20年3月以降で計12回開催した。 この会議は関係機関での情報共有及び千葉市における障害者の職業能力開発の推進に関する課題の協議の場となり、現に生じている問題・課題の解決のみならず、関係機関での連携の在り方など、連携基盤の構築に資するものである。 (3)障害者職業能力開発説明会の開催 特別支援学校の教員・生徒・保護者を対象とする障害者職業能力開発説明会ではワークショップやロールプレイなどを取り入れながら、当事者ばかりではなく、その保護者も対象に就労意識の醸成を図るほか、卒業後の進路としての職業訓練受講や一般就労に対する理解を深めた。 3 職業訓練受講促進のための周知・相談 職業能力開発に関する理解を深め、障害者一人ひとりの態様に応じた職業訓練の受講を促進した。 (1)職業能力開発に関する相談の実施 職業能力開発に関する相談として障害者やその支援者からの就職に関する相談に応じるとともに、企業からの障害者雇用に関する相談にも対応しながら、障害者や企業の個々の事情に応じた職業訓練の受講など、一般就労に向けたマッチングその他の支援を実施した。 福祉施設利用者及び特別支援学校生徒に対する職業訓練の受講促進にあたっては、プロモーターが福祉施設及び特別支援学校を訪問し、支援対象者の選定、一人ひとりの態様に応じた支援を実施した。 また、職業訓練への信頼感の醸成を図るため、職業訓練受講後のフォローアップも実施した。 表1 福祉施設利用者への支援 (2)特別支援学校生徒への支援 進路指導主事と連携し、特別支援学校の進路指導により就職に至らなかった生徒に対し、早期委託訓練や卒業後の職業訓練受講等を促進する。 また、職業訓練への信頼感の醸成を図るため、職業訓練受講後のフォローアップも実施した。 (3)支援プロセスの共有 前述の職業訓練受講や一般就労に向けた支援を福祉施設及び特別支援学校と連携して実施し、そのプロセスを共有する。 (4)広報資料の配布 障害者及び企業向けの広報資料(リーフレット)を作成配布し、就労又は雇用に向けてのプロセス及び支援体制を周知させた。 障害者向けリーフレットには、就労に向けた意識啓発と職業能力開発支援制度の周知を目的としたものを作成し、千葉市の障害保健福祉サービスの総合窓口である各区保健福祉センター等で配布した。 企業向けリーフレットでは、障害者雇用に関するプロセス、様々な支援制度の周知を目的としたものを作成し、中小企業も多数参加している商工会議所等で配布した。 (5)障害者職業能力開発セミナー等の開催 福祉施設の利用者等を対象に、一般就労への意識や職業能力開発の重要性を啓発するとともに、職業訓練の理解を深めるため、障害者職業能力開発セミナー及び千葉県立障害者高等技術専門校・障害者雇用企業の見学会を開催した。 (6)在宅障害者への支援 前述の広報資料の配布や、在宅就業支援を行っている団体との連携により、在宅障害者の就労ニーズの掘り起こしに努めた。 一方、企業に対しては、様々な働き方について情報提供と理解の促進を図った。 4 県と連携した職業訓練の活性化 障害者の職業能力開発の拠点である千葉県立障害者高等技術専門校と連携しながら、職業訓練の受講をより効果的に促進した。 (1)職業訓練の受講促進 福祉施設の利用者等の職業訓練の受講を促進するため、障害者職業訓練コーディネーターと連携し、一人ひとりの態様に応じた職業訓練受託機関との的確なマッチングを実施した。 また、委託訓練等の受講後に就職に至らなかった者に対しても、ハローワーク等と連携しながら就労に向けた支援を継続した。 (2)委託訓練先の開拓 様々な障害や働き方があることについての理解の普及を図りながら、プロモーターに相談のあった企業をはじめ、新たな委託訓練先を開拓した。 この中で、千葉市内に本社がある全国規模の企業開拓をした際には、他市のプロモーターや就労支援機関に情報提供し、地域の障害者職業センターと連携を図りながら、障害者雇用の場を拡大した。 5 プロモート事業経年実績 千葉市において、障害者の就労支援の目的とは、障害者の個々の状況に応じ、長期的視野を持って、その時点での最適な進路先を選択できるようにすることと捉えている。 したがって、就労支援の成果は「一般就労者数」ではなく、「マッチング成功件数」である。現在一般就労に至っていなくとも、現時点での最適な進路選択として「企業実習への参加」・「職業訓練受講」、また「福祉的就労」についても、長期的視野に立ってマッチング成功と捉えている。 表2を参照していただくと、平成25年度に向かい、相談件数は年々増加してきている。表3からは定着支援の増加を見ることが出来る。 表2 プロモート事業経年実績 表3 平成25年度 就労・定着のための支援 6 千葉市障害者職場実習事業 (1)目的 一般就労を希望する障害者に対し、就職前に企業で一定期間の実習を行い、相互理解を深めた上で就労に結びつけることにより、障害者の職場定着を図り、一般就労促進することを目的とする。 (2)事業内容 プロモーターが、職場開拓等によって得た企業等のニーズを踏まえ、一般就労を希望する障害者からの相談に基づき、一カ月以内の職場実習を行い、実習後の就職に結びつける。 必要に応じ、就職後も職場定着のために障害者と企業双方に相談支援を行う。 また、実習先事業所に対し、実習1日につき2,000円の奨励金を支払う。 (3)対象者 ①一般就労を希望する、療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・身体障害手帳の所持者。 ②公共職業安定所に求職登録をしている者。 ③千葉市内に住所を有する者。 ④実習可能な健康状態にあり、自力で事業所に通える者。 (4)実習支援 実習にあたり、プロモーターは業務切り出しを行い、ジョブコーチ支援にあたる。実習終了後雇用に至った場合は、定着支援も実施する。 (5)実習の流れ 以下は障害者職場実習事業の流れを一覧にしたもので、それぞれの場面で必要様式等を提示しているので参考にしていただきたい。 障害者職場実習事業 実施フロー 宇部市障害者就労ワークステーションにおける障害者支援の記録 〜ワークステーションから一般就労への足跡〜 ○谷 寛子(宇部市健康福祉部障害福祉課 課長補佐) 岡村 洋子(光栄会障害者就業・生活支援センター) 1 はじめに 宇部市は平成22年5月から市役所内に「宇部市障害者ワークステーション」(以下「ワークステーション」)という。)を設置した。その目的は、①障害者の積極的雇用と障害者の自立の促進 ②庁内業務の効率化 ③民間事業者の障害者雇用への促進である。ワークステーションでは、障害(知的、精神、発達障害)のあるワークステーション職員(以下「職員」という。)7名が、市役所内67部署から依頼されたパソコン入力や印刷などの定型業務を行っている。また、職員は有期雇用であり、これまでの終了生は6人である。  こうした中、ここでは、2人の職員が自覚と自信をつけ、期間終了後に民間企業で働き続けているこれまでの足跡を振り返り、関係機関との連携の在り方についてまとめたので、報告する。 2 ワークステーション職員の人材育成体制 ワークステーションの役割の一つに、雇用した職員の期間終了後の就労に向けた支援がある。2年間(現在は3年間)のうちに、次の就労に向けた段階的な支援を行う。 その育成体制は図1のとおりで、1年目は社会人としての基礎的な資質向上と作業能力向上の期間、2年目は自己のスキルアップと後輩職員への指導能力の向上、現場実習等の就職活動期間である。また、ワークステーション職員へのフォロー体制は図2のとおりで、障害者就業・生活支援センター(以下「センター」という。)の就業支援担当者が面談等で個別支援を実施し、年に3回開催する「ワークステーション検討会」(以下「検討会」という。)では、業務の在り方や作業方法等について、専門家からの助言・指導等がある。 なお、本論で述べる「記録」とは、人材育成に活用している、職員が毎日記載する業務日報、研修や実習の記録、及び支援員が各職員の業務日報に記載する所感、その他検討会会議録や個別支援報告等をいう。 図1 ワークステーション職員の人材育成体制 図2 ワークステーション職員へのフォロー体制 3 職員2人の記録からの足跡 事例Aの概要 知的障害、18歳、総合支援学校卒業後に障害福祉サービス事業の利用がある。 〈入所した当時の状況〉 物事の整理が苦手。手順等のメモ書きができない。 質問に、理解していなくても「はい」と答える。大きな声で挨拶ができ、積極性がある。 事例Bの概要 アスペルガー症候群、26才、大学卒業後2年間は就労なし。 〈入所した当時の状況〉 挨拶や電話対応などの急な対応は苦手。報告はできるが、報告以外は必要な声掛けも難しい。タイミングがわからない。理解は良く、自分で工夫できる。集中力あり。 (1)入所から期間終了まで ① Aに対する支援とAの変化 イ 外部関係機関からの支援と変化 ⅰ)就業支援者の現場支援 入所からの約2週間は、センターの就業支援者による現場支援があった。職場へのアドバイスは、作業過程がいくつかある申請書の分類作業において、5種類に分けるという最初の作業だけを説明することや、本人に合ったパニック解消法についてである。日報を振り返ると、最初の2か月は、作業の理解に時間を要し、単純作業である修正シールのカットや、スタンプ押しが上手くできず、「なんで失敗を繰り返すのか、泣きそうな気がした。」との感想を記している。 3か月経過した頃には、具体的な数量と期限を示すとできるようになり、5か月後には、作業に強いこだわりがあるものの徐々に作業ペースが上がった。5か月を振り返っての日報での感想は次のとおり。「始めのころは叱られることもあって興奮気味で不安でいっぱいでしたが、少しずつ仕事に慣れて、やることはやるという勇気がわいて真剣に取り組んでいきました。これからもいい調子で頑張って行こうと思います。」 ⅱ)障害福祉サービス事業所(以下「事業所」という。) Aは、毎週土曜日に事業所を利用することを楽しみにしており、事業所の存在はAを大きく支えていた。事業所での時間は、気分転換と仕事意欲の向上に繋がっていた。 ⅲ)ワークステーション検討会 検討会においては、個々の勤務状況や各人の種類ごとの従事状況、日報の記録からの各人の資料を基に、今後の支援の方法を検討している。Aへのアドバイスは「書類整理等の処理件数は伸びているが、データ入力もさせてみたらどうか。できるのであれば、やってみて評価する方が良い。」であった。これを受けて、知的障害者も含め、全員がパソコンで日報を作成することとした。 ⅳ)センター Aにとっては、センターの就業支援担当者(以下「C」という。)の存在は大きい。入所半年頃から毎月、市役所にて面談を実施し、職員同席のもと生活面や今後の就職について話し、2年目は本人が毎月センターに出向くことで面談を実施した。これをきっかけにAは、ワークステーション在籍2年目は1か月に2〜3回、訪問または電話によりCに今の仕事の状況や今後の就職についての相談や報告をしている。 2年目の支援員の記録では、「他の人を先導して作業ができるようになった。パターン化すれば確実にできる。的確に報告もできる。」とある。 ロ 職場実習 2年目の職場実習は、倉庫での配送業務を経験した。作業内容は荷物をかごに載せていく仕事で、現場には指導役の社員とジョブサポーターがついた。2時間の通勤にもかかわらず欠勤はなかったが、荷物を乱暴に扱うことや荷物のサイズにあわせて台に載せることができず、常に支援が必要な状況であった。さらには、通勤途中に出会った友人からの言葉がきっかけで、実習の職場で乱暴な行動をとってしまった。 ハ 就職活動 Aが気に入っていた実習先での就職はかなわなかったが、Aの積極的な思いを受け、自動車販売店への就職活動を実施した。実習、トライアル雇用を経て正式な雇用に至った。 ② Bに対する支援とBの変化 イ 外部関係機関からの支援と変化 ⅰ)就業支援者の現場支援 ワークステーションを受験した理由は、「市役所なら安心できるから。」であった。 大学卒業後2年間は、就労せずに自宅にいた。入所後には、センターの就業支援者による現場支援があった。支援員の記録には、「作業の理解度も高く、データ入力等の作業はテンポ良く、自分で理解、判断し、工夫して作業している。説明はメモを取り、質問もする。自分から話しかける、話を膨らませることは難しい。」とある。 5か月を振り返ってのBの感想は次のとおり。「基準・ルール・規則がある方が働きやすいです。エクセルファイルが準備されていなくても、設定、マクロ含めてすぐに自力で準備できるようになりたい。主に左側の脳で考えて無駄をなくしたり、効率を良くしたりすること、繰り返し作業はたぶん得意です。時間をかけてはいけない作業と準備無しのその場での対応やアドリブは苦手です。」 ワークステーションでは、業務依頼課との調整、共に作業をする仲間への声掛けや電話対応が不可欠である。苦手ながらも、日々の業務の中で作業に必要となるコミュニケーションには、徐々に慣れていった。 ⅱ)ワークステーション検討会 検討会においては、「データ入力処理件数は増加しており、専門的スキルを身につけた方が良い。」との助言があった。また、「Bには支援機関がないので行く場所が少なく、家にこもりがち。休み中の生活リズムを維持していくのは重要。」という課題も挙げられた。これを受けて、特例子会社での実習を行うと同時に、障害者の懇談の場にも参加し、自身の障害についても打ち明けている。 ⅲ)センター センターとの面談では、卒業後の就職に関して、障害者手帳を所持しての選択肢があることについて、本人にアドバイスがあった。 就職にあたっては、障害者枠での雇用も視野に入れ、精神障害者保健福祉手帳3級を取得した。 2年目を迎えての感想は次のとおり。「誰でもできる仕事をいろいろと上手くやるより、できる人が限られる何かを極める方に、適正がありそうです。仕事の最終的な状況だけ聞いて、途中の手順は自分で全て決めて上手くいくのが、理想の一つです。」 ロ 独学での資格取得 その後、独学でパソコンのスキルを磨き資格を取得するなど、就業に向けて準備を整え始めた。 ある就業事例集に掲載されたワークステーション卒業前のコメントは次のとおり。「ワークステーションで様々な経験を積んだことで、不安が軽減し、心に余裕を持つことができるようになりました。このことは自分でも大きな変化だと思っています。」 ハ 就職活動 第1希望は得意なデータ入力ができる会社であり、採用試験を受けたが採用には至らなかった。その後は、関係機関から紹介された印刷会社に正雇用され、データ入力を担っている。 (2)ワークステーション終了(民間企業への就職)後から現在まで ① Aの状況 会社では、Cが2週間会社に入り、付き添って仕事を指導した。また、本人や会社からCに相談が入り、Cが度々両者の間の調整を実施した。その主な場面は次のとおり。 場面1:会社から、「体調不良の様子」との連絡があった。会社は本人の怠惰と思っていたが、Cが本人から話を聞くと貧血が原因とわかった。支援により、誤解が解けた。 場面2:センターに本人が母親と来所し、「辞めさせられる」と相談があった。Cが職場を訪問して店長と話すと、本人の一方的な誤解であることがわかり、今後は連絡帳を使うこととした。 場面3:会社から訪問の依頼があり、「人間関係に問題?がある」とのこと。Cが会社訪問をして事情をよく聞くと、原因は本人特有の悪ふざけであった。 ワークステーション終了生の相談記録によると、就職から2年半経った今まで、本人からの定期的な電話や訪問が、ワークステーションのある市障害福祉課にあり、市職員が相談に対応している。 ② Bの状況 就職したのは、障害者雇用の進んでいる会社であり、障害者に理解のあるリーダーがいる。対人関係でトラブルをおこすこともなく、仕事に安心感がある。次に挙げるのは、職場に良き理解者が存在することで、誤解を招かずに済んだ主な場面である。 場面4:説明が苦手で、仕事の進捗を聞いても、「やっていません」「知りません」という答えが返ってくることがある。仕事ができていないのかと心配するが、実際はきちんと仕事はこなしており、結果的にその部分は不必要であるものであることがある。 場面5:仕事の途中経過の報告が上手でなく、良くわからない。しかし、本人の特性を理解しているリーダーが、聞く順序を変えるなどすると理解できる。 市障害福祉課職員も参加する当事者の会の記録によると、アスペルガー当事者の会の定期的な座談会や交流会に参加して、当事者仲間や支援者との交流ができている。 4 考察 ワークステーションの支援員は、専門職員ではなく、市役所各部署を異動する事務職員である。配置となった支援員の誰もが、最初はとまどいを感じ悩みながらも、その後は前述のように関係機関からの支援を受け、安心して働いている。 A、B2人の事例を振り返ることで、支援員の役割は、職員の特長を理解し、人材育成の意識を持ち、支援を求める関係機関(専門職)と的確な連携を図ることであると改めて思う。ワークステーションの運営には、関係機関との連携が欠かせないと考えている。 今回、記録での振り返りから、ワークステーションにおける関係機関との連携の在り方を、次のとおりにまとめた。 (1)連携している関係機関(職員) 障害者就業・生活支援センター(就業支援員)、山口障害者職業センター(カウンセラー)、障害福祉サービス事業所(支援員・相談支援員等)、特例子会社(職業コンサルタント)、ハローワーク(職業指導官)、市職員課(健康相談)等 (2)連携が必要と判断するとき ・欠席、無断欠勤等の出勤状況、体調不良、行動や精神の不安定さがある時 ・人材育成方針等による関係機関による支援の必要な時期 ・その他支援員が判断や方法に迷った時 (3)連携の重要ポイント ・本人の了解を得ること ・上司に相談して組織の判断を得ること ・信頼関係をもとにした連携先の提示や紹介 ・必要な情報の記録と伝達方法を検討すること ・連絡で終わらずに連携後の情報も共有すること (4)連携のために心がけていること ・普段の顔見知りの関係 ・こまめな情報伝達 ・障害者就労ワークステーション検討会議の開催 ・関係機関へのビジネスマナー研修の講師依頼 ・就労支援ネットワーク会議での協働 5 終わりに 今回、ワークステーション運営の要である関係機関との在り方についてまとめたことで、改めて多くの関係機関と関係者のご協力で成り立っていることがわかった。 ワークステーション終了後においても、本人が相談できる環境、企業が安心して障害者を継続雇用できる環境、企業が困った時に相談できる場所の存在が必要である。しかし、まだ企業全てに障害者を理解した人材がいるとは限らない。 したがって、障害者への理解を今後更に広げていくために、ワークステーションで行っている関係機関との連携方法を、ぜひ民間事業者に伝えていきたい。このことは、市のワークステーションの設置目的の一つ、民間事業者の障害者雇用への促進、そのものである。 まだ設置間もないワークステーションではあるが、関係機関との連携を軸に、今後も運営体制の充実を図っていきたい。 【連絡先】 谷 寛子 宇部市健康福祉部障害福祉課 Tel:0836-34-8521 e-mail:syou-fuku@city.ube.yamaguchi.jp SSTを活用した人材育成プログラムⅠ 〜普及に向けた取り組み〜 岩佐 美樹(障害者職業総合センター 研究員) 1 はじめに 人材育成は、多くの企業に共通する重要なテーマであり、障害者雇用事業所においては、障害を持つ社員(以下「障害者社員」という。)の育成とともに、障害者を職場で支援する社員(以下「支援者社員」という。)の育成という二つの課題を抱えている。特に近年では、支援者社員のように障害者の就労生活を支える人材の育成については大きな課題となっている。 この二つの人材育成を考えるに際し、最も重視されるもののひとつにコミュニケーションスキルがあるが、その具体的な育成方法等についてのノウハウや情報は乏しく、十分な取り組みがなされていないのが現状である。 こういった状況を踏まえ、障害者職業総合センターにおいては、平成23年度から24年度にかけて、コミュニケーションスキルの獲得・向上の支援技法の一つであるSST等を活用し、障害者社員と支援者社員、この二つの人材育成を同時に支援することを目的とした人材育成プログラム−ジョブコミュニケーション・スキルアップセミナー(試案)−(以下「試案版」という。)の開発に取り組んだ。プログラムは試案であり、今後の変更、改良を前提としているが、研究開発過程において実施した試行結果からは、プログラムの基本的なデザインは研究目的を達成する上で有効であることが確認されるとともに、本プログラムの実施に対する高いニーズも確認された。 そこで、平成25年度からは、プログラムをより完成度の高いものへと発展させた上で、関係機関の協力を得て試行を実施することにより、普及方法等の検討を行っている。 2 研究活動の概要 (1)普及に向けたプログラムの実施方法及び内容の検討 プログラムの普及については、水平方向と垂直方向の二つの方向性の展開を検討していく必要がある。前者においては、プログラムの認知度、活用度の拡大を図ることといった、量的拡大が目的となる。後者については、事業主によるプログラムの自主的、発展的運営を促していくことが目的となる。この二つの目的を達成するため、実施方法の工夫と新たな研修ユニットの開発等を行った。 ①実施方法の工夫 平成23年度及び24年度で実施した企業単位のプログラム試行については、非常に個別性の高い研修が実施できる反面、実施コストが高く、一度に多くの企業に対し、プログラムを提供することが難しいといった課題があった。そこで、平成25年度からは就業支援ネットワークと連携した試行実施方法をとることにより、そのスケールメリットの可能性について検討することとした。 この方法では、支援者社員を対象とした研修については、複数企業の合同開催とし、そのうち1社においてSST研修を実施した。実施企業以外の支援者社員については、障害者社員がSST研修で学んだスキルのトレーニングを日常的に支援する、そしてその効果を体験的に理解するという機会を得ることができないが、講義や演習の中で学んだ理論や技法がSST研修の中で活用され、それが効果を発揮する場面を観察し、そこで得た知識を自社に持ち帰って実践することは可能である。そのような狙いから、SST研修に参加する障害者社員の了解を得た上で、実施企業以外の支援者社員についてもSST研修の見学参加ができるようにした。 ②プログラム内容の充実 イ 研修ユニット 試案版については、個人及び職場全体のコミュニケーションスキルの向上を主目的としたステップ・バイ・ステップ方式によるSST研修、そして、SST研修の効果を高めるための支持的な環境づくり、障害者支援のスキルの向上を目的としたパートナー研修の二つのユニットで構成していた。SST研修の効果については、そこで学んだスキルを実際の生活の場で活用できるようになること、スキルの般化が一つの指標となるが、このスキルの般化のためには、スキルの活用を促し、スキルを発動した際に効果的なフィードバックを与える支持的環境がポイントとなる。この支持的環境づくりにおいては、障害特性やSSTの背景となる理論等に対する理解を図ること、そしてそれを実践に結びつけていく働きかけが重要となる。そこで、パートナー研修では、この理解の促進を目的とした講義中心の理論編と、そこで学んだ障害者支援スキル等の活用を促していくことを目的とした解説編の2部構成とした。解説編においては、外部講師が実施するSST研修を見学することにより、理論編で学んだことがいかに活用され、効果を発揮するかを確認する機会を提供、その後、SST研修の解説、スキルトレーニングの具体的支援方法についてのアドバイス等を行うことにより、積極的なスキルトレーニングへの支援を促した。 平成25年度からは、支援者社員のさらなるスキルアップ支援として、SST研修の実施者(リーダー)としてのスキルの獲得・向上を目的とし、試案版にて実施していたパートナー研修の解説編に演習編を追加したリーダーパートナー研修という新たな研修ユニットの開発を行った。(図1、表1) リーダーパートナー研修では、解説編と同様、外部講師によるSST研修を見学、解説を受けた後、リーダー、コ・リーダー、メンバーとなりロールプレイを行い、それに対するスーパーバイズを受けるという演習を追加した。SST研修では、スキルの意義やステップについて理解を深めた後、モデルの観察学習、ロールプレイを行い、それに対するフィードバックを得ながら、スキル学習を進めていくが、これと同じ構造をこの演習では取り入れた。 このリーダーパートナー研修の追加により、試案版に加え、2種類のプログラムを構成した。一つは、SSTに対する一定の知識のある対象者層を想定したもので、SST研修の自主運営に向けたリーダースキルの獲得、向上に目的を絞り、リーダーパートナー研修単独の構成とした(以下「フォローアップ版」という。)。もう一つはSST初心者層を対象としたプログラムであり、試案版の理論編を60分×8回から180分×3回に再構成したパートナー研修によりSST等に対する理解を深めた後、リーダーパートナー研修によりリーダースキルを学習できる構成とした。(以下「拡充版」という。)(図2) 図1 プログラムの三つの研修ユニット 表1 プログラムの三つの研修ユニット 図2 ジョブコミュニケーション・スキルアップセミナー(拡充版)の流れ ロ 導入支援 SST研修の自主運営を希望しているものの、さまざまな課題を理由に実施に踏み切ることができないでいる企業は少なくない。そこで、自主運営によるSST研修の導入を希望する事業主に対する支援方策を検討するため、導入支援を試行した。導入支援においては、事業主に対しては、研修プランニング等の助言・援助を行う。支援者社員に対しては、アセスメント面接に基づく目標設定からSST研修の指導計画の作成、SST研修を実施する際のリーダー、コ・リーダーへの実地での支援等の支援を実施、段階的にその支援を軽減していき、最終的には支援者のみでSST研修の企画から運営まで実施できるようになることを目指した。 (2)試行実施 ①プログラム 平成25年度及び26年度においては、試案版、フォローアップ版、拡充版という3種類のプログラムについての試行を行った。(表2) 試案版については、水平方向の普及を主目的として実施した。本プログラムを企業において普及するにあたっては、まずは経営者層の理解が不可欠である。そこで、試案版の試行については、主として経営者・管理職層により組織された首都圏の自主的研究会のメンバーを対象として実施した。 フォローアップ版については垂直方向の普及を主目的とし、平成23年度〜25年度の試行参加企業のうち、SST研修の自主運営を目指す企業を主たる対象とし、首都圏にて実施した。SST研修を実施するためのリーダースキルの獲得・向上を目的とする研修としたため、参加者の多くは、直接、職場で障害者支援を実施する支援者社員や研修担当者となった。 拡充版については、水平・垂直方向の普及を同時に目的とし、ジョブコーチや管理職の中でも日々障害者と職場で接する機会の多い社員による有志の会の会員を対象として関西地方にて実施した。リーダーパートナー研修の目的については、フォローアップ版と同様だが、対象者層の職務内容等を考え、身につけたSSTのリーダースキルを日常の支援に活用できるようになることを重視し、自主運営によるSST研修の導入については参加条件とはしなかった。 なお、全ての試行において、就業支援ネットワークの協力のもと、試行協力者を募り、パートナー研修及びリーダーパートナー研修については複数企業の合同開催とした。SST研修の対象となった企業については、事業主の指示により参加者が決定されていたが、それ以外は、本人の希望、自由意志による参加者となった。 表2 目的別プログラム構成 ②導入支援 試行協力企業のうち5社に対し、まずは試行で実施したSST研修ができるようになることを目的とし、約7ヶ月間の導入支援の試行を実施した。各回のSST研修の準備のために指導計画例等の資料を提供、SST研修前には打ち合わせやリハーサル等に参加しアドバイスを行い、SST研修の実施の際はそこに同席し、運営を支援した。なお、このうち1社におけるSST研修については、事前登録者については見学を可とし、SST研修終了後30分程度の外部講師によるレクチャーや意見交換等を実施した。 3 結果 平成23年度〜26年度の試行協力企業数等を表3に記した。試行プログラムごとの試行協力企業数、同支援者社員数ともに大幅に増加した。SST研修の試行協力障害者社員数は減少しているが、導入支援の試行実施企業5社においては55名の障害者社員に対しSST研修が実施されていた。 フォローアップ版の試行協力企業15社のうち導入支援を実施した5社(うち2社は拡充版にも参加)及び平成24年度の試案版試行協力企業1社の計6社が試行期間中に支援者社員によるSST研修を実施、7社が試行終了後年度内、2社が次年度以降の実施を予定していた。拡充版の試行協力企業17社のうち、導入支援を実施した2社を含む5社にて自主運営によるSST研修が実施されており、2社が今後の実施を検討していた。(平成26年6月末現在) 自主運営によるSST研修を導入した企業においてパートナー研修という名目で実施している企業は1社であったが、それ以外の全ての企業においてもSST研修の実施準備や研修の振り返り、次の研修までのスキルトレーニング等への支援方法の検討などがSST研修の前後でなされており、その場を活用して、リーダーパートナー研修等の伝達研修やケース会議を実施している企業もあった。 現時点で集計が終了している試案版のアンケート及びインタビュー調査では、試案版のアンケート回答者37名のうち、約8割の者が、伝達研修等により研修成果を社内に還元したと回答していた。 表3 試行実施状況 4 考察 試行協力企業数、支援者社員数の増加は、水平方向の普及の指標となるものであり、就業支援ネットワークとの連携による実施方法をとったことの効果と言え、就業支援ネットワーク内の情報伝播によるさらなる普及効果も期待できる。また、試行協力者の8割がなんらかの形で研修成果を職場に還元しており、間接的、部分的にではあるがプログラムの普及を図ることもできた。この量的拡大は、さらに試案版以外の二つの試行については、本プログラムをテーマとして形成された新たなフィールドにおいて実施しており、こういった実施方法をとることにより、就業支援ネットワークを構築する効果も期待できる。 試行協力企業のうち、導入支援を実施した企業において、確実にSST研修の自主運営がなされたことは、SST研修の自主運営への支援に対する導入支援の有効性を示すものと考える。 SST研修の自主運営に際してはパートナー研修と位置づけられる内容のものが実施されており、SST研修の自主運営がなされることにより、自然発生的なパートナー研修による支援者社員の学びやスキルアップ、事業主によるプログラムの発展的運営が促進されるものと考える。 試行協力障害者社員の減少については、直接的な支援対象者の減少を示すものであるが、導入支援実施企業やその他の試行協力企業において導入されている自主運営によるSST研修により、間接的に支援を実施できた者は増え、今後のさらなる増加が期待できる。これについては、リーダーパートナー研修という新たな研修ユニットを追加し、プログラムの質的充実を図ったことにより、量的拡大にも効果を及ぼすことができたものと考える。 【付記】 プログラムの試行については、数多くの企業並びに関係機関の皆様に多大なるご協力をいただきました。また、プログラムの実施にあたり、足立一様(大阪保健医療大学)、北岡祐子様(就労移行支援事業(創)シー・エー・シー)、佐藤珠江様(社会福祉法人シナプス埼玉精神神経センター)、瀧本優子様(梅花女子大学)、千葉裕明様(MCSハートフル株式会社)、福永佳也様(大阪府福祉部)には多大なるご協力とご支援を賜りました。 SSTを活用した人材育成プログラムⅡ 〜SSTの職場での日常化に向けたリーダー育成の試み〜 ○中村 功(さくらサービス株式会社 総務部長) 寺井 岳史・寺嶋 正美・奈良 彩子(さくらサービス株式会社) 岩佐 美樹(障害者職業総合センター) 1 会社概要 さくらサービス株式会社は創価学会の特例子会社として設立、今年で10年の節目を迎える。現在、知的障害の社員33名(うち重度17名)、法定雇用率は2.55で事務職、支援者社員含め58名となっている。 作業内容は、①封入・封緘、ダイレクトメール作成、書籍の改装等の軽作業と名刺等の軽印刷②建物のビルクリーニング(4個所)③文書や書籍の電子化の3本柱となっている。 [社内コミュニケーションへの配慮] 過去にメンタルヘルスによる退社もあったため、特に社内でのコミュニケーションや楽しみの機会を増やすよう心がけてきた。4月の入社式では全員でお花見・食事会に出かける。11月の創業記念日には研修旅行、年末には忘年会と、思い出作りの場を出来るだけ多く取ろうと努力している。 日常的には、お昼休みにウォーキングやキャッチボール、毎日の「私の前進日誌」、毎月一度の「私の希望ノート」を交換日誌のような形で社員と社長・部長が記入し合うようにしている。昨年から産業医に社員一人ひとりとの面談も実施してもらっている。モチベーション・アップのために、アビリンピックヘの挑戦も行っている。 2 背景 職場定着のための取り組みには、個人及び職場全体のコミュニケーションスキルの向上に向けた取り組みが不可欠と考え、平成24年度のジョブコミュニケーション・スキルアップセミナーの試行に参加し、大きな成果を得ることができた。 試行終了後もセミナーの継続実施を強く希望していたが、社内のマンパワーのみでは実施することが難しく、特にSST研修のリーダー養成が課題となっていた。 平成26年度に、障害者職業総合センター(以下「センター」という。)においてSST研修のリーダー養成を目的としたジョブコミュニケーション・スキルアップセミナーの試行が実施されること、また、支援者社員による自主運営に対する導入支援の試行も実施されるとの情報を得て、これらを活用し、SST研修の自主運営に向けて取り組むこととした。 3 方法 (1)ジョブコミュニケーション・スキルアップセミナー(リーダーパートナー研修) 月1回、木曜日に実施されるリーダーパートナー研修については、業務時間内(13時〜15時)、また、遠方での実施であり、参加可能な人数には限りがあったことから、支援者社員の中から5名を選抜しての参加とした。確実にリーダーができる人材を育てるとともに、多くの社員にも学びの機会を提供したいという希望から、3名分の試行参加枠を確保し、5名のうち2名は毎回参加、残り3名は交代参加とした。 (2)SST研修 SST研修のカリキュラムメニュー(表1)及びテキストについては、リーダーパートナー研修で見学、演習したSST研修と同じものを使用し、リーダーパートナー研修の2週間後の水曜日にSST研修を実施するようスケジュールを組むことにより、研修で学んだことを確実に実践できるようにした。 表1 SST研修のカリキュラムメニュー SST研修のメンバーには、本人の希望と支援者社員の意見等を参考に5名の障害者社員を選抜したが、社員に等しく研修の機会を与えたかったこと及び平成24年度の試行においてSST研修を見学した障害者社員にも観察学習の効果が見られたことから、SST研修を実施する事業所に勤務するその他の社員については、全員見学参加とした。 アセスメント面接については、支援者社員がそれぞれ1名の障害者社員の担当となり実施、その結果をもとに外部講師の協力を得て、個人及びグループ全体の目標(「コミュニケーション力をアップして職場で大活躍しよう」)の設定を行った(表2)。 表2 SST研修のメンバー表 ※メンバーは全員知的障害者 イ 事前準備 支援者社員の勤務先が3カ所に分かれており、全員が集まることができるのがSST研修当日のみであったため、研修開始の2時間前に集まり、ミーティングを実施した。ミーティングにおいては、ロールプレイ場面についての打ち合わせやSST研修の予行演習を行い、開始1時間前には外部講師を含めた最終確認を行った。また、この時間を利用して各メンバーの日々の様子についての情報共有、指導方法等についての相談を実施した。 指導計画については、単独で作成するのは難しく、また、日々、障害者とともに働き、支援を実施している支援者社員にとって一から作成するのは負担が大きかったため、実施1週間前までにセンターより指導計画例等の資料提供を受け、それを自社のメンバー用にカスタマイズしたものを使用した。 ロ 実施 初回のリーダーは外部講師、コ・リーダーは支援者社員のうち1名が担当した。第2回は外部講師のサポートを受けながら、第1回でコ・リーダーを担当した支援者社員が部分的にではあるがリーダーを担当した。第3回以降も、支援者社員が交代でリーダーを担当し、少しずつ外部講師のサポートを薄くしていき、最終回には自分たちだけでSST研修を実施できるようになることを目指している(表3)。 表3 SST研修のリーダー、コ・リーダー担当表 ※第2回目以降、外部講師はリーダー、コ・リーダーを補佐する立場として参加 ハ 実施後 SST研修終了後には、その日のSST研修の振り返りや次回の打ち合わせを実施した。また、SST研修を実施していない4カ所の清掃作業所についても、その効果を広め、SSTのリーダースキルを用いた指導・支援の日常的な定着を目的に、週1〜2回、10分〜15分程度、内容を簡略化した形でミニSST研修を実施した。 前回SST研修の効果をさらに幅広いものにするために、今回は「誰でも何時でも何処でも簡単に出来るSST」を検討していた。前回は、全て外部講師の指導の下、支援者、社員それぞれにレクチャーしてもらう、言わば「受け身型」。今回は、毎回、支援者が事前に一日研修に参加し、ノウハウを学んだ上で、支援者自身がリーダー、コ・リーダーになって行う「自律型」に転換している。 しかし、一日研修を受けたとしても、支援者が専門家のようにスムーズに実施するのは困難が伴う。初めは何度も失敗を繰り返し、外部講師からその都度、アドバイスを受けながら、リーダー、コ・リーダー役を務める状態だった。 そこで考えたのは、研修内容のポイントとロールプレイを簡略にまとめた「SSTシナリオ」を作ることだった。これだけは社員に身につけてもらい、ロールプレイを通して話せるようになる、最低限のパターンを決めようというアイデアだった。SST自体が形(言葉)から入って、考え方や生き方に変化を期待する面を持っているので、まずは、ステップの形、ロールプレイのパターンを覚えてもらうことを前提とした。 パネルを使って毎回初めにステップを確認しながらセッションに入ることも心がけた。 機会を見つけて日常的に何度もミニSST研修を繰り返した。繰り返しの中で支援者・社員双方に“気づき”が見られた。支援者の事前打ち合わせ、事後の反省会を丁寧に実施、改善点を検討した。 研修という形での参加が困難な社員に対しては、「何かを借りてくる」等のより簡略な、やり取りを行う「さくら劇場」を朝礼時に実施した。成功すると、皆から拍手があるため、緊張しながらも、楽しんで取り組むことができ、様々なバージョンで繰り返し実施することで、少しずつ言葉のキャッチボールが出来るようになるケースも出てきた。 4 結果と考察 現在までに終了した第5回のSST研修では、外部講師のサポートが少なからず必要な状況にあり、完全なる自主運営には至っていない。メンバーの発言に対して柔軟かつ適切に対応し、また、メンバーのロールプレイを瞬時にアセスメントし、それに対するフィードバックを行うことは至難の業であり、外部講師のフォローを必要とすることも少なくない。しかしながら、SST研修の自主運営を試み、それを日常的な支援の中で活かせるようにとの取り組みを行う中で、以下のような効果を得ることができたと考えている。 (1)支援者社員に対する効果 SST研修前後におけるミーティング等においては、支援者社員より、障害者の問題行動の原因やそれに対する対応についての気づきについて話が出されることが多々あった。一例を挙げると「相手の都合を考えずに一方的に話し掛けてくる障害者の行動」について、これまでは「障害があるから仕方がないと思い、常に応じてきた」が、実はそういった「自分たちの行動が問題を持続、悪化させていた」こと、また、表情等の非言語的なメッセージを読み取るのが苦手な相手に対して「言葉できちんと自分たちの状況を伝えていなかった」といった意見も出されていた。また、メンバーの努力や変化に敏感になり、さらに良い方向での変化を促すための工夫等について外部講師に相談するといったことも少なくなかった。SST研修の自主運営には、その準備活動等をとおして支援者社員にも大きな学びをもたらし、事業所全体がチームとなってメンバーを支援することを可能とする効果があると考えている。 (2)障害者社員に対する効果 [繰り返すことの素晴らしさ] 何度もロールプレイを繰り返す中で応用編に気づいていく面も発生している。「ペンを貸していただけると助かります」と言う社員に対し、ゴーサインであれば、「良いですよ。このペンで良ければどうぞ」「ありがとうございます。貸してもらえて、とても嬉しいです」と、受け入れてもらった感謝の気持ちを伝え、セッションは無事終わる。 NOゴーサインの場合、「今、使っているんですよ」と少し意地悪な回答をしてみる。すると、少し考えた社員は「使い終わったら、貸していただけますか?」「何時頃になると貸していただけますか?」とバックアップスキルを繰り出してくる。こうしたやりとり、知恵、アイデアの発生は、何度も繰り返す中で生まれてくる。「今、話して大丈夫ですか?」とゴーサインとNOゴーサインも確認できるようになる。あたかも、剣道の素振りや野球のキャッチボールを繰り返す中で、一つの形が出来上がって行くようなもので、繰り返しの効果は大きい。 [新しい可能性と展開] 清掃作業所のように社員、支援者合わせて数人という職場では、ミニSST研修が向いている。昼食の後や休憩時間の後に「少し、SSTをやってみようか」と、ゲーム感覚で楽しみながら、ロールプレイが出来るのも魅力と考える。 また、ミニSST研修への参加が難しいと諦めていた重度の社員に対して実施した「さくら劇場」の効果も高い。 SST研修、ミニSST研修、そして「さくら劇場」の繰り返しの実施により、頼みごとをする際、「あのー」としか声をかけられなかった社員が「○○さん、お願いがあるんです」とスタッフの名前を呼ぶように変わった。話しかける時には、相手の顔を見て話すという習慣が身につき、顎も上げて明るい表情になった、敬語を使えるようになった、対話が成立しにくい社員も言葉のキャッチボールが少し可能になった等々、プラスの効果が出ている。 5 今後の課題 (1)継続実施 前回の研修でも見られたように、1カ月もたつと、忘れてしまって一からやり直しになってしまう。少なくとも習慣化し、身につけてもらうには、定期的にSST研修を実施していく必要がある。1週間に1度なのか2度なのか、試行錯誤の中で解を見つけていくしかないと思う。しかも、飽きないで、楽しみながらどう続けられるかは、支援者・社員一体となって考える必要がある。 (2)平易で具体的なテキストの必要性 平成24年度の発表論文にも記載したが、平易で具体的なテキストが不可欠だと思う。一般の読者が読んで、SSTとは何か、どんなトレーニングを行うか、その結果、どんな効果があったか等が記されたSST入門の書籍やDVDが普及版で発行されれば、もっと学校、職場、家庭で導入の機会が増えると思う。 (3)経営側の理解・支援 企業で言えば経営側の理解がなくては進められない。働く時間を削ってでも社員のコミュニケーション能力を高めてもらい、働く環境が改善され、喜んで定年まで働いてもらうという価値観にたたないと続くものではない。自戒も込めて、こうした企業風土をつくっていきたいと心から念じている。 SSTを活用した人材育成プログラムⅢ 〜当社におけるSST実施報告〜 ○今野 美奈子(株式会社アドバンテストグリーン) 曽田 真由美(株式会社アドバンテストグリーン) 岩佐 美樹(障害者職業総合センター) 1 会社概要 当社は精密機械メーカーである株式会社アドバンテストを親会社とする特例子会社である。設立は2004年9月6日、10月より全国で156番目(埼玉県で9番目)の特例子会社として事業をスタートした。2014年8月末時点での在籍人員は、65名、うち障害をもつ社員は26名である。職種としては、事業所内の環境業務(緑地の管理)、清掃業務、社内メール便の集配業務、守衛・フロント受付業務、パンの製造・販売業務、寮管理業務である。 当社が設立された背景としては、親会社の経営理念である「本質を究める」を念頭におき、企業における社会的責任や然るべき法令を順守することはもちろん、障害のあるなしに関係なく「同じ人間同士」地域に密着した業務および雇用創出にチャレンジしていくためである。「誰もが気持ちよく働ける職場づくり」を基本方針に、日々「高品質でこころ温まるサービス」の提供を心がけている。 2 背景 障がいをもつ社員(以下「障がい者社員」という。)にとって、企業で働くメリットは、単に収入を得るだけではない。仕事の技術を習得すると同時に、コミュニケーションスキルや社会性も身につけていくことができる。そして、それが「気持ちよく、会社で長く働きたい」という本人たちの希望の実現につながる。 彼らが働くためには、職場で支援する社員(以下「支援者社員」という。)の理解や指導が必要不可欠である。しかし、障がい者社員の指導は一筋縄ではいかない。支援者社員は、日常的に悩んだり困難にぶつかったりする。指導を受ける障がい者社員も「人」であれば、支援者社員も「人」である。人が人を指導をするには相当の熱意が必要であり、その熱意を継続させることは大変なエネルギーを要する。 この障がい者社員のコミュニケーションスキルの向上とともに、支援者社員の熱意を支え、日常的なストレス(不安や悩み)の解消を図るための取り組みの必要性を感じていたときに出会ったのがジョブコミュニケーション・スキルアップセミナーであった。 2011年度の職業リハビリテーション研究発表会にて、障害者職業総合センター岩佐研究員の「SSTを活用した職場における人材育成」についてのプレゼンテーションを聴講、2012年度には試行協力事業所として、外部講師によるジョブコミュニケーション・スキルアップセミナーを社内で実施した。2013年度からは、研修を継続していくため自主運営によるプログラムをスタートした。今年で2年目である。 3 実施方法 (1)対象者の選定 SST研修のメンバーは、年度毎に6〜7名の選考とした。全員が毎回ロールプレイを実施するためには、この人数が適当であると考える。 支援者社員については、障がい者社員が、研修で学んだことを継続して練習することを支援してもらうため、職場においてSST研修のメンバーを指導する社員を中心に選考した。(表1) (2)保護者への案内 メンバーの保護者に対しては、事前に文書で説明を行った。研修を開始するにあたり、家庭においても新たな気づき(変化)があればと思ってのことである。 ある親御さんからは、「SST研修の取り組みについてとても興味深く、日々の会話から変化等に気付けるように心がけていきたいと思います。」と手紙をくれた方がいた。 表1 研修プログラム (3)実施に係る準備 各回のSST研修のテキストや指導計画については、2012年度の試行で使用したものを参考に、対象者層にあわせて独自のものを作成した。パートナー研修の資料については、試行で実施した内容に、2013年度に埼玉県障害者雇用サポートセンター研究会で試行実施されたジョブコミュニケーション・スキルアップセミナーの内容も付加して作成した。 (4)SST研修 2013年度については、6月から12月にかけて全6回(月1回)SST研修を実施した。 SST研修をスタートする前に、まずオリエンテーションを行い、その中でメンバーに対するアセスメントを実施し、目標設定を行った。(表2) 表2 アセスメント結果 また、メンバーから出た目標の中で、身近な先輩を目標としたもの、後輩に指導ができるようになりたいというものが多くでたので、グループ全体の目標は、「コミュニケーションに自信をつけて、頼られる存在になろう」とした。このような方法で目標設定することで、支援者社員から押し付けられた目標ではなく、本人が自分で「こうなりたい」と希望するための目標となるようにとした。 カリキュラムメニューについては、2013年度は勤続3年未満の若いメンバーに合わせて、以前よりマナー研修にて実施していた「あいさつをする」「自分を管理するスキル」といった比較的簡単な内容を組み入れた。なお、今年度は、今回のメンバーの課題としてあがっている「相手の意見を受け止める(注意の受け方)」をプログラムに取り入れた。対象者の現状を把握し、それにあったプログラムを組めることは、自社で運営する一番の利点と考える。(表3) その後は、月1回のペースで、SST研修を50分、パートナー研修を40分〜50分実施した。 毎回のSST研修では、必ずウォーミングアップをするようにした。ウォーミングアップの内容は、メンバーの対応力にあわせたものとし、リラックスできて楽しい雰囲気になるかどうかという点を重視した。それにより、その後のロールプレイによい影響が出るからである。ウォーミングアップの内容は、外部講師から教えて頂いたものが中心であるが、「恋するフォーチュンカード」や「顔のストレッチ」など独自に考えて取り入れたものもある。 表3 研修プログラム(2013年度) (5)パートナー研修 パートナー研修については、試行時の講義をもとにしたSSTの理論や、埼玉県障害者雇用サポートセンターで行われたジョブコミュニケーション・スキルアップセミナーの伝達研修やその日のSST研修の振り返りを行うほか、普段の様子について情報交換を行うケース会議の場としても活用した。また、試行時には、講師が行っていたチャレンジシート(毎回の宿題の記入するシート)へのコメントの記入は、研修に参加している支援者社員の役割とすることにより、支援者社員のより積極的な関与を促した。 4 実施結果(効果) (1)自主運営の利点 SST研修を自社で運営することの利点として、顔見知りの従業員がリーダーやコ・リーダーをやるので「メンバーが緊張しないでロールプレイができる」ことがあげられる。実際に研修を行う中で、とてもリラックスした雰囲気の中で、我先に手を挙げてロールプレイしようとしてくれる姿を度々見ることができた。 また、自社の中で起こっている課題(トラブルや問題点)を、SST研修やパートナー研修の中で、テーマとして取り上げやすいということも、自主運営の強みであると思う。 (2)反省点 パワーポイントを使って、その日のステップや場面設定などを壁にスライドで映し、研修を進めた。しかし、ロールプレイのセリフを例として投影してしまったことにより、それを読むことばかりに集中してしまい、言い方が堅苦しくなってしまった。私としては、セリフがあったほうが練習しやすいであろうと用意したものであった。 今年度はこの反省点を踏まえ、スライドは使用せず、ホワイトボードにその日のステップやポイントなどだけを表示し研修を行っている。これにより、メンバーの視覚に入る情報が少なくなり、ロールプレイも自身の言葉で話せるようになっている。 (3)効果 効果の一つ目として、SST研修の良いところは、なんといっても「ロールプレイをして褒められる幸福感」であると思う。回を重ねる度に、メンバー全員の声の大きさや積極性が数段アップしている。「ロールプレイをすると、周りの人からよかった点を褒められる」この成功体験を多く積ませることが、本人の気づきを導くのであろう。 効果の二つ目としては、「他の人のロールプレイを見る」ことが観察学習になっている。実際に、前の人がやっていてポイントとしてあがった点を、後から発表する人が、そのポイントに注意しながらロールプレイする様子が度々見られた。また、他のメンバーが上手に話し、周りから褒められる様子を見ることで、「ちょっと頑張れば自分もできるかも」と考える。つまり、研修を一緒に受けているメンバー同士が良いコーピングモデルになっている。 5 今後の展開 思っていることを上手く伝えられない、話しかけられても、受け答えの仕方がわからなかった彼らが、SSTを通してコミュニケーションスキルを習得することが出来てきている。また、成功体験を積むことにより、職場における所属感が増し、自信を持って仕事をすることにつながっている。 支援者社員にとってもSSTを学ぶ中で、ダメなところ、出来ないところを指摘するのではなく、出来ているところを褒める、その後、次へのステップについてアプローチするようにと指導方法が変化している。支援者社員のプログラムに対する感想の中に「①ステップを踏んで教えていくこと。②モデルを示すこと。③褒めることの大切さ。この三つのポイントが効果を生んでいると感じる。」という意見があった。 「この人はこの程度であろう」と支援者社員が障がい者社員の能力の限界を決めた時点で、その人の成長は止まってしまう。障がいがあることばかりにとらわれずに、その人自身の強みをのばし、可能性を広げていく支援が必要である。 現在当社で今取り組んでいることの中に、障がい者社員の「自立」に向けた支援が大きなテーマとしてスタートしている。当社の知的の障がいをもつ社員の中で、最年長の人は39歳である。その彼は3年前に父親を亡くし、現在母親と2人暮らしである。順序でいけば、今後親御さんと別れなければならない時期が必ず訪れる。その時に継続して勤務ができるようにと願う。そのために会社として、自立に向けての情報提供(グループホームやヘルパーの情報や栄養指導)を行う保護者会を開催したり、毎年行う4者面談(4者=本人、保護者、支援者社員、社長)の場においても、自立に向けた取り組み、例えば料理や買い物、掃除などについて、話をしている。 彼らの人生の中で、会社とともに送る時間は長いのである。ゆっくりでも、1年ずつ必ず前進していれば、その先にある「自立」という壁への不安も小さくなり、実現できると信じたい。その目標に向かう上でも、SSTを通してコミュニケーションスキルを習得することへの期待値は、おのずと大きなものになり、今後も継続していきたいと考える。 SSTを活用した人材育成プログラムⅣ 〜企業内のジョブコミュニケーションスキルアップセミナー〜 ○大森 千恵(株式会社 エルアイ武田 事業推進室 業務部長) 岩佐 美樹(障害者職業総合センター) 1 はじめに 株式会社 エルアイ武田は平成7年6月に武田薬品(以下「親会社」という。)の特例子会社として医薬品業界では初めて設立した会社である。段差・階段の多い親会社の旧本社ビルの中で操業を開始した為、聴覚障害者と知的障害者中心の会社となった。当時、知的障害者はまだ義務化はされていなかったが、現在の精神障害者と同様で将来的に義務化されることが決まっていた為、先駆けて雇用したという経緯がある。 設立当初は全従業員34名、内障害者23名(聴覚障害者17名、知的障害者4名、その他2名)だったが、19年目を迎えたH26年9月現在では、全従業員93名、内障害者73名(聴覚障害者28名、知的障害者35名、肢体不自由5名、内部障害者1名、精神障害者4名)となった。 (1)機構表及び人員配置 (2)業務内容の推移 操業は平成7年10月、印刷・清掃・データ入力・包装補助で操業を開始した。印刷については関連会社2社より印刷業務を引き継ぎ、10月には聴覚障害者を1名、知的障害者を1名、3月に肢体不自由者を1名採用した。清掃については親会社で清掃業務を担当していた障害者(ほとんどが聴覚障害者)が転籍をした。データ入力は新たな業務として聴覚障害者を3名雇用、包装補助業務は知的障害者の職場として3名を雇用した。 平成10年10月には親会社吹田寮及び研修所の一部清掃受託(H22年4月研修所リニューアルオープンに伴い、全館清掃受託)、H11年4月親会社大阪工場内で洗濯業務、同9月細断業務、H12年1月清掃業務を受託、本社地区でもH15年10月に複写業務を開始した。 その後、研究所が湘南へ移転したことにより、新たに湘南Gを立ち上げ、H23年4月に洗濯業務、H25年4月に清掃業務と業務を拡大してきた。 上記のような状況で設立当初は印刷業務が柱となっていたが、現在では清掃業務が大半を占める業務となった。清掃業務を拡大するためには、日常清掃だけではなく、定期清掃への取り組みが必須である為、清掃の専門業者の協力を得て、座学・実技を経てOJTにて技術を身につけた結果、ビルクリーニング技能士資格を取れるまでに成長した。 2 SSTの導入の経緯 業務を拡大し、従業員数がふえるにつれ、従業員同士のコミュニケーション、上司と部下のコミュニケーションの大切さをひしひしと感じるようになってきた。 従業員同士のコミュニケーションでは、発達障害傾向のある障害者が増えてきたこともあり、お互いに相手の気持ちを読み取ることが出来ず、トラブルになることがあり、リーダーが間に入りトラブルを解決するが、経験の浅いリーダーが増えたことにより適切な対応が取れないことがある。 また、清掃業務が増えたことで、臨機応変な対応が必要となり、指示の仕方によっては、メンバーが混乱し、業務が円滑に進まないことがあった。 特に設立より19年経過したことで、経験の長い障害者がいる一方で、経験の浅い健常者がリーダーになったり、障害者の中からリーダーが誕生したりということで、リーダーとしてのコミュニケーション能力が改めて必要と感じるようになり試行錯誤していた折、SSTという技法があることを知り、一部のリーダーが初級セミナーを受講したが、内容的には精神障害者の社会復帰のためのもので、考え方は共感できたが、企業内で活用するには無理があり、社内で役立つようなSSTを学ぶ場がないかと探していた矢先に、障害者職業総合センター様でSSTを活用した人材育成プログラムを実施する企業を探しておられることを知り、弊社で実施することとなった。 折角の機会であり、広く大阪の他企業にも知っていただきたいとのお話があった為、全重協大阪支部の中で活動しているハートフルリーダー会の中でご参加を募り、ご希望のあった企業様にもご参加いただき、H25年7月〜H26年4月まで月1回『ジョブコミュニケーションスキルアップセミナー』導入編として開催した。H26年5月からは引き続き、実践編として開催中である。 3 実施方法 (1)導入編 第1回〜第3回まではリーダー社員(ハートフルリーダー会の参加者を含む、SST研修のリーダーと区別するため以下「リーダー社員」という。)を対象に講師陣によりSSTについての知識・社会的学習理論・知的障害者に対するSSTの工夫点・問題解決技法・行動分析・課題分析等について事例を示しながらの講義をいただいた。 第4回目より障害のあるメンバー社員(SST研修を受講した障害のある従業員を以下「メンバー社員」という。)が加わり、第一部は講師陣がリーダー・コリーダーとしてメンバー社員に対してSST研修を実施、リーダー社員は後方にて見学をするという方法で実施した。 第二部はリーダー社員のみでグループに分かれ、それぞれが第一部のSST研修を参考にリーダー、コリーダー、メンバーとなり、講師陣のアドバイスを受けながら交代でSST研修を実施した。 図1 導入編・第一部の配置 図2 導入編・第二部の配置図 ① SST研修の進め方 メンバー社員に対しては事前にリーダー社員によるアセスメント面接を実施、その結果をもとに講師とメンバー社員によるそれぞれの長期目標・短期目標の設定を行った。初回のメンバー社員のSST研修では、受講するメンバー個々の長期目標・短期目標、グループ目標を確認した。毎回のSST研修では、まずはSSTを実施するための意義を全員で確認、リーダー役の講師からスキルを使う為のステップの説明を受け全員で確認後、リーダーがコリーダーを相手に良いモデルを示す⇒メンバー社員から良かったところを聞く⇒リーダーがコリーダーを相手に悪いモデルを示す⇒メンバー社員から良いモデルとの違いを聞く⇒リーダー・コリーダーが再度良いモデルを示す⇒ロールプレイをするメンバー社員を選び、コリーダーを相手にステップを使って実施⇒リーダーが見学のメンバー社員や相手役のコリーダーから良かったところを聞き出す。⇒もっと良くなるための提案をする⇒提案してもらったところを入れて再度ロールプレイを実施⇒最後にもう一度良かったところをフィードバックする。以上のような流れで、見学のメンバー社員から意見が出にくい場合は、リーダー・コリーダーが出やすいようにフォローをしながら進める。一人が終わったら次のメンバー社員というように順番に全員ロールプレイを実施。スキルを仕事に生かすためにそれぞれの課題を確認し、宿題として職場で実施し、次回に実施した内容を持ってくる。 以上のような流れで第一部・第二部共にSST研修を行った。 (2)実践編 実践編は前回同様、二部制で第一部はメンバー社員に対して、講師陣のサポートの下でリーダー社員がSST研修を実施、前回との相違点はメンバー社員の中に次回リーダー・コリーダー役を担当するリーダー社員が入りメンバーと一緒にSST研修に参加し、次回に役立てるようにしたことである。 第二部については、聴覚障害者に特化した取り組みを実施している。第1回〜第3回までは、聴覚障害のあるリーダー社員がメンバーとなり、リーダー・コリーダーは講師陣にご担当いただき、第一部と同様の内容で進めたが、スムーズに進めることが出来ず、第4回目にはやり方を変更し、聴覚障害のリーダー社員から職場の問題を出してもらい、問題解決技法を使って実施したところ、前向きな意見が多く出て、スムーズに進行した。 第5回目以降は同様のやり方で進める予定である。 図3 実践編・第一部の配置 図4 実践編・第二部の配置 (聴覚障害者) 4 結果 メンバー社員については、セミナー受講後、職場で実践しようとしている姿が見え、SST研修実施前に設定した長期目標を達成し、次なるステップアップを目指す者もいる。しかしながら、弊社は障害者同士が協力しながら仕事をする場面が多く、セミナーに参加していない障害者の反応が、セミナー時のような対応にはならない為、まだはっきりとした成果が出るまでには至っていない。 リーダー社員については、日常業務の中で学んだことを意識しながら取り組んでいるところである。 5 考察 メンバー社員がSST研修で得たコミュニケーションスキルについての気づきを、実践に結びつけ、それを定着させるためには、SST研修と同様の支持的な環境整備が不可欠である。セミナーを受講したからと言ってすぐに成果が出るものではなく、周囲の人間が、いかに日常業務の中で障害の種別・程度・能力等を考慮したコミュニケーションを取っていけるかが大切であり、リーダー社員がこのスキルを身につけ、障害者個々の状況を見ながら、業務を進めていくことがメンバー社員を始め受講していない障害者のコミュニケーションスキルを上げ、会社全体としてのコミュニケーションスキルが上がるものと考えている。 6 今後の課題 はじめにご紹介したとおり、弊社は聴覚障害者が多数在籍しており、清掃G・ドキュメントGでは、聴覚障害者がリーダーとなり、日々業務を推進している。 これまで聴覚障害者に対する支援としては、手話通訳・要約筆記等の支援のみで、取り組みが進んでいるとは言えない状況である。 聴覚障害は正にコミュニケーション障害であり働く上で目に見えない不便さがある障害である。一般的に身体や知的に問題がないため、採用されやすい一面がある一方で、コミュニケーションで問題が起こり、退職を余儀なくされたり、うつを発症してしまう事例が多々発生している。 今回のセミナーには導入編から聴覚障害のリーダー社員も参加しているが、今回取り組んだ内容ではスキルアップを望むことに無理がある為、聴覚障害者にとっての手法を講師の皆様方のご協力を得て進めているところである。 聴覚障害者のジョブコミュニケーションスキルアップについて、適切な手法が完成すれば、聴覚障害者のうつが防げ、職場定着率も良くなるのではないかと期待をしながら進めているところである。 SSTを活用した人材育成プログラムⅤ 〜公務部門における障がいのある職員に対する就労継続のためのSST〜 福永 佳也(大阪府 福祉部障がい福祉室自立支援課) 1 はじめに 大阪府では、庁内での業務経験を活かして、一般企業への就職につなげることを目的として、知的障がい者・精神障がい者を非常勤雇用している。平成25年度の障がい者実雇用率(知事部局)は3.56%(都道府県別全国1位)である。 知的障がいのある職員は、集中配置方式による「ハートフルオフィス」を開設し、各部署への郵便物の集配や仕分け業務をはじめ、全庁から大量発送作業、簡易なデータ入力、イベント準備などの軽易な事務作業を集約している。これにより、業務の安定的な確保や職場環境・支援体制の充実を図っている。一方、精神障がいのある職員は、所属配置方式により、各部署に配属し、所属内での事務作業を中心に従事している。いずれも有期限(2年7か月)の「チャレンジ雇用」で、在職期間中の作業のスキルアップや、一般就職にむけたフォローアップ等を、課に配属されている社会福祉等の専門職が担っている。 ハートフルオフィスで働く知的障がいのある職員は、作業のスキルアップだけなく、業務を遂行する上での対人的なコミュニケーションスキル、また各自が職場内での円滑な人間関係を維持するためのコミュニケーションスキルが求められている。個別の相談や助言だけではなく、ハートフルオフィスで働く職員全体で、コミュニケーションのスキルアップに取り組む必要性があり、平成25年度よりSSTプログラムを導入した。 2 目的 本研究の目的は、障がい特性に配慮した就労継続のためのSSTの進め方や工夫を検討し、SST導入によるコミュニケーションに関する効果測定を行うことである。 障がいのある職員、指導員、課専門職それぞれに、SSTの導入目的を設定した。 (1)障がい者のある職員(作業員) “働き続ける”という共通の目標にもとづいて、業務で必要なコミュニケーションを理解し、反復して練習し、スキルの体得を目指す。就業場面だけに限らず、他者と良好な対人関係を構築できるようになる。 (2)指導員(業務指示、サポート役) プログラム内容を日常業務の助言に生かし、障がいのある職員の職業準備性を高める。障がいのある職員に対するアセスメント力の向上を目指す。 (3)課専門職(就労継続の支援等) 障がいのある職員の一般就労にむけた職業準備性を高めると共に、指導員のスキルアップを図る。SST導入の効果測定を行い、障がい者の職場定着にむけたサポートモデルや、障がい者を雇用している企業等における人材育成について検討する。 3 方法 (1)第1クール 対象者:知的障がいのある職員8名、指導員4名(業務の都合上、交代で参加) 実施回数と時間:全4回、各1時間程度 実施頻度と期間:週1回、1ヶ月間 内容:障がいのある職員の希望や能力をアセスメントし、目標に基づいて練習する共通課題を設定。ステップバイステップ方式によるグループSST、全員参加型の1グループ体制。 (2)第2クール 対象者:知的障がいのある職員14名、指導員7名(業務の都合上、交代で参加) 実施回数と実施時間:全5回、各1時間程度 実施頻度と期間:月1回、5ヶ月間 内容:第1クールの内容の結果や対象者のニーズをふまえ、練習する共通課題を再選定。ステップバイステップ方式によるグループSST、対象者の増加に伴い3グループ体制。 4 結果 SST導入による効果測定は、セッションの導入前後による自己評価尺度2種類(GSES Test、KISS-18)、各セッション前後による自己評価尺度を用いた。データ化できない質的な結果等についても、当日の口頭発表にて報告する。 5 考察 障がいのある職員は、コミュニケーションの練習に意欲を示し、「仕事の役に立った」、「もっと勉強したい」との声が多くあった。対象者が限られデータの統計処理に限界があったものの、就労継続に必要なコミュニケーションを各自が自覚するようになり、職員同士の日常的なコミュニケーションも円滑になっていたことから、プログラム内容の充実や継続的な実施が求められていた。 指導員は、慣れない取り組みに戸惑いつつも、セッション後に、「SSTの練習内容を思い出して、相手の顔をみて話をしましょう。」等、具体的な助言にやりやすさを感じていた。「どうしても業務遂行が最優先され、指導や助言が十分に行き届かない」、「指導員と障がいのある職員1:1の対応で、オフィス全体での共有が難しい」等の懸案事項は、プログラムの継続的な実施により改善できる可能性が示唆された。 課専門職は、障がいのある職員と指導員の双方に、SST導入の肯定的意味づけを見い出した。研修等を通じて、指導員のさらなるスキルアップを図り、プログラム内容を実践できる支持的な環境づくりが重要であると考えた。 6 今後の課題 (1)練習スキルの般化 障がいのある職員と指導員は、練習したスキルの発動のタイミングを見出すことが難しいと感じていた。効果的な宿題と環境調整が課題であった。 (2)スタッフのスキルアップ 共通課題で行われたグループSSTから、個別課題に介入が可能な個別SSTの実践に結びつけられるよう課専門職と指導員が協力し、障がいのある職員に対するアセスメント力の向上や支援内容の充実を図っていく必要があった。 (3)効果測定の再検討 障がいのある作業員の入れ替わりがある中で、統計処理が可能な対象者の確保が求められていた。 (4)雇用継続のためのサポートモデル 本プログラムの実践を府内の自治体や企業等へ情報発信する方法は模索中である。本研究の対象者には、精神障がいのある職員が含まれておらず、障がい特性に応じた内容の検討が課題であった。 7 おわりに 本研究の結果と課題をふまえて、平成26年度は、知的障がいのある職員対象のSSTプログラムと、精神障がいのある職員対象のSSTプログラムを実施している。本研究の実施にあたって協力いただいている企業や関係機関の方々に感謝したい。 【参考文献】 1)瀧本優子・吉田悦規共著「わかりやすい 発達障がい・知的障がいのSST実践マニュアル」中央法規出版社,2010 2)ベラックら著,熊谷直樹ら監訳:改訂新版わかりやすいSSTステップガイド第2版−統合失調症を持つ人の援助に生かす−,星和書店,2005. 3)菊池章夫編:社会的スキルを測る−KISS-18ハンドブック,川島書店,2007 4)舳松克代監修、小山徹平ほか著「SSTテクニカルマスター」,金剛出版,2010 5)ミッジ・オダーマン・モウギーほか原著,竹田契一監修「学校や家庭で教えるソーシャルスキル実践トレーニングバイブル」,明石書店,2010 6)障害者職業総合センター 調査研究報告書№113「SSTを活用した人材育成プログラムに関する研究」,2013 【連絡先】 福永佳也 大阪府福祉部障がい室自立支援課 e-mail:FukunagaYosh@mbox.pref.osaka.lg.jp より多くの就労支援をおこなうために 〜就労支援の中断例を減少させる検討〜 ○加藤 源広(もりおか若者サポートステーション 総括コーディネーター) 川乗 賀也(岩手県立大学) 1 はじめに もりおか若者サポートステーション(以下「もりおかサポステ」という)は平成18年に開所し、多くのニートと呼ばれる若者に対する就労支援を行ってきた。昨年度の実績では150人の就労支援の実績があり、継続して支援ができた若者に対しては、比較的高い確率での支援実績があると考える。しかし、相談者数に対しての支援中断者の割合も高く、課題として支援を継続していくための工夫も重要である。 2 もりおかサポステの特徴 地域若者サポートステーション事業(以下「サポステ事業」という)においては自立就労支援相談ならびにキャリアカウンセリング、履歴書指導・面接練習などの個別就労支援などを行うとともに、若者支援に関する周知啓蒙活動や関係機関とのネットワーク作り等の事業を行っている。 一方、盛岡サポステ事業においては就労型の居場所活動「ワーキングルーム」において、コミュニケーショントレーニングやスポーツ活動、調理実習、ボランティア活動、就業体験、就職活動セミナー、パソコン講座、ビジネスマナー講座、農作業、音楽活動などを通じて若者たちの体力の向上や生活リズムの調整、自己効力感・自己肯定感の涵養、ライフスキル・コミュニケーションスキルの向上を図っている(図1)。 また、就労などの進路決定をした若者の職場への定着支援のため土曜開所、夜間開所なども行い就職後のフォローアップも行っており、結果、昨年度の支援実績として新規登録者数214人、進路決定者数150人、相談件数3,020件、総来所者数5,892人となり、現在も350人ほどの若者が登録している。また平成26年8月21日に同法人において居場所やアウトリーチの拠点を目的とした「ゆきわり」を開設した。 図1 ワーキングルームの活動の様子 3 力を入れている取り組み ニートと呼ばれる若者たちの支援における困難さはその多様性にある。ニートとは「働いてない、学校に籍がない、訓練を受けていない」若者の状態像であり、その実態は就労スキルの不足であったり、コミュニケーションの不安であったり、経験の不足であったり様々である。また、ニートと呼ばれる若者の中には発達障害やうつや統合失調などメンタルの疾患を抱えるものも少なくない。もりおかサポステの統計では利用者の10%に発達障害(疑いも含む)があり48%にメンタルの疾患(疑い・治癒も含む)があった。これらの課題を抱えた若者を支援するためには丁寧な聞き取りにより、不足するスキルや抱える不安の性質、ステップアップの障害を明らかにし、それらを克服するための情報提供や適切な資源とのマッチングを行うとともに、利用者のニーズや市場に合わせた就労支援を行っていくことが重要である。 また、もりおかサポステでは、フォーマル・インフォーマルのアセスメントを積極的に活用して、利用者の特性を理解するとともに、根拠を示しながら利用者にとって必要な支援を考えるツールとしている(図2)。現在、もりおかサポステで活用しているアセスメントはVRT職業興味検査、GATB職業適性検査、YG性格検査、クレペリン検査、WAISⅢ成人知能検査である。 しかしながら今後の課題として、もりおかサポステの利用者がすべて自立や就職につながっているかと言うとそうではない。もりおかサポステ利用者の30%は半年後に利用を中断し、1年後には48%の利用者が利用を中断している。登録者数が約350人あっても、月当りの利用実人数は40人前後であり。したがってより多くの支援をしていくにあたっては、これらの中断者の継続利用を促していく必要があると考える。もりおかユースポートでは26年度8月より就労から遠いひきこもり等の若者の居場所事業やアウトリーチをおこなう部門ゆきわりを立ち上げた。サポステ事業の利用中断者の中には就労にはまだ課題が残っていると思われたり、ソーシャルスキルの向上が必要な方も含まれており、これらの多くが中断者であると考えられる。今後、ゆきわりと連携をすることでより多くの利用者を支援することができると考えている。 図2 もりおかサポステ独自のアセスメント 【連絡先】 特定非営利活動法人もりおかユースポート 加藤 源広 もりおか若者サポートステーション e-mail:katomoto@morisapo.jp ジョブコーチ支援の実施ニーズ及び関係機関から求められる役割 小池 眞一郎(障害者職業総合センター 主任研究員) 1 経緯・目的 ジョブコーチ(以下「JC」という。)支援事業の一部が障害者雇用納付金制度に基づく助成金を基盤とした制度に改正されてから10年近くが経過し、JCの人数、支援開始者数ともに着実に増加してきているが、支援の質、JCのキャリアの蓄積、役割分担等の課題も散見される。厚生労働省では平成25年10月から約半年間「地域の就労支援の在り方に関する研究会(第2次)」において議論を重ね報告を行ったが、当該研究会の資料として、当センターの「ジョブコーチ支援制度の現状と課題に関する調査研究」(資料シリーズ№74。以下「24年度調査」という。)が活用されている。この24年度調査ではJC支援を実施する施設や企業から現状と課題を把握したのに対して、今回の調査研究(以下「25年度調査」という。)では支援の実施を依頼する関係機関や関係施設(以下「関係機関」という。)から見た現状と課題を把握し、今後の支援ニーズの変化やJCのスキルの向上に資する情報を得ようと試みている。 2 調査の方法 調査時点(平成25年8月末日)において、JC支援の関係機関(表1)に郵送にて調査票を送付し、回答を得た(回収率37.0%)。また、併せて教育、福祉及び就労支援の分野でJC支援に関する知識と依頼実績が多い実践者にヒアリングを実施した。 表1 調査票の送付先 3 調査内容 調査では、主に①JC支援者数等の依頼実績と予測、②JC制度の有効性とJC支援結果の満足度、③JC支援を依頼する際の主な動機、④JCの職務の適切な遂行及び⑤JCやJC制度への今後の期待について把握した(表2)。 表2 調査の内容 4 調査結果 (1)JC支援者数の依頼実績と予測 平成24年度の本調査の関係機関のJC支援依頼実績の合計を、当機構の業務統計のJC支援開始人数(第1号JCのみでの支援開始人数を含む)で割ると44.0%であった。 また、回答のうち、1/3が予測困難である等として無回答であるにも関わらず、残りの2/3の関係機関の合計だけでJC支援者数(予測数)が大幅に伸びている26年度の人数は期待や理想的な要素が強く、信頼性が低いため、参考値とすべきであるが、22年度から24年度までは、就労移行支援事業者からの依頼を中心にJC支援者数は毎年1〜2割増加している結果であった(図1)。25年度の法定雇用率の引上げの影響や、30年度の精神障害者の雇用の義務化等、JC支援の対象となる者が増加する要因は多いことから、今後ともJC支援を依頼する者はこれと同様かそれ以上の増加がある中で推移していくと考えている。 JC支援者数のうち、雇入れ時やその前後でない、適応上の課題に関して支援を行った者は全体の約3〜4割で、その割合は年々増加する傾向にあった。 なお、職リハ実施者数は、平成22年度から24年度までで約1.4倍増であったが、関係機関での就職活動支援者、職場適応支援者及び就職者の人数は大きくは増加していない結果であった。 図1 ジョブコーチ支援者数の合計の推移 (2)JC制度の有効性とJC支援結果の満足度 障害者及び企業にとって支援は役に立つとする関係機関は全体の9割を超え、自らの機関にとっても支援は役立つとするところも9割近くあった。図では示していないが、支援制度は公的な施策として必要とする関係機関も全体の9割を超えており、JC支援制度は、受益者にとって、また、施策としても有効であると関係機関は捉えていることが分かり、その制度としての存在意義が改めて確認された。 なお、図2中、支援結果に満足かとの設問に対して「はい」と回答した割合は全体で64.9%。他の3項目より低いが、図3にあるように受益者である障害者及び企業への支援では「満足」及び「やや満足」が約90%を占めていることから、直接の支援結果には課題が少ないと評価できる。また、支援実施期間や支援後のフォローでは「不満」と「やや不満」の合計が20%を超えていることはさらなる分析が必要と考えられる。 図2 関係機関別に見た制度の有効性と結果の満足 図3 ジョブコーチ支援結果の満足度 (3)支援を依頼する際の主な動機 支援を依頼する主な動機では、就生センター及び就労センターは「障害者、事業所の双方への直接的な支援が有用であるため」の割合が他の関係機関と比べて若干高かった。 また、就生センターでは「対象者の職務遂行能力を高める必要があるため」が、就労センターでは「仕事内容を検討しながら進める必要があるため」がそれぞれ他の関係機関と比べてその割合が高かった。全体として両センターでは仕事とのマッチングを意識した動機が強い傾向が窺えた(図4)。 図4 関係機関別に見た支援を依頼する主な動機 (4)JCの職務の適切な遂行 ここでは、24年度調査で第1号JC本人が「十分にできる」又は「概ねできる」としたJC職務と、25年度調査で関係機関が「適切に行っている」とした職務を比較するが、その評価方法が異なるため、JCが「できる」としている職務でも技術的に未熟で「適切に行っている」という評価が得られなかったものもあれば、JC本人は未熟と考えていても、その職務を実施する必要性や頻度等が少なかったために「適切に行っている」という評価を得られたものなど様々な状況が考えられ、厳密な比較はできないこと、また、関係機関による評価では、JC支援の依頼元の代表としての回答のほか、一部の移行施設等ではJC支援事業の管理者も兼ねているため、回答や意見にこの両者の立場のものが混在していることを、前提にした理解をされたい。 図5にJCの職務の一部を記載したが、全般にJCが「できる」とした割合より、関係機関が「適切に行っている」と評価した割合が下回っている状況にあった。特に、JCの自己評価と関係機関が適切に行っているとした職務との差が大きいものは、「ナチュラルサポートの形成」と「支援後のフォローアップの実施」であった。ナチュラルサポートに関しては調査中の自由記述等では状況が不明なものの、その形成のためのアプローチ方法、支援内容、形成結果等に何らか課題が生じている可能性があることを指摘しておきたい。 図5 自己評価と関係機関の適切さの評価 (24年度−ジョブコーチの自己評価 n=836) (25年度−関係機関による適切さの評価 n=436) (5)JCやJC制度への今後の期待 自由記述により、JC支援制度やJCの役割に関する意見を把握した。各回答中に、いくつかの意見や要望等があるものは、複数の意見等として取り扱い、内容により区分して計上した(図6)。 意見要望で最も多かったのは「ジョブコーチの力量差、技術向上」で、担当したJCにより力量の差があること(特に第1号)が指摘されており、基本的な接遇、態度、支援方法、立ち位置(企業側に寄りがち)などに課題があるJCがいるといった記載がみられた。 また、「連携連絡、情報共有」は、関係機関から見た実際の支援を通じた対応に関する意見・要求であり、「連携連絡等が少ないために、ジョブコーチ支援の内容が見えない」、「役割分担したきめ細かな支援ができない」、「支援後の引継ぎ(フォローアップ)がうまくできない」等の指摘が多かった。 図6 ジョブコーチ制度や役割への意見要望(n=491) 5 実践者へのヒアリング結果 企業ニーズの変化や支援困難性の高い精神障害者や発達障害者の対応が増加している現況を鑑み、JCの専門性を更に高めるとともに、各地域においてJCを増加させ支援の裾野を拡げる取組みを、両輪で進めていく必要があるとの考え方が多い。 今後は、地域障害者職業センターのみでなく、就生センター等、より地方の組織に一定の権限を持たせるべきではないかとの意見が4氏から出され、JC支援制度の実施に当たって、障害保健福祉圏域単位で就労支援を行っている就生センター等の活躍の場を拡大していくべきであるとの考え方も提起された。 実践者の意見は、JC支援制度は有効で地域の就労支援では欠くことができないものであるので、タイムリーで専門性の高い支援を行うために、活動できるJCの人数を増やす、スキルの養成・向上のための研修や経験豊富なJCの配置を行うなどの対処を必要としているという意見に総括できた。 6 まとめ JC支援事業は、制度としての存在意義が改めて確認され、支援は障害者、企業にとって役立つとの調査結果が導かれた。さらに制度の改善強化を図っていくためには、役立つとの回答が約90%であるのに対して、支援結果には約65%しか満足していないことを中心に調査結果を吟味していくことで、今後の対応策が見えてくると考えた。満足していない理由として、自由記述も含めた調査結果等から導き出されたことは表3の5項目に集約できた。 表3 関係機関の認識と対応策 全体として就労支援機関の役割分担等を整理して、JCが行うべき役割を精査していく必要はあるものの、関係機関に対して行った今回の調査研究では、関係機関の多くはJCの需要と供給のバランスの調整の必要性と、JCの支援スキルの均一化や向上を期待していることが判明した。 【連絡先】 小池眞一郎 障害者職業総合センター事業主支援部門 TEL:043-297-9035 E-mail:koike.shinichiro@jeed.or.jp 障害者雇用に係る事業主支援の標準的な実施方法について 野中 由彦(障害者職業総合センター 主任研究員) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門の事業主支援部門では、平成26年度、『障害者雇用に係る事業主支援の標準的な実施方法に関する研究』を実施している。この研究は、これまで機構が提供してきた事業主支援に係る知見やノウハウが、支援機関においてどのように有効活用されているかを把握した上で、企業の規模や経験値、業態等によって、どのような支援等が必要なのかを整理し、実際に展開されている先駆的な事業主支援の実施方法について情報収集し、分析することにより、事業主支援の標準的な実施方法に関するガイドとして取りまとめることを目的としている。 研究の方法は、事業主支援に関する文献調査、専門家に対する聴き取り調査(以下「ヒアリング」という。)、支援機関等に対するヒアリングを行い、事業主支援事例を分析し整理することである。ここでは、これまで実施した文献調査およびヒアリング結果について整理する。 2 ヒアリングの目的・概要 (1)目的 ヒアリングは、障害者雇用に係る事業主支援について、先進的な事例を幅広く収集することを目的として実施したものである。 (2)調査対象 調査対象は、障害者雇用に係る事業主支援について、高い知見を有する専門家、事業主支援を積極的に推進し成果をあげている支援機関および障害者雇用の経験を有する企業とした。 (3)調査方法 訪問によるヒアリング。 (4)実施時期 平成26年4月〜11月(当論文は8月までの調査結果)。 (5)ヒアリング項目の構成 専門家ヒアリングの主な項目は、①事業主支援のニーズ、②事業主支援の実施機関と実施状況、③事業主支援の課題、その他、とした。支援機関ヒアリングの主な項目は、①事業主支援の実施状況(標準的な実施方法、工夫、課題等)、②事業主支援のニーズ、③関係機関等との連携の実際、その他、とした。また、企業には、事業主支援のニーズについてヒアリングを行うこととした。 3 ヒアリングの結果と考察 (1)事業主支援のステップ 事業主支援は、一般的には、①障害者雇用の動機づけ、②障害者雇用の計画、③雇用時の配慮、④雇用後の戦力化・定着、の四つのステップに分けられる1)。それぞれのステップで、支援の対象者も異なり、経営者、人事担当者、現場管理者、現場従業員に大別される。事業主支援は、段階ごとにターゲットを絞って行われる必要がある。 障害者雇用の動機づけの支援については、各種セミナー等が行われているが、アメリカには障害者雇用に関する経営者向けの態度変容プログラムがあり、成果をあげている体系的なプログラムとして注目されている。 (2)事業主支援のニーズ 事業主支援のニーズについては、さまざまな調査が実施されているが、いずれも多方面にわたって支援ニーズがあることが示されている。事業主支援ニーズは、企業規模や業種、障害者雇用経験の有無や年数、雇用障害者の障害種類等によって異なるが、ヒアリングでは、なかでも企業の置かれている環境の影響が大きく、都会と地方とで大きく異なることが指摘された。 また、既に障害者を雇用することを決めた企業にとっては、個々の障害者の障害特性と配慮事項について正確に把握することについての支援ニーズが最も高いことが指摘された。 (3)事業主支援としての職場実習 ヒアリングにおいて特徴的であったもののひとつに、事業主支援として職場実習の有効性が注目されていることがあげられる。長野県においては、ジョブコーチ養成研修を受講した経験のある支援者を活用する職場実習制度を創設して成果をあげている。OJT推進員制度と呼ばれるこの制度の特徴は、雇用を前提としない実習の場面でもジョブコーチのスキルを持った人材が企業の中で活躍できることにある。これによって、事業主は、ほとんど経済的・人的負担を伴わず、障害者の働く場面を身近に見ることができ、個々の障害者の個性や障害特性、能力・適性等の実情、配慮すべき事項等を実地に理解でき、一時的でなく、長期の見立てができるようになり、結果として障害者の雇用と定着に結びついていると評価されている。 (4)事業主支援の体制づくり ヒアリングでは、事業主支援のニーズに応えていくための体制づくり、特に人材育成が課題としてあげられていた。事業主支援は、大別して、ハローワーク等の公的機関に所属する者、就労支援機関の関係者で企業経験を持たない者、元企業で働いた経験を有する者によって行われている。 就労支援機関では、企業経営に携わったり、企業で働いたりした経験のない者が事業主支援を行う体制となっているところが多い。企業を知らずに事業主支援をするのには無理があるとする意見がある一方、障害者支援のために広く多くの企業と接する支援者は、障害者雇用に係る事業主支援に必要な知識を豊富に持つこととなり得ることも指摘されていた。企業経験者は、特に人事労務管理関係での知識経験が豊富であっても、必ずしも障害者の障害特性や対応方法等に詳しいとは限らず、一長一短であると言える。 ヒアリングや文献調査では、それぞれが得意分野と優点を持つ立場であり、求められるのは、持ち味を発揮して効果的な事業主支援を展開することであるとし、支援者には、障害者と企業との双方の立場から、課題解決のためにコーディネート役を務めることが求められるとする見解が多かった。 (5)情報共有の課題 事業主支援の実施にあたって、企業と支援機関等との間の情報共有が課題としてあげられている。企業側は、個々の障害者の障害状況や配慮事項について直ちに正確に把握したいとする一方、支援機関側では個人情報の保護の問題が絡み、必ずしも迅速かつ詳細に伝えられないとの課題が指摘されている。こうした中で、地域で関係機関が共同し組織的に、本人の了解のもとに、求職する障害者の情報を端的にまとめ、企業側に情報提供し、雇用や職場定着に結びつけている事例がみられた。 また、働く障害者本人が生活面、仕事面等について日報形式で入力し、状態の変化をグラフ化し、データ化され「見える化」された情報をもとに、職場の上司やキーパーソンとのコミュニケーションを促進し、就労定着を図ろうとするシステムが開発され、注目されている2)。 4 まとめ ここでは研究成果の一部を報告したが、今後、さらに先進的事例を収集するとともに、事業主支援の実施方法や課題を整理し、資料シリーズとして取りまとめることしている。 ヒアリングにご協力いただいた関係者の皆様に厚くお礼を申し上げます。 【文献・資料】 1)障害者職業総合センター:調査研究報告書№94 企業経営に与える障害者雇用の効果などに関する研究,(2008) 2)NPO法人大阪精神障害者就労支援ネットワーク:「精神障害者の就労継続支援健康評価システム事業報告書」,(2014) 3)障害者職業総合センター 調査研究報告書 №98「障害者採用に係る職務等の開発に向けた事業主支援技法に関する研究」,(2010) 4)障害者職業総合センター 調査研究報告書 №86「ジョブコーチ等による事業主支援のニーズと実態に関する研究」,(2008) 5)一般社団法人障害者雇用企業支援協会編:「初めての障害者雇用の実務」,中央経済社,(2014) 6)日本職業リハビリテーション学会編 古谷護:職業リハビリテーションの基礎と実践〜障害のある人の就労支援のために〜 事業主支援,(PP.258-271),(2012) 海外における雇用促進施策の新たな展開 −尊重と支援の視点から− 佐渡 賢一(元 障害者職業総合センター統括研究員1)) 1 はじめに 2013年11月から12月にかけて、衆参両院は障害者権利条約批准にかかる国内手続きをとり、2014年1月の批准書寄託により、日本も同条約の締約国となった(2月より発効)。 ここに至る法体系等の整備の過程で検討されたこととしては ・条約の要請に応じて新たに設けるべきもの が関心を呼んだが、既存の諸施策についても ・条約の趣旨に添ってその内容を改めるべきか が議論の対象となる。 本報告ではその中で、積極的差別是正措置と称される領域について、条約策定に至る経過にさかのぼり、海外における1〜2の事例に触れつつ、条約締結後の障害者雇用施策の方向性につき、考える素材を提供したい。 2 権利条約と積極的差別是正措置 (1)条約第5条における記述 障害者権利条約一般原則の一つが障害を理由とする差別の禁止であることを例にとるまでもなく、無差別は同条約を特徴付ける理念の一つである。 条約第5条は差別禁止に関する規定であり、例えば第3項では合理的配慮に提供を確保するための適切な措置をとることを求めている。 一方で第4項では「障害者の事実上の平等を促進し、又は達成するために必要な特別の措置は、この条約に規定する差別と解してはならない」としている。これがいわゆる「積極的差別是正措置」、英語ではpositive actionあるいはaffirmative actionと呼ばれるもので、日本の雇用率制度もこれにあたると考えられている。 (2)期間限定性に関する経緯 上にあげた通り、策定された条約においては、割当雇用制度なども「差別と解してはならない」とするのが規定のすべてである。しかし、策定に至る議論の段階では、もうひとつの規定が検討されていた。 初期の案文においては、この項で規定する特別な措置について、機会と処遇の平等という目的が達成された時には廃止されるべきものとする文言が付け加えられていた。この文言をめぐってはその是非、表現のありかたについて議論されたが結論には至らず2)、2005年10月、案文がアドホック委員会議長名で提示される段階で、除かれるという経緯をたどっている。 3 米国リハビリテーション法規則改正 権利条約を契機とした障害者施策の方向性に関しては「福祉アプローチ」から「人権アプローチ」への移行・転換と捉えられることが多い。この考え方を徹底すれば、上に紹介したような積極的差別是正措置を期間限定的なものとみなす考え方となり、日本のような割当雇用制度を持つ国に対しては、差別禁止法制を整備し、そのもとでの平等の実現をもって割当雇用制度の廃止に至るという道筋を示すこととなる。そのような考えに照らせば、割当雇用制度を持たず、差別禁止を制度の主軸に置く国こそが到達すべき理想ということになる。ADA(障害のあるアメリカ人法)、ADAAA(同改正法、以下本稿ではこれらを一括してADAAAと書く)を有する米国もそのような国に数えられるかもしれない。 ところが、その米国において割当雇用制度との類似が見受けられる条件を連邦政府調達対象企業に課そうという動きが、報じられるようになった。これまでの通念から外れるような最近の動きについて、事実関係を探った結果を紹介する。 (1)リハビリテーション法の多面性 リハビリテーション法は、米国における障害者施策に関する法規範として、ADAAAとともにしばしば言及される。連邦政府及び連邦政府と一定額以上の契約を有する業者等に対して適用される法律であり、同法で規定されている障害者に対する差別的扱いの禁止を民間企業等広い範囲に適用するというのがADAAAの趣旨と解されている。そう説明すると、両法の違いは適用範囲だけと受け取られるかもしれないが、リハビリテーション法にはADAAAにない規定も存在する。有名な例は政府機関のウェブサイトや政府機関に納入される情報機器等に科された要件を定めた第508条で、障害のある場合にも情報へのアクセスを保証する最新技術水準を満たさなければ、本条項違反となる。 (2)施行規則の改正 連邦政府は2013年9月、この法律の第503条について、施行規則(regulations implementing Section 503)を改訂した3)(2011年の提案)。 第503条は、他の条文と併せて連邦政府契約企業による差別禁止に関する規定として紹介されることもあり、それだけをみれば、ADAAAの内容と同様であるように思える。しかし、同条ではこれに先立ち、対象となる雇用主に対し雇用に関する積極的差別是正措置をとることを求めており、今回の改訂はこの部分を強化する内容であった。複数ある項目の一つ(CFR§60-741.45)で適格性を持つ障害のある個人(qualified individuals with disabilities)を7%雇用するという目標(utilization goal)を課しており、この目標は企業内の全ての部門(job group)において達成すべきこととされている。 該当条文をみる限り、7%の水準はあくまでも目標であって、これを達成できていないからといって直ちに処罰ないし連邦政府との契約への影響が生じるわけではないが、他方、目標の実現に向けての計画的な方策を示すことを求めている。 この規則改定にあたり、本件を担当する労働省連邦契約順守プログラム局(Office of Federal Contract Compliance Programs−OFCCP)は新たな規定が割当雇用制度とは異なることを強調している4)。なお、当該雇用主は従業員や応募者から「自主的な申告(voluntary self-identi-fication)」を受けることも要請されており5)(CFR§60-741.42)、OFCCPが用意した申告様式から、新制度における障害の範囲が確認できる。 (3)理由と根拠 ところで、なぜこの時期に上述のような制度強化がなされ、また目標が7%という水準に定められたのだろうか。OFCCPの説明は次のとおりである。まず、制度強化に至った理由として障害者の雇用促進の遅れや所得水準の格差が挙げられている。雇用関係の具体例として示されたのは障害を有する場合の失業率や非労働力率(出所は労働力調査)で、いずれもそうでない場合の水準を大きく上回っているとされている(表1)。 表1 障害の有無別労働力状態(2012) 次に7%の根拠としては、就業者に占める障害者の占める割合を職業別に求めた平均が5.7%であることをあげている。この数値は全米地域社会調査(American community survey ACS)の2009年調査から得られたものであるが、この結果について同調査における障害の範囲がADAAAにおける定義より狭いこと、障害者をとりまく環境のため非労働力化した層の存在が想定されること、などを勘案した上で、より高い7%という目標水準が定められたとしている。 4 ドイツにおける新たな障害概念 これまで紹介した米国の現状をもとに、割当雇用制度を柱の一つとする日本の制度についても再評価する余地があろう。一方で、同様に割当雇用制度を重視する国に於いてこれまでの枠組みを再構築しているかについては、観察を続けてゆくことが求められる。報告者がしばしばとりあげてきたドイツについて、昨年公表された政府報告書で関心を持った点を紹介する。 (1)政府報告と権利条約 ドイツ連邦政府は、数年おきに障害者施策の現状についての報告書をとりまとめている。最新版である2013年の報告6)では、2009年の障害者権利条約批准を踏まえ、その構成や視点を従来から変えている。従来の報告は上述の重度障害者を対象とした諸施策の内容や、その効果に関する記述がかなりの部分を占めていた。それに対し今回の報告の対象は、障害者・重度障害者という認定に限定されないより広い層を対象としている7)。 (2)新報告における障害概念 もうひとつ注目されるのは、今回の報告で「制約を受けている」状態より更に一般的な段階を考察の出発点としている点である。多くの政策はその対象者の要件をどのような、あるいはどの程度の不利を被っているかという視点から特定し、それらの特徴を踏まえて内容が具体化され、その効果が検証される。これまでの報告は、その枠組みに沿って記述されていた。これに対し今回の報告は、支援や保護が必要か否かを問わず把握の対象をより広くとらえた上で、参加や活動の制約の有無や程度を検証してゆくという立場をとっている。 このような立場を象徴的に示すものが、報告書の冒頭に置かれている概念図である。この概念図には、包含関係にある4つの階層が掲げられている。最も範囲が狭い階層、それに次ぐ階層が「認定された」重度障害者及び障害者であり、これがこれまで障害に関する政府文書で通常扱われる範囲であった。図ではこれらより広い概念が2段階で示されている。まず、認定に関する修飾のない「障害者」、すなわち認定を受けたか否かを問わない障害者が「認定された」障害者より広義の概念として提示された。以上の範囲は不利の発生を想定しているが、更に広い領域が設けられ、“Beeintr〓chtigungen”と名付けられている。 図1 階層化された障害概念 Beintr〓chtigungenという言葉は英語ではinpairmentの言葉があてられ、日本語では「制約」と訳されることが多い。筆者は一昨年、この言葉の法令における用法に立ち入り、現行の社会法典第9編等では単独で用いられず、何の制約であるかを明らかにして用いられるのが最近の特徴であると述べた。これに対しこの報告では修飾のないBeeintr〓chtigungenが用いられており、あえて限定の内容を明示しない曖昧な表現を境界が不明確な広い概念の呼称にふさわしいと考えた痕跡が認められる(図1)。 (3)実態把握への取り組み それでは、この報告で提示したような概念に即した実態把握の手段として、どのような情報が用いられているかを確認しよう。この報告では、2種類の調査結果を用いている。一つはドイツ経済研究所が実施する社会経済パネル調査、もう一つはロベルト・コッホ研究所のドイツ健康調査である。両調査の障害のとらえ方の概略を述べると、パネル調査では①公的な障害ないし稼得能力減退の認定を受けている。②①に該当しないが疾病または負傷の状態にあり日常生活が制約されている、の2種類の層を合わせて「制約を持つ」層(“Menschen mit Beeintr〓chtigungen”)とみなしている。2010年のデータとして年齢計で①が14%、②が11%、計25%がこれに該当するとしている。他方、ドイツ健康調査でも同様の把握が可能で、①が9%、②が15%、計25%となっている。 報告書では、この区分に従って社会参加の状況を比較している。雇用分野における数値(〜64歳)を上げると、就業者割合、失業率ともに制約の有無によって差が生じている。 なお、ドイツの主要雇用統計であるMikro-zensusでは、不定期に障害の有無を調査し、これによる区分に沿って結果を部分的に公表してきた。最新の2009年結果によれば、15歳以上で13%が何らかの公的な障害認定を受け、10%が重度障害である(15〜64歳層でそれぞれ9%、6%)。また16〜64歳の就業者比率は障害のある場合52%、障害のない場合79%、失業率は9%、8%となっている。従って、概念図でいえば核の2階層、上記統計で言えば①に相当する部分までは、既存の公的統計でも実態が把握されていることになる。今後このような既存の統計との関連も勘案すれば、より体系的な実態把握へと進むであろう。 5 若干の考察 積極的差別是正措置の期間を限定しようとする主張は、採択された条約には残らなかったものの、論者が主張を取り下げたわけではない。温度差がなお残ることをうかがわせる文献が、ほかならぬ国際連合の本条約関係サイト“UN enable”から現在も入手できる8)。この文献では条約第5条第4項で差別にあたらないとされた措置について「恒久的な特別措置」と「臨時的な特別措置」があるとし、割当雇用制度は臨時的措置の方で取り上げ、「ひとたび達成されたら撤廃することを目標として設定する」と説明している。かつて筆者はこれらの食い違いが招く混乱等への危惧を述べた9)。その考えに変わりはないが、条文作成過程で合意されたかに見える障害者施策のあり方について、識者の見解が必ずしも一様でないことを教える資料として、この文献には一定の価値があると、今は考えている。 そして現実には、上に紹介した主張にとっていわば理想と考えられそうな米国で、むしろ積極的施別是正措置を強化しようという皮肉な動きが生じている。その理由として雇用指標の格差があげられていたが、見方によっては、ADA、ADAAAと進化してきた差別禁止法制の制定及びその改善の取り組みが、目に見える指標の変化に直結しないことを認めているようにもとれ、いかに解釈すべきか考えさせられる。 一方、割当雇用制度を有することから日本との類似性を意識されるドイツでは、条約批准を契機にそれまでより障害概念を拡大・階層化してとらえようとする変化が認められた。現在は実態把握の段階での取り組みであるが、将来施策・法規定への波及もないとは言えず、注視に値する。 なお、本稿では触れる余裕がなかったが、ドイツも一員であるEUにおいては、2003年に続いて横断的な労働力調査に障害に関する質問事項を追加して障害と社会参加の実態を明らかにする取り組みを不定期に続けており、設計・結果の両面から更なる分析の発展へと導いてくれる。 権利条約は、本稿副題の言葉を借りれば尊重と支援のバランスという視点も提供していると考え、以上の動向を確認した。海外事情の研究は広範かつ精力的に進められているが、筆者も広い視野からの漏れのない把握に、わずかではあっても貢献できることを願いつつ、関心を持ち続けたい。 【注・参考文献】 1)現厚生労働省労働基準局労災管理課労災保険財政数理室勤務(再任用短期職員)。ただし本稿、本発表における見解は筆者個人のものである。 2)第5次アドホック委員会、特に2005年1月24日の会合で議論されている。 3)21回発表会でもDr. Boeltzig-Brownが本件を紹介。 4)この見解について思い当たることを2点紹介する。割当雇用制度を有する国は、日本の他フランス、ドイツなどがあるが、少なくとも上記3国に共通しているのは、定められた雇用率等の要件が満たされない場合に一定金額を納付する制度が伴うことである。納付金が集積された資金は障害者雇用促進のために活用される。米国の制度改正はこのような納付義務は併設されておらず、この点では割当雇用制度の典型を外れていると考えられる。他方、フランスは雇用率の達成、納付金以外にもいくつかの選択肢を設けており、その一つが計画的な雇用促進策の提出と遵守である。これは米国の新制度における目標に向けての促進計画の要求と同じ方向であり、これを考えると割当雇用制度と全く接点を持たないとも言いきれない。以上の2点及び制度が連邦政府契約企業に限って向けられていることも勘案した上で、米国の新制度は割当雇用制度の典型ではないものの、その範疇に属するものと筆者は考える。 5)この「自主的な申告」については、ADAAAの先進性ゆえに考え方を整理しきれない点がある。それは、事業主が従業員のみならず応募者の障害の有無について把握することがADAAAに抵触しないのかという疑問である。ADAAAは応募者に対して障害の有無に関する質問を行うことを禁じていると、広く認識されている。この点に関し、OFCCPは「他の連邦法の要請に基づく措置ならばADAを侵犯した責めは負わない」等とするEEOC(雇用機会均等委員会)の書簡を公開し、規定の改訂に踏み切った。しかし、それだけで応募者が納得するかを危惧する雇用主の懸念もネット上ではみられ、本当に雇用主の負荷を伴わないか、確証がもてない。どう整理すればよいのか、識者の助言を仰ぎたい。 6)Bundesministerium f〓r Arbeit und Soziales: Teilhabebericht der Bundesregierung 〓ber die Lebenslagen von Menschen mit Beeintr〓chti-gungen(2013) 7)この視点の変化はドイツの法的枠組みにしばしば向けられる指摘に応えようとしていることにもなると考える。(ドイツにおいて障害者雇用促進施策は社会法典第9編、特に第2部を中心に構築されているが、周知のようにこの第2部は、大部分が重度障害あるいはそれと同等と認定された場合が対象になっている。そのため、合理的配慮等に関する規定が上記重度障害者等に限定されてしまうのではないかという懸念が表明されていた。) 8)United Nations: Handbook for Parliamentarians on the Convention on the Rights of Persons with Disabilities(2007) 9)障害者職業総合センター:資料シリーズ42(2008) 【連絡先】 佐渡賢一(所属は注1を参照) e-mail:RXG00154@nifty.com 障害者雇用促進のための社会的企業の活用可能性に関する研究 −韓国の社会的企業の分析を中心に− ○權 偕珍(立命館大学院経済学研究科 学術振興会特別研究員) 韓 昌完(琉球大学教育学部) 佐藤 卓利(立命館大学経済学部) 1 はじめに 社会的企業とは、社会的事業者において、行き過ぎた市場主義により排除された多くの人が再び社会参加できるようにするために、不足しがちな社会サービスを供給するなど、今日の社会・経済政策の中心的な課題の解決に欠かせない存在である(OECD,2009)。このような社会的企業の存在は、労働市場から排除された障害者に雇用の機会を与えることにより障害者雇用促進・拡大させる就労支援策としての役割も担っている。 韓国においては、1997年IMF(International Monetary Fund)経済危機以降、当時の金大中政府は、経済危機による失業や貧困問題を解決するため、様々な社会政策を展開した。その政策の流れから2007年「社会的企業育成法」が制定され、本格的に社会的企業育成事業が実施された。こういった動きの中、障害者雇用分野でも社会的企業の役割が注目されるようになった。 しかし、韓国では、障害者雇用の社会的企業の運営現状に関する報告や成果に関する分析、今後の課題に関する研究など極めて少ない状況である。そして障害者雇用促進のための社会的企業の活用可能性に関する議論もほとんど見当たらない。 そこで本稿では、韓国における社会的企業の台頭の背景、社会的企業の類型、現状に関して概観する。そして、韓国の地方中核都市のひとつである大田広域市の障害者雇用の社会的企業を事例として分析する。最後に、障害者雇用促進のための社会的企業の活用可能性について考察し、その課題を提示する。 2 韓国の社会的企業の概要 (1)社会的企業の台頭の背景 韓国では、IMFの管理下で大規模な構造改革が実施された。構造改革は不況と失業の拡大、家庭経済の崩壊など、深刻な社会問題を生み出した。こういう状況のなか、当時の金大中政府は、経済危機による失業・貧困問題、など深刻な社会問題に取り組むため、「生産的福祉」を提唱し新たな福祉政策を推進した。その福祉政策の一つとして推進された事業が社会的職場事業である。社会的職場事業は、自治体の公共勤労事業と、保健福祉家族部の自活勤労事業によるものである。 しかし、このような臨時的な公共事業は、安定的な仕事を提供することはできず、失業問題に対する根本的な解決法としては機能しなかった。そこで、欧州の社会的企業制度をモデルとした政策の導入が検討され、NPOやNGOなどの第3セクターを活用し、安定的な雇用の創出や社会サービスの提供を目的とした社会的企業モデルが導入されるようになった。2007年、社会的企業の根拠法となる「社会的企業育成法」が制定され、社会的企業に関する関心が高まった。 (2)社会的企業の類型 韓国における社会的企業の目的は、①脆弱階層(低所得者、高齢者、障害者、性売買被害者、長期失業者、経歴断絶女性等)に仕事または社会サービスの提供、②地域社会発展及び公益増進、③民主的な意思決定構造の定着、④収益及び利潤発生の際、社会的目的実現のための再投資(商法上の会社の利潤2/3以上)である。 韓国ではこのような目的により、社会的企業を5つに分類している。 ①仕事提供型 ②社会サービス提供型 ③混合型 ④その他 ⑤地域社会貢献型 (3)社会的企業の現状 韓国には2012年9月現在2,221カ所の社会的企業がある。従事している勤労者の数は17,410人であり、このなか脆弱階層は10,640人である。認証社会的企業(雇用労働部の認証)は699カ所、予備社会的企業は1,522カ所である。社会的企業の数や社会的企業の従事者の数は年々増加している。 図1 5年間の社会的企業および従事者数の推移 認証された社会的企業を目的の類型別にみると、仕事提供型が422カ所として最も多く60.4%を占めている。次は混合型が119カ所、社会サービス提供型が53カ所である。 表1 社会的企業の目的別の分類 社会的企業を組織形態別にみると、営利組織である商法上会社が321カ所で、45.9%を占めており最も高い割合であるものの、民法上法人が22.1%、非営利民間団体が16.3%など、非営利組織が約54.1%を占めており、全体的に非営利組織が営利組織より高い割合を占めている。 表2 社会的企業の組織形態別現状 社会的企業の勤労者のなか、脆弱階層は69.5%、非脆弱階層は30.5%を占めている。脆弱階層は低所得階層の割合が41.6%で最も高く、障害者(22.4%)、高齢者(16.9%)、その他(19.2%)である。 表3 社会的企業の勤労者のなか脆弱階層の現状 3 障害者雇用促進のための社会的企業の活用可能性についての検討 (1)障害者雇用の社会的企業の概要 現在、韓国では、脆弱階層の仕事創出型の社会的企業のなか、脆弱階層を障害者として定めた社会的企業を障害者雇用の社会的企業として指定している(韓国の障害者雇用公団,2010)。 2012年6月現在、韓国の認証社会的企業のなか障害者雇用の社会的企業は52個所である。地域別障害者雇用の社会的企業の現状を見るとソウルを含めて首都圏(ソウル、京仁地域)に51.8%が集中している。 表4 障害者雇用の社会的企業の地域別社会的企業の現状 障害者雇用の社会的企業は大部分、既存の障害者職業リハビリテーション施設、障害者標準事業場、障害者企業等が改めて社会的企業の認証を受けている状況である。 表5 障害者雇用の社会的企業の母体 (2)障害者雇用の社会的企業事例分析 −大田広域市所在の障害者雇用の社会的企業「聖世再活自立院」 ①概要 1987年4月9日障害者の勤労福祉工場として「聖世再活自立院」を設立し、2008年には社会的企業として認証を受けた。 印刷事業部と電子事業部を設置している。印刷事業部の主要生産品は、ポスター、カタログ、報告書、封筒、メモ紙、名刺、社員証などである。電子事業部の主要生産品は信号棒、AVRコントローラー、冷暖房システムコントローラー、安定器などである。 ②障害者勤労者の現状 聖世再活自立院には38人の勤労者が働いている。そのなか障害者勤労者は36人、非障害者勤労者は2人である。障害者勤労者36人のなか34人が重症障害をもっており、2人が軽度障害者である。 障害種別、等級別構成は以下の表6の通りである。 表6 障害者類型別及び障害程度の現状 全体36人の障害者勤労者のなか男性27人、女性が9人であり、年齢代は20代6人、30代が14人、40代が11人、50代が5人、平均年齢は38歳である。 ③財政状況 「聖世再活自立院」の2013年の事業売上は印刷事業部、478,227,650ウォン、電子事業部は、230,444,270ウォンである。また政府からの財政支援は以下の通りである。 表7 2013年政府支援と自己負担 「聖世再活自立院」は、社会的企業に認証されてから政府から事務費、事業費の名目で一定の財政的支援を受けている。そして障害者従業員以外経営に関する専門人力、会計、総務の従業員に対する人件費補助、障害者従業員の健康管理のための看護職の人件費補助、売り上げに対する減税などの公的支援を受けている。こういう社会的企業に対する支援により、認証以前と比較して経営状況の改善とともに障害者従業員の雇用の安定にも成果を出している状況である。 「聖世再活自立院」の例から障害者を雇用している団体、事業体は社会的企業に認定されることにより、事業開発に必要な財政支援、税制的優遇(減税)、生産品の優先購買、運営に関する専門人力の人件費の補助など国、地方自治体からの援助が得られること、そしてこういった援助は現実的利益として還元され企業活動を支えていること、この支えが障害者の雇用の安定に繋がっていることが明らかになった。 企業は利益をあげることにより、人的、物的、環境的投資が可能になる。障害者雇用の企業も例外ではない。 障害者雇用の企業に対する社会的企業の認証は、企業活動の維持と発展の源泉となる利益の向上につながる様々な公的支援を可能にし、結果的に障害者雇用の安定と促進という社会的利益を生み出している。 以上の分析、考察から障害者雇用促進のための社会的企業の活用可能性は大いにあると考えられるのであろう。 4 おわりに 本稿では、障害者雇用促進のための社会的企業の活用可能性について考察し、その課題を提示することを目的とした。事例として韓国の大田広域市所在の障害者雇用の社会的企業「聖世再活自立院」を挙げながら障害者雇用促進のための社会的企業の活用可能性について検討を行った。「聖世再活自立院」は2008年、社会的企業として認定され、公的支援を受けながら、利益の向上、障害者従業員に対する賃金アップ、障害者従業員の雇用の安定などの成果を出している。こういったことから障害者雇用促進のために社会的企業はその活用可能性が高いという結論に至った。しかし、障害者雇用の社会的企業は様々な課題も抱えている。 第一に、障害者雇用の社会的企業の多くが職業リハビリテーション施設から転換された企業である。そのため、企業になっても職業リハビリテーション施設時代の意識や体制が残っている場合が多い。福祉サービス専門機関から企業への転換は容易ではないため、福祉の精神は残しながら企業の体制に転換できるように専門家による教育と研修プログラムを設ける必要がある。 第二に、障害者の社会的企業は、一般企業とは異なる経営構造や技術が必要であろう。しかし、現在社会的企業に関する公的支援にはこういった経営に関する支援は極めて形式的であり、筆者の現場事例の体験からみても非常に不十分であることが分かった。 第三に、韓国では、障害者雇用促進と雇用の安定を図るために「重症障害者生産品の優先購買特別法」を制定し、公共機関などは障害者により生産された商品を一定の割合で優先的に購入するようにしている。しかし、公共機関がこれを違反しても罰則や規制がないためその効果は疑問視されている。 最後に、障害者雇用の社会的企業に関する多様な議論や事例分析、今後の発展のための方向性や課題に関する研究、支援体制の効果的な構築のための研究など障害者雇用の社会的企業の活用可能性を高めるための研究領域での努力も必要であろう。 【参考文献】 1)韓国の障害者雇用公団雇用開発院:障害者雇用の社会的企業の実態調査(2010) 2)韓国の国会予算政策処:社会的企業の育成事業の評価(2012) 3)韓国の国会予算政策処:社会サービスの仕事事業関連の設問調査(2011) 4)韓国の雇用労働部:2012年度予算各目明細書(2011) 5)OECD(2009)Social enterprises, OECD, Paris. 【連絡先】 權偕珍 立命館大学院経済学研究科、学術振興会特別研究員 e-mail:gr0123xf@ritsumei.ac.jp 精神障害者の職業能力開発支援とその体制について 佐藤 浩司(株式会社サポートケイ 代表取締役) 1 会社概要 平成12年1月に創業、従業員は現在9名(内精神障害者2名を雇用)である。当時より経理代行業務を行っていたが設立から10年ほど経過し、競争激化により事業のさらなる革新に迫られていた。会社として新たな展開を模索していた頃に、ある講演会で障害者雇用に取り組みながら業績を大きく伸ばしている企業があることを知り、かつ、大変驚き、どうしてそのようなことが可能なのか研究を始める。中小企業では、障害者採用をするとしても企業間格差等あり人材確保が困難な状況がある。ならば、自社で育成し、相互に関係性ができ採用すれば、採用と定着が一気に解決できる。と考え、調べた結果、東京しごと財団の障害者委託訓練実践能力習得訓練コースが最適と考え、受託(25日130時間の訓練)に至った。 2 働く障害者に強い味方の簿記という資格 一般営利企業では、商売では、当然に数値計算が必須であり、各関係者に報告するための制度が会計で、報告書に組み替える手段が簿記(共通言語)である。したがって、簿記の資格を持っていると企業側のどのような仕事でも最終的に報告及び数値化するため、資格を有していると、その手段を理解している、処理できるといった理由で、企業の採用ニーズは高い。 3 簿記訓練開始の経緯 障害者には共通することがある。それは、機会が極端に少ないこと、つまり、訓練すれば可能なのに制度や慣習で、実作業に触れる機会が少なく、自信が無いのである。機会がある職場、実作業に触れる職場であれば、責任感を持って仕事に取組み、能力を発揮できる仕事内容があるはずである。当社の場合、本業で経理代行を実施していたが調べてみると意外と適合する項目が多いことに気付き、特性を調べつつ、以下状況を検討準備、簿記訓練に取組んだのである。 ア)170社に及ぶ障害者雇用企業の視察により、精神障害者の現状を経営者、当事者より直接話を伺い調査、事例データを蓄積、社内への説明と受入実行準備が出来た。 イ)精神障害者の多くは、事務職を多く望んでいる。しかし、体験受入企業や雇用企業が極端に少なく実体験場所が少なく困っていた。 ウ)職業訓練は、就職先職種を想定しておらず模擬的なプログラムになりがちであった。 エ)就労移行支援機関より当社訓練への打診及び受講があった。 オ)簿記の資格取得は、目標設定しやすいことや簿記を訓練中に取得することが努力過程として、精神障害者の成長につながる。 4 能力開発支援での考え方と到達点 資格を取得した事自体は素晴しく、努力を認めるところである。しかし、企業側はそうはいかない。なぜであろうか?経験が少ない場合、安心して業務を依頼できないからである。たとえば、健常者であろうと、精神障害者であろうと、経験値の少ない方が会計ソフトに入力及び処理をして内容を確認した際、間違いが続くと納期が遅れ、顧客からの信頼を落とすばかりでなく、社内で見直す時間や処理時間が重複して、二重に人件費をかけていることになる。その対策としては、簿記だけではなく、会社運営や会社を取り巻く利害関係者との関わり方、経理の役割も十分に理解してすると、仕事もはかどり、経験不足を補おうと努力するし、楽しくなるはずである。実際に当社の訓練では、社員・取引先・株主・税金・社会保障のことも自社との関係性を交えながら質問し、具体的な仕訳を答える訓練も実施している。一方、大規模な会社での仕事の役割は、全体の業務というより、入金管理や処理、仕訳をするための集計やチェック業務を行う等、全体業務の中の一部と想定される。しかし、これらの業務の帳票は、各企業フォーマットが決まっているわけではなく、業種や規模によっても変わる。これらの問題を解決するには、簿記資格を取得していれば、ある程度の帳票の見方や考え方が出来るという前提で、共通のルールがある簿記用語で、「報告・連絡・相談」を実施するため、どう進めば良いかを話し合いながら進められる。3ケ月も経過すれば、担当者は、任せても安心かな?と感じはじめ、6ケ月経過する頃には、一人前になっていると当社スタッフの間でも実績として感じているので、採用後6ケ月間に簿記という共通言語で、「報告・連絡・相談」ができ、業務を実施するうえでの第1段階をクリアしたと言える。 5 能力開発支援での留意点 ア)各個人の興味のあること、困ることを中心に対話し、精神障害者に話しかけて頂けるように心がけた。 イ)新職場等の環境が変わり、本来の能力を引き出せないので、笑顔で語りかける等、緊張をほぐすことを最初に実施した。 ウ)楽しい事例を挙げるため、本人の興味を持っていることをよく話した。 6 能力開発支援体制 訓練の講師は、当社代表、当社公認会計士、高齢者スタッフが担当者であり、訓練終了後、ハローワーク経由で、他社求人も面接を進め、面接には行ったものの、不採用となったが当社では、以下を実施しているため、スムーズに採用できた。 ア)25日130時間共に学習し、性格や特性、実力を含め、個人を理解し、信頼関係が構築できたため、短時間の話し合いで、就労条件も決め、採用できた。 イ)業務中は、1〜2名の健常者スタッフが訓練担当していたが、障害者の方が「仕事が出来る」と感じた場合、仕事を通じ、他健常者スタッフも謙虚にその努力を認め、年齢や経験に関係なく成長していると実感でき、お互いを認め合いながら切磋琢磨している。 ウ)2名中1名は、簿記試験に苦労しているが、自らの出費で簿記学校に通って、仕事の意義や必要性を理解しつつ、本人なりに努力しているため、その取組を認め、我々も共に学習する。 7 能力開発支援取組内容 以下内容は、特別に難しい内容を実施しているわけではなく、人として精神障害者と向き合い、信頼関係を構築することこそ、重要な取組であるし、本人にとって心地よいのである。 ア)日報を見て、本人が悩んでいる内容があれば日報等確認し、立ち話で、気軽に声をかけ、話を聞いてみる。 イ)個人個人の特性を理解する。 ウ)技術的なことよりも仕事のやりがいをどう感じて頂くのが良いかを常に考え、仕事の役割、仕事の意味、仕事の必要性、仕事の貢献度や仕事の重要性を何度も訓練した。 エ)復習を何度何度も実施し、最初で「遅れてはいけない」と不安を与えず、安心感を与える。 オ)社内啓蒙を実施した。 ①実行できないのは、「できない」と決めつけていないか?できるためにどうするか皆で考える。 ②大変だ、嫌だ、という社員の真の理由を探る必要がある。 ③職場体験実習を100人実施し、社員が精神障害者に慣れるようにした。 8 能力開発効果 手前味噌で恐縮だが当社で平成26年2月に採用した精神障害者雇用スタッフは、社内で誰もが認める存在になった。彼も自信を持って仕事に臨んでいるのが手に取るようにわかる。その他の効果としては ア)職場の雰囲気が優しく良くなった。 イ)お客様の記帳資料を取扱い責任感ある仕事を体験でき、責任を持って取組むことができた。 ウ)精神障害者の方の傾向は、頑張り過ぎたり、集中しすぎたりするため、会社側で体調確認の声掛けをし、配慮しつつ仕事内容や意味を納得すれば、十分にその能力を発揮する。 エ)委託訓練や障害者雇用枠で働くことを通じ、相互に学びあい、人間的に成長できる効果は、社内的にも社外的にも自然に表れてくる。 【連絡先】 株式会社サポートケイ 〒103-0025東京都中央区日本橋茅場町1-6-17 TEL 03-5847-7280 FAX 03-6893-1427 精神障がい者社員の適正配置・定着継続のためのアセスメント 野村 弥生(株式会社フロンティアチャレンジ 管理グループ人事教育チーム 精神保健福祉士) 1 株式会社フロンティア・チャレンジの概要 2014年10月に総合人材サービスのテンプホールディングス株式会社のグループ内の2社である、株式会社インテリジェンス・ベネフィクスとテンプスタッフフロンティア株式会社が合併し「株式会社フロンティアチャレンジ」に社名変更を行った。 2008年1月に設立された株式会社インテリジェンス・ベネフィクスは株式会社インテリジェンスホールディングスの特例子会社として、多様な障がい者を雇用する一方で、採用・育成ノウハウを活用した採用・定着支援などを実施してきた。 またテンプスタッフフロンティア株式会社は、人材紹介サービスに加え、民間企業での就労を希望する障がい者(主に知的・精神・発達障がい)を対象とした就業訓練プログラムの実施や障がい者を対象とした公共事業案件の受託、企業向け障がい者雇用コンサルテーションなど、豊富な実績を有してきた。この再編強化により各社のネットワークやサービスの有機的な連携が可能となることで、グループの障がい者支援事業の経営基盤の強化や同事業における優位性を一層高めることを目指す。また、求職者の就職支援のほか、企業における受け入れ体制構築から採用、その後の定着支援まで、さまざまなサービスをワンストップで提供し、企業・個人の多様なニーズや課題に応じたサービス提供を可能にした。 図1 障がい者支援事業新体制 この論文は筆者がインテリジェンス・ベネフィクスの人事教育チームの一員として、精神障がいを持つ社員(以下「メンバー」という。)に対して、職業的自立のサポートを目標に行った実践の結果である。「メンバー」という名称はインテリジェンスの社内でマネージャー以外の全員の社員の名称として使われているものである。 図2 インテリジェンス・ベネフィクス会社概要 2014年6月 2 精神障がい者社員定着への取組み ① サポート体制の構築 インテリジェンス・ベネフィクスでは設立当初より、障がい種別に関係なく働きたいという強い意志を持つ人材を採用してきた。事業内容はグループ会社の事務支援サービスを主としており、精神障がい者は身体障がい者と同じ部署でPC入力を行っていた。 2011年より発達障がい者を含む精神障がいの社員の急増により、業務リーダーのみでは管理が困難になり2011年4月より人事グループに就労支援業務に携わってきた精神保健福祉士が入職。障がいを持つメンバーと業務リーダーの双方のサポートにあたった。 まずは個別の勤務状況を整理し、勤怠が不安定なメンバーに対しては体調の管理のために記録をつけて自己管理が行えるよう支援、勤務中に不安が強くなり業務に集中できなくなるメンバーに対しての緊急時の面談や月1回の定期面談を設定、支援機関の職場訪問や、人事でのケース会議の開催や新たなジョブコーチの採用等により社内でのサポート体制の構築を行った結果、1年以内にほとんどの精神障がい者メンバーの勤怠や職務遂行状態が安定していった。 ② 支援方法の再検討 2年ほど経過した2013年頃から新たな課題が浮上してきた。それはキャリアアップの問題である。 勤怠の安定は最低限のラインであり、そこに留まり続ける限り、キャリアアップを望めない。 きめ細かなサポートで職場での不安やストレスの軽減を図り、勤怠を安定させることは可能であるが、それは一時的な対症療法的な処置であって、根本的な自立支援にはなっていないと感じ始めた。 精神障がい者社員の増加に伴い、サポート相談業務は増していく。サポートが無いと業務遂行に支障をきたす状態では、結果的に業務の質や量が上がらず、評価も上がらないことになり、働くことへのモチベーションも低下していく。次につながる、前に進むためのサポートについて、メンバーへの聴き取りで、ニーズ調査を行った。 さらに定期面談での相談内容を整理した結果、過剰なサポートは障がい者本人の自己肯定感を失わせ、成長に歯止めをかけている可能性があると考えられた。 メンバーが望んでいることは、継続して職場で働くこと、必要とされる人材になること、キャリアアップしていくこと等であった。だが、実際の相談内容はほとんどが職場の人間関係に関するものか、自身の職務能力に自信が持てず自己否定感が高まることによる不安についてであり、解決できないものばかりであった。視点を変えれば、組織の一員となり組織の中でうまく業務を遂行する上で、程度の差こそあれ、誰でもが感じる不安であった。精神障がい者だから不安やストレスは禁忌ということではないはずであり、社会生活を送る上で必要なことは、いかに上手に悩みきるか、いかに上手に諦めるかというスキルである。障がいを気にするあまり周囲が過保護になることで、逆に障がい者の不安を煽っている面もあると考えられ、社内支援の方法の再検討を行った。 ③ キャリアアップに向けて まずは、ゴールを業務の中に置くことから始めた。現場の業務リーダーと本人から聴き取りを行い、それぞれの現在の業務の次のステップを明確にした。ステップアップに必要な職務スキルを明確にし、そのために必要なスキルトレーニングを期間を決めて実施。ちょうど同時期に社内で業務改善アドバイザーのもとで、業務の見える化がスタートし、メンバーの適正配置のための業務スキルマップの作成が着手されていたこともあり、タイミングが合っていた。 変化に対して不安が大きくなり、前に進む足を止めようとするメンバーもいたが、ほとんどのメンバーは明確なゴールが示されたことで、モチベーションが上がり、悩みや不安は業務のスキルに関することに集中していった。これに関しては業務リーダーがサポートにあたり、結果的には上司と部下の関係性が密になり、非常に健全な職場環境となっていった。同時に職域も広がり、生産管理や営業管理といった企画力や論理力、臨機応変性や自主性、コミュニケーション能力が求められる部署に配置されるメンバーも出てきた。 支援チームへの相談は一気に減少し、同時に役割が変化した。メンバー個別のコミュニケーションや考え方の癖を業務リーダーと共有し、業務指示やアドバイスが行ないやすくするサポートや、逆に、メンバーが業務リーダーに対して相談をしやすくするきっかけを作るサポートなど、側面的なものに変わっていった。定期面談も必要とされなくなり、メンバーからの依頼があった時のみになった。20名以上の精神障がい者メンバーを1名の精神保健福祉士と1名のジョブコーチでサポートすることが可能になった。 ④ 業務の適正配置と目標の明確化が安定継続への最初のポイント 以上の経験から分かったことは、自身に与えられた業務に取組み、職務上で結果を得ていくことが、その成果に関係なくメンバーを心身ともに健康にしていくということだった。 職場での安定が減薬につながったり、プライベートの生活が豊かになったメンバーもいる。ここでの安定というのは、不安もストレスも普通にあるけれど、目指すゴールに向かって職務を遂行することに集中できるという状態であり、体調不良時もゴールを目指して休むということである。進むことも止まることも、させられるのではなく、自分の選択で決定する、こういったプロセスを繰り返すことが自己効力感の増加に影響を与えている。結果として、不得手としていた業務にも取り組んでいく姿勢が見られた。 3 新たな社内サポートの実践としての「アセスメント・プログラム」 ふつうに働いていればストレスは誰にでもあり、常に何かで悩んだり迷ったりは当たり前だが、精神障がいがあるから悩むことが体調悪化につながるという見方が、メンバーを病者として扱うことであり、常に体調ばかりを心配される立場において自己効力感は生まれない。本当の意味での職業的自立をサポートすることを目標に新たな支援方法を組み立てていった。それが「アセスメント・プログラム」である。 ① 業務適性のアセスメント 一般的に人事で行う業務適性テストの簡易版の実施により資質を検査。どのような業務適性があるのかを測るが、これのみで判断は行っていない。なぜならば、発症時に携わっていた業務に対してのトラウマの可能性、業務自体は好きだが業務に伴う対人の距離感が苦手であるなど、個別の経験や考え方をプラスして測らなければ、正しいマッチングが出来ないからである。特に入社直後については出来るだけ心理的負荷が少なく、資質的にも適性が高い業務に配属することが安定につながると考えられる。 図3 業務への不安度チェック表 業務不安度チェック表に、苦手、あるいは不安と感じる度合とその理由をメンバー自身が記入。資質の適性と合わせて判断していく。 ② パーソナリティのアセスメント 以前の相談の中で占める割合が最も多かったのが、人間関係の問題。これについては病気というよりは、むしろ、もともとのパーソナリティに起因する部分が大きいのではないかと考え、簡易版の心理テストを使用し、パーソナリティ(性格)のアセスメントを行った。 結果、メンタルの問題を抱え込みやすい性格に分類されることがほとんどで、その性格パターンは全9種類のうちの3種類ほどに集中していた。実はこの性格パターンが対人関係に大きな影響を及ぼしている。 元々の性格において完璧主義、役割意識、頑固さ、こだわりの強さ、慎重性等が強く、生育環境や様々な悪条件が重なった結果の発症と推測された。個別に聴き取りを行った結果、これまでの職業生活の中での個人特有の躓きのパターンが見つけられた。 このアセスメントの効果は2点ある。まずはメンバー自身への効果である。こういった躓きは病気のせいではなく、性格からくるものであるとメンバー自身が理解できることが大切なポイントであり、認知行動療法的な効果が現れた。 性格なのだから、一概に否定することではなく使い方により長所にも短所にもなり得るため、活かすために何が出来るかを、メンバーと一緒に具体的に検討していく過程で「腹落ち」というような瞬間を共有することが多い。負の考えが浮かぶのは病気だからではなく、こういう性格なのだから自然に湧いてきてしまうだけと諦め、大切なのはその考えにとらわれ続けないように解決法を自身で持つことである。または解決法が見つからなければ支援チームに救援を求めることもスキルのひとつであり、その時に支援チームが行なうことは客観的な事実の整理を助けることである。このように問題解決力をつけていくことが、自己否定感の軽減につながっている。 またもう1点の効果は、雇用管理上、マネジメント上のリスクヘッジに役立つという点である。個人の性格に合わせて、対人関係の癖やコミュニケーションの取り方、モチベーションの上げ方が理解でき、取るべき対応と取ってはならない対応が明確になってくる。それまで病気や障がいに不必要な気を遣ったり、精神の病気について学習したりと、心理的な負担が大きかった業務リーダーにとってはメンバーの能力をどう活かすのかに集中できるようになり、さらにチームのメンバー編成を考える上で有益な情報が得られることで、チーム内の輪を保つことができるようになった。 特に、メンバーが体調や心理状態の不調時に「かけてほしくない言葉」「かけられたい言葉」「してほしくない気遣い」「してほしい気遣い」という項目についてメンバー自身が記入するアセスメントは、そのまますぐに対応できる項目であり、管理に活かせる具体的な情報となっている。 ③ 資質的な適性とパーソナリティのアセスメントを統合してマッチングの精度を上げる メンバーが保有している業務スキルと性格傾向、直観力や論理力といった思考力の傾向、さらに働くことに対しての価値観の傾向と体力的な健康状態を統合して、以下のような個人の業務適性を割り出す。次に業務ごとに必要とされる要素を同じ項目でグラフ化し、メンバーの適性と重ねることにより、その業務を遂行するために足りないスキルが可視化される。研修や経験により補足が可能であるかどうかの判断も可能になる。 図4 業務スキルと適性マップ ④ アセスメント・プログラムの実用 現在は入社時にアセスメントをかけると同時に、入社者研修として実務を経験することも合わせて行っているが、安定までの期間が短くなっている。平均的に3カ月程度で業務の主要メンバーとして活躍している。以前はメンバーの適性を見るために半年以上かけていたことから考えると、アセスメント・プログラムの有効性の高さがうかがえる。 また、意図していなかった面で一番効果が見られた部分はチーム内のコミュニケーションが円滑になったことである。これはメンバー本人が自身の性格と対人関係の癖を理解し、受け入れられようと無理をしなくなったことに起因するものが大きいと思われる。「腫れ物に触るような対応をされることが一番辛い」と話す精神障がい者は多いが、アセスメント・プログラムにより個人の状況が明確になり、そういった対応は一掃されたことも風通しがよくなった原因であると考える。 ⑤ アセスメント・プログラムの課題 この1年の臨床実践の中で、このプログラムは精神障がいの中でも特に「うつ」や「適応障害」のメンバーに効果が見られる反面、発達障がいや統合失調症の残存症状が強く認知的なずれが大きい対象者に対しては、マッチングの精度が下がることが明らかになってきた。 心理テストを元にした仮説に対して、個人への聴き取りで肉付け、修正を行っていく方法であるために避けられない部分でもある。また、あくまでも職業生活経験から割り出しているため、就労経験が全くなく、本人の問題意識が無い場合も正しい結果が導き出し難い。実施にあたっては聴き取りを行う人間の力量も結果を左右するため、誰でもが実施できるわけではないという弱点もある。 いずれにしてもこういったアセスメントは、そのまま受け取ることの危険性を理解したうえで、参考として使用することが目的であるため、どんな場面で活かすのか、どのタイミングで再アセスメントを行うのかについても社内で臨床を重ねる中で研究を続けていきたいと考える。 【連絡先】 野村 弥生 株式会社フロンティアチャレンジ e-mail:yayoi.nomura@inte.co.jp 精神障がい者の職場定着に対する取り組みと、職場定着の先にみえてきた課題への取り組みについて ○松原 史明(大東コーポレートサービス㈱ 精神保健福祉士) 辻 庸介・野村 克幸・金井 圭・山本 美代子(大東コーポレートサービス㈱) 1 会社概要 大東コーポレートサービス株式会社(以下「コーポレート」という。)は親会社である大東建託株式会社の100%出資による障がい者雇用を目的とした特例子会社である。 主な業務はシュレッダー処理、各種物品の発送業務、給与明細の仕分け、名刺作成、文書のスキャン作業、アンケート入力、建物のペーパークラフト(模型)作りなど、現在500種類以上に及ぶ業務ができる体制にある。 2 雇用状況 2005年5月、知的障がい者4名、身体障がい者1名、生活相談員(以下「相談員」という。)3名の計8名からスタートした組織は、親会社や関連会社の事務作業を受託して職域を拡げてきた。 2008年5月には北九州事業所を開設し、オンデマンド印刷事業に取り組みはじめ、2010年10月には浦安事業所を浦安市ワークステーション内に設置し、オフセット印刷や看板作製などに取り組んでいる。浦安市ワークステーションとは浦安市が建設した建物に障害者就労支援センター・福祉的就労施設・民間企業が併設した全国初の複合施設である。 現在、社員数はコーポレート全体で102名となり、内障がいのある社員は63名で以下がその内訳(図1)である。 図1 コーポレート障がい種別 3 企業における精神障がい者の定着率 平成20〜21年に障害者職業総合センターで実施された調査によると、就職した精神障がい者の就職後1年未満時点での離職率は54.7%であった(図2)。 1年未満での退職者が多い問題として、当事者側からみると「業務が覚えられない」「体調管理ができない」「安定出勤ができない」「自分の思いを上手く伝えられない」などがあり、企業側の問題としては「業務の切り出しができない」「指導の仕方が分からない」「コミュニケーションがうまくとれない」「接し方が分からない」などが挙げられる。 コーポレートの定着率(図3)と照らし合わせてみると、弊社では1年以上の定着率が比較的高い水準にある為、精神障がい者の定着については一定の成果を出すことができているといえる。 図2 企業における精神障がい者職場定着率 図3 コーポレート精神障がい者職場定着率 (現在雇用数、離職者含む) そこで本発表では、コーポレートでの職場定着のための取り組みを紹介すると共に、定着後の課題についても考察していきたい。 4 ストレングス・リカバリーの視点 ストレングスとは「当事者自身の潜在的な強み」「今出来る力」を指す。重視するポイントとして ① 仕事に取り組むことで、生活を改善し質を高めることができる ② 着目する点は欠点ではなく個人の強みである ③ 本人こそが自身をさらなる高みに導いていく者である リカバリーとは「精神障がいのある人が、それぞれ自分が求める生き方を主体的に追求すること」とし、何より大切なのは本人が「こういう生活がしたい」という夢や希望を持ち、それを周囲が支えることを重要としている。リカバリーの構成要素として ① 自己決定が前提として欠かせない ② エンパワメントの過程である ③ ストレングス(強み)に注目する ④ 周囲の支えが欠かせない ⑤ 尊厳が重要な要素である ⑥ 自分の人生に責任をとる ⑦ 希望の存在が最も重要な要素である などが挙げられる。 相談員の役割としては、障がいをもった個々人の社員がその力を発揮し、変化に向けた挑戦をしていくことのサポートをする事が重要と考える。 5 職場内での実践・事例 (1)雇用当初の取り組み 精神障がい者雇用当初は、少ない業務をゆっくり、社員のできるペースでやってもらうようにしていた。プレッシャーをかけすぎず、まずは、安定して勤務をして欲しいという配慮からそのように行っていた。 また、精神障がい者だけで、課員を構成するほうがよいという判断もあり、当初は精神障がい者だけで課員を構成した。そのように行ってきた結果、確かに勤怠は安定したが、問題点が出てきた。 そこで、以下のような取り組みを行うことになった。 (2)障害別でない課員構成 サービス4課では現在、精神障がいの社員3人、知的障がいの社員1人、身体障がい2人、健常者3人で構成されている。 今まで4課では相談員と精神障がいのある社員のみで構成されていたが、精神障がいのある社員個々人が受け身で自発性に乏しかった。そこでもっと自発性をもたせる方法はないかと模索した結果、他の障がいのある社員を入れてみたらどうかという結論に至り、知的障がいのある社員を4課に招きいれた。すると精神障がいのある社員が知的障がいのある社員に対して「仕事を教える」「わかりやすいように工夫する」といった社員同士のかかわりが自然に出来始めた。結果、精神の社員の本来の個人としての力、積極性、自発性が引き出されるという形になり、現在に至っている。 (3)業務スケジュールの工夫 一つは、業務スケジュールの工夫である。通常は、1日の業務スケジュールを始業前に公開するが、あえて、業務を午前・午後に分け、午前の業務は朝礼後に公開し、午後の業務は昼休み後に公開するようにしている。 その目的は「体調の安定」である。午前中の業務の様子を見て、体調が悪そうな社員がいれば、午後は軽い業務に変更するなどして、臨機応変な対応が可能になるからだ。 もう一つの目的は「自尊心の尊重」である。仮に1日の業務を公開したあとに、本人の体調が悪そうだから途中で業務を減らしてしまうと、本人のプライドが傷ついてしまうことになりかねない。そこで、午後の予定を別に組むことにより途中での業務変更をなくし、プライドが傷つかないような配慮もしている。 (4)全員参加での業務マニュアルづくり このマニュアルは、障がいのある社員も含めた課員全体で話し合い作成し、また、疑問や改訂があったときには、即座に書き加えられ、ミーティングで共有される。また、マニュアルをみることで業務を滞り無く進めることができるため、不安の軽減や、自己決定で業務を進められる力を引き出すことができている。 (5)体調が悪いときの見守り(個別対応) サービス3課のK氏は入社当初、うつ病の症状がひどく、業務中に俯いたまま動かなくなる状態が度々あり、仕事が手につかなくなると、1〜2ケ月休むこともあった。その状況に対し、同課課長は次のように対応した。 ① 本人の体調が安定するまでの見守り ② 出勤してきた際には無理はさせない ③ 話をよく聞く ④ 見て分かる簡単なマニュアルを本人に提供する 結果、徐々に休む回数も減り、現在6年目を迎えるに至った。 その社員から「課長やコーポレートの存在があったから今の自分がいる」「課長のためなら頑張れる」という言葉を聞くことができた。 この例では、安心して仕事に取り組める環境を整えることが重要であり、 ① 通院の確保や体調が悪い時に休みやすい環境をつくるなどの見守り ② 定期的に面談して話を聞くことや、簡単なマニュアルを提供することでの、不安の軽減、意欲の向上 などから、本人にプレッシャーをかけすぎないように配慮をした結果、お互いに信頼関係が構築され、強い絆が定着につながったと考えられる。 (6)「当たり前」のことを当たり前に言える環境づくり 「当たり前」という言葉を辞書で調べてみると「誰が考えてもそうあるべきだと思うこと。当然なこと」と記してある。すなわち、精神障がいの社員に対し、生活上、仕事上で出来ていない部分を「当たり前」に指摘することも必要であるという意味に捉えられる。だが、実際は「当たり前に言えない」「どうやったら当たり前に言えるようになるのか」という疑問が出てくるのも事実である。 「当たり前」に指摘できるようになるには、精神障がいのある社員の「障害」に着目するだけではなく、その人の「個性・性格」に着目することが大切だと思われる。 では、その為にはどうしたらよいか、私たちが実践している二つの提案をしてみたい。 ① ストレングス・リカバリーの視点から、本人の強みを見出していく 障がいのある社員に対して、実際の仕事の現場では、当たり前に言ったことで「傷つけてしまうのではないか」「体調を崩して休んでしまったらどうしよう」という不安が出てくる。そうなってしまうと、言いたいことも「当たり前」に言えなくなってしまい、マイナス面でしか本人を捉えられなくなる。 そこで、障がいをもった個人に対し、「病気・障がい」としての個人ではなく、「個性・性格」としての個人としてみることで、強みはどこにあるのだろうかというストレングスの視点に切り替えてみる。そうすることで、その人の見え方が少しでも変わってくるのではないか。 一見、仕事とは関係のないところに視点を持つことも大切である。他人に優しくできることや、仕事はゆっくりでも、正確に丁寧にコツコツやるのであれば、遅い!と責めるのではなく、正確さの方をほめてみることで、その人を見る視点を変えることができる。 ② 「病気・障がい」の知識を得る 「病気・障がいの知識を得ること」は、一見障がいを強調してしまうようでもある。障がい者と当たり前に接する為に、あえて障がいのことを知らずに接する方がよい、という意見を聞くこともあるが、果たしてどうだろうか。 障がいの事を知ることで、障がいの為に苦手なこと、できないことなど、認めることができれば、障がいだからできなくてもしょうがない、と良い意味で割り切ることができる。そうすれば、苦手なこと以外にも目を向けやすくなり、より冷静にその人の「個性・性格」を見ることができるようになるのではないか。また、知識を得ることで、障がい者と関わる相談員自身のストレス軽減にもつながるということも大きなメリットである。 このように「本人の強み」を見出し、「病気・障害の知識」を得ることで、精神障がいのある社員を個性を持った1人の人間としてみられるようになっていく。そうすることで、当たり前のことを当たり前に言える環境が作られていくのではないか。 6 まとめ 雇用当初は、精神障がい者の定着の為には、本人のペースを重視して配慮を行うという考えが主体であった。そのようにして、たしかに勤怠はある程度安定した。それは定着率(表3)として現れているとも言える。 しかし、本来企業が求めるのは、定着率ではなく、いかに業務を行うかであるはずだ。そういう考えのもと、定着後の試みが始まってきている。 今まで述べてきた、「全員参加型のマニュアル」や「障害別ではない課員構成」は、「本人のペース」から「会社のペース」への転換である。 単に与えられたマニュアルに合わせて、業務を行えば良いのではなく、自分たちがマニュアルを作り上げていき、以下に業務に貢献できるかを考え行動していく。また、知的障がいのある社員に業務を教えることで、責任をもって仕事に取り組む。 また、個人のペースではなく、チームで仕事を行うということは、本人が苦手としている業務への挑戦も含む。例えば、実習生の対応や電話対応など、臨機応変な対応が求められる業務にも、現在挑戦をしているところである。 一方で、「業務スケジュールの工夫」「体調が悪い時の見守り(個別対応)」は、配慮事項に関する試みである。 「業務スケジュールの工夫」については、現状は相談員が1日の業務スケジュールを組み立て、業務ペースの安定を図っているという配慮である。1日で行う業務が10種類以上あるため現在は相談員が組み立てる以外はないのだが、いずれは障がいのある社員が、スケジュールの組立に参加できるようにしなければならない。 また個別対応については、体調を崩したときの対応の一例であるが、体調を崩した時の対応次第で、かえって信頼関係を強めることができる一例である。 「本人ペース」から「会社ペース」への試みがどこまで上手く行くのか、今後も引き続き検証が必要になるが、少なくともこの取り組みの結果、できる業務の幅が広がることはあるにせよ、勤怠が不安定になるという事実はない。会社として求めるべきことは求めていく。その上で、障がいを持った社員一人ひとりがその力を発揮し、変化に向けた挑戦を支えていく。その様な姿勢で今後も取り組んでいくことが、必要であると考えている。 精神障害者の雇用に係る企業側の課題等について(1) 〜企業アンケート調査の概要から〜 ○笹川 三枝子(障害者職業総合センター 研究員) 白石 肇・田村 みつよ・宮澤 史穂・佐久間 直人(障害者職業総合センター) 1 調査研究の背景 平成25年4月に障害者の法定雇用率が2.0%に引き上げられたが、同年6月1日現在の民間企業における実雇用率は1.76%に達し、雇用障害者数とともに過去最高を記録したという。 さらに、同年のハローワークを通じた障害者の就職件数は4年連続で過去最高を更新し、とりわけ精神障害者の就職件数が初めて身体障害者を上回るなど、精神障害者の雇用は着実に進展していると考えられる。一方で、企業においては、精神障害者特有の不安定さや現在すでに抱えているメンタルヘルス不調を抱えた社員への対応の難しさ等を理由に、精神障害者の雇用に二の足を踏む声が少なからず聞かれるところである。 精神障害者の雇用管理については、障害者職業総合センターの先行研究「精神障害者の雇用管理のあり方に関する調査研究」1)等により、障害者雇用に熱心に取り組んでいる企業の先進的事例や休職者の復職制度が確立されている大企業の状況を中心に知見が得られている。しかしながら、一般企業における精神障害者雇用の実態や雇用管理の工夫・配慮の実情、メンタルヘルス不調社員の復職に係る課題やその対応策については、十分に明らかにされているとはいえず、今後詳細な実態把握と対応策の検討が求められる。 2 障害者職業総合センターでの取り組み 障害者職業総合センター研究部門では、平成25年度から3年計画で「精神障害者の雇用に係る企業側の課題とその解決方策に関する研究」に取り組んでいる。平成25年度においては、地域障害者職業センターを対象としたアンケート「地域センターリワーク支援に関する調査」2)及び地域センター及びリワーク支援利用企業に対するヒアリング調査を実施し、メンタルヘルス不調による休職者の復職支援の状況について、主に支援する側からの実態把握を試みた。 2年目となる平成26年度は、一般企業が精神障害者を雇用する際に感じる課題や制約、実施可能な配慮とは何かを明らかにすることを目的として、企業アンケート調査を実施することとした。本稿では、企業アンケート調査の概要について、執筆現在(平成26年8月)までの状況を報告する。 3 企業アンケート調査の概要 (1)企業アンケート調査の準備 企業アンケート調査実施に向けては、表1の手順で準備を行った。 表1 企業アンケート調査実施に向けた準備 (2)企業アンケート調査の概要 企業アンケート調査実施に向けた準備は本稿執筆現在も継続中であり、決定には至っていないが、現時点で計画中のアンケート調査の概要は以下のとおりである。 ① 調査の対象 調査会社の企業データベースを用い、常用労働者50人以上の民間企業を対象に、企業規模4分類(50-99人、100-299人、300-999人、1000人以上)と日本標準産業分類を基にした業種17分類の企業数をベースとして、規模・産業による層化無作為抽出により抽出した7,000社を対象とする。 ② 調査の方法 調査票による郵送調査 ③ 調査の時期 平成26年(2014年)10月 ④ 調査の内容 調査票は「Ⅰ企業のプロフィールと障害者採用方針・精神障害者雇用経験」「Ⅱ精神障害者の雇用」「Ⅲメンタルヘルス不調者への対応」の3部構成としているが、具体的な調査の内容は表2のとおりである。 表2 企業アンケート調査の内容 4 企業アンケート調査によって調べたいこと 本調査は、従来好事例等の形で紹介されてきた精神障害者雇用に積極的に取り組んでいる先進的な企業ではなく、一般企業における雇用の実態や意識を明らかにすることを目的としている。 ○精神障害者の雇用経験と雇用開始時期(規模・産業別) ○今後の精神障害者採用方針(規模・産業別) また、企業が精神障害者を雇用する場合に感じる課題や制約とはどのようなものかについて詳細に把握したいと考えている。 ○精神障害者の雇用において、企業が感じる課題や制約はどのようなものなのか (4件法の回答について因子分析を行い、企業規模や雇用経験等の状況とクロスすることによって、企業が感じる課題・制約の内容を詳細に分析すると同時に、その軽減方法についての示唆を得る) さらに、企業が実施できる配慮とはどのようなものかについて明らかにできれば、今後企業での就職を目指す精神障害者や雇用・就労支援機関にとって有効な情報となるだろう。 ○精神障害者の雇用において、企業が実施できる配慮とはどのようなものなのか (4件法の回答について因子分析を行い、企業規模や雇用経験等の状況とクロスすることによって、企業が実施しているあるいは実施可能性のある配慮を詳細に分析すると同時に、採用・定着に有効な配慮とは何かについての示唆を得る) 本調査の大きな特徴のひとつは、精神障害者の雇用とメンタルヘルス不調者への対応について比較検討できるように、ほぼ同様の問いを設けていることである。 ○精神障害者の雇用とメンタルヘルス不調者への対応では、企業が感じる課題や制約に違いがあるのか ○精神障害者の雇用とメンタルヘルス不調者への対応では、企業が実施できる配慮に違いがあるのか 企業におけるメンタルヘルス不調による休職者の多くは精神障害者保健福祉手帳を所持していないと思われるが、もし手帳を所持しているとしたら企業の対応に違いは生じるかどうかも興味深いところである。 ○メンタルヘルス不調による休職者が精神障害者保健福祉手帳を所持している場合に、企業が実施できる配慮に違いは生じるか 本調査は可能な限り早期に実施・集計し、職業リハビリテーション研究・実践発表会において報告したいと考えている。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:調査研究報告書№109精神障害者の雇用管理のあり方に関する調査研究(2012) 2)宮澤史穂:精神障害者の雇用に係る企業側の課題等について(2),第22回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集(2014) 【連絡先】 笹川 三枝子 障害者職業総合センター事業主支援部門 Tel:043-297-9065 E-mail:Sasagawa.Mieko@jeed.or.jp 精神障害者の雇用に係る企業側の課題等について(2) 〜地域センターにおけるリワーク支援の状況から〜 ○宮澤 史穂(障害者職業総合センター 研究員) 白石 肇・笹川 三枝子・田村 みつよ・佐久間 直人(障害者職業総合センター) 1 はじめに H25年度の障害者雇用状況報告の集計結果1)によると、民間企業における精神障害者数は前年度から33.8%増加し、身体障害者や知的障害者と比べても大きな伸びを示している。精神障害者の雇用者数が増加することにより、採用や雇用管理に課題を抱える企業も増加していくことが予想される。 一方で、メンタルヘルス不調者への対策も企業にとって大きな課題となっている。企業を対象とした調査2)からは、25.8%の事業所で過去1年間にメンタルヘルス不調によって1ヶ月以上の休職、もしくは退職者が生じていることが示されている。このような状況を受け、休職者の職場復帰支援に力を入れる企業も多い。また、事業所外資源による職場復帰支援サービスを利用することも、復職後の再休職を予防するための有効な手段の一つとなっている。 通常、企業はメンタルヘルス不調者を精神障害者とは認識していないと考えられる。しかし、精神疾患により通常の就労が困難となっている人という点において、メンタルヘルス不調者は、精神障害者雇用の対象者と重なる部分もあると考えられる。したがって、メンタルヘルス不調者への対策を行うことによって得られた雇用管理等のノウハウは精神障害者の雇用管理にも広く応用できる可能性がある。 上記の可能性について把握するためには、企業を対象として精神障害者の雇用管理や、メンタルヘルス不調者への対策や課題について調査を行う必要がある。そこで、このような調査の設計に必要な知見を得るための予備的な検討として、地域障害者職業センターを対象に、メンタルヘルス不調による休職者の復職支援の状況についてのアンケート調査を実施した。具体的には、リワーク支援の実施状況を整理し、支援内容の特色や、企業や医療機関から求められていることについて把握することを試みた。さらに、職場復帰支援の積極的な取り組み(姿勢や内容)が精神障害者の新規雇用促進に影響を及ぼす可能性についても検討を行った。 2 方法 (1)調査対象 地域障害者職業センター 48所(多摩支所を含む) (2)調査方法 調査票を対象施設あてに電子メールにて送信し、記入後に担当者のメールアドレスへ直接返信を求めた。 (3)調査期間 2013年12月1日〜2014年1月31日 (4)質問項目 ①リワーク支援実施状況(利用企業の希望・業種、支援内容、など) ②リワーク支援等における企業及び主治医の課題や支援ニーズについて ③精神障害者の職場復帰支援が精神障害者の新規雇用促進に影響を及ぼす可能性について 3 結果 (1)回答状況:48所(100%) (2)利用者 ①年齢 「10代まで」が0.3%、「20代」が16.5%、「30代」が32.%、「40代」が35.9%、「50代以上」が14.2%であった。 ②性別 「男性」が79.9%、「女性」が20.1%であり、男性が女性の約4倍の人数であった。 ③障害名 「統合失調症」が2.6%、「そううつ病(そう病・うつ病を含む)」が69.7%、「てんかん」が0.1%、「その他」が27.6%であった。そううつ病が最も割合が高かったが、その他の割合も4分の1以上を占めた。「その他」について、代表的な障害名を自由記述で回答を求めたところ、7割以上のセンターが適応障害を挙げた。さらに、パニック障害、発達障害などICD-10の分類による気分障害に該当しない障害名が多く回答された。 ④利用者の特徴 利用者の特徴として気づいた点について自由記述回答を求めた。その結果、発達障害をベースに持つ利用者が増加していたり、複数回の休職を繰り返す若年層が多いといった趣旨の記述が多く見られた。 (3)支援内容 ①利用者または家族に対する支援 8項目の支援の中から、実施する頻度について回答を求めたところ、「新たな職務に対応するための支援」「キャリアプランの再構築のための支援」以外は、「必ず実施する」「実施することが多い」の割合が8割を超えており、多くのセンターで共通に実施されている支援であることが示された(図1)。また、提示項目以外の支援について自由記述を求めたところ、「アンガーコントロール」「快眠についての理解」「職場のルール・マナーに関する講座」などが挙げられた。 図1.利用者または家族に対する支援内容 ②企業に対する支援 下記の7項目中5項目で「必ず実施する」「実施することが多い」の割合が75%を超えており、これらは多くのセンターで共通に実施されている支援であることが示された(図2)。 図2.企業に対する支援内容 (4)利用のあった企業 ①企業規模 最も利用が多かった企業規模について回答を求めたところ、従業員が「1,000人以上規模」の企業が83.3%であり、最も多かった。 ②業種 利用のあった業種について選択を求めたところ、「製造業」(97.9%)、「金融・保険業」(91.7%)、「情報通信業」(81.3%)が多く、「生活関連サービス業・娯楽業」(10.4%)、「宿泊業・飲食サービス業」(22.9%)が少なかった。 (5)地域センターのリワークに求められていると思うこと ①企業から求められていると思うこと 6項目の中から最も企業から求められていると思うものを選択させたところ、「本人の職場に対する適応力の向上」が最も多かった(図3)。「その他」の内容について自由記述を求めたところ、「(ストレス場面における)体調の自己管理についての支援」といった本人に対する支援と、「復職時の条件や対応方法に関する助言」といった企業に対する支援が挙げられた。 図3.企業が求めていると思うこと ②主治医が求めていると思うこと 下記の6項目の中から最も主治医から求められていると思うものを選択させたところ、「自らは行っていない復職支援への対応」が最も多かった。「その他」の内容について自由記述を求めたところ、日中の他者との関わりや生活リズムの確立といった趣旨の意見が挙げられた(図4)。 図4.主治医が求めていると思うこと (6)復職における企業の課題や制約 下記の5項目の中から復職において最も企業側の課題や制約となっていると考える項目を選択させたところ、「復職判断の基準をどうすればよいかわからない」が最も多かった(図5)。「その他」の内容としては、メンタルヘルス不調に対する理解はあるが、現実問題として対応するだけの余裕がないことや、再発を繰り返すといった難しいケースの対応に苦慮しているという意見が挙げられた。 図5.復職における企業の課題や制約 (7)職場復帰支援と新規雇用との関連 「企業における休職者の職場復帰支援への積極的な取り組み(姿勢や内容)が、精神障害者の新規雇用に何らかの影響を及ぼすと思いますか?」という設問に対して、「そう思う」「そう思わない」「わからない」の中から一つ選択を求め、その理由について自由記述で回答を求めた。その結果、「そう思う」が47.9%、「そう思わない」が27.1%、「わからない」が25.0%となった。 さらに、自由記述の内容について「良い影響」「悪い影響」「影響はない」「わからない」の4つに分類を行った(図6)。分類は研究担当者4名の合議のもとに決定した。その結果、「良い影響」が約半数を占めたが、「悪い影響」に関する記述も19%であった。したがって、「そう思う」の回答には職場復帰支援を行うことが、新規雇用の促進につながるという考えのみではなく、抑制することもあるという考えも含まれていることが示された。 各カテゴリーにおける代表的な記述の趣旨は以下の通りである。良い影響:「精神障害者に対する職場の理解促進」「雇用管理ノウハウの共有」「地域センターと企業との関係促進」。悪い影響:「職場復帰支援を経たことによる負担感の増大」「難しいケースを経験したことによる抵抗感の形成」。影響はない:「休職者を精神障害者と認識しない」「担当者が別である」。わからない:「結果が予測できない」。 図6.職場復帰支援と新規雇用との関連 4 考察 (1)リワーク支援の利用者像 男性が多く、30代から40代の利用者が多かった。これは、リワーク支援の主な対象者である正社員に占める男性の割合が7割程度である3)ことが反映されていると考えられる。さらに、企業において「心の病」の最も多い年齢層は30代と40代であるという調査結果4)が得られており、このような職場におけるメンタルヘルス不調者の年齢構成がリワーク支援の利用者にも反映されたと考えられる。 また、疾患名はそううつ病の利用者が最も多かったが、発達障害をベースに持つなどより対応の難しい者が利用者となっていることが示された。したがって、いわゆる従来型のうつ病ではない、より多彩な疾患への対応が実態となっていると考えられる。 (2)企業からのニーズと課題 企業側の課題として、社内制度が確立していなかったり、精神疾患についての理解や復職にあたっての環境整備についての知識が不足していることが挙げられた。しかし、理解が進んでいる企業であっても、対応する余裕がなかったり難しいケースの対応に苦慮しているという自由記述もみられた。したがって、休職者の対応についての理解が職場に浸透したとしても、実際の対応は必ずしも容易ではなく、各企業の状況に応じた多様な支援が必要とされるだろう。 実際に、各センターは利用者本人に対して、多彩な支援を行っていることが支援内容に関する設問の結果から示されている。また、企業から求められていることについての設問では「職場に対する適応力の向上」といった本人に対する支援ニーズが最も多く挙げられていた。これらの結果を併せて考えると、各センターが企業のニーズに応える形で、利用者に対して多様な支援を行っている可能性が示唆される。 (3)職場復帰支援と新規雇用との関係 半数弱のセンターが、企業における休職者の職場復帰支援への積極的な取り組みが、新規雇用にもなんらかの影響を及ぼすと考えていた。一方で、実際の企業では新規採用と復職支援の担当が異なるなど、両者の関連は薄いのではないかとする意見も多く見られた。今年度実施する企業調査では、引き続きこの問題について検討し、企業側の視点を調査する予定としている。 【参考文献】 1)厚生労働省:H25年障害者雇用状況の集計結果,(2013). 2)労働政策研究・研修機構:調査シリーズ№100 職場におけるメンタルヘルス対策に関する調査,(2012). 3)総務省:H24年度就業構造基本調査,(2012). 4)日本生産性本部:第6回「メンタルヘルスの取り組み」に関する企業アンケート調査結果,(2012). 【注】 本発表での報告内容は調査結果の一部であり、全ての結果は職リハレポート№7「地域センターリワーク支援に関する調査結果」に掲載されている。 (http://www.nivr.jeed.or.jp/vr/vrwebreport-pdf7.pdf) 【連絡先】 宮澤史穂 障害者職業総合センター e-mail:Miyazawa.Shiho@jeed.or.jp グループミッションとしての障がい者雇用の取組 (障がい者適職要件の共通言語化と、職域開拓における各社の役割) 樋口 安寿(株式会社リクルートオフィスサポート 経営企画室経営企画グループ リーダー) 1 株式会社リクルートオフィスサポート(以下「ROS」という。)について 【会社概要】 ROSは、1990年2月にリクルートの特例子会社として設立された。当時、リクルートの従業員数約6,500名に対し、障がい者は7名で、雇用率は0.12%と当時の法定雇用率1.6%には程遠い状況であった。 設立に際し、自社ビルをバリアフリー化し、車椅子中心に下肢障がいを積極的に雇用し、社内報印刷の業務からスタートした。 以来、リクルートグループ各社のオフィスワークや従業員の暮らしに関わる業務を全方位的にサポートし、「事業会社」にこだわり、規模を拡大してきた。 (1)設立からの歩み 印刷事業に加え、総務系領域のサービスカウンター・マッサージサービス・名刺一括請負と職域を広げ雇用を拡大し、1993年には法定雇用率を達成した。 2003年には事務センター(経理の伝票業務の受託)を立ち上げ、大幅に雇用を拡大し、グループ会社の連結雇用に踏み切った。 それ以降もグループの成長に伴い、情報関連事業等新たな領域への挑戦を続け、法定雇用率を達成し続けている。 (2)雇用状況と従業員の内訳 2014年6月現在、従業員数235名のうち80%にあたる187名が障がいを持つメンバーであり、雇用率は、グループ16社(従業員数13,683人)に対し2.09%である。 採用に当たっては、下肢障がいを中心にあらゆる障がい部位の人を雇用しており、配属も部位に拘らず、様々な部署に様々な障がい部位を持つ人が一緒に働いている。 (3)事業理念の実現 障がい者も健常者も区別なく働く会社を目指し、障がいへの配慮はするが、期待もかけ共に成長していくことを求めている。 現在、マネジャー13名のうち8名が障がいを持っており、健常者も含めた10〜20名の組織のマネジメントを行っている。 図1 企業理念と経営の3原則 【事業概要】 情報管理領域、オフィスサービス領域、経理事務代行領域の3軸でグループ各社のサポートを行っている。 (1)事業スタイル グループ各社に点在する事務業務を【集約化】→【定型化】→【分業化】のプロセスを踏むことで、専門化を進め品質及び生産性の向上を図り、分業化することで障がい部位別の対応を可能とし、更に定期通院・体調不良などでの欠勤時の相互フォローを行いやすくしている (2)事業運営と変遷 他のアウトソーサーと同レベルの品質と価格でサービスを提供しながら、障がい者雇用にかかるコストを差し引いたら全社黒字となる事を目指し、特例子会社でありながら事業会社として健全な運営を行っている。 また、外部環境の変化やグループ内の事業やニーズの変化に応じ、職域を開拓してきた。 ・創業期:社内報の印刷、営業資料のコピー、名刺作成など印刷事業を中心とした事業展開。 ・拡大期:グループ連結・法定雇用率の見直しに合わせ、データ入力・総務カウンター業務・経理事務業務などオフィスワークのサポートを中心とした事業を開拓。 ・環境変化:個人情報保護法・Web化の進展・エコロジー志向など外部環境の変化による紙事業の縮小に伴い、環境配慮・情報管理に特化した事業を開拓。 ・第二拡大期(現在):法定雇用率見直・グループ成長に伴い、3年間で1.6倍(約100カウント)の雇用拡大の為、サイトチェック業務、グループ本社ビル内でのビルサービス業務などグループ会社と協力して新規職域を開拓。 2 職域開拓のプロセス見直し リクルートグループの障がい者雇用は、特例子会社であるROSを中心に行われており、ROSは雇用と同時に職域開拓も自社の営業活動で行ってきた。 しかし、昨今の内外環境の変化(前述:第二拡大期)に伴い、短期間で急激な雇用拡大が求められ、自社努力だけでは職域の開拓が困難な状況となってきた。 そこで、平成25年にリクルートホールディングス(以下「RHD」という。)主導で、連結対象グループ各社に対し、改めて法定雇用率の達成はグループミッションであることを確認。各社の役割や責任を明確にし、連携して雇用推進にあたる事を決定した。 【背景】 (1)法定雇用率の見直し 平成25年の法定雇用率の見直しが行われ、1.8%から2.0%に0.2%上昇し、平成25年当時の雇用におけるインパクトは、従業員数12,352×0.2%≒24カウント。 (2)グループの成長 連結対象のグループ会社の従業員数は、平成22年からの3年間で約4,000名増え、1.5倍となった。 その障がい者雇用におけるインパクトは、4,000×1.8%≒72カウント。 更に、現在も成長基調にあり、今後も必要雇用カウント算定の母数となる従業員数は増加する傾向にある。 図2 連結対象従業員数と必要カウント 【グループ各社の役割の見直し】 ROS創業以来、障がい者雇用は特例子会社の役割とし、グループ各社の役割は必要カウントに応じた雇用マネジメント料を支払うのみであったが、平成25年より各社に担当者を設け、職域開拓を協力して行う体制を整えた。 それに伴い、各社の役割及び、職域開拓プロセス・障がい者適職要件など雇用促進に関わる事項を明文化・共通言語化し、グループ内への浸透策を進めた。 (1)グループの障がい者雇用基本方針 リクルートグループでは、特例子会社であるROSを事業会社として運営し、その事業を通じて「様々な障がいのある人に対し、働く機会及び、仕事を通した成長・自己実現の場を提供する事を目指している。 図3 障がい者雇用に関する基本方針 (2)従来の役割分担における課題 創業時の思想に基づき、ROSが主体となり雇用も職域開拓も行い法定雇用率を達成してきたが、環境変化に伴い、従来の手法だけで雇用の拡大に伴う職域開拓が困難となった。 図4 創業時の思想 ①環境変化 ・ペーパーレス化・IT化の影響を受け、印刷事業や書類管理といった紙を用いた既存事業が衰退しはじめた。 ・平成24年のグループ会社の分社に伴い、障がい者雇用に理解の深い総務系窓口が各社に分割され、オフショアを含む競合との価格や納期競争に晒され、従来以上に営業努力が必要となった。 ②理解不足 ・障がい者職域についての理解不足により、単発短納期・難易度の高すぎる業務・インハウスなど、特例子会社の職域としてアンマッチな依頼に対し、お断りするケースが頻発した。それにより、発注側からは発注しにくい会社という印象をもたれ、職域拡大の為の営業活動の際に心理的な障壁となった。 (3)障がい者雇用のグループミッション化と 各社役割 リクルートグループでは、ROS単体の努力だけでは、採用は出来ても、グループの目指す真の意味での雇用に繋がらないという危機感の下、改めて障がい者雇用はグループ全体で促進するという方針に基づき、平成25年4月人事より、グループ各社に障がい者雇用担当者を設け、RHDが中心となり各社の責任と役割を再整理し、それを推進する体制を整えた。 ①各社の役割の変更点 従来、職域開拓は特例子会社であるROSが独自の営業努力で獲得し、連結各社は、競合と比較検討した上で発注を決定してきた。 ・職域開拓の流れ 役割見直し後は、新規職域開拓にあたり、連結各社は適職要件に基き適職を洗い出し、ROSは洗い出された業務の中から必要カウントに応じて、最適な業務を選択し、RHDが決定を下すという流れとなった。 ・特例子会社の役割 これに伴い、ROSは最適な雇用・生産性を目指し、管理指標を定め障がい者比率の向上、1カウント当たりのコスト改善、新規事業の生産性向上をモニタリングし、報告を求められることとなった。 図5 グループ各社の役割 【職域開拓のプロセス】 (1)障がい者適職要件の共通言語化 グループミッションとして職域を開拓するにあたり、障がい者雇用に適した職域について、誰が見てもわかるよう適職要件を言語化し、それに基づいた業務の洗い出し、選定を行うこととした。 表1 障がい者雇用適職要件 (2)新規業務の検討ステップ ・新規業務を検討するにあたり、適職度が高いと思われるチェック領域にしぼり、各社担当者が自社業務をリストアップ。 ・各社からのリストを集約し、適職要件に照らし合わせ得点化。 ・高得点の業務の中から、切替難易度等を鑑み、持ち株会社が必要ポイントに応じ切替業務を決定。 図6 職域開拓のステップ (3)最適業務の選択基準 各社からピックアップされた業務から、最適業務を選択するに当たり、誰が見ても選択理由が明確であり納得感があるものとする為、選定基準と各項目ごとの配点を定め、高得点のものから選定することとした。 表2 職域選定基準 3 職域開拓における現状の課題 雇用における仕組みを整理し、グループ各社に担当者を設けたものの、運用面では、まだまだ課題が残っている。 【現状の課題】 仕組みを整え、職域の確保は出来たが、現場レベルでの理解・合意が追い付かず各社窓口の納得感が薄く協力が得られにくい。 ① 理解不足 ROS=特例子会社という認識が無く、一業者として障がい配慮のない、短納期・深夜対応を求められる。 ② 障がい者への距離感 知らないことによる、過度の配慮や遠慮などがあり、無意識に距離を置かれる。 【障がい理解向上に向けたアクション】 勉強会や広報活動を通じ、障がいや障がい者について知り、考える機会を増やす。 ① 社内勉強会の実施 障がい者・雇用についての勉強会を実施し、障がいメンバー自らも語る。 ② 社内インフラを使った情報提供 ・法令・社外見学受入実績など障がい関連情報を社内HPに掲載。 ・グループ会社社内報への記事掲載。 【今後の展望】 事業や理解向上の活動を通じ、グループ内の障がい者及び雇用に関する理解を深め、健常者と障がい者がイコールパートナーとして協働するモデルケースとなることを目指す。 4 最後に 障がい者雇用というと、法定雇用率の達成が一つの目安であり、採用することをゴールと捉えてしまいがちだが、働く側の目線からも、企業側の目線からも、障がいに関わりなく最大限のパフォーマンスを実現することこそが、両者にとってのメリット最大化へと繋がる。 その実現には、働きやすい環境・仕組みだけではなく、周囲の障がいに対する理解・協力も重要な要因となる。 リクルートグループでは、今後も試行錯誤を重ね、より良い雇用を実現したいと考える。 【連絡先】 樋口安寿 株式会社リクルートオフィスサポート 経営企画室経営企画G e-mail:azu_h@waku-2.com 就労は究極のリハビリであり、就労は障がいを軽減する。 〜企業に於ける合理的配慮とは〜 ○遠田 千穂(富士ソフト企画株式会社 人材開発部 部長/秋葉原営業所長) ○槻田 理(富士ソフト企画株式会社 人材開発部 主任) 障がい者の権利条約が批准されて以降「合理的配慮」という言葉を頻繁に耳にする。一言で言ってしまえば、簡単だが具体的にとなると、多くの事例を要する。ここでは企業に於ける合理的配慮とは何かに言及する。合理とは「理に合うこと」。配慮とは「サポート」。「業務、個人の理に合ったサポート」と置き換えることも出来よう。 業務を遂行する上で、困難に感じる事象は、しばしば勃発する。それを周囲がサポートすることにより、スムーズな業務遂行が展開される。スポーツに例えると分かりやすい。サッカーで言うならば、一つのチーム(配置)が存在するとしよう。ピッチに立つのは、まず11名。ベンチには控えの選手が、ウォーミングアップに勤しみながら、11名を励ましつつ出番を待つ。選手(社員)のコンディションを見て、交替が繰り広げられる。この「選手(社員)のコンディションを見る」のも、合理的配慮の一つである。各々の社員の体調、症状を「冷静」に「観察」しながら、休憩を交替で取る等の工夫を加えていけば、納期を遵守する業務を受注することができる。これには、控えにまわる社員の確保も必要だという声があるかもしれない。しかし、企業には健常者1人雇用する余裕があるなら、助成金をきちんと活用すれば、給与水準を下げることなく、障がい者を2人雇用することができる。一人ひとり雇用するよりは、チームとして採用した方が、ピアサポートの効用も活かされ、余程、効率化がはかれる。身体、知的、精神、発達の4障がいを万遍なく採用することもポイントである。 図1 ピアサポートと採用 また、障がい者ならではの、強みを活かすことも、合理的配慮の一つである。人の痛み、苦しみに敏感な方々が多いのも事実である。当事者の苦しみは当事者が1番よく分かる。当社では「障がい者は天性のカウンセラー」と捉えている。うつ病を発症した親会社の健常者のリワークを受け入れ2週間で復職まで持っていくのは、障がい者の部署である。もはや「健常者が障がい者をサポートする」時代ではなく、「障がい者が健常者をサポートする」時代なのである。障がい者の人生の本質から目をそらしてはいけない。企業は勇気をもって、健常者が行っていた業務を障がい者に切り出すべきである。「出来ないことが出来るようになった」という確かな手応えは相互のスキルアップ、又、障がいの軽減につながる。 「あなたがいなくてはだめなんです」「私がいなくてはだめなんだ」という実感を、プレッシャーを与えることなく、常に感じられる様にサポートすることも合理的配慮の一つである。人は「必要とされてない」と感じると途端に気力が失われてしまう。働くには「気力」と「良い習慣」が、大切とされる。 朝、目覚めて、「さあ、今日も会社に行こう」と無意識に身体が通勤へと向かう。当たり前の日常を障がい者にも展開することが求められる。「体調が悪いなら、休めば。会社は大丈夫ですから」という無責任な言葉は相手の為を思っているようだが、受け取り方によっては「あなたがいなくても大丈夫です」と受け取られかねない。今、本当に休むべきか、フレックスを活用して出勤すべきなのか、共に考えるとことも、合理的配慮となる。良い習慣を崩さないサポートも大切である。 当事者の管理職を育成することも合理的配慮の一つである。指示は曖昧ではなく、具体的に出すのが鉄則ではあるが、いつまでもそれを続けていては、健常者の指示でしか動けない(動くことが許されない)障がい者が育成されてしまう。業務の遂行能力、成長過程をよく見て、管理職としての裁量、権限を少しずつ譲渡していくこともポイントである。障がい者を健常者の配置下に置く時代は、もはや過ぎ、これからは障がい者が健常者をリードする部署が増えると考える。健常者の目線で、障がい者の職域を制限してはならない。支援はあくまで自立への手段である。支援ではなく、自立を目標とするのも、企業の合理的配慮である。人として働く障がい者の人権を尊重すること。これが、企業に於ける合理的配慮につながる。 ミーティング風景 富士ソフト企画株式会社に於ける合理的配慮 (業務・個人・症状の、理に合ったサポート) ①短時間勤務からゆっくり始める。 ②具合が悪くても体調が戻りそうな場合は、フレックスを活用し会社に来る習慣をつける。 ③チームプレー、ピアサポートの繰り返し。 ④昇任・昇格は慎重にかつ、確実に。 ⑤感情に振り回されない。障がい者が働きやすい職場は健常者も働きやすい職場である。 ⑥指示は具体的に、責任は上司がとる。当事者を管理職へ登用する。 ⑦小さな納期、小さなノルマの達成を繰り返し、ボーナス査定に反映させる。 ⑧潜在能力を引き出し、業務に応用させる。 ⑨適材適所の工夫、障がいは軽減できると信じあきらめない。 ⑩各々のストレス・症状・状態をお互いに把握し、理解する。 ⑪業務・進捗状況・症状などの情報の共有、障がい特性の学びも大切に。 ⑫カウンセラーを始め、現場の上司も良く話を聞く。 ⑬温かい職場の雰囲気を醸成する。 ⑭ルール遵守及び能力開発の為、研修を積極的に行う。(語学力・PC力等の強化)。 (以上 遠田 千穂) 次に企業の合理的配慮について、具体的な事例を挙げて説明する。 事例で取り扱う合理的配慮とは、当事者社員の得意なこと、苦手なことを本人も含めたチーム一体で見つけていくというものである。 ここでは、本人の障がいに焦点を当てて考えるのではなく、本人の個性に焦点を当てることがポイントとなる。 もう一つのポイントは得意・不得意なことを見つけることが目的ではなく、見つける過程をチーム全体で経験することが目的となる。 言い換えると、周りが当事者本人を理解しようという環境づくりが、今回取り上げる企業の合理的配慮ということとなる。 得意なこと、苦手なことを把握することは、健常者の世界であっても重要だろう。しかし障がい者の場合、障がいの特性も絡んでくるので、よりきめの細かい取り組みが必要となる。 〈事例となる社員〉 今回事例で取り上げる社員Aは、療育手帳を持っている。社歴が6年ほどで、趣味で演劇を行っている明るい女性である。 〈得意なことを見つける理由〉 得意なことが見つかり、それを仕事に活かせるのならば、その仕事はきっとうまくいくだろう。当然本人にとって大きな自信になる。 また、得意なことを活かせるのであれば、周りもその社員のことを認めるようになる。ゆくゆくは「△△のことなら○○さんに訊けば分かる!」と思われるようになればしめたものだ。組織が強くなっていくだろう。 〈得意なことを見つける際のポイント〉 得意なことを見つける際のポイントは、今分かっている本人の得意分野の領域を少しずつ広げていくこと。むやみやたらに仕事を振り、得意か不得意か判断しようとしないことだ。 もう一つのポイントは、本人の得意分野が分かったら、チームの他のメンバーにそのノウハウを本人に伝えさせることである。 他の人に自分のノウハウを伝えるには、自分がなぜこれが得意なのか理解していなくてはならない。人に教えるという行為は、教える側も非常に勉強になり、ますます得意分野に磨きをかけることができるようになる。 教えられた側も、ノウハウを共有できるので、技能が向上する。また、ノウハウを共有することにより、教えた側も、教えられた側も、その分野で互いに高めながら仕事が出来るようになるのである。 〈事例:Aの場合〉 私どもの仕事の一つに、障がい者向けの職業訓練運営がある。そこでの訓練講義の一つをAに担当してもらおうと考えた。 そこでボイストレーニングという講義を担当してもらうことにした。Aは趣味で演劇をやっており、舞台に立っている。役者として発声練習を積んでいた。その経験を講義に活かしてもらおうとしたのである。 はじめての担当講義ということもあり、Aは不安に感じていた。しかし上司と打ち合わせを重ねた。講義の内容、進め方などを共に組み立てていった。 また、Aは講義資料の作成においても不安を抱えていた。資料はパソコンで作成する必要があるが、Aはそのパソコンソフトを使うことを苦手としていたのである。 そこで、その資料の作成には同僚のB社員をアドバイザーとしてAに付かせた。B社員も障がいを持っている。Bは良きお姉さん的な存在でA社員も慕っており、楽しく作業を進めていけたのである。 このようにしてAの担当する仕事をチームとしてサポートすることにより、Aはやる気をもって自分の役割をやりとげた。Aの講義は非常に盛況であった。 その後Aは自分の担当する講義に改良と、試みを繰り返しながら磨き上げていった。だいぶAが講義に熟達してきたところで、上司はある指示を出した。 その指示とは、「Aのボイストレーニングのノウハウをまとめ、Bに伝授せよ。そしてBがボイストレーニングの講義が出来るようにサポートしなさい」というものだ。 Aは精力的に取り組んだ。自分の得意なことを周りに披露することは楽しいはずである。そしてその相手が慕う先輩Bであるならば、なおさらであろう。 ほどなく、Aがボイストレーニングを担当できない日はBが担当して講義を進めている。また、どうしたらもっと良い講義ができるかを2人でよく話し合っているようだ。 今後は、AやBがチーム内の他のメンバーに、そのノウハウを伝授しやすくなるような環境を整えたい。ノウハウの共有という面だけでなく、チーム内の人間関係、士気に良い影響を与えることになるであろう。 職業訓練風景 〈苦手なことを探す理由〉 続いて苦手なことを探す理由について述べる。 苦手なことを探す理由は、本人が障がいを理由に仕事上の困難から逃げることを防ぐということにある。 私は障がいを持つ人が、障がいを理由に人生の困難から目をそむけ、逃げてきた例を数多く知っている。「障がいがあるから、このことは出来ない」「障がいがあるから無理です」というようなことだ。 人は誰でも苦手なことがある。苦手なことというのは本来十分検証をして、それでその人の苦手なことが分かるというものだ。少しばかりのチャレンジをしてみて、うまくいかなかったからそのことが苦手とは言わないはずである。しかし、障がいを抱えている人にとって、うまくいかない理由を障がいのせいにしようと思えばできるのである。そこで安易に人生・仕事の困難から逃げることも可能となりうるのだ。 そこで本人に本当にそのことが苦手なのかをしっかり検証する必要がある。安易に障がいに逃げないために。そして自分の予測とは違っていたのだということ分かってもらうためである。 社員同士のサポート風景 〈ポイント〉 ポイントは、本人の自信を喪失しないように、チームでサポートを進めることである。上司、同僚など複数のサポーターで構成するのだ。 本人はその作業を苦手、もしくは障がいのせいでうまくこなせないと思っている。サポーターは慎重に計画的にサポートしていく必要がある。 先ほどのAの事例では、本人の得意なことは発声練習である。本人の苦手・もしくはこなせないと思っているのは、パソコンでの資料の作成と講義の進め方である。 そこでAは上司の打ち合わせの中で、講義を進めるには何をしたらよいか、講義資料は何が必要かを共に洗い出した。そして洗い出した必要書類について、作成作業をBと進めるのである。ポイントは必要なことを事前に全て洗い出しておいたことにある。それにより次のステップ(パソコンでの資料作成)で追加の分析・交渉等をせずに、必要作業に集中できるのだ。 AはBと資料を完成させ、講義に臨んだ。その後の展開は上に記したとおりである。 Aはパソコン対する苦手意識が少しはやわらいだようである。今は他のパソコンを使用した業務にも精を出している。分からないことは周りの人を捕まえて訊きながら。これはもうどうしようもない苦手なこととはいえないだろう。ましてや障がいのせいではない。 しかし自分の講義資料や講義の進め方をAひとりで担当させていたらどうなっていただろうか?分からないところは随所で訊いてくるかもしれない。しかし成果として、チームでサポートしたときほどのものは出来なかったはずだ。もしかしたらこの作業について、Aの苦手意識を確定する結果になっていたかもしれない。 以上よりチームで障がい者社員の得意・不得意なことを見つけ、チームでサポートしていく取り組みの重要性について理解いただけたと思う。 組織としての取り組みとしては目新しいものではない。しかし障がいを持っている社員だからこそ、この取組みの重要性が増すのである。 仕事を数多くこなさないと仕事が出来る人にはならない。仕事をやる機会を多く持つことが大切である。そのために、チームでサポートを行う。それにより組織全体が磨かれていくのだ。 この取組みの根底にあるのは、チームメンバーをそれぞれ受け入れる温かい風土である。皆が助け合い、自分の能力を周りに惜しみなく分ける。それにより、皆活き活きと良い仕事が出来て、強い組織が出来上がるのである。 (以上 槻田 理) 集合写真 【連絡先】 遠田 千穂 富士ソフト企画株式会社 人材開発部 TEL:0467-47-5944 E-Mail:todAchi@fsk-inc.co.jp 障害のある社員の潜在的ニーズを抽出し職場環境改善につなげる取り組み 山崎 糧(大東コーポレートサービス株式会社 浦安事業所 生活相談員) 1 はじめに 本論文は大東コーポレートサービス株式会社浦安事業所において、障害のある社員が持つ「顕在的ニーズ」と「潜在的ニーズ」に着目し、とりわけ潜在的ニーズの抽出の取り組みや表出するきっかけ、それに対応した2事例を挙げ紹介、分析するものである。 使用される「ニーズ」について、本論文では「障害のある社員が、業務及びその他の会社生活の質をより高めるために必要な事柄」と定義する。つまり「=障害のある社員の直接的な希望、要求」ではなく、ニーズに対応することで将来的に本人、会社双方の利益に繋がるものでなければならない。 2 会社概要及び事業所概要 (1)大東コーポレートサービス株式会社概要 2005年5月に設立。大東建託株式会社の特例子会社である。 現在、品川(本社)、北九州、浦安の3事業所を展開し社員数は約102名、手帳所持社員は63名。主な業務内容は書類仕分け、メール室管理、名刺作成、文書スキャン等(品川)、建物定期報告書印刷、封入、発送等(北九州)、看板、その他の印刷、加工、発送等(浦安)で、殆どは親会社、グループ会社から請け負っている。 障害のある社員の相談窓口、業務指導、支援等を行なう担当として各事業所に生活相談員(以下、相談員)を複数配置している(表1)。 表1 生活相談員配置数 (2)浦安事業所概要 2010年10月開設。浦安市千鳥の浦安市ワークステーション内にある。当初社員数は17名(手帳所持社員10名)で業務内容は親会社等から受注した印刷業務と浦安市から受注した名刺作成等だった。2014年現在、社員数は23名(うち手帳所持社員12名)になり、相談員数も開設当初の2名から4名に増えている。業務内容も印刷業務が中心ではあるが紙媒体印刷だけでなく看板等他媒体の印刷や工事図面の製本等も行なうようになった(表2)。 表2 浦安事業所社員数と業務、開所時と現在の比較 浦安事業所では印刷の専門的な知識、技術を要する場合が多い為、業務の指導は専門的な技術、知識を持つ各部署の責任者が中心で行い、障害に関する部分のフォローを(指導社員、本人に対し)相談員が行なう。またその他の会社生活に関する支援、ニーズの把握も相談員がしている。 3 顕在的ニーズと潜在的ニーズについての考察 (1)事象から表出 顕在的ニーズと潜在的ニーズについて事象をきっかけに表出したケースを挙げて考察する。 ① 事象1 2013年3月。聴覚障害のあるA社員(38歳男性)が、所長と現場責任者の社員3名で話をしていた時、所長と社員が2人ともマスクをしており、A社員は憤慨した様子でマスクを外して話をするように言った。 イ 顕在的ニーズの考察 上記は起こった事象のみを記述したものだが、ここで得られる情報から顕在的ニーズが二つ表出している。一つ目は「聴覚障害のある社員(以下、聴覚社員)と話す時にはマスクを外して話す職場環境にすること」、二つ目は「(A社員が)自分の意に沿わない出来事があっても感情をコントロールする力をつけること」である。一つ目は会社生活を送る上での障害を軽減するニーズであり、二つ目もA社員が会社生活の中で他社員とのコミュニケーションを円滑にする上で必要なニーズと言える。 ロ 潜在的ニーズの考察 この事象についてのA社員の潜在的ニーズを抽出する際、事象の背景にある情報の把握が必要になる。 【本人の心境】 事象後のヒアリングでA社員は憤慨した理由について「マスクをしていては何を話しているか解らない。それでなくても自分達には情報が入ってこないのに」と話している。一つ目の顕在的ニーズとA社員の要求が重なることが解るが、後半の「それでなくても自分達には」といった部分からはこの事象のみではなくA社員の慢性的に感じている障害を推測することができる。 【聴覚障害の特徴】 聴覚障害のある人はそれが起因し常に情報の発信と受信に制限を受けている。 【社内環境】 会社側ではそういった障害を軽減する為、手話通訳のできる社員を配置し、朝礼、終礼時に手話表現学習の場を設定、大型印刷機等にはパトランプを設置する等の環境づくりをしていたが、事象1の時点で開所から2年半経過していたにも拘らず半数の健聴社員は聴覚社員と会話する際に手話を殆ど使用しておらず、通訳に関しても、日常業務の中では健聴の社員との会話に際して通訳があることの方が少ない為、大小様々な障害をコミュニケーションの度に感じることになる。 【本人のパーソナリティ】 A社員に関して、39歳男性で感音性難聴ではあるものの、読唇、口話による会話が殆ど問題無く可能(手話通訳の社員が不在の際には通訳を行うこともある)。ジョブコーチの経験があり、聴覚社員の中ではリーダー的な存在である。 ハ 潜在的ニーズの抽出 以上を基に考察すると、A社員は情報の送受信やコミュニケーションに関して、環境改善の必要を感じつつも、会社や健聴の社員、聴覚社員同士とも意見交換する機会がなく、多少なりとも会社への不信感が募っていたと推測される。それを踏まえると、A社員の事象のみからは表出しない潜在的ニーズは「聴覚障害に配慮した情報交換の機会を設定すること」だと考えられる。 今回ニーズの抽出は事象後のA社員へのヒアリング、聴覚社員に関する社内環境、A社員の職務経歴等の情報の把握から行ったが、ニーズを抽出する際に必要な情報はそのつど異なる為、日常的に社員の状態を把握する必要がある。 ニ ニーズへの対応 A社員のニーズ(他の聴覚社員にも共通する部分があると推測される)に対応する形で、会社から聴覚社員全員に対して「聴覚社員で情報交換や業務上での疑問、感じていることを出し合う場を持つこと」を提案した。 提案に対して、A社員だけではなく他の聴覚社員からも賛同を得、A社員、相談員の主導により月1回のペースで聴覚社員会議を実施している。当初は聴覚社員からのヒアリングを主な目的としていたが、現在では主任ミーティング等で出される社(所)内スケジュールの報告、確認や朝、終礼時手話学習実施内容、手話ランチ(週1回昼食時に手話のみで会話する取り組み)実施内容の検討等、聴覚社員が会社生活の中で障害となる事柄の改善や手話普及に関することなど、会議内容の幅が広がりつつある。 ② 事象2 イ 昼食代に関する事象 2011年11月頃〜2013年2月までの期間で、知的障害のあるB社員(30歳男性)が昼食時に所持金が無く他社員や出入り業者に昼食代を借りる(もしくは借りようとする)といったことが断続的に続いていた。そのつど所長、相談員から注意を受け「1日1000円ずつ持って来るようにしてみは?」という提案も出されたが、所持金の無い状態はその後も続き、借りようとすることは減っても、所持金が無く昼食を抜くことは多々あった。 ロ 排泄に関する事象 B社員に関する事象をもう一つ挙げる。 2011年4月に工場内断裁機付近で便が見つかりB社員が便失禁したことが分かった。それ以前にも失禁の可能性を感じさせる出来事があり、失禁した社員がB社員だということは早い段階で特定された。 その後B社員にヒアリングを行なった際、失禁してしまった理由について本人から「トイレに行ってはいけないと思った」「失禁したことに気づかなかった」という話があり、会社から「休憩時間はもちろん勤務時間中でもトイレに行きたい時は断れば行っても構わない」ことを説明し、排泄について医師の診断を受けるように話した。 受診の結果、過敏性腸症候群と診断。整腸剤を処方され、勤務時間中もトイレに行けるようになったことで失禁はなくなったが、勤務時間中や通勤時に電車を途中で降りてトイレへ行くことなどはその後も頻繁にある様子だった。 ハ 顕在的ニーズと対応 「イ 昼食代に関する事象」では、事象から顕在化している「会社のルール(金銭の貸し借りは禁止)を守れるようになる」というニーズに「本人への注意、提案」という形で対応したが、結果的には不十分だった。「ロ 排泄に関する事象」では、ヒアリングにより顕在化した「止むを得ない場合は勤務時間中でもトイレを使用して良いことを理解する」というニーズと「本人の体調把握を本人や支援者と会社でする」というニーズに対応し一定の改善が見られた。 二つの事象とそこで表出した顕在的ニーズへの対応と結果、またB社員に関わるその他の情報から、背景にある潜在的ニーズを抽出できる。 二 潜在的ニーズの抽出と対応 「イ 昼食代に関する事象」に関して、B社員との日常的なコミュニケーションから得られる情報と家族、支援機関からの情報として「小遣いを貰ってもあるだけ使ってしまう」というものがあり、この情報から「会社のルールを守れるようになる」為「金銭管理できるようになる」というニーズが表出したと考え、それに対して前述の「1日1000円」という提案があった。しかし、それだけではニーズの抽出としては不十分で、「金銭管理できるようになる」という漠然とした捉え方ではなく「自分で金銭管理する力をつける」と「支援の手を借りて金銭管理する」というニーズが表出したと捉える必要があった。 「ロ 排泄に関する事象」では、社内での失禁はなくなったものの疾病による便意は変わらずにあった。整腸剤の服薬も医師の指示通りにはできておらず、本人との日常的なやりとりや家庭からの情報により食生活、睡眠に関して自己管理できていないことが確認できた。 症状緩和の為、服薬や生活リズムの改善もまたニーズとして挙げられるが、B社員の二つの事象から総合的に抽出されるニーズとしては「①生活を自己管理できるようになる(力をつける)」ことと「②支援の手を借りて生活管理をする」ことが最も適当であり、その視点からの対応が大切になる(表3)。 表3 B社員の事象とニーズ 具体的な対応としては、まず家族に金銭管理に関する支援を依頼しつつ、同時に支援機関と連携しグループホームや通勤寮等、生活全般に支援の手を伸ばせる資源を探した。本人の納得できる生活の場が見つかる迄に複数の施設を見学、体験入所したが、最終的には本人の希望により通勤寮に入寮し、そこで①のニーズを満たす為の生活関する様々な指導を受けながら、同時に②のニーズを満たす為の支援も受けている。 支援により生活の管理が出来るようになったことで昼食代を所持していないということも無くなり、生活リズムが整ったことで過敏性腸症候群の症状も緩和された様子で、通勤時や作業中にトイレに行くこともなくなっている(現在、服薬は必要ないと診断を受けている)。 4 潜在的ニーズ抽出の為のポイントと取り組み (1)パーソナリティの把握 入社時に提出される履歴書、職務経歴書、フェイスシート、ナビゲーションブック等により、本人のパーソナリティを把握することができる。障害に関する情報だけでなく、生育歴、家庭環境などもニーズ抽出の際、必要な情報になる。 (2)家族、支援機関との連携 ① 連携の必要性 ニーズはあくまでも、対応により会社生活に反映されるものであるが、B社員の例の様に潜在的ニーズ抽出の為に私生活の情報把握が必要になる場合もある。また支援機関、家族に何らかの対応をお願いすることもある。 ② 支援機関の役割 大東コーポレートサービス(株)では原則支援機関が付いていることを採用の条件(手帳所持者)としており、支援機関に対しては、定着している社員に対しても定期的に本人の状態を確認してもらうよう依頼している。 職場の人間以外の相談相手として、生活部分の支援、指導、本人の状態の把握等、支援機関に求めることは多い。 ③ 家族との関係づくりの取り組み 家族にも、支援機関を通しまたは直接情報提供、対応を求める場合もある為、信頼関係の構築は重要だと考えられるが、その為の取り組みとして、年2回家族連絡会を開いている。家族と直に顔を合わせコミュニケーションを図ることで、より良い関係づくりを目指している。 2014年4月には東京湾クルーズを企画し、品川本社、浦安事業所の社員、家族総勢130名が参加した。 (3)定期的なニーズの抽出、情報の把握 ① 目標設定、振り返り 浦安事業所では短期(1ヶ月)、長期(半年)の目標設定と振り返りを本人と相談員、部署の責任者で行なっている。三者間で業務上の具体的なニーズを確認(目標設定)し、設定した目標に対しての実施、進捗を1ヶ月毎にモニタリングしている。 ② 面談 また、個人的な相談等に関しては目標の振り返りとは別に設定し(定期的、もしくはそのつど)、その際、同席は相談員のみにしている。 (4)聴覚社員会議 前述した聴覚会議もニーズ抽出の役割を担っている。口話、読唇が難しく自分の意見を伝え難い(相手の意見も理解し難い)聴覚社員にとっては、殆ど障害を感じることなく話ができる場である。 (5)SST 浦安事業所では社員のコミュニケーションスキル向上を目的にSSTを実施している。現在は内容に対するニーズの違いに合わせ、ロールプレイ中心のチームとピアカウンセリングを目的に、課題を当事者同士の対話により共有(もしくは解決)する内容の2チームで実施しているが、どちらの場合もコミュニケーションに関するニーズ抽出の機会と対応の場として活用している。 (6)ニーズ共有の流れ 抽出されたニーズは定期ミーティングにて相談員全員で共有する。内容は所長と現場責任者に報告され、もし所長が必要だと判断した場合には、主任ミーティング等で部署の責任者全員に共有される。もしニーズの対応に緊急を要する場合は、顕在化した際すぐに所長に報告され、その後、相談員、部署の責任者を含め対応を検討する。 5 おわりに (1)相談員の役割 ニーズを抽出する際、抽出者の障害に関する知識、経験、対象社員との関係性等により、潜在的ニーズの範囲は変わる。ある抽出者にとっては潜在化しているニーズも、別の抽出者にとってはすでに顕在化している、もしくは特定の情報を把握できれば顕在化する、という場合がある。また抽出者のスキルにより把握が必要な情報の特定、また、ニーズ抽出後の対応にも差異が出る。以上の理由から、浦安事業所では障害に関する専門性の高い社員を相談員として置いている。 (2)今後の課題 2−(2)で述べた通り、浦安事業所では印刷に関する専門的な技術、経験を持つ社員が多数いるが、障害のある人と接した経験はない為、業務指導、コミュニケーションの際に困難な場合が多い。 現在、ニーズ抽出は殆どの場合相談員が行なっているが、それ以外の社員もニーズに気付ける職場を目指し、2013年に部署責任者が職業生活相談員講習を受講。2014年は障害のある社員に対しての指導スキル向上を目的とした指導者研修を行なっている。今後も障害のある社員、健常の社員双方が働きやすい職場環境の創設を目指していきたい。 業務内容の見える化と障害者自身による作業週程の組立て ○川本 小津枝(株式会社 前川製作所 関西支店) 伊東 一郎(株式会社 前川製作所)・松山 靖恵(株式会社 前川製作所 関西支店) 1 はじめに 当社は、特例子会社を作らずH20年から積極的な障害者雇用をスタートさせた。H21年には東広島工場で5名の障害者を雇用し、当社における積極的障害者雇用の取組みの第一歩となった。 関西支店では、H22年から支店内で障害者雇用を検討し、H23年3月からハローワーク梅田、大阪府ITジョブトレーニングセンター(以下「ITジョブセンター」という。)と連携を取り、H23年8月にITジョブセンターで入社希望者のスキル評価と面接を行い、聴覚障害者1名を採用した。翌年4月、前年度に実習を行った大阪府立たまがわ高等支援学校から知的障害者1名の採用をおこなった。 当社では、福祉目線での雇用ではなく「戦力雇用」を活動の中心に据え、「障がい」を一つの個性としてとらえ、一緒に働く仲間として彼らを受け入れるダイバーシティの考え方を説きながら雇用を進めてきた。本報告は、当初の雇用計画から外れ、受入れ予定のない部署で知的障害者を受入れた事によって生じた問題とその解決までの経緯、またその途上で用いたツールが障害者の自己判断力促進へ繋がった事に付いて報告するものである。 2 障害者雇用計画 当社は、冷凍機のオーバーホール(以下「OH」という。)部品や制御機器等を茨城県の守谷工場にて一括管理している。OHに必要な自社部品は、部品情報サービス(以下「部情」という。)に発注し、他社部品や冷凍機油、冷媒等は資材購買グループ(以下「資材」という。)へ発注している。 関西支店では、この部情や資材への発注・管理業務をサービスマンが各自で行っていた。そこで、この発注から受け入れまでの一連の作業を「身体障害者+知的障害者」の組み合わせで雇用が可能ではないかと考えた。 すなわち、手もしくは足がご不自由な身体障害者に部情や資材とのやりとりをお願いし、知的障害者には、体力的補佐として次の二つの項目(入出庫作業)のスキルを明確にして、たまがわ高等支援学校及びハローワークに求人をおこなった。 (1)入庫作業 宅配物の受け取りや、納品された大型部品・細密部品類を決められた棚に収める (2)出庫作業 注文番号ごとに必要な部品を集めると共に、未入荷部品が分かるようにしたリストを作業用BOXに入れる。それを作業に向かうサービスマンの席迄、事前に届ける 3 身体障害者の雇用 ITジョブセンターでのITスキルチェック(筆記試験)と面接を行ったが、その中には聴覚障害の方(以下「B君」という。)も含まれていた。当初、聴覚障害の方は今回の業務には向かないと決めていたが、ITジョブセンター側から経験として受けさせて欲しいとの要望もあり受け入れた。ところが、B君の前職が運送関係で実際にトラックを運転していたことがサービスメンバーの目に留まり、突発で必要となった部品を現場まで届けてもらうにはうってつけだとの考えと、彼の面接態度に好感を持った支店長の意見が一致し、B君の採用が決まった。 その時点で、4月から入社する知的障害者とのコミュニケーション問題が懸念されていたが、筆談等で何とかなるだろうと高を括ったことが後になって問題を引き起こす事となった。 B君の採用を決めた支店長もその後、東京転勤となり、積極的に障害者雇用に係わっていたサービスメンバーの異動も重なり、当初の目論見は見事に崩れてしまった。 4 「聴覚障害者+知的障害者」の組み合わせ 2週間の新入社員研修後、A君は関西支店に配属となったが、既に入社していたB君とのマッチングが問題となった。A君もB君と同じサービスグループに配属となり、当初の障害者雇用計画通り部情から納品された部品をB君と共に検品する作業を行っていた。しかし、聴覚障害のB君には体力的補佐は必要が無く、また発声の不明瞭なB君と知的障害のA君とでは、当初想定した様にお互いの意思疎通もままならなかった。 結果として、部品発注・管理業務として「身体障害者+知的障害者」の組み合わせは成立せず、A君を活用することができなくなってしまった。そこで、職場実習で受入れを担当していた経理グループでA君を一時預かることとなった。 5 経理グループでの障害者受入れ (1)業務の更なる洗い出しと見える化 一時預かりとはいえ、実習とは違い週単位、月単位の仕事を用意しなければならず、簡単に取り組める業務は職場実習時に洗い出しを終えていた。まずは庶務業務の洗い出しを行い、新たに郵便物の投函、夕刊の取込みを付け加えた。更に、これまで行っていなかった清掃業務を創出した(表1)。 表1 また、全社員がジョブサポータ1)(以下「JS」という。)という観点からA君が「今、どこで、なにをしているか」を周知する為、一つひとつの作業をマグネットシートで作成し1週間分の業務スケジュールを事務所の壁に貼りだした。ただし、実際の業務サポートは経理グループのメンバー5名が日替わりで担当することとなった。 (2)業務量の不足 もともと、学生の職場実習用に作成した業務スケジュールは、個々の作業時間を充分とっていたため、ものの1ヶ月もするとA君の手隙な時間が増えてくるようになった。 当初、清掃業務のボリュームを増やす為にトイレ清掃も考えたが、会議の席で「私汚す人(健常者)、あなたきれいにする人(障害者)」では問題だとの発言がトラウマとなり、トイレ清掃を組み込むことが出来なかった。 それでも空いた時間を埋めるため、作業お願いリストを作成し、空いた時間に不定期で行う作業と、他部署から作業を受け付ける窓口を設けた。しかし、それでも空いた時間を埋めることはできず、A君の手が空く度に新たな業務を求められることが経理グループメンバーの負担となっていった。A君もそれを察してか、いつの間にか手隙の時間が少なくなるよう作業時間をコントロールしている様に感じた。 (3)作業時間の意識付け A君は当初、作業予定時間が分かる簡単な日報を使用していた。しかし、当初90分で出来ていた作業に2時間以上掛けている実態もあり、実際の所要時間を把握する為に様式を表2に変更した。 表2 A君には一つの作業が終わるごとにJSへ報告するよう指示し、JSが時間を記入することで、所要時間を明瞭化し、作業時間を意識付けさせることにした。しかし報告頻度が増える事で、JSの担当業務が遮られ、今度はJSの負担が増大しストレスとなっていった。 (4)経理メンバーのストレスがピークに 一時預かりとして障害者を受入れたつもりが、新たに受入れ部署の検討がなされることは無く、事実上、経理グループ扱いとなっていくことで、経理メンバーのストレスがピークに達していった。この預かり状態を今後どうするのか、所属・育成・管理体制の改善を支店長に要望した。しかしながら、日中経理メンバーしか事務所にいないこと、更にA君をサポートする為に新たに社員を雇い、障害者雇用率を守るのでは筋違いであるとの考えから、現状のまま経理グループで何とか対応せざるを得ないとの結論に達した。 A君に作業時間を意識させつつ、報告頻度を下げる為、作業日報の様式を再度変更し、作業開始時間・終了時間をA君自身に記入させることにした(表3)。 表3 A君自身が作業時間を記入することで、目標時間と照らし合わせ、時間内に出来たかを自分で判断させることにした。また、出来なかった時には、その理由も記入させた。 日報の様式変更により、A君の作業時間への意識付けは、ある程度なされた。しかし、スケジュールに余裕がある為、作業時間が超過しても業務に支障は無く、またA君自身が問題意識を持つことにも繋がらなかった。そして、大きく業務量が変化したわけではない為、手隙な時間を埋める問題は残されたままとなった。 (5)ジョブコーチ支援 A君が職業支援センターに登録したこともあり、H25年11月に大阪障害者職業センターと打ち合わせを行い、「業務の拡大」「従来業務の精度向上」を、目的としたジョブコーチ(以下「JC」という。)支援を依頼することにした。JCのスケジュール都合と当社が年末年始の繁忙期であったことから、実際の支援開始は翌年の2月からとなった。 【H26年】 ・02月 JC支援開始 現状の業務遂行内容をJCが確認 作業範囲の拡大、新たな作業箇所を調査 ・03月 担当業務の再構築 ① 新たな清掃箇所の提案 ・喫煙エリア・男性更衣室 ・エレベーター内外 など ② 清掃対象物の拡大 ・玄関自動ドア・会議室ブラインド ・キャビネット など ・〜05月 新しい業務の導入 JCが新たに作業手順書を作成し、それに基づきJCとA君が実際に作業 ・06月 新たな業務スケジュール モデルスケジュールを作成し2週間の試行(表4)また、従来の記入型日報では日報を書くことが業務になっている、とJCから指摘を受け、表5のチェック式の作業チェックシート(半月/1枚)に様式を改めた。 表4 (6)JC支援後の取組み 6月中旬でJC支援も終了し、清掃作業を積極的に取り入れたことで、業務量の問題は解決された。また、これまで清掃作業の曜日を固定していたが、作業頻度だけを提示し、いつ作業するかはA君の判断に任せることにした。 以前は、周知目的で貼りだしていた週間スケジュールだったが、現在は、マグネットサイズを10分/cmに統一し、8時間=48cm×5日間の枠にマグネットを貼り付ける事で、A君自身が1日のスケジュールを作成出来る様リニューアルした。清掃作業は週1回の作業も多く、所要時間(マグネットの大きさ)に応じてマグネットを入れ替え、枠に収まるかどうかで作業可能性の判断をA君自身が行っている。また、日々、ある程度の空きスペースがある為、月1回の古紙回収作業、毎月1・15日の榊購入など頻度の低い作業も対応が可能になっている。時には突然、植木剪定の手伝いを頼まれることもあり、その都度自身でマグネットを入れ替えすることで調整もおこなっている。 毎週末には作業チェックシート(表5)で、作業頻度を確認しながら、翌週の週程をA君自身が組み立てている。 表5 マグネットを貼った週間スケジュール A君が自分の判断で週程を組み上げられる様になったのは、所要時間の計算をしなくても「マグネットが入れば作業できる」と言ったパズル感覚だったからの様である。また逆に自分でスケジュールを組み立てることにより、A君の自主性を促し、作業に責任を感じさせることが出来たのではないかと考えている。 6 おわりに 関西支店の積極的な障害者雇用は、H22年10月に社長名で「障害者雇用に付いて」を全社員に向けてメッセージを出した時に遡る。その後、担当役員の伊東が各支店に出向き、障害者雇用を訴えた。しかし、総論賛成でも各論拒否の支店がほとんどであった。そんな中、関西支店が積極的であった為、H23年1月から障害者雇用推進室が中心となってサポートしてきた。 しかしながら、関西支店の障害者雇用は、入口で釦を掛け違えたこと、更には支店長や障害者雇用に積極的であったサービスメンバーの異動などが重なった為、当初の目論見から大きく外れることとなった。また、障害者雇用の実績があるメンバーがいないまま支店の自主性に任せ、障害者雇用推進室とサービスメンバーとのやり取りでサポートを行っていたが、実際には実習実績がある経理グループが前面に立ちA君のサポートをおこなっていた。更にA君が支援センターに登録していなかったことで、支援センターのサポートも受けられないまま経理グループで受入れざるを得ず、本文の通り大変な状況であった。そんな中、A君を受入れ試行錯誤しながら作業日報や10分/cmのマグネット等のツールを作り、結果としてそれが障害者の事後判断に繋がっていったことは、不幸中の幸いだったのかもしれない。 今回の事例を通して、特例子会社を作らず障害者雇用を行うには、そこに専任のスタッフを常駐させるか、当初から支援センターと連携して障害者雇用を行わないことには任された社員の負担は相当なものであることが改めて分かった。 【参考文献】 1)伊東一郎、佐々木紀恵:知的障害者雇用とジョブサポータによる就労安定に向けた取り組み 「第19回職業リハビリテーション研究会論文集」、p.196-199,(2011) 「聴覚障がい者キャリアアップ研究会」の当事者主体によるメソッド開発 渡辺 儀一(聴覚障がい者キャリアアップ研究会 事務局長) 1 はじめに 聴覚障がい者キャリアアップ研究会(以下「聴障キャリ研」という。)は、2010年1月に大手企業5社で働いている聴覚障害者の管理職および主任・リーダークラスを担務している5名で立ち上げた会である。同年6月に発起説明会を開催、大企業で就労している中堅クラス以上の聴覚障害者を対象に60名が集まった。以降、定期的にディスカッションや勉強会を1−2か月に1−2回の割合で開催してきた。これまでの2年間の経過と成果の発表を2012年1月にシンポジウムとして開催、参加者は45名であった。 ここまでの期間をステージ1として、現在はステージ2に向けて研究成果を出す方法を考案しながら現在に至っている。 本稿は、これまでの経過および聴障キャリ研の活動内容とステージ2以降のビジョンを紹介する。 2 背景 聴覚障害者の場合、就労における職場環境とコミュニケーションに関わるさまざまな要因によって、就労がなかなか進まない、就労したとしても職場定着が難しいなどの問題がある。それらに対する課題や就労において必要な支援や環境については、手話通訳や要約筆記などの視覚情報によるサポートで勤続年数は長くなっている。(図1) 図1 障害者の勤続年数 聴覚障害者の雇用、就労、離職、転職の問題が多い中で、それらを対象にした講演やセミナー、イベントなどがこれまでおこなわれてきてはいるが、現状は参考程度にとどまっている。 特に、大企業で職場定着している聴覚障害者が中堅クラスから上位への昇進や昇格を考えた際のキャリアアップやセミナー、事例発表などがほとんどない。そのため、聴覚障害者はコミュニケーションに関する問題などから管理職への昇進が難しい状態になっている。(図2) 図2 管理職・現場監督(含む係長・班長)への昇進 大企業では社会変化が激しい中で、特にコミュニケーションの側面において従来とは違った観点でのコミュニケーション力(ディスカッション、ディベートなど)が要求される。従来までのITスキルや技術などの知識や習得で昇進や昇格できた時代から大きく変化しているため、聴覚障害者にとっては厳しい状況になっている。(表1) 表1 社会変化 3 問題の所在 この背景から、問題が生じた際に外部機関は支援やフォローなどが難しい状況にある。現実的には、外部機関からのアプローチや各企業の状況、実態把握を主体にした調査研究などにとどまっている。 そのため、中堅クラス以上における就労、職場環境問題や課題を解決する糸口やノウハウが蓄積されていないために、聴覚障害者は離職したり転職したりしてしまうことが多い。逆に、職場定着できたとしても中堅クラスどまりになり、さらなる向上や責務ある業務に就いたりするために必要となるキャリアアップを学ぶ機会があまり用意されていない。 たとえば、職場での問題や課題を上司、上長などに要望や改善を提案して、人を動かすために必要となるヒューマン・キャピタルなどを学ぶ機会がない。 キャリアアップは一般的にビジネススクールやセミナーなどで開催されているが、聴覚障害者が参加する場合は手話通訳や要約筆記などの情報保障が必要になる。情報保障の課題はいくつかあるが、中堅クラス以上を対象にした聴覚障害者向けのセミナーがないために、行政や教育界などの学識者、職業リハビリテーションの専門家などの講演やセミナーに参加しても参考にならないことが多い。それは、聴覚障害者の経験論を踏まえた上での内容が盛り込まれていないところにある。聴覚障害者が本質的に知りたい情報は、経験論が一般とは相違がある、ということを前提にしたキャリアアップの方法論である。 また、大企業という組織の中で活躍しながらキャリアアップしているリーダークラス以上の聴覚障害者の経験論を発表、発信する場と機会がない。そのため、中堅クラスの聴覚障害者がキャリアアップする際に参考となる情報や問題解決への糸口が見つからない状況になっている。 こうした中で、聴覚障害者は大企業の組織の中で就労を維持するためにモチベーションをコントロールしている。聴覚障害者の職場でのコミュニケーション問題は従来から既知の事実であり、原因や対策などは以前から明らかになっている。 4 活動内容 聴障キャリ研では、中堅クラスの聴覚障害者がキャリアアップできない阻害要因や現状問題を分析するとともに、主任やリーダー、管理職を担っている聴覚障害者の経験論やノウハウを集約している。主なメンバーは表2のとおり。 表2 主なメンバーの属性 聴障キャリ研の理念は、①ミッション(使命):リーダー職に就いている聴覚障害者による社会への還元、②ビジョン(志):裁量権がある役職への挑戦と自己実現、③バリュー(価値):聴覚障害者と健常者の共生と互いの理解促進、の三つをかかげている。 そして、聴覚障害者のリーダーおよび管理職に就いている、または目標にしている聴覚障害者と一緒に勉強会および情報交換をし、互いに、1.自己研鑽(自己啓発、学習のヒントなど)、2.スキルアップ(プレゼン力、説明力など)、3.キャリアアップ(職種開発・昇格・臨界点の突破など)、4.キャリアデザイン(キャリアパスなど)、を図れる場を提供すること、を目的としている。 内容はマネジメントスキル、コミュニケーションスキル、ヒューマンスキルの三つを骨子テーマとして、コミュニケーションそのものの問題より、ビジネスパーソンとしてのビジネススキルアップと自己啓発に必要なコミュニケーション力を身につけたキャリアアップの方法論を研究している。そのためには日頃から訓練する意味でPDCAサイクル(Plan-Do-Check-Act)を実践している。(図3) 図3 PDCAサイクル 当事者の経験論やノウハウを集約して、当事者でなければわからない現場での問題を第三者でもアドバイスができるツールを考案している。企業という組織に属していないとわからないことや、聴覚障害者が抱えている現場での問題などを出し合って、異業種としても共通項になるテーマを見つけたりしている。職場では相対評価される環境の中で、自分の位置や取り巻く環境を分析して、セルフ・アドボカシー(Self-advocacy)、セルフ・ディターミネーション(Self-determination)の具体例を明確化しようとしている。 スキルや能力がありながら、外的要因(職場環境、誤解、実績の無さなど)と内的要因(積極性、自信の無さなど)によって、聴覚障害者が活かされない社会的損失があることを、キャリアアップを通して解決への糸口を見つけていく。障害者総合支援法、障害者法定雇用率2%、障害者差別解消法などの社会モデル的観点(権利主張や擁護、合理化など)では解決できない新たなモデルを構築しようとしている。そういった状況において、どのように対処すればよいのかが体系的にわかるようなバイブルや事例ケース、ノウハウ集を用意していく。 例をあげると、就労における聴覚障害者と健常者の相違点や壁は何か、健常者ができなくて聴覚障害者だからこそできることは何か、コミュニケーションの相違とギャップは何か、などさまざまな場面を当事者の経験論から考えている。 そして、Can(できること)、Want(やりたいこと)、Must(やるべきこと)は何かを明確にして、さらに、May(やってもよいこと)、Should(やったほうがよいこと)などの展開も考えている。 5 課題 聴覚障害者の就労におけるコミュニケーションの問題は、手話通訳や要約筆記などの情報保障が必要不可欠であるが、そのサポートがあればキャリアアップできる、というわけではない。 また、根本的な課題である聴覚補償(補聴器や人工内耳を効果的に使う、読話など視覚情報を併用して音声言語コミュニケーションの力を高めるなど)のサポートも重要であり、ビジネスにおいてもっとも重要であるコミュニケーションに欠かせない要素でもある。 まさにコミュニケーションありきの社会であり、聴覚補償や情報保障を活用すればコミュニケーションの問題は解決するだろうという大きな誤解を生じるおそれがある。 たとえば、健常者と対等に仕事をする方法を考えるのではなく、最初から差異がある部分をどのようにしておこないかつ、健常者以上の仕事をこなせるようになるためにはどうすればよいのかを考える。 例をあげると、Powerpointを使ったプレゼンテーションは聴覚障害者にとって強みを発揮できる有効な手段である。健常者に対してビジュアル的なインパクト要素があり、メラビアンの法則(視覚情報55%・聴覚情報38%・言語情報7%)を応用した聴覚障害者独特の手法がある。 このような考えや発案、ノウハウを蓄積するためには、現場で実際に活躍している当事者でなければできないことであり、その事例を活かす人材が不足している。図4にある中堅の壁とキャリアアップの壁(臨界点)があり、ここで立ちはだかっている課題がある。 図4 中堅の壁とキャリアアップの壁(臨界点) 6 今後のビジョン これまでの活動で明らかになったことをもとに、今後は産学官協同のシンポジウムやカンファレンスを開催して、聴覚障害者のリーダークラス以上の人たちの事例発表をおこなう。ここから聴覚障害者のキャリアアップの事例が他業界などにも共通するプラットフォーム、スキームを構築していく。シンポジウムやカンファレンスに参加した各々が職場に持ち帰って実践したり、健常者が聴覚障害者に指導やアドバイスしたりすることができるようになる。 具体的なキーワードは、当事者によるイノベーション、レボリューション、エボリューション。そして、アンバサダー、インフルエンサー。そのためにはカウンセリング(中堅クラス以上のキャリアデザイン)、コンサルタント(中堅クラス以上のスキルの育成・方法)、コーディネート(健常者と聴覚障害者のギャップ)をおこないながらクオリティ、ポテンシャルの向上を図っていく。 このようなスパイラルアップの構造を構築していくことによって、各企業の業績に貢献できるようになり、異業種、中小企業、特例子会社など、他の障害者にも流用、応用できるようになると考える。 ここで学んだ成果が自分の昇進や昇格につながり、その結果と経験を社会に還元できる拠点が用意できるようになれば、将来的にはハロー効果(バイアス)からの脱膠着の可能性もあると考える。 7 最後に 社会人として、ビジネスマンとして、聴覚障害者がキャリアアップしていくためには手話通訳や要約筆記などの情報保障だけでなく、適切な聴覚補償(補聴器や人工内耳を活用して音声言語による読話の力を身につけてコミュニケーション力を高めるなど)も必要である。大沼3)によれば、手話だけでは保障してくれない言葉(音声言語)以外のあらゆる「音」も受け入れられなくなるということに気づかなければならない、と述べ、視覚のみを通した情報保障には「音」そのものが抜け落ちる心配がある、と述べていることから、コミュニケーションに必要不可欠な要素は聴覚と口話をあわせた「聴覚口話法」(auditory oral approach)3)を使用しているかどうかによって有効性に相違があると考える。 また、聴覚を活用する方法をとるか手話を使う方法をとるか、どちらか一つを選ばなければならないなどという悩みは少なくなり、どちらの恩恵も受けなければもったいない世の中になってきたが、高度で専門的な内容になればなるほど、「手話+文字」だけではなく「+音・音声」が必要となる3)。 聴覚補償の環境と強化は重要な核心(日本語力のQOLなど)であると考え、その保障をおこなうことは就労のキャリアアップにも有効性が高いのではないかという仮説がある。聴覚からの入力情報を補償すれば文字情報とは違った意味での感覚、体感的な側面でアクティブが向上し、キャリアアップにもつながっていく、という関係性があることを示していく必要がある。 謝辞 本稿を作成するにあたって貴重なアドバイスを頂いた東京大学先端科学技術研究センターの大沼直紀先生、株式会社スタートラインの刎田文記氏に感謝申し上げる。 【参考文献】 1)厚生労働省:平成20年度障害者雇用実態調査結果の概要について(平成21年11月発表) 2)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:障害者の雇用管理とキャリア形成に関する研究「調査研究報告書№62」、p.58,障害者職業総合センター(2004) 3)大沼直紀:難聴児の教育・歴史的展開(過去・現在・未来)、「新生児・幼小児の難聴−遺伝子診断から人工内耳手術,療育・教育まで−(加我君孝編)」,p.1-9,診断と治療社(2014) 【連絡先】 聴覚障がい者キャリアアップ研究会 渡辺儀一 e-mail:deafcareerup@gmail.com 特別な支援を要する障害者のための職業訓練に関する研究 報告1 企業内CSRを参考にした精神障害者の受け入れカリキュラム ○園田 忠夫(東京障害者職業能力開発校オフィスワーク科 指導員) 栗田 るみ子(城西大学経営学部) 1 東京障害者職業能力開発校精神に障害を持つ方の入校の背景・経緯 都では東京障害者校において精神障害者であることをオープンにした形での入校、訓練の実施、就職等を行うこととし、精神保健福祉士を配置する等バックアップ体制を強化した訓練を実施し効果を検証しながら試行することになる。 ○平成19年 校内PT立ち上げ。精神障害者受け入れについての検討が始まる。当初部では、障害特性において長期間の講義を受けることが可能であるか見極めることが必要なため、試行期間については短期課程のオフィスワーク科において実施することとしていたが、希望者がいれば全科にて受け入れることとなる。20年度生募集開始。 ○平成20年 試行期間は22年度までとし試行開始。 精神障害者対象の科目を新たに設置せず、既存科目の中で、他の身体障がい者と同時に訓練を実施。 短期ビジネス系オフィスワーク科(6ヶ月コース)を中心として募集・入校させているが、希望があれば他の科目にも入校可能。 試行定員は4月生、10月生ともに各3名 ○平成21年 試行期間が1年短縮され21年度までとなり22年度より本格実施となる。(定員各5名) ○平成25年度 精神・発達障害者を対象とする専門の科目 「職域開発科」を設置。 ※他の科目へ入校可能な事前協議は、継続。 2 東京障害者職業能力開発校とは、 当校は、東京都小平市に位置し、10職系16科年間定員260名(一日定員235名)を有する。 障害は様々であり、肢体、聴覚、視覚、精神、発達、知的などの障害を持つ生徒が六か月から二年の期間において様々な訓練を受けている。 企業内CSRを参考にした精神障害者の受け入れカリキュラム作成に取り組んだ科は、「短期ビジネス系オフィスワーク科」であり、訓練期間の最も短い六か月コースである。 その為訓練においては生徒間の交流が早い時期から盛んになるようグループ活動など多く取り入れている。 訓練内容は、オフィスで広く使用されているパソコンソフトを用いて、パソコンによる実務的な一般事務、経理事務、ビジネスマナーなどの知識・技能を半年間で学ぶ。 定員は、15名で4月及び10月の入校である。半年の訓練であるが、パソコンを一人一台使用し、訓練内容は、パソコン実習・経理事務・ビジネスマナー・営業事務、文書事務の訓練に加え、安全衛生・安全衛生作業・社会・体育と多種に及んでいる。訓練期間は、六か月、800時限である(表1、図1参照)。 表1 6か月の訓練時限と内容 訓練時限数及び訓練内容は、東京都職業訓練基準に定められており、特別に配慮を要する訓練生が入校しても大きく変更することはできない。 精神に障害がある生徒も同じ訓練を受講しなければならない。 図1 曜日ごとの訓練内容 曜日ごとに訓練内容を設定し、系統立てて訓練を行っている。祭日・行事がある他は、午前9時5分から午後4時45分まで訓練がある。 月曜日・金曜日の午後は、個別訓練としている。 図2 半年間の流れ①(パソコン) 検定試験は、各自任意で受験可能。訓練内容の復習をかねての勉強もできる。 図3 半年間の流れ②(パソコン以外) 図4 一日の流れ 3 東京都職業訓練指導員とは 当校は、国立・都営の公的な職業訓練施設である。公的な施設であり、精神に障害をある方を訓練するのは、当然と思われる方も多いと思う。 なぜ、副題を「企業内CSRを参考にした精神障害者の受け入れカリキュラム」としたのかは、まず東京都職業訓練指導員の概要を知っていただきたい。 身分は東京都職員であり、募集案内によれば、「訓練の現場では職業訓練指導員として職業能力開発センター・校や東京障害者職業能力開発校において訓練指導を行います。授業の実施及び実施計画の作成だけでなく、訓練の教程や教材の作成・準備、生徒の生活指導、就職支援、クラス運営の業務、生徒募集や入校選考、職業訓練の機械及び機器の整備、就職先の開拓等、業務は多岐にわたります。」とあります。 以上のように訓練指導員は、多くの経験とノウハウを有します。 しかし、障害者に対する知識は、まったくもっていません。障害者校に勤務するようになってから、自己研鑽・先輩の指導・研修等を通して障害者訓練のノウハウを蓄積していきます。それまでは、全く素人です。 私は、平成20年当時、障害者訓練の経験は、10年ほどありましたが、精神障害者の指導は、一般校で2名ほどしか経験がありません。上手く対応できなかった記憶があります。 4 オフィスワーク科精神障害者受け入れと企業内CSR 当科は、平成16年に障害者の半年訓練として、日本で最初に開設され、多くの障害者を受け入れそのノウハウを蓄積してきました。 しかし、精神障害に対するノウハウなど全くありません。一般の方が思う、イメージしかありません。その時点で懸念したことは。 ①他の身体障害書と同じ教程(カリキュラム)で訓練できるのか。 ②周囲の人とのコミュニケーションは、上手く取れるのか。危険は及ばないか。 ③健康管理は、どのようにしたら良いのか。 以上のことがまず、懸念されました。 その懸念を企業の障害者雇用に当てはめてみると。 ①どのような仕事ができ、生産性はとれるのか。 ②他従業員と上手にコミュニケーションをとれるのか。危険行為はしないか。 ③日頃の健康状態の把握、通院等への配慮。 当科で精神障害者を受け入れる状況は、初めて障害者を受け入れる企業と全く同じ状況にあった。 しかし、同じよう懸念があるにも関わらす、障害者を雇用することによって成長する企業が多くあります。 障害者には、何らかの配慮が必要です。 成長する企業に共通することは、障害者に対する配慮が障害者の為だけのものでなく、他の従業員の為にもなっていることです。 作業工程の見直し、マニュアル化、勤務時間等の配慮等によって、仕事のしやすさ、育児や介護もやりやすくなるなど会社に愛着を持つようになり、企業が成長していきます。 これが本当の障害者雇用によるCSRだと思います。 当科でも、精神障害者に配慮することによってより一層充実した訓練ができるのではないかと考えました。 5 精神障害者の特性と対応 統合失調症と気分障害によって特性は変わってくると思うが共通すると思われる特性に配慮した。 ①集中力の低下 長時間の集中力を必要とする、合同授業(指導員の支持により他の生徒と同じ内容の訓練を遂行する。)の時間をできるだけ短くする。 ・パソコンの授業の場合、合同授業は午前中のみとする。 ・朝のミーティングを長めにとる。 ・逆に集中力を高める為に毎日10分間入力を行う(図5参照)。結果は、Excelに記録。 図5 10分間入力の成果 入力数の全体的な増加だけでなく直近の増減の激しい場合は、心の動揺があるのではないかと判断できる。 ②複数の指示に混乱する。 混乱する曖昧な指示及び複数の指示はしない。 ・朝のミーティングにより一日の訓練内容・行事等を説明する。言葉だけでなく、指導員がパソコン画面に入力し文字(視覚)でも確認させる。 ・ミーティング内容を聞く・見るだけでなく個人日誌にメモを取らせる。 ・目標の範囲まで到達したらそれ以上進ませない。 ・週末には、必ず来週の予定を説明し、心の準備をさせる。 ③緊張の緩和 聴覚障害者の生徒がいる場合朝のミーティングの後短い時間であるが、手話講習会を行った。 ・簡単な手話(挨拶・自分の名前)を行うことで多少の緊張の緩和と他生徒とのコミュニケーションがとれるようになった。 ④疲労、体調不良、通院等による授業の遅れ 授業の遅れ、能力不足を感じ他人の評価を非常に気にする。 ○パソコンの授業が一日ある場合、午後は個別訓練とした。 ・復習等でき遅れを取り戻せる。 ・個別授業なので合同授業よりも質問しやすい。 ・基本的に授業は進まないので、通院・体調不良で休んでも個人の授業進捗には、影響しない。 ・自分のペースをつくれる。(訓練と休養) ⑤失敗したときに落ち込みやすい。 就職面接試験、検定試験での失敗。 ・合同面接会等での不合格は、相当のショックを与えてしまう。今までの先輩も何社も落ちながら最後には、採用になったなどの事例を話し、不採用になるのは、恥ずかしいことではないことを事前に説明しておく。それでも落ち込むことが予想されるので、精神保健福祉士と事前に連絡を取っておくことで万全を期す。 ・担当指導員は、検定試験の不合格は許されないと思っている。事前に各自の能力を把握しておき試験当日までに合格できるようカリキュラムを組む。また、検定試験は良い目標になり、練習過程で能力が向上するのがハッキリわかり、訓練の励みとなる。 合格見込みのない生徒には、上手に次の機会を進める。 面接試験も検定もプレッシャーに耐えながら、目標を達成すことにより、社会に出てからの困難に少しでも対応できるようになる。 ⑥職業生活を維持していく基本的コミュニケーション能力の不足 「SSTを活用した精神障害者等に対する職業指導(2)〜「仕事と職場のためのモジュール訓練」〜」(障害者職業センター研究部発行)を教本としてSSTの授業を行った。 多くの社会経験をした、中高年にとっては当然のことであるが、精神障害者だけでなく、若年者の生徒にも効果があった。 図6 精神に障害を持つ方の訓練状況 6 最後に 一番心配したことが、他のクラスメートと上手くやっていけるのかということであった。数人の退校者が出たが、他入校者に社会経験豊富な中高年が多かったこともあり、クラスメートとして障害に関係なく楽しく付き合っていた。皆勤賞も多く出て、大きなトラブルもなくクラス運営はうまくいったと自負している(図5参照)。 今回は、訓練のことについて記したが精神障害者の職業訓練に特に重要なことは、生活指導である。主に生活指導を行った精神保健福祉士の存在なしにこのような良い結果はでなかった。 就職に関しても、就職支援員と協力しながら職場開拓などで企業の方のお話を伺えたことは、障害者雇用状況を知るうえでとても参考となった。 精神障害者の入校にあたって数々の対応策が、他の障害者に対しても良い影響を与えられた。 私も、精神障害者受入に際しいろいろ学び、職業訓練指導員として少しは成長できた。 当科で精神障害者・身体障害者・指導員のWIN・WIN・WIN関係が築けたと思う。 企業においても障害者採用によって、事業主・従業員・障害者のWIN・WIN・WIN関係が築けることを願ってやまない。 【参考文献】 1)独立行政法人 高齢者・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター職業センター発行の刊行物(調査研究報告書・資料シリーズ・ツール等) 2)「なぜ障がい者を雇う中小企業は業績を上げ続けるのか?」経営戦略としての障がい者雇用とCSR 中央法規出版 影山摩子弥(著) 特別な支援を要する障害者のための職業訓練に関する研究 報告2 コーポレートコミュニケーションを取り入れた精神障害者の指導事例 ○栗田 るみ子(城西大学経営学部 教授) 園田 忠夫(東京障害者職業能力開発校) 1 はじめに 近年、企業では、社会との相互コミュニケーションを通じて、「良い評価」、「良いイメージ」を培うことを目的としたコーポレートコミュニケーション活動(以下「CC」という。)を盛んに実施している1)。 コミュニケーションは、社会生活に必須のものであるが、多くの精神障碍者にとっては特に大きな負担となっており、社会復帰を試みる際の大きなハードルになっている。 我が国では、障害のある子どもの一人ひとりの教育的ニーズに応じる「特別支援教育」が平成19(2007)年度から本格的に始まった。この制度改正により、今までの特殊教育では支援の対象となっていなかったLD、ADHD、高機能自閉症の子どもたちが支援を受けられるようになったのである。 更に我が国では、特別支援教育に制度を変えると同時に「教育的なニーズ」という概念を導入している。「教育的なニーズ」の概念については欧州諸国や国際機関等においても活発に議論が交わされ、一人ひとりの子どもの個別のニーズに対応した教育が目指されている。ニーズについては、本人の感じる主観的なニーズと専門家などが考える客観的なニーズがあり、近年は民主主義的な観点から、本人の感じる主観的なニーズが重要視されるようになってきている。英国の教育制度におけるSpecial Educational Needs「特別な教育的ニーズ」のある子どもは、「障害のカテゴリーによらない本人の『学習の困難さ』に必要な『特別な教育の手だて』のある子どもにある」と定義されている2)。 本研究では、精神障害者の社会的自己実現へ向けた指導の一環に、CCの要因を定義した教材開発を行い、表現力を育成した。課題には様々なレベルのものを準備し、PCのナレーション機能を利用した。生徒自身のナレーション課題の完成に向けた指導事例を報告する。 2 研究の背景 日本では精神障害(総合失調症、気分障害、神経症・ストレス関連性障害、てんかん、高次脳機能障害、発達障害)など、在宅と施設入所をあわせ、320万人と言われており、40人に1人が精神障害者といえる。 近年、精神障害数は増加傾向にあり、特にうつ病など、気分障害の患者数が増え、長引く不況などによる労働環境の悪化や、生活不安などのストレスの増加が原因と考えられている4)。 表1 障害者数推計 精神障害者は職業に就いても、継続が難しく退職を余儀なくされた場合や、発症し社会生活が困難となる者も少なくない。東京障害者職業能力開発校では、「学校から職場への橋渡し」を念頭に平成20年度から精神障害者の受け入れを開始しきめ細かい、個に対応した訓練を行い、成果を上げてきた5、6)。 3 ビジネスキャリア育成モデル キャリア形成および能力開発を推進するためには、戦略を共有し、価値を共創するCCの観点から、三つの基本要素「戦略」「対象」「価値」をより明確にしておく必要がある。 図1は、社会関係開発のためのコミュニケーションサイクルであり、各枠の中にあるコミュニケーション活動は多くの企業で取り組まれている。しかし組織内のコミュニケーションと社会のコミュニケーションは必ずしも十分に連結されているわけではない。ここにソーシャルメディアを導入することでインサイトとアウトサイトのコミュニケーションを媒介として、これらのコミュニケーションの位相をシームレスに連結していく必要がある1)。 近年ソーシャルネットワークの利用の定着が進んでいることから、本演習の促進はネットワークの活用も想定できる。 図1 コミュニケーションのサイクル コミュニケーションの必要性は、社会において多くの研修がすすめられているが、厚生労働省が掲げる、社会人基礎力の中でも最も要求の高い、コミュニケーション能力の育成は、どれだけ伝え方を訓練したところで、その内容が分かりやすくまとめられていなければ、円滑なコミュニケーションはできない、企画書・資料の作成や「報・連・相」、会議の円滑な進行など、「情報」は、すべての仕事の基礎となる重要な要素でもあり、情報活用力とは、「情報を活かす力」すなわち、「情報を効率的に収集・分析・整理し、適切に他者に伝えられる力」のことと示している7)。 情報活用力の育成は、このコミュニケーション能力における何を伝えるかをまとめる力の育成に必要不可欠であり、チームで働く上でも非常に重要となる。また、情報活用力を身につけることで、同じ伝え方でも、効果的に話の内容を伝える事ができるようになり、コミュニケーション能力の向上につながる。 4 演習校とカリキュラム概要 ① 演習校 本研究の実習校である、東京障害者職業能力開発校は、東京都小平市に位置し、10職系16科260名の年間定員数を有する。1日定員は230名である。障害は様々であり、肢体、聴覚、視覚、精神、知的などの障害を持つ生徒が6ヶ月から2年の期間において様々な訓練を受けている。本研究で取り組んだ科は「オフィスワーク科」であり、訓練期間の最も短いコースである。そのため生徒間の交流が早い時期から盛んになるようにグループ活動などを多く取り入れている。 ② カリキュラム ア)訓練 訓練内容は、オフィスで広く使用されているソフトを用い、実務的な一般事務、PC操作、経理事務、ビジネスマナーなどの知識・技能を半年間で学んでいる(表2)。 表2 6か月の訓練時間と内容 イ)レディネス指導 障害を持つ生徒が、主体的、自主的に行動し、仕事を通して自分の人生を切り開くことができるよう支援するための学習カリキュラムとして、上記訓練内容において、レディネス課題を掲げている。これまでの活動で、特に「仕事をしつづける」ための要因に、自ら発信する力の育成を取り上げている。具体的なスキルとしては、①文章をまとめる力、②文章を読み取る力、③話を要約する力、④説明する力の4つである。これらを、文章によるコミュニケーション能力、対話によるコミュニケーション能力に大別し訓練をおこなって成果を上げてきた6)。 また、本訓練においては、全体の訓練がリンクされる。課題を組み込む時に、文書資料にワードファイル、データ処理にエクセルファイル、また、プレゼン資料にパワーポイントファイルを組み込み完成する。課題は毎時間更新するため、ファイル量やファイル数が増えていくため、どのように保存しておけば効率的にファイル処理が出来るかなど、ファイリングの知識も身についていく。 5 ナレーション作業を取り入れた授業 ナレーション機能を取り入れた表現力の育成授業の手順は、文章入力練習で作成したファイルをパワーポイントのスライドに組み込み、文章をイメージする絵を挿入する。ビデオ編集ソフトを利用し、完成したパワーポイントのスライドをキャプチャーしながら文章を流し完成させる。 1)実習時に必要となる機器操作 PCとヘッドセット、パワーポイント、ビデオ編集ソフトを利用した。 ビデオ編集ソフトはカムスタジオを利用した。カムスタジオは基本操作が3ステップのみであるため、繰り返し何度でも自分で納得のいくまで録音ができ、初心者用に利用しやすいソフトである。 2)発声練習 本コースでは、発声練習をビジネスマナーの学習時間に行っている(表2)。ここではヘッドセットを利用した場合どの程度の大きさで話せばきれいに録音できるか各自が実験を行いながら、自分の声の大きさと機器との距離を検証する。 3)表現練習 練習課題は三つのセッションからなっている。 第一セッション:読む 第二セッション:感情を込め最後まで読む 第三セッション:タッピングを使って読む 三つのセッションを通じて注意したことは文章を丁寧に読み込み、言葉の意味を深く理解することである。 第一セッションはで、はっきりゆっくり読む練習を行うために、200文字程度の文章課題を10セットクリアする。200文字の文章には言葉のキーワードを二つ組み込み記憶しやすいものを準備した。また、各自が現在最も興味のある二つの言葉を選び200文字の文章を作成する演習を加えた。 第二セッションでは、第一セッションの内容を用い、さらに語り掛けるイメージを加え、最後まで間違わないように、感情を込めて読み終わることを目標とした。第二セッションでは特に緊張するため各自の作業時間を大切にした。 第三セッションでは、タッピングを取り入れた。 タッピングは、文章の読み始め、さらに途中の段落の区切りを、合図するために、またタイミングをとるために大きな役割を果たした。 図2は訓練開始と終了時の6か月の完成までの録音回数をグラフにしたものである。 図2 6か月の文章読み込み時間の変化 このように本研究では、三つのセッションを順番に進め、最後にタッピングを取り入れた。図3からもわかるように、タッピングは自分のリズムを作りこむことができ、大いに効果が見られている。 4)文章から情景を考える 文章からキャッチフレーズを作りタイトルを作成する。キャプションやキャッチフレーズを作成する作業は文章を深く読むことが必要となるため、多くの時間を費やす。 5)スライド作成 パワーポイントを利用して作成した。PCを利用した作業は他の科目で学習済である。 図3は本演習で文章から制作したパワーポイントのイメージ画である。 図3 イメージ画像の制作 6)編集ソフトの活用 パワーポイント画面を動作させながらナレーションを挿入する作業は、同時にいくつもの作業をする必要があるため、2名がチームになり、合図を送りながら進める。キャプチャー画面の取り込みはスムーズに行うことができるが、画面に合わせてナレーションを入れる際、緊張のため、早口や、声のトーンが高くなりがちで、何度も視聴をくり返し完成させた(図4)。 7)作品の閲覧から表現力を確認 8)自らの表現について振り返り 9)各自の感想のナレーション作成 図4 パワーポイント画面のキャプチャー 6 ビジネス現場への学習効果 本研究では、障害者教育に広く深く文章能力の育成とコミュニケーション能力の育成を進めている。今後さらに、どのような教材が精神障害者の為の職業人教育を進めて行けるか検討を重ね、分析する。特に文章表現を研究テーマにおいているが、今回ナレーションを導入する際にタッピングを組み込んだ指導の重要性を身近に感じた。今後も日本語教育と感情表現を取り入れ研究を進める。 【参考文献】 1)鏡 忠宏:経営戦略とコーポレートコミュニケーション「AD STUDEIS Vol23」(2009) 2)横尾俊:我が国の特別な支援を必要とする子どもの教育的ニーズに関する研究「国立特別支援教育総合研究所研究紀要35」p123(2008) 3)栗田るみ子他:主体的な活動を支援するキャリア支援サイトの活用「教育改革ICT戦略大会」私情協P100(2014) 4)土田英人:精神障碍者と共に働くガイドブック「京都府緊急雇用基金事業」(2013) 5)栗田るみ子,園田忠夫:グループ活動と個別活動を融合した自立支援型授業プログラムの実践「第21回職業リハビリテーション研究会」(2013) 6)栗田るみ子,園田忠夫:持続可能な教育と職業指導に関する実践研究「第19回職業リハビリテーション研究発表会」(2011) 7)経済産業省:社会人基礎力 http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/ 【連絡先】 埼玉県坂戸市けやき台1-1 城西大学 経営学部 栗田るみ子 e-mail:kurita@josai.ac.jp 「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」 〜調査対象者の働き方や意識の4年間の変化について ○土屋 知子(障害者職業総合センター 研究員) 春名 由一郎(障害者職業総合センター) 1 「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」について 「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(以下「本調査研究」という。)」は、障害者職業総合センター研究部門(社会的支援部門)において、平成20年度に開始し平成35年度まで継続予定の、障害のある労働者を対象とする縦断的調査である。調査方法の概要は以下のとおりであるが、詳細は参考文献1)〜4)を参照されたい。 (1)調査対象者 調査開始当初に就業中の15〜55才の障害者で、障害種類は、視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、内部障害、知的障害、精神障害である。当事者団体や障害者を多数雇用する事業所、地域障害者職業センターに協力を依頼して調査対象者を募集し、約1000人から調査協力の同意を得た。その後、転居後の連絡先不明や体調不良等の事情で調査の継続が困難となる調査対象者が散見されため、平成24〜25年度に約250人を追加募集している。 (2)調査方法 郵送によるアンケート調査である。調査対象者を1968〜1992年生まれと1952〜1967年生まれの二つの集団に分け、各集団に隔年毎に調査を実施している。16年間の調査期間の中で、一人の調査対象者に対し最大8回の調査を行う計画である。各調査対象者にはID番号が設定され、個別の調査対象者の回答の変化を時系列的に把握できる。 (3)調査内容 就労状況(職務内容、勤務時間、給与、職場への障害の開示状況等)、仕事上の出来事(昇格・昇給、転職、休職等)、仕事に関する意識(満足度、職場への要望等)、私生活上の出来事(結婚、出産、転居等)等である。 (4)本調査研究の特徴 調査対象者から長期間に亘る協力を得ることを可能とするため、雇用する事業主や地域障害者職業センターなど顔が見える関係を通して調査対象者の紹介を依頼しており、調査対象者は無作為抽出ではない。このため、本調査研究の結果から障害のある労働者全体の傾向を推測するにあたっては慎重な検討が必要となる。 2 今回の分析の目的 本調査研究では、障害のある労働者約1000人について職業生活に関連する多様なデータが蓄積されつつあり、これまでも様々な観点から分析、検討し、調査研究報告書等において報告してきたところである。 本調査研究においては、就業している障害者が職業生活を継続していくにつれて生起する問題についての確認やその要因の分析も重要な課題である。特に、精神障害者では、就職後の就業継続のために職場の理解や配慮が重要であると言われている。しかし、調査項目の一つである障害の開示状況に特に着目した分析については、現時点では報告されていない。 そこで、本調査研究では、障害の職場への開示状況による就業継続に伴う仕事内容、給与・待遇、人間関係、職場環境についての満足の状況への影響について、特に、外見からは障害状況が分かりにくい精神障害者や内部障害者について確認することを目的とした。 3 今回の分析の方法 (1)分析の対象者 平成20年度〜25年度の本調査研究で得られたデータのうち、精神障害または内部障害のある調査対象者の回答を分析した。各調査対象者に隔年毎に調査票を送付しているため、現時点で最大で3回の回答が得られている。初回から第3回調査までの期間は約4年間である。分析の対象となる調査対象者数及び回答数は表1の通りである。 第2回調査の発送数が第1回調査よりも少ないのは、協力の継続が困難になった調査対象者が数名ずついるためである。また、第3回調査の発送数が過去2回の調査よりも多いのは、追加募集を行ったためである。3回すべての調査に継続して回答のあった調査対象者は、精神障害者では58名、内部障害者では51名であった。 表1.分析対象となる調査対象者および回答 (2)分析の観点 本調査研究の調査票において、障害の開示状況に関する項目としては以下の設問があり、4つの選択肢から回答する方式としている。 設問:あなたは、自分の障害の内容(症状、服薬、休憩等)について、会社や職場の人に説明していますか。 1.会社や職場の人ほとんどに説明している 2.会社や職場の人のごく一部だけに説明している 3.全く説明していない 4.わからない この設問の回答を障害開示の状況と捉え、同一調査対象者における回答の変化や他の調査項目の回答との関係を分析した。以下においては、1の回答を「開示」、2を「部分開示」、3を「非開示」、4を「不明」と言う。一時点の結果を示す際は、第3回調査のデータを使用した。その理由としては、3回の調査の中で最も多く回答が得られており、また、最新のデータであるためである。 4 結果 (1)障害の開示状況 第3回調査時点での、障害開示の状況を図1に示す。どちらの障害種類においても「非開示」の回答は少なかった。精神障害よりも内部障害において「開示」の割合が高く、両障害の「開示」と「部分開示」の割合について、カイ二乗検定を用いて検定した結果、有意差が認められた(p=0.003)。なお、「無回答」には調査時点で就労していない調査対象者が含まれていた。 図1.第3回調査時点での障害の開示状況 (2)開示状況の変化 3回すべての調査時点において就業しており、この設問への回答があった調査回答者は、精神障害者で36名、内部障害者は45名であり、その回答の一貫性または変化した割合について図2に示す。 図2.障害の開示状況の変化 「変化」は、第1回と第2回の調査、あるいは第2回と第3回の調査の間で回答が変化したことを指す。また、「変遷」は調査の都度、回答が変化した場合(例えば、開示→部分開示→開示)を指す。「その他」は回答の一部に「不明」を含むものである。精神障害者、内部障害者のいずれにおいても、約4割の調査対象者で4年間の中で開示状況に何らかの変化が見られていた。 (3)障害の開示状況と就業形態 第3回調査で「開示」または「部分開示」の調査対象者の就業形態を図3に示す。各障害の「開示」および「部分開示」の調査対象者の「正社員」「パート/アルバイト」の割合についてカイ二乗検定を用いて検定した結果、有意差は認めなかった(p>0.05)。なお、分析対象となった精神障害者において自営業の回答はなく、また内部障害者において就労継続支援A型の回答はなかった。 図3.障害の開示状況と就労形態 (4)障害の開示状況と職業生活の満足度 第3回調査の時点で「開示」または「部分開示」で就労中の調査対象者の職業生活に関する満足度を図4に示す。満足度は「仕事の内容」「給料や待遇(労働条件等)」「職場の人間関係」「職場の環境(施設整備等)」の4つの項目で、それぞれ「満足」から「不満」までの5段階で回答を得たものである。各障害の「開示」または「非開示」の調査対象者について、各項目の満足度の割合についてカイ二乗検定を用いて検定したが、いずれも有意差は認められなかった(p>0.05)。 (5)開示状況の変化と職業生活の満足度の変化 第1回と第2回調査および第2回と第3回調査との間の、障害の開示状況の変化と職業生活に関する満足度の関係を図5に示す。なお、同一の調査対象者について、第1回と第2回調査の間の変化と第2回と第3回調査の間の変化をそれぞれ1例として数えた。 精神障害と内部障害を合わせ、満足度の全ての項目の合計で、全般的な変化をみると、満足度が向上した例が140例(20.1%)、不変が335例(48.0%)、満足度低下が223例(31.9%)であった。図5の開示状況の変化のタイプ毎に満足度変化の特徴をみるために、この全体の満足度変化を期待値としてカイ二乗検定の調整済残差で検定した。その結果、精神障害の「部分開示→開示」において、仕事内容への満足度低下が少なく(p=0.03)、給料待遇の満足度向上が多かった(p=0.04)。また、「部分開示→部分開示」では仕事内容への満足度低下が多く(p=0.05)、不変が少なかった(p=0.02)。一方、内部障害では「開示→開示」において、給料待遇の満足度低下が多かった(p=0.01)。 図4.障害の開示状況と職業生活に関する満足度 図5.開示状況の変化と満足度の変化(図中の−は有意に少ない、+は有意に多いことを示す) 5 考察 今回の分析の対象者においては、「非開示」は非常に少数であり、公共職業安定所を利用して就職した精神障害者5)で約3割が非開示で就職した結果と大きく異なる。この違いの背景として、本調査研究の対象者には調査時点で数年以上継続して同一事業所に勤務する人や、疾患等の発症前後で同じ事業所に勤務する人が含まれること、更に、調査対象者の募集方法が当事者団体や障害者を多数雇用する事業所、地域障害者職業センターからの紹介によることも影響したと考えられた。 精神障害者と内部障害者を比較した結果からは、精神障害者において開示の範囲を限定する傾向が見られた。同じ障害種類でも疾患により更に違いがある可能性が考えられるが、本調査研究では各調査対象者の詳細な診断名は把握していない。 3回の調査を通じた経過では、4割前後の調査対象者において4年間の中で開示状況が変化していた。障害の開示は就職時だけの問題ではなく、 就業の継続につれて変化するものであると言える。 障害の開示状況と職業生活の満足度との関係では、一時点での分析では明確な傾向は見られなかったが、経過を追って把握することで傾向が見られた。特に精神障害者において、「開示」または「部分開示」といった開示の程度の変化により満足度の変化に違いが生じていた。障害開示に関しては、開示/非開示の二項で捉えられることが多いが、開示の程度に着目して状況を把握することは有意義であると思われた。また、精神障害者の「部分開示」の状況において仕事内容に関する満足度が低下しがちであること、内部障害者の「開示」の状況において給与待遇面での満足度が低下しがちであることには支援上の課題が潜む可能性があると思われ、満足度低下をもたらす背景要因について更に分析することが必要であると思われた。また、当調査は継続的調査であることから、今回把握した問題状況について検討を進めるとともに、調査対象者への倫理的配慮としてニュースレター等を利用した調査結果の情報提供についても検討が必要であると考えられた。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究−第1回職業生活前期調査−調査資料シリーズ№50(2010) 2)同上:同上(第1回後期職業生活後期調査)資料シリーズ№54(2010) 3)同上:同上(第2期)調査研究報告書№106(2012) 4)同上:同上(第3期)調査研究報告書№118(2014) 5)同上:精神障害者の雇用促進のための就業状況等に関する調査研究 調査研究報告書№95(2010) 「もう一度働きたい」思いに寄り添った7年間 −Aさんと共に歩んだアザレア作業所の就労支援の今とこれから 小木曽 眞知子(社会福祉法人アザレア福祉会 アザレア作業所 施設長) 1 はじめに アザレア作業所(以下「作業所」という。)の原点は、1997年に家族会が主体となり、愛知県小牧市に設立した、精神障害者の「居場所」を目的とした小規模作業所である。 その後、2002年に社会福祉法人化し、定員19名の小規模通所授産施設に移行し、2006年には障害者自立支援法に基づき地域生活支援センター(現在は地域活動支援センター事業及び一般・特定相談支援事業等)を新設、2010年には小規模通所授産施設を定員20名の就労継続支援B型(以下「B型」という。)へ移行し、さらに2014年には指定特定相談支援事業を併設し今日に至っている。 筆者が入職した2006年、障害者の雇用の促進等に関する法律(障害者雇用促進法)が改正され、雇用義務はないが精神障害者が実雇用率にカウントされることになり、精神障害者の雇用促進に繋がるという期待が高まった。 本発表は、作業所が企業に働きかけ就労先の確保を図る中で、作業所利用者(以下「利用者」という。)1名が週2回のアルバイトを経て障害者雇用として就労し、現在に至るまでの7年間に及ぶ就労支援についての実践報告である。 2 事例概要 就労支援の取り組みについて、今回の発表を了承してくれたAさんについて報告する。 なお、事例は個人情報保護のため本質を損なわない程度の改変を加えている。また、Aさんの発言については「 」を、B社や作業所等の発言については『 』で表記する。 Aさん−50代男性、統合失調症。2人兄弟の次男として出生。中学2年で不登校になり発病。工業高校卒業後専門学校に通い、調理師免許取得。ホテル厨房で2年、警備会社で1年半、電気関係で10年の勤務経験がある。その間、病状悪化のたびに入退院を繰り返す。2000年に作業所利用登録、2004年に奈良の寺で修行(勤行)開始。2005年に父の意向で実家近くにAさん名義の家を建てる。 3 支援経過 (1)2000年〜2005年 Aさんは、利用登録後あまり作業することもなく、職員に自分についての話を長時間することが多かった。 (2)2006年 6月、両親がAさん所有の不動産に関する固定資産税額の減額を市役所に願い出たが断られ、困っていると作業所に来所する。 Aさんは「働いていない障害者が家を建てる権利はないのか」と怒るが、結局両親が納税する。9月、「寺の勤行に励む」と奈良の寺へ行く。11月、「勤行も作業所も何か違う。病院で先輩に会った時に、働いていない自分を駄目な奴と言った」と話す。悶々とした思いを10数枚の紙に記す。 支援者所感:Aさんは、自分が働いていないプレッシャーを周囲から強く感じていたが、それを打破する術はなく寺修行に傾倒したように見えた。 (3)グループ就労1年目(2007年) 1月、作業所が企業開拓したB社がグループ就労契約を内諾。利用者に『社会貢献の一環として、働ける障害者なら1日3時間働かせてくれる会社がある』と投げかけたところ、Aさんを含め6名の利用者が「見学したい」と希望。2月、B社見学。Aさんは、2名ずつのグループ就労で働くことを希望する。4月、B社職場体験後に予定していた修行の話を断る。5月、6人でのグループ就労を週2回1日3時間で開始。仕事内容は配送センターでのプラスティック容器の洗浄仕分け作業。8月、「4月に比べ体が馴染んだ。作業所からB社に行く形は自分に合う。」10月、6名のうち20代のCさんが働きを認められ、B社とアルバイト契約(週3日、1日6時間)を結ぶ。「Cさんはよく働くからB社も認めたんだ」と話すが「なぜ僕じゃないのか」とも話す。 支援者所感:AさんはB社で働き始めたことで、寺の修行よりグループ就労を選んだ。しかし、一緒に働いていたCさんのアルバイト契約が決まり、複雑な気持ちを抱えたように見えた。 (4)グループ就労2年目(2008年) 3月、Cさん作業所卒業。「Cさんは就職したら作業所は必要ないと話したが、僕は働いても居場所が欲しい。」5月、父危篤となり死去。8月、「今後は母と2人家事を協力し生活したい」「働くことや、障害を抱える人の話を聴くことで社会貢献したい」と話す。同じ頃Cさんの無断欠勤が続きB社解雇となる。10月、作業所で行ったハローワーク主催ジョブガイダンスに参加。「もっと仕事にトライしたい気持ちが強まった」と話す。県主催のピアサポーター講座を受講し修了。 支援者所感:Aさんは、グループ就労中に父の死と向き合いながらも、自分の立ち位置や今後の目標などを見つけようとしているように見えた。 (5)グループ就労3年目(2009年) 1月、6名のグループ就労が、AさんとDさんの2名になる。「人が減りグループ就労が続けられるのか」心配する。4月、グループ就労は継続するが多弁傾向が続く。7月、健康診断で要検査となり精密検査を受ける。調子を崩し不安定となる。8月、「B社を続けたい気持ちと辞めたい気持ちがありよく分からない」と話し、寺に2日間出掛ける。帰宅後、「今まで通りでいい」と話す。12月、「最近疲れている」と話す。 支援者所感:Aさんはグループ就労や体調面で不安を抱えており、作業所で話を聞く機会が多かった。また、修行に行くことで自分の方向性を探っていたように見えた。 (6)グループ就労からアルバイト契約へ (2010年) 1月、特例子会社に作業所から集団見学に行く。Aさんは「障害者が活き活きと働く姿は素晴らしい」と話すが「精神障害者は雇用していないって。精神障害者は駄目だ」と話す。2月、「色々考え、障害者求職登録をしたい」と話し登録。3月、ハローワーク求職相談。担当官より『Aさんの就労は十分可能だが、第一印象が大事な面接はAさんの人柄を十分発揮できない可能性があり、作業所のフォローが必要。出来れば実習に持ち込み就職に繋げては』と助言を受ける。4月、一緒に働いていたDさんが体調不良で辞めたいと話す。Aさんに『B社で1人でも働きたいか』と聞くと「1人は寂しいが働きたい」と話す。Aさん、作業所、B社で面談し週2回、1日3時間のアルバイト契約をする。条件として作業所が月1〜2回B社訪問、Aさんの体調変化など連絡しあうと決める。5月、初日は作業所が同行する。6月、B社から『よく働いている』と言われたが、Aさんは「B社で話せる人がいない」と話す。7月、「B社で人員変更があり続けるのは無理かも」と話す。8月、体調不良でB社を早退する。作業所が訪問すると『Aさんはよく働いている。体調不良は仕方ないのでゆっくり休んでほしい』と言われる。10月、「B社のアルバイト学生が3月で辞めるから、代わりに僕が週5日働けないだろうか」と話す。作業所がB社に希望を伝え、障害者雇用の可能性を聞くと『障害者雇用は前例がないしCさんの件もある。Aさんは今まで通り週2日で雇用したい』と言われる。 支援者所感:AさんとB社がアルバイト契約を結び働きが認められるが、週20時間の障害者雇用は出来ないと言われ、葛藤が生まれたように見えた。 (7)アルバイト契約から障害者雇用へ(2011年) 1月、「世の中金だ」「B社を続けるか作業所を辞め仕事を探すか」と言う。2月、ハローワーク求職相談。新設の特例子会社E社を知り見学。E社より『支援者が付くことが条件』と言われ応募するが不採用となる。3月、「今まで通りB社で頑張りたい」と話す。5月、週3日勤務となる。6月、「母の具合が悪く家事をしなくてはいけないので仕事を辞めたい」と話す。7月末で退職。9月、B社より『障害者雇用を検討している。Aさんに働いて欲しい』と連絡があり、Aさんに伝えると「母はとても元気になった。もう一度働きたい。」求職希望を受けB社と面接、念願の障害者雇用で採用。同じ頃、集中豪雨でAさんの車が水没し廃車。10月、障害者雇用(週20時間)と自転車通勤開始。片道30分自転車で通う。12月、B社で6千円盗難に遭う。「実は前もあった。今回一番額が多い」作業所とB社で話し合い、ロッカー保管をやめ現場から見える所にAさんの鞄を置くようにする。 支援者所感:Aさんは母の体調不良で一度は退職したが、辞めた事で仕事に対する自らの思いを再確認したように見えた。 (8)障害者雇用2年目(2012年) 1月、「現場従業員(60代男性)とかつ丼を食べに行った」と喜んで話す。B社でインフルエンザが流行し、人出不足から一時的に30時間勤務になる。車を月2万3千円、2年ローンで購入。2月、作業所とB社で相談、Aさんに『B社も順調なので3月で作業所を辞めてはどうか』と提案する。「そんな時期かもしれませんね」と言うが、2年ぶりに煙草を再開する。4月、B社より『Aさん元気がなく、作業所に行けないのがつらいと話している』と連絡あり。B社との面談で『Cさんの件もあるので、また通えるようにして欲しい』と言われる。市役所に確認したところ『AさんもB社も作業所利用の意志があれば就労を続けても通う事を認める』と言われ、作業所と再契約する。5月、意欲的に働き、Aさん名義の固定資産税や光熱費を負担するようになる。8月、「電気代を滞納した。兄に車を売って払え!と言われた」と話し、給料で支払う。9月、B社より『自立目的で週30時間勤務をしないか』と言われ、Aさん了解する。10月より30時間勤務。11月、B社より『Aさんが休憩後仕事に遅刻する』と言われ、Aさんに確認したところ「若い子に合わせてしまった」と話す。12月、「社会保険に入るのは良いが週30時間は疲れる。週20時間に戻して欲しい」と話がある。疲労で満足に睡眠が取れないと言うことでB社と相談し週20時間勤務に戻る。 支援者所感:Aさんは車を購入し、生活に必要な経費を自己負担するようになった。そのためにお金を稼ぎたいと週30時間勤務に挑戦したが、自分の限界に気づいたのではないかと思われた。 (9)障害者雇用3年目(2013年) 4月、時給が10円上がり新人教育を任される。B社より『Aさんは教え方が優しい』と言われる。6月、「新人がよく働き嬉しい」と話す。9月、自転車が壊れ「兄さんと自転車を見に行く」と言い購入。また、Aさんから「明細が来て10万円引き落としがあった。クレジットカードを紛失したようだ」と話があり、作業所からカード会社に連絡する。状況確認のため自宅に訪問し母と兄に伝え、通帳を確認すると他に15万円の使途不明金が見つかる。Aさんと作業所で警察に行くが、カード紛失時期と場所が明確でないため被害届は受理されず、後日Aさんと兄の2人で警察に行くが、取りあって貰えなかった。カード会社の連絡で計25万円のキャッシングが判明しAさんが働いたお金と母の年金で支払う。10月、Aさんと母と兄、作業所が話し合い、社会福祉協議会の日常生活自立支援事業(以下「日常生活事業」という。)を申請し、金銭管理サービスを利用することとなる。11月、Aさんが「母が気落ちして寝込んでいる」と話す。12月、「自転車で1時間半かけ精神科に行っていたが疲れたので市内の病院に転院したい」と話す。 支援者所感:Aさんの金銭問題が発覚したが、被害者意識が乏しいため日常生活事業の必要性を強く感じた。 (10)障害者雇用4年目(2014年) 1月、B社現場従業員(60代男性)より『Aさんの働きが悪すぎる。生気がない。自分達と同じ給料を貰うならしっかり働かないと困る』と言われる。病院転院に作業所が同行。3月、日常生活事業の正式契約をし、通帳を預ける(以後使途不明金なし)。5月、Aさんが「携帯を無くして困っている」と話し、日常生活事業と相談し格安携帯を購入する。7月、B社より『20〜30代のパート女性が3名入り、Aさんはとても張り切って働いている』と言われる。Aさんは「新しい人ばかりで自分が倍働かないと、大変だ」と話す。 支援者所感:日常生活事業を利用し、金銭管理を福祉サービスで受けることでお金に対するトラブルが軽減されたが、今後も生活上色々な問題の発生が予想される。 4 考察 AさんはB社のグループ就労からアルバイトとなり、障害者雇用として再雇用され現在も継続している。家の固定資産税や光熱費など、以前両親が負担していたお金は、働くようになったAさんが負担するなど、生活の質が向上し精神的な自信回復に繋がった。その間父親の病気による死と母親の体調不良、さらに車とクレジットカードを失い、日常生活事業を受けるなど生活環境は大きく変化した。 障害者雇用等で企業に採用された場合、現行法制度上、就労継続支援事業は利用出来ないことになる。Aさんも一度は作業所を離れたが、本人もB社も作業所を必要と感じ、また市役所もAさんの就労に作業所の支援が必要であると判断し、現在もB社での就労と作業所の利用を両立している。 小牧市が市内在住の障害者を常用雇用する際に支給される「小牧市障害者雇用促進奨励金(精神障害者保健福祉手帳の場合、1級月額4万円、2級月額3万円、3級月額2万円を申請した企業に支給)」の効果もあり、今後も作業所の就労支援・定着支援の役割と効果が期待されている。 かつてのCさんのように、就職が決まれば作業所を辞めるというスタイルは一般的なのかもしれない。しかし様々なことで就労に躓きが生じた場合、本人と企業だけで解決するのは難しい場合も多く、仮に支援機関が介入するとしても、支援契約が切れた状態で関わるのは難しいと思われる。 阪田1)は「精神障害者の働きたいというニーズに応えるためには、就労支援の施策を活用し、職場開拓から就職後の定着までの包括的な支援が必要になる。」と述べている。また、小田倉2)も「当事者である障害者は、一般就労に向かう目的があっても、法の定義する就労支援事業所を選択するとは限らない。」と述べているように、長年その人を見てきた支援機関や就労支援事業所等の支援者が、必要な時に本人と企業の間に介入することできめ細かい支援が可能となり、長期間の就労を継続することが出来ると考える。相澤3)は、「絶えず中心的な援助者が、定期的な面接などを通じて本人の精神内界とつながりを持つことで、危機を早めにキャッチし、支持的な関係を通じて危機を乗り越える介入を行うことが必要になる。」と述べている。日頃から利用者の特性を理解し支援している作業所が、利用者と企業の間に立ち、就労からフォローアップまでの支援を包括的におこなうことに意味があると感じた。 Aさんのように就労中様々な生活上の問題を抱えた事例でも、作業所という身近な場所があり、支援者がいたことで就労以外の様々な問題にも対応出来た。しかし、B型の支援者が企業訪問等を定期的に行うことは運営上大変難しく、今後の大きな課題である。 5 おわりに 作業所の就労支援はわずかな人員の中で行われているが、幸い地域の中で認知され、近年は30代の方を中心に就労希望での登録が増えている。現在作業所では、Aさんをはじめ3名の利用者が企業で働きながら作業所も利用している。そのいずれも年単位で就労を継続しており、企業からもその働きぶりを高く評価されている。 精神障害者が企業で就労を継続するのに必要なことは、生活に必要な賃金を得ることはもちろん、自分が企業にとって必要な存在であることを実感すると共に、自分をサポートしてくれる家族や支援者の存在があるといった、安心できる場や人の存在が大きい。とはいえ、B型での就労支援体制では運営上限界があるのも事実である。今後作業所は多機能型事業所として、精神障害者の「居場所」と「就労支援」の拠点として地域に根ざした支援体制を整え活動する予定である。 今後も国が障害者の就労を支援する方向性にあるのなら、企業が安心して障害者を雇用できるように、雇用主が雇用した障害者の体調面や特性などの相談や、障害者本人が働く上での悩みなど気軽に相談できるような、その時々に合わせたきめ細かい対応が出来る支援者(日頃から障害者本人をよく知っている専門機関)が必要であり、ソフト面の支援システムの構築が求められる。 精神障害者の企業での就労がごく当たり前な時代にならなければならない。これからも作業所は一人ひとりの「強み」が発揮できるように「働きたい」気持ちに寄り添い、地域の方々や関係機関と連携しながら地道な就労支援を行っていきたい。 【参考文献】 1)阪田憲二郎、米川和雄、内藤友子「精神障がい者のための就労支援」p39,へるす出版(2012) 2)小田倉典子「精神障害者における福祉的就労から一般就労へ向かうための動機づけに関する質的研究 〜統合失調症の利用者の一般就労による社会参加へのプロセス〜」p25,社会福祉士第20号,社団法人日本社会福祉士協会(2013) 3)相澤欽一「現場で使える精神障害者雇用支援ハンドブック」P41,金剛出版(2007) 精神障害者の雇用推進における福祉的就労のプラス面とマイナス面 清水 建夫(弁護士/働く障害者の弁護団 代表/NPO法人障害児・者人権ネットワーク 理事) 1 精神障害者の数と疾患別人数 (1)厚生労働省による2011年患者調査によれば身体・知的・精神の各障害者数(内在宅の18歳以上65歳未満の人数は括弧内の数)は次のとおりである。身体障害者393.7万人(111.1万人)、知的障害者74.1万人(40.8万人)、精神障害者320.1万人(172.4万人)である。 (2)この統計に含まれる精神障害者の主な疾患別患者数は、うつ病など95.8万人、統合失調症など71.3万人、不安障害など57.1万人、認知症(アルツハイマー病)36.6万人、認知症(血管性など)14.6万人、てんかん21.6万人、薬物・アルコール依存症など7.8万人である。 2 精神障害者が働きづらい雇用の実態 (1)障害者雇用促進法は「精神障害者」の意義を「障害者のうち精神障害のある者であって、厚生労働省令で定めるものをいう」としている(2条6号)。これを受け厚生労働省令である同法施行規則1条の4は「①精神保健福祉法45条2項の規定により精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている者、②統合失調症、そううつ病(そう病かうつ病を含む。)又はてんかんにかかっている者(①に掲げる者に該当する者を除く。)」であって、「症状が安定し、就労可能な状態にあるもの」としている。 (2)身体障害者手帳所持者は386.38万人(所持する率98.1%)、知的障害者中療育手帳所持者は62.17万人(83.9%)。精神障害者320.1万人中精神障害者保健福祉手帳所持者は56.76万人(17.7%)で、他の障害に比べ障害者手帳を有する者が格段に少ない。これは「精神障害者保健福祉手帳」の交付を受け公に精神障害者と名乗るデメリットがメリットより大きいと精神障害者が感じていることを反映するものである。 (3)2013年6月1日現在の障害者の実雇用数は短時間労働者を含めて、身体障害者30.4万人、知的障害者8.3万人、精神障害者2.2万人である。調査時点がやや異なるが、実雇用者数を障害者数で割ると身体障害者が7.7%、知的障害者が11.2%、精神障害者が0.7%である。更に実雇用者数を労働力人口である在宅の18歳以上65歳未満の人数で割ると身体障害者27.4%、知的障害者20.3%、精神障害者1.3%となる。精神障害者の中にはうつ病のように採用後に精神障害者になった労働者が相当数含まれているので、採用前からの精神障害者の実雇用の割合はもっと低いと言え、他方で精神障害者であることを開示せずに働く人も多い。精神障害者が働きづらい実態を反映している。 (4)精神障害者の就労支援に特化したサービスを提供する大手人材紹介会社の担当者は、「やはり『精神障害者』という名前が与えるネガティブなイメージが強いですね。色々な企業の担当者様と話していて思うのは、多くの方が精神障害者の雇用に対して漠然とした不安を持っていること、ただそれは、『分からないゆえの不安』がほとんどで、きちんとその人について理解を深めてもらえば、決して雇用することは難しくありません。そのような、現実との意識のギャップがあるんです」と述べている。このように「精神障害者分類」されること自体が本人にとても大きな社会障壁として作用している。 3 統合失調症について −医学的に未解明なことが多い中で診断だけが一人歩きする危険− (1)統合失調症とは(厚生労働省ホームページより)、「統合失調症は、幻覚や妄想という症状が特徴的な精神疾患です。それに伴って、人々と交流しながら家庭や社会で生活を営む機能が障害を受け(生活の障害)、『感覚・思考・行動が病気のために歪んでいる』ことを自分で振り返って考えることが難しくなりやすい(病識の障害)、という特徴を併せもっています。多くの精神疾患と同じように慢性の経過をたどりやすく、その間に幻覚や妄想が強くなる急性期が出現します。新しい薬の開発と心理社会的ケアの進歩により、初発患者のほぼ半数は、完全かつ長期的な回復を期待できるようになりました(WHO 2001)。以前は『精神分裂病』が正式の病名でしたが、『統合失調症』へと名称変更されました。」 (2)症候群 統合失調症は「症」候群(シンドローム)であり、特定の疾患ではない。幻覚や妄想という症状が特徴的な精神疾患としているが幻覚や妄想は他の疾患でも起こりうる。 (3)ゆるい統合失調症の診断基準 現在国内外を問わず多く用いられる診断基準は二つある。アメリカ精神医学会が提唱するDSM-IV-TRとWHOが提唱するICD-10である。ただいずれの診断基準も患者の言動を基準とするもので医学的検査結果などの客観的裏付を欠いている。したがって診断者の主観によって安易に診断される危険がある。例えばその一つDSM-IV-TRの統合失調症の診断基準は、A.特徴的症状として以下のうち二つ(またはそれ以上)、各々は1ヵ月の期間(治療が成功した場合はより短い)ほとんどいつも存在することとし「①妄想②幻覚③まとまりのない会話(例:頻繁な脱線または滅裂)④ひどくまとまりのないまたは緊張病性の行動⑤陰性症状、すなわち感情の平板化、思考の貧困、または意欲の欠如」を挙げている。精神的に不安・不調なとき統合失調症でなくとも相当数の人がこれにあてはまる可能性がある。厚生労働省は「新しい薬の開発と心理社会的ケアの進歩により、初発患者のほぼ半数は、完全かつ長期的な回復を期待できるようになりました。(WHO 2001)」としているが、これら早期に回復した患者と長期化する患者を同一「症病名」とすることが、はたして正しいのか疑問である。陽性症状と言われる幻覚や妄想は統合失調症特有のものではない。パニック障害、不安障害と同類の症候群(シンドローム)ととらえることも可能ではないのか?あえて早々に「統合失調症」という重い疾患名をつける必要があるのか?今の日本ではその後の本人の生涯に大きくマイナスの影響を及ぼす可能性があるだけに慎重な対応が求められる。 陽性症状のあとの陰性症状にしても重い疾患名をつけられたことによる意欲減退と投薬による影響とがあいまって本人も家族も非活発になった可能性も否定できない。 (4)本当に脳の病気なのだろうか? 厚生労働省は「脳の構造や動きの微妙な異常が原因と考えられるようになってきています。」「統合失調症の原因は明らかではありませんが、患者さんの脳にいくつかの軽度の変化があることが明らかになっています。一つ目は、神経伝達物質の異常です。神経伝達物質とは、脳を構成している神経細胞同士の情報伝達に利用される物質のことです。そのひとつであるドパミンという物質の作用が過剰となると、幻覚や妄想が出現しやすくなることが知られています。セロトニンやグルタミン酸やGABAなど、ほかの神経伝達物質も関係していると考えられるようになってきています。二つ目は、脳の構造の異常です。CTやMRIと呼ばれる装置で患者さんの脳を検査すると、脳の一部の体積が健康な人よりも小さいことが示されています。体積減少が指摘されている部位は、前頭葉や側頭葉と呼ばれる部位です。」 脳の伝達物質の異常はうつ病でも見られ、原因というよりも精神的不安状態の結果の可能性が高い。相関関係があることと因果関係があることを取り違えている。またCTやMRIの異常も一部の医学者が述べるのみで異論があり医学会で定説となっていない。このような不正確なことを厚労省が安易にホームページに記載するのは適切ではない。 (5)根源からの洗い直しの必要 統合失調症の原因も症状も不明なことがあまりに多く統合失調症と診断された人々や家族がその診断名に生涯苦しみ、さいなまれている。統合失調症について医師だけではなく本人・家族を交えた根源からの洗い直しをするべきである。 4 統合失調症を明るく名乗り始めた人たち (1)日本では1937年神経精神病学用語統一委員会が「精神分裂病」と定めて以来65年間この病名が使用されてきた。「精神分裂病」の病名が精神それ自体の分裂と解され、患者の人格否定につながるもので、本人・家族に多くの苦痛を与え社会に大きな誤解と偏見を生んだ。厚生労働省は2002年8月統合失調症に呼名変更を決定した。 (2)最近では統合失調症と診断された人の中から積極的に自分が統合失調症であることを名乗り出る人々が増えた。ユーチューブや雑誌で「私は○○才の時に統合失調症になりました」と名乗り出て、現在の自分の生活・仕事について明るく語っている。見ていると「なぜこの人たちが『精神障害者』なのか」と思うところが少なくない。統合失調症と診断された人々が明るく自らを語る中で誤解や偏見が解消していくのは望ましいことである。同時に安易な「統合失調症診断」が普通に人生を送れる人たちを「精神障害者分類」に入れているのではないかと再点検をする必要がある。 5 福祉的就労 (1)就労移行支援事業と就労継続支援事業 福祉的就労と言われる障害者総合支援法に基づく就労系障害福祉サービスとしては、通常の事業所での雇用が可能と見込まれる65歳未満の人に対する就労移行支援事業と通常の事業所で雇用されることが困難である人に対する就労継続支援事業がある。 就労移行支援事業は、利用期間が2年と定められており、事業所内や企業における作業や、実習、職場探し、就労後の職場定着への支援などを行うものである。 就労継続支援事業は、雇用契約に基づく就労が可能な人に対するA型と雇用契約に基づく就労が困難な人に対するB型に分けられるが、いずれも利用期間の制限はない。A型であれば、雇用契約に基づいた就労の機会の提供、B型であれば、雇用契約によらない就労や生産活動の機会の提供などが行われる。 (2)就労系福祉サービス利用者の工賃 2012年度、特別支援学校の卒業生が通常の事業所に雇用されるのは約24.3%にすぎず、約64.7%は就労系福祉サービスを利用している。2011年10月時点の就労移行支援事業の利用者は約1.6万人、就労継続支援A型事業の利用者は約1.3万人、就労継続支援B型事業の利用者は約12.9万人である。 これら利用者のうち通常の雇用に移行した者は2011年度はわずか5,675人(3.6%)にとどまっている。2012年度の月額平均工賃(賃金)は、就労継続支援A型事業が6万8691円、就労継続支援B型事業が1万4190円と非常に低い。とりわけ圧倒的に利用者の多いB型事業は障害者が働く場というよりむしろ事業所が障害者のために日中活動の場を提供するという考え方が支配的である。精神障害者は単純な作業と工賃の低さから自己嫌悪に陥り、結果的に自宅で引きこもってしまう者が少なくない。 6 精神障害者の定期収入の内訳(外来) (1)精神障害者の定期収入のうち下記のものが占める割合は次のとおりである(厚生労働省2013年調査)。 (2)統合失調症の場合には給料収入の割合が少ないのに対し、作業所等の工賃収入の割合が多い。しかし、年金、公的手当、生活保護が64.1%を占め、収入なしが17.8%で自力では生活できない実態が浮き彫りにされている。 7 精神障害者の雇用の推進 (1)福祉的就労サービス事業における成果 就労移行支援事業を中心にハローワーク等と連携のもとで一定の成果があがっている。精神障害者の2013年度の新規求職申込件数は64,934件(前年度比13.2%増)、就職件数は29,404件(前年度比23.2%増)である。就職件数において身体障害者28,307件を上回った。企業の関心が身体・知的から精神に移っていることを反映している。 (2)福祉的就労サービスに携わっている人たちは障害者のために善意で日々取り組んでいる。ただ、B型事務所の支援給付金は利用者の人数と利用度によって定まる仕組みが基本となっており、通常雇用への移行の実績が十分に報酬に反映されない。各事業体は設備と人を抱え月々のやり繰りに四苦八苦しているところが少なくない。その結果意図せずに利用者を囲い込む結果となる例も時にある。雇用を促進するためにより多くの公的援助が必要である。 (3)障害者雇用率の改正が不可欠 福祉的就労サービス事業所で障害者が訓練を重ねても障害者雇用率が改正されないかぎり、企業が法定雇用率を越えて採用することはほとんどない。雇用率はドイツ5%、フランス6%であり、日本も人口比率からすると同じ割合となる。その意味で精神障害者を分母にも分子にも加えた精神障害者雇用率の完全実施が不可欠である。 8 日本経団連の理不尽な反対により精神障害者の雇用義務化が著しく遅れた (1)障害者雇用促進法の2013年改正 障害者雇用の義務制度は、1960年の身体障害者雇用促進法制定時に身体障害者を対象とした努力義務として創設され、1976年の改正により、法的義務へと改正された。また、1987年の改正により、知的障害者を実雇用率の算定の対象に含めるとする特例が設けられ、1997年の改正により知的障害者が雇用義務の対象となった。2005年の改正により精神障害者を実雇用率の算定に含めるとする特例が設けられ翌年4月から実施され、2013年の改正により精神障害者の雇用義務が明記された。 この改正にあたりこともあろうに精神障害者の雇用義務化について真っ向から異を唱え猛反対したのが日本経団連事務局であった。この猛反対を受け、精神障害者雇用義務化の施行日は2018年4月1日となった。加えて2018年4月1日から更に5年間は「激変緩和」という事業主の立場を一方的に配慮する名目のもとに法定雇用率の算定にあたり原則を歪め大幅に低く設定することになった。 (2)雇用の流れを凍りつかせないために 2006年4月以降精神障害者の雇用は大きく前進した。事業所アンケート調査によっても「精神障害者雇用を積極的に取り組みたい」「ある程度仕事の出来そうな人が応募してくれれば雇うかもしれない」と回答した事業所が32.8%になっている。「得意分野を生かして戦力となっている」「健常者より能力が上回る場合もある」旨の記述がある(障害者の範囲等の在り方研究会報告書)。日本経団連事務局の近視眼的な視点とは違い、精神障害者と現実に接する企業関係者からは理解ある姿勢が伺えるのが救いである。しかし日本経団連というとてつもない巨大な業界団体の事務局の理不尽な介入を無視することはできない。精神障害者雇用の流れを作ろうとしていた厚生労働省も動くに動けない状況と思われる。このように折角進みつつあった精神障害者雇用の流れが一挙に凍りついてしまうことが懸念される。雇用の流れを凍りつかせないためには、日本経団連事務局の理不尽な介入を排除し、2018年4月1日からは完全実施を求めていく必要がある。 日本は今までに経験したことのない人口減社会に突入し、外国人労働者の雇用が不可避とされている。外国人と比べて言語の壁がなく、精神障害者その他の障害者は企業にとり今後益々貴重な人材となることが予測される。日本経団連事務局の近視眼的な介入は日本経済にとっても大きなマイナスである。 精神障害者が、知的障害者等に電子機器の分解方法を教え、そうか!解った!と反応する様子から、自分の価値を再認識させる試み 兎束 俊成(ひきこもり対策会議 船橋 代表) 1 はじめに 私達ヒトは、持ちつ持たれつの世界で生きている。助けて助けられることで、心の貸し借りのバランスを保ち、集団の中で自分の存在を感じることで、自分らしく振舞い、生きている。 しかし障害者は“助けられる側”との先入観があるためか、与えられる側になることが多く、社会復帰プログラムでも、指導される側のプログラムを目にする機会が多い。 そこで精神疾患等で混乱が見られる元ビジネスマン達に、『精神障害者が、B型就労移行支援施設の利用者に、パソコンや電子機器の分解の仕方を教える』“与える側プログラム”を実施した。 実施するために、“教える側の練習”を、どのように行ったのか、そして自らが教えた行為に「そうか!解った!」と嬉しそうな笑顔が返ってきたことにより、どのような充足を感じる表情を見せたのかについて報告する。 2 外部就労移行支援施設での支援活動 (1)時期、場所、形態 2012年6月〜2012年10月。葛飾区内会社の事務所一区画を借り、混合型就労移行支援施設の外部就労移行支援施設として実施。 (2)分解を行った機器 パソコン、モデム、Hub、ルーター等。 (3)分解した部品及び部材 ① パソコン ハードディスク、メモリ、LANカード、基板、CPU、ヒートシンク、コード、コネクタ、ドライブ、ボタン電池、鉄、銅、アルミ、プラスチック、鋳物等、(ノートPCでは、液晶パネルまで分解)。 ② モデム、Hub、ルーター等 基板、コード、コネクタ、鉄、銅、アルミ、プラスチック等。 (4)廃棄団体が特定される機器について 管理シールや印字ロゴ等で廃棄団体が特定される機器については、管理シールを剥がし、ヤスリを使って刷字されているロゴを消し、廃棄団体を判らなくした。 (5)仕事の終了 分解作業では、分解のし忘れと部品の取り外し忘れが度々発生した。この作業は、作業を行うことと仕事を覚えてもらうことが目的なので、取り忘れ等をなくすために以下の確認項目を入れた。 開始前のパソコンの個数確認、ハードディスクの個数確認、基板の個数確認、メモリの個数確認、CPUの個数確認、筐体の固体確認等を行った。 ハードディスクの個数が開始前のパソコンの個数より少ない時は、作業終了のパソコン内に外し忘れのハードディスクがあると判断し、作業終了のパソコンの中を再確認して、ハードディスクを見つけた。 同様に、パソコンと基板の個数が同じで、CPUとメモリの数が少ないときは、基板にCPUやメモリが付いたままの状態であると判断し、外した基板を再確認し、CPUやメモリを見つけて外した。 ハードディスクが始めから外されている機種や、ハードディスクが二つ以上入っている機種も存在した。その時は、筐体にハードディスクの数が幾つ入っていたかを養生テープを貼付して記載した。 作業後半に、開始前のパソコンの個数から養生テープに記載された数の加減をした。加減されたパソコン個数と取り出されたハードディスク個数が一致した時、責任を持てる仕事が行えたと判断して、利用者をしっかり誉めて作業終了とした。 3 教える側プログラム開始の背景 分解する電子機器等は、事務所一区画を貸していただいている会社より数十個単位で渡された。メーカーや機種が様々で、複数の部品を組み立ててからネジ止めしている箇所があったり、その止めてあるネジが隠しネジであったりしたため、利用者には、分解の仕方を説明する必要があった。 この外部就労移行支援施設では、複数の特定非営利法人の利用者を受け入れていた。開始時間はその法人ごとに異なり、あるB型就労移行支援施設は、開始時刻と終了時刻が30分遅かった。 そこでその時間差を利用して、30分早く開始して分解の仕方を覚えた利用者が、30分遅く開始する利用者に、グループワークの中で分解の仕方等を説明して“教えること”を経験するプログラムを試みた。3人程度の小グループを作り行った。 4 “教える側”の練習 30分前に開始する特定非営利団体の精神疾患等を患っている“大人”の利用者に、電子機器等の分解方法と、分解方法の説明の仕方を教えた。 練習する機器は2台用いた。1台は分解方法と分解方法の説明の仕方を聞きながら分解してみて、もう1台は実際に声を出して、説明をする練習を行いながら分解した。 具体的には、フェーズに分けてゆっくり説明する練習を繰り返した。例えば、「裏蓋を外すとネジが見え、外すネジは11本です。11本見当たらないときは声を掛けてください」というように、利用者に見える角度で裏蓋を外す練習をして、それから11本のネジの場所を指でゆっくり指し示しながら説明をする練習を、繰り返した。また11本と数を投げ掛けることにより、『利用者に11本のネジを、自ら探させる教え方』の練習をした。 隠しネジのありかについても、教えない練習をした。具体的には、「ここらへんに、この部品を外すヒントがあります」というように、利用者に探させる練習をした。隠しネジを見つけた時は、「すごい!」と声を出して誉める練習をした。 コードが筐体から外れない箇所の教え方についても、始めから教えることはせずに、「押してダメなら引いてみて、それでもダメなら回してみましょう」と自ら試みさせた。困っている様子が出たら、「見てて」と手を差し伸べるよう、『利用者に探させ考えさせ試みさせ、利用者との距離間を保ちながら声掛けをする教え方』の練習をした。 5 作業で心掛けたこと “3人程度の小グループ”で、一人が二人を教える形で行った。施設管理者は全体を見渡し、作業がスムーズに流れるように心掛けた。具体的には、教える側が言葉に詰まった時に、また教え過ぎて退屈な状況が生まれ始めた時に、そっと間に入るように心掛けた。また分解する機器を渡すことと、分解し終わった部材を回収することがスムーズに行えるよう、全体の流れにも注意した。 作業をスムーズに行うために、机等の配置を、図1のようにした。施設管理者が作業の様子を見ながら機器を渡し、支援者が、分解し終えた機器の分解が終わっているかを確認しながら回収して、回収箱や回収する機器の本棚に置いた。教える利用者は、正面の利用者と隣の利用者に、一緒に分解を行いながら教えた。説明がうまく伝わらない時は、にこにこと深呼吸をする合図を送った。 図1 電子機器等の分解を行うときの机の配置 6 作業風景(教えている様子) 作業を始める前は、説明に詰まるのではないか、また説明に詰まり、過剰に説明し過ぎてしまうの ではないかと心配した。 しかし実際に始まると、アドリブを入れずに、“話す言葉、話すスピード、声の抑揚、手本を利用者に見せる角度”が練習の時と全く同じに、複数の場所で同じように説明している姿が見られた。 説明がきちんと伝わり、相手が理解していると感じると、“教える側”の利用者達にもゆとりが生まれ、利用者との距離間を保つ会話も見られた。 利用者が自ら考えることにより、「あ!解った!見つけた!」との声や、「そうか!そうゆうことか!解った!」などの声が上がると、「すごい!」の誉める言葉が自然に出た。 分解作業を行う利用者は、解ったことを誉められると、嬉しそうな表情を教えている利用者に向けた。嬉しそうな表情を向けられた利用者は、満たされたような、柔和で落ち着いた様子を見せた。 7 “教えること”を終えて 電子機器等の分解作業は、渡した機器の数と回収した部材の数が一致したことから、利用者をしっかり誉めて終了することができた。 利用者が誉められている時、“教えること”をしていた利用者も嬉しそうで、この作業で、自分が機能していたことを感じていると思われた。 “教える側”を行った利用者の声を聞いてみると、「失敗しなくて良かった」から始まったが、「いい時間だった、心地よかった、嬉しかった、このような練習は初めてだ」との感想を受けた。 今まで“教えられる側”として分解作業に参加していた今回の利用者達は、作業を頑張ろうとして、肩や身体に力みや緊張感が感あった。また体調が不安定な日もあり、作業を休む日もあった。 しかし今回の“教える側”の分解作業では、自分が教えたことに対して、嬉しそうな言葉や表情を向けられたことがしっかり響いていて、満たされたような、柔和で落ち着いた様子を見せていた。 今回支援者として加わった特定非営利法人の職員からも、“彼らのこんな様子は初めて見た”との報告を受けた。 この表現は極論かもしれないけれど、疾患を患う前の“本当の姿の彼ら”に出会えた気がした。 しかし外部就労移行支援施設を出てから1時間後には穏やかな姿はなくなり、疾患を患っている普段の姿に戻ってしまったとの報告を、特定非営利法人の職員から受けた。 8 “教えること”を繰り返した様子 “教えること”を行い、嬉しそうな表情を向けられることにより、今までとは違う柔和で落ち着いた様子を見せていたが、施設を出てから1時間後には元の姿に戻っていたと報告を受けていた。 それならば、このような満たされた刺激を繰り返し経験した場合、どのような変化が生まれるかに気遣っていたところ、次の二つが観察された。 始めに、慣れてきたことにより、作業開始前の緊張が少なくなり、言葉の表現にも自分らしさが混じり出し、アドリブも入る様子が観察された。 次に、継続して満たされる経験を得ることにより、更に柔和な表情を見せる人もいれば、どのような気持ちになるかが予想できてしまうためか、更なる柔和な表情までは見せない人もいた。 施設を出てから、今までと違う変化が起きないかと気遣っていたが、1時間後には普段の姿に戻っており、外部就労移行支援施設を出てからも継続した変化を見せた人は、観察されなかった。 9 終わりに 精神疾患を、脳内の神経伝達物質や脳科学から述べられる機会に接する時がある。抗うつ薬でも、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)1)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤(SNRI)2)が使い分けられている。一方功刀3)によれば、「脳科学」や「神経科学」だけで精神疾患を捉えることは困難であるが、精神疾患を脳科学で考えるのは無意味ではないとの考えもある。 今回、「教えること・与えることの経験」を通して、自分が行ったことにより嬉しそうな表情を向けられて、柔和で満たされた表情が観察された。 このことは、視床下部にポジティブな刺激が与えられ、一時的ではあれ、脳内の神経伝達物質に影響を与えていた可能性が考えられる。 現在の報告では、施設を出てから1時間後には元に戻っていた。自分は役立っていると“自分の価値を感じる”刺激を継続して与えることが、視床下部に影響を与える可能性があると考えている。 【謝辞】 今回外部就労移行支援施設として、事務所一区画を提供していただいた(株)アンカーネットワークサービスの碇隆司社長、数々の尽力をいただいた峠明雄部長、星野慧氏に謝意を申し上げます。 【文献引用】 1)渡辺昌祐:SSRIのすべて、ライフ・サイエンス(2003) 2)樋口輝彦:実地医家のためのうつ病治療症例集、医薬ジャーナル社(2011) 3)功刀浩:精神疾患の脳科学講座、金剛出版(2012) 【連絡先】 兎束 俊成 ひきこもり対策会議 船橋 e-mail:uzuka@v101.vaio.ne.jp 初発期精神病を有する従業員の疲労軽減のための事業主による配慮の推進 ○石川 球子(障害者職業総合センター 特別研究員) 布施 薫(障害者職業総合センター) 1 はじめに −初発期のこころの病と早期支援の重要性− 精神病の既往歴がなく、新たに発症した精神病との診断を受けた場合に、その診断から5年以内における地域生活への復帰やリカバリーへの適切な支援の重要性が指摘されている(「精神病“早期支援”宣言」)1)。 また、精神障害が周囲から見えにくいことに起因する負荷が、障害を有する方に影響を及ぼしやすく、こうした負荷に関連して職場における疲労を訴える状況が先行事例調査「精神障害者・発達障害者の雇用における課題と配慮に関する調査」2)の結果にもみられた。 さらに、精神障害を有する方のリカバリーにとって就労は重要であることからも就労継続のための方策としての疲労軽減の重要性が窺える。 2 目的 本報告では、職場における疲労軽減の方策の重要性に着目し、初発期のこころの病を有する方への社内における配慮事例に共通した症状管理とストレスへの対処について検討することとした。さらに、疲労を訴える傾向に焦点をあてつつ「精神障害等の見えにくい障害を有する従業員の疲労軽減のための方策に関する調査研究」(平成25年度〜26年度)の一環として実施した「精神障害・発達障害を有する従業員の疲労軽減等に関する実践事例調査」の事例をもとに、疲労の軽減を目的とした配慮の内容とその効果、重要性を考察する。 3 方法 「精神障害・発達障害を有する従業員の疲労軽減等に関する実践事例調査」(郵送調査)を障害者就業・生活支援センター100箇所、精神保健福祉センター及び社会福祉法人等50箇所に実施した。 調査項目は、精神障害及び発達障害を有する従業員の疲労軽減を目的とした配慮を行ったきっかけ、配慮内容と実施上の課題、その効果であった。 なお、これら以外の事例を離れた一般的な質問(職場における配慮一般に関してよく質問を受けること及び配慮推進の妨げとなる課題)の結果については本報告からは除外している。 4 結果 「精神障害・発達障害を有する従業員の疲労軽減等に関する実践事例調査」により収集した66件の事例のうち、初発期精神病の事例11件について、その結果を以下にまとめておく。 (1)従業員の有する障害 精神障害のみを有する従業員に関する事例が5件(うち、双極性感情障害2件、気分障害3件)、そして発達障害と併存する精神障害を有する従業員に関する事例が6件(うち、双極性感情障害とアスペルガー1件、気分障害とアスペルガー2件、気分障害と学習障害1件、気分障害と発達障害(障害の種類不明)1件、摂食障害とアスペルガー障害1件)であった。 (2)従業員の就労経験 すべての事例が復職か再就職の事例であった。 (3)従業員が疲労を訴える状況の改善 疲労を訴える状況(複数回答)については、自己評価の低下(8件)が最多で、他人の気持ちを理解する(5件)、仕事の量が多い(4件)、新しい仕事や予定の変更(3件)、集中力の持続(3件)、自分の気持ちを表現する(2件)、モチベーションの低下(2件)、周囲の物音や雑音(2件)、仕事の内容が難しい(2件)、不慣れな場所への移動(1件)、温度や湿度の変化(1件)の順であった。 (4)配慮推進上必要となった支援と配慮の効果 表1に事例別に、配慮推進上必要となった支援と配慮の効果について、各事例に特に共通してみられた疲労を訴える状況((3)の上位2件(表1に※と★で示す))と関連づけつつまとめた。 表1 配慮推進上必要となった支援と配慮の効果 5 考察 早期精神病を有する従業員への疲労軽減のための配慮の推進及び就労支援においては、精神病そのものが早期である事による負荷(疲労)と疾患そのものに起因する負荷(疲労)の双方への方策が必要となると考えられる。 (1)早期精神病による負荷(疲労)の軽減と就労支援 初発期精神疾患の見えにくさ故のサービスの届きにくさや孤独感などに起因する疲労等の課題と就労支援において必要となる方策をまとめておく。 ア 早期精神病の見えにくさへの対応の必要性 早期の精神疾患は状態が変わり易いため従業員や家族にとってさえ見えにくく、さらにどうなれば発症か、どうなれば治療が必要かを明確に線引きできないという難しさがある3)。 就労上、特に早期支援が必要となる要因の一つに、統合失調症等ではその好発年齢が低く、思春期や青年期に発症するため、社会経済的損失が大きいことが挙げられる。さらに、適切な治療を受けられず具合が悪化して地域から隔絶すると種々のサービスが届きにくくなる3)。こうした状況で、適切な早期治療を受けつつ、就労継続を図るには医療・保健・相談機関と連携した就労支援が必要となる(表1事例C・D・F・H・I・K)。早期支援サービス機関の利用者に対する専門家による就労支援の実施(1年間)により、就労中の人の比率が10%から40%まで上昇したとの報告4)もある。 イ 早期支援による利用者の変化 精神疾患や不調を訴えている若者がアクセスしやすい相談窓口を設定した早期の家族支援、就学支援、就労支援の利用者38名に対して11ヶ月間の支援を行った結果利用者の約8割のGAFスコアが改善し、支援の一定の効果と早期支援による機能面の改善が示された5)との報告も見られる。 ウ 就労における初発期の若者の状況 早期精神病の若者が就労に関して必要としている支援を医学的、心理的、社会的視点そして、家族の視点からまとめたものが表2である6)。 職業に関する経験の少ない若者が置かれている状況を多面的に把握し、理解を示しつつ、課題解決に向け、従業員と共に取り組む支援者の姿勢が重要となる。 また、配慮事例にも見られたように、従業員である若者が抱える個別の状況について事業主の理解を得ると共に、負荷・疲労を軽減するために必要となる支援・配慮を事業主及び従業員と共に具体的に検討することが重要となると考えられる。 さらに、従業員自身が特別扱いとなっていると感じ、必要となる配慮を敬遠するという事態が生じないように個別に配慮の必要性や内容を十分説明するといった支援者の姿勢も重要となる。 表2 就労における若者の状況 (2)疾患に起因する負荷(疲労)の軽減 ア 双極性障害による負荷(疲労)の軽減 本調査の事例(表1)にも見られたが双極性障害における両極の波により職場において支障が生じないように個別の状況(職場環境や症状の様子) を把握し、業務の効率化を図る配慮が必要となる。 また、双極性障害のみに限らないが、従業員が症状管理の方法を学ぶ、周囲が障害を理解する機会を得ることが必要となる。 イ アスペルガー障害のもたらす疲労と不適応 アスペルガー障害を有する人の生活不適応には、問題となる能力障害のタイプにより、社会的能力、作業的不適応、自己統制、過敏性と易疲労性、能力障害以外の困難に起因した不適応の少なくとも5種類がある7)。 調査結果にもこれらの不適応の内、関係過敏と易疲労性に関する不適応への支援事例がみられ、効果が示された。 (ア)関係過敏による不適応による疲労感 関係過敏による不適応性は、感覚過敏の延長上にある関係過敏と、他者からの評価に関わる関係過敏の大きく二つの極がある7)。この両極は、互いに連続し、移行する。感覚過敏の延長上にある関係過敏では、人の声がざわざわするなどで強い不安感や激しい疲労を感じる(表1事例C)。 一方、他者からの評価に関わる関係過敏は、本人の主観的な他者評価(他者からこう思われているに違いないという強い思い込み等)である。このような場合、自己評価は非常に低く、悲惨な内的生活を送ることが多い7)。本調査においても自己評価の低下時に疲労を訴える状況が共通してみられ、配慮の効果が示された。 (イ)易疲労性に関係した不適応 アスペルガー障害を有する少なくない割合の人達が、感覚過敏や疲れ易さを訴えるが、こうした感覚過敏による不適応は周囲に理解されない場合が多い7)。 さらに、特に自己モニターの障害があると、疲労のコントロールの困難さに加え、感覚過敏の特性により、他者に比べて日常的に緊張した状態にあることによる易疲労性も無視できない7)。また、協調運動の障害により、姿勢の維持や作業中常に無駄な力を使うことが疲労の原因ともなる7)。 こうしたアスペルガー障害による易疲労性は、まれに、慢性疲労症候群、線維筋痛症やうつ病や抑うつ神経症と診断されるが、それらの治療には反応せず、生活のリズムのコントロールや適度な運動により改善されるのが特徴である7)。 過敏性や易疲労性により就労に支障が生じた場合の対処には、本調査の事例(表1)にもみられた原因となる不快刺激の除去、休息時間の確保、身体の自主コントロール改善のための介入などが挙げられる。さらに、疲労軽減にとって、規則的な生活リズムの維持は非常に重要ではあるが、自己モニター障害により規則的な生活リズムの効果を理解しにくい点が課題である7)。 (ウ)発達障害の二次障害として現れやすい症状 主な二次障害として、気分障害や依存症の他に、適応障害、PTSD、社会性不安障害、強迫性障害が挙げられる。こうした二次障害による職場における課題と表3に示した発達障害の特徴との関連8)が指摘されている。本調査の気分障害の併存事例にも見られたが、これらの二次障害についても、疲労感を伴うことが多く、疲労軽減の方策が必要となる場合が多いと考えられる。 表3 二次障害に関連する発達障害の主な特徴 【文献】 1)WHO & International Early Psychosis Association: Early Psychosis Declaration(2004) 2)石川球子:「精神障害者・発達障害者の雇用における課題と配慮の推進に関する調査研究」資料シリーズ №76,障害者職業総合センター(2013) 3)小池進介:「精神障害をもつ若者の就労支援に関する国内外の動向と課題」会議資料,於 障害者職業総合センター(2013.10.24) 4)Rinalde, M., &Perkins, R.: Implementing evidence based supported employment. Psychiatric Bulletin,31,244-249(2007) 5)田尾有樹子:「地域相談支援機関における早期支援」会議資料,於障害者職業総合センター,(2013.6.1) 6)前川早苗:「精神病臨界期における包括的支援の実践」会議資料,於障害者職業総合センター,(2013.8.9) 7)米田衆介:「アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか−大人の発達障害を考える−」講談社(2011) 8)備瀬哲弘『発達障害でつまずく人、うまくいく人』ワニブックス【PLUS】新書(2011) 就労訓練による場面緘黙症状の変化 ○伊藤 麻希(〈コスモス〉ケアサービス 生活支援員/ジョブコーチ) 藤木 美奈子・中村 隆行(コスモス共生社会研究所) 坂本 亜里紗(こすもすくらぶ) 野口 真紀(〈コスモス〉ケアサービス) 1 はじめに 場面緘黙(選択性緘黙)とは、「家などでは話すことができるにもかかわらず、ある特定の状況では一貫して話すことができない」障害である1)。場面緘黙は子どもの不安障害であると捉えられることが多いが、浜田ら2)によると、緘黙症は子どもの間だけの問題ではなく、重篤な場合は成人後も症状が継続し社会生活が困難になる。しかしながら、成人の緘黙症者を対象にした研究は、ほとんどなされていないのが現状である。そこで、本稿では、就労移行支援事業所における訓練により緘黙症状が改善したAの事例を報告する。 2 対象者 Aは、軽度の知的障害がある女性(通所開始時18歳)で、高校卒業後すぐに就労移行支援事業所に通所を開始した。通所していた期間は、20XX年4月〜20XX年+3年2月である。Aは、幼少期から物静かで、高校生の時も学校ではほぼ話をしなかった。一方、家庭内では、テレビ番組やその日あった出来事などを母親に話すとのことである。 3 事例経過 (1)通所開始直後〜通常の訓練期 初めて一人で事業所に来るときに迷子になり、事業所に電話をかけてきたことがあった。その電話以外では、通所開始後しばらくは、スタッフや他の訓練生の誰とも会話をすることはなかった。挨拶や笑い声などもなく、声を発するということがなかった。通所開始直後の様子としては、動きが非常に緩慢で表情も硬い。スタッフの声掛けに対しても、かなり時間をかけてかろうじてうなずくといった感じであった。しかし、事業所に来るのが嫌といった様子はなく、他の訓練生と話はしないものの、人の近くに身を置こうとするなど、他者と関わりたいという意思は感じられた。 通常の訓練カリキュラムに参加するうちに、特定のスタッフのみにではあるが、徐々にうなずくなどの反応をするようになった。また、笑顔や困惑などの表情も見せるようになった。 事業所で行う訓練の一つに料理がある。その際に使用するレシピに感想を書いて、料理に参加しないスタッフに報告するという役割を通所開始3か月目から与えた。この役割を気に入り、積極的に取り組んだ。通所開始直後と比べると、物事に対する強い不安感が軽減された様子であった。 (2)代替的コミュニケーション訓練期 通常カリキュラムのみでは、大きな変化が見られなかったため、通所開始後5か月目から個別訓練を開始した。成人の緘黙症者に対してどのような介入が効果的なのかが明らかにされていないため、探索的に個別訓練を試みた。浜田ら(2010)によると、緘黙症の症状である①話ができないという問題によって、②コミュニケーションが取れないという問題が発生し、続いて③人間関係が形成できないという問題が生じ、最終的に④社会生活が送れないという状況に陥ってしまう2)。個別訓練では、この2番目のコミュニケーションが取れないという問題に着目し、カードを用いた代替的コミュニケーション方法が可能であるかどうかを検討した。 個別訓練は週1回35分〜40分程度で計12回実施した。まず初めに、カードを用いた意思表示が可能かどうかを確認するために、アセスメントを行った。アセスメントでは、スタッフが口頭で「今日の天気は?」、「働くことに不安はある?」といった質問を行い、それらの質問に対してあらかじめ用意していたカードを選択する方法を採った。その結果、Aはどの質問に対しても即座にカードを指し示した。また、Aは家庭内でも挨拶をしないことから、「挨拶をしなかった場合、相手はどのように感じるか?」という質問も行った。この質問にも即座に適切なカード(怒りの表情)を選択した。上記のことから、対象者は話すこと以外の意思表示は可能で、他者の感情も理解していたため、カードを用いたコミュニケーショントレーニングは可能であると判断し、以下のような訓練を行った。 ① カードマッチング:先行研究を参考に、職場で必要とされる基本的マナーを記した「場面−行為−発言」カードを作成した(表1)。スタッフが場面カードから1枚選び、その場面に相応しい行為と発言を対象者にマッチングさせることを繰り返し練習した。 表1 場面−行為−発言カード(抜粋) ② ロールプレイ:以下の一連の流れをロールプレイで繰り返し練習した。A.机をノックして相手の注意をひく、b.視線を合わせる、c.場面に相応しいカードを提示する、d.お辞儀をする、e.再度視線を合わせる。ロールプレイを行なう中で、言語面のみではなく非言語コミュニケーションにおいても新たな課題が見つかったので以下の点についても訓練を行った。 ③ 視線を合わせる:視線を合わせることができなかったため、まず鼻を見る訓練を行なったが、鼻をみることもできなかった。そこで、視線を合わせる相手に目の部分だけくりぬいたお面をかぶせ、慣れるにしたがってお面を徐々に小さくしていき、最終的にはお面をはずした状態で視線を合わせる訓練を行った。 ④ 身振りを大きく、素早くする:自発的な意思表示が苦手だったため、相手がほとんど認識できないほど、お辞儀やノックが小さかった。そこで、何のためにお辞儀やノックをするのかを説明し、お辞儀とノックを繰り返し練習した。また、動作が緩慢であったため、就労場面においては相手を待たせることは失礼であると説明し、素早く動くように練習した。 代替的コミュニケーション訓練を開始したときと最終回を比較すると、カードマッチングでは、初回は3問間違い、最終回は2問間違いであり、正答数には大きな変化がみられなかった。しかし、所要時間は初回が6分3秒、最終回が3分16秒と大きく短縮された。 視線については訓練を開始したときは手で顔を覆うなど全く合わせることができなかったが、最終回では不自然ではない程度に合わせることができるようになった。身振りについても同様に最初の方は相手がほとんど気づかないほど小さかったが、最終回では十分認識できる程度に大きくなった。 動作の素早さは、始めはカードを提示し、立ち上がりお辞儀するという一連の動作に30秒かかっていたのが、17秒まで短縮された。 構造化された個別訓練場面では、このような大きな変化が見られたが、通常の訓練では依然として動作は小さくゆっくりであった。 (3)電話練習期 通所開始後半年を過ぎた面談において、A自ら言葉を発して会話できるようになりたいと希望したため、電話による訓練を開始した。電話に関する不安階層表を作成し、週1回程度行った。開始直後は、Aとスタッフはそれぞれ別室におり、内線電話を用いて行った。Aの声は、消え入りそうに小さく、ほとんど聞き取れないこともあった。しかし、ポジティブフィードバックと聞き返しを併用することで、訓練を続けることができた。徐々に声は大きくなり、訓練開始1か月半経過後には、同じ部屋でも視線を合わせなければ携帯電話で会話できるようになった。 それ以降は感情が高まる緊急時には、担当スタッフに対しては個室で直接会話できるようになった。担当スタッフ以外のスタッフに対しても、電話では話せるようになった。 (4)職場実習期 本人のコミュニケーション能力の向上と実践、また就労に対する意欲の向上を目的に、通所開始後1年を過ぎた頃から就労決定されるまでの1年半の間に、障害者雇用を行っている一般企業にて職場実習を計6回実施した。実習内容は、事務補助業務が3社、軽作業が3社であった。事務補助業務では、書類整理やパソコン入力、内線の受電業務など、軽作業では、店舗での商品陳列や清掃、宅配水のボトル洗浄、洋菓子工場での作業補助を行った。 ① 業務の完成度と遂行速度:作業の丁寧さは評価されることが多かったが、遂行速度が非常に緩慢であることを多く指摘された。軽作業の職場実習では、スピードが緩慢であるために『意欲が低い』という印象を持たれることもあったが、同様の作業を続けていくうちに作業速度を少しずつ上げることができるようになった。 ② コミュニケーション:職場実習導入時は、周囲とのコミュニケーションツールとして、前述の代替的トレーニングで使用したようなカードを携帯し、出勤時や退勤時、業務で困ったことがあった際にはそれとメモを活用してコミュニケーションを取っていた。また、事務補助作業の中で内線の受電業務をした際には、慣れない環境でも、メモを活用しながら業務に取り組むことができた。1、2回目の実習の際、カード提示や報告に要する時間が非常にかかるという企業側からの指摘があり、それを実習後にフィードバックすると、『自分の行動が人を待たせている』ということの自覚が生まれ、3回目の実習以降、業務報告や挨拶、簡単な日常会話であれば、小さい声ではあるが徐々に口頭で行なえるようになった。 ③ 事業所内での変化:職場実習など施設外での訓練に参加するようになってから、当日の持ち物や集合時間などの確認事項をA自ら質問してくることが多くなった。始めは担当者にのみ口頭で質問していたが、回を重ねるにしたがい、他の数名のスタッフにも口頭で質問したり、時折、近くに他の訓練生がいても、気にせず会話ができるようになった。 (5)VOCA使用期 通所開始後2年と8か月目、特定のスタッフとの会話は可能であるが、依然として他の訓練生の前で話すということはできなかった。そこで、VOCA(Voice Output Communication Aid)を用いることにした。VOCAとは、音声でのコミュニケーションに困難を抱える人向けのコミュニケーションツールであり、ボタンを押すことなどにより音声を出力できる。近年、補助代替コミュニケーションのツールとしてVOCAを用いた取り組みがなされている。例えば、中邑3)は、知的障害及び自閉症傾向のある子どものVOCA利用可能性を示している。しかし、本邦において緘黙症者を対象にしたVOCAの研究はほとんど見られない。 事業所では毎日、朝礼と終礼時に全員で「おはようございます」、「ありがとうございました」といった挨拶の言葉を述べてお辞儀をする練習をしている。VOCAを用いる前のAは、口を開くことなく無表情のままわずかに首だけを下げるといった状態であった。VOCAの使用は、まずはスタッフの声で録音した「おはようございます」といった挨拶のボタンを他の訓練生が言うタイミングに合わせて押すというところから開始した。初日からスムーズにボタンを押すことができた。ただ、周りから注目されるのが恥ずかしいのか、スタッフが設定したVOCAの音量を自分で小さくして押していた。この訓練を約1ヶ月行った。毎日、VOCAのボタンを押しているうちに、みんなと一緒に挨拶しているということを感じることができたのか、だんだんとお辞儀が深くなり、顔をあげるようになっていった。 次に、日直当番のときにVOCAを使用した。日直の仕事は、挨拶練習の時に他の人よりも先に挨拶の言葉を発声することである。日直の発声に続いて、みんなでその言葉を復唱する。先頭を切って挨拶するという緊張する役割であるが、無事VOCAのボタンを押すことができた。2、3週間続けるうちに、段々と普段の表情も豊かになっていった。 最後は、挨拶を自分の声で録音して使用した。最初は自分の声を録音するのを嫌がって、スタッフの声を録音したものを使用したが、最終的には自分の声で録音することができた。しかし、再生するとほとんど聞こえないほど小さな声であった。そのことによりA自身に『自分の声は小さく相手には聞こえにくいんだ』という気づきが生まれたのか、その後、スタッフと個別に話すときには声が少しずつ大きくなっていった。 (6)就労期 6回目の職場実習が雇用を前提とした実習であったため、実習後、その企業での採用が決定した。就職活動を始めた頃のAは、届いた不採用通知に対してもあまり感情を表すことが無かったが、就職活動が進むにしたがい、不採用通知を見て悔しがったり、担当スタッフに就職に対する思いを訴えるなど、意思の表出に変化が見られた。また、対人場面での極度の緊張から体が硬直し、お辞儀の際に首より上しか動かせないという課題が長くあったが、この実習の前に、自分のお辞儀の様子を動画で確認することで、その課題をA自身が再認識することができ、個別練習を経て、腰から体を曲げてお辞儀ができるようになるなど、動きの緩慢さについての課題も少しずつ改善された。 この実習前の面談では、初対面の人事担当者2名を前に口頭で自己紹介をしたり、実習後にも、電話で働きたい気持ちを伝えるなど、Aなりのアピールを積極的に行った。また、実習中、業務のコツを覚えたことで作業効率も上げることができていたこともあり、採用が決定した。 現在、就労開始より6か月が経過するが、遅刻・欠席をすることなく就労を継続することができている。作業手順も覚え、作業完了の報告や質問も口頭で行うことができている。しかし、全般的に受け身な取り組み姿勢や動作の緩慢さは未だあるため、今後は、自分から自発的に次の指示を聞きに行くことや、作業速度への意識を高めていくことが課題となっている。また、定着支援の一環で卒業生の食事会を開催した際には、他の卒業生や支援員など20人程度の前で、自分の就職先と仕事内容を紹介するということを、Aも他のメンバーと同じように口頭で行うことができた。その後食事中にも、小声ながらごく自然に直接やり取りをする姿が見られた。 4 考察 Aの場面緘黙症状の変化について6つの時期に区切って事例をまとめた。(1)通所開始直後〜通常の訓練期では、Aと担当スタッフの間にラポールを形成することに成功するが、緘黙症状については大きな変化は見られなかった。(2)代替的コミュニケーション訓練期では、カードを用いた代替的コミュニケーション訓練が緘黙症者に対する一つの有効な支援方法になることが示唆された。それと同時に、非言語コミュニケーションの重要性も明らかになった。緘黙症は社会恐怖との強い関連が示されており4)、A自身も他者と視線を合わせられないなど人前では強い恐怖を示した。言語面を補完する訓練だけではなく、視線や動作などの非言語コミュニケーション訓練も併せて行なうことが重要であると考えられる。(3)電話練習期では、他者と言葉によってコミュニケーションを取りたいというモチベーションが現れてきた。(4)職場実習期では、就労意欲が向上し、仕事をする上でのコミュニケーションの重要性を自覚するようになった。(5)VOCA使用期では、ボタンを押すという抵抗の少ない動作によって、複数の人とコミュニケーションを取れることを楽しみ、またそれが本人の自信につながっていったと考えられる。(6)就労期では、就職に対する熱意により緘黙症状や非言語コミュニケーションにおける課題が改善された。 本事例では、先行研究が乏しい中、成人の緘黙症者に対する訓練を試行錯誤しながら行ったが、その訓練は成功したと考えられる。成功要因としては、単一の決定的な要因があるのではなく、スタッフとの関係性や非言語コミュニケーションの重要性など様々な要因が複合的に作用したのではないかと考えられる。しかしながら、本事例で行った訓練には、きちんと構造化されたものもあれば全く構造化されていないものもあり、どのような介入が最も効果的であったかを議論することはできない。今後はより綿密に計画された研究を期待したい。 【引用文献】 1)高橋三郎・大野裕(訳)(2004). DSM-Ⅳ-TR精神疾患の診断統計マニュアル. 医学書院. 2)浜田貴照ほか(2010). 緘黙症の支援方策を考える:成人当事者の実態を踏まえて(日本特殊教育学会第47会大会シンポジウム報告). 特殊教育学研究, 47, 409-410. 3)中邑賢龍(1997). 知的障害及び自閉症傾向を持つ子供のVOCA利用可能性に関する研究 特殊教育学研究, 35(2), 33-41. 4)角田圭子(2011). 場面緘黙研究の概観:近年の概念と成因論. 心理臨床学研究, 28, 811-821. 難病者の就労支援に向けたアセスメントのあり方に関する一考察 〜京都府難病相談・支援センターとの連携による就労支援〜 ○武藤 香織(京都障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 戸田 真里(京都府難病相談・支援センター) 1 はじめに 京都障害者職業センター(以下「職業センター」という。)では、近年、難病のある方で一般での就職が困難な方の相談や、事業主からの在職中の難病の方の相談が増加している。 医療と切り離すことができない難病者の就労支援においては、医療サイドの考える日常生活の自立に向けた目標と就労支援者が一般就労を目指す場合に求める目標にズレを感じているところである。 本発表においては、京都府難病相談・支援センター(以下「難病センター」という。)より相談のあった脊髄小脳変性症、骨髄異形成症候群の二人の事例について、障害者手帳が取得できない状況下で、障害者手帳取得の可能性を検討し、就労までの支援をした経過について報告を行い、就労支援に向けたアセスメントについての検討、医療機関との連携について、検討を行いたい。 2 事例検討 (1)事例1 ① 概略 A氏、30代の男性。高校卒業後、数年間正社員として就職するが、ふらつきの症状が出始め退職する。脊髄小脳変性症と診断を受ける。その後は、短期間での派遣・アルバイト就労を繰り返す。難病センターへの相談から、職業センターへの来所に至った。ご本人は障害者手帳の取得を希望されていたが、ご家族は反対されていた。 ② 職業評価の実施 初回の職業相談時に、席に座った直後から、ガタガタと歯がぶつかり、音を立てるほどの10分以上震えが生じ止まらない状況が生じた。緊張したり同じ姿勢を保持する場面で震えが生じやすいことは予め聞いていたが、同席した他の支援者も驚くほど大きな震えであった。 脊髄小脳変性症により小脳の委縮など脳への何らかの影響がある可能性を指摘している研究者もいることを踏まえ、高次脳機能検査など各種心理検査の実施も含めた職業評価の実施を提案し、了承を得る。 身体機能面では、歩行時のふらつき、会話時のろれつがまわらない、不定期に緊張すると大きく震えが生じる状況が確認できた。 イ 浜松式高次脳機能検査 浜松式高次脳機能検査の結果(図1)からは、仮名ひろい検査が低位となっており、見落としミスが多くあること、物語文になるとさらに見落としが多くなること等から、ワーキングメモリーの制約、遂行機能面の制約の可能性を把握した。 図1 Aさん浜松式高次脳機能検査結果 ロ 厚生労働省編一般職業適性検査(GATB) GATBの結果(図2)からは、脊髄小脳変性症により、全体的に作業スピードの低下が見られること、一つの作業に集中すると作業ミスが少なく、作業の正確性がセールスポイントになることが確認できた。 また、作業の説明をしている時、説明の言語情報量が多くなると、説明を聞き返す、聞きもれが生じる場面が確認できた。 図2 Aさん厚生労働省編一般職業適性検査結果 ハ 模擬的就労場面を活用した職業評価の実施 2週間、職業センターの模擬的就労場面を活用した職業評価を実施した。 作業中に目立った震えが生じることはなかったが、歩行時のつまずき、座る時にふらつきが見られた。直立状態が続いた後や長く座った後、動く際にふらつきが大きいこと、時間に焦ると手が震え部品を落とす様子も見られた。また、通所にあたり、電車が混んでいると緊張して震えが出そうになる、電車がブレーキを踏んだ際に手すりにつかまっていても姿勢の保持が難しいこと、そのために通勤で疲れが増すこと、1週間に1回電車内でも大きな震えが生じたことが確認できた。 加え、職業センターにおいて廊下を歩くとき、日によっては大きく片側に傾いて歩く、まっすぐに歩けない様子が見られた。 作業場面では、遂行機能面の制約が確認できた。具体的には、指示の抜けや聞きもれが多いこと、指示や手順を忘れてしまう様子が見られた。 ご本人に毎日メモリーノートを記入してもらい記録を振り返ると、実施した日数のうち半数で震えそうになった、ふらついた、めまいがした、との記載が見られた。 ③ 障害者手帳取得の可能性の検討 より詳しい心理検査の実施も検討をしていたが京都府高次脳機能障害支援センターと検討をしたところ、高次脳機能障害による障害者手帳の取得の可能性はかなり厳しい状況ではないか、との話を受け、知能検査、RBMTなどの実施は見送ることとした。 ④職業評価結果の振り返り Aさん、難病センター担当者、公共職業安定所(以下「安定所」という。)担当者と職業評価結果を振り返った。心理検査などの数値による資料、実際の2週間の記録を振り返り、ご自身では大丈夫だと話されていたが、実際に仕事をする上での制約について話し合い、身体障害者手帳の取得、精神障害者保健福祉手帳の取得の可能性を難病センターの担当者から主治医、ご家族と共有してもらうこととなった。その結果、身体障害者手帳の取得に向けていくこととなった。 なお、ご本人は了解をされていたが、ご家族からは難病に加え、障害者手帳を取得する必要があるのか、障害なのかという憤りも聞かれた。 ⑤ 職業準備支援の実施 前職から仕事をしていない期間が長くなってきたこと、障害者手帳取得までに時間がかかることから、職業センターの職業準備支援に通所してもらい、求職活動の支援もあわせて行うこととした。 主に幕張版ワークサンプル(MWS)訓練版の実施、メモリーノートの活用などを行った。 求職活動を開始し、時間がかかったが、スーパーでのジョブコーチ支援(雇用前実習)の受け入れが決定した。 ⑥ ジョブコーチ支援の実施 週5日、1日4時間でのスーパー内でのカート整理等を中心にし、雇用に至った。 無理なく働くペースを維持し、現在も継続して就労をされており、勤務時間の延長を視野に入れているところである。 事業主とは、定期的に職業センター、就業・生活支援センター、難病センターが訪問し定着支援を実施し、良好な関係を築いている。 (2)事例2 ① 概略 B氏 22歳男性。幼少期に骨髄異形成症候群と診断を受け、現在も通院治療を継続して行っている。大学在学中からご本人ご家族ともに難病センターに相談をされ、安定所にて相談を行っていたが、不調に終わり卒業した。安定所にて相談を行う中、日により集中力や会話のスムースさに違和感を感じるという話もあり、難病だけへの配慮で就職が可能なのか、と疑問を持つに至り、今後の方向性を検討するため職業センターへの来所に至った。 ② 通院状況 C病院小児科へ2、3週間に1度通院され、採血検査を毎回行い、数値が低くなった場合、投薬治療、通院頻度が上がる状況にあった。高校2年時に数値が大きく低下し入院治療を行ったが、現時点では体調が安定している。 主治医からは同じ難病者で、一般で就労されている方もおり、あくまでも病気であり、大学まで問題なく卒業をしているのだから、障害者ではない、と説明を聞き理解されていた。 ③ 職業評価の実施 職業センターに難病センターから相談があった時、病名でイメージを持つことが難しく、「全体的に血液の数値が正常値をはるかに下回っている状態」つまり「強い貧血症状や感染を引き起こしやすい状態」であり、「血液の濃度が低く、常に高山を歩いて生活しているイメージです」と聞き、今後働いていく上での制約を描くことができた。つまり、作業時の持続力に限らず、疲れやすさ、集中力に一定の制約があることが推測された。 安定所での相談の様子などを聞く中、認知的な特性、知的な理解力等、詳細に把握する必要性があるのではないかと話し合い、心理検査を実施することとした。 イ 知能検査 WAIS-Ⅲ Bさんの実施結果(図3)からは、下位検査間で凹凸があり、IQは境界水準ではあるもの、京都市の状況から鑑みると療育手帳の取得の可能性が検討できるものであった。 図3 Bさん知能検査WAIS-Ⅲ実施結果 ロ 浜松式高次脳機能検査 浜松式高次脳機能検査の結果(図4)からは、遂行機能面の制約が窺われる結果であった。作業量としては、平均の範疇にあるが、仮名ひろい検査では、物語文で多数の見落としがあり、加え意味把握が全くできていなかった。 図4 Bさん浜松式高次脳機能検査実施結果 ハ RBMT 検査結果からは標準域の結果であった。しかし、人の顔と名前の記銘など、同時に複数の情報を覚えることが難しく、遂行機能面の制約が窺われた。 ニ 厚生労働省編一般職業適性検査(GATB) GATBの結果(図5)からは、凹凸があるプロフィールであり、空間や形態が低位であることは、知能検査の結果とも一致するものであった。 図3、4の結果ともあわせて考えると、一定の言語理解力はあるものの、実際に働くとなると、指示の伝え方、一度見て覚え対応をする、同時に二つ以上のことに対応をすることへの制約があるものと推測された。 図5 Bさん厚生労働省編一般職業適性検査実施結果 ホ 模擬的就労場面を活用した職業評価 実際の作業場面を活用し、集団場面での対応、安定した作業遂行が可能かどうか、検討を行った。その結果、一つのことをコツコツ繰り返す作業には安定感があること、根気強く作業に集中して取り組むことができることがわかった。 1日2時間、2日間の実施であったが、疲れてしまい、帰宅後すぐ眠っていたことを確認した。 ④ 職業評価結果の振り返り 職業評価結果の振り返りを行い、ご本人、ご家族の同意を得た上で主治医にも説明をさせてもらった。主治医の同意を得た上で、最終的に療育手帳の取得に至った。 なお、この振り返りの中で、病状や体力的なことを含め考えると、障害者雇用での配慮を得たいこと、短時間からまずは働くことを提案するが、ご家族、ご本人とも大学卒業に見合った正社員としての働き方、病気を考え事務職という希望を話されていた。 ⑤ 職業準備支援の実施 大学卒業後、生活リズムの維持、働くための準備として当センター職業準備支援の利用に至った。 その中で、継続して勤務は可能であるが、体調にややムラがあり、作業の持続力・集中力に制約があり、結果的に作業ミスが生じやすいことが確認でき、意識して見直し確認を行うこと、短時間勤務での就労を検討することとなった。 また、職場実習を行い、高度な事務職としての働き方は対応が難しいことについては、ご本人、ご家族、支援者間で振り返り、理解を得た。 ⑥ ジョブコーチ支援の実施 D病院での雇用前実習が決定した段階である。 D病院では、医事課での事務補助業務であり、他の医療機関からの紹介状の受付、お礼状の発送、パソコンへのデータ入力業務、PDF化作業への対応を行う予定である。 3 考察 (1)職業評価、アセスメントについて 難病者に対する職業評価は、他の障害のある方に対する職業評価と大きな違いはなく対応が可能である。本事例では本人、医療機関サイドでは、難病の治療の中で、実際に働いていく上での生きづらさや制約について、これまで十分な検討をされないまま求職活動を行っている状況であった。働く上ではより具体的な職業生活上の生きづらさを整理し描き出し、現実的な検討と支援の方向性を共有していくが大切ではないか、と思われる。 アセスメントの上で、各種心理検査を今回実施している。認知的特性を把握する目的もあったが、具体的な数値として目に見える結果となることにより、障害受容、自己理解促進に寄与したと思われる。 (2)医療機関との連携について 難病者の就労支援において、病状管理、特に進行性や体調に波がある方の場合は、医療との連携した支援は欠かせないものである。その医療情報は個別性が高く、実際にどういう状況であるのか就労支援者がイメージするには難しい。加えて、医療機関の考える生活の安定という水準は、必ずしも実際の就労場面での安定した生活を維持できる水準とは一致しない現状がみられる。このズレを一致させ、医療情報を実際の就労支援場面に有益な情報に変換し支援の方向性を一致させていく取組が就労支援者に求められると思われる。 4 まとめ 今回、脊髄小脳変性症、骨髄異形成症候群のお二人の事例について検討を行った。 就労の可能性を検討する際、日常生活や職業生活上の生きづらさ・働きにくさについて現実的な検討を行う中で、医療機関との情報共有が図られ支援の方向性が一致することを確認した。 また、就労支援に向けてアセスメントする上では具体的に行動を観察することに加え、認知的な特性にも着目し、作業遂行や職業生活上、遂行困難な面がある場合は、認知機能面にも着目し、検討を行うことも考える必要がある。 今後も難病センターと連携し、ノウハウを蓄積し、さらに検討を深めていきたい。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター;保健医療機関における難病疾患の就労支援の実態についての調査研究:資料シリーズ№79,2014 難病者の就労支援に向けたアセスメントのあり方に関する一考察 〜京都障害者職業センターとの連携による就労支援〜 ○戸田 真里(京都府難病相談・支援センター 相談支援員) 武藤 香織(京都障害者職業センター) 1 はじめに 国による医療を中心とした難病対策が開始されたのは昭和47年である。この対策により完治こそはまだ難しくても、病状の安定が図られる難病者が増えて来た。平成15年からは難病患者さんの療養上・生活上の悩みや不安等の解消を図るとともに電話や面談等による相談、患者会などとの交流促進、就労支援などを目的とし、各都道府県に難病相談支援センターが設置された。京都府難病相談・支援センター(以下「難病センター」という。)は、平成17年に独立行政法人国立病院機構宇多野病院が京都府からの委託を受け、京都府内の難病患者・家族・関係機関からの難病に関する相談支援を行っている。相談内容ではここ近年、就労に関する相談件数が増加しているが、全国的にも難病者の就労支援の歴史は浅く、京都府においても試行錯誤の中での支援であった。また、「保健医療機関における難病患者の就労支援の実態についての調査研究」(1)によれば「医療の進歩による難病の慢性疾患化の進展と患者数の急速な増加が顕著になってきたのがここ最近のことであり、難病対策の中で、就労支援が課題として明確化されたのも最近のことに過ぎない」と記されている。しかし難病センターにおけるこれまでの支援経過で、地域での難病者就労支援に関する課題が明らかになってきた。その課題の一つに、医療保健機関と労働支援機関との多職種連携によるネットワークの未構築が挙げられる。難病者の多くは病状に波があり、進行性の疾患もあることから病状固定が難しく、就労及び就労継続を可能にするためには医療情報の整理や、病状に応じた職種の検討など、医療保健機関・労働支援機関の多職種によるアセスメントと支援が重要である。しかし難病センターに相談される難病者の多くは、これまで相談窓口がわからなかったという理由や、経済的困窮などの焦燥感から、課題整理がなされないままに孤軍奮闘で就職活動を行い、結果、病状悪化により退職を繰り返している。そこで今研究では、京都障害者職業センター(以下「職業センター」という。)との連携の中で、就労上病状課題の多い2ケースの支援内容を分析し、難病者の就労支援における医療保健・労働各分野の多職種連携による支援の有効性を導き出すことを目的とした。 2 方法 研究対象者は日常生活では自立されているが、就労上での配慮が特に必要な病状のある2ケース。方法は相談経過記録から(1)医療上での課題(2)労働上での課題(3)医療保健・労働各機関の連携による支援、の3点を検討した。倫理的配慮として対象者に研究の趣旨を説明し承諾を得、個人を特定できる情報を削除した。 3 結果 (1)ケース1 A氏 30歳代 男性 家族と同居 病名:脊髄小脳変性症 症状:軽度のふらつきと構音障害・不定期に出現する振戦 ・相談当初は障害者手帳はなし ・工場勤務在職中の20代前半頃からふらつきや構音障害が徐々に出現し、病院へ受診された結果、脊髄小脳変性症の確定診断に至る。その後病状が悪化し退職に。退職後は難病は伝えずにアルバイトを転々としながら経過。しかし最近では、不定期に出現する振戦が原因により数日で退職を繰り返し、難病センターに相談される。 ① 医療上での課題 脊髄小脳変性症は、個人差はあるものの緩やかな病状進行を伴う神経変性疾患である。ご本人へ主治医からの病気の説明内容や就労に関する見解を確認するが、「少しずつ進行する病気だが問題はない、就職に関しては無理のない程度で。」という内容のみであった。身体障害者手帳に関しても、現在の病状では取得は困難との見解でもあった。今後の病状管理支援及び就労支援のために地域の担当保健師とハローワーク担当官と難病センターとで面談を重ねたが、日によって異なる歩行時の軽度のふらつきや不定期に出現する振戦から、どこまでの就労が可能か支援の方向性が導き出せなかった。 ② 労働上での課題 日常生活では自立されているのに対し、就労上では難病による症状に対して雇用先に求める配慮や理解が必要であるが、障害者手帳を取得出来ない状況下での就職活動は、病名を伝える事で雇用に結びつかない結果が続いた。 ③ 医療保健・労働各機関の連携による支援 職業センターへ職業評価を含めた連携支援依頼を行った。職業評価の結果では、脊髄小脳変性症による高次脳機能障害の可能性が示唆され、この結果に対しご本人・ご家族とで意見が分かれた。ご本人は就職の為に可能であれば、精神保健福祉手帳の取得を希望されたが、ご家族はそれに対し反対の意向を示された。再度ご本人及び支援者間で検討の結果、問題点の一つに、外来時はご本人のみの受診であり、主治医に日常生活だけでなく就労面での課題について病状を伝えこめていない可能性が挙げられた。そこで難病センターでは主治医への同行受診を行い、病状の確認や日常生活や就労上課題を有している状況を詳細に伝えた。また、就労及び就労継続を可能にする方法の一つに、身体障害者手帳取得による障害者雇用枠の利用が重要であること、更に障害者雇用枠の利用に関して等級は問われないことなども加えて伝えた。主治医からは「現在の病状では1〜3級の対象にはならないが、就労上での困りごとを聞いていると、身体障害者手帳4級相当の可能性がある」との見解に至り、結果、身体障害者手帳4級の取得に至った。また就労上の注意点では、ふらつきによる転倒のリスクもあることから環境面での検討を重点に置くことや、不定期に出現する振戦に対しては職場の理解が必要であり、体力的には問題はないのでフルタイムでの就労は可能、という見解も得られた。その後職業センターにて医療情報共有のもと、職業準備支援、障害者雇用枠での求人で実習からジョブコーチ支援も入り、結果、スーパーでの1日4時間週5日の就労に決定。雇用先にはふらつき等の病状説明や、主治医からの助言及び配慮事項についても伝えている。また、医療面では主治医・保健師・難病センター、労働支援機関にはハローワーク、職業センター、障害者就業・生活支援センターが現在も就労継続支援を行っている。 (2)ケース2 B氏 20歳代 男性 家族と同居 病名:骨髄異形成症候群 症状:白血球や血小板等が常に低値で、出血傾向(月に1回程度出現する鼻血は止血に約30分程度時間がかかる。また気が付かないうちに打撲による内出血も認められる時がある。)や易感染、易疲労感を認める。 ・相談当初は障害者手帳はなし。 ・幼少の頃に発症し、高校生までは病状悪化により学校を欠席することが多かったが、大学生になってからは低値ながらも血液データは比較的安定が保たれてきた。大学4回生の秋まで難病を伝えて就職活動をされるが雇用には至らず、ハローワークの若年相談窓口に相談。難病をお持ちであることからハローワーク担当官から難病センターに連携依頼が入る。 ① 医療上での課題 ご本人へ病状確認を行うが、「デスクワークで重たい物など持たない仕事であれば就労は可能と主治医から言われている。特に心配はないです。」とお話しされるが、重たい物についての確認を行うと「主治医から、重たい荷物が入ったショルダーバッグを肩からぶら下げると内出血する可能性がある、と言われた」等の発言内容から、雇用先に求める配慮事項が多い事や、月に2回、血液データによっては月に3回の受診が必要であり、ご本人が希望される正規雇用による一般就労は、現在の病状では困難であった。そこでより配慮を得るためには障害者雇用枠を利用する事、その為に身体障害者手帳の取得に関する検討も行ったが、ご本人の血液疾患では現制度上、身体障害者認定基準に該当せず、取得することも困難であった。 ② 労働上での課題 身体面での課題の他に、アルバイトなどの経験がなく、就労に対するイメージ不足の課題が考えられた。更に、制度説明等をハローワーク担当官と共に何度も行うが、同じ質問を繰り返すなど理解力にも課題が見受けられた。まずは就労に対するイメージ作りや、体力面での課題整理を目的に、病気を伝えた上で短期間のアルバイトからと面接を重ねるが、雇用には至らなかった。 ③ 医療保健・労働各機関の連携による支援 体力的・職業的な課題抽出、また理解力にも課題が見受けられることから、ご本人、ご家族同意のもと知能検査も含めた職業評価を職業センターで行うことになる。結果、知的障害による療育手帳の取得範囲であることが判明し、ご本人とお母様にお伝えしたところ、就労の為に療育手帳の取得に踏み切られることになる。しかし、難病に関しても配慮が重要になることから、主治医に直接病状及び就労上の注意点を確認する目的で、難病センター、職業センターとで同行受診を行い確認することになった。主治医の見解は「月に一回程度止血に時間はかかるが鼻血を出されることや、病状によっては月に3回の受診が必要になる程度で、銀行や行政の窓口業務など十分に出来るので障害者雇用枠は必要ないのではないか」と助言を受けた。「保健医療機関における難病患者の就労支援の実態についての調査研究」(2)によれば「難病患者の調査結果によれば、医師からは無理のない仕事や職場での留意事項等の助言を受けていても、それを企業側に伝える事は、不採用になったり処遇上の不利を受けたりする恐れがあるため、難病患者にとって特に難しい局面となっており、難病患者が職場での理解や配慮が得られない最大の原因と考えられる。しかし、医師等は、その様な困難状況を十分に把握しないまま医療分野での問題解決可能性を過大評価している可能性がある。」と示唆しているように、ご本人も希望されていた一般正規雇用で、主治医からの配慮事項をそのまま雇用側にお伝えすることは困難であった。一方、お父様は就労することで病状が悪化するのではないかと心配されており、勤務場所や職種に対して慎重な意見が出された。その中でご本人は周囲の意見を聞かれながら、早く働きたいという気持ちと、病状悪化への不安と二分したお気持ちがあった。しかし職業センターでの職業準備支援を受けられ、日を重ねる毎に作業にも慣れ、デスクワークだけでなく立ち作業でも大きな疲労感がないことなどが明らかになった。この結果を持って、ご本人、ご両親と再度面談を行い、情報共有及び今後の方向性を確認し、障害者雇用枠で病院のカルテ整理の仕事で実習から始めることになった。 4 考察 難病は同じ疾患でも個人差が大きいこと、また病状が固定せず波がある疾患が多いこと、疾患が多様であることなど様々な特徴がある。そのため、就労支援においてもその多様な特徴に対応することが求められる。今回の2ケースは同じ難病とは言え疾患や症状など全く異なるが、共通する問題点が二つあげられる。一つ目は、「就労を可能にするための医療情報の不足」が挙げられる。ご本人が主治医へ就労に関する相談が十分出来ていない、もしくは就労に関する相談まで聞けないという思いから自己判断で就労を行っている背景がある。また確認をしていたとしても就労の可能性の有無だけや、詳細な内容まで聞けていないこともある。更には、日々の病状報告も詳細に伝えこめていないこともあり、日常生活及び就労での課題について支援者が同行受診を行い、客観的な情報を主治医に伝えた上で、就労における配慮事項を確認していくことは、就労支援のアセスメントを行う上で重要になってくるものと思われる。二つ目は、「医療保健機関と労働支援機関の難病者の就労に対する認識のずれ」が考えられる。医療保健機関では、難病者は「患者」である。よって雇用先での配慮は前提で、無理のない程度の就労は可能と助言されることが多いのに対し、就労支援機関では、難病者であっても雇用先に貢献していくための「働く人」としての要素が求められる。特に障害者手帳のない状況では配慮を求めていくことは困難であった。しかしA氏の同行受診時の様に、障害者手帳取得の可能性がある場合、現状での課題を詳細に伝える事と合わせて、就労を可能にする方法の一つに、身体障害者手帳取得による障害者雇用枠の利用が重要であること、また障害者雇用枠に対して等級は問われないことなど、就労に関する制度情報を主治医と共有し共に就労への方向性を模索していく事は有効であるかと考えられる。今回の2ケースは難病センターと職業センターがコーディネーターとなり、医療保健機関では主治医や保健師、また労働機関では、ハローワークや障害者就業生活・支援センターなど、多職種が並行しながら情報共有を図り、各専門機関のアセスメントや支援が得られたことから、A氏は雇用に結びつき、B氏は配慮を前提とした雇用に向けての実習が始まろうとしているかと思われる。しかし就労支援だけでなく療養支援など様々な場面でも多職種連携の有効性は示唆されているが、難病者の就労支援においては現状、多職種連携を可能にするためのネットワークが未構築である。今後難病者の就労支援で多職種連携を地域で実践していくためにはコーディネートの役割が重要であるかと思われる。また、今回の2ケースは支援経過の中で障害者手帳の取得が可能になり障害者雇用枠を利用できたが、障害者手帳を取得できない、いわゆる「障害者」ではない「難病者」への制度整備も今後検討されるべき課題であると言える。 5 まとめ 医療が切り離せない難病者の就労支援には、医療保健機関による医療情報の整理等と、労働支援機関による病状に応じた職種の検討など、多職種連携におけるアセスメントや支援が必要不可欠ではあるが、現状ではまだ多職種連携を可能にするためのネットワークは未構築である。しかしそれらを可能にするためには、コーディネートを担う機関を明確にすることが、有機的なネットワーク構築の一歩となる可能性があるのではないかと思われる。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:保健医療機関における難病患者の就労支援の実態についての調査研究:資料シリーズ№79:p.12:(2014) 2)障害者職業総合センター:保健医療機関における難病患者の就労支援の実態についての調査研究:資料シリーズ№79:p.171:(2014) 難病の症状による職業上の困難に対する職場での配慮と地域支援の課題 ○春名 由一郎(障害者職業総合センター 主任研究員) 荒木 宏子・清野 絵・土屋 知子(障害者職業総合センター) 1 はじめに 難病医療の進歩に伴い、従来、就労が困難であった多くの難病患者の就労可能性が拡大し、就労支援の重要性が増している。平成26年5月に成立した「難病の患者に対する医療等に関する法律」において、厚生労働大臣は、就労支援を含む、難病に係る医療その他難病に関する施策の総合的な推進のための基本的な方針を策定することとされている。また、同法において、現在では56疾患を対象としている医療費の公的支給が300疾患程度に拡大され、より安定した医療を受け就労の可能性が高まる難病患者が増加することが見込まれる。 障害者職業総合センターではこれまで、難病患者1、2、3)、地域支援機関4、5)を対象として、難病の就労問題の特徴や就労支援のあり方に関する調査研究を実施し、障害認定のない難病患者についても一定の就労支援ニーズがあることを示してきた。今後、難病患者のニーズに応える就労支援のあり方の検討のためには、従来の身体・知的・精神の3障害とは異なる難病の症状等による職業上の困難性の特徴をより明確にすることが必要である。 そこで、本研究では、これまでの難病患者や支援機関に対する調査結果を踏まえ、従来の3障害と異なる、難病の症状等による職業上の困難性や、効果的な就労支援(職場と地域)の課題の特徴を明らかにすることを目的とした。 2 方法 (1)資料 当センターで実施した難病患者への調査1、2、3)、難病関連の保健医療機関及び就労支援機関に対する難病患者の就労支援の状況に関する調査4、5)による、難病患者の就労問題や、その軽減・解決に効果的な支援に関する研究結果を資料とした。 (2)検討内容 上記の資料を基に、次のように、難病の症状等、職業上の困難、支援の課題の特徴を整理した。 ・従来の3障害とは異なる難病の症状等による障害(機能障害、活動制限、参加制約)の特徴 ・難病の症状等による職業問題の特徴 ・難病患者への地域支援の課題の特徴 3 結果 (1)難病の症状等による障害の特徴 難病患者の就労問題の調査結果1、2、3)から、難病による障害には、従来の3障害との比較で多くの特徴があることが明らかになっている。 ①慢性疾患による「固定しない機能障害」 難病は多種多様であるが、定義上、完治していない慢性疾患により生活上の支障を生じていることで共通点がある。これが、従来の身体障害や知的障害とは異なる「固定しない機能障害」という特徴となっている。 精神障害には精神機能の脆弱性(ストレス等により症状が悪化しやすいこと)という特徴があり、難病はそのような機能障害の脆弱性が身体機能の面にみられる、ということもできる。体調のよい時には、ほとんど問題なく仕事ができ、他の障害者よりも問題は少ない。ただし、薬が切れたり、無理をしたりで体調を崩すと、入院等、仕事ができなくなる。 障害程度が固定しない状況は、特に雇用管理上の課題となる。多くの難病患者は就労しても入院するまで体調を崩すことは少ないが、数十%は数週間以上の入院を経験している。また、症状が長期にわたって進行する疾患では、就業継続が課題になるだけでなく、長期雇用を前提にする雇用主にとっては就職時の懸念にもなる。 ②障害認定されない機能障害 疾患によっては、身体障害者手帳の対象となる身体障害や、精神障害者保健福祉手帳の対象となる高次脳機能障害等がある。その一方で、多くの疾患に特徴的な症状である「全身のスタミナ低下」「疲れやすさ」「痛み」だけでなく、障害認定基準に該当しない多くの機能障害が疾患の多様性に伴ってみられる。「皮膚障害」「免疫機能の低下」「活力低下」「代謝機能の障害」「外見の変化」などの症状・機能障害はそのようなものである。 また、疾患管理により障害の進行が抑えられているため障害認定はないが、少しの無理で障害が進行しやすい状態もみられる。そのような例としては、従来は腸の切除により障害認定のあった炎症性腸疾患でも現在では服薬により症状を抑えている状況がある。また、多発性硬化症で機能障害がない状態であっても無理をすると障害が進行しやすいという場合もある。 ③難病による活動制限、参加制約 難病患者は症状が安定している場合でも、毎月1回程度の専門病院への定期通院が必要な場合が多い。専門病院が身近にない場合もあり、通院による休暇の必要性自体が就労上の制約となる場合がある。また、医師から残業禁止や重労働の禁止等の業務上の制限を指示されている場合もある。 また、労働安全衛生法第68条及び労働安全衛生規則第61条の規定により、事業主は、伝染病の罹患者や、労働のため病勢が著しく増悪するおそれのある内臓疾患等の病者については、あらかじめ専門の医師の意見を聴いた上で、就業禁止する義務がある。難病のある人の多くは適切な雇用管理があれば就労によって病勢が著しく増悪するおそれはないと考えられ、伝染性もないが、この規定に該当すると専門の医師が認める場合には、職業への参加が制約される。 (2)難病の症状等による職業問題の特徴 多様な難病患者の就業実態調査の結果1、2)により、障害認定のない難病患者の多くは、身体的に負担が少なく休憩が取りやすく、また、通院や休憩、また、症状や体調に合わせた業務調整への職場での理解や配慮のある仕事では、十分に働くことができる状態であることが明らかになっている。 ①難病患者の就業状況 障害認定のない難病患者は、就業率は同性・同年齢と比較して80%以上であり、障害認定のある同病者の同50〜70%程度と比較すると高い。しかし、就業が継続している職種や就業形態には特徴があり、難病に特徴的な職域制限がみられる。 具体的には、障害認定の有無にかかわらず、多くの疾患では、身体的負担の少ないデスクワークの事務職や比較的柔軟に休憩がとりやすい専門・技術職で働く人が多い。一方で、仕事を辞めた経験の多い職業としては、工場の生産工程や販売の仕事など、立ち作業が多く、休憩の取りにくい仕事が比較的多い。また、多くの疾患ではフルタイムでの就業は同性・同年齢と同程度であるが、女性が多い膠原病等の疾患では20時間未満の就業が同性・同年齢より多い特徴も合わせてみられる。 ②就職後の問題状況 就職後の問題状況は、障害認定のない難病の場合、適切な配慮がある場合にはほとんど問題がないが、実際には、適切な配慮がない場合が多いため就労問題が大きくなっている。一方、障害認定のある場合では、適切な配慮がある場合でも一定の職業上の問題が残る。ただし、例外として、多発性硬化症では障害認定のない場合でも職業上の困難性が比較的大きい。 難病患者が問題なく働けるようにするための職場での配慮内容は、疾患によらず共通点が多く、通院や休憩への配慮、疾患や障害への正しい理解や差別のない人事方針、症状や体調変動等に対応して業務調整するための職場での良好なコミュニケーション等が重要である。ただし、難病患者がこれらの配慮を必要としている状況であっても、実際の整備状況は30%程度である。 特に軽症の難病患者では、職場で必要な配慮さえあれば十分働けるため、過度な職域制限や処遇上の不利を受けたくないという考えも多い3)。 また、障害認定のある難病患者の場合、上述の難病共通の支援ニーズに加え、障害内容に応じた支援機器や設備改善等が効果的支援となっている。 ③職場への病気や必要な配慮の説明の困難性 障害認定のない難病患者が、障害認定のある同病者と比べて職業上の困難性が高い唯一の状況として、職場に対して自身の病気や必要な配慮について説明したくてもできない人が多いことがある。 このことは、障害認定のない難病患者の多くが、配慮のない職場で働き、職業上の問題が多くなっていることと関連している。 (3)難病患者への地域支援の課題の特徴 難病患者の調査結果1)から、特に障害認定のない場合は、3障害に比べ、就労に関する相談のために地域関係機関の利用が著しく少ないが、その中では、担当医や患者団体への相談、就労支援機関ではハローワークの一般求職窓口の利用が比較的多い。地域支援機関への調査結果4、5)からも、多くの支援機関・支援者における難病患者の就労問題の認識や就労支援の取組の少なさや、機関間での認識の差が示されている。 ①難病患者の就労問題の各機関・職種による認識 労働分野でも、難病関連の保健医療分野でも、難病患者の就労問題の認識自体が少ない。全般的に、難病患者からの就労相談を受ける機会が多いのは、労働分野ではハローワークや障害者職業センター、保健医療分野では難病相談・支援センターや医師であり、難病の就労問題の認識はこれらの機関・職種の一部に限られていた。また、両分野とも、就職後の問題の把握は少なかった。 労働分野、保健医療分野に共通して、就労問題の把握がある場合には、難病患者には様々な職業的局面での困難状況が多いとの認識であったが、その問題を解決可能と考える割合は労働分野の方が顕著に多かった。 ②就労支援への役割分担と連携の必要性 労働分野と保健医療分野における地域関係機関・職種における、難病患者の疾患管理と職業生活の両立支援は、精神障害に対するものと比較すると、実際の取組も役割認識も少ないが、一部効果的な取組や役割認識の傾向が見いだされている。 イ 労働分野の役割認識が比較的多い取組 就職先の開拓や職業紹介、興味や強みに基づく職業相談や職業訓練については労働機関での取組の役割認識も取組の効果も高かった。 仕事内容や職場条件を踏まえた職業評価・相談は、障害者就業・生活センター等の労働分野との役割認識が多かったが、職種別にみると医療分野でも、医師や医療ソーシャルワーカー(MSW)等の取組の役割認識や取組効果があった。 ロ 保健医療分野の役割認識が比較的多い取組 医療機関の医師やMSW等による医療的側面からの就労支援が就職までの課題への効果を中心としていた。一方、役割認識としては保健医療分野のものとして認識されていた病状確認、無理のない仕事や健康安全上の職場での留意事項の検討については、労働機関で実施されている場合、就職後の職務遂行の課題等への効果があった。 ハ 両分野の役割認識が拮抗している取組 両分野での役割認識が拮抗していた取組としては、就労支援の情報提供、疾患管理と職業生活の両立スキル支援、定着時期のフォローアップ、就職前から就職・復職後の職業生活での問題状況への対応体制、通院への勤務時間の配慮があった。 これらの取組は、保健医療分野では医療機関が、労働分野では障害者就業・生活センターやハローワーク、ジョブコーチ支援との連携によっていた。 ③ 多職種連携の体制 医療分野と労働分野の多職種連携の取組としては、労働機関側から主治医の意見書等で情報を得ることが最も多く、次いで日常的コミュニケーション、ケース会議であった。 4 考察 これまでの調査結果により、難病の症状による職業上の困難に対する職場での配慮と地域支援の課題について、従来の身体・知的・精神の3障害とは異なる多くの特徴が明らかになっている。一方、そのような特徴を踏まえ、これまで明らかとなっていない検討課題も明確になった。 (1)障害認定のない難病患者の就労支援の特徴 障害認定がない難病患者の就労問題の多くは、就労には治療の継続が必要で、「固定しない機能障害」、身体機能の脆弱性を有するという難病の特徴自体だけでなく、職場や支援者によるそのような特徴への理解や支援ノウハウの不足による。 このような難病患者の状況は、難病対策の進展に伴って、最近新たに生じたものである。現在、厚生科学審議会疾病対策部会指定難病検討委員会による各疾患の重症度分類の検討が進められていることから、疾患の症状の種類や程度による職業上の困難性への影響についてのより詳細な検討が今後必要である。 また、従来の調査においては、難病の重要な特性である症状変動による離職や再就職の状況についての明確な情報がない。また、その変動が医師や本人にとって予測可能、あるいは適切な疾患管理により症状の悪化をある程度予防できるのかどうかも明確になっていない。これらについて、今後の調査が必要である。 (2)職業相談・職業紹介の課題 難病患者にとって、無理なくできる仕事は、身体的負荷が小さく休憩が取りやすい等の条件から、デスクワークの仕事、また、パートの仕事など、わが国では一般的な仕事である。ただし、デスクワークの仕事は一般事務の有効求人倍率が0.2(H26年7月)と狭き門であることから就職が困難になりやすい状況があると考えられる。 労働機関での取組として、就職先の開拓や職業紹介、興味や強みに基づく職業相談や職業訓練の効果が高いことも、難病患者のこのような就職困難性の特徴を反映している可能性がある。 (3)職場の理解・配慮の確保の課題 難病患者の多くは、職場での理解や配慮さえあれば、無理なく働ける。しかし、職場で、通院、休憩、無理のない業務調整等を求めて、難病のことを職場に説明すると採用されなかったり解雇されたりという心配がある。一方、病気を隠せば、仕事に就くことはできても、体調を崩して休職や退職になりやすい。このような深刻なジレンマの解決のために、病気や障害自体での不合理な差別の禁止や、必要な配慮についてのコミュニケーションの促進が就労支援として重要である。 平成25年に、障害者に対する差別の禁止や職場における合理的配慮の提供義務等を内容とする障害者雇用促進法の改正が行われ、平成28年4月より施行されることとなっている。これまでの調査結果でも、職場における効果的配慮は、難病患者であっても無理なく問題なく仕事ができるようにするものであり、難病患者に対してだけでなく、雇用主の効果的な雇用管理や業務管理にも有益なものであり、また、負担の大きなものでないことが示されてきた。今後さらに難病の症状等の特徴を踏まえ、より具体的な内容を明らかにしていく必要がある (4)労働と保健医療の連携の課題 難病患者の就労問題にとって、治療と仕事の両立の課題が重要であることから、保健医療分野における取組が、就労支援としての効果を有することも、難病の特徴である。精神障害者に対する医療機関の取組に比べると、現状では必ずしも取組が多くないが、次のような広義での「就労支援」の意義について、難病関係の保健医療分野での認識を高めることも重要であろう。 医師による診断・告知時に、難病による職業への影響や復職可能性、復職時期、復職後の必要な支援等について正確な情報提供がなされることは、不必要な退職や解雇の決断の防止につながり、就労支援として大きな意義を持つ。 さらに、難病患者の就労継続の困難状況として、職場の人間関係上の問題や、治療と仕事の両立の問題等がある一方で、難病患者は地域において就労についての相談先が少ない。就職後のフォローアップにおいても、通院や医療費助成の手続きで定期的に接点のある保健医療機関の役割は大きい。 (4)職業生活と両立する疾患管理支援の課題 事業主には雇用契約に基づく付随義務として、労働者への安全・健康配慮義務がある。医師による職場への医学的な情報提供は、患者を通して行われることが多いが、現状では、情報を職場に提供しないまま就労を続ける患者が多く、職場での安全・健康配慮上の問題だけでなく、就業継続の困難性にもつながっている。 職業相談・職業紹介やトライアル雇用制度の場面において、治療と仕事の両立に向けた本人や雇用主の取組に対して、医療分野による適切な疾病管理の助言により症状を就労継続可能な状態に安定させる支援に対して労働分野からの協力のあり方の検討も今後の課題である。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター「難病のある人の雇用管理の課題と雇用支援のあり方に関する研究」調査研究報告書№103,2011. 2)厚生労働省職業安定局「難病の雇用管理・就労支援に関する実態調査 調査結果」、2006. 3)障害者職業総合センター「難病等慢性疾患者の就労実態と就労支援の課題」調査研究報告書№30、1998. 4)障害者職業総合センター「保健医療機関における難病患者の就労支援の実態についての調査研究」資料シリーズ№79、2014. 5)障害者職業総合センター「就労支援機関等における就職困難性の高い障害者に対する就労支援の現状と課題に関する調査研究〜精神障害と難病を中心に〜」調査研究報告書№122、2014. 「ビジネスと障害グローバルネットワーク」と外資系企業における取組(ILO関係) ○ヘンリック・モレー(ILO使用者活動局 シニア・アドバイザー) ○シュテファン・トロメル(ILO労働条件平等局ジェンダー平等・多様性部 障害者専門家) ○ナンシー・ナガォ(EYアドバイザリー株式会社 パートナー) ○金子 久子(アクサ生命保険株式会社 企業文化変革&ダイバーシティ推進室部長) ○徳光 健(ダウ・ケミカル日本株式会社 ダウオートモーティブシステムズ・成長戦略担当部長/ ディスアビリティエンプロイーネットワーク(DEN)日本代表) 1 はじめに 本発表は、ILO(国際労働機関)との連携により、障害者雇用の国際的な取り組みをテーマとしている。ILOは、障害者雇用を進めるため、多国籍企業を中心に、国際的障害者団体、NGOなどをメンバーとして、「ビジネスと障害グローバルネットワーク(ILO Global Business and Disability Network)を展開している。本発表では、ILO本部の担当者2名がネットワークについて、また、メンバー企業グループの日本法人3社が、当該企業グループまたは日本法人における障害者雇用の取り組みについて発表を行い、パネル的に意見交換を行うものである。発表のタイトルは、次のとおり。 ○ヘンリック・モレー 「ILOビジネスと障害グローバルネットワークについて」 ○シュテファン・トロメル 「ネットワーク・メンバー企業の経験と教訓」 ○ナンシー・ナガォ 「ダイバーシティとその経済効果 グローバル市場との連携による有益性」 ○金子 久子 「アクサ生命における障害者インクルージョンの取り組み」 ○徳光 健 「障がいと共に歩むための世界方針と日本での取り組み」 2 ILOビジネスと障害グローバルネットワーク (1)意義 ILOビジネスと障害グローバルネットワーク(以下「GBDN」という。)は、職場における障害者インクルージョンの促進に焦点を当てた、唯一のグローバル・ビジネス・ネットワークである。そのメンバーは、多国籍企業、国内レベルの使用者団体、ビジネス・グループ等であり、障害者を効果的に仕事の世界に包摂していくための方法についての知識やアイデアを共有するプラットフォームを提供する。 ILOは、2010年からGBDNの活動を開始し、そのメンバーに技術的専門性を提供し、また、GBDN事務局(ジュネーブのILO本部に設置)を通して、メンバーの活動を直接支援してきている。GBDNは、当初、障害に関する専門性、知識、課題等について他の企業との共有に関心のある僅かな企業をメンバーとして始められた。4年を経た現在、GBDNは、メンバー企業を通じて、職場における積極的な変化をリードする存在となっている。GBDNは、企業の取り組みを促進する機能を強めており、メンバーの要請に応え、ツールの開発、知識の共有、企業間ミーティングや障害に係る課題についての対話の実現にも取り組んでいる。これらの活動においては、使用者及び多国籍企業の関心も考慮されている。 GBDNの使命は、職場への障害者インクルージョンとビジネスにおける成功の間にある積極的な関係についての認識を高めることにある。 GBDNの運営委員会の構成員は、7つの企業(Accor、Adecco、Carefour、Casino Group、Dow Chemical、l'Oreal、Standard Bank)、1つの使用者団体(US Council for International Business)、1つの障害者団体(International Disability Alliance)となっている。 (2)活動内容 GBDNが行っている活動としては、次のようなものがある。 ○職場における障害の管理及び障害に関するビジネス戦略プランの実施に関する企業の支援 ・企業間の会議及びディスカションの設定 ・企業間における支援の促進 ○企業間の知識共有を通した好事例の周知 次のような方法によって行う。 ・GBDNのウェブサイト、ニュースレター、その他の出版物 ・ILOのウェブサイト、ソーシャル・メディア ・メンバーが重要な役割を有するGBDNの公開活動 ・ILOの会議 ○ツールやサービスの開発 ・企業向けの障害者インクルージョンに関するセルフ・アセスメント・ツール ・国内レベルにおける「ビジネスと障害ネットワーク」の設立 など (3)障害者雇用への関心の高まり 現在、障害者雇用に関して世界的に使用者の関心が高まっている。その背景として、次のような諸点が指摘されている。 ・法律遵守の要請、特に、雇用割当て制度に関する法律及び差別禁止に関する法律 ・障害者を雇用する企業からの公共調達 ・ますます存在感を高めているCSR、特に障害者に関わるCSR ・多様な人材が定着する企業の評価 ・障害者・その家族という大きな市場の存在(そして、その市場は障害者を雇用する企業にとって有利なもの) ・多様な人材は企業の競争力を高め、持続力を強化するという確かな事実 ・調達先企業の障害者雇用への取り組みに対する大企業の関心 ・従業員の人的構成が社会全体の人的構成を反映すべきであるという企業の意識 (4)企業から企業への支援の重要性 障害者雇用について企業から納得を得るための鍵となるのが、政府からでも障害者団体からでもなく、企業から企業に対する支援である。そのプロセスに、GBDNは貢献している。 (5)国内レベルにおけるネットワーク構築 実際の変化は国内レベルで起こる。このため、GBDNは、国内レベルで企業が率先してビジネスと障害に関する取り組みを構築し、発展させていくことができるように強く訴え、支援していこうと考えている。このような新たな取り組みは、国内レベルにおいて、使用者の間における情報の交換を容易にするにとどまらず、使用者が障害者を採用しようとするときに明らかとなるバリヤーを乗り越えることにも貢献できる。 3 発表企業の紹介 発表を行うGBDNメンバー企業を紹介する。なお、下記の記述は、それぞれの企業の資料をそのまま掲載するものである。 (1)EY Japan EY Japanは、EY(アーンスト・アンド・ヤング)の日本におけるメンバーファームの総称です。各法人は、独立した法人として相互に連携しながら、サービスを提供しています。監査、税務、法務およびトランザクション・アドバイザリーにおける豊富な業務経験を有するプロフェッショナル・チームが、市場動向を予測し、その影響と業界が抱える課題に関する見解を提示します。クライアントの皆様が目標を達成し、競争力を高められるように支援します。 (EY Japan ホームページより) ダイバーシティアンドインクルージョン(D&I)は、今日の経営戦略において重要性を増しつつある課題のひとつで、従業員の取り組みや、生産性、技術革新、事業の成長を促進し、着実な業績向上へと繋がります。しかし、真に持続可能なD&Iの組織文化を築くためには、経営幹部や中間管理職のコミットメント、そして適切な目標と評価基準の設定が欠かせません。 EYアドバイザリー株式会社では、経験豊かな専門コンサルタントが、実証済みのD&Iソルーションやグローバルの視点をもとに、革新的かつ現実的なD&I目標達成のためのアドバイスと支援を行います。 グローバル・ローカル双方の知見を取り入れた私たちのアプローチにより、クライアントの皆様に持続可能なD&Iカルチャーを創造し、より多きな事業の成功へ導くことを目指します。 (EYアドバイザリー株式会社資料より) (2)アクサ生命保険株式会社 XAは世界56ヶ国で15万7,000人の従業員を擁し、1億200万人の顧客にサービスを提供する、保険および資産運用分野の世界的なリーディングカンパニーである。また、AXAグループは、インターブランド社のグローバルブランドランキングにおいて、保険会社の分野で5年連続世界第1位の評価を獲得している。 アクサ生命保険株式会社(東京都港区)はAXAのメンバーカンパニーとして1994年に設立された。2000年には日本団体生命と経営統合し、以来、日本に強固な顧客基盤を持つ生命保険会社として事業を展開してきた。AXAが世界で培ってきた知識と経験を活かし、220万の個人、2,200の企業・団体顧客に、死亡保障や医療・がん保障、年金、資産形成などの幅広い商品を、多様な販売チャネルを通じて販売している。 また、アクサ生命はグループ戦略の一環である『信頼と成果を重視する企業文化の醸成』に積極的に取り組んでいる。ダイバーシティ&インクルージョンの推進、社員の参画意識調査、組織のカルチャー調査、CR(企業責任)、コンプライアンスの5つの取り組みを同時に推進し、その相乗効果で社員同士の信頼を高め、業績の向上を目指している。 ダイバーシティ&インクルージョンはアクサ生命が推進する企業変革の重要な柱の一つとして独自の取り組みを実施しており、ジェンダーバランス、障害者の雇用、ワークライフバランスなど、多様な社員が働きやすい環境を整備するための課題に取り組むことで、多様な顧客のニーズに対応する基盤作りに注力している。 アクサ生命は、多様性を受け入れることによって、社会との共生が可能となるだけではなく、多様な視点を内包することによって会社のイノベーション文化を育み、他社との差別化も実現できると考えている。その戦略の一つである障害者雇用においては本社ならびに各地の営業拠点に様々な障害のある社員が所属し、それぞれのチームの中で能力を発揮している。障害者との共働の根本である「他者の立場を考える」コミュニケーションは、同社が目指す「選ばれる企業」になるための基本的なスタンスである。 (アクサ生命保険株式会社資料より) (3)ダウケミカル・カンパニー 世界180カ国に、包装材、エレクトロニクス、水、インフラ、自動車、コーティングおよび農業科学などの市場に、合計570億ドル(2013年)の売上のある、約53,000人の従業員と36カ国201カ所の生産拠点で約6,000の製品を生産する総合化学会社。 「持続可能性」を重視しており、事業運営、戦略、技術革新に向けた計画、日々の事業活動など、活動のすべてに浸透しています。2015年までの持続可能性目標は、ダウが利益を生みながら成長する過程において、科学と技術を用いて社会と環境に関する課題に取り組み、われわれの世界における環境負荷を削減させるという決意を反映したものとなっております。また、ダウ・ジョーンズ・サステナビリティ・ワールド・インデックスの構成銘柄に13回目の選出されております。 ダウの日本での設立は1974、グループ会社も含めますと従業員数は750人となっております。 ダウ・ケミカルでは、グローバルに多様性との共存を重視しており、社内に様々な多様性をテーマとする従業員のネットワークが有り、会社上層部が強くサポートしております。そのうちの一つで、障がいに関するネットワークが、Disability Employees Network(DEN)と呼ばれるもので、障がい者が社内で相談機会をみつけ、経験を分かち、先輩と交流し、またこれから入社頂ける方にとっては、ダウへのアクセシビリティを高めるために提言を行うことを支援するものでございます。 日本のダウにおいては2002年、このDisability Employees Network(DEN)を立ち上げ、世界中に張り巡らされているDENのネットワークに基づき、幅広いプログラムを提供し、障がいを有するダウの全ての従業員をサポートしております。グローバル企業として、障がいへの理解を高め、障がい者も健常者も共に歩んで行ける職場作りに貢献すべく活動をしており、また障がいに関わりつつ地域への貢献についても尽力しております。 また、ダウは、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの年まで、オリンピックのワールドワイドパートナーおよび「公式化学会社」になっております。科学、化学の力を通じて、より良いオリンピック競技大会をつくることに貢献するとともに、ダウのソリューションが、人々の生活向上に役立てられていることに尽力して参ります。日本のDENと致しましては、来るパラリンピックに向けても貢献すべく活動しております。 (ダウ・ケミカル日本株式会社資料より) 【参考】 ILO Global Business and Disability Network http://www.businessanddisability.org/index.php?lang=en ILO駐日事務所 http://www.ilo.org/tokyo/lang--ja/index.htm ポスター発表 発達障害者の職業生活上の課題とその対応に関する研究 その1 ○根本 友之(障害者職業総合センター 主任研究員) 望月 葉子・武澤 友広・知名 青子・榎本 容子・松本 安彦(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 就労支援機関を利用する発達障害者が増加する中で、支援者が発達障害の多様性に的確に対応し、発達障害者の職業生活上の課題について支援策を講じるための活用しやすい参考資料が求められている。 発達障害は、発達障害者支援法において、「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの」(発達障害者支援法第2条第1項)と定義されている。しかし、個々の発達障害者によって特性の現れ方は多様であり、個々人に合った支援が必要となる。 発達障害者が就職し、安定した職業生活を継続していくためには、担当する作業を企業が求める水準で遂行できることだけが課題となるわけではない。障害者職業総合センターにおけるこれまでの研究では、発達障害者に対する支援の課題として、「職場のルールの理解と行動化」「コミュニケーションの課題改善」「対人態度の課題改善」等への対応が緊要であることが指摘されている1)。 そこで、本研究においては、就労支援の場面で現れる発達障害者の職業生活上の課題に注目し、それぞれの課題に対して支援者がとることのできる複数の支援策を示すこととした。そのことにより、地域の就労支援機関において支援の参考として活用できる資料として、本年度末にまとめることとしている。 本報告その1では、まず、職業生活上の課題の収集と分類を行ったうえで、その課題に対して効果的な対応と考えられる支援方法とその考え方について、情報収集を行った調査結果等を報告する。また、本報告その2では、情報収集の結果を踏まえた、支援者に対する情報提供の枠組みについて検討した結果を報告する。 2 職業生活上の課題の収集と分類 (1)文献調査による課題の収集 ① 調査対象文献の選定 文献の選定にあたっては、就労支援の場面における職業生活上の課題の事例が掲載されている資料、及び実際の就労支援の実践に基づいて作成された資料を対象とすることとした。 以下に対象とした文献等のうち主なものを示す。 ・ 調査研究報告書、資料シリーズ(障害者職業総合センター研究部門)26冊 ・ 実践報告書、支援マニュアル(障害者職業総合センター職業センター)8冊 ・ 職業能力開発関係報告書(国立吉備高原職業リハビリテーションセンター)3冊 ・ 調査研究報告書・調査研究資料(職業能力開発総合大学校基盤整備センター)3冊 ・ 発達障害者のための職場改善好事例集−平成23年度障害者雇用職場改善好事例募集の入賞事例から−(2012) ・ 職業リハビリテーション研究発表会論文集 第14回(2006)〜第20回(2012) ② 方法 上記①により選定した調査対象文献等の中から、発達障害者の職業生活上の課題と考えられる記述を抽出した。その際、原則として文献等の記述を改変せずにそのまま抽出することとした。 対象とする障害の範囲は、発達障害者支援法に規定されている発達障害全般(自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害等)とし、重複障害の有無は問わないこととした。対象とする場面の範囲は、就労支援機関における相談や訓練等の支援の場面から、企業内における就業の場面までを含む就労支援の場面全般とした。 (2)課題の分類 上記(1)により抽出した発達障害者の職業生活上の課題と考えられる記述をカードに記載した上で、研究担当者4名の合議により当該カードを分類してカテゴリを作成した。 分類の過程で、職業生活上の課題に該当しないと考えられるものを除外し、複数の課題が含まれているものを複数のカードに分割する等の整理を行い、1,100枚のカードを分類の対象とした。 分類の結果、以下の5つの大分類を作成し、各大分類の中に中分類・小分類を作成した。以下に分類の概要を示すとともに、次ページの表1に全項目を示す。 業務遂行:指示や手順の通りに作業を進めすることが難しい、スケジュール通りに作業を進めることが難しい、作業内容や指示内容によって苦手なものがある、作業を集中して行うことや継続して行うことが難しいなどの課題。中分類13・小分類59項目で構成される。 対人関係・コミュニケーション:質問や報告・連絡・相談が適切にできない、挨拶や意思表示が難しい、場面に応じたコミュニケーションが難しい、会話が適切にできないなどの課題。中分類8・小分類24項目で構成される。 ルール・マナー:職場において求められるルールやマナーが適切に守れないなどの課題。中分類2・小分類14項目で構成される。 行動面の課題:変化への対応や時間の管理が苦手、行動特性や感覚特性による課題、生活面の課題などの課題。中分類3・小分類30項目で構成される。 自己理解や精神面の課題:自己理解や働くことの理解の意味が十分でない、就業態度が適切でない、自己評価が適切でない、他者の指摘に適切に対応できない、ストレスに適切に対処できないなどの課題。中分類3・小分類18項目で構成される。 3 職業生活上の課題に対する対応の情報収集 (1)調査対象及び調査方法等 ① 質問紙調査 上記2(2)により分類した発達障害者の職業生活上の課題(小分類の145項目)について、地域障害者職業センターを対象とする質問紙調査を実施した。 調査では、職業生活上の課題の項目を示し、各課題に対する支援の対応を自由記述形式で回答するよう求めた。その際、支援の対応として想定できる内容を挙げるのではなく、支援の経験に基づいて、実際に支援の対応として実施した実例を回答するよう求めた。 調査対象とする障害の範囲は、発達障害全般とし、重複する障害があっても、発達障害が主な障害と考えられる場合は対象に含むこととした。 対象とする場面の範囲は、地域障害者職業センター内における相談や職業準備支援等の場面から、企業において就業中の発達障害者に対してジョブコーチ支援等を行う場面までを含む就労支援の場面全般とした。 調査は、平成25年9月〜11月に実施した。 ② 文献調査 上記2(1)の文献調査で、課題と併せて対応が記述されているものを抽出した。 (2)調査結果 質問紙調査では、職業生活上の課題の145項目に対して、全体で1,681件の対応の回答が得られた。また、課題の145項目すべてに対して対応の回答があり、対応が1件も回答されない課題の項目はなかった。 一方、文献調査では、1,049件の対応が抽出された。 4 職業生活上の課題と対応の整理 上記2及び3により情報収集した職業生活上の課題と対応について、支援者が活用しやすいように行動レベルで記述し、整理して示すこととした。情報収集の結果を踏まえた、支援者に対する情報提供の枠組みについて検討した結果は、本報告その2で報告する。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:発達障害者の就労支援の課題に関する研究.調査研究報告書№88,2009. 【連絡先】 根本友之 障害者職業総合センター e-mail:Nemoto.Tomoyuki@jeed.or.jp 表1 職業生活上の課題の項目 発達障害者の職業生活上の課題とその対応に関する研究 その2 ○望月 葉子(障害者職業総合センター 特別研究員) 根本 友之・武澤 友広・知名 青子・榎本 容子・松本 安彦(障害者職業総合センター) 1 はじめに 本報告その1では、発達障害者の職業生活上の課題の整理を行ったうえで、課題への対応を明らかにするために、地域障害者職業センター対象調査を企画して対応事例を収集したこと、及び、支援の実際について行動レベルで記述することをとりまとめた。145項目に整理された職業上の課題に対して、職業リハビリテーション・サービスの現場で行われている支援の数々は、業務遂行や対人関係・コミュニケーションに困難がある発達障害者の支援において、また、ルールやマナーの課題や行動面の課題、自己理解や精神面等の課題への対応が必要となる発達障害者の支援においても、有効な情報となることが期待される。 支援の課題と具体的な支援に関する情報を提供するにあたり、情報提供の枠組みを明確にしておく必要があることから、本報告その2では、まず、支援のカテゴリーと具体的な支援の展開を整理し、可能な限り共通の枠組みで支援に関する情報整理を試みることとした。そのうえで、具体的な支援の考え方や支援方法を検索できるよう、キーワードやINDEXにより活用可能性を高める工夫を検討した結果について報告する。 2 情報提供の枠組み 支援の4つのカテゴリー 支援計画の立案に際しては、就労の実現もしくは職場適応のために優先性の高い課題もしくは行動のいくつかに焦点をあてることが多い。そのうえで、必要に応じて組織的・計画的・継続的に支援計画を再構成していくことになる。 このとき、「目標行動の確認」に続いて「目標達成のための支援」が構想される。対象者の職業準備のために適切な支援を計画することが重要となるといえる。一方で、障害特性に対する企業や周囲の配慮を得て就職や復職を実現するタイミングを計ることもまた支援経過に即して検討されなければならないことから、「目標達成のための環境調整の支援」が構想される必要がある。 こうした一連の支援においては、目標行動の確認のために、支援開始までに対象者が獲得したスキルや補完手段の活用可能性を確認するとともに、就職活動に必要となるスキルや補完手段の必要性についてアセスメントを行うことが必要であることは言うまでもない。ただし、ここでは「支援開始までに職業準備のための学習や経験の機会がない/少ない」対象者については、「知識がないために行動もできない」が「知識を得ることで適切に行動できる」かどうかについても確認しておく必要があることを特記しておきたい。 このため、就職や復職に関する支援の情報提供に際し、支援の実際を4つのカテゴリーに分類し、図1に「1.知識の確認と付与」「2.目標行動の確認」「3.目標達成のための支援」「4.目標達成のための環境調整の支援」を順に進めていくこと、必要に応じて支援の再構成を計画するためには、こうした手続きをスパイラルに展開すること、を示す。 図1 支援のカテゴリーと進め方 (1)知識の確認と付与:円滑な職業生活のために、前提となる知識やルール、基本的な考え方について、対象者の理解の状況を確認して必要に応じ、知識や経験を補完する。 (2)目標行動の確認:支援計画の目標を設定するうえで、課題の背景を確認し、目標を支援者と対象者が共有する。 (3)目標達成のための支援:目標達成のための方法を選択する際には、「問題への対応」の範囲を確認し、必要に応じて「指示の工夫」「ツール等補完手段の導入」などの支援を踏まえ、「体験的な理解・行動」を促進したうえで、こうした支援を通して獲得されたスキルや行動の範囲を、再度確認するという流れを構想することになる。 支援者は、すでに習得された補完手段を含め、自律的に対応できる範囲を確認したうえで、特性にあわせた支援を選択する。発達障害の特性や経歴から見て、支援の課題や支援の必要性が多様なため、相談・評価をしながら、支援を進めていくことになる。目標は対象者が自律的に課題達成できることであるが、目標の達成状況によって、「環境調整の支援」の検討に進んでいくことになる。図2にこうした支援の流れに基づく活動のポイントと支援方法を示す。 (4)目標達成のための環境調整の支援:目標達成のために環境調整を行う際には、対象者の特性と必要となる配慮、環境調整の要件を提案することが求められる。 3 情報提供の実際と今後の課題 図3に145の課題のうち「業務遂行の課題/口答指示の理解が苦手」について情報提供の例として示す。地域障害者センターで実施されている支援の実際を支援カテゴリーに区分したものである。 同様の課題を有する対象者に対する支援計画の参考として活用が期待される情報であるが、一人ひとりの特性の多様性に鑑み、必要な方法を特性に合わせて選択して実施することが望ましい。また、キーワードを付与し、キーワードからも支援の考え方を検索できるように構成した。活用可能性の検討を踏まえ、情報提供の様式を検討していく予定である。 図2 「目標達成の支援」の考え方 図3 「業務遂行の課題/口答指示の理解が苦手」の課題事例に基づく支援の実際 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける特性に応じた作業支援の検討(5) −作業環境に対する特性の検討− ○阿部 秀樹(障害者職業総合センター職業センター企画課 職業レディネス指導員) 加藤 ひと美・佐善 和江・渡辺 由美(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 目的 障害者職業総合センター職業センターでは、発達障害者を対象に「ワークシステム・サポートプログラム」(以下「プログラム」という。)を実施している。プログラムでは、グループワーク形式の就労セミナー、作業、個別相談を組み合わせて支援を行っている。プログラムの流れの詳細は、図1のとおりである。このうち、プログラムで実施している作業の目的と進め方については、図2のとおりである。 図1 プログラムの流れ 図2 プログラムにおける作業の目的と進め方 プログラム受講者(以下「受講者」という。)の中には、作業支援において、作業環境について配慮を要する特性(以下「作業環境特性」という。)を有する者が多く見られる。作業環境特性は、作業でのストレスや疲労につながりやすく、プログラムでは重要なアセスメントの視点として位置づけ、『職場環境適応プロフィール』を活用してアセスメントを行っている(図3)。 本稿では、『職場環境適応プロフィール』の項目の中から、表1に示した「感覚刺激の統制」「作業場所の設定」「人的環境の配慮」に着目し、受講者に見られた作業環境特性について検討を加えていきたい。 図3 職場環境適応プロフィール(一部項目を抜粋) 表1 本稿における作業環境特性の着目点 2 方法 (1)対象 広汎性発達障害、アスペルガー障害、注意欠陥多動性障害、学習障害のいずれかの診断を受けた受講者17名のうち、次の(2)により抽出した9名。 (2)手続き 図4に示した通り。 図4 本稿における作業環境特性検討の手続き 3 結果・考察 (1)プログラム開始前の情報による作業環境特性 受講者17名中、プログラム開始前の利用相談時に作業環境特性を有することが聴取された受講者は9名(53%)であった(図5)。 特性の種類の分類では、人的環境の配慮が最も多く6名で、感覚刺激の統制が5名(2名は人的環境の配慮を重複)であった。このことから、作業環境の配慮を考える際には、感覚特性のみでなく、人からの刺激を考えることも重要であると言える。一方、作業場所の設定への配慮の必要性について、プログラム開始前の利用相談時に聴取された受講者はいなかった。しかし、プログラムの経過においては配慮を求め、離れた場所で作業を行う受講者も見られたことから、作業場所の設定への配慮の必要性は、作業を体験しないと認識しにくいと考えられる。 図5 作業環境特性を有する受講者 (2)プログラム各時期による作業環境特性の変化 作業環境特性を有する受講者について、プログラムの各時期における特性のあらわれ方や特性の感じ方の変化からタイプ分けを行った結果が表2である。なお、本稿においては、これらの変化について「特性に基づく反応(特性反応)の増加、軽減」と記すこととする。各時期における特性反応の変化の基準として、a.見られた特性の種類の増減、b.受講者自身からの訴えの頻度、の2点から判断し、軽減、変化なし、増加の3段階で評価を行った。以下、タイプごとに分けて考察を行っていきたい。 ① タイプA 特性反応の見られないタイプ プログラム開始前は作業環境特性が聴取されていたが、プログラムの中では特性反応が全く見られなかったタイプである。過去に経験した特定の環境や対象に対する苦手意識から生じていたものと推測され、過去と同様の環境や対象が存在しなければ生じないと考えられる。 ②タイプB 特性反応が軽減したタイプ プログラム開始当初は作業環境特性が強く認められたが、プログラムの経過とともに軽減していく傾向が見られたタイプである。 このタイプでは、プログラム初期におけるリラクゼーション技能トレーニングでの対処法の紹介を通じ、ノイズキャンセリングヘッドホンやパーテーション等を活用することが有効であったと考えられる。紹介された対処法をプログラム中に試すことで、その効果を実感でき、対処法の継続的な活用につながったのではないかと思われる。また、プログラムの経過とともに「この程度の音ならば対処しなくても大丈夫」等のように、対処法を使用しなくても作業遂行に支障がない環境を把握することができ、特性反応の軽減につながったと考えられる。 表2 受講者の作業環境特性とプログラムの経過による特性反応の変化からのタイプ分け ③タイプC 特性反応が軽減しても再び増加したタイプ プログラムの経過とともに一旦は特性反応の軽減が認められたが、再び増加することが見られたタイプである。このタイプは、職場実習後のプログラムで増加したタイプC'(事例⑦⑧)と職場実習中から増加したタイプC”(事例⑨)に分けられる(表3)。両タイプは、プログラム開始から概ね10週目の職場実習の前までは、ノイズキャンセリングヘッドホンやパーテーションでの対処により特性反応が軽減している経過が一致している。 タイプC'は、職場実習中には作業環境特性に対する訴えがなかったが、実習終了後のプログラムにおいて特性に関する訴えが強く見られるようになった。この要因として、1週間の職場実習をやり遂げようという意識が強く、その後のプログラムにおいて、作業への集中力や意欲の低下につながったことがあげられる。 タイプC”は、職場実習中から特性反応が強く見られた。これは、環境の変化による要因で、新しい状況に対する不安・ストレスのあらわれと考えられる。職場実習後のプログラムでも周囲の音が少ない場所を希望したように、不安・ストレスから周囲の人の動きが気になりやすくなり、注意・集中の低下につながったのではないか。 タイプCの共通点として、特性反応の増加と注意・集中との関連があげられた。タイプCの受講者はプログラム開始当初から作業の集中持続に課題が生じていた面もあり、作業環境の調整に加え、作業種・作業時間等の作業条件の視点も併せて対処を考える必要があると思われる。 表3 タイプC'とタイプC”での特性反応の増減のタイミングの違いとその要因 4 まとめ 受講者の作業環境特性について、プログラムの経過を通じて検討した結果、次の点にまとめられる。 ①特性反応のあらわれ方は常に一定ではなく、その時々に把握していくことが重要であると考えられる。このことから、職場において常に同じ配慮が必要とされるのではなく、その時々によって配慮の内容も変わってくることが示唆される。 ②「特性への対処法」の支援により、特性反応が軽減される受講者が多く見られた。開始当初は特性反応が強く見られても、対処を通じて徐々に特性反応が軽減された。このことから、就労開始時において特性への対処を考えることが、特に重要であると言えよう。さらに一歩進み、作業環境によって対処が必要な時と不要な時の判断へとつながった受講者も見られた。 ③プログラムの各時期による特性反応の変化から、表4のような3タイプに分類され、それぞれのタイプに応じた対応が有効であると考えられる。特に一旦特性反応が軽減しても再び増加するタイプでは、注意・集中や新しい場面への対応等、「他の特性への対応」も併せて考えることが必要であると思われる。 表4 作業環境特性のタイプ別の対応 【参考文献】 1)障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のためのリラクゼーション技能トレーニング.「障害者職業総合センター職業センター 支援マニュアル №10」、(2014) 2)障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラム 障害者支援マニュアルⅡ、「障害者職業総合センター職業センター支援マニュアル №4」、(2009) 「発達障害者の職業生活への満足度と職場の実態に関する調査」における結果の概要について ○鴇田 陽子(障害者職業総合センター 主任研究員) 田川 史朗(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門(社会的支援部門)では、厚生労働省の要請に基づき平成25年度から2年計画により「発達障害者の職業生活への満足度と職場の実態に関する調査研究」に取り組んでいる。本報告では研究の一環により、発達障害者を対象に実施したアンケート調査の概要について述べる。 2 調査の目的 発達障害者の職業生活に対する満足度に影響を与えている要因を明らかにするためアンケート調査を実施し、就労している発達障害者の特性、就業の状況、職業生活に関する属性、職場の実態等を把握する。 3 調査の概要 (1)研究委員会の設置 当事者団体、学識経験者、就労支援機関、関係行政の代表者からなる研究委員会を設置し、先行調査研究1)2)3)を参考にアンケート調査の枠組み、対象者、実施方法、調査内容について検討を行った。 (2)調査の対象者 18歳以上の就業中の発達障害者を対象とする。 就業については、自営、アルバイトやパート、雇用契約のある福祉就労を含むものとした。 障害特性の区分としては、①自閉症スペクトラム(自閉症、アスペルガー症候群、その他の広汎性発達障害)、②学習障害、③注意欠陥多動性障害、④運動障害の区分とする。知的障害を伴う発達障害者も対象とした。 (3)対象者の把握と実施方法 対象者は発達障害者団体の会員及び協力が得られた支援機関を利用する発達障害者とする。また、発達障害者団体の非会員であるが、団体において就労に関わる相談支援の対象者についても可とする。 調査の実施については、協力依頼に内諾が得られた発達障害者団体、発達障害者支援センター及び地域障害者職業センターに対象者数の調査票を送付し、各団体・機関から当事者に渡していただくようにした。 調査票送付数は1,617、内訳は日本自閉症協会222、日本発達障害ネットワーク215、全国LD親の会150、発達障害者支援センター(ブランチ含め88箇所)880、地域障害者職業センター(支所含め52箇所)150である。 (4)調査時期 平成26年5月〜7月 (5)調査項目 プレ調査を実施した結果、調査項目は「感じ方を問う質問」と「事実を問う質問」に分けて提示することとし、これに基本属性と自由記述を加え、4部構成の調査票とした。(表1) 表1 調査項目 4 調査結果の概要 (1)回答数 8月11日現在、659、回収率40.8%である。 (2)基本属性 以下各調査項目に示す%は、各問の有効回答数に占める割合である。 性別は、男性79.8%、女性20.2%、年齢は、20歳代の回答者が57.0%となっている。(図1) 図1 回答者の年齢 回答者の現状については、調査時点において離職していた者6.4%、就業したことはない、または雇用契約のない就労継続支援事業所B型での就労と回答した者が3.3%あり、就業中の回答者は90.3%となっている。 (3)職業生活について 本調査では、職業生活の満足度を把握する質問として5項目を示し、5件法にて回答を求める。研究委員会において発達障害者に「満足」という抽象概念を問う質問方法について検討し、満足している状態を表す具体的な質問(「仕事をしているとうれしいと思うことがある」など)により把握することとする。回答の選択肢「そう思う」と「ややそう思う」を加えたもの、「どちらでもない」、「あまりそう思わない」と「全く思わない」を加えたものにより、集計を行ったところ、「そう思う+ややそう思う」が5項目とも50%を超えており、なかでも「今の仕事を続けたい」77.9%、「仕事をしているとうれしいと思うことがある」73.9%、「自分の仕事は会社や社会の役に立っている」71.8%とこの3項目は回答者の70%以上が肯定的な回答となっている。(図2) 図2 今の仕事について感じていること(満足度) 職場の人間関係については、協力的な人間関係を表す5項目に対し、「そう思う+ややそう思う」とする回答が5項目とも70%以上となっている。(図3) 図3 職場の人間関係 仕事のやり方や内容については、「その通り+大体その通り」に回答した上位3項目は、「決まったやり方にしたがって毎日同じことをする仕事だ」70.3%、「体力を使う仕事だ」63.7%、「職場の人とテンポを合わせながら行う仕事だ」54.3%となっている。決まったやり方の仕事ではあるが、人とテンポを合わせることが求められる仕事に就いている者が多い状況にある。(図4) 図4 作業内容 職場の人に自分の特徴や配慮してほしいことを伝えているかについては、「伝えている」という回答が78.4%となっている。伝えてよかったと感じているかについて、「そう思う+ややそう思う」という回答が84.9%となっている。(図5) 図5 特徴や配慮を伝えてよかったか 「伝えていない」と回答した者の理由では、「伝えなくても困らないから」37.6%、「伝えても理解されないと思うから」32.0%となっている。(図6) 図6 特徴や配慮を伝えない理由 上司や同僚の対応については、「よくある+時々ある」という回答が50%を超える項目は、「分かりやすく説明してくれる」「ほめられる」など職場において協力的な対応を示す4項目となっている。「あまりない+全くない」という回答が50%を超える項目は、「仕事が遅いと言われる」「言葉遣いを注意される」の2項目で、厳しい対応を示す項目となっている。(図7) 図7 上司や同僚の対応 職場への要望事項については、回答が多かった上位3項目は、「分かりやすい指示をしてほしい」36.8%、「仕事が変更になる時は、前もって伝えてほしい」35.8%、「仕事の優先順位を示してほしい」32.8%となっている。(図8) 図8 職場への要望事項 (4)就業や障害の状況などについて 離職経験については、回答者の55.3%が「ある」となっている。離職理由として最多は「個人的理由」となっており、その内訳の上位3項目は「人間関係がうまくいかなかったから」「仕事内容が合わなかったから」「勤め先の配慮が不十分だったから」となっている。(図9) 図9 離職理由における個人的理由の内訳 雇用形態については、「パート・アルバイト・非常勤」が最多で42.3%となっている。(図10) 図10 雇用形態 賃金(1か月の手取り額)については、10万円から15万円未満とする回答が最多で42.7%となっている。(図11) 障害名については、自閉症スペクトラム85.7%(自閉症、アスペルガー症候群、その他の広汎性発達障害のうち一つ以上回答した人数の割合)、学習障害14.8%(学習障害、読字障害、書字障害、計算障害のうち一つ以上回答した人数の割合)、注意欠陥多動性障害13.7%、運動障害4.8%(発達 図11 賃金(1か月の手取り額) 図12 障害名 性協調運動障害、チックに一つ以上回答した人数の割合)、知的障害22.7%、その他6.7%となっている。(図12) 5 今後について 就業している発達障害者の8割近くが今の仕事を続けたいと思っており、職場の人間関係や上司や同僚の対応も協力的な状況にある者が過半数を超えることが把握できた。今後は職業生活の満足度に影響を与えている要因を統計的に分析するとともに、発達障害者が就労している職場の実態等を研究報告書にまとめることとしている。 【参考文献】 1)平成20年度障害者雇用実態調査:厚生労働省 2)教育から就業への移行実態調査報告書Ⅲ:全国LD親の会・会員調査(2011年3月) 3)障害者の自立支援と就業支援の効果的連携のための実証的研究:障害者職業総合センター調査研究報告書№100(2011) 成人発達障害者のライフステージに対するイメージに関する調査報告 −職業を持ち、暮らしていくことのとらえ方について− ○藤原 幸久 (国立障害者リハビリテーションセンター 自立支援局 就労移行支援課発達障害支援室 職業指導員) 四ノ宮 美恵子・小林 菜摘・山本 忠直・渡邉 明夫・林 八重(国立障害者リハビリテーションセンター 自立支援局 就労移行支援課 発達障害支援室) 山口 佳小里(国立障害者リハビリテーションセンター 発達障害情報・支援センター) 1 はじめに 国立障害者リハビリテーションセンターでは、平成20年度から22年度まで「青年期発達障害者の地域生活移行への就労支援に関するモデル事業」を実施した。このモデル事業の知見に基づいて平成24年度からは一般事業化し、就労移行支援事業として発達障害者の就労支援を行っている。 当センターでは“社会や人の間で生きる力”を重視した支援を行っている。施設内業務を切り出した作業を中心に訓練を行っているが、作業スキルの向上を主たる目的とするのではなく、作業のふり返りを重ねる中での自己理解、他者の行動や社会的規範に対する理解を促し、集団の中で適切な行動を選択・維持できるようになることに支援の主眼を置いている。 利用者は「自分で稼いでみたい」「好きなものを買ってみたい」「一人暮らしをしたい」といった希望を口にすることが多い。しかし、就労後の自分や生活のイメージについては具体的な言及が少なく、自身の将来像についても同様である。 就労後の自分や将来展望を具体的にイメージすることは、就労を継続する上でのモチベーションとなり得るが、日常の支援の場面では将来設計や中・長期のビジョンを持つことの困難さ、具体性や整合性の欠如、あるいは非現実的といった部分が見られることが多くあったため、就労移行支援を利用中の発達障害者を対象に、アセスメントの一環としてライフステージについてのイメージ調査を開始した。以下、その一部を報告する。なお、本調査では発達段階と発達課題という視点ではなく、就労を前提にした社会参加や家庭形成、すなわち社会経済的な側面でのライフステージと定義する。 2 方法 (1)対象者 就労移行支援を利用中の発達障害者(7名) (2)調査方法 ①形式 利用者に2枚を1セットとしたアンケート用紙を配布し、1シートごとに説明・記入を促し記載していただいた。調査者が内容を確認した上で不明点や補足が必要となった場合は聞き取りを行い記載した。 アンケート用紙への記入時間は計30分、補足的聞き取りは15分、合計45分で実施した。 ②質問シート シート1(図1)は「将来のできごとについて」と表題を付け、自身の今後のライフステージについての記入項目を設けた。 図1 「将来のできごとについて」 横軸には50年後までの時間の経過を示した年表を作成し、 ・その時の年齢 ・できごと ・その時のあなたは? ・親( )は? ・その他の家族( )は? ・その他・備考 という記載欄を設けた。 また、記載の一助として、表1を掲載した。 表1 記載の一助として掲載 シート2(図2)は「人生には、一般的にどんなできごとがある?」と表題を付け、人の一生におけるライフステージについての記入項目を設けた。 図2 「人生には、一般的にどんなできごとがある?」 横軸には0歳から女性の平均寿命の近似値である87歳を最大値として時間の経過を示した年表を作成し、 ・できごと ・そのできごとについて という記載欄を設けた。 また、記載の一助として表2を掲載した。 表2 記載の一助として掲載 記入にあたり、シート1は現在を起点として自身の今後に対する見通しを記載するものであること、シート2は人の一生における一般的なできごとについて記載するものであること、シート1、シート2の順で記載することを伝えた。 3 結果 (1)シート1について できごと欄に記載された順について、順序立ての矛盾や異質性は見られなかった。 就職は、就労移行支援事業の利用期間に関わらず、全員が1〜3年以内と記載していた。また7名中6名が就職活動や一人暮らし、保護者からの独立といった具体的かつ細分化されたビジョンの記載も見られた。 結婚や子育てに言及があったのは7名中1名のみであった。 親の死去については7例中4名が記載しているが、親世代のライフステージについて退職、介護といった言及があったのはうち3名のみであった。自身が介護を受けることについては、親の介護について記載のあった3名中2名が記載していた。 定年は記載した3名全員が65歳としていた。定年後の生活については、1名が「年金生活」、1名が「生涯現役を貫く」と記載していた。 (2)シート2について 誕生から幼稚園・保育園を経て義務教育終了、高校入学までの記載は全員が共通していた。大学、大学院については全員が自己の学歴と同じものを記載していた。就職は全員が学校卒業直後としていた。以後、28歳以下で就労経験のない2名は「思いつかない」「イメージできない」として記載がなかった。 結婚については、記載のあった4例が26〜30歳の間としており、就職後5〜7年で結婚と記載していた。就労経験のある群においては就労から定年までの具体的な記載が見られた。 (3)記載の傾向について 自身の就職以後のライフステージについては、28歳以下でアルバイトを含む就労経験がない2名においては記載がなかった一方、同年代で就労経験のある2名は定年までの記載を行っており、うち1例は自己の介護、親の介護についての具体的な記載があった。 30歳以上群2名においては、自己のライフステージについて明確な記載があったが、現在の状況との極端な乖離あるいは不明確な記載が見られた。 4 考察 記載の有無、具体性については、年齢および就労経験年数との強い関連性が見られ、知識や体験から将来像をイメージすることの困難さを窺わせた。また、一般的なライフステージについても、独身期、家族形成期、家族成長期、家族成熟期、定年退職〜高齢期といったライフステージを連続的にイメージすることの困難さが見られた。一方、自己が体験した事項については、連続した明確なイメージを保持している様子が見られた。 日常の支援の中から、発達障害者はライフステージのとらえ方そのものに連続性や具体性を持つことが困難なケースが相当数あるのではないかと想定されたが、イメージ調査への記載内容から将来を見通すことの困難さの一部を垣間見ることができた。支援場面においては、こうした困難さを念頭に置きながら、就労の先にある将来の見通しやイメージを持てるよう日常的に伝えていくことで、自身の継続的なライフステージのイメージを獲得できるのではないかと考えられた。 本調査は支援上のアセスメントとして継続しながら、シート内容や調査方法の見直しについて検討を続けている。年齢や経験と生活イメージをすりあわせられること、それに基づく将来的な見通しを具体的に持ちながら就労・生活できること、さらにそうした生活の中で自己実現を図っていけるようになることは支援の目標の一つであり、このシートを通じて得られた本人のライフステージに対するイメージを、支援に具体的にどう活用していくかをさらに検討することが今後の課題である。 発達障害者の機能評価と就労移行支援プログラム −体力・巧緻性・注意機能を中心に− ○山口 佳小里 (国立障害者リハビリテーションセンター 発達障害情報・支援センター 作業療法士) 林 八重・小林 菜摘・藤原 幸久・山本 忠直・渡邊 明夫・四ノ宮 美恵子 (国立障害者リハビリテーションセンター 自立支援局) 高橋 春一(国立障害者リハビリテーションセンター 学院) 深津 玲子(国立障害者リハビリテーションセンター 発達障害情報・支援センター) 1 はじめに 国立障害者リハビリテーションセンターでは、平成20年度から平成22年度まで実施した「青年期発達障害者の地域生活移行への就労支援に関するモデル事業」を踏まえて、平成24年度より一般事業化し、現在、就労移行支援事業として取り組んでいる。当センターでは、就労に必要な技能習得のみならず、就労の基盤となる生活リズムや日常生活スキル等にも着目し、利用者が安定した職業生活を送れるよう支援している。 このような支援を提供するにあたり、当センターの特色を生かして、関連する専門職である作業療法士やリハビリテーション体育の専門職が利用者の評価や訓練に関わっている。例えば、職場で必要な一般常識や社会的なマナー等の社会性に関する項目等に関しては、就労支援員等が中心となって支援し、体調管理や衣類管理等、生活に関連する項目については就労支援員等と作業療法士が協働して支援する。また、作業に必要な持久力や集中力、身体の使い方、体力面等に関しては、作業療法士やリハビリテーション体育専門職が中心的に支援する、というように、多職種で協業して支援に取り組んでいる。 今回の報告では、作業療法士あるいはリハビリテーション体育専門職が中心的に取り組んでいる項目のうち、特に就労場面との関連が強いと考えられる、体力、巧緻性、注意機能に関して、発達障害のある利用者に実施した評価の結果と、それに基づいて計画された就労移行支援プログラムについて報告する。 2 方法 (1)対象者 当センターで就労移行支援を利用中の発達障害者6名。年齢18〜45歳(平均29.0歳)、IQ(WAIS-Ⅲ)90以上、診断は広汎性発達障害、アスペルガー症候群、注意欠陥多動性障害である。詳細を表1に示す。 表1 対象者の基本情報 (2)評価項目 以下の①〜③の項目に関して検査を実施し、年齢ごとに平均との差異を調べた。①と②については利用開始後1ヶ月以内に、③については1例を除いて利用開始後2ヶ月以内に実施した。 ① 体力 継続的に安定した職業生活を送るためには、それに十分耐えうるだけの体力が必要である。当センターでは、体力を“新体力テスト”1)を用いて評価している。内容は握力、上体起こし、長座位前屈、反復横とび、20mシャトルラン(往復持久走)、50m走(19歳までの男女のみ)、立ち幅とび、ハンドボール投げ(19歳までの男女のみ)で、各項目の実施方法については、新体力テスト実施要項(文部科学省)に則り実施した。 ② 巧緻性 就労に関わる作業は、どのような作業であっても、ある程度の巧緻性が求められる。当センターでは巧緻性の検査として、簡易上肢機能検査2)(以下「STEF」という。)、ペグボード検査3)、厚生労働省編一般職業適性検査4)(以下「GATB」という。)の下位項目である運動共応検査(円打点、記号記入)を用いて、巧緻性を評価している。なお、ペグボード検査(Lafayette Instrument社製を使用)では、右手、左手、両手で細い棒を穴にはめる課題と、3種類のパーツを左右の手で組み立てていく課題を実施した。 ③ 注意機能 就労に関わる作業において、適切に注意を働かせることは、正確かつ効率的に作業を行う、あるいは指示を遂行する上で非常に重要であることから、当センターでは標準注意検査法5)(以下「CAT」という。)を用いて注意機能を評価している。CATは、短期記憶やターゲットとなる刺激の抹消・検出等に関する、視覚性、聴覚性のいくつかの下位検査からなる検査法である。下位検査は、数唱、視覚性スパン、抹消検出課題(視覚性、聴覚性)、Symbol Digit Modalities Test(以下「SDMT」という。)、記憶更新検査、Paced Auditory Serial Addition Test(以下「PASAT」という。)、上中下検査、Continuous Performance Test(以下「CPT」という。)で構成される。 3 結果 (1)体力 6名のうち、1名は健康上の理由で全項目を実施することができなかった。全項目を実施できた5名のうち1名は実年齢相応の体力年齢であったが、残りの4名は全て、体力年齢が実際の年齢より大幅に高い結果となった。体力年齢は50〜54歳相当が1名、55〜59歳相当が1名、75〜79歳相当が2名であった(図1)。 図1 実年齢と体力年齢の分布 (2)巧緻性 ① STEF 左右ともに実施した結果、1名の左手の結果を除いた全ての例において、年齢平均を下回る結果となった。 ② ペグボード検査 右手、左手、両手、組み立ての4種類の下位検査を実施した。右手での実施においては1名が、左手での実施においては2名が、組み立てにおいては1名が年齢平均を下回る結果になった。特に両手での実施においては、全例が大幅に平均を下回る結果となった(図2)。 図2 ペグボード検査下位項目の年齢平均との差 ③ GATB-運動共応検査 円打点検査では、全例において年齢平均を大幅に下回る結果となった。記号記入においては、4名において年齢平均を下回る結果となった。 (3)注意機能 短期記憶の聴覚性の検査において、順唱では6名中5名が、逆唱では4名が年齢平均より低い結果であった。視覚性の検査においては順スパンで3名が、逆スパンで4名が、年齢平均より低い結果であった。 視覚性抹消課題では2種類のターゲット(数字、かな)においてそれぞれ年齢平均以下が2名と3名であった。聴覚性検出課題では5名が年齢平均以下であった。 記号に対応する数字を記入する課題であるSDMTでは5名が年齢平均以下であった。 記憶更新課題では、3スパンで3名が、4スパンで5名が年齢平均以下であった。 PASATでは、2秒条件、1秒条件ともに4名が年齢平均以下であった。 上中下課題では3名が年齢平均以下であった。 CPTでは、単純反応時間課題において5名が、X課題においては4名が、AX課題においては3名が年齢平均を下回る結果であった。 個々(対象者内)の項目ごとの結果に関しては、いずれの対象者においても、16項目のうち、6〜14項目において年齢平均を下回る項目があった。 4 考察 体力に関しては、対象者ほぼ全員が、実際の年齢を20歳以上上回る体力年齢を示した。今回用いている新体力テストは、筋力、持久力、瞬発力、身体の柔軟性に関する項目からなるテストであるが、得られた結果は先行研究と一致している6−9)。就労上の1日の業務を遂行することや、安定した職業生活を継続するためには、十分な体力が不可欠であることから、体力や身体能力に対する支援の必要性が示唆される。 巧緻性に関して、左右の手それぞれで実施する課題においては、ペグボードのような指先を使用する課題よりも、上肢(腕)を全体的に使用するSTEFにおいて、平均を下回る者が多かった。このことは、就労上、比較的大きく身体を使用する作業において、より長い時間を有する可能性を示す。また、ペグボード課題において、特に両手を同時に使用する課題において多くの者が年齢平均以下の結果であったことから、作業上、両手を同時に平行して使用する課題において困難さを有する可能性が示唆される。 注意機能に関して、CATは注意の三つの機能;「選択」(視覚性末梢課題、聴覚性検出課題)、「維持」(CPT)、「制御」(SDMT、記憶更新課題、PASAT、上中下課題)と単純な注意の範囲(視覚性、聴覚性スパン)を評価する検査である。この三つの機能ごとに結果をみると、どの機能に困難を有する者も同等数であったことから、発達障害のある者が、「選択」「維持」「制御」のうち特定の領域において困難を有するわけではないことがわかる。 個々の課題の結果をみると、特に多くの者が年齢平均以下であったのは、聴覚性の短期記憶課題、聴覚性のターゲット音検出課題、SDMT、単純反応時間課題であった。このことから、今回の対象者の多くが、聴覚性の情報の処理に難しさを示すことがわかる。また、SDMTの結果が低いことから、書き取りや見比べに時間を要することが示唆される。単純反応時間課題の結果が低いことからは、単調な課題において反応が鈍い可能性が示唆される。また、いずれの対象者も複数の下位項目において平均を下回る結果であったことから、対象者の誰もが、それぞれ種類は異なれども、短期記憶または注意機能に何らかの困難さを有していることがわかる。短期記憶や注意に関する機能は、就労上、あらゆる作業において重要である。それぞれの対象者において平均以下であった項目をもとに、例えば聴覚性の短期記憶に困難さがある者に対しては、指示をする際に、口頭ではなく文書や見本を呈示するといった工夫ができる。また、持続性注意(集中の持続)に困難のある者においては、作業時間を短く区切りながら作業に取り組むという配慮をする、等の支援が必要であることが示唆される。 こうした現状をもとに、当センターで実施している訓練プログラムの例を表2に紹介する。 表2 週間スケジュール表 作業訓練(事務作業や社会的なマナーに関する学習など)に加えて、作業療法訓練や体育をプログラムに入れている。体育では主に体力作りを始めとし、バランスや力加減の調整等にアプローチし、作業療法では主に粗大運動や微細運動にアプローチしている。その他の時間にも、例えば農作業や清掃で全身性に身体を使用する作業に取り組んでいる。また、注意機能検査の結果を支援者間で共有し、訓練実施に役立てている。 今後、継続的に評価を行うことによって、実施しているプログラムの効果について検討していくことが課題である。 【参考文献】 1)新体力テスト実施要項、文部科学省 2)金子翼、平尾一幸、村木敏明、栗山洋子.簡易上肢機能検査にみられる動作速度の加齢による変化−年齢階級別得点の追加と改訂−.「作業療法vol.5 №2」、p.114-115(1986) 3)パーデューペグボード検査マニュアル.Purdue Pegboard test mannual. Lafayette Instrument(2002) 4)厚生労働省編一般職業適性検査.厚生労働省職業安定局(1987) 5)標準注意検査法・標準意欲検査法.日本高次脳機能障害学会(2008) 6)KA Fournier, CJ Hass, SK Naik, N Lodha, JH Cauraugh. "Motor Coordination in Autism Spectrum Disorders: A Synthesis and Meta-Analysis". Journal of Autism and Developmental Disorders 40:p1227-1240(2010) 7)Martha RL, David AH. "Moving on: Autism and Movement Disturbance". Mental Retardation 34(1):39-53(1996) 8)車谷洋, 深津玲子"青年期発達障害者の運動および上肢能力の調査".日本作業療法研究学会雑誌 14(2):9-15(2012) 9)TC Duffield, HG Trontel, ED Bigler, A Froehlich, MB Prigge, B Travers, RR Green, AN Cariello, J Cooperrider, J Nielsen, A Alexander, J Anderson, PT Fletcher, N Lange, B Zielinski, J Lainhart."Neuropsychological investigation of motor impairments in autism". Journal of Clinical and Experimental Neuropsychology 35(8):867-881(2013) 発達障害者の就労移行支援における、生活活動に関するアセスメントの試作の試み ○小林 菜摘(国立障害者リハビリテーションセンター 自立支援局 心理判定員) 四ノ宮 美恵子・山本 忠直・藤原 幸久・渡邊 明夫・林 八重 (国立障害者リハビリテーションセンター 自立支援局) 山口 佳小里(国立障害者リハビリテーションセンター 発達障害情報・支援センター) 1 目的 国立障害者リハビリテーションセンターでは、平成20年度から実施した「青年期発達障害者の地域生活移行への就労支援に関するモデル事業」を踏まえて、平成24年度より、発達障害者の就労移行支援事業を開始した。 それらの実践の中で、多くの利用者に、安定した就労のベースとなるべき生活活動に何らかの課題があり、その要因として、生活活動が社会的な認識に結びついていないことが考えられた。 また、近年発達障害の診断と発達障害者の障害福祉サービスの利用の増大が見られるが、当センターの就労移行支援事業においても、利用者の障害特性、二次障害、知的水準の幅の広がりが見られている。それに伴い支援ニーズも増大してきたが、先に述べたような生活活動における支援ニーズを抽出するアセスメントツールがないことから、支援者間で統一した個別支援計画の策定や支援プログラムの設定ができないという混乱が生じ、利用者への適切な支援につなげるためのアセスメントの必要性が緊急の課題となっていた。 そこで、本研究では、発達障害者の就労移行支援事業における利用者の生活活動に関する支援ニーズの抽出と、支援者間及び、利用者ご本人と就労を進める上での課題を共通認識として、よりよい支援につなげることを目的に、社会的認識と生活活動に関するアセスメントを試作したので報告するとともに、今後の課題について考察する。 2 方法 試作においては以下の三つの視点を前提とした。 ① 「職業生活活動」と「日常生活活動」に分けたアセスメント項目の選択 ② 「行動」と「社会的な認識」の二つの側面からの評定 ③ 利用者と支援者の間で共通理解することを目的とした、アセスメント結果の視覚化 (1)アセスメント項目選択の手続き アセスメント項目選択の手続きについては以下のとおりである。「青年期発達障害者の地域生活移行への就労支援に関するモデル事業(以下「モデル事業」という。)」の参加者および発達障害者の就労移行支援事業の利用者計17名に対して、従来のアセスメント結果を踏まえて個別支援計画を作成し、独自に考案した就労支援モデルに従って、サービスの提供を行った。その実践において、①本人・家族から生活活動に関する支援ニーズの聞き取りを行い、ICFの「活動と参加」および「環境因子」に基づいて利用者の生活活動に関する支援ニーズの抽出を行った。②職員から、職場定着支援を含めた就労支援の過程で実際の支援課題となった生活活動について聞き取りを行った。③それらの結果を参考に、「安定した就労のベースとなる生活活動」という視点で支援ニーズとなりうる生活活動に関する項目を取捨選択し、ASA旭出式社会生活適応スキル検査の各項目を参考に整理した。④職業生活と日常生活を区別し、視覚的に提示することで、両者のつながりを認識しやすくし、支援の円滑化を図る事を目的に、表1と表2のとおりアセスメント項目を整理した。 表1.職業生活活動の項目 表2.日常生活活動の項目 (2)評定方法 生活活動の各々の項目において「行動」と「社会的な認識」の二つの軸を設け、それぞれに関して、−5から5までのスケールを設けた。 「行動」では、項目に関する行動の社会的な適応度を、「社会的な認識」では、項目に関する認識がどの程度社会的な基準に基づいているかで評点化することとした。 (3)アセスメントの支援への活用 アセスメントの結果に基づいて、具体的な支援方法につなげるために図1のように概念整理を行った。 図1 アセスメントと支援方法の関係 3 考察 本アセスメントの実施と支援事例の積み上げながら、アセスメントについて利用者及び支援者への使用感の聞き取りを行いながら、必要に応じて適宜改良すること、アセスメントの有用性の検証を行うことが今後の課題である。 【参考文献】 1)旭出学園教育研究所:ASA旭出式社会適応スキル検査、日本文化科学社(2012) 2)世界保健機構:国際生活機能分類−国際障害分類改訂版−、中央法規(2008) サテライトオフィスにおける雇用管理サポートとメンタルヘルスサポート 刎田 文記(株式会社スタートライン 企画部) 1 はじめに 株式会社スタートライン(以下「スタートライン」という。)は、「関わる全ての人に働く喜びを」提供することを目指して、企業の障害者雇用の実現と成功をサポートするために、障害者雇用コンサルティングや雇用サポートつきサテライトオフィスの運営・提供等の事業を行っている。 スタートラインが運営するサテライトオフィスでは、23社のオフィスで130名程度の障害者が就労している(平成26年8月末現在)。サテライトオフィスで働く障害者の障害種別(図1参照)は、様々な身体障害者から、統合失調症、うつ病、てんかん、自閉症スペクトラム症候群、その他の広汎性発達障害、知的障害など多様である。 図1 サテライトオフィスで働く障害者の種別割合 2 サテライトオフィスサービスの概要 図2に、サテライトオフィスサービスの概要を図示した。 (1)サポーターの配置 スタートラインのサテライトオフィスでは、障害者の障害特性や、応用行動分析・臨床行動分析に基づく障害者への様々な支援に関するノウハウについて研修を受けたサポーターが、日々の雇用管理サポート・メンタルヘルスサポート等の担当者として配置されている。 (2)スタートアップサービス サテライトオフィスの利用企業には、利用開始から数ヶ月間、スタートラインのサポーターを派遣し、初期研修や本社等から切り出した業務の研修を実施し、職務能力の向上を図るとともに、採用された障害者(以下「メンバー」という。)の障害特性の把握や職場定着に向けた配慮や支援について同定している。これらの支援結果は、長期に安定した雇用の実現に繋がるよう随時利用企業との共有を行っている。 図2 サテライトオフィスの概要 (3)継続サポート サポーター常駐によるスタートアップサービス終了後、サテライトオフィスへのサポートは、スタートラインスタッフ(センター長・サポーター・カウンセラー等)による継続サポートへと移行する。 継続サポートでは、4半期毎に利用企業向けに提案されるサポートプランに基づいて、サテライトオフィスの運営とサポート内容が具体化される。図3に、サポートプランの提案書のモデルを示した。 図3 サポートプラン提案書 また、メンバーとの定期的な面談や健康面、生活面へのサポート等の継続的な提供と共に、利用企業への定期的な報告書の提出や会議等によって、サポートプランの進捗状況が利用企業と共有されている。さらに、イレギュラーな事態が生じた場合でも、随時利用企業と協議を行い必要なサポートを提供しており、勤務している障害者の雇用の安定と、遠隔地での雇用管理に係る利用企業の負担の軽減を図っている。 3 雇用管理サポート 図4に、スタートラインのサテライトオフィスにおける雇用管理サポート・メンタルヘルスサポートについて示した。 (1)さまざまな雇用管理サポート サテライトオフィスでは4半期毎に利用企業と共に策定するサポートプランに基づいて、雇用管理サポートを行っている。 雇用管理サポートでは、日々の健康チェックや面談等による健康管理サポート、定期的な防災訓練や衛生に関するインフォメーション等による安全衛生管理サポート、生活面への課題に対する自主的な取組の奨励や関係機関との連携による生活管理サポート、メンバーや利用企業等とのコミュニケーションの充実を図るコミュニケーションサポート等が、個々のメンバー・利用企業のニーズに応じて行われている。 (2)MWSの活用による雇用管理サポート また、新たな職務が本社から提供されたり、新たなメンバーが採用されるなど、メンバーの職務能力の向上が求められる場合には、MWSの活用やサテライトオフィスへの再常駐等によるサポートを行っている。 特に、MWSを用いたサポートでは、個々のメンバーの職務に必要なスキルの向上だけでなく、障害特性に応じた補完方法の同定や疲労ストレスへのセルフマネージメントスキルの向上・定着に向け支援を行っている。 (3)研修による雇用管理サポート スタートラインでは、本社からの管理者の配置やメンバーからの管理者の専任、あるいは本社からの研修ニーズ等により、利用企業向けの研修を随時行っている。研修の内容には、「障害者関連法の動向」や「様々な障害の障害特性」、「応用行動分析の基礎」・「応用行動分析の職業リハビリテーションへの活用」、「障害者雇用におけるリスク管理」など様々なメニューを用意しており、利用企業のニーズに応じて実施している。 これらの研修の実施は、サテライトオフィス管理者の不安や負担感の軽減に繋がっている。また、これらの研修によりスタートラインスタッフとのコミュニケーションの充実が図られ、様々な雇用管理サポートやメンタルヘルスサポート等への理解も深まり、充実した障害者の雇用管理の実現へと繋がっている。 (4)継続的かつ計画的なサポートの提供 これらの雇用管理サポートの進捗状況は、定期的に利用企業に共有されている。また、サポートプランの結果については、四半期毎に利用企業に報告されると共に、新たな四半期に向けたサポートプランへの提案へと繋がっていく。スタートラインでは、利用企業のサテライトオフィスによる障害者雇用の実践が、各企業にとって価値ある障害者雇用の実現へと繋がるよう、継続的かつ計画的なサポートの提供を重視している。 4 メンタルヘルスサポート スタートラインでは、疾病の再発や離職等に繋がる可能性のあるメンタルヘルスに課題を有するメンバーに対し、MSFASの活用等による疲労・ストレスへのセルフマネージメントへの支援に加えて、臨床行動分析に基づくサポートを行っている。 (1)MSFASの活用によるサポート サテライトオフィスでは、メンバーの状況を見ながらMSFASの活用を積極的に行っている。MSFASの活用が有効と考えられるメンバーについては、利用企業へ「職場適応促進のためのトータルパッケージ」(以下「TP」という。)の活用を盛り込んだサポートプランを提案し、実施のタイミング等を検討し導入している。MSFASの活用は、単独での活用ではなくTPの他の内容と組み合わせたり、次のメンタルヘルスサポートの導入として用いられることが多い。 (2)臨床行動分析に基づくサポート 臨床行動分析は、応用行動分析から発展した理論であり、精神病理の分野への適用の展開である。 臨床行動分析に基づく応用方法や研究成果は、ここ数年日本でも数多く紹介されており、職場でのメンタルヘルスへの有効性も示唆されている。スタートラインでは、これらの知見に基づき、サテライトオフィス・メンバーへのメンタルヘルスサポートの一環として活用を始めている。 臨床行動分析に基づくサポートは現在、①相談・分析、②エクササイズ、③ホームワーク、④モニターサポート等から構成されている。実施対象となったメンバーの障害種別は、身体障害、精神障害、発達障害等多岐にわたっている。 これらのサポートの効果として、メンバー自身が効果を感じていること、出勤率の改善や職務への影響など周囲から見た改善も見られること等、数多くのポジティブな結果が得られている。 5 今後の課題と展望 (1)今後の課題 ・サテライトオフィスの有用性と費用対効果 ・障害者の雇用定着に関するリスク分析 ・疾病再発や離職予防に対する有効な支援方法 ・企業や障害者の立場に立った雇用管理への支援 (2)今後の展望 ・サテライトオフィスのメリットの整理 ・継続的な職場定着サポートにおけるTPの活用・臨床行動分析に基づくサポートの適用可能性 ・臨床行動分析に基づくサポート対象の拡大 図4 サテライトオフィスにおける雇用管理サポート・メンタルヘルスサポート サテライトオフィス運用における障害者6名に対するマネジメント実践報告 −発達障害者の眠気に対する取り組みと周囲の理解− ○志賀 由里(株式会社スタートライン ワークサポート事業部) 刎田 文記(株式会社スタートライン 企画部) 1 はじめに 株式会社スタートライン(以下「当社」という。)は、雇用サポートつきサテライトオフィスの提供・運営をメイン事業として行っている。当社では、サテライトオフィスを利用頂いている企業とのパートナーシップを重視し、安全で責任あるサポート体制を提供させて頂いている。利用企業は、都心など本拠地のある場所から離れた地域でのサテライトオフィスの活用により、これまで行ってきた本拠地での『従来の働き方』(表1参照)のメリットを活かしつつ、そのデメリットを解消した形で、障害者を雇用していくことが可能となる。 表1 従来の働き方 2 S社サテライトオフィス開設と課題 平成25年12月、S社が当社相模原センターにサテライトオフィスを開設した。開設当初に採用された障害を持つ社員(以下「メンバー」という。)は6名であった。メンバーの障害種別等については、表2に示した。開設時から3ヶ月間は、当社従業員(以下「スタッフ」という。)が派遣社員として常駐し、メンバーの業務の指導・支援や雇用管理のサポートを行った。また、当社スタッフの常駐終了に先立ちS社管理者のA氏が週3回の常駐となった。主な業務は、入社書類のPDF化とエクセルフォーマットへの通勤経路の入力であった。障害に応じて業務の得手不得手を考慮する必要性はあるが、この二つの業務についてはメンバー全員従事可と判断し、各自で作業を分担し取り組むこととなった。 サテライトオフィス開設後1週間経過した頃より発達障害のメンバー(以下「B氏」という。)が、就業中に眠気が生じ始め、業務に支障をきたすようになった。眠気により業務ができない状態をB氏自身が受容できず、自責の念に駆られメンタル面の不調を訴えるようになった。また一方で、周囲のメンバーが眠気により業務が進んでいないB氏を怠けていると思い始め、不信感を持つようになった。 表2 メンバーの障害種別と男女比 3 B氏のプロフィール 男性、20代後半、発達障害と診断されており対人関係を苦手と感じている。前職は高校での事務職を一年間経験している。その職場の上司から高圧的な態度で日々接せられることが多いため、常に恐怖心を持つようになり、心療内科へ通院し、二次障害(うつ病・パニック障害の症状)が発症していると診断される。完璧主義者で理想は高いが、理想と現実とのギャップにより自責の念に駆られる傾向が強い。自己分析や自己報告を好み、自己状態を第三者に話すことでメンタル面が安定するという行動傾向がある。 4 B氏の眠気に対するアプローチ (1)眠気の状況 眠気が生じるのはPDFファイル名の変更時や通勤経路入力時で、書類を複合機でスキャンしている時には眠気は生じない。スキャン作業はB氏にとって最も楽しいと感じられる作業であり、複合機の機械音は精神的に落ち着くという内観があったことから、得手作業時は覚醒し不得手作業時は眠気が生じる状態であることが分かった。 (2)オフィス内で実施した施策・効果 ① 第1の施策 (期間:平成25年12月中旬〜平成26年1月) B氏が自己報告を好むことに焦点を当て、PDFファイル名の変更時や通勤経路入力時、10件処理する毎にスタッフへ報告をしてもらうことにした(報告機会の増加)。作業報告が頻繁になることで周囲のメンバーに迷惑が掛かることをB氏が心配したため、報告方法は口頭ではなく付箋で行うこととした。報告時のB氏へのフィードバックは口頭で強化し(褒める)、強度な眠気が生じている時はフィードバックの時間を長くし、覚醒水準が高まるまでコミュニケーションを継続した。 ② 第1の効果 スタッフへ作業報告を行うことによりB氏の中で『自分は孤立していない』という感情が生じ始めた。孤立感がないことでメンタル面は安定し、眠気の頻度が少なくなった。周囲のメンバーはB氏がスタッフに対し作業報告を行っていることに気付いたが、特段干渉せず静観していた。 ③ 突然の不幸と不得手作業の取り組み 同居親族の逝去により、喪失感が生まれメンタル面が不調となる。また、就業面ではスキャン作業が得意ということならと周囲のメンバーの勧めで複合機のスキャンマニュアルの作成に取り組むことになったが、予想以上に苦戦し、苦手意識が芽生えてしまい、就業時に再び眠気が起きる状態となった。 (3)自立に向けて実施した施策・効果 ① 第2の施策 (施策期間:平成26年2月) サテライトオフィスが開設されてから2ヶ月が経過し、スタッフの常駐期間が残り1ヶ月になった時点で付箋報告から業務記録管理表報告へと報告方法を変更した。管理表形式にすることで自身での振り返りが可能となった。業務記録管理表の項目を表3に示した。B氏は各作業後に業務記録管理表へ作業内容を記し、それを基にスタッフへ作業報告を行った。スタッフからB氏へのフィードバックは口頭ではなく、強化となるコメントを業務記録管理表内に記すようにした。 表3 業務記録管理表の項目 ② 第2の効果 業務管理記録表を記入するようになってから、『文字を書く』という行為がメンタル面の安定に繋がることが明らかになった。文字を書く音が心地良く感じ、メンタル面が安定してくるとB氏は述べている。また、スタッフからフィードバックを受ける前に本人のコメント欄へ自己強化を記すようになり、自然発生的に自己フィードバックが出来るようになっていた。自己強化をすることで自身が励まされ、眠気の頻度は激減していった。 ③ 心療内科通院日の変更と逃避行為 第2の施策を実施してから2週間は安定して就業出来ていたが、心療内科の定期通院を平日午前へ変更したことをきっかけに(通常は土曜日)体内リズムが崩れ、長期間メンタル面が不調となった。また、業務記録管理表に自己強化ではなく自己を慰めるような文言が並び始め、メンバーに対する悪態も記すようになった。同時に実務よりも業務記録管理表の記入を優先するようになったため、定期面談時に業務記録管理表のあり方を改めて説明した。B氏は自分の捉え違いに気付き、その日以降ネガティブな内容は記さなくなった。 (4)自立稼働および周囲の理解 ① 第3の施策 (施策期間:平成26年3月〜現在) スタッフの常駐期間が終了し、間接的なサポートへ移行したことにより、就業中の作業報告も終了することとなった。業務記録管理表については継続して記してもらい、その他にふり返り表を作成してもらうこととなった。ふり返り表の項目を表4に示した。ふり返り表はコピーし、退社時にスタッフへ提出してもらうこととした。 表4 ふり返り表の項目 ② 第3の効果 第1および第2の施策期間中は、B氏が就業中に感じているストレスを報告という形でスタッフへ伝えることが出来たが、第3の施策期間以降は抱えている感情や自己の精神状態をふり返り表へ書き記すことでメンタル面が安定した。しかしながら、ネガティブな内容を書き記した時はメンタル面が不調になり、眠気が生じる状態となった。 ③ 周囲の理解 車椅子メンバー1名が3月末日で退職し、4月初旬に統合失調症(20代・女性)のメンバーが入社した。S社のサテライトオフィスでは新入社員が入った時は全員で自己紹介を行う慣習がある。その時に自分の障害内容や障害特性、そして配慮して欲しい点を共有するが、B氏が「文字を書くことは自分にとって必要な行為である」と伝えたことで、記録を取ることの必要性を周囲のメンバーが理解する結果となった。 (5)休憩時間および気持ちの整理 ① 第4の施策 (施策期間:平成26年5月〜現在) スタッフの常駐期間終了から3ヶ月が経過し、B氏が自立的に行えていた疲労へのセルフマネジメントが崩れ始めた。S社のサテライトオフィスでは昼休憩60分の他に、小休憩が1日3回各10分認められており、小休憩に関しては疲労度や業務にあわせて各自が好きなタイミングで取得していた。B氏はスキャン作業の切りが良い時や疲労を感じた時に小休憩を取得していたが、疲労が蓄積しすぎていたため疲労の回復が不十分であった。そこで、過度の疲労を防ぐために休憩時間を1時間30分毎(10時30分、14時30分、16時00分)に固定した。また、パニック障害の症状や“妄想”が現れた時の気持ちの整理方法として『負の感情はまとめて別の場所に置いておく、もしくは流す』ということを手の動作を合わせてB氏に伝えた。 ② 第4の効果 小休憩時間を固定したことにより疲労で身体が動けなくなることは無くなり、眠気の頻度も減少した。また、気持ちの整理方法に関しては図1のように自己変換し、不安や悩みを整理できるようになり、妄想によるメンタル面のダメージは減少していった。しかしながら、この方法で眠気が減少することはなかった。 図1 気持ちの整理方法 5 B氏以外のメンバーに対するアプローチ (1)B氏と周囲メンバーの関係性 S社のサテライトオフィスにはB氏以外5名のメンバーが就労している。そのメンバーの障害種別と人柄を表5に示した。この5名の中でキーパーソンとなるのは、C氏とD氏である。その他3名のメンバーはB氏の動向は気になりつつも、自分の業務に集中して取り組むことを優先している。C氏は事実上の業務リーダーであり、誰の仕事に対しても非常に厳しい。そのためB氏のミスに対し、強い口調で叱責してしまう時がある。D氏はムードメーカー的存在であり、困っているメンバーを見つけると手を差し伸べるが、B氏がC氏に叱責されている時はB氏を心配しつつも積極的に関わることが少ない状況であった。 表5 B氏以外のメンバーの人柄 (2)C氏およびD氏へのアプローチおよび効果 ① C氏に対して C氏は仕事を行うにあたり『ミスが一つも無い状態で成果物を納品する』を信念としていて、業務の質を落としてはいけないと常に考えている。そのため、不得手作業でミスをしてしまうB氏に対し不満を抱くようになった。定期面談時、C氏がB氏への不満をスタッフへ伝えてきた時、スタッフはC氏の考え方を受容し、それぞれ異なる障害ゆえ出来る職務・範囲に違いがあること、B氏の得手不得手作業について継続的にスタッフから伝えていった結果、C氏はB氏の特性を理解し、得手作業のみを与えるようになった。 ② D氏に対して D氏はB氏がC氏から叱責されている時に、どのように対応してよいのか分からず、積極的に関わることが少なかった。他者を気遣おうとする側面が見られることから、他のメンバーのサポート役を一時的に担ってもらった。役割を明確化することで、就業中にB氏が不調になっている時は優しく声掛けをし、C氏から叱責された後は「自分も同じように言われているから気にするな」などとB氏のメンタル面をケアするようになった。B氏もD氏に対し徐々に信頼を置くことが出来るようになり、D氏からの励ましでメンタル面が安定する様子も見られるようになった。 6 S社の反応 常駐している管理者のA氏から「ここのメンバーはスタートラインの細やかなサポートがあるから安定して働くことが出来ている」という当社への厚い信頼を実感できる出来事があった。また、当社サポートの一環として、利用企業へ週1回ウィークリー報告書をお送りしている。S社に対しては、サテライトオフィスの雰囲気を伝える目的で、月1回の昼食会の写真も一緒に送付していた。その写真をご覧になったS社ご担当者様が、メンバーの活き活きとした様子を社内に周知しようと、同社の社内報に掲載したことにより、サテライトオフィスメンバーの活躍がS社全体に共有されることとなった。 7 これからの課題 B氏の眠気は一進一退の状況であるが、一番の課題は周囲メンバーとの関係性である。メンバーは全員が自分の障害の状況にあわせて職務を行っているため、B氏のサポート役をメンバーの中から選出することは大変難しい状況である。周囲メンバーに対してB氏への理解を促し続けると共に、このサテライトオフィスのあるべき姿として、「それぞれの能力で仕事をし、和を大切に、思いやりを持ちながら就業する」ことの必要性を継続的に伝えていきたいと考えている。 8 おわりに 今回B氏に対し4つの施策を行ない、大きな効果が見られた。成功要素の共通点として、専門知識を持ったスタッフがサテライトオフィスに常駐していたことが挙げられる。現在、B氏には新たな原因による眠気が現れているため、間接的なサポートによる新たな施策を検討している。 当社では、雇用サポートつきサテライトオフィスという場を中心に、利用企業とのパートナーシップを重視しつつ、障害者雇用の価値や可能性を実感して頂けるよう、安全で責任あるサポートを継続的に提供していきたいと考えている。 【連絡先】 志賀 由里 e-mail:yshiga@start-line.jp F&T感情識別検査4感情版から明らかとなった発達障害者の特性 〜明確に表現された他者感情の読み取りの特徴〜 ○知名 青子(障害者職業総合センター 研究員) 向後 礼子(近畿大学) 武澤 友広・望月 葉子(障害者職業総合センター) 1 研究の背景と目的 発達障害者は、言語コミュニケーションのみならず、非言語コミュニケーション(表情認知・他者感情の理解・視聴覚情報の処理等)の課題を持つことが指摘されており、これらの特性についての客観的評価は、支援・指導において有益な情報となる。 F&T感情識別検査4感情版は非言語コミュニケーション・スキルの中でも、特に音声や表情から明確に表現された他者の基本感情(喜び・悲しみ・怒り・嫌悪)の受信の特徴を客観的に評価するための指標として、障害者職業総合センターで開発された1)2)3)。 本発表は障害者職業総合センター調査研究報告書№119から、F&T感情識別検査4感情版を用いて発達障害者の他者感情の読み取りの特性把握について検討した結果4)の概要について報告する。なお、検査実施にあたっては、基本感情に対して適切に感情語がラベリングされていることが要件となるため、感情場面と感情語の対応についての調査結果についても報告する。 2 調査の概要 (1)対象者 ① 発達障害者 知的障害を伴わない18歳から54歳の発達障害の診断・判断を有する者103名であった(表1)。 対象者の収集にあたっては、広域・地域障害者職業センター、障害者職業総合センター職業センター及び外部の協力機関(大学・就労支援機関)に調査協力者の紹介を依頼し、本調査への協力に対する同意を得た。したがって対象者は発達障害の診断を有する者、判断を有する者であることに加え、診断・判断を受け容れている者である。 また、求職活動の実施または準備段階にある者であるが、就業経験の後、現在は大学院に在籍する者2名を含んでいる。表2には対象者の診断名を示す。 表1 対象者の人数・年齢 表2 対象者の診断名 ② 定型発達者 F&T感情識別検査4感情版の基準値については、「F&T感情識別検査4感情版の開発に関する研究」において取得した大学生・院生128名(男性58名、女性70名)のデータ2)を基準値として用いた。調査時期は平成11年5月〜6月であった。 なお、場面と感情の対応(感情名のラベリングの確認)については、新たに取得した定型発達者(大学生・院生/男性83名、女性72名)155名のデータを比較検討に用いた。 (2)調査時期:平成25年5月〜12月 (3)調査方法 ① 場面に対する感情の理解に関する質問紙調査 場面と感情語との対応を確認するために、図1に示した14の場面を自分が経験した場合に、どのような気持ちになるのかについて、感情語(喜び・悲しみ・怒り・嫌悪・驚き・恐怖・軽蔑)を一つ選択させた。 ② F&T感情識別検査 検査刺激は、4人の演者(男女×20代・40代)が明確に表現した4つの感情「うれしい(喜び)・かなしい(悲しみ)・いやだなぁ(嫌悪)・おこっている(怒り)」について、最も当てはまる感情をラベルの中から選択させた。刺激は三つの条件(音声のみ、表情のみ、音声+表情)で呈示した。 検査方法はパソコンのモニターで映像を呈示した個別実施と、スクリーンを用いた小集団実施の二通りであった。パソコン実施の場合はマウスを使用した回答、集団実施の場合は、回答用紙への回答とした。 3 結果と考察 検討1 場面と感情語の対応 回答傾向について発達障害の診断有無による違いを検討するため、各選択肢を選択した人数の比率について場面別にχ2検定を行った結果、4つの場面について群間に有意な違いが認められた(有効分析対象者:定型発達者149名/発達障害者103名,表3)。なお、発達障害者の男女で回答に有意差は認められなかった。発達障害者においては場面に対し独特の読み取りをすることで、定型発達者(大学生・院生)とは感情と場面の対応が異なっている可能性が示唆された。 表3 場面別のχ2検定の結果 図1 設定した場面を経験する場合の感情(発達障害者103名) 検討2 F&T感情識別検査4感情版の結果 ① 呈示条件による感情識別の正答率 「音声のみ」、「表情のみ」、「音声+表情」の各呈示条件における、定型発達者と発達障害者の間で正答率に差があるかどうか、t検定を用いて検討した。結果、いずれの呈示条件においても定型発達者の平均が、1%水準で有意に高く、特に「表情のみ」条件においては、両者の正答率の差は10%ポイント以上となった(表4)。 表4 定型発達者(大学生・院生)と発達障害者の呈示条件毎の平均正答率(SD) なお、呈示条件間の正答率の比較に関して、対象者群毎に対象者内1要因分散分析(3 水準)を行った。定型発達者(大学生・院生)では、呈示条件の主効果(F(2,127)=104.337,p<.0001)が認められた。その後の検定により、「音声のみ」と「表情のみ」の呈示条件間では有意差は認めらなかったが、「音声のみ」「表情のみ」と「音声+表情」との間では、それぞれ1%水準で有意差が認められた。これに対し、発達障害者に関しては、定型発達者(大学生・院生)と同様に呈示条件の主効果(F(2,102)=118.036,p<.0001)が認められた。その後の検定によりすべての呈示条件間でそれぞれ1%水準で有意差が認められ、「表情のみ」の正答率が最も低かった。 以上から、発達障害者においては、音声または表情からの他者感情の読み取りに関して、定型発達者(大学生・院生)よりも困難が大きいこと、特に、表情の読み取りに関して、より困難が大きいことが確認された。 ② 快−不快の混同の傾向について 4感情の正答率では、定型発達者(大学生・院生)と発達障害者はともに「喜び」の正答率が共通して最も高かった。しかし、「喜び」を不快な感情に読み誤る者が一部見られた。感情の快−不快を混同することは、その後の誤った対応を招き、対人トラブルの原因となってしまう。そこで、感情の混同傾向を把握するため、「喜び」と「怒り」・「嫌悪」の感情間での混同について検討した(表5,表6)。快−不快の混同は、定型発達者(大学生・院生)・発達障害者ともに認められた。したがって、これらの混同が発達障害者のみに特徴的であるとはいえない。ただし、「音声のみ」では、快−不快の混同は定型発達者(大学生・院生)よりも多い傾向にあることが明らかとなった。 表5 「喜び」→「怒り」「嫌悪」の混同率(%) 表6 「怒り」「嫌悪」→「喜び」の混同率(%) ③ 「悲しみ」「怒り」「嫌悪」の混同率 不快の感情の混同は、対応に誤りが無ければ大きな問題となる可能性は低いが、感情の読み誤りから事態をより深刻に受け取る、または深刻な状況を楽観的に受け取るといったことが対人トラブルの原因となりうる。調査の結果、発達障害者においては、定型発達者(大学生・院生)と同様に「音声のみ」「表情のみ」「音声+表情」のいずれの条件においても、「悲しみ」「怒り」「嫌悪」の3感情間の混同が認められた(表7)。したがって、これらの混同が発達障害者に特徴的であるとはいえない。ただし、全ての条件で「悲しみ」を「嫌悪」と混同する傾向、及び「嫌悪」を「怒り」と混同する傾向が発達障害者において顕著に高かった。また、「表情のみ」条件では「悲しみ」を「怒り」と混同する傾向が認められた。 表7 「悲しみ」「怒り」「嫌悪」の混同率(%) ④ コミュニケーション・タイプについて F&T感情識別検査4感情版では、定型発達者(大学生・院生)のデータを基準値とした条件別の正答率から、コミュニケーション・タイプが判定できる。具体的には、「音声」と「表情」の回答傾向に特徴的な傾向の認められる8タイプと、特徴的な傾向を有さない不特定タイプの計9タイプに分類される(表8)。 表8 コミュニケーション・タイプ別人数 発達障害者では特徴的な傾向を持たない「不特定タイプ(36名)」が35%で最多だった。次いで、相補タイプ(「音声のみ」「表情のみ」の単独の情報では正答率が低いものの、両方からの情報を相互補完的に利用することで、全体的な正答率が高まる)が全体の24.2%を占める。相補タイプは視覚からの情報と聴覚からの情報を適切に統合して利用していると考えられ、情報の効果的な活用という点からは望ましい。ただし、単独では、混同も起こりうることから、会話は音声・表情の両方の情報が利用できるように向かい合っておこなうことが望ましいタイプである。「高受信タイプ」は19名と全体の18.4%を占め、3番目に多いタイプとなった。 一方、「音声のみ」「表情のみ」の正答率が高いにも関わらず、両方の情報を利用可能な「音声+表情」で正答率が低い「相殺タイプ」は1名であった。また、平均正答率の7割に満たない「低受信タイプ」は1名と少なかった。 その他、条件によって正答率が異なる中、識別力の高い条件を優先的に利用することができる場合は困難が少ないと考えられる。この方略を用いている発達障害者は音声依存・Tタイプ(17名:16.5%)、表情依存・Fタイプ(3名:2.9%)で、全体の19.4%であった。 4 まとめ F&T感情識別検査4感情版を活用することで、発達障害者の感情識別の特性に関して、①どのくらい正しく感情を読み取れているか、②感情の読み取りに快−不快の混同がないか、③不快な感情をより不快に読み取っていないか、④音声や表情から条件別の読み取りの特徴は見出せるか、といった点について把握することができた。また、定型発達者(大学生・院生)との比較では発達障害者において特に表情からの感情の読み取りの困難が大きいこと等が明らかとなった。 これらの結果から、発達障害者の非言語コミュニケーション・スキルの支援課題を検討するにあたって、F&T感情識別検査4感情版を活用できる可能性が示唆された。 なお、検査の実施と結果の解釈にあたっては“感情語のラベリングを確認すること”、感情の混同がある場合は、“感情の理解の方法や対応についての確認”、そして、コミュニケーション・タイプから想定される音声や表情などの情報活用方法の検討を行うことが重要となる。 【文献】 1)障害者職業総合センター調査研究報告書№14「知的障害者の職業指導を支援する評価システムの開発に関する研究」1996 2)障害者職業総合センター調査研究報告書№39「知的障害者の非言語的コミュニケーション・スキルに関する研究−F&T感情識別検査及び表情識別訓練プログラムの開発−」2000 3)障害者職業総合センター F&T感情識別検査−4感情版−(ソフトウエア インストールDVD)2012 4)障害者職業総合センター 発達障害者のコミュニケーション・スキルの特性評価に関する研究−F&T感情識別検査拡大版の開発と試行に基づく検討−2014 F&T感情識別検査拡大版から明らかとなった発達障害者の特性 〜曖昧に表現された他者感情の読み取りの特徴〜 ○武澤 友広(障害者職業総合センター 研究員) 知名 青子・望月 葉子(障害者職業総合センター) 向後 礼子(近畿大学) 1 研究の背景と目的 発達障害者の支援にあたり、他者の感情を推測するうえで重要な「音声」や「表情」といった非言語情報によるコミュニケーションについての特性評価は有益な情報の一つとなる。このようなコミュニケーションの特性を客観的に評価できる指標として、障害者職業総合センターで開発されたF&T感情識別検査がある。この検査は喜び、悲しみ、怒り、嫌悪のいずれかの感情を明確に表現した音声や表情が、どの感情を表しているかを被検査者に判断させることで非言語コミュニケーションの特性を評価するものである。 しかし、成人同士のコミュニケーションにおいては、明確に感情が表現される機会は子ども同士ほど多くはない。そのため、感情が明確に表現されない曖昧な音声や表情に関する認知特性を把握することは、就労支援において重要である。 そこで、障害者職業総合センターでは、F&T感情識別検査拡大版(以下「拡大版」という。)として、曖昧な感情表現に対する発達障害者の認知特性を評価できる検査課題を開発した。そして、拡大版を発達障害者に試行した結果に基づき、拡大版で把握できる認知特性について調査研究報告書№119 1)にとりまとめた。このうち、本発表では、発達障害者と定型発達者(大学生・院生)の拡大版の検査結果を比較検討した結果、及び拡大版の検査結果と日常生活における感情の経験頻度の関係について検討した結果について報告する。 2 方法 (1)対象者 ① 発達障害者 知的障害を伴わない18歳〜54歳(平均年齢:28.2歳、SD:7.53)の発達障害の診断・判断を有する103名(男性:81名、女性:22名)。対象者の82.5%が自閉症、アスペルガー症候群、その他特定不能の広汎性発達障害といった自閉症圏の障害の診断があった。診断名の詳細は、一連の発表である「F&T感情識別検査4感情版から明らかとなった発達障害者の特性−明確に表現された他者感情の読み取りの特徴−」(第21回職業リハビリテーション研究発表会, 2014)を参照。 ② 定型発達者(大学生・院生) 18歳〜29歳(平均年齢:20.8歳、SD:1.80)の大学生又は大学院生155名(男性83名、女性72名)。有効分析対象者は149名(平均年齢:20.8歳、SD:1.73、男性78名、女性71名)。 (2)調査時期 発達障害者を対象とした調査は平成25年5月〜12月、定型発達者(大学生・院生)を対象とした調査は平成24年10月〜平成25年2月に実施した。 (3)F&T感情識別検査 拡大版 ① 検査刺激 演劇等で感情表出の訓練を積んだ20代の男女各1名、40代の男女各1名の計4名が、感情的意味のない台詞(「おはようございます」など8種類)を、音声や表情に感情(喜び、悲しみ、怒り、嫌悪、驚き、恐怖、軽蔑の7種類)を込めて発話した様子を撮影した動画を用いた。 刺激は、動画の音声だけを呈示する「音声のみ」条件、映像だけを呈示する「表情のみ」条件、音声と映像の両方を呈示する「音声+表情」条件の3種類の呈示条件で呈示した。 これらの刺激を用いて、23歳〜61歳の成人10名(男性4名、女性6名)を対象に行った検査刺激作成のための調査結果から、曖昧な感情を表現した刺激(以下、曖昧刺激)を選択した。具体的には、以下の通り。 1)被調査者には各刺激が表現している感情を七つの感情から選ばせ(複数回答可)、その回答に対する確信度を3段階で評価させた。 2)各刺激について、被調査者の何%がその感情を選択したかを示す一致率を感情の種類別に算出した。 3)一致率がどの感情についても50%以下であり、確信度の被調査者間平均が2点以下の刺激を曖昧刺激として定義した。ただし、「音声+表情」条件は、他の条件よりも刺激の情報量が多く、曖昧性が低いことから、一致率の基準を「50%以下」から「60%以下」とした。 4)選定した曖昧刺激のほとんどは不快感情を喚起する刺激であり、そのような不快刺激を繰り返し呈示することは被検査者にストレスを与える可能性があることから、被調査者の全員が「喜び」を選択した快刺激を刺激系列に加えることでストレス緩和を図った。なお、快刺激の呈示箇所は刺激系列中2カ所と刺激系列の最後の計3カ所であった。また、快刺激の直後には、前述の9刺激とは別の曖昧刺激を配置し、快刺激と共に分析から除外することとした。これは、快刺激によるストレス緩和がその後の評定に及ぼす影響を抑えるためである。 上記の過程から、拡大版の各条件は9(曖昧刺激)×2(反復提示)+3(快刺激)+2(分析対象外の曖昧刺激)=23刺激で構成した。 ② 刺激呈示の概要(図1) チャイム音→刺激番号呈示(5秒間)→刺激呈示(2−3秒間)→回答時間(5秒間) 図1 F&T感情識別検査拡大版における刺激呈示 ③ 回答方法 呈示された刺激が表現している快−不快の程度を9件法(「−4:非常に不快である」−「0:快でも不快でもない」−「+4:非常に快である」)で回答させた。 ④ 手続き 検査はパソコンのモニターで映像を呈示した個別実施とパソコンのモニターまたはスクリーンで映像を呈示した集団実施の2通りで実施した。 調査の実施時間は各呈示条件につき約7分で、「音声のみ」→「表情のみ」→「音声+表情」の順に実施した。 (4)感情の経験頻度 「喜び」「悲しみ」「怒り」「嫌悪」「驚き」「恐怖」「軽蔑」の7種類の感情の経験頻度について、調査時点から遡って3ヶ月間の間に、どの程度の頻度で経験したかを7件法(「0:まったくなかった」−「2:月に1回あった」−「4:週に1回あった」−「6:毎日あった」)で回答させた。 3 結果 (1)曖昧な感情表現からの感情の読みとり 曖昧刺激の評定に関する発達障害者の特徴を検討するため、発達障害者と定型発達者(大学生・院生)について、曖昧刺激に対する快−不快評定の評定値の合計を算出し、その対象者間平均を呈示条件別に算出した結果を図2に示した。 評定値の群間差について、t検定を行った結果、「音声のみ」条件(t(250)=4.80, p<.01)と「音声+表情」条件(t(189)=3.40, p<.01)では、発達障害者の方が定型発達者(大学生・院生)より 図2 F&T感情識別検査拡大版の評定値 (誤差棒はSD **p<.01) も不快に評定していた。一方、「表情のみ」条件(t(250)=0.87, p=.39)においては有意な差は認められなかった。 なお、拡大版は刺激の構成上、同じ曖昧刺激が2回呈示されるが、1回目と2回目の評定が異なる可能性がある。そこで、定型発達者(大学生・院生)と発達障害者のそれぞれについて、1回目と2回目の曖昧刺激に対する評定値の違いを検討した(表1)。その結果、定型発達者(大学生・院生)については、全ての呈示条件について1 回目が2回目よりも不快に評定していることが示された(「音声のみ」条件:F(1, 147)= 60.7, p<.01、「表情のみ」条件:F(1, 147)= 91.5, p<.01、「音声+表情」条件:F(1, 147)=180.6, p<.01)。一方の発達障害者についても、定型発達者(大学生・院生)と同様の結果が認められた(「音声のみ」条件:t(102)=4.93, p<.01、「表情のみ」条件:t(102)=4.06, p<.01、「音声+表情」条件:t(102)=8.18, p<.01)。 表1 F&T感情識別検査拡大版の評定値 次に対象者の年齢による影響を考慮し、23歳以下の対象者(定型発達者(大学生・院生)138名/発達障害者33名)に限って、評定値の比較を行った(図3)。その結果、「音声のみ」条件について、発達障害者が定型発達者(大学生・院生)よりも不快に評定していた(t(169)=2.67, p<.01)。また、「表情のみ」条件については、有意傾向ではあるが、定型発達者が発達障害者よりも不快に評定した(t(169)=1.90, p=.06)。「音声+表情」条件については有意な差が認められなかった。 なお、呈示回数別の評定値の結果を表2に示す。定型発達者については、全ての呈示条件について1回目が2回目よりも不快に評定していることが示された(「音声のみ」条件:t(137)= 7.52, p<.01、「表情のみ」条件:t(137)= 9.06, 図3 F&T感情識別検査拡大版の評定値 (23歳以下/誤差棒はSD **p<.01 †p<.10) p<.01、「音声+表情」条件:t(137)= 12.77, p<.01)。一方の発達障害者についても、定型発達者(大学生・院生)と同様の結果が認められた(「音声のみ」条件:t(32)=4.08, p<.01、「表情のみ」条件:t(32)=3.21, p<.01、「音声+表情」条件:t(32)=5.96, p<.01)。 表2 F&T感情識別検査拡大版の評定値 (2)拡大版の評定値と感情の経験頻度との関係 まず、発達障害者と定型発達者(大学生・院生)の感情の経験頻度の違いを検討するため、経験頻度の評定値に基づき、経験頻度の水準が異なる3群に対象者を分けた(経験頻度低群:まったくなかった〜ほとんどなかった、中群:月1回〜数回程度あった、高群:週数回〜毎日あった)。図4に感情の経験頻度に関する各群を構成する人数の割合を示す。 発達障害者と定型発達者(大学生・院生)の経験頻度に関する各群の人数比について、感情の種類別にχ2検定を行った。その結果、全ての感情について有意差が認められた。具体的には、喜び(χ2=17.69, df=2, p<.01)、悲しみ(χ2=15.02, df=2, p<.01)、怒り(χ2=6.32, df=2, p<.05)、嫌悪(χ2=7.32, df=2, p<.05)、驚き(χ2=15.10, df=2, p<.01)、軽蔑(χ2=6.35, df=2, p<.05)は定型発達者(大学生・院生)の方がより多く経験していたが、恐怖(χ2=11.13, df=2, p<.01)は発達障害者の方がより多く経験していた。 図4 感情の経験頻度による各群の人数の割合 次に、拡大版の評定値と感情の経験頻度の関係を検討するため、拡大版の評定値について、1要因の分散分析を行った結果、定型発達者(大学生・院生)については全ての呈示条件において有意な関連は認められなかった。一方、発達障害者においては以下の傾向が認められた。 ・「嫌悪」の経験頻度が高いほど「音声+表情」条件の曖昧刺激をより不快に評定した(F(2, 100)=2.48, p<.10)。 ・「恐怖」の経験頻度が高いほど「音声のみ」条件(F(2, 100)=3.68, p<.05)及び「表情のみ」条件(F(2, 100)=3.37, p<.05)の曖昧刺激をより不快に評定した。 4 考察と展望 拡大版で把握した発達障害者の特性に基づき、検査結果を解釈する際のポイントを示す。 ①曖昧な感情表現から過度に快あるいは不快な感情を読みとっていないか。特に音声のみ、あるいは音声と表情の両方から感情を読みとる際、過度に不快な感情を読みとっていないか。 ②曖昧な感情表現から過度に不快な感情を読みとる傾向がある場合、直近の不快感情の経験(特に「嫌悪」「恐怖」)が影響していないか。 本研究の結果から、発達障害者においては、日常生活場面において、他者の音声や表情から表出される感情をより不快に読みとる傾向があることが示唆された。このことは、職場においても同様であり、支援者は同僚や上司との関係において、発達障害者が他者感情をより不快な方向に捉えている可能性、すなわち、対人ストレスが高い状態におかれている可能性を踏まえて支援する必要がある。具体的にはF&T感情識別検査により「他者感情をより不快な方向に捉える傾向」が把握された発達障害者に対し「他者の感情表現を必要以上に否定的にとらえている可能性がないかどうか」を検討するための相談を行うことが求められる。また、周囲の同僚や上司に対しては、必要に応じ、当事者に「不快な感情を抱いていないこと」を言語でも積極的に明示することが求められる。 なお、23歳以下の対象者に限った拡大版の評定値の結果は、年齢を限定しない場合とは違いが認められた。このことは、検査対象者の年齢によって、拡大版の評定値は影響を受けることを示唆している。したがって、拡大版の検査結果の解釈に用いるための基準値は年代別に設定することが妥当である。今後、幅広い年代の職業人を対象に拡大版のデータ収集を行い、基準値を作成する予定である。 【文献】 1)障害者職業総合センター:調査研究報告書№119 発達障害者のコミュニケーション・スキルの特性評価に関する研究 −F&T感情識別検査拡大版の開発と試行に基づく検討−(2014) 「軽度の身体・高次脳機能障害を呈した症例への復職支援」 〜早期復職へ向けて回復期OTに必要な評価・訓練・支援とは〜 ○福地 弘文(医療法人ちゅうざん会 ちゅうざん病院リハビリテーション部 作業療法士) 田中 正一・末永 正機・嘉数 進(医療法人ちゅうざん会 ちゅうざん病院) 1 はじめに 近年、若年性脳血管障害者が増加している印象を受ける。2013年3月、読売新聞に掲載された記事では、50歳未満に脳血管障害を発症した人の割合は、全体の約9%との報告がある。その多くが仕事に従事している中での発症と考えられ、復職は生活の質をあげる大切な活動と思われる。佐伯1)によれば、脳卒中後の復職率は、我が国で約30%で、「脳卒中障害者は就労できない」という誤った固定観念が影響していると述べている。 脳血管障害発症後は、運動麻痺や感覚障害、高次脳機能障害や抑うつなど様々な障壁があり、職場復帰するには多くの支援が必要とされる場合がある。上記した障害が重症であるほど、就労に向けては専門機関の利用が必要となってくるケースが多い。一方、身体・高次脳機能障害が軽度である場合、入院中から復職に焦点を当てた評価、訓練、支援体制を強化することによって、専門機関を介さずに、より早期に復職に繋げることも可能であると考える。豊永2)によれば、復職時期には発症後3〜6カ月、発症後1年半の二つのピークが認められたとの報告がある。また、徳本ら3)によれば発症後1年半にピークがあるのは傷病手当金の期限切れの影響、発症後3〜6カ月と早期に復職を可能にする要因としては、①発症早期よりADL能力が高いこと、②復職に適応する十分な体力があること、③医療機関の復職に関する支援があることが要因であることがわかったと報告されており、早期から復職に向けた支援が求められる。 そこで今回、回復期リハ病棟から専門機関を介さずに復職へ繋げた、軽度の身体・高次脳機能障害を呈した症例へのアプローチを振り返り、回復期リハ病棟における早期復職に必要な支援について考察を加え報告する。また、本研究は当院倫理員会の承認を受けておりヘルシンキ宣言に沿ったものである。 2 事例紹介 30歳代男性。職業はコールセンター。X年、意識障害出現し救急搬送。頭部CTで右被殻出血認め保存的に入院加療となる。発症から約3週間後にリハビリテーション目的で当院に入院。 家族構成は父、母と3人暮らしで兄弟なし。生活背景は発症前まで暴飲・暴食、飲酒、喫煙の習慣があり、運動習慣はほとんどなく、生活リズムは崩れ高血圧症の診断も受けていた。 3 作業療法評価(入院時) (1)身体機能 Brunnstrom stage(以下:Brs)左上肢・手指・下肢Ⅱで廃用手レベル。感覚は上下肢表在、深部覚ともに中等度鈍麻。筋力は徒手筋力検査(以下:MMT)にて右上下肢4〜5レベル。 (2)認知機能 詳しい紙面上の検査は心理状態が不安定なため実施困難であった。日常生活場面や簡単なスクリーニング検査から、左半側空間認知の低下、道順障害、構成失行、短期記憶の低下を認めた。 (3)日常生活動作(ADL) 日常生活動作(以下「ADL」という。)は車椅子レベルで、機能的自立度評価法(以下:FIM)では、運動項目47/91点、認知項目32/35点、合計79/126点であった。基本動作が軽介助。食事、整容動作自立。排泄一部介助。更衣、入浴動作は中等度介助を要した。歩行は、KAFO装着し中等度介助レベルであった。 (4)心理状況 前院から、リハビリ中や夜間帯に「死んだ方がいい」などの発言が聞かれるとの情報があったが、当院転院後、そのような悲観的発言はそれ程聞かれなかった。しかし、心理的落ち込みや焦りがあり、精神安定剤を服用していた。そのため、ニーズなどの聴取は困難であった。 4 作業療法経過 (1)作業療法プログラム(入院〜3週まで) イ ADL訓練 ロ 認知機能訓練 ハ 上肢機能訓練 二 心理的介入(傾聴・共感) (2)入院〜3週までの経過 自分でできる活動を増やし、自信をつけていくことを目的に、ADL場面での介入を早期から行っていった。認知課題は半側空間認知の低下、構成失行に対して、紙面上の課題に加え、ペグ、積木課題を実施。道順障害に対しては、当院に掲示されている案内地図を用いて、指定の場所へ行き自室に戻る課題を実施した。記憶面に対してはメモ帳を利用し、スケジュール管理を促した。上肢に対しては、麻痺側上肢の神経筋促通と並行して、非麻痺側上肢の筋力強化訓練を実施した。麻痺側上肢が補助手レベルまで改善してからは、上肢機能訓練、机上での物品操作訓練も施行した。機能や能力の向上に伴い、できる動作や活動が増え、落ち込みや焦りは軽減していった。 (3)作業療法評価(入院3週後) ・身体機能 Brs,左上肢・手指・下肢Ⅴ〜Ⅵレベルまで向上し、実用手レベルとなった。感覚は上下肢表在、深部覚ともに軽度鈍麻へ改善。筋力はMMTにて右上下肢5、左上下肢4レベルまで向上した。 ・認知機能 入院時に認めた左半側空間認知の低下、道順障害、構成失行、短期記憶障害は改善していった。 ・ADL T-Cane(AFO装着)歩行にてセルフケアは全て自立となり、更に入院から1か月後には、独歩にてセルフケア自立となった。 FIMは、運動項目が90/91点、認知項目34/35点、合計124/126点まで改善した。 ・心理状況 本人から「これ(病気)をきっかけに生活習慣を改めたい。」「これまで親に迷惑(金銭面、生活面)をかけてきたから親孝行したい。」という発言が聞かれ、「退院後は以前働いていたコールセンターに復職したい」というニーズが聞かれるようになった。 (4)作業療法プログラム(入院3週〜退院まで) イ 体力強化目的の有酸素運動、筋力強化 ロ 認知機能評価・訓練 ハ 実践的な職業復帰訓練 ニ 心理的介入(傾聴、共感、承認) ホ 外泊訓練 へ 職場、本人への情報提供アプローチ ト 退院後の追跡調査 (5)入院3週〜退院までの経過 イ 体力強化目的の有酸素運動、筋力強化 勤務時間が6時間に及ぶことから、復職に当たり体力的な不安があることを、本人も自覚していた。改善を図るために入院時から実施していた積極的な筋力強化訓練に加え、理学療法(以下「PT」という。)では長距離歩行訓練、作業療法(以下「OT」という。)では立位での有酸素運動(ハンドエルゴメーター)、座位での書字練習、パソコン入力課題を、毎日、数時間実施してもらった。 ロ 認知機能評価・訓練 表1の結果から、作動記憶(working memory)、の低下を認めた。 入院時から実施していた紙面上の注意課題や作動記憶を必要とするドリルを継続して実施。 表1 高次脳機能検査 入院3週〜6週(退院時) ハ 実践的な職業復帰訓練 より実践的な訓練が行えるよう、本人から仕事内容を細かく聴取した。仕事内容は、「電話口からの相談、クレームに対し必要事項をメモし、パソコンへ入力する」というものであった。そこで、まずはパソコン入力練習を開始した。始めは時間がかかり本人から「もっと早く入力できないと厳しい」とコメントが聞かれたが、繰り返し実施したことで入力スピードが速くなっていった。 パソコン入力がスムーズに行えるようになってからは、電話口の相手を想定し、やり取りの中から必要事項をメモしパソコンへ入力する課題へと段階付けを行った。 ニ 心理的介入(傾聴、共感、承認) 「今の体力では仕事を続けていけるか不安」など職場復帰への不安が聞かれた。そのため、話を傾聴しながら、歩行距離や頻度、立位、座位での有酸素運動、作業課題の時間を徐々に延ばしていくなど、解決する手段を一緒に考えていった。 ホ 外泊訓練 自宅でも生活リズムの構築、運動習慣の継続、労働に必要な体力強化の継続を目的に数日間の外泊訓練を数回実施してもらった。PT・OTよりトレーニングメニューを提供し、その他の時間は家事を手伝う、散歩をするなど自身で考えながら過ごすよう提案した。 ヘ 職場、本人への情報提供 職場上司と本人との面談時に、「電話口から早口で一度に多くの事項を相談、クレームを受けた場合に混乱してしまう心配があること」や、「長時間勤務した際に体調不良に陥る不安があること」を職場側へ提供した。その結果、面接後に2週間の研修を行い、問題がなければ復職という流れまでたどり着いた。また、提供した内容の問題が生じた場合は、障害者雇用枠での復職も検討するとの返答を得た。 5 結果 (1)体力強化目的の有酸素運動、筋力強化 入院時と比べ体力が向上し、歩行は2km/日→5㎞/日、立位でのハンドエルゴメーターは10分(3セット)→20分(3セット)、座位での作業は1時間→2時間へと向上した。個別リハビリの時間も加え、1日6時間以上の活動が可能となった。 (2)認知機能訓練 作動記憶を必要とするドリル課題や紙面の注意課題は、誤まりなく敏速に行えるようになった。 (3)実践的な職業復帰訓練 電話口からの相談、クレームをメモし、パソコンへ入力する課題を提供し模擬練習を行った。始めは聞き逃すことや混乱する場面もみられ、不安が生じていたが、模擬練習を継続することにより徐々に改善し、本人から「これぐらいできれば大丈夫」との返答が聞かれるようになった。 (4)心理的介入(傾聴、共感、承認) 復職に対する前向きな意見や自信がみられるようになった。 (5)外泊訓練 生活リズム・運動習慣の構築において本人も手応えを感じられるようになった。「職場までは歩いて行こうかな」、「早寝早起きを続けないと」など、退院後を見据えた考えが芽生えていった。 (6)職場、本人への情報提供 復職後問題が生じた場合の手段として、必ず相談に来ることや、OTがその他の支援機関(ジョブコーチや就労移行支援事業所)についての説明や情報提供を本人に行った。 (7)退院後の追跡調査 入院から1カ月半後、自宅退院となった。退院時FIMは、運動項目91/91点、認知項目35/35、合計126/126点まで改善した。 そして退院翌日に面接、1週間後に研修へ参加し、発症から約3か月後に無事に復職となった。退院から4カ月後、連絡をとった際には、「時折、体調がすぐれないこともあるけど、頑張ってますよ。仕事内容は問題ないです。」との返答が得られた。現在、復職から約半年経過されており、継続し勤務している。職場まで数㎞の距離を歩いて通勤するなど、生活習慣や運動習慣もしっかり根付いている。 6 考察 脳血管障害者の復職支援において、障害の種別や程度は人それぞれであるため、詳細な評価、訓練、適切な支援サポートが必要な場合もある。より緻密な仕事内容の把握、復職に向けた評価、実践的な訓練に加え、職場の環境把握、同業者への情報提供、患者の復職希望の意欲を維持することが必要である。さらに、本人や同業者の障害に対する気づきや理解、受容が大切であると感じた。水沼ら4)は、高次脳機能障害者の職場復帰にとって、自身の障害についての気付きや理解、受容がポイントになると述べている。さらに田谷5)は、仕事内容の調整や能力に見合った職務の準備など職場側の配慮がなければ就労は困難と示唆されると言っている。症例の場合、実践的な職業復帰訓練を行っていったことで、自身の障害に対する気づきや理解が芽生え、課題が明確になり、現在の勤務継続に繋がっていると考える。高次脳機能障害に対する周囲の理解については、今回、障害者雇用枠などのある企業への復職であったため、職場側の理解も得られやすかった印象がある。しかし、一般企業への復職の場合は、雇用側の経験も少ないことが考えられ、高次脳機能障害に対する職場の認識が低いことが予想される。そのため、より詳細な情報提供が必要になると考える。さらに、回復期OTの関わりのみでは補えない部分が生じることも考えられ、ジョブコーチや専門機関のサポートが必要になってくると考える。 また、いくつかの文献で復職に向けた課題として体力低下が挙げられており、豊永ら6)は、易疲労性有無においても復職可否と関連がみられたことから、復職リハにおいて、易疲労性について検討する必要があると述べている。復職に向けて初期の関わりを務める急性期から回復期のリハビリスタッフにおいて、易疲労性に対するアプローチは、心身機能の改善、ADL再獲得と同時に重要な役割だといえる。今回の症例では、筋力強化に加え、効果があるとされている有酸素運動(歩行は5km/日、ハンドエルゴメーターは立位で20分×3セット)を積極的に行ってもらい、退院後も継続できるよう外泊時に自主トレーニングメニューを提供した。その結果、徐々に易疲労性も改善し、勤務時間となる6時間の活動が可能となり復職に繋がった。さらに、職場まで歩いて通勤するなど運動習慣の構築にも繋がったと思われる。 復職時期に関する研究において、豊永7)は早期復職に反映する要因として、男性及び軽度の身体機能障害者が復職しやすいと述べている。また、復職時期の早晩には、医療機関の支援、ADL、易疲労性が影響する。あるいは産業医との連携が重要であると発表し、いずれも、リハビリスタッフの復職への早期介入や医療機関の復職支援の重要性を指摘している。さらに、豊永7)は、身体障害がほとんどない症例においても30%が復職不可能であり、復職を阻害する要因として、経済的状況に重きをおく企業の判断、本人や家族の復職意欲の低下、医学的復職可否の的確性等が挙げられると報告している。今回の症例も、上記した軽度の身体機能障害者に含まれ、介入後早期から復職に向けた関わりができたことで、本人の復職意欲の維持、企業側の受け入れに繋がり、早期復職に至ったといえる。一方、医学的復職可否の的確性については、今後の課題であり、患者、家族の復職意欲を向上、維持させる関わりや、入院後早期から取り組み復職へ繋げることが重要であると考える。また、患者や家族の意見、機能や能力をしっかり評価していき、適切な復職時期を見極める力も身に着けていく必要がある。 復職は復職そのものがゴールではなく、その後の支援も重要である。復職後も連携を維持する方法として、必要に応じて就労移行支援事業所などの支援機関や、ジョブコーチといった他職種との連携が図れる支援体制の構築が必要である。 【参考文献】 1)佐伯 覚:脳卒中患者の職業復帰−日職災医誌 51.p.178-181,2003 2)豊永敏宏:脳血管障害における復職復帰可否の要因−Phase3(発症後1年6カ月後)の結果から−日職災医誌 57.p.152-181,2009 3)徳本雅子他:脳血管障害リハビリテーション患者における早期職場復帰要因の検討−日職災医誌 58.p.240-246,2010 4)水沼真弓他:「高次脳機能障害者の就労に向けた障害認識を進めるアプローチ」−準備訓練での取り組みと課題−第14回職業リハビリテーション研究発表会論文集.p210-213,2006 5)田谷勝夫:「医療から社会へ」−復職へ向けた支援体制の整備−JOURNAL OF CLINICAL REHABILITATION、VOL.16.№1.p32-36.2007. 6)豊永敏宏:脳血管障害の職場復帰モデルシステムの研究・開発−第二次研究の経過報告と課題− 日職災医誌 61.p.367-371,2013 7)豊永敏宏:脳血管障害の職場復帰モデルシステムの研究・開発−社会的支援(ソーシャルサポート)の課題−日職災医誌 59.p.179-183,2011 県外企業への復職を目指した高次脳機能障害者の復職支援経験 −当院の就労支援の現状と今後の課題を踏まえて− ○小林 裕司(輝山会記念病院 総合リハビリテーションセンター 作業療法士) 鈴木 愛美・熊谷 純久・下井 隼人・遠藤 尚子・熊谷 信吾・加藤 譲司・清水 康裕(輝山会記念病院) 1 はじめに 高次脳機能障害支援モデル事業の開始以降、高次脳機能障害に対する知識や理解が得られ、回復期リハビリテーション(以下「リハ」という。)病棟を有する医療機関を中心に、高次脳機能障害のリハは広く普及している1)。 当院では、急性期・回復期リハにて神経心理学的検査や作業分析から障害特性を捉え、生活機能の向上を図る医学的リハの提供や、外来リハを通じ社会適応を促す社会的リハを実施している。職業的リハではその支援経験に乏しく、直接企業に介入し、職場復帰のための指導・環境調整をする事や、職業訓練は十分でないのが現状である。 今回、県外企業への復職を目指した高次脳機能障害者への復職支援を経験した。その経験から、当院の就労支援の現状と今後の課題を踏まえ、作業療法(以下「OT」という。)の就労支援場面での役割について考察したため報告する。 2 症例紹介 東京都在住の40歳代男性、脳出血(左被殻)。パソコンを専門的に扱う技術職。独身。 (1)リハ経過の概要(図1) 平成24年発症。会社を休職し実家へ帰省、当院回復期リハ病棟へ転院した。発症後約1ヶ月、理学療法・言語聴覚療法(以下「ST」という。)・OTを開始。6ヵ月間の回復期リハ実施後、外来リハへ移行。約1年間の外来リハを経て復職に至った。 (2)回復期病棟入院から退院まで 入院時の状態から、ゴールを歩行自立、日常生活動作(Activities of Daily Living:以下「ADL」という。)の自立、独居生活に向けた家事や買い物等の手段的ADLの獲得として訓練を進めた。 回復期病棟でのリハにて病状は安定し、服薬・金銭・スケジュール管理などの生活管理能力を獲得。外泊訓練でも問題はなく、この時点で独居が可能な状態まで回復した。しかし、構音障害、失語症、注意障害は残存した(表1)。そのため、現状での復職は困難と判断し、外来リハでの訓練継続となった。 (3)復職準備期間としての外来リハ利用 在宅生活への移行は、外泊訓練の効果もありスムーズであった。OTでは、職能スキルの再獲得を目的に、作業効率の低下の要因である注意障害に対し、認知リハを継続した。また、事務作業やパソコンを利用したワークサンプル課題を実施した。 言語機能障害に対しては、STが中心となり訓練を進めたが、症例は障害の認識に乏しく、「言葉は出にくいけど仕事には関係ない。何とかなると思う。」と、コミュニケーション能力を楽観視していた。 そこでOT訓練場面では、より実践的なコミュニケーションスキルの拡大を目的にSST(Social Skills Training)を取り入れることにより、コミュニケーション場面での問題点の整理や障害認識を高める練習、失語症状に対する代償方法の検討を繰り返した。 (4)会社との関わり 筆者はこれまで、障害者の復職支援経験が無く、その支援方法の知識に乏しかった。そのため、計画的な支援が実施できておらず、会社との連絡も症例がメールで近況報告している程度であった。 図1 リハ経過の概要 表1 身体所見、神経心理学的検査結果 会社側の考えや発症前の仕事内容・勤務形態についても症例からの情報に頼る必要があった。障害認識に乏しい症例から得る情報のみでは信頼性がなく、症例がどの程度職場に適応できるか、適性の予測やゴール設定が曖昧であった。 外来リハ開始から1ヵ月半ほど経過し、社会生活にも慣れ始めた頃、「お金のことをもあって早めに働きたい。」との発言があり、症例から復職に対する焦りが感じとれた。外来リハ開始当初と比べ、自身の問題点については認識の向上を認めており、症例は、障害を抱えながら仕事をしていかなくてはならないことも理解していた。さらに、これまでの経過から、高次脳機能障害は復職可能な状態まで到達しており、具体的な復職支援が必要と考えた。この頃、身体障害者手帳(音声・言語機能の喪失)の取得している。 筆者はまず、会社とのやり取りを進めることから始め、症例には上司との面談予定を立てるよう促した。県外の会社ということもあり、面談にはOTの同行が困難であったため、症例のみで上京し面談に臨んだ。病院側からは、診断書や医療情報を記載した情報提供書を提出した。 面談後の会社の反応は、「言葉の伝わりにくさを感じる。」「症状が分かりにくい。」「もう少し様子を見てはどうか」という内容で、復職には至らなかった。 初めの面談より2か月後、再度面談に臨んだが、会社側からの返答に変化はみられず、「どうして出勤許可がでないのか。」と、症例は現状にストレスを感じていた。その後も復職への進捗状況に変化がないため、主治医から会社の上司に対し、電話連絡をとった。そこでは、失語症や注意障害の回復の限界が説明され、症例が復職するためには、障害を補うための職場内環境や職務の調整、柔軟な受け入れ態勢の構築が必要であることが示された。会社は高次脳機能障害の仕事への影響や、その配慮事項の理解に苦慮していた様子で、復職への前向きな姿勢はあっても、対応方法やどんな仕事を提供すべきか分からないとのことであった。 (5)地域障害者職業センターへの引き継ぎ 問題点を抽出すると(図2)、今回のケースの問題の本質は、症例に起因するものだけではないことが見えていた。 転機となったのは、障害者職業総合センター主催の職業リハビリテーション実践セミナーへの参加である。筆者はこの研修会に参加し初めて就労支援機関の存在を知り、その機能と役割、就労支援のプロセスについて学ぶことができた。 研修後、長野障害者職業センターに支援を依頼した。症例は職業カウンセラーとの数回の面談を経て、会社への同行訪問が決定。会社との再面談に先立ち、OTから職業カウンセラーに対し、神経心理学的検査に基づく障害の特性やワークサンプル課題から評 図2 各領域での問題点 価・分析した仕事への影響の可能性、また、その代償方法や対応策を情報提供した。会社との再面談では、職業カウンセラーから障害特性の説明がされた他、職務の再構築や段階的な労働条件の設定、復職における調整役等の人的配慮の必要性が説明された。 その後まもなくして復職が決定し、復職決定後は独居可能な医療機関の選択や通勤手段等を検討、当院での外来リハを終了した。復職後のフォローアップについては、長野障害者職業センターから東京障害者職業センターへの支援に引き継がれた。 3 考察 本症例が、復職可能となった要因を就労支援機関との連携や職業準備性の獲得の視点から考察する。 また、当院の就労支援の現状と今後の課題を踏まえ、現在、筆者が取り組み始めている医療と福祉の連携のための環境づくりについて紹介する。 (1)医療機関と就労支援機関の連携 会社との1回目の面談では、復職には至らなかった。これは、医療機関が会社側に対し、紙面のみでの簡単な情報提供になったことが問題であると考える。支援経験に乏しい筆者は、就労場面における高次脳機能障害の影響や、会社がどのような配慮をすべきかを、明確に提示できていなかった。これでは、会社の不安は募るばかりであったと考える。 さらに、主治医による電話での直接連絡でも効果は乏しく、復職は実現しなかった。ここでも、情報提供は一方通行となってしまい、会社と協働して支援できるような具体的な支援方法の提示が不十分であったと考える。医療機関による会社への直接介入の行いにくさが、会社との関わりの希薄さを生じさせ、支援が滞ってしまった。 しかし、障害者職業センターの介入後、速やかに復職が決定した。これまでの医療機関の介入とは、一変した会社側の反応が得られた。これは、職業リハに特化した専門的支援のノウハウと豊富な支援実績を持つ、障害者職業センターの効果であろう。会社に対し、「みえない障害」である高次脳機能障害の特性をわかりやすく説明し、労働環境の調整方法などの指導が直接的に行われたことは、何よりも効果的な支援方法であり、会社にとっても安心できる有益なものであったと考える。 我々の、就労支援機関に対する知識不足は反省点である。医療機関から積極的に就労支援機関と連携し、入院中から情報提供・意見交換を進めることが出来ていたならば、より最短経路での復職へと結びついていたかもしれない。これまでも、医療機関と就労支援機関の連携の有効性は多く示されている一方、田谷3)は、お互いの存在や機能の理解不足、就労支援機関の利用のタイミングの理解不足、連携に向けたシステムの未整備や協力体制づくりなどの問題も報告している。 このような問題を解決していくためにも、医療機関、就労支援機関双方の強み・弱み(図3)を理解し、就労支援に取り組む必要があると考える。 (2)職業準備性の獲得を意識した関わり 就労支援機関のみの介入がすべてではない。高次脳機能障害者は、発症から復職に至るまでの過程で、獲得すべき事柄は多岐に亘る。復職に向けたリハのスタート地点である医療機関は、生活の基礎を身につける重要な場である。それゆえ、入院中から職業準備性の獲得を意識した関わりが重要と考える。 職業準備性とは、「個人の側に職業生活を始める(再開を含む)ために必要な条件が用意されている状態」であり、その条件としては、①日常生活・社会生活能力、②基本的労働習慣、③職務遂行に必要な技能の獲得である2)。 医療職の立場で言うと、職業準備性の根底となる日常生活・社会生活能力の獲得に向け、医師、看護師、リハスタッフ、ソーシャルワーカー等の他職種が関わることのできる環境は大きな強みである。コメディカルの中でもOTは、対象者の日常生活上の作業能力に焦点を当てた作業分析能力を持つ職種であり、身体・精神的障害に対して様々な評価・治療技 図3 各機関の連携関連図 法を用いた専門的支援が行える。本症例を医療的側面から支え、早期からADLや手段的ADLの獲得といった社会参加に繋がる治療計画を立て実施できた。これが、職業準備性の土台作りとなり、社会生活への円滑な移行に結びついた点は、医療機関での包括的支援による成果であると考える。 しかし、職業的リハを見据えた介入が、当初からできていたかどうかは再度認識を深めたい。支援する側は、目の前の障害にとらわれた漠然とした目標設定をせず、就労実現という第一目標に向け、自分が現在、どの段階の支援に携わっているのかを常に意識する必要がある。医療機関では、社会生活・就労場面でもすぐに応用できる、質の高い職業準備性にすることを意識した関わりをしなくてはならない。 (3)医療と福祉の連携環境の必要性 当院のこれまでの就労支援経験を概観すると、単一的な支援が中心であり、医療機関で完結させる傾向にあった。また、地域の支援機関を利用する際も、情報提供は一方向的で、情報交換や事例検討等の機会はほとんど得られないのが現状である。 今後の課題として、我々には、自機関での関わりのみにとらわれない広い視野が求められる。その上で、自機関の能力とその限界を明らかにし、頼るべき支援機関への引き継ぎを行わなくてはならない。その第一歩として、地域の支援機関を知り、学び、関わることが必要ではないだろうか。 筆者は現在、医療・福祉の連携環境の構築に向けた取り組みとして、地域自立支援協議会へ参加している。自立支援協議会とは、障害者総合支援法において定められている、地域の障害福祉のシステムづくりや中核的役割を果たす協議の場で、相談支援従事者、福祉サービス業者、保健・医療、学校、行政機関等で構成されている4)。 障害者就業・生活支援センターを事務局に各専門部会により構成され、筆者が参加する就労支援部会は、月1回、勉強会や事例検討を開催していて顔の見える情報交換や協議の場として機能している。 医療機関では、診療報酬という枠内での取り組みが中心であるが故に、制度の縦割りを超えた取り組みに踏み出しにくいと感じている。しかし、一歩踏み出した地域の中で医療と福祉が連携し、その中で互いの専門性を発揮すべきであるとの考えが、自立支援協議会参加へのきっかけである。 このように、内(医療)と外(福祉)との環境を結び、障害者の社会生活・就労を包括的に支援しコーディネートすることも、就労支援場面におけるOTの役割であり、必ず実現できると信じている。 4 まとめ 県外企業への復職を目指した高次脳機能障害者の貴重な復職支援経験に携わることができた。就労支援に携わるOTはまだまだ少なく、知識も乏しいのが現状である。今後は、院内での職業リハに関わる評価・支援技法の教育充実を図りながら、就労支援のできる人材の育成も必要であると考える。 人が働き、社会参加することの意義を常に意識した日々の臨床が、働く意欲のある障害者に役立つことを期待し、これからも尽力していきたい。 【参考文献】 1)渡邉修:病院で行う高次脳機能障害リハビリテーション;JOURNAL OF CLINICAL REHABILITATION Vol.21 №11 pp1060-1068(2012) 2)独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構:新版 就業支援ハンドブック(2013) 3)田谷勝夫:高次脳機能障害者の雇用促進等に対する支援のあり方に関する研究−ジョブコーチ支援の現状、医療との連携の課題−;独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター調査報告書№79(2007) 4)自立支援協議会の運営マニュアルの作成・普及事業企画編集委員会(編):自立支援協議会の運営マニュアル.財団法人日本リハビリテーション協会(2008)(http://www.normanet.ne.jp/~ww100006/management-manual-3) 精神障がい者ならびに高次脳機能障がい者のための職務の創出と就労継続支援 ○永楽 充代(はーとふる川内株式会社 リーダー) 山野井 宏宗・西野 直樹(はーとふる川内株式会社) 高岡 真仁・岡本 修一・原口 満輝(大塚製薬株式会社) 1 はじめに 大塚製薬株式会社の100%子会社であるはーとふる川内株式会社は、精神障がい者の雇用に注力することを目的として設立された特例子会社で、雇用する障がい者24名のうち、精神障がい者は14名を占める。精神障がい者への業務創出に当たり、印刷業務、IT関連業務、社内メールサービスといった一般の特例子会社で見られる業務に加え、医薬品の生産作業をサポートする業務を創出した。 創出された業務は、医薬品の原材料を搬入管理、搬送する作業で、作業を間違わずに、かつ効率よく行うためには生産現場での十分な経験を要求されるものであった。この業務を精神障がい者が担当することを目的として、搬送される原材料を予め搬送システムにデータ登録し、搬送される原材料をラベル化−検出することで間違わない仕組みを構築した。本システムは、精神障がいのみならず高次脳機能障がいを持つ社員の就労の機会を拡大するとともに職場定着に大きく寄与している。本論文では、搬送システムの概要を述べるとともに職場定着した高次脳機能障がい者の就労継続支援の詳細について報告する。 2 搬送システム 図1に搬送システムの概略を示した。搬送作業が行われる原材料は、搬送システムに内容、数量、搬送先などの情報が予め登録される。作業に当たる担当者は、搬送システムに登録された原材料を工場外の原材料倉庫でICタグを貼付し、ラベル化する。倉庫から工場内へ搬入された原材料のICタグ情報を作業者がハンディターミナルで読み取り、必要とされる原材料を搬送システムが指定した搬送先毎に原材料を台車やパレットに積み込む。作業者は、積み込んだ原材料を指定された搬送先に搬送する。それぞれの搬送先では、予め設置された検出器がすべての原材料のICタグ情報を読み取り、搬送システムで原材料の内容、数量、搬送先などが照合される。照合結果は検出器とともに設置されたパトライトで知らされ、原材料の搬送間違いや過不足の有無が作業者に分かるように工夫されている。 図1 搬送システムの概略 3 生産サポート業務の担当者 (1)人員配置ならびに障がい者 本業務は二つの工場で行われることから二つのグループを組織し、作業を実施している。それぞれのグループには表1に示されたように第2号ジョブコーチ、特別支援教員の資格を持ち、障がい者の支援経験の豊富な社員がリーダーを担当している。リーダーは、職務遂行リーダーのみならず、ジョブコーチとしての業務指導ならびに障がい者相談支援員として多岐に亘る職責を担っている。作業者としての障がい種別は、原材料を運搬する必要性から身体ではなく、精神障がい者への職務適性となっている。 担当者の一覧を表1に示した。精神障がい者の内訳は、統合失調症2名、気分障がい(うつ病)2名、高次脳機能障がいが1名である。 医薬品の生産工場での勤務には、GMP(Good Manufacturing Practice)や安全衛生に関わる教育訓練の受講が義務付けられているが、精神に障がいを持つこれら担当者は良好に教育訓練を受講した。 表1 生産サポート業務の担当者 *:( )は、精神障害者保健福祉手帳の級数を示す (2)就労状況 生産サポート業務に就いている障がい者のすべてがオフィスサポート業務といった内勤業務ではない本業務を希望した。結果、気分の浮き沈みがあり、体調が不良な場面でもモチベーションを維持しながら就労を継続している(表1 勤続年数)。勤務時間は、E氏の週30時間(6時間/日)を除いて、週37.5時間(7.5時間/日)の就労をこなしている。E氏以外の担当者はトライアル雇用を導入し、1日4時間勤務から徐々に勤務時間を延ばして1日7.5時間の就労に結びつけた経緯がある。精神障がい者特有の不安定さはA氏とE氏で顕著に見られ、リーダーの献身的な支援を受けつつ就労を継続している状態である。 障がい者自身のモチベーション維持にはリーダーの手厚い支援が奏功している。定期的あるいは必要に応じて行われる障がい者個々との面談やグループで話し合うミーティングなどの運営、また医療や福祉といった外部支援機関との調整や打合せを繰り返して生活面での支援ネットワークの構築までを担っている。献身的なリーダーの支援は、障がい者本人と会社との信頼関係や障がい者同士のピアサポートといったポジティブな関係構築にも貢献している。 4 高次脳機能障がい者の就労支援 (1)当事者について 表1に掲げた障がい者C氏が報告対象となる当事者である。友人のバイクに同乗していたときの交通事故で右後頭部を受傷、18歳であった。1年入院後、半年間のリハビリを受け、身体的な問題はなくなった。しかし、事故前後の記憶喪失と記銘力障がいといった高次脳機能障がいとしての後遺症を持つこととなった。 家庭環境は良好で、両親や祖父母から手厚い愛情を受けており、会社のリーダーと彼ら保護者との情報交換や連携、信頼性構築も良好である。 (2)評価分析 採用当初の5ヶ月間、オフィスサポート業務に従事させながら、障がい特性と障がい認識の重要性ならびに効果的な作業・支援方法の観点から評価分析を試みた。 その結果、①複数の指示を一度に言われる、複数の指示者から言われると混乱する。②思い込んで違う事をする。③効率や工夫・判断が悪い。④認知する機能がうまくいかないと読み書きが出来なくなる。⑤こだわりが強い。⑥新しい事が覚えられない。⑦地形が把握できず迷う。などの問題点が抽出され、生産サポート業務には適さないのではないかという危惧が持たれた。 (3)生産サポート業務における支援の実際:当事者に見られる問題と対処法 ①情報処理 ・速度と正確さの双方を要求されるとミスが増える 仕事は速度と正確さの両方が必要であるという点の意識化、その上で繰り返し作業する事でどの程度改善するかを確認した。 ・照合の課題などで注意ミスが減らない 定規を当てて確認し、1行ずつ「レ」チェックをつけるなどの方法により確実性をあげた。 ・注意箇所が複数あると完全にできない 荷物に注意を集中させ過ぎるためにリフトの置き位置がずれる、複数の指示がある搬送業務を行う際に一つ忘れるなどの問題がよくみられる。これらの問題に対しては、同時に複数のことに注意を払うのが苦手になったことを認識させ、事前に確認事項を書き出し一つずつチェックしながら作業を進めさせた。 ・複数の指示者から言われると混乱する 同じ内容でも複数の人から言われるのは苦手であることを認識させ、指示者は一人にしてもらう配慮が必要であることを理解させた。 ・優先順位や段取りがつけられない 手順が決まっていない業務は苦手になったことを認識させる。その上で、手順書を作成しながら手順の確認がしやすい方法を検討した。 ②記憶 ・メモを書くだけで活用できない 仕事のメモは、必要な事を書く→必要時に確認する、適切に活用する。という能力が求められ、単にスケジュールを管理するスケジュール帳に比べるとその作成には高い能力が必要となる。対処法としてはスケジュール帳と業務用のノートは分け、業務用のノートは、作業・事務・PCなど業務内容ごとにインデックスなどを貼って記載箇所を明確にし、それにより実用度を見極めるように指導した(図2)。 図2 当事者の作業ノート ・思い込んで違う事をする 中途半端な記憶は仕事に支障をきたすので、常時フィードバックし、「指示はしっかり聞く」「メモをとる」を徹底した。高次脳機能障がい者に対する指示は「簡潔に・・・具体的に・・・」が原則であり、不十分な指示にならないように配慮した。それでも問題がある時はメモを渡す、支援者がノートに記載するといった対応を行った。 ・指示を確認せずミスをおこす 「記憶に頼ると仕事に支障がある」「指示を必ず確認し搬送先を見る」を繰り返しフィードバックし、記憶障がいの認識を促した上で搬送先確認シールを活用・確認することを習慣化させた。 ・途中で作業手順や内容が変わる その都度フィードバックして認識を深め、手順が確立するまで繰り返し作業させた。作業内容の複雑さが原因の場合は、指示書の利用や工程の細分化などを検討した。 ・昼休みなどで間が空くと作業再開時に位置が分からなくなる。搬送済と搬送中が混在する。 前者の対処法としては、①メモをみて開始するように訓練する。②メモ確認が定着しない場合は、課題に「ここまで終了」と書いた付箋を貼る。③課題自体を忘れる場合は机など目に入りやすい所に「午後からは入荷入力」など明記した紙を貼る。後者に対しては、「搬送済み」「搬送中」を明記した表示プレートなどによりはっきりと解るようにした。 (4)支援の効果 ①責任感 最も身体的に安定した作業者として評価も高く、生産現場の社員も好感を持って接している。 表2 支援の効果 ②有効な補完方法の定着と支援方法の共有 実務的訓練において次第に明らかになる当事者の障がい特性による作業上の問題に対しては、その後の工場での実務を見据えた形で補完方法を考案し、その定着を図った。また、その必要性や使用の仕方に関して、当事者の支援に携わる者が共通の認識を持ち、またそれを伝達していくことにより、支援者が変わっても変わらない支援を継続することが大切である。様々な支援を試みた結果、高次脳機能障がい者では不可能と思われた作業(図3に示されるような複雑な工場内の動線を理解・記憶した上での搬送作業)を当事者は行えるまでに成長している。 図3 工場内作業の複雑な動線 ③コミュニケーション面での配慮 集団の話での場で取り残される、理解や伝達が不十分のために誤解を生じ、スムーズな会話や対人関係が持てないなどのコミュニケーション上の課題があった。これらの課題に対しては、支援者が間に入って理解を助けたり、仲間に入れるように声をかけるなどの工夫を行った。他者のことが気になり、業務に集中できないなどの課題は、常にポジティブな気持ちを意識させ、一週間毎の目標を設定し仕事面での達成感の充実を図ることにより、改善されつつある。また、現場の障がい特性の理解も大きな要因となる。外見上解りにくい障がいであり、周囲からの知覚入力に対して、適切な認識や行動が取れない状態などの特性について、生産現場の担当者に理解を仰ぐなど職場環境を整備し、トラブルを未然に防いだ。 5 今後の支援 (1)生活支援の重要性 金銭管理における問題があり、通帳やキャッシュカードが無くなってしまう、キャッシュカードの暗証番号を忘れてしまう、いくら使ったか覚えていない、などの記憶障がいに関係する事項が掲げられる。また、お金を計画的に使えないという遂行機能障がいに関係する場合の他に、お金だけ使ってしまうという欲求のコントロールに関係する場合もあり、金銭管理の自覚を促す必要がある。 金銭管理に関する事項に加え、「いろいろな物の管理に関する援助、個別外出援助・交通機関の援助」「強いこだわりに関する対応」「家族とのトラブルへの対応」などの支援が必要とされる。 これらの項目は生活技術、生活管理や社会的記憶障がいに関するものであり、就労を継続する上でも生活支援の必要性が極めて高くなっている。 (2)今後の支援のあり方について 高次脳機能障がいは、目に見えない障がいであり、本人も自覚しにくく、その障がいはある特定の状況や場面しか現れない。また、症状も多彩であり一つだけの症状である事が少なく、記憶障がいの他に、注意障がい、遂行機能障がい、社会的行動障がいなどを合併することも、より解り難くさせている。 高次脳機能障がい者の就労継続に対しては、職場の理解、職場の就労支援に加え、高次脳機能障がいに専門性豊富な医療、就労支援機関、障がい者相談機関を始めとする関係機関の連携が必要不可欠である。しかし、既存の制度ではこれらの連携を取ることには限界があり、「それぞれの機関が役割を分担しつつ、具体的な構築を行う」、「個々の状況に合わせ、制度上にない事柄についても支援が行えるシステムを構築する」、「顔の見える地域でのネットワークの構築、ならびにそれらの活用」についての努力が望まれる(図4)。 図4 就労継続支援の連携 6 おわりに 生産管理システムと連動した原材料の搬送システムは、原材料に対する専門知識や搬送業務への経験のない精神障がい者であっても、健常人と変わらない業務遂行を可能にした。この目に見える成果は、精神障がい者に就労に対する自信を与え、社会的存在を自覚することで働くことへのモチベーションを維持させることに貢献している。また、今回の搬送システムは、発展途上国にあって十分な教育を得る機会のなかった労働者が生産工場で働く機会を与えるとともに、発展途上国における生産事業の拡大に結びつくものである。さらに、製品保証の面でも原材料のトレーサビリティを確保できる仕組みとしても大きな意味がある。これらの成果は、障がい者雇用が企業の負担となるのでなく、事業展開のイノベーションとなる可能性を知らしめる点で大きなインパクトがある。 搬送システムの導入は、記憶障がいに加え、様々な障がいを伴った高次脳機能障がい者にも予想以上のポジティブな効果を与え、当事者は就職から2年で社会人としての成長を期待できる人材となった。その支援には数々の工夫と労力と根気強い精神が必要とされる。障がい者への支援のアプローチは個々に異なるが、本論文で報告した取り組みが一人でも多くの高次脳機能障がい者の就労継続支援に役立てれば幸いである。 一般就労を目指す精神障害者の作業所におけるリハビリテーションの実践例 ○野田 正道(社会福祉法人 小さい共同体 就労継続支援B型 飛翔クラブ 職業指導員) 太田 民子(社会福祉法人 小さい共同体 就労継続支援B型 飛翔クラブ) 1 はじめに 社会福祉法人 小さい共同体 飛翔クラブは、S56年、精神障害者と呼ばれる仲間が集まり、地域で自立した生活と社会復帰をめざした職場づくりのために開設された。H14年9月、社会福祉法人として認可を受け、「飛翔クラブ」が発足した。 H24年4月1日、東京都から就労継続支援B型の指定を受け、身体、知的、精神障害者の就労困難な障害者が自立と就労が出来るように、能力に応じた作業や生活の訓練・指導を行っている。作業は回収作業(資源回収、古紙・古着回収、アルミ缶・ダンボール回収)メール便配達、ポスティング、公園清掃、手芸品製作他を行っている。H26年4月1日現在の登録者は24名(主に精神障害者)、H24年以降の就職状況をみると2名は求職中、1名は就労中、施設外就労支援1名の実績がある。(1名は残念ながら就職後3日で退職した) 就労に向けての活動として、「障害者雇用企業・就労移行支援事業所見学会」や「職場体験実習面談会」セミナー等に積極的に参加している。就労事例では安心して就労生活が継続できるように面接等により定着支援を続けている。 今回のポスター発表は、3年間の引きこもり後、保健所への相談が契機となり、精神科クリニックを受診し、当作業所に入所した利用者が施設の非常勤職員として採用されてから現在までを研究対象とした。就労を始め、パニック発作を起こしながらも、職業指導員として定着に至った事例を本人の承諾を得た上で報告する。 2 本人の生育歴、家庭環境、障害状況 30代後半の男性、T市生まれ。家族は父、母、姉の4人家族。小学六年生の時に両親が離婚するまで一戸建ての家に一緒に住んでいた。父は祖父の代から引き継いだブリキ職人で自営業をしていた。母は祖父が炭鉱夫で、祖父とともに九州から北海道まで各地を点々とした生活をしていた。その祖父がH県に定住するようになり、母が就職のために上京した時、T市のパチンコ店で父と巡りあった。 幼稚園に通った頃、父は毎日働いていた。しかし、その後、父は無職で飲酒し、母は水商売で働くようになった。5年生になった頃、母へのDVが激しくなり、夜中に母と一緒に家を逃げ出す日が続いた。母は逃げ出しても、再び子どもたちと共に家に戻る共依存の状態だった。母と姉と3人でH市に逃げていた時、父親に見つかり、母姉の二人はすぐに逃げたが本人だけは父親に捕まった。その後、本人は父の元を逃げ出し、母姉と一緒になった。F市へ逃げたのは中学1年生の時だった。入学式の数日後、3人で生活していたアパートが父に見つかってしまった。この時も母姉は逃げたが、本人だけはまた捕まった。父は本人をアパートに監禁し、寝るときはいつも枕の下に包丁を隠し持っていた。監禁されたアパートで一緒に生活している時にも父の飲酒は続き、毎日パチンコに出かけていた。反抗すると物を壁に投げつけて脅された。母の通報により、警察に保護されたときはパジャマ姿であった。 母姉と3人はH市で生活するようになった。1年近くの引きこもり生活が続き、中学校には通学しなかった。この間、家族との人間関係は希薄だったが、インターネットが使えたため、不自由は感じなかった。中学2年生の後半から復学した。復学後、しばらくしてからいじめにあった。休み時間に呼び出され、暴力を振るわれた。だれも助けてくれず、学校に通うのが嫌になった。しばらくして、希望学級(不登校児のために開設されていた学級)に通うようになり、以前の妻であった彼女と巡り合った。希望学級で中学校を卒業した。当時の希望学級の生徒とは今でも交友関係が続いている。15才でT市定時制高校に入学し、一人暮らしを始めた。同じ高校の生徒の中に内装業を営んでいた人(当時20代半ば)がいた。それが縁で内装業の仕事を始めた。その人に貸した100万円はついに返してもらえなかった。付き合っていた彼女が妊娠し、結婚した。養育のため高校を中退し、仕事に専念することになった。彼女は他の定時制高校に通学していたが、やはり妊娠のために高校を中退した。 彼女の実家で一緒に生活し、仕事には彼女の実家から通勤していた。19才で電気工事の仕事を半年ほどした。この時期は40度の高熱、下痢、血便の症状がたびたびあった。昼食後によくおう吐し、社長から怒られた。ビデオ店、水道工事と転職を繰り返し、妻の母が以前住んでいた沖縄に引っ越した。妻とは性格の不一致から別居後、離婚することになった。沖縄では飲み屋で働いた。21才で東京へ戻り、以前勤めたことのあるビデオ店で社員となり、働き始めた。最後には店長になったが、10年間働き、辞めた。以前の店長からは「話が通じない」とコミュニケーション能力の問題を指摘されたこともあった。その後、某自動車工場に派遣社員として1年間働いた。派遣先で人間関係が悪化し、32才の時に辞めた。付き合っていた2番目の彼女とは5年間のつきあいで、DVもあったが別れた時はショックのため自分がわからなくなった。 H市の実家に戻り、3年ほど引きこもった。風呂に入り、食事をした記憶がない。ある日、自分の臭いにおいで我に返り、ひげが伸びた自分の顔を鏡でみて驚いた。引きこもりは続いたが、家族とは普通に会話できた。人が怖かったため、外出すると吐き気を催し、すぐに家に引き返すことを繰り返した。 義理の兄からの進めで保健所へ数回行き、精神科クリニックを紹介され、通院を開始した。初診時、当作業所を紹介され、H24年4月に利用者として通所を開始した。無職で経済的には困窮していた。 3 利用者としての支援経過 些細なことで下痢になり、ストレスが溜まると頭痛、おう吐が出た。初めての経験はストレスが大きく、失敗するとさらに人間関係や仕事に影響した。順序だった整理ができず、パニックになった。通所後、近隣のパスタ専門店を紹介され、毎週日曜日だけの仕事を始めたのはH24年5月頃であった。最初は面接を受け、2回目からオリエンテーションを兼ね、休憩なしで5時間の皿洗いをした。前職の自動車工場を辞めてから3年以上経っており、これ以上ないほど緊張した。緊張を減らせるようにと頓服を服用して仕事に臨んだ。人間関係の問題で辞めた前の職場とは違う新たな職場で緊張感は自ずと高まった。職場、仕事、人間関係はすべてが未経験のスタートだった。この日の皿洗いは問題なく終わった。3回目の仕事中も細心の注意をして皿を洗っていたが、積み上げられた皿が増えるにつれて、焦るあまり皿を割ってしまった。それから数日間、「割った皿」のことがいつも気になって、パニック状態に陥り、施設長に次回の仕事を休むように指導を受けた。誰にも自分の気持ちを伝えられないまま、仕事場にも戻れず、辞めることになった。以前の職歴があったため、始めれば続けられるとの思いはかなわなかった。 4 入職から現在までの支援経過 H24年6月、当作業所の代替要員として非常勤職員での採用になった。職業指導員として担当している作業は回収作業とメール便配達が中心である。回収作業は1台の運搬トラックに利用者と共に作業員として5名が乗車し、回収場所に出向き、回収作業を通じて利用者の指導、訓練を行う。利用者がトラックの後について歩きながら回収物をトラックに積み込む作業である。また、メール便配達は近くのYセンターから配達するメールを預かり、自転車で利用者とともに4人のチームで配達し、就労の訓練を行う。 8月、本人が職員として採用されて、利用者が「職員の立場」になった本人に対し、他の利用者が非常に憤慨するというトラブルがあった。翌日の作業後に体調が悪くなり、けいれんが起きた。意識がなくなり、救急車で病院に搬送される事態になった。 数カ月後、配達しているメールが一時行方不明になるという問題が起きた。配達作業は新しい経験であったため、緊張しながら配達していた。通常に比べ未配のメールが相当多いにも関わらず、特に疑問を持たず端末上で例外処理をした。ミーティング時に不安になり、報告した。翌日、作業所内に放置されていた数十通の未配メールが発見され、1日遅れの配達となった。緊張状態は続き、またパニックを起こした。退職を申し出たが、施設長から慰留された。経済的に苦しい状況下で、一時は生活保護受給も考えたが、将来のことを考えて止めた。アパートを借り、職員として自活することになった。 「職員としての自覚を持って仕事をすること」というアドバイスを受け、利用者と共にする作業を通じた経験などから、徐々にトラブルも乗り越えられるようになってきた。自己コントロールおよび落ち着いた行動ができるようになった。しかし、初めて経験することに対しては不安や焦りを感じており、間違った理解をすることもある。過去にいじめにあったり、学校に行けなかったりと、いろいろな状況が本人の問題ではなく、環境と人間関係の中で生きづらくなった状況があった。その生きづらさの原因が「発達障害」という病気と考えると精神的な疲れがとれたように感じているという。 5 課題と考察 「父の飲酒」「共依存の母」「日常的に起きるDV」は引きこもり、いじめにあうなどの原因を生じさせた可能性が高い。本人はアダルトチルドレン(AC)の傾向が強く出ている。ACは「親からの虐待」「アルコール依存症の親がいる家庭」「家庭問題を持つ家族の下」で育ち、その体験が成人になってもトラウマ(心的外傷)として残っている人をいう。不登校や引きこもりになるACは祖父母たちがアルコール依存や各種依存症(アディクション)であったケースも多いという統計がある。 ACはうつ病・パニック障害・社交不安障害・全般性不安障害・解離性障害、境界性パーソナリティ障害等のパーソナリティ障害として診断されることもある。ACの身体症状は過去のつらい体験が精神的ストレスとなっているためにストレス反応も常に高まった状態にある。精神的なストレスがあるとストレスホルモンの働きで、免疫力が落ちるといわれる。 長い間悩まされてきたおう吐は複雑な相互作用によって起こるものと考えられる。会社や職場の人間関係、学校での人間関係、いじめ、トラウマなど非常に強いストレスにより吐き気やおう吐が起きる。過去の強烈な出来事やフラッシュバックが今の自分を不安定にして一時的に身体が強く反応してしまう。その反応の一つがおう吐になる事もある。辛かった過去を封印しているだけでは、さらに自分を苦しめる事にもなりかねない。過去の辛い体験であっても整理し、折り合いをつけることができれば、おう吐につながるような強い反応は出なくなるのではないか。自分だけで抱えようとするから抱えきれずに反応が出てしまう。精神的なトラウマにつながった部分を整理する事は必要である。 また、トラウマがあると、脳は常に緊張状態となり、消化がスムーズに行われない。度重なる下痢は胃腸が弱いのではなくて、過敏性腸症候群だったりする場合もあるため、トラウマを疑ってみる必要がある。 トラウマの後遺症とADHDが併存と考えられることもある。いつも忙しく何かをしたり、ひたすら誰かと話したりしていると、「多動」とみられる。しかし、過去の辛い記憶を遮断するために、あれこれして、落ち着かないということがある。何かに強くこだわって執着することも、トラウマ後にみられるものである。よくミスや忘れ物ばかりしていると、「注意欠陥」とみられる。過去の辛い記憶にとらわれやすいと、気もそぞろになり、ミスは増える。トラウマによる心理的な疲労がたまっても、不注意になる。トラウマ体験によって、恥の感情が強くなっていたり、自尊心が低くなっていたりして、人の目を見て話せないことがある。虐待的な環境で育つと、人との適切なコミュニケーション能力を養う機会が少なく、コミュニケーションに問題が生じ、人間関係がスムーズにいかなくなることがある。 先天的な発達障害があって、さらにトラウマ体験と、後遺症が重なるということもある。その場合、もともとの傾向が、さらに強まった状態になる。 子どもの頃から続いている傾向であっても、幼少期聴取にトラウマ体験がなかったかどうかを、慎重に判断する必要がある。 ADHDとトラウマには密接な関係がある。虐待・過剰なしつけなどによって生じるトラウマは、ADHDを悪化させることなる。ADHDの症状は思考、行動パターンはそれぞれ異なり、社会的な不適応もいろいろである。 また、ADHDの症状のため職場での上司や同僚との対人関係の問題、ささいなミスやトラブル、複数の仕事を同時に進めることの困難さ、スケジュール管理の苦手さ、など多くの問題を引きおこす原因となっている可能性がある。(ADHDは子どもの疾患と考えられていたが、成人になってもその症状は残存することがわかってきた) 成人のADHDの症状重症度を把握するための質問紙である「CAARS日本語版」でテストした本人の記録(自己記入式、2012/11、2014/5)を見る機会があった。図1 CAARSグラフはテスト結果をプロットしたものである。C(衝動性/情緒不安定)は2回のテストで、大幅に変化したことが見られた。仕事の様子、生活状況等を注意深く観察するとともに、「変動要素」は今後の就業支援、生活支援に活用していきたい。 図1 CAARSグラフ CAARS日本語版の尺度 A:不注意/記憶の問題 B:多動性/落ち着きのなさ C:衝動性/情緒不安定 D:自己概念の問題: E:DSM-IV不注意型症状 F:DSM-IV多動性−衝動性型症状 G:DSM-IV総合ADHD症状 H:ADHD指標 注)CAARSはConners' Adult ADHD Rating Scalesの略。ADHD分野で30年以上臨床経験のあるコナーズ博士によって開発された、成人期のADHD症状評価尺度。ADHDの人とそうでない人を判別するための項目(ADHD指標)が含まれ、DSM-IVによるADHD診断基準と整合性がある。 6 まとめ 就業支援、生活支援を行う中で、本人の状況を見極め、課題を共有していく必要がある。支援者として苦しい時は多少距離を起きつつ、本人に丁寧に付き合っていくことが求められる。本人の理解を本人と支援者で共有し、職場、家庭、地域で本人と関わる関係者に伝えることで、本人の生きやすい生活環境を整えて行くことが今後も求められている。 今回は成人期ADHDの症例を報告した。 【参考文献】 1)宮地尚子:トラウマの医療人類学 みすず書房 2)斉藤学:嗜癖行動と家族 有斐閣選書 3)森岡洋:誌上家族教室11 アルコールシンドローム22 アルコール問題全国市民協会 4)備瀬哲弘:大人の発達障害 マキノ出版 5)下山晴彦・村瀬嘉代子:発達障害支援必携ガイドブック 金剛出版 【連絡先】 野田正道 社会福祉法人 小さい共同体 就労継続支援B型 飛翔クラブ e-mail:tiisaikyoudoutai@lake.ocn.ne.jp 気分障害等による休職者の復職支援プログラムにおける「アンガーマネジメント支援」 −試行の実際について− ○古屋 いずみ(障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー) 奥村 博志・松原 孝恵・野澤 隆・石原 まほろ(障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センターでは、平成14〜15年度の2年間に亘って、気分障害等による休職者に対する復職へのウォーミングアップを目的としたリワークプログラムを開発・実施し、平成16年度から、リワークプログラムをブラッシュアップするためのジョブデザイン・サポートプログラム(以下「JDSP」という。)の開発に着手している。開発した技法は、地域障害者職業センターで行っているリワーク支援等の効果的な実施に資するために伝達・普及している。 JDSPでは、再発や再休職予防の観点から、発症や休職のきっかけとなった職業生活上のストレスを振り返り対処方法を検討しておくことを課題の一つとして取り上げており、認知行動療法を援用した「ストレス対処講習」を用いて、復職後のストレス対処スキルの向上に取り組んでいる。 しかし、JDSP利用者によっては、職場の人間関係や職務上の問題に対して怒りの感情を抱えており、対処法の検討が進まずに苦慮することがある。また、日常生活での出来事や対人関係において怒りの感情に巻き込まれた結果、プログラムに集中して参加できないこともある。 怒りの感情をコントロールし適切な対処法を講じることは、円滑な職場復帰ひいては復職後の職場適応のために重要な課題であり、JDSP利用者が自身の抱える怒りの感情に気づき対処法を理解するための「アンガーマネジメント支援」を試行することにした1)。本報告では、その後の試行経過について事例を中心に報告する。 2 アンガーマネジメント支援の概要 (1)目的 自身の怒りを理解し、怒りの感情に対するセルフマネジメント力を向上させることを目的とする。 怒りは表現方法によっては対人トラブルの原因となり、怒りを否定し抑制することはストレスを高める原因となるため、自然な感情である怒りとうまくつきあい、認知面と行動面において適切な対処をとれるようになることを目指している。 (2)内容と実施方法 アンガーマネジメント支援は、4回の講習と個別フォローから構成されている。全体の構成や内容は表1の通りである。 講習については、JDSP利用者のうち受講を希望する者(以下「受講者」という。)5名前後で、障害者職業カウンセラー(以下「カウンセラー」という。)1名が進行を担当する。1回当たり2時間(うち休憩5分)とし、講義とワークシートの作成、受講者同士の話し合いや体験で構成されている。 表1 アンガーマネジメント支援の構成 (3)支援内容の改良 ① 講習回数の拡充 怒りを感じた時に相手にどう伝えるか考えることに加えて、相手からぶつけられる怒りに対してどう対処するか考えることは、怒りを相手側から理解することになり、自分自身の怒りの理解を更に深め、望ましい対応策を考える機会ともなり得る。怒りを感じる事柄や強さは人によって大きく異なるため、他者の怒りについて知ることが新たな気づきになる。 こうした点を踏まえ「相手に伝える」「相手の怒りに対処する」講習内容の充実を図るために、当初全3回の講習を全4回に拡充した。 ② 選択実施制の導入 アンガーマネジメント支援を効果的に実施するためには、受講者の参加意欲が重要であるが、怒りの問題について、自分自身では課題を自覚していない場合や課題として取り組むことに拒否的な場合もある。そこで、第1回の講習でアンガーマネジメント支援に関する趣旨説明と、個別に受講目標の確認を行い、希望者が第2回以降を受講する流れとした。 ③ 個別フォロー アンガーマネジメント支援は、習得した知識がすぐに適切な行動に結びつくものではない。講習の受講により、怒りに関して理屈では理解しても感情や行動が伴わず苦慮する受講者も多い。 講習内容の理解を深め、苦慮している怒りの問題への対処策を具体的に検討するための個別相談や、コミュニケーション場面を実際に体験することにより理解を深めるためのSSTによるフォローの位置づけを明確にした。 3 支援事例 (1)怒りを感じやすい傾向があるA氏の事例 ① 事例の概要 男性、40代、身体表現性障害 同僚の仕事に対する姿勢や、上司の指導の仕方など、職場の対人関係における様々な怒りと、健康状態への配慮が十分でなかった職場への怒りを抱えていた。また、グループミーティングなどの集団場面で、自分とは異なる価値観を持つJDSP利用者に対して苛立ち、強い口調で反論することもあった。 ② アンガーマネジメント支援の経過 イ)講習 怒りが自身の課題だという自覚があり、講習受講には非常に前向きであった。 怒りの仕組みについて学習する中で、怒りのサインが身体に顕著に現れることを再確認すると同時に、サインは自身を守るものであり、早めに対処することが重要だという理解が深まった。 また、講習の中で、「怒りの感情が長く残ってしまうが、自分は特別なのだろうか」という質問があり、他の受講者やスタッフから同様の経験を聞いて安心した表情を見せる場面があった。 アンガーログ(図1)の記入や発表により、怒りの背後にある「自分ルール」、「正義の味方」などの信念が自分の怒りに影響しており、怒りの原因は相手との価値観の違いであり、自分の考え方の工夫によりセルフマネジメントできるという気づきがあった。 怒りの感情の対処については、これまでは強い口調により相手を変えようとしていたが、相手を変えることにこだわるのではなく、本来の目的を達成することに専念するようにしたいと述べた。 相手に怒りを伝えるロールプレイで、「自分の怒りをぶつけるのではなく、冷静に相手の事情を確認することで自分の怒りが鎮まる」という体験をしたことにより、コミュニケーションパターンによる結果の違いについて実感する機会となった。 ロ)個別フォロー 自分を基準に判断して周囲に対する怒りの感情が高まる傾向を共有できたことにより、個別相談の中でも怒りの問題を取り上げやすくなった。 講習受講直後には、怒りのコントロールを意識し行動していたA氏であったが、復職時期が近づき復職への不安が高まるにつれて、他のJDSP利用者の些細な言動により怒りが喚起されることが増えていった。その際には、周囲から促しがあれば、一旦その場を離れてクールダウンし、アンガーログ等を記入することで怒りの状況を整理し、その上で冷静に相談ができるようになった。 図1 アンガーログ ③ 考察 個別相談の中では、他者に対して怒りを感じやすい傾向が確認されていたが、講習の受講により、その課題を周囲と共有するとともに、「怒りを抱え続けることで損なわれるのは自分の人生」であるという理解が深まった。その都度の怒りへの対処策の検討に留まらず、多様な人や考え方を受け入れることを意識できるようになった。 精神的に不安定な時期には、通常時であれば問題にならない事柄に対して怒りを感じる傾向がある。怒りの感情の生起を防ぐことや、瞬時に適切な対応をとることは難しいが、一息ついた後には、これまでとは異なる対処法を取れるようになった点は支援の効果であると言える。 (2)抑圧的な怒りを抱えたB氏の事例 ① 事例の概要 男性、40代、うつ病 B氏は、表面的には穏やかで感情の起伏を表面に出すことは少ない。怒りに関しても、表現することなく我慢するタイプである。理解力が高く、講習内容の理解はスムーズであった。 ② アンガーマネジメント支援の経過 イ)講習 自身の怒りについての問題意識はなかったが、講習には関心を持ち積極的に取り組んでいた。 怒りにより自分自身が傷つき、人間関係も悪化してしまうため、怒りを溜めすぎずに早いタイミングで小出しに感情を表現し、適切にコントロールして対処していきたいという気づきがあった。 アンガーログを記入した際には、職場の上司との調整の場面で、自分の意見を認めてくれない上司に対して強い怒りを抱えながらも我慢し続け、1時間以上交渉を続けた結果、自分の意見を通した出来事を取り上げた。これは、表面的な態度は穏やかであるものの、相手の反応が自分の期待通りではないことに対して怒りを感じやすいB氏の怒りのパターンを象徴する内容であった。 ロ)個別フォロー 日頃、表面的な態度からは怒りの感情が見えづらいB氏だったが、講習受講後に、「非常に強い怒りを感じている」と、担当カウンセラーへの相談があった。怒りの感情を抱えていることが辛く、講習資料を見返し自分なりに整理を試みたところ、対処法として「相談する」という方法を選択したとのことだった。担当カウンセラーからは、アンガーログの記入を促し、怒りの内容に関して整理を行った。その結果、怒りを感じた相手に対して、自分が期待をし過ぎていたとの気づきがあった。怒りを感じる相手側の問題について考えるのではなく、自分自身の期待が怒りを強めていたことを視覚的に確認することにより、怒りの感情を一定程度鎮めることが可能となった。 ③ 考察 B氏は、怒りの感情が一気に高まった際に、これまでは、一人で我慢して怒りを抱え続けるか、直接相手に怒りをぶつけてしまっていたが、講習の内容を踏まえ、「怒りをコントロールするためのステップ(図2)」に沿ってアンガーログを作成することにより、自分の怒りの状況を客観的に整理し怒りの背景にある信念を自覚することで、怒りを鎮めるための新たな対処策を選択することが可能となった。 図2 講習資料 「怒りをコントロールするためのステップ」 4 おわりに (1)考察 ① アンガーログの活用による怒りの整理 怒りの内容を意識し、外在化することは、怒りをコントロールするための重要なステップである。JDSPでは、怒りを外在化し、視覚的・客観的に捉え直すためのツールとして、アンガーログを活用している。アンガーログには、怒りの背後にある信念についても振り返って記入するが、アンガーログを継続して活用することにより、自身が怒りを感じやすい状況や抱きやすい信念について整理しやすくなることが示唆された。同じ場面に遭遇しても、何に対してどのような怒りを感じ、その強さがどの程度かは個人差が大きいが、アンガーログの活用は、自身の怒りのパターンへの理解を促すものと考えられた。 ② 受講者同士での共有による効果 受講者の中には、怒りの感情をコントロールできないことに関して、「自分だけができないのではないか」、「自分はおかしいのではないか」と感じている者もいる。講習の中では各回に受講者同士の話し合いの機会を設けているが、他の受講者の考えや体験を聞くことは、他者も同じような体験をしているとの安心感につながり、怒りに関する話題を開示しやすくなる。その結果、相談の中でも怒りに伴う行動について指摘したり、話題として取り上げやすくなるという効果が得られた。 ③ 怒りを感じた時の相手への伝え方 怒りの感情が問題となるのは主に他者とのコミュニケーション場面であり、この点に問題を抱えている受講者が多いことが分かった。自分の怒りのパターンを理解するだけでは怒りへの対応は不十分である。怒りをどのように取り扱うか判断し、相手に伝えるスキルが必要になることもある。 アンガーマネジメント支援におけるコミュニケーションスキルは、アサーション・トレーニングを基盤としたものであるが、自分の感情や要求を伝える前に、まずは相手の事情を確認してみることは、アンガーマネジメント特有のポイントとして受講者が押さえておくべき点である。 (2)実施上の留意事項 ①主治医への相談 アンガーマネジメント支援を実施する際、その対象者によっては、診断名とは異なる疾病や障害が隠れている場合もあり、怒りを振り返ることで、攻撃性や他罰的傾向が表出する場合も考えられる。また、受講時の体調や精神状態によっては、怒りを感じた場面の想起により強い怒りを喚起してしまうことも想定される。 受講に際して不安や動揺があればすぐに申し出るよう対象者と確認することや、病態の変化が見られたときには、速やかに主治医と相談し、場合によっては実施を見合わせることを講習前に確認しておく配慮が支援者には求められる。 ②支援者の姿勢 対象者によっては、支援者から課題を指摘されることに怒りを感じることもある。また、対応の仕方によっては怒りの矛先が支援者に向けられる場合もある。この場合、怒りを一定受け止めつつ、変わらぬ態度で接することで信頼関係を築いていく姿勢が支援者には求められる。しかし、怒りを受け止めるのは負荷の高い支援のため、支援者同士の支え合いも重要である。 (3)今後の課題 アンガーマネジメント講習の受講者数は平成26年8月現在延べ24名であり、今後、定量的な効果検証を行っていく必要があるため、全4回に改編した内容での試行を継続したいと考えている。 職業リハビリテーションの現場で、多くの支援者が対象者から怒りをぶつけられたときの対応方法に困難さを抱えていることが、地域障害者職業センターへのヒアリング等で示されている。対象者の怒りは、支援者の対応方法によって更なる怒りや他罰性を喚起してしまう危険性もある。また、全ての対象者にアンガーマネジメント支援の効果があるという訳ではないこと、病態や特性によっては医療との連携が重要であることを忘れてはならない。そういった点からも、支援者が対象者の怒りに適切に対応するための資質向上が今後の課題であり、今後作成予定の支援マニュアルの必要性が高まっている。 【参考文献】 1)松原孝恵他:気分障害等による休職者の復職支援プログラムにおける「アンガーマネジメント支援」について「第21回職業リハビリテーション研究発表会 発表論文集」、p.136-139(2013) ワークサンプル幕張版(MWS)の新規課題開発の取り組み その1 −社内郵便物仕分けについて− ○加賀 信寛(障害者職業総合センター 主任研究員) 内田 典子(東京障害者職業センター) 森 誠一・中村 梨辺果・松浦 兵吉・鈴木 幹子・前原 和明・松本 安彦(障害者職業総合センター) 1 目的 障害者職業総合センター研究部門(障害者支援部門)では、トータルパッケージの中核的構成ツールである、ワークサンプル幕張版(MWS)に対するユーザーのニーズを踏まえ、MWSの改訂作業と併せ、新たなワークサンプルの開発に取り組んでいる。 本稿においては、実務作業領域の作業課題として開発を進めている、「社内郵便物仕分け」の開発経緯と作業課題の内容等について報告する。 2 開発経緯等 (1)開発経緯 当センターが実施した「障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査」1)において、MWSを活用している広域・地域センターの障害者職業カウンセラーや関係機関の支援スタッフを対象にヒアリング調査を実施したところ、「事務作業や実務作業のバリエーションを増やし就職先企業で従事する仕事」に類似した、より現実的で臨場感を伴う新規のワークサンプル(文書ファイリング、郵便物・メール便仕分け、テープ起こし、清掃に関連する作業等)を開発することについて要望が寄せられた。こうした要望を踏まえ、事務作業と実務作業の中間的作業領域であると考えられる、「社内郵便物仕分け」を新たなワークサンプルとして開発することとした。 なお、開発にあたっては、マイクロタワーを構成する「郵便物仕分け」の課題構成や作業手順、使用物品等を参考とした。 (2)開発期間 「社内郵便物仕分け」の開発所要期間は、平成25年4月〜平成27年3月の間を予定している。 3 課題の内容等 (1)「社内郵便物仕分け」の内容 会社に届いた葉書や封書等の郵便物を、宛先に書かれている部署(部・課)ごとにファイルケースに仕分けする作業。決められた規則通りに、正確に各部・課ごとに仕分けることが求められる作業課題となっている。 (2)作業の流れ(仕分けのルール) 1→宛名の部・課名ごとに郵便物を仕分けする。社員名簿に掲載している「組織図」にない部・課名が宛名に書かれている場合には、“要確認”のファイルボックスに仕分ける。 2→宛名に個人名が書かれている場合は、当該社員が所属している部・課のファイルケースに仕分けする。 3→宛名に書かれている個人名が、宛先部・課に存在しない場合は社員名簿に基づいて所属部・課を探し、同一の建物内の別部・課に所属していれば、現在所属している部・課名を付箋に手書きして宛先の周辺に貼り付け、現在所属している部・課のファイルケースに仕分ける。また、支店や営業所等、別事業所に所属していれば、支店・営業所名を付箋に手書きして、宛先周辺に貼り付け“転送”のファイルボックスに仕分ける。 4→宛先の個人名が社員名簿にない場合は、“要確認”のファイルボックスに仕分ける。 5→宛名に「速達」や「親展」とある場合は“速達・親展”のファイルボックスに仕分ける。 6→全ての郵便物を仕分けたら、宛名とファイルケースの部・課名を再度確認し、間違いに気づいた場合には、正しいファイルケースに入れ替える。 7→支援者に終了したことを伝え、作業時間を報告する。 8→支援者の確認。 (3)レベルの設定 表1に示すとおり、難易度のレベル設定は1〜5レベルとし、各レベルの内容ごとに課題数を設定した。 レベル1は、部のみの仕分けであり、最も簡易な仕分けとなる。レベル2は、部・課と宛先部課名該当なしの郵便物を仕分けするため組織図で確認する。レベル3は、部・課と個人名が書かれた郵便物及び宛先部課名該当なしの郵便物を仕分けするため組織図と社員名簿で確認する。レベル4は、部・課と個人名が書かれた郵便物及び宛先部課名該当無の郵便物、個人名該当無の郵便物、速達・親展、転送の郵便物を仕分けするため組織図と社員名簿で確認する。レベル5は、レベル4と課題の内容は同じだが、個人名、速達・親展、転送、個人名該当無の課題数がレベル4よりも増えている。 表1「社内郵便物仕分け」のレベル設定及び課題数 (4)ブロック数及び試行数の設定 基本的な作業のまとまりである「1ブロック」は20試行とし、レベルごとのブロック数を30とした。 (5)主な使用物品 ○葉書〜6試行分、封書(封書サイズ:定形外(角形5号)、定型(長形3号のブルーとグリーンの2種類を使用)〜14試行分。 ○ファイルボックスと持ち出しフォルダ(各部・課ごとに色分けして設置) ○チャック付きビニール袋(仕分けし終わった郵便物をブロックごとに収納するための物品) (6)宛名に用いたフォントの種類 HG正楷書体-PRO、MS明朝、HGS行書体、MSゴシック、HG創英プレゼンスEB。宛名はタックシールに印刷したもの、葉書・封書に直接印刷したものが任意に混在している。 (7)疑似データの作成 宛先や差出人の住所、企業名、個人名、社員名簿の個人名については、疑似個人情報ジェネレータで作成した。また、CSR企業一覧や映画・漫画で使われている架空企業名一覧を基に架空の住所、企業名を作成した。なお、葉書の裏面については、事業所の移転通知や新営業所の開設通知、個人の異動通知、商品案内等に関する文面となっている。 (8)想定されるエラーカテゴリ 表2は、想定されるエラーのカテゴリと内容について整理したものである。 一つ目のエラーカテゴリは、宛名の判読が不正確なことによって、仕分け先のファイルを特定できず、「要確認」ボックスや正しい仕分け先でない別のファイルボックスに入れたり、正しい転送先ではない別の転送先を付箋に記入する等が想定される。 二つ目のエラーカテゴリとして、宛名の判読はできるものの、思い込みや注意不足によって、正しい仕分け先でない別のファイルボックスに入れることも想定される。 三つ目のエラーカテゴリは、転送先を特定しないでファイルケースに入れる、四つ目はファイルボックスの外に郵便物が落下する、等が考えられる。 表2 エラーのカテゴリと内容 また、仕分けのルールが多岐に亘ることによって、作業手順が定着しにくい支援対象者に対しては、障害の補完手段の習得を支援する。想定できる補完手段としては、①仕分けのルールを拡大コピーし、常に支援対象者の視野に入る場所に貼りつける、②レベルごとに仕分けのルールをカードに転記し、その都度、ルールを確認できるようにする。等である。 (9)様式類 使用する様式は以下の通りである。 ① (株)○○ 組織図 ② (株)○○ 社員名簿 ③ 仕分けのルール ④ 記録用紙 ⑤ 解答用紙 ⑥ 結果整理用シート ⑦ マニュアル ⑧ 作業指示書 ⑨ ボックス等の配置図 (10)簡易版の構成 表3は、「社内郵便物仕分け」の簡易版の構成を示している。従来のMWS簡易版の構成を踏襲し、20試行すれば訓練版の難易度レベル(1〜5レベル)を全て体験できるように構成した。ただし、訓練版のレベル4〜5に相当する、社員名簿に記載されていない個人名を仕分けする課題は含まれない。 表3 簡易版の構成 (11)物品の配置 ①各物品の全体配置図 図1は「社内郵便物仕分け」で使用する、各物品の全体配置図、写真1は各部課のファイルボックスの配置外観と郵便物、図2は要確認・速達・親展・転送ファイルボックス配置図、写真2は要確認・速達・親展・転送ファイルボックスの配置外観、図3は部課ファイルボックス内配置図(例:総務部)、写真3は、部課ファイルボックス内の配置外観となっている。 図1 各物品の全体配置図 写真1 各部課のファイルボックス配置外観と郵便物 図2 要確認・速達・親展・転送ファイルボックス配置図 写真2 要確認・速達・親展・転送ファイルボックス配置外観 図3 部課ファイルボックス内配置図(例:総務部) 写真3 部課ファイルボックス内配置外観 (12)一般的教示例 「これから社内に届いた郵便物の仕分けをします。“仕分けのルール”に書かれているルールに沿って、正確に仕分けてください。まず、“仕分けのルール”を読んでください。(この際、支援者は解説を加えない) “仕分けのルール”を読んで何か質問はありますか?もし、作業の途中でルールが分からなくなったら、その都度、“仕分けのルール”を確認してください」 →質問がなければ 「それでは、郵便物を仕分けしてください」(該当するブロックのビニール袋から郵便物一式を取り出して渡す) 「作業を始めます。終わったら報告してください。始め。」(ストップウォッチを押す) →質問があった場合 答え(仕分けるファイルボックスやフォルダの場所)を教えることになる質問には答えない。個人名の読み方が分からず、仕分けるファイルボックスやフォルダの場所を見つけ出せそうにない場合には、補完手段の利用について検討し、必要に応じて支援する。途中で間違いに気づいたら、その都度、正しい場所に入れ替えるよう助言する。どうしても仕分ける場所が分からない場合には、要確認ボックスに入れるよう伝える。 4 今後の予定 まず、一般成人による試行を行い、難易度(レベル)の体系性や、負荷による疲労の度合いの確認等を行う。次の段階として、研究協力機関において支援対象者に対し試行する。当該ワークサンプルの対象者は、漢字の判読能力を一定程度有する者を想定しているため、試行先の研究協力機関においては、作業遂行要件を充足していると判断できる者を選考して試行し、支援対象者に実施する際の課題の確認と、必要な修正を行う。そのあと、標準化のための健常者データの収集と統計解析の手順を経て、MWSを構成する新たなワークサンプルとして位置づけられることになる。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:資料シリーズ№72 障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査(2013/3) 2)障害者職業総合センター:トータルパッケージの活用のために(補強改訂版)(2013/8) 3)障害者職業総合センター:ワークサンプル幕張版「MWSの活用のために」(2010/3) ワークサンプル幕張版(MWS)の新規課題開発の取り組み その2 −給与計算について− ○中村 梨辺果(障害者職業総合センター 研究員) 加賀 信寛・森 誠一・松浦 兵吉・前原 和明・望月 葉子・松本 安彦(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門(障害者支援部門)では、トータルパッケージの中核的構成ツールである、ワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)に対するユーザーのニーズを踏まえ、MWSの改訂作業と併せ、新たなワークサンプルの開発に取り組んでいる。 本稿では、OA作業領域のワークサンプルとして新規に開発を進めている「給与計算」の開発経緯と内容等について報告する。 2 開発の目的と経緯 (1)開発の目的と経緯 当センターが実施した「障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査」1)において、MWSを活用している広域・地域センターの障害者職業カウンセラーや関係機関の支援スタッフを対象にヒアリング調査を実施したところ、昨今の中核的な支援群を構成する、知的発達の遅れを伴わない発達障害者や復職を目指す精神障害者等を対象者として活用していく上では、“より難易度の高いワークサンプル”が求められていることが分かった。こうしたニーズに応える目的で、OA作業領域に新たなワークサンプルとして「給与計算」を開発することとした。 なお、開発にあたっては、国立職業リハビリテーションセンターにおけるビジネス系の訓練教材、難易度の高い問題を構成する要素について検討すると共に、訓練担当者から指導上の重点等についてヒアリングを行い、開発の参考とした。 (2)開発期間 「給与計算」の開発期間は、平成25年4月〜平成28年3月を予定している。 3 ワークサンプル「給与計算」の内容 (1)「給与計算」とは 給与計算とは、給与を構成する複数の支給項目、控除項目を計算の上、前者の総額から後者の総額を差し引くことにより、差引支給額を確定させる事務作業である。この作業を、OA作業としてパソコン上で実施することした。 当ワークサンプルで「計算を求める項目」(以下「計算項目」という。)は、「残業手当」「健康保険料(介護保険含む)」「厚生年金保険料」「雇用保険料」「所得税額」「課税対象額」「差引支給額」とした。これらの計算項目を入力する画面イメージが図1である。 計算過程では、社員毎の条件に応じて、副読本に示される計算ルールを正しく適用することや、表中の正しい行・列から数値を特定すること等が求められる。 図1:「給与計算」画面イメージ (2)試行数、ブロック、レベルの設定 当ワークサンプルの最少作業単位である「1試行」は、1社員分の給与計算とした。 また、基本的な作業のまとまりである「1ブロック」は、6試行とした。 さらに、難易度を示す「レベル」は、1〜4の計4レベルとした。表1は、各レベルの難易度を構成する要素の一覧である。以下、その概要を述べる。 レベル1は、健康保険料、厚生年金保険料、所得税の計算を行う最も基礎的な作業で構成される。 レベル2は、雇用保険料の計算が加わる他、介護保険料を加算した健康保険料の選択、所得税額算出にあたっての「扶養親族等の数え方」、課税対象となる通勤手当(公共交通機関利用)への対応が必要となる。 レベル3は、レベル2の内容に加えて、普通残業手当の計算が加わる他、介護保険や雇用保険の免除規定、課税対象となる通勤手当(マイカー利用)、「扶養親族等の数え方」が更に複雑になることへの対応が求められる。 レベル4は、レベル3の内容に加え、深夜残業手当計算が加わる他、「扶養親族等の数え方」の例外規定が加わり、個別の条件への対応の必要性が強調される。 このように、給与計算の難易度は、レベルが上がる毎に、計算項目が増加するだけでなく、ルールの適用、免除、例外的な取り扱い等といった注意事項が複雑化することで構成されており、副読本の正確な読解と作業への的確な適用が求められる。 また、「1ブロック」で出題される6社員各々の条件は、レベル2以上では均等でなくなる。つまり、出題毎に変化する社員の条件を見て、その条件がどの計算項目へ影響を与えるかに注意を払うといった負荷が加わっていく。 (3)主な使用物品 ・OAWorkがインストールされた端末 ・電卓 ・副読本(写真:副読本のイメージ参照。ここには、各計算項目を算出するルールが記載されている他、健康保険、厚生年金、所得税の決定に必要な各種の表が併せて収められている。) 表1:ワークサンプル「給与計算」の難易度構成 写真:副読本イメージ (4)教示 OAWorkを立ち上げ、「給与計算」の入力画面に映ると、「下記を読み、青い部分に入力して下さい」と表示される。 また、下図2のような表示枠に、給与計算を行う対象社員の諸条件が提示される。なお、表示内容はレベルに応じて異なるものであり、図2はレベル4のイメージを表している。 図2:教示と条件提示のイメージ (5)疑似データの作成方法 当ワークサンプルでは、社員の年齢、役職に応じた擬似的な給与テーブルを必要とする。ここでは、厚生労働省の「平成24年度賃金構造基本統計調査」から、企業規模100人以上1000人未満規模の製造業において、最終学歴を高卒とする、期間の定めのない社員の役職別、年齢階級別の所定内給与データに基づいて作成を行った。 また、所得税額表については、国税庁「給与所得の源泉徴収税額表(H26年分)」の月額表を使用した。 さらに、健康保険料額表は「全国健康保険協会」の資料を、また、厚生年金料額表は「日本年金機構」による資料に基づいている。 (6)エラーのフィードバック 当ワークサンプルでは、1試行、すなわち1社員分の給与計算に「正解」するためには、求められた複数の計算項目が全て正しい必要がある。「不正解」となった場合には、どの計算項目にエラーがあったかを、試行毎に「訓練結果出力/試行詳細」に表示する形式とした。 更に、ブロック単位のエラー集計はエクセルファイル上に表示させ、エラー傾向把握の資料として活用できるようにした。その際、値の算出過程に段階があるものであってエラー要因が指摘可能な計算項目に関しては、内数でその要因をフィードバックできるものとした(表2)。 表2:エラー詳細のイメージ (7)簡易版の構成 「給与計算」の簡易版は、現行のMWSの一部であるOAWorkを踏襲し、各レベル2試行ずつ出題し、計8試行実施すると全レベルの問題を体験できる構成とした。 4 今後の予定 今後は、まず、一般成人による試行を行い、難易度(レベル)の体系性や、課題に取り組むことに伴う疲労感等について検討を進めていく。 次の段階として、研究協力機関において支援対象者に対し試行する。対象者像としては、当ワークサンプルの作業遂行要件に挙げられる、副読本の読解が可能な者を想定している。こうした試行を通じて、当ワークサンプルが支援対象者の特性把握や訓練に資するための改善課題について更なる検討を加えていく予定である。 これらの過程を通じて、システム上のバグの洗い出しを行い、最終的には標準化のための健常者データの収集と統計解析を経て、MWSを構成する新たなワークサンプルとして位置づけていくこととなる。 なお、ワークサンプル「給与計算」で模擬的に扱う各種社会保険料率や所得税率については、提供前に可能な範囲でアップデートし、現実との乖離を調整したいと考えている。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:資料シリーズ №72 障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査(2013/3) 2)障害者職業総合センター:トータルパッケージの活用のために(補強改訂版)(2013/8) 3)障害者職業総合センター:ワークサンプル幕張版「MWSの活用のために」(2010/3) 【発表者連絡先】 TEL:043-297-9083 E-mail:Nakamura.Ribeka@jeed.or.jp ワークサンプル幕張版(MWS)の新規課題開発の取り組み その3 −文書校正について− ○前原 和明(障害者職業総合センター 研究員) 森 誠一・松浦 兵吉・中村 梨辺果・加賀 信寛・望月 葉子・松本 安彦(障害者職業総合センター) 下條 今日子(栃木障害者職業センター) 1 目的 障害者職業総合センター研究部門(障害者支援部門)では、トータルパッケージの中核的構成ツールであるワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)に対するユーザーのニーズを踏まえ、MWSの改訂作業と併せ、新たなワークサンプルの開発に取り組んでいる。 本稿では、事務作業領域の作業課題として開発を進めている「文書校正」課題の開発経緯及び作業課題の検討内容等について報告する。 2 開発の意義等 (1)文書校正とは 文書校正とは、校正刷と原稿を照らし合わせ、誤りが無いかを確かめる作業のことである。通常、これは、出版社等の編集者の業務である。しかし、近年のパソコンの普及と共に、印刷物を企業内で発行するために、この校正を行う場合がある。また、広義には、様々な文書作成において、作成者は、誤りの無い文書を作成するために、校正することが求められる。 (2)開発意義 文書校正は、先述のように多くの企業に存在することから、実際の仕事により近い環境を設定できる課題である1)。更に、以下の理由から課題として適当であると言える。 第一に、企業において、文書の誤りは重大な事務事故等に繋がるおそれがある2)。そのため、誤りの無い文書を作成する能力は、多くの企業において求められるものである。よって、この種の訓練場面を提供する本課題の必要性は高い。 第二に、既存のMWSは、単に作業特性を把握するためだけでなく、スムーズな作業遂行に向けた補完手段の検討等のために用いられてきた。認知心理学の分野においては、文書を校正する際の認知機能の特性についての研究が進んでいる。こうした知見は、スムーズな作業遂行に向けた補完手段の検討及び解釈に活用可能である。 第三に、既存のMWSには、「数値チェック」及び「検索修正」の文字や数字の照合・修正を行う課題がある。しかし、「数値チェック」は、課題対象が数字に限定されている。また、「検索修正」は、OA作業である。既存課題は、書面上の誤字を検出することを目的としているわけではない。また、「文書校正」は、これらの既存課題と素材が異なる。以上から、新奇性が高いと考えられる。 以下、先行研究の知見を踏まえ、開発に向けて検討中の事項を整理しつつ、提示していく。 3 作業課題の内容等 (1)開発の基本的考え方 ①作業課題 文書校正課題の開発に当たっては、認知心理学における実験課題である「誤字検出課題」を参考とする。この実験課題は、与えられた文章中の誤字を検出させるものである3)。 なお、校正作業には、文章を推敲することが求められる場合もある。しかし、推敲は、ある程度の文章を構成するための能力や語彙等の知識が要求されること4)、問題の検出・修正方法についての検討が難しいこと5)、正誤判断の困難性から、MWSの内容として適切でないと考えている。 ②作業の流れ 通常の校正作業では、校正記号を持ちつつ、赤ペンにより文字校正を行う6)。このような基本的な校正ルールに従って作業を遂行することは、実際の職場での業務に役立つものであり、習得の意味があると考えられる。 岡田2)によると、通常の校正作業は八回に亘る紙上校正を行う。確実な校正には、最低でも、校正者による原稿引き合わせ、赤字引き合わせによる修正点の直し確認、作成者による素読みの三段階が必要とされている。 訓練期及び簡易版実施時には、例えば、表1のような段階的な介入が想定される。通常の校正手続きに基づきつつ、補完手段が検討できるようなMWSの実施手続きを検討していきたい。 表1 介入の例 (2)レベル設定の際の検討事項 難易度を設定するにあたり、以下の①〜④について検討を進めることとした。 ①文字数 より長文になるにつれて、文脈判断が求められることから誤字検出が難しくなる7)。また、校正においては、悉皆探索と呼ばれる文字を隈無く探索するといったような高い情報処理能力が求められる8)ことを考慮する必要がある。なお、各種新聞一面のコラムは、600字程度の文字数である。このような文字数も参考にしつつ、課題の文字数を決定していくこととする。 ②誤字数の考え方 浅野・横澤8)は、課題の1,000字の文章に16個の誤字を入れ、比較的長文の実験課題を作成している。また、大橋・中村9)及び中村・大橋10)は、約1000字の文章に14個の誤字を入れている。誤字数の検討に際しては、これらの実験課題も参考にすることとする。 ③単語親密度 浅野・横澤8)は、NTTコミュニケーション科学基礎研究所監修の語彙データベース11)の単語親密度を活用し、語彙数の違いによる誤字検出率の違いを明らかにするための実験課題の統制を行っている。この単語親密度とは、ある単語がどの程度なじみがあると感じられるかを表した指標である。単語親密度に基づき誤字選定することで、課題の難易度を設定できることが示唆される。 ④その他 その他、文字列の方向(縦書き、横書き)、段組み(一段、二段、三段)、文書の素材(エッセイ、文書、報告書、パンフレット)等の事項についての検討も必要であると考えられる。 (3)課題文書の選定 課題文の選定に関しては、次の点に留意する必要がある。「文書があまり難しすぎないものとする」、「現代の正しい日本語で書かれている」とともに、「著作権」に配慮が必要である。これらに留意しつつ、課題を選定することが必要である。 (4)誤字エラーのヴァリエーション 先行研究9)10)12)における実験課題において用いられた誤字を、表2に整理した。これらの誤字は、検出・正答率の実験結果及び認知機能について検討されていることから、今後の開発において参考にできると考えられる。こうした誤字エラーの文例を図1に提示した。また、図2に文例の誤字箇所と種類を解説した。 表2 誤字エラーのヴァリエーション 図1 誤字エラーを探索するための文章 図2 誤字箇所及び種類 (5)その他 浅野・横澤8)は、正答率の高低に年齢やパソコン経験の影響があることを指摘している。このような事項も、考慮していくことが必要である。 4 まとめ (1)文書校正としての課題の意義 校正作業は、ワーキングメモリや妨害的情報の干渉抑制といった高次の認知機能が関連すると言われている8)。そのため、既存のMWS及び開発中の他の新規課題とともに、本課題は発達障害13)14)や精神障害15)といった幅広い障害種類に対する評価及び訓練・支援を行っていく上で効果的な活用が期待される。 また、実践的には、MWSは、作業特性の把握だけでなく、補完手段と対策の検討というコンセプトを持っており、こうした検討を進めていくことが求められている。今後の雇用拡大に向けては、雇用に不安を感じている企業に、より効果的な就労支援を展開し、安心感を持ってもらう必要がある。そのためにも、補完手段と対策の検討という具体的な支援策に繋げるような手続き16)を導入できるように工夫していくことが必要である。 (2)今後の課題 上記の「3 作業課題の内容等」で示したように、これまで主に先行研究の知見を踏まえつつ、課題の開発に向けての検討を行ってきた。今後は、具体的な課題の作成(レベル設定、素材の選定、エラーの設定等)を行い、その後支援対象者への試行を実施し、検証を進めていくこととしている。 謝辞 文書校正課題の開発に際して、多大なる助言を頂いた滋慶医療科学大学院大学 岡 耕平講師に深くお礼を申し上げます。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査「資料シリーズ №72」,障害者職業総合センター(2013) 2)岡田 猛:文字校正工程のモニタリング−チェック段階毎の誤植発見頻度と適切な校正回数「日本印刷学会誌 48(6)」、p.38-44,(2011) 3)横澤一彦:校正読みと誤字の処理「芋阪直行(編):読み−脳と心の情報処理,朝倉出版」p.90-101,(1998) 4)伊東昌子:文章の推敲における認知過程とその支援システム「認知科学 1(1)」、p.121-134,(1994) 5)乾 祐子・岡田直之:長い文は常にわかりにくいか?〜わかりにくさの要因とその依存関係〜「自然言語処理 135(9)」、p.63-70,(2000) 6)日本エディタースクール(編):実例校正教室,日本エディタースクール出版部(2000) 7)浅野倫子・横澤一彦:校正読みの効率を規定する要因「日本認知心理学会 第5回大会論文集」、p.17,(2007) 8)浅野倫子・横澤一彦:校正専門家の高次視覚特性に関する検討「基礎心理学研究 26(1)」、p.29-37,(2007) 9)大橋智樹・中村順子:文書校正検査によるエラー検出特徴の分析(1)−文書校正検査の開発−「東北心理学会 第58回大会」(2004) 10)中村順子・大橋智樹:文書校正検査によるエラー検出特徴の分析−開発した文書校正検査を用いた実験(2)−「東北心理学会 第58回大会」(2004) 11)天野成昭・近藤公久:日本語の語彙特性−NTTデータベースシリーズ,三省堂(1999) 12)松井裕子・佐藤 学・島立義宏・小松原 明哲:文章・数表・図面のチェック方法と検出されやすいエラーの関係「INSS JOURNAL 16」,p.2-13,(2009) 13)土田幸男・室橋春光:自閉症スペクトラム指数とワーキングメモリ容量の関係:定型発達成人における自閉性障害傾向「認知心理学研究 7(1)」、p.67-73,(2009) 14)太田昌孝:自閉症圏障害における実行機能「自閉症と発達障害研究の進歩 VOL.7」、p.3-25,(2003) 15)池淵恵美:統合失調症のリハビリテーションと認知機能障害「臨床精神医学 34(6)」、p769-774,(1995) 16)岡 耕平:認知に困難のある人の認知特性を把握し具体的支援に結びつけるためのWISC/WAIS手続きの工夫「関西心理学会 第123回発表論文集」、p.74,(2011) 回復期リハビリテーション病院での就労支援 −ワークサンプル幕張版を用いた効果について− ○中林 智美(社会医療法人若弘会 わかくさ竜間リハビリテーション病院療法部 作業療法士) 牟田 博行・村橋 大輔・錦見 俊雄(社会医療法人若弘会 わかくさ竜間リハビリテーション病院) 1 はじめに 社会医療法人若弘会わかくさ竜間リハビリテーション病院は、大阪府大東市に位置し500床(うち回復期リハビリテーション病床96床)の病床を有している。高次脳機能障害を有する患者の就労支援に対応できるようワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)を平成26年1月より導入し作業療法士(以下「OT」という。)を中心にプログラムを実施している。 今回、当院でMWSを活用し、就労支援を行った事例について回復期リハビリテーション病棟での活用方法や問題点について、若干の知見を加え報告を行う。 2 事例紹介 本発表は、二症例共に説明し同意を得ている。 (1)A氏50代男性、公立高校教諭 H25年11月授業中にくも膜下出血を発症した。救急搬送後クリッピング術を施行したが、2日後びまん性脳腫脹により意識状態が悪化し気管切開を施行された。発症から約1ヶ月後、水頭症の進行を認めVPシャント術を施行した結果、意識状態の改善や筋緊張亢進の改善が認められた(図1)。発症から3ヶ月後(シャント術から1ヶ月半後)当院の回復期リハビリテーション病棟に入院された。家族は妻と娘の3人暮らしで、仕事は公立高校で政治経済や世界史を教えていた。 図1 A氏脳画像 ① リハビリテーション初期評価 身体機能面では軽度の運動麻痺と感覚障害、全身筋力と持久力の低下、廃用による両上下肢に中等度の関節可動域制限が認められた。STEF(Simple Test for Evaluating Hand Function:簡易上肢機能検査)は右74点、左80点であった。高次脳機能面では、WAIS‐Ⅲ(Wechsler Adult Intelligence Scale:ウェクスラー成人知能検査)IQ83であり、注意障害、記憶障害、遂行機能障害、病識低下を認めた。ADL(Activities of Daily Living:日常生活動作)は全般に介助を要しており、FIM(Functional Independence Measure:機能的自立度評価表)は64/126点であった。 COPM(Canadian Occupational Performance Measure:カナダ作業遂行測定)では、『車の運転・復職・独歩』について本人重要度が高く、遂行4.0点、満足3.0点であり、運転は「今すぐでもできる」、復職は「歩けるようになれば可能」と話していた。 ② 経過 入院3ヶ月目で、水頭症の症状は減退し、屋内独歩自立、ADLは見守りまで改善した(FIM123/126点)。しかし、日中は臥床傾向にあり、リハビリテーション中は課題に取り組むものの向上心に乏しく、出された日記課題や宿題などはほとんど行わなかった。また、トイレに行くのが面倒とパット内に意図的に失禁する様子がみられ、「オムツをしていても教師はできる」と発言していた。入院4ヶ月目に、現実検討能力向上と復職への意識づけのため、OT訓練で模擬授業を実施した。最初は、A氏と担当OTと1対1で、20分程度から開始し、授業時間である50分の授業まで延長。その後、有志の病棟スタッフ30名の前で50分の模擬授業を実施した。模擬授業後は、毎回本人と振り返りを実施し改善に役立てた。これを境に、A氏は授業に関する勉強や自主トレーニングを積極的に実施するようになった(写真1、2)。 写真1 模擬授業全景 写真2 授業の様子 入院5ヶ月で、職場の依頼もあり、本人・妻・OT・言語聴覚士(ST)で職場訪問を実施した。職場環境や復帰後の仕事内容の確認に加え、学校長・教科主任・教諭同席の元、学校で模擬授業を実施し、問題点を指摘してもらった(写真3、4)。 写真3 学内の様子 写真4 模擬授業の様子 そこで、課題として三つの項目があがった。 一つ目は、週18時間の授業が可能な体力をつけることと、板書文字を大きく保つことであった。これは、負荷訓練や自主トレーニングの増加で対応した。文字は模擬授業後に生徒席で大きさを確認し、意識づけを行った。 二つ目は、年間授業計画に沿った授業ペースを守ることである。これは、学期毎の授業数に合わせてページを配分し、授業10分毎に進むべき範囲を設定した上で、教科書に印をつけて模擬授業を行う方法で練習した。 三つ目は、テスト問題の作成と採点が実施できることで、これはMWSの導入で対応した。 ③ MWSの実施 MWSのPCワーク(文書入力と検索修正)を実施した。実施による観察項目から、文章の入力操作は記憶されており、パソコンの半角や記号の機械操作は可能であった。文書入力では、文字の入力に非常に時間がかかる上、指定された文書と異なるが似た意味を持つ単語の入力や変換間違いが認められた。また、検索修正では、検索番号の入力時に数字を打ち間違えてしまい、担当OTに相談することなく、何度も間違った番号を打ち直すといった様子がみられた。 文書入力は、入力する文章が毎回異なり、全てを入力するのに多大な時間を要していた為、リハビリテーション訓練導入には向かなかった。そのため、検索修正課題の訓練版を導入した。 ④ 結果 2ヶ月間、毎日40分程度、検索修正課題を実施した。入力後に各項目の確認作業を丁寧に行うことで、文字の打ち間違いやミスが減少した。また、本人も間違いやすい箇所を把握して重点的に見直しを行うようになり作業時間も短縮した。 退院時はSTEF右98点、左100点と手指運動麻痺はほぼ問題ないレベルまで改善し、ADLも全て自立した。高次脳機能面では、WAIS-ⅢはIQ110へ向上し、注意力・記憶力・遂行機能も日常生活上問題ないレベルまで改善した。COPMは、遂行5.8点、満足6.4点へと向上し「発症前から比較すると、まだ不足している所はたくさんあると思う」と現実検討能力向上を窺える発言がみられた(表1)。 退院後は、休職扱いのまま職場へ毎日慣らし通勤を行い、当院では月2回程度外来でのOTフォローを実施した。その際、学期毎のテスト作成や、授業の進行速度などについて聴取し、問題となる点については対処方法の助言を行った。また、実際に作成したテストを持参して頂いた。問題の量が多いなどの改善点はあったが、打ち間違いや変換ミスなどは認めなかった。内容も教科主任から「妥当である」と承認を得ることができた。最終的には、退院から4ヶ月(発症から13ヶ月)で高校教師として常勤復職を果たした。 表1 A氏入退院時数値比較表 (2)B氏60代女性、介護老人保健施設の看護師 H26年3月職場で夜勤明け後に帰宅しようとし意識消失、救急搬送された。左中大脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血と判断され、同日緊急動脈瘤頸部クリッピング術を施行された。術後SPASMによる脳梗塞を若干認めたが、軽度の運動性失語および高次脳機能障害は残存するも徐々に改善し、当院回復期リハビリテーション病棟へ入院された(図2)。 図2 B氏脳画像 家族は、夜勤中心で就労している息子との二人暮らしで、仕事は介護老人保健施設の常勤看護師だった。月4回程度の夜勤に加え、入所者と通所者合わせて100名ほどの薬剤管理や体調管理、介護などを行っていた(受け持ち患者は約30名)。 ① リハビリテーション初期評価 身体機能面では運動麻痺や感覚障害の影響は少なくSTEFは左右共に100点だった。高次脳機能面は、WAIS-ⅢでIQ106だったがMMSE(Mini-Mental State Examination:ミニメンタルステート検査)は23/30点、HDS-R(Hasegawa dementia rating scale-revised:改訂 長谷川式簡易知能評価スケール)は25/30点と低下しており、注意障害、記憶障害、遂行機能障害がみられた。また、ごく軽度の失語があり、混乱すると言葉が出にくくなるといった症状が認められていた。ADLは内服管理を除き自立されていた(FIM126/126点)。COPMでは、『自動車の運転・失語症や記憶障害の改善』について本人の重要度が高く、遂行6.0点、満足2.3点だった。仕事について、本人は「できれば戻りたいが、夜勤は無理だと思う。日勤なら働けるのではないか」と発言していた。 ② 経過 入院2週間でADLは内服薬の管理を含め自立された。言葉の出にくさも減少し、病棟スタッフや他患とのコミュニケーションにも大きな問題はみられなくなった。しかし高次脳機能面では、複雑な課題に対する注意力の低下や遂行機能障害が残存した。また、失語症により文字の理解力の低下を認めた。 ③ MWSの利用 看護師として再就職するには、介護老人保健施設利用者の内服薬や血圧・体温などの測定結果管理などをする必要があった。その為ピッキング作業を開始した。簡易版を実施し、ミスが多かったLv5の訓練版を実施した(写真5)。 写真5 B氏ピッキング訓練実施の様子 ④ 結果 ピッキング作業では、文字や数字の見間違いが多くみられた。特に薬瓶の番号間違いや、数量計算間違いが多くみられた。番号を、声に出して読み上げる、最終確認をしてから終了を宣言する等の方法をとることで、間違いは減っていった。しかし、時折生じるミスをなくすことが難しかった。物品請求書作成や、数値チェック課題も実施したが同様にミスが目立ち、訓練版を実施することでその数は減ったが無くなる事はなかった。 この事より、B氏は自身の高次脳機能障害を理解し、介護老人保健施設への復職を断念するに至った。方向性が決定してすぐ、家族の希望もあり入院から4週間で退院が決定した。退院が急に決定したため、WAIS-Ⅲなどの再検査が実施できなかったが、COPMは遂行8.3点、満足7.3点と向上が見られた(表2)。 退院後は自身の看護師免許を活かすため、障害をオープンにしながら職場を探し2ヶ月で療養病床を抱える病院でのパート勤務雇用が決定し週3回8時〜17時までの就労ができるようになった。 表2 B氏入退院時の数値比較 3 当院でMWSを実施して気付いたこと 今回、リハビリテーションプログラムにMWSを導入するにあたり、試行錯誤をした事柄は以下の3点であった。 (1)物品設置について。 ピッキングなどの物品については、訓練室に常設できず、スペースの関係上、他患がいる際はマニュアル通りの設定ができないことがあった。 (2)リハビリテーション時間 リハビリテーション実施には時間制限があり、作業時間を要する患者では、課題途中でリハビリテーション実施時間が終了となることがあった。次回、続きから実施するなどで対処したが前回の内容を想起した上で作業に集中するまでにタイムラグが生じるなどの問題があった。 (3)MWSの導入方法 就労を目標とする患者へMWSを導入する際は、まず簡易版を実施し点数の低かった項目について訓練版を導入し訓練版の点数向上で効果判定を行い、次の課題を実施していた。しかし、入院時の数値との比較が行いにくい問題点があったため、当院では訓練版終了後に簡易版を実施し、初回との効果判定を行うことを推奨する事とした。 以上より、回復期リハビリテーション病棟でMWSを導入する際には、マニュアルの読み込みの後に、物品の設置場所の確認や、管理方法、効果判定の方法等を検討し決定しておくことが必要であると考える。当院では21名のOTスタッフで、MWS導入から勉強会を10回程度継続して行い、全員の技術習得を図った。 4 考察 回復期リハビリテーション病棟でのリハビリテーションは、ADLの自立を目指すプログラムがメインとなり、就労支援に関する訓練は手薄になりがちであった。また、今までは復職を目指した患者が入院された場合、基礎的な機能訓練を行い、本人や家族から情報を収集した後に、それを模擬的に再現したり、予測した作業活動の一部を訓練室に再現して動作練習を行ってもらったりするのが限界であった。 しかし、MWSを利用する事により、実際の就労内容に近い複雑な課題を遂行することができ、注意力の向上や遂行機能の向上が図れた。また、病識が乏しい患者については、『今すぐにでも復職できる』という認識が是正され、自身の苦手な課題についての理解を深め、それに対する解決策を講じることに繋がったと考える。 近年、リハビリテーション病棟スタッフが職場へ赴き、通勤環境・仕事環境や仕事内容の確認を実施する機会も増えてきた。しかし、一時の支援だけでは復職後に生じる配置転換や、新しい仕事内容等に対するフォローを行う事ができず、就労が継続しにくくなる可能性もあると考える。そうした際に相談できる就労支援機関がある事が入院患者の安心や長期雇用に繋がるのではないかと考える。 退院後の就労支援機関との連携に際し、以前からの申し送りとして実施しているリハビリテーション情報提供書での報告に加え、MWSを使用した際のデータを提供することで、円滑な連携を図っていけるように努めたい。 特別支援学校における就労定着についての取り組み 〜教員のジョブコーチ支援から見る合理的配慮から〜 ○宇川 浩之(高知大学教育学部附属特別支援学校 教諭) 柳本 佳寿枝・辻田 亜子・大塚 伴美・山下 仁美(高知大学教育学部附属特別支援学校) 1 はじめに 本年、我が国においても障害者の権利に関する条約1)が発効され、第二十四条:教育や第二十七条:労働および雇用などにおいて、学習場面や職場での合理的配慮の提供のもと、本人の権利実現の保証・促進が求められている。これによって、一人ひとりの障害特性に応じての環境設定や配慮・支援が、これまで以上に重要になっている。 高知大学でも、大学全体の雇用率達成への動きから、平成19年に2名の知的障害者雇用(本校卒業生)をスタートさせ、本年度までに11名の障害者(うち10名は本校卒業生)の雇用に取り組んでいる。このうち2名については、高知大学教育学部附属特別支援学校(以下「本校」という。)の臨時用務員として校内の環境整備や作業学習の助手として勤務している。 特に自閉症スペクトラムなどの発達障害のあるケースにおいては、仕事の内容やコミュニケーションに関する調整、本人に対する理解など、就労初期における様々な環境設定、合理的配慮が重要となっている。また、それは就労継続においても支援の連続性は必要といえる。 本発表では、本校に就労した卒業生に対し、雇用前の実習時から仕事についての工程分析およびプログラム化、人間関係の面でのスキル習得などを目指し、教員がジョブコーチという形で入りながら、現場の方と連携し職場定着を図っている取り組みについて報告する。 2 本稿の研究 (1)研究の方法 本校に就労した、自閉症スペクトラムの方(以下「A」とするという。)の職場定着に向けて、環境設定や本人への支援に関する取り組みについて事例研究する。 (2)ケース 本校卒業生A 本校高等部を卒業後、高知大学に就労。学内の環境整備作業に従事。本校に新たな雇用枠を創出したことで、本人の特性や現状の課題を鑑みて異動。現在は本校の臨時用務員として勤務している。勤務時間は平日8時30分から15時30分。 3 勤務開始までの準備と実習 (1)所属部署の決定 Aについての所属部署について、まずは管理職・該当部署担当教員および職員、進路担当で話し合いを持った。在学時の様子なども参考に、臨時用務員として今秋校内に開店予定の洋菓子・喫茶の店舗をもつ、食品加工作業部門での所属を決めた。他にも様々な仕事を検討したが、特性上、①臨機応変さより、基本線に沿って仕事を進めていける部署、②毎日の作業の流れについて、流動性の高くない部署、③単独で仕事を進めていける時間がいくつか確保できる部署などを踏まえ、上記の部署を決定した。 (2)業務内容の決定と体制づくり 部署が決定したのちに、改めて管理職・担当職員・進路担当でAに関する特性や課題、これまでの支援について確認をした。また、現場からのニーズを聞き、当面の業務に関して計画をした。以下、当面Aに担当してもらおうと考えた業務を挙げる(表1)。 表1 Aの業務として考えられる内容 これらは、Aが単独でできる内容であり、手順書を用いることで正確に行いやすいものであるという結論に至った。 また、この業務をこなすうえで、基本的に指示を出すのは食品加工厨房の職員、そのためにAにとっての支援について設定を行う・提案していく(ジョブコーチ的支援)のは進路担当の教員とした。 (3)業務の手順の作成 事前の話し合いで、たとえば開店準備に関しては①ブラインドを開ける、②店舗のテント(庇)をだす、③玄関口と駐車場周辺の掃除、④窓の拭き取り、⑤ショーケースの掃除、⑥床の掃き掃除と拭き掃除、⑦いすや机の拭き取りという手順を設定した。 また、その後休憩を取り、それからは食品加工厨房の職員に聞き、仕事の指示を受けるように設定した。午後の後半には、店舗の片づけを担当し、最初と最後に関しては業務を固定、途中に関しては、その日によって変化があるようにした。 (4)実習初日 まず、上記①〜⑦の流れを覚えてできるように取り組むようにした。はじめに厨房職員が見本を示しながら実際に業務をこなし、それを見ながらジョブコーチ教員が留意点などをAに伝えた。その後実際に教員が同じ手順で業務を行い、その中であいまいな点を数値で確定させながら、手順表を職員と一緒にその場で作った。例えば、お店のテントを出す際に、どこまで出すかというところにしるしをつける、窓ふきの方向や、スプレーの回数、掃き掃除の順番などで、手順表に「○○回」とか「上から下へ」など、詳しく書き込んでいった。それをもとに、Aが実際に練習を開始し、流れを確定させていった。はじめにしっかり時間をかけたことで、すぐにほぼ単独で取り組め、2日目からはAが進めていけるようになった。ここで、実際に現在も行っている開店準備の「テント出し」に関する手順を紹介する(表2)。 表2 開店準備「テント出し」の手順 このように、目安となる印をつけたり、回転数を設定したりしてあいまいなところを極力少なくしていった。 そのほかに、靴箱の場所やロッカーの場所、制服の着がえなど、一つひとつ手順を明確に作成し、Aが覚えやすいように業務を実際に行いながら確定させていった。 4 雇用以降の取り組み (1)活動の修正とレベルアップ 4週間ほどの実習を終え、雇用となった。覚えた業務は確認の頻度を減らし、Aに仕事を任せて様子を観察した。すると業務の中に手順は覚えているが、2週目ごろから徐々に時間を要するようになってきたものが現れはじめた。窓ふきの場合、一つの要因として、ガラスに水滴が残らないように丁寧にふき取ろうとしていたことなどがわかった。 ここで、「丁寧に意識してできている」ことを評価したうえで「数滴残っていても、自然に乾くので大丈夫。1回ふき取ったらOKなので次に進みましょう」と説明。さらに、一つひとつの工程に対して、まずは無理のいかない範囲で目標時間を設定、A4の紙に趣旨と工程、その目標時間を記入したものを渡し、Aが仕事の目標と時間を意識しながら取り組めるようにした(図1)。 図1 日々配布するスケジュールと留意点 これに関しても、これまでの取り組みに関しては評価したうえで「手順がわかったので、今度はスピードアップを目指してレベルアップしよう」という働きかけをした。そして徐々に目標時間を短くしていきながら評価し、最終的には1か月で目標の時間内に終わらせるようになった。2週目の最大時間を要していたころと比べ、1時間強の時間短縮(丁寧さは維持した状況で)ができた。 (2)開店準備後の業務 日々、開店準備を終えると、次の業務に移るが、ここからの時間は日によってすることが変わる。店舗がオープンする際は、洗い物などを担当するが、それ以外は①商品の包装、②製造業務(粉の計量、洗い物など)、③浄化槽の掃除、④厨房の掃除などがあり、事前にわかっているものは、前日までに声掛けとスケジュールの用紙で知らせるようにしている。また、それ以外は、出勤時や店舗清掃終了時に知らせ、指示を出すようにしている。天候や生徒の学習などによって、上記の業務ができない場合は、学校の花壇の草引きや、調理教室、老化の清掃業務をお願いすることもある。 (3)メンタル面の配慮 Aは、急な指摘や指示、変更、修正などを言われたときに、本人が理解できない、あまり納得できないようなときは「文句を言われた」「怒られた」と受け取ってしまうことがある。また、柔らかい口調で修正の意を伝えた場合でも「きつく注意されました」と、とらえることがよくある。そのため、修正や変更の理由を伝える必要があり、そのことでAが安定して受け入れることができる場合が多い。そこで、図1に示した用紙に「○○をするということは、××という理由があって、それをすることでみんなが気持ちよく仕事ができるので頑張って取り組んでみましょう」など、ソーシャルストーリー的に内容を記入するようにした。それを読むことで、Aは他者に対する挨拶や、来客の報告など、意識して取り組むことができるものが増えてきた。 また、わからない時の質問や業務終了の報告、Aに直接指示を出す人については、状況によって、「何かあったら**さんに言いましょう」と事前に設定した。不在や手が離せないことも考えられるので、第2候補の職員も提示している。なお、指示の際には、できるだけ否定的な表現を使わず簡潔、具体的に行うことを意識した。 (4)食品加工厨房職員との話し合い Aは毎日、業務日誌を記入している。日々の職務内容を書き、備考欄にその日の感想を書くようにしている。感想としては、「**を直しましょうと言われたので、そうしたいと思います」という記述もあれば、「**しなさい、ときつく言われました」というものもあり、Aの受け取り方と指示者の意図のギャップが見られることがある。これらのことを、Aを取り巻く関係職員が集まり普段直接Aに関わる職員のサポートも踏まえ、定期的に進路担当とケース会を開き、Aの評価点と課題、Aに対する支援の仕方などを確認し合っている。 (5)今後の課題と方向性 雇用から約半年が過ぎようとしているが、緊張していた表情から、ずいぶんと柔らかくなり、単独で丁寧な仕事ができるようになった点も多い。時間はかかるものの、流しの掃除などはとてもきれいに仕上げることができている。 一方、単独でできる内容の仕事が、時として時間を要するようになったり、決めておいた約束事が、やや雑になってきたりすることもある。また、これまでの間に経験していないことへの対応や、変更・修正については今後も多く出てくると思われる。できているところはしっかりと評価しながら、課題点については支援者の共通認識の下で、スキル獲得に向けての環境設定や支援方法の改良をしていく必要がある。それには何よりAとのかかわりを大事にしていきながら継続して取り組んでいく必要がある。 5 むすびに Aの場合、勤務当初はまず手順を確実に覚えることに専念することにした。まず、自分でできるという自信を持つことで、次のステップとして作業のスピードアップを目指した。 ここまでできているので、次はこれが目標、と提示することで、Aが「これができたから次はこの目標をがんばる」という気持ちで次の課題に向き合うことができやすかったのではないだろうか。また、この指示や修正の背景にはこんな理由があるということを説明の時に伝えることと、毎日のスケジュールに合わせて提示しているのも有効であるといえる。 さらに、厨房職員の直接の指示に合わせて、ジョブコーチ的役割を担う教員が必要に応じて入ることで、支援者の意図を改めてAに伝えることができた。このことで、お互いの気持ちを確認しながらギャップの少ない業務の確認と環境設定ができるといえる。それが特に新しい仕事を行う「初日」にこれらの取り組みをすることで、2日目からの業務がスムースにできることがこのケースでは言える。 勤務初日から本人の実態や課題に即した環境をどう設定していくか、現場と話し合いながら作っていったことはとても有効であった。そのことが職場の心配や負担を軽減し、Aの不安や困り感を少なくしていくことができたのではないかと考える。そして、それが早い段階から本人の持っている力を十分に発揮できる環境になっていったように思う。 それにはジョブコーチ教員が、現場の方の話をよく聞き、実際に協働することで本人に対する環境設定で何が必要なのか知ることが大事であるといえる。それが、お互いのニーズに即した環境設定を作り上げていくうえで有意である。 このことは、普段の学習活動についても同様である。生徒の目で一緒に動いてみて、どのようなスキル獲得をめざし、本人のニーズと困り感を知り、配慮すべき事柄を考え設定していくことが大切である。 Aについての支援は、今後も連携しながら環境を設定していき、継続して取り組んでいきたい。その中で、Aの思いや支援者の気持ち、お互いの困り感なども踏まえながら、よりよい環境設定や配慮について考えていきたいと思う。 これらは、他のケースでも同様であり、現場実習先での活動や授業の展開、生活全般において、より意識して取り組んでいく必要がある。一人ひとりの持っている力を十分に発揮でき、認められながら自信を持った取り組みが少しでもできるよう、多くの方と連携しながら支援について考え、実践を重ねていきたい。 写真1 本校の洋菓子・喫茶店舗 【参考文献】 1)外務省HP「障害者の権利に関する条約」(2014.1.30掲載) 雇用継続の一考察 −㈲K木工所の事例− ○田中 誠(就実大学・就実短期大学 教授) 矢野川 祥典・宇川 浩之(高知大学教育学部附属特別支援学校) 1 まえがき 高知県土佐市高岡町に養護学校(現特別支援学校)卒業生を永年に渡り、雇用継続している㈲K木工所がある。この企業に働く知的障がい者は12名である。これだけ多くの知的障がい者を地方の有限会社レベルで雇用している会社はおそらく四国四県の企業において唯一のものであろう。 「知的障がい者を永年に渡り就労維持継続をする㈲K木工所も立派であると同時に企業労働者として会社を成り立たせている知的障がい者も立派であることは申すまでもない。」 このことは、大へんな驚きとともに関心ある事柄であり、本発表でまとめることにした。 以下、次の点を中心にまとめることとしたい。 (1)企業の生立ちと概要 (2)知的障がい児・者雇用のきっかけ。 (3)その後の雇用状況。 (4)就労している知的障がい者の状況。 (5)K木工所の求める能力。 (6)考察及び課題。 2 ㈲K木工所の紹介 12名の知的障がい者が働く㈲K木工所とは、どのような企業であろうか、まず企業を紹介したい。 (1)企業の生立ちと概要 ㈲K木工所は、昭和37年6月に元入金1132万円をもって設立されたパレット・木箱・仕組工場である。 写真1 ㈲K木工所(平成26年9月撮影) プラスチック製パレットが出現するまでは、パレットは主に木材が中心であり、各県各企業から注文が殺到し生産が追いつかない位受注が多かったようである。パレット材はニュージーランド産ラジアタ松を使用しており、人口区画林で、すべて計画的に植林・伐採を繰り返す輪伐方式を採っているため、半永久的に供給可能で環境にやさしい木材といわれている。比較的、節の多いラジアタ松の製材品であるが、選別作業をする事で不良材の低減に努めている。尚、不良材の端材は、電線ドラム用材や木箱材に加工し、それ以下の材もチップ化して製紙会社に納め、おが屑も畜産農家を経て有機肥料にするなど、無駄のない・ゴミの出ない物造りを実践している。 パレット仕組み材から、自社生産もおこなっており、あらゆるサイズのパレットに対応可能としている。また、輸出用の熱処理パレットの制作もおこなっている。 障がい児・者雇用、特別支援学校の職場実習を積極的に受入れ、正社員22名の内12名の知的障がい者を採用し正社員として雇用維持に努めている。 現在の月産生産量は1500㎡。販売地域は主に、関西・中国・四国・九州で、年商は6億円。 知的障がい児(18歳)の雇用に関して、昭和40年代に私立養護学校卒業生を数名受入れてはいたが、退社後に会社近くのお地蔵様のお供え物(おにぎり、団子等)を食べていることを知り、一時は知的障がい児・者の雇用を止めていたようである。 (2)知的障がい児・者雇用のきっかけ K大教育学部附属養護学校卒業生(当時19歳:男子、以下「B青年」という。))が食品製造会社で無断欠勤をおこし、自主退職をした。そのアフターケアにK大教育学部附属養護学校の元クラス担任(以下「A氏」という。)が一人の卒業生の再就職目指して、ハローワーク、企業訪問を繰り返した中から、K木工所を訪れたことが障がい児・者雇用が復活した。当初は、養護学校卒業生の受入れは学校側のフォロー(アフターケア)がないため、「採用はしない」とのことであった。一人の卒業生のためにA氏は数回にわたり㈲K木工所を訪問し、代表者が「先生の熱意を認める」ということで、雇用に至ったようである。また、代表者は卒業生の家庭状況を把握する中で、雇用後の継続及び生活面の確立を図る決意であったようであった。一教員の熱意と一卒業生の家庭状況を考え採用に踏み切ったことが知的障がい児・者雇用のきっかけであった。 (3)その後の雇用 A氏は週に数回、K木工所へ訪問し、B青年の出勤状況を確認し、時には家庭訪問をおこなっていたことを代表者が知り、養護学校教員の熱心さに敬服し、養護学校の職場実習を受入れ、雇用が実現している。 会社方針として、生徒が仕事を憶えるまで指導者(教員)が直接現場で教え・憶えさせることが原則である。一般(健常)従業員は各ポジションで生産ノルマ達成のため、直接指導できる余裕がないために、生徒が就職したい・教師は就職させたい熱意があれば、教師がK木工所において毎日数時間あるいは半日でも指導しなければならない。ここで、就労事例として2000年度における取り組みを紹介することとする。 通所作業所からK木工所への就労希望者が表れたときのことである。学校・ハローワーク・職業センター・作業所の職員が連携を図り、毎日のようにローテーションで職場で直接指導して雇用を実現したことがある。このように苦労して雇用を実現した場合は問題がない限り、10年以上の就労維持ができている。 (4)就労している知的障がい者の状況 ① 勤務曜日・時間 月曜日〜土曜日。 休日は日曜日・祭日である。 始業:7時30分 終業:16時30分 ② 通勤方法 家庭もしくは通勤寮から自転車通勤あるいは公共交通機関(バス)通勤。 ③ 作業内容 イ 製材(板材)されたニュージーランド材を健常従業員(切断係)が電動カッターで瞬時に切断していくための補助の役割。補助は切断係との「阿吽の呼吸」が必要とされる(写真2)。 写真2:切断係(左側)、補助係(右側) ロ 寸法材を積む係(写真3)の役割は、寸法材を一定の高さまで正確に積み上げる。スピードが要求され怠ることができない。さらに、端材(切れ端)をチップ部門へ運ぶ。 写真3:寸法材を積む係 補助係と積む係は障がい者に任されている。交代要員に余裕がないため怪我等は禁物である。 ④ 労働条件と賃金 社会保険制度は完備している。 賃金は、高知県最低賃金を遵守しており日給制を基本とした月給制である。 因みに高知県最低賃金は時間給664円である。 (5)K木工所が求める能力 会社側は、能力をどのように評価しているか、代表者・所長・工場長・健常従業員からの評価を以下に明記する。 ① 無断欠勤・早退・遅刻がないこと。 ② 仕事の態度。 ③ 家庭の協力。 ④ 学校側のフォローアップ。 上記4点が安定していれば就労継続ができている。また、IQの高さだけで能力評価ができるものではないと指摘している。 ここで、就労継続15年目になったC青年の事例を紹介する。C青年は、高等部卒業と同時にK木工所へ就職した。就労後、約2年間、親に対して、不満を持ち、「自宅は出たものの出勤していない」、「台風時に用水路へ身を投げ、救出される」、「仮病をつかって救急車を呼び寄せる」、「県外へ家出」など、さまざまなことをおこしマスコミを騒がし会社に迷惑を掛けることがあった。こうした事態でも代表者はじめ従業員は我慢し、見守り成長させてきた。 3 考察 継続している要因は、「ひとりの労働者」として、「ひとりの社会人」として、「会社の戦力」として認めていることがわかる。企業の中に入って、有能な労働者となっていくということそのものが、人間の幅を広げていく一つの場面であると考える時に、IQで決定づけられないということである。社会人として、職業人として立っていこうとする、基本的態度を支えていくヒューマニズムにあるからこそ雇用継続が図られているものと思われる。 【連絡先】 就実大学・就実短期大学研究室:田中誠 e-mail:makoto_tanaka@shujitsu.ac.jp 川崎市内の就労移行支援・就労継続支援A型事業所の実態に関する報告 ○勝野 淳(川崎市 健康福祉局 障害者雇用・就労推進課 心理職) 楜澤 直美・滝口 和央・吉澤 正安・志村 佐智子・金山 東浩・小城 泰平 (川崎市 健康福祉局障害者雇用・就労推進課) 1 目的 平成18年に障害者自立支援法の施行により制度化された就労移行支援・就労継続支援A型事業は、制度化から8年が経過し、近年本市における事業所数が急増する傾向にある(表1)。またその運営母体についても、従来の社会福祉法人だけでなく、株式会社や社団法人、NPO等の事業参入が目立ってきている。 こうした状況の中、当課は障害者の雇用・就労を推進するために今年度新設された課であるが、就労支援施策を検討・推進するためにも、量的拡大を続ける就労系事業所において良質なサービスが提供できているかについて、就労移行後の職場定着の面からも注視していく必要があると考え、当課の職員にて市内の就労移行支援事業所(以下「移行事業所」という。)及び就労継続A型事業所(以下「A型事業所」という。)を訪問し、運営の理念や方針等についてヒアリングを実施した。 本報告ではその結果をまとめ、本市における両事業所の実態について報告する。 表1 川崎市内の事業所数の推移 ※下段()書きは、左欄が社会福祉法人による事業所、右欄が株式会社による事業所 2 方法 平成26年6月12日から7月29日までの間、市内の移行事業所16ヶ所とA型事業所7ヶ所に当課の職員複数名が訪問してヒアリングを行った(同法人で市内に複数の事業所を持つ場合は1事業所のみの訪問とした。ヒアリング項目は表2、3)。さらに聞き取った内容をカテゴリー分けできるものについてはカテゴリー分けした上で、株式会社による事業所(以下「企業系事業所」という。)と社会福祉法人による事業所(以下「福祉系事業所」という。)とで回答内容の割合について比較を行った(ただし回答に漏れがあった項目については分析の対象から外した。またA型事業所については、事業所の総数が少ないため運営母体別の比較は行わなかった)。 表2 ヒアリング項目(移行事業所) 表3 ヒアリング項目(A型事業所) 3 結果 (1)就労移行支援事業所 企業系事業所と福祉系事業所別の回答割合を表4、5に示した。 表4 移行事業所(企業系)の回答割合 表5 移行事業所(福祉系)の回答割合 (2)就労継続A型事業所 A型事業所全体の回答割合を表6に示した。 表6 A型事業所(全体)の回答割合 4 考察 (1)就労移行支援事業所 ① 事業所の特徴 企業系事業所が福祉系事業所を上回り、全体の半数近くに上ることがわかった。理念はそれぞれ異なっていたが、「自己実現」や「その方なりの自立を目指す」等、“自立・自己実現”を挙げた事業所が複数あった。また企業系事業所は利便性の高いオフィスビルの一室を借り、感覚的に明るくオシャレな印象を持つ事務所を構えているところが多い傾向にあった。 今後の展望についてもそれぞれ異なっていたが、複数の回答が見られた内容としては、福祉系事業所においては触法や多問題事例、より重度の事例などの“受け入れ対象の拡大”、企業系事業所においては、A型、B型、異業種等、“別事業への展開”といった内容が複数見られた。 ② 利用者について 企業系事業所において最も多い利用者の障害種別は「精神障害」だが、福祉系事業所においては「知的障害」であり、そもそも異なるターゲットを主な利用者対象として捉えている可能性が示唆された。 また利用経路については、いずれの事業所も「他機関から」が多くを占めたが、「(ホームページ等を見て)自主的に」利用にいたる事例は企業系事業所に多く、ホームページの充実や「新聞の折込チラシに求人情報として載せている」と回答した企業系事業所もあり、広報活動の違いからくるものと思われた。 ③ 職員について 福祉系事業所においては福祉出身の職員の割合が高かったが、企業系事業所においては福祉出身の職員よりも福祉外の民間経験のある職員の割合が高かった。ただし「就労支援を行うためには民間企業の経験があった方が有利なため、あえて民間経験者も多く採っている」と回答した企業系事業所があった他、社会福祉士、精神保健福祉士、看護師、ケアマネージャー等の福祉専門職や、福祉分野の経験者を採用することで、支援における福祉の視点を担保していると回答した企業系事業所も多かった。 ④ 就職に向けた支援について 企業実習の場については、福祉系事業所においては自ら開拓する等により確保する割合と就労援助センターなど外部機関の紹介に頼る割合が半々であったが、企業系事業所は外部機関に頼らず、自社のつてや開拓によって確保しており、企業とのパイプの太さが影響していると思われた。なお求職情報の獲得先については、両事業所ともハローワークからの割合が多かったが、福祉系事業所においては日常の連携があるためか就労援助センターの占める割合が企業系事業所に比して多かった。 ⑤ 就労半年以降の定着支援について 企業系事業所においては、「自所属」の回答よりも「援助センター」の回答の割合が多かったが、福祉系事業所においては回答の割合が逆転していた。また就労者の会の実施についても、企業系事業所では「あり」よりも「なし」の割合が多かったが、福祉系事業所においては割合が逆転していた。こうした点から、福祉系事業所においては就労後も自事業所にて定着支援を行う意識の高さが窺われた。 ⑥ 他機関連携について 就労援助センターや医療機関との連携については両事業所の間で大きな違いは見られなかったが、生活支援機関との連携については、福祉系事業所が100%だったのに比し、企業系では40.0%とやや違いが見られた。ただし、企業系事業所も生活支援自体はほとんどの事業所が「行っている」との回答であり、この点については本報告では「声かけ」や「生活面のチェックシート」等も生活支援の実績として含めたためとも思われるが、他機関連携による生活支援を行う意識が高くないのか、それとも企業系事業所にはそもそも生活支援が必要な利用者が少ないのか、より分析が必要である。 ⑦ 両事業所共通の点 アセスメントについては、福祉系・企業系を問わず、独自のシートを開発して用いることで、精度の高いアセスメントを行おうとの意識が窺えたものの、各事業所共通のフォーマットがないことによる支援の引継ぎ時の共通言語が構築されていない事実も浮き彫りとなった。また所内カンファレンスの実施や職員の研修によるスキルアップについても福祉系・企業系を問わず意識が高かった。また生活支援及び家族支援については、提供する支援内容には幅も見られたが、両者とも高い意識を有していることが窺えた。 (2)就労継続支援A型事業所 ① 事業所の特徴 企業系事業所が半数以上を占め、福祉系事業所はわずか1ヶ所のみであった。利用者の中で多い障害種別としては、精神障害が知的障害を上回り半数以上を占めており、移行事業所と同様にA型においても企業が精神障害者を主なターゲットとして捉えている可能性が示唆された。 また最低賃金の除外申請を行っているのは8事業所中2事業所のみであったことに加え、勤務時間も平均5.3時間で最も短い事業所も4時間であった。 なお福祉系事業所・企業系事業所ともに、まずはA型で雇用するが、同じ福祉施設内作業で障害者雇用へのステップアップが可能な事業所や、A型雇用ではあるが、3年を目処に一般就労への移行を目指すといった、独自のカラーを持つ事業所もあった。 ② 職員について 企業系事業所の割合が高いこともあってか、移行事業所と同様に福祉外の民間経験のある職員の割合が多いが、福祉系の専門職や福祉分野の経験者を採用することで、福祉サービスとしての専門性を担保しているとした事業所が多かった。 ③ 支援・機関連携について 生活支援・家族支援についても移行事業所と同様で、内容には幅があるものの多くの事業所が必要性を認識して支援を行っているとの結果であった。また生活支援機関とも8割以上の事業所が連携をとっており、家族支援については父母会を実施している企業系事業所もあった。 (3)まとめ 急増を続ける就労系事業所については、昨今全国でも一部の事業所が不適切な運営によりメディアで取り上げられている他、本市においても福祉サービスとしての支援の質を問う声が聞こえてくることがあるが、今回のヒアリング結果からは、企業系事業所も福祉系事業所もそれぞれ確かな理念を持ち、福祉サービスとしての支援の提供や支援スキルの向上を図っていこうとの意識を持っている事業所が多いことがわかった。 今後については、「企業」と「福祉」という、異なる文化を持ち、就労に向けて異なるアプローチをする傾向が見られた両者について、まずは互いの考え方を知るところから始め、互いの長所を取り入れてより一層充実した就労支援を提供していくための取り組みが求められていると考える。 5 今後の課題 今回のヒアリングは元々研究発表を目的としたものではなく、市内の事業所全体の傾向や事業所ごとの理念の違い等を把握するためのものであった。それゆえ厳密に全ての項目を聞き取ることを優先しなかったため、回答に漏れがあった箇所もあった。また一度限りのヒアリングの上、分析内容もあくまで事業所職員の発言内容に基づいている。さらに当課は事業所に対して監査指導を行う部署ではないが、監査指導を行う課と同じ部内に所属する行政課であり、そうした立場が事業所の回答に与えた影響もないとはいえないかもしれない。 これらの点は本報告の限界と言えるが、今後については、事業所の発言のみでなく就労者数や定着率など就労実績に関する数値データも交えて分析を行うことでより実態に即した分析が可能になると考える。また主な対象障害種別及び提供するプログラムでの分類・分析にも意味があると考えるが、このようにまだ不足する点も少なくなく、今後も引き続き取り組んでいきたい。 【参考文献】 1)公益社団法人日本フィランソロピー協会:厚生労働省平成23年度障害者総合福祉推進事業 就労移行支援事業の充実強化に向けた先駆的事例研究(2012) 【連絡先】 勝野 淳 川崎市健康福祉局障害者雇用・就労推進課 e-mail:35syosyu@city.kawasaki.jp 米国における障害者の福祉から雇用への移行政策としてのEmploymentFirstから日本が学べること ○野元 葵(障害者職業総合センター 研究協力員) 春名 由一郎・清野 絵・土屋 知子(障害者職業総合センター) Heike Boeltzig-Brown(マサチューセッツ州立大学ボストン校 地域インクルージョン研究所(ICI)) 1 はじめに 従来、一般就業が困難と考えられてきた重度障害者に対して、援助付き雇用サービス、合理的配慮・差別禁止、企業への雇用目標(積極的差別是正措置)を総合的に実施することにより、「統合的就業」を目指すことは、日本と米国に共通した障害者雇用の共通した方向性となっている1)。 日本においては、障害者自立支援法/障害者総合支援法において、障害者の福祉から雇用への移行支援への様々な制度整備や分野を超えた関係機関の連携が推進されてきた。米国において、それに対応する動向は「EmploymentFirst」と呼ばれ、「障害の種類、重度に関係なく生産年齢にある者は就業を第一の目標として人生設計を行えるようにする」ことを目標としている。 本研究では、昨年度の発表に引き続き、さらに、米国のEmploymentFirstの具体的な実施状況について、その実施主体別の状況、法制度の整備状況との関係から調査し、日本との歴史や制度等の違いを踏まえつつ、両国が共通する課題に対する取組の特徴を明らかにすることを目的とした。 2 方法 本研究の資料は、インターネットで「EmploymentFirst」のキーワードで検索された資料、制度、実施主体、等の資料、また、それらに関連している資料を追加的に検索して得られたものとした。 得られた資料は、EmploymentFirstの主要な実施主体と、その実施内容にしたがって分類し、整理した。 3 結果 EmploymentFirstの取組は、2006年の連邦労働省の提唱後、州政府、専門支援者、障害者当事者団体を巻き込み大きな広がりを見せていることが明らかとなった。また、関連して、最近の法制度の改正においても、EmploymentFirstの理念や成果が反映されるとともに、今後のEmploymentFirstの推進に影響する可能性のあるものが含まれていた。 (1)米国連邦政府と州政府による推進 EmploymentFirstは、2006年の連邦労働省の障害者雇用政策局(Office of Disability Employment Policy(以下「ODEP」という。))の提唱によるものであり、州レベルには州同士の指導普及事業を通して働きかけているものであった。 ① ODEPとEmploymentFirst ODEPは2001年に創設され、全障害者の就業の機会や質を向上させることを目的とする。ODEPは、EmploymentFirstを「重度の障害者も職場や地域への参加を促進するための理念であり、重度の障害を持つ青年や成人に対しても、地域ベースの統合的就業を第一の選択肢とすること2)」と定義している。これは、障害の種類や重度に関係なく、生産年齢にある者は、就業を行うことが最も望ましく、就業を行うことを第一の目標と考えて人生設計を行うべきであるというODEPの創設の理念を反映している。 ② 州レベルへの普及のための仕組 ODEPはEmploymentFirstを全米で推進するにあたり、各州への技術や知識などのノウハウの普及のため、「EmploymentFirst州指導者育成事業」(EmploymentFirst State Leadership Mentor Program(以下「EFSLMP」という。))を実施した。これは、2006年に最初にEmploymentFirst政策(Working Age Adult Policy)を実施したWashington州を「指導的州(Mentor State)」とし、Iowa、Oregon、Tennesseeの3州を「被指導州(Protege State)」として、EmploymentFirstについて指導を進めていくものであった。 その後、さらに、この4州を中心として「EmploymentFirst実践コミュニティ」(EmploymentFirst Community of Practice(CoP))を推進し、2013年時点で、32の州が参加するという広がりをみせている3)。参加州においては、最低六つの関係機関(教育、医療保険、知的・発達障害支援、精神保健、就労支援、職業紹介機関)の参加が求められるとともに、毎年実施される全国会議には最低二つの州政府組織が参加することが求められている。 ③ 州同士の情報交換による技術支援 EmploymentFirst実践コミュニティ(CoP)の2014年の具体的取組として、各州の関係機関の就労支援の改善や専門的支援を行うために、「ビジョンの探求(Vision Quest)2014」がある。 参加各州は、毎月2回、集団テレカンファレンスに参加し、関連分野(政策・予算調整、医療保険、精神保健、地域生活支援、経済的自立、教育と移行)の一つを選択し、1年間をかけて、選択した分野の政策の現状評価、修正案の提案、修正された政策の実施までの3段階にわたって、EmploymentFirstの計画・実施を推進することとしている。 各関連分野について、指導的な州から、テーマ別専門家(subject matter expert:SME)がおかれ、集団テレカンファレンスでの助言等と行うとともに、月末には、各州の担当者とSMEとの個別のテレカンファレンスも行われ、各関係分野の状況について情報交換を行い、現状評価の進め方等に対して技術支援を受けるものとなっている。 ④ ODEPの他の助成事業との関係 ODEPが事業助成している、障害者雇用に関する四つの技術支援センターもまた、EmploymentFirst政策・実践のために、雇用主の支援、障害者・雇用者間の問題解決、障害者雇用の経済的改善、若者の移行支援という様々な分野を通して関連しているといえる。 「雇用主支援情報ネットワーク」The Employer Assistance and Resource Network(EARN)は雇用主に対して、技術的な支援、個別相談、ウェブ講習やイベントを通したトレーニングなどを行っている。他にも、障害者に対する配慮(適切な環境作りや言葉使い)についての情報を提供している。 「就労配慮ネットワーク」Job Accommodation Network(JAN)は、雇用主による合理的配慮の提供に関する課題について、専門スタッフの電話やウェブでの相談や情報提供により、障害者側にとっても雇用者側にとっても良い問題解決策を提案するものである。 「障害者の雇用と経済的成長のための全国指導センター」The National Center on Leadership for the Employment and Economic Advancement of People with Disabilities(LEAD Center)は障害者の就労環境の向上と能力の活用、経営の向上に焦点をあてて活動している機関である。 「労働力と障害青年に関する全米協業」National Collaborative on Workforce and Disability for Youth(NCWD/Youth)は、若者の就業支援について、現状の理解、制度変革、戦略開発を行っている。 (2)専門支援者による推進 連邦政府や州政府の取組とは別に、就労支援の専門支援者としても、「就労支援者協会」Association of People Supporting Employment First(以下「APSE」という。)として、EmploymentFirstが推進されている。 ① APSEとEmploymentFirst APSEは1988年にジョブコーチ等の、援助付き雇用の支援者の協会として設立された全米の非営利団体であるが、現在はEmploymentFirstの理念を踏まえ名称を変更している。 APSEでは、EmploymentFirstを「障害の重度にかかわらず、生産年齢(21−60歳)にある障害者にとって、一般的な環境の中での就業こそが最も望ましい結果である。就業は、明確な政策や方法に基づいて行い、支援の優先項目とすること4)」と定義している。 APSEはODEPが2010年に米国全国6カ所で障害者の就業に関する情報、意見の交換を目的として開催した聴聞会において、ODEPの役割、今後の課題に関するコメントを発表している5)。その中で、EmploymentFirstについて、統合的環境下での働きに見合った賃金に重点を置き、各州での広がりをさらに支援する必要があると提言している。また、「EmploymentFirst」という用語についても、従来の用語(カスタマイズ就業、援助付き雇用など)に囚われず、本人の期待感の向上とよりよい環境を作ることに焦点が置かれていると指摘している。 ② 専門支援者の情報共有、教育・研修の推進 APSEの主な活動内容には、全国カンファレンス、ウェブ会議やウェブによるトレーニング、支部のイベント、大学が提供する通信教育(面接のトレーニング、情報の提供)などがあり、障害者の就職のための情報のみならず、雇用主側を対象としたものや、法律に関する情報などを提供している。 APSEはさらに、「認定就業支援者」Certified Employment Support Professional(以下「CESP」という。)という、全国レベルで就業支援専門家の役割や、その仕事に必要な知識とスキルを持つことを証明するための資格を創設した。これは、援助付き雇用の五つの領域(原則的価値観・原理の実践への適用、個別的アセスメントと雇用/キャリアプラニング、地域の研究と職務開発、職場や関連する支援、継続的サポート)について知識やスキルを問うものである。APSEは2011年からCESPの認定を開始し、2013年までに総受験者数545人が受験し、83.10%が合格している6)。 (3)当事者団体による推進 知的発達障害者の当事者団体である、The Arc for People with intellectual and developmental disabilities(以下「ARC」という。)は、2012年に、「知的・発達障害のある人は、彼らの希望、興味・関心、強みに基づいて地域社会において職を探し、就業を継続し、障害のない人と一緒に働き、相当の賃金を得て、職場での差別がないように、人々や制度からの必要な支援があるべき」7)との声明を発した。就業への妨げとなっているものとして、期待感が低いことや、手当の不足や誤った知識などを挙げるとともに、次のような具体的内容を示して、EmploymentFirstを支持した。 ①実践方法:最善の方法を用いるべきであり、障害者自身のトレーニングも行うべきである ②移行支援:なるべく早い段階で移行を計画しはじめ、給与のないインターンシップに限定せずに経験をする必要がある ③トレーニング:スタッフのトレーニングを行い、障害者自身のトレーニングを行い、例えば、職場までが遠い場合に運転免許の取得の支援をする ④システム:障害のない人と同様の就業環境を第一に考えてあるような補助プログラムを作成すること (4)その他の関連動向 近年、米国では、EmploymentFirst、あるいは、より広く「統合的就業」の推進に向けて、いくつかの大きな変化がみられる。 ① リハビリテーション法503条の改正 技術の進歩によってもなお、障害者の就業率が低いことや障害者の平均収入が低いことを改善する手段の一つとして2014年3月から、連邦政府と契約、または下請け契約のある企業は、障害者雇用率を7%にするという「利用目標」8)を実施した。雇用率制度ではなく、「利用目標」としているのは、7%を目標値と考え7%以上の人数も雇うことを可能にするためであり、7%を下回っても、違反とはならない。 他にも、雇用後だけでなく、雇用以前にも、障害の自己申告を行うことが決定した。これにより、障害者の雇用状況(障害者への募集が適切に行われているかなど)が把握できることが期待されている。また、すでに就業を継続している者については、5年おきに自己申告をすることが求められている。さらに、多角的な状況把握方法によって、障害者の雇用状況のデータベースを作成し、障害者雇用状況についての政府による正確な把握や政策効果の評価が目指されている。 ② 「労働力革新機会法」Workforce Innovation Opportunity Act(以下「WIOA」という。) 2014年に、「労働力投資法」Workforce Investment Act(WIA)が、WIOAに改正された。州の職業リハビリテーション機関が、学校から就業への移行により大きな役割を持つことになり、州の職業リハビリテーション補助金の15%を移行支援に使用することが決定した9)。これとともに、職業リハビリテーション機関と州の医療保険制度、知的・発達障害者機関が正式に連携することとなった。 また、2016年から、最低賃金除外を規制するとともに、福祉的作業所(sheltered workshop)の利用を原則禁止することも定められた。しかし、これについては、むしろ、法律に最低賃金除外を明示的な選択肢としてしまったのではないかという懸念の声もあり、今後注意する必要が考えられている。 WIOAでは、連邦制定法上に、援助付き雇用が統合的就業の一つの形態であることを新たに明記するとともに、援助付き雇用の定義の中にカスタマイズ就業も含め、これを「重度の障害を持つ個人の強みや好みに基づいた、(その個人のための)統合的就業であり、雇用主側のニーズと障害者本人の能力に見合うようデザインし、臨機応変な戦略をとること」10)と定義している。本来、援助付き雇用は、重度障害者が対象であるにもかかわらず、従来、職業リハビリテーション機関において、統合的就業の実現が困難との理由で、利用が拒否される状況があった。カスタマイズ就業が選択肢となったことで、その改善が期待されている。 ③ 大統領命令による最低賃金の引き上げ 2015年1月1日から、連邦政府の職員の最低賃金を、現在の7.25ドルから10.10ドルに引き上げることが決定した11)。これによって、ARCは賃金が低い障害者が多数いるため、障害者の経済的支援、自立につながることを期待している12)。最低賃金の引き上げは、従業員の生産率、やる気を上昇させるので、転職などによる経費が抑えられ、将来的には雇用者側にも利益があると連邦政府によって考えられている13)。 ④ 学校から就業への移行 学校から就業への移行について、高校生時に職業体験をした重度障害者が学校を卒業後に就職する割合は高校生時に職業体験を行わなかった(重度障害者の)児童よりも高かったことが報告されていて14)、このような研究から、米国では移行支援への予算額を増加するなど、学校から就業への移行支援にさらに積極的に取り組もうとしている。 4 考察 米国のEmploymentFirstの取組は、全米の障害者福祉のあり方を転換する、行政、民間、当事者を巻き込む大きな動きであることが確認できた。その一方で、それは、必ずしも連邦政府からのトップダウンではなく、州政府レベルでの関係分野担当者を含む情報交換の促進による人材育成と組織変革の同時並行の取組が重視されているものであった。 わが国においても、従来、一般就業が困難とされてきた障害者の就業可能性が広がっており、医療、福祉、教育等の関係分野における障害者支援において、就労支援との連携が重視されるようになっている。しかし、その一方で、そのような認識は必ずしも共通認識として確立しておらず、医療、福祉、教育等の障害者支援の専門職教育でも、法制度でも、また、当事者や家族の理解としても、一般就業を可能にする移行支援等のあり方は必ずしも明確ではない。そのため、わが国においても、地域の就労支援ネットワークの育成のために、関係機関の支援者・担当者の就労支援の取組に向けた人材育成や、地域差の克服等が課題となっている。 米国では、連邦政府のODEPや、従来から援助付き雇用に取り組んできた支援者団体のAPSE、また、知的障害者の当事者団体のARC等、先導的な機関の役割が大きいと言える。その一方、地域差の克服や、関係分野における認識格差や制度改革という、わが国とも共通した課題に対して、指導的役割の明確化、関係者のネットワークや情報交換の徹底した促進、それ自体を制度化し、体系的に関係者の人材育成や関係分野の連携に向けた改革を進めている。 障害者就労移行や地域関係機関の連携、関係者の人材育成に向けた、米国の体系的な取組はわが国が学ぶことができるものと考えられる。 【参考文献】 1)Boeltzig-Brown, H, 指田、春名、Kierman, W. E., Foely, S. M(2013):障害者の統合的就業の促進:米国の"Employment First"と日本の動向.第21回職業リハビリテーション研究発表会論文集310-313,障害者職業総合センター. 2)United States Department of Labor[U.S. DOL](2014). Office of Disability Employment Policy(ODEP). Employment First(website). Retrieved from http://www.dol.gov/odep/topics/EmploymentFirst.htm 3)United States Department of Labor[U.S. DOL](2014). Office of Disability Employment Policy(ODEP). Employment First Leadership Mentor Program(website). Retrieved from http://www.dol.gov/odep/media/newsroom/employmentfirststates.htm 4)APSE Employment First(website). Retrieved from http://www.apse.org/employment-first/ 5)APSE(2010). Comments. Retrieved from http://www.apse.org/wp-content/uploads/docs/ODEP%20Listening%20Comments%20-%20Final%203.2.101.pdf 6)APSE CESP pass rate(website). Retrieved from http://www.apse.org/wp-content/uploads/2014/05/number-of-test-takers-and-pass-rate-2011-thru-2013.pdf 7)The ARC(2012). Life in the community- employment.(position statement). Retrieved from http://www.thearc.org/page.aspx?pid=2369 8)United States Department of Labor [U.S. DOL](2014). Office of Federal Contract Compliance Programs(OFCCP). Fact Sheet: New Regulations on the Section 503 of the Rehabilitation Act of 1973(website). Retrieved from http://www.dol.gov/ofccp/regs/compliance/factsheets/NewRegsFactSheet_QA_508c.pdf 9)APSE(2014). WIA and Rehabilitation Act Reauthorization: Finally Done!(website). Retrieved from http://www.apse.org/wp-content/uploads/2014/07/WIOA-APSE-Final-Bill-Summary-7-31-14.pdf 10)United States Government Printing Office(2014). Workforce Innovation Opportunity Act. Retrieved from https://www.govtrack.us/congress/bills/113/hr803/text 11)United States Government Printing Office(2014). Presidential documents: Establishing a Minimum Wage for Contractors. Retrieved from http://www.gpo.gov/fdsys/pkg/FR-2014-02-20/pdf/2014-03805.pdf 12)ARC(2014). The Arc Reacts to President's Executive Order Raising Minimum Wage for Federal Contract Workers, Including People with Disabilities. Retrieved from http://blog.thearc.org/2014/02/14/arc-reacts-presidents-executive-order-raising-minimum-wage-federal-contract-workers-including-people-disabilities/ 13)The White House Office of the Press Secretary. http://www.whitehouse.gov/the-press-office/2014/01/28/fact-sheet-opportunity-all-rewarding-hard-work 14)Carter, E. W., Austin, D., Trainor, A. A.(2012). Predictors of Postschool Employment Outcomes for Young Adults With Severe Disabilities. Journal of Disability Policy Studies, 23(1), 50-63. くまジョブKumaJOB 〜“顔の見える”求職者情報登録システム〜 求職者情報を可視化し、企業と効率的なマッチングを図る仕組み ○原田 文子(くまもと障がい者ワーク・ライフサポートセンター縁) 山田 浩三(アス・トライ 就労移行支援事業所) 中田 安俊(チャレンジめいとくの里 ゆめくらしワークス事業部) 1 経緯 くまジョブKumaJOBは、さらなる障がい者雇用の促進を実現するために、熊本から発信する新たな就労支援システムである。 厚生労働省は障害者就業・生活支援センター(以下「就・生センター」という。)を「雇用と福祉のネットワーク」の拠点となる機関として位置づけている(図1 障害者就業・生活支援センター事業のチャート図1))。就・生センター、平成14年5月の事業開始以来、約11年間の就業支援活動を通し、地域の基幹センターとして関係機関との連携が図られるようになった。熊本においても、くまもと障がい者ワーク・ライフサポートセンター縁(以下「就・生センター縁」という。)が、障がいのある方々の「個人が求める働き方」を応援するために地域の関係機関との連携の拠点・窓口となるシステムを開発するに至った。それが、「くまジョブKumaJOB“顔の見える”求職者情報登録システム」である。 図1 就・生センター事業のチャート図 2 熊本の現状と課題 (1)現状 平成18年度より障害者自立支援法が施行され、就業と生活における福祉サービス事業所が設置されサービスの充実が図られるようになった。近年、当該事業所は右肩上がりで増加しており、熊本県内の就労継続支援A型事業所においては全国で3番目に多い設置状況である2)。 また、社会情勢においても障がい者の法定雇用率の引き上げや精神障がい者の雇用義務化予定等の影響も受け、平成25年度は過去最多の雇用障害者数を更新した。熊本でも、平成25年度の民間機企業での雇用障害者数は3,574人と前年より8.1%増加しいている3)。このような状況から、今後ますます障がい者の雇用機会も増えていくものと考える。 (2)課題 福祉サービス事業の拡充や雇用の機会が増えているにも関わらず、実際、障がい当事者やその家族、就業支援に携わる支援者自らにおいても、雇用機会や職種選択が適切に行われているのか戸惑いを感じているところである。求職者にどのような仕事が向くのか、支援者単独で適切な就業タイミングの判断ができるのか等の不安の声も聞かれることもある。また、福祉サービス事業所から一般企業への就職も厳しい状況にあり4)、一般企業で働くことができる求職者が福祉サービス事業所に埋もれていることも否めない(図2 A型事業所からの一般企業への就職者数5))。 図2−1 A型事業所からの一般企業への就職者数 直近3年 図2−2 A型事業所からの一般企業への就職者数 平成24年度 (3)課題の原因 ①「ハローワークの課題」 ハローワークには多くの求職者が登録されているが、既存のデータベースだけでは求職者の具体像が把握しづらい。 ②「企業の課題」 企業が必要とする求職者を適切なタイミングで案内できず、求人があっても充足できない状況にある。 ③「福祉サービス事業所の課題」 福祉サービス事業所が単独、とりわけ一人の支援者だけでは、求人情報の収集や適切なマッチングに偏りや限界を感じやすい。 ④「就・生センターの課題」 地域の関係機関とのネットワークを形成するための仕組みがないために、その機能が十分に発揮されていない。 3 くまジョブKumaJOBについて (1)概要 就労系福祉サービス事業所(就労移行支援事業所、就労継続支援A型事業所・就労継続支援B型事業所)を利用中の求職者と障がい者雇用を検討している企業の求人情報をインターネットのクラウドサービスを利用してくまジョブKumaJOBシステムに各関係機関が登録する。入力された情報はデータベース化され、担当者はIDとパスワードでログインし、欲しい情報にアクセスすることができる仕組みとなっている。運営・保守については、就・生センター縁で行う。 くまジョブKumaJOBを活用することで、ハローワーク、障害者職業センター、就労系福祉サービス事業所、なかぽつ、そして、企業がお互いに連携を深め、チーム支援で障がいのある求職者と企業とのマッチングを適切かつ迅速に行うものである。 (2)システム利用のプロセス 以下、システムを利用するにあたってのプロセスである(図3 システムのプロセスチャート)。 ①「求職者のデータベース化」 就労系福祉サービス事業所を利用している求職者を登録。ただし、ハローワークの求職者登録を前提条件とする。 ②「採用意向情報のデータベース化」 ハローワークの既存の未充足や未達成企業の求人情報を登録。ハローワークや障害者職業センター、就労系福祉サービス事業所、就・生センター縁が得た企業の採用意向情報をくまジョブKumaJOBに集約する。就・生センター縁が運営を行う。 ③「求職者と企業とのマッチング」 ハローワーク、障害者職業センター、対象者が利用する就労系福祉サービス事業所、就・生センター縁で検討会を開き、求職者と企業とのマッチングについて多面的に検討する。 ④「雇用に向けての相談」 マッチングの検討結果にもとづき、推薦する対象者については、ハローワークが中心となって企業と雇用に向けた相談を行い、最適な支援メニュー(実習・トライアル雇用・常用雇用等)を検討する。 ⑤「ハローワークによる紹介・面接」 雇用を検討する企業はハローワークに求人票を提出し、ハローワークの紹介により面接を実施する。 ⑥「定着支援」 対象者の就労系福祉サービス事業所、ハローワーク、障害者職業センター、就・生センター縁で雇用の定着および就業生活の継続をサポートする。 図3 システムのプロセスチャート (3)期待する効果 ①「迅速で効果的なマッチング」 求職者と企業情報を共有・視覚化することで、情報を検索しやすくなり、お互いに必要とする求人や求職者を選択することができるようになる。 ②「安定した就労の継続」 求職者と企業の情報をより具体化することでマッチング効果が高まるとともに、多機関で推薦者を検討することにより、ミスマッチという離職の要因を避けることができる。 ③「福祉施設から一般企業への雇用促進」 就労支援者が福祉施設から一般就職への移行を明確に意識することで、利用者の一般就労の機会をつかむ手立てとなる。 ④「福祉サービス事業所の就労支援スキルの底上げ」 一般企業への就労支援をシステム化し、チームで支援を行うことにより、就労支援の経験が浅い人でも安心して支援に取り組むことができる。さらに、就労支援のノウハウを広く周知・共有できる。 ⑤「労働と福祉の連携強化」 情報を視覚化することは、企業ならびに求職者の認識を深めることにつながる。また、関係者が集い意見を交わすことは、その過程の中でさらなる連携を深めていくものである。 4 今後の展開 今後は、福祉サービス事業所との連携をさらに強め、圏域の全事業所登録を目指しながら、福祉サービス事業所(特に就労継続支援A型事業所)から一般就労へ後押しするシステムとしての効果を期待するものである。 5 謝辞 くまジョブKumaJOBはたくさんの方のご協力により生まれた。この取り組みにご尽力いただいた当事者、労働、福祉、行政という立場の垣根を越えたつながりを育んでくださる仲間に心より感謝したい。 【参考資料】 1)厚生労働省ホームページ:障害者就業・生活支援センターの概要 http://www.mhlw.go.jp/bynya/koyou/shougaisha02/pdf/14.pdf 2)独立行政法人福祉医療機構WAM:WAM NETによる 3)熊本労働局:平成25年度熊本労働局発表資料 4)熊本市障がい者就労支援ガイドブック:就労支援 実績 5)熊本市障がい者自立支援協議会・就労部会:福祉 計画班による就労継続支援A型事業所アンケート調査の結果 【連絡先】 原田 文子 くまもと障がい者ワーク・ライフサポートセンター縁 Tel:096-288-0500 / Fax:096-288-0501 e-mail:shugyo-kumamoto8@diary.ocn.ne.jp 山田 浩三 Tel:096-369-5967 / Fax:096-369-5968 e-mail:yamada@asu-try.jp 社内デリバリー業務における知的障がいのあるメンバーのキャリアアップ ○濱 文男(株式会社ベネッセビジネスメイト メールサービス課 課長) 原 しげ美(株式会社ベネッセビジネスメイト メールサービス課) 大石 孝(株式会社ベネッセビジネスメイト 東京事業所) 1 ベネッセビジネスメイトの概要 ベネッセビジネスメイトは、2005年に東京本社を設立し、現在10年目を迎えている。設立当初は、ベネッセコーポレーション東京オフィス内のメールサービス(郵便物などの仕分け、フロアへの配達集荷など)、クリーンサービス(館内清掃や廃棄物の分別など)、オフィスサービス(ICカード、消耗品の発注など)でスタートしたが、その後岡山オフィスへの拠点拡大とともに、マッサージサービス、OAセンター(大量コピー・出力など)、ベネッセ・スター・ドーム(プラネタリウム)の運営などへ職域を拡大し、2014年4月現在193人の社員がさまざまな分野で業務を行っている。 うち、障がい者は128人で、知的障がい(69人)、精神障がい(28人)、身体障がい(31人)と障がい種別も多岐にわたっている。 2 テーマの概要 2005年の設立以来メールサービス課では郵便物や定期便の仕分け、デリバリー業務を知的障がいのあるメンバーを中心に行ってきている。当初、障がいのあるメンバー(以下「メンバー」という。)は単純な作業だけを担当しており、目の前の仕事をこなすことを目標としていたが、今では一人ひとりが成長し、自立できてきたことで業務の品質・レベルは格段に向上し、受託業務の拡大・レベルアップ、メンバーの役割拡大につながってきている。 ●業務範囲の拡大 設立当初のメールサービス業務は郵便物や定期便の仕分けを行い、各フロアまでの配布、荷物の集荷が中心であった。現在、配布業務は各フロアの個人の席まで届けるところまで受託している。また、その他の文書や手続き書類の配布など多種多様なデリバリー業務もほぼすべて対応できるようになっている。 ●メンバーの役割拡大 設立当初は荷物の仕分け・配布など単純な業務だけを担当していたが、現在は臨機応変な対応が必要なカウンターでの受付対応や車を運転しての郵便局からの荷物引取り、「キャプテン」として他のメンバーを指導する者も出てきている。日常業務についてはメンバーが自立して対応できており、指導員の指示は必要最小限になっている。また、より難易度の高い業務も受託してきているが、これにも十分対応できるメンバーが増えている。 これまでのメールサービス課の業務拡大・業務レベル向上への道のりと知的障がいのあるメンバーのステップアップを事例とともに紹介していきたい。 3 会社のめざすべき方向性 (1)会社のビジョン 弊社では今後の会社のめざすべき姿を次のように考えている。 「特例子会社の役割を果たしながら、その事業領域において市場競争力を持つ自立した会社になる」 障がい者の仲間を増やしつつ、品質・コストで他社に負けない会社になるということであり、「障がい者が力を発揮でき、一人の戦力として育つ会社になること」でもある(参考1)。 そのために次のようなテーマに取り組んでいる。 ①社員一人ひとりの特性に合わせた育成のしくみ作り ②働きやすい職場環境・支援体制の構築 ③仲間で協力し合える風土作り ④市場競争力を持つための業務の品質アップ・効率化への挑戦 特に、育成のしくみ作りは障がい者のキャリアアップ、戦力化の大きなポイントと考えている。 (2)一人ひとりの特性に合わせた育成 知的障がいや精神・身体障がいがあっても強みや弱み、その程度は人それぞれである。一人ひとりの社員の特性や力量をしっかり見極め、その状況に合わせて育成計画を作り、指導していけるよう取り組んでいる。この考え方を「人事ポリシー」として文章化し、採用・育成計画・人事制度の前提としている。これは社員で議論しながら作成したが、結果的に「障がい」という言葉は入らず、社員全員に対する方針となっている(参考2)。 育成の流れとしては、まず仕事に合わせた採用を行い、入社後は担当業務を安定的に遂行できるようになることが「育成ステップ1」の段階であり、それをクリアしたうえで個人の特性・能力に合わせたキャリアアップを目指す「育成ステップ2」に移行することになる。 このキャリアアップの考え方にもとづき、各部門で社員の育成に取り組んできている。メールサービス課でも一人ひとりの成長を見ながら、少しずつストレッチして成長できるように指導してきており、やっと成果が出てきた状況である。 4 デリバリー業務における知的障がいのあるメンバーのキャリアアップ (1)メールサービス課の業務内容 主な業務は以下の通りである。 ・社内定期便、トラック便、郵便物の仕分け ・各部門宛の荷物の各フロアまでデリバリー ※2013年度より基本サービスとしてフロアの先の個人の席までのデリバリー(全部門)を開始。 ・社内から発送する定期便・郵便物等の集荷、差し出し ・その他の文書や手続き書類の個人までの配布・集約 ・レターなど発送物の封入・発送、教具解体など。 東京のメールサービス課は指導員4人と29人の障がい者が働いている。障がい者の内24人が知的障がい者である。当然主たる戦力は知的障がいのあるメンバーということになる。 メールサービス課の社員の状況(2014/4) (2)業務の変化と知的障がいのあるメンバーひとりひとりのステップアップ 設立から2014年のこれまでの業務がどのように変わってきたのか、そして知的障がいのあるメンバーの業務や役割がどう変わっていったのかを見ていきたい。 ①設立から拠点・業務拡大期(2005年〜2009頃) 2005年の多摩オフィスメール室の設立時には、決まった日常業務を安定的にミスなく確実に遂行することを目標にして、指導員がメンバーを指導しながら日常業務を行い、パート社員(健常者)が複雑な対応業務を担当するという体制で業務を運営していた。メンバーの目標は「目の前の業務をしっかり覚え、遂行すること」であり、指導員・パート社員が指導・フォローする体制をとっていた。 その後2006年から都心オフィスのメール室も開設され業務も拡大し、障がい者の雇用も進んでいった。仕事が増えてもメンバーが増えても確実にミスなく日常業務を行うよう頑張っていた時期である。 ②安定遂行〜業務範囲拡大期(2009〜2012頃) 設立から数年経過し、メンバーもほぼ定着し、品質も安定してきていた。この時期にレターの封入や追加のデリバリーなど周辺業務や各部門の「個人の席まで配布」業務なども受託し始めた。業務の拡大とともに難易度も上がり、決まったことをやるだけでなく臨機応変な対応が求められるようになってきた。 そのような中でメンバー一人ひとりの能力や特性に合わせた指導も始まっている。個人の目標設定、それに対する振り返り、指導を行い、その能力・特性に合せて徐々に新しい業務を担当させるようになった。郵便局からの郵便物の受取(車の運転が必要)やお客様窓口での対応などを指導員やパート社員から業務分担や役割を移していった。実際に任せてみると予想以上に力を発揮できる場合も多く、この段階である程度の日常業務はメンバーだけでこなせるようになった。個人の特性に合わせたステップアップが進んだ時期だといえる。 この時期からの指導やモチベーションアップのコミュニケーションツールが「チャレンジシート」と「スキルアップシート」である。「チャレンジシート」とは、1年間の目標設定と振り返りのツールであり、個々人の能力、成長度合いに合わせて指導し、社員は一歩一歩成長していけるようになっている。一方、「スキルアップシート」は一人ひとりの社員に必要なスキルがどこまで身に付いているかを一覧にしたもので、誰にどのレベルの仕事を任せられるかなどの見極めに用いている。 チャレンジシート ③業務変革・ステップアップ期(2013年〜) 親会社からもデリバリー業務の見直しや効率化の要請もあり、お客様とともに業務変革を進めてきている。その結果、デリバリーは東京オフィス全部門での「個人の席まで配布」が基本サービスとなり業務量や難易度はアップしたが、それにしっかり対応していける体制を作っていく必要がある。また、効率化を実現しながら障がい者雇用も拡大していくという課題をクリアしていくためにも、一人ひとりのスキルアップ、キャリアアップが必要である。 2014年度からこれまで以上にメンバーのできる業務を拡大していくこと、役割を拡大していくことに挑戦している。特にこれからは「業務遂行上の判断や若手社員の業務指導」というマネジメントの一部も任せられる人材育成もしていきたいと考えている。これがキャプテン制である。今取り組んでいるキャプテン制について紹介したい。 (3)「キャプテン」制の導入 業務範囲の拡大、業務の難易度が上がる中、指導員だけではメンバーのマネジメントが困難になってきた。そこで取り入れたのが「キャプテン制」である。これまでメール室で経験を積み、業務スキルはもちろんリーダーとして指導力もある知的障がいのあるメンバーを少人数のチームの業務指導、現場での対応指示を行う「キャプテン」として任命した。 現在は多摩オフィスで4人、新宿で2人のキャプテンを任命して業務を進めてきている。キャプテンに現場をまかせることで、日常的な業務において多少のトラブルがあっても指導員が出ることなく解決できるようになっている。 キャプテンとなった知的障がいのあるメンバー自身のモチベーションアップはもちろん、指導員の負荷も軽減でき、組織としての力量・キャパシティは大幅に向上したといえる。 キャプテン制の概要 事例紹介 現在キャプテンとなったメンバーの事例を紹介しておきたい。入社時はデリバリー業務がやっとできるレベルだった彼も努力と訓練でしっかり後輩を指導できるまでに成長、キャリアアップできている。 5 今後への課題 これまでの取り組みで、知的障がいのあるメンバーのポテンシャルについては大きな可能性を感じている。ただ、まだまだ問題も残っている。今後に向けての課題を整理しておきたい。 (1)見えてきたこと ・障がいがあっても人それぞれにポテンシャルがある。一人ひとりの努力と訓練で克服できることも多い。限界を最初から決めつけてはいけない。 ・個人個人の特性を生かした業務の組み立てや設計、お互いをフォローできる体制を作れば一人ひとりの業務に対するパフォーマンスは上がる。 ・障がいがあっても適正な配慮と指導があれば人は育つ。 (2)今後の課題 ●適正な指導ができる指導者の育成 個人の特性や能力を見極め、適正な配慮や指導を行うことは難易度が高い。それができる指導者を育てていくことが大きな課題である。 ●障がい者をサポートする支援体制の強化 個人の能力を生かす業務設計・体制作り、適正な配慮・指導ができるしくみ、人材育成が必要である。 これらの課題を一つひとつ解決していき、知的障がいのあるメンバーのさらなるキャリアアップはもちろん会社としての組織力アップを実現していきたい。 当事者視点から見た障害者の就労支援に関する実態と課題および効果的取組 ○清野 絵(障害者職業総合センター 研究員) 春名 由一郎(障害者職業総合センター) 1 はじめに 厚生労働省の設置した「地域の就労支援の在り方に関する研究会(第2次)」は「障害者の雇用の促進に当たっては、障害者が就業し、その企業において定着し、働き続けるという全ステージにおいて、障害者本人の状況の把握と適切な支援の提供が必要となる。」と提言している(1。この提言を踏まえることでより効果的な就労支援を実施することが期待される。しかし、そのためには障害者の就労実態の詳細、障害の当事者視点から見た就職前から就職後の各局面における課題や効果的取組、職業生活の満足度等について明らかにし提言の内容を具体的に把握する必要がある。 2 目的 本研究は障害者雇用を促進する今後の効果的な就労支援の在り方の検討に資するため、①障害者の就業実態として就労経験、就労形態、就労時間、障害者雇用制度の適用状態、満足度、②当事者から見た就労支援の各局面の課題、③効果的取組、を当事者への調査により把握することを目的とした。 3 対象と方法 (1)対象 全障害・疾患を対象とし、年齢は労働年齢である65〜15歳とし、就労経験は問わないこととし、14,448名に調査票の発送を行った。 (2)調査方法 平成20年12月〜平成21年7月に質問紙による郵送調査を行った。調査は当事者団体33団体の協力を得て、各団体から調査対象者に調査票を発送した。調査票の調査項目は①心身の障害や健康状態について、②地域支援の利用状況と就労への課題、③職業上の課題と職場内支援の状況、④自立や就労への調査対象者自身の取組や意識、である。回答は選択式とした。調査票の作成にあたっては、学識経験者、当事者団体、事業主団体、行政関係者等からなる研究委員会での検討・意見を踏まえた。また、視覚障害、知的障害については回答がしやすいように障害に配慮した調査票を作成した。 (3)分析方法 実態と課題の障害の特徴についてはχ2検定で残差分析を行った。効果的取組については課題の解決状況や満足度と取組の関係を分析した。分析にはSPSS18.0J for Windowsを用いた。 (4)倫理的配慮 本研究は上記研究委員会において倫理審査を行い承認を得た。 4 結果 (1)性別、年齢、障害者手帳の所持 4,546名(回収率31.5%)から回答を得た。回答者の障害・疾患別内訳を表1に示す。 表1 回答者の障害・疾患別内訳 ※複数回答 全体の性別は男性2,309名(52.6%)、女性2,082名(47.4%)、平均年齢は44.3歳(標準偏差14.3歳)であった。障害者手帳の所持は2,608名(57.4%)であった。 (2)就労状況 就労経験、就労形態、就労時間、障害者雇用制度の適用状況について表2〜5に示す。聴覚・平衡機能障害は就労中61.9%、就労経験あり90.2%ともに他の障害と比較して多かった。一方、肢体不自由、精神障害、高次脳機能障害は就労中、就労経験ありとともに他の障害と比較して少なかった。実数では就労中は肢体不自由43.5%、就労経験ありは高次脳機能障害の69.4%が最も少なかった。 表2 就労経験の障害種類による比較(%) ※基準=対象全体、有意に多いp<0.01=**、p<0.05=*、有意に少ないp<0.01=††、p<0.05=†。以下同様。 表3 就労形態の障害種類による比較(%) 表4 就労時間の障害種類による比較(%) 表5 障害者雇用制度の適用の障害種類による比較(%) (3)未解決な課題 就職前や就職活動の課題12項目、就職後の課題36項目について、「支援の必要性」と「現在の問題の有無」を尋ねた。その結果から、支援が必要だが問題が未解決な割合を算出し分析した。結果を表6、7に示す。 就職前や就職活動時の未解決な課題は、精神障害、発達障害、高次脳機能障害は他の障害と比較して全ての課題において割合が高かった。また他の障害と比較すると視覚障害、聴覚・平衡機能障害、肢体不自由、知的障害は課題が多いものがある一方、難病は全ての課題が少なく、内部障害も一部の課題以外は少なかった。 就職後の課題は、精神障害、高次脳機能障害は他の障害と比較して高い割合の課題が多い一方、聴覚・平衡機能障害や内部障害、難病等は多い課題と少ない課題が見られた。聴覚・平衡機能障害の「職場内で、会話や議論をすること」50.8%のように半数以上の当事者が課題を感じている課題もあった。 (4)職業生活の主観的満足度 職業生活の満足度2項目の回答を2値化した結果を表8に示す。難病は他の障害と比較して「満足」51.7%、「処遇は適正」51.5%が多かった。実数で最も低かったのは精神障害が「満足」36.3%、高次脳機能障害が「処遇は適正」31.1%であった。全体では職業生活に「満足」は5〜3割、「不満」は3〜1割、「処遇は適正」は5〜3割、「処遇は不適正」は2〜1割であった。 (5)効果的取組 職業的課題、満足度と取組の各項目を障害別に主成分分析で類似項目をグループ化した。その後、グループ化された課題、満足度と取組の相関係数を求め、正の相関があるものを効果的支援として抽出した。具体的には主成分分析で斜交回転を行った。その後、主成分得点について性別、年齢、住所を調整した偏相関分析を行った。ここでは分析の結果として満足度を含むグループと正の相関があった取組の一部を表9に示す。ここでいう満足度を含むグループや取組は、それぞれ主成分分析によりグループ化され、様々な課題や取組が相互に関係した複合的なものである。 分析の結果、満足度、課題と取組の正の相関関係に着目することにより効果的取組を明らかにできることが確認された。また障害ごとに本人ニーズや人間関係構築、人事評価への職場での調整・配慮、資格や技能習得等の職業準備訓練、専門的支援者や生活相談員の支援等、多様な取組が満足度、課題と関連が見られた。これにより、複合的な取組が複合的な満足度の向上や課題の解決に効果があることが確認できた。 表6 就職前や就職活動時の未解決な課題の障害種類による比較(%) 表7 就職後の未解決な課題の障害種類による比較(%) 表8 職業生活の満足度の障害種類による比較(%) 表9 職業生活の満足度を含むグループと正の相関があった取組の主成分(p<0.01) 5 考察 就労状況や就職前から就職後の各局面の課題、効果的支援について障害ごとの特徴がまとめられた。全体として難病は課題が他の障害より少なかった。この結果は、難病は障害者手帳を取得している人が少なく、比較的軽度な障害を持つ人が多いことが影響している。特徴的な結果として聴覚・平衡機能障害は就労経験や正社員及び非常勤雇用の経験割合、フルタイム雇用、制度の適用の割合が他の障害より多かった。一方、精神障害、高次脳機能障害は就労経験、全ての就労形態での経験、フルタイム雇用の割合が他の障害より少なかった。 また障害ごとの各局面での未解決な課題が明らかになった。課題は障害ごとの傾向や課題の量の違いが見られた。特徴的な結果として精神障害は全ての課題において有意に多かった。しかし全体としては全障害に多くの当事者が支援の必要を感じる未解決な課題があった。 また職業的課題が地域や職場の様々な支援や配慮により改善している状況が確認された。効果的取組について今回は主観的満足度に効果がある個別的支援、就労支援機関や職場等での支援の複合的な取組をここで報告している。しかし、紙面の都合で割愛するが効果的取組としては就労支援の各局面ごとの客観的課題に効果がある取組があることも確認された。 本研究の限界として対象は当事者団体の協力が 得られた人であるため、母集団に偏りがある可能性がある。そのため、結果の解釈の際には注意が必要である。 6 結論 本研究により、就職前から就職後の「全ステージ」で障害の当事者視点から見た現在の就労実態の詳細、未解決な課題、課題や満足度を改善する効果的取組について明らかにし、「障害者本人の状況」と「適切な支援」を把握することができた。 障害ごとの特徴として課題や効果的取組は障害により違いがある。また、精神障害のように全体的に課題が多い障害と、聴覚・平衡機能障害のように全般的には課題は少ないが、特定の課題が顕著であるといった障害がある。そのため、効果的な就労支援を実施するためには、各局面や各課題を多面的に評価することや、障害の特徴に配慮した就労支援方法が重要である。 また全障害に共通するものとして、効果的支援とは複合的取組が複合的結果に影響を与えるといた相補的で複雑な関係がある。そのため、就労支援機関等で既に実施されている様々な取組を全体として発展・展開させていくことが重要である。そのためには分野や機関を超えた連携の促進等の社会的支援が期待される。 【参考文献】 1)地域の就労支援の在り方に関する研究会(第2次):地域の就労支援の在り方に関する研究報告書(第2次)平成26年3月4日 2)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構」障害者の自立支援と就業支援の効果的連携のために 調査研究報告書№100,2011 職場復帰支援の実施に際した障害福祉サービス事業所との連携 〜復職準備性の向上にむけた実践の報告〜 ○高橋 郁生(富山障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 川田 有彦(社会福祉法人富山県精神保健福祉協会 ゆりの木の里) 1 現状と課題 現在、休職中の従業員がいる事業所は増加している。郡司・奥田1)は、メンタルヘルス、私傷病などの治療と職業生活の両立支援に関する調査結果報告の中で、調査に対して回答のあった5,904社のうち、過去3年間に休職者が発生した企業の割合は52.0%であると報告している。また、今後3年間程度でみたメンタルヘルス対策を経営・労務管理上の重要課題と考えるかについては、「重要」とする割合が72.2%と高位にあり、その他の疾病対策を大きく上回る結果になっている。 このように増加の一途を辿る休職者への支援として、職場復帰支援(以下「リワーク支援」という。)が存在する。独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が、平成17年度より全国の地域障害者職業センター(以下「職業センター」という。)において開始しているリワーク支援のほか、医療機関が行うリワーク支援も増加している。五十嵐2)が実施した調査においては、リワーク支援を行う医療機関により構成されている「うつ病リワーク研究会」に加盟する医療機関は、2013年2月現在36都道府県145施設にのぼるという。永田3)は、リワーク支援機関は今後も増加する見通しであると述べているが、まだリワーク支援機関が少ない地域も存在している。 各都道府県には、障害者総合支援法に基づいた障害福祉サービス事業所(以下「福祉事業所」という。)が存在し、精神疾患の治療を受けている当事者への支援実績が豊富な福祉事業所もある。しかし、一部の例4)を除いて、福祉事業所が復職に向けた支援を実施している例は、全国的にみてもまだ少ない。本報告においては、復職に向けた支援に際してリワーク支援実施機関と福祉事業所が連携した支援経過から、双方の強みを活かした支援の在り方について提言を行いたい。 2 支援経過 (1)対象者 A氏(39歳 男性 既婚)。工業高等学校卒業後、B社に就職。電気設備の定期点検や組立・分解作業に従事していた。業務遂行能力は高く評価されており、周囲からの信頼も厚い。家族関係も良好。 32歳当時、帰宅途中に交通事故に遭い、外傷性頸部症候群・末梢神経障害によりC病院に入院。退院後も、頸部・四肢の疼痛を訴え、D病院ペインクリニック内科への通院を開始する。36歳時、勤務およびペインクリニック内科への定期通院を継続する中で、物音に対する過敏さ・不眠・集中力の低下を主治医に訴え、D病院精神科の受診を開始。睡眠障害と診断を受け、睡眠導入剤の服用を開始し勤務を継続するが、意欲減退・倦怠感も生じるようになる。37歳時、人事異動を目前に控えた時期に、帰宅途中に交通事故に遭い、外傷性頸部症候群・末梢神経障害・腰部脊柱管狭窄症によりD病院に1か月間入院。退院後、職場に復帰するも、疼痛・精神状態が改善されず、休職に至る。 (2)復職に向けた課題 休職期間中、職業センターにて実施されているリワーク支援の受講を希望し来訪。勤務先および主治医の同意を確認した後に、リワーク支援の体験利用に4週間参加するが、遅刻・欠席の発生頻度が高く、受講時間中の作業・グループミーティング等の活動において持続力・集中力を欠く状態が続く。主治医の診察に同席し見解を確認した結果、本格的な受講を一旦保留することとなる。なお、同時期に不眠・過活動・気分の高揚が生じ軽躁状態を呈した経過があり、双極性障害の診断を受けている。 この時期に確認された、A氏の復職に向けた課題点は、①作業持続力・集中力の顕著な低下、②時間を見通した行動をとることが難しい、③自身の病状を把握しきれておらず、自己管理方法が未確立という点であった。 (3)構築した支援体制 職業センターにおいてA氏との面談を継続する中で、先述した復職に向けた課題点に対し、精神疾患のある方への支援実績がある福祉事業所の協力を得ることを提案。就労移行支援事業所(以下「移行支援」という。)の協力を得て、A氏の復職に向けて構築した支援体制を図1に示す。また、支援開始当初に各支援機関が担うこととした役割を、表1に示す。 図1 A氏の復職に向けた支援体制 表1 支援機関の役割分担 3 結果 (1)復職に向けた課題点に対して ①作業持続力・集中力の顕著な低下 A氏が移行支援の利用を経てリワーク支援の受講を終えるまでの間、日中活動していた月ごとの平均時間を図2に、各支援機関が設定可能な最大利用時間に対して、A氏が活動していた時間の割合を図3にそれぞれ示す。 図2 日中の平均活動時間の推移 図3 最大利用時間に対し活動していた割合 ②時間を見通した行動 計画通りの定時通所を行った回数、遅刻・早退が生じた回数、欠席が生じた回数(定期通院は除外)を、リワーク支援の体験利用を実施し、移行支援の利用を経て改めてリワーク支援の受講を終えるまでの支援期ごとに集計し、それぞれの割合を図4に示した。 図4 各支援期の通所状況(割合) ③病状の自己管理が未確立 自分自身の病状に対して理解を深め、自己管理方法を考えていくための一助として、リワーク支援期間中に提供した心理教育プログラムの例を表2に示す。 表2 心理教育プログラム(一部) (2)利用終了後の経過 移行支援の利用を経て、リワーク支援の受講を終えた後、勤務先事業所の就業規則に則り、1カ月間のリハビリ出勤期間が設けられる。リハビリ出勤期間終了後、勤務状況をもとに、さらに2か月の時短勤務期間(1日あたり6時間勤務)が設けられる。事業所側で主治医および産業医の見解を確認しながら、所定労働時間勤務への移行時期を窺っている現状にある。 4 考察 (1)移行支援の効果 ①適切な活動内容の提供 作業持続力・集中力の低下が顕著に現れていたA氏に対し移行支援事業所からは、復職のための準備を整えるという目標のもと、まずは段階的に日中自宅外に出て活動する時間を増やしていくという行動目標が提示・設定された。また、複雑な工程を伴わない作業活動が設定されたことで、負荷が軽減された段階から日々活動していく習慣を形成することができた。 適切な活動内容が提供されることにより、日々外に出て復職に向けた活動を進めることができているという、現状に対するA氏の肯定的な認識を促進する効果があったと考えられる。 ②定期面談による現状確認 移行支援の活動期間中、担当スタッフによる定期面談を行う時間が設けられていた。現在の活動状況と考えていることを言語化するという取り組みであるが、A氏がその都度感じていることを話すことで担当スタッフとの共通認識が深まり、日々の活動の中で改めて取り組むこと・考えていくことを具体化できていくという効果があった。 これは、復職に向けた課題点であった時間の見通しをもった行動がとれていないという点を改善していく上で効果的であった。 また、A氏同意のもと、定期面談の内容はリワーク支援担当スタッフとも共有されており、リワーク支援に移行していく際に、支援内容に一貫性をもたせるという点で非常に有意義な効果をもたらしたことを付記する。 (2)リワーク支援の効果 ①病状の認識 移行支援の利用を経て、日中活動する持続力・集中力を取り戻していったA氏は、大きな不安を抱くこともなく、リワーク支援に参加するようになった。しかし、利用開始後1ヶ月を経過した時点で体調不良(気分の低下、疼痛の悪化)を訴える頻度が増え、一時通院先に入院し治療を受けた時期があった。 A氏はかねてより、自身の精神症状は疼痛により引き起こされていると強く考えていた。リワーク支援以前の治療経過から得られた考えであったが、リワーク支援期間中に表2に示した心理教育プログラムを受講したことで、違った観点からの仮説(精神的な辛さが、痛みとなって現れている可能性がある)に対して理解を示すようになり、疼痛コントロールのみならず、精神面のコントロールにも着目していくことが可能となった。 リワーク支援期間中に行われた心理教育プログラムは、A氏が自身の病状を認識し、今後の対処の仕方を考えていく上で、有意に働いたと考えられる。また、プログラムにあわせて実施した個別面談(頻度:およそ2週間に1回)、定期通院への同行時に受けた主治医からの医学的助言が、さらに効果を後押した面があることを付記する。 ②勤務先事業所の理解 当初B社は、A氏の復職を肯定的に受けとめていたが、A氏の病状・回復状況が明確に分からず、復職に向けて何に配慮していくことが望ましいのか決めかねている状態であった。今回復職前の支援に長い時間(1年間)を要することとなったが、支援経過の中から、今後A氏が復職された後にB社として配慮・経過確認をしていく際の注意点を見出され、復職後の職場適応に活かされていった。支援期間中のA氏自らによる報告、移行支援・リワーク支援という第3者からの報告が、B社の理解促進に寄与した面は大きいと考える。 (3)「復職準備性」という観点から 秋山ら5)は、「復職でき、かつ復職後に再発しない状態にあること」を「復職準備性」と称している。また、酒井ら6)は、復職準備性を客観的かつ妥当に評価することは、復職後の再発を防ぐためだけでなく、患者の働く権利を守り、精神疾患による休職が企業にもたらす損失を最小限に食い止めるためにも重要であるとしている。 酒井ら6)は、復職準備性を評価する尺度として、復職準備性評価シート(Psychiatric Rework Readiness Scale)を作成し、A.基本的な生活状況、B.症状、C.基本的社会性、D.サポート状況、E.職場との関係、F.作業能力・業務関連、G.準備状況、H.健康管理という復職のための準備に必要と考えられる視点に基づいたチェック項目を挙げている。 今回の支援においては、復職のために必要と考えられる上記A〜Hの各項目に対して、移行支援・リワーク支援を実施する機関が、各々の提供可能な支援を適切なタイミングで提供することにより、A氏の復職準備性向上に寄与したと考えられる。逆の観点から考えると、一方の支援機関のみによる支援実施では、準備が整わず復職が危ぶまれる結果に行き着いていた可能性もあると思われる。 障害福祉サービスを行っている福祉事業所が職場復帰に向けた支援を実施する例は、まだ少ない現状にある。しかし、他の支援機関と連携することで、双方の得意とする点を活かし、休職者の職場復帰・職場定着を効果的に進めていくことは、十分に可能であるように思われる。 職場復帰支援の実施に際しては、医療・福祉・労働各分野において蓄積されている実践が、それぞれの得意とする支援を連携させていくことで、その効果をさらに高めていく可能性がある。ただし、現時点では実践例が少ないため、連携実施上に留意すべき点等は、今後慎重に抽出していく必要があると考えられる。 【引用文献】 1)郡司 正人・奥田 栄二:メンタルヘルス、私傷病などの治療と職業生活の両立支援に関する調査「JILPT 調査シリーズ №112」独立行政法人労働政策研究・研修機構(2013) 2)五十嵐 良雄:リワークプログラムの実施状況と利用者に関する調査研究「厚生労働科学研究費補助金(障害者対策総合研究事業)うつ病患者に対する復職支援体制の確立 うつ病患者に対する社会復帰プログラムに関する研究 分担研究報告書」(2012) 3)永田 頌史:特集 外部機関によるメンタルヘルス対策の動向 日本の外部機関の動向「産業精神保健vol.20 №1」日本産業精神保健学会(2012) 4)社会福祉法人 巣立ち会:福祉型うつ病リワーク支援の確立・周知事業「平成23年度 独立行政法人福祉医療機構 社会福祉振興助成事業報告」(2012) 5)秋山 剛ほか:職場復帰援助プログラム評価シート(Rework Assist Program Assessment Sheet:RAPAS)の信頼性と妥当性「精神科治療学vol.22」pp571-582(2007) 6)酒井 佳永ほか:復職準備性評価シート(Psychiatric Rework Readiness Scale)の評価者間信頼性、内的整合性、予測妥当性の検討「精神科治療学vol.27」pp655-667(2012) 【連絡先】 高橋 郁生 富山障害者職業センター e-mail:Takahashi.Fumio@jeed.or.jp 視覚障害者を対象とした就労移行支援の活動報告 ○石川 充英(東京都視覚障害者生活支援センター 就労支援課長) 山崎 智章・濱 康寛・小原 美沙子・長岡 雄一(東京都視覚障害者生活支援センター) 1 はじめに 就労移行支援事業は、一般就労を目指す65歳未満の障害福祉サービス受給者証の交付を受けた障害者のための障害者総合支援法に基づく障害福祉サービスである。東京都視覚障害者生活支援センター(以下「センター」という。)は、平成22年4月より就労移行支援事業を行っている。対象者は、1)画面読み上げソフトとキーボード操作によりパソコンを使い、事務的職業への就職(以下「事務的業務」という。)をめざす視覚障害者、2)あん摩マッサージ指圧師、きゅう師、はり師(以下「三療」という。)の国家資格を有し、企業内マッサージ師(ヘルスキーパー)や高齢者施設での機能訓練指導員への就職(以下「マッサージ業務」という。)をめざす視覚障害者、3)在職中(休職を含む)で、視力低下により仕事の継続が困難な状況で、自治体がその状況を認め受給者証の交付を受けた視覚障害者(以下「在職者」という。)である。視覚障害者を対象とした就労移行支援の事業所や職業訓練校は全国的には少なく、大都市圏に集中している現状がある。 本稿の目的は、4年間のセンターにおける就労移行支援利用者の利用開始時と訓練終了時の就労状況、就労後の定着支援の状況などを分析することにより、今後の視覚障害者の就労移行支援の方法を検討するための基礎資料を得ることである。 2 研究方法 (1)研究対象者 平成22年4月から平成26年3月までにセンターの就労移行支援の利用を開始した視覚障害者(以下「利用者」という。)。 (2)研究方法 利用者のプロフィールとして、年齢、性別、障害程度等級、利用開始時と利用終了時の就労状況、就労・復職後の定着支援の状況について、分析を行った。 (3)倫理的配慮 データの取り扱い、および個人情報保護には十分留意して実施した。 3 結果と考察 (1)研究対象者の概要 平成22年4月1日から平成26年3月31日までの4年間の利用者は70名、性別は男性42名、女性28名であった。利用開始時の平均年齢は39.5歳、最年少が18歳、最年長が60歳、男女ともに40歳代の利用が最も多かった(表1)。障害程度等級は、1級が27名(38.6%)、2級が36名(51.4%)、3級から6級までが7名(10.0%)であった。 (2)利用開始時の就労状況 利用開始時の就労状況を表2に示す。 利用開始時の就労状況は離職者39名、在職者22名、その他9名であった。その内訳は、高校卒業直後、大学在学中、就労未経験である。 離職者39名の主な離職理由は、事務的業務希望者は、視覚障害が要因で継続雇用が困難となり、結果として離職に至ったが主な理由であった。一方、マッサージ業務希望者の場合は、新たな職場を求める積極的な離職が多かった。また、在職者は22名が利用に至ったが、数名は自治体から受給者証が交付されずに利用に至らなかった。 従来の視覚障害者の就労支援は、事務的業務への就労に対する支援が主であった。しかし、マッサージ業務希望が離職者の36%を占めていた。これは、マッサージ業務に必要なパソコン操作と臨床実習(週1回)のプログラムは、他の就労移行支援の事業所では行っていないため、マッサージ業務希望者の利用が多く、ニーズに合致したと考える。 (3)訓練終了時の就労状況 平成26年3月末時点で訓練中の23名を除いた利用者47名の利用終了時の就労状況を表3に示す。 事務的業務への就労16名(34.1%)、マッサージ業務への就労11名(23.4%)、復職が11名(23.4%)、一般就労以外の進路(以下、未就労)が9名(19.1%)であった。マッサージ業務希望者は利用中を除き、全員が就労した。一方、未就労者9名は、事務的職業希望であったが、一定期間内に就労することができず、就労継続支援B型事業所や他の就労移行支援事業所の利用、視覚特別支援学校(盲学校)の三療養成課程への進学となった。視覚障害者の事務的業務への就労の難しさを示していると考える。 次に就労した27名の求人情報入手先を表4に示す。 センターでは独自に求人開拓の活動は行っていない。そのため、ハローワークや民間人材紹介会社との連携は不可欠である。今後も連携を密に行っていく必要があると考える。 (4)就職・復職時の定着支援の状況 障害者総合支援法の就労移行支援事業の概要には、「就職後における職場への定着のために必要な相談、その他の必要な支援を行う1)」と記されている。 本研究の結果から、事務的業務、マッサージ業務で就労した利用者に対する定着支援については、受給者証の支給期間内で定着支援を認めている自治体が25か所(92.6%)、認めない自治体が2か所(7.4%)であり、定着支援に関する自治体の対応のばらつきがある結果となった。 また、視覚障害者が就労した職場に複数人就労していることは少ないことから、企業側にとって、視覚障害者の雇用経験が少なく対応に困ることも生じていた。例えば画面読み上げソフトの操作方法や仕事の切り出しなど、企業や就労した利用者から就労後の支援依頼もある。これらの結果からも、視覚障害者の雇用継続のためには、就労した利用者が安心して利用できるよう、就労支援の一環としてセンター、公的機関や所属企業など様々な職種が連携体制をとりながら、点から線、線から面へと繋ぐ役割を担っていく必要がある。 4 まとめ 訓練終了者47名に対し、新規就労者27名(57.4%)、復職者11名(23.4%)と就労移行支援事業所として一定の成果を上げているといえる。 今後は、1)事務的職業希望者とマッサージ業務希望者に対して、より充実したプログラムの提供、2)未就労者に対しては、一般企業への就労の適否を含め、評価を行う時期と内容、3)新規就労者・復職者への職場定着支援に関しては、実施時期や頻度、対応項目などを検討していく必要がある。 【参考文献】 1)東京都福祉保健局 障害福祉サービスの概要 URL=http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shougai/shogai/naiyo.html テーマ別パネルディスカッションⅠ 休職者の復職支援における効果的な連携 【司会者】 今若 修 (障害者職業総合センター職業センター 企画課長) 【パネリスト】(五十音順) 五十嵐 良雄 (メディカルケア虎ノ門 院長/うつ病リワーク研究会 代表世話人) 稲田 憲弘 (東京障害者職業センター 主幹障害者職業カウンセラー) 川浦 且博 (KYB株式会社 人事本部 岐阜人事部 部長) 休職者の復職支援における効果的な連携 障害者職業総合センター職業センター 企画課長 今若 修 (1)経済情勢の回復の兆しが囁かれてはいるが、労働現場では、いまだ職業生活等において不安やストレスを感じている労働者が増えつづけている状況と言える。 バブル経済の崩壊後、急激な産業構造の変化等による過重な労働環境は、労働者のストレスを増加させ、メンタルヘルス不調者を急増させるという問題性を生み出したと言われている。そして、事業場におけるメンタルヘルス対策の重要性は、労働を取り巻く大きな課題として重視され、メンタルヘルス対策の着実な実施が求められている。 (2)厚生労働省は、「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(平成18年3月)を策定し、職場のメンタルヘルス対策を推進している。また、メンタルヘルス対策の重要な要素のひとつである「職場復帰における支援」に関して、事業主向けマニュアルとして「心の健康問題により休職した労働者の職場復帰支援の手引き」(平成16年10月作成、平成21年3月改訂)を作成・周知を行っている。 事業所は、それらに基づき、休職者に対して職場復帰のための取組みを自ら実施している。 (3)これらの動向を踏まえ、障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)では、平成14年度に職業リハビリテーション機関における初めての取組みとして、在職精神障害者の職場復帰支援のプログラムを開発し、試行実施を開始した。このプログラムは、個々の特性に応じた職場復帰に係る支援を実施し、職場環境や職務に対する適応性の向上を図るとともに、雇用する事業主に対し、職場復帰の受入れ準備に係る専門的な助言・援助を併せて実施することによって円滑に職場復帰を進めることを目的としたものである。 そして、約3年間の職業センターの取組みを経て、平成17年10月に、全国の地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)において、うつ病等による休職者を対象とした職場復帰のための専門的支援(リワーク支援)が導入された。平成25年度には、全国の地域センターにおいて、2,232人を対象に支援を実施し、その結果、83.7%の復職率という高い成果を得ている。 (4)また、精神科医療機関においても、職場復帰のための専門的支援が実施されており、年々その数が拡大している。平成20年には、精神科医療機関等による職場復帰支援プログラム(以下「リワークプログラム」という。)の取組みに関する「うつ病リワーク研究会」が組織された。当初27機関で設立したこの研究会は、平成26年7月時点で、実際にリワークプログラムを実施する正会員数が39都道府県で182機関に拡大していると聞く。これらの取組みは、精神科医療のストリームのひとつになりつつあると言える。 (5)精神科医療機関におけるリワークプログラムの広がりは、地域センターにおいても、リワーク支援の実施に当たって、精神科医療機関との新たな連携スタイルを模索する必要性を生むこととなった。 そこで、職業センターでは、職業リハビリテーション機関とリワークプログラムを実施する精神科医療機関との望ましい連携スタイルを構築することを目的に、「メディカルケア虎ノ門」の協力を得て、実際に連携支援を試行的に実施した。その取組結果について、「実践報告書№26「精神障害者職場再適応支援プログラム〜リワーク機能を有する医療機関と連携した復職支援〜」(平成26年3月)に取りまとめ、地域センター、うつ病リワーク研究会の会員等医療機関に配布したところである。 (6)職業センターは、リワークプログラムとの連携モデルのひとつとして、職業的な課題へのアプローチ、事業主に対するきめ細かな支援の実施が必要とされるケースについて、医療機関のリワークプログラム終了後に、職業センターが主治医との連携のもとであらためてリワーク支援を実施するモデルを試行的に実施した。 職業センターは、個々の職業的特性、職業上の課題等のアセスメントに基づく支援を実施するとともに、それに基づく事業主への雇用管理等に関する助言・援助、職場復帰に向けた調整等を中心に行った。これにより、医療機関と職業リハビリテーション機関の役割とそれぞれの専門性を活かした効果的な支援方法について検証することができた。 (7)うつ病等による休職者の職場復帰支援は、①事業主、②医療機関、③地域センター等職業リハビリテーション機関の3者の協働が重要とされており、支援の実施に当たっては、相互に連絡・調整を行いながら、段階的に支援を行うことが効果的であるとされている。 これらを踏まえ、今回のパネルディスカッションでは、うつ病等による休職者の職場復帰支援に関して、各機関の取組みについて、相互に理解を深め、それぞれの強みと専門性を重ね合わせるような協働と協力の在り方等について検討を行いたいと考えている。 そして、その連携の取組みが全国に広がることを期待したい。 休職者の復職支援における効果的な連携:医療機関の立場から メディカルケア虎ノ門 院長/うつ病リワーク研究会 代表世話人 五十嵐 良雄 リワーク(Re-work)とはreturn to work(職場復帰)の略で、(独)障害者職業総合センターがリワーク支援事業を立ち上げた際にネーミングされた。しかしながら近頃では「リワーク」という言葉が随所で様々な意味で使われ、その概念が混乱していることから、私たちはリワークを内容に応じて、①医療機関で行う「医療リワーク」、②障害者職業センターで行う「職リハリワーク」、③企業内や民間従業員支援プログラム(EAP)などで行われる「職場リワーク」に分けて考えている。 メンタルクリニックや精神科病院などの医療機関で行われる「医療リワーク」は、復職支援に特化してプログラム化されたリワーク・プログラムを、薬物療法と同じ位置づけの治療の一環としての医学的リハビリテーションとして提供するものである。再休職をしないことを最終目標として、健康保険を利用して精神科デイケアや作業療法などの枠組みで、1日あたり2時間から10時間程度のプログラムが提供される。利用にあたっては病状が安定して、睡眠覚醒リズムも戻り規則正しい日常生活が送れていることが前提条件となる。プログラムが開始されると段階的に負荷を上げ、プログラムへの参加状況や参加中の様子を観察して病状が安定していると、負荷を更に上げていく。症状の悪化がみられれば中止となるが、順調に推移すれば復職となる。プログラムは集団を対象とした心理社会療法といえるもので、運営するスタッフの配置としては心理職が3割強、看護師が2割強、PSWが2割、OTが1割となっており、心理士の比重が大きい。最も不安定になりやすい復職直後の時期を乗り越えるようフォローアップのためのプログラムも、過半数の施設で実施されている。さらに、この主治医−患者関係がプログラム終結後の復職後も維持されると再休職の予防がより効果的に行われる。 うつ病リワーク研究会により多施設前向きコホート研究が2010年9月から開始され、精神疾患を理由とした休職2回以上、または1回目であっても180日以上休職しているプログラム利用者が16施設から272例組み入れられた。そして、プログラムを終了して復職となった13施設215例に対して予後追跡調査を行い、2013/12/31時点での生存曲線から1年後の就労継続推計値が86.0%、2年後が71.5%という結果が得られ、復職後の予後に対してきわめて有効な効果が示された。 「職リハリワーク」施設は、各都道府県に1か所(北海道、東京、愛知、大阪、福岡は2か所)設置されている地域障害者職業センターである。障害者職業センターは公共職業安定所と連携しながら、職業相談から就労・復職支援および職場適応までの一貫した職業リハビリテーションサービスを提供している。そして、「リワーク支援」は民間企業に在籍する休職者の職場復帰と職場適応および雇用主を支援していく職業リハビリテーションプログラムである。目的は職場適応と雇用主の支援であり、病状の回復を直接的な目的とする治療機関ではない点が、医療機関のプログラムとの最も大きな違いである。病状の不安定な利用者がセンターのスタッフに対して怒りを向けることによってトラブルとなる例がみられている。もちろん、主治医の許可も得て「リワーク支援」は始められるが、主治医がうまく機能しないとこのようなトラブルが起こりがちである。したがって、病状が安定しており、主治医−患者関係が良く、主治医も協力的であることをプログラムの開始時に確認することが重要である。職場適応と雇用主の支援は、医療機関のプログラムでは現状のスタッフ配置では実施が困難であり、職場への支援が必要なケースに向くと考えられる。このようなことから私たちは、障害者職業総合センターの研究に際し新たなプログラムの開発に協力してきた。今後は利用者の病状や状況に応じて、適切なプログラム利用の指導や両プログラムの相互利用なども行われる必要性を痛切に感じている。 休職者の復職支援における効果的な連携 KYB株式会社 人事本部 岐阜人事部 部長 川浦 且博 【会社概要】 所在地 東京都港区浜松町(本社) 岐阜県可児市(岐阜北工場、南工場、東工場) 主要営業品目 油圧緩衝器(ショックアブソーバ等)、 油圧機器(シリンダ、パワーステアリング等)、 システム製品(コンクリートミキサー車等) 資本金 276億円4,760万円(2014年1月1日現在) 従業員数 13,033名(連結)3,601名(単独)2,420名(岐阜地区工場) 売上高 3,527億円(連結)1,982億円(単独)2013年度 会社方針 【弊社のメンタルヘルス体制】 ・予防活動(企業として最も重要な活動) 教育・・特にライン教育(階層別教育、職場ストレス状況説明 等) 全員面談も教育と位置づけ ・早期発見 ストレスチェックと全員面談、勤態状況確認、相談受け入れ ・復帰時支援 【復職支援状況】 ・休業前〜休業中 看護職スタッフが面談、職場との接触は復帰前までさせない ・復帰前数か月 看護職中心に生活状況確認、出社状況確認 ・復帰直前 職場面接、復帰後の業務内容検討 ・復帰後 短時間勤務制度(復帰プログラムの作成)看護職との定期面談によるフォロー ・特に留意しているポイント 【復職支援における医療機関との連携と課題】 ・主治医と良好な関係を持続するために 看護職の活用 診断書のタイミングのコントロール 【地域障害者職業センターとの連携と課題】 ・弊社のリワーク利用状況 ・連携の実際 ・リワーク事業利用の利点と課題 テーマ別パネルディスカッションⅡ 教育から雇用への移行支援における課題 −専門的支援の活用の可能性を広げるために− 【司会者】 望月 葉子 (障害者職業総合センター 特別研究員) 【パネリスト】(五十音順) 石川 京子 (ぐんま若者サポートステーション 臨床心理士/NPO法人リンケージ 理事長) 林 眞司 (東京都立足立東高等学校 副校長) 深江 裕忠 (職業能力開発総合大学校 能力開発院 能力開発応用系 職業能力開発指導法ユニット 助教) 教育から雇用への移行支援における課題 専門的支援の活用の可能性を広げるために 障害者職業総合センター 特別研究員 望月 葉子 学校を卒業すれば、好むと好まざるとに関わらず、社会へ送り出される。高等学校を卒業すれば高卒の資格で、専修学校や職業能力開発大学校等を卒業すれば、それぞれの課程が定める資格で、また、大学を卒業すれば大卒の資格によって、社会的に自立することを要請される。このことは、発達障害等、特別な支援の対象となる若者についても同様である。 発達障害については、障害者手帳を取得した場合は法定雇用率制度や職業リハビリテーションの対象として、取得しない場合は法定雇用率制度の対象ではないが職業リハビリテーションの対象として、それぞれ入職並びに職場適応の支援が展開されてきた。しかし、「診断がない」「開示しない」場合だけでなく、「気づいていない」場合の多くは、学校卒業後の進路として“一般扱いの就職”を希望することになる。こうした若者の教育から雇用への移行に際し、特別な支援の必要性が議論されているものの、方策については未だ模索中の現状がある。 このパネルディスカッションでは、まず、職業リハビリテーションとの連携の視点からみた時、発達障害等、特別な支援が必要となる若者の移行を支援する仕組みがどのような状況にあるのか、現時点で何を検討しなければならないのか、を整理することとする。 【教育・訓練における支援の最先端 現状と課題】 最初の話題提供では、公立高等学校における移行支援のモデルとして、現状と課題を報告いただく。ここでは、成果を挙げた試みとして、特別な支援の対象とする生徒のスクリーニングと評価、教育課程の再編成によるキャリアガイダンス・体験的学習等の実施、市民講師の活用、就職に関する関係機関の情報提供等を踏まえた特別支援教育体制の整備の状況が中心となる。 次の話題提供では、ポリテクカレッジ(職業能力開発大学校)における移行支援のモデルとして、現状と課題を報告いただく。ここでは、成果を挙げた試みとして、特別な支援を必要とする学生の実態把握(気づき)、修了までのPDCAサイクルの実施、外部専門家の活用等ケース会議を踏まえた校内支援体制の整備の状況が中心となる。 【若年者支援機関における支援の最先端 現状と課題】 最後の話題提供では、学校卒業後の若者の支援機関(地域若者サポートステーションの事業及び発達障害者等のための就労支援事業)における移行支援のモデルとして、現状と課題を報告いただく。ここでは、成果を挙げた試みとして、学校卒業時・卒業後の利用者に対する支援の仕組み、関係機関との連携と利用者の気づきを踏まえた支援利用の流れ、必要に応じた職業リハビリテーションとの連携等支援体制の整備の状況が中心となる。 【パネルディスカッションにおける議論のために】 「障害者」を主たる対象としているわけではない各機関における取り組みの現状と課題を踏まえ、自機関だけでは限界のある支援をどのように構築してきたか、地域における支援体制をどのように構築するのか、職業リハビリテーションとの連携の可能性はどのように見出しうるのか、等について議論を深めていくことにしたい。 教育から雇用への移行支援における課題 ぐんま若者サポートステーション 臨床心理士 NPO法人リンケージ 理事長 石川 京子 障害のあるなしにかかわらず、周囲の人々に自分のことをわかってもらえるのはとても大切なこと。自ら選んだ人生を応援してもらえることは、それぞれの人の自尊心を支え、はぐくみ、社会で安心して生活していくための土台となります。今回のパネルディスカッションでは、私たちが取り組んできた教育から就労への連携支援システムをベースにした実践をご紹介させていただきます。 下記に連携支援システムを図示させていただきました。ポイントになるキーセンテンスは4つです。 1.利用者ご本人が体験から得た手ごたえを重視する。 2.支援課題をさぐるためにbio-psycho-social modelに基づいたアセスメントに力を入れる。 3.餅は餅屋。役割分担としての連携が功を奏す。 1.えっ、ここでも?同じ人が登場する。 当日は皆様と実践の意義と課題を整理しながら、充実した討議を行いたいと思っています。 一般校での支援体制と専門的支援の活用 職業能力開発総合大学校 能力開発院 能力開発応用系 職業能力開発指導法ユニット 助教 深江 裕忠 概要 四国職業能力開発大学校附属高知職業能力開発短期大学校で行われている、特別な配慮が必要と思われる学生に対して、外部の支援機関と連携しながら組織的に支援している事例を報告する。 一般校のため、支援に関するノウハウも専門機関とのつながりも一切なく、手探り状態のなか、筆者は5年間支援体制の構築に関わってきた。現在、どのような体制で組織的に支援しているのか、支援機関との連携をどのように行っているのか、そして、支援の流れや支援体制構築のポイントについて、これまでの取り組みを整理した。 1.はじめに 筆者は、平成21年度から平成25年度までの5年間を、四国職業能力開発大学校附属高知職業能力開発短期大学校(以下、ポリテクカレッジ高知とする)に勤務していた。ポリテクカレッジ高知は、学卒者を対象とした職業訓練校であり、いわゆる一般校である。そのため、身体障害者の方が在籍することがたびたびあったが、平成21年度までは、支援に関するノウハウは一切なかった。 そんな状況の中で、保護者からの連絡をきっかけに、発達障害の診断のある学生の支援を開始した。手探りで支援体制を構築し、外部の支援機関とも連携を行い、橋渡しを実施した。 現在のポリテクカレッジ高知では、発達障害や精神障害の診断がある学生やグレーゾーンの学生について、組織的に支援し外部の支援機関と連携する体制が確立している。 本報告では、どのような支援体制を構築し、支援機関との連携をどのように行っているのか、支援の流れや支援体制構築のポイントについて述べる。 なお、口頭発表には時間の都合があるため、本報告のうち、支援機関との連携以外の部分は大幅に省かせてもらうことをご承知願いたい。 2.ポリテクカレッジ高知の概要 ポリテクカレッジ高知とは、四国職業能力開発大学校附属高知職業能力短期大学校の愛称である。 産業界の変化に対応できる高度な知識と技能・技術を兼ね備えた実践技術者(テクニシャンエンジニア)の育成を目的として、高等学校を卒業した方を対象とした2年間の公共職業訓練(専門課程)を実施している[1]。生産技術科と電子情報技術科の二つの科があり、定員はそれぞれ20名と30名である。 生産技術科では、旋盤やフライス盤、溶接、3次元CAD/CAMとNC加工機といった主に金属製品を製造する技能を習得する。 電子情報技術科では、電子回路などのハードウェアと、プログラムなどのソフトウェアの設計・開発技術を学び、主に組込み技術に関する技能を習得する。 その他に、離転職者を対象とした6カ月間の訓練や、在職者を対象とした数日間の訓練を実施しているが、本報告とは関わりが少ないので、この二つの訓練についての詳細は省かせてもらう。 現在は、独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構が運営しているが、平成23年9月末までは、独立行政法人 雇用・能力開発機構が運営していた。そのため、支援を開始した平成21年度のときは、障害者の就労支援について何もわからない状況であった。 3.支援体制 最初に、支援体制について報告する。 3.1 ケース会議の概要 校内にはケース会議が設置され、四半期に1回程度のペースで開催されている。このケース会議は、管理職、事務職、各学科の指導員から選出されたメンバーの他、校長が必要と認める者として高知障害者職業センター主任カウンセラー及び外部専門家とで構成されている。 ケース会議では全ての特別な配慮が必要と思われる学生の情報が報告され、対応等について検討を行っている。メンバーに外部専門家が含まれるので、報告は全て学生名を伏せ、個人情報を省いて行われる。また、ケース会議設置要綱にて、個人情報あるいは個人を特定できる情報についての守秘義務を定めている。 ケース会議で検討する学生は、 ・配慮学生 ・観察学生 の2段階に分けている。 配慮学生とは、診断がある学生、保護者等から支援の要請を受けるなどにより、配慮を必要とする学生である。 観察学生は、今後配慮が必要となる可能性があるので注意深く観察している学生である。観察学生の場合、一時的に行動が不安定になっているだけや、簡単な対応や家庭での対応だけで課題が解決したりすることもあるので、時間が経過すると観察学生から外れるケースもある。逆に、状況が悪化して配慮学生となるケースもある。 3.2 情報共有と支援の検討・実施 ケース会議の重要な機能のひとつが、情報の共有である。 もし、職員が学生に対して、特別な配慮が必要だと感じる事案が発生した時には、すぐにケース会議メンバーへ報告する。そして、報告を受けた直後には、ケース会議メンバー間で情報を共有するとともに、ケース会議において報告される。 なお、急な対応が必要となる案件であれば、即座にケース会議メンバーを招集し問題の解決にあたる。この結果も、ケース会議において報告される。 ケース会議では報告に基づき、専門家からのアドバイスを通して、実現可能な支援方法を検討する。そして、ケース会議メンバーが所属する部署の職員と一緒に支援を実施する。支援内容によっては、保護者や支援機関との連携が必要なこともあり、そのときはケース会議メンバーや担任が窓口となって対応を図る。 また、学生が将来的に社会人として自立した行動ができるように、支援を緩める場合もある。どの支援を手厚くし、どの支援をあえて緩めるか、ケース会議で慎重に見極めながら判断する。 なお、支援を実施した結果についてもケース会議において報告され、上手くいかなければ改善策を、上手くいけば次のステップに向けた支援方法を検討している。 このように、情報共有の範囲が広く、ケース会議メンバーが中心となって職員全員で支援を実施しているのが特徴である。また、支援の成功/失敗を報告することで、成功事例の共有とPDCAサイクルによる改善を継続的に行っている。 4.支援機関との連携 ポリテクカレッジ高知での支援機関との連携は、内部的に「支援対象の学生全員に対して連携する支援機関」と「個々の学生が利用して連携する支援機関」の二つの層に分けて実施している。 4.1 1層目の支援機関との連携の特徴 1層目の支援機関とは、ケース会議に招聘して、メンバーとして参加していただいている支援機関である。 ケース会議にて、全員の支援状況を把握し、支援に関するアドバイスを行っている。さらに必要に応じて、各支援機関で実施可能な専門的支援を活用している。 例えば、休み期間に支援機関で実施しているSSTを学生が受講したり、厚生労働省編一般職業適性検査(GATB)を受けたりした。 他にも、ポリテクカレッジ高知では年に1回以上支援に関する職員研修を実施しているが、その研修を企画するときに、ポリテクカレッジ高知の現状を踏まえてどのような研修が必要かのアドバイスや、講師の紹介をしてもらっている。 4.2 2層目の支援機関との連携の特徴 2層目の支援機関とは、配慮学生が個々に利用している病院や支援機関である。 ポリテクカレッジ高知は学卒者を対象とした職業訓練校のため、入校時点から診断を受けた病院を利用しているケースが多い。一方で、入校時点から就労支援機関を利用しているケースは稀である。就労支援機関との連携については、ケース会議で利用が適切であると判断した就労支援機関を、学生や保護者に紹介することから開始している。 2層目の支援機関は、学生の状況や障害特性について詳しく知っているので、対応方法等についてのアドバイスや、支援の相談をお願いしている。 例えば、統合失調症の診断のある学生が、職員に妄言らしきことを話した時に、重度の問題行動として何らかの予防的な支援をするべきなのか、それとも軽度の問題行動であり様子を見るだけでよいのかについて相談したりしている。 他にも、よく利用するのが公共職業安定所の専門援助部門である。学生と一緒に窓口を訪れて、障害者枠で就職するときのメリットとデメリット、就職までの流れについて説明を受けたり、職員には雇用率や助成金などの制度について教えてもらったりしている。 4.3 共通する連携 両方の層の支援機関とも、それぞれ主催して啓発セミナーや支援方法の研修を実施している。これらのセミナーや研修の情報を提供してもらい、ケース会議のメンバーに周知うえ、職員の参加の可否を検討している。 また、支援の参考となるような書籍の情報についても提供してもらっている。 一般校の場合、こういった情報が自然と集まらないので、貴重な情報源となっている。 4.4 二つの層に分けて活用するメリット 支援機関を内部的に二つの層に分けて活用することのメリットは次のようになる。 (1)広い視点での支援のアドバイスを得られる 特別な配慮を必要とする学生と関わりのある専門機関からアドバイスを受ける場合、基本的には学生の周辺に関する事柄が中心となる。もちろん、学校側が専門機関に出せる情報も、学生の周辺に限られてしまう。そのため、もっと広い視点で支援についてアドバイスを受けることが難しい。 だが、ポリテクカレッジ高知の場合、1層目の支援機関が全ての特別な配慮を必要とする学生の状況を把握できるので、広い視点に立って課題などを見つけやすい。例えば、校内の教室や実習場を見てもらったあとで、全体のバランスを考慮した改善点を提案してもらうこともできる。 他にも、学生Aのケースで上手く行った支援を、学生Bにも適用するというアドバイスを受けることもできる。素人判断で行うと、学生Bの障害特性と合わずに失敗することがあるが、それを防止できる。 (2)グレーゾーンの学生についても、支援を検討することができる 診断等がある学生の場合は、支援機関を利用しているケースが多く、専門的な支援のアドバイスを受けやすい。しかし、グレーゾーンの学生の場合、支援機関を利用していないケースがほとんどである。さらに一般校では、診断のある学生よりもグレーゾーンの学生の方が、比率が高い。 ポリテクカレッジ高知でも同様に、支援機関を利用していない学生は多い。 だが、1層目の支援機関がケース会議に参加し、グレーゾーンの学生の報告も受けているので、専門的な支援のアドバイスを受けることができる。さらに、グレーゾーンの学生は支援機関の助けが必要なレベルかどうかについても見解を聞くことができる。 これにより、グレーゾーンの学生だからといって、安易に支援機関へ丸投げするような対応をとることなく、学校が責任を持って修了と就職へ支援していくことができる。また、職員がグレーゾーンの学生への対応に悩んでメンタルヘルスを悪化することも防止できる。 (3)就労支援機関や橋渡し先を検討しやすい 一般校の場合、支援機関に関する情報が少ないうえに、どのような専門性があるのかも知らない。そのため、不適切な支援機関を紹介してしまうこともあり得る。 だが、ポリテクカレッジ高知では、ケース会議で活用する専門機関を選定するので1層目の専門機関のアドバイスを聞ける。そして、学生の状況、学生と家族の要望、学生の将来像、支援機関の専門性などを考慮して選定するので、学生と支援機関のミスマッチを防止できる。 (4)特性を考慮した支援を検討しやすい すでに診断等があって専門機関を利用している学生の場合は、2層目の専門機関と連携できる。ところが、専門機関が医療機関などの場合は、検査結果や一般的な支援方法についての情報提供しか行っていない所もある。 ポリテクカレッジ高知では、同意を得て、各専門機関から得た情報もケース会議で報告している。そのため、1層目の専門機関が、2層目の専門機関の情報を確認してアドバイスすることができる。 そのため、特性を考慮してきめの細かい支援を検討できる。 4.5 二つの層に分けて活用するデメリット 支援機関を内部的に二つの層に分けて活用することのデメリットも、もちろんある。それは、次のようになる。 (1)コーディネートの苦労がある 二つの層に分けることによって、1層目と2層目の支援機関の間で調整する役割をする人が必要になる。 ポリテクカレッジ高知では、ケース会議のメンバーが各専門機関に対してコーディネートを行った。情報が錯綜すると連携が混乱するので、ポリテクカレッジ高知が主体的に情報を集約するようにしている。 (2)同意を取る範囲が広がる 支援機関から情報を取得するときには、本人や両親の同意が不可欠である。さらに、取得した情報をケース会議で1層目の支援機関に開示する同意も必要となる。 ポリテクカレッジ高知では、最初の面談時に、ケース会議を必ず説明し、支援の検討に必要なので情報の開示に同意してくれるよう、お願いしている。 5.支援の流れ ポリテクカレッジ高知の支援の流れは、職業能力開発総合大学校で作成された「特別な配慮が必要な学生等への支援・対応ガイド」[2]に従って行われている。 基本的な流れは、 (1)気づき (2)情報共有 (3)実態把握 (4)支援・対応 となっている。 明確にステップが区切られているわけではなく、前後のステップと重なりながら実施している。 以下、流れに従って述べていく。 5.1 気づきと情報共有 もし、訓練中に違和感を感じる学生がいて、それが継続したり頻出したりしている場合、ケース会議メンバーに報告される。その後、ケース会議メンバーが詳しい状況を確認し、複数の先生の間で同じような事例があるようなときは、観察学生としてケース会議で報告している。 観察学生のときは、職員は接し方を気にしながら注意深く様子を観察している。また、診断等があるけど連絡していないケースもあるので、三者面談などで、さりげなく探りを入れることもある。 観察学生のうち半分ぐらいの学生については、周囲が接し方を変えたり、自己努力したり、状況が好転したりして、課題が解決し観察学生から外れる。 しかし、残りの半分については、観察学生から配慮学生へ移行する。幸いにして、ポリテクカレッジ高知では二次障害の発生を極力防止しているので、状況が悪化して配慮学生へ移行するケースは稀である。どちらかというと、観察している間好転の兆しがなく同じ状態が続いているというケースでが多い。そして、職員が接し方を工夫したら修了できるかもしれないが、就職は難しいという判断で配慮学生に移行する。 なお、最近では高校での特別支援体制が整ってきたことから、入校前に連絡が来るケースが増えてきた。このような場合は、入校前から配慮学生として扱い、このステップを飛ばしている。 5.2 情報共有と実態把握 配慮学生へ移行して最初に行うのは、情報収集である。校内での様子から障害特性を見つけたり、保護者面談で家庭での様子を聞いたり、過去に支援機関等との関わりがないかを聞き出す。 (1)診断のある学生の場合の保護者面談 もし、診断があるという連絡を受けている場合は、このステップは順調である。保護者と一緒に将来を考え、支援していきたいという意向を伝える。また、学生が利用している支援機関から情報提供を受け、その情報をケース会議に提供する同意を得る。 その後は、家庭との連絡を密にし、情報を共有しながら、次のステップに移って支援を開始する。 (2)グレーゾーンの学生の場合の保護者面談 観察学生から移行したグレーゾーンの学生の場合、このステップは慎重に進めていく必要がある。保護者も本人も障害の可能性について想像もしていないという想定のもと、前のステップで行った三者面談で探りを入れた様子を分析しながら、次の面談の方針を決めていく。 ほとんどの場合は、最初の数回の保護者面談は、信頼関係を築くことに費やしている。はじめのうちは勉学上、あるいは生活上の問題があるので家庭と一緒に対応方法を考えて取り組んでいくという意向を伝えている。このとき、信頼関係を築くのが最大の目的だから、問題があることを責めるようにしないのがポイントである。また、必ず本人のよいところもピックアップして伝えることが大切である。 信頼関係が構築されてきたら、家庭での様子、幼年期から入校までの様子などを聞き出し、ケース会議で報告する。 そして、次のステップに移って支援を開始する。 5.3 実態把握と支援・対応 診断のある学生でも、グレーゾーンの学生でも、それぞれの場合に応じた方法で実態を把握したら、ケース会議でその情報を検討して支援方法を考えるのが、このステップである。 このステップは、修了まで何度も小さなPDCAサイクルを回していく。すなわち、 P:支援方法の検討 D:支援の実施 C:支援結果の判断 A:次の支援に向けての実態把握 を繰り返していく。 Aについては、支援が失敗して別の支援方法に切り替えるために実態把握をすることもある。大事なのは、失敗しないことではなく、失敗に早く気がつくことである。失敗と判断したら、すぐに今やっている支援を引き上げて、次の支援を早急に実施している。 また、このステップの間も保護者との面談は続けていく。診断のある学生の場合と、グレーゾーンの学生の場合について、それぞれ以下のように実施する。 (1)診断のある学生の場合の保護者面談 可能であれば本人も一緒に面談を行い、ケース会議で検討した支援方法について説明を行う。また、家庭でも協力してもらえる部分がないか考えてもらう。 そして、就職活動時期になってきたら、就職活動はオープンで行くのか、クローズで行くのかを一緒に考えていく。修了が近づいてきたら、次の支援機関への橋渡しについて一緒に考えていく。 なお、保護者はどんな支援機関があり、それぞれどんな特徴があるのか知らないことが多い。そこで、支援機関の役割分担や利用方法、利用条件などを説明している。また、あらかじめケース会議で橋渡し先として適切な支援機関を検討しておき、その結果を保護者へ伝えている。 橋渡し先の支援機関が決定したら、修了直後から利用できるように、在学中から支援機関との連携を開始している。本人と保護者が見学に行ったり、橋渡し資料を本人と保護者と一緒に作成したりする。また、橋渡し先の支援機関と、修了後の役割分担について打合せする。 (2)グレーゾーンの学生の場合の保護者面談 これまでの面談で説明した対応方法の結果を伝えていきながら、信頼関係を深めていく。もし、結果が悪くても、両親に失敗した原因を正しく伝えている。ただし、結果が悪いことを責めるのではなく、次の対応方法を一緒に考えていくという前向きな姿勢を前面に出している。 しかし、就職活動などで、どんなに対応方法を考えて試していっても結果に結びつかない状況が続くことがある。ケース会議で支援機関の利用が不可欠だと判断したときには、保護者に状況を改善するために支援機関の力を借りることを提案している。 提案するときは、過去の対応方法で本人も保護者も成功体験を積んでいる事が大事である。特に、本人が「特別な配慮があれば安心して物事に取り組める」という気持ちを持っていれば、支援機関の利用に結びつきやすい。 とはいっても、すぐに決断できる話ではない。気持ちの整理がつくのに数ヵ月要することもある。結論を急がずに、面談を重ねることが大切である。 なお、文面上は簡単にまとめているが、実際には「薄氷を踏む思い」で1歩1歩前に進むことになる。 この段階のときの面談は、言葉を慎重に選びながら、誤解を与えないように話す必要がある。万が一の場合に備えて、ポリテクカレッジ高知では、支援機関の利用を提案するときは、管理職が保護者面談に同席している。また、不用意な発言をしないように、事前の打合せで禁止ワードなども決めている。 保護者との関係がどんな状態になっても向きあう覚悟がなかったり、支援機関の利用について上手に説明する自信がなかったりするときは、専門機関の利用を提案してはいけない。気軽に考えずに、ケース会議等で十分慎重に検討して行動して欲しい。 6.支援体制構築のポイント これまでに、ポリテクカレッジ高知の支援体制と支援の流れについて述べてきた。 ここでは、ポリテクカレッジ高知で支援体制の構築に成功したポイントについて述べる。 6.1 専門機関の協力 支援体制の構築には、専門機関の協力が不可欠である。しかし、支援開始当初は、どんな専門機関があるのかさえも分からなかった。 そこで、以下のような方法でネットワークを広げた。 ・高知障害者職業センターへの相談 ・本人が利用している専門機関との連携 ・地元で開催されている研修等への参加 ケース会議に招聘できるような、支援の実績と方向性が一致する専門家に出会えたことが、ケース会議の成功に結び付いている。 6.2 全員参加 支援を成功させるには、全職員が大なり小なり関わっていくという意識が必要である。 ケース会議の設置前から、年に1回以上全職員を対象に支援に関する研修を実施し、専門家を含めた支援体制を構築することが必要だというコンセンサスを形成している。職業訓練指導員だけでなく、管理職も事務職員も支援に参加している。 当たり前のことだが、支援に関する思いは個人個人で温度差がある。関心が薄くても、配慮を必要とする学生と接するときは行動や話し方に気をつける程度で十分である。このちょっとした配慮だけでも、全職員が実施していると大きな成果につながる。 ポリテクカレッジ高知の支援には、入校してから環境の変化に慣れるまでの期間がとても短く、二次障害の発生がほとんどないという特徴がある。 この特徴を支えているのが、全員参加の意識である。 6.3 当たり前の意識 どんなに専門知識がある人でも、入校試験で特別な配慮を必要とするかどうかを判別することはできない。そして合格判定を出したのであれば、責任を持って訓練しなければならない。 また、文部科学省の平成24年の調査結果で、通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある児童の割合が推定値6.5%という結果[3]がある。調査範囲が違うので単純な比較はできないが、平成14年の調査結果[4]でも6.3%という結果なので、そんなに大きな数字の変動はないと思われる。すなわち、定員20〜30名なので、1クラスに1〜2名は在籍する計算になる。 こういった状況を研修で説明するとともに、実際に毎年在籍している状況から、在籍することが当たり前という意識を持って対応している。 この意識があることで、支援に協力してくれるだけでなく、本人を敬遠するのではなく、理解しようとしてくれる。この雰囲気が大切である。 6.4 専門機関に必要な情報の提供 ケース会議では、学生ごとの出来事を記録した資料を使って検討する。この資料には、専門機関が支援を検討するための記録が必要である。 しかし、例えば教室から飛び出した問題行動を記録するときに、 突然教室から叫びながら飛び出していった。急いで追いかけて戻るように指導した。 というような記述だと、専門機関にとって必要な情報が不足している。専門機関にとって必要なのは「どんなきっかけで起きたのか」という情報である。つまり、教室から飛び出す前に何があったのかを分析する。 だが、職員は問題行動が発生した直後に注目しやすい。そのため、記録には前後の状況も含めて、事細かに記載することにしている。 7.まとめ ポリテクカレッジ高知での支援体制等について報告した。この5年間、良い意味で常に支援体制が変化し続けている。できることから実施するのが基本姿勢である。今後も変わり続けるであろう。それが強みなのかもしれない。 報告した支援体制が、参考になれば幸いである。 参考文献 [1]POLYTECHNIC COLLEGE KOCHI,“ポリテクカレッジ高知/高知職業能力開発短期大学校/学校案内”,ポリテクカレッジ高知,http://www3.jeed.or.jp/kochi/college/college/index.html [2]発達障害の可能性のある学生への支援・対応ガイド作成委員会,特別な配慮が必要な学生等への支援・対応ガイド,職業能力開発総合大学校 能力開発研究センター,2012.3,74p,https://www.tetras.uitec.jeed.or.jp/db/kankoubutu/book_detail.php?doc_id=731 [3]文部科学省 初等中等教育局特別支援教育課,“通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について”,文部科学省,http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/1328729.htm [4]文部科学省 初等中等教育局特別支援教育課,“「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査」 調査結果”,文部科学省,http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/018/toushin/030301i.htm ホームページについて 本発表論文集や、障害者職業総合センターの研究成果物については、一部を除いて、下記のホームページからPDFファイル等によりダウンロードできます。 【障害者職業総合センター研究部門ホームページ】 http://www.nivr.jeed.or.jp 著作権等について 視覚障害その他の理由で活字のままでこの本を利用できない方のために、営利を目的とする場合を除き、「録音図書」「点字図書」「拡大写本」等を作成することを認めます。その際は下記までご連絡下さい。 なお、視覚障害者の方等で本発表論文集のテキストファイル(文章のみ)を希望されるときも、ご連絡ください。 【連絡先】 障害者職業総合センター研究企画部企画調整室 電話 043-297-9067 FAX 043-297-9057 E-mail kikakubu@jeed.or.jp 第22回 職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 編集・発行 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター 〒261-0014 千葉市美浜区若葉3-1-3 TEL 043-297-9067 FAX 043-297-9057 発行日 2014年12月 印刷・製本 株式会社美巧社