第21回 職業リハビリテーション研究発表会 発表論文集 日 平成25年12月17日(火)・18日(水) 会場 東京ビッグサイト 会議棟 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 第21回 職業リハビリテーション研究発表会 発表論文集 平成二十五年十二月 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 ご挨拶 「職業リハビリテーション研究発表会」は、障害者の職業リハビリテーションに関する調査研究や実践活動を通じて得られた多くの成果を発表し、ご参加いただいた皆様の間で意見交換、経験交流等を行っていただくことにより、広くその成果の普及を図り、職業リハビリテーションの発展に資することを目的として、毎年度開催しており、今年で21回目を迎えました。今回も全国から多数の皆様にご参加いただき、厚く御礼申し上げます。 障害のある人たちの雇用は近年着実に進んでいます。平成24年6月1日現在で従業員56人以上の民間企業に雇用されている障害者の数は約38万2千人、実雇用率は1.69%といずれも過去最高となっています。また、平成24年度のハローワークを通じた障害者の就職件数は約6万8千人で、前年度に比べ15.1%増加し、こちらも過去最高となっています。一方、ハローワークにおける障害者の新規求職申込件数も年々増加しており、障害のある人たちの就業意欲が高まっています。このような状況の下、本年4月から法定雇用率はそれまでの1.8%から2.0%となり、それに伴い障害者を雇用しなければならない事業主の範囲が従業員56人以上から50人以上に変わりました。 また、今国会で、雇用の分野における障害者に対する差別の禁止及び合理的配慮の提供義務を定めるとともに、精神障害者を法定雇用率の算定基礎に加える等の措置を講ずることを内容とする障害者の雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律が成立しました。 当機構におきましては、こうした状況に対応し、「福祉から雇用へ」という政策の方向性や障害のある人たちの就業意欲の高まりに応え、一人でも多くの方々が雇用機会を得ることができるよう、福祉、医療、教育、生活等の各分野との密接な連携の下に、障害のある人たちや企業に対する専門的支援を積極的に推進しております。 具体的には、精神障害者・発達障害者・高次脳機能障害者等に対する支援の強化を図るなど、地域の支援ニーズに応じた専門的な就労支援サービスの実施に取り組んでおります。また、地域の関係機関に対する職業リハビリテーションに関する助言・援助、復職支援の困難性の高い事案に対応するための個別実践型リワークプログラムによる精神障害者の復職支援、職業訓練上特別な支援を必要とする障害者に対する先導的職業訓練等の一層の推進に努めているところです。また、今年度は全国の地域障害者職業センターで発達障害者に対する体系的支援プログラムを実施しています。 障害のある人たちの自立と社会参加を推進するためには、様々な分野の皆様が、互いに連携・協力し、必要な知識や情報を共有していくとともに、それらを現場で実践していくことが極めて重要であります。 今回の研究発表会では、障害者の雇用・就業をめぐる最近の状況や課題を踏まえ、「障害者の雇用とその継続のために〜職域拡大と支援の充実〜」をテーマとして開催することとし、特別講演「我が社の障害者雇用〜職域拡大と支援の充実〜」、パネルディスカッション「障害者の雇用とその継続のために〜計画的な職域の拡大〜」、テーマ別パネルディスカッション「精神障害者の雇用とその継続のために」、「発達障害者の雇用とその継続のために」を行うこととしております。また、研究発表についても104題と多くの皆様からご発表をいただきます。 この研究発表会が皆様の今後の業務を進めるうえで少しでもお役に立つことができ、また、調査研究や実践活動の成果が皆様の間での意見交換、経験交流等を通じて広く普及し、職業リハビリテーションの発展に資することとなりますことを念願しております。 最後に参加者の皆様には当機構の業務運営に引き続き特段のご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げまして、ご挨拶といたします。 平成25年12月17日 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 小林 利治 プログラム 【第1日目】平成25年12月17日(火) ○基礎講座 時間 内容 10:00 受付 10:30〜12:00 基礎講座 Ⅰ 「精神障害の基礎と職業問題」 Ⅱ 「発達障害の基礎と職業問題」 Ⅲ 「高次脳機能障害の基礎と職業問題」 ○研究発表会 時間 内容 12:30 受付 13:00 開会式 挨拶:小林 利治 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 13:15〜14:45 特別講演 「我が社の障害者雇用〜職域拡大と支援の充実〜」 講師:石川 誠氏 株式会社いなげやウィング 管理運営部長(兼)事業推進部長 休憩 15:00〜17:00 パネルディスカッション 「障害者の雇用とその継続のために〜計画的な職域の拡大〜」 司会者:佐藤 伸司 兵庫障害者職業センター 所長 パネリスト(五十音順):岡田 道一氏 株式会社ジーフット 人材開発部 チャレンジド採用担当 白砂 祐幸氏 株式会社アイエスエフネットハーモニー 常務取締役 高野 英樹氏 神戸公共職業安定所 雇用指導官 土井 善子氏 京都中小企業家同友会 障害者問題委員会 副委員長/有限会社思風都 取締役会長 【第2日目】 平成25年12月18日(水) ○研究発表会 時間 内容 9:00 受付 9:30〜11:10 研究発表 口頭発表 第1部(第1分科会〜第9分科会) 分科会形式で各会場に分かれて行います。 休憩 11:20〜12:30 研究発表(昼食) ポスター発表 発表者による説明、質疑応答を行います。 休憩 13:00〜14:40 研究発表 口頭発表 第2部(第10分科会〜第18分科会) 分科会形式で各会場に分かれて行います。 休憩 15:00〜17:00 テーマ別パネルディスカッション Ⅰ 「精神障害者の雇用とその継続のために」 司会者:相澤 欽一 福島障害者職業センター 所長 パネリスト(五十音順):黒川 常治氏 ピア・サポーター 中川 正俊氏 田園調布学園大学 人間福祉学部 教授(精神科医)/飯田橋光洋クリニック他 丸物 正直氏 SMBCグリーンサービス株式会社 顧問 山地 圭子氏 障害者就業・生活支援センター オープナー 施設長 Ⅱ 「発達障害者の雇用とその継続のために」 司会者:吉田 泰好 埼玉障害者職業センター 所長 パネリスト(五十音順):鈴木 慶太氏 株式会社Kaien 代表取締役 辻 庸介氏 大東コーポレートサービス株式会社 本社事業部 所長 槌西 敏之 国立職業リハビリテーションセンター 職業訓練部 職域開発課長 目次 【特別講演】 「我が社の障害者雇用〜職域拡大と支援の充実〜」 講師:石川 誠 株式会社いなげやウィング 2 【パネルディスカッション】 「障害者の雇用とその継続のために〜計画的な職域の拡大〜」 司会者:佐藤 伸司 兵庫障害者職業センター 4 パネリスト:岡田 道一 株式会社ジーフット 9 白砂 祐幸 株式会社アイエスエフネットハーモニー 20 高野 英樹 神戸公共職業安定所 25 土井 善子 京都中小企業家同友会 障害者問題委員会/有限会社思風都 30 【口頭発表 第1部】 第1分科会:企業における採用・配置の取組(1) 1 市場競争力のある自立した会社をめざして 〜ベネッセビジネスメイト 清掃における品質向上と人材育成〜 ○佐藤 瑞枝 株式会社ベネッセビジネスメイト 32 阿部 一行 株式会社ベネッセビジネスメイト 2 障がい種別の違う者同士がお互い理解しあい、働き続けられる企業の取り組み ○岩崎 美恵子 株式会社トリニティアーツ 36 清水 敬樹 株式会社トリニティアーツ 3 国立がん研究センター東病院での知的障がい者雇用の取り組み −医療関連業務に従事する当事者の所見と一考察− ○長澤 京子 独立行政法人国立がん研究センター東病院 40 荒木 紀近 独立行政法人国立がん研究センター東病院 芝岡 亜衣子 独立行政法人国立がん研究センター東病院 佐々木 貴春 独立行政法人国立がん研究センター東病院 山添 知樹 独立行政法人国立がん研究センター東病院 4 コンビニエンスストアでの障害者雇用 〜1店舗で行っている障害者雇用の取組み〜 岩本 隆 有限会社エムシーエス 42 5 楽天ソシオビジネスにおける雇用の取り組み 山岸 大輔 楽天ソシオビジネス株式会社 46 第2分科会:企業における雇用継続、職場定着の取組 1 四位一体(本人・職場・人事・医務室)で進める加齢による障がいの重度化対応の取り組みについて 瀬口 晋二郎 ソニー・太陽株式会社 50 2 ワールドビジネスサポートにおける職場定着の取り組み ○原 健太郎 株式会社ワールドビジネスサポート 54 横内 理沙 株式会社ワールドビジネスサポート 3 チャレンジドオフィスちばについて−6年の取組を振り返って− 金井 綾子 千葉県総務部総務課 56 4 従業員サポートに関する総合的な支援体制の構築 ○松本 貴子 株式会社かんでんエルハート 60 平井 正博 株式会社かんでんエルハート 5 企業における定着支援の取り組みと雇用継続に関わる関係者とのかかわり方 山崎 亨 元大東コーポレートサービス株式会社 63 第3分科会:障害者雇用の多様な可能性を探る 1 重度障害者の在宅雇用における地域連携 青木 英 クオールアシスト株式会社 67 2 完全社会復帰への挑戦 小林 賢二 社会福祉法人あかね ワークアイ・ジョブサポート 71 3 Jobトレーニング事業の可能性 ○山中 康弘 ITバーチャル八尾 75 阪本 美津雄 ITバーチャル八尾 4 「タスカルカード」によるタスク共有システムの構築 〜「わかった!」「できた!」「ほめられた!」ポジティブループの実践〜 ○藤澤 利枝 社会福祉法人ユーアイ村 79 平井 夏樹 有限会社平井情報デザイン室 5 重度視覚障害者の事務系職種遂行に必要な支援機器等の開発及び活用の現状 −点字出力、画面読み上げ・拡大ソフトを中心として− 指田 忠司 障害者職業総合センター 83 第4分科会:高次脳機能障害(1) 1 高次脳機能障害者への就労支援 ○植田 仁美 滋賀県社会福祉事業団 滋賀県立むれやま荘 85 佐野 有加里 滋賀県社会福祉事業団 滋賀県立むれやま荘 吉野 亜矢子 滋賀県社会福祉事業団 滋賀県立むれやま荘 島田 司巳 滋賀県社会福祉事業団 滋賀県立むれやま荘 松元 敬子 滋賀県社会福祉事業団 安土荘 原田 晴美 大津働き暮らし応援センター 2 高次脳機能障害者への明暗を分けた就労支援の事例 ○山本 雅史 埼玉県総合リハビリテーションセンター 89 嶺 浩子 埼玉県総合リハビリテーションセンター 3 イギリスにおける脳損傷者に対する職業リハビリテーションサービスについて 遠藤 嘉樹 国立吉備高原職業リハビリテーションセンター 92 4 障害者職業総合センター職業センターの「高次脳機能障害者のための職業リハビリテーション導入プログラム」試行実施経過について ○菊香 由加里 障害者職業総合センター職業センター 96 伊藤 透 障害者職業総合センター職業センター 野澤 隆 障害者職業総合センター職業センター 小林 久美子 障害者職業総合センター職業センター 土屋 知子 障害者職業総合センター職業センター 5 地域障害者職業センターを利用した高次脳機能障害者の実態 −過去3年間のジョブコーチ支援事例を中心に− 田谷 勝夫 障害者職業総合センター 100 第5分科会:就労支援に携わる人材の育成 1 職業リハビリテーション教育による工学部大学生の障害者雇用に関する態度変容 ○岩永 可奈子 職業能力開発総合大学校 104 八重田 淳 筑波大学人間総合科学研究科 2 特別支援学校高等部進路指導担当教員の養成体制の在り方に関する研究 −職務指名の在り方に関する調査の分析から− ○藤井 明日香 高松大学発達科学部 108 川合 紀宗 広島大学大学院教育学研究科 落合 俊郎 広島大学大学院教育学研究科 3 コミュニケーションスキル育成とキャリアレディネスに関する実践報告 ○栗田 るみ子 城西大学経営学部 112 園田 忠夫 東京障害者職業能力開発校 4 障がい者就労支援コーディネータ養成カリキュラムの開発 −最終年次までの実施経過について学生の評価にもとづく分析− ○堀川 悦夫 佐賀大学医学部 地域医療科学教育研究センター 116 井手 将文 佐賀大学全学教育機構 第6分科会:復職支援(1) 1 高次脳機能障害者の復職状況と復職支援の検証 ○加藤 桃子 横浜市リハビリテーション事業団 120 山口 裕二 横浜市リハビリテーション事業団 2 脳血管障害者の「仕事への思い」−介護支援専門員の聞き取り調査− 今村 純一 居宅介護支援事業所カインド 124 3 リワーク支援における心理教育の効果についての考察 ○池田 精 京都障害者職業センター 128 井口 陽子 京都障害者職業センター 4 心の健康問題による休業者の職場復帰にかかる企業の困り感への対応に関する一考察 舩津 正悟 福島障害者職業センター 132 5 気分障害等による休職者の復職支援プログラムにおける「アンガーマネジメント支援」について ○松原 孝恵 障害者職業総合センター職業センター 136 伊藤 透 障害者職業総合センター職業センター 野澤 隆 障害者職業総合センター職業センター 石原 まほろ 障害者職業総合センター職業センター 第7分科会:企業の支援−特例子会社設立、企業内研修、ジョブコーチ 1 広域センターにおける事業主支援の一事例 −地域センターとの連携による特例子会社設立に向けての支援− ○小田 祐子 国立職業リハビリテーションセンター 140 槌西 敏之 国立職業リハビリテーションセンター 池田 嵩文 国立職業リハビリテーションセンター 2 複合的な事業主支援の実践 〜企業内研修を通じた障害のある社員に対するスキル向上への試み〜 ○大平 将仁 島根障害者職業センター 144 澤田 真琴 雲南障がい者就業・生活支援センターアーチ 3 ジョブコーチ支援事業の10年間を振り返る 山田 輝之 社会福祉法人青い鳥福祉会 148 4 障害者の就労支援におけるジョブコーチの役割 〜その職務の遂行に必要なスキルの把握を中心に〜 小池 眞一郎 障害者職業総合センター 152 第8分科会:難病、依存症等を有する方への就労支援 1 薬物依存症における就労支援の展望 松石 勝則 公益財団法人杉並区障害者雇用支援事業団 156 2 障がいをもつ生活保護受給者に関する施設就労の現状と課題 淵田 秀美 社会福祉法人あかね ワークアイ・船橋 160 3 手帳を所持しない難病者の雇用の実態について 〜難治性疾患患者雇用開発助成金活用事業所を対象としたアンケート調査より〜 ○根本 友之 障害者職業総合センター 164 白兼 俊貴 障害者職業総合センター 下條 今日子 障害者職業総合センター 鈴木 幹子 障害者職業総合センター 相澤 欽一 福島障害者職業センター 4 難病のある人の就労支援における保健医療機関との連携の課題 ○春名 由一郎 障害者職業総合センター 168 片岡 裕介 障害者職業総合センター 5 就労の困難さの判断の精度を高めるための連携について 野中 由彦 障害者職業総合センター 172 第9分科会:キャリア形成、能力開発(1) 1 企業が求める学校に於けるキャリア教育 ○遠田 千穂 富士ソフト企画株式会社 174 ○槻田 理 富士ソフト企画株式会社 2 発達障がいのある青少年のライフサイクルにおけるキャリア教育の実践について ○中島 修 学校法人熊本YMCA学園 178 平江 由紀 学校法人熊本YMCA学園 3 キャリアエンカレッジの試み ○林 眞司 東京都立足立東高等学校 182 大塚 千枝 東京都立足立東高等学校 4 第2学年体験学習におけるワーク・チャレンジ・プログラムについて ○大塚 千枝 東京都立足立東高等学校 186 林 眞司 東京都立足立東高等学校 5 メンタルに課題のある訓練生に対する原因対策訓練について 〜成功体験の積み重ねによる自信の獲得〜 佐々木 哲平 国立職業リハビリテーションセンター 190 【口頭発表 第2部】 第10分科会:企業における採用・配置の取組(2) 1 入社4年目を迎えた知的障害者の部署異動にともなう問題とその対応 ○伊東 一郎 株式会社前川製作所 196 安井 崇裕 株式会社前川製作所 河野 かえで 株式会社前川製作所 2 初めて取り組んだ発達障害の新卒採用 藤原 久枝 イオンリテール株式会社 200 3 発達障害の特性をふまえた職場定着への支援にかかる一考察① 〜フジアルテスタッフサポートセンター株式会社の取り組み〜 ○林 秀隆 フジアルテスタッフサポートセンター株式会社 204 森 武志 フジアルテスタッフサポートセンター株式会社 今井 寧々 フジアルテスタッフサポートセンター株式会社 4 発達障害の特性をふまえた職場定着への支援にかかる一考察② 〜JSTを活用したビジネスマナー研修の取り組み〜 ○近藤 正規 大阪障害者職業センター南大阪支所 208 森 武志 フジアルテスタッフサポートセンター株式会社 今井 寧々 フジアルテスタッフサポートセンター株式会社 古野 素子 障害者職業総合センター職業センター 5 広島大学における障がい者雇用の取り組みについて 〜雇用・共生社会・地域貢献〜 新本 陽一郎 国立大学法人広島大学人事グループ 212 第11分科会:SSTを活用した就労支援 1 就労移行支援事業におけるSST学習会について 松村 志穂子 かがわ総合リハビリテーション成人支援施設 216 2 SSTを活用した人材育成プログラム −就業支援ネットワークを活用した取り組みⅠ− ○岩佐 美樹 障害者職業総合センター 220 佐藤 珠江 社会福祉法人シナプス 埼玉精神神経センター 千葉 裕明 社会福祉法人シナプス 埼玉精神神経センター 3 SSTを活用した人材育成プログラム −就業支援ネットワークを活用した取り組みⅡ− ○笹川 俊雄 埼玉県障害者雇用サポートセンター 224 岩佐 美樹 障害者職業総合センター 武政 美佐雄 株式会社シンフォニア東武 佐藤 珠江 社会福祉法人シナプス 埼玉精神神経センター 浅野 ひろみ 社会福祉法人シナプス 埼玉精神神経センター 4 SSTを活用した人材育成プログラム −就業支援ネットワークを活用した取り組みⅢ− ○武政 美佐雄 株式会社シンフォニア東武 227 岩佐 美樹 障害者職業総合センター 笹川 俊雄 埼玉県障害者雇用サポートセンター 佐藤 珠江 社会福祉法人シナプス 埼玉精神神経センター 浅野 ひろみ 社会福祉法人シナプス 埼玉精神神経センター 5 SSTを活用した人材育成プログラム −自主運営への取り組み・視覚障害者に対するSST(効果・課題についての考察)− ○金子 楓 社会福祉法人あかね 231 岩佐 美樹 障害者職業総合センター 第12分科会:精神障害 1 精神障がい者の雇用と定着支援 〜短時間勤務から正社員化への取り組み 樋口 安寿 株式会社リクルートオフィスサポート 234 2 就職準備プログラムを通じた公共職業安定所と就労支援機関との連携 〜就労移行支援事業所における事例を中心に〜 ○太田 幸治 大和公共職業安定所 238 今若 惠里子 大和公共職業安定所 大長 和佳奈 大和市障害者自立支援センター 関野 由里子 大和公共職業安定所 芳賀 美和 相模原公共職業安定所 3 精神障害者の職場定着要因に関する事例分析 〜健康生成論の視点で〜 ○加賀 信寛 障害者職業総合センター 242 武澤 友広 障害者職業総合センター 大石 甲 障害者職業総合センター 4 精神障害者の雇用に係る企業側の課題と制約について −先行研究における企業調査結果の再分析から− ○笹川 三枝子 障害者職業総合センター 246 白石 肇 障害者職業総合センター 宮澤 史穂 障害者職業総合センター 佐久間 直人 障害者職業総合センター 5 知的障害と精神障害の職業的障害の構造の実証的比較 ○片岡 裕介 障害者職業総合センター 250 春名 由一郎 障害者職業総合センター 第13分科会:高次脳機能障害(2)−医療から職場への移行 1 医療機関における就労支援の現状と問題点 〜作業療法士による支援のメリットと限界について〜 ○植田 正史 聖隷福祉事業団 浜松市リハビリテーション病院 254 片桐 伯真 聖隷福祉事業団 聖隷三方原病院 秋山 尚也 聖隷福祉事業団 浜松市リハビリテーション病院 2 作業療法士における脳損傷者への就労支援 −何を支援領域と認識しているか、どのように支援を形成しているのか− ○佐藤 良子 とちぎリハビリテーションセンター 257 藤永 直美 東京都リハビリテーション病院 吉野 眞理子 筑波大学大学院 3 高次脳機能障害者の就労支援機関との情報共有の在り方について ○山本 浩二 富山県高次脳機能障害支援センター 260 野村 忠雄 富山県高次脳機能障害支援センター 浦田 彰夫 富山県高次脳機能障害支援センター 吉野 修 富山県高次脳機能障害支援センター 砂原 伸行 富山県高次脳機能障害支援センター 糸川 知加子 富山県高次脳機能障害支援センター 堀田 啓 富山県高次脳機能障害支援センター 萩原 裕香里 富山県高次脳機能障害支援センター 柴田 孝 済生会富山病院 4 高次脳機能障害に対する就労・就労継続のための要因の検討 −1− 〜就労支援のためのチェックリストを用いた多職種評価を実施して〜 ○塩入 陽平 浜松市リハビリテーション病院 263 片桐 伯真 聖隷三方原病院 秋山 尚也 浜松市リハビリテーション病院 植田 正史 浜松市リハビリテーション病院 鈴木 修 特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん 5 高次脳機能障害に対する就労・就労継続のための要因の検討 −2− 〜医療機関とジョブコーチとの連携について〜 ○鈴木 修 特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん 267 片桐 伯真 聖隷三方原病院 秋山 尚也 浜松市リハビリテーション病院 植田 正史 浜松市リハビリテーション病院 塩入 陽平 浜松市リハビリテーション病院 第14分科会:地域におけるネットワーク・連携による支援 1 障害者雇用における福祉施設と企業との連携 阿久津 圭司 社会福祉法人パステル 多機能型事業所セルプ花 271 2 チーム支援で展開する障害者への就労支援の試み(1) 〜チームアプローチによる就労実現の一考察〜 ○野﨑 智仁 NPO法人那須フロンティア 274 前原 和明 栃木障害者職業センター 3 チーム支援で展開する障害者への就労支援の試み(2) 〜連携スキルについての臨床的研究〜 ○前原 和明 栃木障害者職業センター 278 野﨑 智仁 NPO法人 那須フロンティア 4 「地域の職業リハビリテーション・ネットワークに対する企業のニーズに関する調査研究」における企業アンケート調査の概要 ○井上 直之 障害者職業総合センター 282 小池 眞一郎 障害者職業総合センター 5 営利と非営利によるパートナーシップ② 内木場 雅子 障害者職業総合センター 285 第15分科会:復職支援(2) 1 リワーク支援の効果について−事業主へのヒアリング調査から− ○柴山 真由子 東京障害者職業センター 287 岡本 ルナ 東京障害者職業センター 2 リワーク支援終了者の復職後の課題に関する一考察 −復職者へのアンケート及びインタビューを通じて− ○虎谷 美保 東京障害者職業センター多摩支所 291 山森 恵美 東京障害者職業センター多摩支所 3 MWSを活用した「マルチタスクプログラム」による復職支援① −「マルチタスクプログラム」概要について− ○五十嵐 由紀子 千葉障害者職業センター 295 神部 まなみ 千葉障害者職業センター 中村 美奈子 千葉障害者職業センター 4 MWSを活用した「マルチタスクプログラム」による復職支援② −双極性障害の疾病理解という視点から− ○神部 まなみ 千葉障害者職業センター 298 五十嵐 由紀子 千葉障害者職業センター 中村 美奈子 千葉障害者職業センター 5 MWSを活用した「マルチタスクプログラム」による復職支援③ −軽度アスペルガー障害が疑われる長期休職者の事例− ○中村 美奈子 千葉障害者職業センター 302 五十嵐 由紀子 千葉障害者職業センター 神部 まなみ 千葉障害者職業センター 第16分科会:海外情報等 1 イギリスの障害者支援における評価基準 佐渡 賢一 元 障害者職業総合センター 306 2 障害者の統合的就業の促進:米国のEmployment Firstと日本の動向 ○Heike Boeltzig-Brown マサチューセッツ州立大学ボストン校 310 指田 忠司 障害者職業総合センター 春名 由一郎 障害者職業総合センター William E. Kiernan マサチューセッツ州立大学ボストン校 Susan M. Foley マサチューセッツ州立大学ボストン校 3 デンマークの障害者雇用就業政策 −フレックスジョブ、障害年金の2013年制度改正を中心として− 岩田 克彦 職業能力開発総合大学校 314 4 ドイツ及びフランスにおける障害者の所得保障 苅部 隆 障害者職業総合センター 318 5 障害者権利条約から見た改正障害者雇用促進法と障害者差別解消法(新法)の問題点 清水 建夫 働く障害者の弁護団/NPO法人障害児・者人権ネットワーク 322 第17分科会:就労継続支援・就労移行支援 1 就労移行支援の勘所〜職場実習開始のためのアセスメントについて〜 ○森 克彦 公益財団法人浅香山病院 アンダンテ就労ステーション 326 谷奥 大地 公益財団法人浅香山病院 アンダンテ就労ステーション 郷田 絢子 公益財団法人浅香山病院 アンダンテ就労ステーション 藤村 ゆかり 公益財団法人浅香山病院 アンダンテ就労ステーション 小塚 裕喜 公益財団法人浅香山病院 アンダンテ就労ステーション 川端 達哉 公益財団法人浅香山病院 アンダンテ就労ステーション 東 麻衣 公益財団法人浅香山病院 アンダンテ就労ステーション 影山 絵美 公益財団法人浅香山病院 アンダンテ就労ステーション 鑑光 さおり 公益財団法人浅香山病院 アンダンテ就労ステーション 2 挑戦し続ける力を育む就労移行支援プログラムの有効性 〜個人別の継続的な学習指導が自己肯定感や人生を拓くための 基盤へとつながる〜 ○小澤 啓洋 社会福祉法人光明会 障害福祉サービス事業所就職するなら明朗アカデミー 330 須知 良正 日本公文教育研究会 島田 利精 日本公文教育研究会 髙井 恵里香 日本公文教育研究会 3 東京都大田福祉工場の「ともに働く工場」(障害従業員も管理職を含む基幹労働者に)をめざす実践と課題 ○三澤 以知郎 社会福祉法人東京コロニー 東京都大田福祉工場 334 鶴田 雅英 社会福祉法人東京コロニー 東京都大田福祉工場 4 精神障害・発達障害者の雇用における配慮の推進 −地域障害者職業センターと障害者就労移行支援事業所との連携事例を中心に− ○石川 球子 障害者職業総合センター 338 布施 薫 障害者職業総合センター 第18分科会:キャリア形成、能力開発(2) 1 就労支援におけるプログラム提供に重要な視点 −求職者と就労者の比較から見えてきたこと− ○大川 浩子 NPO法人コミュネット楽創/北海道文教大学 342 本多 俊紀 NPO法人コミュネット楽創 熊本 浩之 NPO法人コミュネット楽創/就労移行支援事業所コンポステラ 山本 創 NPO法人コミュネット楽創/医療法人北仁会石橋病院 2 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第3期) その1 ○田村 みつよ 障害者職業総合センター 346 綿貫 登美子 障害者職業総合センター 永瀬 聡子 障害者職業総合センター 3 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第3期) その2 ○綿貫 登美子 障害者職業総合センター 350 田村 みつよ 障害者職業総合センター 4 働く知的障害者の職業生活・職務満足感に関する研究 〜知的障害者のQOLの向上、キャリア発達をめざして 竹居 寛信 静岡県立東部特別支援学校 354 【ポスター発表】 1 車椅子での小学校教諭への復帰に向けて −回復期から生活期の連携と支援体制− ○中島 音衣麻 社会医療法人春回会 長崎北病院 360 高橋 剛 社会医療法人春回会 長崎北病院 戸澤 明美 社会医療法人春回会 長崎北病院 大木田 治夫 社会医療法人春回会 長崎北病院 瀬戸 牧子 社会医療法人春回会 長崎北病院 2 就労支援+リハビリテーション医療の視点 実践報告 第2報 〜職場定着に向けた取組〜 ○宮本 昌寛 滋賀県立リハビリテーションセンター 364 城 貴志 NPO法人滋賀県社会就労事業振興センター 3 集団プログラムの変更で著変した事例検討 −高次脳機能障害者へのグループ訓練について− ○太田 令子 千葉県千葉リハビリテーションセンター 368 地挽 愛 千葉県千葉リハビリテーションセンター 阿部 里子 千葉県千葉リハビリテーションセンター 遠藤 晴見 千葉県千葉リハビリテーションセンター 勝山 亜賀紗 千葉県千葉リハビリテーションセンター 益山 祥治 千葉県千葉リハビリテーションセンター 浅野 倫子 千葉県千葉リハビリテーションセンター 4 就労未経験の視覚障害者の職業興味について ○石川 充英 東京都視覚障害者生活支援センター 370 山崎 智章 東京都視覚障害者生活支援センター 大石 史夫 東京都視覚障害者生活支援センター 濱 康寛 東京都視覚障害者生活支援センター 小原 美沙子 東京都視覚障害者生活支援センター 長岡 雄一 東京都視覚障害者生活支援センター 5 就労訓練の有無が依存症を呈する者の再発に及ぼす影響 ○井田 百合子 株式会社わくわくワーク大石 372 高畑 智弘 株式会社わくわくワーク大石 中西 桃子 株式会社わくわくワーク大石 川端 充 株式会社わくわくワーク大石 町田 好美 株式会社わくわくワーク大石 田中 勝行 株式会社わくわくワーク大石 野村 和孝 早稲田大学大学院人間科学研究科 大石 裕代 医療法人社団祐和会 大石クリニック 大石 雅之 医療法人社団祐和会 大石クリニック 6 障害者雇用・就労支援についての市職員意識調査の結果 〜宇部市障害者就労ワークステーション設置等への質問から〜 ○中野 加代子 宇部市健康福祉部 376 川崎 幸江 宇部市健康福祉部 徳田 泉 宇部市健康福祉部 7 障害者の雇用状況と就労支援機関の活用実績について −都道府県単位の指標を中心として− 鴇田 陽子 障害者職業総合センター 380 8 ILOにおける障害者雇用への取組み(ディーセントワークの視点から) 上村 俊一 国際労働機関駐日事務所 384 9 知的障害者の就労を目指した現場実習の取り組み 〜教員ジョブコーチによる職場環境設定の実際〜 ○宇川 浩之 高知大学教育学部附属特別支援学校 386 矢野川 祥典 高知大学教育学部附属特別支援学校 柳本 佳寿枝 高知大学教育学部附属特別支援学校 田中 誠 就実大学/就実短期大学 石山 貴章 就実大学/就実短期大学 10 知的障害者雇用事業所における業務内容と課題の分析 −高知県内事業所の就労状況に着目して− ○矢野川 祥典 高知大学教育学部附属特別支援学校 390 是永 かな子 高知大学 11 やってみせ・言って聞かせて・させてみて・褒めてやらねば 〜NPO法人美作自立支援センター 30年の実践〜 ○田中 誠 就実大学/就実短期大学 394 宇川 浩之 高知大学教育学部附属特別支援学校 矢野川 祥典 高知大学教育学部附属特別支援学校 石山 貴章 就実大学 薬師 浩司 有限会社ヤクシ/NPO法人美作自立支援センター 12 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける特性に応じた作業支援の検討(4) −疲労を軽減するための支援の取組− ○阿部 秀樹 障害者職業総合センター職業センター 396 加藤 ひと美 障害者職業総合センター職業センター 佐善 和江 障害者職業総合センター職業センター 渡辺 由美 障害者職業総合センター職業センター 13 発達障害者の非言語コミュニケーションに関する特性評価の試み その1 〜曖昧刺激を用いた検査課題と基準値の作成〜 ○武澤 友広 障害者職業総合センター 400 望月 葉子 障害者職業総合センター 知名 青子 障害者職業総合センター 向後 礼子 近畿大学 14 発達障害者の非言語コミュニケーションに関する特性評価の試み その2 〜感情語の快不快度及び経験頻度に基づく検討〜 ○望月 葉子 障害者職業総合センター 404 向後 礼子 近畿大学 武澤 友広 障害者職業総合センター 知名 青子 障害者職業総合センター 15 ワークサンプル幕張版改訂に向けた基礎調査(1) −広域・地域障害者職業センターの調査結果から− ○内田 典子 障害者職業総合センター 408 下條 今日子 障害者職業総合センター 森 誠一 障害者職業総合センター 加賀 信寬 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 白兼 俊貴 障害者職業総合センター 16 ワークサンプル幕張版改訂に向けた基礎調査(2) −関係機関に対する調査結果から− ○森 誠一 障害者職業総合センター 412 内田 典子 障害者職業総合センター 下條 今日子 障害者職業総合センター 加賀 信寬 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 白兼 俊貴 障害者職業総合センター 17 ワークサンプル幕張版の改訂・開発について その1 −ワークサンプル幕張版改訂に向けた基礎調査の結果を受けて− ○下條 今日子 障害者職業総合センター 416 内田 典子 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 加賀 信寛 障害者職業総合センター 森 誠一 障害者職業総合センター 白兼 俊貴 障害者職業総合センター 18 対人援助職の人材養成に関する先行研究の概観: 職リハ専門職養成への示唆 ○若林 功 昭和女子大学人間社会学部 420 白兼 俊貴 障害者職業総合センター 森 誠一 障害者職業総合センター 下條 今日子 障害者職業総合センター 【テーマ別パネルディスカッション】 Ⅰ 「精神障害者の雇用とその継続のために」 司会者:相澤 欽一 福島障害者職業センター 424 パネリスト:黒川 常治 ピア・サポーター 中川 正俊 田園調布学園大学 人間福祉学部/飯田橋光洋クリニック 他 丸物 正直 SMBCグリーンサービス株式会社 山地 圭子 障害者就業・生活支援センター オープナー Ⅱ 「発達障害者の雇用とその継続のために」 司会者:吉田 泰好 埼玉障害者職業センター 436 パネリスト:鈴木 慶太 株式会社Kaien 437 辻 庸介 大東コーポレートサービス株式会社 441 槌西 敏之 国立職業リハビリテーションセンター 448 特別講演 我が社の障害者雇用 〜職域拡大と支援の充実〜 株式会社いなげやウィング 管理運営部長(兼)事業推進部長 石川 誠 我が社の障害者雇用 〜職域拡大と支援の充実〜 株式会社いなげやウイング 石川 誠 以下の記事は、㈱リクルートワークス研究所発刊『Works』2011年8月号に掲載されたものです。私のプロフィールと障がい者雇用の取り組みの一端が紹介されています。今回の講演では以下の記事にあるように“魔法の言葉”を投げかけることは出来ませんが、障がい者雇用と定着支援に尽力されている皆様に“熱いエール”を送りたいと思っています。 言葉の魔法 ちょっとした一言が人を変える力を持つことがある。 迷ったときの道標になる言葉、ふと思い出して元気になれる言葉。 確かな成果を残したビジネスパーソンたちに、そんな言葉の魔法を聞いてみよう。 “じゃあまず、4%だね” 2010年の取締役会議で、障がい者雇用のための特例子会社設立を提案した際に、社長が言った言葉です。 4%というのは、そのとき盛り込んだいなげやグループの障がい者雇用率目標。この数字がいかに厳しいかは、1.8%の法定雇用率*でさえ企業の半数以上が未達成であることを見ても明らかです。でも日本には就労人口の4%相当の障がい者がいる。その数字にこだわることは「健全な社会の実現」を経営理念に掲げる当社にとって意味がある。そう考えた覚悟のうえでの提案でした。そんな目標は不可能だと判断される可能性もあったのです。ところが社長の口から出たのは「まず」という言葉。4%はあくまで第1ステップというメッセージでした。思ってもみない返答に驚きながらも、自分のなかにどんどん力がわいてくるのを感じました。プレッシャーよりも、この事業が期待されているということのほうがずしんと身にしみたのです。 特例子会社設立から約半年。計画を上回る勢いで雇用が進み、雇用率は2.5%から2.8%へと上昇しました。 正直、自分がここまで障がい者雇用にのめりこむとは思ってもいませんでした。9年前に厚生労働省の精神障害者雇用促進モデル事業に協力したのが始まりです。 彼らの誠実な仕事ぶり、その力を引き出すなかで「人財育成」の本質に目覚めていく上司、見る見る変わる職場のムード、事業終了後に当社での採用が決まった障がい者のご家族が喜ぶ姿を目の当たりにし、この「四方良し」の取り組みを支援していきたいと思ったのです。 私は典型的なサポータータイプで周りを引っ張るのはむしろ苦手です。それでも関わる人が次々と新たな課題へ水先案内してくれ、それに打ち込んでいるうちにいつの間にか特例子会社の設立まで来てしまった気がします。社長もその一人。冒頭の言葉からは、次の目標に向かっていく大きな力をもらったと思っています。 障がい者雇用率4%を目指して 特例子会社を立ち上げた人事本部リーダー 石川 誠氏 いなげや特例子会社 いなげやウィング 管理運営部長(兼)事業推進部長 Ishikawa Makoto 1985年いなげや入社。店舗勤務を経て1987年人事部、2000年人事部リーダーとなる。2002年厚生労働省の精神障害者雇用促進モデル事業への協力をきっかけに、店舗でも精神障がい者雇用は可能と確信。社内への働きかけ、人事制度の拡充などを通じて、リーダ就任当時は1.3%だった障がい者雇用率を2.5%に押し上げる。人事本部リーダー在籍中、特例子会社設立を社内提案し2010年10月より現職。設立後半年で雇用率を2.8%へと上昇させた。 パネルディスカッション 障害者の雇用とその継続のために 〜計画的な職域の拡大〜 【司会者】 佐藤 伸司 (兵庫障害者職業センター 所長) 【パネリスト】(五十音順) 岡田 道一 (株式会社ジーフット 人材開発部 チャレンジド採用担当) 白砂 祐幸 (株式会社アイエスエフネットハーモニー 常務取締役) 高野 英樹 (神戸公共職業安定所 雇用指導官) 土井 善子 (京都中小企業家同友会 障害者問題委員会 副委員長/有限会社思風都 取締役会長) 障害者の雇用とその継続のために 京都中小企業家同友会 障害者問題委員会 副委員長 有限会社思風都 取締役会長 土井 善子 我が社の紹介 レストラン 思風都 カフェ そら ドックサロン ワンダフル 京都の中小企業家の活動 経営団体の中での障害者の諸問題を考えた取り組み 京都の特性の中で なぜ中小企業が障害者雇用に取り組むのか 法定雇用率に関係なく雇用する必要性 地域との連携で生まれてくる取り組み レストラン あむりた(産・学・福) レストラン ソラシド(産・老健・限定地域) 今後の展望 新しい職域のために 口頭発表 第1部 市場競争力のある自立した会社をめざして 〜ベネッセビジネスメイト 清掃における品質向上と人材育成〜 ○佐藤 瑞枝(株式会社ベネッセビジネスメイト クリーンサービス課 課長) 阿部 一行(株式会社ベネッセビジネスメイト クリーンサービス課) 1 ベネッセビジネスメイトの概要 ベネッセビジネスメイトは、2005年に東京本社を設立し、現在9年目を迎えている。設立当初は、社内のメールサービス(郵便物などの仕分け、フロアへの配達集荷など)、クリーンサービス(館内清掃や廃棄物の分別など)、オフィスサービス(ICカード、消耗品の発注など)でスタートしたが、その後岡山への拠点拡大とともに、マッサージサービス、大量コピー・出力を行うOAセンター、ベネッセ・スター・ドーム(プラネタリウム)の運営などへ職域を拡大し、187人の社員が分野の異なる業務を行っている。うち、障がい者は122人で、知的障がい(64人)、精神障がい(24人)、身体障がい(34人)と障がい種別も多岐にわたる。 2 テーマ概要 弊社では設立時より知的障がいメンバーを中心に清掃業務を受託しており、経験とともに安定的に業務を進められるようになったが、さらなる効率化や業務拡大に向けて業務変革および人材育成方法の見直しに取り組んでいる。清掃方法そのものを見直すことでの効率化、社員の能力に合わせた業務分担や育成方法への転換を検討してきた。 その成果として、知的障がいメンバーでは難しいと考え外注していた定期清掃業務(定期的な床面の洗浄やワックスがけ等専門的な業務)の内製化など職域の拡大や新しい業務へのチャレンジにもつながっている。 表1 業務改善と人材育成目標の変遷 3 現在に至るまでの歩み クリーンサービス課の歩みは大きく二つのステージにわけられる。(表1参照) ステージ1(設立〜2009年)では、5年かけて日常清掃の安定遂行と業務拡大を行ってきた。ステージ2(2010年〜)では、市場競争力のあるプロフェッショナルな会社に成長するために様々な変革に取り組んできている。「業務改善」「人材育成」の二つの視点で各ステージを見ていく。 4 業務改善の動き (1)Stage1=業務安定遂行と業務拡大 最初は「受託業務を安定的に遂行すること」がテーマであり、決められた仕様をぬけもれなく実施することを目標として、指導員は手順を明確にした作業マニュアルを作成し、知的障がいメンバーの指導にあたった。例えば「便座は3回ふきあげる」というように具体的な回数を決めるなど、作業をできるだけ明確にすることで、メンバーが迷わず作業ができる工夫を行ってきた。業務分担としては、メンバーをフロアごとに割り振り、各フロアのトイレや階段の清掃、廃棄物回収をすべて一人のメンバーに任せていた。「このフロアは責任をもって自分がきれいにする」という責任感ができ、それがモチベーションアップにもつながり、業務も安定し、自立して業務を遂行できるようになった。また、繰り返し業務を続けていくことでスピードも上がり、給湯室の清掃や会議室のセッティングなどその他の業務まで拡大できるようになった。 一方、様々な業務を一人で対応する体制だったため、個人の能力や特性上の問題も出てきた。能力上難しい仕事があったり、苦手な作業に時間がかかるという効率が悪い面も出てきた。また、清掃の資機材の持ち方や力加減、床面へのあてかたの良し悪しなど、品質にも差が出てしまうという課題もあった。 (2)Stage2=業務変革による品質向上、効率化 マニュアル化、指導体制等が整い、メンバーも安定してきた中で、親会社からのさらなる効率化への期待もあり、新たなステージ(変革期)がスタートした。 ちょうどオフィスのフロアが通常の床からカーペットに改装される予定があったことも清掃方法の見直しにつながった。モップでふきあげる通常の床と比較して掃除機で行うカーペット清掃は1.2〜1.5倍のコストがかかるのが一般的であり、そのコストを抑えるためにも品質向上と生産性の両立が不可欠の状況でもあった。 まずは業務改革の考え方を以下のようにまとめ、方針を明確にした(図1参照)。 図1 業務改革の考え方 「汚れのメカニズムと正しい清掃方法を理解し、清掃業務仕様を明確にすること、それを実現できる人材育成を行うことで品質と生産性の両立とプロフェッショナルの仕事への脱皮をはかる」を重点ポイントと位置付けた。 ①正しい清掃方法の理解と業務仕様の明確化 まずはカーペットの汚れのメカニズムを知ることから始まった。カーペットが最も汚れる場所は、出入口6歩圏内で、それより奥は土砂が持ち込まれる量が少なくなるためあまり汚れない。また、多くの人が通るところは当然汚れやすいなど使用頻度によって度合いは異なる。このような状況を踏まえ、フロアを汚れるところ(重汚染エリア)とあまり汚れないところ(軽汚染エリア)に分けるゾーニングを行った(図2参照)。 図2 ゾーニングの考え方 また、従来の「すべてのフロアに1日1回モップをかける」といった「作業工数による仕様」から「ゾーンごとに清掃後にどういう状態をめざすのか」を決める「結果品質を保証する仕様」に変更し、清掃方法、清掃頻度などを見直した。これにより工数を削減しても品質維持できるという本来の効率化ができるようになった。また、日常清掃と外注していた定期清掃を融合して、効率的にかつ建材を傷めずにより長持ちさせるための清掃方法への変更も行った。 結果品質基準(目標)とその検証方法を明確にしたことも大きな変革である カーペットの汚れをフィルタの汚れ具合で計測を行い、目に見える形で品質の目標ラインを示すことで品質レベルをわかりやすくしている(図3参照)。 図3 品質基準と検証方法の明確化 ②新しい資機材の導入 仕様変更とあわせて清掃用資機材も積極的に入れ替えを行なった。旧式の糸モップからマイクロファイバーモップへ変更し、掃除機は障がい者でも使いやすいカーペット専用のものに入れ替えた。また、エレベーターホールや通路など広いスペース用の大型掃除機、執務室などに使う小型掃除機など建材やエリアの状況に合わせて使い分けることで生産性の向上と品質アップをはかった。 大型掃除機やスイーパー(枯れ葉はき)は決められたスピードで押すため個々人の能力によらず一定の品質を保つことができる。これらの資機材は障がいがあるメンバーにとって強い味方となり、「自分もいつかあの資機材を使えるようになりたい」というモチベーションにもつながっている。 ③清掃範囲・体制の変更 清掃の分担や体制も大きく変更した。従来フロアごとに担当を決めていたが、メンバーの力量に合わせて分割されたゾーンや資機材ごとの担当に変更した。一つの資機材を手にしたメンバーが上のフロアから下のフロアへと縦に動いていくようになり、業務の効率が大幅にあがったため、品質を向上させながらコストアップなしで新しいカーペット清掃を受託し、親会社にも貢献することができた。また、効率化で生み出した時間は、外注していた定期清掃の内製化など新たな業務領域へのチャレンジに有効活用できている。 5 人材育成 (1)人材育成の考え方 変革のもう一つの大きな柱に人材育成がある。設立当初は目の前の業務遂行が目標であり、そのための人材育成を行ってきた。しかし、現在は一人ひとりの特性や力量をしっかり見極め、それぞれの特性や能力に合わせて育成計画を作り、その計画に基づいて指導する形になっている。この基本的な考え方を2012年に「人事ポリシー」として文章化している(図4)。 図4 人事ポリシーと人材育成のステップ 一人ひとりの育成のプロセスでは「チャレンジシート」と呼ばれる目標管理シートを運用しており、年度はじめに設定した目標の達成度を半期ごとに上司と本人とで確認しながら、指導・評価を行っている。 (2)Stage1=採用〜安定業務遂行時期 設立時から知的障がいメンバーが安定的に業務遂行できるようになるまで、様々な取り組みを行ってきた。主な実行項目は以下の通りである。 ●業務のマニュアル化、見える化の推進 ●職場でのマナーやコミュニケーションスキルを学ぶ研修の実施 ●指導員の情報共有や現場のサポート事例の共有をはかる勉強会(ジョブサポート会)の実施 これらの取り組みにより「清掃の工数が多く覚えきれない」「自己流のやり方で進めてしまう」「業務中のお客様への対応ができない」など様々な問題が少しずつ解消され、しっかり手順を守れるようになり、品質も確保でき、お客様対応も安定してできるようになった。 この時期の育成方法は「作業別に会社が求める水準」を目標として「本人の現状レベル」と比較しながら指導・評価を行っていた。例えば目標は「トイレットペーパーの三角折りができる」「階段のふき残しがない」といった作業を自立して安定的に行える状態としてそれをクリアできるように指導してきた。 ただし、実際には個々の能力に差があり、全員を均一の目標で指導・評価することは非常に難しく、頑張っている人や成長している人を評価できないこと、メンバーのレベルに合わせた目標設定ができていないことが課題として残っていた。 (3)Stage2=特性に合わせたキャリアアップの時期 業務変革を実現していく上で、新しい業務を実践できる人材の育成も不可欠になってきた。業務変革に合わせて、画一的な業務ではなく、資機材を使いこなして高品質な仕事ができ、プロフェッショナルとして認められる人材育成をめざした。 図5 資機材研修・技術共有研修 重点テーマを以下のように決め、個々の特性を見極めながら、少しストレッチした目標を設定した育成計画を作り、指導を行っている。 ●清掃方法の知識やスキルを習得する(図5) ●新しい資機材が使えるようになる ●新しい分野、技術にチャレンジする このような取り組みの中、現在は新しい資機材を使って定期清掃にチャレンジするメンバー、早朝のシフトに入るなど仕事の幅を広げるメンバー、いろいろなパターンの業務はできないが得意な仕事の量を増やすことを目標とするメンバーなど、今までのように皆が均一の目標で努力するのではなく、一人ひとりがそれぞれの目標を持ち、その達成に努力する形になっている。また、外部研修への参加やアビリンピック出場など、多方面でチャレンジしていく風土もできてきている。また、これらの個々人の努力の程度や成長の幅をしっかり評価できる制度も導入しており、さらなるモチベーションアップを図っていきたいと思っている。そしてメンバーだけでなく、育成を担当する指導員自身も2号ジョブコーチやビルクリーニング技能士の資格取得をめざし、清掃と指導のプロをめざして動き出している。 6 まとめ 弊社は特例子会社として障がい者を雇用しながら市場競争力のある自立した会社を目指している。それは本当に可能なのだろうか。答えはイエスである。業務の改善と人材育成の工夫を確実に実現していければ、品質・コストともに競争力を持つことができるのではないだろうか。障がいがあっても一人ひとりの特性を最大限に生かすことができれば、十分な戦力となれるし、プロフェッショナルな組織集団になれると考えている。 個々の力量を最初から「できないだろう」と決めつけずに、チャレンジさせてみる、そしてどこまでできるかを確認することが大事である。私たちは「障がいがあっても高いポテンシャルをもった人がたくさんいる」ということを今目のあたりにしている。当初、「危ないから」とか「きっと無理だろう」と思っていた定期清掃も、今では10人(知的障がいメンバーの半数)ができるようになっている(図6)。近い将来、専門性を身につけたメンバーが、後輩やチームをリードしていける存在に成長していることだろう。これからも社員一人ひとりと向き合って、成長し続ける会社でありたいと考えている。 図6 定期清掃実践 障がい種別の違う者同士がお互い理解しあい、働き続けられる企業の取り組み ○岩﨑 美恵子(株式会社トリニティアーツ 人事企画室障がい者採用・定着担当) 清水 敬樹 (株式会社トリニティアーツ 人事企画室 室長) 1 はじめに 株式会社トリニティアーツは、婦人服、紳士服、子供服及び雑貨の企画、製造、販売。アクセサリー及び皮製品の製造、販売を行っている。本社は東京都千代田区丸の内。群馬県佐波郡玉村町に物流センター・玉村事務センター、福岡県福岡市に福岡事務センターがある。2013年8月末で店舗数236店舗、従業員数は2013年8月末で2,293人。 前身の株式会社スタジオクリップとして、1982年5月に設立。2006年12月の第二創業から5年余りで事業が拡大し従業員数が増え、障がい者雇用の必要性が生じた。そこで障がいのある方にできる業務を本部で検討し、群馬県佐波郡玉村町の物流センターで雇用をすることを決定。 そして、当センターのある管轄内のハローワークに相談し、雇用制度や雇用までのご指導を受けて求人を出すことになった。その際、障害者就業・生活支援センターを紹介され、見学会→実習→面接をおこなった。 そして、2010年9月より物流センターで3名(身体)、事務作業が適していると思った2名(身体)は、事務センターで同年10月から採用となった。 それから3年が経ち、今年2013年9月には身体障害者21名、知的障害者9名、精神障害者21名、計53名の雇用者数になった。はじめは企業義務としての雇用だったが、今は個々に合った作業内容で会社の戦力として活躍していただいている。障がいがある方もない方も、みんなが責任を持って業務に取り組み、誰でも意見が言える「風通しの良い自由でオープンな社風」で、トリニティアーツを創り上げている。 2 テーマの概要 ① 仕事は時間が経過すれば、ほとんど全員ができるようになり効率も上がってくる。が、会社に慣れてくると、人間関係の問題がたくさん出てくる。同じ事を何度言ってもわかってくれない。話ししていても会話にならない。あんなことこんなことを言われた。自分と違う障がいがある人がわからないetc。性格も確かにあるが、障がい特性からの問題がたくさんある。障がい種別の違う同士がお互いに理解しあえ、良好な関係を保ちスムーズに業務を進めたい。 ② 障がいがある方もない方も共に協力し合い、仕事を続けられる環境を企業が整えることが大切である。弊社が今、できることをできるところか実行し、やりがいもって働き続けてほしい。 3 トリニティアーツが取り組んでいること (1)物流センターの取り組み 物流センターの業務内容と内訳 2012年11月から急激に増員した物流センターのピッキング、22名の作業グループに群馬障害者職業センターの職業カウンセラーとジョブコーチに支援に入っていただいた。特に関わり方が難しかった2名に個人支援をお願いし、他の障がいのあるスタッフの様子もみていただいた。また、障がい者雇用に不安がある事業所支援として、責任者と担当スタッフに対応の指導や事業所の課題を指摘していただく。そして、具体的解決策のアドバイスで成果も出すことができ、落ち着いて働き続けられている。 職業センターの支援 ① 個人的に2名の方にジョブコーチ支援 ・Aさん知的軽度・重度判定→作業面・対人面 ・Bさん精神2級 持続性気分障害→作業面・対人面・体調管理 ② 事業主支援として、雇用管理体制に係る支援 ○作業面は問題なく、単純化・構造化ができた。 ○事業所の指針(職場のルール)の伝達→目標の明確化 ・文章化し配布。事業所が求める具体的な人物像を明確に伝えた。 ○日報の活用→目標管理および指針の意識強化 ・面談をする際フィードバックが容易になる。 ・個人のライフステージの目標が立て易く、把握し易い。 ○組織・役割の明確化→優秀な人材の留保と育成 ・担当者・リーダーの役割をはっきりさせることでリーダーの負担の軽減。 ・健常者チームと同じサブリーダーを創出し、メンバーのやる気に答える。 結果 精神の方が多い為、始めは早退遅刻者が多かった。上記を実行したことで早退者の減少。 メンバーの協力性の向上ができた。 ジョブコーチのご指導は今もそのまま活用している。担当者スタッフは、「日報」に週1回目を通し一人ひとりに暖かい言葉を添えている。 支援終了時にアドバイスをしていただいた、年間で四半期ごとに「作業上の評価」を5段階評価でチェック項目に自己評価をし、担当スタッフが一人ひとりと面談を行っている。 22名を三つにグループ分けし、各グループにリーダーとサブリーダー1名ずつ配置している。毎日の業務はリーダーを中心に進んでいる。新しく入社した方には始めは担当スタッフが作業・社内ルールを指導するが、ある程度伝えられると、適したグループに入れ、リーダーに任せる。リーダーは3名とも後天性の身体障害者で、職歴も人生経験も豊富なので、メンバーもみんな信頼している。時々体調不良を言う精神の方へのアドバイスは、担当スタッフよりリーダーが言うほうが効果ある時もある。サブリーダーは精神2名、知的1名。リーダー・サブリーダーには負担分時給設定をしている。 メンバーの作業は基本に忠実、スピードは少しゆっくりかもしれないがミスがなく評価は高い。一人でなくみんなで業務をこなす「連帯意識」が「質の良い作業」になっているし、頑張れている。 また、「リーダーミーティング」を月1回行っている。リーダーはメンバーをまとめることに一生懸命すぎてストレスを訴えた。そこで、リーダーには作業がスムーズに運ぶことを主に見るようにお願いした。その他の体調や家庭のことなどは責任者、担当スタッフに伝える連絡役をしてもらうことにした。 物流センターのピッキング作業 (2)事務センターの取り組み 事務センターの業務内容と内訳 2010年10月から障害がある方の雇用を始め、出店が増え作業量が増えるごとに徐々に雇用してきた。今年2013年9月には14名になる。当センターも責任者が障がいのある2名をリーダーに抜擢し、二つのグループをつくっている。常にリーダー中心に仕事を進める方法を取り入れ、新規採用の方の指導もリーダーが行う。 仕事上で問題が発生したときは、リーダーを中心に随時ミーティングを行っている。このように「任せる」ということは、障がいがあるなし関係なく、仕事のやりがいになっていると思う。が、反面プレッシャーにもなると思うので、責任者や担当スタッフがフォローに入る。 リーダー2名は後天性の身体障害者で、入社1年半で正社員になった方と入社2年9ヶ月で契約社員になった方。他の従業員(障がい関係ない)にも登用している。誰もがスキルアップ・キャリアアップができる仕組みを作っている。 玉村事務センターオフィス (3)その他の取り組み ① 2012年10月より本社に障がい者雇用推進委員会を結成した。メンバーは役員、経理、人事、総務、物流から抜擢。目的は「法律で義務付けられている障がい者雇用を推進し、法定雇用者数を充足し、企業の責任を果たす。」こと。 ・月の法定雇用者数、実際の雇用者数報告 ・翌月からの増員進捗と見通し(雇用シミュレーション作成) ・障害別作業の切り出し ・雇用制度について ・現在雇用している方たちの情報共有 ・今後の社内での取り組みや計画 ・職場定着について ・支援関係機関との連携について ・雇用制度について など、いろいろな課題・わからないことを担当メンバーが調べて、発表しあう。月1回開催。 ② 今年2013年7月より送迎バスを用意した。バス会社からレンタルをしている。公共交通機関の便が悪く、電車の駅からバスがない。自家用車の運転免許証がない方は、長時間自転車で通勤し、天候や出退勤時の交通量の多さで危険。また、最近事務センターの雇用者数が多くなり、センター前の駐車場に置ききれなくなり、離れたところに駐車場を借りた。が、下肢障害の人がいたり、交通量が多いため、安全に通勤していただけるように送迎バスを利用してもらっている。また、時々本社から出張の従業員がタクシー代わりに利用してもらい、経費削減の役割もある。 ③ 物流センターと玉村事務センターに今年9月より、外部から心理カウンセラーに来ていただくことになった(精神保健福祉・心理士)。責任者や担当スタッフは普段から様子の変化を見たり、相談されたりしているが、会社の者なので、言いづらいこともあると思う。社外の方に来てもらい、対応してもらうことにした。精神の方は医療機関、就業・生活支援センター、保健センターなどに、自ら相談できている方が多い。しかし、知的と身体の方は支援機関とも接点なく、相談に慣れてなれていないので、ストレスを溜めている方も多い。カウンセリングを受けるというより、「健康診断を受ける」というように順番が来たら必ず受けてもらう。カウンセラーには月に2回来ていただき、一人30分程度で、一人の人が3ヶ月に1回の頻度で受けられるようにしたい。特別希望があれば予約相談したり、責任者や担当スタッフも相談可能。話の内容は基本、会社に報告しない約束だが、カウンセラーの判断で会社に知ってもらった方が良いことは、本人の了解を得て伝えていただく。決まった議題もなく自由に話す。まだ始まったばかりなので、様子を見て行く。 また、福岡事務センターでは問題があるのに相談できる支援者がいなかった。弊社から障害者就業・生活支援センターに連絡をし、支援をいただけるようになった。今後は心理カウンセラーの支援を考えている。 ④ 弊社は、今年9月1日より経営統合があり、㈱アダストリアホールディングスという大きなグループ会社になり、グループ全体で雇用を拡大していく。特例子会社の設立も実現させる計画がある。トリニティアーツ物流センターと玉村事務センターをモデルとして進めて行き、更にできることや改善すること、その都度工夫していく。 ⑤ 関係機関と常に連絡を取り合って、情報共有をしている。基本、問題や相談は、担当スタッフが本人の話をよく聞く。直ぐに解決できることは社内で対応。しかし、会社だけでは解決できない問題は支援機関や特別支援学校と一緒に対応している。事によっては支援者に立会人役になってもらう必要な時もある。時には対応に頭を抱えた担当スタッフのストレスを軽減してくれる。また、家族や他の支援機関への連絡をとっていただく。(家族とは直接連絡を取り合うこともある。)このように関わりを持つことで、みんなの信頼関係が深まる。 4 考察 さまざまな障がいや病気をもたれている方が弊社に見学や実習に来てくれる。この時に、紹介機関から障害種別や特徴、配慮が必要なことを伺っている。多少なりとも障がいのことを知っておくとわかりやすいので、事業所の責任者と担当スタッフは基本的な障がいを把握しておくことが大事。だが、基本的な障がい情報にこだわりすぎずに、個性と思い冷静に受け入れる。障がいがあっても病気があっても、一生懸命働きたいと気持ちは大切にしてあげたい。ただ、気持ちがあっても業務のマッチングと最低限必要な常識や社会のルールが理解でき、協調性がなければ大変なことになる。協調性と言っても、一緒に働く皆さんと会話ができなくても話が苦手でも、「挨拶と返事、時間を守ること」ができればよい。休憩をみんなから離れて過ごしても。仕事の時間を皆さんと共有できれば問題はない。誰でも得意不得意がある。そこを「思いやり」をもってわかりあいたい。 弊社に入社したことによって、なんでも良いからプラスになってほしい。4時間以上働ける体力がついた。休まず出勤できるようになった。社会で働く自信が持てた。話し相手ができた。生活が安定したなど何でも良い。 時にはトラブルや失敗もがあるかもしれないが、障害者職業センター、ハローワーク、障害者就業・生活支援センター、特別支援学校、就労移行事業所などたくさんの方々の応援をいただきながら、長く働き続けてほしい。責任者、担当スタッフはいつも冷静な判断で平等な対応、いざという時のまとめ役、社内の一番の理解者でありたいと思う。 まだまだ、弊社の障がい者雇用は始まったばかりで、不安も課題もたくさんある。今働いている障がいがある全スタッフが職場定着し勤務3年以上となるのを目指したい。 これからも、仕事の意欲が高まるようなシステムを作っていき、更に働きやすいように企業努力を続けて行く。 最後に弊社の【障がい者雇用の重要点】は ① 優秀な人材を育てる。 ② 作業を分析し、雇用機会を作る。 ③ 障がいがある方が働きたいと思えるような会社にする。 以上、「㈱トリニティアーツ障がい者雇用推進委員会」より 国立がん研究センター東病院での知的障がい者雇用の取り組み −医療関連業務に従事する当事者の所見と一考察− ○長澤 京子((独)国立がん研究センター東病院 ジョブコーチリーダー/障害者職業生活相談員) 荒木 紀近・芝岡 亜衣子・佐々木 貴春・山添 知樹((独)国立がん研究センター東病院) 1 はじめに 国立がん研究センター東病院(千葉県・柏市)では、平成23年度より、新しい職域の開拓等を理念に掲げ、知的障がい者が医療関連業務に従事する取り組みを、探求・実践してきた。医療関連業務とは、医療専門職の職務のうち、点滴台の点検や注射針の切り離し等、専門職でなくとも担当できるものである。こうした代行業務は、医療専門職の負担軽減を前提とし、サービス向上にも繋がることから、感謝され、当事者の地位が確立でき、やりがいとプライドも育むことができる。 現在、医療機関での障がい者雇用は困難とされ、除外率が認められている。これまで、医療機関での知的障がい者雇用は、他業種と同様、清掃業務が主流であったが、医療機関の環境に即しているとはいえず、従来型での雇用促進には限界がある。各労働局や高障機構との交流もあり、情報発信・交換する機会が増加した結果、以前と比較して、医療機関には障がい者に適した未開拓の職域が多く存在することは流布した。 しかしながら、医療機関での障がい者雇用は難しい、との声は後を絶たず、当院の取り組みへも陸続と照会がある。見学し当事者の所見を耳にした者が不安を払拭できる側面もある。イメージ先行で語るだけでなく、多角的な視点で情報を整理し、その困難さに対処できる研究が望まれている。 こうした現状を踏まえた上で、本稿では、医療機関にて医療関連業務という医療機関特有の業務に従事する当事者の所見から、医療機関での障がい者雇用の課題や可能性を探ることを試みた。困難とされる医療機関での障がい者雇用に不可欠な、当事者のスキル等を考察してみたい。 なお、本稿では、障がい者を、統一言語化するため、意味の通るかぎり「当事者」と表記する。 2 当事者の所見 本項目は、当事者との意見交換を通して得られた所見を、紙面の都合上、抜粋し、一部を概要として報告するものである。 当院のような医療機関を構成する職種は様々であるが、全ての職種が必要だから存在している。医師・看護師だけで医療機関の運営は成り立たない。白衣を洗濯する者、入院食を調理する者、病室を清掃する者がいなければ、患者が困る。同様に、当事者が携わる医療関連業務も、間接的にではあるが患者の治療に欠かせないものである。転じて、当事者も、当院には、無くてはならない存在なのである。 上記のようなことが認識されると、仕事への取り組み姿勢に変化が生じた。以前は、ただ与えられた業務をこなすことが仕事だと捉えていたが、そうではない。医療関連業務が誰に関わる業務か想像すれば、業務ごとの手洗いや納品管理表の数字記入の確かめ算は、当たり前のこととなる。 医療機関では、納品等の導線上、患者と接する機会が多い。患者の中には、体調のすぐれない・体力が消耗した者もいる。特に、エレベータや廊下の角では注意力を集中させて、患者の所作に合わせた扉の開閉を心がける・ぶつからないよう徐行する・待つ必要がある。また、医療機関には、余剰な在庫がない場合が多い。例えば、点滴台の点検は、患者が全てを使用していると在庫がなく業務ができない。注射針等の医療消耗品は余剰にはないため、受取をしたら必ず納品する必要がある。医療消耗品を納品しなければ医療専門職が使用できず、患者の治療が成立しない。 無くてはならない存在であることで、自分の価値や居場所を感じられる。反面、相応の責任も伴うと知った。他職員が一人ひとり自立し仕事に責任をもつように、当事者も職業的自立を目指す。責任ある仕事を担当することで、やりがいを感じることができた分、真剣に取り組まなければいけない。ジョブコーチの長期旅行の際も、誰も見に来なかったが、自分たちだけで自立して業務を遂行できた。仕事上の選択で迷った時は、よくよく考え患者を思うと、どの道を進めば正解になるかが、そう難しいことではなくなるのである。 3 考察 医療機関での障がい者雇用が特異的に扱われる事由は多様に考えられるが、障がい者雇用上の医療機関と他企業との根本的相違は、患者の存在であろう。医療機関という環境には、慈愛に満ちた温かさ、とともに、命を預かる現場としての凛とした厳しさがある。医療機関では、当事者も他職員と同様、患者に配慮することが必然である。養護される立場から(合理的配慮を受けながら)配慮する側にまわることが、医療機関で就労する当事者には求められる。 意見交換の結果、当院で医療関連業務に従事する当事者は共通して「患者さんのために」という意識をもつことが確認できた。また、紙面の都合で比較を表記できないが、意識付けされた後の仕事に対する姿勢に変化が生じたことも分かった。 医療関連業務は、患者の存在を意識しやすい。患者のために納品する、患者のためにゆっくり歩く、患者のために清潔にする、というように、患者のため、という医療機関本来の目的が理解できれば、当事者は、安全や衛生を当然のこととして認識でき、責任感も芽生える。携わる業務がどこからきて誰に繋がっているのか、連携した組織の一部に、当事者が立ち位置を見出し自覚をもつことが重要である。 語弊を恐れずに述べると、医療機関での障がい者雇用が困難であるからといって、成績が一番優秀な生徒が就労すればよいわけでもない。むしろ、いかに「患者さんのために」働けるか、患者の立場になれるか、といった、他者への思いやりのある者が即戦力となる。障がいの有る無しに関わらず、医療機関の職員には「患者さんのために」という意識が必要不可欠であるからである。 困難とされる医療機関での障がい者雇用に取り組むには、沢山の障壁が想定されるのかもしれないが、当事者の所見から考察すると、前提として「患者さんのために」というキーワードが浮かびあがる。他者への興味関心、想像力こそ、医療機関で就労する当事者に求められるスキルではないだろうか。 なお、本稿は、知的障がい者である当事者との意見交換に想像以上に時間を要したため、全体像を深く掘り下げられていないことは否めないが、試みとして意義があると思われる。また、当事者との共同研究という性質・所見という手法上、主観等の妥当性に課題が残り、再検証の余地がある。 4 おわりに 医療機関を含めた障がい者雇用の方策は、障がい・障がい者の多様性や雇用環境の風土に適合するものを目指すと、組織ごとに独特なものとなる。一方で、同業種間に共通する、障がい者雇用の促進因子や阻害因子が存在することも推測できる。 仮定として、事例等から各因子を抽出・検証した上で分析した結果を基に、医療機関に共通する障がい者雇用促進に効果的なツールが開発されれば、就労希望の障がい者と雇用側の医療機関とのミスマッチが解消されると考えられる。機会があれば挑戦してみたいものの一つである。 医療機関は産業の少ない地域にも存在するため、医療機関での障がい者雇用促進は、障がい者雇用全体の底上げにもつながる。また、諸外国から日本の福祉施策動向が注目される昨今、ツールが一社会モデルとして他国に伝搬すれば、多くの障がい者雇用の機会を創出することになるだろう。 医療機関での障がい者雇用促進には、事例の充実が欠かせないが、具現化された多角的な情報が極めて少ないのが現状である。取り組みを、当事者の所見という形で研究・発表することで、潮流の一端となり、社会に貢献できれば、幸いである。 【連絡先】 長澤 京子 独立行政法人 国立がん研究センター東病院 〒277-8577 千葉県柏市柏の葉6−5−1 TEL:04-7133-1111(代表) PHS:91440 E-mail:kynagasa@east.ncc.go.jp http://www.ncc.go.jp/jp/ncce/division/shogaishakoyo.html コンビニエンスストアでの障害者雇用 〜1店舗で行っている障害者雇用の取組み〜 岩本 隆(有限会社エムシーエス 障害者雇用担当) 1 はじめに 日本のコンビニ数は約49,000店舗(2013年1月時点)、一時は飽和状態と言われていた店舗数だが、現在も増え続け大手コンビニのセブンイレブン、ファミリーマート(以下「ファミマ」という。)は1,500店舗、ローソンは1,000店舗を今年の新規店舗開拓目標に掲げ、すでに全国で50,000店舗を超えている状況である。全国のコンビニで障害者雇用をされている店舗まで把握はできないが、近隣エリアのファミマでは、鳥取県米子市(ファミマ23店舗)で1店舗(当店舗を除く)、鳥取市(ファミマ30店舗)で2店舗、島根県松江市(ファミマ24店舗)で2店舗、各店舗で1名ずつの雇用の現状である。全国のコンビニ各店舗で1名または2名の障害者雇用を実現できれば、これだけ多くの店舗を全国各地に広げている事業は他にはなく、障害者雇用の大きな可能性を秘めていると考えられる。 当社では、平成19年(2007年)10月にコンビニを1店舗立ち上げ、同時に障害者雇用を進めていき、平成24年4月にはコンビニ1店舗で最大6名の障害者雇用を実現した。コンビニは24時間営業がほとんどだが、夜勤帯(0時~6時)では1人での業務になるので、その時間帯に障害者の方に働いてもらうことはしていない。現状では早朝6時から、深夜24時までの間に勤務して頂いている。今回、夜勤帯を含む全スタッフの稼動時間と障害者勤務時間の割合を検証。また、障害者の役割を含む一般的な総稼動時間数と障害者雇用との比較検証も行い報告する。 2 経過 平成19年(2007年)10月、精神障害者3名(いずれも女性)の雇用を開始。週20時間、週30時間を期待し取組んだが、期待とは裏腹の状況もあり、週30時間を期待していた方(A氏)は、家庭の事情で思っていた以上に休みが多くなった。マニュアルを覚えるのに時間がかかった方(B氏)については、1人前になるまでの時間はかかったが、店舗から自宅までの距離が近かったこともあり、緊急事態(スタッフの休みなどで人が足らない場合)の際は、一度自宅に帰り、夕食の準備をされてからもう一度シフトに入ってもらうこともあるほど、精神的にも落ち着いておられ、店側も助けられた。一番マニュアルののみ込みが早かったC氏については、頼れる存在でもあったが、その当時は休まれることが多く、当てにできないことも度々あった。この時、障害者の稼動率は平成19年12月〜平成21年(2009年)4月までの平均は全体のうち約19.5%だった。 店舗立ち上げから約1年半後、精神障害者1名(男性D氏)を雇用する。週30時間以上の勤務をしてもらう予定で取り組み、B氏と同じように1人前になるまでに多少時間はかかったが、休まれることもなく順調に進めていくことができた。平成21年5月〜平成23年(2011年)10月までの障害者平均稼働率は23.2%。 平成23年11月に精神障害者(男性E氏)を雇用。この時、夕方から夜にかけてシフトに入ってもらえる人材が欲しく、一般求人でもなかなか人員確保ができなかったこともあり、障害者求人を出したところ、店舗近くに住んでいるE氏が応募され採用に至った。平成23年11月〜平成24年3月までの障害者平均稼働率は31.1%。 平成24年(2012年)4月に初めて身体(聴覚)障害の方(F氏)を雇用。身体(聴覚)障害の方をコンビニで雇用(お客様との対応)というリスクも考えたが、E氏を採用した際の面接に参加され、良い笑顔をしておられたことが非常に印象的であったことが採用のきっかけになった。E氏の採用と同時にしなかったのは、本人の都合もあったが、雇用する側の体制も整えておく必要があると考えた結果、半年後の4月からの雇用としたのである。まず“働きたい”と思った本人も、コンビニという接客業の中で働く経験は初めてで、その不安も大きく、雇用前に実習で体験してもらうことを提案する。その時から手話通訳のできる方にも一時的に入ってもらい、店のスタッフとして必要な知識を少しずつ習得して頂いた。その実習を踏まえ、F氏はあらためて“働く”ことを決意され、雇用へと結びついていったのである。平成24年4月から平成24年8月までの平均稼働率は37.1%。平成24年9月から平成25年(2013年)8月までの障害者平均稼働率は36.3%。 3 身体(聴覚)障害者雇用の取組みから (1)聞き取り F氏へ、1年を振り返り幾つか質問形式での聞き取りを行った。 質問①【昨年4月から仕事を始めてから現在の気持ちを教えて下さい】 <1年前>今までコンビニ勤務経験がなかったので、不安がいっぱいだった。他のスタッフともなかなか馴染めなかった。<現在>少しずつ慣れてはきましたが、出勤する度に緊張する。 質問②【この1年で成長したと思うことはありますか?】 ノーコメント 質問③【1日の勤務時間5時間はどうですか?】 5時間で十分ですが、6時間でも大丈夫です。それ以上は無理。 質問④【聴覚の障害があることで、今までに困ったことや悩んだことなどありますか?】 お客様が後ろ側から声をかけられて(棚越しに)いるのに気が付かず、怒られてしまった。他のスタッフがフォローしてくれて何とか理解してくれたが、未だに少し気になる。 質問⑤【これまでに行った業務】 品出し、清掃(床、店頭、トイレ)、レジでの袋詰め、フライヤー、商品前出し、返本、検品、発注 質問⑥【今後、発注の種類が増えるとしたら何の発注がしたいか?】 今までしたことのないものなら何でもOK。 質問⑦【レジの補佐に入られることがあるが、メインでレジを打つのはどうか?】 計算が苦手。金額とかを指文字(手話)を使わないと上手く伝えられないと思う。発音に自信がない。恥ずかしいのもある。1人では無理だと思う。 (2)聞き取り・通常業務から見えたこと 現在は手話のできるスタッフはいないが、いつも同じ時間帯に勤務するスタッフは、不慣れな手つきの手話を交えながら、F氏との業務の連携をとっている。また、F氏は口話がかなりできたことも、周りのスタッフからすれば、F氏に対応する面でも助かった要因のひとつである。 質問の中には、現在も仕事をする時には緊張しているということがあったが、自分が気付かないところで声をかけられているかもしれないといった不安があり、常に緊張するといった状況がある様子。しかし、不安ばかりではなく、前向きな面もあり、「終わりの時間は遅くはなりたくないが、今より1時間の延長はしてもいい」ことや、発注も「これまでやってきたもの以外のものをやってみたい」という気持ちもあることがわかった。F氏のこれまで働いた経験以外の居場所を自ら切り開いておられるのも本人の努力があったからである。特にF氏は細かな点への“気付き”ができ、その気付きや正確さも一般のスタッフも見習わないといけないと思う部分も少なくない。F氏に任せている業務は、レジ接客以外1人前として働いてもらっているので、たまに急な休みをされることがあると、他のスタッフの仕事量は当然増えてしまう状況でもある。 今回、F氏の雇用については、今までになかった取組みでもあったため、当初は手探りで進めていき、お客様への対応としては、本人の了解を得て、聴覚の障害があるというネーム下への表示、聴覚障害のある人がスタッフとして働いているという店頭への掲示物などサービス業としてのリスクにならないよう留意した。 4 障害者勤務稼働率(図1) 経過でも示したように、平均稼働率は障害者雇用人数を増やす度に当然上がる傾向を示している。 障害者勤務稼働率は、最低で平成22年1月に17.0%。この時、すでにD氏も雇用していたが、C氏の欠勤が関係した結果である。期間平均を見れば障害者雇用人数が増えた年月から平均値も上がっていることがよくわかる。後にも出てくるが、平成24年9月から平均値が下っていることについては、A氏の退職による結果である。ただし、一概に言えないこともある。A氏が退職された後から39.0〜40.0%の勤務稼動率が見られ、これについてはE氏・F氏は雇用当初、週20時間の勤務だったが、業務に慣れるに従い、その勤務時間数も徐々に増えていき、E氏については週20〜25時間、F氏については週25〜35時間の幅で勤務して頂いている状況、また現在、B氏週25時間前後、C氏週40時間、D氏週35時間程度という状況も合わせ、このような結果を表していると言える。障害者雇用は5名になったが、それぞれの役割を個々が把握して行えている現状は、一番良い形となっているように感じる。 図1 障害者の勤務稼働率 働く時間帯によっては、多少業務内容に変化はあるが、基本的にする内容は変わらない。F氏がレジ接客を単独でしないだけで、他の全スタッフがどの業務もこなしている。また、ファミリーマートでは働くスタッフに対して認定試験(初級、中級、上級)があり、当然当店舗でも障害者の方に受けてもらっている。A氏、B氏、D氏については初級、C氏は中級を合格しており、現在はE氏の初級試験を検討中である。 図2 H25.7のシフト表 図2は、平成25年7月のある週のシフト表である。B氏、D氏は日中勤務、C氏、E氏、F氏は夕方から深夜の勤務とほぼ固定した勤務となっているが、状況・時間帯によっては障害者の方々だけで進めている場合もある。障害者勤務稼働率は夜勤帯も含めての数値になっており、夜勤帯(0時〜6時)までを含めずに数値を表せば、もっと高い勤務稼働率が示される。 図3は、全スタッフの24時間延勤務時間数を表したグラフである。ファミリーマートが理想とする勤務時間数は店長・マネージャーを含め60時間以内だと言われる(1日の客数が900人程度の店舗)。当店に関しては、その平均は61.0時間と理想より高い。ただし、図1と図3の比較をしてみると、障害者雇用人数が増えることによって全スタッフの延人数が増える傾向も考えられるが、このグラフを比較してもそういった傾向は見られず、ここ最近は大きな幅の増加も見られず比較的落ち着いているのがわかる。 図3 24時間延勤務時間数(スタッフ全体) 5 結果・考察 障害者雇用の人数が増えれば、当然その稼働率は増える。しかし、その人数が増えればリスクもそれなりに増える。特に精神障害の方は、当然といっていいほど精神的にも波がある。障害者雇用を進めていった中で昨年(H24)初めて残念な結果があった。昨年8月、5年近く働かれたA氏が退職。辞めようと決められた本心は未だに明かされないままだが、5年近くの間に何度か「辞めようかな」ということを口走ってしまうことが何度かあったのも事実である。ただ、それまでの経過では辞める決断までには至らず、勤務を続けてきたのも事実で、A氏がそれまでよく話を聞いてもらい、頼りにしていた上司がその数ヶ月前に辞められたことが原因のひとつでもあると感じられた。引き留めることのほうがその人を苦しめることにもなる可能性もあり、その時のA氏の“辞める”という気持ちは固く、店側としては続けてもらいたかったが、結果、やめる決心を尊重した。しかし、その後A氏は一度福祉サービスを経由されたが、一般就労へと新たな道を自身で歩んでおられることを考えると、その選択はよかったのかもしれない。 また、A氏以外の方(B氏、C氏、E氏)も今までに辞めたいという気持ちになったことがあるのも事実である。辞めようと思い、辞めることを口に出しても、本当に辞めるか辞めないかは紙一重で、対応するほうも「辞めてしまわれるかもしれない」「何とか止めよう」という一方、本当にその方のために「辞めるほうがいいのかもしれない」ということも考え、葛藤する場合もある。直接、相談される場合には、すぐに結論を出さないようにし、精神障害の方の場合、病状的なことの可能性も考えるので、主治医への相談を促す場合もある。ただ、これまでそういった相談から緊急性のある治療という形で進んだケースはない。精神障害の方と仕事を通じ、その中で生活面の相談を受け、対話を通じて感じることがある。それは、その方の病状より、その方の生活背景と性格をよく知ることが、仕事を継続していく上では非常に重要だということである。もちろん、根本的に病状や症状も知っておかなければならないが、仕事をする上で、その人の生活と性格を十分に理解しておくことが、仕事を順調に進めていくうえでとても重要なことでもある。“辞めたい”と思ってしまった時の対応として、なぜ“辞めたい”と思ったのか、その人の性格や背景となる生活を理解しておくことが、その対応をする上で重要な鍵になるのである。 精神障害の方が“働くことはリカバリー1)のプロセス”という香田氏は「働くことによって自信がついて、表情や姿勢が変化したり、折り合いの悪かった家族との関係がよくなったり、働き続けたいと願って薬の使い方や症状コントロールがうまくなり、その結果、アドヒアランス2)が向上したりすることがあります」3)と述べている。これまで当店舗が雇用した方のほとんどが、病気や障害という重い荷物を担ってから、自信を失い仕事からも遠ざかったり、初めて仕事に就かれた方などおられるが、働くことによって自信がつき、このまま働き続けたいと思い、その結果自身の症状となる部分と生活環境も含めコントロールできていることが、精神面への相乗効果にもなり、現在も働き続けられていることにつながっているように考えられる。 6 おわりに コンビニという業界で働く人は学生のアルバイトやパートがほとんどで、スタッフの入れ替わりも多い。しかし、障害者の方については、そこが“自分の働く場所”として考えておられることも、店側からすれば“長く働いてもらえる人材”としても大きなメリットになると考えられる。 また、障害者雇用とは違うが、今年3月より図2のシフト上にも入っていない外国人スタッフ(G氏)の雇用にも取組んでいる。障害者雇用ではないため、当然障害者雇用枠(図1)にも入っていない(図3の延時間数には含む)。しかし、当店舗の対応としては、この外国人スタッフは来日して間もないため、日本語が挨拶程度しかできず、対応としてはF氏と同じ対応をしているので、状況からすれば障害者雇用と変わらない。また、F氏とは違い手話や口話も使えないため、働くルール、マニュアルの説明など導入期にはかなりの苦労もあった。しかし、G氏の雇用も、これまでの障害者雇用の経験から対応できた事例であるのかもしれない。 【注】 1) 精神保健福祉分野で、精神疾患を持つ患者が自己実現や生き方を主体的に追求するプロセスのこと。支援の目標として設定されている。 2) 患者が積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に従って治療を受けること。 【参考文献】 3) 伊藤順一郎、香田真希子監修、大島巌発行「IPS入門」 楽天ソシオビジネスにおける雇用の取り組み 山岸 大輔(楽天ソシオビジネス株式会社 すまいるチーム 第2号職場適応援助者/障害者職業生活相談員) 1 楽天ソシオビジネス株式会社の会社沿革 (1)会社理念 設立当初のグループの会長・三木谷との約束は、 ①楽天グループの特例子会社として障がいがある方に成長の機会を提供し、その結果、事業としての成功を果たす。 ②障がい者雇用を推進し社会に貢献出来る企業として成長する。 という上記の2点であった。設立以降、この二つの約束を理念とし今現在も業務に取り組んでいる。 (2)障がい者雇用のスタート 楽天ソシオビジネスは2007年4月に障害者雇用室として設立した。 仙台市より特例子会社を設立する際はぜひとも仙台市でお願いしたいとお話しもあり、仙台に本社を構える事になった経緯があった。 設立当初は、仙台本社、オフィス6名、在宅勤務6名(重度身体障がい者含む)よりスタートし(図1)、身体障がい、精神障がいの方を中心に雇用を行っていった。 図1 従業員数の推移 現在、仙台では自社にて在宅勤務コーディネーターを設置し就労・生活の支援も含め管理を行っている。具体的には、在宅のメンバーへの定期的な訪問、業務の連絡調整、業務評価、健康相談、関連機関との連絡調整を行っている。 また、業務内容などを精査して行く中で障がいを持った方々が多様な働きをすることができる可能性が見えてきたこともあり、東京オフィスについても、仙台での雇用を参考にして2009年1月に楽天ビジネスサービスと合併をし、メールセンター業務をスタートし、現在も徐々に雇用者数を増やしている。 東京ではメールセンターの他、社内のPC端末のサポート、人事関係業務の推進などで採用人数を増やしながら業務を拡大しておりました。 また、2012年2月には社内に第2号職場適応援助者を配置し、社内での業務遂行が困難なメンバーへの対応、指導、関連機関との連携を行い職場への定着に力を入れた。 (3)平均年齢・勤続年数 従業員数:77名(障害者数64名) 内重度障害者数34名 (内訳) 仙台オフィス 15名(在宅10名含む) 東京オフィス 64名(健常者13名含む) 市川オフィス 1名 最高年齢:52歳 最低年齢:22歳 平均年齢:32歳 平均勤続年数:2年6ヶ月 ※平成25年10月1日現在 (4)障がい内訳 障害者手帳の所持分類であると全体の81%が身体障害、精神保健福祉手帳所持が16%、療育手帳所持が3%となっている。 平成24年6月1日現在の特例子会社における雇用状況のポイントでの全国平均と比べると知的障害者の比率が低いことが特徴になっている(図2、表1)。 図2 弊社社員障がい内訳 表1 特例子会社における雇用状況 (5)主な業務内容 業務内容は、グループ内の関連各社よりのアウトソーシング業務を請け負っている。 具体的内容としては、Webサイトレビュー監視業務、社内ツールを利用してのPVなどの効果測定業務。スーパーポイント付与、メルマガ配信、人事関連業務としてグループ社員の入退職手続き、年末調整、健康診断関連業務、社内メールセンター業務と多岐にわたっている。 業務自体は内容ごとに担当チームが決まっており、それぞれのチーム担当者が業務単価の交渉から、請負、作業工数の確認までを行っている。 また、それぞれのチームが予算設定を行い毎月月末に実績と業務状況を会社全体で共有する〆会(シメカイ)を行い社員一人ひとりが売上、コストの意識を持つように意識づけている。〆会の際には、月間で最も会社に貢献したメンバーにMIP(MOST・IMPORTANT・PARSON)を送り表彰している。表彰者には賞状と楽天スーパーポイントを贈呈しており、メンバーの業務モチベーションの向上につなげている。 (6)コミュニケーション促進 また、社内に聴覚障がいのメンバーが多い(全従業員の約30%)ことから、社内で朝礼の際の手話講座、任意参加での手話サークルを月に2回(30名前後が参加)行なうことでメンバー間でのコミュニケーションの円滑化を図っている。 (7)在宅雇用の取り組み 弊社では、2011年の東日本大震災をきっかけにそれまで、オフィス勤務を行っていた数名を在宅勤務への移行を行った。 理由はいくつかあり、 ①オフィス自体が倒壊してしまい新しいビルに移ることになった。 ②オフィスの環境では刺激が大きく勤怠が安定しなかった者、家族の事情で勤怠の安定が難しかった者、震災時に障がいのため、自力での帰宅が困難で家族との連絡が取れなかった者。 などがおり、本人たちと相談の上、新しいオフィスビルに移るにあたり在宅勤務への移行を決めた。 実際に移行するにあたり、会社からの環境整備としてPCを貸与しINTRA(社内ネットワーク)に接続できるよう労働環境を整えた。環境が整ったことにより、それまでには在宅で行なうことが出来なかった労務的観点な監視や社内のデータを取り扱うような業務も行えるようになっている。 雇用開始時より、在宅勤務だったAさんに関しても同タイミングでネットワークの設備を行い、写真1の様な形で主に特定の掲示板での楽天グループに係る内容監視業務を行っている。 業務の報告・連絡・相談、コミュニケーションに関してはメッセンジャーやメールを使い行っており、問題なく業務を遂行できている。 写真1 在宅勤務者Aさんの勤務風景 2 知的障がい者雇用 また、2013年2月より、知的障がい者の雇用も開始した。その際には社内で事前に業務の洗い出しを行い一定のボリュームの業務を確保し、雇用の開始にあたり、本人、支援機関ジョブコーチと3日間の実習を実施した。 このチームに関しては、他のチームと違い利益を追求すると言うよりもCSRと社内への啓発的なコンセプトでスタートした。 当初想定していた業務の中で本人たちの特性から遂行が難しい業務もいくつかでてきた。一方で、逆に社内からこういった業務をお願いしたいという業務も上がってきた。例)印刷物のセット組作業、郵便物の封入・封緘作業 しかし、当初は本人たちの業務スキルの見極めが出来ておらず、適切な業務量スケジュールを実施することが難しかった。 こういった経験を踏まえ、現在では業務依頼を受けた際には指導員側で、業務内容、スケジュールを確認し精査した上で対応の可否を含め業務の組み立てを行っている。 少し道は外れるが、身体障がいの新卒の社員が封入・封緘をするよりは知的障がいの社員が行う方がこの業務の能力が高い事が分かった。正確姓、丁寧さで言うと抜群の能力を持っている。ある意味、コストリダクション的には成功した例と言える。 入社当初より継続的に行っている業務には各フロアを回りトイレの備品補充や、来客スペースに設置されているペットボトルの補充、建物内に設置されているライブラリー(学習室)の管理等がある。管理業務はマニュアルの整備、指導方法の統一を行なうことで、以前に比べ業務に要していた時間の短縮を図ることが出来るようになってきており、本人たちもモチベーションの向上につながっている。 また、月次でメンバー個人個人が目標を設定し振り返りを行っている。目標を意識することが日々の業務の遂行時間の短縮、作業の遂行件数の向上に効果を発揮している。また、本人が出来なかったと感じた事項に関しては何が原因なのか目標設定時に振り返りを行い、達成できるようなアクションを指導員と相談の上、設定し次の業務にあたっている。 写真2 エコキャップ回収の様子 写真3 月次での目標設定 図3 発送準備業務のフロー 知的障がい者においては、オフィス内での業務に従事しているため、複数の障がいを持ったメンバーと連携し業務を遂行している。そのため、基本的な業務依頼から報告までを本人たち自身がサポートを受けながら行い結果、徐々にではあるが業務全体の流れが理解できるようなった。 また、多様な障がい種別のメンバーとの連携の中で業務を行うことができているのは、弊社の自由な社風と環境が大きいと言える。知的障がいのメンバーは入社して半年ではあるが、すでに環境に順応して来ており、伸び伸びと業務を行っており、他のメンバーとの連携の中で「この人のようになりたい!」と本人たちも刺激を受けているようである。 前述で、説明を行ったMIPに関しては複数のチームをまたがっての業務でも表彰を行っている。 例として、3チームで楽天グループ内で販売を行ったファン感謝デーのチケット・タオルを関連各社含め約2,700件を短期間で封入、配布、窓口対応などを行い完了し受賞し、その中で、知的障がいのメンバーもチケット袋のラベル貼り部分を担当し表彰を受けた。 写真4 MIP受賞時の様子 写真5 東京オフィスのメンバー 3 終わりに 弊社は現在6年目を迎え、設立当初に比べれば多種多様な障がいを持ったメンバーがそれぞれの得意な分野を活かして活躍している。弊社としては今後知的障がいのメンバーの生産性の向上のための指導教育をより重点的に行っていく予定である。その中でノウハウを蓄積し雇用者数も増やしていきたいと考えている。今後の障がい者雇用情勢の中で安定的な雇用率の確保にはどのような障がいを持っていても働ける環境と健常者と障がい者の隔てもなく「共通の価値観」で働ける事がダイバーシティのあるべき姿だと感じる。  今後も「事業としての成功」と「社会貢献」の二つの目標を柱に障がい者雇用を推進していきたいと考えている。また個々の特性・能力を生かし、障がい者が活躍できる会社として成長したい。 【参考文献】 1)独立行政法人高齢障害求職者雇用支援機構 平成24年多様化する特例子会社の経営雇用管理の現状及び課題の分析について調査研究報告書 2)ジアース教育新書 知的障害・発達障害の人たちのための見てわかる社会生活ガイド 3)中央法規出版 「働く」の教科書 15人の先輩とやりたい仕事を見つけよう 【連絡先】 山岸大輔 すまいるチーム HRマネージメントチーム (第2号職場適応援助者 障害者職業生活相談員) 楽天ソシオビジネス株式会社 e-mail:daisuke.yamagishi@mail.rakuten.com TEL:050-5817-3217 四位一体(本人・職場・人事・医務室)で進める加齢による障がいの重度化対応の取り組みについて 瀬口 晋二郎(ソニー・太陽株式会社 人事総務部 担当部長) 1 はじめに ソニー・太陽株式会社は、社会福祉法人太陽の家とソニー株式会社が共同出資し、ソニーの特例子会社として1978年1月に設立された。社員構成は障がい者114名、健常者57名であり、障がい者の比率は67%である。事業内容は、業務用/民生用マイクロホンの設計、製造、修理業務と業務用カムコーダーのレコーディングユニット、メモリーカード、バッテリーパック等を製造している。 全ての職場、職制において障がい者と健常者が分け隔てなく働いている事が特徴である。 図1 在籍状況 また、国内のソニーグループでは、2007年から、当社で蓄積した雇用ノウハウを活用し、「自律を目指す障がいのある方々が障がいを感じない、感じさせない生き生きと働ける環境づくり」を目指している。 2 テーマの概要 当社は創立35年を迎え、社員の平均年齢も年々高くなっており、(現在平均年齢39歳)加齢や勤務継続による障がいの重度化が散見されるようになった。それぞれ個人差があるが、パフォーマンス低下や出勤率低下、意欲の低下、最終的には退社に至るケースも出始めた。 当社の企業活動における重要なテーマのひとつでもある障がいのある社員の自律。 加齢に伴い進行する障がいの重度化という課題においても自律ありきの思想のもと、本人をはじめとする職場・人事・医務室の四位一体となった多角的重度化の可視化と対応プロセスを「ほっとプロジェクト」において確立した。 また、対応プロセスについては、社内ホームページを介して全社員に開示し、全社活動として周知すると共に自らの意志によって取り組む向上意欲、健康増進、食育などの様々な予防策の提案、施策を通して更なる進化と充実を目指している。 3 取り組み (1)障がいによる重度化の状況把握 医学的見地と職場、人事の見解を踏まえ、重度化予測を立てると共に、社員満足度アンケート(生き生きアンケート)の結果においても、重度化を自覚している社員がいることが顕著であったことから、社員全員が働きがいを持ち、将来を不安なく安心して働いて欲しいとの考えのもと、課題解決の仕組みづくりを行うべくプロジェクトを発足した。 図2 重度化推移予測 図3 アンケート結果(抜粋) (2)プロジェクト活動 選抜メンバーで構成された「ほっとプロジェクト」では、今後重要な判断を必要とする際にぶれることの無き様、最初に重度化の定義付けなどの基本的な概念をしっかりと固め、段階的にステップを踏みながら慎重に協議を重ね、緊急対応、重度化後の対策、そして最も注力すべき予防策等の骨子を明確にした。 図4 プロジェクト活動骨子 4 施策 (1)四位一体の対応プロセス構築 過度なサポートや対応のバラツキを抑え、障がいのある社員の自律と合理的配慮への観点から、四位一体となった対応プロセスを構築した。このプロセスへのアプローチは、以下の三つのパターンを設定している。 ①健康診断の結果から(医学的見地から本人が気付きづらい部分からのアプローチ) ②本人の自己申告や上長、周囲の気付きから(現状業務では負担が大きいのではと感じる場合等) ③オペレーション環境の改善の必要性から(仕事量等で配置転換などを行う場合)いずれの場合も本人の意思を尊重し、会社と本人が合意することで対応策実行へ移行する。 また、このプロセスにより実施した施策については、「生き生きと働き続けることができる環境づくり」の基盤になることから、社員と共に創り上げて行く協働作業として当社制作のガイドブックやホームページの事例集へと反映させ、更にはソニーグループの障がい者雇用推進活動へと展開する他、年々増加する会社見学を受け入れた際の実例紹介にもつながる。 図5 対応プロセスフロー図 (2)重度化後の対策 構築した対応プロセスの重要なポイントとしては重度化する障がいの可視化を実現したことであり、四位一体で施策実施と経過を注意深く観察しながら、重度化の進行を遅らせる様々な対応を継続する。 ただし、努力の甲斐なくして就労における必要条件を満たせなくなる場合も想定し、ライフプランに関する研修や相談窓口を設置など、ハッピーリタイアメントを前提とした準備も進めている。 (3)予防策 障がいの重度化への根本的対策となるのは、早め早めの予防とその継続である。以下に予防への取り組みについて紹介する。 ①「安静は麻薬、運動は万能薬」 医科大学リハビリテーション科教授でもある当社の産業医は「運動は皆さんを救う」とした、運動が身体に好影響をもたらす機序とその効果について講演し、その中で—身体を安静にすることが如何に身体機能を低下させるのか、40年前の航空宇宙医学ですでに証明されていたとし、18日間に及ぶ無重力空間の宇宙滞在後地球に帰還した二人の宇宙飛行士が、日頃からアスリートと呼ばれるほどの身体能力を持っていたにもかかわらず、たったの18日間で自力では立ちあがれなくなるほどの筋力低下を招いていた事実や長年に渡る研究から、運動をすると筋肉から身体中を活性化させる物質(ホルモン)が出ており、マイオカインと呼ばれるこの物質は、脳内の認知機能にも良い影響を与えるほか、神経細胞の発生や成長の維持修復にも働く。この物質を出すには30分の散歩くらいでは効果がなく、途中に小走りを入れるなど心拍数を上げることが重要である。1時間位のジョギングを行えばその量は倍量にもなる。まさに「安静は麻薬、運動は万能薬」、そして「どんどん自分のために自分磨きをして下さい。その個々の力が合わされれば会社にとっても日本にとっても救いになることにつながるのです。」といった見解に基づき、スポーツ奨励活動を推奨している。 「運動は皆さんを救う」産業医の講演風景 ②スポーツ奨励活動 具体的には、体力向上・健康維持を意識するところから始め、習慣化へと向かう取り組みとして、サイクロコンピュータ(車いす用走行距離測定器)や歩数計を活用した楽しみながら参加できる運動増進イベントやストレッチ講座などを開催。社内の気運も高まり国体出場選手を輩出することにもつながった。 図5 スポーツ奨励活動体系図 ③健康自己管理 さらに、食育や健康増進の視点から、栄養セミナーやウェルネススクールの開校、快眠セミナー、メンタルヘルスセミナーなどの様々な啓発型セミナーを企画・開催し、多くが終業後の自主参加にも関わらず、周知方法の工夫や社員同士誘い合わせもあって参加人数も多く、関心の高さが窺えた。 栄養セミナー風景 「今日からできる賢い食事の選びかた」 このように健康管理意識が高い背景の一つには、障がいを受け止め、悪化のサインを自らが察知し、働き続けるための自己管理、早めのケアを心がけようとする能動的な思考を促す仕組みとして、自社で開発、導入した「健康自己管理システム」による自律的健康管理のインフラと看護師によるケア、サポートとのシナジー効果が考えられる。 図6 健康自己管理システムのトップ画面 治療記録、定期健診結果のデータベースやWEBを介した健康相談機能を完備 (4)成長意欲の促進 人間本来の純粋な欲求を理論化したマズローの欲求段階説には「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」とされており、当社では、自ら成長しようとする社員には、考える機会、チャレンジする機会を与えることに重点を置き、その成長への意欲が自発的健康管理意識へと作用し、重度化の有効な予防策につながるものと考えている。 ただし、成長への意欲には個人差があり、様々ではあるが、社内のコミュニティにおいて向上心や成長意欲を掻き立てる雰囲気や風土創りとして、必然性や興味を抱く施策と共に広報活動にも注力し、話題性や関係性、連帯意識を刺激するなど、連鎖反応を引き起こすきっかけづくりを心がけている。 広報活動においては、パブリック、エンプロイー、コミュニティの各リレーションズにおいて、特に社員の協働意欲の維持・拡大、社員の意識を高め、活性化が図れるとされる社内広報の領域において、障がいのある若手社員の奮闘ぶりやベテラン社員の障がい者専門誌の取材記事、ソニーグループ内の改善活動発表やスポーツ大会の国体予選結果、アビリンピック出場などの個人の活躍をはじめ、社会貢献活動報告、前述した各種啓発セミナーや英会話教室の社内開催募集案内、要約筆記奉仕員要請講座募集案内等、多岐に及ぶ情報を社内ホームページへの掲載を中心にそれぞれ関係する社員が投稿者となり、仲間に対して発信する構成となるよう意識している。 その背景には、障がいを受け止め、自立(self-standing)を果たした社員の次なる目標として、現状に満足せず、一歩踏み出す動機付けとして、生き生きと活躍する社員自らが自身の奮闘ぶりをオープンにし、見る者と見られる自分を更に奮い立たせ、新たな自分の可能性をそれぞれが模索し、挑戦してみようとする相乗効果に期待するものであり、社員の自律(self-directing)を重要視していることにある。 (左)障がい者スポーツ大会でメダル獲得した社員 (右)会社を代表して改善活動発表を行う社員 ソニー・サイエンスプログラム(理科教室)の記念撮影風景(講師やスタッフは社内募集) 5 まとめ 法定雇用率が上がり、徐々にではあるが障がい者雇用が広まって行く中で、創立35年になる当社の役割も新たな局面を迎えようとしている。 加齢による障がいの重度化対応については、障がいという特殊性があるがゆえに、状態を可視化し、様々な状況に応じた対応として仕組みや制度の整備が欠かせないが、会社や組織として至れり尽くせりの傾向になれば、大局的には当事者本人の自律性を奪う事につながり、社会性への影響も懸念される。 障がいの重度化が進行するであろうという事実と向き合った時、その多くは働き続けたいと思うであろう。 しかしながら、働けることの喜びを継続するためのキーワードの一つでもある「成長」への意欲は、障がい者に限られるのもではない。 当社は、67%の障がい者と33%の健常者が相互理解を深め、適材適所で切磋琢磨しながらお客様に満足して頂ける高品質なモノ造りを中心に事業運営している。 国内でのモノ造りが厳しさを増す中、そこには、障がいのあるなしは関係なく、社員一人ひとりの能力を最大限に発揮して行かねばならず、そのためには社員の成長意欲を促す機会を与える努力をし続けることにより、重度化などを含めた多様性を尊重した会社風土が創られるものと考えている。 そして、その延長線に真のダイバーシティ&インクルージョンの一つの姿を具現化出来るのではと期待している。 ワールドビジネスサポートにおける職場定着の取り組み ○原 健太郎(株式会社ワールドビジネスサポート 人事部 精神保健福祉士) 横内 理沙(株式会社ワールドビジネスサポート 人事部) 1 はじめに 株式会社ワールドビジネスサポート(以下「WBS」という。)は、親会社である株式会社ワールドの特例子会社として2004年4月に設立した。 WBSはワールドグループの障がい者雇用の促進と、グループ各社の業務シェアードサービス・効率化を目的に事業を展開してきた。 設立10年目を迎えた現在、従業員数は513名、そのうち182名の障がい者が様々な仕事に従事している。 WBSの特徴は、障がい者雇用数の多さである。そしてひとつの職場に集約するのではなく、神戸と東京の両オフィスの様々な職場に点在して就労していることが強みである。 その職域は、人事支援事業・経理支援事業・庶務事業・事業部支援事業・給与厚生事業・WEB販促事業・マッサージ事業・喫茶事業・社員食堂運営事業・清掃事業・物流事業など幅広く、各部署で自らの能力を発揮し、活躍している。 表1 人員内訳表(2013年6月1日現在) 2011年1月より人事部に所属し、障がい者と彼らを部署で支える健常者の双方をサポートしてきた筆者は、職場定着について試行錯誤しつつ対応してきた。その実践経験を踏まえ、WBSの現状と課題を報告したい。 2 ダイバーシティ・マネジメントの導入 「お給料をもらって仕事をすることで、精神科デイケアに通っていた頃よりも、生活に張り合いが出てきました。今の納品前検品の業務がとても合っています。まさか、またアパレルで働けるようになるとは思ってもいませんでした」 「アパレル店舗のバックヤードで働くようになり、最近では自分の可能性が他にもあるのではないかと考えるようになり、コーヒーの専門家になりたくて、通信教育で勉強しつつ働いています」 障がい者が伝えてくれる声には、希望が詰まっている。仕事を通して自信を取り戻し、再度人生を歩み始めている。 そんな社員一人ひとりに定着して働いてもらうには、多様な人々が会社で働き続ける理由と、努力する意味を見出せる環境を創る必要があった。 そこで障がい者に特化したダイバーシティ マネジメントを導入し、4つの機能で職場定着に取り組んでいる。 今回はその中でも「ダイバーシティ チャンピオン育成」について説明する。 図1 ダイバーシティマネジメントの4機能 3 ダイバーシティ チャンピオン育成 職場定着を図る際、障がい者の課題ばかりにスポットを当て、変化を求めすぎてはいないだろうか。この状態になってしまうと、マイナス評価ばかりが際立ってしまい、障がい者のモチベーションは低下し、やがでは転職を考えるようになってしまう。 4機能のひとつである「ダイバーシティ チャンピオン育成」では、そのアンバランスに着目し、解消するため、部署の健常者リーダーにも認識の変化を促している。 その方法として、リーダー達を障害者雇用の「チャンピオン(擁護者)」として位置付け、月1回のミーティングに出席してもらう。 ミーティングでは、障がいに対する基礎知識や考え方、そしてコミュニケーションについて、業務として会得する機会を提供している。 図2 ダイバーシティ チャンピオンMTGの概要 今期で3年目となるミーティングは、そのコンテンツも段階を追ってレベルアップしてきた。 1期目は障がいについての幅広い基礎知識を蓄え、チャンピオンの共通基盤を作った。 2期目は雇用している障がい者の課題について事例検討を実施し、グループワークを導入することで、これまで座学ばかりであったミーティングから脱却し、チャンピオン同士の意見交換を活性化した。 そして3期目は、コミュニケーションにスポットを当て、プラスの言葉がけ、エンパワメント、I(アイ)メッセージなど、それらを用いて具体的な伝え方を考えてもらっている。 6名のチャンピオンからスタートした活動は、現在16名のチャンピオンへと膨れ上がり、各部署からの様々な意見が飛び交う活動に変化している。 4 まとめと課題 WBSの職場定着の取り組みは、ダイバーシティの考え方を導入し、多様な社員が働き続けられる環境を整備するため、4つの機能でサポートを展開してきた。 「相談・支援」では、北青山ビル・南青山ビル・杉並のカフェFikaFika、そしてアパレル店舗のバックヤードなどの職場に、人事部の精神保健福祉士が出向き、課題やトラブルのサポートしている。 このことにより、採用してからも現場任せだけにしないスタンスが伝わり、全ての関係作りの潤滑油となっている。 続いて「障がい者職域開拓」では、店舗のバックヤードにて、新たに障がい者を受け入れることができるブランドや店長を調査している。 また地域の障がい者に対しても、東京都より委託訓練事業を受託し、FikaFikaにて16日間の職業体験の機会を提供している。 これらの実践がWBSの良い広報活動となり、近隣の就労支援センターや福祉事業所とのネットワークづくりに寄与している。 最後に「ダイバーシティ チャンピオン育成」では、障がいについて正しい理解と対応方法を促してきた。しかし、この活動の最大の目的である「WBS内の障がい者雇用・コア(中核)づくり」の域までには達していない。 今後の課題は、16名のリーダーと共に、WBSが目指す職場定着のコアを模索していきたい。そして皆が「この職場で働けて良かった」と思えるような環境をさらに整えていきたい。 【連絡先】 原 健太郎 株式会社ワールドビジネスサポート e-mail:khara@world.co.jp チャレンジドオフィスちばについて −6年の取組を振り返って− 金井 綾子(千葉県総務部総務課人材育成班 主任主事) 1 はじめに 障害者雇用促進法において、全ての事業主は、障害者雇用率を達成、維持するよう義務が課せられている。中でも、国及び地方公共団体の機関は、民間に率先して雇用を推進すべき立場にあり、千葉県においては身体障害者の雇用に努めてきた。 平成17年から18年に障害者の就業機会拡大を目的とした障害者雇用促進法の改正があり、国、都道府県及び市町村の機関に対しては、知的障害者の採用に向けた取組を実施するよう要請された。 そこで千葉県においては平成18年度に厚生労働省のモデル事業として「行政(公共)サービス等における障害者就労のあり方に関する研究」を取りまとめた。その研究で培ったしくみを活用し、知的や精神に障害のある方(以下「障害者等」という。)を雇用するため、平成19年6月に千葉県庁内にチャレンジドオフィスちば(以下「オフィス」という。)を開設した(表1)。 オフィスを開設してから平成25年6月で6年が経過した。これまでのオフィスの取組による効果と、オフィスの運営を支えてきたこと、今後の課題について報告する。 2 オフィスのしくみ オフィスの業務は県庁各課からの依頼に基づき実施している。年間を通じて安定かつ継続した業務を実施するため、定期的な業務、随時依頼業務、納期のない業務を組み合わせ、スケジュールの平準化を図っている。 また、オフィスでは顔の見える業務実施を目指してきており、県庁総務部総務課に設けたオフィス内だけでなく、県庁各課に出向いて実施する業務もある(図1)。障害者にとっては様々な場所で、様々な人と接して仕事をすることで、社会性を身につける一助となっている。また県庁職員等へは障害者への理解の促進が図られている。 表1 チャレンジドオフィスちばの概要 図1 チャレンジドオフィスちばのしくみ 3 オフィスの取組による効果 (1) 県庁における障害者の雇用の促進 オフィスでは雇用期間を有期としているため、障害者がオフィスを退職した後、新たに障害者を雇用することができ、オフィスにおいて「課題を解決しながら働く」機会をより多くの障害者に与えることができる。 オフィスを開設した時から平成25年6月までに本庁のオフィスにおいて雇用した障害者は、計21名である(表2)。開設前に県庁において雇用した知的障害者は年1〜2名であり、県庁における障害者雇用は促進された。 表2 オフィスで雇用した障害者の障害種別 (2) ステップアップの実績 オフィスで勤務した後、民間企業の社員等へステップアップしたのは、平成25年6月1日現在でオフィスを退職した職員12名のうち10名である(表3)。 表3 オフィスにおける雇用者数と退職者数 (3) ノウハウ等の紹介と地方公共団体等における障害者の雇用の促進 オフィス開設当初より、各種雑誌や千葉県ホームページへの掲載、障害者雇用に関する研修会等における発表等、積極的にオフィスの紹介をしてきた。併せて、視察や見学も受け入れてきた(表4)。 都道府県や市区町村等の地方自治体職員や民間企業等の職員がオフィスへの視察を実施した後、当該団体等においてオフィス同様の取組を開始したり、オフィスの運営方法の一部を取り入れて雇用を開始するなど、オフィスの取組は障害者雇用の促進の一助となっていると考えられる。 表4 オフィスにおける視察等受け入れ状況 4 オフィスの運営を支えてきたこと (1) 障害者就業・生活支援センターとの連携 オフィスを立ち上げるきっかけとなり、現在のオフィスのしくみの基礎となっているモデル就労の時から現在まで、障害者就業・生活支援センター(以下「支援センター」という。)から協力を得ている。 障害者に対しては、就労に関することや生活面における相談支援の他、ステップアップの際は就職活動の支援の中心を担っていただいている。雇用主である県庁に対しては、障害特性を踏まえた指導の仕方の助言や、障害者の職場定着に向けた訪問などをしていただいている。 障害者、支援センター、県庁の三者の間で、オフィスで働く意味や、雇用期間中に目指すこと等共通認識を持って取り組むことが、オフィスの目的を達成できる要因となっている。 (2) 継続的な業務の確保 オフィス開設当初は、県庁各課から仕事の依頼がもらえるのか、仕事を任せてもらえるのか不安があった。そこで、各課との連絡窓口となり、障害者へ仕事の指示を出しているオフィスマネージャーは、依頼された業務を可能な限り断らない努力をした(スケジュールや障害者への業務分担を工夫する等)。また、オフィスの職員は受け取った人に喜んでもらえるような完成品を目指して取り組んできた(例えば、シール貼りにしても、出来るだけ真っすぐに綺麗に貼る等)。 それらの努力が功を奏し、オフィスでの業務について県庁各課の職員に対し実施したアンケートによると、ほとんどが「満足」という結果であった(図2)。その理由や意見で多かったものは、完成品が丁寧で満足している、時間外勤務が減少している、納期について柔軟に対応してくれる、挨拶がしっかりしていて気持ちがいい等であった。 結果として、依頼される業務は年々増加し、開設当初のスタッフ5人では賄いきれないほどの量となり、オフィスの規模を拡充するきっかけにもなった。 図2 オフィスで実施する業務の満足度調査 (3) 業務集約型としたこと イ 一人以上の障害者が従事できる業務量の確保 県庁内に存在する多数の所属(課)ごとに障害者を配置する方法もあるが、一カ所の所属だけでは障害者が毎日従事できる業務量の抽出が困難な場合がある。各課から少しずつ抽出した業務を集約することで、一人以上の障害者が従事できる業務量を確保することができた。 ロ 障害者同士で切磋琢磨できる 課題を解決してステップアップを目指すという同じ目標を持つ者同士で業務を行うため、お互いの良さや、直すべき所を認識することができる。 また、仕事の工夫をしたり協力し合うことで、技能や対人関係能力が向上し、業務の効率化にもつながっている。 ハ 対応方法等のノウハウを蓄積しやすい 障害者個々の能力や特性により、配慮や指導などが一律に出来ない時がある。複数の障害者を雇用することで、一人ひとりの違いがわかり、それに合わせた仕事の指示や指導等をすることが出来る。 (4) 障害者への業務の分担方法 オフィス開設当初よりも複雑な業務の依頼が寄せられるようになった。障害者が理解できないような複雑な内容・工程である場合は、写真や図を活用したマニュアルを作成したり、障害者が一人でも理解し、全うできるレベルまで業務を分解して与えた。そうすることでオフィスマネージャーが障害者に付きっきりにならず、複数の障害者に対し業務の指示を出すことが出来る。 また、業務を分担する際は、能力向上のため様々な仕事を与えつつも、個々の得意分野を伸ばせるよう、意識している。 (5) 「働く」ために必要なことを身につける イ 「職場」として求められること 個々の能力の限界を把握し、配慮することは必要であるが、働くうえで必要なことは身につける必要がある。例えば、挨拶や報告・連絡・相談をすること、ビジネスマナーを身につけること、チャレンジ精神をもつこと等である。その他、指示通り仕事をすることや感情のコントロールなど、課題は個々により様々である。 それらを障害者へ教える時は、なぜそれが職場で必要なのか、その理由を可能な範囲で併せて説明している。「障害があるから」と教えるのをストップするのではなく、できる方向に指導することで、能力が伸びることも多い。 ロ 仕事のやりがいや喜び 障害者へオフィスでの業務は何の役に立っているのかを説明したり、一人ひとりがオフィスにとって必要な職員の一員であること伝えることで、仕事に対する誇りが生まれ、責任感を持てるようになる。 仕事を通してほめられること、県庁各課の職員から「ありがとうございます」と感謝をされることで、「次も頑張ります」と自ら発言し、仕事に励む糧になっている。 5 今後の課題 (1) 雇用者数の増加に伴う雇用管理 前述したとおり、平成25年5月にオフィスの規模を拡大し、障害者の雇用者数を5名から9名とした。課題達成に向けての改善状況の確認や、改善に向けての指導等を9人各々に継続していく必要がある。また、それらはオフィス内のみで進めるのではなく、支援センターと情報共有を行い、お互いの役割を確認し、適切な指導方法などを検討していく等、適度な連携を図っていきたい。 (2) 更なる情報発信 障害者雇用促進法において法定雇用率の算定基礎の対象に新たに精神障害者が追加される(平成30年4月1日施行期日)など、事業主に対してはさらなる障害者の雇用が求められている。オフィスの取組をより一層周知することで、障害者雇用の促進に資するのが望ましいと考えられる。 (3) 新たな雇用形態の検討 オフィスにおける6年の取組を通じ、自治体において障害者等が従事できる業務が十分にあることがわかった。正規職員としての雇用を行っている自治体や、民間企業等の取組を参考にし、新たな雇用のあり方について検討していきたい。 【参考文献】 1) 厚生労働省:平成18年4月1日(一部は平成17年10月1日)改正障害者雇用促進法施行 〈http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/shougaisha01/〉(2013年9月アクセス) 2) 厚生労働省:障害者雇用の一層の推進に関する厚生労働大臣名による要請 〈http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/shougaishakoyou/index.html〉(2013年9月アクセス) 3) 千葉県商工労働部産業人材課:「障害者就労モデルプラン」の策定について 〈http://www.pref.chiba.lg.jp/sanjin/shougai/shougai-shuurou/sakutei.html〉(2013年9月アクセス) 4) 厚生労働省:平成28年4月(一部公布日又は平成30年4月)改正障害者雇用促進法施行 〈http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/shougaisha_h25/index.html〉(2013年9月アクセス) 【連絡先】 金井綾子 千葉県総務部総務課 ℡:043-223-2082 従業員サポートに関する総合的な支援体制の構築 ○松本 貴子(株式会社かんでんエルハート 業務部業務課 精神保健福祉士) 平井 正博(株式会社かんでんエルハート) 1 かんでんエルハートの概要 株式会社かんでんエルハート(以下「エルハート」という。)は、大阪府(24.5%)、大阪市(24.5%)、関西電力株式会社(51%)の共同出資により平成5年12月9日に設立された特例子会社である。本社である住之江ワークセンター(大阪市住之江区)、ビジネスアシストセンター(大阪市北区の関西電力本社ビル18階)、高槻栽培センター(大阪府高槻市)の三つの事業拠点があり、現在165名の従業員のうち108名(身体49名、知的51名、精神8名)の障がい者が働いている(平成25年9月現在)。 2 現状と課題 当社は、平成7年の開業以来、障がいのある従業員の職場定着から能力発揮に向けて、環境整備や業務改善、就労条件の合理的配慮、就労面での指導・相談・援助等のサポート、さらには私生活における課題に対しても積極的に従業員のサポートを行ってきた。また、障害者職業生活相談員・第2号職場適応援助者の養成および、社内カウンセラーの配置を行うなど、サポート体制の整備にも取り組んできた。 しかし、これらの従業員サポートについては、以下のように仕組みが明確化されていなかったことから、労力を費やすばかりで、効果的な従業員サポートが出来ていない状態にあった。 ①サポートの内容、各支援者(役職者・カウンセラー・家族・産業医・主治医・支援機関)の役割分担が明確に定まっていなかった。 ②不調が長引いたケースへの対応方法(ルール)が定まっていなかったため、支援の効果が出ないまま長期化する対応に追われ、職場が疲弊していた。 ③支援にかかる従業員の情報を、関係者間で共有できておらず、事実関係に基づいた効果的な対策が出来ていなかった。 3 支援体制の再構築 こうした状況を改善するため、当社が開業以来試行錯誤しながらも培ってきた従業員サポートに関する知識・ノウハウを、いまいちど整理することで、従業員サポートの体制を再構築し、その仕組みを「見える化」・「共有化」するため、平成23年度よりサポートプロジェクトを立ち上げ、以下の取組みを実施している。 (1) 従業員サポートの対象者と各支援者の役割分担の明確化 サポートプロジェクトの取組みとして、まず、従業員サポートの対象となる者および各支援者の役割分担を明確にした(誰に誰が何をするのか)。 従業員サポートの対象者は、労働生産性が著しく低い者、遅刻・長期休務が多い者、職場でパニックを起こす者、特別なサポートがないと効率よく仕事ができない者などの「職場不適応者」とした。 それらの対象者をサポートする各支援者の役割分担については、「会社生活における支援」、「私生活における支援」を行う者を区分し、また社内では職位・職務ごとの役割(責務)を明確化した。 ①所属長(課長等) 所属内の責任体制を確立し、実効ある雇用管理に関する業務を総括管理する。 ②リーダー(係長) 対象従業員の個性や障がい特性を見極め、個別指導計画を策定し、相談・指導等のサポートを行う。 ③サポートチーム(業務課長(人事管理、労務管理等を行う)および社内カウンセラー) 各所属に対し労務管理上の助言や、従業員サポートに係わる研修、カウンセリングなどを行う。 ④産業医 対象従業員の状態を踏まえ、就労可否などの判断、必要な助言等を行う。 このように、所属のラインケア機能を十分に活かし、サポートチームや産業医が必要なバックアップを行う社内の従業員サポート体制を整備した。 また、これら社内での従業員サポートに加え、私生活面での課題については、家族や支援機関、主治医などの外部機関と密な連携を図ることとした。 (2) 適切な従業員サポートを行うためのフローの策定 次に、サポート(何を)の方法(どのように)を明確にした。 具体的には、「職場不適応者」の状態に応じて、適切な手立てを打ち、また、その手立てを期間を定めて集中的に実施するためのマニュアルとして、「不調者対応フロー」を策定した。 フローは四段階で構成しており、具体的には以下のとおりである。 ①第一段階:「所属での対応」 従業員の不調の早期発見、所属長による面談、病院への受診可否の判断、ケース会議(支援策の検討会議)や職場適応援助等のラインケアを実施する。 ②第二段階:「社内カウンセラー対応」 社内カウンセラーがカウンセリングを実施し、専門的な視点から各人の障がい特性に応じた課題解決に関する助言等を行い、所属と連携した支援を行う。 ③第三段階:「各機関との連携」 社内だけでのサポートでは改善しない場合や、私生活面における課題が大きい場合は、医療機関や支援機関といった、社外の関係機関と連携し、支援に有効な情報を収集し、適切な従業員へのサポートを行う。 ④第四段階:「リワーク支援」 疾病等で従業員が休職した場合、支援機関(障害者職業センター)と連携しながら、復職に向けた支援を行う。 このように、状況に応じた適切な従業員サポートを行うため、第一段階から第四段階までのサポートの流れをフローとして明確にした。なお、各段階におけるサポートは、3〜6ヵ月の期間を定めて集中的に実施し、期間中の支援の効果を評価しながら、必要に応じて次の段階の支援を行うことで、効果的なサポートが行える仕組みとした。 (3) 情報共有の仕組み整備 従業員サポートに必要な、従業員個々人の詳細な情報を一元管理し、各支援者が共有するためのツールとして、「フェイスシート」と「職場適応援助計画シート」といった2種類のシートを活用することとした。 「フェイスシート」は各人の病歴や服薬状況、障がい特性、繋がりのある支援機関、業務処理能力や就労準備性、その他の特記事項などを記載し、各支援者が従業員サポートに必要な情報を共有するためのシートである。 「職場適応援助計画シート」は、応用行動分析の考え方に基づいて、 ①不調・不適応者の状態(問題行動) ②問題行動の背景(職場要因、個人の障がい特性、私生活での要員等) ③問題行動の直接のきっかけ ④問題行動に対する職場の対応 を整理し、それぞれについて改善策を検討することで、問題行動の消失・減少を図るためのツールである。 これら二つのシートを活用し、各支援者が必要な情報を共有しながら、具体的な支援対策を立てて実行し、1ヶ月ごとにその結果を評価して、効果があれば継続し、効果が見られなければ別の対策を立てるといったように、PDCAを回しながら、適切な従業員サポートを図ることとした。 (4) 支援技術の向上を図る研修プログラムの作成および実施 実際にサポートを行っている人たちへのバックアップとして、「ライン管理者研修」、「障がいの基礎知識と6S指導研修」および「目配り気配り研修」の三つの研修を実施した。 ①ライン管理者研修 職場の心の健康づくりにより、安心して働ける職場を実現するため、各職場において、従業員が不調にならないための予防や、不調になった場合に安定したサポートを行うための基礎知識、その実践のための基本スキルを身につけることを目的として実施した。 ②障がいの基礎知識と6S指導研修 従業員へ仕事についての適切な指導、教育を行うための知識とスキルを身につけ、従業員一人ひとりの障がいを理解し、必要なコミュニケーションをとるための基礎知識とスキルを身につけることを目的に実施した。 ③目配り気配り研修 業務遂行上、あるいは職業生活上における従業員の“つまずき”の早期発見に繋がる「目配り気配り」の力を養うことを目的として実施した。 これら三つの研修により、従業員サポートに必要な知識や技術の習得を目指した。 4 取組みの結果 社内外の支援者が、それぞれの経験や知見を活かし、密接な連携を図りながら従業員を支援する体制を再構築することで、実効性の高い支援が行えるようになった。具体的には以下のとおりである。 ① 従業員をサポートする所属長やリーダーなどの上司・カウンセラー・家族・産業医・主治医等の役割について、「誰が誰に何をどのようにするのか」が明確になり、社外の家族や支援機関を含めた連携体制が整い、それぞれが相互補完する体系となった。 ② 従業員の不調や変化を早期発見することにつながり、迅速かつ適切な判断と対応ができるようになった。また、状況に応じて、対応すべき箇所が明確になったことで、会社が私生活面に必要以上に踏み込んだり、問題を所属だけで抱え込むことで状況を長引かせることがなくなったため、支援者の負担が軽減し、自信を持って従業員サポートに取り組めるようになった。 ③ 「フェイスシート」を活用することで、これまで各支援者が個々で保有していた、従業員の特性や、これまでの対応の経緯等の情報を一元管理し、関係者間で共有することで、ケース会議における対策検討や、異動時における上司間の情報の引継ぎ等が円滑に行えるようになった。 また、「職場適応援助計画シート」の活用により、従業員サポートを実施する担当者や、その実施期間を明確に定め、結果を定期的に評価することで、どのような対策が効果的であるかを検証することができ、PDCAを回しながら計画的に従業員サポートを行う仕組みが整った。 ④ 従業員サポートに必要なノウハウを付与する研修を実施した結果、職場におけるラインケアの重要性、個々人の障がい特性にあわせた対応や工夫の必要性について、各支援者の認識を高めることができ、効果的な従業員サポートにつなげることができた。 5 まとめ 今回の取組みにより、所属やサポートチーム、家族や支援機関などの各支援者が連携し、従業員一人ひとりの特性、状態にあわせた適切な支援を行うための体制を整備することができ、効果的な従業員サポートが実施できるようになった。 今後は、この仕組みに基づいたサポートを継続的に行い、その効果を評価・分析していくことで、従業員がより良く働くために取組むべき真の課題を見出し、それに対して効果的な対策を実施していきたいと考えている。 なお、現時点では、従業員サポートの対象である「職場不適応者」のうち、遅刻・長期休務が多く不調に陥っている者に対する対策の実施が主となっており、職場で伸び悩んでいたり、労働生産性の低い従業員に対する手立てが十分に実施できていない。そのため、今後はこれらの従業員への適切なサポートもあわせて実施していくことにより、すべての従業員にとって「働きやすい職場」の実現に向けて邁進していきたいと考えている。 企業における定着支援の取り組みと雇用継続に関わる関係者とのかかわり方 山崎 亨(元大東コーポレートサービス株式会社 代表取締役社長) 1 はじめに 2005年、大東建託株式会社(以下「大東建託」という。)の障害者雇用率低迷を受け、ハローワークの指導後、特例子会社、大東コーポレートサービス株式会社(以下「大東コーポレートサービス」という。)を東京都品川に設立した。その後、8年間、障害者雇用を拡大する中で行ってきた、障害者の雇用継続・定着支援の実践について以下に述べる。 親会社、大東建託は、アパート建設の他、空き室の仲介業、デイサービスセンターなどを全国展開している企業である。現在、グループ適用認定も8社受け、社員数16,100名超、うち338名の障害者を雇用する。また、特例子会社である大東コーポレートサービスは、社員数95名内、知的障害者19名、発達障害者12名、精神障害者14名、身体障害者18名、合計63名の障害者を雇用する。事業所は、東京本社、北九州・黒崎、千葉県・浦安の3箇所、障害者が行う業務は、東京本社では400種類を超える大東建託本社社員が行う事務作業を受託する他、名刺印刷等のオンデマンド印刷を行う。北九州市・黒崎では、建物定期報告書・竣工報告書・名刺印刷等のオンデマンド印刷を行い、千葉県・浦安では、オフセット印刷・インクジェット印刷、シルクスクリーン印刷、オンデマンド印刷等本格的な印刷・看板製作を行い、事務受託の他、今まで外注しているものを内製化して、会社設立初年度から利益貢献する事業を展開している。 2 企業における継続雇用・定着支援のポイント (1)生活相談員の先行採用と育成 生活相談員の配置は、法律により定められているが、障害者雇用の拡大と定着支援には重要なポイントである。できることであれば、障害者雇用を拡大する途上の企業であれば、生活相談員配置は助成金等を活用して、法律の規定よりも1〜2名多く配置すると、社内で質の高い障害者サポートが可能であり、障害を持つ社員へ安定した業務対応が可能となる。その結果、障害を持つ社員が戦力として活躍ができる環境が作り出せる。並行して社会資源を活用することにより、生活相談員を社外・社内研修にて育成することが必要である。生活相談員の定着支援にかかるスキルアップは欠かせない要素である。そこにおいて企業は社会資源を活用するだけではなく、かつ、障害を持つ社員の業務遂行上不足している能力獲得のために、待遇面だけてなく技術面においても生活相談員を育てる環境整備を疎かにしないことだと確信する。 (2)コミュニケーション力の育成 大東コーポレートサービスでは、18名配置されている生活相談員は障害者と関わったことがない、専門性を持たない生活相談員が半数を超えるほど多くいる。知的・発達・精神障害を持つ社員が就労生活を続けていく上で重視すべきコミュニケーション力育成には、後述の生活相談員の質向上が必要とされるため、大東コーポレートサービスでは最初に生活相談員の社会生活技能訓練(ソーシャル・スキルズ・トレーニング)(以下「SST」という。)を実践した。認知行動療法の理論に基づいたSSTによるコミュニケーション力を向上させるトレーニングは、一人ひとりの当事者が現実の生活に役立つものの考え方と行動を形成していくために、自分の生活状況と学習能力に合わせて、少しずつ練習を積み重ねていく方法である。それまでは、SSTを企業で知的・発達障害者に実践した例がなく手探りでトレーニングを始めた。当該トレーニングは社内教育として位置づけ、勤務時間中に行うことにより参加者はいつも100%の出席率である。障害を持つ社員に対しては、時間をかけて対応すれば、不足能力獲得も可能であり、8年間の実践を通し実証できたことが嬉しい。その過程において特筆できることは、SSTは褒め言葉のシャワーを障害を持つ社員に対して、たくさん与えること、SSTは、基礎力に重きをおき、スモールステップにより進めるところに特徴がある。般化する場を多く作りだし継続することがポイントである。般化する場は企業内には多く存在する。病院等で行うSSTと比較してみると、SSTトレーニング実施後の般化の場が少なく、逆に、企業ではトレーニングできる環境が多くあることを見いだせた。このことは、障害を持つ社員が不足するコミュニケーション力獲得のために、SSTトレーニングはその要である。 (3)目標設定とスキルアップ支援 障害を持つ社員はそれぞれが週間目標と年間目標を設定している。その前提は、目標が減点の対象となる目標であってはならない。努力して達成できそう、もしくは、達成できる目標の設定が重要である。また、コミュニケーション力を含め就労継続していく上で不足するスキルを多く持つ障害を持つ社員に対して、大東コーポレートサービスの企業内ルールでは「業務上発生するミスは社員に責任はない。その責任は生活相談員が負う」としている。これは、生活相談員の教え方が悪かった、障害を持つ社員のミスを生活相談員が発見できなかった、と言う考え方によるもので、前述の設定した目標の振り返りの場を毎日作ることにした。生活相談員と障害を持つ社員とのやり取りは、「褒め言葉のシャワー」を第一に提案するSST般化の場であり、コミュニケーション力育成の場である。毎日繰り返すことにより仕事上の会話が増え、会話力・コミュニケーション力が育成できたとても良い結果を得た手法である。 3 SSTの活用 (1)SST社内研修の前の課題と定着課題 SST導入のきっかけは、特例子会社設立時、経営者、および、生活相談員が障害について何の知識もなく、障害者と向かい合った経験が全くないことに起因する。その他職場では、設立時において親会社が望む軽度の身体障害者は求人しても該当者がなく、比較的スキルの低い知的・発達障害を持つ社員を迎え入れた。業務内容は事務請け負いから始めたが、進行上の指示出し方、仕事の説明の方法、指導時の声のかけ方等がわからず、業務をスムースに進められず、また、マナー教育も必要とされ、課題多い環境のスタートである。業務を進めると更に、「仕事ができないことで落ち込む社員に対し、どのように対応するか」が大きな課題となる。落ち込む原因を探ると、障害を持つ社員のコミュニケーション能力の欠如が第一としてあげられる。 (2)SST導入当初と定着支援 設立時より障害を持つ社員のコミュニケーション力不足による課題をかかえる大東コーポレートサービスでは、職業センターのカウンセラーやジョブコーチに相談し、前述の課題について、まず最初に指導を受けたことは、ジョブコーチが職場の生活相談員の目の前で、障害を持つ社員への対応について手本を示され、生活相談員がそれを繰り返し行い徐々に仕事が進められるようになったことである。更に、障害を持つ社員のコミュニケーション力向上策についてジョブコーチに相談した際にSSTを紹介された。その直後より生活相談員と共にSSTトレーニングを様々なところに足を運び1年間の研修を受けた。 2年目より障害を持つ社員の職場研修としてSSTトレーニングを開始した。SSTは障害を持つ社員のコミュニケーション力獲得には、とても良い手法で、研修後は職場内の会話が増え、仕事がスムースに進められ、社員が業務遂行上大きな自信となり笑顔の源泉となる。 (3)般化手法とその効果 SSTを実践しながら、いかにSSTを般化すべきかを考える時期において、知的・発達障害を持つ社員は、SSTに中々なじめない時期があった。SSTは教える立場の周到な研修が必要とされるが、SSTの実践経験がない私たちは当然の結果で、SSTを導入後2年間は、社員が言う「楽しいウォーミングアップ」に終始していた。3年目頃からやっと基本セッションが実施できるようになった。これでいいのか、と不安にあえぐ時期に、SSTの先輩から、「ウォーミングアップを2年間続けたことが、SSTへの学びやすさとコミュニケーション獲得の足掛かりとなり、仕事に活かされていますよ。」と言われ、当該導入が間違いないことが確認でき自信が持てた。SSTを続けてみて気づいたことは、病院等と企業におけるSST実践に違いがある。企業ではSSTを学び、その直後から毎日、毎回、反復練習する場が多くあること、この般化は、社員がウォーミングアップで研修の楽しさを知り、社員一人ひとりがコミュニケーション力を身につけられる結果となった。更に、昼休み時間内に問題行動等が発生して解決に向かう中、「障害を持つ社員の昼休みをいかに過ごすか」の課題に直面した。生活相談員と議論をしたときに、「昼休みのゲーム取り入れ」が提案された。ゲームの楽しさを取り入れたコミュニケーション力向上策は、ゲームをする楽しさが会社出勤の楽しさに増幅し、ゲーム中においてもルール順守と相手を思いやる精神が参加社員の中にSST般化の場として育成され、会話力を身につける等の成長する姿を見ることができた。その結果知的・発達障害を持つ社員のコミュニケーション力育成に貢献できた。そして、障害を持つ社員たちは業務遂行に自信を持ち、本来社員一人ひとりが持つ潜在能力を発揮して、結果、親会社を含むグループ事業への戦力化を達成して利益貢献もできたのである。 (4)SSTの実践した課題例 SST普及協会主催の学術集会やワークショップでは、毎年SSTを導入されている企業が増えてきていることを実感している。これらは障害を持つ社員および、企業や支援者においても喜ばしいことである。その一方ではでは課題設定について、難しさをよく聞く。以下に、企業内で知的・発達・精神障害を持つ社員に対し、行なってきた、SSTの課題について述べる。 ・社員から冗談を振られたときの対応 ・他の社員に質問をする ・初めてあった人と話をする ・相手の言っていることがわからない場合の対応 ・違う課の社員と話すときにどんなことに注意しますか ・嬉しい気持ち・感謝の気持ちを言葉で伝える ・ほめ言葉を受け入れ、自分の気持ちを伝える ・業務中に聞きたいことがある。生活相談員が多忙のときに話すにはどうしますか ・業務中に失敗をしたとき、上司へ報告する ・業務中に指示を受けたが、やり方がわからないときの話し方 ・業務中に使用しているものがなくなったときの話し方 ・業務中に相手に傷つけられる一言を言われたときの対応の仕方 ・業務中に違うやり方をしている社員に話しする ・相手に伝えた内容をどのように確認しますか ・仕事中眠たくなったらどうしますか ・通勤中電車の中で寝て乗り過ごさないやりかた ・出勤の時に電車の事故に出会い、遅刻しそうなときの対応 ・通勤途中に電車の中に傘を忘れたきの対応 ・相手の名前を忘れたときどうしますか ・会話中に間違えた回答をしたときの対応 ・業務の進め方が変更して混乱したときの対応 ・業務中に、相手にお願いしたいときの対応 ・相談員に質問するとき、うまくまとめるにはどうしたらいいか ・ストレスについて知り、ストレスの発散方法 ・顧客の前で説明の仕方がわからなくなったときの対応 ・顧客の前で頭が真っ白になりました。あいさつの仕方を忘れたときの対応 ・顧客が話をしているときにあいさつする ・外線から電話がかかり誰もいないときの対応 ・職場の人を遊びに誘いたい、どうしますか ・職場の人から飲み会の誘いを受けたが、断りたいときの対応 ・今度皆の前で話をする。その練習をしたい ・休んでいた同僚が出勤したときの声のかけ方 ・仕事で一度にたくさんの指示を受けたとき、どのように対応するか ・悩んでいることがあるときの、相談の仕方 ・他の人が失敗をしたが、自分に聞かれたときどうしますか 4 就労に向けての職業準備 ① 企業が求める人材とはどのような人材だろうか? 作業ができる人か、障害の軽い人か、体調が悪くても出勤する人か、いずれでもないと言いたい。多くの企業ではマナーが守れる、健康管理・あいさつ・返事ができる、身だしなみが良い、基礎的な作業能力がある。自力通勤、精神的自立と人間関係が上手にできる等々をよく聞く。私は、採用時は、「本人のやる気」を第一とした。その他のことは、多少不足していても、障害を持つ社員を企業で育成し、不足分を身につけ成長する。あえて望むとするなら、家庭や学校でもできること、「数字が書ける、セロテープが貼れる、紙を揃える・数える・折る・切る・貼る」等の誰でもできる基礎能力を身に着けることである。当該社員は入社後、成長が早いことを幾度も体験した。この点に注目している。 ② 前述のSSTの指導手法で最良の方法であると引き付けられたことは、「褒める指導」である。学校や親御さんの障害を持つ生徒、わが子への対処法で、例えば、指示したことを間違えたときは、その欠点を指摘する、「怒る指導」がよく見受けられる。意外と見過ごされている言葉では、「なんでできないの」「何回同じことを言わせるの」「ちゃんとやってよ」等々、言われた本人は、まさに「怒られている」と感じる言葉である。SSTではそれらが全くなく、褒めるだけの教え方でできる、ここに着目願いたい。その上で、障害者一人ひとりの生活面に至るまで理解し、ひとつひとつの行動に対し、どのようにしたら解決できるかを共に考え行動する。大東コーポレートサービスでは生活相談員が業務上発生する疑問・質問等の小さな変化に気づき、障害を持つ社員のSOSサインがいつでも出せる環境作りに重きをおき、仕事の流れを良くして、社員が迷いなく仕事に対峙できるように行動する。生活相談員がより具体的に対処できるよう配慮している。 ③ 障害者の特性は、一人ひとり違いがある。知的・身体・精神障害等の区分に分けることなどはできない。障害が重複しているものも少なくない。それにも拘わらず世間では3障害などと区分され、それぞれマニュアル化され管理する例が多く、疑問が残る。そこには狭義の理論解釈からなのだろうか、「決めつけ」はないだろうか。8年間の体験を通し障害者指導は、マンツーマンの指導法が適していた。 障害を持つ社員への定着支援で得たことは、「作業は工夫次第で誰でもできる。」ということである。 障害者雇用に限るものではないが、「採用後は、社員育成は企業の責任」を自覚する企業が増えていることは嬉しい。まだ、多くの企業では社員のマナーや業務スキルや社会性を必要としているが、入社前に多くを求めず、企業の環境次第で時間をかけ、入社後の企業内研修により、身につけさせる企業が年々増加していることに希望がもてる。 5 まとめ 障害者の雇用拡大は、優しさと工夫があれば、企業の大中小を問わずどこの企業でも容易くできる。逆にできないと言う企業は、その方法がわからないだけではないだろうかと考える。定着支援においては、SST等の手法を駆使することで、誰でもできる。 SSTを推進していく上では、「リカバリーへの道」からリカバリーの4段階を活かした就労支援を基盤として行動してきたSSTの展開である。又、企業において、入社はさせたが、その1年以内の退職者が多いことをよく聞く。退職届を見てから指導するのでは余りにも遅すぎる。日ごろから社会資源を駆使してでも、社員の小さな変化・成長に生活相談員等が気づき、企業サイドにて先手を打つことを希望する。障害者の定着支援では、褒める指導法は不足するスキル獲得効果が高い。そこからスモールステップで時間かけて、展開されることを改めてお薦めする。 ☆継続雇用 リカバリーの4段階を活かした就労支援 ・第1段階 希望 ・第2段階 エンパワメント ・第3段階 自己責任 ・第4段階 生活の中での有意義な役割 【参考文献】 1)「リカバリーへの道」前田ケイ監訳 金剛出版 2)「基本から学ぶSST」前田ケイ 星和書店 重度障害者の在宅雇用における地域連携 青木 英(クオールアシスト株式会社 取締役/在宅事業部 担当部長) 1 はじめに クオールアシスト株式会社(以下「アシスト」という。)は、クオール株式会社(保険調剤薬局の経営)が行っていた障害者雇用をより促進するために2009年2月設立、同年3月に特例子会社に認可された。 2 会社概要 雇用している障害者の内訳は、身体障害者27名(全員重度)、精神障害者2名(転換、睡眠障害)で、精神障害の1名を除き、全員が在宅勤務である。身体障害者の内訳は、脊髄頚髄損傷系8名、疾病や難病による肢体不自由14名、心臓疾患系2名、人工透析3名、その他1名である。 業務は、全国にある調剤薬局で勤務する薬剤師や医療事務の勤務シフトデータの入力を主幹業務とし、その他にWebグループ(グループ会社及び外部のホームページ制作及び管理)イラストデザイングループ(クオールグループ内の販促チラシやポスター、年賀状、研修資料等印刷)、入力グループ(主に調査・アンケート集計・業務マニュアル作成及び管理、各種入力系業務)の三つに分かれ個々の業務を行っている。 在宅社員全員が、いわゆる通勤困難者であり、中には難病の進行により通勤業務から在宅業務に切り替えた者もいる。在宅社員の居住地域は、北海道1名、埼玉県8名、東京都10名、神奈川県2名、千葉県1名、静岡県1名、宮崎県5名となっている。 3 在宅雇用の課題 (1)コミュニケーションの構築 目の前に社員がいないため「会社と在宅社員」及び「在宅社員と在宅社員」のコミュニケーションが構築しにくいと言われている。しかし今はIT技術の格段の進歩により、VPN接続やWeb会議システム、メールシステムを活用することによって、通勤業務と変わらないレベルで業務遂行が可能となっている。同時にメール文章力や会話力など業務に必須なスキルが向上するなどプラスの面が顕著になってきている。 (2)セキュリティ管理 現在起きている情報漏洩事件のほとんどが通勤業務の中で発生している。理由として、通勤業務では情報のアクセスが比較的容易で、外への持ち出しも容易である。そういう面では通勤業務の方が漏洩可能性の条件が揃っていると言える。在宅業務の場合は、VPN接続の利用や厳しくアクセス制限を課すため、情報の収集がかなり限られる。そのため通勤業務よりも漏洩に関しては軽微になる。最終的には情報漏洩に関しては個々のモラルの問題であり、通勤も在宅もここに帰結するのではと考えている。 (3)研修の難しさ 通勤業務では集合・個人を問わず対面での研修が容易である。しかし在宅雇用では非常に難しい。前回はこれを「在宅雇用における遠隔(在宅社員間)OJTの仕組み」というテーマで発表を行っており、今回はこの説明については省略させて頂くが、(1)で記載したコミュニケーションの構築にもつながる点では、研修の仕組みとコミュニケーションを一体で構築することでかなりの部分で克服できると考えている。 (4)雇用管理 在宅雇用は目の前に社員がいないため雇用管理が大変難しいと言われている。特に「就業時間管理」「健康管理」「業務進捗管理」が難しく、管理者は就業時間内にきちんと仕事が行われているのか不安になるようだ。実際この内容に関する問い合わせが多い点からも、在宅雇用の最大の課題と言える。 今回はこの中で雇用管理について、本社から遠方で採用された在宅社員が、行政・福祉・ご家族・企業の連携がどのように雇用管理支援として機能しているかを紹介し、重度障害者の在宅雇用をご検討されている皆様の参考になればと思う。 4 採用活動について 在宅雇用の採用活動には、いくつかの方法がある。在宅雇用に向いているのが、いわゆる通勤困難な重度の障害者、特に重度身体障害者が適している。アシストではほぼ全員が重度身体障害者であるが、このタイプの障害者を採用する際の母集団形成がなかなか難しい。 通勤困難=移動困難とも考えられるため、就労支援団体への登録ができないケースが多く、また自らも働けないと考えている方も多いと聞く。そこで就労支援が難しければ生活支援から探してもらうのも一つの方法である。アシストでも生活支援を受けている社員が約半数おり、生活支援からの掘り起こしは有効と考えられる。 就労支援からが難しく生活支援からの可能性があるということで、今現在制度化されている支援団体として、障害者就業・生活支援センター(以下「就業・生活支援センター」という。)の存在がとても大きい。アシストでは実際に就業・生活支援センターと連携した就業・生活支援を行っているケースがいくつかあるが、その中でも宮崎県での取り組みが素晴らしいと感じている。よって今回は宮崎県での取り組みについて紹介させて頂く。 5 宮崎県での事例紹介 (1)きっかけ 現状、首都圏での重度障害者の採用が非常に難しくなっており、以前ほど応募者が集まらなくなってきている。原因として、重度障害者の雇用がひと段落ついて少なくなっているという意見があるが、障害者雇用の中心が知的・精神・発達に移り、全体的に通勤困難な重度障害者への関心度が低下しいている点が挙げられる。これは行政だけでなく、民間の就労支援団体でも同様なことが言える。そこで、沖ワークウェルでの雇用事例から宮崎県での雇用を勧められ、まずは宮崎県を訪問し障害者雇用の現状について調査を始めた。 (2)県庁主導による雇用サポート 通常、都道府県庁での障害者雇用政策は、雇用政策部門と就労支援部門(主に福祉部門)が別々になっており、両者の連携により障害者雇用政策が推進されている。 しかし宮崎県では、この両部門が一つ(福祉保健部 障害福祉課 就労支援担当)になっている。この障害者雇用の専門部門があることにより、企業との連携やハローワークや民間の就労支援団体を含めた連携が取りやすく、慣れない地域で雇用を行おうとする企業の窓口として、色々な不安の解消に大きく役割を果たしている。実際、初めての訪問のときには、ハローワーク専門援助部門、宮崎障害者職業センター、民間の障害者就労支援団体、みやざき障害者就業・生活支援センターなど、障害者雇用に関連する各所に案内され、宮崎県での障害者雇用の状況を現場面線で確認させて頂いた。同時にアシストが行おうとする在宅雇用の内容を説明し、今後の採用活動に伴う支援を依頼できた。こういった土台作りを支援して頂いたことにより、その後の採用活動と雇用サポート体制構築に大きな役割を果たしている。 (3)障害者就業・生活支援センターによるサポート 通常、就業・生活支援センターは、都道府県庁の管轄下に置かれている。宮崎県の場合、障害福祉課の管轄下にあり、両者の関係は大変に緊密である。相互間の連絡と情報共有、定期的なミーティングなど、接触の機会を増やすことで連携強化を常に図っている。障害者関連の地域連携と言えば、やはり各地域の障害者就労支援センターの役割が大きい。実際アシストも何名かの社員が就労支援センターの支援を受けている。こういった障害者就労支援の中で、とりわけ就業・生活支援センターの存在は在宅雇用にとってとても重要である。在宅雇用における就業・生活支援センターは、「就労」と「生活」の両支援が一つの施設で依頼できる大変有用かつ利便性の高い施設とである。現在アシストでは、宮崎県内の7か所の就業・生活支援センターのうち「みやざき(主に宮崎市)」「みやこのじょう(主に都城市)」「こばやし(小林市やえびの市など)」の3か所と連携している。 障害者の内容などによって支援の内容が変わってくるが、主に定期的な電話連絡や訪問によって、ご家族の様子、体調の変化、福祉関連情報(制度変更のお知らせなど)の提供など多岐にわたるサポートを行い、その時の様子などをアシストに連絡し、今後の支援についての提案なども頂く。企業側からすれば、こういった細やかな支援は大変に有り難く、本当に心強いパートナーである。 6 実際に行われている支援 (1)採用支援 雇用を行うためには採用が出来なければ始まらない。その採用をまったく知らない土地で行うのだが、企業単独で行動して採用活動を行うのには無理があるし、実際に応募者を集めること自体が困難である。宮崎県での採用では、まず県庁の障害福祉課に相談し、先に述べたところを紹介して頂いた。その後はみやざき就業・生活支援センターが主体となって、県内各地の就業・生活支援センターへ情報の提供がなされ、該当しそうな障害者のリストアップが行われた。このリストアップは就労だけでなく生活支援からも行われている。なぜならば通勤困難な障害者の場合、生活支援を受けている障害者も多く、「自宅で働けるならば」ということで応募するケースが意外に多いのだ。ここでリストアップされた方々の情報がみやざき就業・生活支援センターに集約され情報が提供される。応募書類などは応募者から直接発送される。これらの応募者情報をもとに、企業と就業・生活支援センターと相談し会社説明会や面接会のスケジュール、面接の順番の決定(遠方からお越しの方の配慮)などを決定する。これらの活動を通して、2012年に実施した際は19名中1名を、2013年では7名中4名を採用(1名は辞退)が採用された。2013年に応募者が少なくなっているのは、2012年の経験をもとに応募者のリストアップの精密度を高めたからとのことである。これらの支援のおかげで、たいへんに素晴らしい人材が採用できており、現状退職者は1名も出ていない。 (2)企業との連携による支援 採用面接会を実施後、内定者について就業・生活支援センターと企業との間で情報共有が行われる。その内容は、面接会での印象や家庭環境、就労環境の整備内容、考えられる体調上の注意点など多岐にわたる。特に就労環境整備と体調上の注意点はリンクしており、業務中の姿勢制御の方法などを福祉の専門家から見た視点を参考に必要な器具を揃えることもある。また生活支援についても、企業の方で得た生活介護を受ける曜日や時間などの業務時間に関する決定事項を就業・生活支援センターと共有し、できるだけ生活面を重視した就労環境を協力して整備する。 (3)就労開始直後の支援 在宅雇用は、自宅の中に職場を置かせて頂いている以上、ご家族との交流が必須となる。ご家族に変化があった場合、生活だけでなく就労にも影響が出てくることが考えられるため、就業・生活支援センターの支援にはご家族の状況観察が必ず含まれる。就労支援について、企業の業務内容に就業・生活支援センターが触れることは一切ない。重要な支援は業務継続中で起きる可能性のある二次的障害(例:じょくそうなど)のチェックである。もし問題が起きれば、企業は直接社員と連絡を取り合い必要な措置を講ずるが、その場合でも就業・生活支援センターからの道具や方法などのアドバイスを頂くなどの連携が図られる。これらの支援はそのまま定着支援につながっていく。 (4)定着後の支援 職場定着がなされた後も(3)の支援は継続されていく。アシストの場合、企業としてのCSRを積極的に行っており、行政や就業・生活支援センターから依頼があった講演依頼や障害者雇用指導などを積極的に行い、首都圏で行われている雇用の事例や在宅雇用の事例を紹介し、宮崎県での障害者雇用推進への微力ながら支援を行いながら、相互の連携を深める努力を行っている。具体的には、県内すべての就業・生活支援センター責任者が集まる会議に在宅社員が出席し、在宅雇用での実務の話や仕事と生活の切り分けやそれらに対する質疑応答を行う。また現在進行中だが、特別支援学校での講演依頼もあり、生徒たちに「働くこと」について話をすることになっている。このように宮崎県内の障害者雇用がより推進されていくために、企業として出来る限りの協力をし、相互間の関係をより強固なものにして、可能な限り長く勤務が出来るようにしていかなければないと考えている。 7 支援を受けている社員の声 現在宮崎県では5名の在宅社員が活躍しており、全員が就業・生活支援センターから支援を受けている。採用から定着支援まで幅広く、そしてきめ細やかな対応によって社員が安心して就労できる環境を維持できている。実際に採用から現在までの支援を受けている在宅社員Aの声を紹介する。 <自宅復帰までの支援> 宮崎市障害福祉課・みやざき就業・生活支援センター・重度センターのケースワーカー(別府市)等の連携による自宅改造工事を実施。 <自宅復帰から就職活動> 就労移行支援を恵佼会(就労支援団体)で受講しながら、ハローワークから求人情報を入手していが、県庁障害福祉課からアシストの求人情報を入手し、障害福祉課を通してみやざき就業・生活支援センターへ面接会参加の意向を伝える。ここで、具体的に就業・生活支援センターとの連携を開始する。 <採用から定着まで> 会社説明会及び面接会に参加。内定を獲得し2013年4月から勤務を開始。入社後最初の訪問研修の際、就業・生活支援センターが同行。ある程度の業務の内容等について把握し、今後考えられる業務負荷などについてアシストと情報を共有。以降、遠隔OJTがスタート後、アシスト訪問時には必ず同行し、また定期的な訪問やメールなどによる情報提供などによって、本人だけでなくご家族の変化把握についても気を配っている。現在は基幹業務及びWeb制作の中心メンバーの一人として活躍中。 <在宅社員のはなし> 生活復帰から就職・定着まで県庁障害福祉課をはじめとする行政機関と、恵佼会などの就労支援、そして就業と生活の両面を支援する就業・生活支援センターなど、大変に多くの支援が自分の周辺に存在していることに大変驚いている。そしてこういった支援と会社が連携をして、必要に応じて情報交換・共有をし、仕事を行うための環境整備に細かく気を遣ってくれる。仕事も頑張れるし、プライベートとの切り分けもできるので、両方とも充実している。こういった形が各地に広がり、たくさんの重度障害者の在宅雇用が生まれ活躍できることを期待したい。 8 課題・問題点 重度障害者の在宅雇用を行う企業が少しずつ出てきおり、以前に比べると状況はほんの少し良くなってきているが、重度身体障害者に対する支援については、ここ数年縮小傾向にある。そのため5年前に比べると応募者の数が激減している。これは重度障害者の雇用が進んだということではなく、障害者側が就労を諦めてしまっていると見るべきである。移動や通勤が難しい重度障害者の場合、就業条件が限られて厳しい状況にある。これを打開する方法として在宅雇用がとりわけ適していると思う。企業の方も法定雇用率の上昇により障害者雇用の新たな開拓に苦慮している。しかし最初の方で述べたとおり在宅雇用には色々な欠点が指摘されており、企業の方も二の足を踏むのはやむを得ない部分もある。 これを解決するためには、行政を含めた地域支援が不可欠である。それも就業面だけでなく生活面もセットで支援する仕組みが必要である。その中での就業・生活支援センターの存在はとても大きいと述べたが、業務を受託している就業・生活支援センターにもこれまでの経験に基づく障害による得意分野があるため、なかなかスムーズにいかない地域も現実として存在している。課題も多い重度障害者の在宅雇用だが、少しずつ実績が積みあがっている。今後の官・民・福のより強い連携により、障害者雇用のこれからの発展に期待したい。 【連絡先】 クオールアシスト株式会社 在宅事業部 青木 英 e-mail:e-aoki@qol-assist.co.jp HPアドレス:http://www.qol-assist.co.jp 完全社会復帰への挑戦 小林 賢二(社会福祉法人あかね ワークアイ・ジョブサポート バーチャル工房Webコース担当) 1 社会生活よりの脱落 2003年、帰宅途中に交通事故に遇い「身体障害者」となることから、はじまる。 傷病名は「中心性脊髄損傷」 部位 特定無 2006年 障害者手帳交付を受ける。1種2級。 2009年 生活保護受給者となる。 2012年 再交付 上・下肢2級 1種1級。 (1)180度反転した生活 私は、写真関係の仕事で生計を立てており受傷のため、カメラも握れず仕事より離脱せざるをえなかった。当然事ながら、身体が思うように動かなくなったショックとジレンマ・生計への不安・将来に対する恐怖などの中、相次いで母、父と死別があり、精神状態は錯乱しどん底だった。 身体は四肢の麻痺、両肢のクローヌスが強くベッドから立ち上がることの困難や、歩行も車椅子頼りという状態であり、自虐的な行為や絶望感から死を考える毎日が続いた。 (2)目覚め 支えられ、生かされていることに自覚が芽生えた時期がある。 ①ケース1 症状も気持ちも少し安定してきた頃にある施設の利用を開始した。ショートステイした時に入居されていた老婦人から「あなた、カメラマンだそうね。今頃、外はどんな花が咲いているかしら、撮れたらみせてください。」と声をかけられた。花の写真を撮るなんて考えもしなかったので、返事に窮していると、周りの方々からもリクエストが挙がってくる。 下の湿地で職員さんがキジをみたよ。 十五夜になると、とてもきれいな月が見えるポイントがある。 中庭の奥に牡丹の花が咲くよ。 杉の木の上を白鷺がとんでゆく時がある。 等々、毎日の生活の中で心の芯で捉えた花鳥風月を必死に伝えようとしてくれている。 カメラは持ってきている。しかし、重さに耐えられない。シャッターが思うように切れない。でも、彼らのリクエストに応えてみよう。いや、これは今まで見知らぬ人々が部位障害の程度は違うが、仲間へのエールを送ってくれているのだ。私たちよりも動ける仲間に「ガンバレ」と言ってくれているのだと思えた。 必死になってカメラを持ち、シャッターを切る訓練を始めた。まず、腕は肘を車椅子の袖に立てて三脚代わりにする。電磁シャッターを使えばショックも和らぎ手ブレが防げる。アイデアが湧いてくるではないか。2週間の入所があっという間に過ぎる。ときは梅雨時で、ちょうど紫陽花が咲きはじめていた。その中に一株だけ他の花とは違う花を咲かせているのがあり、それを写す。拡大してみるとまだぶれているが、そのカットをかの老婦人に見せた時、彼女の顔が紅潮し、一筋の涙が頬をつたった。「ありがとう」の言葉に、なんともいえない感慨が身体を揺すってきた。 ②ケース2 PCを動かぬ指に棒を挟んで、キーを叩きゲームを楽しんでいる男性の入居者がいた。何度目かのショートステイで同室となった折、「スライドショーを作りたい、君の作ったDVDをみて、自分も作れるかなと思って」と相談された。その施設と周辺の自然と音楽を組み合わせたDVDを即興で作り、仲間の方に披露した事を覚えていて、来たら相談しようと待っていてくれたそうだ。故郷の珍しい祭りを家族で撮ったそうだ。しかし、彼の症状を見ると、(頸部骨折と脊髄損傷で、寝起きも自分でできず、スタッフの手を借り、車椅子へ移動しなければならない。また、座っている時間も限られているほどの重体)かなり難しそうに見えた。彼は、どうしても自分の手で作り故郷の実家へ送って見せたい一念でせがむので、それでは、一緒にやりましょうということで“プロジェクト101”が動きだしたのである。 そのほかにもいくつかのエピソードはあるのだが、中途障害者となった自分には、それぞれのケースで生きるパワーをいただいているように思えたのである。まさに、支えられて目を覚まされた思いがした次第である。 2 社会復帰をイメージ (1)障害の克服 まず、「立ち上がるのだ、ハンデを克服して社会復帰を目指す」意志を固める。そのためには家人の手を借りず一人でやることをめざす。 ①ストレッチ体操や筋力アップのために重りを持ち上げる、車椅子に座り足を上げ下ろし、テニスボールを握り手指のストレッチなど自宅でできることをきちんとやる。 ②身体を回転させベッドの手摺を握り昇降練習 ③家の柱を両手で抱え車椅子から起ちあがる、座るを繰り返し、起ち上がれたら首、膝の補装具を付けトイレまで杖を使い歩く(10歩程度) ④慣れてきたら車椅子で外出(ツールとしてカメラは常に持参し、撮影の訓練)、外の環境に慣れる、興味を増長させる、感性の再生や恐怖の克服を目途とした。 (2)障害に合わせたスキルの習得 (1)を克服しても、完全に身体の障害が治るわけではないため、残存能力に合わせたスキルを習得しようと考えた。 ①残存能力の確認 思考能力は再生しつつある 右、手指は辛うじて機能する 会話、発音は問題なし 生活動作は1人で大半のことはできる PC操作ができる 創造意欲はある ②在宅就業を目途 既存の経験値を生かし、保有する機材を活かし、商品撮影や印刷物の制作などを柱に、よりPCを活用させられる技術の習得。 (3)就労の確保 年齢的にも限りあることを考えると、在宅起業をめざすしかないと思う。そのためには、資金を得る必要がある。 (4)経済的自立 経済的なベースは、「年金」「生活保護受給」であるが、「(2)②」の要件を達成させるには、生活保護受給を脱し、経済的自立を図らなければならないと思うのである。 3 「バーチャル工房」との出会い (1)出会いのヒント 検索を進めていて、問合せをしたある求人紹介会社で、「障害者の就労支援をしているNPOが民間会社と役所を巻き込んで入力作業をしている。東京都区なので、貴方の居住する地域にもあるはずだから、探してみてはいかがか」というキーワードをいただいた。早速、市役所の障害福祉課へ問い合わせてみたところ、現在お世話になっている「社会福祉法人あかね」を紹介され、千葉県重度障害者就労促進特別事業「千葉サーマウントバーチャル工房」開講に巡り会う。 そこで「HTML・CSS・WEB」という聞きなれない文言を聞かされた。しかし、対応された方の「写真関係の仕事をやられていたら、きっと役に立つはず」という言葉にひかれ、即座に受講を申し込んだ。新しいスキル習得への第一歩だった。 (2)訓練 在宅での9ヶ月の訓練期間は初めてであり、就職に向けての知識・技術の習得を中心としたカリキュラムが組まれており、「eラーニング」という学習法も知った。 Excel・Wordなどの事務系には欠かせないソフトや、Photoshop・Illustrator・INDESAINなどの技術系ソフトをPC画面を通して学べることは、私にとって願ったり叶ったりの内容であったが、錆びついた頭の回転を高めるのには大変苦労だった。さらに、XHTML&CSSは、興味深いカリキュラムで、苦戦しつつも訪問講師の方、担当の方々の励ましで、なんとか習得に至った。しかし、熱中するあまり身体へのリバウンドは大きくて閉口した時期もあった。 (3)修了して 二つの課題を自らに課した。それは、どの程度身体の鍛練ができているのか、受講を終えて力はついたのかを実証したかったからである。 ①習得技術の確認 自身のWebページを作成し、リリースさせる。 少々時間がかかったが、インターネットへリリースすることに成功。内容は簡単なものだったが、習得した技術が機能したことを確認できた。 ②身体的能力の限界を確認 撮影小旅行で作品を作り、ホームページへアップロードさせる。 これは、大変危険が伴い事によれば途中挫折もあり得る旅行。これで、どうにかなってしまうようなら自立して起業することは叶わないと考えたからだ。 まず、車で駅へ行き銚子を目指した。海を見たい、菜の花を見たいなどいろいろ考え、できるだけ負担の少ないコースを考えてのことである。 途中省略をするが、外川駅に着いたころ白いものが舞い始めた。想定外の事象に身体はひるむのだが、勇気を出し一歩一歩坂を下り、外川漁港に辿り着いたころは大粒の雪が写真をとらせない。しかし、小降りになるのを待って琴線に響く被写体を追った。身体は凍え、手の感覚も薄くなりかけたので中止。駅に向かってまた坂を上る。このうえない野外リハビリだと自照した。できる、息も苦しいができる、と確信をもった。 翌日の帰宅後、体が硬直したようになり、それから体調を崩して寝たり起きたりの毎日を送る。主治医からは、「それは無茶だ、症状は少しずつ進行するから痛み止めだけでは追いつかない事態になるよ」と、きつくお叱りを頂戴した次第である。 (4)Webクリエーター上級認定受験 2011年の秋、職業訓練「eラーニングコースPC実践コース」を受講する。これは4ヶ月のコースだったが、「バーチャル工房」とは趣が違い、MOS受験を前提としたExcell及びHTML4.01&CSSのかなり実践的なカリキュラムであったためかなり必死で学習した。特に、HTML4.0&CSSは、Webクリエーター初級を取るよう前回の受講講座で進められていたこともあり、この年で「お受験ですか」と思案していたところ、今回の訪問講師の方から、「上級で大丈夫。」とハードルを上げられてしまう。試験問題は時間が限られており、タイピングのスピードとコーディングの正確さも要求されており、指の動きがついていかない。「寒さの中写真を撮りに行ってシャッターを切り続けたろう」と励まし、早朝5時起床を課し頑張り続ける。 身体の疲労は極限に達したところで、「肺気腫」を発症させてしまった。即日、自宅に酸素吸入器が持ち込まれ、外出時もボンベを背負っての事態となった。なんでまた呼吸器まで壊れたかと落胆してしまう。が、すでに受験日を決め受検料も払い込み済で、何としてもひとつのスキルをマスターできた証をとりたかった。 受験日は、車椅子の背にボンベを背負い会場へ行き受験。途中で寒さと緊張からかキータッチが止まってしまった。指が動かない。その瞬間、思わず「おい、何のためにここまで頑張ってきた、しっかりしろ」と叫んでしまった。試験官は、無言で腕時計をみて、「時間が迫っている、進めなさい」と目で促してくれた。指を揉み、腕を叩くと指が再びキーを打ち始めてくれ、何とか時間ギリギリまで動かし続けることができた。 帰りは力が抜けて意識も朦朧とした態で、よく無事帰宅できたと思う。 数週間後一通の封書が届いた。「合格」の通知である。よくもあの状態の中で合格ラインを突破できたと、嬉しさよりも「火事場の馬鹿力」ではないが体に潜む力の偉大さに感心したもので、後から、辛かった数か月を振り返り、社会復帰だってやればできる自信と勇気が湧いてくるのである。 4 今後の課題 (1)就活での「60歳定年」の壁 100社近くの応募をしても、大半が「当社は60歳を定年としており」という不採用通知をいただく。 63歳の身としては、気が引きかけるところもあるが、健常者でも60歳は早すぎる。まだまだ仕事のできる年齢ではないだろうか、私は、再生をし始めてこれからなのに世間にもう門戸を閉ざされてしまったのかと思えて大いに落胆。就活の難しさが身に染みる。 (2)在宅就労の難しさ 検索したところ、在宅の仕事は2通りあった。一つは、企業(特例子会社のような)が在宅雇用訓練をし、機密保持型の在宅就労。もう一つは、在宅のお仕事をお世話します型の就労。堅実度は前者だが年齢制限等門は狭い。後者は、仕事を委託するにあたって、登録料・指導料などを請求してくる詐欺まがいの募集もあり、一般論として、手を出しにくい点があると思われる。それに、障害の程度に合わせ住居での環境整備の問題などがあり、一概に「はい在宅就労」とはいかないのが実情ではなかろうか。受け皿が欲しいところである。 (3)実社会の厳しさ 在宅就労を切望し、スキル習得や研鑽、身体的能力の強化などを行ってきて、前述の難しさを勘案すると、現実は外へ出て行かなければ解決しない事を悟ったのであるが、10年間というブランクはまさに「今浦島」であった。街の様相、慣習の変化への対応は、私にとって再びの試練となった。なぜならば、今まで、障害者であることからその立ち位置を、特別な社会として現実の社会とは隔絶された特殊な世界観が支配していたのであるから。社会へ再び復帰して行こうとするには、現実の社会を受け入れ、自分の障害と融合させてゆく工夫と覚悟が必要であることに気付かされたのである。昔とは違い、障害者に対する目は、幾分温かみを感じつつも、どこか、現実の波の流れに乗せない冷たさも肌を通して感ずるのは私の僻目であろうか。 (4)生活保護からの脱却 私にとって、生活保護受給は「緊急避難」であったはずである。とすれば、自助努力を持って、いち早く社会へ復帰し、納税をはじめとする義務を果たすことが筋道かと思う。 福祉的就労をするにあたり、「これは社会復帰のために与えられたリ・ハビリテ・エィション」であると受け容れた。準備段階だと考えると、社会福祉の恩恵はここまでもと、心底から頭が下がる思いである。が、このスキームの中から脱却してゆく、そのことに、喜びと一抹の不安を感ぜざるにはいられないはずである。 5 結び 障害者を支えていただいている幾多の力を借りずには成し得ないことが前提で、「目的を明確にする事」、それを「叶えるプロセスの構築・トライする心を常に暖める努力」が、奇跡を呼ぶことがあると信じ、結果として車椅子やベッドから起ちあがり、自分の置かれた世界の殻を打ち破ることが、遠く眺めていた世界を引き寄せると思う。現に、私は杖での平常歩行を可能とし、通勤による福祉的就労を果たせたのである。 昨今、「サクセスフル・エイジング」という言葉を耳にすることがあるが、全く無知な自分には、解りかねる文言であった。つい最近、お世話になっている整体師の方から、「あるセミナーでサクセスフル・エイジングという生き方を拝聴した。要約するに“最高の形で年を重ねる”という意味かと思うが」 そうだ、健常者であろうが、障害者であろうが、皆、歳はとる。その中で、個々人が自分に合った最高の生き方ができればよいのではないのか。 無知蒙昧の文言を羅列してきたが、何が言いたいのか即ち「ただ自分らしく生きたい。そのための障害があれば立ち向かい、活路を切り開く信念を持ち、悔いのない人生を送りたい。それが自分の最高の歳のとり方ではないか」ということである。その意味でまだ、私の完全なる社会復帰への挑戦は始まったばかりである。 【連絡先】 小林 賢二 社会福祉法人あかね ワークアイジョブサポート e-mail:kobayasi@akane-net.or.jp JOBトレーニング事業の可能性 ○山中 康弘 (ITバーチャル八尾 代表) 阪本 美津雄(ITバーチャル八尾) 1 はじめに 第3期八尾市障害者基本計画には、「障害者自身が自立した生活を送れるように、パソコン講座の充実など、就労に必要な知識や技術習得に対する支援が課題である」と明記されている1)。また、障害があるために自宅から一人では外出しにくい人は、企業のオフィスへ行き、仕事をするのが困難であり、在宅就労支援の環境が求められている。しかし、八尾市内で、在宅就労支援を実施している施設や団体などがない状況である。したがって、八尾市内において、在宅に居ながら、パソコン講座等の就労に必要な知識や技術習得に対するサービス等のITによる在宅就労システムの構築が必要である。 そこで、八尾市において、在宅で就労に必要な知識や技術習得するJOBトレーニング事業を実施した。 2 JOBトレーニングプログラムの概要 本事業では、JOBトレーニング事業を実施するために、就労支援のためのバーチャルオフィスの就労トレーニングプログラムに基づいて、JOBトレーニング2)を実施した。そこで、就労トレーニングプログラムの概略を示す。 (1) 就労トレーニングプログラム 就労トレーニングプログラムには、ITスキルのプログラムとビジネスマナーの育成の2種類のトレーニングプログラムがあり、初心者向け、事務職向け、在宅就業向けの3段階のレベルに分けられている。 初心者向けは、パソコン操作の習得や書類・名刺作成等の仕事(作業)を目指したプログラムであり、トレーナーによるパソコン操作のトレーニングプログラムである。 事務職向けは、主にワードやエクセルのビジネス文書等の内容で、事務職関係の仕事を目指している人を対象にしたプログラムである。 在宅就業向けは、ホームページ作成やWebシステム開発などの仕事内容で、在宅就業を目指している人を対象にしたプログラムである。OJTプログラムとして、グループグループワークでの仕事の受注・仕事の配分・チェック・納品の一連の流れのトレーニングやグループミーティングを行うことを想定している。 (2) JOBトレーニングプログラムの概要 JOBトレーニングプログラムは、バーチャルオフィスの就労トレーニングプログラムのコンセプトに基づいて、パソコン基礎コース、ホームページコース、ビジネスコース、OJTコースの四つのトレーニングのコースを設定した。 ① パソコン基礎コース パソコン基礎コースは、パソコン操作の習得やワードやエクセルのビジネス文書や一般常識・作文等のプログラムである。 ② ホームページコース ホームページコースは、HTMLやWeb制作等に必要な知識や技術を学習できる専門スキルのトレーニングプログラムである。 ③ ビジネスコース ビジネスコースは、スケジュール管理やビジネス文書の正確さ、業務を想定し遂行できるようにするプログラムである。また、在宅で自立して仕事ができる基本となる考え方をマスターするトレーニングプログラムである。 ④ OJTコース OJTコースは、仕事の受注から作業、チェック、納品といったプロセス型トレーニングと業務上発生し得る問題を想定し、グループで解決する問題解決型トレーニングプログラムである。 (3) 受講生の募集について JOBトレーニング事業の受講生の募集は、募集チラシを1000部製作した。そして、八尾市市役所や自立生活センターやお、八尾・柏原障害者就業・生活支援センター等に募集チラシを設置した。 なお、本論文では、四つのコースのうち、障害がある受講生にとって、もっとも効果があったビジネスコースについて焦点を当てることにする。 3 ビジネスコースの内容 ビジネスコースは、社会人基礎力を高め、活躍する人財するためのトレーニングを実施した。 (1) 担当講師 トヨタ自動車にて役員秘書、教育、技術員として現場カイゼン指導を行っている石井講師が講義を行った。石井講師は、株式会社エフェクト代表として執筆、雑誌連載、講師育成、コミュニケーション 教育、企業研修など現場の事例を使った実践教育を全国にて展開している。 (2) 在宅トレーニングの方法 ビジネスコースでは、Skypeを使用した。Skypeのグループチャットを使い、3、4拠点から映像と音声を配信してトレーニングを行った。そして、ビジネスコースでは、3人の方は在宅から、残りの1名の方は自立生活センターやおからトレーニングに参加した。 (3) テキスト テキストは、石井講師の著作である「トヨタ流 プロの仕事術」を使用した。 (4) 開催日時 ビジネスコースは、月曜日クラスと日曜日クラスの二つのクラスで実施し、2013年1月〜3月の期間で、5回ずつ行った。 (5) 参加者 ビジネスコースの参加者は、次の通りである。 ・受講生(身体障害者 4名) ・アシスタント(精神(発達)障害者 1名) ・見学者(身体障害者1名、施設の関係者2人) (6) ビジネスコースの内容 ビジネスコースは、全5回のプログラムである。 ① 職場マナーの本質を理解する 初めに自己紹介を行い、一人ひとりの仕事の状態や問題点などを共有した。そして、石井講師から、一人ひとりに対して、ワンポイントアドバイスを行った。そして、メールの書き方についてのトレーニングや仕事や作業の違いについて説明をした。 ② 仕事を効率的に進める 印象をマネジメントすることやTODOリストの書き方をトレーニングした。印象をマネジメントをするテーマで、あいさつの仕方やお礼の仕方などのレッスンをした。また、TODOリストの書き方では、一回、自分が抱えている仕事や作業を書き出し、スケジュール表に書き込むことによって、仕事が効率的にできるトレーニングをした。 ③ 顧客対応をマスターする 電話応対のトレーニングをした。電話応対については、「まず名前を名乗る」という基本的なことから、担当者が不在の場合の電話応対の仕方などのトレーニングをした。また、クレーム処理の仕方のトレーニングでは、謝罪の言葉やクレームから顧客に結び付けるテクニックのトレーニングをした。 ④ コミュニケーションのルール コーチングとアサーションのトレーニングをした。アサーションに重点をおき、一人ひとりの言動をチェックし、それぞれの言動に対して、石井講師がアドバイスをした。また、仕事の受け方、断り方のコミュニケーションのトレーニングを行った。 ⑤ 継続的な仕事に結びつける 前回に引き続き、コミュニケーションのトレーニングと過去4回の総復習を行った。在宅就業について大切なこと、報告の大切さについて学習した。最後に、全体のビジネスマナーについて質疑応答を行った。 4 ビジネスコースの感想 ビジネスコースの終了後、受講生と講師についてのアンケートを実施した。その結果は次の通りである。 (1) 受講生の感想 ・講義の内容には満足しているが、もう少し受講回数を増やして頂ければと思った。 ・在宅でのスキルアップができることは、自身の可能性を高められるので、魅力ある方法である。 ・どこまで社会的に自立した生計が立てられる程のスキルアップが可能なのかは不明だが、今回の受講を契機として挑戦したい。 ・Skypeでの講座は、実際にじっくりと話ができたのでよかった。 ・Skypeでの講座は、移動時間が要らず、自宅で受講できるのでリラックスした状態でやりとり出来る気がした。 ・石井講師と、受講前に一度は実際にお会いできればもっと良かった。 ・ビジネスコースの中で、人とのコミュニケーションのところが参考になった。 ・自分では気がつかずに居たこと、例えば10年のキャリアがあったとしても、身体的な衰えや記憶力の変化などもこの10年で起こってきているなど、働く以前にそういう考え方が自分の中に無かったので、とても新鮮だった。 ・上司への報告の仕方やTODOリストを作成する時の具体的なアドバイスを頂けた事が良かった。 ・ビジネスコースの中で、あいさつのところをもう少し教えてほしかった。 ・最初は、人と話すことが、とても苦手なところがあったが、自分のプラスになった。 ・ビジネスコースを受講してみて、仕事に対する意欲が湧いてきた。 ・1回目は石井さんと1対1の講座だったので、贅沢な授業だった。 ・数人で受講できることで、他の方の意見も聞く事が出来るようになった。 (2) 石井講師の所感 ・今回の参加者は、仕事のキャリアを積んでいる方が多かったので、マナーだけでなく仕事術として、段取り、コミュニケーションなど仕事の肝の内容で行った。回を重ねるごとに参加者のモチベーションが上がり、仕事の変化の報告もいただき、継続的に行う大切さを改めて感じた。 ・障害者という枠としてだけでなく、Skypeを介在することで、分け隔てなくセミナーに参加していただくことができ、新たなる可能性を見出したチャレンジでもあった。 ・Skypeレッスンの可能性に大きな一歩になった。 ・ビジネスマナー的なものは、やり取りが難しい事もあるが、できないことではないという実証もできた。 ・個別にフォロー、課題検討などグループワークなどを取り入れる事でさらなる多様な新しいセミナーに発展の可能性も見出すことができた。 5 JOBトレーニングの検証 以上の結果から、JOBトレーニング事業の学習環境の面と、プログラムの内容の有効性と改善策の検証を行う。 (1) JOBトレーニングの有効性について 本事業のJOBトレーニングを通じて、受講生の意識が、就職したくなったり、仕事に対する意識があがったりというように、一定のトレーニングの効果があったと考えられる。そして、受講生の中には、「今回のようなSkypeを使用した各種の講座を運営の可能性を考えていきたい」という意見もあり、在宅就業支援に向けて着実に前進していると考えられる。 また、JOBトレーニングのアシスタントをした方(発達障害者)が、JOBトレーニングがきっかけで、就職活動を行なって実際に就職できた。 (2) Skypeでの遠隔トレーニングの有効性 Skypeを使用した在宅でのトレーニングは、受講生にとっては、近未来型のトレーニングに感じて、とても新鮮に感じた人がいた。そして、遠隔トレーニングを行うことで、時間に余裕ができ、家を出る事にエネルギーを要する人にはとても良いものであると再確認することができた。 ただ、Skypeでのトレーニングは有効ではあるが、トレーニングの効果を高めるために、講師の方と直接会う機会を作ることも大切なことである。 また、Skypeの立ち上げ・設定に若干手間取ったり、何らかの回線トラブルによって、授業の進行に支障が出る場面があった。Skypeのセッティングやネット回線については、トレーニングの前に設定を行なうことが必要である。 (3) 受講生とのコミュニケーションについて Skypeでのトレーニングでは、受講生とのコミュニケーションを心がけることが非常に大切だと考えられる。それは、在宅で受講している人の場合、トレーニング中に孤立してしまう恐れがあるため、常にコミュニケーションを意識し、孤立感を取り除く必要があると考えられる。 そのため、各講師には、写真と名前、そしてプロフィールを表にしたものを講師に渡して、トレーニング中によくコミュニケーションを取ってもらうことでより学習効果が高められる。 (4) ビジネスコースの検証 ビジネスコースでは、月曜日クラスと日曜日クラスの二つのクラス、1クラス2〜3名の少人数制でトレーニングを実施した。 当初は、5〜6人で受講することを考えられていたが、一人ひとりのビジネスマナーや仕事のスキルに合わせたトレーニングを行わないと効果が出にくいことが分かった。 日曜日クラスの第1回目は、受講生と石井講師が1対1のトレーニングであったため、上司への報告の仕方やTODOリストを作成する方法等、石井講師が具体的なアドバイスをした。その結果、受講者のモチベーションが上がり、仕事の変化の報告もいただいたので、トレーニングの効果が、回数を重ねるごとに目に見えてわかるようになった。 一方で、受講性が2〜3人のトレーニングの場合は、他の方の意見も聞く事が出来るため、いろいろな考え方を発見ことができることが分かった。 遠隔でのビジネスマナー的なものは、やり取りが難しいこと、あまり取り組まれていないが、今回のビジネスコースで、遠隔でのトレーニングであっても効果があることが実証できた。 そして、トレーニングの効果を上げるためには、1対1での個人トレーニングや2〜3人での少人数制のレッスン、課題検討のグループワーク等のさまざまなトレーニング形態を用意し、受講生に合わせる、1回目に30分程個別レッスンを加える等、トレーニングプログラムをカスタマイズすることが大切であると考えられる。 6 JOBトレーニングの可能性 本事業は、JOBトレーニング事業を中心にITによる在宅就労システム事業を実施した。JOBトレーニング事業は、福祉経営の視点から言えば、一人でも生きていくように導いていくことの具体化したものである。JOBトレーニング事業を実施した結果、受講生の意識が、就職意欲が向上したり、仕事に対する責任感ができ、マインドが変化したことが一番の成果だと考えられる。 そして、JOBトレーニング事業は、短期間で価値のあるトレーニング(自立支援)を行なえば、就職できる可能性も秘めており、付加価値の高い事業になっていく可能性が考えられる。 実際に1名であるが就職につながった。ただし在宅ワークはこれからであり、今後、受講生の収入を増やす活動が求められる。 今後、就職活動の支援や在宅ワークの斡旋などを実施し、トレーニングの受講生が、トレーニングの結果、収入を増えるという成果につなげていきたい。 本事業にご協力していただいた株式会社エフェクトの石井講師に感謝する。そして、本事業は八尾市障がい者地域福祉推進事業委託事業として実施した。助成していただいたことに感謝する。 【参考文献】 1) 第3期八尾市障害者基本計画、2008 2) 山中康弘、伊藤和幸、井上剛伸:就労支援のためのバーチャルオフィスの開発「国立障害者リハビリテーションセンター研究紀要」p.35-43,2012 【連絡先】 山中康弘 ITバーチャル八尾 e-mail:yamanaka@mail.vr-office.org 「タスカルカード」によるタスク共有システムの構築 〜「わかった!」「できた!」「ほめられた!」ポジティブループの実践〜 ○藤澤 利枝(社会福祉法人ユーアイ村 法人事務局長) 平井 夏樹(有限会社平井情報デザイン室) 1 本発表の概要 「『タスカルカード』によるタスク共有システム」とは、 (1)自分の仕事を見える化し、 (2)他人の仕事も見える化し (3)仕事の評価を見える化する 仕組みである。仕組みといってもいたってシンプルで、手作りのカードを使って、利用者全員のその日の仕事全般を把握し、効率化とやる気向上を図るものである。障害福祉サービス事業所ユーアイキッチンでは、この仕組みを導入・実践することで、当初の目的を満たすには十分の達成をみた。また、その過程では、思いがけないいくつかの効用が生まれ、今後の可能性を展望できるようになった。これらについて報告し、みなさまの助言をいただきたいと思う。 2 ユーアイキッチンについて ユーアイキッチンは、知的障害者21名が通所する就労移行支援、就労継続支援B型事業所で、事業内容は、お弁当の製造・販売である。年間4400万円の売り上げがあり、平均工賃は45,015円(平成24年度)で、茨城県内のB型施設としては一番高い平均工賃額である。 3 「『タスカルカード』によるタスク共有システム」導入の背景 売上・工賃ともに比較的高いユーアイキッチンだが、以下のさまざまな課題があった。 ・メニュー8種類のお弁当はすべて日替わり。「飽きのこない、選択肢の多いメニュー」というお客さまニーズへの対応が高じて、作成手順やそれに伴う準備作業が複雑になっていた。 ・複雑ゆえにミスが生じやすい。ミスの度に場当たり的に対応を繰り返していた。結果「建て増し旅館」的に細かい決まり事を数多く作られた。 ・それら複雑な手順や細かな決まり事は、ベテランの職員の頭の中だけにあり、職場の全員が全体を把握し共有することを困難にしていた。 ・よって、利用者はもとより、新人の職員も「誰かに聞かないと、次に何をしていいかわからない」状況だった。 ・新人職員は仕事内容を覚えるのに精一杯で、利用者に的確な指示を出すことができない。 ・また、仕事ができない利用者に対して「何度も教えてますよね。間違えないようにしてください」と、職員がほとんど叱るような形で作業指導を行うことが常態化していた。 ・叱られた利用者は「すみません」「ごめんなさい」を繰り返すが、実は「できない」のではなく「わからない」のだ。 叱る・叱られてばかりの職場の空気がいいはずがない。叱らずにわかってもらうにはどうすればいいだろうか。もっと言えば、働く喜びが感じられ、楽しく仕事ができる職場に変えるためにはどうしたらいいのだろうか。 4 わかりやすい職場にすると、何かが変わる? 注意深く見ると、上の課題は全てつながっていて、仕事の中身や順番、総量が当事者にとって「よくわからない」ということに要因が集約されることに気付いた。職員でさえよくわからない仕事が、障害のある利用者にわかるはずがない。 仕事の一つ一つを解きほぐし、聞かなくても作業内容と順番と総量がわかるようにする。また、ベテランの職員に管理されて仕事をする状況から、自分で管理して自発的に仕事をしていけるような環境を、仕組みを工夫することで構築することができないだろうか。 一言で言うと、「わかりやすい職場にする」ことである。「わかる」ことによって、仕事が「できる」ようになり、仕事ができるようになると、職員に「ほめられる」ことになるだろう。そう、職員だって「ほめることができる」のだ。そうだ、ほめることも可視化できないだろうか。「仕事の全体と部分を見える化」することと「評価を見える化」すること。その両立がうまくいったら、何かが変わるのではないか? そんな仮説から生まれたのが、このタスカルカードだった。 5 「『タスカルカード』によるタスク共有システム」の概要 ① タスカルカードは、一つ一つの仕事(タスク)をカード化し自分が今日1日なにをやるか分かるように可視化したものである。「タスクがワカル」ので「タスカルカード」と名付けた。 ② 1枚のカードにつき1個の仕事が記されている。それぞれの仕事はイラスト化され、あるカテゴリーごとに背景色を変えている。識別性を高めると同時に「楽しさ」を醸し出している。 ③ タスカルカードは達成度を見える化する。完了した仕事は一つずつ、赤いマグネットの完了のしるしをつける。完了のしるしはカード1枚分の仕事を終えた後につけるというルール。ささやかながらも達成感が得られる。全体の仕事量の中で、現在どのぐらい進捗しているかが把握できるので、やってない仕事や、やり忘れた仕事も見えるようになった。 ④ タスカルカードは、いつも同じ仕事ではなく、日々の違った様々な仕事に対応できる。その仕事は何曜日にやるべき仕事かしるしがついていて、誰がやる仕事なのかも記名式であることによってわかる。 ⑤ ホワイトボード上に利用者全員分の仕事が一望できるので、職場全体の仕事量を全員が把握できる。休みや早退でやれていない他人の仕事を、他の誰かが代わりにやれる。 ⑥ 午後は、自分のやるべき仕事以外に「いろいろな仕事カード」から、各人が任意に仕事を選び、取り組む。単調になりがちな仕事に変化を呼び込むことを意図している。 ⑦ タスカルカードは評価を見える化する。職員は、利用者のやった仕事の状態をきちんと見て、よくできたとき、その人なりにがんばったときに、評価のしるしとして「ゴールドお花」を当該カードの横につける。 ⑧ 「ゴールドお花」は毎日の仕事の終了時に、透明の専用容器に貯めていく。他の利用者のゴールドお花の貯まり具合がわかり、競争意識が励みにつながる。 ⑨ 毎月末には、貯まった「ゴールドお花」を数えて、一番多かった人にはトロフィーを授与し、がんばった人をみんなでたたえるようにした。 6 「タスカルカード」導入による効用 当初想定していた効用は、仕事が見えて、達成感が得られ、ほめられて嬉しい、というものだろうと考えていた(それだけでも大きなことだが)。運用を開始してみると、想定を超える効果・効用が生まれている。 (1)仕事全般の整理、優先順位付け 仕事のカード化にあたり最初にやったことは、すべての仕事の洗い出しだった。その過程で、似たような仕事は統合したり、ムダな仕事の削除など、仕事全般を整理することができた。 (2)「私の役割、私の責任」の自覚 「タスカルカード」にはそれぞれ仕事のイラストが付いている。また、仕事のカテゴリーごとに色分けをした。イラストは仕事内容の把握を助長するアイコン機能であったが、親しみやすくかわいらしいイラストを採用したことによって、色のカラフルさとあいまって、カードとその仕事に対する愛着を感じてくれるようになった。カードは記名式なので、「これは私のカード、私の仕事」という気持ちになり、それが「これは私の役割、私の責任」へとつながり、組織の中で必要とされているという自分の存在意義や働く喜びにつながっているようだ。 (3)職員にとってもわかりやすい カードを全てホワイトボードに貼り出すことで全体を一望でき、その日にやる仕事の全体が一目瞭然となったのは、利用者だけでなく職員も同様だった。ベテラン職員も新人職員も等しく今日一日で何をすべきか理解し、新人職員は、利用者へのサポートが適時的確にできるようになった。 (4)仕事を通じた助け合い 仕事の全貌が見えることによって、自分の仕事だけでなく、まわりの状況も把握できるようになってきた。誰かが休んだり早退したりすると、働ける利用者の間でカードをやり取りし仕事をこなすようになった。明日が休み予定の利用者は、自分からタスカルカードを他の利用者に託し明日の仕事を依頼するようになった。逆の立場になれば、快く応じることができる。そういった助け合いが職員を介在させずに成立するようになった。 (5)明日の仕事を自分で準備する タスカルカードは翌日の仕事の把握も容易にする。職員に指示されるまま、その日その場の対応に終始していた利用者が、自分で明日の仕事を準備してから帰宅するようになった。 (6)仕事のペースを自分で調整する 終わっていないタスカルカードの枚数が見える(残務がわかる)ことで、仕事のスピードを上げる必要があることが、指摘される前にわかるようになった。職員にせかされてこなしていた仕事のペースを、自分たちで調整するようになった。 (7)仕事の抜けが減った 休みの利用者のタスカルカードや「いろいろな仕事カード」が残っているのを見ることは、全体の仕事を完了させようという思いを一人一人に抱かせるきっかけになるようだ。仕事のやり忘れや、誰かがやるだろうという依存が減じている。 (8)やる気の向上 評価のしるし「ゴールドお花」によって、それまでは、気分的な体調不良を訴えて仕事を休みがちだったある男性利用者が、「花が付くと嬉しい。仕事の励みになる」「自分の役割があるから休まない」と言って、毎日のように早出出勤してがんばるようになった。 (9)コミュニケーションの契機 ある女性利用者は「この仕事はよくできたなぁと思うときはお花が付いて、これはちょっとダメだったなぁと思うときはお花が付かない。職員さんは私のことを良く見ていてくれるなぁ」と話した。一方、職員からも「花が付いていない仕事に対して、どうして花がつかないか? と利用者から質問されることがあり、そのときは、ここがまだ不十分だから付けられない、と具体的に説明する」との話があった。「ゴールドお花」をつけるという行為は、利用者と職員両方にとって、コミュニケーションのしるしや契機にもなっている。 (10)ほめることが仕事です 利用者が喜びをもって仕事に取り組む姿は、叱ることが主たる作業指導だと思っていた職員に、「ほめること」が、仕事ができるように誘導するための有効な指導法であるという認識を芽生えさせた。 まさに、「わかった!」「できた!」「ほめられた!」というポジティブループが職場に生まれてきた。自分の仕事が見えること、職場全体の仕事が見えること、達成感が見えること。同時に、評価が見えること、評価が蓄積され、それが見えること。そして、次の仕事への意欲を生むこと。この「見える連なり」が、ユーアイキッチンという職場にもたらした効用はとても大きい。 7 「タスカルカード」のこれから ユーアイキッチンを見学したある企業の経営者から(そこは障害者を多数雇用している)、「業務の効率化とモチベーションアップにとても効果的な仕組みだ。障害者の就労支援だけでなく、十分に、一般の職場や職員にも効果がありそうだ。ぜひ我が社でも取り入れたい」という話をいただいた。 今後は、ユーアイキッチンとは違った形でのタスカルカードが生まれるかもしれない。福祉施設の枠を超えて広がるタスカルカード。障害者の就労支援だけでなく、認知症の方への生活支援、幼児に対する生活・教育的支援、外国人労働者の多い職場での効率化とモチベーション向上など、多方面への展開可能性を有している。 【連絡先】 藤澤 利枝 社会福祉法人ユーアイ村 ℡:029-222-1822 e-mail:info@you-i-mura.com 重度視覚障害者の事務系職種遂行に必要な支援機器等の開発及び活用の現状 −点字出力、画面読み上げ・拡大ソフトを中心として− 指田 忠司(障害者職業総合センター 特別研究員) 1 はじめに 事務系職種の遂行には、パソコンを用いた文字処理、インターネットを活用した情報検索、社内ネットワークや電子メールを用いた文書のやりとりなどが必要となるが、重度視覚障害者の場合には、点字出力装置(点字ディスプレイ)を使用したり、パソコンの画面を読み上げたり拡大したりして、これらの作業を行っている。 本発表では、こうした支援機器等の開発及び職場における普及の現状を明らかにし、今後の開発・普及に向けた課題について検討する。 2 調査の方法 (1) 文献情報の収集 国内で入手可能な視覚障害者用支援機器並びにソフトウエアについて、代表的な製品に関する情報をインターネット等を通じて収集した。 (2) 会議・展示会への参加 平成25年8月17日に神奈川県横浜市で開催された「NVDAワールド」(画面読み上げソフトNVDA普及のためのイベントで、NVDAについては後述)に参加し、画面読み上げソフトや各種支援機器に関する情報を収集した。 3 調査の結果 (1) 視覚障害者の文字処理と支援機器 視覚障害者は文字処理に際して、点字と墨字(普通文字)の双方を用いている。点字については、点字器や点字タイプライターを用いる方法の他、パソコン上で電子的に点字パターンを入出力するソフトウエアと点字出力装置を組み合わせて用いる方法などがある。墨字の文字処理については、手書き、仮名・英文タイプライターを使用する方法の他、最近では、パソコン上で画面読み上げソフトや画面拡大ソフトを使って、一般に普及しているワープロソフトを使用したり、視覚障害者の使用を前提として開発された特別なワープロソフトを使用する場合などがある。 ここでは、こうした視覚障害者の文字処理方法の現状を踏まえつつ、点字については、点字出力装置を中心とした開発・普及の状況について、墨字文字処理については、画面読み上げソフト及び画面拡大ソフトを中心とした開発・普及の状況についてまとめることとする。 (2) 点字出力装置 点字出力装置は、パソコンから出力されるデータに従って触読用ピンを駆動して点字パターンを表示する装置である。表示部は、機種によって長さが十数字から数十字の範囲で異なるが、いずれも点字が横一列に並ぶ。読みの能率や快適性などからは、複数行、できれば1ページ分(20行前後)の点字を一度に表示する装置が望ましいが、技術的、コスト的限界からまだ実現していない。 点字出力装置については、近年、小型化が進み、内外の企業が掌サイズの携帯型点字出力装置を開発している。この種の点字出力装置には、主に、点字の入出力だけを行うものと、合成音声による読み上げ機能を付加して、墨字ワープロソフトの入出力を可能にしたもの、さらに録音・再生機能、インターネット接続機能などが付加された多機能なものとがある。 こうした携帯型点字出力装置を使って、多くの視覚障害者が学校や職場で点字でノートをとったり、メモを書いたりしている。 (3) 画面読み上げソフト 視覚障害者がパソコンを使用する際にまず必要になるのは、画面読み上げソフト(スクリーンリーダ)である。画面を見ることができない視覚障害者は、このソフトウエアが合成音声で読み上げる画面表示内容や付加的な説明を聴きながら通常のキーボードでパソコンを操作する。画面読み上げソフトには、文章を滑らかに読み上げる機能や、同音異字を区別できるよう文字の詳細を説明する機能など、使用者のニーズに応える豊富な機能が付加されている。また、出力を音声だけでなく点字でも行えるものもある。 このような画面読み上げソフトを使用して、視覚障害者も、電子メールの送受信を始めとして、ワープロソフトや表計算ソフトを用いた文書作成、プレゼンテーションソフトを用いた発表など、さまざまな事務作業を遂行することができる。複雑な書式への対応が難しいなどの課題はあるものの、墨字での情報発信を主体的に行えるようになったことの意義は大きいと言えよう。 わが国で現在販売されている代表的な画面読み上げソフトには以下のようなものがある。 ① 95Reader Ver.6(XP Reader) 障害者職業総合センターが中心になって開発したソフトウエアだが、対応可能OSがWindows XPまでである。 ② FocusTalk V.3 95Readerの後継として、スカイフィッシュ社が開発したソフトウエア。Windows8、 Office2010に対応。 ③ PC-Talker 8Ⅱ 高知システム開発社が開発販売しているソフトウエアで、Windows8、Office2013に対応。 ④ JAWS for Windows Professional Ver.14 米国フリーダムサイエンティフィック社製のソフトウエアの日本語版でエクストラ社が国内で販売。Windows8、Office2010に対応。 このような有償ソフトウエアの他に、最近では、NVDA(“NonVisual Desktop Access”の頭文字をとったもの)という新たな無償ソフトウエアが開発されている。このソフトウエアは、2000年代半ばに、オーストラリアの視覚障害者が中心になって開発したもので、英語、日本語を含めて40ヶ国の言語に対応しており、国際的に広く普及しつつある。日本語版については、「NVDA日本語版チーム」が、メーリングリストを通じてユーザニーズの把握をしつつ、日本語対応部分についてプログラムを開発して提供している。 NVDAの特長は、プログラムのソースコードが公開されていて、ユーザが任意に機能を追加・変更できる点にある。そのため、NVDAの最新版(本年5月22日版)では、いち早くユーザニーズに応えて、Windows8やOffice2013にも対応し、音声とキー操作だけで画面を読み上げることができるようになっている。市販の画面読み上げソフトではソースコードが公開されていないため、Windowsのもつ各種機能を活用するまでに時間がかかるが、NVDAではこうしたことがより容易に実現できることから、事務系職種に従事する視覚障害者の雇用場面においても大いに活用の可能性がある。 (4) 画面拡大ソフト 視覚を使えてもパソコンの通常の画面表示への対応が難しいロービジョン者(弱視者)の場合には、画面拡大ソフト(スクリーンマグニファイア)が有用である。専用の製品としては、米国で開発されたWindows用ソフトが複数販売されている。これらのソフトは最大36倍まで文字や画像を拡大できるほか、白黒反転など表示色を変更する機能、拡大で生じる文字の輪郭のジャギー(ギザギザ)を補正して滑らかにする機能、大型サイズのフォントに自動的に置き換える機能、マウスのポインタの色や大きさを変更する機能、表示の一部だけを拡大する機能などを備えている。また、最近のWindowsには、機能は限られているものの、16倍までの拡大が可能な拡大鏡ソフトが標準で搭載されており、ロービジョン者のパソコン利用に役立っている。さらに、拡大機能を備えた画面読み上げソフトや視覚障害者用アプリケーションソフトもあり、状況に即して使い分けられている。 4 まとめにかえて—今後の課題 支援機器等をめぐる最近の変化としては、点字出力装置などのハードウエアの小型化、画面読み上げソフトの多様化、画面拡大ソフトなどにみられる海外製品の活用などがある。こうした変化に加えて、iPadの拡大機能や、各種アプリケーションを活用した情報入手などの試みが注目される。しかし、こうした試みはボランティアベースで行われているものが多いことから、視覚障害者が職場で安全に使っていくためには、さまざまな検証を行うことが必要であろう。 【参考文献】 障害者職業総合センター:視覚障害者の事務系職種での企業内における職域拡大に関する研究(調査研究報告書№116),pp.21-25(2013) 高次脳機能障害者への就労支援 ○植田 仁美(滋賀県社会福祉事業団 滋賀県立むれやま荘 主任/作業療法士) 佐野 有加里・吉野 亜矢子・島田 司巳(滋賀県社会福祉事業団 滋賀県立むれやま荘) 松元 敬子(滋賀県社会福祉事業団 安土荘) 原田 晴美(大津働き暮らし応援センター) 1 はじめに 高次脳機能障害者の就労を支援するにあたっては、高次脳機能障害が幅広く多岐にわたる障害像を持ち、個人差が大きく、環境により障害の影響や各自の能力の発現が大きく左右されることから、画一的な支援方法の確立が困難であり、症例にあわせ、きめ細かなオーダーメイドの支援が必要とされる。また単に機能そのものの改善や特定の職種内容に限定した技能の獲得などに目を向けがちであるが、社会人・職業人として不可欠な一般常識、対人技能、基本的な自立生活の確立がなされていることが就労の前提となる。身体機能などの障害と比較して、高次脳機能障害者にはこれらの社会性や生活能力の欠如が問題となるケースが多く見受けられ、就労支援においても、包括的な社会生活力の向上にアプローチすることが不可欠であり、その実現のためには多職種・多機関の幅広い、シームレスな(継ぎ目のない)連携が必要である。 今回、高次脳機能障害により復職を断念されたが当施設における訓練を経て新規就労を果たされた事例について、とりくみの成果および今後の就労支援の課題をまとめる機会を得たので報告する。 2 症例紹介 40代男性、ヘルペス脳炎により2ヶ所の病院での入院・加療を経て、発症より2年3ヶ月後に当施設利用となった。家族構成は父・弟の3人家族であり、発症当時は単身生活(弟は県外で別世帯)、前職は教師であり当施設利用開始時点では休職の扱いであった。身体機能として、右上肢に軽度の運動麻痺(失調)がみられたが、長距離の独歩をふくむ日常生活動作は可能。高次脳機能障害として失語、失行、注意障害、記憶障害および発症時よりさかのぼって3年間の逆行性健忘がみられた。 当施設の利用期間は発症後2年3ヶ月後からの約3年間(37ヶ月)であった。 なお、今回の発表にあたり、事例とさせて頂くことについての同意をご本人に得た。 3 支援経過 支援経過を(1)入所前期:入所後9ヶ月間、(2)入所後期:入所後10ヶ月目〜24ヶ月目までの14ヶ月間、(3)通所期:入所後25ヶ月目〜28ヶ月目までの4ヶ月間、(4)就労移行支援期:入所後29ヶ月目〜37ヶ月目までの8ヶ月間の4期に分ける (1)入所前期(入所後〜9ヶ月間) 施設利用開始当初は日中訓練と施設入所支援を併用し月曜日〜金曜日を施設で過ごし、週末には実家へ外泊されていた。記憶障害および注意障害の影響もあり、家庭と施設の環境の違いに適応することに時間を要した。 生活場面では、洗濯という行為・動作そのものについては経験もあり理解されているが、環境や機種の変化により自力では道具使用に困難をきたし、見守りや声かけの支援を要した。また外泊時にはすでに外泊届けを提出したことを忘れて何枚も同じ内容の届けを提出する行為がみられた。 訓練場面ではパソコンの使用において、「順序通りに行程を実施できない」「フロッピーディスクの向きを理解できない」「マウスのクリック時に左右の違いを認識できない」といった課題があり、洗濯時と同様見守りや声かけの支援を要した。 具体的な介入内容として、OT・ST等の専門職が、本人の障害が訓練やその他の生活場面にどのように影響を及ぼしているかの評価を実施し、生活支援員や職業支援員にその状況を伝え、本人の障害とその対応についての理解を促した。パソコンの訓練場面では、回数を重ねても本人の行動が定着しないことから支援員は「パソコンの使用は無理」との評価をしていたが、『失語のため口頭での指示内容を理解することが困難であり、また記憶障害により理解した行動の定着も難しい』『軽度ではあるが肢節運動失行があり、自分で考えているのとは異なった動作を誘発してしまうことがある』『左右についての混乱は、とくに口頭での刺激で助長されてしまう傾向がある』ことが問題点であり、それらの解決を図ることでパソコンの活用が定着するよう協力を依頼した。 まずマウスの左クリックにシールを貼り、「左右」ではなく「シール」を押さえるよう視覚的目印の活用を試みた。同様にフロッピーディスクにも矢印を書き込んだ。これにより、口頭指示の必要が解消された。 また順序通りの行程の実施のためにマニュアルを作成し、その使用を試行した。マニュアルは当初1枚の用紙に写真で視覚的情報を取り込めるものを用意したが、『どこまでの作業を実施したのか分からなくなってしまう』という問題が生じたため、1行程を実施したら印を付けるチェックシート形式に変更した。支援員には本人が1行程ずつ行う毎にその動作の正誤とあわせて印を記入することを忘れず行えるかの見守りと、本人がどの行程で自力での実施が困難となるかの確認を依頼した。このことにより本人は一つずつの動作を確認しながら実施出来るようになった。また本人が自力で実施可能となる行程が徐々に増え、逆に声かけ支援の必要性が軽減して行くことを支援員の側にも視覚的に実感でき、パソコンの使用の実用性が確認出来るという効果が得られた。 同様に生活場面でも、洗濯機の各ボタンに番号のシールを貼ることで動作が自立した。外泊届けについては部屋にカレンダーを用意し、外泊の日程とあわせて届けを提出したことを記録することで同じ内容の外泊届けの提出がなくなった。 このほかにこの時期の変化として、集団行動におけるコミュニケーション能力の向上や体力の向上が見られた。また症例の利点として、もともと人付き合いは積極的ではなかったが、一般常識や礼節、および起床・就寝、訓練開始時間の遵守など基本的な生活リズムが身に付いておられ、外泊時や余暇時間での公共交通機関の利用が問題なく行えることなどが確認できた。 (2)入所後期 (10〜24ヶ月目までの14ヶ月間) 施設利用当初は復職の希望を持っておられたが、失語症、および記憶障害などの高次脳機能障害により、『教師』という職業への復帰は困難であるという自己認識がすすみ、休職期間の満了に伴い、退職してあらたに新規就労へ向けて取り組むという方向性が確認された。このことに伴い、主にパソコンの活用を中心に行っていた訓練内容を軽作業など他の訓練内容に変更することとなった。 また対人技能やコミュニケーション能力の向上を図ることを目的として就労を目指す利用者でのグループワークや、ハローワークへの登録などの求職活動を導入した。また将来的に通勤する能力の向上を目的として、入所支援から父と実家で生活しながらの通所支援への変更を希望された。 一方父は通所への変更について「朝早く自宅を出る際の朝食の準備等の介護負担」「訓練施設から見捨てられるといった不安」などの理由により難色を示された。 これを受け施設側からは、通所の形態に変更となっても日中訓練支援はこれまでと同様に実施することの説明を繰り返し行うとともに、朝食の準備が自立可能となるよう調理訓練の導入を行った。入所期間中は利用者は基本的に食堂にて調理された食事の提供を受けるが、朝食のみ訓練室で自分で調理して頂く期間を設けた。 実施にあたって訓練室の使用方法についてOTとともに練習した中では、入所当初の洗濯機の活用と同様に電子レンジや湯沸かし器の使用に困難が見られたが、番号や食器の位置のシールなどの目印とチェックシートの活用にて、決まったメニューであれば自分で調理・後かたづけが可能であることが確認できた。 (3)通所期 (25ヶ月目〜28ヶ月目までの4ヶ月間) 自宅から施設までの通所において、体力面や時間的負担を心配していたが、無遅刻無欠席での通所が可能であった。訓練内容として軽作業を中心とした職能訓練や、朝礼の内容をメモに取るなど就労に必要となることが想定されるスキルの獲得を設定した。また施設利用期間終了後も継続した支援が可能となるよう、高次脳機能障害支援センターと連携して新規就労の求職活動や年金取得等の手続きを行っていくこととした。 本人からは特に生活上の問題は聞かれなかったが、父親からはこれまで離れて生活していたためよく見えなかった本人の障害特性に対する不安やいらだちが寄せられるようになった。父の『高次脳機能障害』に対する理解や障害受容が困難であり、以前とは違う状況が受け入れられない様子であった。精神障害福祉手帳や障害者年金の取得についても、そのメリットよりも『精神障害者』であると認定される事への抵抗感が本人以上に大きかった。これに対しては障害についての説明を行うとともに父の気持ちを傾聴し、間接的に症例との仲立ちが出来るよう努めた。 訓練場面では、まじめで集中力があることなどの利点とともに、さまざまな作業内容の試行に伴い『一つの事に集中する力はあるが別の事柄に切り替えたり複数の事柄に対応することが困難』『指示内容が具体的でないとどのように行動したらよいか判断できない』『行動の優先順位を臨機応変に組み立てることが困難』といった障害特性が顕著になった。 この頃、施設の食事を請け負う事業所より『新規に障害者雇用を行うことを考えているが、候補と考えられる施設利用者がいるかどうか』との打診をうけた。本症例には前職であった教師に対して、また新しい職種においても同様の内容でないといけないというようなこだわりはなく、これまでに経験のない業種ではあっても、内容にかかわらず就労に挑戦するという意志が確認された。精神障害福祉手帳の取得により、障害者雇用枠での新規採用の可能性が広がることを本人と家族に再度説明し、手帳取得の手続きを開始するとともに、事業所の協力により職場実習を進めて行くこととなり、施設における取り組みについてもこれまでに利用されていた「生活訓練」から「就労移行支援」への切り替えを行って対応することとした。 (4)就労移行支援期 (29ヶ月目から37ヶ月目の8ヶ月間) 高次脳機能障害支援センターとの連携により、精神福祉手帳および年金の取得が可能となり、ハローワークでの手続きを通じて障害者雇用を前提とした職場実習を開始する運びとなった。 実習には当施設の就労支援員およびOTが同行し、実際の仕事内容の確認と本人の課題の整理を行い、必要なマニュアルの形式や環境調整について、現場の指導者とともに協議した。 また障害者職業センターとの連携をはかり、ジョブコーチに協力を依頼した。職場ではパートタイム従業員が多く、日によって一緒に行動する職員が変化するが、混乱を避けるため、本人への直接の指示などは、出来る限り担当者が変化しないよう、作業主任にして頂くように依頼した。また手洗い時の洗剤・消毒の順番や食器の収納位置を記憶することを番号シールや写真を貼って対応する、当日の作業手順や必要食数を書き出したボードを確認することを促す、等の支援を協力してもらった。記憶障害や注意障害による課題は残存していたものの、真面目な勤労態度や、元来の礼儀正しさや一般常識が確実に身に付いておられる点が評価され、約1ヶ月のトライアル雇用期間を経て、正式に雇用契約に結びついた。また通勤についても、単独での通勤が可能で特別な配慮を必要とすることがなかった。 勤務は1日4時間のパートタイム勤務で、3日出勤・1日休日のペースから開始し、状況に合わせて勤務時間・日数を増やしていくこととなった。新規就労を果たされたことで、当施設利用は終了したが、障害者職業センターに引き続きジョブコーチ支援を依頼し、状況確認を行うこととした。 また当施設に併設されている障害者総合診療所に定期的に診察に来て頂く形でアフターフォローの体勢を取ることとした。 就労後、一時腰痛の訴えがあった以外は特に問題なく勤務されている。通所訓練期間と同様、無遅刻・無欠勤の勤勉さで、徐々に職場の環境にも慣れて行かれた様子である。職場から正規の勤務時間への延長の提案があったが、「身体的にも、時間的にも、精神的にもこのペースが自分に合っている」との判断により、パートタイム勤務を継続している。受傷前、教師をされていた頃と比較して、業務内容や給与等の条件は大きく異なると予想されるが、働く事への意欲や、『職に就いている』事への自信と誇りを感じておられる様子が伺われ、就労支援が実を結んだ事を実感する。 4 成果および課題 本症例の取り組みにおける成果として、①『訓練時間以外の生活場面での行動を含めた評価・介入が可能である』という施設機能を活かし、様々な職種が、様々な場面における関わりを持てた事により、生活・作業能力の確認や向上が得られたこと、②毎日の生活の中で、課題が明確化することにより本人の障害認識や障害受容が自然にすすんだこと、③課題だけではなく、本人の長所・強みを把握することが出来、また生活能力や一般常識、勤労態度が身に付いているという本症例の強みが実際に就労に結びついたこと、④支援内容の変更に伴い、施設における各部門の職員だけではなく、外部の関係機関とも段階的に連携をはかることが出来たことが挙げられる(図1)。 図1 各部門・機関の連携図 逆に今後の課題として、①身体機能、高次脳機能といったそれぞれの機能面、および職業内容に特化した特定の作業能力だけではなく、生活全般についての背景、能力といった包括的な視点からのアプローチを行うことは単一の機関や部門だけでは困難であること、②様々な機関、部門で連携するためのこまめな情報共有が必要であること、③本人への介入だけではなく、家族支援の必要性も非常に高いこと、④施設利用期間のみの関わりだけではなく、フォローアップも含めた長期的な関わりが必要であることなどが挙げられる。本症例への取り組みを踏まえ、これらの点に留意した上で、今後もさらに高次脳機能障害者への就労支援の充実をはかって行きたいと考える。 高次脳機能障害者への明暗を分けた就労支援の事例 ○山本 雅史(埼玉県総合リハビリテーションセンター 担当課長) 嶺 浩子(埼玉県総合リハビリテーションセンター) 1 はじめに 埼玉県総合リハビリテーションセンター障害者支援施設(以下「当センター」という。)では、これまで多くの高次脳機能障害者への就労支援を行い、実績を上げてきた。 今回たまたま同じ時期に併行して進めていた就労支援において、同様のスタンスで取り組んだにもかかわらず、就労にスムーズに結びついたケースと、難航してしまったケースとに明暗を分けてしまった。 これらの事例を元に再度支援の方法について振り返ってみたので、ここに報告する。 2 困難を来たした事例 (1) 利用者A氏の状況 ・脳出血による高次脳機能障害 ・記憶障害 ・遂行機能障害 (2) 就労先X社の概要 ・全国規模で展開する大企業の特例子会社 ・知的障害者を中心に数十名の障害者雇用 ・主な業務:社内メール便の仕分け、社内印刷物作成、商品加工、クリーニング (3) 職場実習 就職面接会にてX社に応募した結果、雇用を前提に社内印刷業務の実習を4週間行うことになった。 業務内容は、毎日数十箇所の支店から、電子メールで送られてくるオーダーに基づいて、PCで印刷したものを所定の大きさに裁断し、出荷するまでの作業を担う。 X社の伝統として、新しく職場に入ってきた障害者への指導は、同じ職場の障害者が行うことになっている。 実習をはじめる前段階の見学した際に、作業指示の内容が煩雑で情報量が多く、とてもA氏には対応しきれないと思われたため、その場で辞退したが、X社第2号ジョブコーチである人事マネージャーや現場責任者から「うちは特例子会社だから障害への対応は熟知している。生産性は求めていない。A氏の人間性を評価している。少しずつ覚えてもらうから大丈夫」との回答。センター職員から「記憶障害があるので覚えられない。ワンパターンな仕事に就かせて欲しい」と訴え、A氏の高次脳機能障害の特性を説明、具体的な配慮して欲しい点を依頼するも、「うちにも高次脳機能障害者がいて、その特性も心得ているから心配ない」との返答であったため、実習を行うこととなった。 (4) 実習を終えて 実習を振り返ったところ、X社現場責任者からは「特に問題ないので、採用したい」との見解であったが、A氏からは三つの不安材料をセンター職員に明かされた。 ・作業指示の内容が人によって異なる。 ・仕事の細かい箇所に意識が行ってしまうため、全体像がつかめず、自分は何をやっているのかがわからない。 ・PC操作方法や手順について、実演や口頭指示を数回受けただけでは混乱してしまう。 入社を控えて、会社側には本人の不安内容を相談し、改善を求めるとともに、埼玉障害者職業センターにジョブコーチを依頼し、A氏への支援体制についてX社人事マネージャーと共にケース会議を開き検討した。 (5) 検討結果 ・現場でのA氏への指導係については、X社で再検討 ・直面している不安要因であるPC操作については、X社で手順書を用意 ・ジョブコーチ側で作業全体を見てシンプル化を検討 (6) 採用後 A氏は入社し、PC業務に就いたが、会社側が用意して本人の手に渡った手順書は詳細なマニュアルであった。 そこでジョブコーチから仕事を単純化するアドバイスしてもらい、高次脳機能障害への支援方法についても現場の方に再三レクチャーしてもらった。 この間にA氏から職場の状況を聞いてみると、「3名の知的障害の指導者がPCと印刷機の操作の直接指導に当たっており、指示の一貫性が保たれていない。メモも書き留めることで精一杯。後で見返しても情報量が多くて分からない。」と、不安が倍増していた。 この後も本人への支援と共に職場への理解を求めたが、一向に改善されなかった矢先に、人事マネージャーから、次の理由で戦力外だと通告された。 ・何度言っても仕事が覚えられず、仕事が遅い。 ・自分の仕事に集中していると、周りが別の用件で忙しそうにしていても、声をかけなければ手伝おうとしない。 これを受けて、当センター、埼玉障害者職業センター、X社 社長、人事マネージャー、現場責任者とケース会議を開いた。 埼玉障害者職業センターと共にA氏の高次脳機能障害について再度解説し、さらには、現状のままではA氏の職場への定着は困難と判断し、当初から希望していた比較的単純作業であるクリーニング業務に変更してもらうようお願いした。X社は、これを快諾し、A氏はクリーニング業務に配置転換となり、改めて埼玉障害者職業センターにジョブコーチを依頼することとなった。 その後、A氏は特にトラブルもなく、安心して勤め続けている。 3 成功に至った事例 (1) 利用者B氏の状況 ・脳出血による高次脳機能障害 ・記憶障害 ・遂行機能障害 (2) 就労先Y社の概要 ・外資系衣料品販売業 ・主な業務:店舗バックヤードでの商品整理・管理 (3) 面接から採用まで 就職面接会にてY社に応募し、面接を受ける。その3ヶ月後に正式な採用となったが、Y社では障害者雇用が今回初めての取り組みで、その中で高次脳機能障害ということも加わり、暗中模索の状態であった。 当センター職員はY社人事担当者と綿密に連絡を取り合いながら、企業側で抱えている疑問点に対して一つ一つ説明を行った。その後、受け入れ先の店舗と担当指導者とのミーティングの場で、障害の説明と本人の特性、仕事に就いたときに現れるであろう問題点、その解決方法等を説明し、企業側とのすり合わせを連日重ねた。この間、電話やメールのやり取りを頻繁に行い、企業側の雇用に対する不安を取り除くことに専念した。 担当指導者は採用を目前に自ら高次脳機能障害についての説明用パワーポイントを作成し、全スタッフに講義して情報の共有化を図っていた。 (4) 採用後の対応 採用日初日に担当指導者は、全スタッフにB氏の障害特性について改めて認識してもらうよう社内一斉メールを配信し、その後も再配信することで情報の漏れを防いでいた。 採用後の本人への作業指示は、担当指導者が直接行うことを徹底し、どんなことがあっても第三者からの指示を仰がないように担当指導者が工夫して、B氏の混乱を避けるよう配慮し続けた。 仕事を続ける中でトラブルが発生した時は、些細なことでも担当指導者からの相談をセンター職員が受けられるような関係を築き、対処方法についても複数の案を提示して、現場でやりやすい方法を選んでもらった。 また担当指導者は定期的な面談を行い、B氏の思いを引き出しながら、その情報をセンター職員や家族にも報告を欠かさなかった。センター職員は、これを受け、B氏からの報告と併せてフォローの際の材料とした。 4 まとめ (1) X社で失敗に及んだ要因 ①キーパーソンが確立できなかった 直接係わる指導者が3名の知的障害者だったので、指示系統が統一されず、混乱してしまった。 ②仕事の内容が煩雑で多岐に渡っていた 全ての作業内容が細切れで、オプションが多く複雑なため、混乱してしまった。 ③現場全体にA氏の障害の理解が求められなかった 「繰り返せばいずれ覚えるだろう」と楽観視されていたが「何度教えても覚えられない」との現場での感想。根本的な障害の特徴が受け入れられなかった。 (2) Y社での成功の要因 ①キーパーソンが確立できた 現場で専属の担当指導者を配置させたことにより、指揮系統が一本化できた。 ②職種を限定し単純化した 接客は一切なくバックヤード業務に徹した。 ③現場全体にB氏の障害が周知された 高次脳機能障害という障害を全社員が把握した上で、B氏の特性と対応方法を社内に周知徹底したことで、社員の誰もが同じ対応ができた。 5 反省 今回のA氏への支援の失敗例から考えられる反省点として ・最初からの職種選択のミスマッチ ・特例子会社、2号ジョブコーチの存在に油断してしまった。 どんなに職場で「大丈夫」と言われようが、支援側で職場へ適応の可否を客観的に判断すべきであった。 本人の障害の詳細なデータを持ち合わせているのは、支援側である。特に目に見えない障害と言われる高次脳機能障害の場合、面接時の本人の表面的な受け答えだけでは、採用側では高く評価されてしまい、仕事に就いてからその障害の重さをはじめて知ることになってしまう。 そのためにも支援側ではっきりとしたスタンスで臨んで、困難な職種と予想される場合には勇気を持って辞退することも必要であった。 6 考察 高次脳機能障害者の就労支援について、今回二つの事例を基に、改めてその進め方を考えてみた。 企業に障害を理解してもらい、それに応じた対応をしてもらうことが一番大切なことだと思われるが、これはあくまでも支援側の理想であって、受け入れる企業側の考え方次第ではある。少なくとも仕事をする上でも不安を感じさせてしまえば雇用には結びつかない。 我々支援側は、企業の立場を尊重しながら、企業側のペースに合わせて、負担にならない程度の依頼を突破口に、少しずつ安心感を与えながら歩み寄りをして行く交渉術が重要であることを痛感した。 特に今回の失敗例では、特例子会社であることに甘んじてしまい、いずれ高次脳機能障害者の特性を理解してもらえるのではないかとの読みが甘かった。 成功例では、支援側と企業側との綿密な情報交換によって、企業で抱える心配事を少しずつ払拭することができたことが、成功の要因と考えられる。 7 最後に これまでの経験から、高次脳機能障害者への就労支援は、外見から全く判断できない障害の特性をわかりやすく説明し、企業側の不安を打ち消しながら、働きやすい環境を企業と共に築いていく作業が支援のキモと言えよう。それに必要な支援側のスキルは臨機応変な交渉術であり、コミュニケーション能力が最も必要と考えられる。 【連絡先】 山本雅史 埼玉県総合リハビリテーションセンター 就労移行支援担当 Tel:048-781-2222(内線2624) e-mail:yamamoto.masashi@pref.saitama.lg.jp イギリスにおける脳損傷者に対する職業リハビリテーションサービスについて 遠藤 嘉樹(国立吉備高原職業リハビリテーションセンター 主幹) 1 はじめに 国立吉備高原職業リハビリテーションセンターでは、高次脳機能障害者、精神障害者、発達障害者を含む職業訓練上特別な支援を要する障害者(以下「特別支援障害者」という。)に対する職業訓練の実施を重点課題とし、その職業訓練の指導技法等の開発、他の障害者に対する職業能力開発実施施設(以下「障害者校等」という。)への指導技法等の普及を図ることを組織の使命としている。そこで、日本に先駆けてその取組が始まったイギリスにおける脳損傷者の職業リハビリテーションプログラムに係る情報収集を行うことを通じ、今後の当センターはじめ他の障害者校等における高次脳機能障害者に対する訓練・支援の充実に資するため、公共及び民間の施設を訪問した。本稿では、訪問施設のプログラム概要を紹介するとともに、職業訓練における実践結果を紹介する。 2 Community Head Injury Service, The Camborne Centre Community Head Injury Service(以下「CHIS」という。)は、国民保健サービスとして、バッキンガムシャー州および周辺地域の外傷性の脳損傷者ならびに他の後天的で非進行性の脳障害者および家族への専門的なアセスメントとリハビリテーションを提供している。 (1) CHISで提供されるサービス サービスは、三つのそれぞれ関連した専門的なプログラムから構築されている。主なサービスは、次の三つである(図1)。 ◆ 核となる脳損傷リハビリテーション(REHABILITATION TEAM、WORKING OUT TEAMのサービス利用者も利用可能) ⇒REHABILITATION TEAM ◆ 専門的な職業評価、職業リハビリテーションプログラム ⇒WORKING OUT TEAM ◆ 家族と友人へのサービス ⇒FAMILY SERVICE 図1 CHISのサービス (2) WORKING OUT TEAM プログラムの目的は次の通りである。 ◆ 後天的な脳損傷者の職業的なニーズ、能力、可能性の把握 ◆ 就業上の潜在的な可能性を高めるための専門的なリハビリテーションプログラムの提供 ◆ 新たな職業を選択するための評価や職場復帰に向けたボランタリーワークの開拓・実施支援 ◆ 新たな職場を開拓し、就業開始、定着の支援 ◆ 職場における教育・訓練等、専門的な職場復帰のための支援 これらの目的を達成するために、プログラムは、初期評価(Initial Assessment)に続く四つの段階、①職業評価(Vocational Assessment)、②職業準備性の向上(Work Preparation GroupからPsychological Therapy)、③ボランタリーワークでの試行(Voluntary Work Trial)、④実際の就業場面での支援(Placement Support GroupからLong-Term Placement)で構成されている(図2)。 図2 Working Out プログラム 3 Momentum Momentumは、ウェストミッドランド州内にある唯一の職業センターで、民間が運営しているセンターである。現実的な移動時間(概ね1時間程度)で通える利用者にサービスを提供するために、バーミンガム市の中心部(駅から5分程度)に置かれている。 Momentumでは、各分野の専門家からなるチームを形成し、次の職業評価から就職、職場定着までの一貫したアプローチとサービスを提供している。 ◆ アセスメントにより対象者の状況を把握し、ご本人の障害への気づきと洞察を促すために、強みや課題となる行動、職業に就くために必要となるご本人の能力についてのフィードバックを行う。 ◆ 認知的な障害を補うための補完方法の特定と習得するためのトレーニング、社会的な困難への影響を減らすための方法の検討とそれらを利用するための支援を行う。 ◆ ご本人が利用を希望される社会資源への調整を支援する。 ◆ 職業への就くための準備性を向上し、仕事をするために必要となる適切な態度を促す。 ◆ ご本人の障害状況や保有する能力、適性を踏まえた現実的な職業分野を明確化する。 ◆ 上記の職業に就くための就職活動支援や職場定着支援を行う。 それら基本的なサービスの流れは次の通りである(図3)。 図3 Momentumのサービス 4 職業訓練における実践 (1) 当センターおよび障害者校等のニーズ 当センターにおいては、特別支援障害者に対する先導的な職業訓練に取り組み、それらをマニュアル等に取りまとめて、他の障害者校等へ紹介する取り組みを行っている。今後に向けて取り組みが期待されているのは、次のとおりである。 ◆ 失語症等特定の症状のある人への支援 ◆ 新たな補完方法の検討 ◆ 感情コントロールが困難な人への支援 一方、短期間での入校判断と集合教育を基本とする他の障害者校等における支援ニーズは、次のとおりである。 ◆ 入校判断におけるアセスメント方法 ◆ 集合訓練における訓練・アプローチ方法 ◆ 就職活動における事業主へのアプローチ方法 (2) 実践例 現在、私は主に身体障害者の訓練を中心に担当しており、脳損傷の後遺症により、身体障害者として入校する方や復職に向けて休職中の方の訓練を実施している。その中で、訪問先で得られた知見を活用して、(1)のニーズに応じた指導・支援を実施した2例について紹介する。 ① 集合訓練における訓練・アプローチの方法 他の障害者校でも聞かれる、脳損傷により身体障害者として入校したものの、認知機能の低下もある事例である。 この場合、一般的な失敗体験から学ばせる方法は、信頼関係を崩すこともあることから、訪問先の2施設において行われている成功体験から学ぶ方法を援用した(図4)。 図4 両施設における障害認識の流れ 障害者校等において、障害認識の専門的な講義を行うことは困難なため、講義の代わりに、次のような電卓計算課題をオフィスビジネス系の職員の協力を得て表計算ソフトで作成し、実施した。 イ 課題内容 1ページに8枚の入金伝票および出金伝票が印刷されたシートがあり、次の計算をする(図5)。 ◆ 全4商品のうち3商品について売上または仕入の合計を求める ◆ 売上または仕入の総合計を求める 入金伝票合計と出金伝票合計の差額を求めるこの課題は、次のようなレベル設定がしてあり、スモールステップで技能習得が可能なことに加え、認知機能のチェックと補完方法を特定できるようにしている(表1)。 表1 課題のレベル設定 ◆ 易疲労性:処理桁数およびページ数が増加することにより処理時間も増加する ⇒休憩や作業内休止の設定等 ◆ 注意:計算する商品と伝票の二つを同時に選択しながら処理する ⇒ポインティング、レ点チェック、付箋、マスキング等 ◆ 遂行機能:各伝票の計算、各商品の総合計の計算、各伝票の総合計の計算、総合計の差額の計算等の処理手順の組立 ⇒手順書等 図5 課題シート ロ 実施結果 この課題を2名の脳損傷の後遺症により身体障害者として入校した訓練生に実施した結果は次のとおりである。 当初、補完方法を導入せず開始するものの、計算が合わないため、計算する商品に焦点があたるように助言すると、集計する商品の金額の右にマークをつけたが、計算ミスが残ることから、商品と伝票の二つ同時にチェックをするのをやめるよう助言すると、集計する伝票にまず○をつけ、順次処理にするようになり、エラーがなくなった。その後、レベルが上がり、処理時間が長くなって、エラーが出てくるようになったため、計算の区切りの良いところで作業内休止を入れることで全て完了した。 全課題終了後、易疲労性、意欲、注意、情報処理、記憶、遂行機能といった認知機能の説明を簡単に行い、なぜ、補完方法が有効だったのかを解説することで、身体の麻痺以外にも脳損傷の影響があることへの認識が進んだ。 ② 新たな補完方法の検討 Momentumにおいては、利用者との相談場面やその他支援においてMind Mapを用いることが多いとのことであった(図6)。 図6 Mind Mapの利用例 その理由は、次による。 ◆ 相談や思考の流れ(ご本人が思考した順番)をそのまま表現しやすこと ◆ 相談・講義内容が一覧できること ◆ ご本人の興味・関心等の思考の偏りも見ることができること しかし、実際に利用してみると、次の理由から、方法と場面を少し工夫する必要があることがわかった。 ◆ 日本語は英語のように主語・述語・目的語のように階層的ではない ◆ そのため、相談経過を記録したのち、再グルーピングなど整理が必要となる ◆ 反面、構造が明確に表しやすい そこで、相談場面で用いるときには、予め基本アイデア(BOI、中心から一つ目の項目)を決めスタートするか、KJ法のように自由に単語で記載して、グルーピングしながら全体構造を作り上げていくほうが利用しやすい(図7)。 図7 Free Mindを利用した相談のスタート例 また、相談項目全体を記載しておきチェックリストのように用いる方法もある(図8)。 図8 面接簡易チェックリスト 5 まとめ 今回訪問したCHISやMomentumの利用者は、失われたものに対する喪失感を持っていたり、社会的に隔離されていたり、経済的な不安を抱えていたりと、中途障害者特有の自己効力感(self-efficacy)が低下している人が多いとのこと。そのため、ダメ出しをせず、成功体験を通じて障害認識を深められる今回の方法は、比較的短期間で利用者とラポールを形成できるとともに、本人が望む技能訓練を通じて行うことができることから、障害者校等でも取り組みやすいものではないかと思われる。 また、両施設は、入所から就職支援、フォローアップに至るまでの支援の枠組みが、当センターの支援の流れと似ているところが多く、その他参考となることが多かった。今後、それらについても順次取り組みながら検証を行っていきたい。 障害者職業総合センター職業センターの「高次脳機能障害者のための職業リハビリテーション導入プログラム」試行実施経過について ○菊香 由加里(障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー) 伊藤 透・野澤 隆・小林 久美子・土屋 知子(障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)では、従来から高次脳機能障害者への効果的な支援技法の開発を目指し、職場復帰支援プログラム(以下「復帰プロ」という。)及び就職支援プログラム(以下「就職プロ」という。)の実施を通して、対象者、事業主、及び家族等の支援を開発テーマとして様々な取り組みを行ってきた。 そこで、これまでに上記のプログラムを受講した対象者の状況について支援記録から振り返ったところ、次の二つの課題を有する対象者が過去5年間では約半数を占めていることが確認できた。第一には生活リズムや健康管理等、職業リハビリテーション(以下「職リハ」という。)に取り組むための基盤である生活面の課題、第二には自己の障害への気づき及び職リハの目的とプロセスについての理解の曖昧さにより動機づけが弱く、主体的な参加が得られにくいといった課題である。これらの課題を有している場合、既存のプログラムでは支援効果があがりにくく、対応に苦慮することが少なくなかった。 こういった背景から、これまでの二つのプログラムに加えて、職業リハビリテーション導入プログラム(以下「導入プロ」という。)を開発し、平成24年度から平成26年度に試行実施し、平成27年度からの本格実施を目指すこととしている。 本稿では、導入プロのこれまでの実施経過について報告する。 2 導入プロについて (1) 概要 導入プロは、復職や就職を目指している高次脳機能障害者の円滑な職リハへの移行を図ることを目的として開発されたものである。そのため、対象者は、医学的リハビリテーションが終了しており、職リハへのニーズがある、という復帰プロや就職プロの対象者要件に加え、職リハへの円滑な移行のために身体の健康面を整えることや職リハへの動機づけを図る等の準備することが望まれる方としている。 導入プロの支援が必要かつ効果的と判断された場合、復帰プロ又は就職プロに先立ち8週間程度の支援を実施している。導入プロ終了後は復帰プロ又は就職プロを引き続き受講することを想定しているが、状況に応じて地域の就労移行支援事業所等の職リハサービスに移行する場合もある。 (2) 支援目標 導入プロでは、①安定した職業生活の基礎となる健康的な生活を整える、②職リハの目的とプロセスを本人が十分に理解し、職リハへの主体的な取り組みを引き出す、この2点を重点的な支援目標としている。この目標の達成に向けて支援することにより、職リハへ円滑に移行し、その後の支援が効果的に実施され、職業生活の安定が図られることを目指している。 (3) 内容の構成 導入プロの内容は表1のとおりであるが、大きく分類すると、①情報管理ツール試用、②作業体験、③個別相談、④勉強会、グループワークの体験参加の四つで、これらを相互に関連づけながら実施している。 なお、内容は復帰プロ及び就職プロと一部共通しているが、課題の難易度や支援者の関わり方は、導入プロの支援目標に沿うものとしている。ここからは、平成25年度の見直し点を含め、詳細を紹介する。 表1 導入プロの内容と目的 ① 情報管理ツールの試用 情報管理ツールの試用では、メモリーノート、デジタルカメラ等の使用体験を通して、「役に立つ」ことを実感し、参照行動を強化して、継続的な使用に繋げることを目的としている。そのため、導入プロでは、自力で使いこなせるようになることは重視していない。 また、服薬管理や生活リズム等に課題がある場合、行動記録を可視化して規則正しい健康的な生活への意識の向上が図れるよう支援を行っている。 ② 作業体験 作業体験では、健康生活関連、グリーンアレンジ、簡易事務作業の三つを用意して、作業遂行に必要な基礎体力の向上等を図っている。 イ 健康生活関連 健康生活関連は、健康的な生活を維持するため、健康管理への意識を醸成することを目的としている。実施内容は、当初、バランス食生活コースのみであったが、健康管理は食生活の他、運動も重要であることから、平成25年度よりアクティブ生活コースを加えて、内容の拡充を図った。バランス食生活コースでは食事記録表を、アクティブ生活コースでは血圧や1日の歩数を記録する活動記録表を作成し、自分の健康管理について振り返ることで、健康に対する意識の向上が図られるよう支援を行っている。なお、意欲や動機づけの向上を図るため、健康生活関連では、オリエンテーションで予め目的と内容を説明し、取り組むコースを自分で選択できるように工夫している。 ロ グリーンアレンジ グリーンアレンジは、園芸療法を参考に、身体障害がある方に配慮して、室内管理が可能で簡易な苔玉づくりを行っている。正解、不正解のない創作的要素のある作業に取り組む中で、興味や意欲の喚起を図るとともに、達成感を得られることを目的としている。苔玉に植える植物や飾る皿を選ぶ等、楽しく、安心して取り組めるような支援を心掛けている。 ハ 簡易事務作業 簡易事務作業は、会社での仕事をイメージできるよう、パソコン入力、郵便物仕分け等の実際の仕事に近い作業を行っている。導入プロでは具体的な補完方法の習得を図ることよりも、自分ができること、苦手なことに目を向けてもらうことを重視している。実際に作業に取り組む中で、自分が思っていた以上にミスが発生する、あるいは繰り返しの練習や工夫により作業精度が向上する等、自分の特徴を体験を通して見つめ直すことで、自己理解が進み、障害への気づきの促進や補完方法の有用性の実感に繋がっていくと考えている。 なお、作業課題は、比較的簡易なものを用意して、無理が掛からないよう配慮している。また、難易度を上げずに、一定のレベルで作業を継続することで、心理的な負担感を軽減し、課題に集中できるよう留意している。 ③ 個別相談 個別相談は、プログラムの取り組みを振り返り、今後の目標を整理することを目的として週1回実施している。日々の体験と照らし合わせながら、どんな場面でどのような問題が起こりやすいのか等を確認し、障害に起因する行動に対する気づきや理解が得られるよう留意しながら相談を行っている。 ④ 勉強会、グループワークの体験参加 勉強会は、主に生活上の困り感に関したテーマを設定して実施してきたが、導入プロの実施目的を踏まえてテーマを特定し、講話から体験を重視した内容に見直しを行うことで、復帰プロや就職プロとの違いを明確にした。平成25年度から実施している内容は、健康管理及び障害に対する知識の付与を目的として、a.バランス食生活、b.アクティブ生活、c.リラクゼーション、d.情報管理ツールの試用(デジタルカメラやICレコーダー等の試用)の四つのテーマである。在宅や保護的環境では意識しにくい日々の経験や困り感等を実感してもらうために、座学の後、個別に実際に体験することで、対象者自身の問題として捉え、意欲的な参加姿勢を引き出すことの一助になることを目指している。 なお、復帰プロや就職プロのグループワークへの体験参加については、集団場面に対する緊張の緩和と職リハのプロセスに関するイメージを獲得することを目的に、導入プロ終盤に実施している。 3 対象者の概要と帰趨状況 平成24年9月から平成25年8月末までに4名が導入プロを終了している。終了者の概要と帰趨状況は表2の通りである。 表2 対象者の概要と帰趨状況 4 支援の実際 導入プロを終了し、就職プロに移行したCさん(女性・20歳代)の事例を取り上げ、支援の実際について以下に述べる。 (1) 受講までの経緯 幼少期に交通事故に遭い、受障。小学校〜高校までは普通学級に在籍。専門学校を修了。その後、複数のアルバイトに従事するが、作業が上達しない、作業が遅い等の問題から離職。そのため、高次脳機能外来のある病院を受診し、高次脳機能障害との診断を受ける。その後地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)を利用して、職業センターの支援に繋がる。 (2) 受講前の課題 地域センターでの職業評価の結果では、障害に対する自己理解が不十分であること、及び作業耐性の不足が指摘されており、職業センターでは①障害による職業生活への影響について自己理解を図ること、②職業生活の基礎となる心身の健康面を整えることを目標に支援を行うこととした。 (3) 受講中の状況 ① 障害による職業生活への影響について自己理 解を図るための支援 プログラム開始当初は、周囲から障害者として見られることに対して抵抗感が強く、自分の障害について「あまりよく分からない」と話していた。 個別相談において、プログラムで見られた課題と職業経験の中で対応に苦慮したことを関連づけながら振り返りを積み重ねたところ、自ら障害について質問をする等、徐々に障害を理解し向き合おうとする姿勢が見られるようになった。そして、プログラム終盤には障害や職業生活上の影響について、自分が理解した内容を整理することができた。 ② 心身の健康面を整えるための支援 プログラム開始当初は、疲労具合について確認すると「疲れていない」と話すものの、プログラム受講中に時々あくびをする様子が見られ、体力の不十分さが窺われた。 そこで、プログラムへの参加を通して作業が継続できる体力を養成しながら、日々の様子と変化を個別相談で適宜フィードバックしたところ、4週目頃からあくびがなくなり、プログラムへの意欲的な取り組みがみられるようになった。 また、健康生活関連ではアクティブ生活コースへの参加を通じて、体を動かすことに対する意識が高まり、体力に余裕がある時はプログラム終了後自発的に散歩や縄跳びを行い、体力づくりに取り組んだ。その結果、プログラム終了時には「もっと頑張れる」と感想を述べており、体力が向上してきたことを実感することができた。 (4) 終了時の状況 就職に際して障害をオープンにするか否かについて葛藤はありつつも、導入プロを通して、障害と職業生活上の影響について理解が進み、プログラムに前向きに取り組む姿勢がみられてきたことから、職業に対する意識が高まってきた様子が窺える。 上記のことから、導入プロ終了後は就職プロに移行することとし、そこでは、職業上の課題に対する補完方法の習得、今後の就職を考える際に対応可能な職務の検討及び職場で必要な配慮の整理を目標として支援を実施している。 5 考察 (1) 職リハへの動機づけを高める支援 (体験や試用を中心とした支援) これまで復職プロや就職プロでは、初期の段階でアセスメントし、自らの障害に対する理解を促し、補完手段を習得することを目的に支援を行ってきた。しかし、対象者の障害認識や動機づけが不十分な場合、効果的な支援に繋がりにくいことが少なくない。 それに対して、導入プロでは、作業体験による気づきと補完手段の試用を通して有用性を感じてもらうことを重視した支援を行っている。「こうすればできる」「役に立つ」という実感から希望を持ってもらうことが、補完手段を活用してみること、さらには補完手段を習得していくことへの意欲を喚起することに繋がり、職リハへの動機づけを高めていくことができたと思われる。 (2) 主体的な取り組みを引き出す工夫 導入プロを実施する中で、対象者の主体的な取り組みを引き出す工夫としては二つのポイントが挙げられる。一つには、復帰プロや就職プロに比べて作業課題やスケジュールを緩やかな設定にしている。このねらいは、成功体験を積み重ね、興味や意欲を喚起することに加えて、自信を醸成することにある。二つには、対象者の意欲が継続されるよう、作業体験を自らがコース選択できるようにしている。 これらの工夫により、終了後のアンケートでは受講者より「達成感があった」「これからも頑張りたい」といった前向きな感想をいただいている。自信や意欲の醸成が図られ、主体的に取り組む姿勢に繋がったと思われる。 (3) 生活面の課題を意識したプログラム構成 導入プロでは、生活面の課題のうち、最も基礎となる健康管理に焦点をあてている。復帰プロや就職プロと同様に、作業体験を通して作業遂行に必要な基礎体力の向上を図る他、健康管理の基本となる食事や運動に関して、勉強会で知識を付与し、その上で、「健康生活関連」の作業体験で自分の健康管理の状況について取り纏め振り返りを行っている。この健康管理に関する一連の取り組みを通して、受講者からは「今まで気をつかっていなかったので勉強になった」「振り返られてよかった」といった感想をいただいており、健康管理に対する意識の向上の一助になったと思われる。 6 おわりに〜今後の課題について〜 導入プロの目標は先述したとおり、健康的な生活を整えるとともに職リハへの主体的な取り組みを引き出すことにある。これまでの試行を通して、対象者の変化や利用者アンケートの結果からは、導入プロについて一定の成果はあったものと考えている。一方で、導入プロから復職プロや就職プロまでの一連の過程での効果については、現時点では事例が少なく検証が不十分であるが、今後、効果検証の方法も含め、検討していきたい。加えて、導入プロに効果的な対象者像についても整理をしていきたい。 また、開発した支援技法の普及について、8週間のプログラム全体を一つのパッケージとして普及することを目指すよりも、プログラムの中に要素として含まれる支援ツールや支援の工夫を「支援技法」として切り出し、様々な支援機関や支援場面で活用しやすい形として提供していく方が実際的であると考えている。そのため、一つ一つの支援場面の目的や結果を明確化していく取り組みを引き続き行っていきたい。 【参考文献】 1) 土屋知子他:障害者職業センターにおける「高次脳機能障害者のための職業リハビリテーション導入プログラム」の開発の経緯と試行実施について第20回職業リハビリテーション研究発表会論文集(2012) 地域障害者職業センターを利用した高次脳機能障害者の実態 −過去3年間のジョブコーチ支援事例を中心に− 田谷 勝夫(障害者職業総合センター 特別研究員) 1 はじめに 高次脳機能障害者支援普及事業による支援拠点機関の全国展開がなされ、医療リハビリテーション領域における高次脳機能障害者支援が進展している。一方、職業リハビリテーション領域における高次脳機能障害者支援もジョブコーチ(以下「JC」という。)支援制度の導入等により、就労(復職/就職)可能者が増加している。今後は、就労している高次脳機能障害者に対するきめ細かな支援を推進するとともに、就労困難な高次脳機能障害者に対する関係機関との連携のあり方の検討が重要となる。 2 目的 全国の地域障害者職業センターを利用する高次脳機能障害者の実態を明らかにする。また、より詳細な情報収集が可能なJC支援を受けた高次脳機能障害者の『働き方』に焦点を当て支援の現状と今後の課題について検討することを目的とする。 3 方法 (1) 調査時期 平成24年10月。 (2) 調査対象 全国の地域障害者職業センターを対象として、主任カウンセラーに回答を依頼。 (3) 調査項目 ①質問1:高次脳機能障害者の利用状況 イ 平成21〜23年度の高次脳機能障害者数 ②質問2:利用者の実態について イ 1センター10名を上限とした事例紹介。 利用年度、個人情報(性別・年齢・障害者手帳)、来所時の状況(主訴・来所経路・依頼者・同行者)、医療情報(原因疾患・受傷後期間)、職業情報(支援内容・利用後の経過)等。 ③質問3:ジョブコーチ支援実施者 イ 本人支援;障害特性、作業遂行上の問題点、JC支援のポイント ロ 事業主支援;障害理解、支援体制、JC支援のポイント ハ 家族支援;障害理解、支援体制、JC支援のポイント ニ JC支援結果;JC支援後の状況 ホ その他特記事項 4 結果I(全体傾向 N=347) (1) 回収率 全国の地域障害者職業センター52所(47センターと5支所)に調査票をメール送信にて配布し、35所(32センターと3支所)から回答を得た(回収率67.3%)。 (2) 平成21〜23年度の3年間の利用者数 回答の得られた35所の利用者数(質問1)は、平成21年度363名、平成22年度416名、平成23年度447名と年々増加傾向にあり、35所の過去3年間の利用者計1226名であった。うち詳細情報の明らかな事例(質問2)は347名、JC支援実施事例(質問3)は112名であった(図1)。 図1 利用者人数 (3) 質問1の利用者の特徴 利用者の詳細な情報は、1センター10名を上限として収集し、347事例の個人データを収集した。 以下この347事例の特徴について分析する。 ①個人特性 イ 性・年齢 男性294名、女性53名で男性が84.7%と多い。平均年齢39.3±11.2歳、40歳代が30.0%。 ロ 障害者手帳 障害者手帳は、所持者が273名(78.7%)、非所持者は74名(21.3%)。非所持者のうち9名が手帳申請中。手帳の種類は、身体障害者手帳93名、身体と精神15名、精神保健福祉手帳161名。 ②来所時の状況 イ 利用目的 就職相談173名(49.9%)、復職支援80名(23.1%)、職業評価22名(6.3%)、復職相談21名(6.1%)、JC支援が20名(5.8%)となっている。 ロ 来所経路 公共職業安定所および就労支援機関経由125名(36.0%)、福祉機関経由46名(13.3%)、支援拠点機関を含む医療機関経由110名(31.7%)、直接来所は31名(8.9%)と1割以下(図2)。 図2 地域センター来所経路 ③医療情報 イ 受傷原因 脳損傷の受傷原因は、脳外傷138名(39.8%)と脳血管障害169名(48.7%)で307名(88.5%)と9割近くを占める(図3)。 図3 受傷原因 ロ 受傷後期間 受傷後、地域センターの窓口を利用するまでの期間は平均5.6年。10年以上の極端に長い67名を除く270名の平均は2.9年。 ④職業情報 イ 支援内容 支援内容は、職業指導285名(82.1%)、職業評価316名(91.1%)、職リハ計画策定320名(92.2%)などが多い。適応指導は160名(46.1%)と約1/2に施行されている。ジョブコーチ(JC)支援は115名(33.1%)と約1/3に実施されていた(図4)。 図4 支援内容 ロ 転帰 利用後の経過は、何らかの形で就業に結びついたケースが347名中、281名(内訳は一般就職が108名、一般復職が92名、A型事業所16名、B型事業所38名、移行支援事業所27名)。求職中が17名(4.9%)、職業前訓練中が7名(2.0%)。在宅が25名(7.2%)であった(図5)。 図5 転帰(利用後経過) 5 結果II(JC支援事例 N=112) (1) 質問3:利用者(JC支援事例)の特徴 ①個人特性 イ 性・年齢 男性91名、女性21名で、男性が81.3%。平均年齢39.8歳。40歳代が31.3%。 ロ 障害者手帳 所持者99名(88.4%)。非所持者13名(11.6%)。手帳の種類は、身体障害者手帳33名、精神保健福祉手帳60名で、療育手帳はいない。身体障害者手帳と精神保健福祉手帳を併せ持つ者が5名。 ②来所時の状況 イ 利用目的 利用目的は、「就職相談」43名(38.4%)、「復職支援」23名(20.5%)、「JC支援」19名(17.0%)、「就職支援」8名(7.1%)、「職業評価」7名(6.3%)、「定着支援」7名(6.3%)「復職相談」4名(3.6%)。 ロ 来所経路(紹介元) 利用経路は、「ハローワーク」29名(25.9%)、「福祉機関」23名(20.5%)、「医療機関」22名(19.6%)、「高次脳支援拠点機関」13名(11.6%)、「事業所」12名(10.7%)、「就業・生活支援センター」6名(5.4%)、「直接来所」5名(4.5%)。 ③医療情報 イ 受傷原因 脳外傷48名(42.9%)、脳血管障害52名(46.4%)。 ロ 受傷後期間 平均が6.7年(10年以上の極端に長い29名を除くと、平均は3.1年)。 ハ 障害特性 JC支援実施者112名の障害特性は「記憶障害」74名(66.1%)、「注意障害」56名(50.0%)、「遂行機能障害」47名(42.0%)、等(図6)。 図6 JC支援事例(N=112)の障害特性 ④職業情報 イ 支援内容 JC支援以外の支援内容としては、職リハ計画策定110名(98.2%)、職業評価96名(85.7%)、職業指導89名(79.5%)、適応指導85名(75.9%)。 ロ JC支援(集中支援期)の具体的作業内容 作業内容は、いわゆる『単純作業』、『補助作業』、『周辺作業』、『雑務』と呼ばれるものが多く、具体的には「清掃」27名、「データ入力」12名、「箱詰め・袋詰め・梱包」11名、「洗車・洗濯・洗浄」10名、「仕分け作業」9名、「伝票整理」8名、「発送・配送」6名、「品出し・陳列」6名など。 ハ 作業遂行の問題点 「作業手順の定着」28名(25.0%)、「覚えられない」22名(19.6%)、「作業・入力ミス」16名(14.3%)、「処理スピード」12名(10.7%)、「指示理解」9名(8.0%)、「正確さ」9名(8.0%)、「コミュニケーション」6名(5.4%)、「感情コントロール」5名(4.5%)など。 ニ 本人支援のポイント 作業遂行上の問題に対するJC支援のポイントは、「手順書の作成」42名(37.5%)、「メモの活用」24名(21.4%)、「スケジュール管理」13名(11.6%)、「業務内容調整」9名(8.0%)、「チェックリスト」7名(6.3%)、「見取り図」7名(6.3%)、「休憩」7名などがあげられる。 ⑤事業所支援 イ 支援前後の障害理解の変化 「元々理解あり」13名(11.6%)、「理解促進」78名(69.6%)、「理解不十分」10名(8.9%)。 ロ 支援体制として特別に配慮した事項 JC支援に際して特別に配慮した事項としては、「キーパーソンの配置」29名(25.9%)が最も多く、次いで「職務創出」25名(22.3%)、「勤務日数・勤務時間の調整」16名(14.3%)、「配置転換」13名(11.6%)等となっている。 ハ 事業所支援のポイント JC支援における事業所支援のポイントとしては、「障害特性の理解促進」41名(36.6%)、「関わり方のアドバイス」37名(33.0%)、「職務内容の調整」13名(11.6%)、「支援ツール作成」12名(10.7%)、「指示の出し方」11名(9.8%)、「環境調整」11名(9.8%)などがあげられる。 ⑥家族支援 イ 支援前後の障害理解の変化 家族の障害理解は「元々理解あり」34名(30.4%)、「変化なし」29名(25.9%)、「支援なし」12名(10.7%)、「理解促進」は9名(8.0%)にとどまる。 ロ 家族の役割(配慮事項) 家族の役割は「情報共有・状況説明」19名(17.0%)、「生活・通勤・健康管理」15名(13.4%)などとなっているが、「特になし」46名(41.1%)や「他機関が実施」9名(8.0%)が半数近くを占め、支援体制として家族支援の機能が弱い。 ハ 家族支援のポイント JC支援における家族支援のポイントとしては、「特になし」49名(43.8%)、「他機関が実施」6名(5.4%)、「記載なし」14名(12.5%)が6割以上を占めるが、支援が必要であった事例からは「情報共有・状況説明」27名(24.1%)が多く、家族支援のポイントは、情報共有にある。 ⑦JC支援の結果(転帰) イ 支援期間 JC支援期間は「1ヶ月間」3名(2.7%)、「2ヶ月間」28名(25.0%)、「3ヶ月間」77名(68.8%)、「4ヶ月間」3名(2.7%)、「7ヶ月間」1名(0.9%)。平均支援期間は2.8±0.7ヶ月。 ロ 支援終了時の雇用状況 「雇用」103名(92.0%)、「非雇用」1名(0.9%)、「実施中」4名(3.6%)、「不明」1名(0.9%)。 ハ その後の経過 その後の経過は、「就職」58名(51.8%)、「復職」41名(36.6%)、「A型事業所」1名、「B型事業所」1名、「移行支援事業所」2名、「求職活動中」3名、「在宅」2名となっている(図7)。 図7 JC支援終了後の経過 6 まとめ ・H21〜H23年度の3年間に地域障害者職業センター(35所/52所中)を利用した高次脳機能障害者は1226名。全センター推計値は1816名。 ・1センター10例を上限としたケース紹介事例347名の特徴としては、1)利用者は男性が多く(84.7%)、2)年齢は平均39.3歳、3)障害者手帳の所持率は78.7%で、種類は精神障害者保健福祉手帳が176名(50.7%)を占める。4)来所経路は就労支援機関の紹介(36.0%)や医療機関の紹介(31.4%)が多い。5)原因疾患は脳血管障害(48.7%)や脳外傷(39.8%)が多い。6)受傷後期間は1年以上〜2年未満が最多で20.2%を占めるが10年以上と長い事例も19.3%と多く、平均7.3年。7)支援内容は「職リハ計画策定」(92.2%)、「職業評価」(91.1%)、「職業指導」(82.1%)等が多く、「ジョブコーチ支援」は112名(32.3%)であった。8)利用度の転帰は「就職/復職」(56.5%)、「移行支援事業所/A型事業所/B型事業所」(23.3%)。 ・1センター5例を上限としたJC支援事例112名の特徴は、1)男性(81.3%)、2)平均年齢39.8歳、3)障害者手帳所持者(88.4%)、4)来所経路は就労支援機関と医療機関が同数(31.3%)。5)原因疾患は脳血管障害(46.4%)、脳外傷(42.9%)。6)受傷後期間は平均6.7年。7)障害特性としては、「記憶障害」(66.1%)、「注意障害」(50.0%)、「遂行機能障害」(42.0%)等が多い。8)支援内容は「本人支援」や「事業所支援」は効果的であったが、「家族支援」は不十分。9)JC支援終了時の雇用状況は91.1%が雇用となっている。 【連絡先】 田谷勝夫(障害者職業総合センター) Tel:043-297-9026 e-mail:Taya.Katsuo@jeed.or.jp 職業リハビリテーション教育による工学部大学生の障害者雇用に関する態度変容 ○岩永 可奈子(職業能力開発総合大学校) 八重田 淳 (筑波大学人間総合科学研究科) 1 問題と目的 障害者の雇用に対する意欲の高まりと法的な対策の強化により,障害者雇用の情勢は着実に進展し,今後ますます職業リハビリテーション(以下,職リハ)に寄せられる関心と期待は高まっていく.障害者の就労場面において,主な支援者は会社の同僚や上司である1).ゆえに,職リハ教育は,専門家育成の為だけでなく,将来就職する誰もが受けられることが望ましい.しかし職リハ科目を設置している大学は非常に少なく,設置されている場合でも大半が社会福祉士養成校である.今後,障害者雇用をより促進していくためにも,人々が障害者雇用に対して前向きな態度であり,かつ職リハ教育を受けられることが重要である.しかし,今までに障害者雇用に関する態度や職リハ教育を扱った調査研究は少ない. 本研究では,工学部大学生に対し,職リハ授業を一定期間実施し,その授業前後における障害者雇用に関する態度等の変化を探ることを目的とした. 2 方法 (1)調査対象 工学部大学2年生計132名 (男性121名,女性10名,不明1名) (2)調査手順及び調査時期 手順1:自記式質問紙調査の実施(2011/10/5) 手順2:職リハ授業の実施(2011/10/5〜2012/1/18) 手順3:手順1と同一質問紙調査の実施(2012/1/25) (3)自記式質問紙調査票内容 基本属性等(性別,障害者に関わるボランティア経験の有無),障害者との接触頻度(以下,接触頻度;10項目,4件法),障害者に対する関心度(以下,関心度;1項目,7件法),障害者に対する受容的態度(以下,受容的態度;24項目,7件法),障害者雇用に関連する知識(以下,知識量;障害者雇用に関連するキーワード(21項目,4件法),障害者雇用に関する態度(24項目,7件法) (4)職リハ授業の実施方法 全12回(1回100分,週1回の実施).内容は,職リハの概念と実践,職リハの現状,障害に関する知識と障害に応じた職リハ等が含まれている.調査者が直接調査対象に授業を行った.当該科目は必修科目であった. (5)分析方法 ① 因子分析:反復主因子法,プロマックス回転で実施し,各項目の因子負荷量が0.4以上であること,各因子が1主成分で構成されることを条件とした. ② 因子得点及び接触総合点の算出:接触頻度10項目の合算点を接触総合点という.因子あるいは接触頻度全項目で,主成分分析を行い,第1成分の重みに素点を乗じ足すことにより算出した. ③ 職リハ授業前後比較:対応のあるt検定を用いた. 以上,統計分析にはSPSSver.17Windowsを用いた. (6)倫理的配慮 アンケートの実施に際して,回答の有無については個人の意思が尊重される旨,統計的に処理し個人が特定されないよう配慮する旨を十分に説明した. 3 結果 (1)「受容的態度」「知識量」「障害者雇用に関する態度」の因子分析及び因子得点の算出 「受容的態度」では第1因子;人間性の魅力,第2因子;インクルーシブ教育,第3因子;ノーマライゼーションが抽出され,Cronbachのα係数は0.756〜0.877,「知識量」では第1因子;障害名,第2因子;職リハ用語,第3因子;職リハの法律,第4因子;職リハ支援機関が抽出され,α係数は0.705〜0.780,「障害者雇用に関する態度」では第1因子;職場環境調整の負担感(以下,環境調整負担感),第2因子;障害者雇用に対する社会的意義(以下,社会的意義),第3因子;障害者雇用に対する偏見(以下,偏見)が抽出され,α係数は0.787〜0.886であった. (2)職リハ授業前と授業後の比較 ① 接触頻度:授業前は「障害のある人に席を譲った」等を含む全10項目において低く,接触総合点も低かった(平均4.12/満点19.29).授業後も差はなし. ② ボランティア経験の有無:授業前は経験ありは全体の9.1%(12名)であり,授業後も差はなし. ③ 関心度:授業前は,やや低く(平均2.45/満点6),授業後には有意に高くなった(t(103)=-4.43 p<.01). ④ 受容的態度:因子別では授業前は「人間性の魅力」「インクルーシブ教育」「ノーマライゼーション」,全てにおいて中程度以下であった.授業後には「人間的な魅力」,「インクルーシブ教育」は有意に高くなり,「ノーマライゼーション」は授業前後で変化がなかった.(表1) ⑤ 知識量:因子別では授業前は「障害名」は中程度であり,「職リハ用語」「職リハの法律」「職リハ支援機関」は低かった.授業後には21項目全てにおいて,有意に高くなった.(表2) ⑥ 障害者雇用に関する態度:授業前は「重度の障害者が障害のない従業員の中で働けるようにするには多くの職場環境を調整しなければならない」に対し最も肯定的であり,「障害者を雇うと障害のない従業員の勤労意欲の低下につながるかもしれない」に対して,最も否定的であった.因子別では「環境調整負担感」はやや高く,「社会的意義」「偏見」については中程度であった.(表3) 授業後には「障害者を雇うことは雇用主の義務である」「障害者の雇用は経済を活性化する」等について,有意に高くなっていた.因子別では,「社会的意義」は高くなり,一方で「偏見」は変化がなかった.(表3) さらに,授業前の各個人要因(接触頻度,関心度,受容的態度,知識量)が高い人と低い人では,障害者雇用に関する態度の3因子「環境調整負担感」「社会的意義」「偏見」の授業前後の得点の変化の仕方に差があるか分析した(群分けは,パーセンタイルで,33%以下を低群,67%以上を高群とした).その結果,授業前の関心度や受容的態度,知識量の得点の高い人低い人に関わらず,授業後には障害者雇用に対して社会的意義を見出すように変化していた.また授業前に障害者との接触頻度が低かった人ほど,授業後に社会的意義を見出すように変化していた.「職リハ用語」の知識が低かった人,「インクルーシブ教育」が低かった人ほど授業後に環境調整の負担感が軽減されていた. 4 考察 本研究の調査対象である工学部大学生は,職リハの授業前は,障害者雇用に際して,職場環境調整や適した職務の創出の重要性の認識は高かったものの,積極的に社会的意義を見出しているとは言い難く,障害者に対する関心や受容的態度も低い状況であった.また障害者雇用に関連する知識も非常に乏しかった. その状態が,授業後には,職リハに関連する知識が向上し,正しい理解が促進された.障害者に対する関心は高くなり,受容的態度も向上していた.「障害者雇用は経済を活性化する」や「障害者と健常者が一緒に働くことで得るものがある」等,障害者雇用に対して社会的意義を見出すように変化していた.また職場環境調整に関して,「障害者を雇用している企業はハード面の改修よりも,上司・同僚の障害者に対する理解等のソフト面の方が重要と感じている」という報告1)は多いが,授業後は職場環境調整の必要性の認識は保ちつつも,金銭的な過度の負担感は和らぎ,より現実的な検討が出来るように変化したと言える. 注目すべきは,授業前に関心度,受容的態度,知識量,それぞれの得点が低かった人であっても,それらが高かった人と同じように,障害者雇用に対して社会的意義を見出すように変化していた点である.さらに授業前に職リハ用語について知らなかった人ほど,授業後には環境調整の負担感が軽減していた.それゆえに職リハ教育が,元々障害者や職リハに馴染みや関心の低い学生に対して,彼らのそれらに対する興味関心を引き出すきっかけに成り得ることや,正しい知識を得ることで障害者雇用に対する負担感を軽減できる可能性が示唆された. 本研究では,統制群を設定していないため,態度変容が純粋に授業による効果であると述べることには限界がある.また調査者が授業を担当したことによる客観的妥当性の点や調査対象に女性が少ない点など制限が残る. 働く誰もが障害者の就労場面に関わる可能性がある.それゆえに今後より一層の障害者雇用の促進が求められる中で,あらゆる人が,障害者や職リハについて積極的に関心を向け,適切に理解することが重要である.そして職リハの授業はこれらに対して,効果的であることが示唆された.障害者雇用を促進していくためには,福祉関連の学部学科における専門家育成のための職リハ教育だけでなく,様々な学部学科で職リハ教育が導入されることが望ましく,本研究の結果は,それらを検討するうえで資となるであろう. 【参考文献】 1)障害者職業総合センター: 企業経営に与える障害者雇用の効果等に関する研究, 調査研究報告書94, 障害者職業総合センター(2010) 【連絡先】 職業能力開発総合大学校 TEL:042-346-7829 E-mail:Iwanaga.Kanako@jeed.or.jp 表1 障害者に対する受容的態度各項目及び各因子の授業前後の平均及び標準偏差と対応のあるt検定の結果 表2 障害者雇用に関連する知識(各因子)の授業前後の平均及び標準偏差と対応のあるt検定の結果 表3 障害者雇用に関する態度各項目及び各因子の授業前後の平均及び標準偏差と対応のあるt検定の結果 特別支援学校高等部進路指導担当教員の養成体制の在り方に関する研究 −職務指名の在り方に関する調査の分析から− ○藤井 明日香(高松大学発達科学部 講師) 川合 紀宗 (広島大学大学院教育学研究科附属特別支援教育実践センター) 落合 俊郎 (広島大学大学院教育学研究科) 1 問題の所在 特別支援学校に在籍する生徒の職業的自立を実現する就労移行支援の中心的役割を担っているのは、高等部の進路指導担当教員である。この進路指導担当教員がその役割や業務を遂行する上で求められる専門性は、特別支援教育の専門性に加え、職業リハビリテーションの専門性が求められている(藤井、2011、藤井・川合・落合、2012)。進路指導担当教員に求められている専門性の高さやその役割、業務の特殊性から、田中・八重田(2008)は、移行支援コーディネーターとしての新たな人材養成の必要性を指摘している。しかし、高い専門性が求められているにも関わらず、多くの特別支援学校の現状では、進路指導担当業務は校務分掌の一つとして位置づけられており、その職務指名は、新学期の教員異動に伴い各学校の実情に合わせて指名されている。 障害のある生徒の職業的自立の実現には、特別支援学校と関係機関が質の高い連携を実施できるかが要となるが、藤井・落合(2011)、藤井(2013)では、この特別支援学校と関係機関との連携阻害要因の一つに、進路指導担当教員の専門性の低さの課題があることを明らかにしている。このことからも進路指導担当教員の専門性の獲得及び向上は、特別支援学校の就労移行支援における重要課題となっており、高い専門性を保有する進路指導担当教員の計画的な育成が求められている。 藤井(2011)は、この計画的な進路指導担当教員の育成システム案として、階層的人材育成システムを提案している。この階層的人材育成システムでは、育成の最終段階としてOJT(On-the-Job-Training)を用いた育成の必要性を提言しているが、現場の進路指導担当教員や高等部の教員、特別支援学校の内外との連携を担っている特別支援教育コーディネーター教員は、現在の進路指導担当教員の職務指名の在り方について、どのような認識と課題意識を抱えているのか、また専門性向上のためのOJTの必要性についてどのように考えているのか、現状を把握する必要がある。 2 目的と研究設問 (1)目的 本研究は、特別支援学校(知的障害)高等部の就労支援における進路指導担当教員の専門性向上を図るために、教員が求めている進路指導担当教員への指名の在り方やスキル獲得への支援体制の在り方ついて明らかにすることを目的とする。具体な研究設問は、以下の4点である。 (2)研究設問 ①進路指導担当教員の指名の在り方は現状のままでよいのか、改善する必要があるのか(以下「指名の在り方」という。)。②進路指導担当教員に指名された当時の心境とはどのようなものであったか(以下「当時の心境」という。)。③進路指導担当教員の専門性向上のためのOJTなどの実践的指導の必要性はあるか(以下「OJTの必要性」という。)。④進路指導担当教員に指名された場合に生じる不安や課題とはどのようなものか(以下「指名された場合の心境」という。)。 3 方法 (1)調査対象者 全国の特別支援学校492校の高等部所属の進路指導担当教員(進路教員)、進路指導担当経験のない高等部教員(高等部教員)、特別支援教育コーディネーター(Co教員)各校1名、計1476名を対象に無記名回答による自記式質問紙調査を郵送法にて実施した。 (2)調査期間及び調査内容 調査期間は、2011年9月10日から2011年10月15日であった。調査内容は、①回答者の教職経験年数、②進路指導担当教員の指名の在り方について、③進路指導担当教員に指名された当時の心境について(進路指導担当教員のみ)、④専門性向上のためのOJTなどの実践的指導の必要性について、⑤進路指導担当教員の指名された場合に生じる不安や課題について(高等部教員、Co教員)の以上5点について、それぞれ例文を提示し、回答者の心情に最も近いものを択一選択してもらった。 (3)分析 回答者の勤務年数及び担当年数、現職位経験年数の調査項目は、回答者全体の平均と標準偏差を算出した。「指名の在り方」、「当時の心境」、「OJTの必要性」、「指名された場合の心境」関する設問は、該当する項目を選択してもらい、それらの項目について複数択一方式を用いて集計を行った。それぞれの設問の具体的な内容は、各結果の表1-表4へ示す。これらの集計では、回答者毎に選択された内容に対する受講者数の割合を算出し、コレスポンデンス分析を用いて研修内容と教員の職務の関連を確認した。コレスポンデンス分析では、該当する項目として設定した、「④その他」を除く三つの項目を用いて分析を行った。 コレスポンデンス分析とは、2次元表にされたデータに対して、行列間の反応パターンを並び替え、相関を最大にする軸を見つけ出す解析手法である(石川、2007)。コレスポンデンス分析は、類似性・関連性の高い傾向を示すものを近くに、類似性・関連性の低いものを離して布置図を作成するものであり、分析対象の類似性を視覚的に示すことができる。軸がクロスする原点付近に布置される要素ほど、どの条件でも共通している傾向であり、ある要素のみに偏るという傾向がなく、顕著な特徴がないものと捉えられる。この布置図に示される要素の関係性は相対的な関係であることは、解釈する上で留意する必要があり、布置図の傾向を解釈するには、行と列それぞれのプロファイルの棒グラフを併用して解釈することが必要になる(内田、2006)。 4 結果 (1)回収率 調査の結果、536校の内311校(58.0%)から返送があり、1072名の教員の内426名(39.7%)からの回答を得た。 (2)各設問の回答者数 ①回答者の教職経験年数及び現職経験年数 回答者については、高等部教員が281名、Co教員が276名、進路教員が280名の計837名(回収率:56.0%)であった。高等部教員の平均勤務年数は4.58年(SD=5.48)であり、現在の回答者の所属特別支援学校における高等部担当年数の平均は2.92年(SD=3.12)であった。また、回答者のこれまでの教員歴における高等部担当の合計年数の平均は5.07年(SD=5.50)であった。Co教員の平均勤務年数は6.01年(SD=4.68)であり、現在の所属校における特別支援教育コーディネーター担当年数の平均は2.78年(SD=1.68)であった。 ②進路指導担当教員の指名の在り方について 高等部の進路指導担当教員の指名の在り方について、4つの設問を設け回答者の考えに最も近い項目を選択してもらった。結果は表1へ示す。 表1 進路指導担当教員の指名の在り方 ③進路指導担当教員に指名された当時の心境について 進路教員については、進路指導担当教員に指名された当時の心境として、四つの心境を提示し、回答者の心境に最も近いものを選択してもらった。結果は表2へ示す。 表2 指名された当時の心境 ④進路指導担当教員の実践的スキル向上のためのOJTの必要性について 進路教員のみ、進路指導担当教員の専門性を向上させるための方策の一つとして、OJTやスーパービジョンなどのベテランの進路指導担当教員による実践的指導の必要性に対する考えを調査した。四つの考えを提示し、回答者の考えに最も近いものを選択してもらった。結果は表3へ示す。 表3 OJTの必要性について ⑤進路指導担当教員に指名された場合の心境について 現時点で進路指導担当教員でない、高等部教員とCo教員を対象に、自身が進路指導担当教員に指名された場合に感じると思われる心境について、回答者の考えと近いものを選択してもらった。結果は表4へ示す。 表4 指名された場合の心境 (3)回答者の職務内容と指名の在り方との関連 回答者の職務内容と「指名の在り方」の回答をもとに、コレスポンデンス分析を行った結果、第1次元の説明率は98.5%であり、第2次元の説明率は、1.5%であった。またχ2(4)=24.19であり、1%水準で有意差が確認され、回答者の職務内容と「指名の在り方」の回答に優位な関連があることが確認された。回答者の職務内容と「指名の在り方」の回答の布置図(図1)から、進路教員とCo教員は、「学習経験を考慮した指名の在り方」、「養成研修を経た指名の在り方」に関する回答との関連が高いのに対し、高等部教員は、「指名の在り方に問題ない」とする回答との関連が高いことが確認された。 (4)指名の在り方と指名された当時の心境との関連 回答者の職務内容と「指名の在り方」の回答をもとに、コレスポンデンス分析を行った結果、第1次元の説明率は99.6%であり、第2次元の説明率は、0.4%であった。またχ2(4)=0.73であり、有意差は確認されなかった。よって、回答者の「OJTへの意見」と「当時の心境」の回答は優位な関連がないことが確認された。 図1 職務内容と指名の在り方の関連布 (5)指名の在り方と指名された場合の心境との関連 回答者の職務内容と「指名の在り方」の回答を基に、コレスポンデンス分析を行った結果、第1次元の説明率は95.2%であり、第2次元の説明率は、4.8%であった。またχ2(4)=4.34であり、有意差は確認されなかった。よって、回答者の「指名の在り方」と回答者の「指名された当時の心境」には優位な関連がないことが確認された。 (6)指名の在り方とOJTの必要性との関連 回答者の職務内容と「指名の在り方」の回答を基に、コレスポンデンス分析を行った結果、第1次元の説明率は91.4%であり、第2次元の説明率は、8.6%であった。またχ2(4)=16.31であり、1%水準で有意差が確認され、回答者の「指名の在り方」と「OJTへの必要性」との回答に優位な関連があることが確認され、養成研修を経た指名の在り方や学習経験、職務経験を考慮した指名の在り方を志向している回答者は日常的ないし定期的なOJTやスーパービジョンの必要性を感じていることが明らかになった。 5 考察 本調査の結果、進路教員、高等部教員、Co教員が考える進路指導担当教員の指名の在り方としては、「職務経験や研修経験、学習経験を考慮した指名の在り方」が最も支持されていた。回答した進路教員の25.0%は、「養成研修を経て指名する」職務指名の在り方を求めていた。コレスポンデンス分析の結果から、進路教員は養成研修を経た指名を支持する点に特徴があり、CO教員は職務経験、研修経験、学習経験を考慮した指名を求めている点に特徴があることが明らかになった。高等部教員は、進路教員やCo教員と比較すると現行の指名の在り方で問題ないとする回答との関連がある傾向を示した。 また回答した進路教員が進路教員の指名された当時の心境は、回答者の30.7%は意欲的に職務遂行に取り組めたが、55.7%がネガティブな気持ちや不安が大きかったことが明らかになった。しかし、この指名された当時の心境は、指名の在り方に対する考えと特徴的な関連はなかったことから、指名された当時の心境が、進路教員の職務指名の在り方に対する考えに影響を与えているというより、日々の業務を遂行する上で感じている自身の専門性の課題や周囲から期待される役割の影響によるものであると考えられる。 また、進路教員と同様にCo教員や高等部教員が進路教員に指名された場合に感じると思われる心境と「指名の在り方」との間には特徴的な関連はないことが明らかになった。この指名された場合の心境は、Co教員、高等部教員のいずれも約4割が意欲的であるのに対し、約4割の教員は不安が大きく、約1割の教員はできることならなりたくないと考えていることが明らかになった。藤井・川合・落合・八重田(2012)は、進路教員の業務は、「多忙な業務」や「心労の多い業務」、「臨機応変な業務」であるとイメージされていることを明らかにしており、進路教員の業務は非常に心理的にも体力的にも業務負担の高い職務であると理解されているといえる。このことからも、多くのCo教員や高等部教員は、自身が進路教員に指名されることに対して不安な気持ちをもっていることが考えられる。 進路教員の専門性向上のためのOJTの必要性については、回答した進路教員の76.1%が、日常的なOJTやスーパービジョンないし定期的なOJTやスーパービジョンの必要性を感じていた。一方で、13.6%の教員は、これまでの研修形態で十分にスキルの獲得と活用ができているために日常的なOJTやスーパービジョンは必要ないとする回答であった。この「OJTの必要性」と「指名の在り方」の回答の関連性を検証したところ、養成研修を経た指名や職務経験、研修経験、学習経験を考慮した指名は、日常的なOJTやスーパービジョンの必要性や、定期的なOJTやスーパービジョンの必要性を感じているとする回答と関連があることが明らかになった。 就労移行支援に関わる実践的スキルの獲得としては、その研修内容が体系化されているものとして、職場適応援助者(ジョブコーチ)養成研修が挙げられる。実際に、進路教員がこうした各地域で開催されているこうした研修に参加して、日々の実践で活用できるスキルの獲得をしている現状が報告されている(藤井、2011)。しかし、職場適応援助者養成研修は、本来職業リハビリテーションを担う人材育成の一環であり、特別支援学校の進路教員も広義にはこれらの人材であるが、特別支援教育に基軸を置くという観点からいくと異なる要素も多く含むことが考えられる。このことからも、進路教員の実践的スキル獲得及び向上の機会として、外部の職場適応援助者養成研修のみでは、その職務内容からも十分であるとはいえず、進路教員の職務内容に応じた実践的スキルの獲得をターゲットとする学習機会の提供が必要であると考える。本調査の結果からも、多くの進路教員が日々の実践の中で、日常的ないし定期的なOJTやスーパービジョンの必要性を感じていることは、このニーズに対応する教育プログラムとシステムの構築が早急に求められている。 6 本研究の限界点と今後の研究課題 本研究では、進路教員、Co教員、高等部教員を対象に調査を行ったが、各学校の職務指名者である管理職や人材管理を行っている各教育委員会等の考えについて明らかになっていない点は今後の研究課題である。 【主要参考文献】 1) 藤井明日香(2011) 特別支援学校高等部の進路指導担当教員の専門性獲得の現状と課題.職業リハビリテーション、24(2)、14-23. 2) 藤井明日香(2013) 特別支援学校(知的障害)高等部の就労移行支援における関係機関との連携阻害要因−進路指導担当教員の研修経験の影響に関する検証−.リハビリテーション連携科学、14(1)、48-61. コミュニケーションスキル育成とキャリアレディネスに関する実践報告 ○栗田 るみ子(城西大学経営学部 教授) 園田 忠夫(東京障害者職業能力開発校) 1 研究の目的及び背景 われわれは2009年度より「社会の要求からはじまる授業づくり」を進める中で、特にパソコンを使ったスキルアップを研究している。今回の発表では、働き続ける要因に着目し、学習者のパソコンスキル別にグループ分けしKJ法を利用し問題解決型演習課題を指導した。 本研究のフィールドでは、さまざまな障害やさまざまな年齢層の生徒が存在するクラスであるため、チームには、リーダー型=問題点に対して積極的に挑戦しリードしていくことが得意なタイプや、実現型=淡々と処理を進め、問題解決するタイプが存在する。このような個人のコンピテンシーを見極めることがクラス運営の大きな柱となっている。このようなクラス運営において2010年度はチャットシステムを構築し授業に取り入れた。チャットシステムは自作であるため、必要最小限の機能にとどめ、各自が文字のみのやり取りを時系列に行えるように室内LANを組み実験を行った1)。 このとき、文章の構成として、「パラグラフ指導」を試み「結論を先に、それを説明する内容、そして具体的な内容」へと変化していった。訓練を進める中で生徒の文章力は短期間に育成されていった。以下、理想的なパラグラフの形である。 ○は○○に使われるものである。 ○は○○のためのものである。 また○○は○○にも使われている。 そして○○○○である。 今回は、このチャットの学習の成果も加え、パソコンの操作スキル別に3名程度のグループ分けをおこない演習を進めた。 2 職業訓練 本研究の目的は、障害を持つ生徒が、主体的、自主的に行動し、仕事を通して自分の人生を切り開くことができるよう支援するための学習カリキュラムである。東京障害者職業能力開発校は、東京都小平市に位置し、8職系14科230名の年間定員数を有する。障害は様々であり、肢体、聴覚、視覚、精神、知的などの障害を持つ生徒が6ヶ月から2年の期間において様々な訓練を受けている。本研究で取り組んだ科は「オフィスワーク科」であり、訓練期間の最も短い6カ月コースである2)。 そのため訓練においては生徒間の交流が早い時期から盛んになるようにグループ活動などを多く取り入れている。 訓練内容は、オフィスで広く使用されているソフトを用いて、パソコンによる実務的な一般事務、経理事務、ビジネスマナーなどの知識・技能を半年間で学ぶ。 定員は、15名であり、パソコンを一人一台使用し、訓練期間は6ヶ月と本校内で最も短い期間となっているが、訓練内容はパソコン実習、経理事務、ビジネスマナー、営業事務、文書事務、安全衛生・安全衛生作業、社会、体育と多種に及んでいる。訓練時間は6カ月、800時限である(表1参照)。 表1 6ヶ月の訓練時間と内容 3 具体的な訓練内容 (1) パソコン関連 ○ 訓練時間の目安(週3.5日、28時限程度) ①Word(Office2010) 基礎:文字入力や文書作成、編集、印刷や表や図形などを盛り込んだ文書の作成を習得する。 応用:書式や図形を使った応用的な文書作成、差込印刷、フォームの作成など実務的な文書の作成、Web対応機能を習得する。ワードの学習においては、特にタイピングスピードの育成に力をいれた。タイピングは6ヶ月間毎日朝10分を使ってスピードを計測し「やる気」を起こさせた。 ②Excel(Office2010) 表作成、編集、関数を使った計算処理、グラフの作成、印刷などの基本操作。 ワークシート間の連携データの並び替え、抽出、自動集計など便利な機能を習得する。応用基本操作習得後、関数を使った計算や複合グラフ、ピポットテーブルの作成、マクロ機能、Web対応機能などを盛り込んだ機能を学習する。 ③PowerPoint 基本操作とプレゼンテーションに役立つ機能を学ぶ。具体的な題材を用いて進め、プレゼンテーションが確実に身につくよう学び、実際にプロジェクターを使用し課題発表会を行う。 ④Access 基本操作、データの格納、データの抽出や集計、入力画面の作成、各種報告書や宛名ラベルの印刷、ピポットテーブルやピポットグラフの作成などを学ぶ。「売り上げ管理」データベースの構築を通し、リレーショナルデータベースのしくみを学ぶ。 ⑤Webサイト制作 利用言語は、HTML5を利用してユーザビリティ、アクセシビリティに注意しながらデザインと内容の充実に着目した作品を完成させる。完成するサイトはビジネスソフトで作成した文書の保存用として完成し、卒業時に本サイトを利用した学習成果、テーマ「後輩につたえたいこと」の発表会を行った。 (2) 簿記関連 ○ 訓練時間の目安(週半日、4時限程度) 個人企業における簿記に関する基礎的・基本的な技術を身につけ、ビジネスの諸活動を計数的に把握し、的確に処理するとともに、その成果を適切に表現できることを習得する(表2参照)。 表2 簿記学習の詳細 (3) ビジネスマナー関連 ○ 訓練時間の目安(週半日、4時限程度) ビジネスマナーでは、社会人として身につけるべき「マナー」「言葉づかい」などを中心に、ビジネスでのルールやコミュニケーションの方法を習得する。 <内容> ○ ビジネス社会のルール(マナーの必要性) 職場で恥をかかないために(仕事人としてのビジネスマナー)、挨拶のT.P.O(親しき中にも礼儀・お辞儀の重要性)、言葉づかい(言葉のマナー・ビジネス敬語の使い方)、電話対応マナー(電話のベルがこわい・電話の受け方ポイント)、職場の身だしなみとマナー(人は身なりで判断する・たかが服装と思うな)、笑顔にもいろいろある(目は人の心を読むキーポイント・笑顔の練習)、態度と席順(対人空間・手と足のメッセージ)、接客対応(応接室でのマナー・名刺のマナー)、面接マナー、就職面接におけるマナー、面接書類等の書き方、スピーチなどがある。 (4) 検定 簿記においては、全経簿記(有料)を学内で受験が可能であり、2012年度においては、オフィスワーク科では、2級が15%、4級が100%の合格率である(平成23年4月生)。 中央職業能力開発協会のコンピュータサービス技能評価試験(有料)も校内で実施している。 日常、訓練で使っているパソコンを使ってワープロ部門3・2級、表計算部門3・2級、データベース部門 級の受験が可能である。 コンピュータサービス評価試験とは、教育訓練施設や事業所においてコンピュータの操作方法を学習した人々やコンピュータを活用した各種のサービスを行う人々を対象に、その操作能力を評価する試験であり、コンピュータ操作技能習得意欲の増進をはじめ、一定のコンピュータ操作能力を有する人々に対して社会一般の評価を高めるとともに、コンピュータ操作に従事する人々の社会的、経済的地位の向上を図ることを目的として、職業能力開発促進法(昭和44年法律第64号)に基づいて設立された中央職業能力開発協会と各都道府県職業能力開発協会が共同で、1983年(昭和58年)から実施している3)。 (5) 社会 社会では、労働教育、職業指導、自己分析に関する外部講師の講和などを行っている。 4 KJ法を使った問題解決型課題 本研究は障害を持った学習者が、授業中に提示された課題に主体的、自主的に行動することにより、自分の生活の幅を広げ、他者との関わりについてどのように行動し話し合っていけばいいかKJ法を使った演習を通じて育成を試みた。 コミュニケーション能力の育成に関しては、一方的な情報伝達ではない「対話」を重視すべきであり、自分と意見の異なる感覚を持つ他者と時間を共有し、「相手の意見を聴く」力を持つことから始まる。また同時に合意できないものは合意できないままに協働の可能性を探り、あるいは意見の対立を残しつつ決定する解決法を忘れてはいけない。 KJ法は、提唱者の文化人類学者、川喜田二郎のイニシアルから来ており、元来は学問的な方法論だったが、1960年代から70年代にかけて日本の高度成長期に多忙なビジネスマンの間で広く用いられた経緯があり、問題解決法の代表的な方法といえる4)。 第1段階では、考えなければならないテーマについて思いついた事をカードに書き出す。この時、一つの事だけを1枚のカードに書くようにする。 第2段階は、集まったカードを分類する。この時、分類作業にあたっては先入感を持たず、同じグループに入れたくなったカードごとにグループを形成するように進める。グループが形成されたら、そのグループ全体を表わす1文を書いたラベルカードを作る。以後は、グループをこのラベルカードで代表させる。グループのグループを作り出すのもいい方法である。第3段階では、グループ化されたカードを1枚の大きな紙の上に配置して図解を作成する。この時、近いと感じられたカード同志を近くに置く。そして、カードやグループの間の関係を特に示したい時には、それらの間に関係線を引く。関係線は隣同志の間のみで引くようにする。第4段階は、出来上ったカード配置の中から出発点のカードを1枚選び、隣のカードを繋ぎ全てのカードに書かれた内容を、一筆書きのように書きつらねて行く。この作業で、カードに書かれた内容全体が文章で表現される。 このようなKJ法の作業において、今回の演習において文章を作成していくことを重点的に指導するため、第3段階が最も重要となる。 文章表現の場合、文の前後に二つの文しか置くことができないが、カード配置の場合、2次元空間での配置となるので、隣におけるカードの数が増えことになる。しかし学習者は関係を持たせたカード配置の作業に加え、相手の意見や自分の意見の話し合いを進めることにも注意しながら進めるため、最も時間のかかる作業でもある。 しかし、これらの作業で重要なのは、直感である。 KJ法を使った実習事例 課題はグループごとに進めるように指示し、以下の6つを準備した。 課題1「自分の学校のよいところ」 ・目的 ・自分の学校の紹介ビデオの制作のために、学校のいいところを見つけ出し、ビデオの台本を作る(集団生活、スキルについて) ・PPTスライド5枚以内(表紙・内容・結論) 課題2「クラス会に名前をつける」 ・目的 ・6か月仲良く過ごしたメンバーといつまでもいい仲間で居られるように、クラス会に名前をつけ、情報交換の場をつくる。(友情を育む) ・PPTスライド2枚(表紙・結論) 課題3「あったらいいな」 ・目的 ・自分の日常生活を振り返って、「あったらいいな」や「これが不便」など、解決されたらよいと願うことを、見つけ出し、生活に役立つ商品を提案する。(生活便利グッズ商品の開発) ・PPTスライド2枚(表紙・結論) 課題4「後輩に伝えたいこと」 ・目的 ・6か月の学校生活を振り返って、「勉強面」や「生活面」などで、教えておきたいことを書きだして、有意義な学生生活をおくってもらう。(勉強と生活を充実させるために) ・PPTスライド3枚以内(表紙・内容・結論) 課題5「仕事に必要な三つの要点」 ・目的 ・仕事をするうえでもっとも重要だと思う三つの要点をあげる。この三つは面接のときに話す内容のキーワードにしたり、エントリーシートの文章に使い、自分の仕事に対する姿勢をアピールする。(自己分析) ・PPTスライド3枚以内(表紙・内容・結論) 課題6「内定をとるためには」 ・目的 ・能力(技術、知識)の確認 ・人間性(協調性)の確認 ・自分がその企業にマッチしていることをアピールする。(自己分析) ・PPTスライド3枚以内(表紙・内容・結論) 上記演習全体を通じて、他者との関わりや自己評価を具体的に分析する訓練を進めることができた。 また、労働条件を話し合う中で、どのようなスキルや能力が必要か、自分に何が不足しているかを、グループで時間をかけて話すことができるようになっていった。これは、課題が進むごとに長い時間をかけられるようになった。作業の手順は慣れてきたが、時間の短縮につながることはなく、しっかりと話し合うことができるようになり、意見交換を積極的にできる環境を作る努力が見られた。 発表においては、得意な人がやるのではなく、不得意な人を育てようとするグループの雰囲気があり、演習の成果が見られた。 5 ビジネス現場への学習効果 障害者教育に広く深くコミュニケーションや文章能力の育成を進めているが、今後更にこれまでの活動を踏まえた高い職業人としての視野を持った人材教育を進めていくことが必要である。我々は特に文章表現を研究テーマにおいているが、今後も時代にあった障害者向け職業教育の研究を進める。 【参考文献】 1)第19回職業リハビリテーション研究発表会(2010/12)栗田・園田 2)国立都営東京職業能力開発校 http://www.hataraku.metro.tokyo.jp/school/handi/index.html 3)中央職業能力開発協会HP http://www.javada.or.jp/ 4)川喜田二郎:発想法(1967)、続 発想法(1970)、中公新書 障がい者就労支援コーディネータ養成カリキュラムの開発 −最終年次までの実施経過について学生の評価にもとづく分析− ○堀川 悦夫(佐賀大学医学部 地域医療科学教育研究センター 教授) 井手 将文(佐賀大学全学教育機構) 1 はじめに 障がい者の法定雇用率が平成25年4月より引き上げられ、対象となる企業も増加し、障がい者雇用の必要性やその認識は高まってきているといえるが、就労を希望する障がい者や高齢者には就労の機会を得ようとする人々が多く存在する。 我が国で、障がい者就労を促進するための専門職は非常に少ない。その理由の一つとして、我が国には就労支援コーディネーターやジョブコーチを専門に養成する高等教育機関や専攻がないことがあげられる。また、障害者職業総合センターでの障害者職業カウンセラー養成は、入試倍率も高く、しっかりとしたカリキュラムで教育がなされている。しかし業務独占の資格でないことなどの問題がある。 米国では障がい者就労支援コーディネーターは、全米で100を越える大学院で養成が行われ、政府からの修学支援も潤沢であるというなど日米には大きな開きがある。 佐賀大学では、就労支援教育をテーマとした「障がい者の就労支援に関する高等教育カリキュラム開発」事業を文部科学省教育改革経費を得て、平成21〜24年度の期間で実施した。 本事業は、平成21年度の準備期間を経て、平成22年4月から「障がい者就労支援コーディネーター養成プログラム」として本格的にスタートした1)。本プログラムの開講科目は8科目(16単位)で、その中の4科目(8単位)が主題科目として平成22年度に開講された。平成25年度からはこの3年間の実践結果をもとに、6科目(12単位)に再構築し、新たな「障がい者就労支援コーディネーター養成プログラム」としてリスタートしている。 実施した本プログラムの概要と平成22年度受講生の3年間の実践状況と、再構築し平成25年度からりスタートした新カリキュラムの概要について報告する。 2 プログラムの内容 開講科目は、全部で8科目(16単位)であり、教養教育科目の主題科目として4科目(8単位)、専門教育科目の共通専門教育科目の中で、障がい者就労支援コーディネーター教育科目として4科目(8単位)が開講される。内容を以下に示す。 3 平成22年度のプログラム受講申請者 平成22年度新入学生のプログラム受講申請者は64名で各学部の人数はそれぞれ、文化教育学部26名、経済学部13名、医学部10名、理工学部11名、農学部4名であった1)。 4 プログラム受講の志望動機 入学手続き時に提出の受講申請書には、志望動機を記載させた(記入者62名)1)が、志望動機の分類とその人数は、「就職のため(19名、30.6%)」、「身近に障がい者がいるため(18名、29.0%)」、「知識・スキル習得のため(17名、27.4%)」、「その他(6名、9.7%)」であった。「その他」以外の三つがそれぞれ約1/3を占めた。 5 「障がい者就労支援コーディネーター 養成プログラム」修了者 平成24年度末に8科目16単位を取得し、最終的に養成プログラムを修了した学生は27名であった。 6 専門教育科目における受講生の出席状況と講義の評価 専門教育科目4科目のうち「障がい特性と職業適性」「就労支援実践と社会的諸制度」「医療的ケアを必要とする障がい者の就労支援」の3科目で講義最終日において質問紙調査を行った7)。 調査内容は、出席、講義の内容、講義の理解度、「障がい者就労支援コーディネーター」としての知識とスキルが身についたとそう思うか、等であった。また、開講時期が適切か否かについても調査した。 (1) 出席について 「障がい特性と職業適性」においては、「全て出席」「1〜2回欠席」と回答した者が約80%であり、「就労支援実践と社会的諸制度」においては同様の回答が約90%,「医療的ケアを必要とする障がい者の就労支援」においては同様の回答が約84%であった。専門教育科目履修生は真面目に授業に出席していたことが明らかになった。 (2) 講義の内容について 「障がい特性と職業適性」においては、「ちょうどよい」が47.4%(18名)、「やや難しい」が47.4%(18名)であった。「就労支援実践と社会的諸制度」においては「ちょうどよい」が61.3%(19名)、「やや難しい」が32.3%(10名)であった。また、「医療的ケアを必要とする障がい者の就労支援」においては「ちょうどよい」が84.4%(27名)、「やや難しい」が6.3%(2名)であった。一方、「易しい」は3科目ともに0%(0名)、「難しい」は「障がい特性と職業適性」のみ2.6%(1名)で残る2科目は0%(0名)であったことから、3科目ともに講義内容については受講生の学習レベルに見合ったものであった。 (3) 講義の理解度について 「障がい特性と職業適性」においては、「理解できた」が10.5%(4名)、「やや理解できた」が36.8%(14名)、「ふつう」が39.5%(15名)であった。「就労支援実践と社会的諸制度」と「医療的ケアを必要とする障がい者の就労支援」においても同様に、「理解できた」が16.1%(5名)と15.6%(5名)、「やや理解できた」が38.7%(12名)と43.8%(14名)、「ふつう」が35.5%(11名)と40.6%(13名)、であった。また、「理解できず」は3科目ともに0%、「やや理解できず」は「障がい特性と職業適性」においては13.2%(5名)、「就労支援実践と社会的諸制度」においては9.7%(3名)、「医療的ケアを必要とする障がい者の就労支援」においては0%であったことから、3科目ともに受講生は講義内容を理解していたといえる。 (4) 本科目を受講して「障がい者就労支援コーディネーター」としての知識とスキルが身についたと思うか、について 「障がい特性と職業適性」においては、「そう思う」が5.3%(2名)、「ややそう思う」が76.3%(29名)であった。「就労支援実践と社会的諸制度」においては「そう思う」が9.7%(3名)、「ややそう思う」が87.1%(27名)であった。また、「医療的ケアを必要とする障がい者の就労支援」においては「そう思う」が9.4%(3名)、「ややそう思う」が78.1%(25名)であった。一方、「やや思わない」は「障がい特性と職業適性」においては10.5%(4名)、「就労支援実践と社会的諸制度」においては3.2%(1名)、「医療的ケアを必要とする障がい者の就労支援」においては9.4%(3名)、「思わない」は「障がい特性と職業適性」においては5.3%(2名)、他の2科目ともに0%であった。 7 課題と評価 (1) プログラム受講生の履修状況 平成22年度本プログラムの受講申請者は64名であったが、平成23年度開講された専門教育科目を受講登録した学生は42名であり、20名以上が受講を辞退したことになった。 履修状況調査では、平成22年度に開講された4科目全てを履修しなかった学生が15名、1科目しか受講していない学生が6名であったことから、これらの学生が辞退者の大半を占めていた。 平成23年度開講された専門教育科目の2科目がいずれも水曜日6校時での開講となったことで、数名の学生が辞退したものと考えられた。また、医学部4名はキャンパス間の移動が困難なこと、文化教育学部1名は後学期公務員講座を受講することを理由に辞退した。この2科目は開講の曜日・校時の調整、およびキャンパス間の移動が課題となった。 平成24年度開講された専門教育科目の2科目のうち前学期木曜1校時「医療的ケアを必要とする障がい者の就労支援」は受講登録者37名のうち35名が履修したが、後学期集中講義として開講した「職業適応促進と事例研究」は3年生の就職活動時期が後学期から始まったために、履修しなかった学生が6名、履修はしたが出席や課題提出ができず不合格となった学生が4名であった。ここでも、開講の時期・曜日の調整が課題となった。 履修の希望はあるものの履修をあきらめざるを得なかった学生への対応は、以降の検討課題である。 (2) 受講生の講義評価 質問紙調査を行った専門教育科目3科目「障がい特性と職業適性」「就労支援実践と社会的諸制度」「医療的ケアを必要とする障がい者の就労支援」の結果から評価と課題をまとめる。 3科目における受講生の出席状況は良く、受講生のモチベーションが高い事を示した。 「障がい特性と職業適性」では講義内容について「ちょうどよい」および、「やや難しい」が各47.4%(18名)であり、講義内容がやや難しかった印象を受ける。しかし講義の理解度では、「理解できた」が10.5%(4名)、「やや理解できた」が36.8%(14名)、「ふつう」が39.5%(15名)と大部分の受講生は講義内容を理解していた。さらに、「障がい者就労支援コーディネーター」としての知識とスキルが身についたと思うか、に対する回答は「そう思う」と「ややそう思う」を合わせると81.6%(31名)であった。したがって「障がい特性と職業適性」の講義は専門教育科目として適切であったことが窺える結果と言える。 「就労支援実践と社会的諸制度」と「医療的ケアを必要とする障がい者の就労支援」においても同様に、講義内容については「ちょうどよい」が61.3%(19名)と84.4%(27名)、「やや難しい」が32.3%(10名)と6.3%(2名)であった。講義の理解度では、「理解できた」が16.1%(5名)と15.6%(5名)、「やや理解できた」が38.7%(12名)と43.8%(14名)、「ふつう」が35.5%(11名)と40.6%(13名)、であった。また、「理解できず」は3科目ともに0%、 「やや理解できず」は「就労支援実践と社会的諸制度」においては9.7%(3名)、「医療的ケアを必要とする障がい者の就労支援」においては0%であった。また、「障がい者就労支援コーディネーター」としての知識とスキルが身についたと思うか、に対する回答は「そう思う」と「ややそう思う」を合わせると「就労支援実践と社会的諸制度」においては96.8%(30名)、医療的ケアを必要とする障がい者の就労支援」においては87.5%(28名)であった。これらのことから、これら2科目でも同様に講義内容は学生のレベルにちょうどよく、講義の理解度も高く、さらに、「障がい者就労支援コーディネーター」としての知識とスキルも身についたとの回答が得られた。したがってこれらの科目も専門教育科目として適切であったことが窺える結果となった。 これら3科目を受講したことで、受講生は「障がい者就労支援コーディネーター」としての資質を身につけつつある状態と考えられた。 8 新カリキュラムへの変更 本プログラムが開始された平成22年度の受講申請者64名のその後3年間の履修状況、および専門教育科目3科目での質問紙結果より、以下の課題が明らかになった。 それは、2年目の2科目においては、6校時開講の曜日・校時の変更およびキャンパス間の移動の問題が明らかになり、3年目の科目においては、後学期開講の集中講義科目は3年生の就職活動時期と重複し履修しにくい状況が発生、開講の時期・曜日の調整が課題となった。 平成25年度より、教養教育科目の教育体制が改編されたため、その時期に合わせ一部内容が重複する4科目を2科目に統合し、全体で8科目16単位から6科目12単位に縮小した。本プログラムは各学生が自分の専門とする分野の学修を行いながらそれに並行して学習するため受講負担が大きかったものを、科目縮小により受講し易いものとした。また、キャンパス間の移動による受講制限を低減するため、e-Learningシステムを更に導入し、当初の8科目中2科目から6科目中5科目に比率を高め、いずれも平日午前中の1または2校時とした。残りの2科目は集中講義の講義形態である。さらに、医学部学生に関しては、2年生後学期以降は専門分野との重複が予想されるので、1年生で全科目を履修可能とした。 9 まとめ 本プログラムが開始された平成22年度の受講申請者64名のその後3年間の履修状況、および専門教育科目3科目での質問紙結果をまとめた。 ① 入学時の受講申請者は64名、2年時の専門教育科目受講登録者は42名、3年時の受講登録者は37名、最終的な「障がい者就労支援コーディネータープログラム」修了者は27名であった。 ② 質問紙結果より、いずれの専門教育科目も受講科目として適切であったと評価された。 ③ 受講登録辞退者が受講を続けるための課題として以下の点が挙げられた。 ・2年目の2科目においては、6校時開講の変更およびキャンパス移動に対する配慮。 ・3年目の科目においては、就職活動に配慮した開講時間の検討。 次に、以上の結果をもとに再構築し、平成25年度から実施した新カリキュラムの概要について報告した。新カリキュラムは、①以前の8科目16単位から、一部内容を統合し6科目12単位へと縮小した。②鍋島・本庄の2カ所のキャンパスで同時受講を可能とする、e-Learning授業を6科目中5科目に導入した。 ④ 医学部学生に関しては、2年生後学期以降は医学系専門分野との重複が予想されるので、1年生で全科目を履修可能とした。 新カリキュラムについては、平成25年度より実施し始めたところであり、状況の推移を見守っているところである。 最後に本事業の起案・実施において、佐賀大学はもとより、日本職業リハビリテーション学会の松為信夫先生をはじめ多くの方々のご指導ご協力を得ており、記して感謝申し上げます。 【参考文献】 1) 福嶋利浩ほか:障がい者の就労支援コーディネーター養成プログラムの実践、大学教育年報(佐賀大学)、pp34-43、2011. 2) 松為信雄ほか:職業リハビリテーション学 改訂第2版、共同医書出版社、2006. 3) 障害者の一般就労を支える人材の育成のあり方に関する研究会:障害者の一般就労を支える人材のあり方に関する研究会報告書、2009. 4) 松為信雄:広がる職業リハビリテーション・サービスと人材、日本職業リハビリテーション学会第38回神奈川大会プログラム・抄録集、pp34-35、2010. 5) 堀川悦夫:障がい者の就労支援に関する高等教育カリキュラムの開発−佐賀大学障がい者の就労支援コーディネーター養成−、職業リハビリテーション、23(1)、pp50-54、2009. 6) 福嶋利浩ほか:佐賀大学における障がい者の就労支援に関する人材育成の取り組み(その2)−「障がい者の就労支援コーディネーター養成プログラム」初年次受講学生の履修状況について−、アジア職業リハビリテーション研究、pp64-73、2011. 7) 福嶋利浩ほか:障がい者の就労支援コーディネーター養成プログラムの実践—第二報—、大学教育年報(佐賀大学)、pp46-57、2012. 特記事項 本稿は、井手将文・堀川悦夫、「障がい者就労支援コーディネータ養成プログラムの実践」、技能と技術、2013をまとめなおしたものである。 高次脳機能障害者の復職状況と復職支援の検証 ○加藤 桃子(横浜市リハビリテーション事業団 社会福祉士) 山口 裕二(横浜市リハビリテーション事業団) 1 はじめに 在職中に発症・受傷した高次脳機能障害者がその後の生活を再構築する上で、復職の成否は非常に大きな影響をもつ。横浜市リハビリテーション事業団では、就労移行支援事業および職能訓練コース(横浜市単独事業)として、高次脳機能障害者に対する復職支援を実施している。 支援内容は、大きく分けて相談、職能検査、作業体験(事務訓練・受注作業・園芸・模擬会議・グループミーティング・販売・自主製品製作・体育等)、復職調整、退所後フォローアップである。これらは、同事業団内の医療部門(リハビリテーション科外来・PT・OT・ST・臨床心理)と連携して実施している。 本発表では、当施設の利用を通して復職に至った利用者の属性に関する統計、及び復職者に対するアンケート調査の結果から、復職支援についての検証を行う。 2 対象者と方法 (1)対象者 平成19年4月から平成24年9月までの期間に当施設の利用を終了したケースは205名で、そのうち復職を目標としていたケースは99名であった。99名のうち、復職したケース(いったん退職後、障害者雇用として同事業所に再雇用されたケースも含む)71名を対象とした。復職した71名の属性は以下の通りである。 ①年代・性別 40代・50代が8割を占めている。性別は圧倒的に男性が多い。 図1 年代と性別 ②原因疾患 原因疾患としては脳出血とくも膜下出血が全体の6割以上を占めている。 図2 原因疾患 ③障害者手帳の所持 障害者手帳の所持者は43名(60.6%)であった。そのうち、身体障害者手帳所持者は36名(1級8名、2級22名、3級2名、4級2名、6級2名)、精神保健福祉手帳所持者は7名(2級1名、3級6名)であった。 ④休職中の職場実習実施者 復職前に、職場で実際の業務を想定した実習を行う場合がある。平成19年4月から平成24年9月までの期間に職場実習を行ったケースは35名であり、そのうち30名が復職している。復職しなかった5名中、4名は復職は困難と自身で判断し、退職の道を選択した。事業所から復職は困難と判断されたのは1例であった。 図3 職場実習の実施者数 (2)方法 郵送にて対象者に調査票を送付し、復職状況等について回答を求めた。調査票の回収は、同封の返信用封筒による返信にて行った。 3 結果 アンケート調査票の回収数は51通、回収率は71.8%であった。 (1)復職時の雇用形態 「正社員」が45名(88.2%)、「いったん退職後、嘱託・契約社員」が6名(11.8%)であった。 (2)雇用の継続 回答した時点で「雇用が継続している」が47名、「退職した」が4名(うち3名は定年退職)であった。 (3)復職の際の不安材料(複数回答) 「体力、耐久力」が36名(70.6%)、「仕事ができるか」が29名(56.9%)、「ミスをしないか」が27名(52.9%)、「人間関係」が15名(29.4%)であった。通勤を含めた勤務を長期的に継続できるのかについて、不安に感じている人が多かった。 (4)復職による満足感 復職して「よかった」が50名(98.0%)、「どちらでもない」が1名(2.0%)であった。「よくなかった」と回答した人はいなかった。 (5)職場の受け入れについての感じ方 「よかった」が47名(92.1%)、「よくなかった」が1名(2.0%)、「どちらでもない」が3名(5.9%)であった。 (6)休職前との比較 「かわらない」が9名(17.6%)、「できている」が4名(7.8%)、「できていない」が29名(56.9%)であった。「できていない」の内容については、「遅い」が25名(49.0%)、「ミスがある」が10名(19.6%)であった(複数回答)。 (7)復職に必要な条件(複数回答) 「家族の支援」が28名(54.9%)、「遂行可能な業務の提供」が26名(51.0%)、「職場実習」が26名(51.0%)、調整の前に「復職が前提」であることが19名(37.3%)、「会社の規模」が17名(33.3%)、「当施設と人事の関係」が11名(21.6%)「以前と同じ仕事ができる」が10名(19.6%)、「会社のラインの力」が7名(14.3%)、「これまでの会社への貢献」が6名(12.2%)であった。 (8)当施設の復職調整に関するサービスの評価 「よかった」が48名(94.1%)、「どちらでもない」が2名(3.9%)、「よくなかった」が1名(2.0%)であった。 (9)(8)で「よかった」と回答した理由(複数回答) 「復職できた」が38名(74.5%)、「体力、耐久力がついた」が26名(51.0%)、「苦手なことがわかった」が23名(45.1%)、「交流ができた」が19名(37.2%)、「代償手段の習得」が18名(35.3%)であった。 (10)当課の利用を通してよかった項目(複数回答) 「職員の対応」が36名(70.6%)、「復職調整」が27名(52.9%)、「事務訓練」が27名(52.9%)、「受注作業」が16名(31.4%)、「体育」が14名(27.5%)、「同時に医療の訓練」が受けられたことが12名(23.5%)、「模擬会議」が10名(19.6%)、「園芸」が10名(19.6%)、「グループミーティング」が9名(17.6%)であった。作業体験は個々の目的や希望に応じた内容を実施している。そのためすべての利用者が同じ内容の作業を体験するわけではない。体育・模擬会議・園芸・グループミーティングは、参加した殆どの人がよかった項目としてあげていた。 4 考察 (1)復職支援の効果 今回のアンケート結果から、復職を達成した利用者は、当課の支援を効果的だと評価していることがわかった。 (2)復職時の不安に対する支援 利用者は、復職にあたって様々な不安を抱えていることがわかった。「体力・耐久力」の不安に対しては、通所による生活リズムの確立や、作業体験による作業耐久性の向上を支援している。また「仕事ができるか」という不安に対しては、作業体験の場で、復職後に想定される業務のシミュレーションを行っている。具体的には、事業所から提供された書類を使用した作業や、個別の課題を作成して実施している。また職場実習において、実際の就業環境で、徐々に業務に慣れていくための支援も行っている。それらはあくまでもシミュレーションでしかないが、アンケート結果では、復職に必要な条件として「遂行可能な業務の提供」や「職場実習」があげられており、利用者からこれらの支援の効果が一定程度評価されていると考える。復職の際の不安をより軽減できるような復職支援のあり方について、さらに詳細な調査・検討が必要である。 (3)職務再設計と精神的危機 復職に必要な条件として、「遂行可能な業務の提供」をあげている人が半数を占めており、復職支援にあたっては、復職後の業務の選定が非常に重要であることがわかる。評価に基づいて当施設から業務を提案する場合もあれば、事業所から示された提供可能な業務をもとに、本人に遂行可能な内容を組み立てていく場合もある。業務については、その手順や作業環境、活用する代償手段、1日の作業スケジュールはもとより、事業所までの通勤経路や時間帯、家庭内の役割も含めて、総合的に本人・事業所と調整して作り上げていく。またその際の検討材料として、過去に職務再設計をして復職した、他のケースの業務内容について、情報提供を行っている。 そして、そのための支援にあたっては、本人の職業能力を評価することがその第一歩となる。 ほとんどのケースで、作業体験開始前に職能検査を行い、現在の職業的スキルを客観的な指標で確認している。具体的には、厚生労働省編一般職業適性検査(General Aptitude Test Battery:GATB)・ワークサンプル幕張版(MWS)・マイクロタワー法等を活用している。 その後、作業体験の中で、トレーニングによる作業能力の向上・代償手段の定着・継続可能な労働時間の確認等を行う。 利用者からは「ずっとやってきた仕事だから、なんとかなると思う」という発言や、「今の自分に何ができるのか全く考えつかない」という発言がしばしば聞かれる。特に症状として自己認識の低下を呈している場合には、発症前との違いを認識しにくい。そのため、職能検査や作業体験を行いながら、復職に向けた課題を整理することが有効である。しかしその半面、「こんなにできなくなってしまったのか」「今の自分が本当に復職できるのか」と、復職に対する不安・葛藤が生じる場合がある。事業所との調整や職場実習の場で、以前の自分との違いに直面することもある。社会的行動障害がある場合、深刻な状態の悪化を引き起こしてしまう可能性もあり、この点については医療職と情報共有しながら慎重に支援している。具体的には、関係職種によるカンファレンスの実施、医学的リハビリ場面での本人の様子の確認、各職種の役割分担の調整等、柔軟な対応を心掛けている。情報共有や方針の統一等、チームアプローチのための工夫が今後も必要である。 (4)生活設計の整理 今回のアンケートでは調査項目にあげていないが、前述のような課題を本人が乗り越えていく上で、経済面の整理は非常に重要である。職務再設計にともない、多くの場合では給与が減額される。本人・家族の長期的な生活の安定を図るため、経済的な側面から、生活設計の整理を支援している。具体的には、収入(現在の収入金額と今後の見通し・家族による収入・障害年金等の社会保障の支給要件と申請時期等)と支出(想定される項目と必要となる時期・金額)の整理を、必要であれば年金事務所等に同行して行っている。それら経済面を整理し、今後の生活の見通しをもった上で事業所との交渉の場につくことは、本人・家族の不安を大きく軽減すると感じている。経済面の整理は個別性が高い課題ではあるが、今後、利用者のニーズを確認しながら、プログラムとして整理していくことも必要である。 (5)他利用者とかかわる場の提供 当施設でよかったこととして、他利用者との交流をあげている利用者が3割を占めていた。 普段一緒に作業しているだけでも、懸命に努力する他利用者の姿に刺激を受けている様子がみられる。これに加えて、利用者間の相互作用を狙ったプログラムとして、園芸・自主製品製作・ホール設定・グループミーティング・模擬会議等を実施している。 他利用者とのかかわりは、支援者では担えない大きな影響をもつ。グループダイナミクスをうまく取り入れたプログラム展開を継続する必要性を感じている。 また、今回のアンケート調査では質問項目としてあげていないが、利用者は復職後も様々な課題に直面していることが予測される。職員による退所後フォローアップは行っているが、他利用者と接する機会の提供は実施していない。同じ状況の仲間と情報や悩みを共有できる場の存在が、本人の課題の軽減に効果的な場合もあると考える。この点については、復職後の状況に関し、さらに詳細な調査や支援方法の検討を行っていきたい。 【参考文献】 1)吉田香里:いきがいについてのグループカウンセリング−グループセラピーによる人生の意味目的意識の醸成「高次脳機能障害のグループ訓練」、p.150-161,三輪書店(2009) 2)平林直次他:「Q&Aでひも解く高次脳機能障害」、医師薬出版株式会社(2013) 3)後藤祐之:医療と福祉との連携による高次脳機能障害者の職場復帰支援の実際「Medical Rehabilitation No.119」p.37-43,(2010) 脳血管障害者の「仕事への思い」 −介護支援専門員の聞き取り調査− 今村 純一(居宅介護支援事業所カインド 介護支援専門員) 1 はじめに 筆者は社会福祉士、介護支援専門員(ケアマネジャー)として、これまで多くの障害者や高齢者と関わりをもつことがあった。なかでも働き盛りである30代から50代の時期に脳血管障害者となったことで、以前の仕事ができず生活の質が低下する人々がいた。それは仕事を通して得る収入のほか、居場所や満足感など生きていく上で必要なものを失うことでもあった。仕事への思いは人それぞれあるが、その思いを受け、職場に復帰し就労を継続するためにはどのような配慮があれば可能となるであろうかとの問題意識を筆者は抱えている。 筆者と関わりがある脳血管障害者に聞き取り調査を行い考察した。 2 対象と方法 (1)対象 働いている時期に脳血管障害者となった5名は、介護支援専門員である筆者と1年〜4年の関わりをもっている。対象者およびその同居家族とは月に1回以上の定期的な訪問を通し、信頼関係が築けている。 5名の内訳は、以前の職場に復職した1名、フリーランスで発症前の仕事を続けている2名、離職した2名である。 (2)方法 2012年11月19日〜2012年12月3日にそれぞれの自宅で約1時間の聞き取り調査をした。 主な項目は仕事への思いと仕事を続ける上での配慮とした。 聞き取り調査にあたり対象者に本調査の主旨を説明し、それぞれから同意を得た。また本稿においても個人が特定できないよう配慮を行った。 3 事例 (1)仕事を引退したAさん(発症時60代 男性 調理師) ①概要 食堂を営んでいた自宅兼店舗で、仕事中に脳出血を発症し、右半身と言語に障害がある。退院後は調理師を引退し、リハビリテーションを中心とした生活を送っている。妻と二人暮らし。 ②仕事への思い 30年以上前から現在の場所で妻と仕事をしてきた。朝から夜遅くまで懸命に働き、仕事をする意義など考える余裕もなく料理を客に提供していた。 いつものように仕事をしている時、突然倒れ手術を受けた。発症する前から妻と身体が動かなくなったら引退すると話し合っており、年齢的なことや経済的に安定している時期であることを考慮し、Aさんは引退を決意した。利き手である右手が満足に動かせない状態では調理師の仕事を続けることができず、Aさん自身も納得するしかなかった。年齢的にも仕事ができるのはあと数年とAさんと妻は考えていたため、その時期がきたと捉えていた。このためAさんからの聞き取りでは、これからの人生に対することより、これまで自分がしてきた仕事についての話が多く、仕事をやり遂げたとの満足感ある表情が印象的であった。 ③仕事を続ける上での配慮 Aさんと妻は、Aさんの発症を機に食堂をやめることにした。どのような配慮があれば仕事を続けられたか尋ねたところ、包丁が使えない身体で調理師はできないと話し、店舗の面積が狭く新たに調理師を雇い3人で営業をすることはできないと答えていた。 生活においては妻のサポートがあり、Aさんをそばで見守っている。リハビリテーションの成果で妻がAさんを介助することは減ってきており、Aさんも妻も今のままの状態で生活できればよいと考えている。 (2)仕事量に左右されるBさん(発症時40代 男性 フリーランス) ①概要 フリーランスとして仕事をしている時期に脳梗塞を発症し、右半身と言語に障害があり車いすを使用している。退院後もフリーランスとして発症前からの仕事を続けている。一人暮らし。 ②仕事への思い 仕事は自宅において一人で行っている。携帯電話で連絡を取り合い、パソコンで作業をしている。 キーボードへの入力は聞き手が右手なので不自由を感じており、指が変なキーを押してしまうと話している。外出時はBさんが非バリアフリー住宅で生活しているため、訪問介護員(ホームヘルパー)が自宅内からの自宅前の道路まで移動介助する必要がある。 仕事量はフリーランスのため依頼される件数や採用件数に左右され安定した量を維持することができないことが悩みである。聞き取りでは、仕事をしたくても、仕事が少なくて困っていると肩を落とし辛そうな表情を見せていた。Bさんは障害があっても自分の仕事を続けていきたいと強く願い、実際に続けている。 ③仕事を続ける上での配慮 仕事の打ち合わせなどで出かけることがあるとBさんは車いすを自分の左手と左足で動かし移動している。電車やタクシーの乗降時は駅員や運転手の介助が必要である。時には仕事関係者が自宅近くまで来ることがあり、これは配慮の一環と考えられる。 生活に関してはリハビリテーションのほか、学生の演奏会も企画運営している。Bさんはお金にならないことをやっていると話しているが、その開催に関して関係者や聴衆などから感謝されている。 (3)自宅での家事を選んだCさん(発症時30代 女性 派遣事務員) ①概要 派遣会社から企業へ事務員として派遣されていた時期に脳梗塞と脳出血を発症した。左半身と言語に障害がある。母と兄の三人暮らし。 ②仕事への思い 10年以上派遣会社から事務員として各企業に派遣され仕事をしてきた。各企業で働く期間は3ヶ月程度でパソコンでの作業と電話対応が主な仕事内容であった。事務の仕事はCさんに合っておりCさん自身も気に入っていた。派遣会社から仕事ぶりを認められていたため、ほとんど切れ目なく仕事をしていた。短期間で代わる職場のため人間関係に悩まされることが多く、ストレスも感じていたと話していた。この時の楽しみは海外旅行で、30ヶ国ほど出かけたと、渡航先の書いたメモを聞き取りの時に見せてくれた。 発症後は、脳梗塞だった父が退院後も普段通りの生活をしていた姿を見ていたので、自分も退院後は以前と同じように仕事ができるだろうと考えていた。転院先でリハビリテーションを行っていたが、左半身の動きと言語の回復はCさんが思うようになっていなかった。 退院後、Cさんは不自由な左半身とうまく言葉が出ない身体であったが、自分は楽天的だからと軽い気持ちでアルバイトに出かけた。しかしそこで自分ができないこと、仕事をこなすことが大変なこと、他人の自分を見る目が違っている事に気づき、このアルバイト体験が仕事を断念することにつながった。事務の仕事でパソコン操作時に左手が使えない、電話対応で言葉がうまく出ない、これらの業務においてスピードと正確性が求められることを考えるとCさんの身体状態では難しかった。仕事は楽しかったが続けることは無理だったとさっぱりした表情で話していた。 ③仕事を続ける上での配慮 企業に派遣され仕事をするには、その企業が求めるスピードと正確性が求められていた。 スピードが優先されないパソコン操作や時間をかけての話ができる電話対応などの配慮があれば仕事が続けられたと考えられる。また派遣会社という性質上、企業の正社員とは異なる立場であったことも就労継続を妨げた要因とみることもできる。 生活は母が高齢になったこともあり、母と協力して家事を中心とした生活をしている。友人とメールでやり取りや外食をし、母との年に1度の国内旅行が楽しみと話していた。 (4)配置転換を経て仕事を続けるDさん(発症時30代 男性) ①概要 会社員として仕事をしていた時期に脳出血を発症し、約2年間のリハビリテーションを経て配置転換で復職をした。現在も左半身と言語に障害があり、外出時は電動車いすを使用している。妻と二人暮らし。 ②仕事への思い 20代から発症前まで会社を変わることはあったが同じ仕事をしてきた。Dさんの業種は終電か終電後のタクシーで帰宅するハードな仕事であったが、Dさんは自分に合ったこの仕事が楽しく、やりがいもあったと振り返っていた。 発症直後は座っていると身体が傾いてしまい、歩行もできず、左手も動かせなかった。Dさんは早く仕事に戻りたいという気持ちと、この身体状態で以前の職場に戻れるのかとの思いが交錯していた。 約2年間の入院等での治療とリハビリテーションでDさんはしっかり座れるようになり、左手も少し動かせるようになっていた。この間、妻がDさんの会社へ定期的に出向き、人事担当者にDさんの病状や様子を伝えていた。復職1年前からは人事担当者もリハビリテーション中のDさんを見に来ていた。Dさんの妻は解雇も覚悟していたと思っていたが、会社は復職の方向で動いていたそうである。 復職後は以前とは異なる部署で、新たにDさんが担当する仕事を会社が用意していた。Dさんと妻は仕事に戻れたことで会社に感謝しているが、Dさんは以前の職場での仕事を希望している。 ③仕事を続ける上での配慮 会社はDさんの復職に対して復職前から面接等を行い、Dさんができる仕事を用意した。また職場は電動車いすが通れるようデスク配置の配置や動線の確保をし、Dさんが使用するトイレも改修された。勤務時間と勤務日数は以前よりも大幅に短くなり通勤ラッシュを避けられ体力面にも配慮されている。 以前の仕事に戻りたいDさんであるが、注意力や体力が低下し、電動車いすでは他社へ打ち合わせなどで移動することに不都合が多いことなどから見送られている。 現在、仕事以外はリハビリテーションをし、妻や友人と外食などを楽しんでいる。 (5)新たな人生観の下で仕事をするEさん(発症時50代 男性) ①概要 フリーランスとして活躍中に脳梗塞を発症し、右半身と言語に障害がある。リハビリテーションで入院している時に、不自由な右手の回復より動いている左手を使いこなした方が生活しやすいと考えた。妻と子どもの三人暮らし。 ②仕事への思い 30年にわたり同業の仕事を続けてきた。仕事中心の生活であったが、時間ができると家族に手料理を振る舞っていた料理好き、家族思いのEさんであった。発症数年前からあるプロジェクトに企画段階から関わっていた。このプロジェクトが社内外で高い評価を受けたこともあり、とても充実した時期だった。 発症後、左半身のほか言語にも障害があることを認識したEさんは、考えることや話すことが仕事の柱なので、この身体では仕事を続けることができないだろうと感じていた。一方で収入の心配がありどうすれば仕事が再開できるようになるかとも考えていた。 入院中リハビリテーションを行っている時、Eさんは不自由のない左手を使ってみると思いのほか使えることに気がついた。麻痺のある右手の回復に5年〜6年かかるのであれば動いている左手をもっと活用した方が社会生活において実用的ではないかとEさんは考えた。それ以降左手を意識して使う訓練に取り組んでいった。またその頃、知能に関する検査を受けた際、知能面での損傷は認められないとの結果を受け、Eさんはこれで仕事ができると大喜びした。 Eさんは障害者になって生まれ変わったと自身を捉えている。できなくなったことを取り戻すより、今の状態を肯定し、できることを考えた方が実用的との価値観が芽生えたと語っている。そして自分の姿を見せ相手に伝えていくしかないと感じている。 ③仕事を続ける上での配慮 退院後、打ち合わせなどで外出する時は妻が付き添っていた。杖をついて電車を利用することは一人では難しい状態であった。入院中にプロジェクトの担当者から何度も「待っているから」と声をかけられていた。Eさんは「がんばれ」と言われるより、また一緒に仕事をしようとの言葉が大きな励みになった。 仕事が夜の食事を伴う際は帰宅時にタクシーを用意してもらう配慮があったそうである。 4 考察 職業も年齢も様々な5名だが、仕事をしている時期に脳血管障害となったことで否応なく、今後の仕事について考える必要がでてきた。 年齢が比較的若い男性のBさん、Dさん、Eさんは収入確保の必要もあったため仕事への復帰を第一に考えていた。女性のCさんは年齢が比較的若いが本人と家族に収入面の心配が少なく、自宅での家事もあったため仕事を離れた。比較的年齢の高いAさんは発症前から妻と今後の生活設計を話し合っていたため引退を決めた。BさんとEさんは以前の仕事を続けており、Bさんは仕事量が安定しないが必死に取り組んでいる。Eさんは新たな価値観の下で活躍している。また配置転換したDさんは充実していた以前の職場に戻れることを願っている。 5名に共通することは、仕事に対して充実感をもっており、収入、やりがい、満足感を得ていたと語っていたことである。仕事を続けている人も仕事を辞めた人もそれぞれが取り組んでいた仕事について真剣に話している姿は、人生において仕事をすることが大きな意味をもつことを示している。 会社員のDさんは会社から明確な配慮があった。新しい内容の仕事や職場環境など、退院前からDさんの身体状態を見るなかで検討されたようである。 5 まとめ 細田(2006)は自身が調査した脳血管障害者において、元通りの身体に戻れること、元通りの生活に戻れることが調査をしたすべての人の願いであり、その元の生活に戻る最も重要な要素が復職である、との声を集めている。これは筆者が聞き取りをした5名と同様であった。 復職に際して会社の配慮があったDさん以外にも、何らかの配慮があれば仕事を続けることができたかもしれない。障害者権利条約では合理的配慮の概念があり、この合理的配慮が浸透していくことで、今後の復職支援に際して有効になると考える。 【参考文献】 細田満和子「脳卒中を生きる意味」p.352-358,青海社(2006) リワーク支援における心理教育の効果についての考察 ○池田 精(京都障害者職業センター リワークカウンセラー) 井口 陽子(京都障害者職業センター) 1 はじめに (1)職場復帰支援の課題 近年、うつ病等の精神疾患による休職者の復職を支援する様々な取り組みが行われている一方で復職後の再休職や休職の長期化も新たな課題として生じている。復職支援では、復職とその後の職場適応による継続的な勤務がその目的となるところだが、実際には焦りが強く急いで復職したがために、しばらくすると再発・再休職という事も起きていると考えられる。その要因の一つは、復職の課題について休職者が的確に認識できていないため結果的に十分な準備がなされないまま復職に至っているからではないだろうか。 しかし、通常休職者自身は、復職への焦りや不安が強いために適切な課題認識を持つ事は困難な場合が多いと思われる。 (2)リワークセミナーの取り組み 京都障害者職業センター(以下「当センター」という。)では対象者自身の課題理解をより深めるために平成23年度から職場復帰支援(以下「リワーク支援」という。)の一環として「リワークセミナー」(以下「セミナー」という。)という心理教育プログラムを導入している。 心理教育とは精神障害やエイズなど受容しにくい問題を持つ人達に、正しい知識や情報を心理面への十分な配慮をしながら伝え、病気や障害の結果もたらされる諸問題・諸困難に対する対処方法を修得してもらうことによって、主体的な療養生活を営めるように援助する技法と定義されている1)。 当センターのセミナーにおいても職場復帰と職場適応に関する基本的な知識や情報を提供し、復職への課題理解を深めると共に、対象者が主体的に復職に取り組めるよう支援することを目的としている。また、セミナーは当初、既に復職の目途が立っているなどの理由で数カ月単位のプログラムの提供が難しい場合に短期間で利用できるプログラムとして、様々なニーズに対応できるという側面もあった。 しかし、実際にセミナー受講を通して、セミナーのみで復職を目指していた対象者が一定期間かけて準備することの重要性に気付き、その後のリワーク支援を積極的に利用するなど、受講後の取り組み状況にも変化がみられている。 今回は、セミナーの内容や実施状況と対象者への調査をもとにリワーク支援における心理教育プログラムの効果についての一考察を報告する。 2 リワークセミナーの概要 (1)支援の中の位置づけ 地域障害者職業センターのリワーク支援の流れは図1のとおりである。職場復帰のコーディネートにより支援対象者・雇用事業主・主治医との相談を通じて職場復帰に向けた活動の進め方や目標について3者の合意形成を図り、リワーク支援を実施している。支援ではまず基礎評価にて対象者の体調や気分の状態、職場復帰への課題等を把握した上でリワーク支援計画を策定する。 図1 リワーク支援の流れ 当センターではコーディネートにより3者の復職についての方向性を確認した上で、リワークセミナーを導入している。支援計画の策定はセミナーが終了する段階で行っているが、そうすることで支援計画の期間や目標がより対象者の目的意識に沿ったものとなり、また支援者もその時点での対象者の課題理解の深まりを確認することができる。 (2)セミナーの内容 リワークセミナーは全11回で1クールとなっており、年間を通して9期実施するよう計画している。期間は約4週間であり、1週目と2週目は週2回、3週目以降は週3回としている。時間帯は全て午前10時から12時の2時間で実施している。内容はメンタルヘルス講座・ストレスマネジメント講座など10回の講座と1回の個別相談で構成している。リワークセミナープログラムを表1に示す。 表1 リワークセミナープログラム 対象者は各期のセミナー日程に合わせてセンターへ通所する。各期の対象者の人数は概ね10人程度となっている。セミナーでは講座の受講と共に、終了時に一言ずつ感想を述べる機会を設けており、単に講座を聞くだけでなく自分の考えをまとめて話す、他者の考えを聞くという機会も作っている。 セミナーの進行や講座は当センターのスタッフ(障害者職業カウンセラー・リワークカウンセラー・リワークアシスタント)が行っている。主には資料をもとにスライドを使って解説を行っている。また一部、講座に加えて各テーマに応じたチェックテスト等のツールを取り入れている。職場復帰のステップの中で自分の現在の位置を確認するものや、ストレスコーピングの傾向を確認するもの、キャリアの志向性を確認するもの等であり、客観的な指標を使う事で改めて自己の状態を把握できる機会にもなっている。 最終回のまとめでは、セミナーの内容を全般的に振り返り、対象者一人ひとりから「興味や関心を持ったところ」と「復帰に向けて短期的・具体的に取り組みたいところ」についての発表や意見交換を行っている。 講座では毎回参考文献を紹介している。参考文献は全てリワーク支援室に用意しており、センター内支援の間に対象者が自由に閲覧できるようにしている。 講座や文献はうつ病をテーマにしたものが多いが、対象者にはうつ病以外の診断名の人も多く含まれる。そのためセミナーの中では職場復帰全般に関わる事として、「気分や体調に波のある再発しやすい病気と付き合いながら復帰するためにはどのような事に気を付けないといけないか」「自分で自分の健康を管理するとはどのような事か」「健康に働き続けるためにストレスとどう付き合うか」という、診断名に関わらず全対象者に共通する内容を話題として情報提供するよう留意している。 (3)リワークセミナー実施状況 当センターでは平成23年度は7期、24年度は9期、25年度は8月末時点で4期のセミナーを実施し、累計144名が受講している。その中で引き続きセンター内支援を受けた者が124名であった。リワークセミナーの受講のみで復帰した者が8名、また、セミナー中に体調不良等の理由で中断した者や復職時期を再検討したり退職を選択したりした者は12名であった。 セミナー終了時に各講座についてアンケート調査を実施している。132名の回答の中で講座について参考になったとやや参考になったと答えた割合は85%となっており、概ね好評を得ている。 また、アンケートの自由記述欄には「知らなかったという気付きがあった」「自分の現状を認識することが大切だと思った」「今回で3回目の再発だった。これまでは自力で復帰できると過信していた。セミナーを受けた事によりストレスマネジメントの重要性が認識出来た」「週2〜3回の2時間程度なのでそんなに支障はないと思っていたが、通い出すと少し負担があった」「自分だけではないと思えるだけで大きな効果だった」等の記載が見られた。 3 セミナーの効果に関する調査 これまでの支援実施状況から、セミナーには単に知識や情報の習得と復職に対する課題理解だけではなく、対象者の自己理解を促し、復職に対する不安を軽減させる効果があることが推測された。そこで今回、センター内支援対象者に対して、セミナーの中で役立ったと感じた内容や、セミナー受講後意識的に取り組んでいる内容、またセミナー受講前と受講後で病気や復職に対する認識や取り組みにどのような変化があったかについての調査を行った。 (1)調査方法 調査は平成25年8月のセンター内支援実施中の者20名を対象とし、選択式回答と自由記述を組み合わせたアンケート調査によって実施した。選択式回答の調査項目は①セミナーの内容で復職に向けて役立ったと思う内容やキーワードについて、②セミナー後、復職の課題を更に深めるためにリワーク支援期間内で意識して取り組んでいる事について複数回答で選択、更に選択した中から特に役立ったものや特に意識している事を3項目抽出するように設定した。自由記述式回答では主な効果として考えられる「正確な知識や情報の習得」「自己の特徴や状態の把握」「復職に向けての課題の明確化」「焦りや不安の軽減・安心感の獲得」に「その他感じたこと」を加えた5項目についてセミナーの受講前と受講後においての状況や復職への取り組みの変化を記載するよう設定した。 (2)調査結果 回答は16名から得られた。調査項目①の結果からはセミナーの中ではストレス概論などの一般的な情報よりも、職場復帰やストレス軽減のためのより具体的な方法に高い関心が寄せられた事が示唆された。また、認知療法やアサーションに特に強い関心が寄せられたのは、これらの言葉や内容についてセミナーの中で初めて知り、改めて自身の考え方やコミュニケーションの傾向とストレスとの関連に気付いたという人が多いためだと思われる。 調査項目②のその後の取り組みについて最も多かったのは生活リズムの再構築と気分・体調のモニタリングとセルフコントロールであった。これらは精神疾患による休職の際に最も重要となる課題であり、多くの対象者が自身にとって必要な課題と感じている事が窺えた。他の項目について結果に大きな差は生じておらず、それは復職やストレスマネジメントに関して一人ひとりが自身に必要な課題を選択して取り組んでいる事の表れではないかと考えられた。 また、自由記述では各項目について多くの回答が寄せられた。項目毎の結果を以下に示す。 ① 正確な知識や情報の習得について 受講前は「漠然とした知識やイメージしか持っていない・病気に関する本は読んだことが無い・勉強しようとは思っていたがなかなか実践できない」など充分な知識や情報がない、習得する必要性を感じない、必要性を感じていても取り組めていない状況が窺えた。 受講後は「文献を読み復習・知識を習得し自分なりに考える・対処法をやってみる・うつと向き合うようになった」など積極的に知識や情報の習得に努めたり、実践的に取り組んだりする様子や病気に対して主体的に向き合おうとする姿勢が窺えた。 ② 自己の特徴や状態の把握について 受講前は「自分の状態を把握できていない・把握しているつもりでも基準が無く漠然としていて不安・すぐにでも復帰できると思っていた」など自己の状態について客観的な判断材料が無く回復状況の確認も漠然としたものであった事が窺えた。 受講後は「自分のステップを理解した・モニタリングとセルフコントロールにより自分の特徴を掴むようになった・性格や考え方のパターンを認識した」など、復職準備過程の中での現在の位置や、自身の体調・気分の変化のパターンや認知の傾向を認識することでより客観的に自己の状態を把握できるようになっている状況が窺えた。 ③ 復職に向けての課題の明確化について 受講前は「何をすればよいかわからない・具体的にどう取り組んだら良いか優先順位が分からない・生活リズムが整えば復帰できるはず」など取り組み方や方法が分からず混乱している状況や、特定の課題のみに焦点が当てられている状況が窺えた。 受講後は「着実にステップアップを図る重要性が分かる・少しずつ負荷をかけていく重要性を認識した」など各段階に応じて徐々に負荷をかけていく方法を理解できたことと、「まずは生活リズムを崩さない・疲労やストレスサインに注意する・ストレスへの対処や軽減の方法を意識」など各段階に応じた課題を各自で検討し意識的に実践している状況が窺えた。 ④ 焦りや不安の軽減・安心感の獲得について 受講前は「取り残されている・一人であがいている・悩みを共有できる人がいない・集団生活から離れており不安」など焦りや不安の中で情報も無く困惑している状況が窺えた。 受講後は「他の人の話を聞く事で不安が和らいだ・焦り感が減った・復帰までの見通しや行動目標が見えて安心した・回復するイメージが持てた」など同様に復職を目指す他者との関わりを通じて焦りや不安を軽減できたこと、復帰について情報整理ができたことで安心感を得られた事が窺えた。 ⑤ その他感じた事 「リワークを利用する前にセミナーで色々な知識を得る事でリワーク利用時の取り組み内容が明確になった」「リワークは仕事と位置付けて達成感が得られる」「リワークに参加することで会社側も回復具合が理解しやすく復職に向けたスケジュールが立てやすい」など、セミナーの活動やセミナーで習得した内容が自身の復職にとって効果的である事が認識でき、リワーク支援への主体性や意欲が高まっている状況が窺えた。 4 考察 今回の調査では、休職者の多くが病気や復職、ストレスに関して正確な知識や情報を得る機会が少なく、取り組むべき内容や方法が分からないまま漠然とした不安を抱えながら一人で復職を模索している状況が窺えた。 しかし、調査の結果からこのような状況にいた多くの対象者がセミナーの受講前と受講後の変化について、自らの言葉で明確に記載することができており、それは対象者自身がセミナー受講により病気や復職への認識やその後の取り組みに変化が生じたことを自覚できている事に他ならないと感じた。 復職への課題理解という点について考えた時、復職支援に携わる支援者は休職者の課題認識の乏しさに支援の困難性を感じることも多いが、焦りや不安を抱えた状況で休職者自身が適切な課題認識を持ち、適切な準備を進めて行く事が困難であることは想像に難くなく、支援者は休職者がそのような状況にいることを理解しておく必要がある。焦りや不安が強く課題認識に乏しいのは休職者のみの要因に限らず、復職のための正確な知識や情報を提供する事ができていない支援体制側の要因でもあると思われる。 今回の調査ではこのような状況にある休職者に対してセミナーという小グループでの心理教育プログラムを行うことにより、正確な知識や情報の習得が自己理解・課題理解の促進と不安の軽減・安心感の獲得をもたらす点に加え、これらが相互に作用することで対象者の意欲を高め、対象者自身が復職に向けてより主体的に取り組む事ができるようになるという効果が確認できた。 最後に、心理教育は対象者が自ら抱えた困難を受け止めることができるよう援助するとともに、困難を乗り越える技術を修得し、困難を解決できるという自信や自己決定・自己選択の力を身に付け、援助資源を主体的に利用できることを目指している2)。今回の調査ではリワークセミナーという復職支援の導入段階でのプログラムの有効性は確認できたが、心理教育の目的である「困難を乗り越える技術」の習得についてはセミナーに続くセンター内支援のプログラムにおいてさらに支援を行うこととなる。今後はセンター内支援のプログラムの効果的な実施を含め支援効果の検討と充実を図っていく必要がある。 【引用文献・参考文献】 1)心理教育を中心とした心理社会的援助プログラムガイドライン(2004厚生労働省) 2)心理教育実施・普及ガイドライン・ツールキット研究会:「心理教育の立ち上げ方・進め方ツールキットⅠ本編」(2011) 心の健康問題による休業者の職場復帰にかかる企業の困り感への対応に関する一考察 舩津 正悟(福島障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 目的 福島障害者職業センター(以下「福島センター」という。)で実施しているリワーク支援を利用する企業は平成24年度18件(全国平均45.6件)で、少ない現状にあるが、福島県内においても心の健康問題により休業した者の復職について課題を抱える企業も多いと思われる。 そこで、心の健康問題で休業した者の職場復帰に関連した福島県内の企業ニーズに応じた支援のあり方を検討するために、福島県内の企業に対し、心の健康問題により休業した者の状況や復職のプロセスで困難を感じていること等に関する調査を実施したので報告する。 なお、福島県内では東日本大震災や原発事故等が企業で働く従業員の心の健康問題にも影響する可能性があると考え、調査に震災の影響に関する質問項目も加えており、参考までに示す。 2 調査方法 (1)調査対象 福島産業保健推進センターの協力を得て、福島県内の従業員数30人以上規模で福島産業保健推進センターがメンタルヘルスを推進している企業、550社を調査対象とした。 (2)調査内容 調査は、①企業規模や業種、福島センターリワーク支援の利用状況など回答企業の概況(計4問)、②心の健康問題により休業した者の有無、復職に関する企業の困り感など(計5問)③東日本大震災による従業員への影響など(計2問)、から構成した。 なお、復職に関する企業の困り感などについては障害者職業総合センター研究部門の調査1)を、震災の影響については公益財団法人日本生産性本部の調査2)を参考にした。 (3)調査の実施 平成24年7月、郵送により調査を依頼した。回答は企業の人事・労務担当者へ依頼した。 3 結果 (1)回収状況 平成24年9月末までに 98社(回収率17.8%)から有効回答を得た。 (2)調査対象企業の概況 ①企業規模 回答のあった98社の企業規模の内訳 は、30〜55人が2%、56〜299人が40.8%、300 〜999人が41.8%、1000人以上が14.2%であった(1社は企業規模無回答)。 ②福島センターのリワーク支援の利用について 福島センターのリワーク支援を利用した経験があると回答した企業は8.2%、制度を知っているが利用経験のない企業が71.4%、制度そのものを知らない企業が19.4%であった。 (3)心の健康問題による休業者の状況 ①過去3年間の休業者の有無 過去3年間の心の健康問題による休業者の有無を表1に示す。「いる」と回答した企業が76.5%、「いない」が21.4%だった。企業規模別にみると、「いる」と回答した企業は56〜299人規模77.5%、300〜999人規模75.6%、1000人以上規模92.9%だった。 表1 過去3年間の心の健康問題による休業者の有無 ②職場復帰プロセスでの問題 休業者がいると回答した企業(75社)に、職場復帰のプロセスに問題があるかどうか尋ねた結果を表2に示す。「問題が多い」「いくつか問題がある」の回答を合わせると54.6%と半数を超え、「特に問題がない」と回答した企業は37.3%だった。なお、「該当者なし」とは、休業者はいるが病気療養中であり、復職のプロセスに至らないことをいう。 企業規模別にみると「問題が多い」「いくつか問題あり」と回答した企業は56〜299人規模54.8%、300人〜999人規模61.3%、1000人以上規模38.5%だった。 規模の大きい企業の方が、問題を感じる割合が少なくなっている。先行研究1)では企業規模が大きくなるほど産業医を含む産業保健スタッフが充実しており、試し出勤など、復職までの職場復帰支援のプログラムの制度が充実しているとされており、本調査の結果も、支援体制の充実の程度が問題認識に関連している可能性もある。 なお、上場企業(規模が大きいと想定される)を対象とした全国調査5)では、復職のプロセスで「特に問題ない」と回答した企業は22.3%にとどまっていた。本調査の1000人以上の回答企業数が13社と少ないため明確なことは言えないが、全国調査に比較し、1000人以上規模で「特に問題ない」と回答した企業の割合が高い。 表2 職場復帰のプロセスの問題 ③職場復帰プロセスで企業が困難を感じること 休業者が「いる」と回答した企業(75社)に職場復帰プロセスに関連した15項目について、困難を感じるかどうか尋ねた結果を表3に示す。 最も多くの企業が困難を感じると回答したのは「復職の可否の判断」の64.0%であった。次いで、「病状がわかりづらい」の57.3%、「上司が本人とどう接したらいいか悩む」の45.3%、「復帰しても再休職になることがある」の40.0%の順であった。 これらの項目を企業規模別で見ると、「復職の可否の判断」は、56〜299人規模74.2%、300〜999人規模61.3%、1000人規模以上46.2%、「病状がわかりづらい」は、56〜299人規模67.7%、300〜999人規模58.1%、1000人以上規模30.8%、「上司が本人とどう接したらいいか悩む」は、56〜299人規模51.6%、300〜999人規模45.2%、1000人以上規模30.8%、「復帰しても再休職になることがある」は、56〜299人38.7%、300〜999人規模38.7%、1000人以上規模46.2%だった。 1000人以上規模の企業の6割以上が、職場復帰プロセスに「特に問題ない」と回答していることから、復職に関連した様々な項目に関しても、困難を感じる企業の割合は、従業員数1000人未満の企業に比べると少ないことが分かる。ただし、従業員数1000人以上規模の企業では、休業者数も多いので、「復帰しても再休職になることがある」や「復帰しても遅刻や欠勤が目立つ(1000人以上の企業は4割弱の回答だが、999人以下の企業は2割台の回答)」従業員が発生している可能性が高いことが窺われる。 表3 職場復帰時に企業が困難さを感じること ④リワーク支援の利用経験と職場復帰プロセスの問題 職場復帰プロセスの問題を福島センターリワーク支援の利用経験や周知状況とクロス集計したものを表4に示す。 「特に問題ない」と回答した企業の割合は、リワーク支援利用企業(以下「利用企業」という。)50.0%、リワーク支援を知っているが利用したことがない企業(以下「知っている利用なし企業」という。)30.0%、リワーク支援を知らない企業(以下「知らない企業」という。)15.8%であった。 表4 職場復帰プロセスの問題 (リワーク支援の利用経験とのクロス集計) ⑤リワーク支援の利用経験と企業が感じる困難 職場復帰時に企業が困難を感じている項目と福島センターリワーク支援の利用経験等をクロス集計したものを表5に示す。 利用企業で、最も多く困難さを感じると回答したのは「周囲の従業員の理解が得られない」「復職の可否の判断」「復帰しても遅刻や欠勤が目立つ」(いずれも75.0%)だった。知っているが利用経験ない企業は、「復職の可否の判断」61.4%、「病状がわかりづらい」58.6%、「上司が本人とどう接したらいいか悩む」37.1%だった。知らない企業では、「復職の可否の判断」100%、「病状がわかりづらい」94.7%、「復帰しても再休職になることがある」78.9%の順であった。知らない企業は15項目のうち8項目において困難を感じている割合が5割以上あった。 表5 企業が困難を感じている項目 (リワーク支援の利用経験等とのクロス集計) (4)震災や原発事故の影響 ①従業員への影響 震災や原発事故による従業員への影響を表6に示す。「放射性物質による健康への不安」59.2%、「従業員本人、家族の直接的被災」30.6%、「従業員一人あたりの負荷増大」23.5%の順で回答が多かった。 なお、震災発生2カ月後に調査内容が似通っている全国調査2)が行われており、この調査にも「放射性物質による健康への不安」と「従業員本人や家族の直接的被災」の項目が含まれている。参考までに回答比率を示すと、それぞれ45.3%、48.6%であった。この全国調査は、回答した企業の62.6%が被災地に事業所を有しており、被災地での影響を強く受けている調査といえるが、それでも、震災後1年4カ月後に行われた本調査での「放射性物質による健康への不安」が高くなったことは、福島県における原発事故の影響の大きさが窺える。 表6「東日本大震災による従業員への影響」 ②震災後、職場に現れている影響について 震災後、職場に現れている影響について表7に示す。「影響ない」42.9%、「職場への影響はわからない」24.5%、「うつ病やPTSDなど精神疾患増加」12.2%の順で多かった。 上述した全国調査では、「影響ない」や「職場への影響はわからない」の項目がなく、最も回答が多かった項目は、「うつ病やPTSDなど精神疾患増加」10.1%であった。 表7「震災後の職場への影響について」 4 考察 福島県内でも、職場復帰のプロセスにおいて問題を感じている企業が多数あることが把握された。また、福島センターのリワーク支援の利用があまり多くないことから、調査前は、リワーク支援を知らない企業がほとんどではないかと予想したが、「知らない」と回答した企業は2割弱しかなかった。一方、制度を知っているが利用経験のない企業が7割強であった。今後は、単にリワーク支援の周知を図るのではなく、企業側の困り感に対応できるプログラム内容であることを強調する必要があろう。 職場復帰のプロセスにおいて企業が抱える具体的な困難としては、「復職の可否の判断」、「病状がわかりづらい」、「上司が本人とどう接したらいいか悩む」などの項目を選択するが多かった。 復職の可否判断は労務可能な状態まで病状が回復しているか否かが判断の基準となるが、症状に関する問題として「病状がわかりづらい」ということがこの判断を困難にし、職場では上司や同僚がどう接したらいいかにも影響していると考えられる。企業を支援する立場で考えると、主治医と連携しながら企業担当者へ復職後の職務への影響や必要な配慮事項等について丁寧に説明することが重要といえる。 また、どのような情報を誰からどのように収集したらよいか企業側が整理していることが、復職可否判断には重要との指摘1)を踏まえると、支援する際には、事業所・産業保健スタッフと休業者・家族、主治医との間で情報共有するためのツールの検討も必要と思われる。 さらに、企業から休業者自身が病気の特徴を理解して自己管理をして欲しいというニーズが高まっていく傾向にあるとの指摘1)があることを踏まえると、休業者も自身の病気の特徴を理解し、復職後の再発予防を意識したセルフケアも重要になる。企業、休業者双方に再発や再休職の予防意識を付与していくために、①残遺症状、②症状の自己管理、③企業へ求める配慮事項の整理が必要と指摘する先行研究4)を参考に、福島センターの復職支援プログラムにおいても主治医との連携を基に本人のセルフケアをより確実にするためのカリキュラム改編・充実が今後の課題と考える。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター調査研究報告書:特別の配慮を必要とする障害者を対象とした、就労支援機関等から事業所への移行段階における就職・復職のための支援技法の開発に関する研究(第2分冊 復職・職場適応支援編),No93の2(2010) 2)公益財団法人日本生産性本部「産業人メンタルヘルス」2011版 3)公益財団法人日本生産性本部メンタル・ヘルス研究所 第6回「メンタルヘルスの取り組み」に関する企業アンケート調査結果(2012) 4)関根 和臣:「うつ病などメンタルヘルス不全休職者の復職後職場定着への事業主及び復職者のニーズに関する一考察」第18回職業リハビリテーション研究発表会論文集(2010) 5)公益財団法人日本生産性本部 「産業人メンタルヘルス白書」(2009) 気分障害等による休職者の復職支援プログラムにおける「アンガーマネジメント支援」について ○松原 孝恵(障害者職業総合センター職業センター開発課 援助係長) 伊藤 透・野澤 隆・石原 まほろ(障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センターでは、平成14〜15年度の2年間に渡って、気分障害等による休職者に対する復職へのウォーミングアップを目的としたリワークプログラムを開発・実施し、平成16年度から、リワークプログラムをブラッシュアップするためのジョブデザイン・サポートプログラム(以下「JDSP」という。)の開発に着手している。そして、開発した技法は、地域障害者職業センターで行っているリワーク支援等に資するために伝達・普及している。 JDSPでは、気分障害等により休職している受講者に対して、再発や再休職予防の観点から、発症や休職のきっかけとなった職業生活上のストレスを振り返り対処方法を検討しておくことを課題の一つとして取り上げている。しかし、受講者によっては、職場の人間関係や職務上の問題等に対して怒りの感情を抱えているために、対処方法の検討が進みにくく苦慮する場合が増えている。 受講者が抱えている怒りの感情は、「自分は頑張ったのに認めてもらえなかった」「厳しい状況下で適切なサポートを得られなかった」「理不尽な対応をされた」等、被害を受けたという怒りであることが多い。若年者の場合は、会社に対する期待感や自分の職務遂行への期待感と、実際の職場環境や職務、自分の職務能力に大きなギャップを感じて被害を受けたと感じる傾向が見られる。休職してしまった自分に対して怒りを感じる場合や、回復への焦りや復職への不安感等から怒りの矛先が支援者に向かうこともある一方、相手から怒りを向けられた時に全ての責任は自分にあると思いこんでしまう場合もあり、怒りの感情への対処に苦慮している受講者は多い。 怒りの感情に対処することが難しいと、怒りをうまく表現できず自責的になる、怒りの感情を否定して抑え込み自分では気づかないうちに身体症状にあらわれる、感情を爆発させて攻撃的に表現してしまい職場の人間関係が悪化してしまう等、復職にあたって必要な体調管理や他者との人間関係に影響を及ぼし、復職意欲にも大きく関わってくるものと考えられる。 そのため、怒りの感情を理解し対処方法を学習するための「アンガーマネジメント支援」を試行することとした。本報告では、その試行経過と今後の課題を報告する。 2 アンガーマネジメント支援の概要 (1)目的 自分の怒りについて理解し、怒りの感情に対するセルフマネジメント力を向上させることを目的とする。怒りを否定し抑制するのではなく、自然な感情である怒りとうまくつきあい、認知面と行動面において適切な対処をとれるようになることを目指すこととする。 (2)内容と実施方法 全3回の講座とし、週1回、2時間(うち休憩時間5分)行う。 メンバー構成は、受講者が数名で、スタッフ1名が進行する。 3回ともに、スタッフによる講義、ワークシート類の作成、受講者同士の話し合いや体験を組み合わせて実施する。講義を受動的に聞くだけでなく、自分で振り返って考え、考えたことを発表し話し合うことで他者のさまざまな意見や価値観を共有し、主体的な取り組みを喚起するよう進行する。各回の終了時は感想を述べてもらい、振り返りシートを作成してもらう。 3回の内容と実施方法は表1の通りである。 ①第1回「怒りのしくみ」 最初に、怒りの感情を取りあげる目的及び怒りをコントロールするメリットについて説明し、心理的負荷がかかる可能性について注意を促した上で開始する。 各自でワークシート「怒りとは」を記入した後、それを皆の前で発表してもらう。自分の怒りを振り返って書き出し、他の受講者との共通点や相違点を確認することにより、自分の怒りの特徴を把握するよう促す。また、怒りの表出が少ない受講者が実際にはさまざまな怒りを抱えストレスに感じている可能性もあるため、支援者がアセスメントをする材料として捉えておく。 次に、怒りは自然な感情であること、怒りが発生する段階や怒りのサインを説明し、感情だけでなく身体や行動にも目を向けるよう促す。怒りをコントロールする第一ステップである怒りを鎮めるための方法として、リラクゼーションを実際に体験し、今後怒りの感情が高ぶった時には対処してみるよう勧める。受講者全員で行うことにより心理的な抵抗感を和らげ、体験して効果を確認することによって、怒りに対処できそうだという見通しをもつことを目指す。 最後にホームワークとして、怒りが発生した時の状況、考え、行動、期待、結果を記載する「アンガーログ」3)の作成を提示し、次回にはそれをもとに話し合う予定であることを予告しておく。 ②第2回「認知的対処」 最初に、受講者から「アンガーログ」の内容を発表してもらい、書いてみた気づきを話してもらうことによって、自分の怒りの背後にある認知や期待、また自分の置かれている状況により怒りの程度が異なること等、自分の怒りの特徴について振り返ることができる。また他の受講者の怒りと自分の怒りとの共通点や相違点について目を向け、他者の期待や価値観の違いを確認するよう促す。 怒りの背後にある認知について説明し、自分を落ち着かせるつぶやきや他人目線を持つこと、目的に集中することやユーモアをもつことといった認知的対処について説明する。 最後に、人間関係における怒りを取り上げ、状況、相手への期待や相手からの期待、現実的か等を記載する「役割期待検討シート」4)をホームワークとして提示し、次回にはそれをもとに話し合う予定であることを予告しておく。 ③第3回「気持ちを伝える」 最初に、受講者から「役割期待検討シート」の内容を発表してもらい、気づきを話してもらう。人間関係における怒りの原因となっている相手への期待や相手からの期待について振り返り、その期待への対処も含めた認知的対処について自分で対処できそうなことについて話し合うことで、人によって期待や価値観が異なることを確認する。 次に、怒りの感情を相手に伝えるアサーティブな表現方法を説明し、「同僚に、仕事が遅くて迷惑していることを伝える」というロールプレイを行う。ロールプレイでは、これまでの自分の表現方法を振り返り、周囲からフィードバックを行うことにより、適切な表現方法についての気づきを促す。 最後に、相手の怒りに対する受けとめ方について説明し、怒りの感情やその対処についての感想や気づきを述べてもらう。 表1 各回の内容と実施方法 (3)実施上の留意点 ①怒りをとりあげる目的を説明する 怒りを感じていない抑制的で自罰的な受講者は、なぜ怒りについて学習する必要性があるのか疑問を感じることがある。一方、怒りを抱えているが認めたくない受講者は、怒りに向き合うことに拒否的な感情を持つこともある。 そのため、復職支援において怒りを取り上げる必要性やメリットについて十分説明し、受講意欲を喚起することが必要である。 ②感情が高まる可能性があること、感情として受け入れるには時間がかかることを説明する 大きな怒りを抱えている受講者は、受講後に「頭でわかっても納得できない」等と自分自身に不満や怒りを感じる場合や、「対処できれば苦労はしない」等と自分を納得させてくれない支援者を責める気持ちが生じる場合がある。中には、親との葛藤や学生時代まで遡って根深い怒りを掘り起こす場合もある。 そのため、JDSPで行うアンガーマネジメント支援は、復職することを目的とした学習方法の一つであり、受講しただけで全ての怒りが氷解するわけではないこと、怒りの大きさや根深さ、抱えてきた時間の長さによっては怒りを手放しにくく時間をかけて徐々に取り組むとよいこと等を説明し、受講者が怒りを抱え続けるつらさに留意して共感を伝えることが必要である。また、自分の怒りを見つめることはストレスがかかることであるため不安や動揺があればすぐに支援者に申し出ること、感情の揺れが大きくなった場合は速やかに主治医と相談することを説明しておくことが必要である。 ③疾病や状態によっては受講を見合わせる 受講者によっては、診断名はうつ病やうつ状態であっても、実際には異なる疾病や障害が隠されている可能性がある。怒りについて振り返ることの負荷や復職を目前にした際の不安や焦り等から、それらの疾病の特性として攻撃性や他罰的傾向が表出する場合も考えられる。また、行動特性として、怒りを攻撃的な言動で表出する可能性もある。 そのため、支援者はそれまでの受講者の言動を十分把握し、攻撃的な表現方法をとる可能性がある場合は、受講の可否について主治医に相談しておく必要がある。攻撃性や他罰的傾向が見られない受講者についても、発言や表情、ワークシートの内容を観察し、感情の揺れが見られる場合には個別に相談を行って状況を確認する。感情の揺れが大きい場合は、速やかに主治医と相談するよう勧め、場合によっては受講を見合わせることも必要である。 ④受講者間の支え合いを活用する 怒りを抱えている受講者は、自分の認知や行動について支援者から指摘を受けると、「理解してくれない」といった不満感情をもつ場合がある。一方で、他の受講者から同様の指摘を受けると、同じ立場からの意見として受け入れやすい。そのため、受講者間の意見交換を重視し、共感し協力し合いながら進行できるよう雰囲気作りに努めることが必要である。 ⑤SSTと連動して内省を促す JDSPでは、週1回SSTの時間を設けており、アサーション(自分の意志を大切にしながら相手にも配慮したコミュニケーション)を意識した対人対応が可能となるように、主に職場のストレス場面を設定してロールプレイを行っている。 アンガーマネジメント支援を実施した後のSSTでは、職場で怒りを感じた場面を具体的に設定してロールプレイを行い、怒りの感情の表現方法を向上させることに加えて、その状況に対する受けとめ方について内省を促す。また、相手役も受講者が担当し、相手から怒りをぶつけられるという疑似体験をしてみることで、自分の受けとめ方を振り返り対処方法の検討につなげられるよう留意する。 3 まとめと今後の課題 (1)試行状況 平成25年9月現在、アンガーマネジメント支援を受講したのは5名であり、現時点では定量的な効果検証は行える段階にない。 受講後の感想では、怒りをあまり感じていない受講者は「職場で身体症状が出ていたが、今思うと怒りだったかもしれないと気づいた」「人それぞれ怒りに感じることが違うと気づいた」等、怒りへの対処について気づきを述べることが多かった。 一方、怒りを抱えて苦慮している受講者の場合、「講義内容を理解はできるが、感情的には受け入れられない」「実際にどうしたらよいのか納得できない」といった抵抗感を示すことが多く、3回の講座だけで怒りの感情を自分でマネジメントできるようになったという感想は聞かれなかった。 しかし、怒りを抱えて苦慮しアンガーマネジメント支援に抵抗感を示した受講者のうち、数週間後に「怒りを手放せるようになった」と話す受講者も見られた。自分の内省の過程について、他の受講者の前でプレゼンテーションをしてもらったところ、アンガーマネジメント支援を一つの契機として休職前の自分の怒りの原因や悪循環を振り返り、どのような怒りが生じやすいのか明確にして怒りの対処方法を整理できたことで、自分に対する怒りの感情も減少し、復職後の職場において大きなストレスを抱えた場合も怒りをコントロールできそうだとあらためて感じたと述べていた。 また、「精神的な負荷や疲労感を感じた」と感想を述べる受講者や話し合いで涙を浮かべる受講者はいたが、受講を見合わせるような大きな感情の揺れは見られず、全3回の講座を全員が受講できた。 (2)課題 気分障害等による休職者が、怒りについて学習し怒りの感情をマネジメントする能力を向上させることは、本来であれば医療従事者による専門的な支援が望ましいと思われるが、地域障害者職業センター等の職業リハビリテーション機関では医療従事者は配属されていないという制約がある。 そのため、職業リハビリテーション機関で実施することを想定して、一般的なアサーショントレーニング及び低強度の認知行動療法を基盤とした構成とし、①職業リハビリテーション機関のスタッフが実施できるものであること、②疾病や他罰・自罰傾向等を問わず、原則として復職を目指す全ての受講者に対して実施できるものであること、③心理教育の手法を用いること、④集団の場面を活用し受講者間の支え合いを重視し共感しながら理解を深められるようにすることの4点に留意した。 試行結果では大きな問題はなく一定の効果が見込まれるが、職業リハビリテーション機関においてはさまざまな疾病や状態の受講者がいることから、安全に実施可能であり一定の効果が見込まれる内容となるよう改善に取り組んでいくこととしている。また、復職後の職場を想定した具体例を提示しながら、実際に職場で怒りをコントロールできるイメージを持てるよう般化に留意することが今後の課題である。 怒りについて振り返ることは心理的な負荷が大きく、支援者の不適切な対応によっては必要以上の負荷をかけてしまい攻撃性や他罰性を誘発する危険性もある。そのため、受講者に対する支援技法の改善だけでなく、支援者の資質向上を促す取り組みも併せて行うことも重要である。 なお、疾病の影響や行動特性等により攻撃性や他罰傾向の高い受講者へのアンガーマネジメント支援については、職業リハビリテーション機関の制約を踏まえ、慎重に検討する必要があると思われる。 【参考文献】 1)エマ・ウィリアムズ、レベッカ・バーロウ「軽装版アンガーコントロールトレーニング」,星和書店(2012) 2)森田汐生:「気持ちが伝わる話し方」,主婦の友社(2010) 3)安藤俊介:「イライラしがちなあなたを変える本」,中経出版(2010) 4)水島広子:「怒りがスーッと消える本」,大和出版(2011) 広域センターにおける事業主支援の一事例 −地域センターとの連携による特例子会社設立に向けての支援− ○小田 祐子(国立職業リハビリテーションセンター職域開発課 障害者職業カウンセラー) 槌西 敏之・池田 嵩文(国立職業リハビリテーションセンター職域開発課) 1 はじめに 国立職業リハビリテーションセンター(以下「職リハセンター」という。)職業実務科では、知的障害者を対象とした職業訓練を行っている。 この度、知的障害者の採用を念頭に置いた特例子会社の設立準備をしている事業主に対して、東京障害者職業センター多摩支所(以下「地域センター」という。)と連携して支援を行ってきたので、その取り組みを紹介したい。 2 支援開始までの経緯 都内の大手情報機器メーカーであるコニカミノルタ株式会社では、平成25年10月を目途に特例子会社の設立を目指していた。 地元ハローワークと地域センターが設立に係る 助言や相談に対応していたが、当初は知的障害者の採用を中心に考えていることもあり、地域センターを通して平成25年2月に特例子会社設立準備の担当者が来所し、下記について支援の依頼があった。 ①職務の切り出しや職場環境に関する助言 ②マニュアル整備に関する助言 ③社員への研修 ④10月入社予定の知的障害者候補の紹介 ⑤指導員の紹介 3 支援の流れ (1)職種の切り出しや職場環境に関する助言 設立準備担当者は、地元ハローワークと地域センターの助言により、清掃、園芸、デジタル印刷補助の3種類の職務を検討していた。 3月にハローワーク雇用指導官、地域センター、職リハセンターの3者で事業所を訪問し、特例子会社の作業予定現場の見学、及び設立までのスケジュールの確認と支援内容についての打合せを行った。 予定している作業は適切なものと思われたが、作業環境については安全に作業をするための工夫について助言を行った。 また、採用候補者の職場実習を、特別支援校生徒を対象にしたものを6月、能開施設在籍者を対象としたものを7月に実施することを確認した。 (2)マニュアル整備に関する助言 職場実習を受ける際のルールや心構えに関してのマニュアルは職リハセンターで使用しているものをサンプルとして提供した。 事業所では作業マニュアルの準備を進めていたが、園芸に関するマニュアルは遅れていたため、園芸作業を行っている他施設を紹介し相談するよう計らった。 (3)社員への研修 事業主から最も支援の要請度が高い項目で、実習生を受け入れる周囲の社員への啓蒙のための研修と、特例子会社で指導者として関わる予定の社員に対する研修の2種類について要望があった。 前者は、地域センターが事業所に講師を派遣して事前研修として行なった。 後者の研修対象者はほとんど知的障害者と接した経験がないということだったので、職リハセンターの訓練場面を活用したものとした。時期は、訓練生が入所して間もないタイミングの初期の関わり方を見学してもらうこと、座学で学んだ知識を実践の場で確認してもらうため、座学と現場の指導体験を組み合わせてスケジュールを作成した。 ①職業実務科の訓練の特徴 ここで研修を行った職業実務科の訓練の特徴について触れておきたい。 訓練生は4月上旬に入所後、約2ヶ月間の導入訓練期間中に職業実務科に用意されている「オフィスワーク」、「販売・物流」、「ホテルアメニティ」という3種類の訓練コースの作業体験をし、本訓練のコースを決定する。また職員はこの間に、基礎評価も行い、個々の障害特性を把握し障害特性に応じた指導方法を検討している。 図1 職業実務科の1年間の訓練の流れ また、技能付与を中心とする職業訓練を合わせて、職業適応支援(基本的労働習慣及び就職活動支援、フォローアップ等)を同時並行的、系統的に行う必要があることから、複数の異なる専門性を有する職員(訓練指導員、職業カウンセラー、技能指導員、社会生活指導員等)が連携をし、チーム支援を行っている。 図2 チーム支援の体制 職リハセンターでは、これらのノウハウを障害者の職業訓練を実施している職業能力開発施設の訓練指導員に、研修を通して提供をしている。 ②現場スタッフへの研修 4月中旬に、特例子会社で指導的立場に立つ職員5名の研修を行うことになった。 入所後のオリエンテーションが一区切りし、3グループに分かれて導入訓練の作業体験を開始するというタイミングで研修を組んだ。 職業能力開発施設の訓練指導員の研修に準じて、朝礼から終礼まで訓練を見学することとし、その日のまとめとして意見交換の時間を設けた。具体的には下記のとおりである。 表1 研修スケジュール 訓練場面では訓練生が初めての作業を行う場面で、訓練指導員からどのような指示を受けているのかを見学してもらった。 また、知的障害の特性に関する基礎知識や、訓練指導を行う際の配慮点、適応支援の内容や職業能力の評価について座学の時間を設け、定例のスタッフミーティングにも参加してもらった。 研修後のアンケートでは、 ・テーマ設定 ・研修の時間について ・研修の流れ の3項目について、5段階評価をしてもらったところ、いずれも全員から、テーマ設定は「とても助かった」、時間は「ちょうどよかった」研修の流れも「とてもよかった」との回答を得た。 自由記述欄には、次のような記載があった。 ・知的障害者と実際に接することはなかったので、今回の研修は毎日発見の連続だった。 ・研修に参加する前は不安だったが、5日間という時間を頂けたおかげでたくさんの気づきを頂くことができた。 ・理解を深め自分の実感として体得するには、とにかく実際に接することが重要と分かった。 ・多少情が移ったのか、この人達と実際に仕事をやっていける自信もやりがいも増してきた。 ・特例子会社立ち上げの際には、周囲の理解を得ながら会社全体でバックアップする雰囲気を作っていきたい。 ・健常者と障害者ではなく、人と人なのだということも痛感し、実感させてもらえた。 5日間訓練生と関わる中で、入所したばかりで緊張の強かった彼らが少しずつほぐれてくる様子や、その中で指示理解力や作業遂行力には個人差が大きいこと、そのため個別に指示の出し方を工夫したり、作業中の声かけで作業遂行力が上がることを体感し、知的障害者と関わる自信をつけてもらうことができた。 ③研修のフォローアップ 研修後、事業所では6月上旬に近隣の特別支援学校生徒の職場実習をスタートした。 この実習を視察して、内容や進め方に助言をしてほしいとの依頼があったため、地域センターと職リハセンターとで事業所を訪問した。 事業所では、実習期間を3週間とし、1週目を職リハセンターの導入訓練の内容を参考にした導入実習、2週目以降を現場実習という位置づけにし、3班(デジタルプリント班、園芸班、清掃班)に分けて3日ずつ順に実習を行うように組んでいた。 視察したのは導入実習3日目であったが、導入実習では実習生の特性把握のための基礎評価やグループミーティングを実施し、これにより2週目以降の現場実習の指導上の配慮事項を把握し、実習計画に反映しようとしていた。また、グループミーティングではビジネスマナーをテーマとして実施し、事業所が求めている人物像を上手く伝えていたので、全体的によく練られたプログラムである点や対応についても高く評価した。 ④職リハセンター訓練生の職場実習 事業所では、6月の来年度卒業予定者の職場実習を終え、7月は、10月の特例子会社設立時の社員となる既卒者を対象とした職場実習を組むことになった。 この実習の参加者を募りたいとの要請に、職リハセンターからは職業実務科の訓練生とその保護者に向けて会社説明会を実施してもらい、希望者を参加させることになった。 また、都内の障害者職業能力開発校にも情報提供をし、実習参加者を推薦してもらい、2校の訓練生が職場実習に臨むことになった。 7月の実習では9日間の日程を組み、導入実習を1日とし、2日目から3班に分かれての現場実習に移行した。 職リハセンターでも、期間中のべ5日間訪問し、実習状況の確認や支援を行ったが、特に大きな問題もなく終了することができた。 4 職場実習後のフォローアップ (1)適応支援に関する研修 事業所は職場実習を経験し、作業指導に関しては一定の経験を積むことができたが、10月以降の特例子会社を立ち上げてからの雇用管理について目を向けるようになった。そこで、4月の研修を参考に選出していた生活指導を担当する社員への適応支援の研修について要請が上がってきた。 職リハセンターでは職業適応支援を、訓練カリキュラムとして計画的に実施しているグループワークと、個別性の高い課題に随時対応していく個別支援を組み合わせて行っている。そこで研修では、グループワークの見学と、事例検討を通して個別指導の対応を学んでもらえるようスケジュールを作成した。特に、金銭管理と異性関係についての対策に関心が高かった。 表2 適応支援研修スケジュール (2)今後のフォローアップ 平成23年度に行われた特例子会社の実態や課題を把握するためのアンケート調査によると、職場の支援体制強化として最も多くの特例子会社が行っているのは、「外部の支援機関に相談し、アドバイスを得ている」といった取り組みであった。また、相談先も対象となる社員や相談内容によって複数の相談先を利用していると考えられている。 今回の事業所は10月の特例子会社設立に向けて、想定される事態にはできるだけ準備をしておきたいと考えているが、実際に稼働すると大小さまざまの課題に直面すると考えられる。 当センターの訓練生も複数名採用されていることもあり、個別の職場適応に関する支援の要請もあるだろうが、それ以外の雇用管理に関する助言については、地域センターやハローワークと連携を取りながらフォローアップをしていく予定である。 5 おわりに 今回支援した事業所では、始めに5日間という長めの研修期間を設定したが、職リハセンターの訓練の特長を的確に把握し、自社での職場実習に反映されていた。また、訓練生の成長の様子を目にすることで、知的障害者の可能性を感じ取ってもらえたことも大きいと思われる。 今後は雇用管理に関して想定外の課題への対応も求められるようになってくるだろうが、地域センターと連携を取りながら、継続的に事業主支援を進めていきたい。 事業所は、今後も職務も広げながら毎年10名単位で障害者雇用を進め、地方の拠点にも特例子会社の支所開設を考えている。 また、将来的にはデジタル印刷を中核業務と位置づけ、そこで培ったノウハウを他社にも伝播し、自社内に留まらず障害者雇用に寄与したいとの構想を持っている。 職リハセンターとしては、今回の取り組みが一事業所に対する支援に留まらず、他社へも続く障害者雇用推進につながるよう応援をしていきたい。 【参考文献】 1) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(2012)多様化する特例子会社の経営・雇用管理の現状及び課題の把握・分析に関する調査、平成23年度:障害者職域拡大等調査報告書No.1 複合的な事業主支援の実践 〜企業内研修を通じた障害のある社員に対するスキル向上への試み〜 ○大平 将仁(島根障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 澤田 真琴(社会福祉法人雲南広域福祉会 雲南障がい者就業・生活支援センターアーチ) 1 はじめに 地域障害者職業センターには、障害のある従業員を雇用する企業への支援として、事業主支援がある。また、障害のある方の就業支援を行う関係機関(以下「職リハ関係機関」という。)に対する、技術的な助言・援助業務がある。本稿では、島根障害者職業センター(以下「島根センター」という。)がジョブコーチ支援事業(以下「JC支援」という。)と並行し、試行事業として実施した障害のある従業員に向けた企業内研修、事業主支援、および障害者就業・生活支援センターに対する助言・援助業務の取り組みを紹介する。 2 経緯 雲南障がい者就業・生活支援センターアーチ(以下「アーチ」という。)から、島根センター宛て以下の連絡が入った。アーチが管轄する雲南福祉圏域(以下「雲南圏域」という。)のF社の従業員が現場で不適応を起こしているというものであった。 アーチ同席のもと、島根センターのJC支援担当カウンセラー(以下「CO」という。)がF社を訪問し、担当者からヒアリングを実施した。また、障害のある清掃担当従業員のうち、5名に共通の課題があることを確認した。具体的には、「基本的な職場のルールやマナー」、「基本的なコミュニケーション」の未習得、作業の不十分さ等により、他の従業員が作業指導等の対応に困っているというものであった。協議の結果、①働くことの意味の理解を深めること、②職場のルールやマナーを習得すること、③望ましい話のきき方、上司や同僚への質問・確認・報告の仕方、指示の仰ぎ方等の対人対応力を高めることを目標として、COが企業内研修および個別相談を実施することとなった(※図1参照)。同時に、JC支援で作業支援等を実施し、研修で学習した①〜③の習得および実践の状況をJCが確認することとした。 一連の動向に併せて、アーチからは企業内研修および個別相談への同席(助言・援助業務)の依頼があった。アーチの職員体制としては、新規採用職員が多かったこともあり、職員のスキルアップも兼ねた形で関わらせてほしいとのことだった。アーチの要請も併せて受けることとし、障害のある方との関わり方、事業主との関わり方、研修の進行方法、および資料作成方法等について、今後の地域の就業支援の一助にしてもらうことを目的として、一連の事業主支援の場に該当職員にも参加してもらうこととした。また、対象従業員5名と事業主に対しては、島根センターとアーチの協力事業という位置付けで、企業内研修および個別相談を実施することとした(※図1参照)。 図1 支援の全体図 従業員5名に対する個別相談で、JC支援や企業内研修の概要と目的を説明し、同意を得た。なお、支援は下記3により実施することとした。 3 方法 (1)JC支援について ① 対象従業員:表1のとおり。 ② 時期:H24年12月01日〜H25年02月28日。 ③ 支援内容:主に対象従業員5名に対しては、作業指導、対人対応場面での適切な対処方法等について助言・指導を、事業主(管理者・現場従業員)に対しては、対象従業員との関わり方等の助言を実施した。 (2) 企業内支援について ① 対象従業員:表1のとおり。 ② 実施回数:原則JC支援期間中に2回/月のペースとし、計6回実施した(H24年12月21日、12月26日、H25年01月24日、01月31日、02月15日、03月07日)。なお、1回の研修は90分とした。 表1 支援対象従業員(支援前・後の状況) 表2 事業所概要 ③ 実施場所:F社内研修室。 ④ 実施回数:「パワーアップ講座」と命名し、主にJST(Job related Skills Training)1)をアレンジしたもの(以下「JST」という。)の受講、個別相談等を通じて学ぶ形式とした。基本的な流れは、アイスブレイク⇒前回の振り返り⇒本題⇒当日の振り返り⇒アンケート記入(※イ〜ヘ参照)。 ⑤ 実施者:COが進行役を担当し、JC3名およびアーチの職員2〜3名は対象従業員へのサポート役として、講座の補足説明、筆記作業の補助、JST実施時のコリーダー役等を担当。また、F社の担当者には、可能な時に、オブザーバーとして参加してもらった。 イ 第1回目—職場のルールやマナーについて— 対象従業員が「働くこと」、「職場のルールやマナー」の理解を深めるとともに、職場でのそれらの遂行状況や課題に対する危機意識を高めることを目標とし、図等を用いたパワーポイント資料、書面を活用して説明した。また、現在の達成状況および課題を確認できるようなチェックシートを用い、対象従業員、F社担当者、支援者の三者を交えて振り返りを実施した。 ロ 第2回目—目標シートの作成— 第1回目の講座の理解度を確認した後、自由記述式の目標シートを用いて、各自の課題に対する改善目標を作成してもらう。完成後はこれを目標に取り組んでいくこととし、全員の了解を得た。 ハ 第3回目—JST:クッション言葉— 前回までの内容を確認後、クッション言葉をテーマに下記の要領でJSTを実施した。 職場で上司や他の従業員に自ら声をかける場面を想起させ、具体的な場面をあげてもらう。⇒上司に声をかける場面を設定し、リーダー(CO)とコリーダー(JC orアーチ職員)が上司役、部下役のロールプレイで望ましくない例を示す。⇒望ましくない点、改善点を対象従業員に問い、あげてもらう。COが改善点やクッション言葉について解説する⇒あげられた改善点等を用いて、リーダー(CO)とコリーダー(JC orアーチ職員)が上司役、部下役のロールプレイを行い、望ましい例を示す。⇒良かった点をあげてもらう。⇒対象従業員の中から立候補制で上司役、部下役を決めロールプレイを実施してもらう。⇒ロールプレイを実施した対象従業員の両者から上司側、部下側の感想および意見を聞く。⇒ロールプレイを見ていた対象従業員から良かった点、感想を聞く。⇒COがJST全体のポイントについて説明する。 ニ 第4回目—JST:質問する— 第3回目の講座の理解度を確認した後、「質問する」をテーマに下記の要領でJSTを実施した。 職場で上司や他の従業員に質問することが必要な場面、質問しづらい場面、質問しなかった場面を想起させ、具体的な場面をあげてもらう。また、なぜ自ら質問することが必要なのかを解説する。⇒上司に質問する場面(清掃作業が終わって時間が余った時)を設定し、リーダー(CO)とコリーダー(JC orアーチ職員)が上司役、部下役のロールプレイで望ましくない例を示す。⇒望ましくない点、改善点を対象従業員にあげてもらう。COが改善点や質問する時のポイントを解説する。具体的には、クッション言葉、声の大きさ、相手との距離、丁寧な言葉遣い、相手に伝わる口調等。⇒以降ハの網掛け部と同様の流れ。 ホ 第5回目—JST:指示・指導・注意・指摘を受けた時の望ましい態度、応対方法— 前回の講座の振り返り後、「指示や注意を受ける」をテーマに下記の要領でJSTを実施した。 指示・指導・注意・指摘を受ける場面を想起させ、具体的な場面をあげてもらう。⇒上司から指示・指導・注意・指摘を受けた場面(清掃用具の整理整頓ができていないことを指摘された時)を設定し、リーダー(CO)とコリーダー(JC orアーチ職員)が上司役、部下役のロールプレイで望ましくない例を示す。⇒望ましくない点、改善点を対象従業員に問い、あげてもらう。COが改善点や望ましいきき方のポイントを解説する。具体的には、望ましくないきき方にはどのような場合があるか、望ましくないきき方をした場合にどのような事態が起こりうるか、望ましい返事の仕方・言葉遣い・姿勢・謝罪の言葉等。⇒以降ハの網掛け部と同様の流れ。 ヘ 第6回目—JST:復唱する— 第1〜5回目の講座の振り返りを実施後、「復唱する」をテーマに下記の要領でJSTを実施した。 復唱が必要な場面を想起させ、具体的な場面をあげてもらう。⇒復唱が必要な場面(複雑な指示や複数の指示を与えられる時)を設定し、リーダー(CO)とコリーダー(JC orアーチ職員)が上司役、部下役のロールプレイで望ましくない例を示す。⇒望ましくない点、改善点を対象従業員に問い、あげてもらう。また、COが改善点や復唱する時のポイントを解説する。具体的には、望ましい姿勢・言葉遣い、復唱にあわせてメモを取ること等⇒以降ハの網掛け部と同様の流れ。 (3)担当従業員向け研修 ① 実施日:H25年03月15日。 ② 内容:支援対象従業員の指導を担当する現場従業員4名および管理者1名に対し、JC支援および企業内研修の実施概要、本人の特性(関わり方、対応方法等)、今後の目標等について解説した。 4 結果 (1)JC支援および講座修了後の対象従業員 ① JC支援修了後の様子 対象従業員A〜Eの課題は、徐々にではあるが、全員に改善が見られ、事業所が最低限求める状況をクリアし、雇用継続が決まった(表1参照)。 ② 講座に関する感想 講座修了後、対象従業員全員にアンケートを取ったところ、講座が働く上で「とても役に立った」、「役に立った」という回答が全体の大半を占めた。具体的には、“自分の良いところやいけないことがわかった”、“相手にわかりやすく目線をあわせて報告するということがわかりました”、“注意された時や指示された時の正しい対応の仕方が分かった”等があげられている。また、講座受講後、仕事に対するやる気(がんばる気持ち)が「とても増えた」、「少し増えた」という回答が全体の大半を占めた。 (2)事業主へのアンケート・聴き取り調査 ① JC支援を利用して良かった(役だった)こと 現場従業員からは、“個々の障害特性が見えてきた”、“違った視点から個々人を見つめることができた”等の障害理解が深まったこと、また、対象従業員との関わり方を間近に見たことから、各人への対応方法やそのポイントを学べたという意見も出された。 ② 講座を利用して良かった(役だった)こと 管理者の意見として、一般的な従業員研修は設けているが、障害のある従業員には用意できていなかったため、対象従業員にとって自己反省やステップアップの機会になったのは喜ばしいとのことであった。一方で、個々の特性により受講内容が活かされた人と十分ではなかった人がいたことの指摘もあった。 ③ 事業主支援サービス全般について感じること 担当の現場従業員、管理者のいずれからも利用するまでの手続きが簡易であること、対象従業員と事業所の状況に応じて柔軟な対応をしてもらえたこと、個々の特性に応じた支援ツールを準備してもらえたことがよかった等の意見が出された。 (3) アーチへのアンケート・聴き取り調査 ① 講座に同席して参考になった(役だった)こと 「大変参考になった(役に立った)」、「参考になった」という回答が大変を占めた。具体的には、対象従業員への講座の目的(インフォームド・コンセント)の伝え方、講座の動機づけ(導入方法やアイスブレイクの仕方)、進行方法、講座資料の作成方法、講座の振り返り方、対象従業員との関わり方等であった。また、事業所の方との関わり方が参考になった等の意見もあった。 ② 他の支援場面で活かせた(活かせそうな)場面 対象者(社会人としての意識が薄い方、自己評価と他者評価にズレがある方)との個別面接等の関わり、在職者交流会、福祉サービス事業所との就労勉強会、定着支援で企業訪問した時、企業側と一緒に目標設定して取り組む時等があげられた。 ③ 自分のスキルアップにつながったと思うこと 講座に同席して参考になった(役に立った)こととして回答のあった内容と同様の回答であった。 5 考察および今後の課題 本稿ではJC支援と並行して実施した企業内研修を紹介した。今回の取り組みは、地域の職リハ関係機関にも参加してもらうことで、その職員が支援のスキルやノウハウを吸収し、研鑽の機会にしたことも併せた実践報告でもある。 島根センターにとって、この取り組みが一定の評価を受けたことで、障害のある方、事業主、職リハ関係機関に対して同時に実施できる具体的な支援メニューとしての可能性が出てきている。 今回の支援実施後、対象従業員、事業所の両者からアンケートや聴き取り調査を行ったが、いずれも満足度が高く、当初指摘された課題に確実な改善が認められ、結果的に全員が雇用継続となった。また、アーチ職員に対するアンケートおよび聴き取り調査の結果から、F社内で島根センターがアーチに対して助言・援助業務を実施できたことには、下記(1)〜(4)のメリットがあげられる。 (1)F社から同様の支援(企業内研修)の要請が出た場合に、アーチが単独で実施できる。(2)他の事業所に対して、同様の支援(企業内研修)をアーチから提案し、実施することができる。(3)在職者交流会や各支援の場等でアーチが単独で実施できる。(4)アーチから同法人内や雲南圏域の他の職リハ関係機関に対し、支援技法やノウハウの共有ができる。 これらは、「アーチのスキルアップ」、「雲南圏域の事業所が選択できるサービスの広がり」、「雲南圏域の職リハ関係機関の力の底上げ」と考えられる。 一方で、実施上の問題点や課題も出てきている。一点目は実施対象事業所についてである。今回は、企業内研修という位置づけでF社からの快諾を得て、実施することができた。しかし、事業所によっては研修場所の確保の問題が生じること、第三者である支援機関が事業所内部に入ることへの抵抗感がある場合は難しいこと等が考えられる。事業所毎に就業規則や物理的環境が異なることからも、本ケースの手法をそのまま全ての事業所に提供できるとは限らない。そのため、個々の事例に応じて柔軟に対応することが必要となる。 二点目は実施対象従業員についてである。JSTのような小集団向けの講座を円滑に実施するためには、受講者の課題や目標に共通点が多いこと、受講する者の理解度のバラつきが少ないこと、程良い人数が確保されていること等が前提となり、グループ内にある程度の均一性が必要となる。受講者にとって有意義な講座にし、効果的な結果につなげるためには、こうした前提が整っていることを確認して実施内容等を工夫すべきであろう。 三点目は実施までの準備期間についてである。対象従業員、事業所等からのヒアリングや観察を通じて、対象従業員の特性や課題、事業所のニーズ等を整理(アセスメント)することは必要不可欠である。そのため、本事例のような支援を実施する際には、入念な事前準備を進める必要があり、支援開始までに一定の時間が必要となる。 四点目は講座や支援を実施した後の効果の検証や支援内容の汎化である。本事例では、JC支援実施期間中にJCやCOが訪問した際に対象従業員の様子を観察すること、また、JCの不在時には現場従業員から実際の作業中の様子を確認することで、講座の習得状況や効果について把握することができた。講座や支援が“やりっ放し”、“一時的なもの”にならないために、実施後には効果の検証や実施内容の汎化が促進されるよう、対象従業員および事業主へのフォローアップが必要である。 本事例は試行事業として実施したが、事例を重ねていく中で、上記の課題について検討し、より良い支援メニューの確立を目指したい。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラム 障害者支援マニュアルⅠ「支援マニュアルNo2」、p.27-42(2008) ジョブコーチ支援事業の10年間を振り返る 山田 輝之(社会福祉法人青い鳥福祉会 第1号ジョブコーチ) 1 はじめに 平成24年度は、ジョブコーチ制度創設10年目にあたる。本研究発表会では、ジョブコーチ制度の調査報告が出された(鈴木1)、小池2))。鈴木1)はジョブコーチの役割と取り巻く環境とのギャップを提起している。小池2)もまた、調査結果を踏まえ「有効な制度改善資料を厚生労働省に提供したい」と結んでいる。ジョブコーチ制度の新たな制度再設計が検討されているといえよう。 ジョブコーチ支援事業は平成14年にスタートした。当事業所は、わずかな就労実績を基に、協力機関型JC支援事業認定を受けることができた。平成17年、第1号職場適応援助者助成金に変更となる。小川3)は変更点として、「第1に、対象法人の要件に就労実績と、第2に支援計画の策定が職場適応援助者の役割」位置づいたことを挙げている。「法人が策定し、地域センターが承認した支援計画に基づいて、法人の職場適応援助者が実施する支援」(以下「法人策定」とする)が可能となったことである。 本報告では、当事業所でのジョブコーチ事業の10年間をふりかえること。その際の視点は、①経年的に。②「法人策定」30ケースを中心に成果と課題を明らかにする。③「困難ケース」への有効な支援手段として「再支援」の検討。一事業所のとりくみではあるが、今後のジョブコーチ制度改善に向けての一助となれば幸いである。 2 第1号ジョブコーチ事業を振り返って 現在、3名(専任2名、兼務1名)体制。年間のJC支援の対象者数は、平均42.1名。そのうち、法人策定ケースは平均11.6名(図1)。また、年間JC支援回数は、総支援回数は平均410回で、法人策定ケースでは平均191回である(図2)。 月平均は、専任2名、兼務1名の体制で、月30日を目標にとりくんでいる。月平均34.7回。法人策定ケースで、平均15.9回(図3)。 図1 年度別JC支援実施状況 図2 年度別JC支援回数 図3 月別JC支援回数の推移 3 「法人策定」ケース30名のプロフィール 平成18年度(2006年度)に「法人策定」ケースをスタート、現在までに30ケースを担当した(図4)。 図4 青い鳥福祉会 法人策定JC支援者の推移 利用開始時の年齢は(図5-1)、20歳代が14名(46%)と一番多い、30歳代、40歳代と続く。特別支援学校卒業同時には就労できなかったものの、就労移行支援事業所等を利用しつつ、就職に至ったケースが20歳代には多い。30歳代、40歳代は、一般就労をし、10数年企業就労していたものの離職し、就労移行を経て就職したケース。対象者の主たる障害は(図5-2)、知的障害が22名(73%)を占めていて、精神障害が7名(23%)と続く。JC支援利用のきっかけは(図5-3)、法人内就労移行支援事業で訓練を受け、一般就労に結びついたケースによるJC支援が18名(60%)を占める。続いて、法人内のグループホーム等の入居者の就職や雇用継続にかかわってのJC支援利用が9名(30%)となっている。これまでの主な経歴は(図5-4)、就労移行支援事業を利用する前の経歴は、離職・求職活動・在宅だったが12名(40%)、また就労移行支援事業以外の通所施設等の利用者だったが12名(40%)と同数で、両者で8割となる。JC支援でかかわる当事業所の他に、主にかかわる支援機関としては(図5-5)、障害者就労支援センターが16名(53%)を占めている。利用希望時、求職活動、就労後のフォローアップと就労支援センターと連携して支援をしていることが当事業所の特徴の一つといえる。グループホーム・ケアホームが主な支援機関としているが9名(30%)。就労支援センターに未登録か、または登録済みであるもののグループホーム・ケアホームでの支援が、雇用継続を含めて中心となっているケースである。職場定着状況(就職後6カ月、1年の推移)は(図5-6)、1年以上の定着者が26名(87%)を占めている。6カ月以上の定着者3名(就職後1年に満たない1名も含む)となっている。定着率の要因として、①法人内就労移行支援終了者大部分を占めるため、雇用継続に充分な経験を身に付けている。②在籍する地域就労支援センターと連携して、安定的な初期の職場適応・定着と継続雇用へ重層的な支援が図られているなどがあげられる。 図5−1 年齢(利用開始時) 図5−2 対象者の主たる障害 図5−3 JC支援利用のきっかけ 図5−4 これまでの主な経歴(就労移行利用前) 図5−5 主にかかわる支援機関 図5−6 職場定着状況(就職後6カ月、1年の推移) 4 「法人策定」30名ケースの特徴 (1)再支援なしケース 30名のケースのうち、再支援なしは22ケース(73.3%)である。そのうち10ケースをJC支援頻度の推移(再支援なしケース)(図6)として表した。 図6 JC支援頻度の推移(再支援なしケース) 「法人策定」ケースの場合は、支援開始の準備作業(アセスメント期)がスムーズな職場適応に向け重要となる。具体的には、職業センターへの連絡、職業センターによる対象者インテーク、事業所(職場)環境把握、対象者との人間関係構築、支援計画書の作成、対象者・事業所への支援計画書の説明と承認などの手続きが必要とされる。対象者の把握(アセスメント)と事業所とのマッチングにかかわる部分で、「支援計画策定のため」として、助成金対象となる。10ケースの平均支援推移(図6-2)を見ていくと、アセスメント期には平均3.3回の支援となり、支援開始月は7.8回、2カ月目4.6回、3カ月目3回と支援回数が減っている。4カ月目以降のフォローアップ期の月平均は1.6回、月1回程度の事業所訪問となっている。 また、22ケースのうち、11ケース(50%)が地域就労支援センターとの連携を行っており、フォローアップ中から、支援の中心軸は就労支援センターにあり、より継続的な支援の条件が整っている。一方で、7ケースがフォローアップ終了後の主な支援機関がグループホームとなっており、継続雇用上の問題に対応できようにと支援センターへの登録を積極的に促している。 図6−2 JC支援頻度の推移(再支援なしケース)月平均 (2)再支援ケース 「法人策定」30ケースのうち、再支援を行ったのは8ケース(27%)(図7)。再支援となったケースの内訳は、フォローアップ終了後、またフォローアップ中に雇用継続にあたって「問題」が生じたために「再支援」の要請を地域センターに行ったものが6ケース。その他は、就労先が工場移転で閉鎖となり、再度就労移行支援事業を利用し、再就職したケース。トライアル雇用終了とともに雇用継続を希望せず、就労移行支援事業にもどり、再就職したケース。 図7 JC支援頻度の推移(再支援ケース) 特徴として①最初の支援期間と比べると、おおむね短くなっている。②支援内容も雇用継続への「阻害要因」にポイントを絞ったものとなる。③事業所内では、すでに担当者及び従業員の間での「ナチュラルサポートサポート」体制が構築されており、ジョブコーチの職場訪問時に「キーパーソン」への働きかけで好転することがみられる。④対象者本人も事業所での勤務経験ができており、立ち直りが早くなるなどがあげられる。 (3)困難ケース 統合失調症 男性 40歳代。 高校卒業後、アルバイト、工場勤務。大学受験に没頭し入院。X年5月より当法人就労移行支援。X+1年12月よりトライアル雇用。 図8−1 JC支援頻度の推移(再々支援)ケース11 最初の支援 トライアル雇用と同時に支援開始、3か月間支援、1年間フォローアップ、順調に終了する。 再支援 同僚(障害者社員)と人間関係で悩むことが多くなり、休みがちになる。再支援ポイントとして、①苛立ちを溜めこみすぎない。②同僚との適度な距離感を学ぶ。③仕事のノルマはあまり気にしない。X+3年3月より2カ月間支援、1年間フォローアップを実施する。 再々支援 X+5年1月。精神的に不安定になり、鉄道線路で歩行中保護される。緊急入院(4ヶ月間)。5月退院。本人より復職したいとの意思確認。主治医、事業所と相談して復職に向けてステップを踏んで勧めることとする。6月、支援のポイントとして、①4カ月程度のステップを踏むこと。②症状の再燃予防。③職場の人間関係。④作業遂行。過剰なプレッシャーがかからない仕事の仕方。⑤事業主へ。体調の変化、適切な作業量、同僚との適度な人間関係づくりについて事業所への理解。 希望通り4カ月かけて、平成X+5年10月、復職。現在も継続雇用中、家族からの自立をめざしてグループホームの体験宿泊に挑戦中。 5 まとめ−第1号認定法人として生き残るには (1)初期の試行錯誤から 平成17年、第1号職場適応援助者助成金に変更となる。小川3)は「社会福祉法人等のジョブコーチが、障害のある人や企業のニーズに合った支援計画を自ら作成し、支援プロセス全体を実行管理できるかどうか、その主体性と力量が問われ」と変更点の意義を明らかにした。筆者には身が引き締まると同時に大きな可能性があると確信した。 当事業所では、この制度改正を積極的に活用し、平成18年、「法人策定」4ケースを担当。ジョブコーチスタートの準備、事業主、対象者家族との打ち合わせ、支援計画づくり。ジョブコーチの役割と資質が試された1年であった。 (2) 就労移行支援事業との連携 平成19年5月より当法人内で就労移行支援事業(多機能型で8名定員)を開始する。30名の「法人策定」ケースのうち18名(60%)が就労移行支援事業を通しての就労者である。対象者は支援職員付きでの企業実習を経験する。企業就労に必要な作業遂行力、社会的なマナーと習得することができる。 さらに、同じ法人内で就労移行支援担当とジョブコーチ担当が密接な連携を保っており、対象者にとっては、よく知っているジョブコーチが支援に入ること、ジョブコーチにとっても対象者の特性や作業状況を把握できているため、よりスムーズな職場適応、職場定着を図ることができている。 (3) 地域就労支援センターとの連携 30名の「法人策定」ケースのうち16名(53%)が地域就労支援センターからの紹介、登録者で占めていること。支援当初から地域就労支援センターとの連携を重視している。具体的には、就労移行支援事業での訓練進捗状況の把握、合同のケース会議開催、対象者に見合った求職先の選定・求職活動、採用時の同行、ジョブコーチ支援時の情報交換、フォローアップ終了後の引き継ぎ、再支援が必要な際の対応など。 (4)雇用継続に向けて フォローアップ終了後、またフォローアップ中に雇用継続にあたって「問題」が生じたために「再支援」の要請を地域センターに行っている。「再支援」の特徴として①最初の支援期間と比べると、おおむね短くなっている。②支援内容も雇用継続への「阻害要因」にポイントを絞ったものとなる。③事業所内では、すでに担当者及び従業員の間での「ナチュラルサポートサポート」体制が構築されており、職場訪問時に「キーパーソン」への働きかけで好転することがみられる。④対象者本人も事業所での勤務経験ができており、立ち直りが早くなるなどがあげられる。 (5)地域職業センターとの密接な関係づくり 当事業所は、平成14年の協力機関型ジョブコーチ事業の認定を受けた。ジョブコーチ複数で専任体制を構築することをめざし、平成18年には専任2名、事業管理者(兼務)1名の体制とした。専任体制で地域センターからの支援要請にはすべて応えていくことを決めて進めてきた。実際、総支援回数でみると「法人策定」ケースは47%で、残りの53%は地域センターとの連携支援ケースで占めている。地域センターから「たよりにされる」事業所にへとく現在も努力をしている。 (6)職員体制とケース検討 現在、ジョブコーチ歴10年を超えるベテラン職員2名と兼務者1名の3名と管理者とで月2回の「打ち合わせ会」を行っている。単独の活動が多くなってしまうため、大切にしていることが「ミニケース検討」。担当ケースの進捗状況を報告するのと同時に、支援上の課題、ジョブコーチとしての迷いなど。専任化することで、ジョブコーチとしての力量も蓄積されていく。 【参考文献】 1) 鈴木修:第1号職場適応援助者(ジョブコーチ)の現状と課題「第20回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」p.294-297,高齢・障害者・求職者雇用支援機構(2012) 2)小池眞一郎:ジョブコーチ支援制度の現状と課題「第20回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」p.298-301,高齢・障害者・求職者雇用支援機構(2012) 3)小川浩:ジョブコーチ制度の変化と今後のジョブコーチのあり方について「職業リハビリテーション第19巻2号」p.62-65,日本職業リハビリテーション学会(2006) 【連絡先】 山田 輝之 社会福祉法人 青い鳥福祉会 e-mail: y-yamada@aoitori-fukushikai.com 障害者の就労支援におけるジョブコーチの役割 〜その職務の遂行に必要なスキルの把握を中心に〜 小池 眞一郎(障害者職業総合センター 主任研究員) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門の事業主支援部門では、1年計画で『ジョブコーチ支援制度の現状と課題に関する調査研究』を厚生労働省の要請により実施した。また、今年度は当機構職業リハビリテーション部の要請により、『ジョブコーチ支援の実施ニーズ及び関係機関から求められる役割に関する研究』を1年計画で実施している。24年度の研究成果は当総合センターのHPで資料シリーズ№74として公開されているので、参照されたい。ここでは、24年度の報告結果を更に分析を加え、課題を明確にしていくとともに、今年度の調査研究の概要について説明する。 2 24年度報告の追加分析 (1) 調査研究方法 下記の項目について調査を行った。 ア 配置型ジョブコーチの活動 ジョブコーチの活動を含む地域センターの事業の状況を中心に当機構の職リハ施設の管理運営部門、地域センターのジョブコーチ支援担当の障害者職業カウンセラー等からの資料提供等により情報収集を実施した。 イ 第1号及び第2号ジョブコーチの活動 活動状況や制度の課題を中心に第1号ジョブコーチ配置施設及び第2号ジョブコーチ配置企業の管理者並びに第1号及び第2号ジョブコーチに対してアンケート調査を実施するとともに、専門家やジョブコーチ本人からの資料提供等により情報収集を実施した。 (2) 調査結果の分析 配置型及び第2号ジョブコーチに関しては、概ね制度の趣旨に沿った運用となっている実情が確認されたが、第1号ジョブコーチに関してはいくつかの課題が見られた。そのため、ここでは第1号ジョブコーチの結果を考察していく。 (3) 第1号ジョブコーチに関する調査結果 ア 兼任状況と兼務に伴う課題 ① 専任・兼任の状況 第1号ジョブコーチのうち、91.5%は他の業務を兼任しており、ジョブコーチ支援以外の就労支援を兼務していることが多い(57.5%)。 また、ジョブコーチとしての勤務が全体の5割以下である者が70.9%であり(図1)、4年以内で69.7%がその職務から離れる状況にあった。 図1 ジョブコーチとしての業務の割合(n=218) ② 兼務に伴う課題 ジョブコーチ支援以外の業務を兼任している第1号ジョブコーチは、他の業務の影響でジョブコーチ支援時間が不足する(44.8%)、助成金の支給対象とならない附帯業務に手間取る(34.3%)などの課題を挙げている(図2)。 図2 他の職務を兼任する場合の課題(n=391) イ 助成金制度の運用に関する課題 ① 管理する立場からみた制度面全体の課題 第1号ジョブコーチ支援を実施する施設の管理者は、制度面での課題として、助成金に関係する課題を多く指摘し、助成金の範囲で人件費が支払えないこと(58.3%)、日額制で収入が安定しないこと(55.9%)、1年間のフォローアップ期間を過ぎたら助成金が支給されないこと(51.4%)などを挙げている(図3)。 図3 制度面全体での課題(第1号JC)(n=418) ② 業務割合と助成金との関係 ジョブコーチ支援業務の割合と、月給のうち助成金で支払える割合との関係を見ると、ジョブコーチ支援の業務割合が5割までは、ほぼ助成金で業務相当分の賃金を支払えるが、業務割合が6割を超えると助成金で支払えるとする割合が低くなる傾向が窺えた(図4)。この傾向に関しては、業務割合が多くなることにより助成金支給範囲外の附帯業務が増えることや、人件費面での課題が大きくなることが想定される。 図4 業務割合と助成金で支払える給与割合(n=316) ウ ジョブコーチの人物像の3極化 ジョブコーチ支援実施施設や地域障害者職業センターへのヒアリング等から、殆どジョブコーチ支援を実施しないジョブコーチが相当数存在するとの情報を得ている。このため、ここでは、専従型(専任者又はその者の勤務全体の8割以上ジョブコーチ支援に従事する者)、兼務型(勤務の1〜7割はジョブコーチ支援を行う者)及び稀務型(勤務の1割未満がジョブコーチ支援である者)に分けて、アンケート調査の結果を分析していく。 ① 各類型の年齢及び労働条件の状況 兼務型及び稀務型ともに30歳代が最も多く、稀務型は40歳代が次いで多い。専従型は年齢層の幅が広く、他の類型と比べて60歳代の者が10.4%と多く存在した(図5)。 また、専従型では嘱託職員が40.3%と他の類型と比べて多く、稀務型では正職員の割合が93.9%と多かった(図6)。 図5 各類型の年齢分布(n=428) 図6 各類型の労働条件(n=427) ② 各類型の就労支援の勤務経験の状況 専従型は他の類型と比べて就労支援の実務経験年数の幅が広い状況が窺える。稀務型は実務経験年数が5年以上の者が全体の51.0%を占め、他の類型よりもその割合が高い(図7)。 図7 各類型の就労支援の経験年数(n=427) ③ 各類型の支援対象者の人数及び障害の状況 ジョブコーチ支援を実施した対象者の合計人数では、専従型が31人以上の者が最も割合が高いのに対して、兼務型、稀務型ともに10人以下の者が最も割合が高い(図8)。稀務型の者は就労支援の経験年数は多いものの、ジョブコーチ支援の実施実績は少ない傾向が窺える。 また、知的障害者に対するジョブコーチ支援の実施経験の有無は各類型で大きな差がないが、精神障害、発達障害を持つ利用者の支援経験では大きな差が見られ、専従型と稀務型で比較すると実施した経験がある者の割合は両障害とも30ポイント以上の差が見られた(図9)。 図8 各類型の支援実施対象者の人数(n=416) 図9 各類型の支援した障害の種類(n=425) ④ 各類型の職務能力及び実務上の課題の状況 各類型とジョブコーチの職務能力との関係では、やはり実務経験の多い専従型が全般に業務としてできるとする者の割合が高いことが分かった。兼務型と稀務型を比較すると、「健康管理、金銭管理、異性関係等の生活支援」や「経験の浅いジョブコーチへの指導、助言」「障害特性に応じた職域の開発」で稀務型の方ができるとする者の割合が高くなっており、稀務型の持つ正社員としての地位や就労支援の経験年数の長さなどの特徴が影響している可能性が考えられる(図10)。 類型ごとに見た実務上の課題では、専従型が、「障害特性から支援の難しいケースが増加している」が他の類型と比べて最も多く(71.2%)、この課題は支援を行った人数の多少に関係があると考えられる。また、兼務型では知識や経験が十分でないことに起因する課題が、稀務型ではジョブコーチ支援業務の量や活動経験に起因する課題があると推測される(図11)。 図10 各類型の職務能力の状況(n=429) 図11 各類型の実務上の課題(n=413) エ まとめ 第1号ジョブコーチに関しては、兼務に伴う支援内容の質の低下、助成金制度による必要経費の支弁及びジョブコーチの3極化という三つの課題が見られた。 兼務に関する課題は、ジョブコーチ全体の9割以上が兼務のジョブコーチであることによる課題であり、ジョブコーチ支援の技術が向上しない、個々の職務の習熟が進まないという大きな課題に繋がっていた。 助成金制度の運用に関する課題では、制度の適用範囲の拡大、助成金の認定・支給要件の緩和、助成金の支給単価等の引上げについての要望が多かった。助成金の支給額については、「第1号ジョブコーチはどのような人材で、どの程度の年齢なのか」という人材のイメージを明確にしつつ、今後具体的な改善策を検討していくべきである。 ジョブコーチの人物像が3極化してきている課題では、勤務実態から見て専従型、兼務型、稀務型の3極に分かれることが分かった。 専従型はその配置施設での就労支援の位置づけが高く、ジョブコーチ自身の技術も高いことが多い。兼務型は障害者への直接支援や管理業務との兼務であるため、ジョブコーチの支援技術の習得には限界があり、人事異動により就労支援以外の職務に従事することもある、いわば「キャリア・アップ一環型」のジョブコーチである。稀務型はジョブコーチの技術も併せ持つ地域の就労支援の専門家的な存在で、ジョブコーチ支援の活動日数は極端に少ない。 このような3極化自体が課題であると同時に、ジョブコーチの質を高めるための共通基盤を構築することや共通意識を浸透させていくことに困難さがあることが今後の課題となっていくであろう。 3 25年度調査の概要 (1) 調査研究の目的 平成25年度の調査研究の目的は、ジョブコーチ支援制度の潜在ニーズの把握を中心に、制度の有効性やジョブコーチの職務能力の課題について、把握し、支援制度の改善に寄与することを目的としている。 (2) 調査対象 高等部又は専攻科を有する特別支援学校、就労移行支援を実施する事業所及び国・地方公共団体等が運営する障害者就業・生活支援センター計3,884カ所にアンケート調査を送付した。 調査期間は、平成25年9月2日から9月27日までとした。 (3) 調査内容 職業リハビリテーションの利用者の重複を避ける配慮を行った上で、ジョブコーチ支援に係る潜在的な支援ニーズ(支援が必要な利用者数の見込み)、制度の意義・有効性及びジョブコーチや制度に係る改善意見を把握することとしている。(調査項目の概要は表1の通り)。 表1 アンケート調査項目 (4) 今後の方向性 精神障害者雇用の法的義務化や発達障害者の職業リハビリテーション利用者の増加等に伴うジョブコーチ支援の実施ニーズの拡大を予測するとともに、関係機関から見た制度の改善点や、昨年度に実施したジョブコーチ本人への調査での職務の遂行に係る自己評価と支援・協力関係者から見た評価の違いについて、考察することとしている。 【参考文献】 1) 厚生労働省:障害者の一般就労を支える人材の育成のあり方に関する研究会報告書、2009.3 2) 依田隆男・若林功「ジョブコーチ等による事業主支援のニーズと実態に関する研究」障害者職業総合センター調査研究報告書 2008 3) 小川浩:就労支援とジョブコーチの役割「ノーマライゼーション障害者の福祉」2009年4月号 4) 松為信雄・小川浩・黒田紀子他:「ワークショップ(要旨)ジョブコーチの現状と課題」職リハネットワーク,No.64,p65(2009年) 薬物依存症における就労支援の展望 松石 勝則(公益財団法人杉並区障害者雇用支援事業団 就労支援担当) 1 問題 (1)薬物依存症における支援の現状 薬物依存症は、精神疾患の一つであり、自分の意思では薬物の使用をコントロール出来なくなってしまう障害である。薬物依存症は、断薬することによって徐々に身体症状や精神症状は改善していくが、回復支援プログラムを受けた後でも社会復帰が困難な場合も多いとされている(五十嵐1))。 現在のわが国の薬物依存症支援においては、薬物依存症の治療的側面に重点が置かれており、病院や施設における治療が主流である。わが国の薬物依存症の回復支援において主流とされるのが、民間の薬物依存症リハビリ施設のダルク(Drug Addiction Rehabilitation Center DARC)である。 ダルクは、平成21年時点で全国48カ所、68施設にまで増加し、薬物依存症の回復支援に実績を重ねている。平成21年度では全国で600名程度の薬物依存症者がダルクプログラムに取り組んでいる。しかし、生活リズムが整っていなかったり、対人関係に不安を持ったりといった問題から就労が困難な場合も多い(東京ダルク2))とされている。 わが国の薬物依存症の取り組みについては、治療・処遇などに関する第一次・第二次予防に重点が置かれている。しかし、薬物依存症に対する第三次予防(治療・処遇後の再発予防)には、ほとんど目を向けられていない。 薬物乱用対策推進本部により2008年に策定された第三次薬物乱用防止五か年戦略では、「薬物依存・中毒者の治療・社会復帰の支援およびその家族支援の充実強化による再乱用防止」が掲げられている。薬物依存症の治療と社会復帰は連続した一連の流れの上にあり、民間の薬物依存症支援団体との連携をもって実施することが明記されている(丸山3))。 (2)薬物依存症における就労支援の問題 わが国において薬物依存症の第三次予防として取り残されているのが、薬物依存症者に対する就労支援についてである。就労に対するダルク利用者の意識については、全国46カ所のダルク利用者606名のうち、「早く就労したい」299名(55.0%)、「近いうちに就労したいが、現在は働けない」240名(44.4%)、「以前の職場に戻りたい(同じ業界に戻りたい)」159名(30.1%)であった。また、「働きたくない」92名(17.7%)、「今は将来のことを考えられない」156名(29.3%)であった(東京ダルク2))。 平成20年の全国ハローワークの障害者相談窓口の精神障害の利用者の診断名の状況に対する調査では、統合失調症43%、気分障害33%、てんかん7%、その他11%、不明6%という内訳である(障害者職業総合センター4))。この調査では、おそらくアルコール・薬物依存症者の利用はほとんどないと考えられる。 アルコール依存症における就労状況についての実態に関する先行研究(田村・辻本・田川・吉田・伊藤・相澤5))では、発病前に就労していた群でもハローワークの障害者窓口、障害者枠での雇用制度を利用しておらず、アルコール依存症者にとって使いにくい制度になっていると推察している。 ダルクにおいても一般就労に就ける者は限られており、それ以外の者は断薬しても施設に留まり続けるか、生活保護を受給し続けるしかないという現状がある。全国46カ所のダルク利用者606名のうちでも、生活保護受給者は、424名(70.0%)である(東京ダルク2))。 東京ダルク2)における調査においても、ダルク利用者の障害者雇用としての制度利用は少数にとどまり、一般雇用制度をリハビリテーションの一環として利用している可能性があるとしている。 2 研究目的 薬物依存症は、精神障害の中でも支援の遅れている領域である。薬物依存症者の社会的自立に対しての支援は早急の課題であり、「就労イメージがもてるような具体的で現実的な支援」、「実際に就労した後に相談できるアフターサポート体制のさらなる充実」が必要である(東京ダルク2))。 本研究の目的は、薬物依存症者が薬物を止め続け、社会復帰していく上で必要とされる就労に対して、薬物依存症者の属性と就労訓練を用いた依存症事例からどのような支援が必要であるかを明らかにするものである。 3 研究方法 <調査対象> 今回の調査では、都内、東京近郊ダルク利用者と依存症状から回復した薬物依存症者を対象に、平成24年度目白大学大学院心理学研究科の研究の一部として同年7月-9月にアンケート調査を実施し、郵送で回収を行った。 松下6)のアルコール依存症についての研究では、調査対象者を断酒期間1年未満と3年以上に区分しており、断酒期間が3年以上の者を安定期にある者と仮定したのは、心身の安定と社会的適応が確認されるという諸家の目安を参考にしたとしている。 本研究でも、断薬歴の長さを一つの目安として、調査対象者を断薬歴3年未満の者をダルク利用者群、断薬歴3年以上の者を長期断薬継続者群という二つの群に分けて、調査を実施した。 4 結果 <両群の個人特性> 調査対象者112名(男性85、女性27名)の平均年齢は、ダルク利用者では39.31歳、長期断薬継続者は44.29歳であった。 調査対象者の構成に関しては、ダルク利用者群と長期断薬者群との違いについて検討するためにt検定を行った。分析結果は、表1のとおりである。 表1 断薬歴別の平均値とSDおよびt検定の結果 5 考察 <各群の属性について> ダルク利用者群と長期断薬継続者群との属性について、年齢に関しては、ダルク利用者群では40歳代が28人(37.8%)、長期断薬継続者群も40歳代が22人(56.4%)と最も多いことから、薬物依存症からの回復は40歳代が主要になると考えられる。 薬物使用開始年齢についてダルク利用者群では16-20歳が32人(43.8%)、長期断薬継続者群では10-15、16-20歳がともに15人(40.5%)であった。薬物使用終了年齢ではダルク利用者群では25-30歳が16人(23.5%)、長期断薬継続者群では31-35歳が9人(24.3%)で最も多かった。 ダルク入寮経験に関しては、ダルク利用者群では1回が41人(55.4%)、入寮年数は1年が16人(21.9%)であった。長期断薬継続者群では1回が21人(60.0%)、入寮年数は2-5年が12人(32.4%)と最も多かった。精神科通院期間では、ダルク利用者群では1年未満が27人(36.5%)、長期断薬継続者群では1-2年が12人(31.6%)と最も多かった。また受刑期間では、ダルク利用者群ではなしが38人(50.0%)、長期断薬継続者群でもなしが24人(66.7%)とともに最も多いことから受刑年数が長いと断薬継続が困難だと考えられる。 学歴に関しては、ダルク利用者群では中学生が33人(43.4%)、長期断薬継続者群でも中学生が16人(44.4%)とともに多いことから学歴の低さが見られた。職歴に関しては、ダルク利用者群ではなしが28人(36.8%)、長期断薬継続者群でもなしが18人(50.0%)とともに多いことから社会経験の低さが見られた。婚姻状況に関しては、ダルク利用者群では未婚が39人(51.3%)、長期断薬継続者群でも未婚が14人(37.8%)とともに多かった。 薬物再使用経験に関しては、ダルク利用者群ではなしが31人(42.5%)、長期断薬継続者群でもなしが19人(54.3%)とともに多いことから、薬物再使用経験が多いと断薬継続が困難となると考えられる。 ダルク利用者と長期断薬継続者との構成の違いとして有意差が見られたのが、断薬年数(t=16.15,df=111,p<.01)、年齢(t=2.80,df=110,p<.01)、入寮回数(t=0.81,df=107,p<.05)であった。断薬の平均年数については、ダルク利用者は .69年、長期断薬継続者は9.58 年であった。年齢の平均については、ダルク利用者は39.31歳、長期断薬継続者は44.29歳であった。ダルク入寮の平均経験回数については、ダルク利用者は1.75回、長期断薬継続者は1.56回であったことから、ダルク入寮経験が多いと断薬継続も困難となるとが考えられる。 今回の調査結果から薬物再使用経験やダルク入寮経験が多いと断薬継続が困難であると考察ができたが、これは就労の困難さとも考えられる。また、薬物依存症者の特徴として、学歴や職歴の低さが両群に見られた。しかし、このような特徴から薬物依存症者は就労困難とされてきており、これまで支援を用いた社会復帰の可能性については検討されてこなかった。 今後、依存症についての就労支援を考えていく上では、何らかしらの社会資源を取り入れていく必要があり、さまざまな機関との連携や企業側の支援を求めるなど、包括的な支援の必要性が求められている。 6 杉並区障害者雇用支援事業団・就労移行支援事業における依存症事例 公益財団法人・杉並区障害者雇用支援事業団では、平成24年度から就労移行支援事業として、杉並区障害者雇用支援センターにて、一般企業などに就職を目指す身体・知的・精神障害者を対象に職業準備訓練などの支援を行っている。 当センター職業準備訓練の一つとして、社会的スキルやコミュニケーションスキルの向上などを目的とした社会技能訓練(SST)やエンカウンターグループを用いた利用者ミーティングを取り入れている。 杉並区障害者雇用支援センターでは、依存症を持つ精神障害者の利用をいくつか受けてきた。 東京ダルクの調査2)では、施設職員が利用者に対して就労が必要な断薬期間は、約1年が妥当であるとされている。 このような見解に基づくとともに、当センターでは依存症を持つ利用者の入所に関しては、アセスメントや関係機関との情報をもとに入所判断の目安としている。 (1)事例1 うつ病を併発しているアルコール依存症の女性利用者の事例では、福祉事務所から当事業団に本人が就職を希望しているとのことで支援依頼があった。 本人は出身地の高校を卒業し、営業職として就職するが、対人関係のストレスでうつ症状を生じ、退職した。その後、上京して専門学校に通うが続かず、水商売に就いたりしてアルコール問題が深刻化し、精神科病院のアルコール病棟に入院する。退院後、アルコール依存症の中間施設に通所し、断酒のためのプログラムを受ける。断酒が1年経過した頃、アルコール依存症のプログラムに負担を感じ、社会的自立のため職業準備訓練を受けてみたいとの希望であった。 この事例については、職業準備訓練への移行のために通院先の主治医とカウンセラー、担当の福祉事務所のワーカーと本人を交えて支援会議を行った。職業訓練を経た段階的な就労として、当センターの利用が望ましいとなり、そのために精神障害手帳取得などの調整を行った。 また、職業準備訓練を受けるにあたり、所属先のアルコール依存症の中間施設と当センターとで支援会議を行った。本人には今後アルコール依存症のプログラムの負担を軽減し、就労に向けたプログラムを主に取り組んでいくという方向性で支援を行うこととなった。 本人とも当センターの利用にあたり、アルコール依存症の自助グループの週2回の通所を取り決めた。また、定期的に個人カウンセリングを通して、アルコール依存症のプログラムと就労支援プログラムの整理などの支援を行っている。 本人は現在、当センターの通所を続け、職業準備性を高めていくとともに、社会的スキルや集団を通してコミュニケーションスキルを身につけ、就労に向けて取り組んでいる。 (2)事例2 統合失調症を併発しているギャンブル依存症を持つ男性利用者の事例では、通所先の病院のデイケアから退所が近づき、本人が就労に向けての支援を希望しているとのことで、支援依頼を受ける。 本人は、薬剤師を目指して大学に入学し、卒後も大学に残るが、統合失調症が発症し、精神科病院に入院となる。大学での席も無くなり、本人はアルバイトを行ったりしていたが、ギャンブル依存症の症状が生じ、自助グループにも参加するようになる。その後、アルバイトも続かなくなり、病院のデイケアの通所となる。通所当初は、ギャンブルが再発してしまったこともあったが、その後は順調に通所できるようになった。 本人はデイケアを卒業後、就労を目指すために職業準備訓練を通して段階的に就労を進めたいという希望で当センターに相談にみえた。 この男性利用者の事例であれば、1年以上ギャンブル依存症の再発が無く、デイケアでも通所が問題なく行われていたとのことで、当センターの利用となった。 ギャンブルの再発予防の取り組みとしては、家族の協力を得て、金銭管理を自分で行わない体制をとっている。しかし、本人としては、就労に対する心理的なストレスから依存症状が再発しないかという心配があった。ギャンブル依存症の再発予防のアプローチとして、自助グループへの参加再開を本人と取り決めた。 さらに、依存症における家族問題という観点から地域保健センターとの連携体制を再編し、包括的な支援体制を組むことにより、本人も職業準備訓練を通じて、就労に向けて取り組んでいった。 これらの事例に共通した支援としては、依存症状からの回復後に就労支援に移行するために、支援体制の確立を主として行っている。 東京ダルク2)の調査においても、回復期間が長くなると、何か困難が生じた時に相談できる対人関係の構築や再発に対する対処スキルの獲得が必要とされるようになるとある。 依存症者の社会復帰という観点からも、就労に向かうにあたり生じる困難さに対し、本人達が対処できるような支援体制を確立していくことが、その支援の第一歩になると、当センターでの事例を通して考察している。 7 薬物依存症における就労支援の展望 杉並区障害者雇用支援センターでも、いくつか依存症を持つ精神障害者の利用はあったが、薬物依存症者の利用には至っていない。障害者雇用においては、薬物依存症者を含め、依存症者の事例は、ほとんどないという現状がある。 また、東京ダルク2)の調査では、職員の意識全体では、回復支援や断薬継続など就労以外の目標をまず重要視し、就労支援はその次の課題として捉えられていることが明らかにされている。 これまで依存症の支援においては、就労支援や社会復帰が二義的に捉えられてきたため、依存症状から回復した依存症者がどうのように生きていくかという指針が見出せないままという現状がある。 本研究では、一般就労が困難とされている薬物依存症者であっても、断薬継続が一定期間できており、適切な支援があれば障害者雇用など就労の可能性も開けると事例を通して見解を得ている。 今後、依存症において就労支援を進めていくためには、中間施設だけでなく、福祉領域におけるさまざまな機関との連携が必要である。 社会的自立を希望する依存症者の社会復帰の可能性について依存症と就労の両面で考え、中間施設と他機関を結びつけられるような連携体制を構築できるコンサルタンテーション・スキルがあれば、薬物依存症の社会的自立が前進できると今回の研究を通じて得た見解である。 【参考文献】 1)五十嵐愛子:薬物依存症者を抱える家族の適応過程—家族の当事者活動をフィールドとして探る—「科学研究費補助金成果報告書」(2011) 2)特定非営利活動法人東京ダルク:依存症回復途上者の社会復帰に向けての就労・就学支援事業「依存症回復支援施設全国調査」(2009) 3)丸山泰弘:刑事司法における薬物依存症の治療—ドラック・コート政策の展開と諸問題—「龍法'10」42-43、734(2010) 4)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター:精神障害者の雇用促進のための就業状況等に関する調査研究「調査研究報告書№95」(2010) 5)田村理奈、辻本士郎、田川精二・吉田光爾・伊藤順一郎・相澤欽一:アルコール依存症における就労状況の実態「精リハ誌」12(1)、81-88(2008) 6)松下年子:アルコール依存症者の回復過程における自己意識と自尊感情「臨床精神医学」、31、691-698(2002) 障がいをもつ生活保護受給者に関する施設就労の現状と課題 淵田 秀美(社会福祉法人あかね ワークアイ・船橋 生活支援員) ワークアイ・船橋は千葉県船橋市にある就労支援B型事業所である。多くの就労支援事業所が物づくりを就労事業の柱として行う中、ワークアイ・船橋では録音した会議などを文章として記録するテープ起こし、特殊な技能を要する点字物の作成、パソコンを使ったデータ入力、客先より預かった精密機器の清掃作業などを行っている。利用者は千葉県内の各市から通所しており、現在定員40名のところ43名の利用者が契約している。内訳は身体障害者22名、知的障害者8名、精神障害者13名であるが、この1年の間に生活保護受給者が3名から6名に増えている。最近仲間になった3名自身と支援する職員の施設就労の現状と課題を述べる。 1 船橋市生活支援課の取組み 前段で挙げた3名は船橋市に居住して生活保護を受けている。内2名は船橋市の生活支援課(生活保護に関する業務他を執行)から紹介が有った方々である。船橋市では生活被保護者数が年々増え続け、24・25年度と比較すると同月で300名ほど増加している。市財政に占める保護費額は年々膨らんでいる。 船橋市の生活支援課では2年前から、生活保護受給者のリストの中から障がいをもつ就労可能な受給者を選び、希望や能力などから一般就労か施設就労に結び付けていく自立支援事業を展開している。 施設就労に関しては一年度を3期に分け、一人の自立支援相談員が各々13名をピックアップし、4か月で終了するというものである。4か月の間で一人一人に「社会参加」、「施設就労」をキーワードに声をかけ、希望があれば当事者に合うと思われる施設に要望を伝える。相談員が施設見学に同行する。当事者に通所の意思を確認し、契約に関する調整を行っていく。実績を尋ねると23・24年度で、計4名が施設就労に至ったそうである。4名という人数が多いか少ないか、23年度は相談員が3名で、単純に計算すると13名×3期×3名=117名、24年度は相談員が4名になり、13名×3期×4名=156名。二年度でピックアップした273名中4名が一歩を踏み出し、この時点では269名が、新たな社会参加の道に進めなかった。相談員の話では、長い間“働く”機会を失っていた人々は新しい世界に飛び込んでいくことを躊躇しているという。障がいをもちながら暮らすだけで精一杯なのに、「今までの生活スタイルを変えてまで就労する価値があるのか。」「面倒な人間関係をあらためて作る必要があるのか。」「施設で就労しても結局自分のお金にはならないのではない就労に魅力を感じないのも無理からぬことかもしれない。そのような現状がある中、現在273分の4名の内2名が縁あってワークアイ・船橋を利用しているか。」などと、施設。他の事業所を選択した2名も元気に通所しているという。 2 事例の検討 生活支援課の自立支援相談員の勧めから、自施設を選択し、通所を続けている方々の事例を挙げる。今をどう生き、これからをどう生きるか考え、歩き出したお二人である。 <事例1> Aさん 60歳代 男性 独居 身体障害4級 左股関節機能障害 平成24年11月契約 Aさんは過去に自営業を経験し、社交的で誰とでも垣根なくコミュニケーションが取れる。生活保護を受け始めた2年前は足が痩せ細った状態で、歩行も困難であったようだ。1年後ようやく身の回りのことが自由にできるようになり、長時間でなければ歩行が可能になった。施設内の作業を考えると足の状態に不安がある。 (1)支援の視点(目標の設定) ① 過去の就職先では顧客の管理業務をパソコンで行っており、データ入力作業に携わりたいという希望ある。暫くパソコン機器類に触れていないため、キーボード操作の練習を実践して貰う。 ② 週3日通所で10:00〜15:00が在所時間であるが、慣れてきた頃を見計らって、日数、時間数を増やしていけるよう声をかけていく。 (2)目標到達への実践 ① 顧客管理ソフトに人さし指一本で入力していたようで、基本的な操作を習得してもらうため、手書きで記入していた作業日報がパソコンで入力できるよう練習を行った。 ② 施設の就業時間は10:00〜16:00迄であり、Aさんは1時間早く退出していた。他の利用者より先に帰ることを申し訳なく思い、目標を掲げてから程なくして16時までの利用となった。 日数に関しては、繁忙であれば臨時で通所していたが、週3日の通所が続いていた。体力的、精神的に充分復帰できているようであり、通所日以外の日中に何の予定も無いというので、毎日通所できない理由をあらためて尋ねると「私のような者が毎日通って良いのか。」と言った。施設との利用契約時、週3日の約束で通所が決まったのに、生活保護受給者が日数を増やせば、施設に何らかのペナルティーが科せられると勘違いしていたのである。説明すると「良かった。明日から毎日来ます。」と明るく語った。 (3)現状と新たなる目標 ① 当初はデータ入力作業を希望していたが、自習時間にタイピングソフトを使い、キーボードに慣れる訓練やインターネット検索などを行っている。これからは少ない自習時間を活かし、“自分史”が書きたいと話している。 ② 週5日、10:00〜16:00まで元気に通っている。 Aさんが自立相談支援員から施設就労の利用を勧められた時に、「お金はそこまで稼がなくても」という話をされたそうである。確かに当初Aさんは足の状態に不安を抱えており、施設就労は足のリハビリテーションが目的であるとの意味で話したのかもしれない。ところが思っていた以上に回復が早かった。Aさん自身が一番驚いているようである。それには仲間との共生が大きく影響しているのではないかと思う。元々明るい性格で、誰とでもコミュニケーションが取れる方なのに家族もおらず、5年以上殆ど人と接していなかったのである。生活保護を受けたことで、施設と繋がり、仲間と繋がっている。Aさんとの相互作用で他の利用者も明るくなっている。Aさんにとって施設利用は、足ではなく心のリハビリテーションの作用が大きかったと言えよう。 <事例2> Bさん 20歳代 男性 母、祖母と同居 知的障害B2 24年12月契約 Bさんが中学校に入学した頃、いじめに合うようになった。3年時の担任教師が力になってくれ、県内の定時制高校に進学した。四年間の高校生活ではいじめにも合わず無事に卒業したが、在学中にアルバイト経験も無く、卒業後は進路先を決めかね、家で過していた。いじめられていた経験が尾を引いており、社会に出て人と接することに不安が有ったという。 (1)支援の視点(目標の設定) ① 「行く行くは一般就職したい。」という目標がある。契約時、週3日の通所希望であったが、最終的には毎日の利用が可能となるよう、まずは週4日の通所を目標に掲げた。タイミングを見て声をかけていく。 ② パソコンは高校時代授業で学んだが、それ以来触れたこともないので、パソコン講習の受講を希望している。自習時間にパソコンに触れてもらい、作業日報や当番日誌の入力ができるよう、簡単な操作を覚えて貰う。 ③ パソコン操作ができないので、手書きの作業日報を提出してもらった際、漢字に不安があることがわかった。施設では利用者向けに漢字教室を展開しているおり、受講を提案した。 (2)目標到達への実践 ① 一カ月が経過した頃、Bさんから申し出があり通所日数は4日になった。 ② ローマ字入力もほとんど問題なかった。柔軟性があるため、作業日報(ワード)などは早い段階に一人でこなせるようになった。 ③ 月に2回、2時間受講。元小学校教師が個々に合った授業を行っている。漢字だけを練習するのではなく、季節や自然、料理等々、都度興味深い内容から、文字、漢字、文章と拡がりの有る授業内容となっている。 (3)現状と新たなる目標 ① 現在、安定した通所を続けている。毎日の通所が課題となってくるが、精神面のコントロールを趣味の中に見出しているため、必ず週中一日の休みが外せない。今後は時間がかかりそうである。母親と面談した時も「今までの生活を考えると毎日通所することで疲れ、元の生活に戻ってしまわないか心配である。」との話があった。30歳に近い年齢と“一般就労希望”から時限を考えてしまうが、Bさんの好機を捉え声かけしていくしかない。 ② 職種の希望は事務職である。事務職であればパソコンは必須となるため、集中的に学ぶ必要がある。施設内で片手間に勉強するのではなく、障害者高等技術専門校などに入学し、習熟してもらいたい。①の課題のクリアが待たれる。 ③ 漢字教室を楽しみにしている。授業だけではなく、日頃も漢字が意識できるよう宿題として日記を提出している。 19歳で学校を卒業し、20代半まで祖母の介護と家事手伝いを行うだけの毎日だった。相談員から話がなければ未だに家で過す日々だったかもしれない。人と接することに不安があったようだがすぐに慣れ、コミュニケーションに問題も無く、長年のブランクを感じさせないほど一生懸命働いている。Bさんの主な作業は点字名刺の刻印と精密機器の清掃である。当初、刻印は緊張感もあり不揃いで、客先に出せるものではなかったが、今では100枚の名刺の角が全て揃うようになった。清掃作業も拭き残しが目立ち、度々担当職員から注意を受けていた。素直なBさんはできないところを何度も教わり、すっかり丁寧な作業が身に着いた。母親には「施設が楽しい」と話している。 私はBさんの希望通り、施設の就労を経て一般就職にチャレンジしてもらいたいと願う。もちろん、パソコンの技量以外にも、たくさんの課題をクリアする必要はあるが、自分が希望する道に進もうとすることこそ、エンパワメントされる大きな原動力となる。 次に挙げる方は自分で施設を探し、ワークアイ・船橋の利用を開始した方である。不安と悩みを常に感じているが、自己を見つめることが難しく、生きづらさを感じてしまう方である。 <事例3> Cさん 50歳代 男性 独居 知的障害B2 平成24年8月契約 Cさんの父が亡くなると、一家は離散状態となった。その頃、生活支援課から障害者手帳の取得を勧められた。施設を転々としつつ、父の代から世話になっているD診療所(内科)に日々助けられながら暮らしている。 (1)支援の視点(目標の設定) ① 一般就労を希望しているため、毎日通所する。 ② 金銭管理が困難なので、1か月の生活保護費が不足しないよう相談しながら出金する。 (2)目標到達への実践 ① 就業時間に拘らず、毎日顔を出すように話している。Cさん自身は真面目に通所しているように感じているが、気になることが不安に変わると落ち着きを失い帰宅してしまう。自分が納得できない事象があり、説明を受け理解したように見え安心していると、休んでしまう。 ② 保護費は通帳の口座に入金されると引き落としの予定があるにも関わらず使い込み、現金が手元にあれば誘惑に負けて、あるだけ使ってしまうことを何年も繰り返してきた。Cさんは生活支援課から現金でも支給できると聞き、窓口現金渡しの3分割というプランを了承して貰った。支給された保護費の入出金を施設職員が見届けている。 (3)現状と新たなる目標 ① しばしば就業時間が終わる頃「体調が悪く、今まで寝ていた。」との連絡が入る。できる作業が増え、声をかけているが体調に問題があり、長時間の座位が難しいので、外に出てリフレッシュしてもらっている。目標設定の頃に比べ休みが増えている。 現在の希望は一般就労から施設就労に変わっている。現在も自施設には話さず、自力で他の施設見学などを行っており、時折、施設を辞めたいと言っている。 ② 障害年金の受給が始まり調整額あることで、保護費が減額されたため戸惑っていたが、慣れつつある。今後は成年後見人の申立て予定があり、財産管理をお願いする。しかし、日中の飲酒癖があるため、問題はあるかもしれないが日々通所可能な就労の場で金銭管理の協力体制を敷く必要がある人ではないかと思う。 Cさんの強みはその行動力にある。気になることがあると解決するためにすぐに行動に移し、自分で交渉できるほどの強さを持っているが、体調の悪さや不安定な精神面のコントロールが難しいため、生きづらさが生じている。 当初Cさんは一般就労が希望であったが、1日をその場で過すことが苦痛で、実際はかなり難しい意向であった。作業面での自分を過大評価し、施設利用が理想的に運ばないのは施設の環境にあると思っている。点字名刺刻印のために必要なピンを組む作業に従事することがあるが、体調面、精神面ともに不安定で作業を断る時がある。時折、仲間と会話を交わしているが、心の落ち着きは見られない。しかし、日中の居場所としての価値以上のものが施設から見出せないとしても、Cさんが自分らしく生活したいと考えて施設に通所することには大きな意味がある。Cさんの不安がなくなるわけではないだろうが毎日顔を見て、その日の体調をうかがいながら話をしている。 3 施設の課題 施設就労をする生活保護受給者に関しての支援が特にあるか、あらためて考えると特別に意識することはないかもしれない。しかし、Aさんが遠慮気味に「施設の迷惑になる」と語ったことには説明責任の重さを痛感する。Aさんの身になり、長い間社会との繋がりを断ち、生活保護を受給している環境を考えると疑問や不安がないか聴き取って、それに見合った説明をする必要があった。職員は情報などを正確に説明した上で自己決定を促し、道が開けるよう可能な限り応援する。インフォームドコンセント(説明と同意)ではなく、インフォームドチョイス(説明と選択)であると実感している。 Cさんのように独居で生活保護費を自己管理できない場合、たとえラポールが形成されていると確信があったとしても、生活支援レベルまで踏み込んで支援して良いのかと悩む。法的支援の隙間にある人や事象は確かに存在し、その多くは待てない状況にある。当事者の“生きる力”を引き出すためには信頼を築きつつ、“つなぎの社会資源”として利用されるべきではないか。 4 おわりに 「福祉は愛とアイディアである。」と私は思う。双方には限りがない。愛があっても“ひらめき”や“思考”が無ければ個々の環境を整えられず、アイディアがあっても働きかける心がなければ支援におぼつかない。ところが私達はつい“当事者のため”だと言い、一般的な常識に照らして、自分の価値観で当事者の気持ちをコントロールし、型にはめようとする。そこに限界が生じる。原点に帰り当事者の目線に立って共感的理解をし、自然に自己実現の伴走者になれたらと考える。 【連絡先】 淵田 秀美 ワークアイ・船橋 e-mail:fuchita@akane-net.or.jp 手帳を所持しない難病者の雇用の実態について 〜難治性疾患患者雇用開発助成金活用事業所を対象としたアンケート調査より〜 ○根本 友之(障害者職業総合センター 主任研究員) 白兼 俊貴・下條 今日子・鈴木 幹子(障害者職業総合センター) 相澤 欽一(福島障害者職業センター) 1 趣旨・目的 平成23年度のハローワークを通じた障害者の就職件数が約6万件で過去最高となるなど、障害者の雇用は着実に増加しているところであり、その中で、発達障害者、難病者、高次脳機能障害者等であって障害者手帳(以下「手帳」という。)を所持しない障害者についても、就職件数や就労支援機関の利用件数が増加している。しかしながら、これら手帳を所持しない障害者の雇用の実態については、障害者雇用率制度の適用の対象として企業からの障害者雇用状況報告の対象となる、手帳を所持する身体・知的・精神障害者と比較して、ほとんど把握されていない状況にある。 本研究では、事業所を対象としたアンケート調査により、手帳を所持しない発達障害者、難病者の雇用の実態を把握することを目的とした。その際、無作為に事業所を抽出する方法では手帳を所持しない障害者を雇用している事業所を把握することが難しいと考えられたため、手帳を所持しない障害者を対象とした「発達障害者雇用開発助成金」及び「難治性疾患患者雇用開発助成金(以下「難開金」という。)(注)」を活用して対象者を雇い入れた事業所を対象に調査を実施した。 今回の発表では、一定の回答数が得られた難開金の活用事業所に対するアンケート結果から、手帳を所持しない難病者の雇用の実態について報告する。 (注)難治性疾患患者雇用開発助成金は、難治性疾患患者を、ハローワークの職業紹介により常用労働者として新たに雇い入れる事業主に対して助成を行うもの。対象は、障害者手帳を所持しない難治性疾患患者を雇用した場合に限る。平成21年度から開始された制度であり、利用実績は各年度の雇い入れ件数でみると、平成21年度が76件、平成22年度が136件、平成23年度が239件となっている。 2 調査の概要 (1)調査対象 平成21年度から平成23年度までに、「難開金」の対象となる者を雇い入れた406事業所 (2)調査期間 平成24年6月〜7月 (3)調査内容 事業所の概要(業種、従業員数)、障害者の雇用状況(身体・知的・精神障害者の雇用経験)。 雇用した難開金対象者ごとに、雇用状況(雇用継続/離職の別)、疾患名、職務内容、雇用継続・職場定着のための配慮事項、等。 (4)調査方法 調査票は、都道府県労働局経由で事業所宛に送付し、研究担当者への返送を求めた。 3 結果 (1)集計の対象 難開金対象者ごとの調査内容に全て無回答であったものを除き、95事業所を集計の対象とした。 (2)事業所の概要 ①業種 医療、福祉が28事業所(29.5%)、製造業が13事業所(13.7%)等であった。 ②従業員数 56人未満が71事業所(74.7%)、56人以上が24事業所(25.3%)であった。 (3)障害者の雇用状況 ①身体・知的・精神障害者の雇用経験(表1) 現在雇用している事業所と現在はいないが過去に雇用したことがある事業所を合わせて、身体・知的・精神障害者のいずれかの雇用経験のある事業所が47事業所(49.5%)であり、そのうち、身体障害者の雇用経験のある事業所が41事業所(43.2%)、知的障害者の雇用経験のある事業所が18事業所(18.9%)、精神障害者の雇用経験のある事業所が17事業所(17.9%)であった。 表1 身体・知的・精神障害者の雇用経験(n=95) (事業所) (4)難開金対象者の雇用状況 一つの事業所で難開金対象者を複数名雇用していた事業所はなかったため、難開金対象者数は事業所数と同じ95人であった。 雇用継続の状況は、雇用を継続していた者が73人(76.8%)、すでに離職していた者が22人(23.2%)であった。 (5)疾患名 潰瘍性大腸炎が18人(18.9%)、クローン病が17人(17.9%)、全身性エリテマトーデスが9人(9.5%)、ベーチェット病が5人(5.3%)等であった。 (6)職務内容 職務内容は、事務が23人(24.2%)、介護が13人(13.7%)、その他の専門・技術が12人(12.6%)、製造作業員が8人(8.4%)等であった。 (7)雇用継続・職場定着のための配慮(表2) 全30項目のうち、「本人を対象に実施」「本人を含めて、障害者を対象に実施」「本人を含めて、従業員を対象に実施」との回答を合わせて、実施している割合が70%以上のものが5項目、50%〜70%未満のものが4項目であった。 一方、実施している割合が20%未満と低かったものは10項目であった。特に、「在宅勤務を可能としている」「支援機関を介して生活面の支援をしてもらっている」「職場と家族間で「連絡ノート」等により情報共有している」「本人と同様の障害者を主体としたグループを構成して、そこに配置している」「種々の障害者を主体としたグループを構成して、そこに配置している」の5項目については、実施している割合が10%未満であったため、以下の分析から除いた。 また、全30項目中の27項目で、実施しているとの回答の中で「従業員を対象に実施」との回答が5割以上となっており、全体の9割の項目で、従業員を対象に実施されている配慮が難開金対象者にも適用されているケースが多くなっていた。従って、以下の分析では、「本人を対象に実施」「障害者を対象に実施」「従業員を対象に実施」の三つの回答を合わせて「実施」として取り扱う。 ①実施している割合が高かった配慮事項 実施の割合が高かった配慮事項は、“通院時間の確保”“本人の症状についての情報共有”“仕事上の相談”“柔軟な休憩の確保”“無理のない仕事への配置”の各項目であった。 ②従業員数と配慮事項との関係 従業員数56人未満と56人以上の事業所に分け、配慮事項に「実施」と回答した割合を集計した(無回答の事業所を除いたため、項目により母数が異なる)。 56人未満の事業所では、実施の割合が高かった配慮事項は全体と同様であった。56人以上の事業所では、“通院時間の確保”“本人の症状についての情報共有”“仕事上の相談”“無理のない仕事への配置”に次いで、“職務の洗い出し・見直し”の項目で実施の割合が高かった。 56人未満と56人以上の事業所の比較では、“柔軟な休憩”“本人の症状について事業所内での周知”“柔軟な勤務時間”の各項目では56人未満の事業所で、“産業医等による相談”の項目では56人以上の事業所で、実施の割合が高かった(カイ自乗検定により5%水準で有意)。 表2 雇用継続・職場定着のための配慮事項の実施状況 ③障害者の雇用経験と配慮事項との関係 身体・知的・精神障害者の雇用経験のある事業所とない事業所に分け、配慮事項に「実施」と回答した割合を集計した(無回答の事業所を除いたため、項目により母数が異なる)。 雇用経験のある事業所では、“通院時間の確保”“本人の症状についての情報共有”“仕事上の相談”“無理のない仕事への配置”に次いで、“同僚等による作業補助”の項目で実施の割合が高かった。雇用経験のない事業所では、“通院時間の確保”“本人の症状についての情報共有”“柔軟な休憩”“無理のない仕事への配置”に加えて、“柔軟な勤務時間”の項目でも実施の割合が高かった。 雇用経験のある事業所とない事業所の比較では、“指示者の特定”“産業医等による相談”の各項目では雇用経験のある事業所で、“柔軟な勤務時間”の項目では雇用経験のない事業所で、実施の割合が高かった(カイ自乗検定により5%水準で有意)。 ④難開金対象者の雇用状況と配慮事項との関係 難開金対象者の雇用を継続していた事業所とすでに離職していた事業所に分け、配慮事項に「実施」と回答した割合を集計した(無回答の事業所を除いたため、項目により母数が異なる)。 雇用を継続していた事業所では、実施の割合が高かった配慮事項は全体と同様であった。すでに離職している事業所では、“通院時間の確保”“本人の症状についての情報共有”“仕事上の相談”“無理のない仕事への配置”に次いで、“職務の洗い出し・見直し”の項目で実施の割合が高かった。 雇用を継続していた事業所とすでに離職していた事業所の比較では、実施の割合に有意な違いのある項目はなかった(カイ自乗検定により5%水準で有意な項目なし)。 4 まとめ (1)難開金対象者雇用事業所の特徴 身体・知的・精神障害者の雇用経験のある事業所は半数以下にとどまっており、半数以上の事業所はそれまでに障害者の雇用経験がなくても難開金対象者を雇い入れていた。 難開金対象者の雇用状況では、すでに離職していたのは2割程度にとどまり、雇用を継続していた者が多かった。 (2)雇用継続・職場定着のための配慮事項 難開金対象者のみに配慮を実施しているとの回答は少なく、従業員全体に実施している配慮事項を難開金対象者にも適用しているとの回答が多い結果であった。実施の割合が高かったのは、“通院時間の確保”“本人の症状についての情報共有”“無理のない仕事への配置”といった各項目であった。 従業員数、障害者の雇用経験、難開金対象者の雇用継続・離職の状況により、事業所を分けて配慮事項の実施の割合を集計した。いずれの集計でも、実施の割合が高かった項目は対象事業所全体と大きな違いはみられなかった。 (3)調査結果についての留意点 本調査では、雇用継続・職場定着のための配慮事項について、従業員全体を対象に実施している配慮を難開金対象者にも適用しているケースが多い結果であった。一方で、配慮事項の全30項目のうち、実施の割合が7割を超えたものは5項目にとどまっていた。 本調査の結果で実施の割合が低かった配慮を受ける必要のある難病者の場合には、事業主に病気や障害を開示して配慮を求める必要があると考えられる。しかし、先行調査では、職場において病気や障害を説明することについて「説明したいができない」との回答が、手帳のない難病で多い1)ことが示されており、病気・障害を説明することが困難なことから配慮を受けられないケースも多いことに留意する必要がある。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:難病のある人の雇用管理の課題と雇用支援のあり方に関する研究.調査研究報告書No.103,p.97,2011. 2) 障害者職業総合センター:手帳を所持しない障害者の雇用支援に関する研究.資料シリーズNo.75,2013. 難病のある人の就労支援における保健医療機関との連携の課題 ○春名 由一郎(障害者職業総合センター 主任研究員) 片岡 裕介 (障害者職業総合センター) 1 はじめに 医療の進歩により、難病患者と言っても、無理のない仕事で適切な職場の配慮があれば、疾患の自己管理と職業生活の両立も可能な人が、近年、急速に増加している1)。その一方で、医学的改善にもかかわらず、多くの難病患者は、就職に失敗したり、仕事に就けても体調を悪化させ退職したりという就労問題を経験しており、このことは、障害者認定のない就職困難者の福祉の問題、仕事を原因とした体調悪化という医療の問題と密接に関連している。したがって、難病の就労支援は、労働分野だけでなく、保健医療分野や福祉分野においても新たな対応課題となっている2)。 近年、精神障害者の就労支援において、保健医療分野との連携による就労支援が課題となっているが、従来の典型的な障害者就労支援は「病気が治ってから」行われるものとして、保健医療機関が就労支援に関わることは比較的少ない。難病については、難病相談・支援センターとハローワークとの連携の強化等の取組が始まったばかりであり、医療機関の医師、医療ソーシャルワーカー、看護師、保健所の保健師等の、より広い保健医療機関・専門職となると、その就労問題への認識や取組は全く不明である。 そこで、本研究では、難病に関連する保健医療機関・専門職における、難病のある人の就労支援の必要性、現状の取組、今後の意向、労働分野との連携の必要性の認識や現状の成果を調査し、今後の労働分野との連携の課題を明らかにすることを目的とした。 2 方法 (1)調査対象 本調査は、国の難治性疾患に指定されている疾患の治療・医療・生活支援に取り組んでいる病院や診療所、保健所、難病相談・支援センター等5,421ヶ所において、当該疾患患者の職業生活と疾患管理の両立に関する相談や支援・治療の主担当者への郵送アンケート調査とした。 (2)調査内容 調査では、疾患群別・部署属性別・回答者資格別の就労相談の有無、職業問題の認識、疾患管理と職業生活の両立支援の取組状況(労働機関との連携や雇用支援制度の利用を含む)を聞いた。 (3)分析 回答のあった代表的な機関・職種別、また、難病患者からの就労相談の有無別に、就労問題の認識、疾患管理と職業生活の両立支援の取組状況を集計した。また、ハローワーク等との連携を含む就労支援との連携の有無により、各部署における、難病の就労問題の解決見通しの改善状況を比較した。 3 結果 (1)回答状況 保健医療機関1,339機関・部署(機関回収率34.0%)から回答があった。回答者は、医師、医療機関の医療ソーシャルワーカー(MSW)、保健所が多く、難病相談・支援センターは回答全体の一部であり、回答のあった部署の62%では難病患者からの就労関連の相談があった(図1)。 図1 回答者の職種、難病患者からの就労相談の有無 (2)保健医療機関での就労相談の認識 就労相談のある部署に限っても、特に就職・復職後の状況については半数以上が把握なしや不明という状況であった。難病患者からの就労相談のない部署においては、就労問題の把握自体がない場合が大半であった(図2)。 図2 難病患者からの就労相談のある部署(n=824)における難病患者の就労問題の認識(++:就労相談なしの部署に比較して1%水準で有意に多い、--:同、少ない) 難病患者の就労問題については、就職・復職前の課題や、企業への病気や必要な配慮の説明、就職・復職後の「疾患管理と職業生活の両立」については比較的把握が多かったが、一方、就職・復職後の「昇進や報酬の本人の満足」や「安定した就業」は状況把握自体が少なかった。 どの局面においても、就労問題は未解決であることが多いとの認識が大半であったが、その中でも比較的、保健医療分野において解決可能であるとの認識が多かったのは「企業への病気や必要な配慮の説明」「職務遂行上の個別課題遂行」「職場の理解と協力」についてであった。 (3)難病患者の治療と仕事の両立支援の必要性と、保健医療と労働の分野別の役割分担の認識 就労相談のある部署では、様々な難病患者の治療と仕事の両立のための取組全てについて、90%以上の部署が、保健医療分野あるいは労働分野による取組を必要と考えていた(図3)。 図3 難病患者からの就労相談のある部署(n=824)における難病の治療と仕事の両立支援への、保健医療分野と労働分野の役割分担の認識(++:就労相談なしの部署に比較して1%水準で有意に多い、--:同、少ない) また、保健医療と労働のいずれの分野による取組を必要と考えるかについては、相対的に、保健医療分野での支援が必要とされたものとしては、診療や相談場面において、患者の就労相談に応じて実施できる、復職時期や無理のない仕事や職場での留意事項の説明が特に多く、また、就職・復職後の体調のフォローと患者への助言や、職場への説明の仕方の助言も多かった。 相対的に労働分野での支援が必要とされたものとして、患者に適した職場の開拓が特に多かった。それ以外にも、患者が働く仕事内容や職場状況に応じた本人や職場側への助言や支援、就職・復職後の患者が継続的に相談できる相談先の明確化や、治療と両立できる勤務時間等の調整についても、労働分野での分担とする認識が比較的多かった。 また、保健医療と労働の両分野の支援が必要とされたものとしては、難病患者の疾患自己管理や職場での対処スキルの獲得の支援や、治療と仕事の両立のための診療時間と勤務時間の両面での調整があった。 (4)保健医療と労働の分野間連携の課題 難病患者からの就労相談のある保健医療機関における様々な就労支援・制度等の認知状況としては、全般的に、地域に施設のあるハード面の支援機関の認知は高く、企業向けの助成金やネットワーク支援といったソフト面の認知が低かった。制度等の活用経験は全般的に少なかったが、その内容については、地域就労支援機関の利用はあってもソフト面の支援の活用経験が少なかった。今後の活用意向としては、地域の多機関連携によるチーム支援や試行的雇用の制度の活用意向が高かった。一方、企業側への措置等の活用意向は少なかった(図4)。 図4 難病患者からの就労相談のある部署(n=824)における雇用支援・制度の認知、活用経験、今後の活用の意向(++:就労相談なしの部署に比較して1%水準で有意に多い、--:同、少ない) 就労支援・制度等を活用していることによって、難病患者の職業生活上の困難の解決可能性が増加しているという関係性はほとんど認められず、むしろ、困難性がある場合に就労支援・制度等の利用が増加しているが問題解決の見通しの改善にはつながっていない状況を示唆する関係の方が多く認められた(表1)。唯一、「⑩特定求職者雇用開発助成金による企業支援」の利用経験のある場合には、就職・復職前の課題の困難性について解決可能性の見通しが改善しているという関係が認められた。 表1 難病患者からの就労相談のある部署(n=824)における雇用支援・制度の活用による就労問題の解決見通しへの 効果(リスク比) 特に、就労支援・制度の活用経験の多い難病相談・支援センターに限ってみた場合でも、活用による問題解決見通しの改善を示す結果は、「チーム支援」の活用による企業への病気や配慮についての適切な説明についての問題解決見通しの改善以外は有意な効果は認められなかった。 4 考察 本調査結果により、難病関連の保健医療機関・職種において、特に患者からの就労相談に応じて、未解決の就労問題の認識が広がりつつあり、特に、治療と仕事の両立に向けた保健医療の専門性を活かせる取組の強化を課題と認識している状況が明らかになった一方で、現状の就労支援・制度との連携では問題解決につながっていない状況も明らかになった。 (1)治療と仕事の両立支援の谷間に生じている難病の就労問題 難病患者が、治療と仕事を両立するためには、保健医療と労働の両面にわたる様々な支援が必要であるのとの認識が高かった一方で、実際の保健医療分野での支援状況も、労働分野との連携も少なかった。これが、難病患者の就労問題を認識している部署の大半における、未解決の就労問題の認識の多さとも関連していると考えられる。 難病患者は、医師等から、医学的な仕事上の留意事項等の助言を受け、具体的な仕事選びや、職場での配慮等についての企業側とのコミュニケーション等を、自ら実施している場合が多く、そのような本人による対応の限界がある状況で、就労問題が発生しやすいと考えられる。 難病患者からの就労相談のない多くの保健医療機関・職種においては、就労問題の認識すらなく、難病患者が就労問題を抱えながら、孤立しやすい状況があることも示唆された。 (2)保健医療と労働の分野間連携の課題 本調査結果によると、難病患者が有する治療と仕事の両立のための支援ニーズへの対応には、保健医療機関・職種の専門性を活かす必要のある支援内容もある一方で、保健医療分野では限界があり労働分野での支援を必要としている内容、さらに、両分野の協働を必要としている内容もあった。このような高度な専門性を確保するためには、各分野における専門職の人材開発だけでは限界がある。むしろ、両分野の専門性を活かした支援内容は、補完的な内容として整理が可能であるため、両分野の専門性を活かせるネットワークアプローチが重要であると考えられる(図5)。 図5 難病患者の就労支援における、保健医療と労働の補完的な視点の統合の必要性(模式図) 保健医療分野の多くの専門職にとって、配慮が必要な「患者」を、新規就職、転職、再就職につなげていくための支援が特に困難であるが、労働分野の視点として、「職業人」としての興味や強みの視点を含む職業相談、また、職場開拓を含め、雇用主ニーズの把握を踏まえた丁寧な職業紹介や、雇用主の協力・理解促進の支援の意義が大きい。 また、難病のある人への健康安全配慮義務は、職域制限につながりやすく、より社会参加と公正な評価を促進する合理的配慮の観点からの支援との連携が必要である。さらに、難病のある人の疾患管理能力は、仕事の繁忙時期での通院や休憩の確保等への職場での対処スキルのトレーニング等により改善されることが期待される。 さらに、現在では、保健医療分野において適切な就労支援のないままで、就職や復職、就業継続における問題により非就労となる人たちが多いことが示唆されたことから、職業準備や就労移行の支援を提供することも重要と考えられる。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:難病のある人の雇用管理の課題と雇用支援のあり方に関する研究.調査研究報告書No.103(2011) 2) 厚生科学審議会疾病対策部会難病対策委員会:難病対策の改革について (2013). 就労の困難さの判断の精度を高めるための連携について 野中 由彦(障害者職業総合センター 主任研究員) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門の事業主支援部門では、平成25年度、『就労の困難さの判断の精度を高めるための連携についての調査研究』を実施している。この研究は、障害者の就職支援に際して、関係者が参集し支援方針等を合議により決定する等、就労の困難さの判断の精度を高める工夫をしている先進的な事例を幅広く収集することにより、就労支援に当たって収集すべき情報、連携すべき支援機関、支援機関同士の連携の在り方、支援機関と企業の連携の在り方等を明らかにし、障害者の就職促進に資することを目的としている。 2 ヒアリングの目的・概要 (1)目的 この調査は、就労の困難さの判断にあたり、その精度を高める工夫をしている先進的な事例を幅広く収集することを目的として実施した。 (2)調査対象 調査対象は、就労をめざす精神障害者、発達障害者、高次脳機能障害者を支援する機関であって、障害者の就労の困難さについて、精度の高い判断のための工夫をしている先駆的な機関とした。 ①主に精神障害者を支援する機関 8機関 ②主に発達障害者を支援する機関 5機関 ③主に高次脳機能障害者を支援する機関 6機関 ④障害種類を特定しない支援機関 4機関 (8月末現在。なお、この研究ではこれらの支援機関における状況をふまえて、地域障害者職業センターに対する調査を行うこととしている。) (3)調査方法 訪問による聴き取り調査(以下「ヒアリング」という。)。 (4)実施時期 平成25年5月〜11月。(当論文は8月までの調査結果)。 (5)ヒアリング項目の構成 ヒアリング項目は、次のとおりとした。 ①就労支援対象者等の概要 ②就労支援の実際と就労の困難さの判断方法 ③関係機関等との連携の状況 ④就労の困難さの判断についての意見、その他 3 ヒアリングの結果と考察 (1)就労の困難さの要因 就労の困難さについて、ここでは法律の定義に基づき「長期にわたる職業生活上の相当の制限」と定義した。就労の困難さの要因については、本人の状況に基づくものもあるが、環境因子によるものの影響が大きく、個別性が高く複雑である。就労の困難さにはそれが問題となる時期が大きくは、就職前、就職時、就職後に分けられ、時期によって困難さの質が異なり、また常に変化する。したがって、一度で確定するものではなく、状況の変化に伴って継続することが求められる。各機関ともに就労の困難さを正しく精度高く把握し続けることの重要性を認識し、特にフォローアップの必要性を強調していた。 (2)就労の困難さの判断の方法 就労の困難さの判断の方法については、各機関の組織目標や人員体制等により様々であったが、いずれの機関も共通して、実際に作業をしてみることの必要性を強調していた。とくに精神障害者・発達障害者・高次脳機能障害者の場合には、面談では把握しきれないことが、実際の作業場面、とくに企業での実習等の場面で把握されることが共通の認識となっていた。機関によっては面談による以外にアセスメントの手段がないものもあったが、それらの機関では、共通してそれまでの実際の場面で展開されたエピソードに注目していた。 就労の困難さの判断を誰が主体となって行うかについては、できる限り本人が主体的に参画して行うべきとする意見が多く聞かれた。そのような機関では、アセスメントシートを本人が作成し、担当者はそれをサポートする形式で行われていた。一方、職業評価を専門とする機関では、担当者が中心に行われていた。また、就労の困難さの判断はそもそも企業がやるべきものとし、支援機関による判断を極力避ける方針の機関もあった。 就労の困難さの判断に要する期間については、各機関の体制や就労支援の方法によってまちまちであった。精神障害者・発達障害者・高次脳機能障害者は、一般に、障害を確認し、本人が受容するまでに時間がかかる場合が多いことが共通認識となっていて、一定程度の時間をかけることが前提となっていた。 (3)複数の関係者による多角的アプローチの必要 就労をめざしている人は、相手によって表現することを違えることがしばしばある。就労支援者に対しては、働けることをイメージさせる部分を強調しリスク部分は伏せる傾向がある一方、医療関係者に対してはリスク部分を強調することがある。このため、就労支援側と医療側とで、そもそも同一人物であるにもかかわらず得る情報に違いが生じ、就労支援の方向の判断にも大きな影響を与えることがある。このため、1人だけで対応することは危険であり、担当者1人だけの判断ではなく、立場の異なる複数の関係者が、それぞれ得た情報を持ち寄って、対象者の全体像を多角的に把握し判断することが必要である。このような意見は多くの機関から聞かれ、それを否定する意見は無かった。就労の困難さの判断の精度を高めるためには、必須の事項と認識されていた。 (4)支援方針検討のための連携 関係者が一堂に会して十分な情報交換をするタイプの連携が望ましいように思われがちだが、ほぼすべての対象者について、関係機関及び家族等が一堂に会してケース会議を行っている機関は1カ所のみであった。ただし、一堂に会しての連携会議を否定する意見はなく、それは個々の対象者についてスムーズに情報交換できるようにするための、担当者同士の人間関係の形成、専門用語についての共通理解の確認等に必要であるとする意見が主流であった。また、実際の関係機関の連携は1対1の連携であって、それがステップごとに必要に応じて連鎖していくものとの認識を示す機関があった。多くは、自施設内での情報交換が主で、担当者がアセスメントを実施し、その結果を上司または同僚に報告または相談し、就労の困難さの判断を確定していく形式であった。中には、規模の大きい機関で、多職種の専門家が集合して情報交換をすることによって精度を高めている事例があった。 (5)情報共有のための連携 アセスメントを担当した支援者が他の関係者に伝えるための情報の構成については、さまざまな工夫がみられた。一般に、シンプル化、図式化の傾向があり、就労の困難さを含め、対象者のストレングス(強み)についても書き込まれるタイプのものが好んで使われていた。迅速に作成でき、正確であり、重要なことがもれなく書き込まれ、企業側にもわかりやすく、さらには状況の変化にも対応できるタイプのものが求められていた。一方、中には個人情報の保護の観点から、書類は渡さないことを方針としている機関もあった。 4 まとめ 今回実施したヒアリングのうち、ここでは全般的な状況について報告したが、今後、さらに先進的事例を収集するとともに、その方法や課題を整理し、資料シリーズとして取りまとめることしている。 ※ヒアリングにご協力いただいた関係者の皆様に厚くお礼を申し上げます。 【文献・資料】 1) 障害者職業総合センター 調査研究報告書No.3、「職業的困難度からみた障害者問題」、(1994) 2) 障害者職業総合センター 調査研究報告書No.67、「職業的視点から見た障害と地域における効果的支援に関する総合的研究」、(2005) 3) 障害者職業総合センター 資料シリーズNo.43、「職業的困難さからみた障害程度の評価に関する研究」、(2008) 4) 障害者職業総合センター 資料シリーズNo.67、「職業上の困難差に着目した障害認定に関する研究」、(2012) 企業が求める学校に於けるキャリア教育 ○遠田 千穂(富士ソフト企画株式会社 人材開発グループ長/カウンセリング室長/秋葉原営業所長)○槻田 理(富士ソフト企画株式会社 人材開発グループ教育事業チーム) 1 「生々しいキャリア教育」とは何か? 〜働いて生計を立てるという経済教育は早すぎる事はない〜 弊社は年間200団体を超える企業、大学、特別支援学校、団体の方々が見学に来られる。その中でも昨今の新入社員に関する相談が増えている。ある証券会社からの相談事例である。新卒の女子学生を総合職で採用した。最初の仕事は100件の電話営業だった。彼女の中では華々しいキャリアのイメージが出来上がってしまっており、まさか総合職が電話営業をするなんて。という思いがあった様である。証券会社の電話営業はなかなかアポが入らない。最初はそれでも頑張って営業をしていたが、段々電話が怖い、上司が怖い、同僚が怖いということで、上司がアパートに行っても鍵を開けない。結局、うつ病を発症して入院してしまったというのである。ここで大切なのは誰かが一言、在学中に「総合職と言えども電話営業を体験したり、経理や人事等の庶務的なお仕事をしたり、様々な仕事を経験しながら、総合職としてキャリアを積んで行くのですよ。」と言ってあげれば彼女もそれなりの心構えができ、ここまで追い詰められることはなかったのではと考える。このような話をある大学の先生に申しあげ、せめて在学中に見積書や納品書の作り方を教えるキャリア教育の時間を10分でも作ったらどうかというお話をしたところ、「我々は学術人を育てているのだからそんな教育は企業に入ってからやって下さい。」とばっさり斬られてしまった。しかしその大学の卒業生は9割が就職、うち3割が3年未満で退職しうち半数がうつ病傾向にあるという現実を先生方は御存知なのだろうか?企業に入ったらどんな仕事が待っているのかを先生方は身を持って体得し、生徒・学生にフィードバックする事を繰り返せば、企業に入ってから、「こんなはずではなかった」と苦しむ新入社員を少しでも軽減することができるのではないかと考える。日頃の訓練がいかに大切かは、自衛隊の事例からも推察できる。先日、仕事で防衛医科大学に行ったとき、先生が「とても興味深い事例がありました。」と話をしてくれたことがある。それは今日、東日本大震災の災害派遣に行った隊員の方々の話である。災害派遣後は心の健康を維持すべくPTSDの検査をするのだが、今回あまりにも大きい災害だったため、少し時間がかかったというのだ。結果は意外なものだった。散らばった御遺体を掻き集めた隊員の方々のPTSDの数値はとても低かった。反面、人が足りず、各小学校の体育館の遺体安置所に、防衛省の職員が配属された。その方々のPDSDの数値が高く、未だに苦しんでいる方々がいるというのである。結果を分析してみると、一般の隊員の方々は、日頃、どんな残酷な遺体を見ても耐えられる訓練を行っている。防衛省の職員は普段、そこまでの訓練は行わない。人は思ってもみない事態に遭遇した時に、心を壊しやすくなる。企業も同様である。思ってもみない業務が飛んで来たり、予想外の人間関係が勃発するのが、現場である。そうなった時に、どう落ち着いて対応すれば良いか。その様なトレーニングを重ねてこそ、障がいを言い訳にしない、強い生徒・人財を育成することができる。 2 進路の多様化 〜就労が全てか、進学という選択肢はないのか?〜 弊社に実習に来る特別支援学校の方々に、振り返りの時に「将来何になりたいですか?」と尋ねると「学校・幼稚園の先生になりたい。」「就労支援・福祉の仕事がしたい」という答えが増加している。先生にその事をお伝えすると、「この生徒はね、大学進学に必要な単位を取っていないのですよ。」と、はっきり言われる。何人も学ぶ権利はあると考える。どんなに知的障がいがあろうとも、学校生活や他者との関わりの中でIQが回復したり、様々な語学や数学や歴史やパソコンスキル、デザイン力等ある分野だけが突出して優れている生徒もいるかもしれない。そういった生徒が、大検等の周り道をせずに大学に進学できる、もしくは「特別支援学校版大学」の様なものが出来てもよいのではと、考える。知的障がいを、克服して教員になる方がいても、おかしくはない。一番、学びの差別をしてはならない文科省こそ、率先して改革に取り組むべきである。企業で能力を開花させる生徒は沢山いる。今の障がいだけ見るのではなく、生き生きとした将来の可能性を信じることが、必要なのではないか。弊社では月2回、英語のネイティブの先生に来て頂いているが、一番上達が早いのは知的障がい者の社員である。誰よりも学ぶ意欲・知的好奇心があり、実践力に長けている。パソコンのスキルやデザイン感覚に長けているのも知的障がいの方々である。彼らの学びたいという意欲を封印してはならない。 3 うつ病の教員のリワークの場所として 〜障がい者は天性のカウンセラー〜 弊社は親会社でうつ病を発病した社員が2週間、特例子会社にリワークに来て、回復し、もとの職場に復帰するというプログラムを実践している。今まで21名の方が来られ、20名の方が復帰され、再発も防げている。うつ病の方は主に、知的障がいの社員のパソコンを教える。また、学生時代の経験や社会人としての現在をリアルに話して頂く。知的の方々は目を輝かせて、「それで、それで」と親会社の社員の話に聞き入る。親会社の方々も、それまでは自分だけが知っていれば良かった知識を、知的の方々に伝える工夫を懸命に行う。それが脳に良い刺激を与える。この方法は精神障がいの社員が考案したリワークプログラムである。知的を初め障がい者の方々は相手の痛みが分かる、天性のカウンセラーである。今までは健常者が障がい者をサポートする時代だったかもしれないが、今ではもはや、障がい者が健常者を癒し、元の職場に復職させる時代なのかもしれない。是非この取組みを、教育の現場にも応用し、うつ病に苦しむ一般校の教員が、スローペースながらも特別支援学校にリワークに来る等の、リワークプログラムを確立して頂きたい。児童・生徒のいじめ等の異変を見抜くためには教師自身の心の健康も必要である。教師が心身共に健康でなくては良い教育はできない。教員の心のケアこそ大切な時代に入りつつある。 4 特別支援教育に求めること 〜外部講師を経験して〜 特別支援教育において求めることは、「生徒がキャリアを取捨選択できる環境づくり」である。そのために必要なことは三つ。一つは「生徒が『自立』するための習慣を身につける』こと。もう一つが「キャリア選択のための情報の提供。」最後に「大人の社会を映した、倫理・道徳教育の実施」である。なぜ生徒がキャリアを自分で取捨選択できる環境が大事かというと、「自分の人生は、自分で選択すべきである。それが自分の人生だ。」という思想に基づくからである。他人に選択され、与えられた人生に何の面白みがあるだろう?人間は年齢を問わず尊厳を持っている。大人になったとき、人生を他人に操作され続けることになったら、その人の尊厳はどうなるのか。おそらくそうした人生を歩んだ人は、自分がうまくいかなくなったとき、他人のせいにするだろう。場合によっては攻撃することもあるかもしれない。なぜなら自分の人生を駄目にした=自分の尊厳を踏みにじった人間、社会に反感を抱くのは当然だからだ。それは健常者だろうと障がい者だろうと変わらないと我々は思う。自分で選んだ人生だからこそ、より良く幸せな人生であることを求め、願えるのだ。人生の大半を占める職業生活において、自分で取捨選択ができないのならば、それは自分で選んだ人生といえないだろう。そのために特別支援学校のキャリア教育においても、生徒が自らキャリアを選べる環境を用意してもらいたい。次にキャリアの取捨選択について必要なことについて述べる。「生徒が『自立』するための習慣」についてだが、ここでいう「自立」とは、「自分で考え」「自分で判断して」「自分の責任において行動すること」の三つの習慣のことである。これらの習慣の必要性については以下の理由からなる。日常生活において、自分で行動について考え、取捨選択する練習をするためが一つ目の理由だ。この習慣ができていないと、キャリアを生徒自身が取捨選択することはかなわない。日頃の習慣として定着していないと、重大な局面で行動することは不可能である。二つ目の理由は価値観の形成のためである。価値観というのは自分の過去の考え、行動が蓄積した上での集大成として成るものである。そのためには日頃から自分で考え、行動しなければ蓄積、形成はしない。価値観を形成するということは、自分の考えを持つということである。自分の価値観は、他人へ伝えることができる。このことは社会人となったときに非常に大きな意味を持つ。社会人にとって1番必要なことは、「周りとうまくやっていくこと」である。技術力がなくても、周りとうまくやっていける人はなんとかなる。なぜならそのような人は周りからの助けを常に得られるからだ。そのためには、自分の考えを伝えられることが必須である。自分の考えが伝えられない人は、職場ではまず可愛がられない。なぜなら何を考えているか分からない人に対し、好ましく思うひとはほとんどいないと思えるからだ。周りの人とうまくやっていくには、価値観を持ち自分の考えを伝えられなくてはならない。そのために「自立」の習慣:「自分で考え」「自分で判断して」「自分の責任において行動すること」を練習しておく必要がある。次に「キャリア選択のための情報の提供」の必要性について述べる。生徒にキャリアを自分で選択させるには、選択肢の中にどのようなキャリアがあり、そのキャリアを選択するには何が必要かというのを知らなくてはならない。そのための情報の提供を学校でも行ってもらいたいのだ。知的障がいを持つ生徒は、健常の同学年の生徒に比べ、人生の様々な経験が少ないと感じる。その理由として、障がいをもつ子供として、周りの大人から色々と支援を受けてきた経緯が考えられる。健常の生徒が自分で試し失敗して、時に痛く辛い思いをしてきた経験を、ひょっとしたら障がいを持つ生徒は経験をしてこなかったかもしれない。ただでさえ人生経験が少ない生徒は、自分で自分のキャリア選択のための情報、方法について見つけ出すのはより困難だろう。そこで学校側でキャリア選択についての情報提供ならびに相談を手厚く行ってもらいたい。人は自分が選べるものがこれだけあり、どれを選ぼうかと考えているときは非常に楽しく、胸躍る瞬間でもある。それが特に自分の人生であるならば、さらにわくわくし、またこれからの生活習慣・考え方を見直す契機となる。そのために自分は何を選べるか、キャリアの選択肢と方法は何かということを知ることが不可欠となる。三つ目の「大人の社会を映した、倫理・道徳教育の実施」の必要性について説明する。私(槻田)は特別支援学校の外部講師を5年間勤めてきたが、今年から授業に倫理・道徳教育を盛り込んだ。ここで我々が倫理・道徳教育に「大人の社会を映した」という項目を盛り込んだことには理由がある。それは「生徒の人生経験の少なさ」と、「生徒の大人社会への興味」の2点の理由からによる。生徒の人生経験の少なさについては先ほど記した。人生経験の少なさとは、現代社会の状況についての無知ということも含む。そこで生徒が、現代の大人社会への不安と、興味の両方を強く感じるのは自然の成り行きだろう。そこで倫理・道徳について話す際に、「大人の社会を映した」ものを取り入れたのである。具体的な例を一つ挙げる。授業のテーマに「自己紹介」を扱った回があった。自己紹介について作成した原稿を、1人1人生徒に発表させて、講師が質問を交えながら話を展開するという流れである。ある生徒の1人は、先週近所のショッピングモールに行ったらしい。私はそこに入っている店舗について訊いた。その生徒は店舗名を次々に挙げていった。それらについて他の生徒にコメントをしてもらった。そのとき挙がった店舗の中で1番人気はユニクロで、生徒の8割ほどが好意を持っていて、利用していた。シンプルなデザインが好感を持てる主な理由だった。また、ある外食チェーン店舗については、男子生徒の多くが「味がイマイチ」と話していた。理由を訊くと、具体的な答えは返ってこない。どうやら男子は「俺は味の違いの分かる男」と見られたいことが背景にあるようだ。これらを見ても、この生徒達は知的障がいを持っていようが、同年代の少年少女と変わりはないと私は感じた。さて店舗名を挙げる話は続く。海外ファストファッションの店舗名が挙がってきた。H&Mは女生徒の1部が利用していて、洗練されたデザインと店舗の雰囲気が好みとの感想が出た。そこで私から「H&Mとは略称であって、正式名は何という名前だか分かる?」と問うてみた。そのとき分かった生徒はいなかった。そこで私は、「H&Mとは、『へネス・アンド・マウリッツ』の略であり、北欧(スウェーデン)のブランドだよ」と伝えた。それだけで生徒は目を輝かせていた。生徒は「知らなかった!」「そのこと、すぐ友達に話そう!」と口ぐちに発していた。この件は、彼らにとって身近で興味があるものだったのだろう。彼らの知的好奇心を大いに刺激したに違いない。さてここで倫理・道徳についての本題に入る。先ほどの店舗名を挙げている中で、高級ブランドの名前(プラダ)が出た。ブランドについて知っているかと訊いたところ、約半数(6名)が知っていると答えた。その中の1人の生徒は、実際に品物を持っていると言って、実際に鞄からプラダの財布を出してくれた。ここで私は生徒達に次の質問をした。「皆さん将来、自分の大切な人にこのブランドのアイテムをプレゼントしたいと思う人はいるか?」すると8割ほどの生徒が、プレゼントをしたいと手を挙げた。理由を訊くと、「(値段が)高いから」「価値があるから」「デザインが良いから」「作りが良いから」などという意見が出た。ここで私は生徒に以下のことを伝えた。「今、皆さんから大切な人へのプレゼントについて考えを訊いた。大切な人へこのブランドを贈る理由の全てが、『このブランドに価値があり、良いものだから』というものだった。つまり、この話の主役がプラダ、つまり『物』であるわけだ。でもあなたが1番大事にしなければならないのは、目の前にいる大切な『人』のはずである。自分がプレゼントを貰ったときに、相手がプレゼントを贈った理由が『値段が高いから=物に価値があるから』と聞かされたらどう思うか?主役は『あなた』ではなく『プラダ』になっている。おそらくあなたはいい気分がしないだろう。あなたは自分にとって大切な人であるから、その人に価値のあるものを贈ったはずである。主役を『人』と捉えて考える必要があったのではないか。主役は『人』であったとき、あなたはプラダを贈った理由をなんと答えるだろうか?例えば『大切な人の美しさ(かっこよさ)をさらに引き出すから』などという答えが出来るわけだ。そこでさらに大切なことは何だか分かるだろうか?大切な人については勿論、その贈ったものに対して、より深くあなたが知っていなくてはならない。そうでないならば相手が納得できる説明をあなたは出来ないからだ。ここで出てきたプラダについては、扱っている商品の特徴、ブランドの歴史、ひいてはその国(例えば、プラダの創業の国:イタリア)の歴史についても知る必要がある。つまり大切な人に物を贈ることひとつとっても、色々と知っておいたほうが良いことが沢山あるのだ。しかし考えてほしい。あなたの大切な人から物を貰ったときに、その理由が、物や国の歴史をふまえて、その物があなたをより輝かせるものだと的確に語られたら。あなたはその人のことをますます信頼するだろう。好きになるだろう。なぜなら自分のことをここまで理解して想ってくれていると分かったのだから。世の中お金で全て解決できるという考えがあるが、全ては解決しない。その一つが人の心だ。人の心をつかむには、相手を想う真摯な気持ちと、努力が欠かせない。努力の中でも色々なことを知るというのは非常に重要である。あなた方が大人になったときに安易にお金で全て解決するような人にならないでほしい。その場合、解決したと思っているのはあなただけである。そうならないためにも色々な分野の勉強を続けてほしい。それによって頭だけでなく、人柄も磨かれるのだから」というようなやりとりを行った。少なくとも私が担当した生徒達は、知的障がいを持っているが、大人の世界にあこがれる普通の少年少女たちである。彼らに倫理・道徳の教育を行うには、興味のある大人の世界を垣間見させることが必要であると強く感じた。この授業では生徒は実に活き活きとしていた。皆がわれ先に発言したいと手を挙げた。当たり前のことだが、彼らも我々と同様価値観をもち、それを披露したいのだ。そして興味のあることをもっと知りたい。伝えたいと思っている。 5 まとめ 以上、「企業が求める学校に於けるキャリア教育」について述べてきた。その中で、「生々しいキャリア教育とは何か」、「進路の多様化」、「うつ病の教員のリワークの場所として」、「生徒がキャリアを取捨選択できる環境づくり」の必要性について説いてきた。障がいを持っていようといまいと年頃の人間には変わりない。人間らしい人生を送ってもらうのが彼ら生徒にとって何よりの楽しみだろう。自分の人生について、考え、判断し、自分の責任において選択してもらいたい。そのための学校教育を是非実施してもらいたい。 【連絡先】 富士ソフト企画株式会社 0467-47-5944 人材開発グループ 遠田 千穂 todachi@fsk-inc.co.jp 発達障がいのある青少年のライフサイクルにおける キャリア教育の実践について ○中島 修(学校法人熊本YMCA学園高等部 部長) 平江 由紀(学校法人熊本YMCA学園) 1 はじめに YMCAでは1994年に神戸YMCAにおいて「学習障がい(LD)児・者及びその周辺の子どもたち」への支援事業が始まり、その後、全国のYMCAでも支援活動が広がっていった。熊本YMCAは、公益財団法人(当時は財団法人)において1997年に親の会との協働で幼小中学生を対象にソーシャルスキルをねらいとした野外活動が始まり、モータースキルをねらいとした体操や水泳、さらに、アガデミックスキルをねらいとした学習支援といった事業を順次開講した。このような経緯の中、子どもたちの成長に伴い、学校法人では通信制高校事業や専門学校に高等課程(表現・コミュニケーション学科)を開設し「もう一つの学びの場」としての居場所を設けた。また、社会的自立、経済的自立をねらいとした就労支援の必要性から、2009年より熊本県の委託事業として成人を対象とした職業訓練、「発達障がい対象就業準備訓練科」を開設するに至った。 これによって、幼児から成人までのライフステージにおける発達障がいのある青少年の支援を行うことができるようになった(図1参照)。 図1 YMCAにおけるライフステージでの支援活動 2 ライフサイクルにおける支援の連鎖の必要性 (1)YMCA活動の原点 YMCAの諸活動には次の要素が大切な基本となる。一つはグループ・ワーク、二つめは対象理解、三つめは居場所、最後は指導体制である。 グループ・ワークはYMCAの諸活動の原点である。グループ・ワークとは、「少人数のグループ・コミュニケーション活動を通して、相互に直接的な影響を及ぼし合い、グループの力を活用して人間力と人格成長を意図した学習」である。グループ活動の特徴として、①体験交流の中から自覚的な学習をする。②グループとしてのまとまりがコミュニケーション力を育てる。③創造的なチャレンジをする勇気が生まれる、などが挙げられる。人間関係の掛け算を体験して、学習・癒し・創造という人格成長に役立てるのがグループ・ワークである。 さらに、このグループ・ワークを効果的に支えているのはグループメンバー一人ひとりの対象理解であり、ゆるやかな人間関係のある居場所である。さらに、複数による指導体制が重要となってくる。YMCAの活動においては、D(ディレクター)、PD(プログラムディレクター)、L(リーダー)といった3階層のスタッフが関わり、常にメンバーの情報交換を行いながら活動が進められる。 このグループ・ワークを基本として、それぞれのライフステージにおいての当事者の特性を考えながらキャリア教育の実践を試みてきた。それぞれのライフステージにおける活動にはそれぞれに願いがあり、そのゴールには一人ひとりの社会的自立、経済的自立があり、障がいのある人もない人も一緒に、共に生きる社会の実現がある。 (2)ライフサイクルにおける負の連鎖と支援 一方で、発達に課題のある子どもたちのそれぞれのライフステージを見てみると、貧困連鎖という言葉があるが、貧困連鎖同様にさまざまな課題による負(不適応)の連鎖が生じている(図2参照)。幼児期から学齢期に入ると友だち関係や環境(学校等)に馴染めなくて不登校になる児童・生徒が出てくる。義務教育修了を境に不登校の生徒は減少するが、高等学校入学後、不登校や引きこもり、中退に至る生徒がいる。高等学校卒業後にもこのような負の連鎖は続き、その結果、ニートや貧困、生活保護に至るケースが多くみられる。 ところで、各ライフステージにおける支援については、小中学生や高校生では、SSW(スクールソーシャルワーカー)やSC(スクールカウンセラー)、相談機関や医療機関があり、それぞれの発達段階に応じた支援が行われている。また、高校卒業後には就労支援や生活支援、教育、福祉、医療と幅広い様々な支援機関がある。しかし、それぞれのステージにおける支援においてはステージ間の連携や連鎖までには至っておらず、年齢や課題の状態において受入窓口が異なっているのが現状である。 それぞれのライフステージにおける支援は充実しているものの、ライフサイクルとしての支援連鎖の面では課題が残る。 図2 ライフステージにおける負の連鎖と支援 (3)キャリア教育の在り方について 2011年1月31日、中央教育審議会は「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」について答申した。今回の答申の特徴は、キャリア教育と職業教育の基本的方向性を明確にし、これまでの4領域8能力から基本的・汎用的能力の習得を示している(図3参照)。また、発達の段階に応じた体系的なキャリア教育を掲げ、幼児期から高等教育、さらに、特別支援教育でのキャリア教育のポイントについても言及している。 これからのキャリア教育の在り方については、それぞれのライフステージや障がいの特性に応じたキャリア教育の必要性、また、就労へ向けてのハードスキル習得からソフトスキル習得の重要性が示唆されている。 図3 「4領域8能力」から「基礎的・汎用的能力」へ 3 ライフステージでの支援の事例 (1) 小中段階での支援〜発達障がい支援事業(リ バティードルフィンズクラス)での取り組み〜 リバティードルフィンズクラスは、参加者の一人ひとりのスペシャル・ニーズを受容し、社会性や感覚(性)を高め、一人ひとりがより豊かな生き方をしていけるように支援することをねらいとしている。特に、このステージでは、様々な成功体験を通して自尊心を育むことに重点を置いている。現在では、野外活動に加え、体操や水泳、学習支援、ソーシャルスキルトレーニング等の幅広い活動に取り組んでいる。 <Aさんの事例> (小学5年生から参加:2002年より) 課題:LDの疑い。小学校での不適応。学力不振から勉強への意欲が低下。 支援:個別支援計画を作成し、長期目標をスムーズな中学校進学のために基礎学力向上と自己肯定感の確保。短期目標を学校の課題への取り組みやすさを設定し、保護者・学校にも協力してもらった。様々な支援機関を活用しつつ通信制の高校から4年制大学への進学し、現在就職活動に励んでいる。 (2)高等学校段階での支援〜表現・コミュニケーションコースでの取り組み〜 通信制高等学校や専門学校高等課程の表現・コミュニケーション学科(以下「表コミ」という。)では、様々な体験を通して人と社会につながっていくことができる力を養うことをねらいとしている。将来の自立に役立てるため、「キャリア学習」・「進路対策」・「ビジネスマナー」の時間を設けて基礎的な知識・技能とともに、職場実習でさらなる勤労観・職業観につながる学習も行っている。このステージでは社会に巣立っていく準備段階として、キャリア教育の重要性が増す。さらに、様々な活動へのチャレンジを通して成功体験や失敗体験から対処法を学ぶ必要がある。 若年者や障がい、社会的不適応などで就労経験の少ない人に向けた、就労への興味関心や夢のある将来像を描くためのグループ・ワークとして下記のプログラムを行っている ① 仕事ポジション 様々な職業を知り、観点を変えて職業について考える分類法を考案した。それは、人との関わり方の頻度や就労場所を座標軸に職業カードを分類している(図4参照)。その中で職業について考えるきっかけや自分に合う職種への興味を促す。 図4 仕事ポジション ② PATH(Planning Alternative Tomorrow with Hope:希望に満ちたもう一つの未来について考える問題解決法) PATHはカナダのインクルージョン実現の手立てとして開発され、日本においても障がい者本人と支援に関わる人の夢や希望に向けての作戦会議や、干川(2002)の教師の連携・協力のグループ・ワークの取り組みとして利用されている。今回は障がいの有無に関わらず、将来へのイメージを持ち、就労や進学への意欲喚起を行う(図5参照)。 図5 PATH 上記二つの手法ともに、4〜6名程度の参加者と支援者の誘導によるグループ・ワークで行うためコミュニケーション能力も養うことができる。 <Bさんの事例>(表コミ3年生) 課題:友だち関係の課題。学校への不適応。小学校から不登校。中学校の出校日数0日。アスペルガー症候群の疑い。不平不満をひたすら話す。新しい物事、活動への拒否感が強い。 目標:卒業後は就職を希望。 支援:表コミの特色である様々な社会体験の場やグループ・ワークを通してコミュニケーション能力や様々なトラブル場面での対処法を学ぶ。支援の下で様々な課題へのチャレンジを通して自己理解を深める。Bさんは高校3年の夏に病院での検査と告知を受け、今までの経験を振り返り、自己理解や支援の求め方について考えが深まっている。現在就職活動に向けてバイトや資格取得にチャレンジするなど自ら考えて行動する場面が増えてきている。 (3)成人期の支援〜職業訓練での取り組み〜 2009年度から熊本県の委託を受け「発達障がい対象就業準備訓練科」を行っており、発達障がいのある成人を対象としてグループ・ワークや職場見学、職場実習を通して自己理解や他者理解を促し、問題解決の経験を積み、就労へのステップとなることをねらいとしている。カリキュラムの概要は表1である。参加する訓練生は様々な特性を持つことから、前半では訓練生同士や訓練生と指導者との関係作り、並行して自己理解と他者理解に重点を置いている。中盤では後半の実習に備え、ナビゲーションブック作成をゴールに職業観の育成、さらには自己理解を深めている。後半は職場実習が中心で、実習後はパワーポイントを用いての報告会を実施している。この報告会には訓練校を始めハローワークや支援機関から参加していただいている。このことで訓練生の就労へのモチベーションが上がり、支援者も具体的な支援内容が見えてくるようである。 また、前項で紹介したグループワークである仕事ポジションやPATHの取り組みもカリキュラムに取り入れており、訓練初期の職業観の見直しに活用している。 3ヶ月間集中的に行うため体力、作業性など高い水準を求められる場合もあるが、グループでの活動が多いため、助け合うなどのコミュニケーション能力の向上やお互いの競争・比較もあり相乗的な効果が期待される。 <Cさんの事例>(27歳) 課題:アスペルガー症候群。知的能力(特に言語分野)はとても高いが、メタ認知や意図理解が困難で職場で叱責され離職を繰り返している。 支援:自信の回復と働き方、求職活動の方法を学ぶ。社会性の課題を理解してもらえる職場を探すと共に、伝え方を学んだ。 訓練終了後も支援機関を利用しながら、無理のない働き方を考えた求職活動を行い、現在は障害者雇用枠で就労をしている。 表1 カリキュラム概要 表2はこれまでの発達障がい対象就業準備訓練科の参加者数と参加者の診断、訓練後の進路決定率を表している。参加者数は少ないが参加者一人ひとりの特性は異なり、人間関係やコミュニケーションの面での課題は多い。しかし、訓練が進むに従って訓練生同士や指導者との関係ができ、より効果的な訓練となっている。 訓練生の中にはその日に行った訓練内容を帰宅後家族に話す人もいる。このことは前述の小中学生対象のリバティードルフィンズクラスの子どもたちと一緒で、自らの居場所ができると誰かに伝えたいのではないだろうか。 また、入校式では固い表情だった人が、3ヶ月後の修了式では笑顔が見られるようになる。この笑顔が訓練後の就職活動に良い結果をもたらすようである。 表2 職業訓練参加者数と就職率の変化 4 まとめ 近年、幼児期から成人までのそれぞれのライフステージにおける教育や福祉、医療での支援は充実してきている。しかし、ライフサイクルからの視点では各ステージ間の連携は十分ではない。しかし、社会的不適応の負の連鎖は確実に進んでいる。その多くが様々な課題を持った青少年たちである。体系的な早期からの支援が負の連鎖への歯止めになる。さらに、発達段階に応じた体系的なキャリア教育は、教育を通してのライフサイクルにおける支援の連鎖として期待ができる。幼児期や学齢期においては自主性や社会性、自律心を育み、中等教育・高等教育では勤労観や職業観、価値観の形成・確立にある。障がいの有無に関わらず、一人ひとりの個性は異なり、それぞれの特性に応じたキャリア教育の実践が望まれる。 さらには、福祉・医療の分野でも切れ目のない連携した支援に期待したい。 【参考文献】 1) 中央教育審議会答申:「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」(2011) 2) 干川隆:教師の連携・協力する力を促すグループワーク−PATHの技法を用いた試みの紹介−「知的障害養護学校における個別の指導計画とその実際に関する研究」p43-46独立行政法人国立特別支援総合研究所(2002) 【連絡先】 学校法人熊本YMCA学園 中島 修 Tel 096-353-6393 Fax 096-324-7877 E-mail:Osamu.Nakashima@kumamoto-ymca.org キャリアエンカレッジの試み ○林 眞司(東京都立足立東高等学校 副校長) 大塚 千枝(東京都立足立東高等学校) 1 キャリアエンカレッジの概要 全日制普通科の高等学校において一人ひとりの教育的ニーズに応じた支援の在り方を追求し、発達障害のある生徒に「自立活動」の視点をもって、キャリア教育、生徒指導・教育支援にあたる新領域の教育課程を「キャリアエンカレッジ」と名付けた。この新領域「キャリアエンカレッジ」では各学年で自他理解をうながし、勤労観、職業観など生き方を考えさせるキャリアガイダンス、就業体験学習や資格検定学習など体験的な学習を通じて、社会生活で必要な基本的ルール、個別のニーズに応じたスキルなどの獲得に効果的な指導・支援の在り方(ワーク・チャレンジ・プログラムやライフ・スキル・トレーニングなど)の研究を行う。また、支援が必要な生徒に対して関係諸機関との連携をさらに強化した支援体制の確立を目指している。 この研究を通して、障害の有無にかかわらず、全ての生徒が社会的・職業的自立に必要な能力を育てることを目的とする。 表1 キャリアエンカレッジの教育課程 2 キャリアエンカレッジの研究仮説 本校では平成21〜22年度に「高等学校における発達障害支援モデル事業」の研究を進める中で、明らかになってきたことの一つは発達障害の有無にかかわらず、コミュニケーション力不足や社会生活で必要な基本的ルールが十分に身についていない生徒が多く在籍し、就労の場面で非常に困難を抱えるとともに、就労後も短期間で離職してしまうという課題が明確になってきたことである。今回の研究で新領域「キャリアエンカレッジ」を設定することで、以下の3点について特別な教育的ニーズを有する生徒(発達障害を有する生徒等)を含め、全ての生徒に特別支援教育の指導領域である「自立活動」の内容を指導・支援することで、職業的・社会的自立に必要な能力を育成する。 ①さまざまな職業における基本的なルールを理解し適切に行動できるためのワーク・チャレンジ・プログラム(WCP)やライフ・スキル・トレーニング(LST)などを通じて一般社会で生きていくための知識やスキルを習得させるシチズンシップ教育を推進する。 ②体験的な学習では就業体験学習で実際の社会との接点をもち、獲得した知識やスキルの定着を図る。また、資格検定学習で個別のニーズに応じたスキルを習得することで社会に生きる自信をつけさせる。 ③生徒が相談を求める場所として新たにハローワークの就労支援ナビゲーターなどの外部人材の活用を図る。この相談体制では生徒が直接相談できだけでなく、担任教師も相談できるネットワーク的な就労支援体制の構築を目指す。この相談体制は学校を卒業してから実際の社会に生きていく場面で必要に応じて必要な支援が求めることができる力を育成する。 図1 研究構想図 3 キャリアガイダンス 将来の進路選択に備えて必要な知識を身に付けるとともに、自己の特性を理解する。 評価は通年にわたり、生徒の個々の学習記録や授業態度・出席状況を基礎として行う。 その中に発達障害のある生徒に特別支援学校の指導領域である「自立活動」の生活上の困難を主体的に改善・克服するための知識、技能、態度及び習慣を取り入れていく。その中で「健康の保持」、「心理的な安定」、「人間関係の形成」、「環境の把握」「身体の動き」及び「コミュニケーション」の六区分領域に含まれる項目を「キャリアガイダンス」の内容として適宜組み合わせて実施する。 4 体験学習Ⅰ 生涯スポーツ、日本の伝統・文化分野を主として体験学習を行う。 第1学年2単位履修としてスポーツ分野、文化・芸術分野、日本の伝統・文化分野「ニュースポーツ」「ベースボール」「トレーニング」「囲碁」「茶道」「和太鼓」「箏曲」「篠笛」「民謡」「そろばん」の18分野を2期(内容によって1期)に分けて選択し学習する。 評価は通年(2期)で、生徒個々の学習記録や授業態度・出席状況を基礎として行う。 5 体験学習Ⅱ−1 ライフ・スキル・トレーニング 就業体験分野「整備・工業技術」「美容」「保育」「福祉Ⅰ」「園芸・農業Ⅰ」「ライフ・スキル・トレーニング」の6分野、資格検定分野「手話Ⅰ」「木工」「保育音楽」「写真技術」「電卓基礎」「情報検定」「食物検定」「被服検定」「英語検定」「漢字検定」「ペン習字」「数学検定」「色彩検定」「日本語検定」の14分野を2期に分けて選択し学習する。 評価は通年(2期)で、生徒個々の学習記録や授業態度・出席状況を基礎として行う。 6 体験学習Ⅱ-2 就業体験分野「整備・工業技術」「保育」「福祉Ⅱ」「園芸・農業Ⅱ」「ワーク・チャレンジ・プログラム」の5分野、資格検定分野「手話Ⅱ」「木工」「写真技術」「保育音楽」「電卓基礎」「情報検定」「食物検定」「英語検定」「漢字検定」「ペン習字」「数学検定」「色彩検定」「日本語検定」の12分野を2期に分けて選択し学習する。 評価は通年(2期)で、生徒個々の学習記録や授業態度・出席状況を基礎として行う。この他に、「食品製造」「園芸デザイン」の2分野を都立農産高等学校で受講している。 ワーク・チャレンジ・プログラム 7 スタディガイダンス 基礎学力の大切さを自覚させることを目的として学習活動を行う。学習内容としてその内容を基礎としている各教科・科目の指導と密接に関係するだけなく、電子辞書などさまざまな電子機器を用いた学習活動の効果も検証していく。評価は通年で生徒個々の学習記録や授業態度・出席状況を基礎として行う。 8 平成23年度の成果と課題 (1)成果 キャリアエンカレッジはキャリアガイダンス、体験学習を中心に教育課程を組むことを検討した。キャリアガイダンスは生徒が1年から3年まで1単位履修する。また、キャリアガイダンスの中で、セルフモニタリングできる機会を設けることで、自己理解に向けた一助とする。また、学期末の時間を利用して上級学校訪問や職場訪問を1年生から実施する予定である。本校の教職員に対してキャリア教育の在り方についてアンケート調査を行った結果、キャリアガイダンスは体験・作業実習形式の授業として進路希望別に実施する方がよいという結果であった。また、その際学習する内容としてソーシャルスキル、勤労観・職業観、基礎学力・一般教養が挙がった。体験学習に関して体験学習Ⅲの学習内容を見直した方がよいという意見が多く見られた。 今年3月に卒業した生徒にアンケート調査を行い、キャリアガイダンスが進路を決めるのに役立ったという意見が79%であった。特に進路情報が役に立ったという意見が多く見られた。体験学習についても実際に体験してみることで進路を考えることになったという意見が見られた。 体験学習を受け入れていただいている事業所などにアンケート調査を行った結果、1日を通しての体験を行った方がよいという意見が寄せられた。 基本的にキャリアガイダンスは生徒全員が受講することで計画をしていく。その中でセルフモニタリングする力を育成していくと共に自らの弱点に気付き、必要な支援を求められるような姿勢を育成していく。 ライフ・スキル・トレーニングは基軸活動(清掃活動を予定)を行いながら、発達障害者に多い実行機能の弱さをフォローし、育成する。セルフモニターとプランニングがその主なターゲットとする。評価指標としてT-TAPを用いて家庭尺度と学校/事業所尺度を中心に行う。 ワーク・チャレンジ・プログラムでは就労に向けた意識をもたせるため、社会人としての役割、責任、マナーなどを含める。職場では態度と成果が重視されるので、ノートなどの提出物、授業中の態度で評価を行い、人事考課についても基礎的な学習を行うこととした。 (2)課題 ライフ・スキル・トレーニング、ワーク・チャレンジ・プログラムを体験学習の1講座として発達障害など特別な支援を要する生徒を対象として実施するが、どのようにスクリーニングするかが重要な課題である。スキルチェックシートを利用して自己チェックを行わせるが、発達障害のある生徒はセルフモニタリングする力が弱い面があるので、担任による観察も合わせることで対象となる生徒を絞り込んでいく必要がある。 また、新入生に対して臨床発達心理士による全員面接を実施することで、入学後の学習指導でのつまずきや生活指導面に課題があると思われる生徒をスクリーニングする。 いずれにしてもどのように選択させていくか、セルフモニタリングする力の育成をキャリアガイダンスなどの活動を通じて気づかせていくかが課題である。 職業を体験することについて、週時程における体験だけでは十分ではないという意見が教員や体験先のアンケートから出てきている。一定の実施期間を設け終日のインターンシップを実施する方策について検討が必要である。 9 平成24年度の成果と課題 (1)成果 ①メンタルヘルス検診 第1学年で実施するライフ・スキル・トレーニングを受講させる生徒をスクリーニングする目的として臨床発達心理士による全員面接を実施した。その結果、12名の生徒がスクリーニングされ、ライフ・スキル・トレーニングの受講希望者から合致する生徒をライフ・スキル・トレーニングの前期受講者として決定できた。また、単にライフ・スキル・トレーニングに向いている生徒をスクリーニングするだけでなく、面談を通して「早急に教師間で情報を共有し、対応した方がよい生徒」「行動を注意深く見守る必要がある生徒」「学校生活がうまくいくように見守る必要がある生徒」を見いだすことで、その後の生徒指導に生かすこととした。 ②キャリアガイダンス 第1学年全員に「社会・仕事を知る」というテーマを設定し、グループディスカッション形式、パネルディスカッション形式で進め、実際に社会人として働いている方を講師として招いた。受講した97.4%の生徒が役に立ったと評価し、今から職業を意識して学校生活を送りたいという意見が目立った。また、本校の生徒にとってグループディスカッション形式で他人の意見を聞く機会を設けることが有効であることも分かった。 第2学年は、就職を希望しているまたは進路がはっきりと決まっていない生徒に対して職場見学を実施した。区役所、製造業、運送業など5社を見学することで進路に向けた意識づけを行った。実施後の報告書の中には働くことを意識し、その中で仕事に対するやりがいを見いだす生徒や実際の働く現場を見ることで、漠然と抱いていた進路希望に対する自分の興味・関心から自己の特性と比較して具体的な進路希望を考える生徒などが見られた。 第3学年は、社会に出てからのお金の使い方や将来設計についての学習を行った。この中では一人暮らしに対して実際に必要となる費用などを知ることで親元を離れ自立することについて学ぶことができた。 ③ライフ・スキル・トレーニング(LST) ライフ・スキル・トレーニングは校内外の清掃活動を基軸活動とし、手順に従うこと、正確に課題を終わらせること、スケジュールに従って活動すること、簡単な指示に応じるなどのコミュニケーション力、他人がいることを意識して行動するなどといったライフスキルの習得をめざして設定した。前期の受講者は上記メンタルヘルス健診及び第5希望までにライフ・スキル・トレーニングを選択した生徒6名と、本人の希望があり担任も向くと考えられる生徒2名の8名を受講者として決定した。 受講生の特徴としては広汎性発達障害が疑われる生徒、アスペルガー傾向、ADHD傾向、学習の遅れが心配な生徒などであった。 生徒の変化としてア)周囲への配慮をすることができるようになった。イ)作業手順が分からないとき、指導者に尋ねられるようになった。ウ)汚れているところを見つけて、清掃するということができるようになった。エ)指導者が意図的に作ったグループでの清掃の際に、自発的にリードする役割を担えるようになった。などがあげられる。 (2)課題 ①メンタルヘルス検診 ライフ・スキル・トレーニングの受講者を決めるために、実施時期を4月入学して当初とする必要があった。24年度はできるだけ面接者の数を減らし、スクリーニングの精度を高めるように考え、4日間に2名の臨床発達心理士による面接を実施した。面接日数の短縮が課題として残った。 ②キャリアガイダンス 仕事に対する意識づけとして社会人からの話を聞いたり、職場を見学したりすることで多くの生徒に職業に対する意識の変容が見られたが、普段の学校生活で行動面への変容に結びつけていくことができていないことが課題である。話を聞くインプット型と合わせて実際に職業体験をおこなうアウトプット型のインターンシップを実施することが必要だと考えられる。 ③ライフ・スキル・トレーニング(LST) メンタルヘルス検診により受講者を決定したが、結果的には様々な特性をもった生徒が受講することになり、生徒一人一人に自立を促すための手だてが異なることになった。そのため、全員を同じ評価基準により評価することが困難であった。TTAPの評価尺度による自己評価、教師評価の変化を評価することを期待したが、実際は受講による変化を評価することが難しかった。TTAPの評価尺度による自己評価、教師評価の他に評価方法を検討していく必要がある。また、生徒の特性から本講座を受講することで大きな変容をもたらす生徒の特性を見いだす方法の検討が必要であった。 さらに、基軸活動が清掃であるため、他の生徒から活動が罰作業のように見られ受講した生徒の動機付けが難しい。ある一定のスキルを身につけたところで学校内だけでなく、地域で学習成果を発揮させることで受講した生徒の動機付けを行っていくことも検討する必要があった。 【連絡先】 東京都立足立東高等学校 〒120-0001 東京都足立区大谷田2丁目3-5 TEL 03-3620-5991 FAX 03-5697-0272 第2学年体験学習におけるワーク・チャレンジ・プログラムについて ○大塚 千枝(東京都立足立東高等学校 特別支援教育コーディネーター) 林 眞司(東京都立足立東高等学校) 1 講座設定の意図、指導形態 学校内に模擬的な会社を作り、実際に働く体験を行い、その体験から働く上で身に付けておきたい基本的な資質や能力等を学ぶことを目的として体験学習Ⅱに位置付けて講座を開設した。指導項目は、職業人意識と勤労観、社会人意識、職場でのコミュニケーションスキル、ビジネスマナーであり、教材として独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター作成の「職業リハビリテーションのためのワーク・チャレンジ・プログラム(試案)」を使用し、作業体験のツールとして、ワークサンプル幕張版(MWS)を活用し、ナプキン折り、重さ計測、プラグタップ組み立て、ラベル作成を行った。 「高卒者の職業生活の移行に関する研究」最終報告1)によると、高卒者が最初の仕事をやめた理由は、①労働時間が長い、不規則だった、②仕事が自分に合わなかった、③自分の将来展望が持てなかった、④仕事がつまらない ⑤仕事がきつい、となっている。この報告により、就労継続のポイントは、職業人意識や勤労観の確立と、職業的自立に必要な自己理解にあると言える。そのため、学生と社会人の違いや人事考課について学び、働く目的を考えるプログラムを追加した。自己理解の促進については、作業体験と毎回講座終了後の振り返り自己評価シートの記入、並びに教員と講師による評価、タイムリーなフィードバックにより自己知識を増やし自尊感情を高めることとした。 指導形態は、市民講師と教員のチーム・ティーチング方式をとり、学習内容の指導は市民講師が行い、授業中の補助活動や評価活動を教員が行った。 2 受講者の決定 前期の受講生は第5希望までにワーク・チャレンジ・プログラムを選択したことに加え、明確な進路希望がない生徒9名を受講者として決定した。 9名の特徴は以下のようであった。 担当教諭の見立て 気分にムラがあることがある 頑固な面が見られることがある 堅さが見られることがある こだわりが強く堅さが見られることがある こだわりが強く、精神的に不安定なことある 多動傾向が見られることがある コミュニケーションが苦手そうである 注意力に課題が見られることがある 行動面に課題が見られることがある 3 授業の展開(前期12回) 【第1回】会社とは? 働くとは何だろう? 受講生徒は、株式会社エンカレッジOA事業部文書制作課に入社したという設定で第1回の授業を実施した。株式会社エンカレッジ社長(校長)から辞令を交付してもらい、指導者は先生ではなく「課長」「部長」と呼ぶことを説明され、ネームホルダーを首にかけ、タイムカードを押して授業を開始した。普段の授業とは異なる始まり方が、生徒たちに良い緊張感を生んでいた。環境を整えることの効果の大きさを感じた。 【第2回】学生と社会人の違い、働く目的、企業が求める人物像、〔作業〕:ナプキン折り 第2回目の授業で初めてバズセッションを実施した。バズとは蜂の「ブンブン」という羽音のことであるが、生徒にどんどん意見を出させ、それを黒板にまとめていくという形態で行った。このバズセッションの活用で参加の形態が受身ではなく主体的に変わり、また人の意見を聞いてさらに理解を深められるという相乗効果があった。バズセッションの前に、「決して人の意見を批判しない。」、「人の意見を最後まで聞く。」、「人と同じ意見でもかまわない。」、「発言しない場合は不在と評価される。」という説明をしバズセッションを開始した。普段の授業では決して自分から発言しない生徒も自発的に発言していた。また、どんな意見を言っても受け入れてもらえることがわかると、生徒たちは積極的に発言するようになった。2回目以降もバズセッションを活用したが回を重ねるごとに生徒の発言の回数も増えていった。 【第3回】身だしなみと時間管理、※5分前行動、〔作業〕:ナプキン折りと重さ計量 この回くらいから、生徒も授業になじんできて、質問をする呼びかけが「先生」から「課長」と変わってきた。また、ナプキン折りの作業では、互いに教えあう様子や、休憩時間に残ってもう一度折り直してみるといった行動が見られた。 身だしなみのバズセッションの中で自分の服装の乱れや、無精ひげに気付き、次回からきちんとしたいと感想を述べていた。 【第4回】挨拶、返事、お辞儀、〔作業〕:ナプキン折りと重さ計量 お辞儀の練習を繰り返すうち、適当だったお辞儀が、丁寧できれいなお辞儀に変化していった。挨拶のポイントは「自分から」を学び、授業後校内ですれ違う際、「こんにちは」と声をかける生徒が増えた。 【第5回】社会人の言葉遣い、パーソナルスペース、〔作業〕:重さ計量とプラグタップ組み立てとナプキン折り 重さ計量、プラグタップの組み立てといった3種類の作業を体験する中で、自分にとって何が得意な作業で、何が苦手な作業なのかを感じ取っているようで、好きな作業はこれ、と感想を述べるようになった。 【第6回】傾聴スキル、人の話を聞く態度、話しかけるタイミングをつかむ、〔作業〕:重さ計量とプラグタップ組み立て いつもは落ち着きのない生徒が課長と傾聴スキルの実践を行った。教室ではペン遊びが止まらない生徒が、体を前傾姿勢にし、「そうですね。」と丁寧な言葉で相槌を打っていたのが印象的であった。 【第7回】指示受けと質問の仕方、※メモ取りと復唱確認、〔作業〕:プラグタップ組み立て 指導者が口頭で指示したことを、聞きながらメモを取り、復唱して確認する実践をした。指導者の課長から、「新入社員7人分の文房具を用意してください。文房具は倉庫の右奥にあります。用意するものは、ホチキス、はさみ、ものさし、シャーペン、消しゴム、ボールペンの赤と黒です。」と指示され、一人ひとりがメモを取り復唱することを実践した。「メモは後で自分が見返すために、自分がわかるように書けばよいこと、数字や名前は間違えやすいので、特に注意すること。」と説明を受け、一人ひとりが自分なりのスタイルでメモを取っていた。多くの生徒が品目を忘れるなどつまずくと想像していたが、意外にもメモをきちんと取り、しっかり復唱できていた。 【第8回】報告・連絡・相談、※悪い報告はすぐ知らせる、〔作業〕:プラグタップ組み立て 報告する際に、話しかけても大丈夫かどうかを判断するための、相手の具体的な態度を生徒に発言させ、その態度を実際にやって見せ、生徒の理解を深めていった。 【第9回】なぜ、報告・連絡・相談が必要なのか、ミスを指摘されたときの態度、〔作業〕:プラグタップ組み立て この頃になると受講者9名の中に帰属意識が高まりチームワーク力が芽生えてきた。作業のための物品の配布や片付けの際に、率先して声をかけリードする者と、それを手伝う者という役割分担が集団の中に生まれてきた。商品の品目別に部品を集め、手分けして片付けをする様子が見られるようになった。 【第10回】情報管理、〔作業〕:ラベル作成 ラベル作成は多くの生徒が集中して取り組んでいた。最後は自分のファイル用にラベルを作成して貼っていた。 【第11回】備品管理、※5S(整理・整頓・清掃・清潔・習慣)活動、〔作業〕:ラベル作成 できあがった書類を指導者に確認してもらう際、書類の向きを相手に合わせることや、両手で渡すことなど、普段の授業の中でも自然にできるようになってきた。 情報管理・備品管理について学んだ後、休憩に入ると生徒全員が机の上の書類を裏返したり、机の中に閉まったりして部屋を退席するといった配慮を見せた。 【第12回】報告書作成、振り返りスピーチ 12回を振り返って、全員が3分間のスピーチをした。印象に残っている講義内容を述べる生徒、行った作業の感想を述べる生徒など、しっかりとした態度で講座開始時よりも明らかに大きな声で明るく感想を述べていた。 4 毎時間ごとの評価 受講生徒による自己評定(出退勤、挨拶(2項目)、身だしなみ(6項目)、報告・連絡・相談(6項目)、作業態度(6項目)、作業遂行(6項目)、2段階評価:規則を守れている ○ 規則が守れていない ×、×をつけた項目については右横に理由を記入)と担当教員による評価(出退勤、挨拶、報告・連絡・相談、作業態度、作業遂行)を実施した。これら二つの評価11回分(最終日を除く)を評定累積結果としてグラフにし、最終回に生徒へフィードバックした。 5 受講生徒の変化 テキストとして使用した「職業リハビリテーションのためのワーク・チャレンジ・プログラム(試案)」(独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター)により、以下の職場のルール14課題を学習した。 14課題における適切な回答の選択率は、初期評価の77%から、最終評価では98%と上昇がみられ、基本的なルールに関する知識の獲得は学習効果が認められたといえる。 次に、作業体験と振り返り自己評価を重ねることで自己理解を促進した生徒の気付きと変容を以下の5つの項目で考察する。 (1)自己理解<気付く> 講座の中で、生徒自らが自分の集中力、注意力、記憶力、感情コントロールについて客観視し、認識し、気づいたことを明確に口頭で伝えたり、活字にしたりアウトプットした事例に以下のようなものがある。 「どうやら自分は長時間、人の話を聞くのが苦手なので、しっかり人の話を聞く癖をつけたいと思います。」 「指示を聞いているつもりで忘れていた。」 「自分のやりたい通りにやってしまう。」 (2)自己理解<気付く⇒行動変容> <気づく⇒行動変容>がみられたものには以下のようなものがあった。 「声が小さく不適切 ⇒ 適切な大きさに改善」 「自分のやりたい通りにやってしまい、指示の手順に従わなかった ⇒ 指示手順に従う」 「休憩と作業は違うから、すぐに切り替える」(気づくまで自分の中でオン・オフの明確な意識はなかった。) (3)自己理解<自己知識の獲得> <自己知識の獲得>が得られた報告例は以下のとおりである。 生徒A:「何かを組み立てるのが自分は今まで得意だと思っていましたけど、このプログラムに参加して組み立てるのは好きだけど組み立て自体は苦手だとわかりました。」 生徒B:「プラグタップは好きだったのに、全く作業ができなくて後々嫌いになりました。重さ計測はやっていくにつれて、目分量でわかってきたから得意になりました。」 生徒C:「一番得意なことがわかって成果が出てとても楽しかった。」 生徒Aの発言は『「好き」と「得意」は違う、とわかった』という職業選択において、ミスマッチを防ぐための重要な自己理解ができた事例である。生徒BとCの発言は、「やる気があるから成果がでるのではなく、小さくても成果が出るからやる気が出る」という内発的動機づけが生産性を上げ、結果、肯定的な自己知識を得た事例となっている。 (4)自己理解<自ら考え工夫する力> <自ら考え工夫する力>の獲得がうかがえる感想に、以下のようなものがある。これは、重さ計測(3種類のボルトの組み合わせ)の作業で、指示された重さ計測⇒所要時間記録⇒報告⇒上司チェック⇒次の課題という流れの作業を行った時の感想である。 「自分がやった事の無いものに対して、もっと早く作業をやりたい!と思う事があり、じゃあどうすれば早く出来るか?そう考え、色々な方々を考えてやってみたり、こっちの方が早いなと発見したり、自分はそういう発見が出来ていたんだなと今回のプログラムで『発見』しました。」 この作業では、『各自で』ストップウォッチを使用し、『自分で』所要時間を計測した。講師がストップウォッチで作業時間を管理するのではなく、自分で所要時間を計測するという自己管理により、「もっと早く作業をやりたい」という意欲がわき、スピードを意識し、生産性の向上を図るために考え工夫する力を発揮した事例である。 (5)自己理解<自己評定と教員評定の結果> 勤怠、挨拶、身だしなみ、報告・連絡・相談、作業遂行については、概ね一致していた。しかし、作業態度については、9名中7名の自己評価は甘く、教員評定とは乖離が見られた。 次に、学習したスキルにより作業場面で次のような行動変容があった。 ・休憩に入る前に、作業中の書類を裏返す、または机にしまった。 ・報告(作業終了とミスの報告)ができるようになった。 ・指示に関するルール(指示遵守・指示以外の仕事)の学習後は、指示に従い自己判断せず、質問することができた。 6 成果と課題 この講座では、職業的自立に必要な就労支援プログラムの基本的な学習を行い、その後に作業実習を行うことで知識やスキルの習得に集中して取り組むことができた。授業を市民講師と教師とのチームティーチングで実施することで、市民講師の専門性を活かした指導ができた。特に学校における生徒と教師の関係では難しい模擬企業的な授業展開を実施することにより、生徒は普段の授業とは違う緊張感をもって授業に臨んでいた。 ビジネスマナーの学習によって、社会生活の中で求められる適切な行動、たとえば遅刻しそうになったときの対応などについて9名中8名の生徒が100%適切な行動を選択することができるようになった。また、自主的な参加を意識しバズセッションを行うことで普段の授業では決して自分から発言しない生徒も自発的に発言をしたり、授業以外でも生徒自らが積極的に挨拶をしたりするのなど行動面でも大きな変化が見られた。また、様々な作業を通じて自分が得意な作業、苦手な作業、自分の課題と課題解決のために取り組むべきことを把握するなどの自己認識が高まった。受講した生徒が、働くとは何か、企業で求められることなどを感じ取ることができ、作業を通して自分の特性にも向き合えていること、そして自己理解に基づいた行動変容がなされたことは大きな成果だと考える。 課題は、動機付けと習慣化と習得した技術の定着化である。動機付けのため、企業見学を後期講座の開始に合わせて実施した。参加生徒が2名と少なかったが、参加した生徒には、企業見学により会社に対して漠然ともっていたイメージを変えられたなどの効果が見られた。参加者を増やすために実施時期や実施の仕方を検討する必要がある。さらに、学習したスキルを定着するための活用場面が少ないことも課題である。学習内容には特別な支援を要する生徒や受講した生徒だけでなく、すべての生徒が学習した方がよい内容もあるが1講座あたり10名以上だと十分な指導ができないことなどが課題としてあげられる。今後はワーク・チャレンジ・プログラムで学習した内容を他の授業でも習慣化したり、この授業を教師が見ることで指導からどのようなスキルを学習していくのか確認をして学校全体で定着化できる方策を探ることも必要である。また、キャリアガイダンスで行えるビジネスマナー講座などの検討を進めていく必要がある。 この講座内容は、学校における教師と生徒の関係だけで指導することは難しい。そのため、指導者を教師以外の人材が行うことが必要となる。民間企業で人材育成の経験のある人物や発達障害者の人材育成に関わった人物などを発掘していく必要がある。 また、受講する生徒を決定する指標の設定が難しい点もある。この講座を受講することで身につく能力をはっきり理解させるなど受講に対する動機付けを行うことが難しい。前期の講座選択者は年度初めの選択であり、新しいことに取り組む姿勢が見られるが、後期の講座選択者は前期に別の体験学習を行っているため、ワーク・チャレンジ・プログラムに取り組む姿勢に違いが見られることが課題の一つでもある。 【参考文献】 1)厚生労働省:「高卒者の職業生活の移行に関する研究」最終報告、参考資料、図表5(2002) 【連絡先】 東京都立足立東高等学校 〒120-0001 東京都足立区大谷田2丁目3-5 TEL 03-3620-5991 FAX 03-5697-0272 メンタルに課題のある訓練生に対する原因対策訓練について 〜成功体験の積み重ねによる自信の獲得〜 佐々木 哲平(国立職業リハビリテーションセンター 主任職業訓練指導員) 1 はじめに 国立職業リハビリテーションセンター(以下「職リハセンター」という。)では、昭和54年11月に身体障害者を1期生として受け入れてから職業評価・職業訓練・職業指導を行い障害者の企業への就職支援を行っている。平成14年度から精神障害者・高次脳機能障害者・知的障害者に対する専門訓練コースとして「職域開発系」を設置して職業訓練を実施しているが、職リハセンターでは平成20年度の発達障害者の受け入れを契機に、受け入れ枠を広く確保するために職域開発系以外の一般訓練科(既存科)においても知的障害者を除く特別支援障害者1の受け入れを確保するために、柔軟なカリキュラムを設定した訓練科を設置した。そのひとつがオフィスビジネス系オフィスワーク科である。 当科の訓練の特徴は、各種事務業務遂行能力付与を目的とした模擬的な事務所環境を設定し、実践的なOA機器操作や実務作業を通して、企業内の広範囲な事務業務に従事可能な知識と技能を習得することである。入所する訓練生は障害の種類は個々に異なるものの、失敗体験を繰り返してきたことによる自信のなさ、疾病や障害特性に起因する精神的な不安定感や認知面の障害などメンタル面に課題のある訓練生の占める割合が高い。そのため、成功体験の積み重ねや認知面の修正等を行いながら、自信を持って職業訓練や就職活動に取り組むことを目指し、日々技能訓練の振り返りを実施している。その一つの取り組みである「原因対策訓練」について報告する。 2 原因対策訓練(グループワーク) 原因対策訓練は三つの段階で進めている。 第一段階は日々の振り返り記録である「私の記録」2(図1)を作成することから始める。内容は日々の行動(訓練生活、日常生活)の中から「良かったこと」「発見したこと」を振り返りとして毎日記入する。 1 精神障害者・発達障害者などの職業訓練上特別な支援を要する障害者。 2 パソコンのメモ帳に図2のフォーマットを準備し、その日の感想などの気づいたことについて項目ごとに入力する。 図1 私の記録 第二段階は、上記の「私の記録」を参考に一週間に一度、『セルフマネージメントシート(よりよくするために)』(図2)を作成する。これにより一週間の取り組み状況を整理する。 図2 セルフマネージメントシート セルフマネージメントシートは、振り返りの欄に最初に「良かった点」として達成できた目標や目標達成に向けて特に意識したこと、印象に残ったこと、新しく学んだことなどを記入する。これにより訓練生がその週にできたことを自ら確認し、自信をつけることを目的としている。 次に「上手くできなかった点」を記入する。目標値に届かなかったり、努力しているのに上手くできなかったことを記録する。これは、悪い点(失敗)と考えるのではなく、「よりよくしたい点」として捉えることとしている。この「上手くできなかった点」については、訓練生自身がその原因を分析し、具体的な対策を立てて、翌週の目標を設定する。翌週の目標については、スモールステップとすることで、日々の成長を自覚し、成功体験を重ねられるようにしていく。 第三段階は、指導員を含めた小人数でのグループワークを行う。セルフマネージメントシートを用いて、「良かった点」「上手くできなかった点」「上手くできなかった原因とその対策」「次週の目標」を発表し、参加者間で意見交換を行う。特に原因と対策については、この意見交換を通じてより具体的な内容に改善し、必要に応じて次週の目標を修正したうえで一週間の訓練に取り組む。 3 原因対策訓練(個別対応) 訓練や就職活動の進捗状況によっては個別の振り返りが必要となる場合がある。また障害特性によっては、そもそもグループワークには馴染みにくい場合もある(記憶力低下により一週間の振り返りが困難な者、集団の中に入ること自体が過大なストレスとなる者など)。このような際には、個別対応による原因対策を実施している。 個別対応による原因対策では、前述のセルフマネージメントシートを活用して、指導員と訓練生が1対1で振り返りを行う方法と報告書形式で振り返りを行う方法がある。 報告書形式の場合、振り返りを毎日実施する必要がある訓練生や週単位での振り返りで十分な訓練生に対しても柔軟に対応できる。毎日振り返りを行うことで、単元ごとの達成度や課題把握も可能になる。 報告書は社内文書形式で作成し、整理の仕方や表現、体裁などについて添削することにより、事務員としての報告書作成技術の向上・報告書作成の習慣化も同時に習得できる。 図3 報告書による原因対策の例 4 グループワークの指導ポイント グループワークによる原因対策訓練では、対象となる訓練生が発表を行った後、参加者がお互いに意見を述べ合う形を取る。その際、批判的な意見が出たり、議論が紛糾すると、対象訓練生にとっては失敗体験となってしまい逆効果となる。このため実施にあたってはいくつかルールを決めておく必要がある。 <グループワークのルール> ① 発表を遮って発言しない。 ② 意見を述べるときは挙手し、指名されてから行う。 ③ 他の訓練生の意見を遮って発言しない。 ④ 発表を聞いて良かった点について最初に発言する。 例1)○○ができるようになったのはとてもよかったと思います。 例2)具体的な対策でよいと思います。 ⑤ 誤字の指摘や否定的・批判的な発言をせず、建設的な発言を心掛ける。 例1)他にもこんな方法はどうでしょうか? 例2)具体的な目標時間を決めるともっと良いと思います。 ⑥ 一人の発表の最後には拍手する。 ⑦ 各訓練生が自分自身をさらけ出すことになるので、グループワークで聞いた内容を他言しない。 ⑧ グループワーク終了後には自分以外の訓練生のセルフマネージメントシート(コピー)は本人に返却する。 指導員がコメントする際のポイントは、先ず他の訓練生が良い点として誉めたことを再度認め、その他に良い点があればその項目について伝える。最後に対象訓練生自身の努力を称える。 アドバイスする際のポイントを以下に示す。 ①本人が傷つかないよう配慮して言葉を選び、問題解決技法の分析状況や目標の立て方について提案する。 ②1週間という期間での成功体験に繋げるため、項目の絞り込みを意識する。 ③目標や結果が具体化・数値化で表現するように案の提示を行う。 <あいまいな表現の例> 「頑張る」「努力する」「工夫する」 <具体的な表現の例> 「流れ図を書いて整理する」 「10分間入力文字数を500字以上とする」 ④目標が高すぎたときは目標値を少し下げる調整提案や目標の絞り込みなど、スモールステップにより、成功につなげることを意識する。 5 個別対応の指導ポイント 個別に原因対策を行う際のポイントは、セルフマネージメントシートを活用して一週間単位で行う場合にはグループワークによる方法と同様である。報告書形式で毎日行う場合には、単元ごとの課題を絞り込むことによって達成度や課題点を把握し、翌日の訓練指導に即時に反映することで、訓練生が日々成長を実感できるようにしていく。 また、障害状況に起因してどうしても克服できない課題が出てきた場合には、訓練生自身による課題の克服にこだわるのではなく、補完する手段を訓練生と一緒に考えていく。以下に例を示す。 課題:作業時間が一時間を超えると極端に作業効率が落ちる。頑張りすぎると翌日訓練を欠席してしまう。 克服:訓練を繰り返すことで作業耐性を身につける(このままではだめだという考え方)。 補完:効果的な小休止を取る。就職の際には小休止の必要性を事業所に伝える(こうすればできるという考え方)。 見出された補完手段については、技能訓練の中で実践し、その後の原因対策で振り返ることによりその効果が体感できる。 6 まとめ 原因対策訓練は、病気や障害が原因で自信を喪失している訓練生や技能訓練を行っても必ずしも自信を持てない者に対して、自信をもって行動できる様に支援していくことが目的である。そのためには、個々の訓練生に合わせた目標を設定をして成功体験を積み重ねると徐々に自信を付けることが可能となる。具体的な方法として効果的な補完手段を訓練生とともに見つけ出し成功に繋げる。更に、自分だけができたことを確認するだけでなく、自分の努力・工夫とその結果を当事者同士のグループワークによって認められることによって力付けられ、充実感を感じながらの訓練や職業生活に繋がっていく。上記を実現していくために指導員に求められることは、各訓練生の障害特性の事前把握や訓練生が発表する内容の理解、上手くできない点の原因と対策の妥当性の判断力を持ち、そして記入内容の具体性の見極めを行って、適切な目標の判断や修正の提案ができることが必要である。更に、グループワークの運営力を付けていくことでグループワークによる効果を出せるための経験を積み上げていくことが必要である。 図4 セルフマネージメントシートの記入例 口頭発表 第2部 入社4年目を迎えた知的障害者の部署異動にともなう問題とその対応 ○伊東 一郎(株式会社前川製作所 常務取締役) 安井 崇裕・河野 かえで(株式会社前川製作所 東広島工場) 1 はじめに 弊社は、平成19年6月に分社していた独立法人を束ね一社化へと大きく舵を切った。その結果、常用雇用者数が国内で2,000名(平成19年6月当時2,018名)を超えたため、当時小職が東広島工場長だったこともあり、半年をかけ当工場で積極的に障害者雇用の取組みを始めた1)。 まず、パート社員も含めた全社員に対して障害者雇用研修を行い理解を求めた。さらに就労可能業務の洗い出し、業務上必要とされる機能の抽出、作業手順書の作成などを行い、事前に支援機関を集め説明会と短期実習を行い、その後ハローワークを通じて募集をおこなった。 平成22年3月に新しい工場長が赴任し、その後組織変更も行われた。その結果、障害者を含めた社員の異動も行われたが、障害者の異動について特に問題はないとの報告があった。 昨年秋の東広島工場ジョブサポーター(以下「JS」という。)会議1で知的障害者の職場異動に際して色々と問題があったことが判明した。 本報告は知的障害者Y君の部署異動に伴う問題とその解決策について報告するものである。 2 Y君の入社後の職場経歴 (1)平成21年1月〜平成22年3月 アルミ鋳造部門;完成品のピストンを防錆油にくぐらせた後の袋詰め、梱包及び清掃 (2)平成22年3月〜平成23年2月 環境ユニット部門;防熱テープ、熱収縮チューブ、コルゲートチューブのカット、掃除、ごみ捨て (3)平成23年2月〜平成24年7月 アルミ鋳造部門;(1)及びスクリュー圧縮機用軸受けの袋詰め、梱包、パレット積み付け作業 (4)平成24年7月〜現在 環境ユニット部門;(2)及び配管廻りの防熱材取り付け 3 部署異動に伴うY君と職場の問題 平成22年3月、Y君は前部署の仕事量の減少に伴い環境ユニット部門に異動となった。当初はほぼ無言で、会話も目をあわせないことが多く、話しかけても余り返事もなく表情は暗かった。また、作業中に手が空く時も多く、頻繁に場外のどこかに行くか、扇風機や暖房にあたりながら、ボーッとすることも多かった。 彼はフットサルで県代表に選ばれた経験もあり、バスケットボールも得意のため、競技でうまくいった、いかなかった、といった感覚で作業をとらえているようにも感じられた。また、周りにいる人のしぐさや動き、さらには歩き方や身のこなし方まで真似しているようでもあった。Y君はハサミを使って、防熱材を止めるテープの裁断を主におこなっていた。しかし、最初はハサミの持ち方も分からない状態で、指をさかさまに入れたり、切る先に手をおいたり、添えたりと労災に発展する可能性もあり指導には苦労した。また、定規の読み取りも難しく、長さでの指示がくると切れない状態もあった。さらに指示されたことがうまく出来ないと軽いパニック状態になり、失敗したものをこっそり捨てたりすることもあった。 一方、職場では障害者雇用研修を受けていないメンバーが多数加入したことや、そのメンバーの中には障害者雇用自体、他人事としてとらえる雰囲気もあり知的障害者に対して ①話のやりとり、会話が成り立たない。 ②まともに作業が出来ない。 といった悪いイメージを持っていた。 さらに、受け入れ側には障害者が来ると自分の仕事が増えるのではないかと考えるメンバーもいて、かかわり合いが消極的でもあった。また、担当者にY君の目に付く行動があがってくるので、良いところが掴みにくい状況でもあった。 その後、環境ユニット部門の仕事量が減り、元の部門に戻ったが、アルミ鋳造部門ではY君の仕事ぶりから安全が担保出来ないとのリーダー判断がなされ、再び環境コンポ部門に戻ることになった。 4 再度、受け入れのための基本方針 アルミ鋳造部門ではY君用の評価表を使っての指導がうまくいっていたとの情報があり、それを参考に指導を始めることにした。しかし、その方法ではY君が不安感を増し、精神的に不安定な状態になっていたことも分かった。 さらに作業内容や仕事の流れも全く異なっていたため、部門リーダーからも評価表を使わないよう、指示が出された。また、前回の反省からY君の作業レベルや作業指示をどの程度理解し、認識出来るかが分からなかったため、まず ①Y君の特徴を知る ・前部署からの情報収集 ・若手メンバーが集まり、彼の特性や対処方法の共有化 ②Y君に作業を教える段階で積極的に肯定的(+)ストローク2)を与えていく。 を方針として決めた。 5 Y君の特徴と問題点の整理 Y君本人の特徴を知るため、安井が中心となり若手メンバーと情報交換をおこなった他、本人がイライラした時に時間をかけて話しを聞いたところ、次のことが分かった。 ①部署異動に関してY君本人への説明が不充分だったため、他の人の動きが非常に気になり、自分の作業の意味についても疑問を持っていた。そのため、職場になじめず大きなストレスを感じていた。また、疑問等があっても、言葉でうまく表現出来ず聞いてもらえなかった場合や、聞いてもらっても自分の中で消化しきれず、繰り返し聞いても納得出来ない場合、全てイライラした態度、言動となって現れ、指示が頭に入らない状態となる。 ②Y君自身(1)が整理出来ていなかったため、職場のルール(時間)等についての相談や責任者への報告も異動前部署へおこなっていた。 ③環境変化への適応が苦手で、周囲の影響を受けやすく(温度変化、天候の変化、季節の変わり目)気分にムラがあり、たまにフラッシュバックが起こり突然イライラすることもある。 ④作業の始まりや終わりが見えにくい作業や、時間の区切りが分かりにくい作業は、メリハリなく作業をしてしまうことがある。 シールテープの寸法取り 6 問題解決のための方策 ①Y君の話(悩みや、その他色々な相談)を聞く役を安井が引き受けることにした。さらに部署全体の仕事と製品説明を行い、Y君がおこなう作業が工程のどの位置にあたるか、なぜこうしなければいけないのかを丁寧に説明した。さらに本人と積極的なストローク交換を行い、メンバー全員がY君を気にかけていること、小さなことでもうまくいったら褒めることを繰り返し、本人の所属意識を高め、自分のやっている作業に自信を持ってもらうようにした。 ②新しい報告先、リーダーが誰か、こういう時は誰に尋ねればよいか、Y君に具体的に説明し、理解出来ない場合は本人にメモをとらせた。 ③調子の悪い(気分のムラがある時)兆候が見られる場合は業務に支障がなく、安全面に問題がなければ見守ることにした。 ④現場作業は1対1でやってみせ、道具の扱いや指示の伝わり具合を調べ、理解が難しい作業に付いては、写真入り手順書、収納容器などを作成した。さらに手が空いた時は、他の人の作業を見てもらうことにした。 7 生活面の問題 部署異動についての問題と対策については上述の通りであるが、それ以外生活上の問題があったのでそれもあわせて報告する。 (1)挨拶が苦手 Y君は、年上、年下、上司、同僚の認識が余りなく挨拶は苦手で、異動後は元の部署のメンバーにも挨拶をしなくなった。 (2)臭いの問題 グループホームでは風呂には入るものの頭を洗わず、社内でその臭いが問題になった。 (3)生活習慣の乱れによる気分のムラ 夜更かし等、生活の乱れで朝食をたべない。そのことから、必要な薬を飲み忘れ、それが原因でイライラすることがあり、作業に支障をきたしたことがあった。 (4)優先順位の決め方の問題 勤務後のフットサルやバスケット等の開始時間に間に合わせるため、通勤用バスの時間が気になり、定時が近付くとそわそわ落ち着きがなくなり、時間中に出来る作業量でもこなせなくなる時があった。 8 生活面の問題の対応 JS会議でY君の問題行動を知った後、フォーメーション会議1)(JSメンバー、保護者、支援機関、学校他)を開き、仕事面、生活面の問題に付いて対応を協議し、生活面について休日は自宅で、平日はグループホームでの指導をお願いした。 一方、東広島市就労支援センターに現状を伝え、本人の就労ぶりを見て頂いたが、すでに部門内でうまく対応出来ているので、あえて指導することはないとの結論であった。その後、生活面の問題は随分と改善されたものの例えば、挨拶については健常者でもやらない場合もあり、今後、気がついた社員が愛情を持って注意し続けないと改善されないと考えている。 また、8月末に小職が障害者雇用に付いて環境ユニット部門の製造メンバー及び設計メンバーに障害者雇用全般と当社の障害者雇用に対する考え方、さらには自閉症の障害特性、Y君への指導方法等の研修を行い、問題があった場合は、その問題を指摘する条件付き否定的ストロークを使い、褒める時は、無条件の肯定的ストロークで対応する様伝え、理解を深めてもらった。 9 Y君の変化 再配属当初は、部門方針に沿って職場全員で支えながら、職場の雰囲気と人に慣れてもらうため、以前やっていたテープ切りと掃除から始めた。 時間をかけY君に全体の流れを理解してもらったことと、彼自身周囲の様子を見るのが得意であることから、作業の順番や周囲の状況を理解出来るようになっていった。その結果、今では周囲の組み立て状況を見て、作業に取りかかってもよいか、自分から確認するようになり、疑問点(例えば、号機番号の表示がない)は質問するようになってきた。まだ作業の切り替えは苦手ではあるものの、自分でやれる作業は何か、考えてやるところも見られるようになってきた。 配管防熱作業中のY君 配属当時は、定規の目盛りも読み取れず、真っ直ぐ当てて切ることもままならなかったが、今では刃物や定規の扱いにもなれ、正確な寸法で切り出すことや型での切り抜きが出来るようにもなった。また、前段取り作業の種類も増え、品質面の向上とスピードも上がってきている。 また、周囲の理解や、声かけ、ものづくりに関わっている充実感と所属意識の高まりによって新しい環境にもなれ、職場での不安感も減ったことで気分のムラ(変調の幅)も減少した。そのため、以前より表情は明るくなり口数も多くなった。また、良い悪いにかかわらず、人のマネをする傾向があったが、周りの人の声かけにより、最近では社会人としての善悪がつくようになってきた。 Y君自身も、会社、職場に対して所属意識が芽生え、周りの状況にあわせ、忙しい時は土曜出勤もいとわなくなった。 職場においては、聞き役の安井や実質の担当者が異動となったが、その後も職場全体で受け入れる雰囲気に代わりはない状態が続いている。障害者は特別な人ではなく、障害の特性も個性や性格の延長上ととらえ健常者の同僚、仲間として接してくれるメンバーが増えてきた。 現在では、作業精度もあがり環境ユニット製品の圧縮機本体及び配管防熱作業において、なくてはならない戦力になっている。 10 おわりに 小職が積極的な障害者雇用に係わって5年が経過するが、当初は障害者をどのように受け入れ、どのような仕事を任せれば良いのか分からず、コンサルタントの指導を受けていた。その後、障害者を全社で受け入れることを目的として障害者雇用推進室(現在は障害者雇用推進委員会)を立ち上げた。 その結果、平成24年には障害者雇用率1.82%を達成したが、その後、常用雇用者数が上がったことと知的障害の方2名が退職されたこともあり、現在は障害者雇用率が1.7%(平成25年9月24日現在)に下がってしまった。 平成21年から積極的な障害者雇用を開始し、退職された方も含めると今までに17名の障害者を採用し(身体;3名、精神;3名、知的;11名)、来期も新卒3名の方の採用を考えている。 当時、東広島工場では、パートさんを含めた全社員を対象として障害者雇用のための研修をおこなうとともに、知的障害者でも分かる作業手順書作りを行い、それが工場のシステムとして定着していると考えていた。しかしながら、工場トップの交代により生産性の追求、利益確保が第一義となりせっかく構築した知的障害者受け入れシステムもY君の部署異動では機能しなかった。 小職がY君の異動を事前に知らされていれば、彼の不安を払拭することも出来たと思われるが、当時の工場長、部門リーダー間で、その議論がほとんど行われなかったのは残念である。それは、とりもなおさずリーダークラスが、障害者雇用をおこなう上で何に配慮すべきか、理解していなかったことが上げられる。 特例子会社を作らず障害者を受け入れるには、ノーマライゼーション、ダイバーシティの理解が必要なのはもちろんであるが、工場長や支店長が変わっても当社の障害者雇用の考え方にぶれがないよう、リーダークラスの教育が重要であることも改めて分かった。 さらにY君の事例で分かる通り、本人のモチベーションを上げる上で、+のストロークを与えることは不可欠であるが、健常者と障害者の間でのストロークの授受はお互いが気持ちよく仕事をする上で重要であることも分かった。 今後は、障害者雇用の研修にも交流分析のストローク理論2)も取り入れ、社員が障害のある皆さんの存在自体を受け入れ、そして常に気にかけていることを伝えることが、職場定着には極めて重要であることを再認識した。 【参考文献】 1) 伊東一郎、佐々木紀恵:知的障害者雇用とジョブサポーターによる就労安定に向けた取り組み 第19回職業リハビリテーション研究発表論文集 P196〜199 (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(2011) 2) イアン・スチュアート、ヴァン・ジョインズ:TA TODAY p89〜107 実務教育出版(2007) 【連絡先】 伊東一郎 株式会社前川製作所 役員席 Tel:03-3642-8090 e-mail:ic平成iro-ito@mayekawa.co.jp 初めて取り組んだ発達障害の新卒採用 藤原 久枝(イオンリテール株式会社 人事部 採用担当) 1 はじめに イオンリテール株式会社は、2008年イオン株式会社の純粋持ち株会社移行に伴い、GMS(総合スーパー)等の事業を受け継ぎ誕生した。以来イオングループ約200社の中核企業として範となるべくコスト構造改革やお客さまの多様化するライフスタイルや専門性の高い商品・サービスのニーズにお応えできるよう、他社に先駆けてGMS改革に取り組んでいる。私たちの行動の原点は「お客さま」。いつの時代にもお客さまから最も信頼される企業を目指し、お客さまの声をお聞きし、お応えできるよう従業員一同「日々新たに」を心がけ改革を続けている。 2 障がい者雇用の実態 現在、弊社の障がい者従業員数は1800人。GMS(総合スーパー)を中心に全国500の店舗、各カンパニー事務所、本社ビルで勤務している。その障がい部位も様々であり、活躍される部門も多岐にわたっている。詳細は次のとおりになる。 3 新卒選考で初めて取り組んだ発達障がい 今年度3名の発達障がいの新入社員を迎え入れた。この年は学生の就活が例年の10月開始から12月開始に変更になった年で、12月1日の就活開始から会社ホームページには応募が多かった。しかし今までと大きく変わっていたことは、応募者の障がい部位を記入する欄に、「精神」と書かれている応募者が多かったことである。 またその詳細には発達障がいの文字があり、発達障がいのなかにも、アスペルガー症候群、高機能自閉症、学習障がい、ADHD等があることも初めて知った。また、新卒の就職フォーラムに企業として出展すると、ブースに座る学生のなかにも発達障がいが多く、この年は障がい新卒応募者数の約25%が精神障害者保健福祉手帳〈以下精神手帳という〉を持つ学生で、その内の7割が発達障がいの学生だった。弊社は、以前から障がい者採用には積極的に取り組んで来たが、正直、この精神手帳を持つ方の採用は、取り組みとして遅れていた。弊社の場合まず応募を頂き書類選考を行い、筆記面接と進むのだが、この書類選考の時点で、次の選考へ進むケースが少なかった。それは、精神障がいに関する認識不足から、小売業ではかなり難しいだろうという固定的な観念があったことは間違いない。 それであれば何故この年は積極的に精神手帳を持つ学生の面接を行ったか?それは就職フォーラムでブースに座ってくれる発達障がいの学生との多くの出会いの中で、障がいに向き合う姿にとても心を打たれ感動をしたからである。 その中でも本年入社したKさんとの出会いは私にとって、とても衝撃的で忘れることが出来ない出会いになった。このKさんとの出会いがあったたことが、その後の発達障がいを持つ学生の面接に力を入れることになり、本年春には、新卒採用として初めて発達障がいの方3名を迎え入れることにつながったのである。 4 Kさんとの出会い Kさんとの出会いは、名古屋で開催された「サーナ就職フェスタ」へ出展した時だった。その日の弊社のブースは、二人の面接担当ではとても時間をもて余すほど座る学生が少なかった。地元の有力企業の横に位置していたせいか、弊社のブースはいつになく閑散としていた。間もなく終了時刻が迫ってきた時、一人の学生が遠慮がちに丁寧な言葉で「遅くなりましたがよろしいですか?」とブースに座ってくれた。その時の感じの良さは、まさにその日の面接者のなかで一番に値する程で控え目な態度と爽やか笑顔がとても印象的だった。 まずKさんに面接前に事前アンケートを記入頂くため、バインダーに挟まれたアンケート用紙を渡すと、Kさんから「少し記入に時間がかかるのですが?」と問いかけがあった。私のなかでは何処に障がいがあるのだろうと思いながらも「ゆっくりどうぞ」と応える。少し待つとアンケートを書き終えたKさんが目の前に座ってくれて面接開始。 アンケートと一緒に受け取った応募書類には精神手帳3級が見えた。Kさんにまず尋ねる。「どこに障がいをお持ちですか?」弊社では、ブースに座って頂く応募者自身から、自身が理解をしている障がいの内容を詳しく伺うところから始める。 Kさんは自分の障がいがLD(学習障がい)のなかの書字障がいであり、ADHDも持っていると話してくれた。その障がいを自分で認識したのは大学1年の夏休み、図書館でふと目にした発達障がいの本を読んでみると、自分に当てはまることがあり、さらに隣りにあった学習障がいの本を開けてみると、小さい時から自分が悩んでいたことがそこには書かれてあり、自分がLDのなかの書字障がいであることが解ったという。幼少の頃から文字をどんなに練習しても書けず、いつも怒られてきたとのこと。自分の名前は何千回も練習をして下手でも書けるようになったと笑顔で話してくれた。その後、Kさんは自分で自分の障がいを家族に理解してもらうため、本やインターネットで資料を集め家族に相談をした。専門医も自ら探して診断を受ける。Kさんの障がいは手で文字を書くことは出来ないが、OA器機を利用すれば、どんな長文の作成であっても問題は無い。資格も簿記2級、シスアド〈初級〉も取得しており知力は優秀な学生だったうえ、自身で障がいが解ってからは週に4日は30分から1時間のランニングをしており、大好きな本もよく読んでいるとのことだった。 Kさんは現在、名古屋市内にあるイオンの大型店舗のなかで食品部門の農産売場を担当している。最近、障がいを持つ先輩社員を紹介する会社案内を作成した。Kさんにも登場をお願いするため久しぶりに店舗を訪ねたが、入社当時の少し不安な様子はすっかり消え、店舗のなかで明るく元気に活躍する姿がそこにあった。仕事のなかで困っていることがないか尋ねると、文字が書けないため電話でうけた内容をメモしなければならない場合は、側にいる同僚に協力をお願いしていると話してくれた。Kさんの現在の目標は昇格試験に合格し先輩に少しでも近づくことだと語ってくれた。 (主任と売場作りの打合せするKさん) 5 Nさんのケース Nさんは現在、兵庫にあるイオンの中型店で食品部門のなかの加工食品売場で勤務している。Nさんの障がいは広汎性発達障がい、Nさんは専門学校からの応募者として選考をした。初めてあった時、障がいがあるのかどうか全く判らなかった。大柄な身体つきながらも大人しい雰囲気と優しい面立ちの学生であった。当時は発達障がいの知識があまりなかったこともあり、発達障がいとは人とのコミュニケーションが取れない人ばかりだと思っていたので、普通に会話が成立することと、こちらからの質問に対しても短い回答だが、すぐに応えられる力に採用を決定した。しかし最終面接では保護者様にも来社頂き、幼少期の生育歴を伺った。その時の話では、Nさんの障がいに気が付いたのはNさんが中学1年の時、TVで流れた発達障がいの人のニュースを見て我が子も発達障がいではないかと感じたと言う。手帳の取得は高校3年の時。最終選考で再度Nさんに自身の障がいに関して尋ねてみた。すると本人からは「自分が障がい者であるかどうか解らない」と回答が返ってきた、「どうしてそう思う?」と尋ねると、「小学校から高校まで9年間剣道を続けてきた、高校の時は副キャプテンとして部員もまとめてきた、自分は障がい者ではないと思っている。」と答えた。その時、Nさんがイオンの店舗で働いているイメージは出来ていたし、とても良い雰囲気を持った学生であることは間違いなかったが、正直この言葉に不安がよぎった。そのため、最終選考の段階で「合格し内定が決定した時には障害者職業センターへの登録をし、入社までの間に適性検査をして頂く」ことを本人と保護者様に了解頂く。 Nさんが障害者職業センターへ登録したのは2012年10月上旬。Nさんと保護者様がカウンセラーさんと初面談の時には同行した。当時、障害者職業センターにお願いしたことは次の3点。 ① 本人が自身の障がいを理解できるようになる。 ② Nさんの障がい特性をつかんでもらう。 ③ Nさんの入社前に受入先でNさんの障がい特性に関して事前研修をしてもらう。 その後適性検査で判ったNさんの特徴は次の通り。 イ 時間に制限があると回答率、正当率が低い。 ロ 短い時間で精査することが苦手。 ハ 多くの情報を整理することが苦手。 ニ 目と手の供応が低い結果から人の動作を模倣することが苦手と判断出来る。 ホ 脳で判断した事を身体で表現するのが苦手 へ 空間を認知する能力が低いため限られた空間で物体の位置関係と変化を理解するのが苦手。 また適性検査だけでは判らないことは以下の通り。 ① 知識が蓄積されていても経験則が少ないため瞬時に判断するスピードに対するスイッチが入らないかもしれない。 ② 経験のなかにプレッシャーにさらされた経験がないため判断しにくいことがある。 ③ 適性検査の結果を説明しても、ピンと来ないのか、今までの学校生活の経験から自分のレベル観が判っていて特別に表情に表さなかったどうか判断がしにくい。 Nさんの入社では、配属する店舗で支援会議を行った。会議の目的は、Nさんが入社から定着するまでの間のサポート体制を構築することと、ジョブコーチ支援の計画検討もあった。支援会議は障害者職業センターのカウンセラーとジョブコーチ、Nさんの日常生活のフォローをお願いする社会福祉法人の担当者、Nさん、保護者、カンパニーから人事教育部長、人事採用担当、人事教育担当、本社から人事部採用担当、店舗から人事総務課長、人事教育主任で実施した。 Nさんの入社は本人の障がい理解が薄いものの、周囲の環境を整備し事前に特性を掴んで受入したので、入社後3ヶ月間は大きな問題が起きず順調に過ぎた。もちろん障がい特性から日報作成に時間が掛るなど、細かな問題はその都度見直しを実施。また入社後の研修に参加する時には、事前課題(本来は一人で作成するもの)を店長自らが教えサポートをした。業務も簡単な仕事から、一つひとつ習得までの時間を通常の倍以上は見て接した。ジョブコーチ支援も当初から計画し、業務の見守りとNさんと一緒に働く周囲へのサポートも依頼。Nさん自身の障がい特性を考慮しゆっくりと見守った。 サポート体制は万全であると確信していた。Nさんの成長も見てとれた。少しずつでも確実に成長をして来たと店長が安堵の思いでいた矢先、勤務する部門で問題が起きた。Nさんが一緒に働く同僚に「自分は障がい者ではない」「ジョブコーチも必要ない」「自分は親に障がい者として仕立て上げられた」と言いだした。大人しい人柄のため、こういった話題も昼食時のような休憩時間に雑談としてされたものだが、勤務する部門では当然その話題が広がり、入社後からサポートをしてきた同僚のなかには引き気味になる者も出てきた。直属の上司(売場主任)も入社当初は、障がいへの配慮をした指導をしていたが、徐々に配慮が出来なくなる。「障がいがあると聞いていたが、本当はそうではなかったのではないか?」と誰もが思うようになっていったが、その時点では後方事務所の人事教育主任には報告されていない。 この事実を人事教育主任が知ったのは、売場の主任に質問が出来ず困ったNさんが、事務所の人事教育主任へ相談にいったことがきっかけだった。何事もなく進んでいたはずだったが、選考の時によぎった不安が現実となった。すぐに社会福祉法人の担当者へ連絡。Nさんの面談を実施してもらう。その結果は次のとおりである。 ① 障がいの特性がデコボコであり、その障がいが起因して出来ないことがあっても、本人は理解していない。 ② 出来ることと出来ないことを本人が理解することが必要である。 弊社には、新入社員として入社後3年間にわたって基礎教育を実施していく教育制度が存在する。この制度は売場主任を育てていくための根幹、土台になる重要な教育であるが、現状ではNさんの力ではこの研修についていけない部分がある。現在、Nさんの育成計画をどうすべきか、店長、人事教育主任、カンパニー人事部、人材育成部、本社人事部で結成したメンバーで定期的に情報を共有し、育成方針を検討する会議を設けている。 6 Aさんのケース Aさんは事務職の担当として入社した。幼少期から障がいがあることは認識されていた。3歳で幼稚園の年少組に入ると多動があった。3分として座っていられず児童相談所へ相談している。その後療育機関から紹介された大学の研究室でソーシャルスキルトレーニングを受ける。発達障がいの判定は中学時代。知的な遅れは無かったので、中学受験をして私立へ進む。4年制の女子大学を経て当社へ応募。Aさんの障がいは発達障がいのなかの「高機能自閉症」にあたる。障がい特性は個人によってそれぞれであることを承知はしていたが、選考面接では前述した二人の時とは大きく違い、私自身がどう進めていいか戸惑った。話し方に特性が見られ、自身の障がい理解に関しての聞き取りでも、Aさんがあまり流暢に話すため、本当に本人が理解しているか疑問が生じた。 Aさんはすでに支援機関への登録をしていたので、支援機関の方に依頼し共に働くメンバーへ事前研修をお願いした。その部門は、以前支援学校からの実習生を快く受入てくれた部門であったので、発達障がいが難しい障がいと思ってはいたが、新入社員として迎え入れるにはこの部門でしかないと考えた。事前研修はチームのメンバー全員が参加して発達障がいとは?本人の特性、配慮すべきこと等熱心に耳を傾けた。今回は受入先の懐をあてにしてジョブコーチ支援は依頼しなかった。 入社2ヶ月が過ぎた頃、配属チームのメンバーから取り囲まれた。「藤原さん少しいいですか?」と詰め寄る皆の表情が悪い。内容は次の通り。 ① 与える仕事がない ② 何度教えても一人で出来ない ③ マニュアルを見て仕事をしても集中力が途切れ最後まで出来ない。 ④ 教え方が分からない。教える時間がない。 ⑤ 見極めがつかない(大学まで出ているのにどうして出来ないのか?) ⑥ 失敗をしても謝らない。言い訳から入る。 ⑦ 簡単なことも出来ない。(紙が数えられない) ⑧ どうしてこの部署にいれたか教えて欲しい この時は、チームのなかでも一生懸命仕事を教えていた4人からの訴えだった。解決方法が私にも見つからず、障害者職業センターへ相談する。職業カウンセラーが来社してくれ皆の話を聞きアドバイスをしてくれた。メンバー4人の話は何度も聞いた。頻繁に訪ね、Aさんの様子とメンバーの不満を聞き取った。 ジョブコーチの支援が決定し、支援開始は8月6日から、まずは障がいの特性と障がいによって本人の得意なこと、不得意なことの把握から行った。その結果は以下の通り。 〈得意なこと〉 ① 決められた手順があれば行動できる。 ② 朝きちんと出社して安定した勤務が出来る。 ③ 働く意欲がある。 〈不得意なこと〉 ① 基準が曖昧なことや突発的なことへの対応が不得手。 ② 暗黙の社会的ルールを読取ることが不得手。 ③ 作業スピードがゆっくりである。 現在は、この結果をもってジョブコーチの集中支援をお願いしている。Aさんは担当業務の確立、職務上で行う報告の仕方、またメンバーは、担当業務の指導の仕方、Aさんの特性に合わせた対応方法等の指導をうけている。今、所属するチームだけでは業務が与えられないため、部内全体で業務の切り出しをしているところである。 7 まとめ 弊社の発達障がいへの取組みは始めたばかりであり、3名のケースもこれからである。障がい特性の理解、サポート体制、入社後のキャリア形成、人事評価等、人事担当として検討事項は山積みである。共に働く仲間としての在り方も含め、私自身がより研鑚を積み人事担当として、誰もが働きがいを持てる職場環境を提案していきたいと思う。 発達障害の特性をふまえた職場定着への支援にかかる一考察① 〜フジアルテスタッフサポートセンター株式会社の取り組み〜 ○林 秀隆(フジアルテスタッフサポートセンター株式会社 代表取締役) 森 武志・今井 寧々(フジアルテスタッフサポートセンター株式会社) 1 はじめに (1)フジアルテ(株)について 親会社であるフジアルテ(株)は、1962年に創業した、大阪に本社をおき東京をはじめ全国に拠点をもつ、製造アウトソーシング業の会社である。日本の高度成長を牽引してきた製造業と共に発展してきた。単なる人と人をつなぐネットワークではなく、人にとって重要で必要不可欠な存在で世の中の役に立つ会社、働いている人の心に刻み込まれる会社にしていくことを目指している。 (2)フジアルテ(株)における障害者雇用の取り組みについて ①フジアルテ(株)の障害者雇用の取り組み状況 親会社でも元々、障害者雇用に取り組んでおり、本社自社ビル内と隣接する社員寮の清掃業務や本社管理本部の事務などに従事していた。 ②特例子会社設立への流れについて 親会社での雇用に加え、さらに障害者雇用を拡大すべく、平成23年4月に障害者特例子会社フジアルテスタッフサポートセンター(株)を設立した。 概要については表1のとおりである 表1 フジアルテスタッフサポートセンター(株)の概要 2 フジアルテスタッフサポートセンター(株)の障害者雇用の取り組みについて (1)雇用の理念 弊社は経営方針として「障害者の雇用と自立支援」を掲げており、障害者個々の能力・適性に応じた作業の提供による就業意欲の向上と個々の永続的な人間的成長を続ける事を理念としている。 (2) 採用方法・雇用条件・指導体制について 障害を持つスタッフ21名のうち、実習を通じて採用された者は9名と多い。平成24年4月1日から平成25年3月31日までの間、43名の実習生を受け入れ、119名が見学している。体験の機会として受け入れる実習を通じて(常時2名の実習生を受け入れ)、会社の雰囲気や仕事内容を知った上で、弊社で働くことを希望される方を多く採用している。これは応募者と弊社のお互いにとってミスマッチを防ぐ有効な方法だと考えている。 実習期間や入社直後の実務の指導体制については障害のあるスタッフがOJTトレーナーとなり実習生の指導にあたる。先輩が後輩を教えるというごく自然な形を、OJTトレーナーという呼び名で自覚させ、OJT制度でルール化し運営している。現在、障害のあるスタッフ21名は全員契約社員として採用している。契約期間は、第一回目の契約に限り3ヶ月と統一し、第二回目以降は、適性・能力・体調・また本人の希望などを考慮・判断し、契約期間は人それぞれとしている。 (3)雇用の現状 弊社の事業内容は、主にデータ入力やスキャニング等のサービス業務であり、繰り返しの作業が多いことが特色として挙げられる。そのため、反復的な作業への集中力、持続力が求められる。また、キーボードの扱い等、基本的なパソコン操作も業務遂行上必要なスキルと考えられる。 弊社では、採用にあたって障害種別を限定しておらず、上記のような業務を遂行するスキルや適性を有していることを重視して選考を行っている。障害種別雇用状況は図1のとおりとなっており、発達障害や精神障害をもつスタッフの占める割合が高い。これはフジアルテスタッフサポートセンター(株)の特徴の一つである。 図1 障害種別雇用状況 (4)職場定着に向けての取り組み ①プラスだったこと、取り組みとその効果 弊社では、発達障害を持つスタッフの職場定着 が良い。 イ)作業面について 弊社での業務はデータ入力等、手順や対応方法が明確なものが主となっているが、発達障害を持つスタッフの中には、これらの仕事に集中力を発揮する者も多く見られていることから、作業内容が発達障害者にとって対応しやすいものであることが考えられる。 ロ)作業の責任感・定着を高める取り組み また、発達障害を持つスタッフを複数名雇用しているが、その中で発達障害を持つ新入社員が、特別な配慮はなくても自ら同じ障害を持つ先輩スタッフに話しかけ、周囲に適応している様子も見られている。これらのことが、定着率を高めている要因として考えられる。 年間を通じて常時実習生を受け入れているが、弊社では、誰に対しても自身が行う作業をわかりやすく伝えられることを通じて作業への責任感の向上やより定着度を高めることを目指して、障害を持つスタッフが実習生へのOJTを行っている。また、障害を持つスタッフが間違いやすい点について意見を出し合いながら、作業単位でチームメンバーによる作業手順書を作成している。こうした取り組みの結果、職場では様々な障害を持つスタッフ同士がお互いに関わりあうことについての不安軽減に繋がっているものと思われる。 ②課題点とその対応 作業については①に記載のとおり、取り組みの工夫や指導で対応できることも多かったが、作業以外の休憩や休みのとり方や作業周辺での対人対応面においての課題が多く見られた。 イ)人に対する話し方や接し方でみられるコミュニケーションエラー ・空気が読めない発言のタイミングや内容になる。 ・上から目線での言い方になり、相手を落ち込ませることや傷つけてしまうことがある。 ・自分のことができていないのに、他人のことを指摘する。 ロ)モラルがかけていると思われるケース ・会社の備品の扱いが雑 ・時間ぎりぎりの出勤、休みの取り方 ・職場にあまり適切でない話題(相手の給料や貯金の額、年金について等) これらの課題は発達障害の傾向がある社員によく見られた。 3 ビジネスマナー研修の取り組み (1)ビジネスマナー研修の取り組みに向けて このような課題に対応するため、ビジネスマナー研修を行うことを検討した。当初は座学による研修をイメージしていたが、一般の方向けの研修では、少し課題点が異なり、難しいのではないかと考え、発達障害者に対する支援や講座等を行っている大阪障害者職業センター南大阪支所(以下「職業センター」という。)に、特性に応じた研修がないか、何か良いアイデアや方法はないか相談した。この課題について、当初は会社の期待 (希望的観測)として次のように考えていた。 ①慣れるのに時間はかかるが慣れたらできるようになってほしい。 ②初めは緊張して周りが見えにくいが、緊張が取れてくることで、少しずつ周りに目配りできるようになると良い。 ③思った以上に周りを気にする人が多い。人と比べて自分が不安になってしまう。他人と比較するのではなく、自分の仕事に責任を持ってやり遂げてほしい。 (親会社の場合、健常者のチームに障害者が一人という体制だが、障害者が周囲と自分自身を比較する様子は見られない。ただし、弊社では、スタッフ同士がお互いに関わりあうことについての不安軽減に繋がっているものの、自身と他のスタッフとを比較していることがある。) このような課題や会社の状況、考えを職業センターに相談したところ、発達障害者の特性を踏まえると、「いつか慣れることを待つよりも、会社の期待する行動を明らかにし、具体的に伝えた方が発達障害を持つスタッフにはわかりやすい」と助言を受けた。そして、職場で良い人間関係を築くために「職場のマナー、コミュニケーション」についての研修を職業センターで実施している方法を取り入れながら、弊社と協働で実施しないかと提案があり、実施することとした。 (2)取り組み内容 実際にみられる課題の状況などを職業センターと相談しながら、図2の内容でビジネスマナー研修を企画した。 図2 ビジネスマナー研修企画書 (3)受講したスタッフの感想 研修終了後、受講したスタッフに対してふり返りシートに記入して感想を聞いた。 ①「自分はできている、実行していると思った点」と「今までできていなかった」と思った点を記入してもらった。その結果、できていなかったことについて、受講したスタッフ自身でそれぞれ気づきがあったことがわかった。 ②また、それに対しての行動の目標をふり返りシートに受講したスタッフ全員が何らかの行動を記入することができた。ここまで自分の思いや考えを書いてもらう機会はこれまでになかったため、指導担当者にとっても、日頃接しているスタッフの捉え方や思い、意欲を把握することのできる良い機会となった。 また、職場でのコミュニケーションについて、困ったり難しいと感じることや悩むことを聞いたところ、表2のような感想が聞かれた。 表2 職場のコミュニケーションについて難しいこと 受講したスタッフの感想からは、報告・連絡・相談といった作業に関わるコミュニケーション面よりも、休憩時間の会話の仕方や適切な話題、相手の反応を見て反応することに対して難しく感じている人が多い傾向が見られた。 (4)指導担当スタッフの感想 指導担当スタッフからは表3のような感想が聞かれた。今回の研修は、指導担当スタッフにとっても、日頃接しているスタッフの思いや特性の理解を深める機会としても役立った。また、今後の研修の企画等、指導方法の工夫を検討する上での参考となった。 表3 指導担当スタッフの感想 4 考察 (1)研修の効果について ①受講したスタッフの行動の変化(良い変化) 研修の実施後、研修を受講したスタッフの行動に次のような変化が見られた。 ・挨拶の声が大きくなった。 ・立ち止まって挨拶するようになった。 ・以前はお客様(挨拶する対象)と認識していな かった、郵便局の人にも挨拶するようになった。 ・挨拶してからお辞儀をするようになった。 これらの変化は、いずれもコミュニケーション研修において、ロールプレイを通じて伝えた挨拶のポイントと重なっている。研修で伝えたことが実際の場面でも活かせる、行動の変化に繋がる効果があったといえる。会社が期待する望ましい行動を、具体的にポイントとして伝えることが、発達障害を持つスタッフの良い行動を引き出すことにつながる可能性があることが示唆された。 ②事業所の考えやルール・マナーなど、目に見えないものの認識共有による安心感の向上 また、研修終了後に、受講したスタッフからは、「これまで一般的なマナーを知らなかったため、このような研修の機会があって安心した」という声も聞かれている。発達障害の方は障害特性の一つとして、定型的なものや視覚的なものへの対応は得意だが目に見えないもの(暗黙のルールやマナーの理解等)への対応が不得手であるという特性もあると聞く。日々の職業生活において視覚的に見えづらい、職場で求められているマナーを改めて、明示して伝え「これが求められていること、これが望ましいことなんだ」と認識を共有できることや再確認できることが、スタッフの自信や安心感に繋がるのではないかと考えられる。 ③スタッフ全員が受講することの効果 今回の研修は発達障害の特性に合わせた企画として実施したが、研修の対象は発達障害を持つスタッフに限定せず、全てのスタッフに対して実施を行った。スタッフ全員が受講することで、職場で期待されているルールやマナーについて標準化した形で、全スタッフで共有できる機会となった。このことは、お互いが配慮しあいながら働きやすい職場や人間関係を築いていく上での土台作りに役立つものと思われる。発達障害の特性に応じてわかりやすく伝える方法は、精神障害等、発達障害以外の障害を持つスタッフに対しても効果的であったと考えられる。 (2)今後の課題 今回の研修では、研修そのものの効果だけでなく、職場で生じる課題に対して、スタッフへの指導方法の手段を広げる機会としても効果的であった。今回の研修で得られたスタッフや指導担当スタッフの気づきを基に、今後も新たに生じた職場での課題や、引き続き復習やフォローアップが必要な課題について、ビジネスマナー研修を活用して社内で実施できれば良いと考えている。今後は次のような点にも、取り組んでいきたいと考える。 ①受講したスタッフより要望の多かったテーマ 「ノーゴーサイン」についての勉強会。「ノーゴーサイン」の出し方、出された時の返し方。 ②今回の研修で伝えきれなかったルールや会社としてスタッフに望む行動の伝達。 (例:休みのとり方、朝の出勤の仕方など、周囲に気を配る行動の具体的な内容や行動について、ロールプレイを通じて伝えたい。) 研修が終わってから、今回の研修のような場面が今後もあると良いかを訪ねたところ、全員が「ある方が良い」と挙手をした。今回の研修のような機会を作ってほしいという反応が多く、コミュニケーションが苦手な特性があるスタッフも、対話したいと思っているスタッフがたくさんいると感じた。弊社に入社し長く勤めるスタッフが、自信を持ち、前向きに働くことができる職場づくりの一つとしても、このような機会を社内で作り上げていけたら良いと考える。 5 まとめ 弊社では、スタッフが自らの仕事に責任を持ち、自立的に行動してほしいとの思いを持って、職場定着のための工夫を考え、様々な取り組みを行ってきた。「御社の業務は、反復する仕事が多いので、発達障害者の方に向いているのでは。」と発達障害者を支援する就労支援機関にも言われたことがあるが、実際に発達障害を持つスタッフは集中力があり、作業においても十分に力を発揮しており、出勤率や定着率も良い。作業以外の周辺部分である、会社での過ごし方やスタッフ間の対人対応面において苦手さや困難さを感じるスタッフもいたが、今回の研修のような機会を通じて、会社が期待していることを具体的に伝えることで、学習できることがわかった。伝え方や指導方法に少し工夫を加えることで、多様な障害を持つスタッフが、力を発揮できる職場づくりにつながると思われる。 今後も、フジアルテスタッフサポートセンター(株)全員が、永続的な人間的成長をし、共存・共生が出来る取組を継続し続けていきたい。 発達障害の特性をふまえた職場定着への支援にかかる一考察② 〜JSTを活用したビジネスマナー研修の取り組み〜 ○近藤 正規(大阪障害者職業センター南大阪支所 障害者職業カウンセラー) 森 武志・今井 寧々(フジアルテスタッフサポートセンター株式会社) 古野 素子(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 はじめに 平成25年度から全国の地域障害者職業センターに発達障害者に対する体系的支援プログラムが導入され実施している。障害者職業総合センター職業センターでは、地域における就労支援に役立てることを目的として、発達障害者のためのワークシステム・サポートプログラムの実施を通じ、発達障害者に対する就労支援技法の開発を行っている。その技法の一つとして、平成22年度に職場対人技能トレーニング(以下「JST」という。)の標準化を行い、支援マニュアルを作成した1)。 大阪障害者職業センター南大阪支所(以下「南大阪支所」という。)においても、発達障害者の新規利用者が増えており、発達障害者に対する就労支援ニーズが高まっていることが窺える。また、南大阪支所では発達障害者に対する支援に加え、発達障害者を雇用した事業所から、「どのように対応したらよいかわからない」等の職場定着に向けた雇用後のジョブコーチ支援の実施、雇用管理に関する相談等の依頼が増えている。 発達障害者への就労支援ニーズや事業主からの職場定着に係る支援ニーズの高まりにより、支援ニーズに応じた効果的な支援や助言を行っていくために、これまでの就労支援の実践の中から効果のあった支援の実施方法や工夫点などについて整理・分析を行い、ノウハウとして蓄積していくことが求められている。 本発表では、発達障害の特性をふまえた職場定着支援として行った、フジアルテスタッフサポートセンター㈱への事業主支援事例を通じて、在職中の発達障害者の課題に対する効果的な職場定着支援について考察する。 2 JSTの概要 「JST(Job related Skills Training)」は、 職場における基本的な対人マナー等について社会生活技能訓練(SST)の手法を援用したグループワークの中で、視覚的な補助教材を使用した、ロールプレイや意見交換を行いながら、職場で必要となる対人技能を学ぶものである。一般に対人技能トレーニングでは、言語表現等のスキルの形成に重点を置かれているが、JSTでは、言語表現だけでなく非言語的な表情や姿勢、声の大きさの違い等を理解できているか等認知特性のアセスメントにも重点を置き、内容を構成している。JSTの特徴は表1のとおりである。 表1 JSTの特徴 3 フジアルテスタッフサポートセンターへの事業主支援について (1)事業所からの相談をうけて 事業所から在職中の発達障害者への対応について、作業以外の面に課題がみられると相談を受けた(課題の詳細は表2ステップ1参照)。 相談を受けてから、研修実施に至るまでの流れは表2のステップのとおりである。 表2 相談から研修実施までの流れ (2)事業主支援計画の提案 (1)の事業所からの相談に対して、特性を踏まえた対応方法を検討するために、まず表2ステップ2の発達障害者の特性を伝えた。当初、事業所には「慣れるのに時間はかかっても、いつか慣れてわかるようになってほしい」という期待があった。それに対し「求めていることを明らかにし、具体的に伝えた方がわかりやすく、早期の課題解決にもつながる」と助言を行い、課題への対策の一つとして、職場で良い人間関係を築くために発達障害の特性をふまえた「職場のマナー・コミュニケーション」についての研修を実施し、学び・気づきの機会を設定することについて提案した(表2ステップ3)。 研修の提案に当たっては、研修を南大阪支所が単独で実施するのではなく、事業所と協働して研修を行うことを提案した。その理由は次のとおりである。 ①具体的な意義や必要性の説明ができる 一般論ではなく、具体的な「我が社における方針」を説明することで、対人技能が職場で必要とされる理由、対人技能の向上の必要性についての理解を促しやすい。 ②実際の場面での応用のしやすさ 一般的なテーマや場面よりも、実際に課題があると思われるテーマや場面を設定することが、受講者にとってイメージしやすく、職場での自分の行動と結び付けやすくなる。 (3)ビジネスマナー研修の企画・実施 ①研修の準備 事前に、事業所訪問や電話で、事業所が課題と感じている行動や場面、事業所が望ましいと考える行動について聞き取りを行った。 ②内容の設定 実際に企画した内容と役割分担は表3のとおりである。 初回の研修では、研修の前段に「会社で働く」「プロ意識・責任感」についての講座を、事業所担当者が実施した。この研修の実施に当たって、ビジネスマナー研修を行う意味、ターゲットスキルを遂行する意義や必要性を受講者が十分に理解しておくことは、知識やスキル付与だけでなく、研修後の行動の変容に結びつけるために重要であると考えたからである。 また、初回のビジネスマナー研修の内容として、チームで気持ちよく仕事を行うことを目的に、「職場のルール」を伝えるための「ルール・マナー研修(暗黙のルールも明確化し解説する)」、また、JSTの手法を使った「コミュニケーションスキル研修」を組み合わせて実施することになった。 表3 ビジネスマナー研修の内容と役割分担 表4 発達障害の特性をふまえたJSTのポイント ③実施のポイント 研修の実施に当たって、JSTのポイントを表4のとおり伝えた。JSTのポイントをふまえて教材は視覚教材(図1参照)を使うこと、教材やふり返りシート(図2参照)を活用し、考えたことや気付いたことをできるだけ書いてもらうことができるよう資料を工夫した。 図1 JSTで活用した視覚教材例 図2 ふり返りシート (4)研修の効果〜ふり返りシートより 研修で学んだことと自分の行動を結び付けられるようにふり返りシートを作成した。また、事業所担当者にとっても「スタッフが自分のどこができていて、どこができていないと思っているのかがわからない」と指導や雇用管理の上で苦慮していたため、受講者の認識や捉え方を把握できるよう項目の工夫を行った。また、研修の効果を高めるために、ふり返りシートの記入を通じて、受講者自身の気付きや捉え方の確認を行い、「研修を聞いて自分ができそうだ」と思える目標行動を記入することによって、研修後に行動化しやすくなるよう工夫した。その結果から見られる効果は次のとおりである。 <研修の効果> ①研修を受けて、明日から自分が「やれそうだ」「やってみたい」と思える目標行動を受講者の100%が挙げることができた。 (受講者15名のうち15名全員が目標行動を最低一つ以上記載している。) ②受講者ができていること、できていないことの捉え方や認識のズレが、事業所担当者に目に見える形で伝わった。 ③自分の言い方やふるまいに目を向けられた人が多い。 (受講者15名中11名が挨拶の仕方について自分のできていなかったポイントを挙げることができている。) ④明文化されていない職場のルールや対人対応のポイントを初めて知ることができた人が多い。 (受講者15名のうち8名が「働くプロ意識」、「他人への配慮」、「ノーゴーサイン」を知ることができたと挙げている。) ⑤相手に与える印象や気持ちを考えて、自分の行動を考える機会になった。 (「相手の気持ちを考えて話したい」「相手の反応を見て話題を選びたい」「相手に伝わるように、はっきりとわかりやすく挨拶をしたい」等、相手を考えた感想が複数見られている。) 4 考察 今回のJSTを活用したビジネスマナー研修の取り組みについて、次のような点が発達障害者の特性を踏まえた職場定着支援として効果的であったと考えられる。 (1)受講者・事業所担当者双方の気づきの機会 今回の研修の取り組みから、2(4)研修の効果に記載したとおり、受講者にとって会社で働く上で大事な「職場のルールやマナー」、対人関係面におけるポイント等の、気づきの機会になっていることが窺える。 (2)個々の特性の把握・特性をふまえたアプローチ方法の検討 (1)に加えて、研修中の様子やふり返りの結果から、受講者の認知特性を事業所担当者や支援者が把握することができ、図3のとおり、個々の認知特性にあわせた今後のアプローチ方法が考えられた。このことから、JSTを活用したビジネスマナー研修は、研修としての効果だけでなく、その後も個々の特性に応じた指導方法の検討等雇用管理にも役立てるツールとして活用できると考えられる。 図3 認知特性のタイプ別アプローチ方法 今回、発達障害者への就労支援技法として行っているJSTが、事業所での雇用後支援にも活用できることがわかった。また、在職中の発達障害者に対する支援においては、研修の実施に当たって、事業所が主体となって関与することが、より支援の効果をあげる可能性も窺えた。 職業準備支援やリワーク支援で行っている支援技法をジョブコーチ支援や事業主支援において工夫し活用する等により、在職中の発達障害者の職場定着支援ニーズに対して、より的確に効果を高める支援が行えるよう努めていきたい。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:障害者職業総合センター職業センター支援マニュアルNo.6発達障害者のための職場対人技能トレーニング(2011) 広島大学における障がい者雇用の取り組みについて 〜雇用・共生社会・地域貢献〜 新本 陽一郎(国立大学法人広島大学人事グループ 専門員) 1 はじめに 広島大学は、三つのキャンパス(東広島市、広島市(霞、東千田))と附属学校園等で構成。2004年4月に法人化され国立大学法人広島大学となり、職員の身分も国家公務員から労働法適用の法人職員に変更され、現在に至っている。 2004年4月の法人化時に法定雇用率(2.1%(当時))を下回り、その後1.39%となった雇用率に対して、広島大学が行った障がい者雇用と大学という組織を生かした取り組みについて報告する。 2 障がい者雇用の経緯と推進計画の策定 (1)法人化と雇用率 前述のように、2004年4月の法人化前の広島大学では、法定雇用率を達成していた。その理由の一つとして考えられるのが、除外職員制度である。 しかし、2004年4月以降、その指定はなくなり、算定にあたっての分母数が大幅に増加し、その後、法定雇用率を達成できない状況が続くことになる。 図1 広島大学の障がい者雇用率の推移 (2)転機となった2008年 2008年6月のハローワークへの報告時には、雇用率が1.39%まで低下し、障がいのある職員の不足数が17人と国立大学法人86大学中ワースト7位という状況にあった。 それまで行っていた身体に障がいのある者を対象にした募集が必ずしも採用に結びつかなかったことや障がいのある職員の退職も重なり、図1のとおり、法人化以降少しずつ上昇していた雇用率は再び低下し、2008年の1.39%まで低下した。 その間、2008年1月から2度目の雇入れに関する計画の作成命令をハローワークから受けていたことから、待ったなしの状況であった。 このような中、他の国立大学法人で知的な障がいのある者が大学の構内環境整備業務を行っていることも参考に、広島大学でも知的な障がいのある者の雇用について検討することとした。 (3)障がいの理解と学内外の協力 雇用を行うにあたり、障がいについて理解することが重要であると考え、まず、特別支援学級がある附属東雲小・中学校に行き、教員から学び、授業の参観等を通じて児童・生徒から学んでいった。 その際に、学校から紹介のあった東雲親の会の会長である安森博幸氏からの多くの助言が、その後の進展の大きな力となった。 さらに、安森会長からの広島障害者雇用支援センター及び広島市内の授産施設の紹介を通じ、現場において見聞することで、現状の把握につながった。 このように、学内外の協力のおかげにより、障がいについての知識を得て、以降の雇用につながっていくことになる。 (4)推進計画の策定 広島大学全体の取り組みとして推進していくため、2009年2月に「広島大学の障がい者雇用推進計画」(以下「推進計画」という。)を策定した。推進計画は、次の四つの柱で構成される。 まず第一に、2009年4月に総務室(現在は財務・総務室)に障がい者雇用推進室(以下「推進室」という。)を発足することがあげられる。所掌する業務としては、①障がい者雇用の積極的かつ計画的な推進に関すること、②アクセシビリティセンターとの連携に関することであり、学内外からの協力、連携を行う上で大きな力となっていく。 推進室設置の目的の一つとして、学内における役割分担がある。推進室において雇用計画の大枠を定め、計画に基づき雇用される職員全員の所属は法人本部の人事グループとし、実際の職場である学部等において協力を得ながら推進していく。 これまで障がい者雇用について、学部等に依頼することはあったが、方向性が明確でなかったこともあって雇用が進まなかったことは否めず、計画等を一元化することで雇用の推進、安定を図ることとした。所属を人事グループとしたことは、連携という面でも、様々な取り組みの推進でも大きな役割を担うことになる。 第二に、業務については、附属東雲小・中学校(東雲地区)の校内環境整備及び東千田地区の建物内清掃を行うこととした。これまで見聞したことも踏まえ、チームでできる仕事を念頭に設定した。 なお、人事グループ環境担当の業務を表す言葉として、「学習環境創り」がある。この言葉は、附属東雲小・中学校長であった教育学研究科・林武広教授が附属東雲小・中学校での業務を表すことで使ったものである。仕事を通じて、教員、学生、生徒、児童の教育環境が良くなることでは、東千田地区の業務についても同様であり、環境担当共通の言葉として使用している。 第三に、雇用の目標として、2010年度を目途に、25人規模の雇用を目指すこととした。障がいのある職員の今後の退職も見据えての設定である。 第四に、東雲、東千田地区の推進状況をモデルケースとして、霞キャンパス及び東広島キャンパスへの展開を図ることとした。 3 障がい者雇用の推進と取り組み状況 (1)推進状況 推進計画に基づく雇用は、2009年度に附属東雲小・中学校のある東雲地区と東千田キャンパス(いずれも広島市)で開始し、2010年度には、霞キャンパスの歯学部(広島市)、東広島キャンパスの教育学部(東広島市)、2011年度には附属学校のある翠地区(広島市)へと展開し、三つのキャンパスと二つの附属学校園の5地区で行っている。 各地区環境担当組織には、契約支援調整員を配置している。地区ごとの責任者であり、現場や人事グループとの調整などマネジメント等も行う職で、事務職員の定年退職後の再雇用の職として創設し、これまでの経験も生かして職務にあたっている。 また、清掃業務を行っている3地区には、契約環境整備指導員を配置している。日々の清掃業務や振り返りなどを通じての指導にあたっている。 そして、障がいのある職員は、契約環境整備員として、学習環境創りのため環境整備業務に従事している。 (2)取り組み状況 ①ロールモデルである環境の先生 最初の職場を東雲地区とした理由に、同校の卒業生が母校に職員として帰り、働くことを通じて在校生のロールモデルとしての役割への期待があった。 東雲地区では、児童・生徒がより良い学校生活を送ることができるように、校内環境整備を中心に業務を行っている。また、学校からの要望で入学式など各種行事へも出席している。 業務の中では、長年使用していなかった学習園を復興させ、作物などを育てることを通じての教育も行われている。 苗の植え付け、水やり、収穫などを児童・生徒と一緒に行うこともあり、育てた野菜を学校給食に使用した際には、給食委員会からの次のような校内放送があった。 『今日の給食(豚汁の中)には、環境の皆さんが作られた、ほうれん草、大根、絹さやエンドウが入っていますので、おいしくいただきましょう。環境の皆さんありがとうございました。またあったらお願いします。』 本学の取り組みが参考になり、地域に雇用の場が増えればとの思いで見学にも対応しているが、2010年8月に見学された広島県立広島特別支援学校のPTAだよりには、感想として次のとおり書かれている。 『母校の先生達のもとで後輩のために働く誇りと生き甲斐、楽しさを感じながら毎日を過ごしていると思った。昨年、校長先生から『職員なのだから卒業式にも参列してほしい』と言われて出席でき、本当に嬉しかった、と言っていた。当たり前のことでも、障がいを持つ職員は対等に見てもらえない現実が多くあると気づき、その人の言葉に改めて感動した。』 特別支援学級のみならず、学校全体で感謝の輪が広がっており、母校である附属東雲小・中学校で働く障がいのある職員は、学校では「環境の先生」と呼ばれ、児童・生徒の身近な良き手本になっている。 ②各地区での連携 2010年5月の歯学部環境担当の業務開始にあたっては、東千田地区において見学及び実習を行い、先輩職員である東千田地区環境担当のがんばりを参考にするとともに、後の業務に役立てた。教育学部環境担当の業務開始にあたっても、ノウハウを参考にした。 また、翠地区での業務開始のきっかけは、東雲地区の状況を翠地区の教員が見学したことであり、共通的な業務も多い両地区でも、連携を図っている。 環境担当は、みんな人事グループの職員であり、連携も容易に行える環境にある。 ③広島大学の構成員として 2011年に山口で行われた全国障害者スポーツ大会に広島市選手団代表選手として出場し、金・銀メダル獲得した際には、学長への報告を行い、その様子を広島大学のホームページに掲載した。 学生がスポーツ大会等で活躍した時には、同様のことを行っており、広島大学の構成員である障がいのある職員も同様である。 ④共生社会に向けた取り組み 歯学部環境担当では、業務開始当初の2010年から学生との合同清掃を行っている。 歯学部歯学科5年生が歯学部環境担当と合同で、自らが学ぶ講義室などの清掃を行っているもので、一緒に清掃業務を行うことで、人の気持ちを考えながら行動する大切さを学ぶことを目的としている。お互いを理解し、尊重する共生社会に向けた取り組みである。 また、2013年の新採用職員研修では、共生社会をテーマに、教育学部環境担当において清掃業務を協働し、職員として、社会人としての理解を深めた。 ⑤大学内での連携 教育学部環境担当の立ち上げと前後して、教育学研究科特別支援教育学講座の協力の下、同講座との連携を積極的に図っている。 例えば、従前、講座で実施してきた県内特別支援学級・学校の就労体験学習では、教育学部環境担当の職場を活用し実施している。このことにより、生徒は実際の職場での経験ができ、障がいのある職員には教えるというやりがいが生まれ、本学学生もその場を経験できるメリットが生まれた。この取り組みについて、朝日新聞で紹介された。 (朝日新聞(35面)2012年12月1日) また、広島大学で行われた日韓障害者就労支援研究交流会やロシア・ウラル国立教育大学の副学長他教員が訪問された際には、取り組みの説明や見学してもらう機会を得た。国内でも教育庁や大学教員が訪問され、同様の機会を得た。講座との連携なくして実現できなかったことである。 その他、2012年のホームカミングデーの教育学研究科企画「学び、働くための自信を育む」に人事グループも参加し、障がい者雇用の取り組みを紹介し、パネル展示及びフロアトークを実施した。地域への情報発信も講座との連携で実現した。 広島大学にとって、行っていることを広く知ってもらうことも重要なことであり、講座との連携により、その方法が大きく広がることになった。 ⑥進路見学を通じての地域貢献 教育学部環境担当では、特別支援学校の進路見学希望にも対応している。 (広島県立黒瀬特別支援学校HPから) 卒業生が働く教育学部環境担当での職場見学では、見学のほか、先輩である職員が生徒の質問にひとつひとつ丁寧に答えている。その姿は、社会人としての自覚にあふれているように感じた。これも一つの地域貢献であり、障がいのある職員もしっかり貢献している。 4 広島大学での位置付けと外部評価 広島大学が達成すべき業務運営に関する目標である、第二期(2010年度〜2015年度)中期目標においては、「ユニバーサルデザインに関する目標」として、「障がい者と健常者がお互いに区別されることのない職場環境を実現する」があり、中期目標を達成するための中期計画においては、「障がい者雇用計画を着実に推進する」としている。 また、国立大学法人評価の各事業年度に係る業務の実績に関する評価では、障がい者雇用の取り組みについて、注目される実績として、2年連続で良い評価を得ている。 5 おわりに 法律が求めていることは、まずは、法定雇用率以上の雇用なのかもしれないが、雇用することを目的とするのか、きっかけとするのかによって、大きな違いがある。 雇用をきっかけとして、大学という組織を生かした取り組みを行うことができれば、大学における共生社会に向けた取り組みやアクセシビリティの推進にも貢献でき、障がいのある職員もさらに充実した職業人生を送ることができるのではないか。 また、取り組みを知ってもらうことで、地域に雇用の場の創出の可能性が生まれるかもしれない。大学の使命の一つである地域貢献にも発展する可能性がある。 そのためには、大学の構成員がお互いを理解し尊重し、挑戦し行動することが必要であり、大学職員が果たすべき役割は大きい。 【連絡先】 新本陽一郎(しんもとよういちろう) 広島大学人事グループ E-mail:youichis@hiroshima-u.ac.jp URL:http://www.hiroshima-u.ac.jp/top/intro/atarimae/ 就労移行支援事業におけるSST学習会について 松村 志穂子(かがわ総合リハビリテーション成人支援施設 生活・就労支援員) 1 はじめに 安定した就労生活を目指すには就職活動だけでなく、就職後も上司・同僚とのコミュニケーション等、多くのコミュニケーションスキルが求められる。当施設就労移行支援事業では平成23年度よりSST学習会を開始した。コミュニケーション面で課題がある訓練生を対象に、就労生活に必要となるコミュニケーション場面を想定し、ロールプレイを中心におこなった。その訓練状況、取り組み結果について報告するものである。 2 当施設就労移行支援事業の在籍者 当施設就労移行支援事業は定員24名に対し、平成25年6月5日現在35名在籍している。半数以上が知的、精神、発達、高次脳機能障害である(図1)。身体障害者が49%となっているが、これは身体障害者手帳のみを取得した者の割合で、失語症や高次脳機能障害の疑いがある者も含まれている。 図1 3 SSTとは SSTとはソーシャル・スキルズ・トレーニングの略称であり、社会生活技能訓練のことである。これは認知行動療法のひとつで、精神科における心理社会的介入法である。当施設就労移行支援事業では送信技能を向上させることを目的とし、自分の気持ちや要求を上手く相手に伝えることができるよう、ロールプレイを使い実際に演じながら練習をおこなった。 4 実施方法 SST学習会はメンバー3〜5名に対して職員2名で実施した。 ロールプレイでは言葉だけを気にするのではなく、声の大きさや相手との距離、立ち位置、クッション言葉の活用等も重視しておこなった。 (1)目的 就労生活でのコミュニケーションスキルを高めることを目的とし、次に挙げる4つの段階からそれぞれ想定される課題を題材として取り上げた。①施設内訓練 仕事を意識した人間関係を学び実践する。②就職活動中 個人面接・集団面接。③実習中 指導者に声をかける・報告をする・指示を受ける・謝罪をする。④就職後 就労生活の悩みを相談する。 (2)回数とメンバー構成 ・平成23年度 開催回数9回 参加人数6〜8人 ・平成24年度 初級 開催回数6回 参加人数2〜5人 中級 開催回数1回 参加人数3人 ・平成25年度前期(平成25年9月末現在) 初級 開催回数3回 参加人数3人 中級 開催回数3回 参加人数3人 平成23年度は1グループでおこなったため能力差が大きいグループワークとなった。平成24年度は適切な意見を出せるか等の能力別に2グループに分けて実施。中級グループはメンバーの長期実習や就職が決まったために1回しか開催されなかった。 メンバーは障害種別に関係なく、コミュニケーション面で課題がある訓練生でおこなった。平成23年度〜平成25年度9月現在で参加した訓練生は合計21名(図2)。様々な障害を持つメンバーが同じグループでSSTをおこなった。 職員はSST初級研修受講者で生活支援員1名、職業指導員1名でおこなった。平成23年度のみ臨床心理士による観察をおこない、個人に合わせた学習会の進め方を考えるための助言をいただいた。 図2 (3)取り上げた課題 ・声の大きさ ・忙しそうな人に話しかける ・注意を受けた時の対応 ・誘いを断る ・休みの希望を伝える ・遅刻しますと電話をかける 取り上げた課題は、実際に必要だと考えられる内容で具体的に日常の施設内訓練でも必要となることを選択した。 (4)SST学習会の進め方 ・ウォーミングアップ、前回の復習 20分 ウォーミングアップでは自己紹介や好きな食べ物、好きな季節、行ってみたい所等、簡単なテーマに沿って自分の意見を発言することをおこなった。 ・課題について話し合う 25分 ・ロールプレイ 30分 ロールプレイは具体的なセリフや流れを決めて最初に職員が良い見本をおこなう。それに続いてメンバーが順番にロールプレイをおこなう。ロールプレイが1人終わる度に、やってみた感想、他のメンバーが見て良かったと思う点を伝える。次にロールプレイをおこなう人はそれを取り入れ更に良くしようという動きも見られた。 ・振り返りシートの記入 15分 4 実際に取り上げた内容 テーマ:忙しそうな人に話しかける (1)ウォーミングアップ ・今年の目標を発表 具体的な目標であるか、訓練の状況や進路について正しく自己認識出来ているかの確認にもなる。職員も同じように発表をおこなう。メンバーの発言後に職員が拍手をすることで自然とメンバーも拍手をし、良い雰囲気になる。 ・前回の復習 「注意された時の対応」でおこなったロールプレイで大切だったことの確認、日常訓練時に実践できたかの確認をおこなう。 (2)課題について話し合う 初めに今回のテーマで困った経験はありませんかと投げかける。職員からも困った経験談を出すことでメンバーの同意や他の意見が出てくる。次にその困った経験に対しどのように対応すれば良かったかを考える。先ほどと同じように職員からも意見やアドバイスを出す。このSSTをおこなった際は次のような「困った経験」・「対応策」が出された。 ・相手が話し中で話しかけるタイミングがわからない。→対応策:相手の視界に入る。 ・何と話しかければいいかわからない。→対応策:クッション言葉を使う。(お話し中すみません) ・話しを中断させてまで今伝える内容かわからない。→対応策:内容を短くして伝える。メモを書いて渡す。 ・相手の機嫌を損ねたらどうしようかと不安がある。→対応策:最後にお詫びを言う。(失礼しました) 次に、忙しい人に話しかけたい時、してはいけない事について話し合う。先ほどと同様に職員・メンバーから意見を出し、なぜしてはいけないかという理由を考える。次のような「してはいけない事」・「理由」が出された。 ・いきなり話しかける。→理由:失礼。 ・後ろから声をかける。→理由:相手を驚かせてしまう。 ・黙って立っている。→理由:何がしたいのかわからない。 ・「後でお願いします」と伝える。→理由:後にして大丈夫な内容か相手が判断できない。 (3)ロールプレイ ロールプレイでどのように振る舞うか、先ほどの課題についての話し合いで出た内容の中からまとめる。言葉を選ぶだけではなく、立ち位置や声の大きさ、表情、どのように振る舞えば良いか決める。次に挙げる4点が意見として出た。 ・相手の視界に入る所に行き3秒待つ ・クッション言葉を入れる。「お話し中すみません」 ・簡潔にまとめ、後で聞いてもらう。 ・最後に「失礼しました」と謝罪の言葉をのべる。 次にロールプレイの具体的なセリフ、流れを決め、職員が良い見本をおこなう。 ①相手の視界に入る所に行き、3秒待つ。 ②「お話し中すみません。質問があるので後でお願いします」 ③「失礼しました」 ④自分の持ち場に帰る ロールプレイをおこなった後はその都度、本人から感想・上司役は話しかけられてどう感じたか・ロールプレイを見ていて良かったと思う点を本人に伝える。「失礼します」と言った後のお辞儀が良かった等意見が出ると、次にロールプレイをする人はお辞儀も意識しておこなうように変化した。 (4)視覚的情報 学習会中はホワイトボードに板書をおこない、視覚的に情報を共有する。図3は実際の板書の一部。 図3 5 事例 SST学習会に参加したメンバーのコミュニケーション課題の変化を報告する。 (1)事例1 Oさん 女性 30代 統合失調症 本人が困っていること:伝えたい内容をうまくまとめられない。緊張すると早口になる。 SST学習会に参加することで「今よろしいですか?」と伝え、相手に話しを聞く体制になってもらうことが出来るようになった。また、企業実習の際、事前に本人の障害特性と共に、コミュニケーションの取り方についても説明・助言をおこない理解してもらう事が出来た。 (2)事例2 Tさん 男性 30代 アスペルガー症候群 本人が困っていること:言葉を考えながら話すと言葉が詰まってしまい、言いたいことが言えない。 企業・職員が困っていること:拘りが強く、決められた方法ですることを嫌がる。 SST学習会に参加することで、決められた方法をとることで緊張せず上手く伝えられる事を学ぶことが出来た。自分のコミュニケーション課題に気が付くことが出来、改善しようという姿勢が見られるようになった。 (3)事例3 Hさん 女性 20代 知的障害 適切な意見を出すことが難しく、他のメンバーとペースが合わなかったため個別で実施した。 本人・家族が困っていること:慣れない環境でのコミュニケーションが苦手で、初対面の人に話しかける事が出来ない。環境に慣れるまで挨拶や報告といった仕事上必要なコミュニケーションを取ることも難しい。 SST学習会に参加することで、実習中の挨拶や「今よろしいですか?」という定型文を使い話しかける事が出来るようになった。 6 結果 ・障害種別に関係なくSSTは有効だと考えられる。 ・SST内で成功体験を重ねることで自信に繋がる。 ・グループワークでは良い所を出し合うことでより良い方法を考える事が出来た。 ・SST学習会内だけで完結させるのではなく、日々の訓練の中で実践とフィードバックを繰り返す事でより身に付ける事が出来る。 ・企業へ本人の障害特性を説明する際、SST学習会で取り組み、学んだことを伝える事で企業内の人ともコミュニケーションが取りやすくなる。 7 課題と平成25年度計画 (1)学習会のメンバー選出 平成23年度は1グループでおこなったため、能力差が大きいグループワークとなった。そのため、レベルが高い人には物足りない学習会となった。平成24年度は能力別に初級・中級と分けたが、中級は実習や就職となるメンバーが多く、開催回数が1回となった。平成25年度は就労訓練生の入れ替わりを考慮し、1年度を前期・後期と分け、各期メンバー編成をおこなう事とした。 (2)学習会開催頻度 平成23年度、平成24年度共に月1回の開催であった。振り返りの時間も不十分で、SST学習会で学んだ事を日常訓練で上手く活用出来ていないメンバーもいた。平成25年度前期は学習会を月1回開催。翌週に振り返りの時間を30分設けた。平成25年度後期は担当職員の人数を増やし、週1回の開催を予定している。 (3)職員のスキルアップ 現在SST初級研修受講者が4名。平成25年度は初級研修を3名、ステップアップフォロー講習を2名が受講を予定している。また、臨床心理士の配置を検討している。 8 まとめ 就労移行支援事業を利用される方は障害種別や社会経験の有無は様々であるが、コミュニケーション面で自信がない、課題がある人は多い。言葉の選び方やクッション言葉の活用、適切な振る舞い等の正しい知識を身に付けると共に、ロールプレイをおこなう事で実際の場面で学んだ事を活かすことが出来る人が多い。また、グループワークをおこなうことで、自身のこだわりや癖を知る機会となる、より良い対応方法を考える事が出来た。今後はより実践的な力を身に付ける事が出来るよう、内容の充実と職員のスキルアップを図りたい。 【連絡先】 松村 志穂子 かがわ総合リハビリテーション成人支援施設 e-mail:syuro@kagawa-reha.net SSTを活用した人材育成プログラム −就業支援ネットワークを活用した取り組みⅠ− ○岩佐 美樹(障害者職業総合センター 研究員) 佐藤 珠江・千葉 裕明(社会福祉法人シナプス 埼玉精神神経センター) 1 はじめに 人材育成は多くの企業に共通する重要な課題であるが、障害者を雇用する事業所においては、障害を持つ社員(以下「障害者社員」という。)とともに、障害者を職場で支援する社員(以下「支援者社員」という。)の育成という二つの人材育成が必要となる。この二つの人材育成を考えるに際し、最も重視されるもののひとつにコミュニケーションスキルがあるが、その具体的な育成方法等についてのノウハウや情報は乏しく、十分な取り組みがなされていないのが現状である。 こういった状況を踏まえ、当センターにおいては平成23年度から24年度にかけて、コミュニケーションスキルの獲得・向上の支援技法の一つであるSST等を活用し、障害者社員と支援者社員、この二つの人材育成を同時に支援することを目的とした人材育成プログラム−ジョブコミュニケーション・スキルアップセミナー(試案)−の開発に取り組んだ。本発表においては、2ヶ年の研究結果とともに、それを踏まえて平成25年度から実施している新たな取り組みについて報告する。 2 平成23年度から平成24年度の取り組み (1)方法 ①ジョブコミュニケーション・スキルアップセミナー(試案)の作成 プログラムについては、個人及び職場全体のコミュニケーションスキルの向上を主目的としたステップ・バイ・ステップ方式によるSST研修、そして、その効果を高めるための支持的な環境づくり、障害者支援のスキルの向上を目的としたパートナー研修の2部構成とした(表1)。 SST研修については、支援者社員による障害者社員に対するアセスメント面接結果をもとにカリキュラムメニューを策定し、それに従い、月1〜2回実施した。パートナー研修については、平成23年度はSSTの背景的理論や障害特性等に関する講義やSSTのメンバー体験等を行う研修を、SST研修とは別日に月1回実施、平成24年度にはSST研修直後にもSST研修に対するレクチャー等も加え、その充実を図った。 表1 プログラム(基本プラン)の概要(平成24年度) プログラムの流れとしては、カリキュラムメニュー策定後、SST研修のオリエンテーションを実施、その後は、SST研修とパートナー研修を交互に約半年間実施した(図1)。 図1 プログラムの流れ ②ジョブコミュニケーション・スキルアップセミナー(試案)の試行 作成したプログラムの効果等を検討するため、平成23年度においては3社6事業所、平成24年度においては4社5事業所の協力を得て試行を実施した(表2、表3)。なお、平成24年度の試行においては、平成23年度の試行結果を踏まえ、パートナー研修をより充実させたプログラムである基本プラン、試行を終了した2社におけるフォローアップ研修、及び障害者社員及び支援者社員ともに1名ずつ雇用されている事業所における個別研修という3種類の試行を実施した。 表2 平成23年度の研修対象者一覧表 表3 平成24年度の研修対象者一覧表 試行結果については、平成23年度においては、主としてスキル活用度自己評価及び他者評価をもとに検討した。スキル活用度自己評価については、SST研修で学習するスキルを研修実施前後及び全プログラム終了約1ヶ月後の計3回、「その技能が必要になる場面でどのくらいうまくできると思いますか」という質問に対する5段階の自己評価を求め、その変化を測定した。スキル活用度他者評価については、障害者社員の行動に対する支援者社員の認知の変化を測定するものとして活用し、プログラム実施前後の変化を測定した(表4)。 表4 平成23年度の効果測定実施時期 平成24年度においては、事例報告としてとりまとめ、受講者の行動及び認知の変容をもとに、プログラムの効果について検討した。また、4名の精神障害者を対象としたC社におけるフォローアップ研修においては、「一般性セルフ・エフィカシー尺度(GSES)」と「DACS(Depression and Anxiety Cognition Scale)」を実施し、プログラム実施前後における個人の一般的なセルフ・エフィカシー(自己効力感)や認知、抑うつや不安を引き起こす自動思考の変化についても検討した。 (2)結果 ①平成23年度の試行結果 その結果、スキル活用度自己評価については、ほとんどのスキルについて、SST研修実施前に比して、SST研修実施後及び全プログラム終了1ヶ月後のスキル活用度自己評定値に有意な上昇が認められた(図2)。 図2 平成23年度の試行実施結果例(自己評価) 他者評価についても、プログラム実施前に比してプログラム終了1ヶ月後の評定値において、多くのスキルについて有意な評定値の上昇が認められた(図3)。 図3 平成23年度の試行実施結果例(他者評価) ②平成24年度の試行結果 事例報告からは、SST研修で学んだスキルを、支援者社員の支援を受けながら職場で繰り返し練習し、スキルアップしていく障害者社員の行動と自他に対する認知面での変化が数多く指摘された。 また、支援者社員についても、障害者社員のスキル練習を支援していくプロセスにおいて、支援スキルを向上させ、また、障害者社員がスキルアップしていくことで、障害者社員に対する認識や感情が変化したという報告も多々なされていた。 C社において実施したGSESとDACSの標準化得点においては、試行実施前に比して実施後において、GSESについては有意傾向の上昇、DACSについては有意な低下が認められた(図4、図5)。 図4 GSESの変化(C社) 図5 DACSの変化(C社) (3)考察 SST研修前後におけるスキル活用度自己評価の変化から、本研修は受講者の多くに対して、スキル活用に対する自信を向上させる即時効果があることが示唆された。この自信の向上については、スキルのステップやコツを学び、その場で練習し、それに対する正のフィードバックを受けたこと、すなわちSST研修による直接的、即時的な学習効果と言える。また、SST研修前とプログラム終了1ヶ月後における自己評価の変化からは、本プログラムが受講者の多くに対して、スキル活用に対する自信の維持・向上に長期的な効果があることが示唆された。これについては、事例報告等とあわせて考えると、支援者社員の適切な支援を受けながら、障害者社員がSST研修で学んだスキルの練習を日々職場で積み重ねていった結果であり、SST研修以外の時間における職場での練習効果と言える。また、プログラム実施前からプログラム終了1ヶ月後の他者評価の変化についても本プログラムの長期的な効果を示すものであり、これをもたらした要因としては二つの可能性が考えられる。一つ目は、SST研修で学んだスキルの般化が促進され、スキルが職場内でうまく活用できるようになったという障害者社員のスキル、行動の変化である。そして、もう一つは、他者評価を行った支援者社員の認知の変化が生じたという可能性である。すなわち、支援者社員の障害者社員に対する評価に変化がもたらされた、すなわち、できている部分に気づき、そこを認めるというストレングスモデルに基づくアセスメント力が向上したという可能性である。いずれにせよ、自己評価と他者評価ともに向上していることを考えると、それらが相互に作用して、職場においては望ましい変化がもたらされたのではないかと考える。 また、GSES、DACSの結果は、本プログラムが個人の思考を適応的な方向に変化させる効果のあること、また、ある特定の場面におけるスキル活用についての自己効力感のみならず、全般的な自己効力感をも向上させる効果がある可能性を示唆するものと言える。 そして、以上のような効果は、職場という日常生活の場において、個人ではなく職場全体を対象とし、プログラムを実施したことによるところが大きいと考える。職場を実践フィールドとしたことで、「学習」の場であるSST研修及びパートナー研修と「実践」の場である職場が乖離することなく、連続性のある支援が可能になり、OJTとOFF-JTの相乗効果を生みだしていくことができた。また、SST研修とパートナー研修の両輪による支援を行い、互いのスキルの発動が、相手のスキルの発動のきっかけとなり、強化となるといった循環を作り出すことができたことで、その効果をさらに高めることができたと考える。 3 平成25年度からの取り組み 2ヶ年の研究結果から、障害者社員及び支援者社員の同時育成を支援するという目的を達成する上で、本プログラムの基本的な構成、デザインは有効であることが確認された。しかしながら、企業ごとのプログラム試行実施方法は、非常に個別性の高い研修が実施できた反面、実施コストの高さや実施者の確保の困難さから通常の企業が手軽に導入できるわけではないといった普及面での課題を残した。そこで、平成25年度からは、研究活動を通して確認された事業主のニーズ等を踏まえ、プログラムの普及と実施者育成についての取り組みを行っている。以下、簡単に現在の実施状況について紹介する。 (1)プログラムの普及に向けた取り組み コスト面の課題の改善に向け、就業支援ネットワークを活用した試行実施方法をとることにより、そのスケールメリットの可能性について検討することとした。本試行においては、埼玉県障害者雇用管理サポートセンターが年5回実施している研究会の参加企業を対象とし、パートナー研修については、研究会に参加する複数の企業を対象に合同で実施している。SST研修についてはそのうちの1社のみで実施するが、支援者社員は、それ以外の企業の者でも、参加者である障害者社員の了解を得た上で、見学参加できる方式としている。SST研修を実施する1社以外については、障害者社員の人材育成について、パートナー研修とSST研修の観察学習により支援者社員の認知・行動に変化をもたらすことにより、間接的に支援することができればと考えている。 (2)実施者育成に向けた取り組み SST研修の実施者育成を目的とし、2種類の試行を実施している。 一つは、当初からSST研修の自主運営を希望する企業、支援者社員を対象とした試行である。これについては、パートナー研修の内容の拡充を図ったプログラムの試作を行い、ハートフルリーダー会(全国重度障害者雇用事業所協会の加盟企業の指導員の有志の会)の協力を得て実施している。本試行においても、パートナー研修については、ハートフルリーダー会の会員である複数の企業を対象に実施し、SST研修についてはそのうちの1社にて実施するという方法をとっている。本試行においては、まずは、昨年度までのパートナー研修の全内容を3回に分けて実施後、SST研修を開始。SST研修見学後のパートナー研修については、従来の内容に加え、SST専門家のスーパーバイズを受けながら、パートナー研修受講者全員に、見学したSST研修のロールプレイ体験をしてもらうという体験型パートナー研修を新たに組み込んでいる。SST研修で、観察学習とロールプレイによる反復学習によりコミュニケーションスキルの向上を図っていくことができるように、この体験型パートナー研修においては、SSTを活用した障害者支援スキルの向上を図っていくことを狙いとしている。 もう一つは、昨年度までに試行を終了した事業所における試行であり、これについては研究成果物である資料集を活用した自主運営に向けた支援についての検討を行っている。 水平方向の展開であるプログラムの普及、垂直方向の展開である実施者養成ともに、はじまったばかりの取り組みではあるが、関係機関の皆様のご協力のもと、今後さらなる検討を加えることにより、少しでも良いプログラムをより多くの方に活用していただけるよう取り組んでいきたいと考えている。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:「SSTを活用した人材育成プログラムに関する研究」,調査研究報告書№113,2013 SSTを活用した人材育成プログラム −就業支援ネットワークを活用した取り組みⅡ− ○笹川 俊雄(埼玉県障害者雇用サポートセンター センター長) 岩佐 美樹(障害者職業総合センター) 武政 美佐雄(株式会社シンフォニア東武) 佐藤 珠江・浅野 ひろみ(社会福祉法人シナプス 埼玉精神神経センター) 1 はじめに 埼玉県障害者雇用サポートセンター(以下「サポートセンター」という。)は、平成19年5月に、全国初の障害者雇用の企業支援に特化して設立された公共施設(事務所:さいたま市浦和区)で、埼玉県産業労働部就業支援課が設置、平成25年で7年目を迎えている。 民間企業の障害者雇用を推進するため、障害者に適した仕事の創出方法、雇用管理や各種援助制度等に関する提案やアドバイスを行い、円滑に障害者雇用が出来るように支援することを目的としている。 スタッフは、全員が企業出身者で、企業の障害者雇用や支援等に携わった経験と高い専門性を活かした活動を実施しており、事業は四つの柱で支援を推進している。 内容は、①「雇用の場の創出事業」、②「就労のコーディネート事業」、③「企業ネットワークの構築と運営」、④企業・就労支援機関・障害者等からの「相談事業」である。 ①については障害者雇用について専門的な提案・助言を行い、円滑に雇用が出来るように支援、②については各地域の就労支援センター等に登録している障害者が就労に結びつくように支援機関や障害者への側面的支援を行っている。さらに、③については、障害者雇用に理解のある企業ネットワークの推進と拡大をねらいとして、企業等を対象としたセミナーや埼玉県を5地域に分け、地域別企業情報交換会の開催や企業見学のコーディネート等を行っている。 また、企業ニーズを受けて、産業別障害者雇用企業情報交換会や埼玉県内における特例子会社連絡会等も開催している。平成23年度から、特例子会社を対象に障害者雇用に関するテーマ別研究会(以下「研究会」という。)を開催しており、平成25年度は3年目の開催となる。 年2回開催の障害者雇用サポートセミナー 地域別障害者雇用企業見学会及び情報交換会 平成23年度より産業別企業情報交換会も開催 年2回開催の特例子会社連絡会 障害者雇用に関するテーマ別研究会 2 研究会開催の経緯と目的 埼玉県に本社を構える特例子会社は、平成25年9月現在21社あり、社数としては全国順位4位までに拡大してきているが、4割近い企業が5年以内の設立(表1)ということもあり、サポートセンターでは、年2回定例で特例子会社連絡会を開催、共通課題の抽出と解決に向けた情報交換や相互見学を通して、ネットワークの拡充と次世代への人材育成も含めた活動を展開してきている。その一環として現在抱えている問題や、今後予想される課題についてアンケートを実施し研究会を行っている。 表1 特例子会社の認定後経過年数 表2 特例子会社の障害種別状況 各年度のアンケート結果を踏まえ、平成23年度は、雇用の7割が知的障害者という背景を受け(表2)、「障害者雇用における加齢現象と事業所の対応」、平成24年度は、障害特性に視点を置いた「発達障害者の雇用管理」をテーマに研究会を実施。平成25年度については雇用管理上における指導方法やスキルアップをテーマに取り上げて欲しいという意見が多数寄せられた。 また、障害者雇用を推進する上で、特に雇用拡大における中小企業への支援と合わせて雇用後の職場定着の課題も挙げられており、埼玉県産業労働部就業支援課が平成23年3月にまとめた支援機関への調査報告書(表3、表4)では、就業後1年以内に離職する割合が6割近くもあり、また主な離職理由として、①人間関係がうまくいかなかった、②労働意欲減退、③能力不足等が上位を占めており、職場における人間関係、とりわけコミュニケーションの問題を視野に入れてテーマ設定を検討した。 以上の経緯を勘案し、平成25年度は、コミュニケーションスキルの向上に着目し、最近研究が進められている「SSTを活用した人材育成プログラム」をテーマとして、参画型で実施することとした。 表3 障害者離職状況調査① 表4 障害者離職状況調査② 3 研究会の進め方 進め方は、サポートセンターが事務局となり、障害者職業総合センターの協力を得て、㈱シンフォニア東武との連携のもと実施した。 障害者を職場で支援する社員(以下「支援者社員」という。)については、合計5回の日程で研究会を計画し(表5)、また研究会と併行して実施した障害を持つ社員(以下「障害者社員」という。)を対象とした㈱シンフォニア東武のSST研修(表6)の見学研修を加えることで、実際の研修場面の共有化を図り理解を深める形で進行。 表5 研究会における各回の内容 表6 ㈱シンフォニア東武のSST研修 講師は、支援者社員については、障害者職業総合センターの岩佐美樹氏と埼玉精神神経センターの佐藤珠江氏に依頼、また障害者社員については、岩佐美樹氏と埼玉精神神経センター浅野ひろみ氏に協力をお願いした。 参加企業は、埼玉県内の特例子会社を中心に合計18社が応募、参加者も合計で38名の参加人数となった(表7)。 表7 参加企業名と参加者名(㈱は株式会社の略) 4 中間状況 第3回経過時点で、SST研修の導入について実施したアンケートでは、研究会を踏まえてから検討という企業が半数近くあったが、今後計画の意向がある企業が7社、既に実施している会社は㈱アドバンテストグリーン、㈱富士薬品ユニバーサルネットと今回実施の㈱シンフォニア東武を含め3社であった。 (1)㈱アドバンテストグリーンの取組み ㈱アドバンテストの特例子会社で、平成16年に設立。事業は館内清掃、緑地美化、社内メール郵便、調理パンの製造販売、日中守衛、寮管理等 を行っている。 平成25年9月現在、障害者社員は22名で、SST研修は、平成24年度に7ヶ月間をかけて支援者社員と障害者社員を対象に実施。働き易い職場環境を目指し、『人のアプローチ』として周りの理解と協力作りを目標に、ほめることによるモチベーションマップや外部講師によるSST研修の実施でコミュニケーション能力の向上に取り組んでいる。 また、『物のアプローチ』では、誰もが楽に作業できるようにという視点で、作業の標準化を目指し、単純化と手順書化を進めている。 平成25年度は、前年度で研修を受けた経験者の支援者社員が講師となり、7ヶ月間にわたり自前で研修を進めている。 (2)㈱富士薬品ユニバーサルネットの取組み ㈱富士薬品ユニバーサルネットは、㈱富士薬品の特例子会社で、平成20年に設立。事業は物流センター内での返品業務、ビルの清掃業務や本部でのメーリング業務等を行っている。SST研修は、平成23年度に外部講師を招き基本理論を中心に支援者社員に実施。 (3)㈱シンフォニア東武の取組み 今回、9ヶ月間に渡りSST研修を実施。具体的な取組みについては、共同研究として㈱シンフォニア東武の武政美佐雄氏に本発表会で発表していただくこととした。 5 まとめ 今回、中間ではあるがSST研修を通して、経験則中心による支援から、障害者社員の障害特性や個別特性を理解すると共に、社会生活技能であるコミュニケーションの適切なあり方を学ぶことが出来た。 課題としては、企業における支援の実践の中で、支援者社員自身がいかにして、SSTのスキルとノウハウを習得していくかがポイントになっていくと考える。 また、目標設定と課題設定は、障害者社員、支援者社員共に動機付けの有効な手段であり、日々の取組みにおけるヒントになったと考える。今後はSST研修の活用が、各企業の中で人材育成につながったという成功事例の蓄積で、効果を検証していきたいと考える。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター 調査研究報告書No.113:「SSTを活用した人材育成プログラムに関する研究」(2013) 2)障害者職業総合センター:「ジョブコミュニケーション・スキルアップセミナー〜SST研修資料集〜」(2013) 3)埼玉県産業労働部就業支援課:障害者離職状況調査報告書 概要版(2012) 4)佐藤正二・佐藤容子編著:「学校におけるSST実践ガイド」金剛出版(2006) SSTを活用した人材育成プログラム −就業支援ネットワークを活用した取り組みⅢ− ○武政 美佐雄(株式会社シンフォニア東武 常務取締役/明るくする部長) 岩佐 美樹(障害者職業総合センター) 笹川 俊雄(埼玉県障害者雇用サポートセンター) 佐藤 珠江、浅野 ひろみ(社会福祉法人シナプス 埼玉精神神経センター) 1 シンフォニア東武の概要 (1) 会社概要 当社(本社:埼玉県春日部市)は、平成19年に東武鉄道㈱の特例子会社として設立され、今年で7年目を迎えている。現在61名の従業員が勤務しており、そのうち38名(うち30名が重度判定)が知的障害のある方(以下「パートナー」という。)で、12名の指導員(以下「チーフ」という。)のもと、4つの事業所(北春日部事業所・押上事業所・スカイツリータウン事業所・南栗橋出張所)に分かれて仕事をしている。 主業務である清掃業務では、東武鉄道の従業員施設や車両工場からスカイツリータウンの商業施設のバックヤードまで、さらにはベッドメイキングを行う等、幅広く受託しているほか、郵便の集配・仕分業務や名刺印刷業務、電子化業務等のオフィスサポート業務等も受託している。 (2) 私たちが大切にしていること 当社の業務方針(図1)は、「私たちの仕事は、職場を明るくすること」と定め、「私たちは『あいさつ』『笑顔』『そうじ・配達』で職場を明るくします」と、毎日朝・夕のミーティングにおいて全ての職場で全員が唱和をしている。 図1 業務方針 企業理念は、「伸びる・楽しむ・輝く」として、社員の成長がなければ、企業の発展はないとの想いで、パートナーの成長を支える仕組み作りと従業員教育に力を入れている。 2 研修導入の経緯 前述の通り、当社ではパートナー教育は当社の根幹であると考え、朝夕のミーティングや勉強会において繰り返し教育を行っている。 また彼らを支えるチーフの人材育成は、当社の最も重要な課題であるとの考えから、チーフ教育用DVDの制作や外部講師による研修等、積極的に進めてきた。 しかし、会社創立7年目を迎え、この2年で業務量が倍に拡大したため、在籍パートナー・チーフともに、その半数以上が入社2年未満となったことや、昨年4月から特別支援学校の新卒採用を始めたこと等から、職場での従業員間のコミュニケーションの重要性がさらに高まり、従業員の不安や悩みを取り除くための対策を模索していた。 そのような中、昨年の職業リハビリテーション研究発表会の分科会で、障害者職業総合センターをはじめ、各社のSSTを活用した人材育成の取り組みについてのプレゼンテーションを聞き、当社の教育・指導方針である「迷わせない・困らせない・不安にさせない」を今後も実現するためには、従前管理者が経験則の中から導き出した手法により指導していたコミュニケーションスキルを、より体系立ててパートナーとチーフ自身が学ぶことが必要であると考え、SSTを活用してパートナー教育とチーフ教育を並行して進める今回の研修を実施することとした。 また一昨年から当社も参加する埼玉県障害者雇用サポートセンターが事務局となるテーマ別研究会においても、本年度「SSTを活用した人材育成プログラム」をテーマとする情報を得たことから、連携し参加企業に当社の研修の様子を公開することでSSTの理解を深めて頂くこととした。 3 研修方法 (1) 研修プログラム 研修プログラムは、表1に研修全体のプログラムを示したとおり、パートナー教育のSST研修と、チーフ教育に大きく大別される。 チーフ教育は、理論研修とSST研修見学、SST研修後のフォロー教育、VTR教育に分かれる。 表1 研修プログラム 今回の研修は、アクションラーニングの方法論を取り入れ、10カ月かけて、月1回のペースでパートナー教育(SST研修)と、チーフ教育(理論研修・SST研修見学・SST研修後のフォロー教育)を並行して「学習」している。 一方「学習」期間中の業務時間を「練習・実践」の場として、「学習」と「練習・実践」を繰り返し教育するため、毎回パートナーには宿題が出され、チーフが正のフィードバックでこれを支援し、パートナーのスキルの習得を促している。 ① パートナー教育(SST研修) SST研修は、本人が「こうなりたい」と希望する人を支援する研修なので、彼らのニーズや希望を聞き出すため、研修に先立ってチーフによるパートナーとの1対1のアセスメント面接を実施し、本人の「将来の夢」とその夢を叶えるための1年後の目標「長期目標」、またその目標を達成するために乗り越えるべき課題のうち、対人的な課題を達成するための行動目標「短期目標」を導き出した(表2)。 表2 SST研修対象者の夢と目標 次に、取りまとめた個人の短期目標を前提に、6人に共通するグループ目標を次のように定めた。 「コミュニケーション力を磨いて、信頼を手に入れよう!!」 そして、これらの目標を達成するため、全員共通の課題をカリキュラムメニューとした(表3)。 表3 SST研修の各回のテーマ(扱ったスキル) ② チーフ教育 理論研修として、SSTの背景となる理論や技法の講義やSST体験等を行い、SST研修見学を通じて講師の受け応えや着眼点等の支援者スキルを身につけた。次に見学後のフォロー教育では、各セッションの解説や宿題の支援ポイントの説明を受け、次回研修までの宿題で、「実践」を通じた振り返りを行うことで、更なるパートナーのコミュニケーションスキルの強化と、チーフの指導教育方法の改善に結びつけている。 またVTR教育では、前述の教育は全て業務時間中に行うため、全員が一緒にSST研修見学やフォロー教育を受けることができないため、一部カリキュラムはVTRを利用して教育を行い、情報共有している。 (2) 対象者 SST研修については、本来はパートナー全員を受講させたかったが、時間的制約と教育効果を高めるためには参加者数に制約があることから、表2に示した6名とした。この6名は、勤続経験が少ないパートナーのうち、今後各職場の中心となって活躍して欲しいが、今一つコミュニケーション面で課題を抱えている入社1〜4年目のパートナーを人選した。(表4) 表4 SST研修対象者のプロフィール チーフ教育については、表5に示した押上・スカイツリー両事業所のチーフ全員を対象とした。 この両事業所は業務量が多く、他の事業所に比べると教育時間をこれまできちんと確保できていない面があったので、この機会に教育に対する意識を高めるため両事業所を選んだ。 表5 チーフ教育対象者のプロフィール SST研修 ロールプレイングの様子 (3) 講師 理論研修は埼玉精神神経センターの佐藤講師に依頼、SST研修とSST研修後フォロー教育は、同じく埼玉精神神経センターの浅野講師と障害者職業総合センターの岩佐講師に依頼した。 またVTR教育は、上記の研修の様子を記録したVTRを使って岩佐講師が担当した。 4 研修の効果(中間報告) 本原稿執筆時は、SST研修③を終了した段階で、まだまだ大きな変化があったとは言えない状況であるが、小さな変化は感じることができたので、以下に報告する。 (1) パートナーへの効果 ① Tさんの場合 仕事はしっかり正確にできる反面、口数が少なく自信のない素振りが見られ、言葉の語尾があいまいになる点に課題のあるパートナーであったが、SST研修受講開始後に、手始めに朝の会社到着時の挨拶を、相手の顔を見て、立ち止まって挨拶ができるよう、チーフが毎日正のフィードバックを行ったところ、立ち止まる時間が長くなり、声も徐々に大きくなってきた。 この変化は、他の行動にも良い影響が出始め、自分から周囲のメンバーに話しかけることができるようになってきた。 現在は、チャレンジポイントの「あごを上げる」に挑戦中である。 ② Kさんの場合 まじめで言われた仕事はできるが、声が極端に小さく、お客さまへの声掛けはもちろん、当初は講師の質問への返答も難しいパートナーであったが、SST研修において相手の顔をしっかり見ている点について、講師から毎回褒めて頂き、講師への信頼感と研修への安心感が高まり、仕事の自信にも結びついてきたようで、宿題にも自分から取り組むようになってきた。 現在は、チャレンジポイントの「タイミングよくあいづちを打つ」に挑戦中である。 ③ Nさんの場合 普段は明るく陽気な性格だが、人見知りでナイーブ、傷つきやすく、指導が重なり崩れると極端にやる気のない態度になることが課題のパートナーであるが、回を重ねて講師、グループへの安心感が増したこともあり、少しずつ褒めたことを素直に受け入れられたことが表情に表れ、持ち前の明るさが全面に出る時間が長くなり、極端にやる気のない態度になることが少なくなってきた。 現在はチャレンジポイントの「あごを上げる・声のトーンを上げる」の2点に挑戦中である。 (2) チーフへの効果 SST研修参加直後は、講師の褒め方(正のフィードバック)のお手本を見て、「そこまで褒め続けなければならないの?」「日常業務ではどこまで褒めて良いの?」といった疑問や不安の声が多かったが、日常業務ではポイントを絞って本当に良いと思った点をしっかり褒めるとのアドバイスをもらい、皆が実践し始めた。 従前から、褒めることの重要性は頭では理解していても、日常業務ではパートナーを成長させたいとの思いが強く、言葉による指導が増えてしまう傾向があり、せっかく褒めた言葉も消えてしまう場面があったが、回が進むにつれて、SSTの宿題を口実にパートナーを支援するチーフの姿を沢山見かけるようになり、褒められたパートナーの変化がチーフの手ごたえに繋がりつつある。 5 考察と課題 当社は、これまでパートナーのコミュニケーションスキルの教育は、各事業所の管理者がパートナーの小さな変化に気を配りながら、経験則の中で学んだことを指導のベースに行ってきたが、SST研修で学んだ「モデリング」や「強化」、「過剰学習」、「般化」といった学習理論は、まさにその指導そのものであり、従前から実施している管理者の指導方法を理論的にも裏付けることができたと考える。 今後の課題は、管理者とチーフが各パートナーの指導のポイントを共有し、特に日常業務での指導はチーフがSSTを利用した指導方法を身につけ、実践することで、チーフが自信を持ち、よりパートナーに自信を持たせ、パートナーの成長に繋げられるようにすることである。 6 今後の展開 今回の研修対象パートナーとチーフが、SST研修で学んだスキルを日常の職場で使えるようになることが、一番のスタートであると考える。 その上で、会社として未受講のパートナーやチーフがSST研修を受講できる環境を整えるとともに、当社の表彰制度「グッドスマイル賞」等を利用して、今回の対象パートナーが手本となり、成長している姿を取り上げる機会を作り、未受講のパートナーやチーフの自己成長意欲を刺激することで、積極的な受講につなげていきたい。 また今回SST研修で学んだ、パートナーの繰り返しの問題行動は、必ず理由があり、繰り返しの行動が治らない時には、意図せずに強化してしまっている点がないか疑ってみるという視点を、今後も会社として大切にしていきたい。 SSTを活用した人材育成プログラム −自主運営への取り組み・視覚障害者に対するSST研修(効果・課題についての考察)− ○金子 楓 (社会福祉法人あかね 理事長) 岩佐 美樹(障害者職業総合センター) 1 法人概要 私たちの施設は、1996年に視覚に障害を持つ者たちの、「見えなくなっても働きたい」という声から生まれた。当時、視覚に障害を持った者の就労は、あん摩・マッサージ・指圧、鍼、灸のいわゆる三療業が主であり、一般的な作業は「できない」と考えられていた。残念なことに今もその考えは変わってないように思われる。 普通のパソコンにスクリーンリーダーというソフトを入れれば、普通の人と変わらずパソコンの操作ができる。テープを聞きながらテキスト化していくテープ起こしの仕事は、視覚障害があっても単独で仕上げることができる仕事である。最近ではシステム開発の仕事に携わる人も出てきている。視覚に障害があっても、聴覚や他の障害の人たちと組むことでデータ入力の仕事もできる。私たちの施設では、こうした音声パソコンを使っての作業を行なうとともに、IT教室を通じて音声パソコンの普及にも努めてきた。 障害者自立支援法ができ、身体に限らず、知的や精神に障害のある人たちを受け入れることとなり、施設が大事にしたのは、時間をかけてもミスのない仕事、丁寧なアウトプットということだった。各人の作業は不完全かもしれないが、何度もチェックを入れることで施設を出る時にはミスのない完全なものとして納品できていると自負している。 2 SST研修導入の背景 視覚障害者:生まれつき視覚に障害を受けて社会に出てきた人たちは人の輪に入り話をする行動は出来ない。 精神障害者:施設に入ってきた多くの人は社会での就労経験がありその中で対人関係で自分に自信をなくし家に引きこもり、人との関わりから遠ざかっていた。 二つの異なる障害者が一つの部屋にいながら互いに言葉を交わすことが無かったが、ある時視覚障害者の方の昼食の買い物に精神障害者の方が一緒について行ってもらった。帰ってきたときの互いの表情が変わっていた。精神障害者の方は施設に通うようになって心から感謝の言葉をかけてもらったことで自信がつき、視覚障害者の方は普段自分で出来ないことを自然体でやっていただいたことに対して感謝の言葉を交わしていた。上記のような様子を見聞きし普段の生活の中でコミュニケーションを取り、話しをするよう心がけても旨くいかないなか、SST受講を受けることでより互いに効果がでた。 3 自主運営へ向けた取り組み SST研修については、SST研修資料集に収録されているテキストを用い、1回60分、月2回、オリエンテーションを含め、7回実施することとした。また、SST研修と併行し、SST研修のリーダーを務めるジョブコーチのリーダースキルの向上のため、以下の取り組みを実施した。 (1)研修会等への参加 平成24年度に受講したジョブコミュニケーション・スキルアップセミナーで学んだ知識やスキルのさらなる向上を図るため、SST普及協会が実施するSST初級リーダー養成研修やワークショップ等に参加した。 (2)パートナー研修の実施 開始の段階では、指導計画の作成からSST研修の運営まで単独で実施することにはまだ不安があった。そこで、障害者職業総合センターの協力を得て、SST研修の自主運営を目指したパートナー研修を12回実施した。12回のうち5回はSST研修とは別日に実施し、7回はSST研修実施後に、その日のSST研修に関するレクチャーや次回までのスキルトレーニング支援等についての研修を実施した(表1参照)。 パートナー研修の資料としては、主としてSST研修資料集を活用した。初回の研修では、SST研修の進め方について確認し、アセスメント面接の練習を行った。第2回の研修では、メンバーに対して実施したアセスメント面接結果をもとに、グループ全体及び個人の目標を設定し、第1回のSST研修の予行練習を行った。第4回のSST研修まではSST研修とは別日に実施するパートナー研修において予行練習を行い、また、メンバーのロールプレイの際の各自の練習ポイントやフィードバックの方法等についての確認も行った。第5回からはSST研修終了後のパートナー研修の時間を使って、この取り組みを続けた。 表1 研修スケジュール 4 SST研修 (1)SST研修対象者 本人及び施設指導員等の希望を踏まえ、今回のSST研修については、ワークアイ・船橋より2名の視覚障害者、ワークアイ・ジョブサポートより2名の精神障害者を対象とした(表2)。 表2 SST研修対象者表 (2)SST研修の実施状況 第1回、第2回は研究員がリーダー、ジョブコーチはコ・リーダーを担当した。第3回目からは役割を交代して実施した。ステップ・バイ・ステップ方式のSSTは非常に構造がしっかりしているので、SST研修の進め方自体に慣れることは難しくなく、予行練習がきちんとできるモデルのロールプレイまでは比較的スムーズに進めることができたが、一番難しかったのが、各自のロールプレイ後のフィードバックであった。特に修正のフィードバックでは、何をどう伝えれば良いのか戸惑うことが多く、コ・リーダーに助けを求めることがしばしばあった。 しかし、メンバーの協力もあり、毎回のSST研修は非常に和やかで楽しい雰囲気で進めることができ、毎回メンバーから肯定的で前向きな感想をもらうことができた。また、各メンバーは確実にコミュニケーションスキル及びそれに対する自信を向上させていき、そのことについて、他の職員から評価を受けることもしばしばあった。特に2名の視覚障害者の変化は大きかった。拡大コピーしたテキストを、ルーペを使ってなんとか読むことができる2人にとっては、モデルのロールプレイ、他のメンバーのロールプレイの観察学習には制限があった。しかし、他のメンバーが、「アゴをあげてみて」、「背筋を伸ばしてみて」といったリーダーからの修正のフィードバックを取り入れロールプレイを行うと声の調子や大きさも変化すること、全体として明るい印象が伝わってくること等を敏感に感じ取り、的確にフィードバックすることができていた。また、自分自身がロールプレイをした後にもらうフィードバックは他者から見られる自分を意識し、自分自身の立ち居振る舞い等についてあらためて考える良い機会となったようであった。 5 受講者としての感想 私は今回のSST研修を含め、全部で3回の研修に参加した。研修を受けるまでは、仕事でつまづいたり家族に言いたい事が言えず、何でも自分で問題を解決しようと抱え込み悩む日が多かった。 研修に参加してから、家族に相談したり、職場で手が空いている時に「何か手伝える仕事はないか?」と積極的に職員に声をかけ仕事に取り組む姿勢も変わってきた。 SSTはポジティブな意見を言う事が原則なので、研修が進むにつれ仕事で困った事があった時は、職員に「仕事の事でこう言う所が困っている・アドバイスが欲しい」と、自分からSOSを発信出来るようになった。 自分で思っていたよりも、リーダーやSSTのメンバーから「良い点・長所がたくさんある」と評価され自信をつけることが出来るようになった。 研修後も、日々スキルを使い続けスキルアップ図る事が大切だと思う。(受講者・Nさん) SSTを受講して感じたことは、相手と話をする姿勢や態度、声のトーンや話し方、そして自分自身のコミュニケーションへの意識が変わったことである。以前の私は、コミュニケーションに苦手意識があり、他の人との話に上手く入れず、仕事面でも上手くいかないことが多々あった。 でも今は、SSTを受けたことで自分に自信がつき、他の人との話の中にも入れ、以前よりも楽しく、問題なく仕事ができるようになった。 今回このような自分自身が変わる機会をいただき本当に感謝している。(受講者・Sさん) 〜面接の練習を始めた動機〜 一般常識で判断しないで ある視覚障害者の人(先天盲)は、人の話を聞くとき何時も顔を横に向け、うつむきかげんで、聴いているか寝ているかわからない、暗い印象を与えていた。彼は数カ所行政職試験を受けたが、学科試験は受かるものの最後の面接でいつも不合格になっており、ある総務人事課に面接態度について問い合わせたところ、不合格の理由は、「面接の態度が悪い」と言うことだった。 先天盲の方は耳が健常者の「目」と同じで、話し声がよく聴こえないとき「聞き耳を立てる」よう自然に耳は声のする方向に向く。すると顔は話をしている人と反対の方向を向いてしまう。一般には人の話を聴くときは顔を向け、相手の目を見て話すという習慣があるが、先天盲の人は、耳が目となり「顔」の大きな役わりをしていることがわかった。障害者が自ら声を出さないでいるとこの様に誤解され、一般常識で判断され、障害者に大きなマイナスとなってしまう。晴眼者は人と話をするとき相手の顔を見て、目線を合わせて話すことを本人に説明し家族にも協力してもらった。その結果、この方は見事に地方公務員試験に合格し某市の職員となった。今では結婚し、2児の父親となって幸せな生活を送っている。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:「SSTを活用した人材育成プログラムに関する研究」.調査研究報告書№113,2013 2) 障害者職業総合センター:「ジョブコミュニケーション・スキルアップセミナー(試案)−SST研修資料集−」.2013 精神障がい者の雇用と定着支援 〜短時間勤務から正社員化への取り組み 樋口 安寿(株式会社リクルートオフィスサポート 経営企画室 リーダー) 1 株式会社リクルートオフィスサポートについて (1)会社概要 株式会社リクルートオフィスサポート(以下「ROS」という。)は、1990年2月に設立された。当時、リクルートの従業員数約6,500名に対し、障がい者は7名で、雇用率は0.12%と当時の法定雇用率1.6%には程遠い状況であった。 設立に際し、自社ビルをバリアフリー化し、車椅子中心に下肢障害を積極的に雇用し、社内報印刷の業務からスタートした。 以来、リクルートグループ各社のオフィスワークや従業員の暮らしに関わる業務を全方位的にサポートし、「対価をいただけるサービス」にこだわり、事業を拡大してきた。 ① 設立からの歩み 印刷事業に加え、総務系領域のサービスカウンター・マッサージサービス・名刺一括請負と職域を広げ雇用を拡大し、1993年には法定雇用率を達成した。 2003年には事務センター(経理の伝票業務の受託)を立ち上げ、大幅に雇用を拡大し、グループ会社の連結雇用に踏み切った。 それ以降もグループの成長に伴い、情報関連事業等新たな領域への挑戦を続け、法定雇用率を達成し続けている。 ② 雇用状況と従業員の内訳 2013年6月現在、従業員数217名のうち四分の三にあたる168名が障がいを持つメンバーである。採用に当たっては、下肢障害を中心にあらゆる障がい部位の人を雇用しており、配属も部位に拘らず、様々な部署に様々な障がい部位を持つ人が一緒に働いている。 2013年6月現在の雇用率は、グループ16社(従業員数12,352人)に対し2.129%である。 ③ 企業理念の実現 ROSは、障がい者も健常者も区別なく働く会社を目指し、障がいへの配慮はするが、期待もかけ共に成長していくことを求めている。 現在、マネジャー11名のうち7名が障がいを持っており、健常者も含めた10〜20名の組織のマネジメントを行っている。 図1 企業理念と経営の3原則 (2)事業概要 ROSは、情報管理領域、オフィスサービス領域、経理事務代行領域の3軸でグループ各社のサポートを行っている。 ① 事業スタイル グループ各社に点在する事務業務を【集約化】→【定型化】→【分業化】のプロセスを踏むことで、専門化を進め品質及び生産性の向上を図り、分業化することで障がい部位別の対応を可能とし、更に定期通院・体調不良などでの欠勤時の相互フォローを行いやすくしている ② 事業運営と変遷 他のアウトソーサーと同レベルの品質と価格でサービスを提供しながら、障がい者雇用にかかるコストを差し引いたら全社黒字となる事を目指し、特例子会社でありながら事業会社として健全な運営を行っている。 また、外部環境の変化やグループ内の事業やニーズの変化に応じ、職域を開拓してきた。 イ 創業期 社内報の印刷、営業資料のコピー、名刺作成など印刷事業を中心とした事業展開 ロ 拡大期 グループ連結・法定雇用率の見直しに合わせ、データ入力・総務カウンター業務・経理事務業務などオフィスワークのサポートを中心とした事業を開拓 ハ 環境変化 個人情報保護法・Web化の進展・エコロジー志向など外部環境の変化による紙事業の縮小に伴い、アンケート集計加工・紙文書のPDF化・機密文書管理・リサイクルボックスの運用など、環境配慮・情報管理に特化した事業を開拓 2 精神障がい者雇用へのシフト 急激な環境の変化により、大幅な雇用の拡大が必要となり、2012年度より、精神障がい者(主に気分性障がい)の雇用拡大を決定。 従来の、身体を中心と雇用から大きな転換を図るべく、制度の見直しも行う (1)背景 ① 外部要因 イ 法定雇用率 2013年6月の0.2%引き上げに伴い、25ポイントの新規雇用が必要となる。 ロ グループ会社の事業拡大 連結対象のグループ従業員増加に伴い、雇用分母が拡大した。 ハ 雇用市場の変化 首都圏の身体障がい者の就労率が向上し、優秀な人材の確保が困難となる。 ② 内部要因 イ 成功事例 5年前に採用した精神障がいのメンバーが安定的な働き方が出来ており、事業への貢献も大きい事から、働き方の工夫次第で、精神障がい者にも活躍の場が提供出来るという実感値があった。 (2)制度見直し 精神障がい者の、環境変化や負荷に対する弱さを鑑み、長期的・安定的に雇用し続けられるよう、専用の制度・仕組みを導入した。 ① 時短勤務 これまでの障がい者の採用は、正社員雇用を前提とし、7.5時間のフルタイム勤務での雇用が必須であったが、今回の精神障がい者採用に当っては、負担軽減の為当初は6時間勤務のアルバイトとしてスタートし、勤怠状況・仕事ぶり・人間関係などを確認しつつ徐々に労働時間を延長し、1年後の正社員化を目標とした制度を導入。 図2 正社員化までの流れ ② 定期面談制度 気持ちの変化、環境への適応や負荷をタイムリーにキャッチし、きめ細かな対応できるよう面談制度を導入。 ・人事担当(カウンセラー資格保持者)との面談(30分/2週間) ・受入部門管理職と人事担当の情報交換会(1回/月) 3 精神障がい者雇用の現状と課題 (1)第1期(2012年4月〜2013年1) ① メンバーの状況 図3 第一期採用精神メンバーの状況 10か月の間に10名の採用を進め、職場への適応度を総合的に判断し、3か月〜半年後に契約社員化し、2013年9月現在4名が正社員化を果たす。またその後、3名が契約社員となり、現在も順調に業務を続けている。 一方、この期間に再発によって仕事継続が出来なかったものは1名。この1名への対応が後述②の課題に繋がっている。 この他2名が「体調は安定していたが、職務適性が低い」という理由で、双方の合意のもと契約満了となった。 ② スタートして分かった課題 業務コントロール・勤怠・心的なフォローも含めて事業に委ねたものの、精神障がい者に対しては、既存の身体・知的メンバーに対するノウハウだけでは対応が難しく、本人・事業共に混乱をきたす。 イ 組織適応度の差 自身の障がいの受容度により、配属先で与えられた業務や周囲のメンバーへの関わり方など組織適応度合いが大きく異なり、受容できていない場合自身の今の働き方と理想とする働き方の間で不安定となる傾向にあり、時に攻撃的な言動となって現れる場合がある。 ロ 受入部門の負荷 事業の中で不安定なメンバーが生まれると、勤怠の不安定さに加え、周囲との軋轢や気持ちのフォローやなど想定以上に時間とパワーを割かれ、マネジャーが日々の対応に追われる結果となる。 ③ 新制度の導入 イ 人事の里親制度 上記②の課題解決に向け、入社後半年間(契約社員化まで)は、所属先を人事付とし、各事業へ応援という形で派遣し、マッチングを図ることとした。 人事では、出退社時にチェック表を用いて体調・気持ちの状況を確認し、本音で話が出来る場をつくり、事業では、業務コントロールを通じ、職場・業務とのマッチングを確認することで、環境の変化への不安・負担の軽減及び、契約社員化した際の本配属先決定までの組織適応を図る。 図4 人事と事業の役割分担 (2)第2期(2013年3月以降) ① メンバーの状況 図5 第2期採用メンバーの状況 3月に採用した9名は、6月〜9月にかけて契約社員化を果たす。 一方、1名が前述の自身の障がいの受容が難しく力が発揮できず、双方の合意の上、契約期間満了をもって契約終了となった。 4月以降も、正社員からスタート1名(長期間状態の安定した方)、短時間労働からのスタート4名と採用を進めている。 ② 新たに生まれた課題 イ 登用基準のばらつき 時間延長・契約社員化・正社員化の判断が管理者に委ねられており、登用時期の差について、説明材料が不十分であり、ともすると不平等感につながる。 ロ 人事担当者の負担 雇用が拡大する中、人事側の面談パワーが飛躍的に増大し、対応できるカウンセリング資格保持者1名に負担が集中し、専任化しても過重労働せざるを得ない状況となる。 ③ 制度の見直し イ 正社員への登用基準設定 客観的な指標を定め、全てのメンバーが、入社から時間延長、契約社員化を経て正社員化するまで同じルールに則り、不公平感の無い登用を行うこととした。 基本ルールは、2か月間の勤怠が基準値を超える毎に30分の労働時間延長を行い、7時間30分の勤務が可能になった段階で、契約社員化とし、正社員化は、契約社員化後半年間の勤怠状況、勤務態度、業務成績の3軸で基準に達することを条件とした。 図6 正社員登用までのステップ ロ フォロー体制の強化 面談を担当する人事担当者の負荷を軽減し、更なる雇用の拡大にも対応できる体制を整える為、外部より専門機関の導入を決定。 ④ 職域の開拓 長期的安定的な雇用の実現と、雇用の拡大に向け、より精神障がいメンバーの特性に合った、職域の開拓を進めている。 2013年10月より、グループ会社が運営する情報サイト内にある顧客の投稿内容に、誹謗中傷・差別用語など不適切な表現がないかチェックし、言葉の置き換え・削除を行う業務を開始した。 図7 精神障がい適職判断基準 この業務は、グループに多数の情報サイトがある為、ノウハウを蓄積し、今後の雇用拡大に伴い横展開が見込まれ、更に、基準の理解・解釈・判断などの読解力・PCスキルなど精神メンバーの高スキル・経験を活かした、質の高い事務サービスの実現可能性もある。 4 最後に 精神障がい者の雇用を本格的に開始して、まだ1年半ではあるが、この期間に採用したメンバーからは「ROSに救われた」「ROSのノウハウを横展開して世の中に広めたい」といった声も聞かれ、今までの試みは軌道に乗りつつある。 これからも、ROS及びリクルートグループは精神を含め、あらゆる障がいを持つ人が力を発揮できる、より良い働き方の実現への挑戦を続けていきたいと考えている。 就職準備プログラムを通じた公共職業安定所と就労支援機関との連携 〜就労移行支援事業所における事例を中心に〜 ○太田 幸治(大和公共職業安定所 精神障害者雇用トータルサポーター) 今若 惠里子(大和公共職業安定所) 大長 和佳奈(大和市障害者自立支援センター) 関野 由里子(大和公共職業安定所) 芳賀 美和 (相模原公共職業安定所) 1 はじめに (1)就職準備プログラム 精神障害、発達障害のある求職者に対し就労から職場定着までを支援する精神障害者雇用トータルサポーター(以下「サポーター」という。)が大和公共職業安定所(以下「安定所」という。)には2名配置されている。安定所では専門援助部門の担当官とサポーターが協働し、精神障害者の就労に成果を上げており1)、就労支援機関につながっていない精神障害者に対する支援の一環として、平成24年度より就職準備プログラム(以下「プログラム」という。)を体系化した。 表1 プログラムの内容 表1のとおり、職業適性検査査等からなる「職業適性・志向性」と、障害の開示・非開示等からなる「就職準備スキル」の二つに大別している。実施については、サポーターが面談の中で求職者のニーズを把握したうえでメニューを提示し、求職者が選ぶ形式をとっている。求職者によっては複数のメニューを選択している。平成24年度にプログラムを受講した求職者の概要は表2、表3のとおりであり、平成25年6月30日現在のプログラム受講後の求職者の状況は表4のとおりである。 表2 プログラム受講者の年代(単位:人) 表3 プログラム受講者の診断名(単位:人) 表4 プログラム受講後の状況(単位:人) 17名中8名が就職に至り、3名が職業訓練につながった。就労・訓練群と未就労群を選択したプログラム別に比較したところ、表5のとおり就労・訓練群が未就労群より「職業適性・志向性」のプログラムを選ぶ傾向が見られ、精神障害者に対し、自らの振り返りを促す「職業適性・志向性」プログラムの実施が、就労の方向性を再考する一助になっていることがうかがわれた。 表5 プログラム別の実施回数(単位:回) (2)支援機関とのプログラム実施の意義 ところで、安定所では地域の支援機関との連携を念頭にチーム支援を実践している2)3)。支援機関より依頼があれば、安定所の担当官、サポーターが出張し職業講話を行い、支援機関を対象としたジョブガイダンス(平成25年度より「就労支援セミナー」に改称)を実施している4)。このように安定所が地域の支援機関との連携を図ることによって、支援機関の利用者ならびにスタッフには、安定所が求人を紹介するだけでなく、利用者中心の支援ネットワークを構築していることに理解を深めてもらっている。支援機関に安定所が出向きプログラムを実施することは、利用者の就労の一助となるだけでなく、支援機関スタッフと安定所スタッフ間の支援ネットワークの構築につながると思われる。 今回、表5の実施状況を踏まえ、就職活動の見直しのニーズがある就労支援施設通所者に対し、「職業適性・志向性」を含むプログラムを実施することは、安定所の地域支援という観点からも意義があると考えられる。 本研究は、就労移行支援事業所にて精神障害者等に実施したプログラムについて報告し、地域でプログラムを行うことの意義について考察することを目的とする。 2 就労移行支援事業所でのプログラム実施 平成24年12月、安定所で毎月実施されている、障害者を対象としたワンストップサービス2)に参加している支援機関に対し、安定所からプログラムの実施について情報提供を行うと、就労移行支援事業所Z(以下「Z」という。)より、平成25年1月から3月の間、通所者に対しグループ形式での実施依頼があった。担当官、サポーターが同年1月Zを訪問し、実施に向けて打ち合わせを行った。参加者について、Zに継続通所し、Zのスタッフから見て就労意欲の高い軽度知的障害者、精神障害者、発達障害者、計5名を推薦してもらった。プログラムは、Zで行ってきた訓練が有効に働くよう、振り返り重視の内容で構成し合計5回とした。日程はZの作業の関係上、隔週で実施した。受講については必ずしも毎回出席ではなく、Zのスタッフと相談のうえ、必要に応じプログラムを選択してもらった。毎回、Zのスタッフが1名、プログラムに立ち会った。プログラム受講者の概要および出席状況は表6、表7のとおりである。 表6 プログラム受講者の概要 表7 プログラムの内容および受講状況 表8 受講者の感想およびスタッフのコメント BとCはZのスタッフの依頼により、身だしなみ、職場での振る舞いについて見直す機会を設けた方が効果的との判断から初回のみの参加となった。Dは初回、外部実習と重なり参加できなかった。Eは初回、4回目、5回目は体調不良等により不参加であった。受講者の感想および各受講者に対する、Zのスタッフのコメントは表8のとおりである。 プログラム終了後も受講者は通所を継続し、中には就職活動に移行し就職した者もいた。受講者の状況は表9のとおりである。 表9 プログラム終了後の受講者の状況 3 考察 受講者5名全員が活動の幅を広げたと、Zのスタッフから報告された。プログラム受講時に通所期間が10か月を越えていたAとCに関しては、プログラム終了後に安定所あるいはZの職場開拓により就職を決めた。Aに関しては就労後Zと安定所が連携し職場定着支援を行った。プログラム実施後も求人紹介、定着支援の面で地域連携が図られた。Cのようにプログラムへの受講回数が1回のみであっても通所期間が長い者にとって、プログラムがZでの訓練の振り返りを促し、就労への仕上げとして機能したと思われる。また、BとDは施設外実習に参加し、Eも通所日数を増やしている。Dの「今後、どのように自分の気持ちを伝えていくか考えていきたい」との言葉にあるとおり、表8の受講者の感想は各自の変化を裏付けるものであり、就職に向けての留意点を各受講者が振り返る機会を持ったことがうかがわれた。 一方、プログラムについて、安定所側で決めたものを一方的に提示するのではなく、実施前にZのスタッフと内容について話し合い、各受講者に対し効果的と思われるプログラムを提供したことが受講後の肯定的な変化につながったと考えられる。しかし、表8のCの「スタッフから言われたことを安定所の人からも言われ」との言葉にあるように、プログラムの一部は受講者がこれまでZで提供されてきた内容と重複していたと思われる。こうした重複に関しても、安定所のスタッフが同じことを伝えたことによって、表8のスタッフのコメントからうかがえるとおり、Zのスタッフが発信してきた内容を裏付ける効果があったと考えられ、受講者の就職に向けて役に立つものとなった旨の感想につながったと考えられる。就労移行支援事業所等の就労支援施設で提供されている内容は、ともすると施設の中だけの知識として完結されてしまうかもしれない。しかし、安定所という公的機関が入り、中立な立場でプログラム等の講話をすることによって、施設内の知識を強化する機能があるのではないだろうか。したがって、支援機関の連携の強化のみならず、支援機関の通所者がエンパワメントされ肯定的な変化につながることが、支援機関におけるプログラム実施の意義として考えられた。 【文献】 1)太田幸治・芳賀美和:公共職業安定所における精神障害者就職サポーターと障害者相談窓口との連携−支援機関につながっていない求職者に対する支援を中心に−、「第18回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.268-271(2010) 2)太田幸治・芳賀美和・塩田友紀・柳川圭介・大箭忠司・和賀礼奈・松川亜希子:公共職業安定所における障害者ワンストップサービス−地域の支援者との連携による就労前支援について−、「第19回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.251-254(2011) 3)新木香友里・太田幸治・日高幸徳・芳賀美和:公共職業安定所と地域障害者職業センターの連携に関する一考察−精神障害者雇用トータルサポーター実習を活用し就労に至った事例を通して−、「第20回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.211-214(2012) 4)太田幸治:ジョブガイダンスを通じた公共職業安定所とデイケアの連携による就労支援、「精神保健福祉士 Vol.43 No.3」、p.197-198(2012) 精神障害者の職場定着要因に関する事例分析 〜健康生成論の視点で〜 ○加賀 信寛(障害者職業総合センター 主任研究員) 武澤 友広・大石 甲(障害者職業総合センター) 1 研究の目的 障害者職業総合センター研究部門(障害者支援部門)では、ハローワークの障害者窓口を通じて就職した精神障害者の職場定着について、就職後1年時点の追跡調査を実施し、調査研究報告書No95「精神障害者の雇用促進のための就業状況等に関する調査研究」1)にとりまとめた。 この結果を踏まえ、「精神障害者の職場定着及び支援の状況に関する研究」(平成24〜25年度)(以下「本研究」という。)において、3年後の職場定着状況と職場定着要因等を明らかにするための調査を平成24年度に実施し、量的・質的分析を進めている。 本報告においては、3年以上職場定着している精神障害者の職場定着要因について、健康生成論(後述)の視点に沿って試行的に実施した質的分析の結果について概要を述べる。 2 方法 (1)分析の対象者 前記した平成24年度に実施した調査において、3年以上の職場定着が確認できた者に加え、地域障害者職業センターにおけるフォローアップ業務の過程で、3年以上の職場定着が確認できた者の中で、職場定着の経過に関するヒアリング調査に協力して良いとの回答を得られた者とその就労支援担当者、企業担当者、8事例(分析対象精神障害者の概要は当日配付資料を参照)。なお、1事例に対し3者に調査を実施した理由は、支援の実態を多角的に分析するためである。 本報告では平成25年8月末日現在で分析が終了している1事例(当日配付資料の事例№7)について分析結果を述べる。 (2)調査期間 平成24年12月〜平成25年7月 (3)調査方法 各対象者に対し半構造化面接調査を実施した。 (4)倫理的配慮 障害者職業総合センターの研究倫理審査委員会の承認を受けた上で、対象者に研究目的や匿名化への配慮を説明し、同意を得て調査を実施した。 (5)調査内容 ①支援対象者に対する質問項目 就職経緯、職場環境に対する所感、役立った支援の内容、企業から得た配慮の内容、今後の希望等 ②就労支援担当者に対する質問項目 支援対象者の生活歴・職歴、実施した支援の内容、職場定着上の課題等 ③企業担当者に対する質問項目 職場内の支援体制、支援対象者を雇用した経緯、職務内容、雇用管理上の配慮事項、支援機関の活用状況等 3 分析の進め方 (1)健康生成論を視点に据えた背景 健康生成論は、人々の健康を左右する様々なストレス要因とその要因への対処方針に影響を及ぼす個人の認知面、心理面との関連性から、心身の健康の維持・回復・増進を図るための生活の構造を明らかにしようとする理論モデルである。この健康生成論の中核的概念として位置づけられるのが、首尾一貫感覚(Sense of Coherence:SOC)及び汎抵抗資源(Generalized Resistance Resources:GRRs)である。首尾一貫感覚は、①把握可能感(状況を合理的に把握できる感覚)、②処理可能感(物事に対処できるという見通しを得る感覚)③有意味感(出来事の中に意味や価値を見出せる感覚)から構成され、人が社会や集団に適応しながら心身の健康を維持・回復・増進していくために欠かすことのできない、いわゆる「生きていく力」として機能している。また、首尾一貫感覚の促進と強化は、汎抵抗資源(様々なストレスに抵抗していくための社会資源やストレス対処スキル)の獲得と動員状況によって左右されるとしており、個人の生育過程における教育や訓練、経験の蓄積によって影響が見込まれる要因である。 このように、健康生成論は心身の健康の維持・回復・増進を目的とした支援の構造を捉え得る包括的な理論であることから、残遺症状の医療管理と環境調整が就職と職場定着の実現を大きく左右する精神障害者については、職業生活における心身の健康の維持・回復・増進を視野に入れた職リハ支援の構造を明らかにするための有益な視点を提供できるものと考える。そこで、本研究の質的分析では、首尾一貫感覚及び汎抵抗資源の概念を職リハの領域において試行的に適用し、精神障害者の職場定着支援の具体的方策と定着要因について整理することとした。 (2)データの整理方法 定着先事業所において、対象者の汎抵抗資源が動員され首尾一貫感覚が機能しているかどうかという視点に加え、首尾一貫感覚が病的症状の後遺障害あるいは残遺症状等によって損なわれている側面がある場合は、これを補完するための汎抵抗資源の獲得支援や動員がなされているかどうかという視点に基づいて、ヒアリングのテキスト情報を内容ごとの単位で抜粋(セグメント化)し、表1のマトリクス上にプロットした。なお、プロットするにあたっては、担当研究員間でセグメント情報の内容を精査し、見解を一致させた上で行った。 4 報告対象事例の概要 大学卒業後、障害非開示で就職。約1年間、販売店員として就業するも対人サービス作業への過緊張により不眠が続き不調となって退職。退職後、小規模作業施設に1ヶ月間、通所。同作業施設から地域障害者職業センターの自立支援カリキュラムの利用を勧奨され受講。その後、ハローワークの紹介により障害を開示し、ジョブコーチ支援の下でスーパーマーケットの惣菜部門に就職。就業時間は9:00〜16:00の6時間で週5日勤務。作業内容は食材の下処理。惣菜部門は低温管理されており室内が寒く、また作業空間も狭隘であるため圧迫感が高じて作業効率が上がらず適応が困難となる。そこで商品管理部門へ配置転換。現在、商品の賞味期限のチェック等を行っている。就業時間は9:00〜15:00の5時間で週5日勤務。調査時点で4年1ヶ月間、定着。 5 ヒアリング結果の要点 (1)対象者に対するヒアリング結果の要点 ・状態に波があり、特に冬場、不調の波が長引く傾向がある。主治医から、「緊張が強くなったら個室に移ってクールダウンを図るように」と助言されている。個室で頓服を服用し5〜6分経てば作業現場へ復帰できる。 ・一般従業員比で6〜7割程度の作業量との自己認識。惣菜部門で就業していた時は、「もっと早くできるのでは?」と、上司や同僚から言われ辛かった。今の部署では休憩を適宜取っても注意を受けることはなくなったような気がするし、作業量についても指摘を受けることはなくなったかもしれない。こうした周囲の配慮が負担軽減に繋がっているように思う。 ・医療機関、地域障害者職業センター、地域生活支援センター、小規模通所施設の各支援機関スタッフに相談にのってもらっている。 ・収入が得られることによって生活でき、趣味も続けられるが、仕事の幅を広げたり就業時間を伸ばそうという気持ちはない。 ・上司から「あなたに辞められると仕事が回らなくなる」と言われた記憶があるが、戦力として認めてもらっているという実感はない。 (2)就労支援担当者に対するヒアリングの要点 ・障害に理解を得られる上司が配置されたことによって要求水準が緩和された。適応を促せなかった惣菜部門では、物理的就業環境等により効果的な作業遂行支援ができなかった。 ・通院先の精神科医療機関から得た情報によると被害念慮が残遺しているとのこと。「自分は作業が遅いのでバカにされているように感じる」という訴えが時々ある。特に疲労が蓄積すると被害念慮が亢進するようなので、通院先の精神科医療機関スタッフに対し、対象者の状態を適宜伝達し、必要な助言を主治医、コメディカルから得た上で、企業担当者に助言している。 ・対象者が社会資源を自律的・積極的に活用できていることが機関連携の実効性を高めている。 (3)企業担当者に対するヒアリングの要点 ・過去に2度、退職を申し出てきたことがある。退職希望の主な理由は、過緊張を伴う易疲労によって就業継続に対する不安感が高じたことにある。このため、対象者には戦力になれていることを幾度となく伝えたが、本人の感覚との間にはギャップがあるのかもしれない。 ・現在の部署では戦力となっていることを、機会あるごとに対象者に伝えると共に、労働観(現状安定志向)を支持しながら職場定着を見守っていきたい。 ・障害者雇用は、本部人事担当者から示された方針に基づいて実施しており、現場が独自の判断で就業条件等を調整することはない。一般従業員の障害に対する理解の促進についても、各支援機関から得た助言の下、本部人事担当者の雇用管理方針に沿って行われている。 6 分析結果 表1は、ヒアリング結果の内、職場定着に関連している情報をセグメント化し、セグメント情報の一部について、首尾一貫感覚を構成する三つの感覚ごとに汎抵抗資源の動員状況(動員内容)と動員結果を整理したものである。以下、三つの感覚ごとに分析結果の概要を記す。 表1 首尾一貫感覚ごとの汎抵抗資源に関するセグメント情報(一部) (1)把握可能感 自己の障害に対する把握可能感は、ヒアリング実施時点では損なわれておらず、治療の過程で一定程度回復していることが推量される。このため、主治医の助言が理解・受容されており、これが汎抵抗資源となっている。その結果5〜6分程度の短時間で作業現場に戻れている。これは、過緊張のセルフマネージメントという、新たな汎抵抗資源の獲得とも言える。しかしながら疲労が蓄積すると被害念慮が亢進するせいか、把握可能感が機能しにくくなる側面があることから、職業リハスタッフと精神科医療機関のスタッフが連携し、「バカにされているように感じる」という訴えは、残遺症状としての被害念慮によるものであることを企業担当者に対し伝え、この点の理解を求めている。こうした関係機関の実効的な連携と企業担当者への介入が汎抵抗資源となっており、その結果、把握可能感を毀損する可能性がある被害念慮の亢進が抑制されている。 (2)処理可能感 処理可能感が機能しにくくなっている精神障害者の場合には、過剰な、あるいは過小な処理可能感によって作業の量・質の安定的保持が困難となることが少なくない。本対象者に関しては、調査時点においては作業量の客観的な自己評価ができているが、同業務に継続的に従事し、経験の蓄積によって作業量の向上が図れることへの見通しの感覚、すなわち処理可能感が、やや損なわれている印象がある。一般従業員であれば、通常は作業量の向上に向けた取り組みや努力が求められるところであるが、本事例については障害に理解を示す上司(キーパーソン)の配置によって要求水準の緩和が図られている。これは、適応を促せなかった惣菜部門における就業経過を踏まえ、対象者に対する対応方針を従業員間で統一するための本部人事担当者の配慮の一環であり、これが重要な汎抵抗資源となっている。 (3)有意味感 現状安定志向の労働観であり、この労働観が就労支援担当者や企業担当者から支持されていることが汎抵抗資源となっている。その結果、経済生活の維持に対する有意味感が強化されている。しかしながら、状態の不調によって労働に対する有意味感が損なわれてしまう側面があり、退職の申し出が2度ほどある。こうした経緯から、企業の戦力になれていることを対象者に適宜伝達し、有意味感の強化を図っているが、この介入は汎抵抗資源になるまでには至っていないようである。 7 結果の考察 表1に示したセグメント情報の一部に基づき、対象者の職場定着に寄与していると思われる要因を以下の4点に整理した。 ①総菜部門での不適応要因を本部人事担当者が綿密に検討・整理し、その結果を踏まえ、就労支援担当者と企業担当者の連携の下、首尾一貫感覚を補完するための汎抵抗資源(商品管理部門への配置転換、キーパーソンの配置、作業量の要求水準の緩和、休憩の適宜取得の容認、就業時間の短縮等)が動員されている。 ②就労支援機関と医療機関との情報交換の下で、適切な症状管理がなされており、これが汎抵抗資源となっている。また、主治医の助言に基づき汎抵抗資源としてのストレス対処スキル(過緊張のセルフマネージメントスキル)が獲得されている。 ③対象者の社会資源利用、すなわち汎抵抗資源を動員しようとする積極的、自律的な姿勢が関係機関連携の実効性を強化している。 ④無理のない働き方について、就労支援関係者と企業担当者が支持していることが汎抵抗資源になっており、労働継続の有意味感をある程度機能させている。 8 まとめ 望ましい職場定着支援の構造を明らかにしようとする本研究の目的に照らすと、首尾一貫感覚や汎抵抗資源の概念を適用することで分析の視点が多角化・明確化されるように感じる。例えば、現状安定志向の労働観を支持するという支援は、現在の適応状態の維持を目的とした支援であり、不適応状態の改善を目的とした支援には縛られない、健康生成論的視点が前面に出た支援である。この点を確認できたことは今回の試行的分析の一つの成果と言える。 他の7事例についても同様の視点で質的分析を実施し、事例間の共通事項を確認することとしたい。加えて、職リハの支援現場において活用可能な質的分析の方策になり得るかどうかという視点でも検討を加えたい。 なお、首尾一貫感覚や汎抵抗資源の概念は、障害者に特化されたものではなく、健常者もその説明の範囲に含んだ包括的な概念である。このため、支援者及び企業担当者の側にもこれらの概念を適用し、精神障害者雇用に対する把握可能感や処理可能感、有意味感、あるいは支援の過程で生じるストレス対処の様相(汎抵抗資源の動員状況)について焦点をあてることで、支援者及び企業担当者から、より安定した職場定着を実現する手掛かりを引き出す端緒となり得るのではないかと考える。 【参考文献】 (1) 障害者職業総合センター:調査研究報告書No95 精神障害者の雇用促進のための就業状況等に関する調査研究(2010/3) (2) Aaron Antonovsky:健康の謎を解く—ストレス対処と健康保持のメカニズム,(訳)山崎 喜比古,吉井 清子(2001/4) (3) 山崎喜比古,戸ケ里泰典,坂野純子編:ストレス対処能力SOC(2008/5) 精神障害者の雇用に係る企業側の課題と制約について −先行研究における企業調査結果の再分析から− ○笹川 三枝子(障害者職業総合センター 研究員) 白石 肇・宮澤 史穂・佐久間 直人(障害者職業総合センター) 1 はじめに 厚生労働省の発表によると、平成24年の民間企業における実雇用率は1.69%となり過去最高を更新したという。ハローワークの職業紹介件数も増加しており、とりわけ精神障害者は求職者数、紹介件数状況とともに急激な伸びをみせている。こうした状況の中で、障害者の雇用の促進等に関する法律(以下「障害者雇用促進法」という。)が改正され、現在雇用率算定対象ではあるが雇用義務の対象ではない精神障害者の雇用が平成30年には義務化される予定である。 障害者職業総合センター研究部門では、平成25年度から「精神障害者の雇用に係る企業側の課題とその解決方策に関する研究」に取り組み始めたところである。本稿では、当該研究の一環として当センターの先行研究「中小企業における障害者雇用促進の方策に関する研究」1)2)の企業調査結果を精神障害者雇用の観点から再分析したので報告する。 2 方法 (1) 調査の概要 企業データベースより層化無作為抽出法で抽出した従業員56人から999人規模までの企業5,000社のうち、東日本大震災の影響が大きいと判断された地域の企業を除外した4,858社に対して平成23年(2011年)6月から7月にかけて郵送によるアンケート調査を実施し、1,496社から有効回答を得た(回収率30.8%)。 (2) 調査項目 調査項目は、業種、従業員数、障害者雇用経験、障害者雇用開始時期、雇用障害者数と障害種類、障害者雇用のきっかけ、障害者が定着している理由、障害者雇用における課題や制約、今後の障害者雇用方針、障害者の採用基準などである。 3 結果と考察 (1) 企業規模と雇用障害者の障害種類 現在障害者を雇用している企業のうち身体障害者を雇用している企業は9割を超えているため、障害種別の状況を明らかにすることを目的に回答企業を身体障害者の存否に関わらず「精神障害者も知的障害者も雇用している」「精神障害者は雇用しているが知的障害者は雇用していない」「精神障害者は雇用していないが知的障害者は雇用している」3群と、「身体障害者のみ雇用している」「過去に雇用経験はあるが現在は雇用していない」「雇用経験や雇用障害者の障害種類が不明」「今まで障害者を雇用したことがない、あるいは無回答」の4群、計7群に分けて集計を行った。 4段階の企業規模ごとに雇用障害者の障害種類をまとめたのが図1である。 図1 企業規模と雇用障害者の障害種類 規模が小さいほど「過去に雇用経験はあるが現在は雇用していない」と「雇用経験がない」、すなわち現在障害者がいない企業の割合が高く、56-100人規模企業では過半数(55.6%)を占めている。また、300人以下企業では過去に障害者を雇用していたが現在は雇用していない企業が7.5-14.4%となっており、中小企業においては障害者の新規雇用に係る支援だけでなく定着支援が重要と考えられる。 精神障害者の雇用状況をみると、規模が大きいほど雇用企業の割合が高いものの、301-999人規模でも精神障害者雇用企業の割合は4分の1以下(24.5%)にとどまる。本調査で対象とした56-999人企業ではどの規模においても精神障害者を雇用している企業の割合は多くないことがわかった。 (2) 雇用開始時期と雇用障害者の障害種類 次に、障害者雇用経験のない企業を除いて、企業が障害者雇用を開始した時期ごとに雇用障害者の障害種類について集計を行った(図2)。 図2 雇用開始時期と雇用障害者の障害種類 1969年までに障害者雇用を開始した群では現在精神障害者を雇用している企業の割合が2割を超えている(21.6%)のに対し、1970-1990年代に障害者雇用を開始した群では1割前後(9.2-12.3%)にとどまるが、2000年以降に雇用を開始した群で17.5%と伸びている。障害種類によって雇用率に算定されはじめた時期が違う(1976年身体障害者雇用義務化、1987年知的障害者の実雇用率算定開始、1997年知的障害者雇用義務化、2006年精神障害者実雇用率算定開始)が、図2をみると企業が障害者雇用を開始した時期の法制度が現在雇用している障害者の障害種類に影響を及ぼしている可能性があるのではないかと考えられる。 このことから、平成30年(2018年)に予定されている精神障害者雇用義務化が今後雇用される障害者の障害種類に少なくない影響を及ぼすことが予測できる。一方で、1990年以降に雇用を開始した企業群では過去に障害者を雇用していたが現在は雇用していない企業の割合が1980年代までに雇用をはじめた群の2倍以上になっていることにも注意が必要である。このことは、法制度の影響により精神障害者を雇用したが定着しなかった企業が少なからず存在することを示唆しているように思われる。 (3) 業種と雇用障害者の障害種類 障害者雇用経験や雇用障害者の障害種類の状況を業種別に調べたので図3に示す。ここでは56-999人企業から選択してもらった17の業種のうち、回答が1桁(n=8)であった「鉱業、採石業、砂利採取業」を除いた16業種について、(1)と同じ方法で企業を7群に分けて集計を行った。 精神障害者を雇用している企業の割合が最も多いのは「情報通信業」で23.4%、最も割合が少ない「建設業」では2.1%であり、本調査で対象とした56-999人規模ではどの業種でも精神障害者を雇用している企業の割合は少なかった。 精神障害者以外の雇用状況や障害者雇用経験を詳しくみると、業種によって大きな違いがあることがわかった。現在障害者がいない企業の割合が高いのは「生活関連サービス業、娯楽業」「建設業」など、現在身体障害者のみを雇用している企業の割合が高いのは「電気・ガス・熱供給・水道業」「金融・保険業」などである。また、知的障害者の雇用状況に着目すると、雇用企業の割合が5割を超える「宿泊業、飲食サービス業」50.7%から雇用企業が全くない「電気・ガス・熱供給・水道業」まで、業種による違いが非常に大きかった。 業種による障害者雇用状況の違いは、職務の切り出しやすさをはじめいくつもの要因が関係していると考えられる。現在精神障害者の雇用はどの 図3 業者と雇用障害者や障害種類 業種でもあまり進んでおらず、今後の多くの企業に対して精神障害者雇用への取組みが求められるだろうが、その際は他の障害者の雇用状況を含め業種ならではの状況を丁寧に把握し、対応可能な雇用の仕方を提案していく必要があるのではないか。 (4) 課題・制約となる事項と雇用障害者の障害種類 本調査では、17項目を提示して企業が障害者を雇用するにあたって課題や制約となる事項を選んでもらった(複数回答)。図4は、17項目のうち上位10項目について雇用障害者の障害種類別に集計を行った結果である。 全体としては「作業内容・手順の改善」「物理的な環境整備」「作業を遂行する能力」などが上位となったが、障害者雇用経験の有無や雇用障害者の障害種類によって課題・制約となる項目の選択率には差がみられた。このことから以下の事項が指摘できると思われる。 ① 精神障害者を雇用している企業でそれ以外の企業より選択割合が高い項目は「現場従業員の理解」33.9-33.3%であり、精神障害者を雇用していない企業14.8-19.6%より13%ポイント以上高い。精神障害者の雇用にあたって現場従業員の理解を得ることの重要さが示唆される。 ② 精神障害者と知的障害者両方を雇用している 企業ではそれ以外の企業よりも「社内コミュニケーション」を課題・制約として選択する企業が多い。 ③ 雇用経験のない企業では雇用経験のある企業と比べて「物理的な環境整備」「社内支援者の配置」を選択する割合が高い。これらの課題・制約は実際に雇用することによって解消される可能性がある。 ④ 現在障害者を雇用している企業では障害者がいない企業と比べて「作業を遂行する能力」「仕事に対する意欲」「遅刻や欠勤などの勤務態度」を選択する割合が高い。これらの課題・制約は実際の雇用にあたって重要になる事項と考えられる。 図4 課題・制約となる事項と雇用障害者の障害種類 4 まとめ 当センターの先行研究における企業調査結果を精神障害者雇用の観点から再分析したところ、企業規模や障害者雇用開始時期、業種によって精神障害者の雇用状況には違いがあることがわかった。また、雇用障害者の障害種類によって企業が雇用上の課題や制約と考える事項にも違いがあり、精神障害者の雇用にあたっては現場従業員の理解を得ることの重要さが示唆された。 今後は、精神障害者雇用にあたって企業が感じる課題や制約をより精密に把握しその解決方法を検討するために、情報収集や諸調査に取り組んでいきたい。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:調査研究報告書No.114中小企業における障害者雇用促進の方策に関する研究(2013) 2) 障害者職業総合センター:ポイントでみる中小企業の障害者雇用(2013) 【連絡先】 笹川 三枝子 障害者職業総合センター事業主支援部門 Tel:043-297-9065 E-mail:Sasagawa.Mieko@jeed.or.jp 知的障害と精神障害の職業的障害の構造の実証的比較 ○片岡 裕介(障害者職業総合センター 研究協力員) 春名 由一郎(障害者職業総合センター) 1 はじめに 個々の障害者が経験する職業的障害(職業場面での困難性)は、障害特性の特徴だけでなく、それを軽減・解消する様々な職場の配慮等や就職支援へのアクセス状況等の相互作用による。様々な生活面のマネジメントが困難である知的障害における就労支援では、ジョブコーチ等による職場適応の支援や、就職後の生活面との一体的な障害者就業・生活センター事業等の支援が成果を上げてきた。一方、精神障害においては、治療と仕事の両立が課題となることから、精神科医療とのより密接な連携による就職前から就職後の継続的支援が重要とされる。現在、すでに地域においては、これらの取組が開始されていることから、これらの就業支援の成果を実証的に評価し、今後の改善につなげていくことが重要である。 我々は、ICFの概念枠組に基づく調査2)のデータを用い、知的障害者の職業的障害の構造的分析への多変量解析の可能性を昨年報告し、正準相関分析により職業的困難性と職場や地域の支援の構造的関連を探索的に分析できること3)、及び、共分散構造分析により障害構造を視覚的に示すことができること4)を示したところである。 そこで、本研究では、知的障害と精神障害、それぞれの職業的障害の構造の基本的な要素を正準相関分析により明らかにし、その要素間の構造を共分散構造分析により検討することにより、それぞれの職業的障害の特徴を反映した視覚的な障害構造モデルを明らかにすることを目的とした。 2 方法 (1) 調査データ 調査データは平成21年に実施された上述の調査2)における、15歳〜65歳の知的障害者430名、および統合失調症149名からの回答による(保護者や支援者等の回答補助を含む)。このうち「何らかの就労」の経験があったのはそれぞれ327名、および113名であった。 (2) 調査項目 調査項目はICFの概念枠組を踏まえ、就職前から就職後の職業場面における具体的な問題状況(活動・参加)と、地域の支援機関利用や職場配慮等(環境因子)、及び、障害以外の個人特性(個人因子)、今後の検討が必要とされている「主観的次元」を網羅するものとした。 (3) 正準相関分析による変数の選択 知的障害と精神障害の就職前および就職後のそれぞれの状況について、共分散構造分析で用いる潜在変数および観測変数を決定するために、職業上の課題に関わる変数群と、地域や職場による支援に関わる変数群との間で正準相関分析をおこなった。分析はSPSSのCanonical correlationシンタックスにより行った。 (4) 共分散構造分析 共分散構造分析はAmos18.0を用い、多重指標モデルにより知的障害と精神障害のそれぞれについて潜在変数間の関係を分析した。正準相関分析により決定した共分散構造分析における潜在変数と、それを構成する観測変数(データ変数)の一覧は、後の分析結果を示した表1から表4(巻末に記載)を参照されたい。欠損値については当該項目の平均値により置換した。 3 結果 共分散構造分析のモデル適合度評価として、各指標値は、知的障害の場合では、就職前がχ2/df(1自由度あたりのχ二乗統計量)=2.10、CFI(比較適合度指標)=0.93、およびRMSEA(平均二乗誤差平方根)=0.051、また就職後がχ2/df=1.78、CFI=0.90、およびRMSEA=0.049と適合度が十分に高かった。一方、精神障害の場合では、就職前がχ2/df=1.72、CFI=0.79、およびRMSEA=0.070、また就職後がχ2/df=1.62、CFI=0.72、およびRMSEA=0.075とやや低かった。潜在変数から各観測変数へのパス係数の標準化推定値は巻末の表1から表4に示した。 (1)知的障害者の職業的障害の構造 ア 就職前の状況(図1) 知的障害者への「就職支援」は、職業紹介、就職活動支援、職場状況の個別確認、ジョブコーチ支援、職場実習等の総合的実施として、就職活動、就職活動での障害開示や自己アピール、就労状況の改善の全般的に関連した最も効果の高い就労支援であった。この「就職支援」は、職業準備支援や一般的な労働関係機関の利用との相関が高いが、その中で実質的に効果があるものとして明確化された。その他、ハローワークの専門援助窓口や地域障害者職業センターの利用は、職場体験等の機会を改善する独自の効果が認められた。一方、福祉的就労では、知的障害者の生活満足や仕事への自信に対して、本人の楽観的性格等に次いで重要な要因である職場体験等の機会が少なくなっていた。 図1 知的障害者の就職前の職業的障害の構造 (共分散構造分析による結果。楕円:潜在変数[構成する観測変数は巻末表]、片方向矢印:因果関係、両方向矢印:相関関係。点線は負の効果を示す。以下の図も同様。) イ 就職後の状況(図2) 一方、知的障害者への就職前からの職場実習やジョブコーチ支援は、直接に、就職後の雇用上の適正処遇の状況の改善に効果があっただけでなく、職場内での支援や配慮の増加を通しても業務遂行、コミュニケーションや人間関係の改善、処遇改善に効果が認められた。これらによる雇用上の適正処遇の改善は、職業生活満足の改善に強い影響が認められた。 図2 知的障害者の就職後の職業的障害の構造 (2)精神障害者の職業的障害の構造 ア 就職前の状況(図3) 精神障害者へのトライアル雇用や職業紹介等の「就職支援」は、病気の定期的チェック、仕事内容等の個別確認や生活習慣等の訓練等の「職業準備/疾患管理支援」と高い相関があり同時に実施されている場合が多かったが、それでも、前者は就職活動と就労状況に、後者は職場体験等と就職活動での障害開示や自己アピールにと、異なる効果のある主要な二つの取組として区別された。「福祉や医療の就労相談」の利用者は労働機関の利用も比較的多かったが、「職業準備/疾患管理支援」の実施はむしろ少なく、独自の効果としては就職活動や就労状況の悪化と関連していた。また、仕事や障害管理への自信が、客観的な就職前の課題状況や就労状況とほとんど関係していなかった。 図3 精神障害者の就職前の職業的障害の構造 イ 就職後の状況(図4) 一方、精神障害者の就職後の職業的課題については、生活習慣等の訓練等の職業準備支援の利用は、同時に利用されることの多いトライアル雇用等の就職支援や労働機関の利用とは独立した効果として、就職後の病気への理解や通院の状況の改善への直接の効果だけでなく、職場における病気への理解への取組や、通院・疾患管理への配慮が改善との相乗作用も認められ、また、職業満足への影響が大きい職場の人間関係や就業継続等の改善にもつながっていた。一方、それらと独立して一般の就職活動や職業訓練による、事務的仕事の遂行の改善への効果も認められた。 図4 精神障害者の就職後の職業的障害の構造 4 考察 知的障害者と精神障害者(統合失調症)の職業的障害の構造について、正準相関分析によって探索的に構成概念を明らかにし、それを踏まえ、共分散構造分析によってモデル検証を行うことにより、それぞれの特徴を示す関連図として示すことができた。その結果は、知的障害者と精神障害者の就労支援の特徴を示しており、調査時点(平成21年)における、地域や職場での様々な取組についての機能的な見取り図ともなるものである。 知的障害者の就労支援としては、職場実習から職業紹介やジョブコーチ支援と事業主支援への総合的支援が、就職までの移行と就職後の職場適応を高め、自信や満足を高めている状況が明確に示されていた。一方、福祉的支援だけでは、そのような効果は認められず、既に開始されている労働機関の就労支援との連携や移行支援をさらに推進することの重要性を示していると考えられる。 一方、精神障害者では、トライアル雇用や職業紹介による就職支援だけでなく、職業準備/疾患管理支援が就職前及び就職後の職場の病気の理解や通院への配慮を促進するものとして重要であった。また、効果的な職業準備/疾患管理支援の実施について、労働機関の就職支援の一環で行われる場合が多く、多くの精神障害者が利用し専門性が期待される医療分野よりも実施が多く、今後の地域における専門性を踏まえた効果的な役割分担や連携のあり方の検討にも資する結果と考えられた。さらに、精神障害者の仕事上の処遇に寄与が大きい事務的仕事を遂行するにあたって、一般求職や職業訓練の利用が効果的であることも、今後の特性を踏まえた就労支援のあり方の示唆となる。 また、本研究では共分散構造分析に必要な構成概念の明確化のために、正準相関分析を用い、より操作的な分析手順としたことで、他の障害の分析への応用可能性も高めることができた。 【参考文献】 1) 世界保健機関:「ICF国際生活機能分類−国際障害分類改訂版−」,中央法規(2001) 2) 障害者職業総合センター:「障害者の自立支援と就業支援の効果的連携のための実証的研究」(2011) 3) 春名,片岡:障害者就労支援のための地域支援活用、職場内支援、本人特性の総合的評価項目の検討、「第20回職業リハビリテーション研究発表会」(2012) 4) 片岡,春名:職業的障害のICFによる実証的構造分析、「第20回職業リハビリテーション研究発表会」(2012) 表1 共分散構造分析のパス係数(知的障害・就職前) 表2 共分散構造分析のパス係数(知的障害・就職後) 表3 共分散構造分析のパス係数(精神障害・就職前) 表4 共分散構造分析のパス係数(精神障害・就職後) 医療機関における就労支援の現状と問題点 〜作業療法士による支援のメリットと限界について〜 ○植田 正史(聖隷福祉事業団 浜松市リハビリテーション病院 作業療法士) 片桐 伯真(聖隷福祉事業団 聖隷三方原病院 ) 秋山 尚也(聖隷福祉事業団 浜松市リハビリテーション病院) 1 はじめに 近年、当院において若年の脳卒中や頭部外傷による身体・高次脳機能障害を呈した患者の就労支援において、作業療法士がキーパーソンとなって介入する機会が増加している。作業療法士が就労を支援することで、障害特性を正確に伝えられるなどの利点もあるが、院外に直接出向くことが難しく、タイムリーな介入が不十分といった問題も抱えている。医療機関で行う就労支援の現状と課題について、当院での事例を通して考察を加え報告する。 2 背景 (1)当院の概要 浜松市リハビリテーション病院は回復期病棟88床、一般病棟92床の計180床からなる回復期病院で、リハビリテーション科の他に整形外科、内科の診療も行っている。昨年秋からは日曜日もリハビリテーションを実施し365日体制の運用が開始となった。また、スポーツ医学センターや嚥下と声のセンターなど専門的な分野での医療サービスを提供している。高次脳機能障害に関しても専門外来を開設し、地域の関係職種を招いての勉強会を開催するなど医療から地域・就労に至るまでシームレス(継ぎ目のない)な支援を提供できるよう積極的な支援を行っている。 (2)作業療法部門 作業療法では、身体機能の障害、日常生活上の問題に対し、さまざまな作業、日常生活動作の練習、家事活動(調理・掃除等)の練習などを通して生活の再構築を目指している。また、高次脳機能障害の評価・治療にも力を入れており、就労や自動車運転の再開など社会参加に向けた支援も行っている。発症から社会参加まで一貫した支援を行うことができる地域支援ネットワークシステム(後述)の検討や高次脳機能障害の家族会などの地域支援活動にも取り組んでいる。就労支援に関してはリハビリテーション部門だけでなく医療相談室や地域のジョブコーチとも連携し、就労に向けた院内ボランティア活動や障害者雇用への取り組みなども行っている。 3 当院での就労支援の実績 医療機関で就労支援を行う場面では、主に①直接復職、②新規就労、③就労支援施設や作業所など地域に移行、の三つに分けられる。 昨年(2012年)度における当院の入院総数は1,222人で、うちリハビリテーション科での入院は397人。復職・就労に関する支援を処方された件数は28、それに対し実際に就労に至ったのは11で、すべて元の職場への復職であった。一昨年以前より継続支援をしているものも含めると、昨年度は復職36件、新規就労5件、就労移行支援等の施設へつながった例も5件であった。今年度に入ってからも4月から8月末の時点で12件の就労支援に関する処方が出されている。 4 就労支援における現状と作業療法士の役割 (1)直接復職を支援する場合 医療機関で復職を支援する場合、ほとんどが就労中の発症であり、元の職場への復帰を希望されることが多い。この場合は本人が職務内容を周知しており、また職場側も本人の人柄や能力を理解されているため、復職に対し協力体制が得られていることが最大のメリットとなる。作業療法士は職務内容や職場の環境などの情報収集を行い、障害特性を照らし合わせ、復職が可能であるかを判断する。状況によっては医師や医療相談員、家族などを含めてさらに情報収集をすすめ、職場担当者と面談を設定し、障害の説明や理解を求め、環境調整の依頼を行うなどコーディネーターとしての役割を担う。 (2)新規就労(転職)を支援する場合 多くの中途障害者は前述のとおり元の職場復帰を希望されるが、障害が重度で職務遂行が困難、自身の障害認識の低下により適切な対応(代償手段の導入等)が出来ていない、職場側の理解・協力が不十分などの理由から職場復帰が困難で退職し、新規就労を目指す場合である。この場合は、就労していた経験から「社会復帰してしまえば何とかなる」と自己能力を過信しているケースも見受けられる。体調管理や生活リズムの安定といった生活面の管理や、メモを利用するなど代償手段の獲得が必要となる。また公共交通機関の利用や軽作業等が行えるという、就労に必要な基礎的能力の獲得が必要である。 作業療法士は、実際に本人が「出来ること・出来ないこと」を把握し職業適性を見極め、適切な課題を提供し自己認識を高めていくよう支援し、今後直接就労を目指すのか、就労支援施設への移行やジョブコーチの介入が必要であるかなどの見極めが必要になる。 (3)就労支援施設につなぐ場合 前職を離職し、直接一般就労が困難と思われる場合は医療相談室と連携し、地域の就労支援施設への移行をすすめていく。多くは就労の前段階である生活支援などの社会的リハビリテーションからの介入が必要である。その後も医療機関では提供が難しい作業体験や企業での実習などが行え、直接就労に向けた支援が受けられるなどのメリットが多く、具体的に就労へのイメージがつきやすい。実際には高次脳機能障害の就労に対する支援を行っている施設は少なく、ニーズに合った場を必ずしも提供できていないのが現状である。 作業療法士は本人・家族の意向を確認し、適切な情報提供を行なうと共に、医療相談室や地域施設との連携時におけるパイプ役を担う。特に情報提供はリハビリテーション介入から現在までの状況を最も把握しているという立場であるため、多くの情報から必要な内容をピックアップし、主観的な情報に偏らないよう配慮しながら行うことが必要である。 また、連携においては適切な時期に移行できるよう医師や医療相談員など他スタッフと情報交換を行ないながらタイミングを見極めることも重要な役割のひとつである。 5 医療機関での支援のメリットと限界 (1)医療機関における支援のメリット 医療機関において作業療法士が支援の中心となる場合のメリットとして、①障害特性を理解しやすく、作業分析など得意分野の専門性が活かせること、②医学的管理や生活訓練を含めた総合的な支援が可能となることなどが挙げられる。 ①では、身体障害や高次脳機能障害などにおける障害を理解し、環境調整を含めた支援を行えるという点である。復職に向けた作業評価・訓練を行うことはもちろん、特に高次脳機能障害においては事前に詳細な神経心理学的検査を行うことで障害像を明確化することができ、また一般的には見過ごされやすい症状などにおいても行動観察や作業状況から障害を見落とさずに的確に支援を行っていくことが可能である。職場側へ対応方法を伝えることや自助具の作成等を含めた環境調整についても柔軟に支援していくことが出来ると思われる。 ②においては、再発予防のための健康管理や服薬管理、生活習慣の改善など、就労後も問題なく日常生活を送ることや、自己能力の認識、作業耐久性などの就労に向けた基礎的な能力の獲得が必要である。しかし高次脳機能障害の場合は記憶や注意機能の低下、脱抑制や社会的行動障害等において自己認識やメタ認知が低下していることが多く、準備段階がクリア出来ていないにも関わらず就労を希望される方が見受けられる。医学的な管理を医師や看護師らの医療スタッフと連携しながら進めていくことができるのは大きな強みであると思われる。 (2)医療機関における支援の限界 医療機関での支援において問題となるのは、①直接職場に出向いて指導、助言を行うことが困難であること、②医学的なフォローが終了した後に離職等の問題が発生した時の支援が難しい、などの点が挙げられる。 ①は、医療機関で支援する上で最大の問題であり、最も壁を感じる部分でもある。現状では、作業療法士はほとんどが病院内での活動に制限されており、診療報酬の関係上でも職場に出向いての支援が行えない。そのため職場の環境や詳しい職務内容などは本人や現場の上司などからの情報に因るところが大きい。実際に職場で本人の指導を行う職員と情報交換を行うことが困難で、問題が発生した時の対応方法などの説明が不十分となることもあり、特に職場復帰後はタイムリーなフォローを行うことが難しい。 ②においても同様で、作業療法士は医師の処方のもとで介入を行っているため、いったん外来フォローが終了してしまうと、就労後の本人と職場に対する支援が行えなくなってしまう。離職などの問題が発生した場合などの再介入も困難で、一時的な介入となりがちで最悪の場合は支援が途切れてしまう可能性も否定できない。 6 今後の課題と考察 若年の脳卒中や頭部外傷による中途障害者に対し、就労を含む社会参加支援の必要性は今後も増加していくと思われる。松為1)の報告によると外傷性脳損傷発症後の就業率について、東京都が調査した結果は25%、名古屋市でも15.9%であった。これに対し医療や職業リハビリテーションによる就労支援が行われた場合の就業率は東京労災病院で42%、障害者職業センターは44.4%と、就労支援に医療機関から積極的に介入していくことが必要である事が示された。今後はさらに就労支援に携わる作業療法士の専門的な知識や技術の向上が求められる。身体機能や高次脳機能障害に関する評価・訓練といった従来の作業療法の領域だけに限らず、地域で行われている就労支援に関する勉強会への参加や、連携先である就労支援施設の特性を知ること、就労先である企業文化の理解といった点について積極的に学んでいく姿勢が必要である。地域施設への移行に関しては、現状では受け入れ先が非常に少なく、高次脳機能障害の就労支援の実績も多くない。そのため、現段階では地域の勉強会などの場で交流をはかり、既存の施設の活用を拡げていくことや顔の見える連携先を増やすといった啓発的な活動を地道に行っていくことが必要であると考えられる。 情報の伝達においても要点を的確に伝えることや、他職種でも理解しやすい言葉を選ぶといった配慮・技術も備えていく必要がある。職場に対しても同様で、一般的な障害内容だけでなく個別の症状や対応方法、問題発生時の連携方法などを分かりやすく伝えられる能力も求められる。 片桐2)は「急性期から復職までに至る様々な対応を共通言語の元で実践できるようなネットワークの構築が必要」であると述べている。当院では高次脳機能障害に対する就労支援の一助として、「地域支援ネットワークシステム」の検討・作成を進めている。このシステムは急性期病院から地域施設を含め、発症から社会参加に至るまで一貫した支援が行えることを目的とした地域連携パスの一種である。急性期から地域施設への一方通行でなく双方向のやり取りを可能とし、障害の見落としをなくし、施設ごとの支援に差が出ないようにすること、途中で支援が途切れないことなどを目的に作成されたものである。ここでも作業療法士が支援のキーパーソンとなる部分が多く、このシステムが活用されることでよりスムーズに支援が行われることが期待される。 このように身体・高次脳機能障害における就労支援に関しては、作業療法士の専門性を活かした支援が重要である。しかし当院の現状からも医療機関で完結しない事例が多く、医療機関から地域・就労に至るまでそれぞれの分野の専門的な職種が継続的に支援を行なっていくことが今後の課題である。医療機関だけでなく、支援施設やジョブコーチ、行政や企業などへ積極的な情報発信と地域支援ネットワークの運用などを通し、作業療法士が専門性を発揮することでシームレスな支援を行なっていくことが求められている。 【参考文献】 1)松為信雄:リハビリテーション研究No.116、p17-21,2003 2)片桐伯真:職リハネットワークNo.60、p9-14,2007、障害者職業センター 作業療法士における脳損傷者への就労支援 −何を支援領域と認識しているか、どのように支援を形成しているのか− ○佐藤 良子 (とちぎリハビリテーションセンター 作業療法士) 藤永 直美 (東京都リハビリテーション病院) 吉野 眞理子(筑波大学大学院) 1 研究背景・目的 脳血管障害や頭部外傷は、麻痺などの運動障害だけではなく、失語や失行、失認などの高次脳機能障害を伴うことが多く、治療や医学的リハビリテーションが長期間に及ぶことが多い。また、職業生活や家庭生活に責任ある年代で発症することが少なからずあり、在職中に受障した人にとって、退院後に再び仕事に就けるか否かは切実な問題となることがある。 作業療法士(以下「OT」という。)は医療職の中で作業の意義、それぞれの遂行要素、人の生活に精通しており、就労支援に適した職種であると考えられている。しかし、その役割について統一した見解は未確立である。 そこで、本研究では、現場のOTが脳損傷者の就労に関して、何を支援領域と認識しているか、また、どのように支援を形成しているのかを明らかにすることを目的とした。 2 方法 就労支援経験のあるOTへの面接調査を実施した。 (1)対象者 既に発表されている論文等から、経験者10名を抽出した。対象者の基本属性を下表に示す。 面接調査対象者の基本属性 (2)面接調査実施方法 対象者の勤務先施設または筑波大学大学院文京校舎臨床実習室において、半構造化面接を実施した。 実施回数は1名につき1回で、時間は45分〜90分程度だった。 なお、面接調査方法の確認のため、研究精通者2名に予備的面接を行なった。 収集期間は2012年7月〜9月であった。 (3)質問項目の内容 「就労支援業務を行うようになった経緯」、「今まで担当したケースについて」、「脳損傷者の就労支援へのインテーク或いは評価・支援の流れ」「OTの就労支援における適性」の観点から設定した。 (4)分析方法 修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下「M-GTA」という。)に準拠し、質的分析を行った。 分析手順として、まず、面接調査内容は対象者の許可を得て録音、逐語録を作成、それをデータとする。M-GTAによる分析は、分析テーマに沿って、各データに多く共通する内容が抽出され、それを「概念」とし、概念間の関係を解釈的にまとめる。なお、個々の概念は分析ワークシートを用いて作成される。 信頼性と妥当性については、共同研究者と検討し、確認した。 分析テーマは、「OTにおける脳損傷者への就労支援に関する領域認識と支援の形成プロセス」とした。 3 結果 逐語録したデータを分析テーマに照らし合わせて分析した結果、17個の概念、5個のサブカテゴリー、そして、三つのカテゴリーにまとめられた。分析結果を下図に示す。なお、「 」は概念、< >はサブカテゴリー、【 】はカテゴリーを示す。 OTにおける脳損傷者への就労支援の領域認識と支援の形成プロセスは、OTRによる生活支援とその技術が当事者への就労支援に大きく貢献できるという【就労支援に関わる自覚】を持つことにはじまり、医学リハビリテーション・地域リハビリテーションの立場から【就労のための準備】や【就労定着へ関わる】姿勢を持っていること、その一方で雇用者・企業側への関与の限界を感じ、その結果、【就労のための準備】へのプロ意識をより強めていること、また同時に、【就労定着へ関わる】ために、当事者中心支援の立場から職リハとの連携を重要視していく過程であった。 作業療法士における脳損傷者への就労支援の領域認識と支援の形成プロセス 4 考察 (1)OTの就労支援領域 脳損傷者への就労支援は、医療機関の段階から準備がはじまる。山崎1)は、医療機関における高次脳機能障害者への就労支援のポイントとして、「症状と生活障害への軽減」、「症状と就労への影響に対する気づきに介入」、「家族の理解を促す」、と述べている。医療機関においては、このような「個人側の問題」に対するアプローチが重要であると考えられる。 医療従事者であるOTは、当事者への職業準備性への支援として、職業適性判断をする技術を持っている。また、「症状と就労への影響に対する気づき」に大きく関わることができる職種であると考えられる。松為2)は、高次脳機能障害者への「個人の特性」に対する支援として、実際の職務遂行に及ぼす影響の現実認識を深化させ、それに対応する補償行動を体得させるためのリアルフィードバックを重ねることが重要である、と述べている。OTは様々な作業活動を用いることから、この領域に最も介入しやすい職種であると考えられる。 (2)OTにおける就労支援形成 脳損傷者の就労の課題として、「個人側の問題」の他に、「職場環境の問題」、そして「社会復帰システムの問題」が挙げられる3)。就労支援経験があるOTはこれら三つに対する問題意識を持っている一方で、自らが主に関わっているのは、「個人側の問題」に特化していると考えている。それは、OTは職業リハビリテーション(以下「職リハ」という。)に対する十分な知識・専門性が備わっていない他、業務量や制度的な問題より、「職場環境の問題」への介入は困難と考えているからである。このことから、OTは職リハ専門機関との連携を重要視することで、「職場環境の問題」解決につなげている。更に、職リハ専門機関との連携の下、当事者のその後について経過を追うことで、OTが行なった「個人側の問題」に対する支援の振り返りを行いながら支援形成しており、職業準備性支援へのプロ意識をより強めているものと考えられる。 (3)OTにおける就労支援への課題 今後、OTが、就労支援により深く介入していくためには、職リハや障害者雇用についての全般的な知識の習得に励むこと、そして、当事者のその後について経過を調査していくことで、OTによる職業準備性支援に関して、より深化させていくことが重要であると考えられる。 【参考文献】 1) 山崎文子:医療機関における高次脳機能障害者への就労支援のポイント「臨床作業療法vol.5,no.5」,p.406-407,青海社(2008) 2) 松為信雄:外傷性脳損傷による高次脳機能障害の職業リハビリテーション「リハビリテーション研究no.116」,p.17-21,日本障害者リハビリテーション協会(2003) 3) 松為信雄:高次脳機能障害を伴う中途障害者の職場復帰の課題と対策「リハビリテーション研究vol. 87」,p.14-19,日本障害者リハビリテーション協会(1996) 【連絡先】 佐藤 良子 とちぎリハビリテーションセンター 作業療法室 Tel:028-623-6214 高次脳機能障害者の就労支援機関との情報共有の在り方について ○山本 浩二(富山県高次脳機能障害支援センター 支援コーディネータ) 野村 忠雄・浦田 彰夫・吉野 修・砂原 伸行・糸川 知加子・堀田 啓・萩原 裕香里 (富山県高次脳機能障害支援センター) 柴田 孝(済生会富山病院) 1 はじめに 富山県高次脳機能障害支援センター(以下「当支援センター」という。)は平成19年1月に富山県高志リハビリテーション病院内に開設された。相談の内容は多岐にわたるが、障害の診断や情報収集、リハビリに関する相談や就労支援が中心である。 高次脳機能障害者にとっては、生活基盤の安定や社会参加の面からも就労は大きな目標となるが、支援拠点だけでは支援が難しく、地域職業センターや福祉事業所など多くの就労支援機関との連携が必要であり情報共有が重要となる。当支援センターは平成23年度より情報伝達のツールとして情報支援パスを活用しているが、福祉事業所からは用語が分かりにくいとの意見も聞かれる。 本発表では、情報支援パスの運用を通し支援に生かしやすい内容について考察・検討を行っていくこととする。 2 方法 実際に情報支援パスを使い支援した事例12件の連携先4か所へアンケートを送付し、その回答結果を参考に新しい情報支援パスを検討する。 表1 情報支援パス連携先一覧 3 情報支援パス作成までの経過 当支援センター開所当初は、決まったフォーマットは無く、神経心理学的検査情報や経過等、医療情報についても一部のデータのみ伝えられ福祉事業所等にとっては支援に反映しづらいものであった。また、情報共有が進まず統一した支援提供が行えないこともあり、関係機関との連携は不十分であった。そのため、我々は情報共有の方法や連携に生かせる情報提供の仕方を模索した。 関係機関との連携、ネットワーク構築の必要性から当支援センターでは、平成22年5月にネットワーク会議開催に関する事前打ち合わせを県内4拠点の就業・生活支援センター、医療機関などの参加のもと開催した。事前打ち合わせでは、当支援センターより支援機関が必要とする情報を一つのフォーマットの作成について提案した。参加機関からは「医療と福祉のネットワーク会議はありがたい」、「ハローワーク、障害者就業・生活支援センター、福祉事業所との連携ができれば良い」、「医師と話せる機会があるのはありがたい」、「会議の開催については年2、3回を希望する」との肯定的な意見や、「神経心理学的検査や医療用語の認識を自分がきちんと理解していないと支援する際に不安があるので知識を深めたい」などの意見が出された。 そして、平成22年8月に16機関の参加のもと第1回富山県高次脳機能障害就業・生活ネットワーク会議(以下「ネットワーク会議」という。)を開催した。 会議では継続した普及啓発の必要性や相談者の受傷から現在に至るまでの情報管理からも、統一したフォーマットの必要性が議論された。議論を受けネットワーク会議の案内を送付している県内の障害者就業・生活支援センターや教育委員会、特別支援学校、就労系事業所など25か所を対象にアンケートを実施し、その内容を基に情報支援パスを作成した。 4 情報支援パスの内容及び特長 ①本人に関する基本情報、②発症から現在に至るまでの経過、③各検査の結果と項目ごとの検査所見や具体的な症状、④利用している回資源、⑤画像診断の所見である。特長としては、本人の長所を記載してあること。また、情報支援パスは情報提供だけで終わるのではなく、来所報告書と高次脳機能障害者就労・生活支援報告書がセットになっており、連携先から経過報告を返礼されるシステムで双方向でのやりとりを行う内容となっている。 5 実際の情報支援パス送付までの流れ 来院⇒インテーク面接⇒ニーズの把握⇒策定会議⇒担当医師と支援コーディネータの決定⇒神経心理学的検査⇒策定会議で支援方針の決定⇒情報支援パスの送付⇒他機関との連携⇒来所報告⇒必要の応じたケア会議の開催、参加となっている。 6 アンケートの内容 質問内容は、自由記入を基本とし支援提供をする際に参考になった項目と参考にならなかった項目や今後、追加して欲しい内容などに関するものであった。 7 結果 全ての機関からアンケートが回収された。 (1)参考になった項目について 現在に至るまでの経過、自覚症状、神経心理学的検査結果など全般であったが、最も多かったのは神経心理学的検査結果であった。参考になった理由としては本人の状態を神経心理学的検査の結果から説明されていたために非常に有用な情報であったとの回答があった。 (2)参考にならなかった項目について 情報支援パスの項目の中に参考にならなかった項目は無いとの回答であった。 (3)情報支援パスの活用について 職業相談や職業評価の際に活用した。ケア会議の資料作成の参考とした。本人の就労支援計画の参考とした、との回答であった。 (4)追加を希望する内容について 「どのような点において連携が可能か」、「生活のしづらさ(理由)」、「本人の障害受容の状況」、「高次脳機能障害の症状がより具体的にわかるような記載を希望する」との意見もあった。 8 考察 現在の情報支援パスについてはほぼ全ての項目が支援提供の際の参考になっていることから、他機関への情報伝達のツールとして一定の効果があがっていることがうかがえた。また、福祉事業所と障害者職業センターとでは、各検査結果の理解度に差が生じていることも分かった。Malecら1)は、脳外傷者の就労を阻む要因として脳外傷によって発生した問題点についての正確な評価や診断が就労場面に伝わらないことを指摘している。アンケートの回答にも高次脳機能障害の症状がより具体的にわかるような記載を希望されている福祉事業所もあることから、高次脳機能障害という目に見えない障害の特性を実際の就労場面において想定できる問題の情報が必要とのことだが、神経心理学的検査から就労形態を予測することには限界があるとの指摘もある2)3)4)。 しかし、今後は病院内での検査結果のみならず検査態度から実際の訓練場面や日常生活場面における適切な関わり方や環境調整の具体策を、当支援センター内で十分検討し、連携先に情報提供や情報共有が出来るようにすることが重要である。また、当支援センターの役割や他機関との連携も不十分なことが今後の課題である。 9 まとめ 情報支援パスに関するアンケートを実施し連携機関からの意見を基に以下の点について検討したい。 ① 各機関の役割分担の明確化。 ② 分かりやすい高次脳機能障害の具体的な症状の説明。 ③ 就労などの場面において想定される問題や必要な配慮。 ④ PCRSの活用による障害受容の把握の検討。 【参考文献】 1)Malec,JFetal:Amedical/vocationalcasecoordination system for persons with brain injury:an evaluation of employment outcomes. Arch Phys Med Rehabil 81,p1007-1015(2000) 2)丸石正治ほか:高次脳機能障害者の重症度と就労率 Jpn J Rehabiri Med42:34-40,2005 3)江藤文夫ほか:高次脳検査から何が分かるか−検査の適応と限界 臨床リハ13:400-434,2004 4)先崎章:就労支援にむけたリハ評価 臨床リハ14:320-325,2005 【連絡先】 山本 浩二 富山県高次脳機能障害支援センター Tel:076-438-2233/Fax:076-438-7218 e-mail:chiikireha@koshi-rehabili.or.jp 高次脳機能障害に対する就労・就労継続のための要因の検討 −1− 〜“就労支援のためのチェックリスト”を用いた多職種評価を実施して〜 ○塩入 陽平(浜松市リハビリテーション病院 作業療法士) 片桐 伯真(聖隷三方原病院) 秋山 尚也・植田 正史(浜松市リハビリテーション病院) 鈴木 修(特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん) 1 はじめに 高次脳機能障害者の就労は、その障害特性の複雑さから多くの困難を要し、離職する事例も少なくない。また就労後の客観的評価は少ない。 我々は、障害の見落としをなくし医療から地域・社会参加にいたるまで途切れない支援を提供する目的で、高次脳機能障害地域支援ネットワークシステムの構築を進めている。 今回はその中で、就労段階の対象者を適切に把握し、就労継続の要因を調査する目的で、就労支援のためのチェックリストを用い、多職種(当事者・家族・職場管理者・ジョブコーチ・作業療法士)で、4名の事例に対しての就労状況の評価を行った。その評価結果から得られた傾向に考察を加え報告する。 2 対象と方法 (1) 評価指標 障害者職業総合センター作成の“就労支援のためのチェックリスト”を一部改訂(使用許可済み)(表1参照)。 (2) 対象 頭部外傷または中枢神経疾患により高次脳機能障害を呈した、就労支援段階の4事例。 (3) 評価領域 Ⅰ 日常生活(8項目) Ⅱ 対人関係(6項目) Ⅲ 作業力(7項目) Ⅳ 作業への態度(7項目) (4) 評価段階 以下の4段階で評価を行う。 4:できる・ある 3:だいたいできる・だいたいある 2:あまりできない・あまりない 1:できない・ない (5) 評価者 作業療法士(以下「OT」という。)、当事者本人、家族、職場担当者、ジョブコーチ(以下「JC」という。)で、現在の当事者の就労の状況について評価を行う。その評価結果を統合し、共通している項目・乖離している項目から当事者の現状を把握し、その後のアプローチを検討する。 3 結果 (1) 就労継続事例 ①事例A 診断名、くも膜下出血。発症後16年経過した段階で高次脳機能障害の診断を初めて受ける。翌年より就労開始。その後、3年仕事を継続できている。 本人と他者と乖離した項目は2/28項目。評価結果としては、OT・JCの評価は比較的低い(指示に従う・作業変化・時間管理など)が、本人、家族、職場はほぼ“できている”の高評価。職場は比較的高評価で就労3年間継続できている。各評価者のできている項目の評価の乖離は少ない。 ②事例B 診断名、頭部外傷。経過、受傷7年後より5年間就労継続できている。本人と他者と乖離した項目は1/28項目。OT・JCは高い評価を示す傾向あり。本人と家族の評価結果は近く、職場管理者との差もほとんどない。柔軟に変化に対応という項目が2“あまりできない”の評価。支援者ができないであろうと推測した項目は、職場管理者・当事者ともに“できる”の評価。職場管理者は高く評価しており、就労継続できている。 (2) 非就労継続事例 ①事例C 診断名、頭部外傷。経過、急性期病院を経て評価目的で当院(回復期病院)外来開始。受傷4年後から2年間就労継続。就労移行支援事業、就労継続支援B型事業を行う就労支援施設に就労支援を受ける。 本人と他者と乖離した項目は7/28項目。公共交通機関の利用、会話、意思表示、電話利用の評価は全員一致で4(できる)であった。また作業の正確性については本人含め全員一致で3(だいたいできる)であった。日常生活の評価は概ね良好であった。しかし対人関係の面では、情緒の安定性や協調性といった面の評価が評価者間で分かれる結果となった。また作業力の面の評価は、道具使用はできているが、器用さや作業変化への対応は不十分という結果となった。 作業態度の面の評価は評価者間で結果にバラつきが目立つ。その中で問題と思われたのは作業態度の面の評価において、本人の評価と比較して支援者とOTの評価が低い点である。 評価結果全般的に本人評価は高く、OT・支援者は厳しい傾向がみられた。 ②事例D 交通事故による頭部外傷。受傷3年後より就労するも離職を繰り返す。現在の職場は約1年就労継続中。 本人と他者と乖離した項目は10/28項目。評価結果は、身だしなみ、交通機関の利用、出勤状況は全員一致で4(できる・ある)であった。しかし、挨拶・返事、会話、協調性、器用さ、作業速度、質問・報告・連絡、積極性の項目で、職場・OT・JCの評価は比較的良好であるが、本人の評価が厳しい結果となった。 この事例に関しては離職を繰り返すという失敗体験から自己評価が極端に厳しい傾向がみられた。 4 考察 就労継続事例は、支援者と本人との評価に乖離が少ない結果となった。一方、非就労継続事例は、本人と周囲の評価結果に乖離を生じていた。評価の一致率が高い事例ほど就労が継続すると考えられた。 まず、就労継続事例の評価結果に乖離が少ない理由を以下に考察する。田谷らは障害の種類・程度・検査結果・などは就労及び定着には影響していないと述べている。障害の程度に関わらず、支援の専門家により事業所内での支援体制を確立することが重要である。就労継続群の事例は評価結果に乖離が少なく、比較的、自己認識が高いと思われる。OTやJCからの適切な情報提供・共有により、職場も障害像の理解が可能となり、ミスが生じにくい環境設定などが検討され支援体制が確立され、就労継続が可能となったと考えられる。事例Bは自身の症状を理解し、代償手段(メモリーノート)の活用など対処方法を実践できている。周囲からの理解も得られ、信頼を得て、職域を拡大できている。高次脳機能障害があっても、周囲との乖離が少なくなるよう、自発的な行動が見受けられる。また就労継続群は問題が生じた時にすぐ対応できる就労後の継続的支援体制が整っている。この支援体制の確立と自己努力、継続的支援が整うことで、周囲との乖離が減り、就労継続が可能になると思われる。 次に、非就労継続事例の評価結果の乖離の理由について考察する。事例Cは、自己認識が乏しいことから、仕事の質・量が低下してしまい職場での信頼関係も築くことが難しく、離職につながりやすい。多職種での評価を行い、適切にフィードバックをすることで自己認識の改善につながると考える。また事例Dは失敗経験を重ねており、自信喪失により、うつ傾向になったり、モチベーションが上がらなかったり、周囲との関わりが積極的にとれず、本来の仕事能力も発揮できないことに繋がりうる。そうした、過度の自信の喪失により離職のリスクが高くなってしまうことが考えられる。精神的サポートに加え・失敗をさせない環境をつくるためにも、医療で正確な障害像を把握し、家族会等も活用しながら継続的な外来フォローを行い、職場へのより具体的な情報を提供し、途切れない継続したアプローチが必要であろう。 就労支援のためのチェックリストについて、チェックリストの乖離をみることで、就労継続可能かの判断指標の一助となると考えられた。また乖離する項目として、他の項目と比較して作業への態度の項目の乖離は就労継続において当事者と周囲との摩擦となりやすいことが予想され、特に注意して照らし合わせていく必要性があると思われた。 今回、就労段階の対象者の支援方法の検討として多職種での評価を試みた。就労支援のためのチェックリストは定期的な評価として職場・家族・支援者をつなぐツールとなると考える。 5 今後の課題 高次脳機能障害者の就労支援として、就労支援のためのチェックリストという一つの評価シートを多職種で用いることで、就労・就労継続の現状を把握する方法を試みた。多職種で整理された各項目(日常生活・対人関係・作業力・作業への態度)を評価することで、事例の現状を改めて客観的に捉えることが可能となることが示唆された。また各事例を通して検討することで、就労継続例・非就労継続例での傾向に違いがうかがえた。 しかし、その傾向を捉えるにはまだ経験を要すと感じられ、今後多職種評価をいかに円滑に行えるか検討も必要かと考えられた。また、多職種間での評価がより行いやすいよう、評価項目も引き続き検討していきたい。さらに本人と周囲との関係性によっても評価結果に違いが生じる可能性が考えられ、数値では捉えづらい部分を如何に捉えていくかも注意が必要であると感じた。さらに、事例の就労状況に合わせた経時的な対応ができるよう、誰がどのタイミングで評価を行うかについても検討が必要である。 今回の研究を通して、高次脳機能障害者の就労・就労継続の難しさや円滑な対応の必要性を改めて感じた。また、就労・就労継続の支援において病院での支援では見えづらい部分を再認識した。病院から地域への橋渡しができるよう、今後支援ネットワークシステムの検討が必要である。今回の研究を通してみえた課題を踏まえ、今後事例数を増やし、追加研究していきたい。 ※今回の発表に際して、事例ご本人からの同意を得ております。 【参考文献】 1) 小川浩:高次脳機能障害に対する社会支援の実際.OTジャーナル 40(7):699-702,2006 2) 日本障害者雇用促進協会 障害者職業センター:脳損傷者の就業定着に関する研究.2003 【連絡先】 塩入陽平 浜松市リハビリテーション病院 e-mail:y-shioiri@sis.seirei.or.jp 就労支援のための訓練生用チェックリスト 高次脳機能障害に対する就労・就労継続のための要因の検討−2− 〜医療機関とジョブコーチとの連携について〜 ○鈴木 修(特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん 代表理事/第1号職場適応援助者) 片桐 伯真(聖隷三方原病院) 秋山 尚也・植田 正史・塩入 陽平(浜松市リハビリテーション病院) 1 はじめに 静岡県浜松市では、高次脳機能障害者に対する地域のネットワークとして二つの活動がある。その中の一つが、2008年より浜松市リハビリテーション病院が中心となって行っている「高次脳機能障害勉強会」であり、この勉強会で高次脳機能障害支援ネットワークシステムなども検討されてきた。そして、もう一つが2003年より月1回開催されている家族会の活動へのサポートがあるが、いずれの活動も医療機関が中心となり地域の就労支援にとってなくてはならないものである。 特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん(以下「当法人」という。)も可能な限り、これらの活動に参加し、必要に応じて情報提供や他機関を紹介、そしてジョブコーチ(以下「JC」という。)支援を行っている。 本報告は「高次脳機能障害に対する就労・就労継続のための要因の検討−1−」で報告された事例Aについて当初から関わりをもってきた医師、作業療法士(以下「OT」という。)、JCという他職種により、就労後3年を経過した時点で、チェックリストの結果をもとに、JC支援から現在までの支援の検証と今後の支援のあり方について検討を行った事例である。 2 JC支援の状況 (1) 事例概要 本事例は脳血管障害による高次脳機能障害と診断された50代男性。医療機関より当法人が就労についての相談を受け職業センターの職業評価を依頼、その後、就労移行支援事業所を経て一般企業への就労に結びついた事例である。 (2)本人について ■男性(56歳)、家族:妻 ■35歳 脳血管障害で倒れ入院。退院後復職するも過去にできていた仕事ができなくなる、また、職場内のルールが守れない、移動すると元に戻れない等が現れ、少しずつ仕事がなくなる。 ■45歳 退職。その後いくつかの仕事に就くが長続きせず離職。本人は「仕事を教えてもらえなかった」と捉えるも、「仕事が覚えられず使ってもらえなかったのではないか」と家族は捉える。 ■51歳 転院。受傷後16年経過した後に高次脳機能障害の診断を受ける。 ■リハビリテーション病院にてリハビリを開始。精神保健福祉手帳2級 ■同病院より当法人に就労相談 職業センターにて職業評価 ■障害特性 ・記憶障害・遂行機能障害 ・本人は記憶面で苦手になったことは漠然と認めているものの、日常生活場面では妻が全ての段取りをしているため不便さを感じていない。 ・場面にあわせた丁寧な言葉づかいや滑らかな言語表現が可能。しかし、会話がかみあわないことがある。 ・自分の障害に対する認識が乏しい 等 ■52歳 就労移行支援事業所利用開始 障害者年金受給 ■53歳 市内にある医療法人社団の経営する医療施設にてトライアル雇用。法人としての障害者雇用経験はあるものの、施設としては初めての受け入れ。JC支援を活用しその後、常用雇用へ。 (3) 支援経緯 ① 支援のポイント 「トライアル雇用期間を踏まえて常用雇用への移行」「安定した労働習慣の確立」「障害への自己理解及び対処方法の確立」をポイントに、本人に対しては「職務内容の理解と定着」と「職場内のコミュニケーション」に関する支援を、事業主に対しては「職場内のコミュニケーション」、そして家族に対しては「家庭での状況把握と家族の接し方」について支援を行った。 ② 支援初期 JC支援が始まってすぐに以下のような問題が表出された。 イ 職務内容の変更 ・当初予定されていた職務内容が事業所の事情により変更となる。 ・事業所内の担当者4名による立場、関わりによる対応の違いが出てくる。 事業所としては、初めての雇用であるため複数体制での対応をしたが、以下に触れる本人の課題を前に対応が統一できなかった。 ロ 本人の課題 ・メモをとること、メモをみることができない。 ・複数指示、判断しながらの処理にケアレスミス ・やり方が途中で変わる。 ・場所が覚えられない。忘れる。 ・日によるムラがでる。 ・「見かけ」と「実際に出来る事」のギャップ。 等、高次脳機能障害の特性が表出されているが、それらに対する指導方法が未確立であったため、現場においてJCの支援も試行錯誤を繰り返す事となった。 そのため、家族から「本人が色々と指摘されてイヤみたいです」という連絡が入るなど、支援について根本的な見直しが迫られることとなった。 ③ 支援の見直し イ 事業所へのアプローチ まず、事業所へのアプローチとしては、4名の事業所担当者との話し合いを改めて行った。一番は本人に対する対応方法の統一を図ることが重要であり、担当者の中にOTの方がおり、その方を責任者として事業所内の体制を確立していくこととした。 次に、リハビリテーション病院で本人を担当したOTにケース会議に参加してもらい、改めて医療機関からの情報提供をしてもらった。 そうした話合いを繰り返し、本人へのアプローチとして、まずJCと事業所責任者との打合せを行い、その後事業所内の担当者4人での話合いを行う。その中で本人へのアプローチ方法を確認して接していく、という流れをつくっていった。 ロ 本人へのアプローチ 雇用現場の中で改めて本人にあった作業習得方法を模索していった。本来は雇用前に行うべき事であるが、一つ一つ方法を提示し本人に確認、納得の上で作業に取り組んでいった。 また、現場支援で作成したスケジュール表や手順書など同じものを家庭に提供し、こまめに支援状況を報告した。これにより本人の負荷や認識度合いを確認し、家庭との同一歩調がとれるようにしていった。 ④ 支援の結果とその後 イ トライアル雇用から常用雇用へ 当初3ヶ月で計画されていたJC支援の期間を5ヶ月に延長するなど様々な試行錯誤が繰り返されたが、結果としては本人の仕事に対する真面目な態度や温厚な人柄などが高く評価され、トライアル雇用から常用雇用に移る事ができ、今日まで雇用継続している。 フォローアップ期間終了後は同法人の他の障害者雇用のJC支援に携わる中で、直接、現場に出向くことはないが、法人本部と本人の雇用状況について確認は恒常的に行い、家庭や医療機関からの連絡などがあった場合は、その都度、連絡をとってきている。 ロ 職場環境の変化 しかし、現在では就職当初の担当者4名は全員他の事業所に異動しており、雇用当時の事を知っている職員はいなくなってしまっている。そのような中、本年の8月にも家族から「言われた通りに仕事をしていたが、突然、きつい口調で注意をされた」との連絡が入った。 その後、すぐに事業所と確認をとったところ、口頭で指示を出したことと、その業務の確認をしていなかったことがわかった。その点については法人本部から担当者に対して改めて対応の仕方について確認をすることとなったが、本人が働き続けている限り、何らかの対応が必要になる事がある。何か問題があったら対応する、と言うのでは遅く、年度の変わり目、人の変化等、環境が変わる際には、積極的に現場に関わっていくことの必要性を痛感する。 3 チェックリストによる検証 (1) チェックリストの活用について 浜松市リハビリテーション病院の勉強会では「高次脳機能障害支援ネットワークシステム(連携パス)」の検討が行われている。その中の一つのツールとして「就労支援のためのチェックリスト」を活用し就労支援の状況及び課題を検証していく試みがなされている。 特に医療機関から雇用現場へと送り出された場合、再度、医療機関へのフィードバックがされることはなかなかないのが現状であるが、今回の事例に関わったOT、医師とJCが改めてこのチェックリストを元に本人の支援について振り返ると同時に今後の支援のあり方についての検討を行った。 (2) 結果について 本チェックリストの評価領域としては、「日常生活」「対人関係」「作業力」「作業への態度」の4領域に分けられているが、雇用現場に焦点を絞るために「日常生活」をのぞいた3領域について検討を行った。また、「作業力」「作業への態度」の2領域については、家族の評価は未記入が多いため除いてある。 チェックリストの記載は2012年9月。本人が就労後2年ほど経過した時点でのチェックである。 ① 「Ⅱ対人関係」について 図1 「Ⅱ対人関係」 家族の評価が全て3(だいたいできる・だいたいある)であるが「挨拶・返事」「情緒の安定性」については、他の4者とも4(できる・ある)の高い評価で一致している。その他の項目についても概ね4か3の評価であり、本人の温厚な人柄をはじめとした対人関係の安定さが、支援をする上では非常に重要な要素であることを改めて確認した。 ② 「Ⅲ作業力」について 図2 「Ⅲ作業力」 この領域については、かなり差異が認められる領域である。 イ 体力について JCの評価としては炎天下でも寒い時期であっても安定したスピードで作業を続け、かつ欠勤もほとんどなく安定出勤ができている状況からの評価であるが、OTの評価が低いのは医療・リハビリ段階においてはまだまだ体力的な面も十分では無い段階での評価ということが要因として考えられる。 ロ 指示内容の遵守 JCのみが評価が低くなっているが、記憶障害に対する補完手段の獲得が不十分であるために、指示内容についても、少しずつ自分なりの判断が加わっていくことが見受けられたことによる評価である。 ハ 作業速度 本人の評価が低く、事業所・JCの評価が高くなっている。これは事業所の要求水準から見れば十分な作業速度でありJCとしても事業所の期待に応えているという判断からの評価である。しかし、この点に本人の自分の能力に対する認識などを含めて気持ちを丁寧に聴き取ることの大切さを表していると思われる。 ③ 「Ⅳ仕事への態度」について 図3 「Ⅳ仕事への態度」 この領域の中で、OTとJCの評価が著しく異なったのが、「時間の遵守」の項目である。 なぜ、このような乖離が生まれたのかについては、医療現場においては時間など極めて構造化されていることと家族がいつも側にいることなど、本人が時間について困るようなことがないように、という様々な配慮がなされているためにOTとしては高い評価になったと考える。 一方、雇用現場においては、時間の組織化が非常に求められ、本人の時間に対する認識、曜日に対する感覚などが不十分な面が随所に感じられた。 (3) 検証を終えて 今回、改めて本人の支援についてチェックリストを通して検討をしてみたが、他職種の者がチェックをする事により、改めてその人の姿が浮き彫りになってくることを感じられた。同時にJC、OT、医師 それぞれの立ち位置による視点の違いを理解することにより、自身の立場では見えてこないものが何なのかが明確になっていくのであろう。 本人に対する支援についても、職員の異動が前提となっている事業所にあっては、年度末などを中心に、ジョブコーチ側からの積極的なアプローチが必要であることと、医療サイドでは雇用現場における状況を踏まえた上で診察など、医療現場、雇用現場の双方の情報交換の中身が求められていることを確認した。 4 考察 医療機関とどのように連携していくのか、ということは高次脳機能障害者の就労支援において極めて重要な課題である。 今回の事例においては、受傷後16年間にわたり高次脳機能障害が見落とされてきた。その間、本人と家族はどこかに相談することもなく、たまたま、病院の待合室に貼ってあった「高次脳機能障害」のポスターに気がつき、転院したことによって初めて「支援」のテーブルに乗ってきたのである。早くからの対応、適切な支援は何よりも重要である。 次に「適切な支援」のための医療機関と就労支援機関との連携であるが、それは、日常的なネットワークをいかに作り上げるかが鍵となると考える。また、ネットワークは単に机上の話ではなく、具体的なケースを通して、かつ、共通のツールを使うことで、お互いの立ち位置、役割を明確にしていけるものである。医療機関とジョブコーチが「共通言語」をもつ必要性を痛感する。 ジョブコーチ支援は一般就労に向けた総仕上げの部分を担う。急性期から始まりそれぞれのステージでどのようなアプローチがなされ、本人が就労に向かって行ったのかをしっかりと把握する事無くして、現場支援はできるものではない。同時に、現場において直面する様々な課題への対応については、的確な医療情報を含めた本人へのバックアップ体制ができていることが重要であると考える。 5 終わりに 今回は医師、OT、JCの三者による検証であったが、さらには本人、事業所等も交えての意見交換がされていくことが必要であり、本人が働き続ける限り、本人を真ん中にしてそれぞれの関わり・役割を確認していくことが大切である。 【連絡先】 鈴木 修 特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん e-mail:s-osamu@kurasigoto.jp 障害者雇用における福祉施設と企業との連携 阿久津 圭司(社会福祉法人パステル 多機能型事業所セルプ花 ジョブコーチ) 1 はじめに 社会福祉法人パステルがある野木町は、栃木県の最南端に位置し、面積30.25k㎡、人口25,418(25年7月1日現在)、町の南部と東部に工業団地がある。 社会福祉法人パステルは、平成10年に法人認可を得てから多機能型事業所を中心に様々な事業に取り組んできた。今回発表する事例は、パステルとウイズ・クリタ株式会社の取り組みである。 ウイズ・クリタは、栗田工業株式会社の特例子会社で今年5月に立ち上げられた会社である。業務内容は会社内の清掃と環境整備。社員は健常者が6名、障害者が6名の12名である。(障害者は全員パステルから雇用) 2 連携のきっかけ 栗田工業は、本社(東京)では障害者雇用の経験は有るものの、特例子会社を立ち上げるにあたり専門的な支援が必要と考え、障害者雇用に取り組んでいる社会福祉法人を探していた。 パステルでは以前からパンの販売や、障害者雇用で栗田工業にお世話になっていた。それを担当者が知り、パステルのホームページ等から情報を得てお声をかけてくださったのがきっかけである。 昨年から何度か担当者の方と話し合いを行い、これからの会社設立へ向けた動き、雇用人数、実習への流れを確認しあった。 3 人選 特例子会社設立に当たり、栗田工業に就職した障害者3名をウイズ・クリタに異動してもらうので今回は2名の方を雇用したいと話があった。そこで人選について、以下の項目についてパステル内で検討会議を行った。 ① 清掃がきちんと出来るか パステルの就労移行事業では施設外就労や施設内の清掃がプログラムに組み込まれておりその状況を事業担当者と話し合った。 ② 対象者、家族の就職への意欲 対象者については個別に面接を行い仕事内容や、環境などの説明をすると同時に本人の就労への意欲を確認した。家族については電話等で詳しい状況の説明を行った。その中で家族に就職後の支援に協力していただけるかも見極めた。 ③ 通勤について 自力(自転車や徒歩)で通勤可能か。また交通機関(電車やバス)の利用は可能か確認した。 ④ 健康状態 ウイズ・クリタより自分で服薬の管理ができる方との希望があり、本人と家族に確認した。 その結果3名が候補として選ばれた。ウイズ・クリタからは2名ということであったが、3名の候補者とウイズ・クリタの担当者で面接をしてもらい、最終判断はウイズ・クリタにお任せするという事で3名とも実習させていただく事になった。 4 実習 実習は、栗田工業内の実習室と実際の現場での2通り行った。期間はそれぞれ1週間ずつ、時間は10時から15時まで。実習室は栗田工業内にある一室で、掃除機の使い方、化学モップの使い方を行った。指導係は、栗田工業で障害者雇用を担当してくださっていたS氏とパステルから就職したTさんであった。Tさんは就職して1年が経ち会社側でスキルアップの時期と判断したようであった。実習にはパステルからも職員が同行し様子観察と指導を行った。 3人とも実習をするのが初めてで慣れない環境で挨拶が出来なかったり、初めて使う道具に戸惑う事も多かったが徐々に慣れて、挨拶も声が出るようになり道具も徐々に使いこなせるようになっていった。 現場実習では、会社内の廊下や階段を中心に掃除機のかけ方、化学モップのかけ方の他、清掃中の看板の設置の仕方、他社員への挨拶の仕方等より実践的なものであった。実際の現場では緊張感が違うようで、実習室で出来ていたことが出来なくなっていた。特にどのタイミングで端によけるのかが難しかったようである。 S氏Tさんの指導の下、個人差はあったものの3名とも無事に実習を終了することができた。 実習終了後、ウイズ・クリタの方から当初2名の予定だったが、実習の様子を見て3名採用しますとの話があり、3名共雇用して頂ける事になった。 5 就職者の状況 ウイズ・クリタに雇用された方の性別、年齢、住い、障害手帳、通勤方法は表1の通りである。(Tさん、Nさん、Mさんは栗田工業からの雇用5月にウイズ・クリタに異動)平均年齢は26.8歳で、男性は23.5歳、女性は33.5歳となっている。 障害は皆知的障害で発達障害の方が1名、てんかんの方が1名となっている。 表1 ウイズ・クリタ就職者の状況 6 雇用後の支援について 雇用後の支援について話し合いを行った。パステルにはジョブコーチが2名いて、経験もあることからジョブコーチ支援を提案したが、ウイズ・クリタは期間を限定せず継続的な支援を望んでいた。特に生活面を重視した支援と、障害者についての社員教育を望んでいた。何度か話し合いを行い、ジョブコーチ支援ではなく、ジョブコーチを中心とした職員が職場に出向き、対象者の仕事の様子確認や面接を行う。また一緒に仕事をしている方々から対象者の様子を伺いその時々にある課題へ対応するという事になった。その他にも社員教育として、障害者の方への接し方や指導方法等の勉強会を行う事になった。 内容はジョブコーチ支援に似たものだが、期間限定ではなく、継続的にウイズ・クリタとパステルが障害者を持った方が安心して働けるよう仕事面、生活面の両方から連携しサポートしようというものである。 7 契約 継続的な支援を望んでいるウイズ・クリタから定期的に職員が出向する形をとるにあたり、パステルと契約書を交わしたいと話が合った。 パステルにとってはありがたい話で、すぐにでも返事をしたかったが、過去にこのようなケースが無かったので県へ問い合わせてみた。県からは検討しますとの事であった。数日後再度連絡してみると、企業と社会福祉法人が企業とそのような契約を結ぶのはよろしくないのでは、との返答であった。県でもこのようなケースは今までなかった事と思われる。 障害を持った方が毎日安心して働いて生活するための契約なのだが、理解いただけなかった。 しかしながらパステルには社会福祉法人の他に、青年サークル活動を行っているNPO法人サークルパステルがある。これは地域における障害者の自立と社会参加の推進を求める活動として、毎月第3日曜日に地域に住んでいる障害をお持ちの方々を対象に、スポーツ、料理、絵手紙教室等を開催しているものである。 今年度からは新たに一般就職した方を対象に、就職後のアフターフォローとして、金銭管理やお酒の飲み方、職場でのおつき合い等の勉強会も実施している。もちろんウイズ・クリタに就職した方々も参加している。 社会福祉法人ではないが、同じパステルグループで、同じ障害を持った方への支援を目的としたNPO法人と契約していただきたいとウイズ・クリタに申し出た。社会福祉法人ではなくNPO法人という事で社会福祉法人パステルとNPO法人サークルパステルの関係や活動内容等を細かく説明し、ご理解いただき契約する運びとなった。 8 これからの課題 実際に支援が始まってみると、企業側からの視点と福祉側からの視点での相違が見えてきた。仕事で利益(作業効率、スピード)を求める側、仕事ではあるが福祉的な手厚い支援(一人一人じっくりと指導する)の中での仕事と考える側。どちらも必要な事で、対象者の状態を見極めた上で、個々に合った指導をしていく必要があると思われる。 個々が有する課題は様々で、その課題をパステルとウイズ・クリタがいかに共有し協力して解決に向かうかが大きな課題になってくると思われる。 このパステルとウイズ・クリタの連携は始まったばかりで、手探りなところも多々あるが、お互い密に訪問し、話し合いを重ね、障害を持った方がより良い支援を受けながらより良い生活が送れるようになることを目指したい。 9 おわりに 日本の福祉の世界が措置から契約になって個人と施設が契約するようになった。これからは福祉施設と企業が契約し障害を持った方の雇用に結び付け、連携した支援を行う事が福祉と企業の成長につながっていくと思う。 【連絡先】 栃木県下都賀郡野木町大字若林443-7 阿久津圭司 多機能型事業所 セルプ花 e-mail:info@fukushi-pastel.jp チーム支援で展開する障害者への就労支援の試み(1) 〜チームアプローチによる就労実現の一考察〜 ○野﨑 智仁(NPO法人那須フロンティア 就労支援事業所喫茶店ホリデー 作業療法士) 前原 和明(栃木障害者職業センター) 1 はじめに 今日の職業リハビリテーションの実践においては、医療や福祉、教育等、地域の様々な支援機関の連携が重要視されている。リハビリテーション医学大辞典1)によると、チームアプローチは、「リハビリテーションは、多面からわたる患者(と家族)のニーズを満たす必要から、多職種の協業によってチームで行うことが不可欠となっている」としている。地域に根差した就労支援を行うには、支援機関が連携してひとりの障害者を支援することが、現在では主流になりつつある。その中、チームアプローチを展開することは、就労支援に従事する立場として、重要な資質の一つであると考えられる。就労支援の過程は様々な関係者との協働が必要となる。そのため、福祉・教育・医療分野の専門家と協同して活動するためのチームワークが必要である2)。柴田3)によると、チームアプローチとは、支援目標を達成するためにチームワークを活用することであるとしている。またチームアプローチの意義として、障害のある人に対する多面的な視点や理解が深まる、豊富な情報量を取り扱うことができる、支援の過程で生まれる責任や成果をチームで共有することができるとしている。 著者が所属するNPO法人那須フロンティア(以下「那須フロンティア」という。)は、1999年10月に設立され、「メンタルヘルスを中心とした豊かなまちづくりへの寄与」を目的に、精神障害者の地域生活支援に関する事業を行い、地域で活き活きと暮らせるような活動を提案していくとともに、地域におけるメンタルヘルスの問題に取り組むことを試みてきた。那須フロンティアの活動の多くには、医療・福祉のみならず、様々な地域住民の協力を得ながら実践している。そのため那須フロンティアとしては、法人職員の力量を見極め、活動の実現には他支援機関、地域の力を最大限活かすことを念頭に置いている。このことは、まちの力を引き出すしかけでもあり、繰り返し続けることにより、まちの力を一層高めるものになると考えている。今回、那須フロンティアの一事業である就労支援事業所喫茶店ホリデー(以下「ホリデー」という。)を利用していた対象者の利用開始時から就労定着までの経過を、チームアプローチとして支援した点を中心に報告し、その効果を考察していく。 2 実践報告 対象者情報:30歳代前半、男性、診断名は双極性障害Ⅱ型。地元の小・中・高校に進学。卒後、首都圏の大学に進学し、単身生活となる。初診は高校2年時、漠然とした落込む気持ちが強かったことから受診。外来治療を継続しながら大学生活を続けるが、大学1年時、状態悪化したため地元の精神科病院へ約6ヶ月間任意入院。大学は中退し、退院後はデイケア利用目的に転院。その後、パソコン教室講師として就職するが、不眠や引きこもりがちとなり退職。再度の入院となり、退院後デイケアを利用。医療機関より紹介を受け、ホリデーの利用を検討することとなった。 今回、対象者がホリデーを利用した時期を、①訓練期、②求職期、③就労期と分けて報告する。また、(図1)に各期の支援機関を記した。 図1 各期の支援機関 (1)訓練期 医療機関からの紹介を受けて、対象者と両親が、ホリデーを見学。支援内容の説明をし、対象者の状況を聴取。対象者は、「今のままでは駄目だと思う。でも無理せず働いていきたい。」と話す。対象者の居住地がホリデーより遠方であり、通所の困難さが予想された。 その後、医療機関の主治医、作業療法士、ホリデー職員等で就労実現に向けての支援内容を検討した。主治医は定期的な診察により病状のモニタリングを行い、デイケアは現状の生活状態を維持することを目的に、週3〜4日程度、基本的な日中活動の場として支援を行う。ホリデーは週1〜2日程度の利用の中で、就労に関するアセスメントの実施、制度や他支援機関に関する情報提供、関係機関とのコーディネートの役割として支援を行うこととした。ホリデー通所が開始されてからも、医療機関とは定期的に連絡を取り合い、両者が対象者の現状を把握できるように努めた。また就職実現後のフォローアップを想定して、就業・生活支援センターへ登録をし、対象者の作業遂行状況を把握できるよう見学の場面設定をした。 (2)求職期 ホリデーが対象者のハローワーク登録、同行支援を実施。その中、求人の一つとして、事務職を紹介される。しかしながら話を進めていく中で、企業側が精神障害者の雇用経験がなく、また障害者雇用に関する情報が不足していることや、不安を抱えている思いを確認した。この状況を整理し、支援内容を具体化するために、ハローワーク、就業・生活支援センター、栃木障害者職業センター(以下「職業センター」という。)、ホリデー、企業、対象者により、支援内容の検討を行った。対象者支援としては、ステップアップ雇用により中長期的に段階を踏んだ定着を目指すこととした。またジョブコーチ支援の介入により、現場内での対象者のモニタリング、企業の思いを聴取し続ける支援を導入。それに合わせ、対象者とラポールが形成されていて安心できるホリデーの職員も定期的な訪問をすることとした。今回の雇用を進めるに当たり、企業の管理者のみならず、職員全体として障害者雇用を理解し、進めていきたいとの企業側からの思いに応える形として、従業員向け講習会を実施。内容は、職業センターから障害者雇用について、ホリデーより精神障害について説明を行った。この求職期では、支援機関や企業、対象者との連絡調整などをハローワークと職業センターが中心となり対応し、また医療機関に関しては、担当者が院外へ出ていくことへの困難さもあり、ホリデーが情報提供する役割として対応した。 (3)就労期 雇用開始となってから、ジョブコーチとホリデーにより対象者に対しての定期的な企業内支援を継続した。主には対象者の思いの聴取や、会社側からの評価の伝達、仕事の負荷量の確認などであった。また労働時間を増やす段階の際には、ハローワーク、職業センター、就業・生活支援センター、ホリデー、ジョブコーチ、対象者、企業などが集まり、状況確認と今後の支援などを検討し続けた。この就労期では、支援機関や企業、対象者との連絡調整などを職業センターが中心となり対応した。 3 考察 (1)役割を分化したチームアプローチ 今回は、各関係機関が介入した時期と、役割などを中心に報告した。訓練期では、ホリデーのみでは通所日数の確保や病状の変動を把握するなど、全体の支援を行うことは困難であった。また求職期では、企業との関わりも増え、徐々に支援内容に変化が生まれていった。就労期には、企業内での支援が中心となり、適宜介入する必要が生じた。これら経緯を振り返ると、就労移行支援事業として運営するホリデーの関わりのみでは、その負担量が大きいことは容易に予想でき、また今回の対象者の支援は成立したとしても、同様に、そして並行して、他対象者に対して行うことは、マンパワーの面などを踏まえると不可能である。相澤4)によると、ハローワークの専門性が向上すれば、企業と障害者本人のマッチングや就労支援のマネジメントが適切に実施されることに加え、医療機関との連携も円滑になり、精神障害者の雇用は確実に進むとしている。今回の実践では、求職期以降、マネジメントとしてハローワークと職業センターが大きな役割を果たした。この点は、円滑な支援の構築が可能となったことに加え、企業側にとっても公的機関の介入により安心できる体制が形成できたとも考えられる。チームアプローチとして支援を展開した効果として、各支援機関が単独で抱え込まず、機能分化して対応できた点は大きいと考える。 (2)関係機関内での情報共有 今回の実践では、対象者を取り巻く関係機関内では、必要な時期に個別支援会議の開催などを行い、対象者の状況や支援の内容などを確認していった。この訓練期から求職期、就労期のいずれの期間においても、一貫して関係者間において情報を共有し続けたことにより、関係機関の足並みが揃い、共通目標のもと、支援が展開できたと考える。岡田5)によると、本人が支援を必要とした時に、本人を取り囲むそれぞれの専門家チームによる適切な支援が、即座に実施できる連携が必要であり、それは対象者を中心とした異なる分野の専門家が、対象者の支援の必要に応じて、お互いに密接に情報交換し合いながらネットワーク作りであると考えられる、としている。また高齢・障害・求職者雇用支援機構6)によると、障害を開示して就職後の支援を行った方がよいことや、障害者の受け入れ態勢が整っていると予想される障害者求人に就職した方が定着がよいことなどに加え、関係機関が連携することや支援や職場の環境要因が重要であることが確認されたとしている。チームアプローチを行う上での情報共有することは最低条件であり、そしてそれに応じて支援の検討、環境整備などが必要とされる。本報告の企業から、複数存在するどの支援者に援助を求めても、いずれの支援者も訴えをしっかりと受け付け、その後チームとして対応していたため、自由に訴えることができたといった話を聞くことができた。複数の支援が介入すると、対象者や企業にとっては役割が分かりにくく混乱を招くことにもつながるが、今回のように、どこが対応しても最終的にはチームとして対応するといった一枚岩のように見せ続けることが大切であると感じた。 (3)チームアプローチによる関係機関の成長 チームアプローチというと、異なる立場のものが、役割を分担し、それぞれの支援を遂行することが第一に想像される。しかしながら機能の分化や支援の効率化以上に、異なる立場から発せられる発言や支援の内容には、新たに習得できる様々な情報を含んでいる。異なる立場のものが集まると、それぞれの思いが発せられ、まとまりのないものに転じてしまう可能性もあるが、チームとして共通の目標をもつことができれば、それ以降に発せられることは自分にとって意に反することであっても、それは自分にとっては想像に至らない新しい情報である可能性でもある。野中ら7)は、ケア会議の意義として、参加者それぞれが、自分の知らない領域の知識や技術を学ぶことができる。現代の対人サービスは多方面に専門分化しており、一人がすべての領域における情報をとらえることはほとんど不可能に近い。ケア会議によって最新の知識を具体的な形で知ることとなると述べている。チームアプローチの効果は、対象者や企業にのみならず、支援者にとっても得ることが多いものであると考えられる。 4 まとめ 今回の実践では、チームアプローチの実践、その上での情報共有、互いに成長し合える機会と発展していった。今後、同じ支援機関で同様の障害者雇用を進めようとすると、今回の実践以上に効率的に、発展的にアプローチすることが可能だと考える。この繰り返しこそが、まちの資源を強める一つの方法であろう。しかしながらフォーマルな支援の展開が中心となっており、本来のまちの力でもあるインフォーマルな支援が、今回の実践の中には導入できなかった点が課題である。支援を般化させるためにはフォーマルな支援が主であった方が良いということは誰もが共通して認識している点だと思われるが、地域ごとには特色があり、そこで暮らす対象者のことを考えるのであれば、自然に介入し、自然に離れるような、インフォーマルな介入が理想的であると考える。WHOにより提唱された地域に根差したリハビリテーションCBR(Community-Based Rehabilitation)8)の実践とは、法や制度により整備されたフォーマルな支援のみならず、地域の力を活用した支援の実践であると捉えられる。すなわち、それは障害者も支援もまちの中に浸透しているインクルージョン9)を実現した形とも考えられる。荻原10)は、「まち」に根差した支援を形作るために、対象者も私たちも「まち」の一員として、「まち」が抱える課題を共有し、「まち」作りに参画する必要を述べている。今回の実践を踏まえ、対象者にとっての最良の支援を考えるとともに、その地域の力をチームとして反映させることも念頭に置きたい。現状においてのまちの課題が何であるか、どのようなまちの力が存在するか、活用するかを考え続けることが、まち全体としてのチームアプローチの実現につながると考える。 【参考文献】 1)上田敏、他:「リハビリテーション医学大辞典」、p.389、医歯薬出版株式会社(1996) 2)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:「就業支援ハンドブック−障害者の就業支援に取り組む方のために−」、p.13、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(2010) 3)柴田珠里:「職業リハビリテーション学 キャリア発達と社会参加に向けた就労支援体制」、p.256、協同医書出版社(2008) 4)相澤欽一:精神障害者就労支援の現状と課題、「精神科臨床サービス12」、p.449-453、星和書店(2010) 5)岡田倫代、他:AD/HDを有する高校生への支援ネットワーク—社会参加に向けた効果的な支援と連携について—、「児童青年精神医学とその近接領域51(5)」、p.529-538、日本児童青年精神医学会(2010) 6)障害者職業総合センター:精神障害者の雇用促進のための就業状況等に関する調査研究、「調査研究報告書No.95」(2010) 7)野中猛、他:「ケア会議の技術 The art of clinical meeting」、p.10-21、中央法規(2012) 8)椿原彰夫:「リハビリテーション総論」、p.123-126、診断と治療社(2007) 9)日本職業リハビリテーション学会:「職業リハビリテーションの基礎と実践」、p.19-33、中央法規(2012) 10)荻原喜茂:“まち”に根ざした精神障害者支援を発展させていくために〜地域移行支援・就労支援の実践と普及〜、「第43回日本作業療法学会誌」、p.44、第43回日本作業療法学会(2009) 【連絡先】 那須フロンティア 就労支援事業所喫茶店ホリデー 〒329-0055 栃木県那須塩原市宮町2-14 Tel/Fax:0287-62-2134 e-mail:frontier@io.ocn.ne.jp チーム支援で展開する障害者への就労支援の試み(2) 〜連携スキルについての臨床的研究〜 ○前原 和明(栃木障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 野﨑 智仁(NPO法人 那須フロンティア) 1 問題の所在 職業リハビリテーション(以下「職業リハ」という。)において、連携は非常に重要である。というのも、チーム支援によって実現される連携は、様々な水準と次元のサービスを総合的に提供することを可能とし、利用者に提供するサービスの質を高める1)からである。その意味で、チーム支援は、職業リハをより効果的なものとするであろう。 例えば、北口2)は、支援者同士のコミュニケーション(協議の場)をタイムリーに持つというような連携が長期的な職場定着のために必要であると指摘している。また、新木ら3)は、ハローワークとのチームでの支援事例を取り上げ、支援者間の協力関係、複数の担当者からの一貫したフィードバック、支援過程の共有といったチームでの支援が重要かつ有意味であったと報告している。 その上で、チーム支援をスムーズに行うための具体的な取り組みとして、例えば、佐藤ら4)は、支援機関同士が個別情報の共有以前に「同じ視点(問題の捉え方)」を持つことが必要として、応用行動分析的視点の導入を行っている。そして、この視点が統一した支援と役割行動を可能とし、チームの連携を効果的に機能させたと報告している。また、村久木ら5)は、共通認識の形成、支援ノウハウの提供と情報共有、継続的関わりといったことが連携に必要と指摘する。そして、支援スケジュールをツールとして活用することで役割分担と継続的関わりの維持を可能とし、連携するチームでの共通認識の形成を促進したという実践を報告している。 しかし、いずれの実践報告においても、チームを維持するための連携上のスキルについての検討はされておらず、個々の支援者の暗黙知的技術に委ねられているのが実情である。つまり、「共通理解を得るための意思交換」、「ツール導入のための声かけ」、「ツールの必要性を説くためのやり取り」等の具体的な臨床実践上のスキルについては明らかにされてきていない。よって、このようなチーム内での考え方のズレや対立を解消し、スムーズな連携を達成するための具体的方法を検討していくことが必要であると言える。 そこで、本研究では、チームで就労支援を行った事例を取り上げる、その事例を通して、連携を上手く進めるためのポイントについての考察を行い、ひいては職業リハでの臨床実践に寄与することを研究目的とする。 2 方法 本研究では、栃木障害者職業センター(以下「栃木センター」という。)とNPO法人 那須フロンティア(以下「フロンティア」という。)がチームのメンバーとなり連携を行った事例を取り上げる。そして、得られたエピソードから研究関心に基づいて考察を行っていくこととする。 3 結果及び考察 (1)事例概要 Aケース(精神障害者保健福祉手帳2級、双極性障害)。30代、男性。 X月、事業所B(事務職)での雇用の検討の動きを受けて、これまで主たる支援機関として関わっていたフロンティアに事業所Bから連絡があった。想定された職務内容等をもとに対象者を検討。Aケースの採用に向けて、ハローワーク、フロンティア、栃木センターでケース会議を実施した。本人の緊張感及び不安感の強さを考えると、体調不良を予め防ぎ、自信を持って職務に慣れていく必要があった。そのため、段階的な勤務時間の延長や職務範囲の拡大と、それに向けて雇用前の段階からのジョブコーチ支援とステップアップ雇用の活用を提案し、事業所Bから了承を得た。また、関係機関とともに、社員研修や障害理解のための広報等の支援を行った。 X+4月、ジョブコーチ支援及び事業所Bの雇用管理によって、概ね安定して職場定着へと進んでいくことができた。また、当初強かった不安感も慣れるにつれて減少し、段階的に勤務時間の延長と職務範囲の拡大を達成した(図1)。 図1 勤務時間の延長と職務拡大の流れ (2)チーム支援のポイント 以下、転機となったエピソードを提示し、チーム支援のポイントについての考察を行っていく。 ① エピソード イ エピソード1 支援に際しては、節目毎に、ハローワーク、フロンティア、栃木センター等の関係者が一堂に会してのケース会議を行った。雇用前支援から雇用への移行時のケース会議では、Aさんと事業所Bを交えて、勤務時間の延長の仕方等について協議を行った(X+1月)。フロンティアから、本人の不安感の強さを考えると1時間程度ずつの勤務時間の延長を提案すると、事業所Bの担当者からは、同じ職場で働く同僚として感じる職務設定の難しさや本人の性格及び不安感の強さを踏まえて、雇用の進め方に対する逡巡が語られた。その上で、「短時間ずつの延長が有効なのも分かる。その一方で、このタイミングで、少し意識して時間を延ばさないと、本来目指す予定の時間へと時間延長が難しくなるのではないか。」との話しがあった。これを受けて、栃木センターから、「これまでの本人の状況を踏まえての見解であり、また、事業所の職務設定の仕方や他の人が働いている時間帯での出退勤の緊張感等の負担も考えた上での時間延長の提案のため、非常にありがたい。その上で、慎重に考える理由として、本人が体調を維持できるかに不安が残る。そのため、本人の体調等を踏まえつつ、延長前の勤務時間に戻すといった配慮も可能ということですか?」と確認を行った。事業所からは、「当然そのつもりであり、その前提で本人も同意して欲しい。」との返答があった。その他の関係機関も、相互に意向をくみ取りつつ、勤務時間の延長からくる体調不良の予防の仕方やジョブコーチによる支援の頻度の調整等を検討した。このようなケース会議を通して、勤務時間の段階的な延長が具体化した。 ロ エピソード2 雇用後3ヵ月目のジョブコーチ支援の終了に係るケース会議の場面では、今後の雇用の進め方についての検討を行った(X+4月)。段階的なステップを踏んでいくことで、結果的に週3日の6時間の勤務を達成し、次のステップをどのように設定していくかで関係者は頭を悩ませていた。「週5日になることで負担感の強さは倍増するのではないか?」、「勤務日を1日だけ増やす」、「4時間に戻して週5日に挑戦していく」等の様々な案が出された。「そもそも、本人の体調を考えると、無理はないだろうか?」と、事業所も含めて、今後の進め方についての議論は膠着してしまった。その時に、事業所Bの部長からぽつりと「毎日来てもらえないのですか? 毎日の郵便分配については、同僚からの要望も強い。いないことで負担がある。できればそれだけでもやってもらえるとよい。」と発言があった。この一言で、本人の体調を軸に、時間延長をどうするかを考える中で膠着していた視点が一気に変わり、この職場で働きがいを持って働いていくために何ができるかという目的が共有でき、週5日の毎日から次のステップを踏んでいくこととなった。 ②小考察 イ 振り返り 職業リハにおいては、様々な専門性を持つ支援者が一堂に会して支援を行うため、それぞれの役割や立場、考え方に基づいた認識のズレが生じやすく結果として支援者間で信念対立が発生することがある。 例えば、地域や文化によって虹の色合い等の自然現象が異なって認識されることがあるように、認識は文脈依存的であり、無意識的に役割や立場、考え方といった文脈に色づけられている。そのため、そもそも支援者の間で違う認識であることを意識化する必要がある。福山6)が指摘するように、「専門職間で見解の統合をすることが、あるいは意見や目標の統一をすることが、また、他の専門職から出された意見に賛成や同意をすることが協働であるとの誤解」がチーム支援には存在している。このように、今ここでの目的との関係で、チーム内での対応を捉えないと、信念対立は更に大きくなってしまう可能性がある。 まずは、自らの立ち位置や目的を“振り返り”、その目的との関連で、自分自身の立ち位置を理解することとその考え方の妥当性を問うことが必要である。両エピソードでは、働く中で生涯にわたる生活の質を向上させ、働きがいのある仕事をしていくという職業リハの目的に基づいて振り返りが行われた。チームの中で提案された考え方を目的に基づいて理解し合い、これが目的に対して妥当であるかの判断を行っている。これにより、チームのメンバーが合意できる方向性を探ることができた。このような“振り返り”が、支援のポイントであったと言える。 ロ なぞり これまでもスムーズな連携のためには、チーム内でのコミュニケーションが重要であると指摘されている。とはいえ、そのための具体的な方法等については、十分に検討されていない。エピソード1では、ハローワーク、フロンティア、栃木センター、事業所と立場の異なる関係者が、他機関の役割や専門性を尊重しつつ、支援の方向性を提案し合い、検討を行っている。 具体的には、「△△(事業所の作業設定の難しさや本人の緊張感の軽減)という視点から○○(時間延長が望ましい)と考えている」、「□□(本人の体調)を考えると◇◇(延長前の時間に戻す)はできるのか?」といったように、それがどのような意味を持ち、どのような立ち位置から出されたものかを、相手の考えを尊重し、互いに確認したり、伝え合ったりするという“なぞり”合いのプロセスが存在していた。このように、相手の意見を“なぞり”合う中で、そもそも違う他者の認識を確認でき、これにより、相手の隠された意図が開示され、建設的なやり取りが可能になると考えられる。 ハ 語り直し 中井7)は、真面目に働くことにこだわる精神障害者の本人に、真面目に働かないスキル(=健常者もサボっている時間もある)があることを伝えている。つまり、休息の必要性という価値の転換を図っていくエピソードを報告している。このような価値の転換は、本人も支援者も陥りがちな、正しいからすべきという絶対性の論理に起因する考え方の固定化や相手の意見への批判といったチームの課題を予防する。 エピソード2では、「勤務時間の延長をどのようにするか」という視点に膠着している中で、事業所の発言によって、「本人と事業所の両方にとってのメリット」という価値の転換が生じた。働くということを達成するために、事業所も含めたチームによって視点を“語り直し”ていくことは、柔軟に考える視点を持つことを可能とし、膠着した視点を広げる効果があったと考えられる。“語り直し”には、チームに生じる課題を克服し、様々な立場を持つ専門職が集まるというメリットを生じさせるのである。 (3)総合的考察 本研究では、チーム支援の事例から、「振り返り」、「なぞり」、「語り直し」という連携のポイントを抽出した。チーム支援に際しては、これらのポイントが重要であり、支援者は巧みに組み合わせて用いながら、チームメンバーとコミュニケーションを取り合っているのではないだろうか。その意味で、これらのポイントは連携に求められる支援技術であり、本研究では、連携スキル(clinical skills for collaboration)と呼び、概念化することとする。 この連携スキルとは、連携に求められる資質特徴8)や会議の技術9)とも異なるものであると考えている(表1)。アイビイ、A.E.10)は、各種カウンセリング技法を分析し、面接場面でのコミュニケーションを小単位に分けて、学習のためのメタモデリングの技法を開発している。連携スキルもまた、連携を行う上でのコミュニケーションの臨床実践的な技術の小単位になると考える。 そして、荻原11)は、連携を阻害する要因の一つとして、連携に関する技術・業務、責務などの認識の薄さを指摘している。本概念化を行うことで、このような連携に対する認識の変容が可能となり、チーム支援場面や指導教育場面においての実践的活用が可能となる。その意味で、臨床実践への寄与に繋がっていくと考えられる。 表1 連携スキルの関連概念との比較 4 おわりに 本研究では、チームでの就労支援の事例を取り上げ、チーム支援のポイントを整理した。そして、これらを連携スキルと呼び、臨床実践上の支援技術として概念化した。 今後の課題として、本研究で得られた連携スキルは、一事例から得られたものであり、さらなる事例等を通して継承発展させていく必要があると考えている。また、ファシリテーションスキルやカウンセリングスキル等の他のスキルとの関連性や臨床実践上の活用の方向性を考えていくためには、理論的な検討が必要であると考えられる。これらについては、今後の課題としたい。 【参考文献】 1)Harley D. A., Donnell C. & Rainey J. A. : Interagency collaboration : Reinforcing professional bridges to serve a populations with multiple service needs 「Journal of Rehabilitation 69(2)」、p.32-37,(2003) 2)北口 由希:企業で働き続けるため支援者に求められること−職業センター利用者の事例からの考察−「第19回職業リハビリテーション研究発表会論文集」、p.115-118,(2011) 3)新木 香友里・太田 幸治・日高 幸徳・芳賀 美和:公共職業安定所と地域障害者職業センターの連携に関する一考察−精神障害者雇用トータルサポーター実習を活用し就労に至った事例を通して− 「第20回職業リハビリテーション研究発表会論文集」、p.211-214,(2012) 4)佐藤 大作・脇 洋子:地域の支援機関との連携に関する一考察−休職を繰り返してきた知的障害者の職場適応の事例−「第18回職業リハビリテーション研究発表会論文集」p.196-199,(2010) 5)村久木 洋一・豊川 真貴子・鈴木 修・水野 美知代・岩倉 寛子・寺本 健:新規事業を立ち上げた事業主への支援に関する一考察①−地域の就労支援機関が連携して特例子会社の新規事業立ち上げを支える取り組み−「第19回職業リハビリテーション研究発表会論文集」、p.226-229,(2011) 6)福山 和女:ソーシャルワークにおける協働とその技法「ソーシャルワーク研究 34(4)」p.278-290,(2009) 7)中井 久夫:世に棲む患者,ちくま学芸文庫(2011) 8)八重田 淳:連携について「ジーピーネット 55(6)」、p.48-52,(2008) 9)野中 猛:ケアマネージャーに必要なチームワークの技術「老年精神医学雑誌 14(9)」、p.1096-1100,(2003) 10)アイビイ,A.E.:マイクロカウンセリング,川島書店(1985) 11)荻原 喜茂:シンポジウム「連携のための工夫」の概要−リハビリテーションにおける連携・連携促進のための工夫−「リハビリテーション連携科学 3(1)」、p.27-29,(2002) 「地域の職業リハビリテーション・ネットワークに対する 企業ニーズに関する調査研究」における 企業アンケート調査の概要 ○井上 直之(障害者職業総合センター 主任研究員) 小池 眞一郎(障害者職業総合センター) 1 はじめに 本研究は、地域の職業リハビリテーション・ネットワーク(以下「職リハネットワーク」という。)に対する事業主のニーズを把握し、コーディネート機能を含め、支援機関に求められている事業主支援のあり方を明らかにしていくことを目的とした2年間の研究である。 研究初年度の昨年は、職リハネットワークの現状と課題を中心に専門家ヒアリング、地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)、地域の就労支援機関等に対する訪問ヒアリングを実施した。今年度は、障害者の雇用実績がある企業に対して、就労支援機関に協力を依頼する理由や内容を把握し、今後望まれる支援や情報提供について検討するためのアンケート調査を実施している。 2 方法 (1)専門家ヒアリング 平成24年6月、企業、特別支援教育、異文化 コミュニケーション、精神保健福祉の分野から5人の専門家(表1)を招へいし、それぞれの分野から職リハネットワークの現状と問題点及び支援者に求められるスキルや習得方法等についての知見を得た。 表1 専門家の概況 (2)訪問ヒアリング ①対象 地域センター(管轄区域人口100万未満、300万未満、500万以上)、障害者就業・生活支援センター(東北、関東、九州地区)及び企業(雇用経験5年未満、10年未満、特例企業)を各1カ所。 ②訪問期間 平成24年10月〜平成25年1月 3 結果 (1)専門家ヒアリングの結果 専門家ヒアリングの結果は、①常にお互いが顔の見える関係であること、②支援に関するコンセプトを話し合える場がもてること、③情報の共有と情報の送受信、そして、④フットワークの良さ等がよりよいネットワークを形成するためには重要であるといった知見が得られた。 (2) 訪問ヒアリングの結果 訪問ヒアリングの内容は、①地域センター、②障害者就業・生活支援センターに対しては、共通項目として、企業からの具体的な支援ニーズの内容、支援機関間の連携、職リハネットワークの課題について、それぞれヒアリングを行った。また、障害者雇用企業へのヒアリング内容については、支援機関との連携の状況、支援機関への要望・改善事項についてヒアリングを行った。結果の概要は、図1のとおりである。 図1 訪問ヒアリングの結果 4 考察 専門家ヒアリングでは、それぞれ異なる専門的立場から職リハネットワークに対する現状と問題点、そして支援者に求められる支援スキルや地域での職リハの中核的な支援機関としての地域センターに期待すること等についてヒアリングを実施し、ヒアリングを通して得られた知見として、常にお互いが顔の見える関係であること、支援に関するコンセプトを話し合える場がもてること、情報の共有と情報の送受信、そしてフットワークの良さ等がよりよいネットワークを形成するためには重要であると考えられる。 訪問ヒアリングについては、地域センター、障害者就業・生活支援センターとの連携については、双方から綿密に連携している様子が聞けたが、年々新規登録者の増加に伴い、地域センターから紹介されても、直ぐに対応できなかったり、お互いの機関の実習制度をうまく組み合わせての支援することなどに課題があることも感じられた。 また、企業に訪問して聞き取った支援ニーズの内容と、支援機関を通して企業から依頼される支援ニーズの内容で、社員の障害者研修や雇用管理に関する依頼などは一致していたが、雇用管理に関する支援ニーズについては、障害種別と在職期間との関係にニーズの特徴があるのか否か。また、企業の障害者雇用経験年数との関係で、支援依頼の内容についても特徴があるのか等については不明であった。 その他、企業が比較的重要としている情報交換の場の設定などに関しては一致していないものがあった。同時に支援機関に対する要望・改善事項については、支援者のスキルアップやサポート力に対する要望がいずれの企業からも聞かれていた。 こうした支援者の支援力に関することは、専門家ヒアリングでも既に指摘された事項であった。 5 今後の取り組み 25年度の研究では、専門家ヒアリング及び訪問ヒアリングで指摘された支援者のスキルやサポート力、地域で就労支援に向けたよりよい支援体制を構築していくためには、企業側からみて障害者雇用の準備の段階から、採用、職場定着という経過の中で、どういった時期にどういう支援の内容が望まれ、また、雇用管理面で企業が重要としている事項と支援機関との協力関係等について、更に具体的に明らかにしていくために、障害者雇用企業を対象にアンケート調査を以下の内容で実施する。 (1)目的 障害者の雇用実績がある企業に対して、就労支援機関等に協力を依頼する理由や内容を把握するとともに、今後、望まれる支援や情報提供について検討するためのアンケート調査を実施する。 (2)対象 過去に5年間で「障害者雇用優良事業所表彰を受けた企業」、当機構ホームページに掲載されている「障害者雇用事例リファレンスサービス掲載事業所」、及び「地域センターから積極的に障害者雇用に携わっているとの推薦があった企業」、計1,017社。 (3)調査期間 平成25年9月中旬〜10月上旬 (4)調査項目 調査項目は設問11からなり、うち自由記載1問の構成となっている。内容については以下のとおり。 ① 属性(企業の業種、企業の従業員数、事業所の障害者雇用数と雇用開始年。) ② 障害者の雇用管理の課題 ③ 支援機関・施設の利用頻度 ④ 利用したことのある支援機関・施設 ⑤ 支援機関・施設を利用している理由 ⑥ 支援機関・施設への相談・支援依頼の内容 ⑦ 障害者の雇用管理で重視している項目 ⑧ 支援機関・施設の活用方法に関する情報の入手方法 ⑨ 支援機関・施設への要望事項 ⑩ 相談や業務の依頼をしやすい支援機関・施設の要素(自由記載) 【参考文献】 1)「地域の就労支援の在り方に関する研究会報告書」厚生労働省 平成24年8月3日 2)「障害者の一般就労を支える人材の育成のあり方に関する研究会報告書」厚生労働省 平成21年3月 3)「福祉、教育等との連携による障害者の就労支援の推進に関する研究会報告書」厚生労働省平成19年 4)「地域における障害者の就労支援ネットワークに関する調査研究」NPO法人ジョブコーチ・ネットワーク 5)「企業に対する障害者の職場定着支援の進め方に関する研究」障害者職業総合センター 調査研究№107 営利と非営利によるパートナーシップ② 内木場 雅子(障害者職業総合センター 研究員) 1 はじめに 障害者自立支援法(以下「支援法」という。)(現障害者総合支援法)施行後、障害者の就労支援を行う非営利法人(以下「非営利法人」という。)による、障害者の働く場作りが地域でみられるようになった。これは、支援法が、障害者の就労支援を抜本的に強化し、目標の達成度に応じた報酬体系の導入と加算配分の見直し等を行った影響と思われる。しかし、そのような法体系下にあっても非営利法人の多くが、障害者の就職先や仕事の確保に腐心する他、企業との関係作りに課題を抱えている1)。 一方、企業には、障害者の雇用の促進等に関する法律(以下「促進法」という)による障害者法定雇用率(以下「雇用率」という。)の達成義務がある。それは具体的には、促進法の規定に基づく雇用率の引き上げ(平成25年4月1日から民間企業の雇用率は2.0%)と、それに伴う障害者雇用義務が発生する事業主範囲の変更(従業員56人以上から50人以上へ)の他、障害者雇用納付金制度の対象事業主の範囲拡大(平成27年4月1日から常用労働者数100人を超える事業主が対象)が決定している。また、本年6月には促進法が改正され、平成30年4月1日から精神障害者の雇用が義務化される等、雇用率の達成は、企業にとって喫緊の課題である。 企業における障害者雇用(平成24年6月1日調査)では、実雇用率が1.69%で過去最高水準と言われているが、産業別では不動産業や建設業など雇用率の低い業種がみられる。また、雇用率未達成企業40,614社(53.2%)をみると障害者を1人も雇用していない企業が61.1%である他、総じて従業員300名未満の企業で雇用率未達成の割合が多い結果となっている。 このような課題を抱える両者であるが、障害者雇用・障害者の働く場作りには、両者が目的を共有し互いに持てる力を発揮することだと思われる。それは、障害者雇用、障害者の就労支援において元々両者は、相互補完の関係にあり、始めからその達成を目指せばよいからである。また、働く場作りは、地域の課題解決や一つの雇用モデルの提案に繋がる可能性があり、重要な取り組みと言える。そこで、企業と非営利法人がともに障害者雇用・働く場作りに取り組んだ事例を調べ担当者から聴き取りをした2)。 その結果(概要)は、次の通りである。イ、形態は、互いに相手を見つけ取り組んだ事例、調整役が介在し関係者を繋いだ事例、公共事業を取り組む契機に活用した事例等、ロ、内容は、菓子製造や野菜生産、リサイクル等で本業や異業種分野に進出した事例等、ハ、手法は、既存施設の利活用、地域を含めた新しい仕組みの提案・実践等である。何れも相手との繋がりで、各々の強みを発揮し不得手な部分を補い合うことや、両者が調整を行い、仕事と働く場を確保した他、障害者の作業指導ノウハウ等を確立させる等、障害者雇用を進める上で有益な部分が多く、単独では必ずしも容易ではない地域と個別の課題を解決しており、推進されるべき取り組みであることが明らかになった。 2 目的 これらのことを踏まえて、非営利法人等に対するアンケート調査を実施した。これは、非営利法人等が障害者の職業自立、就労支援の取り組み、また、非営利法人等による企業と関わり状況、企業とともに障害者雇用・働く場作りをすることについての考え等について調査した。今回は、その途中経過について報告する。なお、このアンケート調査では、非営利法人等が、企業等の他の法人とともに障害者雇用又は賃金を払える働く場を作ることをパートナーシップとしている。 3 内容 (1)アンケート調査の実施 アンケート調査(「非営利法人と企業による障害者雇用のための調査」)を実施した。 イ 調査対象 調査対象は、支援法における就労移行支援事業を行っている法人及び同法における就労継続支援事業(雇用型・非雇用型)を行っている法人並びに促進法における障害者就業・生活支援センター事業を行っている法人、また、地域若者サポートステーション事業を行っている法人である。なお、東日本大震災の影響を考慮し岩手県、宮城県、福島県は、調査対象から外している。 ロ 調査時期 調査は、平成25年2月上旬から3月中旬にかけてである。 ハ 調査方法 郵送による調査である。 (2)アンケート調査の内容(概要) イ 法人形態 ○法人の種類 ロ 事業形態 ○法人が行う事業 ○上記の他に、法人が行っている事業 ハ 運営(経営)規模 ○法人の年間の収入 ○職員数(常勤職員数、非常勤職員数) ニ 法人の事業の利用者と就業・就労支援 ○法人の事業を利用した利用者数、法人のサービスを利用し就職した利用者数 ○法人の利用者の就職先 ・自法人内雇用先はどこか ○法人の利用者の就職活動 ○法人が利用者の求人開拓や求人情報の収集をしない理由 ホ 企業との協業(協働)による働く場作り ○法人による働く場作りを行っているか ○その取り組みを行っている相手企業の数 ○働く場作りの取組みを行わない理由 ・「利用者の作業訓練として企業から仕事の提供を受けている」を行わない理由 ・「利用者は施設外就労訓練として企業内で作業(仕事)をしている」を行わない理由 ・「利用者の職場実習先として企業を活用している」を行わない理由 ・「就職を前提に利用者を働く場で支援したり、就職者に職場適応支援(フォローアップ)を している」を行わない理由 ○法人が相手とともに働く場作りを始める際の働きかけ方 ・その相手について ○法人が相手とともに働く場作りを取り組むきっかけ ・その相手の業種はなにか ・それはどのような事業・内容か ・障害者はどのような仕事をしているか ・どのような課題があったか ・法人が相手のために行ったことはなにか ○法人が相手とともに働く場作りを行わない理由 ○もし法人が相手とともに働く場を作るとしたら検討できる条件はどれか ・双方の条件があった場合 ・法人に企画を検討する期間的、経済的に余裕がある場合 ・支援団体があり、コンサルティングを受けられる場合 ○法人が相手とともに障害者雇用又は賃金を払える働く場を作るために必要だと思うことはなにか ○法人が相手とともに地域で障害者の雇用や、賃金を支払える働く場を作るという考え方をどのように考えているか (3)アンケート調査の結果(概要) 現在集計中である。 4 おわりに 今回の調査では、非営利法人等の就労支援の実態の一部を明らかにしようとした。しかし、パートナーシップにおける個々の具体的なニーズ等はまだよくわかっていない。今後は、回答のあった非営利法人等を中心に、聴き取り調査を実施しそれらを把握していくことが必要である。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:就労支援機関が就労支援を行うに当たっての課題等に関する研究,「資料シリーズNo.56」(2010) 2)障害者職業総合センター:企業と非営利組織等との協業による障害者雇用の可能性を検討するための研究,「資料シリーズNo.68」(2012) リワーク支援の効果について −事業主へのヒアリング調査から− ○柴山 真由子(東京障害者職業センター リワークカウンセラー) 岡本 ルナ(東京障害者職業センター)他 1 はじめに 平成17年10月から全国の地域障害者職業センターに展開された「うつ病等の精神障害による休職者の職場復帰支援」(以下「リワーク支援」という。)について東京障害者職業センター(以下「センター」という。)では、昨年の第20回職業リハビリテーション研究発表会においてリワーク支援のさらなる効果を高めるための方策を目的に、80%超を維持している復職率に着目してその要因を分析した結果を発表した。この中で、リワーク支援後の復職可否に関しては利用時期・課題の設定・各種プログラムの受講状況・生活リズムの構築との関係性が強い傾向にあることが分かり、その結果リワーク支援の効果を高めるには休職者・事業所・主治医三者の合意形成=コーディネートの充実というキーワードを得ることとなった。 こうした結果を踏まえつつ、前回の分析は休職者側に焦点をあてたものであることから、本研究では引き続きリワーク支援のさらなる効果を高めることを目的に、休職者の受け入れ側である雇用主としての事業所に着目して分析を加えるものである。 2 調査の実施 (1)目的 事業所から見た現況のリワーク支援の効果と課題を把握する (2)調査方法 半構造化インタビュー調査 (3)調査対象 計5事業所(表1) 表1 対象事業所の概況 (単位:人、( )内は%) なお調査対象事業所の抽出にあたっては「過去3年間(平成22年度〜24年度)にリワーク支援利用者が5名以上いる事業所」でかつ「リワーク支援における事業所担当部署または担当者が同一である」ことを条件として設定した。 (4)インタビュー項目 ① 休職者の復職に係る雇用管理状況 ⅰメンタル対策 ⅱリワーク支援利用対象 ⅲ復職手順 ⅳ復職判断基準 ⅴ復職後の対応 ②休職者に対する支援効果等 ⅰ生活リズムの構築 ⅱ集中力・持続力の向上 ⅲ自己理解の深化 ⅳ基礎体力の向上 ⅴストレス場面での気分・体調の自己管理 ⅵ場面に応じたコミュニケーション方法の習得 ⅶ仕事の将来設計の見直し ⅷ復職時の職務や環境への対応力の向上 ③事業所に対する支援効果 ⅰ事業所にとっての効果 ⅱ事業所が期待する支援 ⅲ要望 ⅳ意見 3 結果 (1)休職者の復職に係る雇用管理状況(表2) 復職に関して各事業所とも、ほぼ同様の対応が見られる。ただし、復職手順では4事業所が期間の相違はあるがリハビリ出勤等の復職プログラムを用意している。復職判断基準は全ての事業所が「フルタイム勤務」を挙げ、加えて基準項目の明確な設定、復職プログラムの必須など事業所ごとに相違がある。復職後の対応では「産業医の活用」に加え、3事業所では労働時間(時短や残業制限)の配慮がされている。リワーク支援の利用対象は「休職を繰り返す者」や「長期間の休職者」とする傾向にあるが、中には「休職者全員」「復職困難性の高い者」とする事業所がある。 対応の人的体制は当然休職者の上司がキーパーソンになるが、部署としては人事部署が3事業所、健康相談室が2事業所と二分される。表1に示したように各々の復職率は前者がほぼ100%に対し後者は60%、継続勤務者率は前者が66〜100%とばらつくのに対し後者は100%と明らかな相違がある。 表2 休職者の復職に係る雇用管理状況 (2)事業所から見た休職者に対する支援効果 支援効果に関するインタビュー結果を表3に示す。「生活リズムの構築」「自己理解の深化」「基礎体力の向上」「ストレス場面での気分・体調の管理」について全ての事業所が「効果があった」としながら、中には課題として「個人差が大きい」あるいは「復職後の長期的な継続性」を挙げる事業所がある。その他「集中力・持続力」「場面に応じたコミュニケーション方法の習得」「復職時の職務や環境への対応力の向上」については3事業所が、「仕事の将来設計の見直し」については2事業所が「効果があった」としているが、ここでも「実践力」「長期的な時間経過」を課題としている。 表3 事業所から見た休職者に対する支援効果 また効果の要因として、「事業所では設定できない場面・環境等」や「事業所として係わりにくい部分への客観的なサポート」が挙げられている。 (3)事業所に対する支援効果 事業所にとっての具体的な効果は表4のとおりである。総じていえば休職者と事業所、主治医と事業所という関係において、第3者としての支援の客観性、仲介性というコーディネート性に効果を見ているといえる。 期待する支援に挙げられている各事柄は、現行のリワーク支援において設定している各種講座の目的とするものと同様であるとともに、近年増加傾向にある発達障害を起因とするうつ病等による休職者への対応についての期待がみられる。 また、「支援の早期実施」「実施規模の拡大等」を始め、「情報提供」や「リワーク支援の地域差」に亘る要望は、リワーク支援の運営体制から具体的支援内容に至っており、事業所におけるリワーク支援へのニーズの強さとともに、事業所におけるリワーク支援への理解の深まりが見られる。 表4 事業所に対する支援効果等 4 考察 本研究は事業所の視点からリワーク支援の効果と課題を探った。インタビュー対象とした5事業所は、これまでリワーク支援を相当数利用しており、かつその担当が同一であるというリワーク支援について認識と理解がされているところである。こうした事業所のインタビュー結果から得られたキーワードとして、効果の「個別性」と「持続性」ある。 (1)個別性 リワーク支援の効果を高めるために二つの「個別性」に着目する必要があると考える。その一つは「休職者」であり、もう一つは「事業所」というそれぞれの個別性である。 休職者に対するリワーク支援の目標は、一義的に事業所全てが復職判断基準に挙げる「フルタイム勤務できる状態」となる。そのための具体的な支援項目である「生活リズムの構築」「自己理解の深化」「ストレス場面での気分・体調の管理」については全ての事業所が効果を十分認めつつ「個人差の大きい」ことを指摘している。 休職者一人ひとりの休職に至った背景や経過、現況、個人の資質、志向性や捉え方等は悉く異なり、「個別性」は支援前から歴然と存在している。指摘される3項目については寧ろその「個別性」に焦点を当て、一人ひとりに対する精度の高い継続的なアセスメントと、それに基づく具体的な支援が重要であると考える。 5事業所とも復職手順等は概ね同様となっているが、リワーク支援後の復職率、復職後の定着率の相違は興味深い。恐らく体系としては大きな差はないものの、例えばトップダウンの体制整備、復職に係るリワーク支援の必須等、質的あるいは実行的な部分で事業所ごとの「個別性」が影響しているものと思われる。 事業所にとっての支援効果は、端的に言えば「知らないこと」「できないこと」「しにくいこと」について専門的見地から支援を得られることである。そのためにはコーディネートの段階で事業所の文化、風土、方針を始め事業所の抱える困り感、期待事項を収集し、事業所の個別性を踏まえて分析を行いより具体的で現実的なプランを提示することであり、支援担当者のそうした能力が前提となる。 (2)持続性 事業所から「ストレス場面での気分等の管理」「場面に応じたコミュニケーション方法」について「時間経過に伴いその効果が薄れていくこと」の指摘がある。復職後暫くは学んだ知識をもとに習得したスキルを用い対応するのであろうが、ともすれば目の前にある継続した職務遂行の中で、うまく用いることができなかったり、あるいは活用することを忘れていたりというような状況があるとも考えられる。 また、一方で事業所が期待する「キャリア支援」に代表される事項は、リワーク支援の期間中は自ずと「振り返り」が中心となり「見つめ直し」までにはなかなか至るものではなく、寧ろ復職後に職業生活を継続しながら構築していくものであると考える。 復職後の定着は、「支援効果をいかに持続させるか」とともに「新たな効果をどのように生み出すか」にポイントが置かれる。表2のように事業所によっては保健師が状況を見ながら、ストレス対処やアサーション等についてフォローアップを継続的に行っているところもあるが、こうした対応を有しない事業所に対してはリワーク支援として何らかの用意が望まれる。当センターでは今年度からリワーク支援を利用し既に復職した者を講師に招聘して、休職中から復職後の勤務継続を睨んで知識の付与と情報提供を行う講座を新たに実施している。 その意味で例えば、復職者に対する各種スキル等の復習や新たな技法の習得が可能となるオープン講座の開設といったような、状況確認に視点を置いた従来型とは異なるフォローアップが重要視される。 さらに事業所に対しては、一人の休職者の復職をもって完結するのではなく、多くの事業所との係わりの中で収集することができた他の事業所における先進的な取組や工夫している情報について継続的に提供・助言していく活動が効果をもたらすものと考えられる。 5 まとめ 今回事業所からリワーク支援について、「満足度は期待以上である」といった評価を得るとともに、「早期の支援開始」「規模の拡大」「支援時間の延長」等の要望が出されるなどリワーク支援へのニーズの高さ、強さを確認することとなった。 こうした要望については経費や人員体制等諸々の組織全体の問題として検討・整理されるものであり、一現場担当部署が判断できるものではないが、貴重かつ重要な声であることを認識し上層部へ上申を行い、少しでも早く、少しでも多くのことが可能となるよう働きかけることとしている。 また、地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)が行う「リワーク支援の地域差」は、具体的にはコーディネート場面での休職者、事業所、産業医合同による検討・打合せの要望であり、事業所によっては現状としてそうした方法を希望しないという個別性も踏まえつつ、全国ネットで展開している特徴を活かすべく関係する地域センターと情報を取り合い、同一事業所に対する全国均質な支援の提供に努めるものである。 【参考文献】 1)五十嵐良雄:リワークプログラムを中心とするうつ病の早期発見から職場復帰に至る包括的治療に関する研究「厚生労働科学研究費助成金こころの健康科学研究事業」研究報告書p43-92,2008 2)木村綾子ほか:リワーク支援就労者の復職状況とその要因分析「第20回職業リハビリテーション研究発表会」p63-66,(2012) 3)厚生労働省:「平成19年労働者健康状況調査」厚生労働省ホームページ http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/49-19.html 4)障害者職業総合センター:精神障害者の雇用管理のあり方に関する調査研究「調査研究報告書」No.109、第1章第5節,(2012) 5)古川晴子:社内外の関係者と連携して進める職場復帰支援の秘訣「産業看護Vol.5」No.3,pp8-13,(2013) リワーク支援終了者の復職後の課題に関する一考察 −復職者へのアンケート及びインタビューを通じて− ○虎谷 美保(東京障害者職業センター多摩支所 リワークカウンセラー) 山森 恵美(東京障害者職業センター多摩支所) 1 背景と問題 東京障害者職業センター多摩支所(以下「多摩支所」という。)では、平成17年よりリワーク支援を開始、平成24年度のリワーク支援利用者は94名、復職率は91.3%となっている。 これら支援終了者の復職後の支援としては、隔月のフォローアップミーティング(リワーク受講中のメンバーと復職者の交流会)を平日午後に開催、復職者は毎回10名前後が参加する。 また、必要に応じて個別面談(メール相談含む)を適宜行っている。個別面談は体調悪化やストレス増大、環境変化の際に利用されるケースが多い。 支援を利用するかどうかは復職者本人の判断に委ねられているため、復職後の現状把握は限定されていた。本報告では、フォローアップミーティングや個別面談を利用していない復職者も含め、復職後の現状や課題について情報収集し、今後の支援の在り方について検討したい。 2 目的 復職者に対してアンケートやインタビューを実施し、復職者の現状や課題を把握することにより、リワーク支援の受講内容が復職後にどのような効果をもたらしているかを検証するとともに、フォローアップの必要性やその有効な方法等について分析・考察する。 3 調査対象 リワーク支援終了後、復職し3カ月以上(平成25年4月以前に復職)を経た者。 4 調査手順 復職後のメールアドレスを把握している平成19年以降の終了者52名に対し、アンケート調査を打診した。倫理的配慮として体調不良が事前に把握されていた者は対象から外した。了解を得た者に対しアンケートをメール送付し36名から回答を得たうえで、一部補足的にインタビューを行った。調査期間は平成25年7月26日から8月11日であった。 アンケート項目の概要を下記に示す。 (1)現状と復職後の課題、対処法 ①復職や就業継続にリワークは有効であったか、また具体的にはどんな点が有効であったか、②復職後の課題は何か、③それに対してどう対処しているか、リワークで学んだことを活用しているとすれば何か、③復職直後と現在において課題は変わってきているか、④復職後会社側の配慮で有効だったことは何か。 (2)フォローアップについて ①フォローアップミーティングの参加経験とその際の感想、②今後のフォローアップミーティングに求めること、③ミーティング以外で希望するフォローアップ。 (3)その他 ①復職後の現状を踏まえリワーク中から準備・調整しておくとよいと思われる内容、②今の自分から振り返ってリワークはどんな経験であったか、③自由記述。 5 結果 (1)現状と復職後の課題、対処法 イ)対象者の概要 総数36名(男性27名、女性9名)。復職後2年以上経つ者が13名で36%、フルタイム勤務中が29名で81%を占めた(表1・2)。通院・服薬継続中は26名(72%)であった。 表1 復職後の期間( )内は% 表2 復職者の現状( )内は% ロ)復職や就業継続に関するリワークの有効性 全員がリワークを有効と答えた。特に有効だった内容は①生活リズムの安定、②スタッフとの個別面談、③心身の状態に合わせたペース配分、④自分の考え方の客観視、⑤ストレス対処策のまとめ、⑥キャリアの振り返り、であった(表3)。 表3 リワークが復職や就業継続に有効だった点 (複数回答:( )内は%) ハ)復職後の課題 ①体調管理(20名)「以前に比べ体力が落ちているので体調管理に気を遣う」「睡眠時間の確保」 ②業務(24名)「スケジュールの厳守と無理のない作業ペースの両立」「まだ周りを気にしすぎる」「部内に話せる人がいない」「職場の一体感が希薄」。 ③今後のキャリア・人生設計(16名)「昇格以外の道を模索中」「資格取得し転職を検討中」「プライベートの充実」。 現在の課題はリワーク受講中から想定していたかという問いには、「はい」が15名(44%)「いいえ」が13名(38%)「どちらでもない」4名(12%)「内容による」2名(6%)であった。 ニ)復職後の課題に対する対処法 リワーク関連での課題への対処法としては、リワークの仲間との交流(9名)、認知療法に代表される考え方の客観視(8名)、リワークで学んだストレス対処法の実践・応用(8名)等が挙がった(表4)。 表4 復職後の課題への対処方法 (回答32 自由記述 重複あり( )内は%) ここから、リワークでの交流や学びが復職後も活かされていることがうかがえる。 毎朝、親しくなったリワーク仲間とメールで出勤の励まし運動をしている。 つらいときは仲間がいるという思いが、一番助かっている。(仲間との交流) もやもやする事、嫌な事があると、紙に書き出してみる。余力がある時は、対策を考えてみる。余力がなくても、書き出すだけで、気持ちが落ち着く。(自分の考え方の客観視) リワーク受講中にストレスコーピングマップを作成し自分の状態を把握した。今現在もそれを生かしてストレスを客観視し、対処している。(ストレス対処策の実践・応用) ホ)復職直後と現在において課題は変わってきているか 復職1年以上経た者に対して質問したところ、21名中13名(62%)が「変わった」と回答した。 「復職直後は継続勤務が一番の関心であったが、現在は、業務効率・仕事のスキル向上に軸足が変わってきている」との意見が代表的で「無理ができるようになってきたことで、ストレス対処策とセルフモニタリングの重要性が高まってきた」とリワークでの学びを改めて確認する者もいた。 ヘ)復職後会社側の配慮で有効だったこと 31名(86%)が何らかの職場の配慮があったと回答した。①業務内容・量「復職直後、単純作業や得意分野の仕事等、負担のない業務を割り振られたこと」、②業務時間「段階的な業務時間の延長」、③職場の人間関係「慣れている人の近くに席が変わった」、④職場環境「配置転換し苦手な上司と離してもらえた」 (2)フォローアップについて イ)フォローアップミーティング経験と感想 参加経験者15名(42%)未経験者21名(58%)であった。 参加者の感想としては①復職者同士の交流が図れた(11名)、②自分の状態を把握できた(11名)、③リワーク受講生にアドバイスができた(10名)等であった。 ロ)フォローアップミーティングに求める点 「平日の晩や土曜日の開催」を求める者が14名と多く「復職後の再発予防セミナー開催」が続いた(図1)。 特に「平日の晩や土曜日開催」を望む者はミーティング未経験者に多く、開催時期が参加率に影響している可能性が示唆された。 図1 フォローアップミーティングに望む点 (複数回答) ハ)ミーティング以外に希望するフォローアップ 9名から回答を得た。概ね現状の個別相談で対処できる範囲であったが「定期的なリワークスタッフ・産業医・上長での面談(3名)」については定着支援として今後の課題になりうるだろう。 また業務多忙でミーティングには参加できないが現受講生の役に立ちたいと望み、そのための仕組みづくりを求める意見もあった。 (3)その他 イ)復職後の現実を踏まえ、リワーク中から準備・調整しておくとよいと思われる内容 32名から回答を得た。生活リズムの確立や通勤訓練(9名)、会社の状態の把握(7名)、復職後は想定外のことが起こるという意識を持つ(4名)等があった。 リワーク中に思い描いたイメージと復職後の現状にギャップが生じるのが普通、心配しなくても良い。その時にリワークで学んだ何を利用すると対処できるか、ということを意識する。 「これだけやったのだから、全てが上手くいく!」といったような、過度な期待を持たないこと。今の自分に出来ることを自分のペースでしっかりやっていけばよいという考えで臨む。 ロ)今の自分から振り返ってリワークはどんな経験であったか 35名から回答を得た。自分を見つめ直す機会(12名)、これからのキャリアを考える機会(6名)、仲間との出会い(5名)等が代表的な感想であった。 6 考察 今回の対象者はフルタイム勤務中が大半であり、出勤が不安定な者は1名のみであった。転職・無職群においても、体調不良による前職の離職は1名に留まった。ここから、概ね体調が安定し、課題を抱えていたとしても対処できる者の現状調査と捉えることが妥当であろう。 (1)生活リズムの安定が復職継続の前提条件 「リワークが復職や就業継続に有効だった点」では89%が生活リズムの安定(定期的な通所・週間活動記録表の活用)を挙げ、「復職後の課題」でも体調管理を選択した者が56%を占めた。 多摩支所では、リワーク支援終了後、任意で週3回の場所利用(最大2カ月間)を提供し通勤訓練も推奨している。また、平成24年1月より通所前の対象者らに、タイムカード打刻による「ウォーミングアップコース」を設けた。所内での活動は行わないが、朝からの活動を促し、生活リズムが安定した段階で定期通所につなぐことで、復職率が向上している。 生活リズムの安定の重要性を改めて確認するとともに、さらなる支援を検討していきたい。 (2)支援期間中の個別面談が高評価 多摩支所では週1回、スタッフとの個別面談を行い、事前提出された週間活動記録表や振り返りシートを参考に、体調やプログラムの理解度、支援目標の達成状況等を話し合っている。 職場のストレスパターンが、自覚の有無に関わらずリワークで再現されることも多く、スタッフはリアルタイムの反応を取り上げ、対処策を共に検討する。個々の状態像や課題は多様であり、継続的できめ細かな対応が評価を得たようだ。 自身の課題と向き合う個別面談と、受講生間の相互作用が働くグループプログラム、双方のバランスをとっていくことが求められる。 (3)体調管理からキャリア構築へ—リワークの学びは復職後の各段階で活用されている 復職直後は体調管理と継続勤務が主な課題であるが、1年以上経つと業務遂行やキャリア構築に関心が移っていく。日々のセルフモニタリングを基に、ストレス要因を客観視して対処策を検討・実行、ソーシャルサポートを確保するというリワークで提供した再発予防策は、それぞれに合った形に咀嚼され、各段階で実践されていた。 復職後は想定外の事態も起こるため、過去の経験やリワークの成果にこだわりすぎることを危ぶむ指摘もあった。完璧な復職を目指すのではなく、状況に即して臨機応変に対応できるようになること、そのためにリワークでの学びがあるとの意識づけを受講中からしておくことが必要である。 (4)リワークで得た仲間が復職後の支え リワークでは受講者間の関係づくりを促すことは特段行っていないが、一人で職場に戻る者にとって「悩んでいるのは自分だけではないという安心感(対象者記述より)」が得られる仲間は貴重な存在であることが明らかになった。仲間との交流によって、孤独感が和らぎ、自身の状況を相対化できる。 一方で、受講中の交流が傷つき体験となり距離を置いている者も一部存在した。 復職者のピアサポートが就業継続に効果的であることを踏まえ、そこで対応しきれないケースに関しては、復職者の求めに応じて個人面談を実施するという役割分担が適当であろう。 (5)業務に影響しない範囲でのフォローアップミーティング開催が希望 フォローアップへの要望は、フォローアップミーティングの在り方に集中した。最も多かった要望は「平日晩や土日の開催」であった。業務に影響しない範囲であれば参加したいと考えている者が潜在的に存在していることが確認された。「現リワーク受講生の力になりたいが業務の都合で参加しにくい」とのコメントも散見された。平日参加しやすいように事業主に働きかけるなど、復職者の声に応えられる方法を探っていきたい。 また「復職後の再発予防セミナー等開催」への要望からは、仲間の交流だけでは得にくい専門的知識への期待がうかがえる。 7 今後の課題 今回の調査対象者は、少人数でありメールアドレスを把握している者に限られるという条件が結果に影響していると思われる。今後はリワーク支援終了時から継続的なフォローアップ調査を依頼するなどの体制を整え、より幅広い調査対象の確保が課題である。 MWSを活用した「マルチタスクプログラム」による復職支援① −「マルチタスクプログラム」概要について− ○五十嵐 由紀子(千葉障害者職業センター リワークカウンセラー) 神部 まなみ・中村 美奈子(千葉障害者職業センター) 1 はじめに 千葉障害者職業センター(以下「当センター」という。)の復職支援(以下「リワーク支援」という。)では昨年「組織での働き方」をテーマにリワーク支援受講者がそれぞれ抱える課題に対し、職場をシミュレーションした場面で改善に取り組むプロジェクト形式のプログラムを試行した。 そこで得られた効果や懸案事項、及びリワーク支援受講者からの意見を参考に職場により近い状況を設定したプログラムを「マルチタスクプログラム」 (以下「マルチタスク」という。)と名付け、2012年6月からプログラムに取り入れている。 本発表では「マルチタスク」の実施状況、効果及び課題、今後の展開について報告する。 2 「マルチタスク」の概要 (1)目的 「組織で働くこと」を大きなテーマとし、①職務上の自分の立場や役割を意識した行動。②作業を遂行するための集中力や持久力、疲労のマネジメント。③スケジュール調整や管理。④必要な対人コミュニケーションの実施を目的とした。 (2)対象者 基本的にはリワーク支援受講者全員が対象になると考えている。しかし受講者の課題や目的、当日の体調によって受講者と担当のリワークカウンセラー(以下「担当カウンセラー」という。)との相談で参加を決定している。 (3)実施方法 ①実施日程・期間 隔週木曜日、通常のリワーク支援実施の時間帯(9時30分〜15時)に行っている。また年3回程度であるが、3〜4日連続して実施することもある。 ②内容 (イ)作業内容 表1に挙げた作業の中から毎回4〜5種類を選んで実施している。 (ロ)設定の工夫 参加人数によって数値チェック、ピッキングなどMWSのレベルや分量を調整し、グループ全体の作業量は少し頑張らないと締切までに終わらない分量に設定している。また職場に近い設定をしていることから、実績についても目標を挙げたり、評価のポイントとした。 表1 作業種目 またアナログ・メールチェックやアサーション・ライブの内容は既に復職をしている元リワーク受講者が復職面談、休職前や復職後に経験したことを参考に課題としている。 ③進め方 小集団を基本とし、1チームを4〜5名のメンバーとし上長、主任、社員などの役割を設定する。 決められた時間までに指示された各タスクを完了させる。作業ごとに結果を得点化し、合計得点をもってチームの実績とする。 作業開始前には対象者それぞれがマルチタスク参加記録票(以下「参加記録票」という。)に昨日の睡眠時間、開始時の疲労指数と気分指数、当日の目標を記入し、チームごとに共有する。睡眠時間が4時間以下の者は担当カウンセラーに申し出、参加しないこともある。 実際に行った一例を表2に示す。 表2 作業種目とタイムスケジュール(例) ④評価の方法と視点 対象者それぞれが参加記録票の①終了時の疲労指数と気分指数、休憩回数と1回あたりの時間、②実施した作業内容、③作業実施時間、休憩、気分転換の方法、④作業成果と自己評価、⑤本日のストレス要因と対処法、⑥マルチタスクの目的に沿った13項目の5段階評価、⑦気づきや感想を記入し、開始前に立てた目標に照らしての振り返りを行う。 その後チームごとで振り返りを行い、他者の視点での話を聞くことでさらなる気づきが得られる場を作っている。 また参加記録票や振り返りでの気づきをもとに担当カウンセラーと面談を行い、対象者の課題に反映させる。 3 結果と考察 (1)効果 ①セルフモニタリング 参加記録票には「体調や疲労、休憩のとり方等に関するもの」や「作業遂行性に関するもの」が書かれていた。1日もしくは3〜4日連続しての取り組みを通して疲労度、体調の変化、集中力などの現状を認識し、休憩のとり方を工夫するなど現実に即した対策を立てることにつながっている。 ②休職原因の究明 参加記録票で「役割や立場に関するもの」「作業遂行性に関するもの」「対人コミュニケーションに関するもの」「自分の心理面に関するもの」にふれているものも多かった。 さらに「自分の職場を想起した」「職場での感覚を思い出した」という声も多く聞かれた。職場を想起したことでマルチタスクでの自分の働き方、行動、対人コミュニケーションが過去にも起きて いたことに気づき、休職原因の究明につながっている。 ③実践検証の場としての活用 復職するための課題や対策が明確になっている対象者は計画した再発防止対策を実践検証する場として活用し、マルチタスクでの状況を踏まえて対策のブラッシュアップや見直しにつなげていた。これは例えばSSTのように目的を絞りこんだプログラムとは異なり、「組織で働くこと」をテーマに①職務上の自分の立場や役割を意識した行動。②作業を遂行するための集中力や持久力、疲労のマネジメント。③スケジュール調整や管理。④必要な対人コミュニケーションの実施といったことに総合的に取り組むことができるマルチタスクだから可能なのだと思われる。 (2)課題−目的の共有と明確化− マルチタスクからさまざまな気づきを得ることができる反面、「楽しいから参加する」「とにかく大変だった」といった高揚感や負担感だけに留まったものや、「自分は戻ってもこんな仕事はしない」といったマルチタスクそのものや企画したスタッフに対する疑問や批判の声があがったこともあった。 マルチタスクの参加にあたっては担当カウンセラーと参加目的を話しあっておくよう伝えていたが、話し合いが十分なされていなかったり、担当カウンセラーの支援方針と対象者のニーズにズレが生じていることが主な原因であった。そのため事前に対象者が参加目的を整理し担当カウンセラーとすり合わせたものを全員の前で発表することを試行的に行ったところ、ほぼ対象者全員が目的からはずれることなく取り組むことができた。 4 まとめ マルチタスクはMWSを用いた「作業課題」をその原点としているが、作業課題は当初個人の集中力や疲労度の現状確認が主となっていたため、週数が進むにつれて取り組む目的があいまいになりやすかった。またその他のプログラム等から得た知識や対策を総合的に実践できる場面もなく、復職後に実践するしかない状況だった。 マルチタスクはリワーク支援の場と受講者が実際に復職して働く現場との温度差を多少なりとも埋められればとの目的で生まれたプログラムである。複数の作業を同時にこなすこと、実績を上げることを求められるなど受講者にとっては高負荷なプログラムである。しかしマルチタスクを受けることでリワーク支援が始まって間もない受講者には課題の洗い出しや整理ができ、支援中盤から終盤の受講者には自身が計画したストレス対処や再発、再休職防止対策の実践、検討ができるということでどの段階の受講者にも効果的に活用できると思われる。 現在は隔週で行っているが、受講者からは「一番リアルなプログラムなので、もう少し頻度を増やしてほしい」との声も挙がっている。そこで実施頻度について見直したいと考えている。さらにマルチタスクの目的を細かく分けて、リワーク支援期間12週間の中で段階的に実施することも検討したい。 【参考文献】 1)神部まなみ:MWS(幕張ワークサンプル)を利用したプロジェクトプログラムの考案−リワーク・プログラムにおける新たな試み−第20回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集p71-74 2)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター「ワークサンプル幕張版MWSの活用のために」(2010) MWSを活用した「マルチタスクプログラム」による復職支援② −双極性障害の疾病理解という視点から− ○神部 まなみ(千葉障害者職業センター リワークカウンセラー) 五十嵐 由紀子・中村 美奈子(千葉障害者職業センター) 1 はじめに 千葉障害者職業センター(以下「当センター」という。)では、再発・再休職防止や安定した復職を目的とした新しいプログラムの考案・試行を日々重ねている。昨今では、様々な精神疾患を抱えた利用者がリワーク支援を利用することから、疾病特性の理解という基本的視座を重要視し、より有効な支援方法について熟考している。 本発表では双極性障害に焦点を当て、小集団で複数のタスクをこなす職場のシミュレーションプログラム「マルチタスクプログラム」を通して表出した双極性障害の病態像や疾病特性への理解を深め、復職支援に有効利用した例について報告する。 2 双極性障害とは 双極性障害は、過去「躁うつ病」と呼ばれていた疾病で、うつ病が「うつ」の症状のみ現れるのに対し、双極性障害は「躁」と「うつ」の症状を繰り返す特性を持つ。双極性障害は、「躁」の症状に応じて、大きく「双極Ⅰ型障害(bipolarⅠ disorder)」と「双極Ⅱ型障害(bipolar Ⅱ disorder)」に分けられている。現在の診断基準(DSM-4)では、Ⅰ型で見られる躁状態は、7日間毎日続くこと、Ⅱ型で見られる軽躁状態は、4日間以上続くこととされている。Ⅱ型の診断基準が出来てから、以前はうつ病と診断されていた人も、双極性障害の診断がつくことが増えている。 3 リワーク支援利用者の状況 (1)利用者の疾病 当センターリワーク支援のご案内には、利用方法について「主にうつ病の方を中心としていますが、その他のこころの病気をお持ちになる方にもご利用が可能です」と記載されている。最近では特に「その他のこころの病気」の方の利用が目立っている。うつ病以外の診断名もよく見かけるようになった。双極性障害も「その他のこころの病」に該当し、図1に示した平成24年度(4月〜12月を利用した96人中)の当センターのデータによれば、双極性障害と診断された人は全体の約9%であった。 図1 利用者の疾病 (2)利用者の病態像 双極性障害の利用者は、双極Ⅰ型障害やⅡ型障害という診断を受けているものの、その特徴とされるエピソードが定義通りに現れる人ばかりではない。多種多様な病態を呈していると表現しても過言ではなく、単純に「重い」「軽い」という表現で表すことは出来ない。中には、リワーク支援実施中に双極性障害という診断名に変わる利用者もいる。単極性うつ病やうつ病以外の診断をされていても、躁状態に酷似したエピソードが出現することもある。これらについて加藤1)は「病態の中に双極性の要素が混入しているという捉え方から『双極スペクトラム(bipolar spectrum)』という考え方も出来る。」と説明しており、センターでもこの視点を考慮した対応をしている。同時に、本人を通して速やかに主治医と連携をとり、効果的な治療につなげられるよう働きかけている。 (3)休職前に出現したエピソードの例 前述した通り、利用者のエピソードには様々なパターンがある。ここに当センター利用者の休職前6カ月間のエピソード3例を図に示した。 【例1】急速な落ち込み 前日の退勤直前まで普通に会社で働けており、その日の夕方まで書類を作成していた。大した疲労感も感じていなかったが、次の日の朝突然起床できなくなった。うつ状態になるスピードが速いのが特徴と見られるが、出勤できる状態に戻るのも速く2〜3日。本人も周囲の家族も躁状態は特に感じたことがない。 図2 エピソード1 【例2】初めての落ち込み 昔からテンションが高いことは自覚していた。大きなプロジェクトが終わり、仕事量が減って空き時間が増えたことから体調不良となり、初めてうつ状態を経験した。その後、休職。6ヶ月の療養後リワークを利用した。復職後躁転の機会は多いが、うつによる落ち込みは少ない。 図3 エピソード2 【例3】断薬の繰り返し 服薬を開始して体調が良くなると服薬の必要性を感じなくなり主治医に断りなく断薬。これを繰り返した結果、4回目の休職となってしまった。 図4 エピソード3 4 性障害に有効なリワークプログラム (1)マルチタスクプログラム実施以前の状況 前述したように、双極性障害及び病状に気分の波の増幅があると指摘された利用者に対して考慮されたリワークプログラムは特になく、強いて言えば対人コミュニケーションが多く含まれるプログラムの分量を減らす、図書館通勤を行う等の配慮程度であった。その理由は、プログラムの刺激によって躁やうつのエピソードを出現させてはならないと考えていた為で、当時は「気分の波の増幅をなるべく起こさず一定に」という視点の支援が主流だったように記憶している。当然、主治医側も同様の見方をすることが多かった。 (2)マルチタスクプログラム実施のきっかけ 前述した状況の中で、唯一某企業の産業医が「リワークで大人しくしているだけではまったく意味がない。リワークの刺激程度は復職後いくらでも起こりうる刺激であり、それに対処できる方法を身につけてこなければ何の意味もない。マルチタスクプログラムにはどんどん参加して欲しい」との意見を発した。確かに、最初から気分の波を一定にすることだけを目指す支援では、疾病特性を理解する場面がない。QOL(Quality of life 生活の質の向上)という視点から考えても良い支援とは言えなかった。 これをきっかけに、双極性障害及び病状に気分の波の増幅があると指摘された利用者に対してマルチタスクプログラムを実施し、病態像の変化や対処方法について考察する場面を提供することとした。開始にあたっては、主治医・産業医との連携を行い、事前準備については細心の注意を払った。 5 チタスクプログラムの実施 (1)目的 双極性障害の人たちの休職前のエピソードを踏まえ、自らの気分の波の増幅を感じ取り、個々の病態像や疾病特性の具体的な理解を図ることで、再発・再休職防止対策の具体化を目指す。 (2)対象者 主治医より双極性障害の診断を受けた利用者及び診断名はうつ病その他であるが、気分の波に増幅があると指摘された利用者15名を対象とした。 (3)実施日程 平成25年2月28日(木)・平成25年3月7日(木)に実施した。作業項目とタイムスケジュールは表1に示した。 表1 作業項目とタイムスケジュール 第1回目のマルチタスクプログラムは表1のように実施し、第2回目は第1回目の後に実施した振り返り(個人振り返り及びディスカッション)を踏まえて実施した。 6 結果及び考察 (1)第1回目 ①気分指数と疲労指数 参加者の気分指数と疲労指数(*)の数値の平均は、気分指数が最大100%中、開始時80%・終了時83.3%、疲労指数が開始時12.5%・終了時42%という値になった。 (*)現在の気分や疲労具合を数で表現する方法。「気分指数」「疲労指数」と表現し、気分指数は、気分が良いほど数が増える。疲労指数は、疲れている時ほど数が増える。 ②振り返り マルチタスクプログラム参加後、参加者の気分が高揚した場面についてグループワーク形式でディスカッションを実施した。 以下に、参加者の感想・意見を記す。 【作業場面】 ・時間制限があるがあと少しで終わると思うと余計高揚した。 ・過度の集中を継続すると気分が高揚する。時間を計ってみると、作業に45分以上集中すると次第に気分が高揚してくるのを感じた。 ・数値チェックなどをやっていて、近くに作業スピードの速い人がいると競いたくなり気分が高揚した。 ・作業ペースの遅い人を見ると苛立ち、調子が高くなった。 ・ピッキング作業をやっていて焦りが出てくると、気分の高揚感が出てくるのがわかる。 ・疲れると同時に気分がハイに近づく。 【対人場面】 ・要領を得ない発言や段取りの悪さ、スピードの遅い話し合いの場面に対しイライラし、調子が高くなることを体感した。この時、リワークに参加して初めて会社のことを思い出し、会社の環境に似ていると思った。 ・グループの雰囲気が良く、一体感を感じた。プログラムが終わった後も気分高揚が継続してしゃべり続けてしまった結果、帰宅しても高揚感が収まらず、疲労が翌日まで持ち越してしまった。 ・周囲から「期待しているよ」と声をかけられ心地よい高揚感があり身体が軽くなるのを感じた。「何でもやってあげたい」という気持ちになった。 【イレギュラーな出来事に対する場面】 ・ 業務内容が変更となったとき、驚きとともに調子が高くなるのを感じた。 ・配置転換などのイレギュラーな出来事に対し驚いた後、高揚感を感じた。 ③考察 基本的にテンションが高く、疲労知らずという印象を受けた。うつ病の利用者は疲労が高まり気分が落ち込むといった様子が見られるが、データにも現れたように、双極性障害の利用者は実施前から気分が高揚し、実施後もハイテンションとなる様子が見られた。ディスカッションの結果から「高揚感」や「調子が高くなる」状態は、疲労・苛立ち・焦燥感などのマイナスの要素だけではなく、達成感・一体感・期待感などプラスの要素でも出現することが分かった。これを疾病特性と捉え、次回のマルチタスクプログラムではどのようなことに気をつけて参加したらよいかということについてもディスカッションを実施した。 【作業場面】 ・過度な集中は躁転につながるため、予め作業時間や課題ごとに区切りをつけておき、場面を変えて休憩を取るようにする。 【対人場面】 ・すべてのことが自分と同じペースで動くわけではないことを自覚する。 ・終了後は一体感から盛り上がり過ぎないよう、時間を決めてその場を離れる。 【イレギュラーな出来事に対する場面】 ・周囲の状況・感情にとらわれず目の前の作業に集中する。 (2)第2回目の結果 ①気分指数と疲労指数 第1回目の振り返りを踏まえて実施した第2回目の結果は、気分指数は最大100%中開始時68%・終了時75%、疲労指数は開始時38%・終了時47%となった。 ②振り返り 第1回目同様、グループワーク形式でディスカッションを実施した。 ・すべての場面において、コントロールしようという気持ちが強く働いたためかテンションはやや低め、適度な疲労を感じることができた。 ・周囲からの刺激にとらわれることなく作業するように意識した結果、集中することができた。 ・主治医にマルチタスクプログラムに参加したことで起きた気分の波の増幅や疲労具合、翌日の様子などを伝えることで、効果的な治療へとつなげられた。 ③考察 第1回目の気分指数・疲労指数の結果と比較すると、気分指数については、終了時に指数が上がる傾向は同様であったものの、数値そのものは減少が見られた。疲労指数については開始時・終了時共に数値の増加が見られ、疲労を体感することができていた。これにより、第1回目に体感した高揚感や調子の高さを認識することで気分指数や疲労指数に変化が見られるということがわかった。 7 まとめ マルチタスクプログラム開始以来、記録票に記載される感想で最も多い内容は「何度も職場を想起した」や「復職先の環境にかなり近い」であった。従って、双極性障害の利用者がマルチタスクプログラムの中で体感する病態像、つまり気分の波の増幅や躁転・うつ転への感覚は、職場でも体感していた可能性が高い。この度の実践では、プログラムで体感した感覚を気分・疲労のモニタリングに置き換え、個々の病態像や疾病特性として理解することができていた。 このことから、双極性障害という疾病に対し有効であるリワークプログラムの要素は、職場環境の再現及びセルフマネージメントであることがわかった。しかし、この実践は短期間によるものであり、セルフマネージメントの定着及び復職後の安定という点では、まだまだ未完成な部分が多く今後に課題が残る。 以上のことを踏まえ、今後もより安定した復職を目指しプログラムの質を向上させられるよう努力していきたい。 【参考文献】 1) 加藤忠史「双極性障害—病態の理解から治療戦略まで—第2版」医学書院(2011年) 2) 加藤忠史「心のお医者さんに聞いてみよう『双極性障害』ってどんな病気?」大和出版(2012年) 3) 加藤忠史「双極性障害」ちくま新書(2009年) MWSを活用した「マルチタスクプログラム」による復職支援③ −軽度アスペルガー障害が疑われる長期休職者の事例− ○中村 美奈子(千葉障害者職業センター リワークカウンセラー) 五十嵐 由紀子・神部 まなみ(千葉障害者職業センター) 1 問題と目的 復職支援(以下「リワーク」という。)の目的は、休職者を業務遂行できる程度に回復させ、復職させることである。リワークが普及するにつれ、支援機関により、支援理論や提供できる支援内容が異なることが明らかになってきた。ここから、支援者側が提供できるサービスを利用者に使い分けてもらおう1)という提案がされるようになった。 休職者は休職という人生の危機を乗り越え、再び主体的に業務できるようになるための支援を、リワークに求める2)。この期待に応えるためには、休職者の病者の側面に配慮しつつも、休職者を主体的業務遂行可能な社会人として扱う必要がある。つまり、休職者の能力を伸長し職業的な発達を促す、全人的支援が求められるのである。 本事例では社会人経験が少ない若年の長期休職者に対し復職支援を行った。クライエントの個別性への支援に加え、マルチタスクプログラムにより、クライエントの業務遂行スキル向上を支援した。この支援経過を通し、リワークにおけるマルチタスクプログラム活用の意義を考察する。 2 マルチタスクプログラム概要 千葉障害者職業センターでは、模擬職場場面における業務遂行スキル向上を目的とした、マルチタスクプログラムを実施している。 各クライエントの休職原因や復職に向けた課題を解決するため、マルチタスクプログラム参加の目的を明らかにし、各作業種目に取り組む。作業種目を表1に示す。 3 事例 (クライエントの同意のもと、プライバシー保護のため、論旨に影響しない範囲で内容を一部変更した。「 」はクライエント、< >は筆者、“ ”はその他の発言である。) (1)クライエント A氏、30歳代、男性。X-5年に大学卒業し、現在の会社に入社した。X-4年に業務や資格試験などがストレスとなり頭痛やめまいなどが発現した。身体表現性障害と診断され、出社困難から休職に至った。X-2年に体調が回復しないまま復職し、すぐに再休職した。X年に会社がリワークへの参加を復職条件としたため、リワークに参加した。支援期間は17週間であった。 (2)見立て A氏は予約せず面談を希望して来所したり、リワーク開始の手続をルール通り行わないなど、自己中心的行動が多く、社会性の低さが見られた。「会社の命令だからリワークに参加する」という、主体性や動機づけに欠けた、受動的態度であった。休職原因は「体調不良」であるとした。 会社では「仕事が上手くいかなかった」が、「自分なりにできることは頑張ってやった」。業務の全体的な見通しがもてないため、作業の優先順位が付けられず、計画的行動が苦手であった。 対人関係では、「できるところを見せて、上司からの評価を得たい」との気持ちが強く、「自分で何とかしなければいけない」との思いから、上司や同僚に相談できなかった。そのため業務を完遂できず、失敗行動を積み重ねた。 これらから、A氏は業務の目的に応じた合理的行動や、職場での役割に応じた対人行動が取れていないことがわかった。職場での問題は、A氏の社会人としてのソーシャルスキル不足と共に、A氏の認知行動特性が原因であることが考えられた。 生育歴からは、対人葛藤とその抑圧による自己欺瞞が見られた。この心理的課題が職場不適応や身体表現性障害の根本原因であると考えられた。そして、この課題が解決されないために、A氏の休職が長期化していると筆者は見立てた。 (3)動機づけと支援目標の設定 筆者は、A氏が主体的にリワークに参加し、目的的にリワークに取り組むことが必要であると考えた。そのためA氏に対し、<休職原因の分析や、業務遂行に関する得意不得意の分析をし、そこから自分らしく働けるよう、リワークで訓練する必要があるのではないか>と問題提起し、動機づけを促した。するとA氏は「嫌なことから逃げてきた自分を変えたい」と、リワーク参加の目的を自らの言葉で表現できるようになり、リワーク参加への意欲が向上した。 A氏のリワークに対する動機づけが得られたことを確認し、筆者は以下の三つの支援目標を設定した。①身体表現性障害の理解と体調のセルフマネジメント、②休職原因の理解による自己成長、③社会人としての業務遂行スキルの向上。 A氏の復職実現に向け、関係者が協同できるよう、支援目標は本人と会社、主治医、筆者が共有した。 (4)支援経過 筆者は、A氏が心身相関のメカニズムを理解することで、支援目標①を達成できるだろうと考えた。そこで、筆者はA氏に、職場での失敗体験を振り返ってもらった。するとA氏は「仕事を任される→頑張る→出来ない→出来ないことは恥ずかしい→失敗を隠すため、がむしゃらに頑張る→また失敗する→焦る→頑張る、という悪循環を繰り返していた」、そして「悪循環が始まると体調不良が発生していた」ことに気づいた。 これを受け、筆者は、A氏に身体表現性障害に関する心理教育を行った。A氏は心理的葛藤が身体化することを理解し、「体調不良の原因を自分で作り出していた」ことに気づいた。そして「体調不良の原因が自分にあるのなら、体調を自分でコントロールできるだろう」と思い至った。セルフマネジメントの重要性を理解し、その意欲が向上したA氏は、生活リズムを乱さず、体調管理できるようになった。 次に、支援目標②を達成するため、筆者はA氏に、マインドマップ3)を用いた自己分析をするよう促した。A氏は生育歴や職場での対人関係を中心に自己分析した。その結果、A氏は「これまで他者の評価ばかり気にして、自分なりの目標に従った行動ができていなかった」ことに気づいた。そして、「今後は自分の意思に従い、責任をもって行動したい」との将来展望をもつに至った。さらに、「自分らしく生きることが、自分らしく働くことにつながる」と気づき、主体的に業務遂行する自覚と意欲を得た。 ここから筆者は、A氏が個としてのアイデンティティや、職業人としてのアイデンティティの確立に向けた発達課題を達成しつつあると判断した。そこで、支援目標③に本格的に取り組むことにした。 支援目標③を達成するには、ロジカルシンキングや目的的行動、問題解決力、役割や目的に応じた対人スキルの向上が必要であった。筆者はこれらの業務遂行スキルを向上するため、A氏にマルチタスクプログラム(以下「マルチタスク」という。)を活用するよう指示した。具体的な訓練内容は以下の通りである。 全体把握や計画性の向上という、A氏の認知行動特性への訓練として、マルチタスク種目の業務日報作成や出張報告書作成を用い、業務計画策定、作業スケジュール管理の実践を行った。 対人コミュニケーション向上のため、マルチタスク種目のアナログ・メールチェックやアサーション・ライブを用い、報告・連絡・相談や対人折衝を含んだ情報収集と情報発信、役割に応じた業務遂行を行った。 事務能力向上のため、マルチタスク種目の新聞要約や企画・戦略会議等を用い、報告書やプレゼンテーションを含む書類作成を行った。 さらに、マルチタスクでリーダー役を経験した際には、「チームメンバー全体の作業進捗を把握し、進捗管理を計画的に行うことを重点的に訓練する。それにより全体把握や計画性の向上を図る」などと、自ら明確な目標を設定し、主体的に課題に取り組んだ。 A氏は全ての訓練を経験し、支援目標③の課題に対する自己効力感を得た。そして、「理想を追い求めるのではなく、今やるべきことを、過程を大切にしながら、ひとつひとつやることが大事」であることに気づいた。A氏は主体的業務遂行への意欲が向上し、セルフマネジメントへの自覚を得て、マルチタスクを通して身に付けた業務遂行スキルを、職場で活かすという見通しをもつことができた。 リワーク終了後、A氏は復職した。A氏は体調管理を的確に行い、主体的に業務遂行しながら、安定的に就労を継続している。 具体的な訓練内容を表1に示す。 表1 A氏のマルチタスクプログラムによる業務遂行スキル向上訓練 4 考察 (1)マルチタスクを活用した業務遂行能力の向上 本事例のクライエントは、社会人としての対人スキルや業務遂行能力といった、業務遂行スキルが未熟であった。その原因は、クライエントの社会人経験の少なさと、クライエントの認知行動特性にあると考えられた。ここから、リワークを職場場面と見立てたマルチタスクを活用し、業務遂行スキルの向上を、実践的に支援した。 マルチタスクにおいて、複雑な対人関係の中で、同時並行で複数作業をこなすことは、クライエントにとって負荷の高い訓練であった。しかし、クライエントは、休職原因となった業務遂行スキルの未熟さを改善するという明確な目的をもち、主体的にプログラムに取り組むことができた。これには、支援導入時の動機づけと目標設定、目標の共有が有効であったと考える。 また、筆者はクライエントが改善すべき業務遂行スキルを、クライエントの認知行動特性、対人スキル、事務能力に分解した。そして、復職とその後の安定就労のためには、これら3点の改善が必要であるとクライエントに説明した。 課題改善の必要性を理解したクライエントは、マルチタスクで行う個々の作業ごとに、自らが達成すべき課題を割り当て、具体的な訓練目標を設定し、訓練を実行できた。その結果、クライエントは、主体的に問題を発見し解決するPDCAの実践や、役割に応じた対人コミュニケーションを身に付けることができたのである。 本事例では、マルチタスクを通し、全体把握や計画性の向上といった、クライエントの認知行動特性と同時に、クライエントが社会人として主体的に業務遂行するスキルや、意欲の向上を支援できた。マルチタスクの活用により、クライエントに不足する業務遂行スキルへの、総合的な支援が可能となると考える。 (2)復職支援の段階的展開 休職者が挙げる休職原因は様々であるが、職場不適応状態にあることは、全ての休職者に共通である。そのため、職場不適応の発生機序を解明し、それに則った問題解決することが、復職支援を合理的かつ効率的に進める要素であると、筆者は考える。これは筆者が、復職支援は、生涯発達の視点を基盤とした、全人的支援であると考えるためである。 職業的アイデンティティの確立は、個としてのアイデンティティ発達に大きな影響を与える4)。成人にとって、働くことと生きることは重複する課題であり、両者が相互に影響しあうことで、自己実現という生涯発達上の目標を達成する。 本事例のクライエントには、心理的葛藤とその抑圧による自己欺瞞があり、個としてのアイデンティティ拡散状態にあった。職場でも、これらの心理的課題が主体的行動を妨げ、職業的アイデンティティが十分に発達しなかった。そのため職場不適応から身体表現性障害を発生し、長期休職に至ったと考えられる。つまり、クライエント本人が主張した身体症状は、休職や職場不適応の根本的な原因ではなく、生育歴から読み取れる心理的課題が、その根本原因であったと言える。この解決されない心理的課題を保持していたために、身体症状が長期間維持され、長期休職していたのである。 筆者は、クライエントの復職と、その後の安定就労実現には、この根本原因の解決が必要であると考えた。そしてこの心理的課題への支援を、業務遂行スキルの向上に先立ち、実施する必要があると考えた。 この心理的課題にクライエントが安定的に直面化できるよう、筆者はクライエントとの関係構築を慎重に行い、課題解決への動機づけを行った。その後、支援目標①を達成するため、クライエントに心身相関に関する心理教育を行った。ここからクライエントは自ら体調管理できるようになり、安定的に課題解決に取り組めるようになった。 支援目標①の達成を受け、支援目標②に本格的に着手した。クライエントは自分らしく働くという将来展望を得、主体的に業務遂行する自覚と意欲を得ることができた。 支援目標②が一定の成果を得てから、ようやく支援目標③の業務遂行スキル向上に取りかかった。この段階のクライエントは、マルチタスクを含めた訓練に主体的、目的的に取り組み、セルフマネジメントを実践的に身につけることができた。 クライエントの課題達成状況を見極め、段階的に支援を進めたことで、計画的、安定的に支援目標を達成できたと考える。 この段階的な復職支援を、筆者は、クライエントが生涯発達の只中にあることを意識して行った。筆者はクライエントを、精神疾患による休職者としてだけでなく、発達課題や発達段階から査定し、全人的視点からクライエントを捉えた。そして、エリクソンなどの発達段階説を参考に、根本的な課題からより高次の課題へと、休職原因を解決していったのである。 本事例は、職業的アイデンティティの発達とともに、個としてのアイデンティティ発達が課題であった。そのため、この二つのアイデンティティ発達を、生涯発達的視点に基づき、段階的に支援した。心理的課題という、根本的な課題を解決した上で、社会的スキルの獲得を支援したことが、若年で長期休職となったクライエントの安定復職を実現できた要因であると考える。 5 まとめ クライエントの認知行動特性や発達段階を考慮することで、クライエントが伸長すべき社会的スキルや職業的スキルを特定できる。ここから、クライエントに対する適切な見立てや、明確な支援目標設定が可能となる。また、支援目標を共有することで、クライエントは、マルチタスクによる実践的訓練に主体的に取り組むことができる。 マルチタスクを通し、クライエントの主体性の伸長や、職場で必要な業務遂行スキルの向上を、総合的に支援できる。これが、リワークにおけるマルチタスクプログラム活用の意義である。 本稿は、日本心理臨床学会第32回秋大会での事例発表(日本心理臨床学会第32回大会論文集 p.48)をもとに再構成した。 【参考】 1)「メンタルヘルス・シンポジウム2013東京」開催報告 日経新聞 2013年7月14日,p.18 2)中村美奈子:復職支援(リワーク)利用者アンケート調査結果からみた復職支援に求められるプログラムに関する考察,産業精神保健 第20号増刊号,p.81(2013) 3)ブザン T:ザ・マインドマップ,神田昌典(訳)ダイヤモンド社(2005) 4)エリクソン EH:アイデンティティとライフサイクル,西平直 中島由恵(訳) 誠信書房(2011) イギリスの障害者支援における評価基準 佐渡 賢一(元 障害者職業総合センター 統括研究員1)) 1 はじめに イギリスは、アメリカ同様差別禁止法制の「先進性」が関心を呼んでいる。2010〜11年度に障害者職業総合センターにおいて実施された大規模な海外調査研究の報告書2)(以下「総合センター2012年報告書」という。)でも、イギリスに関しては障害者差別禁止法から2010年平等法への発展が主な話題であった。他方、日本のような割当雇用制度は、現在同国では採られていない。 上記のような事情を反映し、日本の割当雇用制度に適用されるような障害(者)認定はイギリスには求められない。しかし、雇用促進、福祉にまたがる施策においては、制度適用を判定する基準が設けられており、具体的な行動の制約等によって申請者はその深刻度を評価される。 この基準については総合センターの研究成果物で説明を加えてきた3)が、本報告ではその後の動向を紹介する4)。 2 雇用・支援手当制度の沿革と概要 既存の説明と重複するが、報告の前提として基準が適用される制度を含め、最小限の説明を行う。 (1) 手当とアセスメント イギリスにおける障害者支援策の一つに就労不能給付(Incapacity Benefit)と呼ばれる給付金制度があった。これは疾病や障害のため就業ができない場合に支給されるものであったが、徐々に対象者の増加や支給期間の長期化が進んでいた。2007年5月に成立した福祉改革法による制度改正ではこの手当も対象となり、雇用・支援手当(Employment and Support Allowance)が新設された。旧手当からの移行は2008年10月から段階的に進められ、2010年4月にはこれまでの就労不能給付受給者にも新制度が適用されることとされた。 この新しい給付金は、就業への適性を有する限り就業の実現が支援の目的となる制度体系のなかに位置付けられ、就職という目標の実現が困難な状況かが、本手当支給の是非を左右する。 申請者に対して実施される評価も、従来のように行動制約の深刻さから給付の是非を判断するだけでなく、申請者が真に就労に適している(fit for work)状況でないのかを重視する。その観点からアセスメントの名称も労働能力アセスメント(Work Capability Assessment - WCA)と、労働の語を含むようになった。さらに、この手当の申請に応じた諸手続や支援は労働年金省傘下のジョブセンター・プラスが所管しており、雇用促進と福祉を視野に保ち、重複を排除しつつ最も効果的な支援を展開しようとする趣旨が反映している。 労働能力アセスメントは複数の段階から構成されるが、支給の可否判定につながる評価は「就業関連活動への制約」アセスメントとよばれ、「就労不能給付」におけるアセスメント手法を引き継いでいる。心身機能・行動に関するさまざまな項目が設けられており(後出表1)、それぞれに列挙された制約状況の記述に、各々15を最高とする点数が与えられている、該当する記述の点数を合計し、15以上であるかが受給の可否につながる。 (2) 法的根拠と民間企業の関与 報告と関連することを2〜3追記する。 まず、本評価基準の内容は「雇用・支援手当規則(The Employment and Support Allowance Regulations)」附則に全文が収録されている。昨年、報告者はドイツの社会法典第9編第2部の対象である重度障害者認定基準の最近の動向につき法的根拠に注意しつつ報告したが、今回報告しているイギリスの評価基準は法規定を根拠としている。これは、アセスメントの枠組みが法律及び規則による公的なものであることを意味する。 一方、この制度の運営には民間企業が深くかかわっている。この企業はATOSと呼ばれるフランスの情報関連企業で、本制度の前身の制度設計段階から関わりをもっている。政府は本制度の運営に関する契約をATOS社と結び、専門的見地からの申請評価と、支給の適否等の判断につながる助言を行う役割を委託した。こうして、この制度の運用は外国資本の民間企業が担うこととなった。 3 アセスメント基準の再検討と改訂 雇用・支援手当申請者の審査に用いられるアセスメントは、前身の就労不能給付に比べ、趣旨に適合しない申請者を支給対象としないよう、従来より厳しく設計されていたが、2012年度からさらに改訂した基準が適用され、手当支給の可能性をより狭めることとなった(表1)。 表1 就業関連活動の制約アセスメントの項目編成とその改訂 この改訂は制度を所管する労働年金省が行った制度評価における勧告5)を受けて実施された。この制度評価は労働年金省スタッフ、医療専門家に障害者側の委員も加わって実施されたが、その勧告の一つが評価基準の重複や分かりにくさを改善することであった。具体的な改訂内容をみると、例えば評価項目の中から「かがむ・膝を曲げる」が削除されたが、これは下肢の機能に関する先行2項目と重複するとの見解を踏まえている。 改訂後、項目数は21から17へと減少した。再編は主に項目の統合によったが、上述したように完全に削除された項目もある。項目数の削減により、「該当項目の合計点数が15に達する」という手当支給の要件を満たす可能性は狭まっている。 4 当事者側の運営への抗議と実施側の取組み 労働能力アセスメントの導入、その後の改訂は申請者にとって不利な方向への制度変更であり、それを考えれば、新制度の発足に伴い申請者の不満・関係者の批判が高まることは想定できよう。しかし、実際の批判の多くは、制度の枠組みよりはその適用に向けられている。 一方この制度を所管する労働年金省も制度の運用にかかわる種々の資料を公表しており、これらも制度運用を論じる素材となる。 そこで、本制度をめぐる議論につき、まず申請者の立場からの「不適切」な評価・決定の例を示した後、統計を交えた全般的な動向を紹介する。 まず労働能力アセスメントに対する批判に触れると、具体的には審査をはじめとする不適切な申請処理の事例、それらを理由とした当事者や諸団体による抗議があげられる。報道機関はこのような動きを随時伝えており、これらの記事を通してその主張が確認できる。そこで新聞報道をはじめとする記事から、批判の対象となっている申請取り扱い状況をみると、学習障害を有する申請者がアセスメントの実施場所へ向かう際に繰り返し通行人に尋ね、時間をかけてたどり着いたのに、「自力で経路を見出せたので就業に支障はない」と判定された事例6)、脊柱や関節の問題により学業の継続も断念していた申請者が、「コートを脱ぐ」動作に激痛を伴うことを勘案されず「問題なし」とされるなどして点数が全く得られなかった事例7)などが掲載されている。 特に深刻なケースとして「就業に支障なし」と評価されたにもかかわらず、その申請者が(申告したが認められなかった健康障害のため)死亡した事例が多数存在する主張されている。例えば、 Guardian 紙が何度か記事で取り上げた事例では、肺の疾患が重篤化したにも関わらず、入院中に「就業に適している」判定と同時に給付が停止され8)、異議申立手続きの途中で死に至っている。 また精神障害による就業の制約を申請理由とした場合、精神疾患の専門家ではない医療スタッフが申告者に対応したとする批判が多数あり、うち裁判に持ち込まれたケースについて、本年5月に3件を「不適切」とする司法判断が下されている。 以上の事例に共通していることは、ATOS社による審査・判定が批判の対象となっていることである。上記のような具体例に加え、全般的な問題としてATOS社が擁する専門家の審査のあり方にも批判が向けられてある。面接の場において簡単な問診だけで済まし、身体に触れることすらない、判定の根拠として示された説明があまりにも的外れである、といった担当者の資質が問われる指摘も流布している。また、面接段階での項目別判定がその場で情報システムに入力され、直ちに判定が示しうる仕組についても「コンピューターによる機械的な判定」と否定的に捉えられている。 こうした批判や抗議は、2012年8月にロンドンで開催されたパラリンピックにも持ち込まれた。 ATOS社はこの大会の協賛企業に名を連ねたが、不適切な審査・判定の繰り返しによって障害者を傷つけている企業が障害者の祭典を支援する資格があるだろうか、という趣旨から、諸団体の抗議行動はこの協賛の事実にも向けられた。この抗議行動を通して、パラリンピックを取材していた日本の新聞にもATOS社の問題が紹介されている。 次に、全体的な傾向を労働年金省が公表している統計により確認しよう。制度発足後の申請件数は年間約60万件で、アセスメント終了前に取り下げられなかった約40万件強に判断が下されている。これだけの規模の申請に対応する医療専門家は2011年時点で665名(医師231名、看護師379名、理学療法士(physiotherapists)55名)である。 判定の内容を初年度についてみると、申請者に通知されたアセスメントの結果では41万件中26万件(63%)が「就業に適している」と判定されている。ところが、判定に納得できない申請者による審判所などへの異議申立てのうち40%(12万件中4万4千件)で当初の判定が覆えり、その結果を反映させると「就業に適している」との判定は21万件(52%)と10ポイント以上の低下をみている。これらの帰趨状況は、その後徐々に変化しており、当初判定が「就業に適している」であった割合は、徐々に低下している。なお、異議申立てに起因する修正も小幅となっているが、これには新しいケースほど進行中の審判案件が多く、今後数値が変動することを勘案する必要がある(表2)。 表2 雇用・支援手当申請の帰趨(千件) 制度やその実施をめぐる批判や議論は、議会にも及んでいる。2011年7月、下院労働年金委員会(Work and Pensions Committee)は「申請者の就業を支援するための労働不能給付の再アセスメントの役割」と題するレポートをまとめ、「障害や長期の健康被害にある人々についても就業支援を主眼とする」という雇用・支援手当導入の目的を支持しつつも、労働能力アセスメントへの批判がその趣旨の浸透を妨げていると指摘し、制度運用面での改善・その定着を求めた。1年半後の2013年1月17日、下院活性化のため近年拡充されたバックベンチ議事の場で「ATOS社の労働能力アセスメント」が議題とされ、約30名の議員が次々に発言を求め、さまざまな問題点をあげつつ労働社会省の対応をただした9)(国務大臣が答弁)。 一方制度を所管する労働社会省では外部評価の手法による検証を2010年から毎年実施しており、これまでに3次の報告書が公表されている10)。 これら一連の内外からの批判や提言にはATOSへの委託そのものを見直すことを促すものが少なくなかったが、2013年7月に至り、労働社会省は大臣名で委託先をATOS以外にも拡大することを発表した。同省は、自ら実施した監査においてATOSの医療専門家による報告の多数に不備があることが確認されたことを、その理由としている11)。 5 障害者生活手当への波及 イギリスは2010年に労働党から保守党・自由民主党へと政権党が移ったが、両政権ともアプローチの相違はあるものの、福祉改革に取り組んでいる。本報告で取り扱った雇用・支援手当は労働党政権下で行われた諸手当再編成の一つであったが、現政権下では2012年福祉改革法による再編成が進められている。その一つの柱が障害者生活手当に代わる新しい手当の新設である12)。この手当は2012年報告書にも言及されているとおり(176ページ、改訂については165ページ)日常の生活活動、移動に支援を要する場合に支給されてきた手当である。新たに導入される手当は個人自立給付(Personal Independence Payment - PIP)とよばれ、障害者生活手当が伝統的にとってきた日常生活、移動の2系統を引き継いだが、自立した生活を保証するための必要を満たすとの目的が鮮明になり、手当支給の可否、その額を決定するための基準も上記趣旨にそった必要性を数量的に判定できるよう設計された。 今回報告の観点から注目している点をあげると、第1は支給の判定基準が労働能力アセスメントと同種の考え方によっていることである。表3に項目をあげたが、障害者生活手当にならい日常生活、移動の2部門構成とした上で、項目毎に何通りかの活動・制約の状況が記述され、点数(表には最高点を記載)が与えられている。日常生活、移動の2部門毎に項目別の点数を加算し、8点以上で支給対象となり、12点以上で額が加算される。 表3 個人自立給付申請者に対する評価項目13) 第2はこの手当の運用にもATOS社が深く関わることが明らかとなり、妥当性が憂慮されていることである。労働年金省からの最新情報では、ATOS社は、独占ではないものの本手当制度の運用を委託される。このため全国に必要な審査拠点を設置すると公約しているが、実現を疑問視する記事も見られる。拠点の整備が不十分なままで制度がスタートした場合、障害によっては、遠隔地でのアセスメントだけで多大な負荷を負う。処理能力の不足は申請手続の滞りを招く。これらの問題は、労働能力アセスメントにおいてもしばしば取り上げられていたが、より対象者や予算の規模が大きい個人自立給付において、それが再現しないかとの不安は小さくない。 【参考文献・注】 1) 現厚生労働省労働基準局労災補償部労災管理課労災保険財政数理室勤務(再任用短期職員)。ただし本報告における見解は報告者個人のものである。 2) 障害者職業総合センター:「欧米の障害者雇用法制及び施策の動向と課題」調査研究報告書No 110(2012年4月) 3) 障害者職業総合センター:「英国の障害認定制度」資料シリーズNo 49「欧米諸国における障害認定制度」第6章.(2009年4月) 4) 本報告における用語は2)に準拠することとした。従って報告者がこれまで参考文献3)などで用いてきた用語とは一致しない。 5) Department for Work and Pensions: "Internal Review of the Work Capability Assessment" (main report and addendum) Oct 2009 6) "Atos doctors could be struck off", the Observer (13 Aug 2011) 7) "Inaccuracies dog 'fit to work' test" the Guardian (10 Jan 2012) 8) 「就業関連活動への制約」アセスメントによって受給の可否を審査されている期間(「評価期間(assessment phase)」)は制度上13週間で、基本手当(週67.5ポンド)が支給される。従って、アセスメントで「就業に適している」と判定されると、①それまでの基本手当が停止され、②以降の「本給付期間」には手当は支給されない。報道で就業に適していると判定された申請者が「判定とともに手当が停止された」などと記されるのは、このような扱いを反映したものである。 9) House of Commons: "House of Commons Debates 17 January 2013" 10) Prof. M. Harrington: "An Independent Review of the Work Capability Assessment" - year one (Nov 2010) 同 上 year two(Nov 2011) 同 上 year three(Nov 2012) 11) Minister for Work and Pensions Press release: "Taking action to improve the Work Capability Assessment"(22 Jul 3013) 12) 河島太朗:「2012年福祉改革法の制定」国立国会図書館「外国の立法」(2012年8月号) 13) Department for Work and Pensions: "PIP Assessment Guide" - updated (June 2013).なお、表に示した基準も法律に基づき政府が定めた規則に明記されている。 【連絡先】 勤務先は注1)参照 e-mail:RXG00154@nifty.com 障害者の統合的就業の促進:米国の“Employment First”と日本の動向 ○Heike Boeltzig-Brown(マサチューセッツ州立大学ボストン校 地域インクルージョン研究所(ICI) 上級研究員) 指田 忠司・春名 由一郎(障害者職業総合センター) William E. Kiernan・Susan M. Foley(マサチューセッツ州立大学ボストン校 地域インクルージョン研究所) 1 はじめに 我々は昨年の報告において、米日の職業リハビリテーションは、歴史的経緯が異なるにもかかわらず、職業紹介機関等と地域の関係機関が密接に連携した、ジョブコーチ支援を含む統合的な支援の方向性において共通していることを示した1)。また、この1年の間に、日本では障害者雇用促進法が改正され、差別禁止や合理的配慮への取組、精神障害者の雇用支援が強化された。他方米国では、2014年から連邦政府と契約する民間企業に対して7%の障害者雇用を条件づけることが決定された。これらのことは、昨年の報告で指摘した、障害者の労働の権利の保障や重度障害者の雇用の促進に向けて両国の総合的取組が収斂していることを、改めて示すものと考えられる。 しかし、米日とも重度障害者の地域社会における「統合的就業」への取組が強化されている一方で、その実現には未だ遠く、多大な政府予算が福祉的就労や非就労者の福祉に投資され続けている。ここでいう、重度障害には全ての障害種類(身体、知的、精神、発達等)において、機能障害による日常生活への影響(機能的制限)が深刻・重症であるものが含まれる。 2 目的と方法 本報告では以下について調査・考察することを目的とした。そのための資料は、英語・日本語の公開された文献やデータとした。 ・米日の「統合的就業」の定義と、障害者の就業率等の現状 ・米国での「統合的就業」の最近の法制度の動向と“Employment First”の内容と動向 ・日本の「重度障害者の雇用支援」や「福祉から雇用への移行支援」と“Employment First”の共通点や相違点 3 結果 (1) 米日の「統合的就業」の定義と、障害者の就業率等の現状 ① 米国における統合的就業の定義と現状 イ 統合的就業の定義 米国労働省が定義する「統合的就業(Integrated Employment)」の条件は以下のとおりである14)。 ①障害者が、地域社会において、障害のない人と同じ職場で働くこと、及び、 ②最低賃金(7.25ドル≒700円)以上を雇用主から直接支払われること。 「統合的就業」には、障害のあるアメリカ人法(ADA)に基づいて職場での合理的配慮が提供されることが前提とされ、一般の採用手続きによる競争的雇用の場合が含まれることはもとより、就職前から就職後の職場適応での専門的支援を伴う「援助付き雇用(Supported Employment)」や、最重度の障害者に合わせて個別に仕事を開拓する「カスタマイズ就業(Customized Employment)」(自営を含む)が含まれる。 援助付き雇用は、1986年に職業リハビリテーションに導入され、リハビリテーション法により、州レベルでの実施内容が指導されており、その基本的な考え方は、全ての障害者は種類や程度にかかわらず働くことができる、ということであり、具体的には次のように定義されている6)。 ①統合された職場での競争的雇用、または、それに向けた統合された職場での就業であり、 ②従来、競争的雇用例のないような最重度の障害者、又は、重度障害のために就業継続が困難な人、かつ、働くために一定期間の援助付き雇用サービスや移行後の支援延長を必要とする人を対象とするもの。 援助付き雇用サービスは、州の職業リハビリテーション機関、州の精神保健機関や知的・発達障害支援機関、又は、これら州の助成により運営される民間の地域リハビリテーション事業所により提供されている。しかし、最近の研究7)によると、これらの機関による援助付き雇用の実施内容についての認識には大きなばらつきがある。 ロ 統合的就業の現状 2011年のアメリカ地域調査では、就業率を16-64歳の賃金のある就業または無給の家業で15時間より長い仕事をしている人の割合と定義している。その結果によると、援助付き雇用の実施にもかかわらず、米国での障害者の就業率は32.6%と、それ以外の70.7%に比べて非常に低いままである5)。就業率は障害種類や就業状況により異なるが、重度障害者は最低であった。ICIによる全米の州の知的・発達障害支援機関の利用者の調査結果4)によると、2004年度には統合的就業の割合は21.0%で大部分が授産や非就労環境にあり、2011年度でも19.3%と改善がなかった。 ② 日本における統合的就業の定義と現状 イ 統合的就業の定義 日本で、雇用契約により最低賃金が適用される、障害者の就業には、一般雇用(障害者雇用率制度によるものを含む)の他に、特例子会社等における障害者雇用、就業継続支援事業所A型での雇用がある。特例子会社は、障害者の雇用の促進及び安定を図るため、事業主が障害者の雇用に特別の配慮をした子会社であり、全従業員の20%以上が障害者であり、さらにそのうち20%以上が重度身体障害者、知的・精神障害者である必要がある。また就業継続支援事業所A型における障害者雇用は、地域社会における障害のない人との統合的な職場でありながら、特に重度障害者が働きやすい職場を確保する制度であり、ここでは労働者の大部分が障害者となる。 また、精神又は身体の障害により著しく労働能力の低い者について、一般労働者に適用される最低賃金を適用することで、雇用の機会が失われるなど、返って不利な結果となることを避けるため、最低賃金の減額制度がある。この制度の下では、次のような厳格な基準により、都道府県労働局長がこれを許可することとされている。 ①精神障害又は身体の障害がある労働者であっても、その障害が当該業務の遂行に直接支障を与えることが明白である場合のほかは許可しないこと ②当該業務の遂行に直接支障を与える障害がある場合にも、その支障の程度が著しい場合(同じ仕事の他の労働者の最下層の労働能率にも達しない場合)にのみ許可すること。 ③減額された賃金額は、同じ仕事の他の労働者の最下層の労働能率に比べて能率が低い分を減額した額を下回ってはならないこと。 援助付き雇用サービスは、日本でも2000年代から職場適応援助者(ジョブコーチ)事業として導入され、全国の障害者職業センター、国からの助成による民間法人のジョブコーチや、企業内のジョブコーチによって実施されている。 ロ 統合的就業の現状 一般では15-64歳の就業率が70-85%であるのに対して、厚生労働省による「身体、知的、精神障害者の全国調査(H.18)」9)によると、障害者の就業率は、身体障害者は43.0%、知的障害者は52.6%、精神障害者が17.3%であったが、これを、福祉的就労を除き、米国の定義と合わせ、常用雇用、自営・家族従事者、会社等役員、臨時・内職等に限った就業率でみると、身体障害者は36.2%、知的障害者は38.7%、精神障害者が8.5%であった。 (2) 米国での障害者雇用促進のための最近の法制度の動向と“Employment First” ① 積極的差別是正措置の強化 米国では、リハビリテーション法503条の近年の改正により、連邦政府と契約あるいは下請契約する企業には、能力のある障害者の雇用や就業継続への積極的差別是正措置(affirmative action)を採ることが求められ15)、2013年8月27日には、そのような企業に対して、各職種で職位数の7%の障害者雇用を契約の条件とする方針を連邦政府として明らかにした(2014年4月実施)16)。 これは、あくまでも、連邦政府との契約を望む企業に課せられた「利用目標」であり、雇用率制度とは見なされていない。方針では、企業に既存の従業員の障害の開示を勧奨して登録可能とし、要求を満たすことを示唆する文言がみられ、障害者の自己開示については、雇用主、障害者団体等から、特に重要な関心が寄せられている。 また、連邦政府自身も、2000年には15%であった障害者雇用率が、2009年には4%と大きく減少したことに対して、2015年までに10万人の障害者の新規雇用を公約として掲げ、2012年には11%に回復している17)。全米州知事会も、障害者、特に知的・発達障害者の民間や公的部門での雇用、州政府や事業者がこれらの人の雇用機会を促進するための重要な役割を担うことができるという立場をとり11)、いくつかの州では公的部門での障害者雇用への差別是正措置がとられている。 ② Employment First 連邦政府は、全ての障害者は働くことができ、働くべきとする“Employment First”の理念3)を積極的に選択し、統合的就業は、重度障害者を含む全ての障害者にとって、望ましく、かつ、実現可能な就業成果であるとの明確なメッセージを全米に発信している10)。具体的には、障害者就業支援を提供する政府関係機関(直接、あるいは、助成・契約による地域の支援機関)に対して、統合的就業を第一の選択肢(福祉的就労や非就労支援ではなく)とし、各機関の方針、業務手順、実践にそのような優先順位を取り入れるように、期待している。Employment Firstへの取組は、行政側だけでなく、支援者、障害者、雇用主、一般大衆においても、従来の実践や考え方の変革に進んで取り組む必要があると理解されている8)。 現在では35州がEmployment First戦略を採用しており、他の州も検討を始めている2)。知的・発達障害等を重点的に進める州や、全ての障害を対象にする州がある。ICIと発達障害支援全米州担当者会の助成による、29州の知的・発達障害支援機関のネットワークであるSELN(州就業指導者ネットワーク)でも、Employment Firstが最重要課題となっている。SELNは、州知的・発達障害支援機関に対して、障害者雇用への障壁についての議論、効果的戦略の共有、州や支援制度の変革への啓発などの議論の場を提供している。 全米で最大の授産施設の提供者であるARC(前全米知的障害者協会)が、授産施設から統合的就業へと転換したことは非常に重要であり、ARCは、2012年に「知的・発達障害のある人は、彼らの希望、興味・関心、強みに基づいて地域社会において職を探し、就業を継続し、障害のない人と一緒に働き、相当の賃金を得て、職場での差別がないように、人々や制度からの必要な支援があるべきである」との声明を発している13)。 4 考察 (1) 重度障害者の統合的就業のための援助付き雇用と積極的差別是正措置の重要性 歴史的にみると、米国では公民権法の発想による「働ける障害者の雇用差別禁止」の観点から、一方、日本では「一般就業が困難な障害者の社会参加促進」の観点から、障害者雇用が推進されてきた。近年、両国とも援助付き雇用等の職業リハビリテーションの進歩により、知的障害者を含む重度障害者の就労可能性が広がり、その統合的就業が現実的課題となってきた。 知的障害者を含む重度障害者の就業率は、米国よりも日本の方が高く、これは障害者雇用率制度の大きな効果であると考えられてきた。米国では、障害者雇用率制度はこれまでなかったが、連邦政府や州政府での雇用目標が定められ、来年度からは7%の雇用目標を達成していない企業は連邦政府との契約や下請け契約に加われなくなる。米国の障害者の範囲は日本よりも広く、慢性疾患、腰痛、偏頭痛等で就労が困難な人も含まれることを考慮しても、日本では2.0%の雇用率の未達成企業が半数あることと比較して、民間企業への影響は大きいと考えられる。ただし、米国では、障害者雇用率制度については従来から「障害者が通常の雇用ができない」との前提による差別的制度との考え方が強く、この雇用の数値目標についても障害者雇用率制度とは捉えられておらず、「全ての障害者の統合的就業が可能である」ことを前提とした積極的差別是正措置と考えられている。 日本でも、障害者雇用率制度を障害者権利条約との関係から積極的差別是正措置と位置付ける議論も出てきてはいるが、納付金・調整金・報奨金の制度と合わせて「生産性が低い障害者」への賃金負担調整の制度という、従来からの理解の仕方もある。米日の障害者雇用支援が互いに類似してくる中で、日本においては企業側に対する啓発として、合理的配慮の提供や差別解消、公正な能力評価を普及していくことが、統合的就業に向けた今後の課題と考えられる。日本で最低賃金の減額制度も、最重度障害者の雇用機会の拡大に貢献していると考えられる一方で、働きに見合った賃金、また、能力の発揮のための合理的配慮や支援について、より意識を高めていく必要があろう。 (2) Employment Firstと日本における福祉から雇用への移行支援の課題 援助付き雇用サービス等の職業リハビリテーション、合理的配慮・差別禁止、企業への雇用目標(積極的差別是正措置)を総合することによって、重度障害者の就労可能性が大きく拡大している。米国のEmployment Firstは、「障害者は働けない」ことを前提とした障害者支援より先に、「障害者を働けるようにする」就労支援を先に行う社会変革の重要性を、国家として全ての関係機関の共通認識とした点にその意義が認められる。 日本でも障害者自立支援法から総合支援法への過程で、障害者就労支援や福祉から雇用への移行支援の重要性が打ち出され、福祉的就労のあり方の改革も進められてきた。しかし、このような改革に対して、障害者の統合的就業の可能性の認識は一般には低く、障害者福祉分野からは福祉切り捨てであるという批判も根強い。米国における、障害者の統合的就業が望ましい社会改革の方向性であり、また、それが可能な状況になっていることについて、医療、福祉、教育等の関係分野、障害者、雇用主、一般国民に対して、より明確なメッセージを示し、その上で、具体的な支援の優先順位の変革等の取組をするという戦略は、今後、日本においても参考にすべきものであろう。 【参考文献】 1) Boeltzig-Brown, H, 指田、春名(2012):職業リハビリテーション・システムの米日比較と今後の国際研究の課題.第20回職業リハビリテーション研究発表会論文集319-322, 障害者職業総合センター. 2) Butterworth, J., Hall, A.C., Smith, F. A., Migliore, A., Winsor, J., Domin, D., & Sulewski, J. (2013). StateData: The national report on employment services and outcomes, 2012. Boston, MA: University of Massachusetts Boston. 3) Callahan, H., Griffin, C., & Hammis, D. (2011). Twenty years of employment for persons with significant disabilities: A retrospective. Journal of Vocational Rehabilitation, 35(xx), 163-172. 4) Domin, D., & Butterworth, J. (2012). The 2010-2011 National Survey of Community. Rehabilitation Providers Report 1: Overview of Services, Trends and Provider Characteristics. Research to Practice Brief, Issue No. 52. Boston, MA: University of Massachusetts Boston. 5) Erickson, W., Lee, C., & von Schrader, S. (2013). Disability Statistics from the 2011 American Community Survey (ACS). Ithaca, NY: Cornell University Employment and Disability Institute (EDI). 6) Foeman, G. (2009). A review of 21st century research into the development of supported employment (SE) programs: Major findings, debates and dilemmas. Philadelphia, PA: City of Philadelphia, Department of Behavioral Health and Mental Retardation Services, Research and Information Management. http://odep-stage. icfwebservices.com/odep/ integrated-employment/ publications/App%20C.52.pdf 7) Haines, K., Marrone, J., Halliday, J., Tashjian, M., Klemm, M., Stoddard, S., & Foley, S. (2012). Description of supported employment practices, cross-system partnerships, and funding models of four types of state agencies and community rehabilitation providers. Final report of the supported employment supplement to the RRTC on Vocational Rehabilitation. Boston, MA: University of Massachusetts Boston, Institute for Community Inclusion. 8) Kiernan, W.E., Hoff, D., Freeze, S., & Mank, D.M. (2011). Employment First: A beginning not an end. Intellectual and Developmental Disabilities, 49(4), 300-304. 9) 厚生労働省:身体障害者、知的障害者及び精神障害者就業実態調査の調査結果について:http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/01/dl/h01182a.pdf 10) Martinez, K. (2013). Integrated employment, Employment First, and U.S. federal policy. Journal of Vocational Rehabilitation, 38(3), 165-168. 11) National Governors' Association (NGA) (2013). A better bottom line: Employing people with Disabilities. Blueprint for governors. 2012-2013 Chair's Initiative NGA. Retrieved from http://www.nga.org/files/live/sites/NGA/files/pdf/2013/NGA_2013BetterBottomLineWeb.pdf 12) 労働政策審議会障害者雇用分科会意見書〜今後の障害者雇用施策の充実強化について〜, 2013. http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002xykj-att/2r9852000002xymz.pdf 13) The ARC (2012). Life in the community-employment (position statement). Retrieved from http://www.thearc.org/page.aspx?pid=2369 14) United States Department of Labor [U.S. DOL] (n.d., a). Disability policy resources by topic: Integrated employment (website). Retrieved from http:// www.dol.gov/odep/topics/ IntegratedEmployment.htm 15) United States Department of Labor [U.S. DOL] (n.d., b). The Rehabilitation Act of 1973, Sction 503 (website). Retrieved from http://www.dol.gov/compliance/laws/comp-rehab.htm 16) United States Department of Labor [U.S. DOL] (2013). Office of Federal Contract Compliance Programs (OFCCP). Final Rule: Section 503 of the Rehabilitation Act, OFCCP Final Rule to Improve Job Opportunities for Individuals with Disabilities (website). Retrieved from: http://www.dol.gov/ofccp/regs/compliance/section503.htm 17) United States Senate Committee on Health, Education, Labor and Pensions (2012). Unfinished business: Making employment of people with disabilities a national priority. Retrieved from http://www.harkin.senate.gov/documents/pdf/500469b49b364.pdf デンマークの障害者雇用就業政策 −フレックスジョブ、障害年金の2013年制度改正を中心として− 岩田 克彦(職業能力開発総合大学校 教授) 1 はじめに 3年前にデンマークの障害者雇用就業政策につき調査を行った。その記録は、参考文献4)、5)にまとめた。本稿では、最近の訪問調査(本年3月、インタビュー記録等は1)を参照)に基づき、この3年間におけるデンマークの変容を踏まえ、2013年1月1日から施行されたフレックスジョブ、障害年金の制度改革の動向を中心に、デンマークの障害者雇用就業政策の最近の動向を報告する。 2 デンマークの障害者雇用就業政策の理念 現在のデンマークでは、「ハンディキャップ(handicap)」と「障害(disability)」を区別している。ハンディキャップは、個人の持っている障害(disability)に障壁(barrier)が加わって生じるので、障害を補完、補てん(compensation)することにより、機会均等(equal opportunity)が実現するとされる。このような考え方から、デンマークの障害者政策は、①補てん、②社会各部門の分担責任(社会の全部門、全機関の人々が、障害者がアクセスしやすい環境を整備する責任を分担しなくてはならない)、③連帯(障害者への支援、補てんのための施策は税制を通じ、連帯して実施すべきであり、補てん策の提供は、無料で、所得や資産水準に関わらずなされるべきであるというもの。障害政策だけでなく、福祉政策全般の一般原則)、④均等機会、の四つの原則に基づいて実施されている。 3 障害者の雇用就業状況と雇用就業政策 デンマークでは、障害者の登録、「障害者手帳」の交付はなく、障害の程度による等級表の区別も存在しない。従って、統計的には、公的年金や助成金の受給者、公的制度の支援を受けている者しかわからず、障害者数はサンプル調査で推計するしかない。2008年の推計では、障害者数は約66万人(人口の18.6%)、障害者の就業率は51.2%、一般労働市場で働く者(フレックスジョブを含む。)は約33万人(就業障害者の97.5%)「保護就業施設」で働く者は約8.4千人となっている。 障害者関連の雇用就業政策は、他の労働者と同様の対応ができる者については、できるだけ同様の対応をすることとされている(メインストリーム方策)。しかし、障害等で労働市場への適合が困難とされている者については、①雇用助成金(一時的賃金補てん)、②職業リハビリテーション(所得支援を受けながらの準備訓練、職業訓練と就業体験、自営支援)、③就業のための個人支援(パーソナル・アシスタンス。週37時間労働に対し最大20時間。職業教育訓練も対象になる。)、④保護就業(デンマークにおいては、(ⅰ)保護就業施設内就業と、(ⅱ)スコーネジョブ(障害年金を受給しながら、企業等で軽労働をする者で、企業は自治体から低額の補助金を受ける。)の2種類がある。)等が行われている。 4 フレックスジョブ、障害年金の制度改革 (1)改革前のフレックスジョブ制度と障害年金 フレックスジョブは、1998年に導入され、①職業リハビリテーションサービス(最大5年)を受けても通常の就労条件では職を得られない、65歳未満の永続的に重度な障害者(「特殊な社会問題を抱える者」を含む。)が対象、②使用者、障害者本人、自治体の三者合意に基づき、公的負担による所得補填を提供しながら、その個人状況に合わせた柔軟な就労条件(短時間就労、調整された就労条件、限定された職務要件等)での仕事(自営を含む。)を提供、という制度である。障害年金は、労働能力が自ら生計を保てない程度に恒久的に減少した者に、18歳から老齢年金支給開始年齢の65歳(将来67歳)まで支給するものである。フレックスジョブの賃金補てん額(週37時間就労前提で、2分の1ないし3分の2の賃金補填)の上限(年間466,599クローネ、1クローネ=17.8円(2013年10月1日レート)換算で約830万円)、障害年金額(単身者で、フルタイム労働者の平均年間賃金の約50%)とも、他国平均に比べかなり高い水準に設定されていた。 今回の制度改革実施以前では、フレックスジョブと障害年金の関係は次のようであった。すなわち、就業困難な者がジョブセンター(注)に来所した場合、ジョブセンターでの最初の認定で、就業可能性があると認定された者は、通常の雇用就業及びフレックスジョブの可能性を検討し、駄目な場合に、年金支給を決定した。その際、リハビリテーション・訓練、教育で就業能力が向上するかどうかも検討された(デンマークでは、障害年金支給は、障害の有無ではなく、あくまで就業可能性で判断される)。おおよそ就労能力の半分以上が残っていると判断されれば通常の雇用契約、残存能力が3分の1未満と判断されれば障害年金支給、半分と3分の1の間と判断されればフレックスジョブを探すとなっていた。 (注)2007年の地方行政改革に並行した見直しで、コムーネ=基礎自治体へ移管された。2007年改革では、国‐14の県(アムト)-約270の基礎自治体(コムーネ)の三層構造を、基本的には、国—98のコムーネの二層構造にし、途中の地域(レギオン)は、医療に責任を持つ他は地域の全体計画等を策定するだけのものになった。なお、デンマークの地方分権は「中央レベルの枠組みの中での分権化」(centralized de-centralization)と言われ、国が政策枠組みと政策目標を決め、その達成度に応じてコムーネへの助成額を大きく変更する目標管理が広く行われている。 (2)2012年12月の法改正 2009年時点で、障害年金、フレックスジョブ、フレックスジョブ失業手当(フレックスジョブが見つからなかった者への失業給付)の受給者数は、予想数より5万5千人増加(フレックスジョブで16,200人増、フレックスジョブ失業手当で11,300人増、障害年金で26,800人増)しており、上記3制度による年間の超過支出額は、90億デンマーク・クローネ(1クローネ=18円換算で約1600億円)に達していた。それで、「福祉から就労へ」の動きを促進し、財政支出の増加を抑えるため、2012年6月、政府(社会民主党、社会人民党、急進自由党で構成)と野党である自由党、保守党、自由同盟との間で、フレックスジョブと障害年金の改革について、基本合意がされた。この合意を踏まえ、社会統合省と雇用省を中心とした検討を経て、2012年12月23日、フレックスジョブと障害年金の改正法(「積極的雇用政策法、積極的社会政策法、社会年金法等を改正する法」)が国会で可決された。そして、2013年1月1日から施行された。 具体的には、①2013年1月以降、機能障害等により労働能力が低い場合であっても、原則として、40歳未満の者には、障害年金は支給されず、その代わりに、1回あたり最長5年間のリソース・プロセスが提供される(延長可能)。リソース・プロセスは、様々な専門家で構成されるリハビリテーション・チームが本人と面談をしながら必要な支援を検討し、就業の道を最大限に探るものである、②フレックスジョブについては、(ⅰ)労働時間が短い者も対象にし、(ⅱ)公的助成を雇用主でなく直接個人に支給し、(ⅲ)労働収入が最も低い者に最大額の助成額を支給し(雇用主は障害者が就労した時間分のみの賃金を支給すればいい)、(ⅳ)労働時間を増やせば総所得が明確に増える仕組みとなる等、大改正であった。 (3)リハビリテーション・チームとリハビリテーション・プロセス リハビリテーション・チームとリハビリテーション・プロセスが本改革の要石である。 まず、全コムーネ(基礎自治体)内に、雇用部門、保健・医療部門、社会福祉部門、教育部門の代表者からなるリハビリテーション・チームを設置する。そして、18歳〜40歳の者で、フレックスジョブや障害年金を受給する可能性が高いと評価される者に対しては、一般労働市場により近い形での参画を目指して、このチームがリハビリテーション・プランを作成し、このプランを参考に関係当局が決定したリソース・プロセスが提供される。 リハビリテーション・プランは具体的には以下のようにして作成される。 まずは、第1段階として、当事者参加の下、準備予備調査として、①これまでの就業経験、②利用した公的サービス、③健康に関する情報(医師の診断書等)がデータ化される。次に、①一般労働市場での本格就労を目指すのが妥当、②フレックスジョブを目指すのが妥当、③障害年金が妥当、④その他の選択が妥当、の判断と、それを裏付ける、①就業面での留意の必要性、②健康面での留意の必要性、③メンターの支援の必要性等が特定される。 こうした検討の後、第2段階として、最終達成目標、中途達成目標(それぞれ、なぜそのような目標が妥当かの理由を付加)、次の6カ月間の具体的行動計画、その次の6カ月の「可能性のある」計画からなるリハビリテーション・プランが作成され、関係当局に提案される。但し、提供サービスの決定権はこのチームにはなく、関係当局が有している。 (4)デンマーク障害者団体連盟(DH)の評価 ほぼ全政党の合意に基づいているので、反対論は、障害者団体と一部市民団体等に限定されたという。障害者団体は、今回の改正に対し、非常に反発し、反対運動を展開した。「」内がデンマーク政府見解、( )内がデンマーク障害者団体連盟の反対論である。 ①「フレックスジョブのコストはコントロールがきかないほど巨額になっている。」(フレックスジョブと障害年金の受給者合計は、2003年から2009年で3万7千人増加しているが、他方、疾病給付等の対象者が4万千人減少している。) ②「今回の改革が否定的影響を与えるのは、高額所得者のみである。」(平均所得額の者でも大きな影響を受ける。) ③「フレックスジョブないし障害年金を現在受給中の者には影響を与えない。」(現在の就業条件で就業を継続するならばその通りだが、仕事が変われば新ルールが適用される。従って、受給者は、現在の雇用関係に束縛され、仕事を変えたくても変えられなくなる。) ④「今日、多くの若者を永続的な障害年金の道に追いやるのは間違っている。」(必要な労働市場と教育の機会が与えられなければ、18歳から40歳の長い期間低収入に甘んじることになりかねない。) 今回のインタビューでも、実際に多くの仕事を創出することができるのかが疑問だし、低収入におちいる障害者が増えるのでないかとの不安が大きいとの意見表明があった。 ただし、その一方で、リソース・プロセスはデンマーク障害者団体連盟も従来から唱えてきたものであり、今回の改革には、障害者の就業能力を高め、労働市場への参加を支援するとの理念がある。この点は評価するという。そして、すでに法改正がなされたので、今後は、改正された制度の枠組みで、障害者のために運用面での適切な配慮を求める対応をせざるを得ない、特に、各自治体が同レベルで対応するよう、監視していきたい、という意見であった。 5 デンマークの障害者雇用就業の展開と今後の研究課題 (1)障害者の所得保障を雇用就業で行うのか、社会保障で行うのか 就労関係施策と所得保障制度との一体的見直しは、オランダ等多くの国でも進められているが、雇用就業での所得保障を重視する方向にある。わが国においても、障害者の就労関係施策と所得保障制度との一体的見直しが必要であるが、多くの国では、障害年金は、就労能力の減退を補てんするものとなっており、就労能力の適切な評価が重要である。今回、障害者団体とのヒアリングでは、「仕事をすればするほど所得が増えるということで、自分に鞭打ち、無理をすることになる。家庭生活にも悪影響が出る可能性も大きい。働け、働け、で短期的には給与が増えても、長期的には身体に与えるダメージが大きく、就労能力が下がる心配がある。それで給与も下がることになるのではないか。」との懸念があった。デンマークのリソース・プロセスで対象者の就労能力評価が適切に行われるのか、障害者の就労志向や就労内容が今後どのように変わっていくのか、注意深くフォローしていきたい。 (2)国連障害者権利条約との関係 現時点において、国連障害者権利条約がデンマークの障害者政策に与えた影響は少ない。直接的な影響は、2010年12月の国会決定により、国連障害者権利条約33条(条約の締結国内における実施及び監視)における「条約の実施を促進、保護、監視するための枠組み」が、デンマークにおいては、デンマーク人権協会(国連障害者権利条約の促進、実施状況のモニターが重要業務となった。)、デンマーク障害者審議会、国会オンブズマン(行政へのクレームに広く対処。業務内容に障害者施策の監視が明確化された。100人ほどのスタッフを有する。)が連携して担うことになった程度のようだ。 ただし、先日、周辺国に比べ批准が遅れていた条約のOptional Protocol(選択議定書。批准国の個人が、条約に規定された諸権利の侵害について、国連に設置された障害者権利委員会に対し直接通報が可能になる。)の批准を現政権は決定した。また、法務省に特別委員会(専門家と行政官で構成。障害者団体も参加。)が設置され、各法律にどれだけ国連障害者権利条約を具現化させるのか、本年中に結論を出す予定になっている。 このように、デンマークは国連障害者権利条約の具現化には時間をかけて取り組んでおり、具体的取り組み状況につき、今後のフォローが必要である。 (3)フレクシキュリティ政策との関係 「フレクシキュリティ」とは、労働市場の柔軟性・弾力性(フレクシビリティ)と雇用・生活保障(セキュリティ)の両立を目指す包括的な政策体系で、2006年の欧州首脳会議以降、EU全体で積極的に推進されている。リーマンショック以降、議論は再活性化している。デンマーク型は、フレクシキュリティ・モデルの代表モデルの一つで、①柔軟な労働市場(解雇規制が緩い)、②手厚いセーフティネット(失業給付等が充実。高水準だったフレックスジョブの賃金補てん額や障害年金額もこの一環。)、③積極的な雇用政策(次の仕事に移るための職業教育プログラムが充実)、の3本柱(いわゆる「黄金の三角形」(The Danish Golden Triangle)とそれを支える労使の政策決定、実施への積極的参加から成り立っている2)6)。 デンマーク人権協会の障害者均等処遇チームを率いるLiisbergさんは、デンマークのフレクシキュリティ政策に批判的であった。デンマークのフレクシキュリティ政策は、デンマークの失業率が低い一因となっているが、事業主は労働能力が低下した労働者を、フレクシキュリティを名目に合法的に解雇できるので、転職が特に困難である障害者にしわ寄せがきているという。スウェーデンには能力低下ですぐには解雇できない法規定があり、デンマークでもこうした法律の導入が必要だという。 フレクシキュリティはどこの国でも必要であるが、形態はまことに多様である。日本でも、雇用・社会保障政策として、また、障害者対策として、どのようなフレクシキュリティを追求したらいいのか、大いに議論すべきであろう。 6 おわりに デンマークは3年ぶりの訪問であったが、この間の変化の大きさに大変驚かされた。一方では、長期化している経済不況への対応、他方では「福祉から就労へ、それもできるだけ一般労働市場での雇用へ」の流れの推進、この両面があいまって、もともと「実験国家」であるデンマークでは、他国以上に大きな政策の見直しが進んでいるようだ。今回のフレックスジョブ、障害年金見直しは、まさに始まったばかりで、見直し結果の評価には少なくとも数年間が必要であろう。今後とも、多様な観点からデンマークの障害者政策動向をフォローしていきたい。 【参考文献】 1)岩田克彦:デンマークの障害者雇用就業政策−フレックスジョブ、障害年金の制度改正を中心として−、 「障害者の生活実態ニーズ把握による就労支援と障害保健福祉政策のあり方に関する研究報告書」(平成 23年度厚生労働科学研究補助金)(2013)、p94-110 2)同:欧州諸国のフレクシキュリティ政策の現状と課題、「季刊社会保障研究2012年No179」,p85-91(2012) 3)同:障害者就労で福祉政策と労働政策の一体的展開をいかに実現するか、「障害者の福祉的就労の現状と課題」』、p303-326,松井亮輔・岩田克彦編、(2011) 4)同:デンマーク、「障害者の福祉的就労の現状と課題」、p119-131、松井亮輔・岩田克彦編、中央法規(2011) 5)同:デンマークにおける社会支援雇用の実体と課題、「EU諸国における社会支援雇用調査報告書」、日本障害者協議会社会支援雇用研究会(2010) 6)同:デンマークのフレクシキュリティと労働関連制度、「経営法曹、第166号」,p60-80,(2010) 【連絡先】 岩田克彦23年度 職業能力開発総合大学校 e-mail:iwata@uitec.ac.jp ドイツ及びフランスにおける障害者の所得保障 苅部 隆(障害者職業総合センター 特別研究員) 1 はじめに 障害者の雇用施策は、障害者が適切な職業に就き、その能力を十分に発揮して職業を通じての社会参加と自立を図ることを目的としており、その中で障害者は社会の一員としてその責任を分担することが期待される。障害者の自立を支えるものは、職業に従事することによって得られる賃金であるが、身体や精神的機能の低下・喪失に伴って就労を含む生活活動上の困難や不自由・不利益に直面することの多い障害者の場合には、高齢となり就労による所得を失った者に対する老齢年金と同様の賃金以外の所得保障の仕組みが必要となり、各国でその整備が進められてきた。その意味で、障害者雇用施策を考える場合には、障害年金等の賃金以外の所得保障システムについても関連の深い問題として現状や課題を把握し、検討を行うことが重要である。欧米諸国では、我が国と同様に保険制度の中で一般傷病や労働災害によって被った障害という保険事故に対応した補償給付としての年金制度が設けられているが、今回は、日本と同様に割当雇用制度が採用されているドイツ及びフランスにおける所得保障制度について、障害の要件、認定方法等に着目して考察することとした。 2 ドイツの所得保障制度 (1) 障害年金 ① 障害の要件 障害年金給付の対象となる障害要件は、2001年の年金改革以降、「稼得能力の減少(Minderung der Erwerbsfahigkeit)を理由とする年金」に整理され、稼得能力の完全減少か一部減少の場合となっている。したがって、傷病による機能障害があっても一定以上の稼得能力の減少がなければ障害年金は給付されない。 この稼得能力の減少については、雇用形態を問わず1日3時間未満しか就労できない状態の場合に完全稼得能力減少とされ、1日3時間以上6時間未満しか就労できない場合に一部稼得能力減少とされる。このため、1日6時間以上就労可能な障害者は障害年金の対象である障害者とは認定されず、所得は就労による賃金から確保する必要があり、就労できない場合の失業という保険事故に対しては失業保険制度が適用される。1日3時間の基準は、一般労働市場で就労する際の失業手当の受給には1週15時間以上(1日3時間以上)の就労が支給要件となっているからで、それ故3時間以上働ける障害者は短時間労働で、6時間以上働ける障害者は一般労働市場で就労することが求められ、所得保障は年金保険制度と失業保険制度とが切れ目なくつながる制度となっている。 したがって、障害年金額についても、完全減少の場合は老齢年金額と同等であり、一部減少の場合は完全年金額の2分の1と定められている。 障害以外の要件としては、稼得能力減少の事故発生前に年金保険制度に加入していること、老齢年金支給開始年齢(65歳)前の事故であること等があり、保険制度の適用されない障害者には社会扶助制度としての障害時基礎保障制度が用意されている。なお、65歳になり障害年金受給資格を失った者は、引き続き老齢年金が受給できる。 ② 障害の認定方法 ドイツ年金保険(DRV)の各州にある事務所において障害年金申請者の医学的鑑定及び就労能力評価が行われる。障害認定は、申請者の心身の障害の状態を診断し、従来の仕事にどの程度の時間従事できるか、作業能力がどの程度残っているか等を鑑定書に取りまとめ稼得能力評価を行うようになっているが、労災保険や重度障害者関係の規定で用いられる障害等級表のような厳密な基準はなく、可能労働時間による能力評価は大まかなものである。 ③ 支給状況 年金保険の運営管理を行うDRVの資料から障害年金の2012年末の状況を見ると、受給者総数は、1998年の1,936,060人をピークとして減少傾向にあるものの、1,677,538人に達しており、そのうち、障害程度の軽い者に対する一部稼得能力減少年金の受給者は104,847人、障害程度の重い完全稼得能力減少年金の受給者は1,555,083人となっている。平均年金月額は、全体で699ユーロ、一部減少年金では474ユーロ、完全減少年金では717ユーロであった(表1参照)。 表1 障害年金受給者数・平均年金月額(2012年末) 資料出所:DRV, Rentenbestand am 31.12.2012 * 障害年金計には鉱山労働者年金を含む。 (2) 労災年金 ① 障害の要件 ドイツの労災保険制度は、社会法典第7編法定災害保険の規定に基づき、ドイツ法定災害保険(DGUV)により、労働災害、通勤災害、職業病、学校事故等について広範囲に補償され、各種給付金の審査、支給が行われている。 対象となる保険事故は労働災害及び職業病とされ、そのような事故により稼得能力が26週間以上にわたり少なくとも20%以上減少した場合に労災年金(Verletztenrente)が受給できる。 事故の結果は10%以上の減少のみ算定対象となり、複数の事故による能力減少の合計が20%に達する場合も年金給付の対象となる。労災年金額は労災等により被った損傷結果に基づく稼得能力減少の度合い(MdE)に応じて決まり、完全能力喪失の場合は年間賃金の3分の2に相当する満額年金が支給され、減少度が100%を下回る場合にはその割合に応じた部分年金が支給される。計算例は以下となる。 労災年金計算例(DGUV資料より) 年収 36,000ユーロの被災者の場合 満額年金 年24,000ユーロ(36,000×2/3, 月額2,000ユーロ) 部分年金(20%の能力減少)年4,800ユーロ(満額年金24,000×20/100,月額400ユーロ) ② 障害の認定方法 これまでドイツで社会法典第9編の重度障害者認定等で用いられてきた労働社会省による「医学的鑑定業務のための手引(AHP)」は、同手引が法令に根拠を置かないものであることに批判があったため、2008年の援護医療命令の改正により、第2条の別紙「援護医療の原則」として損傷・障害度等級表(GdS-Tabelle)に改められ、多くの障害程度認定にはこの等級表が用いられることとなったが、労災保険においては、AHPそのものは適用せず、稼得能力減少度(MdE)を5%刻みで障害種類別に機能損傷程度に応じて詳細に表示する形式のAHPと極めて類似した独自の等級表を用いている。 ③ 支給状況 労災年金受給者数は2011年末で750,005人、そのうち労災事故によるもの651,947人、職業病によるもの100,790人となっており、この他に労災遺族年金の受給者等98,058人がいる。2011年の各案件の平均支給額は、被保険者5,273ユーロ、寡婦・寡夫12,270ユーロとなっている(表2参照)。 表2 労災年金受給者数・平均年金年額(2011年末) 資料出所:DGUV- Statistiken fur die Praxis 2011 (3) 障害時(稼得能力減少に伴う)基礎保障 ① 障害の要件及び障害認定 ドイツでは、障害年金の支給要件を満たさない先天性障害者、若年障害者、最低限度の水準に満たない少額の年金受給者等のため、社会法典第12編に基づく社会扶助制度による税を財源とする非拠出制の給付として、障害時基礎保障(Grundsicherung bei Erwerbsminderung)が2003年に導入され、障害者の最低限の生活を可能とする所得保障の機能を果たしている。 障害時基礎保障の実施機関は郡又は市の地方自治体であり、社会扶助を受ける場合と同様の所得及び資産の制限がある。満18歳以上の稼得能力が完全に減少した障害者(1日3時間未満しか就労できない)だけが対象となっているほかは障害年金と同様の要件、認定手続きに従っており、自治体は障害年金を所管するドイツ年金保険(DRV)に障害認定を要請しその情報提供が受けられる。 ② 支給状況 受給者数は、2003年末181,097人から2011年末407,820人と、人口に対する割合も増加し就労実績のない無年金障害者に対する所得保障の役割が拡大している。2011年末の平均総支給額は月額657ユーロ、所得控除後の平均支給実額は485ユーロであった。 3 フランスの所得保障制度 (1) 障害年金 ① 障害の要件 フランスでは労働者が労働災害や職業病以外の一般的傷病により障害者となった場合の所得保障は、社会保障法典第3編の規定に基づき疾病保険制度から給付される障害年金(pension d'invalidite)である。多くの国では、障害年金と老齢年金は同一制度の枠内で運営されているが、フランスでは、障害を疾病の延長・固定した状態ととらえ、疾病保険を運営する全国被用者疾病保険金庫(CNAMTS)から初級疾病保険金庫(CPAM)を通じて、私傷病又は労災により労働能力を喪失した者に障害年金又は労災年金が支給される。 障害年金における障害(invalidite)とは、労働災害や職業病でない疾病や負傷によって労働能力が3分の2以上減少した状態のときに障害があるとされ、受給認定者は、さらに労働能力の喪失程度と支援の必要性に応じて3区分に分けられる。 区分1は、有償労働に従事する能力のある中程度の障害者で、年金額は被保険者の最良の賃金の10年間の平均賃金年額の30%である。区分2は、いかなる職業にも従事することができない重度の障害者で、年金額は平均賃金額の50%である。区分3は、いかなる職業にも従事することができず、日常生活活動を行うために第三者の援助を必要とする最重度の障害者で、年金額は平均賃金額の50%に第三者加算を加えた金額となる。各区分別の最低額と最高額は表3のとおり。 表3 障害年金月額の最低・最高額(2013.4.1現在) ② 障害の認定方法 障害年金の対象となる障害の有無や程度は、初級疾病保険金庫が顧問医(medecin conseil)の鑑定評価を参考にして認定する。鑑定評価は、被保険者の残存労働能力、全般的状態、年齢、身体的・精神的能力、適性や職業訓練を考慮して行われる。労災年金制度と比較すると、労災年金では障害等級表等により障害率が決定されるが、障害年金の方には詳細な等級表はなく前述の事項で認定される。 こうした障害年金と労災年金における障害定義の相違はドイツの場合と同様で、障害年金では細かな機能障害の程度に着目するのではなく、実際の稼得能力の程度を大づかみで総合的に判断して喪失した所得を補填するとの考え方に立ち、保険者側による判断が重視されているように思われる。 ③ 支給状況 2011年の一般制度の障害年金受給者数は、611千人で障害年金受給者の障害程度の区分別割合は、区分1が全体の23%、区分2が74%、区分3が3%と、大半が区分2である。平均支給額(2008年)は、全体589ユーロ、1区分378ユーロ、2区分621ユーロ、3区分1,466ユーロであった。 (2) 労災年金 ① 障害の要件 労災年金(rente d'incapacite)の場合の障害とは、労働災害又は職業病により永続的障害(IP)が残り、社会保障法典第4編R.434-35条別表1で定める障害等級表(Bareme indicatif d'invalidite)による障害率が10%以上である。 年金額の計算は、労災発生前の1年間の算定基礎賃金に、認定された障害率が50%以下の場合はその2分の1を、50%を超える場合は50を超える部分の1.5倍に50の半分を加えた合計率を乗じて得た額となり、計算例は次のとおり。 ・障害率が30%:年賃金×15%(30/2 = 15) ・障害率が75%:年賃金×62.5%(50/2+25×1.5) ② 障害の認定方法 被災した障害者の申請に基づき、障害等級表を参照しつつ、障害の性質、全般的状態、年齢、身体的・精神的能力及び職業上の能力・資格を考慮して、顧問医の鑑定を聞き決定する。この障害等級表は、障害者の機能障害及び能力低下の評価指針(Guide-bareme)のように、障害を上肢、下肢、脊椎、脳・神経系、等に細分した医学的診断による障害率を示している。 ③ 支給状況 2011年の一般制度の労災年金受給者数は1,287千人、1人当たり平均受給年額は2,244ユーロ、遺族年金受給者は85千人、受給年額は12,967ユーロであった。 (3) 成人障害者手当(AAH) フランスの障害者の所得保障制度では、税を財源とする社会扶助制度に基づく給付も重要な役割を果たしている。1975年に導入された成人障害者手当(AAH)は保険加入要件を満たさないために障害年金を受給できない障害者に対して家族手当金庫(CAF)から給付される非拠出制の給付金であり、そのため資産や所得に制限があり、就労による賃金も一部が控除される。 ① 障害の要件及び認定方法 AAHの受給のための障害要件は、障害率が80%以上の重度の障害があるか又は障害率が50%〜79%の障害により相当期間就労が困難な状態にある場合で、年齢要件は20歳以上60歳未満の者である。各県の障害者センター(MDPH)の中に設置されている障害者権利自立委員会(CDAPH)が、社会福祉・家族法典付属文書2-4で定める障害者の機能障害及び能力低下の評価指針(Guide-bareme)等に基づく判定評価を得て認定する。 ② 支給状況 AAHの月額(2012年9月現在)は、776.59ユーロ、2011年の受給者数は、956,600人であった。 4 日本との比較 (1) 障害の範囲・等級 障害年金は、独仏がいずれも障害による労働・稼得能力の減少で生じた就労所得の喪失を補う給付という性格を持つのに対して、日本では障害による日常生活の著しい制限に対してその生活の維持向上を図るための給付となっており、必ずしも就労所得の喪失を保障する役割を有してはいない。そのため、障害の認定も機能障害による日常生活の制限を評価する医学的判定基準によって行われ、高賃金の年金受給者がいる一方で、障害のために就労できなくとも障害程度が基準に達していないと障害年金の支給は受けられない場合もある。 他方、労災年金は、各国とも労働による事故の結果労働能力の制限を引き起こす障害が生じ、そのための就労所得の減少を補償するという給付の性格が同様であるため、機能障害の程度を細かく判定し給付額もそれぞれに対応する仕組みとなっており、また保険制度という性格から、保険者による認定・評価の独自の基準が設けられている。 障害の範囲・等級の比較に当たり、ここでは詳細な認定基準のある制度により、視力という共通尺度のある視覚障害を比較する。以下の表4のとおり、日本の障害の等級各付に比べ、独仏いずれも身体障害者福祉法の6級に相当する広い範囲の障害も重度として扱っており、これが障害出現率や年金受給者数の違いとなっている。 表4 視覚障害等級の日独仏比較 (2) 就労促進との関係 日本の障害年金では一般に就労に伴う減額調整は行われないが、独仏の場合、部分年金は別として完全に稼得能力を喪失した障害者に対する年金等については就労所得が一定額を超えると年金等の支給額が減額される。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:「欧米の障害者雇用法制及び施策の動向と課題」,調査研究報告書No.110(2012年)第1章,第2章 2)永野仁美:「障害者の雇用と所得保障」,信山社(2013年) 3)百瀬優ほか:「欧米諸国における障害年金を中心とした障害者に係る所得保障制度に関する研究」厚生労働科学研究費(2011年) 障害者権利条約から見た改正障害者雇用促進法と障害者差別解消法(新法)の問題点 清水 建夫(働く障がい者の弁護団/NPO法人障害児・者人権ネットワーク 弁護士) 1 2013年6月に成立した二法は条約に比べ未だ道半ば (1) 日本政府は2007年9月28日障害者権利条約(以下「条約」という。)に署名したのち、批准に向けて国内法の整備を進めてきた。2011年4月22日障害者基本法を改正する法律案を国会に提出し、同年7月29日成立した。 (2) 2013年4月19日障害者雇用促進法を改正する法律案を国会に提出し6月13日成立した。また同年4月26日「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律案」を国会に提出し、6月19日成立した(以下「改正障害者雇用促進法」「障害者差別解消法」と各いう。)。 (3) 障害者差別解消法は13条で条約27条「労働及び雇用」に対応する国内法の整備は障害者雇用促進法の改正によるものとした。 (4) 二法の成立により一定の前進があるものの、条約の基本思想からの逸脱があり、国内法化の立法としては未だ道半ばである。今後の更なる改正が不可避である。 2 基本的枠組みの誤り (1) 条約27条1項本文は「締約国は、障害者が他の者と平等に労働についての権利を有することを認める。この権利には、障害者に対して開放され、障害者を受け入れ、及び障害者にとって利用可能な労働市場及び労働環境において、障害者が自由に選択し、又は承諾する労働によって生計を立てる機会を有する権利を含む。」として障害者の労働の権利を正面から規定した上、締約国と事業主の具体的な義務を明記している。これに対し障害者雇用促進法1条(目的)は事業主の「雇用義務等に基づく雇用の促進等のための措置」等を講じるとし、この措置の主体は事業主と国及び地方公共団体の任命権者であって障害者ではない。障害者雇用促進法では障害者はあくまでも事業主と任命権者の雇用義務・採用義務に基づく雇用の促進の結果を受け入れる客体にすぎない。この法律は障害者の権利を謳うにふさわしい法律ではない。 (2) 改正障害者雇用促進法1条に「雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会及び待遇の確保並びに障害者がその有する能力を有効に発揮することができるようにするための措置」を従来の三つの措置に追加した。しかし条約が正面から認める障害者の権利を「措置」という枠の中でご都合的に変えたもので、条約の基本思想に沿うものではない。 3 現行の障害者雇用率制度の運用を肯定することによる障害者差別の固定化 (1) 日本における障害者差別の根源は、何よりも雇用差別にあり、これを率先して進めてきたのが厚生労働省による現行の障害者雇用率制度の運用である。同省は障害者雇用促進法の文言を意図的に歪曲して解釈し、事業主に対し障害者雇用は非正規雇用でよいとする取り扱いを一貫して行ってきた。同法38条は雇用に関する国及び地方公共団体の任命権者の採用義務を「常時勤務する職員」の採用と明記し、また同法43条は一般事業主の雇用義務を「常時雇用する労働者」の雇用と明記している。 (2) 「常時勤務する職員」「常時雇用する労働者」という文言の素直な解釈は「正規職員」「正規社員」(期間の定めのない労働者)を指すことは明白である。法律の文言を歪曲して解釈し、事業主や行政機関に対し非正規雇用でよいとする同省の扱いは国による障害者差別以外の何ものでもない。国(厚生労働省)や高齢・障害・求職者雇用支援機構が非正規雇用でよいとしている場合に、事業主が契約の打ち切り(雇止め)をしやすい契約形態を選択するのは自然な流れである。 障害をもった労働者の多くは、昇給・昇格も退職金もほとんどなく、契約が更新されるか否かの不安をもちながら日々働いているのが現実である。 (3) 労働・雇用における差別はあらゆる差別の根源であり、逆に言えば労働・雇用差別の廃絶はあらゆる差別廃絶の最終到達点である。労働・雇用差別を廃絶しない限り、教育差別の廃絶をいくら唱えても障害者差別の解消は絵に画いた餅に終わる。障害者が社会人として活躍できるか否かは障害者の能力や障害特性(障害者基本法18条・19条)の相違によるよりも、社会人として与えられる機会の相違による。このことは弁護士・医師などの資格のある障害者が、障害のあるという立場から障害のない資格者を超える活躍をしている事実が証明している。非正規雇用に振り分けられ単純で生きがいのない労働に従事させられている障害者は、経済的不利益のみならず、人生のあらゆる局面で労働者としての尊厳を否定され、回復しがたい損失を受けている。 (4) JR採用差別事件で最高裁第一小法廷2003年12月22日判決は国鉄が国労や全動労に属する組合員をJRの採用候補者名簿に記載しなかったことに関し、「国鉄によって承継法人の採用候補者に選定されず採用候補者名簿に記載されなかった者は、振り分けに当たって承継法人の職員に採用された者と比較して不利益な立場に置かれることは明らかである。」と断じた(判例時報1847号8頁以下)。これを受けた東京地方裁判所は、2005年9月15日国鉄による不当労働行為を認定し、労働者のJR採用への期待権を侵害したとして国鉄の後継法人(独)鉄道建設・運輸施設整備支援機構に損害賠償を命じた(判例時報1906号10頁以下)。東京高等裁判所も2009年3月25日同機構の控訴を棄却し、一審の判断を支持した(労働判例984号48頁)。 (5) この判例法理を障害者雇用に適用すると、障害者を結果として非正規雇用に振分ける厚生労働省の扱いは、障害者を不利益な立場に置く明らかな障害者差別であり、障害者雇用促進法に基づき障害者が本来処遇されるべき正規雇用への期待権を侵害するものである。当然国家賠償請求の対象となると思料する。 (6) 障害者は治療に専念を余儀なくされ働くことが不可能な人、健康状態からは働くことが可能であるが雇用の機会がなく作業所等で福祉的就労を余儀なくされている人、雇用の機会には恵まれたが非正規雇用で不安定な就労形態を余儀なくされている人、中途障害者ら正規雇用として働いている人等と実に三重にも四重にも分断され差別されている。そして正規雇用の人も含めほとんどの人が障害のない人たちと全く別のトラックを生涯走り続けさせられている。あるトラックからより充実した労働条件の隣のトラックに参入する機会は閉ざされ、逆に労働条件がより制限されたトラックへの移動を日々迫られている。現に障害者枠の従業員が全員有期契約であることを理由に、中途障害となった正規雇用労働者が有期契約への変更を迫られている。このような分断差別を容認するかぎり障害のある人もない人も開かれた労働市場で平等に働くと言っても絵空事に終わる。見せかけだけの「共生・平等社会」である。分断を固定化させるこの垣根をどうこわしていくかがこれからの最も重要な課題である。 4 日本経済団体連合会事務局の労働政策本部長の猛反対により、精神障害者雇用義務化が大幅に先延ばし (1) 精神障害者を障害者雇用率の実雇用算定の分子にカウントできるようになった2006年4月以降精神障害者の雇用状況は大きく進展した。ハローワークにおける精神障害者の新規求職申込件数は年々増加し、2006年度18,918件から2011年度48,777件と2.6倍となった。障害者全体の新規求職申込件数に占める精神障害者の割合は、18.3%から32.9%と増加した。 また、毎年6月1日現在の従業員56人以上企業で雇用されている障害者の雇用状況報告によると、初めて報告の対象となった2006年度の精神障害者の雇用障害者数は1,917.5人(うち短時間543人)であったが、2011年は13,024.0人(うち短時間3,972人)と5年間で6.8倍となった。 (2) 障害者雇用促進制度における障害者の範囲等の在り方に関する研究会は、2012年8月3日の最終報告書において、結論として「精神障害者の雇用環境は改善され義務化に向けた条件整備は着実に進展してきたと考えられることから、精神障害者を雇用義務の対象とすることが適当である」とした。 これに対し、真っ向から異を唱え猛反対したのがこともあろうに日本経済団体連合会(以下「日本経団連」という。)の事務局の労働政策本部長の高橋弘行労働政策審議会障害者雇用分科会委員(使用者側代表5名のうちの1名)である。 (3) 高橋委員は厚生労働省が出したデータのうち自説に不都合なデータについては言及せず、データを自説に都合よく引用して反対論を展開している。「現在の実雇用率1.69%は法定雇用率を下回っており、法定雇用率達成企業割合も46.8%と過半数に達していません」「昨年6月1日時点の数字を見ると、新しい法定雇用率2%を達成している企業は、いずれの企業規模でもわずか2割程度にすぎません。」と述べる。しかし昨年6月1日の法定雇用率は1.8%であり、1,000人以上の企業の実雇用率は1.9%で法定雇用率をすでに0.1%上回っている。法定雇用率が2.0%となれば大企業は易々とそれを超える。日本経団連は日本を代表する大企業を会員とする組織であり、その事務局の労働政策本部長が中小企業も含めた実雇用率を自説に都合のよいように引用するのはフェアではない。現時点では労働者数が200人以下の企業は障害者雇用納付金の納付義務さえない。1.69%というのは労働者数56人以上の企業全体の雇用率であり、この高橋委員の論旨は公正を欠き、母体団体傘下の企業の現実とかけ離れている。 (4) 日本の企業はリーマンショックも東日本大震災も優に乗り越え、上場企業の2013年3月末決算は経常利益において2割の増益であり、しかも6分の1の企業が過去最高益を記録、株主配当額も過去最高である。これは社長から全労働者までが一丸となって良質な製品・きめ細かなサービスづくりに専念した結果であり、日本の経営者や労働者(障害のある労働者を含む)が地道な努力によって築いた底力によるものである。高橋委員は「厳しい経営環境が続く中、企業努力によりまして雇用障害者数は9年連続で過去最高を更新してきています。」と述べているが、これは経営者だけの努力によるものではなく、ましてや日本経団連という業界団体のおかげによるものではない。 (5) 同じ障害者雇用率制度を採用しているドイツ、フランスの次の障害者雇用率制度と比較しても日本の2%は著しく低い。 ドイツ 法定雇用率 従業員20名以上の企業及び公的機関について5% 実雇用率 全体4.5%、民間3.92%、公的6.3% フランス 法定雇用率 従業員20名以上の企業及び公的機関について6% 実雇用率 多様な制度による雇用 (6) グローバル化の中で日本の企業は障害者雇用においても他国に範を示す世界的企業群たらねばならない。共生社会の実現について日本経団連は日本の企業群を指導し、率先して舵を取るべき立場にある。目先の利益にとらわれ日本経団連が志の低い単なる圧力団体に身を落とすのは、日本国民にとっても日本の経済界にとっても恥ずべきことである。国連は1980年1月30日に採択した「国際障害者年行動計画」の中で「ある社会がその構成員のいくらかの人々を閉め出すような場合それは弱くもろい社会なのである。」と断じている。日本経団連が日本でも世界でも弱くもろい社会をつくるリーダーであってはならない。日本経団連は自ら与えられた厳粛な使命を自覚し、組織を挙げて精神障害者の雇用に積極的に取り組むべきである。高橋委員の発言は日本経団連の企業行動憲章に反するものであり、あくまでも高橋委員の個人的見解であり、日本経団連の組織全体としての見解ではないと信じたい。 (7) ようやく精神障害者の社会参加の流れが動き始めたこのときに、日本経団連がこの流れを凍らせる事態をつくるとすれば、その歴史的責任は重大である。 (8) 日本経団連の猛反対を受け、精神障害者の雇用義務化の施行日は2018年4月1日となり大幅に遅れた。加えて2018年4月1日から更に5年間は「激変緩和」というわけもわからない名目のもとに法定雇用率の算定方法につき原則を歪めて緩和することとした。2006年4月以後多くの精神障害者の社会参加が前進しつつあったが、日本経団連の猛反対により雇用義務化が大幅に遅れ、この流れが凍りついてしまわないかということを強く憂慮する。このような凍結状態を発生させないために厚生労働省や事業主や事業主団体に精神障害者の雇用の推進をより一層求めていく必要がある。 5 紛争の解決機関 (1) 改正障害者雇用促進法は第3章の2「紛争の解決」の章を新たに設けたが、都道府県労働局長による助言、指導、勧告又は紛争調整委員会による調停手続による紛争解決を図るものとしたにすぎない。事業主が反対するかぎり実効性がなく、多くを期待できない。本来なら政府から独立した第三者機関による簡易で迅速な準司法手続を設けるべきであった。 (2) 改正障害者雇用促進法にはEUの一般雇用機会均等指令や韓国の障害者差別禁止法が定める立証責任の転換規定、損害額の推定規定や違反者に対する罰則規定のようなものがなく、差別禁止の実効性を担保するための規定が零に等しい。 6 障害者基本法に反する障害者差別解消法 障害者基本法4条2項は1項を受け、「(事業者を含めた)何人も」合理的配慮を法的義務として負うとするものである。障害者差別解消法8条2項ではこれを努力義務でよいとするもので障害者基本法に反する。障害者差別解消法1条は目的に「この法律は障害者基本法の基本的な理念にのっとり」としており、支離滅裂な法律である。 7 精神障害者という差別用語の撤廃へ 日本においては精神障害者という言葉そのものが差別用語化し、「気狂い」という人格を全面否定する言葉に連動している。現実には精神障害者は適切な生活管理・薬の投与が行われれば障害のない労働者と何ら変わりがない働きをすることができる。法律も行政も精神障害者という言葉で一まとめにしているが、ここに強い偏見を生む土壌がある。むしろ個々の障害(統合失調症・てんかん・そううつ病)ごとに、各障害者の障害特性に応じた雇用対策を進めることが重要である。統合失調症という用語も適切ではない。これら不適切な用語が多くの日本人に偏見を生んでおり、このような差別用語を撤廃し、国も企業も国民も精神障害者の尊厳の回復をはかるべく正面から向き合うべきである。自己もしくは自己の家族が「精神障害者」といわれたときは多くの人々が障害を隠そうとする現実に思いを致すべきである。 就労移行支援の勘所 〜職場実習開始のためのアセスメントについて〜 ○森 克彦(公益財団法人浅香山病院 アンダンテ就労ステーション 所長) 谷奥 大地・郷田 絢子・藤村 ゆかり・小塚 裕喜・川端 達哉・東 麻衣・影山 絵美・鑑光 さおり(公益財団法人浅香山病院 アンダンテ就労ステーション) 1 当事業所の概要と本発表の趣旨 (1) アンダンテ就労ステーション ① 事業の構成 イ 枠組み アンダンテ就労ステーションは、公益財団法人浅香山病院が運営主体となり、就労移行支援事業(以下「移行」という。)と就労継続支援A型及びB型事業(以下「継続B」という。)を実施する多機能型事業所として2008年4月1日に開所した。精神障害者に対象を限定しているというところが特徴である。開所当時、法人には病院デイケアが2単位、地域生活支援センターと生活訓練施設等があり、周辺には作業所が2カ所(現在は就労継続支援B型)と、半径1キロ圏内に精神障害者の地域生活をサポートする社会資源が比較的充実した地域であった。そんな中で就労支援に特化した関わりが必要とされたため、本事業が企画された。就労支援に特化する事業でありながらあえて多機能型を選択したのは、就労への思いはあるものの「2年間という標準利用期間」の設定が敷居の高さとなって、利用を躊躇するケースが想定されたためであり、集中的な支援を行う就労移行支援と合わせて、じっくり時間をかけて就労を目指すいわば「移行的継続B」として位置づけた。なお、2012年より就労機会の提供のために就労継続支援A型も開始し、他の2事業とは別に、院内の日常清掃の受託業務を中心に取り組んでいる。 ロ 支援のプログラム アンダンテ就労ステーションでは、模擬職場として「雑貨と惣菜の100円ショップ;てくてく商會」を運営しており、その活動を日常の準備訓練の場としながら、企業実習や委託訓練等の施設外支援を取り入れ、就職活動支援、職場定着支援へとつなげる流れを基本としている。準備訓練は①参与観察の機会、②信頼関係の構築、③課題の共有を目的としており、また、セルフエフィカシー(自己効力感)の向上を支援の理念としている。 ② 利用者の実績 2013年3月末までに計132名の利用(移行79名、継続B53名)があり、75名が解約(移行49名、継続B26名)、うち31名が就職(移行25名、継続B6名)となっている。 (2) 本発表の趣旨 就労支援における準備訓練において、職場実習は重要な手段である。特に2年という標準利用期間が定まっている就労移行支援事業所では、所内で実施する基礎訓練から施設外の職場実習へ、あるいは具体の就職活動へ、と進めるタイミングをどう図るのかということが、支援のノウハウの柱でもあると考えられる。本発表では、職場実習に焦点を絞り、その導入に関するアセスメントのあり方について議論を深めたい。 2 調査の手法と経過 (1) 調査票の作成 これまでに職場実習を行った利用者のうち、状況が確認可能な42例(一人で複数回の実習を行った者も含む)について、それぞれ担当者が行ったアセスメントの視点や手段等について調査票を作成し、集計した。3例は就職せずに終了、2例は現在訓練継続中である。調査項目としては①年齢②性別③サービス種別④実習開始時点での1週あたりの活動日数及び1日当たりの活動時間⑤活動への参加状況⑥利用契約から実習までの期間⑦実習期間⑧実習頻度⑨実習目的⑩実習開始に当たっての判断基準⑪アセスメントの手段⑫実習の効果である。⑤以降の項目については自由記述の形をとった。 (2) 調査結果の要素分類 次に回答の中から実習目的、開始に当たっての判断基準、アセスメントの手段、実習の効果の4項目について、それぞれ要素を引き出して分類しした。分類の結果は次の通りである。 ① 実習目的 イ 雇用前実習 雇用を前提に、実際の職場を体験することで、適性があるか否かを見極めようとする実習。 ロ 職場体験 就労経験が乏しく、イメージが持てていないなどの理由から、実際の職場を体験してみるという目的で実施する実習。 ハ 職種体験 希望職種について、適性を見極め、その後の準備訓練や就職活動の方向性を決めていくための実習。 ニ ストレス耐性の見極め デリケートな部分があるため、現場の中で起こってくるストレス等に対して、どの程度業務や体調管理等への影響が表れるのか等を確認するための実習。 ホ モチベーションの維持・向上 授産場面だけでは「飽き」や「甘え」があり、モチベーションが保ちにくくなっていたり、他メンバーを見て、焦りやあきらめになってしまっていたりするメンバーのモチベーションの維持・向上を目指した実習。 ヘ 新たな展開 授産場面だけではなかなか先に進むことができず、停滞気味になってしまっている場合などに、現場体験をすることによってモチベーションや新たな課題の発見等を目指す実習。 ト 課題の見極め・すり合わせ 本人の思いと、支援者の観察したところが一致しない、もしくは授産場面だけでは課題が共有しにくいため、現場を体験することによって、客観的な意見も含めて課題を再確認・共有するための実習。 チ 就職活動開始の見極め 就職活動を開始するにあたり、準備性を最終確認するための実習 ② 実習開始にあたっての判断基準 実習開始にあたっての判断の基準については、出席率が安定、実習開始のために設定した目標を達成、たまたま希望・条件のあった実習先が見つかった、模擬職場では課題が見当たらない(問題なく経過)、基礎訓練等のモチベーションが低下、本人の意欲もしくは希望の6項目になった。 ③ アセスメント手段 アセスメントの手段については、授産場面での参与観察、グループワーク場面での参与観察、雑談場面での参与観察、面接、関係機関からの情報、実習場面の6項目であった。 ④ 実習の効果 実習の効果については、課題の発見、課題のすり合わせ、自信がついた、意欲が向上した、適性の確認ができた、労働条件が見えた、就労のイメージが持てた、支援の手法が見えた、支援者との関係が深まった、病状・体調が悪化した、雇用になった、その他となった。 3 集計の結果 ケースごとに、分類した要素をそれぞれどのくらい含んでいるかについて比較した。 (1) 単純集計 ① 目的別単純集計 実習目的については移行と継続Bに大きな差はなかった。ただ、「新たな展開」という項目は移行にはなかった。「ストレス耐性等の見極め」は継続Bの方が多く、「就職活動開始の見極め」は継続Bでは少なかった。 ② 判断基準別単純集計 実習開始の判断基準については、「出席率の安定」が移行では28%であったのに比べ継続Bは17%とやや低く、「本人の意欲もしくは希望」が移行の25%に対し継続Bは35%であった。また、「実習開始の為に設定した目標を達成した」という項目は移行では7%に対し、継続Bにはなかった。 ③ アセスメント手段別単純集計 42例中34例が「面接」を選択しているが、逆に「面接」のみ選択というケースは14例、「授産場面」のみ2例、「グループワーク」のみ1例。「面接」を除くアセスメント手段を比較すると、移行・継続Bともに約半数が「授産場面での参与観察」であった。 ④ 期間の比較 契約から実習までの期間は移行の場合、ほぼ1年以内に開始している例がほとんどであるのに対し、継続Bの場合は2年を超えてからの開始が増えている。また、実習そのものの期間に関しては、移行・継続Bともに1ヶ月以上が半数を超えていた。 ⑤ 効果の比較 当初の目的に対して多様であり、顕著な傾向や偏りは見られなかった。 (2) クロス集計 ① 実習までの期間別比較 契約から実習までの期間別に目的を比較したが顕著な傾向は見られなかった。 契約から実習までの期間別に判断基準を比較したが、「出席率が安定」の項目については期間が長くなるにつれて少なくなっていった。逆に、「本人の意欲もしくは希望」の項目が増えていった。 アセスメントの手段に関しても、契約からの期間が長くなるにつれ、「授産場面での参与観察」は少なくなり、逆に「面接」による判断が増えていった。 効果に関しては、実習までの期間による顕著な傾向は見られなかった。 ② 実習期間別比較 実習期間別に目的を見ると、1ヶ月を超えてくると「雇用前実習」は減ってくる。「課題の見極め」、「職種の体験」は期間の長さに関わらず同じくらいの割合、「ストレス耐性の見極め」は長期になるほど、やや増えていく傾向にあった。「就職活動開始の見極め」は2週間未満と3カ月以上に集中している。 実習期間別の実習開始の判断基準は、短期間の場合は半数あった「本人の意欲・希望」の項目は長期になるほど減ってきて、「出席率の安定」による割合が増えてくる。実習期間別に手段を比較したが、顕著な傾向は見られなかった。実習期間別効果については実習までの期間が長くなるほど「就労のイメージが持てた」の割合が少なくなっていき、多様化している。 ③ 出席状況別比較 判断基準では4分の1内外であった出席率であるが、実習開始時の活動への参加状況は42名中33名がほぼ皆勤であり、月数回休みがあったり、遅刻等があるメンバーは9名だけであった。 出席状況が良好な群と不良な群を比較してみたが、実習目的・アセスメント手段・実習効果ともに顕著な傾向はなかった。 ④ その他の比較 目的別・判断基準別・アセスメント手段別にそれぞれ比較をしてみたが、いずれも顕著な傾向等は特に見られなかった。 4 考察と今後の課題 (1) 考察 集計にとりかかるまでは、基礎訓練での出席率が上がってくれば実習開始、という漠然としたイメージを持っていた。実際に、実習を開始したメンバーの8割は出席率が良好であったが、そうでないメンバーとの目的やアセスメント手段、効果等に大きな違いが見られなかったことや、そもそも出席率の安定が実習開始の判断基準の2割〜3割に過ぎなかったことなどから、必ずしも出席の安定が全てではないということが分かった。 さらに、実習までの期間が短く、反対に実習期間が長くなるほど、出席率が重視されており、逆も同様であったこと、判断基準に関する他の項目についても、実習までの期間と実習期間の長さで比較するとほぼ反比例している項目が多かったということなどから、利用者の授産訓練への取り組みを一緒にどう評価していくのかということが重要なポイントではないかと考えられる。 つまり、参与観察が意識されている中での授産訓練は、実習開始等就労支援の過程の中で有効に作用するといえるが、逆に、参与観察が意識されておらず、漫然と授産訓練が行われているだけではタイミングが失われてしまうということではないかと改めて考えさせられる。 また、要素を比較すると、実習目的よりも実習効果の方がより多様になっており、我々の想定以上の効果が生まれていることを示している。このことは実習効果と他の様々な要素とのクロス集計をとってみても、それぞれにばらつきがあって、特定の偏りが見られなかった、ということからもうかがえる。企業の場面での実習が支援者の予想を超えた効果を生むことに違いはないと言える。 (2) 反省点と今後の課題 人事異動や退職等で当該担当者がいなくなっていて記録以外では振り返りにくいケースについては今回調査対象から外した。しかし、担当者が現任として残っていても、2年、3年と経過してくると、当時の判断基準等について、記録を読み返してみてもなかなか思いだすことができなかった。一方で、当事業所での勤務経験が短いスタッフはなかなか議論に参加することができなかった。そもそも、ノウハウの蓄積を目的として本発表に取り組もうとしたのだが、エビデンスに結び付けて継承していくことの重要さを再度痛感したというところである。そういう意味では、議論しながら要素をいくつか抜き出したことがまずは成果であると思われるが、さらにエビデンスを高めていくために実践をどう積み上げていくべきなのかという課題を感じさせられた。また、今回は実習の導入にあたっての判断にポイントをしぼったが、実習の形態等を判断するための判断の要素は何だったのかという点や、さらに就職活動の開始にあたっての判断などについても今後検証していければと考えている。 挑戦し続ける力を育む就労移行支援プログラムの有効性 〜個人別の継続的な学習指導が自己肯定感や人生を拓くための基盤へとつながる〜 ○小澤 啓洋(社会福祉法人光明会 障害福祉サービス事業所就職するなら明朗アカデミー) 須知 良正・島田 利精・髙井 恵里香(日本公文教育研究会 事業開発本部施設サポート部) 1 はじめに 全国の就労移行支援事業所の概況は以下のとおりであり、多くの事業所では生産活動や企業実習等を通じて就職に向けた支援を行っている。 「就職するなら明朗アカデミー(以下「当事業所」という。)」は、障害者総合支援法に基づく就労移行支援事業を提供する障害福祉サービス事業所(平成22年4月1日開設)である。平成25年8月1日現在の概要は以下のとおりである。 就職先の業種は以下のとおりである。 その他に、製造業、地方公務などがある。 当事業所における就労移行支援プログラムは、主に公文式学習、SST(社会生活技能訓練)、社会貢献活動の三つで構成する。生産活動等を通じて就職を目指す就労移行支援とは異なり、学習指導を中心とした就労移行支援プログラムを提供しているところが特長的であり、当事業所の上記実績にも寄与していると考えられる。 本論文では、当事業所の『就労移行支援における学習指導の有効性』について検証を試みた。 表1 就労移行支援プログラム(工賃の支給はない) ①ネイティブスピーカー講師による英会話、画家講師による絵画等、外部講師を効果的に活用 ②求人票検索、履歴書作成、面接の受け方等の講座やクーリングオフ等の消費生活の講座 ③障害者を雇用する企業の見学、企業実習、就職時や就職した後も大切なプレシャススクール等 2 仮説の前提−就職支援の理念、方針 当事業所では、就労移行支援の使命や成果を検討した上で、以下の理念、方針を設定した。 (1) 就労移行支援の理念 ①勤労を重んじる態度やあらゆる職業の意義を敬う態度を育てる。 ②社会適応能力(素直さ、プラス発想、学び好き)を高める。これらが就職時とその後の社会での安定し充実した豊かな人生につながる。 ③利他の心を育み、社会のために貢献し、社会に必要とされる人材を育成する。 (2) 企業の求める能力やスキルを正しく理解する 企業が障害のある労働者に求める能力やスキルと実践的な態度を以下のように想定している。 ①第一に、良好なチームワークを形成するために必要な社会人としてのビジネスマナーやコミュニケーションスキルである。 ②第二に、目に見える作業力の応用や、他業務への汎用性が期待できる潜在的能力である。 ③第三に、①、②を身につけるだけではなく、行動として発揮する態度である。 (3) 企業と良好な協力関係を構築する ①企業の創業理念や、その企業の製品・サービスが社会貢献において価値あるものであることを理解し、利用顧客と共有する。 ②上記2.のような企業が労働者に求める能力やスキルと実践的な態度を利用顧客が習得できる就労移行支援プログラムを提供する。 (4) ジョブマッチングなしで就職を支援する 就職支援は、公共職業安定所、地域障害者職業センターや障害者就業・生活支援センター等との連携は欠かすことのできない点であり、特に重視している。企業開拓は、職員体制やその機能や役割からも、障害者雇用の動機のない企業の掘り起こしから行うことは困難であるため、障害者求人の申込みを行っている企業に対してのアプローチを行っている。就職支援を進める着眼点を以下のとおり整理している。 ①ジョブマッチング手法は、入社前ではなく入社をしてから実施することを前提に事前に求人情報に合う利用顧客の選択は行わない。 ②求人票の記載内容を鵜呑みにしない。働く能力は異なり、職場の状況に応じて決まる。 ③企業に対して、できるだけ多くの求職者を紹介し、企業の選択権を尊重し保証する。 ④訓練を実習・面接・就職の前提条件とせず「企業と求職者の出会いの場」を創造する。 ⑤職員がまず礼儀正しいビジネスマナーを身につけ、企業から信頼を得る。 ⑥就職支援ではタイミングが重要であり、役割分担を明確にし、チーム支援を推進する。 (5) 計画的な支援とピアサポートで定着を図る 就職後の支援は、企業、就職者や保護者の依頼があってから応じるのではなく、就職者毎に、企業名・連絡先・担当者名・就労関係機関の担当者・当事業所の担当者、支援方法とその頻度等の計画を作成し、計画的な支援を行っている。 また、就職者で組織する「えだまめの会」により、毎月イベントを開催しピアサポートの体制を追求している。さらに、プレシャススクールには就職後も参加することができる。 職場定着の有効な支援手法は未開拓であり、いまだ確立していないと考えて、従来の支援方法にとらわれない方法を追求する。 3 仮説およびその論拠−なぜ就労移行支援プログラムの中核が学習指導なのか (1) 仮説 学ぶ喜びが自己肯定感を育み、目標意識を高め、自発的な行動につながる。 (2) 仮説の論拠 「学習」により、できることが増していくことが「喜び」となり、就職という目標に対し、思考する力、集中する力と持続する力を身につけていく推進力となる。 このことは、当事業所の名称を「就職するなら明朗アカデミー」とし、障害者の就職支援の専門教育機関を標榜する所以である。 また、上記の力は生産活動の作業指導等を継続的に実施する延長線上ではなく、「個人別の継続的な学習指導」によって育まれるものである。 (3) なぜ公文式学習なのか 公文式学習のプログラムの概要は図1のとおりである。 図1 公文式学習のプログラム 当事業所では、以下の理由から公文式学習を就労移行支援プログラムに取り入れている。 ①自己肯定感を育むために不可欠な正確さとスピードを併せた「確かな学力」が身に付く。 ②就職に向けて学習指導の目標の設定および実行管理が容易である。 ③公文式の学習の流れ、学習環境(場)を活用して「模擬職場空間(図2参照)」を創出できる。 図2 模擬職場空間イメージ 何よりも「自ら学ぶ喜び、自分の力で進んでいける喜びを体験できることで、就職後も自ら学びながら成長し、物事に積極的に取り組んでいける人間に育ってほしい」という公文式の願いと、当事業所の就労移行支援プログラムの目的とが、根源的なところでつながっていることが公文式学習を取り入れている根本的な理由である。 4 実践結果−公文式学習の有効性 日本公文教育研究会施設サポート部が、平成25年5月から6月にかけて就労移行支援プログラムに公文式学習を取り入れている五つの施設で実施した「就労移行支援施設で学習している利用者へのアンケート調査」(対象者93名)の結果は以下のとおりである。 (1) アンケート項目 ①公文式学習で身に付く学力、②公文式学習で身に付く応用力、③公文式学習で身に付く態度や心、④公文式学習で自信がつくか、⑤公文式学習は就職に結びつくか (2) アンケート結果 ①公文式学習で身に付く学力 4割以上の利用者が、たし算・ひき算の暗算、漢字や文法等、日常生活においても、働く上でも、基本となる力が身に付いたと回答している。 ②公文式学習で身に付く「応用力」 「お金の計算」「履歴書を書く」「字のていねいさ」「新聞を読む」等、(1)の身に付いた学力が、応用面での力につながるという評価が観てとれる。実学としても公文式学習が役立つことが評価されたと思われる。 ③公文式学習で身に付く「態度や心」 「集中力・作業のスピード」という職業に結びつく力に加えて、「言葉づかい」や「時間」「返事」等、ビジネスマナーにつながる態度を公文式学習の運営スタイルで養えることが示されたと思われる。特に、運営スタイルでは、「模擬職場空間」を創出することに最も注力している。 ④公文式学習で自信がつくか 全体では「自信がつく」との回答は64%(当事業所単独では69%)であった。①〜③で身に付いた「態度や心」が「自信」へとつながっていることが観てとれる。 ⑤公文式学習は就職に結びつくか 全体では「就職に結びつく」との回答は69%(当事業所単独では73%)であった。④での「自信」が「就職への期待度」を高めているように思われる。 (参考) 当事業所の就職者61名のうち26名に対し、アンケート結果で得られている「自信」や「就職への期待度」につながっていることを、さらに検証するためのアンケートをとったところ、項目④、⑤の回答結果は同様のものとなった。 また、就労移行支援および就労継続支援B型の事業で公文式学習に携わっている職員38名に対し、日本公文教育研究会施設サポート部が「職員から見て、利用者に身に付く能力」という視点からのアンケートを併行してとったところ、項目①〜③の回答結果はほぼ同様のものとなった。 5 公文式学習の有効性についての考察 (1) 利用顧客にとって 利用顧客にとっては、確かな学力⇒学ぶ喜び⇒できることの広がり・深まり⇒心の変化、自信⇒自己肯定感、を経て、目標を達成する意識の向上へと進化し、挑戦する行動につながっていくプロセスが観えてきた。その考察は以下のとおりである。 ①自己肯定感が育まれる できなかったことが楽にできるようになる達成感が学ぶ喜びとなり、「頑張った自分に出会う」ことが自己肯定感へとつながっていく。 ②就職に向けた意欲が向上する 自らの力で無理なく「できることが増していく」ことで自らの可能性を信じ、就職に対する意欲が高まる。 ③社会人としての態度が身に付く 公文式の学習指導手順を活用して「模擬職場空間」を作ることが、時間やルールを守る、丁寧な言葉づかいをする等の社会人としての習慣化された態度を身につけることを補完している。 (2) 就労移行支援事業所にとって 個人別・能力別の公文式学習をツールの一つとして、利用顧客が変化・成長していくプロセスを支援する当事業所の職員には、以下のようなスキルの向上がもたらされている。 ①社会人としての模範的な態度が身に付く ②観察眼が磨かれる ③ほめ上手になる 職員は利用顧客の可能性を信じ、成長を心から喜ぶ愛情をもって学習指導を行う。例えば、採点した教材は、職員から利用顧客へ両手で丁寧に返却し、一人ひとりの成長に焦点を当てて、笑顔と一緒に結果を伝える。可能性を信じ、愛情をもって成長を心から喜ぶことこそが最良のコミュニケーションである、と考える職員にとって、公文式はその思いが実践できるツールでもある。 6 まとめ 当事業所では、公文式学習を就労移行支援プログラムに取り入れることで、利用顧客の挑戦する行動を引き出すことにつながっているため、就職実績が向上するとの実感を得ている。また、公文式学習は、利用顧客のみならず、当事業所の職員の支援スキル向上及び強固なチームワーク作りに寄与し、企業から信頼の得られる職員の育成につながる可能性が観えてきた。 一方で、公文式学習プログラムはあくまでツールであり、使うのは「人」である。その意味では障害のある方の雇用についての想いがどこにあるのかが常に問われる。また、その想いは福祉側と企業側でしっかりと共有されることが望まれる。社会人としての態度をさらに育んでいくために、企業側との理念の共有を深めていく活動の中で、さらに研鑽を積んでいきたい。 【連絡先】 社会福祉法人光明会 就職するなら明朗アカデミー e-mail:a-ozawa@meiroh.com 東京都大田福祉工場の「ともに働く工場」 (障害従業員も管理職を含む基幹労働者に)をめざす実践と課題 ○三澤 以知郎(社会福祉法人東京コロニー 東京都大田福祉工場 第一製造課第一製造係 係長) 鶴田 雅英(社会福祉法人東京コロニー 東京都大田福祉工場) 1 はじめに 東京都大田福祉工場(以下「大田福祉工場」という。)は2012年4月の東京都立から民立への設置主体の変更と障害者自立支援法(現 障害者総合支援法)制度への変更、非雇用型の「利用者」を受け入れる新規事業の開始という激動の1年を乗り越え、次に向けた模索を続けている。 この発表概要に「不本意な選択として就労継続支援A型となった東京都大田福祉工場」と書いた。なぜ、不本意な選択だったのかを説明することが私たちの置かれた状況を理解するのに役立つ。福祉工場制度のもとで、私たちは障害者従業員と非障害者従業員がともに同じ従業員として働いていた。車いすを使用する部長が在任する期間も長かった。しかし、自立支援法の施行と同時に制度としての「福祉工場」は廃止され、福祉工場に対応する制度として、就労継続支援A型という制度ができた。この法律では継続就労支援A型とB型があり、その違いは労働法が適用される雇用としてのAとそうではないBという区分けになる。この制度で従来の障害者従業員はサービスを受ける人間として、原則1割の利用料が請求される(工場が肩代わりできる仕組みはある)。他の制度の利用も検討したが、他の制度では経済的に不十分で、事業の継続に困難をきたすのでA型という類型を選ばざるを得ず、そういう意味で、「不本意な選択」だった。 しかしそのような制度の下でも、実態としては、障害のある従業員とない従業員が「ともに働く工場」であるという歴史は引き継いでいる。以下で障害者が普通に、非障害者とともに働き続け、処遇を一般企業に近づけるための現状と課題を報告する。 2 東京都大田福祉工場の沿革と現状 (1)沿革 東京都大田福祉工場の設立は1975年。葛飾に次いで二つめの都立の福祉工場として、板橋福祉工場と同時に開設された。福祉工場制度は、本来通過施設として制度設計された授産施設での「滞留」問題の解決の一助として誕生した。通過のはずが、そこからほとんど誰も外で就職することができないという70年代初頭までの現実の中、ゼンコロなどの運動によって作られた制度であり、1972年に施行された。 2012年に都立から東京コロニーに経営移譲(民営化)され、自立支援法体系への移行となった。A型だけで従来の福祉工場の50人という定員が維持できない状況だったので都からの指導もあり、14名定員のB型と6名定員の就労移行を新設した。この制度を併設することの矛盾については後述する。 (2)福祉工場と継続就労支援A型 前述したように福祉工場制度とA型継続就労という制度は、似て非なる制度である。雇用の制度でありながら、障害福祉サービスの制度であるという矛盾について伊藤1)は以下のように書く。「自立支援法上の制度であり、B型事業等と同じ制度が機械的に適用されることによる矛盾は大きい。例えば,雇用契約に基づく労働をするのに、利用料負担が原則として発生することは、その矛盾の最たるものである」という。B型の利用料を肯定しているようにも読める点に疑問は残るが、A型事業所の抱えるいくつかの矛盾は整理されている。また、継続就労支援A型では有給休暇を計画的に取得しても支援費は支給されない。雇用であるにもかかわらず、有給休暇の取得を考慮されていない制度であるというところに、矛盾が象徴的に表現されている。その福祉工場からA型への移行にあたって、大田福祉工場では障害者従業員に以下のような説明・協力依頼を行った。 ・事業を存続するためにやむを得ない選択であるが、形の上ではサービス利用という形になること。 ・そのため、居住区での障害福祉サービス受給者証を申請しなければならないこと。 ・経済的に不利にならないようにすること。 (3)B型と就労移行を併設することの矛盾 2012年に福祉工場部分がA型になっただけでなく、B型と就労移行を開始したことの問題にも触れる。前述したようにB型と就労移行の部門を新設することになり、A型30名、B型14名、就労移行6名という定員で自立支援法体系に移行した。B型では働きに来ているにもかかわらず、働くものとしての権利が保障されないという大きな問題がある。労働災害の問題など課題も多い。しかし、最低賃金を稼ぐだけの仕事を見つけにくいという現実と、比較的に拘束力が弱い仕事の場を求める障害者が存在するのも事実だ。また、障害者年金制度は最低賃金までのギャップを埋める制度として設計されてはいない。同じ工場の中に雇用型の従業員とB型の「利用者」がいることで、ヒエラルキー(階級)が生まれる。現状で解決策はないが、まず、そこに矛盾があると認識することが必要だろう。以下ではA型の場所での働き方について報告する。 3 どのように働いているか 私が所属している「第一製造課」について紹介する。「第一製造課」は印刷を基幹とする当工場で、原稿を印刷用プレートにしていく作業をパソコン上で行うDTPを受け持つ部署である。総勢24名の人員で、うち18名が何らかの障害を持つ。下肢障害、聴覚障害、内部障害などその種類はさまざまである。1日の業務の流れは一般の会社と変わらない。出勤状況は比較的安定しているが、突発的な体調の不良で休みの連絡が入り、その日の業務完遂を図るうえで苦慮することもある。朝礼、進行打ち合わせの後、各自が受け持つ作業に入る。DTP作業者は50分間の昼休みと休憩を除きほぼ終日、パソコンと向き合う。5時20分が終業であるが1〜2時間の残業は珍しくない。 現在、私はこの部署で係長を務めている。係長であり同時にDTPオペレーターでもある。入所して13年が経過したが、以前はおなじDTPを業務とする民間の会社に勤務していた。入った当初は民間とは異なる、規律の甘さや、人によっては意識の低さを感じた。しかし、この工場は、健常者の管理者が仕事を細かくおぜん立てして障害者従業員にあてがって進行させているわけではないことに驚かされた。事実当時の課長は頚椎損傷の車いす使用者であり、同様に部長は脊椎損傷だった。この二人は印刷や組版の広範で高度な知識を持っていて、彼らから多くのことを日々の業務の中で学んだ。 また、さまざまな障害を持つ者同士が支え合って仕事をこなしていくことはごく普通のことである。後で知ることになる「ピアサポート」がごく自然に体現されていた。もちろん健常者もいるが、作業する内容に隔たりはなく、障害の有無を問わず従業員が「ともに働く」職場。その処遇も与えられた役割に応じた同一水準である。 実は「ナチュラルサポートi」という言葉も知らなかったのだが、それは長年の伝統であり日常的な習慣でもあった。たとえば、自分で車いすの上げ下げをするのが苦手な自動車通勤の従業員への手伝い、コピー機への用紙の補給、発達障害を持つ人が不得手とする事柄へのていねいな説明や作業のチェックなど、内容に応じて周囲の者が自然に行う。 これまでいろいろな障害上の傾向を持つ人と仕事をし、さまざまな経験をしてきた。たとえば精神障害の方を受け入れた時、ジョブコーチに付き添われて求人の面接に来た彼は、温厚でデータベースの取り扱いに秀でていた。採用され私の部署に配属された。彼の得意な分野の仕事を少しずつ任せ、3カ月が過ぎた。そこまでは非常に順調だった。慣れてきたのを見計らって部数の多い大学の学位記のデータ作成を任せた。その量の多さに彼は無理だと言った。他の人もサポートに入るからと諭し仕事を促した結果、出勤が途絶えてしまう。その後話し合いがもたれ休職期間をおいて復職したが拒否感情は消えず退職となった。対処を間違えたのかもしれないが自分たちには手立てがなかった。「ともに働く」ということが単純ではないと突き付けられた。 また部下として初めて「聴覚障害」の方を持った時のこと。従業員に聴覚障害者はいたが、自分の直接の部下にする準備や心構えが不足していたことは事実だった。指文字すらできるものもいなかったので、筆談と口話で仕事の手順や内容を説明し、時間をかけ育成した。覚えもよく勘も鋭かったので1年もすると基本的なことはこなせるようになった。DTPという仕事はどちらかといえば個人による作業である。仕事を覚えるにつれ接する機会は減った。当初は朝礼で手話の勉強もしたが立ち消えになった。日常のコミュニケーションの機会も減っていった。彼があまり他の人と話ができていないことに私が気付いたころ、彼はやめる決意を固めていた。原因ははっきりしていた。それが今でも悔やまれる。 今年度より2名の聴覚障害者の従業員を新たにむかえ、その教訓を生かすべくコミュニケーションの機会を意識してとっている。仕事の説明は主に筆談で、複数でのミーティングはパソコンのチャットソフトを用いる。そして仕事に限らず、ニュースや趣味等あたりさわりのない話題のやりとりも心がけている。手話のできるものはいないが、重要な会議には有償の手話通訳派遣をうけている。やがては手話を交えたやりとりを行えるようにしたい。 仕事を円滑に進めるためには、風通しのよい人間関係、さらに職場の活性化には適度なコミュニケーションが欠かせない。巡回による進捗確認のほかにも、問題があればすぐにミーティングの機会を持ち、タイミング良く声かけをすることを心がけている。また仕事でのミスを未然に防止し再発を防ぐための対策として、定期的にグループに分かれて、みんなが意見を出し合い共通の認識を持って作業にあたれるようにしている。 実際の業務では営業担当者が客先から持ち帰った原稿が入稿され、私が内容に応じて各オペレーターに仕事を割り振る。仕事の品目は報告書・論文集・事業案内・パンフレット、さらに伝票類、チラシ、封筒、名刺などとさまざまである。オペレーターにもそれぞれ得意不得意な分野があり、デザイン能力に秀でたものにはパンフレット、作業を早くこなせるものにはボリュームのある報告書、データベースの加工が得意なものには名簿作成といった具合に割り振る。いろいろな傾向のものを幅広く取り組むとの目標もあるが、その人の強みを生かせる分野のものをさらに極めてもらうため、現在はそうしている。 福祉工場から多機能型施設への移行に伴い「個別支援計画」の策定が義務付けられた。「個別支援計画」は個人の生活全体のプランではなく、業務上での達成目標とその方法を示すものとして作成している。個別に相談し内容を決めるが、非障害者従業員についても全く同じプロセスで管理を行い計画は半年ごとに見直す。「個別支援計画」に盛り込まれる要素の一つとして「トレーナー制度」がある。オペレーター2名がトレーナー・トレーニーのペアを組み、得意とする分野を教授する。たとえば写真の色調を明るくしたり、輪郭を際立たせたりする「画像補正」の技術、クライアントの要望にこたえ印象的に要素を構成していく「レイアウト」の能力など。その組み合わせは障害の有無を問わない。これを「ピアサポート」と呼ぶことができるだろう。それは技術を身につけるだけでなく、オペレーター同士のコミュニケーションの深まり、部署の連帯感、絆が強くなることにつながる。さらに教えることで教える側の理解も深まる。それらを含め「トレーナー制度」の価値を高めていきたい。能力の幅をさらに加えていくことは職業人として必要なことだろう。 私が当初感じた規律の甘さや意識の低さは、生産性の向上やミスの低減を図るための方策を緊密なコミュニケーションで浸透させることや、世代交代により薄らいできた。今後はさらに職業人としてのスキルを磨くと同時に、クロスメディアの一環としてのデータ加工等、新たな領域の取り込みも必要となる。福祉工場からの移行という経緯もあり、就労継続支援A型としてサービス利用をしていると意識している者はほとんどいない。従業員はみな集中して、仕事に取り組んでいる。各自にあるのは障害の有無に関係なく自分の能力でいかに仕事をこなし生活の糧を得ていくかという目的である。設立より38年間培われてきた「ともに働く」という理念はごく自然に受け継がれている。 4 課題 (1)事業の維持と処遇の向上 A型の事業として、私たちの役割は、一人ひとりの力を発揮できるようにし、就労の場を持続的に提供することだ。それは同時に職業人としてのスキルを高めることでもある。さらに、その中で得られた「ともに働く」ということの中身を社会に還元するということも視野に入れたい。さまざまに困難を抱えた障害者を受け入れるチャレンジが求められている。将来的には手帳の有無にかかわらず、一般に雇用されることが困難な人を受け入れるソーシャル・ファームや社会的事業所のような役割も担いたい。 しかし、その基盤として「稼ぐこと」言い換えれば、安定したビジネスを構築することが必要となる。そのために現在、障害者優先調達推進法(以下「優先調達法」という。)のプロモーションに力を入れ、大田区での障害者施設の共同受注の窓口も担っている。また、プロボノ・コンサルティング・ネットワークというプロボノ団体の力を借りて、営業戦略を練るワークショップも行っている。 「企業性」「民間性」というのは法人としての東京コロニーがめざすものでもある。時代に即した営業・経営戦略の模索のために、最大限の努力をし続けなければ、生き残っていくことが困難な市場環境が存在する。ここで働く者の処遇を安定的に維持していくために何が必要なのかということを常に敏感にキャッチするアンテナが求められている。 現状では優先調達法に頼って仕事を求めなければならない状態ではあるが、将来的にはこの法律がなくても選ばれる製品やサービスを提供できる体制を作っていきたい。また、紙にインキをのせるという印刷業のマーケットが年々縮小しているのも現実であり、縮小したマーケットの中での生き残りを図りながら、それを軸にしながら次の事業展開に向けた長期的な計画の策定も必要になっている。その際のキーワードとして、「国内でのフェアトレード(公正な取引)」とか「エシカルな(倫理的)ビジネス」で「社会的に有用なものを生産」などを検討している。障害のある人とない人もともに働くという視点でのフェアネスが問われている。それはエシカル購入と呼ばれるものとも親和性をもつ話でもある。そして、そこで生産されるものが社会的に有用なものであるという視点が働くもののモチベーションを生み出す原動力になる。 (2)結語 私たちは「ともに働く」ことにこだわり続けたい。そこから見えてくる地平にわたしたちがめざすものがある。確かに制度としては、サービス利用=提供という関係ではあるが、それ以上に大切なことがある。それが「ともに働くということ」であり、そこから見えてくるものをこそ、大切にしたい。 そこから見えてくるものとは何か。ともに働く中で、お互いのいやなところ、いいところが見えてくる。そして、それは障害の有無という話ではなく、それぞれの「個」性からくるものが多いこと、また、本人が変えられないものは受け入れるしかないこと、なども見えてくる。しかし、こんな風に例示してしまうと、その広がりがなかなかうまく表現できない。だから、「そこから見えてくるもの」としか表現できないのだが。 今後、私たちを待ち受けているのは、平たんな道ではない。しかし、障害のある人とない人がともに働く職場であるということが、わたしたちの底力にもつながっている。そして、全国的な障害者雇用・就労というシーンのなかで私たちが果たすべき役割があるはず。そして、その役割は障害者雇用全体の進展との関係の中で常に変化していくだろう。私たちが自らの役割を果たすことが可能であるという希望を失わない限り、きっとなんとかなるはずだと考えている。 【参考文献】 1)伊藤修毅:〔調査報告〕A市における就労継続支援事業(A型)の現状と課題「立命館産業社会論集第46巻第2号」、p.109-122,(2010) http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/ss/sansharonshu/462pdf/04-01.pdf i 「職場の従業員が障害のある人に代わって、障害のある人の就労継続に必要なさまざまな支援を、自然にまたは計画的に提供すること」がナチュラルサポートの一般的な定義 精神障害・発達障害者の雇用における配慮の推進 −地域障害者職業センターと障害者就労移行支援事業所との連携事例を中心に− ○石川 球子(障害者職業総合センター 特別研究員) 布施 薫(障害者職業総合センター) 1 はじめに 平成28年4月1日より「障害者の権利に関する条約」の批准に向けた対応の一つとして、合理的配慮の提供義務が定められたところである。 また、職場における配慮の推進は、障害を有する従業員の願望、能力、自信からなるストレングスモデルの視点からも以下の理由で重要である。 ストレングスモデルにおける環境のストレングスには、資源、社会関係、機会が含まれ1)、これらの環境要因は相互に作用する。例えば、雇用により精神障害を有する方が他の仕事では得られない特定の交流関係と機会を得るなどが挙げられる。 また、精神保健は達成感、所属感、自身に価値があると認識する感覚、選択肢があると思えることである。このため、個人の精神保健は、個人が地域から切り離されることなく、こうしたストレングスモデルに基づくケースマネジメントにより精神障害を有する人を地域から隔離する壁を壊し地域統合を図る1)。職場における配慮の推進は、こうした観点からも重要となる。 2 目的 本報告では、前述のような背景を踏まえ、精神障害、発達障害などの見えにくい障害を有する従業員を対象とした「配慮推進事例と課題に関する調査」2)の結果に見られた事業主が推進する配慮内容を概観しつつ、その効果及び配慮推進事例の内、就労移行支援事業所と地域障害者職業センターとが連携し配慮推進のための事業主支援を行った事例に焦点をあて、機関間の連携による事業主支援の効果についても併せて考察することを目的とした。 3 方法 精神障害又は発達障害(それぞれについて、併存する障害のある場合を含む)を有する従業員の就職や復職による職業的自立の達成にあたり、事業主が実施した配慮推進事例を蓄積・共有し、事業主の配慮推進への事業主支援に資することを目的とした「配慮推進事例と課題に関する調査」2)(就労移行支援事業所に回答を依頼する郵送調査)を実施した。 本調査の項目は、一般就労事業所における配慮による就労移行支援事業所利用者の就職・復職事例における配慮の具体的内容、配慮全般についての事業主からの相談事項、さらに配慮推進上の課題の三つに大別された。 調査票の送付先は、就労移行支援事業所100箇所であった。これらの送付先は各都道府県の県庁の所在地にある就労移行支援事業所2事業所を基本とし、該当事業所がない場合は人口最多都市から順に独立行政法人福祉医療機構の障害福祉サービス事業者検索により選定した。 4 結果 (1)従業員の有する障害 回答事業所数は59所であった。精神障害を有する従業員に関する事例25件、発達障害を有する従業員に関する事例16件、重複障害を有する従業員に関する事例6件であった。また、これら以外の障害を有する従業員に関する事例は8件であった。 (2)配慮の目的と手法 配慮の目的は、人的支援(30件)、勤務時間の調整・休暇(27件)、職務再設計(22件)、通勤支援(10件)、その他(6件)であった(表1)。 表1 配慮の目的(複数回答) また表2に示すとおり配慮の手法には、リラクゼーション、TEACCHの考え方に基づく構造化、SST、その他が含まれた。 表2 配慮の手法(複数回答) (3)事業主の配慮推進への支援を行ったきっかけ 事業主の配慮推進への支援を行ったきっかけは、障害を有する従業員からの要望があった(27件)、事業主からの要望があった(18件)、特に要望はなかったが就労移行支援事業所が提案(10件)その他(7件)であった(表3)。 表3 配慮推進への支援を行ったきっかけ (4)配慮を推進する上で行った支援 配慮を推進する上で、障害を有する従業員への支援(45件)、事業主への支援(35件)、医療機関等との連携による支援(29件)、その他の支援(4件)を行った(表4)。 表4 配慮に関して行った支援(複数回答) (5)配慮のもたらした効果 「配慮推進事例と課題に関する調査」全体結果にみられた配慮のもたらした効果をまとめておく。 イ 事業主に対する効果 最多は従業員の障害に配慮しつつ、職場全体としても効率のより良い業務を展開(22件)で、次に採用における課題を克服(13件)、障害特性を活かした職域の開発(9件)、復職にあたっての課題を克服(3件)、その他(8件)であった。 ロ 障害を有する従業員に対する効果 仕事の効率の向上(20件)が最多で、次にモチベーションの向上(17件)、無理のない仕事内容難易度の段階的設定(15件)、再発予防の観点から優れている(8件)、ひきこもり期間が長い方への効果(2件)、その他(14件)であった。 ハ 他の従業員に対する効果・その他の効果 他の従業員の障害の理解が進み、障害に対する偏見が減った。障害者雇用の担当者が選任された。 (6)地域障害者職業センターと就労移行支援事業所との連携による配慮の推進 地域障害者職業センターと就労移行支援事業所との連携による事業主支援事例を以下にまとめた。なお、文中のジョブコーチは、地域障害者職業センターのジョブコーチを指す。 イ 統合失調症を有する従業員の症状等への配慮 (事例1)疲労蓄積回避のための配慮 従業員自身のがんばり過ぎる傾向と休憩時間が無い(当初5時間の短時間勤務のため)中で、疲労蓄積を避けるために15分の休憩時間を確保した。 (事例2)症状が妨げとならないための配慮 地域障害者センターと連携をとり、幻聴を避けて従業員が集中できる時間帯で勤務できるよう従業員と事業所との調整を図った。 (事例3)メンタル面へのサポート 統合失調症を有する従業員が自身に対する周囲の従業員の評価に不安を抱くようになった。この背景には、障害の状況について人事担当者以外の現場担当者が知らないことがあった。そこで、会社との面談の場にジョブコーチを交える事で従業員が安心して他者評価を聞け、不安が解消された。 ロ 作業内容に関する配慮 (事例4)うつ病を有する従業員の作業による身体的負担の均等化 障害を明かしてはじめて就職したうつ病を有する従業員の体調に配慮し、ジョブコーチ(事業主が依頼)と就労移行支援事業所支援員が連携し、屋内作業の職務分析結果をもとに、従業員の身体的負担を均等化するため、屋内作業を提案し(事業主が提案した屋外作業の他に)、実施した。 (事例5)統合失調症を有する従業員への職場環境とコミュニケーションへの配慮 ジョブコーチによる障害を有する従業員の清掃業務への定着支援(定期的訪問、作業の指示と確認、作業指示方法の提案)を行った結果、定着が図られ、他のスタッフも本来業務に集中できた。 (事例6)ワークシェアリング・職務再設計 —発達障害を有する従業員— 知的障害者2名に加え、新たに発達障害者1名を採用(ガラス拭きの仕事)し、職務再設計と従業員の勤務時間数を増やすためのシフト作成を行う事業主に協力をした。また、発達障害を有する従業員の作業の進め方をジョブコーチから提案した。こうした支援により障害を有する従業員の作業効率及びモチベーションが高まった。 (事例7)自閉症を有する従業員への構造化による支援 自閉症を有する従業員の梱包・段ボールの組立ての作業手順を明確化し、仕事の効率やモチベーションを高めた。就職後1ヶ月半定着のためのジョブコーチ支援も行った。 混乱などの負荷が極力かからない、本人の強みに即した作業となり、従業員への評価も上がった。 この他、チーム支援(障害者生活・就業支援センターの職場実習やケアホームとの連携等)により、事業主のみが抱え込まずに課題を解決できた。 (事例8)自閉症を有する従業員を始めて雇用する事業主へのチーム支援 チーム支援により採用に関する課題(仕事内容の見極めと一日の業務の組立)を克服した。 チーム支援では、人事担当者及び現場担当者と就労移行支援事業所の支援者との会議に、地域障害者職業センターのカウンセラーとジョブコーチが参加し、遂行可能業務を見極める意見交換を行った。 トライアル雇用期間ではこのチーム支援構成メンバーでの会議を1か月毎に設け、企業側の意見とジョブコーチの見解を共有した。 また、週に1回程度事業所を訪問し、従業員の状況の把握と他の現場従業員からの聞き取りを心がけ、必要に応じその意見を人事担当者に伝えた。 (7)重複する障害を有する従業員への配慮 本調査の重複する障害を有する従業員への配慮による仕事の効率化事例6件の内3件の事例の併存症と配慮内容をまとめたものが表5である。 表5 併存する障害を有する従業員への配慮 5 考察 事業主の配慮推進について、障害者雇用促進、メンタルヘルスケアと予防の推進、リスク管理の観点から考察する。 (1)配慮推進による障害者雇用促進 事業主に対する効果として、職場全体として効率のよい業務展開ができ、また採用・復職における課題を克服した事例が多く見られたこと、障害特性を活かした職域を開発できたことが挙げられ、配慮推進が結果的に障害者雇用促進となっている様子が窺える。 また、障害を有する従業員に対する効果として、仕事の効率とモチベーションの向上が見られた事例が多く、配慮が障害者雇用促進となっていると考えられる。 他の従業員についても、社内における配慮の実施に伴い、障害への理解が進み、障害に対する偏見が減ったことは更なる障害者雇用の可能性となると考えられる。 併存する障害を有する従業員についても表5に示す配慮が雇用促進となっていると考えられる。 (2)配慮推進によるメンタルヘルスケアと予防の推進 —リスク管理の観点から— 地域障害者職業センターと就労移行支援事業所との連携による事業主支援事例をもとに、表6に示す予防と活動の目的と対象3)に照らして、リスク管理の視点から配慮推進について以下で考察する。 表6 予防と活動の目的・活動対象 イ 一次予防の推進 配慮推進により職場全体として効率のよい業務展開ができたことは、社員の健康の維持・増進という一次予防の推進となっていると考えられる。 ロ 二次予防の推進 チーム支援により、採用時(早期)から障害を有する従業員を支援し、配慮を施すことにより、重症化というリスクを防止しており、配慮が二次予防の推進ともなっていると考えられる。 ハ 三次予防の推進 配慮が再発防止、機能低下防止・モチベーションの向上となっている結果が事例に見られており、これらの事例では配慮が三次予防の推進ともなっていると考えられる。 【文献】 1)チャールズ・A・ラップ,リチャード・J・ゴスチャー:「ストレングスモデル−精神障害者のためのケースマネジメント−」田中英樹訳 金剛出版(2006) 2)石川球子:「精神障害者発達障害者の雇用における課題と配慮の推進に関する調査研究」資料シリーズNo.76 障害者職業総合センター(2013) 3)(独)労働者健康福祉機構:「職場のメンタルヘルス対策 —段階的予防の観点から—」(独)労働者健康福祉機構(2011) 就労支援におけるプログラム提供に重要な視点 −求職者と就労者の比較から見えてきたこと− ○大川 浩子(NPO法人コミュネット楽創 理事/北海道文教大学人間科学部作業療法学科 准教授) 本多 俊紀(NPO法人コミュネット楽創) 熊本 浩之(NPO法人コミュネット楽創/就労移行支援事業所コンポステラ) 山本 創(NPO法人コミュネット楽創/医療法人北仁会石橋病院) 1 はじめに 平成25年度より民間企業の障害者雇用率が2.0%に引き上げられ、障害当事者(以下「当事者」という。)の就労支援は、求職活動への支援に加え、就労継続への支援がより求められる状況になってきたと考えられる。 我々は、NPO法人コミュネット楽創が運営する事業所において、求職中及び就労中の当事者(精神・発達・知的)に対し、数年にわたりプログラムの提供を行ってきた。今回、我々はこの実践とアンケート結果、及び、参加者とプログラム実践者への調査を求職者と就労者という点から検討し、各々に対するプログラム提供に関する視点とシステムについて考察を加え報告する。 なお、本報告で用いられているアンケートは、目的を説明し、アンケートの提出を持って同意が得られたとみなしている。また、インタビューについては、協力者に目的を説明し同意を得ている。 2 認知行動療法 2011年度より、当法人の就業・生活相談事業所と就労移行支援事業所で、求職中及び就労中の当事者に対し集団による認知行動療法のプログラムを提供し、現在まで2施設で2〜3クールが終了している。今回、2クール目のアンケート結果について求職者と就労者で比較を行った。 (1) プログラムの枠組みと内容 参加者は、求職中及び就労中の精神・発達・知的障害の当事者である。実施時間帯は、就業・生活相談事業所では13:30〜15:00、就労移行支援事業所では19:00〜20:30で設定した。構造はオープングループとし、実施回数と期間は4回を2ヵ月間で行う形であり、短期間で終えられるようにした。1回のプログラム参加人数は10名以内であることが多く、進行は筆頭演者が行い、法人職員等がサポートする体制で実施した。 プログラム内容は清水1)、岡田ら2)の著書を参考に、筆頭演者が資料を作成した。また、動機付けを高める目的で、プログラム開始前後に気分調査を実施し、プログラムによる気分の変化を参加者自身が視覚的に理解できるようにした。 (2) 最終回アンケートの結果 2施設で合計12枚が回収された。回答者の属性は表1のとおりである。 表1 アンケート回答者の属性 まず、プログラムに対する満足度は、求職者で満足が2名、やや満足が3名、やや満足とやや不満の両方につけた者が1名だった。一方、就労者では満足が4名、やや満足とやや不満が各1名であった(図1)。 図1 プログラムに対する満足度 また、満足度の理由を表2に示した。求職者と就労者で理由は異なっていた。 表2 プログラム満足度の理由 プログラム参加による変化(自由記載)は継続参加者が少ないため無記入が多かったが、就労者から「くよくよ考えてもしかたがないことは忘れるかどこかにおいていくことができている」という記載が見られた。 (3) 考察 就労者は満足度の理由として「仕事の役に立っている(立ちそう)」が最も多く、具体的な変化の記載も認められていた。従って、就労者に認知行動療法のプログラムを提供することは、直ぐに就労場面で用いられる可能性が高く、直接、就労継続に貢献できる可能性が考えられた。一方、求職者は、「生活の役に立っている(立ちそう)」が満足度の理由として多かった。これは、現在就労していないため、就労後の実践は予測の域であり、求職活動を含めた今の生活に対して役に立つ(立ちそう)感覚が持てていると考えられた。 3 WRAP(Wellness Recovery Action Plan) WRAPは、アメリカのMary Ellen Copeland氏を中心に精神症状を経験した人たちによって考案され、今なお発展しつづけている、リカバリーに役立つプログラムであるである3)。当法人では、2007年に開催したWRAPに関するワークショップを皮切りに、現在まで多岐にわたる対象にWRAPを学ぶ機会を提供している。 今回、2010年に開催した、WRAPクラスのアンケート結果について検討を行った。 (1) プログラムの枠組みと内容 本プログラムは、仕事のため、平日日中に参加できない方を考慮し、土曜日1日で開催した。参加者は自分のWRAPを作りたい方であり、最終的には、就労支援事業所通所者、就労者、法人会員の計9名(男性8名、女性1名)が参加した。WRAPクラスの運営はWRAPファシリテーター(進行係)1名が、資料を用いる形で進めた。なお、終了時、WRAPクラスに関するアンケートを実施した。 (2) アンケート結果 参加者9名全員がアンケートに回答した。参加者の属性は就労者が6名で、WRAPクラスの受講経験がある者は5名であった。また、自分のWRAPを作成した者は1名であった。 クラスの内容について尋ねた項目では、「内容は分かりやすかった」「他の参加者の意見を聞くことができた」で当てはまると答えた者が7名と多く、次回の参加理由としてあげている者も4名いた。一方、「病気や障害への理解が深まった」「日常生活に役立った」で当てはまると回答した者は1〜2名と少なかった。 自由記述部分では、就労者からの感想が多く、「今回学んだことを基に、日常生活に役立てられるといい」「自分の今の状況が少し分かった様な気がして良かった」と現在の生活への期待や自分自身の状況を振り返る内容が主であった。 (3) 考察 今回、求職者と就労者の数に差があったため数値的な比較はできなかった。しかし、就労状況や障害の有無に関らず、「他の参加者の意見を聞くことができた」という回答が多く、次回の参加理由にもなっていることから、各自の学びの場として機能していたと思われた。また、以前報告4)した連続クラス(2回/月、計8回)と比較し、「日常生活に役立った」で当てはまると応えた者が少なく、1日での開催による課題であると思われた。 自由記載では就労者から、現在の生活への期待や自分の状況を振り返る内容が聞かれおり、WRAPクラスは就労後の生活の見直しやあり方を考えることに貢献できると考えられた。 4 SST 当法人では、求職者に対し各事業所でSSTを提供しており、就労者に対しても夜間の時間帯にSSTを定期的に提供している。内容は、いずれも、基本訓練モデル、及び、ステップバイステップ方式を取り入れている。 今回、SSTを経験した就労者と運営スタッフにインタビューを行い、求職者と就労者における違いについて検討した。なお、内容の一部は、既に報告5)しているが、今回新たに「求職者と就労者の違い」について分析した結果を報告する。 (1) 研究協力者 研究協力者は本法人のSSTを休職中から利用した経験がある就労者とSSTの運営を行っている支援者の各1名である。両者の属性については、表3の通りである。 表3 協力者の属性 (2) 手順 研究への説明と同意の手続き後、集団での面接調査を行った。調査の内容は、①SSTの経験に関すること、②SSTに対する考え、③SSTと就労についてである。インタビュー内容はICレコーダーに保存し、「求職者及び就労者のSST」に関する発言を抜き出し、金山6)らの方法を参考にカテゴリーを作成した。まず、意図が変わらない範囲で文章を最小単位にし、ラベルとして転記した。その後、全ラベルから内容が類似しているラベルをまとめてカテゴリーを作成し、カテゴリー内のラベル内容からカテゴリーの内容を示すタイトルをつけた。更に、内容が類似しているタイトルをまとめて上位カテゴリーを作成し、タイトルをつけた。 結果の妥当性を確保するために、分析内容は研究協力者に開示し、ラベルに変換した際の意味の取り違えがないかを確認した。また、共同演者によるカテゴリー生成の確認を実施した。 (3) 結果 結果は、表4の通りである。カテゴリーは全部で七つ生成され、求職者に関するカテゴリーが「事業所内のSST参加の動機と適応」「事業所内SSTの参加の効果と課題」の二つ、就労者に関するものが「就労者SSTの運営上の違い」「就労者のSSTでの効果」「就労者のSSTへの課題」「就労者のSST運営に関する提案」の四つ、共通することが「対象によらず大切なこと」の一つであった。 表4 求職者と就労者のSST (4) 考察 本結果から、求職者が事業所でSSTを利用する理由は、必ずしも自分のスキルアップのためばかりではないと思われ、事業所でSSTに参加した経験があるからこそ、就労後の利用につながることが考えられた。また、就労者のSSTは効果がありながら、複数の課題から就労者がタイムリーに利用することは難しく、反面、自分で試し検討する時間が持てることが語られた。 基本的な運営については両者で差はないが、就労者のSSTには開催頻度の低さと、SSTで学んだスキルを実践である職場で、直ぐ使われるような工夫が必要であることが示唆された。 これらの点から、求職者には、学ぶための場と実践前に体験できる場としてのSSTを提供することが大切であると思われた。一方、就労者には、必要性が高まった時に気軽に参加できることが重要であり、そのためには、①職場のしがらみが少ない、②各自のタイミングで参加できる、③短時間での課題抽出と獲得スキルの明確化できるスタッフの知識・技術、等の条件を満たしたSSTの提供が必要であると思われた。 5 考察 (1) プログラム提供に関する視点 認知行動療法及びSSTの結果より、事業所で求職者に提供されるプログラムは、参加動機が多様であり、その効果も現在の生活である求職活動までに限られる可能性があると考えられた。しかし、事業所で参加した経験から、就労後に必要性を感じた際の利用につながっていると思われた。 一方、就労者はプログラムの参加機会に関する課題はあるも、学んだことを直ぐに職場で実践することが可能であり、効果が就労継続に直接つながりやすいと思われた。これは、IPS(Individual Placement and Support)の原則である、「施設内でのトレーニングやアセスメントは最小限とし、実際の職場の中で継続して包括的に行う」とも一致していると考えられた7)。 従って、求職活動におけるプログラム提供は、現在の求職活動への効果と就労後に活用するための体験という位置づけであり、就労継続という視点では就労後にプログラム提供をする必要があると思われた。 (2) プログラムを提供するシステムへの示唆 求職者へのプログラム提供に関しては、各事業所単位で行われていることが多いと思われる。しかし、就労支援実践者の人材育成の課題として、支援者の支援に対する視点や習得スキルは多様であり、研修受講の機会についても差があることが言われており8)、プログラムの質については支援者間で差があると考えられる。また、SSTの結果から、就労者のSST運営には支援者の知識や技術がより求められており、まず、支援者に対する研修のシステム構築が重要であると思われた。 また、就労者に対するプログラム提供に関しては、支援者の知識・技術以外に運営に関する負担があげられる。夜間や土日等の休日に開催することは、単独の事業所であれば職員の配置等にも影響する。従って、SSTで述べられていた事業所間で連携し、プログラムを提供することや、WRAPクラスのように、広い対象で運用されているものを活用することも一つの方法であると思われた。 【文献】 1)清水英司:「自分でできる認知行動療法 うつと不安の克服」,星和書店,(2010) 2)岡田佳詠・他:「職場復帰のための認知行動療法.さあ!はじめよう うつ病の集団認知行動療法」,医学映像教育センター.(2008) 3)NPO法人コミュネット楽創:WRAP 元気回復行動プランリーフレット,(2009) 4)大川浩子・他:作業療法におけるリカバリーの視点:WRAPクラスの実践と実践者の言葉から「北海道作業療法第26巻(suppl)」,p.122,(2009) 5)本多俊紀・他:就労者に対するSSTの実践と効果〜参加者の聞き取りから「日本職業リハビリテーション学会第40回(熊本)大会プログラム・発表論文集」p.120-121,(2012) 6)金山祐里・他:作業療法士が求めるADL評価法の検討「作業行動研究第14巻」,p.256-262,(2011) 7)香田真希子:ACTとIPS「職業リハビリテーション学−キャリア発達と社会参加に向けた就労支援体系」,p.264-270,協同医書出版,(2006) 8)松為信雄:職業リハビリテーションに携わる人材の育成「職リハネットワークNo.66」,p.1-3,(2010) 【連絡先】 大川 浩子 北海道文教大学人間科学部作業療法学科 FAX:0123-34-0057 E-mail:ohkawa@do-bunkyodai.ac.jp 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第3期) その1 ○田村 みつよ(障害者職業総合センター 研究員) 綿貫 登美子・永瀬 聡子(障害者職業総合センター) 1 目的と背景 当部門においては、平成20年より約1,000人の障害のある労働者を対象としたパネル調査を実施している1)。全ての障害について、若年層を対象とした職業生活前期調査(以下「前期調査」という。)と中高年層を対象とした職業生活後期調査(以下「後期調査」という。)に分けて1年毎に交互に実施している(表1)。本稿においては、昨年度実施した前期調査を中心に3回の調査全てに回答のあった266人について分析を行い、第1回から第3回調査期間の4年間にわたる就業状況の動向を報告する。第1回調査時点で対象者集団は正社員比率が高いなど比較的安定的な就業状況にあり2)、第3回結果とクロスすると、就労形態に'変化無し'が多く、雇用継続の状況が見て取れた。その一方、少数ではあるものの職業キャリアの中断者の増加(前期調査で非就労の回答者が4%から8%に増加)が起きていた。就業状況の分析と共に、意識構造(「仕事をする上で重要なこと」や「満足度」)や、仕事を続けていく上での配慮事項を、勤務形態別に抽出した。これを障害別に全体と対比しながら、課題を整理する。 この間の社会情勢としては、平成23年3月11日に東日本大震災が発生し、その規模と衝撃性において看過できない大きな社会的背景要因となる。 表1 職業サイクル調査の全容 本調査ではあくまで突発事象ではあるが、この要因が障害者の職業生活に及ぼした影響を明らかにするため、第3回調査票において、震災についての自由記述欄を急遽設定した。本報告その2では第3回後期調査の結果も含め、自由記述の質的分析より災害が及ぼす職業生活への影響の実像について究明する。 2 調査の方法等 (1)調査の方法 ①調査票:郵送によるアンケート調査票の送付と回収。視覚障害と肢体不自由と知的障害については、障害特性に対応した調査票を作成。調査票の媒体については対象者の希望に応じ、きめ細かく対応している。 ②調査時期:前期調査は平成24年7月1日、後期調査は平成25年7月1日を回答時点として実施。 (2)調査対象 調査開始時の募集で、年代層を限定し、就労中の人で且つ長期に渡って調査協力の得られる人に登録してもらい、基本的に同じ人を対象としている。なお、第3期において、あて先不明や健康上の理由等により継続が困難となった対象の脱落を補充するため、開始時の募集と同じ条件で追加募集を行い、新たに128人を対象者に加えた。この追加募集を含め全体で598人を調査対象とした。 (3)回収状況 調査継続者のみでは310人、追加募集を含め全体では421人の有効回答を得た。全体の回収率は70.4%であった。 3 結果 (1)4年間の仕事の経過(継続と変化) 第1回調査と第3回調査のクロス集計を行った。 ①就業形態:第3回調査での正社員は110人で第1回調査で正社員であった人の83.3%であった。障害別の割合は、聴覚障害(100%)視覚障害(89.5%)内部障害(88.2%)肢体不自由(87.9%)精神障害(75.0%)知的障害(61.3%)であった。一方第3回調査でのパート・アルバイトは85人で第1回調査でパート・アルバイトであった人の72.0%であった。障害別には内部障害(100.0%)肢体不自由(88.2%)知的障害(76.8%)聴覚障害(61.5%)視覚障害(60.0%)精神障害(54.2%)であった。変化の割合の高い精神障害の詳細としては、第1回調査でパート・アルバイトだった24人中5人は就労継続支援事業所A型へ、5人は「仕事をしていない」となっていた。 ②勤務条件の状況:就労状態が維持されていた人230人について第1回と第3回の回答を比較した(表2)。勤務条件の変化無しが多いが、主要な変化を障害別に見ると、勤務時間が短くなったのは聴覚障害と知的障害で、休日数が増えたのは知的障害で多い。給与区分が低くなったのは聴覚障害と精神障害で多い。変化の割合はいずれも同じ障害に対し2割前後であった。ただしこの変化は同一企業内での変化だけとは限らない。 表2 勤務条件の状況 ③仕事継続の意思:今の仕事を続けたいかどうかの質問に対して、全体回答の53.0%は「続けたい」で変化がなかった。変化した人のうち、「別の仕事をしたい」や「わからない」から「続けた い」となった人は13.5%、障害別には肢体不自由、内部障害、聴覚障害で割合が高く、「続けたいであったのが「別の仕事をしたい」や「わからない」になった人は10.9%で、精神障害、視覚障害で割合が高かった(表3)。 表3 仕事の継続意思の変化 (2)就業形態に変化のない人の状況 3回全ての就業形態について集計して該当する対象者群を抽出した。 ①就業形態に変化のないグループの基本属性 正社員を継続している人は104人(全回答者266人の39.1%)で身体障害で多く男性の割合が高い。 年代は40歳代が多く、20歳代が少ない。現職の平均勤続年数は10.2年(±脚注5.93)転職経験は59人(56.7%)がある。パート・アルバイトを継続している人は82人(全回答者の30.8%)で知的障害、精神障害が多く、女性の割合が高い傾向。年代は20歳代が多い。現職の勤続年数は6.5年(±3.95)で全体の平均7.7年(±5.64)よりも短い。転職経験は48人(58.5%)がある(表4)。 表4 就業形態継続者の基本属性 ②就業形態に変化のないグループの意識構造 イ 仕事をする上で重要なこと 就業形態別に集計した(当日配付資料)。就業形態別でそれぞれ一定人数が確保された肢体不自由と知的障害について比較を行った。正社員継続者の肢体不自由では「職場環境の整備」を重要と考えている(表5−1)一方、知的障害では「賃金や給料」と「自分の能力や経験」を重要と考えている傾向が見られた(表5−2)。 表5−1 就業形態に変化のない人の仕事重要度(肢体不自由) 表5−2 就業形態に変化のない人の仕事重要度(知的障害) ロ 仕事満足度 正社員継続者の満足度は全体満足度よりやや低い傾向にあり、障害別には、正社員の知的障害者で職場人間関係の満足度が特に低い。パート・アルバイト継続者では満足度が全体に高い傾向を示し、精神障害者と肢体不自由で人間関係についての満足度が高い(表6)。 表6 障害別仕事満足度 ③就労形態に変化のないグループの配慮事項 イ 仕事を続ける上で必要な配慮事項 正社員継続者で、回答全体と比較して特に高い回答割合を示すのは、「通勤の便宜を図ること」21.2%(+5.1p)で、次いで「安全や健康管理に特別の配慮をすること」26.0%(+5p)、「作業を容易にする機器や設備を改善すること」21.2%(+2.5p)。逆に、「体力や体調に合わせて勤務時間や休みを調整すること」31.7%(-1.1p)、特に聴覚障害、知的障害で割合が低かった。パート・アルバイト継続者で全体集計よりも特に回答割合が高いのは、「作業手順をわかりやすくしたり、仕事をやりやすくすること」64.9%(+14.9p)、「作業のスピードや仕事の量を障害に合わせること」43.9%(+3.6p)。逆に割合が低いのは「通勤の便宜を図ること」2.4%(-13.7p)(図1−1)。 図1−1 就業形態別仕事を続ける上で必要なこと ロ 仕事を続ける上で会社に特にお願いしたい事 正社員継続者と全体の回答で特に割合の差が大きかったのは、「能力に応じた評価や、昇進・昇格をしてほしい」42.3%(+11p)、「障害や障害者のことを理解しほしい」56.7%(+9.6p)。 パート・アルバイト継続者の特に全体集計よりも異なる回答率を示したのは、「ずっと働き続けることができるようにしてほしい」59.8%(+7.5p)で、「能力に応じた評価や、昇進・昇格をしてほしい」23.2%(-8.1p)。就業形態別に配慮事項は異なり、「能力に応じた評価や昇進・昇格をしてほしい」といった会社にお願いしたいことは正社員継続者とパートアルバイト継続者とでは回答割り合いが相反する結果となった(図1−2)。 図1−2 就業形態別仕事を続ける上で特にお願いしたいこと 4 考察 パート・アルバイト継続者は年代構成が若年に偏り作業遂行上の配慮を必要としている。また雇用環境についてはさほど不満足ではなく、「ずっと働き続けることができるようにしてほしい」と希望している。パート・アルバイトの勤務形態においては障害を考慮した作業指導に十全な人員体制が組めない状況が仮にあるとすれば、ジョブコーチなどの外的支援の活用により職場適応の過程を補強することが可能である。 正社員を継続している知的障害者ではパート・アルバイトを継続している知的障害者と比較して、仕事の価値観として自分の能力や経験を重視しており、現職場環境の中での人間関係にはあまり満足していない、という結果が示された。本人の意欲や希望と現場の対応とのミスマッチが窺われる。本人の仕事に対する意欲や希望をうまく引き出すためには、さらなる障害特性の理解や雇用管理への配慮が必要かもしれない。 終身雇用制度が崩れ、労働市場の流動化がより進んできている現状において、障害者の雇用についても、望ましい働き方についての考え方は様々に多様化し、変化してきている。勤務条件を見る と賃金の差は正社員と非正規で大きいが、仕事に求める価値観やそこから得られる満足度において正社員と非正規社員では質が異なっており、個々人の適合性は一概には決められない。今回は就業形態が変わらない人について分析を行ったが、その一方でキャリアアップを目指して積極的に転職をする人も一定割合いることがこれまでの本調査結果でも確認されている。そういった人にとっては、過度の配慮は不要で、むしろ障害への固定観念に囚われないチャレンジを応援すべきであろう。 5 結語 本調査の実施運営につきましては、調査にご回答いただいている方ご家族、関係機関の諸氏におかれましては、ひとかたならぬご理解とご協力を賜っており、お礼を申し上げますとともに、今後も引き続きご指導ご鞭撻をいただければ幸甚です。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター:障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第2期)調査研究報告書 No.106(2012) 2)障害者職業総合センター:障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究−第1回職業生活前期調査(平成20年度)−調査研究資料シリーズ No.50(2010) 【連絡先】 田村みつよ 障害者職業総合センター e-mail:Tamura.Mitsuyo.jeed.or.jp 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第3期) その2 ○綿貫 登美子(障害者職業総合センター 研究協力員) 田村 みつよ(障害者職業総合センター) 1 研究の背景と目的 「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第3期)その1」で当社会的支援部門が実施しているパネル調査について、全8回を実施予定としている縦断調査の中の途中経過として、主に若年層を対象とした前期調査を中心に結果を報告している。 本題その2ではさらにトピックとして、平成23年3月11日に起きた東日本大震災が、障害のある労働者の職業サイクルに及ぼした影響について、第3期調査(平成24年、25年)で緊急設定した震災体験に関する自由記述の内容を分類整理して報告する。記載内容については、原記述を極力忠実に反映しながら、回答者のプライバシーへの配慮から、記述をより抽象化した“テキスト”の形態として扱っている。 2 方法 (1)「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」から震災関連コメントのまとめ ①調査基準日 「前期調査」(421人)平成24年8月実施 「後期調査」(312人)平成25年8月実施 (本報告は8月27日期日までの回答で暫定集計である) ②調査対象者 視覚障害、聴覚障害者、知的障害者、内部障害害者、肢体不自由、精神障害それぞれよりなる調査客体733人、記述のあった前期120人(28.5%)、後期106人(34.0%) ③調査方法 調査票の質問は「平成23年3月11日の東日本大震災について伺います。あなた自身の体験、ご家族や仕事先等で起きたこと、またそれらの体験の中で特に困っていることなどがありましたら自由に記入してください」として、調査票を配布し、回収している。 調査対象者のサンプル数(障害別)人 ④回収状況 回答者人数の内訳については、視覚障害者16人(7.1%)、聴覚障害者49人(21.7%)、肢体不自由42人(18.6%)、内部障害者32人(14.1%)、知的障害63人(27.9%)、精神障害者24人(10.6%)、総計226名である。 3 考察 突然の災害で、交通機関が不通になった時など、障害を持つ人々にとっては日頃の交通手段を突然変えることは大変な困難を伴う。駅で案内板があったとしても、視覚障害のある方などはその場で孤立してしまいがちになる。聴覚障害のある方は、駅での避難・誘導の声も聞こえない。障害のある人はできないことは助けてもらえばよいことであり、それは健常者でもまったく同様である。しかし、健常者の場合は何とかなってしまうことでも、障害者の場合は生活に支障が生じてしまう。危険にさらされても、必ずしも危険性を認識できるとは限らないことや不確実性や不安感が高められたとしても、それを自己解釈により遠ざけてしまうこともある1)。 (1)震災時における「コメント」のまとめ 「コメント」は自由記述としていることから、コメントは、ほぼ原文のとおりで同様のものは省いている。 ①回答内容の類型(前期調査を中心に分類) 回答内容を大別すると次のように分類された。 ②被災体験、仕事への重篤な影響 悲しい諦観の意見もあった。軽々なコメントは差し控えるべきだが、震災という出来事が重みとなった記述が複数寄せられている事実を報告しておきたい。 ・実家も被害にあい、親戚数人亡くした。 ・職場のオフィス先のスタッフが津波で3名亡くなった。 ・東北の友人と連絡がとれない。 ・計画停電で休まなければならず、2週間の有給を使い果たした。(電動車椅子) ・仕事場で金型が棚から落ちてきてこわかった。天井やかべもこわれて水も電気も止まった。 ・エレベーターに1時間ほど閉じ込められたこと。不安でしんどかった。(知的障害) ・出張中に介助者が不在で会社からは何の対応もなかった。(視覚障害) 会社内では優先的に避難や帰宅をさせてもらったという人もいる一方で、次のような考えを持つ人もいる。 ・心情的にはそんな大震災起きたらちゃんとそこで死にたいと、障害者の同僚はみんな言ってる。俺も同様だ。生き残りたくないね。 ・現在の会社の状況では災害で避難することは難しい。家族にはその時は諦めるように言っている。親しい同僚にも私のことは気にせず一人で逃げるように話している。 ・生き死に対する考え方や受け止め方が変わり一部人生観が変貌した。 その一方、今回の体験を防災活動につなげようとする記述も見られた。聴覚障害の場合、ガソリンなどの物資を調達するときに、必要とされる情報量が健聴者間での口込みによる情報量とは桁違いの少なさが実感されて、情報共有の問題が大きくクローズアップされる例である。 ・当事者として、市の自立協議会の安心安全部会に入り、支援者名簿作成の必要性など呼びかける活動当事者団体主催者として行っている。(聴覚障害) ③緊急時に向けての課題 地域生活の拠点となる施設の役割がより明確になり、より実践的な避難訓練や防災に向けての備えがされはじめている。しかし、実際の職場での防災に向けての課題として、震災後の帰宅困難者への対応が法制化されてきている一方で、それらを包括する地方自治体の取り組みは端緒についたところである。特に緊急時の判断力を補ってもらえる必要度の高い知的障害の場合はより深刻になる。保護者からの切実な声もある。保護者の声にも対応出来るようであってほしい。 ・仕事先で地震が起きた場合、電車が動いているかどうかで自宅に帰れるかどうかが決まると思います。自分自身で判断ができませんから、会社の人に指示してもらう以外ないのですが、その時、どうなるかは少し不安です。 ・積んである材料がくずれて来たり大変だったようです。すぐ帰る様に云われ、バスに乗り、電車に乗ったが一駅で止まり、私の方から会社へTELし、又、本人の携帯にTELし、連絡がとれずに夜になり、大変心配しました。その様な時は、会社に待機させていただければと思いましたが言わずにいます。 (2)長期的雇用に及ぼした影響 自由記述内容をもとに、突発事態で起こりうる障害特有の課題と事業所の対応について、さらに詳細な考察をするといくつかの課題が見出された。 ①震災が直接の原因での離職が明らかな記述 ・会社が沿岸から近くでかろうじて津波の被害を免れたが、震災以降会社に行っていない。退社した。 ・震災後、配偶者が直接、被災者になり、その後昨年仕事を退職したこと。 ・震災の2日後に母、その後半年後に父を亡くしました。障害とは別で体調不良(精神面の)が続いています。障害年金を受けられる等級ではなく、経済的に仕事は続けたいが自信がなくなりつつあります。 ②離職にまでは至らなかったが仕事量が通常より変化した記述(前期調査のみ17件) 仕事量が減り収入に直結して生活に困った事例や、逆に仕事量が増えて精神的負担を感じている事例など、単に突発的な出来事にとどまらず経済面や心理面に少なからず影響を及ぼしている事例は比較的多い。 ③雇用継続に影響のあった事例 <事例1> 震災後数日間は勤務が不規則となり、通常のオペレーションに戻る時に体がついていけず欠勤、辞めてしまった。(精神障害 派遣社員) 精神障害の病因論として“ストレス脆弱性モデル”は知られている。まさにこのストレスの最たる影響下での職業生活の安定は、はやり何らかの配慮や支援の対象となる。これは本人の自己管理責任として片付けてしまえない問題でもある。被災地での地域障害者職業センターでは、休業による自宅待機者を対象とした職業準備支援の受け入れ枠を拡大して、生活リズムの維持を図っているところである。 <事例2> 透析で通院している病院の通院時間が早くなり、早退せざるを得なくなるが、上司の理解が得られず、トラブルの末、解雇のような形で離職した。 事業所の諸事情もある事と思われるが、勤務時間の変更についての柔軟な対応が望まれる。これまでの調査結果の中で、健康面について困った時の相談利用先は主治医や親族が多いが(図1参照)、勤務に影響の出る変化が起きたときに、それをきちんと勤め先に伝え、妥当な配慮を得て、無用な離職に至らないためには、ハローワークや就労支援機関の介入が有効だと考えられる。今回の非常に特異な場合に限らず、就業継続上必要となってくる勤務調整について、必要があればすぐにサービスが利用できる体制にしていくことについてはさらに検討が必要である。 図1 困った時の相談利用先について <事例3> 震災の影響により仕事量が減り離職に至った。しかしその後就労継続B型からステップアップしてA型事業所で働いている。 本人の努力や意欲とは別のところで致し方なく起きて来る突発出来事は様々である。さらにそれを自分一人の力だけでは簡単に解決できないこともある。障害のある労働者が仕事を続けていくことの危うさもある。それをいちはやく支援者が捉え、的確な対処により克服した事例といえる。 4 結論 本発表では仕事を持つ障害のある方からのメッセージに焦点をあてた。避難に時間的余裕のない人たちの避難をどのようにするかなど、現実の難しさもある。当事者でなければ分からないさまざまな困難がある。 その後も台風や洪水、豪雪などの自然災害に絶えず直面している日本列島であるが、被災地の実相はまだまだ厳しい状況がある。復旧から復興期にある今、長期的な視点に基づく支援体制が必要でもある。災害時ではとりわけ災害弱者といわれる高齢者や障害者が犠牲者になることが多い。日ごろから安心と安全があること、優しい言葉がけなど相互に人間的なつながりがあること、有事にはコミュニティの結束ができること、そのための情報交換とその対応準備が即できることなど、震災をきっかけに人々の心も、また企業としての活動も少しずつ変化の兆しを感じ取ることができる。 (1)障害上の配慮についてのメッセージ 視覚・聴覚障害者のために、駅やバス停では、たとえそれが平常時の停電であっても、確認・利用できるシステムであってほしい。見えること聞こえること、移動ができること、すべて日々日常の情報でもあり、いつでも・どこでも、そして誰でも安心できる情報提供が必要になる。災害時では情報入手がいかに困難であるか、その場の助け合いにより、助かった例の報告もある。日ごろからの心がけとして、障害のある人に対してもその特徴に配慮した避難準備や訓練など、平時から心がける仕組みづくりの必要性と安全配慮と情報伝達は災害時の大きな課題であることを示唆する。 (2)その他メッセージ 人々の悲しい体験として災害は起きてしまった。その中でも交通手段が使えず自転車で通勤したことなど、頑張っている報告例もある。今、日本が未来に向かって元気になるための努力と、そして次世代のために伝えていくことなど、復興に向かって前進する努力と他者を応援する前向きな言葉を感じ取ることができる。 ・情報が無い状態に置かれた仲間のお話を聞いて、他人事ではないと危機感を覚えました。地元で避難訓練、障害者でも理解を今からでも広めていかないといけないと思いました。地元の支部で公共機関に聴覚障害に理解を深めてもらえるように動いていきたいです。(聴覚障害) ・母と千羽鶴を折って祈った。少し募金をした。(知的障害) ・当日、私も帰宅が困難で徒歩で帰った。職場近くの通所施設、収容施設、グループホームなど、一時避難ができるように希望したいと思いました。(肢体不自由) ・職場で地震にあい、帰りは父の運転する車で上司を上司の最寄り駅まで送った。改めて人間関係のつながりの大切さを学ぶことができた。生きていることの大切さと働くことができている喜びを痛感した。(精神障害) ・寄付を何回もしました。(知的障害) (3)メッセージから必要とされる支援 仕事については、震災を機に仕事を辞めざるを得なかった例もあり苦しい状況がある。また、「単身での出張先で被災。通常いるはずの出張先での介助人がこの日は休暇中のため、何も情報が入らないまま会社から放置されたこと」(視覚障害:前期)など、障害特性による震災時におけるコメントもある。厳しい状況におかれている実態を真剣に受け止めるべきであるといえる。メッセージは喫緊の課題になるものばかりであり、平時ではなかなか気づかない非常時における必要な対応と支援は何であるかを問題提起する。さらに、災害を目前にして、冷静に客観的に、自身の身辺上の心配だけではなく、ともに暮らす家族のこと、親戚のこと、周辺の皆のことへも心を配るという、他者への思いやりのある視点に気づかされる。日常から安心感のある信頼関係があること、それは人格的な相互の信頼でもある。これらの信頼は新たなシステムの信頼として、忘れかけた方向性を再確認するための私たちに対するメッセージでもあると受け止めることができる。 【参考文献】 1)Ulrich Beck(2008)東廉・伊藤美登里訳『危険社会 新しい近代への道』法政大学出版局p119・120 働く知的障害者の職業生活・職務満足感に関する研究 〜知的障害者のQOLの向上、キャリア発達をめざして 竹居 寛信(静岡県立東部特別支援学校) 1 はじめに 知的障害者の一般企業への雇用は、量的には拡大しているが、就労後の職業能力向上・職務配置などキャリア形成に関する支援は、必ずしも十分でないとのデータがある。特例子会社を対象とした最近の調査の中には、こうした傾向が改善する兆しが見られるデータもあるが、特別支援学校教員として筆者が関わった卒業生などを見ると、一般的には、雇用環境はまだ厳しい状況にあるように思われる。しかし、彼ら自身からは仕事への不満はあまり聞かれず、むしろ現在の仕事を続けたいと語る者が多い。先行研究を見ても、たとえば、舘1)は、知的障害のある労働者の一般的傾向として「職業生活を肯定的にとらえており、職業生活を通じての自己成長や自立性獲得を喜んでいる者が多い」としている。制約の多い職業生活の中で彼らが大きな不満をもつことが少なく、一定の満足感をもっているのはなぜか。本研究では、仕事を続ける知的障害者の生の声を聞くことによって、職業生活の実態と彼らのとらえ方を追求してみたいと考え、仕事について15年目程度までの知的障害者を対象に、アンケートとインタビューによる調査で総合的に検討した。 2 先行研究の検討 知的障害者の就労状況をめぐる調査としては、厚労省が行っている「障害者雇用実態調査」や、各種研究機関・団体による様々な調査がある。10年前の調査になるが、障害者職業総合センターは、全国の障害者職業生活相談員1200名を通して、企業や障害のある従業員個人に対する調査票を配布し、入社後の組織的キャリアを客観的・主観的両指標から調べ、QOL(生活の質)の視点も交えて考察を加えている2)。これによると、①知的障害者の場合、就労後年数を重ねても仕事内容が大きく変わらないか、水平的移動が多く、キャリアアップと考えられる職務内容の変化・移動は少ないこと、②キャリア形成のために雇用側が研修などの機会を用意している例は少ないことが分かる。この調査では、事業所側から見た今後の課題として「いろいろな種類の仕事を体験させる」「職業能力・訓練機会の拡大」が重要との回答が多くみられ、雇用する側から見ても改善や検討の必要が指摘されている。ただし、眞保3)によれば、最近の特例子会社を対象とした調査では、知的障害者がその能力やキャリアに応じて、やや高度な「判断を要する仕事」に就かせている事例も報告され、変化の兆しも見られるようである。 障害者職業総合センターの研究では、障害者本人へのアンケート調査も行っている。その中で「仕事内容に満足している」と答えた者は約8割に達し、仕事の経験に対する評価項目でも「仲間から学ぶことが多かった」「いろいろな仕事ができるようになった」などの選択肢が多く選ばれ、職業生活を肯定的にとらえたものが多い。こうした傾向は、他の調査でも見られ、彼らは、キャリアや収入が十分でなくても、仕事を通してなんらかの満足感を得ていると考えられる。 3 研究内容 (1)研究の目的 雇用されている知的障害者に対し、職業生活、仕事を含む社会生活の実態を調べると共に、それらを彼らがどうとらえているかについて調べ、彼らのQOL、QWL(労働生活の質)向上のために必要な支援について考察する。 (2)研究方法 質問紙方式とインタビューとを併用し、両者 を比較すると共に、内容を考察した。 ①調査Ⅰ:質問紙調査・静岡県I地区(2012年3月) イ 対象 I地区等で働く知的障害者33名(療育手帳B等級で働いている者で1年以上働いた者;男性18名女性15名)で、内訳は30才以上3名、25〜29才3名、20〜24才19名、20才未満8名であった。 ロ 方法 質問紙によるアンケートを実施した。地域の支援機関に委託し、半数は支援機関のイベントの日に集まった者に対し同機関の職員が同席して行い、残りは郵送によって行った。 ②調査Ⅱ:質問紙調査・比較調査(2012年2月) 「静岡県障害者就労研究会」が平成23年度末に行った、特別支援学校卒業者の生活実態調査のうち、就労者を対象とする調査に項目の追加を委託して実施し、療育手帳B等級の者のみ分析対象とした。 対象は、静岡県下の特別支援学校高等部を卒業し、就労している知的障害者。卒業後5年経過している者と就労後10年経過している者である。対象者は、卒業後5年目の者が28名(男性21名女性7名)、卒業後10年目の者が18名(男性13名女性5名)であった。同研究会では、特別支援学校の進路担当者に委託して、対象者宅に用紙を郵送する方法で調査を実施した。筆者は、就労者を対象とする調査に、I地区で行った調査に準じた項目を追加する形でデータを収集した。 ③調査Ⅲ:インタビュー調査(2012年3月・4月) イ 対象 調査Ⅰ対象者のうちの10名(男性3名女性7名)。全員が、協力支援機関の登録者で、家族と生活していた。勤務先は、小売業・飲食業、医療福祉などの分野で、職種は、店舗のバックヤード、施設内のメンテナンスなどであった。20才〜24才までは7名で、他が20才未満であった。 ロ 方法 支援機関のイベントに集まった者の中から、調査の目的・内容を説明した上で、協力できると答えた者10名を抽出し、5名ずつの二つのグループに分けて座談会方式でインタビューを行った。 ハ 調査時の留意事項 ・最初に調査目的を伝え、録音および聴取結果については目的外の使用はせず、個人が特定されないよう配慮することを伝達した。知的障害者であること等に配慮し、親族に対しても調査の了解を得た。 ・半構成的面接の方法をとり、①勤務先や職種(転職者の場合、前後の仕事の概要)、②具体的な仕事の状況、③仕事の楽しい(やりがいを感じる)部分とたいへんな(つらいと感じる)部分、④職場の人間関係、⑤休日のようすと余暇の過ごし方、について話してもらった。 (3)結果 ①回答結果(パーセンタイルは、未回答も含めた総数に対するもの) イ 転職経験の有無・仕事内容の変化 調査Ⅰでは、転職経験者は8名で全体の24.2%であった。今の会社に入った時と今とで仕事が変わった者は27.2%であった。調査Ⅱでは、「現在の会社に入ってから仕事の内容が変わらない」と答えた者が卒業後5年の者で67.9%、10年目の者で55.6%を占めた。 ロ 仕事の楽しさ・仕事上困ったこと 調査Ⅰでは、仕事が楽しいと答えた者は75.8%、調査Ⅱでは、「仕事が楽しい」と答える者が5年目で75%、10年目で77.8%あった。 仕事が楽しい理由は、各調査から、大別して、a)「仕事のやり方が分かってきた」、「担当させてもらえる仕事が増えた」、「できることが増えた」など自己のスキルアップに関するもの、b)仕事の中に楽しさが感じられる部分がある、c)同僚等とのコミュニケーションが楽しい、の三つがあげられていた。 【調査Ⅲ】 インタビューから「楽しいこと」、「やりがい」への質問に対する答の例(任される仕事が増えたことを話している部分) 「このごろだんだんと、やることが増えてきた。最初、キャベツとか大根とか袋詰めとかやってたけど、このごろ白菜とか4分の1とかやったり、最初白菜がうまくできなかったんだけど、1年たってうまく切れるようになって、あと、セロリもバランスとかうまくできなくて、難しかったんですよね。でも、ちょっとずつできるようになって。それで、このごろは試食用のを切ってます。」 仕事上の困りごとの有無については、調査Ⅰでは「ある」が42.4%、「ない」が51.2%と回答が分かれた。「仕事がつまらない」理由としては、①人間関係、②仕事内容が変わらない、などがあげられていた。「困りごと」の内容には、①仕事の指示に関するもの、②スピードが追いつかない、などがあった。 【調査Ⅲ】 インタビュー(「仕事上困ったこと」について答えている例) A:1人のパートさんが、うまく言ってくれないから。それが分からなくて(何人かがうなずく) B:分かる、分かる、そう、うちも聞き取れなくて何をやっていいのか分からなくて。 ハ 給料、職場の支援状況・仕事内容への希望 ・調査Ⅰでは、給料は10万円未満と答えた者が全体の51.5%で、57.6%が「もっとほしい」と答えた。 ・調査Ⅰでは、84.8%が「職場に支援者がいる」と答えている。勤務時間やこれからの仕事に対する希望では、「同じ会社で同じ仕事をしたい」とする者が5割に達し、「同じ会社で違う仕事をしたい」を合わせると、72.7%の者が現在の会社でそのまま働きたいと答えている。 ニ 労働時間・休日の状況と過ごし方 ・勤務時間については、調査Ⅱにおいて、週30時間以上働く者が5年目の者で78.6%、週20時間〜30時間の者が21.5%であった。10年目の者では、30時間以上働く者が66.7%、残りが20時間〜30時間であった。労働時間をどう思うかの質問では両区分とも3分の2が「ちょうどよい」と答えている。 ・調査Ⅰ・Ⅱとも過半数が週休2日以上、調査Ⅰでは、69.7%の者が「休日回数はこのままでよい」と答えている。休日の過ごし方では、「家にいる」「買い物」「友だちと遊ぶ」の順に回答が多かった。 ホ 生活上の困りごと、不安 ・生活上の困りごとは6割以上が「ない」と答えたが、「ある」と答えた者が書いた内容は、経済的なこと、家庭環境のこと、健康のことなど様々であった。調査Ⅲのインタビューの中で、将来への不安を具体的に語った者は1名だけで、「親が亡くなったらどうなるか」という話であった。同じような不安があるか、筆者が、他の者に簡単に話を向けてみても、同調する意見は出てこなかった。 ②回答のクロス集計 調査Ⅰの項目間でクロス集計を行ったところ、以下の傾向が見られた(Pearsonカイ2乗の5%水準で有意)。 ・仕事が楽しいと答えた者は、生活上困りごとがないと答えた者が多い。 ・仕事上困りごとがないと答えた者は、勤務時間がちょうどよいと答えた者が多い。 ・仕事上困りごとがないと答えた者に、サークル活動への参加者が多い。 ・給料の不満がない者は、勤務時間もこのままでよいと答える傾向がある。 4 考察 (1)仕事について ・若年者が多いこともあり、転職経験者は少なく、「仕事内容が変わった」と述べる者も少なかった。 ・先行研究と同様、仕事に対する満足感は高いという結果であった。仕事の楽しさについて印象的だったのは、「仕事内容が変わった」とは感じられなくても、できることが増えた、任される仕事が増えたと、仕事の上での成長を語る者が多かったことで、同様の調査で満足感が高い結果が出る一要因と思われる。他の理由も含めて、本研究でも、多数の者が職業生活を肯定的にとらえていることが分かった。 ・「仕事上の困りごと」では、指示理解の困難さや仕事のスピードに関するものがあげられていた。多くがサービス業に従事しており、様々なパート職員が入れ替わる職場環境が一因と思われる。障害による劣等感の拡大などにつながる懸念もある他、人間関係にも影響する場合がある(少数だが、大きな人間関係のトラブルの訴えもあった)。支援機関による長期のバックアップの必要性が読み取れる。 ・仕事内容については現状維持の希望が高いが、「別の仕事がしたい」との回答も一定割合ある。仕事が変わることに不安感はあるが、人によっては別の仕事や幅広い仕事をしたい気持ちも強いことが示唆される。 (2)生活について ・多くが週休二日で、休日の過ごし方では「家にいる」「友だちと遊ぶ」などが多い。 インタビューでは、「友だち」も特別支援学校時代の友だちが多く、生活の広がりは少ないように思われ、支援機関等によるサークル活動などが重要なウエイトをもっていると考えられる。 ・現状では、生活に対する不安や不満の表明は少ないが、将来に対する予測は不十分である。 (3)不満・不安の傾向が強い者の存在 ・クロス集計からは、多数の者が仕事・生活の双方に満足と答える一方、双方に不満がある者が一定数ある可能性が認められる。調査Ⅰ・Ⅲにおいては、筆者や協力機関が対象者の状況を把握していたため、典型例を個別に分析した。その結果、a)仕事や仕事で得た収入・人間関係等が生活の豊かさにつながっている者、b)パーソナリティや環境に恵まれ仕事・人間関係の双方がうまくいっている者、c)家庭環境等の激変で危機にさらされている者、d)危機的状況には見えないが全てに不満傾向が強い者、e)調査では満足していると述べるが客観的には多くの問題を抱えている者、などのタイプが認められた。c)については、30代前半で親と死別し経済的理由から急遽グループホームの利用に至った例など、若年時には不満や不安を感じなくても、事態が起きてから緊急支援が必要になるケースもあり、見届けが必要な現状がうかがえる。e)の例では、本人は生活に問題がないと答えているものの、実際にはトラブルに巻き込まれ支援機関が介入したケースがあった。内面にある不全感に家族も気がつかず、仕事も「心理的充足」には繋がっていない状況で、自分を受け入れてくれるということで、リスクのある団体や仲間に近づいてしまったケースで、表面的に満足していると答えた者にも、不安要因を内在している場合があることが分かった。 5 まとめ 知的障害者の職業生活への満足感の背景には、自己肯定感が大きく作用していることが分かった。全般的に満足度は高いものの、個別にみると支援が必要なケースが少なくないという結果も示された。加齢等による環境の変化によって、彼らの職業キャリアがどう変わり、職業生活全般がどのように変容していくのかについて、さらに注視し、必要なバックアップを考えていく必要がある。 【参考文献】 1)舘暁夫「日本の知的障害者の職業生活と意見」 知的障害とQOL−Cross Cultural Perspectives On Quality of Life for Persons with Intellectual Disabilities− 21ヶ国の調査から(監訳)日本発達障害連盟、第8章.(2003) 2)障害者職業総合センター:障害者の雇用管理とキャリア形成に関する研究・障害者のキャリア、障害者職業総合センター 調査研究報告書№62(2004) 3)眞保智子:知的障害者の職場における能力開発、「キャリアデザイン研究 第6号」日本キャリアデザイン学会 p.49-66(2010) ポスター発表 車椅子での小学校教諭への復帰に向けて −回復期から生活期の連携と支援体制− ○中島 音衣麻(社会医療法人春回会 長崎北病院総合リハビリテーション部 作業療法士) 高橋 剛・戸澤 明美・大木田 治夫・瀬戸 牧子(社会医療法人春回会 長崎北病院) 1 はじめに 脊髄損傷は脊髄の損傷により運動障害、感覚障害、自律神経障害を呈し6ヶ月以内に機能が回復しない場合は障害が残存する可能性があるといわれている。臨床場面では、脊髄損傷を受傷した場合、日常生活動作(以下「ADL」という。)の自立を目標に医学的リハビリテーションを行い、その後も社会復帰のための職業リハビリテーションを実施することが望ましく、かつこれらは連携して行う必要があると感じることが多い。田中は、「職業支援とは単に障害者を就職させるというものではなく、職業準備、職業活動、職場適応、就業継続、キャリアアップなどの様々な課題を持つ人たちをそれぞれの局面で支えるものである1)。」と述べている。 今回、脊髄損傷により当院回復期病棟においてADLの自立を目標に「職業準備」を行い、退院後訪問リハビリテーション(以下「訪問リハ」という。)にて自宅でのADL支援から「職業活動」、「職場適応」に関する支援までを継続して行った結果、長崎県では初となる車椅子での教職復帰につながった。この事例について経過を含めて報告する。 2 長崎県の障害者の就労状況 長崎県内の民間企業の障害者雇用率は2.08%で、全都道府県の中でも6番目の水準である。県内で実際に雇用されている障害者の数は2416.5人で、過去最高の人数となっている。また、県内の地方公共団体における雇用状況においても実雇用率は2.06〜2.19%と、昨年に比べると上昇している状況にある。しかし、長崎県内において2013年までに車椅子で教職に就いている事例は皆無であった。 3 訪問リハとは 全国訪問リハビリテーション研究会によると、「病気やけがや老化などにより、生活機能が低下した者のうち、外出が困難な者や居宅生活上何らかの問題がある者、或いはその家族等の介護者に対して、作業療法士や理学療法士・言語聴覚士などが居宅に訪問し、生活機能と障害の評価、機能訓練、日常生活活動訓練、住宅改修及び福祉用具の調整、専門的助言提案・精神的サポート等を実施することで、日常生活活動の自立や社会参加といった、その人らしい生活の再建及び質の向上をうながす活動の総称2)。」と定義している。 当院の訪問リハは、作業療法士2名、理学療法士5名が在籍しており、神経難病、脳血管疾患、整形疾患を主な対象としている。リハビリの内容は、自宅でのADL指導から復職を含む社会参加までを、幅広く支援している。 4 事例紹介 <49歳女性 疾患名:放射線脊髄炎による脊髄損傷> ・MRI所見では、頚髄から腰髄膨大部に及ぶ脊髄中心部・灰白質に連続した高信号域を認め、身体機能面では特にTh9以下の完全麻痺(胴体下部と両下肢の麻痺、臍から下の感覚消失)で、自己導尿や摘便が必要な状況であった。座位では上肢を支えとして用いるため、両手で物を持ち上げたり、前方に両手を伸ばすことは困難。屋外では電動車椅子、自宅内では普通型車椅子を使用している。介護度は要介護2であった。 ・自宅から車で50分程度離れた小学校にて担任教諭をしており、夫と二人暮らし。自宅はエレベーター付きマンション9階で、周辺道路も整備されており、近隣にスーパーやバス停、路面電車もあり利便性は良い。 ・本人のneeds:装具をつけてできるだけ歩行をしたい。仕事へ復帰したい。 ・夫のneeds:出張で留守にすることが多いので、一人で生活が出来ることを最善の目標としたい。本人が求めるように小学校教諭への復職を果たしてほしい。 (1)回復期退院時の状況と残された問題点 ・月曜日〜日曜日まで、1日3時間のリハビリを約7ヶ月間行った。 ・自宅で使用する車椅子は、体幹を自力で保持できないため、軽量で小回りがきき、シーティングにも適した「パンテーラ」を選択した。 ・自宅マンションの浴室、台所、玄関、居室、トイレを車椅子で生活しやすい環境へと住宅改修を実施した。実際のADL手段や福祉用具の活用方法についてのアドバイスには、自身も脊髄損傷者である佐賀大学の松尾助教授に協力を得た。 ・ADLにおいては排便コントロール、入浴以外は自立した。また、入院中より掃除、洗濯、調理動作の模擬練習(鍋を運ぶなど)を行ったが、自宅浴室・台所の改修が間に合わず実際の場面での練習を行うことができなかった。また、電動車椅子にて屋外を自走する練習があまり行えなかった。 ・長崎県内では前例がなかったため、全国で車椅子にて教職復帰した実績を調査し、主治医や職場上司への情報提供や面談を行った。 ・ADLの達成度が不十分であったこともあり、現実的な復職について疑問が残っていたため、職場訪問や職場で必要な動作の練習までは行えていなかった。 (2)訪問リハ介入当初の状況と今後の目標 2012年5月より週2回、40分の訪問リハが開始となった。住宅改修後の自宅にてADLの動作チェックを行った結果、ADLは早期に自立できそうであると判断されたが、上記の問題点に加え自主トレーニングが一人では行えておらずリハスタッフに対して依存的であること、職場の受け入れ状況や復職までのプロセスが漠然としていることが挙げられた。そこで長期目標は、通勤自立を含めた教職への復帰とし、短期目標を調理と入浴の自立、自主トレーニングの獲得、電動車椅子にて一人で外出が可能となることとした。 5 経過 (1)ADLの自立に向けて 作業療法にて、見守りが必要であった入浴動作や車椅子での調理練習から開始した。入浴練習は浴槽内への移乗など、手順の習得に時間がかかった項目もあったが、どちらも早期に自立に至った。また事例は、「自宅の中の利用するところだけ動作が出来れば大丈夫。」、「外出は夫が必ず一緒だから一人では出かけません。」とその他の練習に消極的であったが、今後様々な場所で移乗や移動を行うことを想定し、ソファーと車椅子など高低差のある場所への移乗練習や屋外での電動車椅子自走の練習のため、近隣の福祉事業施設へバスと路面電車を利用して外出する体験を行った。 (2)復職に向けて① 復職に向け、主治医、本人、会社上司、訪問リハスタッフ間において面談を実施した。本人の体調や考えられる注意点などを話し合い本格的な復帰が決定した。そこで、本人同行のもと在職中である小学校へ訪問し、(1)校内や教室内での移動(2)職場での作業場所、今後の業務について(3)トイレの改修(4)駐車場の確保等についての検討が行われた。今後の業務については現職の担任を続けることは困難であるため、副担当として複数の学科を受け持つこととなった。基本的に板書は行わず、授業はパワーポイントを使用することとした。 また特に学校生活上で留意が必要なこととして、訪問リハスタッフより職場の上司へ、見た目には分かりづらいが下肢の麻痺だけでなく体幹機能の麻痺があり、両手で物を運んだり前方に両手を伸ばしたりすることができないことを説明した。移動の際の物品の運搬に関しては車椅子に簡易机を取り付けることとした。 (3)復職に向けて② 復職の日取りが決定したため、これまでのシーティングの見直しと、自動車(電動車椅子を車載可能)への乗り降り練習、片手でのリーチ練習を中心に行った。車の乗り降りに関しては、電動車椅子から運転席に乗るための手順が多く、移乗自体も不安定な状況であった。職員駐車場から職員室が離れており、また児童も通るため移乗は安全かつ迅速に行う必要があった。そこで理学療法にて車への移乗を中心に実施し、所要時間を20分から5分へ短縮することができた。また復職にあたり訪問リハの介入が減ることも予測されるため、自主トレーニングの指導も行った。 職場の改修工事が終了した後、再度本人同行にて職場を訪問した。駐車場、職員室、教室、校庭、体育館、保健室、トイレなど校内のひと通りの場所で上司とともに動作確認を行い、必要に応じて上司や同僚に対しても車椅子の介助指導を行った。校内(図1、2)には段差が多く、また休憩用の保健室のベッドは車椅子より高い状況であったが、移乗や移動に関して問題はみられなかった。 図1 上司、同僚への動作指導 図2 駐車場での車の乗り降り 6 結果 2013年8月中旬より、配置転換はあったもののフルタイムにて小学校教諭として復帰することとなった。車での通勤を含め自立して行うことができている。訪問リハは週に1回、事例の休日に合わせ継続している。 7 考察 脊髄損傷者が職業復帰しやすい条件として、(1)受傷時の職業が管理経営や専門技術であること、(2)尿路感染症を発症した既往がないこと、(3)排尿方法は自然ないしは自己導尿であること、(4)年齢が若いこと、(5)男性であること、が挙げられている1)。事例は(5)以外の項目には概ね該当しており、復職に関しては有利な状況であったといえる。それに加えて今回の事例は、回復期リハにて生活の土台であるADLの自立を早期から目指し、復職を視野に入れた職場との面談機会を持つことができていた。このため、引き続き介入した訪問リハにおいても、実際場面での対策が行いやすく、職場とも問題点の共有ができ、動作の面での不安解消につながったのではないかと考える。さらに今回事例に関わる中で、事例が必要性を感じていない動作に関しても練習を行った。長期間病院や住みなれた自宅で過ごした事例にとって環境は事例に合わせてあるものであった。しかし、職場や公共の場は環境に自身を合わせていく必要があり、その都度順応する能力が求められることが想定された。この事例のように、特に移乗や移動などにおいてはバリエーションを持ってアプローチし、環境に左右されにくい能力を獲得することが中途障害者の社会復帰にとって重要なことであると考える。 また、家庭復帰した後に社会生活を通じて活動や参加の困難さを実感し、自信の喪失や主体性の抑制など二次的な制限を受ける障害者は多い3)。訪問リハにて、職場へ作業療法士や理学療法士が複数回同行訪問し、動作しにくい場所や改修してほしい場所を確認でき、見た目には分かりづらい身体障害について職場と話し合うことができた。このような関わりが想定外の困難さを少なくし、事例自身の職場復帰や、事例を支える職場の受け入れにおいて、自信を獲得することへと導いた一因となったのではないかと考える。「社会保険制度に基づくリハ資源は増加しても回復期リハ医療後に中途障害者の自立支援や具体的な職場復帰支援を担うリハ資源は全国的にみても限られている3)。」と言われている。訪問リハは原則的には自宅にてリハビリを行うとされており、事例に行ったような訪問リハでの復職支援は全国的に少ない現状にある。訪問リハは、専門職である作業療法士や理学療法士などが、生活期で個別にその人に合わせた支援を行いやすいというメリットがあり、今後更に中途障害者の復職支援に訪問リハが関わっていけるような体制づくりが望まれる。 8 おわりに 今回、脊髄損傷の事例に対して訪問リハにて約1年3ヶ月の間、ADLの自立から復職に至るまで支援を行った。今回の事例を通じて、回復期リハから生活期リハへの連携や、中途障害者が自立した生活を目指すために支援していくことの重要性を強く感じることができた。今回の経験を今後の訪問リハにおける復職支援に活かしていきたい。 9 謝辞 今回、長崎市教育委員会には復職に関する相談から現場での配置転換や職場の改修など様々な場面で協力をいただいた。障害者の復職にとって職場の理解や支援体制作りは必要不可欠であり、長崎県において偉大な前例を作っていただいた長崎県教育委員会に深謝したい。 【参考文献】 1) 川村享平 田中宏太佳:医学的リハビリテーションと職業リハビリテーションの連携,MB Med Reha No.152p.7-14(2012) 2) 全国訪問リハビリテーション研究会:訪問リハビリテーション実践テキスト,2009 3) 生方克之:障害者の自立支援,Jpa Rehabil Med vol.50 No.1(2013) 就労支援+リハビリテーション医療の視点 実践報告 第2報 〜職場定着に向けた取組〜 ○宮本 昌寛(滋賀県立リハビリテーションセンター支援部 事業推進担当 主任技師/作業療法士) 城 貴志(NPO法人滋賀県社会就労事業振興センター) 1 滋賀県立リハビリテーションセンターの概要 滋賀県立リハビリテーションセンター(以下「リハセンター」という。)は、平成18年6月に開所し、組織構成は支援部と医療部(滋賀県立成人病センターリハビリテーション科が機能分担)で成り立っている(図1)。 支援部の役割は、地域リハビリテーションや総合リハビリテーションの推進等を図るため、これに必要な各種活動や事業を構築し、関係機関や施設、団体、関係者等の協力を得て、その積極的な事業展開を図っている。 職業リハ分野に係る実践については、第20回職業リハビリテーション研究発表会において、モデル事例の報告を行っている。今回はこれまでの支援事例をもとにリハビリテーション医療が就労支援に寄与できる点について、実践の報告に若干の考察を踏まえ、経過を報告する。 2 これまでの実践の背景 現在、滋賀県の七つの圏域における障害者就業・生活支援センター(以下「支援C」という。)の登録者数は7ヶ所で4,045人(平成25年3月31日現在)となっており、うち平成24年度の新規就労者数は378名となっている。 図1 滋賀県立リハビリテーションセンターの組織構成 支援対象者は身体障害や知的障害、精神障害のある方だけでなく、発達障害や高次脳機能障害のある方等も増加しており、個別性の高い支援が求められている。 しかし、就労に関する既存の支援は、支援Cの職場適応援助者(以下「ジョブコーチ」という。)や相談支援員、特別支援学校や高等学校は進路指導担当教諭だけが担っているのが現状であり、障害特性の理解に特化した医療職が、就労支援に関わる活動は滋賀県においては希薄であった。 3 事業の目的と経過 平成23年度より、障害者に対する実際の就労場面での支援について、既存の就労支援に作業療法士(以下「OT」という。)等の医療リハビリテーションの視点を付加することで、障害のある方の職場定着につながる新たな就労支援方法を検討するためにモデル的な取組を実践し、平成23年度から平成25年8月末日までの相談件数は7件となっている(表1)。 表1 H23〜H25年度の相談件数 4 事業の実施方法 (1)対象者 次のいずれかに該当し、事業について、本人および雇用している事業主の賛同が得られる方を対象とした。 ・障害者職業センター(以下「職業C」という。)や支援センターで相談・支援を受けている方。 ・ジョブコーチの支援を受けている方(障害種別は問わない)。 ・雇用されているが、身体・認知両側面で仕事の遂行がうまくできない(時間がかかる、状況判断が難しい、一人で判断して仕事ができない、痛みがある、うまく休息がとれない、健康管理、やれることはやれるがもう少し工夫出来ないかと思う)等、就労定着支援過程において問題が生じている方。 (2)支援までの流れ すでに対象者の支援に関わっている各支援Cや職業Cのジョブコーチ等から依頼を受け、現状の情報共有と職場定着のための課題の整理を行う。その後、支援Cや職業C支援時にOT等が同行し、支援者および職場のキーパーソンとともに支援内容や方法の検討を行う。 5 相談事例について整理(表2) (1)事例Aについて 雇用者側からの聞き取りで、製造ラインでの作業効率は通常の3〜4倍の時間がかかり、現状では雇用につながりにくいと判断されていた。実際の作業状況から、不適切な作業環境と手の麻痺が作業効率に影響していることが観察された。作業環境を調整しても上肢機能とライン作業とのミスマッチは調整不可能であると判断。雇用者・本人・支援者で話し合いを持ち、OTから上肢機能とライン作業とのミスマッチを説明、雇用者側からは、作業効率が会社全体の利益につながる事、ひいては職員全員の成功体験であることを説明し、本人はラインとデスクワークについての意向を話した。その結果、トライアル雇用の残りの期間をデスクワークに充て、雇用者側は作業効率の確認、本人と支援者は就業意欲の醸成、OTは車いす姿勢とPC画面角度の調整を行った。これらの経過の後、雇用に至った。 (2)事例Bについて 支援センターにつながる直前に診断を受けられ、これからトライワーク(10日間の事業主雇用体験・障害者就業体験)を通じて、就職に向けた活動を行われるところであった。水耕栽培の職務に就かれるにあたって、OTは支援センターとともに実際の作業場面を観察し、認知機能や感覚機能に関する机上課題を実施した。B氏の特性を机上課題を通じて明らかにし、得意な面と苦手な面についてB氏・支援センター雇用者と一緒に整理を行った。その結果、特性に応じた予防策や職務内容の工夫を講じることができ、B氏自身もが自信をもって活動できることが明確となり、B氏一人に任せられる職務の増加につながった。 (3)事例Cについて C氏は電気配線を切り分け、業務用ハーネスを作製する職務に就かれていた。職務上のミスが続いていたが、ミスにつながる要因がC氏自身もわからず、退職するかどうかの岐路を迎えられているところであった。OTは、支援センターとともにC氏の実際の作業場面を観察し、配線のカットミスや、部品を取りに行ったにも関わらず何も取らずに戻ってくる、など作業の質や効率の低下が認知機能面の問題により生じていると推察し、空間認知や作業記憶に係る机上検査を実施した。結果、C氏の特性として視覚からの情報入力に対して、情報を頭の中で保持しておくことが苦手なことが推察できた。このことから、雇用主と支援センターとともに視覚的に判断する要素を工夫した結果、安定して出勤し作業に取組んでいただく事が出来ている。 (4)事例Dについて D氏は、コンビニで販売される弁当などの製造ラインの職務に約3年間就いてこられた。支援センターを通じて、ご本人からの主訴は慢性的な体の痛みであった。ご本人からは今後、結婚したり、所帯を持ったりと将来の事を考えた時に、このままの体の状態では仕事が続けていけるか不安でならないとのことであった。OTは、D氏の実際の作業場面を観察し、作業中の姿勢や体の使い方等をカメラやビデオで撮影し、D氏自身がどのような姿勢で職務に就いているかと、体の痛みの要因を説明した。あわせて、D氏自身が痛みの原因を理解し、OTが提示したストレッチを、継続して取組まれたことで痛みの消失に至った。 表2 H23〜H25年度の相談内容一覧 (5)事例Eについて E氏は、大企業の社員食堂で長期にわたって勤続してこられた。毎冬、体に痛みが生じ、今年は特に痛みが酷いとのことで、勤務の継続に不安を抱え、退職する意向を示しつつ、支援センターを通じて相談依頼があった。D氏はこの時点で、すでに医療機関にも受診されており、内服やリハビリを処方されている状況であった。OTは実際の職務遂行場面を観察し、必要なストレッチを提示した。また、1日200杯以上の味噌汁を汲む職務をされていたため、局所的に使用する筋肉の負担を軽減するため、滑り止め手袋の使用や道具の配置についても工夫を提示した。結果、わずか10日間で痛みが消失しE氏は現在も職務を継続されている。 (6)事例Fについて F氏は養護学校を卒業し、就労継続支援事業所B型を利用しながら、一般企業へ実習に行かれていた。元々、下肢に運動制限があり、将来的予測から座位でできる仕事を勧める支援センターと、立位での接客販売業を希望するF氏において、今後の職務内容の方針が定まらない状況であった。また、経時的に医療機関への受診をされていたが、下肢の運動機能の現状や予後予測について、リアルタイムな情報交換が医療機関と就労支援者側や養護学校と行われていない状況であった。OTは、実際の実習の様子を観察し、立位の職務遂行中に見られた下肢の関節組織に対する過負荷が生じている状況を確認し、イラスト等を用いて、医療機関とのカンファレンス時に情報提供を行った。現在は、座位姿勢でできる接客販売業に就かれている。 (7)事例Gについて G氏はゴルフ場のコース管理の職務を20年以上継続してこられた。企業側は特に障害の有無については把握されておらず、最近転倒されることが多くなった事から、今後の職務継続についての相談であった。OTは、実際の作業場面を観察し、体の関節の動く範囲や麻痺の程度、感覚や痛みについてG氏と確認を行った。結果、巧緻性や協働動作を求められるような作業は苦手な事が推察でき、支援センターとG氏、雇用者側と共に現在就かれている粗大な動作を要する職務内容がG氏には合っていることの確認を行った。 6 まとめ 7件の相談件数を踏まえて、既存の就労支援にリハビリテーション医療の関わりが就労支援に寄与できる点について、以下のように考えた。 ◇事例B・Cより 高次脳機能障害や発達障害など、何らかの認知機能面に問題がある方の症状特性を抽出することができる。 ◇事例A〜Gより 障害の有無や診断に関わらず、職務遂行上、生じている運動機能や作業遂行プロセスにおける問題点の抽出と解決策につながる工夫を本人や支援者に提示できる。 これらの要素を実際の就労場面で活かすためには、働く障害者を間接的・継続的に支援できるジョブコーチや雇用する企業と協働で支援できる仕組みづくりが必要だと考えた。 また、今回の取組を通じて、障害者の就労を支えるには、様々な機関連携が必要不可欠であることが示唆できたが、課題についても以下のように考えた。 ◇事例E・Fより 医療機関に受診されている方において、医療機関も生活や就業を支えている一端であるという意識が低いことや、就労支援者側も医療情報を求めていない場合があること。 ◇事例D・Eより 体の痛みなどについては、毎日の生活の送り方や労働環境が大きく関与しており、医療機関のリハビリ等では断片的な関わりに留まり、多くの要因を受ける事が予測される実際の場面で今回のような関わりができていないこと。 障害の有無に関わらず、人が長く仕事を続けられるためには、健康管理や仕事の効率、人間関係や楽しみ、やる気など様々な要因がある。これらの要因を支えるためには、医療や福祉、労働など様々な領域の機関が就労支援に関われる新たな就労支援システムが必要であると考える。 【連絡先】 宮本 昌寛 滋賀県立リハビリテーションセンター事業推進担当 Tel:077-582-8157 E-Mail:miyamOTo-masahiro@pref.shiga.lg.jp 集団プログラムの変更で著変した事例検討 −高次脳機能障害者へのグループ訓練について− ○太田 令子(千葉県千葉リハビリテーションセンター 高次脳機能障害支援センター) 地挽 愛・阿部 里子・遠藤 晴見・勝山 亜賀紗・益山 祥治・浅野 倫子(千葉県千葉リハビリテーションセンター 高次脳機能障害支援センター) 1 目的 当支援センターでは、高次脳機能障害を有する人たちの、医療リハ終了後次の支援体系につなぐための支援を行っている。当支援センター利用を希望する人たちの支援ニーズは、就労に関する内容が最も多い。障害の程度や種類および医療リハの内容によっても異なるが、多くの場合回復期リハの期間に、高次脳機能障害に関する本人情報は受けてきているが、具体的体験的に自らの障害を意識することは少なく、まして障害に対する具体的場面での対処法習得の必要性に気づいている者はほとんどいない。こうした場合、認知や作業訓練を通して自らの弱点に気づき、対処法修得に向かうことをねらった訓練がほとんどである。 我々は、従来のこうした個別認知課題の訓練法では上記目的が達成できない当事者に対し、平成24年度から以下のように位置づけて、訓練プログラムを大きく変更し、著変を示した事例に出会ったので報告する。 2 対象 医療リハ終了後当支援センターで実施している、復職・就労を目的とする‘はたらくため'のグループ参加者の3事例。 A:50歳代男(もやもや病) B:30歳代男(外傷性脳損傷) C:60歳代男(脳出血) 3 方法 ①平成23年下半期および平成24年上半期実施の、‘はたらくため'のグループのプログラム構造の分析比較。 ②各グループ最終時に各自が記載した記録を自己効力感/連帯感/主体性/帰属意識/自分への気づきに分類し3事例の行動の変化を分析検討する。 4 結果 (1)プログラム構造の比較分析 ①平成23年度下半期(平成23.10〜平成24.3月) 作業主体は個人であり、結果も個人が受け止めることで自己の障害特性に気づくと同時に、自己の作業態度を意識化して他者に伝えることをねらいとする。集団成員は、同じ障害を有し働きたいという共通の願いを持つ人物が、自己の作業態度をどのようにふり返り工夫して作業効率を上げようとしているかを聞くことで、仲間として他者と共感する体験を得る。共感的関係を基礎に、他者の行動を参照しながら自己の行動変容に取り入れる過程を、集団の場で身につけることを目的とする。 ①認知機能の役割(認知ピラミッドと注意の階層性)の知識としての学び(10月〜3月)②認知課題遂行を通しての自分の行動の特徴の気づき(10月〜3月)③提示されたいくつかの代償手段のうち、自分が作業遂行するに際して有効な代償手段の選択および効果を確認(12月〜3月)の3点をプログラムの柱とした。 ②平成24年度上半期(平成24.4〜9月) 擬似会社を設定する。作業主体は個人で選択性とする。選択するに際しては、自分の特性を活かして会社に貢献できると思える作業を選択する。結果は会社の売り上げとして社員全体で受け止める。活動の最後には、全社員が集まって全社会議を行い、各部署の作業内容と進捗状況を報告する。 ①みんなが働きやすく、よい製品を作るためにどんな工夫をする②互いの努力を認め、他社の作業が効率よく進むための役割分担および協力③構成員を仲間として感じることができるといた3点をプログラムの柱とした。 (2)事例に見る自己への気づき 事例A、B、Cの3名とも①平成23年度プログラムでは自己効力感/連帯感/帰属意識が見られず障害の気づきが認知面のみに偏り、スキルの向上が見られないと抑うつ的になり、スタッフ等への攻撃的言動あるいは自己への否定的評価が目立った。②平成24年度プログラムでは、自己効力感/連帯感/主体性/帰属意識が増し、攻撃行動等が出やすかったAとCは他のメンバーへの思いやりが増加し攻撃行動は激減した。また自信喪失から次の行動に踏み出せなかったBは働くことを目指し就労準備訓練機関へと移れた。 2プログラムで違いが出た事例A・B・Cが、活動の中で記載した内容からまとめたものを表1に示す。対照として平成23年度プログラムでも他者への共感や他者の気づきを自己の行動変容に取り入れることができた3事例と比較すると、変容困難であった事例A、B、Cでは、‘他者への積極的・肯定的気配り'や‘他者への尊敬・感謝・学んだこと'の記載がほとんど無かった。平成23年度事例Aが‘他者への尊敬・感謝・学んだこと'で記載していたのは、同じ原疾患の人が、上手に人とやりとりし、きちんと作業をこなしているのを見て凄いと思ったというもので、同じ集団成員としての共感や尊敬ではない。同じ項目での事例Bの平成23年度記載は「家族に心配や迷惑をかけて申し訳ない」というもので、積極的な気配りや思いやりではなかった。対照群では‘他者との関係の取り方'‘他者への積極的・肯定的気配り'や‘他者への尊敬・感謝・学んだこと'に関する記述が見られたことが、両群の違いとして目立った。 平成23年度事例Aが‘他者への尊敬・感謝・学んだこと'で記載していたのは、同じ原疾患の人が、上手に人とやりとりし、きちんと作業をこなしているのを見て凄いと思ったというもので、同じ集団成員としての共感や尊敬ではない。同じ項目での事例Bの平成23年度記載は「家族に心配や迷惑をかけて申し訳ない」というもので、積極的な気配りや思いやりではなかった。 表1 5 結論 障害の気づきを個人で受け止めることが困難な事例が、集団の一員として役立つことで自己肯定感を得ることができるプログラムに変更したことで、活動全体を視野に入れた自己認識を深める、それまで困難であった障害の体験的気づきを進めることができた。 就労未経験の視覚障害者の職業興味について ○石川 充英(東京都視覚障害者生活支援センター 就労支援課長) 山崎 智章・大石 史夫・濱 康寛・小原 美沙子・長岡 雄一(東京都視覚障害者生活支援センター) 1 はじめに 視覚障害者の職業は、あん摩・マッサージ・指圧師、鍼師、灸師(以下「三療」という。)、または事務的職業に就くことが多く、選択する幅が少ない。そのため、視覚障害者個人の職業への興味・関心よりも、業務が「できる」「できない」で、就労先を選定して判断せざるを得ないのが現状である。これらから、就労を希望する視覚障害者が、どのような職業領域に興味・関心があるかを把握することは、大切であると考える。 そこで本研究は、就労未経験の視覚障害者に対して、VRTカード(以下「カード」という。)を用いて職業興味の把握することを目的とした。今後、視覚障害者の就労支援を行う際の個別支援計画に活用することの意義がある。 2 研究方法 (1)研究対象者 就労移行支援の事業所に通所する視覚障害者のうち、事務的職業に就職する予定の就労未経験者。 (2)研究方法 研究に使用したカードは、独立行政法人労働政策研究・研修機構(以下「機構」という。)が作成し、心理検査「職業レディネス・テスト」の「職業興味」および「自信度」の検査部分をカード化し、簡便に測定できるようにしたものである。カードのセット構成は、興味(自信)カード54枚、分類カード6枚、結果・記録シート1枚、結果・整理シート1枚、利用の手引きである。カードのおもて面には、1枚につき1つの職業の職務内容を記述する短い説明が、うら面には、1)おもて面に記述されている職務内容に対応した職業名、2)ホランドの職業興味の6領域(RIASEC)に関する状況、3)基礎的志向性の3分類(DPT)に関する情報が書かれている1、2)。 方法は、機構が作成したカードの利用手引に基づき、1)研究者は職務内容が書かれているカードのおもて面を一枚ずつ読み上げ、対象者に手渡しする。2)カードを受け取った対象者は「やりたい」「どちらともいえない」「やりたくない」という3つの選択肢から興味の有無で、研究者があらかじめ説明した場所にカードを置き、分類する。3)研究者は54枚のカードの分類終了後、対象者に感想の聞き取りをする。 分析は、分類したカードの職業興味・関心、および職業興味の6領域(RIASEC)の傾向についておこなった。 図1 VRTカード例 (3)倫理的配慮 倫理的配慮として、カード検査中、強制感を与えないこと、対象者へのプライバシーの配慮から、個人を特定する表現は避け、データは研究以外には用いないこと、検査の結果により訓練・支援上の不利益を被ることがないことなどを対象者に伝え、了解を得た上で検査を実施するなどの配慮を行った。 3 結果と考察 (1)研究対象者の概要 対象者は男性2名、女性2名の合計4名で、平均年齢は23.75歳(最年少19歳、最年長27歳)。視力(矯正)は0.2以上が2名、0.01未満が2名であった。 学歴は、大学卒業(以下「大学卒」という。)が2名、短大卒業(以下「短大卒」という。)が1名、視覚特別支援学校卒業(以下「支援卒」という。)が1名であった。 職歴は、4名とも未経験であるが、大学卒の1名は家族が経営する飲食店での手伝いの経験があった。 (2)職業の興味・関心による分類結果 対象者4名全員は、総数54枚のカードを職業の興味や関心を基準として、「やりたい」「やりたくない」「どちらでもない」で分類することができ、分類に要する時間は、ほとんどかからなかった。最年少である対象者Dを除く3名は、「やりたい」「どちらともいえない」「やりたくない」に分類したカード枚数に顕著な差は見られなかった。しかし、最年少の1名は「やりたい」4枚、「どちらともいえない」35枚と、分類に偏りが見られた(表1)。 表1 職業の興味・関心による分類 本研究の結果から、分類した枚数に偏りが生じた要因は、読み上げられた職業内容を十分に把握していないため、「やりたい」「やりたくない」で分類することができず、「どちらともいえない」に分類したと考える。 (3)6つの職業領域に関する分類結果 分類したカードの6つの職業領域でみると、「やりたい」では、対象者Aは「人に接する・奉仕的活動」の【S】、Bは「研究・調査活動」の【I】、Cは芸術的活動の【A】のカード枚数が多かった。一方「やりたくない」では、対象者Aは「研究・調査活動」の【I】、Bは「人に接する・奉仕的活動」の【S】、Cは「規則に従っての活動」の【C】、Dは「人に接する・奉仕的活動」の【S】のカードが多かった(表2)。 これらは、就労未経験の視覚障害者が興味や関心がある職業領域があるにもかかわらず、三療や事務的職業を選択している現状を示唆するものであると考える。 また、分類後の感想として、「対象者全員が自分の職業に対する意識や興味、関心の傾向がわかった」、「イメージしにくいカードはなかった」、「仕事領域で向いていないと決められたように感じた」との感想があった。 これらの感想は、カードを使用することにより、職業への興味や関心を意識づけることに対する有効性を改めて示すものであると考える。 4 今後の課題 就労移行支援の個別支援計画は、就労未経験の視覚障害者の職業興味の領域を把握した上で作成することが重要であると考える。その際、年齢や学校卒業後の社会経験などにより、職業内容の把握状況に個人差があることを考慮することが大切である。 今後視覚障害者の就労に対し、自らの興味ある職業領域に就労できるような社会の仕組みづくりを検討する必要がある。 表2 六つの領域に関する分類 【引用文献】 1)VRTカード利用の手引:独立行政法人労働政策研究・研修機構、2010年4月 2)VRTカード事例集:独立行政法人労働政策研究・研修機構、2012年3月 就労訓練の有無が依存症を呈する者の再発に及ぼす影響 ○井田 百合子(株式会社わくわくワーク大石 精神保健福祉士) 高畑 智弘・中西 桃子・川端 充・町田 好美・田中 勝行(株式会社わくわくワーク大石) 野村 和孝(早稲田大学大学院人間科学研究科) 大石 裕代・大石 雅之(医療法人社団祐和会 大石クリニック) 1 はじめに 依存症を呈する者(以下「依存症者」という。)の就労は、病状が安定した後に、就労訓練の取り組みを開始することが基本的とされてきた。その理由は早期の就労活動が過度なストレスとなり、再発を引き起こす可能性があると考えられてきたためである。一方で、このような就労活動が再発を引き起こすことを支持する一貫した結果が得られているわけではない。 例えば、個別職業紹介とサポート1)(Individual Placement and Support.以下「IPS」という。)のエビデンスによると、IPSを利用した一般就労が病状の再発や再入院につながるとする結果は確認されていない。 そこで本研究では、治療早期から就労訓練した場合を「就労モデル」、ミーティングを主体とするデイケア施設での治療をした場合を「デイモデル」と名付け、二つのモデルの比較を通して、就労訓練が再発や病状の悪化に及ぼす影響について検討を行なった。 2 わくわくワーク大石とは 当事業所は、障害者総合支援法に基づき、就労移行支援、就労継続支援A型、就労継続支援B型の三つのサービスを提供する多機能型施設である。 平成19年度に横浜市中区に開設され、精神に障害を持つ者のための就労支援を行っている。隣接する依存症を専門とする平成3年に開業した大石クリニックが母体となり、メンバーの93%は依存症の診断を受けている。その内訳としては、アルコール依存症、病的賭博、薬物依存症などである。プログラムは一般就労の勤務時間を想定し一日8時間、午前9時から午後5時まで週5日ないし6日行う。 工賃を払い随伴性マネジメントを意識しながら、体力作り・生活リズムを整え就労への第一歩としている。平成23年度の就労移行支援利用者への工賃は、平均一人当たり11,374円/月を支払っている。表1は神奈川県の平成23年度の工賃実績と比較したものである。 表1 平均工賃の比較 平成25年8月現在の登録人数は76名で、内訳は表2の通りである。 表2 メンバー登録者の施設利用種類と男女比内訳 プログラムについては体力・能力の向上に合わせステップアップし、目標達成した場合は訓練費もあがる仕組みとなっている。障害者職業総合センター2)の「就業支援ハンドブック」を参考に、当施設における就労までのステップを図1に示す。 図1 就労までのステップ 当施設では平成23年度より随伴性マネジメントを行っている。随伴性マネジメントについては昨年当施設より発表3)しているため、詳しい記述は省略する。 なお平成18年当時のデイケアプログラム内容は、認知行動療法等の集団精神療法の他にスポーツ等体力作りを行うものも用意されている。時間は大体午前9時から午後3時までである。工賃の支給は行っていない。 以下に二つのモデルの比較を表3にまとめた。 表3 モデル別プログラム内容の比較 3 調査対象と方法 (1)調査対象 調査対象は、平成23年1月〜12月の間に就労モデルを利用開始した依存症の利用者26名と、平成18年1月〜12月の間にデイモデルの利用を行った依存症患者40名を比較した。それぞれの疾患の内訳は図2、図3の通りであった。 図2 デイモデル利用者数の疾患別内訳 図3 就労モデル利用者数の疾患別内訳 (2)調査方法 ①継続通院・通所について 調査期間は就労モデル・デイモデルともに利用を開始した月から12ヶ月間とした。 継続の有無の判断基準については、就労モデル、デイモデルともにプログラムに月に一日でも参加した場合を継続利用とみなした。 就労モデルにおいては就労によって施設利用を終了した者2名も、治療効果があった者として継続した者に含めた。 ②断酒について 調査期間は①と同様に、就労モデル・デイモデルともに利用を開始した月から12ヶ月とした。判断基準については、12ヶ月に1度も飲酒した記録がない場合を断酒したものとみなした。 就労モデルではアルコール呼気検査機(使用機種:ALC-miniⅢAlcohol Recording System)を導入し、0.000mg/Lと判定された者を断酒しているとみなした。デイモデルにおいては、スタッフが対面で目視・口臭を確認したうえで飲酒しているかどうか判断した。 4 調査結果 (1)モデル別の通院・通所の継続率 就労モデルの利用者の26名中21名が継続通所し、継続率は80.8%(21名/26名)であった。デイモデルの利用者の40名中12名が継続通院し、継続率は30%(12名/40名)がであった。 この結果(以下「結果1」という。)は、デイモデルの継続率30%と比較して就労モデルの継続率80.8%が有意に高い割合であった。(x2=16.246,df=1,p<.01) 図4 モデル別の通院・通所継続率(%) またデイモデルの利用者が離脱した理由の大半の理由は、再飲酒によって来院出来なくなることや病状悪化等により入院・または転院したためであった。 また就労によって施設利用を終了した者2名のうち1名は、6か月間就労継続のフォローを施設で行った。 (2)モデル別の通院・通所を継続した者の断酒率 次に通院・通所が継続できた利用者の、モデル別の断酒率を調べた。就労モデル利用者の21名のうち14名が断酒し、断酒率は66.7%(14名/21名)であった。デイモデル利用者の12名中10名が断酒し、断酒率は83.3%(10名/12名)であった。この結果(以下「結果2」という。)を両者で比較したところ有意の差は認められなかった。 図5 モデル別の通院・通所継続者の断酒率(%) 5 考察 (1)結果1について 一般的には就労訓練を行うことはストレスとなり、就労モデルと比較してデイモデルが継続率が高くなると予想された。しかし結果1では就労モデルの通所者はデイモデルを利用している者より、利用の継続率が高くなるという結果が示された。 この結果の理由として以下の点が挙げられる。 ① デイモデルで行うミーティングは一日2回であり、1回のミーティング時間は1時間半から2時間が限度である。それに対して就労モデルは訓練時間を延ばすことで多くの時間が拘束される。また、さらに細かく一日のスケジュールを決めるため、空いた時間が少なくなると考えられる。したがってスケジュールどおりに行動することにより、依存している物質から離れて通所が可能であった。その結果として自己コントロール出来たという達成感が生じた。 ② デイモデルではそれぞれに与えられる役割は少ないが、就労モデルでは就労訓練することにより自分の役割が与えられ、自分自身に自信がつき自尊感情が取り戻せると考えられる。 ③ デイモデルではデイケア施設やAAなどの自助グループなどの交流が主体となり交流の範囲が狭くなりがちだが、訓練に参加することでは、訓練先や地域の住民との交流を通じて社会参加への意欲向上につながったためとも考えられる。 ④ ①〜③の結果、自己効力感を取り戻し、デイモデルより就労モデルの方が治療継続への意欲が向上したと考えられる。 (2)結果2について これまで、ミーティング等の集団精神療法を長く続けることによって、治療効果があると考えられてきた。また就労訓練を行うと再飲酒を誘発し、治療効果があがらないのではと予想されてきた。 しかしながら、結果2では就労モデルを継続利用した者とデイモデルを継続利用している者との断酒率の差に関しては有意な差がなかった。したがって1年間の通院・通所を継続した者の断酒に関しては、集団精神療法と同等な治療効果があると考えられる。 6 まとめ 結果1・2より就労訓練を行ことで、ラプスしてもなおリラプスすることが少なく通所継続していることが確認された。このことから就労訓練は必ずストレスとなり再発し病状が悪化するとは言えないと考えられる。 依存症に対する援助は、断酒継続を目的として集団精神療法等の医療プログラムを中心に繰り返し、長期間にわたって行われてきた。集団精神療法プログラムを繰り返し行っても治療効果はあがるとは限らない。したがって就労訓練を比較的早期に行うことが、治療的効果を促進するのではないかと今回の調査で示唆された。 本人のよりよい生活の質を考えた場合、断酒に加え就労することも回復への大きな要素であると考えられる。今回の結果1・2からもこの考えを裏付ける要素になりうると考えられる。 【参考文献】 1) 大島巌:「IPSブックレット IPS入門」p.12-14,第一資料印刷(2010) 2) 障害者職業センター:「新版 就業支援ハンドブック」p.16,新日本法規出版株式会社(2011) 3) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター:「第20回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」p.384-387,株式会社美巧社(2012) 障害者雇用・就労支援についての市職員意識調査の結果 〜宇部市障害者就労ワークステーション設置等への質問から〜 ○中野 加代子(宇部市健康福祉部 次長) 川崎 幸江・徳田 泉(宇部市健康福祉部) 1 はじめに 宇部市は、全国に先駆けた取組として昭和37年から観光資源でもある「常盤公園」で障害者の技能習得訓練事業を実施し、平成19年から関係機関で構成する障害者就労支援ネットワーク会議(以下「ネットワーク事業」という。)を設置し様々な啓発活動を実施している。また平成22年からは障害者就労ワークステーション(以下「ワークステーション事業」という。)を庁舎内に設置するなど、障害者の雇用と就労支援施策の推進に積極的に取り組んでいる。 行政改革や職員の意識改革の必要性が叫ばれている昨今、本市における障害者雇用・就労支援の施策の推進にあたっても、市職員の意識改革がなければ、企業や地域全体への推進力に大きな影響があると考えている。 そこで、今後の障害者就労・雇用支援の拡大のため、「障害者雇用・就労支援の取り組みについての市職員意識調査」を実施したので、今回は、調査結果の概要を報告する。 2 宇部市の状況 (1) 本市の概要 表1 宇部市の状況 山口県の南西部に位置し、瀬戸内有数の臨海工業地帯を形成している。急激な工業化による公害問題に産官学民一体の「宇部方式」での取り組みは、産業発展と市民福祉の調和を目指す先進的事例となった。市民一丸となったまちづくりへの情熱は、国内有数の歴史と権威を誇る「UBEビエンナーレ」の開催を始めとする彫刻によるまちづくりなど、宇部市固有の情景を醸成している(表1)。 (2) 本市の障害者雇用・就労支援の取り組み ① 取組に至る経緯 本市では、平成21年から「障害者の就労支援」を政策課題に位置づけ、総合計画の戦略とした。その主要事業は次の3事業である。 ② 主要事業の内容 イ 常盤公園事業 常盤公園内の作業風景 都市公園である「常盤公園」において、訓練生(知的障害者18名)が、就労に必要な能力等の向上を図るとともに、雇用促進、職場における定着性を高めることを目的に、公園内の維持管理等(花づくりや水やり、草刈り及び清掃などの作業)を市職員とともに行ってきた。 この事業については、訓練生と家族が「社会参加」と「安心」を得られるよう、昨年から訓練から雇用への施策の見直しを行い、市が設置した就労継続支援A型事業所として平成25年10月に再出発した。 ロ ネットワーク事業 障害者の自立と社会参加を図ることを目的として、関係機関・団体等によりネットワーク会議を設置し、連絡調整や情報交換を連携して行うとともに障害者雇用への理解と啓発を進めている。 図1 ネットワーク事業の組織図 委員は、相談支援事業所、障害福祉サービス就労系事業所、企業、行政で構成し、定期情報誌の発行、地元FM局での番組放送、企業向けセミナーの開催、企業部会での企業間情報交換、障害者雇用ガイドの作成等、障害者雇用と就労にかかる様々な啓発活動等を実施している(図1)。 ハ ワークステーション事業 障害者の自立の促進、庁内業務の効率化、民間への障害者の雇用促進を目的に、知的障害者2人、精神障害者3人、発達障害者1人の計6人を雇用している。 図2 ワークステーション事業の体系図 2人の市職員を支援員として配置し、封入作業、パソコン入力、書類仕分け・並べ替え作業、印刷・製本作業など、庁内各課60部署から依頼された業務を集約し一括処理を行っている。日常業務の運営のみならず、雇用満了(3年間)後の就職支援も専門機関と連携して行い、一般企業に送り出している。また、蓄積しつつある支援のノウハウを、庁内外に対して積極的に情報発信している(図2)。 3 方法 (1) 調査対象 本市役所に勤務するする正規職員(3公営企業、消防、再任用、任期付、嘱託、臨時職員を除く)1,076名 (2) 調査方法 市役所内ネットワークによるインターネット調査法。ただしインターネット環境のない職員については、配票調査法。 (3) 調査内容 基礎情報、主要事業への関わり、障害者雇用のイメージ、障害者雇用のメリット・デメリット、学習会への参加意欲、職場・職員の課題の6項目。 (4) 調査時期 平成25年(2013年)8月19日〜8月30日 (5) 対象者の基本属性 性別、年代、勤続年数、職位のほかに、障害福祉への関心に係わる項目(障害福祉関連部署の勤務、障害者の存在等)も設けた。 (6) 分析対象 調査対象者1,076名のうち、有効な回答を得た610名を分析対象とした(有効回答率56.7%、N=610)。 4 結果 (1) 事業の周知度 総合計画主要事業の中の2事業の周知度は、「ネットワーク事業」の活動について一つでも「知っている」との回答は44.3%、「ワークステーション事業」については「よく知っている」「少し知っている」を合わせ71.6%であった。 (2) ワークステーションへの業務依頼経験と業務を依頼しない理由 業務依頼の経験について訊くと、約4割が「ある」との回答であった(図3)。 図3 ワークステーションへの業務依頼経験(N=610) また、業務依頼の経験のない人の依頼しない理由で、最も多かった回答は「業務の直接担当ではない」で、次に多かった回答は「依頼できるような業務を切り出せない」、であった(表2)。 表2 業務を依頼しない理由(N=405) (3) 障害者雇用のイメージの変化 主要事業に取り組み始めた時点(3年4ヶ月前)と現在を比べての障害者雇用のイメージの変化を訊いたところ、最も多かった回答は「ほとんど変化はない」であり、「大いに変化があった」「やや変化があった」との回答を合わせると、約1/4であった(図4)。 図4 障害者雇用のイメージの変化(N=610) (4) ワークステーション事業のメリット・デメリット ワークステーション事業のメリットは、多い順に、「職員の障害への理解が深まる」、「一事業所としての社会的責任を果せる」、「業務効率のアップにつながる」であった(表3)。 表3 市職員の考えるメリット(N=1,318) 表4 市職員の考えるデメリット(N=940) また、デメリットは、多い順に、「サポート要因の負担が大きい」、「安全面の注意が必要」、「業務の選別に時間がかかる」であり、「特にデメリットはない」との回答もあった(表4)。 (5) 学習会への参加意欲 学習会への参加について訊くと、「参加したい」(6.9%)、「参加してもよい」(46.4%)であった。 (6) 職場・職員に必要なこと 障害者雇用の促進のために職場・職員に必要なことを訊いたところ、最も多かった回答は「職員の障害に対する理解の促進」で、次に多かった回答は「個々の適性・能力の十分な把握」であった(表5)。 表5 障害者雇用促進に必要なこと(N=1,474) 5 考察 本調査の対象である市職員は、その多くが本市民であることから、市職員の意識を明らかにすることが、今後の障害者就労・雇用支援の拡大の方策を検討するうえで参考になるであろうと考えた。 市職員の障害者雇用のイメージの変化については、約6割が「変化はない」との回答であったが、「変化があった」とする回答には、以下のような意見があった。「一緒に仕事をすることが自然な感覚となった。」「安心感を覚えた。」「信頼感がアップした。」「仕事のパートナーに成り得ることが実感できた。」等、庁舎内のワークステーション職員と接しての感想と思われる意見が見られた。このことから、理解の促進には、障害者との直接の仕事体験が意識の変革には有効であろうと推測されるが、現在ワークステーションに業務依頼できる職場は、基本的に本庁舎内としており、理解の促進のために本庁舎外にも拡大する検討が必要であると考える。 職員の業務形態には、事務・技術職業務と現場職業務があるが、現在の事業等の周知方法はネットワークへの掲載に頼っており、インターネット環境のない現場職業務の職場への周知が不足していることが推測でき、周知方法の工夫が必要であると言える。またその内容についても、実績等の情報提供が必要であり、今後はプロジェクト等により、業務改善の活動とともに周知の取り組みを提案したい。 総合計画主要事業の周知については課題があるものの、53.3%の職員は、障害者雇用に関する学習会への参加意欲を持っており、今後は研修担当部署と連携した研修体制の構築が求められている。 注目すべきは、自由記述の意見は総数59件であり、また「アンケートにより意識が高まった」との意見もあり、本調査の実施が職員への啓発として有効だったものと考える。 6 おわりに 当市役所の障害者雇用率は2.75%(平成25年6月)で、施策としての障害者雇用・就労支援は主要事業として取り組んでおり、周知度、イメージの変化等今回の調査の結果については、当初の仮説を覆すものであった。 今後においても、市職員の意識改革なくしては市全体の障害者雇用・就労支援への推進は困難との考えを軸に、求められている障害に対する理解が、緩やかでありながらも確実に広がるように取り組み、また今回の課題として残った要因分析等については第2報としたい。 【参考文献】 1) 多田稔ほか:公務員意識改革のブレイクスルー,「地域政策研究第9巻第4号」、p.21-26,高崎経済大学地域政策学会(2007) 【連絡先】 中野加代子 宇部市健康福祉部 TEL:0836-31-4111/FAX:0836-22-6052 E-mail:syou-fuku@city.ube.yamaguchi.jp 障害者の雇用状況と就労支援機関の活用実績について −都道府県単位の指標を中心として− 鴇田 陽子(障害者職業総合センター 主任研究員) 1 はじめに 障害者雇用を推進する過程において、地域の就労支援機関の体制や就労支援の状況、連携の在り方等については、地域差があるという意見がある(厚生労働省「地域の就労支援の在り方に関する研究会」より)。しかし調査・研究としてのデータに基づいた全国的な分析は未だなされていない。そこで障害者職業総合センターでは、平成24年度に「地域の障害者就労支援の実態に関する調査研究」を実施し、都道府県単位の指標を中心に全国の雇用、福祉、医療等の統計データを収集するとともに、5都県の就労支援機関にヒアリング調査を実施した。本発表では収集した全国の雇用、福祉、医療等の統計データをもとに、障害者の雇用における実績と就労支援機関の実績について、都道府県別に関連を分析した結果を報告する。 2 障害者の雇用実績と就労支援機関の実績の指標について 障害者の雇用の実績として、障害者の実雇用率1)とハローワークにおける障害者全体の就職率2)を選定することとした。統計年度による変動を考慮し、どちらも平成21年から23年の3年分の平均値をもって障害者雇用の実績指標とし、それぞれ全国順位を付した。 就労支援機関の実績としては、①地域障害者職業センター利用者数3)、②障害者就業・生活支援センター就職件数4)、③第1号職場適応援助者(ジョブコーチ)認定法人支援障害者数5)、④就労移行支援事業所利用実人員6)、⑤就労継続支援事業所A型利用実人員7)、⑥就労継続支援事業所B型利用実人員8)、⑦職業能力開発機関のうち47都道府県で実施されている委託訓練4コースの平均就職率9)の7項目を取り上げ、①から⑥までの項目については、その県の3障害者手帳(身体障害者手帳10)、療育手帳11)、精神障害者保健福祉手帳12))所持者千人対比の指数に全国順位を付して、比較、検討することとした。 3 障害者雇用の実績が高い県における就労支援機関の実績(表参照) 障害者の雇用の実績が高い県として、平成21年から23年の3年平均の障害者の実雇用率またはハローワークの就職率が全国10位までにあり、かつ、どちらか一方が30位以下である県を除いた県の状況をみることとした。 平成21年から23年の3年平均の障害者の実雇用率またはハローワークの就職率が10位までに該当する県は18県である。どちらか一方が30位以下である県を除くと12県となる。12県のうち、どちらも10位までに該当する県は2県(福井県、山口県)、ほか10県(岩手県、富山県、和歌山県、鳥取県、島根県、徳島県、佐賀県、熊本県、宮崎県、鹿児島県)は、障害者の実雇用率またはハローワークの就職率が10位までに該当し、どちらか一方が28位までに該当する。 これら12県について、上記①から⑦までの就労支援機関の実績値7項目において、10位までの実績を調べてみると、熊本県と鹿児島県以外の10県において、7項目のうちいずれかにおいて10位までに該当している。 (1)障害者の雇用実績が高い12県における、7つの就労支援機関の実績の状況 ①就労支援機関の活用実績7項目のうち5項目において10位以内にある県は、2県である(福井県、鳥取県)。 福井県は障害者の実雇用率、ハローワークの就職率いずれも10位以内にあり、地域障害者職業センター利用者数、第1号職場適応援助者支援障害者数、就労移行支援事業所利用実人員、就労継続A型利用実人員、委託訓練の就職率の5項目で10位以内であった。また5項目のほか、就労支援に係る他の関係機関の実績値である、発達障害者支援センターにおける人口10万人当たりの就労支援実人数13)及び精神保健福祉センターにおける精神障害者保健福祉手帳所持者千人当たりの相談実人数14)が10位以内、地域自立支援協議会における就労支援部会の設置率15)が100%という状況である。 鳥取県はハローワークの就職率が10位以内にあり、地域障害者職業センター利用者数、障害者就業・生活支援センター就職件数、第1号職場適応援助者支援障害者数、就労継続A型利用実人員、就労継続B型利用実人員の5項目で10位以内であった。また5項目のほか、特別支援学校における就職率16)及び精神保健福祉センターにおける精神障害者保健福祉手帳所持者千人当たりの相談実人数が10位以内である。 ②上記7項目のうち4項目において10位以内にある県は3県である(岩手県、島根県、佐賀県)。 岩手県はハローワークの就職率が10位以内にあり、障害者就業・生活支援センター就職件数、第1号職場適応援助者支援障害者数、就労継続A型利用実人員、就労継続B型利用実人員の4項目で10位以内であった。また4項目のほか、地域自立支援協議会における就労支援部会の設置率が100%である。 島根県はハローワークの就職率が10位以内にあり、障害者就業・生活支援センター就職件数、就労継続A型利用実人員、就労継続B型利用実人員、委託訓練の就職率の4項目で10位以内であった。また4項目のほか、特別支援学校における就職率及び発達障害者支援センターにおける人口10万人当たりの就労支援実人数が10位以内である。 佐賀県は障害者の実雇用率が10位以内にあり、地域障害者職業センターの利用者数、障害者就業・生活支援センター就職件数、就労継続A型利用実人員、就労継続B型利用実人員の4項目で10位以内であった。 ③上記7項目のうち3項目において10位以内にある県は、1県である(宮崎県)。 宮崎県は障害者の実雇用率が10位以内にあり、障害者就業・生活支援センター就職件数、第1号職場適応援助者支援障害者数、委託訓練の就職率の3項目で10位以内であった。 ④上記7項目のうち2項目において10位以内にある県は、2県である(和歌山県、徳島県)。 和歌山県は障害者の実雇用率が10位以内にあり、第1号職場適応援助者支援障害者数、就労移行支援事業所利用実人員の2項目で10位以内であった。また2項目のほか、地域自立支援協議会における就労支援部会の設置率が100%である。 徳島県はハローワークの就職率が10位以内にあり、地域障害者職業センターの利用者数、第1号職場適応援助者支援障害者数の2項目で10位以内であった。また2項目のほか、精神保健福祉センターにおける精神障害者保健福祉手帳所持者千人当たりの相談実人数が10位以内である。 ⑤上記7項目のうち1項目において10位以内にある県は、2県である(富山県、山口県)。 富山県はハローワークの就職率が10位以内にあり、地域障害者職業センターの利用者数において10位以内であった。またこのほか、精神保健福祉センターにおける精神障害者保健福祉手帳所持者千人当たりの相談実人数が10位以内、地域自立支援協議会における就労支援部会の設置率が100%である。 山口県は障害者の実雇用率、ハローワークの就職率いずれも10位以内にあり、委託訓練の就職率において10位以内であった。 ⑥障害者の実雇用率またはハローワークの就職率が10位までにあり、どちらか一方が30位以下である県を除いた12県について、7つの就労支援機関の活用状況をみると、10位以内の実績をあげている就労支援機関が1以上ある県が10県あった。 ⑦なお、以上の10県について、就労支援機関の実績が中間順位より上位(23位以内)となる項目数をみると、6項目が中間順位より上位の県が4県(福井県、鳥取県、佐賀県、宮崎県)、5項目が中間順位より上位の県が3県(岩手県、和歌山県、島根県)、4項目が中間順位より上位の県が3県(富山県、山口県、徳島県)となっており、これらの県では過半の項目で中間順位より上位となっていた。 (2)7つの就労支援機関別、障害者の雇用実績が高い12県の状況 ①地域障害者職業センターの3障害手帳所持者千人当たりの利用者数(以下「地域障害者職業センター利用者数」という。)においては、上記12県のうち、5県が10位までに該当している。(富山県、福井県、鳥取県、徳島県、佐賀県) ②障害者就業・生活支援センターの3障害手帳所持者千人当たりの就職件数(以下「障害者就業・生活支援センター就職件数」という。)においては、上記12県のうち、5県が10位までに該当している。(岩手県、鳥取県、島根県、佐賀県、宮崎県) ③第1号職場適応援助者の3障害手帳所持者千人当たりの支援障害者数(以下「第1号職場適応援助者支援障害者数」という。)においては、上記12県のうち、6県が10位までに該当している。(岩手県、福井県、和歌山県、鳥取県、徳島県、宮崎県) ④就労移行支援事業所の3障害手帳所持者千人当たりの利用実人員(以下「就労移行支援事業所利用実人員」という。)においては、上記12県のうち、2県が10位までに該当している。(福井県、和歌山県) ⑤就労継続支援事業所A型の3障害手帳所持者千人当たりの利用実人員(以下「就労継続A型利用実人員」という。)においては、上記12県のうち、5県が10位までに該当している。(岩手県、福井県、鳥取県、島根県、佐賀県) ⑥就労継続支援事業所B型の3障害手帳所持者千人当たりの利用実人員(以下「就労継続B型利用実人員」という。)においては、上記12県のうち、4県が10位までに該当している。(岩手県、鳥取県、島根県、佐賀県) ⑦委託訓練の就職率においては、上記12県のうち、4県が10位までに該当している。(福井県、島根県、山口県、宮崎県) ⑧障害者の実雇用率または障害別就職率が10位までにあり、どちらか一方が30位以下である県を除いた12県について、就労支援機関別に活用実績が10位までに該当する県の数を調べると、多い順に、第1号職場適応援助者支援障害者数(6県)、地域障害者職業センター利用者数、障害者就業・生活支援センター就職件数及び就労継続A型利用実人員(ともに5県)、就労継続B型利用実人員及び委託訓練就職率(ともに4県)、就労移行支援事業所利用実人員(2県)という状況であった。 4 まとめ 障害者の雇用の実績が高い県として、平成21年から23年の3年平均の障害者の実雇用率またはハローワークの就職率が全国10位までにあり、どちらか一方が30位以下である県を除いた12県について、7つの就労支援機関の活用実績との関連を調べたところ、全国10位までに該当する活用実績を1項目以上有する県が10県あり、中間順位(全国23位)まで広げれば、これらの県では過半の項目で中間順位以内となっていた。 しかし就労支援機関の実績において、全国10位以内に該当する項目を複数有する県は上記12県のほかにもある。後に実施した5都県の就労支援機関にヒアリングした状況では、同一県内でも障害保健福祉圏域によりネットワークの状況が異なり、地域差があることが窺えた。障害者雇用と就労支援機関の実績の関連については、障害保健福祉圏域ごとの詳細な分析が求められる。 なお、本稿に記載した統計データ出典は以下の通りである。13)-16)データの全国の状況は、障害者職業総合センター資料シリーズ№77「地域の障害者就労支援の実態に関する調査研究」p.26、32、33を参照されたい。 【統計データ出典】 1) 厚生労働省:障害者雇用状況の集計結果(平成21年〜平成23年) 2) 厚生労働省:障害者の職業紹介状況等(平成21年度〜平成23年度) 3) 高齢・障害・求職者雇用支援機構調べ 4) 厚生労働省障害者雇用対策課調べ 5) 高齢・障害・求職者雇用支援機構調べ 6) 社会福祉施設等調査報告(平成23年) 7) 社会福祉施設等調査報告(平成23年) 8) 社会福祉施設等調査報告(平成23年) 9) 厚生労働省職業能力開発局能力開発課調べ 10) 福祉行政報告例(平成23年度) 11) 福祉行政報告例(平成23年度) 12) 衛生行政報告例(平成23年度) 13) 発達障害者情報・支援センターウェブサイト:平成23年度発達障害者支援センター実績 14) 衛生行政報告例(平成23年度) 15) 厚生労働省障害者雇用対策課調べ 16) 学校基本調査報告書(平成23年度) 障害者の雇用状況と就労支援機関の活用実績 ILOにおける障害者雇用への取組み (ディーセントワークの視点から) 上村 俊一(国際労働機関(ILO)駐日事務所 次長) 1 ディーセント・ワークとは 皆さんは、「ディーセント・ワーク」という言葉をご存知だろうか。「ディーセント・ワーク」とは、「働きがいのある人間らしい仕事」という概念で、1999年の第87回ILO総会において21世紀のILOの活動の目標として採択されたものである。 21世紀に入り、金融市場の混乱や景気後退などから、失業問題、労働のインフォーマル化、不十分な社会的保護が拡大し不確実性が労働の世界に広がる中で、2008年の第97回ILO総会において「公正なグローバル化のための社会正義宣言」が採択された。同宣言では、ディーセント・ワークの実現のため、(ⅰ)雇用の創出、(ⅱ)労働における権利の保障、(ⅲ)社会的保護の拡充、(ⅳ)社会対話の強化と紛争解決、という4つの戦略目標が掲げられた。 2012年、英国のガイ・ライダーが労働側出身者として初めて第10代のILO事務局長に就任した。ライダー事務局長は、21世紀におけるILOの役割として、ディーセント・ワークの推進を掲げ、現今の世界経済状況の下で、働く権利と雇用創出の重要性を訴えている。 2 ディーセント・ワークと障害者 このように、ディーセント・ワークは、障害者を含めた全ての人々のための、ILOの最も重要な目標である。ディーセント・ワークは、自由、平等、尊厳、安全が確保された状態における生産的な仕事を意味する。 しかるに、世界でみると、およそ10億人の障害者(人口の15%を占める)にとって、ディーセント・ワークへのアクセスは、特に困難となっている。障害者の中には、生産的な仕事に従業する労働者として、あるいは、成功した起業家として経済のメインストリームに乗っている者もいるが、大多数は、否定的な態度、アクセスが困難な労働環境、不十分あるいは効果が薄い法律や政策など、様々な障壁に阻害されている。 3 ILOにおける障害者雇用への取り組み (1)条約と勧告 ILOにおける障害者雇用への取組みは、ILOが設立されたわずか数年後の1925年にさかのぼる。同年のILO総会で採択された「労働者補償の最小限度の規模に関する第22号勧告」には、障害労働者の職業再教育が規定されていた。 1955年には、障害者の職業リハビリテーションに関する第99号勧告が採択された。以来50年余、ILOは、この勧告で示された機会均等と平等待遇の原則に基づく障害者のための職業能力の向上と雇用機会の創出に取り組んでいる。 1983年には、「職業リハビリテーション及び雇用(障害者)に関する第159号条約」が採択された。この条約は、障害者雇用の促進と職業能力開発と雇用における均等に関する政府の政策の促進を図るものである。条約は勧告と異なり、批准国を拘束する効力を有し、批准国は当該条約の実施義務を負う。 そして、2002年には職場における障害管理に関する行動規範(使用者に向けた任意規範)が定められ、また、ILOは積極的に国連障害者権利条約の支援も行っている。 (2)プロジェクト等における取組み 上記のような規範レベルにおける活動に加え、ILOは、身体障害者のための職業能力開発と雇用における機会均等を促進するため、次のような取組みも行っている。 (ⅰ)研究及び好事例の収集等による知識の集積 (ⅱ)教育訓練の実施(ILOトリノ・インターナショナル・トレーニング・センターにおける研修コースを含む) (ⅲ)技術協力 その実現のため、ILO本部組織に属する障害者に係る専門家チームが、ILO組織の全体を巻き込み、労使とともに、積極的に活動している。各国レベルでは、ILOの専門家チームは、政府に対して、労使、障害者団体と連携して、有効な政策及び法律を実現するよう、積極的に働きかけている。 その一つ、最新の活動として、ILOグローバル企業と障害ネットワーク(ILO Global Business and Disability Network)を、紹介する。 4 ILOグローバル企業と障害ネットワーク(ILO Global Business and Disability Network) (1)概観 この取組みは、ILOにおける障害者雇用の専門家チームとILOの内部組織である使用者局が共同して取り組んでいるプロジェクトであり、世界規模で企業と障害者団体等のネットワークを構築して、雇用の促進を図っていこうとするものである。 (2)構成 ILOグローバル企業と障害ネットワーク(ILO Global Business and Disability Network、以下「ILOGBDN」という。)は、障害者を労働力として取り込んでいこうとする企業を、ビジネスの視点と人権の視点から支援するため、多国籍企業、使用者団体、一定のNGO、障害者団体の代表者で構成される。 現在の構成員は、多国籍企業は、Accenture、Adeccoなど39社。使用者団体は、Australian Employers Network on Disability、Bangladesh Employers' Federationなど19団体。障害者団体は、Disabled People's International Asia-Pacific Region(DPI-AP)など3団体。NGOは、Rehabilitation International(RI)など7団体。 (3)期待される効果 ILOは、このネットワークに参加することによって、より多様な労働力を確保することができ、生産性の向上が図られ、労働者の定着が図られ、職場の労働安全が図られ、顧客サービスも向上し、地域社会におけるブランドイメージの向上が獲られると考えている。 使用者団体は、このネットワークに参加することにより、その会員企業の有するニーズに対応する能力の向上を図ることができる。すなわち、障害者の多様性、企業の社会的責任(CSR)、法的適合性、人的資源等に関する会員企業のニーズに応える能力の向上が期待される。 (4)目的 ILOGBDNは、使用者が中心となってリードし、ネットワーク構成員をベースとして行われるイニシアチブであり、これによって、ビジネスの成功と障害者雇用の間における積極的な関係についての知見を広げることを目的としている。知識の共有と共同活動の推進、障害者雇用についての専門性の醸成、国レベルにおけるネットワーク構築の容易化、職場におけるビジネスと人権の促進のモデルケースの促進などによって、ILOGBDNは、あらゆる規模の企業、そして、市場に貢献するものである。具体的には、次の4つの目的がある。 ①企業、使用団体における知識の共有、好事例の蓄積 ②障害者の雇用と職場定着に資するため、企業と使用者に向けた成果物とサービスの共同開発 ③中小企業のアクセスも可能となるように使用者団体と国レベルのネットワークの強化、障害者雇用にかかる専門性の向上 ④企業のILO活動との連携、国レベルでの社会的パートナーとの連携 (5)今後のビジョン ILOは、ネットワークの拡大を図り、2015年までに、他の国際機関、多国籍企業、使用者団体から、ILOGBDNが障害者雇用に関する世界規模のネットワークとして認知されるようになることを目指している。 【参考文献】 アーサー・オレイリー「ディーセント・ワークへの障害者の権利」ILO技能・就業能力局(2007年) 【参考】 ILO駐日事務所 http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/ ILO Global Business and Disability Network http://www.businessanddisability.org/index.php 知的障害者の就労を目指した現場実習の取り組み −教員ジョブコーチによる職場環境設定の実際− ○宇川 浩之(高知大学教育学部附属特別支援学校 教諭) 矢野川 祥典・柳本 佳寿枝(高知大学教育学部附属特別支援学校) 田中 誠・石山 貴章(就実大学/就実短期大学) 1 目的 普段の学習活動はもちろん、職場での実習や卒業後の仕事の場などにおいて、本人の特性を考え、できる内容の工夫やわかりやすい作業環境を作ることは重要である。また、最近では本校でも自閉症スペクトラムをはじめとする発達障害の生徒の割合が大きくなってきている。このことで、現場実習においても、教員はこれまでの職務遂行を中心とした教員の指導だけでなく、職場での一日の流れの理解、実習先の方とのやり取りなども含めた支援の必要性が高いケースが増えてきている。本稿では、作業環境を整えることで持っている力を十分に発揮し、作業スピードや対人スキルなども向上することを目指し、在学時の現場実習において教員がジョブコーチに入り企業や福祉事業所で実践を行なったケースをいくつか紹介する。 これらを通して、今後の就労定着・継続支援や、在校生の現場実習、企業や福祉事業所と連携しながらの移行支援について考察を行う。 2 本校の現場実習について (1)現場実習のねらい 本校研究紀要211)では、「一定の期間学校を離れ、実際の職場に身を置き換えての実地体験学習」として現場実習を行なっているとある。「職場での労働を通して、働くことの大切さや社会生活を体験し、自らの生活を切り開いていく力を育み、卒業後の社会人としての適応性を高める」というねらいのもと、これまで身につけた力を試し、より確かなものにする機会、卒業後の進路を考えていく機会として位置づけている。 (2)実習先 一般企業や福祉事業所での実習、また、発達段階や課題に応じて教員の引率、校内実習などを行っている。 (3)実習期間 本校では中学部3年生から現場実習に取り組んでいる。実習期間としては、以下のとおりである(表1)。 表1 本校の現場実習実施期間 また、高等部2・3年生については、夏季休業中などの長期休業においてケースに応じて実習を行なうことがある。さらに高等部3年生は、9月の実習を終えて進路先が決定しない場合や、進路選択の参考とする場合には10月以降、追加の実習を行い、進路決定を目指す。これらの期間はおおむね2週間〜3週間を目安としている。 (4)実習中に見られる主な課題 一般的にも同様であると思われるが、本校の現場実習中に職場の方から言われた課題をいくつか紹介する。 ①仕事・作業の現場にて ・ 木工所にて、製材した製品をパレットに積む際、隙間なくそろえることが難しい。 ・ 食品配送業にて、蓄冷剤を洗浄する際にパレットを10段積むことが難しい。9段とか11段になってしまうことがある。 ・ わからないときなど、その旨を伝えにきてくれない。 ②休憩時間など仕事・作業以外の場面にて ・ 冷蔵庫のお茶(従業員が個人的に入れている)を飲んでしまう。 ・ 実習先の備品(紙や筆記用具)を勝手に使ってしまう。 ・ トイレの使い方が良くない(紙を大量に使う、汚してもそのままにするなど)。 ・ 休憩室のテレビのチャンネルを勝手に変える。 このほかにもいろいろ挙げられるが、最近では特に自閉症スペクトラムとされる生徒が、休憩時間に何をすれば良いかわからず、困っているケースがある。このことを踏まえて、近年では特に支援度の高い生徒だけでなく、実習開始時において教員が長時間現場について、一日の流れや決まりを作っていくことを重要視し、取り組んでいる。次項でその例を紹介する。 3 事例 本校生徒および卒業生の事例を報告する。 (1)困らない環境を整えた Aの事例 ①概要とプロフィール E食材配達業での実習。作業スピードは速くないが、まじめでこつこつと続けて取り組む。物の大小や向きなどを捉えることが苦手。大体の指示は理解できるが、一度に多くのことを言われたり、例示がなかったりする場合はわからないことがある。そんな時はなんとか自分でやってみようと努力したり、必要以上に慎重に取り組んだりし、時間が余計にかかってしまう。 ②E社での実践 実習初期の4日間は教員が終日ジョブコーチに入り、一日の仕事の進め方や、仕事内容の構造化を図った。主な内容は以下のとおりである(表2)。 表2:Aの主な仕事 Aは習得に時間を要するため、一緒に教員も取り組ませてもらう中で、Aの困りそうな点をピックアップしていった。そして、以下のような環境設定を行い、一人で仕事を進めて行けるように支援を行っていった(抜粋・表3)。 表3:Aに対する環境設定の例 写真1・2 蓄冷剤を積む目安 5段目と10段目のところにテープを張っている 写真3・4 シャッターを開ける高さの目安 矢印のところにテープを張っている 表3に挙げられた課題について、ジョブコーチで入る教員間と企業との連絡で、わかりやすくシールを貼るなどして、Aが困らない、やり直しがない状況をひとつひとつ作り上げていった。 ③取り組んでみて 当初は、A本人がわからなくて何度も繰り返し確認し、作業スピードが落ちていたが、いくつかの課題をこれでクリアできたことにより、全体の作業量は増えた。後に、D社で雇用が決定し勤務しているが、現在は障害者職業センターのジョブコーチ制度を活用しながら、さらなるスキルアップを目指しているところである。 (2)作業の進み具合がわかる Bの事例 ①概要とプロフィール F畜産業での清掃実習。Bは就労の意欲はあるが、作業スピードは速くはない。集中の持続に課題があり、単独で仕事を進めるには、区切りや目安があると良い場合がある。大体の指示は理解できるが、一度に多くのことを言われたり、例示がなかったりする場合はわからないことがある。そんな時は手が止まってしまう。 ②F社での実践 実習初期の5日間は教員が終日ジョブコーチに入り、一日の仕事の進め方や、仕事内容の構造化を図った。主な内容は以下のとおりである(表4)。 表4:Bに対する環境設定の例 ③取り組んでみて 屋外での清掃ということで、手順や流れは身につけることができ、作業を進めることができるようになった。しかしながら、天候などによって日によって汚れている場所が違うので、重点的にきれいにすべき場所が変わるため、汚れをよく見て臨機応変に取り組んでいくことには難しさがあった。敷地の番号化やチェックリストの活用については、他の生徒のケースでも活用している。 図1 作業を行う上での敷地の割り振り (3)休憩時間などの調整をした Cの事例 ①概要とプロフィール G印刷業での実習。Cは最初に例示と留意点を丁寧に伝えることで理解ができ、自分で活動を基本に忠実に進めることができる。就労の意欲はあるが、作業スピードは速くはないが、慎重に丁寧な作業を続けることができる。自分からかかわりを求めることは少ないが、必要なときにこの人に言えばよいということを示しておけば、確実に報告などをすることができる。 ②G社での実践 実習初期の1日半の間は教員が終日ジョブコーチに入り、一日の仕事の進め方や、仕事内容の構造化を図った。主な内容は以下のとおりである(表5)。 表5:Cに対する環境設定の例 Cのケースは、仕事そのものだけではなく、困ったときの対応の仕方や、スケジュールについても実習当初に現場で設定し、例示などは会社の方の協力も仰ぎながら取り組んだ。写真5では、Cが作業している左側に見本、右端にタイムスケジュールを示している。 写真5 作業台と見本などの配置 ③取り組んでみて Cは、理解する力が高いので、すぐに手順や決まりごとをつかみ、わからない際には指定した従業員に声をかけることができた。休み時間についても、スケジュールをもとに、自分で時間を守ってとることができ、実習2日目には、一人で基本的な作業を進めることができるようになった。 同様に、休憩時間をどのように過ごしたらよいかなど、課題のある生徒についても最初に持ってきた本を読む、もって来たノートに絵を書くなど、活動を一緒に決め、それを紙に書いて示したケースがいくつかある。休憩時の活動に対する準備から片づけまで自分でこなし、仕事に取り掛かることができる場合も多く見られた。 4 事例などこれまでの取り組みから これまでの実習でも、目に見える環境設定だけでなく、材木を隙間なく積む作業では、教員が一緒に取り組む中で「ぴたっ」という言葉で、隙間なく置くということを意識させたり、教員が一緒に作業をし、その動きから作業のペース作りを行ったりするなど、特に実習の初期には、一緒に取り組むケースは多かった。近年では、実習先や作業内容の多様化の流れと、生徒一人ひとりの特性により特化した支援の必要性から、様々な環境設定が重要になっている。その中で現場実習での教員が生徒に対してどう支援していくかが重要になってきている。現在、それから今後の現場実習においても、生徒の実態と特性をしっかり把握した上での支援は特に実習初期においては丁寧に行っていく必要があるといえる。 卒業後、一般企業や福祉事業所での仕事を行うにあたって、ケースによっては引き続き支援をしていく必要がある。そのために、在学時から関係機関と連携しながらの支援を行っていきたい。 5 まとめとして 今回取り上げた三つのケースだけでなく、実習開始時に本人の課題にどう向き合った環境を設定していくかを会社と話し合いながら作っていったことはとても有効である。そのことが企業の心配や負担をいくつか軽減し、それが生徒の不安や困り感を少なくすることができた。そして、早い段階から本人の持っている力を十分に発揮できる環境になっている。 それには、教員が実習時に一緒に動いたり、会社の方の話をよく聞いたり、実際に協働することで本人に対する環境設定で何が必要なのかがよくわかるということが言える。普段の学習活動についても生徒の目で一緒に動いてみるということが大切であると言える。 また、今後も課題は生じてくると思われるので、継続した連携を関係機関と一緒に設定していく必要がある。 【参考文献】 1) 高知大学教育学部附属特別支援学校:研究紀要21,p.147 (2012) 知的障害者雇用事業所における業務内容と課題の分析 −高知県内事業所の就労状況に着目して− ○矢野川 祥典(高知大学教育学部附属特別支援学校 教諭) 是永 かな子(高知大学) 1 問題の所在と目的 平成19年に特別支援教育が本格実施されるようになり、障害のある児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取組みを支援するという視点に立ち、進路指導及び就労支援のより一層の充実が求められている。高知大学教育学部附属特別支援学校(以下「本校」という。)ではこうした状況を踏まえ、進路指導の充実を図り現場実習を積極的に行う等、卒業生の高い一般就労率につなげている。また、進路に関する支援会議等により、関係機関や他校との連携を深め、就労促進や就労継続等について情報交換を行っている。 しかし、高知県内の他の知的障害特別支援学校を含めた雇用後の実態把握は十分とはいえず、実際にどういった産業種のどのような業務に従事し、継続雇用のためにはどのような課題があるのか、詳細は不明である。そこで、過去5年間(平成18年〜22年)に知的障害特別支援学校卒業生を雇用した事業所(企業及び法人)において、その産業種や障害者が実際に従事している業務内容と課題等を明らかにしていく。これにより、知的障害児が一般就労を目指すうえで、学校在学時にどのような業務や課題を意識して職業教育を展開すればよいのか、考察することを目的とする。 2 方法 本研究本研究はアンケートの郵送による配布・回収の調査研究の方法を用いる。配布数は84で、回収数が24、回収率は28.6%であった。調査実施期間は、平成23年8月末から9月末日の期間とした。調査内容は、第1に、回答のあった24事業所における形態、第2に、雇用者の実態、第3に、雇用者の実際の業務内容、第4に、障害者雇用における課題と評価、である。 3 結果 (1)事業所の形態 ①産業分類 まず、回答のあった24事業所の産業種について、示す(表1−1)。 表1−1 産業分類(回答数24 無記入1) 「医療、福祉」と「卸売業、小売業」が5社で20.8%と最も多く、次いで「製造業」「サービス業」等となっている。 ②従業員数 ここでは、事業所全体の従業員数について示す(表1−2)。 表1−2 従業員数(回答数16 ※調査時の雇用率算定人数で表記) 56人未満の企業が9社で53.3%と半数以上を占める。ここから、障害者雇用率達成義務のない中小企業が、高知県の障害者雇用を支えている事が分かる。 (2)雇用者の実態 ①雇用者の障害種 次に、各会社における障害種別雇用者を集計し、人数及び割合を示す(表2−1)。 知的障害者の雇用が37人で54.4%と過半数を占める。次いで身体障害者が25人で36.8%と多く、精神障害者と発達障害者の雇用が比較的少ない。 表2−1 雇用者の障害種(回答数21社:総数68人) ②勤続年数 次に、各会社の雇用者の勤続年数を集計し、人数と割合について記す(表2−2)。 表2−2 雇用者の勤続年数 各会社の雇用者における勤続年数は、①「1〜3年目」が35人で55.6%と半数以上を占め、②「4〜5年目」の3人を合わせると38人で60%に達する。さらに③「6〜10年目」までの10名15.9%を加えると48人で75.9%と8割弱を占める。④「11〜15年目」は4人で6.3%と減少するが、⑤「16〜20年目」は7人で11.1%と多いことが分かる。21年目以降は減少傾向にある。 ③労働時間 次に、雇用者の週所定労働時間の割合について、以下に示す(表2−3)。 表2−3 週所定労働時間の割合(回答21社:総数70人) 週所定労働時間は、「30時間以上40時間未満」が35人で50.0%と過半数を占めている。また、「40時間以上」が27人で38.6%と4割弱を占めており、比較的、長時間勤務が保障されていることが分かる。「20時間以上30時間未満」の短時間労働者は8人で、11.4%に留まっていることも分かった。 (3)雇用者の業務内容 ①雇用者の業務内容 雇用者が実際に携わっている業務内容について、その結果を示す(表3−1)。 表3−1 雇用者の業務内容(回答21社:総数70人) ②業務内容の分類 次に、上記の集計結果を「厚生労働省編職業分類」に基づいて分類し、示す。なお、事業所からの回答(H、K社)で、1名が複数の業務にまたがっている回答があった。このケースでは、該当者の主な業務を特定できないため、それぞれの分類に加算している。また、知的障害特別支援学校卒業生のみならず、他の障害種の従業員も含まれていることを確認しておく(表3−2)。 表3−2 「厚生労働省編職業分類」による分類一覧 「運輸・清掃・包装等」従事者が28件で38.4%と最も多く、次いで「生産工程」従事者が24件で32.9%、「事務」従事者が10件で13.7%と続く。この3分類で52件、85.0%と大多数を占める。 (4)障害者雇用における評価と課題 ①雇用者の評価 次に、現在雇用している障害者の評価について、その結果を記す(表4−1)。 表4−1 現在雇用している障害者の評価(※複数名雇用の企業は複数回答可 回答数23) 「おおむね満足」が16件で69.6%、「満足」が3件で13.0%となる。これら二つを合わせると8割方、おおむね満足していることが分かる。これに対し「やや不満」が1件で4.3%、「どちらともいえない」が3件で13.0%、という結果となる。 ②雇用における課題点 次に、障害者雇用の現状で課題となる点について、その結果を記す(表4−2)。 表4−2 雇用における課題点(3項目以内の選択 回答数38) ⑧「業務遂行を援助する者の配置」が7件で18.4%、⑩「研修・訓練等の機会提供」が5件で13.2%、⑤「通勤手段」と⑦「工程の単純化など職務内容の見直し」、⑨「専任の担当者の配置など相談支援体制の確保」、がそれぞれ4件で10.5%、⑥「施設・設備・機械の改善」が3件で7.9%、等となっている。また、⑫「配慮は特にしていない」が2件で5.3%となっている。 ③新規雇用における課題点 次に、新たな障害者雇用を実施するにあたり、課題となる点について、示す(表4−3)。 表4−3 新規雇用における課題点(3項目以内の選択 回答数25) ①「担当業務の選定が難しい」が9件で36.0%、⑪「障害者に限らず従業員全体の増員が困難」が5件で20.0%、⑤「作業の効率性が心配」が3件で12.0%、等となっている。また、⑫その他1では「雇用者側の経営状況」という回答であった。 4 考察 第1の「事業所の形態」における「産業分類」では、「医療、福祉」の事業所数が「卸売業、小売業」と共に最も多く、ここから、近年の高知県における障害者就労状況が明らかになっている。障害者雇用率の算定と相まって、「医療、福祉」に対する障害者就労の期待は高まっており、実際に就労者数は年々増加傾向にある。その傾向が裏付けられた。「従業員数」では、56人以下の中小企業が過半数を占めている。「医療、福祉」の事業所では、56人以上の雇用率達成義務が係る法人や企業が大半であると思われるので、「卸売業、小売業」や「製造業」「サービス業」等の産業種における障害者雇用義務が課せられない中小企業で、多く雇用されていることが考えられる。 第2の「雇用者の実態」における「雇用者の障害種」では、知的障害の就労者が半数以上を占めているが、これは、平成18年度〜平成22年度における県内の特別支援学校卒業生の雇用企業を対象とした調査のため、知的障害者の雇用者数が多い結果となっていることも考えられる。「勤続年数」では、1年目から3年目内の就労者が圧倒的に多く過半数を占めている。これは、調査対象を平成22年度から平成18年度の間に特別支援学校から採用した事業所に特定したため、このような傾向が顕著に表れたと思われる。「労働時間」では、30時間以上40時間未満、及び、40時間以上の就労者を合わせると9割弱となり、ほとんどの就労者が一定の勤務時間を保障されている。これは、知的障害者就労に対する雇用率算定のため、30時間以上を確保するねらいもあったため、と思われる。ただし、平成22年7月から20時間以上30時間未満の短時間労働者に対する算定方法が変わり、0.5人としてカウント(重度知的障害者の場合1人)されることになった。こうした算定方法の改正が、雇用形態に影響を及ぼしたか否かは、今後の調査で明らかにしたい。 第3の「雇用者の業務内容」では、事業所の記述により製造ラインや仕分け、清掃等の従事者の多さが明らかとなったが、この集計結果を「厚生労働省編職業分類」に基づいて分類を行った。最も多かった「運輸・清掃・包装等従事者」をさらに中分類で示すと、倉庫作業従事者や清掃従事者、産業廃棄物処理業従事者が含まれ、記述内容を裏付ける結果となった。また、記述からは詳細な業務内容が特定できないケースもあったが、分類結果により、上記の業務に携わる就労者が多いことが考察される。また、「事務従事者」が10件で13.7%と3番目に多いが、身体障害者の就労者が多いことが予想され、知的障害者の就労は、「運輸・清掃・包装等従事者」と2番目に多い「生産工程従事者」に集中していることが考えられる。 第4の「障害者雇用における評価と課題」における「雇用者の評価」では、8割方おおむね満足しており、上記の雇用にあたり重視する点や課題等に対して、一定の評価を得ていることがうかがえる。「雇用における課題点」では、「業務遂行を援助する者の配置」や「配置転換・担当職務など人事管理面」、「研修・訓練等の機会提供」が多くの件数を集めているが、同様に本人支援のために環境を整えることを課題としていることがうかがえる。「新規雇用における課題点」では、「担当業務の選定が難しい」が最も多く、事業所側として障害者雇用に関して認識しながらも、現状として業務の選定に困難さを感じていることが考えられる。また、「作業の効率性が心配」との回答も複数あることから、障害者に対して一定の作業効率を望んでおり、担当業務の選定とあわせて、今後、環境設定を整える必要性を感じる。 5 おわりに 障害者雇用企業の運営形態は「医療、福祉」の事業所数が最も多いことが分かったが、高知県の抱える高齢化や過疎化、産業労働人口の減少といった背景や今年度改定された障害者雇用率を追い風として、今後、さらに注目される産業種であることは、間違いないであろう。また、知的障害者が従事している業務内容は「運輸・清掃・包装等従事者」と「生産工程従事者」に集中していることが明らかとなった。今後、聞き取り調査等により、実際の業務内容に関してさらに詳細な実態把握を行い、卒業生の継続雇用や学校現場での職業教育に反映させられる分析を進めていきたい。 今後の課題としては、障害者雇用企業が当事者支援のために、業務内容を含めた環境整備の必要性を意識しているものの、同時に担当業務の選定の困難さを感じている点にある。障害者雇用率制度が改正され、雇用拡大の機運が高まっている今、障害者が担う業務の選定に関して関係機関との連携により、積極的に提言していくとともに、合理的配慮に関する提言もあわせて求められている。 【連絡先】 矢野川祥典 高知大学教育学部附属特別支援学校 e-mail:yos-ya@kochi-u.ac.jp やってみせ・言って聞かせて・させてみて・褒めてやらねば 〜NPO法人美作自立支援センター 30年の実践〜 ○田中 誠(就実大学/就実短期大学 教授) 宇川 浩之・矢野川 祥典(高知大学教育学部附属特別支援学校) 石山 貴章(就実大学) 薬師 浩司(有限会社ヤクシ/NPO法人美作自立支援センター) 1 はじめに NPO法人美作自立支援センターは「有限会社ヤクシ」として、岡山県美作市の自然豊かな湯郷温泉街の近くにおいて、昭和60年に創業した。創業から、兵庫県加古川の染色会社より繊維加工の依頼を受注し、繊維を機械に掛け、加工している。近年は自動車金属部品の最終検査も請け負っている。「有限会社ヤクシ」は約30年前から障害者の雇用を始め、現在は33名の障害者の方々が働いている。 代表者の薬師浩司氏(以下「薬師」という。)は学校卒業と同時に先代社長(父親)の後継者として、就労支援を実践し、NPO法人美作自立支援センター、平成21年12月より生活環境の向上や支援者数の充実を考え就労継続支援A型事業所「スタート・ワーキング・サポート」を立ち上げ現在に至っている。 2 研究目的・方法 有限会社ヤクシ・NPO法人美作自立支援センター30年に及ぶ障害児・者の雇用継続支援における薬師のヒューマニズムを報告する。 代々、障害児・者雇用に取り組まれている薬師に障害者雇用始めた動機〜家族のような絆に関して訪問インタビューを行った。 3 雇用の動機 家内工業であった昭和58年。ハローワークの担当者から「倒産で失業した知的障害者二名の住まいと仕事を提供してくれないか」と、依頼されスタートした。2名の方は社員宿舎で生活していたため、仕事と生活の場を同時に失い、先代社長が快く2名を自宅に迎え入れ、寮ができるまでの4年間、家族との共同生活を始め、同じご飯を食べ同じお風呂に入り常に行動を共にした。さらに当時の心境を薬師は以下のように振り返る。『両親が主に、生活の支援をしていたので、自分は仕事中心に動きました。以前から取引先で障害のある方と接する機会がよくありましたので、違和感なく一緒に生活も仕事も始められました。』 4 地域の理解 約30年前、世間では障害者に対する理解が、今より得にくい時代だった。知的障害者の特性で一点を集中して見てしまうことがあり、そのことが勘違いや苦情に発展してしまったこともあった。 『地域の人もどう接していいのか分からなかったと思います。分かってもらうことに無理はしませんでした。利用者さんには『まずは挨拶だけはきちんとして下さいと教えました。歳月が経つうちに、彼らが頑張っていることを地域の方々から理解され、今ではスーパーや道端で会うと彼らに「どんな?大丈夫か?」と声をかけていただくようになりました。』要するに言葉で理解してもらうのではなく、普通に生活や仕事をし続けることで地域の方々とも良い関係が築けている。と、薬師は積み重ねてきた地域での理解を振り返った。 5 成長を見守る 就業時間は午前8時から午後5時まで。新しく入社した人には、慣れるまで本人の希望に合わせて勤務時間を変更し、無理をさせないようにしている。作業内容は先輩の利用者を中心に指導員と協力して時間をかけて教えている。 薬師は、山本五十六の【やってみせ、言って聞かせ、させてみて、褒めてやらねば、人は動かじ】を精神的支柱としている。まずは『習うより慣れろ、「職人」になろうと呼びかけている。』 薬師の精神は、彼らと仕事をする上では、決して焦らない、無理をさせない。彼らは、いつ伸びるかわからない。ある時期がくるとビックリするぐらい急成長する。マニュアルではなく、その人その人に合わせ仕事ができるようになることよりも、まずは環境に慣れ親しみ、仲間をつくり増やしていくことができるような支援を行い、「焦らず・慌てず・諦めず」各個人の成長をゆっくり見守っている。 写真1(薬師提供) 6 信頼関係 利用者を代表して、2名からの話を聞いた。 Mさんは、中学校を卒業後、地元の企業に就職したが、環境に馴染めず半年で退職後「当社」に就職した。仕事内容は『糸を機械でボビンに巻きつけるポジションです。はじめは難しくて、何度も失敗の繰り返しでしたが、努力して頑張りました。』 Mさんは、今年で勤続26年目になる。糸巻きの仕事では、リーダー的な存在である。『仕事中は自分の仕事だけでなく、後輩の仕事まで考えます。他の人に分かりやすく教えて、その人が上手にできた時が嬉しい』と。とても後輩想いで明るい笑顔の中にしっかりとした責任感があるようだ。今後の目標を聞いてみた。 『皆で頑張ってもっと会社を大きくせんと。』と、夢を膨らませていた。 Mさんは、入社して寮ができるまで、薬師の家で生活していた。その分、会社や薬師に対する思い入れが強く家族のような絆を持ち続けている。 知的面と視覚面に障害のあるKさんは、勤続25年目で糸巻きの作業をしている。Mさんと同じく初めは不安が大きかったようである。 Kさんは、『仕事を覚えるのに時間がかかりました。随分苦労しました。人並みに仕事ができるようになった時はとても喜び感激しました。薬師のお母さんにも喜んで報告し、出来るまで周りが見守ってくれたことに感謝しています。』 薬師の人を思いやる精神(こころ)が、利用者に自信をもたせ・成長させて、社会に貢献している人物を排出していることがうかがえる。 7 これからの課題 現在、利用者の最高齢は62歳である。労働のピークからいうと作業能力は、五割程度に落ち、当たり前のことであるが利用者の加齢・高齢・重度化が進んでいる。と薬師は評している。『少しでも長く働いてもらうためにはどうしたらいいか考えているが、行政や福祉関係者、仕事上の先輩たちとも話し合っているが、現時点では答えがでていない。』そこで、薬師は加齢・高齢化への対応として、繊維(屋内)作業の仕事ができなくなれば、次へのステップとして農(ハウス・路地栽培)に着手している。 写真2(ハウス「トマト」栽培) 写真3(作州黒豆栽培) 薬師は『小さい事業所が、県北で一番多く障害者を雇用していることは決して良いことではないと思っています。現に公共交通機関も減少、冬は雪や道路の凍結といった交通事情で通勤の問題もありますが、働きたい気持ちを持っている障害児・者はまだまだいます。障害児・者雇用を難しく考えるのではなく、事業所にとってもそこで働く人にとっても必ず大きなプラスになりますので障害児・者雇用に積極的になって頂きたいです。』 8 むすびに 先代から薬師に伝わり30年の障害者雇用継続支援の実践は、家族のような絆を大切にした事業所である。訪問インタビューにおいて薬師からは失敗という言葉は出なかった。笑顔で利用者を支える障害者雇用におけるナショナルリーダーであった。 【連絡先】 田中 誠 e-mail:makoto_tanaka@shujitsu.ac.jp 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける 特性に応じた作業支援の検討(4) −疲労を軽減するための支援の取組− ○阿部 秀樹(障害者職業総合センター職業センター企画課 職業レディネス指導員) 加藤 ひと美・佐善 和江・渡辺 由美(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 目的 障害者職業総合センター職業センターでは、知的障害を伴わない発達障害者を対象に「ワークシステム・サポートプログラム」(以下「プログラム」という。) を実施している。プログラムでは、グループワーク形式の就労セミナー、作業、個別相談を組み合わせて支援を行っている。特に、支援効果を得るためには、作業場面での特性に応じたきめ細かな支援や課題設定が重要であると考える。本発表では、作業遂行において上手く疲労をコントロールできない事例について、疲労を軽減するための支援の取組を考察したい。 2 方法 (1)対象 A(男性、40代)。広汎性発達障害・うつ病・強迫性障害。年少期から友人がおらず、ひとりで過ごすことが多かった。大学卒業後、B社に入社。15年後に課長に昇進するが、課長としてのマネジメントがうまくできない状況であった。このころから不眠や希死念慮が出始め、Cメンタルクリニックでうつ病と診断された。その後休職し、D病院での入院を契機に、広汎性発達障害、強迫性障害の診断を受けた。発達障害を開示して復職するものの、1年程度で再び休職に至った。 WAIS-Ⅲの検査結果(D病院入院時に実施)は、全検査IQ123、言語性IQ129、動作性IQ110、言語理解126、知覚統合114、作動記憶119、処理速度105。D病院の医師から「知的能力は高いが、一方で問題を聞き直す等作動記憶の不全感や、慎重さにより処理速度が遅くなる。完璧主義で溜めこみやすく、結果として疲労を蓄積しやすい」等について、フィードバックを受けている。D病院には月1〜2回通院し、抗精神病薬、抗不安薬、睡眠導入薬を組み合わせて処方されている。 プログラムの利用相談時において、求められていないにもかかわらず、自分についてまとめた多くの資料を持参することが見られ、完璧主義で疲労を蓄積しやすい特性がうかがわれた。 (2) 実施期間及び内容 プログラムの期間は13週間(月〜金、10:15〜15:20)。本発表では、作業場面における疲労軽減の取組について支援経過を踏まえて考察する。プログラムで行った作業内容は、表1のとおりである。 表1 プログラムで実施した主な作業と本事例での目的 3 結果・考察 プログラムでの支援経過について、次の3期に分けて考察していきたい。 Ⅰ期(第1〜4週) アセスメント期 Ⅱ期(第4〜9週) ペース配分記録表作成期 Ⅲ期(第9〜13週)作業時間と休憩時間の調整期 (1) Ⅰ期(第1〜4週)アセスメント期 a 支援方針(図1) 支援開始当初の支援方針は、①作業の得手・不得手について把握する、②作業を通じて疲労のモニタリングを行う、とした。具体的方法として、作業の得手・不得手については、MWS(ワークサンプル幕張版)を用い、疲労については、作業後にヒアリングを行った。 図1 Ⅰ期の支援方針 b 支援経過と考察(図2) MWS11種の作業を行ったところ、多少のミスは見られるものの、作業手順の理解が良く、マニュアルを参照しながら、丁寧な作業遂行が見られた。また、報告や質問等コミュニケーションは、良好であった。職場での報告を行うために、MWS結果に基づいて、作業の正確性や速度、好み等、について自己分析することをすすめたところ、得手・不得手について的確な分析ができ、写真入りで分かりやすい資料の作成につながった。 作業についての疲労の訴えはなかったが、休日の余暇プログラムには参加せず、家でゆっくり過ごすことを選択したことから、疲労が蓄積していると判断された。朝礼での5分間スピーチでは、発表の2週間前から入念に準備を行い、膨大な掲示資料を作成した。また、ナビゲーションブック作成のオリエンテーションを受けた後に、特に課題は与えられていないにもかかわらず、参考文献をもとに膨大な資料を作成した。 さらに、園芸・製菓作業でのマニュアル作成では、「記憶に自信がないため、全てを書かないと忘れてしまう。」と発言し、マニュアルに記入しなくてもわかる作業上の留意点等作業方法のモデリングで説明されたこと以外も盛り込みながら、細かく記述していた。そのため、プログラムで指定した時間内では完成できず、昼の休憩時間等を使って、自主的に作業を行っていた。 Ⅰ期の経過から、セールスポイントとして、作業の理解が良く、丁寧な作業遂行、円滑なコミュニケーション、得手・不得手についての的確な分 析力があげられる。それに対し、何事にも全力で取り組み続けるため、その結果、疲労を蓄積してしまう点が課題であった。 Ⅰ期中にD病院の主治医がプログラムの様子を見学に来た際、「何事も120%で取り組んで疲労を蓄積してしまう傾向があるため、60〜70%に力を抑えることを心がける」という指摘を受けており、作業時間(集中持続)と休憩時間の調整が必要であると判断された。 図2 Ⅰ期の考察 (2) Ⅱ期(第4〜9週)ペース配分記録表作成期 a 支援方針(図3) Ⅰ期の経過に基づきⅡ期の支援方針は、①過集中を避けるために、こまめな休憩を入れる(25分間作業、5分間休憩のサイクル)、②ペース配分記録表を自ら作成し、作業ペースと疲労の関係についてモニタリングする、とした。 図3 Ⅱ期の支援方針 b 支援経過と考察(図4) こまめな休憩を入れることについて、当初は意識できていたが、作業に集中すると休憩を取り忘れることが見られた。そのため、スタッフは、バイブレーション式タイマーの使用を提案した。その結果、25分ごとの休憩を忘れずに取ることができ、「オーバーヒートする前にクールダウンできる。」と効果的であることの気付きを促すことができた。 ペース配分記録表について、Ⅱ期当初にA自ら作成したもの(写真1)は、作業時間と休憩時間を記録し、疲労度は半日単位でモニタリングするものであった。Aは、疲労について「作業負荷は関係なく『疲労度=作業時間の割合』で、25分(作業時間)÷30分(作業時間+休憩時間)から、疲労度が83%と計算される。」と理解しようとした。 しかし、この考えでは作業負荷の差が考慮されておらず、疲労度のモニタリングがうまくできない様子が見られた。そこで、スタッフは、グラフ形式にすることの提案を行い、縦軸に作業負荷(0〜100%)を加え、グラフの面積によって疲労度が詳細に把握できるよう修正を行った(写真2)。 修正したペース配分記録表の記入を通じて、作業の締切りを設けることで疲労度が100%になることが見られた。また、作業以外に、通勤電車の遅れや昼食時の食堂での相席等、イレギュラーな事態で疲労度が高まることが本人の報告により確認された。Ⅱ期の支援を通じて、ペース配分記録表を自ら作成し、疲労度を視覚的に記載することによって「疲労度を客観的に把握することができるようになった。」との効果が得られた。 図4 Ⅱ期の考察 写真1 Ⅱ期当初のペース配分記録表 (写真1の説明) ・1日あたり、1行を使用。 ・左欄の細かなマス目は、活動状況を示し、10分単位の時間軸で表記する。 ・表記方法:空欄がプログラムでの活動を行っている時間で、黒塗りは休憩時間、斜線は昼休憩、横線はプログラム以外を示している。 ・右欄は、午前午後の疲労度、およびプログラム内容を表記する。 写真2 修正後のペース配分記録表 (写真2の説明) ・1日あたり、上段の疲労度のグラフと、下段の活動状況の2行を使用。 ・左側の10分単位の時間軸は、写真1と同様。 ・グラフは、その時々の疲労度を、後から振り返って記入。疲労度が90%を超えた時は赤、70〜90%は黄色で塗りつぶす。 ・下段の表記方法は、写真1と基本的に同様。プログラム以外の時を見やすくするために、反対向きの斜線へと変更した。 ・右欄は、写真1と同様。 (3)Ⅲ期(第9〜13週)作業時間と休憩時間の調整期 a 支援方針(図5) Ⅱ期の経過に基づき、Ⅲ期の支援方針は、①疲労度が高くなる要因を把握する、②復職に向け、疲労を意識した作業の仕方の調整を行う、とした。 図5 Ⅲ期の支援方針 b 支援経過と考察(図6) 疲労度が高くなる要因の把握を目的に、Aの了解を得て、時間内に終了できそうにない量の作業にチャレンジする場面を設定したところ、時間内に終了させようという焦りから強い疲労感につながった。次に、同一の作業において、各工程の標準的な処理時間を提示する設定にしたところ、全体の処理に必要な時間を見通すことができ、また、時間内に終了しそうにない作業の対応について、予め指示を受けておくことができた。それにより、焦ることなく作業に取り組め、疲労感が少ないという結果を得た。 図6 Ⅲ期の考察 作業種では、MWS作業日報集計において強い疲労を感じる様子が見られたことから、経験を積んでおり、比較的単純な作業では、集中しすぎるため、疲労度が強くなる傾向があると判断された。 そこで、作業日報集計において通常の所要時間(約13分)よりもゆっくりと処理する(約18分)ことを設定したところ、「焦ることなく余裕をもって進められる。」ことが確認された。 また、復職時を想定し、高負荷で作業を行い疲労度の変化を把握することを提案した。疲労度の上がりやすい作業日報集計で、休憩を挟まず、さらにスピードを意識しながら作業を行うと、疲労度が100%となり、「これ以上続けると疲れてしまう。」という限界点を確認することができた。 Ⅱ期に作成したペース配分記録表により、様々な作業種や作業条件での疲労度をA自身が把握できた。また、視覚的に疲労度の変化を確認することで、疲労度が高くなる要因を把握し、作業時間と休憩時間を調整しながら作業を進めることが重要であるという理解につながったと思われる。 4 まとめ プログラムでの支援を通じて、図7のような疲労の認識の変化が見られた。疲労が蓄積しにくい作業方法を体験するための段階的な支援として、①作業状況と疲労度の関係を把握する段階、②ペース配分記録表の作成により、疲労度のモニタリングを行う段階、③作業時間と休憩時間を調整しながら、疲労をためないように作業を行う段階と整理することができる。段階的な支援により、作業の過集中を改善し、疲労のコントロールが可能であることが確認できた。 図7 支援内容と疲労の認識の変化 ※本発表にあたり、Aご本人ならびに事業所から快く許可をいただいたことを、心より感謝いたします。 【文献】 1) 阿部秀樹・加藤ひと美・佐善和江・渡辺由美:発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける特性に応じた作業支援の検討(1)(2)(3)、「第20回職業リハビリテーション研究発表会論文集」、343-354、(2012) 2) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラム 障害者支援マニュアルⅡ、「障害者職業総合センター職業センター支援マニュアル No.4」、(2009) 発達障害者の非言語コミュニケーションに関する特性評価の試み その1 〜曖昧刺激を用いた検査課題と基準値の作成〜 ○武澤 友広(障害者職業総合センター 研究員) 望月 葉子・知名 青子(障害者職業総合センター) 向後 礼子(近畿大学) 1 研究の背景と目的 発達障害者の支援にあたり、他者の感情を推測する上で重要な「音声」や「表情」といった非言語情報によるコミュニケーションに関する特性評価は有益な情報の一つとなる。このようなコミュニケーション上の特性を客観的に評価できる指標として、障害者職業総合センターで開発されたF&T感情識別検査がある。この検査は喜び、悲しみ、怒り、嫌悪のいずれかの感情を明確に表現した音声や表情に対し、どの感情を表現しているかを被検査者に判断させることで非言語コミュニケーションの特性を評価するものである。 しかし、成人同士のコミュニケーションにおいては、音声や表情に明確に感情が表現される機会は子ども同士ほど多くはない。そのため、感情が明確に表現されない曖昧な音声や表情に関する認知特性を把握することは、職業生活等の対人関係における適応を支援する上で重要である。 そこで、障害者職業総合センターでは、F&T感情識別検査の拡大版(以下「拡大版」という。)として、曖昧な感情表現に対する発達障害者の認知特性を評価するための検査課題の開発に着手した。本発表では、まず、定型発達者データの分析結果に基づく検査刺激の作成過程を報告する。次いで、作成した検査課題を用いた発達障害者のデータ収集に先立って収集した定型発達者のデータの分析結果、及び、作成した基準値を報告する。 2 検査刺激の作成のための調査 (1)目的 感情が明確に表現されていない曖昧刺激を含む検査課題を開発する。 (2)被調査者 23-61歳の成人10名(男性4名、女性6名) (3)刺激 演劇等で感情表出の訓練を積んだ20代の男女各1名、40代の男女各1名の計4名が、感情的意味を含まない台詞(例:おはようございます)を、音声や表情に感情を込めて発話した様子を撮影した動画。刺激の内訳は、4(演技者)×8(台詞の種類)×7(感情の種類:喜び、悲しみ、怒り、嫌悪、驚き、恐怖、軽蔑)の計224刺激であり、各刺激の提示時間は2〜3秒であった。 (4)調査の手続き 刺激の提示条件は、動画の音声だけを提示する「音声のみ」条件、映像だけをスクリーンに提示する「表情のみ」条件、音声と映像の両方を提示する「音声+表情」条件の3種類であった。各刺激の提示前には刺激の提示を予告するチャイム音と回答欄を指示する番号を5秒間提示した。 調査の内容は、刺激が表現している感情を「喜び」「悲しみ」「怒り」「嫌悪」「驚き」「恐怖」「軽蔑」の中から選択(複数回答可)し、その回答に対する自信の程度(以下「確信度」という。)を3段階(1点:自信がない、2点:自信がある、3点:とても自信がある)で評定することであった。回答は刺激消失後から6秒間の間に回答用紙に記入させた。 (5)検査刺激の作成 選択肢とした7つの感情それぞれについて、全被調査者の何%がその感情を選択したかを示す一致率を刺激別に算出した。どの感情に関しても一致率が50%以下であり、かつ、確信度の被調査者間平均が2点以下の刺激を曖昧刺激として定義した。ただし、「音声+表情」条件は、他の条件よりも刺激の情報量が多く、曖昧性が低いことから、一致率の基準を「50%以下」から「60%以下」とした。 前述の定義に基づき、拡大版の刺激として各条件につき9刺激ずつ選定した。ただし、選定した刺激のほとんどは不快感情を喚起する刺激であり、そのような不快刺激を繰り返し提示することは被検査者にストレスを与える可能性があることから、被調査者の全員が「喜び」を選択した快刺激を刺激系列に加えることでストレス緩和を図った。なお、快刺激の提示箇所は刺激系列中2カ所と刺激系列の最後の計3カ所に配置した。また、快刺激の直後には、前述の9刺激とは別の曖昧刺激を配置し、快刺激と共に分析から除外することとした。これは、快刺激によるストレス緩和がその後の評定に及ぼす影響を抑えるためである。以上から、拡大版の各条件を構成する刺激は9(曖昧刺激)×2(反復提示)+3(快刺激)+2(分析対象外の曖昧刺激)=23刺激とした。 3 基準値作成のための調査 (1)目的 曖昧刺激に対する発達障害者の特性評価を行う際に定型発達者の検査成績を基準とするため、彼らの検査データから基準値を作成する。 (2)被検査者 18-29歳(M=20.8, SD=1.80)の大学生又は大学院生155名(男性83名、女性72名) (3)刺激 前節で作成した拡大版検査刺激 (4)調査の手続き 被検査者には提示された刺激が表現している快−不快の程度を「−4:非常に不快である」から「+4:非常に快である」の9件法で回答させた。つまり、本検査では感情の識別を求めるのでなく、快−不快度の評価を求めている。なお、検査の実施方法はパーソナルコンピュータ(PC)のモニターで映像を提示した個別実施とPCのモニターまたはスクリーンで映像を提示した集団実施の2通りであった。 (5)分析対象者の選定 曖昧刺激に対する快−不快の評定に関する基準値を作成するに際し、快−不快の判断基準が特異な被検査者のデータについては、分析対象として適切であるかどうかを検討しておく必要がある。まず、拡大版を構成する刺激のうち、快刺激に対して不快評定(「−4」から「−1」のいずれか)を行った者1名を分析から除外することとした。また、欠損値が認められた1名と回答方法に誤りが認められた1名についても分析から除外することとした。さらに、発達障害を専門とする検査者(第一著者と第二著者)が検査中における行動観察から発達障害の疑いがあると判断した2名、検査後に発達障害の診断を受ける予定があるとの自己申告があった1名の計3名を分析から除外することとした。 上記6名を分析から除外し、分析対象者を149名とした。表1に、分析対象者の概要を示す。 表1 分析対象者 (6)基準値作成のための検討 ①刺激提示媒体の違いに基づく検討 提示媒体がPCのモニターであった82名とスクリーンであった67名の曖昧刺激に対する評定値の刺激間平均の差(図1)についてt検定を実施したところ、いずれの条件についても統計的に有意な差は認められなかった。この結果から、拡大版の刺激をPCのモニターで提示した場合とスクリーンに提示した場合とでは、評定値に大きな違いはないことが示された。 図1 刺激提示媒体別の曖昧刺激に対する評定値(誤差棒はSD) 以上から、提示媒体の種別にかかわらず、拡大版の基準値を作成してよいことが確認された。 ②条件による評定値の差 曖昧刺激に対する評定値の刺激間平均について、刺激の提示条件を独立変数とした1要因の分散分析を実施した。その結果、評定値は「音声のみ」条件(M=-0.8, SD=0.53)>「表情のみ」条件(M=-1.3, SD=0.71)>「音声+表情」条件(M=-1.8, SD=0.58)の順に高いことが示された(F(1.8, 268) = 212.6, p<.01)。この結果から、曖昧刺激の不快度の相対的高さは「音声+表情」条件が最も高いという特性が明らかになった。 ③被検査者の性別による評定値の差 曖昧刺激に対する評定値の刺激間平均における性別間の差(図2)について、t検定を行った。その結果、「音声+表情」条件のみ女性(M=-1.9, SD=0.59)が男性(M=-1.7, SD=0.55)よりも評定値が有意に低かった(t(147)=2.4, p<.05)。 図2 性別の曖昧刺激に対する評定値(誤差棒はSD) この結果から、音声と表情という複数の非言語情報が入力される事態において、女性は男性より曖昧な感情表現から不快な感情を読み取る傾向が強いことが示された。なお、音声と表情の複数の情報が入力される事態での性差は、明確な感情を表現した刺激が提示される事態についても報告されている1)。 以上から、拡大版の基準値は男女別に作成する必要があることが示された。 ④曖昧刺激の提示回数による評定値の差 曖昧刺激は、いずれの検査においても2回ずつ提示される。つまり、短時間に同一刺激について2度の評定を求められることから、1回目の評定が2回目に影響する可能性が大きい。そこで、各回の評定値間において統計的な差が認められるかについてt検定を行った。 その結果、「音声のみ」条件で9つの曖昧刺激のうち6刺激、「表情のみ」条件では8刺激、「音声+表情」条件では7刺激において、1%水準での有意差が認められた。また、「表情のみ」条件の1刺激を除き、各条件ともに1回目の提示時点よりも2回目の提示時点の方が、より不快度が低く評定されていた。この結果は、短時間に同一の曖昧刺激が提示された場合、快−不快評定においては不快度が低減する傾向があることを示唆している。 (7)基準値の作成 ①基準値の定義 拡大版を構成する刺激のうち、曖昧刺激9刺激(各2回提示)に対する評定値の合計を基準値とすることとした。なお、評定値は「−4」から「+4」の範囲の値をとるため、合計点は「−72」から「+72」に分布することとなる。この得点を全刺激得点とした。 ここでは、基準値を作成するために、全刺激得点をT得点に変換することで、得点分布を正規化している。この際、基準値を性別に作成する必要が示されたことから、T得点の変換は性別に行った。また、T得点への変換には0を起点とする必要があったため、全刺激得点に対して72点を加点した。 以上の過程を経て、今回の被検査者である定型発達者149名の評定値の分布に対して、補正済みの得点が分布上のどの位置に該当するかを検査結果(パーセンタイル順位)として示すための表を作成した。表2に「音声のみ」条件、表3に「表情のみ」条件、表4に「音声+表情」条件の全刺激得点に関する検査結果の一覧表を示す。この検査結果は、今回の被検査者群を基準にした際に「曖昧な感情表現に対して、どの程度、快あるいは不快に偏って判断するか」(表中の「判定」の数値が高いほど不快に偏って判断する傾向が強い)を示す指標として活用できる。 表2 「音声のみ」条件の検査得点と判定の対応表 表3 「表情のみ」条件の検査得点と判定の対応表 表4 「音声+表情」条件の検査得点と判定の対応表 ②検査結果を分析する視点 同じ提示条件であっても、曖昧刺激9刺激の1回目の提示時点における評定(被検査者間平均)には、刺激間で不快度に高低が認められた(「音声のみ」条件:「−0.2」から「−2.6」、「表情のみ」条件:「0」から「−2.4」、「音声+表情」条件:「−0.5」から「−3.1」)。 そこで、不快度の低い刺激群を抽出し、独自の基準値を作成し、詳細に検討できるようにした。具体的には、提示条件別に、曖昧刺激の①回目の提示時点における評定値の低い順から三つずつ刺激を抽出し、これらの刺激を「低不快刺激」として、これに対する評定値を分析することを検討している。これは、曖昧刺激の不快度の高さによって、特に不快度の低い刺激に対する発達障害者の認知特性について、詳細に検討することが重要である場合を考慮したためである。今年度収集する発達障害者データの分析において、活用可能性を検討していくこととしている。 4 まとめと展望 本研究では、発達障害者の曖昧な感情表現に対する特性を評価できる検査課題を開発し、定型発達者149名の検査結果に基づき基準値を作成した。そして、検査結果の分析から、下記の検査課題の特性を明らかにした。 イ 刺激の提示媒体がPCのモニターの場合とスクリーンの場合では評定値に大きな違いはない。 ロ 曖昧刺激の不快度の相対的な高さは、「音声+表情」条件>「表情のみ」条件>「音声のみ」条件の順に高い。 ハ 「音声+表情」条件については、女性の方が男性よりも曖昧刺激が不快に評定される傾向がある。 ニ 全条件の複数の曖昧刺激について、1回目の提示時点よりも2回目の提示時点の方が不快度が低く評定される傾向がある。 今後は、これらの検査課題の特性が発達障害者についても認められるかを検討するとともに、検査結果と彼らの非言語コミュニケーションにおける課題との関連性を調べ、どのような支援の手がかりを提供できるかを明らかにする予定である。 【参考文献】 1) Hall, J. A.:Gender effects in decoding nonverbal cues. Psychological Bulletin, 85, p.845-857. (1978) 【連絡先】 武澤友広 障害者職業総合センター e-mail:Takezawa.Tomohiro@jeed.or.jp 発達障害者の非言語コミュニケーションに関する特性評価の試み その2 〜感情語の快不快度及び経験頻度に基づく検討〜 ○望月 葉子(障害者職業総合センター 特別研究員) 向後 礼子(近畿大学) 武澤 友広・知名 青子(障害者職業総合センター) 1 はじめに F&T感情識別検査拡大版は、非言語コミュニケーションにおける音声や表情からの他者感情の読み取りに関する特性の把握を目的としている。こうした特性の把握は、対人コミュニケーションに困難がある発達障害者の支援において有効な情報となることが期待される。 本検査を発達障害者に適用するにあたり、検査の特徴について明確にしておく必要があることから、本報告では、まず、定型発達者を対象としたデータの分析結果に基づき、感情語(喜び・悲しみ・怒り・嫌悪・驚き・恐怖・軽蔑)に対する快-不快評定、及び、各感情の経験頻度について報告する。さらに、感情語の評定や感情の経験頻度とF&T感情識別検査拡大版における評定値との関連について報告する。 次いで、検査結果を解釈するうえでは、発達障害者の感情場面の理解の特徴(感情語との対応)を把握することも、有効な情報となる場合がある。このため、定型発達者を対象として実施した調査のうち、感情場面の理解についてもあわせて報告することとする。 2 調査の概要 (1) 調査対象:18-29歳の大学生又は大学院生男女149名 (男性78名・女性71名) (2) 調査時期:平成24年11月〜平成25年1月 (3) 調査項目: ① 感情語(喜び・悲しみ・怒り・嫌悪・驚き・恐怖 ・軽蔑)に対応する快-不快の程度 ② 調査時点における直近3か月間の感情経験 の頻度 ③ 感情場面と感情語の対応 ④ F&T感情識別検査拡大版(「音声のみ」「表情のみ」「音声+表情」の3条件から構成される)における評定(刺激の構成及び作成過程及び回答方法については「その1」参照)。 (4) 調査方法:(3)の①②③は質問紙への自記式回答、④は検査方法として個別又は小集団で実施。 3 結果と考察 (1−1) 感情語に対する快・不快評定について 感情語(喜び・悲しみ・怒り・嫌悪・驚き・恐怖・軽蔑)に対応する快-不快の程度を「−4:非常に不快である」←→「0:快でも不快でもない」←→「+4:非常に快である」の9件で回答させた評定値を表1に示す(快-不快評定の平均値)。感情語については、快の感情:喜び、不快の感情:悲しみ・怒り・嫌悪・恐怖・軽蔑、快でも不快でもない感情:驚きに評定された。 表1 感情の快-不快評定(男女別) また、t検定を行った結果、男女間で回答傾向の違いは認められなかった(有効分析対象者:男性72名/女性66名)。すなわち、感情語に対応する快-不快評定では、性差は認められなかった。 さらに、各感情間において対応のあるt検定を行った結果を以下に示す。 恐怖と軽蔑、怒りと嫌悪については、有意差が認められなかった。 (1−2) 感情語に対する快・不快評定と曖昧刺激の評定との関連について 感情語の快-不快評定とF&T感情識別検査拡大版における評定値との関連について検討(ピアソンの積率相関分析)を行った結果を表2に示す。F&T感情識別検査拡大版における評定値(全体平均)は、恐怖に対する評定の不快度が高いほど「音声のみ」条件に対する評定の不快度が高い(p<.01)、嫌悪・恐怖に対する評定の不快度が高いほど「音声+表情」条件に対する評定の不快度が高い(嫌悪:p<.05,恐怖:p<.01)ことが明らかとなった。 表2 拡大版の評定と感情語の快-不快評定との関連(条件別) ただし、その他の感情語の快-不快評定との関連は見いだされなかった。また、「表情のみ」条件ではすべての感情語との関連も見いだされなかった。こうしたことから、拡大版の刺激の曖昧さについて、概ね確認できたとみることができる。 (2−1) 感情の経験頻度について 調査時点の直近3か月間において、感情(喜び・悲しみ・怒り・嫌悪・驚き・恐怖・軽蔑)をどのくらいの頻度で経験したかについて、「0:まったくなかった」←→「2:月1回程度あった」←→「4:週1回程度あった」←→「6:毎日あった」の7件で回答させた。 図1に感情の経験頻度を示す(有効分析対象者:男性78名/女性71名)。 図1 感情の経験頻度(男女別) ただし、図では調査時点における直近3か月間の感情経験頻度について、3群に分けて示した(経験頻度低群:まったくなかった〜ほとんどなかった、中群:月1回〜数回程度あった、高群:週数回〜毎日あった)。 直近3ヶ月間の感情経験は、喜びの経験が多く、恐怖や軽蔑の経験は相対的に少なかった。 なお、χ2検定により、喜び・悲しみ・驚きについて経験頻度の回答に性差が認められており、男性より女性の方が有意に経験頻度が高い感情があることが示された(喜び(χ2=7.98,df=2,p<.05),悲しみ(χ2=13.261,df=2,p<.01),驚き(χ2=7.037,df=2,p<.05))。 (2−2) 感情の経験頻度と感情語の評定及び 曖昧刺激の評定との関連について 表3に男女別・経験頻度別に感情の快-不快評定の結果を示す。 表3 感情の快-不快評定(男女別/経験頻度3群別) 性別に感情経験3群別の快-不快の評定値について分散分析を行ったところ、評定値に有意な差は見いだされなかった。 同様に、F&T感情識別検査拡大版における評定値について感情毎に分散分析を行ったところ、評定値に有意な差は見いだされなかった。 こうしたことをあわせると、感情語に対する評定及び曖昧刺激に対する評定の結果は、個人の主観的な経験頻度とは関連がないことが示唆されたことになる。 (3) 感情場面と感情語の対応 F&T感情識別検査拡大版の実施に際し、感情に対して適切な感情名がラベリングされていることを確認することは重要である。感情と感情語との対応を把握するために、以下に示す14の場面を自分が経験した場合に、どのような気持ちになる のかについて、感情語(喜び・悲しみ・怒り・嫌悪・驚き・恐怖・軽蔑)を一つ選択することを求めて回答を得た。図2に回答の集計結果を示す。 1.長い間、会っていなかった知人や友人と偶然出会ったとき 2.他人に嫌がらせをしている人を見かけたとき 3.試験に合格したとき 4.苦手な生物(クモ・ヘビ・ゴキブリなど)を近くで見たとき 5.仲の良い知人や友人が遠くに引っ越すことになったとき 6.いい加減な態度や無責任な態度をとる人を見たとき 7.初対面の人に、なれなれしい言葉で話しかけられたとき 8.階段から足を滑らせて落ちそうになったとき 9.面倒な作業を人から押しつけられたとき 10.知人や友人に嘘をつかれたとき 11.時間をかけて作成したレポートや書類を誤って自分で削除したり、紛失したとき 12.大きな地震が起こったとき 13.努力して作成したレポートや書類を先生や上司にほめられたとき 14.信頼していた知人や友人に約束を破られたとき 図2 設定した場面を経験する場合の感情 図からは、次の5点を指摘することができる。 ①「喜び」と「悲しみ」については、回答者の9割以上が同一の感情を選択した場面が見いだされた。 ・9割以上が「喜び」を選択:場面3,13 ・9割以上が「悲しみ」を選択:場面5 ②「驚き」もしくは「恐怖」のいずれかを選択:場面8,12 ③「喜び」もしくは「驚き」のいずれかを選択: 場面1 ④①②③以外の9場面では、場面によって「悲しみ」「怒り」「嫌悪」「驚き」「恐怖」「軽蔑」の6感情のうちのいずれかに回答が偏ることはあっても、1感情で9割を越える場面はなかった。 ⑤場面1・3・13以外の11場面では「喜び」が選択されることは全くないか極めて稀であった。 これらの結果は、ある被検査者が複数の項目にわたって不適切な回答をした場合、その者の特性の理解や結果のフィードバックに際し、注意を要することを示唆するものである。 具体的には、「喜び」を回答として期待する場面で、「悲しみ」「怒り」「嫌悪」「軽蔑」という回答があった場合や、「悲しみ」「怒り」「嫌悪」「軽蔑」を回答として期待する場面で、「喜び」という回答があった場合には、感情に対して適切な感情名がラベリングされていない可能性や回答の背景を検討する必要があることを意味しているといえる。 4 まとめ 各感情語の快-不快評定について、性差は見いだされなかった。一方、感情の経験頻度については、男性よりも女性の方が経験頻度の高い感情があることが明らかとなった。 ただし、経験頻度と感情語の快-不快評定との間には有意な関連は見いだされず、感情の経験頻度とF&T感情識別検査拡大版における評定値との間にも関連が見いだされなかったことをあわせ、感情語に対する評定及び曖昧刺激に対する評定の結果は、個人の主観的な経験頻度とは関連がないことを明らかにすることができた。 こうした知見を踏まえ、発達障害者にF&T感情識別検査拡大版を適用するにあたり、以下の点の検討が求められている。すなわち、① 発達障害者における「感情語の快-不快評定の構造」は、障害のない成人と同様であるのか、② 感情語の快-不快評定とF&T感情識別検査拡大版の結果と間に関連が見いだされるのか、③ 感情語に対する評定及び曖昧刺激に対する評定の結果は、個人の主観的な経験頻度とは関連がないといった特徴は、発達障害においても確認できるのか、などを明らかにしていく必要がある。 加えて、発達障害の非言語コミュニケーションの特徴を理解するうえで、感情語の理解やラベリングの特徴を確認する際の視点についても検討していく必要がある。 現在、定型発達者を対象とした調査と同様の調査枠組みに、F&T感情識別検査(4感情版)の評価を加えて、発達障害者のデータ収集を行っているところである。本報告の調査結果との比較検討を通して発達障害者の非言語コミュニケーションの特徴を明らかにするためのF&T感情識別検査拡大版の開発を進めている。また、ヒアリング調査により、調査結果から明らかになった非言語コミュニケーションの特徴等を踏まえ、職場における適応上の課題や対人関係の問題に焦点をあてた好事例の分析を並行して進めているところであり、調査研究報告書において併せてとりまとめを行う予定である。 【関連文献】 障害者職業総合センター 調査研究報告書№39 「知的障害者の非言語的コミュニケーション・スキルに関する研究—F&T感情識別検査及び表情識別訓練プログラムの開発—」2000 障害者職業総合センター F&T感情識別検査−4感情版−(ソフトウエア インストールDVD)2012 ワークサンプル幕張版改訂に向けた基礎調査(1) −広域・地域障害者職業センターの調査結果から− ○内田 典子(障害者職業総合センター 研究員) 下條 今日子・森 誠一・加賀 信寬・望月 葉子・白兼 俊貴(障害者職業総合センター) 1 はじめに ワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)は、OA・事務・実務作業に分類される13のワークサンプルで構成されている。平成19年度の市販化以降、開発当時の主な活用対象であった高次脳機能障害者だけでなく、精神障害、発達障害等多様な障害者の支援に活用されており、現在の内容では、量的・質的に十分ではないとの意見も聞かれるようになっている。 そのため、本研究では、MWSを活用している広域・地域障害者職業センター(以下「センター」という。)の障害者職業カウンセラー(以下「カウンセラー」という。)及びMWSを購入し活用している関係機関の支援者に対し、活用の実態と共に今後の職業リハビリテーションサービスの展開を考える上で、MWSにどのような改訂が望まれているのか調査を行い、その内容を整理することを目的とした。本発表は、センターの調査結果について報告する。 2 調査内容 (1)アンケート調査 ①調査対象:全国のセンターに所属する経験年数3年以上、主任までのカウンセラー276名 ②調査時期:平成24年7月中旬〜9月中旬 ③調査方法:メール ④調査内容:①プロフィール(活用経験、年代、平成23年度の担当事業及び障害種類等)、②平成23年度のMWS活用状況、③活用の目的と効果、④結果の活かし方、⑤活用の意識、⑥改訂の希望 ⑤調査回収状況:60名(回収率21.7%) (2)ヒアリング調査 ①調査対象:活用経験のあるカウンセラー4名 ②調査時期:平成24年8月 ③調査方法:グループ面接 ④調査内容:活用対象者、活用場面、活用状況 3 結果 (1)アンケート調査 ①回答者のプロフィール イ 経験年数:全体を見ると「15年まで」と「21年以上」が他の経験年数と比べ若干少なかった。 ロ 主な担当業務:全体を見ると「職業相談・職業評価(以下「相談・評価」という。)」(25.4%)、「職業準備支援(自立支援)」「その他」(共に22.0%)の順に高かった。 ハ 担当障害種:全体を見ると「発達障害」「精神障害」(共に88.3%)、「知的障害」(78.3%)の順に高かった。 ニ MWS活用経験:相談・評価やMWS活用が想定される事業を担当していなかった3名に活用経験がなかった。 表1 回答者のプロフィール ②活用状況 カウンセラーが担当した障害種の利用者に対し、13のワークサンプルをどの程度担当業務で活用したか、その頻度を表2にまとめた。ただし、各障害の回答者数が少ないため、表中の数値は「必ず使った」と「使うことがあった」を合算した。なお、「その他の障害」の回答者は少なかったため、割愛した。 イ MWS簡易版 MWS簡易版は、評価に活用することを主たる目的としている。そこで、相談・評価での活用状況を見ると、半数以上の回答者が活用していたワークサンプル(表中の太字表記)は、発達障害が7、精神障害・高次脳機能障害が6、身体障害が5、知的障害が4あった。全ての障害種に共通して、半数以上の回答者が活用しているのは「数値入力」「文書入力」「数値チェック」「ピッキング」であった。また、回答者自身が実施者となって活用することが多く、その他にアシスタントや指導員等に依頼して活用している状況も確認できた。 ロ MWS訓練版 MWS訓練版は、訓練に活用することを主たる目的としている。そこで、相談・評価以外の事業(以下「各種事業」という。)での活用状況を見ると、半数以上の回答者が活用していたワークサンプル(表中の太字表記)は、精神障害・高次脳機能障害・発達障害が7、身体障害が6、知的障害が1であった。知的障害を除いた障害種に共通して、半数以上の回答者が活用しているのは「数値入力」「文書入力」「検索修正」「数値チェック」「物品請求書作成」「作業日報集計」であった。また、回答者自身が実施者となって活用することは少なく、アシスタントや指導員等へ依頼する、作業支援のメニューとして活用することが多いことが示された。 ③活用の目的と効果 イ 相談・評価 活用の目的として「作業能力や適性の評価」(73.9%)、「自己認知の促進」(41.3%)、「障害の自己受容」(39.1%)の回答が多かった。また、「全く効果はなかった」の回答はなかったが、「易怒性の評価」(40.4%)、「利用者との関係作り」(8.3%)、「障害の自己受容」(3.2%)の3項目には「あまり効果がなかった」の回答があった。 表2 MWSの活用状況 ロ 各種事業 活用の目的として「作業能力や適性の評価」(48.7%)、「作業遂行力向上」(43.6%)、「自己認知の促進」(38.5%)の回答が多かった。また、「全く効果はなかった」の回答はなかったが、「易怒性の評価」(28.6%)、「職業情報の提供」(8.7%)、「自信の回復」(6.3%)、「易疲労性の評価」(3.6%)、「自己認知の促進」(3.2%)の5項目には「あまり効果がなかった」の回答があった。 ④改訂の希望 イ 必要と思われる改訂の内容 今後MWSを改訂するにあたり、どのような改訂を望むか尋ねた。その結果を図1に示す。 「⑥グループでできるような作業課題を作ってほしい」(73.3%)、「⑦社会的なスキルも必要になるような作業課題を作ってほしい」(56.7%)、 「⑫どの作業課題がどのような能力を反映しているのか、明らかにしてほしい」(55.0%)、「⑩利用者自身の感想や実施後の疲労感等を反映できる様式がほしい」(45.0%)、「⑤今よりも作業課題を増やしてほしい」「⑨結果の整理を簡単にしてほしい」(共に43.3%)の順に高かった。 図1 改訂の希望(複数回答,n=60) ロ 特に希望する改訂の内容 上記(ア)において選択した項目のうち、最も強く改訂を希望する内容を一つ選択してもらったところ、「⑦社会的なスキルも必要になるような作業課題を作ってほしい」(20.0%)、「⑥グループでできるような作業課題を作ってほしい」(18.3%)、「⑤今よりも作業課題を増やしてほしい」(15.0%)の順に高かった(図2)。 図2 最も改訂を希望する内容(n=60) ※図中○囲み数字:図1の系列の○囲み数字と同じ内容である。 ハ 改訂の具体的な内容(自由記述) 上記において、「⑤今よりも作業課題を増やしてほしい」「⑥グループでできるような作業課題を作ってほしい」「⑦社会的なスキルも必要になるような作業課題を作ってほしい」を選択した回答者に、具体的作業名やイメージする作業について自由記述で回答を求めた。回答内容を整理すると以下の希望が挙げられた。 ・作業課題を増やす:既存ワークサンプルの充実、新規ワークサンプルとして“ファイリング”、リワーク支援用のワークサンプル等。 ・グループでできる作業:単独作業で完結せず、既存ワークサンプルの活用をはじめとして、いくつかの作業を複数人で実施する“流れ作業”等。 ・社会的スキルが必要な作業:質問・報告・相談・依頼等職場の中で必要となる最低限のコミュニケーションスキルを必要とするワークサンプル等。 ・その他:“臨機応変な対応を要する作業”、“難易度の向上”、“同時並行処理を行う作業”等。 (2)ヒアリング調査 ①活用の目的と効果 MWS簡易版は作業能力や適性の評価に活用しており、一方、MWS訓練版は、a 作業課題として、b 作業遂行力の向上、c 体験の共有、d 補完方法の獲得、e グループ作業として、f 時間管理スキルを高める、g コミュニケーションスキルを高める、といった目的で活用し、利用者の様々な状況を把握していた。特に、リワーク支援で行っているe〜gは、元々想定していた活用方法を超えた応用的な活用をしており、特徴的と言える。 ②改訂の希望 イ 現行ワークサンプルに関する希望 ・OA作業:画面表示に関する修正の要望(例:最大化画面が維持されること、最大化画面時のレイアウト修正等)や、濁点・半濁点、全角・半角を区別しやすくすること、「検索修正」で使用する修正指示書の字体変更等の希望が挙げられた。 ・事務作業:「数値チェック」で散見されるバグの修正、照合箇所の増加、「物品請求書作成」のカタログの電子化、「作業日報集計」のペーパーレス化、集計用紙の拡大等の希望が挙げられた。 ・実務作業:特筆すべき希望はなかった。 ・その他:レベルやブロックの増加、マニュアルのさらなる整備、補完方法のバリエーション増加、結果をまとめる様式の整備等が挙げられた。 ロ 新規ワークサンプルの開発 ・個別課題:パソコン上でファイルを複数見ながら遂行する作業、ファイリング、郵便物仕分け、作業の結果は決まっているが、プロセスを利用者自身が自発的に考えて進める作業等が挙げられた。 ・その他:複数のワークサンプルを一連の流れに組み合わせた臨場感のある作業、社会的なスキルが必要な作業が挙げられた。 4 考察とまとめ (1)活用実態 MWS簡易版、訓練版共に、平成19年度に行った調査(村山他,2008)と同様、よく使うワークサンプルとそうでないものに2極化している傾向にあった。センターは、MWS以外にも相談・評価や各種事業で使用しているワークサンプル等があり、それらと重複しないOA作業や事務作業が優先的に選択されるためと考えられる。 また、相談・評価では、「評価」そのものとその結果に基づいた「自己理解へのアプローチ」に、各種事業では、それに加えて「作業遂行力向上」といった“訓練”のため活用していると考えられ、一定の効果が認められている。 (2)改訂の希望 MWSにどのような改訂が望まれているのかアンケート調査及びヒアリング調査を行い、その内容を整理すると、『OA作業』『事務作業』『実務作業』『流れ作業』『その他』の5つに大別された。 結果を見ると、特に『OA作業』『事務作業』の既存ワークサンプルの修正やブロック・レベルの追加、『OA作業』『流れ作業』の新規ワークサンプル開発に対する希望、『その他』として臨機応変な対応や同時並行処理が必要な新規ワークサンプル開発に対する希望が多かった。 こうした傾向は、活用状況においてOA作業や事務作業が優先的に選択されている状況とも重なる。既存のワークサンプルや作業課題と重複せず、リワーク支援における気分障害者や専門支援が始まっている発達障害者に対応したワークサンプルが求められていると考えられる。 本調査からは、センターにおいては、MWSについて「改訂の必要性はある」と認識されていると言えるだろう。今後は、関係機関での同様の調査結果と合わせ、どのワークサンプルを改訂するのが最もニーズに応えることになるか、また新規ワークサンプルの開発についても、様々な意見が出されているため、どのような種類のワークサンプルを開発するとよいのか検討し、改訂・開発作業に取り組む予定である。 【参考文献】 村山奈美子他(2008)トータルパッケージの活用状況について−広域・地域障害者職業センターにおける活用状況の分析−,第16回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集,pp.332-335. 森誠一他(2013)ワークサンプル幕張版改訂に向けた基礎調査(2)−関係機関に対する調査結果から−,第21回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集. ワークサンプル幕張版改訂に向けた基礎調査(2) −関係機関に対する調査結果から− ○森 誠一(障害者職業総合センター 主任研究員) 内田 典子・下條 今日子・加賀 信寬・望月 葉子・白兼 俊貴(障害者職業総合センター) 1 はじめに ワークサンプル幕張版改訂に向けた基礎調査(1)で述べたように、ワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)については、開発当初の主な活用対象であった高次脳機能障害でなく、精神障害、発達障害等多様な障害者の支援に活用されており、現在の内容では、量的・質的にも十分でないとの意見も聞かれるようになっている。また、市販化以降、MWSを活用する機関も増加傾向にある。 そのため、本研究では、発表(1)に引きつづき、MWSを実際に活用している福祉、医療、教育機関等(以下「関係機関」という。)の支援者に対して実施した、MWSの活用実態や改訂希望に関するアンケート調査及びヒアリング調査の結果について報告する。 2 調査内容 (1) アンケート調査 ① 調査対象 平成20年1月〜平成23年9月末までにMWSを株式会社エスコアールより直接購入した関係機関171機関において、MWSを直接活用している支援者(1機関あたり調査票2部を送付。複数の支援者が活用している場合は、関係機関において任意で回答者を2名まで選定)。 ② 調査時期 平成24年7月中旬〜平成24年9月中旬 ③ 調査方法 郵送法により実施。 ④ 調査内容 ・プロフィール(支援者個人:年代、担当した障害種類、資格等。関係機関:所有するMWSの種類等) ・平成23年度のMWS活用状況 ・MWS活用の目的と効果、活用結果の活かし方、MWS活用の意識 ・改訂の希望 ⑤ 調査回収状況 回答者58名(回収率17.0%。ただし、171機関342名を母数とした場合) (2) ヒアリング調査 福祉(自立支援法に基づく事業所)・医療(リハビリテーションセンター)・教育機関(特別支援学校:知的障害)に所属しており、日常業務でMWSをよく活用している就労支援を担当する者(以下「就労支援担当者」という。)3名にグループインタビューを行った。 なお、インタビューの内容は、「現状でのMWSの活用状況」「現行のワークサンプルに関する改訂の要望」「新規ワークサンプルに関する開発の要望」とした。 3 調査結果 (1) アンケート調査 ① 回答者の所属機関等に関するプロフィール イ 所属機関 回答者の所属機関を図1に示す。 「福祉機関」が72.4%と大勢を占め、「医療機関」(8.6%)と合わせると80%を超えていた。 なお、上記2(1)、①の期間中にMWSを購入した関係機関は、医療・福祉に分類されている関係機関が約半数を占めているため、このように回答者の偏りが生じたと考えられる。 ロ 所属機関の就労支援実施年数 所属機関の就労(復職)支援の実施年数については、「5年未満」(56.9%)が最も多く、「10年未満」(27.6%)が続いた。「10年以上」は12.0%で、就労支援の実施年数が短い関係機関の回答が多かった。 ハ 担当障害種類 回答者が担当した利用者の障害種類については、「知的障害」が最も多く67.2%、「精神障害」「発達障害」(共に60.3%)が続いた。 図1 回答者の所属機関(全体n=58) ② 活用状況 回答者が担当した障害種の利用者に対し、13のワークサンプルをどの程度活用したか、その頻度を表1にまとめた。表中の数値は、「必ず使った」と「使うことがあった」を合算したものである。なお、「その他の障害」の回答者は少なかったため、割愛した。 イ MWS簡易版 MWS簡易版は、評価に活用していることを目的としている。その活用状況を見ると、半数以上の回答者が活用しているワークサンプル(表中の太字表記)の数は、精神障害・発達障害が10、高次脳機能障害が7、知的障害が5、身体障害者が2であった。全ての障害種に共通して、半数以上の回答者が活用しているのは「数値入力」「文書入力」であった。なお、「コピー&ペースト」「ファイル整理」「重さ計測」「プラグ・タップ組立」といった広域・地域障害者職業センター(以下「センター」という。)での活用が少ないワークサンプルも、障害種類によってはよく活用されている特徴があった。 ロ MWS訓練版 MWS訓練版の活用状況を見ると、半数以上の回答者が活用しているワークサンプルの数(表中の太字表記)は、発達障害が6、精神障害が5、高次脳機能障害が3、知的障害が2、身体障害が1であった。全ての障害種に共通して活用されているワークサンプルはなかったが、知的障害や発達障害に「プラグ・タップ組立」の活用が多い特徴があった。 表1 MWSの活用状況 ③ 活用の目的と効果 活用の目的としては、「作業能力や適性の評価」(67.2%)、「作業遂行力向上」(46.6%)、「自己認知の促進」(29.3%)が続き、“評価”を中心として活用し、その結果に基づいた“自己理解へのアプローチ”に加え、“訓練”のためにも活用されていると考えられる。 なお、上記の3項目について、その活用効果について見ると、「とても効果があった」と「多少効果があった」との回答を合わせると、順に83.9%、79.2%、75.5%であった。 ④ 改訂の希望 イ 必要と思われる改訂の内容 今後MWSを改訂するにあたり、どのような改訂を望むか尋ねた。その結果を図2に示す。 「⑥グループでできるような作業課題を作ってほしい」(50.0%)、「⑦社会的なスキルも必要になるような作業課題を作ってほしい」(46.6%)、「⑫どの作業課題がどのような能力を反映しているのか、明らかにしてほしい」(44.8%)、「⑨結果の整理を簡単にしてほしい」(39.7%)、「⑩利用者自身の感想や実施後の疲労感等を反映できる様式がほしい」(31.0%)の順に高かった。 図2 改訂の希望(複数回答、n=58) さらに、選択した項目のうち、最も強く改訂を希望する内容を一つ選択してもらったところ、無記入も多かったが(24.1%)、「⑦社会的なスキルも必要になるような作業課題を作ってほしい」(19.0%)、「⑥グループでできるような作業課題を作ってほしい」(17.2%)、「⑫どの作業課題がどのような能力を反映しているのか、明らかにしてほしい」(8.6%)の順に高かった(図3)。 図3 最も改訂を希望する内容(n=58) ※図中○囲み数字:図2の系列の○囲み数字と同じ内容である。 ロ 改訂の具体的な内容(自由記述) 上記イにおいて、「⑤今よりも作業課題を増やしてほしい」「⑥グループでできるような作業課題を作ってほしい」「⑦社会的なスキルも必要になるような作業課題を作ってほしい」を選択した回答者に、具体的作業名やイメージする作業等を自由記述で回答を求めた。回答内容を整理すると以下の希望が挙げられた。 ・作業課題を増やす:新規ワークサンプルの課題として、“テープ起こし”、“ファイリング・仕分け作業”、“清掃作業”など。 ・グループでできる作業:“ラインの流れや周囲の人との協調性を必要とする作業”など。 ・社会的スキルが必要な作業:“作業を遂行するなかで、コミュニケーションや臨機応変さが求められるような課題” ・その他:“行動観察を記入しやすい様式の整備”など。 (2) ヒアリング調査 ① 活用の目的と効果 MWS簡易版については、障害特性の把握や職業準備性に着目しての「職業能力の評価」に活用しており、MWS訓練版については、MWS簡易版での初期評価の結果を踏まえて、主に「作業能力の向上や作業能力の変化の把握」「補完手段の獲得」「障害受容の促進」を目的として活用されている傾向が見られる。さらに、これらの活用を通して、「職業理解を促すための作業体験」「関係機関との情報共有」「企業の障害特性の理解や受入れの不安感の軽減」に効果的であるといった意見も挙げられた。 ② 改訂の希望 イ 現行ワークサンプルについて ・「エラーした箇所を分かりやすく表示してほしい(OA作業:文書入力、検索修正)」 ・「難易度をさらに高めてほしい(実務作業:ピッキング)」 ・「繰り返し実施する場合のモチベーションを高めるために、課題の量を増やしてほしい」といった要望が挙げられた。 ロ 新規ワークサンプルについて ・個別課題としては、「就職先企業の仕事に類似した、より臨場感ある課題」「実務作業のバリエーションが増えるとよい」といった希望が挙げられた。 ・その他としては、「それぞれの役割分担を明確化し、グループで実施できる作業」「コミュニケーション能力が必要となる作業設定」が挙げられた。 4 考察とまとめ (1)活用実態 アンケート調査結果において、MWS簡易版では、「コピー&ペースト」「ファイル整理」「ラベル作成」「ナプキン折り」「重さ計測」「プラグ・タップ組立」が、身体障害を除いた障害種で高い割合を示し、比較的多くのワークサンプルを活用していることがわかった。就労支援経験5年未満とする所属機関が半数を超えており、評価に使えるツールが所属機関に不足しているために全体的に活用の割合が高くなっているのではないかと考えられる。 また、活用の目的としては、どちらかというと「作業能力や適性の評価」を中心として活用されていると考えられ、一定の効果が認められている。 (2) MWS改訂の希望 関係機関におけるMWS改訂の希望としては、「現行ワークサンプルのレベルやブロック増加」「実際の仕事により近い環境を設定できる新規ワークサンプルの開発」が中心であった。 その内容を「OA作業」「事務作業」「実務作業」「流れ作業」「その他」の五つに区分して整理した。 「OA作業」としては、“文書入力”に関する改訂、「事務作業」としては“テープ起こし”、“ファイリング・仕分け作業”、「実務作業」としは、“清掃作業”といった新たな課題の開発、「流れ作業」としては、既存のワークサンプルを活用したグループ作業、「その他」としては“コミュニケーションや臨機応変な対応が必要となる場面設定”に関する希望といった幅広いニーズが挙げられている。 本調査からは、関係機関においても、MWSについて「改訂の必要性はある」と認識されていると言えるだろう。今後は、広域・地域センターでの調査結果と合わせ、改訂・開発に対する検討を行い、改訂・開発作業に取り組む予定である。 なお、発表(1)の広域・地域センターに対する調査においても希望として挙げられていた、現行ワークサンプルにない仕組みである“流れ作業”や“コミュニケーションを必要とする課題”の開発については、グループ構成、課題の作り込みの複雑さ、評価基準のあり方等の課題もあり、今後、さらなる検討を進めることが必要と認識している。 【参考文献】 1)内田 典子他(2013).ワークサンプル幕張版改訂に向けた基礎調査(1)−広域・地域障害者職業センター調査結果から−,第21回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集. ワークサンプル幕張版の改訂・開発について その1 −ワークサンプル幕張版改訂に向けた基礎調査の結果を受けて− ○下條 今日子(障害者職業総合センター 研究員) 内田 典子・望月 葉子・加賀 信寛・森 誠一・白兼 俊貴(障害者職業総合センター) 1 はじめに ワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)を活用している機関の職員に対して、活用状況及び改訂ニーズに関する調査を行ったところ、「改訂の必要性がある」との認識があることがわかった(内田 20131)、森 20132))。また、改訂の要望は、①現行ワークサンプルのレベルやブロックの増加および必要な修正、②実際の仕事により近い環境を設定できる新規ワークサンプルの開発の2点に整理することができた。この結果を受けて、障害者支援部門では現行ワークサンプルの改訂作業および新規ワークサンプルの開発に着手し始めたところである。 2 改訂作業の進め方 改訂作業を進めるにあたり、機構内外のMWSを活用している機関の支援者を委員とする、①改訂案の検討および情報収集、②各委員の所属施設の利用者に対し、改訂したMWSを試行してデータ収集を行うことを目的として、現行ワークサンプルの改訂に関する「既存課題開発専門部会」と、新規ワークサンプルの開発に関する「新規課題専門部会」の2つの作業部会を設置した。新規課題の開発には慎重な検討が必要であることから2)、まず、現行ワークサンプルの改訂に着手した。その工程は表1のとおりである。 表1 現行ワークサンプル改訂の工程 3 改訂対象とするワークサンプルの選定 MWS改訂ニーズ等に関する調査より、「活用されている割合の高さ」、「当該ワークサンプルに対する改訂要望の多寡」、「改訂要望の内容がMWSのコンセプトに沿っているか」を考慮して改訂対象とするワークサンプルの絞り込みを行った。 その結果、表2に網掛けで示した6つのワークサンプルを改定対象にすることとした。以下、本稿執筆時点(H25.9)において改訂作業に着手している、「数値チェック」「ピッキング」「物品請求書作成」「検索修正」について取り上げる。 表2 ワークサンプルの改訂有無に関する一覧 (1)数値チェック ①上位レベルの作成 表3に現行のレベル設定を、表4に改訂版のレベル設定(案)をそれぞれ示す。現行のチェックすべきミスの発生方法は、表4に示したa〜dの4種類であるが、新規に設定するレベル6と7では、レベル5までのものに加え、ミスパターンaとcに関して1試行あたり2箇所発生させることとしている。 表3 数値チェックのレベル構成(現行) 表4 数値チェックのレベル構成(改訂案) ②合計金額の間違いの修正 現行の「数値チェック」の計の金額は税込みのもので、小数点以下は四捨五入している。実際に計算した利用者1から「計の金額が合わない」との指摘があり、当部門においても修正の必要性を感じていたところであったが、基礎調査においても同様の意見が挙がった。今回の改訂では、一律切り捨てで処理することとした。 1 数値チェックは納品書と請求書の「計」の誤りがないかを見比べる作業課題で、単価×数量×税の計算をする必要はないが、利用者の中には計算をする人もいる。 (2)ピッキング 「ピッキング」については、物品を増やすと収納棚の数(現行は4本)を増やす必要があること等を考慮し、物品数は現行のままで改訂を行うことが求められている。 ① 上位レベルの作成 表5に現行のレベル設定を、表6に改訂版のレベル設定(案)をそれぞれ示す。上位レベルでは文房具と薬ビンの両方をピッキングする設定とし、注文書1枚(1ブロック)あたり、文房具2〜4試行と薬ビン2〜4試行の組み合わせを6試行配置している。特に薬ビンはレベル6では2社のビンを2種類組み合わせて規定容量とし、レベル7では3社のビンを3種類組み合わせて規定容量とすることでレベル間の差を図った。 表5 ピッキングのレベル構成(現行) 表6 ピッキングのレベル構成(改訂案) (3) 物品請求書作成 ① 上位レベルの作成 表7に現行のレベル設定、表8に改訂版のレベル設定(案)をそれぞれ示す。新規に追加するレベル6は、“品名+4種別”と、新たな条件である「グリーン購入法適合商品」であることを確認する“品名+3種別+グリーン購入法適合”の2種類の課題で構成することとした。「物品請求書カタログ」中に“品名+4種別”商品は220品、“品名+3種別+グリーン購入法適合”商品は731品掲載されている。前者は40ブロック作成するには数が足りず、後者のみで構成すると、グリーン購入法適合商品はカタログの同じページに集中しているためすぐに学習してしまう懸念がある。そのため、この2種類を半々の割合で取り混ぜることとした。 表7 物品請求書作成のレベル構成(現行) 表8 物品請求書作成のレベル構成(改訂案) ② 解答が2つある商品等の差し替え 現行の「物品請求書作成」において、解答が2つある商品や、レベルの選択が誤っている商品がある。これらの商品については、適性なレベルで解答が1つしかない商品と入れ替えることとする。 (4) 検索修正 検索修正では、レベルとブロックの増加に伴い、使用している課題用データベースのデータを倍増することとしている。 ① 上位レベルの作成 表9に検索修正のパソコン画面に表示される項目、表10に現行のレベル設定、表11に改訂版のレベル設定(案)をそれぞれ示す。新規に設定するレベル6は、現行の検索修正では「データ指示書」に修正項目が太字・斜字で明示されているが、この太字・斜字を全て外し、項目として新たに「職業」「E-mail②」を追加する。この2項目を追加するのは、「職業」はデータベースに一般的な項目であることと、複数のメールアカウント(自宅と職場、PCと携帯等)を所持している人が多いことを考えたものである。 表9 検索修正のPC画面に表示される項目(現行) 表10 検索修正のレベル構成(現行) 表11 検索修正のレベル構成(改訂案) ② 経年の影響を受ける項目の差し替え 「年齢」と「生年月日」の関係、「期限」は、経年の影響を受けることから、「年齢」の代わりに「職業」を追加し、「期限」を将来の日付(例:2030年代)に変更することを検討している。これについては現在使用しているデータについても行う。 4 プレ試行の状況 数値チェックとピッキングについて、専門部会委員に試行を依頼する前に、当センター研究企画部・研究部門の職員の協力を得て、「プレ試行」を行った(なお、改定対象となっている他の課題についても同様の対応を行う予定である)。ここでは、プレ試行の結果を簡単に紹介する。 (1) 数値チェック ① 協力者の属性 30代〜50代の男女9名で、全員事務職の経験あり。 ② 試行レベル及びブロック 新規レベルを加え、レベル1〜8を各2ブロックずつ試行した。既存レベルについては、新たに増やしたブロックの課題を用いた。 ③ 作業時間及び正答率 作業時間はレベルが上がる毎に増加しており、正答率はレベルの上昇に伴い低下傾向を示した。 ④ 協力者の所感 ・桁数が多くなれば、それなりの認知的負荷は感じる。 ・途中(真ん中くらいのところ)で、集中力が続かなくなるような感じがした。その後持ち直すことはできたが。作業そのものは難しくなかった。 ・あの位の量だと後半疲れる。難しくはないが、どのくらい正確にやったらいいのか、というのはある。障害者に実施する際は教示の捉え方によって作業速度が左右されるのでは(「正確に」と言うとすごく丁寧にする人がいそう)。 ・レベル7、8になって難易度が高くなるという印象はない。カンマで区切れているのでそれを1つの塊として見ればよい。 (2) ピッキング ① 協力者の属性 30代〜50代の男女10名で、ピッキング作業の経験があるのは0名(うち「不明」1名)。 ② 試行レベル及びブロック 新規レベルを加え、レベル1〜7を各2ブロックずつ試行した。既存レベルについては、新たに増やしたブロックの課題を用いた。 ③ 作業時間及び正答率 作業時間はレベルが上がるにつれて増加傾向にあり、正答率はレベルの上昇に伴い低下する傾向を示した。 ④ 協力者の所感 ・薬ビンを組み合わせるのは、難しくなったなと思った、ただ、ノルマがなく自分のペースでできるのなら負荷は上がらないように思う。 ・物品と薬ビンの混合は気分が変わるのであった方が良い。薬ビンだけだとウッとするかも(同様意見複数あり)。 ・レベル6、7の作業は、各社の薬ビンを組み合わせる作業自体が現実にあるのか?とは思った(同様意見複数あり) (3) まとめ サンプルサイズが少ないため解釈には留意が必要ではあるが、作業時間と正答率の推移からは新規レベルはより難易度の高い上位レベルを構成しており、また、既存レベルに関しては新規に作成したブロックの難易度は既存ブロックと同程度であると判断して良いと考えられる。 「数値チェック」は、レベルが上がるにつれて認知的負荷は高まるが、疲労感という意味においてであり、課題の難易度が認知的負荷に繋がっているという訳ではなさそうであった。「ピッキング」は、新規レベルにおいて、文房具と薬ビンを同時にピッキングする課題となることに対して、利用者が違和感を感じるのではと懸念していたが、そうではなく、むしろ全試行を薬ビンにすることへの否定的意見が聞かれた。 5 おわりに 「数値チェック」と「ピッキング」については、プレ試行の結果から難易度や上位レベルの課題設定等が概ね妥当と判断できることから、同様の構成で専門部会委員の所属施設における試行を行うこととしている。 今回は現行のワークサンプルの改訂作業の概略について述べたが、新規ワークサンプルも開発検討に着手し始めたところである。このことに関しては別の機会に紹介する予定である。 【参考文献】 1)内田典子他:ワークサンプル幕張版改訂に向けた基礎調査(1) −広域・地域障害者職業センターの調査結果から−,「第21回職業リハビリテーション研究発表会 発表論文集」(2013). 2)森 誠一他:ワークサンプル幕張版改訂に向けた基礎調査(2) −関係機関に対する調査結果から−,「第21回職業リハビリテーション研究発表会 発表論文集」(2013). 対人援助職の人材養成に関する先行研究の概観:職リハ専門職養成への示唆 ○若林 功(昭和女子大学 人間社会学部福祉社会学科 助教) 白兼 俊貴・森 誠一・下條 今日子(障害者職業総合センター) 1 はじめに 近年、障害者の就職数がかつてに比べ増加してきているが、並行して職業リハビリテーションに従事する者(以下「職リハ従事者」という。)の専門性が改めて問われるようになってきている。すなわち、その専門性とはどのようなもので、職リハ従事者に求められる知識・スキル・コンピテンスとは何か、どのように養成すべきか、を明らかにすることの必要性が指摘されるようになってきている。 また、このことに呼応するように、厚生労働省は「障害者の一般就労を支える人材の育成のあり方に関する研究会」において職リハ従事者に必要な知識・スキルとは何か、またどのように習得すべきか、検討会を重ねたうえで提案が行われている1)。なお、この提案は同研究会が行った実証調査を基になされたものである。しかしながら、わが国において職リハ従事者に必要な知識やスキル、養成に関する検討はまだ十分に行われているとは言いがたく、そのための実証的な研究についてもあまり行われていないのが現状である。 一方、職業リハビリテーション(以下「職業リハ」という。)の隣接分野である、ソーシャルワークや作業療法などに関しては、以前より「社会福祉士」「作業療法士」といった国家資格が設けられており、資格取得のための大学等の養成校も全国に設けられている。そのため、どのような人材をどのように養成すべきかについても一定の議論が進められてきている、と言えるだろう。また、海外(特に米国)では、職業リハの専門職であるリハビリテーションカウセラーの養成が1943年より行われてきており、養成方法の検討がこれまで行われてきている。 また専門職を養成するためには、それぞれの専門職の職務で求められている知識・スキルや優れた実践を行うためのコンピテンシーがどのようなものなのかについても明らかにする必要があるだろう。これらについても、職業リハに隣接する分野であるソーシャルワークや作業療法、また米国のリハカウンセラーでも検討が行われてきている。 以上を念頭に、本稿では、職業リハの隣接分野である対人援助職の中でも、特にわが国のソーシャルワーカー(社会福祉士)に求められている知識・スキル・コンピテンスや養成に関する先行研究を概観し、職業リハ従事者の養成に関する示唆を得ることを目的とする。なお、このような目的としたのは、わが国の社会福祉士の業務範囲として「就労支援」が認識されている状況にあること、また米国の職リハ専門職養成は直接的に内容面で参考にできる部分はあるものの制約がある、すなわちわが国では米国と異なり職リハ従事者養成制度が十分確立されておらず、職リハ従事者に何が求められているのかわが国では十分に明確になっていないこと、また米国とわが国で雇用慣行が異なること(たとえば、職員の職務範囲に関する認識など)がある、と判断したためである。ただし一方で、わが国の社会福祉士養成の方向性として、障害者、高齢者などの各固有の分野に特有な知識を持つ社会福祉士の養成ではなく、ジェネリックな社会福祉士の養成が志向されていることへの留意も必要と考えられる。 2 方法 文献データベースであるCiniiを活用した。検索語は(「社会福祉士」or「ソーシャルワーカー」)×(「知識」or「スキル」or「コンピテンシー」or「コンピテンス」or「養成」)の2×5=10パターンを用い、過去10年間(2003年以降の発行)の文献を対象とした。検索された文献は、まず重複するものを削除し、また本稿の目的に合致するもの(①社会福祉士の、②求められる知識・スキル・コンピテンシー、あるいは③養成に関するものである)を抽出した。検索は2013年9月18日に行った。 抽出されたものは、表題から判断し、①どの時点での(養成校内なのか、配置後直後あるいはスキルアップに関する継続教育に関するものなのか)、②どの部分の知識・スキル・態度を養成しようとしているのか、の二つの観点から分析した。 3 結果 検索語の各組み合わせによる検索数では、社会福祉士×養成の組み合わせが最も多かった。また、重複して検索された文献を除くと、252文献となった。ここから社会福祉士以外の必要な知識や養成方法を扱っている文献を除くと230文献となり、さらに海外のソーシャルワーカーの養成等の実情を紹介している文献を除くと、文献数は204となった。文献の発行された年代を見ると、2008年が最も多くなっていた(表1)。 表1 年代別の社会福祉士の知識・スキル・養成等に関する文献数 次に、養成校内での知識・スキルに関しての文献なのか、継続教育におけるものなのかを分析した。この、「タイミング」に関する記述が表題から読み取ることができたものは131文献であり、そのうち119文献が養成校内での知識・スキル養成に関するものであった。また、表題から読み取ることのできた、養成対象となっている内容あるいは社会福祉士が持つべき知識・スキルとして取り上げられているものは表2のとおりとなった。 4 考察 わが国の社会福祉士は1987年に資格が創設され、養成カリキュラムについても検討されてきており、近年では2007年に養成カリキュラムの再検討を含めた法改正が行われている。このような流れに並行して、社会福祉士に求められる知識・スキルや養成方法についても議論が行われてきている様子が確認できた。 また、職リハ従事者に求められる具体的な支援するスキルでもある、相談援助等については挙げられているものの、作業指導スキルや事業主等に障害等の状況を伝えることになど、職業リハの固有の色彩が強い内容については、社会福祉士がジェネリック(一般的、包括的)であることが志向されているためか、挙げられていなかった。 社会福祉士に求められる知識・スキル等の内容として、相談援助技術など職業リハにも共通するものがあること、また理念・原理も習得されるべき内容として重視されていること、さらに養成校教員の養成にも目が配られていることなど、社会福祉士に求められる知識・スキルや養成に関する議論は、職リハ従事者の養成にも参考になる部分が大いにあると考えられる。一方で、職リハ従事者に求められる知識・スキルには、社会福祉士に求められる知識・スキルと重ならない面もあり、職リハという分野として専門職養成を独自に検討すべき面もあることが指摘できよう。 表2 先行研究で挙げられてきた社会福祉士の習得すべき知識・スキル等 【主な文献】 1) 障害者の一般就労を支える人材の育成のあり方に関する研究会(2009).障害者の一般就労を支える人材の育成のあり方に関する研究会報告書,http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/03/s0301-2.html 【連絡先】 若林 功 e-mail:i-wakaba@swu.ac.jp テーマ別パネルディスカッションⅠ 精神障害者の雇用とその継続のために 【司会者】 相澤 欽一 (福島障害者職業センター 所長) 【パネリスト】(五十音順) 黒川 常治 (ピア・サポーター) 中川 正俊 (田園調布学園大学 人間福祉学部 教授(精神科医)/飯田橋光洋クリニック 他) 丸物 正直 (SMBCグリーンサービス株式会社 顧問) 山地 圭子 (障害者就業・生活支援センター オープナー 施設長) 精神障害者の雇用とその継続のために 司会者 相澤 欽一(福島障害者職業センター 所長) パネリスト 黒川 常治(ピア・サポーター) (五十音順) 中川 正俊(田園調布学園大学 人間福祉学部 教授(精神科医)/飯田橋光洋クリニック 他) 丸物 正直(SMBCグリーンサービス株式会社 顧問) 山地 圭子(障害者就業・生活支援センター オープナー 施設長) パネルディスカッションの趣旨説明 障害者雇用促進法が改正され、2018年から精神障害者保健福祉手帳所持者を雇用義務の対象とすることが決まりました。ハローワーク障害者窓口での精神障害者の就職件数が、2012年度で23,861件と10年前(2003年度:2,493件)の約10倍となり、知的障害者(16,030件)を大幅に上回るなど、企業における精神障害者雇用が一般的になりつつあることも、雇用義務化を後押しした一因と言えます。その一方で、ハローワーク障害者窓口から紹介されて就職した精神障害者の42.1%が3カ月未満で離職し、1年以上定着したことが確認されたのは40.5%といったデータもあり(いずれも定着状況不明を除外した割合)*、精神障害者雇用に不安を持つ企業も少なくないと思われます。 精神障害者の雇用義務化について議論した労働政策審議会障害者雇用分科会の意見書(2013年3月)では、「精神障害者を雇用する上での企業に対する支援策は十分とはいえない状況にあることから、企業が精神障害者の雇用に着実に取り組めるために、企業に対する支援の更なる充実が求められている」とし、企業と支援機関(医療機関を含む)の連携体制の充実、精神障害者雇用に対する企業や従業員の理解を得るための環境作り、企業規模も考慮した雇用管理ノウハウの蓄積・普及などが指摘されています。今後は、労働政策審議会障害者雇用分科会で指摘された課題に対する取り組みが求められます。 精神障害者の雇用の促進と安定のためには、さまざまな視点からの検討が必要ですが、このパネルディスカッションでは、資料1や2(いずれも障害者職業センター「精神障害者雇用管理ガイドブック」を参照して作成)を踏まえた上で、精神障害者が雇用継続するための雇用管理ノウハウや企業が適切な雇用管理をしていくために必要な支援機関の支援のあり方などについて議論します。 * このデータには障害非開示で就職したものも入っている。企業が精神障害者を雇用したと認識できるのは精神障害を開示した場合なので、精神障害開示の事例だけで再集計すると3カ月未満の離職は31.3%に減少し、1年以上定着は49.6%に増加する。また、チーム支援と就職後の適応指導を行うと、チーム支援や適応指導の質は一切問わなくても、障害者求人に就職した場合、3カ月未満離職13.8%、1年以上定着65.5%、一般求人に障害開示で就職した場合、3カ月未満離職26.0%、1年以上定着60.9%になった。反対に、チーム支援と就職後の適応指導の両方とも行っていないと、障害者求人に就職した場合、3カ月未満離職37.0%、1年以上定着50.0%、一般求人に障害開示で就職した場合、3カ月未満離職63.0%、1年以上定着24.3%であった。受け入れ体制や支援により定着状況に差がでることも示唆された。なお、分析の結果、診断名や手帳等級では定着状況に差はでなかった。(障害者職業総合センター調査研究報告書で来年報告予定) 資料1 精神障害者の雇用管理とは 1 精神障害者とは 「精神障害」や「精神障害者」という言葉は、使用する人や状況によって異なり、必ずしも定まっているわけではありません。 一般的には、精神疾患を有する人を精神障害者ということが多く、例えば、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(精神保健福祉法)では、「『精神障害者』とは、統失調症、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、知的障害、精神病質その他の精疾患を有する者をいう。」と定義しています。では、精神疾患とは何を指すのかというと、世界保健機構(WHO)の国際疾病分類に基づいて考えるのが一般的です。国際疾病分類は、大分類「感染症」→中類「腸管感染症」→小分類「コレラ」というように、さまざまな疾患を分類しているが、精神疾患は「精神及び行動の障害」という大分類にまとめられ、その内容は表1のとおりです。わが国でも、この国際疾病分類をもとに精神疾患を分類していますが、精神障害者数の算出に際しては、「精神及び行動の障害」から知的障害を除外し、国際疾分類で「神経系の疾患」に分類されるてんかん等を含めています。 一方、「障害者の雇用の促進等に関する法律」で定義される精神障害者は、障害者〔身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者〕のうち、表2に該当する人になります。但し、障害者雇用率の算定対象は精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている者に限られます。 表1 国際疾病分類(第10版)の「精神及び行動の障害」に含まれる疾患・障害 表2 雇用対策上の精神障害者 (「障害者の雇用の促進等に関する法律」施行規則を簡略化して示す。) 2 精神障害者保健福祉手帳とは 精神障害者保健福祉手帳は精神保健福祉法で定められており、精神疾患を有する者のち、一定レベル以上の機能障害や能力障害のある者を交付対象としています。手帳を申請する場合、初診日から6カ月以上経過していることが必要で、手帳申請用の診断書を添付して道府県知事に申請します。申請された書類は、各都道府県の精神保健福祉センターで、手帳に該当するかどうか、該当する場合にはその等級(1〜3級)が審査されます。精神害者保健福祉手帳所持者は、平成22年3月末時点で約55万人でした。平成18年3月が約38万人だったことから、手帳所持者は年々増加していることがわかります。手帳制度が周知され、手帳を申請しようとする人が増加していることがその背景にあると考えられます。2009年9月に実施した障害者職業センターの調査*では、精神障害者保健福祉手帳の新規交付件数のうち統合失調症が4割弱、気分障害が3割強で全体の7割を占めていましたが、それ以外にも、さまざまな疾患で手帳を取得していました。 * 雇用対策上の精神障害者の認定のあり方に関する調査研究(2010:障害者職業総合センター資料シリーズNo52);具体的には、統合失調症38%、気分障害33%、症状性を含む器質性精神障害(認知症や高次脳機能障害など)11%、神経性障害など7%、てんかん5%、心理的発達の障害など(発達障害など)4%、精神作用物質使用による精神及び行動の障害4%等となっていた。 3 精神障害者の雇用管理とは 精神障害者の雇用管理といっても、「さまざまな異なる疾患について、『精神障害者の雇用管理』と一括りにすることができるのか」という疑問を持つ方もいるかもしれません。確かに、障害者雇用制度の対象となる精神障害者には、さまざまな精神疾患が含まれ、精神障害者保健福祉手帳を取得すれば、企業の方が精神疾患のイメージを持ちにくい発達障害や高次脳機能障害なども雇用対策上の精神障害者になります。 ただ、障害者職業センターが行った調査*では、ハローワーク障害者窓口から紹介されて就職した精神障害者の3/4は統合失調症と気分障害であり、さまざまな疾患が含まれているとは言え、「精神障害者雇用」として新規雇用された精神障害者の多くは、企業の方が精神科の疾患であるとイメージしやすい統合失調症と気分障害で占められていることが分かります。 この統合失調症と気分障害について雇用管理上の共通項を考えると、いずれも病気がベースにあり、通院の確保など健康管理面での配慮が必要になります。また、病気とストレスには深い関連性がありますが、精神疾患に罹患した人の場合は、特にストレスに弱い面があり、仕事で過重な負担を掛けないなどの配慮が求められます。さらに、中途障害であることと、精神疾患に対する周囲の無理解・偏見等も相まって、障害による自信の喪失という問題を抱えている人たちもいます。これらの問題を抱える人たちに対しては、コミュニケーション上の配慮により安心して働ける雰囲気を作ることも重要になります。加えて、認知面の障害(大雑把に言えば、情報を脳にインプットし、脳内で情報を処理し、処理した情報をアウトプットする一連の流れのどこかに障害がある)が見られる人も一部おり、その人に対しては、分かりやすい指示出しや仕事を簡素化・構造化するといった工夫も望まれます。 もっとも、統合失調症と気分障害では病気が異なり、統合失調症の中でも症状や重症度が異なるうえ、もともとの能力や性格、発病前に身につけていた技能や経験など、多くの点で違いがあります。このため、個々人の状況を的確に把握し、個別対応していくことが必要となります。個別対応による適切な雇用管理を行うためには、採用時の情報収集を工夫するだけでなく、採用後の状況把握も適宜求められ、ひいては医療や生活面の問題も考慮に入れる必要がありますが、これらのことを企業だけで行うにはかなりの負担が伴うため、精神障害者の雇用管理を適切に行うためには、(医療機関を含めた)支援機関を活用することが効果的です。 つまり、「ある程度の共通項(健康管理・ストレス・自信喪失・認知面の障害などへの配慮)を踏まえつつ、適切な個別対応をするために必要に応じて支援機関を活用する」ことが、精神障害者の雇用管理のポイントになるといえます。そして、このような取り組みを通じて自信を回復し、持っている力を発揮できるようにすることが望まれます。 以上の点を踏まえ、具体的にどのような雇用管理上の配慮を行えばよいかを、「仕事の教え方」「相談しやすい職場作り」「健康管理と環境変化への対応」に関する基本的な姿勢などについて、資料2に示しました。このようなことは、発達障害や高次脳機能障害、てんかんのある人にも当てはまる(というより、基本的なところでは、新入社員などある程度配慮が必要な社員にも当てはまる)ことが多いといえるでしょう。 *精神障害者の雇用促進のための就業状況等に関する調査研究(2010:障害者職業総合センター調査研究報告書No95);具体的には、統合失調症48%、気分障害28%、てんかん8%、神経症性障害5%、発達障害3%、高次脳機能障害2%など。 資料2 <仕事の教え方> 初めて精神障害のある社員を指導する場合、どのような声かけをすべきか、「頑張れ」と言っていいのかなど、不安になる人もいるかもしれません。ここでは、仕事を指導するときの基本を述べます。これらの多くは、新入社員に仕事を教えるときの留意点とさほど異なるものではありません。精神障害だからというより、丁寧な対応が必要な社員に対する指導という視点で取り組んでいただければと思います。 仕事を教えるときの基本 特定の指導者を配置する いろいろな人から指示を出され戸惑う、人によって指示の出し方が異なり混乱する、分からないことがあったときに誰に質問すればよいか迷う、といったことを避けるため、特定の指導者を配置すると効果的です。 やってみせ、分かったかどうか確認し、やらせてみる いきなり仕事をさせるより、まずは指導者が説明しながら実際に仕事をやってみせるとよいでしょう。分かったかどうか本人に確認した後、実際に仕事をやらせ、どの程度仕事ができるかしばらく観察します。その後は、状況に応じて必要な指導をするようにします。 指示は、具体的に誤解の余地なく、タイミングよく 指示は、具体的に誤解の余地なく明確に出すよう心がけましょう。また、本人が落ち着いて聞けるタイミングで指示を出すことも大切です。相手の目を見ながら、ゆっくりと話すことや、一度に指示されると混乱する場合があるので、必要なことだけをピンポイントで伝えることにも留意します。 混乱した状況は整理してやり、いつまでも迷わせない どうしたらよいか悩んでいるときは、対応方法を具体的に示し、いつまでも迷わせないことが重要です。例えば、「指示されたAの仕事が途中までしかできていませんが、Bをする時間になりました。どうしたらいいでしょうか」といった質問をしてきたとします。このとき、「どちらでもいいですよ」とか、「自分で判断しなさい」という指示ではなく、「Aを最後まで終わらせてから、Bに取り掛かってください」とか、「Aは中断して、Bを始めてください」といった指示を出すとよいでしょう。 但し、指導者が本人の能力をある程度把握し、本人が仕事に慣れてきて自分で判断できそうだと推測できるときには、「あなたはどう思いますか?」とか、「Aを中断することで何か不都合はありますか?」という質問をし、本人がどう答えるか様子を見るといった方法も考えられます。本人の力をある程度把握したら、本人の力を引き出す工夫も望まれます。 指示を出した後の本人の様子に注意する 指示を出したり、本人の質問に答えた後は、本人の様子をよく見て、指示や回答に納得しているかどうか確認することが重要です。指示を受けても、不安げな様子であれば、何か気になっている点があるかもしれません。その際には、どこか分からないことや不安に思っていることがないか尋ねるようにしましょう。指示を出した後に、この数秒間の手間をかけるだけで、本人の不安が大きくならずに早期に解決する場合もありますので、時間をおしまず丁寧に対応することが望まれます。 できているところを伝える(褒める) 精神障害者の場合、自信が持てない、不安が強いといった人が多いのですが、特に就職したての頃は、仕事にも職場環境にも慣れていないため、不安感が一層強まっています。このような人に対しては、できていることを見つけ、本人に伝えることが重要です。自分のことをきちんと認めてくれる人がいると、やる気や自信に繋がりますし、よりよい人間関係を構築する基礎になります。 ミスをしたら解決策を一緒に考える(頭ごなしの叱責はNG) ミスをしたときは、頭ごなしに叱責しても効果はありません。やっぱり自分はだめなんだと自信をなくしたり、叱責した人の指導を安心して受けることができなくなる場合もあります。ミスに対しては、その原因を明確にし、どうすれば同じ失敗を繰り返さないですむか、具体的な解決策を一緒に考える姿勢が重要です。ミスを極端に気にして萎縮してしまう人もいます。そのような場合には、万一ミスをしても、最終的な責任は上司がとることを明確に伝えることで、安心して仕事をしてもらっているという企業もあります。 適切な指導を行うための条件 上述したような指導を行うためには、仕事を教える人が指導しやすい環境を整えておくことが重要です。 仕事内容を明確にする 指示を「具体的に、誤解の余地なく、明確に」伝えるためには、誰がやっても基本的に同じ手順で作業遂行できるようにしておくことが必要です。作業を標準化することで、どのように仕事をすればよいか迷うことが少なくなり、作業遂行に伴う不安も軽減します。標準化した作業を、手順書や工程表などにまとめておくことで、より早い作業の習得が期待できます。 また、どこに何があるか明確にしておくことで、作業に伴うストレスを軽減することができます。パソコンを使う作業でも、さまざまな文書ファイルが、どのフォルダに入っているか分かりにくいといったことがストレスになる場合もあるので、そのような点にも留意し、誰もが分かりやすい整理をしておくことが望まれます。 指導する人をバックアップする スムーズに仕事を覚えたり、環境に慣れるのにあまり時間がかからない人もいますが、その一方で、仕事や環境に慣れるのに時間のかかる人もいます。指導者の予想や期待通りにならない場合もあり、精神障害のある社員を指導する人には、急いで結果を求めず、心に余裕を持って、根気強く指導する姿勢が求められます。 もっとも、指導者が自分の仕事を持ちながら指導する場合は、指導者自身がストレスを抱え込みがちになります。現場の指導者の悩みを所属長などがきちんと聞く体制を整えることが望まれます。また、上司や企業全体が障害者を長い目で育てる視点を明確に持っていると、指導者は心に余裕を持って指導しやすくなります。人事担当者や企業のトップは、現場に対し、障害者雇用の大切さについてメッセージを発することが望まれます。 <相談しやすい職場作り> 精神障害者雇用をしている企業の9割弱が「本人が上司や同僚に相談しやすい雰囲気作りをする」と答えています。相談しやすい雰囲気が作れれば、職場への帰属意識が高まると共に、本人が一人で問題を抱え込み、それが職場不適応に繋がるといったことも避けられます。そのためには、常日頃のコミュニケーションのとり方が重要です。「仕事の教え方」で述べたことを実践するだけでも、相談しやすい職場になりますが、それ以外のコミュニケーション上の工夫などについて述べます。 コミュニケーション上の工夫や配慮 定期的に相談時間を設定する 日々のコミュニケーションを深めるためにも、定期的に時間を設定し、本人が従事した仕事について振り返り、必要に応じて助言を行う方法もあります。定期的に相談時間を設定することで、本人が感じている不安や疑問、体調の変化などを早期に把握でき、本人があれこれ自分一人で悩むことを防ぐこともできます。相談前に、下記の図1にあらかじめ本人に記入してもらい、効果的に相談を行っている企業もあります。 また、採用後、仕事に慣れて大きな問題が発生しなくなると、仕事ぶりに関する評価のフィードバックが少なくなることもあります。このような状況が長期間続くと、仕事に対する目標がはっきりしなくなり、意欲が低下する人もでてきて、本人が持っている能力を十分に発揮できなくなることもあります。このようなことを防ぐためには、目的意識をもって仕事に取り組めるよう、定期的に本人と話し合い、仕事について振り返り、企業側の評価をフィードバックし、本人と一緒に新たな目標設定をしていくことが望まれます。 図1 業務の振り返り用紙 リラックスした場面でのコミュニケーション 休憩室や喫煙所などのリラックスした場面で、職場の上下関係をあまり意識せずに、趣味の話など雑談をすることで、コミュニケーションを深めるよう工夫しているという企業もあります。また、昼休み時間に、他の社員と一緒に食事をしながら雑談することなどが、職場での円滑な人間関係のベースになっている人もいるようです。ただし、人によっては、休憩時間は一人でゆっくりしたいという人もいますので、休憩時間の過ごし方も、本人の意向に合わせた対応が望まれます。 職場全体の雰囲気を和やかにする 本人とのコミュニケーションにいくら気を使っても、職場全体の雰囲気がよくないと本人の職場定着に悪影響を与えます。例えば、休憩時間の雑談中に、その場にいない人の悪口などがでると、自分のことを言われていなくても、嫌な気持ちになって精神的にストレスを感じる人もいます。精神障害のある社員の中にも、そういったことに大変敏感な人がいますので、職場全体がなるべく和やかな雰囲気になるよう、所属長などが気を配ることも大切です。 周囲の従業員の協力や配慮をえる 障害のあることを周囲の従業員に伝えないと、周囲の従業員の協力や配慮を得ることができないだけでなく、通院や残業などの配慮が必要な場合、「なぜあの人は残業しないのか」とか「定期的に休むのはなぜか」といった疑問が出てくることがあります。このため、精神障害者雇用を行っている多くの企業では、配属先の社員にある程度の説明を行っているところがほとんどです。 どのような紹介の仕方をするか 勤務時間や仕事内容、指示の出し方などで何らかの配慮を必要とする際には、少なくとも、企業として配慮したいと考えていること(例えば、残業の制限、通院日の確保、仕事内容の設定の仕方や指示の出し方など)を周囲の社員に伝えないと、周囲の配慮が得られないことを、本人にも十分説明し納得してもらわなければいけません。ただし、精神障害のあることを前提にした就職でも、周囲の社員に障害のことを伝えることに抵抗があったり、どのような説明をされるのか不安に思う人もいます。説明内容を企業側が一方的に決めるのではなく、本人の意向を確認しながら、説明の仕方を決めることが大切です。精神障害のある社員が支援機関を利用していれば、その支援機関とも相談するとよいでしょう。 どのような場面で、どのような説明を行うかは、本人の意向や職場の状況によりさまざま考えられますが、例えば、仕事を開始するときに、本人が簡単な自己紹介をした後、所属長から配慮事項(精神科に通院しており毎月○回休暇を取得してもらう、勤務時間は○時〜○時で残業はさせない、指示は主に○○さんから出してもらうようにする、温かく長い目で見て欲しいなど)を説明するといったことが考えられます。本人が自己紹介する前に、まず先輩社員の方から名前だけでなく自分の特徴なども織り交ぜて自己紹介し、本人が話しやすい雰囲気を作っているという企業もあります。 精神障害者雇用に関する情報を提供する 精神障害者雇用に初めて取り組む場合、精神障害のある人と一緒に働くことになる社員がいろいろ不安を持つこともあります。これらの不安は、精神障害のある人と実際に働く中で解消していくことが多いのですが、事前に精神障害者雇用に関する基礎的な情報を提供することで、不安を緩和することもできます。研修には、障害者職業センターなどの支援機関を活用するとよいでしょう。このような研修会をするときは、事前に従業員の疑問や不安を把握し、それらに沿って情報提供を行うと効果的です。 <健康管理と環境変化への対応> 疾患と障害が共存する精神障害者の場合、健康管理面に関する配慮は欠かせません。また、長期的な職場定着を考えると、健康管理の配慮と共に、人事異動などによる職場の人間関係の変化などにも留意が必要です。 健康管理面について 通院の確保 本人が通院している医療機関が夜間や休日に診療していない場合、勤務を休んで通院する必要があります。また、夜間や休日に診療していても、本人の疲労度などを考慮し、勤務を休んで通院することが望ましいときもあります。勤務を休んで通院するときは、有給休暇を利用して通院する場合が多いようですが、時間休をとれるようにしたり、通院時間を勤務扱いにする制度を設けている企業もあります。 本人の様子に気をつけ、早めに体調の変化を把握する 体調に波のある人も多いので、出勤してきたときに、「調子はどうか」と一声掛けるなど、本人の様子に気をつけましょう。普段と違った様子が窺われるときは、体調や疲れ具合、睡眠の状況などを確認します。この際、企業側で確認することが望まれるチェックポイントを医療機関などからあらかじめ確認しておくことが重要になります。 体調不良で休みを訴えてきたときの対応 障害者職業総合センターの調査では、精神障害者を雇用していた企業の9割以上が「不調時には、職務を軽減したり、一時的に休養をとらせる等の対応をする」と答えており、体調不良のときは何らかの対応を行っていることが分かります。この際、体調を崩したら他の人が代わって仕事ができるように社員教育するなど、体制を整えている企業もあります。また、体調不良のときには、全面的に休むという対応以外にも、勤務時間をしばらく短縮するなど緩和勤務の選択肢も用意している企業もあります。「調子の悪いときは無理をしなくてよいと言われていますが、そのことで気持ちにゆとりがうまれ、体調を崩さず、かえって休まないで出勤できています。」と言う精神障害のある社員もいて、体調不良のときの対応が安心に繋がっているようです。 一方、基本的には体調不良のときは無理をさせないが、人によっては異なる対応をする場合もあるという企業もあります。例えば、ちょっとでも不調を訴えると周囲から無理しないで休むように言われ続けてきて、就職してもすぐに休もうとする傾向のある人の場合、安易に欠勤すると、欠勤したことで更に出勤しにくくなる悪循環に陥ってしまうので、このような人に対しては、体調不良で欠勤したいと連絡して来た場合でも、本人の話を十分に聞いたうえで、大丈夫そうであれば、まずは出勤するよう促すそうです。 このような人は多くはないと思いますが、体調不良を訴えてきたときの対応も、一人一人の状況を十分に把握し、個別の対応が求められることが分かります。このような個別対応が必要なときは、本人の体調不良の状況がどのようなものか、どのような対応が望ましいかなど、医療機関や就労支援機関とも十分に連携をとって対応することが望まれます。 医療機関との連携(主治医からの情報収集) 調子を崩したときには、就労支援機関だけでなく、医療機関との連携を図っている企業もあります。この企業では、主治医には守秘義務があることを念頭に入れ、本人の同意を得たうえ、診察に同行して情報収集しています。診察に同行する際には、事前に本人から主治医にその旨を伝えてもらい、ある程度面接時間が確保できる日時で診察の予約をするとともに、企業としては本人の職場定着を願っており、本人のためにどのような対応が望ましいのか知りたい等、本人を辞めさせる材料を把握するために情報収集したいのではないことを明確に医師側に伝えるようにしています。また、主治医が数週間に1回、数分から10数分程度の面接しかできないのに対し、企業では毎日本人の状況を仕事や職場での人間関係を通じて把握しているので、職場では普段どのような状況か、調子を崩してからはどのような状況になっているかを分かりやすく報告し、主治医から的確な助言をもらえるよう工夫しています。 産業保健スタッフの活用 在職者が心の健康問題で休職したときに産業医や保健師などの産業保健スタッフが様々な役割を担っている企業でも、精神障害者の新規雇用では産業保健スタッフの関わりが乏しい場合もあるようです。企業の中の数少ない医療保健の専門家ですので、精神障害のある社員の健康管理や医療機関との連携については、産業保健スタッフの有効活用が望まれます。 環境の変化への対応 指導者や上司の異動に伴う対応 指導者や上司が異動する際には、引継ぎをきちんと行い、担当者が変わったとたんに指導方針が変わるといったことがないよう注意する必要があります。担当者が変わる際に、前任者と後任者が一緒に本人と相談し、引継ぎ等も十分行っていることを説明すると共に、後任者と本人の関係作りが円滑に行われるよう配慮している企業もあります。 特定の指導者との関係が強く、それ以外の人との人間関係が希薄な場合、その人が異動するだけで、本人が不安定になることがあります。そのため、特定の指導者だけでなく、職場内のいろいろな人とある程度の関係性を構築できるようにしておくことも重要です。また、慣れた人が変わるというのはピンチの側面もありますが、さまざまな人と仕事をすることで、職業人として成長していくチャンスでもあるという視点で、本人と話し合うこともできます。 日常環境の変化が職業生活に影響を及ぼす場合 生活面の問題や生活環境の変化が職業生活に影響する人がいます。企業によっては家族と相談するなどして、生活面への課題に対応しようとするところもありますが、日常生活や家庭の問題には、支援機関で対応してもらうのが一般的でしょう。ただし、問題が発生してから、対応してもらえる支援機関を探すのは困難ですから、採用時点から生活面の支援を行える支援機関との関係を構築しておくことが望まれます。 支援機関に定期的に職場に来てもらい、本人の相談に乗ってもらったり、職場での対応方法について、企業側の相談に乗ってもらったりしている企業もあります。また、ハローワークや障害者就業・生活支援センター、保健所、福祉施設、医療機関など、本人を支援している人に集まってもらい、本人も参加してのケア会議を開催している企業もあります。このケア会議は、何か課題があったら開催するとともに、何もなくても支援者の異動などもあるため年1回は開催するようにし、何かあったら関係者が連携して対応できるようにしています。 テーマ別パネルディスカッションⅡ 発達障害者の雇用とその継続のために 【司会者】 吉田 泰好 (埼玉障害者職業センター 所長) 【パネリスト】(五十音順) 鈴木 慶太 (株式会社Kaien 代表取締役) 辻 庸介 (大東コーポレートサービス株式会社 本社事業部 所長) 槌西 敏之 (国立職業リハビリテーションセンター 職業訓練部 職域開発課長) 発達障害者の雇用とその継続のために 〜地域障害者職業センターの取組と現状について〜 埼玉障害者職業センター 所長 吉田 泰好 発達障害者支援法の施行(平成17年4月)とそれに伴う発達障害者支援センターの設置等により、発達障害に対する理解が進むにつれ就労支援機関等を訪れる発達障害者の利用件数は年々増加傾向にある。このことは、当センターに限らず全国の地域障害者職業センター(以下、「地域センター」という。)においても共通した傾向となっている。 このような状況を踏まえ、地域センターでは、国の施策に呼応し、発達障害者に対する専門支援(職業準備支援:発達障害者就労支援カリキュラム)を実施している。この支援は、当機構の障害者職業総合センター職業センターで開発した、「発達障害者のワークシステム・サポートプログラム」の支援技法を地域センターに導入したもので、「就労セミナー」、「個別相談」、「作業」を基本構成に、「発達障害者の多様な障害特性や職業上の課題についての詳細なアセスメント」とそれに基づいた「職場対人技能等のスキル付与」を目的としている。具体的には、各種講座として①面接の受け方、②履歴書の書き方等、技能体得講座として①対人技能、②問題解決技能、③ストレス対処等、センター内作業として①清掃作業、②事務作業、③商品管理および組立分解作業等を実施し、さらに、カリキュラムで学んだ内容の実践を目的に企業体験実習等も行う内容となっている。 また、当センターにおける平成24年度の発達障害者就労支援カリキュラムの受講者数は28名で、以下のような状況となっている。 1 年齢別割合では、20歳から29歳の受講者の割合が約80%、30歳から39歳の受講者の割合が約14%となっている。なお、男女比では、男性の割合が多く約75%を占めている。 2 学歴別では、大学卒業者の割合が約54%で高学歴者の利用が過半数を超えている。 3 就労経験者の割合が約80%と多く、更に、複数の離転職を経験している場合が多い。 (なお、平成25年上期についても概ね同様の状況を示している。) 以上の状況から、雇用の拡大と雇用の継続(安定)を図るためには、①的確な診断とそれを踏まえた自己理解(障害特性の理解)を促すための的確な助言・援助の就学時からの実施、②ミスマッチを防ぐための職業的課題の的確な把握とジョブコーチ支援等の就労支援制度の積極的活用、③雇用管理上のノウハウの共有、④障害特性を踏まえた新たな職業能力の開発(技能の付与)等の取組が必要と思料される。このため、今般のパネルディスカッションにおいては、発達障害者を雇用する企業、職業能力開発(職業訓練)機関等の実践報告をもとに、発達障害者の雇用拡大とその継続のために何が必要か、何をすべきかを改めて検討したいと考えている。 障害者職業能力開発校の取り組み 国立職業リハビリテーションセンター 職業訓練部 職域開発課長 槌西 敏之 ホームページについて 本発表論文集や、障害者職業総合センターの研究成果物については、一部を除いて、下記のホームページからPDFファイル等によりダウンロードできます。 【障害者職業総合センター研究部門ホームページ】 http://www.nivr.jeed.or.jp 著作権等について 視覚障害その他の理由で活字のままでこの本を利用できない方のために、営利を目的とする場合を除き、「録音図書」「点字図書」「拡大写本」等を作成することを認めます。その際は下記までご連絡下さい。 なお、視覚障害者の方等で本発表論文集のテキストファイル(文章のみ)を希望されるときも、ご連絡ください。 【連絡先】 障害者職業総合センター研究企画部企画調整室 電話 043-297-9067 FAX 043-297-9057 E-mail kikakubu@jeed.or.jp 第21回 職業リハビリテーション研究発表会 発表論文集 編集・発行 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター 〒261-0014 千葉市美浜区若葉3-1-3 TEL 043-297-9067 FAX 043-297-9057 発行日 2013年12月 印刷・製本 株式会社美巧社