第20回 職業リハビリテーション研究発表会 発表論文集 開催日・会場 平成24年11月26日(月)・27日(火) 幕張メッセ 国際会議場 主催 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 ご挨拶 「職業リハビリテーション研究発表会」は、障害者の職業リハビリテーションに関する調査研究や実践活動を通じて得られた多くの成果を発表し、ご参加いただいた皆様の間で意見交換、経験交流等を行っていただくことにより、広くその成果の普及を図り、職業リハビリテーションの発展に資することを目的として、毎年度開催しており、今年で20回目を迎えました。今回も全国から多数の皆様にご参加いただき、厚く御礼申し上げます。 障害のある人達の雇用は近年着実に進んでいます。平成23年6月1日現在で従業員56人以上の民間企業に雇用されている障害者の数は約36万6千人となっており、また、平成23年度のハローワークを通じた障害者の就職件数は約5万9千件で、前年度に比べ約12%増加し、共に過去最高となっています。一方、ハローワークにおける障害者の新規求職申し込み件数も年々増加しており、障害のある人達の就業意欲が高まっています。このような状況の下、平成25年4月から法定雇用率は現在の1.8%から2.0%となり、それに伴い障害者を雇用しなければならない事業主の範囲が従業員56人以上から50人以上に変わります。 当機構におきましては、こうした状況に対応し、「福祉から雇用へ」という政策の方向性や障害のある人達の就業意欲の高まりに応え、一人でも多くの方々が雇用機会を得ることができるよう、福祉、医療、教育、生活等の各分野との密接な連携の下に、障害のある人達や企業に対する専門的支援を積極的に推進しております。 具体的には、障害者雇用の近年の動向を踏まえ、精神障害・発達障害・高次脳機能障害等に対する支援の強化を図るなど、ニーズに応じた専門的な就労支援サービスの実施に取り組んでおります。特に、地域の関係機関に対する職業リハビリテーションに関する助言・援助、復職支援の困難性の高い事案に対応するための個別実践型リワークプログラムによる精神障害者の復職支援、職業訓練上特別な支援を必要とする障害者への先導的職業訓練等の推進に努めております。 障害のある人達の自立と社会参加を推進するためには、様々な分野の皆様が、互いに連携・協力し、必要な知識や情報を共有していくとともに、それらを現場で実践していくことが極めて重要であります。 今回の研究発表会では、障害者の雇用・就業をめぐる最近の状況や課題を踏まえ、「障害者の雇用とその継続のために〜企業と支援ネットワークの役割〜」をテーマとして開催することとし、特別講演「障害者雇用における企業と支援機関の役割、連携について」、パネルディスカッション「就労支援ネットワークのさらなる強化、発展のために」、テーマ別パネルディスカッション「中小企業が期待する支援と就労支援ネットワークの役割」、「職リハネットワークによる高次脳機能障害者の早期復職支援を目指して」を行うこととしております。また、研究発表についても110題と多くの皆様からご発表をいただきます。 この研究発表会が皆様の今後の業務を進めるうえで少しでもお役に立つことができ、また、調査研究や実践活動の成果が皆様の間での意見交換、経験交流等を通じて広く普及し、職業リハビリテーションの発展に資することとなりますことを念願しております。 最後に、参加者の皆様には当機構の業務運営に引き続き特段のご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げまして、ご挨拶といたします。 平成24年11月26日 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 小 林 利 治 プログラム 【第1日目】平成24年11月26日(月) 会場:幕張メッセ 国際会議場内コンベンションホール、各会議室 ○基礎講座 時間 内容 10:00 受付 10:30〜12:00 基礎講座 Ⅰ 「精神障害の基礎と職業問題」 講師:野中 由彦(障害者職業総合センター 主任研究員) Ⅱ 「発達障害の基礎と職業問題」 講師:望月 葉子(障害者職業総合センター 特別研究員) Ⅲ 「高次脳機能障害の基礎と職業問題」 講師:田谷 勝夫(障害者職業総合センター 特別研究員) ○研究発表会 時間 内容 12:30 受付 13:00 開会式 挨拶:小林 利治(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長) 13:15〜14:45 特別講演 「障害者雇用における企業と支援機関の役割、連携について」 講師:秦 政氏(特定非営利活動法人障がい者就業・雇用支援センター 理事長) 休憩 15:00〜17:00 パネルディスカッション 「就労支援ネットワークのさらなる強化、発展のために」 司会者:谷口 大司(静岡障害者職業センター 所長) パネリスト(五十音順):小田島 守氏(岩手中部障がい者就業・生活支援センター しごとネットさくら 副所長) 鈴木 良尚氏(厚生労働省 職業安定局 高齢・障害者雇用対策部障害者雇用対策課 障害者雇用専門官) 関野 之法氏(株式会社カネボウ化粧品 生産技術部門 小田原工場 製造部 就業推進係長) 【第2日目】 平成24年11月27日(火) 会場:幕張メッセ 国際会議場内コンベンションホール、各会議室 時間 内容 9:00 受 付 9:30〜11:10 研究発表 口頭発表 第1部 (第1分科会〜第9分科会) 分科会形式で各会場に分かれて行います。 休憩 11:20〜12:30 研究発表(昼食) ポスター発表 発表者による説明、質疑応答を行います。 休 憩 13:00〜14:40 研究発表 口頭発表 第2部 (第10分科会〜第17分科会) 分科会形式で各会場に分かれて行います。 休憩 15:00〜17:00 テーマ別パネルディスカッション Ⅰ 「中小企業が期待する支援と就労支援ネットワークの役割」 司会者:野中 由彦(障害者職業総合センター 主任研究員) パネリスト(五十音順):尾崎 正秀氏(株式会社大山どり(だいせんどり) 製造部工場長/株式会社大山どりーむ(だいせんどりーむ) 代表取締役) 笹川 俊雄氏(埼玉県障害者雇用サポートセンター センター長) 土井 善子氏(有限会社思風都(しいふうど) 代表取締役会長) Ⅱ 「職リハネットワークによる高次脳機能障害者の早期復職支援を目指して」 司会者:加賀 信寛(障害者職業総合センター職業センター 開発課長) パネリスト(五十音順):泉 忠彦氏(神奈川総合リハビリテーションセンター 神奈川リハビリテーション病院職能科 科長) 柴本 礼氏(イラストレーター 『日々コウジ中』作者) 田谷 勝夫(障害者職業総合センター 特別研究員) 目次 【特別講演】 「障害者雇用における企業と支援機関の役割、連携について」 講師:秦 政 特定非営利活動法人障がい者就業・雇用支援センター 【パネルディスカッション】 「就労支援ネットワークのさらなる強化、発展のために」 司会者:谷口 大司 静岡障害者職業センター パネリスト:小田島 守 岩手中部障がい者就業・生活支援センター しごとネットさくら 鈴木 良尚 厚生労働省 職業安定局 高齢・障害者雇用対策部 障害者雇用対策課 関野 之法 株式会社カネボウ化粧品 生産技術部門 小田原工場 製造部 【口頭発表 第1部】 第1分科会:企業における雇用継続、職場定着の取組 1 第一生命チャレンジドにおける職場定着と人財育成 −6年間をふりかえって− 臼井 聡美 第一生命チャレンジド株式会社 2 障がい者に優しい職場とは 西村 和芳 サンアクアTOTO株式会社 3 知的障害者雇用を交えた新入社員研修の効果と今後の対応についての一考察 ○伊東 一郎 佐々木 紀恵 株式会社前川製作所 株式会社前川製作所 4 定期的なSSTの取組みがもたらす効果についての考察 ○佐々木 紀恵 伊東 一郎 株式会社前川製作所 株式会社前川製作所 5 発達障がいの遅刻常習者が生活習慣改善により自信をつけた事例 長嶋 龍平 富士ソフト企画株式会社 第2分科会:企業における採用配置・職域拡大の取組 1 障がい者の職域拡大についての事例発表 ○大野 栄人 安倍 正大 ソニー・太陽株式会社 ソニー・太陽株式会社 2 発達障害者の雇用推進における課題と対応 ○笹川 俊雄 堀口 武夫 埼玉県障害者雇用サポートセンター 株式会社マルイキットセンター 3 発達障害者の雇用支援について 堀口 武夫 株式会社マルイキットセンター 4 国立がん研究センター東病院での知的障がい者雇用の取り組み −病院らしい業務の探求と実践− 長澤 京子 独立行政法人国立がん研究センター東病院 5 広汎性発達障害の職員の職域拡大について ○辻川 彰 勝俣 貴文 社会福祉法人横浜市社会事業協会 社会福祉法人横浜市社会事業協会 第3分科会:復職支援 1 精神障害者の休職から復職へ 大西 康代 株式会社ダイキンサンライズ摂津 2 リワーク支援終了者の復職状況とその要因分析 ○木村 綾子 小林 正子 東京障害者職業センター 東京障害者職業センター 3 個別支援が必要とされる長期休職者への復職支援 中村 美奈子 千葉障害者職業センター 4 MWS(幕張ワークサンプル)を利用したプロジェクト・プログラムの考案 −リワーク・プログラムにおける新たな試み− ○神部 まなみ 齋藤 良子 鳴石 洋子 千葉障害者職業センター 千葉障害者職業センター 千葉障害者職業センター 第4分科会:在宅雇用(重度身体障害者)・多様な働き方 1 在宅雇用における遠隔(在宅社員間)OJTの仕組み 青木 英 クオールアシスト株式会社 2 在宅就労訓練の取り組み紹介 ○山口 和彦 大野 香織 篠原 智代 かがわ総合リハビリテーション成人支援施設 かがわ総合リハビリテーション福祉センター かがわ総合リハビリテーション福祉センター 3 障害がある人が体験塾を運営し、指導者として働く ○城 哲也 尾崎 望美 指定障害福祉サービス事業所SAORI hands 株式会社現代手織研究所 4 ボランティアサークル「Aこころ」の今宮発信 ○近藤 克一 原 愛子 柴田 小夜子 ボランティアサークル「Aこころ」 ボランティアサークル「Aこころ」 ボランティアサークル「Aこころ」 5 作業を通して広がる就労意欲の増進 橋本 公江 社会福祉法人あかね ワークアイ・船橋 第5分科会:共に生きる社会を目指して 1 障がい者による、健常者への復職支援 ○遠田 千穂 ○槻田 理 富士ソフト企画株式会社 富士ソフト企画株式会社 2 就労系サービスを活用した金融機関在職者へのリワーク支援について −福祉事業所と企業との連携を通して− 安河内 功 社会福祉法人福岡市社会福祉事業団 3 リカバリーが支援者に与える影響 −WRAPクラスの参加経験から− ○大川 浩子 本多 俊紀 熊本 浩之 山本 創 NPO法人コミュネット楽創/北海道文教大学 NPO法人コミュネット楽創/就労移行支援事業所コンポステラ NPO法人コミュネット楽創/就業・生活相談室からびな NPO法人コミュネット楽創/医療法人北仁会石橋病院 4 求職活動支援時における罪を犯した障害者の犯罪歴の取扱いに関する研究 ○相田 孝正 八重田 淳 筑波大学大学院人間総合科学研究科 筑波大学大学院人間総合科学研究科 5 ピアサポートによる障害者の就労支援 山下 浩志 特定非営利活動法人障害者の職場参加をすすめる会 第6分科会:学校・訓練機関から職場への移行 1 企業とのパートナーシップを構築する職業教育の取り組み −生まれた地域で幸せに働くことを目指して− ○大久保 義則 栩原 吉教 和歌山大学教育学部附属特別支援学校 NPO法人和歌山自立支援センター 2 職業指導(就職活動)支援ツールを用いた支援の試み 相良 佳孝 国立吉備高原職業リハビリテーションセンター 3 グループ活動と個別活動を融合した自立支援型授業プログラムの実践 ○栗田 るみ子 園田 忠夫 城西大学経営学部 東京障害者職業能力開発校 4 特別支援学校(知的障害)における円滑な就労移行を目指して −学校と就労先との協働による環境調整を中心とした一実践− ○川原 貴之 大畑 智里 静岡大学教育学部附属特別支援学校 静岡大学教育学部附属特別支援学校 5 キャリア発達の向上を意識した本校版「キャリアプランニング・マトリックス」の作成と学習活動への活用 小田島 利紀 岩手県立盛岡峰南高等支援学校 第7分科会:就労・復職に向けたアセスメント 1 医療機関における脳卒中復職支援 −職業および機能評価票の開発− ○齊藤 陽子 豊田 章宏 八重田 淳 医療法人社団KNI 北原国際病院 中国労災病院 筑波大学大学院 2 就労アセスメントおよび就労パスの検討 ○臼井 正弘 川乗 賀也 海草圏域障害者就業・生活支援センターるーと 国保野上厚生総合病院 障害福祉サービス事業所 3 就労前の能力把握と整理 前田 亮 特定非営利活動法人じりつ 障害福祉サービス事業所アバンティ 4 職業的障害のICFによる実証的構造分析 ○片岡 裕介 春名 由一郎 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 5 障害者就労支援のための地域支援活用、職場内支援、本人特性の総合的評価項目の検討 ○春名 由一郎 片岡 裕介 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 第8分科会:ネットワーク支援・連携に係る調査報告 1 障害者就業・生活支援センターと地域関係機関との効果的な連携のあり方 −島根県内におけるアンケート調査をもとに− 青山 貴彦 社会福祉法人桑友/松江障害者就業・生活支援センターぷらす 2 特例子会社からみた他組織との関係に関する現状と課題 小田 美季 福岡県立大学人間社会学部 3 地域就労支援ネットワークの形成過程と活動の評価方法 ○小佐々 典靖 城戸 裕子 方 真雅 国立障害者リハビリテーションセンター研究所 新潟県立看護大学看護学部 日本社会事業大学大学院 4 営利と非営利によるパートナーシップ 内木場 雅子 障害者職業総合センター 5 地域の職業リハビリテーション・ネットワークに対する企業ニーズに関する調査研究(中間報告) 井上 直之 障害者職業総合センター 第9分科会:高次脳機能障害 1 高次脳機能障害者の就労支援の成果と課題 ○野村 忠雄 吉野 修 砂原 伸行 糸川 知加子 山本 津与志 岡畑 佳代子 山本 浩二 柴田 孝 富山県高次脳機能障害支援センター 富山県高次脳機能障害支援センター 富山県高次脳機能障害支援センター 富山県高次脳機能障害支援センター 富山県高次脳機能障害支援センター 富山県高次脳機能障害支援センター 富山県高次脳機能障害支援センター 済生会富山病院 2 外傷性脳損傷による高次脳機能障害を持つ方の新規就労要因 −支援者の視点から見た個人特性を中心に− ○伊藤 豊 泉 忠彦 千葉 純子 松元 健 今野 政美 小林 國明 太田 博子 植西 佑香里 増尾 奈緒子 瀧澤 学 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 医療福祉総合相談室 3 高次脳機能障害者の就労支援に求められるコンピテンシーに関する研究 ○北上 守俊 八重田 淳 東京労災病院 筑波大学 4 障害者職業総合センター職業センターにおける「高次脳機能障害者のための職業リハビリテーション導入プログラム」の開発の経緯と試行実施について ○土屋 知子 加賀 信寛 野澤 隆 小林 久美子 池田 優 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 5 若年性認知症者の就労事例 ○伊藤 信子 田谷 勝夫 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 【口頭発表 第2部】 第10分科会:SSTを活用した人材育成・能力開発 1 SSTを活用した人材育成の取組み ○松本 貴子 中嶋 由紀子 平井 正博 株式会社かんでんエルハート 株式会社かんでんエルハート 株式会社かんでんエルハート 2 企業内における職場定着・能力開発・自立生活支援を目指したソーシャルスキルトレーニングの取り組み ○中田 貴晃 杉本 文江 尾上 昭隆 キューブ・インテグレーション株式会社 サノフィ株式会社 サノフィ株式会社 3 SSTを活用した職場における人材育成(Ⅰ) −平成23年度の試行結果から− ○岩佐 美樹 佐藤 珠江 千葉 裕明 障害者職業総合センター 社会福祉法人シナプス 埼玉精神神経センター 早稲田大学大学院 4 SSTを活用した職場における人材育成(Ⅱ) −社員の変化:「気づき」から「行動」の変化へ− ○寺井 岳史 ○廣瀬 千代 青木 守夫 岩佐 美樹 さくらサービス株式会社 さくらサービス株式会社 さくらサービス株式会社 障害者職業総合センター 5 SSTを活用した職場における人材育成(Ⅲ) −当社における人材育成の取り組みとSST導入について− ○荒木 武 秋山 圭一 今野 美奈子 岩佐 美樹 佐藤 珠江 株式会社アドバンテストグリーン 株式会社アドバンテストグリーン 株式会社アドバンテストグリーン 障害者職業総合センター 社会福祉法人シナプス埼玉精神神経センター 第11分科会:ネットワーク支援・連携に係る実践報告 1 行政(浦安市)と企業の連携による障害者就労 山﨑 亨 大東コーポレートサービス株式会社 2 地域連携・定着支援の強化 −100万人口圏での新たな取組み− 有賀 幹人 リゾートトラスト株式会社 3 公共職業安定所と地域障害者職業センターの連携に関する一考察 −精神障害者雇用トータルサポーター実習を活用し就労に至った事例を通して− ○新木 香友里 太田 幸治 日高 幸徳 芳賀 美和 神奈川障害者職業センター 大和公共職業安定所 神奈川障害者職業センター 大和公共職業安定所 4 さいたま市障害者総合支援センターの取り組み −就労準備性の構築から定着支援までの連続した支援について− ○小津 礼子 榊原 義文 増田 和彦 さいたま市障害者総合支援センター さいたま市障害者総合支援センター さいたま市障害者総合支援センター 5 過疎地における初めての障害者雇用 −取り組みと課題− ○櫻井 麻衣 ○亀井 あゆみ 社会福祉法人上野村社会福祉協議会 社会福祉法人かんな会 障害者就業・生活支援センター トータス 第12分科会:精神障害 1 休職復職時における生活記録表記入の効果についての考察 ○佐々木 紀恵 伊東 一郎 株式会社前川製作所 株式会社前川製作所 2 医療連携型短期復職支援プログラムの試行経過と今後の展望 ○松原 孝恵 加賀 信寛 野澤 隆 石原 まほろ 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 3 わが国の精神障害者の就労支援におけるIPSの意義について ○東明 貴久子 清水 和代 片岡 裕介 春名 由一郎 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 4 精神障害のある求職者の就職に関連する要因の分析 ○相澤 欽一 大石 甲 武澤 友広 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 第13分科会:知的障害 1 企業におけるトータルパッケージを用いたキャリア形成支援の可能性 −ADHD傾向を伴う知的障害のある社員における職務行動の安定化の過程− ○長谷川 浩志 若林 功 株式会社メディアベース 障害者職業総合センター 2 特例子会社における知的障害者の仕事能力形成タイプとマネジメント −特例子会社へのアンケート調査の結果から− 眞保 智子 高崎健康福祉大学健康福祉学部 3 知的障害者を見守る・地域と施設の役割 前田 斉 練馬区立貫井福祉工房(就労サポートねりま) 4 知的障害者の転職へ向かう要因に関する研究 −インタビュー調査から− ○佐藤 智子 西村 周治 世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ 社会福祉法人東京都知的障害者育成会 5 働く知的障害者に対する職場同僚等からのサポート要因の構造の検討 ○若林 功 八重田 淳 筑波大学大学院生涯発達科学専攻 筑波大学大学院 第14分科会:発達障害 1 発達障害の受容と課題整理により、就労に結びついた事例 −マッサージ業務における就労の一考察− 斎藤 由佳梨 世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ 2 一般就職支援対象者拡大のための自立訓練事業の取組み 堀内 泰介 姫路市総合福祉通園センター ルネス花北/ 社会福祉法人姫路市社会福祉事業団 姫路市立かしのき園 3 発達障害等、コミュニケーションに課題を持つ大学生へのキャリアサポート -CAST Project(Carrier Support Team Project)− ○塚田 吉登 ○永井 俊広 社会福祉法人すいせい 社会福祉法人すいせい 就労移行支援事業所CASTビジネスアカデミー 4 アスペルガー障害成人前期の「育ち」(第2報) −求職活動・職場定着の取り組み− 山田 輝之 社会福祉法人青い鳥福祉会 多機能型事業所よるべ 5 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける問題解決技能トレーニングの実践 ○立澤 友記子 稲田 祐子 井上 量 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 第15分科会:障害者をとりまく環境 1 東日本大震災後の高齢者や障がい者を対象とした居住環境についての考察 角本 邦久 千葉職業能力開発短期大学校 2 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(1) ○田村 みつよ 亀田 敦志 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 3 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(2) −長期キャリアパターンを有する障害者の地域活動における役割− ○綿貫 登美子 田村 みつよ 千葉大学大学院人文社会科学研究科 障害者職業総合センター 4 障害者雇用促進法の改正と障害者権利条約27条への対応 清水 建夫 働く障害者の弁護団/NPO法人障害児・者人権ネットワーク 第16分科会:ジョブコーチ支援・中小企業における雇用 1 第1号職場適応援助者(ジョブコーチ)の現状と課題 ○鈴木 修 小川 浩 酒井 京子 伊集院 貴子 特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん 特定非営利活動法人ジョブコーチ・ネットワーク 特定非営利活動法人全国就業支援ネットワーク 特定非営利活動法人大阪障害者雇用支援ネットワーク 2 ジョブコーチ支援制度の現状と課題 −1号・2号ジョブコーチへの調査結果を中心に− 小池 眞一郎 障害者職業総合センター 3 中小企業の障害者雇用について雇用・就労支援機関が行う支援に関するアンケート調査(1) −調査の目的と調査結果の概要− ○野中 由彦 白石 肇 笹川 三枝子 佐久間 直人 諫山 裕美 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 4 中小企業の障害者雇用について雇用・就労支援機関が行う支援に関するアンケート調査(2) −支援における課題− ○笹川 三枝子 白石 肇 野中 由彦 佐久間 直人 諫山 裕美 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 5 重複する障害をもつ従業員へのジョブコーチによる支援 石川 球子 障害者職業総合センター 第17分科会:海外情報 1 精神障害者支援モデルからうつ病の再発を防ぐ取り組みについて 土井根 かをり 三重障害者職業センター 2 ドイツの障害認定に関する追加的検証 −認定基準にかかる法的枠組の整備を中心に− 佐渡 賢一 中央労働委員会事務局 3 職業リハビリテーション・システムの米日比較と今後の国際研究の課題 ○Heike Boeltzig-Brown 指田 忠司 春名 由一郎 マサチューセッツ州立大学ボストン校 地域インクルージョン研究所 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 4 ドイツにおける視覚障害者の事務系職種の職域拡大に向けた取り組みの現状と課題 −"EVASA"プロジェクトの成果とその後の取り組みを中心として− ○指田 忠司 Heike Boeltzig-Brown 障害者職業総合センター マサチューセッツ州立大学ボストン校 地域インクルージョン研究所 ポスター発表 1 発達障がい者(児)に対するライフステージに応じた支援体制作り −就労・定着支援での取り組みを中心に− ○栗原 龍一朗 和田 直子 佐藤 佳奈 小野 美智子 平 雅夫 足立区障がい福祉センター 足立区障がい福祉センター 足立区障がい福祉センター 足立区障がい福祉センター 社会福祉法人トポスの会 2 自閉症児に対する早期からのトランジッション及び就労を目的とした支援について -TTAP及びPEP−Rの結果をもとに− ○縄岡 好晴 梅永 雄二 宇都宮大学大学院教育学研究科 宇都宮大学 3 障害福祉サービスにおける発達障害者の就労支援モデルの検証の試み ○小林 菜摘 四ノ宮 美惠子 深津 玲子 国立障害者リハビリテーションセンター 国立障害者リハビリテーションセンター 国立障害者リハビリテーションセンター 4 物品のカテゴリー分類からみた発達障害者の就労支援に関する検討 ○中間 崇文 四ノ宮 美惠子 小林 菜摘 深津 玲子 国立障害者リハビリテーションセンター 国立障害者リハビリテーションセンター 国立障害者リハビリテーションセンター 国立障害者リハビリテーションセンター 5 発達障害のある若者の就労支援の課題 −若年就労支援機関調査の結果が示すこと− ○望月 葉子 知名 青子 向後 礼子 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 近畿大学教職教育学部 6 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける特性に応じた作業支援の検討(1) −情報処理過程の特性から見た作業上の職業的課題の評価− ○阿部 秀樹 加藤 ひと美 渡辺 由美 佐善 和江 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 7 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける特性に応じた作業支援の検討(2) −作業上の職業的課題に応じた支援の工夫− ○加藤 ひと美 阿部 秀樹 渡辺 由美 佐善 和江 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 8 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける特性に応じた作業支援の検討(3) −個々の職業的課題に応じた支援事例の考 察− ○佐善 和江 阿部 秀樹 加藤 ひと美 渡辺 由美 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 9 知的障害者の新たな雇用開発に関する研究 −高知県の産業構造と地域性に着目して− ○矢野川 祥典 是永 かな子 高知大学大学院/高知大学教育学部附属特別支援学校 高知大学 10 福祉・企業等とのネットワーク形成と円滑な移行支援をめざした取り組み −福祉・企業・行政を対象にした参観週間の実施から− ○宇川 浩之 矢野川 祥典 柳本 佳寿枝 高知大学教育学部附属特別支援学校 11 岡山地域農業の障害者雇用促進 ○田中 誠 宇川 浩之 矢野川 祥典 石山 貴章 前田 和也 就実大学/就実短期大学 高知大学教育学部附属特別支援学校 高知大学教育学部附属特別支援学校 就実大学 高知県知的障害者育成会 12 支援提案場面におけるアプローチの仕方についての構造仮説継承型事例研究 前原 和明 栃木障害者職業センター 13 視覚障害当事者の就労に関する意識調査(2) ○石川 充英 山崎 智章 大石 史夫 濱 康寛 小原 美沙子 長岡 雄一 東京都視覚障害者生活支援センター 東京都視覚障害者生活支援センター 東京都視覚 害者生活支援センター 東京都視覚障害者生活支援センター 東京都視覚障害者生活支援センター 東京都視覚障害者生活支援センター 14 就労移行支援業務の効率化及び就労移行訓練の自立を支援する行動観察記録システムの試作 ○易 強 金子 亜由美 長谷川 浩志 佐々木 定慈 大前 金保 古橋 一哲 静岡県工業技術研究所 静岡県工業技術研究所 株式会社メディアベース 株式会社メディアベース 株式会社ITサポート 株式会社ITサポート 15 行動障害のある方へ、「働くこと」のサポート −雇用へ向けて− ○玉井 成二 稲田 宏美 楠 政人 田中 聖人 荒武 江美子 社会福祉法人関西中央福祉会 障害者支援施設だんけのその 社会福祉法人関西中央福祉会 社会福祉法人関西中央福祉会 社会福祉法人関西中央福祉会 社会福祉法人関西中央福祉会 16 株式会社ベネッセビジネスメイト OAセンター(コピーセンター)における個々の得意分野を活かしたチーム作り ○加藤 光代 瀬戸 基貴 網代 美保 株式会社ベネッセビジネスメイト 株式会社ベネッセビジネスメイト 株式会社ベネッセビジネスメイト 17 就労支援施設における随伴性マネジメントの実施が依存症を呈する者の就労に及ぼす影響 ○川端 充 中西 桃子 町田 好美 田代 恭子 野村 和孝 大石 裕代 大石 雅之 株式会社わくわくワーク大石 株式会社わくわくワーク大石 株式会社わくわくワーク大石 早稲田大学大学院人間科学研究科 早稲田大学大学院人間科学研究科 医療法人社団祐和会大石クリニック 医療法人社団祐和会大石クリニック 18 就労支援+リハビリテーション医療の視点 実践報告 ○宮本 昌寛 渡邊 和湖 城 貴志 滋賀県立リハビリテーションセンター 滋賀県立リハビリテーションセンター 社団法人滋賀県社会就労事業振興センター 19 当院の外来リハビリテーションにおける就労支援の実態 ○安部 千秋 馬場 健太郎 田川 勇蔵 吉田 隆徳 医療法人共和会小倉リハビリテーション病院 医療法人共和会小倉リハビリテーション病院 医療法人共和会小倉リハビリテーション病院 医療法人共和会小倉リハビリテーション病院 20 医療機関における精神保健福祉士の就労支援の内容と職業問題の認識との関係 ○清水 和代 片岡 裕介 東明 貴久子 春名 由一郎 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 21 地域の障害者就労支援の実態に関する調査研究 ○鴇田 陽子 東明 貴久子 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 22 ICI(地域インクルージョン研究所) −障害研究、プログラム評価、トレーニングとコンサルテーション、そしてサービスと情報普及において米国と世界をリードする− ○William E. Kiernan Susan M.Foley Heike Boeltzig-Brown マサチューセッツ州立大学ボストン校 地域インクルージョン研究所 マサチューセッツ州立大学ボストン校 地域インクルージョン研究所 マサチューセッツ州立大学ボストン校 地域インクルージョン研究所 23 企業で働く障害者のキャリア形成に関する調査 その4 −従業員の職業生活に関する意識について− ○内田 典子 若林 功 鈴木 幹子 下條 今日子 望月 葉子 森 誠一 白兼 俊貴 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 24 企業で働く障害者のキャリア形成に関するヒアリング調査 その1 −ヒアリング調査の枠組みについて− ○森 誠一 若林 功 内田 典子 鈴木 幹子 下條 今日子 望月 葉子 白兼 俊貴 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 25 企業で働く障害者のキャリア形成に関するヒアリング調査 その2 −内部障害のあるヒアリング事例に基づく検討− ○下條 今日子 森 誠一 若林 功 内田 典子 鈴木 幹子 望月 葉子 白兼 俊貴 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 26 企業で働く障害者のキャリア形成に関するヒアリング調査 その3 −知的障害のあるヒアリング事例に基づく検討− ○鈴木 幹子 若林 功 内田 典子 下條 今日子 森 誠一 望月 葉子 白兼 俊貴 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者 業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 27 企業で働く障害者のキャリア形成に関するヒアリング調査 その4 −雇用継続されている気分障害事例の語りの質的分析− ○若林 功 下條 今日子 鈴木 幹子 内田 典子 森 誠一 望月 葉子 白兼 俊貴 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 28 特別支援学校(知的障害)における進路指導教員の専門性に関する調査研究 −特別支援学校教諭免許状保有状況に関する調査から− ○藤井 明日香 川合 紀宗 落合 俊郎 高松大学発達科学部 広島大学大学院教育学研究科 広島大学大学院教育学研究科 29 障がい者就労支援コーディネーター養成モデルカリキュラムの開発 −3年目の活動内容と学生の反応からの分析− ○堀川 悦夫 井手 将文 韓 昌完 福嶋 利浩 佐賀大学医学部 地域医療科学教育研究センター 佐賀大学全学教育機構 琉球大学教育学部 佐賀大学全学教育機構 【テーマ別パネルディスカッション】 Ⅰ「中小企業が期待する支援と就労支援ネットワークの役割」 司会者:野中 由彦 障害者職業総合センター パネリスト:尾崎 正秀 株式会社大山どり/株式会社大山どりーむ 笹川 俊雄 埼玉県障害者雇用サポートセンター 土井 善子 有限会社思風都 Ⅱ「職リハネットワークによる高次脳機能障害者の早期復職支援を目指して」 司会者:加賀 信寛 障害者職業総合センター職業センター パネリスト:泉 忠彦 神奈川総合リハビリテーションセンター 神奈川リハビリテーション病院 柴本 礼 イラストレーター 田谷 勝夫 障害者職業総合センター 特別講演 障害者雇用における 企業と支援機関の役割、連携について 特定非営利活動法人 障がい者就業・雇用支援センター 理事長 秦 政 障害者雇用における企業と支援機関の役割、連携について −人は機会と周囲の支えで無限に能力を開花する− 特定非営利活動法人障がい者就業・雇用支援センター 理事長 秦 政 パネルディスカッション 就労支援ネットワークの さらなる強化、発展のために 【司会者】 谷口 大司 (静岡障害者職業センター 所長) 【パネリスト】(五十音順) 小田島 守 (岩手中部障がい者就業・生活支援センター しごとネットさくら 副所長) 鈴木 良尚 (厚生労働省 職業安定局 高齢・障害者雇用対策部障害者雇用対策課障害者雇用専門官) 関野 之法 (株式会社カネボウ化粧品 生産技術部門 小田原工場 製造部 就業推進係長) 地域障害者職業センターにおける就労支援ネットワークへの支援 静岡障害者職業センター 所長 谷口 大司 就労支援ネットワークのさらなる強化、発展のために 岩手中部障がい者就業・生活支援センター しごとネットさくら 副所長 小田島 守 地域の就労支援の在り方に関する研究会 厚生労働省 職業安定局 高齢・障害者雇用対策部障害者雇用対策課 障害者雇用専門官 鈴木 良尚 株式会社カネボウ化粧品小田原工場の障がい者雇用と支援体制 −支援機関との連携と定着支援− 株式会社カネボウ化粧品 生産技術部門 小田原工場 製造部 就業推進係長 関野 之法 口頭発表 第1部 第一生命チャレンジドにおける職場定着と人財育成 −6年間をふりかえって− 臼井 聡美(第一生命チャレンジド株式会社 職場定着推進室 課長補佐) 1 はじめに 第一生命チャレンジド株式会社は第一生命保険株式会社(以下「第一生命」という。)の特例子会社であり、平成18年8月に設立してから6年が経過した。設立当時は2業種で社員数も10名ほどであったが、現在は事務系(名刺等印刷、書類発送)、清掃、喫茶、給茶、ランドリーの多業種で社員数は149名となっている。 この6年間で事業を拡大してきたが、障がい者雇用に対する考え方は大きく変わってきている。今回は書類発送グループの出来事を例に、働き続けるために必要なことについて述べていきたい。 2 書類発送グループの変遷 (1)書類発送グループの概要 書類発送グループは、第一生命の東京コールセンター内で、主に保険に加入しているお客さまへの書類を発送する業務を行っている。 表1 書類発送グループの業務と人数の推移 業務内容 人員 リーダー トレーナー 一般職員 パートスタッフ 計 H18 書類発送業務開始 <DM発送業務> 書類印刷・封入・封緘 1 2 3 1 5 6 2 7 9 H19 <DM発送業務> 拡大+点検業務 3 9 12 H20 3月 新規業務開始 <手続書類発送業務> 手続書類の 印刷・点検業務 3 12 15 H21 <DM発送業務>拡大+種類増加  8 13 21 H22 <手続書類発送業務> 次年度大幅拡大に向け大量増員 8 25 3 36 H23 4月 <手続書類発送業務> 業務量が大幅拡大 5月 新規業務開始 <折鶴業務> 折鶴の作成 6 1 24 3 34 (2)主な出来事 ・ミスの発生と工程の見直し 平成18年10月に書類発送グループが設立され、当時はDM発送業務を主要業務としていたが、平成19年1月に事務ミスが発生した。グループ自体が第一生命から「本当に任せて大丈夫なのか」と不安視され、業務の一部を一時的に制限される事態になった。一般職員の中には動揺してさらにミスを繰り返したり、逆に「自分がミスしたわけではない」と言う者もいた。リーダー(プレーイングマネジャー)も障がいのある一般職員(以下「一般職員」という。)も、それぞれに業務に対する意識のばらつきが見られたため、グループ全体で現状と課題を共有する必要があった。そこでミーティングを実施し、「事務ミス再発防止」を目標に、個人情報取扱時のリスクや、信頼を回復するための方法をリーダーと一般職員で一緒に出し合った。その中で各自が日頃工夫していることや、仕事を丁寧にやることができるという強みを活かし信頼回復を図ることを共有した。 その後ミス防止のために点検への意識が高まり、平成19年の後半には業務が正確かつ丁寧にこなせてスピードも上がってきた。制限されていた業務も再び任されるようになった。ところが、確実にできることが当たり前になったことで今度はマンネリ化が生じた。 ・新規業務の開始 マンネリ化の問題もあり、業務拡大を模索していたところ、平成20年3月に新しく手続書類発送業務を受託することになった。「自分達の仕事が認められて新しい仕事を任された」とグループ全体のモチベーションが上がり、特に担当になった一般職員2名は意欲的に取り組むようになった。 この業務はグループの設立当初にも希望していたが、DM発送業務に比べて作業工程が複雑なことと、朝受けたら同日の午後2時までには納品をしなければならないという作業時間の短さなどから、難しいと判断されていたものだった。受託にあたってはリーダーが第一生命で実際に研修を受けた後、一般職員に教えていくというスタイルをとった。そして、基本的な業務の流れは第一生命のものと同じだったが、手続内容ごとに点検する箇所が違うなど覚えるパターンも多かったため、どの作業にも共通してチェックする項目と手続別にチェックする項目などを整理して、リーダーがマニュアルを作った。しかし実際に始めてみるとマニュアルだけではわかりにくい面や、不十分なことが多数出てくるため、リーダーに限らずその都度気がついた社員が改訂していった。また一般職員が仕事に関してリーダーが思っている以上によく考えていることが分かったため、業務の進め方についても、リーダーが指示を出すのではなく、声をかけ合いながら進めていくという方法に変わっていった。 ・グループの拡大 平成23年4月に手続書類発送業務が大幅に拡大することが分かり、書類発送グループの人員を増加することとなった。新入社員に対しての業務指導はそれまで主にリーダーがしていたが、一般職員も教えるようになった。自分が担当している業務を相手がわかるように伝えなければならず、業務のやり方や意義について改めて考えると同時に伝え方や受け取り方の違いなど、新たに気づく機会となった。 ・グループ内研修の実施 平成23年度は手続書類発送業務の業務量拡大の他に、折鶴(入院給付金などの手続書類にお見舞いの気持ちをこめて同封しているもの)の作成業務も新たに加わり、書類発送グループが請負う業務の種類がさらに増えた。人数も35名を超え、新規業務の定着だけでなく、仕事の丁寧さの維持向上が大きな課題となった。そこで各業務をメインで担当している一般職員が中心になって研修をおこなった。鶴の折り方や封入封緘の仕方のような手順についてだけでなく、個人情報を扱うことについてなど、実際に働いている中でリーダーや一般職員が必要だと思った事柄について、企画し実施した。正しいやり方、考え方について学ぶというよりも、それぞれが考えている業務のコツを教え合ったり、他の人が担当していることについて知る機会となった。特に折鶴の業務ではそれまで積極的にやる人が少なかったが、お客さまから感謝の声が届くことで、自分たちが折っている鶴が第一生命とお客さまをつなぐ重要な役割を果たしているという意義を改めて知って、きれいに折ることへの意識とモチベーションの両方が向上した。 ・第一生命との関係の変化 平成18年に業務がスタートしてから、徐々に拡大をし、以下のような変化が出てきている。以前は当社から「何かできる仕事はないだろうか」と相談を持ちかけなんとか受託することがほとんどだった。現在では第一生命から「こんな仕事をお願いできないだろうか」と持ちかけられることがある。その理由も「ていねいで細かいところに気付いてくれるから」と第一生命の担当者に言ってもらえるまでになってきた。 3 会社全体の変化 書類発送グループが6年間で変わってきたように、会社全体も変わってきている。「運営方針」と「人財育成」の2つの項目からその変化を見てみる。 (1)運営方針 表2 運営方針の比較 設立した当初 社会人としての自立 障がい者がひとりの職業人として「意欲」と「責任感」を育み、社会人として自立することを目指す。 いきいきと働ける職場作り 障がい者の個性を尊重するとともに相互理解を深め、障がい者がいきいきと働ける職場作りを行っていく。 障がい者の職場・職務の拡大 第一生命グループにおいて障がい者雇用の理解を深め、障がい者の活躍できる職場・職務の拡大と雇用促進に努める。 現在 仕事のプロとしてのプライドを持つ 一人ひとりが自分の仕事に誇りと責任を持ち、日々の仕事を通じて成長する。 いきいきと働ける職場をつくる 一人ひとりが個性を活かすことができ、常に創意工夫し続け、明るく自由闊達な雰囲気のある職場をつくる。 高いレベルのサービスを提供する 会社全体で標準レベル以上のさらに高いサービス提供を目指し、お客さまからの信頼を獲得し、これを通じて障がい者雇用の理解と拡大を図る。 まずはっきりしているのは、設立当初の運営方針には「障がい者の」という言葉が、現在のものでは「一人ひとり」という表現に変わってきている。特例子会社である当社の大きな役割として、第一生命における障がい者雇用の推進がある。そのための要素として、設立当初は障がいのある社員が働き続けることができるための業務や職場環境を会社側がいかに用意するかということに重点があった。例えば、障がい者の職場定着についてまだ分からないことが多かったため、障がいに関する知識がある人を率先して採用した。現在では福祉関係者に拘らずに、一緒に働くことができることを重視して採用している。障がいのある社員もない社員も共に働き成長していくことで、職場全体のレベルアップを図ることができ、業務の拡大等につながっていくことに重点を置いている。 (2)人財育成 ① 設立当初 イ 職位と評価制度 障がいのある社員が所属している業務グループをリーダーが管理する。評価については、行動評価(社会人マナー、勤務状況、業務に対する姿勢など)をリーダー以上で評価していた。 ロ 業務指導 業務の組み立て及び指導等も基本的にリーダーが行う。障がいのある社員の能力開発・ステップアップについても同様。 ハ 会議研修の運営 参加者はリーダー以上に限定し、障がいある社員が職場に定着することや安定して働くことができることを主要な目的として、講師を招いて障がいや疾病について学んだり、障がいのある社員に対する指導方法についての検討をする場となることが多かった。 ② 現在 イ 職位と評価制度 平成23年4月に障がいのある社員の上位職位としてトレーナーが新たに創設された。それまでリーダーが行っていた業務管理や育成の補佐的な役割を担い、将来的にはリーダーを目指す。評価については、行動評価の他に目標管理制度を一般職員にも導入した。半期または通年(職位によって異なる)と期間を設定した上で目標を立て、期間終了時に上司とふりかえり面接を行い評価をしている。 ロ 業務指導 業務の組み立て、改善についてはリーダーだけでなく障がいのある社員も参加し、一緒に作り上げていく。指導においても業務を習得ししている社員が行い、フィードバックなどのアフターフォローもしている。 目標管理制度の導入によって指導育成面では以下のようなメリットが生じている。 ・会社から求められていることや次に自分が何を頑張ればいいのかが明確になる。 ・個々の段階や特性に応じての課題設定と評価が可能になる。 ・日々努力していることを上司に評価されているのが実感できる。 ハ 会議研修の運営 障がいの有無に関係なく社員のスキルアップやグループの成長を主要な目的として実施している。職位別のものもあれば、全社員が対象となるものもある。特に障がいのある社員の職場定着に主眼を置いていた職場定着推進会議も人財会議と名前を変えて社員全員の育成を考える会議となり、トレーナーや必要に応じて一般職員も参加するようになった。 人財育成の中での大きな変化は、トレーナーの職位ができたことである。一般職員の中には経験を積んで業務にも精通し、業務管理や人財育成の分野でも力を発揮できる人財はたくさんいる。現在リーダーはそのほとんどが障がいのない社員であるが、社員一人ひとりが適財適所で役割を果たしていくことができるシステムができた。 4 6年間を通して 書類発送グループと会社全体の変化から気づいた、一人ひとりが働き続けるための要素は以下の通りである。 (1)自分で考える 書類発送グループで事務ミスが起きた件をふりかえると、当時は一般職員が動揺すること考え、事務ミスの内容について具体的に伝えず、解決策はリーダー以上の人たちが考えていた。しかし、彼らが事務ミスについてふりかえる機会もなかったことで、自分自身の問題として考えたり不安を解消することは難しかった。その後、手順の見直しを業務担当者全員で行ったことで、自分たちが参加して作り上げた手順によってミスがなくなったという成功体験をするとともに、当事者意識もめばえ仕事に対する責任感が増してきた。 このような事例を通し、会社全体でも、リーダーや主任が「障がいのある社員がどうしたら仕事ができるようになるか」を考えるという視点から、「障がいの有無に関係なく全社員が主体的に会社の目標達成のために試行錯誤していく」という視点に変化してきている。それに伴い、リーダーや一般職員にも意識の変化が見えてきた。あるリーダーは「障がいのある社員の意見を聴くことに慣れていなかったが、今では一般職員が工夫をしたり考えながら仕事をしているということに気づき、まずグループ全員で話し合うことを大切にしている。」と話している。また、一般職員の中には、「以前は自分の考えが間違っているかもしれないと思うと意見や質問することができなかったが、仕事を任されてからはできるようになりました。」と話す人がいるなど任された仕事に主体的に取り組むようになってきた。 現在は、「目標管理制度」などを通し、社員一人ひとりが自分の仕事について考える機会を持つことを大切にしている。 (2)評価をされる 書類発送グループでは、平成20年に新規業務を任されたことによって、社員それぞれのモチベーションが大きく向上した。当時担当を任された一般職員は「新しい仕事を任せてもらい、初めて人に認められたように感じて、こんな自分でもやればできるのだと自信が出てきました。それから自立して少しずつ動けるように変われてきたのかなと思います。」と話している。この言葉には次のような要素が含まれている。自分がやっていることが周囲に評価され、自分の存在が認められる。それが喜びとなり、もっと頑張ろうという気持ちになり、それが仕事を続けていく原動力となり、会社がその人にとっての居場所となっていく。 (3)役割をもつ 書類発送グループの発足当初は、業務が主に1種類であったため、一般職員の中である程度業務を極めた人は、その先の広がり(ステップ)が見えない状態であった。また、業務担当人数も少なく作業工程が細分化されていないため、各人がほとんどの工程をこなせないと業務遂行できず、社員一人ひとりの特長を活かした業務運営ができない状況があった。 現在の書類発送グループでは、業務が主に4種類となり、一般職員が行える業務範囲も増えた。それにより後輩社員や実習生に教える役割だけではなく、使用部材の在庫管理など多様な役割がある。目標管理面談の中で本人の意思、意欲を確認した上で役割を目標として設定し、各人が特長を活かした役割を担っている。 5 最後に これまで述べてきたように第一生命チャレンジドは、設立当初から大きな変化をとげた。 設立当初は、障がいのある社員が「どういうことができるのか」と「どこまで考えることができるか」が分からず、障がいのある社員とない社員という視点で、業務の枠を作る人・それを遂行する人という役割分担を決めていた。今思えば、障がいのある社員から「考え」を引き出す方法が分からなかったことと、会社側にいろいろな考え方や価値観があっていいという余裕(時間、価値観の幅)がなかった。そのため、障がいのある社員が考えることができるかどうかの基準が、リーダー自身の価値観に左右されやすかった。 現在では、6年間の経験を通し、障がいのある社員には、ある程度の時間を費やすことができれば「いろいろな業務ができる」こと「考える力がある」ことが分かった。そして会社全体が安定して業務運営できるようになったことで余裕も生まれ、社員一人ひとりの考えや価値観があることをお互いに認められるようになってきた。 このように多様性を活かすことでいろいろな人が働くことができる。そこから業務の幅を広げていくことへとつながって、さらに各人が活躍できる場が増えていくという「プラスの連鎖」を生むと考えている。 しかし現状としては社員全員が同じ意識で働いているとは言えない。「プラスの連鎖」を実現させるためには、まずはお互いの価値観を認め合えるように取り組んでいくことが課題となっている。 障がい者に優しい職場とは 西村 和芳(サンアクアTOTO株式会社 代表取締役社長) 1 はじめに サンアクアTOTOは、TOTOを親会社とし、第三セクターによる特例子会社として1994年に設立された。 重度障がい者の雇用促進を図るために、施設環境を整えた、完全バリアフリーの工場である。施設環境の整備はもとより、働く人すべて「明るく・楽しく・元気に」が会社の目指すところである。現在、社員80名が就労し、障がい者は44名(重度38名)内訳は表1のとおり。 表1 障がい別人員内訳 2 3つのSのバランスとは 障がい者雇用を企業のCSRとして考えている企業は少なくないと思う。私は、CSRとCSとESのバランスが大切だと考えている。CSRとCS、ESを個別に捉え活動するのではなく、ESを達成するための一つの手段として、障がい者と一緒に働くことで人に優しく、自分や同じ職場のメンバーとの人間関係構築としての役割も果たすことができる。自分だけが良ければ良いと捉えがちな社会(自己最適)を全体最適へと変えることも企業組織の大きな課題でもある。その課題解決手段として、ダイバーシテイの効用がある。 CS・CSと多くの企業が叫んでいるが、よく言われるように、「社員を満足させることが出来ないで、お客様を満足させることは出来ない」との言葉の通りだと思う。組織としては、ESが引き金となってCSやCSRへと展開することができる。ESへのきっかけが障がい者と一緒に働くことで気付きを得て、そこから高められていくことを強く感じている。 図1のように3つのSのバランスが取れている企業が将来にわたって成長する企業の定義かもしれない。私としてはESを大切にし、ESが他の2つのSへの原動力となりえる。ESの原点とすべきは、障がい者と一緒に働くことから多くの気付きを得られることを教えられたように感じる。 図1 3 信頼はスピード 社内では、日々課題が噴出する。それをいかにスピードをもって処理するかが、社員の意識へ影響を与える。正直、障がい者が社員の半数を超えた社内では、大小いろんな問題が起こる、些細な問題と考え、アクションを取ることを後手に回すと、後々社員の不満因子を膨らませることになる。 管理職には、常々「信頼はスピード」と伝え、些細な問題でも情報が流れやすい風土を築くことを心がけている。 人間は、好きな人からの頼まれ事は、気持よく、即対応するが、嫌いな人からの頼まれ事は遅れがちである。気の重いテーマでもスピードをもって対処することで人間関係も良好となりえる。 嫌いと思って遅れることで信頼を失い、さらに人間関係も損なうこととなる。 スピードある対応を心がければ、対応に少し汚点があったとしても、リカバリーすることはそれほど難しいことではない。 4 伝える工夫 できる限り、文書で重複の情報発信を心がけている。障がいにより、情報の伝わりが悪い人や、理解力が不足している人もいる。伝える側はよく、あれほど言ったのに分かってないと嘆くことを目にする。私は、伝わらないのは伝える側の努力が足りないと言う。伝える人に必ず伝わる方法がある。その一つの手段として、情報を重複発信することで伝わることもある。これが伝えるポイントではないかと考えている。 伝える場合は、文書で渡す、文書を説明する。必要に応じて後で読み返すことをお願いする。 理解しやすい文書を常に意識するようになった。 日本語は、少し意味不明な文面によさを感じるが、聴覚障がい者には、短文明快なことが必要と悟った。伝える媒体も工夫する。手紙、メール、掲示板、情報TV等色々と工夫をしている。 イキイキ通信と題し、聴覚障がい者を中心に各自の携帯電話へ私が直接メールを定期的に発信している。当初、個人の携帯電話へBCC送信で直接メールを流すことへ管理職の大半が難色を示した。伝えるべきことが上手く伝わらずに、トラブルの原因になると、過去の悪い思い込みからの助言を受けた。 メール発信を実際に行ってみると、聴覚障がい者から歓迎の意見をいただくことができた。社長である私から、直接メールが届くことで、会社が社員一人ひとりを大切にしているとの思いがわいているようである。 5 お金をかけずに知恵を使う 社内には、障がい者の困りを改善のチャンスとし、日々の困り事を改善により克服する考え方が備わっている。困ることを歓迎し、困りに気付くことが改善への引き金となり、上手く改善活動へと誘引する仕組みができている。よくよく考えてみると、困ることをマイナスと思うのではなく、プラスとして捉える風土があるところが凄いのかもしれない。 一般論では、困りはマイナスと捉える人が多く、困りを他責や愚痴で終わらせがちである。しかし、困り=愚痴ではなく、困り→気付き→改善へと展開することが根付いている。改善のスタンスは、常に「お金をかけずに知恵を使う」が基本。知恵は無限大、お金は限られると常々社員に伝えることが必要であり、お金をかけていない些細な改善を良しとしている。 6 改善事例について 改善活動は日々の生産活動と並行して進めている。毎月の改善発表会に向け、各職場内で改善課題を計画的に進め、月末の社内10アップ報告会で発表する。 10アップ報告会とは、生産性を毎年10%向上を目標にネーミングした。 (1)トイレットペーパーの芯回収ボックス 社内のマナー・ルールを徹底させるために、表示類を多用していた、表示で注意を促すのではなく、ルールが守られる仕かけに知恵を出すことで、守れる職場環境を築くことができる。 多くの場合が、表示類に頼り、使用者のマナーの悪さを嘆くことで終わっている。 図1 ■問題点:トイレットペーパーの芯は「つぶして」ボックスへ入れるように注意書きをしているが、ルールが徹底されない。 ■改善:トイレットペーパの芯をつぶさないと投入できない口を設置したことでルールの徹底が図られた。 (2)楽々キャッチ私の長手棒 車いす使用者の一番の困りは、床面に落ちた小物部品の回収である。市販の道具を改良しては色々と進化をさせ、最近では、小物部品を挟む方式から付けるに進化させた。 このような、小さなお金のかかっていない改善が会社の財産となっている。 図2 ■問題点:座金など小物部品を落下させた場合、車いすから簡単に降りることができないため、落下物の回収が難しい。 ■改善:拾い棒の先端に粘着ゴムを取り付け落下部品を粘着力で接着し拾うことができる。粘着材は洗う事で繰返し使用可。 7 ハード面だけが改善活動ではない 本当に障がい者に優しい職場とは、何かを常に管理職と議論を重ねている。優しいとは何か、非常に難しい。優しいだけがESとなりえるのかとも思う。最近、少しではあるが分かってきたことがある。社員の心を潤すことが大切なことだと感じている。社内の人間関係が上手くいけば、一人ひとりが「楽しく・明るく・元気に」働くことができる。 当社では、障がい者の加齢に伴う、変化に注視している。背景には、加齢に伴う安全確保への不安と就労状況の見直しが必要との考えがある。 健常者が障がい者をサポートすることは一般的である。私は、障がい者を障がい者がサポートすることをさらに進めたいと考えている。 「障がい者の良き理解者は、障がい者」との思いを強く持っている。障がい者が障がい者の困りを聞く体制を社内で整えている。この体制が社員の心を開くことに繋がっている。トイレでの排尿、排便で困ることはないのか等、健常者が立ちいることに抵抗がある話も遠慮なく聞くことができる。これも障がい者同士であることで壁を設けることなく接することで本音、事実が分かる。 8 社員に自分達の使命を理解させる 弊社は、設立されて今年で19年目となる。設立当初から、外部からの見学はあまり積極的に受入れを行っていなかった。いま考えてみると、間違った配慮だったのかもしれない。 障がい者が働いている現場を見学するのは「いかがなものか」と見学者の受入れにためらいがあったようだ。しかし、障がい者雇用を地域社会に広めることが、私たちの大切な使命である。就労可能な障がい者が約300万人以上と言われ、一人でも多くの人に障がい者雇用の必要性をお伝えすることが重要である。その主役を果たすことができるのが私たちの会社であり、社員一人ひとりであると社員に伝えた。 障がい者が主役であり、主役を演じることで、「自分が必要とされている」と感じた社員は明るく、前向きな行動へと変化が見られるようになった。 主役を増やす活動を積極的に企画した。TOTOグループ内へのイベントへの積極的関与を図った。TOTOは障がい者を必要とする。各種福祉機器商品を製造販売している。それら商品の説明やモニターは障がい者自身が当事者意識で対応することで、お客様への訴求力も格段に上昇する。 TOTOグループ内の各種イベントへの関わりで、当社への理解を深めることができた。 また、社員一人ひとりは沢山の人と関わりを持つことで、仕事としての自信を持つことで会社から必要とされる人財との認識を深めていった。 これら活動が社員一人ひとりを主役とすることになり、この活動が社員一人ひとりの使命であると実感するまでに至った。 実際に社員へ自分達の使命についての理解度のヒヤリングを行った。 2名の社員の感想より ■私自身、サンアクアTOTOに入社し16年目になります。ここ数年前より工場見学来場者も増加し、お客様から気づきを得ることがあります。 サンアクアTOTOで仕事している姿を多くのお客様に実際にご覧になっていただくことで、障がい者理解や健常者・障がい者分け隔てなく働くことが可能ということを伝達できている。 また、お客様の中には就労したくても就労できないお客様も来場されることがあります。障がい者で実際に就労できている方は一握りだと考えると、私自身仕事があるだけでも幸せと言うことに気づかされました。 最近では社外での講話もさせていだきましたが、自分自身の思いを伝えることが、障がい者への理解に繋がると思うと自分のモチベーション向上にもなっています。(総務課 古賀 光司) 古賀さんと藤村さん ■社内外で目指すべき事が明確に出来た事。 入社当時は目的が分からなく理解出来ないまま、社内外活動に参加していたが入社から11年を迎え、サンアクアTOTOという会社の存在意義を理解した上で社内外活動に参加出来る様になった。 また、サンアクアTOTOという会社で働く私が社外活動をする事によって「地域貢献が出来るのではないか」という考えも持てる様になった。(制作課 藤村 晶平) 二人に共通して言えることは、自分達の行動が人に感動を与え、感動を与えることで自分自身が人間として大きく成長していることに喜びを感じていることだといえる。 9 地域社会への発信 企業活動で一番意識をすることは地域社会である。地域社会に必要な会社でありたい、そのために、地域社会が求めることへ積極的に加担することを信念としている。 私達にしかできないことを突き詰め、社員が主役になりえることを色々と行っている。 今年も8月に「第2回工場開放の日」を開催した。弊社を知らない人を中心に来場を呼びかけ、障がい者雇用を理解していただくことを目的として開催した。障がい者が健常者と同じ生産性を持って作業をしている姿を見ていただくこと。生産性を高めるためのさまざまな、改善・工夫を見学していただいた。 来場者は、障がい者の就労支援に関わっている学校関係者や行政関係者と障がい者の受入れ側となりえる企業経営者や労務担当者へ声かけを行った。弊社の見学会を通じて障がい者雇用の出合の場とすることができればと考え企画を行った。 プログラムとしては、障がい者社員による講話と社内見学を行い、障がい者についての理解を深めていただく内容となっている。 開催アンケート結果では、「障がい者の雇用の必要性はどなたかのお話を聴くよりも、こうした企画に参加する事の方がより理解しやすいと思いました」と障がい者雇用の必要性を理解していただくコメントが多数を占めていた。これらアンケートを社員へ回覧することで、社員一人ひとりが主役としての活動を更に実感することができていると思う。 10 まとめ 障がい者に優しい職場とは、一人ひとりが互いを思いあう心が備わっていることが一番大切である。その心の潤いを与える仕掛けが整っている職場が本当に障がい者に優しく、健常者を含む全ての人に優しい職場と確信をしている。 人の心に係わる部分を解きほぐすことは容易ではないが、組織のトップが従業員満足を追及することで解決する。 工場見学者を増やし、社員が主役の工場見学やイベントを多数開催することで、主役が増えた。 社員一人ひとりがイキイキと仕事に取組むことになった。 これらのことから解決の道筋は、社内ではなく、多くが社外への働きかけにより、外からの刺激を社員に与え続けることで、社員が変わり会社が変わることになった。障がい者に優しい会社を目指すのではなく、社員に優しい会社でありたいと切に願う。 知的障害者雇用を交えた新入社員研修の効果と 今後の対応についての一考察 ○伊東 一郎(株式会社前川製作所 常務取締役) 佐々木 紀恵(株式会社前川製作所 メンタルヘルス推進室/障がい者雇用推進室) 1 はじめに 当社は、平成19年に従来の「独法」経営(各地域毎に独立した株式会社の集合体としての経営)から一社化経営(中核機関を本社に置き一つの株式会社として各地域がまとまった)に大きく舵を切った。その結果、常用雇用者数が2,000名を超え、障害者雇用率1.8%達成が喫緊の課題となった。ハローワーク、東京労働局からの特別指導を受け、社長をトップに据えた障がい者雇用推進室を設け、人事採用研修グループの採用枠とは別にハローワーク、障害者支援センター、特別支援学校や施設と連携を取りながら障害者雇用を進め、2011年12月には雇用率1.8%を達成した。2012年4月に特別支援学校の卒業生を2名採用した事から、その2名も入寮し、健常者と一緒に新入社員研修を受けたことで、健常者にどの様な気づきや効果があったのかを具体的に把握するため、その2名が去った後にアンケート調査を行ったので、その結果をもとに検証を行う。 2 新入社員研修と入寮 当社では、3年間茨城県にある守谷工場で寮生活を行いながら、新入社員研修を行っている。昨年、知的障害者2名を内定したものの、彼らを研修に参加させるかどうかについての具体策は持ち得ていなかった。採用担当者、受け入れ現場担当者と議論を重ね、最終的に障害の有無に係わらず、最低限の新入社員研修は一緒に受けさせることとした。 しかしながら、知的障害者の入寮生活が実際に可能かどうかは未確認であったため、寮の設備に関する詳細を写真におさめた資料を学校へ送付し、生活面での準備を学校・自宅両方でおこなってもらった。一方、寮にも通い社内関係者に知的障害者に関する情報を伝え、対応時のイメージを持って貰う様努めた。更に入寮前に、寮の関係者を対象とした2時間の研修を行って先入観などによる不安軽減をはかった。また、学校教諭(足立特別支援学校のみ)と保護者にも寮の見学をお願いし、生活指導の参考にしてもらった。入寮対象は関西出身者1名の予定であったが、もう一人も入寮をとても楽しみにしている様子であったため、両名共入寮させることにした。 入寮後は寮関係者が、彼らと積極的にコミュニケーションをとってくれたこともあり、特別なフォローの必要はなく、休日対応では若干心配はさせられたものの概ね問題はなかった。また、寮関係者にとっても知的障害者の受け入れは初めての経験だった為、些細なことでの疑問や、誰に話せばよいか、本人に直接話してもよいのかと云った質問があった。 その間にも、佐々木(障がい者雇用推進室カウンセラー)が本人達と面談を行い、困っていることが無いか、緊張する方に対してはどんな時に緊張して、どうするとうまく緊張が解けるかなど確認をするようにした。 3 研修 4月3日〜13日迄の研修は、座学がメインであるため、集中力の持続が課題とも思えたが、本人が一番落ち着く休憩方法をとることで多少の緩和がみられた。しかし、もともと緊張しやすいタイプの一人は、トイレに要する時間も10分程掛かったため、人事採用担当者からは事前情報がないとのクレームが入り、研修当初は、連日、佐々木が研修場所に立ち寄らざるを得なかった。コミュニケーション研修は2日間我々が対応したが、グループワークにおいて、健常者も彼らを特別視している様子もなく、自閉の子はその特徴(協調性の欠如)を見せながらも周りに自分の意見を伝え順調に研修をこなしていた。 4 研修後の障害者雇用アンケート (1)13日迄の寮生活及び研修において健常者、障害者の区別がありませんでした。 率直な感想を教えて下さい。 ■1.良くないと思う 0 ■2.あまり良くないと思う 0 ■3.どちらともいえない 1 ■4.まぁ良いと思う 12 ■5.非常に良いと思う 23 計 36 (2)1の会社の取り組みについてどのように受け止めていますか? ■1.非常に困惑した 0 ■2.少し困惑した 7 ■3.どちらともいえない 1 ■4.さほど困惑しなかった 18 ■5.全く困惑しなかった 9 ■6.無回答 1 計 36 (3)研修前に障害者も一緒に研修を受けると知った時と、研修を一緒に受けてみて、皆さんの中に何か変化はありましたか? <あった> ・もっと意思疎通ができないと思っていた。 ・今まで障害者とあまり接したことがなく、よく分からなかったが、接してみれば意外に普通であることに気付いた。 ・知的障害者をこれまで一括りで見ていたが、差があることを知った。自分の中で全て一緒に見ていた自分が恥ずかしくなった。重度の方は区別すべきと思うが、軽度の方はあまり差がないと思った。 ・健常者にはない、障害者の良いところが見えた。(元気のよさ、礼儀正しさ、素直さ等) ・初めて知ったときは正直に戸惑いがあった。しかし、研修を受ける中で普通に会話もコミュニケーションも取ることができ、健常者と変わらないと感じた。質問も積極的で、こちらが学ぶ面も多かった。 ・障害者もサポートしながらやろうと思った。 ・仕事に対する熱心さや、真剣な取り組み姿勢、素直さ、返事などが良く、自分の見直しが必要であると思った。 ・勝手な想像であったが、はじめは会話も成り立たないのでは?と不安だった。しかし実際にはとても気が利くいい人たちで、ハキハキした言動などにむしろ勉強させてもらう点のほうが多かった。 <なかった> ・研修前に聞いたときはマエカワの懐の深さを思い知らされた気がし、入社してよかったと思いました。 ・もともと障害のある方と触れ合う機会があったため。 (4)違和感を感じた事柄はありましたか? ・特にないが、むしろ雰囲気が良くなったと思う。 ・講義中聞き逃したところなど同期に頼って聞いて欲しいと思う部分があった。 ・小・中・高と障害者がいなかったので、初めはどう接していけばよいかわからなかった。 ・研修の日が重なるにつれて疲れがでてきたせいか、「少し空気を読んで欲しいな」と思うようになりました。私の修行不足だと思います。 ・結構疑問に思ったことをすぐに質問するので、たまに講師の方々がイラっとされた時がありました。 ・単刀直入な質問をすることは少し違和感を感じたが、聞きにくい質問の回答が得られた事は良かった。 ・毎回、きちんと「ありがとうございました」や「大丈夫です」という風に挨拶や返事をしていたことはむしろ見習わないといけないと思った。 ・些細な事柄に意識を取られやすいのかな、と思った(赤ペンで印をつけてと言われ、黄色でも良いか聞くなど)。あいまいな表現や、複数の回答を提示すると困惑しているように見受けられた("なんとなく"や雰囲気で伝わる事柄が伝わりにくい。ちょっと→5分などと明確な表現に言い換えるほうがいいのかなと思った)。 ・タイミングと話す内容がまとまっていずオドオドしている。同じ切り口でないと会話ができていない。 (5)障害者雇用の取り組みについて、もっとこうしたら良いなど感じたことを教えて下さい。 ・障害のある方は一生ひとりで生きていくのは非常に難しい。その中で力になれる取り組みであり、もっと推奨されるべきである。 ・一言で障害といっても、色々な障害があると思いますが、やる気のある人には健常者と同様に、長期間研修を受ける権利があると思います。 ・研修期間が短かったので、同じ研修プログラムでもっと一緒に学べたらと思います。 ・講義のスピードについて行けてないようだったので、もっとゆっくり進めると良いかもしれないと感じました。 ・非常に意義深く社会的使命の大きい取り組みですので、今後とも是非継続していって下さい。また、同期の中に二人に対して失礼な言動をする人たちがおらず、(変な言い方ですが)信頼感が芽生え、気持ち良く時間が過ごせました。このような優れた人格の新入社員を揃えてくれた人事の方々ありがとうございます。 ・知的障害者の方は、言われたことをこなす能力が高いと思った。しかし、間違ったこと、手順を教えるとなかなか直らないと思うので、障害者を指導する立場の人の人格をきちんと育成すべきだと思った。 ・健常者の社員とももっと関わる場面があってもいいなと思いました。 ・もっと長いスパンで研修をしても良かったと思いました。質問のタイミングや切換のスイッチなどを周りを見て学んでほしかった。 (6)質問や感想、意見があれば書いて下さい。 ・講義中の雰囲気が良かったと思います。また一緒に講義を受けたいです。 ・障害を持っているからというだけで差別されるということはあってはならない。研修も同様に、仲間全員のためになることだと思うので、今後も続けていくべきだと思う。 ・偏見、差別の目をなくすいい機会になったし、学ぶところが非常に多かった。是非とも続けて頂きたいです。 ・大きな企業では、障害者の雇用は義務であり、その義務を守るために雇用していると思いますが、やる気があれば健常者か障害を持っているかはあまり関係ないと思います(と、会社が考えてくれると信じたいです)。そういう意味でやる気、技術があればもっと色々な方を積極的に採用していって欲しいです。 ・同じ人間なので私は、仲良く、快い人間関係を築いていきたいと思っています。 ・あいさつ、仕事に対する姿勢が他の同期の刺激となるのでよいと思う。 ・講義の講師の方々が若干戸惑っていたように見えたので、どんな反応をされても冷静な受け答えができるようにしたほうがいい、と思いました。 ・各講義ごとにレポートをまとめる時に、講義中に細かい質問や、聞きにくい質問をしてくれたので、まとめやすかったです。 ・自立、自律は無理だと思うが、周囲の環境によってかなり変化すると思うので、自分自身、その環境作りに参加していきたいと思った。ただし軽度の方のみ。 ・授業の際、活発に質問や感想を一生懸命にしている姿を見てとても感心した。また、その姿を見てとても触発された。 ・彼らの素直な感想や意見は、自分達の心の声だったと思う。また、彼らの真面目な姿勢が新入生だけでなく、講師にも良い緊張感を与えていたと思う。ただ、彼らが特別だったのかもしれないが。 ・今回一緒に研修してみて学ぼうという姿勢がすごくあるなと感じた。 ・とても良い質問をする時もあれば、本筋と関係のないところで質問し進まない時にもどかしく感じることがあった。スライドで読めなかったところは後で教えるなど周囲のフォローも必要なのかもしれない。直接話してみると受け答えが非常にしっかりしているし、いろいろな事を知っていて驚いた。自分に余裕がない時は少しストレスを感じてしまうことがあり反省した。 ・障害者ということで自分の中で意思疎通ができない、頭が悪いというマイナスイメージを持っていたが、研修を受けている2人を見てそんなことなど全く無く、素直で元気一杯だと感じた。しかし話をしたいと思ったが事前研修で学んだことが頭にあったので話しかけることに抵抗を覚えてしまい、あまり話ができなかったのが残念だった。 5 考察と今後の課題 今回、知的障害に関する事前情報をほとんど入れずに彼らを参加させたため、研修の進行に支障が出るのではないか、さらには研修について行けるのかどうか懸念した。しかしながら、アンケート結果からは、今回の研修に対して「ほとんど困惑しなかった」「全く困惑しなかった」が75%にも及ぶ事から、やり方事態には問題は無かったと考えている。更に、彼らの研修態度に触発されたり、協業するには何処に注意を払えば良いか理解し、偏見、差別の目をなくすいい機会になったとも感じている。このことからノーマライゼイション、ダイバーシティ&インクルージョンを実体験として学んでいることが分かった。これは、当社が標榜する(場所に立った共同体)考え方を寮での共同生活、コミュニケーション研修等を受講することで培われてきたものと考えている。 当社では、すでに事業のグローバル展開を推し進めているところにあり、今後、新入社員の中からグローバルに活躍するメンバーが必ず出てくることを考えると今回の研修が良い経験になったと思っている。というのも、ノーマライゼーションやダイバーシティ&インクルージョンの概念を新入社員に対して言葉で説明をしたとしても、どこまで理解ができているかははなはだ疑問でもある。しかし、当社のこの新入社員研修は、そういった概念を実際に体験できる場所となり、健常者と障害者が一定期間、仲間として協業の精神で共に過ごす経験を通じて、体験として相互に理解をすることによって言葉だけでは伝えることに限界のあるレベルでナチュラルサポートの精神を体得したのだといえないだろうか。 来期も、新卒の知的障害者3名を採用する予定であり、今年の経験を踏まえ、障害者と健常者が交流できる状況を研修の中でも作っていきたいと考えている。今後は、知的障害者の配属先にもよるが何処まで(安全やクレーン作業等)新人研修の幅を広げるかの議論が必要となっている。 研修風景 【連絡先】(株)前川製作所 障がい者雇用推進室 〒135-8482 東京都江東区牡丹3丁目14番15号 Tel:03-3642-8182 Fax:03-3630-1727 URL:http://www.mayekawa.co.jp/ja/ 定期的なSSTの取組みがもたらす効果についての考察 ○佐々木 紀恵(株式会社前川製作所 メンタルヘルス推進室/障がい者雇用推進室) 伊東 一郎(株式会社前川製作所) 1 はじめに 当社では、障害者の雇い入れ時、特定の部門に受入れを集約することをせずに、部門ごとに障害者の雇い入れ計画を立てた後に個別にマッチングのステップを進めていき、部門の中で指導、教育を行う仕組みとなっている。しかしながら、当社に限らず、生産性が求められる企業においては、現場関係者だけで細やかな指導、教育を日々の業務の中で行うことは非常に負担となっている現状もある。ただ、指導、教育は最終的に生産性へと結びつくエッセンスであり労力を惜しんでは従業員の大きな成長の機会を損うことになりえるのも事実である。 本発表内容は、当社でSSTの取組みを行う中で、知的障害のある従業員の変化、取組みの手応えについて情報発信するとともに、従来の支援から企業への橋渡しのところで要求されるものがどのようなことなのかを考えるためのものである。 2 取組みの経緯 (1)概要 当社では、2007年に会社規模が大きく変化したことにより、法定雇用率を下回る状況となった。以降、障害者雇用の取組みは本社を中心に進められてきた。2011年には、法定雇用率1.8%を達成し、現在では2013年度に義務化される法定雇用率2.0%の達成と、障害者の職場定着という2つの課題に重点的に取組んでいる。2012年での雇用状況については、下の表の通りである。 表1 2012年6月時の雇用状況内訳 身体障害者 知的障害者 精神障害者 常用雇用者数 重度 10名 0名 0名 1,870名 軽度 6名 7名 1名 (2)雇入れからとその後のフォロー 2010年までは、特別支援学校と直接的な連携をとっておらず、主に本社所在地管轄のハローワーク、地域就労支援センター、通勤寮、地域障害者職業センターの支援を受けながら雇入れのプロセスを進めていた。そのプロセスは以下の通りである。 ① 管轄のハローワークを通じ、地域の障害者雇用関連機関へ雇入れに関する当社の説明会を実施 ② 面接を実施(本人、保護者、支援者) ③ トライアル雇用の実施(勤務時間を順次延長) ④ 振り返りの実施 ⑤ 内定、雇入れ ⑥ フォローアップ 上記のような流れを経て、本社では知的障害者4名が2009年から2012年にかけて順次入社したが、うち1名が退職した。当初より挨拶、応答は問題なく業務への取組み姿勢も良好だったが、入社後、メンバー同士が互いに気持ちよく働ける関係性を保てているかどうかという点においては、課題が生じるようになった。健常者においても、この点は離職予防の観点では重要視されているはずである。当初の定期的な社内外からのフォローとしては、①受け入れ部門による業務上必要な所作の確認、復習機会を設けての細やかな指導、②社外支援機関職員による来社と面談、職場からの課題、問題の吸い上げ、大きくはこの二つであった。 (3)課題が顕在化したと思われるポイント 定期的に前述のようなフォローがあるにも関わらず、課題が生じていることを問題視し、他企業の取組みを見学し、情報を集めたところ、安定的に職場定着が進められている企業は、定期的なSSTを実施している場合が多いことが分かった。互いの言葉遣い、就労に対する考え方、一社会人としての自尊心、強調性、助け合いの精神、来客への対応、メンバー間での日常的な会話、ビジネスマナーなど、社会的な教育を受けてきている背景が、本人達を通じて明らかな差が見えていることが課題としてにじみ出ていることに気がついた。 また、就労前にいかなる学校、企業、施設を経験したのかによっても、個々人の日常的なソーシャルスキルが異なることは否定しえないところがある。というのも、東京都内の特別支援学校では、就労に対する意識をさらに高め、高校時代より企業就労を目指す者、福祉就労を目指す者、能力開発校での就労準備を目指す者などいくつかの短期的な将来のコースに分けられ、それぞれが目指す目標において必要なスキルを身に着けられるような教育方針を採択している背景があるからである。特に企業就労を目指す学生たちは、挨拶、報告、連絡、相談といった基本的なビジネススキルは当然のこと、業種別の実践的なノウハウを学生時代に学び、さらに企業での実習体験を複数回経てから卒業し、企業就労に至っている。すでに立派に企業就労をなしえていても、それらの教育を受けていなかった従業員においては、何者かが、誰にも教えられていない事柄をフォローしていかない限り、自主的にそれらを習得することは困難であると思われる。その場合、企業は企業の中で基本スキルの違いを解消すべくフォローし、全体的なレベルアップを支援する必要が生じているのである。この点が、もう一つのポイントだと捉えている。 このような状況をふまえて、当社でも職場、社内担当者の可能な調整範囲を相談し、SSTを定期的に実施することに着手した。 3 実施概要 はじめに、SSTに取り組むための時間を業務時間内に位置づけることを職場と相談し決定した。以下にも紹介するが、この取り組みを「ミーティング」と呼び、業務時間内に位置づけているということは、業務の一環であり、対価をもらいながら実施している内容なので自分達にはしっかりと理解して、取り組む責任がある、という主旨を説明し主体となる当事者達に対しても、理解を求めている。「ミーティング」を開始する際には、毎回そのルールを個々人に述べてもらい、確認をしてから開始するようになっている。その他の詳細は以下の通りである。 ・頻度・・・2回/月 ・時間・・・30分/1回 ・ルール・・・①人の話を聞く ②自分の意見を言う ③他人の意見を否定しない ・テーマ・・・自発性を尊重し決定 ・扱い1・・・業務の一環(業務時間内) ・扱い2・・・当事者では「ミーティング」と呼ぶ ・目的・・・チーム内コミュニケーション活性化 ・担当・・・障害者雇用推進室 ・報告・・・部門長へ四半期毎レポートを提出 図1 年間活動計画 4 考察 このように、時間をかけ、動機付けを確認しながら「ミーティング」を繰り返し行う中で、参加者は一つ一つを着実に吸収していった。 例えば、本人の知らない来賓に対して、これまでは挨拶をした方がよいのかどうか分からずに、立ち止まって見入ってしまうことがよく見受けられたため、ロールプレイでは、場面設定を行い、互いに役を演じる中で応対を練習し、感想を述べる経験をすることで、知らない来賓であっても、自己紹介を行い、挨拶をすることが求められているということを理解しつつあるため、現在では抵抗なくその対応をなしえている。 課題にもあった、メンバー間での人間関係、コミュニケーションの活性化については、「ミーティング」にルールを設けることで、言葉遣い、言い方についても指摘を織り交ぜながら冷静に考える場面が見受けられるようになってきている。何よりも、メンバーの主体性のもと進めている取り組みであるため、ロールプレイは特に楽しみながら練習体験を積むことができている。この「ミーティング」の取組みを通じて、明らかに発言や挨拶、責任感が彼らの中にはあるが、その活用方法がわからず、十分に発揮されていなかったということが分かった。 総じて、企業就労で求められる基本的スキルとしては、日常的にメンバー間で気持ちよく業務に取り組むために日常会話や配慮、助け合い、思いやり、責任感、失敗や成功を受け止めてその後の糧にする素直さがあげられると考えている。SSTの取組みは、それらの中からメンバーが自主的にテーマを設け、自分達で考えながらテーマ、時に課題解決につながる内容となり、有益な時間であったといえるのではないだろうか。 ただ、当社においては特別支援学校との連携が増えてきた中で、特別支援学校の企業就労コースを経た人物と、そのような専門コースを経ておらず、なんらかの就労移行支援施設を経た人物とでは明らかな違いがあることを否定せずにはいられない。 採用した企業の責任としてこれらの違いを解消していくことはもちろんだが、特別支援学校での取組についても、どの学校または就労移行機関、支援センターでも一定程度のビジネスマナーを学び、それを実践できるよう指導する機会を設けるなどの取組が進められることも期待したい。 働く個人としての、他での企業経験や人生を尊重するのは言うまでもないが、企業内では障害者も健常者も互いに気持ちよく働くための日常的なマナーも一つのスキルとして求められていることを確認しておくとともに、就労支援としては、企業外の機関においても場面設定のあるロールプレイや疑似体験による練習を積み重ねる機会があり、それが障害者雇用に理解のある人物とそうでない人物が混在する企業の日常で、認められるかどうか、といった視点での支援になりうるということを踏まえ、今後も期待するものである。 発達障がいの遅刻常習者が生活習慣改善により自信をつけた事例 長嶋 龍平(富士ソフト企画株式会社 代表取締役) 1 背景と現状 T君29才。幼少期から多動があり、12才でADHD、アスペルガー、チック症の診断。 中高は普通学級。専門学校に進学し、声優科卒業。コンビニバイト2年、パン製造アルバイト2年、電器店バイト2ヶ月。資格等は、パソコン技能検定Ⅱ種1級。日本商工会議所ビジネスコンピューティング3級。過敏性大腸の診断あり。趣味はアニメ、パソコンゲーム。父は会社員、2人の姉は成績もよくすでに結婚。2006年入社し名刺作成、データ入力などの業務を担当するが、集中力が続かず、ミスも多く勝手にパソコンを使ってネットサーフィンに興じるなど、仕事への熱意がみられなかった。T君は人と顔を合わせず発言も出来ないが、要領は悪いものの素直で真面目な一面も持ち合わせているとの報告であった。 2012年2月にグループホームに入居し、このときから頻繁に遅刻を繰り返したため、上司および社内カウンセラーが介入し、支援機関、親御さんと話し合いを持った。本人によれば遅刻の原因は、ゲームに熱中するあまり夜遅くまで眠れず、結果起きられないとのこと。対策として①ゲームをせず早く寝るよう説得し、②目覚まし時計をもう一つ追加購入、③医師に相談して睡眠導入剤を増量、などだったが、結局効果なし。大音量の目覚時計は、起きないと隣室の迷惑となり、起きて止めれば迷惑にならないが、2度寝をしてしまう。ゲームはやめられないし、早く寝ると約束しても実行できない。3月28日、毎月定例の「JOBサポート会議」でカウンセラーからこのような状況報告があった。 2 状況確認と対策 実態を把握するため同日午後グループホーム訪問。T君の部屋を拝見。部屋の散らかりようから、原因は生活習慣が身についていないことと意志の弱さと判断。パソコンゲームは原因というより、現象である。意志が弱いからゲームをやめられない。それは日々の訓練で強くしてゆくしか方法はない。 発達障がい者は、幼い頃に身につけなければならなかった生活習慣が身についていない。そして対策を考えた。 対策①・・現状を認識させる 本人もこの事態を正しく認識していない。このままならどうなるのか明確にわからせる必要がある。 対策②・・意欲を引き出す 問題を解決するのは、本人である。方法を考える前に、解決しようと本人が決意することが先決。動機付けは本人の大人になろうとする意欲である。 対策③・・生活習慣の改善 朝起きられないのは目覚まし時計のせいではない。基本的な生活習慣は、朝起きてからの手順をルーチン化してゆくこと。意志の弱い子供は習慣化するまで、強制してでも身につけさせるべきである。 対策④・・正しい大人としての認識を与える 立派な大人になるためには、正しい考えをもち、正しい行動をすることだということを教える。 ゲームをすることは悪いことではないが、時間を管理できていないことが問題である。遅くまで起きていて、寝る時間が少なくなるのは本人の勝手だが、絶対に起きて会社に行かなければ、正しい社会人ではないことを理解させること。正しい生活習慣を身につけさせることになれば、T君の生活に入り込むわけで、本人と親御さんの納得が要る。再度、お父さんに来社してもらい、事情を話して指導の了解をとり、一筆書いてもらった。そして翌日、本人を社長室に呼んだ。 3 特訓開始 4月6日。社長室に呼ぶ。 先ず本人に現状を認識させるために、3枚のカードで一つずつ噛み砕いて説明した。 【もしも、このままの状態が続くと・・・】 ①勤務不良で会社をクビになる。 ②給料がもらえないのでお金がなくなる。 ③生活が苦しくなり好きなゲームも買えない。 ④グループホームもいられなくなる。 ⑤あいつはダメな奴だと友達もバカにする。 ⑥両親が泣いて悲しむ ゆっくり説明していけば、深刻な事態を認識できる。「これはヤバイ」と感じなければ、なかなか人は動かないもの。試験勉強だって同じである。 【しかしアドバイスを聞いて起きられると・・・】 ①皆が「よくやった!」と褒めてくれる。 ②両親が泣いて喜ぶ。 ③自立した大人に成長できる。 ④社会に役立つ立派な人になれる。 ⑤会社でも評価が良くなり給料も増える。 人は目標があるから努力する。この努力の向こうに輝かしい栄光があると信じて困難に立ち向かうもの。褒められること、親が喜ぶことがやる気の源泉である。 【朝起きるコツを覚えれば、誰でもできるようになりますが、努力して覚えたいと思いますか?】 A.今のままでよい。クビになっても仕方ない。 B.アドバイスを受け入れてコツを身につけたい。自立した大人になりたい。 当然だが、T君はBを選択した。人生は常に選択の連続である。この場合T君の「自立した大人になりたい心」をくすぐり、それに誠実に語りかけるのである。そして、本人の成長を心から願っていることが伝われば7割は成功する。結果、本人からの「依頼」を私は快く受けることになる(実際は、そのように誘導したのだが)。 これは会社だからできること。この年になってから家庭では恐らく無理。会社では、甘えは許されないことは知っている。社長に畏怖(畏敬と思いたいが)を感じているから可能になる。 『やっぱりそうか。君はやる気があるんだね』 社長からそういわれれば、『いいえ』とは言えない。意欲があることを前提に話してゆくと、本人も(自分は)意欲があると思い込んでゆく。これはカウンセリングのコツでもある。 ●出来ないということの検証 「出来ない」には2つの理由がある。 ①やり方がわからない ②わかっているけどやりたくない わからなければ教えればいい。会社は「仕事をする能力があり、意欲がある人達の集まり」である。だからやりたくないなら、会社も辞めることになる。意欲がなければ、会社には居られない。 4 グループホームで片付け掃除の特訓 4月9日。T君は遅刻した。 午後社長室に呼ぶ。神妙な顔で入室し、恐る恐るこちらを見る。怒った顔はみせないで・・・ 『T君。これではクビになるよ』 『今日から教えてあげるけど、教わりたい?』 (ハイ。覚えたいです。) 素直さがある。 18時にグループホームを訪問(実は会社から歩いて25分程度)。 まず、部屋を片付けることが先決。しかし、初日にきれいさっぱり片付けてしまっては、身に付かないと思うので、段階的に実施することにした。 【本日の目標】 ①服はハンガーにかける。 ②飲み物食べ物は床に置かない。 ③ゴミはゴミ箱に ズボンとシャツや上着をハンガーにかけさせる。 実際に何度も実行させる。食べ物の置き場所も指定した。 4月10日。今日は遅刻しなかった。午後社長室に呼ぶ。 『今日は無事出勤できたようだね。よくやった!』 『昨日は何時に寝たのかな?』 (ハイ。12時頃に寝て、朝8時15分に起きました) 『やれば出来るじゃないか。今日も掃除のトレーニングに行ってあげるけど、どう?』 (ハイ。よろしくお願いします) 18時にグループホームに行く。 昨日片付けたので、床に散らかるものはなくなっている。 【本日の目標】 ①ゴミを捨てる ②掃除機をかける ③雑巾がけ 燃えるゴミ、プラスチック、ダンボールなど分別の仕方は理解しており、ダンボールはガムテープで束ねて捨てることも知っていた。緩慢だが、一つずつコンビニ袋に入れた。掃除機の扱いはぎこちない。細かなゴミを丁寧に取るには至らないが、雑巾がけで小さなゴミもふき取ることにした。 雑巾の持ち方もすすぎ方、絞り方もわからなかった。ゆっくり何度もやらせ、教えた。これは訓練である。繰り返しやらないと身に付かない。教える側も根気がいるが、しかし、T君は真剣にやろうと意欲を見せた。私は、途中で飽きたり嫌がるのではないかと心配していたが、そんな素振りは微塵も見られない。本人のペースで一緒に付き添い、暖かく見守れば一生懸命頑張るものだ。 服が散乱しているのは、しまい方がわからない事と、しまう場所がないことである。収納ダンスが不足しているのでお父さんにも連絡し、一つ購入を勧めた。下着やタオル類も丸めて押し込む感じ。たたみ方がわからない。これらは時間をかけて教えてゆくこととした。 手先が不器用なことは掃除をやらせてよくわかった。心がけるべきは、一度にいくつもの工程を教えないこと。 一つ教えて、次をではない。 一つ教えて、それをよく覚えてから、次をである。 子供の脳は何でも吸収し、覚えが早い。 しかし大人になってしまってからの脳は全く別物である。子供の何倍も時間がかかる(少なくとも2倍や3倍の比ではない)。 これを理解しなければ、発達障がいの支援は難しいものになるだろう。T君は雑巾がけも、実に素直で熱心にやれる。急がせなければ、落ち着いて習得できた。この素直さは宝である。この様子は手紙に書いて、掃除している写真とともに両親に送った。そして、土日にT君が実家に帰った際には、ご両親共に「褒めて」「喜んで」欲しいと書き添えた。子供にとって、親はいつまでも親である。特に発達障がいの子供時代を送った人は、褒められた経験が少ないもの。子供はいつも親の笑顔、喜ぶ顔が見たいのだ。お父さんへの手紙は、2週間おきに書き、7月19まで6回に及んだ。 4月〜5月までの特訓は、グループホームで12回掃除を指導し、26回社長室に呼んだ。遅刻の言い訳を聞いたり、起きられた理由を話し合った。最初は顔を合わせられずぎこちなさはあったが、次第に笑顔も出て自分の意見をいうようにもなった。私はゲームはダメだと言ったことはなく、ゲームも時間も自分でコントロールするのが大人であり、どんなに眠くても強い意志で起きて、会社に行くのが自立した社会人であること、そしてT君がそうした立派な人になりたいという考えはすばらしいことなので、それが実現できるように協力していることをいつも語った。子供は大人扱いすれば、大人として反応してくるものである。 ある日、熱中しているゲームを見せてもらった。競走馬を調教し強くしてレースに出場させるゲームだったが、惰性でやっている感は否めない。ゲームに夢中になっているというより、ゲーム以外の人生の楽しみを知らないかのようだ。 5 ご褒美はカラオケ 6月5日。3日連続して遅刻したと聞き、社長室に呼び出した。叱らずに話を聞く。 『このままじゃ、かばいきれないなぁ』 『T君が社長だったらどうする?こんなに勤務不良の社員はクビにするだろう?』 <T君は、顔をゆがめ申し訳ない顔つき> そして、帰るまでに「誓約書」を書いて持ってくるように指示した。責任者にはT君に書き方を教えるよう伝えた。果たして帰る時間になってT君がやってきた。誓約書には、【パソコンは10時までにやめます。仕事をきちっとこなし、信頼される社会人になれるようにします】と書かれていた。内容は、自分で考えたようだ。云われてやるのではなく、自分で考えて自分で決断し行動するのが自立である。心が成長してきている。 『オーケー、それじゃ、明日以降きちんとやれたら今度カラオケに連れて行っていってやるから頑張れ!』と激励した。凄く嬉しそうだった。 子供は褒められながら自信を身に付け、意志を強くしてゆくもの。こうしたやり取りが重要である。その週は遅刻なく、金曜日に社長室に呼んだ。 『だいぶ調子いいようだね、何で上手くいってるの?』(えっと・・・起きようと思ったからです) 『そりゃすごい。思ったとおりにやれたんだ』 (今までも思っていなかったわけではありませんが、何か今は、強く思っています) 『ようし、それじゃ来週木曜日にカラオケ行こう!その日は大丈夫?』(ハイ。(笑顔)) 翌週6月11日の月曜日、いきなり遅刻した。通常、日曜日の夜遅く実家からグループホームに戻るので、翌日の月曜日は遅刻が多かった。済んだことは仕方ない。夕刻、社長室に呼んだ。 『今日はどうだった?』(あっ、遅刻しちゃいました) 『いかんなぁ、夜遅かったのか?』(あっ、ハイ!すみません)『先週は良くできたので、社長も嬉しかったし、今週もやれば出来ると思うので、気持ちを強く持って頑張れよ!』(あっ、ハイ!) 社長室に呼ぶたびに、一つずつ注意を与えた。 まず、立ち方。背筋を伸ばし腹筋に力を入れて、両手は前か後ろに組む。お辞儀の仕方などを指導した。また、ズボンは折り目が必要なこと。シャツの襟なども直させた。障がいがあるので、上手くできないことはわかっている。それを責める必要もないが、正しい状態を教えなければ、いい年になっても「非常識な大人」になってしまう。時間がかかろうが、学びを助けるのが支援なのだ。 カラオケは敢えて普段顔を合わせないメンバーにした。40才の営業幹部社員、近所に住む70才の鳶職のSさん(男性)と弊社ビルの清掃に来てくれている65才のKさん(女性)と社長である。年配の大人たちに混じっての緊張感溢れる貴重な社会経験である。T君はミスチルやサザン、米米クラブ、SMAPなど幅広く9曲も歌った。途中、T君が離席したのでトイレかなと思ったが、なんと私達の為にドリンクを運んでくれた。 こうした気配りが出来れば、特訓の終わりは遠くない。帰りには「お礼」の言葉も忘れなかった。 その後、もう一度カラオケの約束をしたが、あろうことかその当日に遅刻した。想定外のことが起こるから人生は面白い。今回は中止とするが、ちょうど良い指導の機会である。約束を守れなかったときの対処、つまりお詫びの仕方を指導することとした。遅刻したのでT君へのご褒美がなくなったのは自業自得で仕方ないことだが、自分だけの問題ではない。他の人たちに「失望」を与え「信頼」を裏切ったことを認識させた。そして社長室で詫びの言葉を言わせた。人生に失敗は付き物である。その時、どう対応できるかが社交力の一つ。こうした経験も数を重ねるほど上達するものである。 6 終わりに 障がい者支援の要諦は「自立支援」である。 発達障がい者の場合は、特に幼児期に身につけているはずの様々な習慣や、考え方、所作が身についていない。そして子供同士の遊びから人間関係や配慮を学ぶものだが、これらを大人になってから習得するのは大変な努力が要るし、教える側も相当な忍耐が必要だ。しかし基礎がなければその上に何を積み上げても定着しないもの。やはりこれを抜かすわけにはいかない。特に衣食住に関わる基本的な生活習慣は、毎日実践すべきである。 今回のT君の場合、ゲームやパソコン知識は20才だが、片付け、掃除は5才、服装、身だしなみは10才である。しかし歯を磨いたり風呂に入り洗濯をする習慣は身についているし、政治問題や企業の動向にも興味があり知識も持っている。人は苦手なことはやりたくないし、嫌なことは遠ざけるものだが、自分を成長させたいという意志があり、それを温かく見守り支援しようとする気持ちが伝われば努力できる。29才の大人が掃除してると思わず、5才の子供が懸命に掃除していると思えば、褒めてやってもいい。結局、遅刻は解消された。障がいによる困り具合は、人により千差万別だが、重要なことはその人にとって何が支援のポイントかを見極めることに尽きる。本人の言うことを鵜呑みにして、結局ピントの外れた支援とならぬよう心がけたい。 障がい者の職域拡大についての事例発表 ○大野 栄人(ソニー・太陽株式会社 ビジネス推進部品質保証課 課長) 安倍 正大(ソニー・太陽株式会社 ビジネス推進部品質保証課) 1 はじめに ソニー・太陽株式会社は、社会福祉法人太陽の家とソニー株式会社が共同出資し、ソニーの特例子会社として1978年1月に設立された。社員構成は障がい者116名、健常者64名であり、障がい者の比率は64%である。事業内容は、業務用/民生用マイクロホンの設計、製造、修理業務と業務用カムコーダーのレコーディングユニット等を製造している。全ての職場、職制において障がい者と健常者が分け隔てなく働いている事が特徴である。国内ソニーグループでは、2007年から、当社で蓄積した雇用ノウハウを活用し、「自律を目指す障がいのある方々が障がいを感じない、感じさせないいきいきと働ける職場環境」の構築を目指している。 2 テーマの概要 09年より、聴覚障がい者が品質保証課に配属された。ソフト、ハード面の環境整備を行いつつ、受入検査、出荷検査、製品評価、パネル再脱気業務など多数の業務にチャレンジしている。聴覚障がいがあっても工夫をすることで幅広い業務ができることを実感してもらい、そこから本人の責任感、やりがい、積極性を引き出したい。 【本人のプロフィール】 28歳、男性、聴覚障がい、主なコミュニケーションは口話、手話、筆談。長所はおおらかで物おじせずに、はっきりと自分のことをはなす。逆に自分の能力は周りの人と比較して高くない、難しい業務はできないと自分自身で過小評価しているところがある。 3 取り組み まずは品質保証課内にある業務で、聴覚障がいによって、現状でできることとできないことを調査。その上でできることから取り組み、できないことを工夫してできるようにしていくという流れで改善を進めた。 【業務調査】 個々の業務の中で、配属当時での業務対応可否を想定したものが下記表となる。 品質保証課業務抜粋 詳細は各々の業務に携わりながら、問題点を克服しながら進めて行った。 【主な問題点】 ①部品検査、出荷検査、製品評価業務 可能:一般検査業務(下記以外) 一般評価業務(下記以外) 付帯業務 不可:音を聞き分ける検査・評価 ②パネル再脱気業務 可能:脱気業務 ③全体を通して 電話対応は難しく、社外との調整や交渉に困難を要する。 【部品検査業務】 まず最初に従事してもらったのが部品保証業務。理由は品質保証課の業務の中で、比較的現状でも可能な業務が多いことから、選定。 ・主な業務 ①部品受入検査 ②検査基準書の作成 ③検査成績書の作成 ④部品パートナーへの改善指示、交渉 ⑤社内トラブル処理 音を聞く検査については、別途出荷検査業務で説明する。 上記、①②③については、健常者と同じように配属研修・教育を行い、スキルを身につけてもらった。本人とのコミュニケーションの中で、配属前の品質保証課の印象として、難しいことをやっていると感じていたとのこと。これは本人が得る情報は健常者と比較して少なく、視覚によるもののみで、聴覚から得られるものが全くないことが影響しているからだと考えられる。 【ポイント①】本人の意識向上 ここでのポイントは健常者と同じことができる、同じことをやっていると感じてもらう事。やってみると難しいことではないと言う事を理解してもらった。一見難しそうな業務だと思っていても、やってみると自分でもできると理解してもらいたかった。 【ポイント②】コミュニケーション 方法は、筆談、口話、手話がメインとなる。正確に伝わっているのか?お互いに理解しているのか?ということが重要である。聴覚障害の方々は相手の口元の動きが見えながら、何を言っているのかわからない状態をストレスと感じている。これは、日本人が海外に言って、言葉が通じない状態で打ち合わせを行うのと同様で、意志の疎通を図れないためストレスがたまってしまう。この状態が続くと、業務への意欲や積極性がなくなり、そのまま放置すると業務ができなくなることもあり得る。よって、上記方法を使いながら、業務上のチューターとお互いの意思が通じていることを確認しあいながら、業務スキルを上げて行った。 【課題の克服】社内外との連携 一番の課題は社外の部品パートナーとの業務交渉、調整業務となる。健常者の場合であれば、メール、FAXでポイントを記し、電話で詳細や細かいニュアンスを伝えることができるが、聴覚障がいのある方々は電話と言うツールは使えない。そこで、メールとFAXだけで相手先との意思疎通を図る必要がある。 【ポイント①】チューターのフォロー まずはチューターを付け、社外とのやり取りの際の過不足をフォロー。誰でもそうだが、最初からうまくはできないという意味では、障がいの有無に関係なく健聴の新人と同じである。 【ポイント②】相手先の理解 やり取りをする相手先にこちらの状況をご説明し、理解いただくことから業務を始めた。チューターから相手先に、聴覚障がいのある担当者が対応する旨を伝え、了承いただいたところから業務を開始した。そこから先は通常と同じだが、できる限りお互いが理解できるように資料に写真や絵を挿入し視覚的に理解しやすい工夫を加えるようにした。副次効果だが、健常者間の意思疎通も深めることができ、パートナーとの信頼関係向上につながった。 【出荷検査】 ・主な業務 ①出荷検査 ②計測検査 ③出荷検査報告書作成 ④品質月次報告(社外) 【課題の克服】音を聞く検査 上記表は、聴覚障がいのある本人が現状できる出荷検査を表したものである。 当社では、マイクロホン、ヘッドホンという"音"を価値として提供している商品が主流となっている。その商品を生産するにあたり、音を評価することが商品の価値を決める大きな要素となる。当社で音を評価する方法として、計測検査と官能検査がある。現状、聴覚障がいのある方は、官能検査(音を直接耳で聞いて判断)をすることができず、職域に制限があることが課題となっている。通常であれば、官能検査を計測できる装置を開発し、誰でも検査ができるようにすることが一番の解決方法と考えるが、今回は製品の品質保証を会社全体でどう行うかと言う事を検討することで、出荷検査での官能検査を設備開発しなくても一般的な計測検査に置き換えることができ、職域を拡大した。具体的には、ヘッドホンの品質保証をどのように行うべきかという観点から、当社生産ヘッドホンの市場品質と過去のトラブル状況を調査した。その中で音に関するものがどの程度あるのか?その内容はどういうものか?を確認したところ、当社で行っている音検査(異常音検査)に関するのものではなく、音の質感や感度差など計測した方がより高い精度で評価できる内容であることが分かった。そこで部品検査、製造検査、出荷検査の各工程で行う検査をもう一度見直すと、出荷検査では計測検査(周波数測定)が最も適しており、導入することで聴覚障がい者でも検査ができるようになった。 個々の組織や機能に限定して障がいのある方の業務を考えると障害の機能を補完するか、組織内で業務を切り分けるかと言う事になるが、今回のように、全社的に品質という切り口で考えると補完する設備開発も不要で、業務を切り分けることなく職域を拡大することができた。また聴覚障がいのある方が配属されることで、物事を違う視点から考える良いきっかけとなり、製品品質の向上にもつながった。 4 本人談 品質保証課に来て、前職(パソコン基板修理)と比べて、多くの業務に携わることができる。また製品の最終検査を任され、自身のミスがそのまま市場品質に直結することから、責任感を強く感じていてやりがいがある。今までヘッドホンは一部の検査(外観、梱包仕様確認)しかできなかったことが、全て完結できるようになりやりがいを感じている。今後は、同様にマイクロホンにも取り組み、会社で扱う商品全ての出荷検査ができるようになりたい。 5 総括 聴覚障がい者にとって、情報保障という観点で言えば、合理的配慮のなかで企業(社会)と本人の求める合理性において最もギャップが大きい1つの要素と考える。その大きなギャップを埋めるにはコミュニケーションによる相互理解が最も重要と認識している。お互いが相手を思いやって、行動することが重要である。まずはお互いを知ろうとすることから始め、理解が深まれば素晴らしいパフォーマンスを発揮できる。今回も本人がどうしたいのか、業務の目的は何かなどお互いに話をしながら進めていくと、どんどん業務範囲が拡大し責任感も増し、今やミスもほとんどなく周りの人や社外の関係者からも信頼されるまで成長した。ただ、本人とも話をしていると聞こえが少しずつ悪くなるとともに体調を崩すことがあると言い、体調管理に心がけているとのこと。聴覚障がいに関わらず、障がいの加齢問題に伴うケアが必要であり、会社の今後の課題として取り組んでいる。 発達障害者の雇用推進における課題と対応 ○笹川 俊雄(埼玉県障害者雇用サポートセンター センター長) 堀口 武夫(株式会社マルイキットセンター) 1 埼玉県障害者雇用サポートセンターの概要 当センター(事業所・埼玉県さいたま市浦和区)は、平成19年5月に、全国初の障害者雇用の企業支援に特化して設立された公共施設であり、平成24年で6年目を迎えている。 設置主体は埼玉県産業労働部就業支援課であり、民間企業の障害者雇用を推進するため、障害者に適した仕事の創出方法、雇用管理や各種援助制度などに関する提案やアドバイスを行い、円滑に障害者雇用が出来るように支援することを目的としている。 スタッフは、現在センター長を含めて14名が従事しており、全員が企業出身者で、企業の障害者雇用や支援等に携わった経験と高い専門性を活かした活動を展開している。 事業は、4つの柱で展開しており、内容は、①「雇用の場の創出事業」、②「就労のコーディネート事業」、③「企業ネットワークの構築と運営」、④は企業・就労支援機関・障害者等からの「相談事業」である。 ①については障害者雇用についての専門的な提案や助言を行い、円滑に雇用が出来るように支援、また②については各地域の就労支援センター等に登録している障害者が就労に結びつくように支援機関や障害者への側面的支援を行っている。 ③については、障害者雇用に理解のある企業ネットワークの推進と拡大をねらいとして、企業等を対象とした障害者雇用サポートセミナーや埼玉県を5地域に分け、地域別障害者雇用企業情報交換会の開催、企業見学のコーディネート等を行っている。 また、企業ニーズを受けて、産業別障害者雇用企業情報交換会や埼玉県内における特例子会社連絡会等も開催している。 さらに、平成23年度からは、特例子会社を対象に障害者雇用に関する研究会を開催しており、平成24年度は2回目の開催となる。 年2回開催の障害者雇用サポートセミナー 地域別障害者雇用企業見学会及び情報交換会 平成23年度より産業別企業情報交換会も開催 年2回開催の特例子会社連絡会 平成23年度から開催の特例子会社を中心とした 障害者雇用に関する研究会 2 研究会開催の経緯と目的 埼玉県に本社を構える特例子会社は、平成24年9月現在、21社あり、社数としては全国順位4位までに拡大してきている。 埼玉県障害者雇用サポートセンターでは、年2回定例で特例子会社連絡会を開催しており、現在抱えている問題や、今後予想される課題についてアンケートを実施している。 23年度は、「障害者雇用における加齢現象と事業所の対応」がテーマとして取り上げられたが、24年度については、精神障害者の雇用促進に関するテーマの中で、特に発達障害者の雇用管理について取り上げて欲しいという意見が多数寄せられた。 発達障害については平成17年4月に発達障害者基本法が施行され、翌平成18年4月には精神障害者に対する雇用対策の強化として実雇用率への参入が実施されたこともあり、用語そのものについての認識はあるものの、雇用の現場で、定義や障害の特性、また職業的課題について理解した上で対応しているかというと不安な点が多々あり、分かっているようで分かっていないのではないかという視点で、改めて知識面の理解から進めて行くこととした。 また、特例子会社21社中、発達障害者支援法が施行以前に認定された会社が9社あり、約4割強を占めており(表1)、当時の採用に際しては、身体障害者と知的障害者の手帳を所持している求職者が主な対象であり、発達障害とその内容については関連機関での研究はまだこれからという時期であったこともあり、知識面の勉強の機会の場も無かった時代でもある。 表1 特例子会社の認定後経過年数 認定後経過年数 社数 構成比 16年以上 1社 4% 11年〜15年 5社 24% 6年〜10年(平成17年以前)3社 15% 5年 4社 19% 4年 1社 4% 3年 2社 10% 2年 1社 4% 1年 2社 10% 1年以内 2社 10% 合計 21社 100% 障害のある従業員数は、平成24年4月現在の19社集計では合計630名、内訳は知的障害者が442名、身体障害者が145名、精神障害者が43名となっている(表3)。 研究会を進める上で、障害者手帳だけでは発達障害者か分からない面もあるため、日々の雇用管理を通じて発達障害の特性を持っていると思われる対象者数のアンケートを実施したところ、88名が対象として挙げられた。発達障害の種類としては、自閉症が74%と一番多く、次いでアスペルガー症候群の19%、以下注意欠陥多動性障害、学習障害の順であった(表3)。特例子会社19社の知的及び精神障害を持つ従業員合計を分母とすると、発達障害者の割合は約1割前後とみられる。 この結果を受けて研究会は、「発達障害者の雇用推進における課題と対応」をテーマに設定し、参画型で実施することとした。 表2 特例子会社の障害種別状況 障害種別 人数 構成比 知的障害者 442名 70% 身体障害者 145名 23% 精神障害者 43名 7% 合計 630名 100% 表3 アンケートによる発達障害者数 発達障害の種類 人数 構成比 ①自閉症 65名 74% ②アスペルガー症候群 17名 19% ③注意欠陥多動性障害 5名 6% ④学習障害 1名 1% 合計 88名 100% 3 研究会の進め方と成果の活用 研究の進め方は、埼玉県障害者雇用サポートセンターが事務局となり、特に知識面の理解を図ると共に、各社で現在抱えている問題や課題事例を持ち寄り、その原因が障害特性によるものなのか、個別特性によるものなのか、また対応の在り方はどうすべきなのか等を専門分野の講師を招き、アドバイスを通して情報の共有化を図ると共に、参加会社における先行取り組みの事例についても学ぶこととした。 また開催数は5回とし、平成24年6月から9月まで、表記のスケジュールに基づいて実施した(表4)。 表4 研究会における各回の討議テーマ 第1回 発達障害特性と職業的課題の理解 第2回 各社の問題及び課題事例の発表 第3回 他社の取り組み事例に学ぶ① 第4回 他社の取り組み事例に学ぶ② 第5回 各社の今後の取組みを発表 参加会社は、埼玉県在所の特例子会社中心に19社となり、参加者も合計で32名の参加となった。 またオブザーバーとして、3名参加していただき、幅広い意見交換の場を提供することが出来た(表5)。 講師については、基礎知識の理解を図るために第1回は、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 埼玉障害者職業センターの主任障害者職業カウンセラー安房竜矢氏に、また第2回は、埼玉県発達障害者支援センター「まほろば」のセンター長藤平俊幸氏にそれぞれ依頼、討議の導入部分としての講義とアドバイスをお願いした。 また、成果の活用としては、研究会の討議を参考に、各社における今後の取り組み方のまとめを第5回に発表することで共有化を図ることとした。 表5 参加会社名と参加者名(㈱は株式会社の略) 4 知識面の理解と各社の事例発表 (1)知識面の理解 第1回では、知識面の理解として、「発達障者の特性と職業的課題」の内容で、安房竜矢氏に発達障害の理解と対応について講義いただき、①社会性の障害、②コミュニケーションの障害、③想像力の障害があり、特に自閉症スぺクトラムのある方は、これらの三つの領域に特徴があることと、原因としては中枢神経系に生じた機能的な隔たりであり、本質的な特徴はしつけや教育により治癒したり無くなるものではないこと、特性の表れ方にはきわめて個人差があり、個々の特性は置かれている環境で強みにも弱みにもなることを学ぶ。 職場での対応のポイントとしては、①場面や物事を分かり易くするといった『構造化』を図ること、②発達障害の感覚特性、社会的な特徴に配慮する等『疲れにくい環境を作る』こと、③『強みを活かす』、④『支援機関・サービスの利用』で採用計画・採用活動・雇用定着等の各ステージにあわせた支援を得ることの説明と、雇用促進のツールとして、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター発行の「発達障害について理解するために−事業主の方へ−」(2012)のチェックリストの紹介をいただく。 (2)各社の事例発表 第2回は、参加各社の中で、現在雇用管理上、苦慮している事例や対応の在り方についての課題等を発表していただき、藤平俊幸氏の専門的アドバイスを通して取り組み方について学ぶ形で実施した。 5 他社の取り組み事例に学ぶ 第3回と第4回については、参加会社の中で先 進的に取り組んでいる3社から報告をいただき参 加各社の今後の取り組みの参考にすることとした。 (1)㈱マルイキットセンターの取り組み ㈱マルイキットセンターは、㈱丸井グループの特例子会社で、平成15年に設立。事業は用度品のデリバリー、商品検品、印刷サービス等。 平成24年9月現在で障害のある従業員は34名、内10名が発達障害を持つ従業員。 沿革は平成4年に遡り、当時は発達障害の概念がまだ無い時代であり、『人に仕事を合わせる』発想で働く環境整備や定着面でのフォロー体制の確立を進めてきた経緯があり、分かり易く、作業し易い職場設計や業務手順マニュアルの作成は、業務の標準化や構造化に繋がってきたといえる。基本の継続による安定と変化による成長とのバランスを取った運営や、朝のミーティングや茶話会またご家族や支援機関とのコミュニケーションの継続も雇用管理上における重要なポイントとなっている。 直近では、業務を進める上で課題を抱えているメンバーについて、個別に外部の専門家のアドバイスを参考にしながら改善の支援も実施している。 (2)㈱アドバンテストグリーンの取り組み ㈱アドバンテストの特例子会社で、平成16年に設立。事業は館内清掃、緑地美化、社内メール郵便、調理パンの製造販売、日中守衛、寮管理等を行っている。 平成24年9月現在で、障害のある従業員は23名、内3名が発達障害を持つ従業員。スタッフ間で事例の原因と対応を共有化しており、働き易い職場環境作りを目指し、『人のアプローチ』として周りの理解と協力作りを目標に、ほめることによるモチベーションや外部講師によるソーシャルスキルズトレーニング(SST)研修の実施でコミュ二ケーション能力の向上に取り組んでいる。また、『物のアプローチ』では、誰もが楽に作業できるようにという視点で、作業の標準化を目指し、単純化と手順書化を進めている。 (3)㈱エム・エル・エスの取り組み ㈱エム・エル・エスは、㈱松屋フーズの特例子会社で、平成12年に設立。事業はクリーニング、リネンサプライ、洗剤、フラワー、リサイクル等を行っている。 平成24年9月現在で、障害のある従業員は57名、内8名が発達障害のある従業員。会社としては、『障害の有無や種類に関わらず同じ仕事を行うことが基本である』とし、身体機能や適性による配慮はしているが、自閉的傾向があるからということで、特別な配慮はしていない。業務を細分化の上、業務分担をローテーションにより実施しており、一人ひとりの配置についてきめ細かな対応を行っている。 また、コミュニケーションを大切にしており、担当者の相談員による月1回の面談に加えて、3ヶ月に1回、担当役員による全従業員面談を実施している。この中で契約内容の更改と共に目標設定や動機付けも行っており、日々の支援により挨拶や会話が苦手なメンバーも話すことが出来るようになるという変化・成長に結びついている。 6 おわりに 今回の研究会で、発達障害について分かっているようで分かっていなかった事を知ることが出来たこと、またこれからさらに雇用促進していく上で、参考となる取り組みのヒントが共有化出来たことは有意義な成果になったと考える。 参加会社を代表して、㈱マルイキットセンターの事例について、堀口武夫氏に「発達障がい者の雇用支援について」として、発達障害者の従業員に対する業務上の工夫や、配慮への取り組みについて具体的に本発表会で発表することとした。 【参考文献】 1)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:「発達障害者と働く」(2012) 2)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:「発達障害者のための職場改善好事例集」(2012) 3)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:「発達障害を理解するために2−就労支援者のためのハンドブック−」(2012) 4)磯部潮著 光文社新書:「発達障害かもしれない」(2005) 5)杉山登志郎著 講談社現代新書:「発達障害の子供たち」(2007) 6)杉山登志郎著 講談社現代新書:「発達障害のいま」(2011) 7)星野仁彦著 祥伝社新書:「発達障害に気づかない大人達」(2010) 8)星野仁彦著 祥伝社新書:「発達障害に気づかない大人達〈職場編〉」(2011) 9)山下成司著 平凡社新書:「発達障害 境界に立つ若者達」(2009) 10)竹内吉和著 幻冬舎ルネッサンス新書:「発達障害と向き合う」(2012) 11岡田尊司著 幻冬舎新書:「アスペルガー症候群」(2009) 12)ジュリー・マシューズ著 青春新書:「発達障害の子どもが変わる食事」(2012) 発達障害者の雇用支援について 堀口 武夫(株式会社マルイキットセンター 常務取締役) 1 マルイキットセンターの概要 当社(本社・埼玉県戸田市)は、平成15年に㈱丸井グループの特例子会社として設立された。現在48名の従業員が勤務しており、そのうち34名が障がい者の方々(以下「メンバー」という。)である。障害種別は知的23名(発達障がい10名含む)、身体11名(うち聴覚8名)。勤務時間は午前9時から午後5時40分までの1直制をとっている。主な業務は用度品のピックアップ・デリバリー業務、宝飾・時計の検品業務、印刷サービス業務である。 2 沿革 平成4年、㈱丸井(現・丸井グループ)の総合物流センター内に開設された「戸田キットデリバリーセンター」が前身である。グループの営業店で使用する包装紙・伝票・事務用品等「用度品のピックアップ・検品・出荷業務」を、知的及び身体障がい者の職域として丸井本社総務部・人事部合同のプロジェクトで開発・運営を開始した。開始当時から自閉症(現在の発達障がい者)の方々の雇用を行なっている。 平成17年4月には、宝飾・時計の「商品検品業務」を聴覚障がい者の新職域として開発。また、翌年、平成18年4月からは、知的障がい者を対象に加齢対応を踏まえた軽作業の「印刷サービス業務」を開始し、現在に至っている。 3 平均年齢、勤続年数等 メンバー34名の内訳は、男性20名、女性14名、重度判定者は14名。また、最高年齢は55歳、最低年齢は19歳である。 用度品・印刷サービス担当26名の知的・発達・身体障がい者メンバーの平均年齢は35.3歳、平均勤続年数は11.2年である。そのうち、発達障がい者メンバー10名の平均年齢は29.4歳、平均勤続年数は8.6年である。検品担当8名の聴覚障がい者メンバーの平均年齢は29.1歳、勤続年数は5.4年である。 4 発達障がい者の雇用への取り組み (1)発達障がい者の雇用の経緯 当社では、20年前の開所当時から、自閉症の方々の雇用を行っている。業務を開始するに当って、初代責任者(所長)が高田馬場にある「心身障害者職能開発センター」で10日間研修を受け、自閉症の方々の障がいの特性を教えていただいた。現在、発達障がい者メンバーは10名(広汎性発達障害、自閉症及び自閉傾向、アスペルガー症候群、ADHD傾向)が在籍している。 (2)発達障がい者の特性と雇用の工夫 用度品業務の立ち上げに際しては、発達障がい者メンバーの特性を踏まえ、心身障害者職能開発センターで教えていただいた事も考慮し、様々な工夫を行った。それは、現在自閉症の方々への配慮の方法としての「構造化」の考え方・手法に相当すると思う。以下当社での用度品業務を中心に、その内容、仕組みの工夫を紹介する。 (3)用度品業務における工夫 ○用度品業務の概略 当社の用度品業務は開始から20年が経過しており、現在は知的・発達・身体障がい者メンバー21名が従事している。 用度品のピックアップ業務は丸井の営業店で必要な用度品(包装紙、リボン、ガムテープ、伝票、文房具等)をデイリーでデリバリーする業務である。倉庫にある用度品をピックアップし、検品後、カゴ車に積み込み、配送に廻す方式をとっている。 ピックアップ係は、障がい者メンバー6〜8名で行なう個人作業である。約300坪、300棚に700アイテムほど置いてある倉庫から、営業店で毎日発注される用度品をピックアップリストに基づきピックアップする。1人1日平均100回ほど倉庫を往復する作業量がある。 検品係はピックアップ係が倉庫から持ってきた用度品が正しいかどうかを検品する業務で、障がい者メンバー1名と支援スタッフ(再雇用社員あるいはパート社員)1名がペアを組んで行う業務である。ペアは3組ある。障がい者と支援スタッフが同じ業務を行なう中で、検品チェックを行なうと同時に、支援・ケアも行える仕組みにしている。 積込係は、検品が終了した用度品をカゴ車に積み込む係で、障がい者のメンバー3名で行う。 以上3つのチームがバトンタッチをしながら作業が進行する。 ○具体的な工夫 まず、ピックアップ係の作業をやりやするために、用度品の倉庫の棚を分かりやすく、作業しやすく工夫している。つまり、構造化をしている。 棚の表示はピックアップ係が持つピックアップリストと表示が一致するようにしてあり、記号・番号を見れば間違いが起こらないように設計している。 700アイテムある用度品の置き方も、リボンなど種類が多いものは、同じ場所に置くと間違えやすいため、わざと分散して置いてある。 棚の高さ、通路の幅員なども作業しやすいスペース取りがしてある。ピックアップ時にリストに押印する時の押印スペースも、棚の一部を当てて確保している。 そのほかにもいくつかの工夫はあるが、これらは、発達障がい者メンバーに限らず、どなたに対しても有効な工夫であり、構造化といえる内容だと思う。以下検品係、積込係も含めて3つの係はそれぞれ業務の手順を「業務手順書」としてまとめている。 ○変えないもの 倉庫からピックアップ係が用度品をピックアップし、検品係が検品をして、積込係がその用度品を積み込んで配送に渡す仕組みは、20年間変えていない。変えないことが、発達障がいのメンバーの安定を生み、就業の継続につながる。 ○変えるもの 一方で変化させるものもある。業務改善、職域の拡大、ジョブローテーションである。 たとえば用度品の業務開始以来15年間使用していた検品台を5年前に変えたケースがある。従来使用していた検品台は台車兼用型で表面に凹凸があったので、伝票を記入するときに下敷きを敷いて記入していた。新型の検品台は表面がなめらかで、下敷きが必要なく、直接伝票記入ができるタイプである。 この切り替え時に、15年使った検品台を変えないで欲しいという声は上がらなかった。特に、変化の対応に課題があると言われる発達障がいのメンバーからも異議の声はなかった。 ここで分かったことは、いい方向への変化は受入れてくれるということであった。その後、検品係が使用していたトレイも、両手で持たなければならなかった従来型から、片手で持てる立体型へ変更したが、このときも変えてくれるなと言う声は一切出なかった。 これは、ユニバーサルデザインの考え方に似ている。だれでも簡単に、正確に、早くできるものは異議なく受入れてくれる。そしてその変化が成長にもつながる。業務改善は障がい者の方々にも提案をしてもらい、いい案は採用し、効果が高ければ表彰もしている。 同様に職域の拡大、ジョブローテーションも行っており、その変化が成長につながっている。 ポイントは変えるものと、変えないもののバランスにある。両方が必要でどちらかではない。 (4)業務を取り巻く仕組み ○役割の明確化 毎日の業務は、用度品の出荷業務、納品補充業務以外にも、朝は体操からはじまり、朝夕のミーティング、通販用通い袋アソート作業、全員での朝夕の清掃まで色々なメニューをこなしていくが、それぞれに役割を決めて、各人が分担してその役割を行なう事にしている。この役割を決める時には、得手不得手や相性もよく見て決めるようにしている。 たとえば、清掃は朝夕全員で行うが、場所・メンバー・清掃方法はすべて月間単位で決めて、清掃チェック表で個人ごとに終了した場所を押印していく方式で行っている。これも構造化の手法を用いている。 また、スケジュールの変更、新規事項の伝達等はすべて事前に伝えるようにし、発達障がい者メンバーの変化対応に課題がある面を気づかう配慮としている。 業務から外れる休憩時間も大事であるという認識のもと、ニーズに応じて休憩室もいくつかの休み方ができるように構造化している。 ○目標管理 ピックアップの件数をベースに月間単位で、目標管理を行い、成績優秀者は表彰も行っている。また、件数データの継続収集により、生産性の変化を把握する事が可能になっている。 ○毎日の朝のミーティング 当社では毎朝ピックアップ業務を始める前に約1時間障がい者のメンバーとミーティングを行っている。一人1話題ずつ用意したものを発表する。話題はなんでもよく、昨日見たテレビの話題、好きな歌手、Jリーグ、大リーグ、社会的な事件まで様々である。これはみんなの前で話すことにより会話の訓練になっている。また、社会勉強にもなり、自己表現をすることにより、その日の調子がわかる、ケア支援になるという面も重要である。 朝のミーティング風景 コミュニケーションの苦手な発達障がいのメンバーもこの毎日の発表と会話の訓練により、だんだんと話しができるようになって行く。 ○毎月のボーリングの会 20年前の開所以来、毎月1回かかさずボーリングの会を業務終了後に行なっている。自由参加であるが、発達障がいのメンバーの参加率は高く、みなさん毎月とても楽しんでいるが、これは余暇の構造化の一例だと思う。 (5)発達障がい者の支援の具体例 ①自閉症で常同行動の強いAさんの例 Aさんは入社後徐々に自閉症特有の「常同行動」(両手を前後に動かす動作)が増加し、勤務開始4年目に入ると、ピックアップ件数実績が、全体平均の50%台に低下してきた。早くやって欲しいと言うと、逆に遅くなってしまうという悪循環に陥っていた。このままの傾向が続くと業務全体に支障が出るので、発達障がい者支援に造詣の深い先生にアドバイスを頂き、いくつかの工夫を行なった結果、常同行動が減少し、生産性が上がってきた。 一つ目の工夫は、ピックアップ時の常同行動が生産性を低下させていたので、Cさんにカートを使用してもらうことによって、ピックアップ工程の構造化をさらに進めたこと。 さらに、音に対して「感覚過敏」の傾向があったので、耳栓を使用したり、「発達性協調運動障害」で身体の動きがかなり硬くなっていたので、その姿をビデオにとってご本人に見せたりしたことが、いい方向に働いたと思われる。 ②広汎性発達障害でADHD傾向のBさんの例 Bさんは常に落ち着かず、多弁でアニメ好きということもあり、アニメ言葉が会話に頻繁に出ていた。ミスや落し物も多く、通勤路や作業所内を走って危ない等いくつか課題をかかえていた。 ご家族と就労支援組織の方とネットワーク会議を開き、方針を決めてBさんの定着支援を進めることとした。まず、アニメ好きでアニメ関連グッズを職場に持ち込んでいたので、「知的障害や自閉症の人たちのための見てわかるビジネスマナー集」を活用し、持ち込みを制限した。 走って危ないという点に対しては、職場と最寄りの駅の通勤ルート上の危険な箇所を写真に撮って、具体的に注意するポイントをビジュアルに編集し、ご本人に示した。 その後いくつかの課題に対して、段階的に構造化の対応を重ねた結果、徐々に多動傾向が納まるようになっていき、同時に業務上のミスも減少した。 ③自閉症で過去にいじめ体験ありCさんの例 Cさんは前職で激しいいじめの経験があり、キットセンターでの勤務開始後は、そのつらい経験をかかえて無口であり、年に何回か「フラッシュバック」を起こしていた。 3年ほどたったある日、かなり激しいフラッシュバックを起こした時に、障がい者の同僚が「Cさん、キットセンターだから平気だよ」と声をかけた。 これがきっかけになり、Cさんは活き活きと働くようになっていった。目に見えて発言の回数が増え、毎月の表彰回数も増加した。ご家庭でもCさんの会話頻度が増え、その変化にお母様からも、びっくりして電話がかかってきた。 障がい者の方々のチームワーク(ピアサポート)が、いじめのつらい経験を癒したケースだと思う。 (6)カウンセリングとリハビリテーション 自閉症の3つ組といわれる「社会性、コミュニケーション、想像力の質的障がい」に対する配慮の必要性を支援スタッフにも日頃から話している。 発達障がいのメンバーに限らず、何か気になることがあればまず聞くというスタンスで望むことが大切だと思う。我々はカウンセリングの専門家ではないが、カウンセリングの入り口に立つことはできるということだと思う。 また、リハビリテーションの考え方のひとつとして、限界をもうけないで、チャレンジするということがあると思う。コミュニケーション障がいを背負う発達障がい者の方々に、毎日粘り強く働きかけをすれば、コミュニケーションの技量は着実に上がっていく。 (7)栄養関連 栄養が身体に及ぼす影響は大変大きいものがあると思う。最近、糖分の過剰摂取傾向が言われている。これは二つの面で影響がある。一つは糖尿病への道となること。これはどなたにも可能性がある病気である。もう一つは精神発達面への影響である。 五大栄養素をバランスよく食べること、野菜から食べること、食後に運動すること等が、効果的であることが分かってきた。折に触れ、栄養の話しを伝えているが、何をどういう順番に食べるかというアドバイスは、障がい者の方々・支援の方々双方が元気に活躍するために、重要なことと思っている。 国立がん研究センター東病院での知的障がい者雇用の取り組み −病院らしい業務の探求と実践− 長澤 京子(独立行政法人国立がん研究センター東病院 ジョブコーチリーダー・障害者職業生活相談員) 1 はじめに 障がい者の働く意欲の高まりとともに、その多様性に応じた、新たな雇用創出が求められている。医療・福祉分野での就職件数増加が著しい昨今、病院は、雇用の受け皿としての社会的役割を期待できる場として、注目されている。現況では、病院就労の知的障がい者の職種は、清掃関連業務が主流である。清掃等を業者委託とし効率を優先する病院も多い中、雇用の拡充を望むには新しい職域を開拓することが不可欠な時期にある、と考えられる。 平成23年度より、国立がん研究センター東病院では、知的障がい者を事務助手として採用している。理念は「障がい者の可能性を見極め、機会を提供し、職業的自立を目指す」「病院らしい業務を開拓し、障がい者の職域を広げる」「他職員の時間的余裕を創造し、より専門的な業務へシフトできるようにする」の3項である。現在、4名の知的障がい者が、ジョブコーチの指導の下、病院らしい業務に特化した職域に従事している。 本稿では、職域拡大の観点から、病院らしい業務に関する業務内容の一部を提示し、医療現場の特徴を踏まえた職域開拓の留意点を挙げる。また、実際の取り組みで得られる効果について、依頼者側・障がい者側双方に調査し、新しい職域としての病院らしい業務の有益性を考察する。 尚、本稿では「病院らしい業務」を本発表上の共通言語とするため「看護師の職務のうち専門職でなくとも従事できるもの」と狭義に定義する。 2 病院らしい業務の探求 (1)業務内容 医療専門職の職務の中には、本来業務の周辺業務が数多く存在する。当院では、その多種多様な病院らしい業務を、知的障がい者が代行する。業務を概観するため、以下に、病院らしい業務の一部を「イ」医療関連物品の説明「ロ」業務内容、として記載する。 ①シート業務 イ・・点滴や採血をする際に、血液の逆流等での汚れを防ぐため、患者さんの腕の下に敷く使い捨てのシート ロ・・ロール状のシートを、ミシン目で切り離し、鋏でカットし、折りたたむ。 ②注射針業務 イ・・点滴等に使用する針 ロ・・連結した状態のカバーに包まれた注射針を、一つ一つ切り離し、取り出しやすく箱詰めする。 ③ネット業務 イ・・通院の患者さんが、液体抗がん剤を入れて持ち運ぶための、ネット状の袋 ロ・・患者さんに渡しやすく保管がしやすいよう、折り畳み、小さくまとめる。 ④点滴台点検 イ・・点滴の台 ロ・・汚れを拭き、磨く。 ⑤固定用絆創膏カット業務 イ・・患者さんの身体に装着された管を固定するための、直接肌に貼る絆創膏 ロ・・用途により様々な形状にカットし、角をとり、割りを入れ、切り込みをいれる。 (2)職域開拓の留意点 病院を就労の場として捉える時、医療現場ならではの特徴を認識し、留意すべき事項がある。病院らしい業務に取り組むには、少なくとも以下のことを踏まえておく必要がある。「イ」特徴、「ロ」留意点、として記載する。 ①在庫を置かない イ・・効率的在庫管理システムによる物品の供給と管理がなされているため、余剰な在庫がない。 ロ・・多種多様な作業を組み合わせたスケジュール管理が必要である。また、医療消耗品等は現物を扱うため失敗できず、ジョブコーチが予め体験することにも限度があると知る必要がある。 ②時間帯が決まっている イ・・患者さんの治療や活動時間に合わせて、業務が出現する。 ロ・・障がい者の勤務時間との照合が必要である。 ③導線が長い イ・・大病院は広く、移動手段が混雑している。 ロ・・各病棟と作業場間の移動時間を加味する必要がある。 ④職員が多忙である イ・・納品等の約束事を打ち合わせる時間の確保が難しい。 ロ・・開拓に時間的余裕をもつ必要がある。 ⑤清潔は基本である イ・・清潔に対する要求水準が高い。 ロ・・劣化や不衛生に陥らないよう作り置きを避ける必要がある。 ⑥商品でなく消耗品である イ・・消耗品に絶対的完成度は求めない。 ロ・・質の基準が曖昧であるがため、設定をどこにするか熟考し伝達する必要がある。 ⑦患者さんが存在する イ・・患者さん優先である。 ロ・・患者さんへの接遇を課題にする必要がある。 ⑧知的障がい者の職というイメージが無い イ・・前例や成功事例等の情報がない。 ロ・・実現可能性や困難さが予測しづらく、緻密なアセスメント後に計画を立案する必要がある。 3 病院らしい業務の実践 (1)他職員の時間的余裕の創造 病院らしい業務の依頼者である看護部への調査により、時間的軽減の有無について、明らかにすることを試みる。尚、内容は一部を除き原文のまま記載する。 ①対象者 看護部長、副看護部長、病棟8病棟と通院治療センターの看護師長(もしくは看護師長代理) ②人数 12名 ③質問内容・回答 Q:看護部の周辺業務を知的障がい者に依頼している部署の関係者に質問致します。彼等が代理で働いたことによる仕事の軽減は感じられましたか。以下のⅰ〜ⅴより選択して御回答下さい。 ⅰ強くそう思うⅱそう思うⅲどちらともいえないⅳそう思わないⅴ全くそう思わない A:ⅰ4 ⅱ8 ⅲ0 ⅳ0 ⅴ0 ④調査方法 アンケート(用紙を配布回収) ⑤意見・感想(自由回答欄より関連内容を抽出) 「看護部の業務は、多岐にわたり、細かい使用物品の準備や物品のメンテナンスなどに時間がとられている。また、焦った気持ちでやっているため、雑な仕上がりになることが多いです。その部分を実に丁寧にやっていただけるので、上手く連携をとったり調整をしていくことで力になっていると思います」「仕事の仕方が非常にきれいで、完成度も高い。依頼している業務内容は今まで看護師が行っていたことであり、お互いが満足できていると思われる」「仕事の軽減につながっているので更に職域が拡大されることを期待している」 (2)障がい者のやりがいとプライドの獲得 御本人・御家族・支援機関への調査により、やりがいとプライドの獲得の有無について、明らかにすることを試みる。「イ」対象者「ロ」人数「ハ」質問内容・回答「ニ」調査方法「ホ」意見・感想(自由回答欄より関連内容を抽出)とする。尚、内容は一部を除き原文のまま記載する。 ①御本人 イ・・病院らしい業務に従事する知的障がい者 ロ・・4名 ハ・・Q:病院で働いて、看護師さんたちの仕事をしてみて、やりがいを感じますか。ⅰ〜ⅴの中のどれを選びますか。 ⅰ強くそう思うⅱそう思うⅲどちらともいえないⅳそう思わないⅴ全くそう思わない A:ⅰ4 ⅱ0 ⅲ0 ⅳ0 ⅴ0 ニ・・聞き取り ホ・・「強いやりがいをもてた」「障がい者でも出来ると分かった」「看護師さんの役に立ててうれしい」「なかなか出来ない仕事をしていると思う」「御礼を言われる・使ってくれると嬉しい」「もっと沢山仕事がしたい」「休みたくない」 ②御家族 イ・・知的障がい者と同居している御家族 ロ・・4世帯4名(内1世帯は未実施) ハ・・Q:当院で働く知的障がい者の就労前後の様子を熟知する御家族の方に質問致します。病院らしい業務に携わることが、御子息・御令嬢のやりがいやプライドの獲得に繋がっていると感じますか。以下のⅰ〜ⅴより選択して御回答下さい。 ⅰ強くそう思うⅱそう思うⅲどちらともいえないⅳそう思わないⅴ全くそう思わない A:ⅰ1 ⅱ2 ⅲ0 ⅳ0 ⅴ0 ニ・・アンケート(用紙を配布回収) ホ・・「自信をもち、そのことで、自分自身をさらに高めて行ける行動をとれる様になってきました」「自信がついた」「感情のコントロールが以前よりできるようになった気がします」 ③支援機関 イ・・障がい者の就労支援関係者 ロ・・4支援機関4名(内1支援機関は未回答) ハ・・Q:当院で働く知的障がい者の就労以前の様子を熟知する就労支援関係者に質問致します。病院らしい業務に携わることが、彼らのやりがいやプライドの獲得に繋がっていると感じますか。以下のⅰ〜ⅴより選択して御回答下さい。 ⅰ強くそう思うⅱそう思うⅲどちらともいえないⅳそう思わないⅴ全くそう思わない A:ⅰ2 ⅱ1 ⅲ0 ⅳ0 ⅴ0 ニ・・メールによるアンケート ホ・・「表情がとても明るくなり、仕事をしているという自信がついたように感じます」「就職して相手から頼りにされている存在だと分かった時点で、人生に対して前向きになってきた気がする」「働くことへの自覚と責任感がつき、社会人としての凛々しさが感じられるようになった」 4 考察 調査の結果、病院らしい業務に障がい者が従事することは、医療専門職の時間的余裕の創造を可能にする、と示せた。時間の創出分を、より専門的な本来業務にシフトできれば、医療の質の向上にも繋がる。一方、障がい者は、病院らしい業務を担当することで、やりがいやプライドを獲得することができている。このことは、職業的自立を促し長期的職場定着に反映すると考えられる。 病院らしい業務に取り組むには、病院特有の準備性が求められる。それを踏まえた上で環境を整えれば、病院らしい業務は、医療専門職・障がい者双方にとって、よい効果をもたらす有益性がある職域、と成り得る。 尚、東病院での取り組みは約1年半を経過したところであり、実績、及び、事例数の少なさから、調査の妥当性には課題が残るため、再検証の余地がある。 5 おわりに 病院は、対人援助の場である。当院のように入院病棟を所有していれば、人間ひとりが生活する、あらゆる場面に即した労働需要がある、とも捉えられる。病院には、障がい者に適合する職域は多数存在するものの、その多くが未開拓であり、雇用拡充の可能性が高い分野といえる。 医療関係者からの、病院らしい業務に関する照会の頻度が増している。病院は、特殊な環境でもあり、同業種間で情報を相互に教示し合う戦略が、雇用推進に寄与すると考えられる。今後の展望としては、同業種の障がい者雇用ネットワーク構築に先陣を切ることを、視野に入れている。 病院は、日本国内のみならず、全世界に存在している。病院らしい業務は、医療専門職の周辺業務として、医療現場の本来業務に必ず併存するものである。障がい者の雇用機会を生み出すためにも、モデリングの役割を務めながら、新しい職域としての病院らしい業務を、社会に提案していきたい。 【連絡先】長澤 京子 独立行政法人 国立がん研究センター東病院 〒277-8577 千葉県柏市柏の葉6-5-1 TEL:04-7133-1111(代表)PHS:91440 E-mail:kynagasa@east.ncc.go.jp 広汎性発達障害の職員の職域拡大について ○辻川 彰(社会福祉法人横浜市社会事業協会 法人本部事務局) 勝俣 貴文(社会福祉法人横浜市社会事業協会) 1 はじめに 横浜市社会事業協会は、昭和56年に設立された社会福祉法人で、更生施設(生活保護)、障害者支援施設(身体障害)、地域ケアプラザ(高齢)、生活支援センター(精神障害)など、横浜市内に合計7施設とグループホーム9か所を運営している。常用雇用の労働者数は、常勤職員145名を含めて約200名であり、そのうち障害のある職員は5名(身体障害1、知的障害2、精神障害2)、障害者雇用率は平成24年6月1日現在2.5%となっている。 2 障害者雇用の経緯 当法人では、障害者雇用率は1.9%前後で推移していたが、常用雇用労働者の総数が200名未満であり、納付金対象ではなかったため、意識的に障害者雇用を進めることはなかった。 しかし、障害者雇用促進法の改正や事業拡大により、平成24年度に納付金対象企業となることが見込まれる一方、雇用中の障害のある職員が平成23年度末で定年退職を迎えることが重なり、障害者雇用を意図的に推進する必要が生じた。法人本部では、平成24年度中に全施設が最低1名以上障害者を雇用することを目標として定める一方、法人本部事務局においては、平成23年度末に定年退職となる嘱託事務職員・A職員の代替を、障害者の雇用で対応することにした。なお、法人本部事務局は、障害者支援施設と同一建物内にあるため、同施設の事務業務、雑用的業務等も担当している。 3 採用と担当業務 (1)募集時に想定した業務 雇用する障害者の担当業務は、A職員が担当していた業務の一部に加えて、事務局職員が各自実施していた雑用的業務を集約し、月曜日から金曜日の9:00〜13:00、週20時間の中で、30分単位で編成した(表1参照)。業務内容は、ゴミ捨てやデータ入力等、毎日あるいは1週間の中で反復的に実施される業務(以下「定型業務」という。)である。 表1 募集時想定の1週間の業務予定表 求人においては、業務内容上パソコンを用いての入力作業もあるため、ワード・エクセルの簡単な入力ができることを条件として、障害者就労支援センターに求人を依頼した。 (2)B職員の採用 障害者就労支援センターから、B職員を紹介され、2週間の職場実習を経て、平成24年1月からトライアル雇用で採用することとなった。 【B職員のプロフィール】 B職員は、29歳男性、精神障害者保健福祉手帳2級、「広汎性発達障害、強迫性障害」との診断名である。大学在学中に若干アルバイト経験はあるものの、就労の経験はない。大学は中退し、以降は精神科デイケアへの通所を中心に現在に至っている。障害者就労支援センターの担当職員からは、精神科デイケアでは他患者とのコミュニケーションがストレス要因となっている様子だが、ビジネスでは仕事に限定したコミュニケーションとなるので力を発揮するのではないか、との意見であった。面接時は、言語でのコミュニケーションに一部通じづらい部分があったが、施設玄関で靴を着脱するときに、靴紐をその都度結び直すなど、几帳面な一面がうかがえた。 平成24年4月からパートタイム職員として雇用契約を締結することとなったが、職域の拡大とそれに伴う業務量の増加により、月曜日から金曜日の9:00〜15:45(うち実働6時間)、週30時間として雇用契約を締結した。 4 職域拡大への取り組み (1)職域拡大に向けた状況 B職員は、業務に慣れると遂行速度も向上し、余剰時間に新規業務を試行させると、当初の想定以上に様々なことができることが明らかになった。これは、発達障害の特性に関する指導職員(勝俣・辻川)の学習不足もあったが、加えてB職員の業務処理能力の高さとしても認識された。その一方で、職域拡大上整理すべき課題も明らかになった。 当法人では、障害者雇用を更に推進するにあたり、さらにもう1名の障害者を雇用するよりも、B職員の職域を拡大し、労働時間を週20時間から週30時間に増やすほうが確実である、という結論に達した。B職員と本採用の条件の話し合いを行い、週30時間での契約を結ぶことで合意に達したため、B職員の職域拡大に取り組むこととなった。 (2)職域拡大の内容 職域の拡大について、以下の内容で取り組んだ。 ①「定型業務」の更なる切り出し ・機密文書のシュレッダー ・郵便物の切手貼付と投函など ②「定型外業務」(不定期だが反復的に実施される業務、突発的に生じる簡易な事務業務等)の切り出し ・軽微な営繕作業 ・名刺印刷など 5 職域拡大における課題と改善の取り組み 職域拡大にあたって生じた阻害要因に対して、以下の改善の取り組みを行った。 (1)業務予定の見える化〜カレンダーサービスの活用〜 広汎性発達障害の方の特徴として、手順や予定の急な変更は苦手といわれるが、B職員も同様の傾向が見受けられた。「定型外業務」は、予測できずに業務が生じるため、指導職員が当日の状況や業務の優先度を勘案して、その都度作業を指示することとした。しかし、B職員に混乱した様子が見受けられたため、業務改善のミーティングをもったところ、B職員から以下の希望が出た。 ・1日の勤務の中で、「定型業務」をまずは終わらせたい。「定型業務」の前や途中に「定型外業務」が入ることが、ストレスを感じる。 ・「定型業務」が終わった後であれば、「定型外業務」が入っても対応できるが、優先順位が明確なほうがよい。 それを受けて、業務を見える化し(図1参照)、以下の手順と方法を定めた。 ①出勤後、「定型業務」を実施する。 ※この間、それ以外の業務は挟まない。急ぎの業務も「定型業務」が終わってから実施する。 ②「定型業務」が終了したら「定形外業務」を実施する。 ③「定形外業務」は、カレンダー上に優先順に示し、当該業務の担当職員(業務の指示者)を明示する。 ④退勤時は、「定形外業務」の進捗状況を指導職員に報告する。 ⑤指導職員は、残った「定形外業務」を翌日のカレンダーの一番上に転記する。 図1 業務予定の見える化 図1では、「定型業務」と「定型外業務」の優先順位を明確化し、「定型外業務」の優先順位をカレンダー内に明示した。突発的に生じた「定型外業務」は、カレンダー内に次の業務として明示し、「優先順位に変更があったのでカレンダーを確認してください」と伝えるようにした。 (2)コミュニケーション方法の改善〜コミュニケーションのルール化〜 広汎性発達障害の方の特徴として、コミュニケーションが不得手といわれる。B職員もそのような自覚はあり、食事や休憩は自分のデスクで過ごすなど、業務外ではコミュニケーションを要求される場面には、なるべく出向かないようにしている。しかし、職域拡大にあたり、新たに担当する業務は、他職員とのコミュニケーションが必要とされるため、以下のような整理を行った。 ①軽微な営繕作業 職域拡大にあたり、電球交換等軽微な営繕をB職員の担当業務に加えた。A職員の担当時は、営繕箇所と内容は口頭で伝達されていた。しかし、同様の方法ではB職員に業務内容が正確に伝わらないため、紙ベースの「業務依頼書」(図2)を使用することとした。 図2 業務依頼書 (表面) (裏面) 手順は以下のとおりとなる。 イ 依頼者は「業務依頼書」に内容と修繕箇所を明記し指導職員に渡す。 ロ 指導職員は、カレンダーに明示したうえで、「業務依頼書」をもとに、口頭で補足しながら営繕業務を指示する。 ハ 指導職員以外の職員からB職員に口頭で直接依頼された場合は、「業務依頼書を指導職員に渡してください」という回答をすることをルール化した。 これにより、B職員は言語的コミュニケーションをほぼ介すことなく、業務依頼への対応が可能となった。 ②職員の名刺印刷 職員の名刺印刷は、外部委託を止め、法人全職員の名刺をB職員が一括して担当することとした。 サンプルを元にB職員に試作を指示したところ、フォントや行の間隔など、見た目にバランスの悪い仕上がりであったが、「バランスが悪い」という抽象的な指摘ではB職員には伝わらなかった。上記に加えて、各施設で使用している名刺をサンプルとして取り寄せたところ、施設ごとにフォント、肩書、裏面の使い方など異なることがわかった。その対策として、以下のようなルール付けを行った。 イ 表面は、表記事項のパターンとフォントを統一し、その約束事に基づき、各施設から提出されたサンプルの内容を転記する。 ロ 裏面は、3パターン(無地・施設名入り・氏名をひらがな大文字で表記)から選択。 ハ 依頼方法は、上記を指導職員までメール送付。 ニ 指導職員は、カレンダーに明示したうえでB職員にメールを転送し、口頭で補足する。 約束事に基づいた名刺作成であるため、法人外部からの受注には対応できないが、法人内部としては、大幅なコストカットになっている。 ③挨拶と来客対応 社会福祉施設では、施設の利用者様のほか、家族様、関係者などが出入りするため、最低限の言語的コミュニケーションは必要となる。B職員には、挨拶のほか、施設利用者様等から問いかけられた場合は、「わかる者を呼びますので、こちらでしばらくお待ちください。」と回答し、すぐに指導職員に知らせることをルール化した。 (3)そのほかの配慮 ①過去の誤った情報の削除 田井1)によれば、広汎性発達障害の方の特徴として、「第一情報優先脳」とのことである。B職員も、上記と想定される事象が見受けられ、職域拡大の妨げとなっていたケースがある。具体的には、マニュアル化した業務の一部を、何度確認してもマニュアル通りに遂行できないケースであった。指導職員間で試行錯誤した結果、職場実習時に教えられた誤った業務手順が、第一情報として正しい手順書よりも優先している、との結論に達した。指導担当は、誤った業務手順を紙に書き、B職員の目の前で、今後はこの方法は使わない旨宣言し、その紙に「×」と書いたところ、その後はマニュアル通りに業務が進捗するようになった。 ②休憩時間について 職域拡大上直接的な工夫ではないが、職域拡大に伴う勤務時間延長により、昼休みについて配慮が必要となった。事務局職員の昼休みは12:00〜13:00であり、勤務延長に際しB職員の休憩も同じ時間に設定した。しかし、昼休み中にB職員の様子を見ていると、昼食後残りの30分を自デスクで正面を見て腕組みをしたまま過ごしていることがわかった。広汎性発達障害の方は、仕事は適応しても、昼休みに過ごし方がわからずストレスとなり、退職に至るケースもあると聞いたことがある。B職員との面談で確認したところ、昼休みの過ごし方に困っているとの意見があった。話し合いの結果、昼休みを45分間に短縮したところ、「仕事をしやすくなった」との感想があった。 6 今後の課題 今後の課題としては、定着支援が最重要課題と認識している。職場の業務を切り出しB職員に集約した結果、他職員の業務効率も向上してきており、B職員は職場に不可欠な存在となっている。万が一離職されると、職場にとっては大きな損失となることを意味する。 定着支援の取り組みとしては、ノートによる日々の情報交換と、定期的な面談を実施しているが、それ以外の具体的取組が見いだせないことが課題となっている。 また、B職員から、いま困っていることとして、「生活が職場と家の往復となっている。土日は何かスポーツでもしたいが、疲れて仕事に支障がでると困るので自粛している。」との話が出ている。職場定着に必要な私生活の充実に、どのような支援を行えばよいか、模索している段階である。 7 まとめ B職員の職域が拡大するにつれて、指導担当以外の事務職員からも、「この仕事をB職員にお願いできないか」といった提案がでるようになってきた。反復的作業や確認作業をB職員の担当業務として付け替えることができれば、事務職員はほかの業務に取り組めるため、業務時間を効率的に使えることが浸透してきた。しかし、B職員の障害は一見してわからないため、時として広汎性発達障害であることを失念してしまうことがある。最近の事例だと、「理事会資料のホチキス止め」業務を指示する際、カレンダーに「理事会資料作成」と示したところ字義通りに受け取られてしまい、「理事会の資料なんて作れません」といった反応が返ってきたこともあった。こうした事例を通じてB職員の障害特性を再認識させられる次第であるが、業務上のコミュニケーションを通じて、B職員の個性(「障害特性」というよりは「個性」という言葉がふさわしい)を周囲が少しずつ理解していくことが、職域の開拓に大きく影響するようである。 【参考文献】 1)田井みゆき:高機能の広汎性発達障害の特性と対応〜NPO法人ノンラベルの支援〜、「NPO法人ノンラベル東京支部開設記念講演」資料(2012) 【連絡先】 社会福祉法人 横浜市社会事業協会 法人本部事務局 Tel 045(804)2191 e-mail riverside-1@ysjk.jp 精神障害者の休職から復職へ 大西 康代(株式会社ダイキンサンライズ摂津 企画部総務課 カウンセリング担当) 1 はじめに ダイキンサンライズ摂津は、大阪府、摂津市、ダイキン工業の特例子会社である。 2 設立の動機 1)ダイキン工業の社会的貢献のひとつ 2)大阪府、摂津市の施策に対する協力 3)障害者法定雇用率の達成 設立時の雇用率 1.34% (当時の法定雇用率 1.6%) 現在の雇用率 2.32% (現在法定雇用率 1.8%) (グループ適用関係会社 13社) 3 沿革 '92年 ダイキン工業の取締役会にて設立承認 大阪府、摂津市と設立協定書調印 '93年5月 会社設立 '94年6月 肢体不自由者16名採用し操業開始 '98年4月 聴覚障害者雇用開始 '00年4月 知的障害者雇用開始 '06年4月 精神障害者雇用開始 '07年9月 関係会社13社グループ適用 '09年6月 新工場完成 '11年12月 障害者雇用100人達成 4 設立当時の経営トップの想い 1)これからの時代には、高齢者、障害者、男女問わずあらゆる人が自分の責任を担って、命を得た全ての人達が、閉塞感に満ちるのではなく、公道を堂々と歩いて、皆で明るい人生を送る時代が来るであろう。そのような社会に会社として参画したい。 2)会社を設立した以上、社会的、道義的責任上、またそこで働く人達の為にも、途中で止めたり、倒産させるわけには行かない。 3)会社が存続できるように、社員自らの力で利益を上げられる会社であること。 4)会社として自立のための必要な支援は行うが、甘やかすことは一切しない。 5 現在の当社に対する親会社の評価 (2010年9月 井上会長講演より) 現在当社の障害者雇用率は2.27%と既に法定雇用率(1.8%)を超えていますが、障害を持った人達が1人でも多く生きる歓びが持てるよう更なる努力をし、また雇用拡大だけでなく、実習の受入や先進モデルとしての社外啓発活動などあらゆる場面で今まで以上に会社貢献するよう期待しております。 行政に要請されてスタートしたことですが、今考えれば「やってよかったな」という気がします。「やってよかった」は、「やってみなければ分らない」ということだと思います。当社がやらせて頂いた恩恵を広くお伝えする義務があるのではないか、という気が致します。 6 出資者との関係 資本金 249,555千円 出資比率 ダイキン工業 50.9% 大阪府 38.4% 摂津市 4.4% グループ会社 6.3% ダイキン工業 役員派遣 常勤取締役 3名 非常勤取締役 1名 非常勤監査役 1名 スタッフ出向 6名 大阪府・摂津市 非常勤取締役 各1名 1回/月 取締役会にて経営状況を報告 仕事は100%ダイキン工業及び関係会から受注している。 7 業務内容 ・グリース潤滑装置用部品機械加工・組立 ・電気電子部品組立 空気清浄機電気集塵エレメント組立 業務用エアコンスイッチボックス組立 医療用酸素ボンベ呼吸同調器 ・業務用エアコン付属品袋詰め ・廃却エアコンフロンガス回収、解体、分別 ・住宅用空気清浄機修理の受付及び修理作業 ・化学品製造 高温用・長寿命フッ素グリス製造、小分け充填 防汚コーティング剤小分け充填 防汚コーティング剤蒸着サンプル製造 ・CAD、名刺印刷、セキュリティカード作成、書類のデジタルデーター化、各種インプット作業 8 会社の基本方針 ・自らの努力と相互協力により経済的自立を目指す ・生産活動を通じて自らの成長と社会的貢献を目指す ・社員、家族、地域にとって誇れる企業を目指す 9 特徴 ・障害者が主役の会社 ・作業方法の改善 良好な人間関係 社員の能力アップ ・活発な地域への社会貢献活動 [社員数] 障害者 肢体不自由者 31名 聴覚障害者 30名 知的障害者 21名 視覚障害者 1名 精神障害者 17名 100名 [当社の配属の決定について] 障害区別によって作業内容を決めることはしていない。本人の個性に応じて配属先を決めている。 休職から復職への取組み 事例1)Aさん 44才 男性 体幹機能障害 身体1級 2003年3月入社 車椅子マラソンにも参加する程の体力はある男性。 2007年7月に自律神経失調症により1か月欠勤し、1ヶ月後に復帰したが、9月には、めまいがあるとのことで又欠勤した。その後抑うつ状態とのことで休職となった。 じょくそうの手術後、仕事が忙しく残業が続き、車いすマラソンとの両立がしんどくなり、体調を崩したと思われる。主治医から、欠勤開始後の1年7ヶ月でリワーク可能との診断があり、本人と主治医と会社で相談した結果、大阪障害者職業センターに、リワークプログラムの訓練をお願いした。2009年6月より11月迄リワークプログラムを利用することになり、大阪障害者職業センターにて、1週間に1、2回の講習受講や、職業カウンセラーとの面談、PCによる自主作業などを行なった。又、体力を戻すためには、自主トレーニングを行った。復職2カ月前には、ほぼ毎日、職業センターの帰りや、体力トレーニングの帰りに、会社に立ち寄り、面談を行った。このような取組みを行なった結果、2009年12月1日より復職した。 復職後は、以前の製造ラインでの機械部品組立てから、化学品製造へ異動し、主に防汚コーティング剤小分け充填作業を行った。 その後、住宅用空気清浄機サービス部門受付に異動したが、PCが得意ではないことでしんどくなった時期もあった。しかし、自分でPCの基礎講座に通うなど努力した。同僚のサポートもあり、PCの操作については、問題なく出来るようになった。復職から3年経過したが、困った時には上司に相談するなどして、現在問題なく勤務している。又私生活では、車いすマラソンだけでなくアクセスディンギー(ヨット)にもチャレンジしている。 フロント作業(伝票作業)に取組むAさん 事例2)Bさん 40才 男性 うつ 2009年6月からJSN門真(就労支援移行事業所)からの紹介で委託訓練事業を4ヶ月行い、10月トライアル雇用3ヶ月を経て、2010年1月本採用となった。 実習時は、総務で簡単な事務作業をしていたが、トライアル雇用からは、技術部にて古い設計図をプリンターで読み込みPDF化する作業を担当した。 2010年9月に風邪が長引いて、体力がなくなっていたこともあり、突然欠勤した。その後の相談で、作業量が多すぎるとのことであったため、作業量を軽減した。 しかしその後も、「仕事量が多い」「緊張の糸が切れた」「みんなが忙しいので言いにくい」「日誌には悩みを書いていない」「悩みは聞いてもらう方がいい」「あれもこれもしないといけないのがしんどい」等々で悩んでいた。 2010年12月に眼に充血が見られ、上司の勧めもあり眼科を受診した。眼科の医師の診断はストレス性の充血とのことで、本人は大きなストレスを抱えていると思い、精神科を受診した。精神科の主治医から、うつ状態なので、しばらく休養するように言われた。とりあえず1カ月の休養の診断であったので、この間は連絡をとらずに見守っていた。その後も休養との診断であったため、1ヶ月後の本人と相談の結果、2週間に一度、電話連絡をしてもらうようにした。Aさんのケースもあり、大阪障害者職業センターへの相談も検討したが、相談先が変わるため入社前から支援してもらっている、JSN門真に支援を依頼する。JSN門真も採用になった社員のリワークは、初めてとのことであったが、快諾していただいた。 JSN門真でのリワークの内容は次の通りであった。 2011年3月 JSN門真の朝礼に参加する訓練を始めた。 2011年5月 家に閉じ込まないように、朝礼参加した後は、マクドナルドでの読書することを日課とした。 2011年10月 1週間に3日、午前中のみの実習をJSN門真で開始した。 2011年11月 実習日数を週3日から5日に延ばした。 2012年2月 実習時間を9時から12時を9時から15時に延長した。 2012年2月後半 JSN門真の協力会社である倉庫会社で、1週間に5日、午前中検品作業の実習を開始した。 2012年4月 倉庫での実習を週2日は9時から12時、週3日は9時から16時までに延長した。 2012年5月 体調も回復して来たので以下のように積極的に復職に取組むことになった。 2012年5月、復職に向けたケース会議で、体力をつけるために、毎日歩いてはどうかと弊社の工場長が提案する。1日1万歩を目標として毎日記録することにした。 実習していては歩数が伸びないとのことから、本人からの申し出で、倉庫会社での実習を中止して、歩くことに集中することにした。 週5日は、朝6時に起床し新聞を読み、朝食後少し休憩した後に、夕方まで自宅外で活動するという、会社に出勤する際と同じ生活リズムを続けた。一時期は、急に歩数を増やしたこともあり、足首を痛めて、整形外科医よりしばらく歩かないようにとの指示があったので、歩けない間は自転車で体力をつけた。この頃には、決めた事をやり遂げたことから、表情も明るくなり、今までにない自信が芽生えたと思われる。 この夏は猛暑で、歩いている途中に、突然の雷雨などもあり、大変だったと聞いている。Bさんの根気強さも次第に感じられるようになった。 7月中旬に、体力に自信もついたということから、JSN門真と本人との希望で8月に復職したいとの申し出があった。しかし、産業医からのアドバイスもあり、万全を期すため、復職までの1ヶ月で次の取組みを行った。 1.会社の朝礼に毎日参加 2.体力維持のための適度なウォーキング 3.脳のトレーニングのために、ラジオを聴き、覚えている内容を毎日記録する 8月24日のダイキン盆踊り大会には、元気な顔を見せ、夜10時過ぎの片づけまで行なった。さすがに疲れたと話していたが、満足そうであった。 このような取組みを行なった結果、2012年9月3日復職した。復職後の所属は、以前での技術部のPDF作成ではなく、製造ラインで油圧部品の組立を担当することになった。 復職後も毎朝のラジオを聞いてから元気に出勤している。 作業に取組むBさん 10 まとめ 上記2例で、復職できた要因としては、医師からの復職可能との診断がでてから、生活のリズムを立て直し、体力強化、脳のトレーニングやメンタル面の強化など、具体的なスケジュールと目標を設定して、関係者が連携してフォローできたことが、大きな要因と思う。又、精神障害者17名を雇用していることから色々な支援先と連携がスムーズに出来るようになり、復職の際にはこれらのネットワークを有効に活用できるようになった。 何よりも本人が「働き続けたい」と思うことが、大事であり、会社に復帰したいと強く望むのであれば、その人にあった復職の計画を立て、本人、会社、医療機関、支援機関、行政機関、産業医などと連携し、復職できるように取組んでいきたい。 リワーク支援終了者の復職状況とその要因分析 ○木村 綾子(東京障害者職業センター リワークカウンセラー) 小林 正子(東京障害者職業センター) 1 はじめに 現在では職業や医療リハビリテーション領域に限らず広く社会一般に根付いた感のあるうつ病等の精神障害による休職者の職場復帰のための支援「リワーク」*注1)は、平成14年度から取組み始めた障害者職業総合センター職業センターの技法開発において造られた言葉である。 2年以上かけて開発された技法「リワーク」は、その後平成17年の改正障害者雇用促進法において精神障害者に対する雇用支援施策の充実のための「精神障害者総合雇用支援」の中に盛り込まれ、平成17年10月から全国の地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)において実施されている。 この「地域センターにおけるリワーク支援」(以下「リワーク支援」という。)の過去3年間の実施状況は表1のとおりである。 バブル崩壊以降の厳しい経済情勢や雇用形態の変化はうつ病等による休職者を相当数発生させた。それに端を発したリワーク支援には、その後も長引く厳しい雇用失業情勢の中で引き続き高いニーズが見られる。利用者は年々増加しており、東京障害者職業センター(以下「東京センター」という。)においても同様の傾向があり、近年のその利用者像は表2、表3のとおりとなっている。 このような経過の中でのリワーク支援終了者の職場復帰率(以下「復職率」という。)は80%超を維持している(表4)。 本報告はこうした状況の中で高い復職率を維持しているリワーク支援の要因について分析を行い、その結果から地域センターにおけるリワーク支援のさらなる効果を高めるための方策及び他機関で取り組むリワーク支援の参考情報となることを期して行うものである。 2 調査分析の概要 (1)目的 リワーク支援後の復職可否に関する要因を探る。 (2)方法 上記目的について、①リワーク支援利用者に係る事項、②リワーク支援の実施内容の2方向から検討することとし、以下の調査分析を行った。 イ 復職に至った者の群(「復職可群」)と復職に至らなかった者の群(「復職不可群」)の比較検討 (イ)比較検討する群の抽出 平成24年2月17日までにプログラムを終了した者から遡り復職可群(平成23年9月5日〜平成24年1月5日の支援開始者)及び復職不可群(平成23年4月7日〜平成24年1月27日の支援開始者)としてそれぞれ25名を抽出した。 (ロ)比較検討項目の設定 比較検討する項目領域として、①利用者情報、②事業所情報、③リワーク支援実施状況の3つに焦点をあてて具体的には以下の11項目とした。 ①利用者情報 ・属性(年齢、性別)、休職の状況(休職回数、リワーク支援利用直近の休職期間) ②事業所情報 ・業種、規模、復職に係る制度の有無 ③リワーク支援の実施状況 ・利用経緯(紹介者)、支援課題(支援開始時と支援終了時)、支援期間(コーディネートからリワーク支援終了まで)、支援結果(修了*注2)と中止) (ハ)比較検討の実施 設定した比較検討項目について復職可群と復職不可群の割合等を算出し比較した。 ロ リワーク支援利用者アンケート (イ)目的 リワークプログラムについて内容のさらなる充実のために、リワーク支援において実施をしている各プログラムの効果等を把握する。 (ロ)対象 平成23年11月18日〜平成24年2月17日までの3か月間にリワーク支援を終了した者37名。 (回答者36名、回答率97.3%)。 (ハ)期間 平成23年11月18日〜平成24年2月17日 (ニ)方法 手渡しまたは郵送による質問紙による調査 (ホ)項目 リワーク支援における全体の満足度、各プログラムの効果度等について項目を設定した。 3 結果と考察 (1)復職可群と復職不可群の比較検討 設定した比較検討項目における復職可群と復職不可群を対比し、その内容の違いの程度について復職との関連性を①あり、②ややあり、③なしの三区分に整理した結果が表5のとおりである。 3領域11項目中、復職の関連性が「ある」と考えられる3項目「リワーク支援利用直近の休職期間」「支援課題」「支援結果」を中心に考察する。 イ リワーク支援利用直近の休職期間の関連性(図1) リワーク支援の利用までの休職期間が1年超の場合は復職不可の傾向が、逆に休職期間が3〜6か月の場合は復職可の傾向が強くなっている。但し、3か月以下及び6〜12か月の場合には、復職の可否に大きな差は見られない。 このことからリワーク支援は休職期間が長期になる前に利用することが望ましいものの、医療的な治療の安定的効果が得られている状態で利用することがより有効であり、必ずしも"早期"のみがポイントとなるものではないと言えそうである。 ロ 支援課題における関連性(表6) リワーク支援利用者の支援前及び支援終了時の課題の関係性について検討する。 リワーク支援利用者の復職可否の判断は多くの場合本人が出席(時としてセンター職員が同席)しての事業所が開催する復職判定会議に係る報告会によって方向性を見出すこととなるが、この時事業所側が着目する点として支援課題①〜④が中心となっているものと考えられる。 一方復職した後に改善の状況が具体的に現れてくる支援課題⑤〜⑧については復職可否の判断時に改善の精度がそれ程影響していないことが考えられる。 このことからリワーク支援においては復職するための職務遂行の前提となる一般的日常生活レベルの準備が重要になるものと思われる。 また、改善が図られてもなお復職不可となる場合もあり、いわゆる改善の「質や程度」を高める支援の重要性を感じる。 ハ 支援結果における関連性(図2) 復職可群においては設定した支援期間を前倒しして復職した2名の中止者がいるが、当然のことながらリワーク支援を修了することが復職の可能性を高めることになる。 しかしながら復職不可群における中止の多くが「病状の悪化」をその理由としていることを除き、修了したものの復職できなかった理由として事業所から「回復不十分」と判断されており、支援課題の改善を図るためのプログラムの内容や支援期間の設定等、何らかの工夫や改善が必要であることを表していると考えられる。 二 その他の事項における関係性 (イ)年齢(図3) 復職可群では年齢による復職率に大きな差はないが、復職不可群では30〜40歳代が8割弱を占めている。 全数調査でないため、あくまでも推測となるが、当該年代における事業所側のハードル、裏返せば期待感等が影響している可能性もある。 (ロ)休職回数(図4) 休職回数が3回目の利用者において、復職可群の実数が極端に低くなっていることに着目すると、一般的に休職を繰り返す前のリワーク支援利用が復職の可能性を高めることになると考えられる。 しかしながら、4回目以上であっても復職可群が復職不可群を上回っておりその理由について事例を十分に検討することが必須となる。 (2)リワーク支援利用者アンケート結果 回答者36名の内訳は復職可28名、復職不可4名、無記名による不明4名(復職率77.8%)。 イ 受講満足度 受講したリワーク支援全体に対する利用者満足度は「満足」「ほぼ満足」を合わせて97.0%である。 ロ 利用者がリワーク支援受講によって復職準備に効果があったと感じた事項(図5) 上記3の(1)のロの結果と比較してみると、支援者側が捉える課題の改善状況と利用者自身が実感する効果があった項目には高い相関が考えられる。 一方具体的な講座の内容については、①「認知療法」と「ストレスマネジメント」が66.7%、②「アサーション」と「職場復帰について考える」が50.0%、③「職業ストレス検査」と「テーマ討論」が44.4%で上位となっている。 リワーク支援では項目①以外の②〜⑦に直接結びつくテーマでの講座を実施しているが、具体的な講座を設定していない「生活リズム・体調の自己管理」が最も効果のあった項目となっていることにリワーク支援の基本があると思われる。 4 まとめ 地域センターでリワーク支援を開始して以降丸7年がすぎた。この間の復職率は80%を超えておりリワーク支援の効果については一定程度証明されているものと考える。 今回このリワーク支援の復職率の要因について具体的な事柄を明らかにすることができれば効果性をより高められるのではないかと考え、その第一歩としての調査分析を行った。 結果として当初復職可否に大きく影響するものとして考えていた事業所に係る事項(例えば業種、規模、復職制度の有無)や支援期間の長短は関係性が薄く、休職期間中におけるリワーク支援の利用時期や課題の設定、リワーク支援の実施状況との関係性が強いという傾向がみられた。 これらはいわば、利用段階=的確な医学的診断、課題の設定=目標とすべき仕上がり像、リワーク支援の実施状況=根拠に基づく計画と提供可能なプログラムといった言葉にいい換えることができるものであり、まさしくリワーク支援における利用者、事業所、主治医三者の合意のためのコーディネート機能の重要性を浮かびあがらせる結果になったものと考える。 また、体調面を含む安定した生活リズムの構築は復職可否に強く係わっていることも確認できた。具体的な講座としては成立しない当該課題を達成するには、計画した支援期間内センターへの通所を継続しうるかが重要であり、その継続の推進力となる各種講座について質と量の充実を図る必要性が求められる。 しかしながら、復職可群が優位であっても同一の状況や結果が復職不可群に存在していることもまた事実であり、復職可否の決定要因とはなりえないことも明らかになった。 今回の調査分析は極めて標本数を限定したこと、検定等の統計処理を行っていないこと、加えて事業所側の考えや評価について検討していないこと等、スクリーニング的な結果に留まっており、今後この点を踏まえながらリワーク支援の効果、精度を上げるために「コーディネート機能の充実」をキーワードにデータの蓄積、具体的事例の検討を行いながら引き続き要因について探っていこうと考えている。 【注】 1)「リワーク」は「リターン トゥ ワーク(Return to Work)」の造語 2)「修了」は支援計画を策定し、予定通りに支援を終えたもの、「終了」は上記「修了」に計画途中での「中止」を加えたものをいう。 【参考文献】 1)特別の配慮を必要とする障害者を対象とした、就労支援機関等から事業所への移行段階における就職・復職のための支援技法の開発に関する研究(第2分冊 復職・職場適応支援編)、第1章 職場復帰支援に関する課題とニーズ、障害者職業総合センター 調査研究報告書No.93の2、p.15-49(2010) 2)精神障害の職場再適応支援プログラムにおける対人コミュニケーションスキルの向上を目指した支援について:宇内千恵他、第17回職業リハビリテーション研究発表会、p.66-85(2009) 3)職場復帰支援における復職者と企業のニーズに配慮したコーディネートのあり方について(1)(2)(3)(4):中村美奈子他、第19回職業リハビリテーション研究発表会、p.119-134(2011) 個別支援が必要とされる長期休職者への復職支援 中村 美奈子(千葉障害者職業センター リワークカウンセラー) 副題:アスペルガー障害が疑われる事例について 1 問題と目的 メンタル疾患による休職者への復職支援(リワーク)が広く行われているが、これらはうつ病への支援を基本にプログラム構築されてきた。しかし実際の復職支援対象者はうつ病に限られない。そのため一般化されたプログラムでは対応が難しく、個別性に配慮した支援が求められる。 個別性とはその人がもつ心身の特徴であり、疾患や認知特性なども含まれる。軽度発達障害の場合、本人も生き辛さを感じながらも一般的なライフコースをたどり、適切な対処スキルを身につけるチャンスがないまま就労に至ることが多い。マルチタスクや曖昧な事象への対応を主体的に行うことが求められる職場場面では、不適応が生じる可能性が高く、復職支援においてはそれへの支援が必要である。職場での不適応が認知や対人パターンから発生すると考えれば、支援者には対象者の個別性を適切に査定し、それへの支援計画を立て実施することが求められる。 本報告では、アスペルガー障害が疑われるケースの個別性に対する復職支援過程で求められる支援者の視点を考察する。 2 事例 (「 」:クライエント、< >:カウンセラー(以下「Co」という。)の発言) (1)クライエントA氏 男性、30歳代、単身。理系大学卒業後、現在の会社に就職、製造現場での機械設計業務を担当。X−2年、転勤先での「先輩の言動や嫌がらせ、上司からの叱責」や「成果主義」、慣れない土地柄への不適応などから体調を崩し、うつ病と診断され休職に至る。X年、千葉障害者職業センターで14週間のリワークに参加した。 (2)支援経過 ①第1期 1〜3週 (個別性の把握)表情は硬く飄々とした様子で「リワークに来ることが決まって気持ちが落ち着いた。」リワーク仲間を誘って週末に出かけるなどしたため慎重に人間関係をもつよう促すと「確かにそうですね。会社でも人との距離が難しかった」と振り返った。 「主治医に、アスペルガー障害の傾向がある、と言われた。」「計画性がない、並行作業ができない」「空気が読めない。相手が考えていることがわからないから人と違うことをやってしまう」と職場や日常場面での困難さを語った。リワークでは「そういうところがよくなるといいですね」と言うが切迫感は伝わらず、自分が事態をマネジメントするという主体性が感じられなかった。 コミュニケーションについて「相手があるし難しい」と自己効力感の低さがあり、自己中心的認知がみられた。これを指摘すると理解を示したことから、因果関係に基づいた論理的思考が可能であり他者の意見を受け止める素直さがあることがうかがわれた。「Coはリワークでは自分で考えて行動できるようになれと言ったので厳しいと思った。でも言われてみればそうですね」と目的的に行動することを肯定的にとらえている様子がうかがわれた。 他者を意識することで自分の特徴が明らかとなり自己肯定感や自己効力感を低下させていることがうかがわれたが、「みんなと同じになりたい。うまくコミュニケーションとれるようになりたい。心の理論はある程度分かる」と対人希求性の強さも伺われ、これは適切なコミュニケーションが求められる職場生活でのコンピテンシーとして活用できるのではないかとCoは考えた。作業プログラムでは「集中力を付ける必要はあるのは分かる。でも会社を思い出して精神的に疲れるからやりたくない」と自己中心的な表現であるため、作業への意欲や合理的判断があることが伝わりにくかった。 アスペルガー障害について「主治医にはマイナスになるから会社には言わない方がいいと言われたが、どうなのかな」と相談があり、<自分の特徴を情報共有することで、会社に協力してもらうことと自分で努力することが明確になるとよいのでは>と言うと、これまでは一人で問題を抱えていたことを改め、他者とコミュニケーションを取りながら協働することを意識し始めた。 (コンピテンシーへの気づきと動機付け)計画性向上の課題に取り組んでいるBさんに練習方法を相談すると手帳を使うことを提案された。しかし「やることが増えてどうしていいかわからない」と並行作業への苦手意識だけでなく、全般的な自信のなさが積極的行動を阻害している様子だった。「書類の書き方が難しい」ことを分析すると、作業に対する不安や焦りが大きいため困難さを強く感じてしまうことを理解し、「目的が達成できればそれでいい」と体裁を整えることではなく、情報を伝えるという目的を達成すればよいという認知へ修正できた。必要な情報をピックアップすることは業務上必要なため訓練を継続した。自分の特徴に合わせた具体的な訓練や対策を考えることで「自分にもできることはある。前より自分をダメだと思わなくなってきた」と自己効力感や主体性が増した。 Aさんが貸してくれたアスペルガーの本を読み<大変なこともあるが、できることをやれば何とかなりそうだと書いてありましたね>と言うと「そうなんですよ。希望がある」とCoが自分と同様の感想を持ったことを嬉しく感じた様子だった。 「人が怖い」ことについて「相手が何を考えているかわからないから怖い。それで不安になり話しかけられず、自分が嫌になる」ことに気づき、相手の言動に合わせようとして振り回され疲弊するパターンが繰り返されていたことを理解した。ここでも目的的に行動することを提案したが「相手の求めと違うことをやって怒られるかもしれないと思うと、身動きが取れなくなり落ち込む」と消極的だった。<相手の考えを本当にわかるためには話し合わなくてはいけない>と言うとAさんは「これまでは相手を想像することで振り回されていた。無駄なことをしていた」と気づいた。「心の理論が分かっていない」ことに対し、状況に合った冗談を言えることからも<心の理論はあるが、まだらな感じなのでは>と言うと「あるけど空振りも多いって感じなんだな」と納得した。 (主体的問題解決行動の促進と認知修正)自分で目標を設定し主体的に問題解決することを提案すると、「結局"自分"なんですね。これまでは相手がどう思っているかばかり考えていた。自分らしく、というのができるようになればいいのかな」と気づいた。相手との距離感や信頼感が安定しないため不安になるが、「不安を感じてもいい。それはそれとして、目標達成のために論理的に考えて行動をする」と自分の感情を受け止め、認知を修正する意欲を示し、職場での失敗や不安を過去のものとして整理できることを示した。 「これまでの思考パターンは無駄だから違うことをやる」ということはすっかり理解しているが「具体的に何をしたらいいか思いつかない。」<復職に向けて課題設定から対処実践までを自分で出来る必要がある>と言うと、作業スキルの訓練を継続する計画をたて「自分で出来るようにならないとね」と前向きに取り組む意欲を示した。問題解決への取り組みは見通しがついたが、「普通になりたい。みんなと同じようになりたい」「心の理論が中途半端にあるから大変」と他者への共感的態度への憧れは根強かった。 ②第2期 4〜7週 (認知修正の定着化と自己成長の促進)「マイナス思考を止めたらストレスが無くなって楽になった」と、「無駄なことはしない」ことの効果を実感した。この考え方は多くの場面で行動変容に貢献し、「みんなと同じことが出来なければいけないが、できない」という理想と現実のギャップのために自分を追い込みストレスを溜めることにも気づいた。改めて二次障害について考え<結果としてやるべきことは出来ている。ゴールまでの道筋が人と違うことで自分を責め、自信をなくすことが問題では>と言うと、「結果として出来ているんだからいいのか」と「リワークに来てよかった。考え方が変わってきたのが自分でもわかる。成長してますよね」と嬉しそうに笑い、作業面での目的的行動を肯定的に捉え、それへの意欲や自信がもてたことを示した。 以前から課題であった議事録作成の訓練を、グループワークを傍聴しながら行った。初めての議事録は「誰に何を伝えるか考えていなかった」ため5W1Hに沿った情報が不十分であったが、意欲的に訓練を継続した。計画の立て方も「苦手ではあるがそれなりに出来ていた」と現実的な見方ができた。集団での作業プログラムでリーダーを務めた際、詳細にこだわり全体の目標を設定していないことをメンバーに指摘されると素直に反省し、コミュニケーションを取りながら協力的に進めるなど、臨機応変に課題をこなした。 ③第3期 8〜14週 (個性化の促進)復職面談資料は、リワークでの取り組みや今後の課題などを時系列で要領よく書けた。議事録作成でも必要な情報をピックアップし記載出来るようになった。新しい作業や苦手な事柄にはしり込みすることがあったが、「Cさんに、すぐにできないって言わないように注意された。やってみたら出来ることがあると分かる」と自ら行動することで自信をつけられることを実感した。 大勢を相手にした会話でも出来事と感情を交えた安定的なコミュニケーションが取れ「人の感情が分かるようになって嬉しい」と感じた。しかし議事録作成の訓練をした際「それを快く思わない人がいた。自分が悪いことをして気分を害したのではないかと不安になった」と、相手の感情を想像し自己関連付けを行うことで自責と不安が出現した。<相手の気持ちを分かりたいと思うあまり、相手の感情を想像し自分もその気持ちを同時に感じてしまったのではないか。自他を同一視せず、相手の感情と自分の感情を混同しないこと、感情的な混乱と合理的な思考を区別すること、目的的行動を優先することが大事>であると話すと、「相手を分かりたいと思うと自分の感情が相手と同じになってしまう。共感するには自分の感情がはっきりしていないといけない。同一視ではなく、共感できるようにしたい」と気づいた。 (主体的行動と自己受容の促進)リハビリ出勤の計画は手つかずの部分もあるが「その場で考えてもなんとかなるという自信がついてきた」と先の見通しを持つことや曖昧な状況への対応に自信をもつようになった。議論に参加しながら議事録を作成するというマルチタスク訓練では情報収集に漏れもあるが「参加しながら全体を見て書くのは難しい。先は長いなあ」と現実に即したコメントをし、今後も努力を続ける意欲を示した。加えて「いろいろ出来てますよね。もともと出来てたんでしょうね」とこれまでの悲観的認知から合理的認知に変化し、自己効力感が向上した。 復職面談では「リワークでコミュニケーションの取り方や自分に対する考え方が変わり自信がついた、と説明した。産業医にはもう大丈夫だねと言われた」と言い「復職してもいろいろあると思うけど、大丈夫でしょう」と自ら課題を乗り越えていこうという見通しと自信を表し、現実的自己認知ができることを示した。 リワーク修了プレゼンでは"成長記録"と題して情報が整理された見やすいレイアウトの資料を作成し発表した。発達障害や二次障害の説明をし、自身の特徴を客観的に把握し対処できるようになったことを示した。また同一視と共感の違いを説明し「今まで受け身で行動していたことに気づいた。自分の意志で動いていいんだと認識した」、「失敗してもやり直せばいい、とりあえずやってみようと思える」など、自分らしさを受容しながら合理的目的的に行動していく見通しを示した。そしてまだ成長します」と職場や今後の人生を主体的に過ごしていく意欲を語った。 初めて所属する部署での復職であったが「周りの人と会話しながら楽しく仕事ができるようになった」と安定的に就労を継続している。 3 考察 本事例では、アスペルガー障害が疑われるクライエントの個別性への具体的な支援と、そこから派生する二次障害への心理学的アプローチの二つの側面が必要であった。 (1)個別性への支援 「計画性がない、並行作業ができない、空気が読めない、コミュニケーションが苦手」という本人の自覚のある特徴への意識を改善した。当初クライエントは受動的であったが、対人希求性を活用してコミュニケーションを活発化し、作業プログラムのリーダーができるまでになった。興味のあることには真摯に取り組むという特性を活用し、議事録や資料作成やリハビリ出勤の計画などを訓練し、合理的思考や問題解決思考を身に付けた。積極的な試行錯誤が出来るようになったことは自己効力感や自己肯定感の向上につながり、自信が持てないという二次障害へのアプローチとしても奏功した。 しかし自他意識に関する二次障害の解消には至らなかった。クライエントの対人希求性は、他者の感情や要求を理解しそれに適応することとして表された。他者の存在を意識することで自分の特徴が明らかとなり自己肯定感や自己効力感の低さの原因となっていた。この部分への支援は作業スキルの訓練では十分な効果が得られず、心理学的側面からの理解と支援が必要であった。 (2)二次障害への支援 DSM-Ⅳ-TRによるアスペルガー障害の診断基準のひとつとして"対人的相互反応の障害"が挙げられ、心の理論を理解することの困難さが指摘される。本事例における対人関係の特徴は他者意識への強い反応としての同一視、あるいは視点取得という切り口から理解された。「みんなと同じになりたい」「人の感情がわかるようになりたい」ため他者の心理を想像し行動するが、主観性の強さから現実に即した共感性を発揮することが難しかった。そのことで不安や動揺が起こり「普通の人は分かるはずだ。分からなくてはいけない」と考え、他者意識への傾倒が増し、自身の思考や感情がもてなくなるほどに相手への同一視をし、視点取得するようになった。これを繰り返すことで「相手が分からない」「自分がわからない」「人が怖い」という感情がクローズアップされ、コミュニケーションにおける二次障害が定着したと考えられる。 他者意識への傾倒が自己意識を曖昧にさせ、自身の判断基準をもつこと、つまり自分らしさやアイデンティティを自己受容しそれに従って行動することを阻害し、自己効力感や自己肯定感の醸成ができなくなったと考えられる。「人の感情が分かるようになりたい」ことがクライエントのニーズとして繰り返し表現されていたが、筆者は上記のようなクライエントの心の仕組みを想定し、クライエントが自他の区別をつけ、自分らしさやアイデンティティの再構築と再受容をすることが必要であると考えた。 Coとクライアントは、これに対しあらゆる場面において事実と相手の感情、自分の感情を区別できるようになることを目標とした。また相手の感情を想像すると同時に、それが自分の主観によるものでないか、合理的であるかを検討することと、相手の感情を主観的に認知することが「無駄ではないか」を検討した。これにより相手への無条件の傾倒が減り「自分の意志で行動していいんだ」ということに気づいた。 これらの心理的支援により、クライエントは自分らしさを受容し自己肯定感を得、二次障害への不安を和らげ、復職への意欲を高めたと考える。 4 まとめ 発達障害に対しては、ソーシャルスキルや作業スキルへの支援が中心となりがちであるが、発達障害に伴う二次障害が解消されないまま問題の反復や長期化を招くことも多い。本事例では労働者としてのスキルへの支援と同時に、二次障害に焦点をあてた心理的支援を行った。そのためにはクライエントが訴える問題を障害の側面から理解するだけでなく、クライエントの認知や感情の側面からその個別性を理解する必要があった。個別性を改善対象とだけとらえるのではなく、その一部分でもコンピテンシーとして活用することは、クライエントにとっても自らの能力を再発見することにつながる。さらに自己効力感や自己肯定感の向上、アイデンティティの再構築にもつながり、主体的行動が促進される。これは長期的な人生設計にとっても必要な生涯発達の過程である。 復職後に求められる復職者の主体的行動の増進を実現するためには、その個別性を理解し様々な能力を積極的に評価し活用することが必要である。これをクライエント自らが意識し実践できるようにすることが、復職支援の目標の一つである。 【参考文献】 小嶋佳子:感情経験と自己意識・他者意識の関係−感情の複雑性と意識化が自己意識・他者意識に及ぼす影響−、「愛知教育大学研究報告56(教育科学編)」、pp147-154(2007) デイヴィスMH. 菊池章夫(訳):共感の社会心理学−人間関係の基礎−、川島書店(1999) Davis MH:Empathy:A Social Psychological Approach, Westview Press(1994) 中村美奈子:うつ病と診断された長期休職者に対する復職支援−クライエントの個別性に注目した関わりについて−、「心理臨床学研究30(2)」、pp183-193(2012) 宮田恭子 上村惠津子:二次障害のあるアスペルガー障害生が自己理解を深めるための支援−本人の気持ちに寄り添う相談を通して−、「信州大学教育学部付属教育実践総合センター紀要 教育実践研究9」、pp51-60(2008) MWS(幕張ワークサンプル)を利用したプロジェクト・プログラムの考案 −リワーク・プログラムにおける新たな試み− ○神部 まなみ(千葉障害者職業センター リワークカウンセラー) 齋藤 良子・鳴石 洋子(千葉障害者職業センター) 1 はじめに 千葉障害者職業センター(以下「当センター」という。)リワーク支援の対象者は、首都圏を中心にいわゆる大企業の社員が多い。うつ病・双極性障害・身体表現性障害など診断名は多岐にわたる。リワーク支援を利用するにあたり、組織の中での働き方やコミュニケーション方法を課題とする受講者は多い。組織で働き続ける以上、それは重要な課題であるが、その状況をシュミレーションし、課題克服のための体験を積む場は少ない。リワーク・プログラムの中で行われているSST(Social Skills Training「社会生活技能訓練。」以下「SST」という。)などで部分的に取り扱うことは出来ても、継続的に取り組む場を提供する機会はこれまでなかった。 今般、当センターでは、リワークスタッフによる作業プログラム推進チームを編成し「組織を意識した働き方」をテーマとしたプロジェクト形式のプログラムを考案し、二度に亘り実施した。その際、幕張ワークサンプル(以下「MWS」という。)の「数値チェック」を作業ツールとして使用した。 本発表では、その実施状況とともに、今後の課題と活用の可能性について報告してみたい。 2 プロジェクト・プログラムの概要 (1)状況設定 リワーク受講者から構成されるプロジェクト・チームと作業プログラム推進チームは、「それぞれ会社という立場で取引関係があり、作業プログラム推進チームが顧客としてプロジェクト・チームに仕事を依頼する」という設定とした。 (2)対象者 希望者を最優先としたが、応募多数ということもなく、希望者全員が参加となった。実際は、応募者の多くが担当リワークカウンセラーと事前相談の上、希望を出した。 (3)目的について 1回目のプログラム・プロジェクト(以下「プロジェクト」という。)は、復職後の現場により近い状況設定を考え、「成果」を目的とした。2回目は、1回目の実施結果を踏まえ、設定に工夫や変更を加えた。この他基本項目として、集中力や持続力・疲労のマネジメント、対人コミュニケーション、スケジュール管理・調整・判断、リスク管理能力の向上など、仕事をする上で必要とされる基本的なスキルを目的として位置づけた。 表1 設定内容 1回目プロジェクト・プログラム 期間 2週間 初日:ガイダンス/キックオフ会議 7日目:中間報告 最終日:振り返り 対象者(実際の参加数)4週目以降のリワーク受講者(7名) 役割 プロジェクト・マネージャー リーダー サブ・リーダー チーム・メンバー 作業内容 MWS 数値チェック(請求書の記載ミスを計算し訂正する) 目的 基本項目及び成果 振り返り方法 発表会形式 終了後のフォロー メンバーによるグループ・ワーク 2回目プロジェクト・プログラム カウンセラーと相談の上(10名) 基本項目及び対人関係に関する気づき グループ・ワーク形式 無し 表2 顧客の依頼内容 作業目的 顧客(当センター作業プロジェクト推進チーム)から提示された請求書の記載ミスを訂正し、目標金額を達成する。 目標金額 700万円 作業工賃 レベル1……5万円 レベル2……10万円 レベル3……15万円 レベル4……20万円 レベル5……25万円 レベル6……30万円 その他の条件 レベル1〜6を2セット納品する。その他の設定は自由。 【例】 ①レベル1〜6 105万円×2セット 210万円 ②残り490万は レベル2 1セット 10万円 レベル3 2セット 30万円 レベル4 10セット 200万円 レベル5 10セット 250万円 *1請求書あたり2回誤チェックのものがあれば作業工賃は半額となる。 (4)依頼内容 MWS数値チェック作業のレベルごとに作業工賃を設定し、顧客から提示された金額を達成するという内容である。(詳細は表2参照)目標金額を700万円としたのは、当センター1年間の作業プログラム実績の中から考慮して決定した。 (5)作業手順 請求書の記載ミスを発見し、計算して正しい答えを記載し、プロジェクト・リーダーやサブ・リーダーが正誤を確認するという手順で行った。ミスがあればやり直しを行い、再提出をする。その際、ミスの内容は伝えず、作業担当者自身が探す。ミスが2回以上続けば作業工賃は減額(半額)となる条件とした。 3 実施状況 作業終了後に提出する振り返りシートや、スタッフの記録をもとに、実施状況を分析した。 (1)1回目プロジェクト・プログラム実施状況 ①メンバー構成 【年齢層】20代3名/30代2名/40代2名 【職 域】システムエンジニア/営業(IT関連) 事務(商業施設の運営・管理) ②スタッフの視点から 当センター初の試行プロジェクト・プログラムということもあり、スタッフ・メンバー共に緊張感の強い雰囲気でスタートした。プロジェクトのリーダー陣であるマネージャー・リーダー・サブリーダーも、早い段階で集まりの場を設けるなど、与えられた役割を果たそうとする責任感で張り詰めた表情をしていた。チームの運営を担うプロジェクト・マネージャーが、朝のプログラム開始前に若手のチームメンバーに声をかけ談笑するなど、積極的にコミュニケーションをとる姿が度々見られ、プロジェクトを成功させようとする雰囲気も高まっていた。2週間目には作業遂行のペースも整い、中間報告の時点で金額達成への目処もつき始めていた。チームとしてのまとまりが作業遂行へのモチベーション向上につながっている様子が伝わってきた。 最終日の振り返りは、発表会形式で行った。メンバーが一人ずつ感想を述べたり、プロジェクト・チーム、顧客役の当センター作業プログラム推進チームそれぞれがプレゼンテーション形式で振り返りを発表したりした。目標を上回る金額を達成したことや2週間を共に乗り越えたことで、チームの結束力は高まっていた。 ③振り返りシートから 1回目プロジェクトでは、自分自身へ向けた気づきよりも、プロジェクトという組織を評価する視点の振り返り内容が目立った。(図1)IT企業のSE職に従事する人が多かったこともあり、プロジェクトという概念に対する認識に誤差が少なかったことも影響していると思われる。 具体的な内容は、指揮命令系統の明確性・役割意識の重要性・作業ルールの明文化・達成度進捗状況の情報共有化・会議等コミュニケーションの必要性についての記載が多かった。特に「組織があるべき姿」で機能したことを表現する内容が目立った。 図1 振り返りシートの傾向(1回目) 次に多かったのは臨場感であった。「久しぶりに会社にいる感覚を思い出した」「何度も会社でのことを想起した」との記載があった。3番目に多かった自己洞察の内容は、このプロジェクトを評価し肯定する感情が反映されたものが多かった。それはメンバーの達成感や充実感、自己効力感を高め、自信を取り戻す体験となった様子ではあるが、復職後の現場においてこのような感覚を体験することはあまり期待できない。従って、これを一つの成功体験や自信回復ととらえ完結させるとともに、その後の体調や病状の変化を見過ごさないよう、慎重に向きあう必要性があることを感じた。 本プロジェクトの終結後も「プロジェクトが終結して達成感はあるものの、これからどんな課題に取り組めば良いのかわからない。」「燃え尽きた感じがして寂しい」という訴えがあった。 (2)2回目プロジェクト・プログラム実施状況 ①メンバー構成 【年齢層】20代3名/30代3名/40代2名/50代2名 【職 域】システムエンジニア/製造技術/事務/研究(食品) ②スタッフの視点から 2回目の目的は、1回目で経験した高揚感と疲労のバランスに考慮し「対人関係に関する気づき」という視点を設定した。異業種どうしであったり、プロジェクト形式やリーダー役に戸惑いを感じる等、開始当初はまとまりにくい要素が見られた。途中、メンバーから不満混じりの訴えや、スタッフも会議に入って様子を見て欲しいという要望もあったが、あえて入らず状況を見守った。中間報告以降は、メンバー全員が作業の進捗状況も把握でき、落ち着いた雰囲気になっていた。自主的にこのチームの傾向を分析し、誰がどのレベルをどれだけ取り組むと最短時間で終了するという分析データを作成するメンバーもおり、作業効率を上げる貢献をしていた。 ③振り返りシートから 振り返り内容には組織に対する不満を記載したものが目立ったが、その不満を休職前の職場環境や自分になぞらえて、休職に至った原因と照らし合わせる自己洞察へと進む思考パターンが多く見られた。 図2 振り返りシートの傾向(2回目) 具体的な内容は「やりにくさを常に感じながらプロジェクトに参加できたことから、自分の足りない点を再認識する上で良い経験ができた。」「自分は仕事に対して不真面目なのかと疑問に思っていたが、作業改善・効率化を考えられるのは楽しく、自主的に取り組めたので、仕事へのモチベーションは低くないと再認識できた」「プロジェクトの打ち合わせでも、どこか他人事のような気がして座っているだけであった。よく考えてみると、会社での仕事もどこか他人事のような気がして座っているだけであった。今回のプロジェクトに参加した気づきであった。今後は仕事の取り組みについて考えたいと思う。」というものであった。 表面的には「盛り上がらない」といった印象のプロジェクト活動であったが、復職後の厳しい現実を想定したプログラムとしての設定であれば、より現実に近い設定のプログラムとして、有意義な内容であると思われた。 4 考察 図3 プロジェクト終了後の心理的変化 職場復帰支援プログラムを考える際「やりにくさ」を想定するという発想は、ネガティブな感覚を伴うことから敬遠しがちになる。しかし、やりにくさの中にこそ休職の原因究明や、復職後の厳しい状況を乗り切るヒントが含まれていると感じた。図3にも示した通り、組織に問題があると捉えた2回目プロジェクトの参加者の多くが自己洞察の方向性に向かうという、開始当初には想定していなかった結果となった。復職支援において、自己洞察の重要性は言うまでもないことである。 今後は、対象者や実施時期、目的を吟味することにより、両プロジェクトの結果とも、有意義なプログラムとして運用・発展することが可能であるという考察に至った。 5 まとめ 本試行プログラム実施の結果を踏まえ、今後の課題としたいことは、個別フォローの充実である。本試行プログラムの人数設定やスケジュールでは、作業遂行や結果が第一優先の傾向となり、スケジュールに追われがちとなった。より現場に近い状況設定を考えれば、そういった傾向になるのは当然という考え方もある。しかし、参加者が自分自身の心の動きを感じ、検証しながら実施できる態勢は、多くの気づきを生む可能性が予想できる。 今後、このプログラムを実施するにあたっては、復職に向けて必要な視点を見失わないよう、目的に応じたバランスを考えたい。 本プログラムの試みは、MWSという作業ツールを集団プログラムに特化したものであった。今後も、集団作業としての構造化を確立するために試行を重ね、より現実的な復職支援プログラムの提供を継続していきたい。 【参考文献】 1)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター「ワークサンプル幕張版 MWSの活用のために」(2010) 2)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター実践報告書N0.93の2「特別の配慮を必要とする障害者を対象とした、就労支援機関等から事業所への移行段階における就職・復職のための支援技法の開発に関する研究(第2分冊 復職・職場適応支援編)」(2010) 在宅雇用における遠隔(在宅社員間)OJTの仕組み 青木 英(クオールアシスト株式会社 取締役/在宅事業部 部長) 1 はじめに クオールアシスト株式会社(以下「アシスト」という。)は、クオール株式会社(保険調剤薬局の経営)が行っていた障害者雇用をより促進するために2009年2月設立、同年3月に特例子会社に認可された。 2 会社概要 業務は全国にある調剤薬局で勤務する社員の勤務シフトデータの入力を主幹業務とし、その他にWeb制作グループ(グループ各社及び外部のホームページを制作管理)、イラストデザイングループ(グループ内の販促チラシやポスターの製作)、データ入力グループ(主に調査・アンケート集計・マニュアル作成および管理)の3つのグループが個々の業務を行っている。 雇用している障害者は重度身体障害者20名、精神障害者(てんかん)1名の合計21名で、全員が在宅で勤務している。重度身体障害者の内訳は、脊髄頚髄損傷系6名、病気による肢体不自由9名、その他内部疾患者が6名で、車いす利用者は16名である。内部疾患含め、また、先天性障害が3名で後天性障害が18名で、その中には進行性疾患も含まれている。 全員がいわゆる通勤困難者であり、中には病気等の進行や人工透析により就業時間確保が難しくなったため通勤業務を断念した者もいる。 在宅社員の居住地域は2012年9月現在、北海道1名、埼玉県7名、東京都8名、神奈川県2名、静岡県1名、宮崎県2名となっている。 3 在宅雇用における課題 (1)雇用管理が難しい 在宅雇用では社員がオフィス内にいないため雇用管理が難しくなる。それが、「就業時間管理」「体調管理」「業務進捗管理」である。特に管理者は、就業時間内にきちんと仕事をしているのか不安になるようだ。 アシストでは、これらの多くを在宅社員の自主性に任せている。それでも十分に緊張感と責任もって業務に従事できている。「サボリ」もほとんど発生していない。この実現のために採用説明会から自己管理について徹底して説明し、さらに就職してからも「報告・連絡・相談」を徹底することで、業務上の問題やストレス、体調変化、業務進捗、ご家族の様子などを会社が早い段階で察知できている。 重要なのは、在宅社員と会社との信頼関係であり、これなしに在宅雇用は進められない。 (2)コミュニケーションが図れない 社員全員が自宅にいるため、会社と社員間及び社員同士のコミュニケーションが取りづらく、直接対面する機会も限られているためお互いを知ることは難しい。しかし、IT技術を使ってこれも克服することが可能である。 アシストでは2つのツールを使用。一つはクオールが使用している社内専用ツールで、主に個人情報に関わる業務や薬局とのやり取りに使用している。このシステムはVPN接続を利用しており、会社貸与の専用PCを使用することで情報漏れを防ぐ。もう一つが、ワークウェルコミュニケータ(以下「WWC(※)」という。)の利用である。これは障害者在宅雇用の先駆者である、株式会社沖ワークウェルが開発したシステムで、バーチャルオフィスを体感できるWeb会議システムである。特徴は画像を使わずに会話だけでコミュニケーションを図り、また複数の会議を同時に進行できる点にある。この利用法については後述の遠隔OJTで述べることにする。 (3)情報管理が難しい 在宅雇用を難しくしている最大要因と言える。これはITシステムの導入とそれを利用する社員教育によるところが大きい。 現在起きている情報漏洩事件のほとんどが通勤業務で発生している。例えば、外出時のPCやUSBの紛失、会社から自宅に持ち帰った情報が情報共有ソフトによって拡散など、情報を持ち歩く、もしくは会社から持ち出せるという条件下で発生している。こういった事件事故を逆手に取り、どういった時に情報が漏れてしまうのか、また情報が漏れた場合にどういうことが会社や本人に起きてしまうのかを徹底して指導する。 同時に会社側は、業務に必要な最低限の情報を在宅社員に提供し、その取扱いについて説明する。つまり、限定した情報しか入ってこない環境下では情報漏洩が起きにくいということである。 いくら素晴らしいシステムを導入しても、社員のモラルによって情報漏洩は起きる。社員個人のモラルを信用し、会社側からの適切な情報提供と指導によって情報漏洩を防ぐことが重要である。 (4)研修の難しさ 通常研修は集合・個人を問わず対面で行うが在宅雇用ではどうやって行うのか? アシストの入居している建物は車いすに対応していないため、研修だけでなく面接も会社内で行うことが難しい。そのため面接は最寄りのハローワークなどで行い、研修は社員の自宅で行うようにしている。 在宅社員の自宅で行う研修には2つの方法がある。一つは直接訪問研修をする方法、もう一つが遠隔で研修をする方法である。 今回の研究発表会では、この遠隔で行うOJTについて、今年の春に行った複数の研修事例から遠隔OJTがどうして成功したのかを検証し、それを発表することで在宅雇用の推進に微力ながらお役に立てればと考えている。 4 在宅雇用におけるOJT 直接訪問と遠隔による研修方法の内容は下記の通りである。 (1)直接訪問研修 この研修は「導入研修」で行っている。指導者はアシスト本社の管理者である。 導入研修では、専用PCを持ち込み、WWCの導入、社内専用ツールのセッティング、各種マニュアルの使用方法、在宅社員心得などの研修を行うが、システムの使用注意点などを除いて、詳細な説明は行っていない。それよりもこれまでの実績から作成した各種マニュアルの読み込みを徹底させ、いずれ始まる「遠隔OJT」に備えるように指導している。詳細な説明を行わないのは、たくさんの疑問や質問をさせるためである。これは「遠隔OJT」で色々なスキルを伸ばしていくのに重要なポイントとなっていく。 (2)遠隔研修 遠隔OJTで指導を行うのは「先輩社員」である。管理者はその進捗状況をメールのやり取りや先輩社員からの報告などで把握するだけである。もちろん先輩社員での対応が難しい場合などは、管理者が直接指導を行うが、その時も直接訪問せずに遠隔で指導を行う。在宅雇用に早く慣れてもらうためには、今ある環境で出来るだけのことをする習慣を身に付けてもらわなければならない。そのためにあえて訪問をしないようにしている。 以下、遠隔OJTについて詳述する。 5 遠隔OJTについて (1)使用するツール 使用しているツールは下記の通りである。 ・WWC ・社内専用ツール(主にメール) ・各種マニュアル このマニュアルは在宅社員が共同で作成したものである。作成時の指示は「中途半端な内容で作成すること。」これにより生ずる疑問や質問をどうやって解決するかのプロセスを考えてもらう。 在宅雇用では、できるだけ「自己解決」を図ってもらう必要がある。自己解決を図るには、ただ質問をするだけではダメである。必要なのは「正解でなくても自分の考えを添える」である。またその質問をする際、相手に伝わるようメール文章を作成させる。解決のためには質問力・メール文章力を磨く必要があり、それはそのままコミュニケーション能力の向上に直結する。解決を得たければ自分なりの考えを提示し、それが不正解であっても修正で済む。ゼロから教えるよりもはるかに効率が良い。例えば、「この部分が分からないので教えてほしい」ではなく「自分はこう考えているのだが…」と質問に含むのだ。そこで得られた回答を「中途半端なマニュアル」に加えて「完成マニュアル」を作り上げ、今後の業務に使用していけばいいのである。 この能力を身に付けるのにはそれなりの時間がかかるため、指導する側とされる側の両方に根気が必要になってくる。そのため双方の相性も重要である。 (2)師匠と弟子の組み合わせ アシストではOJTの指導者を「師匠」、受ける側を「弟子」呼んでいる。そしてその組み合わせは「弟子のキャラクターから師匠を選ぶ」方法をとっている。 選ぶ視点は、互いの趣味や過去の経験などを重視し、雑談から生まれるコミュニケーションを発展させていけるように配慮している。これにより比較的早い段階でお互いにコミュニケーションが図れるようになり、業務指導の進捗もスムーズになっていく。またいきなり集団に馴染ませていくよりも、ごく少数のコミュニケーションを図った方が集団への移行もしやすくなる。こういった点から、師弟の組み合わせは大変重要である。面接時からこういったイメージを持っていけるようになれば理想的である。 (3)師弟間で行っている内容 師弟間で行っている指導内容は決まっているが、指導方法は特に決めておらず、師匠に任せている。同時に複数のOJTが行っている状況で画一的にプログラムを組んでも、個々の障害による稼働域等の物理的な問題から業務習得ペースに差異が生じてしまう。師匠にはその問題を前もって認識してもらうため、弟子の障害特性等を伝えてあり、弟子がオーバーワークにならないように指導をお願いしている。もちろん会社側は師匠からの指導方法や進捗に対する不安などを解消するための窓口を用意している。実際にやってみた結果では、業務習得までの時期的な差異は多少あったが業務把握のレベルに差は生じていなかった。 その他、師弟間では毎日業務報告書のやり取りをしており、業務上の問題点や考えていることを文章でも伝えて解決を図るようにしている。この報告書のやり取りは管理者も見ており、状況に応じて個々にアドバイスをしている。 5 遠隔OJTを行った効果 今回のアシストで行った遠隔OJTは7組が同時進行で行う、過去にない大きな事例となった。そこで実際にOJTを行った師弟の意見をまとめてみたい。 (1)弟子側の意見 ①遠隔OJTについてどのように考えていたか? ・メールとWWCだけでの研修に不安があった ・対面以外での経験がないので不安があった ・どういったステップを踏んでいくのか想像つかなかった ②遠隔OJTによって会社との距離を感じたか? ・自分で課題を見つけたので感じなかった ③各種マニュアルについて ・内容に物足りなさを感じたが、マニュアルの意図が分かってホッとした ④遠隔OJTへの違和感は? ・特に感じていない。 ・対面や映像にこだわらなくても会話とメールで研修ができることが実感できた ・これまでのコミュニケーションについての考え方よりも深いものを感じた ⑤今後の課題について ・師匠と1対1では難しい場面もあるかも… ・別のマニュアルの用意が必要 (2)師匠側の意見 ①初めてやる師匠として気を付けたこと ・迅速なメール返信の心掛け ・障害に応じた対応(休憩を促すなど) ・疑問に思ったことをすぐに質問させる ・一緒に業務を行っているという感覚を持つ ・自分が積極的に手本を見せていく ②実際にあった問題点 ・ビジネス文章の書き方に問題があった ・自分の行った業務への過度な不安をもつ ・教えるだけでは覚えていかないこともあるので、問題を作って気付かせる工夫が必要 ③遠隔OJTで気を付けたこと ・弟子の個性を早くつかむ ・師匠から積極的にコミュニケーションを図る ・顔色を窺えないためメール文章や会話から個 性をつかむ努力をする ・弟子がいつでもアクションを起こしてもいいように準備が必要 ・体調管理の重要性を必要以上に行う ④遠隔OJTの師匠に必要なこと ・体力が必要。相手に注意する以上に自分の体調管理を行う必要がある ・ストレス耐性は必要。考える癖を身に付けるまでは忍耐が必要 ・聞き役に徹することが必要 ・自分も一緒に学んでいこうという姿勢 (3)各ツールの効果 ①WWC ・声で疲労を察知できるので体調管理にも有効 ・メールだけでなく会話があることで孤独感を感じなかった ・通信費用を気にせず仕事も雑談もできたのでコミュニケーション構築に役立った ・チャット機能を使って文字でも伝えることができるのは便利 ・メールにおけるタイムラグがない ②各種マニュアル ・マニュアルに付けくわえるべき内容があった ・会話だけでは難しいこともマニュアルを並行利用することで十分価値がある ・完成されたマニュアルよりも自分で作らせる意味では中途半端なものでもいいと思う (4)遠隔OJTの効果について 遠隔OJTを行って弟子たちは全員ひとり立ちしており、特に大きなトラブルも発生していないことから成功したと言える。 今回の結果から言えることは、やはり人間同士のやりとりなので互いの人間性が一番重要ということではないかと感じている。マニュアルやシステムをいくら充実させても、それを利用する者がその意図を感じ取れなければ何の意味も持たない。しかしやり方として難しく、どちらかと言えば不便な遠隔OJTによって、ただ受身の研修ではなく、師弟の両方が積極的に関わってコミュニケーションを構築していくことで、対面研修とはまた違った収穫があるのではないかと実感している。 6 まとめ 管理者側から積極的に関わらない初めてのOJTで不安はあったが、先輩社員たちの想像以上の能力の高さに驚かされ、新人たちの予想以上の順応性にも驚かされた。 通勤が難しい彼らにとって在宅雇用はある意味最後の就労チャンスだ。社員の中には「働けないと思っていた自分が給料をもらえるのが不思議」と話す者も複数いる。このように能力のある通勤困難な重度障害者に雇用機会を提供していくためにも在宅雇用の普及は早急に必要である。 そのためにまず雇用する側に必要なことは、 ・通勤業務の考え方を一度捨ててみる ・在宅では「難しい」ことを考えるのではなく、在宅で「出来る」ことを考える ・自分が在宅で仕事することを想像し、会社にしてもらいたいことを考える ・色々な仕事を任せる勇気を持ち、その責任を管理者が負う覚悟が必要 ・在宅と会社を結びつけるための管理者の育成 などである。 これはアシストが設立当初から考えてきたことである。 いざ実践してみるとソフトウェア技術の習得も早いし、生産能力も高い。考える癖を身に付けた者はどういう立場の者でも間違いなく強い。一度しっかりと信頼関係を結べれば、そう簡単に関係が崩れることもない。 アシストの在宅社員からも、在宅雇用で重度障害者の雇用を創出してほしいとの声が上がっている。 どこまでお役に立っているか分からないが、一つの雇用方法として当社の遠隔OJTを参考にして頂ければ幸いである。また今回は遠隔OJTにスポットを当てているが、雇用管理などの疑問等にもいつか機会を得てお話できればと考えている。 今後の少しずつでも重度障害者の在宅雇用が発展していくことを期待したい。 ※WWC=ワークウェルコミュニケータは、株式会社沖ワークウェルの登録商標です。 在宅就労訓練の取り組み紹介 ○山口 和彦(かがわ総合リハビリテーション成人支援施設 就労移行支援事業 職業指導員) 大野 香織・篠原 智代(かがわ総合リハビリテーション福祉センター) 1 はじめに かがわ総合リハビリテーション成人支援施設・就労移行支援事業は障害者自立支援法のもと、平成19年5月、一般就労・復職を目指す障がい者を対象に就労訓練(定員24名)を開始した。障害種別としては、身体・知的・精神・発達障がいであり、高次脳機能障害・精神障害・発達障害の比率が7割程度である。出身地は香川県内の方がほとんどであるが、入所施設を併設しているので、若干、近県の方がいる。重度身体障がい者の在宅就労(雇用関係がなく請負契約で働く形態)、在宅雇用(企業に雇用され在宅で勤務する形態)に向けた在宅就労訓練を、平成23年3月より開始した。訓練生宅のパソコンと当事業訓練室のパソコンをインターネット接続して指導・支援をする。訓練内容はポスター・チラシ作成等を目的としたDTP訓練とWeb作成訓練。現在の訓練生はWeb作成訓練を受講している。今回はこの在宅就労訓練の取り組みを紹介する(準備物として、①WinPC、②Webカメラ、マイク③インターネット契約が必要。インストールソフトは①Skype、②デザイン作成ソフトが必要となる。施設側はAdobe社のIllustrator・Photoshopを使用。)。 2 事例紹介 デュシェンヌ型進行性筋ジストロフィー罹患の2名が現在訓練中。H氏:高松市在住の男性35才。大学卒業後、1年間就職活動を続けたが、症状の進行のため就職を断念、障がい者団体の活動に参加しながら26才時に人工呼吸器を使用開始。28才から在宅就業を目指して独学で学習を始める。訓練中の姿勢は仰臥位または座位。パソコン操作は右手親指でトラックパッド機器を操作し、スクリーンキーボードを使って入力している。 Y氏:小豆島在住の男性28才。13才から人工呼吸器を使用開始。地元の高校を卒業後、26才で放送大学を卒業。在宅就業に向けて独学で学習を開始する。訓練開始当初は座位姿勢、操作機器はトラックボードを使用したが身体の状況変化から現在は上半身を約45度起こしたファーラー位で、右手側になんでもスイッチボックス・マイクロスイッチ、左手側にワンキーマウス・マイクロスイッチを使用する。 3 機器説明 トラックパッド機器は、ノートPC上にてマウスを操作する際に使用する手前側に位置する箇所と類似する機器である。 トラックパッド なんでもスイッチボックスのボタンには操作頻度が高い操作を記憶することができ、①一つ前の動作に戻る操作と、②マウスの右クリック操作を記憶させている。 なんでもスイッチボックス・マイクロスイッチ ワンキーマウスのボタンは画面上の矢印カーソルを操作、決定することを目的とし、スイッチを押す度に時計回りに90度方向転換し移動、長押しにより決定操作を行う。 ワンキーマウス・マイクロスイッチ 福祉センターとの協力により、非接触型のインター入力フェースを地域の社会資源等を活用して現在開発中である。親指の残存機能を利用し、親指の動作をWEBカメラ上で捉えマウスに返す仕組みである。 4 訓練内容 図1は当施設就労訓練の1週間の訓練時間割表である。通所・在宅訓練生共に同じ時間割で進めている。Webカメラ、Skypeを使用して朝礼、夕礼、予定報告、プレゼンテーション発表会等に参加している。これは他の訓練生とのコミュニケーションを取りやすくし、自宅にて訓練している訓練生に疎外感がないよう配慮している。 Webページ作成においては、WinPCに最初からインストールされているメモ帳アプリケーションを用いて、ホームページ作成の基礎となる骨組み(Xhtml&css)の学習をし、作成において必要なルール、Webアクセシビリティを学ぶ。次にデザインソフトを使用してWebデザイン作成後、ホームページ閲覧までを行う。 図1 時間割表 5 訓練の流れ ID認証しインターネット接続した後、Skypeで映像・音声の接続。タイムカードの代替となる当施設サーバー内の出欠表に入力更新をし、朝礼・予定報告・結果報告と進める。訓練中分からない時には随時音声で職員を呼び出すことにしている。全体学習会や発表会の視聴、夕礼に参加し反省や短期目標等を報告する。最後にメールで日報・成果物等の添付送信後終了となる。メールは在宅就労をする上で仕事の受発注の基盤となるため、大切にしている。利用は介護を受けている時間帯を外して週3日、一日2〜3時間としている。 在宅就労訓練構造図 6 実習(在宅) 在宅訓練の流れも実際の仕事を想定して行う。依頼者との打合せも実際に行い、作成動機や希望内容を聞きとる。訓練生同士が共同で進めるため、グループミーティングを定期に行う。情報の共有、進捗確認及び、仲間意識を養うのが目的である。 図2 Webページ検品表 図2は作成したWebページのチェック表である。これはバーチャル工房やまなしの検品チェック表を参考にしている。実習として行った香川県テニス協会に属する車いすテニスのホームページは公開予定である。 7 進路 ハローワーク・就業生活支援センターと協力しながら一般企業への就職や就労継続事業所への紹介となる。当福祉センターでは在宅ワーカー登録制度があり、福祉センターから仕事の受注、納品となる進路もある。 8 結果 ①Webアクセシビリティの意識が強まったことで、高齢者・障がい者の目線設計が広がった。②ビジネスメールの質が上がった。③依頼者志向の作成意識がでてきた。修正依頼を繰り返し行い、依頼者本位に変化した。④予定報告・夕礼に参加することで訓練生と交流を持つことが刺激となり、言葉づかい等を意識する等社会性の向上がみられた。⑤実習を通して技術力・職責・マナーを身につけることができた。実際の仕事を経験したことで実践力、納期の大切さを学び、共同作業での役割を自覚できた。また競争意識が技術向上に繋がった。 9 まとめ 今回重度身体障がい者の在宅訓練を通し、仕事可能なレベルに達したと考えている。また、当施設のような支援システムや社会の受け入れがあれば、在宅就労・在宅雇用が可能となると思われる。筋ジストロフィーに限らず、他の難病や頸髄損傷者等幅広く受講できる可能性がある。通所枠を超えた就労の可能性を我々は今後も提供・実現していかなければならない。それには在宅就労した実績を出すことが求められる。企業には障がい者雇用率の問題と在宅就労雇用PRを啓発し、増加しつつある在宅就労希望者支援を確立させることを目的に、今後も継続していくべきと強く考える。 ※注釈 学習会:グループ毎に分かれて、一つのテーマに対して発言、協議して社会スキル、コミュニケーション力を身に付ける。 発表会:訓練生が期日までにプレゼンテーション資料を作成して訓練生の前にて発表をする 【福祉センターの在宅就業支援の取り組み】 かがわ総合リハビリテーション福祉センターでは平成16年度より、重度障がい者等の就業機会を広げ職業的自立を促進することを目的とした在宅就業支援事業を実施している。平成22年度からは登録試験による在宅ワーカー登録制度を開始した(図3参照)。 登録試験は、グラフィックデザインコースとWebデザイン・コンテンツ制作コースがある。合否判定後一定の基準に満たなかった場合は、技術習得を目的とし当施設の就労移行訓練を利用する例もある。合格者は、在宅ワーカー登録をすることにより在宅就業支援を利用することができる。在宅就業支援では、福祉センターが受注した仕事を内容に応じて各在宅ワーカーに業務委託し、在宅で仕事をするための支援を行う(図4参照)。その他、職業相談やスキルアップ支援等も行っている。 図3 在宅就業支援事業概要 図4 在宅ワーカーへの業務委託の流れ 障害がある人が体験塾を運営し、指導者として働く ○城 哲也(指定障害福祉サービス事業所SAORI hands 就労支援員) 尾崎 望美(株式会社現代手織研究所・元SAORI豊崎長屋スタッフ) 1 研究の背景と目的 "障害がある人が社会の中で人として当たり前に暮らせるようになる。"これは社会福祉に関係しているものにとって、常に頭のどこかにその野望を抱いて仕事をしているものである。当たり前に暮らすといっても、ただ、お金をたくさん持っている人が幸せであるかといえば、そうとは限らない。そこに生活していくうえでの充実感という幸せの尺度を求めている。生活の充実感を考える上で、必要なこととして、社会に役に立つことがあげられる。社会の役に立っている実感を日々感じられる仕事はないか?それを見つけ実践し、経験を重ねていくことが、充実感につながってくる。しかし、そんな仕事は本当にあるのだろうか?そんな仕事を探してみたい。それが今回の動機である。 2 今までの障害福祉の取り組み この数年、障害がある人の環境はがらりと変わりつつある。障害者自立支援法の施行から5年が経ち、新しい仕事作りに取り組む人たちが出てきた。ラーメン店経営、ケーキ屋さん経営、パン屋経営、お弁当屋さんなど、飲食業では一般の店よりも店内の雰囲気がよく、地域に自然と溶け込んでいる店が出てきた。味も専門家から作り方や品質保持の技術を学ぶことで飛躍的にうまくなった。以前までの内職業のレーンでずっと働いていた頃から比べると仕事の業種は多種に増えた。また、発達障害や精神障害の方のアートも、今、全国の美術館が取り上げるようになってきている。そして、アート作品が人々の暮らしを豊かにする時代になってきた。 3 私たちの今までの取り組み 私たちは今から35年前に、ある発達障害(自閉傾向のある)の女性と出会った。今までに見たこともない織りのデザインに、はじめは何故、このような作品ができるのか?理解できなかった。そして、結論として、この人は素晴らしい才能を持ったまま、しかも驚愕の表現力を持ち続けていることを私たちは知った。"この人たちの才能をみんなの中で輝かせたい"と障害という枠を取っ払って、みんなで一緒に手織り活動をしてきた。その中で、数多くの障害がある人と出会い、その作品に驚かされながら、作品作りをしてきた。その間、アメリカのVSA artsの方々と出会い、ワシントンDCには3回ツアーを組んで行き、アメリカのショービジネスの中で活躍する多くの障害者ミュージシャンやダンサーのパフォーマンスに刺激を受けてきた。もちろん、我がさをり織りアーティストの作品やファッションライブも大絶賛をいただいた。 この10年は障害者就労支援にも取り組み、全国各地での作品展やファッションデザイナーとのコラボ商品の開発、ダンサーやミュージシャンとのコラボでの創作ダンスやパフォーマンスも実施してきた。その中で、売るための商品作りと純粋な自己表現の挟間で苦しんだりもした。作品作りにはある程度の成果を生み、実績も作ってきた。しかし、障害のある人たちの魅力は作品作りとして表現することでしか生かせないのかという疑問は持ち続けていた。 その折に、私たちの事業所の近くで、古い長屋群をイノベーションして、新しい価値を見出し、素敵な空間づくりを行っている大阪市立大学の竹原研究室の方々と出会い、「さをり織りのような文化的活動を長屋群の中に取り入れたい」とお声をかけていただき、今回の実践に踏み切ることができた。 4 実践方法 場所の設定は長屋の一角で1階に3畳、4畳半、6畳の3部屋、2階に6畳の1部屋で、手織り体験工房を実践した。障害がある指導者(以下「スタッフ」という。区別するため事業所スタッフは「指導員」という。)は4名から5名。障害の種別は身体障害の人が1名、精神障害の人は1名、発達障害の人1名、知的障害の人1〜2名という陣容で行った。体験は午前、午後の1日2回で一度に10人まで体験を受けることができるようにした。1回の体験時間は2時間で速い人ならマフラーが織れる。1階で主に体験を受け、2階でたて糸を準備する。身体、精神、発達障害の人は接客を行い、知的障害の方はたて糸を張るのを主な目的とした。1階部分の3畳はギャラリーとしても活用し、路地から目立つように陳列した。開店日は週4日、予約は電話で受けることにした。そして、1年が経過した。 5 実践結果 体験者は、まず20種類ほどあるたて糸から自分の好きなものを選び、よこ糸を選ぶ。スタッフはその間に織り機をセットする。5分くらいで織れる状態になる。そのあと、織り方の手順をスタッフが紹介する。あとは何か呼び出されるまでだまってみている。何かしたそうな人には、模様のつけ方などを紹介する。しかし、あくまでもデザインは本人任せなのである。体験者は戸惑う。次は何を教えてくれるのか?うまく織るにはどうすればいいのか手ほどきしてほしい!けれどもさをり織りでは、そのような手ほどきは逆に本人の個性を引き出すことができないので厳禁なのである。 そして、このだまってみていることが体験者の表現を自由にし、気持ちをリラックスさせるのである。つまり、体験長屋のスタッフは優秀な指導者といえる。 2階のたて糸を作っているスタッフは接客メインではないので、あまり緊張せずに仕事に取り組むことができる。また、1階スタッフの駆け込み場として、リラックスできる雰囲気を作ってくれている。アットホームな空間である。接客や指導など今までやったことのないスタッフが多いので、このような空間が精神的バランスをうまくとっているともいえる。 このようにしてはじめた手織り体験工房は、9月222,385円、10月236,150円、11月406,670円、12月479,850円と順調に売り上げを伸ばした。しかし、マフラーのシーズンが終わった頃、売り上げが落ちた。1月171,200円、2月367,590円、3月189,755円。そこで、指導員は地域のイベントやエコ、ロハスイベントなどに営業に出かけ、チラシを配った。また、リピーターがつくようになったり、近所の喫茶店や陶芸教室にもチラシなどを置いてもらうようになった。地域に根を張り始めてきたのである。4月159,230円、5月152,950円、6月275,890円、7月312,855円、8月217,630円。 そして、1周年を迎えた。1周年の集いを行ったが、学生や体験に来られた方と地元の方が交流できる集いを行うことができた。 スタッフの声を聞き取ったところ、体験工房で働くことで、今までに出会ったことのない多くの人に出会うことはやりがいにつながる。また、自分の手織り作品にもいい刺激になり、満足している。との声があがった。 指導員の声としては、体験工房に来られたころは、接客業が初めて経験することもあり、緊張のあまり、声が出なくなったり、固まったりすることも多かったが、やりがいがあるのか徐々に生き生きとした表情に変わり、社会性も身につけていかれ、遅刻や欠勤なども減っていった。また、スタッフ同士もケンカなどを繰り返しながら、絆を深めた。1年たった今では、指導員以上にしっかりと体験工房の経営のこと考えるようになったと感想を述べた。 体験工房での風景 6 考察 体験工房などの指導者として働く。実際に行うためには様々なハードルは必要である。まずは、様々な手工芸を楽しんで作り続けていることが条件である。今ケースでは、最低半年以上、さをり織りを週1回以上作り続けている方を、体験工房に推薦した。また、体験工房のスタッフになっても、週1回以上は今まで通り、手織り作家として作品をつくり続けている。指導者としても作家としてもいい影響が出ている。 今までの障害福祉の事業に、障がいがある講師はいなかったと考えられるが、これからはこのような道も考えていくべきではないだろうか?それほどに優れた素質を障害がある人達は持っていると今回の事業を通して感じる事ができた。 7 まとめ 障害がある人が指導者になる。これは、本人にとっても、社会にとっても有益な事であると考える。今回の実践で、障害がある人のもつ特性は、人の個性に寄り添い、個性を引き出してくれる指導者としての才能があると考える。そして、その才能を最大限に生かすための設定として、2時間程度、時間を共有するようなプログラムと、本人も作家として作品を作り続けること。その中で障害があるスタッフを信頼していけば、限りない可能性が広がる取り組みであると考えられる。今日もスタッフと体験者と新しい出会いが待っている。 【参考文献】 1)城みさを:わたし革命—感性を織る— 神戸新聞出版センター(1982) 2)城みさを:さをり織り好きですねん ぶどう社(1986) 3)城みさを:新私の手織りSAORI ぶどう社(2000) 【連絡先】 城 哲也 特定非営利活動法人さをりひろば Tel:06-6376-0391 e-mail:osaka@saori.co.jp ボランティアサークル「Aこころ」の今宮発信 ○近藤 克一 (ボランティアサークル「Aこころ」) 原 愛子・柴田 小夜子(ボランティアサークル「Aこころ」) 私は大阪市西成区の今宮地域にある、就労継続支援B型の喫茶型作業所『アザリア』に2005年から通っている。1999年に開所した『アザリア』は地域に密着した施設作りの理念にのっとり、今宮地域などに住む喫茶常連のお客さんの温かい理解を頂きながら、祭り、イベントなど、色々な地域の催し物に参加し、今宮地域の『アザリア』として地位確立を目指している。2011年に旗上げしたボランティアサークル「Aこころ」は精神疾患の啓発活動、地域の美化活動を重点に、地域のネットワークにより貢献できる活動を目標としており、ボランティアサークル「Aこころ」の活動は小さいながらも地域の役割を担う一つの就職だと思っている。 朝7時、目覚ましが私の部屋で鳴る。 「ジリリリリ・・・」 飛び起きると、申し訳なさそうに眠気が襲ってきて再び布団に潜り込む。すると、もう一度「ジリリリリ・・・」と、目覚ましが。朝に弱い私は二つの目覚まし時計を準備している。買っておいたサンドイッチを食べ、薬を飲み、昨日から溜まっている服を洗濯し布団を上げる。それから、ゆっくり歯を磨き、髭を剃り、朝の準備が一段落した所でテレビをつける。日によって、この時間、掃除機をかける。洗濯が終わり服をベランダに干して、大阪市西成区今宮にある喫茶『アザリア』へ向かう。 私の部屋は大阪市西成区玉出のマンションの一室にある、グループホーム『先島』である。『アザリア』までは約2キロ程、その区間には雑居ビル、古い文化住宅やマンション、朝から営業している持ち帰りのカラフルなお好み焼き屋など、人の目にはユニークに映るかも知れない風景を見ながら、自転車か日によっては歩いて向かう。南海電鉄の高架下にある『アザリア』の近くに来ると、常連さんたちが「おはよう」と声をかけて下さる。「おはようございます」大きな声で返事をすると、笑顔で通り過ぎて行く。今宮は人情の厚い、挨拶や笑顔の行き交う地域である。 楽しい笑顔にあふれた喫茶『アザリア』のメンバーは約30名、職員数名で成り立っている。喫茶は15席、モーニングの間は常連さんで満席で、昼からは近くの会社から、コーヒータイムに何名かがやって来る。 『アザリア』は喫茶に使っている部屋以外に5部屋がある。一部屋は職員の事務仕事部屋で、通称「事務室。」アコーディオンカーテンを閉めると隣に空間ができ、そこが「相談室。」主に精神障がい者が多く通っている喫茶『アザリア』なので、食事療法を実践していて昼食が食べられる「食堂。」その他、「さをり織り」の作業をしたり、リサイクルショップを開いたり、ミーティングや会議に使ったり、各種教室を行ったり様々利用する「多目的ホール。」もう一室、なぜこう呼ばれているか分からないが、色々な物が置いてあったり軽作業をする「教室。」以上が『アザリア』の構造である。 さて、『アザリア』の紹介でも述べたように、私は統合失調症の精神障がい者である。発病以来16年間幻聴が聴こえ続けた。いつまでも聴こえ続けるのではないかと思うくらい聴こえ続けた。何度か入院し、最後の退院からグループホーム『先島』に入居し、『アザリア』に通所し始めると、幻聴は遠く雑音の様になり消えていった。薬を変えたおかげもあり、今では授産品で『アザリア』のコーヒーに付けるお菓子作りなどを楽しんでいる。 なんと言っても祭り、イベント、フリーマーケットなどの日は楽しみだ。今では今宮地域の方と知り合いができて、『アザリア』の出店ブースを今宮地域の方達が用意してくださり、授産品(アクリルたわし、「さをり織り」、粘土細工、ポストカード等)を売っている。授産品に関わりを持つ様になり6年目だが、この『アザリア』の出店ブースに来ると別人のように楽しんで売り子をしている。 喫茶『アザリア』は福祉施設として、色々な顔を持っている。喫茶事業のほか『アザリア』が力を入れているのはマンション清掃と授産品製作、販売、リサイクルショップ、『アザリア』開設当初から大きな事業となっている生花、「さをり織り」、パソコン、英会話、レザークラフト、硬筆、民踊、手話、粘土細工など、メンバーや今宮地域の方達に開かれた各種教室を行っている。 そして、大切な事は社会復帰訓練で、就労支援の一環の清掃訓練がある。プロの清掃会社「エム・アイ・サービス」の社長指導の下、『アザリア』の建物内を一ヶ月に一回、一部屋洗う。ポリシャを使う清掃は、掃除するというより洗うと言った方が適切だ。メンバーの有志が社長の指示通りに一部屋を何辺も何辺もポリシャ、かきとり、水拭きをする。他の部屋も掃除機をかけ、クーラー、換気扇を掃除する。 社長がOKした人は、『アザリア』のほか、主に薬局やクリニック(眼科など)を一回、2〜3時間洗いに行く。本格的な就労訓練の第一歩で、だいたい一ヶ月に一回のペースで何回も続ける。 そこで認められれば清掃のバイトをする。昔、社適(社会適応訓練)や職親と呼ばれていたものである。尼崎の大きな工場の風呂場と更衣室の日常清掃で、私は6年前と3年前に二度挑戦した。かなりきつい作業だったが、仕事を覚えることはでき、優秀な作業員だったと思う。私が清掃したときには風呂に入る人が増えた。半年くらいで二回とも疲れ果て、仕事中やグループホームに帰った後、幻聴が聴こえ始めた。どんなに聴くまいとしても聴こえてくる。昔、16年間聴こえていた様に凄い音量で、異星人やアメリカ合衆国の大統領を名乗る人の声が、壁の向こう側にいる様に、人工衛星にスピーカーがついているかの如く、しかも、普通に喋るのと同じ様な声で聴こえてくる。社長も仕事内容を見て青ざめ、「仕事、ちょっと辞めてくれんか。」辞めざるを得なかった。 「エム・アイ・サービス」は仕事がきついために幻聴が出たのかも知れないと思ったので、去年、他のバイトに挑戦した。一年契約のサイクルサポーターの仕事で、契約期間中はなんとか仕事をやり終えたが、終了する一ヶ月位前からまた幻聴が聴こえてきた。グロッキーになったまま、今年の7月を迎え、三度とも長期間休むと、数ヶ月で幻聴は消えた。 今回は、再び清掃訓練に出よう、もう一度やり直そうと思うのにかなり時間がかかった。8月の清掃訓練は途中で休んでも良いという気持ちで出たが、少しでも前向きに地域の一員として働きたいと願っている。 そんな中、去年、『アザリア』に一冊の絵本が送られてきた。題名は「ポンポコ山の聞き耳ずきん」で製作は鳥取県。施設長に言われるままに読むと、内容はうつ病の啓発本だった。「これは、すごい」と私は感嘆の声を上げた。施設長も同じ意見だった様子で、精神障がいの世界から啓発本が出るなんて驚いた。一昔前までは、精神障がいになったと聞けば、家族はどこか遠くの街に人知れず暮らしていると言い広め、実態は「精神科病院」に入院したままだったり、座敷牢が家の中にあったりで、啓発本が出版されることは考えられなかった。しかし、精神障がい者の世界に「幸せ」と言う言葉がやって来る日もあるだろうと思わせる本だった。 喫茶『アザリア』の施設長が言った。 「統合失調症の啓発本が出ないかな。」 詳しい事は分からないが、施設長は西成区を始め、色々な所に統合失調症の啓発本を出してもらえる様、打診した様子だった。 そして思い付いた様に去年の5月頃言った。 「ボランティアサークルを旗揚げしましょう。」 始めは何のことかわからなかった私も、話を聞いていくうちに分かってきた。つまり、「統合失調症の啓発本を私達で出しましょう。」と言うことである。 一冊目、機関誌『アザリア』に載せている詩を私が編集し、施設長が「発刊に寄せて」を書き、「Mのパーツ」と言う題名の詩集を発刊した。 これは、『アザリア』での日常、西成区主に今宮地域で私が経験したことを11編の詩にまとめたものだ。特に、今宮地域の方々によく読んで頂き、『アザリア』のメンバーや、職員、喫茶『アザリア』の常連さん、『アザリア』を知って下さっている議員さん、当時の西成区長さんなど、色々な人達に読んで頂いた。家族も喜んでくれた。感謝している。有り難うございます。 そして、第2弾は「鳥取県に続け。」である。統合失調症の啓発本の絵本を作ろうと言う事になった。地域の方々をはじめ、より多くの方達に統合失調症の事をわかって頂けるまで、啓発活動を続けて行こうと言う事になった。 ボランティアサークルの名前はボランティアサークルに入って頂いた職員さんの有志の発案で「Aこころ」と名付けた。『アザリア』の頭文字『A』、「ええ心」関西弁の「良い心」、そして「絵心」の三つの意味が込められている。 私が絵本のストーリーを書くことになった。私は前述のように幻聴があったので、統合失調症の体験談をフィクションにしろ余り書きたくはなかったが、恥とか、人の目を気にしていては前に進まない。とにかく、第三者の目から見た様子でストーリーを書こうと思った。できたストーリーの題名は「大好きなお兄ちゃんの日記」と言うもので、それはそのまま絵本の題名になった。前にあげた有志の職員さんが、ストーリーを見て、段落分けしてくださり絵を描き始めた。美術部の部長をされていたらしく、特別な色鉛筆で絵を描いて水のついたはけでなぞっていくと水彩画の様になるという、高度な絵の描き方だった。去年の11月に大阪市西成区の障がい者の祭り「あったかハートをつないで」に絵本が一部デビューした。絵は2月に完成した。可愛らしい絵に仕上がった。 絵本は西成区を始め大阪市内、府内の小学校、中学校、高校などの図書館や公共施設等に置き、より多くの人に知って頂くことで、一人でも統合失調症を患う人が少なくなる様に、統合失調症の啓発を目標に作ることになった。 ボランティアサークル「Aこころ」の会則に「②地域美化活動を行う」という項がある。地域美化活動とは何か。 それは、施設長や『アザリア』メンバーの想いが込められたものである。西成区という所は人情の地域、人と人のつながりの地域だが、煙草の吸殻や食べかす、飲みかけのペットボトルの道路へのポイ捨てなどが多く、マナーが問われる時代にこれでいいのか、と思うことがある。 その西成区、特に今宮地域を、ボランティアサークル「Aこころ」のメンバー総出できれいにしようと思った。この美化活動は『アザリア』でもミーティングの後、十分間清掃と称して『アザリア』周辺の道のゴミ拾いなどをしている。ボランティアサークル「Aこころ」は、それを雑草の多い所の草むしり、西成区を縦断している南海電鉄の天下茶屋駅周辺のゴミ拾いなどをしたいと思っている。今宮の人達と『アザリア』のメンバーが喜び合う関係が深くなる様思っている。今宮地域が美しくなる、西成区がきれいになる、ボランティアサークル「Aこころ」の今宮発信の一つである。 絵本について問題が起きた。一つは印刷、製本会社である。絵本の製本は難しいらしい。一冊目「Mのパーツ」の製本屋さんは、絵本を製本する注文を受け付けておらず、大阪市中歩き回って、結局『アザリア』から徒歩で行ける距離にある製本屋さんにした。同じ地域で見たことのある仲である。これもボランティアサークル「Aこころ」の今宮発信である。 また、「大阪市こころの健康センター」へ行き絵本の専門的な注釈箇所について、引用の許可をもらった。その他、薬や治療法が発達したので、今では間違いとしか言えない記述があり修正を加えた。 もう一つの問題は「大好きなお兄ちゃんの日記」のストーリーが、小学校高学年の子供にわかるかどうかと言うことだった。そこで近くの小学校へ行くと、先生の顔は笑顔でも表情は曇りがちだった。そこで施設長が、「幻聴というのは、小学校高学年で理解可能ですか」と問うと、その先生は、無理だという事を話されていた。この絵本が生徒さんに理解可能かどうかという問答が続き、私は疑問に思った事を聞いた。 「ストーリーが難しいのでしょうか。それとも、統合失調症という病気そのもの自体が難しいのでしょうか。」先生は、「病気自体が難しいのですねぇ。」と答えた。 統合失調症は思春期に最も多く発病する病気で、ある程度の年齢で病気に対する知識が付いていないと、早期発見は難しく、早期治療、早期回復も難しい。 そんな事を考えながら、その小学校から『アザリア』へ施設長と帰ってきた。 絵本をつくる事で色々な交渉をし、色々考え、色々今宮地域の力を借りている。この絵本の発刊のためにやっている事は、精神障がいについて、統合失調症について、一般の人にわかって欲しい、理解して欲しいと想ってやっていた事である。施設長の思いはわからないが、これは地域のためになる、教頭先生や製本会社が理解して頂いただけでも今宮地域の役に立っているのではないか。統合失調症は恐ろしい病気だが、この絵本を仕上げたら、もっと良い世の中、地域になるのではないか。これは一つのボランティア活動と言っているだけで、今宮発信の統合失調症の啓発という仕事だと、思い始めた。 私は地域の統合失調症の啓発という作業を続けるうちに、役割としての仕事の一つに辿り着いたと思う。ボランティアサークル「Aこころ」の今宮発信、統合失調症の啓発絵本製作の仕事、今宮地域の美化活動。 このボランティアサークル「Aこころ」への就職を見守り応援してくださった今宮地域の方々、『アザリア』の施設長、メンバーさん、職員さん、そして家族に感謝して発表を終わりたいと思う。ありがとうございました。 【連絡先】 〒557-0014 大阪市西成区天下茶屋1-32-3 NPO法人アザリア内 ボランティアサークル「Aこころ」 Tel:06-6658-2900/Fax:06-6655-5420 E-mail:azaria.since-1999@car.ocn.ne.jp 作業を通して広がる就労意欲の増進 橋本 公江(社会福祉法人あかね ワークアイ・船橋(就労継続B型施設) 職業指導員) 1 はじめに 私たちの施設は、1996年に視覚に障害を持つ者たちの、「見えなくなっても働きたい」という声から生まれた。当時、視覚に障害を持った者の就労は、あん摩・マッサージ・指圧、鍼、灸のいわゆる三療業が主であり、一般的な作業は「できない」と考えられていた。残念なことに今もその考えは変わってないように思われる。 普通のパソコンにスクリーンリーダーというソフトを入れれば、普通の人と変わらずパソコンの操作ができる。テープを聞きながらテキスト化していくテープ起こしの仕事は、視覚障害があっても単独で仕上げることができる仕事である。最近ではシステム開発の仕事に携わる人も出てきている。視覚に障害があっても、聴覚や他の障害の人たちと組むことでデータ入力の仕事もできる。私たちの施設では、こうした音声パソコンを使っての作業を行なうとともに、IT教室を通じて音声パソコンの普及にも努めてきた。 その一方で、株式会社あい・あーる・けあが『障害のある者に新しい仕事を』との思想の基に作った点字プレス機を借りる形で、1998年から名刺に点字を入れる作業を始めた。当初は1ヶ月あたり50箱をこなすのがやっとだったこの作業が、今ではプレス機5台を駆使して1日に20箱を仕上げることができるようになっている。 障害者自立支援法ができ、身体に限らず、知的や精神に障害のある人たちを受け入れることとなり、施設が大事にしたのは、時間をかけてもミスのない仕事、丁寧なアウトプットということだった。テープ起こしでは、納品物になるまでに、何度も人を変えて検証する。データ入力では、チェックは複数回行なう。最近始めた機械の清掃でも検品作業は欠かさない。そうすることで、各人の作業は不完全かもしれないが、施設を出る時には完全なものとして納品できていると自負している。 2 主な作業内容 ○テープ起こし 研修会や講演会で録音したテープを聞きながらパソコンを使って文書化する。視覚に障害のある人たちは、施設の中の作業でもできる仕事が限られてくるので、視覚障害の人たちを優先として作業を行ない、ボランティアさんや他の障害の人たちが校正を行なうという体制を組んでいる。 ○各種データ入力 肢体に障害のある人たちが中心となって作業を行なっている。初心者や視覚障害の人でも、ボランティアさんが読み手となって伝票や原稿を読み上げることによって、誰でもできる仕事となる。在宅就労支援団体が行なうデータ配信による入力では、指一本で作業を行なう者もいる。 ○テープ広報物作成、発送管理 視覚に障害のある人たちの広報媒体であるカセットテープのダビングから発送、戻ってきたものの管理を行なう。主に視覚を中心に各種障害の人たちが協力しあって作業をすすめている。 ○機械の清掃作業 モデムや電源コードを新品同様にきれいにするという作業で、視覚以外の障害の人たちが作業を行なっている。単純な作業ではあるが、慣れないうちは拭き残しも多く、どこまで拭けば良いのかの判断が各自に任されるため戸惑いも多い。付随業務として機器の初期化やバーコードテープの作成作業があり、マニュアルに沿って行っている。検品作業では、掃除に不備があるものは再清掃、機器に不備があるものには付箋をつけて、箱詰めを行なう。色々な工程があるので、その中で各人ができるところをできる範囲で行っている。埃まみれになっていた機器が綺麗に仕上がった時は、やり遂げた達成感と喜びがある。単純作業であるがゆえに集中力も必要で、機器それぞれの注意点もあり、経験と実績が次の作業への大きな自信となっている。 ○点字名刺作成 お客さまから預かった名刺や施設で作成した名刺に点字プレス機を使って点字を入れる作業。施設利用者全員が取り組める作業である。 作業手順は、まず規則正しく穴のあいた黒い板に点字のルールに従ってピンを入れる。施設内でピン組みと呼んでいるこの作業は、点字表を見ながらピンを入れていけばいいので誰にでもできる作業でもある。ゲーム感覚でできて、比較的短時間で完結できるため達成感が味わえる、といった利点があり、初心者でも楽しく作業ができる。点字を覚えて表を見なくてもピン組みができるようになると、余計に楽しくなってくるようで、知的障害を持った人も全盲の者も自信を持ってピン組みを行なっている。 ピン組みが終わった板をプレス機にセットし、名刺の紙を置いてレバーを倒すと、「点字名刺」ができあがる。1枚1枚手作業で行なうこの作業は、仕事をしているという実感が湧き楽しい作業となっている。片手でも動けば仕事ができるが集中力が必要で、失敗が即不良品につながる。施設内で作った名刺で少ない枚数から始めて徐々に1箱100枚を続けて行なえるように指導している。 3 リハビリテーション事例 (1)事例1 A君21歳男、療育手帳B2で発達障害。能力は高いが小学校の時からの不登校で、現在も決められた時間に施設に通うことに対して極度の緊張があり、朝からの通所はできていない。約70人の顧客に月2回テープをダビングして送る作業を顧客管理も含めて担当している。この仕事は自分の仕事だと自覚し、発送日に合わせて体調や通院日を考えながら自分なりに計画をたてて通所している。通所当初は作業に合わせて必要な日に来るのが精一杯だったが、今はほぼ週2回2時頃には来られるようになっている。 時間に縛られる学校や一般企業の枠からは外れてしまう彼であるが、その高い能力を社会に還元する方法はもっとないものかと考えてしまう。 (2)事例2 Bさん53歳男、身体障害1級、脳梗塞による後遺症により左半身不随(左上下肢機能障害)。機器の清掃の最終チェックを担当している。細かい部分の埃をもう少し綺麗にと頑張る中で動かなかった指が動いたという経験がある。まさしく仕事がリハビリになっている実例だと思われるが、自分のためリハビリのためではなく、他人のため仕事のためと頑張ってきたことと、最終チェックを任されているという責任感が指を動かしたのだと思われる。 (3)事例3 Cさん31歳女、先天性角膜混濁による身体障害者手帳4級。震災後、精神が不安定になり一時通所を断念したが、落ち着いてきたため最近は週3回通所している。絵が好きでパソコンを使っての画像処理を学んでいる。施設内で出た使用済みの点字用紙に彼女の作った画像を印刷して名刺箱を作成したところ大好評だったので、点字名刺を入れる箱にした。お客様からの反響もあり、それがまた彼女の通所の励みとなっている。 (4)事例4 在宅就業支援団体であるワークスネット株式会社と合同で行なった特別支援学校での入力体験やテレワーク体験会では、筋ジストロフィーの生徒が「あきらめていた就労へ夢がつながった」「働くことは生きること」との感想を寄せてくれた。一般企業への就職はかなわないとしても在宅や施設での就労が可能となることで、生きる目的や希望を見出すことができると思われる。 (5)まとめ 障害のある者にとって健常者並みの作業を実現するためには創意工夫が欠かせない。私たちの施設では、トイレのノブに人形がかかっていて、使用中は中に持って入ることにしている。人形の有無で使用中か否かがわかり、視覚に障害があっても普通に利用ができる。身体障害のあるBさんが作業がやり易いようにと作成した道具は、身体障害のない者にとっても使い易く綺麗に仕上がるものとなった。割り箸を削ったり、目印をつけたり、仕切り板をつけたり・・・、誰が行なっても同じようにできるようにと工夫を重ねて結果としての完全な仕上がりを目指している。 真剣に仕事をする中で、集中力が養われたり、動かなかった手が少しずつ動いたりといった効果が出ている。午前中だけしか勤務できなかった者が、2時まで、3時までと時間を延ばして通常勤務に近づいている。週2日しか来られなかった者が、3日4日と勤務日を増やしている。仕事を通して社会に繋がっているという喜びと、仕事をまかされているという責任感からのものだと感じている。 4 結論及び考察 就労継続支援事業所で利用者が通所し仕事をするということは、単に工賃を稼ぐというだけでなく、各人が障害に対しての対処法や障害を補う方法を学ぶことであり、障害を克服するための努力をするということである。ただ努力を強いられるのは辛いが、仕事を通じての責任感や達成感、ねぎらいやお客様からの反響によって苦労が喜びに変わるのは誰もが同じである。また、仕事を通じて社会とつながるという喜びもある。ただ残念なのは、仕事量が少ない事である。私たちの施設でも仕事がなくて自習時間となってしまうことが多々ある。他施設でもよく仕事を探していると耳にする。 「障害者の雇用の促進等に関する法律」では「障害者雇用率制度」が設けられており、事業主は、定められた雇用率以上の障害者を雇い入れなければならないことになっているが、作業施設や設備の改善、特別な雇用管理等の配慮が必要となるなどの理由から障害がある者の雇用はなかなか進まない。また雇用されても、実際には仕事についていけなかったり、職場で人間関係を築けなかったりして、定着できない者も少なくなく、こうした失敗が長い間心の傷となって次のステップに進めなくなっている者も多い。 事業主が障害のある者の雇用に特別の配慮をした子会社を設立し、一定の要件を満たす場合には、特例としてその子会社に雇用されている労働者を親会社に雇用されているものとみなして、実雇用率を算定できる「特例子会社制度」がある。 同じように、就労継続支援事業所に対しての発注を、その発注量に応じて雇用人数にカウントすることはできないかと考える。そうすることにより就労継続支援事業所の仕事量が増えれば、そこで働く者たちが一般社会とつながっていることに誇りを持ち、より活発に仕事ができ、やりがい・生きがいを感じることでより「リハビリテーション」もすすむものと思われる。 【連絡先】 橋本 公江 社会福祉法人あかね Tel:047-336-5112 e-mail:akane@akane-net.or.jp 障がい者による、健常者への復職支援 ○遠田 千穂(富士ソフト企画株式会社 人材開発グループ長/カウンセリング室長/秋葉原営業所長) ○槻田 理 (富士ソフト企画株式会社人材開発グループ 主任) 1 はじめに 弊社では、親会社である富士ソフト株式会社から派遣された社員の復職支援を行っている。リワークという形で2週間、弊社に常駐する。平成23年10月から、平成24年8月末日現在で、11名の親会社社員を受け入れ、うち10名が復職している(残りの1名はリワークプログラムを実施中)。 リワークにやってくる親会社の社員は、心身に不調をきたし、休職中の身分である。弊社で2週間のリワークを実施後、産業医面談を経て復職となる。 弊社でリワークを完了した親会社の社員の復職ならびに勤務継続率は100%である。なぜそのような高率なのか?そこには弊社独自のリワークシステムにあると考える。ポイントは「障がい者による復職支援。」その取り組みを紹介したい。 2 会社紹介 弊社は、富士ソフトグループの特例子会社として、平成12年に認定を受けた。全社員160名のうち8割以上(131名)が障がいを持っている。障がいの種別も、身体、知的、精神、発達と様々である。パソコンを使用した業務が中心となる。名刺作成、データ入力、Web製作、印刷物全般、サーバ管理、親会社のサポート業務(イントラ管理、メール室など)障がい者就労支援事業等。 3 リワークの詳細 リワークを受けにきた親会社の社員(以下「リワーク生」という。)には以下の3つのことを行ってもらう。①社内研修講師業務従事、②認知行動療法受講、③社長講話受講。 ①の社内研修とは、弊社社員を対象とした技術向上訓練で、受講人数は10名〜12名程度。受講社員は全員何かしらの障がいを持っており、障がいの種別は様々である。リワーク生はこの社内研修の講師として、受講社員の前で講義を行う。講義内容はリワーク生によって様々である。本業の業務内容(技術等)に関するものを分かりやすく説明するもの、今社会で話題になっているキーワードをもとに、社内研修受講社員に議論をさせるものなど多岐に渡る。また、準備作業として、テキストの作成、講義内容の策定なども含まれる。 ②の認知行動療法は、弊社のカウンセラーが中心となり講義を行う。講義の中では自己を分析して認知を確認し、どう行動に結びつけるかを考える。課題形式で演習も行う。 ③の社長講話では、リワーク生が生い立ちから現在に至る経緯について話す。社長から、人格形成と精神疾患との関わりについての話を聞く。そして人は何のために仕事を行うかということについて話し合う。 リワークのカリキュラムは下図のとおり。 リワークカリキュラム 4 リワークでのポイント このリワークでのポイントは2つ。①リワーク生にとってこのリワークで行うことが、技術・習慣に関する知識を受ける(Input)ことではなく、自分を出す(Output)ことが大半であること。②リワーク生が触れ合う相手が「障がいを持った人」であること。 ①の社内研修について、リワーク生は時間の大半を社内研修の講義ならびに講義の準備にあてる。講義では自分の考え、準備してきたことを口で話さなければならない。一般的に行われているリワークのように、机に向かい復職に向けた対策講義を聞いていれば良いというものではない。与えられた「自分を出す時間」をいかに「有効」に、いかに「自分らしく」使えるかがリワーク生にとって重要となる。その時間の「形」は自分で創らなければならない。ゆえにリワーク生は必死となる。 ②の認知行動療法は、①とは逆にリワーク生にとって安心と癒しを与える要因となる。社内研修を受ける社員は、皆障がいを持っているがゆえに、サポートが必要な人間である。障がいは1人1人皆違っている。社内研修会場では、皆がサポートを必要とし、皆がサポートをする場である。リワーク生は心身に変調をきたして休職となった。復職に向けての不安は大きい。 「以前と同じように働けるだろうか?」「周りは自分のことをどう思っているのだろう?否定的な感情を持っていないだろうか?」「今後の私の人生はどうなるのだろう?」など様々なことを考える。 そんな想いを抱く頃、弊社のリワークへ参加することになる。リワークでふれあう人は障がい者しかいない。自分と同じように精神に障がいを持った人もいる。自分だけが特別でないことを、リワーク生はリワーク会場で知るのである。 弊社社内研修に参加している障がい者社員は、皆心が優しい。自分の想い・感情をうまく表現できない者もいる。こだわりが強く、あるキーワードに激しく反応してしまう者もいる。また、常時手を動かしていないと落ち着かない者もいる。しかし、そのような特性をもつ者、その他社内研修に参加している社員全員が心の優しい人たちであることは間違いない。 リワーク生は2週間、社内研修受講社員の優しさを受け続けることができる。そしてリワーク生は精神疾患を持ったからこそ、障がい者社員の優しさを素直に受け止められる。障がいを持った社員だからこそ、その優しさに深みが出るのである。 リワークで行う研修講義は、一般で行われる企業研修よりずっと難儀となる。受講社員に特性があるがゆえ、話を聞いてもらうだけでも一苦労である。しかし日を進めていくにつれて、研修は大きく変遷する。まとまりがでてくる。それはリワーク生と研修受講社員との間に絆が生まれた証である。絆が形成しはじめると、社内研修受講社員たちは、研修の休憩時間であろうとリワーク生を逃がさない。彼ら研修受講社員はわれ先へとリワーク生の元へ行き、自分のことを話し、リワーク生についての話を訊く。内容は仕事に関することから、かなり深いプライベートな内容まで様々である。リワークの後半には濃密な人間関係が形成されることになる。 おそらく普段健常者に囲まれた世界では成しえない光景であろう。そしてリワークの最終日、リワーク生への壮行会が開かれる。 社内研修受講社員1人1人からリワーク生へメッセージを送り、詩吟と歌のプレゼントを行う。最後にリワーク生からお返しのメッセージを受け、終了となる。壮行会が終わる頃には、多くのリワーク生が涙を流している。リワーク生にとってこの2週間は、温かな、忘れられない思い出になったはずだ。 リワーク生はその後産業医面談を経て復職する。復職の際には、リワーク生の多くから一報をもらう。そこには、「リワークで私を迎え入れてくださった皆さんのためにも、頑張ります」と必ず記されている。 5 まとめ リワークとは休職中の社員を復職させるための支援である。従来のリワークプログラムは、復職しても潰れないための「体力」「精神力」を養うことに重点を置かれている。そのためリワーク期間を通じて作業を行い、その負荷を徐々に増やしていくことが通例である。しかし弊社はそれを行わない。弊社のリワークでの作業負荷はそれ程きついものではない。それよりも「人とのつながり」に重点が置かれている。人とのつながりを確立させることは、「人へ貢献すること」の喜びを認識させてくれる。「人へ貢献すること」とはまさに仕事そのものである。 弊社のリワークは自分を振り返る機会も与える。「人へ貢献すること」の喜びを認識することにより、「私にとって仕事とは何か?」という問いを持つことになる。「仕事をどのようにうまくやっていくか?」という考えではない。もっと根本的なことを考えさせられる。仕事について考える機会は、弊社障がい者社員とつながることによって得られたものである。障がい者だからこそ、リワーク生の心を開かせ、整理させるのだ。 リワーク生は皆仕事についての答えが出せたであろう。それが復職後の定着率100%という数字に表れているのだと感じる。 リワーク風景 【連絡先】 遠田 千穂 富士ソフト企画株式会社 人材開発グループ TEL:0467-47-5944 E-Mail:todachi@fsk-inc.co.jp 就労系サービスを活用した金融機関在職者へのリワーク支援について −福祉事業所と企業との連携を通して− 安河内 功(社会福祉法人福岡市社会福祉事業団 福岡市立ももち福祉プラザ 支援第1係長) 1 はじめに 当事業所は、主に障害児・者にかかる福祉と労働系のサービスを提供する社会福祉法人福岡市社会福祉事業団が経営している。 その事業範囲は、医療的配慮が必要な重複障害児・者の療育や三障害にわたる企業就労をマネージメントする福岡市単独設置の福岡市障がい者就労支援センターなど、幼児期から成人期までの地域生活系と就労系のサービスにわたっている。 筆者は知的障害、発達障害を主な利用者とする就労系の障害者福祉サービス事業所2カ所で、福岡市に本店のある大手地方銀行と連携しボランティア活動としての場を提供することで、その求職者の職場復帰の一側面からの支援をしてきた。その取組と効果、そして課題について考察するもの。 2 現状 企業でのメンタル面での休職者は増加し、当事業団でも昨今の事業改変や制度改革等のなか、病休等は増加の兆しがある。 地域障害者職業センターでは、平成17年度から職場復帰支援(リワーク支援)に取り組んでいるところであるが、その利用者の復帰等の状態は様々であるとも聞く。 今回連携した地方銀行の産業医と健康管理室の保健師からは、リワーク事業終了からの復職までの期間が長くかかる場合もあり、その間の生活リズムづくりや方策の充実が必要であるとの声がある。また、リワーク支援終了後の復職が困難な方々への支援の充実や、その対策が課題であるとも聞くところである。 3 経緯 当法人の職員の知人なかに、地域障害者職業センターのリワーク事業を活用した地方銀行の職員がいた。ボランティアに興味があったこととその復職に向けたリズムづくりのため、復職まで障害者施設でのボランティアをしたいとの申し出を受けた。 在職する当該地方銀行の健康管理室と協議し、その受入方法等を検討。自己決定による復職を鑑みたボランティア活動として受け入れをした。 しかしながら、その人事管理の主体が銀行であることから連携することを前提の上で、受け入れたのがその経緯である。 4 流れと連携 その申し出から活動に至る流れと、金融機関との連携等の方法は次のとおりである。 (1)流れ 当該地方銀行の健康管理室の保健師と協議し、流れを次のとおりとした。 ・チラシを作成し、健康管理室でボランティアを募る ・そのボランティア活動については、復職に向けての一つのステップであることを確認する ・本人了承のもと、福祉サービス事業所と情報を共有することの承諾を得る ・福祉サービス事業所との開始時期等の連絡調整、ボランティア保険の加入などについては、自律的に行うこととする ・ボランティアの目標を設定し、その状況については定期的に面談をして確認する (2)地方銀行との連携 上記の流れに沿って、ボランティア活動に関する下記の趣旨と方法を共有し、経過確認とサポートを双方から行った。 ・復職に資するため、働き続けることとその働き方の多様性を体験することから就労継続支援B型事業での受入とした ・受入前の段階では、健康管理室からその目標決定と状況の共有について確認をした ・面談の段階で再度、本人とともに、定期的に状況を健康管理室に報告をすることを確認した ・週に1度は健康管理室での面談のためボランティア活動は休止し状況報告等、同じく週に1度程度、福祉サービス事業所でも目標に沿っての現状を健康管理室と共有することとした ・初回と不定期に、必要に応じ健康管理室から訪問することとした 5 結果 平成22年度から平成24年度までのこのボランティア活動の希望者は5名であった。うち男性が4名、女性が1名。その年代は20歳代から40歳代であった。 その診断名は、てんかん性障害、適応障害、双極性気分障害、適応障害。ボランティア活動前の休職回数は2回から3回までと複数回にわたる。 活動期間は1ヶ月を標準としたが、その方の復職時期等の状況により2週間から2ヶ月と個人により差があった。 4名のうち休職なく復職に至ったものが2名。その復職継続期間は平成24年9月15日現在で、約2年8ヶ月、約1年8月と現在でも就労を継続している。 1名は短期間のボランティア活動終了後にすぐに復職するが、その後すぐ休職で現在に至る。また、1名はこのボランティア活動も契機として自己の働き方を見直し、離職に至る。 女性1名については、家族の不幸により面談後にボランティア活動を保留し、その後は別の方法により復職へとチャレンジした。 結果、そのボランティア活動を利用して復職し継続している人は50%となる。 地域障害者職業センターの職場復帰支援利用者は、女性を除く4名全員で、すべてボランティア活動前の利用であった。 6 成果 このボランティア活動を経た結果、ケース数は過小であるが、50%が復職とその継続へとつながった。また、中間の情報交換や終了時の目的の振り返りの際に、聞き取った状況を整理しまとめるとともに、受け入れた福祉サービス事業所側での成果について述べる。 (1)本人の側面 ひとつは、平日の朝から夕刻まで働き活動するということにより、寝る時間と起きる時間、働く時間の基本的な部分での働くためのリズム作りが行えることがあげられる。全力で走るという労働のペースから、精神面等にあわせ適切な配分の方法もあることを体感できたという声もあった。 多様な状況の利用者との関係のなか、そのコミュニケーションのあり方や方法については、人それぞれの適した方法があるのが体感できること。それはその人が上司の場合は、今後へとつながるものでもある。 また、縦社会のなかでは得難い人間関係から、自己否定感から肯定感につながったという言葉ができた人も多かった。 活動の終了に際して利用者からは寂しい、続けてくれといわれたのはほとんどの人が経験することであった。 その自己肯定感は皆が言及することで、この事業効果は復職率のみならず、その側面での効果も高いと考える。 (2)スタッフの側面 障害者自立支援法では、スタッフ数は状態像にかかわらず定数が定められている。 高工賃を目標とする事業所では、マンパワーの確保もそれにつながるものである。この連携は、それのみならず人の変化を短期間で実感できるものである。主たる対象ではない人と働くことが、人の変化への再認識へともつながったこともあった。 また、メンター的知識、経験の向上とともに支援方法の再考、自らの働くことの意義の確認とそれを高めることにもつながっている。 7 課題 わずか数件の事例ではあるが、利用を断念とした人を含め、復職とボランティアとしての意義との復職との関係理解がその効果につながると考える。それが不十分な場合は、産業医との約束による復職への一過程にとどまった例もあった。 今後は、その目的をしっかりと確認と共有をし、情報交換のあり方を有効化することでその効果が固まることにつながると思われる。 地域障害者職業センターとの連携も、その効果を上げることと、復職の方法を広げることにつながるものと考える。 【連絡先】 安河内 功 福岡市立ももち福祉プラザ Tel:092-847-2762 e-mail:i.yasukouti01@fc-jigyoudan.org リカバリーが支援者に与える影響 −WRAPクラスの参加経験から− ○大川 浩子(NPO法人コミュネット楽創理事/北海道文教大学人間科学部作業療法学科 講師) 本多 俊紀(NPO法人コミュネット楽創/就労移行支援事業所コンポステラ) 熊本 浩之(NPO法人コミュネット楽創/就業・生活相談室からびな) 山本 創(NPO法人コミュネット楽創/医療法人北仁会石橋病院) 1 はじめに 働くことはリカバリーにとって最も重要な要因と考えられており1)、リカバリーのどの段階でも重要な役割を果たすことが知られている2)。就労支援においても、支援者がリカバリーの視点を持つことで、医療や福祉の否定的側面である疾病や障害に対する過剰な保護という課題が解決される可能性が考えられている3)。しかし、後藤4)は、リカバリー概念は障害当事者(以下「当事者」という。)との共通目標を設定しやすくするが、そのためには当事者の希望の実現や自分自身の専門家としてのあり方について自問自答が必要であると述べている。このようにリカバリーは就労支援において重要な概念の1つであると思われるが、支援者が支援に活かすためにはいくつかの課題が考えられる。 今回、我々はリカバリーに役立つツールであるWRAP(Wellness Recovery Action Plan)について学ぶWRAPクラスが、支援者にとってリカバリーを学ぶ機会を提供できる可能性5)に注目した。そこで、当法人におけるWRAPに関する実践を振り返り、さらに、WRAPクラスに参加した経験のある支援者を対象にインタビューを行った。その中で、リカバリーを学ぶ機会が支援者の価値観や就労支援への視点に与える影響について検討し、報告する。 2 WRAP(Wellness Recovery Action Plan) WRAPは、アメリカのMary Ellen Copeland氏を中心に精神症状を経験した人たちによって考案され、今なお発展しつづけている、リカバリーに役立つプログラムであるである6)。 具体的には、毎日を元気に過ごすために、あるいは、気分がすぐれない時に元気になるために、自分自身でプラン(=WRAP)をつくり、活用していくものである。Copeland氏の実施した調査から「リカバリーに大切な5つのキーコンセプト」と「元気に役立つ道具箱」が生まれ、それらが発展して、WRAPと呼ばれる6つのプランが作成されている。 WRAPをつくる方法としては、まず、「元気に役立つ道具箱」という毎日元気で健康に生活するためにできることのリストをつくり、このリストを使ってプランを作成していく。なお、WRAPを構成している6つのプランについて、表1に示した。プランの作成はひとり、あるいはサポーターと共に作ることもできるが、WRAPクラスに参加し、アイディアや経験をお互いに学びあい作成することも可能である。 表1 WRAPの6つのプラン6) このWRAPクラスとは、20人以下の参加者が集まり、参加者がキーコンセプトやプランに対するアイディアをお互いに出しあい学ぶ場である。運営はWRAPファシリテーターが進行役となって行われ、参加者が安心してクラスに参加し、各自のWRAPをつくるためのサポートが提供される。なお、WRAPファシリテーターになるためには、研修会を受講する必要があり、そのための研修会がWRAPファシリテーター養成研修と呼ばれている。 現在、全国で20カ所のWRAPに関する活動を行っている団体があり7)、北海道から沖縄に至るまで、各地でWRAPクラスの開催やWRAPに関する普及啓発を行っている。 3 NPOコミュネット楽創におけるWRAPの実践 NPO法人コミュネット楽創は、2003年11月に札幌市で発足した団体であり、現在では、就労支援に関する三施設の運営と就労支援に関する研究や地域福祉に関する実践を行っている。 当法人では、2007年に開催したWRAPに関するワークショップを皮切りに、現在まで多岐にわたるWRAP関連事業を実施している。2011年度末までに実施した主な事業は以下の通りである。 (1)施設プログラムとしてのWRAPクラス 主に法人で運営する施設(授産施設、就労移行支援事業所、就業生活相談室支援事業、就労者支援型地域活動支援センター)の利用者・登録者に対するWRAPクラスである。WRAPクラスの進行は演者が主に行っており、希望者が参加する形をとっている。参加者は、実施施設や時間帯により求職中、就労継続中と就労状況は異なっている。また、他の施設からの見学者も受け入れている。 (2)一般にも開放しているWRAPクラス 参加者は自分のWRAPを作りたい方とし、そのことに同意ができる方であれば参加できるWRAPクラスである。多くの場合は1日のみの単発開催であり、内容が立て込みやすいという課題がある。しかし、まとまった時間がとりにくい方や平日の参加が難しい就労者が参加しやすいという利点がある。昨年度からは、特定のニーズ(子育て)がある方向けのWRAPクラスも実施している。 (3)WRAPの普及啓発を目的とした事業 全国各地のWRAP活動を行っている団体と協力し、WRAPの普及啓発を目的とした事業に取り組んでいる。実施内容としては、短時間でWRAPを紹介するワークショップやWRAPクラスを運営するWRAPファシリテーター養成研修の運営である。また、助成制度を利用し、WRAPの普及啓発のためにリーフレット6)作成も行っている。 4 本研究の手順 (1)研究協力者 本研究の協力者は、本法人が運営するWRAPクラスに参加した経験があり、研究への協力をした時点で就労支援に携わっている精神保健福祉士2名である。研究協力者の属性は、表2に示したとおりである。なお、研究への協力に際して、本研究の目的を説明し、同意書による承諾をもらった上で研究を実施した。 表2 協力者の属性 (2)手順 最初に、インタビューガイド(表3)を作成した。このインタビューガイドに基づき、集団による90分程度の面接を実施した。面接内容はICレコーダーに記録し、逐語録を作成した。分析方法は作成した逐語録より、WRAPクラスへの参加に関すること、現在の就労支援に関係がある発言を抜き出し、金山8)らの方法を参考にカテゴリーを作成した。まず、意図が変わらない範囲で文章を最小単位にし、ラベルとして転記した。その後、全ラベルから内容が類似しているラベルをまとめてカテゴリーを作成し、カテゴリー内のラベル内容からカテゴリーの内容を示すタイトルをつけた。更に、内容が類似しているタイトルをまとめて上位カテゴリーを作成し、タイトルをつけた。 結果の妥当性を確保するために、分析内容は研究協力者に開示し、ラベルに変換した際の意味の取り違えがないかを確認した。また、共同演者によるカテゴリー生成の確認を実施した。 表3 インタビューガイド 5 結果 カテゴリー化の作業の結果は、「WRAPへの印象」「参加による変化」「支援での変化」「参加の課題」「他の支援者との関係」「今後への期待」の5つのカテゴリーに分類された(表4)。 表4 WRAPクラスへの参加による影響 「WRAPへの印象」は「参加前の印象」「地震への効果」「場」のサブカテゴリーに分類された。「参加による変化」は「自分の希望」「言葉にしにくい」「元気になる」「WRAPへの理解の変化」「関係性の変化」「参加動機の変化」のサブカテゴリーに分類された。「支援での変化」は「視点の変化」「関係性の変化」「自分への気付き」「自分に立ち返る」のサブカテゴリーに分類された。「参加の課題」は「職場の人の参加」「職場のしがらみ」のサブカテゴリーに分類された。「他の支援者との関係」は「違いに気付く」「どちらが正しいか分からない」「輪から外れる恐さ」「距離をとる」のカテゴリーに分類された。「今後への期待」は「いつでも参加できる」「一歩を踏み出す」「自分の希望」「就労者のWRAPクラスの可能性」「対象の広がり」「支援者が変わる」のサブカテゴリーに分類された。 6 考察 (1)WRAPクラスへの参加が支援者に与える影響 本研究の結果から、WRAPクラスに参加することで支援者は「自分の希望」に目をむけ、自分自身が「元気になる」経験をしている。また支援においても「視点の変化」や「関係性の変化」という支援対象者に直接関る部分での変化や、「自分への気付き」「自分に立ち返る」という自分をふり返ることが起きていること話された。その一方で、他の支援者との「違いに気付く」ことがあり、「どちらが正しいか分からなくなる」という迷いや医療モデルである他の支援者からの「輪から外れる恐さ」を感じながら、自身でも「距離をとる」という行動をとることが示されていた。 これらの点から、WRAPクラスに支援者が参加することで自分自身のことを考え、当事者としての視点を得ることが期待できるが、周囲の支援者と違いを感じ同僚との関係において困難を感じる可能性が考えられた。 (2)リカバリーを学ぶ上での課題 リカバリー概念により当事者と共通目標を設定しやすくするためには、支援者自身の専門家としてのあり方について自問自答する必要性4)が知られている。本研究の結果から、WRAPクラスは支援者が自分の希望や自分らしさ、支援者としてのあり方について考える機会になっていることが示された。つまり、WRAPクラスに支援者が参加することは、リカバリーを支援に活用することに向けた支援者側の準備に貢献できことが考えられる。しかし、課題としてWRAPクラスによる参加で得たものは「言葉にしにくい」部分があることや、WRAPクラスの参加に関して「職場の人の参加」があると自己開示ができないことや「職場のしがらみ」がない方がWRAPクラスは面白いということがあげられる。特に職場に関する課題については、WRAPクラスへの参加が職場と無縁な形で参加できることが望ましいと思われる。そのためには、WRAPクラスが各地で開催され、「いつでも参加できる」環境整備が必要であると思われる。 (3)就労支援実践者を養成に向けた示唆 本研究からの示唆として、WRAPクラスへの参加によって支援者側に得るものがあっても、周囲の支援者との違いを感じ、得たものを十分に発揮できない、あるいは他の支援者との連携が難しくなることが示されていると思われる。松為は、職業リハビリテーションにおける人材育成の課題として、①専門従事者ではない人の育成、②人的ネットワークの形成、③キャリア形成をふまえた育成、④高等教育機関における職業リハビリテーション講座の導入、⑤処遇等のあり方、⑥公的な資格制度の導入をあげている9)。しかし、人材を育成するために重要なこととして、人材を育成する側の質や育成された人材を支える環境の重要性があると思われる。松為の③キャリア形成をふまえた育成や⑥高等教育機関における職業リハビリテーション講座の導入とも関係があるが、先に述べた、WRAPクラスに参加することで周囲の支援者と違いを感じ関係を持ちにくくなることがある。これは、新しい視点や知識を得たとしても、その視点が他の支援者(あるいは同僚)と違いを感じるものであれば、実際に学んだものが活用されない可能性がある。特に、今回の研究協力者は若く、支援職としての経験も5年未満である。そのため、なおさらに周囲の支援者と「違いに気付く」と「輪から外れる恐さ」や他の支援者から「距離をとる」ということが生じたことも考えられる。 従って、就労支援実践者の養成に関する課題は、養成する側の質や養成後の職場環境も考えたシステム作りが重要であると言えるのではないだろうか。つまり、養成する側の人間や現場でけん引していく立場にある人間が、新しい知識を積極的に学んでいくことが重要であり、それを支えるシステム作りが必要であると思われる。 7 まとめ 本研究は協力者が少数であり、結果に関しても限界性がある。しかし、支援者がリカバリーを学ぶ機会を経験することで支援者側がリカバリーを支援に用いる準備になること、その上での課題を示唆していたと思われる。さらには、就労支援実践者の養成に向けて、養成する側や長年就労支援を行っている実践者が積極的に新しい知識を得ていくことが、若手就労支援者の実践を支えるために重要になることが考えられた。 【文献】 1)野中猛:IPS(Individual Placement and Support),「図説リカバリー 医療保健福祉のキーワード」,p.74-75,中央法規(2011) 2)Ragins M(前田ケイ訳):第4段階:生活の中の有意義な役割,「ビレッジから学ぶリカバリーへの道 精神の病から立ち直ることを支援する」,p.74-95,金剛出版(2005) 3)大川浩子・他:就労に関する障害当事者と支援者の意識の比較〜グループインタビューを用いて,「北海道文教大学紀要第34号」,p.93-102,(2010) 4)後藤雅博:<リカバリー>と<リカバリー概念>,「精神科臨床サービス第10巻」,p.440-445,(2010) 5)大川浩子・他:リカバリーを学べる場−1dayWRAPワークショップの実践から−,「日本作業療法学会抄録集 第43巻」,p.366-366,(2009) 6)NPO法人コミュネット楽創:WRAP 元気回復行動プランリーフレット,(2009) 7)WRAPを始めたいと思ったら!,「こころの元気+第6巻9号」,p.20-21,(2012) 8)金山祐里・他:作業療法士が求めるADL評価法の検討,「作業行動研究第14巻」,p.256-262,(2011) 9)松為信雄:国内の動向 特集:職業リハビリテーションにおける人材育成,「職業リハビリテーション第23巻」,p.34-41,(2009) 【連絡先】 大川 浩子 北海道文教大学人間科学部作業療法学科 FAX:0123-34-0057 E-mail:ohkawa@do-bunkyodai.ac.jp 求職活動支援時における罪を犯した障害者の犯罪歴の取扱いに関する研究 ○相田 孝正(筑波大学大学院人間総合科学研究科 前期課程) 八重田 淳(筑波大学大学院人間総合科学研究科) 1 問題の所在 近年法務省と厚生労働省が罪を犯した障害者に対する再犯防止施策を開始しており、筆者が勤務する障害者職業センターにもわずかではあるが罪を犯した知的障害者や精神障害者が来所している。 支援における問題点として求職活動支援時に事業所に犯罪歴を伝達するか否か、ということが挙げられる。伝達した場合、罪を犯した障害者の就職の可能性は低くなることが予想される。一方、伝達しない場合、採用された後に再犯してしまった時、事業所に不利益を与えてしまう。また、就労支援者と事業所の信頼関係が失われてしまうことも考えられる。このように本人と事業所の相反する利益に挟まれて、就労支援者には葛藤が生じる。文献を調べたが、この問題について明確に示したものは見当たらなかった。 2 研究の目的 求職活動支援時に犯罪歴を事業所に伝達することについて、就労支援者と事業所の考えを明らかにすることを本研究の目的とする。 3 用語の操作的定義 本研究における「罪を犯した障害者」とは、①逮捕されたが軽微な犯罪で釈放された者②検察に送致されたが起訴猶予となった者③裁判で刑が確定し執行猶予となった者④裁判で刑が確定し実刑処分となった者⑤家庭裁判所に送致され保護観察処分となった者⑥少年院送致となった者⑦少年刑務所での実刑判決となった者、とする。 4 調査1 求職活動支援時における罪を犯した障害者の犯罪歴の取扱いに関する就労支援者の意識調査 (1)方法 ①調査方法 郵送による無記名自記式質問紙調査 ②対象 全国の障害者就業・生活支援センター282カ所、地方自治体が運営する就労支援機関102カ所、就労移行支援事業所は1879カ所を母集団とし、572カ所を系統抽出法により無作為抽出した。 ③質問項目 罪を犯した障害者に対する支援経験の有無、求職活動支援時に犯罪歴を事業所に伝えたか否か、伝達した場合としなかった場合のデメリットの発生状況、架空事例に対する犯罪歴の伝達意向、ガイドライン作成の必要性、基本属性等。なお、架空事例は酒井6)と社会福祉法人南高愛隣会7)の文献を参考とし、下記の事例を提示した(次頁参照)。 ④分析方法 各質問項目について度数分布表を作成し、回答傾向を把握する。また、就労支援機関種別による犯罪歴伝達意向の差異を把握するためχ2検定を行う。 ⑤倫理的配慮 本研究は、筑波大学大学院人間総合科学研究科研究倫理委員会の承認を得て行なった。 (2)結果 ①回収状況 郵送できた945ヵ所のうち409ヵ所(回収率43.3%)から調査票が回収された。 ②罪を犯した障害者に対する求職活動支援経験の有無 「ある」が120ヵ所(29.3%)、「ない」が287ヵ所(70.2%)、無回答が2ヵ所(0.5%)であった。 ③求職活動支援を行なった罪を犯した障害者の人数と就職者数 就労支援機関120ヵ所において199名の罪を犯した障害者が求職活動の支援を受けており、そのうち130名が就職に至っていた。 ④犯罪歴の伝達状況 支援をした199名の罪を犯した障害者について、犯罪歴を採用前に事業所へ伝えたか質問した。「面接を受けたすべての事業所で伝えた」が61名(30.7%)、「面接を受けたすべての事業所で伝えなかった」が85名(42.7%)、「面接を受けた事業所により、伝えた場合と伝えなかった場合がある」が53名(26.6%)であった。 提示した架空の事例 Aさん(年齢:20代後半)は軽度の知的障害のある方です。両親は支援の必要性を感じておらず、障害者手帳の取得や福祉サービスの利用はしていませんでした。また、両親には教育力や経済力がなく、家庭環境には恵まれない中で育ちました。普通高校卒業後就職しましたが、適応できず短期間で離転職を繰り返し、お金がなくなったため食料を盗んだり無銭飲食を繰り返したりしてしまい、刑務所に2回入りました。 刑務所を出所し保護観察を受けながら、地域生活を送ることになりました。また、障害者手帳の取得や、グループホームや通所施設の利用に繋がり、生活が安定しました。犯罪をしたことに対して本人は反省の姿勢を示しています。就労意欲や作業能力が高いため、就労移行支援事業所や就業・生活支援センターを利用し、就職活動の支援を受けることになりました。犯罪歴を事業所に伝えるか、本人の意向を確認したところ「伝えてほしくない」とのことでした。 支援者が求人検索をしていると、Aさんに対応できそうな求人がありました。特例子会社で、身体障害者と知的障害者を雇用しています。職種は本社ビル内や外周りの清掃業務です。今までに支援したことはない事業所です。ハローワークから問い合わせたところ、面接してもらえることになりました。ただし、この時点では犯罪歴は伝えていません。 ⑤就労支援者は事業所に犯罪歴を伝達すべきだと思うか? 「伝えるべきだと思う」が166ヵ所(40.6%)、「伝えないべきだと思う」が15ヵ所(3.7%)、「ケースバイケースで判断するべきだと思う」が219ヵ所(53.5%)、無回答が9ヵ所(2.2%)であった。 ⑥架空の事例について犯罪歴を事業所に伝えるか? 「伝える」が140ヵ所(34.2%)、「どちらかといえば伝える」が127ヵ所(31.1%)、「どちらかといえば伝えない」が76ヵ所(18.6%)、「伝えない」が59ヵ所(14.4%)、無回答が7ヵ所(1.7%)であった。 ⑦架空の事例における犯罪歴伝達意向は就労支援機関種別により異なるか? 就業・生活支援センターと地方自治体が運営する就労支援センター群と、就労移行支援事業所群の2群に分けてχ2検定を行なった。その結果、就労移行支援事業所群が有意に「伝える」と回答した割合が高かった(表1)。 ⑧架空の事例について犯罪歴を伝える理由 「伝えることで再犯を防ぐための配慮が得られるため」が186ヵ所(69.9%)、続いて「事業所との信頼関係を重視するため」が172ヵ所(64.7%)と、多く選択された。 ⑨本人の同意が得られない場合の対応 「Aさんの意向に沿って事業所に伝えないで支援する」が11ヵ所(4.6%)、「Aさんの同意を得ずに事業所に伝えて支援する」が13ヵ所(5.4%)、「Aさんに、事業所に伝えずに支援することは難しいと伝え、支援しない」が92ヵ所(38.5%)、「その他」が112ヵ所(46.9%)、無回答が11ヵ所(4.6%)であった。「その他」の回答内容は、ほとんどが「犯罪歴を伝達することをAさんが納得するように、話し合いを続ける」というものであった。 ⑩犯罪歴の伝達を判断するためにガイドラインの作成が必要だと思うか? 「必要だと思う」が187ヵ所(45.7%)、「どちらかといえば必要だと思う」が113ヵ所(27.6%)、「どちらかといえば必要ないと思う」が41ヵ所(11.0%)、「必要ないと思う」が44ヵ所(10.8%)、無回答が24ヵ所(5.9%)であった。 ⑪犯罪歴を伝達したために従業員との人間関係でストレスを感じたことはあるか? 「犯罪歴を伝達して採用になった」と回答した46ヵ所の就労支援機関に質問した。「ある」「ある場合とない場合がある」を合わせると17ヵ所(36.9%)であった。 ⑫犯罪歴を伝達したことによるストレスから、自己退職に至ったことはあるか? 「ある」「ある場合とない場合がある」を合わせると10ヵ所(21.7%)であった。 表1 就労支援機関種別による犯罪歴伝達意向の差異 伝える 伝えない 計 就業・生活支援 センター、就労 111↓ 74↑ 185 支援センター群 (60.0%) (40.0%) 就労移行支援 153↑ 57↓ 210 事業所群 (72.9%) (27.1%) χ2(1)=7.335,p<.01 5 調査2 求職活動支援時における罪を犯した障害者の犯罪歴の取扱いに関する事業所の意識調査 (1)方法 ①調査方法 郵送による無記名自記式質問紙調査 ②対象 全国の特例子会社286社 ③質問項目 罪を犯した障害者の雇用経験の有無、犯罪歴の伝達に対する考え、架空の事例における罪を犯した障害者の採用意向、個人情報伝達に関する議論の必要性、基本属性等。 ④分析方法 各質問項目について度数分布表を作成し、事業所の回答傾向を把握する。 (2)結果 ①回収状況 郵送することができた276社のうち100社から調査票が回収された(回収率36.2%)。 ②罪を犯した障害者の雇用経験の有無 「ある」が2社(2.0%)、「ない」が98社(98.0%)であった。 ③就労支援者は犯罪歴を伝達すべきだと思うか? 「そう思う」が78社(78.0%)、「そう思わない」が2社(2.0%)、「どちらともいえない」が20社(20.0%)であった。 ④架空の事例における事業所の採用意向 「採用する」が5社(5.0%)、「どちらかといえば採用する」が31社(31.0%)、「どちらかといえば採用しない」が40社(40.0%)、「採用しない」が18社(18.0%)、無回答が6社(6.0%)であった。 ⑤架空の事例について採用する理由 「福祉サービスを利用後安定して過ごしており、再犯の可能性が低いため」が27社(75.0%)と、最も多く選択されていた。 ⑥架空の事例について採用しない理由 「再犯により従業員へ損害を与える可能性があるため」が24社(41.4%)と、最も多く選択されていた。 ⑦障害者の個人情報伝達のあり方について、就労支援者と話し合う必要があると思うか? 「そう思う」が67社(67.0%)、「どちらかといえばそう思う」が25社(25.0%)、「どちらかといえばそう思わない」が2社(2.0%)、「そう思わない」が4社(4.0%)、無回答が2社(2.0%)であった。 6 考察 (1)犯罪歴伝達に対する就労支援機関の考えについて 調査1で就労支援者に架空の事例を提示し犯罪歴を伝達するか否か質問した結果、犯罪歴を伝達すると回答した割合が高かった。また、その理由は「伝えることで事業所から再犯を防ぐための配慮が得られるため」「事業所との信頼関係を重視するため」が多く選択されていた。 倉知4)は精神障害者の就労支援のポイントとして、障害特性を事業所に伝達する時に本人の不利になる点も正確に、正直に伝えることを勧めている。それにより事業所は就労支援者を信頼し、採用につながる要因になると述べている。また、小澤・吉光5)は盗癖等の問題行動は、ある程度事業所に伝えることが、本人の雇用の継続や事業所と就労支援機関の長期的な関係の維持には重要であると述べている。今回の結果は、事業所との信頼関係を重視する点で、先行研究を支持するものと言える。 調査結果から、就労支援者は事業所を「共に再犯を防ぐ支援者」として認識し、同じ支援者だからこそ「信頼関係を重視」して、犯罪歴を伝えると回答したのではないだろうか。もし、就労支援者が罪を犯した障害者の支援を他支援機関に依頼する場合、ほとんどが犯罪歴を伝達した上で依頼するであろう。それと同様の感覚を就労支援者は事業所に対して持っているのではないだろうか。 (2)伝達する場合の留意事項について ただし、伝えた場合に従業員との人間関係において、罪を犯した障害者がストレスを感じることが調査結果から報告された。濱近3)は、一般の犯罪者支援において、正直に伝達したところ職場全体に犯罪歴が伝わってしまうのではないかと不安に感じたり、同僚から犯罪歴を揶揄されたために本人がストレスを感じたりした事例を紹介している。罪を犯した障害者の場合にも、同様のことが生じている可能性がある。伝達する場合には、犯罪歴の情報を人事部のみで情報を管理したり、従業員に伝える場合にはその範囲を慎重に検討したりすることが必要ではないだろうか。 (3)就労支援機関種別による犯罪歴伝達意向の差について 架空の事例において、就労移行支援事業所群の方が、就業・生活支援センター、自治体の就労支援センター群よりも、犯罪歴を伝えると回答した割合が有意に高かった。事業所から障害者雇用の相談を直接受ける就業・生活支援センターや就労支援センター群の方が、事業所に不利益を与えられないと考え、犯罪歴を伝達すると回答する割合が高いのではないかと想定していたが、異なる結果となった。本研究からはこの差が生じた理由を説明することはできないため、今後の検討課題である。 (4)罪を犯した障害者の採用意向について 架空の事例において、罪を犯した障害者を採用しないという意見が58%と多数を占めたが、採用するという意見も36%あった。また、採用する理由として最も多く選択されたのが「再犯の可能性が低いため」であり、採用しない理由は「再犯時の従業員への損害を懸念するため」が最も多く選択された。 この結果から、再犯の可能性が高いか低いか、事業所がどう捉えるかによって、採否に影響することが示唆された。そうであれば、就労支援者は犯罪歴を伝達して事業所に採用を依頼する場合、再犯の可能性が低いと考える根拠を説明し、事業所に安心感を抱かせることがポイントとなる。説得力のある根拠を提示するためには、犯罪者支援の専門家である保護観察官との連携や、独立行政法人のぞみの園が平成22年度に実施した「福祉の支援を必要とする矯正施設等を退所した知的障害者等を対象とする支援に関する研修」2)等を受講し、再犯リスクのアセスメント方法を学ぶことも有効と考える。 (5)個人情報の提供の在り方について 事業所の多数が就労支援者に対して犯罪歴の伝達を望んだり、個人情報伝達のあり方を議論したりする必要性を感じていた。朝日1)は、経営者協会の方が「就労支援者が客観的に障害者本人の適性・能力・留意事項を把握し、事業所と共有することが必要である」と述べていることを紹介しており、就労支援者に対して障害者の個人情報を提供するように求めていることが窺える。今回の結果は、雇用管理上必要な個人情報を提供してもらえず、就労支援者に対して不満を抱いている事業所が多いことを示しているのではないだろうか。一方、八重田8)は「過去に金銭を盗んだり、従業員を殴ったりするケースの情報を事業所にどこまで開示するか悩む」という就労支援者の意見を紹介し、障害者と事業所の相反する利益に挟まれた倫理的葛藤の状態に就労支援者が陥ると述べている。個人情報の提供は採否に影響するため、慎重にならざるを得ないという就労支援者の意見もあるだろう。個人情報の提供のあり方については、就労支援者と事業所で議論し、現状の課題や改善方法について検討することが必要であろう。 【参考文献】 1)朝日雅也:多様な雇用・就労への意向−地域の実践からノウハウを共有化する−,職業リハビリテーション,20[2],pp.26-33(2007) 2)独立行政法人のぞみの園:福祉の支援を必要とする矯正施設等を退所した知的障害者等を対象とする支援に関する研修,<http://www.nozomi.go.jp/seminar/kouenkai/'22/gazo/22_OpenKensyu_yotei.pdf>,<アクセス日:2011年12月1日>,2010 3)濱近羊子:保護観察所における就労支援の実践について−きめ細やかな就労支援を目指して−,犯罪と非行,159,112-125.(2009) 4)倉知延章:仕事探し支援の実際,精神障害者のための就労支援ガイドブック,野中猛・松為信雄編,pp.144-152.金剛出版 1998 5)小澤昭彦・吉光清:職業リハビリテーション過程における情報伝達の方法に関する研究,障害者職業総合センター調査研究報告書No.47 2002 6)酒井龍彦:現行制度における虞犯・触法等の障害者の就労と地域生活の現状と課題,厚生労働科学研究 罪を犯した障がい者の地域生活支援に関する研究,pp.265-335.2009 7)社会福祉法人南高愛隣会:罪を犯した人達への福祉サービス提供のあり方について−地域の中で包み込む−,平成21年度厚生労働省社会福祉推進事業「都道府県地域生活定着支援センターの円滑な運営に関する実践的研究」 2009 8)八重田淳:専門職の倫理,障害者職業カウンセラー厚生労働大臣指定講習テキストⅦ,高齢・障害者雇用支援機構 2008 ピアサポートによる障害者の就労支援 山下 浩志(特定非営利活動法人障害者の職場参加をすすめる会 事務局長) 1 本研究の目的 特定非営利活動法人障害者の職場参加をすすめる会(以下「当会」という。)が地元K市からK市障害者就労支援センター(以下「就労支援センター」という。)の運営を受託したことに合わせて独自事業として開設したピアサポート活動の有効性を検証する。 2 本研究の方法 本研究では、「当会」が設置した「職場参加ビューロー・世一緒(よいしょ)」(以下「世一緒」という。)における、ピアサポートによる障害者の就労支援活動の6年5ケ月の記録を基礎資料とする。この資料をもとに複数回利用した障害者100名の特性、活動内容、支援体制、移行について分析し、「世一緒」におけるピアサポートの特質、それを生かす環境、有効性の内容について検証する。 3 研究内容 (1)ピアサポートによる就労支援の諸活動 「世一緒」は「就労支援センター」やハローワークが入っている市産業雇用支援センターから道路を隔ててはす向かいの至近距離に位置する。 図1 就労支援センター、ハローワークとの位置関係 ピアサポートによる就労支援の利用に際しては登録は不要であり、どの活動にも参加可能である。 「世一緒」で試みているピアサポートによる就労支援の具体的な活動は図2の通りである。参加者の障害はさまざまだが、共通点として地域のつながりが乏しく、コミュニケーションが不得手である。ここでは主な4つの活動について述べる。 図2 ピアサポートによる就労支援活動の体系 なお、以下の4つの活動を複数回利用した障害者の数は下記の通りである。 表1 世一緒の4つの活動を複数回利用した者 ①「世一緒」の当番 当番に参加した障害者の数は以下の通りである。 表2 世一緒の当番に参加した者 「世一緒」の財政基盤がぜい弱という事情もあり、日常管理は現在就労していない障害者がペアを組むことにより日替わりで担われている。月〜金の10:00〜16:00。鍵の開け閉め、電話番、清掃、来所者や見学者、来客へのお茶出しや用件聞き取り・活動説明、文書入力、印刷・製本・発送などを行う。「「世一緒」の顔」といってもよい。 2007年度から障害者のみの当番体制を整え、2008年度からは交通費、弁当代の実費弁済として謝金を支給し、月1回全員出席による当番会議を行っている。 ②仕事発見ミッション(障害者がペアを組み事業所に飛び込み訪問) 障害者がペアを組み、商店街や産業団地等で軒並み飛び込み訪問し、短時間の職場見学や職場体験の機会の提供を打診する。飛び込み訪問には非常勤のサポーターが同行するが、外で待機し記録に徹する。 写真1 仕事発見ミッションの飛び込み訪問 好意的な応答や電話連絡があった場合には、サポーターが電話で日程や内容を調整し、数名の障害者にサポーターが付いて1時間半程度の職場見学・体験を実施する。件数は下記の通りである。 表3 飛び込み訪問件数と職場見学・体験件数 当初数回でめげると予想したが、40件中39件断られるにもかかわらず参加が途絶えず、結果的にロングランの活動になった。 目的がセールスでも求職でもない上に、参加者の大半がコミュニケーションが不得手なため、応対する従業員や店主が意図をはかりかね、それなりに話を聞き、まともに断ってくれることが、参加者の達成感をもたらしていると考えられる。 複数回参加した者は以下の通り4割弱である。 表4 仕事発見ミッションに複数回参加した者 一度参加した者の多くはその後も参加し続ける場合が多い。しかし、事前説明を聞いただけで自分には無理と思ってしまう者も少なくない。 職場見学・体験は希望者4、5名にサポーター1名で約1時間半。スーパーで品出し、ファーストフードで調理、花屋でブーケ制作、料亭で会席準備など多彩である。 ③グループワーク 初期には「当会」が事業主・個人からチラシのポスティングや清掃等の業務を請け負い、「世一緒」を利用する障害者たちから希望者を募り、ボランティアが同行して助言等を行いながら共同で業務を遂行し、少額の管理費を控除した残額を参加者が出来高や時間数に応じて受け取るという形で実施していた。 2007年からは県立の公園を管理する財団法人と福祉施設の保護者会からそれぞれ年間を通した花壇管理や除草管理の業務の委託を受けることができ、「世一緒」の利用者だけでなく「就労支援センター」を通じて障害者施設や精神科デイケアの利用者が職員の支援を受けてグループで参加できるように情報提供や業務の調整を行なってきた。 写真2 超満員のプールでの花壇整備グループワーク したがって、2007年以後は「世一緒」利用者だけで行うグループワークと福祉施設等の利用者等と共同で行うグループワークを実施してきた。 複数回参加した者は以下の通り5割強である。 表5 グループワークに複数回参加した者 グループワークの参加者の顔ぶれは、仕事発見ミッションの場合と同様に就職や施設利用への移行などにより徐々に入れ替わって行く。 ④その他の活動 毎月第3水曜日午前10時から12時まで「職場参加を語る会」を開いている。自己紹介を兼ねて近況を語り合う場であり、企業就労中の者の参加も比較的多い。スーパーなどで水曜定休だったり、あらかじめシフトに休みを組み込んで参加する者もいる。精神病院のデイケアからも利用メンバーと職員がよく参加する。「就労支援センター」から「世一緒」を紹介された者のガイダンスの場にもなる。 不定形な活動として、立ち寄り場、居場所としての機能がある。前述したように市のメインストリートにあるため関係機関に出かけたついでとか会社の帰りに立ち寄る者も少なくない。 当番、仕事発見ミッション、グループワークには参加せず、その他の活動にだけ複数回以上参加した者は以下の通り3割余である。 表6 「その他の活動」だけ参加した者 (2)ピアサポートの利用者、支援体制、移行 ①ピアサポートに来る者、来なくなる者 利用者の中には仕事はできるが社会経験が乏しく人間関係でつまずきやすい者、これまでひきこもっていて初めて社会に出ようとする入口で「就労支援センター」に来所した者なども少なくない。 「世一緒」を見学した者の約60%がその後先に述べたピアサポートによる就労支援の諸活動に複数回以上参加している。コミュニケーションが不得手だからこそ、外へ出て共に動きながら伝え合ってゆく楽しさを感じとりやすい。 しかし、マンツーマンやクローズなグループによるピアカウンセリングを望む者やグループワークでしっかり稼げると思って来た者は来なくなる。「世一緒」では利用者の障害の状況を限定してはいないが、結果として実際の活動にふれることによりふるいにかけられてくる。 ②ボランティアと非常勤による支援体制 基本はボランティアで、障害者の親である主婦や関係機関OBなどが可能な範囲で日替わり当番体制のつなぎ役を果たしたり、「当会」全体の活動や「就労支援センター」との関係調整をしている。 ほかには、仕事発見ミッションのある月曜と水曜に非常勤で雇用されたサポーターが飛び込み訪問の記録や職場との調整を行なったり、利用者の中からミーティング等のファシリテーターを非常勤として雇用している。 このように常勤職員がいないため外部からの連絡に迅速に対応できないことも多い。利用者宅に電話連絡した当番の言葉が要領を得ないということで、電話口に出た家族から叱り飛ばされた当番もいた。ただ、親や教員や職員ではない普通の相手だからこそ、素直に受け止められるともいえる。 ③利用者の多様な来歴と活動を経ての移行先 【就労経験と活動参加後の就労】 「世一緒」に来る前の就労経験があった者の数は下記の通り約6割である。 表7 世一緒に来る前に就労経験があった者 「世一緒」のピアサポート活動に参加したのち就労した者の数は下記の通り4割弱である。 表8 世一緒に来た後に就労した者 会社帰りや休日にふらりと「世一緒」の活動に立ち寄ったり、離職後また「世一緒」の活動に復帰する。悩みながら働き続けたり、離職後も暮らし続ける者も少なくない。 【福祉施設等の利用経験と活動参加後の福祉利用】 福祉施設や精神科デイケアを利用していて世一緒の活動に参加した者の数は2割弱である。 表9 世一緒に来る前に福祉施設等を利用していた者 ピアサポートによる就労支援を通して、就労よりも社会参加や人とのつながりや生活リズムを優先し、就労はその次の段階で検討しようと福祉施設や精神科デイケアの利用に移行した者もいる。それらの者の数は下記の通りである。 表10 世一緒の利用後福祉施設等利用者となった者 4 考察 6年5ヶ月のピアサポート活動は必ずしも体系的とはいえないものだが、その記録を分析すると、就労支援において一定の効果をあげていることが確認できた。 (1)「世一緒」におけるピアサポートの特質 常勤職員がいない「世一緒」におけるピアサポートの特質は、周りの人々と一緒に行動しながら伝え合うことを主眼にしたサポートである。 つまり地域や職場に向かい合い、出かけて行きながら、互いにピアとなって行くことをめざしている。ピアサポートの先行事例注)である精神障害者分野でのピアカウンセリングを柱とした当事者主権という言葉にふさわしいサポートのありかたとも異なることを強調しておく。 (2)「就労支援センター」利用者に対するピアサポート 「就労支援センター」の利用者が「世一緒」のピアサポートを利用する場合は、「就労支援センター」や同ビルに同居している「Kハローワーク」の支援と連動するので、就労支援上で効果が大である。前述したように地の利(ハローワーク、「就労支援センター」、「世一緒」が近接している)を活かすことができている。「就労支援センター」でも利用者同士のつどい(たとえば「働く仲間のつどい」、セミナー、ガイダンスなど)や情報交換の場を恒常的に展開している。しかし、すぐに就職準備に移るのが困難な者もいて、そういう場合は「世一緒」のピアサポートを体験してもらっている。「世一緒」の活動はゆるやかでハードルが低いので、「就労支援センター」の支援前のプログラムとして効果的である。 (3)ピアサポートによる就労支援の有効性 「世一緒」利用者によるピアサポート研究会では、利用者たちの多くが「就労支援センター」に関して、①強い味方、②常識を備えた大人、③就労の道具というイメージを抱いていることが浮き彫りになった。また、その半面では 利用者たちが ①弱者、②子ども、③自分の目的があいまいだと他人に相談できない といった自己イメージを抱いていることも見えてきた。このことは「就労支援センター」の存在意義と同時に、支援—被支援関係が内包する矛盾をも示している。 多様な来歴を有する利用者が、地域・職場におずおずと出てゆき、周りと一緒に動きながら伝え合うことにより、支援—被支援関係を相対化する契機が生まれる。特に3(2)で示したように就労準備から就労後の生活、福祉施設等の利用まで、さまざまな人々の経験にふれ視野を広げながら手探りする機会となる。コミュニケーションが不得手な人々にとって、きわめて有効であると考える。 5 まとめ 「当会」におけるピアサポートによる障害者就労支援の諸活動を分析し、参加者100名の障害別内訳やピアサポートの内容に関し検証した。障害の種別をこえて、コミュニケーションの不得手な者、就労というより社会参加を探っている者、職場での悩みを他者に伝えられない者、就労の土台となる生活上の困難を抱えている者などが、「就労支援センター」の紹介を経て自ら選択して参加している。ピアカウンセリングのような言葉を通したサポートでなく、地域・職場の人々を巻き込んで共に動きながら伝え合うサポートが特徴である。 本研究を通し、「当会」のように就労支援機関等との密接な連携の下にピアサポートを行なうことにより、多様な働き方や生き方を本人が自らつかみとってゆける可能性が示唆された。 【参考文献】 注)廣江仁:精神障害者の一般就労支援−授産モデルからエンパワーメントモデルを、「精神障害とリハビリテーション第7巻第2号」、p.159-163,金剛出版(2003) 【連絡先】 山下浩志 世一緒(よいしょ)Tel/Fax:048-964-1819 e-mail:shokuba@deluxe.ocn.ne.jp 企業とのパートナーシップを構築する職業教育の取り組み −生まれた地域で幸せに働くことを目指して− 〇大久保 義則(和歌山大学教育学部附属特別支援学校 進路指導主事) 栩原 吉教 (NPO法人和歌山自立支援センター) 1 はじめに 昨今、特別支援学校高等部卒業後に関して『自立と社会参加』が一つのキーワードになっている。「キャリア教育」との観点で教育活動を進めていき「働くこと」をどう捉えるかが大切な視点となっている。 平成19年東京都教育委員会1)は「障害のある児童・生徒の自立と社会参加を目指した指導の推進(キャリア教育)」を挙げており、障害のある児童・生徒の自立と社会参加に向けて、小・中学部段階からのキャリア教育を充実し、活動する喜びや働く喜びが体感できる指導の展開を図っていくことを示している。また岩手県立総合教育センター発行の「特別支援学校(知的)キャリア教育推進ガイドブック」2)では、個々の発達段階に応じて適切に支援することで、できることを増やし今の生活を豊かにすることが大切であることを示している。さらにキャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書3)では、キャリア教育は「児童生徒一人一人のキャリア発達を支援し、それぞれにふさわしいキャリア形成していくために必要な意欲・態度や能力を育てる教育」としている。このように「働くこと」を考えたとき、働くためのスキルだけを習得するのではなく、いかに早い段階から働く喜び、自信、挨拶等のルールを学ぶことが大切である。キャリア教育の視点からは「勤労観・職業観の育成」である。 ここで本県特別支援学校高等部卒業生(盲・聾・本校を含め11校)の進路状況に焦点をあてると一般就労率は9.3%であり、そのうち知的障害・肢体不自由・病弱特別支援学校では7.3%である。この数字は、全国の特別支援学校の一般就労率と比較しても本県は著しく低い。その背景には、本県の経済状況や雇用状況に影響されるといえども、本校高等部の教育実践からみたとき、いかに3年間で生徒に将来働く気持ちや意欲を培う難しさと、地域・企業レベルで障害者理解や雇用への意識を持ちにくいことが挙げられる。先に述べたキャリア教育の観点に立ったとき、小学部、中学部段階からキャリア形成を進めることが必要であると考えられる。特別支援学校では、子どもの状況に応じ、高等部卒業後も教育を受けるといった多様な進路が検討されると同時に、職業教育として、地域・企業との連携により社会移行が効果的にスムーズに行われることが期待できる。 図1 ぷれワーキングとは 今回、障害のある児童生徒が将来生まれた地域で幸せに生活し、働くことを目指したものとして、本校がNPO法人和歌山自立支援センターと共同で取り組んでいる「ぷれワーキング」を紹介したい。産学地共同による職業教育の取り組みは、地域・企業の障害者理解・障害者雇用の状況を改善し、高等部卒業生にとどまらず地域で暮らす障害者がスムーズに就労(一般就労のみならず、福祉的就労も含め)を実現することにつながるであろう。 2 ぷれワーキングとは O県K市で平成15年に始まった職業体験学習をモデルに本県でも平成23年にスタートしたものである。小学部高学年から中学生まで週1回1時間、サポーターと共に企業で継続的に体験するものである。 期間は6ヶ月を一つの区切りとしている。体験する企業は児童生徒が居住していることを基本としている。 (1)ぷれワーキング開始までの基本的流れ ①ぷれワーキング募集開始(体験を希望する児童生徒は、保護者、担任と相談の上、希望職種を選択し、応募する。) ②登録手続きをする。 ③自分で企業まで行くことを基本とするので、学校〜企業までの経路確認を担任と保護者で行う。(但し、自力通学を行っている者。自力通学をしていない者はサポーターが学校まで迎え、家庭まで送る) ④本人と企業担当者、サポーターとの打ち合わせ(体験内容の確認、曜日、時間の確認等) ⑤ぷれワーキング開始(週1回1時間) (2)ぷれワーキング基本的な流れ ①サポーターと現地合流をする。(自力通学生のみ) ②担当者より体験内容を確認する。 ③ぷれワーキング開始(基本的にはサポーターは見守り体制で、困ったこと等があれば声かけをしていく。日誌に気になる点を記入して、担当者に見てもらい本人に帰り際に渡す) ④担当者に挨拶をして終了する。 3 ぷれワーキング実現までの取り組みの経過 (1)(H23.3.13) 【会場:和歌山ビッグ愛 参加者80名】 NPO和歌山自立支援センターによる「知的障害者の就労を考える研修会」に、企業等が多く参加し、これからの障害者雇用を共に考えたいという認識を共通にもつことができた。さらに障害児の職場体験を地域・企業・保護者と共同で実践しているO県K市の「ぷれジョブ※1」に関する情報提供がなされた。 ※1 ぷれジョブの名称については、O県K市が商標登録しているため同じ名称を使用することは控え、「ぷれワーキング」という名称になった。この時点ではぷれジョブという名称を使用していた。 (2)(H23.4.16) 【会場:本校会議室】 「ぷれジョブ」の導入を検討するため、ぷれジョブのDVDを視聴し、ぷれジョブ実現の可能性について意見交換を行った。参加者は本校職員6名、企業担当者3名、県行政担当者1名であった。 (3)(H23.6.18) 【会場:和歌山ビッグ愛 参加者100名】 第2回研修会ではO県K市「ぷれジョブ」に携わったNPO法人理事からの講演会を実施した。「ぷれジョブ」が子どもの包括的支援※2となっていることが報告され、さらに本県でも企業5社が地域で「ぷれジョブ」が実施されることへの期待と協力の声を聴くことができた。 ※2 「包括的支援」とは、介護保険でよく使用される言葉で、一つの機関のみで解決に向かうのではなく、連携する仕組みを構築することで、「お互いのつながり」や「情報交流」がもて「マンパワーの育成」にも有効である支援のことである。 (4)(H23.7.3) W市の地方新聞である「W新報」に「障害者支える地域へ」「ぷれジョブ準備中」の記事が掲載された。この時点では、企業への受け入れの呼びかけやサポーター(ボランティア)の募集、職場体験する子どもの募集等準備段階に入った状態であった。 (5)(H23.10) 「ぷれジョブ」から「ぷれワーキング」に名称を変更した。 (6)(H23.10.20) 本校児童生徒(小学部5年生から中学部3年生)を対象として「ぷれワーキング」募集を開始した。希望職種は7種類の選択肢を用意した。対象児童生徒20名のうち、中学部生徒7名が応募した。希望職種の内訳は、事務補助2名、スーパー1名、どんな職種でも可が4名であった。学年、勤務地と自宅との距離、希望職種の観点から、中学部生徒2名をモデルケースとして選定した。彼らが週1回1時間程度、保険会社で「事務補助」をするという内容で「ぷれワーキング」が開始されることになった。 (7)(H23.11.22) 事前挨拶は生徒2名は普段自力通学しており、学校の最寄バス停から会社近くのバス停まで自力で行くことができた。 通勤練習および事前挨拶 (8)(H23.11.29) ぷれワーキングが本校生徒2名でスタートした。保険会社で不要な書類をシュレッダーにかける仕事を行った。サポーターが見守り、必要に応じて指示をだした。3月末まで計10回実施することができた。 ぷれワーキングの様子 (9)(H23.12.13) 【会場:和歌山ビッグ愛 参加者100名】 第3回研修会では厚生労働省の就労支援専門官による講演と「ぷれワーキング」受け入れ企業による報告会が実施された。 (10) (H24.2.18) 【会場:和歌山大学 参加者200名】 和歌山大学との連携事業で「ぷれワーキング」についてこれまでの取り組みについて報告を行った。ぷれワーキング紹介のちらしが完成した。 ぷれワーキングの案内ちらし (11) (H24.3.20) 【会場:和歌山大学 参加者130名】 第4回研修会では高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者助成部担当者による「障害者の助成金」に関する研修が行われた。 (12) (H24.5.12) 【会場:本校会議室 参加者30名】 H23年度の「ぷれワーキング」報告会を実施した。体験した生徒2名の感想発表や次回体験予定の生徒2名から意気込み等を聞くことができた。 ぷれワーキング報告会の様子 4 ぷれワーキングのメリットについて (1)生徒にとっては、仕事をする体験は初めは不安な気持ちはあるものの、受け入れ企業、サポーター、2人での体験もあり、働くことの楽しさや喜びを感じるようになる。自信をつけ学校生活の中で、ぷれワーキングをしている自分を認識し周りから支えてもらっている安心感と「ありがとう」の労いの言葉や感謝の言葉により「できる自分」を実感できるようになる。体験生徒の感想では、「楽しいです」「達成感があります」「全部終わるとやったーと思います」「他の仕事もやってみたい」「初めは緊張したけど、やってみるとできました」といったいずれも前向きな姿勢を感じることができる。 (2)保護者にとっては、子どもの成長を実感できることができ、新たな会話も生まれることで励ましの言葉で送りだすことができる。 (3)企業にとっては、初めての障害のある生徒を受け入れるケースが多い中で、事前挨拶等やできることを仕事として設定することで、案外できることを実感できる。少しでも地域貢献できればという意識のもと受け入れた企業は多い。また障害のある生徒のひたむきさと頑張る姿は職場への刺激にもなっている。さらに他の仕事を任せるなど新たなチャレンジへの可能性を見出すことができる。 (4)サポーターとしては、障害のある生徒の体験をスムーズに進めるとともに、企業と生徒のパイプ役にもなる。生徒の成長を一番感じてくれる存在である。 (5)地域住民にとって、普段生活している中では障害のある生徒を目にする機会はほとんどないが、地域のスーパー、コンビニでの職場体験で仕事を頑張っている姿をみることは将来生徒が地域で暮らしていくときに障害に対する偏見等なく生活できることが期待できる。 5 考察 ぷれワーキングの活動は、生徒の実態により、目標とすべきことは一人一人違ってくる。キャリア教育の観点に立ったとき、勤労観・職業観を育成するとき、本人の発達年齢に応じた目指すべきものがある。それは国立特別支援教育総合研究所の『知的障害のある児童生徒の「キャリア発達段階・内容表(試案)」改訂版』4)に示されていて、ぷれワーキングは、決して働くために必要なスキルを高めることをねらいとしたものではなく、「人とのかかわり」「コミュニケーション」「働く喜び」「できる自分づくり」等が目指すべき項目と一致する。キャリア教育をいかに学校教育活動の中に導入し、小学部段階から「キャリア発達」「キャリア形成」をしていくことが求められている中で、このぷれワーキングの取り組みは有効なものとしてあげられると思われる。学校内ではなく、地域・企業を巻き込んで、障害者理解、障害者雇用につなげていくことを確信している。また受け入れ企業にとって、障害のある児童生徒にどのような仕事を提供するのか、何ができるのかが課題として考えられる時、職務開発の3段階のアプローチの中で、「ジョブ・カービング(Job Carving)」5)の考えが有効と思われる。「職務の切り出し・再構成」と言われ、「すでに行われている業務の一部(又は全部)を切り分け、組み合わせ、スケジュール化し、その会社で必要となる1人分の仕事に再構成すること」という意味である。つまり「シュレッダー」の仕事は、従業員のどなたかが行ってきたもので、ぷれワーキングにあてはめることができる。さらに体験による仕事で従業員にとって業務の手助けや多忙化の解消に繋がり、企業にとっての社会貢献の意識のみならず、障害者雇用を生み出すシステムづくりになればと思う。 6 今後の課題と展望 「ぷれワーキング」の協力企業は、障害者理解や体験の受け入れに対しては前向きである。社会貢献の一環としての受け入れたところ、生徒の働く姿、行動や言葉遣い等で職場の雰囲気の変容が見られたという報告もあった。さらなる充実には、企業開拓だけではなくて、サポーター育成が喫緊の課題である。サポーターとしては退職教職員や大学生、NPOからの派遣が考えられる。この中でも特に学生は将来の支援者育成という点で期待できる。児童生徒については、本校に限らず他の学校に在籍する者も体験できる拡がりを期待したいところである。さらに本校とNPOが中心の取り組みを各地域(保護者)が中心に進めていることも展望したい。最後に今後も「ぷれワーキング」を通して、障害者雇用に向けた企業とのパートナーシップを構築し、障害のある児童生徒が生まれた地域で幸せに働き、暮らしていけるように願いたい。 【参考文献】 1 東京都教育委員会「平成19年度障害のある児童・生徒の自立と社会参加を目指した指導の推進(キャリア教育)」 2 岩手県立総合教育センター「特別支援学校(知的)キャリア教育推進ガイドブック」 3 厚生労働省「キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書」(平成16年) 4 国立特別支援教育総合研究所「キャリア教育ガイドブック」(平成23年) 5 高齢・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター「障害者採用に係る職務等の開発に向けた事業主支援技法に関する研究」(調査研究報告書NO.98)(2010年4月) 【連絡先】 大久保義則 和歌山大学教育学部附属特別支援学校 TEL 073-444-1080 FAX 073-447-2597 e-mail ookubo@center.wakayama-u.ac.jp 栩原吉教 NPO法人和歌山自立支援センター TEL 073‐426-5578 FAX 073-426-5656 e-mail tidbit@me.com 職業指導(就職活動)支援ツールを用いた支援の試み 相良 佳孝(国立吉備高原職業リハビリテーションセンター 職業訓練指導員) 1 はじめに 訓練生の中には、就職に向けて、訓練の習得状況や障害状況、配慮事項のとりまとめや、必要な資料の準備といった就職活動を職員の指示によって受動的に活動する者が少なくない。そのため、就職活動について「いつ」「何を」「どのように」すればよいのか活動全体の見通しをつけ、訓練生自身が能動的に活動できるように職業指導支援ツール(以下「支援ツール」という。)を作成し、支援ツールを用いた職業指導(就職活動)について試行を行った。 この支援ツールは、大きく分けて三つの要素から構成されている。一つ目の要素は、「予定の把握・管理」であり、入校から修了までの間に行う訓練や就職活動といった活動予定などについて、「いつ」「何を」行うべきかを把握・管理することができる。二つ目の要素は「自己理解」であり、就業上必要となる日常生活面の自己管理ができているか、対人関係に問題がないかといった適応性(以下「職業適応」という。)について自己理解を促し、改善を図る。また、技能訓練については、補助ツール(訓練進捗管理シート)を用いることにより、時系列で訓練の進捗管理を行い、目標の達成度や訓練スピードなどを把握し、技能習得状況の自己理解を促す。三つ目の要素は「就職活動」であり、自己理解をした上で具体的に「どのような」準備が必要か把握し、それらの準備を行う。 本発表では、これら支援ツールの紹介及び試行した結果について報告する。 2 これまでの指導・支援の課題 訓練生が職業訓練及び職業指導を受ける上での具体的な課題として、次の点が挙げられる。 一つ目は、入校から修了までの間にどのような活動が必要であるか全体の見通しが把握できにくいため、就職活動に向けた準備について、訓練生は受動的に活動していた。 二つ目は、指示・命令の受け方や報告・連絡・相談などの基本的な職業人としてのマナーやルールが身についていない準備性の低い訓練生が増えている。 三つ目は、入所後に作成する職業リハビリテーション計画(以下「職リハ計画」という。)の訓練目標について、その目標達成度を把握することや訓練の進捗管理が困難となることなど、技能習得状況の自己理解が難しい状況があった。 四つ目は、就職活動を具体的にどのように進めれば良いのか訓練生が理解しづらい状況があった。 これらの課題を解決するために、以下の支援ツールを用いて、入校から修了まで体系的な支援を行う。 3 支援ツールの概要 (1)全体の見通し ①年間支援カレンダー(図1) 「技能訓練」、「職業適応支援」、「就職支援」、「支援ツール」の項目からなり、いつの時期にどのようなことを行えば良いのか、その時使用するツールは何かが一目で分かるようになっている。 図1 年間支援カレンダー (2)職業準備性の向上 ①週間予定表 週の初めに訓練などの1週間の予定を把握し、予定管理を行う。この様式にある「ToDo」には、その日のうちにやらなければならないことを記述する。訓練生の週間訓練予定については、補助ツール(訓練予定表作成シート)を用いており、全訓練生の訓練予定を指導員側で一括管理し、電子データで個別に配付・削除することができる。 ②ToDoリスト やらなければならないことのうち、未来に期限が設けられているものについて記入する。 ③重要メモ 記録して残しておかなければならないものについて記入する。 ④職業準備性チェックリスト(図2) 訓練生自身が職業上の課題を把握することで、日常生活および訓練でその課題を意識的に修正すると共に、自分の強み(長所)も分析することができる。 図2 職業準備性チェックリスト (3)就職活動 ①自己理解 イ 職リハ計画 入所時に職業評価を行い、支援計画を作成する。支援計画の中には訓練目標が設定されている。 ロ 個別訓練カリキュラム 支援計画に基づいて個別訓練カリキュラムを作成する。この時、補助ツール(訓練進捗管理シート)を用いて訓練の進捗状況を管理する。進捗状況はガントチャート(工程管理などに用いられ、工程ごとの個別の作業開始日、作業完了日といった情報を帯状のグラフで示したもの。)で管理しているため、訓練計画よりも早い・遅いといった時系列での進捗度合いを確認することができる。 ハ 自己紹介状(図3) 自己紹介状は、主に障害の状況や配慮事項・当センターで習得した技能などについて記述する。ツールは、その書き方と参考例からできている。 図3 自己紹介状の書き方と参考例 ②職業情報の収集(図4) 就業可能である職種や仕事内容を明確にする。また、求人票などを参考に就業希望地域においてどのような求人ニーズがあるかを調査し、把握する。 図4 職業情報収集ツール ③具体的な就職活動 イ 履歴書 ツールは履歴書の書き方と参考例からできている。 ロ 職務経歴書 ツールは職務経歴書の書き方と参考例からできている。 ハ 面接 ツールは面接を受ける上でのポイントやQ&A集からできている。 ニ 添え状・送り状 ツールは添え状・送り状の書き方と参考例からできている。 ホ 応募書類チェック表 応募書類が揃っているかチェックするための表。 4 支援ツールを用いた支援 訓練生へ入校時に支援ツールを配付し、上記で挙げた各課題に対して対応するツールを用いる。各ツールはワークシート形式になっており、必要なタイミングで訓練生自身が記入を行い、支援者は適宜、相談・指導等を行う。2年制訓練の場合の支援ツールを用いた全体の流れは図5の通りである。 図5 支援ツールを用いた支援過程 上記2の各課題の中で、一つ目の課題に対しては上記3(1)にあるツールを用いる。入校から修了までの全体の見通しを把握することで、能動的に活動できるようにする。 二つ目の課題に対しては上記3(2)にあるツールを用いる。これらは、働く上では必須の技能である予定管理やメモをするためのものであり、毎日の訓練の中で活用していくことにより技能習得を図る。 三つ目の課題に対しては上記3(3)①にあるツールを用いる。これらは自己理解をするためのものであり、訓練目標の達成度や自分の習得した技能、職業準備性について把握することができる。技能訓練については、補助ツールを用いて時系列に進捗状況を管理し、予定通りにカリキュラムが進められているかを確認しながら訓練を行う。訓練が予定よりも遅れている場合は、訓練時間外の時間を活用して訓練を行わなければならないことが分かり、早く進んでいる場合は訓練を追加することなども検討できる。職業準備性に課題が把握できた時は、日々の訓練の中で修正していく。数回、チェックと修正を繰り返し、職業準備性の向上を図る。最も重要なことは、訓練生自身が認識できるということである。 四つ目の課題に対しては、上記3(3)③にあるツールを用いる。まず、上記3(3)①、②のツールを用いて自己理解ができた上で、事業所にアピールするためのポイントを抽出する。そして、ポイントを整理しながら3(3)③のツールを用いて就職活動に必要な書類に反映させる。これらのツールは、書類を書くための書き方やポイントと参考例を一つのセットとしている。 5 試行結果 試行中の訓練生は、訓練計画よりも早いスピードで訓練が進んでいるため、追加課題の準備や資格取得の日程を早める相談を行うといった活用ができている。また、訓練生から支援ツールについてヒアリングした結果、「全体像が把握できると、とても分かり易く、先が見通せることは安心であり活用できそう」とのことである。ガントチャートによる訓練進捗管理については、「計画された予定から、どの程度早いのか・遅れているかが分かるので、時間外での訓練の必要性の有無が把握できる」とのことから、技能訓練において自己理解や自発性を促せる効果が期待できそうである。 ただし、支援ツールについては作成から時間が経過していない。そのため、支援ツール全体を通した実施はできていないので、今後も継続して活用していく予定である。 6 まとめ 今回の試行結果からこの支援ツールは、技能訓練・職業適応・就職活動を体系的に一連の流れとして実施することができ、以下の効果を期待することができる。 (1)訓練生への期待効果 ・訓練目標が明確になり、目的意識を持って取り組むことができる ・就職活動について見通しを持って前向きに行うことができる ・職業準備性や習得技能の自己理解とそれらのとりまとめができる ・就職活動に必要な応募書類の作成方法を理解し、効果的な準備ができる (2)支援者への期待効果 ・統一された指導、支援が実施できる ・就職率の向上 ・支援者と訓練生が情報共有することで共通認識が持てる 今後は、支援ツールを当センター全体で共有することにより、さらに連携を強化して支援を実施するようにしていく予定である。 グループ活動と個別活動を融合した自立支援型授業プログラムの実践 ○栗田 るみ子(城西大学経営学部 教授) 園田 忠夫(東京障害者職業能力開発校) 1 研究の目的及び背景 われわれは「社会の要求からはじまる授業づくり」を進める中で、特にパソコンを使ったスキルアップに注目してきた。なかでも、タッチタイプのスピードは最も重要なスキルのひとつと考えている。 また、グループでおこなう訓練である「自立支援型授業」では、3人程度のグループで「数値データ」の加工、文章作成、企画書や報告書を作成するという一連の事務処理の工程を行うことにより協調性を養うことを目的としている。 精神障害を持つ学習者の中には、リーダー型=問題点に対して積極的に挑戦しリードしていくことが得意なタイプや、実現型=淡々と処理を進め、確実に完成させるタイプが存在する。グルーブ演習を進める中で、学習者は得意とする分野を担当することにより、「自分のできることとできないこと」認識し決められた時間内にグルーブで課題を完成させながら、お互いが力を合わせることにより、社会性を身につけることを実感する。このような個人の特性を生かした演習活動を中心に報告する。 2 職業訓練 本研究の目的は、様々な障害を持つ学習者が、主体的、自主的に行動し、仕事を通して自分の人生を切り開くことができるよう支援するための学習カリキュラムである。東京障害者職業能力開発校は、東京都小平市に位置し、8職系14科230名の年間定員数を有する。障害は様々であり、肢体、聴覚、視覚、精神、知的などの障害を持つ学習者が6ヶ月から2年の期間において様々な訓練を受けている。本研究で取り組んだ科は「オフィスワーク科」であり、訓練期間の最も短い6カ月コースである。 そのため訓練においては学習者間の交流が早い時期から盛んになるようにグループ活動などを多く取り入れている。 訓練内容は、オフィスで広く使用されているソフトを用いて、パソコンによる実務的な一般事務、経理事務、ビジネスマナーなどの知識・技能を半年間で学ぶ。 定員は、15名であり、パソコンを一人一台使用し、訓練期間は6ヶ月と本校内で最も短い期間となっているが、訓練内容はパソコン実習、経理事務、ビジネスマナー、営業事務、文書事務、安全衛生・安全衛生作業、社会、体育と多種に及んでいる。訓練時間は6カ月、800時限である(表1参照)。 表1 6ヶ月の訓練時間と内容 訓練科目 限数 内 容 社会 40 入校式・修了式・合同面接会など 体育 20 運動会・球技大会・体育 安全衛生 4 安全講話など 安全衛生作業 8 避難訓練・大掃除など 文書事務 20 文書作成など 営業事務 20 電話応対・プレゼンテーションなど ビジネスマナー 40 スピーチ・マナーなど 経理事務 200 簿記会計の基礎など パソコン実習 448 アプリケーションソフト実習など 合計 800 3 具体的な訓練内容 (1)パソコン関連 訓練時間の目安(週3.5日、28時限程度) ・Word(office2007) 基礎:文字入力や文書作成、編集、印刷や表や図形などを盛り込んだ文書の作成を習得する。 応用:書式や図形を使った応用的な文書作成、差込印刷、フォームの作成など実務的な文書の作成、Web対応機能を習得する。 ワードの学習においては、特にタイピングスピードの育成に力をいれた。タイピングは6ヶ月間毎日朝10分を使ってスピードを計測し「やる気」を起こさせた。2012年度4月生は、85回の計測を行うことができた。 以下の10分タイピングデータは精神障害を持つ学習者Aの日々の数値と自己分析である。これは4月から7月までの50回の10分タイピングテストの結果である(図1)。 図1 学習者Aのタイピング計測結果 また、図2は、タイピング時の短い感想をまとめたものであるが、感想からは、「いいと思う」「スピードを気にしすぎた」などの前向きな自己分析が7割を占め、「モチベーションが上がらない」などのマイナス感想は3割弱であった。 これからわかるように、訓練を通じて概ね前向きな姿勢がうかがえる(図2)。 図2 精神障害学習者Aの自己分析 ・Excel(office2007) 表作成、編集、関数を使った計算処理、グラフの作成、印刷などの基本操作。 ワークシート間の連携データの並び替え、抽出、自動集計など便利な機能を習得する。応用基本操作習得後、関数を使った計算や複合グラフ、ピボットテーブルの作成、マクロ機能、Web対応機能などを盛り込んだ機能を学習する。 ・PowerPoint 基本操作とプレゼンテーションに役立つ機能を学ぶ。具体的な題材を用いて進め、プレゼンテーションが確実に身につくよう学び、実際にプロジェクターを使用し課題発表会を行う。 ・Access 基本操作、データの格納、データの抽出や集計、入力画面の作成、各種報告書や宛名ラベルの印刷、ピボットテーブルやピボットグラフの作成などを学ぶ。「売り上げ管理」データベースの構築を通し、リレーショナルデータベースのしくみを学ぶ。 ・Webサイト制作 利用言語は、HTMLとCSSを利用してユーザビリティ、アクセシビリティに注意しながらデザインと内容の充実に着目した作品を完成させる。完成するサイトはビジネスソフトで作成した文書の保存用として完成し、卒業時に本サイトを利用した学習成果、テーマ「わたしにできること」の発表会を行っている。 (2)簿記関連 訓練時間の目安(週半日、4時限程度) 個人企業における簿記に関する基礎的・基本的な技術を身につけ、ビジネスの諸活動を計数的に把握し、的確に処理するとともに、その成果を適切に表現できることを習得する(表2参照)。 (3)ビジネスマナー関連 訓練時間の目安(週半日、4時限程度) ビジネスマナーでは、社会人として身につけるべき「マナー」「言葉づかい」などを中心に、ビジネスでのルールやコミュニケーションの方法を習得する。 [内容] ○ビジネス社会のルール(マナーの必要性) 職場で恥をかかないために(仕事人としてのビジネスマナー)、挨拶のT.P.O(親しき中にも礼儀・お辞儀の重要性)、言葉づかい(言葉のマナー・ビジネス敬語の使い方)、電話対応マナー(電話のベルがこわい・電話の受け方ポイント)、職場の身だしなみとマナー(人は身なりで判断する・たかが服装と思うな)、笑顔にもいろいろある(目は人の心を読むキーポイント・笑顔の練習)、態度と席順(対人空間・手と足のメッセージ)、接客対応(応接室でのマナー・名刺のマナー)、面接マナー、就職面接におけるマナー、面接書類等の書き方、スピーチなどがある。 表2 簿記学習の詳細 1.簿記の基礎 2.資産負債・資本と貸借対照表 3.収益・費用と損益計算書 4.取引と勘定 5.仕訳と転記 6.仕訳帳と総勘定元帳 7.試算表 8.精算表 9.決算 10.現金・預金などの取引 11.商品売買の取引 12.掛け取引 13.手形の取引 14.有価証券の取引 15.その他の債権・債務の取引 16.固定資産の取引 17.個人企業の資本と税金 18.営業費の取引 19.決算整理(その1) 20.8桁精算表 21.帳簿決算と財務諸表の作成(その1) 22.帳簿 23.伝票 24.決算整理 25.財務諸表の作成(その2) 26.特殊な商品売買の取引 27.特殊な手形の取引 28.仕訳帳の分割 29.5伝票による記帳 30.本支店の取引 31.本支店の財務諸表の合併 (4)検定 簿記においては、全経簿記(有料)を学内で受験が可能であり、オフィスワーク科では、(2012年平成24年4月生)の3級合格は100%であった。 中央職業能力開発協会のコンピュータサービス技能評価試験(有料)も校内で実施している。 日常、訓練で使っているパソコンを使ってワープロ部門 3・2級、表計算部門 3・2級、データベース部門 3・2級の受験が可能である。 2010年度4月生のオフィスワーク科では、ワープロ部門および表計算部門において3級、2級、ともに受験した学習者全員が合格する大きな成果を打ち出した。さらに、2012年度4月生では当校で実施しているパソコン検定の最も難易度の高い、データベース部門(アクセス)2級に合格した。これは本校で2人目の合格者であった。コンピュータサービス評価試験は、職業能力開発促進法(昭和44年法律第64号)に基づいて設立された中央職業能力開発協会と各都道府県職業能力開発協会が共同で、1983年(昭和58年)から実施している1)。 (5)社会 労働教育 職業指導 自己分析 4 チャットシステムの開発と活用 システムの運用には教員用PCにXAMPPで作成したチャットシステムをセットした。学習者はイントラネット環境のPCから教員と会話をすることになる。 今回のチャットでは、1グループ内3名構成によるものであることから、性格がのんびりしている人も、入力スピードが遅い人も、積極的に参加できた。本チャットシステムでは、会話の動向を時系列に保存し、経緯を分析することが可能である。テーマを与え会話を進めた中から社会への興味関心、また、社会参加への度合をはかることができたため、就職指導をするための貴重な資料になった。 今期生(2012年4月)の精神障害を持つ学習者Bの発言は、ゆっくり考えてから発言するため、意見は後だしになるが、チームのリーダー的存在であるため、チャットの発言がチームの意思決定に大いに影響した。このことからもチームにおいてはその学習者にとって大きな自信となっていた。 (1)チャットを使った企画書制作事例 話し合い中心の演習課題では、お互いが日常的に興味を持っていることを企画案に取り込み、社内旅行の企画を考えさせた。 社内旅行の企画書の基本的な書式についてはビジネス文書(ワード操作)において事前に学習済みである。 本学会において、これまでの発表論文で我々は、特に「仕事をしつづける」ための要因に、自ら発信する力の育成を取り上げている。具体的なスキルとしては、 ①文章をまとめる力、 ②文章を読み取る力、 ③話を要約する力、 ④説明する力 の4つを掲げた。これらを、文章によるコミュニケーション能力、対話によるコミュニケーション能力に大別し訓練をおこなっている2)。 企画書作成演習において、伝えたい内容をどのように各個人が自分の中で考えを構成すればいいか、少しずつまとめていく様子が見られ、チーム内でのコミュニケーションが定着してきた。チーム演習訓練は毎週1回、4時間である。 (2)PBL活動 2012年度4月生の中で精神障害者は4名である。 チームA(3名(2名含む)) チームB(3名(1名リーダー型含む:学習者A)) チームC(2名(1名実務型含む:学習者B)) チームBとCの精神障害を持つ学習者はリーダー型と実現型であり、両チームともに実務的能力の高い学習者であることから演習課題の完成度は高かった。 社内旅行の企画課題の応用として、各チームで20名にアンケートを実施し、行きたい場所、旅費、お土産代金から、各要件における相関関係を調べ、データから文章を作成し、旅行の計画を企画することとした。制作手順や調査方法については基本的な手法を事前に個別指導を済ませているため、個々に作業ができるが、チームでどのように進めるかは話し合い自由にできるように時間をとった。演習期間は(4時間×4回)であり、話し合いや作業は自由時間も行ってよいことにした。 中でもチームCの資料は詳細にデータをまとめ大幅に時間がかかるものの後のチーム内の会議資料として大いに活躍した(図3)。 図3 旅費とお土産の相関分析 また、チームBでは、リーダー的存在の学習者が多くの資料をまとめる際に全員の意見を統合する役目を果たし、企画案制作においてデザイン性の高い作品を完成させた(図4)。 図4 社内旅行案 5 持続可能な教育 様々な障害を持つ学習者が、主体的、自主的に行動し、仕事を通して自分の人生を切り開くことができるよう支援するための学習カリキュラムとして、上記訓練内容において、「社会の要求からはじまる授業つくり」を課題に掲げた。具体的には自分の言いたいことを的確に相手に伝えるスキルを文章作成能力とともに指導している。 今後更に職業人教育を進めていくことが必要である。我々は特に文章表現を研究テーマにおいているが、個人学習をベースとしたチーム活動学習を研究していきたい。 【参考文献】 1 中央職業能力開発協会HP http://www.javada.or.jp/ 2 第19回職業リハビリテーション研究発表会(2011/12)栗田・園田 特別支援学校(知的障害)における円滑な就労移行を目指して −学校と就労先との協働による環境調整を中心とした一実践− ○川原 貴之(静岡大学教育学部附属特別支援学校 教諭) 大畑 智里(静岡大学教育学部附属特別支援学校) 1 はじめに 本校では平成18年度より職業リハビリテーションの考え方を取り入れ、進路学習や移行支援に取り組んできた。本実践は知的障害のある男子生徒が、一般就労を目指した実習を重ねる中で生じた課題に対し、校内における模擬作業や職場の機器等の環境調整を行うことで就労に至った事例である。そうした移行の経過において、就労先の雇用に対する理解の深化や事例生徒自身の働く事に対する意欲向上についてもあわせて報告する。 2 事例生徒Yくんについて (1)障害名、療育手帳 知的障害、B (2)身辺処理 基本的生活習慣は自立している。必要な荷物を判断して準備することができるが、忘れ物をすることがある。 (3)意思交換 日常的な会話や指示はほぼ理解し、応答したり行動したりすることができる。引っ込み思案な面があり、初対面の人の前では緊張して声が小さくなったり、言葉に詰まったりすることがある。 (4)作業面 初めての活動には消極的だが、見通しをもつことができれば、決められた時間続けて作業をすることができ、複数の指示も理解できる。反面、うっかりミスや早合点をすることが多い。活動後に見直したり、チェック表を用いて持ち物を確認したりすることで、自分で意識して行動できる。 (5)社会性 公共の交通機関を利用して通学したり、休日に目的地まで移動したりすることができる。 (6)学習面 読み書きは平仮名、また小学校1年生程度の漢字までの文章をゆっくり読んだり、平仮名でごく簡単な日記を書いたりすることができる。 3 実習(就労)先について (1)F社の概要と雇用条件 ①創業大正8年 ②洋傘・レインウエア—製造・輸入卸 ③傘の値札付け及び梱包作業 ④従業員28人(男5人・女23人) (2)Yくんの雇用条件 ①時給は最低賃金 ②勤務は業務により平日休みや時間短縮も有 4 採用までの経過と取り組み (1)勤務開始までの流れ 1年時実習から勤務開始までの経過と取り組みは以下のとおりである(表1)。 表1 就労に向けた経過 時期 取り組み等 H22.1/18〜1/29 1年生実習(F社) H22.10/5〜10/19 2年生実習(D社) H23.6/27〜7/8 3年生実習1回目(F社) H23.7/25 F社訪問(進路指導主事) H23.10/4〜10/18 3年生実習2回目(F社) H23.10/31 F社訪問(進路指導主事) H23.11/8 面談(学校・本人・保護者) H23.11/10 F社訪問(進路指導主事・ハローワーク) H23.11/10 F社より学校に連絡 H23.11/10 家庭訪問 H23.11/28〜11/29 3年生実習3回目(F社) H23.11/30〜12/22 校内模擬作業開始 H23.12/7 F社訪問(進路指導主事) H24.1/16〜1/27 3年生実習4回目(F社) H24.2/8 面談(学校・本人・保護者) H24.2/14 F社訪問(進路指導主事) H24.2.14 家庭訪問 H24.2.15 F社から連絡 H24.3/5 求人票が届く H24.3/13 勤務開始 (2)経過と取り組みの詳細 ①1年生実習 H22.1/18〜1/29 F社にて「まずは仕事を経験する」という目的で、傘の値札付けや伝票への押印等の仕事に取り組んだ。丁寧に仕事を進められたことについては評価をいただいた。スピードと声の大きさが課題として残ったため、校内で実施している作業学習を中心に、記録をとりながら作業スピードを意識できるようにしたり、日常会話の中で、スケール表を使うことで、相手に伝わる声の大きさを意識したりできるように支援した。 ②2年生実習 H22.10/5〜10/19 D社にて「違う職種にチャレンジする」という目的で、ピッキングや商品チェック、清掃の仕事に取り組んだ。担当者や先輩の話を理解して仕事ができたことについては評価をいただいた。比較的年齢が近い従業員が多かったこともあり、休憩中に従業員と会話をすることもあったようである。また、1年生実習後の取り組みにより、1回目よりも2回目、2回目よりも3回目というように、経験した作業については、スピードを意識して取り組む様子が見られた。声の大きさについては、本人に意識はあるものの、相手に伝わる声としてはまだ小さいことがD社の評価からも確認された。 ③3年生実習1回目 H23.6/27〜7/8 1年生実習先と同様に、F社にて「進路を決める」という目的で、傘の値札付けや清掃の仕事を中心に取り組んだ。この実習の目的は、今までのように単なる職業現場の経験や職種の理解を広げるためのものとは異なるということを、先方とも確認して実習に臨んだ。また、本人が理解して一人で取り組めている作業でも、報告時にでき栄えの確認を行ったり、称賛したりすることで、本人が課題に対する意識を持続できるということもお伝えした。結果としては、1年生の実習時と同様に、スピードと声の大きさが課題として残った。実習前に校内で取り組んだ作業等では、スピードや声の大きさはある程度意識できていたが、物的・人的環境の変化により、緊張が全面にでてしまったようである。また、従業員によっても、Yくんの見方や評価が違うことを知り、学校側の考え方やYくんの特徴を職場の全員に知ってもらうことの難しさも痛感した。 ④F社訪問(進路指導主事) H23.7/25 3年生実習1回目の評価及び次回実習実施の可能性を伺った。前回の実習だけでは、卒業後のことを判断しかねるという評価をいただいた。また、作業遂行のスピード、話しかけられた時の表情や声の大きさについて、課題をいただいただけでなく、「Yくんを活かせるだけの会社としての器」がまだ足りないというF社としての課題を担当者から聞いた。様々な話をさせていただきながら、もう一度チャンスをいただくこととなる。 ⑤3年生実習2回目 H23.10/4〜10/18 F社にて「進路を決める」という目的で、傘の値札付けや清掃の仕事を中心に、3年生として2回目の実習に取り組んだ。今までの実習に比べると、本人の意識も高く、仕事に取り組むスピードや表情が明らかに違い、先方からも全体的に良い評価をいただいた。この理由としては、実習に入る前に、この実習の重要性を本人とよく話し合ったこと、事前の作業学習で手先を使った作業を中心にスピードを意識した取り組みを行ったこと、さらにF社の担当者と上記の2点について情報の共有を行ったことなどが考えられる。 ⑥F社訪問(進路指導主事) H23.10/31 3年生実習2回目の評価及び雇用の可能性を伺った。Yくんを生かすだけの「会社としての器」がまだ足りないという話が担当者から出るが、本人の意欲や姿勢も含め、内定をいただいた。内定時の話としては、「現場の者からYくんの人間性や人柄を指摘するような話は出ていない」「会社としてYくんを生かせるかどうか話した」「傘の値札付けだけでは時間が余り、1日の仕事としてはないこともある」という話があった。本人・保護者とは短時間であってもF社で働きたい意向を確認しており、短時間の面は問題なかった。 ⑦面談(学校・本人・保護者) H23.11/8 Yくんと保護者に、内定をいただいたことを伝える。本人はとても嬉しそうにしており、今までにない笑顔を見せた。保護者にも担当者の話を伝え、今後の流れを確認した。 ⑧F社訪問(進路指導主事・ハローワーク) H23.11/10 求人票の記入方法や助成金等の諸制度について、ハローワーク担当者から先方に、直接連絡をし、採用までの今後の流れを確認できた。 ⑨F社より学校に連絡、会社訪問 H23.11/10 これまでの展開からは一転し、F社から連絡が入った。社内でもう一度話したが、やはり傘の値札付けだけでは一従業員としてやっていくには厳しく、取り組むとすれば、梱包作業が考えられると聞く。すぐに会社訪問し、確認した。担当者が口にした「会社としての器」とは、従業員の方たちの意向や理解についてであった。まずは、梱包作業をやらせてもらえないか確認し、了解を得る。 ⑩家庭訪問 H23.11/10 これまでの経緯や担当者からの話を本人・保護者に伝える。本人は驚いた様子であったが、保護者は想像以上に冷静であった。一つの会社に就職して働く事の厳しさを、父親が本人に話してくれた。また、Yくんは今までの生活の中で経験してきた辛い過去の出来事や、自分は周りの人と何か違うという自己(障害)認識に関わる話を教師にしてきた。本人の話を十分に受けとめながら、誰にでも苦手なことや辛かった過去はあること、これからの将来のために、自分が今頑張ることは何かを考えて一緒にやっていこうという話をした。最終的に、本人は梱包作業を挑戦するという決断をし、再度実習に取り組むこととなった。 ⑪3年生実習3回目 H23.11/28〜11/29 梱包作業の内容は、下記のとおりである。 イ 段ボールを台車に乗せる。 ロ 段ボールを梱包台まで運ぶ。 ハ 段ボールを梱包台で結束する。 ニ 段ボールを指定された場所に積んでいく。 この作業では、段ボールを台車に乗せて、周囲に注意しながら運ぶこと、80cm程の高さまで段ボールを持ち上げること、それに伴う体の動きやそれを一定時間続けるだけの体力が必要であり、とても大変な実習となった。重いもので30kg程度あり、段ボールの大きさもそれぞれ違うため、段ボールに手をかける場所や姿勢の工夫など体の使い方が課題となった。 初めての梱包作業 台車を使った荷物運 ⑫校内模擬作業開始 H23.11/30〜12/22 校内に職場に近い環境を設定し、模擬作業を実施した。校内で同じ練習ができること、昇降式の台車を準備したこと、タイムを計測しながら行ったこともあり、本人の動きからも意識は高く感じられた(表2)。繰り返し体の使い方を覚えてからは、スピードも上がり、安定した。 昇降式台車 模擬作業の様子 表2 模擬作業記録 練習日 20kg×11箱 30kg×6箱 11/30 21分55秒 37分25秒 12/2 12分21秒 16分39秒 12/6 11分25秒 未実施 12/8 9分38秒 10分7秒 12/12 10分44秒 未実施 12/13 9分29秒 未実施 12/14 未実施 11分11秒 12/16 9分28秒 未実施 12/19 未実施 10分24秒 12/21 未実施 10分19秒 12/22 9分47秒 未実施 ⑬F社訪問(進路指導主事) H23.12/7 梱包作業を中心に、実習をさせていただく依頼に伺った。また、校内模擬作業の映像を持参して担当者にも見ていただいた。梱包作業で一定の結果があれば、F社としても助かるということであり、実習実施を承諾していただいた。 ⑭3年生実習4回目 H24.1/16〜1/27 梱包作業を中心に実習を実施した。午前中は傘の値札付け、午後からは段ボールを梱包していくという流れであった。 傘の値札付けは、まだまだスピードが求められたが、カードとタイマーを準備したことで、本人がセルフマネージメントしながら、一定のペースで進めることができた。 梱包作業については、段ボールの大きさが一定でないことで手をかける場所がその都度変わることや、段ボールが重いもので30kg程度あるということもあり、一筋縄ではいかない様子が見られた。しかし、学校が持ち込んだ昇降式台車も利用しながら、本人は高い意識で実習をやり遂げた。 カードとタイマー 傘の値札付け 台車への積み込み 台車から梱包台へ ⑮面談(学校・本人・保護者) H24.2/8 実習を終えて、本人・保護者と2週間を振り返った。本人の自己評価は「調子よくできた」というものであった。会社側の評価は、頑張りを認めつつも「このペースで繁忙期にやっていけるのであろうか」というものもあった。 ⑯会社訪問(進路指導主事) H24.2/14 最終的な判断を伺い、正式に内定をいただいた。これまでの実習の話をする中で、今後の事について、3つの条件(イ〜ハ)の提示があった。 イ 勤務日と勤務時間が流動的になること。 ロ 最低賃金を除外して勤務開始とし、働きぶりで更新していくこと。 ハ 働きぶりが良好でなければ、勤務を続けることが難しいというケースも出てくること。 会社としてもYくんを生かせるだけの努力をするという言葉を合わせていただいた。 ⑰家庭訪問 H24.2/14 担当者からの言葉と内定を本人・保護者に伝えた。内定をもらったことへの安心と、これから頑張ろうという気持ちが入り混じった表情であった。 ⑱F社から連絡 H24.2.15 社内で検討した結果、最低賃金は除外しないという報告を受けた。 ⑲求人票が届く H24.3/5 ハローワークを通じて、求人票が学校に届いた。内容は確認していた通りであった。 ⑳勤務開始 H24.3/13 新年度からの勤務も考えられたが、時間を空けることが本人にとって良いことではないという判断で、卒業式終了1週間後より勤務開始となった。 5 考察 今回Yくんが就労できた理由として、本人の努力以外には以下のことが考えられる。 F社の担当者と学校とが何度も話し合いの場がもてたこと。その中でYくんの様子や支援に対する情報提供ができたこと。学校側が「Yくんはこれがあればできる」という補完手段をF社に迅速に提示し、それをF社ができる限り同様の形で受け入れてくれたこと。何よりも、実習を通してF社の担当者をはじめ、従業員の方々がYくんに歩み寄ってくれたことが大きな理由と考えられる。 勤務開始から半年が過ぎた(H24.9現在)が、梅雨時の繁忙期もあり、辞めるかどうかの話にもなった時もあった。その都度、学校・本人・保護者・F社で顔を合わせて話をしてきたことで、現在は「見違えるように頑張っている」という評価をいただいている。現在のYくんにこの評価があるのは、Y君の様子で気になることがあった時は、F社の担当者が必ず学校に連絡をくださること、その時はできる対応を迅速に行ってきたこと、その中で、F社の理解とナチュラルサポートが確立されていったことが理由としてあげられる。 6 おわりに 本校では、職業リハビリテーションの考え方を取り入れ、進路学習や移行支援に取り組んできたが、本実践からもその重要性を感じている。また、一般就労でも福祉就労でも、学校から円滑に移行していくことはとても大切であるが、現実はとても難しいことである。当然だが、企業側の事情が優先され、本人・保護者・学校の思いだけではどうにもならないことがあるからである。学校が本人の実態を把握し、得意なこと、苦手なこと、苦手でもこの支援があればここまではできるということをどれだけ伝えられるかが大切だと考える。受け入れ側の理解ももちろん必要だが、理解してもらうだけの姿勢を見せていくことが学校には求められる。企業側にも学校をもっと知って欲しい。学校は企業を知り、企業は学校を知ることで、また、知るための努力をすることで、双方にとって良い関係を築くことができ、そこに協働していく姿が生まれることを期待したい。また、そのための実践を今後も重ねていきたいと考える。 キャリア発達の向上を意識した本校版 「キャリアプランニング・マトリックス」の作成と学習活動への活用 小田島 利紀(岩手県立盛岡峰南高等支援学校 教諭) 1 はじめに 本校では、平成19年度以来キャリア教育の推進・充実に努めてきた。その中で、キャリア教育の観点を教育活動に取り入れ、生徒一人一人の実態把握、目標の設定などに生かすことができるよう資料の整備を行ってきた。本書では、「キャリアプランニング・マトリックス」関連の本校作成資料を提示し、広く教育活動の参考になるのではないかと考え発表することにした。 2 用語について 本資料で使用しているいくつかの用語について以下に述べる。キャリア教育の定義としては、「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育」(平成23年1月中央教育審議会答申)とし、キャリア発達を「社会の中で自分の役割を果たしながら、自分らしい生き方を実現していく過程」としてとらえる。 また、資料内では、キャリア発達の向上を目指す上で、その中核を為すものである「基礎的・汎用的能力」(人間関係形成・社会形成能力、自己理解・自己管理能力、課題対応能力、キャリアプランニング能力)や、いわてキャリア教育指針(平成22年3月岩手県教育委員会策定)で述べている「総合生活力」と「人生設計力」の用語も使用する。なお、総合生活力とは、将来の社会人・職業人として自立して生きるために必要な能力のことであり、人生設計力とは、主体的に人生計画を立て、進路を選択し、決定できる能力のことと同指針では述べている。項目的な表現でいえば、総合生活力は「健康・体力」「豊かな人間性」「確かな学力」、人生設計力は「将来設計力」「勤労観・職業観」「社会を把握する力」から成り、社会人・職業人として自立をしていくための具体の要素であるという位置付けである。 3 中教審「基礎的・汎用的能力」といわて「総合生活力」「人生設計力」の対応関係について 標記の対応関係については、個々が明確に対応されるべき事柄ではないが、「基礎的・汎用的能力」の中での、人間関係形成・社会形成能力、自己理解・自己管理能力、課題対応能力は「総合生活力」に、「基礎的・汎用的能力」の中でのキャリアプランニング能力は、「人生設計力」に含まれるとしてある。(平成24年3月岩手県教育委員会作成「いわてが目指すキャリア教育」パンフレットより) 4 本校の「キャリアプランニング・マトリックス」全体について 国立特別支援教育総合研究所によって、知的障がいのある児童生徒の「キャリア発達段階・内容表(試案)」1)が2008年に示された。本校では、上表の一部を利用し、平成24年度版の原型ともいうべき「キャリア発達段階表」を作成した。その後、本校で名称(「キャリアプランニング・マトリックス」のこと)も含めて改訂しながら作成し、本校版として毎年、活用を図ってきた。 本校版を作成するにあたり、工夫した点は、まず各項目に番号を振って、キャリア教育において必要と思われる指導内容の各段階を分かりやすくしたことである。その上で、生徒が現在どの指導内容を学習していくのが適切かを担当職員が判断し、その該当項目を他の資料においても番号で表記できるようにして、生徒の変容に従い各段階を表す数字が昇順していく仕組み作りを考えた点である。ここで示している他の資料とは、本校で使用している「個別の指導計画」のことであり、担当職員は生徒一人一人の実態把握や目標の設定等に、この仕組みを利用して生徒のキャリア発達が高まるよう指導・支援を行うこととして活用を図ってきた。また、番号表記に関連しては、国立特別支援教育総合研究所作成の原表では、「小学部(小学校)段階において育てたい力」としていたところを本校版では「第1,2段階 第3段階」、「中学部(中学校)段階において育てたい力」としていたところを本校版では「第4段階」、「高等部段階において育てたい力」としていたところを本校版では「第5,6段階」、と表記したことである。これは、キャリア発達の向上を目途とする際の生徒個々の実態を鑑みた場合、「第1,2段階 第3段階」、「第4段階」においても、その育てたい力を必要とする生徒がいると判断しているためである。続き番号の表記にしたため、内容の連続性をより意識できる利点が生まれた。さらに、内容が3段階に大きく分かれることから、単純に「第1」「第2」「第3」段階とせずに「第1,2段階 第3段階」、「第4段階」、「第5,6段階」としたことについては、原表の各段階が、「知的障がいの各教科の段階との関連を表す」1)としていることから、そのことを意識するために、「第1,2段階 第3段階」、「第4段階」、「第5,6段階」と表記していくことにした。このことは、後で提示する資料3と関連している。 5 「キャリアプランニング・マトリックス(項目版)」(資料1)の活用について 児童・生徒のキャリア発達の向上を目指す上での道しるべとなるキャリアプランニング・マトリックスの中味を、A4版1枚で表している。キャリアプランニング・マトリックスの全体像を把握しやすく、活用の基本ともいえるものである。実態把握や目標設定を行っていく際の資料の他、主として保護者との面談で使用している。 6 「キャリアプランニング・マトリックス(目標設定等総合版)」(資料2)の活用について キャリアプランニング・マトリックスの各項目に対し、表現の言い換え、キーワード、目標的表現例を加えてあるので、実際の目標設定等においてイメージしやすく、より適切に目標の設定等を行うことができると思われる。 7 「キャリアプランニング・マトリックス(学習指導要領記載版)」(資料3)の活用について キャリアプランニング・マトリックスの各項目に関連すると思われる学習指導要領について、その内容と解説を加えてあること、小学部、中学部、高等部と3つの段階の内容や解説が同一の資料内にあること等により、目標設定等の際に、「学習指導要領」ではどのような内容や解説なのかを即座に確認できる利点がある。キャリアプランニング・マトリックスと学習指導要領の関連をとらえていく資料として活用できると思われる。 8 次期「キャリアプランニング・マトリックス(項目版)」[試案](資料4)の活用について 現行のキャリアプランニング・マトリックス(資料1)における課題を少しでも解決しようとして作成したのが今回の資料4である。今回の変更は、現行のそれをほぼ一新した内容となっていて、基礎的・汎用的能力で表わされている「人間関係形成・社会形成能力」「自己理解・自己管理能力」「課題対応能力」「キャリアプランニング能力」の内容と、いわてキャリア指針で示されている「総合生活力」「人生設計力」の内容について、改めてその項目や内容を見直し、検討してほぼリニューアルとしたものである。例えば、「コミュニケーション」「チームワーク」「自己を律する力・・」「課題発見・・」等の新項目を起こしたり、従来の内容を見直して他の能力分野へ内容を移動して、その上で項目名を変えたりし、基礎的・汎用的能力で表現しようとしている部分を強化したつもりである。特に、課題としていた自己理解・自己管理能力や課題対応能力の内容を改めてとらえなおし、新たな項目として「自己を律する力・規範意識・忍耐力」「課題発見」「実行+評価・改善」等を加えたりしている。 9 おわりに 今回は、従来の取り組みにキャリア教育の新しい枠組みを取り入れつつ、学習活動の目的や系統的な学習内容、指導・支援の共通性を考えていく際の重要な指標となれると考えて作成した資料の提示である。キャリア教育の参考にしてもらえればと考える。なお、紙面内に、「資料1」「資料2(一部抜粋)」「資料3(一部抜粋)」「資料4」を掲示する。 【参考文献】 1)国立特別支援教育総合研究所(2008)平成18・19年度課題別研究報告書「知的障害者の確かな就労を実現するための指導内容・方法に関する研究」『表13知的障害のある児童生徒の「キャリア発達段階・内容表(試案)」(全体構造図)』p.66の次頁 【連絡先】(全資料/総頁75/の送付希望先) 小田島利紀(標記に同じ)tel 019-639-8515 (Eメール)t-odajima@moh-y.iwate-ed.jp 資料1 平成24年度「キャリアプランニング・マトリックス(項目版)」(平成23年度版を改訂) 基礎的・汎用的能力*1 総合生活力 人間関係形成・社会形成能力 第1,2段階 第3段階 集団参加 □人社1.2.3-1 大人や友達とのやりとりと集団活動への参加 意思表現 □人社1.2.3-2 日常生活に必要な意思の表現 挨拶・清潔・身だしなみ □人社1.2.3-3 挨拶、身だしなみの習慣化 自己理解・自己管理能力 人とのかかわり □自己1.2.3-1 自分の良さへの気づき □自己1.2.3-2 友達の良さへの気づき 目標設定 □自己1.2.3-3 目標への意識、意欲 自己選択 □自己1.2.3-4 遊び、活動の選択 振り返り □自己1.2.3-6 活動の振り返り 課題対応能力 様々な情報への関心 □課対1.2.3-1 仕事、働く人など身の回りの様々な環境への関心 社会資源の活用とマナー □課対1.2.3-2 地域社会資源の活用と身近なきまり 金銭の扱い □課対1.2.3-3 体験を通した金銭の大切さの理解 人生設計力 キャリアプランニング能力 はたらくよろこび □キャリア1.2.3-1 自分が果たす役割の理解と実行 習慣形成 □キャリア1.2.3-3 家庭、学校生活に必要な習慣づくり 夢や希望 □キャリア1.2.3-4 職業的な役割モデルへの関心 やりがい □キャリア1.2.3-5 意欲的な活動への取組 段階*2 教師の援助を受けながら体験し、基本的な行動を一つ一つ身に付けていく段階 主体的に、社会生活につながる行動を身に付けていく段階 第4段階 集団参加+協力・共同 □人社4-1 集団における役割の理解と協力 意思表現 □人社4-2 社会生活に必要な意思の表現 挨拶・清潔・身だしなみ+場に応じた言動 □人社4-3 状況に応じた言葉遣いや振る舞い 人とのかかわり+自己理解・他者理解 □自己4-1 達成感に基づく肯定的な自己理解、相手の気持ちや考え、立場の理解 目標設定 □自己4-3 目標の設定と達成への取組 自己選択+自己選択(決定・責任) □自己4-4 自己の個性や興味・関心に基づいたよりよい選択 □自己4-5 進路先に関する主体的な選択 振り返り+肯定的な自己評価 □自己4-6 活動場面での振り返りとそれを次に生かそうとする努力 自己調整 □自己4-7 課題解決のための選択肢の活用 様々な情報への関心+情報収集と活用 □課対4-1 進路をはじめ様々な情報の収集と活用 社会資源の活用とマナー □課対4-2 社会の仕組み、ルールの理解 金銭の扱い+金銭の使い方と管理 □課対4-3 消費生活に関する基本的な事柄の理解と計画的な消費 働く喜び+役割の理解と働くことの意義 □キャリア4-1 様々な職業があることや働くことに関する体験的理解 □キャリア4-2 学校生活、家庭生活において自分が果たすべき役割の理解と実行 習慣形成 □キャリア4-3 職業生活に必要な習慣形成 夢や希望 □キャリア4-4 将来の夢や職業への憧れ やりがい+生きがい・やりがい □キャリア4-5 様々な学習活動への自発的な取組 進路計画 □キャリア4-6 目標を実現するための主体的な進路計画 生活経験の積み重ねを考慮して、社会生活や将来の職業生活の基礎的内容を学ぶ段階 第5,6段階 集団参加+協力・共同 □人社5.6-1 集団(チーム)の一員としての役割遂行 意思表現 □人社5.6-2 必要な支援を適切に求めたり、相談したりできる表現力 挨拶・清潔・身だしなみ+場に応じた言動 □人社5.6-3 TPOに応じた言動 人とのかかわり+自己理解・他者理解 □自己5.6-1 職業との関係における自己理解、他者の考えや個性の尊重 目標設定 □自己5.6-3 将来設計や進路希望の実現を目指した目標の設定とその解決への取組 自己選択+自己選択(決定・責任) □自己5.6-4 産業現場等における実習などの経験に基づく進路選択 振り返り+肯定的な自己評価 □自己5.6-6 産業現場等における実習などにおいて行った活動の自己評価 自己調整 □自己5.6-7 課題解決のための選択肢の活用 様々な情報への関心+情報収集と活用 □課対5.6-1 職業生活・社会生活に必要な事柄の情報収集と活用 社会資源の活用とマナー+法や制度の活用 □課対5.6-2 社会の様々な制度やサービスに関する理解と実際生活での利用 金銭の扱い+金銭の使い方と管理+消費生活の理解 □課対5.6-3 労働と報酬の関係の理解と計画的な消費 働く喜び+役割の理解と働くことの意義 □キャリア5.6-1 職業及び働くことの意義と社会生活において果たすべき役割の理解と実行 習慣形成 □キャリア5.6-3 職業生活に必要な習慣形成 夢や希望 □キャリア5.6-4 働く生活を中心とした新しい生活への期待 やりがい+生きがい・やりがい □キャリア5.6-5 職業の意義の実感と将来設計に基づいた余暇の活用 進路計画 □キャリア5.6-6 将来設計に結びつく進路計画 卒業後の家庭生活・社会生活・職業生活などを考慮した基礎的内容から発展的内容を学ぶ段階 *1:社会的・職業的自立や社会・職業への円滑な移行に必要な力:「基礎的・基本的な知識技能」「基礎的・汎用的能力」「論理的思考力・創造力」「意欲・態度及び価値観」「専門的な知識・技能」 *2:知的障がいの各教科の段階との関連を表す。また、キャリア教育における「能力」とはcompetencyであり、個人の現能力重視ではなく、一緒に努力すればできるようになる、という育成重視である。 資料2 平成24年度「キャリアプランニング・マトリックス(目標設定等総合版)・『人間関係形成・社会形成能力』」(資料の一部抜粋) 基礎的・汎用的能力*1 総合生活力 人間関係形成・社会形成能力 第1,2段階 第3段階 集団参加 □人社1.2.3-1 大人や友人とのやりとりと集団活動への参加 ・集団活動に進んで参加し,教師や友人との良い関係を築きながら活動する。 キーワード ○集団内での共通の興味・関心 ○一緒の活動の楽しさ ○仲間意識、達成感 ○助け合う大切さ 教科・領域等(主な指導・支援の場)*3 ○ライフプランニング ○特別活動、HR等 □〜の活動では、仲間と協力して仕事ができる。 □〜の活動では、関連した約束や決まりが分かり守ることができる。 (組んでの作業) □〜の活動では、互いに相手の動きに合わせて押したり引いたりなど、動かすことができる。スピードや工夫などについても意識できるとよい。 (組んでの作業) □肥料撒きや用土作りなど〜の活動では、お互いに相手の動きに合わせて荷台やふるいなど、動かしたりすることができる。 第4段階 集団参加+協力・共同 □人社4-1 集団における役割の理解と協力 ・集団活動における目的を共有し,役割を理解して,協力して成し遂げる。 キーワード ○他者からの教え、他者への助け ○集団としての目的共有 ○協力しながら活動への取組 ○役割分担と自分の仕事の責任 ○集団で取り組む満足感 ○仕事のきまりや指示の遵守 ○他の人の仕事へ不要な手出し口出しをしない事 教科・領域等(主な指導・支援の場) ○各専門教科 ○特別活動、HR等 □自他の役割を意識し、仲間と協力して仕事ができる。 □約束や決まりについて、正しく理解し、実行できる。 (組んでの作業) □自他の活動内容の分担を行い、役割を明確にしてスムーズに活動をすることができる。スピードや工夫などもここまでやろうといった目標化等ができる。 (組んでの作業) □自他の活動内容の分担を行い、役割を明確にしてスムーズに活動をすることができる。スピードや工夫などもここまでやろうといった目標化等ができる。 第5,6段階 集団参加+協力・共同 □人社5.6-1 集団(チーム)の一員としての役割遂行 ・リーダーとフォロアーの立場を理解し、チームとして協力・共同して活動に取り組む。 キーワード ○集団内での自分の役割や関係性の理解 ○他者と協力しての活動 ○他者への失敗の伝え、他者からの指摘に対する自分の理解等、チームとして協調して仕事をすること ○職場内で様々な立場の人が居ることの理解、リーダーとフォロアーの関係 教科・領域等(主な指導・支援の場) ○各専門教科 ○特別活動、HR等 □自他の進度比較や遅れへの対応等、チームとして協調して仕事ができる。 □約束や決まりの意義を理解し、適切に実行できる。 (組んでの作業) □チームとしての自他の進度比較や遅れへの対応等ができる。スピードや工夫も成果を出せる。 (組んでの作業) □チームとしての自他の進度比較や遅れへの対応等ができる。スピードや工夫も成果を出せる。 資料3 平成24年度「キャリアプランニング・マトリックス(学習指導要領記載版)・『キャリアプランニング能力』」(学習指導要領の内容や解説記載)(資料の一部抜粋) 基礎 人生 キャ 第1,2段階(本校マトリックス表記) 第3段階(本校マトリックス表記) (小学部の学習指導要領の内容や解説記載) (学指上の内容 1.2.3.の各段階を表記) はたらくよろこび □キャリア1.2.3-1 自分が果たす役割の理解と実行 学習指導要領との関連 1教師と一緒に簡単な手伝いや仕事をする。 2教師の援助を受けながら簡単な手伝いや仕事をする。 3日常生活で簡単な手伝いや仕事を進んでする。 (手伝い・仕事)について ○説明:手伝い・仕事は、(手伝い)(整理整頓)(戸締まり)(掃除)(後片付け)に分けられる。 [手伝い]について ○内容:物を配ったり届けたりすること。 :伝言を届けること。 :作業を手伝うことなど。 ○1段階:教師と一緒に、配布物を配ったり、教材等を運搬したりすることなど。手伝いの意味が十分に理解できない児童にとっても、徐々に手伝うことの喜びが味わえるようにすることが大切。 第4段階(本校マトリックス表記) (中学部の学習指導要領の内容や解説記載) (学指上の内容 1.の段階を4.として表記) 働く喜び+役割の理解と働くことの意義 □キャリア4-1 様々な職業があることや働くことに関する体験 以下一部中略 4働くことに関心をもち、作業や実習に参加し、働く喜びを味わう。 (中学部「職業・家庭」以下同) (働くことに関心をもち)について ○意味:物を作ったり、育てたりする活動に興味をもち、作る、育てるなどの目的的な活動が働くことにつながることに気付くようにすること。 (作業や実習に参加し、働く喜びを味わう)について ○意味:学校における作業や産業現場等において、作業の準備(下文参照)、主たる作業活動、作業の片付けなどの一連の活動に、生徒が実際に取り組み、それぞれの活動を確実に成し遂げ、達成感や成就感をもったり、製品などへの感想を受けて満足感を味わったりして、働くことに関心がもてるようになること。 □学校における作業や産業現場等において、手洗いや身支度、作業手順や工程の確認、材料や道具の用意などの作業の準備の活動を確実に成し遂げることができる。 第5,6段階(本校マトリックス表記) (高等部の学習指導要領の内容や解説記載) (学指上の内容 1.2.の各段階を5.6.として表記) 働く喜び+役割の理解と働くことの意義 □キャリア5.6-1 職業及び働くことの意義と社会生活において 5働くことの意義を理解し、作業や実習に取り組み、働く喜びを味わう。 (高等部「職業」以下同) (働くことの意義を理解し)について ○意味:勤労の意味が分かること。 ○留意点:進んで働くことをとおして、働くことの意味が分かるようにすることに留意する。 □周囲の人々は皆、社会の中で働きながら生活をしていることが分かる。 □人々は働くことを誇りとしていることが分かる。 □働くことをとおして、充実感や生きがいをもてるようになることなどが分かる。 □働くことを人々が尊重していることを知る。 (作業や実習に取り組み)について ○意味:具体的な作業や実習場面での経験や体験を通じて、一つ一つの作業工程の手順が分かり、その工程に必要な仕事を成し遂げること、一定期間に一連の活動を成し遂げること。 資料4 次期「キャリアプランニング・マトリックス(項目版)」(試案)(平成24年度版を改訂) 基礎的汎用的能力*1 総合生活力 人間関係形成・社会形成能力 第1,2段階 第3段階 コミュニーケーション □人社1.2.3-1 挨拶の習慣化 他者の個性を理解する力+やさしさ □人社1.2.3-2 友達の良さの気付き、優しい心 チームワーク □人社1.2.3-3 集団活動への参加 他者に働きかける力 □人社1.2.3-4 身の回りへの必要な意思の表現 健康・体力・習慣形成 □人社1.2.3-5 基本的生活習慣の確立、清潔や身だしなみの習慣化、通常の生活をおくる体力 自己理解・自己管理能力 自己を理解する力 □自己1.2.3-1 自分の良さの気付き 自己を律する力・規範意識・忍耐力 □自己1.2.3-2 目標達成のための心得、身近なきまり、がまん強さ 主体的に行動する力+やりがい □自己1.2.3-3 活動への意欲的な取り組み 課題対応能力 情報の理解・選択・処理 □課対1.2.3-1 仕事、働く人など身の回りの様々な環境への関心 金銭の扱い □課対1.2.3-2 体験を通した金銭の大切さの理解 課題発見 □課対1.2.3-3 自分の課題への気付き 人生設計力 キャリアプランニング能力 はたらくよろこび □キャリア1.2.3-1 自分が果たす役割の理解と実行 進路計画 □キャリア1.2.3-3 前向きな進路計画 選択 □キャリア1.2.3-4 遊び、活動の選択 行動・目標設定 □キャリア1.2.3-6 目標への意識、意欲的な取り組み 改善・振り返り □キャリア1.2.3-7 活動の振り返り 社会資源の活用 □キャリア1.2.3-8 地域社会資源の活用 段階*2 教師の援助を受けながら体験し、基本的な行動を一つ一つ身に付けていく段階 主体的に、社会生活につながる行動を身に付けていく段階 第4段階 コミュニーケーション □人社4-1 状況に応じた言葉遣いやふるまい 他者の個性を理解する力+思いやり □人社4-2 相手の気持ちや考え、立場の理解、思いやる心 チームワーク □人社4-3 集団における役割の理解と協力 他者に働きかける力+リーダーシップ □人社4-4 日常・社会生活に必要な意思の表現、集団におけるリーダー力 健康・体力・習慣形成 □人社4-5 健康的な生活の習慣化、職業生活を意識した体力や習慣形成 自己を理解する力+前向きに考える力・動機付け □自己4-1 達成感に基づく肯定的な自己理解 自己を律する力・規範意識・忍耐力 □自己4-2 目標達成に必要な自律心、善悪の判断、道徳的判断力、忍耐力 主体的に行動する力+生きがい・やりがい □自己4-3 様々な活動への自発的な取り組み 情報の理解・選択・処理 □課対4-1 進路をはじめ様々な情報の収集と活用 金銭の扱い+金銭の使い方と管理 □課対4-2 消費生活に関する基本的な事柄の理解と計画的な消費 課題発見+計画立案 □課対4-3 課題の把握とともに解決に向けての計画の立案 実行+評価・改善 □課対4-4 課題解決に向けた具体的な実行と自他の評価 働く喜び+役割の理解と働くことの意義+余暇の活用 □キャリア4-1 様々な職業があることや働くことに関する体験的理解 □キャリア4-2 学校生活、家庭生活において自分が果たすべき役割の理解と実行、余暇の活用 進路計画 □キャリア4-3 目標を実現するための主体的な進路計画 選択+決定・責任 □キャリア4-4 個性や興味・関心に基づいたよりよい選択 □キャリア4-5 進路先に関する主体的な選択 行動・目標設定 □キャリア4-6 目標の設定と達成への取り組み 改善・振り返り+肯定的な自己評価 □キャリア4-7 活動場面での振り返りとそれを次に生かそうとする努力 社会資源の活用 □キャリア4-8 社会の仕組み 生活経験の積み重ねを考慮して、社会生活や将来の職業生活の基礎的内容を学ぶ段階 第5,6段階 コミュニーケーション □人社5.6-1 TPOに応じた言動 他者の個性を理解する力+思いやり □人社5.6-2 他者の考えや個性の尊重、思いやる心 チームワーク □人社5.6-3 集団の一員としての役割遂行、協働 他者に働きかける力+リーダーシップ □人社5.6-4 必要な支援を適切に求めたり、相談したりできる表現力、目標達成に向けてのリーダー力 健康・体力・習慣形成 □人社5.6-5 健康の増進、就労先を意識した体力の増進、職業生活に必要な習慣形成 自己を理解する力+前向きに考える力・動機付け □自己5.6-1 職業との関係における自己理解、職業意識の向上 自己を律する力・規範意識・忍耐力 □自己5.6-2 目標達成に必要な自律心、倫理観、道徳的実践力、忍耐力 主体的に行動する力+生きがい・やりがい □自己5.6-3 将来設計や進路希望の実現のための主体的な活動の取り組み 情報の理解・選択・処理 □課対5.6-1 職業生活・社会生活に必要な事柄の情報収集と活用 金銭の扱い+金銭の使い方と管理+消費生活の理解 □課対5.6-2 労働と報酬の関係の理解と計画的な消費 課題発見+計画立案 □課対5.6-3 課題の把握とともに解決に向けての計画の立案 実行+評価・改善 □課対5.6-4 課題解決に向けた具体的な実行と自他の評価 働く喜び+役割の理解と働くことの意義+余暇の活用 □キャリア5.6-1 職業及び働くことの意義と社会生活において果たすべき役割の理解と実行、将来設計に基づいた余暇の活用 進路計画 □キャリア5.6-3 将来設計に結びつく進路計画 選択+決定・責任 □キャリア5.6-4 産業現場等における実習などの経験に基づく進路選択 行動・目標設定 □キャリア5.6-6 将来設計や進路希望の実現を目指した目標の設定とその解決への取り組み 改善・振り返り+肯定的な自己評価 □キャリア5.6-7 産業現場等における実習などにおいて行った活動の自己評価、他者評価の受容 社会資源の活用+法や制度の活用 □キャリア5.6-8 社会の様々な制度やサービスに関する理解と実際生活での利用 卒業後の家庭生活・社会生活・職業生活などを考慮した基礎的内容から発展的内容を学ぶ段階 *1:社会的・職業的自立や社会・職業への円滑な移行に必要な力:「基礎的・基本的な知識技能」「基礎的・汎用的能力」「論理的思考力・創造力」「意欲・態度及び価値観」「専門的な知識・技能」 *2:知的障がいの各教科の段階との関連を目指す。また、キャリア教育における「能力」とはcompetencyであり、個人の現能力重視ではなく、一緒に努力すればできるようになる、という育成重視である。 医療機関における脳卒中復職支援 −職業および機能評価票の開発− ○齊藤 陽子(医療法人社団KNI北原国際病院 リハビリテーション科 就労支援室) 豊田 章宏(独立行政法人労働者健康福祉機構中国労災病院 勤労者リハビリテーションセンター) 八重田 淳(筑波大学大学院 人間総合科学研究科 生涯発達専攻 リハビリテーションコース) 1 はじめに 近年、勤労者世代における脳卒中発症数は増加傾向を認めており、脳卒中患者の復職支援が求められている。脳卒中患者は多様な後遺症を有することなどから、復職支援に際しては医療機関からの関わりが重要となる。しかし、一般の医療機関における就労支援への関わり少なく、医療機関側の視点での支援方法は確立されていない。加えて、医療機関と職業リハビリテーション機関との連携も十分に確立されていない現状である1)。 そこで今回、脳卒中復職支援に関して、医療機関における円滑な支援方法を探ることを目的とし、復職支援のための支援ツールとなる「職業および機能評価票」(以下「職業機能評価票」という。)の開発を行ったため、報告する。なお、本研究は、平成22・23年度厚生労働省委託事業「治療と職業生活の両立等の支援方法の開発一式」(脳・心疾患)2)(以下「両立支援事業」という。)による成果の一部である。 2 職業機能評価票の概要 (1)職業機能評価票の開発目的 職業機能評価票の開発目的は、①支援対象者が医療機関を利用する段階から復職支援に必要な情報収集を行い、復職に向けた評価や訓練等を進めること、②就労支援機関や職場とのスムーズな情報共有や連携作りをすすめる際のコミュニケーションツールとして活用することである。 (2)職業機能評価票の構成 職業機能評価票は、基本情報(フェースシート)、職業情報収集票、機能評価票、支援計画票で構成されている(表1)。各票を構成する項目を表2〜5に示す。 表1 職業機能評価票の構成内容 1.基本情報(フェースシート) 支援対象者に関する基本情報の確認や、障害評価などを行う 2.職業情報収集票(本人・家族用、職場用、まとめ用) 発症前の職務内容や、復職への意向などの確認を行う 3.機能評価票 日常生活能力や社会生活能力、職務に必要な能力などの評価を行う 4.支援計画票 復職に向けた課題の確認、支援スケジュールの検討などを行う (3)職業機能評価票の使用方法 脳卒中発症後復職を希望する方のうち、職業機能評価票使用への承諾が得られた方に対して、脳卒中発症後の治療や訓練に関わっている医療機関において、まず「基本情報(フェースシート)」の作成を開始する。次に「職業情報収集票(本人・家族用)」の記載を本人や家族に依頼し、復職に向けた情報収集を開始する。そして、職場関係者から承諾を得られた場合には、「職業情報収集票(職場関係者用)」への記載を依頼し、職場側からも情報収集を行う。これに並行して、担当リハビリスタッフが中心となり「機能評価票」を用いて現在の能力についての確認を行う。最後に得られた情報や評価結果などをもとに、「支援計画票」を活用して目標設定や訓練課題などを検討し、復職に向けた準備をすすめていく。 また、就労支援機関と連携する段階では、「基本情報」と「職業情報収集票(まとめ用)」、「機能評価票」を、職場関係者へ情報提供する段階では、「基本情報」と「機能評価票」を活用し、復職に向けた情報提供を行う。なお、提供する情報は、支援対象者の意向を確認し、内容を一緒に検討した上で提供する。 表2 基本情報(フェースシート)の項目 基本情報 ・氏名・生年月日・住所・電話番号・家族構成 ・診断名・発症日・現病歴・既往歴・リスクファクター・かかりつけ病院・主治医・服薬 ・障害者手帳・傷病手当金・障害年金・利用しているリハビリ、サービス 障害評価 ・意識障害・知的障害・麻痺・感覚障害・不随意運動、協調性運動障害・筋力低下・関節可動域制限・疼痛 ・褥瘡・摂食機能障害・排泄機能障害・呼吸、循環機能障害・音声、発話障害・高次脳機能障害・移動能力 ・腕、手の機能 表3 職業情報収集票の項目 ①本人・家族、職場関係者より収集する共通項目 入院前の仕事について ・事業所名・事業所住所・仕事の内容(産業分類、職業分類)・勤務形態・勤務日数・勤務時間・役職 ・勤務年数・職務内容・職務に必要な具体的能力、動作(詳細は表4参照)・主な仕事環境・職務に伴う危険性 ・通勤手段・通勤時間 ②本人・家族より収集する項目 学歴について(最終学歴を選択) 職業歴について(自由記載) 復職について ・復職希望・復職時の希望職務・復職時の希望配慮内容・復職に対する不安や相談事項・療養中の勤務の取り扱い 生活面について ・家族構成・療養中の経済面・療養に伴う家族の変化・入院前の過ごし方 ③職場関係者より収集する項目 復職について ・入院、療養中の保障・休職期限・産業医の有無・復職時利用可能な制度・勤務時間の検討可否 ・配置転換の検討可否・職務内容変更の可否・外部支援スタッフ介入の可否・障害者雇用の実績 ・復職に向けた相談窓口・復職に対する不安や相談事項 表4 機能評価票の項目 健康管理能力 ・服薬管理・栄養管理・精神衛生管理・身体機能の維持管理 社会生活能力 ・身辺処理・家事、家庭管理・応用移動・公共機関の利用・コミュニケーション・生活リズム 職務に必要な基本的情報 ・見る・聴く・話す・読む・書く・計算・注意、集中力・記憶力・指示の理解力・行動計画能力 ・報告、連絡、相談能力・対人関係能力・耐久性・疲労自己コントロール ・自分自身の作業能力の把握・必要に応じた代償手段の活用・復職への意欲・復職に対する家族の協力 職務に必要な具体的能力・動作 ・座位での活動・立位での活動・しゃがんでの活動・屋外歩行(平地、足場が悪い所)・走る・階段昇降 ・ハシゴ昇降・重量のあるものを扱う・精密作業(細かい手作業)・機械操作・自動車運転 ・パソコン作業(指示された文字文章の入力、指示された数値の入力、書類などの作成、表・グラフの作成、特定のソフトの使用、その他)・電卓計算・電話対応・接客、対人業務・その他 まとめ ・リハビリテーション経過および予後予測・復職を妨げる要因・仕事に活かせる強み 表5 支援計画票の項目 対象者評価 ・復職ニーズ・健康管理能力・社会生活能力・職務に必要な基礎的能力・職務に必要な具体的能力、動作 事業所評価 ・復職への協力度・障害の理解 まとめ ・復職に向けた支援段階・復職時の業務等について・社会資源の活用・今後の対応課題(目標) ・今後のスケジュール (4)職業機能評価票の特徴 職業機能評価票の特徴として、①復職支援に必要な情報収集を具体的かつ明確に把握することができる、②日常生活能力から職務に必要な能力まで、復職にむけて必要となる項目について、全般的に確認することができる、③職務に必要な具体的な動作・能力について情報収集や評価をすることができ、復職に向けてより具体的な支援を行いやすい、④脳卒中の後遺症の特徴を考慮し、医療機関と職場とでは発揮される作業能力に違いが生じる可能性があることに配慮して判定ができるような評価項目を設定している、⑤支援対象者だけでなく、様々な立場の職種が職業機能評価票の内容を把握しやすいように、医学的な専門用語を極力使用していない、⑥就労支援機関や職場関係者が求めるより具体的な情報を提供できるように配慮していることなどが挙げられる。 3 職業機能評価票の効果 平成22年度両立支援事業において介入した15症例の内、14症例に対して評価票を使用した。そして、平成22年度両立支援事業終了時に、介入した14症例に対する支援に携わった医療機関のリハビリスタッフや医療ソーシャルワーカーを対象にアンケートを実施した。具体的には、職業機能評価票が、「支援対象者の職務の把握に参考になったか?」「復職を視野に入れたリハビリを行う上で参考になったか?」という質問を提示し、「参考になった」「参考にならなかった」「わからない」のうち該当するものを選択してもらった。 また、職場関係者や地域障害者職業センターより、職業機機能評価票についての意見を自由に述べてもらった。 (1)医療機関スタッフに対するアンケート結果 リハスタッフ12名、医療ソーシャルワーカー1名の計13名より回答を得た。まず、職業機能評価票が「支援対象者の職務の把握に参考になったか?」という問いに対しては、70%が「参考になった」と回答した。また、「復職を視野に入れたリハを行う上で参考になったか?」という問いに対しては、77%が「参考になった」と回答した。 (2)職場関係者からの意見 職業情報収集票への記載にご協力頂いた職場関係者より、「機能評価票の結果から、復職後出来そうな仕事内容について具体的にイメージをすることができる」という意見を頂いた。 (3)地域障害者職業センターからの意見 地域障害者職業センターの職業カウンセラーより、評価票について、「通常の診断書だけでなく、こういう内容の資料があるとありがたい」という意見を頂いた。 4 考察 脳卒中復職支援において、医療機関における円滑な支援方法を探ることを目的として、復職支援のための支援ツールとなる「職業機能評価票」の開発を行い、実際の症例での使用を試みた。その結果、医療機関のスタッフが職業機能評価票を用いることにより、支援対象者の職務内容を具体的に把握することや、復職を視野に入れた医療リハビリを行う効果について一定の可能性が示唆された。 現在の医療機関におけるリハビリについて、深川3)は、「ADLの自立に重点が置かれ、復職を視野に入れたプログラムの作成やプロセスを体験する機会が減少」していると指摘している。また、香田4)は、医療機関において就労支援の業務を担うことが期待される作業療法士が就労支援を出来ない理由として、「経験不足からくる自信のなさや、就労支援に関する哲学、知識、技術の実践方法を学んでいない」ことを挙げている。このように、医療機関における復職支援が進んでいない問題点として、就労支援への経験の少なさが考えられるが、それを補うツールの一つとして、職業機能評価票が活用されることが期待できる。 また、医療機関と就労支援機関や職場との連携については、「両立支援事業内」で職業機能評価票を活用した件数が少ない状況ではあったものの、職業機能評価票の結果が復職後の仕事内容を検討する機会につながることや、職業機能評価票が従来の医療機関から提供する診断書などを補う情報として一定の効果が期待できる可能性があることが認められた。 障害者職業総合センターの調査報告5)によると、医療機関から提供される情報の内容について、「医療専門職向きで専門的なことが多いとの回答が45.5%」「医療専門職以外にも配慮されているとの回答が18.2%」と報告されており、医療機関からの情報提供の内容は、復職支援の過程の中で効果的に活用されているとは言い難い。今回開発した職業機能評価票が医療機関と職業リハビリテーション機関とのコミュニケーションを円滑にするツールとしてどの程度有効となり得るかについては、今後の課題として残される。したがって、今後は、今回作成した職業機能評価票の内容妥当性を確認し、脳卒中患者の復職支援に積極的に関わることが難しいとされている医療機関において、職業機能評価票を導入することによる効果がどの程度得られるかについて検証する必要があると考える。 【文献】 1)田谷勝夫:高次脳機能障害者の就労支援の現状と課題、「Monthly Book Medical Rehabilitation No.119」、p.1-5、全日本病院出版社(2010) 2)豊田章宏:「第19回職業リハビリテーション研究発表会論文集」、p.287-290、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(2011) 3)深川明世:就労支援における作業療法の技術 障害特性を踏まえた就労計画の立て方 身体障害(脳血管障害)について(働くことの意義と支援)、「作業療法ジャーナル Vol.43、No.7」p.771-775、三輪書店(2009) 4)香田真希子:OTが就労支援を実施するにあたってのバリア−パラダイムの転換の必要性(特集 就労支援の技術)、「作業療法ジャーナル Vol.40、No.11」p.1128-1131、三輪書店(2006) 5)高次脳機能障害者の就労支援−障害者職業センターの利用実態および医療機関との連携の現状と課題−、「調査研究報告書No.63」、p.23-46、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター(2004) 就労アセスメントおよび就労パスの検討 ○臼井 正弘(和歌山県福祉事業団 海草圏域障害者就業・生活支援センターるーと 主任就業支援担当者) 川乗 賀也(国保野上厚生総合病院 障害福祉サービス事業所) 1 はじめに これまで支援者として、相談に来た当事者が、どの程度就労が可能なのか?どのような内容なら可能なのか?について、経験からある程度判断していた。しかし、職員の異動等の事情もありスタッフに一定した判断基準を設けることが望まれた。 そこで当事者の過去の経歴から、①必要な支援を導くためのアセスメント②当事者に就労までのステップを視覚的に提示できる就労パスを試作的に作成し、その有用性について検討する。 2 就労アセスメント (1)障害者就業・生活支援センターの現状 障害者就業・生活支援センターにおいては、「個別支援計画」作成の義務はない。 アセスメントについても、特定の聞き取り内容(技法)はない。 全国にある各センター(315センター)がそれぞれ独自の方法で支援を行っている。 ※厚生労働省より、障害者就業・生活支援センターによる就労系サービスの利用に関するアセスメント及びその後の相談支援事業者との協議等にかかる課題を検討・整理するため、モデル事業を実施している。 (2)当センターの現状 アセスメントについては、当センターが導入している、「障害者就業・生活支援センター相談記録システム」におけるアセスメントシートを活用。 登録者の情報(周辺情報、就業経験、既往歴等)のアセスメントはあるが、就業能力に関するアセスメントはない。 就業能力の聞き取りや能力判断に関しては、これまでの就業経験や、聞き取る側の判断・経験で実施している。 (3)アセスメントの提案(別紙①) ①就業能力の細分化 これまでのアセスメントには、就業能力について、細分化した聞き取り内容が無かったので、就業能力を判断するため、聞き取り内容を細分化した。 聞き取り内容を明確にすることで、だれが聞いても同じ結果となるようにした。 ②簡素化 聞き取った内容を書記するのではなく、質問項目の該当欄にチェックをするだけとし、簡素化を図った。 ③判定機能搭載 アセスメントにおける項目のチェックの有無により、就業能力を簡易に判定できるようにした。 また、判定を視覚で提示することで、登録者に分かり易く説明が可能となるようにした。 ④項目の変更・追加機能搭載 エクセルによりアセスメントシートを作成しており、項目の追加、得点配分の変更ができるなど、バージョンアップが可能となるようにした。 詳細な聞き取り項目があることで、これまでにくらべ、利用者の就業能力の判断が容易になった。 なお、このアセスメントシートは、生活状況のアセスメントをまず行い、就労があり、精神・身体状態が安定している方に対し行うものである。 別紙① 就労アセスメントシート 3 就労支援クリニカルパス (1)支援機関現状 現在、障害者の就労支援における支援機関については下記がある。 ① 就労移行支援事業所 ② 就労継続支援事業所A型・B型 ③ 地域障害者職業センター ④ 障害者就業・生活支援センター ⑤ ハローワーク ⑥ 相談支援事業所 ⑦ ケアホーム・グループホーム ⑧ 特別支援学校等 上記事業所において、連携で支援を行うことが重要不可欠 (2)連携方法の現状 現状では各支援機関がそれぞれに支援計画を作成し支援を行っている。 ① 就労継続支援事業等障害福祉サービス事業所→個別支援計画 ② 相談支援事業所→サービス利用計画書 ③ 障害者職業センター→職業リハビリテーション計画書 同じ方を同じ方向で支援をしているにも関わらず、それぞれが独自に支援計画を作成している。 それぞれの機関で作成義務があり、統一様式での作成は不可能。 当センターにおいても、他機関との連携により就労支援を行っており、連携・連絡を重要視しているが、大枠は共通理解があっても、支援の中で齟齬が生じることがある。 (3)就労支援クリニカルパスの提案(別紙②) 上記の現状から、就労支援における関係機関の支援の標準化を図るため、就労支援クリニカルパスを提案する。 なお、クリニカルパスの作成においては、各機関が連携において就労支援をおこなった事例を振り返り作成をおこなった。 ①クリニカルパスとは クリニカルパス(クリティカルパス)とは、良質な医療を効率的、かつ安全、適正に提供するための手段として開発された診療計画表。 もともとは、1950年代に米国の工業界で導入されはじめ、1990年代に日本の医療機関においても一部導入された考え方。 診療の標準化、根拠に基づく医療の実施(EBM)、インフォームドコンセントの充実、業務の改善、チーム医療の向上などの効果が期待されている。 特に、地域連携が必要とされている、精神保健医療分野で有効と言われている。 ②就労支援クリニカルパスとは ・各支援機関のミッションが明確化されるためのもの ・各支援機関が統一した支援を導くためのもの ・各支援機関の支援計画と連動したもの ・各支援機関が同じ時間軸で支援を行うためのもの ・提示することで視覚的に利用者が関係機関の役割を理解するためのもの ・それぞれの関係機関がそれぞれの役割を理解するためのもの 別紙② 就労支援クリニカルパス 各関係機関の支援内容(ミッション)を1枚の紙にまとめることで、共通認識の把握が容易となった。 3 まとめ 今回、個人の判断能力のみで支援を行っている現状から、障害者就業・生活支援センターにおける、支援の標準化を目的とし、①就労アセスメント②就労支援クリニカルパスの2つの有用性について検討した。 検討に際し、現状を振り返る作業を行った結果、「個人判断」「個人能力」により、センターを運営していることが浮き彫りとなった。 当センターに限らず、事業所において人事異動はつきものである。 人事異動により、センター運営が影響を及ぼされるのは仕方がないが、システム化を図ることで、その影響を最小限にとどめることが必要である。 就労労アセスメント及び就労支援クリニカルパスの2つのツールを活用することで、就労支援に関する判断材料と、各機関の支援方針・内容(to do)が明確化された。 障害者の就労は今後も重要視されてくる現状の中、今回の提案が「就労支援のシステム化・標準化」に少しでも役立てれば幸いである。 なお、①就労アセスメント②就労クリニカルパスについては、下記HPよりダウンロード可能である。アプリケーションは「Microsoft Excel」 □「海南・海草障害者就業支援ネットワーク情報サイト」 http://kainankaisojiritusien.com/ □「和歌山県福祉事業団ホームページ」 http://www.wfj.or.jp/ 【連絡先】 社会福祉法人 和歌山県福祉事業団 海草圏域障害者就業・生活支援センターるーと 主任就業支援担当者 臼井 正弘 TEL 073-483-5152 FAX 073-483-5159 E-Mail usui1103@wfj.or.jp 就労前の能力把握と整理 前田 亮(特定非営利活動法人じりつ 障害福祉サービス事業所アバンティ 就労支援員) 1 就労前の能力把握と整理の背景と必要性 (1)仕事をする多くの精神障害者が、短期間で離職をしている。私は、就労移行支援事業所で就労支援員をしている。精神障害者の就労支援の現場に携わる中で、仕事を継続するための支援の難しさを感じている。 (2)現在、ハローワークを通じて仕事を探す精神障害者の数が急増している。推移をみると平成14年度は約6千人であったが、平成23年度には約4万8千人となっている。それに伴って就職件数も増加傾向にあり、平成22年度には精神障害者の就職件数が、知的障害者を初めて上回った。しかし一方で、障害者雇用で精神障害者の高い離職率が大きな問題になっている。仕事に就いても長く続かない。何度も離職を繰り返す。埼玉県産業労働部の調査では「障害者離職状況調査による通算雇用期間では精神障害者では3ヶ月未満35.2%、1年以上3年未満が33.8%1)」と離職率が高い結果である。離職の要因は、症状の再燃、体力の課題、能力の低下、適応性の問題、人間関係の悪化などがあげられる。中でも最も大きな要因として考えることは、アイデンティティ(自分らしさ)の喪失である。精神障害者の多くが以下の理由からアイデンティティを喪失し、仕事の継続を難しくさせている。①身体的に認知の障害で自己理解が難しいこと、②心理的に多くの離職経験から負の思考になりやすいこと、③社会的に社会で活動する機会が失われていること、である。「どんな仕事をしたいのか」「何ができて、何ができないか」「どんな仕事が向いているか」といったことが見えない。病気になる前の自分自身との区別もつかなくなっている。精神障害者が安定的に仕事を継続するために、就労前準備として「自信回復」と「自己理解」を深めることが重要である。気づきから自信へとつながり、自分らしさを取り戻すプロセス通して、安定的に仕事が継続できる。その支援の体系を3つのステップから考察する。 2 能力把握と整理の方法 (1)ステップ①:「インテーク(話す)」「マイストーリー(書く)」「ワークサンプル(動く)」の初期アセスメントからの能力把握と整理。 ① 「話す」「書く」「動く」の表現されるものから、仕事をする際の特徴を整理する。「話す」では、インテークなどの面接場面で、過去の仕事内容、人間関係、離職理由を1社ずつ丁寧に聞く。対話を通して「聞く力」「思考の変化」など見立てる。「書く」では、マイストーリーというシートを使用し、過去の出来事を一緒に振り返る。論理的に記述できるかを確認する。「動く」では、ワークサンプルを利用して、運動性や職業スキルをアセスメントする。 ② この時点では、本人の主観と支援者の見立ての間にギャップがみられる。そのギャップを埋めようとしても、本人は実感が伴わず受け入れに抵抗感を持つ場合がある。支援者の見立てを無理に押し付けることは、主体性が失われて、信頼関係構築の阻害要因に繋がってしまう。否定的な第一印象は後々の支援に影響を及ぼすため、このステップでは避けた方がよいだろう。「話す」「書く」「動く」の表現から、本人の世界観や認知の仕方を理解し、信頼関係を築くことが重要である。 (2)ステップ②:「職場実習」「フィードバック」「セキュアベース(心の安全地帯)」の3層構造よる能力把握と整理。職場実習を通して、感覚的体感的に自己理解を深め、支援者とのフィードバックを通して、論理的に自己理解を深める。 ① ステップ②のポイントは3つある。1つは、ストレングスに注目しながら活動をフィードバックすることである。先述したように精神障害者の多くが、上手くいかない経験を繰り返していることで負の思考に陥りやすい。自己評価も低くみている。たとえ上手くできていたとしても肯定的に受け入れられないという心理的障壁がある。その障壁を理解しながら自己理解は深めていく必要がある。障壁を取り除くためにストレングスの視点のフィードバックが出発点になる。そのフィードバックの積み重ねが、自信となり、あるがままの自分を受容するベースとなる。 ② 2つ目は、失敗が許容される環境であることである。他者評価を意識し、失敗しないことに気を取られてしまう環境下では、自己理解と自信回復は進まない。複数の実習先の確保と実習先の従業員の理解が必要になってくる。 ③ 最後は、就職を目指す仲間同士によるセキュアベース化が欠かせない。セキュアベースとは、心理学者ボウルビィの理論で、幼児には「愛着」による心の安全地帯がある。これがあるからこそ、幼児が未知の世界へ自ら探索できるという。安全という確実性があるから、不安やリスクという不確実性にも挑戦できる。離職を繰り返す精神障害者にとって仕事をすることは、大きなリスクと不安が伴う。挑戦するには、その両輪として必ず安全の場、セキュアベースが必要になる。就職を目指す仲間同士のグループは、セキュアベースとなり、お互いに分かち合い高め合い、存在を確かめ合っていける。 ④ 「職場実習〜フィードバック〜セキュアベース」の3層構造から支援する。職場実習の活動を取り組みこと、評価することや上手くいく方策をその都度話し合いこと、仲間との分かち合うこと。「強さ弱さはどこか」「自分らしさとは何か」、また「上手くいく方策は何か」などを確認できる。ステップ①でとらえることができなかったアセスメントを明らかにしていく。 (3)ステップ③:「職業選択」「履歴書記入」「面接のロールプレイ」の場面を、共に行動していくプロセスからの能力把握と整理。 ①この段階は、実際に厳しい就職活動場面で本人がやる気になっている状況である。「絶対合格して仕事に就きたい」と切実に願って、初めて明らかになっていく姿がある。実存主義者ヤスパースでいう「限界状況」に近い。ステップ①②と異なる、より実践に役立つアセスメントができる。「職業選択」「履歴書記入」「面接のロールプレイ」の場面を通して、本人と支援者との真剣な対話から、より深い自己理解のプロセスを踏むことが可能になる。ここで注意すべき事は、いざ実践になると失敗体験のフラッシュバックで弱気になることや、自己理解の視野が狭くなることがある。その都度、一緒に確認したストレングスや成功体験を思い出させる声掛けなどが必要になってくる。また職業選択や面接の場面でも、同様に確認し、伝えながら進めることが大切である。このステップ③は、「就職活動」という緊張状況から意識が高まる「時間」「場面」を活用することになる。そのタイミングを見逃さないことがポイントになる。 3 事例 30歳男性Dさんは、職場で自分の気持ちを出せず、人間関係のトラブルで離職を繰り返していた。本人は元気な時のイメージが強く、今の自分を認めず、安心できる場がなく、素直に相談できないことが課題になっていた。従って、各ステップを踏んでいく中で、上記に課題を中心に自己理解と自信回復を進めた。ステップ①で今までの自分を振り返り、当時の思いや出来事を整理した。そして、現在の作業能力を整理し向き合った。実習では、体験の中から上手くいったエピソードを取り上げ、評価しながら成功体験を作っていった。また同じ環境の中で活動する人達の中で、心を許せる仲間を作り、自己理解と自信を高める事に成功した。苦手であった相談も、安心できる人にするようになった。その後、小さな成功体験を職場で繰り返し、さらに自信を高め「今のまま継続したい」という思いで仕事の継続が出来ている。 4 今後の課題 このような過程から本人の仕事の力を見ていくが、いくつか課題も孕んでいる。このステップを踏む方法は、自分に向き合う長い時間や我慢が必要である。時には、向き合うことに我慢できず、途中で仕事に向けて動いてしまうこともある。興味を失わず、自分に向き合ってもらう工夫やまたやり直しが出来る環境や関係づくりが必要である。 5 まとめ 最後に精神障害者の就労継続率を高めるためには、就労前の把握と整理として「自信回復」と「自己理解」が最も重要である。必要なことは、信頼関係を壊さずに本人の特徴を確認すること、安心して取り組める環境下であること、ストレングスに着目したフィードバックがあること、気を許せる仲間がいること、就活時での本気になったアセスメントがあること、である。自信の回復や自己理解の視野を広がることより、社会の荒波を乗り越える力、レジリエンスが育まれ、精神障害者離職率低下につながると考える。 【参考文献】 1)平成23年3月埼玉県産業就労支援課:障害者離職状況報告書 職業的障害のICFによる実証的構造分析 ○片岡 裕介(障害者職業総合センター 研究協力員) 春名 由一郎(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者の就労支援には、狭義の就労支援機関だけでなく、福祉・教育・医療等の支援者、障害者本人・家族、企業関係者等が関わるようになっている。それに伴い、これら専門性や立場の異なる関係者の共通理解の促進が重要である。ICF国際生活機能分類は、このような分野や立場を超えた共通言語として期待されている1)。 障害者職業総合センターでは、ICFの概念枠組を活用し、職業場面で想定される構成要素を網羅する調査を既に実施している2)。しかし、ICFで想定される職業場面での状況やそれに影響する要因は多岐にわたり、その分析結果を理解しやすい形で統合的に示す方法は確立していない。ICFを共通言語として活用する場合、様々な構成要素を関係づけた視覚的表現が有効とされることが多く、調査データをそのような視覚的な構造として表現する手法の開発には大きな意義がある。 2 目的 本研究では、ICFの概念枠組に基づく調査データを用い、構成概念間の複雑な関係をパス図で表現する多変量分析である共分散構造分析により、就職前と就職後における「活動」「参加」「環境因子」「個人因子」等の構成要素の構造的な関係性を分析し、視覚的に示すことを目的とした。本研究では特に知的障害を対象とした。 3 方法 (1)調査データ 調査データは、平成20年12月から平成21年7月の間に実施された上述の調査2)における、15歳〜65歳の知的障害者430名からの回答による(保護者や支援者等の回答補助を含む)。このうち「何らかの就労」の経験があったのは327名であった。 (2)調査項目 調査項目はICFの概念枠組を網羅するように、先行研究による調査項目を参考に作成した。具体的には、就職前から就職後の職業場面における具体的な問題状況(活動・参加)と、地域の支援機関利用や職場配慮等(環境因子)、及び、障害以外の個人特性(個人因子)、今後の検討が必要とされている「主観的次元」を網羅している。 なお、これらの調査項目は身体・知的・精神障害等にかかわらず多岐にわたるため、共分散構造分析には知的障害に関係する変数だけを用いた。具体的には、事前に行った正準相関分析の結果から、各変数の正準負荷量に着目し、「活動・参加」「主観的次元」項目に対しては0.4以上のもの、「環境因子」「個人因子」項目に対しては0.3以上の変数を選び、その他の重要と思われる項目についても適宜追加した。 (3)共分散構造分析 共分散構造分析は、多重指標モデルにより、就職前についての430名と、就職後についての327名についてそれぞれ行った。欠損値については当該項目の平均値により置換し分析に供した。 共分散構造分析における構成概念として、「活動・参加」については、就職前については「職業準備」「就職活動」「就労状況」の下位の潜在変数を想定し、就職後については「職業上の課題」とした。同様に「環境因子」は「地域支援」と「職場内支援」に分けた。「個人因子」と「主観的次元」は一つの潜在変数でまとめた。 分析に使用した観測変数と潜在変数の一覧は、後の分析結果を示した表1と表2を参照されたい。 正準相関分析はSPSS Amos18.0を用い、多重指標モデルにより潜在変数間の関係を分析した。 4 結果 共分散構造分析の結果、知的障害の職業的障害を構成する様々な潜在変数間の関係性を示したパス図は、図1(就職前)、図2(就職後)となった。各潜在変数と関係する観測変数については、図中に示しているが、全ての潜在変数から各観測変数へのパス係数の標準化推定値は表1(就職前)および表2(就職後)に示した。 (1)就職前の状況(図1、表1) 知的障害を持った人の就職前の状況においては、活動・参加の下部構造である「職業準備」は「能力にあった仕事を調べる」「仕事に必要な能力の取得」「職場実習」等を主要な要素としていた。同様に、「就職活動」では「企業への申込」「会社の情報収集」「就職面接」等が主要な要素であった。このような「職業準備」と「就職活動」には強い関係があったが、一方、それらと実際の就職の有無を示す「就労状況」との関係はより弱いものであった。 環境因子の下部構造である「地域支援」の主要要素しては、「就職面接等の練習」「職業紹介」「キャリア支援」「職場実習」「実際の仕事内容等の確認」等があった。その他にも、「職業評価」「ジョブコーチ支援等」「トライアル雇用」「仕事の探し方等の説明」「ハローワークの専門援助窓口への就労相談」もそれらに次ぐ重要な構成要素であった。一方、個人因子としては、就労動機よりも、本人の性格傾向(楽観性、積極性等)が主要な要素であった。 また、主観的次元については、満足度よりも、職業人としての自信や障害管理の自信が主要な要素となっていた。 さらに、これらの潜在変数間の関係をみると、上述のような「地域支援」は「職業準備」「就職活動」「就労状況」に同程度に影響していた。「主観的次元」は「職業準備」や「就労状況」の客観的状況からの影響もあるが、最も大きな影響は「個人因子」である本人の楽観性等の性格傾向との関係が強かった。また、本人の性格傾向は「就労状況」や「地域支援」の利用状況とも関係していた。 図1 共分散構造分析による知的障害者の就職前の職業的障害の構造 (図中の一方方向の直線の矢印は因果関係を表し、両方向の曲線の矢印は相関関係を表している。なお、矢印は効果があるとされたものについて表し、パス係数の値に応じて異なる太さの線を用いるとともに、パス係数の標準化推定値を図中に示した。) (2)就職後の状況(図2、表2) 一方、就職後の活動・参加としての「職業上の課題」としては「職場内コミュニケーション」「仕事上の責任対応」「ストレス対処」「問題可決」等が主要な要素であり、その他「仕事上での対人応対」「仕事中に適度な休憩」「危険対処」「職場内の人間関係」も関係していた。また、環境因子の下部構造である「職場内支援」については「職場での障害理解」「コミュニケーションに時間をかける配慮」「職場啓発」等が主要な要素であり、その他「社内の親睦活動等の参加しやすさ」「仕事上の相談にのってくれる同僚・上司等」など、対人関係やコミュニケーションに関わる取組が中心であった。 このような就職後の「職業上の課題」に対しては、「職場内支援」と本人の楽観性や積極性という「個人因子」が同程度に関係していた。職業人としての自信や障害管理の自信に関する「主観的次元」に対しては「個人因子」の影響が最も強かったが、「職業上の課題」も関係していた。また、就職面接等の練習や職場実習等の「地域支援」は客観的な「職場内支援」との関係は認められなかったが「主観的次元」への影響が認められた。また、就職前と同様に「個人因子」と「地域支援」の関係も認められた。 図2 共分散構造分析による知的障害者の就職後の職業的障害の構造 (3)分析モデルの適合度 モデル適合度の指標として、RMSEA(平均二乗誤差平方根)は就職前、就職後ともに0.1以下、GFI(決定係数)およびAGFI(自由度調整済み決定係数)の値はともに0.7〜0.6前後と値が低く、今後のモデルの改良の余地が残されていた。 5 考察 本研究の結果得られた、知的障害者の就職前と就職後の職業的障害の視覚的に構造化された関連図については、これまでの知見の確認だけでなく、新たな情報をもたらすものであった。ICFの概念枠組に基づく網羅的な調査データについて、共分散構造分析を用いることによって、ICFの概念枠組に従った視覚的な構造として再構成することに一定の成果が得られたと考える。 (1)知的障害者に関する結果の評価 知的障害者の就労支援における、就職の有無だけでない、職業準備や就職活動の独立した重要性、それらに対する地域の様々な支援の影響、また、職場における典型的な課題状況(コミュニケーション、仕事上の責任対応、ストレス対処等)に対する職場内支援(障害理解、積極的コミュニケーション等)の影響を示した本研究の結果は、従来からの知見や社会的動向を再確認するものであった。それを実証的データに基づき視覚的な構造として示したことに本研究の意義がある。 本研究では、それ以外にも、本人の楽観性や積極性という障害以外の個人因子が、地域支援の利用や就労状況にプラスの影響があることや、職業人としての自信や障害自己管理の自信等に対して強く影響していることが示された。障害/生活機能の主観的次元については、地域支援や職場内支援による客観的な問題解決により結果的に改善されるだけでなく、就職後に関しては面接練習や職場実習等の地域支援が直接的に職業人としての自信等につながっていることも示された。これらは、知的障害者への心理的な面での就労支援の重要性を示唆する新たな知見と考えられる。 (2)今後の課題 今回の分析は最小限の潜在変数による単純なモデルにより改良の余地は大きい。就職前の地域支援をより専門的な支援に関する潜在変数や、就職後の職業上の課題を複数の課題に分けた潜在変数等を想定することにより、より適合性の高い分析モデルへと改良できるだろう。また、他の身体障害や精神障害等についても同様な分析をすることにより、機能障害等による職業的障害への影響についての理解を深めることが可能であろう。 【参考文献】 1) 世界保健機関:「ICF国際生活機能分類−国際障害分類改訂版−」,中央法規(2002) 2) 障害者職業総合センター:「障害者の自立支援と就業支援の効果的連携のための実証的研究」(2011) 障害者就労支援のための地域支援活用、職場内支援、本人特性の総合的評価項目の検討 ○春名 由一郎(障害者職業総合センター 主任研究員) 片岡 裕介(障害者職業総合センター) 1 はじめに 近年では、障害者の就労支援は、福祉、教育、医療等との分野と連携し、就職前の職業準備段階から、就職後の様々な局面における課題への対応までの、個別的で継続的な支援となっている。これに伴い、障害程度や職業準備性の単純な職業評価の限界は明らかであり、地域の就労支援場面ではむしろ関係者の「顔の見える関係」での情報交換やケース会議等における様々な情報を総合しての支援計画立案の方が重視されることも多い1)。 しかし、的確な職業評価は職業リハビリテーションの専門性の中核であり、就労支援計画の策定、本人・職場・支援関係者の障害理解、支援成果のモニタリング等に必要である。従来の障害評価の代表である1989年の「障害者用就職レディネスチェックリスト」は調査データに基づき就職状況に影響する本人特性を判別分析により明らかにしたものであったが、今後求められる職業評価の検討では、職業的課題はより多角的で、それに影響する要因には地域や職場の状況を含むことから、より総合的な統計的手法を活用する必要がある。 2 目的 本研究では、ICF国際生活機能分類の概念枠組による実態調査データを用い、地域や職場での配慮や支援の状況による、障害のある人の就職前から就職後の職業的課題への影響の分析には、正準相関分析を用い、新たな職業評価項目のあり方を明らかにすることを目的とした。なお、本報告では特に知的障害について検討した。 3 方法 (1)分析対象 平成21年に実施した、ICFの概念枠組に従った障害者本人に対する調査において、全国の知的障害者の当事者団体等の協力により実施した調査により得られた回答のうち、15〜65歳の知的障害認定のある人からの回答430を分析対象とした。そのうち327名には何らかの就労経験があった。調査方法の詳細は別に示した2)。 (2)調査内容 調査内容は、ICFの概念枠組による職業的視点からみた障害構造モデルに従って、就職前から就職後の諸局面における問題状況(参加)、就職後の諸課題(活動)、地域支援や職場内支援(環境因子)、障害以外の個人特性(個人因子)を網羅するように、先行調査を踏まえて調査項目を設定した。具体的調査項目や調査票も別に示した2)。 (3)正準相関分析 正準相関分析は重回帰分析と主成分分析を一般化した手法であり、2つの変数群間で互いの相関係数を最大化する、互いに独立な線形合成変量の組合せを決定するものである。多面的な調査データを、職業上の問題状況(活動・参加)と背景因子(環境因子、個人因子)を2つの変数群として正準相関分析を行うことにより、それぞれの変数群を主要な因子として要約するとともに、因子間の関係についても分析した。就職前の状況は430名のデータを用い、就職後の状況は就労体験があった327名のデータを用いた。分析はSPSSのCanonical correlationシンタックスにより行った。 4 結果 就職前と就職後に分けて分析結果を示す。 (1)就職前の活動・参加と背景因子の関係 就職前の活動・参加と背景因子の関係についての正準相関分析の結果、正準相関係数が有意となった正準変量が6つ特定された(表1)。各正準変量の解釈結果は、図1に要約して示した。 図1 知的障害者の就職前の活動・参加と背景因子の正準相関分析結果の解釈まとめ (片矢印・実践:正相関、両矢印・点線/縦縞:逆相関) ア 第1正準変量 第1正準変量は、活動・参加は全て負の負荷量であり、背景因子も大部分が同符号であるが一部に逆符号があった。負荷量の絶対値が大きい変数は、活動・参加では、「雇用就労」「一般就労」「企業に障害を誤解されないようにうまく説明」「収入のある就労」「企業に必要な配慮等を伝えること」等であり、一方、背景因子では「ジョブコーチ支援等」「仕事内容等の確認・相談」「職業紹介」「面接等の練習」「トライアル雇用」等が同符号であり、「授産施設」「就労継続支援事業所」等への就労相談が逆符号であった。したがって、この正準変量は、「障害や配慮を説明して一般雇用」という活動・参加の課題に対して、「ジョブコーチやマッチング支援」という促進因子と「福祉的就労」という疎外因子が対立的関係にあることを示していると解釈できた。 イ 第2〜6正準変量 第2〜6正準変量はいずれも、活動・参加と拝見因子の両変量について負荷量が正と負に分かれていた。その内容を解釈すると、特定の活動・参加の問題状況に対して促進的な2つの背景因子が互いに一方の活動・参加に対して疎外因子となっている状況を示していると解釈できた。 このうち活動・参加の寄与率が最も大きな第4正準変数は、「短時間勤務、仕事内容の検討、職業準備支援」が「職業準備」に対して、また、「福祉的就労」や「ハローワークへの就労相談」による「フルタイム就労」に対して、それぞれ促進因子でありながら、実施状況が排他的であり互いに疎外因子となっている状況と解釈できた。 同様に、第2正準変量は、「医療リハビリや特別支援学校での就労相談」が「雇用以外の就労の情報収集」に対して、また、「職業紹介、職業準備支援、ジョブコーチ支援、本人の就労動機」等が「一般就労に向けた職業体験」に対して、それぞれ促進因子であるが、互いには対立的であることし示していると解釈できた。また、第5正準変量は「雇用率制度での雇用」による「職場体験や就職活動」への効果と、「キャリア支援やハローワークの支援」等による「一般就労での人生展望」への効果が対立的になっていること、第3正準変量は、自営の選択肢の検討と一般企業での就職を目指す支援が対立的になっていることを示していると解釈できた。さらに、第6正準変量は、特別支援学校やハローワークの専門援助窓口による「職場実習での本人と職場の相互理解」では、キャリア支援等による「就職活動での自己のプラス面のアピール」が弱く、その逆の状況もあることを示していると解釈できた。 (2)就職前の活動・参加と背景因子の関係 就職後の活動・参加と背景因子の関係についての正準相関分析では有意な5つの正準変量が特定された。紙面の都合により、(1)と同様に結果を解釈した要約だけを図2に示した。知的障害の就職後の職業的課題は、「職場の上司・同僚やジョブコーチの支援、マッチング支援」が促進因子となる収入、処遇、安定就業、職務遂行等の「ディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)」に関する課題と、「本人の楽観性」と「職場側からのコミュニケーション」が促進因子となる「職場のコミュニケーション、ストレス対処、人間関係等」に関する課題の寄与率が大きく、また、それぞれの課題に対して、福祉的就労や地域就労支援の利用が逆相関になっていた。また、第④②⑤変量は、地域支援と職場内支援が両立していない状況を示すと考えられた。 図2 知的障害者の就職後の活動・参加と背景因子の正準相関分析結果の解釈まとめ (片矢印・実践:正相関、両矢印・点線/縦縞:逆相関) 5 考察 ICFの概念枠組による調査データに対して、正準相関分析を適用することによって、知的障害者の、就職前と就職後の主要な職業的課題を地域や職場の環境因子の状況と一体的に捉えることができた。福祉分野と労働分野の就労支援、職場内支援と地域支援等での、職業的課題の捉え方や支援の特徴の差が明らかとなり、関係者の共通理解に資する多面的な職業的課題やそれに関連する支援等に関する職業評価項目が重要と考えられる。 (1)知的障害者の就労支援に必要な職業評価 就職前においては「ジョブコーチ支援やマッチング支援」による「障害や配慮の説明を伴う一般雇用」の達成、また、就職後においては「職場の上司等の相談、ジョブコーチ、マッチング支援、マンツーマン指導」を伴う「ディーセントワーク」の達成、また、「職場側からのコミュニケーション」による「職場内コミュニケーションやストレス対処、人間関係等」の達成が、知的障害者の職業評価で特に重視すべき項目であると考えられた。これらは、知的障害者の就労支援において、福祉から雇用への移行や職場での配慮やナチュラルサポートが重視され推進されている、わが国の動向を反映し、その妥当性を確認するものである。 一方、本人の就労動機や性格傾向等の個人因子は、職場内コミュニケーションや人間関係、事務作業等へのポジティブな影響と関連していたが、その影響は環境因子と比較すると限定的であった。 なお、本研究は障害者本人の観点から職業的課題を把握しているものであり、雇用主等の異なる観点からは結果が異なることは十分に考えらえる。 (2)関係分野の共通理解と連携の必要性 正準相関分析の利点として、就職前でも就職後でも、特定の職業的課題に対して効果的な支援が、他の効果的支援と互いに排他的な実施状況となり、別の職業的課題に阻害因子となっていることを示す分析結果が多く示された。これは、福祉分野と労働分野の就労支援、また、地域支援と職場内支援のいわゆる「縦割りの弊害」を示すものと考えられる。それぞれの長所と短所となる職業的課題を含めて各支援の利用状況をチェックすることで、知的障害者の多面的な職業的課題の総合的改善に向けた連携の促進に寄与すると考えられる。 【文献】 1.障害者職業総合センター調査研究報告書 No.89,2009. 2.障害者職業総合センター調査研究報告書 No.100,2011. 障害者就業・生活支援センターと地域関係機関との効果的な連携のあり方 −島根県内におけるアンケート調査をもとに− 青山 貴彦(社会福祉法人桑友 理事/松江障害者就業・生活支援センターぷらす 所長) 1 はじめに 障害者就業・生活支援センター(以下「センター」という。)は全国各地で整備が進められ、平成24年5月1日現在で315センターにまで拡大された。平成23年度の1センターあたりの実績をみると、登録者数303人、相談支援件数3,819件、就職件数44件、定着率80.0%となっており、相談・支援実績も増加している。障害者雇用数の増加や、就労支援機関のネットワーク構築にも大きな役割を果たしていると考えられる1)。 このように相談・支援実績やネットワーク構築への貢献が高く評価される一方で、地域格差や質の向上が課題であることも指摘されている2)。実践者の一人として、筆者もそのことを痛感している。就労支援と生活支援の全体をマネジメントしていくためには、地域の社会資源を熟知し、必要な支援をコーディネートする高度な専門性が求められる。連携が必要となる機関は、ハローワークや地域障害者職業センター、相談支援事業所や障害福祉サービス事業所、医療機関、市役所、社会福祉協議会等、非常に幅が広い。地域の就労支援、相談支援体制が充実・拡張すればするほど、各々の機能や役割が重なったり、曖昧になったりする部分が多くなり、センターが担うべき具体的な連携方法や強みについては明確に出来ていないように感じられる。 よって、問題意識としては今後、センターが地域において関係機関とどのように連携していけば良いのか、どのような役割を果たしていけば良いのかについて具体的に検討していく必要があると考える。そのために、まずは1)センターと地域関係機関との連携の実態を把握する、2)センターが何を期待されているのか、3)連携にあたっての具体的な課題は何かといったことを明らかにしたい。以上の目的から、島根県内の地域関係機関を対象として、センターとの連携に関するアンケート調査を実施した。 2 方法 (1)調査対象 島根県内の相談支援事業所、精神科医療機関、障害福祉サービス事業所(就労移行支援、就労継続支援A型・B型)、ハローワーク、市役所・役場、その他(地域障害者職業センター、保健所等)の合計218ヵ所を対象とした。 記入は相談支援専門員、サービス管理責任者、就労支援担当者、障害のある人たちの支援に直接関わる方に依頼した。 (2)手続き ①調査方法 調査票を配布し、回答記入後の調査票を、あらかじめ同封した返信用封筒に入れて返送する自記式郵送調査を行った。 ②調査期間 平成24年2月29日に調査票を発送し、平成24年3月31日到着分までを分析対象とした。 ③調査票の内容 調査票の作成にあたっては、障害者職業総合センター(2007)3)を一部参考とした。性別や年齢、所属機関・事業所の種別等の基本属性の他、センターとの連携の現状、課題に関する項目を設定した。本稿で取り上げる分析の質問内容は、以下の3点である。 イ センターとの連携の実態 センターとの連携内容について、「1.就職に向けた相談支援」、「2.基礎訓練(障害福祉サービス事業所等)のあっせん」等の10項目を例にあげ、それぞれの項目を4段階(おおいに連携している、連携している、あまり連携していない、連携していない)に分けて選択してもらった。 ロ センターへの期待 センターに期待することについて、上記イの質問と同じ10項目を例にあげ、それぞれの項目を4段階(非常に期待する、期待する、あまり期待しない、期待しない)に分けて選択してもらった。その他、センターに期待することについて自由に記述してもらった。 ハ センターとの連携についての課題 センターとの連携に関する課題について、「1.センターの役割や機能がよくわからない」、「2.センターの具体的なサービス内容や利用の仕方がわからない」等の10項目を例にあげ、それぞれの項目を4段階(大きな課題である、課題である、特に課題ではない、課題ではない)に分けて選択してもらった。その他、センターとの連携で課題だと感じることについて自由に記述してもらった。 なお、倫理的配慮については、調査票に「調査の回答内容は、本調査以外では使用せず厳重に取り扱い、調査データは統計処理したうえで公開し、個別の回答内容を公開することはいたしません。」と明記した。 3 結果 (1)機関・事業所種別ごとの回収率 回答数は125で、発送数218に対し回収率は57.3%であった。このうち、機関・事業所種別ごとの回収率は表1の通りである。 表1 機関・事業所種別ごとの回収率 (2)センターとの連携の実態 センターとの連携内容についての回答結果を図1に示す。 「おおいに連携している」と「連携している」との回答の合計数が最も多かったのは、「1.就職に向けた相談支援」(61.6%)、「10.関係機関同士のネットワークづくり」(61.6%)であった。次いで「3.職場実習のあっせん、支援」(45.6%)、「4.就職活動の支援(ハローワークへの同行等)」(39.2%)であった。 一方、「あまり連携していない」と「連携していない」との回答の合計数が最も多かったのは、「7.企業の障害者雇用に関する相談支援」(72.0%)であった。次いで「6.職場実習先・雇用先企業の開拓」(69.6%)、「9.住居、年金、余暇活動等、地域生活に関する支援」(68.0%)、「8.健康、金銭管理等の日常生活に関する支援」(64.8%)であった。 図1 センターとの連携内容 図2 センターに期待すること 図3 センターとの連携についての課題 (3)センターへの期待 センターに期待することについての回答結果を図2に示す。 「非常に期待する」と「期待する」との回答の合計数が最も多かったのは、「6.職場実習先・雇用先企業の開拓」(91.2%)であった。次いで「3.職場実習のあっせん、支援」(89.6%)、「1.就職に向けた相談支援」(89.6%)、「5.職場定着支援(職場訪問による状況の把握等)」(87.2%)であった。 一方、「あまり期待しない」と「期待しない」との回答の合計数が最も多かったのは、「9.住居、年金、余暇活動等、地域生活に関する支援」(32.8%)であった。次いで「8.健康、金銭管理等の日常生活に関する支援」(32.0%)であった。 (4)センターとの連携についての課題 センターとの連携についての課題に関する回答結果を図3に示す。 「大きな課題である」と「課題である」との回答の合計数が最も多かったのは、「5.各々の機関の役割や機能に対する、相互の理解が不足している」(56.8%)であった。次いで「10.地域全体の有機的な連携がない」(56.0%)、「9.支援対象者の情報を効率的に共有するツール・システムがない」(54.4%)、「8.誰が主導して支援するのか(誰が全体をマネジメントするのか)曖昧になる」(52.8%)であった。 一方、「特に課題ではない」と「課題ではない」との回答の合計数が最も多かったのは、「4.センター担当者の専門知識、支援スキルが不足している」(57.6%)であった。次いで「3.センター担当者と日常的に連携できる関係(顔の見える関係)が出来ていない」(52.0%)、「6.センターを利用しても就職率、職場定着率が低く、利用するメリットが少ない」(51.2%)、「7.センターの支援が就労に偏り、生活面を含めた一体的な支援がなされない。」(51.2%)であった。 4 考察 (1)センターと関係機関との連携の実態 就業面の支援(項目1、3、4)については比較的連携がなされているが、生活面の支援(項目8、9)については十分な連携がなされていないという実態が明らかになった。生活面の支援についての連携の促進が必要であるが、これはセンターへの期待と関連する内容のため、後述する。 関係機関同士のネットワークづくり(項目10)については比較的連携がなされているが、これは連絡会議の開催や自立支援協議会への参画等、ネットワークづくりの取り組みを着実に行ってきた成果が表れていると考えられる。 企業開拓(項目6)や障害者雇用に関する相談支援(項目7)については、十分な連携がなされていなかった。これらの業務はハローワークや地域障害者職業センターと連携して行うことが多いため、ある程度やむを得ないと考えられる。しかし今後は、就労移行支援事業所と連携して行うことも必要であると思われる。 (2)センターへの期待 「非常に期待する」と「期待する」との回答の合計数が、10項目全てにおいて60%を超えており、総じてセンターへの期待の高さが窺えた。 なかでも企業開拓(項目6)、職場実習(項目3)については、「非常に期待する」との回答が前者で64.8%、後者で56.8%となっている。自由記述でも"障害者雇用の拡充、現場実習先の開拓、企業への雇用機会の確保等。"といった記述が多くみられ、特に高い期待が寄せられていることが示唆された。企業との繋がり、職場実習のあっせん、支援はセンターの強みとして明確化し、重点的に実践していく必要がある。 生活面の支援(項目8、9)については、「非常に期待する」との回答が前者で15.2%、後者で16.0%にとどまり、期待が低いことが示唆された。自由記述では"各機関の機能を活かした役割を明確にするための質の高いマネジメントを期待したい。"といったマネジメントに期待する記述が多くみられた。以上のことから、直接的な生活支援というよりも、生活面を含めた一体的な質の高いマネジメントを期待されている、と考えることができるだろう。ケアマネジメントのスキルを高めていくことが重要だと思われる。 (3)連携の課題と改善策 相互理解の不足(項目5)、地域全体の有機的な連携(項目10)、誰が主導して支援するのか曖昧になる(項目8)といった課題については、筆者が実践のなかで最も強く感じていたことである。自由記述でも"各々の機関の役割が曖昧な部分がある。"や"相談支援事業所とセンターどちらが主導で支援していくのかが、紹介した時点で曖昧になる。"といった記述が多くみられた。 改善策としては、センターの機能や役割、強みをしっかりと発信していくことが必要である。まずはネットワークの活用が必要不可欠だ。連絡会議や自立支援協議会等各種のネットワークにおいて、繰り返しセンターの機能や役割、強みを伝えること、効果的な連携のあり方について協議していくことが大切だと思われる。"就労支援事業所等とどのように協働、役割分担していけるか、地域ぐるみで一緒に考えていかなくてはいけないことと思っています。"といった自由記述がヒントとなろう。また、ネットワークのなかで就労支援の共通ツールを独自に作成し、活用している地域もある。ネットワークの活用によって情報共有ツール・システム(項目9)の課題にも対応できるだろう。 この他に、関係機関との連携の成功事例に基づき、効果的な連携のポイントを伝える研修の企画、実施や、既存の相談支援従事者研修等においてセンターの機能や役割、強みをアピールしていくことも効果的であろう。これらを行いつつ、具体的に1つ1つのケースを通して、役割分担について丁寧にすり合わせていくことが大切である。 5 おわりに 本稿では、センターと地域関係機関との連携実態や期待、課題について、全体的な状況を明らかにするにとどまった。今後は機関・事業所種別ごとの回答の傾向や、自由記述の分析をさらに進めることによって、効果的な連携のあり方について、より具体的に提示していきたいと考えている。 本研究は、「公益財団法人 三菱財団」による平成23年度社会福祉事業研究助成「障害者就業・生活支援センターにおける相談支援(インテーク・アセスメント・プランニング)に関する実践マニュアルの研究開発」(代表研究者:青山貴彦)によって実施した。 【文献】 1)厚生労働省:地域の就労支援の在り方に関する研究会報告書(2012) 2)特定非営利活動法人全国就業支援ネットワーク:障害者就業・生活支援センター事業の効果的運営のあり方に関する調査研究、p.1-8,(2009) 3)障害者職業総合センター:継続して医療的ケアを必要とする人の就業を支える地域支援システムの課題に関する調査「資料シリーズNo.37」(2007) 特例子会社からみた他組織との関係に関する現状と課題 小田 美季(福岡県立大学人間社会学部 教授) 1 はじめに 障害者のソーシャル・インクルージョンを促進する一環として、日本における障害者雇用の創出や就労支援システムの改善への提言を目的とした研究を行ってきた。この研究は日本とドイツ語圏の国際比較を含んだものである。日本では障害者雇用の重要な場である特例子会社に着目し、2009年度以降、調査を実施してきた。 まず、2009・2010年度は地域を限定して、特例子会社と行政の障害者雇用担当者にインタビュー調査を行った。さらに、2011年度は全国の特例子会社を対象とした郵送調査を実施した。この成果の公表は、調査協力者等がアクセスしやすい勤務校の紀要(大学ホームページで公開)に、インタビュー調査分1)も郵送調査分2)も論文掲載した。 ただし、郵送調査に関する論文では、アンケートの自由記述の詳細分析を行っていない。そこで、多岐に渡る内容を含む自由記述の分析結果の報告を今回行う。 2 「特例子会社を中心とした他組織との相互関係に関する調査」の概要 (1)目的 特例子会社が他組織とどのような関係を持って、障害者雇用・定着の取り組みを行なっているかを明らかにすることに調査目的を置いた。調査では、親会社等、若年障害者に関する他組織、中高年齢障害者に関する他組織との関係に着目し、特例子会社が雇用やその継続に向けて工夫している点やや課題の整理を行うことにした。 なお、本調査では「若年者」を狭義として15〜24歳、「中高年齢者」を45歳以上とした。 (2)対象と方法 対象は、厚生労働省のホームページに公開されていた「特例子会社一覧」(2011年5月末日現在)に掲載された318社である。方法は無記名式の調査票を用いた郵送調査で、郵送は各特例子会社の障害者雇用担当者宛に行なった。最終調査対象数は調査協力辞退の2社を除いた316社である。調査期間は2012年2月10日から3月20日である。 返送数は169社で、回収率は53.5%(169/316)である。自由記述に関しては、169社中69社(40.8%)から感想・意見が寄せられた。 3 自由記述の分析 質問票の自由記述の問いで例示した枠組み(「若年障害者の雇用」「中高年齢障害者の加齢・高齢化に対応した継続雇用」「親会社等との関係の持ち方」)と「その他」に大きく分類した。そのうえで、この4分類に割り振ったデータ(自由記述されたままの文章)から内容を抽出し、内容から項目を生成した。また、分析では、データ・内容・項目の比較分析の作業や解釈可能性のデータ確認作業を繰り返し、妥当性と厳密性を確保に努めた。なお以下の表にはデータ自体を載せていないが、発表時に口頭で補いたい。 (1)若年障害者の雇用 項目は、「キャリア支援」「連携」「教育」「問題・課題」である(表1)。 表1 若年障害者の雇用 項目 内容 キャリア支援(マネジメント) ・定期的・継続的雇用 ・インターンシップ・職場内訓練(OJT) ・資格取得 ・自立支援 連携 ・ライフステージの変化に伴う支援内容の変化 ・家族(保護者)・支援機関との連携 教育 ・学校教育:特別支援学校(インターンシップ・教育内容) ・家庭教育 問題・課題 ・会社の要求水準と雇用の終了 ・対人関係の持ち方への指導・教育の難しさ ・課題なし 若年者に関しては特に課題はないという意見もあるが、仕事に対する動機付けの弱さや異性との対人関係上のコミュニケーションのトラブル、今後の結婚・出産・子育てを含めた職業生活といった問題や課題の指摘もある。また、社会人としての育成の観点の提示もある。 (2)中高年齢障害者の加齢・高齢化に対応した継続雇用 項目は、「マネジメント」「連携」「法制度」「情報」「対応なし」である(表2)。「マネジメント」「連携」で、着目したいのは、予防、対応策(社内でのマネジメント・外部との連携)、退職準備の観点である。 特に、当事者の加齢・高齢化と家族(特に保護者)の高齢化を関連付けてイメージしたり、具体的対応を考えることは重要である。これは、障害者雇用の場だけではなく、障害者福祉現場でも課題となっている。言い換えると、今、目の前にある現実だけではなく、将来的見通しを持った当事 表2 中高年齢障害者の加齢・高齢化に対応した継続雇用 項目 内容 マネジメント ・予防:能力低下対策、健康管理対策 ・就労時間の短縮 ・業務開拓 ・仕事内容・作業手順の工夫や変更:例)①親会社と相談し、事務補助作業等増、②ローテーションの推進、③配置転換 ・作業効率低下に伴う給与の見直し ・ハッピーリタイアメント、定年退職後の対応 ・障害に対する配慮と企業ポリシー ・個人記録の作成 連携 ・行政・支援機関・福祉施設とタイアップ:例)福祉への戻りの道 ・生活支援機関との連携⇒就業・生活支援センター ・配置転換が無理⇒支援センターに相談⇒円満退社を勧められている ・すべての年代⇒各機関(支援者)・保護者(家族)・本人・企業の連携←ハッピーリタイアのために(共同での最適探し) ・家族の高齢化:送迎、生活の場、居住の場(例:グループホーム) ・支援者の養成⇒当事者の生涯を見据えた 法制度 ・法との関連 ・定年延長 情報 ・情報収集方法不明 ・情報交換の場への参加希望有 対応なし ・必要性が生じていない ・対応という考えはない 者への支援が必要ということである。 「法制度」は、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」と関係する。厚生労働省のホームページに掲載の「改正高年齢者雇用安定法Q&A」3)には、継続雇用制度の導入と障害のある高齢者の継続雇用の基準の柔軟性について述べられている。 (3)親会社等との関係の持ち方 項目は、「親会社等との関係」「障害者雇用の意識・理解」「関係の変化」「特例子会社と雇用率」「企業としての課題」である(表3)。 「企業としての課題」にあるように、経営と社会的責任のバランスに挑んでいる特例子会社の姿がある。社会的責任は、「特例子会社と雇用率」にもあるように、親会社・グループ会社の社会的責任としての障害者雇用率の確保という側面と障害者雇用・育成・定着の使命という側面とを含む。 このような特例子会社が親会社・グループ会社とどのような関係を持ち、その関係が設立年数や親会社の経営陣の入れ替りによってどう変化する可能性があるか、という内容については、「親会社等との関係」「関係の変化」の項目に述べられている。 親会社からの動きとしては、業務発注、人的配置といった支援の継続が挙げられる。特例子会社からの動きとしては、親会社等からの受託業務の質を上げる努力や親会社の業務への貢献を通して信頼を得ていくことも指摘されている。また、親会社と経営方針・マネジメントの共有、業務連携、共同での職域・業務拡大という、共に歩む姿の大切さも述べられている。 このように歯車がかみ合う状態ではなくなる場合もある。つまり、親会社からの要求と特例子会社の状態・ニーズが食い違ってくる。これには、設立年数の移り変わりや親会社役員の入れ替り、親会社の経営状況という要因もある。関係性は変化する。こういった変化に対して、「設立の思想や支援の考え方を受け継いでいくこと」「存在意義を再度見直す関係改善」の必要性や重要性の指摘がある。また、特例子会社の自立といった指摘もみられた。ここで注目しておきたいのは、「自立」という言葉である。社会福祉領域では、障害者自立運動の過程で自立の概念が変化してきた。日常生活動作の自立から自律を中心とした自立というように。特例子会社の場合、自立経営だけではない「自立」概念や段階も考えられないであろうか。 「障害者雇用の意識・理解」では、「親会社、グループ会社のトップ経営陣、実務担当者」「関係会社全社員」の理解の重要性と理解促進の担い手となりうる特例子会社の価値の指摘がある。 表3 親会社等との関係の持ち方 項目 内容 親会社等との関係 ・親会社からの継続支援必要(業務発注・人的配置) ・業務連携 ・親会社と共同の職域・業務拡大 ・経営方針・マネジメントの共有 ・親会社の業務への貢献 ・密な連絡と必要時に適切な援助 ・子会社の努力と親会社からの支援 ・情報発信・共有を通しての親会社の関心の維持、必要な援助と自立 ・親会社からの自立経営 障害者雇用の意識・理解 ・親会社、グループ会社のトップ経営陣、実務担当者の理解と熱意 ・関係会社全社員の理解促進が必要 ・親会社全体に意識浸透しているとは限らない ・障害者雇用を特例子会社へ押し付け ・障害者雇用の重要性の発信の場 関係の変化 ・法定雇用率達成→自立運営の期待 ・当初:高額な助成金→数年後なし→運営厳しい ・親会社の役員入れ替り→効率主義的要求増 ・存在意義を再度見直す関係改善が必要 ・設立の思想や支援の考え方を受け継いでいくことが大切 特例子会社と雇用率 ・親会社等への積極的支援活動 ・中高年齢障害者の転籍検討 ・グループ会社全体における障害者雇用率の確保 企業としての課題 ・経営と社会的責任 ・親会社からの自立経営 ・製造現場の海外へのシフト化に伴う業務確保 (4)その他 「その他」は、若年者や中高年齢者、あるいは親会社等の関係に限定していない内容である(表4)。項目としては、「マネジメント」「連携」「制度の改善」がある。「制度の改善」は、経営維持と関わる業務確保や助成金の公的支援である。 表4 障害者雇用全般 項目 内容 マネジメント ・労働集約型 ・育成:例)得意なことの体得、企業の変化に負けない労働者への育成←経営者の責務 ・ソフト面の理解→雇用・事業拡大 ・自立支援→継続雇用には生活の安定必要 ・発達障害者・精神障害者への雇用主としての配慮に関する情報不足 ・特例子会社創設への圧力の無責任さ 連携 ・企業の就労ネットワーク→心のバリア解消 ・福祉事業所や関係機関との連携(ネットワーク) ・支援機関(各事業所や学校、就労支援センター(行政機関))と企業 ・親会社だけではなく、行政もしっかりつながった支援体制 ・雇用継続のバックアップ ・ハローワーク主催の就職相談会利用・職場実習 制度の改善 ・行政からの業務の継続的発注 ・雇用継続の場合等の助成制度新設 4 連携・ネットワーキング分析 既述した表1・2・4で共通したキーワード「連携」の項目・内容と支援の場が関わる内容を再度寄せ集め、新たに内容と項目の分類を行った(表5)。 「連携の必要性」とは、特例子会社単体や親会社との連携だけではなく、行政や地域の様々な支援機関とのネットワーク構築によって、雇用促進や加齢化への対応がスムーズになるということである。 次に「連携先」では、障害者雇用の採用段階については、特別支援学校等の学校教育機関やハローワークが挙がっている。また、採用後のフォロー・定着支援、継続雇用については、支援機関との連携が視野に入っている。特に生活支援に関しては、雇用主側では限界があるため、生活支援を直接担う福祉関係との連携が重要となる。本人・家族・支援機関と特例子会社との連携や企業間のネットワークも社会資源として重要性が増すと考えられる。 今後の課題には、当事者のライフステージを理解した支援者養成、特例子会社が必要としている中高年齢障害者や発達障害者・精神障害者への具体的配慮の情報や情報交換の場がある。 表5 外部との連携・ネットワーキング 項目 内容 【総論】 連携の必要性 ・地域の支援機関 ・様々な分野とのネットワーク構築 ・親会社だけではなく、行政もつながった支援体制 ・雇用阻害要因「無知」「不安」等の解決 【連携先】 特別支援学校等 ・障害者雇用(インターンシップ・採用) ハローワーク ・障害者雇用(就職相談会) 支援機関 ・ライフステージの変化に伴う支援内容の変化(会社の支援は限定) ・配置転換が無理⇒支援センター⇒円満退社を勧められている ・採用後のフォロー・定着支援、継続雇用 ・継続雇用(生活支援) ⇒就業・生活支援センター 本人・家族・支援機関の3者 ・すべての年代:ハッピーリタイアメントに向けて3者との連携 ・若年障害者:家族・支援機関 ・中高年齢障害者:企業から福祉への戻りの道 ⇒家族の高齢化:送迎困難、生活の場・居住の場(例:グループホーム)の確保 企業だけによる就労ネットワーク ・企業の心のバリア解消 【課題】 支援者養成 ・当事者の生涯を見据える 情報や支援の場 ・中高年齢障害者:情報希望・情報交換の場への参加希望 ・発達障害者・精神障害者:雇用主としての配慮に関する情報不足、自治体の就労支援センターの時間的制約 5 おわりに 生活の質(QOL)という言葉がある。ここで言う「生活」とは英語のLifeから訳された。英語のLifeには、生活という意味だけではなく、命、人生という意味もある。生活上の問題・課題を抱えた人の支援に携わる社会福祉士・精神保健福祉士の養成教育に携わっているが、障害者自立支援法で就労支援施策の強化がなされて以降、就労支援を行う現場に就職したい、という学生が増えたことを実感する。彼らにとって、就労支援というのは採用・定着までであったり、生活支援というのは今、目の前にある生活という場合が多い。 今回の調査を通して、特例子会社からみた率直な意見・感想を聞く機会を得ることができた。この成果を学生、あるいは福祉現場へと伝えたい。連携・ネットワークという言葉だけではなく、当事者を中心に置きつつも、連携・ネットワークを組む相手の思いや考えも知ることがより良い支援へとつながる。 本稿で取り上げた「特例子会社を中心とした他組織との相互関係に関する調査」の実施は、科学研究費補助金(基盤研究(C):課題番号21530600)を受けた。また、ライフステージとネットワークに関する本研究は、科学研究費助成事業(基盤研究(C):課題番号24530718)を受けている。 【参考文献】 1)小田美季:特例子会社の現状と課題に関する一考察、「福岡県立大学人間社会学部紀要 第20巻第2号」、p.29-43、2012 2)小田美季:特例子会社と他組織との相互関係−特例子会社を中心に−、「福岡県立大学人間社会学部紀要 第21巻第1号」、p.89-102、2012 3)厚生労働省:改正高年齢者雇用安定法Q&A、http://www.mhlw.go.jp/general/seido/anteikyoku/kourei2/qa/ 2012年9月12日検索 【連絡先】 福岡県立大学 Tel:0947-42-2118(代)/Fax:0947-42-6171 地域就労支援ネットワークの形成過程と活動の評価方法 ○小佐々 典靖(国立障害者リハビリテーションセンター研究所 障害福祉研究部 流動研究員) 城戸 裕子(新潟県立看護大学 看護学部) 方 真雅(日本社会事業大学大学院) 1 問題の所在と社会的背景 障害者自立支援法に基づくサービスにおいて、支援体系と事業体系が必ずしも現実と合致していない場合が多く見受けられる。この問題は、就労支援系のサービスに顕著である。企業などへの就職前の支援、就労移行期の支援、就労移行後の支援などは、本来、重層的に行われるべきである。現在も法制度上は重層的な支援が行われるとされているものの、その支援主体は必ずしも明記されていない。例えば、就労移行支援事業には、就職後6か月の支援義務はあるものの、就職後6か月を超えた場合の支援は努力義務にとどまっている。また、旧労働省系の施策として展開された障害者就業・生活支援センターの人員配置を見ても、働く障害者に対する支援が充分に展開されるとは考えにくい。 通常、障害の有無にかかわらず、被雇用者への支援や責任は企業などの雇用主側にあると考えられる。採用時点で障害を持つ者を採用する場合、何らかの支援がなければ対応できない雇用主も多いことが予想される。近年の施策にある中小企業における障害者雇用を促進する場合には、障害者を雇用するために発生する経費を吸収できないことも予想される。 このような環境の中、障害者の雇用・就労を促進するためには、障害者自立支援法で体系化された事業範囲や形態を再評価し、変更する必要があると考えられる。しかしながら、現段階でも働くためには支援が必要な障害者が存在する。したがって、仮に次善の策であったとしても、現段階で支援を提供する手段を形成する必要があると考えられる。 2 目的 本研究では、地域における就労支援ネットワークの構築過程と活動内容を整理し、有効な支援を提供するための地域就労支援ネットワークのあり方の評価方法を示すことを目的とする。就労支援ネットワークを研究対象とした理由は、法制度の改めることなく迅速に障害者の就労支援を改善することができると判断したためである。 3 手法 本研究においては、先行研究を整理した上で、地域行政、就労関係機関などに対する聞き取り調査を行った。具体的には、4市を対象に行政資料の精査や聞き取り調査を行った。また、2市とは複数回の意見交換も行った。なお、本研究は暫定的な評価方法の確立に向けた探索的研究に位置付けられるため、生活支援を含む幅広い意見交換の中から、就労支援ネットワークに関する内容を集約することとした。 ただし、聞き取り調査の形式としては半構造化面接に近いが、いくつかの市においてはネットワーク形成に協力している。このため、客観的かつ純粋な聞き取り調査とは言えない部分があることを明記する。 これらの調査結果を基に、地域就労支援ネットワークの構築過程および支援内容を整理し、評価を行うための暫定的な評価方法を検討する。 4 結果 (1)先行研究における実態 現在、障害者就労支援ネットワークの必要性についての異論はほとんど聞かれなくなった。ただし、障害者自立支援法施行前後は、支援費制度下から始まった契約制度の導入に伴う「競争原理」が必要以上に強調されていた。例えば、利用者や就労先を確保することが重視され、利用者の就職後の支援までは念頭に置かれていなかった。特に障害者就労移行支援事業の場合には、原則2年という利用制限があるため、この傾向が強かったと考えられる。 平成19年には、福祉、教育等との連携による障害者の就労支援の推進に関する研究会1)により、地域の就労支援ネットワークの必要性が示されているが、支援の中心が労働系の機関であることや障害者自立支援法に基づく支援機関の活動には制約があることなどから、充分な影響力を持つ報告書であるとは言い難い。 春名ら2)では、就労移行支援事業所の約40%が連携に問題を抱えているとしている。橋本3)では、先駆的な事例として世田谷区の事例を挙げており、課題としては事業所間の温度差を指摘している。世田谷区はネットワークの構築とともにさまざまな研修プログラムを設定しているが、ネットワークの有効活用に至るまでには数年を要している。樋上ら4)の示した「堺方式」には、就労移行支援事業所をはじめとする障害者自立支援法に基づく事業所は組み込まれていない。この他にも就労支援ネットワークの必要性や課題は数多く挙げられているが、共通の課題を抽出し、標準化したものは確認できなかった。地域特性の影響が強い課題も多いと予想される。 (2)聞き取り調査結果における実態 ①A市 関東地区にあるA市は、人口約710千人、障害者人口は約30千人である。2011年現在、障害種別では身体障害者が約60%強、知的障害者が10%強、精神障害者が約25%である。ここには、高齢である障害者も含まれているため、身体障害者の割合が高いことが予想される。現在、すべての障害者の実数は増加しているが、身体障害者数および精神障害者数の伸びが高く、知的障害者数はほぼ横ばいである。 複数の機関からの聞き取り調査の結果、障害者に対する就労支援は、各就労支援機関に委ねられているのが現状である。また、A市自体が就労支援に対してイニシアチブを取ることは少なく、県事業にある就労支援機関や障害者就業・生活支援センターに行政レベルの就労支援機能を持たせていた。 就労支援ネットワークは形成過程にあり、事例報告会や情報交換会のレベルに留まっている。ネットワーク参加団体は、地域行政、特別支援学校、就労移行支援事業所など支援側が中心であり、商工会議所など企業側の積極的な参加は見られなかった。また、新たな支援策の検討やネットワークを通じた支援を実現する段階にはなかった。なお、一部の積極的な事業所の活動により、地域内のネットワークの形成・発展は期待できるが、近隣の市町村への波及の段階にはなかった。 ②B市 関西地区にあるB市は、人口約1,400千人弱、障害者人口は約100千人強である。2011現在、障害種別では身体障害者が約80%弱、知的障害者が10%強、精神障害者が約10%強である。ただし、精神障害者には自立支援医療対象者は含まれていない。近年は、身体障害者数はほぼ変化がなく、他の障害は微増である。ここには高齢者も含まれるにもかかわらず、身体障害者手帳保持者は増加していないことが特徴的である。 B市には、地域行政主導のもと、就労支援機関のみならず、ハローワーク、商工会議所や企業経営者、特別支援学校、障害者就業生活支援センター、当事者団体などが参加する就労支援推進会議が設置されており、適切な情報交換がなされる地盤は整えられている。本会議を円滑に進め、強固なネットワークにすることが今後の課題であると考えられる。具体的には、就労移行や就労移行後の支援をどのように整えるかが現在の課題であると考えられる。本会議に参加する組織は、障害者の雇用を通じた社会参加という意識を共有している。 B市における就労支援ネットワークはほぼ完成していると考えられる。今後の課題は、就労支援ネットワークの積極的に活用することである。特に、就労移行支援事業所に問題意識が強い。数多く挙げられた課題は、「就労移行後の利用者確保」と「就労移行期と就労移行後の継続支援」であった。これは、小佐々5)が挙げた課題と重なる。 ③C市 関東地区にあるC市は、人口約140千人、障害者人口は約4.5千人である。2010年現在、障害種別では身体障害者が約75%弱、知的障害者が20%弱、精神障害者が約15%強である。全障害者の50%強が65歳以上であり、就労支援の対象となる障害者は比較的少ない。 C市は比較的面積が狭く、周辺市との交通網も整備されている。このため、C市に居住する障害者は、C市内で支援を完結しなくともよく、周辺自治体にあるサービス提供事業所を活用することも可能である。 C市では、就労支援の強化を重点目標の1つとしており、さまざまな支援組織が参加する就労支援ネットワークが形成されている。ただし、全組織が参加するミーティングは年2回程度であり、その他は必要に応じて各関係機関が直接連絡を取る形であった。また、交通網が整備されていることから、移動に困難の無い障害者はC市外の広い範囲で就職することが可能である。このため、就労後支援をC市の事業所が行うことには困難を伴う場合もあるとのことであった。 ④D市 関東地区にあるC市は、人口約510千人強、障害者人口は約17千人弱である。2008年現在、障害種別では身体障害者が約75%強、知的障害者が約15%、精神障害者が約10%弱である。 D市には就労支援に関するネットワークは確認できず、個別ケースに対して情報交換を行うレベルであるとのことであった。特に、就労移行支援に関しては、利用者や就職先の確保が優先され、ネットワークによる支援の段階にはないとのことであった。 5 考察 就労支援ネットワークの形成過程は多段階であるため、その段階に応じた評価を行う必要がある。先行研究および聞き取り調査を基に、それぞれの段階における暫定的な基準を示す。なお、暫定的な評価手順は図1のとおりである。 なお、就労支援ネットワークには障害者のライフステージごとに形成された「個別支援ネットワーク」と地域内で共有される「恒常的な支援ネットワーク」があると考えられる。この2種類を正確に分類することはできず、恒常的な支援ネットワークにより、個別支援ネットワークを支えるという構造になると考えられる。以下においては、恒常的な支援ネットワークを中心に、各段階をまとめる。 図1 就労支援ネットワークの評価フロー (1)未形成期・準備期 この段階では、就労支援ネットワーク自体の評価はできない。ただし、地域でネットワークによる支援を必要としている関係者の有無を把握する必要はある。関係者には、障害者、就労移行支援事業所などの支援機関、障害者雇用企業などが想定される。障害者の就労支援を行う場合、障害特性や個別性を理解した支援を継続的に行う必要がある。企業内でナチュラルサポートが形成されている場合もあるため、すべての障害者に対するネットワーク形成が必要であるとは言えないが、新たに就職した場合や継続的な生活支援などが必要な場合、あるいは個別支援が有効に機能していない場合については、新たな就労支援ネットワークの形成を検討する必要がある。 (2)形成初期 就労支援ネットワークは、対象となる障害者を中心に、地域行政、支援機関、企業など、多くの関係機関の参加が求められる。障害者を中心にネットワークを形成する場合、個別支援段階ですでに支援していた関係機関のみならず、就労と生活にかかわる可能な限り多くの組織が加わることにより、今後の課題や支援体制の強化を図ることができる。この段階では恒常的な支援ネットワークの構築はなされていないか、困難な状況であると考えられるため、支援ネットワーク形成の構築準備段階とする。 なお、この点については、就労移行支援事業所を中心としたネットワークづくりの基礎となる「効果的援助要素」が、効果のあがる就労移行支援プログラムのあり方研究会6)によって示されている。 (3)充実期 地域内に恒常的な支援ネットワークが構築され、個別支援ネットワークとの連動が可能になれば、障害者に対して必要不可欠な支援を行うことが可能となる。その際には、過剰な支援にならぬように注意し、職場内で完結する支援体制を構築するサポートを行う必要がある。また、障害者が離職に至る経緯として、人事異動が挙げられる。これは、本人の配置転換の場合に加え、理解者が移動する場合にも注意が必要である。これらの情報を共有し、必要に応じた支援を迅速に提供することが必要となる。 (4)再構築期 就労支援ネットワークのうち、個別支援ネットワークは、障害者の生涯を通じて必要な支援を提供することを使命とする。したがって、ライフステージに応じた組み換えが必要となる。その際、恒常的な支援ネットワークに蓄積された情報やノウハウを活用し、必要な支援を評価することが必要となる。ただし、今回の調査において、この段階に至ったケースは、確認できなかった。 6 結論と今後の課題 本研究の結果、就労支援ネットワークの形成過程にはいくつかの段階があること、2種類の異なる就労支援ネットワークが相互に影響を与えることが明らかになった。先行研究や事例から明らかになったことは、支援対象、地域の人的資源(支援機関)、地域特性などの影響を受けるため、最善の形態を見出すことは難しかった。一般化するためには、次善であることを了としなければならない可能性もあるが、この点は今後の課題とする。 また、就労支援ネットワークの評価基準は、ネットワーク構築過程の段階によって大きく異なると考えられる。このため、今回の研究では、評価するために必要な基準となる指標の開発には至らなかった。多段階での評価を可能とする指標の開発についても今後の課題としたい。 【参考文献】 1) 福祉、教育等との連携による障害者の就労支援の推進に関する研究会:福祉、教育等との連携による障害者の就労支援の推進に関する研究会報告書−ネットワークの構築と就労支援の充実をめざして、(2007) 2) 春名由一郎・三島広和・石黒豊・亀田敦志:就労支援のための密接な地域連携を支える情報共有のあり方、「第16回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.262-265(2008) 3) 橋本貴之:世田谷区就労支援ネットワークの取り組みについて、「第19回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.257-260(2011) 4) 樋上一真・松井千恵・古野素子:障害者雇用支援を効果的に進める「堺方式」の取り組みについて −ハローワーク、就業・生活支援センター、職業センター3者のチーム支援について−、「第19回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.261-264(2011) 5) 小佐々典靖:障害者就労移行支援事業における効果的な支援モデルの構築−プログラム評価理論による暫定効果モデルの検証−、博士学位論文(2011) 6) 効果のあがる就労移行支援プログラムのあり方研究会:効果のあがる障害者就労移行支援プログラム実施のあり方に関する研究報告書〜プログラム評価の方法論を用いた実施マニュアル作り〜、「平成20年度日本社会事業大学学内共同研究報告書」(2009) なお、本研究で用いた資料のうち、行政資料の出所は対象地域の特定につながるため、本稿における明示はしない。 【連絡先】 小佐々典靖(こさざ のりやす) 国立障害者リハビリテーションセンター研究所 障害福祉研究部 流動研究員 E-mail:kosaza-noriyasu@rehab.go.jp 営利と非営利によるパートナーシップ 内木場 雅子(障害者職業総合センター 研究員) 1 はじめに 障害者自立支援法(以下「支援法」という。)(現障害者総合福祉法)の施行後、障害者の職業自立のため働く場を作る非営利法人がみられる。 一方、民間企業では、障害者雇用促進法の規定に基づく障害者法定雇用率(以下「雇用率」という。)の引き上げ(平成25年4月1日から民間企業の雇用率は2.0%)と、それに伴う障害者の雇用義務が発生する事業主の範囲の変更(従業員56人以上から50人以上へ)、さらに障害者雇用納付金制度の対象事業主の範囲拡大(平成27年4月1日から常用労働者数100人を超える事業主が対象)で、障害者雇用は急務となっている。このような中で、企業と非営利法人が互いをパートナーとして障害者雇用や働く場を生み出している。これらは、地域の活性化と、パートナーシップによる新たな仕組みとして注目すべきものと考える。 2 目的 本稿では、企業と非営利法人が障害者雇用や働く場作りに取り組んだ事例(概要)を紹介しその背景と成果等からパートナーシップにおける取り組みの重要性について考えたい。 3 内容(概要) 事例の概要を記載する。なお、5事例のパートナーとの取り組み内容は下表のとおりである。 表 パートナーと取組みの内容 記号 企業(主な産業分類) 非営利の形態 取り組み内容(進出分野) A 職業紹介・労働者派遣業 社会福祉法人 野菜製造 B 職業紹介・労働者派遣業 地方自治体 菓子製造 C 廃棄物処理業(専門サービス業) 社会福祉法人 リサイクル D 輸送用機械器具製造業 NPO法人、地方自治体 野菜生産 E 地域の複数の事業者(住民含む) NPO法人 食品製造、バリアフリー観光等 ※「NPO法人」は特定非営利活動法人の略である。 (1)事例A この事例は、企業と社会福祉法人が取り組んだものである。企業は、社会福祉法人の施設を借りることで経費削減を図り、利用者(障害者)を雇用した他、雇用管理の助言や生活面の支援を社会福祉法人から継続的に受けられるようにした。一方、社会福祉法人は、障害者(利用者)の就職と就職者に対する継続的なフォローアップが可能となる他、優先的に利用者(障害者)の職場体験実習等の受け入れを可能にしたものである。 図1 企業と社会福祉法人の関係と役割 (2)事例B この事例は、企業と地方自治体が取り組んだものである。企業は建物(スペース)を市から借り、そこで新規に事業化することで障害者雇用を達成した。市は使用していない建物(資産)を賃貸することで収入を得、市内在住の障害者の就職を可能にしたものである。 図2 企業と地方自治体の関係と役割 (3)事例C この事例は、障害者の受入れ等に関する調整役(有限会社)が存在し企業と社会福祉法人を繋いでいるものである。調整役が企業と社会福祉法人を繋ぐ仕組み(以下「仕組み」という。)を作ることで、企業に対する障害者の受け入れから雇用を支援する他、障害者の職業自立を支援している。調整役は社会福祉法人に対して利用者(障害者)の職業適性に基づく評価を提供し職業能力開発を行うとともに、個々の障害者に対する適切な指導方法を把握し社会福祉法人に提供する他、社会福祉法人の職員を指導者として育成する。また、調整役は、企業に対して障害者の職業能力や職業適性を把握した上で、業務効率の向上のための業務構築案を伝える他、障害者の働き方や待遇等を提案している。これにより企業は、時期による受託量の変動と人手不足を解消した。また、社会福祉法人は、利用者の仕事と作業場を確保し工賃収入が増加した他、利用者の就職に繋げたものである。 図3 企業と社会福祉法人と調整役の役割 (4)事例D この事例は、特定非営利活動法人(以下「NPО法人」という。)と地方自治体等が取り組んだものである。NPО法人は、地域の農業と農家事業者を支援するために県から農業就業サポーター事業を受託した他、農業ジョブコーチを育成したが不十分であったことから障害者の就農と企業の障害者雇用を活用したプラン(以下「新たなプラン」という。)を提案した。一方、地方自治体は、そのプランを周知し障害者雇用を促進するため企業に対する説明会を開催したものである。 (5)事例E この事例は、NPО法人が事業者、住民が地域の障害者や高齢者等の支援のために取り組んでいるものである。NPО法人が地域の事業者や住民とつながり、様々な取組みを行うことで、地域に障害者や高齢者等が暮らし働く場を作ろうとしているものである。 4 考察 事例Aは、障害者雇用セミナーでの両者の偶然の出会いがある。社会福祉法人は、相手の理念等に好感を持ち、自らの能力、資産、想いを活かし相手と地域への貢献、自法人の利用者の職業自立への想いに始まる。一方、企業は、自らが地域に出向き地域のサポートを受けることで、障害者の新しい働き方を提案することは、働く場の創造の一環と考えている。ここでは、両者が常にパートナーを探しており、出会いによって互いの目的や条件を合致させている。 事例Bは、障害者雇用条件付きの公有施設活用の事業公募である。企業は親会社が株式市場の一部上場に向け、法令遵守のため雇用率達成が急務の折、営業担当者が事業公募を知ったことに始まる。一方、地方自治体は、事業者公募後、学識経験者による選考委員会により公募要件の実現性、事業者(法人)の組織と財務等も含めた評価で事業者を決定している。ここでは、公有施設の利活用と賃料収入、障害者雇用という公共的な目的を同時に達成している。 事例Cは、企業が障害者を受け入れるモデルの提案と実践である。調整役が、社会福祉法人とその利用者の実態に疑問を抱き仕組みを考案し参画者を募ることに始まる。企業は、調整役から仕組みへの参画打診を受け、担当者が本社役員を説得している。一方、社会福祉法人は、調整役を通じ地域の非営利法人とともに仕組みに参画している。ここでは、仕事量と人手の確保、障害者の仕事と働く場の確保という公益的な目的を、調整役の介在で実現している。 事例Dは、地域の課題の1つを解決する方法の提案である。地元の園芸福祉の大会で農業事業者が試行的に精神障害者を受入れ後、手当の支払いにより農業事業者と障害者が組む効果を知ったことに始まる。その後、大会実行委員の有志がNPО法人に移行し県の委託事業等を活用することで農業と農業事業者の活性化に取り組んだが、不十分なため新たなプランの提案に至る。一方、県は、NPО法人に事業委託する他、企業にNPО法人が提案したプランを説明している。ここでは、県がNPО法人の提案するプランを後方支援することで、農業・農業事業者の活性化と企業の障害者雇用を両立させようとしている。 事例Eは、新しい地域づくりの模索である。障害者支援をする機関が地域にないことから支援法施行前のNPО法人化に始まる。ここでは、NPО法人が、障害者の就労訓練の場作りを始め、異業種の事業者が「バリアフリーにつながる」ことや、地域を巻き込むことで、障害や高齢化に伴う暮らし働くことを住民が自身の課題として捉え始めたことである。 営利と非営利の各法人は、互いが相手を見つけ、直接パートナーと取り組んだものや、調整役が介在するもの、また、内容は公共事業や既存施設の利活用、新しい仕組みの提案・実践等と様々である。何れも障害者雇用や働く場作りを目的とするが、地域の課題解決にも繋がっている。 岸田は、企業とNPОの協働で、障害者雇用が可能であることを示している1)。 図4 CSRとNPОの関係(岸田氏作成) また、岸田は、NPOと企業協働推進のステージにおいて、NPОと企業の協働の流を5つの段階に分けている2)。それは、ステージ1(初動段階)は、協働への関心・理解を求める、ステージ2(導入段階)は、相手との出会い、ステージ3(展開段階)は、相手の共感や同意を得る、ステージ4(実施段階)は、コミュニケーションと信頼関係の構築、ステージ5(評価段階)は自己評価と他者評価である。 図5 NPOと企業 協働推進のステージ(岸田氏作成) 営利と非営利がパートナーとして取り組むことは、単独では必ずしも容易とはいえない障害者雇用や働く場作りを可能にし、また、地域や社会の課題解決にも貢献している。公的セクターは、このような有効な方法を積極的に活用し各々の法人のレベルやニーズ、実態等に合わせた支援をすることが重要だと考えられる。 【文献】 1)岸田眞代:企業とNPOのパートナーシップCSR報告書100社分析,p.11-14(2006) 2)岸田眞代:NPO×企業協働推進Q&A,p.2-3(2012) 【謝辞】 聴き取り調査にご協力くださった方々に御礼申し上げます。 地域の職業リハビリテーション・ネットワークに対する企業ニーズに関する調査研究(中間報告) 井上 直之(障害者職業総合センター 主任研究員) 1 目的 近年、障害者雇用に関する制度や支援体制が拡充・整備される中で、事業主にはこうした制度や支援の内容、活用の方法が必ずしも十分に知られておらず、また、制度・支援機関間の有機的な連携も十分でないため、事業主からは、どのように利用してよいか分からないという課題を指摘されている。 一方で、平成21年度から「障害者就業・生活支援センターその他の関係機関に対する職業リハビリテーションに関する技術的事項についての助言その他の援助に関すること」が法定業務として地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)に導入されたことにより、関係機関に助言・援助を行う機会が今後益々増加することが見込まれている。こうした助言・援助を適切に行っていくためには、障害者、事業主と支援・支援機関を適切に結びつけ、必要な支援が効果的になされるためのコーディネート機能の強化が求められる。 こうした背景のもと、地域の職業リハビリテーション・ネットワーク(以下「職リハネットワーク」という。)に対する事業主のニーズを把握し、コーディネート機能を含め、支援機関に求められている支援のあり方を明らかにするため、当センターでは「地域の職業リハビリテーション・ネットワークに対する企業ニーズに関する調査研究」を行っている。本年度は、①専門的な立場からの見識や実践から知見を得るための「専門家ヒアリング」と、②「訪問ヒアリング」を実施することとしているが、本稿では専門家ヒアリングの結果を取りまとめ、地域の職業リハビリテーション・ネットワークの現状と問題点を整理する。 2 方法 専門家ヒアリングは以下のとおり実施した。 (1)専門家の概況 専門家の概況は、①障害者雇用アドバイザー、②福祉施設等を含めたコンサルティング事業を展開する中小企業経営者、③教育現場での学校コンサルテーションの推進者、④異文化コミュニケーション能力向上を専門とする研究者、⑤支援機関の管理者の経験を有し、精神保健福祉を専門とする研究者であった。 (2)聴取事項 専門家ヒアリングにおける聴取事項は表1のとおり。 表1 専門家ヒアリングにおける聴取項目 ①障害者雇用アドバイザーから見た職リハネットワークの現状と課題 ・職リハネットワークの現状 ・職リハネットワークを充実させるために必要なこと ・雇用就労支援機関側に望むこと ②学校コンサルテーションについて ・学校コンサルテーションの実際 ・コンサルテーション体系化のポイントと留意点 ・取り組みにあったての問題点 ③職リハネットワークの形成におけるコンフリクト・マネージメントの活用 ・コンフリクト・マネージメントの概要 ・ネットワーク形成における具体的課題 ・日本の文化的背景を踏まえた活用方法 ④障害者雇用に関する地域や民間の新たな動き ・株式会社Sの活動内容 ・地域で行われている障害者雇用促進の取り組みの実際 ・新しい動き ⑤職リハネットワークで支援者に求められる支援技法について ・精神保健援助技術の概要(職リハ支援者に活用できる技術) ・職リハ支援者のスキルアップに関する事項 ・職リハネットワークを活用するために 3 専門家ヒアリングの結果 専門家ヒアリングから得られた知見を大きく「①職リハネットワークの課題」、「②地域センターとしてどうあるべきか」、「③支援者に求められるものはなにか」「④効果的な職リハネットワークの形成のためのスキルの習得方法等」に分けて整理したものが表2である。 ①は職リハネットワークの課題について、専門家の過去の経験の中から示唆された課題である。②は地域の職業リハビリテーションの中核的機関として地域センターに望まれることをまとめたものである。③は支援者として関係機関、事業所当に対して効果的に職リハネットワークを形成していくときに必要と思われる能力を整理したものである。④は職リハネットワークを効率・効果的に構築していくためのスキルの習得と改善について、専門家の過去の実践経験や見識の中から紹介された内容を取りまとめたものである。 4 まとめ 専門家ヒアリング結果の知見として、常にお互いが顔の見える関係であること、支援に関するコンセプトを話し合える場がもてること、情報の共有と情報の送受信、そしてフットワークの良さ等がよりよいネットワークを形成するためには重要であると考えられる。本研究では、事業主との関連において必要となる支援者のスキルについて、今後更に検討を重ねる必要があると考えている。また、来年度は企業に対するアンケート調査及び回答企業へのヒアリング調査と分析を予定している。 【参考文献】 ・厚労省主催「地域の就労支援の在り方に関する研究会報告書」平成24年8月3日 ・同研究会第2回平成23年12月27日資料 ・地域における障害者の就労支援ネットワークに関する調査研究 平成21年9月 NPO法人ジョブコーチ・ネットワーク発行 ・職業リハビリテーション第21巻NO1特集「教育・医療・福祉から雇用・就業への移行」P25〜P48 ・職リハネットワーク№57 「特集」地域から発信する−障害者支援ネットワークについて−P5〜P15 高次脳機能障害者の就労支援の成果と課題 ○野村 忠雄(富山県高次脳機能障害支援センター 医師) 吉野 修・砂原 伸行・糸川 知加子・山本 津与志・岡畑 佳代子・山本 浩二 (富山県高次脳機能障害支援センター) 柴田 孝(済生会富山病院) 1 はじめに 当センター開設以来の就労支援例を調査し、就労支援における問題点を明らかにすることが本論文の目的である。 2 対象・方法 2007年1月〜2011年12月までに、当センターに登録された216名のうち、就労支援した61例(男性51名、女性10名)を対象とした。高次脳機能障害の原因疾患では脳血管障害が32名、脳外傷23名、脳腫瘍、低酸素脳症などその他が6例であった。発症時年齢は1〜62歳、平均34歳であり、相談時年齢は18〜63歳、平均40歳であった。発症から相談までの期間は平均5.9年であったが、近年短くなっていた(図1)。後方視的に相談票、支援計画策定表、高志リハビリテーション病院診療録を調査した。相談年月日から最終追跡時までは、最短1か月、最長5年1か月で、平均3.9年であった。 図1 相談までの平均年数の推移 3 結果 就労支援を行った61例では就労支援以外にも支援をおこなっており、最も多かったのは精神保健手帳や年金、傷病手当などの書類作成であり、次に作業療法での認知リハビリテーション、家族支援であった。生活支援から就労支援に移行したものは3例であり、また就学支援の後、卒業後に就労支援に移行したものは1例であった。 就労支援にあたり、連携した支援機関は多岐にわたるが、障害者職業センターが最も多く、次いで県内の授産施設(就労継続B型事業所)、次いで障害者就業・生活支援センター、小規模作業所、地域活動支援センターなどであった。就労支援の内容は、地域支援関係機関との連絡・調整、就職先の選定と調整、職場見学、就労後のフォローアップなどであった。 最終的に経過を確認できた50名のうち、支援開始後に新規就労出来た人は6例で、支援開始から就労に至るまでの期間は平均11カ月間であった(図2)。元の仕事に復帰したものは16例で支援開始から平均6カ月要した。就労の意思はあるものの一般就労が困難と判断され、就労経験をつむために授産施設や小規模作業所への通所となったものは17例であり、通所まで平均7カ月を要した。 図2 経過(追跡困難であった11名を除く50名) 追跡時の就労形態では新規に就労したもの(以下「新規就労群」という。)は6名、元の仕事に復職したもの(「復職群」)は15名、授産施設や小規模作業所への通所をしているもの(「福祉的就労群」)は11名、就労出来ずに在宅で就労を希望しているもの(「非就労群」)は18名であった。初回就労形態と追跡時就労形態を比較すると、福祉的就労が減少し、在宅での非就労者が11名から18名に増加していた。増加した7名のうち2名は新規就労から、5名は福祉的就労から在宅となったものであった。 表1 追跡時の就労形態(50名) 例数 男 女 平均発症年齢 ±SD 相談平均年齢 ±SD 新規就労群 6例 3例 3例 27.7±19.1 32.3±15.2 復職群 15例 13例 2例 42.3±8.4 43.8±8.2 福祉的就労群 11例 11例 0例 33.8±17.1 39.5±14.9 非就労群 18例 15例 3例 26.3±15.7 36.2±12.2 追跡時就労形態に関係する因子について検討した。性別については、男性が多かったため、それによる就労形態の違いを統計的に処理することは困難であったが、新規就労の6例中3例は女性であり、福祉的就労についている女性はいなかった。発症時の年齢での就労形態については復職群のほうが新規就労群より高齢であった以外、有意な違いは見られなかった。また、当センターに来所した相談年齢では新規就労群が最も低かったが、いずれの就労形態間での統計的有意差は見られなかった(表1)。発症原因別で検討すると、復職群には脳血管障害による人が、非就労群には脳外傷による人が多かった。高次脳機能検査結果では、WAIS-Ⅲ、WMS-R、TMT、BADSの検査結果においてはいずれも各群間での統計的有意差はみられなかった(図3、4、5、6)。感情の抑制困難や社会的行動障害がみられた症例の率をみると統計的有意差は見られなかったが、非就労群では42%であり、他の群より多かった(図6)。 図3 WAIS-Ⅲ 図4 WMS-R 図5 TMT 図6 BADS 図7 感情抑制困難・社会的行動障害のある症例率 4 考察 丸石ら1)は2006年の広島県での高次脳機能障害者の就労実態調査での新規就労・復職者は35.4%と報告し、田谷2)は地域障害者職業センター利用後の就労率を33.9%と報告している。当センターで就労支援を行った61例の追跡時の就労形態では新規就労群と復職したものを合わせると21例(34.4%)であり、全国の報告と比べてほぼ同程度であった。なお、福祉的就労を加えると61名32名(52.5%)であった。 しかし、一旦就労が成立しても比較的早期に離職する例も少なくないことも大きな問題である。今回、報告した一般就労者6名のうち2名が追跡時には非就労となっており、関係支援機関による支援の継続が重要と考えられる3)。こうした就労継続を妨げる要因として、「適切な判断が困難」、「対人関係のトラブル」、「仕事が遅い」などの高次脳機能障害に特有の症状が挙げられており4)、本人の特性に対する職場内での理解不足が大きな要因とも思われる。一旦破綻した職場関係を立て直すことは極めて困難であり、破綻する前に、本人・家族のみならず職場を含めた支援の継続が重要と思われる。 神経心理学的検査結果から就労形態を予測することには限界があるとの指摘は、既に多く報告されており1、5、6)、今回の結果でも就労者と非就労者とでは各種神経心理学的検査結果には有意な差はみられなかった。先崎6)はBADS年齢補正得点と就労状況に相関があったが、その得点のみで就労状況を予測することは困難と述べている。丸石1)は同程度の障害であれば、就労の有無は障害者個人に起因しない要因に影響を受ける可能性を示唆しており、就労支援の難しさを感じさせる。 就労支援は、当センターのみで行ってきたわけではなく、障害者職業センターなどの地域の各種機関との連携で支援が成立していた。医療と福祉関係との連携の問題として、相互の役割、機能の理解不足や紹介するタイミングの難しさ、地域ネットワーク体制の未整備などが挙げられている2)。我々は2011年から県内の支援機関とのネットワーク会議を開催し、相互理解を図るとともに、正確な評価や診断を就労支援の現場に伝える状況提供書(連携パス)の開発と連続した支援を行う体制作りを行っている。これについては、今後も検討、改良を重ね、より充実して支援を提供していきたいと考えている。 5 まとめ ①当センターに来所するまでの期間は平均5.9年間であったが、近年短くなっていた。 ②ほとんどが当センター以外の支援機関との連携で支援が成立していた。 ③現在までの就労率は34%であった。支援開始から就労までに新規就労群では平均11カ月、復職群では6カ月、福祉的就労群では7カ月を要した。また、経過が長引くと非就労者の割合が高くなるようだ。 ④就労・非就労者間での高次脳機能検査結果には有意差はなかったが、感情抑制困難や社会的行動障害が就労に影響しているように思われ、それに対する評価・支援体制の確立が今後の課題である。 【文献】 1)丸石正治ほか:高次脳機能障害者の重症度と就労率.Jpn J Rehabil Med 45:113-119,2008 2)田谷勝夫:高次脳機能障害者の職業リハビリテーション. Jpn J Rehabil Med 42:34-40,2005 3)白山靖彦ほか:高次脳機能障害者に対する医療・福祉連携モデルの構築—2.社会福祉施設の活用.総合リハ32:893-898,2004 4)田谷勝夫:職業リハビリテーションと就労支援.高次脳機能障害ハンドブック(中島八十一、寺島彰編)135-158、医学書院、東京、2006 5)江藤文夫ほか:高次脳機能検査から何が分かるか—検査の適応と限界.臨床リハ13:400-434,2004 6)先崎章:就労支援にむけたリハ評価.臨床リハ14:320-325,2005 【連絡先】 野村忠雄 富山県高次脳機能障害支援センター Tel:076‐438-2233/Fax:076-437-5390 e-mail:nomura@koshi-rehabili.or.jp 外傷性脳損傷による高次脳機能障害を持つ方の新規就労要因 −支援者の視点から見た個人特性を中心に− ○伊藤 豊(神奈川リハビリテーション病院職能科 職業指導員) 泉 忠彦・千葉 純子・松元 健・今野 政美・小林 國明・太田 博子・植西 佑香里・増尾 奈緒子 (神奈川リハビリテーション病院職能科) 瀧澤 学(医療福祉総合相談室) 1 背景 脳損傷による高次脳機能障害を有する方に対する神奈川リハビリテーション病院(以下「当病院」という。)職能科の支援はリハビリテーション専門医の処方で開始される。急性期病院を退院し当病院に入院した亜急性期の方、外来通院の維持期の方が多く、インテーク面接と作業テスト等により、身体障害、高次脳機能障害の影響、ご本人の病識、職場環境、経歴や職歴、社会復帰への希望を伺い、早期に就労支援プログラムを開始する方を「新規就労支援コース」、新規就労がロングゴールの方を「能力開発支援コース」に配属している(図1)。 当病院職能科で就労支援を開始する基本的な条件として、泉1)は以下の7つを記している。 (1)医学的に安定していること(身体機能・発作・服薬管理) (2)生活が安定していること(生活リズム) (3)交通機関を利用して単独で通院できること (4)体力があること(神経疲労を含める) (5)就職する意欲があること (6)仕事ができること(職務を果たす力) (7)人間関係が適切に作れること 図1 職能科の支援プログラム 外傷性脳損傷により高次脳機能障害を有する新規就労希望者(入院・外来通院) インテーク面接 能力開発支援コース 新規就労はロングゴール・医療リハ優先の方 新規就労支援コース 就労支援のプログラムに適応がある方 「能力開発支援コース」に所属する方は「安定した日常生活」を目標としており、就労支援以前に解決しなければならない課題を抱えている状態にある。亜急性期の入院期間中に新規就労することは難しい。入院当初は高次脳機能障害に関する病識が無いか漠然としていることが多く、見当識障害で離院離棟の危険がある方には「アクセス」を装着していただき、常時見守りや付き添いなど安全対策が徹底され、重篤な方は入院期間中付き添いを要する。病院と認識せず職場に居ると思っている方、脱抑制による多弁、易怒性、表情の平板化などの性格変容、投薬の影響で覚醒度が低い方もおられる。復職の場合は休職期限など時間的制約により入院中から移行計画を実施することが多い。新規就労にはそうした時間的制約はない。 新規就職希望者には、就労経験の無い方、アルバイト経験のみ、職場の状況で復職が困難な方、自営の継続が困難、退職された方が含まれる。新規就職においては、「職場への貢献度」による職場同僚の協力や人事面の配慮などプラスに働く要素は期待できない。復職よりも就労への要因は減るので職業準備性が重みを増すと考えられる。職業準備性向上には時間がかかり、当病院では外来通院で対応している。 本稿では、外傷性脳損傷による高次脳機能障害を持ち、外来通院で新規就労を目指す方の職業準備性について、支援者の視点から検討する。 2 目的と方法 (1)目的 外傷性脳損傷による高次脳機能障害を持ち新規就労を希望する方の職業準備性を、「能力開発支援コース」「新規就労支援コース」で比較し、新規就労に至った要因を見出すことを目的とした。 (2)対象者 外傷性脳損傷による高次脳機能障害を有し、2010年4月2日から2012年4月1日の2年間に職能科を利用して新規就労に至ったのは全員外来通院者であったため、対象者を外来通院で新規就労を希望する者とした。調査時点での「能力開発支援コース」在籍者13名を「能力開発群」、「新規就労支援コース」在籍者35名を「新規就労支援群」、「新規就労支援群」35名のうち上記期間中に新規就労に至らなかった19名を「未就労群」、新規就労した16名を「新規就労群」とした。各群の年齢の分布を図2に示す。 図2 各群の年齢分布 平均年齢は、能力開発群38.46歳、未就労群37.37歳、新規就労群35.13歳であった。 (3)方法 職業準備性について、障害者職業総合センターで開発された「就労支援のための訓練生用チェックリスト」2)に一部「就労移行支援チェックリストの項目を追加してチェックリストを作成し使用した。チェック項目は、「起床」「生活リズム」「健康状態」「身だしなみ」「金銭管理」「病識(障害・症状の理解)」「援助要請」「交通機関(交通機関の利用)」「規則遵守」「危険対処」「出席状況」「挨拶・返事」「会話」「意思表示」「電話(電話等の利用)」「情緒安定」「協調性」「体力」「指示遵守」「機器道具(機器・道具の使用)」「正確性」「器用さ」「作業速度」「作業変化(作業環境変化への対応)」「就労意欲」「自覚(就労能力の自覚)」「質問・報告」「時間遵守」「積極性」「集中力」「責任感」「整理整頓」の32項目、評価段階は4段階とした。 評価段階の上位2段階は「就労移行のために特別な支援の必要がない状態」とされており、チェックリストで得られたデータの上位2段階を「支援の必要なし」、下位2段階を「支援の必要あり」の2値反応値に置き換えた。職業準備性の各項目は、「能力開発群」→「新規就労支援群」、「未就労群」→「新規就労群」の方向で高まると想定し、「能力開発群」と「新規就労支援群」、「未就労群」と「新規就労群」について分析した。 (4)統計解析法 数量化Ⅱ類。統計ソフトは、R(1.8.1版)を用いた。独立性の検定はフィッシャーの直接確率により、5%の有意水準で行った。 2群の分割点は、ミニマックス法4)により、(m1*σ2+m2*σ1)/(σ1+σ2)で算出した。ただし、m1をグループ1の平均、m2をグループ2の平均、σ1をグループ1の標準偏差、σ2をグループ2の標準偏差とする。 3 結果 (1)各群の「支援の必要なし」の割合 「支援の必要なし」の割合を各群別に求めた結果を図3に示す。 ① 「新規就労群」では16項目が100%だった。群内で比較的低い項目は、「病識」81%「身だしなみ」75%、「生活リズム」「情緒安定」「自覚」68%、「器用さ」62%が最低になる。 職能科で就労支援を開始する7条件(生活リズム・健康状態・交通機関・体力・就労意欲・職務遂行・人間関係)に対応する項目と比較すると、「生活リズム」以外の6条件を満たしている。 ② 「未就労群」は「新規就労群」より10%程度低くなり、「病識」「体力」「作業変化」「自覚」が60%以下に大きく落ち込んでいる。上記7条件に対応する項目は70〜80%程度、「体力」40%が特に低い。 ③ 「能力開発群」では多くの項目が60%前後にあり、「会話」「情緒安定」「体力」「自覚」が40%以下であった。 図3 職業準備性の各群比較 (2)「能力開発群」「新規就労支援群」 「能力開発群」13名、「新規就労支援コース群」35名を分析対象とした。独立性の検定により、「金銭管理」「交通機関」「規則遵守」「危険対処」「挨拶・返事」「会話」「情緒安定」「指示遵守」「機器道具」「就労意欲」「質問・報告」の11項目が有意となった。「能力開発群」と「新規就労支援群」の2群分類を目的変数とし、11項目を説明変数として数量化Ⅱ類に投入し、「能力開発群」のカテゴリースコアが高くなる項目「指示遵守」「規則遵守」「危険対処」「機器道具」を説明変数から除いた。カテゴリースコアが逆転する状況は、「指示遵守」と「規則遵守」についてみると2群のカテゴリースコアの分布が重なる 表1 統計数値(能力開発群・新規就労支援群) カテゴリーアイテムのスコア (1:支援の必要なし、0:支援の必要あり) 会話.0 -0.91243 質問報告.0 -0.46082 就労意欲.0 -0.38681 交通機関.0 -0.38546 情緒安定.0 -0.33890 挨拶・返事.0 -0.21882 金銭管理.0 -0.19394 金銭管理.1 0.02770 挨拶・返事.1 0.03126 交通機関.1 0.06581 質問報告.1 0.12126 就労意欲.1 0.14367 情緒安定.1 0.20334 会話.1 0.33890 偏相関 金銭管理 0.06527 交通機関 0.13346 挨拶・返事 0.06594 会話 0.43943 情緒安定 0.23842 就労意欲 0.21257 質問報告 0.17680 能力開発群(n=13) 新規就労支援群(n=35) 平均値 -1.18582 平均値 0.44045 標準偏差 0.77935 標準偏差 0.65538 相関比 0.52229 両群分割点 -0.30243 領域に「能力開発群」4名、「新規就労支援群」6名があり、この領域で「支援の必要なし」の割合は「能力開発群」が「新規就労支援群」を上回っていた。「金銭管理」「交通機関」「挨拶・返事」「会話」「情緒安定」「就労意欲」「質問・報告」を説明変数として数量化Ⅱ類を実行した結果を表1に示し、2群の度数分布と分割点を図4に示す。 図4 能力開発群と新規就労支援群の度数分布 (3)「未就労群」と「新規就労群」 「未就労群」19名、「新規就労群」16名を分析対象とした。独立性の検定により、「健康管理」「意思表示」「作業変化」「就労意欲」「体力」の5項目を選択した。これらの項目は、図3においても「未就労群」が低くなっている。 未就労群と新規就労群の分類を目的変数、選択した5つの項目を説明変数として数量化Ⅱ類を実行した結果を表2に示す。2群の度数分布と分割点を図5に示す。 表2 統計数値(未就労群・新規就労群) カテゴリーアイテムのスコア (1:支援の必要なし、0:支援の必要あり) 意思表示.0 -0.70925 作業変化.0 -0.68228 体力.0 -0.48053 就労意欲.0 -0.44408 健康管理.0 -0.16788 健康管理.1 0.02798 就労意欲.1 0.09188 意思表示.1 0.11820 体力.1 0.22024 作業変化.1 0.51171 偏相関 健康管理 0.06009 就労意欲 0.17185 意思表示 0.26540 体力 0.25447 作業変化 0.48909 新規就労群(n=16) 未就労群(n=19) 平均値 0.77698 平均値 -0.65429 標準偏差 0.41428 標準偏差 0.87240 相関比 0.50837 両群分割点 0.31614 図5 未就労群と新規就労群の度数分布 4 考察 (1)新規就労群の準備性 「支援の必要なし」の割合が80%以上の項目は100%の16項目を含めて26項目あり、これらは新規就労を達成するための基本的な準備性と思われる。そのうち「病識」には「支援の必要あり」が3名あった。この3名について調査したところ、問題性が表面化しない仕事を選択した方が2名、職場内リハにより職場と家族の理解を得た方が1名であった。残り6項目は60〜70%台にあり、準備性が整っていなくても新規就労に至っている。これらの項目の幾つかは未就労群と重なっており、準備性が向上しにくい項目とも考えられる。 (2)未就労群の準備性 「未就労群」と「新規就労群」に対する説明変数の偏相関は「作業変化」が最も大きく、以下「体力」「意思表示」「意欲」「健康管理」であった。「未就労群」のメンバーが新規就労を目指す際のポイントになる項目と考えられる。その他の項目で大きな違いがみられないのは、新規就労支援コースに配属する時点で一定の水準以上に揃うこと、調査対象時期を外来通院としたことにより、職業準備性がある程度整っているためと考えられる。「未就労群」には近い将来就労が見込まれる方が含まれているために図3で一部「新規就労群」のサンプルスコアと重なっているものと思われ、両群の分割点が高めにシフトしている可能性がある。また、「未就労群」には、カテゴリースコアが「能力開発群」の上部より低い方が含まれている。 (3)能力開発群の準備性 能力開発群から新規就労支援コースへの移行に関して7項目が得られ、分割点に近い上位の方が移行の候補者と考えられる。ただし、7項目に絞られたのは、未就労群のスコアが低く能力開発群に接近している項目が多いことによる。 5 まとめ 数量化Ⅱ類により、新規就労を目指す外来通院者に就労支援を開始する準備性、新規就労の準備性、集団内の分布の特徴を把握することができた。 【参考文献】 1) 泉忠彦他:高次脳機能障害、「総合リハ36巻6号」、p.539-547(2008). 2) 障害者職業総合センター:「就労支援のための訓練生用チェックリスト・就労移行支援のためのチェックリスト」、http://www.nivr.jeed.or.jp/research/kyouzai/19_checklist.html(2006). 3) r-project.org:http://www.r-project.org/ 4) 林知己夫:外的基準がある場合、「データ解析法」、p.94-111(1985). 5) 青木繁伸:数量化Ⅱ類、http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/R/src/qt2.R 6) 岡田昌史:「The R Book:データ解析環境Rの活用事例集」、(2004). 高次脳機能障害者の就労支援に求められるコンピテンシーに関する研究 ○北上 守俊(東京労災病院リハビリテーション科 言語聴覚士) 八重田 淳(筑波大学人間総合科学研究科) 1 研究背景 (1)高次脳機能障害者と就労支援者との関連 Malecら1)は脳損傷者の失業率が70〜80%であるが、適切な医学・職業リハビリテーションの提供により半数近くが就労可能となると述べている。Scherzerら2)も頭部外傷後の復職要因に関して、職業リハビリテーションサービス不足をメタアナリシスにて報告している。すなわち、就労支援者の支援状況が就労成果に影響を及ぼすといえる。 (2)先行研究 国内文献で高次脳機能障害者に就労支援のコンピテンシーに関する報告はほぼ見当たらない。そこで、障害種を特定せず就労支援のコンピテンシーに関しては、経験的な考察に留まっているが「マネジメント力」、「家族支援」、「職業生活能力評価」などを述べている3)4)5)。国外文献では、アメリカで就労支援サービスの中心的な役割を担っているリハビリテーションカウンセラー(以下「RC」という。)の職務遂行度の高い項目として「ケースマネジメント」、「医学・社会制度の知識」、「職務能力アセスメント」、低い項目として「家族支援」、「相談支援」と報告している6)。 古川7)は、コンピテンシーの特徴として個人の行動として顕在化しているため測定可能であり、個人の成果や業績と直接的に関連するものと述べている。コンピテンシーを促進する要因として先行研究では、「職場風土(挑戦的姿勢を重視する)」、「対人関係」、「仕事に対するコミットメント」、「サポート体制」8)、「経済状況」、「態度(職務満足度など)」7)、「知識・スキル」9)、「越境学習」10)が報告されている。 厚生労働省11)は障害者の就労支援者の人材育成において効率的に知識・スキルを習得し、実践力を身につけるには、分野・職種を問わず共通の知識・スキルを習得する必要があると述べている。 2 研究目的 アメリカ12)等では就労支援者のコンピテンシーに関する研究がみられるが、わが国では研究途上であり、高次脳機能障害者の就労支援に焦点を当てた研究は見当たらない。本研究では、高次脳機能障害者の就労支援のコンピテンシーを明らかにすることを目的とし、高次脳機能障害者の就労支援に関わる専門家の人材育成の内容を検討するための基礎資料とする。 3 用語の操作的定義 ・コンピテンシー13):知識や技能のこと。 ・高次脳機能障害:失語・失行・失認のほか記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害など学術的定義に準じて用いた。 ・就業支援ワーカー:障害者就業・生活支援センターで就労支援職務を中心に行っている専門家のこと。 ・越境学習14):所属する組織の境界を往還しつつ、自分の仕事に関連する内容について学習すること。 4 研究設問 ・高次脳機能障害者の就労支援で求められる職種共通のコンピテンシーの構成因子は何か? ・高次脳機能障害者の就労支援に関する職務遂行度は作業療法士(以下「OT」という。)、言語聴覚士(以下「ST」という。)、ソーシャルワーカー(以下「SW」という。)、就業支援ワーカーによって異なるのか? ・職務遂行度に影響を及ぼす変数は何か? 5 研究方法 (1)対象 高次脳機能障害者の就労支援経験があるOT、ST、SW、就業支援ワーカーを対象とした。2007年〜2012年の6年間で高次脳機能障害者の就労支援に関する論文投稿や学会発表経験のある医療機関、高次脳機能障害支援普及事業支援拠点機関、勤労者医療を実践している全国の労災病院、OT、SWは126ヶ所、STは124ヶ所を対象とした。障害者就業・生活支援センターは全国316ヶ所全所を対象とした。回答は、1施設に対し2名に依頼し、合計1384名へ調査票を郵送した。 (2)調査票 北上ら15)が作成したWork Supporter's Competency Scale for Higher Brain Dysfunction(以下「WSC-HB」という。)を用いた。WSC-HBの構成は表1、尺度構成は表2に示した。 表1 WSC-HBの構成 WSC-HB構成(7領域44項目) Ⅰ:高次脳機能障害の基礎知識 Ⅱ:アセスメント Ⅲ:相談支援 Ⅳ:家族支援 Ⅴ:マネジメント Ⅵ:職場における援助 Ⅶ:専門的知識の蓄積 重要語彙 ・障害年金(障害基礎年金、障害構成年金) ・トライアル雇用制度 など9語彙 表2 WSC-HBの尺度構成 【職務遂行度】1=全くない 2=少ない 3=やや多い 4=非常に多い (3)データ収集方法 無記名自記式質問紙調査法によるアンケート調査を郵送にて実施した。 (4)調査実施時期 2012年7月7日〜7月31日 (5)データ分析方法 基本属性は記述統計分析、研究設問(1)は探索的因子分析(最尤法、プロマックス回転)、研究設問(2)は、職務遂行度を従属変数、職種を独立変数として一元配置分散分析とKruskal-Wallis検定、多重比較法としてTukey法とSteel-Dwass法を用いて2職種間を比較した。研究設問(3)は階層的重回帰分析を用いた。分析には統計解析ソフトウェアR 2.15.1とSPSS Statistics 17.0で処理を行った。 6 倫理的配慮 本研究は筑波大学人間系研究倫理委員会の承認を得て実施した。 7 結果 (1)回収率 合計回収数は325名であったが7通が本研究の対象外であったため、318名(回収率23.0%)を分析対象とした。 (2)基本属性 性別は、男性127名(39.9%)、女性191名(60.1%)で女性の割合が多かった。年代は、30歳代が最も多く117名(36.8%)、20〜40歳代で80%以上を占めた。経験月数は、OT、STは平均131ヵ月(約10年)、SWは平均85ヵ月(約7年)、就業支援ワーカーは49ヵ月(約4年)であった。養成機関在学時の障害者の就労支援に関する受講時間は、OTが最も多く(9.18±10.85)、STが最も少なかった(2.35±7.35)。高次脳機能障害者の就労支援に関する受講時間もOTが最も多く(6.27±9.51)、STが最も少なかった(1.07±3.52)。高次脳機能障害者の就労支援に関連した研修会等への参加頻度(年間平均)は、SWが最も多く(2.07±1.80)、就業支援ワーカーが最も少なかった(0.89±0.92)。高次脳機能障害者の学会発表頻度は、SWが最も多く(0.17±0.48)、STが最も少なかった(0.08±0.33)。労働時間(週間平均時間)は、どの職種も40時間台であった。就労支援に関連した知識量は、就業支援ワーカーが最も高く(28.51±4.36)、STが最も低かった(17.35±4.84)。 (3)高次脳機能障害者の就労支援で求められる職種共通のコンピテンシーの構成因子 高次脳機能障害者の就労支援で求められるコンピテンシーに関する44項目について探索的因子分析を行った。Kaiser-Meyer-Olkinの標本妥当性は0.949であり妥当性が確認された。因子負荷が0.4以下は削除し、各因子項目を代表する名称を共通因子として命名した。因子分析の結果、10項目が削除となり、34項目を因子分析した結果、「第1因子:ジョブマネジメント(14項目)」、「第2因子:医学的知識・職務能力アセスメント(11項目)」、「第3因子:家族支援(6項目)」、「第4因子:専門的知識の習得・蓄積(3項目)」の4つの因子が抽出された(累積寄与率62.5%)。Cronbachのα係数は全体で0.962であった。 (4)各職種・因子の職務遂行度について(図1) 各因子の平均値は、第2因子(3.10±0.24)、第3因子(2.75±0.36)、第1因子(2.37±0.30)、第4因子(2.23±0.11)の順に高い値を示した。第1因子は職務遂行度の各職種平均値を比較すると就業支援ワーカーが最も高く(2.79±0.89)、STが最も低かった(2.13±0.87)。多重比較の結果、就業支援ワーカーとOT・ST・SWの2職種間で有意差(p<0.05)を認めた。就業支援ワーカーはOT・ST・SWに比しジョブマネジメントについて、有意に高い傾向で職務を遂行している事が明らかとなった。第2因子はSTが最も高く(3.39±0.69)、就業支援ワーカーが最も低かった(2.87±0.88)。多重比較の結果、OT-就業支援ワーカー、ST-就業支援ワーカーの2職種間で有意差(p<0.05)を認めた。第2因子の医学的知識の項目(4項目)に関して、OT・STの医学モデル群(3.56±0.55)とSW・就業支援ワーカーの社会モデル群(2.84±0.72)の2群間の差を比較した結果、有意差を認め(p<0.05)医学モデル群が社会モデル群に比し有意に高い傾向で職務を遂行している事が明らかとなった。また、第2因子は4つの因子の中で最も高値を示した(3.10±0.24)。第3因子はSWが最も高く(3.28±0.85)、OTが最も低かった(2.52±0.96)。多重比較の結果、OT-SW、ST-SW、就業支援ワーカー-SWの3つの2職種間で有意差(p<0.05)を認めた。SWはOTとST、就業支援ワーカーに比し家族支援について有意に高い傾向で職務を遂行していることが明らかとなった。第4因子はSWが最も高く(2.40±1.03)、就業支援ワーカーが最も低かった(2.13±0.81)。多重比較の結果、どの職種間でも有意差を認めなかった。 図1 職種間による職務遂行度の比較 *:p<0.05 (5)職務遂行度に影響を及ぼす変数について Model 1においては、労働時間の主効果が有意となり、標準偏回帰係数は正を示した。Model2では、研修会参加頻度、学会発表頻度の主効果は有意となり、標準偏回帰係数は両者ともに正を示した。これら2つの変数は、Model 2のModel 1に対する決定係数の上昇に有意な寄与を示した(⊿R2=0.084、F(307)=6.653、p<0.01)。Model 3では、対人関係、経済状況の主効果が有意となり、Model 2に対する決定係数の上昇に有意な寄与を示した(⊿R2=0.036、F(302)=4.892、p<0.05)。Model 4では知識量の主効果が有意である事が示され、Model 3に対するModel 4の決定係数の上昇は有意であった(⊿R2=0.097、F(301)=8.266、p<0.01)(表3参照)。 表3 階層的重回帰分析による職務遂行度に影響を及ぼす変数の検討結果 Model 1 Model 2 Model 3 Model 4 β β β β 性別 0.025 -0.006 0.007 0.053 年代 0.069 0,062 0.058 -0.123** 経験月数 -0.11 -0.118** -0.1 0.054 労働時間 0.142** 0.125** 0.128** 0.143*** 研修会参加頻度 0.217*** 0.219*** 0.159*** 学会発表 0.145** 0.124** 0.093 自己研鑽 0.08 0.034 サポート体制 -0.072 0.021 対人関係 0.141* 0.093 経済状況 -0.111* -0.108* コミットメント 0.087 0.059 知識量 0.387*** R2 0.031** 0.115*** 0.151*** 0.248*** Adj.R2 0.019*** 0.098*** 0.12*** 0.218*** ⊿R2 0.084*** 0.036** 0.097*** *0.05<p<0.07 **p<0.05 ***p<0.01 8 考察 高次脳機能障害者の就労支援に求められる職種共通のコンピテンシーは4因子で構成されることが示された。国外では、高次脳機能障害に障害種を特定しないがRCのコンピテンシーについて因子分析を実施した文献6)と本研究の結果を比較すると、今回の知見と同様に「ケースマネジメント」、「医学・社会制度の知識」、「家族支援」、「アセスメント」、「プロフェッショナルスキルの蓄積」などを報告しており、本研究で抽出された因子と一致する。国内の先行研究3)4)5)でも今回の知見と同様の項目が報告されている。厚生労働省11)が提言している就労支援者の共通基盤のカリキュラムにも本研究で抽出された4因子の内容がカリキュラムに組み込まれており、人材育成において重要な因子である事が確認された。4因子の各職種による職務遂行度は、第4因子以外に職種間で差がみられた。ジョブマネジメントは、4因子の直接的支援の中で最も職務遂行度平均値が低かった。RCの先行研究6)では、マネジメントは就労支援を実践していく上で最も職務遂行度の高い職務であるとの報告があり、今後、どの職種もさらにジョブマネジメントの職務遂行度の向上が望まれる。医学的知識・職務能力アセスメントは、図1から確認出来る通り、医学モデル中心のOT・STと社会モデル中心のSW・就業支援ワーカーの2群間で職務遂行度に差がみられた。そこで医学的知識の項目(4項目)に注目して2群間を比較すると有意差をみとめた。つまり、OT、STに比しSW、就業支援ワーカーは医学的知識の職務遂行度が低いことが明らかとなった。RCの先行研究6)では、「医学・社会制度の知識」の因子でも高い値を示していた。SW、就業支援ワーカーは医学的な知識について職務遂行度を高める必要がある。家族支援は、SWが他の職種に対して有意に職務遂行度が高く、先行研究16)でもSWは家族支援の職務が期待されている。一方で、RCは他の職務に比し家族支援に関する職務遂行度が低い値を示しており6)、国内外で異なった見解を示している。専門的知識の習得・蓄積は、4因子の中で最も職務遂行度平均値が低い値を示した。先行研究4)11)においても就労支援の知識・技術などが習得・蓄積しにくい状況が指摘されている。 以上より、本研究で抽出された4因子は就労支援者に共通したコンピテンシーであることが明らかになったが、4因子バランスよく職務遂行度が高い職種は存在しなかった。RCは、医学・社会制度の知識を兼ね備えつつ、マネジメントを実践している職種であり、国内でもそのような職種の必要性が示唆された。最後に、職務遂行度に影響を及ぼす変数として、階層的重回帰分析の結果から「越境学習(研修会への参加頻度)」と「就労支援に関する知識量」の2変数で弱い正の相関を認めた。つまり、2つの変数の頻度または量の増加が職務遂行度に寄与する可能性が示唆された。今後、就労支援に携わる専門家が知識を蓄積出来るような体制を構築していく必要がある。 【参考文献】 1)Malec,J.F. et al.(2000).A medical/vocational case coordination system for persons with brain injury. Archv Phys Med Rehabil,81,1007-1015 2)Scherzer,P., et al.(1993).Predictors and Indicators of Work Status after Traumatic Brain Injury:A Meta-analysis.Neuropsychological Rehabilitation,3(1),5-35 3)梶直美.(2009).就労支援に必要なマネジメント力−.作業療法ジャーナル,43[7],804-808 4)野中猛.(2006).作業療法士に就労支援活動が求められている.作業療法ジャーナル,40[10].1162-1165 5)杉山あやら.(2009).標準言語聴覚障害学;高次脳機能障害学.217-233 6)Leahy,M.J. et al.(2009).Essential Knowledge Domains Underlying Effective Rehabilitation Counseling Practice.Rehabilitation Counseling Bulletin,52(2),95-106 7)古川久敬.(2002).コンピテンシーラーニング.日本能率協会マネジメントセンター 8)永井裕久.(2005).パフォーマンスを生み出すグローバルリーダーの条件.白桃書房 9)西澤知江.(2008).皮膚・排泄ケア認定看護師が病院において褥瘡管理体制を組織化するためのコンピテンシーモデルの構築.平成19年度東京大学博士論文 10)舘野泰一.(2012).職場を越境するビジネスパーソンに関する研究.282-311 11)厚生労働省.(2009).障害者の一般就労を支える人材の育成のあり方に関する研究会報告書 12)Wright, G.N, et al.(1987).Rehabilitation Skills Inventory:Importance of Counselor Competencies.Rehabilitation Counseling Bulletin,31(2),107-118 13)Mirabile,R.J.(1997).Everything you wanted to know about competency modeling. Training and Development.73-77 14)中原淳.(2012).経営学習論−人材育成を科学する−.第7章越境学習. 東京大学出版会.186-188 15)北上守俊ら.(2012).高次脳機能障害者の就労支援に求められるコンピテンシースケールの作成.日本職業リハビリテーション学会第40回大会プログラム・発表論文集 16)徳弘昭博.(1995).職業復帰の状況および医学的リハビリテーションと職業リハビリテーションの連携の状況.総合リハビリテーション,23[6],477-482 【連絡先】 東京労災病院リハビリテーション科 北上守俊 TEL:03-3742-7301 e-mail:s1140058@u.tsukuba.ac.jp 障害者職業総合センター職業センターにおける「高次脳機能障害者のための職業リハビリテーション導入プログラム」の開発の経緯と試行実施について ○土屋 知子(障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー) 加賀 信寛・野澤 隆・小林 久美子・池田 優(障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 障害者職業総合センター職業センターにおける高次脳機能障害者に対する支援技法の開発 (1)現在までの経緯と成果 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)において、高次脳機能障害者に特化した支援プログラムを開始したのは、様々な障害種類の求職者および在職者を対象として実施していた職業講習(OA機器操作や簿記等の技能習得を中心とした講習)の支援対象者に高次脳機能障害者の割合が年々増加し、高次脳機能障害者への効果的な支援技法の開発が必要とされたことがきっかけであった。 以後、職業センターでは、高次脳機能障害者への効果的な支援技法の開発を目指し、支援プログラムの実施を通して様々な取り組みを行ってきた。対象者支援、事業主支援、家族支援の他、最近の開発テーマとしては、支援対象者同士の相互作用に着目したグループワークや失語症のある高次脳機能障害者への支援技法の開発が挙げられる。取り組みの成果は、実践報告書および支援マニュアルとしてまとめ、関係機関に提供する他、当機構のwebサイトで公開している。 (2)現行の支援プログラム 職業センターにおける高次脳機能障害者の支援プログラムの枠組みや名称は多少の変遷を経ているが、平成24年度現在では、「職場復帰支援プログラム」(以下「復帰プロ」という。)および「就職支援プログラム」(以下、「就職プロ」という)の2つのプログラムとして実施している。復帰プロは元の職場への復帰を目指す休職者を対象とした16週間のプログラム、就職プロは求職者を対象とした13週間のプログラムである。 復帰プロおよび就職プロに共通する重要な支援事項として、①障害が職務および職業生活に及ぼす影響の整理、②支援対象者の自己理解の促進、③補完方法(代償手段)の習得による作業遂行力や自己管理能力の向上、④担当職務の選定や職場での配慮事項に関する事業主の理解促進、⑤支援対象者の職業生活を支える家族への支援、等が挙げられる。支援対象者の障害特性や自己理解の状況等により、①〜⑤のどの点により重点をおいて支援するかは異なり、プログラムの大まかな枠組みがある中で、個別的支援の要素をある程度含んでいる。 2 職業リハビリテーション導入プログラムのコンセプト (1)支援対象者像と開発の目的 職業リハビリテーション導入プログラム(以下「導入プロ」という。)は、職業センターにおいて新たに開発中の、高次脳機能障害者を対象とした支援プログラムである。平成24年度および25年度に試行実施を行い、内容等に検討を加えた後、平成26年度から本格実施することを目指している。 導入プロの支援対象者は、医学的リハビリテーションが終了しており、職業リハビリテーション(以下「職リハ」という。)のニーズはあるものの、職リハへの円滑な移行にあたって課題があり、職リハ導入のための支援が必要と判断される高次脳機能障害者である。ここでいう課題とは、第一には生活リズムや健康管理等の生活面の課題である。第二には、自己の障害への気付きや職リハの目的やプロセスについての理解の曖昧さから、職リハを拒否はしないものの動機づけが弱く、主体的な参加姿勢が得られにくいといった課題である。職リハへの導入段階にこれらの課題へのアプローチを十分に行う事により、そうでない場合よりも職リハが円滑に進み、その後の職業生活の安定につながると推測している。実際の支援対象者の受け入れにあたっては、地域障害者職業センターでの職業評価で得られた情報等を元に先述のような観点から検討し、導入プロの活用が効果的と判断された場合に、復帰プロまたは就職プロに先だって8週間程度の支援を行うこととしている。 導入プロ開発の目的は、プログラムの実施を通して、高次脳機能障害者の職リハへの円滑な移行を促進する支援技法を開発することである。 (2)導入プロの支援目標 職業センターでは、高次脳機能障害者が職リハに円滑に移行することを妨げる要因として、①生活リズムや健康管理等の生活面の課題、②障害への気づきの曖昧さ等に起因する職リハへの動機づけや主体性の課題、の2点を仮定しており、導入プロではこれら2点を重点的な支援事項とすることを計画している。 まず、生活面の課題に対しては、安定した職業生活の基礎となる健康的な生活が整うことを目標に、規則正しい生活リズム、体力の向上、確実な服薬、適切な食生活、清潔・整容等に関して、支援対象者本人へのアプローチの他、環境調整等の支援を行う。支援対象者の障害特性や年齢、持病、生活環境(家族と同居/独居等)には個別性が高く、画一的な達成レベルは設定できないが、個々の支援対象者の持つ条件の中でできるだけ健康的であり、職リハおよび職業場面において対象者の持つ能力を最も発揮しやすい状況を整えることを目指した支援を行う。 次に、職リハへの動機付けや主体性の課題に関しては、職リハの目的やプロセスを支援対象者本人が十分に理解した上で、主体的に取り組む姿勢を引き出すことを目標とし、ピアモデル等を通した障害や職リハに関する知識付与の他、作業を通じた達成感や自己効力感の経験、補完方法の活用による成功体験と有用性の実感等を重視した支援を行う。動機づけや主体性についても、支援対象者の本来の性格傾向や障害特性(発動性低下等)から画一的な達成レベルは設定しにくいが、職リハに対して「(支援者や家族に)やらされる」のではなく、「自分に必要だから取り組む」という姿勢を得ることが目標である。 (3)導入プロの具体的な活動内容 導入プロは、週5日10:00〜15:00の実施を予定している。体力等が十分でない支援対象者が想定されることから、復帰プロおよび就職プロよりも短い時間設定としている。なお、週5日開講するが、支援対象者の状況によって週2〜3日からの利用も検討することとしている。 具体的な活動内容および各活動の目的は表1の通りである。復帰プロおよび就職プロと一部共通する内容もあるが、課題の難易度の設定や支援者の関わり方により、導入プロの支援目標に沿うものとする。作業内容等は、試行実施を通じて適宜改良を加えていく。 表1 導入プロの活動内容および目的 活動内容 主な目的 情報管理ツール試用:メモリーノート等の情報管理ツールの使用体験 ・情報管理ツールが「役に立つ」ことの実感 ・生活リズム、服薬状況等の可視化による意識向上 作業体験①「バランス食生活」:栄養バランスを意識した献立作り、買い物計画、(調理実習) ・興味や意欲の喚起 ・健康的な食生活への意識向上 ・集中力を要する作業を通した持続力の向上 作業体験②「グリーンアレンジ」:苔玉作成等の園芸作業 ・興味や意欲の喚起 ・達成感や自己効力感の体験 ・身体及び手指を動かす作業を通した基礎体力の向上 作業体験③「簡易事務」:データ入力や郵便物仕分け等の簡易事務作業 ・障害への気付きの促進 ・補完方法の有用性の実感 ・集中力を要する作業を通した持続力の向上 個別相談:担当カウンセラーとの個別相談 ・作業体験等を通して得た気づきの整理 ・心理的支持 勉強会:障害や健康管理に関する視聴覚資料等の視聴および講話 ・障害や職リハ、健康管理に関する知識付与、気付きの促進 グループワーク体験参加:復帰プロや就職プロのグループワークへの体験参加 ・集団場面に参加することへの緊張の緩和 ・ピアモデルを通した障害や職リハ、社会復帰に関する理解促進、今後のプロセスのイメージの獲得 3 導入プロ開発のきっかけとなった問題意識 (1)生活面の課題に関して 導入プロの重点的支援事項の一つとして生活面の課題への取り組みを取り上げた背景には、現行のプログラムの支援対象者において、生活面の課題を持つ者が少なくないことがある。復帰プロの過去5年間の支援対象者52名について、支援記録をもとに、生活リズムや健康管理等の生活面の課題とこれらに関連が深いと思われる体力・持続力や感情コントロールについて課題の有無や種類を抽出したところ、表2のような結果となった。半数以上(27名)の利用者には何らかの課題が見られ、軽視できない点であると言える。なお、課題の抽出に際しては、安定した職業生活に向けて対処を要するか否かという観点から複数の障害者職業カウンセラーで判断し、経過観察程度の軽微な内容は除外した。 多くの支援対象者に生活に関する課題が見られた背景について、今回は詳細な分析はできていないが、退院後の生活をサポートする支援機関が十分に整っていない地域もあり、家族だけの支援では限界があることが関係しているのではないかと推測する。 生活面の課題が目立つ場合、当該プログラムの中心的な活動内容や目標への取り組みと並行して生活面の課題改善にも取り組むこととなるが、同時に多くの課題の解決を目指すと目的意識が分散し、効果が上がりにくくなることから、生活面の課題に集中的に取り組む時期を設定する方が有効と考えたことが導入プロ開発の1つの契機となった。 表2 過去5年間の復帰プロ利用者の生活面の課題 課題(該当者*) 課題の具体的内容 生活リズム(3名) 就寝時間が遅く寝坊による遅刻が度々ある/日中の強い眠気や居眠り 食事(2名) 医師から減量を指導されたことに対し食事を抜く等の適切でない方法をとる/減量が必要にも関わらず間食が多い 服薬(6名) 生活リズムの乱れにより服薬時間が一定しない/服薬忘れがしばしばある/「今日は飲酒したから服薬しない」等の不適切な自己判断 体調管理(6名) 飲酒や喫煙の量が多い(主治医や家族から許可されている量を超えている)/二日酔いによる欠席/休日の過活動による翌日への疲れの持ち越し 金銭管理(3名) 頻繁または多額の使途不明金がある 身だしなみ(3名) 1週間以上入浴せず体臭が強い/同じ服を洗濯せずに何日も着続ける/無精髭が伸びている日が度々ある 体力・持続力(6名) 作業中の強い眠気や居眠り/(プログラム開始当初)作業を続けられるのが15〜20分が限界 感情のコントロール(11名) 些細な指摘や助言に対して過剰に感情的に反応する/(疲れると)投げやりな言動やイライラを他者に向ける/明確なきっかけのない不安感や気分の落ち込みによる頻繁な欠席 *複数項目の該当者有り (2)職リハへの動機づけに関して 導入プロのもう一つの重点的支援事項として職リハへの動機づけや主体性の課題を取り上げたのは、現行のプログラムの支援対象者において、これらに課題がある場合がしばしば見られるためである。プログラムの利用にあたっては、目的や内容について丁寧に説明し、支援対象者の意志を確認した上で開始するため、参加自体に拒否的な場合はないが、支援対象者本人が内心では「本当は自分には支援は必要ないが、会社や家族が強く勧めるから参加した」と考えていたり、「自分に障害がないことを証明する」「機能改善して障害をなくす」等、現実的ではない本人独自の目的意識を持って参加している場合がある。このような場合、補完方法の提案をしても受け入れられず補完方法の習得が進まなかったり、支援者が事業主に対して障害特性や職場での要配慮事項について説明することを望まないといった状況となり、適切な支援が行えない。また、支援の必要性に関して否定的ではなくとも、周囲から助言や提案をされれば受け入れるが、困った時に自分から支援を求めることはないといった、受け身姿勢が目立つ支援対象者もしばしば見られる。 これらの支援対象者に対しては、作業支援やグループワーク、個別相談等を通した障害への気付きや職リハの目的の理解にむけた支援を行うが、職リハへの主体的な参加姿勢を得るにはある程度の時間を要する。生活面の課題と同様、この課題に対しても集中的に取り組む期間を設定することが有効であると推測された。 復帰プロのこれまでの支援対象者において、障害の認識や職リハの目的理解、動機づけ等に特に課題があると思われたエピソードの一部を以下に挙げる。 事例①:注意障害、記憶障害等について医療機関で説明を受け、表面上は了解しているが本心では納得していない。家族や事業主に勧められプログラムに参加。本人としては「障害がないことを証明する」ことが目的だった様子。心理検査の結果や作業で見られたミスについて、「元々雑な性格だから」「ブランクがあったから」等の様々な理由付けで障害の影響を認めず。補完方法の提案にその場では応じるが、習慣化しにくい。 事例②:半側空間無視、注意障害等について医療機関での説明や日常生活での経験からある程度理解しているが、機能回復への期待が強い。作業場面でミスが多発する作業について補完方法を提案するが、受け入れず"気をつける""頑張る"ことのみでミスを減らそうとし、結果として作業遂行力の向上につながらない。 事例③:記憶障害、注意障害等との診断名は知っており説明は受け入れるが、実感に乏しい。「休んでいた間の出来事を教えて貰えば仕事はできると思う」と復職に対する見通しは楽観的で、受障前と同じ職種(高度に専門的な職種)で復帰することを希望。作業場面でミスが多発しても、「会社の仕事とは違うから」と深刻に捉える様子がない。 4 導入プロ開発における課題と今後の展開 (1)効果検証の方法 導入プロ開発における課題の第一点目として、効果検証の方法が挙げられる。職リハへの円滑な導入を目的として試行中の支援内容の概略を本稿において紹介したが、今後の実践を通してより効果的、効率的な支援へと洗練させていくことが必要である。そのためにも効果の検証は欠かせない。 支援効果の測定方法として、当面は既存の質問紙や心理検査の利用を予定しているが、導入プロの支援効果にはこれらの尺度のみでは測定しにくい要素が多く含まれると考えられる。行動観察技法をベースとした効果測定の方法を視野に入れ、今後検討を行いたい。 (2)感情のコントロールの課題に関して 導入プロ開発における課題の第二点目は、感情のコントロールの課題に関する点である。表2において示したように現行のプログラムの支援対象者は感情のコントロールに課題のある者が少なくなく、職リハへの円滑な導入にあたり軽視できない点といえる。 高次脳機能障害者の感情コントロールの難しさの多くは疾病性そのものに起因し、根本的な行動変容は容易ではない場合が多いと思われるが、一方で、障害に対する心理的葛藤や疲労等の身体状況が関与する場合もあると考える。心理的葛藤の緩和や身体状況の自己管理等に関しては、導入プロの支援内容においてある程度はアプローチできることが考えられるため、支援対象者の行動や健康状態の変化についても丁寧に観察を行いながら、感情コントロールの課題に対し更に積極的なアプローチへ発展させられる可能性があるかどうか、必要に応じて専門家の助言も得ながら継続的に検討していきたい。 (3)開発した技法の普及方法 導入プロ開発における課題の第三の点は、開発した技法の普及方法である。導入プロでは、職リハへの導入を目的とした支援を8週間のプログラムで実施する計画であるが、この支援スタイルについて地域障害者職業センターをはじめとする就労支援機関やその他の支援機関にそのままの形で導入を推奨することは想定していない。 しかし、導入プロを通して得られる知見および使用する支援ツール等については、各種支援機関において有効に活用されうるものが含まれると考える。このため、プログラム全体を1つのパッケージとして普及することを目指すのではなく、種々の課題に対する支援技法を各種支援機関で柔軟に応用していただくことを目指す。成果物の作成にあたっては、この点を十分に意識し、様々な支援機関にとって有用な情報となるよう工夫していきたい。 【参考文献】 1)独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構:新版就業支援ハンドブック(2011年) 2)独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構:高次脳機能障害者に対する職業訓練の実践研究報告書(2010年) 3)中島八十一・寺島彰:高次脳機能障害ハンドブック、医学書院(2006年) 若年性認知症者の就労事例 ○伊藤 信子(障害者職業総合センター 研究協力員) 田谷 勝夫(障害者職業総合センター) 1 目的 若年性認知症発症後は、症状の進行とともに就労困難となる事例が少なくないが、早期発見、早期の支援開始により、就労継続の可能性も検討されている(田谷・伊藤、2010)。本研究ではアルツハイマー病を原因とする若年性認知症者の就労継続事例3例の経過を報告し、効果的な支援のあり方を検討する。 2 方法 田谷・伊藤(2012)の調査において、調査協力の得られた事例(アルツハイマー病を原因とする若年性認知症者)3例に関して、本人、家族、事業所担当者、支援担当者等へ半構造化面接を実施した。質問項目は1)発症までの職歴、2)発症直前の職務内容、3)発症前後の事業所の対応、4)発症前後の支援機関の関わり、5)診断確定後の働き方、6)現在の就労状況等とした。 3 事例の概要 (1)就労支援機関等による支援により新規就労が可能となった事例:A氏(54歳、男性) ①略歴 大学(理工学部)卒業後、製造業の事業所に就職(営業職)。約10年間の勤務後、技術専門職として自営業を営む。受注の規模が拡大し増員したが、多忙を極める生活が長年にわたった。 ②発症前後の経過 妻もともに自営業に従事し、A氏はさまざまな作業の同時進行が可能であることを把握していたため、作業が滞ることで、妻がA氏の異変に気付いた。 A氏には通院を要する家族がおり、妻が障害や疾患への関心が高く、A氏の発症に極めて早い段階で気づいた。障害者手帳の取得や、病気への配慮が得られる働き方を早い段階で検討し、障害者就業・生活支援センター(以下「支援センター」という。)の利用が開始された。 支援センターでは進行性の障害への対応の前例がないため、新規就労の相談を受けた段階で、地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)利用手続きを開始した。支援センターの担当者は、A氏の地域センター利用、障害者雇用の合同面接会、採用予定事業所での面接、勤務開始時に同行し、随時本人の様子を妻と事業所の両者に情報提供し、連携体制を作り上げた。 ③新規就労の業務内容 A氏は障害者雇用の合同面接会参加後、第一希望の事業所に採用された。業務内容は製造業の作業工程の最終段階の作業である。A氏以外の従業員は健常者である。特別な配慮は必要ないが、日によって立ち位置等が異なり、作業のタイミングが合わない場合は、他者の動きを見てその場で体得する。採用条件の自家用車による通勤は可能である。週4日1日5時間勤務(定時の出退勤)のスケジュールは妻が管理し、遅刻や欠勤はなく、就労継続が可能となっている。 (2)定年退職後の就労継続事例:B氏(62歳、男性) ①略歴 高校卒業後、製造業の大規模事業所に就職。専門技術を要する作業工程に従事していた。部下が30名程度の部署の管理職に就いていた。長年の真面目な仕事ぶりは関係者から評価されていた。 ②発症前後の経過 診断確定の数年前から、自宅近隣で道に迷うこと等があり、本人が事業所の産業医に「半年前くらいの記憶があいまい」と訴え、専門医を紹介され、受診した。画像診断では特に異常は認められず、軽度認知障害と診断されたが、数か月後若年性認知症と診断され、服薬開始となった。 本人の記憶障害等の症状を上司等も把握していたので、前出の図面は毎回初見のもとしてB氏に提示し、不安にならないように対応した。また作業には危険が伴うため、役職解除と同時に生産工程の作業から退いた。この時点(定年退職前)でB氏は退職後の契約社員が複数在籍する部署に異動となり、周辺的な業務と繁忙時に生産工程の支援にあたった。この部署での上司はかつての部下で、B氏のこれまでの経過を把握しており、留意事項等を心得ていた。 ③定年退職後の経過 事業所の規定により、60歳の誕生日に定年退職となった。退職後は1年契約の契約社員として勤務している。その後61歳時に契約が更新され、62歳時に2度目の契約更新予定である。 勤務時間等は調整可能であったが、週5日1日8時間勤務を継続しており、本人の希望で1時間の残業をしている。 (3)家族が勤務する事業所への新規就労事例:C氏(45歳、男性) ①略歴 高校卒業後、さまざまな業種の職業で転職した。20歳台後半から同一のサービス業で転職した。C氏39歳の時、妻が代表となり、同サービス業で自営業を開始したが、両者ともに他の職業との兼業が続いた。 ②発症前後の経過 C氏は30歳台後半から、もの忘れが頻繁に起こった。C氏には40歳台、50歳台でアルツハイマー病を発症した家族が複数いたため、妻はC氏も発症しているのではないかと考えていた。 仕事先で道具の置き忘れが度々起こり、自営業の継続が次第に困難となった。そこでハローワークを利用したところ、地域センターを紹介された。職業準備支援が開始されたところで、検討されていたC氏の妻の勤務する事業所でのC氏の雇用が決定し、トライアル雇用兼正式雇用が開始された。しかし当初遂行可能な業務がなく、一度は妻がC氏の雇用を断ったが、業務内容を再検討し、敷地周辺の植栽管理等の業務を前任者から引き継いだ。 トライアル雇用当初は、勤務時間中は2名のジョブコーチ(以下「JC」という。)が交代して付き切りで見ながら、前任者が引き継ぎを兼ねて一緒に作業した。 C氏は記憶の低下等により不安を抱えており、指摘されることで感情を爆発させることが度々起きた。その際病気への恐怖を語ったため、地域センターとしては、C氏の精神的な安定を図ることが本人の職場適応には不可欠と考え、本人が不安を訴えた時は作業を中断し、JCが傾聴に徹した。 実際の作業内容や作業範囲は、C氏の症状の詳細を把握する妻がその都度指示した。 事業所としては、C氏を雇用してみないと具体的に検討できず、どこまでできるか判断しかねていた。C氏を雇用するにあたって創設した業務と考えている。現在は業務が遂行できていると認識している。 4 3事例の共通点 3例いずれにおいても家族が疾病や障害に関する詳細な知識を得ている。 実際には、A氏の場合は、妻がA氏の発症を認識した時点で現状の働き方では負担が重過ぎると判断し、自営業の縮小、引退を勧めている。また期間限定で勤務した地域の事業所には、妻が本人の病気について説明し、A氏が「仕事が滞ることで怠けていると誤解される」と考えていることを事業所に伝えた。事業主は「できることをがんばってみたらよいのではないか」と考え、A氏は勤務を継続し、「自信がついた」と話していた。 B氏の場合は福祉領域の専門職の家族が認知症への対応方法を妻に指導した。妻はB氏を否定せずに、様子を見守った。当初B氏の発症を事業所に伝えるべきか躊躇したが、妻はB氏の元同僚であったため、B氏の業務内容を把握しており、また同僚や上司とも面識があったため、B氏の情報共有に至り、連携体制が構築できた。 C氏の妻は医療の専門職に従事しており、C氏の家族歴も含めて症状の詳細を把握している。それゆえにC氏の就職を一度は断念したが、再度事業所とともに業務内容と指示方法を検討し、業務創設となった。 本調査における3例の就労継続が可能となった背景には、上述のように家族の積極的な対応がある。本人の就労の意思を踏まえて働き方を具体的に検討する際も家族が関わっている。いずれも特異な例ではあるが、家族の積極的な対応は就労継続を可能にした一因と考えられる。 5 家族への支援の重要性 本調査では、家族が疾病や障害に関する詳細な知識を得ていることで、本人の就労継続に積極的に対応できたことが考えられた。このように家族による問題への積極的な対応が有効であることは、精神障害者の家族への心理教育において実証されている(福井、2011)。心理教育とは「精神障害とその治療に関する適切な事実(知識)や対処方法(技能・態度)を簡潔にわかりやすく伝える」(清水、2011)ことであり、生じる問題への対処や工夫を本人、家族、支援者ともに考えることにより、「家族の健康な力」を引き出しエンパワーメントすることを目的としている(福井、2011)。家族への支援は再発率にも影響していることから、心理教育への取り組みは重要視されている(後藤、2012)。 認知症の場合は、診断後の対応方法を多くの家族が求めており、問題が生じた際に支援者がその都度関わり、ともに問題解決のために一緒に考える心理教育的なアプローチが適切な対応につながることが示唆されている(藤本・奥村、2011)。 若年性認知症の診療にあった専門医を対象とした調査で最も多く挙がった意見は「病気に関する啓発・教育・正しい理解の必要」であった(田谷・伊藤、2012)。若年期に発症する認知症の問題が一般的に知られていない現状では、家族への心理教育は極めて重要であり、本人の就労継続のためには、本人、家族、多くの関係者との正確な情報の共有によってともに検討することが有効な支援となりうることが考えられた。 【参考文献】 後藤雅博:「家族心理教育から地域精神保健福祉まで」金剛出版(2012) 清水栄司:治療・予防における心理教育の役割,「精神科vol.18 No.4」p.337-381,科学評論社(2011) 田谷勝夫・伊藤信子:若年性認知症者の就労継続に関する研究,「障害者職業総合センター調査研究報告書No.96」(2010) 田谷勝夫・伊藤信子:若年性認知症者の就労継続に関する研究—事業所における対応の現状と支援のあり方の検討—,「障害者職業総合センター調査研究報告書No.111」(2012) 福井里江:家族心理教育による家族支援,「精神障害とリハビリテーションvol.15 No.2」p.167-171(2011) 藤本直規・奥村典子:認知症患者と家族への心理教育,「精神科vol.18 No.4」p.410-417(2011) 口頭発表 第2部 SSTを活用した人材育成の取組み ○松本 貴子(株式会社かんでんエルハート 業務部業務課 精神保健福祉士) 中嶋 由紀子・平井 正博(株式会社かんでんエルハート) 1 かんでんエルハートの概要 株式会社かんでんエルハート(以下「エルハート」という。)は、大阪府(24.5%)、大阪市(24.5%)、関西電力株式会社(51%)の共同出資により平成5年12月9日に設立された特例子会社である。本社である住之江ワークセンター(大阪市住之江区)、ビジネスアシストセンター(大阪市北区の関西電力本社ビル18階)、高槻フラワーセンター(大阪府高槻市)の3つの事業拠点があり、現在172名の社員のうち110名(身体50名、知的52名、精神8名)の障がい者が働いている。このうち、知的障がいのある社員は、園芸課(花卉栽培・花壇保守、貸し農園のメンテナンスなど)で24名、メールサービス(郵便物・社内連絡便の受発信業務など)で22名、開発製作課(商品箱詰め・包装・印刷など)で6名が従事している(平成24年8月現在)。 2 知的障がいのある社員の課題の変遷 当社で働く障がいのある社員の中で、多くを占めているのは知的障がい者である。開業時は平均年齢が若いことや新卒者が大半であったことから、社会性が身についていない者(遅刻をしても言い訳をする、休憩時間が終わっても戻って来ないなど)が多かった。そのため、当初は現場責任者(障害者職業生活相談員)が等身大でぶつかり合って関係性を深めながら、「就労に必要な基本的労働習慣・定例業務のスキルを身に付けさせる」ことが指導の中心となった。 その後、当社は100名を超す規模に成長し、事業も拡大したため「より広範囲で確実かつスピーディーな業務処理能力の獲得」が人材育成の目標となった。仕事を通じての教育(OJT)として指導・助言を丁寧に行うことで、社員の業務遂行能力は向上した。 このような成長に伴い、より高度な対人スキル(作業長等の指導的な役割をとる)が求められるようになったが、社員の中には、口調が冷たく・きついことで、職場がぎくしゃくしてしまうという問題をもつ者がいた。 3 SST(Social Skills Training)導入の目的 当社における知的障がいのある社員の課題をまとめると以下の2つに大別された。一つ目は、「基礎的なコミュニケーション」の段階でつまずいているケースである。こうしたケースは、対人関係の対処スキルの低さから不調を来たしやすいため、「基礎的なコミュニケーション」のスキルを習得させることが必要となった(基礎)。 二つ目は、指導的役割まで成長した社員の口調の冷たさ・きつさである。こうした社員には、「他者への配慮あるコミュニケーション」のスキルを習得させることが必要となった(応用)。 これらのスキル習得につながる有効な手法を模索している中、当社では平成21年度に厚生労働省の「精神障害者雇用促進モデル事業(以下「モデル事業」という。)」において、精神障がいのある社員の職場定着を促進する取り組みのひとつとしてSSTを実施した(厚生労働省2012)。 SSTは、観察学習や他者からのプラスのフィードバックを通して目標行動を強化していくというプログラムであり、基礎的なコミュニケーションスキルの習得のために精神科デイケアや就労支援機関等でよく導入されているものである。このSSTを当社でも導入することで、精神障がいのある社員のコミュニケーションスキルを強化し、職場におけるストレス対処能力を向上させようと試みた。 結果として、SSTの受講者からは、自己表現の苦手さから「しんどかった」という感想があったものの、「社内で応用しやすくよかった」、「皆で一緒に考えていけるのが良かった」、「お互いに褒めあえるのが良かった」など概ね肯定的な感想が得られていた。 このモデル事業での取り組みを社内で共有する中で、知的障がいのある社員の指導やサポートにあたる上司や現場で共に働く社員(以下「指導担当者」という。)からSSTを知的障がい者へのコミュニケーションスキル教育にも活用したい、との声があがった。 これを受け、平成23年2月〜7月にかけて一部の知的障がい者に対して試験的にSST研修を実施した。受講者の受け止めは「自らの振り返りができた」、「習ったことを実践したい」、「必要性を認識した」など良好であったことから、平成23年11月〜現在にかけて、全社の知的障がい者を対象としてSST研修(社内では「対人スキルアップ研修」と呼んでいる。)に取り組んでいる。今回は、その経過の中間報告を行う。 4 SST実施方法 (1)基礎編と応用編の設定 当社の課題である「基礎的なコミュニケーション」と「他者への配慮あるコミュニケーション」のスキル習得を図るため、SSTで扱うテーマを下記のとおり基礎編と応用編に分けた。 なお、どの社員についても長期に継続して働いてもらうためには社会的スキルの土台部分を強化することが重要であるため、当社ではすべての知的障がいのある社員に対し、基礎編からSSTを実施することとした。 【基礎編】 ①挨拶のスキル(職場において使う場面が多く、また挨拶はコミュニケーションの基本である) ②感謝・謝罪のスキル(職場で「作業を手伝ってもらった時には"ありがとう"」と言えるようにすることで、上司や同僚との関係の円滑化を図る) ③自己管理のスキル(状態の悪化を防ぐため、体調不良の申告ができるようにする) ④報告・連絡のスキル(自分で状況を判断して行動することが苦手なため、一つの作業が終了すれば「終わりました」と報告ができるようする) ⑤相談・質問のスキル(作業の途中でやり方が分からなくなった場合は、分からないままにせず、すぐに相談や質問ができるようにする) 【応用編】 ①受容スキル(あたたかい言葉のかけ方) ②共感スキル(気持ちをわかった上での話し方) ③自己主張スキル(上手な頼み方、断り方など) (2)実施概要 ①名称:対人スキルアップ研修 ②時間:50分 ③頻度:月1〜2回 ④構成:ウォーミングアップ1)2)(5分) SSTプログラム(50分) 振り返り(5分) ⑤メンバー:知的障がいのある社員 (全11グループ。1つのグループは5〜7人程度で所属ごとに構成した。) ⑥内容:基礎編(全5回)の終了後、応用編を実施する。 (3)夫点 リーダーは社内カウンセラー(臨床心理士・精神保健福祉士)が担当した。SST経験者であったことからSSTの理論や技法などについての事前研修は省略した。コリーダーについては、メンバーが所属する職場の指導担当者が担当した。こちらは未経験者ばかりであったため、SSTの理論や技法について事前に社内カウンセラーが簡単なレクチャーを行った。今回は、指導担当者側のプラスフィードバック(ほめる、認めるなどの積極的な行動)スキルの向上も狙う構成としたため、それを意識して取り組んで欲しいことも明確に伝えた。 頻度については、行動の強化や般化の効果を考えた場合、セッションごとの間隔(期間)を開けすぎない方が望ましい。当社では各職場の事情に合わせたため、月1回の開催となるグループもあった。そのためグループ構成を考える際に、同じ職場の者同士にしたり理解力のレベルを合わせたりするなどの工夫をした。 また実施にあたり、当社では知的障がい者へのSSTは初めての試みということもあり、リーダーを担当した社内カウンセラーは、受講者が楽しみながらSSTの世界を体感できる雰囲気作りを重視した。 5 実施結果 現在、全11グループ中7グループにおいて基礎編が終了している。その結果は以下のとおりである。 効果測定については、SST受講者の感想(セッションで学んだことを職場で活かし、実践した感想を次回のセッションの冒頭で発表してもらう)、職場の上司と指導担当者からの情報(SST受講者の現場での様子)の2点から評価をすることとした。受講者からは「実際にやるのは難しい」、「忘れてしまう」という感想もあったが、「実際にやってみた」、「挨拶ができた」「他の人の考え方が分かってよかった」という積極性のうかがえる感想もあった。SSTという研修方法自体に対しても、ほとんどの受講者から「楽しかった」、「もっとこんな研修をしてほしい」との意見があり、次回のSSTを楽しみにする受講者も多かった。 上司や指導担当者からはSSTを受講した知的障がい者に対して「声が大きくなった」、「やり方が理解できればできる人だというのが分かった」、「意識して挨拶しているのが分かる」などの評価があり、全体として「コミュニケーションスキルの改善が見られた」、「やればできると知ることができて良かった」という意見が多数であった。SSTを受講した直後は、個人差はあるがコミュニケーションスキルの向上(行動の変化)が見られたと言える。 さらに、SSTの肝である"相手の良いところを見つける"や"適切に言語化をしてほめる"といったプラスのフィードバックに取り組むことで、他者にとって心地よいコミュニケーション方法を体験的に理解してもらうことができた。 6 まとめ 以上が当社のSSTを活用した人材育成の取り組みの中間報告である。 今回のSSTを活用した研修によって、知的障がいのある社員は、ほめられる(認められる)ことの充足感を体感し、知的障がいのある社員のほとんどが「自己表現をすること」への動機付けが高まったと言える。 さらに副次的な効果ではあるが、指導担当者や役職者に「障がいの重い知的障がい者であっても、指導をすれば望ましい行動を身につけることが可能である」という認識を持ってもらうきっかけになったと感じている。 今後は、各グループに対し、応用編の実施も進めていく予定である。また、研修で学んだ良い行動を定着させるためには、各職場においてもプラスのフィードバックなどの働きかけが引き続き必要であると考えている。これらにより知的障がい者のコミュニケーションスキルのさらなる向上を図り、よりいっそう働きやすい職場作りを実現していきたいと考えている。 【参考文献】 1)上野一彦・岡田智:「特別支援教育[実践]ソーシャルスキルマニュアル」明治図書(2006) 2)小貫悟・名越斉子・三和彩:「LD・ADHDへのソーシャルスキルトレーニング」㈱日本文化科学社(2004) 精神障害者雇用促進モデル事業の成果報告〔厚生労働省:精神障害者雇用事例集「精神障害者とともに働く」を参照 企業内における職場定着・能力開発・自立生活支援を目指した ソーシャルスキルトレーニングの取り組み ○中田 貴晃(キューブ・インテグレーション株式会社 エグゼクティブ・コラボレーター) 杉本 文江・尾上 昭隆(サノフィ株式会社※ ラ・メゾン・サービスセンター) ※サノフィ・アベンティス株式会社が2012年10月1日付けでサノフィ株式会社に社名変更 1 はじめに 障がい者の離職率は一般の就労者に比べ高いといわれている。その背景には、職場の人間関係、仕事への適応の失敗、心身の健康管理などのつまずき等が要因としてあげられている。 障害者職業総合センターの研究調査(2007)によれば知的障がい者の離職理由(事業主都合を除く)として上位3項目にあがるのが「人間関係がうまくいかないため」が30.0%、「障害者に対する配慮が不十分だったため」が22.1%、「病気・けがのため」が15.8%とあり、離職後の求職者のうち約6割が3年未満の在籍期間となっている。また埼玉県産業労働部の障害者離職状況調査報告書(2011)によれば知的障害者の離職理由(事業所都合を除く、支援機関側の回答)の上位4項目として、「就労意欲減退」が22.4%、「人間関係がうまくいかなかった」が21.6%、「就労態度がよくなかった」が15.7%、「病気・けが」が14.2%と報告され、こうした各調査報告から、職場の配慮や教育により改善できた可能性がある要因がうかがえる。 ネガティブな要因による離職は、当事者の失敗体験になり就労に対する自信を喪失させる一方で、教育や訓練を重ねて貴重な人材となった社員をこうした離職により失ってしまうことは企業にとっても大変大きな損失となる。こうした離職を軽減するためには、障がいに配慮した労務管理と安全配慮に加え、持続的就労に必要となる職場でのコミュニケーション、就労意欲の喚起、ストレスマネジメント、健康管理等の教育や支援が必要となる。 本発表では、以上のような問題意識を踏まえ、パリに本社をおく大手製薬会社サノフィ・アベンティス株式会社(以下「S社」という。)の要請により2010年1月から月2回のペースで実施してきた職場・社会生活ソーシャルスキルトレーニング(以下「SST」という。)の取り組みについて報告する。 2 S社の知的・発達障がい者雇用の変遷 S社では、2009年4月に本社に知的障がい者の就業の場としてラ・メゾンサービスセンター(以下「LMSC」という。)を設立し、各特別支援学校より6名の新卒者を迎え入れた。当初特例子会社化という構想も浮上したが、「知的障がいがある社員が成長する風土づくりが会社全体の成長につながる」というコンセプトのもと、一般社員と同じ環境で雇用する選択を採用した。LMSCは、名刺作成やコピー用紙の補充管理やシュレッダー業務、DM作業、経理業務、各部門への派遣による事務作業等、以前はアウトソースや各部門で対応していた業務を代行するといったビジネスサポート的役割を果たし、現在では会社のコスト削減を担うプロフィットセンターとして機能している。社員の持続的就労を支援する体制として、社内外のコーディネータを配置し、外部支援機関(特別支援学校をはじめとする教育機関、ハローワーク、東京ジョブコーチ、地域の就労支援機関やケースワーカ等)と連携をとりながら、「教育」と「障がい者の働きやすい環境づくり」の二軸での取り組みを開始した。その後LMSCの社内でのパフォーマンスも評価され、業務拡大の流れに対応するために随時新入社員を迎え入れ、2012年9月現在では9名の障がい者(男性5名、女性4名の自閉症、学習障がい、その他の知的障がいを含む広汎性発達がい者)が勤務している。 3 職場SST導入開始までの道筋 S社へのSST導入にあたっては、以下のような期待効果や要請があった。 (1)一般社員と同じ職場で働く上で、挨拶や立ち居振る舞いなど、ビジネスの基本となるマナーを身に付けていくこと。 (2)労務管理や業務遂行上必要不可欠となる報告・連絡・相談等をはじめとするコミュニケーションスキルを身につけると共に、職場のルールを守る習慣の定着をはかること。 (3)障がい者の離職のリスク要因となる人間関係上のトラブルに至らないよう、日頃からお互いに声をかけたり、自分の気持ちを適切に伝え合ったり、社員同士が健全な人間関係を築く風土を醸成すること。 (4)就労維持の要となる心身の健康を維持するために心身のセルフケアの教育を行うこと。 (5)S社が全社員に求める「成長と変化」という文化に適応できる力をつけていくこと。 以上を踏まえ、職場で必要とされるコミュニケーションスキルやビジネススキルに関わるテーマの他、食生活、生活リズム、余暇活動、健康管理に関わる日常生活の過ごし方に関わるテーマも実施する方針を固めた。 また障がい者雇用を成功させる大きな鍵となるのが一般社員の理解と協力である。そこでS社全世界共通の指針であるミッション・ハンディキャップ・コミットメントをもとに、企業自身と社員の啓発活動の両面の取り組みとして、2009年9月に社内シンポジウムを開催し、LMSCセンター長、LMSC社員の保護者代表とSSTファシリテーター(以下「FA」という。)の3者でパネルディスカッションを開催し、70人近い社員が集結し、LMSCに対する協力へのコミットメントを行った。また10月に保護者会を開催し、LMSC社員の持続的就労に向けた家庭での協力と連携を呼びかけ、11月には人事・総務・経理部のリーダー職以上の社員を対象にSST導入にあたっての社内説明会を実施し、知的・発達障がいや自閉症の特性の理解や関わり方の共有を行い、各部門内での指導・支援や職域開発への協力を要請した。 4 SST実施の概要 (1)毎年のSSTコンセプトの共有 S社のモットーとなっている「成長と変化」に合流できるよう、SSTのコンセプトもLMSC社員の成長に合わせ毎年ステップアップし、社員と共有しながらセッションを進めている。 ①1年目:「見る〜わかる」 1年目は「あいさつ」「質問する」「報告する」「指示を確認する」「電話の基本対応」等の職場で必ず必要となる基本モジュールを設定して練習を行った。最初はSSTのルールと練習のポイントを丁寧に解説し、FAの「よい見本」と「よくない見本」を示し、その違いの認識を確かめて、ロールプレイを行った。 ②2年目:「できる〜応用する」 2年目は「仕事で叱られた時の対応」「指示をされた仕事がわからなくなった時の再確認」「電話の応用対応」「会話の上手な切り上げ方」「相手の表情を見て行動する」「困った時に相談する」といった難易度の高いテーマを行うと共に、LMSC社員それぞれが苦手としている個別課題の練習を行った。また業務上コミュニケーションエラーによりミスが生じた際は、その状況をテーマ設定したり、東日本大震災後に「災害時の心構え」をテーマとしたセッションを行ったりと、業務や日常生活上で必要とされたセッションを臨機応変に行うようにした。 ③3年目:「伝える〜教える」 基本的なソーシャルスキルを学習し定着した後に必要となるスキルが、自分の気持ちを他者に上手に伝えるアサーションスキル(例えば「相手に上手に注意する」等)や自分ができる仕事を相手に上手に教えるスキルである。LMSCでは特別支援学校からのインターンを積極的に受け入れており、現在はLMSC社員が直接実習生に仕事を教えるスタイルを取り入れており、LMSC社員が毎月立てる月次目標もそれを意識した目標を自発的に立てられるようになっている。 また3年目はワークショップ形式を意識し、例えば「エレベーターでのマナー」をグループで分かれて話し合い、司会係、書記係、発表係などそれぞれ役割と責任をもつ形でセッションを進行させるなど、社員同士でお互いに話し合う機会を積極的に取り入れている。 (2)毎回SST実施の流れ 1回あたりのセッションは2時間〜2時間半とし、途中休憩を入れている。1回あたりのセッションは以下のような流れで行っている。 ① 今日の全体の流れ(アジェンダ)の伝達 ② 月次目標の発表と近況・チャレンジ報告 ③ 当日のSSTのテーマと目的の説明・セッションの進め方・ルールの確認 ④ メインセッション(ワークシート作成、ロールプレイ、グループワーク) ⑤ 全体のまとめ ⑥ 個々の振り返りとフィードバック SSTはロールプレイを中心としているが、テーマによってはワークシートの記入による自己理解中心のワーク、ストレスマネジメント(リラクセーション)の練習、また上述のように3年目からはグループワーク(話し合い)を行うなど、テーマによって進め方にバリエーションを加えて実施している。 (3)SST実施上の配慮や工夫視覚化の工夫 LMSC社員の多くが人前で発表するのを苦手としていたり過度に緊張することから、その克服をねらいとして毎回のSSTの冒頭では必ず社員1人ひとりに今月の目標と近況やチャレンジ報告を発表してもらっている。また一人の発表に対し、周囲に質問を促すなどして、コミュニケーションを行う仕掛けづくりなども行っている。 毎回の教材にはクリップアートを入れるなどの視覚化により、イメージしやすい工夫を施し、またロールプレイでは「よい見本」と「よくない見本」を提示し、何がよくないかを観察と分析を促している。特に最近はビデオフィードバックを行い、一人ひとりの練習場面の「よいところ」と「改善点」を、映像をポーズさせてフィードバックを行っているが、社員から「なるほど」「ほぉ〜」という言葉が自然に出てくるようになり、より深い納得感を得る手がかりにつながっている。 5 SSTに付随した取り組み (1)個別面談の実施 1年に1度LMSC社員一人ひとりに対し、LMSCセンター長とFAとの3者で個別面談を実施している。年間目標を振り返りながら、「仕事面」「コミュニケーション・仕事態度面」「生活面」の3つの側面で、「これまで努力してきたことや改善したこと」「今後の課題・目指してほしいこと」を3者それぞれの視点での気づきを共有し、個別面談シートにまとめている。 (2)月次目標及びチャレンジ報告のメールでの交信 3年目からは、月次目標(業務目標・マナー目標)を月初にFA宛にメールで送ることを定常化し、これを通じてビジネスメールのトレーニングを行っている。最初はメールを送ることに慣れることを目標とし、個々の社員の習熟度によってFAから修正点をフィードバックしたり、追加目標をリクエストしたりといった交信を行っている。 6 SSTを通じての成長変化 (1)集中力と自発性の成長 SST開始当初は集中力が持続しないことが多々あり、他の社員のロールプレイにあまり関心が向けられなかったり、自発的発言もFAが促さないと出てこない状況だったが、2年目あたりからSSTに終始集中できるようになり、大切だと認識した内容は自発的にメモを取り、また他の社員のロールプレイもよく観察し、フィードバックも活発に交わされるようになっている。 (2)仕事や生活場面でのチャレンジの活性化 「成功すること」よりも「チャレンジすること」を大切にしていくことで、特に仕事生活を支える生活面でのチャレンジを発表する機会が増えている。体力づくりのためのウォーキング、リフレッシュのための1日ハイキングや外出、自立生活に向けた家事手伝いなど、最近はSSTの冒頭でほとんどのメンバーからチャレンジ報告ができるようになっている。 (3)お互いを尊重し合う風土の醸成 SSTの「人のよいところを認め、伝えていく」風土の定着化により、ある社員が自発的に「SSTのロールプレイ、とてもよかったです」とメールで他の社員に伝えるアクションも生まれるようになり、LMSC社員それぞれに欠点や課題があることを受け入れつつ、それぞれ得意なことや持ち味もあることを認める雰囲気ができ、お互いに尊重し合う風土が築かれている。 (4)自己表現力の向上 従来人前で話すのに緊張するメンバーが多く、中にはなかなか発言ができない社員もいたが、先述のように毎回SSTの冒頭で一人ずつ月次目標を発表してもらうことにより、人前で堂々と発言する力がついてきている。 (5)チームワークの活性化 名刺作成のようにデータ入力と印刷、カッティング、箱入れといった役割分担による流れ作業での声掛けや、自分の担当業務が終わった際に「何か手伝うことはありますか?」との声かけで仲間の支援に入るなど、チームワークの活性化が見られ、これにより業務パフォーマンスの向上も見られている。 (6)お互いに注意し合い、支援し合う関係づくり 指示通りの行動をしていなかったり不適切な言動が見られた際は社員同士で注意をし合ったり、社員が発言するのに時間がかかったり、思うように意見が言えず焦ったりしても、「焦らなくても大丈夫だよ」という声かけや、また社員の中でストレスが溜まり自傷行為が現れた際に社員同士でフォローをするなど、ピアで教育し合ったり、支え合ったりする関係性が定着しつつある。 7 考察と課題 就労支援機関におけるSSTの取り組み事例は数多くあるが、企業内でSSTを実施している事例は、中には大東コーポレートサービス株式会社で社内研修の位置づけとしてSSTを実施して成果を上げている企業はあるものの、事例としてはまだ少ないのが現状である。 そうした状況下で、S社と協議しながら試行錯誤を経ながらSSTを行ってきたが、SST以外にもジョブコーチの活用による業務スキルアップ支援や年に一度関係者が一堂に会して開催しているラ・メゾンサポーターズミーティングといったS社独自の社内外のリソースをフルに活用した様々な取り組みを行う中で、LMSC社員1人ひとりに予想以上に多くの建設的な変化と成長が見られ、LMSCの存在価値はS社内でも年々確かな地位を築いている。 その大きな要因の一つとして、製薬業界全体がグローバルスケールで吸収合併による生存競争が展開され、その生き残りをかけて社員1人ひとりの「成長と変化」が求められる中、LMSC社員も例外とせず、障がいに配慮しながらも新たな業務にも積極果敢にチャレンジを促す環境と、それに応えようとするLMSC社員の真面目な態度と頑張りの相乗効果によるものと考えられる。 来年度の雇用率引き上げに伴い、S社でも来年4月に新卒社員を数名雇用する計画を立てているが、これに伴い今後も新たな職域開拓と作業スペースの拡大が進められる中、SSTもS社の状況に合わせたテーマやセッションの組み立てが必要となる。特に新卒で入社した社員と古株社員と一緒にSSTを行う際に、それぞれの成長段階で学習できる工夫の在り方や、勤続年数で生じるスキルのギャップをどのような形で埋め合わせていくかが今後の課題となろう。 8 今後の方針 2012年9月よりLMSCに定期的に訪問している東京ジョブコーチ支援室と定期的にカンファレンスを行い、実際の仕事場面で見られる課題とSSTでの参加状況を共有し、それぞれの支援に生かした取り組みを行う方向で現在動いている。またゆくゆくはSSTのセッションもLMSCの社員で運営ができるようになるよう、引き続き社員の自立とエンパワーメントをねらいとした支援を展開し、S社の人財育成・社会貢献の両軸で企業の持続的成長に合流できる方向を目指していきたいと考えている。 【引用・参考文献】 北野谷麻穂 山崎亨「企業における障害者の定着支援とSST」第19回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集P100‐102(2011) 埼玉県産業労働部就業支援課「障害者離職状況調査報告書」(平成23年3月) 厚生労働省「平成20年度障害者雇用実態調査結果の概要について」(平成21年11月) 独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター「障害者雇用に係る需給の結合を促進するための方策に関する研究」(調査研究報告書No.76)(2007年3月) ジャネット・マカフィー著・萩原拓監修「自閉症スペクトラムの青少年のソーシャルスキル実践プログラム」明石書店(2012) 梅永雄二著「発達障害者の雇用支援ノート」金剛出版(2012) 石井京子・池嶋貫二著「発達障害の人のビジネススキル講座」弘文堂(2011) 瀧本優子・吉田悦規編「わかりやすい発達障がい・知的障がいのSST実践マニュアル」中央法規(2011) 「新版就業支援ハンドブック」独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(2009) 見てわかるビジネスマナー集編集企画プロジェクト編著「知的障害や自閉症の人たちのための見てわかるビジネスマナー集」ジアース教育新社(2008) 大南英明監修NPOテクノシップ/職業教育研究会編福井康之著「対人スキルズ・トレーニング」ナカニシヤ出版(2007) 「知的障害者の企業就労支援Q&A」日本文化科学社(2006) 大阪障害者雇用支援ネットワーク編「障害のある人の雇用・就労支援Q&A」中央法規(2004) 山本タカナ著「SSTコミュニケーショントレーニング」星和書店(1998) SSTを活用した職場における人材育成(Ⅰ) −平成23年度の試行結果から− ○岩佐 美樹(障害者職業総合センター 研究員) 佐藤 珠江(社会福祉法人シナプス 埼玉精神神経センター) 千葉 裕明(早稲田大学大学院人間科学研究科) 1 はじめに 人材育成は多くの企業に共通する重要な課題であるが、障害者を雇用する事業所においては、障害を持つ社員(以下「障害者社員」という。)の育成とともに、障害者を職場で支援する社員(以下「支援者社員」という。)の育成という2つの人材育成が必要となる。この2つの人材育成を考えるに際し、最も重視されるものの1つにコミュニケーションスキルがあるが、その具体的な育成方法等についてのノウハウや情報は乏しく、十分な取り組みがなされていないのが現状である。 コミュニケーションスキルの獲得・向上支援の技法として、SST(Social Skills Training)がある。このSSTの効果を高めるためには、対象者の希望をもとに設定された目標の達成に向け、対象者を中心とした周囲の支援者が1つのチームとなって、その学びを支援すること、すなわち、支持的な環境づくりが重要とされており、そしてこの支援、それに対する準備活動をとおし、障害に対する理解を深め、障害者に対する支援スキルの向上を図るといった効果も期待できる。 これらのことから、当センターでは、平成23年度より2ヵ年計画で、障害者社員と支援者社員、その2つの人材育成を目的とし、SSTを活用した人材育成プログラムの開発に取り組んでいる。本発表においては、昨年度実施した試行のうち、民間企業2社のご協力を得て実施した本プログラムの試行結果、今後の展望等についての報告を行う。 2 方法 (1)対象者 平成23年5月〜12月にA社(特例子会社)の4つのオフィス、平成23年7月〜平成24年2月にB社の障害者雇用促進を目的に設立された事業所に勤務する障害者社員及び支援者社員を対象に実施。対象者の属性については表1のとおりであり、各事業所における対象者の人数、属性等にはかなりのばらつきがあった。 表1 試行先事業所の対象者の内訳 A社 B社 a事業所 b事業所 c事業所 d事業所 障害者社員 16名 16名 5名 5名 15名 知的障害 5名 5名 5名 4名 2名 発達障害 10名 3名 0名 1名 2名 精神障害 1名 7名 0名 0名 7名 身体障害 0名 1名 0名 0名 4名 支援者社員 6名 3名 1名 1名 4名 ※支援者社員のうちA社b事業所1名、B社4名は障害者 このほか、雇用管理者等数名が参加 (2)プログラムの内容 プログラムについては、個人及び職場全体のコミュニケーションスキルの向上を主目的としたステップ・バイ・ステップ方式によるSST研修、そして、支持的な環境づくり、障害者支援のスキルの向上を目的としたパートナー研修の2部構成で実施した(表2)。 表2 プログラムの概要 SST研修 パートナー研修 対象者 障害者社員 支援者社員 実施回数等 月1回 約60分×7回 月1回 約60分×8回程度 内容 SSTのセッション(ステップ・バイ・ステップ方式) 認知行動療法の理論及び障害特性等に関する講義、SSTのメンバー体験 ※実施回数はオリエンテーションを含めた回数 SST研修については、事前のヒアリングをもとに各社ごとに取り扱うスキルを決定し、A社においては、4つのオフィスごとに分けて別日に実施、B社については業務の都合上、同一日に2グループに分かれて実施した。パートナー研修については、両社とも企業単位で実施した。なお、SST研修については、共通理解・認識を持って日々のスキル練習を支援してもらうことを目的に、支援者社員に、見学参加を求めた。 (3)プログラムの効果測定 本プログラムの効果、妥当性等を検討するために、受講者に対して以下のアンケート調査を実施した。 ①スキル活用度自己評価 SST研修にて学習する各スキルについて、そのスキルが必要となる場面でどれだけ上手く活用することができるかという自己評価について、SST研修実施前後及びプログラム終了1ヶ月後の計3回、障害者社員に5件法で回答を求めた。 ②スキル活用度他者評価 SST研修にて学習する各スキルについて、担当する障害者社員がどれだけそのスキルを上手く活用できているかという他者評価について、プログラム実施前及び終了1ヶ月後の計2回、支援者社員に5件法で回答を求めた。 ③アンケート SST研修終了後には障害者社員より自由記述式の感想を求めた。また、全プログラム終了1ヶ月後には、障害者社員及び支援者社員から、研修の有用性等に関するアンケートに対する5件法での回答、受講の感想等について自由記述形式での回答を求めた。 ④インタビュー調査 プログラム終了後、事業主に対し、研修に関するインタビュー調査を実施した。 3 結果 (1)自己評価の変化 図1〜2に、SST研修実施前後及びプログラム終了1ヶ月後のスキル活用度自己評定値について、Friedman検定を行った結果を事業所ごとに示す。 A社においては、問題解決スキルについては時期の主効果に有意傾向差、その他のスキルについては有意差が見られた。Holm法によって多重比較を行ったところ、研修実施前に比して、研修実施後及び全プログラム終了1ヶ月後のスキル活用度自己評定値が問題解決のみ有意傾向、その他のスキルでは有意な上昇が認められた。 B社においては、すべてのスキルについて時期の主効果が有意であった。多重比較の結果、研修 図1 スキル活用度自己評価の変化(A社) 実施前よりもプログラム終了1ヶ月後の自己評定値が有意に上昇していた。また、SST研修実施前後においても、4つのスキルにおいては有意、1つのスキルについては有意傾向の自己評価の上昇が認められた。 図2 スキル活用度自己評価の変化(B社) (2)他者評価の変化 図3〜4に、研修で取り扱ったスキルの活用度に対する他者評価について、プログラム実施前とプログラム終了1ヶ月後における評定値の差について、Wilcoxonの符号付順位和検定を行った結果を事業所ごとに示す。 A社においては、2回に分けて実施した「積極的傾聴」と「頼みごとをする」スキルについては、1つのスキルとし、計4つのスキルについての評定を求め、検定を行った。その結果、すべてのスキルにおいて、プログラム実施前よりも、プログラム終了1ヶ月後の他者評定値に有意な上昇が認められた。 図3 スキル活用度他者評価の変化(A社) B社においては、6つのスキルのうち比較的難易度の高い、後半3回で取り扱った3つのスキルについては、プログラム実施前よりもプログラム終了1ヶ月後の他者評価において、2スキルについては有意な上昇、1スキルについては、有意傾向の上昇が見られた。 図4 スキル活用度他者評価の変化(B社) 表3 SST研修に対するアンケート結果 (3)アンケート ①障害者社員の回答 表3に、障害者社員より得られたSST研修に対する主なアンケート回答結果について示す。 研修については、全体的に肯定的な回答が多かったが、障害別に見ると身体障害者、精神障害者に比して、知的障害者、発達障害者の肯定的な回答割合が低かった。また、SST研修の実施手順として組み込まれている6つのステップの有用性、再受講の希望についても同様の傾向となっていた。 自由記述式の回答においては、スキルに対する気づきや理解に関するもの、スキルが上手く使えた、ほめられて嬉しかったといった感想や生活の中でスキルを使っていきたいといった前向きな意見が多く見られた反面、難しさや苦手意識についての記載も見られた。 ②支援者社員の回答 表4に、支援者社員より得られたパートナー研修に対する主なアンケート回答結果について示す。研修の有用性、内容のわかりやすさ、適切さについては、90.9%が肯定的な回答であったが、実施時間・頻度については72.7%にとどまった。 自由記述式の回答においては、モデルを示すことや「ほめる」という正のフィードバックの効果、それによる障害者社員の変化を見ることの楽しさ、喜びについての感想ととともに、SST研修のグループ分けの必要性やパートナー研修の時間不足についての指摘も見られた。 表4 パートナー研修に対するアンケート結果 支援者 11名 リーダー研修全体について セミナーは自分にとって役に立つものであった 90.9% セミナーの内容は分かりやすかった 90.9% セミナーの内容は適切であった 90.9% 60分の実施時間は適切であった 72.7% 月1回の実施頻度は適切であった 72.7% (4)インタビュー 事業主からは、障害者社員のコミュニケーションスキルの向上、支援者社員の意識の変化といった研修効果についての肯定的な意見とともに、支援者社員に対する研修のさらなる充実についてのニーズが聞かれた。また、両社から、プログラムの継続、再実施の希望が挙げられた。 4 考察 SST研修前後における自己評価の変化から、本研修は受講者の多くに対して、スキル活用に対する自信を向上させる即時効果があることが示唆された。この自信の向上については、障害者社員から得られた自由記述式の感想とあわせて見ていくと、スキルのステップやコツを学び、その場で練習し、それに対する正のフィードバックを受けたことによるところが大きいと思われる。 また、SST研修実施前後とプログラム終了1ヶ月後における自己評価の変化から、本プログラムが受講者の多くに対して、スキル活用に対する自信の維持・向上に長期的な効果があることが示唆された。支援者社員に対するアンケート及び事業主に対するインタビュー結果からは、支援者社員等による意識的なスキル練習の機会の確保やスキル発動の際のフィードバック等の練習のための支持的な環境づくりがなされていたことが指摘され、このことがこの効果に大きく影響していると判断される。また、個々のスキル活用に対する自信の向上が全般的な自信の向上へと繋がるという相乗効果によるところも大きいと思われる。 B社においてはやや弱い変化であったものの、3項目のプログラム実施前からプログラム終了1ヶ月後の他者評価の上昇についても、研修の長期的な効果を示唆するものと考える。スキル活用度に対する他者評価の向上をもたらした要因としては3つが考えられる。1つ目は、障害者社員のスキルの向上という行動の変化、2つ目は支援者社員の認知の変化、そして、3つ目はその相互作用である。いずれにせよ、障害者社員自身のスキル活用に対する自信、支援者社員の障害者社員のスキル活用に対する評価がともに向上していることから、職場においては望ましい変化がもたらされたと考えられる。 5 今後について アンケート結果からは、本プログラムの実施上の課題がいくつか指摘される。 1つ目は、知的障害者及び発達障害者を対象とした際のSST研修の実施方法の工夫である。テキストや研修における説明をより具体的かつ平易な表現とする、よりシンプルなロールプレイによる豊富な練習機会の確保等の工夫を行うことにより、わかりやすさに対する満足感、研修に対する有用性を高めていくことが必要と思われる。また、そのためには、対象者の層、人数を絞った階層別研修としての実施も必要となろう。 次に、支援者社員の育成のためのプログラム強化である。障害者雇用の促進においては、支援者社員の育成が喫緊の課題となっており、その支援に対するニーズは非常に高いものがある。また、試行先事業所からも、パートナー研修の時間の増加、支援者社員の育成により重点を置いたプログラムの実施等への要望が挙げられている。現在のパートナー研修を充実させていくほか、新たな支援者育成プログラムの開発も必要と思われる。 また、本プログラム完成後は、より多くの事業主の方に利用していただくことができるよう、関係機関との連携のもと、システムづくりを進めていくことも必要となると考えている。 【文献】 1)Bellack, A. S., Mueser, K. T., Gingerich, S., & Agresta, J. (2004). Social Skills Training for Schizo-phrenia: A step-by-step Guide Second edition. New York: The Guil-ford Press. (熊谷直樹・天笠崇・岩田和彦(監訳)(2005).わかりやすいSSTステップガイド 第2版 星和書店) 2)Liberman, R. P., King, L. W., DeRisi, W. J., & McCan, M. (1989). Personal Effectiveness: Guiding people to assert themselves and improve their soc-ial skills. Illinois: Research Press. (安西信雄(監訳)(2005).生活技能訓練基礎マニュアル 対人的効果訓練:自己主張と生活技能改善の手引き 創造出版) SSTを活用した職場における人材育成(Ⅱ) −社員の変化:「気づき」から「行動」の変化へ− ○寺井 岳史(さくらサービス株式会社 取締役社長) ○廣瀬 千代(さくらサービス株式会社) 青木 守夫(さくらサービス株式会社) 岩佐 美樹(障害者職業総合センター) 1 はじめに(SST導入のきっかけ) さくらサービス株式会社は、創価学会の障害者雇用を進める特例子会社として2004年11月1日に設立、今年で8年目を迎える。主な業務内容はダイレクトメールの制作・発送作業、書籍の改装作業、各種セットアップ作業、名刺印刷、建物の清掃作業(3個所)となっている。現在、社員48名、うち知的障害の社員27名(うち重度17名)。職場定着のために様々な努力をしている。 【社内コミュニケーションに配慮】 例えば、「障害者介助助成金」による業務遂行援助者の配置をはじめ、作業日誌である「私の前進日誌」を毎日、社員に記入してもらう。毎月1回、社員に「私の希望目標」を記入してもらい、これに管理職が感想を記入する。昼食後の休憩時間を利用しウォーキングやキャッチボールを行うなど、社内のコミュニケーションが円滑に図られるよう配慮をしてきている。 春にはお花見会、秋には創立記念の社員研修旅行、年末の忘年会など思い出に残る行事の開催も図ってきた。しかし、これまで4名のメンタルヘルスによる退職者が発生している。 そこで、今年からさらに職場でのコミュニケーション・スキルの向上を図るため、SST研修の導入に踏み切り、実施してきた。 2 方法 平成24年4月から10月にかけて、個人及び職場全体のコミュニケーション・スキルの向上を主目的としたステップ・バイ・ステップ方式によるSST研修を7回、そして、支持的な環境づくり、障害者支援のスキルの向上を目的としたパートナー研修を8回、計15回実施した。 (1)対象者 SST研修については、18歳〜41歳(平均年齢:29歳)の知的障害を有する男性社員13名と女性社員5名が参加した。このうち、表1に示した7名については、SST研修のメインメンバーとして参加し、ロールプレイを行い、残りの社員についてはサブメンバーとして見学中心の参加とした。 表1 対象者のプロフィール ID 性別 年齢 勤続年数 障害種・等級 私の夢 A 男 41歳 7年 知的障害(B1) 一人暮し B 男 32歳 7年 知的障害(B2) トップになる C 女 29歳 7年 知的障害(B2) 携帯を使いこなす D 男 36歳 6年 知的障害(B2) 周りからの信頼 E 女 29歳 4年 知的障害(B2) 小説家になる F 男 19歳 1年 知的障害(B1) 海外旅行 G 男 18歳 0年 知的障害(B2) ピアノを弾く パートナー研修については、障害者支援スタッフとして働く2名及び日頃仕事以外で障害者の支援を行うことの多い総務担当社員1名、管理職5名の計8名が参加した。 なお、パートナー研修参加の有無にかかわらず、支援者社員については、可能な限り、SST研修に見学参加するようにした。 (2)研修の内容 表2に、SST研修における各回のテーマについて示す。なお、SST研修開始前には、オリエンテーションを受けた支援者社員が、メインメンバーとなる障害者社員に対するアセスメント面接を実施し、本人の希望やその希望を叶えるためにどのようなことができるようになればよいかといったことについての聞き取りを行い、それをもとに、SST研修におけるグループ及び個人目標の設定等を行った。 表2 SST研修の各回のテーマ(取り扱ったスキル) オリエンテーション オリエンテーション+「相手の良いところを伝える」スキル 第1回「肯定的な気持ちを伝える」スキル 第2回「頼みごとをする」スキル 第3回「頼みごとをする」スキル 第4回「頼みごとをする」スキル 第5回「相手の話に耳を傾ける」スキル 第6回「相手の意見を受け止める/話し合って折り合う」スキル パートナー研修は、SST研修終了後にその日のセッションの振り返りと学習したスキルの練習に対する具体的な支援方法についてのレクチャー等を実施。また、これとは別日に、支援者社員を対象に月1回、60分程度で、障害特性や社会的学習理論、行動分析等をテーマとした講義及びSSTのメンバー体験等から構成された研修を、オリエンテーションを含め、全8回実施した。 なお、両研修とも講師は障害者職業センターの研究員にお願いした。 (3)プログラム期間中の支援者社員の関わり SST研修で、講師より出される宿題(スキルの練習課題)について、意識的に実行できる機会を確保した。また、できていることについてはきちんと伝える、ほめる等、正のフィードバックを意識して行うことを心がけ、支援者社員自身が「〜してくれると助かる、嬉しい」といった頼みごとのスキルを使い、指導にあたるようにした。 3 ロールプレイの「実際」と「気づき」 「肯定的な気持ちを伝える」ロールプレイでは、一方(褒める側)が「いつも仕事に模範の活躍をして下さってとても感謝しています」「友達にいつも親切に接して下さって本当に嬉しく思っています」等、相手を評価し、肯定的な気持ちを、①相手の目を見て②誠実な声の調子で③相手の何が良いか具体的に伝える。褒め言葉を受け入れる側は「そう言っていただくと、とても嬉しいです。これからも頑張ります」といったように、やはり①相手の顔を見て②お礼を言う③ほめられてどんな気持ちかを伝える。喜び、感謝、決意のやりとりをメンバーが交替しながらロールプレイを様々なパターンで行う。 【「良いところ探し」に変わる】 この練習を繰り返していくことによって、「自分の気持ちを口に出せない自分」から、普通に誰に対しても「自分の気持ちを話せる自分」へと変化がみられた。「ダメなところ探し」から「良いところ探し」へ、意識のベクトルが変わっていった。 口に出すことによって、自分の中に内在していた「感謝」や「信頼」「評価」「称賛」といった肯定的な気持ちが自然に自分の中から引き出されてくる。 肯定的な自分の言動と相手の喜び、感謝の言葉とのキャッチボール、やり取りの中で肯定的な気持ちがさらに共鳴・増幅されていく、といった相乗効果が生まれてきた。 【「頼みごとのスキル」を覚える】 「宿題の仕方を教えてくれると助かります」といった「頼みごとのスキル」を覚えることによって疑問の解消法を体得し、仕事の問題解決に手がかりが生まれる。問いかけや頼みごとも、相手とのコミュニケーションを図るツールの一つであることを覚える。このスキルを使う場合も「ほめるスキル」と同様、①相手の顔を見る、②相手にしてほしいことを正確に話す、③そうしてもらえるとどう感じるか相手に伝える。 家庭や職場、学校、友人関係等あらゆる人間関係の場面で役立つ能力を養うことができる。周りの皆が見ている前でのロールプレイは、ハラハラ、ドキドキながらも、適度な緊張感の中で、楽しみながらの研修とすることが出来た。 4 結果 (1)事例Bの場合 平成16年創業当時からの社員で、作業能力は高く、仕事面ではリーダー的な存在である。通勤途中や会社での休憩時間に人を観察していることが多く、様々な疑問や感情を抱えているが、感情表現が乏しく、表現に困ると無言になる。 挨拶や感謝の言葉も少ないため、周囲の社員からは、少し距離を置いた存在であった。本人には「職場の仲間に頼られる存在になる」「トップ(リーダー的存在)になる」という希望があったが、同期メンバーをはじめ年代を超えた社員とのコミュニケーションが課題であった。 オリエンテーション時には、自分の夢や意見を求められ、自分の思いをどう表現していいのかわからず終始無言のまま終わった。 しかし、ロールプレイ実施後、正のフィードバックを受けると、表情が明るくなり、積極的な参加態度に変わってきた。「肯定的な気持ちを伝える」スキルを学習した後、すぐにスキルを同僚に使う場面が見られる等、練習についても意欲的に行う姿勢が見られた。「頼みごとのスキル」を学んだ後、支援者社員がこのスキルを使って、本人に、「きちんと要件を言葉で伝えてもらえると嬉しい」と伝えたところ、すぐに態度が改まり、周囲と良いコミュニケーションがとれるようになった。 現在は、表情が穏やかになり、笑顔も増え、自ら志願して他作業所の清掃部門にて生き生きと働いている。本人の念願であった清掃部門では、配属日当日に簡単な自己紹介があったが、笑顔で挨拶ができ「これからよろしくお願いします」という言葉も付け加えることが出来た。配属から二カ月が経ったが、「清掃は奥が深く、毎日教わりながらがんばっています」という言葉や「今日も3人で楽しかった。みんなと打解けて行きたいです」との思いを何の躊躇もなく言えたり、日誌に書いたりするようになった。 また、支援者である清掃スタッフの気付かない点を質問、提案したりするなど、真剣に取り組んでいる様子が伺える。SST研修を行うため月に1度五井本社を訪れるが、これまで事務所に挨拶に来ることはなかった。今は必ず事務所まで来て笑顔で挨拶が出来るようになったことも、大きな変化である。事例Bの変化は他の社員へも新たな変化をもたらしている。 (2)その他の事例 【ゆっくり話すと優しい印象】 同じく創業当時からの社員Cは、作業能力が高く、自分の意見もはっきり述べることが出来るが、早口で話すため、冷たい印象を周りに与える面があった。研修の中で、ゆっくり話すことを提案され実行している。自分の目標であった「携帯電話を使えるようになりたい」を達成するため、支援者社員に対して「頼みごとのスキル」を使い、携帯電話の使い方を聞くことが出来た。 また、ゆっくり話をすることで優しい印象を受けるようになり、周りのメンバーと良いコミュニケーションが取れるようになってきている。 SST研修に見学参加しているメンバーもこれまで爪切りを貸してほしいときは、「爪きり」としか言わなかったが、事務所に入る時も「失礼します」「爪切りを貸してください」「ありがとうございました」とはっきりした口調で言えるようになるなどSST効果が随所に見られ、社内でよい人間関係が形成されている。 (3)支援者社員にも変化 また、支援者社員にもSSTを学ぶ中で、心の変化が起きている。ダメなところ、出来ないところを指摘するのではなく、出来ているところを褒める、次のステップへどうすればスムーズに移行できるかを考えられるようになってきている。 例えば、ある社員が凍っているお茶を買ってきては会社の給茶機のお湯で溶かしてから飲むという行為が続き、お湯の出しすぎが原因で給茶機の電源が落ちるということがたびたびあった。 その時に「凍っているお茶を買ってきてはダメです」と何度言っても改善することはなかったが、「明日は、凍っていないお茶を買ってきてくれると助かります」と言うと次の日の朝「凍っていないの買ってきたよ」と本人から報告があった。 ある行動に対して一方的に否定するのではなく、こうしてくれたら助かるという心情を伝えることが大切だと痛感した。現在、支援者社員の励ましもあり、今まで以上に障害者社員の作業効率が上がってきていることもSST効果の一端と考えられる。 5 考察 研修を受けたことによって変化した点は、 ①障害者社員自身が肯定的な気持ちを伝えられる等、仕事・生活に取り組む姿勢が前向きになった。 ②支援者社員が肯定的な言葉を意識して発する努力をすることによって、障害者社員にとっての人間環境が大幅に改善された。 ③支援者社員が障害者の特性や特徴を理解することによって、「なぜ出来ないの?」「これをやったらダメじゃないの!」といった感情的な叱責が少なくなった。どうすれば、問題行動を改善できるかを、支援者が冷静に考え、指示できるようになった。 6 改善を検討すべき点 (1)「継続」と「般化」が課題 現在は限られた研究者や研修受講者でなければSST研修を主宰することは困難である。トレーニングは継続しなければ定着しない。数多くの場面で実際に適用しなければ、般化は困難である。これら諸問題の克服が課題といえる。 (2)平易で具体的なテキスト等の必要性 SSTに関する書籍、論文については、理論的な研究が中心で、一般の読者が読んで、具体的にどのようなトレーニングを行い、どのような効果があり、改善点は何か、といった点を平易・具体的に示した内容のものが少ない。職場、学校、病院、家庭等様々な場でSSTを導入する場合に、手軽に役立つ紹介書やDVDが不可欠である。例えば、「相手の話に耳を傾ける」「頼みごとをする」「知りたいことについて質問する」「問題解決のスキル」「話し合って折り合う/保留する」「不愉快な気持ちを伝える」等、各スキルごとのロールプレイ事例集があれば、特別な指導者がいなくても、どこでもトレーニングが可能となる。 (3)経営側の理解・支援 障害者社員にとって身近に影響を与える存在は、支援者社員である。支援者社員から認められ、評価され、ほめられることは、障害者社員にとってモチベーションを高める大きな要因となる。同様に支援者社員に影響を与える存在は、経営側である。経営側の支援者社員への評価・称賛は支援者社員のモチベーションを高める。従って、経営側のSSTに対する積極的参加が不可欠である。 SSTを活用した職場における人材育成(Ⅲ) −当社における人材育成の取り組みとSST導入について− ○荒木 武(株式会社アドバンテストグリーン 代表取締役社長) 秋山 圭一・今野 美奈子(株式会社アドバンテストグリーン) 岩佐 美樹(障害者職業総合センター) 佐藤 珠江(社会福祉法人シナプス 埼玉精神神経センター) 1 当社における人材育成の取り組み はじめに、当社の人事労務事情の概要について説明する。当社は精密機械メーカーである株式会社アドバンテストを親会社とする特例子会社である。設立は2004年9月6日、10月より全国で156番目(埼玉県で9番目)の特例子会社として事業をスタートした。2012年8月末時点での在籍人員は、67名、うち障害をもつ社員は23名である。職種としては、事業所内の環境業務(緑地の管理)、清掃業務、社内メール便の集配業務、守衛・フロント受付業務、パンの製造・販売業務、寮管理業務である。 当社が設立された背景としては、親会社の経営理念である「本質を究める」を念頭におき、企業における社会的責任や然るべき法令を順守することはもちろん、障害のあるなしに関係なく「同じ人間同士」地域に密着した業務および雇用創出にチャレンジしていくためである。設立以来、「個性とチームワーク」「個人の自立と会社の成長」をスローガンとし、日々「高品質でこころ温まるサービス」の提供を心がけている。当社の障がい者雇用における人材育成の取り組みとして、下記の9つの点があげられる。 ①分散型雇用管理 親会社が所有している事業所が、埼玉県と群馬県の4か所に分散して立地している。そのため、特例子会社でよく見られるような本社集中型の労務管理は困難であり、現場で障がい者と一緒に仕事をする社員(リーダー)が担う役割が非常に大きいといえる。 ②多様な障害のある方の雇用 障がい者といっても身体と知的の別だけでなく、重度ダウン症、高次脳機能障害、アスペルガー症候群、内部疾患、聴覚障がい者など、多様なハンデをもった方が働いており、作業スキルの面だけでなく安全衛生防災を含めた労務管理の難しさがある。 ③採用までの時間をかける 原則、面談して即本採用はない。まずは職場を見学して職場の風土や雰囲気を知ってもらい、面談を実施する(必要に応じ複数回)。見学や面談には本人だけでなく、可能な限りご家族にも同行してもらう。不安なことや要望などがあれば、何でも相談を受けている。当社としては、基本的な生活習慣や業務とのマッチングはもちろんのこと、安全面での配慮は十分か、対人関係は大丈夫かなども考察している。そして何より、本人の「当社で働きたい」という意思を確認し、トライアル雇用を経て本採用となる。 ④受入側の体制 当社では、障がい者を採用した場合「ワンマンワンボス制(命令一元性の原則)」を採用している。これは業務指示体系を一本化することで、無用な混乱や雑音を避けることが狙いである。また、リーダーや一緒に作業する者には、「障害者職業生活相談員資格認定講習」の受講を必須としており、現時点でほぼすべての対象者(19名)が受講を終えている。その他、ジョブサポーターやジョブコーチなどの研修で個人のスキルアップを図り、障がい者の支援にあたっている。また、年に2回程度、「障がい者と向き合って仕事をする上で」と題して社内研修会を開催している。この研修会では労働局や職業センターなどよりゲストを招きご講義を頂戴している。このような教育体制が、今日の当社社員の共通の知識になっているといえるであろう。 ⑤個々の目標管理制度 当社では、スタッフと面談し年度目標を設定している。各々の業務レベルに応じて、特に得意分野を伸ばしていけるような課題を設定している。自己が決めた目標をクリアし成功体験を体験させることで、モチベーションアップにもつながっている。 ⑥育成は、ゆっくり型で 入社1年目はまず会社に慣れる・仕事に慣れることからスタートする。その後、個人の適性に合わせてOJTを行っている。 ⑦4者面談の開催 障がい者を雇用する際、保護者との連携は不可欠である。そこで、保護者との間で連絡帳を交わしたり、毎年4者面談を実施している(4者=障がいをもつ社員・保護者・社長・職場のリーダー、必要に応じてジョブコーチも参加)。会社と保護者が本人についての情報を共有することで、事故の回避や問題の早期発見をすることができる。また、安全衛生やメンタルヘルスといった二次的な障害を予防することができる。 ⑧障がいをもつ社員を主役(メイン)に 当社では「自分たちの会社であるという意識をもって働いてもらいたい」という観点より、障がいをもつ社員が来客者への会社概要や担当業務をプレゼンテーションし自信を高めている。 ⑨「見える化」の推進 業務の具体化・数値化・ビジュアル化などの分かりやすい指導を心がけている。作業手順書による業務の標準化、管理部による寸劇を取り入れた研修(劇団坂本)で、障がいをもつ社員に「会社におけるルール・マナー・エチケット」を教育している。 2 SST導入背景 前述したように、当社ではすでにさまざまな取り組みを実施しているが、日常的に起こりうるコミュニケーションによるトラブルや、また支援者が感じるストレス(不安や悩み)について、会社として新しい試みが必要ではないかと模索していたところであった。そんな折に、昨年の職業リハビリテーション研究発表会の分科会で、障害者職業総合センターの「SSTを活用した職場における人材育成」についてのプレゼンテーションを聞いた。「障害をもつ社員と支援する社員、双方へのコミュニケーションスキル向上の支援が必要不可欠である。そのためにSSTが有効である。」といった内容に大変興味をひかれた。 その後、障害者職業総合センターより当社でのSST研修の提案があり、導入を決定した。 3 SSTの目的 SST研修の目的は、「気持ちよく、会社で長く働きたい」である。これを達成するために、障がいをもつ社員にとっては、社会人力を高めるためにコミュニケーションスキルの向上が必要であるし、支援者は障がい特性を理解し、指導する上での話し方コツが必要である。この習得により日常的なストレス(不安や悩み)の解消になればと考えたのである。今回のSST導入は、当社における障がい者雇用において10個目の新たな取り組みとなればと考える。 4 SSTの導入方法 研修は2012年4月よりスタートした。メンバーは、「SST研修」については入社5年目以上の障害をもつ社員とし、「パートナー研修」についてはそのスタッフを支援する社員を中心に選考した。これは、スタッフがSST研修で学んだことを職場でも継続して練習することを想定したものである。そのため、支援者は、パートナー研修だけでなくSST研修にも出席し、スタッフが研修を受けている様子を観察する。そしてSST研修後、支援者にはセッションの解説や宿題の支援ポイントを説明し、より効果的にスタッフのフォローができるようにする。 表1 研修プログラム 5 SST研修について目標と効果 まず、オリエンテーション時にアセスメントシートの記入を行った。スタッフから表2のような「将来の夢・希望」があがった。 表2 アセスメントシート この後のアセスメント面接で、「その夢を実現するために1年後どんなことができるようになったらいいか?」→「そのために乗り越えるべきハードルはなにか?」→「そのために今必要なこと(すべきこと)?」というふうに丁寧な聞き取りをすることで、目標達成に向けた課題が明確となり、将来の夢の話が現在すべきこと、もしくは現在の問題点になり、夢にむかう「道標」を作ることになる。このように目標設定することで、他者から押し付けられた目標ではなく、自分で「こうなりたい」と希望する目標となる。 今回、入社5年目以上のスタッフであるためか、後進に指導ができるようにとの目標が多かった。そこで、スタッフのグループ目標は「コミュニケーションに自信をつけて、頼られる存在になろう」に決まった。 効果として4人のスタッフの例をあげてみる。 ①頼みごとをするスキル Kさんは今まで、他の人に仕事のお願いをする時に「研修に出るから、代わりに洗濯機まわしておいて!」と勢いに任せて言っていた。SST研修を受け始めたことにより「今日はこれから研修にでないといけないので、私の代わりに洗濯機をまわしてもらってもいいですか?よろしくお願いします」と言えるようになっている。話しかける時に「ちょっといいですか・・・」とか「お願いします」と丁寧な言い方ができている。頼みごとをするスキルが少しずつ向上しているとみれる。 ②GOサイン/NO-GOサイン Sさんは今まで、リーダーが他の人と話している時でも、おかまいなしに割り込んで話しかけていた。現在では少し様子をみて「待つ」ということが出来ているように見える。これは、研修で学んだ相手のGOサイン/NO-GOサイン(話を聞ける/聞けない状態)を見極めることに気をつけているためである。実は、障がいをもつ方はこのサインの理解が難しい。そもそも特性として、それを理解する引き出し自体がない可能性があるとの事だ。SST研修で練習をすることで、Sさんのように、気をつけることができるようになる。 ③自分の欠点がわかった 別のSさんは3回目のSST研修で、「自分は人と話すとき、焦ってしまい話すスピードが速いことがわかった。だから慌てないためにもゆっくり話すことを心掛けた」と話した。確かにSさんは、普段慌てて会話をする。彼自身以前より落ち着いて話ができるようになりたいと思っていたのであろう。SさんはSST研修のスタート時に、自分の考えや気持ちがうまく伝えられるようになったら、「心が軽くなる」と言っていた。SST研修でその点が改善できるともっとよくなるよとアドバイスをされ、職場に戻ってもリーダーとその点を気にしながら練習をしている。 ④Fさんの気づき(ロールリバーサル) Fさんは、本題に入るまでの話(前置き)が長い傾向にあった。本人としても、「そのほうが相手に伝わりやすいと思っていた」と言っている。SST研修の中で、先生があえて前置きを長く話す様子を見せると、それを見たFさんは思わず吹き出して笑ったのである。Fさんが「この話し方は変だ」と気づいた瞬間であった。この手法は、ロールリバーサル(相手の身になる練習)という。もちろん、この時の「気づき」で次の日から話がコンパクトになるかというと、そうではないと思うが、繰り返しこういったロールリバーサルをしていくことで、変化がみられるとよいと思う。 SST研修の良いところは、なんといっても「ロールプレイをして褒められる幸福感」であると思う。回を重ねる度に、スタッフ全員の声の大きさや積極性が数段アップしている。「ロールプレイをすると、周りの人からよかった点を褒められる」この成功体験を多く積ませることが、本人の気づきを導くのであろう。 また、「他の人のロールプレイを見る」ことが観察学習になっている。特に他のスタッフが上手に話す様子を見ることで、「ちょっと頑張れば自分もできるかも」とスタッフ同士が良いコーピングモデルになっている。 6 パートナー研修の目的と効果 今まで、障がいをもつ社員とのコミュニケーションは、支援者のパーソナリティに頼っていたところが大きい。支援者の多くは50代〜60代のいわゆる心にゆとりがある世代であり、ケンカになりづらい。これまでも障がい者と支援者の間においてトラブルもなかった。今回のパートナー研修で学んでいるSSTの理論が、日常の支援の自信となっており、スタッフとのやりとりの中で、迷ったり悩んだりした時に役立っている。 図1 アンケート結果 7 今後の展開 SST研修の場で学んだスキルを、普段の(日常の)職場においても使えるようになること(般化)が、今後の課題である。継続して職場でロールプレイをすることが、スタッフのコミュニケーション力の向上になる。「障がい者であるから仕方ない」と諦めて、トライすることをやめてはいけない。今回は、入社5年目以上の障害をもつスタッフとその支援者を対象にSST研修を行ったので、次回は受けていないスタッフを対象にSST研修を行いたい。その際に、今回のメンバーをロールプレイのお手本としたい。前にも述べたとおり、身近な先輩や同僚がコーピングモデルとなることは、より効果的な観察学習となるからである。 障がい者を雇用する上で、「障がいをもつ社員」と「支援者」双方の「コミュニケーション力」ポイントであることは間違いない。研修が、双方にとっての「共育」の新たな風となり、個々の成長が会社全体の成長につながることを期待する。 行政(浦安市)と企業の連携による障害者就労 山崎 亨(大東コーポレートサービス株式会社 前社長) 1 会社の概要 平成22年12月、「大東建託株式会社」の特例子会社である弊社(本社、東京都品川区)は、千葉県浦安市に新たな事業所「浦安市ワークステーション」を開所した。 浦安市ワークステーション ここでの主たる業務は、グループ会社から委託されたオフセット印刷、UVインクジェット印刷、シルクスクリーン印刷、オンデマンド印刷等の各種印刷物をデザイン・印刷・発送まで専業化して行う。 事業所開所時、社員は21名(内障害者11名)であったが、業務拡大とともに、現在は24名(内障害者12名)となった。 弊社のモットーとして、「仕事を断らない、ミスを出さない、納期を厳守する」を掲げている。請け負った仕事においては、当然のことながら、「障害を持つ社員がやっている仕事だから」と精度を低く設定するような考えはなく、品質や精度に関しては、取引先の要求に応じ、常に満足してもらえるように心がけている。 2 設立の背景 (1)背景 平成17年5月、特例子会社として誕生した弊社は、開設時から5年計画で印刷事業を展開する計画があり、その用地を探していた。そこに、浦安市の所有する土地の活用計画構想を伺い、弊社による後述の事業提案が浦安市に採用され、4年間の歳月をかけ、市が施工し、現在に至る。 (2)浦安市について 図1 浦安市の変遷 浦安市は昭和39年から始まった埋め立て事業で市の面積は4倍になり、人口も1980年代から増加した。1983年ディズニーランドオープン後は、全国・世界的にも周知されるようになった。人口も平成24年4月16.3万人と急増している。うち、障害者手帳保持者は、3742人(2.3%)である。  図2 浦安市の沿革 浦安市の特徴は、前述の他、高齢者が少ない、東京に近い、交通の便がいい、土地価格が高い、障害者の入所施設がなく在宅者が多い等あげられる。 現在では、移動支援事業により地域生活支援事業を充実させ、障害児・者総合相談センター・障害者等一時ケアセンター・夜間安心訪問ヘルプサービスを24時間365日対応の事業として展開している。 図3 浦安市の人口ピラミッド 浦安市の障害者手帳所持状況(表2〜表4)は、2%前半であり、障害者は身体障害者が多く、年齢別では高齢者が多い。 この状況を踏まえ当該、浦安市に4年間の歳月をかけ、「いきがいづくり共同体」の事業提案が採用され、浦安市ワークステーションが建設された。 表1 障害者手帳所持状況の推移 図4 障害者の状況 表2 年齢別障害者の状況 3 浦安市ワークステーションの施設概要 (1)概要 敷地面積 2,499平方㍍、建物面積 402平方㍍、延床面積 2,956平方㍍、地上3階建である。 (2)いきがいづくり共同体 今回の総合的事業提案者である「いきがいづくり共同体」における、全体のコーディネート役は、「浦安市施設利用振興公社」、建物の維持管理等を行う。就労支援センターおよび福祉就労施設は、「NPOタオ」が行い、障害者自立支援サービス、就労移行支援・就労継続支援(A型・B型)、食堂・売店等の運営を行う。一般就労施設「リクルートスタッフィング」と弊社、施設設計「INA新建築研究所」の5社である。 4 浦安市ワークステーションの機能 (1)就労支援センター 障害者の就労支援を行い、就労・雇用が円滑に行われることを目的として設置した相談支援の場で、「就労相談、就職活動支援、職場開拓・職場定着・離職者支援」などを行い、登録者は203名、就職者も平成20年12名、同21年15名、同22年13名、同23年18名と、実績を拡大している。 (2)福祉的就労施設 NPO法人タオ 福祉的支援のある環境で仕事を行い、一般就労の移行に向けた訓練や継続的な就労訓練の場で、封入作業や丁合作業、試供品の袋詰め等様々な事業を展開している。その中でも「ソックモンキー」は全国的にも知名度が高く、1足の靴下から完成するユニークな人形は有名デパートなどで販売している。B型では利用者数現在56名でスタートした「NPO法人タオ」も本年度からは「A型」も行う。タオは、当該施設内の3階の食堂運営の他、施設外でも食堂運営等を行い、更なる事業拡大を計り躍進している。 (3)一般就労施設 ①(株)リクルートスタッフィングクラフツ 事業内容は、手漉き紙による販促用のカレンダー、はがき等の製造を行い、障害者38名雇用し、中でも知的重度障害者を多く雇用している。 ②大東コーポレートサービス(株)浦安 事業内容は、オフセット印刷ではパンフレット・封筒印刷、シルクスクリーン印刷では入居者募集看板や各種看板印刷、UVインクジェット印刷では看板・垂れ幕・展示会パネル等様々な印刷、オンデマンド印刷では名刺やチラシ等の印刷、その他図面製本作業を行う。印刷を専業化し、デザイン・印刷・折り・発送を行っている。 現在では、24名の社員を雇用し、内障害者12名、(重度障害者6名・精神障害者5名・知的障害者1名)を雇用している。 浦安事業所の各種印刷業務 5 ワークステーションの特徴 就労支援センターでは、前述の就労相談、就職活動支援、職場開拓、職場定着・離職者支援などを行い、一般就労施設の他、施設外の事業所・企業への就労を薦める。その他、福祉就労へも薦め、一般就労先には研修や職場実習を実現させる。又、一般就労先からは効率よく業務を受託し易い良い環境にある。 浦安市が公共の場である土地建物をNPO法人、民間法人に提供して障害者雇用の拡大と定着を実現するシステムは全国で初の事業である。しかも当該事業では、障害者雇用における就労相談から就労支援活動、職場開拓、職場定着、離職者支援、そして、研修や職場実習、福祉的就労施設の行う事業の受託事業が一つの建物の中に、雇用相談から就労まで一巡できる仕組みが一同に存在しているところに大きな価値がある。 2階建の建物に106名の障害者が雇用されている。これもまだまだ拡大できる可能性が大である。 これらの仕組みは、全国どこの自治体でも可能である。建物は新築が条件ではなくても実現できる。又、様々な組み合わせも期待できる。このことを踏まえ、同様の施設が全国に拡大していくことを願うものである。 6 浦安市ワークステーションの果たせる役割 (1)障害者雇用の経済的効果 ★非就労の場合の社会的コスト モデル1(生活保護受給者) ヘルパー派遣・生活保護費 月45万円 モデル2(施設通所者) 施設通所費・施設運営費 月42万円 (大阪箕面市による試算) (2)障害者雇用実現の経済的効果 年間10名一般就労した場合の 社会的コスト削減額 モデル1 45万円×12ヶ月×10人=5,400万円 モデル2 42万円×12ヶ月×10人=5,040万円 就労支援センター 23年度実績 42万円×12ヶ月×18人=9,072万円 就労支援センター運営費年額 4,900万円 (3)障害者も納税者に ○所得税課税の対象となる場合 給与所得控除 650,000円 基礎控除 380,000円 障害者控除 270,000円 重度障害者控除 400,000円 →軽度障害者の収入130万円、又は重度障害者収入143万円以上は所得税課税される。 ○一般就労の給与 最低賃金の場合 748円×7時間×20日×12ヶ月=1,256,640円 良い結果を出すことができれば、良い雇用条件が達成できる。その結果、福祉行政におけるかかる経費削減効果は大きなものが期待できる。 残る課題は、障害者の更なる雇用拡大と障害者が行うことができる業務(職域)の拡大であり、このことへの責任はひとえに経営者が様々な努力を駆使して負うべきである。 7 おわりに 障害者雇用を進める企業にとって、各種助成金制度や各自治体の当該支援は大きな後押しとなり、雇用の拡大と定着に役立っている。 その結果、高性能な良い機械を購入し親会社のみならず顧客満足度の高い事業を展開することができる。市場原理に負けない仕組みを作り、独自で経営利益を創出することも可能である。その結果、障害者を納税者として送り出すことは意義深い。 その際において、弊社では、まず、技術者を事前採用して技術者の機械等のトレーニングを行い、高性能な機械を当該技術者がマンツーマンで障害者に教える体制で進めている。将来は、障害者に当該印刷機械を全て任せることが夢である。 【参考文献】 1)「浦安市の障害福祉」24年7月 2)「箕面市の福祉」 地域連携・定着支援の強化 −100万人口圏での新たな取組み− 有賀 幹人(リゾートトラスト株式会社東京人事総務部 障害者雇用・リワーク推進センター) 1 ヒアリング参加 本原稿を執筆するにあたり、ハローワーク渋谷専門援助第二部門および雇用指導官コーナー、世田谷区保健福祉部障害者地域生活課、世田谷区立障害者就労支援センター「すきっぷ」、「世田谷区手をつなぐ親の会」にヒアリング参加という形で協力をいただいた。 日本の障害者雇用は、法で定められた雇用率未達成企業には、障害者雇用納付金と制裁を科す制度だ。企業にとっては、国内で事業を継続するための社会的コストとも言える。 社会的コストである以上、障害者を雇い入れている企業が、行政、就労支援センター、特別支援学校を含む高校、保護者という属性を異とする機関・団体と協働して障害者の就労に取り組むことは、当然の帰結である。 2 社会的コストとしての障害者雇用 通勤の足の確保が難しいリゾート地に点在するホテル運営が主事業の当社は、法定雇用率の確保のため、東京と名古屋の両本社に事務支援センターを設置、障害者スタッフ就労の場とした。両事務支援センターで、障害者手帳保持スタッフの7割が、残り3割が既存の様々な職場で就労している。障害者雇用には、どのくらいの経費がかかるものなのか、東京事務支援センターを一例に検証する(表1参照)。 表1 2011年 東京事務支援センター費用概算 同センターには、43名の障害者スタッフが在籍、DM作成・名刺作成・文章のPDF化・パソコン入力・印刷製本・発送・社内配送・ホテル清掃など100を超える業務をこなしている。これら業務を円滑に遂行するためにはサポートスタッフが必要で、7名の社員を配置している。うち3名が2号ジョブコーチ有資格者。それでも、サポート体制は十分とはいえない。東京事務支援センターを廃止した場合の納付金は推定3千万円。どちらが安くつくかは一目瞭然だ。 3 手厚い公的助成は就労前後二年間 都内の中小企業(常用雇用者300名以下)が障害者を雇用した場合の公的助成制度のモデル図である。大企業の場合は期間も金額も半分以下だ。 (独法)高齢・障害・求職者雇用支援機構の設備・施設助成金は、1クール3年間単位が基本だ。また、その間でも、3回、個別の案件で受給すると、継続雇用中は受給の権利が消失する。障害者は雇用して3年間で一人前のスキルを身につけろ、後は企業責任だと言っているに等しい。ところが、実際はそんなに上手く進捗しない。 社会的コストである以上、コスト負担はやむを得ない。そこで、多くの企業は、障害者の職種や業種を広げるために様々な取り組み、創意工夫を行い、公的助成のエアポケットを埋め合わせようと努めている。 しかし、職場改善、職域開拓、障害者本人への精神的サポートや生活面のサポートなど企業努力にも限界がある。行政だけではなく、就労支援センターや就労移行支援事業所、特別支援学校、保護者など多くの関係者と協働しなければ、障害者が安心して働ける場は作れない。 4 福祉に参入する『民』に求められるモラル 現在、株式会社立の就労移行支援事業所が次々と設立されている。行政と社会福祉法人が仕切っていた就労支援の世界に、民間企業が殴りこんできた格好だ。しかし、これまで詳述してきたように、障害者雇用は、利潤を生みださなければならない株式会社にとっては、肌合いの違う世界のはずだ。それにも拘らず、なぜ入り口段階の就労移行支援事業にばかり、民間企業が参入するのか。 就労移行支援事業所の運営資金は、利用者が負担する利用料で賄われている。この利用料の支払い義務は本人の所得が一定以上ある場合に限られる。そのため、就労移行支援事業所に支払われる利用料のほとんどが国庫負担だ。利用料だけではない。移行支援には様々な優遇策が講じられている。その一つが、職場実習に対する加算金だ。「職場実習だけでもやらせてもらいませんか」と頼みにくる就労移行支援事業所が急増している。職場実習の間、利用者の支援」を忘れることができるうえ、国から加算金までもらえる。障害者本人のキャリアを考えた実習であるならばよいが運営資金を考えた実習であれば、他人の善意を食い物にしていると言われても言い訳のしようはあるまい。 では、民間の就労移行支援事業所では、どのような訓練がなされているのだろうか。通勤時はネクタイに背広姿、異口同音にパソコンができることをアピールする。そして、これもまた異口同音に「就労後の面倒は見ません」と冷たく言い放つ。一方で、ハローワークや政治家との仲のよさを吹聴する。 当社は、株式会社立の移行支援事業所からの職場実習の依頼は原則、受けないことにしている。障害者本人には気の毒だが、定着支援の目途がつかない限り、雇用もしない。これまでは、生活から就労までトータルに支援する行政・福祉型就労支援がほとんどだった。それが『民』の参入で、就労がゴールの制度となりつつある。 一方で、障害者スタッフを雇い入れている企業は、就労後3年間で障害者スタッフを一人前の戦力として育てなければならない。行政の技術的、人的フォローなくしては、雇用を継続することさえ不可能である。もしも、就労後の定着支援を拒否するような、株式会社立の就労移行支援事業所の横暴が許されるならば、障害者は、3年間で退職に追い込む企業を、誰も非難できない。一人ひとりの障害者にとって、雇用の継続が安定した生活を成り立たせるために必要との総意があるならば、定着支援を移行支援同様に、手厚く助成する必要がある。 表は東京事務支援センタースタッフの勤務年数だ。設立6年半で、平均勤務年数が4年弱。この数字は、ハローワーク渋谷専門援助第二部門および雇用指導官コーナー、世田谷区保健福祉部障害者地域生活課、世田谷区立障害者就労支援センター「すきっぷ」、「世田谷区手をつなぐ親の会」との連携の結果である。 5 地域連携モデル①《委託訓練を求人に活用》 訓練と雇用という異なる命題を補完するために、ハローワーク渋谷、(公財)東京しごと財団と当社は緊密に連携してスキームを作り上げた。この構想実現のキーワードは、研修カリキュラムと、行政のネットワークだった。当社は、ハローワーク渋谷と東京しごと財団に研修カリキュラム開示したほか、希望された団体や法人には、研修の見学、教材・プログラムの開示をした。2名の求人(結果として3名採用)に対し22名の応募があり、本格的な研修に対するニーズの高まりが垣間見られと、この構想に携わった三者は推察している。 障害者の採用基準は、単に作業能力が高いか否かではない。その時々、高い生産性が見込める職場構成を可能にするために必要な障害特性を持っているか否かだ。たまたま、同じような障害特性を持ったスタッフが充足していると、不採用になってしまう。障害者雇用で最も悩ましい点だ。しかし、障害特性を見極める採用ができたことで、内製化効果も上がることとなり、継続雇用の環境づくりに大いに貢献した。 知的障害だけではなく、安定すれば、普通に業務をこなせる発達障害のスタッフも増え、拡大可能な職域の幅も飛躍的に広がった。さらに、知的障害者、精神障害者がそれぞれ障害特性を補完し合い、職場の雰囲気を穏やかにしている。集団面接会に出席すれば、30名を超える応募者が集まる。しかし、ハローワークが管内の支援機関に呼びかけ、しごと財団が面接するという二重のフィルターを通ってきた応募者と時間をかけて面接、off-JTを含め90時間の職場実習をするという質を重視したい。 年末にかけ、2回目の委託訓練併用求人を実施する(表2参照)。 表2 委託訓練を取り入れた採用活動の流れ 6 地域連携モデル② 《定着支援強化へ地域の社会資源を再編》 (1)世田谷モデル ハローワーク渋谷の管内は、渋谷・目黒・世田谷の3区だ。世田谷区だけで人口85万人。3区合わせた人口は130万人。政令指定都市並みの人口を擁する。東京本社の所在地は渋谷区。最も密な関係にある就労支援センターの『すきっぷ』は世田谷区立だ。 知的障害者の就労支援では全国区の知名度を持つ『すきっぷ』と当社を結びつけたのは、ハローワーク渋谷である。雇用率を上げるには、知的障害者のグループ就労が手っ取り早いという判断だったときいている。このアドバイスが正しかったからこそ、現在の東京事務支援センターが在ると言って過言ではない。行政の役割を垣間見る感がする。 表3 世田谷モデル 『すきっぷ』卒業生が障害者スタッフの過半を占めることは、必然的に世田谷区内ただ一校の特別支援学校・青鳥特別支援学校や『世田谷区手をつなぐ親の会』との連携を強めることとなった。気がつくと、世田谷モデルと言われる地域支援ネットワークに関わるようになっていた。 『すきっぷ』『クローバー』『しごとネット』が中心的役割を果たす形で、実際の支援が進められている世田谷モデルは、当社にとっては、頼りになる存在であった。 (2)世田谷モデルへの不満 6年前、世田谷区民の子供も多く通う都立永福学園が杉並区内に開校された。軽度な知的障害者を対象に就業技術科を設置、高校1年時から職業教育を始めるという、特別支援学校とは一味違う学校が1学年の定員100名でスタートした。 就職率100%を謳った永福学園ではあったが、定着支援については「学校としては、就労後3年間しか支援をしない。世田谷区民はクローバーに登録して欲しい」と心もとない。永福学園であろうと、青鳥特別支援学校であろうと、都の教職員である以上、3〜4年で異動する。学校が就労移行から定着支援まで関わることは、構造的に難しい。ただし行政は、公立学校の事情を勘案すると同時に、学卒者の定着支援のために地域の就労支援センターを強化しなければならない。 就労の入り口段階では、すでに指摘(4項)したように公立、社会福祉法人、NPO、株式会社と形態は異なるが、多くの法人が求職者を探している。足の引っ張り合いもある。指定管理者制度が導入されたことで、その傾向に拍車がかかることが心配だ。 世田谷モデルの顔とも言える『すきっぷ』に対する風当たりなどその一例である。『すきっぷ』の支援員は、就労室か相談室で就労前から支援にあたっている。本人だけではない。親兄弟から家庭の事情まで丸ごと面倒をみる。就労後の支援も一貫した支援だから、問題点の把握が速い。 ただし、利用者の誰もが改善を求めている課題もある。『すきっぷ』を運営している社会福祉法人『東京都手をつなぐ育成会』は、都内で100箇所以上の施設を運営しているため、支援員の異動は避けて通れない。 建設的な批判なくして進歩なし。再び、世田谷モデルに光を取り戻すために何をするべきか? ハローワーク渋谷専門援助第二部門および雇用指導官コーナー、世田谷区保健福祉部障害者地域生活課、世田谷区立障害者就労支援センター「すきっぷ」、「世田谷区手をつなぐ親の会」と当社は学識経験者を交え、研究を重ねた。そこでまとめた素案を新世田谷モデル(下図)とする。 ①『すきっぷ』と『クローバー』を統廃合する。『クローバー』の生活支援機能を『すきっぷ』の相談室機能に組み入れる。 ②主任支援員クラスの中から相談支援専門員を選抜、定着支援にあたらせる。 ③永福、青鳥卒業生の定着支援は新組織が受けることとし、支援員20名体制にする。 の3点が骨子。 政令指定都市規模の世田谷区にとっては、30万人口圏で想定された『・センター』方式は使い勝手が悪い。支援員20名を抱える自前の就労支援センターを再編、活用することにした。 7 相談支援専門員の役割 障害者自立支援法に代わる障害者総合福祉の骨格が、地域相談支援センターの設置と相談支援専門員であり、この素案の下敷きである。 (厚労省部会報告から抜粋) 公共職業安定所と地域障害者職業センターの連携に関する一考察 −精神障害者雇用トータルサポーター実習を活用し就労に至った事例を通して− ○新木 香友里(神奈川障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 太田 幸治(大和公共職業安定所) 日高 幸徳(神奈川障害者職業センター) 芳賀 美和(大和公共職業安定所) 1 はじめに (1)精神障害者雇用トータルサポーター実習 平成23年度、公共職業安定所(以下「安定所」という。)において、精神障害、発達障害のある求職者の就労から職場定着までを支援する、精神障害者雇用トータルサポーター(以下「サポーター」という。)が主担当となる、精神障害者雇用トータルサポーター実習(以下「サポーター実習」という。)が制度化された。サポーター実習とは、サポーターによる面接を受けたことのある、精神障害者、発達障害者を対象とした、雇用を前提としない職業体験型の実習である。就労生活から遠ざかっている者、就労支援機関の中で作業アセスメントが実施されている求職者の中でも、本人の希望とアセスメントの結果が一致しない場合、サポーター実習を通して再度適性を確認することが期待される。 実習期間は1日3時間、計5日程度を目安とし、実習中の保険は安定所が負担する。大和安定所におけるサポーター実習の職種として、店舗内の食品製造と販売、食品加工場の清掃業務、中小企業の事務補助が用意されている。 (2)神奈川障害者職業センターの職業準備支援終了者の状況 神奈川障害者職業センター(以下「職業センター」という。)における、職業準備支援プログラム(以下「準備支援」という。)を平成23年度に終了した者の障害別の状況は表1のとおりである。 表1 障害別、平成23年度職業センター準備支援 終了者の状況(H24年5月末時点) (単位:人) 障害状況 帰趨 身体 知的 精神 発達 その他 計 就労中 0 9 24 23 4 60 就職活動中 0 5 11 18 0 34 福祉施設通所中 0 0 1 3 0 4 その他 0 1 4 0 0 5 計 0 15 40 44 4 103 表1のとおり、準備支援終了者の約60%が就労中であるが、約30%は就職活動中となっている。準備支援終了後に職業センターあるいは安定所にて支援を行っていく中で、表1の就職活動中の者の中には、準備支援時に把握された課題を踏まえることなく、長所を活かしきれないまま就職活動に移行し就職活動が長期化している者もいる。就職活動が長期化する一因として、準備支援での体験の振り返りが不十分であったことが考えられる。 職業センターでは、準備支援の場を職場と意識しプログラムを受講するように周知している。しかし、模擬的就労場面である準備支援での体験が、現実の職業選択、就労イメージとつながりにくい利用者も中にはいる。就職活動が長期化している者の中には「準備支援中にできなくても(やらなくても)実際の職場ではできる」と考え、準備支援での職業評価とは違った方向で就職活動を展開してしまうことがある。 (3)準備支援終了後の支援としてのサポーター実習 本人の希望と職業評価の結果が一致せず、就職活動が長期化している求職者が、長所を生かした就職活動を展開していくための支援の一つとして、実際の職場で実習を行い、改めて作業アセスメントを行うことが考えられる。その選択肢の一つとしてサポーター実習の活用が挙げられる。 サポーター実習を契機に、本人の希望と作業アセスメントの結果が一致し、就職活動の方向性が再設定された場合、安定所が求人を、職業センターがジョブコーチ支援を提供し就労から定着までを連携することにより、準備支援終了者の就労の可能性を広げることにつながると考えられる。本研究では、職業センターの準備支援終了後にサポーター実習を活用し、安定所と職業センターの連携により就労に至った一つの事例を提示し、サポーター実習の活用および安定所と職業センターとの連携支援を中心に考察することを目的とする。 2 事例 (1)職業センターにつながるまで A氏(20歳代前半、女性、広汎性発達障害、療育手帳B1)は、中学時代に同級生からのいじめに遭い、高校は不登校の生徒を積極的に受け入れる私立の学校に進学し3年で卒業した。高校時から飲食店でアルバイトをしていたが、数字の計算が苦手なため業務遂行ができず、また周囲から厳しく指摘を受け人間関係で苦労し長続きはしなかった。高校卒業後、高等技術専門校に入学し調理関係のコースに通ったが、就職活動の不振と通学が遠かったことも重なり中途退学した。中学生時より障害のことも含め相談していた、地域の相談支援事業所からの紹介で職業センターにつながり、平成23年10月に登録した。 (2)準備支援での評価 A氏は平成23年12月より午前9時30分から午後2時30分まで、週4日、6週間、発達障害者を対象とした準備支援を受けた。準備支援ではボールペン、テープルタップの組み立て等の身体作業、ピッキング、書類作成等の事務系の作業をこなしていたが、時々風邪による体調不良を訴え欠席した。「バスに乗り遅れた」と遅刻することもあったが、90%以上の出席率で準備支援を終えた。事務課題では書類の見落としや転記のミスが出ており、PCのデータ入力でもミスがなくならなかった。また、講習場面では緊張が高い様子がみられ、自ら積極的に発言することは少なかった。これらを踏まえ、準備支援が終了した段階での評価結果は、A氏が希望する事務職、接客より身体作業に適性があり、A氏担当の障害者職業カウンセラー(以下「カウンセラー」という。)から身体作業系の求人を探していくことを勧めたが、準備支援終了後の支援の方向性でA氏の希望と一致しない状態だった。 (3)サポーター実習へのつなぎ 平成24年2月、安定所専門援助部門の障害者支援の担当官(以下「担当官」という。)が、職業センターにサポーター実習の周知を兼ね連絡したところ、カウンセラーよりA氏に対するサポーター実習の依頼があった。A氏が以前から興味を示していた接客も行え、身体作業を伴う食品製造ができる店舗型の実習先を担当官が提案し、後日、職業センターにてA氏およびA氏の母、A氏が利用している相談支援事業所の精神保健福祉士(以下「PSW」という。)、カウンセラーが同席した。サポーターが実習の趣旨、実習先として予定していた店舗について説明した。カウンセラーからは実習の目的、実際の職場で働いてみて改めて適性について考えてみることを提案し、A氏、母、PSWはサポーター実習の参加に同意した。 3月、実習先となる店舗にA氏、母、カウンセラー、安定所の担当官、サポーターが赴き、店舗の責任者と仕事内容等について打ち合わせを行った。実習の目的が、身体作業中心の職場でどれだけA氏が動けるかをみることにあることを、A氏、母、店舗責任者、支援者間で共有した。実習は午前10時より午後1時までの1日3時間で、日程は店舗の受け入れ体制の都合により、1日目と2日目を連続で行い、1日休み3日目、そこから3日休み4日目、5日目を連続で行うことになった。実習5日間が終了した2日後に店舗にて実習の振り返りを行うことも併せて確認した。 (4)サポーター実習を受けて A氏は実習初日、開始30分前に店舗に入り、責任者の指導のもと、パン生地をこねる作業を中心に行った。2日目は職業センターの評価アシスタント(以下「アシスタント」という。)が訪問し、初日とは違う作業に取り組んだ。 3日目、「頭痛で出勤が難しい」との理由で、午前9時の時点で店舗には実習を休む電話連絡をしていた。しかし、実習の主催者である安定所への連絡が午後4時となってしまった。A氏に実習を継続する意志を確認し、「実習日を振り替えてほしい」との申し出を受け、3日目から5日目までを3日連続で行うことでサポーターが店舗側とA氏の間に入り調整した。A氏には店舗にいち早く連絡したことを評価しつつ、以降、休む場合は安定所にもすぐに連絡するよう伝えた。 仕切り直しとなった3日目はカウンセラーが実習先を訪問しA氏の状態を確認した。A氏は体の不調を訴えることなく、2日目に行った作業を継続した。責任者の指示と見本を見ながら、具材の計量やトッピングなどの力の加減や勘が必要な作業もうまくこなしていた。4日目、実習も終盤に入ったこともあり、3日間で覚えたパン生地づくりの他に、店舗で販売するパンの下ごしらえとして、パンにナイフで切れ目を入れる作業と、パンに挟む野菜の水切りを担当した。最終日となる5日目、サポーターが実習先を訪問した。4日目の続きと実習の総仕上げとして、店舗で販売するパンを一人で製造した。パンにナイフで切れ目を入れ、水切りした野菜と他の店員が揚げたコロッケを挟み、ラップをして商品情報が記載された店舗指定のシールを貼って開店前に陳列するまで一連の作業を行った。A氏が作ったパンが目の前で売れていく様子を見て、A氏は「すごくうれしいです」「この仕事をしていきたいです」と食品製造に携わる喜びを表現していた。 (5)希望職種の修正 実習終了後の振り返りで店舗の責任者は「身だしなみもよく、作業の理解や勘もよく、他の店員との関係も問題なく、安心して作業を任せることができた。何グラムなどの数字を頭に入れることは不得意なようだが、苦手な面に対する職場の理解があれば、食品製造で働けるのではないか」と評価を得た。準備支援終了後に事務職にこだわっていたA氏も「食べ物を作る仕事が楽しいことがわかった」と話した。A氏の想いに応えるべく、安定所と職業センターが連携し支援を継続していくことを振り返りの場で確認した。 (6)安定所からの求人情報の提供 安定所では担当官と雇用指導官が連携し、食品を扱う、障害者雇用率未達成事業所に働きかけた。この間、職業センターではA氏に対し履歴書と職務経歴書の添削を行った。 平成24年4月、安定所の担当官から職業センターにスーパーの中でお弁当、総菜の調理、盛り付けを行う障害者求人が出たことを伝え、カウンセラーからA氏に求人のことを伝えた。 A氏の求人への応募を受け、担当官が事業所側と、A氏の職場見学の日程を調整し、5月、A氏、カウンセラー、担当官が職場を訪問し、惣菜を盛り付ける現場を見学した。見学後、職場の責任者と就労前の職場実習(以下「職務試行法」という。)の日程について話し合いを行った。カウンセラーからは作業内容を段階的に増やしてもらうように助言を行い、併せてA氏の障害状況等の情報提供を行った。 (7)職務試行法を経て就労 平成24年5月、計5日間の職務試行法が始まり、職業センターのアシスタントが職場を訪問し、A氏の仕事ぶりを見守る一方、職場の責任者ともA氏に任せる業務について調整をした。職務試行法2日目にサポーターも職場を訪問し、働いた後のA氏と話をした。A氏は「今度は休まないように頑張りたいです」と話していたが、その翌日、「頭痛」により職務試行法を1日休むことがあった。責任者の理解もあり、「仕事が覚えられるまで何度も繰り返し聞いてもいいし、ゆっくりやればいい」との言葉をもらった。責任者の言葉にA氏も安心したのか、それ以降、職務試行法を休むことなかった。職務試行法の終了後、A氏、責任者、職業センターのカウンセラー、安定所の担当官で振り返りを行い、作業面では問題はなく採用となった。6月より、まず無理なく働けるように、1日4時間、3〜4日勤務毎に一度休日を入れるという条件で就労を開始した。就労後はジョブコーチ支援を実施し、ジョブコーチが職場を訪問してA氏の就労継続を支援している。 3 考察 (1)サポーター実習の活用 サポーターによる支援を受ける前に、就労支援機関につながっている場合、求職者の主たる活動場所までサポーターが出向くことがサポーター実習を円滑に進めていくうえで必要と考えられる。なぜなら、精神障害、発達障害のある求職者にとって、不慣れな場所で初対面となるサポーターから説明される場合、緊張を増すことも想定され、結果的に実習参加への抵抗につながる可能性も否定できないからである。本事例において、職業センターにてサポーターが実習の説明を行うと同時に、A氏の母、A氏が利用している相談事業所のPSWも同席したこともA氏に安心感を与えたと考えられる。支援者同士の相互の往来を通じ、本人と支援者との関係性を構築していく配慮が、サポーター実習の開始前には求められる。 本事例では実習中、A氏が「頭痛」を訴え実習を休み、結果的に3日連続という日程になった。しかし、A氏および母と実習の目的を確認していたことと、カウンセラー、アシスタント、サポーターが実習先を訪問しA氏の活動を見守ったことによって、A氏の実習参加の動機づけが維持され、5日間の実習を終了することにつながったと考えられる。また、実習後に協力事業所からの評価が求職者、支援者間で共有されないと、今後の就職活動に向けての長所、課題を把握しきれずに終わってしまうことも考えられる。したがって、サポーター実習を有意義なものとするには、事前に求職者だけでなく、関係機関職員、サポーターとの間で実習の目的について十分に確認し、実習終了後にも協力事業所と関係者間で振り返りを行うことが欠かせない。本事例では、サポーター実習開始前から終了までの間で支援者間の協力関係を構築したことがA氏の職種選びの見直しに肯定的に働いたと考えられる。 求職者によっては、適切な振り返りを行うことが難しい者もいる。今回は、複数の担当者から一貫したフィードバックを受けられたことがサポーター実習の効果を上げたと考えられる。 (2)安定所と職業センターの連携 安定所は求人の紹介を行う場所というイメージが強いかもしれないが、安定所の専門援助部門では障害者の就労支援のためにチーム支援が実践されており、求職者のニーズをアセスメントしながら地域の支援機関との連携を行っている。中でも求人とのマッチングにおいて、職業センターの準備支援の中で把握された就労後に職場で生じうる課題やジョブコーチ支援の見通しを参考としており、就労から職場定着まで職業センターの支援は欠かせなくなっている。 しかし、安定所が職業センターに就労準備のすべての過程を任せるのではなく、サポーター実習を通じ支援の過程を安定所と職業センターで共有していくことも必要ではないかと考えられる。本事例のA氏の就労までの経過を振り返ると、サポーター実習ではセンターのカウンセラー、アシスタントが関わり、職務試行法では安定所の担当官、サポーターが訪問するなど、相互の事業に人的協力を惜しまなかった。このように支援の過程を安定所とセンターで共有できたことがA氏の就労に有益となったと考えられる。 さいたま市障害者総合支援センターの取り組み −就労準備性の構築から定着支援までの連続した支援について− ○小津 礼子(さいたま市障害者総合支援センター 所長) 榊原 義文・増田 和彦(さいたま市障害者総合支援センター) 1 はじめに さいたま市障害者総合支援センター(以下「当センター」という。)は、平成19年4月さいたま市直営の就労支援機関としてスタートした。常勤・非常勤併せて12名のスタッフで、障害者の就労準備性の構築から定着支援まで連続した支援を行っている。当センターは行政機関として地域ネットワークによる連携が進めやすいという特徴がある。地域ネットワークを生かし生活支援まで含めた手厚い支援を行ってきた結果、年々就労実績を伸ばしてきた。 本発表では、当センターが行政直営の就労支援機関として独自に行ってきた取り組みを概観するものである。 2 増え続ける就労者と高い定着率 平成24年8月末現在、492名の一般就労を果たしている。職場定着率は高い。平成23年度実績の年度末の定着率は全体で80%、ジョブコーチ支援が入った定着率は91%となっている。 図1 就労実績 3 就労準備性の構築 平成23年度は1,952件の就労相談があった(新規相談266人、継続相談延べ1,686人)。しかし相談者の6割は、就労経験がなかったり、福祉的就労が長かったり、ひきこもりであったり就労準備性の点で問題のある人たちであった。それらの人たちがすぐ採用される可能性は少ない。また実習も容易ではない。当センターでは講座や研修での「学び」を勧め、障害者の就労準備性を高める取り組みを行っている。 表1 講座研修開催状況(平成23年度実績) 講座研修の種類 講座数 参加者 PC講座 13コース 200人 就職活動支援講座 3 126 資格取得講座(簿記等) 3 34 余暇支援講座 5 86 職場で役立つスキル講座 3 39 生活支援講座(洗濯掃除等) 11 196 特別支援学校向け講座 5 131 「学び」を通し達成感や自己肯定感を得て実習⇒就労と進む場合が多い。なお講座履修後、福祉的就労につながる仕切り直しもあり、必ずしも「学び」が一般就労のステップとは考えていない。様々な自立と自己実現があっていいと考えている。 4 専任トレーニングコーチによるアセスメント (1)トータルパッケージの活用 当センターでは主に独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センターで開発された「職業適応促進のためのトータルパッケージ」を活用している。就労前のアセスメントとして有効なツールとなっているが、近年の傾向として普通教育の中で過してきた知的障害、成人期になって診断を受けた発達障害、高次能機能障害の自己理解と障害受容、家族の認知に際立って有効である。 〈事例①〉20歳男性 知的障害B IQ47 普通教育の中で過ごし指定校推薦で大学進学。履修科目を選択できず学内でパニックとなり、学生相談室から精神科クリニックを紹介される。主治医が知的障害を疑い当センターを案内。 両親を交えた面談を行うも親、特に父が我が子の障害性を認識せず。 MWS(ワークサンプル幕張版)を実施⇒振り返り面談で両親と本人に知的障害の疑いを指摘⇒療育手帳申請⇒療育手帳B取得⇒就労移行支援施設利用⇒企業実習⇒物流センター就職(障害者雇用) 〈事例②〉42歳男性脳出血による左半身機能不全 リハビリ中から、身体機能の障害に加え短期記憶の低下と半側無視を指摘されるも、本人は身体障害以外を認めず。ハローワークが当センターを案内。MWSの振り返りで短期記憶の低下(指示理解困難)と半側無視を初めて認識した。現在は障害者枠で病院の検査室に就職。 〈事例③〉31歳女性 ADHD 自分の障害について勉強しており、相談機関を転々と変えてきた。障害を非開示で就労してきたが長続きせず、開示で働くが職場に配慮がないと感じるとすぐ退職。MWSとMSFAS(幕張ストレス疲労アセスメントシート)を活用し、LD(読み間違い)傾向がわかる。また、障害特性上座って同じ作業するより動きがあり人と接する仕事が向いていると判断。ドラッグストアに採用された。 (2)その他独自のアセスメント 必要に応じて、対象者の想定職務を模した作業体験を実施している。近年求人が多い物流センターの業務を模した重さの違いを認識する体験や清掃業務を想定した体験等を行っている。8㌔〜10㌔の違いを認識出来なかったり、拭き掃除では拭き残しが目立ったり、雑巾絞りが出来なかったり意外な不得手な部分が見えてくる。 5 独自の職場実習 当センターでは、職場実習を重視している。いくつかのパターンの実習があるが、いずれの場合も実習段階からジョブコーチが入りアセスメントを行っている。 (1)実践的な実習 採用を考えている企業にはなるべく実習をお願いしている。業務と障害特性のミスマッチは早期離職の原因になるうえトライアル雇用の中断は本人のトラウマになり、また企業にとっても以後の採用に悪影響を及ぼす。そのため採用を急ぐ企業と就職をあせる障害者双方を説得する場合もある。 (2)「仕事体験」としての実習 相談者の6割が就労準備性に難がある現実にあって、「仕事体験」としての実習の意味は大きい。実習をして初めて、定時に起き身だしなみを整え一定時間仕事をする大変さに気づく。逆に障害は重いが周囲が驚くほど緻密な仕事が出来る場合もあり、実習で知ることは多い。実習を通して自己理解が深まり、比較的短期に就職に結びつく場合も多い。一方、実習の結果、福祉的就労につながる場合も多い。 表2 職場体験実習の実績(24年度は8月末現在) 年度 19 20 21 22 23 24 実習者 17人 40 44 54 55 23 受入企業 10社 27 53 33 37 23 (3)職場実習の課題 実践的な実習を経て採用に至った場合、職場定着が比較的容易でトライアル雇用中断や早期離職は少なくなった。一方、採用の予定はないが実習は引き受けるという「仕事体験」の場としての中小企業が減っている。円高等厳しい経済情勢で余力がなくなってきているようだ。当センターは専任職員が小売り・物流・有料老人ホーム等内需型産業にシフトした実習先開拓を行っている。 6 企業開拓 雇用先(実習先)企業開拓のため専任職員2名を配置している。民間企業退職者で企業側の視点を持ち合わせた者を採用している。雇用先の開拓から採用上のアドバイスまで業務は多岐に渡る。 表3 企業訪問実績(24年度は8月末現在) 年度 19 20 21 22 23 24 訪問数 256 857 1,019 1,287 1,698 738 7 独自のジョブコーチ支援 ジョブコーチは4名体制である。実習段階からジョブコーチ支援をする場合が多い。トライアル雇用期間中は最長2週間程度集中支援に入る。正式採用されてからは月1回程度巡回している。 表4 ジョブコーチ派遣実績(24年度は8月末現在) 年度 19 20 21 22 23 24 対象者 28人 46 66 101 137 145 企業数 24社 36 44 57 91 102 (1)ジョブコーチの経歴 ・男性 事務機器メーカー施工監督経験者 ・女性 特別支援学校教師経験者 ・女性 障害者職業センタージョブコーチ経験者 ・女性 製造メーカークレーム処理担当経験者 採用に当たっては福祉畑出身者と企業出身者のバランスを考慮し採用している。 (2)ジョブコーチ支援の課題 当センターは支援終了時期を特に定めていない。開設時から巡回を続けているケースもあり、今後支援を必要とする方の派遣が困難になることも想定される。また、障害者雇用が拡がったことで企業の現場の指導員のストレスが高まりジョブコーチへの依存が高まっている。本人支援とともに「職場の支援者の支援」のあり方が課題となっている。 8 離職予防事業 離職予防を目的として、就労している障害者の余暇活動支援を行っている。通常、採用は特例子会社を除けば、セクションで1〜2名でともすれば孤独になりがちである。働く仲間が休日に集い明日の労働の英気を養うことが離職予防になると考え始めた。実際、離職予防事業参加者の自己都合退職は少ない。 (1)事業内容 市内2ヶ所の通所施設で隔週日曜日スポーツ、ハイキング、バーベキューなどを楽しむ。両施設利用可なので毎週参加可能。参加人員40人程度。 (2)離職予防事業の課題 近年の就労はシフト制が多く日曜が勤務であることが多く新規参加が困難となっている。 9 特別支援学校との連携 さいたま市民が通う特別支援学校は12校ある。就職率100%を目指す高等特別支援学校から卒業生の殆どが福祉的就労に就く学校まで様々である。一般就労を目指す生徒には学校と連携し在学中から就労後まで一貫した支援を行っている。 表5 在学中の支援(平成23年度実績) 講座研修の種類 講座数 参加者 就職活動支援講座 2コース 32人 就労向けPC講座 2 31 就職支援講演会 1 68 講演会は、毎年8月の保護者が参加しやすい時期に実施している。特例子会社経営者等に一般就労の動向や親の心構えについて講演してもらっている。当初、高等部保護者対象であったが参加者から「中学生の親にも聞かせて欲しかった。」と要望があり中学にも周知している。毎年好評である。 (卒業後の支援) 卒業後は必要に応じてジョブコーチ支援を行っている。夏休み中に登録してもらい就職後はジョブコーチが巡回している。障害者就労は生涯に渡る支援が必要であり、地域の就労支援機関が末長く担うべきであろう。 また例年卒業まで進路が決まらない生徒がいる。それら生徒については実習から採用まで当センターで仕切り直して支援している。 10 就労移行支援事業者との連携 昨年度就労者のうち33名が同事業との連携によるものであった。次のように連携している。 (1)支援内容 ① 当センターが「就労移行支援施設連絡会」を設置し合同研修会実施(就労支援講演会、バスを仕立てた特例子会社見学会等)。 ② 施設利用者の研修参加(PC講座、就職活動支援講座等)。 ③ トータルパッケージによるアセスメント。 ④ 実習先・雇用先の紹介 ⑤ 採用後のジョブコーチ支援 実習段階からジョブコーチ支援を行い採用後も引き続き支援している。また就労移行支援施設を紹介したり、福祉的就労を提案することも多い。 (2)就労移行支援事業者との連携の課題 就労移行に実績がある施設は意外に少ない。さいたま市内には障害者関連施設が90ヶ所ほどあり、就労移行支援事業を行っている事業所は29ヶ所ある。当センターと連携した就労実績がある事業所は10ヶ所にとどまっている。小規模な事業所では、軽度障害者が指導員を補佐して働き、運営上欠かせない存在になっている場合もあり、施設にとって一般就労に送り出すモチベーションは低い。さらにインセンティブが与えられる仕組みがないと、福祉的就労から一般就労への移行は容易ではない。 11 地域ネットワークによる就労ピラミッドの下部を支える支援 就労に必要な事柄を図式化した「就労ピラミッド」は分かりやすい概念で相談者への説明に効果的である。最近は③④が備わってなくても、企業の配慮で働く意欲さえあれば就労に結びつく場合が多い。しかし①②の欠如は就労上困難を伴う。 障害者の場合、仕事能力は高いが①②が原因で勤怠が不安定になり退職に至る場合が多い。次の事例は地域ネットワークで家族も支え、就労を維持したケースである。 図2 就労ピラミッド(障害者職業総合センター) 〈事例〉27歳女性 療育手帳A 養護学校卒業後ビル清掃業務に就いている。読み書き・計算が出来ないが、仕事が丁寧で勤怠は安定していた。企業から「最近体調不良による休みが多い。給料を兄に盗られるとの訴えもある。事実なら改善して欲しい。」と依頼がある。以下の支援を行った。 区役所障害CWと家庭訪問。以下の状況が分かった。母は認知症。父は2年前死亡。次兄は療育手帳Cを持ち就労中。長兄は養護学校卒業後在宅。知的障害が疑われるが手帳未所持。読み書き・計算出来ず、バスにも電車にも乗ったことがない。近所の工務店で日銭を稼いでいたが、熱中症で倒れてから仕事なし。母が家事が出来なくなって以来家は荒れ栄養状態も悪い。数度の関係者会議が開かれる。最終的には本人宅で関係者及び親戚の人も含めた家族全員参加で話し合いが行われた。 (出席者) 企業担当者・障害CW・社会福祉協議会・生活支援センター・ケアマネジャー・当センター・親戚 (確認された支援内容) 社会福祉協議会が金銭管理を支援する。母と本人にヘルパーを入れ、本人には料理と無駄のない買物を教える。本人の通院支援。親戚が公共料金等預金管理。障害CWが長兄の療育手帳と障害基礎年金申請を支援する。当センターが本人の職場巡回の頻度を増やし、長兄の就労先を探す。 (現在の様子)家族全体の栄養状態が改善され、長兄も療育手帳A取得、障害基礎年金受給。自転車で通える水道事業者に就職。本人の勤怠は安定した。このケースは家中が知的障害でキーパーソン不在のため多くの機関が関わったケースだが、これ程ではないが、就労を支える家族機能が脆弱で生活支援が必要なケースは多い。地域ネットワークで就労ピラミッドの下部を支える支援をすることで就労の安定が図れることが多い。 12 税の支出の側面からみた就労支援 就労支援の費用対効果を税の支出の側面から検証してみた。平成23年度就労した140名のうち33人が就労移行支援からの就労で、生活保護受給者も若干名いた。納税するまでになった人は意外に少なく正社員採用された数名であった。140名中約半数が親の扶養だったが、自分の社会保険を持つようになり扶養を外れた。これらをトータルすると、数千万円単位の税の支出の削減となっていた。就労支援は費用対効果の高い業務であることをあらためて実感した。 13 最後に 今後の課題 開設から5年半、就労者を増やし続けてきたが、踊り場に来た実感がある。最近の傾向として以前にも増して、精神障害・発達障害を中心に就労準備性の低い方の就労相談が増えてきた。医療機関、発達障害者支援センター等とのカンファレンスが頻回となっている。就労に向けるはさらなる連携と新たな取り組みが必要だと認識しているが模索している状態である。前述の「現場の支援者への支援」も含め企業支援のあり方も同様に模索中である。定着支援は今後の一番の課題であり、これまで以上に力を注ぎたい。 【連絡先】 さいたま市障害者総合支援センター ℡ 048-859-7255 e-mail syogaisha-sogo-sien@city.saitama.lg.jp 過疎地における初めての障害者雇用 −取り組みと課題− ○櫻井 麻衣(社会福祉法人野村社会福祉協議会 福祉活動専門員) ○亀井 あゆみ(社会福祉法人かんな会 障害者就業・生活支援センター トータス 生活支援ワーカー) 1 上野村の概要 (1)位置・人口・産業 上野村は、群馬県の最西南端に位置し、東部は群馬県神流町、北部は群馬県南牧村、西部は長野県、南部は埼玉県と隣接している。 平成24年9月1日現在、全人口は1,396人(うち男性691人、女性705人)、世帯数は629世帯となっている。また、平成21年度の年齢階層別人口によると、「0〜4歳」が131人(9.3%)、「5〜64歳」が668人(47.6%)、「65歳〜」が604人(43.1%)と、少子高齢化が顕著となっている。社会増減としても、I・Uターン者の受けいれを積極的に行い毎年50人前後の転入者がある一方、これを上回る転出者があり、村への定着が課題となっている。 村の産業としては、観光、林業、木工品製造業、福祉サービス業、商業、農業などがある。特に、きのこセンター、イノブタの養豚など村の特産品に関係する産業には力を入れている。 (2)上野村社会福祉協議会の取組み 社会福祉法人上野村社会福祉協議会では、介護保険事業を中心に、「通所介護事業」、「小規模多機能型居宅介護事業」、「認知症対応型共同生活介護事業」、「居宅介護支援事業」、「訪問介護事業」を実施している。また、村からの委託事業として「配食サービス」や「高齢者生活福祉センターの管理・運営」なども行っている。また、建物内の連絡通路を利用することで、村の保健福祉課や診療所へ移動が可能となっていることも施設の大きな特徴である。 障害者福祉については、元々村内に障害のある人が少ないことや地域資源や交通手段の少なさが影響し、専門的な支援を必要とする人は村外へ出てしまう傾向がある。 (3)地域性 上野村は、周囲を山々に囲まれ、中心を流れる神流川沿いに40の集落が点在している。その集落の人口は4名から131名まで大小様々であり、1区から13区の行政区に分かれている。すべての地区(集落)に共通する特徴しては「地区ごとの行事が必ずある」ことやこれに関係して「近所で知らない人は居ない」という位に近隣関係が深いことが挙げられる。 このような地域性のメリットとしては、以下の3点が挙げられる。 ①高齢者の独り暮らしや二人暮らし世帯の様子を把握しやすい ②顔を合わせる機会が多いため、各地区で小規模ネットワークが作られる ③障害のある人や認知症の人などの地域生活を見守りやすい その一方で、デメリットとしては、次の3点が指摘されている。 ①日常から周囲の「眼」があるため、職場でも地域でも言動に制限される ②被支援者と支援者など、福祉サービス上、関係のある住民が同じ地区であるケースも多く、距離が近いことにより日常と支援の線引きが困難になる ③住民同士の距離が近いことにより、未完成の情報でもすぐに村内に伝達される 2 管轄の障害者就業・生活支援センターの状況 (1)圏域 群馬県の南西部に位置し、埼玉県と長野県に隣接している藤岡市、富岡市の2つの保健福祉圏域(2市3町2村)が所管地域である。 藤岡圏域(藤岡市・神流町・上野村)、富岡圏域(富岡市・甘楽町・下仁田町・南牧村)の2つの圏域を合わせた人口数は、約13万8千人(平成24年7月現在)。群馬県の総人口の約7%である。当センターの登録者数は平成24年7月末現在で273名であり、うち上野村在住の登録者は3名である。 (2)社会資源の状況 上野村村内にある社会資源は、地域活動支援センターが1ヶ所のみであり、利用者の人数も数名程度である。他の地域で一番近い就労継続B型や就労移行支援事業所までは、車で1時間程度の時間がかかってしまう。村外に向かうバスの本数も少なく、福祉サービスの利用にはとても困難な地域である。 (3)連携した支援 上野村の企業は、村直営の事業と第三セク ターが中心で業種としては、観光、林業、木工品製造業、福祉サービス業、商業、農業などがある。村内で当センターに登録している就職希望者も少ないが、村内の企業数も少ないので、上野村に関わる就労支援者は情報の共有化が必要とされる。 今回のAさんについても、特別支援学校を卒業したあと、上野村村内で就職を希望している一人であり、特別支援学校の進路指導主事との連携により、雇用に向けた支援がスタートすることになる。 3 Aさんの受け入れ体制 (1)本人情報 特別支援学校3年生の女性。上野村からの通学が困難であるため、寄宿舎を利用し、週末のみ自宅に帰っていた。 知的障害で障害程度は軽度。本人の特性としては、情緒障害があり、場面緘黙(かんもく)が見られ自分の気持ちをうまく伝えることが苦手で、ストレスを溜めてしまう傾向がある。言葉でのやり取りより、文章で表現をする方が得意である。精神的な安定を図るために、クリニックに定期受診をしており、服薬もしている。 (2)学校との連携 Aさんは、卒業後に上野村の自宅で生活することを希望していた。卒業後の進路については、2年生の頃から進路指導主事と情報交換を行っていた。授業の様子やすでに行った実習時の様子を確認。3年次に実習を体験させて頂く企業として、上野村社会福祉協議会へ依頼する方向へ話が進んで行き、実習を受け入れて頂くことになる。 障害者の実習を初めて受け入れる企業であるため、実習前には社会福祉協議会、特別支援学校、当センターにて支援会議を開催し、情報の共有化や雇用事例等にも触れ、準備を整えていった。 (3)受け入れ体制 ①勉強会の実施 Aさんの実習の日程が決まると同時に受け入れる部署の職員を対象とする勉強会を実施した。内容としては、Aさんの障害の種類と特性、落ち込んだ時の判断基準や対処方法、何かトラブルが起きた際の連絡体制の確認などである。社協へ直接、特別支援学校の先生に来てもらい、障害の勉強をして心の準備を整えようという目的であった。 しかし、Aさんの障害を勉強すること自体は良かったが、性格や特性を知れば知るほど、受け入れる部署の職員が「配慮しなくてはならない」と強い責任感、負担感を感じ、実習中のAさんとの心理的距離が離れてしまう結果が課題のひとつでもあった。 ②Aさんの配属先の検討 また、実習の配属も非常に困難を極めていた。Aさんは軽度の知的障害であったが、場面緘黙などの障害特性が持っている人で、慣れない環境下では人とコミュニケーションを図ること自体が難しかった。そのため、各部署においてAさんにできそうな業務を検討してもらい、その内容を1日の実習時間に合わせて組み立てたが、主に介護関係の仕事を中心としている当法人では、配属先として施設関係の業務にはAさんの「適性とマッチしていない」という結論が出ることとなる。 コミュニケーションを重視する職場では、Aさんは実力を発揮できず、その場に立ち尽くす時間もしばしば生まれていた。職員にとっては、本人をどのように見て行ったら良いか、適度な距離感が難しいと感じる点もあり、実習後の心労は顕著であった。 (4)実習と雇用の違い【企業】 実習中はデイサービスでの補助業務を行ったが、本人の特性を考え雇用時は、施設内の清掃と厨房での調理補助を業務としてスタートした。 ①実習中の印象 ・思っていた以上に出来ることが多かった ・心配していた事態は発生しなかった ・昔のAさん(中学時)と比べて大きな成長 が見られた ②雇用した後の印象 ・Aさんの抱える課題が非常に多い ・周囲の態度・見方に変化が現われる ・服薬・通院が何よりも重要になる 初めて障害者を受け入れ、「障害者が企業で働けるのか」というイメージを持つ人もいたが、実際に受け入れると、出来ることの多さに新たな発見もあった。しかし実習は短期間であり、本人の精神的な特徴が見られるようになったのは、雇用後であった。 また、3年間過ごした学校を卒業し仲の良い友人や相談をしていた先生と離れた生活がスタートしたことも「働く」と同時に生活の中に大きな変化もあり、不安定な生活の要因となっていた。 4 企業としての雇用後の取組み (1)相談できる環境づくり Aさんが就職して間もなく出てきた課題が「相談相手・場所を確保すること」であった。 4月以降、Aさんの周辺環境(人間関係、職場、自宅生活、村生活等)が大きく変化したことによる極度の不安から、しばしば情緒不安定に陥り、安定して仕事が出来ず、ストレスと対峙する日々に心身共に疲弊している様子があった。また、本人からも「相談できる相手や場所がない」、「自宅でも職場でもいい子を演じることに疲れてしまった」という訴えが見られた。 そこで障害者就業・生活支援センターのワーカーへ相談し、また保健師とも協力して上野村へ障害者の相談業務を専門にして訪問している相談支援専門員の協力・介入を依頼した。 5月以降、毎週金曜日に担当職員と相談支援専門員が週交代で話す時間を作り、そこで聞き取った悩みや希望すること、相談中の様子などの情報を細目に共有した。現在は、本人からの希望で、相談に頼り過ぎないようになりたいという希望により相談時間は中断している。 「反省点」 ・相談相手を外部機関にするか、または本人 との適度な距離感を保持すること。 ・ストレスの根本を解決しない限り問題は 繰り返す。 (2)Aさんの状態変化に合わせた報告書 Aさんには実習中から報告書を書いてもらっている。目的としては、Aさんに「自分の行っている業務内容を理解してもらうこと」、「1日の流れを意識的に振り返ること」、「報告の習慣を身に付けてもらうこと」、「担当者との連絡手段として活用すること」であった。作り方としては、実習時に障害者就業・生活支援センターのワーカーに作っていただいた作業報告書をベースとして作成し、本人に過度な負担をかけすぎないようにチェック形式にしている。 (3)関係者を集めた話し合い Aさんは精神の安定と不安定の周期パターン(バイオリズム)が短期で変動が激しく、仕事ができない状態になることが多かった。Aさんの要望により、家族へ連絡せずに職場内で対応していたが、次第に家族と職場・関係者の間に大きな「認識のズレ」を生むことになる。 そこで、6月と8月に家族、保健師、障害者就業・生活支援センターのワーカー、相談支援専門員、企業の人事担当者などが集まり、その時点での課題や今後のサポートの役割分担、必要な配慮などの確認を行った。このような話し合いを行ったことで、Aさんに必要不可欠であった支援が復活したり、家族が職場での様子(事実)を理解し、状況把握のために協力をしてくれたりといくつか成果が見られた。 5 障害者就業・生活支援センターとしての支援 (1)相談支援専門員との連携 社会資源の少ない地域でもあり、相談支援専門員との連携が、確実に必要となっている。相談員が、二週間に一度のペースで村内に訪問等を行っているため、企業訪問や相談対応をした際に、情報共有を行い本人の変化を早めに 対応する体制を作っている。 (2)企業側へのサポート 作業支援については、作業日報の書式や本人の理解につながるような作業手順書の作成を必要に応じて対応する提案を行った。 雇用の理解につながる支援としては、雇用前に2回にわたる勉強会を実施。知的障害や情緒障害の特徴と実際に現場で活用している支援ツールを見てもらうことを行った。 (3)家族へのサポート 雇用後に実施した支援会議の際に、安定した就労を継続するために、医療面のケアと服薬が必要であることを伝える。精神的に安定をしてきたからと言って、服薬を中断してしまうのではなく継続していくことで、安定が図れていることを伝え、通院と服薬の必要性を理解して頂く。 (4)継続したサポート ①今後、作業内容の変更や増加、配置転換が検討された際に必要とされる支援を実施。 ②支援会議の開催にあたって必要な情報提供を行う。(近隣の医療機関情報等) ③相談支援専門員との連携で行う定着支援。 ④卒業した養護学校との連携を継続する。 6 課題点について (1)企業側としての課題点 ①関係機関とのつながり 職場では簡単な悩み相談は出来るが、専門的なケアはできない。悩みや本人の抱える問題や課題の程度、所在によっては、適材適所で介入してもらう必要がある。 ②家族との関わり 職場で抱え込んでしまった要因は、本人の意思を優先して、職場での事実を家族に伝えてこなかった点にある。小さな町村で資源の少ない環境下では、本人の体調管理も含めて生活全般を支えていくサポーターは家族である。生活基盤である家庭と協力せずに障害者の就業生活の安定は図れない。 (2)就労支援者側としての課題点 ①過疎地での就労支援 企業や社会資源の少ない中では、企業との関わりを継続し、次につながっていける関係を築いていくことが重要である。 ②障害者の生活支援の課題 地元では余暇支援は行っておらず、近隣の地域で行われている余暇活動への参加も困難である。移動支援のサービス利用も現在では村と契約している事業所もなく、村外での活動が制限されてしまう。 7 今後の展望 その地域で利用できる最大限の社会資源を活用していかなければならないのが現状である。そこにはインフォーマルな支援も必要不可欠であり、障害者の理解につながる地域での活動が企業も含めた支える側の役割の一つでもあると言える。 過疎地によるメリットやデメリットもそれぞれあるが、Aさんの周りには関わっているサポーターがいることが確認できる。 利用できる資源をすぐに増やしていくことは困難であるが、小さなことでも地域で出来ることから実行していくことで、本人を支える支援と本人の成長を応援する力になっていくことを期待していきたい。 休職復職時における生活記録表記入の効果についての考察 ○佐々木 紀恵(株式会社前川製作所 メンタルヘルス推進室/障がい者雇用推進室) 伊東 一郎(株式会社前川製作所) 1 はじめに 当社では、2010年から就業規則内に休職復職規程を設け、精神疾患によって休業または休職した従業員の職場復帰と復帰後のフォローアップを目的とした復職プログラムを運用している。このプログラムは、平成21年に厚生労働省にて作成された「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」の改定版をベースに、当社の環境に適した形式を検討したもので、休職者、主治医、産業医、職場上司、人事総務、メンタルヘルス推進室という立場と役割を明確にし、休職から復職までの道筋を整理したことで休職者と復職先となる職場との異なる課題解決に向けて各々が取り組めるよう連携をはかることなどが特色である。 図1 職場復帰までのフロー 一連の流れとしては、「発症してからのできるだけ早い段階で、機能回復の状況や意欲などを見越しながら、復職に向けた具体的な職業リハビリテーション計画を作成することが重要」松為1)であることを踏まえ、生活リズムを具体的に記録するための「生活記録表」をツールとして活用し、精神疾患による休業または休職となった場合、職場復帰を目指すのに適したタイミングを見逃さないよう極力注意しながら進めていくこととしている。それをもとに、就労上必要とされる安定的な日常生活を保つ能力が回復しているかどうか、そして休職前の振り返りが十分かどうかを判断しながら社内試し出社を行うための計画に反映することとしている。この計画の作成は、本人、職場関係者として直属の上司、所属長、メンタルヘルス推進室担当者が話し合い、確認しながら作成する。計画を作成する上で重要となることは、①「生活記録表」を作成し、定期的に提出できているかどうか、②内容が充実しているかどうか、③振り返りのコメントが充実しているかどうかであり、これらの内容により休職者の就業可能可否が想定できると捉えている。このような考え方から、当社では職場復帰までのプロセスの始めの段階で取り組むこととしている「生活記録表」を記入することで、休職者及び復職を支援するシステムにおいてもその過程で良い影響があることが分かりその詳細をここに紹介するものである。 2 生活記録表の活用方法 (1)概要 表1 生活記録表活用概要 休職者 カウンセラー 過程への良い影響 活用目的 ・生活リズムの把握・気付きを得る ・本人理解・課題等ポイントの見極め 復帰時期の適正化 取得 データまたは紙面受取時に、記入方法の説明を受ける 活用開始時に、面談時またはメールより詳細を説明する 定期的な連絡の開始 開始 睡眠時間10時間/日以下の頃 休業開始1ヵ月後に状況確認の連絡 早期開始 提出 1回/2〜3週間 面談時またはメールで受領 状況把握 終了 復職後自己申告 自己申告を待つ フォロー再開時の参考資料 (2)書き方とチェックポイント 書き方として必須項目としている事柄は以下のものである。 入眠時間/起床時間/食事の回数/日中の 活動内容/気分または体調の変化/一日の 振り返りコメント/一週間の振り返りコメント 休職者は、日常の状況を詳しく書くだけではなく、頭に浮かんでいたこと、気になっていたこと、気がついたこを書くことが自己理解を深めることを説明し、「自分に合った回復の方法を知る」山口2)ための時期に重点的に活用している。カウンセラーにとって、上記の内容を把握することは、職場復帰の計画を進めていく上で適正な時期を見逃さないためには欠かせないものである。休職者の書き方やその内容に変化が生じた際にはそれを見逃さないよう、大切なポイントとしている。 (3)面談、電話、メール上での活用状況 「生活記録表」の提出が数回なされてからは、面談、メール、電話の中で休職者とカウンセラーが生活記録表の内容について話し合う流れとなっている。うまくいっていること、そうではないことを具体的に書いている内容に沿って確認し、考えを聞いていくことで、職場復帰に向けた課題設定が自ずと出来てくるようになる。時に、短期的な課題を設定し、休職者が宿題をこなすということも織り交ぜながら、さらに継続的に面談、メール、電話で状況の確認と時には相談などを行う。 図2 生活記録表見本 3 利用者の反応 「生活記録表」への必須記入事項ではないが、服薬状況についても、把握しておきたいという休職者は、服薬時間を記入したり、またはコメント欄に記入することで管理面でも役立てていることが分かった。また、記入の取組みそのものが、職場復帰の目的に通じているものだという説明を受けることで、休職が長期に及んだ場合でも見通しが全くもてなくなる状況を極力回避し、取組みを継続するモチベーションにもなりえていることがあるようだった。 人と話をすることに慣れていなかったり、面談が苦手な休職者の場合にも、「生活記録表」を元に自発的に話をするようになり、定期的な連絡が辛く感じなくなるという変化も見受けられた。 4 生活記録表を活用しなかったケース 休職者が「生活記録表」の記入を開始する時期は、休業開始後1ヶ月を目処にカウンセラーが休職者へ連絡を入れ、状況を確認し、無理がないかどうか、場合によっては主治医へ相談をしてもらった上で開始することになっている。その促しがあった後になっても、職場復帰をするために「生活記録表」の記入に取り組むことへの納得感を得られない休職者はこれまでに数名いたが、中には体調は安定的になってはきたものの、安定性を維持したり、考えの整理をすることがうまくいかず、気分の変調を繰り返し、社内試し出社までステップを進めることができず、休職期間の満了となり退職となった者もいた。 図3 生活記録表(活動を開始時期の休職者) 5 復職後の様子 復職後は、半年間のフォロー面談を行うが、その段階においても「生活記録表」の記入を継続している復職者は6割となっている。 復職後も継続している理由については、①復職後の生活に慣れるまでは気を緩めないようにする為②再発が怖い為しばらくは自己観察ツールとして役立てたい③いい状態の記録もデータとして今後の参考のために自分でもっておきたい、というものだった。 6 考察 休職者が、療養に専念する期間を終えるタイミングについては、カウンセラーが定期的に本人と連絡を取ることで確認するという方法と決めている。 当初、「生活記録表」の活用は復職後までは想定していないまま運用し始めた。しかしながら、復職者へのインタビューで分かったことは、復職に向けて自信の回復と、やれるという見通しを持ちえた過程に「生活記録表」を用いることで、自身の生活を意識するとともに、生活リズムが安定し、それを維持することが職業生活の中でいかに重要であるかに気がつくといったケースが圧倒的に多いということだった。一方で、「生活記録表」を利用しなかった休職者に共通したケースも確認することができている。一つには、職場復帰を目指すためには療養中に自分が何に取り組むのかといった短期的で明確な目標設定がなされていなかったことが挙げられる。また、自身の体調変化の傾向や生活パターンを客観的に把握していないことから、気分や体調の変化への対処法が見つかっていない点もあった。最後に、一番大きなことは抱えている症状と付き合いながら復帰して仕事をするという少し先のイメージを明確にもてないことで不安や葛藤、理想と現実とのギャップを減らしていくことが困難であったことが挙げられる。これは、逆にいえば、自己理解を深める上では定期的な面談、メール、電話連絡を行いながら並行して「生活記録表」の記入を続けることで、何らかの良い影響があったのではないかと考えられる。 「生活記録表」を一定期間ルール通りに提出し、適切に記入できるようになった休職者については、その後のステップも時間経過は個人差があるものの、そうでない休職者と比べて確実に職場復帰につながっているという結果が出ていることからも、職場復帰のための計画を開始する際に一つ有益な判断材料となりえるといえるのではないだろうか。 【参考文献】 1)松為信雄:「うつ・気分障害協会編『うつ』からの社会復帰ガイド セッション3 『うつ』を乗りこなす」p.63-69,岩波アクティブ新書115(2007) 2)山口律子:「うつ・気分障害協会編『うつ』からの社会復帰ガイド セッション6 家族が『うつ病』になったとき」p.126-138,岩波アクティブ新書115(2007) 医療連携型短期復職支援プログラムの試行経過と今後の展望 ○松原 孝恵(障害者職業総合センター職業センター開発課 援助係長) 加賀 信寛・野澤 隆・石原 まほろ(障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「当センター」という。)では、平成14〜15年度の2年間に亘って、うつ病等休職者に対する復職へのウォーミングアップを目的とした「リワークプログラム」を開発・実施し、平成16年度から、リワークプログラムをブラッシュアップするためのジョブデザイン・サポートプログラム(以下「JDSP」という。)の開発に着手している。そして、開発した技法は、地域障害者職業センターで行っているリワーク支援等に資するために伝達・普及している。 近年、リワークプログラムの有効性が関連学会等において報告されていることから、リワークプログラムを実施する医療機関が年々増加している。医療機関のリワークプログラムは、精神科リハビリテーションの一環であり、医療従事者による心理的なケアを専門的に受けることができるが、復職に際して事業所担当者との調整は基本的には行われていない。一方、地域障害者職業センターのリワーク支援は、職業リハビリテーションの手法を利用して対象者と事業所担当者の双方を支援できるが、医療従事者がいないため支援に際して主治医の協力と連携が欠かせない。 そこで、医療機関と職業リハビリテーション機関(以下「職リハ機関」という。)が連携することによって、より効果的な復職支援サービスが行えるのではないかと考え、平成24年2月から、両機関の連携モデルについて検討し復職支援サービスの質的向上に資することを目的として、「医療連携型短期復職支援プログラム(以下「医療連携型プログラム」という。)」の試行を開始した。連携先として、我が国初のうつ病を対象とした復職支援専門デイケアを導入した医療法人社団雄仁会メディカルケア虎ノ門(以下「メディカルケア虎ノ門」という。)に協力を依頼した。本報告では、その試行経過と今後の展望を報告する。 2 医療連携型プログラムの概要 (1)対象者 メディカルケア虎ノ門で実施しているリワークプログラムを終了もしくは終了見込みのうつ病等精神疾患による休職者であり、さらなる復職準備性の向上と事業所担当者との綿密な復職調整が必要な者とする。状態像としては、①精神症状は安定し寛解しているが、社会不安障害やコミュニケーションの能力不足等により事業所担当者との復職調整を自身で進めることが難しい者、②発達障害や職務遂行能力の低下等により復職後の環境調整(周囲の障害理解)が必要な者等を想定した。ただし、本人が復職を希望しており、医療連携型プログラム実施について事業所担当者の同意が得られることが前提である。 (2)支援内容 JDSPで従来から行っているSST、グループミーティング、個別作業、集団作業を活用し、より職業リハビリテーションに重点をおいた目標や課題を個別に設定して実施する(図1)。週5日の通所を基本とする。 (3)支援期間 1ヶ月程度とする。ただし、事前相談や事業所担当者との調整に要する期間はこれに含まない。 (4)連携スキーム(図1) メディカルケア虎ノ門は対象者を当センターに推薦し、当センターは相談やアセスメントを行った上で、両機関による合同ケースカンファレンスを開催する。合同ケースカンファレンスには対象者も出席し、両機関がそれぞれアセスメント状況について説明したうえで、支援内容や期間を検討する。当センターが事業所担当者の意向や復職要件を確認し実施について同意を得た上で、医療連携型プログラムを開始する。開始にあたっては、メディカルケア虎ノ門のリワークプログラムは終了とする。医療連携型プログラム終了時に、再度合同ケースカンファレンスを開催する。 3 医療連携型プログラムの試行経過 (1)両機関スタッフ間のプログラムの理解 両機関の連携による支援が円滑に進むよう、事前に情報交換を行い相互にプログラムを視察した。また、具体的な連携方法について事前打合せを行った。 (2)説明資料の作成 医療機関におけるリワークプログラムと職リハ機関におけるリワーク支援の開始の手続きは、基本的に異なる。医療機関では、リワークプログラムを対象者が希望し、それに対して主治医が指示すれば速やかに開始できるのが一般的である。一方、職リハ機関では、対象者、事業所担当者、主治医と、復職のための要件や支援内容、支援期間について相談・調整し、同意を得た上でリワーク支援を開始することになる。 このため、医療機関のリワークプログラムを利用している対象者には、医療連携型プログラムの開始手続きは煩雑でわかりにくい印象を与えてしまう。そこで、開始までの手続きをわかりやすく説明した資料に加え、対象者自身が事業所担当者に医療連携型プログラムを説明するための資料を作成した。 (3)アセスメント情報の共有 対象者の状態について共通理解を図ることを目的として、医療連携型プログラム開始前に、メディカルケア虎ノ門は、ワークサンプル幕張版と知能検査等を実施し当センターに文書で情報提供を行い、当センターは、対象者との相談状況や事業所担当者の意向、復職要件についてメディカルケア虎ノ門に口頭で情報提供を行うこととした。 (4)連絡の窓口 連絡や日程調整の窓口は基本的に両機関1名ずつとし、主にメールにて行うこととした。 4 今後の展望 (1)支援の方向性と役割分担の確認 医療機関のリワークプログラムは、精神科リハビリテーションの一環であり、心理学的な手法に基づいた受容的な支援が基本である。一方、職リハ機関のリワーク支援は、対象者側の希望や状況に加え事業所担当者の意向や復職要件を踏まえて支援を行うことになるため、対象者に復職を実現するための具体的な達成目標を説明し、自身の職務遂行能力や復職後のストレス場面での耐性、対処能力等について現実的に検討することが求められる。そのため、場合によっては両機関の支援の内容や方向性に温度差が生じる可能性があること、また、両機関が連携して支援することによって効果が見込まれる対象者の状態像についても、イメージに差が生じる可能性があることが想定された。 両機関の連携による支援の効果を対象者に反映させていくためには、医療機関から職リハ機関に移行する時期や対象者が有する課題の内容について、両機関が綿密に情報交換しながら、支援の方向性と役割分担を検討する必要がある。 (2)情報共有の方法 前記したように、連携にあたっては対象者の情報を両機関で共有することが必須であり、また対象者の状況や課題の内容によっては即時的に共同で対応することが必要となる場面もある。したがって、個人情報の共有については、できるだけ簡略化された手続きのもとで進められるよう、その方策についてさらに検討を加えていく必要がある。 (3)連携のメリット 両機関による効果的な連携が可能になれば、以下のメリットが期待できる。 ①職リハ機関は、医療機関による治療や精神科リハビリテーションの経過を踏まえ、短期間で対象者の状態に見合った職業リハビリテーションプログラムを行うことができ、対象者の状態の変化があった場合も医学的な助言を即時的に受けることで適切に対象者に関与できる。また、事業所担当者との復職調整において、医療機関と連携して復職支援を行うと伝えることによって、事業所担当者の不安感を軽減することができる。 ②医療機関は、職リハ機関と連携して支援することを通じて、事業所担当者の意向や復職調整の方向性、職場の受け入れ体制等について現実的な情報を得ることができる。 (4)対象者の不安の軽減 ほとんどの対象者は、医療機関のリワークプログラムを終了後直ちに復職できると考えており、引き続き職リハ機関を利用することへの不安や不満を生じさせる可能性がある。そのため、対象者の不安を軽減し精神科リハビリテーションから職業リハビリテーションへの円滑な移行を図るための具体的なガイダンスの方策を整理する必要がある。 (5)両機関のフォローアップ機能 医療機関のリワークプログラムにおいては、主治医だけでなくコメディカルの存在が非常に大きい。しかしながら、リワークプログラム終了後コメディカルが継続して対象者に関わることは態勢的にも制度的にも難しくなるのが一般的であり、以降は、対象者も支援する職リハ機関も、医療機関との連絡窓口は主治医に限定される。もとより多忙な主治医と復職についての詳細を相談することは制約が大きい。医療機関におけるリワークプログラム終了後も、一定期間はコメディカルがフォローアップの一環として対象者や職リハ機関スタッフと情報交換が可能となるような態勢とそれを支える制度の検討が必要と思われる。 一方、職リハ機関においても、中長期的な職場定着のためのフォローアップを行うことには限界がある。復職後は他の従業員と同等に勤務することを要件とする職場も少なくないため、再発防止の観点に基づいた効果的なフォローアップのあり方を検討していくことが重要な課題であると考える。 【参考文献】 五十嵐良雄:うつ病リワーク研究会の会員施設でのリワークプログラムの実施状況と医療機関におけるリワークプログラムの要素、「職リハネットワークNo.67」、p10、p16-17、障害者職業総合センター(2010) 中村梨辺果・加賀信寛・野口洋平:うつ病を中心としたメンタルヘルス不全による休職者の職場復帰支援の実際と課題に関する文献研究、障害者職業総合センター(2010) 春名由一郎・東名貴久子・清水和代:医療機関における精神障害者の就労支援の実態についての調査研究、障害者職業総合センター(2012) 図1 医療連携型短期復職支援プログラムの連携スキーム わが国の精神障害者の就労支援におけるIPSの意義について ○東明 貴久子(障害者職業総合センター 研究協力員) 清水 和代・片岡 裕介・春名 由一郎(障害者職業総合センター) 1 はじめに IPS(Individual Placement and Support)は、職業生活と疾患管理の両立を課題とする精神障害者に対する「医療と統合された援助付き雇用」モデルとして、わが国における精神科医療機関からの就労移行支援のあり方への重要な示唆を与える1)。しかし、わが国では、従来、福祉や教育と労働との連携体制に比較して、医療と労働の壁を越えた就労支援のあり方に関する基礎データは不足している。また、IPSが米国での実証研究に基づく就労モデルであることから、社会的背景や制度が大きく異なるわが国における妥当性の検討も依然課題である。さらに、IPSでは、一般就業率や定着率等の成果が着目されてきたが、わが国の職業リハビリテーションでは、就職後の職場適応や就業継続における職業上の課題も重視される。 2 目的 本研究報告では、わが国でのIPSの妥当性や意義を確認するため、わが国の多様な精神科医療機関におけるIPSに適合性のある就労支援の実施状況の把握とともに、それによる、多面的な職業上の課題に対する支援効果の検証を目的とした。 3 方法 平成23年に実施した全国の精神科医療機関等の就労支援のアンケート調査(詳細は別1)に報告済み)による横断的研究とした。全回答及び就労支援実施機関のみの場合に分けて、各機関が経験した職業上の課題の解決/未解決を従属変数、IPSに適合性のある様々な就労支援の有無を独立変数とした多重ロジスティック回帰で分析した。 (1)調査対象 ア 調査対象機関 特に、就労支援や復職支援に取り組んでいる機関に限定せず、精神障害者を対象として治療・医療・生活支援に取り組んでいる精神科病院、精神科クリニック、保健医療関連センター等3,874機関の各機関最大2部署に調査票を送付した。回答者は、各機関において、精神疾患等のある人の、就職・復職に向けた相談や支援・治療への主担当者、就職・復職相談等が特にない場合には、より一般的に生活面の相談や支援の担当者とした。 イ 就労支援実施機関 757機関872部署から得られた全回答だけでなく、何らかの就職・復職支援等を日常的に実施していた386回答についても別に分析対象とした。 (2)調査内容 調査票は15問からなり、そのうち基礎項目が6問、就労支援の実施状況に関する項目が8問、職業的課題の認識に関する項目が1問である ア IPSに適合性のある就労支援の実施状況 医療機関における「就労支援」の内容は、わが国の医療機関での就労支援の内容を、IPS適合性尺度の内容にマッピングして網羅したものとした。具体的には、就労支援への専門職の配置、非就労者へのアウトリーチ、職探しや就職活動の支援、職業アセスメント、就労者への継続的支援、疾患自己管理・生活・家族支援、労働関係機関等との連携や制度の活用等の取組を網羅するものとした。 イ 職業上の課題の認識 職業上の課題は、就職前から就職後の7つの局面別に、「課題があるが解決可能な場合が多い」「未解決の課題が多くある」のいずれかに回答した機関のみを分析対象とした。 (3)多重ロジスティック回帰 各職業上の課題の状況は解決と未解決に2値化した。就労支援状況については各項目について、支援の有無、自機関と外部機関の関わり状況等に分けて2値化した。各職業問題について170の支援項目とクロス集計を行いフィッシャーの正確確率でP<0.05/169(多重比較による補正)の支援項目に予め絞り込み、SPSSによる多重ロジスティック回帰(変数減少法:尤度比)で最終的に残った因子(p<0.05)についてオッズ比を求めた。 4 結果 「回答者全体」「日常的就労支援のある機関のみ」それぞれで求めた各職業上の課題と様々な就労支援の取組との関係は、両者の比較のため同じ表にまとめつつ、「就労支援体制」「就労支援の内容」「職業アセスメント」「自己管理・生活・家族支援」に分割して表1〜表4に示した。なお、オッズ比は、各取組がある時に職業上の未解決課題が少なければ1未満となる。 (1)「就労支援体制」と職業上の課題の関係 就労支援の実施状況にかかわらず、医療支援者と就労支援者との日常的コミュニケーションによって、仕事探し、就職活動からストレス対処、職務遂行、安定就業継続の課題まで多く解決されていた。また、就労支援者とのケース会議等の実施は、仕事探し、ストレス対処、職場理解、処遇への満足の課題に効果があった。これら連携促進に関する取組によって7つの全局面で課題が多く解決されていた。また、トライアル雇用の利用経験等、雇用支援等の活用は、就職前の課題の解決と結びついていた。その他、医療・生活支援と兼任であっても就労支援者がいる機関は職場理解の課題が多く解決しており、就労支援の主担当者がいる場合、ストレス対処の課題解決が多かった。 (2)「就労支援の内容」と職業上の課題の関係 連携による求人・会社情報の収集は仕事探しに、医療機関によるそれは処遇への満足に、大きく影響していた。また、自機関による職探し支援、情報収集・職場実習支援、心理的サポート、評価など、医療機関による就職活動支援及び継続支援の取組が就職前、就職後の多くの課題解決に結びついていた。さらに、医療機関での就職セミナーや就職者との交流会を就労前の対象者に対して実施することは、安定就業継続の課題解決に効果的であった。一方、就職後の問題対応のための関係者・機関の連絡体制の整備は、職場理解等の課題解決に結びついていた。 (3)「職業評価」と職業上の課題の関係 集団的な場面設定における評価は、実施機関によらず、就職前の職探し・検討と就職活動に効果があった。また、本人との相談場面での支援ニーズの把握や評価を実施している機関は、就職活動の課題を多く解決していた。一方、治療場面での病状等による職業評価の実施は、疾患管理等での問題解決と関連していた一方で、逆に就職活動での課題の未解決と関係していた。医療機関での職業生活の模擬設定における評価は、安定就業継続に効果があった。職業評価は、処遇への満足以外の多くの局面の課題解決に結びついていた。 (4)「自己管理・生活・家族支援」と職業上の課題の関係 本人による目標設定とモニタリングは、就職活動、ストレス対処、職務遂行、安定就業継続の課題を多く解決し、技能訓練やロールプレイが職場理解や処遇への満足の課題を解決していたことを含め、疾患自己管理支援は仕事探し以外の局面の課題解決に効果があった。仕事探しの課題については、家族・雇用主等との経常的協力や家族向けのセミナー等の実施といった、生活・家族支援が効果的であった。家族・雇用主等との経常的協力は、職務遂行と職場理解等の就職後の課題解決にも結びついていた。 5 考察 わが国の精神障害者の就労問題について精神科医療機関の段階で幅広く捉えた調査によって、IPS適合性尺度で示された支援内容が、わが国においても、今後の医療と就労機関との密接な協力関係による就労支援のあり方として意義があることが明らかになった。 (1)本調査の限界と意義 今回の多重ロジスティック回帰により最終的に選択された支援内容は、精神障害者の職業上の課題の解決と関係する特徴的な支援内容と言える。 本調査は海外のIPSの実証研究におけるような、精神障害者の追跡的調査による就業率等の成果の比較によるものではなく、あくまでも、支援者の目を通した課題状況と支援内容との横断的調査である。ただし、就労支援機関の利用者に限定しない、医療機関での就労問題を、多角に把握したことで、わが国におけるIPSの妥当性と意義を確認できる予備的な結果が得られた。 (2)効果的な「就労支援」の内容 従来、IPSの具体的内容は適合性尺度で示され、IPS全体として一般就業率等の高い成果については確認されてきたが、IPSを構成する個々の支援内容が何故必要で、具体的にどのような効果によって最終的な就業成果につながっているのかは、十分に理解されていない。 米国のIPSでは、病院内に就労支援専門家を置く支援体制が多いが、わが国では、就労支援機関とのケースワーク的な密接な連携体制だけでなく、従来、就労支援と医療・生活支援が縦割りになりがちな具体的局面における、医療と就労支援の統合の必要性や意義の確認が重要と考えられる。 具体的には、医療機関による就労支援が就職活動の成果をあげるために、就労支援機関との密接な連携が効果的であった。その一方で、医療機関が中心に実施する専門的評価、疾患自己管理支援や家族支援は「就労支援」としての意義が大きく、就職前の仕事内容の検討、就職活動から就職後の疾患管理、人間関係、処遇への満足等に至るまで多岐に亘る就労課題の解決につながっていた。 さらに、「病状による職業評価」が就職活動に対するマイナス効果を示唆した結果は、IPSでの従来からの指摘と一致していた一方で、本研究では就職後の疾患管理にはプラスの効果が認められた。この結果は、医療・生活と就労のそれぞれの支援の具体的効果を把握し、その局面に適切な支援を実施する必要性を示す。 (3)わが国におけるIPSの意義 IPSの本質は、精神障害者の職業生活と疾患管理の両立のための医療と就労支援の統合的支援の必要性にある1)。本研究の結果から、IPS適合性尺度に示されている、就労支援、疾患管理、生活支援、家族支援等、さらに、医療と就労支援の密接な連携体制が、わが国の精神科医療機関においても、精神障害者の様々な局面での就労問題の解決と関連していることが確認できた。 近年、わが国の知的障害者等の就労支援では、就職前から就職後までの地域連携を含めた個別的で継続的支援が重視され大きな成果を上げてきた。一方、精神障害者では、医療機関での就労支援ニーズへの対応や、精神障害者の職場定着支援という新たな課題に対して、医療機関と就労支援機関の連携には依然課題が多い。このようなわが国の現状において、IPSは地域連携による障害者移行支援の推進の延長上にあり、精神科医療機関とのより密接な連携体制の構築が不可欠であることを示すものと考えられる。 【文献】 1) 障害者職業総合センター:医療機関における精神障害者の就労支援の実態についての調査研究、「資料シリーズNo.71」(2012) 精神障害のある求職者の就職に関連する要因の分析 ○相澤 欽一(障害者職業総合センター 主任研究員) 大石 甲・武澤 友広(障害者職業総合センター) 1 研究の背景と目的 障害者職業総合センターではハローワークに対する調査1)を実施し、ハローワークの障害者窓口を利用する精神障害者の概況(診断名や手帳の有無、職歴や訓練歴、支援の状況など)を把握すると共に、就職者の追跡調査を行い、職場定着に関連する要因を明らかにした。 しかし、同調査では、求職登録者のどれくらいの割合が就職するのかといったことは把握されていなかった。このため、ハローワーク障害者窓口に新規求職登録した精神障害者の求職登録後の状況を把握するために調査を実施し、調査結果を「精神障害を有する求職者の実態に関する調査研究」4)(以下「本報告書」という。)にまとめた。 本発表では、本報告書にまとめた就職状況を紹介したうえで、本報告書には記載していない、ハローワーク障害者窓口の紹介による就職(以下「窓口就職」という。)と関連する要因の分析について報告する。 2 方法 (1)調査対象 障害者職業総合センターが全国のハローワーク110所を対象とした調査1)(以下「前回調査」という。)で、2008年7月1日から10月31日の間に新規求職登録した精神障害者が1人以上いたことが確認された109所を対象とした。 なお、対象ハローワークで2008年7月1日から10月31日の間に新規求職登録した精神障害者数は1,808人であった。 (2)調査内容・方法・期間 厚生労働省障害者雇用対策課を通じ、電子メールで対象ハローワークにエクセルデータの調査票を送信し、求職登録した精神障害者の就職状況などについて回答を求めた。調査票の回収は、障害者職業総合センターの回収用メールアドレスへの返信により行った。調査期間は2011年9月15日〜11月30日であった。調査結果の分析のため、求職登録者数が多いハローワークに対し、電話によるヒアリングを実施した。 3 結果 (1)回収状況 109所中108所のハローワークから1,795人分のデータが回収された。ただし、170人分のデータは前回調査の記録と合致する者が確認されず、また、46人分のデータは新規求職登録日よりも紹介日の方が早いなど回答内容に矛盾があり除外した。このため、有効データ数は1,795人中1,579人(88.0%)であった。 (2)求職登録3年後の現状 2011年10月31日時点(求職登録後3年〜3年4ヵ月経過後)の現状は、就業中409人(25.9%)、求職中407人(25.8%)、訓練利用中21人(1.3%)、不明64人(4.1%)、他所に移管93人(5.9%)、保留中355人(22.5%)、有効求職者から除外230人(14.6%)だった。 「他所に移管」「保留中」「有効求職者から除外」は、ハローワークでの記録確認が難しい等の理由から、それ以降の質問には回答を求めなかったため、就職状況などの詳細は、これらの者を除いた901人についてのみ把握した。 (3)就職状況 求職登録後の就職状況で、ハローワーク障害者窓口の紹介による就職(窓口就職)が確認された者は456人(50.6%)、ハローワーク以外の就職のみ確認された者は138人(15.3%)、いずれも確認されなかった者は307人(34.1%)だった。 窓口就職が確認された456人中、就職1回364人(79.8%)、2回57人(12.5%)、3回23人(5.0%)、4回以上12人(2.6%)であった。456人が合計で604回就職していた。 就職先の求人種類は、障害者求人への就職回数が258回(42.7%)、一般求人障害非開示159回(26.3%)、就労継続支援A型事業所・福祉工場〔以下、「A型」〕91回(15.1%)、一般求人障害開示82回(13.6%)、一般求人障害開示不明と求人種類不明が各7回(1.2%)あった。 (4)窓口就職に関連する要因の分析 ア 群分けについて 窓口就職に関連する要因を分析するために、求職登録から2011年10月31日時点までに窓口就職が1度でもあった者を「窓口就職あり」群に、窓口就職が1度もなかった者を「窓口就職なし」群に分けた。その際、一般企業への就職に関連する要因を検討するため、A型への就職しか確認されていない者を除外した。また、窓口紹介がないと窓口就職ができないことから、求職登録から2011年10月31日時点までに窓口紹介が一度もない者は「窓口就職なし」群から除外した。なお、窓口紹介がない者(198人)のうち2年以上ハローワークでの相談がない者が116人(58.6%)、1年以上相談のない者でみると146人(73.7%)おり、本来であれば「保留中」や「求職登録から除外」になる可能性が高い者が多数含まれていた。 以上から、「窓口就職あり」群393人、「窓口就職なし」群242人で比較した。 イ 分析手順について 窓口就職に関連する要因の分析に使用した調査項目を表1に示した。なお、「手帳(精神障害者保健福祉手帳)等級」については、1級26人、2級294人、3級182人、手帳なし117人と、他の水準に比べ1級の人数が少ないため、1・2級をまとめて分析した。 調査項目毎に、「窓口就職あり」群と「窓口就職なし」群の人数の比に統計的な差があるかχ2検定を行った結果、「手帳等級(p<.05)」、「職場開拓(p<.01)」、「面接同行(p<.01)」、「チーム支援(p<.01)」、「地域センターの連携(p<.01)」の5項目で有意差がみられた(表2)。 項目間の連関をクラメールのV及びφ係数により求めたところ、一部に弱い関連が見られたが(表3)、χ2検定で有意差のあった5項目すべてを多重ロジスティック回帰分析に使用し、他の要因を排除した場合の窓口就職への影響力が強い要因を検討した。なお、多重ロジスティック回帰分析には、635人のうち各項目に不明が一つでもある者を除いた585人(92.1%)を使用した。 その結果、「面接同行(p<.01)」、「手帳等級(p<.01)」、「チーム支援(p<.05)」で有意差がみられた(表4)。 面接同行がない場合に対する、面接同行がある場合のオッズ比は5.12、手帳1・2級を所持する場合に対する、手帳を所持しない場合のオッズ比は2.37、手帳3級を所持する場合のオッズ比は1.53、チーム支援がない場合に対する、チーム支援がある場合のオッズ比は1.59であった。 表1 窓口就職の要因分析に使用した調査項目 年代(40歳未満/40歳以上) 性別(男性/女性) 発病前職歴(あり/なし) 発病後職歴(あり/なし) 失業期間(1年未満/1年以上/前職なし) 日中活動(あり/なし) 希望労働時間(20時間未満/20〜30時間未満/30時間以上) 手帳等級(1級・2級/3級/なし) 診断名(統合失調症/そううつ病/てんかん/その他の精神疾患) 相談回数(5回未満/5回以上) 障害者求人の紹介(ありで合同就職面接会あり/ありで合面なし/なし) 一般開示の紹介(あり/なし) 一般非開示の紹介(あり/なし) 紹介までの期間(1か月未満/1〜3か月未満/3か月以上) 職場開拓(あり/なし) 面接同行(あり/なし) チーム支援(あり/なし) 地域センター(連携あり/確認されず) 就業・生活支援センター(連携あり/確認されず) 就労移行支援事業所(連携あり/確認されず) 授産所・作業所(連携あり/確認されず) 医療機関(連携あり/確認されず) 自治体の就労支援センター(連携あり/確認されず) 保健所(連携あり/確認されず) 職業能力開発施設(訓練あり/確認されず) 委託訓練(訓練あり/確認されず) 職業準備支援(訓練あり/確認されず) 就労移行支援(訓練あり/確認されず) 就労継続支援B型(訓練あり/確認されず) 授産所・作業所(訓練あり/確認されず) ジョブガイダンス(訓練あり/確認されず) 職場適応訓練(訓練あり/確認されず) 社会適応訓練(訓練あり/確認されず) デイケア(訓練あり/確認されず) 表2 χ2検定で有意差のあった調査項目 項目と水準(不明を除く) 窓口就職 あり なし 手帳等級 n=619 1級・2級 185 135 * 3級 117 65 なし 84 33 職場開拓 n=621 あり 53 15 ** なし 328 225 面接同行 n=614 あり 61 7 ** なし 319 227 チーム支援 n=635 あり 175 74 ** なし 218 168 地域センターの連携 n=619 あり 107 36 ** 確認されず 275 201 *p<.05,**p<.01 表3 χ2検定で有意差のあった調査項目の連関 (1) (2) (3) (4) (5) (1)手帳等級 - (2)職場開拓 - (3)面接同行 .15 .26 - (4)チーム支援 .13 .21 .22 - (5)地域センター .19 .27 .29 - 数値は手帳等級の連関はクラメールのV、それ以外はφ係数の絶対値,p<.05のみ表示 表4 窓口就職要因の多重ロジスティック回帰分析結果 (n=585) χ2検定で有意性のあった調査項目 窓口就職 基準水準 オッズ比 95%信頼区間 手帳 (1・2級:3級) 1・2級 1.53 * 1.02 2.30 (1・2級:なし) 1・2級 2.37 ** 1.46 3.86 (3級:なし) 3級 1.55 .92 2.61 職場開拓(あり:なし) なし 1.42 .73 2.76 面接同行(あり:なし) なし 5.12 ** 2.22 11.80 チーム支援(あり:なし) なし 1.59 * 1.08 2.34 地域センターの連携 (あり:確認されず) 確認されず 1.56 .98 2.49 *p<.05, **p<.01 4 考察 (1)面接同行とチーム支援について 求職登録後の約3年間のうちに一度でもハローワーク障害者窓口で就職(A型就職は除く)したことに関連する要因として、「面接同行」「手帳等級」「チーム支援」が影響していることが示された。このうち、「面接同行」と「チーム支援」については、関係機関が連携して支援し、求職者の就職面接にハローワークの職員が同行することで、窓口就職に結びつきやすくなることが推測できる。 ただし、「面接同行」があったのは要因分析対象者の10.7%と低かった。分析対象全体の就職率が61.9%に対し、「面接同行」があった場合の就職率は89.7%であることを考えると、「面接同行」のより積極的な実施が望まれる。 一方、「チーム支援」の実施率は39.2%であったが、今回の調査が、過去の記録を基に回答する後向き調査であったことから、その実施率は少し割り引いて考えた方がよいかも知れない。その理由は、ヒアリングにおいて、記録の中に関係機関名がでているだけで「チーム支援」を実施したと回答したハローワークが一部確認されたためである。面接同行のように、面接同行をした・しないといった具体的な事実の確認と異なり、「チーム支援」ありと回答されたすべての事例で、実質的なチーム支援が行われていたと解釈できない可能性もある。このことを踏まえると、実質的なチーム支援を行った事例だけを抽出できれば、「チーム支援」の窓口就職に関する影響力は更に強くなる可能性も考えられる。 先行研究2)では、就職後の職場定着と関連する要因として「適応指導」や「チーム支援」の実施が指摘されており、就職時点での「面接同行」や「チーム支援」の強化は、その後の職場定着を考える際にも重要なポイントになると思われる。「面接同行」や「チーム支援」など、ハローワークにおける支援を強化することにより、障害者窓口に求職登録した精神障害者の就職率と定着率の向上が図られることを期待したい。 (2)手帳等級について 手帳を所持しないか手帳3級を所持している場合、手帳1・2級を所持している場合より、窓口就職に結びつきやすいという結果が得られた。手帳等級は障害状況のひとつの側面を示していると考えられ、手帳1・2級を所持している場合は、手帳を所持していないか手帳3級を所持している場合より、相対的に障害が重いと推測される。「面接同行」などが支援側の要因とすれば、「手帳等級」については本人側の要因と捉えることもできる。 ただし、手帳等級と求職活動に関連するスキル等が直接関連しているといった単純な解釈はできないし、手帳を所持していない者が手帳を申請した場合、1・2級に該当する可能性も否定できない。今回の分析では、「手帳等級」が窓口就職に関連しているという結果が出てはいるが、その解釈は慎重に行う必要がある。 一方、手帳1・2級を所持している場合でも、「面接同行」と「チーム支援」の両方を行った場合は33人中30人(90.9%)が窓口就職をしていた。「面接同行」と「チーム支援」の両方とも行わなかった場合の窓口就職率が43.5%であることを考えると、支援の重要性がうかがえる。 (3)職場定着を視野に入れた職業紹介の必要性 今回は「窓口就職」に焦点を当てて分析したが、就職後の職場定着にも留意する必要がある。「適応指導」や「チーム支援」の実施が、就職後の職場定着と関連していることは既に述べたが、先行研究2)では障害非開示で就職した場合の定着率の低さも指摘されている。 窓口就職した者(障害の開示・非開示が不明な者を除く)のうち、障害非開示でのみ就職した者の割合をみると、手帳1・2級を所持している場合は182人中27人(14.9%)、手帳3級を所持している場合は115人中21人(18.3%)、手帳を所持していない場合は82人中40人(48.7%)となっており、特に、手帳を所持していない場合、障害非開示でのみ就職する割合が多かった。 今回の分析では、手帳を所持していない場合、手帳1・2級を所持している場合に比べ、窓口就職に結びつきやすいことが示されたが、就職に結びつきやすいからそれでよしと考えるのではなく、その後の定着まで考え、窓口紹介の中身やその後の定着状況についても慎重に検討する必要がある。 手帳がないと、障害者求人への応募がしにくい面もあり、一般求人での応募が中心になる可能性も高い。その際、一般求人に障害開示して応募すると問い合わせの段階で断られ採用面接までたどり着けない場合があることも指摘されており3)、障害非開示で応募せざるをえない場合があるかもしれない。しかし、その一方で、さまざま工夫をして一般求人に障害開示で紹介している事例も把握されている3)。ハローワークにおける職業相談・紹介の際には、これらの事例を参考にしたり、窓口相談の進め方を記した「精神障害者相談窓口ガイドブック」5)を活用するなどして適切な相談・紹介を行うことが期待される。 また、どうしても障害非開示で就職せざるを得ない場合には、職場介入できないことを前提に、医療機関や生活支援機関などと連携を図りつつ、就職後の支援体制を確立しておく必要がある。ハローワークの職業相談・紹介を受けるだけで、障害非開示で十分に働ける求職者もいるかもしれないが、先行研究1)の結果から考えると、障害者窓口に精神障害者として求職登録した者の多くは、職場の理解も含めた支援が必要な者であることを踏まえておく必要があろう。 5 おわりに 本発表では、「窓口就職」に焦点を当てたが、今後は、窓口紹介以外で就職した者の分析なども行い、ハローワークに求職登録した精神障害者の就職状況についてより多角的に検討する予定である。 【文献】 1)障害者職業総合センター:精神障害者の雇用促進のための就業状況等に関する調査研究,調査研究報告書No.95,2010. 2)同上,pp.60-62. 3)同上,p.40. 4)障害者職業総合センター:精神障害を有する求職者の実態に関する調査研究,資料シリーズNo.70,2012. 5)障害者職業総合センター:精神障害者相談窓口ガイドブック,2009. 企業におけるトータルパッケージを用いたキャリア形成支援の可能性 −ADHD傾向を伴う知的障害のある社員における職務行動の安定化の過程− ○長谷川 浩志(株式会社メディアベース 専務取締役) 若林 功(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害のある人の職業自立・キャリア形成のためには、その人なりに自律性を獲得していくことが重要であろう。そして、自律性を習得していく手段として、ワークサンプル(MWS)や自己理解のためのシート(MSFAS)等から成るトータルパッケージ(以下「TP」という。という。)が障害者職業総合センターにより開発されている。刎田1)はTPについて、「対象者が作業遂行能力、対処行動、補完手段・補完行動を獲得し、個々の力に応じたセルフマネジメントスキルを身に付けられるよう、また支援者が、個々に必要な指導・支援を総合的に提供することができるよう開発した」と述べている。 当社ではTPのセルフマネジメントスキル獲得支援の側面に着目し、平成19年より特別支援学校からの移行手段として、実習時よりTPを導入し(詳細は第16回2)、第17回3)職業リハビリテーション研究発表会発表論文集参照)、さらに採用後も社員の指導の基本として企業内で活用している。 さて、TPがセルフマネジメントや自己理解の向上に有用との報告はあるものの、採用以降の長期間において、企業内キャリア形成にどのように活用され、その結果どのような影響が及ぼされたのかは、これまであまり報告されていない。 一般的な企業内のキャリア形成に関する制度的枠組みについて、中村他4)は、(i)個々人の職業能力・成長に関するもの(能力開発・成長因子)、(ii)個々の特性に応じた担当職務の調整に関するもの(職務・配置調整因子)、(iii)障害の影響を緩和し個々人の能力開発・成長を促進することに繋がる支援・配慮に関するもの(支援環境因子)の3要素に整理している(表1)。 もし、TPによる支援・指導が短期的なセルフマネジメントスキル向上のみならず、キャリア形成に貢献するものなのであれば、その支援・指導というものはキャリア形成の枠組みからでも捉えられるものであろう。しかし、TPによる採用後の社員への指導は、この3要素のいずれに該当するのか検討している報告は、今まであまり見受けられない。そこで本報告では、企業によるTPを基本とした指導がどのように職務行動の安定化につながり、さらにはどのようにキャリア形成に影響を及ぼしたのか、企業のキャリア形成制度の3要素の観点から、事例を基に明らかにしていきたい。 表1 企業の一般的なキャリア形成制度の3つの要素 2 事例 T子さん、20代前半女性、ADHD傾向がある知的障害、職業判定は重度、特別支援学校高等部卒業後、当社総務部入社4年目。 3 T子さんの段階的なキャリア形成 TPを活用したことにより、特別支援学校から無事に入社を果たしたT子さんであるが、移行段階では精選した業務と限定的な量での遂行であったため、入社後は企業側として ① T子さんの職域を広げる ② 確実な業務遂行を追求する ため次のような段階的なキャリア形成を計画した。 1年目=担当する業務を探索する段階 2年目=安定した作業遂行が可能な担当業務を1つ確定する段階 3年目=担当する業務を拡大する段階 4年目=担当業務を拡大確定し自分で判断ができるようになる段階 4 具体的な推移 (1)1年目 1年目はTPで目指すところの、セルフマネジメントスキルの向上、自己理解、職種の理解、を課題とした。具体的にはセルフインストラクション(作業開始時等に守るべき内容について声に出して宣言する)の徹底により精神的な安定に繋がり、MWS(OAワーク)を定期的に活用することで事務作業では「読み上げ」「ポインティング」などの補完行動が定着した。このようにMWSを日常的におこなう中で、補完行動を取ることによって「できる」体験を重ね、自主的に行動しようとする姿勢や積極的に課題へ向かう意識が芽生えた。 ただし、様々な業務を体験させてゆく中で、得意な業務と苦手な業務との差が大きすぎることが判明したため、苦手な業務をいったん中止し、得意な業務の延長線上にある業務を切り出して遂行させた。 また、得意作業であっても、あれこれと複数作業に対応することが難しいことも判明した。 (2)2年目 先述の結果から、先ずは中心作業を清掃とし安定を目指した。この理由は、事務作業として1年目からおこなっていた「ファイリング」「穴開けパンチ」「パンチシール貼り」に関して、パンチ穴のズレやファイリングの場所間違いが時折発生したことと、作業時間が不安定となったため、作業量が定まっている清掃作業を優先配分することが作業態度の安定につながると判断したためである。また、事務作業に毎日少しでも従事させるため、清掃作業が終了した後の時間内で完遂が可能なように、日々の作業量を細かく調整した。 この理由は、T子さんにとって事務仕事の職務拡大が個人目標となってきたことで事務仕事の希少価値が高まり、強化刺激としての意味が強まったためである。この清掃作業では、大きな失敗やパニックとなることは無かったが「きれい」「不十分」の判断が難しく(明らかにゴミが残っている、拭き忘れの場合は別)、T子さんと会社側との認識のズレが時々見られたため、その都度見本を呈示して「確実な清掃」「効率的な清掃」を指示していたが、完全な改善には至らなかった。 (3)3年目 前年度から中心作業として設定した清掃において清掃場所の増加(職務拡大)に伴い、設定した時間内に終わらないことから事務作業が徐々に溜まりだし社内業務に支障が出てきた。また、清掃場所の増加という物理的な要因だけでなく、清掃の作業遂行そのものの不安定さも課題として残っていた。この時期のT子さんは社内清掃の他に、社外(委託)清掃の補助にも入っていたが、そのどちらでも細かいミスが発生していたため、課題分析をおこない、抽出された課題を踏まえ「清掃チェックリスト」を作成し活用した(図1)。 図1 清掃チェックリスト このチェックリストにより、作業の順番が明確になるだけでなく量(場所)も予想が付くことから不安が解消され、安心して業務に入ることが可能となり、さらにチェックを付けてゆくことで自己有用感や達成感が得やすくなったようであり、業務遂行の安定に寄与し確実な業務遂行と時間短縮に繋がった。導入後2ヶ月目には今までには無い機敏な動きで業務遂行をしている姿や、常に手順書を傍らに置いて着実にチェックしながら業務遂行する姿が多く見られるようになった。 しかしその後、T子さんから報告時の度重なる失敗に関し、①セリフを間違えているのか?②話すタイミングなのか?どちらなのか知りたい。という、自発的な訴えがあった。会社側ではこの対処方法として、報告時は毎回、その都度事前に報告する内容を紙に書いておき、それを読み上げることで確実に失敗が無くなる方法の「報告マニュアル」を提案した(図2)。 図2 報告マニュアル この方法は着実に効果をあげ、言葉づかい、簡潔さでの失敗は軽減されてきたが、その前段の行動「報告のタイミングが分からないこと」が失敗に大きく影響していることが判明したため、さらに「タイミングカード」も導入した(図3)。 図3 タイミングカード 企業の基幹業務である総務では日々、来客応対、電話応対、様々な書類整理やデータ入力がおこなわれ、業務遂行援助者といえども自分の業務処理に追われておりある意味業務の切れ目というものが無い。そのような状況下どこで声をかけて良いのか、一般社員でも迷う場面が多い。このような環境下でT子さんも3年目に入り業務サイクルを肌で感じ、仕事の邪魔をしてはいけないという洞察、さらには気遣い・優しさも加わり、ハードルの高い課題となっていたと考える。 このタイミングカードは信号機を模した物で、誰にでも視覚的に理解し易いことと、物理的に報告対応できない状況が多いことを鑑み、セルフマネジメントの要素を組み込み、次の行動に迷わないように明示したことがポイントと考える。 以上、様々な補完手段とセルフマネジメントにより、清掃作業では業務遂行能力が向上・安定し作業時間が短縮した。また「報告マニュアル」「タイミングカード」の導入により、報告時の不安や混乱が解消され、作業全体がスムースに流れるようになった。 このため、日々一定量の事務作業をおこなえる時間が創出され、過去におこなっていたが中止していた業務、「タイムカードチェック」「転記作業」「在庫チェック」の復活となった。これらの業務の再チャレンジ時は、多少の手順忘れが見受けられたものの、確立した報告、相談でカバーしているため大きなミスの発生には至っていない。また、新しい業務として「スキャニング」「簡単な受付応対」「郵便局での切手購入」などさらなる業務拡大にもつながった。つまり、従前おこなっていた事務仕事の復活がT子さんにとって自己啓発となり、新しい業務も積極的に受け入れる素地が形成されてきたと考える。 また、当時のヒアリングの中で、「OAワークでパソコンを使えるようになりたい」と希望が出たため、"清掃作業と事務作業の両立が定着した後にトレーニングを再開"することで本人から了承を得た。「OAワーク」「数値チェック」は、学校〜職場への移行時と入社後一定期間実施し、本人並びに我々支援側も確実に効果があり、実務に般化し易いことを理解している。この慣れた作業での「成功体験の積み重ね」はT子さんのキャリア形成の上では非常に重要であったと考えている。 (4)4年目 担当業務を拡大し自分で判断ができるようになる、という目標は、様々な補完手段は用いているもののセルフマネジメントの観点からは着実に達成されつつあると判断する。特にMWS(OAワーク)では、長期間「数値入力連続テスト」の試行をおこなった結果(試行数=8,520回、エラー数=8回、正答率=99.9%)では、数値入力に関して確実に身に付けたことの証明になると考える。この再試行に関しては本人の希望もあったが、「データ入力実務」の前段階として数値入力の習熟度を上げたいという、会社側の意図もあった。 このMWSの結果を踏まえデータ入力の試行を始めたが、「日付、時間の読み上げ」「確認のポインティング2回」を確実におこなっていることは、まさしく課題間般化したことになる。1日あたり15分程の時間であるが、現時点で4ヶ月間連続して入力ミスは一度も無く、いつ実務に移っても可能な状態までに習熟している。 5 まとめ (1)TPの有効性 T子さんとは平成20年から関わってきたが、その中で、着実に全般的な自律性(セルフマネジメント)が形成されてきたと感じている。 このことは、TPの系統的・構造的な支援手段により、一つ一つの作業課題や行動においての「セルフマネジメント」「対処方法」「ストレスマネジメント」がその都度明確にできるようになった事に起因すると考える。現在でも課題が発生すると必ずこの基本をチェックすることで、大きなミスや問題行動まで発生していないことからも、このことは支持できよう。また、この構造化された取り組みで、本人のみならず我々支援側においても安心感となり継続できたことは、TPで習得した「進め方」や「こうすれば出来る!」といった自己肯定感が培われた結果であると考える。 つまり、TPによる指導はセルフマネジメントの向上のみならず、自己肯定感を通じ、キャリア形成につながっていったと考えられる。 (2)TPによる指導とキャアリア形成制度との関係 T子さんへの当社の関わりを、中村他4)のキャリア形成制度の3つの要素から見てみると以下の通りになると考える。まず、第一因子(能力開発・成長)部分では、T子さんの作業遂行能力の向上を目指した中で、物の工夫・動きの工夫・対処方法など具体的な行動を調整するように取り組み、第二因子(職務・役割調整)では、役割を決める前段階として様々な職務を体験させ職務適合性を分析することで適切な職務選択をおこない、第三因子(支援環境)では、メンタル面の補完・強化を中心に支援側のアプローチ方法・手順を、TPで示されているとおりに実践した(表2)。 表2 T子さんのキャリア形成の3要素 これにより、キャリア形成制度の3つの要素を構成するにあたり、全ての項目でTPの支援技法が活用され、T子さんのキャリア形成において重要な要素となっていることが伺える。 つまりTPによる指導・支援は、一般的なキャリア形成のための取り組み、という観点からも捉えることができるものなのである。 (3)TPの汎用性 先述したように、TPの企業現場での継続的活用の結果、セルフマネジメントスキルの獲得により業務遂行の安定だけではなく、生活面でもT子さんなりに活用しているように感じる。これは、直近で採ったMSFAS等での、自己認識の深化、プライベートでの多彩な活動、組織内での役割認識、などが顕著に表れたことからも確認できる。 以上から企業内のTPの体系的活用は、加賀5)が述べたようにメンタル不全休職者等の職場復帰における企業内リハビリテーションとしての位置づけだけでなく、本事例のとおり高等部新卒で初職の障害者にも適用可能であり、かつ有効であることが実証されたと考える。また、当事者の職務上だけでなく、ライフキャリア形成における支援の中でも、充分に活用してゆけることの可能性が示唆されたと考える。 T子さんの職業生活はいまだ初期段階であるが、今後のライフステージ毎のキャリア形成やキャリア変化においても、TPは有効なツールとして存在することであろう。 【参考文献】 1)刎田文記:障害者の職場適応促進のためのトータルパッケージ,職リハネットワークNo.55,(2004) 2)長谷川浩志・徳増五郎・大畑智里:特別支援学校(知的障害)の職場実習の受け入れについての一考察−トータルパッケージを活用した事業所と学校の連携について−,第16回職業リハビリテーション研究発表会論文集,(2008) 3)長谷川浩志・徳増五郎・川口直子:特別支援学校から企業への移行と連携についての考察−トータルパッケージの体系的利用による成果−,第17回職業リハビリテーション研究発表会論文集,(2009) 4)中村梨辺果・若林功・内田典子・村山奈美子・鈴木幹子・下條今日子・森誠一・望月葉子・白兼俊貴:企業で働く障害者のキャリア形成に関する調査 その1−企業のキャリア形成に関する制度・枠組みに関する基礎情報について−,第19回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集,(2011) 5)加賀信寛・小池磨美・野口洋平・位上訓子・小松まどか・村山奈美子・望月葉子・河村博子:トータルパッケージの多様な活用の視点について,第16回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集,(2008) 特例子会社における知的障害者の仕事能力形成タイプとマネジメント —特例子会社へのアンケート調査の結果から— 眞保 智子(高崎健康福祉大学健康福祉学部 准教授) 1 はじめに 近年企業が地域や社会の人々の要請に応える社会的存在であることが強く求められ、障害者雇用もそうした関心のもとで、進められてきた側面がある。しかし企業は、自らの組織を維持発展するために、利益を志向しなければならない。福祉的な意味合いだけで雇用するのであれば、安定的な雇用継続は難しい。安定継続的な雇用の拡大のためには、知的障害者が、日々の仕事の中で、その仕事をこなす能力を身に付け、それらを高めていくことが重要であり、そのためには、質の高い仕事と環境が必要である。 そこで、知的障害者を雇用している特例子会社では、どのような方法でマネジメントをしているのか。本研究は、小池和男の一連の研究1)である知的熟練の理論で指摘する「ふだんと違った作業」をこなす「知的熟練」を構成する要素の一部を知的障害者が担う、すなわち「判断を伴う」仕事を担うことについて検討する。また「判断を伴う」仕事を担う労働者に職場で必ずなされているはずであるOJTについてキャリアに注目して仕事能力形成の方法とそれを促すマネジメントについて明らかにする。 「キャリア」に注目するとは、知的障害者の仕事経験、特に1つの組織や企業での関連のある仕事経験に注目するということである。そしてこれは仕事経験によりなされるOJTを確認することである。さらに、仕事能力形成とそれを促すマネジメントとして目標設定、目標達成度の賃金への反映等を切り口に分析を試みる。 2 先行研究と本研究の意義 わが国の障害者雇用を促進する政策立案のための研究機関として独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構とその前身である日本障害者雇用促進協会は、障害者雇用に関わる幅広い研究の蓄積がある。独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構は、都道府県に設置されている障害者職業センターにおいて、職業カウンセラーを通じて、障害者の職業リハビリテーションを支援する実践機関でもある。そのため、求職者の職業選択行動を支援するという観点から、特別支援学校から企業や福祉的就労への移行や福祉的就労から一般雇用への移行を円滑にする支援のあり方や政策に関わる研究が多く、就職した後の職場における仕事配置や異動などキャリアに関わる研究は比較的少ないが、高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター(2004)2)は、知的障害者だけを対象とした研究ではないが、研修を受講し、自社の障害者の支援を現場で行う障害者職業生活相談員1200人に対するアンケート調査(事業所調査)から、「総合的に見て能力や仕事の質の向上がみられる」と回答した事業所が71%と多数であったとしている。しかしその水準としては十分ではないとして、その理由は、本人の能力向上・学習意欲の向上」をあげている事業所が72%あったが、一方でこれからの課題として「いろいろな種類の仕事を経験させる」46%、「職業能力・訓練機会の拡大」41%と現在の職務配置や仕事内容が十分でないこと示唆している、としている。能力開発に関わる質問項目として、障害種別ことに集計されていないが、「採用直後の訓練実施」、「社内の研修等の集合教育」、「社外の研修等の集合教育」、「指導者を決めたOJT」、「指導者を決めないOJT」、「技術革新対応の特別訓練」、「自己啓発学習への資金的・時間的援助」について聞いており、多くの従業員が参加している訓練としては、「指導者を決めたOJT」、「指導者を決めないOJT」であるとしている。 特例子会社に限定した職場での能力開発について、社団法人日本経済団体連合会(2004)3)は、全国の特例子会社を対象としたアンケート調査の結果の分析から、特例子会社の経営課題の1つとして障害者の能力開発をあげている。 青木(2008)4)は知的障害者が働く現場の仕事に注目し、能力開発についても企業内援助者のナチュラルサポートによる知的障害者の職務遂行能力の向上について言及している。しかし、仕事能力形成を目標設定や評価の賃金との関係で分析した研究は少なくこの点に注目する意義がある。 3 調査対象と調査方法 本研究の課題を明らかにするためにアンケート調査を実施した。調査は、平成22年4月末日現在で厚生労働省が公表した全国の特例子会社281社を対象とし「特例子会社における知的障害者の能力開発と雇用管理に関する調査」として実施した。調査票を廃業、所在不明の3社を除いた278社に対し平成22年12月に郵送し、153社(回収率55.03%)より回答を得た。回答のあった153社のうち知的障害者を雇用している企業は132社であった。したがって、この132社のデータが主な分析対象となっている。 アンケート調査の分析は単純集計の結果をもとに、本研究の課題を明らかにするために、重要な質問項目についてクロス集計を行い、その結果をもとに考察する。 4 職場における仕事能力と配置 入社後の仕事能力の伸長を明らかにするために表1に示した質問項目を設定した。 自社の知的障害のある社員のほとんどの人が「担当する仕事のできばえや品質が向上した」としている企業は76.3%、「担当する仕事について、作業や手順の正確さが向上した」73.9%と7割以上の企業で全般的に仕事能力が伸長したことを示唆する結果となった。より具体的な項目で聞いている「担当できる仕事の種類が増えた」「担当する仕事で、ふだんの作業は1人で任せられるようになった」「担当する仕事で、ふだんと違う状態が生じていると報告・相談できるようになった」については、自社の社員のほとんどの人という回答はいずれも50%強となるが、一部の人を入れるとほぼ100%と多く企業でそうしたことができるようになった社員がいることがわかる。 一方で小池他の研究で「判断を伴う」高い仕事能力とされる「担当する仕事について、社内の後輩や外部の人に説明できるようになった」が自社の社員のほとんどの人である企業は22.1%、「担当する仕事について、問題点や改良点などを指摘できるようになった」は8.5%となるが、一部の人を入れると8割前後の企業でそうした社員がいることが明らかになった。 では、こうした仕事能力の形成はどのように行われたのであろうか。OJTとそれを効果的に成すための配置であると考えられる。そこで、職場での仕事能力形成のための訓練であるOJTを個別の訓練内容ではなく、「関連ある領域での仕事を経験」すなわち「キャリア」に注目して見ていく。そのため調査では、表2に示した5つの質問を設定した。 表2・図2のとおり、小池他の研究で示されているOJTによる仕事能力形成のキャリアである、関連のある仕事の中で、簡単な作業からむつかしい作業に移動することを確認する質問項目である「1つの仕事の中で、より難度の高い作業への配置」を自社の社員のほとんどの人、一部の人にしている企業が77.97%で最も多い。ついで、できる作業の幅を広げる「1つの仕事の中で、難度が同じ、別の作業への配置」が74.79%と多く、また「1つの仕事の中で、最初に担当した作業のみを継続」については、自社にそうした社員がいない、とする企業が半数にものぼることからも企業で、知的障害のある社員も健常者の先行研究と同様に「関連ある領域での仕事を経験」すなわち「キャリア」が確認できる。仕事能力形成にOJTが有効であることは広く知られているところであるが、OJTにより実際に仕事能力が伸長していることが、こうした配置、キャリアを確認することで明らかになった。 OJTの代理指標である「1つの仕事の中で、より難度の高い作業への配置」と「担当する仕事について、社内の後輩や外部の人に説明できるようになった」(表3・図3)、「担当する仕事について、問題点や改良点などを指摘できるようになった」(表4・図4)をクロス集計した。 「1つの仕事の中で、より難度が高い作業への配置」を自社の社員のほとんどの人に行っているとする企業が「担当する仕事について、社内の後輩や外部の人に説明できるようになった」「担当する仕事について、問題点や改良点などを指摘できるようになった」が自社の社員のほとんどの人とする企業の割合が最も高い。 関連のある仕事の中で、簡単な作業からむつかしい作業に移動する配置とそれに伴うOJTにより改善の提案ができる「判断を伴う」仕事能力が形成される知的障害者は多くの企業で見られ、限定的である可能性は否定できないが存在することが明らかになった。 5 仕事能力形成を促すマネジメント 仕事能力形成を促すマネジメントはどのようなものか、目標管理と賃金への反映、昇給制度から見ていく。「判断を伴う」難度の高い仕事能力である「担当する仕事について、問題点や改良点などを指摘できるようになった」と「従業員が仕事能力向上のための目標を立てる」(表5・図5)クロス集計した。 表5と図5から「担当する仕事について、問題点や改良点などを指摘できるようになった」が自社の社員のほとんどの人とする企業が「知的障害のある従業員自身が助言を受けながら仕事能力向上のための目標を立てる」とする割合が81.1%と最も高い。一部の人でも7割弱であり、目標設定をすることは、知的障害者の仕事能力の形成に有効であることが示唆される。 「目標の達成度を評価し賃金に反映させる」とのクロス集計では、「担当する仕事について、問題点や改良点などを指摘できるようになった」のが自社の社員のほとんどの人とする企業で、「反映しない」が9.1%なのに対し、そうした従業員が「いない」とする企業は、25.8%である(表6・図6)。 難度の高い仕事に挑戦させて仕事能力を形成するためには、新たな仕事に挑戦し一時的に仕事のできばえが下がることが賃金の低下を招くとしたら誰も新たな仕事に挑戦しOJTを受けようとは思わない。人的資源管理の研究の蓄積から、これらの対策として一定期間は査定つきの定期昇給が仕事能力形成には有効であるとされる。知的障害者が雇用されている職場ではどのような昇給制度であろうか。正社員と有期契約社員に分けてクロス集計を行った(表7・図7)。 正社員として雇用している企業の7割が査定つき定期昇給制度となっており、有期契約社員であっても5割弱がこの制度をとっている。健常者を対象とした先行研究で示されてきた仕事能力形成を促すマネジメントが知的障害者の職場においても取り入れられていることが明らかになった。 6 おわりに 本研究のデータから職場での仕事能力形成タイプについて考察すると現時点では以下の3つの型が考えられる。(Ⅰ)キャリア形成型「高い技能で経験により仕事能力形成あり」は、「問題点や改良点を指摘できるようになる」「担当する仕事について社内の後輩や外部の人に説明できるようになった」レベルの人たちである。(Ⅱ)反復訓練達成型「やや低い技能で経験により仕事能力形成あり」は、「担当できる仕事の種類が増えた」「担当する仕事で、ふだんの仕事は1人で任せられるようになった」、「担当する仕事で、ふだんと違う状態が生じていると報告・相談できるようになった」レベルの人たちである。(Ⅲ)入門職タイプ「やや低い技能で経験により仕事能力形成あまりなし」は、「担当する仕事のできばえや品質が向上した」、「担当する仕事について、作業や手順の正確さが向上した」、「担当できる仕事の種類が増えた」の設問にそうした従業員は「いない」と回答した2.3%(3社)の企業の社員が該当すると考えられる。また、「1つの仕事の中で、最初に担当した作業のみを継続している」の設問に、そうした社員が「ほとんどの人」と回答した22%(26社)については今後さらに精緻に検討する必要がある。 【参考文献】 1)小池和男:「仕事の経済学(第3版)」,p.11‐25,東洋経済新報社(2008) 2)高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター:「障害者の雇用管理とキャリア形成に関する研究 障害者のキャリア形成調査研究報告書№.62」,p.23-51,高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター(2004) 3)日本経済団体連合会:「特例子会社の経営・労働条件に関するアンケート調査」,p.33,日本経済団体連合会(2004) 4)青木律子:知的障害者の職務遂行能力の向上における企業内援助者の役割「大原社会問題研究所雑誌 No.597」,p.38-49,(2008) 知的障害者を見守る・地域と施設の役割 前田 斉(練馬区立貫井福祉工房(就労サポートねりま) 支援員) 1 はじめに 本稿では、就労支援において練馬区立貫井福祉工房(以下「就労サポートねりま」という。)が、就労支援をしていくうえで欠かすことのできない他事業との関わりを考えると共に、就労サポートねりまが地域においてどのような役割を担ってきたか、事例を交えながら検討していく。 2 施設概要 当施設は平成16年2月、東京都練馬区に区立民営の知的障害者授産施設として開設し、平成19年4月より自立支援法に基づく就労移行支援事業を実施している。 利用者はパン製造、喫茶、バックヤード、印刷の4つの作業班で、毎日作業訓練を行っている。また、毎週金曜日の午後の時間を使い社会生活を送る上での体験的な学習(以下「生活活動」という。)も併せて行い、就職のための準備をしている。 定員20名となっており、平成24年9月現在で述べ69名の就職者を出している。ハローワークや障害者支援センター、生活支援センター、東京ジョブコーチなどと連携しながら就労支援やアフターフォローを行っている。 3 就労サポートねりまから見るネットワーク (1)練馬区内のネットワーク構築と連携 練馬区では行政の働きかけにより、就労移行支援事業所や障害者就労支援センター、練馬区の管轄をしている池袋ハローワーク、区内の特別支援学校、生活支援センターなど、障害者の就労支援に携わる関係者が定期的に集まりネットワーク会議を開催している。 ネットワーク会議では情報交換や情報共有、各機関の見学会を行っている。また、事例検討や就労支援研修を行い職員のスキルアップを図っている。施設同士がお互いの特徴や役割を共有し練馬区としてどのように就労支援をしていくか、検討する場となっている。就労支援に関わる機関のスタッフが顔を見ながら話し合いの場を持つことで、より強固なネットワークが築かれ、情報交換がスムーズになり、在籍利用者に対して情報が常にリアルタイム提供できることが出来るようになっている。 ①障害者就労支援センター 障害者就労支援センター(以下「レインボーワーク」という。)は練馬区の求人情報、就労情報収集の中心的役割を担っている。 前述した練馬区内のネットワーク会議も中心となり実施しているため、就労サポートねりまとしても関わる機会の多い機関である。 生活活動の場でも協力を仰ぎ、模擬面接で面接官役を担っていただいたり、レインボーワークで行っている訓練の体験をさせていただくこともある。 また、年に数回、当施設へスタッフを招き、在籍利用者の情報交換を行ない、就労支援におけるアドバイスや、職場の紹介などを頂くなど、様々な場面でバックアップを受けている。 ②福祉事務所(福祉司) 練馬区には練馬、石神井、光が丘、大泉と4つの福祉事務所がある。利用者についての情報交換を行い、生活面のことや行政手続きなどについての相談をしながら支援をしている。 また、就労サポートねりまでは、年3回、個別支援計画作成会議を行っているが、福祉司に出席していただいている。利用者が何を目標にして就職活動を実施しているか確認していただくと共に、会議には家族も参加していることから、必要とされている生活面のニーズなどの把握する場となっている。 ③生活支援センター 練馬区内には光が丘に『すてっぷ』、大泉に『さくら』という2か所の生活支援センターがある。 相談支援を中心に、地域交流、余暇プログラムなどを実施している。 就労サポートねりまとの関わりでは主にOB・OGの余暇支援、相談窓口の場となっている。相談事や悩みを生活支援センター経由で知ることもある。 在籍利用者も利用することはあるが利用率は、1〜2割程度に留まる。生活活動の中で生活支援センターの見学をしたり、プログラムの体験などをしながら、在籍利用者が生活支援センターを利用しやすい環境作りなどもしている。 練馬区の企画で就職者を対象とした「たまり場」という余暇支援プログラムを実施しており、就労サポートねりまのOB・OGも参加している。 (2)東京ジョブコーチとの連携 東京ジョブコーチ支援事業の一つに、企業や施設からの支援依頼に応じてジョブコーチを派遣する「職場定着支援事業」がある。就労サポートねりまの就労支援は、この事業を活用することが多い。 就労サポートねりまの特徴の一つとしてアフターフォローの充実が上げられる。 現在、約50名のOB・OGがいるが最低でも3か月に一度の定期訪問を実施している。しかし、限られたスタッフで在籍利用者への施設内訓練、就労支援を行い、更にアフターフォローを実施しているため支援が行き届かず、会社からの報告で会社訪問をすると問題が大きくなっていることもあった。 平成21年1月に東京ジョブコーチ事業が立ち上がって以来、様々な場面で連携を組んでいる。特に、就労前提実習や定着支援では東京ジョブコーチの支援を要請している。 東京ジョブコーチを利用することにより、支援に出向く負担が軽減された。また、支援員や職場スタッフとは違う第三者の視点で利用者の様子を観察してもらうことができ、課題の早期発見、早期支援にも役立っている。 (3)その他機関との連携 ①池袋ハローワーク 就労サポートねりまに入所した利用者は、練馬区を管轄している池袋ハローワークに求職登録をしている。また、年に2回ハローワークの協力により、面接練習の場を提供していただいている。 その他にも、練馬区のネットワーク会議に参加していただき情報交換をしたり、就労関係の各種制度の指導を仰いだりと、様々な場面で連携している。 ②学生ボランティアサークル 就労サポートねりまでは毎月第2土曜日を在籍利用者とOB・OGに余暇活動の一環として施設開放している。毎回テーマは決まっており、参加した利用者が主体となって活動を実施している。 その活動には大学の福祉系学科のボランティアサークルが参加している。 また、毎月第4木曜日の18時からOB・OGを対象にバスケットボールサークルを実施している。OB家族会が中心となって実施しているが、こちらにも学生ボランティアが参加している。 余暇活動に関しては、職員だけでは支援しきれない分野だったが、学生ボランティアが参加することにより、安全に活動が出来、OB・OGにとって、リフレッシュの場となっている。 4 事例について 今回の事例では、就労、定着そして離職に至るまで、就労サポートねりまがどのような支援をして、どのように地域との関わりを持ったかを紹介する。 また、本人を支えるために構築された様々な機関とのネットワークの中で、就労サポートねりまが担ってきた役割について見ていく。 【プロフィール】 Aさん 男性(サポートねりま利用開始時37歳) 東京都 愛の手帳3度(職業重度判定あり) 岡山県の授産施設に通っていたが、父親の病気療養のため東京都練馬区に転居する。練馬区に転居後、平成18年7月より就労サポートねりまを利用する。 家族構成は父親と二人暮らしをしている。姉は結婚してさいたま市に住んでいる。 穏やかで、会話は可能だが吃音(きつおん)が強く、丁寧に聞き取る必要がある。体調の変化などは支援者の気付きが必要となる。 (1)就労サポートねりま在籍時の状況 就労サポートねりまに入所後は、バックヤードでパンの配達準備、道具の拭き上げ、パンの店だしなどの作業を行う。身だしなみ、コミュニケーション、話の聞き方が課題としてあがり、個別支援計画で目標として課題に取り組んでいる。 土曜日は生活支援センター『すってぷ』へ行き各種プログラムに参加、日曜日は渋谷教会でミサに参加するなどして休日を過ごしている。 就労サポートねりまには1年3か月在籍して就職に至っている。 (2)就労支援、定着支援 都内のブライダル関連会社で、清掃業務の障害者雇用を始めるということで求人があり応募、実習、トライアル雇用を行い平成19年10月に就職している。知的障害者10名と部署の立ち上げメンバーとして働く。 作業内容は建物内の床清掃、備品の拭き上げなどを行う。定着するまでは職場スタッフと協力をしながら、就労サポートねりまの職員が支援を行った。 (3)家庭環境の変化 平成23年2月に父親が他界する。 就労先のスタッフが身だしなみの乱れや様子の変化に気付き、就労サポートねりまに連絡をする。すぐに福祉事務所と連絡をとり、福祉司と『すてっぷ』の職員が自宅訪問をして、父親の死亡を確認する。 本人は現状を自ら訴えることが出来ず、父親の遺体の横で2〜3日生活していた可能性がある。姉と連絡を取り、しばらくさいたま市にある姉の家で生活をする。 (4)生活支援 姉の家で一緒に生活することは難しいとのことから、練馬区内にある緊急一時サービスを3か月利用する。 就労先の見解としては、本人の住居が安定するまでは、有給休暇などを使い欠勤しても良い、という柔軟な対応をいただく。 練馬区内のグループホーム、ケアホームは空きがなかったため、平成23年5月に豊島通勤寮への入寮が決まる。生活面での課題(身だしなみ、洗濯、入浴など)について取り組み、改善が見られる。 ゴールデンウィーク明けには職場復帰をしている。通勤支援を通勤寮職員、東京ジョブコーチ、就労サポートねりま職員で順番に行う。何度か練習することで、通勤の問題はなくなっている。 土日の過ごし方としては通勤寮のプログラムに参加している。また、『すてっぷ』へ行き、各種プログラムに参加している。『すてっぷ』は、練馬に住んでいた頃からよく利用していた。また、毎週日曜日の午前中は、渋谷の教会へ行き、ミサに参加している。 (5)仕事をしていくうえでの課題 職場訪問を重ねることで、職場担当者から課題について話をいただくことが多くなってきた。 就労サポートねりまに在籍していた頃から身だしなみや整容には課題があった。その課題が完全に克服できずに就職し、就労先のスタッフも理解を示していただいた。就労先としては、父親の支援力(頑固な性格や病状)を理解しており、仕事をする上での最低限の身だしなみのみを求めていた。 父親の他界を境に豊島通勤寮を利用することで、身だしなみについては施設で重点的に取り組み、少しずつ改善が見られるようになってきた。その反面、改善が見られたことで隠れていた食事の摂り方や身支度、清潔感など、身だしなみ以外の生活スキルの課題が目立つようになってきた。 もともと、巧緻性は低く、模倣する力も弱い。また、自分のやり方で作業を進めることが多く、指摘された作業を修正する力もそれほど高くないが、これらのことが会社の支援力ではまかないきれなくなっていた。それと付随して、清掃の能力にも課題が出てきたり、コミュニケーション面の課題を指摘されることが増えてきた。 課題に対する支援としては、仕事方法の改善、本人とのコミュニケーションの取り方、余暇の過ごし方の提案を中心に行う。しかし、容易に修正することが出来るような課題ではなく、時には、就職先スタッフと姉や通勤寮の職員とが打合せをして、本人の現状を確認いただくと共に、生活面から改善を図ろうとすることもあった。 また、精神科へ通院し精神的なストレスがないか確認をしたり、本人の現状の能力を把握するため『すてっぷ』でIQの再診断を実施した。 (6)離職支援 本人が仕事に復帰してからは1か月に1回程度の職場訪問を実施して、本人の現状確認を行い、福祉司や通勤寮に状況報告をしている。 場合によっては、通勤寮職員との同行訪問をしている。 23年11月頃から離職の話が出てくる。就労先から離職の話が出てから何度か本人と面談を行っている。その中で、本人は就労への意欲を口にしている。 その話を受けて、実習が出来る会社を探している。通勤寮よりIT企業の特例子会社(建物内清掃)の紹介を受けた。会社には事情を伝え、有給休暇を取得しながら実習を受ける。実習支援には就労サポートねりまと通勤寮の職員が行う。結果は残念ながら不採用となった。 24年5月に離職をしている。 何度か本人と面談をしたが、以前から住み慣れた練馬区内での生活を希望しており、離職を期に豊島通勤寮から練馬区内の区型のグループホームに転居する。 併せて、今後の就労準備のため、本人や姉、福祉司や生活支援センター職員と相談し練馬区内で就労移行事業所と就労継続B型施設の見学、実習をしている。結果、就労継続B型に入所することとなる。 5 まとめ ネットワークを辞書で調べると『個々の人のつながり。特に、情報の交換を行うグループ』と記されている。 地域の支援機関がお互いに顔の見える位置で連携を取ることで、それぞれのサービスを理解し、より強固なネットワークを構築できるのではないかと考える。 Aさんの事例では、同居していた父親が他界したたことで、本人を取り巻く環境が大きく変わった。本人の訴えにより福祉事務所が中心となり連絡、調整をしていくことが本来の姿かと思われるが、今回のケースでは、本人や家族からの訴えが弱く、消極的だった。このような状態が、地域の社会資源を結束させて、支えていく体制を作り上げたのだろう。 就労先の企業が本人の様子の変化に気付き、就労サポートねりまに連絡をくれた。これをきっかけに、ネットワークの中心となり本人を支えていく形となった。 就労サポートねりまは普段から多くの企業との関わりがあり、就労部分だけではなく、事例のように生活部分の課題を指摘されることがある。 対人支援をするためには、タイミングやスピードが求められる。問題が起こってからネットワークを構築するのではなく、普段からの連携が必要となってくる。地域全体で障害者を支えることで、安心して生活を送ることが出来るのだと改めて感じた。 知的障害者の転職へ向かう要因に関する研究 −インタビュー調査から− ○佐藤 智子(世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ 支援員) 西村 周治(社会福祉法人東京都知的障害者育成会) 1 はじめに 世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ(以下「すきっぷ」という。)は、就労移行に特化した授産施設として平成10年に開設され、自立支援法施行後、就労移行支援事業に移行した。また、東京都単独事業である、区市町村障害者就労支援事業を受託し、世田谷区における就労支援センターとして、相談部門を併設している。主な支援対象者は知的障害者であるが、相談部門では発達障害者、高次脳機能障害者も対象としている。 開設以来、一般企業等への移行者で現在就労継続中の人は、236名である (平成24年3月末現在)。その業務内容の内訳は図1のとおりである。 図1 就職者の業種別内訳(名)n=236 このうち、延べ81名(34.3%)が、1回以上の離転職を経験している。このカウントにはすきっぷ利用以前に離転職を経験したケースは含んでいないため、実際に離転職を経験した人の割合はさらに多いと言える。 そこで本研究では、知的障害者の転職事例を検証し、以下の3点について調査をする。 (1)離職したいという気持ちに向かわせる要因は何か? (2)離職から転職に向かう意欲を向上させる手立ては何か? (3)離職・転職支援を行うにあたり、必要とされる支援者のコーディネート力とは何か? これらを明らかにすることにより、当事者の転職へのモチベーションを向上させ、スムーズな転職活動へ結びつける支援方法を見出すことを目的とする。 2 研究の方法 (1)調査対象者 すきっぷの支援により転職した81名に対し、インタビュー調査依頼書及び承諾書を郵送した。事前に調査承諾を得られた14名(17.3%)を調査対象とした。 (2)データ収集と分析方法 月に1度すきっぷにて開催される「すきっぷフレンドパーク」(余暇活動・自主活動支援)の場でインタビューを行うこととし、対象者1名に対し1名の調査者が半構造化面接を行った。平成24年7月に7名、8月に7名のインタビューを行った。面接時間は被調査者の負荷を考慮し、1人概ね20分程度とした。内容は事前に承諾を得たうえでICレコーダーに録音し、得られたデータより逐語録を作成したところ、総計約6万字であった。 逐語録を精読し、文脈を損なわないように抽出し、その内容を解釈しコード化した。コードは意味内容の類似性に着目してサブカテゴリー化し、さらに得られたサブカテゴリーを同じ意味をもつものをまとめて検討し、カテゴリー化した。 離職から転職に至るモデルとしては図2のように定義し、この2要因ごとに分類を行った。 図2 離職から転職へ至る経緯 (3)倫理的配慮 被調査者には、事前の承諾書に加え、聞き取り前に口頭で、調査への協力は自由意志によるものであり、途中でも調査を中止できること、データの匿名性とプライバシーの厳守を確保することなどを説明した。 また、被調査者の家族に対し、「すきっぷファミリー会(すきっぷOB利用者の家族会)」にて、事前に調査の趣旨説明を行った。 3 結果 (1)対象者の概要 インタビュー対象者は、男性6名、女性8名であった。 離職から転職に至る経緯を図2のモデルに当てはめた人数の内訳は表1のとおりである。 表1 離職から転職へ至る経緯(人数内訳) 自らの意志で離職した人が10名、解雇、業務縮小等、不可抗力な理由で離職した人が4名であった。 分析の結果、101の意味項目を抽出し、5つのカテゴリー、19のサブカテゴリーを抽出した(表3)。以下、カテゴリーを項目とし、サブカテゴリーは【 】、カテゴリーを代表する面接内容を「 」、面接内容が分かりにくい部分は、調査者が前後の文脈から( )内に補足した。 表3 離職から転職に至る要因 (2)離職へのきっかけ このカテゴリーは、被調査者が離職を考える(または決める)きっかけとなった言葉を表している。この中でも、表1のとおり、自らの意志によるものと会社都合などの不可抗力の理由によるものとに分けられる。 ①【人間関係】 「(会社の人から)きつい言葉を言われた」「うるさい人がいた」等があった。また、「暴力を振るわれた」などのクリティカルな状況にあったことも窺える発言があった。 ②【仕事内容】 「他の仕事がしたい」「もっと仕事がしたい」「仕事を任せてもらえない」等、仕事に対しては前向きな言葉が見られた。 ③【健康】 「体力的に疲れた」「心的疾患になった」「アレルギーがあって(アトピーがひどくなった)」等の言葉があった。 ④【気持ち】 「お客に(声をかけられて)聞かれるのが嫌だ」「仕事を辞めたくなった」「(会社が)不景気なのがわかった」等の言葉があった。 ⑤【会社事情】 「面倒みきれないって言われた」「リストラされた」「契約が満期になった」「次の仕事を紹介された」等、一方的な理由が多かった。 ⑥【職場環境】 「休憩がとれない」「働く時間が短くなった」「給料が安かった」「話し相手がいなかった」等の言葉があった。 (3)転職を決めた理由 このカテゴリーは、離職が理由となるものから、離職から気持ちを切り替え転職に向かおうとする気持ちが表されている。 ①【会社事情】 「職場が引越しする」「上司に言われた」等一方的な事由から転職せざるを得ない状況となったことが分かる。 ②【支援機関】 「(相談したら支援機関から)辞めましょうと言われた」「(次の仕事を)支援機関に決められた」「(就職できる)他の会社があることを知った」等、支援機関が積極的に転職を勧めた様子が窺える。 ③【健康】 「会社に行けなくなって」「うつの一歩手前までいって」等、ネガティブな理由から転職を決めた様子が窺える。 ④【職場環境】 「うるさい人がいて嫌だった」等、離職へのきっかけと類似する理由が見られた。 (4)離職の際の気持ち このカテゴリーは【ネガティブ】な内容と、【ポジティブ】な内容に分類できた。【ネガティブ】な内容は14項目あったのに対し、【ポジティブ】な内容は3項目であった ①【ネガティブ】 「辞めたくなかった」「さみしかった」「これでいいのかな」「次の仕事が見つかるか不安」「途方に暮れた」「仲間と離れるのはさみしい」等、現在の職場への未練や、将来への不安が見られた。 ②【ポジティブ】 「第二の人生でまた働けるのだったら、また働こう」「楽になった」「誰にでもあることだから」等、前向きな言葉があった。 (5)転職活動中の気持ち このカテゴリーには、実際の転職活動を行う上での不安感や周囲からの影響、収入を失っての経済的な問題などが現れてきている。 ①気持ち 転職活動初期では、「特に不安はなかった。気楽な男だから」「このまま負けてはいけない」等、前向きな発言が見られる。しかし、実際に転職活動を行っていく過程では、「会社を受けて落ちた時は辛かった」「(仲間同士で)会社のことを紹介する時に、自分は言えなくて嫌だった」等のネガティブな発言も見られた。一方で、「辛いとは思わなかった」「やらなくちゃ」といった前向きな発言も見られた。 ②経済的 「とりあえず失業保険もらって」「生活がきつくなる」「お金がないとどこにいっても楽しくない」「税金もらって生活するのは息苦しい」等、生活に必要な金銭への欲求や現実的な不安が見られた。 ③見とおし 「もう1回就職できるのか」「テレビを観ていると本当にできるのかって」「早く就職したい」等、見通しが立たないことへの不安感を伴う発言があった。一方で、「ゆっくりやればいいかな」「(支援機関に)お世話になればいいかなって」といった内にこもろうとせず前向きな発言も見られた。 ④周囲の理解 「(新たな就職先を)家族に賛成してもらえてよかった」「母も支援機関も作業所より企業の方がいいって」といった、周囲からの励ましについての意見があがった。 (5)相談できた気持ちと周囲の理解 このカテゴリーでは、周囲からの理解を得られた気持ちやその発言内容が見られた。中でも家族や支援機関からの意見が大半を占めた。 ①現状での励まし 「もう少しがんばってみたら」「急だったからはじめは"えっ"て感じ」「不景気でいい求人ないから、焦らない方がいい」など、離職前の職場でもう少し続けた方がよいという意見が周囲からは多かった。 ②後押し 家族からの助言として、「ワーカーさんに聞いてみる」「次の仕事を探すならそれはそれでいいんじゃない?。」支援機関からの助言として「辞めていいと言われた」「求人を紹介してくれた。」ハローワークからは、「専門部署の人が相談に乗ってくれた」「支援機関を紹介してくれた。」 これらから、周囲を取り巻く人、機関に対し、離職や転職にまつわる相談をした際、本人の辞めたいという意見を受けとめ、肯定的に捉えて助言されている様子が多いことが窺える。 ③気持ち これらの相談相手からの助言を受け、「心強かった」「落ち着いた」「相談できなかったらずっと家にいることになったかも」など、安心感を得た発言があった。 4 考察 (1)相談相手の種別 相談相手で最も多かったものは、家族及び就労支援センターであった(表4)。出身施設の職員へ相談をした事例や、その他として生活支援機関、行政機関に相談をした事例も見られた。ハローワークへの直接の相談事例は1件だが、相談先の第2段階として、支援者と一緒に相談に行った事例は多く見られた。 表4 転職の際の相談相手 相談相手として最も多かった家族からは、「もう少し頑張ってみたら」「焦らなくていい」など、現状に踏みとどまるような励ましの言葉もあったが、応援や相談といった当事者の気持ちに沿う助言が多いことが窺えた。 (2)離職から転職への道筋 離職へ至る理由としては自らの意志によるものが多く、転職等、次への道筋が定まらないまま、とりあえず辞めたいという希望から離職する事例が多く見られた。 離職当時、両親と同居している、失業給付を受給しているなど、すぐに生活が困窮する事例はなかった。しかし、「自分で稼がなきゃっていう気持ち」「税金もらって生活するのは息苦しい」など、離職状態の不安に与える影響として、経済的事由による意見が多く挙がっていた。 (3)離職後の日中活動 次の転職先が見つかっていない事例でも、「しばらく家にいて、たまにすきっぷに行ったり」「ボランティアなど社会的な関わりを続けた」「遊ぶところ(生活支援機関)に通った」など、離職後の生活リズムの維持のため、なんらかの社会資源とのつながりを持っていたことが分かった。 5 結論 今回の被調査者の相談相手として多かったのは親と、就労支援センターであった。「希望を聞いてくれた」「アドバイスをくれた」などの発言からも、身近に相談できる相手があることは、就労生活を送る上で重要である。 転職に至る当事者の気持ちには、周囲から転職を後押しする助言が多分に影響していると言える。「応援してくれた」「次の仕事探すならそれはそれでいいんじゃない」といった、一見気軽とも思える発言が、当事者の気持ちをほぐし、結果として後押ししていると言える。 被調査者の生活状況としては、前職在職時は全員が家族と同居であった。(調査時は、独居またはグループホームでの自立生活を行っている事例もあった)。それにも関わらず「暴力を振るわれた」といった権利侵害に陥った事例も見られた。同居している家族がいたとしても、当事者の抱える問題に即座に気付き対応できないケースも想定される。 これらのことから、定着支援を行う職員のスキルとして、当事者の状況を見極め、状況に応じて転職を勧めることも重要である。当事者の気持ちを重視して次の仕事を探すための転職、当事者を権利侵害から守るための転職など、当事者をクリティカルな状況から救出する手立てとしての転職活動は当然行われるべき支援である。 一方で、「もっと仕事がしたい」「他の仕事がしたい」といった、積極的な理由から転職を志願する発言があった。転職志願の場面においては、(転職という)自己決定を認める方向での態度をとる支援者は少数派であることが多い2)。しかし、キャリアアップに向けた積極的な転職希望を後押しできる、支援体制の確立も必要である。 謝辞 本調査のインタビューにご協力いただいた14名の被調査者及びそのご家族のご協力に感謝申し上げます。 【参考文献】 1)川喜田二郎:発想法−創造性開発のために−,1967,中公新書 2)田中敦士、奥住秀之、加瀬進:転職志願場面での知的障害者の自己決定に関する専門職の対処態度,琉球大学教育学部障害児教育実践センター紀要5,pp57-66,2003 【連絡先】 佐藤 智子 社会福祉法人東京都知的障害者育成会 世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ TEL03-3302-7911 FAX03-3302-7925 働く知的障害者に対する職場同僚等からのサポート要因の構造の検討 ○若林 功(筑波大学大学院生涯発達科学専攻 大学院生) 八重田 淳(筑波大学大学院) 1 はじめに 働く知的障害者の職業適応やキャリア形成のためには、知的障害者本人のスキルを就職前や採用後に伸ばすだけでなく、周囲の職場同僚等からの人的援助(以下、同僚援助行動)の存在の重要性が指摘されてきた。また同僚援助行動が自然発生するのを待つだけではなく、支援者が意図的に同僚援助行動の発生を促進することの必要性も指摘されている(Callahan,1996;小川,2000)。同僚援助行動を支援者が意図的に促進するためにも、また同僚援助行動が発生しやすい職場を選ぶためにも、同僚援助行動の要因探索は有意義だろう。 同僚援助行動の要因については、海外先行研究を中心に様々なものが指摘されてきているが(若林,2011)、それらは①知的障害者本人の要因(コミュニケーション等のスキルの高さや、障害程度等基本的属性)、②職場の状況要因(キーパーソン的同僚の存在、知的障害者と同僚の休憩時間や作業場面での接触機会等)、③支援者の活動方法の要因(同僚への障害特性・適切な接し方の説明の実施、支援利用障害者への社会的スキル習得支援等)、④その他(企業の規模、人的コネを使った就職か等)に大別できる。一方、わが国でも同僚援助行動の要因を扱っている研究はあるものの、質的研究が中心であり、系統的に要因を探る研究は行われていない。また一口に同僚援助行動といってもいくつかの種類に分かれ、その発生機序も異なることが考えられるが、この点についても先行研究ではあまり検討されてこなかった。 そこで、本報告では先行研究で指摘されてきた同僚援助行動の要因のうち、知的障害者本人の要因(研究1)及び職場状況要因(研究2)に焦点を当て、これらの変数がいずれの種類の同僚援助行動の要因としてどの程度予測力があるのか、量的データにより検討することを目的とする。 2 (研究1)知的障害者本人要因が同僚援助行動発生に及ぼす影響 (1)背景及び目的 知的障害者本人の要因(社会的スキルの高さ等)は同僚援助行動の要因の一つとして指摘されてきている(Hagner他,1995)が、一方でこれらは職務充足(職務で要求される水準を満たしているかどうか、すなわち仕事ぶりの評価)に影響を与える変数としても考えられてきた。これらを統合すると、以下の2つの仮説が考えられる。 一つは社会的スキルの高さが同僚援助行動を直接的に引き出し、同僚援助行動が発生することで職務充足が高まるという仮説であり、もう一つは社会的スキルはまず職務充足を高め、職務充足が高いことが(あるいは高くないことが)同僚援助行動を発生させるという仮説である。これらの仮説のいずれが現実のデータと適合するのか、今まで検討されてきていない。 また関連して、同僚援助行動が存在することは知的障害者の職務充足を高めるのか、逆に職務充足が高いこと(あるいは低いこと)が引き金となり同僚援助行動が発生するのか、についても検討されてきていない。この影響の方向性については見方が分かれており、Butterworth他(1996)は、同僚援助行動(ナチュラルサポート)を職業的能力の先行要因(サポートがあることによって能力が高まる)として捉えているのに対し、Stone & Collella(1996)は障害者本人の職務遂行レベルを同僚援助行動の要因として位置付けている。 これらの関係性の検討は適切な支援のあり方と関わる問題である。もし、職務充足の程度が同僚援助行動の発生に影響を与えているのであれば、まずは支援者は職務充足向上に注力すべきであろうし、逆に同僚援助行動の存在が職務充足を高めるのであれば支援者は職務充足向上ではなく、支援利用者と周囲の同僚との間の関係性形成にまず注力すべきであろう。 そこで研究1では、①知的障害者本人の社会的スキルは同僚援助行動と職務充足のいずれと直接的に関係しているのか、②同僚援助行動と職務充足度はどちらからどちらへの影響が大きいのか(因果関係の方向性)についての同僚援助行動の種毎の検討、③基本的属性(性別・年齢層・障害程度)と社会的スキル・同僚援助行動・職務充足との関係の検討を行った。 (2)方法 ①調査対象・調査時期:全国の障害者就業・生活支援センター、自治体運営の障害者就労支援機関および知的障害者を支援する特別支援学校、計866か所を対象に、(a)概ね1年以内で関わった生徒・利用者で、(b)知的障害があり、(c)企業現場で関わり、(d)担当支援者(学校の教諭・就業支援担当者等)が知的障害者本人の状況だけでなく、企業現場の周囲の同僚の方の反応・物理的環境など、職場側の状況についても把握している、(e)思い出しやすい、の5つの基準に該当する事例を1つ記入してもらった。2012年5月に実施した。 ②研究1で扱う調査項目:(a)企業規模・業種、知的障害者本人の従事職種、基本属性(性別、年齢層、療育手帳上の障害程度)、(b)知的障害者本人の社会的スキル(7項目、表1)、(c)支援開始後2〜3週間後の同僚援助行動(11項目、表2))、(d)職務充足度(3項目)(「職場の人たちはご本人の仕事ぶりに満足していた」「ご本人の作業レベルは、会社の要求水準を満たしていた」「ご本人の勤務態度は、会社の要求水準を満たしていた」)。なお(b) (c) (d)は「全くあてはまらない」〜「非常にあてはまる」の5件法であった。 ③分析方法:(b)(c)については因子分析を最尤法にて行い、固有値1以上基準、因子負荷量0.35以上の項目を選択し、構成概念を抽出した。その後、その構成概念に関する項目の合計値を項目数で除し、概念得点とした。続いて、独立グラフ(小島,2004)の考え方を参考に、(b)(c)(d)の間の関係が直接的な関連なのか、間接的関連なのかを検討した。続いて道具的変数を用い共分散構造分析(同時方程式モデリング)を実施し、複数のモデルを作成し、適合度を比較した。 (3)結果 251事例が収集された(回収率28.9%;障害者就業・生活支援センター・市町村運営の障害者就労支援機関の事例131、特別支援学校の事例119)。 ①事例の基本属性:事例の所属企業規模は従業員数56人未満規模の企業が29.5%、300人以上規模は39.8%であり、所属企業業種は製造業(29.5%)、卸売・小売(15.9%)、医療・福祉(15.1%)、職種は運搬・清掃・包装等36.3%、生産工程24.9%、サービス21.5%であった。事例の性別は男性66.9%、女性32.3%、年齢層は20歳未満54.2%、20〜29歳28.7%、30歳以上16.4%、療育手帳上の障害程度は最重度・重度5.7%、中度22.7%、軽度54.6%、中度または軽度(区別なし)12.0%、手帳非所持2.4%であった。 ②知的障害者本人の社会的スキル・同僚援助行動・職務充足度に関する項目の構造:因子分析の結果、知的障害者本人の社会的スキルについては3因子が抽出され(表1)、同僚援助行動については3因子が抽出された(表2)。職務充足度に関してはα=0.83と一貫性が認められた。この後、同僚援助行動については、教育・助言、補償、叱咤激励の3種の行動別に検討を行っていくこととした。 ③属性による社会的スキル・職務充足・同僚援助行動の差:性別、障害程度による有意差は認められなかった。ただし、社会的スキルに関しては年齢で有意差があり、コミュニケーションスキルでは20歳未満>30代以上、不適切言語行動では20歳未満<20代・30代以上となった。 ④職務充足と同僚援助行動の因果関係:独立グラフを参考に、社会的スキル・職務充足・同僚援助行動の間の関係が直接的なものか否か検討したところ、社会的スキル3変数と職務充足、職務充足と同僚援助行動はそれぞれ直接的関係があったものの、社会的スキルと同僚援助行動の直接的関係は認められなかった。 次に共分散構造分析により、職務充足と同僚援助行動の因果の方向性を探るため、社会的スキルの3変数が職務充足の道具的変数とし、職務充足が同僚援助行動(教育・助言)の要因となっているモデル(1)、相互に影響を与えあっているモデル(2)、教育助言が職務充足の要因となっているモデル(3)の適合度を比較した。結果として、モデル3は適合度が他の2つより低く、職務充足から教育・助言への影響が大きいことが示された(図1)。ただし、教育・助言への社会的スキルや職務充足からの影響(決定係数)は、モデル1で.03、モデル2では.02と大きいとは言えなかった。補償については職務充足と関係性がないモデルが最も適合度が高く、叱咤激励は教育・助言同様職務充足が要因となって叱咤激励の発生に影響を与えるモデルが最も適合度が高かった。 (4)考察 性別・障害程度は同僚援助行動発生を予測していなかった。この結果から性別・障害程度という変化しない要因ではなく、職務充足(同僚等からの評価)という改善可能な要因を扱うことの重要性が指摘できよう。 また、社会的スキル(整容、コミュニケーション、不適切な言語行動の低さ)は、直接的に同僚援助行動の生起に影響を与えているのではなく、直接的には職務充足を高め、間接的に同僚援助行動に影響を与えていた。さらに、同僚援助行動が職務充足を高めるのではなく、職務充足が高いことで同僚援助行動が高まるという関係が見られた。今までわが国では、まずジョブコーチ等が集中的支援を行い、徐々に「ナチュラルサポート」に移行するという支援方略が紹介されてきた。今回の結果はこの方略を根拠づけるものかもしれない。 研究1では、働く知的障害者本人側の要素に絞り、同僚援助行動の要因を探ったが、本人要因のみでの同僚援助行動に対する説明力は大きくなかった。つまり、同じようにスキルがあったり職務充足が高くても、同僚援助行動の程度には、依然ばらつきがあるということであり、知的障害者への同僚の受け止め方(認識)も関係している可能性がある。そのため、企業側や職場側の要因(特に職務構成、同僚の意識)、さらには支援者の要因(支援方法)を含めて、同僚援助行動の要因を探っていく必要がある。 3 (研究2)職場の状況要因が同僚援助行動発生に及ぼす影響 (1)背景及び目的 同僚援助行動発生に関する職場の状況要因としては、職場同僚等の認識、職場の物理的環境等多くのものが取り上げられている(若林,2011)。しかしながら、理論的な観点からのそれらの要因について扱った先行研究はあまりない。ただし、Novak & Rogan(2010)はAllport(1954)の言う「接触機会」「平等な地位」「目標の共有」「権威等のサポート」といった偏見低減の条件があること(接触仮説と呼ばれる)が、働く障害者の被サポート感や同僚の態度等に関連していることを示している。一方、同僚援助行動の発生は、「援助への責任」「援助コスト」「被援助者(知的障害者)の状況に対する原因帰属」といった、援助行動生起の規定要因(Latane & Darley, 1971など)という観点からも理解が可能であろう。 そこで研究2では、同僚援助行動の要因としての職場状況因について、Allport(1954)の接触仮説や援助行動の生起の規定因から説明することが可能か、検討することを目的とした。 (2)方法 ①調査対象・調査時期:研究1と同じ。 ②研究2で扱う調査項目:(a)知的障害者本人の障害程度・社会的スキル、(b)職務充足度、(c)支援開始後2〜3週間後の同僚援助行動、(d)支援者から見た職場の環境・職場の同僚の認識等(うち接触仮説関連11項目,援助行動の規定因関連12項目をオリジナル作成、項目は表3・表4、5件法)。(a)〜(c)は研究1と同データ。 ③分析方法:(d)については研究1同様因子分析を行い、概念得点を算出した。次に(c)を従属変数とし、(a)のみを独立変数としたモデル、(a)(b)を独立変数としたモデル、(a)(b)(d)(接触仮説項目のみ)を独立変数としたモデル、(a)(b)(d)を独立変数としたモデル、の4モデルについて階層的重回帰分析により説明力上昇の有意性の検討を行った。 (3)結果 ①職場の環境・職場の同僚の認識等の項目の因子分析結果:職場の環境・職場の同僚の認識等のうち、接触仮説に基づく項目については2因子が抽出され(表3)、援助行動の規定因に基づく項目については3因子が抽出された(表4)。接触仮説の項目については「平等な地位」に関する項目が、援助行動規定因の項目については援助コストに関する項目が抽出されなかった。 ②階層的重回帰分析の結果:従属変数を教育・助言、補償、叱咤激励としたときのそれぞれの階層的重回帰分析の結果を示した(表5〜表7)。予測する対象である同僚援助行動の種類を教育・助言とした場合、本人要因のみを扱っているモデル(1・2)では、整容や職務充足は教育・助言発生を予測する力を有する傾向が見受けられたが、権威サポートや責任回避と負担といった職場要因を含めると、整容や職務充足の予測力は低下した。また補償行動については接触機会が関連していること、叱咤激励については内的原因帰属が大きな影響を与えている可能性があることが示された。 なお、教育助言及び補償についてはモデル3以降において、叱咤激励においてはモデル2以降で説明力が確保されることが示された。 (4)考察 先行研究で同僚援助行動の要因として指摘されてきた社会的スキル及び職務充足(知的障害者本人要因)については、これらのみを扱っている場合では、同僚援助行動の発生の若干の予測力を有する可能性が示された。しかしながら、Allportの接触仮説に基づく観点、援助行動規定因に基づく観点を含めて同僚援助行動の要因を検討すると、知的障害者本人要因の予測力は低下した。つまり、職場の環境や同僚の認識が、同僚援助行動要因とて重要である可能性が示された。 また、職場環境や同僚の認識を捉える理論的視点として、接触仮説(Allport)と援助行動規定因理論を取り上げた。そして、接触仮説に関する項目を独立変数に加えることで有意に説明力が上昇したものの、さらに援助行動規定因に関する項目を加えるとさらに有意に説明力が上昇した。同僚援助行動の要因を捉える上で、接触仮説に加え、援助行動規定因の観点を持つことが有効である可能性が指摘される。 発達障害の受容と課題整理により、就労に結びついた事例 −マッサージ業務における就労の一考察− 斎藤 由佳梨(世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ 就労相談室) 1 発達障害の就労課題 発達障害のある人の雇用管理マニュアル1)で述べられているように、発達障害の要支援件数が増加傾向にあり、特別支援教育内の対象児が10%を超える自治体も存在している。 世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ就労相談室(以下「すきっぷ相談室」という。)では、知的障害に加え、平成19年4月からは発達障害がある人の就労支援を行っている。相談件数に着目すると、初年度には1件だったが、平成23年までに累積33件の相談件数となっている。手帳を取得していないものの、発達障害と思われる人からの相談件数も同様に増加傾向にある。 梅永2)は「発達障害がある人の就労支援においては、対人関係における困難さが最も大きな問題である」と報告している。 対人関係に配慮を要する特性をもつ発達障害がある人の家族、会社、支援センターが障害特性を共通に受容することで、就労に結びついた事例を通し、障害受容がいかに有益かを検証していく。 2 概略 母からすきっぷ相談室に相談。 ・性別:男性 ・年齢:23歳(相談時の年齢) ・手帳:身体障害者手帳1種2級 ・障害内容:脳炎による右上肢機能全廃、右下肢機能障害 ・既往歴:乳児期にはしかに感染。後遺症が残る。だが、リハビリを受け、現在は細かい動作や両手の協応運動を行う際、時間はかかるが、回数をこなす事でカバーできる。 ・相談内容:専門学校に3年間通い、あん摩マッサージ指圧師(以下「あマ指師」という。)の国家資格を取得した。卒業後、接骨院等で就職するものの、障害がある事を伝えず、職場不適応により転職を繰り返した(4ヶ所)。 (1)マッサージ治療院で『初就職』。修行という位置づけで給料はなく、交通費のみの支給であった。周囲による本人の評価は低く、「これほど怠慢な人間はいない」とまで言われた(本人談)。積極性がなく、不真面目という理由により終了。 (2)求人票をみて応募。面接はスムーズに通過し、即時採用された『2度目の就職』。「電気治療器の器具を患者に取り付ける際、両手を使って、バンドを上手に患部に取り付けることができない(左右の手をバランス良く使うことができない)」「仕事に優先順位を付けられない」以上の理由から、解雇。 (3)折込広告を見て、接骨院に『3度目の就職』。しかし、これまでと同様の理由により、短期間で離職。 (4)電気治療器の装着が無い店舗を探して『4度目の就職』。「君と話していると中学生みたい」と言われ、レジにあるお金の準備(数え)もできず、1週間で離職。 その後、公共職業安定所へ相談に行き、職業センターでの相談を勧められるが本人は拒む。理由は、障害者手帳を取得することで、国家資格を剥奪されるのではないかと危惧したためである。 3 手帳取得の経緯 支援者は、障害者手帳の取得により、あマ指師の資格が剥奪されるか否かを行政機関に確認し、資格剥奪にならないことを本人や家族に伝えた。 同時に、手帳取得のメリット、つまり障害者としての採用は職場での配慮が得られ、福祉サービスの利用が可能になることを伝えた。 母親は、「障害があることを正直に話しては雇って貰えない。かと言って黙って就職をしても障害を隠し通すことはできず、解雇される」と悩んだが、最終的には手帳を取得して就労を目指してはどうかと本人に提案した。 母親からの提案を受け、本人は決意するまでに相当に葛藤し悩んだ。しかし、マッサージの職種で就職したいという思いが強く、最終的には手帳の取得(愛の手帳4度、診断名:学習障害)を決意した。 4 就職に至るまで(職場で本人が業務に携わるまで) 本人のマッサージや接客のスキルを適切に把握するには、聞き取りの方法だけでは、十分な情報は得られなかった。また、すきっぷ就労相談室では、マッサージの業務内容で就労支援を行った実績がなく、専門的な知識も乏しい状態であった。 そのため、施術スキルを把握すべく、施術方法を本人とマッサージ書を用いて確認し、また本人が職員へ施術することも加え、アセスメントを試みた。 職員への実際の施術場面では、次のようなことがあった。 職員は腰部を中心にはじめは揉む力を弱く、強さを確認しながら進めて欲しい旨を伝え、施術が始まった。しかし、本人は良かれと思い、依頼を受けた腰部以外、体全体の施術を行ってしまう。腰部治療のためには体全体の状況を把握した上で施術をする必要があるという説明をしないまま行った結果、誤解を招く形となった。 このように、施術知識のない職員がアセスメントを行うには、限界があった。そこで、マッサージを実際に行う企業によるアセスメントが必要かつ有効であると考え、障害者雇用(ヘルスキーパー)に実績のあるS社に協力を仰いだ。 その結果、企業内ヘルスキーパーの体験実習が実現した。 実習では、施術を受けたお客様へのアンケート、また、一緒に働いた方への聞き取りも行い、十分なアセスメントとなった。 結果として、マッサージスキルは良い評価を得た一方、お客様への接客、同僚とのコミュニケーションがうまく図れない等の課題がみえてきた。 折しも体験実習中、整体・フットサロン、整骨・鍼灸・マッサージ店舗の運営管理及び整体師等の養成事業を行っている株式会社ベアハグから障害者雇用の相談を受けた。 当初は、本社の事務業務による雇用が検討されていたが、打ち合わせを進める中で、あマ指師の資格がある本人の概略を説明し、事務業務から、マッサージ業務による採用検討へと変わった。受け入れ店舗や業務等を順次検討していった。 最終的に、院長による面談・施術チェックの機会が設けられ、院長からは施術のスキルがあるという評価を得て、現在就労している店舗(接骨院)での雇用前提実習へと進んだ。 実習に入る際、本人へどのような配慮が必要なのか、前職時に課題となった点や、S社でのアセスメント結果をまとめ、スタッフに伝えた。 前職時に課題となった点を整理し、スタッフに配布したものが以下の表である。 (1)具体例 ① 業務開始時にすることがわからず… 院長が朝、外掃除をしていた時、Aさんは「自分がします!」と伝えた。院長は「掃除をしに来て貰っているわけではないから大丈夫」との返答だった。それを受けてAさんはその場を離れてしまった。院長は、Aさんに『それでも僕がやります!』と言って欲しかった。 ② 院長の施術の見学をしていた時… お客様と院長が話をして、笑っていた。釣られて一緒に笑ったところ、笑ったタイミングや場面が不相応だったため、注意を受けた。 また、施術の見学後や、専門書を見てもそれらについて質問がない。 ③ ミスの指摘… 厳しい口調で注意、叱責を受けた。本人は委縮してしまい、謝罪の言葉が出なかった。 また、注意された内容を理解できず、余計に怒らせてしまった。 ④ お客様とのコミュニケーション… 接客や施術ではない業務に取り組んでいる時、熱中してしまい、お客様への挨拶を忘れてしまった。 ⑤ 両手の協応運動… 治療器具のパッドを体に密着させ、その上からベルトで固定するタイプのものは、両手の協応運動が必要であった。自ら工夫しようとする意欲も見られず、時間がかかり、上記の業務からはずされてしまう。 (2)具体例 本人の障害特性から導かれた評価 下記表 ① 積極性が足らないと評価を受ける ② 空気が読めないと思われる ③ 反省がないと思われ、繰り返し注意される ④ 同時に複数の注意をはらえない ⑤ 身体的機能面への配慮 (3)これらの例から具体的な対応策を提示した。 ① 場の空気を読むことが苦手です。伝える際は「○○をして欲しい」と意向をはっきり伝えていただくとスムーズに行動へ移すことができます。 また、はじめにすべきことがわかっていると動きやすいです。出勤をしたら、その日の業務を誰に聞けば良いのかを明確化しておくことも1つの対応策です。 ② 状況判断が苦手で、質問のタイミングを計ったり質問内容をうまく伝えたりすることが苦手です。「△△のやり方はわかりましたか?」などと具体的に聞き、確認していただければ答えられます。 ③ 間違いがあったら、その都度本人にお伝えください。この時、感情的にではなく、簡潔に伝えることが本人にわかりやすく伝わるポイントです(口調を荒げることはマイナスです)。 どのようにしたら良いか、改善点も伝えていただくとその後の行動がスムーズになります。 また、本人の価値観から、良かれと思って行動している場合があります。間違いがあった時や改善すべき点があったら、具体的に伝えていただくと良いです。(例:○○ではなく、□□にした方が良い) ④ 業務の優先順位を伝えることで、改善が可能です。本人は与えられた業務を『早く終わらせなければ』という気持ちに駆られている可能性があります。 ⑤ 障害特性上、両手の協応運動が苦手です。(例:洗濯ものを干す際、左手で服をもち、右手で洗濯バサミを留める) しかし、回数をこなすことや本人にとってし易い方法を検討することで改善されます。 上記の対応策を接骨院全体で共有することで、本人の発達障害の障害特性理解とスモールステップの就業環境を整えることができた。 5 就職に至るまで(職場での状況) 実習時の状況を、以下の表にまとめる。 評価基準 A:1人で進んで業務ができる B:指示を経て業務ができる C:時間を要し、業務レベルに達しない 表1 実習時の状況 タオルたたみ業務の風景 受け入れ当時、職場では不安があった。接骨院が混んでいる時、スタッフ同士でアイコンタクトをとりながら確認をして業務を行っていた。混んでいる時、本人をフォローできるのか、本人は状況を察することができるのか、そのような点が心配事であった。 また、本人は前職時のマイナス経験から緊張が強く、自分から行動する際も「何か注意を受けてしまうのではないか」と不安感を抱きながら仕事をして、自分の思いを伝える事が困難であった。 これらの対応策として、本人・家族・職場に認識のずれがないように日誌活用を提案した。 日誌の中に、職場からのコメントとして、洗濯物のたたみ業務に集中し、ベッドメイクが忘れられたという報告があった。対応策を検討し、慣れるまでは洗濯物を5枚畳んだら、ベッドを確認するというルール(作業順番)を決めた。 また、ベッドメイクのスピードが課題としてあがった。スタッフと支援センター職員で工程を再検討した。その後、新工程を家族と共有し、帰宅後ベッドメイクの練習を重ねた。 このように、障害特性からくる行動特徴を説明し、改善策をスタッフと共有した。日誌のやり取りの積み重ねも加わり、現在は下記表のような状況となった。 表2 採用〜現在(就労し約1年が経過) 施術業務の風景 6 まとめ (1)本人の感想 「障害をオープンにすることで、配慮のある中で仕事ができ、安心している。今は電話の応対が難しいが、資格を活かしたマッサージの仕事に就けてうれしい。これからはお客様への施術をもっと行い、経験を積んでいきたい」 (2)家族の感想 「『疲れた』を第1声に元気よく帰宅してくる。顔に充実感が感じられて、嬉しく思っている。日誌の交換により、職場での様子がわかり、失敗した時すぐに原因となる障害特性を伝えられる。安心して見守ることができている。毎日、いろいろ工夫しながら粘り強く支援してくださる職場の方に感謝している。手帳就労を決意して本当に良かった」 (3)会社の感想 「当初、受け入れる際、どこまでフォローができるのか不安があった。しかし、障害がありながらも一生懸命働くAさんをみると仕事への姿勢を考えるきっかけになる等周囲に良い影響を与えているように思う。また、障害がある方と一緒に仕事をするという貴重な経験をさせてもらい、大変ありがたく感じている。Aさんの成長にこれからも期待している。 【すべての人に愛情をもって接する】という経営理念のもと、従業員は日々業務にあたっている。そのようなあたたかい姿勢をもったスタッフと仕事場面が一緒だからこそ、本人は安心して仕事ができているのではないだろうか」 (4)支援センターの役割 「はじめに述べたように、発達障害の相談件数はすきっぷ就労相談室でも増加傾向にある。その中で、学齢期、大学、専門学校など普通教育を修了し、就職の場面になってつまずく人が多い。 本事例に関しても、失敗経験から得た情報をいかに、次の就職活動に繋げ、配慮ある職場環境を設定するかが重要になる」 7 考察 成人してから自らの障害、発達障害を受容し、手帳を取得した人が就職する際、以下の3つの理解が重要であることが分かった。 「本人・家族の障害に対する理解(障害認識)」 自分の障害を理解することで、失敗を回避できた。障害を配慮してもらえる安心感の中、継続した就労が可能となった。 「職場の理解」 障害特性に対する理解が進むことで、本人のスキルを伸ばし拡げることができた。家族、支援者からの情報を元に本人の障害特性からくる特異行動が予測できることで、それが問題行動に至らず、逆に本人の力を伸ばすことが可能となった。 「支援センターの理解」 職場スタッフが本人の能力を活かす関わり方。課題整理、企業への伝え方などが重要であり、どのように環境を整え共に歩むかがポイントになる。支援を受けることに慣れていない、本人、家族に分かり易く支援の活用方法、その後の流れなどが伝えられるようにすることが今後の課題といえる。 今後、ますます発達障害がある人の支援が多くなると予想される。すきっぷ相談室としては、多くの事例を通してノウハウを積み重ね、より多くの利用者に満足していただける分かりやすいサービスの提供を目指していきたい。 謝辞 本論文を作成するにあたり、ご本人、ご家族、そして株式会社ベアハグの皆さん、S社に多大なご協力を賜りました。心からお礼申し上げます。 【参考文献】 1)厚生労働省 発達障害者雇用促進マニュアル作成委員会編:発達障害のある人の雇用管理マニュアルp.13,(2006) 2)梅永雄二:こんなサポートがあれば エンパワメント研究所(2003) 一般就職支援対象者拡大のための自立訓練事業の取組み 堀内 泰介(姫路市総合福祉通園センター ルネス花北 成人部/社会福祉法人姫路市社会福祉事業団 姫路市立かしのき園 サービス管理責任者) 1 はじめに 障害者自立支援法が施行され、福祉施設は新事業体系への移行が求められた。私たちの事業所における成人施設は昭和52年(1977年)に開設し、現在では8施設(通所)を運営している。移行に際し、これまでの取組みを単に継承させ、法に合わせて移行後の事業を選択することを良しとせず、改めて地域に必要な機能を検討し移行後の事業を選定していった。その一つが自立訓練事業である。平成24年4月から本格的に取組みを開始した。定員は10名。現在(平成24年9月)5名が利用している。(その他の移行後の事業種:就労移行支援・就労継続支援A型・就労継続支援B型・生活介護・地域活動支援センターⅡ型) 2 自立訓練事業選定の理由 端的に言うと、地域に「流れ」を生み出す必要を感じてのことである。私たちの地域が抱える課題や背景を考えるとサービスの流れ、人の流れを生み出す必要があり、自立訓練事業の取組みにおいて展開が可能であると考えたからである。 私たちは自立訓練事業を次のようにとらえた。 法に定められた自立訓練事業の内容を読取ると「障害者が自立した生活を営むことができるよう有期限内に目的を定めた支援・訓練その他の便宜を適切かつ効果的に行うものでなければならない。」とされている。この文言から主に想起される具体的な取組みの対象は、病院や入居施設から地域へ生活拠点を移行させる人たちであるが、そこに限る規定や規制はない。私たちはこれを幅広く捉え「一つの福祉サービスから別の福祉サービスへの利用変更の際にスムーズに移行するための支援を行うもの(まったく初めて福祉サービスを利用する場合を含む)」とした。その中でも取組み当初の数年は、将来的には就職を目指す人、またはその可能性がある人を対象とした。前述したように自立訓練事業は対象者も内容も幅広くとらえることができるが、当初から枠を広げることで取組みの内容・目的がぼやけ、結果や評価が不明確になることを防ぐためである。取組みを始めてから数年後、地域に「流れ」が定着して以降は、対象や取組みの内容を広げる予定である。 これらを前提に、選定していった理由を詳しく述べる。 (1)私たちの思い 本市においては、障害者雇用支援における人的支援体制(雇用支援センターなど)が国の制度などで明確に整備される以前から市単独の事業を立上げ、職業能力開発、事業所の開拓、実習支援、定着支援などの取組みを行ってきた。この取組みは現在では現「職業自立センターひめじ」(就業・生活支援センター、障害者職業紹介事業等を行う。平成9年障害者雇用支援センターとして設立。)の事業に昇華されている。 そもそもこのような取組みを行うに至った経緯の源には私たちの「働くこと」への思いがある。それは「働くことの意義が単に収入を得ることにとどまらず、そこから派生する社会生活の営みのなかで社会や人とのつながりを感じ、人的な成長が促されるという尊さがある。」との思いである。この思いがあるからこそ現在でも多くの事業(施設提供サービス)に「働くこと」を取入れ、障害の重度・軽度に関係なく活動の重要な部分の一つを位置付けている。日々の活動の延長線の一つに就職があると考えている。 (2)就職への取り組み 一方で数年前までは10年近く当施設から就職者を出していなかった。就職支援のための専門機関を設けたため、就職の可能性が高い人たちは直接それを利用し、当施設を利用することがなくなった。また、新規に利用する人たちも他施設で受入れが困難な重度者が多くなっていった。就職者が出なかった主な理由がこれである。 (3)特別支援学校の状況 私たちの抱える背景のなかには、地域にある特別支援学校の状況も少なからぬ部分を占めている。各学年を見ていくと生徒数が大きく増加している。一校だけを見ても、以前は30名程度であった高等部卒業生がここ数年は70名前後になっている。これは地域にある障害者施設の許容量を超える勢いである。これ以外にも、障害のある人で一般高校を卒業した人からも福祉サービスへのニーズが少なからずあがってくる。 平成18年に本格施行された障害者自立支援法は、障害者が一般就職するための支援を今まで以上に整備し求めている。この機運をもとに、単に席(籍)を確保するための取組みという意味ではなく、できるだけ多くの可能性を持つ人たちが就職に向かい(大きくは「働くこと」に向かい)、活動を始めることが求められている。 当施設では、特別支援学校高等部1年生を対象に体験実習を受入れ、施設職員の気付きをフィードバックし、将来の進路選定の材料にしてもらう取組みも行っている。卒業後、社会人として働く自身の姿に意識を向けてもらう機会である。 (4)施策について ここで視点を制度などの施策に転じてみる。 障害者雇用支援制度が拡充していった内容は、施設からすると出口の部分(就職に至る部分)がほとんどであった。ジョブコーチや就業・生活支援センター全国400か所設置もそうである。 平成19年度に提唱された『「福祉から雇用へ」推進5か年計画』をうけ各地域でも様々な目標値が発表された。私が見たものの中には福祉施設からの就職者を平成18年度実績1.2%から平成23年度を達成年に5%に向上させる目標をあげているものもあった。具体的取組み内容も明記されていたが、前述した就業・生活支援センターの拡充のほか、ハローワークを中心にした「就労支援チーム」体制の整備、就労移行支援事業の展開などであった。 これらは前述した出口の部分や、既存の就職に向かう人たちへの支援(現に就職する可能性を持つ人への支援)が主なものであった。いうなればば苗から木にそだて、実をならせる支援である。「福祉から雇用へ」を本気で考えるのであれば取組みの対象者の幅を広げることが不可欠である。種から育てる、もっといえば風に舞う種を見つけ出し、土に埋め、芽を出すような支援が必要である。この部分なくして大きく就職者数を押し上げることはできない。これは単に数字をどのように稼ぐかについての話ではない。私たちは日々の業務の中で「エンパワメント」や「ストレングス」の視点に立ち支援を組立てている。そのことに真摯に向き合えば当然に帰結する取組みの展開である。目標数は一つのきっかけに過ぎないが、私たちの地域にも必要な取組みであり、具体的な展開が求められていた。 3 自立訓練事業 (1)現在の利用者 現在の在籍者は一般高校を卒業している。明確に発達障害とはいえないが、一定の知的レベルがあり、物事へのこだわりの様子、情報の取得の仕方、イメージする力を見ていると自閉症スペクトラムを感じる部分が多くある。社会性、作業性において偏りはあるものの力は持っている。コミュニケーションや物事に向き合う姿勢に課題を持っている人たちである。 メンバーの状況を簡単にまとめる。 ひきこもり状態から、相談支援や施設での福祉サービスを経て、ようやく外に出られるようになるが、こだわりが強く、行動を左右されてしまい、生活リズムを築くことができない人。一般企業での就職経験があるが、離職後、生活環境の変化もあり在宅となり、福祉事務所が対応し施設利用を進めるが、登園が安定せず退所した人。環境による影響を強く受けてしまう傾向があり、行動や精神面の安定を欠く場面が多くみられる人。自信が希薄で、がんばることを避けている人。 それぞれに状況や課題は違うものの世の中に出て行きたいという気持ちは持っている。スキルが希薄であったり、経験がなかったり、どうやればうまくいくのかわからず(気が付かず)悩んでいる人たちである。 (2)具体的取組み 自立訓練事業では「意識」の部分に集中したアプローチを行い、可能性を引出すための支援を行っている。SSTなどの取組みも行っているが、単にHOW TOを伝えることにならないよう留意し、なぜそうするのかについて意見交換を繰返し行いながら、理解して取組めるようにしている。 ①「わからないこと」への取組み 自立訓練事業の取組みを顕著に表す取組みの一つが「わからないこと」への取組みである。 『「わからないこと」はきいて確認する』一般的には支援の中で、このような提示が行われているのでないだろうか。しかし、ここでは「わからないことは考える」と提示している。「(でも)わからないことはききなさいと教えてもらいました。」とメンバーは困惑しながら言い返す。あらためてよく考えると、私たちが生きる社会人の世界では「わからないことはきく」とはなっていない。メンバーはわからないことがあると(衝動性が高い人たちである)すぐに、何所でも、誰にでも、どんな内容であれ「きく。」こうしていると何がわからないのかよくわからなくなるようである。提示している内容をもう少し詳しく言えば『「わからない」と思ったことがあれば、まず、自分の頭のなかにこれに答える情報がないか探してください。』と伝えている。こうすることで自分自身の行動を意識し、今必要な行動なのか考え、必要な情報をどのように手に入れるか考えるようになる。衝動性が抑えられ、自分自身の状況を考え、周りを意識することにつながっていく。 半年足らずの取組みであるが、衝動性が軽減され、意識が高まり成果を表す人も現れている。 具体的に個々の場面を設定し、具体的な対応を提示し成果を求める取り組みも大事であり、実践もしている。「わからないこと」への取り組みは抽象的で理解しにくいことであると認識しているが、現実を意識して世の中の仕組みを伝えることで、理解が促進されたようである。 また、このように取り組むことで、汎用性の高い本人たちの「意識」として身に付いたのではないかと考える。 このほかにも様々なプログラムを実践している。ここでは詳しい説明は避け、その意図するところに絞り伝える。 ②運 動 運動では体力の補強・向上はもちろんのこと、自分自身の体を理解することや、うまく付き合うためにどのようにすればよいかを考える場面にしている。ストレッチやランニング、山登り(標高259M。往復1時間15分)などに取組む。また公園へ行き遊びを通して、ルールの理解の仕方や集団の中での振舞い方を学ぶ機会になっている。 ③作 業 作業は施設内で行っている企業からの請負による内職作業などに順次参加しているが、就職に向かうことを前提に、出来高や精度について評価を行っている。実績も自分たちで確認し、目標を持って取り組めるようにしている。企業内の作業にも参加している。今後、本人たちの状態に合わせて企業内で働く経験をするため、実習を計画している。 ④座 学 座学では、算数や読書、作文、ビジネスマナーなど30種類前後のプログラムがある。ほとんどがオリジナルのもので状況に合わせ作っている。 座学の目的は、学習によりスキルを学ぶ場面であると同時に、運動や作業その他の場面において生じている状況を解説する場面でもある。前述の「わからなこと」についても、ここで解説を試みている。これにより、何となく取組んでいることへの理解が深まる。 また、面談などを通じてそれぞれのメンバーの状況(作業姿勢やコミュニケーションの様子)を客観的に具体的に(歯に衣着せず)提示し、改善方法について共有していく場面も設けている。具体的な改善方法、取組みの方向性についても共有する。 身の周りのことが具体的に実感を持って理解できるようになると、取組みが主体的になり、取組みへの「意識」と「意欲」が生まれてくる。 4 まとめ (1)支援の対象となる人とそうでない人 この論文のタイトルは「一般就職支援対象者拡大のための」とした。このタイトルに見合う内容としては「一般就職支援の対象者でなかった人を支援の対象者にするための取組み」が必要になる。 しかし、「一般就職支援の対象者でなかった人」であることを客観的な指標を用いて明確に確認し多くの人と共有することは難しい。なぜなら、目の前にいる人を一般就職支援の対象者であるというのは可能性の部分に対しての評価であり、どの人にも全くに可能性がないと言い切ることは難しいからである。 私がこれまでに一般就職への支援をした人のなかには、重度知的障害があり、作業性が一般比で3割程度、言語や文字によるコミュニケーションは極めて限られた部分でしかできず、特別に力持ちでもなく、指先も不器用で、歩行にも困難がある人がいた。この人は事業所の閉鎖などで2回の離職はあったものの3回就職した。この就職を可能にしたのは人柄や意欲などの持つ力であったと感じている。これは相手との相性もあり客観的な指標としてあらわすことは難しい。このように何をもって可能性を測るかは非常に困難である。 とは言うもののこのタイトルをあげたからにはそれに見合う内容にしたい。そこで私見ではあるが、就職できる可能性がある人とそうでない人の違いについて改めて説明を試みる。 実践場面では色々なツールを駆使しても結局は「支援者の長年の経験に基づく判断」というものが多くを占めている。(私はこれを決して否定しないし、職リハ分野に限ったことではなく障害者支援の各場面では「長年の経験」を支援者が積める体制を構築する必要を強く感じている。) 私自身の判断の要素をいうと、作業量にはあまり重きを置かない、それよりも、作業に向かう「意識」や「気持ち」に視線を向ける。道具や材料を丁寧につかおうとする意識があるか、仲間と協調しようとする意識があるか、物事に対する感謝の気持ちがあるか、またこれらの「意識」や「気持ち」が具体的に行動に反映されているかなどを見る。作業性などに未成熟な部分があっても「意識」があれば「意欲」に結びつけることができ向上を図ることができる。スキルのばらつきがあったとしても、一つの方向性を持ち、力を集めていくことができる。 反面、就職支援の対象ではないと判断する要素もやはり「意識」である。能力があっても物事に感謝する気持ちがない人は、お客様や周囲の仲間、仕事自体を大切にすることができない。「意識」が未成熟であったり、独善的なとらえ方をしている人を短期間で就職に結びつけることは困難だと考えている。また「意識」にばらつきや歪みがある人も同様である。 (2)自立訓練事業の可能性 自立訓練事業は多くの可能性を追及できる場面である。 従来の取組みと自立訓練事業の大きな違いは、制度そのものの違いでもあるが、やはり2年という有期限である。 これにより目標を明確にすることが常に求められる。(利用を開始する段階で明確にし、共有しているし、日々の活動の成果も目標を基準に評価される。) 従来の体制の中においてもこのような取組みができなかったわけではない。しかし、今回対象とする人たちのように、日々の活動の流れの中に乗るだけでスキルを向上させることが難しい人たちに、じっくりと時間を割き、丁寧に解説しながら「意識」の向上をはかるような取り組みができたかと問われれば自信を持って答えることは難しい。 また、同じようなニーズを持つ人でグループを形成できたことは、想像以上に良い環境を築いている。(メンバーは実際に切磋琢磨しながら、日々仲間として、ライバルとして楽しそうにプログラムに参加している。) 私たちの自立訓練事業は、今回新たに始まった取り組みではあるが、私の中には、従来から鬱々としていた部分に、ようやく具体的なアプローチができるようになったとの思いが強くある。思いを同じくしていただける方も多いのではないかと感じている。あわせて、私が与えられた環境は非常に恵まれたものであることも理解している。紹介が遅れたが、私は福祉業界に20年間勤め、そのうち8年間は一般企業への就職支援に携わってきた。創世記の感が否めない時期であったがそのことが幸いし、色々な関係機関の方に助けていただきながら、多くの経験をさせていただいた。このことが力になり、今また場面を与えていただき、取組みにつながっている。 自立訓練事業は前述したように多くの可能性を持っている。「就職」だけに限らず、それぞれの人が持つ可能性への思いを具現化できる機能を持っている。あちらこちらでこの取組みによる「流れ」が生まれると、この国にも大きなうねりができるのではないだろうか、と期待を抱きながらこの稿を終わりとしたい。 発達障害等、コミュニケーションに課題を持つ大学生へのキャリアサポート −CAST Project(Carrier Support Team Project)− ○塚田 吉登(社会福祉法人すいせい 就業支援員) ○永井 俊広(社会福祉法人すいせい 就労移行支援事業所CASTビジネスアカデミー 就労支援員) 1 当法人の沿革 兵庫県神戸市にある社会福祉法人すいせいは精神障害者が社会参加、就労などを通して利用者一人ひとりが自立し、安定した生活を過ごせることを目指し、平成14年10月に社会福祉法人として設立された。 そして現在では、通所事業である「地域活動支援センター ハーモニー垂水・就労継続支援B型事業所ワークス垂水・就労移行支援事業所フレンドリー垂水・就労移行支援事業所CASTビジネスアカデミー」の4つの通所事業。神戸市からの委託事業である「たるみみなみ障害者地域生活支援センター・神戸市西部地域障害者就労推進センター・発達障害者西部相談窓口」の事業運営を行っている。 当法人の利用者も当初は精神障害者が中心であったが、現在は精神障害者・発達障害者・知的障害者・身体障害者と様々な障害を持つ方に対応しており、今日現在も当法人の事業所を利用している。 このように上記事業運営を行う中で、近年「大学に在籍する発達障害を持つ当事者および大学教職員」からの「就職」に関する相談が増加してきた。初めは当法人近隣の大学からの相談であったが、相談される大学が増え始め、当法人としても、「大学に在籍する発達障害者」への支援方法を検討すべきなのではと考え、平成23年度より、「発達障害者等、コミュニケーションに課題を持つ大学生へのキャリアサポート−CAST Project(Carrier Support Team Project)−」(以下「CAST Project」という。)という名称の研究事業をスタートした。 2 平成23年度の取り組み CAST Projectで行っている取り組みとしては大きく分けて3つである。 ① 発達障害学生(発達障害の診断及び医療機関への受診の無いグレーゾーン群を含む)の就職活動・就職場面における「生きにくさ」および、大学・職場・支援機関による援助の「困難さ」の実態調査 ② 先行研究および先進事例の中から効果的なキャリアサポート方法の抽出 ③ 事例研究により大学・職場・支援機関による援助の効果検証 この3つを主軸とし、現在も活動を行っている。 3 研究背景 独立行政法人日本学生支援機構が行った「大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査」(平成22年度)では、何らかの障害を持つ学生は8,810名(0.27%)、発達障害を持つ学生(以下「発達障害学生」という。)は1,064名(0.03%)と、発達障害学生が全体に占める割合は決して高い数値とは言えない。しかしながら、同調査で「確定診断はないものの、発達障害があると推察される学生」が1,944名にのぼり、さらには、診断上は発達障害に区分されないが、コミュニケーションにおいて何らかの課題を持つ周辺群の学生を合わせると、無視できない数の学生が大学生活を送っていることになる。 <表1> (「大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査 平成18年度〜平成22年度」独立行政法人日本学生支援機構) 一般市民の関心、大学関係者の認識の高まり等がその理由と思われるが、表1にも示されているように、発達障害およびその周辺群の学生は、数・構成比とも上昇傾向にあり、当該学生に対する支援は喫緊の課題である。 本法人が支援を行っている事例からも、本人・周囲とも障害を認知しないまま就職し、職場不適応のため転職、退職を繰り返し、やがて、うつ症状や統合失調症などの2次障害を引き起こした事例は少なからず存在している。学生時代に障害を認識し、適切な訓練や障害特性に適合し職業選択をすれば、少なくとも2次障害を防止できた可能性は否定できない。特別支援学校高等部の卒業生に対する進路指導は、学校や自治体の公的サービスとして様々な取り組みがなされているが、大学生の支援に関しては、各大学の裁量に委ねられており、公的な支援の仕組みは皆無と言ってよい。 大学在学中から開始される就職活動において、自身の障害を認知ながらも相談機関にアクセスすることができず本法人の窓口を訪れるケースや、発達障害等の特性が疑われるにも関わらず、自身や家族も障害の存在に気がつかない場合は、学校側からの取り組みはさらに困難になり、大学関係者から助言を求められるケースも増加している。 さらに、深刻なのは社会生活上のつまずきや対人関係上のトラブルを抱えるものの、自身や家族もそれが障害に起因するものとは考えないまま卒業を迎え、卒業後も、自身の特性についての十分な理解、対応方法を持たないまま職を転々とし、やがては「居場所」がない状態で家庭に引きこもる、さらには、自尊感情が傷つき、うつ症状や統合失調症様症状などの2次的障害を引き起こすケースもある。 ①大学等、高等教育機関において、様々な独自の支援の取り組みが行われているが、それは教育課程における支援が主であり、キャリアサポートが充実しているとは言えない現状にある。さらに、卒業後の支援は、機関上の性格から期待することはできない。 ②企業においては、発達障害者やその周辺群にある従事者への支援が必要なことを認識し、具体的な取り組みを行っている例も増えつつある。 教育機関や企業は、大学在学中〜就職活動〜就業までの一貫した支援を求めているが、それぞれの支援が点としては存在していても、面的な広がりには至っておらず、支援のための情報交換も不十分な状態である。 このような現状を踏まえ、ソーシャルワークの機能を有する本法人が調整機能を発揮し、公的サービスの谷間を埋める取り組みとして、障害の種別および診断の有無に関わらず、コミュニケーションに課題を持つ大学生に対して、大学・企業と地域の相談援助機関が連携・協働して、キャリア形成を支援するプロジェクトを平成23年3月より実施している。 しかしながら、一民間法人として行う支援では、その質・量とも限界があり、より効果的・一般的なサービスとして確立するためには、エビデンスに基づいた「実践プログラム」の開発が必要不可欠であるため、本研究事業を実施するに至ったものである。 4 支援事例と効果 ① 支援事例 <Aさん> 本人は当時大学3回生の男性。幼少期より「広汎性発達障害」の診断を受けており、両親も本人の特性を把握しながら、サポートを行ってきた背景がある。 しかし大学3回生に入り、就職活動が本格化してきた時期から「面接が上手くいかない」「そもそも就職活動の方法が分からない」など、周囲の学生と比べ、就職活動に対する戸惑いが多くなってきていた。その状況を大学内保健室のカウンセラーに相談していたことがきっかけとなり、カウンセラーから当法人に相談がある。本人と出会うきっかけとなった。 (1)支援計画について まず本人・家族・保健室担当カウンセラーと集まり面談。本人・家族の就職に対するニーズと成育歴について、保健室担当カウンセラーからの具体的な支援の希望について聞き取り行う。 その結果、それぞれから以下のような希望が出てきた。 <大学保健室カウンセラーからの希望> ① 障害者雇用枠での就職活動の方法をどのように提案すれば良いのかアドバイスが欲しい。 ② 今後Aさんのキャリア支援に関して協力が欲しい。 <Aさんからの希望> ① 障害者雇用枠での就職がしたい。 ② 卒業と同時の就職を実現したい。 <Aさんの家族からの希望> ① 障害者雇用枠での就職を実現して欲しい。 ② 本人の力だけでは就職実現が難しいと感じている為、継続した支援をお願いしたい。 それぞれの立場から上記のような希望が出てきたことを受け、支援計画を以下のように策定する。 <提示した支援計画案> ① 社会福祉法人すいせい(就労継続支援B型事業所ワークス垂水・就労移行支援事業所フレンドリー垂水)での実習 ② 兵庫障害者職業センターにて職業評価の実施 ③ SSTへの参加 ④ 企業実習の実施 ⑤ 就職活動 上記①〜⑤を順番に実施することにより、本人の就職に対する力のブラッシュアップを計画した。 (2)社会福祉法人すいせいでの実習とその効果 支援開始前のAさんの状況としては ① 自身の持つ課題に関しての理解が不十分 ② 職業に対するイメージ不足 という点が目立った課題として表出されていた。 まずは上記の課題点を自覚してもらうことを目的に実習を行った。 実習は当法人の「就労継続支援B型事業所ワークス垂水・就労移行支援事業所フレンドリー垂水」にて2週間実施。Aさんには他の通所者の中に入り、各事業所にて作業実習を行ってもらった。 実習を行うことで、Aさんは自身の持つ課題に関して、ある程度理解が深まると同時に「仕事」を行うことに対するイメージも深まったが、同時に浮かび上がった課題もあった。 <浮かび上がった課題> ① 報告・連絡・相談が上手くできない ② 作業を持続する集中力が足りない ③ 挨拶をするタイミングが掴めない (3)兵庫障害者職業センターによる職業評価の実施 社会福祉法人すいせいでの実習を経て、ある程度自身の障害特性、業務を遂行するにあたって表出される課題点も明らかになったが、「障害特性」「本人の適職」をより明確にする為に兵庫障害者職業センターに職業評価を依頼。 結果としては以下のようになった。 ① 物事の判断をする際、全般的に即断傾向がある。 ② 丁寧に物事を進める意識が強く、ミスは少ない。 ③ 同時に複数の点に注意を払うことは不得手。 ④ 適職としては事務関係(一般事務・簡易事務 等)が上げられる。 上記のような結果となり、Aさんにフィードバックを行う。 この結果により本人も目指すべき方向性が明確になっていた。 (4)SSTへの参加 兵庫県神戸市では「神戸市発達障害者ネットワーク推進室」という機関があり、当時「就労」に対するスキルアップを目的としたSSTを開催していた。Aさんの「就職」という目的と重なるため、参加してもらった。 SSTの内容としては、「他者との関係作り」から始まり、「相手の話を聞く」「質問」「頼む」「断る」「模擬面接」などの各項目のスキルアップを目指した内容であり、この段階的に力をつける方法がAさんの課題意識と非常に上手くマッチし、回を追うごとに「発言力」「積極性」に顕著な変化が見られた。 その変化の大きな要因としては ① 段階的なスキルアップの手法 ② 同じ発達障害を持つ当事者との関わり この2つが上げられるのではと考えられる。 一つ一つの課題を明確に提示し、クリアしていくことが変化の大きな要因だったのではないかと考えられる。 (5)企業実習の実施 企業実習を考えていく際、まずは本人の希望と能力にあった場所を考え、業務の中心が「事務職」となっている職場を検討。実習の受け入れ先も決定し、2週間の企業実習を行う。 実習では主に「パソコン入力・書類チェック作業・計数処理・書類封入」の事務補助にかかる業務を作業として行い、実際の事務の現場を想定した実習を実施してもらう。 実際の事務の現場を経験することで、本人の仕事に対する意識が格段に向上する。 社会福祉法人すいせい・兵庫障害者職業センターでの経験で浮かび上がった課題の部分も意識して取り組み、企業実習を通して、本人に更なる成長が見られた。 (6)ハローワークと連携した就職活動 これまでの支援の経過と本人の情報をまとめハローワーク専門援助部門へ提示する。本人の特性にあった求人情報の提供を依頼。その後、ハローワーク専門援助部門から1社情報提供があり、面接を行うこととなった。面接にも同行し、企業側に対して、本人の障害特性とこれまでのキャリア支援の経緯を説明。企業側に理解していただいた上で内定を得た。 この時点が卒業の3ヶ月前となっており、当初の本人・家族の希望である「卒業と同時の就職」を実現するに至った。 5 支援事例の考察 以上のようにAさんに対して大学在学中のキャリア支援を行ったわけだが、この支援を行う中で、大学に在学中の発達障害者に対して有効な支援方法とは「大学と地域支援機関が連携・協働し、本人へのニーズ調査を正確に行う。そしてその把握したニーズに対して、本人の必要とする支援(特に社会での経験値を増やす為、福祉サービス事業所での実習・企業実習)を在学中に行っていく。」ということが有効であると考えられる。 6 新たな社会資源の必要性 このように大学に在籍する発達障害者のキャリア支援を行う中で、当事者・家族・各大学の教職員から様々な意見をいただくことができた。 その中の多くが「事務職を目指す為の訓練をできる場所があれば」「実際の職場と変わらない環境で訓練を行いたい」というものであった。 このような意見を受け、当法人では新しい社会資源である「就労移行支援事業所CASTビジネスアカデミー」を平成24年4月からオープン。事務の訓練に特化した事業所をスタートさせた。 大学の在学中に支援を行ったとしても、事例のAさんのように卒業と同時に障害者雇用枠での就職が決まることがないというケースも想定される為、卒業と同時に就職が決まらなかった場合の受け皿としての機能を発揮するとともに、在学中の発達障害者に向けて、大学と連携した「インターシップ」を行い、在学中に行うキャリア支援の一つの社会資源となることを目指したい。 <CASTビジネスアカデミー写真> 7 CAST Projectの成果と今後の課題 キャリア支援を実践することにより、「大学に在学中の当事者に対して有効な支援方法やアプローチ方法を模索する」という目的は、ほぼ達成ができた。 またこれまでになかった「大学」という組織との連携のノウハウを得られたことや、それぞれの機関が持つ得意な機能を活かし、役割分担をした機関連携を促進することができたのが大きな成果であったと思う。しかし一方で、大学の教職員から一番多い相談は、「発達障害の傾向のある学生への関わり方」というような、いわゆる「グレーゾーン群」へのアプローチ方法についてであった。この点に関しては、仮に関わりが持てたとしても、福祉サービスに乗らないなど、支援を行うにあたり、大きな壁が出てきてしまうのが現状である。 CAST Projectとしてこの「グレーゾーン群」へのアプローチ方法については検討を深め、施策提言へと繋げていきたい。 アスペルガー障害成人前期の「育ち」(第2報) −求職活動・職場定着の取り組み− 山田 輝之(社会福祉法人青い鳥福祉会 多機能型事業所よるべ 就労移行担当) 1 はじめに アスペルガー障害と診断をうけ、「問題」行動が頻発した対象者への就労移行支援事業の3年間での「育ち」と求職活動・職場定着のとりくみ。 (1)第1報 昨年第19回で発表 20XX年12月より利用。20XX+1年2月1回、3月3回、4月2回と「パニック」、自傷行為。企業実習を中断。個別支援中心の「Xさんプロジェクト」をスタート。生育暦のふりかえり、「怒り」のコントロール、ナビゲーションブック作成、求職活動等を通じて、本人の「自己理解」がすすんだ。 (2)第2報 今回第20回発表 20XX+2年4月より施設外就労へ復帰するが、6月末に「パニック」自傷行為、施設内訓練に戻る。「やってみようパソコン入力」学習、パソコン「作品」を武器に求職活動。「適職」イメージを鮮明に、就労を実現する。 2 目的及び方法 目的…「問題」行動をもつアスペルガー障害の方が就労へ結びついた要因を明らかにすること。 方法…本人の育ち、事業所でのとりくみ、関係機関との連携、医療面の対応の視点で検討。本人の訓練日誌の記述を中心に分析する。 3 対象者の概要 (1)生育暦 33歳。精神保健手帳2級。普通高校卒業、専門学校中退。アルバイト3年9ヶ月間、他は短期間。職業センター等で訓練。トライアル雇用中にパニック、自傷行為2回、退職。 (2)医師意見書より 電車のなかで「死にたいと」大声で叫んだことを契機に心療内科へ。現在も定期通院中。「広汎性発達障害・アスペルガー障害」と診断。 4 結果(支援経過) (1)職員体制の強化・充実、施設外就労へ 20XX+2年4月。中堅職員が新たなメンバーに加わる。これまでXさんへの個別対応は、週3回の半日に限られていた。中堅職員はXさんと年齢も近く、相性もばっちり。支援体制が整い、1日6時間、週5日間の施設外就労が復活。「来週からいよいよフル出勤。朗報となることを心から祈りたい」とXさん自身大きな期待のなか新しい支援体制がスタートする。 (2)3カ月後のパニック、振り出しに 施設外就労での実習は、リサイクル品の仕分け作業。「5月はとうとう突発欠勤もなく終えることができた」とXさん。4月、5月と皆勤で進む。4月5月はハイペース、破綻を危惧する。 6月に入ると予想していた事態になる。実習先作業場のシャッターを急閉する。自己評価は「悪態をついた、最凶、体力限界」「湿気で汗だく、背中も痛い。」「暑さ」の自己調節のしづらさ、仕事への生真面目さが追い詰め、自己評価を下げている様子。6月30日、体調温度計75度と記述、最悪の状態。午後、雷の音に反応、大きなパニック。自傷行為、頭で実習先の壁をぶち抜いてしまう。 7月に入り、パニックの後の立ち直りに向けて、自己の振り返りを行う。「昨年度の資料や日誌を整理…普通通りにできるのに、なぜ30日はあんなことになったのか…と思うと弁明できず辛くなってしまう…。Drと相談して何とか普通状態に戻したい」とXさん。悩んでいることを整理して、自分で考えること、周りに判断をゆだねることができている…立ち直りへの一歩と思われた。 (3)施設内訓練「やってみようパソコン入力」 7月11日、新たな個別支援プログラムがスタート。Xさんの得意分野PCの訓練。「やってみよう!パソコンデータ入力 Ver3」(開発 高齢・障害・求職者雇用支援機構)を開始。「アンケート入力 基礎トレーニング」からスタート「入力作業…間違いなくできたことはよかったのかな?と」とXさん。順調なスタート。 合わせて、再度アセスメントを実施。「幕張ストレス・疲労アセスメントシートMSFASの活用のために」を活用して、ストレスや疲労を感じる状況、ストレスや疲労を解消するリラックス方法、これからの仕事や働き方…にとりくむ。また、「働くこととリカバリー-IPSハンドブック」では、私らしさを保つために、私の「目標と計画」の課題に取り組む。アセスメント(客観的な指標)づくりの作業は、パニックで地に落ちた「自己評価」をとりもどす作業の「はじめの一歩」となった。 (4)地域就労支援センターとの連携 積極的な求職活動・見学・実習 8月に入る、地域就労支援センターの所長とQ担当者が相次いで来訪。XさんのPC入力ソフトの進捗状況と今後の求職活動についてXさんの意向を聞く。8月中旬、ハローワークへ求職相談。「『ない』と絶望にあったけど、6件も出てきて大漁だ」とXさん。地域就労支援センターへ訪問、DVD等の補修作業の求人を選ぶ。見学した際に「少し不安があった」と漏らしたXさん。9月初め2日間の実習、結果は「不採用。」見学したときの「この仕事は自分に向いていない」との声を受け止めていなかった点が大きな反省点。 10月、合同就職面接会が開催。「就職戦略会議」と称して、「どこの面接会に参加するか」「合同面接会は度胸試しとして、地域就労支援センターQ担当者からの求人情報を本命とする」と話し合う。面接会の感想は、「3分間で終わった面接もあったが、次回への対策が前向きにできたこと」「落ちたら合同面接会はこんなものなんだと思うようにしよう」とXさん。昨年はすべて不採用で「おちこんで」しまったときと比べると「前向き」志向へと大きく成長した。 10月下旬、Q担当者紹介の求人、計測機器会社事務補助。Xさんは「実は本命をかける部分もある…どこまで面接ができるか」と自己紹介シート、履歴書作成、下見、職員との模擬面接、事前の準備も意気込みも十分。面接に臨む。支援者側と面接官(人事担当)は事前に打ち合わせをして、面接のイメージもつくった。1時間近く、質問の内容数も多かったが、Xさんは過不足なく受け答えしていた。「これはいけそう」とXさんと職員。結果は、不採用。Xさん、翌日は不調となるが「気を落としているが次に向かっていくしかない」と。 (5)ケース会議…大きな転換点 得意分野で「成果物」を生み出そう 12月末、標準利用期間2年間が終了。延長の申請のため、12月中旬「拡大ケース会議」を開催。Xさん、Xさん家族、福祉課、地域就労支援センター、就労移行支援事業所が一堂に会した。「ケース会議は儀式のようなものなので、大変疲れた」とXさん。参加者は「あとがない」を課題を共有、「お互いの役割が明確に」「やるっ気ゃない」と「大きな転換点」となった会議だった。 帰り際、地域就労支援センターQ担当者との話、「Xさんの『つよみ』をもっと押し出そう」「たとえば、訓練の中で、パソコンの作品集なんかできません?」「Xさん、今度旅行くんだよね、旅行記作成どうかなあ?」と。みんなで「いいかも」、Xさんも「がんばってみる」と。 20XX+3年がスタート。1月初旬の旅行後、Xさんは「旅行記」づくり。8ページ立てで写真も入って本格的。納期2週間弱で完成。Q担当者から高い評価を受けた、作品を撮影地の観光協会へ贈呈との話も出る。大きな満足と自信を得た。 7月からのPCスキル訓練では、「成果物(作品)」をたくさん生み出した。気分温度計月ごと集計表、アンケート作成、事業所通信(月1回発行)…など。年間支援実績表づくりでは、職員をユーザー(依頼主)、Xさんを社員に見立てて、依頼内容「年間計画表の作成を依頼。」企業の求める作業時間で遂行、依頼主の持つイメージの共有化し、依頼主と社員とですり合わせをし完成をめざす…実際の会社をイメージしてのとりくむ。 (6)医療面の対応の大切さ…体と心のバランス Xさんの場合、心のバランスと体のバランスが常に響き合っているように思える。 冬から春にかけての花粉症。5月末、痛風の疑い。6月末「パニック」、7月初旬心療内科への通院、「Drへ爆発の説明をした…暑さは関係している」とのこと。9月初旬、心療内科通院「Drより2ヶ月間爆発がなく続いていることはすごいことだ」とのこと。12月初旬、「音が半音下がって聞こえることが気になる」、風邪のためか、心療内科の薬のせいか、Drへ相談に向かう。「新しく処方された薬が原因」とのこと。12月中旬、せきが続く、内科へ通院、原因がはっきりせず不安に、別の呼吸器科へ、マイコプラズマ肺炎かアレルギー症状と診断され、血液検査。結果は陰性。 1年間を通して、体の不調を常に抱えている。心の不安定さが体の不調につながっているのか?また、体の不調が心の不安定へつながっているのか?心のバランスと体のバランスが常に響き合っていることは事実といえる。 もうひとつは、服薬軽視。自己判断でやめてしまうこと、不安定さや「パニック」への誘因となる。11月初旬、風邪薬の処方で5錠出ていたため、安定剤を飲んでいなかったとのこと。土曜日に自宅で「パニック」を起こし、「爆裂」睡眠剤を飲んだ後、3日間続けて、安定剤を飲んでいなかった。「着実な服用が就職への大きなステップ」とXさんに伝える。個別指導の朝に、薬はしっかり飲んでいるか?必ず聞くようにしている。 (7)就職が実現…公的機関の事務補助 20XX+3年2月、地域就労支援センターQ担当者の求人情報、PCメンテナンス、パンフレット作成の特例子会社。下見、見学。「実習日が決まった…無茶せずスーとした気持ちで入社を決めたいと思う」とXさん。3月中旬2週間の予定で実習スタート。4日目で突然実習ストップ。問題もなく進んでいたのに…会社の採用イメージとの不具合が原因。「とりあえず傷心休みを取り、気持ちを切り替えてがんばろう」とXさん。落ち込みへの立ち直りも気持ちの切り替えもしっかりととれるようになったXさん。私たち職員には、「就職は近いなあ」という強い印象を感じた。 4月、新年度。個別指導プログラムは進む。事業所通信づくり…行事への同行取材、授産商品の宣伝、取材記事づくり、レイアウト、印刷、配布。「読者」も増え、通信づくりの重要な役割、周りの評価も一段と高くなり、自信へとなっていった。 同時並行で、ハローワークへの求職相談。「PCスキルできることリスト」「自己紹介カード」づくりも進めていった。4月中旬、公的機関の事務補助の求人。紹介シート、履歴書を送付、面接日も決まった。「あまり乗る気ではないが、やる以上は万全を期すべきだ」とXさん。事前の下見、当日の面接、落ち着いた受け答え、そして採用。「ついに来たか…という考えが強い、まあ今月で事業所とも終わりかと…さびしくなるけどがんばってみるか」とXさん。ついに卒業。 6月より雇用。職場定着にむけて就労支援事業所、地域就労支援センター、職業センター等支援機関を重層的に支援することとなる。事業所では、受け止め体制づくり、作業の切り出し、アスペルガー障害特性への理解…などの事前の準備。Xさんは、夏場の猛暑を数日間の休みのみで乗り越えることができた。就労して3カ月を経て、Xさんの自信と次なるステップへ挑戦がはじまっている。 5 まとめと若干の考察 (1)「強み」、得意分野をのばすことに特化 3年間で2回の個別指導プログラムを受けたXさん。施設外就労での作業ができなかったことが「別の手はないか?」を生み出した。PCのスキル、Xさんの趣味の世界という意識だったが、Xさん自身の意欲と潜在的な能力を引き出し、結果として、企業へ押し出すまでの「強み」までとなった。 (2)ふりかえり・自己理解の育ちに依拠 3年間を通して大切にしてきたことは、Xさん自身の「ふりかえり。」成育歴や「問題」行動が発生するきっかけ等を一つ一つ丁寧に自ら「ふりかえり」にとりくむ。「ふりかえる」力が「自己理解」につながっていく。求職活動の中での「不採用」という「マイナス体験」をどう受け止め、次にどう生かしていくか、大きな「育ち」を獲得できたように思う。その力が就職につながったと思う。 (3)積極的な求職活動をすすめた 地域就労支援センターQ担当者、私たち職員、そしてXさん、とにかく1社や2社でめげないで積極的に求職活動を進めてきた。Q担当者も「これでもか、これでもか」と求人紹介してくれた。 やみくもではなく①Xさんの「強み」に着目すること、②「できることシート」など自分をどう過不足なく伝えるか、③Xさん自身が不安を解消し、企業の実態を着実にするため…見学。Xさんの実際の姿と能力をつかんでもらう…実習を重視した。Xさん自身、求職活動、見学、実習を経験し、自分の「適職」を確かなものにしていったように思う。 (4)関係機関との連携 就労移行支援事業、とくに私たちの事業所の「強み」と「弱み」をはっきりさせること。私たちはXさんの育成・訓練に責任を持つ、2年〜3年という長期に継続的に支援を行っていく。一方、求職情報、求職活動、職場開拓等は地域就労支援センター、ハローワークの「強み。」足りないところをお互いの機関が補い合うことで一つの支援が組み立てられていくように思われる。1+1が2ではなく3、4になる「連携」の持つ大切さを感じた。 (5)医療的ケアーの重要性 Xさんの支援を安定的に進めていくには、心療内科Drとの定期的な通院とアドバイス、服薬管理が重要と思われる。さらに、Xさんの場合は、1年間を通して、なんらかの体の不調を常に抱えていた。心の不安定さが体の不調につながっているのか?また、体の不調が心の不安定へつながっているのか?Xさんの場合、心のバランスと体のバランスが常に響き合っているように思われる。 【参考文献】 障害者職業総合センター:「幕張ストレス・疲労アセスメントシートMSFASの活用のために」、障害者職業総合センター(2010) 中原さとみ・飯野雄治編著:「働くこととリカバリー-IPSハンドブック」、クリエイツかもがわ(2010) 【連絡先】 山田輝之 青い鳥福祉会 多機能型事業所よるべ 〒355-0011 埼玉県東松山市加美町6-9 TEL:0493-25-2232 E-mail y-yamada@aoitori-fukushikai.com 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける 問題解決技能トレーニングの実践 ○立澤 友記子(障害者職業総合センター職業センター企画課 障害者職業カウンセラー) 稲田 祐子・井上 量(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「センター」という。)では、平成17年度から、知的障害を伴わない発達障害者を対象に「ワークシステム・サポートプログラム」(以下「プログラム」という。)を実施している(プログラムの詳細は、当機構のホームページに掲載されている報告書(PDF版)を参照(http://www.nivr.jeed.or.jp/center/report/hatt atsu.html)。 プログラムでは、グループワークである「就労セミナー」の一つとして「問題解決技能トレーニング(以下「トレーニング」という。)」を実施している。発達障害者は、情報処理にかかる認知機能の偏りなどによって、職業生活上の問題解決に困難さを抱えていることが示唆されているが1)、トレーニングでは職業生活上の問題について、対象者自らが発生状況や原因を把握し、現実的な対処方法を選択できるようになることと共に、こうした問題の背景にある対象者の認知機能について、アセスメントを行うことを目的としている2)。 トレーニングは、対象者のグループワークへの負担感などに応じて個別場面でも実施するが、個別場面では柔軟な対応が可能な反面、過去の取組事例からは、支援者が回答を誘導するような形となり課題へのアプローチが深まらないといった問題も見られる。一方で、対象者へのアンケート結果からは、就労セミナーでの実施について「参考にならなかった」と評価する回答も少数ではあるが見られる。そこで本稿では、トレーニングの実施方法について、集団場面(就労セミナー)と個別場面(個別相談)における効果と課題を整理し、効果的な実施方法について検討する。 2 トレーニングの概要 (1)SOCCSS法の概要 トレーニングは、Jan Roosaの考案したSOCCSS法のフレームワークを援用している。Myles3)によれば、SOCCSS法は、問題を系統的にまとめることで、ソーシャルスキルに障害のある児童の社会的場面の理解や問題解決スキルの育成を手助けする手法である。「①状況把握→②選択肢→③結果予測→④選択判断→⑤段取り→⑥事前試行」の6ステップに沿って実施し、a)社会的場面の因果関係、b)問題状況の結果は自らの決定で変え得ること、について児童の理解をサポートしている。 (2)トレーニングの概要 SOCCSS法は、上記の6ステップにより、情報処理過程(情報の受信→判断・思考→情報の送信)を視覚的に取り出し、対象者の認知機能を理解することを目的の一つとしている。13週間という短期間のプログラムで行うトレーニングでは、この点を重視し、SOCCSS法を「対象者の認知機能についてアセスメントを行う手段」としても活用している。トレーニングではSOCCSS法に比べて「①状況把握」の段階に比重を置き、「行動した時の自分の気持ち」や「相手への影響」、「相手の気持ち」を確認することで、状況に対する捉え方を多面的な視点で整理できるようにしている。さらに、「②選択肢」の前段階に「目標の設定」という段階を設け、「②選択肢」で検討する「解決策案(本トレーニングにおいて、問題解決策を導き出すための選択肢を表す)」をスムーズに検討できるようにした。 また、就労セミナーでは「④選択判断」まで扱い、より個別の検討が必要となる「⑤段取り」以降は基本的に個別相談で行うこととしている。 3 トレーニングの実施状況 (1)実施方法 トレーニングは、SOCCSS法の「①状況把握」から「⑤段取り」までの段階をワークシート化した「問題状況分析シート」に沿って進める。就労セミナーで行う際は、ワークシートの内容をホワイトボードに書き写し、参加者全員が視覚的に確認できるようにしている。 また、就労セミナーでは対象者5名程度のグループに対し、1回あたり1時間30分の時間内で1テーマないし2テーマ実施する。まずオリエンテーションを行った後、例題を設けてセッションを行う回を設けており、その後の回から対象者の個別課題をテーマとして取り上げる。テーマは実施の前日に募り、当日具体的な内容を掘り下げていく他、対象者の希望に応じて、個別相談での相談内容を就労セミナーでとりあげる場合もある。 (2)受講者へのアンケート結果 プログラムで行っている中間アンケート(受講5週目で実施)と修了アンケート(受講最終週の13週目に実施)について、両方を回答した30名の結果を比較すると、「大変参考になった」と述べた割合は20%から30%に増加した(図1)。 図1 中間アンケートと修了アンケート結果の比較 また、これまで修了アンケートに回答している107名のうち、約8割が「大変参考になった」、「参考になった」と評価しており(図2)、「他者の意見を聞けたことで、自分の行動や考えの良かった面や悪かった面がわかった」、「いろいろな視点で意見を言ってもらえるので、自分だけでは見つからない解決法が見つかった」といった意見が見られている。これらの結果は、受講者の抱える問題へのアプローチにおいて、トレーニングが一定の効果を有することを示していると言える。 図2 修了アンケート(107名)の結果 一方で、中間アンケートと修了アンケートを回答した30名については、「あまり参考にならなかった」も0%から7%に増加しており、「実際に使用できるか疑問」といった意見が見られた。また、「参考になった」という回答の中にも「個人の悩みを他人に話すのは勇気がいるので、就労セミナーでテーマを出すのは難しかった」や「自分の境遇とかけ離れた話しを聞くのは根気がいった」との意見が見られている。集団場面でのトレーニングに課題があることを示唆するものであり、トレーニングの有効な実施方法を考える上で、集団、個別の場面を効果的に使い分ける必要があると考えられる。そこで次項では、集団場面と個別場面での実施事例を通じて、それぞれの効果と課題を整理した。 4 支援事例 (1)集団場面(就労セミナー)でのトレーニングにより、認知特性のアセスメントが進んだ事例 ①事例の概要 本事例のN氏の概要は表1のとおりである。 表1 N氏の概要 ②トレーニングの実施状況と結果 就労セミナーで個別課題としてN氏が挙げたテーマは、表2の2点である。いずれも就労セミナーの中で「④選択判断」まで実施したところ、スタッフや他の受講者から質問されることで、ワークシートの項目の検討がスムーズに進んだ。また、「①状況把握」や「③結果予測」では、他の受講生の意見を基に、多面的な視点で振り返り、現実的な対応方法を考えることができた。トレーニングの実施後には、「問題を解決するプロセスが、板書することによってわかりやすくなった」との感想が見られている。 表2 トレーニングのテーマ等(N氏) 「⑤段取り」以降はそれぞれ個別相談で行ったが、テーマ①については前提条件となる「大きな失敗」をする場面がなく、実行結果に基づいて「解決策案」の有効性を振り返ることができなかった。また、テーマ②については、環境設定等の面から、プログラムの中で問題状況に類似した場面を設けることができなかった。しかし、「①状況把握」を通じて把握された問題の原因や「解決策案」が、自分の傾向やそれに対する対処方法であることに気づき、自分の特徴等を他者に説明するためのツールである「ナビゲーションブック」に内容を盛り込むに至った。また、修了アンケートでは、「考え込む時は漠然と"なぜだろう"と思って何も浮かばないのが常だったが、トレーニングによって筋道を立てて整理して考えると、思い浮かぶことがあるような気がする」との感想を述べており、この点についてもナビゲーションブックに記載した。 ③考察 N氏については、プログラムを通じて、気付いたことを基に自分で考えを深めるのが苦手な傾向が窺えていたが、トレーニングではスムーズに問題状況を分析し、適確な「解決策案」を選択できた。このことから、N氏には「問題を振り返る際、系統立てて原因や対策を発見していくことが困難なために、問題が発生しても原因に気付きにくく、問題意識が継続しない」という認知機能の「判断・思考」の課題があり、その対応として「問題状況分析ワークシートや他者からの意見などのきっかけがあれば、状況の整理や解決策を導きやすくなること」をアセスメントすることができた。また、N氏自身も、ワークシートの活用や他者から意見を得ることの有効性を感じた経験によって、自身の認知特性について自覚を深めることができたと考えられる。 (2)個別場面(個別相談)でのトレーニングで、自主的に課題にアプローチできた事例 ①事例の概要 本事例のK氏の概要は表3のとおりである。 表3 K氏の概要 ②トレーニングの実施状況と結果 個別相談で作業場面を振り返った際、ミスが生じたことについて困っていると述べたため、個別相談の中でトレーニングを実施した。テーマ等は表4のとおりである。 表4 トレーニングのテーマ等(K氏) 「①状況把握」では問題を系統立てて分析することができたが、「相手への影響」や「相手の気持ち」の内容が思い浮かばず、支援者より「自分が相手の立場だったらどう思うか」との質問を投げかけた。併せて、問題の状況について、支援者が本人の役を演じる簡易なロールプレイを行ったところ、相手の状況について記入することができた。 「③結果予測」での効果と現実性の検討や「④選択判断」は、支援者の誘導によらず本人が適確に行えた。また、その場で引き続き「⑤段取り」を行い、「⑥事前試行」として個別相談後の作業時間で選択した「解決策案」のロールプレイを行ったところ、有効性を感じられた。さらに「⑥事前試行」の数日後に、問題状況の類似場面を設定したところ、自主的に「解決策案」のとおり行動することができた。 なお、K氏は、就労セミナーでは積極的に発言し、トレーニングの進め方や目的を理解できていたが、自分の課題を就労セミナーのテーマに挙げることはなかった。この点について「他の利用者との話し合いでは、取り入られそうな情報が少なかった」と述べており、グループワークで他者の意見を得ることの有効性を感じにくかったためと考えられる。 ③考察 本ケースではトレーニングを個別場面で実施したことで「④選択判断」から間を置かずに「⑤段取り」以降を行えた結果、問題解決行動がスムーズに獲得された。また、K氏は「相手への影響」など他者の状況を検討することが難しかったが、ロールプレイ等によって自主的に考えを引き出せた。このように「①状況把握」を自主的に行えるよう丁寧に進めたことで、「③結果予測」では分析結果を基に適確に判断でき、「④選択判断」では自主的に「解決策案」を選択できた。それにより、個別場面で問題が指摘される被誘導的な場面が生じなかったと考えられる。 また、トレーニングの状況からは、「相手への影響などを含め多面的に状況を捉えることの苦手さ」といった「判断・思考」の課題をアセスメントすることができた。プログラム受講当初に把握した「突発的な場面での対応に時間がかかる傾向」についてもこの特性が影響していることが推察される。この特性に対しては、トレーニングで行ったように、問題状況を構造化・視覚化し、問題状況を丁寧に分析することが有効であると考えられる。 5 トレーニングの実施方法にかかる考察 集団場面では、参加者全体から意見を得ることで、問題状況の多面的な分析や多様な「解決策案」の考案が容易になる。この点で、「問題状況の適切な理解」において効果が期待できる。また、事例のN氏のように、他者の意見を参考にして、自分の特徴への理解を深めて認知特性に気づくことができるなど、「認知特性に対する自己理解の促進」にも有効な場合があることを確認できた。ただし、K氏の事例のように他者から意見を得ることの意義を感じにくいケースもあり、他者から得た意見を自分に結びつけて考えられる対象者や、他者から意見を得ることに抵抗感が少ない対象者において、有効と考えられる。 個別場面では、「⑥事前試行」までを一連の場面で行えることで、問題解決行動の獲得がスムーズに行えるという効果が見られた。この点から、問題解決行動の獲得には、「⑤段取り」以降の段階を、間を置かず行うことが必要であり、集団場面で実施する上では、「⑤段取り」を行う個別場面をいかにタイミング良く設定するかが、トレーニングを効率的且つ有効に進める上で鍵になると言える。一方で、個別場面では、「①状況把握」や「②選択肢」の段階で多様な意見を得られないことから、一面的な状況の分析に留まることで、課題へのアプローチが困難になることも想定される。この課題を補うためには、K氏の事例のように、「①状況把握」を対象者の理解力に応じて丁寧に行うことが必要になる。 また、トレーニングを効果的に実施するためには、集団場面と個別場面それぞれの効果と課題を対象者に十分説明することにより、トレーニング参加に対する対象者の目的意識を明確にしておく機会が必要であり、オリエンテーションの意義が重要になると考えられる。その上で、対象者の目的意識や特性に応じた場面で実施することが望ましいと言える。 なお、本稿ではトレーニングの効果的な実施方法について検討したが、本トレーニングについては、目的の一つである「問題行動の解決」に関し、実際の就労場面への効果的な般化方法についても検討が必要と考える。引き続き検討し、技法の深化を図っていきたい。 【引用文献・参考文献】 1)障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラムとその支援事例、「障害者職業総合センター職業センター 実践報告書No.19」、p.21、(2007) 2)障害者職業総合センター職業センター:障害者支援マニュアルⅠ、「障害者職業総合センター職業センター 支援マニュアルNo.2」、p.7、(2008) 3)ブレンダ・スミス・マイルズ他:発達障害がある子のための「暗黙のルール」 場面別マナーと決まりがわかる本、p.30、明石書店(2010) 東日本大震災後の高齢者や障がい者を対象とした居住環境についての考察 角本 邦久(千葉職業能力開発短期大学校住居環境科 能力開発指導員) 1 はじめに 今回は、東日本大震災後の高齢者・障がい者の居住環境の調査を、一つのテーマとして取り上げて、報告する。 2 これまでの取り組み項目について この分野に関連するこれまでの取り組み内容について、以下に記述する。 基本的に、(社)日本建築学会に関連する取り組みと卒研としての総合制作実習に関する内容とで、組み立てられている。 (1)(社)日本建築学会における法規用教材の改訂委員として、優良建築物関係法の一つとして、バリアフリー法に関して、これまで毎年、教材改訂作業に取り組んで来た。 (2)2012年4月より、(社)日本建築学会の高齢者・障がい者居住小委員会のメンバーに加えて頂き、委員会に参加すると共に、委員会主催の「石巻市福祉型仮設住宅・仙台市居住支援団体」視察(2012年8月6日〜7日実施)に参加した。 (3)その際に、知人がその管理に参加協力している、仙台市にある七郷(しちごう)中央公園仮設住宅も、見学させて頂いた。 (4)別な知人が、陸前高田に親戚の方々が居られた関係で、筆者も現地における自然エネルギー利用の復興計画案を立案している。今回は、現地にある障害者支援施設の見学は出来なかったが、障害者用仮設住宅の図面を入手した。 (5)卒研としての総合制作実習の関連で、千葉県旭市に有る高齢者用仮設住宅を見学し、その生活環境の調査を実施した(2012年8月20日〜22日実施)。 3 これまでの取り組み内容について 以下に、各取り組み項目ごとに、その内容を報告する。 (1)バリアフリー法関係 すでに、公共の建物を初めとして、鉄道等においても、一定程度の普及が進んだ。さらなる普及を求めて、今回基本方針の前向きでの見直しが行われた。 (2)「石巻市福祉型仮設住宅・仙台市居住支援団体」視察 実施日は、2012年8月6日〜7日である。 ○最初は、石巻市にある社会福祉法人祥心会が管理委託されている「小国の郷」の仮設住宅である。 見学に際し、施設から配布された資料に拠ると、 この事業目的は、「震災により甚大な被害を受けた石巻圏域において、被災した障害児(者)及びその家族の住まいと日中交流の場の提供と生活支援(生活相談、緊急時対応、安否確認、一時的な家事援助ほか)を目的に設置する障害者対応のサポートセンターの設置・運営を行う」とある。 事業の実施期間としては、H24年7月1日〜H25年6月30日となっている。その設置2ヶ月目に、8月6日見学させて頂いた事になる。 H23年度実績としては、ケア付き福祉仮設住宅8棟40戸(入居戸数34戸93名)、ケアホーム2棟14戸(入居戸数13戸13名)であった。 写真1:木デッキ 写真2:斜路 写真3:木デッキ 写真4:グループ用中廊下 写真5:トレーニングマシン 写真6:庇&目隠し 写真7:屋根面 写真8:屋根コーキング 現在、設計し、造成し、H26年秋頃に、災害復興住宅が出来る見込みである。今後、自立に向けた生活形成の支援に入って行く。この仮設は、輸入型の仮設住宅であった。 福祉避難所に居た方々も移って来られて、現在、43戸で、93名の入居者が居られる。そこに4名の職員で対応。 図1:平面図「小国の郷」仮設住宅 図2: 小国の郷 グループ・ホーム平面図 図3: 小国の郷 南側立面図 建物の換気に関しては、1箇所のみであり、不充分。冬の隙間風には、コーキングで対処したとの事。夏の暑さには、エアコンを使用(8帖用のもの)。冬の暖房器具は、石油ストーブやコタツ等から、2つ選んで支給されたとの事。 ケア付き仮設住宅であるが、寧ろ、支援付き仮設住宅と言える。日常の相談に応じている。4人のスタッフが、→各相談支援所につなげて行く(これは、後に出て来る、見学させて頂いた千葉県旭市の仮設住宅の相談員の方からも伺った話に通じる。→旭市の方では、看護スタッフとチームを組み、日頃の様子を相談員の方が、毎日健康具合を確認しておいて、何か必要がある時には、看護スタッフの方へつなげる方法である)。 勤めている方も居られる。→就業支援の一環。障がいのある方、手帳のある方、4〜5名位の方。→これらの方々には、ここから200m位の所にある就業支援センターに、スタッフがつないだ形となったとの事。 通院支援なども実施している。構成としては、知的障がいの方が半分位で、精神障がいの方が半分位で、車椅子使用の方が一人居られるとの事であった。 ○次は、同じ法人が管理委託されている別の仮設住宅で、その名は"ふわり"を見学する。ここには、4棟×7戸=28戸が生活して居られる。ここの建物は、宮城県仕様で建てられている。 写真9:入口部 写真10:入口部点字ブロック 写真11:呼び出し設備配置図 写真12:一般棟外壁面換気孔とサッシ ○次に、仙台市における"NPO法人みやぎこうでねいと"の手掛ける、就業支援のための住まい確保に関する取り組みである。 視察用の準備資料よりコメント、 授産施設、福祉作業所等、その特徴を活かしたより広い地域との交流を推進し、地域社会とのふれあいの中で、障害者が社会の一員として行ける様に支援するとともに、健全な施設運営の為の財政面での補足貢献することによって、障害者の社会的自立と地域参加への応援をすることを目的とする。その達成の為、次の特定非営利活動に係る事業を行っている。①障害者福祉施設で生産・販売するための仕入れ・販路についての紹介、②障害者の雇用に関する理解と協力の推進、③障害者施設間の交流に関する協力と推進、④その他目的達成の為に必要な事業。 ○NPO法人の責任者の方からのヒアリング、 障がい者の就労支援のためのサポート事業、自立の先がけ、住むところの確保をお手伝いする事業である。紹介のみでは、→窓口担当者が、良いと思っても、→大家さんの段階で、×バツになるケースもあった。障害の人でも入居大丈夫ですと呼びかけたら、その物件15件が、1週間で埋まった。それ程に、ニーズがあった。 以前は、グループ・ホームとケア・ホームは、障がい者程度に応じて、段階0〜1はグループホーム、段階2以上はケアホームであった。それが、自立支援法以降は、一体型が可能となった。 H20年(2008年)に、障がい者居住サポート事業「賃貸入居サポートセンター」開設。 入居サポート事業としては、グループホームを手掛けており、知的障がいや精神障がいを抱えて居られる方々が対象となる。 ○このNPO法人が管理する支援施設"ひまわり"を見学する。 写真13:建物概観 写真14:"ひまわり"の食堂 写真15:"ひまわり"の屋上菜園 基本的に、自立出来る人が受け入れ条件。現在、13名の利用者が居る。女性が4名で、男性が9名。50代の方が多い、22才女性は若い方である。日々、様子を見て、うまく行ったら、褒めてあげる事。門限は、9時。寮母さんは、日々、食事出す。男性スタッフは、夜間管理する。寮母さんは、24時間ここに居られるとの事。入居者の契約は、5年となっている。 ○NPO法人責任者よりのヒアリングの続き、 公的な窓口からの相談者を受ける。「相談シート」を持って来る(役所や病院などから)。アパート数は、200世帯分位を確保している。アパート棟数で、120棟位。その中で、寮だった所が、今は2つある。6割強の方々が精神障がいの方。 次に、福祉居宅の説明あり、 福祉居宅とは、利用契約であって、賃貸契約ではない。ライフサポートが、大家さんから借りて、それを福祉居宅と言う形で、見守り付きで、利用者さんが使う。週一回の巡回とライフサポートである。「入居サポートセンターみやぎ」が運営する生活支援サービス付のアパート、および食事付き共同生活住居を言い、利用者の生活能力に応じた生活環境を考慮した住まいでセイフティーアパート利用契約を締結し、提供される住居である。 次に、セーフティーアパートの説明あり、 「NPO入居サポートセンターみやぎ」が設置している見守り付き「福祉住居」である。3月末現在、入居者67名。 ○NPO法人責任者の方のヒアリング続き、 見学者からの質問として、 保証人のいない人はどうか。→家の8割以上が、生活保護対象の人である。→2ヶ月滞納すると、→退去扱いとなる。 見学者からの質問に、 就労支援については、如何か。→自立支援である。これはとても大切な事で、そこに信頼関係が必要である。一つ目は、作業所へ行く人。二番目は、セーフティーアパートの人の場合には、すでに仕事を持っている人や生活保護をもらっている人などが居る。三つ目は、こう言う仕事が出来る等、利用者の能力を把握する必要がある。 見学者の質問に、 どのように把握しますか。→適性を見るには、それには、カウンセリングが必要である。もっと早い段階で、仕事に就ければ良いとの考え方があるが、→ハローワークなどで見つけて、→一年後に、60%がやめて、三年後に、20%が定着している位である。 見学の最後に、ここの寮母さんに伺った、"何か大切に考えてらっしゃる事は、何ですか。"の問いかけに、"皆さんが、自立して、幸せになって欲しいです。"とのお答えが返ってきた。 (3)仙台市の七郷中央公園仮設住宅 写真16:七郷中央公園仮設住宅(集会所) 写真17:仮設住宅(各室前の屋根付通路部分) ここは県が建てた仮設住宅であり、程度が良い。入居者の復興への動きは、今、アンケート調査を開始した段階であり、入居者の希望を聞いている。 (4)陸前高田の障がい者用仮設住宅 ここは現地調査には出かけられなかったが、社会福祉法人愛育会より、障がい者支援施設"ひかみの園"の資料を、総合制作実習用に入手させて頂いた。 図4:松原ホーム立面図 (5)千葉県旭市の仮設住宅 これは、卒研としての総合制作実習の一環として、県より管理を任されている旭市役所を通じて、現地見学と調査とを実施したものである。実施時期は、2012年8月20日〜22日であった。 写真18:仮設住宅 写真19:入口部網戸付 写真20:キッチン周り 旭市の例で学んだ事であるが、計画すべきは、必ずしも、職住近接ではない(車で通勤出来る位の近さであり、近距離であり、被災時には、職場と住宅とが、両方は被害を受けない距離を確保する(日本の地震災害大国における減災対策としての方法論の一つである))。 ○仮設住宅から、次の復興期への移行。復興型住宅に関しては、旭市のヒアリング内容からは、今、復興住宅への希望調査を実施している段階である。 4 全体のまとめと考察 (1)大切な就業支援との関連から述べると、千葉県旭市の例でもあった様に、仕事場が大丈夫であれば、人々は仮設住宅からでも、車で通って行ける。ここで気付かねばならない事は、従来型の都市計画の考え方では、職住近接と謳われて来た。然しながら、地震災害大国日本における国造りへの今後の対策としては、車で通える距離で、災害時には、職と住とが両方被災する様な内容の計画は、総合的安全保障上、立案しない事が望ましいと言う結論に達した。 (2)障がい者のための就業支援に関しては、働くための住まい確保が大切であり、そのためのサポートシステムの構築が急がれる。障がい者の方の程度に応じて、支援付きのサポートが必要とされるが、このサポートシステムにも、また雇用機会の可能性があり、20世紀後半に行っていた修正型資本主義の社会システムの構築ビジョンにならい、今、21世紀の時点で、新たな福祉型国家づくりへの戦略として、一つの有効なる方法論として考えて行きたい。 (3)今回の仮設住宅を調査して、県で建てた建物は、しっかりと建っているとの感を強くした。建物に関しては、屋根勾配を確保する事、庇を付ける事、出入口の庇を付けて側面の目隠しも付ける事、入口前には屋根付通路を設け床は水はけの良いデッキとしたい事、部屋内のレンジフードを設置する事、換気性能をよくする事等々を改善する事が大切である。 (4)被災時の仮設住宅は、価格や戸数のみでなく、その仕様条件やグレードも決めておく事、成るべく、後工事にならない様に、附帯工事も含んでおく事。 以上が、全体の視察・見学・調査に拠る、障がい者・高齢者をはじめとする支援施設に関する居住環境の報告内容であった。 ○覚えとして 今回の東北地方の被災においては、約254名の消防団員の人たち、約24名の警察官の人たち、逃げ遅れた人々を助けようとした民生委員の人たちが亡くなった、そこに、小さい子供達を助けて、自らの子供を失った一人の保母さんが居る。 私達は、とかく生き残った者たちの勝利に思いを馳せがちであるが、他の人々のいのちを助けるために犠牲になられた、彼らの職務に対する忠実さ、彼らの働きに対して、心からの哀悼の意を表すると共に、彼らの勇気を誇りに思い、彼らの働きを、我々は決して忘れはしない。 【連絡先】角本 邦久 千葉職業能力開発短期大学校・住居環境科 TEL 043-242-4166(代)  障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(1) ○田村 みつよ(障害者職業総合センター 研究員) 亀田 敦志 (障害者職業総合センター) 1 背景と目的 当部門では平成20年度より、パネル調査の手法で障害のある労働者を対象とした縦断調査を実施してきている。調査開始時は約1,000人の調査協力者に登録してもらい、若年層を対象とした職業生活前期調査(以下「前期調査」という。)と中高年層を対象とした職業生活後期調査(以下「後期調査」という。)とに振り分けて、1年毎にそれぞれ交互に回答を得ている。パネル調査の最も大きな特徴として、社会的要因が統制された形で同じ対象者の変化を時系列で追跡できる事が挙げられるが、平成23年度までに前期調査、後期調査についてそれぞれ第1回調査と第2回調査を実施し、今年度において始めて2時点間のデータ比較が可能となった。職業生活前期と職業生活後期での年代層の違い、つまりキャリア発達の視点からも前期調査と後期調査を比較して重層的に分析する。 2時点間での経済要因として、リーマンショックといわれる歴史的景気変動があった。第1回の調査結果から本調査の対象者集団は、比較的安定的な就業状況にあるという特徴が明らかになっている。単数回(横断調査)の結果で、集計表の中の1セルに属する値が少人数で数量的評価が難しい部分については、パネル調査の特性を活かして、代表者性の高いモデル事例的な位置づけとして、今後の活用が期待できる。 2 調査の方法 (1)調査方法;郵送配布・回収によるパネル調査。障害特性を考慮して調査票は点字、拡大文字、ルビ付簡易表現版、電子データによる回答を作成し、必要によっては回答補助も可とした。 (2)調査時期;これまでに実施してきた各調査回と調査種別の実施時期は表1のとおり。 (3)回収状況;第1回から第2回、前期調査、後期調査の回収率及びデータの脱落状況は表2のとおり。 表1 調査実施時期 表2 調査票回収状況 調査実施の前後に、調査対象者や協力者を対象に主な調査結果の公表を目的としたニュースレターを発送し、同時に転居の連絡を呼びかけた所、2011年〜2012年の期間中には延べ68件からの通知があり、転居先が確認された。一方未回答者への連絡により、本人死去、体調不良や調査回答補助者(家族)の都合による調査協力の継続が困難となった人も21件確認され、回答率の低下が顕著となった。そのため、今後縦断調査を続けて行くに当たって第3回調査に向けて調査対象者の追加募集を行っている所である。 3 結果 (1)今の仕事についての継続の意思 若年者の職場定着率の低さが問題になっているが、障害のある労働者の仕事の継続意思について職業生活前期と職業生活後期の比較を試みる。ただしこの設問への無回答率が前期調査(4.9%)後期調査(27.6%)と後期調査が特に高いので単純比較は出来ないため、以下その傾向のみを示す。 入職からの期間がより短い前期調査対象者では、後期調査対象者と比較して、時点間に変化がなくともに「今の仕事を続けたい」とする人が多い。時点間の比較で継続意思が変わった人のうち、「わからない」から「続けたい」となった人が後期調査より多い。 継続意思が変化した人の中で、「続けたい」でなかった人が「続けたい」に変化した人;前期40.0%、後期36.5%、「続けたい」からそうでなくなった人;前期43.5%、後期46.3%であった。 表3 仕事の継続意思の回答状況 ①前期調査と後期調査の傾向の違いの要因1 図1、2のとおり、前期調査と後期調査対象者のコーホート 1*においてはそれぞれ職務経歴と受障時期のキャリアが異なり、後期調査対象者の転職率が高い。診断時期が初職後といういわゆる中途障害の人が後期調査では前期調査よりも多く、こういった集団特性を前提として、継続意思の変化の結果を検討する必要がある。 図1 職業生活前期調査での職務経歴と診断時期 1*コーホート(cohort)とは、共通した因子を持ち、観察対象となる集団のこと。 図2 職業生活後期調査での職務経歴と診断時期 ②前期調査と後期調査の傾向の違いの要因2 イ 給与額区分の変化 仕事上の出来事として「給料が上がった」との選択肢とは別途に、調査回答時点に限定して勤務条件をきいた給与額区分の時点間比較1)では、後期調査の方が前期調査よりも変化した人が多く、前期調査では、給与区分が下がった人と、上がった人はほぼ同数であるのに対し、後期調査では、区分が下がった人が多く、特に区分の高い人ほど給与額区分が下がった人の割合が高かった(表4)。 表4 職業生活後期調査給与額区分が下がった人の割合 注)「下がった」は第1回調査の給与区分を基準にしている ロ その他勤務条件 前期調査では、後期調査に比べ、勤務形態(正社員から非正規に)や、勤務時間(短くなる方向に)が変化した人(特に知的障害で)が多い。 (2)「仕事を続ける上で必要なこと」「勤め先にお願いしたいこと」〜配慮事項について〜 就業・非就業に関係なく、勤務先に配慮して欲しい事項として必要と考えること7項目、今後お願いしたいこと9項目の選択肢について複数回答できいた。 ①職業キャリアによる配慮事項の違い 調査回を通して回答者全体での回答率を比較すると、概して前期調査の回答率がどの項目でも高いが、特に前期調査と後期調査で差があるのは、必要な事項として「作業手順をわかりやすくしたり、仕事をやりやすくすること」「作業のスピードや仕事の量を障害に合わせること」であり、今後お願いしたい事項として「ずっと働き続けることができるようにしてほしい」「職場の中で困ったことの相談ができるようにしてほしい」であった(図3、4)。 図3 仕事を続ける上で必要と考えること 図4 勤め先にお願いしたいこと ②障害に固有の配慮事項 障害別にχ2検定したところ全体の回答と有意に高い回答率(当日配布資料)を示したのは、以下の通り。(注;障害名 必要と考える事、勤め先にお願いしたいこととして以下表記) 視覚障害「作業を容易にする機器や設備を改善する事」 聴覚障害「まわりに仕事やコミュニケーションを援助してくれる人を配置すること」「障害や障害者のことを理解してほしい」「職場に障害者の仲間を多くしてほしい」「研修や教育訓練を充実してほしい」、 内部障害「体力や体調に合わせて、勤務時間や休みを調整すること」「体力や障害に合わせた労働時間や休日を設定してほしい」 精神障害「体力や障害に合わせた動労時間や休日の設定をしてほしい」「職場で困ったことの相談が出来るようにしてほしい」であった。 ③時点間で変化のあった配慮事項 第1回調査と第2回調査結果で特に回答率に違いがあったのは、肢体不自由で「体力や体調に合わせて、勤務時間や休みを調整すること」、内部障害で「障害や障害者の事を理解してほしい」「作業のスピードや仕事の量を障害に合わせること」が前期調査でも後期調査でも2回目の調査で増加した。 (3)肢体不自由と内部障害の回答傾向 ①2年間に起きた仕事出来事 「配置転換があった」が、全体の回答率19.1%と比べ特に内部障害で53.8%、肢体不自由で21.7%と高かった。 ②体力・健康への意識 また障害に限らず仕事を続ける上で、「体力や健康面に心配があるか」への回答で自由記述の内容を分類・整理したところ(表5)、肢体不自由で「障害の重度化や症状の悪化」及び「仕事内容や勤務形態と体調」についての記述が多かった。 表5 体調や健康面で困っていること ③生活面での「自分の体力や健康について」満足度 内部障害で「どちらとも言えない」の回答が多かった。 表6 健康状態についての生活状況満足度 (4)中高年労働者の就業上の地位の変遷 ①就業形態の変化 健康問題や家庭事情により、正社員から非正規や「仕事をしていない」になった人が11.2%いた。定年前の人では再就職を希望する人が多い。また職業相談員など、何らかの就労支援を利用している人が比較的多く、いわゆるセイフティネットが機能している事が確認された。(当日配付資料) ②リタイアに向かっての将来設計 5年後の将来展望についての自由記述(当日配布資料)では、現実的かつ豊富な将来設計の記載が多く見られた。個人の職業サイクルにおけるハンディキャップとの共存の意志(ポジティブエイジング)、あるいは自らが属する障害者団体としての地域活動への参加を積極的に考えている人が多い。事例紹介となるが、中途障害で特例子会社に勤務している人が起業を考えていたり、内部障害の人が専門的技能を活かしながら障害種別を越えて共助の福祉活動に取り組むなど、雇用という就業形態にとどまらず、自営、開業、当事者団体としての新たな地域活動への展望などの方向性が見られた。 ③長期キャリアを踏まえた実践活動の新機軸 従来の福祉サービスの受益者にとどまらず、イ)会社内での認定心理士や障害者相談員や衛生管理者としての専門技能を活かした特定の役割。ロ)従来の按摩針灸といった業種で、近年のヒーリングブームを取り入れた事業内容の拡大。ハ)新たな人生設計や自発的かつ地域での広がりを持った福祉活動の推進主体としての役割などを担っている様子が浮かび上がってきた。 4 考察 (1)継続勤務者の今の仕事の継続意思 第1回調査結果より明らかになったこととして、前期調査よりは後期調査で転職者が多く、また中途障害の人も一定割合を占めるので、単純に職業キャリアの連続体として前期調査の結果と後期調査の結果をつなげて考える事は出来ない。大きな経済的変動下の状況にあって、本調査対象者集団の中高年層で賃金水準の平準化傾向が見られた。後期調査対象者は前期調査との比較において今の仕事への継続意思は弱く、第1回と第2回の調査間ではさらに弱まる傾向にあった。前期調査対象者では勤務形態や勤務条件が一部(知的)障害ではやや不安定であった。後期調査と比較して前期調査対象者の現職の継続意思は強い傾向が見られた。 (2)配慮事項 会社に望むこととして「今の仕事が続けられるようにしてほしい」との回答は、前期調査で特に高く、職業生活への適応過程においては、仕事内容そのものに馴染むためにさまざまな配慮を求める傾向が強い。 後期調査での職業生活維持向上の過程においては変化する状態に合わせた勤務調整や障害への理解を望む傾向が強い。肢体不自由では、自らの健康や体力について不安を抱えており不満足の割合も高いが、慢性疾患を抱える内部障害では健康についての認識は、あまり不満の回答率は高くなく「どちらとも言えない」の回答が多い。健康問題についての意識は障害によって異なっている。ハンディキャップについての自己認識のされかたについても考慮しながら支援ニーズを検討する必要があると思われる。 (3)勤務形態の変化と地域社会での新たな役割 障害者の社会参加とキャリア形成のプロセスは多様化してきている。本調査は、縦断調査の開始当初の位置づけにおいて、今後の展開のベースラインともなるべきもので、ワークライフの各ステージ毎によりきめ細かな支援ニーズを把握するには、さらなるデータの蓄積を待たざるを得ない。とはいえ、今回の調査結果からは、この調査対象者の一部がまもなく迎えるであろう退職や引退に向かう過程の始まりの段階として、単に福祉サービスの受益者ではなく、今後ますます重要になってくる地域活動場面での積極的活動主体としての自発的役割が垣間見えた。また支援ニーズとしてはそれを地域として支え育むべき可能性について、「障害のある労働者の職業サイクル関する調査研究(2)」においてさらに考察を展開したい。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:障害者のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第2期)調査研究報告書No.106 2012 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(2) −長期キャリアパターンを有する障害者の地域活動における役割− ○綿貫 登美子(千葉大学大学院人文社会科学研究科 博士後期課程) 田村 みつよ(障害者職業総合センター) 1 研究の背景と目的 近年では、雇用形態も変化し、労働の「やりがい」「生きがい」、そして「生活の質」から「労働生活の質」の大切さなど、ライフスタイルの多様化を背景に、「どのような社会で、どのように働き、どのように生きるのか」など、投げかけている課題も多岐にわたっている。さらに、労働を通した人との関係性から社会経済環境の変化に対応できる柔軟な考えを持ちながら、地域周辺環境や社会性のある就業への対応が求められてきている。 企業の経営環境が変化する中、若年者、高齢者、障害者、非正規労働者等のすべてを含め、企業や地域のニーズなどの変化を考慮した職業能力の向上が重要になる。地域とともに地域経済がプラス成長する新たな雇用を生み出す確かな努力が必要になってきた。 本稿では、「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究1)」(以下「職業サイクル調査」という。)結果から、長期キャリアパターンを有する障害者の地域活動(社会参加)における役割に注目した。「職業サイクル調査」結果から得られた障害のある労働者の「職業キャリアと資格取得状況」等を中心に就労を通して地域の中で果たす役割について考察する。 2 方法 (1)「職業サイクル調査」からのデータ抽出 〜地域活動貢献に特化した調査データのエッセンスをまとめ資料化する〜 ①資格取得情報についての資料作成 「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」資料シリーズNo.50、No54での集計結果を活用し、地域活動において固有の立場から今後とも社会貢献が期待される福祉や障害の分野について、その方面での専門知識・技能などの資格取得者を整理し、資格保有者をリストアップした。 ②中高年齢者の将来設計について自由記述の整理 「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」資料シリーズNo.50、No54での集計結果を活用して、自由記述回答を障害別に集計し、地域活動の観点から特徴的内容を整理した。 (2)予備ヒアリング ①ヒアリング先 ・社会福祉法人千葉県身体障害者福祉協議会 ・千葉県障害者スポーツ・レクリエーションセンター ・千葉県商工労働部産業人材課 ・千葉県健康福祉部高齢者福祉課 ・千葉市保健福祉局高齢障害部 ・千葉市立弥生小学校 ・千葉都市モノレール ・シルバー人材センター ・なのはなシニア千葉(老人クラブ連合会) ②ヒアリングとアンケート作成等への協力 事前に調査主旨を説明し、資料の提供を受けた。 ・千葉県生涯大学校 ・千葉市ことぶき大学校 ・千葉大学文学部・法経学部 (3)千葉市民に向けた障害者に対する意識調査項目を作成 「職業サイクル調査」、ヒアリング等の結果をもとに、障害のある労働者について、市民を対象とするアンケート調査の調査項目を作成した。期待される成果として、「職業サイクル調査」から得られた縦断的調査結果と、これらの調査対象者(想定集団)から、現時点の横断的調査結果を加味することで、障害者と想定集団と共通したコミュニティ構築の関連性を認識することと、ボランティア等への協力意識醸成とそのニーズを顕在化させることにある。 ①調査対象:大学生(社会学等専攻の学生100名) 高年齢者(シニア世代100名) ②調査実施期間:平成24年9月3日〜10月17日 ③具体的調査項目内容 ●基本属性 ●障害者に対する意識 ●ボランティアについて ●障害者に対する期待 ●障害者の就業について:参考資料「職業キャリアと資格取得状況」をもとに回答 ●障害のある人の就業状況についての意見(3件法) a.障害のある人がその経験を活かして独自に社会貢献すること(賛成〜反対) b.障害のある人がさらに積極的に活躍していく可能性について(大いにある〜わからない) c.障害のある人が自立に向けて積極的に取り組むことについて(賛成〜反対) その他自由記述 ○「職業キャリアと資格取得状況」からこれらの資格を保有する障害者との実態的な距離感 a.可能な限り全面的に応援 b.自分の置かれている責任の範囲内で対応 c.障害者はあまりむりをすべきではない d.自分のこととしてはかかわりをさける e.その他 ○回答者自身の将来設計(自由記述) ○職業サイクル調査から抜粋した「現職をリタイアした後の将来展望」への感想(自分回答と比較する) ○障害者や高齢者の政策や支援の重要性について (調査実施中のため、本稿には結果等は未掲載) 3 結果 (1)「職業サイクル調査」からデータ抽出—資格情報について資料作成 資格保有者は職業生活前期調査29人、職業生活後期調査24人がリストアップされた。 (職業生活前期)男女比については、男性15人、女性14人、世代的には25〜29歳は4人、30〜34歳は7人、35〜39歳は3人、40歳以上15人である (職業生活後期)男女比については、男性13人、女性11人、世代的には40〜44歳は4人、45〜49歳は9人、50〜54歳は9人、55歳以上2人である。 ①障害者の就労に関する現状 職種は事務職が多い。後期調査を見ると事務職は54.1%とほぼ半数を占め、事務職種の中には、介護支援専門員や社会福祉士、一級建築士などの資格取得者も含まれている。特記すべきことは、全体の約半数(前期調査47.5%、後期調査57.5%)が運転免許を取得していること、次が情報処理系(前期調査20.1%)、簿記(前期調査10.9%)という順番になっている。それ以外で特徴的な資格として、従来からのあん摩や針、灸などの国家資格に加えて、近年のヒーリングのニーズ拡大もあり、リフレクソロジストやアロマセラピーアドバイザーを取得している人もいる。 ②障害に特化した認定資格取得者 障害に特化した認定資格として、2001年から民間団体で発足した視覚障害者のための点字技能士制度は、地方自治体での点訳業務や福祉啓発活動への需要の高まりを受け、4人(若年期調査対象45人中)が取得している。 ③福祉資格 福祉資格従事職種として、若年層で34人(9.0%)、中高年層では47人(11.8%)が「医療や福祉に関わる仕事」に従事している。その従事者以外でも「介護福祉士・介護支援専門員・訪問介護員・社会福祉士、社会福祉主事、ヘルパー2級、福祉住環境コーディネーター3級、福祉情報コーディネーター3級、義肢装具士免許、福祉用具専門相談員」などを取得している。前期調査では15人で、その内訳では肢体不自由7人、聴覚障害6人、視覚障害1人、内部障害1人となっている。後期調査では、肢体不自由5人、聴覚障害3人、内部障害2人で10人の取得者がいる。 今後はこれらの資格を活かした転職の可能性や仕事以外での地域活動への利用等が予想される。 ④雇用管理上の資格 衛生管理者(第1種・2種)は、前期調査3人、後期調査5人。さらに、産業カウンセラー・キャリアコンサルタント、認定心理士、商工会議所主催メンタルヘルスマネージメント講習認定資格取得などがそれぞれ3人となっている。障害者生活相談員は全体で4人(前期調査2人:「事務の仕事」 後期調査2人:「ものを作る仕事」・「人を相手にするサービスの仕事」)で、現在の就労先で資格を活かした仕事についていると思われる職種でもある。 ⑤地域活動・スポーツ関連等の資格 日本障害者スポーツ公認初級指導員、日本体育協会公認アシスタント、総合型地域スポーツクラブマネージャー、日本水泳連盟第2種指導者免許、障害者第2種フライングディスク指導員、全日本スキー指導員免許、障害者パソコン指導員 各4人。 スポーツ関連の資格は、地域活動の交流の場として特技を活かすことができる。 (2)予備ヒアリング—先行調査結果のまとめ ①千葉市「障害者生活実態・意向調査2)」 千葉市では、平成22年1月に障害者本人とその家族や介護者についても、また在宅の方、施設に入所の方、18歳未満の方とその保護者の方、発達障害の方とその家族の方などから、ヒアリング調査を実施している。その中の障害者団体ヒアリング調査結果に注目した。この中で、一般就労するために必要なこととして、全体的には、職場の障害理解の促進、ジョブコーチなどの支援者の充実と継続的なフォロー・短時間勤務やグループ就労の受け入れを、としているが、サービスを提供できる専門的な人材の不足として、ホームヘルパー、ガイドヘルパー、手話通訳者、要約筆記奉仕員、ストーマケアのできる看護師などをあげている。 イ 障害者をサポートする側からの意見 ○市民の障害理解の促進のために、広報・啓発活動や、地域活動への参加、学校での福祉講話などに力を入れること(当事者団体)。 ○地域の人や他の障害者と交流する場が必要である。公共施設等のバリアフリー化や、グループホーム・ケアホームの整備をさらに推進してほしい(障害児者の親の会) ○障害者が地域で生活していくためには、地域の障害理解が不可欠であり、近隣の清掃などの活動にして、地域の人たちとの交流を深めていくことが必要である(家族会・事業者団体連絡会) ロ 一般般就労するために必要なこと ○障害者の雇用に関する職場の理解が不足している。職場に障害に対する理解と配慮があれば、一般就労が出来る障害者も多い。職場での障害理解を促進するとともに、ジョブコーチなどの支援者が必要である(当事者団体)。 ○障害者が働くためには、職場が障害や本人の特性について理解することが必要である。ジョブコーチなどの支援者が、継続して支援を行っていくことが必要である(障害児者の親の会)。 ○就労を続けるためには、職場と本人・家族をつなぐための調整が必要であり、ジョブコーチなどの支援者の継続的なフォローが必要である。精神障害者は長期間継続して働くことが難しいので、短時間の受け入れやグループ就労が出来るようにしてほしい(家族会・事業者団体連絡会)。 ②千葉県「障害者雇用に関する意識調査3)」 企業側から出された障害がある人の評価については、「普通」と回答した事業所が60,2%と最も多く、「大いに満足」又は「満足」と回答した事業者は28%、「不満」又は「大いに不満」と回答した事業所は7.5%、「未回答」4.3%となっている。不満の理由としては、「休みが多い」「支援者が必要」「事故等に気を使う」「仕事にムラがある」「障害のある人に適した仕事の業務量が少ない」などである。 障害のある人が担当できる業務については、「パソコンによる入力業務」「CAD操作」「電話対応」「調理補助」「配膳」「食器洗い」「清掃」「選択」「製品の選別作業」「介護補助」「保育補助」「製品検査」「郵便仕分け」「運搬」「梱包」「配達」「クリーニング」「小売店でのバックヤード作業」「ベッドメイキング」「情報システムの開発」「農作業」「運転手」「機器の分解作業」「植木の手入れ」「あん摩・マッサージ」「フロアスタッフ」「ラベル貼り」「ダイレクトメール発送作業」「歯科技工」「福祉教育」などをあげている。 これらの現状から、障害者雇用の評価については、「普通」、「大いに満足」と「満足」を合わせると80%を超えることになる。今後は、「不満」の理由とされた「支援者が必要」や「事故等に気を使う」などについて、その周辺環境の整備と地域での支援協力体制をとることができるか課題となる。 ③シルバー人材センターの就業方式 高齢者就業で30年以上の長い歴史があり高齢者の働く集団でもある「シルバー人材センター」は、各市町村単位でほぼ全国に設置されている。その働き方は、従来の雇用労働ではなく「自主・自立、共働・共助」を基本理念とした[いきがい就業]である。日本の労働問題の草分け的存在である大河内一男により創設されている。請負・委任による就業で、請け負った仕事は、高齢者のその日の自分の能力・体力・体調に合わせて完遂することができる。これらの働き方は障害者就業にも利用・応用できる共通項がある。地域の企業や家庭から、一般の業者では取り扱うほどのものではなく、頼みにくい"小さな仕事"に限定される面はあるが、この一見割りに合わないと思われるニーズへの丁寧な対応を出発点として今日まで続いている。センターの働き方は雇用によらない「生きがい」として働くことを希望する多くの高齢者に仕事を提供し、生きがいの充実、健康維持、追加的収入の確保、社会参加の面でも大きな役割を果たしている。『高年齢者等の雇用の安定等に関する法律』に基づく公益社団法人として補助金等で運営される。平成23年度末の千葉県下全域の運営状況をみると、46市町村に設置されたセンターの総会員数は2万4,511人、契約金額は103億1千万円(H24.5.14 現在)を超えている。 佐倉市シルバー人材センターでは、身体障害者団体と友好関係を築いている。センターの理事に障害者団体の長を招くなど、高齢者・身障者とともに連携体制で地域貢献や社会参加を検討している。障害者とともに環境美化の花壇づくりや手工芸等の分野では、技能のある高齢者が身障者への指導を担当し、作品づくりに励んでいる。作品は「シルバーフェア」開催時や市産業まつり等で地域の方々へ販売されている。 高齢者もその状況によっては身障者となる可能性も高い。身障者も就業意欲が高くなってきている状況等から、その理念や働き方は障害者就労にも共通・共感するものがある。 ④地域ボランティア活動について ことぶき大学校では、「ボランティアガイド小冊子」を作成し、地域活動情報を紹介し、さらにコーディネーターを設置するなど各種相談にも対応している。冊子に紹介される市登録ボランティア活動団体の半数は身障者対象の活動内容となっている。その中には、外出支援や交流、車いすフォークダンスや社交ダンスなども含まれ障害者との交流機会も積極的である。 ⑤千葉県障害者スポーツ・レクリエーションセンター 400人を超える身障者を含めたボランティア登録者」がある。それぞれの特技を活かしたボランティアに対応している。設備も行き届き、社会参加の機会は得やすいが、スポーツにかかわりたいと願う障害者が、ボランティア等の協力により参加している。 ⑥千葉都市モノレールの取り組み エレベーターはすべての駅に設置されているが、車内には車椅子スペースが必要であるなど、ユニバーサルデザインを考える会が中心となり、改善の提案等を地域住民や障害者団体の方々等で実施している。モノレール会社と共催によるワークショップやフォーラム開催により、社会的存在としてどのようなビジョンを持って運営されるべきかなども検討されている。 4 考察 障害者の職場への定着を図るためには、職場の同僚と障害者との関係性、障害者へのサポートの重要性が考えられる。職場の同僚と障害者の関係性については、別途研究によることとし、障害者の地域活動へのサポートを中心に分析すると、「職業キャリアと資格取得状況」から取得した資格を地域で生かせるであろう職種と一般就労につながる企業から期待される障害者の職域について、その違いを認識することができた。 障害のある労働者のキャリア形成にはそれぞれのライフ・ステージによって異なるものがあるが、職業キャリア支援を地域でもさらに推し進め必要がある。「職業サイクル調査」の中高年齢者の将来設計について自由記述からは、生活の質や生きがいを高めること、有意義な人生を送るためにより高いキャリア形成に努力していることが分かる。 地域でも企業からも現時点では認知されるにはまだまだ努力するべき現状は散見されるが、関係性のなかでつくられるニーズであるからこそ、それぞれの立場からは新たな課題が見えてくる結果となった。今後は、その人がその人らしく地域で暮らすことができるような制度づくりへ積極的に関与することが、ニーズ中心の地域福祉を構築することになり、望ましい結果を生むことになるのであろう。 超高齢社会では、信頼に基づく互いに支えあうシステムが必要である。企業においては、社会的責任から支援中心のスピリチュアル経営4)が求められてきているのではないだろうか。 5 結論 今後の展望として次のような課題が散見される。 (1)社会参加や自立のためには、障害者に対するさまざまな現存するバリアをなくすこと。(地域の小学校の空き教室等を活用した地域交流等により障害者の職業キャリア等を活かした活躍の場確保) (2)就労を希望する障害者が自らの望む方法で多様に働くことができるためのより具体的な提案型による事業の創出。(できることのメニューつくりにより地域活性化をかねた地元密着型新規事業創出と企業連携) 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第2期)−調査研究報告書No106 (2012)前期15歳〜39歳以下、後期は40歳以上。 2)千葉市:「障害者計画・障害福祉計画策定に係る実態調査報告書−障害者生活実態・意向調査−」p225〜255(2010) 3)千葉県:「障害者雇用に関する意識調査の結果の概要について」千葉県商工労働部産業人材課(2011) 4)狩俣正雄:『障害者雇用と企業経営−共生社会にむけたスピリチュアル経営』p29p42明石書店(2010) 障害者雇用促進法の改正と障害者権利条約27条への対応 清水 建夫(働く障害者の弁護団/NPO法人障害児・者人権ネットワーク 弁護士) 1 労働・雇用分野における障害者権利条約への対応の在り方に関する研究会(平成24年8月3日)報告書の4つの誤り 同研究会報告書は次の4点につき誤りがある。 (1) 基本的枠組みにつき「労働・雇用分野における障害者権利条約への対応は、障害者雇用促進法を改正して対応を図るべきである」としている。(6〜7頁) (2) 「我が国における障害者雇用率制度は障害者雇用の確保に関し成果を上げてきていると評価できることから、積極的差別是正措置として位置づけ、引き続き残すべきである。」としている。(7頁) (3) 権利擁護(紛争解決手続)について「まずは企業内での自主的解決を図るべきである。なお、障害者が苦情を申し出た場合には、事業主は、苦情処理機関などを通じて申し出を受けるとともに、自主的な解決を図るよう努めるべきである。また、その仕組みで解決しない場合には、労働局長による助言・指導を行うとともに、必要に応じて、調停制度による調整的な解決の仕組みを整備すべきである。」「外部機関による紛争解決手続きについては、現行の紛争調整委員会を活用するべきである。」としている。(17〜18頁) (4) 障害者雇用の進展の認識について「近年、企業の障害者雇用への理解の進展や障害者の就労意欲の高まり等から、障害者雇用は拡大を続けている」としている。(19頁) 2 基本的枠組みの誤り (1) 権利条約27条1項本文は「締約国は、障害者が他の者と平等に労働についての権利を有することを認める。この権利には、障害者に対して開放され、障害者を受け入れ、及び障害者にとって利用可能な労働市場及び労働環境において、障害者が自由に選択し、又は承諾する労働によって生計を立てる機会を有する権利を含む。」として権利を正面から明確にした上、締約国と事業主の具体的な義務を明記している。これに対し障害者雇用促進法は「事業主の雇用義務等に基づく雇用の促進の措置」等を講じるとし、この措置の主体は事業主と国及び地方公共団体であって障害者ではない。障害者雇用促進法では障害者はあくまでも事業主の雇用義務に基づく雇用の促進の結果を受け入れる客体にすぎない。この法律には障害者の権利規定はどこにもなく、この法律は、障害者の労働についての権利を謳うにふさわしい法律ではない。第1条目的に「措置」という法律の世界でもすでに亡霊と化しつつある文言が3つも明記されていることは驚きである。 (2) 障害者権利条約への対応は新たに制定する障害者差別禁止法の中で「他の者と平等に労働する権利」を明記するべきであり、障害者雇用促進法の部分的な改正で障害者権利条約に正しく対応することは不可能である。同法は障害者差別禁止法で定められた事項を実効性のあるものとするための事業主への助成等について規定するべきである。 3 現行の障害者雇用率制度はむしろ障害者差別を促進しているとの認識を欠く誤り (1) わが国において障害者の雇用環境を悪化させているのは厚生労働省を中心とする行政側の事業主にきわめて甘い運用である。厚生労働省は障害者雇用は非正規雇用でも障害者雇用促進法43条の規定する「常時雇用する労働者」に該当するとして、雇用率算定の分子としてカウントすることを認め、実雇用率にカウントしている。このため障害者の多くは契約社員か嘱託社員の不安定な低賃金労働で固定化され続けてきた。 厚生労働省が監修した事業主向けの「障害者雇用ガイドブック」には、旧労働省時代から一貫して1ヵ月、6ヵ月の有期契約でも、日々雇用される労働者でも「1年を超えて雇用されると見込まれる労働者」であれば「常時雇用する労働者」にカウントするという取り扱いを明記してきた。これは近時労働市場全般で非正規雇用が増大するはるか前からのことである。障害者雇用促進法38条の「常時勤務する職員」、同43条の「常時雇用する労働者」というのは言葉の素直な解釈として「正規職員」「正規社員(期間の定めのない契約労働者)」を指していることは明白である。厚生労働省の民間企業に対する著しく甘い運用は国による障害者差別の助長・促進である。小泉内閣以降多様な働き方という欺瞞に満ちた政府主導の誤った労働政策のもとに、障害のない労働者においても、非正規雇用が増えている。しかしこのことは厚生労働省が障害者雇用について文言の素直な解釈を踏み外して、非正規雇用でも「常時雇用する労働者」とする原則を打ち立て、事業主に甘い運用をすることの免罪符となり得ない。 (2) 有期契約の労働者はいつも更新されるか否かの不安の中で働き、更新されてほっとするのが関の山である。昇給はほとんどなく、退職金もないことが多いのが現実である。ほとんどの障害者は最低賃金すれすれのところで働かされており、それ以下もある。「共同作業所で働くよりはましではないか。」という考えが事業主のみならず厚生労働省職業安定局、都道府県労働局、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(以下「機構」という。)、ハローワーク、地方自治体等の関係者の根底にあると思わざるをえない。雇用義務を中小企業に広げるにあたり、厚生労働省や機構のタガが止めどもなく緩んでいる。 (3) 機構作成の「はじめからわかる障害者雇用事業者のためのQ&A」においても機構は「障害者を雇用する場合、一律に正社員とする必要はありません」ときっぱりと断言している。 (4) 厚生労働省や機構は障害者雇用促進法の「常時雇用する労働者」のもつ重い意味を、意図的に事業主に甘く軽く運用し、非正規雇用でも日々雇用される労働者でも「常時雇用する労働者」にカウントする取扱いを一貫して行ってきた。厚生労働省は、採用前から障害のある労働者(いわゆる障害者枠での採用)の契約形態について調査し、障害のない労働者の契約形態と比較の上、その相違の正当性を明らかにする義務がある。 4 権利擁護(紛争解決手続)についての誤り (1) 報告書のいう「現行の紛争調整委員会」とは個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律5条所定の紛争調整委員会を指し、同委員会は紛争についてあっせんを行うものとされている。しかし①事業主があっせんの意思がない旨を示したとき②事業主があっせん委員が提示したあっせん案を受諾しないとき③事業主があっせんの打切りを申出たとき④あっせんによっては紛争の解決の見込みがないと認めるときはあっせん委員はあっせんの打ち切りができるとしている(同法施行規則12条)。各労働局はあっせん申請があった場合に、あっせんは「原則1回限りです。双方の歩み寄りがない場合、委員の合議を経て、打ち切ることになります。」という文書を申立人と相手方にあらかじめ送付している。 (2) あっせんはあくまでもあっせんであり、事業主が同意しなければ一歩も前に進まない制度である。このような制度で障害者の権利擁護が実現できる筈がない。 (3)「まずは、企業内での自主的解決を図るべきである。」とする点もあたかも事業主と障害者が対等な当事者であり、互いに善意と良識を持つ人間関係とするユートピア的世界観に託するものである。障害のある労働者は事業主によって、いつ解雇もしくは雇い止めされるかもしれないという不安の中で働いており、対等性はあり得ない。障害者は、仮にひとたび紛争が発生した時は、失職に追い込まれる厳しい対立関係を覚悟しなければならないのであり、報告書はこれら現実に目をそむけ、かけ離れた夢物語を無責任に語っている。 (4) 最終的には司法救済の道が保障されていて、その前段階としてスピーディーで障害者が利用しやすい準司法手続の中で、差別の有無と救済方法が明確に判定される制度を設けるべきである。 5 差別の実態(質の悪さ)を無視した量的拡 大評価の誤り 報告書は一方で「従来のわが国の障害者雇用対策が雇用機会をいかに増やすかが中心であったのに対し、障害者権利条約においては、障害を理由とする差別の禁止や、合理的配慮の提供など、雇用の質についての対応が求められている」としながら、他方では現行の障害者雇用率制度の障害者差別の実態を無視し、「近年、企業の障害者雇用への理解の進展や障害者の就労意欲の高まり等から、障害者雇用は拡大を続けている」と評価する無責任な認識を示している。 6 障害者雇用促進制度における障害者の範囲等の在り方に関する研究会報告書(平成24年8月3日)の2つの誤り (1) ダブルカウント制度について 報告書は「ダブルカウント制度は、就労の困難度の高い重度障害者の雇用促進に一定の役割を果たしてきた。」「ダブルカウント制度は継続していくことが必要である。」としているが(10頁)、ダブルカウント制度は雇用率が見かけの上では増えたかの如く印象を与えるものの、実際には障害者の実雇用率が増加していない現実を隠している。 厚生労働省は実雇用率が年々増加していることを強調しているが、ダブルカウントなしで雇用率を算定すると、実雇用率は雇用率制度が義務化された1976年以降増えていない(横田滋、第17回職業リハビリテーション研究発表論文集250頁)。 その上ダブルカウントをする場合の重度認定は恣意的に運用されており、基準があいまいで企業に有利に甘くすることが少なくない。特例子会社において知的障害をもつ労働者の多くが重度に認定されているのはその一例である。 (2) 特例子会社制度について 「特例子会社制度が、知的障害者をはじめとする障害者の雇用促進に果たしてきた役割は大きく、特例子会社制度は継続していくことが必要である。」としているが(報告書11頁)、特例子会社制度は専ら企業の便益のために安易につくられた制度であり、障害者が開放された労働市場で自由に選択できる機会を狭め、限られた労働市場にとじこめるもので賛同できない。 障害のある人も障害のない人も同じ開かれた労働市場で対等に労働の機会が与えられるべきである。障害のある人を特定の子会社に集め、障害のない人が管理職として管理をする労働の場は障害のある人の労働者としての尊厳を否定するものと言える。障害のある人を特定の子会社の一個の歯車に固定するもので労働を通じての成長の機会をも奪うものである。 7 障害者雇用のフロントランナー、ユニクロの理念(日経ビジネス2010年7月5日高橋健夫記者) 「従業員数5000人以上の大企業の中で、障害者の法定雇用率が最も高いのはどこか。それは、カジュアル衣料品ブランド「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングである。2009年6月1日現在の雇用率は8.04%。障害者雇用促進法が定めた1.8%の法定雇用率をはるかに上回り、産業界の中でも突出した水準を達成している。このことは障害者問題に詳しい人を除けば、意外に知られていない事実であろう。 ファーストリテイリングが積極的な障害者雇用に乗り出したのは、業容が急拡大する一方で法定雇用率が1%台に低迷していた2001年3月。柳井正社長(現会長兼社長)の号令一下、『1店舗1人』の障害者雇用を目指す取り組みを開始し、翌2002年には一気に6%台の雇用率を達成。 それ以降、現在まで着実に雇用実績を伸ばしてきた。その推移は、ユニクロそのものの急成長とまさしく軌を一にする。」 「あくまでも戦力としての雇用 雇用している人たちの障害別の内訳は、軽度の知的障害者32.7%、重度の知的障害者29.8%、重度の身体障害者14.7%、軽度の身体障害者12.8%、精神障害者10.9%となっている。 重度と軽度を合わせて、知的障害のある人が全体の6割強を占めているのが最大の特徴だ。他方、身体障害のある人については、視覚障害者、聴覚障害者、肢体不自由者、内部障害者(心臓のペースメーカーや人工膀胱、人工肛門を使っている人など)と多岐に及ぶ。 注目すべき点は2つある。1つは、すべての人が現場の店舗に配属されており、ファーストリテイリングは特例子会社を設置していないこと。もう1つは、全盲の人と車いす使用者が、現在は在籍していないこと。 これらはファーストリテイリングの障害者雇用に当たっての考え方を明快に示している。一言で言えば、『障害者の採用は福祉目的で行っているのではなく、あくまでも企業の戦力になってもらうため』『障害のあるなしに関係なく、ユニクロで力を発揮でき、継続して働いてもらえる人』なのだ。」 8 生き生きとした社会をよみがえらせるために (1) 障害者差別は社会にとっても企業にとっても目に見えない大きなマイナス 技術においても業績においても日本の企業の多くは国際的に相当高いレベルにある。そんな企業がひとたび障害のある労働者やうつの労働者の雇用の問題になると、理解のない企業になり下がってしまうことは、企業にとって目に見えない大きなマイナス要素である。他の従業員の志気にも影響する。労働者がうつ病に陥ったり視覚障害や脳血管障害で中途障害者となった場合に、当該労働者に退職を迫ったり、障害のある労働者に対する差別的取扱いを担当させられるのは係長、課長、部長の中間管理職である。この中間管理職は30代後半から50代前半の年齢層である。人生で最も充実するべき時期に疾病や障害のある労働者の排除の役割を担わされることは中間管理職の生涯にとっても、当該企業にとっても、この日本社会にとっても大きなマイナスである。中間管理職の対応は部下の従業員にも影響を与え、職場全体が息苦しい、ぎすぎすしたものになる。ある損保会社が年収700万円の労働者が1年半休職すると企業にとり3000万円近くの経済的損失になるという試算を発表していた。企業にとり、うつ病で休職する労働者を出すことは経済的にも大きな損失である。 (2) 公平・公正な社会をめざす韓国社会 韓国では早々と障害者権利条約に忠実に2007年3月に障害者差別禁止法が制定されている。軍事政権を経て、民主国家として公正で平等な社会の実現に向けて今では日本のはるか先を走っている。韓国企業の世界市場での躍進は、決してウオン安からではなく、韓国社会に内在する力が生み出したものである。 (3) 日本人の顔は美しいか? 戦後廃墟のなかから創業し、今日の日本を代表する企業に育てていった経営者たちは、労働者やその家族に対し、自分の家族と同様に愛情を持ち、大切にしてきた。障害のある労働者に対しても全く変わるところがなかった。そのような経営者のまわりには、自ずとオーラが舞い立っていた。トップがそのように愛情にあふれていれば、中間管理職も気のいい上司として部下に目配りをすることができた。日中国交が正常化になって40年たつが、正常化の数年後に日本を訪れた中国の水墨画家が「日本の男性の顔は美しい」と言って電車に乗るとスケッチするのが楽しみであるという新聞記事を読んだことがある。それと比べて今地下鉄に乗っても美しい顔どころか、希望を失ってくたびれはてた日本人の男性ばかりが目につく。元大和なでしこたちの顔にも険ばかりが目立つのは筆者の偏った見方のせいであろうか。 (4) 生き生きとした社会や企業をよみがえらせるために 日本の企業が世界で信頼を得るためには、障害のある労働者も障害のない労働者もともに働く職場を築くことである。日本の企業は小泉改革以後人を減らすことばかりに力を入れてきた。人のための社会、人のための企業が人をどんどん駆逐していった。その結果、お互いにあたたかさを欠き、みんながぎずぎすして、暗くなってしまった。閉そく感におおわれたこの社会や企業を生き生きとしたものによみがえらせる上で必要なのは、月並みなことであるが、他者に対する配慮であり、愛情である。これが社会全体、企業全体にゆきわたるようになれば、「障害者に対する合理的配慮」という特別なものはもはや過去の遺物となるであろう。 第1号職場適応援助者(ジョブコーチ)の現状と課題 ○鈴木 修(特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん 代表理事/第1号職場適応援助者) 小川 浩(特定非営利活動法人ジョブコーチ・ネットワーク) 酒井 京子(特定非営利活動法人全国就業支援ネットワーク) 伊集院 貴子(特定非営利活動法人大阪障害者雇用支援ネットワーク) 1 はじめに 民間における職場適応援助者養成研修(以下「養成研修」という。)に取り組んでいる特定非営利活動法人全国就業支援くらしえん・しごとえん(以下「当法人」という。)、特定非営利活動法人ジョブコーチ・ネットワーク、特定非営利活動法人全国就業支援ネットワーク、特定非営利活動法人大阪障害者雇用支援ネットワークは、本年4月より「職場適応援助者養成研修機関連絡会」(以下「連絡会」という。)を立ち上げ、職場適応援助者の制度、養成研修、支援の方法と技術等についての情報交換や連絡調整を行っている。 これら4団体による養成研修の修了生の合計は、平成23年3月末までで、第1号1,860名、第2号496名、計2,356名に及び、地域の就労支援の裾野を広げる役割を確実に果たしてきていると考える。しかし、研修を修了しても実際に職場適応援助者(ジョブコーチ)として活動をする修了生の数は少なく、連絡会でも、養成研修修了生がジョブコーチとしてなかなか活動できないこと、そして、ますます高まるジョブコーチ支援に対するニーズに見合った質の高い人材をどのように育成していくのか、という2点が課題としてあげられている。 特に第1号職場適応援助者にあっては、その活動実態を明らかにするとともに、その背景として、それぞれの認定法人がどのようにジョブコーチ支援事業を位置づけ、職場適応援助者の運用を行っているのか等について、実情を把握することが必要である。そこで今回は、今後より広範囲な調査を行うための先行調査として、静岡県及び一部の県に限定して、パイロット的な調査を行ったので、その概要を発表する。 2 調査方法 (1)対象 発表者が代表を務める「特定非営利活動法人くらしえんしごとえん」が日常的にジョブコーチ支援事業について情報交換をしている事業所に協力をお願いし、21事業所より30名の第1号職場適応援助者(以下「JC」という。)に関する情報を得た(当法人含む、支援実績等未記入あり)。 (2)方法 質問内容としては、JCの雇用形態(正規・非正規)、業務形態(専任・兼務)、平成23年度の助成金月額及び稼働日数、年代、JC経験、資格等を、事業所については昨年の支援実績(件数、支援形態、障害種別)、事業開始時期、法人規模、他の事業等を質問した。 また、第1号支援事業に対する位置づけ、考えや第1号助成金について意見及び人件費の不足部分の対応、上級ジョブコーチ制度についての意見等を自由記載で記述してもらった。さらに取組の詳細などについては個別に電話での聞き取りを行った。 表1 ジョブコーチ内訳 表2 助成金月額平均 表1 稼働日数平均 3 結果について (1)月額助成金額 30名のJCの内訳については、正規専任7名、正規兼務14名、非正規専任3名、非正規兼務6名であり、年齢構成等については表1の通りであった。 また、それぞれの月額助成金額及び稼働日数については全体の平均は月9.6日で120,642円という結果であったが、正規専任で活動しているJCの平均は172,000円、13.3日であった。この稼働日数は雇用対策による調査では平均7.9日に比べ多少多い数字ではある。(稼働日数については、3時間以上、3時間未満の区別をしていない) (2)個別活動状況について JC個々の助成金の月額平均及び支援形態等を表したものが表4である。 中でも事業所FのJC-9,JC-10、GのJC-11、SのJC-26は月額250,000円以上、稼働日数18日以上である。この4名(事業所F、G、S)に共通することとして、全事業所が就業・生活支援センター事業に取り組んでいることといずれも第1号JCが就業・生活支援センターと同じ場所で活動しているということである。就業・生活支援センターとの役割分担がされており、日常的な情報交換がなされ、そして1号JCが孤立化することなくスーパーバイズできる者が周囲にいる、ということであった。支援件数は、13件、14件、10件という件数であるが、内事業所F、Gは法人単独のみでJC支援事業を行っている。 一方、事業所C、Tに所属するJC-5,JC-27の2名は、二人とも60代で「非正規・専任」という形態であるが、両事業所とも助成金額をそのまま本人の収入として手渡すという形をとっている。また、職業センターとのペア支援が中心であるためセンターからの依頼により収入が大きく変動する事となる。 表2 JC個別活動状況 4 事業所の意見 今回の調査時に、自由に記載してもらった項目の中から、事業所の意見として特徴的なものを紹介する。 (アンケートの記載者については、事業所の所属長の場合もあれば、1号JCの場合もある) (1)ジョブコーチ支援事業に対する考え ・当法人では福祉圏域における就労支援の充実を目的に障害者就業・生活支援センター事業を受託・運営しています。障害のある人の職場定着については、当該事業に配置している。支援ワーカーも対応していますが、雇用開始時や不適応時の集中的な支援などは人員的な問題から対応が難しい状況にあります。従って、ジョブコーチを中心として活動できる人員を配置、地域における就労後の職場定着支援の強化を図っています。 ・就労移行支援事業に配置している。就労移行を促進するために、この制度は有効であると感じている。だからこそ人材育成という点でもきちんとした職員が配置できるような事業内容であってほしい。兼務要件曖昧。ジョブコーチの資質は開始前の6日間の研修だけでは心もとないし、1号型を取得する法人が就労支援に理解があるかないで人的配置も左右されるように思う。 (2)第1号助成金 ・ジョブコーチが専門的知識・技術を必要とする職務であることから、現時点の助成金体制は脆弱(安価な成果報酬制)だと捉えています。より一層障害者雇用が推し進められる状況から、事業継続をしていきたいと考えていますが、事業継続については助成金の見直しが必須だと捉えています。 ・予算などの問題はあるものの、日額14,200円で10年間推移無い状態は如何なものか?専任として配置したいがキャリアが上がるにつれて年額最高300万円程度では雇用継続が難しい。この他の経費などについては法人での持ち出しになる。法人内での配置・配属が毎回検討される。 ・1日3時間以上活動した場合¥14,200−という単価は一見高額に見えるが、運営法人は赤字。現在の職員は8年目の正規職員。本俸¥219,500−賞与は年4,4ヶ月分。通勤手当¥20,900−社会保険料本人負担分32,675−事業所負担を入れると益々赤字増のため、当方では最小限の1名を配置してフル稼働できる体制で臨んでいる。 ・いくら自分のスケジュールを調整しても支援回数が1日に2回(am・pm)別々のケースに支援に入らなければならないこともあり、助成金の収入が上限の14,200円では「無駄な仕事」と評価されてしまっても致し方ありません。支援回数が多ければそれなりの収入(報酬)があったり職場定着率が良ければ自立支援法のように加算がつくなどの頑張っただけの成果(収入・評価)があればモチベーションも上がると思います。 (3)上級ジョブコーチについて ・支援力の向上、信頼性の確保のためにも、専門性の高い技術・経験のあるジョブコーチが継続して働き、その能力を活かす仕組みが大切である。 ①金銭面 人件費が賄えるだけの助成金制度に作り替えることが必要。(ジョブコーチとして経験を積んでいっても、その経験年数分だけ人件費も上昇するため、その格差が広がるばかりである。そのため、法人としてはいつまでもジョブコーチとして配置できなくなり、若い(人件費の安い)人に交代することも考えられる。) ②制度面 技術や経験を積んだベテランのジョブコーチを活かすしくみが必要。(例えば、就業・生活支援センターに1名配置し、圏域内のジョブコーチの相談・助言・スーパーバイザー的な役割を担わせることで、圏域の支援力の向上を図る等) ・ジョブコーチの資質には差がありすぎる。出会った人が良ければハッピー、そうでなければ……の状況。今後、企業が初めて出会う障害者雇用は外見からは障害がわかりにくく、生きにくさを抱えた発達系や精神、難病の方等が激増する中で、ますます専門性の高いジョブコーチの必要性を感じている。また、ナカポツが全国の保健福祉圏域に配置されたとしても、圏域1箇所では地域を支援できるとは思えないので、専門性の高いジョブコーチが地域にいることで関係機関とのコーディネート等も可能ではないかと思う。 ・障害の多様化、雇用率、高齢・若年対応など様々なケースがあり、経験値は不可欠なものになっている。他法人のJCについては入れ替わりも多く、安定した当事者支援ができていない状態も見られる。JC支援キャリアに応じて日額を増加していくなど担当職の継続による経験値の向上、法人内での専門性を確立していく必要があると思う。 5 考察 今回の調査は対象者数が少なく、地域も限定されているため、全国の実態を正確に反映しているとは言えない。しかし、連絡会が養成研修を通して日常的に見聞きする民間法人の意見や実態と大きな隔たりのない内容が得られたと感じている。今後、より多くのデータから正確に実態を把握し、今後解決すべき課題を明らかにしていく必要がある。今回の調査結果から以下のように問題を整理しておきたい。 1)月額の稼働日数と助成金については、もっとも多いのが正規・専任の13.3日(172,062円)、次いで非正規・兼務の10.3日(129,867円)であった。これらの傾向については、今後より多くのデータから検証し、正規・非正規や専任・兼務等の区分の他、年齢、就労支援の実務経験程度等の要素も関連させて、どのような人材がどのような勤務条件で第1号職場適応援助者として活動しているのかを明らかにする必要がある。 2)複数の事例から、就業・生活支援センターに所属しているジョブコーチの活動が活発であることが伺われた。就業・生活支援センターにジョブコーチを配置することのメリットはある程度予測されるところであるが、就業支援担当者との役割分担、ジョブコーチを配置していない就業・生活支援センターの考え方など、多方面からの検証が必要である。また、就業・生活支援センター以外にも、就労移行支援事業に関して、どのような就労移行支援事業所に配置されているジョブコーチが活発に活動しているのか、その実態を把握することも重要である。 3)ジョブコーチの階層については、専門性のあるジョブコーチが安定して活動できる体制を作るため、より上級の助成金制度などを望む声を具体的事例から知ることができた。これについては「専門性のあるジョブコーチ」とは、どの程度の実務経験と人件費の者を指すのかについて、実態を把握すると共に、助成金の金額以外にも、民間法人が専門性のある人材を安定して配置するためにはどのような仕組み必要であるか、多方面から検討する必要があるだろう。また、すべての法人が活発に活動するジョブコーチを想定しているとは思えない。活動件数は少ないものの、安定して実績を上げている法人など、少数の意見も丁寧に拾っていくことにも留意したい。 6 まとめ 専門性の高いジョブコーチが各地域に広がっていくことは、今後の障害者雇用をさらに推し進めていく重要な役割を果たしていくと思われる。 我が国においてジョブコーチ支援事業が始まり10年が経過した今、新しいジョブコーチ制度のあり方を形作る段階に来ていると考える。 【謝辞】 調査にご協力いただいた関係機関及び協力者の皆様に心からお礼申し上げます。 【参考文献】 厚生労働省職業安定局雇用対策課 「地域の就労支援の在り方に関する研究会報告書」 「障害者の一般就労を支える人材育成のあり方に関する研究会報告書」 「第1号及び第2号ジョブコーチの活動状況について」 【発表者連絡先】 鈴木 修 特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん 〒430-0941 静岡県浜松市中区山下町2-1ハイタウン山下3階 TEL:053-489-5828/FAX:053-489-5829 E-mail:s-osamu@kurasigoto.jp ジョブコーチ支援制度の現状と課題 −1号・2号ジョブコーチへの調査結果を中心に− 小池 眞一郎(障害者職業総合センター 主任研究員) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門の事業主支援部門では、平成24年度の1年計画で『ジョブコーチ支援制度の現状と課題に関する調査研究』を実施している。この研究はジョブコーチ支援の質の向上に資するため、ジョブコーチ支援制度に関する各種の情報収集を行い、その現状及び課題を把握することを目的としている。この研究で、アンケート調査「ジョブコーチ支援制度の現状と課題」を実施した。ここでは、その概要を報告する。 2 アンケート調査の目的・概要 (1) 目的 この調査は、職場適応援助者助成金を利用している法人及び職場適応援助者(以下「ジョブコーチ」という。)について、ジョブコーチに関する業務内容や処遇、知識・スキルの現状と課題を把握することを目的として実施したものである。 (2) 調査対象 第1号ジョブコーチ(769人)、1号ジョブコーチ配置施設の管理職(504人)、第2号ジョブコーチ(116人)及び2号ジョブコーチ配置事業所の管理職(75人)を調査対象とした。 なお、第1号関係では調査時点(平成24年5月22日)で職場適応援助者助成金の支給対象となっている法人を、また、第2号関係では平成17年10月から調査時点までに同助成金の支給認定を受けた法人を対象範囲とした。 (3) 調査の方法 郵送によるアンケート調査。 (4) 実施時期 平成24年7月 (5) アンケート調査項目 表1のとおり。 表1 アンケート調査項目 ジョブコーチ本人 属性 性別、年齢 最終学歴 実務経験 実務経験年数 養成研修の受講年度、受講先 担当した障害者数、障害種類 兼任者の業務割合と活動日数 ジョブコーチ以外の業務内容 支援の現状 支援期間と頻度 支援の実施体制 業務ごとの実施主体者 支援先までの移動手段と経費 自己評価等 業務ごとの遂行能力の評価 単独で実施できる業務内容 受講したい研修の科目 制度の課題 実務上の課題 他業務と兼務する際の課題 配置事業所の管理職 法人概要 法人及び事業所の事業・業種 法人及び事業所の従業員数 特例子会社の有無 障害者の雇用数及び障害種類 雇用管理 雇用形態 専任・兼任の配置人数 平均雇用年数 平均月給 月給のうち助成金で支払える割合 待遇面での格付け 人事異動及び離職の理由 制度の課題 人材確保、安定雇用上の課題 支援制度全体の課題 3 アンケート調査の結果と考察 (1) 有効回答数 有効回答数及び回収率は表2の通り。 表2 調査票の回答数及び回収率 第1号 第2号 有効回答数 回収率 有効回答数 回収率 ジョブコーチ 437 56.8% 43 37.1% 配置事業所の管理職 290 57.5% 30 40.0% 合 計 有効回答数800 回収率 54.6% (2) 回答法人の内訳 ① 第1号ジョブコーチ 回答を得た第1号ジョブコーチを配置する法人の内訳は図1の通り。 図1 回答法人の内訳(第1号)(n=289) ② 第2号ジョブコーチ 回答を得た第2号ジョブコーチを配置する法人の主な事業内容は図2の通り。 図2 回答法人の内訳(第2号)(n=30) (3) ジョブコーチ支援実施施設で行う事業 第1号ジョブコーチ配置施設では、ジョブコーチ支援以外に、就労移行支援事業を併せて行う施設が最も多く(62.4%)、続いて、就労継続支援B型(52.5%)、障害者就業・生活支援センター(24.5%)の順であった。また、その他の自由記述を分析すると、生活介護(全体の14.2%)や相談支援(同11.0%)があった(図3)。 図3 ジョブコーチ以外に行う事業(複数回答 n=282) (4) ジョブコーチの配置方法 ジョブコーチ配置施設・事業所では、ジョブコーチ以外の業務も担当する兼任のジョブコーチのみを配置し(第1号-76.3%、第2号-86.7%)、ジョブコーチは1人を配置することが多い(第1号-52.9%、第2号-50.0%)(図4及び図5)。 図4 専任・兼任の配置割合(n=279、n=30) 図5 ジョブコーチ配置人数(n=288、n=30) (5) ジョブコーチの雇用形態 ジョブコーチの雇用形態では、第1号、第2号ともに正社員が大半を占めている。 また、第1号では非常勤、短時間の職員が合わせて20%を超えている。これは、第1号ジョブコーチ配置施設の管理職が「助成金の範囲内で人件費が支払えない」という図14の課題とも関係があるものと推測される(図6)。 図6 ジョブコーチの雇用形態(n=435、n=42) (6) 兼任ジョブコーチ業務の割合 勤務時間のうち3〜5割がジョブコーチ業務である者が第1号は35.6%、第2号は32.5%と、ともに最も多い(図7)。 図7 ジョブコーチ業務の割合(n=390、n=40) (7) ジョブコーチの年齢 ジョブコーチの年齢は、第1号は30歳代が40.8%、第2号は50歳代が33.3%で最も多い(図8)。年齢層ごとの人数で重みを付けた平均的な年齢では、第1号は約40歳、第2号は約48歳で、第2号ジョブコーチの方が8歳ほど高い。第2号ジョブコーチは事業所の管理職が兼任することが多い(41.9%)ことに関係があると思われる。 図8 ジョブコーチの年齢(n=436、n=42) (8) ジョブコーチの月給 ジョブコーチの月給(支給総額)は、第1号、第2号ともに20万円台が最も多い(図9)。 また、第1号ジョブコーチの平均月給は24.4万円(専任-20.5万円、兼任-25.3万円)で、第2号ジョブコーチは32.9万円(専任-38.3万円、兼任-32.3万円)であった。第2号ジョブコーチの平均月給の方が高いが、ジョブコーチの年齢層の差も影響していると考えられる。 図9 ジョブコーチの月給(n=290、n=29) (9) 平均月給のうち助成金で払える割合 兼任者のジョブコーチ業務の割合はまちまちであるが、平均月給のうち、助成金で支弁できる割合は、第1号は平均27.1%で、第2号は24.1%であった(図10)。 図10 月給のうち助成金の割合(n=211、n=24) (10) 支援を担当した障害者の障害種類 第1号、第2号ジョブコーチともに90%以上の者が知的障害を持つ対象者を担当した経験があった。 第1号では続いて精神障害(72.4%)、発達障害(65.1%)の順で担当した経験が多かったが、第2号では精神障害や、発達障害を担当した経験がある者は3割にも満たない結果であった(図11)。 図11 担当した障害の種類(複数回答n=421、n=42) (11) 支援を担当した障害者の人数 第1号ジョブコーチが支援を担当した障害者数は、5人以下が最も多く、続いて31人以上であった(図12)。 また、第2号ジョブコーチが支援を担当した障害者数は、5人以下が78.6%でその大半を占める。このことは第2号職場適応援助者助成金の累積の認定法人数と対象障害者数の状況にも符合している(平成24年4月末日迄77法人、81人。) 図12 担当した障害者の人数(n=421、n=42) (12) 平均的な支援期間と頻度 平均的なジョブコーチ支援の各支援期の状況は表3の通り。第1号と第2号で特に差があるのは、表の最右部のフォローアップ期の平均支援頻度で、第2号の支援頻度が多い。これは、移行支援期のあと経過を把握する目的で訪問する第1号と、雇用管理の延長線上で事業所内の対象者を適宜把握していく第2号との支援スキームの違いがあることに関係していると考えられる。 表3 ジョブコーチ支援の期間と頻度 (13) 第1号ジョブコーチから見た実務課題 第1号ジョブコーチの実務上での課題で、最も多かったのは「障害特性から支援が難しいケースが増加」で全体の54.5%であった(図13)。 同様に第2号ジョブコーチでもこの課題が最も多く42.5%になっている。 図13 ジョブコーチの実務課題(n=418) (14) 第1号配置施設管理職から見た制度課題 第1号ジョブコーチを配置する施設の管理職の制度上の課題では、全体の50%を超える上位3項目とも助成金に関係する項目であった。 図14 配置施設の管理職の制度課題(n=431) 4 まとめ とりまとめ時期及び紙面の都合で、調査の概要のみの発表となったが、ジョブコーチ支援制度の現状と課題が少しずつ見えてきた。 第1号では、職員数100人を超える法人(54.3%)で、法人の人材育成ルールにより3〜4年で人事異動をしていく正社員(41.5%)が多い。また、第2号では、管理職(41.9%)がジョブコーチ・スキルを活用して知的障害者を中心とした雇用管理を行う中で、必要時に助成金を利用することが多い。 制度上の課題では、助成金に関するものや、兼任やジョブコーチでのキャリア形成が挙げられ、現場からは障害の多様さから支援の難易度が上がってきたことが指摘された。 今後、この調査分析を深めるとともに、ヒアリングを行い、研修を含めた有効な制度改善資料を厚生労働省等に提供していきたい。 【文献・資料】 1)厚生労働省:障害者の一般就労を支える人材の育成のあり方に関する研究会報告書、2009.3 2)小川浩:就労支援とジョブコーチの役割、「ノーマライゼーション障害者の福祉」2009年4月号 中小企業の障害者雇用について 雇用・就労支援機関が行う支援に関するアンケート調査(1) −調査の目的と調査結果の概要− ○野中 由彦(障害者職業総合センター 主任研究員) 白石 肇・笹川 三枝子・佐久間 直人・諫山 裕美(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門の事業主支援部門では、平成22年度より3年計画で『中小企業における障害者雇用促進の方策に関する研究』を実施している。この研究は、中小企業の障害者雇用に係る課題を把握し、中小企業の障害者雇用に必要な支援等を検討することを目的としている。この研究の中で、平成24年度に、アンケート調査「中小企業の障害者雇用について雇用・就労支援機関が行う支援に関する調査」を実施した。ここでは、その概要を報告する。(中小企業の状況は研究発表(2)で詳述)。 2 アンケート調査の目的・概要 (1)目的 この調査は、中小企業の障害者雇用について、雇用・就労支援機関が行う支援の状況を把握することを目的として実施したものである。 (2)調査対象 調査対象は、就労支援活動において中小企業と日常的に接触していると思われる雇用・就労支援機関とし、次に該当する機関の悉皆調査とした。 ①障害者就業・生活支援センター 311機関 ②就労移行支援事業実施事業所 2,217機関 ③地方自治体が運営する障害者就労支援センター等 166機関(合計 2,694機関) (3)調査方法 郵送によるアンケート調査。 (4)実施時期 平成24年6月中旬〜7月中旬。 (5)アンケート調査項目の構成 表1のとおり。 表1 アンケート調査項目の構成 3 アンケート調査の結果と考察 (1)有効回答数 2,694機関に送付し、1,325機関から有効回答を得た。回収率は49.2%であった。 (2)回答機関の内訳 回答機関の内訳は、表2のとおり。 表2 回答機関内訳 (3)機関の属性 イ 設立年状況 回答のあった支援機関の設立年については、図1のとおりで、障害者自立支援法が施行された2006年から毎年急速に増え続けており、全体の80%以上を占めている。 図1 設立年別状況 ロ 運営主体 回答のあった支援機関の運営主体は、70.0%が社会福祉法人であった。次いで特定非営利活動法人(NPO)が16.5%を占めている。 図2 運営主体別内訳 ハ 就労支援開始時期 運営主体では以前から障害者が企業で働くための支援をしていたかどうかを尋ねたところ、70.2%が「あり」と回答し、「なし」は28.2%で、3割程度が新規に就労支援を開始したものであることがわかった。 ニ 支援体制 回答のあった支援機関の職員数(非常勤を含む)は、平均で19.8人(中央値10、最多値4)、うち主に障害者の雇用・就労支援を担当する職員の平均は4.7人(中央値3、最多値2)であった。 (4)障害者に対する支援の実際 イ 障害者への就労支援の内容 障害者に対する支援で、特に重視して取り組んでいる支援について、機関別の状況を障害者就業・生活支援センターの回答数の多い順に並べてみたものが図3である。就職相談、職場定着支援、職場実習、面接への同席は、どの機関でも比較的高い割合を示しているが、職業的技能の訓練、職場見学会、余暇活動の支援は各機関とも低い割合にとどまった。また、就労移行支援事業実施事業所では社会的技能の訓練が最も多いのが特徴的である。 図3 特に重視して取り組んでいる障害者支援(機関別) ロ 支援障害者の障害種類 平成23年度の1年間に就労支援を行った障害者の障害種類について、障害者手帳の種類により尋ねたところ、身体障害が最も多いと回答した機関は5.1%、同じく知的障害は62.9%、精神障害は25.7%、手帳なしは0.7%であった。また、就労支援の実績のあった障害者の障害種類(複数回答)は、身体障害63.9%、知的障害91.9%、精神障害74.9%、手帳なし33.4%であった。 ハ 障害者に対する支援数の状況 平成23年度に支援を行った障害者数について尋ねたところ、表3のとおりとなった。 表3 支援対象障害者数 ニ 定着要因 障害者が就職先に定着するために最も重要と感じる事項について尋ねたところ、図4の結果となった。「就職先の現場の従業員の理解」が最も多く(35.0%)、次いで「障害者の作業意欲」(16.9 図4 定着要因(単一回答) %)、「就職先での社内支援者の配置」(10.9%)、「就職先の経営トップの方針」(8.9%)であった。 (5)企業に対する支援の実際 イ 支援対象企業数 平成23年度の1年間において支援対象とした企業数については、1,182機関から回答があり、平均で17.2社であった。ただし、10社以下の回答が76.1%に上り、企業支援をしていないか、していてもごくわずかである機関が多いことがわかった。(研究発表(2)で詳述。) 機関別に就職件数及び支援企業数をみたものが図5である。障害者就業・生活支援センターと地方自治体が設置する障害者就労支援センターが概ね近い値であるのに対し、就労移行支援実施事業所では、それぞれほぼ十分の一程度と大きな開きがあることがわかった。 図5 平成23年度の機関別平均就職件数及び平均支援企業数 ロ 企業に対する支援内容 企業支援で、特に重視して取り組んでいる支援について、障害者就業・生活支援センターの回答数の多い順に、機関別に比較してみたものが図6である。企業訪問など職場定着支援、従業員に対する情報提供、障害者情報提供・紹介、支援機関との連絡調整は、それぞれの機関で上位を占めたが、障害者就業・生活支援センターと地方自治体が設置する障害者就労支援センター等とでほぼ同数なのに対し、就労移行支援事業実施事業所では割合が低いのが目立つ。また、バリアフリー化の相談・支援、企業等の見学会、配置転換等の相談・支援は非常に少なかった。 図6 特に重視して取り組んでいる企業支援(機関別) ハ 支援対象企業の業種別状況 支援対象となった企業について代表的な業種別に見てみると、図7のとおりで、割合が最も多いのはサービス業で54.9%であった。製造業は41.0%、卸売業、小売業は23.5%であった。 図7 支援対象企業の業種別状況 ニ 他機関との連携状況 企業支援に当たっての機関別の他機関との連携状況は、図8のとおり、ハローワークは全体で94.6%の機関が連携をとっていると回答した。 図8 他機関との連携状況 4 まとめ 今回実施したアンケート調査のうち、ここでは全般的な状況について報告したが、今後、詳細に分析検討を進めることしている。また、アンケート調査の協力支援機関に対するヒアリング調査を実施することとしている。 アンケート調査にご協力いただいた関係者の皆様に厚くお礼を申し上げます。 【文献・資料】 1) 障害者職業総合センター 調査研究報告書No.76の1、「障害者雇用に係る需給の結合を促進するための方策に関する研究」、p.153、(2007) 2) 笹川三枝子他:中小企業における障害者雇用に関する実態と意識について−各種調査の分析から−、「第18回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、 (2010) 3) 野中由彦他:中小企業における障害者雇用の推移・方針に関するアンケート調査(1)及び(2)、「第19回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、pp.42-47、(2011) 中小企業の障害者雇用について 雇用・就労支援機関が行う支援に関するアンケート調査(2) −支援における課題− ○笹川 三枝子(障害者職業総合センター 研究員) 白石 肇・野中 由彦・佐久間 直人・諫山 裕美(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門では、中小企業における障害者雇用実態の特徴や雇用上の制約・課題を把握し、中小企業に必要な支援等について検討するため、平成22年度から3年計画で「中小企業における障害者雇用促進の方策に関する研究」に取り組んでいる。 本稿では、「中小企業の障害者雇用について雇用・就労支援機関が行う支援に関するアンケート調査(1)」に引き続いて、平成24年に実施した支援機関のアンケート調査の結果から、雇用・就労支援機関が中小企業に対して、今後、より有効な支援を行うための課題について検討する。 2 方法 (1)調査の概要 全国の障害者就業・生活支援センター311機関、就労移行支援事業所2,217機関、地方自治体が設置する障害者就労支援センター166機関、計2,694機関(以下「雇用・就労支援機関」という。)に対して平成24年6月から7月にかけて郵送によるアンケート調査を実施し、1,325機関から有効回答を得た(回収率49.2%)。 (2)調査内容 調査項目は、機関の種類、設立時期、運営主体、担当職員数、障害者に対する支援内容、企業に対する支援内容、支援件数、支援上の課題等である。調査内容の詳細については、「中小企業の障害者雇用について雇用・就労支援機関が行う支援に関するアンケート調査(1)」を参照されたい。 3 結果と考察 (1)就職件数と支援企業数 「中小企業の障害者雇用について雇用・就労支援機関が行う支援に関するアンケート調査(1)」 図1 平成23年度の就職件数(延べ数)別の支援機関割合 図2 平成23年度の支援企業数(実数)別の支援機関割合 で述べたとおり、平成23年度における就職件数及び支援機関数の平均を調べると、就業・生活支援センターと地方自治体が設置する就労支援センターが概ね近い値であるのに対し、就労移行支援実施事業所ではそれぞれほぼ十分の一程度と大きな開きがある。ここでは、さらに就職件数と支援企業数の分布について機関の種類毎にその割合をまとめたので図1及び図2に示す(無回答の機関を除く)。 イ 就職件数(延べ数)の状況 就業・生活支援センターでは就職件数の分布が比較的幅広いが、最も回答割合が高かったのは就職件数21〜25件(14.6%)であり、21〜40件と回答した機関の割合が5割を超えている(53.2%)。 自治体設置の就労支援センターは、就職件数の分布が比較的幅広いのは就業・生活支援センターと似ているが、最も回答割合が高かったのは就職件数11〜15件の機関(15.7%)であり、5件以内とする機関が1割を超える(11.4%)など、就業・生活支援センターよりも若干就職件数が少なめである。 一方、就労移行支援事業所では、1年間の就職件数0件と回答した機関が2割以上(21.3%)もあり、1〜5件までの機関(58.3%)と合わせると8割近く(79.6%)に達する。 雇用・就労支援機関における就職件数は、就業・生活支援センターと自治体設置の就労支援センターは比較的幅広い分布を示すが、回答機関の4分の3以上(76.8%)を占める就労移行支援事業所において就職件数が少ない機関の割合が高いことがわかった。 ロ 支援企業数(実数)の状況 就職件数と同様、就業・生活支援センターと自治体設置の就労支援センターでは支援企業数の分布が幅広いという特徴が見られ、最も回答割合が高かったのは支援企業数1〜10社の機関であったこと(就業・生活支援センター15.9%、自治体設置の就労支援センター19.0%)、支援企業数が100社を超える機関が一定以上の割合を示したこと(就業・生活支援センター14.9%、自治体設置の就労支援センター14.3%)も共通していた。 一方、就労移行支援事業所では、1年間の支援企業数0社と回答した機関が13.5%あり、1〜10社までの機関(75.0%)と合わせると9割近く(88.5%)に達する。 雇用・就労支援機関における支援企業数は、就業・生活支援センターと自治体設置の就労支援センターは比較的幅広い分布を示しているのに対し、就労移行支援事業所において支援企業数が少ない機関の割合が高いという、就職件数の分布と似通った特徴を示していた。 (2)支援を行っている企業の規模 本調査では、雇用・就労支援機関がどの規模の企業に対して支援を行っている割合が多いのかについても調べた。1-55人、56-100人、101-200人、201-300人、301-999人、1000人以上の6段階の規模の企業および特例子会社の各々について、「割合が多い」、「割合が少ない」、「関わることがない」のいずれかを選択してもらったが、このうち「割合が多い」と回答した機関の割合を企業規模ごとにまとめたのが図3である。 図3 企業規模別「割合が多い」とした支援機関の割合 回答が最も多かったのは1-55人規模企業であり、この規模企業を選択した雇用・就労支援機関の割合は52.0%と過半数に達した。56-100人規模企業は選択率2位であるもののその割合は25.7%と回答機関の4分の1にとどまり、101人以上の各規模の企業および特例子会社について「支援を行っている割合が高い」と回答した機関の割合はそれぞれ9.4、15.2%とさらに少なかった。 従来、障害者雇用納付金の対象は301人以上の大企業であったが、平成22年から200人を超える企業になっており、平成27年からは100人を超える企業に範囲が順次拡大されていく。また、平成25年4月には民間企業における法定雇用率が2.0%に引き上げられる予定である。 企業が障害者を雇用するにあたっては法定雇用率を中心とした法制度が最大の誘因になっていると考えられ、当研究で平成23年度に実施した企業アンケート調査1)2)3)4)の結果からも障害者雇用における法制度の影響の強さが窺える。昨今の法改正により、100人から300人規模の中小企業を中心に新たに障害者雇用に取り組む企業が増えつつあると推察される。大企業と比べ社内に経済的・人的資源が少ない中小企業においては、外部から適切な支援が得られるかどうかが障害者雇用の成否に大きく関わるポイントとなるだろう。 しかし、本アンケート調査の結果を見ると、雇用・就労支援機関が支援を実施している企業規模については、100人以下の小規模あるいは零細企業で「割合が多い」とする回答が多いことがわかった。法制度の影響により今後支援ニーズが高まると予測される規模の企業からの雇用・就労支援機関利用実績は、現時点ではそれ程高くないと考えられる。 (3)中小企業の課題および有利な点 本調査では、雇用・就労支援機関に対して、「中小企業に対して大企業よりも強く感じている課題」および「中小企業の方が有利だと思う点」について尋ねている。 ここでは、回答機関のうち平成23年度の就職件数が特徴的な機関を以下の基準で抽出し、各々が中小企業の課題と有利な点をどのように考えているかについて比較集計を行った。 ①「就職なし」:就職件数0件(229機関) ②「就職少ない」:就職件数1〜平均9.4件未満(724機関) ③「就職多い」:就職件数32件以上(117機関) 3群の支援機関ごとに、「中小企業に関して大企業よりも強く感じている課題」として提示した各項目について「とてもそう思う」及び「そう思う」と肯定的な回答をした機関の割合をまとめたのが図4、「中小企業の方が有利な点」として提示した各項目について肯定的な回答をした機関の割合をまとめたのが図5である。 イ 中小企業に対して強く感じる課題 企業側の課題として15項目(図4参照)を提示し、まず「感じている企業側の課題」を、次いで「中小企業に関して大企業よりも強く感じている課題」を選択してもらった。1群でも「中小企業に強く感じている課題」としての選択率が5割を超えた項目はひとつもなく、総体的に中小企業ならではの課題はそれほど強く意識されていないと考えられる。 1群でも選択率が25%以上となった項目は、「就職件数が多い」群の数値順に「現場の従業員の理解がない」、「求める作業遂行能力が高すぎる」、「経営トップが雇用方針を持っていない」、「企業内に支援者を配置しない」の4つであり、うち3つは人的環境に関する項目であることが注目される。 図4 中小企業に対して強く感じる課題 さらに、3群の選択率の違いに着目すると、「求める作業遂行能力が高すぎる」で「就職件数が高い」群の選択率が他の2群に比べて10%ポイント以上高いことが目立つが、それ以外の項目では比較的差は小さかった。 また、「バリアフリーなどの環境整備を行わない」は3群とも選択率は20%以下と低い上に「就職件数が多い」群が他の2群より5%ポイント以上低い選択率となっており、中小企業の課題として物理的環境整備はさほど重要ではない可能性が示唆される。 ロ 中小企業の方が有利な点 「中小企業の方が有利だと思われる点」として提示した8項目(図5参照)の中で、3群とも6割を超える機関が選択し、かつ「就職件数が多い」群で4分の3以上(75.2%)の選択率となったのが「経営トップに直接はたらきかけやすい」であった。「イ 中小企業に対して強く感じる課題」で述べたように、経営トップの雇用方針を含む人 図5 中小企業の方が有利だと思われる点 的環境は中小企業の障害者雇用における課題であるが、同時に支援機関が直接働きかけやすいという有利さにもつながっていると考えられる。 他の項目は全て3群とも選択率が5割以下であるが、1群でも選択率が30%以上となった項目を「就職件数が多い」群の数値順に挙げると、「上司や同僚の面倒見が良い」、「採用基準が緩やか」、「地域の支援ネットワークを利用しやすい」、「通勤しやすい」の4つであった。特に、「上司や同僚の面倒見が良い」は就職件数が多い群ほど選択率が高くなっており、ここでも人的環境のひとつである「上司・同僚の理解」が中小企業の課題であると同時に有利な点にもなり得るという傾向を見いだすことができた。 4 まとめ 当センター研究部門において平成24年に実施した支援機関アンケート調査結果から、雇用・就労支援機関が行っている企業支援の特徴や課題について報告した。 本研究では、今回報告した支援機関アンケート調査の前に企業アンケート調査およびヒアリング調査を行っており、今後はさらに支援機関へのヒアリング調査を実施する予定である。 これらの調査は、多角的な観点から中小企業における障害者雇用の特徴や課題について把握することを目的としているが、得られた情報を基に、より有効な雇用促進の方策を検討し、提案していきたい。 【文献・資料】 1) 野中由彦他:「中小企業における障害者雇用の推移・方針に関するアンケート調査(1)」,第19回職業リハビリテーション研究発表会論文集,pp.42-45,(2011) 2) 笹川三枝子他:「中小企業における障害者雇用の推移・方針に関するアンケート調査(2)」,第19回職業リハビリテーション研究発表会論文集,pp.46-47,(2011) 3) 障害者職業総合センター:「企業における障害者雇用の推移・方針に関する調査」中間集計報告,職リハレポートNo.1(2011) 4) 笹川三枝子:「中小企業における障害者雇用の推移・方針に関するアンケート調査−障害者雇用開始時期に着目して−」,日本職業リハビリテーション学会第40回大会発表論文集,pp.98-99,(2012) 重複する障害をもつ従業員へのジョブコーチによる支援 石川 球子(障害者職業総合センター 特別研究員) 1 目的 近年、職場において、うつ病の増加等により、重複する障害をもつ従業員への支援ニーズが高まっている1)。さらに、こうした状況の中において、事業主からの重複障害をもつ従業員へのジョブコーチ支援への要望も見られる(後述)。 こうした現状を踏まえ、「精神障害者・発達障害者の雇用における課題と配慮に関する調査研究」(平成24年度実施)では、事業主が推進する配慮に対して支援者が職業リハビリテーションの一環として行う事業主支援は、就労継続や休職者の復職支援といった産業精神保健の三次予防の観点からも重要となることに焦点をあてている。 そこで、本稿では、重複する障害をもつ従業員に対するジョブコーチによる支援について、地域障害者職業センターの実践等をまじえつつ、産業精神保健の三次予防(職業リハビリテーション機関が行う就労継続や休職者の復職支援等)の視点から報告することを目的とした。 2 方法 ネットワークを含む内外の研究機関を介した公開情報の活用、専門家ヒアリング及び文献検索等により情報を収集し、検討を行った。 さらに、地域障害者職業センターの重複する障害を持つ従業員に対するジョブコーチ支援実践事例1)を基に、職場における配慮に関する事業主支援について検討した。 3 結果 (1)重複する障害への支援と課題 内藤によると気分障害の診断で職場との関係について留意する点の1つとして、気分障害の背後に存在するハンディキャップに注意が必要となることを挙げている2)。気分障害の発症を契機に、発達障害によるハンディキャップの存在が明らかになることがある。例えば、ハンディキャップとしてしばしばみられるアスペルガー症候群では適切な配慮がないと職場の関係性にも重大な影響を及ぼすといったことが挙げられる。 以下では、実践事例として、うつ病を伴う発達障害の3事例についてまとめておく。発達障害とうつ病の両側面に対応した支援がなされている。 (2)事例1 雇用経験のない事業主への支援 初めての発達障害者の雇用にあたり、事業所と障害者からジョブコーチ支援の依頼があった。支援計画における事業主支援には、発達障害の障害特性と雇用管理のポイントに関する助言、従業員本人への対応や指導方法の助言が含まれた。また、発達障害により作業の見通しや臨機応変な対応が苦手であっても対応しやすいように手順や判断基準が決まっている職務を設定した。作業場所に専属の担当者を配置し、従業員の様子がよくわかる体制を整えた。また、定期通院が確保できるよう配慮した。 事業所担当者への相談・ケアもご本人との相談と同じレベルで重視した。また、自傷行為に対しては、職場のみの対応では限界があるため、ジョブコーチによる月1回のフォローアップを継続した。 (3)事例2 不安に対する配慮 事業所全体では障害者の雇用経験はあるが、各現場担当者の障害者に関する知識はそれぞれ異なるため、障害者雇用に関する社内意識向上のために、各現場担当者への情報提供の要請が事業主からあった。 また、うつ病を伴う発達障害のある従業員へのジョブコーチ支援の要請を受けて、主として以下のような支援を行った。 マイナス思考やイメージ不足等から不安になりがちであるため、休憩時間などに聴取を行うなど、時間をかけて聴取に心がけた。また、不安の訴えがあった場合は、実態を確認の上、認知の修正のための支援も行った。さらに、対象者が相談しやすいキーパーソンを選任するなどの体制づくりを行った。 また、支援の一環として、作業内容を明確にし、それぞれの作業方法や留意事項を記したカードを携帯可能なカードリングにまとめたことで、作業がうまくできているか不安になるなどから解放され、自発的に作業に取り組めるといった効果がみられた。 (4)事例3 ステークホルダーの併存症に対する理解を促すための支援 同一事業主のもとでの復職後の職場不適応により、ジョブコーチ支援を開始し、従業員とその家族、そして事業所との橋渡しを行った。支援前はうつ病のみと誤解されており、会社から適切な配慮がない状態にあった。 そこで、発達障害に伴ううつ病であること、従業員の悩みの要因が障害特性や二次障害によるものが多いことへの理解を促す調整を行った。さらに成功要因として、併存する障害について、従業員と家族、事業所、主治医が正確に把握できるようジョブコーチが橋渡しを行ったことが挙げられる。 4 考察 重複する障害をもつ従業員へのジョブコーチ支援、とりわけ、事業主が推進する配慮への支援の重要性について、産業精神保健の三次予防(職業リハビリテーション機関が行う就労継続の支援、休職者の復職支援等)の視点から以下のことが考察される。 (1)併存する障害の予後と支援の重要性 併存症がある場合、その人の機能全体の悪化へとつながりかねないため、就労継続・復職支援では、特に併存症に配慮した支援が必要である。 (2)健康と生産性を考慮した経営戦略と職業リハビリテーション機関による支援 気分障害をもつ人が増加傾向にあること、気分障害によるメンタルヘルス及び障害コストがしばしば最も高くなること、気分障害の発症を契機に、発達障害、パーソナリティ障害によるハンディキャップが明らかになることがあるといったことから、使用者が仕事・家庭・生活を支援する経営戦略を推進することが求められていると考えられる。 単に個々の労働者への心のケアのみならずトータルな企業戦略の中での心の健康づくりをサポートするためのサービスが、事業場外資源により広範囲に提供されることが必要であると思われるとの指摘3)もある。 こうしたことから、重複する障害をもつ従業員へのジョブコーチ支援、とりわけ、事業主の推進する配慮に対する支援は、健康と生産性を配慮した経営戦略としての三次予防の観点からも重要な支援であると考えられる。 【文献】 1 石川球子:『職場における心の病の多様化と事業主支援に関する研究』資料シリーズNo.66,障害者職業総合センター(2012). 2 内藤宏: chapter2-F 主な精神障害の診断・鑑別・治療法を知りたい『ここが知りたい 職場のメンタルヘルスケア』p94-112日本産業精神保健学会,南山堂(2011). 3 柳川行雄:「事業場における心の健康づくりのための事業場外資源の活用について−メンタルヘルス対策を支援する事業場外資源のあり方検討会報告をめぐって−」産業精神保健,Vol.15,No.3,p153,産業精神保健学会(2007). 精神障害者支援モデルからうつ病の再発を防ぐ取り組みについて 土井根 かをり(三重障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 はじめに 私は一昨年まで、障害者職業総合センター職業センターにおいて、うつ病等で休復職を繰り返している方を対象に復職支援を行う「ジョブデザイン・サポートプログラム」(以下「JDSP」という。)を2年間担当した。JDSPでは、うつ病の再発・再燃を防ぐことを重視してきたことから、その参考になる情報を多く集めたいと考え、昨年10月にアメリカ、カナダの施設を訪問した。両国とも日本のようなうつ病者を中心とした復職プログラムはないが、差別禁止法や企業の合理的配慮による障害管理に基づいた精神障害者の支援モデルが定着しており、就職支援プログラムの中にもうつ病の再発防止に役立つ情報がいくつかあった。本稿では、両国の訪問施設で得られた精神障害者の支援モデルやプログラム、相談、支援で使用されているツール等を紹介する。 2 ボストン大学 精神医学リハビリテーションセンターからの情報 (1)アメリカの一般的な精神障害者支援モデル ボストン大学の精神医学リハビリテーションセンターのジョン・ラップ氏より、アメリカの一般的な精神障害者支援モデルについて講義を受けた。 代表的なものとして、Supported Employment(援助付き雇用:1986年のリハビリテーション法の改正により制度化され、各州に普及)、IPS(Individual Placement Support:個人の希望や状況に応じて行う生活支援を含めた就労支援)、クラブハウスモデル(自助活動を基盤とした相互支援の中で回復を目指す支援モデル)などがある。Supported Employment はIPSやクラブハウスモデルの枠組みの中でも活用されている。 アメリカには日本の公共職業安定所の専門援助部門にあたる機関がないため、精神障害者の仕事探しのためにEmployment Specialistという専門職がIPSの実施機関に配置され活躍している。 クラブハウスモデルは日本でも知られているが、以下の3つの雇用支援制度がある。 ①Transitional Employment(過渡的雇用) ②Supported Employment(援助付き雇用) ③Independent Employment(依存しない雇用) 上記のうち③Independent Employmentは職場での支援を必要としない就職であり、自営業も含まれる。障害は基本的には雇用主に伏せていることが多く、メンバーはこの段階をゴールにしている。 ジョン・ラップ氏によると、就職支援も復職支援も支援の仕方は基本的には同じとのことである。 (2)Vocational Illness Management and Recovery〜仕事における病気管理と回復〜 精神医学リハビリテーションセンターのルシノヴァ氏より、リサーチ部門で行っている研究「Vocational Illness Management and Recovery(IMR)〜仕事における病気管理と回復〜」を紹介していただいた。 この研究は在職中の精神障害者に職業教育を行い、その後の定着を調査するものである。職業教育は9つのモジュールがあり、Supported Employment(援助付き雇用)と併せて補完的に行われる。セラピストは1対1で会話を進める形で進行し、現在300人を対象に実施している。9つのモジュールは以下の通りで、認知行動療法的なものであるという。 ①職業上の回復のための戦略 ②精神病と仕事の現実 ③ストレス脆弱性モデル ④職業上の成功のための薬の効果的な使用と麻薬やアルコールの回避 ⑤仕事における症状とトラブルへの対処 ⑥仕事におけるストレス対処 ⑦仕事における社会的な関係の構築 ⑧再発の防止 ⑨仕事において最善を尽くす このモジュールを使って教育できるのは、有料の養成講座でトレーニングを受けた人である。 3 カナダのPATH雇用サービスにおける支援 PATH雇用サービスはカナダのオンタリオ州ハミルトン市にあるNPO団体である。どの障害も区別なく対応し、就労支援を行っている。地元新聞の購買者の投票により、人材紹介会社部門で「ダイヤモンド賞」を2年連続受賞している。 (1)Barriers to Employment Success Inventory〜仕事の成功を妨げる障壁の調査票〜 PATH雇用サービスではインテークにおいて、アメリカのジスト・ワーク社の「Barriers to Employment Success Inventory(仕事の成功を妨げる障壁の調査票)」を使用している。 その内容は、まず、就職するために障壁となっていることに関して、50の質問を提示し、結果を集計後、5つの障壁に分類する。そして、自分の最も障壁になっている問題に注目し、それを克服するプランを立てていくものである。 5つの障壁のうち、「感情、身体的な障壁」について書かれている項目が、自尊心の低さ、他罰性、怒りのコントロール等について触れられている。これらは当機構でも、うつ病の復職プログラムの利用者が自己課題としてよく取り組んでいる内容であるが、それらを課題として認識することが難しい利用者も多い。インテークの段階からこのような質問紙を使って、感情面の課題を整理することができれば、より適確に課題の焦点化を図ることができ、課題へのアプローチも早期に取り組むことができると思われる。 日本語版にする場合、日本人の特性や日本社会の状況に合わせて質問内容をアレンジする必要があるが、うつ病の復職プログラムだけでなく、就職支援においても精神障害者、発達障害者などの自己理解の支援、課題の整理に役立つアセスメントツールであると思われる。 Barriers to Employment Success Inventory (2)カウンセリングとプログラム PATH雇用サービスのアンジェローニ氏によると、利用者とのカウンセリングはデニス・グリーンバーガー、クリスティーン・A・パデスキー著「Mind over Mood」(認知行動療法の本で日本語版は「うつと不安の認知行動療法練習帳」創元社 監訳:大野裕 訳:岩坂彰)を主に使用しているとのことであった。 ワークショップでは、「アサーション」「キャリアの探求」「怒りのマネジメント」「自尊心」等をテーマにしたものが取り入れられていた。これらのテーマは当機構では主にうつ病の復職プログラムで行われているグループワークにおいて実施されていることが多い。なぜなら、自分自身の認知や思考の偏りを見つめ、支援者との相談などを通じて少しずつ修正を図りながら、自分の新しいキャリアを構築するという流れが復職支援の重要なステップの一つであり、各ステップで発生する課題を解決するために上記のようなテーマに関連した知識が必要と考えられているためである。 PATH雇用サービスでは、復職支援の取り組みではなく、就職支援の中で対人関係や認知の修正等をテーマにしたワークショップやカウンセリングが定着していることに驚きを感じた。 また、PATH雇用サービスでは3週間の就職支援プログラムを実施しており、その目標は以下の通りである。 1週目:「自信をつける」 2週目:「コミュニケーション能力を上げる」3週目:「自分で人生を管理する」 担当のハリー氏からは、「障害があっても社会 に貢献できるという気持ちや希望を持ってもらうことが大事である。」というお話しをいただいた。「自尊心」、「自信をつける」、「希望」という言葉が何度も出てきたのが印象的であった。 4 ピーター・J・ビーリング氏へのインタビュー カナダのセントジョセフスヘルスケア病院において、「うつ病の再発・再燃を防ぐためのステップガイド」星和書店(監訳:野村総一郎、訳:林建郞)の著者である心理学者のピーター・J・ビーリング氏にインタビューする機会を得た。 (1)うつ病の治療について ビーリング氏によると、「うつ病の治療については、認知行動療法、対人関係療法、行動活性化療法等、有効な治療が7〜8つある。前述の3つの療法は指導者から訓練を受ける必要があるが、この3つにこだわらなくてもよい。患者が自ら治療法を選べるようになるのが理想である。」とのこと。 さらにビーリング氏からは、カナダで始まった療法である「Progressive Goal Attainment Program(PGAP)〜進歩的な目標達成プログラム〜」を紹介していただいた。 これは、カナダのマックギル大学のミック・サリバン氏が考案したもので、アメリカの社会保険庁がパイロットプロジェクトで取り入れることになったものである。精神障害者の活動レベルを上げていくプログラムで、うつ病だけでなく、がん、慢性頭痛、心疾患等幅広い疾病に言及している。 長年職に就いていない人を対象とし、就職を目的としたプログラムということであるが、セッションでは、活動計画、活動記録の振り返り、中止された活動の再開の振り返りなどの言葉が繰り返し出てくることから、行動活性化療法の色合いが強いと思われる。 (2)支援者としての姿勢 支援者としての姿勢について伺ったところ、「患者は仕事がうつ病の原因と言うが、ほとんどの場合はそうではない(仕事という外面的なものよりも、自分の内面に原因を抱えている)。医師の側からは心理学者に患者のブラインドスポット(弱点)に触ってほしくないという風潮がある。ブラインドスポットは自動的に反応してしまう部分なので、慎重に扱う必要がある。グループセラピーでは、まずは、みんな弱点を持っていて、教える立場の人も同じく弱点を持っているという姿勢が大切である。そして患者には、ブラインドスポットに負けてはいけないこと、自分たちがベストを尽くそうと思ったら、自分のブラインドスポットがどういうものか、自分を知ることが大切であると伝えている。職場ではブラインドスポットが刺激されてしまいやすい。そのため、セッションを行う時は、本人の職場の敵(ブラインドスポット)を扱った本人中心のものにしないと意味がない。あなたに与えたい言葉は『No pains, no gains』。患者が良くなる前には必ず悪くなる。私の場合もグループセラピーが近づくと神経質になる。あなたがセッションをした後、グループの人達が満足感を得られているのであれば、それでよいのではないか。」とのお話をいただいた。 5 おわりに ビーリング氏から教わった支援者としての姿勢のお話から、ブラインドスポットを扱う自己分析は利用者にとって辛いものであるが、再発を防ぐためにも必要なことであると再認識した。それとともに、就業支援を専門にしている立場ではあるが、うつ病者のカウンセリングやグループワークに携わっている以上、医療機関との連携は欠かせないものであり、様々な治療法やアサーション、キャリア、怒りのマネジメント等、引き続き、専門の先生方にご指導を受けながら、外部の研修にも参加し、勉強を続けていかなければならないと思った。 しかし、自らの弱い部分に向き合うのみでは再発を防いでも仕事を継続していく力はまだ不十分であり、ここで思い出されるのがPATH雇用サービスで何度も聞いた「自尊心」である。休職や離職の原因の自己理解は大切であるが、復職後、就職後も自尊心や希望を持ってもらうこと、他者に貢献できるという気持ちを持ち続けてもらうことも大切である。 自尊心についてはまだまだ勉強不足であり、本稿では定義づけもできていないが、自己分析を踏まえた上で自尊心や自信を作り上げていくことも今後の支援で必要と考える。 PATH雇用サービスが他の支援機関と共有しているネットワーク上のワークショップテキストは、残念ながら外からアクセスできないようになっているが、今回の訪問時に「Self-Esteem(自尊心)」の講座のスライドを少し見せてもらった。 日本でも海外の研究が報告されており、精神障害者や発達障害者の支援で注目されてきている分野であるので、復職支援や就職支援のグループワーク、カウンセリング等で今後取り入れていき、さらに支援の充実に努めたい。 ドイツの障害認定に関する追加的検証 −認定基準にかかる法的枠組の整備を中心に− 佐渡 賢一1)(中央労働委員会事務局総務課広報調査室 室長) 1 はじめに ドイツの障害者雇用促進諸施策は様々な角度から実態把握が試みられ、資料の収集も進んできた。障害認定もその1つで、障害者職業総合センター(以下「総合センター」という。)からは詳細な認定基準を含む鑑定医用手引書(以下簡単に「手引き」とよぶ)が翻訳・公表されている2)。 一方、同じ総合センターによる最近の研究成果物3)では認定制度の変化を指摘する記述がみられる。例えば「独仏米英の障害者雇用の最新動向と課題を紹介」した研究成果物サマリーでは、上記「手引き」について「適用されなくなった」とのみ記されている。認定判定に関わる重要資料が「適用されなく」なることは、障害認定基準の変更を意味するのではないか。ならば重度障害者数等の基本的な数値も変化するのではないか。 報告者は、上記記述が示す認定制度の変化について自分なりに実態と影響を検証する必要を感じ、若干の事実確認を行った。本報告ではその結果を中心に述べ、同じく上記最新研究成果物で紹介された資料をきっかけに得た若干の知見も紹介する。 2 医学的鑑定業務のための手引 まず2009年以降「適用されなく」なるまで障害認定の指針となっていた「手引き」について説明しよう。フルネームは、訳出した資料では「社会賠償法及び重度障害者法に基づく医学的鑑定業務のための手引」とされている。文献名が示すとおり、重度障害者法(社会法典第9編第2部)に加えて社会賠償法に関連する業務を合わせてカバーする指針で、起源をたどると1916年に発出された軍医向けの判定資料に至るとされている。 「手引き」は上述のような伝統と権威をもつ反面、法律的な位置づけが議論の対象となっていた。では法的地位が明確でないと言われていた時期、法令における障害認定の基準はどのように記載されていたのであろうか。社会法典第9編第69条1項には障害認定について、実施機関が連邦援護法実施官庁であることをはじめ、原則的な規定があげられているが、認定基準について、2007年改正前には「連邦援護法第30条1項の枠内で定めた尺度が準用される」と規定されていた。一方、同じ時期の連邦援護法第30条1項においてはこの時点ではMdEと呼ばれていた(後で詳述)損傷程度の尺度4)について、判定の原則的な指針が数点列挙されるにとどまっていた。「手引き」への言及もこれらの法律にはなく、確かに法規定の側から手引きを根拠付けるようにはなっていなかった。 一方で、この「手引き」は随時見直しを伴いつつ、権威ある認定基準として広く使われてきた。では、法の根拠付けを持たないこのような手引きが必要とされたのはなぜだろうか。後に州政府の刊行になる障害認定手続きの解説書を取り上げるが、「手引き」が使われていた頃、この解説書には、現行版にはないこの文書への言及があった。次のとおりである。「基本法第3条5)に規定されている関係者に対する平等な取り扱いの観点から『手引き』は行政の実践を通じた準標準的な影響力を発展させ…。」平等な取り扱い、すなわち異なる鑑定担当者によっても、さらには州をまたがっても、認定に係る判定が変わらないことを担保する規範が必要であり、長年にわたる専門家の関与を経てきた本「手引き」が求められる規範の役割を負ってきたとの認識が示されている。 しかし、法的根拠を持たないことは、しばしば、裁判所から問題視されてきた。近年の「手引き」をめぐる法規定の再編成はこの長年にわたる指摘に応じてのものである。 3 法改正と「援護医療の基本原則」 2で述べた法規定の再編成は2次にわたって実施された。まず上でも触れた連邦援護法、社会法典第9編の関連条文が2007年12月13日に発効した法律によって改正された。連邦援護法の改正は種々の条文に及ぶが、①これまで使われてきた尺度の名称のうち就労(能力−以下この語は略す)制限程度(MdE)を損傷影響程度(GdS)に改称したこと、②第30条に新たに一項(第17項)を設け、命令を制定する権限を労働社会省に与えたことが特に重要である。後者のいわゆる命令への授権が、後述する大部の付属文書を伴う命令に法的根拠を与えることとなった。 社会法典第9編では、上述第69条1項の条文が「連邦援護法第30条1項及び連邦援護法第30条17項を根拠に発効する命令で定めた尺度が準用される(下線は発表者による)」と改められ、法的根拠を伴う命令が新たに典拠として明示された。 以上の法律段階での改正を第1段階とすると、第2段階は、最新成果物で言及された「援護医療命令」の制定(2008年12月、発効は2009年)である。上記連邦援護法第30条17項を受けたこの命令では、第2条で基本原則と基準が付属文書である「援護医療の基本原則」に拠るべきことを明記するとともに、第3条では改訂にあたる諮問委員会について構成や運営方法が規定されている。これは本法規定改正の動機となった法的根拠に関する指摘が「手引き」そのものだけでなく、その決定手続きにも向けられていたことを受けたものである。 ここまで説明した改正を振り返ると、法的根拠を伴う「援護医療の基本原則」なる命令付属文書は「新たに」制定されたのであって、もともと法規定に言及のない「手引き」について廃止等が明言されたわけではない。「手引き」は、①より法的根拠の明確な「基本原則」の登場により使用する必要がなくなり、②改訂の見込みがないため、これからの医療技術進歩等を反映しないことにより徐々に価値が減じる、という形で障害認定の現場から退場してゆく、と叙述できよう。 4 「手引き」と「基本原則」 手続き論とともに内容も重要であり、ここまで述べてきた一連の改正を通して障害認定で用いてきた判定基準に何らかの変更が及んだのか、明確にする必要がある。最新成果物には両文書間の新旧対照表形式の資料も掲載されている。これをみると、新しい「基本原則」は「手引き」に比べ項目が少なく、かなり簡略化されたように見える。しかしこれは目次の比較であり、認定基準に関わる箇所の内容比較、他の箇所の削除が認定に及ぼす影響の有無等までは吟味されていない。そこで、改めて「手引き」の内容を概観した上で、「基本原則」に再編成される過程で加除された箇所について、その趣旨と影響を考えてみよう。 「手引き」「基本原則」記述内容の対照関係 鑑定のための手引き(旧) 援護医療の基本原則(新) A共通原則 鑑定の実施 (なし) 基本概念 A.一般原則 障害程度・就労制限程度の表 B.損傷影響程度の表 B社会法典第9編2部に基づく鑑定 D.標示記号(標示記号に関する部分のみ記載) C社会補償法の評価 法的根拠・特殊用語 C.社会補償法の評価 各症状における因果関係判定 (なし) 「手引き」はA、B、Cの3部(Teil)からなり、A部、C部は複数の部分に分かれていた。特にA部中の「障害程度・就労制限程度の表」、C部中の「各症状における因果関係判定」が大部にわたり、それぞれが全体の約3分の1を占めていた。そのうちどの部分が新たな「基本原則」に引き継がれたかは別途表に示したとおりである。新「原則」から完全に落とされた部分は「手引き」A部の初めに置かれていた「鑑定の実施」と題する部分、そしてC部の大半を占めていた「各症状における因果関係判定」である。そこで和訳を頼りに、削除された部分の内容をみてみると、前者では鑑定業務に携わる上で必要とされる知識、業務遂行に当たって留意すべき事項といった心得事に類することが述べられており、法令により規定すべき内容でないことが非収録の理由と考えられる。一方3分の1を占めていた「因果関係判定」にかかる記述であるが、まず、これが障害認定ではなく連邦援護法等社会補償制度で必要とされる手続きであることを注意したい。その上でこの部分の内容をみると、健康障害の原因を特定し補償につながる因果関係が成立しているかを判定する際の着眼点を説明しているが、述べられているのは医学上の留意点であって、法規に明記する必要がある境界領域での判断基準の如きものではなかった。こうした記述の性格から基本原則に盛り込まれなかったというのが報告者の理解である。 これまでの説明を振り返ると「手引き」は障害程度、就労制限(別記のとおり改正後は「損傷の影響」と名称変更)程度判定にかかわる基準を記した部分と、援護医としての業務に臨む読者への助言に類する記述が混在していたことになる。いわば「援護医必携」の名称がふさわしい資料であったが、法体系への組み入れにあたり、ふさわしくない記述を除き、他の法規との整合性を図るための加除が必要となり、結果としてかなりの分量の減少を伴う再編成に至ったものと考える。 以上、全体にわたる所見を述べた上で、障害認定に係る部分の新旧比較を行う。 「手引き」で障害認定および障害の程度(GdB)の判定に関する手順を規定しているのはA部中の「基本概念」と「(障害)程度の表」そしてB部の「社会法典第9編第2部(重度障害者法)に基づく鑑定」であった。これらの部分をみるとB部でいくつかの項目の加除が目立つが、ほとんどの項目が新「基本原則」に移行されている。 まず、「基本概念」とされていた項目では、特に「基本原則」で扱われる2つの指標「損傷の影響程度(従来の就労制限程度が名称変形)」「障害程度」の関係について「手引き」にも明記されていた記述がそのまま掲載されている。すなわち「(両者は)同じ基本原則で定められる。違いは後者が原因を問わずすべての健康障害に適用されることだけである」と「準用」の具体的なありかたが明記されている。他にも、概念の説明、判定の仕方、複数の指標を総合化する必要がある場合の方法等について、「手引き」での記述が引き継がれている。 大きな部分を占める判定のための(障害)程度の表では、外見上目立つ「変更」がある。すなわち手引きで「障害程度・就労制限程度(GdB,MdE)」とされていた指標が「損傷影響程度(GdS)」に替えられている。しかし、これは実質的な影響を伴わないものである。まず、MdEからGdSへの変更は、法改正における「他の制度でも使用されるMdEでは混乱を来すことが少なくないのでGdSとする」趣旨の名称変更を受けたものにすぎない。また、GdBがこの部分に明示されなくなっても、既述のとおりGdSと同じ基本原則で定められることが別途明記されており、従来通りこの表に沿ってGdBの認定が行われることに変わりはない。法律上命令を「準用」して定めると規定されたGdBについて、その名前が命令の一部である程度の表に従来通り明示される方がむしろ整合性を欠いているとも言え、法規との連動を反映するように表記が見直されたと考えられる。 最後に件の程度の表に立ち入って比較した結果について結論のみを述べると、解説的な記述で短縮、削除されたところが散見されるが、項目と損傷影響程度(GdS)とを対応させている箇所については、ほんの数カ所を除いて変更は認められない。変更点は従来の枠組みをそのまま維持した中での医学的進歩を反映した見直しであったと考える。 以上、「表」の精査を含む両者の比較の結果、この法改正を伴う「手引き」から「基本原則」への移行は、認定基準の変更を伴うものではなかったというのが、報告者による検証の結論である。 5 州政府による解説書 最新成果物ではドイツの連邦を形成する諸州の1つであるベルリン市が刊行した障害認定手続きに関する解説書が紹介され、解説部分全体の翻訳も収録されている。本稿の後半では、この解説書に関し報告者が抱いた2〜3の関心事につき、確認した過程で得た知見を述べる。 (1)著作者 上述のとおり、最新成果物において言及されていたのはベルリン市の解説書であった。しかし、少し調べてみると、同じ趣旨の解説書が他の州政府あるいは地域連合からも刊行されていることが分かる。しかも、刊行年が同一の場合、解説部分の記述は州・地域連合を問わず同一といってよい。 どのような経緯でいわば「表紙だけが異なり、中身が同一である」解説書が各州・地域連合から刊行されているのであろうか。そこで、それぞれの解説書の編集者、著作権の所在等を確認してみると、実は、これら各地域の解説書の著作権者は、すべてヴェストファーレン・リッペ地域連合の援護行政担当機関となっている。この地域行政府が記述した障害認定手続き、認定業務における留意点などが、他の多くの州・地域連合においても踏襲され、そのようないささか変則的な経路で地域間の認定手続きの同一性が図られる結果となっているともいえる。 (2) 解説・法令間の語用不一致 最新成果物では、この地域政府の解説書が積極的に取り上げられていたが、その記述に接して若干の違和感を覚えるのは、法令による記述と微妙な差異が散見されることである。例えば障害認定の核となる指標である障害の程度について解説書の「身体的、知的そして、精神的な能力の欠如による影響の程度のこと」という定義が引用されている。しかし、同趣旨の定義は前半で詳述した新たな「基本原則」にもその前身である「手引き」にも存在しており、しかも「健康が損なわれたための機能障害による身体的、知的、精神的、そして社会的な影響の程度」と表現が洗練されている。 こうした、解説部分と法令の用語、表現の食い違いは他にも存在している。一例として"Beeintrachtigung"という単語の用法をあげる。英語の"impairment"に近い単語のようであるが、解説書ではこの単語が単独で頻出する。一方現行の社会法典第9編、「基本原則」やその前身の「手引き」ではこの単語はほとんどの場合、何の侵害・制約であるのかを明確にして使われている。例えば社会法典第9編第3条1項で「障害のある」が定義される箇所での、「社会生活が制約されている」の「制約」が、この単語の動詞形にあたる"beeintrachtigt"である。 さらに、「基本原則」「手引き」では解説で単独で使われる"Beeintrachtigung"は"Funktions-beeintrachtigung"に替えられ、「機能障害」という意味で使用されている。 このような現行法令と表現の不一致の理由を求めて過去の法令や関連文書も動員して照合したところ、解説書における用語選択等は過去の法令の表現をそのまま用いているものが少なくないことが確かめられた。例えば解説書における障害の程度の前述した定義は1977年、重度障害者法により割り当て雇用制度等現行の枠組が確立した直後に発行された最初の「(重度障害者法関連)手引き」においてみられる表現であった。また"Beeintrachtigung"と"Funktionsbeeintrachtigung"の使い分けに関しては、重度障害者法最初の大改正となった1986年改正後既に第4条(障害の定義)で"Beeintrachtigung"ではなく"Funktions-beeintrachtigung"が使われている6)。 これらからみて、「解説」の文章には1986以前にまで遡りうる7)、改正前の法律・関連文書における過去の語用が残存しており、現行法令における表現との間で食い違いを生じている。 今回最新成果物に盛り込まれた文献は、ドイツ国内で実際に重度障害認定を申請しようとする当事者に向けた案内書であり、実際に使用される申請様式等を豊富に盛り込んだこの解説書が全文翻訳も含め最新成果物で広く紹介されたことは、ドイツの障害者施策への理解を深める上で大きな意義を持つ。他方、今回この解説書の沿革や文章表現に立ち入って確認した印象を率直に述べると、この資料の扱いには一定の慎重さが求められる。例えば、障害認定に係る概念の定義や、判定の基準については、最新とは言えない法令や関係文書の記述が残存していることに注意し、本解説書よりは現行の法令文書の記述を引用・確認することが、より正確な実情把握に資することとなろう。 と指摘しつつではあるが、時には30年前とも思われる古いバージョンの法令における表現が残る文書が、改訂を反映しないまま版を重ね、しかもそれが多くの州や地域連合で採用されて実用に供されている、という事実を知ったことは、何かにつけ厳密性が印象に残るドイツでは予想していなかった、ある意味新鮮な体験で、正直なところその「おおらかさ」に心和むものを感じる。 【注】 1) 元障害者職業総合センター 統括研究員 2) 資料シリーズNo.49 3) 調査研究報告書No.110、資料シリーズNo.67。 4) 年金額の算定などにこの尺度が用いられている。 5) 基本法は憲法に相当する最高法規で、第3条では「法の下における平等」を定めている。 6) ここで想起されるのが、障害の3水準を提案した国際障害分類ICIDHが本改正に先立つ1980年に公表されていることである。障害概念の精緻化を促す同分類の出現が、これら用語の使い方を現在に至るものに改める1つの契機となったことも考えられる。 7) 今回過去の社会法典第9編、重度障害者法、「手引き」等を参照してきたが、1983年版の「手引き」についてはまだ内容を確認できていない。同文献は中間報告である本稿で扱った作業を完結させるため、是非必要と考えており、この機会に所蔵情報等をお持ちの方のご助言を、お願い申し上げる。 職業リハビリテーション・システムの米日比較と 今後の国際研究の課題 ○Heike Boeltzig-Brown(マサチューセッツ州立大学ボストン校 地域インクルージョン研究所 上級研究員) 指田 忠司 ・春名 由一郎(障害者職業総合センター) 1 背景と問題意識 米国と日本は共に障害者雇用の先進国であり、それぞれ、障害者雇用の促進と労働権の保障のための、多くの法制度や支援事業がある。それにもかかわらず、両国とも、障害者の労働への完全参加に向けた取組は道半ばであり、依然多くの課題を残している。 両国とも、障害者雇用促進のための政府の役割を認識し、雇用支援サービスの実施とそのための予算措置を行っているが、政策や研究、実践での国際協力や情報交換はほとんどなかった。 本研究においては、米国と日本の職業リハビリテーション(以下「職リハ」という。)に関する諸情勢にみられる両国間のこうしたギャップに取り組むことを目的として、以下の問題意識に基づいて調査を実施した。 ・米国と日本の職リハ制度の共通点と相違点 ・両国に共通する職リハ関連の動向や課題 ・今後の米日の職リハ研究への提言 2 方法 ①公表されている英語及び日本語文献、調査研究データを収集し、分析した。 ②平成24年5〜6月にかけて、日本の職リハ関係者(実践者、研究者等)と権利擁護関係者を対象として、筆頭著者及び第2著者が、面接調査を実施し、その結果を分析した。 3 結果 調査結果は、表1、表2に要約して示した。 (1)基礎的動向の比較 近年に至るまで、障害者の労働権保障のための政策的アプローチの方向性は両国で大きく異なるとみられてきた。すなわち米国は障害者差別禁止法制により、一方日本では障害者雇用率制度によってきたからである。しかし現在、日本でも、国連障害者権利条約の2013年批准を目指し、包括的な差別禁止法制化への準備が進んでいる。 このような政策面の変化に加えて、実践面においても、特に重度障害者に対する援助付き雇用において、両国には収斂がみられる。両国において、保護的で隔離的な障害者福祉から、福祉と労働が密接に連携した、より統合的な就労支援への転換がみられるからである。ただし、このような進歩にも関わらず、両国とも、重度障害者、特に精神障害者や知的障害者の就業率の改善には課題を残している。 (2)職業リハビリテーション事業の運営、法的基準、実施状況 米国では、過去92年間に職リハ事業の運営体制が何度か変化してきた。現在は、職リハ事業は、1973年改正のリハビリテーション法に基づき連邦教育省リハビリテーションサービス局(RSA)が運営している。また、1998年の労働力投資法により、職リハを含む、地域の様々な職業訓練や雇用支援事業が、州全体の雇用支援パートナーシップとして一元管理され、職リハはその必須機関として位置付けられた。後者によるワンストップキャリアセンターとしては、全米で1,753の全機能をもつセンターのネットワークが存在する。一方、職リハは連邦政府のサービスであるが州レベルで実施されており、各州に最低1カ所、全米で80の職リハ機関がある。 日本では、職リハ事業は労働行政に一本化して位置付けられている。米国の労働力投資法に類似し、障害者の雇用の促進等に関する法律により、日本の職リハ事業は、全国437の全国ネットワークによる公共職業安定所(ハローワーク)による職業紹介等、各都道府県に最低1カ所、全国に47ある障害者職業センターと2広域障害者職業センター、そして、障害者の生活と就業の一体的支援のために各都道府県で設置運営される全国315 表1 米国と日本の障害者雇用に関する基礎的動向の比較 動向 米国 日本 障害者の労働権の保障 ●1973年改正リハビリテーション法により、連邦政府及び政府と一定の関係にある民間事業者が障害を理由として差別することを禁止。 ●1990年障害のあるアメリカ人法(ADA)第1章において、雇用における障害による差別を禁止し、雇用主に対して有資格労働者への合理的配慮の提供義務付けしている。 ●日本国憲法において、障害者を含むすべての国民の労働の権利が規定されている。 ●法定雇用率制度があり、雇用主に障害者雇用が義務付けられている。 ●1970年の改正障害者基本法に、障害者差別禁止が定められているが、罰則規定等はない。 ●2013年までの障害者差別禁止法制化の努力が進められている。 職業リハビリテーション事業の歴史 ●1920年スミス・フェス法:全ての障害のあるアメリカ人への職リハ事業(1918年の退役軍人への職リハに続き) ●職リハの一環としての重度障害者への援助付き雇用(1986年改正リハビリテーション法) ●1998年労働力投資法による、全米の雇用支援のワンストップ制度における、障害者支援に関する必須提携機関としての職業リハ機関の位置づけ ●1960年身体障害者雇用促進法 ●1987年障害者の雇用の促進等に関する法律:ハローワークによる職業紹介等と障害者職業センターによる職業リハを法的に規定 ●職場適応援助者(ジョブコーチ)による支援事業の開始(2002) ●職リハの構成要素として、障害者就業・生活支援センターの追加(2002) 障害者の就業率 ●2011年の16歳以上の障害者の就業率は20.6%(一般の就業率は69.5%)(*) ●就業率は、障害種類により異なる。 ●2006年の障害者(15-64歳)の就業率は、身体障害40.3%、知的障害52.6%、精神障害17.3%(15歳以上の一般就業率は57.9%)(**) (*)U.S. Bureau of Labor Statistics (BLS):Available from:http://www.bls.gov/cps/ (**)厚生労働省「身体障害者、知的障害者及び精神障害者就業実態調査の調査結果について」http://www-bm.mhlw.go.jp/houdou/2008/01/dl/h0118-2a.pdf (2012年度)の障害者就業・生活支援センターにより構成されている。障害者職業センターは、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(以下「機構」という。)により運営されている。 (3)職業リハビリテーション事業の資金源 米国では、職リハ事業の資金は、連邦政府が78.7%、州政府が21.3%を提供している。一方、日本では国が全ての資金を提供している。2011年度では、米国の連邦政府による職リハ事業への支出は約3,200億円であり、この数十年間ほとんど増加していない1)。一方、最近の日本の障害者職業センターと障害者就業・生活支援センター事業への支出は各約396億円2)と44億円3)であり合計約440億円である。 (4) 人材と研修 2010年度の米国の職リハ事業では9,828名のリハビリテーションカウンセラー(RC)を含む、23,105名のスタッフを全米で雇用していた1)。RCの大部分はリハビリテーション相談関連の領域で修士号以上をもち高学歴である4)。米国ではリハビリテーション相談は100以上の大学の履修科目となっている。 一方、日本の障害者職業カウンセラーは2012年4月には地域障害者職業センターに360名、広域センターに78名である5)。日本の障害者職業カウンセラーは全員、機構の職員として雇用され、採用後の1年間の研修後に正式なカウンセラーとなる。米国と異なりカウンセラーは全員機構の職員として処遇され、全国の人事異動がある。機構が運営する障害者職業総合センターは、障害者職業 表2 米国と日本の職業リハビリテーション制度の比較 職リハ事業の内容 米国 日本 職リハ事業の運営、法的基準、実施状況 ●連邦教育省リハビリテーションサービス局による運営(1973年改正リハビリテーション法) ●連邦労働省の運営による雇用開発ワンストップシステムにおける職リハの位置づけ(1998年労働力投資法) ●職リハ機関は、各州最低1カ所(全米で80機関) ●職業リハビリテーションは、ハローワークによる職業紹介等、障害者職業センター、障害者就業・生活支援センターにより構成(障害者雇用促進法) ●障害者職業センターは、厚生労働省管轄の独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構により運営。 ●地域・広域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センターに対して、障害者職業総合センターが技術的事項の助言・指導等を実施 ●47の地域障害者職業センター、2広域障害者職業センター、315の障害者就業・生活支援センター(2012年度) 職リハ事業の資金源 ●連邦政府が78.7%、州政府が21.3%の資金提供 ●2011年度の連邦政府の支出は約3,200億円 ●2010年度の障害者職業センター運営決算額は396億円 ●2012年度の障害者就業・生活支援センター事業の予算額は44億円 人材と研修 ●2010年度の全米の職リハ事業では9,828名のリハビリテーションカウンセラーを含む、23,105名のスタッフを雇用 ●カウンセラー養成は大学院教育による(全米で100以上のリハビリテーション相談等の履修コース) ●各州の職リハ機関における実務研修あり ●2012年度には障害者職業カウンセラー地域センターに360名、広域センターに78名。 ●障害者就業・生活支援センターには各2名の就業支援者(2012年度630名) ●障害者職業カウンセラーとジョブコーチの養成・研修は障害者職業総合センターが実施 ●障害者職業カウンセラーは全員機構職員であり全国の人事異動がある。 職リハサービスの提供状況 ●2010年度には、職リハサービスの対象者は全米で約84万人 ●2011年度の障害者職業センターの利用者は約3万人 ●2009年度の障害者就業・生活支援センター利用者は約6万5千人 関係機関・制度との連携 ●職リハ機関の連携先としては、ワンストップセンター70%、その他の障害関係機関(60-70%)が多い一方で、福祉機関との連携は34%と少ない。 ●2002年の障害者自立支援法により、就労移行支援事業等において、福祉機関や教育機関と、職リハ機関が連携して支援 カウンセラーやジョブコーチの養成・研修を実施するとともに、全国の障害者職業センターや障害者就業・生活支援センター等への技術的事業の助言・指導等を実施している。また、ジョブコーチには、厚生労働省により認可された研修コースが設けられている。 (5)職業リハビリテーションサービスの提供状況 RSAのデータによると全米で職リハサービスを受けた障害者は2007年度から2010年度までに約78万人から84万人に増加し、その多くを精神障害者が占めていた1)。 一方、機構のデータによると、地域障害者職業センターの利用者は2006年度から2011年度までに約2万6千人から3万1千人に増加し、その多くを知的障害者が占めていた5)。精神障害者の利用は最近5年間で2倍近く増加している。また、2009年度の障害者就業・生活支援センターの利用者は約6万5千人であった6)。 (6) 関係機関・制度との連携 米国では、職リハ機関は他の労働や障害者サービス制度と連携している。最近のICI(地域インクルージョン研究所)による全米の職リハ機関の調査7)(80機関中71機関が回答)では、ワンストップセンターを監督する労働力投資委員会との公式の連携サービスの実施は州レベルで72%、地域レベルで68%であった。また、州の精神保健機関とは69%、州の知的・発達障害機関とは62%であった。一方、州の福祉機関との公式な連携は34%であった。 日本では、法により、障害者職業センターは、ハローワークの職業紹介等、障害者就業・生活支援センター、職業能力開発総合大学校の職業訓練と相まって、効果的に職リハが推進されるように努めるものとされている。また、2002年の障害者自立支援法により、就労移行支援事業等において、福祉機関や教育機関と、職リハとの連携も制度化されている。 (7)その他の両国の動向や課題 両国とも、障害者の自立や社会参加を支えるサービスの必要性はますます高まっている。精神障害や知的障害は就業成果が低く、職リハの主要な支援対象となっている。また、両国とも、労働力人口の急激な変化に直面しており、高齢者支援や保健医療の分野とも連携し、就労支援を実施していく必要性が高まっている。 4 考察と提言 本研究の米国と日本の職リハの比較により、両国における実践や課題における多くの共通点を見出すことができた。歴史的背景等が大きく異なるにもかかわらず、両国とも、障害者雇用の促進に向けて、精神障害や知的障害のさらなる就業率の改善が共通する課題となっていた。また、障害者の労働権の保障や重度障害者の雇用の促進に向けた取組の具体的内容についても、両国の歴史的経緯が異なるにもかかわらず、共通した総合的な取組への収斂が見られる。すなわち、両国とも現在の職リハは、職業紹介等と、地域の関係機関が密接に連携した、ジョブコーチ支援を含む統合的な支援となっている。 当然、両国には多くの相違点もあるが、それらは国際協力や情報交換への障壁ではなく、むしろ、今後の共同研究や相互学習を刺激するものとして活用していくことが重要であろう。 また、日米での職リハに関わる専門職の養成に関する大きな違いの他に、表2に記載した職リハの予算規模や専門職数、サービスの提供状況等も、人口規模の違いを考慮しても大きく異なっていた。その理由は、両国の制度、実施体制、対象の範囲等が異なっていることによるものであり、両国の直接の数値比較は困難である。これは、本研究での情報収集の限界であり、今後のより詳細な検討が必要である。 このような、本研究で特定された米日の動向や課題については、特に、今後のさらなる共同調査の意義が大きい。 【参考文献】 1)U.S. Department of Education, Rehabilitation Services Administration (RSA):Available from:http://rsa.ed. gov/ 2)高齢・障害者雇用支援機構 平成22事業年度決算報告書http://www.jeed.or.jp/disclosure/zaimu/download/h22_hojin_kessan.pdf 3)厚生労働省 平成24年度 障害者雇用施策関係予算案のポイント http://www.nanbyo.jp/news2/2012 yosanan/syogaisyakoyou.pdf 4)Boeltzig, H.(2011). State vocational rehabilitation counselors' perceptions of Internet-based service delivery and agency-provided access, training, and supports. Journal of Rehabilitation Administration, 35(1), 3-16. 5)Boeltzig-Brown, H., Sashida, C., Nagase, O., Kiernan, W.E., & Foley, S.M. (forthcoming). The vocational rehabilitation service system in Japan. The Journal of Vocational Rehabilitation. 6)厚生労働省資料 http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/shougaisha02/pdf/14.pdf 7)Institute for Community Inclusion (ICI) (n.d.):2011 National Survey of State Vocational Rehabilitation (VR) Agencies. Available from:http://explorevr.org ドイツにおける視覚障害者の事務系職種の職域拡大に向けた取り組みの現状と課題 −"EVASA"プロジェクトの成果とその後の取り組みを中心として− ○指田 忠司(障害者職業総合センター 研究員) Heike Boeltzig-Brown(マサチューセッツ州立大学ボストン校地域インクルージョン研究所) 1 はじめに ドイツでは、企業におけるOA化、国際分業の進展の結果、これまで多数の視覚障害者が従事してきた職業分野の求人が減少するなど、労働市場の変化が著しい。こうした変化を踏まえ、「一般的職業資格を有する失業中の視覚障害者のための雇用創出に関する調査研究プロジェクト」(以下「"EVASA"プロジェクト」という。)が実施された *1。 本発表では、この"EVASA"プロジェクトの結果の概要について紹介するとともに、視覚障害者の事務系職種における職域拡大の取り組みに関する今後の課題について検討する。 2 "EVASA"プロジェクトの概要 このプロジェクトは、ドイツ政府(連邦労働社会省)の委託により、ドイツ視覚障害者連合(DBSV:Deutscher Blinden-und Sehbehinder-tenverband e.V.)などが中心となって実施したもので、調査の概要は以下のとおりである1)2)。 (1)背景と目的 企業におけるOA化の進展、生産の国際分業に伴う工場の国外移転など、企業活動の変化に伴い、従来、視覚障害者が職業訓練課程で身につけた技能を活かして従事してきた電話交換やタイピング、金属加工などの求人が1990年代以降急速に減少してきた。こうした環境変化を踏まえて、労働市場が求める人材と提供可能な雇用機会の現状、視覚障害者の職業訓練の見直しの方向性を見出すことを目的とする。 (2)調査期間 2000年〜2002年にかけての30ヶ月 (3)調査方法 以下の①〜③に示すように、約1,300人を対象とする面接調査を実施するとともに、その結果を踏まえて、12人の視覚障害者に対して、実験的な訓練プログラムに基づいて訓練を実施した。 ①雇用主に対する調査 無作為抽出した小・中規模(従業員10人〜200人)の企業900社、及び公的機関100ヶ所について、調査員が訪問し、人事担当者に対して面接調査を実施した *2。 ②職業訓練修了者に対する調査 若年視覚障害者の職業訓練を担当する職業訓練校(BBW:Berufsbildungswerk)と、中途視覚障害者を対象とするリハビリテーションセンター(BFW:Berufsforderungswerk)において職業訓練を修了した視覚障害者200人(各施設100人)に対して、各施設の指導員が面接調査を実施した3) *3。 ③失業中の視覚障害者に対する調査 DBSVの会員の中から、失業中の視覚障害者約60人を対象として、詳細な聴き取り調査を実施した。 (4)調査結果の概要 ①視覚障害者雇用に対する雇用主の意識 ・40%の企業が重度障害者を雇用しているが、その大半が身体障害者であり、視覚障害者の雇用可能性を考えている者は少なかった。 ・弱視者については、一定の条件が整えば、仕事ができると考えているのに対して、全盲者については多くが否定的なイメージを持っていた。 ・民間企業と比べた場合、公的部門のほうが全盲者の雇用の可能性を考えている者がかなり多かった。 ②視覚障害者の能力に対する知識・情報把握の状況 ・視覚障害者の日常生活能力(例えば、通勤や職場内での移動に際して、単独で行動できることなど)について、多くの雇用主が知らなかった。 ・視覚障害者が職場で仕事をする際に使用する支援機器の購入などに対する助成制度について、多くの雇用主が十分な知識がなかった。 ③職業上の資格証明の重視 ・雇用主は、学校の卒業証明よりも、職業上の資格証明を重視している。 ・各種の免許等の資格だけでなく、どのような職業に従事し、そこでどのような仕事をしてきたかを明確に示すことが重要である。 ④職務遂行能力の重要性 ・雇用主が求めている仕事をどのように行うか、その場合、どのような機器を使用し、どのような支援があれば職務遂行が可能になるかを具体的に示すことが重要である。 ⑤雇用を躊躇する要因 ・障害者を雇用すると、企業活動に制約が出てくる(障害者の解雇制限など)。 ・経済状況の変化に対応して組織変更や転勤、勤務時間の変更などが生じ得るが、そうした事情変更に対して視覚障害者が柔軟に対応できるかわからない。 (5)実験的訓練プログラム このような結果を踏まえ、BBWとBFWに在籍する12人の視覚障害者に対して、以下のような内容の訓練を実施した。 ①障害理解 周囲の人々に障害を理解してもらうためには、自らの障害について客観的に理解することが必要である。そこで、ソーシャルワーカーの指導のもとに、障害理解の講習を実施した。視覚障害を疑似体験している晴眼者に対して、視覚障害者本人が、障害に伴う制約や恐怖感などを緩和する方策を指導することを通じて、障害理解を進めた。 ②求職活動のスキル 職務経験や職業上の取得資格を的確に示す書類の書き方、視覚障害者としてだけでなく、求職者一般が身につけておく必要のある面接時のマナーなどを訓練。 ③コンピュータとインターネットの利用技術の習得 Windowsシステム上の文書処理ソフトの利用技術の習得とともに、インターネットを活用した情報検索なども行い、IBMの利用ライセンスを取得させる。 ④職場におけるトラブル回避 職場でいじめや不公正な扱いがあった場合の対処法について、予防の観点も含めて指導。自らの経験を他者に説明したり、情報を共有するための知識を付与。 ⑤ドイツ語新正書法の習得 1997年に始まった新正書法が、2005年から義務化されるため、学校だけでなく、企業や公文書などでもその導入が見込まれている。そこで、事務系職種への対応力をつけるため、その習得に力点をおいた。 (6)総括 ・最近の労働市場の動向をみると、職業訓練校等で取得できる一般的職業資格を有する視覚障害者が企業で働くことはかなり困難になってきている。電話交換に替えて、電話を活用したテレマーケティングの仕事や、タイピングに替えて、ネットワーク環境のコンピュータを駆使した事務作業などが、今後有望と考えられる。 ・こうした仕事に就くためには、従来の職業訓練課程を見直し、個別対応を重視した訓練プログラムを開発するとともに、スキルアップのための生涯学習プログラムの開発・実施も検討する必要がある。 ・視覚障害者の能力に対する理解が十分でない点については、DBSVなどの当事者団体も含めて、啓発活動を行う必要がある。 ・実験的訓練プログラムに参加した視覚障害者の就職率は33%であり、期待よりもかなり低かった。今後、関係者との密接な連携をしながら、効果的な訓練と支援ができるように検討していく必要がある。 3 考察 以上で紹介した"EVASA"プロジェクトの成果が、その後の視覚障害者の職域開拓にどのような影響を与えたかについては、これを具体的に検証する資料が見出せない。特に、"EVASA"プロジェクトにおける実験的プログラムが、BBWやBFWの訓練プログラムの見直しにどのような形で反映されたのかが判然としない。 そこで、本稿では、"EVASA"プロジェクトの特徴と意義について検討し、わが国における視覚障害者の事務系職種における職域拡大の課題との関連性について考察する。 "EVASA"プロジェクトの特徴を挙げてみると、①視覚障害者を対象とした調査として、その規模、調査方法の面からみて、屈指の調査と言える。また、②調査対象を市場における競争力の弱い一般的職業資格を有する視覚障害者に限定し、さらに、雇用主についても、企業内のOA化や国際分業が相対的に後れていると見られる小・中規模企業に限定していること、等が指摘できる。 ドイツにおける経済環境、とりわけ、一般労働市場の変化は、近年特に激しく、"EVASA"プロジェクトの成果が発表された2005年以降においても、なお流動的である。こうした変化の中で、これまでの雇用就労対策が、どのようにその形を変えていくのか、大いに注目したい。 わが国でも、企業におけるOA化や国際分業に伴う生産工程の見直しなどが進み、ドイツとほぼ類似の変化が認められる。したがって、"EVASA"プロジェクトが示す課題については、わが国においても妥当な示唆を含むと考えられる。以下、ドイツと共通する3点を指摘しておきたい。 ①事務系職種における職域拡大については、視覚障害者と職場のそれぞれの特性を十分考慮した形で対応することが必要である。その意味で、個別ケースへの柔軟な対応ができるジョブコーチを活用する場面が期待される。 ②技術革新の進展とともに、職場内の環境変化が著しいことから、在職者をも対象とする生涯学習を前提とした職業訓練等の支援サービスを充実させる必要がある。国立職業リハビリテーションセンターでは、能力開発セミナーが実施されているが、今後更なる充実が期待されるところである。 ③視覚障害と視覚障害者に対する理解を進めるため、当事者団体の協力を得ながら、啓発を目的とするプログラムの開発なども含めて、関係者の更なる努力が必要である。 4 今後の課題 最後に、ドイツにおける視覚障害者の雇用状況に関する情報収集とその検討の方向性について今後の課題を指摘しておきたい。 ドイツの統計を見る限り、視覚障害に限定した形で、雇用状況をまとめて公表している政府資料はほとんどない。こうした状況の中で、視覚障害に的を絞った調査を実施することは、その機会においても、実現性においても困難がある。その意味で、DBSVなどの当事者団体の協力を得ながら、実態を明らかにし、視覚障害者に固有の問題や課題を発見していくことは重要である。ただ、脱組織化の進む社会で、こうした組織がもつ限界にも留意して分析することが重要である。 次に、量的調査もさることながら、質的調査の重要性が今後ますます大きくなってくることと思われるが、そのための調査研究手法についても工夫が必要である。今回紹介した"EVASA"プロジェクトでは、面接調査を中心にしているが、その分析方法については、明らかにされていない。今後の情報収集を通じて、この点についても検討を進めていきたいと考える。 【注】 *1 調査プロジェクト名"EVASA"は、"Erschliebung Von Arbeitsplatzen fur Sehgeschadigte Arbeitslose mit geringer fachlicher Qualifikation"の省略語である。 *2 調査対象企業の抽出及び面接調査については、有限会社応用社会科学研究所(INFAS:Institut fur angewandte Sozialwissenschaft GmbH)が担当した。 *3 ドイツにはBBW4校、BFW4施設があるが、本調査には、シュトゥットガルトのBBWとデューレンのBFWが協力している3)。 【参考文献】 1) Reymann R.: 'The EVASA project', Inter-national Congress Series 1282, pp.1176-1180 (2005) 2) Kaltwasser H.:"Das EVASA Projekt", nicht veroffentlichte Projektinformationen erhalten per email(5. September 2012) von Herrn H. Kaltwasser, Referent fur internationale Zusammenarbeit, Deutscher Blinden- und Sehbehindertenverband e.V. 3) 指田忠司:ドイツにおける視覚障害者の雇用支援サービスの現状と課題—文献調査の結果を中心として—,第19回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集,pp.238-240(2011) ポスター発表 発達障がい者(児)に対するライフステージに応じた支援体制作り −就労・定着支援での取り組みを中心に− ○栗原 龍一朗(足立区障がい福祉センター雇用支援室 発達障がい者就労支援専門員) 和田 直子・佐藤 佳奈・小野 美智子(足立区障がい福祉センター雇用支援室) 平 雅夫(社会福祉法人トポスの会) 1 はじめに 足立区では、障がい福祉センター"あしすと"において障がい者への様々なサービスを提供している。 発達障がい者への支援は以前から知的・身体・精神障がいの枠組みの中で実施してきた。しかし、近年当事者だけでなく支援機関等からもニーズが増加している事から7)、今年度より発達支援係を新設し、幼児期から成人期までのライフステージに応じた支援体制作りに着手している(Fig.1)。 Fig.1 発達障がい者(児)のライフステージ別支援 本発表では、足立区における発達障がい者(児)支援体制整備事業概要の中で、特に成人発達障がい者への生活支援及び就労支援を取り上げ、初年度の現状を報告する事を目的としている。 2 足立区における発達障がい者(児)支援について 平成23年度より、足立区は東京都障害者施策推進区市町村包括補助事業における、発達障害者(成人)に関する支援体制確立にむけて3ヵ年計画で事業を展開している2)。なお、本年度はその2年目に当り、本格的に事業を開始した年である。 発達支援係は区直営の障害児相談支援事業所であり、乳幼児期から18歳未満までの児童を対象として相談を受付けている。主たる相談者は保護者や支援機関である。本発表は成人期を中心とした報告であるため、割愛する。 成人発達障がい者への支援は、基本的に2部署が中心となって実施されている。つまり、生活全般の支援及びケアプランの作成を担う自立生活支援室、就労及び定着支援を行う雇用支援室である。 こうした個別支援以外にも支援者・教育者向けセミナーを実施し、外部講師による発達障がいの概要・具体的事例を用いた説明等を実施している。また、今年度末には当事者・家族向けセミナーを企画しており、今後も当事者・支援者のニーズに合わせたセミナーを行う予定である。他にも各部署の困難ケースに関して、専門家を交えたケース会議を行い、よりよい支援に向けた取り組みを行っている。 3 成人期発達障がい者への支援(自立生活支援室) 発達障がい者に関する相談・支援は、「他の支援機関からの依頼」・「本人の生活での困り感」・「家族の疑問」・「メディアの情報から」等から始まる事が多い。よって、飛び込みの相談が多く、医療機関を受診した事がないケースも多々存在している。実際、多くの相談者が精神保健福祉手帳を取得しておらず、その数は相談者の50%に上る。 初回相談の多くは自立生活支援室が担当する。自立生活支援室は区直営の相談支援事業所であり、そこで来所者の困り感をアセスメントし、ケアプラン作成を行う。支援概要をFig.2に示した(色つきの□に示されているのが、本年度開始の事業)。 相談を受付後、専門家(心理・OT等)がアセスメントを行い、ケースの方向性を見出していく。これにより、相談者の主訴が発達障がいの特性によるものか、それとも知的障害・精神疾患等の他の問題に起因するものかを見極める。また、本年度より、新規事業として"医診"を行う事となった。"医診"とは、本人の困り感を直接医師に相談し、見立てを行ってもらうのである。 ただし、確定診断は行わず、あくまで医師からの意見をもらうにとどまる。この医診を経て、必要があれば手帳取得を目指す。 Fig.2 発達障がい者への支援概要 このように自立生活支援室では、発達障がい者が福祉サービスを利用できるように調整し、利用者のニーズと現状にあった支援を提供する。成人の場合、支援の行き着く先として就労の問題が生じるが、それは雇用支援室が担うこととなる。 4 発達障がい者への就労支援(雇用支援室) 発達障がい者(児)が抱える問題は交友関係・就労・居住など様々であるが、その中でも就労・職業的自立が特に難しい事が指摘されている2)。これまでも発達障がい者への支援は他の障がい同様個別に対応してきたが、近年ケース数が増加し、単純な職場の問題だけではない複雑なケースも見られるようになった。そこで、発達障がい者の種々の問題に柔軟に対応するため、今年度より、発達障がい者の相談は確定診断があれば、手帳を持たずとも相談を受付け、就労に向けた支援を行うこととなった。 具体的な支援として、以下の点があげられる。①就労相談、②就労準備支援、③就職時支援、④定着支援、⑤区委託の多機能型施設での支援(就労継続支援B型利用支援・施設外就労)等である(Table1)。 Table1 雇用支援室での就労支援概要 ①就労相談 就労相談は支援に向けたスタートである。ここから当事者の主訴と希望を聞き、支援計画を策定する。 就労相談者は本人・家族・他支援機関(あしすと自立生活支援室含)など様々だが、他支援機関特に保健センター・福祉事務所からの相談が目立つ。これは、足立区における精神障がい者の相談を保健センターが主に担当している事に起因する。つまり、精神保健福祉手帳を取得している発達障がい者はまず、保健センターへ相談し、就労に関する場合に雇用支援室へと流れる仕組みとなっている。福祉事務所からの相談の場合、生活保護で、一般枠での就労への支援途中で発達障がいが疑われたケースがほとんどである。 これらの相談ケースは、学校卒業・中退後、一度も就労する事なく家庭で生活してきたケース、就労するも、職場でのトラブルにより離職して引きこもりなったケース、短期雇用のバイトを繰り返し、就労が定着せず家庭以外に行き場を失っていたケース、就労を希望するも、これまでの失敗経験から無気力状態や、精神症状などが出ていたケースなどである。 雇用支援室では、原則として深刻な状態像からある程度寛解し、就労が可能となったケースの相談を受けている。 ②就職準備支援 就労準備支援は、就労イメージ作り・心理・OT等の専門家によるスキルチェック・面談等のプログラムを個別に実施し、アセスメントと情報整理を行う。 就労イメージ作りは、会社見学、作業体験を実施し、仕事に対する認識を高める事、またワークブック等を利用して就労目的を明確化して就労へのモチベーションを高めていく事を目的としている。これは、発達障がい者の就労意識が典型発達者と異なる事が多い4)ためである。作業体験は小集団の中で各個人がそれぞれ違った作業を行い、実際の職務に近い形を取っている。 専門家によるスキルチェックは、仕事の基本となる様々な作業を体験し、作業適性・認知特性をアセスメントする。というのも、発達障がい者の離職・退職理由について、梅永(3)はミスジョブマッチング、職場の不理解の2点をあげており、本人の特性をアセスメントし、当事者の能力に合った就労へ結びつける事が就労を継続する上で非常に重要と思われる。 ③就職時支援 就職時支援は、履歴書・職務経歴書の作成支援・面接練習・面接同行等を行う。また、就労先への障害特性・コミュニケーション法等を事業所に伝え、当事者がスムーズに就労できるよう調整する。 なお、これら就労準備支援は東京都発達障害者支援センターの当事者向けミニ・ワークを参考(6)に、「職場に近い環境でのアセスメント」・「当事者の居場所づくり」・「自信を持てる経験」・「人と関わる経験」を目的として行っている。また、雇用支援室では、支援を通して足を運ぶ事もひとつの支援と位置付けている。というのも、ケースの多くは生活リズムが乱れ昼夜逆転しており、通所により生活を調整する事、約束を守り来所する事自体が支援となりうるからである。 ④定着支援 定着支援では、話し聴き支援を行い、職場での適応状況を本人及び職員と確認し、課題の有無と状況把握を行う。また、必要があればジョブコーチ支援を行い、より適切な就労環境作りを目指す。 なお、支援には期間を設定しており、①就労相談〜③就職時支援まで3カ月、④定着支援は3カ月である。 ①就労相談〜③就職時支援は3カ月経過した時点で支援の再評価・振り返りを行う。就労のめどが立たない場合は⑤多機能型施設での支援や他の福祉的就労の可能性を検討する事としている。④定着支援も3カ月の期間を設定しているが、支援機関経過後も職場・当事者のニーズに合わせ必要の都度支援を行う。 ⑤多機能型施設での支援 あしすとは今年度より発達障がい者支援に力を入れている区内民間の多機能型施設と連携し、対応が難しいケースを委託している。これは、当事者に対してより専門性の高い支援を行う狙いがある。それ以外の施設外就労の機能があり、実際の企業の場で就労訓練を受けることができ、より実践的な支援となりうる。 5 支援実践例 これまで支援した発達障がい者支援の具体的事例をから現状の成果を示す。また事例から、今後の課題について言及する。 事例1:幼児期及び成人期で支援したケース ・対象者:広汎性発達障害(以下「PDD」という。)の大学4年生 ・支援期間:大学4年〜卒後3ヶ月 ①成人期支援開始までの流れ 乳幼児検診で社会性・感情のコントロール・言葉の遅れを指摘され、専門医を受診、PDD診断を受けた。幼児期にあしすとにて療育をうけ、小学校入学。 母親によれば、小学校は週1回通級指導教室へ通所しながら普通学級で過ごす。中学・高校は普通校を卒業し、大学へ進学。学齢期も専門医へ年5回程度通院。大学3年次、障害者枠での就労を考え精神保健福祉手帳取得。就職活動中、ハローワーク専門援助職員の紹介で雇用支援室へ来所し、支援開始。 ②本人・家族の希望 障害者枠で、事務職を希望。また、障がい特性を理解し、職場での配慮が実施される就労を望む。 ③専門職によるアセスメント OTによる評価:言語指示理解が良く、手先は器用で、空間認知能力に優れる。また、作業の流暢性も高い。一方で、正確性に乏しく、また細部への注意が向かず、作業が大雑把になってしまった。また作業全体を俯瞰して工程を組みたてることができなかった。 心理職による評価:全般的知能は正常の範囲内。視覚的認知、特に空間把握に優れる。また、作業速度も速く単純課題はテキパキとこなす。言語理解は良好。ただし、長文になると理解度は急激に低下(聴覚的記憶力の弱さか)。また、質的コミュニケーション能力(抽象的な質問)が苦手で、答えられない(会話の中で、「家族は(何人家族ですか)?⇒無言、「趣味は?」⇒無言)。吃音があり、言語表出に苦手さを持っている。 総合的アセスメント結果:何かを作る、構成する能力に優れており、また作業スピードも速い。よって、軽作業労働が適職と推察。また、抽象的言語表現理解の弱さから、会話の取り違いなどが生じる可能性があるため、雇用者側の理解と配慮が必要と思われた。 ④支援経過 雇用支援室に週1〜2回来所し、作業体験・履歴書書き・面接練習を実施し、ハローワーク主催の面接会に参加。家族・本人の希望により、事務関係の職に数社応募し職員が面接に同行した。しかし、面接練習とは違う質問をされた時に対応できず、職員がフォローするも、結果は不採用。よって、卒後の就労、もしくは訓練先を模索した。その結果、家族の希望に沿い、国立職業リハビリテーションセンター(以下「職リハ」という。)の発達障害者のための職業訓練に応募することとなった。 雇用支援室では、職リハ入所のための課題(基礎学力・作業力)を指導した。その結果、職域開発科へ入所となった。よって雇用支援室は、支援を一時中止とし、職リハ退所後、必要があれば支援を行う事とした。 7 今後の課題とまとめ ①本事業の周知 足立区は人口67万人の都市であり、発達に問題を抱えている人の数は相当数存在すると思われる。しかし、当事者・家族からの相談は少ないのが現状である。また、就労できずに若者サポートステーション来所する方の中にも、発達に問題を抱えている方も多い事が指摘されており5)、今後はより本事業の周知を徹底し、幅広いニーズを拾い上げる努力が必要と考える。 現在、区民へ向けて"困り感"に関するセミナー(例:お片づけの方法セミナー、上手なお金の使い方セミナー等)の開催を検討している。区民全体に対し、発達障がい者が抱えることが多い問題を投げかけ、発達障害に関する理解を促す事で、潜在的に存在する発達の問題を浮き彫りにしていく必要があるだろう。 ②発達障がい理解の促進 就労の問題は個人への支援だけでなく、取り巻く環境に対しても働きかけていく必要がある。そのためには、雇用者の障がい理解、職場環境の整備が必要である。よって、ジョブコーチによる個人への支援だけでなく、雇用者や家族への障害理解促進の方法を考えるべきだろう。例えば、事例1の当事者は面接でのやり取りに問題があったかもしれないが、作業能力は高く、PCを使った作業も非常に素早く行う事ができていた。つまり、言語能力と作業能力は一致しない事など、障特性の理解を今後も進めていく必要があるだろう。 本事業では、支援者・教育者に向けてセミナーの開催しており、障がい理解に取り組んでいる。また、雇用者の要望にあわせ、雇用支援室職員が企業訪問をして雇用者の疑問に答えている。 ③社会資源の開拓 様々なケースに対応するために、区外の社会資源(例:東京都発達障害者支援センターや、職リハなど)との連携や、新規支援機関の開拓を行い、より適切な支援が行える土壌を作る必要があるだろう。現在、区内外の発達障がい者支援機関への見学を随時行っており、それらをまとめ、発達障がい者の支援ネットワーク作りに着手している。 ④"障がい"と名のつく機関への抵抗感 就労や人間関係がうまくいかず、支援を必要としながらも"障がい"と名が付くために支援を拒否するケースがある。これは、社会資源開拓の中で、支援機関から訴えがあった事である。 発達障害者の中には知的水準が高く、自身の障がいを認識していないケースが見られる。そうした人々が抵抗感なく自身の困り感や問題を相談できる場や方法を模索するべきだろう。例えば、ハローワーク、若年支援、普通校等で発達相談が受けられる可能性はないだろうか。 ⑤学齢期の発達支援 これまであしすとは、幼児期に療育を実施しても、学齢期に支援を行うことは全くなかった。これは、学齢期の支援は学校・教育相談センターが担ってきたためである。しかし、事例1のように、成人期になり再度あしすとへ支援を求めるケースが存在する。すなわち、あしすとでの支援が学齢期で切れてしまい、成人期に再度支援を構築する必要性に迫られた。 この事から、幼児期に発達の問題をpick upできた児童には、成人期まで支援を継続できる体制づくりが必要と考える。また、継続的な支援の中で、本人の特性に合った進路・就労先を事前に模索し、学齢期に支援計画を構築できれば、より適切な形で就労支援が可能ではないか。 ⑥まとめ 今後の課題全体を通し、今後も事例を積み重ね、精査していく事、また関係機関と連携し、よりよい支援体制構築を目指していく必要があるだろう。 【引用文献】 1)足立区:足立区福祉事業概要平成23年度版,p.102-103,(2012). 2)梅永雄二:LDの人の就労ハンドブック,エンパワメント研究所,(2002). 3)梅永雄二:こんなサポートがあれば!,エンパワメント研究所,(2003). 4)梅永雄二:発達障害の人への就労支援,20(3),259-266,LD研究,(2011). 5)都政新報:世田谷区 成人期の発達障害を支援 就労訓練等のあり方を検討,9月11日,都政新報,(2012). 6)東京都:発達障害者社会参加支援普及事業−事業 実施報告書,p.3-48,東京都福祉保健局,(2011). 7)長谷川 敦子・斉藤秀代:東京都における取組み事例報 告 成人期支援の取組み,p.30-35,東京都発達障害者支援体制整備推進委員会・シンポジウム報告書,(2012). 自閉症児に対する早期からのトランジッション及び 就労を目的とした支援について −TTAP及びPEP-Rの結果をもとに− ○縄岡 好晴(宇都宮大学大学院教育学研究科) 梅永 雄二(宇都宮大学) 1 目的 自閉症児における早期療育の必要性は様々な所で言われており、CARS、ADOS、DISCOなど自閉症に特化した行動観察における医学的診断方法も多く存在している。 また、アメリカノースカロライナ大学医学部TEACCH部では、医学的な診断をもとに、現在の教育水準および生活スキル、行動パターン、学習スタイル等を具体的にすることを目的にPEP(Psycho educational Profile),TTAP(TEACCH Transition Assessment Profile)などの障害特性等を明確にすることを目的としたアセスメントを実施している。 特に成人期の就労支援においては、TTAPによるアセスメントを実施、自閉症スペクトラム障害(以下「ASD」という。)の障害特性を明確にした上で、より本人のスキルに合わせた就労支援を展開し、スキルアセスメントだけにとどまらず、現場実習の在り方や選定、実習先の記録、OJT手法を用いた就労移行支援を実施するまで活用を広げている。 本研究では、PEP-Rにおける検査結果をベースに、TTAPにおけるフォーマルセクションを実施し、本人の障害特性を明確にした上で、その結果をもとに、早期からのトランジッション及び就労を目的とした支援計画を設定、生活スキルの向上、および自立機能の獲得を目指し支援を実施した。 2 方法 (1)対象者 対象者(以下「Aさん」という。)は、自閉症の診断を受けた10歳の男性である。また、療育手帳を取得しており、現在は特別支援学校に在籍している。 (2)手続き PEP-Rによる検査を実施。現在の発育レベルを確認した後、自閉症児の移行アセスメントであるTTAP (TEACCH Transition Assessment Profile)を実施。生活スキルの向上を目的に保護者との話し合いのもと大学内でのセッションを計画、実施した。 3 結果 PEP-Rの結果から、コミュニケーション(表出、受容)において著しい低さが確認された。また、保護者からの聞き取りから、コミュニケーションを十分に出来ていない際に、他害・自傷等の問題行動が起きることが多いことから、コミュニケーション支援を中心とし支援計画を作成した。現在の自立機能等の能力の確認を目的とするため、TTAPにおけるフォーマルセクションを実施。その結果、仕分け作業において、色分け等の作業は得意としていたが、数字等を使用した仕分け作業は苦手としていることがわかった。また、作業指示は、視覚的指示が有効であり、文字理解が低い部分は具体物によって提示し、文字と具体物をわけて支援を展開した。 図1 PEP-Rにおける結果 (発達年齢:2歳11か月 芽生え 4歳11か月 実年齢:10歳4か月) 図2 TTAPにおけるフォーマルセクション (灰色部分が合格・斜線部が芽生え反応・白色部分が不合格) 図3 スキル平均プロフィール VS=職業スキル VB=職業行動 IF=自立機能 LS=余暇スキル FC=機能的コミュニケーション IB=対人行動 図4 尺度平均プロフィール 4 考察 コミュニケーション支援では、表出性のコミュニケーションが多く出る場面(スナックエリア)において、PECSを使用した支援を展開しながら、本人が欲しい物を具体的に相手に示し、受け取るというコミュニケーションのやりとりを徹底して行うことで、問題行動の軽減を図る事が出来た。また、個別支援計画を設定する際、TTAPの6領域をベースにし、それぞれを年間の目標・半年間の目標・約2〜3か月の目標としてわけ、細かく支援方針を設定した。 以下、支援内容である。 【職業スキル】 ・ 様々な活動を通じて色々な事ができるようになる。 ・新しい課題を先生と学習する習慣をつくり、構造化された課題を通して様々なスキルを学習することができる ・学習する習慣をつくり、設定されたエリアで決められた課題に取り組むことができる。 【職業行動】 ・指示された活動の順番に沿って活動を行うことができる。 ・自立課題エリアにおいて、支援なしに決められた活動の量に従って課題に取り組むことができる。 ・課題エリアにおいて、支援なしに決められた活動の流れに従って課題に取り組むことができる。 【自立機能】 ・自分の身の回りの事を自分で取り掛かることができる。 ・家庭において自分の身の周りのことを自分で取りかかることが出来る。 ・机拭き、掃除機等を自分で取り掛かることが出来る。 【余暇スキル】 ・決められた時間で遊びを終えることが出来る。 ・決められた時間内を1人で過ごすことが出来る。 【機能的コミュニケーション】 ・言葉又は補助的手段として写真カードを用いて、欲しいものを要求することができるようになる。 ・セッションルーム内で機能的にコミュニケーションを実施することができる ・スナックエリア、プレイエリア等の場面において、言葉または写真を使用したコミュニケーション手段を実施しすることが出来る。 【対人行動】 ・様々な場面において適切なコミュニケーション手段を通じ、問題行動の軽減を図ることが出来る。 今回の事例では、早期から地域へのトランジッションを目的とした支援内容を検討し、セッションで獲得したスキルをそのまま家庭で実践し、本人の生活スキルの向上につながることを目的に支援を組み立てた。 そして、本人に対する支援だけでなく、保護者、また学校と連携を取り、学校で学ぶアカデミックスキルとセッションで学ぶライフスキルとをバランス良く学習し、ボトムアップとトップダウン双方のアプローチを早い段階で実施した。 このように、早期から地域へのトランジッションを具体的に展開した支援を検討していくことで、自閉症者の可能性を広げ、今後、地域で自立した生活を送る際、また就労支援を行う際に、よりスムーズに進む手がかりにつながることが期待出来る。自閉症児者の特性を明確にし、特化された支援、および教育を早期の段階から進めていくことが、今後の自閉症児者の就労および親亡き後を含めた生活をより良いものに変えていくのではないかと考える。 【参考文献】 1)Mesibov.G,&Thomas.J,&Chapman.M,&Schopler.E,(2010) TEACCH Transition Assessment Profile (梅永雄二監修.2010 自閉症スペクトラムの移行アセスメントプロフィールTTAPの実際 川島書店) 2)Schopler.E,(1990) PEP(Psycho educational Profile) (自閉児・発達障害児 教育診断検査 心理教育プロフィール 川島書店) 3)Mesibov.G,&Shea.V,&Schopler.E,(2005) The TEACCH Approach to Autism Spectrum Disorders(Kluwer Academic/Plenum Publishers) 4)Schopler.E,佐々木正美監修(1990) 自閉症の療育者 神奈川県児童医療福祉財団 5)梅永雄二(2008) 自閉症の人の自立を目指して ノースカロライナにおけるTEACCHプログラムに学ぶ 北樹出版 6)梅永雄二(2010) TEACCHプログラムに学ぶ自閉症の人の社会参加 学習研究社 7)障害者職業総合センター(2009) 米国等における発達障害者の就労支援の現状に関する研究 障害福祉サービスにおける発達障害者の就労支援モデルの検証の試み ○小林 菜摘(国立障害者リハビリテーションセンター 就労支援員) 四ノ宮 美惠子・深津 玲子(国立障害者リハビリテーションセンター) 1 はじめに 発達障害者の就労支援に関しては、労働施策の中ですでに様々な取り組みがなされてきているが、発達障害者支援センターや障害者就業・生活支援センターなどにおける成人期発達障害者の相談内容として、依然就労に関することが高い割合を占めており、今後は就労移行支援事業での取り組みに対するニーズも高くなっていくことが予想される。しかしながら、障害福祉サービスとしての支援手法については、確立したものが少ないのが現状である。 そこで、国立障害者リハビリテーションセンターにおいて実施した「青年期発達障害者の地域生活移行への就労支援に関するモデル事業」の実践にもとづいて、障害福祉サービスにおける発達障害者の就労支援の1モデルを考案した。 【支援モデル考案までのプロセス】 「青年期発達障害者の地域生活移行への就労支援に関するモデル事業(以下「モデル事業」という。)」の参加者に対して、アセスメント結果を踏まえて個別支援計画を作成し、就労移行支援を中心としたサービスの提供を行った。これらの過程の中で、支援ニーズの抽出、ニーズに対する支援プログラムの試行、モニタリングをとおした支援プログラムの修正と支援プログラムの体系化などを経て、支援モデルを考案した。支援ニーズについては、ICFの「活動と参加」および「環境因子」にもとづいて抽出を行ったうえで、「就労」を支援目標として、支援ニーズから下位目標の設定と支援プログラムの整備を行った。 【支援モデルの考案】 支援チームメンバーの協議によって、就労支援のモデルを考案した。支援モデルの構成は以下のとおりである。 ①「施設内訓練」「行事参加」「職場実習」の3つの体験場面を支援フィールドとして設定 ②「働くために(就労)」という統一した支援の文脈設定 ③「自己理解」「他者理解」「社会的規範の理解」を下位目標とした支援プログラムの設定 ④体験学習と意味づけの支援を核とした支援プログラムの設定 ⑤各下位目標に対して、らせん状の支援プログラムの設定 ⑥地域支援機関との連携 【帰結状況】 モデル事業参加者14名のうち、上記就労支援モデルにもとづいて支援を行った7名の帰結状況は、就職5名、訓練継続が2名であった。 2 目的 本研究では、先に述べた障害福祉サービスにおける発達障害者の就労支援の1モデルの有用性を、事例検討により検証することを目的とした。 3 方法 (1)事例概要 モデル事業利用者A。男性。20代前半。DMS-Ⅳによる診断名は、特定不能の広汎性発達障害で、WAIS-Ⅲの結果はVIQ=96、PIQ=79、FIQ=87であった。また最終学歴は大学卒業で、アルバイトを含む就労経験を有していなかった。 訓練開始時においては、就労を希望するという発言はあったものの、就労への動機付けを持っていなかった。 (2)手続き 就労支援モデルの検証にあたっては、利用開始から15ヶ月の支援期間を、表1のように支援における主たる体験場面の設定に沿って5つの過程に区分した。そして、訓練の一環として、一ヶ月毎に支援過程における振り返りを記述してもらった作文をもとに、各期毎の作文の記述から、単なる事実の記述を除外した語りを文章単位で抽出し、KJ法の手順に則ってカテゴリー化した。(グルーピング、カテゴリー化に関しては、支援場面に関与していない心理職に依頼した。) なお、個人情報保護のため、事例の特性を理解する上で支障のない範囲で、個人が特定されるおそれのある記述については修正を加えた。 表1 支援過程の区分 区分 期間 主な訓練内容 第1期 0ヶ月〜3ヶ月 アセスメント・施設内訓練(個別) 第2期 4ヶ月〜8ヶ月 行事参加 第3期 9ヶ月〜11ヶ月 職場実習(3回) 第4期 12ヶ月〜13ヶ月 施設内訓練(グループ) 第5期 14ヶ月〜15ヶ月 就職活動 4 結果 手続きに示した手順に従って、作文から単なる事実の記述を除外した語りを文章単位で抽出した結果、語りの総数は109個であった。それらは、表2のカテゴリーに統合された。 表2 各支援過程において抽出されたカテゴリー 5 考察 KJ法に則って作文における語りを分析した結果、本事例においては、支援モデルの下位目標である「自己理解」「他者理解」「社会的規範の理解」に関する体験的理解が得られたことがうかがわれた。 このことから、「施設内訓練」「行事参加」「職場実習」の3つの体験場面による支援を通して、社会的文脈にそって設定した各下位目標に関して肯定的変化が見られたと考えられ、就労支援モデルの有用性が検証された。 さらに、支援事例を積み上げて、就労支援モデルの有用性の検証を行うことが今後の課題である。 物品のカテゴリー分類からみた発達障害者の就労支援に関する検討 ○中間 崇文(国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局 就労支援員) 四ノ宮 美惠子・小林 菜摘(国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局) 深津 玲子(国立障害者リハビリテーションセンター発達障害情報・支援センター) 1 目的 国立障害者リハビリテーションセンター(以下「国リハセンター」という。)では、平成20年度から平成23年度まで、「青年期発達障害者の地域生活移行への就労支援に関するモデル事業(以下「モデル事業」という。)」を実施した。 モデル事業に参加した発達障害者に対し就労支援として施設内の郵便配達、清掃、事務補助、倉庫の在庫管理などの作業訓練を行ったが、共通して作業のパフォーマンスの低さや指示理解の困難さが見受けられた。これまでの訓練場面の観察から、物品のカテゴリー分類になんらかの要因があると推察され、就労をする上でも支障になるのではないかと考えられた。 そこで、実際の作業でよく使われている物品のカテゴリー分類について把握し、マッチングやジョブコーチ支援を含む今後の就労支援に一助とすることを目的とした。 2 方法 (1)対象者 モデル事業の利用者A、B、C、Dの20〜25歳の4名。DSM-Ⅳによる診断名は、それぞれ、特定不能の広汎性発達障害、自閉性障害、自閉性障害で、WAIS-ⅢによるFIQは87、90、96、74であった。また就労経験に関してはA、Cがなし、B、Dはありということであった。 表1 対象者 利用者 診断名 FIQ PIQ VIQ A 特定不能広汎性発達障害 87 79 96 B 自閉性障害 90 95 88 C 自閉性障害 96 87 103 D 自閉性障害 74 60 92 (2)手続き 利用者に付箋紙とA3用紙を用意し、①現在の場所から見える物の名前を付箋紙に書き込む、②付箋紙を分類する、③分類したカテゴリーごとに名前とその説明を付け加える、という教示を行った。実施は窓に面した訓練スペースで行われ、所要時間は90分程度であった。 3 結果 カテゴリー分類の結果を図1〜4にまとめ、その特徴を以下に記述する。 (1)対象者A 「オフィス用品」、「工事用具」など、使用目的が明らかなものは用途で分類し、「備品」、「共有スペース」に関しては場所に従属するものとして分類している。一方で使用目的が明確でないもの「管理」というキーワードで分類されている。 図1 対象者Aのカテゴリー分類 (2)対象者B 「掃除道具」、「文具」、「機械」、「消耗品」などは使用用途や属性でまとめられていた。しかし、「飲食品」、「遊具」、「事務用品」、「書類」、「雨具」などについては、1つの物品を1つのカテゴリーに分類している。また「掃除道具」にある物品のほとんどは対象者からは死角になる場所に置いてある物品であり、直接見えてはいない物品まで書き出していた。 図2 対象者Bのカテゴリー分類 (3)対象者C 「電気関連」、「植物関連」、「乗り物」などカテゴリーの名前としては問題ないが、その内容は「植物関連」の中に「本立て」があるなど独特な分類をしている。また「木のカーテン(すだれ)」、「木製じゃないテーブル(事務机)」、「赤いとんがり帽子(三角カラーコーン)」など名前がわからない物品に対する言語表現も独特である。カテゴリーに関する説明は全ての物品に矢印を引き個別に説明し、カテゴリー全体としての説明は見られなかった。 図3 対象者Cのカテゴリー分類 (4)対象者D 「家具」、「文房具」、「日用品」、「乗り物」など、使用する用途にそってカテゴリーが生成されているが、「コンクリート」、「空」のような抽出の仕方や、「自然にある物」というカテゴリーを生成する独自性が見られた。 図4 対象者Dのカテゴリー分類 4 考察 今回の結果から発達障害者がそれぞれ一定ではなく、個々にバラつきのある分類をしていることが明らかになった。またWAIS-ⅢのIQ値や就労経験の有無に関わらず、それぞれ異なった分類をすることが推察された。このことから作業のパフォーマンスの低さや指示理解の困難さの要因を考慮する時に、どのようなカテゴリーを生成しているかを把握することが重要であると考えられた。 以上の結果をふまえて、得られたカテゴリー分類の情報から就労マッチングやジョブコーチ支援を含む今後の就労支援の介入方法を検討することが課題である。 発達障害のある若者の就労支援の課題 −若年就労支援機関調査の結果が示すこと− ○望月 葉子(障害者職業総合センター 特別研究員) 知名 青子(障害者職業総合センター)・向後 礼子(近畿大学) 1 はじめに 発達障害については、障害者手帳を取得した場合は法定雇用率制度や職業リハビリテーションの対象として、取得しない(あるいはできない)場合は法定雇用率制度の対象ではないが職業リハビリテーションの対象として、それぞれ入職及び職場適応の支援が展開されてきた。 しかし、近年、ハローワークやジョブカフェ、地域若者サポートステーションといった就労支援機関や大学等高等教育機関において、コミュニケーションや対人態度等の課題によって、また、発達障害を背景に、就職・職場定着に結びつかない若者が注目されており、彼らへの対応が急務の課題である。 障害者職業総合センターにおけるこれまでの研究では、発達障害のある者について「職場のルールの理解と行動化」「コミュニケーションの課題改善」「対人態度の課題改善」等の対応が支援の課題として指摘されている(障害者職業総合センター調査研究報告書№88,2009;№101,2011)。発達障害のある者が就職して安定した職業生活を継続していくためには、担当する作業を企業が求める水準で遂行できることだけでなく企業文化への適応が求められる。しかし、障害特性により、企業内で用意されている一般研修やOJT等だけで適応していくには困難が大きい者もいる。このことから、発達障害のある者について課題解消の見通しを持つことができるのか、あるいは障害特性に即した職場適応・定着までの支援や配慮を必要とするのか、を検討しておくことが職業準備の鍵となる。 本報告では、「若年者就労支援機関における発達障害のある若者の就労支援の課題に関する調査」の結果から発達障害者支援の課題を検討する。 2 調査の概要 (1) 調査対象: 若年就労支援機関*注 314箇所(若年コミュニケーション要支援プログラム実施ハローワーク57所、新卒応援プログラム実施ハローワーク59所、地域若者サポートステーション110所、ジョブカフェ88所)。 (2) 調査時点:平成23年10月1日現在 (3) 調査項目: ① 利用者の概要 ② 職場における「コミュニケーション」と「ビジネスマナー」(コミュニケーション7領域31項目、ビジネスマナー5領域28項目については障害者職業総合センター調査研究報告書№101で企業対象に実施した調査項目)に関する「要支援者の有無」「支援の有無」「支援の困難さ」 *注 若年コミュニケーション要支援プログラム:ハローワークにおいて、発達障害等の要因により、コミュニケーション能力に困難を抱えている求職者について、その希望や特性に応じた専門支援機関に誘導するとともに、障害者向けの専門支援を希望しない者については、専門的な相談、支援を実施する。平成20年度から段階的に設置。 新卒応援プログラム:厳しい就職環境、雇用情勢が見込まれる中、新卒者・若年者対策を強化するために、「新卒応援ハローワーク」においてワン・ストップ・サービスを推進する。対象は大学等の卒業年次(大学は4年生、短大は2年生など)に在学、既卒3年以内の卒業生および新卒応援ハローワークでの支援を希望する高校生および既卒者。 地域若者サポートステーション:ニート等の若者の自立を支援するために、地方自治体、民間団体との協働により、若者自立支援ネットワークを構築するとともに、個別・継続的な相談、各種セミナー、職業体験など総合的な支援を行う厚生労働省委託事業。対象は若者全般。平成18年度より実施。 ジョブカフェ:正式名称は「若年者のためのワンストップサービスセンター。」若者が自分に合った仕事を見つけるためのいろいろなサービスを、1か所で受けられる場所として46都道府県が設置。ハローワークを併設している所もある。 (4) 調査方法:郵送により送付・回収(回収数155所:回収率49.4%) 3 回答機関・部署の概要 表1に、分析対象所の概要を示す。 なお、若年コミュニケーション能力要支援プログラムと新卒応援プログラムについては、ハローワークによって配置部署や通称等が多様であり、回答部署もまた多様であった。これは、若年コミュニケーション能力要支援プログラムが専門援助に設置されている所や若年窓口に設置されている所等、発達障害のある者のみならず要支援者の利用可能性を高めるための配慮等が行われている点を反映している。 表1 回答機関・部署の概要 図1 利用者における発達障害の把握 図2 コミュニケーションや対人態度・精神的不安定の問題の把握 4 結果と考察 (1) 若年就労支援機関における 発達障害の把握及び問題の把握の現状 図1〜2に平成23年4月から9月の6ヶ月間の各機関・部署における発達障害の把握、およびコミュニケーションや対人態度、精神的不安定の問題の把握の現状を示す(ここでは、利用者数に関する回答のあった機関・部署を分析対象としたため、表1とは異なっている)。 発達障害の診断を有する者の把握の状況については、若年コミュニケーション要支援プログラム実施ハローワーク(若コミ)が最も多く、次いで地域若者サポートステーション(サポステ)が多い。また、障害を疑う利用者の把握については、「若コミ」、「サポステ」、新卒応援ハローワーク(新卒応援)の順に多い。これに対して「ジョブカフェ」ではいずれの比率も少ない。ただし、ジョブカフェ利用者の実数については、他機関に比べてきわめて多い点に注意が必要である(図1)。 また、コミュニケーションや対人態度、精神的不安定の問題を有する者の把握の状況については、「サポステ」が最も多く、次いで、「若コミ」、「新卒応援」の順に多い。これに対して、「ジョブカフェ」ではいずれの問題の比率も少ない。ここでも、ジョブカフェの利用者の実数が他機関に比べてきわめて多い点、言い換えると問題を有する利用者の実数には注意が必要である(図2)。 (2) コミュニケーション・ビジネスマナーの支援 表2〜3にコミュニケーションとビジネスマナーに関する要支援者、自機関における支援実施、支援実施上の困難、の有無についての回答を示す。 【課題を有する利用者の概要】 コミュニケーションにおいてもビジネスマナーにおいても、全体的に「課題を有する利用者」は7割を超えて把握されていた。 表2 コミュニケーションの課題を有する利用者の現状と支援の概要(単位:%) 表3 ビジネスマナーの課題を有する利用者の現状と支援の概要(単位:%) 濃い網掛け:85%以上 網掛け:70〜85%未満 薄い網掛け;50%〜70%未満 網なし:50%未満 「サポステ」が最も多く、次いで、「若コミ」、「新卒応援」、「ジョブカフェ」の順に支援の必要性が把握されていた。また、「サポステ」については、おおむね85%の水準で把握されていた。 【支援の実施の現状と課題】 自機関における支援の実施状況についてみると、いずれの領域の項目においても、「サポステ」が圧倒的に高いことがわかる。しかし、自機関における支援の困難性という点では、「サポステ」を含めて4機関ともに半数程度は支援の困難性を認識していた。中では、「新卒応援」で突出して困難性の認識が高く、「若コミ」では相対的に低かった。 しかし、コミュニケーションとビジネスマナーの支援について、実施困難とする割合が極めて高い領域や項目があることもまた明らかとなった。支援の現状については、先に実施した企業調査の結果、支援の優先順位が高いとされた項目と関連づけて検討することもまた必要である。なぜなら、コミュニケーションにおいては、例えば「組織内外の行動」が、またビジネスマナーについては、すべての領域が優先順位が高いとされているが、これらの項目は自機関において支援が困難であると回答されているからである。したがって、こうした支援メニューは、「いつ」「どこで」「どのように」用意できるのかについて、特に検討が必要となる。 5 調査のまとめと今後の課題 発達障害があっても開示せずに"一般扱い"での就職を考える者に関し、「職業準備の視点から優先性が高い」とされた項目のそれぞれについて、現在の行動特徴に照らして支援が必要であるかどうかを検討する必要がある。特に、若年就労支援機関において相談を開始した者に対して、専門的支援として職業リハビリテーション機関における支援を勧めるかどうかについても、重要な提案となる。しかし、こうした支援のためには、相談のみならず、特性評価や職業評価、利用者の経験に即した丁寧な検討が必要になることも多い。 4種の若年支援機関についてみると、発達障害の有無とは別に、要支援者に共通した課題があることが確認された。しかし、具体的な支援メニューについてはそれぞれの機関の特徴が明らかとなった。 「新卒応援」を利用する在学・既卒者については、教育機関以外の就労支援の経験が少ない点で、教育機関における支援の実態との関連を検討していくことが求められるとともに、他の就労支援機関に「つなぐ」支援の必要性が示唆される。 また、体験的場面を有する支援メニューの多様さからみると、設立の趣旨から「サポステ」がもっとも大きく、「ジョブカフェ」、「ハローワーク」の順となっており、この逆順で体験的支援の代わりに相談機能が増えていく。 したがって、4機関内での連携を構想するときには、必要に応じてそれぞれの機関のメニューやアクセシビリティを考えることになるだろう。 また、設立の趣旨にワンストップ・サービスであることを掲げる機関(「新卒応援」と「ジョブカフェ」)があるが、職業リハビリテーション機関については、こうしたワンストップ・サービスの関係機関として明示的には想定されていない。さらに、「サポステ」はニート対策を含めた若者全般を、「若コミ」は発達障害を含めた要支援者をそれぞれ対象としており、職業リハビリテーション機関との連携は今後の検討課題である。 こうしたことから、機関連携においては、若年支援機関における効果的な問題解決の「流れを構想」すること、必要に応じて医療機関や職業リハビリテーション機関との「連携を構想」すること、場合によっては生活支援もまた関連機関と位置づけることが必要である。この点に関しては、現在、ヒアリング調査により好事例を収集しており、調査研究報告書において併せてとりまとめを行う予定である。 【文献】 障害者職業総合センター 調査研究報告書№88「発達障害者就労支援の課題に関する研究」2009 障害者職業総合センター 調査研究報告書№101「発達障害者の企業における就労・定着支援の現状と課題に関する基礎的研究」2011 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける 特性に応じた作業支援の検討(1) −情報処理過程の特性から見た作業上の職業的課題の評価− ○阿部 秀樹(障害者職業総合センター職業センター企画課 職業レディネス指導員) 加藤 ひと美・渡辺 由美・佐善 和江(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 目的 障害者職業総合センター職業センターでは、平成17年度から、知的障害を伴わない発達障害者を対象に「ワークシステム・サポートプログラム」(以下「プログラム」という。)を実施している(詳細は、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構のホームページに掲載されている実践報告書及び支援マニュアルを参照 http://www.nivr.jeed.or.jp/center/report/hattatsu.html)。 プログラムでは、グループワーク形式の就労セミナー、個々に応じた作業、個別相談を組み合わせて実施し、就労に向けてのアセスメントおよびスキルを付与する支援を行っている。 発達障害者へ作業の支援を行う際、作業スキルそのものの職業的課題も見られるが、対人スキル等、様々な課題が絡み合うことも多く見受けられる。幅広い視点から、支援を捉えていく必要があると考えられる。本稿では、プログラムの作業において認められた職業的課題を、情報処理過程の視点から整理し、プログラム受講者の課題の傾向について考察することを目的とする。 2 方法 (1)方法 プログラムは、1期13週間、5名程度のグループで構成。プログラム中における作業および作業内容は図1で示したとおりである。これら作業で認められた職業的課題を、図2に示した情報処理過程の視点から、作業遂行課題(1)と作業周辺課題(2〜5)に整理した。それぞれの課題について、平成23年度までのプログラム受講者の行動観察を集約し、作業における職業的課題の評価表(表1)を作成した。対象者の評価は、プログラム終了時点の様子について、担当者(4名)間での討議により評価を確定した。作業の正確性と速度の項目については、ワークサンプル幕張版(MWS)を用いた基準を設定して評価を行った。 (2)対象 平成21年度第1期から23年度第4期までのプログラム受講者(アスペルガー症候群,広汎性発達障害,注意欠陥多動性障害)42名(男性33名,女性9名,22〜23年度は2グループ同時開講であったが筆者らの担当グループのみ対象)。なお、適応障害等の二次障害を有している者も含まれている。 図1 プログラムにおける作業と作業内容 図2 情報処理過程からみた作業上の職業的課題 (1:作業遂行課題、2〜5:作業周辺課題) 表1 情報処理過程からみた作業における職業的課題の評価表 項目 作業上の職業的課題の内容 評価 1:課題なし 2:対処可能な課題あり 補完方法の使用等により、自分自身で対処可能な課題 3:対処困難な課題あり 自分自身での対処が困難であり、周囲の配慮が必要な課題 1 作業遂行課題 作業の理解 ①口頭指示を受けたり、作業マニュアルを見て、新しい作業や作業の変更点を理解することへの課題。 ②作業指示を受ける際、内容を理解することの課題。 ・作業の理解に関して、特に課題は見られず、新しい作業についてもすぐに理解が可能。 ・作業指示の際、特に配慮しなくても理解が可能。 ・メモの活用やマニュアルの工夫等によって、ある程度の作業の理解や変更への対処が可能。 ・作業指示の際、ゆっくりと伝えれば理解が可能。 ・新しい作業や作業の変更が困難で、繰り返し慣れた作業である必要がある。 ・作業指示の際は短く、わかりやすく伝える必要がある。 プランニング ①繰り返し行っている慣れた作業においても、作業手順が覚えられなかったり、手順が抜けやすいことの課題。 ②複数の作業が指示されたときに、優先順位が分からない。作業の順番が決められないことの課題。 ③就業時間(出勤、休憩)が守れないことの課題。 ・作業のプランニングについての課題は見られず、適切に作業を遂行することが可能。 ・多少のプランニングに関する課題はあるものの、チェックリスト等によって対処が可能。 ・繰り返し慣れた作業でも手順が抜けたり、複数作業の優先順位がわからない、就業時間を守れない等、プランニングに関しての作業上の課題が多くみられ、さまざまな対処法を行うが対応が困難。 正確性 ①作業のミスが、どの作業種においても見られることの課題。 ※MWS(ワークサンプル幕張版)での基準 数値チェック、物品請求書作成、作業日報集計、文書入力、検索修正、:ピッキングを3ブロック程度実施して、ミスの状況を把握する。 ②繰り返し作業を行っても、ミスがなくならないことの課題。 ③見直しの手順が定着しづらく、ミスを見落としてしまうことがしばしば見られることの課題。 ・MWSでの6つの基準中、4種以上の作業でミスなく作業を行う事が可能。 ・ほとんどの作業において、ミスなく作業を行うことが可能。 ・MWSでの6つの基準中、2〜3種の作業でミスなく作業を行う事が可能。 ・ミスが出ても、繰り返していく中でコツや対処法を取得してミスなくできるようになる。 ・MWSでの6つの基準中、1種の作業でミスなく行う事ができる。もしくは、どの作業においてもミスが生じる。 ・多くの作業でミスが生じやすく、繰り返し行ってもミスがなくなりにくい。 ・見直しが定着しづらく、ケアレスミス等の些細なミスが出やすい。 作業速度 ①作業を遂行するのに、一般の平均よりも多くの時間を要することの課題。 ※MWS(ワークサンプル幕張版)での基準 a:数値チェック レベル3で1分以内 b:物品請求書作成 レベル2で9分以内 c:作業日報集計 レベル3で9分以内 d:文書入力 レベル3で4分以内 e:ピッキング レベル2か4で4分以内 f:プラグタップ レベル2で5分以内 ②繰り返し行っても、作業速度が改善されないことの課題。 ・6つの基準中、5つ以上通過している。 ・ある程度、どの作業においても標準的な作業速度で進めることが可能。 ・6つの基準中、2〜4つ通過している。 ・得意な作業種と苦手な作業種が混在している。 ・6つの基準中、1つ通過、またはいずれも通過しない。 ・どの作業においても、標準よりも多くの時間を要する。 手先協応性 ①微細な操作や協応性を要する作業の困難さ(細かな部分まで正確に操作を行うことの困難さや、所要時間を要すること)の課題。 ・作業上の手先協応性に関しての課題は、おおよそ見られない。 ・多少の手先協応性についての課題は見られるものの、ある程度の対処が可能な状態。 ・手先協応性の課題が多く、細部の操作が困難な状態。 ・手先の協応性を要する作業にかなり多くの時間を要する状態。 作業周辺課題 2 受信特性の課題 感覚・刺激への過敏性 ①視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、気温、湿度等の感覚刺激に対しての過敏さからくる作業上の課題。 ②近くに人がいることや特定の人への過敏さからくる作業上の課題。 ・どのような作業環境においても、ある程度適応が可能。 ・感覚の過敏さや、近くに人がいることが気になることもあるが、作業を行っていくのに、おおよそ支障が出ない範囲。 ・感覚の過敏さからくる作業環境の配慮が必要不可欠な状態(耳栓、ヘッドホン、サングラス、エアコンの吹き出し口の近く等)。 ・近くに人がいると気になってしまい、作業に集中できない。 ・特定の人が気になり、作業を続けることができない。 注意・集中 ①注意持続の困難さ、特定刺激に注意を向けることの困難さ、他の刺激への振られやすさからくる作業上の課題。 ②作業以外の事が頭から離れられないことからくる作業上の課題。 ③作業に対しての好みの激しさやモチベーションからくる作業上の課題。 ・作業への注意・集中での課題は見られず、どのような作業環境・作業種においても、安定して作業を進めることができる。 ・多少の注意・集中に関する課題は見られるものの、作業に支障は見られなかったり、対処が可能な状態。 ・注意持続時間が短かったり、些細な刺激で注意がそれたりと、作業に支障が見られる状態。 ・ファンタジーの世界に入りやすく、作業に集中できない状態が多い。 ・作業へのモチベーションが低く、やる気が見られなかったり、無気力な状態。 3 思考の課題 作業への思い込み ①同様な作業での過去の失敗経験から作業遂行が困難になる課題。作業ミスにより、激しく落ち込み、作業困難になる課題。 ②作業に関する他者へのネガティブな感情経験から作業遂行が困難になる課題。 ③許可を得ず、思いついた手順に変更してしまうことの課題。 ④他者からのアドバイスを受け入れることが困難で、自分なりのやり方を貫こうとすることの課題。 ・特に作業に支障が出てくるような思い込みは見られない。 ・多少の作業への思い込みが見られる場合もあるが、作業に支障が見られることはない。 ・作業への思い込みが強く、作業を続行することが困難になったり、体調を崩してしまうことが見られる。 ・自分勝手に作業を変更してしまうことがあり、相手のアドバイスを受け付けにくい。 作業の振り返り ①作業結果に対しての振り返りが困難で、一般的な内容の表現にとどまってしまうことの課題。 ②他者からの振り返りの視点を受け入れにくいことの課題。 ③過去の振り返りを忘れてしまい、同じミスを繰り返してしまうことの課題。 ・作業結果に対する振り返りが的確で、他者からの振り返りの視点も受け入れて考えることが可能。 ・振り返りの際に、他者から多少のヒントがあることで、的確な振り返りが可能。 ・作業結果の振り返りが、実際の結果とかけ離れていて、振り返ることが困難。 ・他者から振り返りの視点を伝えても、受け入れにくい。 ・過去の振り返りを忘れやすい。 4 送信の課題 作業上のソーシャルスキル ①基本的なソーシャルスキル(挨拶、報告、質問、謝罪)に対する課題。 ②スキル使用上の課題(タイミング、態度、言葉遣い等)。 ・基本的な作業上のソーシャルスキルには課題が見られない。 ・多少のソーシャルスキルの課題は見られるが、伝えることで対処が可能。 ・多くのソーシャルスキルの課題が見られ、伝えても対処が困難。 発言内容 ①作業を行う際の発言に対する課題(一方的にしゃべりすぎる、話の内容がズレる、相手に攻撃的になる等)。 ②特殊な表現を用い、理解困難な発言が多い課題。 ③作業の依頼を断ることができず、すべて受け入れ、作業をこなすのが困難になる課題。 ・作業上の発言について、特に課題は見られない。 ・多少の発言内容に関しての課題はあるものの、対処が可能。 ・発言内容についての課題が多く、作業の遂行が困難となり、対処が困難な状態。 5不安・疲労の課題 不安・緊張 ①特定の作業場面や新しい作業場面に対しての不安・緊張が強く、作業遂行に支障が見られる課題。 ②不安・緊張が強く、パニックや体調不良につながりやすい課題。 ③同僚や上司が気になり緊張が強くなり、作業に支障が見られる課題。 ・多少の不安や緊張があっても、作業を進めていくのに特に課題は見られない。 ・不安や緊張があるものの、次第に和らいでいったり、他者と話す等で解消が可能な状態。 ・不安や緊張が強く、体調不良やパニックに至る等、作業を進めていくのが困難な状態になりやすく、対処が困難。 易疲労性 ①作業を続けることで疲労が蓄積しやすく、作業続行が困難になる課題。 ②特定の作業(パソコン作業での目の疲れ、立ち作業が苦手等)で、疲労が蓄積されやすいことの課題。 ③職場での対人関係で疲労が蓄積し、作業に支障が生じることの課題。 ・疲れをためることなく作業を進めることができる。 ・休憩も適切に取ることができる。 ・作業での疲労が蓄積されやすいものの、休憩を取ることで対処が可能。 ・疲労が蓄積しやすく、体調不良に陥りやすい。 ・休憩のタイミングや過ごし方を自分で管理することが困難。 表2 プログラムで見られた作業上の職業的課題の評価結果 作業遂行と作業周辺における対処困難な課題の有無によるタイプ分け タイプ プログラム受講者 評価結果(1:課題なし、2:対処可能な課題あり、3:対処困難な課題あり) 作業遂行課題 作業周辺課題 受信特性の課題 思考の課題 送信の課題 不安・疲労の課題 No. 診断名 作業の理解 プランニング 正確性 作業速度 手先協応性 感覚・刺激への過敏性 注意・集中 作業への思い込み 作業の振り返り 作業上のソーシャルスキル 発言内容 不安・緊張 易疲労性 ①対処困難な課題が見られないタイプ 1 アスペルガー障害 1 1 1 2 1 1 1 2 1 2 1 2 1 2 アスペルガー障害 1 1 2 1 1 1 1 1 1 1 1 2 1 3 広汎性発達障害 1 1 2 2 1 1 1 2 1 1 2 2 2 4 アスペルガー障害 1 2 2 2 1 1 2 2 1 2 2 2 1 5 アスペルガー障害 1 2 2 2 1 2 2 2 1 1 2 1 1 ②作業周辺に対処困難な課題が見られるタイプ 6 アスペルガー障害 1 2 2 2 1 1 2 3 2 2 2 1 1 7 注意欠陥多動性障害 1 1 2 2 1 1 3 1 1 1 2 1 3 8 注意欠陥多動性障害 1 1 2 2 1 1 3 3 3 1 2 3 3 9 注意欠陥多動性障害 2 2 2 2 1 2 1 1 1 1 1 2 3 10 アスペルガー障害 1 2 2 2 2 2 3 3 3 1 3 3 3 11 広汎性発達障害 1 2 2 2 1 3 1 3 2 1 3 2 1 12 アスペルガー障害 1 2 2 2 2 3 1 2 2 2 1 2 2 13 広汎性発達障害 1 1 2 1 1 3 2 3 1 2 3 1 2 14 アスペルガー障害 1 2 2 2 1 3 2 2 3 1 1 1 1 15 広汎性発達障害 1 1 1 2 2 3 3 3 2 1 3 2 3 16 アスペルガー障害 2 1 2 2 1 3 3 2 1 1 2 2 1 17 アスペルガー障害 2 2 2 2 2 3 3 2 1 2 2 2 3 ③作業遂行に対処困難な課題が見られるタイプ 18 広汎性発達障害 1 1 3 2 1 1 1 1 1 2 1 1 1 19 広汎性発達障害 1 2 3 2 1 1 1 1 1 1 1 1 1 20 アスペルガー障害 2 2 3 3 2 1 1 1 1 2 2 1 1 21 アスペルガー障害 2 3 2 2 3 1 2 2 1 1 2 1 1 22 アスペルガー障害 3 3 3 2 3 1 2 1 1 1 2 1 1 23 注意欠陥多動性障害 2 2 2 3 2 2 2 2 2 2 2 2 2 ④作業遂行と作業周辺の両方に対処困難な課題が見られるタイプ 24 アスペルガー障害 2 2 3 2 1 1 1 3 1 2 2 1 2 25 広汎性発達障害 2 1 3 1 1 1 2 3 1 1 2 2 3 26 広汎性発達障害 2 3 3 3 3 1 2 3 2 2 2 1 1 27 アスペルガー障害 1 2 3 3 3 1 2 1 1 1 1 3 1 28 注意欠陥多動性障害 1 3 3 3 1 1 2 3 3 3 2 3 3 29 アスペルガー障害 2 2 3 2 2 1 2 2 1 2 3 1 3 30 広汎性発達障害 2 2 3 3 3 1 2 1 1 2 1 3 1 31 広汎性発達障害 2 3 2 2 1 1 2 1 3 2 1 1 3 32 アスペルガー障害 2 3 3 2 1 1 2 3 3 3 3 1 3 33 アスペルガー障害 3 2 3 2 2 1 2 1 3 3 2 1 1 34 学習障害・注意欠陥多動性障害 2 2 3 2 1 1 3 2 3 3 2 1 2 35 アスペルガー障害 1 1 3 2 2 2 2 2 2 2 3 1 1 36 広汎性発達障害 1 2 3 2 2 2 3 2 2 2 2 2 2 37 注意欠陥多動性障害 1 3 1 3 2 2 3 1 3 2 2 3 3 38 注意欠陥多動性障害 2 3 3 2 1 2 3 3 1 1 1 2 2 39 広汎性発達障害 3 1 3 2 2 2 3 1 3 3 2 1 3 40 広汎性発達障害 2 1 3 2 3 3 2 3 1 1 3 2 2 41 広汎性発達障害 2 1 2 3 2 3 3 3 3 3 3 2 2 42 アスペルガー障害 2 2 3 2 2 3 3 3 3 3 2 3 3 対処困難な課題ありの割合 7% 19% 48% 19% 14% 24% 31% 36% 29% 17% 21% 17% 33% ※対処困難な課題ありの割合の塗りつぶしは、25%を超える場合 3 結果・考察 作業上の職業的課題の評価結果を表2に示した。作業遂行特性と作業周辺特性において、困難な職業的課題の有無から4タイプに分類した。 (1)全体的考察 職業的課題の分布をみると、一定の傾向や規則性は見られにくく、プログラム受講者ごとに様々な課題が混在して見られることが分かり、発達障害の多様性がうかがわれる。評価表を用いることで、一人ひとりの作業上の課題の整理につながるのではないかと思われる。 (2)タイプ別考察(図3) 4つのタイプについての人数および割合について注目すると、①対処困難な課題が見られないタイプが5名(12%)、②作業周辺に困難な課題が見られるタイプが12名(29%)、③作業遂行に困難な課題が見られるタイプが6名(14%)、④作業遂行と作業周辺の両方に困難な課題が見られるタイプが19名(45%)であった。大多数に困難な職業的課題が存在しているという結果(37名,88%)となった。タイプ別には、④が最も多く、様々な対処困難な職業的課題が混在しており、対処方法の組み合わせが必要な事例の多さが示唆される。 また、作業遂行に困難な課題が見られるタイプの合計(25名,59%)に比べ、作業周辺に困難な課題が見られるタイプの合計(31名,74%)が多いという結果となった。このことから、作業自体への支援のみでなく、作業周辺の課題への支援の重要性が考えられる。 (3)特性ごとの考察 作業遂行特性に困難な課題がある人数に注目す 図3 タイプ別の割合 ると、正確性の課題(20名,48%)が顕著に見られ、発達障害者の作業的課題の特徴の一つと考えることができる。正確さは作業を行う際に、第一に問われる要素であり、いかに見直しを定着するか等、支援の工夫が重要であると思われる。 一方、作業周辺での困難な課題については、注意・集中(13名,31%)、作業への思い込み(15名,36%)、作業の振り返り(12名,29%)、易疲労性(14名,33%)があげられる。これらの課題は、状態に応じ無理をさせないこと(注意・集中、易疲労性)や、個別的に齟齬が生じないように丁寧に伝えること(作業への思い込み、作業の振り返り)といった対応にとどまり、結果として多く現れたのではないか。また、困難な課題が少ない特性として、感覚・刺激への過敏性(10名,24%)、作業上のソーシャルスキル(7名,17%)、発言内容(9名,21%)、不安・緊張(7名,17%)があげられる。これらの特性は、プログラム開始当初、困難な課題を呈する受講者が多く見られる。しかし、トレーニングによって対処法を取得できる特性(注意・集中、作業上のソーシャルスキル、発言内容)、慣れにより軽減する特性(不安・緊張)であり、プログラムを通した効果もあって、最終的に少なくなったのではないかと考えられる。 4 結論 (1)一人ひとり様々な特性の違い 作業上の職業的課題の評価表を作成し、プログラム受講者42名の評価を行った結果、受講者ごとの特性の違いが明らかとなった。作業遂行の課題よりも作業周辺での課題を有する受講者が多く見られ、作業周辺を含む幅広い視点からの支援が重要であることが考えられる。 (2)評価表から支援への有効性 本評価表を用いることで、支援開始後の早期に職業的課題を評価することにより、支援しやすくなることがあげられる。 しかし、あくまでも作業面での評価であり、作業以外の対人的側面や思考・行動面の評価と連動させながら、支援を行う必要があると思われる。 【文献】 1)障害者職業総合センター:ワークサンプル幕張版 MWSの活用のために、(2010) 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける 特性に応じた作業支援の検討(2) −作業上の職業的課題に応じた支援の工夫− ○加藤 ひと美(障害者職業総合センター職業センター企画課 職業レディネス指導員) 阿部 秀樹・渡辺 由美・佐善 和江(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 目的 先に発表した「発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける特性に応じた作業支援の検討(1)」(以下「検討(1)」という。)では、「ワークシステム・サポートプログラム」(以下「プログラム」という。)における受講者の作業上の職業的課題について、情報処理過程の視点から評価を行い、その傾向について考察した。本稿では、検討(1)で検討を行った情報処理過程の視点に基づき、プログラム受講者に見られた作業上の課題および効果のあった支援の工夫について整理し、考察を加えていきたい。 2 方法 (1) 方法 プログラム受講者に見られた作業上の職業的課題と、効果のあった支援の工夫をあげ整理する。整理する視点は、検討(1)と同様に、図1に示した情報処理過程における「受信・理解−判断・思考−送信・行動」の中で見られる課題の通りである(課題内容の詳細に関しては、検討(1)を参照)。 図1 作業上の職業的課題を整理する視点 (2) 対象 検討(1)と同様、平成21年度第1期から平成23年度第4期までのプログラム受講者(アスペルガー症候群,広汎性発達障害,注意欠陥多動性障害)42名(男性33名,女性9名)。なお、適応障害等の二次障害を有している者も含まれている。 3 結果・考察 プログラム受講者に見られた作業上の職業的課題と効果のあった支援の工夫について、特性ごとに整理した結果が表1,2である。以下、課題ごとに考察を加えていきたい。 (1)作業遂行課題(表1) a 作業の理解 口頭指示のみでの理解が困難な受講者が多く、「1手順ずつゆっくりと説明する」ことや、「視覚的な手掛かりを用いる」工夫で、作業が理解しやすくなることが多く見られた。また、一般的な表現でなく、四捨五入を「0から4はポイ」といった「本人が理解できる言葉を用いた説明」も有効であった。一方で、全体像から示さないと作業を理解しがたく、「流れ図等で全体の流れを示す」ことが必要な場合もあった。理解しやすい方法は個々で異なるため、理解できる手段のアセスメントが重要と考えられる。 b プランニング 作業計画や優先順位を立てることが困難なことがあり、「日程表やチェックリストを用いて視覚的に確認する」工夫が有効となった。また、見通しを立てることが困難な場合には、「作業の流れを一定に保つ」ことで安定して作業に取り組むことができた。 c 正確性 見直しに課題がある場合が多く、「マニュアルに具体的な見直しの方法を記載する」工夫で、見直しが定着する場合があった。正確性は作業で第一に問われることが多いが、本人は速さの方を意識しすぎてしまい、ミスが出る場合もあり、「時間をかけてもいいことを確認する」工夫も必要であった。検討(1)において正確性における課題の多さを挙げたが、更なる工夫の必要性が示唆される。 表1 作業遂行課題におけるプログラムで見られた職業的課題と効果のあった支援の工夫 特性 プログラムで見られた職業的課題 効果のあった支援の工夫 1 作業遂行課題 1-a 作業の理解 作業を覚えるときのマニュアル作成 ・話を聞きながらメモが取れなかった。 ・メモ取りが遅く、見本の動きを見ることができなかった。 ・複数手順の説明にすると一部記述が抜けてしまった。 ・早合点に理解して、マニュアルに記入してしまった。 ・記入できるペースに合わせて説明を行った。 ・説明後に見本の動作を示す、というように説明を分けて行った。 ・1回の説明では1手順の説明とした。 ・具体的に説明するように心がけ、記入内容の確認を行った。 作業の意味 ・作業自体の意味がイメージできないと理解できなかった。 ・全体像の説明後、担当する範囲を伝えるとスムーズに理解できた。 マニュアルの見飛ばし ・参照するものの、見飛ばしのミスが多く見られた。 ・ルーラーを用いて、1手順ずつ確認しながら進めると、手順が抜けなくなった。 手順説明時の理解困難 ・四捨五入の説明が理解できなかった。 ・本人の理解できる言葉(四射五入で「0〜4はポイ」)を用いて説明すると理解できた。 言葉の理解の困難さ ・口頭で作業を伝えても理解が困難。 ・デジカメで説明の様子を撮影してもらい、写真を参照することで理解できた。 ・本人にとってわかりやすい言葉で、マニュアルを作成した。 1-b プランニング 計画的な作業遂行 ・作業計画に沿って自発的に作業を進めることが困難。 ・作業日程表を使用することで、計画的に作業を進めることができた。他の作業を追加で指示された時は、計画表を修正することで対応できた。 作業の優先順位 ・複数の作業を指示されると優先順位が分からなかった。 ・指示された作業のメモを用いて、納期の近いものから進めるように指示すると、優先順位を決めることができた。 作業の見通し ・作業の見通しが立たないとストレスになり、不信感につながりやすい面が見られた。 ・できるだけ日々の作業内容を一定にするようにした。変更がある時は理由も同時に伝えるようにした。 忘れ物 ・提出物の期限を忘れてしまった。 ・忘れ物を取りに家に戻ることが多く見られた。 ・持ち物チェック表を作成することで、前日に準備する習慣が定着した。 作業手順を覚えられない ・繰り返し同じ作業を行っても、日がたつと、手順を忘れてしまった。 ・マニュアルの参照を促した。自発的な参照の定着により、手順を忘れても作業を進めることができていた。 1-c 正確性 誤字・脱字に気づかない ・類似している英字や同音漢字にミスが出やすかった。 ・半角/全角の入力規則でミスが出やすかった。 ・メールアドレスで見直しをしてもミスがなくならなかった。 ・留意点やこれまでのミスをメモしておくことで意識づけた。 ・パソコン画面上と紙面上での2回の見直しを行うようにした。 ・メールアドレスの入力は外して作業を行うように変更した。 見直し ・複雑な書類の作成になると、見直しをしてもミスがなくならなかった。 ・見直しを行わないため、ミスに気づかなかった。 ・見直しのチェックポイント表を作成し、チェックしながら見直しを行った。 ・二人で見直しをし、競争形式でミスを探すようにした。 ・マニュアルを作成する際、見直しまでを手順として記載してもらった。 速さを意識しすぎる ・正確さよりも速さを意識してミスが出てしまった。 ・書面上で見直しの重要性について伝え、時間をかけてもいいことを確認した。 書類の見にくさによるミス ・見比べるものが離れていると、違いに気が付きにくかった。 ・見る場所が飛んでしまいやすかった。 ・ピッキングのような動く作業では、ルーラーの使用が困難。 ・用紙を折り曲げて、近くになるようにして見比べを行った。 ・ルーラーを用いて、見る場所を限定した。 ・磁石式のルーラーを用いて、ずれにくくした。 記憶に頼る ・記憶力が良く、メモを取らないため、長い指示でもメモを取らずミスが出やすかった。 ・常にメモを携帯するようにしてもらい、指示の際にメモを取ることを促した。 マニュアルを見てもミスが減らない ・マニュアルが複数ページに渡ると、見にくいためミスが出やすかった。 ・マニュアルを見ても、作業手順の抜けに気づかなかった。 ・1ページに収まるように、マニュアルを再度作成した。 ・マニュアルに色付けをして見やすくした。 1-d 作業速度 慎重すぎる作業 ・慎重に作業を進めすぎてしまい、時間を要してしまった。 ・慣れてくれば作業速度が上がってくることを伝え、作業速度は求めなかった。 細かな作業が苦手 ・細かな作業は苦手意識が強く、不安・緊張が高まり、作業が進まなかった。 ・スピードは求めず、自分のペースで進めていいことを伝えた。 見直しに時間がかかる ・何回も必要以上に見直しをして、時間がかかってしまった。 ・見直しの手順をマニュアルに記載し、必要なところで見直しを行ってもらうようにした。 1-e 手先協応性 細かな作業が苦手 ・細かな作業が苦手で、ドライバーやネジの取り扱いが困難。 ・器用さを求められるような細かな作業は避けるようにした。 パソコンの操作が苦手 ・ダブルクリックがうまくできなかった。 ・「カチカチ」と口頭でクリックするリズムを伝えながら進めた。 ・ダブルクリックは用いず、「右クリック+開くをクリック」へと手順を変更した。 d,e 作業速度・手先協応性 慎重に作業を進めすぎる点や細かな作業が苦手な点が課題として挙げられた。「まずは正確性を優先し、作業速度はいいので、マイペースに進める」ことを伝えることで、作業は遅いままであったが、遅いことへの焦りは改善された。また、手先協応性での課題として、器用さが求められる作業が大きなストレスとなる場合もあり、細かな作業は避けて、別の作業を行う方がいいと考えられる。 (2) 受信特性の課題 (表2) a 感覚・刺激への過敏性 視覚・聴覚・気温等や人の存在への過敏性が挙げられた。感覚特性自体は改善困難な特性であるため、「訴えをよく聞き、できる限り作業環境を整えるという」対応が優先されると思われる。また、人からの視線や苦手な人が見えることの過敏性を訴える受講者もあり、衝立をはさんだり、「人の位置関係への配慮」も重要であった。 b 注意・集中 注意・集中に関する課題として、集中切れ・不注意、過集中、空想・フラッシュバック、モチベーションが挙げられた。効果のあった支援の工夫として、「作業内容や休憩の取り方、作業環境の調整を行う」ことや、「集中が途切れた時に話を聞いたり、声かけをする」対応で、集中が維持される事があった。過敏性と同様に、無理のない作業条件を整えることが優先され、「受講者の訴えをよく聞く」必要があると思われる。 表2 作業周辺課題におけるプログラムで見られた職業的課題と効果のあった支援の工夫 特性 プログラムで見られた職業的課題 効果のあった支援の工夫 2 受信特性の課題 2-a 感覚・刺激への過敏性 視覚・聴覚の過敏性 ・目や耳から入る情報に過敏で、情報過多になった。 ・騒がしい場所が苦手。 ・コントラストが強いと、目がチカチカした。 ・パーテーションの活用により、人の動きなどの視覚情報を制限した。 ・ノイズキャンセリングヘッドフォンや耳栓の活用により、聴覚情報を制限した。 ・その都度、対応が必要かを確認した。 ・用紙やルーラー等を淡色に変更したり、パソコンの画面表示を暗めにした。 気温等の過敏性 ・臭いや天気、気温、湿度が気分や体調に影響した。 ・換気に気を付けたり、マスクを使用した。 ・エアコンの設定に気を付け、ミニ扇風機を併用した。 人の存在への過敏性 ・人の動きが気になってしまった。 ・肩などを触れられるのが苦手。 ・背後から見られるのが気になった。 ・周りの視線や言動が気になった。 ・周りの人が気になり、気分が悪くなった。 ・人の見えない位置や別の部屋へ移動した。 ・体に触れないように気を付けた。 ・どの位置からなら気にならないかを確認した。 ・話をよく聞き、必要に応じて休憩を取ってもらった。 2-b 注意・集中 集中切れ・ 不注意 ・ミスをすると集中力が途切れてしまった。 ・不注意から、作業指示を聞き逃してしまった。 ・別の作業の指示が入ると集中が途切れた。 ・休憩して気分転換を図った。 ・作業開始前に齟齬がないか確認した。 ・今の作業を終えてから、次の作業の指示を行うように変更した。 過集中 ・休憩が取れず、疲れをためてしまった。 ・過集中になりやすい作業種が見られた。 ・タイマーを使い、休憩を取るようにした。 ・作業種ごとの集中度を記入し、時間を決めて作業を行った。 作業環境による集中切れ ・暑さに弱く、汗をかくと集中力が落ちた。 ・周囲の景色が見えると集中力が落ちた。 ・冷やしタオルを首に巻いて作業を行った。 ・窓のブラインドを閉めて作業を行った。 空想・考え事・ フラッシュバック ・空想や考え事、フラッシュバックで作業に集中できなくなった。 ・話を少し聞いてから、作業に戻った。 ・考え事で動きが止まっていると思われたときには、声をかけた。 ・休憩を取ってもらった。 モチベーション ・やる気が見られず、無気力な状態になった。 ・モチベーションを上げるため、実習先と類似した作業を設定した。 3 思考の課題 3-a 作業への思い込み 自己判断 ・指示されていない内容を自己判断した。 ・指示内容を勘違いしたまま進めた。 ・作業を早く進めなければと思い込んだ。 ・効率を重視し、手順を変更した。 ・今は何をすべきか勝手に思い込んだ。 ・作業開始前に齟齬がないかを確認した。 ・作業量を細かく伝えながら進めた。 ・定期的に作業手順について確認した。 ・作業内容の意味について確認した。 ・作業内容やスケジュールを事前に細かく伝えながら進めた。 うまくいかないことへの焦り・苛立ち ・作業手順が混乱し、時間内に終わらず、苛立った。 ・目の前にたくさんのものがあると、早くやらねばと焦った。 ・ミスが出ると激しく落ち込んだ。 ・初めての作業で必要以上に苦手意識。 ・作業を一旦停止し、手順を再度整理し、確認してから作業を再開した。 ・今やっているものを終えてから、次のものを置くように手順を変更した。 ・ミスを伝える際、ミスを減らす工夫を伝えるようにした。 ・適宜確認をし、ミスが出ないようにした。 提案への拒否 ・ミスへの対処法の提案を受け入れなかった。 ・ホワイトボードや紙面を用いて、なぜそのやり方がいいかを説明した。 3-b 作業の振り返り 作業結果への振り返りが困難 ・出来事は記録できるが、掘り下げて考えることが困難。 ・ミスに対してミスではなかった」と問題意識がなく、見直しの定着につながらなかった。 ・具体的に細かく聞きながら振り返った。 ・先に気づいた点を記入しておき、それに基づいて振り返りを行った。 ・作業結果と感じたことを、その都度記入しながら作業を進め、最後に気を付けた点を振り返った。 振り返りの表現が困難 ・記入することが苦手。 ・言葉で表現することが苦手。 ・具体的に細かく聞きながら振り返った。 ・一問一答形式の記入用紙を使用した。 ・言葉で表現した内容を書き取り、それを写してもらった。 4 送信の課題 4-a 作業上のソーシャルスキル 報告の課題 ・作業開始、終了の報告ができなかった。 ・報告のセリフがわからず、冗長になってしまった。 ・マニュアル作成時に、報告のセリフやタイミングまでを手順に入れて記入した。 ・作業指示のメモを取る時に、報告までを含めて記入した。 質問の課題 ・質問せず、自力で解決しようとした。 ・忘れていたこと思い出し、急に部屋を飛び出した。 ・目線で訴え、気づいてもらえるのを待ってしまった。 ・「後で聞けば何とかなる」と思い、すぐに質問しなかった。 ・質問する際のセリフをあらかじめ伝えておいた。 ・急に飛び出すと相手がどう思うか図式化して説明し、対策を考えた。 ・気づいてもらうことの限界を説明し、質問の流れのパターンを練習した。 ・作業開始前に齟齬がないか確認した。 コミュニケーション態度の課題 ・報告時に、目線を合わせなかった。 ・遠くから大声で質問や報告を行った。 ・タイミングがつかめず、長時間待ち続けた。 ・対人技能トレーニングの資料を確認し、マニュアルに留意点を書き加えた。 ・相手に近づいて伝えるという流れを説明し、意図的に場面を設定した。 ・意図的にタイミングがつかみにくい場面を設定して、報告の練習を行った。 4-b 発言内容 思ったことを衝動的に発言 ・言語理解の弱さと自分の思い込みから状況を正しく理解できず、相手に攻撃的な発言をした。 ・自分の思いに反する人に対し攻撃的な発言をした。 ・状況を正しく理解できるように、ホワイトボードを使い丁寧に説明した。 ・その場から離れてクールダウンをした。 ・衝動性について説明し、丁寧に相手に伝える方法を提案した。 独特の言い回し ・独特な単語を使用するため、内容を理解しにくかった。 ・わかりにくいときは、その都度意味を確認した。 不安による質問・確認の繰り返し ・不安が強いと気が済むまで、何度も同じ質問や確認を繰り返した。 ・一通り納得するまで話してもらい、深呼吸を促して落ち着いてもらった。 体調の波による発言態度 ・体調の悪い時、「めんどくさい」やため息が見られた。 ・本人の訴えを聞きつつ、周囲からどのように見えるかを伝えた。 不安・疲労の課題 5-a 不安・緊張 初めての作業への不安・緊張 ・新しい作業を行うときは、不安・緊張が強く見られた。 ・不安・緊張が強い時は、新しい作業は避け、定型の作業へ切り替えた。 ・ホワイトボード等を使って、具体的に時間をかけて説明した。 ・ミスが出ないように段階を踏んで、自信がつくように作業を進めた。 ・良い点を、その都度フィードバックした。 ・作業に入る前に呼吸法を実施した。 作業がうまくいかない時の不安・緊張 ・メモが追いつかない時、自分のペースでできない時、不明点を頭の中で整理している時、ミスをした時,見通しが立たない時、予想がつかない時 ・本人のペースに合わせて作業を進め、予定を早めに伝えた。 ・1回の作業量を減らし、見通しを立てやすいように変更した。 ・休憩を取って気分を切り替えた。 5-b 易疲労性 作業に対する 疲れやすさ ・一日同じ作業だと疲れてしまった。 ・同じ作業を続けて行うと疲れてしまった。 ・やることが多く、余裕がなくなってしまった。 ・午前と午後で違う作業を設定した。 ・休憩を多めに取りながら作業を進めた。 ・新しい作業を控える等、相談しながら、やるべきことの量を決めた。 休めない・休憩が取れない ・休憩を取ることができず、疲れてしまった。 ・他のことが気になり疲れていたが、休まなかった。 ・体調不良を申し出ることができなかった。 ・休憩までの作業時間を決め、タイマーを活用した。 ・本人の興味のある負担の少ない作業に切り替えた。 ・体調を示すカードを作り、カードに書いてある対処法を実施した。 対人関係に対する疲れやすさ ・人付き合いが苦手で、他者との行き違いが多く、精神的な疲労がたまった。 ・周囲に合わせすぎて、体調不良になった。 ・ストレスや疲労度を%で確認しながら、状況を把握した。 ・別室で休憩する等、他者との付き合いに距離を置いた。 慢性的体調不良 ・慢性的な眠気、吐き気、頭痛、腹痛の訴えがあった。 ・無理せずに休んでもらい、体調記録をつけてもらった。 (3)思考の課題(表2) a 作業への思い込み 作業への思い込みに関する課題として、予測困難な作業内容に対する自己判断や、予想外の作業結果に対する焦りや苛立ちといった感情、相手の提案に対する拒否が挙げられた。思い込みやすさそのものに対しての支援は困難であるものの、「話をよく聞き、齟齬のないように視覚的手段を用いながら作業内容を確認する」ことで思い込みによる齟齬が生じにくくなる場合があった。齟齬が生じることで、相手へのネガティブな感情へとつながることもあり、特に齟齬が生じないような留意が必要と思われる。 b 作業の振り返り 作業の振り返りに関する課題として、作業結果への振り返りの困難さや、振り返りの表現の困難さが挙げられた。「具体的に細かく聞き取りながら振り返りを行う」ことや、「記入シートを用いて書き込みやすくする」といった視覚的手段を活用することにより、本人からの振り返りが出てきやすくなった。作業への思い込みでの課題と同様に、齟齬がないよう具体的に説明し、視覚的手段を活用する方法が有効であると考えられる。 (4)送信の課題(表2) a 作業上のソーシャルスキル作業上のソーシャルスキルに関する課題として、報告・質問ができないことや、相手を見ない等のコミュニケーション態度の課題が挙げられた。支援の工夫として、「報告のセリフを確認すること」や「マニュアルへ報告のセリフを記入するような視覚的手段の活用」が効果的で、スムーズな報告につながる場合が多く見られた。また、コミュニケーション態度については、「対人技能トレーニングでの資料を参考にする」というように、他のプログラムとの関連性を持たせることによって、作業の手を止め相手の方を見る等、効果が見られた。 b 発言内容 発言内容での課題として、思ったことの衝動的な発言や、独特の言い回しで理解が困難な点、不安による質問や確認の繰り返し、体調による発言態度が挙げられた。効果のあった支援の工夫として、「丁寧に話を聞き取った後、発言内容について確認する」ことや、作業状況の把握が困難な場合には、「ホワイトボード等に書いて確認する視覚的手段の活用」が有効であった。発言内容の課題は、思考の課題と同様に、思い込みの強さから対処困難になる場合もあり、丁寧な支援が要求されると考えられる。 (5)不安・疲労の課題(表2) a 不安・緊張 不安・緊張に関する課題として、初めての作業時や作業がうまくいかない時に不安・緊張が高まることが挙げられた。効果のあった支援の工夫として、不安・緊張が高い状態では作業を行うことが困難になるため、受講者のペースに合わせ、不安に思っている話を聞いたり、作業種を変更したりと「無理せず不安・緊張を軽減することを優先する」配慮が有効であった。また、不安・緊張が高まった際には、「呼吸法を行うことや休憩を取ること」が必要になる場合もあった。不安・緊張に関しては、まずは受講者のペースに応じ、無理せず対応していくことが重要であると考えられる。 b 易疲労性 易疲労性に関する課題として、作業や対人関係面での疲れやすさや、疲れていても疲れを感じずに休めないこと、体調不良になりやすい点が挙げられた。効果のあった支援の工夫としては、「疲れにくいような作業種や作業量、休憩時間への配慮」を行うことや、体調不良時には「無理せず休憩を取ることや休んでもらう」ことが有効であった。易疲労性についても、不安・緊張と同様に、状態に応じて無理せず、柔軟に対応していくことが重要であると思われる。 4 まとめ 「受信特性−受信・理解−判断・思考−送信・行動」という情報処理過程の視点から、プログラム受講者の職業的課題に対して、効果のあった支援の工夫を整理した。受講者の課題点は様々であり、ある方法が別の受講者に有効であるとは限らない。今後さらなる支援の検討が必要であると思われる。 検討(1)では「作業上の職業的課題の評価」、本稿では「作業上の職業的課題に応じた支援の工夫」について検討を行った。一般に「評価に基づいた支援の重要性」が挙げられるが、評価と支援の両面からの検討が重要であると考えられる。 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける特性に応じた作業支援の検討(3) −個々の職業的課題に応じた支援事例の考察− ○佐善 和江(障害者職業総合センター職業センター企画課 職業レディネス評価員) 阿部 秀樹・加藤 ひと美・渡辺 由美(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 目的 「発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける特性に応じた作業支援の検討(2)」(以下「検討(2)」という。)では、「ワークシステム・サポートプログラム」(以下「プログラム」という。)の受講者において見られた作業上の職業的課題と効果のあった支援の工夫について検討を加えた。 本稿では、作業上の職業的課題に対し、効果的な支援の工夫を行った事例について、より詳細な検討を加えていきたい。 2 方法 プログラム受講者の6名の事例について、検討(2)と同様の「受信・理解−判断・思考−送信・行動」という情報処理過程から見た作業上の職業的課題の視点に基づき、個々の職業的課題に応じた支援について考察する。 情報処理過程から見た職業的課題と各事例との対応は、図1の通りである。 図1 情報処理過程からみた作業上の職業的課題と事例との対応 3 事例の考察 事例1 注意・集中に対する支援の工夫 注意欠陥多動性障害(30代:男性) 過集中による'燃え尽き'を防ぐために'集中度'のモニタリングをし、作業種・作業時間に配慮した事例 プランニングの支援→注意・集中への効果 パソコン操作等、作業に対しての能力は高いが、過集中があるために、疲れをためてしまいやすく、1週間を通した体力が続かないことがみられた。プログラム期間中、疲労度と集中度のモニタリングシート(図2)を記入してもらい、作業種と作業時間の検討を行った。 その結果、考える要素が入る作業では過集中になりやすく、単調なデータ入力や動きのある作業では'程よい集中'であることがわかった。そして、その日の疲労度(体調)によって、作業種を選んだり、休憩までの作業時間を考え、タイマーを用いて時間を管理することに至った。 本人自身、意識できていなかった集中度と疲労度を、意識化できるようになり'燃え尽き'を防ぐ第一歩へとつながったと考えられる。 図2 集中度のモニタリングシートの記入例 事例2 正確性に対する支援の工夫 アスペルガー症候群(20代:男性) 作業中ミスが減らず、その場で補完手段を提示するが受け入れ難い事例への支援 思考の偏り・思い込みの支援→正確性への効果 パソコンを使った作業として、アンケートハガキをもとに必要な項目を入力するデータ入力作業を行なったところ、手順にミスがないものの、思い込みによる読み方のミスや変換のミスが続いてしまった。ミスが続いたことで、本人のモチベーションが低下した様子であった。提案として、見直しの仕方をミスが減るように5枚入力したら印刷して見直すよう変えてみることを伝えるが、その場ではやや高揚した様子で受け入れられない様子であった。受け入れられない理由として、「手順を変えることがストレスである」、「時間のロスになる」、「提案の内容は根本的にミスを無くす方法ではないので意味がない、全く無くすやり方を教えてほしい」と強めの口調で話していた。 そこで日を改めて本人と話し合い、現在行っている工夫の仕方を聞き、どこに気をつければミスが減るのかを整理した。すると住所を一息に入力・見直しをしていたことがわかり、住所を県、市、町、村、番地と区切って入力・見直しを行なうことを提案した。その結果、見直しの仕方を変える前は50データ中7個ミスが見られたが、変えた後では50データ中ミスが1つになるに至った。 ミスを指摘されることに強いストレスを感じる、または手順変更が苦手な方にとって、その場で対処法を変更してもらうことは、強い反発につながることがある。時間をおいて、本人と冷静に対処法を整理することが大切だと考えられる。 図3 アンケートハガキと見直し例 事例3 プランニングに対する支援の工夫 アスペルガー症候群(30代:男性) 作業計画表を用いて、複数作業の指示理解に取り組んだ事例。 指示理解への支援→計画的な職務の遂行 以前の職場では、スケジュールを手帳へ時系列に書き、終了したものから横線で消去し管理していた。その方法では、複数作業を頼まれるなど込み入った仕事をする場合、スケジュール管理ができなかった。また、コミュニケーションに苦手意識がある本事例には、担当者との齟齬が起きていても質問ができず、理由が分からないまま上司との関係が悪化し退職に至った経験があった。そこで、どのようにしたら正しく指示を理解しスケジュール管理ができるのかなどの検討を行うことにした。まず各作業の所要時間を自身で把握してもらい、1週間で終了して欲しい複数作業を任せ、作業計画を作成してもらった。当初は、所要時間が短く設定され何度か作業がずれ込んでいても、指摘を受けるまで気づけないことや、思い込みで作業を進めた場面が見られた。そこで、「突発的な差し込み作業」や「予定の変更」等を伝え、計画表の見直しを要する場面を設定した。加えて優先順位の確認や、コミュニケーション場面を設定し質問・確認などを適切に行い、スタッフの意思と同様の作業イメージを持ち、作業が行えているかを随時検証していった。その結果、「指示を受ける時には、メモをとって確認する」・「作業途中に、確認を受ける」・「所要時間は余裕を持って設定」などの対処法を、自ら考え出すことができた。また、計画表へ詳細な情報も書き込み、情報を一つにまとめた事で、担当者から仕事について尋ねられても、すぐに応じられるようになった。現在、抱えている作業も一目で分かり、見通しもつくようになった。コミュニケーションも躊躇なく行えるようになっていた。 図4 作成された作業計画表の一例 事例4 作業への思い込みに対する支援の工夫 アスペルガー障害 (30代:女性) 効率を良くしようとの思い込みが強いため、手順が安定しなかったが、具体的・視覚的に示したことにより、手順が安定した事例 作業の理解の支援→作業への思い込みへの効果 パソコンを用いて発注伝票を基に請求書を作成する作業において、手順書通りに進めることができない様子が見られた。当初は「作業が遅いため作業効率を優先することが大切」との思い込みが強く、「手順書通りにやると無駄な動きが出る」「手順書通りにやるとまどろっこしい」と、自分なりのやり方で作業を進めていた。そのため手順の読み飛ばしによる入力漏れや入力規則の誤りなどのミスが出ていた。見直しを丁寧に行うよう指示したが、「ざっと見直しました」との返答だったため、再度具体的にやり方を確認し合った(ポインティング+ルーラー使用など)。その後は意識して見直すようになったが手順は安定せず、ミスもなくならなかった。そこで、『請求書の見本』に番号を記入し(図5)、入力する手順を視覚的に分かりやすくし、その順番通りに進めてもらった。それにより、作業効率が良くなるだけではなく、入力漏れも無くなった。「順番を決めたことはミスの減少につながると思う」との感想も聞かれた。 このように、文字だけの手順書だけでなく、具体的・視覚的に示す事で、効率を良くする事の思い込みから、手順の安定を重視する思考へと変化したと考えられる。 図5 入力手順の番号を記入した請求書の見本 事例5 作業上のソーシャルスキルへの支援 アスペルガー症候群(20代:男性) 報告・質問など、タイミングを窺うに留まりがち。「こんなときどうする」と具体的な場面や対処法を記入した用紙を用い、般化を目指した事例。 作業の理解の支援→送信面への支援 アルバイトを含め就労経験を持たない本事例は、経験が乏しく初めての場面や、慣れていない人に対しては報告や質問の内容、相手の理解は出来ているものの、タイミングを窺うに留まり、自分から行動に移すことが難しかった。例えば、通りたい所に人が立っていると、困ってウロウロするばかりで、「『すみません』と言ってみましょうか?」などとモデルを示すと、その通りに言う事は出来ていた。プログラム中にも様々な場面に遭遇するよう設定し、その都度対処法などを伝えていたが、ソーシャルスキルのノウハウを貯め、就職後にも役立てる為、対処法メモに残すことを提案してみた(図6)。 導入当初は、基本的な「職場の人への挨拶は?」等、スタッフ側から課題を提起し一緒に考え、対処法や記入方法を習得するに努めた。何か迷う場面が生じると同様に記入していった。 その結果、未経験でも今後職場で起こりそうな具体的な場面を提起すると、対処法を想定し記入できるまでになった。 書き貯めた事で、本人の自信にも繋がっていった事例であると思われる。 図6 対処法を想定し記入した例 事例6 不安・緊張に対する支援の工夫 アスペルガー症候群(20代:男性) プログラムを受ける中で、不安が高まり確認行為が増えたが、作業内容を一定に保つことで作業が安定した事例 作業の理解の支援→不安・緊張への効果 プログラム中盤から、日々のプログラム内容の変更や、日常生活のトラブルにより作業前や作業中に情緒や行動が不安定になってきた。作業に関係のない事柄にこだわり、質問や確認が増え、他者からの返答が自分の思ったとおりでないと更に質問が増えた。また、集中力が低下し作業中に手が止まってしまうなど作業遂行に影響がでた。 本人が不安になる要因として、①新しい環境におかれたり状況が変化すること、②急な作業内容の変更、③慎重に対処しないとミスが出てしまうような複雑な作業を行うこと、④指示を出す人が複数であることであった。そこで、本人が作業しやすいように、朝礼を個別に行い、周囲の刺激を減らしその日の予定を丁寧に伝えた。また、作業の内容と指示の出し方を一定にすることとした。 朝礼を個別に行うことで、体調を意識することができ、作業に移行しやすい様子がみられた。特に、体調が悪く、様々な刺激が本人にとって辛い場合に効果的であった。納得のいくまで予定を確認することができたことも本人の不安の軽減に繋がった。作業場面では、体調の良い時であれば内容が決まっているため、細かな作業の指示でも自発的にメモで確認するなどして安定して作業に取り組めるようになった。体調が優れないときでも、確認行為はあるものの、自分の状態を伝えて休憩を申し出ることが出来るようになった。 プログラム中は、作業であれば指示者が変わったり、作業内容が変更になったり、生活面では生活環境やリズムが変わる等の場面は頻繁にある。本事例の場合このような変更によってパニックを起こしたり自分では疲労を自覚することなく、ストレスが体調不良に繋がった。作業や生活でのちょっとした不安やストレスのサインを見逃さず、環境を調整することが大切だと思われる。 4 まとめ プログラム受講者の事例について、情報処理の視点から職業的課題を分析し、それぞれの特性に応じた支援内容の考察を行った。6名の事例を通して、以下の点がまとめられる。 (1) 特性の理解に基づいた支援の重要性 プログラム受講者の特性は、6名の事例において、それぞれ異なっており、特性に応じ支援ポイントも異なった。「受信・理解−判断・思考−送信・行動」という情報処理の流れの視点を用いることにより、作業上の職業的課題が整理され、支援の工夫へとつながり、特性の理解に基づいた支援の重要性が確認された。 (2) 課題とは異なる特性を利用した支援 6事例を通して、課題の見られた特性への支援として、課題そのものへのアプローチではなく、別の角度からのアプローチを行うことで効果が見られた。「○○への支援が△△への効果へとつながる」というような、つながりの視点が重要であると考えられる。本稿で用いた情報処理の流れの視点は、つながりを整理する上で1つの有効な手段となると思われる。 (3) 今後の課題 本稿では、作業上の職業的課題に注目し、特性として苦手なことに対する支援の工夫を取り上げた。就労支援においては、得意分野を活かした支援が行われることが多く、今後の課題として、得意分野を活かすための支援についての検討が必要であると思われる。 【文献】 1) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラム 障害者支援マニュアルⅡ、「障害者職業総合センター職業センター支援マニュアル No.4」、(2009) 2) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラムとその支援事例(2)注意欠陥多動性障害を有する者への支援、「障害者職業総合センター職業センター実践報告書 No.23」、(2010) 3) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のための職場対人技能トレーニング(JST)、「障害者職業総合センター職業センター支援マニュアル No.6」、(2011) 4) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者を理解するために2〜就労支援者のためのハンドブック〜、「障害者職業総合センター職業センター支援マニュアル No.7」、(2012) 知的障害者の新たな雇用開発に関する研究 −高知県の産業構造と地域性に着目して− ○矢野川 祥典(高知大学大学院/高知大学教育学部附属特別支援学校) 是永 かな子(高知大学) KEY WORDS:雇用開発 産業構造 地域性 1 問題の所在と目的 平成19年に特別支援教育が本格実施されるようになり、障害のある児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取組みを支援するという視点に立ち、進路指導及び就労支援のより一層の充実が求められている。高知大学教育学部附属特別支援学校(以下「本校」という。)ではこうした状況を踏まえ、進路指導と職業教育の充実を図り現場実習を積極的に行う等、卒業生の高い一般就労率(過去10年間で約6割)につなげている。その一方で就労先を新たに確保することは容易ではなく、毎年、進路開拓に奔走している状況である。そこで、新たな雇用開発を目指すため高知県の産業構造において、全国で最も高い就業者割合を示す「医療、福祉」に着目し、関係機関と連携を図り、検討を重ねている。この背景には、高知県の置かれている少子高齢化や高齢者福祉のあり方、及び過疎化といった深刻な現状がある。 以上を踏まえ本稿では、「医療、福祉」における現状を統計的に確認した上で、「高齢者福祉」に注目し、特別養護老人ホームや支援機関である高齢者包括支援センターへの調査を行い、既存のサービス内容及びサービスにおけるニーズ等を確認する。また、知的障害者福祉事業所との連携で、高齢者地域に対して実際に知的障害者が実習を行うことにより、サービス提供の可能性を探ることを目的とする。 2 方法 本研究は、文献研究と調査研究の方法を用いる。 第1に、国勢調査による産業構造の統計資料から、全国における産業別就業者割合を示すとともに、「医療、福祉」における就業者割合を確認する。併せて、高知県の知的障害者における産業別就業者割合を示す。第2に、総務省統計局資料より「医療、福祉」の基準及び概念を検討する。第3に、特別養護老人ホームへの聞き取り調査により、就労を果たしている障害者の業務内容や関係機関への要望等を考察する。第4に高齢者包括支援センターへのアンケート調査から、他機関によるサービス需要の有無について、翻って知的障害者が高齢者に対してサービス提供者になることが可能か、調査から分析する。第5に、福祉事業所及び地区自治会との連携により進行している「新たな雇用開発」を目指した地域との連携事業について、現状を検討する。 3 結果 (1)産業構造の統計資料 平成22年国勢調査の産業大分類別15 歳以上の就業者割合をみると(表1)、全国の就業者割合は「卸売・小売業」が17.0%と最も多く、次いで「製造業」16.3%、「医療、福祉」10.6%等となっている。しかし、前回の平成17年国勢調査と比べると「医療,福祉」が1.9%上昇と最も上昇している。さらに平成7年度国勢調査からの推移をみると、他の産業種が下降または停滞しているのと比べ、「医療、福祉」の就業者は5.6%から10.6%へと倍増している。 表1 全国の就業者割合〔大分類〕(%) 製造業 卸売業、小売業 宿泊業、飲食サービス業 サービス業 医療、福祉 平成7年度 20.5 18.6 5.9 4.5 5.6 平成12年度 19.0 18.1 6.0 5.5 6.8 平成17年度 17.0 17.5 6.0 7.0 8.7 平成22年度 16.3 17.0 6.0 5.9 10.6 出典:総務省(2012)『平成22年国勢調査』 「医療、福祉」の就業者割合を都道府県別にみると(表2)、高知県が15.5%で1位、以下、鹿児島県15.2%、長崎県15.0%と続き、高知県の数値は全国平均の10.6%を大きく上回っている。 表2 「医療、福祉」における就業者割合(上位3県) 高知県 鹿児島県 長崎県 就業者割合 15.5% 15.2% 15.0% 出典:総務省(2012)『平成22年国勢調査』 次に、高知県における知的障害者の就業者数及び割合(平成20年度)をハローワーク高知提供の資料でみると、最も多いのが「医療、福祉」16人(22.2%)、次いで「卸売業、小売業」13人(18.1%)、「製造業」13人(18.1%)、「サービス業」12人(16.7%)等となっており(表3)、知的障害者の就労においても「医療、福祉」で最も多く雇用されている。 表3 高知県における知的障害者の就業者数及び割合 医療、福祉 卸売業、小売業 製造業 サービス業 就業者数 16人 13人 13人 12人 割合 22.2% 18.1% 18.1% 16.7% 出典:高知労働局(2011)『高知労働局資料』 (2)「医療、福祉」の基準及び概念 総務省統計局資料によると、「医療、福祉」を中分類で分けると、「医療業」、「保健衛生」、「社会保険・社会福祉・介護事業」の3分類となる。さらに小分類で分けると「医療業」の枠内で「病院」、「一般診療所」、「歯科診療所」、「助産・看護業」、「医療に付帯するサービス業」の5分類、「保健衛生」の枠内で「保健所」、「健康相談施設」「その他の保健衛生」の3分類、「社会保険・社会福祉・介護事業」の枠内で「社会保険事業団体」、「福祉事務所」、「児童福祉事業」、「老人福祉・介護事業」、「障害者福祉事業」「その他の社会保険・社会福祉・介護事業」の6分類、にそれぞれ分けられる。このうち、本校が就労または実習において関連する事業を小分類で示すと、「病院」、「老人福祉・介護事業」の2つの事業種に特定できる。 (3)特別養護老人ホームへの聞き取り調査 知的障害者の就労について「医療、福祉」に着目する中で、過去に現場実習を依頼した特別養護老人ホームに対して聞き取り調査を行った。調査項目として、過去と現在の雇用状況、今後の障害者雇用の可能性、雇用拡大のために価値に期待する公的支援等を設定した。その結果、雇用に至るまでの不安、あるいは実際にどの業務に従事してもらうかなどの悩みや不安、支援方法、公的支援に対する要望等について聞くことができた。現在、身体障害者2名、精神障害者2名を雇用しているが、採用に当たってはハローワーク、障害者職業センターと関わりを持ち、ハローワークのトライアル雇用と助成金の活用、障害者職業センターのジョブコーチ制度を活用していた。しかし、「障害者雇用のため期待する制度」の設問に対して、「各種助成金の活用」、「トライアル雇用の拡充」といった助成金支援と人的支援をさらに求めていることが分かった。その一方で、「障害者の就業環境整備に関するコンサルティング」、と雇用に関する情報やその後の相談窓口を求めていることも分かった。また、医療・福祉の現場では、「安全面での配慮」「危険の回避」に関して非常に気をつかっており、この点において障害者受け入れに躊躇していることも分かった。 (4)高齢者包括支援センターへのアンケート調査 当初、買い物支援や不燃物処理等の高齢者のニーズを想定し、高知市保健所健康づくり課や高知市春野町健康業務課といった高齢者福祉に係る関係機関に対して既存のサービスなどに関する情報収集を行った。その後、高齢者のニーズの把握のため、高知県内の高齢者地域包括支援センターに対しアンケート調査を実施し、37センターのうち22ヵ所から回答を得た。その結果、高齢者支援に携わる専門職員の90%を超える職員が、既存のサービスのみならず、他機関のサービスが増えることを望んでいることが分かった(表4)。 表4 他機関のサービスについて(増えるとよいと思うか) 番号 ①非常に思う ②思う ③あまり思わない ④思わない ⑤その他 人数 7 14 1 0 1 割合 30.4% 60.9% 4.3% 0.0% 4.3% 実際にどのようなサービスがあればよいと思われるか、という設問では、表5のような結果となった。 表5 サービス種について ※複数回答可 番号 ①買い物代行 ②庭や畑の草引き ③廃棄物運搬 ④その他 件数 13 13 10 21 割合 22.8% 22.8% 17.5% 36.8% 買い物代行や庭や畑の草むしり、廃棄物運搬(空き缶、ペットボトルなど不燃物処理)がそれぞれまとまった支持を得た他、配食や調理といった食事に関するサービス、見守りや話し相手、安否確認といった意見も複数寄せられた。 次に、知的障害者による在宅高齢者支援サービスは可能であると思うか、という設問の結果を表6に記す。 表6 知的障害者による在宅高齢者支援サービス ※複数回答可 番号 ①大いに可能 ②条件により可能 ③困難である ④その他 件数 0 21 0 2 割合 0.0% 91.3% 0.0% 8.7% 「条件により可能」との回答が90%を超えており、知的障害者就労に関して前向きにとらえていることが分かる。障害者個々の作業能力について言及している他、支援者側やサービスを受ける側の理解があれば可能といった意見があった。 次に、実際にどのような支援サービスなら可能と思われるか、設問の結果を表7に記す。 表7 知的障害者が可能と思われるサービス種 ※複数回答可 番号 ①買い物代行 ②庭や畑の草引き ③廃棄物運搬 ④その他 件数 3 9 8 10 割合 15.0% 45.0% 40.0% 50.0% 実際にどのようなサービスなら提供可能か聞いたところ、「庭や畑の手入れ」と「廃棄物運搬(ゴミ出し、資源ゴミ等)」が圧倒的に多く、次いで「配食」(お弁当の製造、配達等)、「買い物」、「話し相手、見守り、安否確認」、「掃除」などがあった。また、「ヘルパーが行う以外の仕事(庭や畑の草むしり、廃棄物運搬等)なら、より可能性が有ると思う」といった意見もあった。 (5)福祉事業所及び地区自治会との連携 地域の高齢者が「何に困っているのか」、「どのような支援を必要としているのか」を探るため、特定地区の自治会と連携し、地区住民を対象に「買い物代行」「庭や畑の草引き」「廃棄物運搬」等の実習を企画した。実際に要望のあった住民に対して、田の草刈り、庭の清掃等の活動を行った。この実習に関しては就労継続支援B型事業所との連携により、7月30日〜8月3日の5日間にわたり実施した。B型事業所利用者を対象に支援員が引率、支援を行ったが、筆者が加わり実習をサポートする形をとった。これは、特別支援学校におけるこれまでの実習ノウハウを福祉事業所側に伝えるねらいもあった。また、実習期間中に、依頼者を中心として地域の高齢者がどのような支援を必要と感じているのかニーズ調査を行ったが、回答件数が少なかったこともあり、十分な調査結果は得られなかった。現在、実習連携したB型事業所の所在地区において高齢者支援サービスを企画しており、自治会と検討を重ねており、今後さ継続的に調査を進める。 4 考察 第1の「産業構造の統計資料」及び第2の「『医療、福祉』の基準及び概念」の結果から、知的障害者の就労先として「医療、福祉」に最も可能性があり、中でも「病院」、「老人福祉・介護事業」の2つの事業種に現在のところ特定できる。高齢者人口増加の傾向は当面続くため、新たな雇用開発を目指すための方向性を示すものといえるであろう。 第3の「特別養護老人ホームへの聞き取り調査」結果では、雇用に関する情報やその後の相談窓口を求めていることが分かったが、障害者職業センター、ハローワーク等の情報を学校など関係機関が共有し、併せて情報発信を行うことにより、理解啓発に努めていく必要があるだろう。調査を行ったこの事業所からは、平成21年度に一度、学校の授業の様子を見てみたいという要望があったが、学校行事の重なりもあり、その際には実現しなかった。現場実習では、実習先に生徒が出向き業務を遂行する形態になるため、依頼段階では学校での活動の様子や生徒の障害特性、性格等について、進路担当者が懸命に説明し、了解を取り付けるという形になる。しかし、説明だけでは障害に関する理解を得られないこともあり、最終的に断られるケースも多々ある。事業者に実習や雇用に目を向けてもらうためには、これまでのような先方に出向いての交渉だけでなく、先方が少しでも関心を持ってくれるようであれば、学校に招待して授業場面を実際に見てもらう、といったような工夫も必要かと思われる。生徒に対する理解促進を図ることができれば、実習や雇用に結びつく可能性も高まる。また、進路学習や作業学習に対して的確なアドバイスも期待できる。また、「医療、福祉」の現場では、高齢者に対する「安全面の配慮」はもちろんのこと、職員自身の「安全面の配慮」と「危険の回避」について非常に気をつかっており、この点において障害者受け入れに躊躇していることが率直な感想として上がった。知的障害者ではこの点において、本人の「気づき」や「配慮」が不十分あるいは不可能なのではないかととらえられているのである。事前に実習等を含めた綿密な準備、支援会議等により連携を深めていけば、決して無理なことではなく、その理解を得るためにも、先述の招待による学校視察や学校公開を積極的に呼びかけることも、一案ではないだろうか。 第4の「高齢者包括支援センターへのアンケート調査」では、ヘルパーのサービス以外の業務を中心に、知的障害者の業務遂行の可能性が見いだせた。高齢者に対する既存のサービスでは、サービス受給が決定すると買い物支援や家の清掃等のサービスは受けられるが、サービスの認定を受けることができなかった場合でも、買い物支援を求めている人は相当数いると考えられる。また、家の清掃は、ヘルパーサービスでは家全体ではなくあくまで本人の活動範囲内に限定されるため、不足を感じているケースもあると思われる。しかし、家の中に入って行うサービスの場合、物の破損や紛失などのトラブルも予想されるため、慎重に検討する必要がある。アンケートを総合すると、「庭や畑の草むしり」「廃棄物運搬」といった既存のサービス外業務の可能性が示されており、他の雑務や見守り、話し相手といったニーズを複数組み合わせての業務遂行が可能か、さらに検討していきたい。 第5の「福祉事業所及び地区自治会との連携」の結果では、新たな試みに対しての懸念からか、実習及びニーズ調査とも件数が少なく、十分な結果を得られなかった。調査を行うにあたり自治会の協力を得たが、地区住民への告知が回覧板のみということもあり、趣旨の理解と賛同、及び告知の難しさを感じた。しかし、その後、実習を行った先の口コミにより、数件の追加サービス依頼がくるなど、徐々に広がりを見せている。また、本件に関する第2の依頼地区(実習において連携したB型事業所の所在地区)の自治会が、この企画に関して積極的な姿勢でバックアップを示しており、新たな展開も予想される。先述したようにこの企画においては、先方(地区自治会及び地区住民)の十分な理解と賛同が必要であり、中、長期的に連携を図り、信頼関係を深めていくことを考えている。 今回調査対象とした地区における高齢化は、高知県内においても先んじて進行しており、今後、支援サービスのニーズはいっそう増えてくると思われる。潜在的なニーズの掘り起こしのため、今後も調査検討を重ね、「医療、福祉」産業種における知的障害者の新たな雇用開発を目指していくことが、今後の高知県における産業構造と地域性をふまえた上で必要とされていると考察した。 【文献】 1 大岡孝之・菅野敦(2009)「我が国における障害者労働・福祉施策の変換とこれからの課題−一般就労に向けての取り組み−」『東京学芸大学紀要 総合教育科学系』60,p.499. 2 総務省統計局(平成19年11月改定(第12回改定)〈平成21年3月統計基準設定〉)「日本標準産業分類項目と類似業種比準価額計算上の業種目との対比表」p.14. 福祉・企業等とのネットワーク形成と円滑な移行支援をめざした取り組み −福祉・企業・行政を対象にした参観週間の実施から− ○宇川 浩之(高知大学教育学部附属特別支援学校 教諭) 矢野川 祥典・柳本 佳寿枝(高知大学教育学部附属特別支援学校) 1 はじめに 新しい特別支援学校学習指導要領では、一人ひとりの実態やニーズに即した支援の必要性がこれまで以上に求められるようになった。また、キャリア教育の推進として、勤労観や職業観を障害の特性や発達段階に応じて育成していくことを大きなねらいの一つとした。さらに、卒業後の就労や生活全般を通した支援や環境設定を関係機関と連携しながらつくっていく、移行支援計画の作成などの重要性が挙げられている。 本稿では、実習先・就労先とどのような連携をとるべきかという視点から行った、福祉・企業・行政を対象とした学校参観週間の実施を紹介する。また、実際に行っている移行支援のケースも紹介し、学校から卒業していく際の関係機関とのネットワーク形成にはどのようなことが必要であるか考察を行う。 2 関係機関との連携 本校では中学部3年生から現場実習に取り組み、将来の就労(福祉的就労も含む)に向けてや卒業後の定着支援など、主として進路担当や旧担任などを中心として各関係機関と連携をとりながら進めている。 そのほかに本校では、現場実習期間に学部教員を中心とした巡回指導や引率指導を行い、実習先と連携して生徒に対する支援や環境設定を行っている。また、夏季休業中には全教員が進路先を訪れ、就労先の実際の様子や卒業生の課題を知り、福祉・労働に関する理解の場を設けている。PTAの研修でも職場訪問、行政の方に福祉の動向を話してもらうなど、労働や福祉サービスなどについて知る機会を設定している。 しかし一方、福祉・企業・行政の方に対して本校の取り組みを知ってもらうためには研究会の開催や公開授業の参加を呼びかけるなど限られており、外部の関係機関に対して普段の様子を見てもらう機会をあまり持てていない状況であった。 3 関係機関や進路先対象の参観実施 (1)参観週間の企画・設定 前述の課題について、今年度はじめの進路部会で「何とか本校の普段の様子を知ってもらえれば」という話になり、本校保護者を対象としている参観週間をベースに福祉・企業・行政機関を対象とした参観週間を企画した。 学校や各学級の準備、参観側の体制なども考えて、①参観期間は1日に限定せず1週間とする、②各学習の指導案は作成しない、③特別に設定した学習時間だけでなく、児童生徒の登校時間であればいつでも参観できるようにし、普段の学習や生活の様子を見てもらう、④状況により、学習場面での生徒とのかかわり、支援方法や教材・支援ツールなどの情報・意見交換を行えるようにする、⑤期日は高等部の実習を終え、行事のあまりない7月第1週を設定、とした。 (2)参観の対象 初めての試みということで、大きく案内せず①近年、現場実習でお世話になったり卒業生が所属したりしている福祉事業所や就労支援機関、②今年度卒業生が在席、また5月の実習を受け入れてもらった企業、③ハローワークや障害者職業センター、県障害保健福祉課、市障がい福祉課、県教育委員会特別支援教育課などをはじめとする行政機関と限定した。それぞれに開催の案内を現場実習の巡回やアフターケア、進路担当の会などで直接内容を説明し、手渡しする形をとった。 (3)参観とアンケート記入について 参観者には、来校時に職員室にて受付をし、名札を着用してもらい基本的に自由に参観をしてもらった。特に教員が帯同していくのではなく、校内を巡回しながら必要に応じて声をかけ、質問などに対応した。授業の中でも必要に応じて生徒と接したり、教員と話をしたりすることで学習活動などについて説明を行うなどした。 また、受付の際にアンケート用紙を配布し、今後の教育活動について意見を伺った。今回おこなったアンケートの質問内容は以下の5点である。 ほかに「その他」として自由に記述してもらえる欄を設定した。 表1 参観の際に行ったアンケート項目 所属先(事業所名でも「福祉」などでも可とした) 参観週間実施に関する感想(日程や時期、内容など) 参観した学習活動についての意見や質問、感想 高等部卒業までに身につけておくべきスキル(生活・作業・社会面)はどんなものがあるか、また事業所などで具体的に取り組んでいる内容 個々の支援(環境設定や個別の支援、移行支援〜定着支援)を卒業後の生活につなげ、継続させていくための企業・施設・関係機関や家庭とどう連携していけばよいか (4)参観週間実施を実施して ①参観者の内訳 7月2日〜6日の1週間で、参観した方は79名であった。その所属は以下のとおりである。 表2 参観者の所属先内訳 事業所などの種類 参観人数 就労移行・B型併設事業所 44 B型事業所 8 B型・生活介護併設事業所 16 障害児通所支援施設 2 県障害保健福祉課 2 市障がい福祉課 4 ハローワーク 3 合計 79 今回の期間では、企業の方の参観は実現しなかった。また福祉事業所の中には、職員のほとんどの方をいくつかのグループに分けるなどして参観する体制を組まれたところもあり、今回の取り組みへの関心の高さを感じた。 ②参観の様子 福祉事業所の中には、参観の以前に実際に現場実習でお世話になったケースもあり、実習での様子とは違った学校での学習活動の様子を知ることができる場となった。また、学習活動で使用している支援ツールや視覚的教材と提示などについても関心を持たれ、必要に応じて教員と話をする場面も多く見られた。さらには、普段接することの少ない年齢の児童や生徒の学習の様子も参観することを通し、声かけや支援の仕方などを直接情報交換することができた。また、卒業までにどのようなスキルを身につければよいのかも聞くことができ、今後の参考になった。意見の多い内容は以下のとおりである。 表3 事業所が考える卒業までにつけたいスキル 身につけておきたいスキル 回答数 挨拶・返事・報告 25 衛生面や身辺の自立 12 困ったことを聞ける 7 社会的マナー・礼儀作法 6 活動における集中力 6 基本的生活習慣・規則正しい生活 5 他者との基本的なコミュニケーション 5 しかし、小学部の児童にとっては、1週間のあいだ知らない人が次々と学習の様子を参観に来るので不安定になるケースもあった。また、参観はしてもらったが、学校の大まかな概要の説明などを時間設定していなかった。これらのことを次回は配慮・工夫していく必要を感じた。 ③アンケートから見る「連携」の必要性 今回の参観の際にとったアンケートの中に「個々の支援を卒業後の生活につなげ、継続させていくための連携はどうしていけばよいのか」という内容の質問を設定したところ、たくさんの回答を得た。その中の多かった意見について以下に記す。 表4 連携のための取り組みに関する回答 連携のため必要な事柄 回答数 普段からの情報交換と、学習などでの施設利用やお互いの見学 15 定期的な情報交換と支援の意見交換(アフターケア) 14 高等部の早い段階での実習や職場見学 8 引継ぎや移行支援会議の設定 8 チームでの支援体制を作る 6 実習などでの事前のケース会議 5 情報をオープンにした(共有した)連携 4 ほかにも多くの意見を頂いたが、表4を見ると「情報交換」という言葉が多く見受けられる。それが、高等部での現場実習や移行期の支援会議、アフターケアなど必要な場面が多いことがわかる。実際、自由記述の中には「実習に来る生徒が普段どんな学習活動をしているのかをはじめてじっくりと見ることができた」「生徒が自分から活動していけるように支援ツールの使用や視覚的環境設定に取り組んでいることがわかり、参考になった」などとあり、生徒一人ひとりのケースに関する情報交換と、学習活動を進めていく上での様々な環境設定などについての情報交換の必要性を感じた。それには福祉や企業、行政機関の方に普段の学校の様子を見てもらい、改まらない雰囲気の中で情報交換ができるような取り組みを設定していくよう、今後も学校として取り組む必要がある。 4 移行・定着支援の実際 本校を卒業し、福祉事業所に所属するようになった1人を取り上げて、高等部の現場実習からの支援と連携について紹介する。 (1)プロフィール 重度自閉症卒業生A。小学部から本校に入学、高等部卒業後福祉事業所(B型・生活介護型併設、卒業生Aは生活介護型。以下B事業所とする)に所属。Aは活動の見通しがたたない、活動の制止などの状況において、泣く・怒るなどの行動を示すことがある。 (2)現場実習と所属先決定に向けて Aの在学時の現場実習は以下のとおりである。 表5 Aの現場実習 時期 期間 実習先 主な活動内容 中3秋 3W C事業所 果樹園周辺の刈り草運搬 高1秋 3W D事業所 農耕作業・運搬を中心 高2春 3W B事業所 ハウス作業・箱折り 高2秋 4W B事業所 野菜の加工 高3春 3W B事業所 野菜の加工・ハウス作業 高3秋 4W B事業所 ハウス・畑作業 Aは高等部2年生で2回、3年生で2回、B事業所での実習を行った。最初の3回の実習で、室内軽作業、畑作業、野菜加工などの経験をさせてもらい、4回目はこれまでの実習の様子などを総合的に見て、畑作業に特化して行った。これらの実習にあたって、個別の支援計画とAに対する支援についての留意点など、事前にB事業所にて担任と進路担当がケース会を行った。その際に示す項目は表6のとおりである。 また、実習時は教員が引率し、Aへの関わり方などを直接示すようなことも行った。この引率については、徐々に巡回指導に移行させ、事業所にお願いする形をとった。さらに、実習終了後には総括を行い、Aの評価を行うようにした。 表6 事前のケース会で提示する主な内容 実習の事前ケース会で示す主な内容 身体的特性、性格や行動特性(身辺自立・集団参加・言語・数量・作業・情操)、これまでの実習暦と評価・課題、本人の特性による支援の必要性とその方法、学校や家庭での様子、必要な場合健康と医療的情報、 など しかし実習の回数を重ねるにつれ、事前の会が徐々に簡略化していったため、3回目の実習では実習先で不適応行動が表れた。このため、進路先として最終的にお願いした4回目の実習では、個別の支援計画の資料だけでなく、実際にこういうときに不安定になり、どのように対処すると良いかなどを記した書類も作成、担任と進路担当、事業の所長、作業担当で情報交換をする場を取った。この前に、保護者も事業所に赴き、将来の利用も念頭に置いた実習依頼を行っている。 (3)移行支援会議 実習を終え、卒業後も利用可能の判断を頂き、ケース会を3学期に2度設定した。1度目は保護者も含めた支援会議で、家庭の思いを伝え、配慮すべき内容について、通勤の仕方や準備しておくものなどの確認を主とする内容であった。2度目は保護者を同席とせず、Aの実態にもう少し踏み込んだ内容で、支援の方法や作業内容の確認について情報交換を行った。この際に使用した資料は、移行支援計画と、個別の指導計画、Aについての支援に関する留意事項などのである。 (4)定着に向けた支援 卒業後も情報交換をしつつ、定着を目指す必要性が高いということで、以下のような取り組みを行っている。 ①現場実習を合わせたアフターケア Aの定着に向けて、支援ができるように在校生徒の実習を5月にお願いした。在校生の実習場所が同じということもあり、Aの活動の様子も見ることができ、必要な際に支援員さんと話をすることが可能で、課題が生じた際の対応がすぐにできたため、大きな崩れは少なかった。ただ、活動の主体はB事業所であるので、学校としての立場は前面に出ることなくかかわることを大切にした。 ②夏季休業中の訪問 卒業4年をめどとして、全教員が夏季休業中に事業所を割り振って訪問している。小・中学部の教員が事業所訪問をすることで、事業所の取り組みを理解することができ、また別の目でAをはじめとする卒業生の活動について学校内でも意見交換ができるよう取り組んでいる。 ③不定期な訪問 また、普段は担任や進路担当が不定期ではあるが訪問して情報交換を行っている。特に卒業間もないケースに関しては頻度を多く設定できるようにしており、不本意な離職や退所につながらないように支援を行っている。 ④支援ツールの引継ぎ Aが卒業して半年ごろ、在籍して初めての健康診断があるので、どのように対応したら良いのか相談を受けた。移行支援会議ではこのことまで触れていなかったので、本校の旧担任や養護教諭に検診などの様子を聞き、その際に使った支援ツール(視力検査での絵カード、検査の手順を示した写真・絵カードなど)を紹介してもらった。これらを事業所に持参し、当時の様子やツールの使用方法を伝え、当日の対応に関する方向性を共有し、何ら問題なく落ち着いて初めての場所でも検診を受けることができた。 このように、Aをはじめとする卒業生に何か困った点や心配な点が予想されるときに、気軽に情報交換ができる関係があることで、本人のある程度の困り感が軽減し、不適応行動に発展することも少なくなるということを強く感じた。 (5)今後の支援の必要性 Aにとっても、B事業所での日中活動は始まったばかりである。学校生活で経験していない活動も今後もあるだろう。前述の健診に向けての準備のように、特に心配の芽があれば早めに対処できるよう、移行・定着支援として学校も参加することが大切であり、またそれが移行期には特に重要であるといえる。 5 今後必要な連携とは 今回の学校参観は、福祉事業所中心となってしまったが、企業との連携でも同じことが言える。指示理解やコミュニケーションに関して課題のある生徒が就労していくためには、これらに関する支援の手立てや理解をお願いしていかなければならない。そのために、就労先と学校の連携は重要なものとなる。さらに、ケースによっては他の支援機関の協力もお願いし、ひとりひとりに応じた支援のネットワークを形成していく必要がある。また、学校としてもケースに応じて主たる相談窓口を他の機関に引き継ぐなどの時期や調整なども早い段階から視野に入れた支援計画を考えていく必要がある。 6 おわりに 今回の参観週間実施を通して、就労先となっている事業所と、普段の様子も含めてお互いを知るという大切さを強く感じた。また、情報交換のベースがあるからといって、ケース会を簡略にせず、丁寧に共通の認識を持てるようにしていく必要がある。さらに、必要に応じて支援を必要とするケースにどの分野の誰が関わり、どうネットワークを構築するかが今後さらに重要となってくるであろう。 本校においても、これらの取り組みからどのような視点で教育活動を行えばよいのか参考になる点が多くある。また、本校では今年度からの2年計画で「小学部から高等部までの系統性のある職業教育のあり方」として研究を進めている。これらの研究を進め、教育課程を検討していく中でこの取り組みや意見を活かしていきたい。その中で卒業までに身につけたいスキルについても小学部段階からどのような系統を立てて学習を進めていくのか検討し、研究の大きな流れとリンクさせていきたい。そして、今回の取り組みを学校としての研究につなげていくことができればと考える。 今後も、今回の参観週間のように、比較的気軽に学校の普段の様子を見てもらうということは、関係機関との連携やネットワークづくりでは必要なことだといえる。実際に思っていることを率直に出し合い、共通理解を図っていけるべく、このような取り組みを継続・進化させていき、これまで行っている移行・定着支援についても、「連携」をしっかりとりながら進めていきたい。 岡山地域農業の障害者雇用促進 ○田中 誠(就実大学/就実短期大学 教授) 宇川 浩之(高知大学教育学部附属特別支援学校) 矢野川 祥典(高知大学教育学部附属特別支援学校/高知大学大学院) 石山 貴章(就実大学) 前田 和也(高知県知的障害者育成会) Key word 農業生産法人 就労継続 担い手 1 はじめに 地方においては高齢化・過疎化が進行し、農業の担い手が減少していく中で、障害者支援施設あるいは農業生産法人関係が積極的に地域農業に関わり休耕地の復活に貢献している一実践者が障害者であることは言うまでもない。主作業は水稲栽培から花木栽培、イチゴ栽培、梨栽培、トマト栽培、ネギ栽培等々への領域を拡げ、経営者・支援者のビジョンによりブランド商品として発展している。農地(働くポジション)を用意することによって、過疎化・休耕地問題も多少歯止めにもなっている。農業を基点にして障害者の雇用が生まれ、障害者が携わる農業生産法人の実践事例を紹介する。 2 事例提示 <事例1> ・名称(略):A農業生産法人 ・設立:平成11年 (1)取組の経緯と概要 平成元年に家族経営で青ネギの生産を始めた。その後、平成9年からは地域にある知的障害者福祉施設の障害者と地域住民との農を通じた交流を深めることを目的に、さつまいもの生産を行い「平成いもの会」を立ち上げた。 この取組がきっかけに、平成11年に農業生産法人を設立し、知的障害者の雇用にも取り組むことになった。知的障害者には播種〜収穫等の様々な作業をしてもらっているが、ネギの選別や洗浄作業などの出荷時の一連の作業工程を個々に切り離し分担するによって、障害者が混乱しないように工夫している。特に洗浄作業(洗浄機導入)によって障害者の作業ポジションが拡大された。また、障害者の正式な雇用に向けた職場実習の受入も行っており、繰り返し・巻き返し根気強く伝えることによって仕事を体得し、正規雇用となった障害者もいる。 (2)取組の効果 A法人は、働くこと以外に余暇活動を強調している。仕事の達成感・成就感を味わうと同時に、社員旅行への参加などで楽しみをもたせるように企画している。これにより、農作業をする障害者の表情は活き活きとしており、症状改善にも役立っている、と述べている。 (3)今後の展開方向 将来的には10haの青ネギの作付けを考えており、新たなネギの加工機械の導入や障がい者の労働環境を考えた栽培ハウスの設置も検討している。 また、今後の障害者対策として、県も障害者が地域で自立した社会生活を営むための計画を推進しており、特別支援学校からの職場体験や障害者施設からの就労の受入を望む声は多く、障害者雇用についても現在の3〜4倍に増やし、日本一のネギ農家を目指し、障害者雇用の拡大を図っている。 <事例2> 名称(略):B有限会社 ・事業所設立:2002年に農業生産法人として設立。 ・事業内容:フルーツトマトの栽培・加工・出荷 ・従業員:30人(知的障害者3名、広汎性発達障害3名) ・知的障害者の作業内容:園芸部門・種蒔、下葉切りや収穫出荷部門・選別、水気とり、箱の組立、バック詰め。 ・耕地面積:1.6ヘクタール 経営者は、「モノをつくるのはヒトであり、トマトを作るのもヒトである。会社は燃えてもヒトは残る。」先ずは「ヒトをつくる」ことを優先だと述べている。さらに企業経営とは、相手が求めるものを作るのがモットーである。消費者も売る側も安心・安全なものを求めている。そのため、減農薬・土耕有機質発酵栽培でのこだわりトマトやトマトジュースを生産している。また、県外を中心とする量販店等との直接取引により、いつでも安心して買い求められるトマトの安定供給を目指している。 また、障害者雇用の経緯について次の様に述べている。当社が設立してまもなく、学校の先生から「障害者が幸せを得るためには仕事をして、自立させなければならない。本人の生きる目標にもつながるので協力してほしい。」という依頼を受け、2004年に卒業生を1人雇用したことが、障害者雇用のきっかけとなった。以後、附属特別支援学校からの職場実習を数回にわたり受け続け2005年に一人雇用し、2006年にも一人雇用してきた。 雇用後は、業務日誌を義務づけているが、毎日書くことで勤勉さが身に付くほか、計算や漢字を覚えるといった効果が目に見えて確認することができる。また、社員は若く面倒見が良い人が多く、障害のある社員は安心感を持ち、意欲的に仕事に取り組むことができている。 商品の取り扱いや衛生面については、トマトに傷がつかないよう十分注意することや、ジュース加工においては衛生面から完全防護で作業を行うことが求められるため、社員に対する教育・訓練の徹底に加え、管理者を配置し必要に応じて指導や仕事のチェック、フォローを行う。 障害者雇用の基本方針・採用に関して、障害の有無にかかわらず、雇用条件が合えば従業員と一緒に働き、障害者といっても、しっかりと教育・訓練をすれば、健常者と変わらない人もいる。それぞれ特性を持っているため、今後とも、働く意欲がある障害者を受け入れ、個々の能力を発揮できる場所を提供し、障害者を適材・適所各部門に配置している。雇用後の配慮と部門(ポジション)に関しては、全部門において、安全には配慮し、無理な稼働はさせないようにしている。園芸部門においては概して危険度は低いが、高さ30cmの高下駄を履くような危険が伴う作業を行う場合は、障害者には手の届く範囲の高さの作業を任せている。また、加工部門や出荷部門においては、管理者のもとでハサミや機械を使用した作業を任せている。学校・保護者との関係性に関しては、綿密に情報提供し、特に学校からの実習生を受け入れている。また、生活面における支援が必要な場合は、常に学校に協力依頼することが多い。障害者が長く働き続けていくには、以下のことを指摘している。 働くことばかりではなく健康とやる気を向上させていくために、福利厚生として、「お疲れ会」を年に2回行っている。「お疲れ会」は従業員相互の意志疎通が図れることでもあり、また半年ごとにお互いが慰労し合うことで理解が深まる。年1回の昇給が励みとなり維持継続が図られている。昇給のない農業は後継者が育たないとも述べている。 障害者雇用を始めた当初は理解力がないと感じていたが、長年の勤務態度をみていると「欠勤しない」、「朝夕の挨拶ができる」、「嘘がない」「正直」である。実に人間の基本的なことを身につけている。作業スピードが速くなくても素直さを感じる。勤務態度に裏表がなく、意欲的に作業に取り組む姿が印象的である、と評価している。 3 むすびに 農業生産法人の障害者受け入れに関して、出会いからである。出会いにより一人でも多くの障害者雇用・理解が生まれ、生産性が生まれ、地域農家への一担い手として人づくりが形成されている。 【参考文献】 田中 誠(2010):農業分野における障害者就労〜事業所現場の実践を通して〜.就実論叢,第40号,61-72. 中国四国農政局高知地域センター:高知県の農業のすがた. 支援提案場面におけるアプローチの仕方についての 構造仮説継承型事例研究 前原 和明(栃木障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 問題の所在 ジョブコーチ支援とは、障害のある人が職場に定着するために職場との橋渡し等の支援を行っていくという支援制度である。しかし、このような支援制度の提案場面において、支援者としてジョブコーチ支援制度の活用が本人及び事業所(企業)にとって有効であると考えられるにも関わらず、活用されないことがある。しばしばそのような場面でのアプローチの難しさを支援者として感じている。しかし、このアプローチについては、これまで個々の支援者の経験の報告や単発の事例研究に留まっており、具体的なアプローチの仕方については不明確なままである。 そこで本論では、このような臨床的な課題の検討に有効な方法論である構造仮説継承型事例研究を援用し、支援提案場面におけるアプローチの仕方についての仮説を生成、継承する。その仮説の継承を通して、具体的なアプローチの仕方についての検討を行っていくことが目的である。 2 方法 (1)事例の収集 目的に照らし合わせ、地域障害者職業センターのジョブコーチ支援事業担当の障害者職業カウンセラーとして遭遇した支援提案場面(ジョブコーチ支援の提案)の事例を収集した。 (2)研究方法 西條1)は、仮説の連続的検証の過程を含む「仮説継承型ライフストーリー研究」の方法論を具体的に提唱している。本研究では、事業所(企業)との視点提案場面の事例を一つの物語として捉え、ライフストーリー研究の一特殊型と考える。その上で、得られた事例に対して、構造仮説継承型事例研究法2)を援用し、仮説を生成し、継承することで、循環的に仮説を深化させていく。その中から、広義の科学性を担保しつつ、臨床実践に有用な構造を明らかにしていくこととする。 (3)分析手続き 以下に仮説生成の一例を示す。具体的には、事例から概念を検討し、仮説として整理していった。概念の検討に際しては、表1のような分析ワークシート活用した。 表1 分析手続きの例 概念 ヴァリエーション 概念2「支援者の視点と事業所(企業)の実感の間には、しばしば隔たりがある。」 ○雇用後、ハローワークからアポイントメントを取っていただき、事業所を訪問。職場内での適応状況の確認を行った。事業所(企業)センター長からは、「現状において、特に問題となるようなことは見られていない」とのこと。 理論メモ ・問題(課題)が生じておらず、事業所(企業)は支援の必要性を感じていない。 ・支援者の予防的な視点から感じる支援の必要性と事業所(企業)の実感の間には、しばしば差が見られる。 「ヴァリエーション」欄には、分析者の関心に照らして、得られた事例の具体的箇所(エピソード)を記載した。その上で、「理論メモ」欄には、事例のエピソードを解釈し、概念を生成する中で、浮かんだ考え等について記載をした。そして、「概念」欄で、理論メモを参考に、解釈を行った。この概念に基づいて、『仮説①支援者の視点と事業所(企業)の実感の間には、しばしば隔たりがある。』との仮説を生成した。 3 結果及び考察 事例のプロフィールは、表2の通りである。 表2 事例のプロフィール 事例 従業員数 職種 対象者障害種 雇用経験 A 470人 一般事務 精神障害 有 B 12人 学童見守り 高次脳機能障害 無 C 125人 ピッキング 知的障害 有 D 850人 事務補助 知的障害 無 (1)事例A ハローワークの主催する障害者の合同面接会において、過去に職業センターで実施した職業準備支援終了者の採用が決まったとの報告があった。過去、ジョブコーチ支援を利用した経緯もあり、支援経過からは、体調確認や初期不安の軽減のための支援があるとよいと考えられたため、管轄ハローワーク経由で、職業センターのジョブコーチ支援制度の情報提供をしていただく。ハローワークが聞いた事業所(企業)の考えとしては、「今回は、面接会での面接で、特に支援は必要無い人と判断したので、雇用としたため、特に支援は無くても大丈夫」という返答があったとの報告があった。再度、ハローワークとも打ち合わせを行い、雇用後に対象者の状況確認のための訪問を依頼した。雇用後、ハローワークからアポイントメントを取っていただき、事業所を訪問。職場内での適応状況の確認を行った。 事業所(企業)センター長からは、「現状において、特に問題となるようなことは見られていない」とのこと。本人の障害状況と求められる配慮等を説明し、ジョブコーチ支援の有効性と利用の可能性についての確認を行った。事業所(企業)センター長からは、「本人の真面目さは理解している。これまでは身体障害を中心に雇用してきたが、今回は本人の精神障害の状況に配慮し、電話対応は慣れるまでしないことやまずは定型的パソコンの入力作業から慣れていくように職場担当者に指示をしている。お話を聞いて、3ヵ月のトライアル雇用期間は様子を見て、段々と仕事に幅を持たせていきたい。周囲の同僚とのコミュニケーションなどが上手く取れるかは心配だが、私(センター長)中心に配慮をしていきたい」といった考えを聞くことができた。センターからは、「再度、タイミングを見て、フォローに訪問したい」とお伝えして、事業所(企業)を後にした。 《事例から得られた仮説》 ①支援者の視点と事業所(企業)の実感の間には、しばしば隔たりがある。 ②支援制度の活用に向けては、事業所(企業)の気づいていないニーズを明確化していくような関わりが必要である。 ③事業所(企業)のニーズや協力を引き出す上で、事業所(企業)と直接の相談をすることは効果的である。 (2)事例B 20年前に知人紹介で雇用に至っている。当時、職業センターの職業評価も受けていたが、遠方のため、地域の支援機関に支援を依頼していたことはなく、当時はジョブコーチ支援制度も無いため知人紹介のため各種支援制度も知らないままに、事業所(企業)の手探りと多くの配慮から現在まで継続的に雇用されている。 障害者就業・生活支援センター担当者より、先日、ある会議でジョブコーチ支援制度についての説明を行った所、事業所(企業)から希望が挙がったので、活用できないかとの連絡がある。事業所(企業)からは、「雇用した当時は、そのような制度があるとは知らなかった。今からでも活用できるのであれば、是非活用したい」との意向があるとのこと。その依頼を受けて、障害者就業・生活支援センター担当者とともに、事業所(企業)を訪問。ジョブコーチ支援(雇用後支援)についての制度についての説明を実施した。また、現状の事業所(企業)での適応状況についての確認を行う。事業所(企業)担当者からは、「数十年雇用しているが、当初から覚えが悪かった。障害者だから仕方ないとの認識ができていた。しかし、特に、最近、勝手に仕事の手順を変更する、また、備品の紛失がある。注意をするとイライラした様子になる等の課題が見られている」との話しがある。障害特性を考えると、本人の従事するスケジュールの作成、チェック票の整理、正しい障害特性についての理解等の支援があることで、一定の改善に繋がることが考えられたため、ご家族にも了解を頂き、雇用後のジョブコーチ支援の導入となった。 《事例による修正仮説》 ①支援者の視点と事業所(企業)の実感の間には、しばしば隔たりがある。 ②支援制度の活用に向けては、事業所(企業)の気づいていないニーズを、具体的な支援内容の提案等を通して明確化していくような関わりが必要である。 ③事業所(企業)のニーズや協力を引き出す上で、事業所(企業)と直接の相談をすることは効果的である。 ④支援制度の活用には、事業所(企業)が支援制度を知っている必要がある。 (3)事例C ある日、障害者就業・生活支援センターの担当者より連絡がある。障害者の合同面接会において、採用を得たとある福祉施設の職員から報告を受けている。就業・生活支援センターで把握している状況からは、ジョブコーチ支援を活用し、作業指導を行っていくことが職場定着に繋がると考えられるため、支援の活用は可能かとの相談がある。ジョブコーチ支援の活用が有効との職業リハビリテーション計画もあることから、まずは、事業所(企業)を訪問し、支援制度の説明と事業所(企業)のニーズを把握していきたいとの説明をし、了解を得る。 後日、再度、就業・生活支援センターの担当者から連絡があり、事業所(企業)としては、ジョブコーチ支援の利用はしないとの返答があったとの報告がある。その具体的理由を確認すると、どうやら、以前、過去に事業所(企業)と関わりがあった担当者が就労支援も行う予定であることから、事業所(企業)もその担当者が定期的に支援してくれるのであれば、ジョブコーチ支援をわざわざ活用する必要もないとの考えがあったようだとの話しであった。 《事例による修正仮説》 ①支援者の視点と事業所(企業)の実感の間には、しばしば隔たりがある。 ②支援制度の活用に向けては、事業所(会社)の気づいていないニーズを、具体的な支援内容の提案等を通して明確化していくような関わりが必要である。そうして、提供する支援制度の特徴について、十分に理解して頂く必要がある。 ③事業所(企業)のニーズや協力を引き出す上で、事業所(企業)と直接の相談をすることは効果的である。 ④'支援制度の活用には、事業所(企業)が支援制度を知っている必要がある。また、関係する支援機関も支援制度について知っていることが重要である。 (4)事例D 事業所(企業)本社及び関係機関の依頼で、地域の工場での知的障害者の雇用を進めていきたいとの希望があり、職務創出等の事業主支援の段階から、事業所との関わりを開始する。他の工場のスキームに沿った形で、ジョブコーチ支援の活用等の話しを提案し、事業所(企業)からは了解いただき、採用の際には、個々の障害者の状況に応じたジョブコーチ支援の活用を進めている。 《事例による修正仮説》 ①支援者の視点と事業所(企業)の実感の間には、しばしば隔たりがある。 ②支援制度の活用に向けては、事業所(会社)の気づいていないニーズを、具体的な支援内容の提案等を通して明確化していくような関わりが必要である。また、具体的な支援事例等の活用を通して、提供する支援制度の特徴について、十分に理解して頂くことは活用を促す上で効果的である。 ③事業所(企業)のニーズや協力を引き出す上で、事業所(企業)と直接の相談をすることは効果的である。そして、直接の相談等の支援を通して、事業所(企業)との信頼関係を形成していくことが重要である。 ④支援制度の活用には、事業所(企業)が支援制度を知っている必要がある。また、関係する支援機関も支援制度について知っていることが重要である。 (5)総合的考察 本研究から得られた仮説は、表3の通りである。 表3 本研究で得られた仮説 仮説1 支援制度の活用には、事業所(企業)が支援制度を知っている必要がある。また、関係する支援機関も支援制度について知っていることが重要である。 仮説2 支援者の視点と事業所(企業)の実感の間には、しばしば隔たりがある。 仮説3 事業所(企業)のニーズや協力を引き出す上で、事業所(企業)と直接の相談をすることは効果的である。そして、直接の相談等の支援を通して、事業所(企業)との信頼関係を形成していくことが重要である。 仮説4 支援制度の活用に向けては、事業所(企業)の気づいていないニーズを、具体的な支援内容の提案等を通して明確化していくような関わりが必要である。また、具体的な支援事例等の活用を通して、提供する支援制度の特徴について、十分に理解して頂くことは活用を促す上で効果的である。 まず、事業所(企業)と支援者の間においても、事業所(企業)の自己決定の支援と、事業所(企業)の希望を実現するための合意形成のプロセスが必要になってくると考えられる。そのためにも、仮説1にあるように、支援制度を"知って頂く"ということが必要といえる。この合意形成のプロセスこそが、障害者雇用の進め方に対する事業所(企業)の自己決定と職場内支援として障害者も含めた人材育成の工夫等に繋がる可能性があり、障害者雇用を成功させる組織作りを行ってもらうきっかけになると考えられる。 仮説2について、近藤3)が指摘するように、障害者雇用の現場では、「福祉感覚」と「企業論理」のバランスが求められ、この対立する2つの概念を調和させた結論を導く必要がある。「当然、わかり合えるはずだ!」ではなく、簡単に「わかりあえない」ことを了解して、それぞれの経験そのものを尊重することが、このような信念対立の解消の第一歩となると考えられる。その意味で、支援者である「私」と事業所(企業)の間で違う認識であることを意識化した上で、提案場面でのアプローチを行うことが重要になるであろう。 また、企業に対する支援の留意事項として、①サービスの対象者として接すること、②相手の信頼を得ること、③企業が障害者を雇用する理由や障害者雇用に関する考え方を把握すること、④採用担当者に説明を行う際の留意点、⑤ビジネスマナーの習得、⑥企業訪問時の準備の6点が指摘されている4)。仮説3は、この留意事項の②に相当すると考えられ、支援者は事業所(企業)を知り、事業所(企業)は支援者が障害者雇用を進めていく上での課題を解決するパートナーであると思ってもらうことの重要性は言うまでもない。また、仮説4については、この留意事項の③に相当すると考えられ、事業所(企業)が障害者雇用に取り組む理由(動機)を把握し、個々の状況に応じた対応を取っていくことや支援内容を検討していくことが必要になっていると指摘するように、事業所(企業)の様々な考え方(=ニーズ)を詳細に把握する必要があると考えられる。 その上で、本論の仮説をさらに有効に活用するために、仮説に基づき表4のような支援者のセルフ・チェックリストを作成した。これにより、支援提案場面のより具体的なポイントを意識してアプローチすることが可能となると考えられる。 本研究では、これまで経験則で語られてきたことを、仮説という形で構造化することができ、非常に有意味であったと考えられる。また、構造仮説継承型事例研究法によって、仮説という形で、研究における継承発展の方向性を示すことができた。 表4 支援提案場面におけるセルフ・チェックリスト 1 事業所(企業)に対して、活用可能な支援制度についての説明を行っているか。 2 関係する支援機関がある際には、活用可能な支援制度について、関係機関に理解していただいているか。 3 支援者の視点と事業所(企業)の実感には隔たりがあることを前提に相談を開始しているか。 4 事業所(企業)のニーズを詳細に把握しているか。 5 事業所(企業)との信頼関係の構築はできているか。 6 事業所(企業)のニーズ把握に際しては、事業所(企業)と直接対面しながら行っているか。 7 事業所(企業)のニーズに基づいて、支援できることと支援できないことを説明しているか。 8 事業所のニーズの把握に際しては、支援者の感じるニーズを意識しつつ相談を行っているか。 9 支援制度の説明に際しては、事例等を活用して、具体的なイメージを伝えることができているか。 4 おわりに 本研究の目的は、支援提案場面におけるアプローチの仕方の検討である。本研究では、構造仮説継承型事例研究を採用し、支援者の有する経験を継承発展させることができた。収集された地域障害者職業センターの事例は、あくまでもジョブコーチ支援の提案場面に関連したものであった。その意味では、本研究で得られた仮説を継承し、職業リハビリテーションにおいて有効な視点となるように、更なる深化が行われることを期待したい。 【参考文献】 1)西條剛央:生死の境界と「自然・天気・季節」の語り:「仮説継承型ライフストーリー研究」のモデル提示、「質的心理学研究1」p.55-69,(2002) 2)斎藤清二:「いわゆる慢性膵炎疑診例」における構造仮説継承型事例研究、「学園の臨床研究3」p.49-58,(2003) 3)近藤 康昭:企業の求める支援者のあり方、「松為信雄・菊地恵美子・編:職業リハビリテーション学[改訂第2版]」p.303-306,協同医書出版社(2006) 4)独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構・編著:就業支援ハンドブック、p.97-101,独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構(2009) 視覚障害当事者の就労に関する意識調査(2) ○石川 充英(東京都視覚障害者生活支援センター 就労支援課長) 山崎 智章・大石 史夫・濱 康寛・小原 美沙子・長岡 雄一(東京都視覚障害者生活支援センター) 1 はじめに 東京都視覚障害者生活支援センターでは、平成22年4月より「一般事務職やヘルスキーパーとして就職を希望する視覚障害者」(以下「視覚障害当事者」という。)を対象とした就労移行支援事業を実施している。就労支援プログラムとして、画面読み上げソフト(スクリーンリーダー)を使用したワープロや表集計ソフトなどのパソコンの技術指導、ビジネスマナーなどを提供している。その結果として平成23年度は、一般事務職4名、ヘルスキーパー4名が就労した。今後、さらに就労移行支援を継続的に実施していくためには、就職を希望する視覚障害者が就労に対してどのような意識を持っているかを把握することが大切である。 そこで本研究は、就職を希望する視覚障害者を対象にした就労支援プログラムを評価することを目的とし、より質向上を目指した就労移行支援の資料とする。 2 研究方法 (1)研究対象者 一般事務職やヘルスキーパーとしての就職を希望する者で、就労移行支援事業所(以下「事業所」という。)にてスクリーンリーダーを使用してのパソコン等の訓練を受けている視覚障害当事者(以下「視覚障害当事者」という。)。ただし、視覚障害当事者を含む視覚障害者全体を表すときは、視覚障害者とする。 (2)研究方法 ①調査内容 以前実施した就労している視覚障害当事者へのアンケート調査1)、および調査者の実務経験を併せ、「就労と仕事内容」や「就労が厳しい理由」などの調査項目を作成した。 ②調査方法 対象者には、ワープロで作成したファイルをデータとして提供し、回答を直接ファイルに書き込む方法で実施した。調査は平成23年8月26日から約1週間を回答期間として実施した。 ③分析方法 調査項目のうち自由記述については質的記述分析を行った。 (3)倫理的配慮 対象者へのプライバシーの配慮から、個人を特定する表現は避け、データは研究以外には用いないこと、回答内容により訓練・支援上の不利益を被ることがないことなどを対象者に伝え、了解を得た上でアンケート調査を行うなどの倫理的配慮を行った。 3 結果と考察 (1)研究対象者の概要 対象者は男性5名、女性4名の合計9名であった。年齢層は20歳代が2名(22.2%)、30歳代が4名(44.4%)、40歳代が3名(33.3%)で、最年少は22歳、最年長は45歳であった。対象者の居住地は8名が東京都内で、1名が千葉県であった。 障害程度(身体障害者手帳の障害程度等級)は、1級3名(33.3%)、2級5名(55.6%)、4級1名(11.1%)であった。視力の状況は、良性の視力でみると0.7が1名、0.4、0.2、0.01、0がそれぞれ2名であった。視力0を除く7名は視野障害を有していた。 なお、移動の状況は、対象者9名全員が鉄道を使い、単独で事業所に通っている。 (2)就労に関する状況 対象者の就労経験は、7名が就労経験者、2名が未経験者(大学在学者と新卒者)である。就労経験者7名の全員が現在は離職しており、うち3名はアルバイト、またはパートとして週数日程度勤務している。 (3)視覚障害者の就労と仕事内容 視覚障害者の就労については9件の回答があった。最も多かった回答は、【職種が限定されている】【就職が厳しい】が各3件、【就職している人数が他の障害と比べ少ない】【視覚障害に対する理解がない】が各1件であった。 また、就労している視覚障害者の仕事内容については、17件(複数回答を含む)の自由記述があった。最も多かった回答は、【マッサージなどの三療】【一般事務】で各5件、【選択肢が少なく厳しい】が2件であった。 厚生労働省の「平成23年の障害者への職業紹介状況等」によると、視覚障害者の新規求職申込件数5284件に対し、就職件数は2108件で、就職率は39.9%(前年度差0.1%)であった。さらに、全国視覚障害者雇用促進連絡会情報2)によると、平成21年度の視覚障害者の職業別就職件数では、ヘルスキーパーを含むあん摩・鍼・灸・マッサージは1024人、事務的職業は230人であった。これらから、視覚障害当事者は就労が厳しく、主な職種がマッサージ関係と事務職であるという、現状をよく認識していることが示された。 (4)一般事務職で就労している視覚障害者の仕事内容 一般事務職としての仕事内容については、14件(複数回答含む)の記述があった。最も多かった回答は【データ入力・処理】【電話応対】【メールの利用や指示】が各3件、【コピー】が2件であった。一方、【イメージがない】が2件あった。 今後も仕事内容のイメージを持てずに就労支援サービスを受ける人はいると思われる。事業所は、より具体的な仕事内容をイメージすることができるように職場見学や職場実習などを行う必要があると考える。 (5)就労している視覚障害者が意識していること 就労している視覚障害者が意識していることについては、15件(複数回答含む)の回答があった。最も多かったものは、【仕事上で努力や工夫をしている】が6件、次いで【コミュニケーションを意識している】が3件、【仕事内容を開拓すること】が2件であった。また、【晴眼者と同等、それ以上の仕事ぶり】が2件であった。 【仕事上で努力や工夫をしている】や【コミュニケーションを意識している】は、就労している視覚障害者が就労希望者へのアドバイスとしてあげている【前向きな姿勢】と【コミュニケーション力】と合致していた2)。この点については、視覚障害当事者が就労後、どのような点に注意しながら仕事を行っていけばいいのかを正しく理解していることが明らかとなった。このことから、事業所はコミュニケーション力向上のプログラム提供は必須であるといえる。 (6)視覚障害者の就労が厳しい理由 視覚障害者の就労が厳しい理由については、14件の回答があった。【企業側の視覚障害者に対する理解不足】が最も多く4件、ついで【周囲に大きな負担が生じる】【通勤に対する不安】が3件、【就労支援機器購入の負担が大きい】が2件であった。一方、【視覚障害者自身の認識の甘さ】を指摘する回答が2件あった。 視覚障害者の就労支援を行う際、事業所でも企業や社会の視覚障害者の就労に対する理解不足を感じることが多い。事業所だけではなく、視覚障害当事者も【企業や社会の理解不足】をあげている。このことは、視覚障害者の就労支援は、当事者にパソコンの操作技術やコミュニケーション力を習得するプログラムだけではなく、企業や社会に対して、視覚障害者の就労に対する啓蒙活動も行っていかなければならないことを示している。 (7)企業が求めている人材 企業がどのような人材を求めていると思うかについては、11件の回答があった。【協調性やコミュニケーション能力】が6件、【仕事を遂行する能力】が4件であった。 これは、就労する際には、コミュニケーション力と仕事の遂行力が重要であることを認識していることが示された。 4 今後の課題 本研究の結果から視覚障害者当事者は、就労するためには1)仕事を遂行するためのパソコン力、2)仕事の創意工夫力、3)コミュニケーション力が必要であることが明らかになった。特にコミュニケーション力は多岐にわたるため、今後コミュニケーションのどの部分に焦点をあて、プログラムを構築しているかを再検討する必要がある。 一方、企業側の理解不足などにより就労が難しい状況がある。その対策として、事業所や訓練校などが独自に企業への理解を深めるための取り組みを行っている。今後、より効果的に理解を深めるためには、1)複数の事業所による合同開催、2)ハローワークと連携しての開催、3)視覚障害以外の事業所との合同開催により、視覚障害者の就労への理解を深めるためのセミナーを開催するなどのPR方法を工夫する必要がある。 【参考文献】 1)石川充英ほか:一般企業に就職した視覚障害者の就職後の状況調査について(2)、360-361、第18回職業リハビリテーション研究発表大会論文集(2010年) 2)雇用連情報第56号、全国視覚障害者雇用促進連絡会(2010年) 就労移行支援業務の効率化及び就労移行訓練の自立を支援する 行動観察記録システムの試作 ○易 強(静岡県工業技術研究所 上席研究員) 金子 亜由美(静岡県工業技術研究所) 長谷川 浩志・佐々木 定慈(株式会社メディアベース) 大前 金保・古橋 一哲(株式会社ITサポート) 1 はじめに 内閣府の「障害者基本計画」では、『21世紀に我が国が目指すべき社会は、障害の有無にかかわらず、国民誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合う共生社会とする必要がある。』となっている。このため、「障害者自立支援法」(平成18年)を制定し、『障害者の地域における福祉的就労から一般就労への移行』を推進している。 障害者白書1)によると、日本の障がい者人口は3障がい(身体、知的、精神)合わせて約750万人で、総人口の5.8%である。雇用施策対象者(18〜64歳)は約365万人で、実際に雇用されている人は1割強の約45万人であり、民間企業における雇用率は1.68%である。第33回社会保障審議会障害者部会資料2)によると、就労支援を目的とする法定社会福祉施設は全国で約6000箇所あり、ここに通っている障がい者(以後「利用者」という。)は約12万人である。特別支援学校の卒業生の一般就労は約25%であるのに対し、法定社会福祉施設などから一般就労した人は年間約2%に留まっている。このような実情から、就労支援を行っている福祉施設からの一般就労の割合を上げていくことが重要な課題となっている。 こうした福祉施設の現場では1名の支援員は同時に6名程度の利用者の指導に当っているのが一般的である。実際には、個々の利用者の特性に合った指導プランを策定した上で、必要な準備を整え、訓練を行い、その行動を注意深く観察記録し、指導を行う。訓練後には、手書きの観察メモや記憶を頼りに1日を振り返り、個々の利用者の状況について、法定書類や観察記録等を作成している。そしてさらに次回の指導プランを策定する。こうした作業を担当している人数分だけ行う。報告書等の作成に時間を要すれば、次回の訓練計画を練る時間が減り、結果として訓練に影響が出ることから、報告書等の作成を効率的にできる方法が要望されている。 また、利用者や訓練内容によって、問題点の指摘をすぐにする場合と、訓練が一段落してからまとめてする(以下「振り返り指導」という。)場合がある。利用者によっては、特に振り返り指導時に、自分が何で間違っていたかを理解できなったり、良く覚えていなかったりするために、これを利用者に円滑に伝える手段・方法も求められている。 これらの要望に答えるため、静岡県工業技術研究所と株式会社ITサポートが共同開発している行動観察記録プログラムOBSERVANT EYEを就労移行支援向けにカスタマイズして支援員の法定書類や観察記録等の作成作業の効率化を図ると共に、動画を活用して円滑な指導の支援ができないかを検討することにした。 2 方法 (1)現状調査 就労移行支援施設の現場(障害福祉サービス 就労移行支援スキルアップスクールSES静岡本校)で、支援員に同行して、訓練の様子、各種書類の作成等の作業を調査した。訓練中は3台のカメラを使い、利用者、支援員等の様子を動画で記録した。また、OA作業訓練を行う際には作業内容が分かるように、操作画面も合わせて記録した。なお、これら4つの映像を同時に観察できるように4分割した1つの画面にして、動画として記録した。 1 OBSERVANT EYE3):PCを使って、良く発生する事象をボタンとして登録しておき、その事象が発生する際に、観察者がそれをクリックすることによって、発生時間と事象を一緒に記録できるソフトウエア。 表1 観察対象状態、作業内容 また、支援員に訓練に際してどのような指導をするか等についてヒアリングをすると共に、法定書類や観察記録等の書類の様式・内容等も調査した。 なお、訓練の記録は障がいの種類や内容の影響を考慮して、1名の支援員について行った。利用者は、精神障がい2名、身体障がい2名計4名で、訓練内容は下の3つであり、組合せ等の詳細は表1に示す。 ■MWSのOAワーク を使ったOA作業訓練 ■SES-WS総合事務作業訓練 ■タップ組み立て、部品計測作業 (2)就労移行支援用プロトタイプの制作 調査で得られたデータを分析して、観察記録の記録方法、報告書作成に必要なデータ、報告書のフォーマット、振り返り指導の方法などを決定した。これらの決定事項に合わせてOBSERVANT EYEの仕様をカスタマイズし、就労支援用観察記録プロトタイプを試作した。 試作したプロトタイプは、現場の利用を想定して、タッチタイプの小型ノートパソコン(Lenovo thinkpad X60など)を使用したシステムとした。 (3)プロトタイプのユーザビリティ評価 試作したプロトタイプを使って、障害福祉サービス就労移行支援スキルアップスクールSES静岡本校にて、実際に訓練を行い、ユーザビリティ評価を行った。 支援員は4名で、4名の利用者がSES-WS総合事務作業訓練、2名の利用者がOAワークによるOA作業訓練を行った。観察記録の作成と振り返り指導を行い、プロトタイプシステムが自動生成した報告書と実際に支援員が作成する法定書類(これまで経験と記憶による観察記録と報告書)を比較し、有効性を検証すると同時に修正のすべき問題点を洗い出した。また、振り返り指導時の有効性、改善点を検討した。支援員の操作画面、利用者の訓練画面、作業の様子を撮影した2台のカメラ映像の4つを合わせて1画面に記録したことにより、画面をみるだけで、訓練の進行すべてが同時に確認できるようにした。 2 OAワーク:(独)高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センターが開発した訓練用ソフト。 3 SES-WS総合事務作業訓練:スキルアップスクールSESが(独)高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センターが開発した訓練用具システムを利用しやすいように改変したもの。注文電話の受け答え、請求書の作成、ピッキング作業、発送の準備など一連の事務作業で構成されている。 3 結果 (1)現状調査の結果 調査で得られた映像を持ち帰り、行動観察記録プログラムOBSERVANT EYEで詳細な記録を行った。記録する際に使用したボタンパネルは下記写真のようなものであった。 観察記録から各訓練の指導のポイントは下のようになった。 ■OA作業訓練: パフォーマンス(エラー率)、エラーの種類はOAワークで出力できるが、作業時間の記録がなく、支援員は別途ストップウォッチを使用していた。また、パフォーマンス、タイピング方法、確認方法に注目して観察していた。 ■SES-WS総合事務作業訓練: 支援員は専用のSES-WS総合事務作業評価シートを使用しており、多段階のチェック項目評価を多く使っていた。また、作業は電話応対、カタログ注文・納品書作成、ピッキングなどのようにサブタスク別になっており、パフォーマンス(作業時間、エラー数)も同時に評価していた。支援員の観察記録内容は、以前との比較、失敗原因分析、本人の感想が中心であった。 写真 現場調査の映像をOBSERVANT EYEで観察記録分析画面(SESーWS総合事務用) ■タップ組立て、部品計測 パフォーマンス(作業時間)を評価していた。 ■振り返り指導: OA作業訓練では、間違ったキー入力の場面、入力結果確認作業の場面など回顧して指導していた。SES-WS総合事務作業訓練では、カタログの検索の仕方やピッキングの手順などについて、回顧することが多かった。利用者の様々な障がいによって、言葉だけで問題点を回顧して指導することは困難なことがわかった。 (2)就労移行支援用プロトタイプ制作の結果 現場調査の結果から、作業時間評価の部分はOBSERVANT EYEでタスクの設定を行うことで対応できることが分かった。SES-WS総合事務作業評価シートをベースに、観察記録におけるチェック項目の記録は既存のOBSERVANT EYEでは対応できないと分かり、新たに試作を行った。振り返り指導での映像活用への要望等を考慮してプロトタイプの仕様を検討し、決定した。 仕様の概要: ■チェックボタンを設計し、チェック点数を記録できるようにすること ■記録点数はサブタスク及びチェックボタンに設定できるように設計し、総合評価において、各ポイントの重み付き加算得点評価ができるようにすること。なお、重み付き加算得点評価=サブタスク1評価点×重み+サブタスク2評価点×重みとする。 ■記録内容をSES-WS総合事務作業評価シートに合わせて変換すること ■カメラ映像を同時に収録できること ■複数収録した映像が同期して再生できること 試作した記録パネルの例は下記の写真で示す: 写真 電話応対作業観察記録用ボタンパネル 写真 報告作業用観察記録チェックボタン設定パネル (3)プロトタイプのユーザビリティ評価の結果 試作したプロトタイプ(OBSERVANT EYE Add-on)を用いて記録した結果、パフォーマンス評価とチェック項目評価が同時にできるようになった。記録したログから簡単な作業で報告書用評価シートを作成できるようになり、作業効率化の可能性を示唆した。作成した評価シートの1例を下の写真で示す。 写真 出力した報告書用評価シートの1例 動画記録による振り返り指導では、「メモしながら、動画画面から利用者を観察でき、頭を上げる必要がなく、楽であった。」と指導員から好評を得た。 また、録画した映像から問題のある場面をすぐに再生して利用者に見せることによって、利用者の理解が早く、指導がスムーズに行えた。 写真 行動観察記録システムのプロトタイプを使ったユーザビリティ評価の様子 写真 OA作業観察記録用プロトタイプの画面 4 まとめ 就労移行支援施設現場を調査した結果、煩雑な記録、報告書作成に時間がかかることが分かった。行動観察記録のIT技術を導入し、現場の利用方法に沿った観察記録・報告書作成ソフトウエアのプロトタイプを試作し、ユーザビリティ評価をした。 その結果、パフォーマンス評価とチェック項目評価が同時にできるようになり、まとめて出力ことで指導員の作業効率化の可能性を示唆した。 また、現場に合わせて、カメラを配置して利用者の細かい動作まで録画できるので、詳しく分析できるようになった。問題のある場面をすぐに再生して利用者に見せることによって、利用者の理解が早く、利用者の作業の改善効果が期待できる。 今後の課題として、より長時間観察記録を行い、データの蓄積方法、利用者の作業の改善効果の確認を行いたい。 【参考文献】 1)障害者白書H22年版,厚生労働省http://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/h22hakusho/zenbun/index.html 2)第33回社会保障審議会障害者部会資料http://www.wam.go.jp/wamappl/bb11GS20.nsf/vAdmPBigcategory10/C74EA634C0AFF7A349257465000F9A78?OpenDocument 3)易強,鈴木敬明,櫻川智史,田村久恵,黒須正明:行動観察記録を効率化するプログラムOBSERVANT EYEの開発,「デザイン学研究第51回研究発表大会概要集」 p.76-77,(2004) 【連絡先】 静岡県工業技術研究所ユニバーサルデザイン科 易強(s-ud@iri.pref.shizuoka.jp) 行動障害のある方へ、「働くこと」のサポート −雇用へ向けて− ○玉井 成二(社会福祉法人関西中央福祉会 障害者支援施設だんけのその) 稲田 宏美・楠 政人・田中 聖人・荒武 江美子(社会福祉法人関西中央福祉会) 1 目的 当施設は平成7年に定員80名の知的障害者入所施設として開所した。「入所施設は通過施設である」「地域で暮らす」「はたらくことにこだわる」の支援理念のもと、これまでに入所者の約7割が在宅復帰や地域生活移行を実現し、また一般就労も多くの方が実現してきた。 しかしながら重い知的障害のある自閉症の方は恥ずかしながら後回しにしていたのが現状であった。その原因として考えられるのが重い知的障害のある自閉症の方々の特性である、 ①相手の言うことの理解の困難さや、自分の思いを上手く表現できないコミュニケーションの特性 ②ルールやマナーの理解、対人関係、社会性での特性 ③状況が読めない、見通しが持ちにくいなどのイマジネーションの特性 ④感覚の過敏さ などを支援者が正しく理解をせずに接することでおこる自傷行為や他害行動、こだわりや物壊しなどの行動だけをみて処遇困難とレッテルを貼るところにあった。 また、入所施設の課題点を ・多数の利用者に少数の支援者(1対多数) ・支援者の力量差のための本人たちの混乱 ・団体生活のため個別化実施の困難さ ・交代制勤務による支援の時間差 ・一方通行で画一的な支援 ・直接支援以外の業務量の多さ ・24時間365日メリハリの無い支援 などと考え、多くの支援が必要な方に十分な支援ができないことは仕方がないと思い込んでいた。 「この人は何に困っているのか?」「どんな暮らしを望んでいるのか?」「どのようなサポートが必要か?」 など、支援者が本人と一緒に考えていかなければならないのに、正しく彼らの状況を理解しないままのレッテル貼りや、施設の環境のせいにした間違った認識や、本人の気持ちを考慮しない支援が標準になっていた。 数年前に、複数の入所施設での人権侵害問題が報道されたとき、我々は改めて入所施設の使命とは何か、支援者の役割とは何かを考えることにした。 未熟な支援力に寛大な利用者の方を優先している(下手なアプローチに文句も言わず、我慢して従ってくれる方)現実を変えること、生活の困難さを多く抱えている方にこそ手厚い支援が必要であるということを、法人全体、役員、管理者、職員、保護者など関係者が共通の認識を持つようにした。 そのために、もう一度正しい認識を持つために毎週学習会を開催した。そして、これまでの問題行動が発生してそれに対処することがメインの支援方法を改めることにした。 PEP-R,TTAPなどのフォーマルなアセスメントと日常の行動観察を行い、各々の発達段階、理解力、得意な事、苦手な事などを再度把握するようにした。それらを生かせる作業活動をおこない成功体験をつみ自信をつけてもらい、充実感を得ることを目指した。 また支援者も得意な事が生かせるように、職業支援担当、生活支援担当などのように役割分担した。 そして新たな支援目標を ・安心できる環境作り ・はたらく喜び、成功体験の提供 ・地域での生活をめざして、余暇の充実 とし、はたらくことから始まる、豊かな生活を築くことを目指した。 2 方法 平成22年3月から平成24年現在までの2年間。現在も継続中である。 基本作業時間をはじめは午前10時から11時半の90分間、午後1時から3時までの120分間。計210分間、と設定した。作業所や施設外の活動に参加困難であった43名の方を対象とし、それまでのレクリエーション中心の活動から、軽作業などのはたらくことへのプログラムへ変換した。 対象者の平均障害程度区分は5.5、全員が療育手帳(A)重度判定。平均年齢は38.9歳。ほとんどの方に自傷行為、多害行為、物壊しなどの行動障害とよばれるものがあった。 各々の得意な事、苦手な事に配慮し、 ・いつ ・どこで ・なにを ・どれくらい ・いつまで ・どのように ・終わったらどうなるか を、各々がわかる方法(カード、スケジュールボード、現物提示、ノート、タブレット端末など)で提示し作業支援を行った。 スケジュールは各々の理解力に合わせて スマートフォンでのスケジュール確認 その人に合わせた情報提示が重要です。 個別ブースでわかりやすく工夫 はじめのうちは作業の意味、はたらく目的を理解していただくのに苦労した。中には作業をする場所へ行くことすら拒否される方もいた。しかしそれは、何がそこにあるのか、どうなるかわからないため混乱しているからであった。それを支援者が理屈では分かっていても、実際にはうまくサポートできていない状況もあったが、学習会を重ね、利用者各々の考え方や特性を理解していくことで徐々に改善できた。 混乱を示す方へのアプローチとして、図1のように応用行動分析の手法を用い、少しでも良い行動が出た場合には評価をしていくこととした。その方にとって最適な(最も好むこと)評価をし、良い行動が伸びるようにした。 図1 応用行動分析の手法を用いて 作業場へ行く 仕事ができた 褒められる等 仕事の内容は、その方の得意な事をいかせる仕事を用意した。できる限り種類を多くし選択できるようにした。自閉症という特性や、各々の考え方などを十分に考慮した環境を設定した。 「この人はできない」と支援者が決めつけない。 草ぬきの範囲を分かりやすく示す 掃除をするエリアの順番を示す 掃除は得意です 仕事の到達点を把握するために、全ての作業に「作業課題分析シート」を作成した。1つの作業の中でも細かなプロセスにわけ、何ができて、何ができないか、また何がもう少しでできそうなのかを把握した。そうすることでサポートが必要な部分が明確となり、支援者のかかわり方にもブレが少なくなり、彼らに無用な混乱を与えなくて済んだ。 作業課題分析シート 現在の状態を理解するためには、随時のアセスメントが非常に重要である。またそれは今後の支援に重要な情報となる。 3 結果 取り組み開始当初、1日の平均作業時間は30.3分であった。1年後には平均123分まで上がり、2年後の現在では平均168分取り組めている。取り組み開始から、これまで3名の方が外の事業所に通っている。また、4名の方が外部企業の清掃実習に通えるようになった。 行動障害では週1回以上その行動が発生する人の割合を下記の表にまとめた。どの項目も減少傾向にある 図2 作業時間の推移 表1 強度行動障害の発生推移 (週に1回以上、下記の行動が出た方の割合) 平成22年3月 平成24年6月 自傷行為 64% 13% 他傷行為 52% 34% 激しいこだわり 29% 23% 物こわし 19% 2% 睡眠の乱れ 9% 2% 食事関係の障害 12% 2% 排泄関係の障害 7% 5% 多動 9% 5% 騒がしさ 12% 5% パニックのための処遇困難 4% 2% 粗暴、相手に恐怖を与える 4% 0% 4 考察 自閉症だから、の理由で問題行動を行うのではなく、各々の特性に配慮することでそれらは軽減できる。彼らは生まれてからずっと迫害体験や失敗体験を積み重ねてきており、できないことばかりに注目を受け続けてきた。様々な環境(ハード面、支援者の関わり方など)を整えることで彼らの力は十分に発揮でき、無用な行動障害も軽減することができる。ただ行動障害をなくすことが最終目的ではなく、彼らが生き生きと暮らせること、安心して暮らせることが大切である。 また、重度の障害がある方は働けないと決めつけることも誤った考え方である。時間がかかることは事実だが、本人を取り巻く状況や、必要な力、資源やサポートの方法を把握することでそれは可能となる。今回の報告では一般雇用はまだ実現できていないが、確実に彼らは進歩しており、近い将来、一般雇用が達成できると感じている。 今回の取り組みを通じて感じたのは、支援する側の見解や支援方法の統一が非常に重要であるということだ。自閉症の方は、想像力を働かせることや、抽象的な事柄が苦手であり、また人との関わり方もうまくはない。ばらつきのあるサポートが彼らの混乱を大きくし、持っている力も発揮できないことがよくわかった。事業所の都合や、支援者の都合で振り回される利用者の姿をこれまでたくさん見てきたが、それらは無用なものである。理解のある支援者が必要である。 しかし、「発達障害は親の育てのせいである」「行動障害は熱意でなおす」と、実際には理解のない支援者に囲まれ苦しい思いをしている自閉症の方がたくさんいるのが現実である。私たち自身もより一層努力を重ね、自閉症の方々が安心して暮らせる社会になるよう努めていきたい。 株式会社ベネッセビジネスメイト OAセンター(コピーセンター)における 個々の得意分野を活かしたチーム作り ○加藤 光代(株式会社ベネッセビジネスメイト 東京事業所 OAセンター リーダ—) 瀬戸 基貴(株式会社ベネッセビジネスメイト 東京事業所) 網代 美保(株式会社ベネッセビジネスメイト 人事・総務部 定着推進課) 1 ベネッセビジネスメイトの概要 弊社は、(株)ベネッセホールディングスの特例子会社である。2005年2月に東京都多摩市に設立され、同年4月から東京事業所にて事業を開始、2006年4月岡山事業所を開設した。事業内容としては、クリーンサービス、メールサービス、マッサージサービス、オフィスサービス(総務代行サービス)、OAセンター(コピー業務)、スタードーム(プラネタリウム運営)、人事・総務がある。弊社を含め8社でグループ適用をしており、2012年9月1日現在、実雇用率は、2.02%となっている。 表1 ビジネスメイト クレド 〜お客様への約束〜 1 私は、いつもお客様の顔を思い浮かべ、「ありがとう」と言われる仕事をします 〜社員への約束〜 2 私は、一緒に働く仲間が、安心して明るく元気に働ける職場をつくります 〜パートナーへの約束〜 3 私は、仕事のパートナーとして、取引先・協力会社の方に誠実で丁寧な対応をします 4 私は、いつも支えてくれている家族や支援機関の方に感謝し、イキイキ働くことで元気と安心をお届けします 5 私は、良き社会人として、地域社会においても模範となります ※その他小項目①〜⑭まであり 2010年4月より全社員の意見を取り入れたクレドを作成し導入した(表1)。クレドは、「お客様」「社員」「パートナー」(取引先、ご家族、支援機関)への約束と定義し、その約束を守り続け「お客様」「社員」「パートナー」から信頼される企業を目指す。そのために、さまざまな取り組みを通して、クレド浸透を行っている。 2012年9月1日現在、社員数173名で、うち障がい者社員は109名(表2・図1)。 会社設立時は、クリーンサービス、メールサービスの業務がメインで、一度に多数の障がい者(特に知的障がい者)の雇用を進め、その後、オフィスサービス、OAセンター等、障がい者の職域拡大を図っている。 表2 事業所の人数一覧(2012年9月1日現在) 東京 岡山 合計 知的障がい 43 15 58 発達障がい 2 4 6 精神障がい 6 5 11 聴覚障がい 5 4 9 視覚障がい 5 1 6 肢体不自由 9 4 13 内部障がい 5 1 6 パート 13 3 16 健常者 25 19 44 出向者 2 2 4 合計 115 58 173 図1 障がい者内訳(2012年9月1日現在) 2 OAセンター(コピーサービス)の概要 OAセンターは、ベネッセコーポレーションからのコピー業務を行っている。大量の資料コピー、大学入試の過去問題コピー、ベネッセ教材コピー等、依頼は多種多様であり、品質と納期を守りながら、業務を遂行している。例えば、3枚両面の資料を5,000部コピー、ホッチキス留め後、三つ折り封入、発送の依頼等がある。 受付、もしくはデリバリーで回収した作業依頼票を確認しながら、コピー業務、出力業務、スキャン業務、製本・カット・穴あけ等の後処理業務を行う。出来上がった依頼物は、各フロアにデリバリーをしている。また、各フロアに設置している複合機のトナー交換、用紙補充等を行っている。 3 チーム制(個人⇒チーム)への転換に向けて 2008年4月にベネッセビジネスメイトで業務受託した頃は、業務の進め方、障がい者雇用に関する考え方の統一が図られておらず、聴覚障がい者2名を雇用して以降は、障がい者雇用が進んでいなかった。受託前の業務手順をそのまま採用しており、チームで仕事というより、個々人が自分の判断でできる業務を行っていたため、課全体の業務遂行が円滑ではなかった。組織構成もOAセンター課課長以下は横並びで、業務種別によるチームはあったが、仕事に向かう姿勢もバラバラであり、一体感はなかった。 そのような状況の中、2010年からクレドを導入したことにより、OAセンター内で仕事に向かう意識のベクトルが少しずつ同じ方向を向くようになってきた。その頃から、課長の下に、リーダ—(※全チームの統括)、サブリーダー(各チームの統括)を配置し、指揮命令系統の確立を図った。組織を業務別に、「コピー・後処理」「受付・出力」の2チームに分け、それぞれにサブリーダーを配置し、業務工程の改善を行った。また、業務の状況、課員の様子を課長やリーダ—へ報告連絡する組織を作り上げることで、上司—部下の上下関係が構築できてきた。 チーム内においては、課員の連携が図れるようになってきたが、その反面、チーム間のつながりが弱く、コミュニケーションも希薄で溝が生じた。そこで、課長、リーダ—、各サブリーダーが定例会開催し、各チームが抱えている問題点、好事例等を共有し、相談しあう関係を構築することができる会を重ねることで、チーム間の協力体制を強めていった。 課員全体のレベルアップを図るために、人事・総務部で行っている各種研修(ビジネスマナー研修、障がい基礎理解研修等)への参加を促した。また、OAセンター内ではチームに関係なくグループを作り全員で考え、意見を出し合いながら、ボトムアップで職場改善を重ねるグループワークや全体ミーティングを定期的に行なっている。当初に比べ、OAセンターの雰囲気も明るく、チーム意識も高まった。障がい者社員も着実に増え、定着している(表3)。今後は、派遣社員が担っている業務を、障がい者社員へ移行していく予定である(図2)。 表3 OAセンターでの採用人数 2008年 2名(聴覚2名) 2009年 2名(精神、内部) 2010年 6名(知的、内部3名、視覚、精神) 2011年 4名(知的、発達、聴覚、精神) 2012年 3名(知的、精神、肢体不自由) 図2 OAセンター課員内訳(2012年9月1日) 4 育成計画の策定への取り組み 2009年10月に初めて精神障がい者社員を雇用した。聴覚障がい者の雇用経験、サポート経験はあったが、精神障がいについては知らないことが多く、面接時に本人が自分の言葉で配慮事項を的確に伝えてくれたことに基づいて、手さぐりでOJTを進めていった。 教える人によって教え方が違うということを避けるために、OJT担当をサブリーダー1名に固定、1年間の育成計画を初めて作成し、「ゆっくり様子をみて、あせらずに育成計画を行う」ということとした。また、サブリーダー自身も、統一した指導が不十分の中で、業務を覚えるという困難な経験をしている。「これでは、精神障がい者には難しいだろう」と感じたことも育成計画を作る1つの理由となっている。 1年間の育成計画を立て、最初の3ヶ月間はサブリーダーも一緒に仕事を行い、朝礼後、個別に前日の振り返り、業務の不明点、生活面のこと等をヒアリングし、丁寧なOJTを行った。また、1ヶ月毎の振り返りを行い、安心して相談できる環境を作り、信頼関係を築いていった。日常の些細なことでも相談を受け、必要に応じて面談を行い、コミュニケーションを図ることで、社員の変化(不調・不安)に気づけるようになってきた。 初めて雇用した精神障がい者が、安定的に勤務でき、かつ業務も自立して行い、人に教えることができるレベルまで成長した。この成功体験によって、育成計画が有効であると確信し、翌年より障がいの有無や特性に関わらず、策定、実施している。課員全員に、育成計画を実施する事により、統一したOJTを行ない、計画遂行後は全員が「人に教えられるレベル」の業務能力を保つことができている。 5 個の特性を活かせる業務細分化と配置の実現 精神障がい者雇用後、2010年4月に初めて知的障がい者を雇用した。そもそも、OAセンター業務は「コピー・後処理等の一連の流れをできる人」と求められる基準が高く、人材要件としては身体、精神障がい者を基準とする意識が非常に強かった。 図3 業務の一連 デリバリーは、既にメールサービス課で対応していたので、それ以外の業務において、知的障がい者が働くイメージは、誰も持つことができていなかった(図3)。 ベネッセビジネスメイトのメール、クリーン業務では、たくさんの知的障がい者社員が働いており、実習も積極的に受け入れていた。そこで、OAセンターでも、初めて知的障がい者の実習の受け入れをチャレンジすることにした。育成計画と同様の実習計画を策定し、2週間の実習を行った。 最初は簡単な作業から行ったが、作業スピード、品質も課員と同レベルでできるということがつかめた。 この実習を通して、ぜひ知的障がい者を雇用したいと考え、業務工程の見直しを行った。今までは、コピー業務から後処理まで一連の業務を1人で完結していたが、コピー業務と後処理業務を2分化した。後処理業務を知的障がい者の職域として確保し、コピー業務には、他課員を配置することにした。それぞれの長所を活かし、弱い部分をカバーする適正配置型にすることで、以前に増して、効率化の推進、ミスの軽減を図ることができている。 知的障がい者の職域拡大として後処理業務を確保したが、後処理業務部分だけをOJTするのではなく、全体の流れ(業務の一連)を丁寧に説明することで、今後は知的障がい者社員がコピー業務へステップアップする事ができると確信している。 6 障がい者雇用を進める中で 障がい者雇用の経験を積むことで、指導ノウハウの蓄積が課全体で図れており、分かりやすい話し方、丁寧な説明を心がけることが浸透し、「分かって当たり前」という世界はなくなった。また、知的障がい者社員が入社し、全課員が挨拶を積極的にするようになった等、良い影響が出てきている。以前は、自分は自分という考え方であったが、相手のことを考えて、行動できる風土が醸成してきている。 これまで上手くいった事例を述べてきたが、職場とのマッチングがうまくいかなかった事例もいくつかある。障がい特性について、受け入れ側の配慮が足りなかったことや、成功体験を基に丁寧に説明しすぎたことが、かえって本人にストレスを与えていたこと等があげられる。その時々で、ヒアリングを行っていたにも関わらず、「本人がどう感じているのか」引き出すことができず、コミュニケーションが食い違ってしまっていた。 こうした事例から、成功体験をそのまま当てはめるのではなく、それぞれの人、障がい特性に応じて、柔軟に対応を変えていかなければいけないということを学んだ。 業務開始当初は、課員20名のうち、障がい者社員2名であったが、紆余曲折を経て、現在は、課員25名のうち、障がい者社員14名を雇用している (図4)。 図4 課員の内訳推移 7 終わりに 今後もさらに障がい者雇用を推進していく予定である。前述した通り、派遣社員の業務を障がい者社員へ移行している最中である。 新規採用に向け、受け入れ体制を強化する必要がある。さらなるリーダー層のOJT力、指導力UPを図り、課員全体の業務スキル、コミュニケーション力を強化していきたい。 また、様々な障がい特性のある社員が働くOAセンターでは、横のつながりで支えあい、サポートしていく体制を強化していきたい。特に、精神障がい者社員のピアサポート体制の構築に注力していき、ベネッセビジネスメイト全社に広げていければと考えている。 就労支援施設における随伴性マネジメントの実施が依存症を呈する者の就労に及ぼす影響 ○川端 充(株式会社わくわくワーク大石 精神保健福祉士) 中西 桃子・町田 好美(株式会社わくわくワーク大石) 田代 恭子・野村 和孝(早稲田大学大学院人間科学研究科) 大石 裕代・大石 雅之(医療法人社団祐和会大石クリニック) 1 はじめに 本研究は、随伴性マネジメントの導入が依存症を呈する利用者の就労に及ぼす影響について研究したものである。随伴性マネジメントとはオペラント条件付けに基づく行動形成を目的としており、標的行動に対して、報酬を設定し、行動の実施に対して報酬を提供するものである。Paul M.G. Emmelkamp&Ellen Vedel 1)によれば随伴性マネジメントが特に薬物乱用者に対して、有効であるというエビデンスは、最近ではかなり蓄積されてきており、ほとんどの慢性的な薬物乱用者は、訓練の受講に随伴して特別な強化が与えられない限り、職業技能訓練プログラムに参加しようとしないものであるとのことから、当事業所では薬物以外の依存症を呈する利用者に関しても、随伴性マネジメントの導入を行っている。 依存症の回復過程では、就労活動の促進が重要な課題である。依存症を呈する利用者の行動形成に対して、随伴性マネジメントを用いた取り組みの有効性が示されている。一方で、依存症と就労に関する取り組みでは随伴性マネジメントの効果検討は行われていない。そこで、本研究では随伴性マネジメントが依存症を呈する利用者の就労に及ぼす影響を検討した。 2 わくわくワーク大石とは 当事業所は、平成19年度に横浜市中区に開設された精神に障害を持つ方のための就労支援施設である。隣接する依存症を専門とする大石クリニックが母体となり、メンバーの95%は依存症である。その中にはアルコール依存症、病的賭博、薬物依存症などがある。朝9時から夕方5時まで、1日8時間のプログラムを、週5日ないし6日行うことによって、体力作りと生活リズムを整え、就労への一歩としている。また、空いた時間を作らないことで、その間は依存している物質などから離れることができると考えられている。 当事業所は障害者自立支援法に基づき、就労移行支援、就労継続支援A型、就労継続支援B型の3つのサービスを提供する多機能型施設である。平成24年8月現在のメンバーの登録人数は67名で、内訳は表1の通りである。 表1 メンバー登録者内訳 メンバー登録者数 計67名 就労移行支援 計30名 男性26名 女性4名 就労継続支援A型 計23名 男性18名 女性5名 就労継続支援B型 計14名 男性13名 女性1名 3 随伴性マネジメントとその工夫 当事業所では随伴性マネジメントの導入を平成23年6月から行っており、前年度の本研究発表会にて発表を行った「依存症における就労支援の取り組み」から改善と工夫を行っている。以下の表に示す通り、刺激としてわくわくワーク大石という訓練の場があり、行動として公園清掃や、介護補助などの訓練活動を行っている。それに対し、行えたものに対して、強化子として、ハンコを押す、訓練費を与える、段階的なステップアップができ訓練費も上がるなどの報酬が用意され、就労訓練活動を強化するしくみとなっている。また行動を行わなかった場合には定められた回数の報酬がもらえない期間が生じるという負の強化子を課している。 以下にその図を示す。 図1 随伴性マネジメントの仕組み① 本研究において、工夫した点は、以下に示すように、就労支援施設における、随伴性の取り組みが、実際の社会における就労への移行を意識している点である。 図2 随伴性マネジメントの仕組み② 具体的には、社会に出た時の周囲の評価を意識して施設内で声かけを行うことや、仕事をした場合の昇進を意識して、訓練がステップアップすることを取り入れている。他にも、みだしなみチェックは社会に出た時に必要な清潔保持、適切な服装、身だしなみの選択が自分で出来るよう意識付けを行うものである。また、スタッフ、医師、関連機関からの月1回の本人へのコメントは、社会での上司の評価、他者からどう見られているかの意識付けに有効であると考えている。さらに、自己評価欄もあり、今月の目標、良かったところ、悪かったところも記入して頂いているが、それも社会に出た際にご自身、長所短所を振り返ることで適応を促進することを意識している。それらはすべて行動ができた際にはハンコを与えるなど、先述した結果を強化することで随伴性マネジメントを行っている。 表2 随伴性マネジメントの社会適応への般化 随伴性マネジメント 社会適応 声かけ 周囲の評価 ステップアップ 昇進 みだしなみチェック 身なり・衛生管理 コメント 上司からの評価 一日の感想 一日を振り返る 一カ月の自己評価 一カ月の自身を振り返る 欠席/遅刻/早退の届書提出 仕事を休まず続けることへの意識付け 短期・長期目標 目標を見付け、取り組むことへの意識付け またステップアップに関しては、障害者職業総合センター3)の「就業支援ハンドブック」を参考に、以下の表のようにステップアップするしくみになっており、それにともない訓練費もあがるしくみとなっている。 図3 就労までのステップ このような工夫を行うことで、本人の就労に関する活動が施設内はもちろんのこと、就労後も維持促進されることが期待できる。 4 調査対象と方法 調査対象は、随伴性マネジメント導入前である平成22年10月から平成23年4月まで7カ月間と随伴性マネジメント導入後である平成23年10月から平成24年4月までの7カ月間に当事業所の就労移行支援を利用した者である。 随伴性導入前の該当期間の依存症を呈する利用者の利用者は31名であり、内訳はアルコール依存症28名、病的賭博3名である。 図4 随伴性マネジメント導入前 利用者内訳 そして随伴性導入後の該当期間の依存症を呈する利用者の利用者数は39名であり内訳は、アルコール依存症28名、病的賭博7名、薬物依存症4名である。 図5 随伴性マネジメント導入後 利用者内訳 就労に就いては同期間の就労の有無とその後6ヶ月間の就労の継続の有無をカウントした。なお期間については、当事業所にて随伴性マネジメントを導入したのが平成23年6月からであり、本格的に導入を行った7月からの最初の3カ月は随伴性の効果が反映されないため、その後の10月からのデータを調査したものである。また継続とは6ヶ月以上の継続をしている者である。また、就労とは外部での雇用契約を結ぶものと、就労継続支援事業A型にて雇用契約を結ぶものとの両方を指す。 5 調査結果 随伴性導入前の平成22年10月から平成23年4月までの期間に就労した人数は7名であり、6ヶ月の就労が継続した人数は4名であった。就労率は22.6%であり、継続率は57.1%であった。 随伴性導入後である平成23年10月から平成23年4月までの就労した人数は16名であり、その中で6カ月以上の継続した人数は9名であった。就労率は41.0%であり、継続率は56.3%である。 表3 随伴性マネジメント導入前後の就労、継続者人数 利用者(人) 就労者(人) 継続者(人) 導入前 31 7 4 導入後 39 16 9 表4 随伴性マネジメント導入前後の就労率、継続率 就労率(就労者/利用者) 継続率(継続者/就労者) 導入前 22.6%(7/31) 57.1%(4/7) 導入後 41.0%(16/39) 56.3%(9/16) 図6 随伴性マネジメント導入による就労率、継続率 また、就労した人の内訳は以下のようになっている。 表5 随伴性マネジメント導入前後の就労者の内訳 外部就労(人) A型就労(人) 計(人) 導入前 6 1 7 導入後 6 10 16 表6 随伴性マネジメント導入前後の継続率の内訳 外部就労(人) A型就労(人) 計(人) 導入前 3 1 4 導入後 3 6 9 6 考察 今回の調査結果から、依存症を呈する利用者について、随伴性マネジメント導入後に就労率の増加があったこと、就労の6ヶ月継続については横ばいであったことが確認された。このことから随伴性マネジメントは就労率には効果があるが、継続率には効果がなかったと考えられる。それは事業所に通所している間は随伴性が行われているが、実就労後には賃金はすでに上限に達しているため、報酬に刺激としての効果がなくなったためと考えられる。 また今回、随伴性マネジメント導入後に就労が継続しなかった7名についてみてみると、小さい子を持つ母であるため、仕事が休みがちになり、離職した事例、介護職に就労したが、膝を痛め、継続が困難になった事例、就労先とのマッチングがうまくいかなかった事例などであった。今後はそれら随伴性マネジメントを取り入れても継続しなあった場合の個別のケース対する振り返りを行うことが課題である。 【文献引用】 1)Paul M.G. Emmelkamp&Ellen Vedel:「アルコール・薬物依存臨床ガイド」、P83 P122 金剛出版(2010) 2)障害者職業センター:「新版 就業支援ハンドブック」P16(2011) 就労支援+リハビリテーション医療の視点 実践報告 ○宮本 昌寛(滋賀県立リハビリテーションセンター支援部 事業推進担当 主任技師/作業療法士) 渡邊 和湖(滋賀県立リハビリテーションセンター 現・滋賀県立小児保健医療センター療育部) 城 貴志(社団法人滋賀県社会就労事業振興センター) 1 滋賀県立リハビリテーションセンターの概要 滋賀県立リハビリテーションセンター(以下「リハセンター」という。)は、平成18年6月に開所し、組織構成としては支援部と医療部(滋賀県立成人病センターリハビリテーション科が機能分担)で成り立っている(図1)。 支援部の役割としては、地域リハビリテーションや総合リハビリテーションの推進等を図るため、これに必要な各種活動や事業を構築し、関係機関や施設、団体、関係者等の協力を得て、その積極的な展開を図っている。平成24年度の具体的な事業については、①高次脳機能障害支援事業、②就労支援事業、③二次障害予防事業(作業所巡回環境整備)、④脊髄損傷者自立支援事業、⑤難病支援事業、⑥環境調整事業、⑦発達支援事業、⑧介護保険重症化予防事業である。 2 リハビリテーションについて リハセンターでは、"リハビリテーションの心を通じて生活に和みを"を理念・運営方針として各種事業を執り行っている(表1)。 表1 図1 滋賀県立リハビリテーションセンターの組織構成 3 実践の背景 現在、滋賀県の7つの圏域における働き・暮らし応援センター(障害者就業・生活支援センター)の登録者数は7ヶ所で3,657人(平成24年3月31日現在)となっており、新規就労者数は平成18年度174名から平成23年度に407名まで増加している(平成23年度の離職者数は263名)。ただ、身体障害や知的障害、精神障害のある方だけでなく、発達障害や高次脳機能障害のある方等も増加しており、個別性の高い支援が求められている。 しかし、就労に関する既存の支援は、働き・暮らし応援センターのジョブコーチや相談支援員、特別支援学校や高等学校は進路指導担当教諭だけが担われているのが現状であり、医療等の障害特性の理解に特化した支援機関が、就労支援に関わる活動は滋賀県においては希薄であった。 4 事業の目的 障害のある方の実際の就労場面での支援について、既存の就労支援に作業療法士(以下「OT」という。)等の医療リハビリテーションの視点を付加することで、障害のある方の職場定着につながる新たな就労支援方法を検討できないか試みた。 5 実践の紹介 (1)事例 Aさん32歳。診断名はADHD(注意欠陥・多動性障害)、強迫性神経症。高等学校卒業後一般就労をしていたが、継続することができず10社以上の転職歴がある。就労移行支援事業所通所中にB農園へのトライワークから就労過程への支援において、働き・暮らし応援センターより依頼を受けた。 (2)関係機関との調整 働き・暮らし応援センター相談員(以下「相談員という。」)、就労移行支援事業所支援員(以下「支援員」という。)、リハセンターOTとで話し合い、支援員とともに職務分析や対応方法を検討することとした。ご本人への支援や環境調整については支援員が行うことで整理した。 (3)職務内容 農園(水耕栽培)での苗の定植、定植ベッド・パネル洗いと出荷野菜の根切りを行う。 ①苗の定植 立位姿勢にて、トレイに植えられた苗のスポンジを切り離しながら、ベッドの穴が開けられた位置に植え付けていく。 ②定植ベッド・パネル洗い 立位姿勢にて、蛇口に取り付けられたホースとタワシを持ち水洗いを行う。 ③出荷野菜の根切り 立位姿勢にて、出荷時に不要な葉や根を切り落とす。 (4)情報の収集 ①相談員から聞く ・物によくぶつかり、つまずくことも多い。 ・歩き方は手を横に開いてふわふわ歩く。 ・注意欠陥という診断。 ・雇用主は障害がある人を雇用するのは初めてで、工程分析や作業指示書などは作ったことがない。 ②支援員から聞く ・トイレ掃除では、中腰ができず、雑巾洗いで水しぶきが飛んでしまう。 ・仕事が忙しかったり、他者から指摘を受けたり、ルーチンが崩れてしまうとパニックになってしまうことがある。 ・物忘れがある。 ・メンテナンスの仕事は手順書を見ながら覚えた。 ・倉庫への物の片付けは、2ヶ月ほどで覚えられた。 ・移動は自転車でしている。 ③OTが病名・疾患名から考えたこと ・脳の機能障害(前頭葉・基底核・小脳虫部・視床・線条体など) ・覚醒状態を調整する薬で注意散漫を軽減することができる。 ・注意散漫が原因で失敗しやすい。 ・身体図式が未確立で、運動が苦手で不器用。 ・幼少期からの失敗体験と自信のなさ。 ・感覚処理の課題があり不安を生じやすい。 ・不安を生じる背景に認知の問題がある。 (5)実際の作業場面を通してOTの役割と視点 実際の作業場面を通じて、OTが支援した内容は、OT評価(作業分析・姿勢運動評価・感覚評価・作業遂行機能評価問題解決能力)を実施し、評価結果が仕事に与える影響を説明、それに基づいて考えられる手立ての提案を行った(表2)。 表2 観察場面 OTの視点 立っている姿勢や歩く姿勢から 筋肉の状態を評価。 ⇒腰をそらしたような姿勢をとって立位姿勢を保持されていることから、筋肉の緊張が低緊張と評価。 トイレ掃除の姿勢から 筋肉の状態と状況に応じた姿勢や運動をする力を評価。 ⇒中腰やしゃがみ込む等の中途半端な姿勢、中間姿勢で保持することや状況に応じて中途半端な姿勢から物に手を伸ばすような姿勢を変化させることが難しいと評価。 根切り後の葉を廃棄する時にバサッと捨てる 関節の曲げ伸ばしをゆっくりと行うような運動を調整する力、協調性を評価。 ⇒固有感覚の感受性が低く物の重さや形態を捉えづらい、また物に合わせた力加減が取りづらい、ゆっくりと動作する事が苦手と評価。 目の動きから 距離感や必要な物を見つけ出す力を評価。 ⇒斜視があることから、両目が一緒に鼻の方に寄ったり広がったりすることが難しく、目の動きと自分の動きを通して認識される距離感や奥行は育ちにくかったと思われた。そのために、自分の周りから必要なものを見つけ出す力が低かったり、時間がかかったり、見つけられないこと等に影響していると評価。 定植用の苗箱を持ってビニールハウス内を移動する時 自分の体と物との距離感が測れているかを評価。 ⇒ハウス内を移動する際にぶつかる場面が見られており、物との距離感を認識する・認識に合わせた協調運動がしづらいと評価。 ベッド洗いの様子から 水を介してまた物(ゴミすくい網)を介して、奥行や距離感を評価。 ⇒自分の運動が調整しづらい状況や物との距離感が測りづらい状況(水の中等)では、さらに距離感が捉えづらくなりゴミすくい網がうまく使いこなせないと評価。 ベッド洗いの真ん中と言いながら、真ん中よりも左寄りに立つ 物と物との位置関係を評価。 ⇒空間における自己と物との位置関係を認識しづらいと評価 小松菜の根が手につくとチクチク痛い 物に触れた時の捉え方(触覚感覚)を評価。 ⇒触覚が過敏であると評価。 半日を通してビニールハウスの横を通ったのは車1台、犬の散歩の人が1人で注意はそれなかった 注意の選択や持続する力を評価。 ⇒就労環境としての評価も含めて、注意がそれることもなく、注意を持続して集中してすることができると評価。 定植中にわざと話しかけてみる 二つの事を並行して仕事をする力を評価。 ⇒作業への集中は見られているが、こちらへの話しかけには対応が難しく、ルーチンワークを崩されたくない様子が伺えた。また、自分の体や作業することに注意が向いていると、状況に合わせた態度になりにくいと評価。 根切りの際に虫食いの葉を取ることを忘れがち 順序立てた動作を始めから終わりまでする力を評価。 ⇒言葉の指示だけでは、順序立てた動作は抜け落ちると評価。 指示された事と異なる事を言われた時 変化への対応や躊躇や混乱の処理などの問題解決の能力を評価。 ⇒指示が異なると混乱して対応できない事があると評価。 (6)事例の解釈について整理と共有 今回事例に関わった事業主、相談員、支援員それぞれの立場からの情報・視点・評価を集約、するため、国際生活機能分類(以下「ICF」という。)を用いて事例に関する解釈の整理を行った(図2)。 (http://www.geocities.jp/zizi_yama60/base/ICF.html) 図2 6 まとめ 今回の実践の中で、ICFを用いて多職種の情報整理を行ったことで、事業主、相談員、支援員からは、OTの介入が対象者の機能面と行動がどのように関連しているのかを理解することに役立ったとの反応が得られた。OTが行った評価については、他職種と共通した面もあるが、その結果の解釈が医療的な視点に則しており、この視点が実際の就労場面での支援に有効であったことが伺えた。 さらに、医療的視点と就労場面(生活場面)が結びつくことで、対象者の全体像を把握する事に有効であったと考えられる。その中から、"健康状態""心身機能・身体構造""活動""参加""環境因子""個人因子"の相関関係を見ることで、それぞれの関連因子に応じた支援方法が考えられたこと、さらには支援者がどのような項目や因子に関してアプローチするかという役割が明確になったと思われる。 また、評価結果を対象者自身に説明する事で自己理解にもつながり、対象者自身の働く上での困難性について、支援者とともに向き合える取組が可能になると感じた。 今後、「障害者の雇用促進等に関する法律」が改正され、ますます障害がある方の雇用をサポートする役割が大きくなると予想されている。今回の実践を通じて、個別性の根拠に基づいた介入・支援方法を見つけ出す事で、就労を目指す障害のある方の自己実現(自身の成功)までのプロセスを短くできる可能性があり、ひいては障害のある方の定着支援につながるのではないかと考えられた。 【参考文献】 1)松偽信雄・菊池恵美子編集:職業リハビリテーション学(改訂第2版)、p.7-9,協同医書出版社(2006) 2)独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構:2010年度就業支援ハンドブック 障害者の就業支援に取り組む方のために、p.108,独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター 職業リハビリテーション部(2010) 【連絡先】 宮本 昌寛 滋賀県立リハビリテーションセンター事業推進担当 Tel:077-582-8157 E-Mail:miyamoto-masahiro@pref.shiga.lg.jp 当院の外来リハビリテーションにおける就労支援の実態 ○安部 千秋(医療法人共和会小倉リハビリテーション病院 作業療法士) 馬場 健太郎・田川 勇蔵・吉田 隆徳・(医療法人共和会小倉リハビリテーション病院) 1 はじめに 当院は回復期病棟158床と頭部外傷・脊髄損傷の若年者や重度障害者を対象とした障害者等施設病棟40床を有しており、退院後の継続的な支援の一つとして外来リハビリテーション(以下「外来リハ」という。)を実施している。 外来リハでは、機能面へのアプローチや心理面のフォローに加え、復職支援や進行性疾患の方の機能維持を目的とした関わりなどを実施している。 平成21年4月1日〜平成22年7月31日の当院回復期病棟での調査によると、退院後も継続した就労支援を要するもののうち、約75%が当院の外来リハを利用していた。このように就労支援を要するものは、引き続き外来リハで調整することが多い。 そこで今回、当院の外来リハにおける就労支援の実態を調査し、支援内容を整理した。 2 対象 平成21年4月1日〜平成24年6月30日に当院外来リハを開始し、終了したもの358名中、就労に関して何らかの関わりを持ったもの83名(うち当院退院後のものは56名、67.5%)。 3 方法 対象を外来リハ開始時に就労における目途があったもの(以下「目途あり群」という。)47名(56.6%)と目途がなかったもの(以下「目途なし群」という。)36名(43.4%)に分類。 診療録とスタッフへの聴取から、属性(疾患名、年齢、性別、外来リハ利用期間、病前の職業、役職の有無、扶養義務の有無)、外来リハ終了時の基本情報(自立度、障害者手帳の有無、上肢機能、言語障害の有無、高次脳機能障害の有無)、支援対象、支援方法、支援内容、外来リハ終了時の就労状況を抽出し、Fisherの正確確立検定、Mann-WhitneyのU検定を用いて両群を比較した。 なお支援内容についてはKJ法に基づいて分類し、支援対象ごとに比較した。 4 結果 (1)属性と基本情報 表1 属性と基本情報 *:0.05<P 目途あり群:47名 目途なし群:36名 疾患 脳血管疾患34名 筋骨格系疾患9名 脊椎脊髄疾患4名 特定疾患0名 脳血管疾患28名 筋骨格系疾患6名 脊椎脊髄疾患0名 特定疾患2名 年齢 * 平均51.5±12.3歳 平均45.9±12.5歳 性別 男:41名 女:6名 男:28名 女:8名 利用期間 * 平均66±113日 平均156±111日 * * 病前の職業 管理的:12名 専門・技術的:12名 事務:4名 販売:5名 サービス業:3名 保安:0名 農林・漁業:1名 生産工程:5名 輸送・機械運転:2名 建設・採掘:2名 運搬・清掃等:1名 無職0名 管理的:3名 専門・技術的:3名 事務:8名 販売:7名 サービス業:4名 保安:3名 農林・漁業:0名 生産工程:1名 輸送・機械運転:2名 建設・採掘:2名 運搬・清掃等:0名 無職3名 病前の役職 * 無:17名 有:30名 無:26名 有:10名 扶養義務 無:9名 有:38名 無:14名 有:22名 自立度 J:42名 A:5名 J:35名 A:1名 障害者手帳 無:39名 有:8名 無:27名 有:9名 上肢機能 実用手:36名 補助手:9名 廃用手:2名 実用手:23名 補助手:10名 廃用手:3名 言語障害 無:41名 有:6名 無:29名 有:7名 高次脳機能 * 無:38名 有:9名 無:19名 有:17名 両群間では「年齢」「外来リハ利用期間」「病前の職業(管理的職業、専門的・技術的職業)」「病前の役職の有無」「仕事に影響のある高次脳機能障害の有無」で有意差を認めた。 なお、対象者は脳血管疾患および筋骨格系疾患が大半を占めていた。 (2)支援対象(誰に) 表2 支援対象 *:0.05<P 対象 目途あり群 n=47名 目途なし群 n=36名 本人に 47(100) 36(100) 家族に 8(17.0) 9(25.0) 会社に * 2(4.3) 8(22.2) 就業支援機関に 0 1(2.8) (%) 支援対象は本人、家族、会社、就業支援機関の4つに分けられた。 両群とも「本人に」は全て行っており、両群間の比較では目途なし群の方が「会社に」を対象とした割り合いが有意に高かった。 (3)支援方法(どんな方法で) 表3 支援方法 *:0.05<P 方法 目途あり群 n=47名 目途なし群 n=36名 電話 2(4.3) 6(16.7) メール 0 1(2.8) 書面 0 2(5.6) 面談 47(100) 36(100) 訪問 0 2(5.6) (%) 支援方法は電話、メール、書面、面談、訪問の5つを用いていた。 両群とも「面談」は全てに行っており、いずれの方法も両群間で有意差は認めなかった。 (4)支援内容(何をした) ①「本人」を軸に 表4 「本人」への支援内容 *:0.05<P 支援内容 目途あり群 n=47名 目途なし群 n=36名 確認 本人の取り組み 19(40.4) 13(36.1) 本人の意見 47(100) 36(100) 家族とのやりとり 1(2.1) 1(2.8) 家族の取り組み 3(6.4) 4(11.1) 家族の意見 1(2.1) 2(5.6) 会社とのやりとり * 14(29.8) 23(63.9) 会社の取り組み 9(19.1) 4(11.1) 会社の意見 * 14(29.8) 20(55.6) 支援機関とのやりとり * 0 7(19.4) 支援機関の意見 0 2(5.6) 業務内容 47(100) 30(83.3) 勤務・雇用形態 47(100) 36(100) 職場環境 5(10.6) 7(19.4) 経済状況 2(4.3) 5(13.9) 通勤手段 23(48.9) 13(36.1) 通勤に関する取り組み * 2(4.3) 9(25.0) 通勤に関する意見 9(19.1) 10(27.8) 評価 身体面が影響する動作 16(34.0) 8(22.2) 高次脳が影響する動作 * 2(4.3) 7(19.4) 自動車運転について 0 1(2.8) 練習 身体面が影響する動作 14(29.8) 8(22.2) 高次脳が影響する動作 * 2(4.3) 7(19.4) 自動車運転について 0 1(2.8) 助言 家族とのやりとり 1(2.1) 1(2.8) 会社とのやりとり * 2(4.3) 8(22.2) 支援機関とのやりとり * 0 6(16.7) 業務内容 28(59.6) 17(47.2) 勤務・雇用形態 * 5(10.6) 11(30.6) 自動車運転について 1(2.1) 2(5.6) 公共交通機関について 0 1(2.8) 説明 当院の意見 * 12(25.5) 19(52.8) 当院の取り組み * 12(25.5) 19(52.8) 会社とのやりとり 0 2(5.6) 病状 17(36.2) 14(38.9) 会社の意見 0 2(5.6) 支援機関について * 1(2.1) 8(22.2) 自動車運転について 0 2(5.6) 計 37項目 28項目 37項目 (%) 本人への支援内容は全37項目で、目途あり群で28項目、目途なし群で37項目であり、目途なし群の方が多彩な支援を行っていた。 また両群で全員に行った内容は「本人の就労における意見」と「勤務・雇用形態について」の確認であった。 一方両群間で有意な差を認めた支援内容は、「会社の意見がどうであるか」「会社や就業支援機関とのやりとりがどうなっているか」「通勤において取り組んでいることは何か」についての確認、「高次脳機能障害が影響する仕事上での動作」の評価と練習、「会社や就業支援機関とどうやりとりを行うのか」「勤務や雇用形態をどうするのが良いか」といった助言、「当院の就労における見解や援助の仕方」「就業支援機関の活用法について」の説明などであり、いずれも目途なし群が有意に多かった。 ②「家族」を軸に 表5 「家族」への支援内容 *:0.05<P 支援内容 目途あり群 n=47名 目途なし群 n=36名 確認 本人とのやりとり 0 1(2.8) 本人の取り組み 0 2(5.6) 本人の意見 2(4.3) 5(13.9) 家族の取り組み 2(4.3) 3(8.3) 家族の意見 8(17.0) 9(25.0) 会社とのやりとり 0 3(8.3) 会社の意見 0 1(2.8) 支援機関とのやりとり 0 1(2.8) 業務内容 4(8.5) 3(8.3) 勤務・雇用形態 4(8.5) 3(8.3) 職場環境 0 1(2.8) 助言 本人とのやりとり 0 1(2.8) 会社とのやりとり 0 2(5.6) 支援機関とのやりとり 0 3(8.3) 業務内容 4(8.5) 0 自動車運転について 0 1(2.8) 説明 当院の意見 2(4.3) 5(13.9) 当院の取り組み 2(4.3) 5(13.9) 会社とのやりとり 0 1(2.8) 病状 5(10.6) 4(11.1) 会社の意見 0 1(2.8) 支援機関について 0 3(8.3) 計 22項目 9項目 21項目 (%) 家族への支援内容は全22項目で、目途あり群で9項目、目途なし群で21項目と目途なし群の方が項目数は多かった。 なお各項目において両群間で有意な差は認めなかった。 ③「会社」を軸に 会社への支援内容は全18項目で、目途あり群で4項目、目途なし群で18項目と目途なし群の方が援助の項目数は多かった。 表6 「会社」への支援内容 *:0.05<P 支援内容 目途あり群 n=47名 目途なし群 n=36名 確認 本人とのやりとり 0 1(2.8) 本人の取り組み 0 1(2.8) 本人の意見 0 2(5.6) 家族とのやりとり 0 1(2.8) 会社の取り組み 0 3(8.3) 会社の意見 2(4.3) 6(16.7) 業務内容 1(2.1) 5(13.9) 勤務・雇用形態 1(2.1) 5(13.9) 職場環境 0 1(2.8) 助言 本人とのやりとり 0 1(2.8) 家族とのやりとり 0 1(2.8) 業務内容 0 3(8.3) 勤務・雇用形態 0 2(5.6) 説明 当院の意見 * 0 5(13.9) 当院の取り組み * 0 5(13.9) 本人の意見 0 2(5.6) 病状 * 1(2.1) 7(19.4) 家族の意見 0 2(5.6) 計 18項目 4項目 18項目 (%) 両群間で有意差を認めた項目は、「当院の就労における見解や支援の仕方」「本人の病状について」の説明であり、いずれも目途なし群が有意に多かった。 ④「就業支援機関」を軸に 表7 「就業支援機関」に関わる支援内容 *:0.05<P 支援内容 目途あり群 n=47名 目途なし群 n=36名 相談 当院の取り組み 0 1(2.8) (%) 目途なし群の1名のみで、具体的には地域障害者職業センターへ、「今後どう支援をするのが良いか」について相談を行っていた。 (5)外来リハ終了時の就労状況 表8 外来終了時の就労状況 *:0.05