第19回 職業リハビリテーション研究発表会 発表論文集 開催日・会場 平成23年12月19日(月)・20日(火) 幕張メッセ 国際会議場 主催 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 ご挨拶 このたびの東日本大震災により被災された皆様に心からお見舞い申し上げますとともに、一日も早い復興をお祈りいたします。 「職業リハビリテーション研究発表会」は、障害者の職業リハビリテーションに関する調査研究や実践活動を通じて得られた多くの成果を発表し、ご参加いただいた皆様の間で意見交換、経験交流等を行っていただくことにより、広くその成果の普及を図り、職業リハビリテーションの発展に資することを目的として、毎年度開催しており、今年で19回目を迎えました。今回も全国から多数の皆様にご参加いただき、厚く御礼申し上げます。 障害のある人達の雇用は、近年着実に進んでおりますが、法定雇用率未達成企業の割合はなお半数程度あり、さらに障害者雇用促進法の改正により新たに納付金制度の適用対象となった100〜299人規模企業での実雇用率は上昇しているものの、99人以下の企業も含めて中小企業の実雇用率は依然低い水準にとどまっています。 当機構におきましては、こうした状況に対応し、「福祉から雇用へ」という政策の方向性や障害のある人達の就業意欲の高まりに応え、一人でも多くの方々が雇用機会を得ることができるよう、福祉、医療、教育、生活等の各分野との密接な連携の下に、障害のある人達や企業に対する専門的支援を積極的に推進しております。 具体的には、障害者雇用の近年の動向を踏まえ、精神障害・発達障害・高次脳機能障害等に対する支援の強化を図るなど、ニーズに応じた専門的な就労支援サービスの実施に取り組んでおります。特に、地域の関係機関に対する職業リハビリテーションに関する助言・援助、復職支援の困難性の高い事案に対応するための個別実践型リワークプログラムによる精神障害者の復職支援、職業訓練上特別な支援を必要とする障害者への先導的職業訓練等の推進に努めております。 障害のある人達の自立と社会参加を推進するためには、様々な分野の皆様が、互いに連携・協力し、必要な知識や情報を共有していくとともに、それらを現場で実践していくことが極めて重要であります。 今回の研究発表会は、障害者の雇用・就業をめぐる最近の状況や課題を踏まえ、「障害者の雇用とその継続のために〜これまでの取り組み・これから目指すもの〜」をテーマとして開催することといたしました。皆様からの研究発表は過去最多の115題となり、なかでも企業関係者の方々の発表が増えたことから、「企業における雇用継続の取組み」と「企業における採用・配置の取組み」の4分科会を設けたほか、特別講演「資生堂における障害者雇用と雇用継続の取組みについて」、パネルディスカッション「障害者の職業生活を支えるために」、参加者との討議を主眼としたテーマ別パネルディスカッション「雇用継続〜発達障害者に対する取組み〜」、「雇用継続〜中小企業における取組み〜」を行うこととしております。 この研究発表会が皆様の今後の業務を進めるうえで少しでもお役に立つことができ、また、調査研究や実践活動の成果が皆様の間での意見交換、経験交流等を通じて広く普及し、職業リハビリテーションの発展に資することとなりますことを念願しております。 最後になりましたが、当機構は本年10月より、旧独立行政法人雇用・能力開発機構において実施されておりました職業能力開発等の業務の移管を受け、新たに独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構として活動しているところです。新機構の使命は、働く意欲のあるすべての人々が能力を発揮し、年齢や障害の有無にかかわらず安心して働ける社会の実現に向け、高齢者、障害者、求職者、事業主等の方々に対して総合的な支援を行うことであります。 皆様には当機構の業務運営に引き続き特段のご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げまして、ご挨拶といたします。 平成23年12月19日 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長  小 林 利 治 プログラム 【第1日目】平成23年12月19日(月)  会場:幕張メッセ 国際会議場内コンベンションホール、各会議室 ○基礎講座 時 間 内 容 10:00 受 付 10:30〜12:00 基礎講座 Ⅰ 「精神障害の基礎と職業問題」 講  師:野中 由彦(障害者職業総合センター 主任研究員) Ⅱ 「発達障害の基礎と職業問題」  講  師:望月 葉子(障害者職業総合センター 主任研究員) Ⅲ 「高次脳機能障害の基礎と職業問題」     講  師:田谷 勝夫(障害者職業総合センター 主任研究員) ○研究発表会 時 間 内 容 12:30 受 付 13:00 開会式 挨  拶 :小林 利治(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長) 13:15〜14:45 特別講演 「資生堂における障がい者雇用と雇用継続の取組みについて」 講  師:真下 隆幸氏(株式会社資生堂 人事部 次長 / ダイバーシティ推進グループリーダー) 休  憩 15:00〜17:00 パネルディスカッション 「障害者の職業生活を支えるために」 司 会 者:白兼 俊貴(障害者職業総合センター 統括研究員) パネリスト(五十音順):天野 聖子氏(社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 理事長) 鈴木 千春氏(スターバックスコーヒージャパン株式会社 人事本部 部門人事部 東日本人事チーム) 藤原  敏氏(株式会社日立製作所 人財統括本部 勤労部 労務・雇用企画グループ 主任) 【第2日目】平成23年12月20日(火)  会場:幕張メッセ 国際会議場内各会議室 時 間 内 容 9:00 受 付 9:30〜11:10 研究発表 口頭発表 第1部 (第1分科会〜第9分科会) 分科会形式で各会場に分かれて行います。 休  憩 11:20〜12:30 研究発表(昼食) ポスター発表 発表者による説明、質疑応答を行います。 休  憩 13:00〜14:40 研究発表 口頭発表 第2部 (第10分科会〜第18分科会) 分科会形式で各会場に分かれて行います。 休  憩 15:00〜17:00 テーマ別パネルディスカッション Ⅰ 「雇用継続〜発達障害者に対する取組み〜」 〜司 会 者:有澤 千枝(神奈川障害者職業センター 所長) パネリスト:(五十音順) 神谷 和友氏(株式会社NTTデータだいち ITサービス事業部 事業部長 / オフィス事業部 部長) 鈴木 慶太氏(株式会社Kaien 代表取締役) 成澤 岐代子氏(株式会社良品計画 総務人事・J-SOX担当 人事課) Ⅱ 「雇用継続〜中小企業における取組み〜」 司 会 者:秦   政氏(特定非営利活動法人障がい者就業・雇用支援センター 理事長) パネリスト:(五十音順) 伊澤 壯樹氏(立川公共職業安定所 雇用指導官) 小林  信氏(全国中小企業団体中央会 労働政策部長) 鈴木 厚志氏(京丸園株式会社 代表取締役) 目次 【特別講演】 「資生堂における障がい者雇用と雇用継続の取組みについて」 講師:真下 隆幸 株式会社資生堂 2 【パネルディスカッション】 「障害者の職業生活を支えるために」 司会者:白兼 俊貴障害者職業総合センター4 パネリスト:天野 聖子社会福祉法人多摩棕櫚亭協会6 鈴木 千春スターバックスコーヒージャパン株式会社8 藤原 敏株式会社日立製作所 【口頭発表 第1部】 第1分科会:企業における雇用継続の取組み(1) 1企業側が求める採用後のフォローアップのあり方 藤本 純子 総合メディカル株式会社 12 2La Maison Service Center の歩み −見て 聞いて 分かって− ○尾上 昭隆 中田 貴晃 小野寺 肇 古川 真理子 サノフィ・アベンティス株式会社 株式会社アドバンテッジリスクマネジメント 東京都立中野特別支援学校 東京ジョブコーチ支援室 15 3第一生命チャレンジドにおける職場定着に向けた取り組み 齊藤 朋実 第一生命チャレンジド株式会社 19 4職場定着を支える雇用後支援に係る一考察① −株式会社万代における障害者雇用10年の取り組みをふりかえって− ○北埜 哲也 眞城 順子 株式会社万代 株式会社万代 23 5職場定着を支える雇用後支援に係る一考察② −株式会社万代における雇用後支援事例を支援者の立場からふりかえって− ○古野 素子 北埜 哲也 眞城 順子 大阪障害者職業センター南大阪支所 株式会社万代 株式会社万代 27 第2分科会:企業における採用・配置の取組み(1) 1聴覚障がい者の職域拡大 −本人と職場が共にマネジメントできる仕組みと社内連携− ○柴田 訓光 江川 野等 ソニー・太陽株式会社 ソニー・太陽株式会社 31 2重度視覚障害者の情報処理分野における就職の支援事例 ○宮城 愛美 長岡 英司 田中 直子 筑波技術大学 筑波技術大学 筑波技術大学 35 3企業に対する免疫機能障害者の雇用促進に向けた取り組み(1) −雇用管理サポート事業を活用したHIV講習会の企画・実施について− ○渡邊 典子 生島 嗣 大槻 知子 津田 武彦 東京障害者職業センター 特定非営利活動法人ぷれいす東京 特定非営利活動法人ぷれいす東京 品川公共職業安定所 39 4中小企業における障害者雇用の推移・方針に関するアンケート調査(1)−調査の目的と調査結果の概要− ○野中 由彦 久保村 ひとみ 笹川 三枝子 河村 恵子 岡田 伸一 佐久間 直人 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 42 5中小企業における障害者雇用の推移・方針に関するアンケート調査(2)−中小企業における障害者雇用の課題−  ○笹川 三枝子 久保村 ひとみ 野中 由彦 河村 恵子 岡田 伸一 佐久間 直人 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 46 第3分科会:福祉的就労から一般雇用への移行 1福祉施設からの一般就労を目指して −就業支援の実際(事例)− ○和田 圭徳 田村 政文 末永 麻衣 社会福祉法人同朋福祉会 障害福祉サービス事業所あそかの園 社会福祉法人同朋福祉会 障害福祉サービス事業所あそかの園 社会福祉法人同朋福祉会 障害福祉サービス事業所あそかの園 48 2障害者雇用を推進するための福祉側からの積極的アプローチ −支援者と開拓員の連携− ○山梨 恭子 坂本 栄一 社会福祉法人川崎聖風福祉会 川崎市社会復帰訓練所 社会福祉法人川崎聖風福祉会 川崎市社会復帰訓練所 52 3一般就労への道のり 角田 智子 社会福祉法人あかね ワークアイ・ジョブサポート 56 4企業と非営利法人とのコラボレーション −障害者雇用や障害者の働く場作りに取組む事例の聞取り調査から− 内木場 雅子 障害者職業総合センター 研究員 60 第4分科会:障害者雇用に関する制度・支援等(1) 1障害者雇用における加齢現象と事業所の対応 −1.特例子会社を中心とした事業所における従業員の加齢現象の認識と改善および対応の進め方について− ○笹川 俊雄 武居 哲郎 寺井 重徳 埼玉県障害者雇用サポートセンター 株式会社マルイキットセンター 株式会社アドバンス 62 2障害者雇用における加齢現象と事業所の対応 −2.障害のある従業員の加齢現象に対する配慮や工夫の取組み 事例①従業員の加齢を遅延させる取組み− 武居 哲郎 株式会社マルイキットセンター 66 3職能評価から見たICFの「活動」と「参加」区分に関する一考察 鈴木 良子 東京都心身障害者福祉センター 70 4職業リハビリテーションにおける諸課題の把握に関する一試論 佐渡 賢一 中央労働委員会事務局/前 障害者職業総合センター 74 5日韓職業リハビリテーション政策の比較考察 ○韓 昌完 金 紋廷 福嶋 利浩 井手 將文 堀川 悦夫 佐賀大学 東北大学 佐賀大学 佐賀大学 佐賀大学 78 第5分科会:能力開発 1持続可能な教育と職業指導に関する実践研究 ○栗田 るみ子 園田 忠夫 城西大学 東京障害者職業能力開発校 82 2・3各政令市における障害者職業能力開発プロモート事業とネットワーク①・② ○寺澤 妙子 倉持 光雄 檜垣 美抄 仲井 純子 和田 奈津美 棚谷 真智姫 溝渕 涼子 冨士原 美由紀 千葉市保健福祉局 千葉市保健福祉局 広島市健康福祉局 神戸市保健福祉局 新潟市保健福祉局 新潟市保健福祉局 京都市保健福祉局 仙台市健康福祉局 86 4重度上肢障害者に対する職業訓練教材の開発 −ディジタル電子回路− ○嶋﨑 幸治 稲田 百合子 国立吉備高原職業リハビリテーションセンター 国立吉備高原職業リハビリテーションセンター 94 5遠隔トレーニングの有効性の検証 ○山中 康弘 伊藤 和幸 井上 剛伸 国立障害者リハビリテーションセンター研究所 国立障害者リハビリテーションセンター研究所 国立障害者リハビリテーションセンター研究所 98 第6分科会:雇用継続を支える人材の育成 1企業における障害者の定着支援とSST ○北野谷 麻穂 山崎 亨 大東コーポレートサービス株式会社 大東コーポレートサービス株式会社 100 2『僕が僕であるために…』私たち指導員はどうあるべきか? −彼らが持つストレングスを生かし彼らを職場定着に導いた指導員は“何か”を持っている− 植松 若菜 株式会社リースサンキュー 103 3共に就労支援を学びあう場の提供と役割 −人材育成の視点から− ○大川 浩子 本多 俊紀 熊本 浩之 山本 創 NPO法人コミュネット楽創/北海道文教大学 NPO法人コミュネット楽創/就労移行支援事業所コンポステラ NPO法人コミュネット楽創/就業・生活相談室からびな NPO法人コミュネット楽創/医療法人北仁会石橋病院 107 4SSTを活用した職場における人材育成 ○岩佐 美樹 佐藤 珠江 千葉 裕明 障害者職業総合センター 社会福祉法人埼玉精神神経センター 早稲田大学大学院 111 5企業で働き続けるため支援者に求められること −職業センター利用者の事例からの考察− 北口 由希 京都障害者職業センター 115 第7分科会:復職支援(1) 1職場復帰支援における復職者と企業のニーズに配慮したコーディネートのあり方について(1) 中村 美奈子 千葉障害者職業センター 119 2職場復帰支援における復職者と企業のニーズに配慮したコーディネートのあり方について(2) 佐川 玄 千葉障害者職業センター 123 3職場復帰支援における復職者と企業のニーズに配慮したコーディネートのあり方について(3) 神部 まなみ 千葉障害者職業センター 127 4職場復帰支援における復職者と企業のニーズに配慮したコーディネートのあり方について(4) 中出 裕之 日本アイビーエム・ソリューション・サービス株式会社 131 5ジョブデザイン・サポートプログラムにおけるストレス対処講習について −集団認知行動療法の考え方を援用したプログラムの取り組みを中心に− ○石原 まほろ 加賀 信寛 松原 孝恵 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 135 第8分科会:精神障害(1) 1ソーシャルファームの推進 −障害者の労働権を満たす社会の構築を目指して− ○吉崎 未希子 森田 廣一 有限会社人財教育社 有限会社人財教育社 139 2依存症専門クリニックにおける就労支援事例について 波多野 大介 安東医院 143 3精神障害者の職業生活を支えるための医療機関等の取組 −①Evi dence-Based Practices(EBP)の概要(文献レビュー)− ○東明 貴久子 春名 由一郎 清水 和代 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 147 4精神障害者の職業生活を支えるための医療機関等の取組 −②わが国における精神科医療機関における「就労支援」(文献レビュー)− ○清水 和代 東明 貴久子 春名 由一郎 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 151 5精神障害者の職業生活を支えるための医療機関等の取組 −③わが国の医療機関等で実施されている支援の実態の調査− ○春名 由一郎 東明 貴久子 清水 和代 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 155 第9分科会:発達障害(1) 1特別支援学校(知的障害)における就労先との協働を目指した就労支援 −自己認識を深め、セルフマネージメントスキルを高めたLD男子への一実践− ○ 大畑 智里 渡辺 明広 静岡大学教育学部附属特別支援学校 静岡大学教育学部 157 2アスペルガー障害成人前期の「育ち」 −自己理解の取り組みを通して− 山田 輝之 社会福祉法人青い鳥福祉会 多機能型事業所よるべ 161 3発達障害のある生徒のキャリア教育(Ⅰ) −親の会によるプログラムの「運営」の意義と実施上の工夫− ○新堀 和子 榎本 容子 ボーバル 聡美 武澤 友広 松為 信雄 LD親の会「けやき」 キャリア教育講座Wing LD親の会「けやき」キャリア教育講座Wing 小金井市障害者就労支援センター エンジョイワークこころ 福井大学生命科学複合研究教育センター 神奈川県立保健福祉大学 165 4発達障害のある生徒のキャリア教育(Ⅱ) −障害特性をふまえたプログラムの「内容」の報告− ○ボーバル 聡美 新堀 和子 榎本 容子 武澤 友広 松為 信雄 小金井市障害者就労支援センター エンジョイワーク・こころ LD親の会「けやき」キャリア教育講座Wing LD親の会「けやき」キャリア教育講座Wing 福井大学生命科学複合研究教育センター 神奈川県立保健福祉大学 169 5発達障害のある生徒のキャリア教育(Ⅲ) −プログラムを通した生徒の「自己効力感」「勤労観」「自尊感情」の変化− ○武澤 友広 新堀 和子 榎本 容子 ボーバル 聡美 松為 信雄 福井大学生命科学複合研究教育センター LD親の会「けやき」キャリア教育講座Wing LD親の会「けやき」キャリア教育講座Wing 小金井市障害者就労支援センター エンジョイワークこころ 神奈川県立保健福祉大学 173 【口頭発表 第2部】 第10分科会:企業における雇用継続の取組み(2) 1障害特性の常識を打ち破った『一人多役』 −ノーマライゼーションの実現が職域を拡大させた− ○北沢 健 松木 直己 橋本 佳奈 梶山 静子 有賀 幹人 リゾートトラスト株式会社 リゾートトラスト株式会社 リゾートトラスト株式会社 リゾートトラスト株式会社 リゾートトラスト株式会社 178 2特例子会社における労働安全衛生マネジメントシステムによる安全健康活動の推進 宮﨑 由紀生 株式会社旭化成アビリティ 182 3多様な障がい者の職場活性化への取組み ○荒木 宗雄 藤村 晶平 サンアクアTOTO株式会社 サンアクアTOTO株式会社 186 4〜制限なき職域拡大〜 身体・知的・発達・精神障がいが健常者の休職をも減らすことができる ○遠田 千穂 槻田 理 竹之内 祐子 木村 健太郎 富士ソフト企画株式会社 富士ソフト企画株式会社 富士ソフト企画株式会社 富士ソフト企画株式会社 189 5職務拡大を中心とした高齢化・重度化対応 吉岡 隆 オムロン京都太陽株式会社 192 第11分科会:企業における採用・配置の取組み(2) 1知的障害者雇用とジョブサポーターによる就労安定に向けた取り組み ○伊東 一郎 佐々木 紀恵 株式会社前川製作所 株式会社前川製作所 196 2知的障がい者の受入れによる職場の変化 原口 惠次 株式会社日立ハイテクサポート 200 3衆議院憲政記念館に於ける知的障害者雇用の取り組み −世田谷区立すきっぷ・東京ジョブコーチとの連携− 笠原 拓也 世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ 204 4障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第2期) 田村 みつよ 障害者職業総合センター 208 5韓国型チャレンジ雇用 −公的機関の知的、精神障害者雇用に関して− ○洪 慈英 李 暁星 韓国障害者雇用公団雇用開発院 韓国障害者雇用公団雇用開発院 212 第12分科会:農業分野における障害者雇用 1農業分野における障がい者就労推進の経過と職域拡大方策 ○石田 憲治 片山 千栄 落合 基継 (独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所 (独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所 (財)農村開発企画委員会 216 2農業分野における障がい者就労に関わる活動主体からみた課題と対処方法 −活動場所の確保と作目選定に注目して− ○片山 千栄 山下 仁 石田 憲治 (独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所 日本大学生物資源学部 (独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所 219 3農作業訓練を通して得られた障がい者の就労支援方法 ○坂根 勇 山下 仁 石田 憲治 (独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所 日本大学生物資源学部 (独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所 222 4新規事業を立ち上げた事業主への支援に関する一考察① −地域の就労支援機関が連携して特例子会社の新規事業立ち上げを支える取り組み− ○村久木 洋一 豊川 真貴子 鈴木 修 水野 美知代 岩倉 寛子 寺本 建 静岡障害者職業センター 静岡障害者職業センター 特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん 特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん 障害者就業・生活支援センターだんだん 浜松公共職業安定所 226 5新規事業を立ち上げた事業主への支援に関する一考察② −判断基準が曖昧な農作業における支援に関する考察− ○鈴木 修 水野 美知代 村久木 洋一 豊川 真貴子 特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん 特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん 静岡障害者職業センター 静岡障害者職業センター 230 第13分科会:障害者雇用に関する制度・支援等(2) 1ロービジョン用就労支援機器の利用状況と改善の方向性 岡田 伸一 障害者職業総合センター 234 2ドイツにおける視覚障害者の雇用支援サービスの現状と課題 −文献調査の結果を中心として− 指田 忠司 障害者職業総合センター 238 3障害のある中高年齢従業員の加齢に伴う就業上の支障と対策 −特例子会社における配慮と工夫の実態− ○沖山 稚子 佐渡 賢一 障害者職業総合センター 中央労働委員会事務局/前 障害者職業総合センター 241 4改正障害者基本法4条2項「合理的配慮」の裁判規範性 清水 建夫 働く障害者の弁護団/NPO法人障害児・者人権ネットワーク 244 第14分科会:地域におけるネットワーク、連携 1地域と企業の連携による職場体験実習 ○澁谷 和晃 後藤 圭子 障害者就業・生活支援センターTALANT 株式会社キユーピーあい 248 2公共職業安定所における障害者ワンストップサービス −地域の支援者との連携による就労前支援について− ○太田 幸治 芳賀 美和 塩田 友紀 柳川 圭介 大箭 忠司 和賀 礼奈 松川 亜希子 大和公共職業安定所 大和公共職業安定所 綾瀬市在宅福祉相談室 障害者就業・生活支援センターぽむ 障害者就業・生活支援センターぽむ 大和市障害者自立支援センター 大和市障害者自立支援センター 251 3宝塚(近隣)地域におけるネットワークの構築について 竹内 誠 宝塚市障害者就業・生活支援センターあとむ 255 4世田谷区就労支援ネットワークの取り組みについて 橋本 貴之 世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ 257 5障害者雇用支援を効果的に進める「堺方式」の取り組みについて −ハローワーク、就業・生活支援センター、職業センター3者のチーム支援について− ○樋上 一真 松井 千恵 古野 素子 堺市障害者就業・生活支援センター 堺公共職業安定所 大阪障害者職業センター南大阪支所 261 第15分科会:高次脳機能障害 1高次脳機能障害患者に対する復職支援 −職業センターと連携を図った症例− ○山下 妙子 島田 憲二 福田 能啓 道免 和久 兵庫医科大学ささやま医療センター 兵庫医科大学 兵庫医科大学 兵庫医科大学 265 2高次脳機能障害者就労準備支援プログラム利用者の実態追跡調査から 望月 裕子 東京都心身障害者福祉センター 269 3障害受容を効果的に行うための取り組み(職業準備支援における障害別プログラムの実践) ○鈴木 普子 日髙 幸徳 神奈川障害者職業センター 神奈川障害者職業センター 273 4若年性認知症者の就労継続に関する研究 −産業医調査から検討する支援の課題− ○伊藤 信子 田谷 勝夫 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 277 5地域障害者職業センターを利用する若年性認知症者の実態 ○田谷 勝夫 伊藤 信子 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 279 第16分科会:復職支援(2) 1うつ病復職支援デイケアの早期介入で大切なこと −開始後5週目までの気分と疲労の特徴に着目して− ○野際 陽子 平澤 勉 佐々木 一 竹内 夏子 爽風会佐々木病院 心の風クリニック 爽風会佐々木病院 爽風会佐々木病院 心の風クリニック 心の風クリニック 283 2平成22・23年度厚生労働省委託事業 治療と職業生活の両立等の支援手法開発 −脳血管障害患者の復職支援に関するモデル事業− ○豊田 章宏 齊藤 陽子 八重田 淳 独立行政法人労働者健康福祉機構 中国労災病院 医療法人社団KNI 北原国際病院 筑波大学大学院 287 3リワーク支援利用者の主体性向上プロセスに関する一考察 浅井 孝一郎 宮崎障害者職業センター 291 4うつ病などメンタルヘルス不全者の職場適応を支援する技法に関する一考察 −ナビゲーションブックの活用事例から− 関根 和臣 福井障害者職業センター 295 5障害の多様化に対応する事業主支援の推進と課題 石川 球子 障害者職業総合センター 299 第17分科会:精神障害(2) 1地域における就労支援ネットワークの活用と精神障がい者就労支援 船山 敏一 就労移行支援事業藤沢ひまわり 303 2ステップアップ雇用から常用雇用への移行を目指すための支援について① −ヒアリング事例の類型化− ○下條 今日子 白兼 俊貴 森 誠一 村山 奈美子 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 306 3ステップアップ雇用から常用雇用への移行を目指すための支援について② −幕張ストレス・疲労アセスメントシート(MSFAS)を活用した支援事例−  ○村山 奈美子 平田 佳和 白兼 俊貴 森 誠一 下條 今日子 障害者職業総合センター 障害者就業・生活支援センターオープナー 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 310 4精神障害者の雇用管理のあり方に関する調査研究について(その1) −調査の概要と雇用管理ノウハウの現状について− ○相澤 欽一 鈴木 幹子 大石 甲 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 314 5精神障害者の雇用管理のあり方に関する調査研究について(その2) −企業の支援機関の活用状況と支援機関の事業主支援の現状について− ○鈴木 幹子 相澤 欽一 大石 甲 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 318 第18分科会:発達障害(2) 1特例子会社における発達障害者の雇用管理・職域拡大への取組と課題 広岡 亜弓 東京海上ビジネスサポート株式会社 322 2発達障害者の職場定着支援から見えてきた課題 −コミュニケーションに対する欲求について− 柴田 泰臣 障害者就職サポートセンタービルド 325 3奈良県における地域の就労移行支援事業所の取組み 角光 裕美 特定非営利活動法人地域活動支援センターぷろぼの 328 4発達障害の高校生・大学生のための就労疑似体験の場「発達障害児のための職業教室」 −5年間の取り組みから見えてくるもの− ○山口 徳郎 角谷 勝己 玉腰 幸司 榎並 恭子 小川 真紀 後藤 沙織 浅井 朋子 名古屋市発達障害者支援センターりんくす名古屋 名古屋市障害者雇用支援センター 名古屋市障害者雇用支援センター 名古屋市発達障害者雇用支援センターりんくす名古屋 名古屋市発達障害者雇用支援センターりんくす名古屋 名古屋市発達障害者雇用支援センターりんくす名古屋 名古屋市発達障害者雇用支援センターりんくす名古屋 331 5精神障害者・発達障害者への就労支援の相違点・類似点に関する一考察 ○高柳 玲奈 本多 俊紀 就労移行支援事業所コンポステラ 就労移行支援事業所コンポステラ 335 ポスター発表 1企業で働く障害者のキャリア形成に関する調査 その1 −企業のキャリア形成に関する制度・枠組みに関する基礎情報について− ○中村 梨辺果 若林 功 内田 典子 村山 奈美子 鈴木 幹子 下條 今日子 森 誠一 望月 葉子 白兼 俊貴 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 340 2企業で働く障害者のキャリア形成に関する調査 その2 −企業人事担当者から見た障害のある従業員の職業適応状況− ○若林 功 中村 梨辺果 内田 典子 村山 奈美子 鈴木 幹子 下條 今日子 森 誠一 望月 葉子 白兼 俊貴 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 344 3企業で働く障害者のキャリア形成に関する調査 その3 −障害のある従業員の職業生活上の経験及び現在の職場に関する考え等− ○内田 典子 若林 功 中村 梨辺果 村山 奈美子 鈴木 幹子 下條 今日子 森 誠一 望月 葉子 白兼 俊貴 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 348 4企業に対する「障害者の職場定着に関するアンケート調査」結果について ○鴇田 陽子 亀田 敦志 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 352 5弊社におけるジョブサポート会での取り組みについて ○赤澤 遥子 山田 智子 株式会社ベネッセビジネスメイト 株式会社ベネッセビジネスメイト 356 6障害者雇用における加齢現象と事業所の対応 −3.障害のある従業員の加齢現象に対する配慮や工夫の取組み 事例②ハッピーリタイアメントに向けた家族・支援者等との連携をめざして− 寺井 重徳 株式会社アドバンス 360 7発達障害者の企業における就労・定着支援の現状と課題 その1 −特例子会社における就労・定着支援の実態に関する調査から− ○知名 青子 望月 葉子 向後 礼子 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 近畿大学 364 8発達障害者の企業における就労・定着支援の現状と課題 その2 −新入社員の職場適応・定着に関する調査から− ○望月 葉子 知名 青子 向後 礼子 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 近畿大学 368 9発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおけるパソコンを用いた作業の検討(1) −認知特性からみた課題の整理と支援の工夫− ○阿部 秀樹 加藤 ひと美 佐善 和江 渡辺 由美 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 372 10発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおけるパソコンを用いた作業の検討(2) −特性に応じた補完方法を活用した事例− ○渡辺 由美 加藤 ひと美 佐善 和江 阿部 秀樹 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 376 11発達障害者を対象とした小グループでの就労に向けた支援プログラムの試み ○小林 菜摘 四ノ宮 美恵子 水村 慎也 深津 玲子 車谷 洋 国立障害者リハビリテーションセンター 国立障害者リハビリテーションセンター 国立障害者リハビリテーションセンター 国立障害者リハビリテーションセンター 国立障害者リハビリテーションセンター 380 12自閉症スペクトラム障害者の就労移行支援における一考察 −TTAPにおけるインフォーマル・アセスメントの取り組みから− ○縄岡 好晴 梅永 雄二 宇都宮大学大学院 宇都宮大学 383 13メモリーノート集団訓練方法の構築と実施 刎田 文記 国立職業リハビリテーションセンター 385 14農の分野から見る本校生徒の就労移行 −就労の実際と本校作業学習(農耕)の取り組みから− ○宇川 浩之 矢野川 祥典 田中 誠 石山 貴章 高知大学教育学部附属特別支援学校 高知大学教育学部附属特別支援学校 就実大学/就実短期大学 就実大学/就実短期大学 389 15知的障害者の一般就労における雇用継続のための条件分析 −高知県における特別支援学校の就労状況に着目して− ○矢野川 祥典 是永 かな子 高知大学大学院 高知大学 393 16特別支援学校との連携に関する取り組みと考察 ○伊藤 雄一郎 朝倉 幹雄 酒井 光雄 社会福祉法人大森福祉会 大森授産所 社会福祉法人大森福祉会 大森授産所 社会福祉法人大森福祉会 大森授産所 395 17就労移行・雇用支援のための協働 −鳴門教育大学附属特別支援学校「レインボーサポートプロジェクト」の試み− ○大谷 博俊 森住 利夫 森 浩一 津田 芳見 高原 光恵 加藤 浩 郡 敏恵 吉本 貴明 鳴門教育大学大学院 鳴門教育大学附属特別支援学校 鳴門教育大学附属特別支援学校 鳴門教育大学大学院 鳴門教育大学大学院 鳴門教育大学附属特別支援学校 鳴門教育大学附属特別支援学校 鳴門教育大学附属特別支援学校 399 18重い知的障害を持つ方の、福祉的就労から雇用へ向けての取り組み ○玉井 成二 義岡 淳也 前川 恵美 楠 政人 葉山 祐 小寺 和則 武久 洋三 社会福祉法人関西中央福祉会 障害者支援施設だんけのその 社会福祉法人関西中央福祉会 障害者支援施設だんけのその 社会福祉法人関西中央福祉会 障害者支援施設だんけのその 社会福祉法人関西中央福祉会 障害者支援施設だんけのその 社会福祉法人関西中央福祉会 障害者支援施設だんけのその 社会福祉法人関西中央福祉会 障害者支援施設だんけのその 社会福祉法人関西中央福祉会 障害者支援施設だんけのその 403 19地域と企業の連携による職場体験実習 ○後藤 圭子 澁谷 和晃 株式会社キユーピーあい 障害者就業・生活支援センターTALANT 407 20企業に対する免疫機能障害者の雇用促進に向けた取り組み(2) −「すべての人にとってより働きやすい環境づくり」を目指すHIV講習会の実践報告− ○大槻 知子 生島 嗣 佐藤 幹也 松原 孝恵 渡邊 典子 若林 チヒロ 特定非営利活動法人ぷれいす東京 特定非営利活動法人ぷれいす東京 特定非営利活動法人ぷれいす東京 障害者職業総合センター職業センター 東京障害者職業センター 埼玉県立大学 410 21視覚障害当事者の就労に関する意識調査 ○石川 充英 山崎 智章 大石 史夫 濱 康寛 小原 美沙子 長岡 雄一 東京都視覚障害者生活支援センター 東京都視覚障害者生活支援センター 東京都視覚障害者生活支援センター 東京都視覚障害者生活支援センター 東京都視覚障害者生活支援センター 東京都視覚障害者生活支援センター 413 22就労移行支援サポート事業の現状と課題 −平成22年度の開拓実績から見えてきたこと− 松田 光一郎 京都ノートルダム女子大学 415 23回復期での介入が紡いだ職場復帰への道 ○佐藤 かほる 土屋 幸江 大久保 晶子 大平 雅弘 横浜新緑総合病院 横浜新緑総合病院 横浜新緑総合病院 横浜新緑総合病院/首都大学東京 419 24高次脳機能障がいがある方への就労支援プログラム  ○伊藤 豊 泉 忠彦 千葉 純子 山本 和夫 松元 健 椎野 順一 小林 國明 大家 久明 太田 博子 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 423 25高次脳機能障害者の就労支援に求められるコンピテンシーに関する一考察 ○北上 守俊 八重田 淳 東京労災病院 筑波大学大学院 427 26依存症者における就労支援の取り組み ○秋山 真貴子 大石 雅之 大石 裕代 雨森 清香 わくわくワーク大石 大石クリニック 大石クリニック わくわくワーク大石 431 27職業リハビリテーション領域における研究課題に関する考察 −米国との比較より− ○岩永 可奈子 八重田 淳 職業能力開発総合大学校 筑波大学大学院 435 【テーマ別パネルディスカッション】 Ⅰ「雇用継続〜発達障害者に対する取組み〜」 司会者:有澤 千枝神奈川障害者職業センター440 パネリスト:神谷 和友株式会社NTTデータだいち441 鈴木 慶太株式会社Kaien443 成澤 岐代子株式会社良品計画444 Ⅱ「雇用継続〜中小企業における取組み〜」 司会者:秦   政特定非営利活動法人障がい者就業・雇用支援センター446 パネリスト:伊澤 壯樹立川公共職業安定所447 小林 信全国中小企業団体中央会448 鈴木 厚志京丸園株式会社450 特別講演 資生堂における障がい者雇用と雇用継続の 取組みについて 株式会社資生堂 人事部 次長 / ダイバーシティ推進グループリーダー 真下 隆幸 資生堂における障がい者雇用と雇用継続の取り組みについて                                             株式会社資生堂 人事部 次長/ダイバーシティ推進グループリーダー 真下 隆幸  資生堂は、誰もがいきいきと活躍出来る職場を目指し、かねてより障がい者雇用に取組んできた。私たちは、信念として、「本気で期待する」、「必要な配慮はするが、特別扱いはしない」、「働きたいという意欲ある人を積極的に応援する」、を掲げており、特例子会社「花椿ファクトリー」や本社オフィスなど、約300名の障がい者が働いている。 障がい者雇用の象徴でもある「花椿ファクトリー」では、30名の知的障がい者が働いているが、「覚えることに時間はかかるが、一度覚えた仕事はしっかりこなす」、「真面目に熱心に働く」といった優れた点を活かせるよう、一人ひとりの特性を把握して業務を任せることにより、高い生産性と不良品がほぼゼロという作業レベルを維持している。設立後6年を迎えた本年、事業としての独り立ちも視野に入り、社内の注目度も一段と高まっている。 生産性と同様に重要課題と捉えている職場定着についても、支援機関と連携した活動を通じて90%を超える定着率を確保しており、業務の習熟が生産性向上に結びついている。 一方、本社オフィスにおいても、定期採用を行っており、聴覚、体幹など、様々な障がい者が働いている。採用後は配属部署に部位別サポートマニュアルを提供し、働きやすい環境づくりに留意するとともに、フォロー研修を行い、重要な人財としてスキル向上を促進している。 冒頭に掲げたとおり、今後も全ての社員が高いモチベーションで働き続けられるよう、障がい者については様々な部署における「最適業務」を見きわめ、個々の能力が最大限発揮出来る企業活動を目指していく。 パネルディスカッション 障害者の職業生活を支えるために 【司会者】 白兼 俊貴 (障害者職業総合センター  統括研究員) 【パネリスト】(五十音順) 天野 聖子 (社会福祉法人多摩棕櫚亭協会  理事長) 鈴木 千春 (スターバックスコーヒージャパン株式会社 人事本部 部門人事部 東日本人事チーム) 藤原  敏 (株式会社日立製作所 人財統括本部 勤労部 労務・雇用企画グループ 主任) 多摩棕櫚亭協会の就労支援             社会福祉法人多摩棕櫚亭協会  理事長 天野 聖子 〜就労支援のシステムと自立支援法後の定着支援〜 10年の共同作業所活動の経験から、就職には準備が必要との結論を得、1997年、就労訓練の場として通所授産施設ピアスを立ち上げた。10年の試行錯誤の中、少しずつノウハウが出来てきて、仕事を継続できる方々が増加した。しかし自立支援法による変化は大きく、多様な障害の方々の利用もあり、より多くの人達がどう就職、定着するかが課題となってきた。今回は自立支援法、雇用促進法の動きの中、試行錯誤を続けているここ5年の棕櫚亭の動きについて報告したい 1 1997年〜2000年初めての就労訓練施設の取り組み、ノウハウづくり 利用期限の設定、チエックリスト導入、積極的な職場開拓などの効果により、10年間の卒業生126人中56人が就職、就職率5割になる(そのうち28人が10年以上継続)。 しかし10年の活動で限界と課題が出てくる。①訓練から職場開拓まで6人の職員で担っているため、定着支援まで丁寧に行えない、②そのため時間数も日数も短くし、とにかく働ける事を目標にするが先行きの見通しがない、③個別性を大事にしてきたので訓練できる人数も限られる。それまで”働かない方が安全“と言われていた精神障害への就労支援としては大きな一歩であったが、他の障害者に比べ、何とも心もとない状況ではあった。 一方、H18年精神障害者雇用率参入、H19年自立支援法という流れを受け、棕櫚亭もここを限界突破の機会ととらえ新しい方針を打ち出した。 2 平成18年就業・生活支援センターオープナーの開始 トレーニングと職場開拓の明確な分離、就労支援の職員数増加により、より多くの人に定着支援もふくめた、働き続けるための支援を提供しようと、国の就業・生活支援センターを受託した。都内では3番目のセンターであった。H15年から続いていた第1号ジョブコーチをオープナーに移動、2人に増やしフル稼働を目指した。コーディネーター職員は2人という体制ではあったが、今までの就労支援のノウハウを使いながら多摩地域の機関に少しずつ浸透していった。センターである以上、ピアスメンバーだけへのサービスではないので、広く広報し、色々な相談を受け入れる体制を作った。つまりピアスを使わない人の間口も広げていったということである。精神障害者という事で職場開拓は難航し、その頃急増した特例子会社も知的中心のため、就職状況は非常に厳しかった。ただしこの年、雇用促進法の改正があり、関心を寄せる企業もわずかながら出てきた。 3 平成19年自立支援法による移行 それまでの通所授産施設ピアスが就労移行支援事業所に移行し、今までと同じトレーニングを行いながら入所者の拡大を図った。翌年には小規模授産施設トリニテもピアスの分場にして32名定員にする。就労移行支援事業一本にしたのは、精神障害者の就労支援にこだわって 多方面に働きかけてきた私たちにとって必然の選択であった。逆に言えば就労移行支援事業所以外の選択肢はなかったといえる。 その後、職員配置の課題解決のため、残った作業所の1つを閉鎖し、精神障害者の就労支援を進めてゆくというところも理念先行型の私達のやり方と言える。 そうはいっても1日の利用者数と開所日数、そして周辺の移行状況に規定された変化により、自立支援法の厳しさを痛感することもなった。就職者を出した後の入所者数の問題、請求のタイミング、福祉施設からの紹介が途絶えたことに気付かないまま定員を増やしたこと、作業所から移行した施設の実績が上がるまでに時間がかかったことなどから、当初の就職者加算は2割になり減収もあり、経営サイドの悩みから多機能、B型案が浮上しては消えていった。その後就職者が回復したのは、①法律施行後3年位経ち、企業の精神障害者への抵抗が減ったこと、②同時に3年を経過したオープナーとハローワーク、医療機関、他の支援機関の関係がかなり緊密になり、紹介や就職先が増加したこと、③更なる雇用促進法の改正によりパート被雇用者が雇用率の分母となって、雇用機会が増えたこと等が背景にあるが、ピアスも①トレーニングのハードルを下げ、幅広い受け入れを始めたこと(軽作業の導入)、②一方で福祉的な授産事業の見直しをはじめ事務作業を増やしたこと、③多様な障害に合わせグループの形を変える、コミュニケーションスキルアップのための回数を増やすなどして対応したことによる。こうした努力で通所中断者は大幅に減り、利用者数も飛躍的に増加した。 4 5年間の実績(オープナーの就職者)から見えるもの 5 現在の状況と課題 短時間のパート雇用から20時間以上の雇用率を狙って就職先も変化してきたが、半年や1年での離職は変わらず少ない(1年に1〜2人)ので、丁寧な準備、職場開拓上のマッチング、ジョブと支援員の連携による定着、職場の理解などによる定着支援の確実さは変わっていない。ただし昨今の厳しい状況による職場環境が原因で2年から3年経過した人達の離職は増加しており、怠薬や内的葛籐、障害重要など個人の脆弱さに起因するケースもある。精神障害者(特に統合失調症)がより長く働き続けるための試みはまだ道半ばと言える。 一方、雇用率の影響で手帳を取得したうつ病とその周辺の方々の相談割合は急上昇しており、支援方法を模索中の発達障害者も増加しているため、統合失調症の方の数は半数になってきた。重複の方も多くアセスメントも支援の方向性は難しく複雑になっている。築き上げてきた統合失調症の支援モデルをどこまで、どう変えていくのか新たな試行錯誤が始まっている。 (参)平成23年(2011)9月現在のオープナーの新規相談者数 新規相談者数総数 51名 紹介先 51名 統合失調症 24 ハローワーク 20 うつなど感情障害 11 医療機関 2 発達障害 7 職業センター 2 知的 2 法人内 9 高次脳 1 区市町村 2 強迫 2 福祉系 10 てんかん 1 リハビリセンター 1 病名不詳 3 その他 5 チャレンジパートナープログラム スターバックスコーヒージャパン株式会社 人事本部 部門人事部 東日本人事チーム 鈴木 千春 障がい者の職業生活を支えるために −日立製作所における障がい者の雇用継続について− 株式会社日立製作所 人財統括本部 勤労部 労務・雇用企画グループ 主任 藤原 敏 1 会社概要 設 立:1920年2月1日 事 業:電機・電子機器・システムの製造、販売等 売 上 高:17,953億円(個別) 93,158億円(連結) 従業員数:32,926名(個別) 361,745名(連結) 2 障がい者の雇用状況(2011年6月1日現在) 実雇用率:2.00%(特例子会社、グループ適用3社含む) 障がい者数:685名 種別内訳:身体571名 知的99名* 精神15名 *知的障がい者99名のうち、86名は特例子会社で雇用 3 障がい者の離職状況(2010年4月〜2011年3月) 離職者20名のうち、定年3名、死亡5名、病気悪化5名、自己都合退職6名、契約期間満了1名 4 雇用継続のための取組み (1)教育環境の整備 当社では、研究開発、生産部門、経理、資材調達、人事、総務等あらゆる部門で、障がいのある社員がそれぞれの能力を発揮して働いている。教育面では、障がい者だけを集めた集合教育というものは特には実施してはおらず、各職場や障がい者本人のニーズに応じて、内外の研修に参加してもらっている。日立には、日立グループの教育機関として、日立総合経営研修所があり、経営スキルを中心に、次の時代の創造・変革ができる次世代リーダーの育成に注力している。日立総合経営研修所では、障がい者の受入れや就労継続支援に関する各種研修プログラムも備えており、例えば、職場向けとしては、「障がいのある社員と一緒に働くための受け入れ研修」を、新たに入社する障がい者向けには「入社前導入教育研修」を実施している。また、情報保障が必要となる聴覚障がい者に特化した「タイムマネジメント研修」、「ストレスマネジメント研修」、「ビジネス文章力アップ研修」、「体験型コミニュケーションスキル習得研修」等の教育研修も実施している。 一方、工場の現場、例えば茨城県の水戸事業所では、社内の作業認定資格制度を設け、障がい者も他の社員同様に試験を受けて技術の向上を図っている。中には電子機器組立の国家検定の1級や2級を取得している障がい者もおり、後輩社員の良き目標にもなっている。 (2)就業環境の整備  当社では、全盲の視覚障がい者も働いており、音声ソフト、ブレイルメモ等のハード面だけでなく、職場介助者の配置等ソフト面での支援も行い、一人ひとりが能力を存分に発揮できる職場環境づくりに努めている。  また、本社コーポレートは厚生労働省の「精神障がい者雇用促進モデル事業」(2009年5月〜2010年3月の2ヵ年)に参画して精神障がい者を新規に6名雇用し、具体的な定着支援策として、以下の方法を実施してきた。  ①ジョブコーチ支援  ②定期的な振り返り  ③病院や支援機関との情報共有  ④ストレス耐性の強化  ⑤ピアサポート 精神障がい者は、環境変化やストレスに弱く、対人関係が苦手と言われることが多いが、当社では苦手なことも敢えてチャレンジしてもらっている。できないことをさせない配慮ではなく、できないことにも周囲がサポートしながらチャレンジさせていくことにより、当事者の達成感・自信が醸成され、さらに働くことへのモチベーションが増強される。精神障がい者のリカバリーを考えたとき、リハビリテーションの過程では、デイケアや福祉施設内でのSSTも有効ではあると思うが、職場・医療・行政・支援機関のサポートを受けながら実社会の中で困難を克服していく一連のプロセスの繰り返しこそが本当の意味でのリカバリーにつながり、働き続けるのに必要不可欠なものと考えている。 5 今後の課題 今後は障がい者の障がい程度に応じて、在宅勤務の適用も視野に入れた取組みも必要と考える。 口頭発表 第1部 企業側が求める採用後のフォローアップのあり方 藤本 純子(総合メディカル株式会社人事部 社員サポートグループ) 1 はじめに 障害者に長く働いて欲しいと願う一方、果たしてそれができるだろうかといった不安や戸惑いがある。 「働き続けるために」という視点で、障害者を雇用する中で感じた課題や対応について2つの事例を通して考察する。 2 障害者雇用の経緯 弊社は『良い医療は良い経営から』をコンセプトに病医院経営のトータルサポートを行っている会社である。経営コンサルティングを中心に、病院機器のリースや病医院施設の設計施工、また、調剤薬局を全国展開している。従業員は約2800名ほどだが、事業拡大に伴い、7〜8年度程前から急激に増えていった経緯がある。それまでは身体障害者のみの雇用で、障害者法定雇用率は十分達成していた。 障害者法定雇用率の分母が増える中、また今後もさらに増えていくことを踏まえ、どのように障害者雇用を進めるべきかを検討し、3年前から知的障害者を雇用することになった。 3 知的障害者を雇用するにあたって (1)職務創設 まずは知的障害者のための職務を2つ創った。 一つは社員が研修を受ける施設の清掃業務で、アウトソースしていたものを社内業務化した。稼働率が高い施設のため、日常清掃部分でも数名の知的障害者が雇用できると判断した。また経費削減も目的のひとつであった。 もう一つは本社内事務補助業務で、データー入力やDM発送等を様々な部署から請負う形で始めた。その後、名刺作成業務や郵便や宅配便の仕分け業務などの業務が加わり、今後もさらに増やしていく状況である。 (2)人材の確保及び採用 人材は近隣の特別支援学校と、障害者の雇用を支援する機関に声をかけ紹介を受けた。採用は面接と実技試験を行い決定した。まずはパート雇用(トライアル雇用制度利用)で勤務状況を見極め、その後、継続して雇用していくか判断するといった流れで行った。 4 事例 (1)事務補助業務担当A社員 A社員は軽度知的障害と下肢に障害をもつ21歳の男性。幼いころに両親が離婚し、母方の祖母と長く生活していたそうである。中学、高校は特別支援学校に進学。小学校の中学年程度の読み書きができ、高校では生徒会長として活躍したそうだ。高校在学中にパソコン教室に通い、自動車免許も取得している。 A社員は高校卒業後いったん就職したが、雇用期間に定めのある就職であったため、当時就職活動中であった。 ①入社経緯 特別支援学校の進路指導の先生には、求める人材像や担当業務について説明を行い、実際の勤務場所の見学も行った。そしてA社員を推薦されたのである。 A社員は、採用面接では適切に受け応えができており、可能性さえ感じられる内容だった。また、実技試験(実習)でも、知的障害者のイメージとは遠いスキルをもって取り組んでいたため、採用を決定した。 ②仕事ぶり 無遅刻無欠席のA社員であったが、入社して1年経過した頃、そろそろ自立してもらおうと手を離していったところ様々な課題が出てきた。 イ.同じミスを何度も繰り返す。 ロ.修正が利かない。 ハ.間違いに対して言い訳をする。 二.必要のない報告や作業が多い。 ホ.仕事の準備や片付けができない(気付かない)。 ヘ.都度の指示が必要。 ト.出社時ボーっとしている。居眠りをする。 チ.休日は自宅で留守番。 リ.給与の使い道がなく、家族が管理。 ③支援者へ相談  担当業務のやり方を簡単なものに変更したり、疲労度を抑えるために勤務時間を短くしたが、課題は改善されなかった。都度指示したり、繰り返し注意が必要なA社員を見ていると、「今の仕事を続けさせてよいのだろうか」と感じるようになり、特別支援学校の先生に相談した。「そんな状況だと思っていなかった。事務は全く問題ないと思っていた。今後の対応についてはケア会議を開いて家族も一緒に考えましょう。」との助言を受けた。 (2)研修施設清掃担当 B社員 B社員は重度知的障害の32歳男性。小学校、中学校は普通学校で、高校から養護学校(今の特別支援学校)に進学し、卒業後すぐにリネン工場に就職した。しかし5年で退職。その後は福祉施設に通いながら、再就職を目指し就業準備を行ってきた。 母親と弟の3人暮らしで、家族全員知的障害者である。母親、弟共に本人が以前通っていた福祉施設の支援を受けている。 ①入社経緯 近隣の支援機関に相談したところ、B社員を紹介された。施設で様々な作業を体験し、就業準備は整っており、また就職への意欲が高いというのがその理由であった。面接と実技試験を経て、採用を決定した。 ②仕事ぶり 身体を動かす仕事が好きなB社員は、素直で明るい性格で、コツコツと地道に仕事に取り組む姿はとても好感がもてたが、一方で、身だしなみが不十分だったり、気分の波があるという課題があったため、社会人としてふさわしい姿について教育したり、支援機関に生活面のサポートを要請して改善を図っている。 ③Bさんのつまづき 当時は男性社員2名であったが、女性社員が2名増え4名体制となった。そこからB社員に変化が出てきた。 イ.早めに仕事を終わらせ女性社員と私語をする。 .  そのため仕事が行き届かない。 ロ.本社社員が来る日だけ真面目にする。 ハ.スケジュールや清掃内容を許可なく変更する。 ニ.本社社員が来る日だけ身だしなみを整える。 ホ.全体を仕切る。 ヘ.気分の波が激しく、気分が悪い時やイライラしている時は態度に出し、周囲に影響を与える。 ④教育や指導 B社員は目の届かない所で勝手な行動をしていた。B社員に厳しく指導をし「今後も同じことが続くようであればクビになる。」と伝えたところ、その翌日にB社員から「もう我慢できません。辞めさせてください。」という連絡がきた。 ⑤支援者のサポート  通っていた福祉施設の支援者から「母親から連絡があった。何かあったのか?」と早々に連絡があったため、経緯を説明した後、支援者が自宅に訪問してB社員の相談にのってくれた。その際、安易にB社員をかばうことはせず、「何がまずかったのか。どうすれば良いのか。」を一緒に検討したそうだ。翌日B社員から「心を入れ替えて頑張りたい。心配をかけて申し訳ない。」という連絡が入った。 5 事例を通じて A社員、B社員を比較して「これからもずっと働き続けられる」と感じたのはB社員である。では、B社員にあってA社員にないものとは何なのだろうか? ①支援者がB社員のことを理解している。 ②B社員自身が得意なこと、苦手なことをわかっている。 ③支援者との信頼関係が築けており、本人はもちろん会社も相談がしやすい。 ④『働く喜び』を金銭管理に連動して支援している。 ⑤『働くこと』と『生活』を関連付けた支援により、B社員を成熟させ、自立できる方向へ導いている。 6 最後に 会社が求めるフォローアップとは、勤務先に定期的に巡回したり、何か特別な働きかけをすることではなく、学校の進路指導教育や就業支援の段階から『就業準備』として積み重ねてきたものを通じて就職した後も自然と創り上げられるものではないかと思っている。本人はもちろん、会社からも「何かあった時にこの人(機関)だったら相談できる。」と感じられていれば、それでよいのかもしれない。  そして、その他、事例を通して見えてきたことして、A社員がもつような課題を会社の中で仕事をしながら改善していくことがどこまで可能なのだろうか。また、どこまで対応できるのか戸惑いもあり不安もある。一社員として関わりながら、学校教育の延長を求められているようで、その対応に困惑している現状がある。 障害者雇用として、会社に求められていることとできることのギャップがあり、そこにフォローが必要だと感じているが、事例の様にフォローアップとして成り立つものと成り立ちにくいものもあることを実感している。 La Maison Service Centerの歩み −見て 聞いて 分かって− ○尾上 昭隆 (サノフィ・アベンティス株式会社 ラ・メゾン・サービスセンター 所長) 中田 貴晃 (株式会社アドバンテッジリスクマネジメント) 小野寺 肇 (東京都立中野特別支援学校) 古川 真理子(東京ジョブコーチ支援室) 1 はじめに  サノフィ・アベンティス株式会社はパリに本社をおくグローバルヘルスケア企業である。日本においては2006年1月1日に旧社同士が統合し製薬企業サノフィ・アベンティス株式会社が誕生した。 一般社員に比べ、離職率が高いといわれている障がい者雇用においては、持続的雇用と戦力発揮をいかに実現していくかが大きな課題である。その克服のためには企業トップの理解、社内の風土構築は無論のこと、彼らを身近な場で支える様々な関係者と連携をはかりながらの支援が必要不可欠である。障がい者雇用はコミュニティ活動とも切り離せなくなっている今日、特例子会社という選択を取らず、会社組織の一員として迎え、「共に育ち合う」というコンセプトのもと、多くの関係者と共に多面的支援による取り組みを行ってきたので、ここに報告したい。 2 知的・発達障がい者雇用に向けた当初の課題 新会社設立当時は統合直後ということもあり、障がい者雇用率の達成はもとより、社内の障がい者理解も積極的には行われておらず、雇用の意識づけ、雇用計画や戦略、雇用時の配慮や就労定着に関する議論が不十分であった。その背景として、障がい者雇用に伴う人的支援の必要性の理解不足、生産性への懸念、対人関係に対する不安、ストレスへの脆弱性、業務の洗い出しやマッチングの困難さ、リスク対応、環境整備に要するコストなど、既存の枠組みを超える取り組みへの抵抗や不安感が内在していた。 3 課題克服に向けた取り組み (1)雇用受け入れまでの社内環境づくり 2007年より障がい者雇用に関するサノフィ・アベンティス全世界共通の指針であるミッション・ハンディキャップ・コミットメントをもとに、企業自身と社員の認知啓発の両面の取り組みから障がい者雇用及び戦力化へのStepを踏み出した。 2007年に障がい者採用のTask Forceを立ち上げ、インターンシップ受け入れを開始し、2008年には障がい者就職フェアへの積極参加、全国紙への求人広告など採用活動も強化した。また社内でも定型業務洗出しなど職域開発に本格的に着手した。 2009年4月に本社内に知的障がい者の就業の場としてラ・メゾンサービスセンター(以下「LMSC」という。)を設立し、各特別支援学校より6名の新卒者を迎え入れた。LMSCには社内外のコーディネータを配置し、雇用の次段階として「教育」と「障がい者の働きやすい環境づくり」の二軸での取り組みを開始した。この間、会社全体の取り組みであるとの強い決意・姿勢をトップマネージメント自ら全社員にメッセージを発信したことが雇用から戦力化へ向かうLMSCの強い後押しとなっている。 現在、LMSCでは現在8名の障がい者(自閉症、学習障害、その他の知的障がいを含む広汎性発達がい者)が勤務しているが、彼らの行動障がいの特徴である「こだわり」「常同行動」「パニック」「奇声・独語」「自傷」「多動」「偏食」などがどのようにしたら共に働く社員に正しく受け止められるか、予防的・具体的対処も含めて、事前に専門家のアドバイスを踏まえつつ組織運営を行っている。 (2)社内啓発活動による風土構築の取り組み 社員の認知啓発の取り組みとして、新会社設立とともに“Building La Maison Together”の合言葉のもとポジティブな組織風土醸成をめざし、社員が手上げ式で参加するラ・メゾンプロジェクトがスタートした。その流れで2007年より障がい者雇用をテーマにした「障がい者の働きやすい環境をつくるプロジェクト」を立ち上げ、障がいと障がい者の理解推進をめざした活動を開始した。 2007年は障がい者の就業環境に関する調査、会社制度・仕組みの研究、インターンシップ受入や講演会や車椅子体験などを通じた社内への啓発活動を通じ、障がい者の雇用環境整備を行った。2008年には特別支援学校や障がい者福祉作業所の訪問、障がい者受入企業の見学を通じ、障がい者とともに働くためのノウハウの蓄積し、それを講演会、パネル展示、イントラネットでの紹介などを通じて社内へ伝達した。2009年には「心のバリアフリーを実現し、楽しく働ける職場を作る」をプロジェクト目標に、4月に新設されたLMSCメンバーの社内応援団である社内サポーターを形成した。そして社員一人ひとりができるサポートについて考える機会を提供すると同時に、障がいがある社員と実際に働いている社員へのインタビューのDVDを作成・公開するなど、実際の体験談を共有化し理解を深める取り組みを行なった。 一方で、ラ・メゾンプロジェクトの企画する清掃ボランティア、スペシャルオリンピックスボランティア、川越工場フェスティバルでの活動(芋の子センベイ販売協力、ミニウインナー販売)などのコミュニティ活動にLMSCメンバーが積極的に参加したことは、彼らの新たな社会参加を促し、彼らの成長とサポーターとなる社員をさらに増やす大きな要因となっている。またLMSCメンバーの主体的な社内活動ということでは、人事本部とのコラボレーションで導入研修時に新入社員とのランチョンミーティグを開催し、新入社員の障がい・障がい者理解の底辺を広げる取り組みが今年で3年目を向かえている。 図1 雇用開始前から雇用後の一連の取り組み (3)業務確保に向けた取り組みとマッチング LMSCとして本社内部署別説明会を単独実施することで、「業務の洗い出しアンケート」への協力実際の業務供出、受け入れ部署の開拓依頼などに協力をえられる環境づくりを主体的に行なった。最初はLMSCメンバーのできる業務をまず模索し、様々な業務を供出した。また臨時で発注依頼が生じた業務は、作業時間を測定し、一人当たりの業務時間を割り出し、個別適正業務測定と併せて月別、週別、日課の割付の参考とした。また障がい特性を勘案した業務指導の工夫や必要な言葉かけなどの配慮については、専門家のアドバイスを取り入れた。 (4)就労定着に向けた様々な取り組み ①スケジュールの事前予告と日々の業務評価 業務の安定就労・安定行動に向けて工夫したこととして、朝礼時に日課を計画的に本人に分かるようにしたこと、そしてスケジュール表に自分で業務を予めメンバーが作成したマグネットで貼り付けることで事前の理解と見通しをもてるようにした。 また毎日終礼時に業務評価を行い、センター長とマンツーマンでフィードバックをしている。 まず「ご苦労様」と感謝の言葉を投げかけ、できるだけほめ、 課題の指摘をする際は否定語より「何をしたらよいか」を伝えるよう心がけている。 ②連絡ノートを介しての保護者との連携 LMSCでは連絡ノートまたは業務評価表で会社と保護者間で情報交換を行っている。前日までに起きていた楽しいこと悲しいことなどの出来事を知ることで業務指導、生活指導などに活かしている。 ③疲労のマネジメント 初年度は1時間以上の単純作業に飽きたり、疲れた表情をするメンバーが多かった。そのため長時間単純作業時には50分業務+10分休憩を試み、パフォーマンスの維持向上をはかるようにした。 ④社内外の相談窓口体制づくり 安全配慮義務の観点から、体調不良や心の迷いがあったときなどに産業医、看護師との相談を自由に利用できる環境を用意した。また彼らを最も身近で支える保護者に向けて、外部支援機関による相談窓口(従業員支援プログラム:Employee Assistance Program、以下EAP)も提供し、家庭での悩みや不安など専門家に相談できる場を設けた。 ⑤職場ソーシャルスキルトレーニングの導入 日々の安定就労のベースとなる社会生活スキルの養成を目的に、2009年末よりEAP機関の臨床心理士による月2回の職場ソーシャルスキルトレーニング(以下「SST」という。)の導入も試みた。「お互いのよいところを認め、改善点を指摘し合い、共に成長する」コンセプトのもと、「見る」「わかる」「できる」「教える」といったプロセスを目指し、企業で働く社会人として身につけるべきマナーや振舞いをはじめ、「電話対応」などのコミュニケーションスキル、文書やメール作成スキルの他、個別目標管理、健康管理、ストレスマネジメント、余暇の過ごし方など、社会的自立を視野に入れたトレーニングを定期的に実施している。 ⑥ジョブコーチ支援の導入  PCを活用する業務依頼の信頼性を担保し、LMSCの職域を更に広げるチャンスの基礎を作ることを目的に、ジョブコーチによる支援を2010年末より導入し、ワード、エクセル4級以上を目指した指導を受けている。各部門で依頼された業務に即して効率的に作業が行えるよう、一定期間マンツーマンによる指導のもと、パソコン業務の習熟をはかっている。 ⑦インターンシップの受け入れ LMSCメンバーのコミュニケーションの幅を広げる試みを含め特別支援学校などからのインターンシップを積極的に受け入れ、学校関係者との関係を可能な限り継続させた。特別支援学校、作業所の先輩後輩など様々であるが同じ障がいがある仲間との交流で逆に仕事を教えるという思いやりの養成とモチベーションアップのためである。 またハローワーク、学校関係、就労支援センターといった各関係者の定期的な職場訪問を可能な限り受け入れ、各機関のフィードバックやアドバイスを積極的に取り入れ、LMSCメンバー及び社員への適切なサポート体制づくりにつなげた。 ⑧成長や成果、今後の目標や課題の共有 年に1回、本人とSST担当の臨床心理士を交えた3者面談を実施し、個別評価を行うと共に、本人の頑張りや成長ぶりと今後の目標や課題の共有を行った。評価は人事へ送られ翌年の昇給に繁栄するシステムを導入した。 (5)支援関係者の連携強化に向けた取り組み 2009年より年に1度LMSCメンバーを含めた社内関係者、保護者、学校関係者、都の教育庁職員、ハローワーク、就労支援機関、外部EAP機関が一同に集まり、企業理念、それまでの成長の気づきや成果、今後の目標や課題などを共有するLa Maison Supporters Meetingを開催している。その年により全体会と合わせて保護者と支援機関も交えた面談、SSTの研修デモンストレーションやストレスマネジメントをテーマにしたワークショップを開催し、職場を離れた生活場面においてもそれぞれの関係者が彼らの自立支援を行うための連携を深めていく取り組みを行っている。 4 改善後の効果 (1)障がい特性および障がい者の理解推進 以上のような様々な取り組みにより、この3年間で社内における障がい理解は当初の期待以上に浸透したものと思われる。その中でも、LMSCメンバーに全国の各職場より800枚以上の感謝カードが届いたこと、LMSCへ出入りする社員の数が増え、LMSCメンバーとのコミュニケーションがとれる社員が増えてきたこと、LMSCそれぞれのメンバーに社内サポーターが増えてきたことは大きな成果の一つであり、社内風土構築の大きな礎となっている。またLMSCメンバーの紹介DVDを全国の営業会議で上映したことにより、全国のMR(Medical Representatives)が使用する名刺が障がいがある社員によって作られていることが認識されたことは、この企業の成長を支える「尊敬」「連帯」の輪を広げるきっかけとなった。 (2)業務マッチング 「業務の洗い出しアンケート」の実施をきっかけに、本社各部署より様々な業務が供出された。業務開始初期はこれらの業務は臨時の依頼業務として扱われていたが、業務効率及びコスト面から徐々にLMSCにシフトされ固定化されてきた。これは数多くの業務の洗い出しにより、メンバーそれぞれに適した業務が存在し、かつ彼らのモチベーションの向上につながったことが効を奏したものと思われる。その後、彼らができる業務が増加し拡大してきたことにより、メンバーそれぞれに安定した業務の割り振りができるようになり充実した日課を送れるようになっている。またLMSCメンバーの働きが2010年度で社内振り替え計上で1,000万円以上の利益を生み出し、LMSCがコスト集団ではなくプロフィット集団として機能していることが一番の成果である。 (3)健康管理面 産業医との定期面談の他、年1回の定期健診、メディカルルームでの都度のメディカルチェック、看護師による健康指導、食事指導、HSE(Health Safety Environment)によるリラックス体操指導などで少しずつであるが体調不良による休みが減少している。 (4)社会生活スキルおよび業務遂行力  職場SSTの継続的実施により、仕事の基本となる「報告」「連絡」「相談」の定着をはじめ、社会人として必要なビジネスマナーの定着や、家事など日常生活場面での様々チャレンジの他、LMSCメンバー同士が共に教え合い、時に注意や指導し合うといったリレーションシップの風土も醸成している。またジョブコーチの指導により、スピード・正確性・応用力の面で向上が見られ、依頼される業務のレベルも少しずつ向上している。これにより業務依頼の範囲も広がり、社内の戦力としてのポテンシャルも更に高まってきている。 (5)リスク対応 交通機関などの遅れ、体調不良による病欠の連絡などは、SSTの訓練により各自保護者の手を煩わすことなく自ら連絡できるようになった。 また今回の東日本の大震災においても、日常の避難訓練が早期決断に結びつき、LMSCメンバーは震災当日は本社待機となった。この安全確保の決断は、2時間以内に全保護者・関係者に伝えられ、その後学校関係者へも無事を伝えることができた。日頃のSST教育、HSE(Health Safety Envirinment)部員による安全教育は、47Fでの対応にも活かされ、全員机の下への退避、即ヘルメット自ら着用する行動に移れたことは大変な成果であった。翌日朝、47Fからの非常階段をおりて帰宅する行動も避難訓練通り冷静に行動することができ、全員11時までに無事に帰宅することができた。「備えよ常に」の教育の成果である。 図2 LMSCの持続的雇用に向けたコンセプト 5 今後の期待・目標・課題 現在LMSCでは、e-shopping,によるWeb上での申請業務と在庫管理をLMSCに一元化できないかを本社の業務改善プロジェクトに提案している。これは新しいソリューションの提案であり、組織横断的な懸案であることから社内全体の業務効率はもとより生産性向上にもつながり、LMSCメンバーの企業内での戦力としての向上が十分期待できる。またこの2年間試験的に依頼を受けてきたコピー&ファイル業務は大量にも関わらず正確にこなしてきた実績を認められ、あらゆる部署の研修資料作成はほぼLMSCに固定化されてきたことから、2011年11月よりLMSCの部屋面積が拡張できることになった。これにより小規模コピーセンター、名刺作成室、e-shopping代理申請業務による文房具類の一元管理などが可能になり、現在のメンバーへの職域開拓および会社への貢献度は益々増大し今後の採用に関しても期待できる土壌創りとなる。 また将来このように多彩で質の高い業務を確保できれば、雇用とは別に就職を希望するインターン利用などの社会参加の場が提供できる可能性を秘めている。 障がい者雇用は、職種の拡張が容易でない特性上、現状業務の職種・量が頭打ちになり日課を確保できないことで尻すぼみになることが一番の懸念である。現状に甘んじることなくLMSCメンバー一人ひとりが更なる成長を遂げていけるよう彼ら自身の努力とともに、関係者の持続的支援が今後の継続的課題となる。 6 おわりに 弊社の障がい者雇用の取り組みの中で最も重点を置いてきたのは、社内外のコーディネーターの設置をはじめ、彼らを支援する関係者の連携と社会資源の積極的活用にある。これにより社内外に分散された人財や情報など、バラバラに分散された部分をネットワーク化し、シナジーを発揮させることで独自性を活かした取り組みと社内の収益を生み出すプロフィット集団の実現につながっている。そして現在の障がい者雇用支援体制は、将来わが社の人財育成・社会貢献の二軸で企業の持続的成長つながっていくものと考える。 企業が生き残りをかけ業務改善を積極的に仕掛けている今だからこそ、障がい者に対する職域開拓にもチャンスがあることを提案し、今後も関係者の協力や支援を受けながらLMSCメンバーの持続的な就労支援につなげ、企業文化を醸成していきたいと考えている。 第一生命チャレンジドにおける職場定着に向けた取り組み 齊藤 朋実(第一生命チャレンジド株式会社職場定着推進室 課長補佐) 1 はじめに 第一生命チャレンジド株式会社は、第一生命保険株式会社(以下「第一生命」という。)の特例子会社として平成18年8月に設立された。親会社からの委託業務を主として、名刺印刷、書類発送、清掃、洗濯、社内喫茶室運営、集中応接室での給茶、テイクアウトカフェの運営と、様々な業務を、田端・世田谷・東戸塚・日比谷・豊洲の5つの拠点で展開している。 当社では、知的・精神障がいのある方を中心に雇用しているが、雇用においては以下の3つのポイントを基本としている。 (1)個人と仕事のマッチング 社員は、各業務において障がいの種別に関係なく業務に従事している。働いていく過程でうまくマッチしなくなった場合、他業務への異動を可能にするなど、個人に合わせた業務を模索している。 (2)就業時間の弾力性 就業時間は、短時間からスタートすることが可能で、必要に応じ時間をかけて延ばしたり、短くしたりすることも行う。 (3)就労支援機関との関係 地域の障がい者就労支援機関とは、次の2点の関係作りを大切にしている。まず、日々情報共有を行い、いざという時に一緒に動いてもらえる関係作り(会社と支援機関)。次に、会社の人間に言えないことを話せる関係作り(本人と支援機関)。 以上の3点を重視しながら職場定着をすすめてきた結果、現在134名(内障がいのある職員88名)が在籍している。 2 豊洲グループの立ち上げ 豊洲グループ(以下「豊洲G」という。)は、昨年(平成22年)から準備し、今年4月に業務を開始した新しい業務グループである。豊洲Gのメンバーは、とても楽しそうにいきいきと働いている。何が職場定着にとって重要であるか、豊洲Gの立ち上げを通し考察していく。 (1)業務の内容 豊洲Gでは、第一生命豊洲本社ビルにて①テイクアウトカフェの運営②第一生命の集中応接室での給茶業務を行っている。カフェは食堂の一角に位置し、カフェラテ等の質の高い飲み物を提供している。給茶業務は、第一生命への来客者である外部のお客さまにお茶を出す業務で、緊張感があり状況に合わせた対応が必要となる。 人員構成は、障がいのある職員(以下「職員」という。)9名(知的7名・精神2名)・それ以外のリーダー4名の計13名で、障がいの有無に関わらず、個人の能力に合わせた業務運営を行っている。 (2)豊洲Gのスローガン 会社設立から5年が経過し当社の課題の1つに、「主体的に動ける人間を育てる」ことがあげられる。言われたことをただやる社員ではなく、自ら考えて工夫出来る社員を育てることが大切であり、豊洲G立ち上げにあたっては一番の留意点とした。 平成22年4月に豊洲準備室を設置。準備期間が1年あり、時間をかけグループを作ることが可能であった。最初の職員採用が決まった時点で、ミーティングにおいて「皆で豊洲Gを作っていく」をスローガンとすることを確認した。スタートラインは職員もリーダーも一緒、最低限のルール以外は皆で決めていく。全員が主体的に立ち上げと運営に関わっていくことを促していった。 表1 人員の動き (3)実際の取り組みと考察 ①段階的で長期的な職員採用とリーダー異動 早い時期から段階的な職員の採用とともに、リーダーを準備室へ異動させた(表1)。それにより、個々に合わせた育成が可能となった。また、2名ずつ採用したため、同期とお互いに励まし合ったり、後輩の育成を担当したりする関係性の中で、互いに育成し合うことが出来た。職員が作成した育成マニュアルは、予想を超えていた(図1)。自身が困ったこと等、経験が反映されたものが出来上がった。 図1 育成マニュアル抜粋 ②全員参加で、一から作り上げる リーダーが一方的にマニュアル化せずに、職員とリーダーがそれぞれの立場を越え、業務のスキームを作り上げる。特に給茶業務では、「きれいに見える所作は?やり易さは?お客さまにどう見える?」という視点を持ち、手が小さい人・手が震える人など、個々の力に合わせたやり方を日々のミーティングで検討した。 また業務日誌のフォームも、当社の他事業部ではリーダーが作成することが多かったが、豊洲Gでは職員が自ら必要項目を考えた結果、各自の毎日の課題とその進捗状況、目標を記入する日誌が出来上がった。より実態にあった使いやすいものになり、愛着も生まれているようだ。 ③質の高いサービスの追求 カフェでは、以下の取り組みを実施。 イ カフェのコンセプト決定 「シアトル系の質の高いコーヒーを提供する店を作る」ことに決定した。 ロ カフェのイメージの共有化 シアトル系コーヒー店の見学や取材をグループ全員で実施し、カフェのイメージを共有化した。 ハ カフェの店名とロゴマークを作成(図2) ブランドイメージを確立し、各自の仕事へのプライド意識を高めることに繋げた。 図2 ロゴマーク ニ セミオートのエスプレッソマシンの導入 エスプレッソを1回ずつ豆から挽き抽出する、扱う人の技術が問われる高度なマシンを導入した。 ホ バリスタ研修の実施 バリスタ講師を招き、実際のマシンで質の高いエスプレッソとミルクフォームの作り方を学んだ。 へ 上質なコーヒー豆の選定 全員で試飲を重ね選定した。 給茶業務では、以下の取り組みを実施。 ト 実地訓練を実施 第一生命日比谷本社集中応接室での実地訓練を実施。業務に従事している方から研修を受けた。 研修中に、第一生命から「お茶出しの際にブツブツ言っている。時間がかかり過ぎる。」というクレームを受けた。ミーティングにて、業務の重要性と、今後は各自気を付けていくことを確認した。この話の当人には、「今の状態では給茶を任せることは出来ない。まず、片付けからやっていこう。」と話をした。仕事である以上、障がいがあるからと許されるわけではない。クレームの内容を伝えた上で、具体的な課題を確認していくことが大切。 全体を通して以下の取り組みを実施。 チ マナー・クレーム応対研修を実施 プロの講師から「会社とは?お客さまとは?サービスとは?」といった基本概念を一から学ぶ。 プロフェッショナルな仕事を知ることで、質の高い仕事をイメージしやすく、「バリスタを目指す」など「その道のプロになる」という目標が設定でき、各自の具体的な課題が明確になった。お客さまへの質の高いサービスを意識し、業務にあたるようになった。 ④それぞれが自分の意見が言えるグループ作り 準備期間中は研修場所が、3ヶ所(日比谷本社集中応接室・喫茶室・田端)に分かれていた。 全体ミーティングは、週1回実施。課題進捗状況の報告をした。各研修場所では、朝と夕方実施。毎朝職員がお互いの課題や目標を確認し、その日の研修内容を決定し実行した。 皆が自分の意見を言えるグループ作りを意識し、準備期間中は、時間があれば何度でもミーティングを実施。初めから誰もが意見を言えるわけではなく、例えば、あるリーダーは、「自分は、自分から話すのは得意ではないけれど、豊洲Gの皆は分からなければ自分から言ってくれるし、考えを伝えてくれるから信頼出来る。だから、自分も言っていこうと思うようになった。」と話している。 信頼関係を築き、ミーティングを重ねることで、自分の意見を言ってもいい風土が生まれ、「皆で豊洲Gを作っていく」という気持ちが育まれている。 一方で、従業員同士の距離が近いため衝突も生じるが、「何とかしてほしい。」と訴えがあっても、極力介入せずお互いで解決出来るよう「社会人としての対応」をしている。 3 豊洲Gの現在 (1)現状 4月末より業務開始。9月末現在、1日平均利用カフェ396杯、給茶105人である。 給茶業務では、5月に受付の方との電話連絡がうまくいかず、「伝えた通り出来ていない。間違えもある。」というクレームがあった。その直後、「電話応対はリーダーで行う」対応に変えた。しかし、想定内のクレームと発想を変え、次の工夫により全員が応対するよう戻した。電話中は出来るだけ周囲は静かにする、分からない場合は聞き返す、この2点である。これを徹底し、現在は問題なく出来ている。 カフェでは、職員の提案により夏限定メニューを作成、バリスタを目指し各自スキルの向上を図るとともに、お客さまへ顧客満足度アンケートを実施し、より質の高いサービスを提供するため努力している。 (2)豊洲Gメンバーへインタビュー(口述筆記) ①Aさん20歳 知的障がい(平成22年9月〜) 【入社した頃】 ・コーヒーの提供は、片手出しが難しく、テーブルの上にトレーをおいて出すように工夫している。こぼすなど出すのに時間がかかっている。 【業務がスタートしてから】 ・(カフェの仕事が好きだが)まずは給茶をやっている。最初はイスの並べ方やテーブルの拭き方がうまくできなかったが、リーダーにコツを習い出来るようになった。 【今後の課題】(個人・全体) ・スピードアップやお茶だしが出来るようになりたい。カフェの仕事もアイスドリンク作りをするようになったので他のことも出来るようにしたい。 ・グループ全体としては、今回のアンケートで「(カフェの商品が出てくるのが)遅い」とあったので、早くするように、やり方の工夫が必要だと思う。 【豊洲グループの良いところ】 ・自分達で考えて意見を出すところが良い。新メニューの開発も皆で考えている。 ②Bさん35歳 知的障がい(平成22年11月〜) 【入社して良かったこと】 ・上司に悩みやプライベートなことを話せる。一緒に食事に行くなど、親しみがあり素直になれる。前職場では、上司と部下の壁があり相談することは出来なかった。 【グループについて】 ・皆頑張っている。グチる人もいるがその時は前向きに考えようと言う。 ・仕事だからきついことを言い合うこともあるが仕方ない。最初からアドバイスせず、様子を見て言い、否定しないようにしている。 ・お互いに言い合える関係がある。 【仕事と自分の夢】 ・リーダーがバリスタの資格をとり、自分も取りたいがブラックコーヒーが飲めず難しい。得意なことを見つけたい。 ・(お客さまに来てもらうには)カフェラテのように、コーヒーが苦手な人でも飲めるよう工夫することが大事だとわかった。 ・他にどんな商品や味があるか勉強したい。 ・将来は友達と喫茶店をやりたい。 ・働く上でライバル意識は、向上心が持てて大切だと思う。 ・グループとしては、他店にはない dl.cafeの名物商品を作りたい。 (3)インタビューを通して 他のメンバーにも共通しているのは、全体の目標を共有化することで、「豊洲Gをより良くしたい」と個人の目標や課題が具体的になっている。「豊洲Gの良い所は皆で意見を出し合えること」と話す人が多く、きつい話し方で言い合っても、「仕事だから仕方ない。」と割り切り働けている。 また大半の人が、今まで出来なかったことや難しいことが、出来るようになった喜びを感じている。その喜びが「もっと出来るようになりたい」というモチベーションに繋がっている。苦手なことを任されたり、自分のやりたいこととは別の業務を担当したりしても、不満を言う人はいない。むしろ、会社から求められていることだと受け止めて、次の目標への原動力となっている。 4 豊洲Gがいきいきと働いている理由 (1)グループ内で誰もが意見を言える風土 ①会社やグループ目標の共有化が出来ている 全体の目標を共有化することで、自分の求められている役割を理解でき、個人の目標や課題の設定に繋がっている。目標がはっきりすることで、「より良くしていくためにはどうするべきか」と、同じベクトルで仕事に取り組んでいる。 ②チームワークを大切にしている 職場以外でも、障がいも含めお互いの個性を尊重し、一緒に遊びや飲みに行くなど、同じ時間を共有することで、信頼出来る関係を構築している。図3は、昨年研修中に職員たちが必要性を感じ、自ら作ったキャッチフレーズである。この内容を見ても分かる通り、それぞれが豊洲Gを大切に考えている。 図3 ③自ら考え提案し実行出来る スローガンの「皆で豊洲Gを作っていく」通り、新メニューの提案など、出来る限り皆の中で決定している。 (2)業務に対する高いプロ意識 立ち上げを通じ知り合った業者や、講師の方々が、自分の仕事にプライドを持ったプロの方々であった。この方々に強い影響を受け高い意識が持てた。カフェの見学で、「自分もやってみたい」という気持ちが生まれ、その気持ちがエスプレッソマシンの導入に繋がった。マシン導入により「バリスタを目指す」という目標が持てた。当社でも、操作の簡単な機械を導入した結果、「自ら考える機会が減少し、考える力を養えない」ケースもあり、反省をしている。難易度の高いマシンを導入したことが、プロ意識の向上と可能性を広げることの大きな要因となっている。 5 社員の職場定着のために 社員の職場定着という観点で考える場合、以下の2点が重要である。 (1)個人の力に合わせ育成すること 豊洲Gでも、「手が小さい人」、「手が震える人」が現在いきいきと働けているように、個々の特性を個性と捉え、個人に合った育成を行うことで、戦力になっていく。 (2)障がいの有無に関わらず、企業人として求めていくこと 「障がいがあるからこの程度でもいい」ではなく、障がいの有無に関わらず、会社のルールや高い品質を求めることが必要である。高い目標を持ち挑戦することで、想像以上の力を発揮し、いきいきと安定して働いていける。 また、以上の2点のバランスをどのように図るかが重要である。個人に合わせ過ぎても、組織としては機能しない。企業人として求め過ぎても、個人がつぶれてしまう可能性が高くなる。一方に傾き過ぎても、安定して働き戦力になる人財は育たない。このバランスの図り方が難しく、当社でも課題となっている。 6 最後に 障がい者雇用では、まず障がいの特性によって、「どうやったらこの作業が出来るようになるのか?」という手法に囚われがちである。当社でもある事例ではあるが、人が働いていく上で一番大切なことは、「この仕事をしたい。(その上で)こうしたい。こうなりたい。」という本人の気持ちである。そして、この気持ちを基にし、本人を含めた職場全体で手法等を考えていく。当社では、この気持ちを育てていくことが、職場定着で一番のキーワードであると考えている。 職場定着を支える雇用後支援に係る一考察① −株式会社万代における障害者雇用10年の取り組みをふりかえって− ○北埜 哲也(株式会社万代 人事部マネジャー) 眞城 順子(株式会社万代) 1 はじめに 株式会社万代は、食料品及び日用品等を販売するスーパーマーケットであり、東大阪市を中心に大阪府下103店舗、奈良県20店舗、兵庫県18店舗、京都府3店舗、三重県1店舗、計145店舗を展開している。 弊社における障害者雇用については、低雇用率に対する行政指導から雇用にむけて取り組み始めた経過を平成13年の職業リハビリテーション研究発表会において牧らによって報告1)2)3)をしている。その後も、障害者雇用の促進等に関する法律の改正(以下「雇用促進法改正」という。)や人事担当者の異動など障害者雇用をとりまく様々な社会情勢や環境の変化もあったが、そのような変化にも対応しつつ、弊社が本格的に障害者雇用に取り組み出して10年が経過した。 牧の報告1)では「今後就労支援機関とともに長期継続雇用への実現が達成するよう考察することとしたい」と述べていたが、実際に10年が経過し、様々な変化や課題にも支援者とともに試行錯誤しながらも対応して、現在も雇用率の達成を維持し、多くの障害をもつ社員にも活躍してもらえる状況が継続できている。 本報告ではこの10年間の取り組みをふり返り、雇用率の達成維持・長期継続雇用を目指して弊社としてどう取り組んできたのか、就労支援機関のサポートを受けてきたのか、職場定着に向けての課題やサポートについて考察することとしたい。 2 障害者雇用の取り組みについて (1)雇用の理念  地域貢献は、消費者の日常生活に対する商品提供のみでなく、障害者への職場提供は地域や社会への貢献として必要なことである。正しさの追求と地域貢献を理念に小売業のロングセラー企業を目指す弊社にとって、ノーマライゼーション理念の推進は、社会的価値を高め、従業員の会社に対する帰属意識の向上につながるとともに社業の発展につながると考えている。 (2)雇用の経緯 平成11年6月の障害者雇用状況報告では、1,786人に対して身体9名、知的6名で雇用率は0.84%であり、法定雇用率1.8%には到底及ばない状況であった。 当時、水産物の加工センター(現在は廃止)で塩干物(ちりめんじゃこ)の包装業務で7名が勤務していたが(殆どが知的障害)、本社事務、店舗販売業務に従事する社員はすべて身体障害(主に内部障害)であり、知的・精神障害は皆無であった。 このような雇用状況から、平成11年10月布施公 共職業安定所から「雇用率達成指導」を受けることとなる。行政指導の内容は次の通り。 ①雇用率1.8%を達成するため、積極的な雇用に努めること。 ②雇用を促進するため、就労場所の確保・職域改善に積極的に取り組むこと。 指導を受けるとともに、今後3か年の雇い入れ計画の作成要請を受け、職業安定所雇用指導官及び大阪障害者職業センターカウンセラーの支援のもと、人事部長を筆頭に計画書を完成し、その内容は、経営トップからも即座に承認されるものであった。雇用を拡大するには、店舗で雇用していくことが必要であり、業務は「買物カートの回収整理、カゴ整理や清掃などの業務」で雇用を進めることとなった。当初は、渋川店、八戸ノ里店の2店舗から開始し、人事部長、課長、店長、職業安定所雇用指導官、大阪障害者職業センターカウンセラー、雇用の候補者(障害者)が一同に会し、店長に対する理解を促すとともに被用者の選考を実施した。当時、「障害者緊急雇用安定プロジェクト(厚労省から日経連が委託実施)」による職場実習からトライアル雇用(当時3か月)並びにジョブコーチ制度の適用を受けることで、障害者の職務遂行状況の進捗と店舗管理者及び従業員の障害者に対する理解が今まで以上に増し、障害者(雇用)に対する理解が乏しかった弊社においては、非常に安心できるものであった。 その後、次第に出店数の増加及びエリア拡大により、当初3年で法定雇用率達成を目標としていたが、平成12年6月の雇用状況報告では、1.6%までになり、平成13年6月の報告では、2%を越える状況に及ぶこととなり、2年を待たずして、法定雇用率を満たす状況を現在まで継続している。 (3)採用方法・雇用条件・福利厚生  地域障害者職業センターへ雇用対象者の人選を依頼するとともに、公共職業安定所に求人票依頼、 店長、人事担当者、職業安定所紹介担当、障害者職業センターカウンセラー、ジョブコーチ、福祉施設関係者が参集し、主に店長が面接官となり本社人事部もフォローをしながら面接選考を実施。健康面、業務遂行面(体力、適応力)を主な判定基準としている(雇用までの流れについては図1参照)。また、初めて障害者を雇用する店長も多く、専用の面接シートを作成することで容易に面接が行なえるようにしている。正社員としての雇用でなく、パートタイマーとして雇用している。平成22年7月の雇用促進法改正までは社会保険加入を必須とし、正社員の3/4以上の勤務条件としていたが、改正後は、週30時間未満の条件を原則としている。短時間勤務から30時間以上の勤務への変更は、本人の希望、会社の都合(業務遂行力、継続力及び貢献度を考慮)、就労支援機関への確認をするなどして、総合的な判断のもと実施している。賃金等の条件は、パートタイマーと同一の条件にしている(最低賃金の適用除外はしていない)。正社員の障害者は正社員に適用される条件と同様であり、障害者ということで線引きはしていない。 図1 雇用までの流れ(スタンダードな採用方法) (4)店長・担当者等への教育・指導方法について  当初の職場実習期間において、カウンセラーまたはジョブコーチから店長・担当者に対して、障害について理解を図るため、ジョブコーチ支援を活用してきた。主に知的・精神障害の特性と候補障害者の特性及び留意点について指導を受け、作業中特異状況が生じた際は、都度本社人事部も連絡を受けつつ指示・指導を受けている。 3 雇用の現状 弊社においては、コンプライアンス遵守の立場から雇用率の達成維持は必須であるという考えに立っている。 障害者雇用に取組みを始めて10年、雇用率の達成維持に向け取り組んできた結果、平成23年9月現在の雇用の状況は次の通りである。 (1)雇用職種 雇用職種は次の通りである。 ①店舗軽作業:カート・買物カゴの整理、駐車場や駐輪場の清掃(一部リサイクル容器の分別) ②店舗販売:主に加工食品の陳列、日付管理、売場の商品の整理整頓 ③本社事務:店舗で配布するチラシの印刷、各種書類、郵便物の仕分補助 ④物流センター仕分作業:生鮮品の仕分け (2)雇用者数と雇用率 事業所雇用割合だが、145店舗のうち76店舗の店舗で上記①②の職種で雇用、その他本社③、物流センター④で雇用している。内訳は下記図のとおり。 図2 職種別雇用状況(平成23年9月1日現在) 平成23年9月1日現在の雇用者数は、身体障害者は計52名(うち重度19名)、知的障害者は計64名(うち重度3名)、精神障害者は計33名、合計149名である。 図3 障害主別雇用状況の変化(平成13年と平成23年の比較)   平成12年の6月1日調査時点までは1.8%の雇用率を下回っていたが、障害者職業センターをはじめとする就労支援機関と連携した障害者雇用の取り組みを開始以後、平成22年の6月1日調査時点までは2%台を超える雇用率で安定して推移していた。 図4 ㈱万代雇用率の推移 (3)雇用促進法改正への対応 平成22年7月から施行された雇用促進法改正については、改正の一年少し前から情報を得ていた。短時間勤務のパートが多数分母に加わることで雇用率達成維持のためには相当数の障害者雇用にさらに取り組む必要があった。しかし一度に多数の雇用は不可能であると考え、平成21年6月頃から少しずつ取り組みを始めた。 平成21年6月1日の雇用者数で平成22年7月を迎えた場合の雇用率は、1.4%、不足数22名の試算となる。これに平成22年度の学卒新入社員、新規店舗の従業員増加を加味すると約35名の雇用が必要であるが、目標とする1.9%〜2%とするには、45名の新たな雇用が必要であった。 そこで、従来のカート回収・カゴ整理だけでは受け入れられる店舗がなく、他の職種に拡大せざるを得なかった。販売業務の中でも、一般加工食料品の品出しや売場整理などの仕事は、他の従業員との連携が殆どなく時間に区切って仕事が進められ、比較的遂行しやすい作業であり、ドライグロサリー部門での増員に取り組むこととした。これとともに従来の身体・知的障害から「精神障害」が増加することとなる。 (4)雇用促進法改正による影響 〜精神障害者雇用への拡大 平成22年7月からの雇用促進法改正では、短時間勤務のパートが多数分母に加わるという変化とあわせて、短時間勤務者が雇用率の対象となることとなったことも重なって精神障害者が増加した。従来は精神障害者の雇用を遠ざけていたわけではないが、勤務時間・日数の量的な点において適切でない場合が多く、逆に法律改正により短時間勤務の適正に合致したことで、僅かではあるが一般加工食料品の品出し作業の販売関係業務への職域拡大の実現につながる結果となった。平成13年時点では精神障害者の雇用は0人であったが、平成23年9月現在では33名雇用している(図3参照)。精神障害者の雇用には不安を感じると思われている企業の方も少なくないと聞くが、弊社で精神障害者の方を実際に雇用して感じたこととしては次の点があげられる。 ①仕事の質は、個人により相違があるが、知的障害者より遂行レベルは高い。 ②長時間の勤務は、ストレスが重なる可能性が大きく、むしろ4〜5時間程度が適切であると感じている人が多い。 ③人混みの中にいるとストレスを感じ不安定になる人が多く、通勤時間帯や手段は留意ポイント ④不安な人ほど質問も多く、細かなことまでいろいろ、しっかりと応えてあげる根気が必要。 ⑤言葉で伝えても忘れることに不安、知的障害も同じで、具体的に絵や文字で伝えると殆どの人は安心する。 (5)長期安定雇用を目指した対応 〜就労支援機関・ケース会議の活用 長期安定雇用を続けていくうえで生じる課題に対して企業内だけで対処するには困難がある。障害者がトラブルを生じたとき、特に知的障害者・精神障害者においては、当人と会社で解決するのは難しく、保護者や身元保証人に対しての理解を得ることが必要となる場合もある。このような場 合にハローワーク、職業センターに加わっていただくことで理解していただき易い。また、ハロー ワークを介することによってトライアル雇用やジョブコーチ支援制度等の制度が活用できる。ジョブコーチ支援は、当人への「仕事習得指導」のみならず、従業員への「障害者雇用」に対する理解浸透を進めていくうえで極めて重要であると認識している。 また、トラブルが生じた場合にはケース会議を実施し今後の対応について協議することとしている(ケース会議活用事例については表2参照)。ケース会議のメンバーは、職業センターカウンセラー、ジョブコーチ、施設関係者、店長、本社人事担当者等である。 店舗軽作業においては、買物カートやカゴの整理が主たる業務で、お客様と直に接する仕事であり、お客様から嫌悪感を抱かれないようにすること、次いで好感を持っていただくことが大切である。知的、精神障害者が多く携わっており、接客のレベルには差があるが、挨拶と接客用語「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」のお声がけ、お客様からのお問い合わせの対応ルールを的確に実施することとしている。この対応を良好なものにすることでお客様に好感を得ていただくことにつながると考えている。 4 今後の目標・課題について 目標:万代で働いたことを家族にも喜んでもらえる会社にすること 課題:長期安定就労を実現するための職場づくり ①既存者の作業遂行レベルの向上 ②所属長の障害者雇用に対する教育と従業員への理解浸透 経営理念に示すとおり「働く仲間」として、他の従業員と同様の目標を持つことが必要であると考える。自ら目標を見つけ、仕事を改善し、他者に教育や指導的役割を求めることは、困難なことではあるが、他の健常者従業員が仕事の指示や指導のみならず、休憩中の会話なども含めコミュニケーションが自然体でとれるような職場にする必要があると感じる。正社員の異動は定期的に実施されるため、正社員のみならず異動のないパートタイマーを含めて障害者の関わりを持つことが重要と考える。 支援者に対しては10年前の報告の際には相談を始めた当初ということもあり、障害者職業センターのカウンセラーの異動への不安を綴っていたが、この10年間実際にカウンセラーが変わってもサービスの質が変わらず受けられることは事業所としての安心感につながっている。今後も同様にその時々の課題に対応したサポートを期待したい。 まだまだ課題は多く、障害者雇用の取り組みに終止符が打たれることはないが、トラブルが生じてもケース会議を行い課題を分析し次のサポートにつなげていくことで、事業所の環境や配慮点を少しでもよりよくすることにつなげ、弊社で働き続けたいと願う社員が1人でも多く長く安定して働ける職場づくりを継続して行っていきたい。 表2 ケース会議活用事例 ★事例A)お客様対応のトラブル回避・改善事例 ①対象者:知的障害B2・30代男性      カート・カゴ回収・整理業務に従事。 ②お客様からクレームがあがる。クレーム内容は  ・カゴやカートの直し方が荒い。怖い印象を持つ。  ・対応の仕方(答え方・言葉づかい)が悪い。  ⇒カート・カゴを集めることに必死で表情も怖くなり   丁寧にゆっくりよりも「早く集める。早く直す。」   が優先されていた。また言葉づかいも崩れていた。 ③雇用後支援の内容 ケース会議を実施(本人・職C・JC・就業生活C・店長・本社人事担当)。「万代で働きたい」という本人の意思を確認。継続雇用のためには、お客様からのクレームにも対応するため、次の点を見直し意識し取り組む。 ・職務内容の見直し(カート・カゴ整理メイン⇒クリンネス・清掃メイン)→お客様との接点を減らす。 ・言葉づかい・接客対応のルール(文言、誰にどうつなぐかの対応)を再確認。 ・意識化のため仕事に入る前に唱和。 ・表情で伝わりづらい→行動(頭を下げる等)助言。 ・JCと就業生活Cのフォロー頻度をあげて強化。 →契約更新のために守ってほしいルールやがんばってほしいことを店長から伝え、本人意識化。言葉づかい等意識しがんばっている様子みられたため継続雇用に。 ★事例B)精神障害者へのストレス対処事例 ①実施の対象者:精神障害2級。リサイクル容器の分別作業に従事。 ②H22年夏ストレスが強くリタイア寸前の状態に。  ゴミの有料化なども背景にゴミの量が増え、なかな  かリサイクル庫のゴミが減らない・なくならないことから焦りや汚れたトレイに対するイライラが募る。 ③雇用後支援の内容 ケース会議を実施(職C・施設担当者兼JC・店長・本社人事担当)。ストレスをため込まないように以下の点を試してみることとし、JC雇用後支援を活用した。 *チェック表を作成。処理した袋の個数、当日のトレーの状況(汚かった・ふつう)、メモ欄(自由記入欄)を書き込む。視覚的(ゴミの量)ではなく実施した数字で作業遂行状況が意識できるようにした。 *口頭での表現が不得手。書くことでストレス表出。 *作業量が明確にならないため最低処理量を本人の申告をもとに決定する。 *店長からの声掛けを定期的に実施する。 ★事例C)長期欠勤・休職者の職場復帰事例 ①実施の対象者:精神障害2級・39歳男性  平成23年2月半ばから休職(C以外の障害者雇用対象者での長期欠勤者は無し)。 ②実施の基本的な考え方  パートナー社員の場合、半年ごとの雇用契約期間としており、雇用期間満了までを休職期間としているが、休職開始から契約期間満了日までの期間以降、復職日の目途が立っていたため、雇用を継続した。 ③支援の内容 会社側からの支援は、暫く会社と切り離すほうがよいとの担当医師の判断であり、特に何もしていない。休職初期の段階では会社は逆に距離をおき会社と本人を切り離すことが情緒を安定させるためには必要なケースであった。現状及び復職予定等について担当医、施設支援者兼JCの3者で2回面談のうえ、状況を確認する。 ④職場復帰にあたっての支援活用例(リハビリ出勤中の就労時間・業務内容の調整、JCフォローアップ等)  職業センター、ハローワーク、ジョブコーチを交えたケース会議を実施したのち、8月末から復職。1日2時間、週2日程度の勤務で復職し、現在は慣らし勤務にて状況を見ている。3か月後に週20時間を維持できることを無理なく目指し支援機関とともに取り組んでいる。 【参考文献】 1)㈱万代における障害者雇用の取り組み①−地域の就労支援機関と連携して障害者雇用を進めたスーパーマーケットの事例−牧研一㈱万代 2)㈱万代における障害者雇用の取り組み②−施設における就労支援、地域障害者職業センターとの連携から 高瀬修一    3)㈱万代における障害者雇用の取り組み③−地域障害者職業センターにおける事業主支援の視点から− 藤村真樹    1)2)3)ともに「第9回職業リハビリテーション研究発表会論文集」(2001年) 職場定着を支える雇用後支援に係る一考察② −株式会社万代における雇用後支援事例を支援者の立場からふりかえって− ○古野 素子(大阪障害者職業センター南大阪支所 障害者職業カウンセラー) 北埜 哲也・眞城 順子(株式会社 万代) 1 はじめに 事業所における障害者雇用の取り組みについては、平成13年の㈱万代における取り組みの報告1)2)3)を始め、これまでの職業リハビリテーション研究発表会の中でも多くの事例報告がなされている。これらの報告の多くは障害者雇用(雇入れ)を進めることを目指し取り組まれた報告が多く、職場定着が今後の課題と考察されている報告が多い。 実際に大阪障害者職業センター南大阪支所(以下「職業C」という。)で行っている事業主支援では、新規雇入れに関する相談だけでなく「次の課題は職場定着」と話す事業所もみられるようになってきた。また、地域に根差した就労支援や定着支援を行う障害者就業・生活支援センター(以下「就・C」という。)や関係機関からも、就職を目指した支援に加え、雇用後課題が生じた時に「どのように対応したらよいか」と職場定着を目指した雇用後支援に係る相談もでてきている。 これらの職場定着に係る事業所及び関係機関のニーズにあわせて効果的な支援や助言を行っていくためには、就労支援の実践の中から経験やノウハウを蓄積するとともに、有効であった支援について整理・分析しておくことも大事である。 本稿では、大阪を中心とした近畿圏で障害者雇用に積極的な取り組みを開始してから10年を迎える㈱万代への雇用後支援事例をふり返ることを通して、課題に応じてどのような定着支援を行ったのかを整理し、職場定着につながる効果的な支援について検討することを目的とする。 2 方法 対象は、平成22年4月から平成23年9月の間に職業Cが㈱万代に対して職場定着支援を行った16名の雇用後支援事例を対象とした。それぞれの事例について導入時の支援状況、雇用後支援状況(課題・支援内容・支援体制等)について項目を設定し、支援内容について整理し、職場定着につながる支援傾向の把握を行った。 3 職場定着支援事例の状況 この間㈱万代への定着支援を行った16名のうち平成23年9月時点で継続雇用となり定着しているケースは14名であり、定着率は88%と高い。これらのケースに対して、定着につながるどのような支援を行ったのか、属性や導入時の支援、雇用後の支援の状況に注目し整理をしてみたい。 (1)対象事例(本人)の状況 対象とした16名の属性は図1の通りである。 図1 平成22度-23(上半期)定着支援事例本人属性(H23.9時点) 表1 対象事例の㈱万代における従事作業(計16名) ㈱万代では、週20時間雇用、職務内容(表1参照)、条件面(店舗への通勤・給与)といった事業所の求人条件に対して希望と能力(適性)の一致する方であれば障害・年代を問わずに採用した結果、20時間雇用の方が多く、年代は様々な年代の方に分散している。障害種別については平成13年の報告の際には知的・身体の方が主であったが、この10年の間に精神障害者も雇用率算定基礎に含まれるようになってきたこともあり、短時間雇用の条件とご本人の働きたい希望条件が一致しやすい精神障害者・発達障害者・高次脳機能障害者の割合が増えてきていることも一つの傾向としてみてとれる(なお、発達障害者の2名は療育手帳を取得、高次脳機能障害者も精神保健福祉手帳を取得しており、全ての方が障害者手帳所持者)。従事作業はバックヤードのみでの作業に従事しているケースは少なく、お客様と接点の生じる店舗内作業を含む作業に従事しているケースが多い。 (2)雇入れ時における支援の状況 <支援者側のサポート> 対象とした16名に対して行った支援の状況は、表2の通りである。㈱万代での導入時の支援に注目すると次の支援を活用されていることが窺える。 ①試行機会(実習またはトライアル雇用)の活用 同業同職種で勤務経験のあったケースAを除く全てのケースに実習を実施した上で雇入れを検討し、トライアル雇用も含めると全てのケースに何らかの試行の機会を活用されている。 ②ジョブコーチ支援の活用 1ケース(M)のみジョブコーチ(以下「JC」という。)支援の前身である職域開発援助事業を活用されているが、フォローアップはJCによるフォローを行っているためJC支援とみなすと全ケースにおいてJC支援を活用されている。 知的障害・精神障害・発達障害の方の特徴として、求人票だけの情報では仕事や環境が面接だけではイメージしづらいといった特性があるが、実習やトライアル雇用など試行の機会を活用し、体験してみて「ここで働きたい」という意欲・意思確認できるステップを踏んで常用雇用に移行していることも職場定着につながっている一つの要因ではないかと思われる。また、事業所としても一見では能力や適性、配慮事項が見えづらい特性がある。JC支援を活用することにより、実際の職場環境や仕事で試しながら、ご本人の能力や特性、状態像を客観的に把握し、担当職務とのマッチングや要求水準、休憩時間の取り方等の調整をできるだけ早い時期に行うことができる。このことも職場定着につながっている一つの要因ではないかと思われる。 <事業所側のサポート>  店舗で新規雇い入れを行う際、導入時には本社人事部による次のようなサポートがある。 ①店舗の選定(受け入れ下地づくり) 障害者雇用を受け入れる店舗はどこでもいいということではなく、仕事量(お客様の量)や店長の考えなどを本社人事部で把握した上で雇い入れ店舗の選定をしていただいている。そのことは雇用後「仕事がない」等の課題が生じるのを防いだり、店長が主体的な窓口になって関わっている環境づくりにつながっていると思われる。 ②雇入れ時における本社のフォロー(ケース会議等)  ㈱万代全体としては障害者雇用に多数取り組んでいるものの、新規雇用の際には初めて取り組む店舗や店長であることが少なくない。雇入れ時のケース会議には本社人事部の方も必ず入って頂き、他店舗での障害者雇用の状況や支援活用状況を本社からも伝えるフォローをしている。店長の考えや経験の有無に偏らず、どの店舗でも同じような支援活用をしているのは、背景にこのような本社のフォローがあるからではないかと思われる。 (3)雇用後支援の状況 雇用後支援の課題と内容の傾向及び対応事例は図2の通りである。表2及び図2よりみられる雇用後支援の傾向は次の通りである。 ①現場レベルフォローで定着に至っている群  本人の不安やモチベーション、疲れやイライラのコントロールなどご本人の悩みに対しての相談や支援へ対応しているケースが多い。職業Cが支援した9ケース(A〜I)の他にも就・Cの支援のみで定着に至っているケースも多くある。表2からもわかるように、精神障害のケースは就職以前より相談の関わりのあったご本人の住まいの近くにある精神障害者地域生活支援センター等を活用しているケースが多く、体調管理やストレス・疲労のコントロールに関する相談などは、職場外相談等を活用しているケースも多い。困りごとの内容によってはJCに相談状況を連絡いただき職場に出向いて曖昧な点や困りごとを店長に確認して解消する等のフォローを行っている。JC支援だけでなく職場外相談も活用した支援は発達障害や知的障害の方にも増えてきている。 精神障害以外の全てのケースは地域の就・Cがフォローを行っている。定期的に支援者の訪問が意識付けやモチベーションの向上につながるタイプのケースやSOSの発信が苦手なケース等については、支援期間の定めなく、職場訪問や職場外相談などのフォローが得られる就・Cにつなぎ、サポート体制を強化している。知的障害の方の場合には、仕事に慣れてきた際に収入を得ることで金銭管理や余暇の過ごし方、家族や友人とのトラブルなど生活面の課題が生じ、ご本人の気持ちや生活リズム等の安定に影響を及ぼすこともまれにみられる(ケースC,I,P)。生活支援とつながった支援や職場外での相談・サポートを就・C支援で受けている事例も複数みられる。 ②本社フォローも受け定着に至っている群  小売店舗の障害者雇用の特徴の一つでもあるが、本人が仕事に慣れ一緒に働く事業所の方に理解を得るだけでは良しとはならない。不特定多数のお客様との関係において問題(クレームやトラブル等)なく作業遂行することが求められる。雇入れ時に個々の特性にあわせて支援をしていても慣れに伴いルールが曖昧になったり意識化が薄れる等からお客様に関わる課題が生じることもある。より困難性の高い喫緊に対応策を検討しないといけない場合もあるが、その時㈱万代では「ケース会議」を活用されている。ケース会議前には「課題改善がなければ雇用継続は難しい」という状況のケースでも、現場+本社+支援者で集まり課題の共有と対応策の検討を行ったところ、様々な立場・視点から知恵や工夫をもちよれば新たな対応策のヒントが出てくることが多い。具体的な対応策としては、再発防止のためのルール化・職務内容の見直し、休憩の取り方や場合によっては配置転換など支援者だけでは対応できないものが多い。いずれのケースもケース会議で検討した対応策で支援を行った結果、クレームやトラブルの再発防止につながりいずれも継続雇用につながっている。 ③自己都合退職に至った群  ケースOは通所していた就労移行支援事業所でも安定しており本人の意欲もあったのだが、数か月たってしんどさ(じんましん等)がでてきた。接する人が限定され自分のことを理解してもらえる人間関係の中では安定していたが、不特定多数のお客様に特性伝達や配慮を求めることは難しく、バックヤードのみでの作業に限定することもこの店舗では難しかったため体調を優先し自己都合退職に至った。このように「この会社への職場定着」だけでなく、体調やしんどさ等を加味し、特性に応じた調整がどうしても難しい場合には、より特性に応じた職務や環境にあった場所での「継続雇用」を目指し相談や支援をするケースもある。無理をしないことが双方にとってよい場合もある。 4 考察  ㈱万代に対する雇用後支援を行った事例を整理・振り返った結果、次のような点が特徴としてみられ、障害者雇用の職場定着を支える支援として大事な点ではないかと考えられる。 (1)「事業所サポート」の特徴 ①店長を窓口にしながら、本社人事部(障害者雇用担当)のバックアップが継続的にある。 課題が生じた際、現場レベルのフォロー(課題が小さい間)に解決・対応できることが一番望ましいが、課題によっては本社からの助言やサポートを得ることで現場レベル(店長)の協力が一気に加速したケースもある。 ②ケース会議の活用(地域の支援機関も活用した課題への対策・支援検討の機会の付与)。  困難な課題が生じた時、事業所のみで「難しい」と結論を出される前に、手のうちよう(対策・支援)が何かあるならまずそちらを考えたい」と検討の機会のチャンスをまず設けてもらい課題解決につながっている。「ケース会議」というツールの有効活用が再発防止や雇用継続につながるポイントの一つと思われる。 (2)支援者サポート」の特徴 ①個々の課題に応じた対応ができるサポート体制づくり〜チーム支援の有効性  雇用後に生じる課題は作業面での課題だけにとどまらず、生活面・体調面・気持ち(モチベーションや不安等)に関することなど多岐にわたる。これらの課題を早期キャッチすることや、迅速な対応を行うためには職業CやJCによるフォローだけでは対応しきれない。個々の課題にあわせて生活支援や職場外での相談にも対応できる地域の身近な支援機関と連携しチーム支援を行うことが、雇用後課題が生じた際のスムーズな対応や効果的なフォローにつながりやすいのではないかと思われる。また、このようなチーム支援の場合は事業主相談の窓口を明確化しておくことも大事である。 ②JC支援の活用〜①サポート体制づくりにも有効  導入時の不安軽減や手順習得、環境調整等の支援だけではなく、個々の課題に合わせたケースごとのサポート体制づくりと支援者同士のつながりづくりは実際のケースへの支援を通して顔が見える形で行うのが一番作りやすいと思われる。雇用後支援に機能するナチュラルサポート体制として、その人、地域にあわせたチーム支援体制づくりにもJC支援は有効と思われる。 ③「現場」へのサポート+「本社(人事部)」へのサポート 現場レベルへのフォローももちろん大事だが、店舗に助言やサポートを行う本社人事部への相談やサポートもあわせて重要と思われる。職業Cでは、同業他社も含めた小売店舗でのJC事例(クレーム・課題とJC対応例)の情報提供や情報交換の機会を本社人事部の方と適宜行っている。本社人事部の方へのサポートや気軽に相談できる関係づくりも定着支援の対応力を高めるためには大切なポイントの一つではないかと考える。 ④広域圏でも同様にサポートできる(職業Cのサポートの特徴) 上記のようなサポートは南大阪支所だけが行っていることではない。実際には大阪(本所)、兵庫、京都、奈良でも同様に職業センターを窓口に、個々のケースごとの課題を個々のケースの支援者とともに対応を検討しサポートすることは可能であるし、実際に行っている。このことは、本社周辺店舗だけでなく、安心して他県・他エリアでも障害者雇用を拡大し進めていただくことにもつながる定着支援なのではないかと考える。 図3 ㈱万代へのサポート体制   ㈱万代への事業主支援の窓口として10年支援する中で、職業Cには雇用後支援を通して得られた経験や事例がたくさんある。これらの課題への対応事例はその事業所のノウハウにつながり、支援者にとってもノウハウやスキルアップの機会となる。今後も①困難な課題に対応しながら実践を積み重ねること、②実践から得られた事例やノウハウを次の支援につなげることができるよう事業所や地域の支援者が活用できるように還元し発信することが職業Cにできる役割として大事な点ではないかと考える。 【参考文献】 1)㈱万代における障害者雇用の取り組み①−地域の就労支援機関と連携して障害者雇用を進めたスーパーマーケットの事例−牧研一㈱万代 2)㈱万代における障害者雇用の取り組み②−施設における就労支援、地域障害者職業センターとの連携から 高瀬修一    3)㈱万代における障害者雇用の取り組み③−地域障害者職業センターにおける事業主支援の視点から− 藤村真樹    1)2)3)ともに「第9回職業リハビリテーション研究発表会論文集」(2001年) 聴覚障がい者の職域拡大 −本人と職場が共にマネジメントできる仕組みと社内連携− ○柴田 訓光(ソニー・太陽株式会社生産革新室 室長) 江川 野等(ソニー・太陽株式会社生産革新室) 1 はじめに  ソニー・太陽株式会社は、社会福祉法人太陽の家とソニー株式会社が共同出資し、ソニーの特例子会社として1978年1月に設立された。社員構成は障がい者114名、健常者63名であり、障がい者の比率は65%である。事業内容は、業務用/民生用マイクロホンの設計、製造、修理業務と業務用カムコーダーのレコーディングユニット等を製造している。全ての職場、職制において障がい者と健常者が分け隔てなく働いている事が特徴である。国内ソニーグループでは、2007年から、当社で蓄積した雇用ノウハウを活用し、「自律を目指す障がいのある方々が障がいを感じない、感じさせないいきいきと働ける職場環境」の構築を目指している。 2 テーマの概要 昨年6月、聴覚に障がいのある方の配属があった。そこで、障がいのある方が製造作業する上で必要となる補助台や部品を置く棚、簡易作業台などの備品を製作する業務に就いてもらう事にした。コミュニケーションを改善し、本人の得意な部分を引き出し、自身が他の人に役立っていることを感じてもらい自信を付けさせたい。  【本人のプロフィール】 40歳、男性、ろうあ、主なコミュニケーションは手話と筆談。長所は温厚で感受性強く繊細。ホームセンターで工具や材料を見るのが好きで、ものを造る事が好き。    3 取り組み 作業指導と専属のコミュニケーション担当として1名のチューターを付け、まずは、チューターとのコミュニケーションだけで業務ができる依頼物の製作に必要な設計・図面化の作業を行なってもらう事にした。 依頼者からチューターが聞取り、必要な仕様を本人に伝え、設計し図面をチューターに提出。チューターは図面を確認し、製作担当に依頼、完成後、確認して依頼者に納品する流れである。 まず、1回目は、これまでチューター自身が行なった場合の4倍の時間が掛かった。作図そのものの知識は十分あるが、図面の完成度も良くない。 作業中以下の事を確認した。 ・本人への伝達は、手描きで概略形状を漫画で描き、そこに必須仕様や寸法を記入した紙と簡易筆談器で紙には無い必要事項を伝えていた。 ・作業途中では、考え込む事が多かった。 ・自らチューターに質問する事は殆ど無かった。 1月ほど観察しながら3点の設計/図面化を行なった後、チューターと本人に対し個別にヒアリングを実施し、以下の状態が生じていることを確認した。 【チューター談】 ・メモと筆談で必要な情報を伝え、「途中解らない事があれば気兼ねなく質問して」と言って始めてもらったが、途中、質問も無く一人で考え込んでしまう。 ・伝えた内容と出来た図面の内容が異なる。伝えた事を一部忘れているようだ。伝えた時は理解の仕草を示していた。 ・想定以上に時間がかかり、コミュニケーションを取ろうとしても反応が薄く、少し億劫だ。 ・必要時間の想定ができず、計画が立てづらい。 【本人談】 ・ゆったりと時間を気にしないで話せる環境下で「どうすればスムーズに出来るか、考え込む原因は?」と尋ねても、意見はありそうだが、なかなか言葉に出てこない。 【考察】 ・簡易筆談器による伝達は、本人が別にメモを残さない限り、その場で消えてしまう。 ・本人は理解できたので理解の仕草を示したが、チューターが言った事と同じであるかは、本人にはわからない。 ・本人に正しく伝わったかは、図面に表されて初めてわかる。 ・時間が掛かり納期が守れない状態、コミュニケーションが取り辛い状態が続くと、やがて簡易な仕事しか与えられなくなり、本人の思いと乖離が始まるだろう。 ・伝達時点で、本人の理解度を確認できる仕組みと、本人の意思に基づく業務計画を確認できる仕組みを整備する必要がある。 そこで、以下の施策を実施した。     4 施策 (1)仕様聞取り表を本人に作ってもらう 製造からの依頼物は、大きく7つに分類され、仕様や個々の寸法は、使用者がどのような障がいを有しているかにより決まる。聞き取るべき項目を予め抽出し、それに沿って聞き取る事ができれば、漏れなく情報を入手でき、聴き取った内容を依頼者の前で本人が書き込めば、正しく伝わっているのか確認できるのではないかと考え、仕様聞き取り表を本人に作ってもらう事にした。  そして、チューターを依頼者にみなし、聴き取り訓練を開始。その後、チューター付き添いの元、直接依頼を受ける実地訓練を続け、回を重ねる毎に不足する項目を本人が追加した。3か月後には一人で聞き取る事ができるようになり、残り6つの依頼物に対する聴き取り表も自ら仕上げた。   直接聞き取る事ができれば、直接納品もできるはず。製作は元々得意なので、一連の作業を一人でやることにチャレンジしてもらい、4ヶ月後には、全てを一人でできるようになった。加入前は健常者2名の連携で行っていたが、本人1人で完結できるようになり、時間は以前の3分の2に短縮された。 (2)本人自身に業務予定表を書いてもらう 業務指示を受けた日を START とし、依頼された納期を END  、作業着手日、完了予定日を○でカレンダーに書き込み、終わった部分を●に塗りつぶしてもらう事にした。徐々に作業プロセスである構想、作図、検図、出図、製作、納品、まとめなども書き込むように指導し、本人の意思と進捗を、より詳細に表してもらうようにした。  当課では、全員がこのような業務予定表を運用しており、チューター、上長、同僚の計画を相互に閲覧できるようになっており、色の塗りつぶしで進捗が誰でもわかる仕組みとしている。Excelを利用したもので、横方向をカレンダー、縦方向に業務項目を並べ、START,END、業務毎のプロセス名を決めて書き込み塗りつぶしながら進捗の自己管理を行っている。 業務予定表 日々発生する業務や進捗記入を怠らなければ、定型的なコミュニケーションが不要になり、遅れのあるプロセスや、数週間先の進め方について集中的にコミュニケーションの時間をかける事ができる仕組であり、本人にも同様な要求を進めた。  【チューター談】 ・本人表明が無くても、進め方、業務停滞が分かり、アドバイスを開始できるようになった。 【本人談】(自身や他者の業務予定表を見て) ・進みや遅れが、自分自身で分かりやすくなった。 ・不足するプロセスが少し分かった。 ・依頼内容や約束が記録され忘れないで済む。 ・自身で立てた計画と実力との差が分かった。 ・通院予定や欠勤を書き込む事で、掛けられる時間や日数を自覚できるようになった。 【管理者】 ・誰でも思った通りに行かない(自身だけではない)、計画通り行かないのはハンディだけでは無い事を説明した。本人は、これら全てを自発的に気づいた訳ではないが、約3ヶ月間、予定表をベースにコミュニケーションを重ねながら、気づいてもらった。 (3)報連相を業務予定表に自身で書込む やがて、定型外の物の依頼にも職域を広げる必要がでてきた。チューターは依頼仕様でなく、依頼の目的を伝え、本人に具体的な方法を考え作ってもらう必要がでてきた。通常であれば、概略構想、製作に入る前などに相談があるのだが、本人は概略の依頼を受けてから完成まで、黙々とやってしまう。依頼者、チューターへの相談、相談して進めた結果の報告という進め方を理解して欲しい。そこで、報告  連絡 相談 のプロセスを書き込む訓練を開始した。 報連相には、タイミングがある事、本人自身どのような時に「報連相」されると有難いか、嬉しいかを考え、設定してもらう事にした。相手にも予定があり、報連相には予約が必要なことや予約の有無に関係なく報連相は常に開かれていること、自身が発信を始めなければ、周囲は思い通りには動かない事などを理解してもらった。 【チューター談】 ・本人自身から発信されるのは、大変嬉しいし指導のやりがいがある。 【本人談】 ・これまで、このような要求をされた事がなく、聞き取る力が無い事をさらけ出すのではないかとの心配もあったが、相手も希望している事が分かり始めた。必要な事は理解できたので努力してみる。 【管理者】 ・報連相の論点やポイントの絞込み、準じた資料準備が必要な事を理解してもらい、本人が未設定でも上長として必要と考える場合は、本人に理由を伝え設定してもらったが、自己発信を育てる為、必要最低限に止めた。 (4)当月末に翌月末目標を書いてみる 個別に与えられる仕事をこなして行きながらも、自身どのような能力を身に付けていきたいのか、どのようになりたいのかと言うマインド入れが重要になってくる。この時点で2、3週先の業務予定は6割程度書き込まれている。予定表には 月末日以降に「今月の目標」と言う欄があり、ここに1月先の目標を書いてもらう事にした。  例えば、○○の構想を、課ミーティングで提案する。と目標を掲げた場合、続けて、背景、問題点のまとめ、提案事項のまとめなど、ミーティング開催に必要なプロセスを現在にさかのぼり書き込み、1月経過後に、目標に対する自己評価をする。  【本人】 ・1月先の目標を表明するのは、達成できるか心配だが、面白い。 ・目標達成までに、必要なプロセスが分からない。 【チューター】 ・1月先の目標が本人自ら設定され、必要なプロセスに対する相談が生まれありがたい。日々のマネジメントが軽減され、自身業務に集中できるようになった。 【管理者】 ・自己目標達成にも、自身だけでなく要所で同僚 上長の意見やアイデアを集める方が、早く精度 を高められる事を理解し、自発的なコミュニケーションが重要である事を理解してもらう。 ・月度の目標を立てても、全てを達成できる訳ではなく、自身を変えようとする努力が重要であり、その積み重ねが徐々に自身を変える力になる事を理解してもらう。  (5)プロセス毎に目標を設定する やがて、各々の業務達成に必要なプロセス設定、日程管理、要所での報連相もできるようになり数度経験した内容は、ルーティン化してくる。各プロセス毎に、新たな目標を持ち、前回に対しブラッシュアップさせようとすることが重要。 例えば、 ・自身が構想した内容を課員に相談する→依頼された部署と課員を一同に介し、企画構想会議を開催する。  ・そこから設計目標を立て、試作し、結果を自己評価し、メンバーを集めて試作評価会議を開催する。 それまでの、報告や相談なども自発的ではあるが課外のメンバーを意識し、招集、提案したり意見を取り入れる会議設定は更に自発的である。 【本人談】 ・最初は、そこまでやって良いのか? 不安と躊   躇があったが、終えると「やってよかった、色々な意見が聞けた」「でも、少し億劫」。 【チューター談】 ・課目標とも合致した内容を自ら会議設定して進 めるまでに至り素晴らしい。開催準備に関す るフォローを確実にし、成功に導きたい。 【管理者】 ・個々人の目標もあるが、組織としての目標達成や、お客様意見を確認しながら進める。個人目標の達成が会社全体や組織目標の達成に繋がっている事を理解してもらう。 ・数度経験した内容にも更に向上させようと工夫する事が重要であることを理解してもらう。 ・課外メンバーを招集する会議は、誰しも億劫であるが、設定してしまえば自身努力して達成しようとする。会議がうまくいくか否かは別として必ず自身を伸ばす事が出来る。 ・課外メンバーにも、本人の顔や考え方が直接見 えるようになり、配慮や情報も受けやすくなる。 (6)本人の年間目標を業務予定表に書き込む 当社では年2回、チャレンジシートと言う自己申告を運用している。こう言う仕事がしたい、こういう資格や技術を身に付けたい等を自己申告してもらい、上長面談の元、組織目標と関連させながら双方合意の元に設定している。 ・業務予定表の下段に面談で決まった年度自己目標を書き込む。 ・年度で決めた自己目標を確認しながら、月度目 標プロセス毎の目標をどう設定すべきか、考えながら設定してもらう。 【本人談】 ・これまでチャレンジシートの目標と個々の業務との兼ね合いを図りかねていたが、日々業務との関連や会社の考え方が理解できるようになった。 【チューター談】 ・自身においても、部下指導においても仕組みの 考え方を再確認できるきっかけになった。 【管理者】 ・年間、月間目標を確認しながら、直近のプロセ ス目標を立てることで、目標を高めに設定した り、行動の切り口を工夫したり、チャレンジ性 のある設定が出来やすい。 業務予定表 5 主治医、健康開発室、人事、職場との連携 仕事上の要求が、本人にどの様な影響を与えているか、持病の治療指導からくる職場で必要な配慮指導など、要所で連携しながら進めている。 6 総括 聴覚障がい者への情報保証は、合理的配慮のなかで、企業(社会)と本人の求める合理性において最もギャップが大きい1つの要素と考える。そのなかでもコミュニケーションによる相互理解が最も重要であり、双方に負担が少なく、理解しやすいコミュニケーションツールとして業務予定表をブラシアップさせていった。   配属当初は、コミュニケーション方法が未開発であった為、本人の為に仕事の一部を切り取り、 前後をチューターが受持つ事にしたが、本人の斟酌を解けずに、達成感を与えられずにいた。 ここまでに、1年6ヶ月の期間を要したが、時間を基軸に考えず、本人の顔色や態度、理解の度合いを確認しながら繰り返し指導した。本人に受け入れる力があった故と考えている。今では3ヶ月掛かりそうなテーマを与える事が出来るようになり、意欲的に自己発信をしながら推進し達成感とやりがいを持てるようになったようだ。今後は、組織や人との関係が変わっても、相互理解に向け自ら切り開く人になってもらいたい。 重度視覚障害者の情報処理分野における就職の支援事例 ○宮城 愛美(筑波技術大学 講師) 長岡 英司・田中 直子(筑波技術大学) 1 はじめに 現在、パーソナル・コンピュータ(以下「PC」という。)上の画面はGUI(Graphical User Interface)で表現され、多くの情報が視覚的に表現されている。視覚情報を利用できない重度の視覚障害者は、スクリーンリーダ(音声読み上げソフト)を用いて画面上の情報にアクセスする。スクリーンリーダを介して、一般の事務処理ソフトウェアも使うことができるため、事務関連の就労も可能である。 しかし、高度な情報処理であるプログラミングをPC上で行うには、スクリーンリーダだけではなく、プログラムリストを点字で出力する機能、点字や音声で利用できる資料が必要である。重度の視覚障害者がソフトウェア開発など情報処理分野での就労機会を得るために、プログラミングの学習環境が確立することが期待される。 長岡らは、視覚を使わずに利用できるプログラミング環境AiB Toolsを開発した1)。このプログラミング環境を用いて、筆者らは、就職支援の一環として、現在主流の開発言語であるC#の学習を試みてきた2)。本稿では、C#を学習した視覚障害学生が、就職活動にプログラミングのスキルを活かし、内定を得られた事例を報告する。 また、就職支援を通して、視覚障害学生の就職活動にはいくつかの困難があることが明らかとなった。情報処理分野に限らず、視覚障害者が就業している姿を身近で見られず就職のイメージがわかないという声が聞かれる。また、就職関連の情報が十分に得られない、企業側が視覚障害への理解が進んでおらずエントリの段階で断られるという話も聞いている。本稿ではそれらの課題も併せて考察を加えたい。 2 就職活動の事例 約10ヵ月間の就職活動を経て、希望する職種で採用が内定した学生Yの事例を紹介する。 (1)学生のプロフィール (就職活動開始時2010年10月の状況) 所属:情報処理系学科の大学3年生 視覚障害の状況:全盲 点字使用歴:小学1年生から(約13年) PCへのアクセス手段:スクリーンリーダ、点字ディスプレイ プログラミング経験:約2年半(主にC言語) 就職希望先:IT分野、特にアクセシビリティ関連の業種を希望 (2)プログラミング学習 2年生までの授業でC言語を習得していたYは、新たなプログラミング言語の学習に強い関心を持っていた。そこで、就職後の活用も見据えて現在の主流開発言語であるC#を学習することになった。 2010年10月 プログラミング学習の開始 週1回(1回の時間は90分から120分)の頻度でプログラミングの学習を始めた。 使用言語:オブジェクト指向言語C# 教育の形態:対話式での個別指導 教材:市販参考書の点訳版、筆者ら自作の 課題集 実習用システム:AiB Tools 2011年2月 プログラミング環境の評価 この時点で、Yは情報処理分野での就労を希望し、就職活動を進めていた。就職活動や就労の現場で役立つと考え、これまで使用していたプログラミング環境とAiB Toolsを比較して分析した結果をレポートにまとめてもらった。 (3)就職活動 一般の学生と同様、Yは3年生の秋に就職活動を始めた。就職活動の流れを図1に示す。 図1 YのA社採用内定までの流れ 2010年10月 就職活動の開始 企業情報の収集、就職サイトへの登録、所属学科で開催する就職説明会への参加、などの活動を開始した。登録した就職サイトには、ウェブ・サーナやクローバーナビなどの障害者向け就職サイトも含まれる。 2011年1月 企業への応募 自身が興味を持った企業にエントリを開始するが、視覚障害者の採用を経験したことのない企業には初めて話をした段階で断られることもあったとYは話している。 Yが興味を持った会社の一つであるA社は、通信関連会社の特例子会社で、約200人の肢体、内部、視覚、聴覚、知的障害のある社員が働いている。視覚障害の社員はいずれも業務経験のある既卒者のみが採用されており、新卒者の採用はまだない。視覚障害者を対象にWebアクセシビリティの評価という職種に適した人材を探しており、Yの希望と合致していたため、第一志望として就職を考えるようになった。 2011年3月 会社訪問 A社を訪問し、採用担当者および現場の担当者と会う機会が得られた。先方からは業務内容、福利厚生等について説明があった。Yからは自己紹介の中で、C#を用いたプログラミングのデモ、および、HTMLの修正等を行ってWebページのアクセシビリティ評価をするデモを見せた。 Yは普段から単独行動に慣れているが、初めての会社へ訪問することを踏まえ、筆者が同行した。同日に東日本大震災が発生し、訪問を終えて帰宅する時には交通機関を利用することが困難となったため、同行していたのは幸いであった。 また、この時期にA社への就職活動と並行して、他社の会社説明会にも参加を申し込んでいたが、震災発生後にほとんどの説明会の開催が中止となった。 2011年4月 エントリ A社からWebアクセシビリティ評価に関する職種を正式に募集する旨連絡があり、ハローワークから求人票を取得した。既に、障害者向けハローワークに登録していたため、メール添付で求人票を取り寄せるなど、円滑に進めることができた。 2011年6月 1次試験の受験 A社の入社1次試験として、国語、数学を中心とした適性試験を受けることになった。この適性試験はSPI試験と呼ばれる一般的な筆記試験と同等のものと考えられたため、試験勉強のため、SPI試験対策の参考書の点字版の入手を試みた。しかし、点字書籍を数多く公開しているインターネット上のサピエ図書館を探したが、SPI試験に関する書籍の点字版は見つからなかった。点字版を断念し、その代わり、参考書から文字のみをテキストデータに変換してPCで読み上げながら勉強した。 1次試験と、次に述べる2次試験の実施の際は、A社まで筆者が同行した。長時間の試験を受けるにあたり、バスと電車を乗り継いで約2時間の経路を単独で移動するのは負担が大きいと判断したためである。 2011年6月 2次試験の受験 A社の入社2次試験(作文と面接)を受けた。 同じ時期に、B社の入社試験も受けたが不採用となった。試験では、スクリーンリーダに十分に対応していない、B社独自のアプリケーションソフトの操作を求められ、うまく操作をすることができず、本人も手応えのない試験となった。 2011年7月 インターンシップへの参加 A社の実施する一週間のインターンシップに参加し、その内容を踏まえて最終結果が出ることになった。 東京都内に所在する会社だが、近隣に宿泊施設がなかったため、電車で20分程度の離れた場所に宿泊施設を見つけた。会社への往復や宿泊に負担が少なくなるように、駅からの経路が短くわかりやすい宿泊施設を選んだ。インターンシップ開始の前日に筆者が同行し、ホテルから駅およびコンビニエンスストアまでの経路を確認した。 インターンシップでは、Webアクセシビリティの評価や事務処理など実際の業務を体験し、本人にとっても仕事のイメージをつかむことに有効であった。企業側でも、Yの能力、性格など仕事に対する適正を明確に知ることができたようである。 2011年8月 採用内々定の通知 インターンシップを経て、Yが採用条件を十分に満たしていることが確認できたという理由で、A社から内々定の連絡があった。 YにとってA社は第一志望の会社であったため、同時に行なっていた他社への就職活動を中止した。 2011年10月 採用内定の通知  10月1日に正式に内定を通知された。 3 就職活動の課題 Yの就職活動の支援を通して、重度視覚障害者の就職活動における課題が明らかとなった。 (1)筆記試験対策の書籍の入手 大学新卒者を採用する際の筆記試験として一般的にSPI試験が行なわれている。SPI試験対策の書籍は毎年新しいものが数多く発行されており、筆記試験を受ける学生は書店で手にとって比較し、購入することができる。しかし、今回それらの書籍の点字版をサピエ図書館で検索したが、一冊も見つからなかった(2011年6月時点)。新たに点訳する時間はなかったため、急きょOCRソフトを使用してテキストデータに変換し、PCで学習する方法をとった。図や表などは割愛したが、レイアウトを調整するなど校正に数日は要した。 (2)説明会、企業など初めての場所での移動 就職活動のスタートでもある企業の合同説明会、それに続く会社訪問、入社試験など、学生が初めての場所を訪問する機会が多くなる。普段から一人で外出している全盲の学生にとっても、不慣れな場所の歩行は非常に緊張を強いられるものであり、遅刻が許されない就職関連の企業訪問は精神的な負担が大きい。 (3)音声読み上げに対応していないPC環境 情報処理関連の就職を希望するYは、システム開発の職種を募集するB社の試験を受けた。B社にとっても初めての視覚障害者の採用の検討であったため、スクリーンリーダを介して開発環境を使用可能かどうか確かめることが入社試験の一部となった。開発環境がスクリーンリーダに十分に対応していなかったため、残念な結果となった。 一方で、個人で所有するPCを持ち込んだA社でのデモは、音声読み上げと点字表示に対応したプログラミング環境で、自信を持ってスキルを披露することができた。 (4)就職関連情報の入手 現在、就職に関する情報の多くがインターネットのWebサイトに掲載されている。それらのサイトの中には、視覚的な表現を多用し、文字情報が少なく、必要な情報をスクリーンリーダで読み上げないものも少なくない。 また、新卒の視覚障害者の一般企業への就職は、身近なロールモデルが少ない。特に重度の視覚障害者の場合、事務処理、移動、生活その他で、一般社員とは異なる方法をとるため、工夫や支援を必要とするが、それらの先例が非常に少ない。そのため、就職活動を始めても、就業に関するイメージを持つことが困難である。 4 考察 視覚障害者の社会進出が進み、以前より視覚障害への一般の理解が進んだとはいえ、就職時には困難を伴うことが多い。特に、視覚情報を使えない重度の視覚障害者の就職は、採用する側の企業としても就労のイメージを持てないためか、今回の事例でも試験を受ける前に断られるケースが見られた。視覚障害者の能力が高くても就職に繋がらないケースが多々あると考えられる。 そのような中、Yが就職活動を経て、希望する企業への就職に繋がった要因を考察したい。まず、本人の情報処理の能力を企業側に十分に見せられたことがあげられる。C#の学習を通して、新たにオブジェクト指向言語を習得したことは本人の自信につながったと考えられる。また、会社訪問のデモの際、プログラミング環境について多面的に意見を述べることができたのは、レポート作成を通して、複数のプログラミング環境を分析し、考えをまとめた経験が活かせた結果といえるだろう。 また、コミュニケーションの能力は就職において必ず求められることであるが、特に障害者の就職では面接で自分の障害状況とニーズを説明することが必須である。例えば、文書作成や表計算などの事務処理はどの企業でも必要とされることであるが、視覚障害者には時間が余計にかかったり、独力では処理できない部分が発生したりする。Yはインターンシップで会議の議事録を作成するように言われた際、会議内容を聞きながらスクリーンリーダを使用すると、音声が重なるためPCでメモを取るのは難しいと判断し、自分から電子点字器の使用を申し出た。効率よく業務を行うためには代替手段を提案するコミュニケーション能力が重要である。 今回、A社の採用内定を得るまでに、2回の筆記および面接試験の後に、さらに最終選考としてインターンシップを実施した。これまでA社では就業経験のある視覚障害者は採用しているが、新卒の視覚障害者を採用したのはYが初めてである。そのため、Yの採用を決定するまでのプロセスは慎重に進められたと考えられる。これは、企業側、学生側の両方に時間と労力を要するものの、お互いを十分に理解したうえで納得した採用に繋がったといえる。就職後の不適合を避けるためにも、視覚障害者の就職では、一つ一つの過程を大事にしながら、採用する側とされる側が理解を深めることが重要であると考えられる。 慎重に就職活動を進めてきた今回の事例でも、前節であげたように、様々な壁にぶつかることがあった。SPI試験対策の書籍の点字版が入手できないことは、墨字書籍が利用できない視覚障害者にとって大きな課題である。重度の視覚障害者の就職試験でSPI試験を課すことは多くはないが、急きょ必要になった時に入手できるような準備が必要である。 また、就職に関するイメージを持つことは就職活動の第一歩と考えられる。現在はWebで多くの就職に関する情報が提供されているが、その中にはスクリーンリーダで読み上げないため、重度の視覚障害学生には利用しづらいものが多いことに留意する必要がある。さらに、視覚障害者の就労については情報自体が少なく、具体的な就労のイメージを持つことが難しい。卒業生の様子や企業で働く視覚障害者の様子など、一般の学生以上に就職に関する多くの情報を提供することが重要である。 就職活動が進んでいくと、説明会や会社訪問など初めての場所での移動が頻繁に生じる。安全な移動の確保も就職支援の重要な要素であるといえる。今回の事例でも、会社訪問、二回の入社試験、インターンシップには筆者が同行したが、大きな負担の軽減となったとYは実感している。 最後に、障害者の雇用は不安定な要素が多く、一般の就職以上に経済状況の影響を受ける可能性が高いと考えられる。今回の就職活動の最中には、日本の社会全体を揺るがすこととなった東日本大震災が発生し、多くの企業で採用が中止になることが懸念された。幸いにも、A社では募集を継続したため、応募することができ、採用内定を得ることができた。 5 まとめ 情報処理分野で就職を目指す、重度の視覚障害学生の就職活動と支援の事例を紹介した。今回は、就職活動において情報処理のスキルを十分に発揮し、就職に繋げることができたが、就職活動には様々な課題が多くあることが明らかとなった。これらの課題への対策を検討しながら、今後も、教育から就労へ繋がるスキルの習得を目指して、プログラミング教育を実践していきたいと考えている。また、情報処理分野は変化が激しいため、新たな就職希望者が対応できるような対策を取りつつ、既に就職した者に対しても支援を継続しながら就労の定着を図りたい。 【参考文献】 1)AiB Tools: http://sgry.jp/aibtools 2)長岡英司、宮城愛美、福永克己:重度視覚障害者のためのプログラミング環境の開発とその職業的活用の可能性、「第17回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.260-263, 日本障害者雇用促進協会障害者職業総合センター(2009) 企業に対する免疫機能障害者の雇用促進に向けた取り組み(1) −雇用管理サポート事業を活用したHIV講習会の企画・実施について− ○渡邊 典子(東京障害者職業センター 主任障害者職業カウンセラー)  生島 嗣・大槻 知子(特定非営利活動法人ぷれいす東京)  津田 武彦(品川公共職業安定所) 1 はじめに  近年、東京障害者職業センター(以下「当センター」という。)では、公共職業安定所(以下「ハローワーク」という。)や企業からのヒト免疫不全ウイルスによる免疫機能障害(以下「免疫機能障害」という。)者に関する相談等が増えてきている。  免疫機能障害者が障害者の雇用の促進等に関する法律(以下「法」という。)の対象となったのは平成10年からであり、障害者雇用率制度(以下「雇用率」という。)、各種の助成制度が適用されることとなった。しかし当然ながら、これにより免疫機能障害者の雇用の状況が一変したわけではない。免疫機能障害者の雇用促進について、法の適用となった以降を振り返るととともに、現在当センターが行っている雇用管理サポート事業注1(以下「サポート事業」という。)を活用した取組を紹介しながら現状と今後の方向について考察する。 2 高まる免疫機能障害者の雇用ニーズの要因 (1)法制度と企業マインド  国では障害者雇用を促進するため法改正を行う。平成10年の雇用率1.6%から1.8%への引き上げ、平成15年の雇用率制度の改善(企業グループによる雇用率の見直し、除外率の見直し)、平成18年の精神障害者の雇用率の算定化等、障害者雇用における制度・施策の充実強化が行われた。これと併行してハローワークにおける雇用率達成指導が強化される中、平成18年には会社法が施行され企業にとってはCSRやコンプライアンスの確保が極めて重要なテーマとなり、障害者雇用への取組はその一つとして活発化することとなったと考えられる。  特に平成15年の雇用率制度の改善は東京 に本社をおく大企業の雇用率達成意欲を高め ることとなり、その結果多くの特例子会社が設立された(全国で平成15年129社、平成23年5月末現在318社)。 (2)雇用情勢と支援マインド  企業における急速な障害者採用意欲とは裏腹に求人と求職のマッチングは必ずしも順調ではなかった。それは例えばハローワークが開催する「障害者就職面接会」において、企業の求人の多くは総務・企画・営業事務等の職務が可能な者、いわば現行の職務遂行に課題のない身体障害者を想定しているのに対して、実際の求職者は知的障害者(特例子会社において多くの者が採用された)・精神障害者が多くを占めていた。こうした点に着目し、当センターでは平成15年ハローワークの要請を受け法定雇用率を大幅に下回る大企業の雇用率達成に向け、企業内における理解の整備によって新たな職域開発や特別な指導体制によらなくても採用されうる免疫機能障害にスポットをあて企業支援を開始することとした。    企業への意識啓発や理解を適切かつ効率的に進めるため、特定非営利活動法人ぷれいす東京注2(以下「ぷれいす東京」という。)の専門的サポートを求め、以降ハローワーク、ぷれいす東京、当センターがその連携を維持しながら免疫機能障害者の雇用促進に向けて取り組んできている。 (3)免疫機能障害者の状況 平成22年エイズ発生動向年報1)によると、2010年末時点で全国の免疫機能障害者はHIV感染者、エイズ患者、薬害で感染した人たちを加えると20,000人を超えている。毎年1,500人以上が自ら免疫機能障害を知ることとなり、その3割は東京在住者となっている。 厚生労働省によるとハローワークを介しての免疫機能障害者の就職状況は平成22年度に就職した身体障害者24,241人のうち177人(0.73%)となり、平成16年度就職者数の約5倍となっている。そのうち東京においては61人(34.5%)と、免疫機能障害を知る人の割合を若干上回っている。 3 企業と働く側の抱える不安の方向性 雇用未経験の企業の相談内容は、「採用時の留意点」「職務内容や勤務条件等の配慮」という他の障害にもみられるものを除くと、免疫機能障害者に係るものとしては「出血時の対処」や「情報の取り扱いと開示の範囲」といったものが特徴となっている。 また、免疫機能障害者の雇用を経験している企業では「雇用管理上の不安は特にない」としながらも雇用の事実については「表に出したくない」あるいは「公表しにくい」等の声が聞かれる。 一方、免疫機能障害者からは「会社側に障害が理解されないのでは」「いつか病名が周りに知られるのではないか」という不安により74%が職場の同僚、上司、人事担当者等に免疫機能障害を開示しない状況2)があり、さらに病名を隠すことの精神的負担感についての訴えもある。 このように会社は社会と社内に、働く側は職場と自身に対して不安を抱くことになるが、それはそれぞれにとって未だ免疫機能障害が「非日常的」なものになっていることが要因として考えられる。 4 サポート事業による日常化 当センターは免疫機能障害者の雇用に係るこれまでの経過や状況を踏まえ、平成21年度からぷれいす東京と連携したサポート事業を開始した。 (1)内容  現在、当該事業は単一企業を対象とする個別オーダー型と複数企業を対象とする集団提供型の2つの形態をとっている。  個別オーダー型は主としてハローワークからの依頼を受けて、雇用率達成指導や職業紹介により採用内定あるいは採用を検討している免疫機能障害者の受け入れに当たり具体的な体制整備をどのようにしていくか等をサポートすることとなる。このため「HIVの基礎知識」「職場での対応について」等の基本的事項にプラスして、個別事案に関する担当者との協議や検討を含んで行っている。 集団提供型は免疫機能障害者の採用による雇用率達成方針を決定した、あるいは検討しているといった具体性の高いものではなく、雇用率達成の一つの手段や方法としての情報収集といったニーズが強く、ハローワークによる献身的な周知や当センターのホームページの情報により参加している。そのため内容については免疫機能障害の基本的事項、特に基本的な医学的事項に重きを置く情報提供と解説を行い、感染等の不安や不用な誤解の払拭を目的にしている。 また、特に集団提供型では具体的・現実的な理解を進めるため実際に雇用している企業や職業経験のある免疫機能障害の方にも講義を担当してもらう等の工夫を行っている。 いずれの形態においても主たる講師は‘免疫機能障害のAtoZ’ぷれいす東京に担当してもらい、初歩的な疑問から個別の専門的な課題に対して正確かつ丁寧に応えてもらっている。  免疫機能障害者の雇用をすすめるためにはこうしたハローワークやぷれいす東京との連携は欠かせない。 (2)サポート事業の有効性  これまでサポート事業は37社の企業に対して実施している。個別オーダー型の対象企業は6社であるが、個別オーダー型のみ、個別オーダー型と集団提供型の双方の実施はそれぞれ3社となっている。  いずれの場合も①「雇用を拡大するため」(3社)②「応募者の面接、その後の採用・雇用管理のため」(2社)といった理由から最初は採用担当部署を皮切りに社内啓発の一環として複数回実施することがほとんどである。なかには各店舗ごとに実施する場合もあり、当該企業における一つの社内研修制度になりつつあるものもある。 このように具体的に免疫機能障害者の雇用を考えている企業にとっては、サポート事業の有効性は見られる一方、集団提供型の対象企業からのリピート率は必ずしも高くない状況にある。 一般的な知識から実行へ、集団提供型から個別オーダー型へとどのように導いていくか、これまでのサポート事業では実施していないアンケート調査等の方法も取り入れつつ実施方法や内容について改善を行い、効果を高める必要性を感じている。 何故ならそれが「非日常」から「日常化」への行程になると考えるからである。   5 今後の方向性  治療法が飛躍的に進歩し、免疫機能障害者の働く力や職業生活を維持する力が大幅に向上している。そうした「働ける人」に対して「働くこと」を実現するためには企業や免疫機能障害者が抱える不安、いわば免疫機能障害の「非日常」をいかに「日常化」するかが重要なポイントではないかと考える。 その「日常化」のために当センターではサポート事業に取り組んでいるが、その実施は3年間で37社、計50回とまだまだ初期段階である。単なる情報が常識として、霧に包まれている真実の姿を理解してもらうためには多くの企業を対象に取り組む必要性を感じている。 免疫機能障害者が抱える不安はまずは受け入れる側、雇用場面における企業の不安や誤解を解くことから始まる。 全国の3割に当たる東京における免疫機能障害者の数、そして平成22年度新規就職免疫機能障害者数の34.5%が東京であることを踏まえれば、サポート事業を拡大し効果のあるものとしなければならない。多くの種を蒔き、多くの実をつけなければならない。そして、この取組が全国に展開すればと、その結果に期待を抱く。 近い将来、障害者の権利条約の批准が行われ、合理的配慮があらゆるところで求められようとしている中、免疫機能障害者を雇用していることを企業プライドやマインドとして、不安なく公表できる環境整備が免疫機能障害者の雇用を進めるものと考える。 【注】 注1)雇用管理サポート事業 地域障害者職業センターにおいて企業に対する支援の一環として、障害者の雇用管理に関し特に専門的な支援を必要とする事業主に対し、地域の専門家に依頼して当該雇用管理を容易にするための相談、助言、援助等を行い、障害者の円滑な就職の促進及び職業の安定に資する事業。 注2)ぷれいす東京 免疫機能障害について豊富な知見とデータを基にHIV/AIDSとともに生きる人たちがありのままに生きられる環境を創り出すことを目指している団体。 【引用文献・参考資料】 1)厚生労働省:厚生労働省エイズ動向委員会「平成22年エイズ発生動向年報」,2010 2)ぷれいす東京:職場とHIV/エイズ—治療の進歩と働く陽性者—,2011 3)独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構:働く広場4月号,2011 4)独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構:障害者雇用マニュアル102「HIVによる免疫機能障害者の雇用促進」,2010 5)厚生労働省科学研究費補助金エイズ対策研究事業地域におけるHIV陽性者等支援のための研究班:「HIV/エイズとともに生きる人々の仕事・くらし・社会『HIV陽性者の生活と社会参加に関する調査』報告書」,2009 6)社会福祉法人はばたき福祉事業団:HIV感染者就労のための協働ワークショップ報告書,2011 中小企業における障害者雇用の推移・方針に関するアンケート調査(1) −調査の目的と調査結果の概要− ○野中 由彦(障害者職業総合センター 主任研究員)  久保村 ひとみ・笹川 三枝子・河村 恵子・岡田 伸一・佐久間 直人(障害者職業総合センター) 1 はじめに  障害者職業総合センター研究部門の事業主支援部門では、平成22年度より3年計画で『中小企業における障害者雇用促進の方策に関する研究』を実施している。この研究は、中小企業の障害者雇用に係る課題を把握し、中小企業の障害者雇用に必要な支援等を検討することを目的としている。この研究の中で、平成23年度に、アンケート調査「企業における障害者雇用の推移・方針に関する調査」を実施した。ここでは、その概要を報告する。 2 アンケート調査の目的・概要 (1)目的  この調査は、民間企業について障害者雇用の実態、障害者雇用に係る課題、今後の方針等を把握することを目的として実施したものである。 (2)調査対象  主たる対象として従業員56人〜300人規模企業及び比較検討の必要性から301人〜999人規模企業を調査対象とした。企業データベースにより、層化無作為抽出法で抽出した5,000社のうち、東日本大震災の影響が大きいと判断された地域の企業を除外した4,858社を対象として調査を実施した。 (3)調査方法  郵送によるアンケート調査。 (4)実施時期  平成23年6月〜7月。 (5)アンケート調査項目の構成  表1のとおり。 3 アンケート調査の結果と考察 (1)有効回答数  4,858社に送付し、1,496社から有効回答を得た。回収率は30.8%であった。 (2)回答企業の内訳 回答企業の規模別内訳及び事業内容別内訳は、図1及び図2のとおり。 (3)障害者雇用状況  有効回答企業のうち、障害者を雇用しており、かつ障害種類別の人数について回答のあった企業は1,167社であった。障害種類別・企業規模別にみてみると、企業規模が大きいほど障害者を雇用している割合も高くなるが、とくに知的障害者、精神障害者を雇用している企業の割合に顕著な差がみられた(図3)。 図3 障害種類別・規模別障害者雇用状況 (4)雇用した障害者への評価と影響要因  雇用した障害者への評価については、「概ね満足している」が672社(52.1%)と最も多く、「満足している」の459社(35.6%)と合わせると、大多数の企業が雇用した障害者に対して肯定的な評価をしていることがわかる(図4)。 上記評価へ最も影響することとしては、「仕事を遂行する能力」が666社(51.7%)を占め、次いで「仕事に対する意欲」が353社(27.4%)を占めた(図5)。 図4 雇用した障害者への評価 図5 評価への影響要因 (5)障害者が定着している理由と障害者雇用における課題や制約  雇用した障害者が定着している理由として、複数回答で多くあげられた項目は、「仕事に対する意欲があるから」が821社(69.7%)、「作業を遂行する能力があるから」が820社(69.6%)、「現場の従業員の理解があるから」が807社(68.5%)で、ほぼ同数を占めた。  これに対し、最も重要と思われる理由をひとつ選択した場合は「作業を遂行する能力があるから」が349社(29.6%)、「仕事に対する意欲があるから」233社(19.8%)、「現場の従業員の理解があるから」が232社(19.7%)と、この3項目が他に比して顕著に高かった(図6)。 図6 障害者が定着している理由 (最も重要な理由:上位5項目)  障害者雇用にあたっての課題や制約となる事項については、複数回答では「障害状況に応じた作業内容や作業手順の改善が難しい」が903社(60.4%)と最も多くを占め、「建物のバリアフリー化など物理的な環境整備が難しい」が807社(53.9%)と続いた。  これに対し、最も大きな課題や制約となる事項をひとつ選択した場合は、「障害状況に応じた作業内容や作業手順の改善が難しい」が最も多くを占め401社(26.8%)、次いで「建物のバリアフリー化など物理的な環境整備が難しい」が281社(18.8%)であった(図7) 図7 障害者雇用における課題や制約 (単一回答:5項目を抜粋) 図6及び図7を比較してみると、障害者雇用の課題や制約として「作業内容や作業手順の改善」及び「バリアフリーなど物理的な環境改善」をあげる企業割合が高いが、この2つに対応する項目について、障害者が定着している理由としてあげる企業は低い割合にとどまっている。  また、課題や制約としてあげる企業の割合が低い「仕事に対する意欲」や「従業員の理解」については、定着している理由としてあげる企業がそれぞれ2割程度と比較的高い。これらのことは、障害者雇用に対して企業が障害者を雇用する前に課題として把握していることと、雇用した後に定着要因として考えていることにずれがあることを示しており、中小企業の障害者雇用促進の方策を検討するうえで、雇用経験の有無が重要な視点となることを示している。 (6)障害者の採用基準 障害者の採用基準については、「障害の種類や程度によって条件を緩和して採用する」と回答した企業が965社(64.5%)であった(図8)。 図8 障害者の採用基準  障害者職業総合センターが平成17年4月に実施した企業調査1)(「障害者雇用に係る需給の結合を促進するための方策に関する調査」)によると、障害者雇用の方針について、「原則として健常者と同じ条件である」とする企業がほぼ半数(47.5%)を占め、「障害の種類や程度によっては採用条件に一定の配慮を払う」が18.2%、「障害の種類や程度によらず採用条件を緩和」が2.7%であった。障害者雇用に対する企業の考え方に変化があったかどうか、単純に論じることはできないが、注目していく必要がある。 (7)定着のために工夫したいこと  障害者を雇用した場合に定着のために工夫したいと考えていることについて、最も多かったのは「障害状況に応じた作業内容や作業手順の改善」で(923社(61.7%))、次いで「現場の従業員の理解促進」(895社(59.8%))となった(図9)。 図9 定着のために工夫したいこと (複数回答:上位5項目) (8)強化してほしい支援 障害者雇用にあたってさらに強化してほしいと思われる支援について、最も多かったのは「入社前の職業能力開発や社会性育成」で392社(26.2%)、次いで「採用可否を検討するための、さらなる障害者情報の提供」338社(22.6%)であった(図10)。 図10 強化してほしい支援(単一回答) 4 まとめ 今回実施したアンケート調査のうち、ここではとくに注目される結果を取り上げて報告したが、今後、規模、障害者雇用の経験、雇用開始時期その他の視点から詳細に分析検討を進めることしている。また、アンケート調査の協力企業に対するヒアリング調査や中小企業に対する支援の課題や方策等を検討するための第二次アンケート調査を実施することとしている。  アンケート調査にご協力いただいた企業関係者に厚くお礼を申し上げます。 【文献・資料】 1) 障害者職業総合センター 調査研究報告書No.76の 1、「障害者雇用に係る需給の結合を促進するための方 策に関する研究」、p.153、(2007) 2) 笹川三枝子他:中小企業における障害者雇用に関する 実態と意識について−各種調査の分析から−、「第18 回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、 (2010) 中小企業における障害者雇用の推移・方針に関するアンケート調査(2) −中小企業における障害者雇用の課題− ○笹川 三枝子(障害者職業総合センター 研究員) 久保村 ひとみ・野中 由彦・河村 恵子・岡田 伸一・佐久間 直人(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門では、中小企業における障害者雇用実態の特徴や雇用上の制約・課題を把握し、中小企業に必要な支援等について検討するため、平成22年度から「中小企業における障害者雇用促進の方策に関する研究」に取り組んでいる。 本稿では、「中小企業における障害者雇用の推移・方針に関するアンケート調査(1)」に引き続いて、平成23年に実施した「企業における障害者雇用の推移・方針に関する調査」の結果から、障害者雇用の推移について規模間比較の観点で分析を行い、得られた知見について報告する。 2 方法 (1)調査の概要 企業データベースより抽出した従業員56人〜999人規模までの企業5,000社のうち、東日本大震災の影響が大きいと判断された地域の企業を除外した4,858社に対して平成23年6月から7月にかけて郵送によるアンケート調査を実施し、1,496社から有効回答を得た(回収率30.8%)。 (2)調査内容  調査項目は、企業概要、障害者雇用に関する今までの取組み、障害者雇用に関する現在の考え、 障害者雇用に関する今後の方針等である。調査内容の詳細については、「中小企業における障害者雇用の推移・方針に関するアンケート調査(1)」を参照されたい。 3 結果と考察  この調査の結果をもとに、障害者雇用の推移に関する状況を規模毎にまとめて以下に示す。なお、回答企業の中には、抽出の対象とした56人〜999人規模より下位規模の企業が14社、上位規模の企業が112社含まれていたが、この報告では56人〜999人規模企業に限って結果の検討を行った。 (1)障害者雇用経験 企業規模毎の障害者雇用経験の状況は表1のとおりである(※無回答企業を除く。以下同じ)。 表1 企業規模別の障害者雇用経験 企業規模が小さいほど、「現在、障害者を雇用している」企業の割合が低く、「これまで障害者を雇用したことがない」の割合が高い。障害者の雇用状況が企業規模に依存するという実態は、他の調査結果分析1)2)で示されている状況と同様である。 なお、「現在は障害者を雇用していないが、過去に雇用していた」企業は対象範囲では105社に過ぎないが、56〜100人規模、101〜200人規模企業で14%台と上位規模と比べてやや高い。また、企業数が少ないため退職理由についての規模間比較は行わないが、全体としては「定年」26.6%、「他社への転職」20.0%、「病気・けが」14.3%、「契約期間満了」12.4%が上位を占めている。 (2)障害者雇用開始時期 次いで、障害者雇用の開始時期について企業規 模毎の状況を図1に示す。   図1 企業規模別の障害者雇用開始時期 図2 企業規模及び雇用開始時期別の障害者雇用経路    どの企業規模においても2000年以降に障害者雇 用を開始したという回答が最も多いが、その割合 は規模によって違いがあり、規模が小さいほど雇用開始時期が新しい企業が多く、規模が大きいほど雇用開始時期が古い企業が多い。今回の調査では規模が小さいほど創業が新しい企業が多いという結果も出ており、中小企業における創廃業の激しさが影響していると思われる。 (3)障害者雇用の経路 アンケートでは最初に雇用した障害者の雇用経路について尋ねているが、企業規模だけでなく障害者雇用開始時期との関係も踏まえて状況を見てみよう。4段階の企業規模毎に雇用開始時期を1989年までと1990年以降に2分して8つのグループを作り、各々に対して雇用経路を調べた結果が図2である。  障害者の雇用経路は、8つのグループで大きな違いを見せている。56〜100人の小規模企業においては、雇用開始が新しくなると「ハローワークから紹介や雇用率達成指導があった」がやや減少して「疾病・事故などで受障した社員を継続雇用した」が増加する。101人以上規模では、雇用開始時期が新しくなると「中途受障社員の継続雇用」が減少して「ハローワーク」が増加し、規模が大きいほど「ハローワーク」の割合が高まる。 なお、どの規模においても「その他」が13〜28%と無視できない割合となっているが、記述欄を調べると、「その他」には『応募者がたまたま障害を持っていた』に類する記述が多かった。 上位規模企業においては、障害者雇用促進法の改正等に伴うハローワークによる雇用率達成指導 の強化が近年の障害者雇用に影響している可能性が高いが、下位規模企業における雇用経路推移の特徴は一様ではなく、中小企業において障害者雇用を押し進める要因は、大企業とは必ずしも一致しないのではないかと思われる。 また、「就労支援機関(地域センターや就業・生活支援センター等)から依頼・推薦された」の占める割合は全体に決して高くはないものの、どの企業規模においても雇用開始時期が新しくなるとその割合が拡大し、特に201〜300人規模では4倍以上に伸びているなど、就労支援機関が徐々に存在感を高めている傾向が窺えることにも言及しておきたい。 4 まとめ  当センター研究部門において平成23年に実施した企業調査結果から、中小企業における障害者雇用の推移に関する特徴について報告した。 今後は、中小企業における障害者雇用の特徴や課題をより多角的に把握するため、当該調査のさらに精密な分析を進めるとともに、関係資料の収集やヒアリング調査等をとおして、過去から現在に至る景気変動や企業消長の状況、企業規模に加えて地域別・業種別に見た障害者雇用の特徴その他、さまざまな要因を勘案して分析・検討を進めていく必要があると考えられる。 【参考文献】 1) 笹川三枝子他:中小企業における障害者雇用の実態と意識について−各種調査の分析から−,第18回職業リハビリテーション研究発表会論文集,p.62,(2010) 2) 笹川三枝子:中小企業における障害者雇用の実態と意識について−企業調査の分析から−,第39回職業リハビリテーション学会発表論文集,p.88,(2011) 福祉施設からの一般就労を目指して −就業支援の実際(事例)− ○和田 圭徳(社会福祉法人同朋福祉会 障害福祉サービス事業所あそかの園 就労支援員) 田村 政文(社会福祉法人同朋福祉会 障害福祉サービス事業所あそかの園) 末永 麻衣(社会福祉法人同朋福祉会 障害福祉サービス事業所あそかの園) 1 はじめに あそかの園は知的障害者授産施設として平成16年2月設立。平成20年3月「障害福祉サービス事業所あそかの園」(就労継続支援B型・就労移行支援事業)として新体系施設へ移行する。 2 基本理念  障がい者の方々が、地域社会の中で共に暮らし、豊かな生活を営む為に、個々の能力に応じた支援と必要な訓練を行う。生産活動及び職業訓練を通じて社会・経済活動への参加を促進すると共に自立生活への援助を目指す。 3 事業内容 (1)就労継続支援B型の定員は現在25名。作業班は農耕、菓子製造、ビルメンテナンス、手芸に分かれ、個人の希望・適性などに応じ、それぞれを専攻。作業時間は9時45分〜15時の4時間弱。施設外就労では草刈り、ブルーベリー摘果作業など。今年度は共同受注として山口国体販売用サブレの製造などもあった。 (2)就労移行支援の定員は15名。ワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)やPC操作、一般職業適性検査などを訓練や評価技法として取り入れ、実習・就職前には履歴書作成・面接練習・マナーの勉強などを行い、就職に向けた調整を行う。また、原付自転車免許など、資格取得の場も提供している。 4 実習・就職活動 昨年度は施設から7名が就職。一般求人からの申し込みや、障害者合同面接会の参加により、実習・雇用に繋がったケースが多い。実習期間は3日〜2週間を目途に行う。職種は調理補助、清掃業務、食品工場、リサイクル業務、旅館雑務、老人施設洗濯担当、不動産営繕管理と、様々。今後も普及啓発と実践訓練に力を注いでゆく。 5 事例報告 (1)Aさん 34歳 男性 療育手帳B  (身体障害者手帳4級 脳性マヒ) 【職種】事務補助 ①経緯 市内の作業所に通うAさん。母と2人暮らし。得意なPC操作を活かしての就職を希望していた。そんな中「前任が体調不良を理由に退職することになったので、誰か事務補助の仕事ができそうな人はいないか」という連絡が、企業側から相談支援センターに入る。早速Aさんが候補に挙がり、面接を。企業はトライアル雇用の話をしてきたが、本人は「初めての就職で不安がある。」ということで、就労移行支援のカリキュラムで1ヶ月間の訓練を行い、自信をつけてからトライアル雇用へ入ることに。各関係機関を召集し、ケース会議を開き、経歴、支援計画、セーフティネット、そして将来的なことも含めて話し合い、訓練に入った。 ②訓練→トライアル雇用 訓練では、MWSで主に数値チェックを行い課題分析。プラスして伝票整理など、事務補助の模擬体験を繰り返し、ストレスマネジメントにウエイトを置いた支援を行う。この情報をデータとして、本人・各関係機関・企業へフィードバック。そしてトライアル雇用へ。ここからジョブコーチが支援に入る。分析結果から心配されていた数値入力のミスも減少し、作業も効率的に。この段階から支援の頻度を落とし、キーパーソンである課長に現場での理解・ナチュラルサポートを求めてゆく。仕事も真面目で欠勤もなく、他社員の方との関係も良好だったこともあり、2ヶ月が経過する頃、正式雇用の話も出てきた。 ③通勤で生じた問題 トライアル期間中の勤務時間は9時〜17時で、始発(7時30分)のバスで間に合っていたのだが(実家から職場まで約1時間)、正式雇用後は8時〜17時と、他社員と同じ条件となる為、始発のバスでは時間通りに出勤できないという問題が発生。彼の家は山奥に位置しており、ここでは1日3〜5本程度しかバスが運行しない。また、Aさんは車の免許は持っていたが長年運転をしておらず、保護者の意向もあり、車での通勤は考えていなかった。企業側からはフレックスタイムの提案もあったが、現実的には難しく、本人も「みんなと同じに仕事を始めたい」という強い思いがあったため、最終的には母と暮らす実家を出て、市内での一人暮らしをしてゆくこととなる。 ④正式雇用と問題解決まで 相談支援センターも生活面の支援に入り、一人暮らしの準備へ。家賃を抑えるため市営住宅を希望するが、最初の抽選に落ち、住居が決まらぬままトライアル雇用終了の時期が迫る。しかし、企業側の配慮で、入居出来る住宅が見つかるまでは会社の独身寮(本来は30歳までだが、これは特例として)に入れてもらえることに。寮生活を送りながらも無事、正式雇用が決定。その後、2度目の抽選にも落ちるが、3度目の抽選の際には優遇してもらうよう市に掛けあい、当選。正式雇用から半年、ようやく一人暮らしが始まる。 ⑤フォローアップ 始めは一人暮らしを満喫していたようだが、その疲れが仕事に出始め、「ミスが増えた」と、本人より相談のメールが届く。栄養管理、糖分の摂取、良質な睡眠を促し、また、蓄積された疲労を解消するため、リフレッシュや余暇について助言。電話で悩みや様子を聞き、安定をはかる。現在も仕事と一人暮らしを継続している。 (2)Bさん 49歳男性 療育手帳B 【職種】病院内リネン職員 ①経緯・状況 早くに両親を亡くし、その後、叔父の住んでいた古い家で一人暮らし。成年後見はついておらず、財産・通帳管理は近くに住む叔父任せ。クリーニング業社で20年ほど一般就労をしていたが、事情により退職。ここで、以前からBさんの知的の遅れと、福祉サービスの必要性を感じていた保護者(叔父)からの依頼により、46歳という遅い年齢での療育手帳取得。障害年金の取得は困難で、生活保護の申請もしないまま。生計のやりくりも叔父から光熱費を払ってもらい、残りは施設の工賃のみで暮らすという苦しいもの。就労移行支援を利用しながら再就職を目指していた。 ②採用、職場とのマッチング 就労移行支援を利用中、障害者ヘルパー2級の資格を取得したBさんは介護関係の仕事を探す。が、なかなか受け入れ先が見つからない。そんな中、市内病院からリネン職員の一般求人が出ており、面接することに。Bさんにクリーニング業社での職歴があること、更には病院側が過去に障害者雇用と委託訓練の経験があることから採用が決定。トライアル雇用が始まる。当初は女性対象の求人であったが、重たいものを抱えることが多いので男性の力が非常に役立つと、現場から声が挙がり、本人も経験のある仕事だったので自信を持って入りこめた。支援者も介入することなく、現場の方々に手順を学び、本人が失敗することで仕事を覚えていった。 また、この病院は職員の送迎を行っており、毎日片道1時間を自転車で通うBさんを見た現場主任が人事側に「送迎してやれないか」と提案。翌日から送迎利用での通勤となる。昼食も病院内で注文できるということで、通勤と食事の面で体力的にも栄養面でも本人の負担は軽減され、安定した職業生活を営むことが可能となった。適正、職歴、勤務時間等のマッチングもだが、職場そのものとマッチしたと言える。 ③正式雇用→フォローアップ 当初より本人の能力、生活能力、マンパワーなどの状況から支援内容はタイトに計画していたため、トライアル雇用の期間中は就労支援員だけで定着支援→正式雇用後は徐々に退き、障害者就業・生活支援センターと相談支援センターへ繋ぐ、という流れを人事側に伝える。トライアル雇用から3ヶ月後、正式雇用が決定。現在も仕事は継続しており、生活面では相談支援センターに権利擁護の説明などで動いてもらっている。 (3)Cさんの場合 24歳男性 療育手帳B (アスペルガー症候群) 【職種】食品製造→自動車シート工場→施設 ①雇用までの経緯 ハローワークの相談員(雇用開拓)が何度も会社に足を運び、粘り強く開拓を続ける。この会社の専務が障害者雇用・地域発展・社会貢献に関心を持ち、そんな中、生産性が高いことで有名な福祉作業所を見学。作業の簡易化・ライン化に着目し、そこで障害者の「働ける」を確認。早速、ハローワークに求人を出し、その求人を見た就労支援員が専務と面談を行う。 ②イメージとのミスマッチ この時、専務は知的障害者の「二度手間がなく確実性で安定した作業」をイメージしていたが、こちらはどんな人材を求めているのか慎重にならず、オールマイティに動ける人間が良いと判断し、通える距離にいたCさんを紹介。作業面では問題はなかったのだが、他従業員や上層部を不快にさせる発言や、通勤の際に駅で高校生とトラブルがあったりと、作業以外での問題が生じたため、トライアル雇用にて終了。その後、施設に戻り、原付免許を取得し、現在は就職活動中である。 ③課題・反省点 うまくいかなかったのは、その彼が原因なのではなく、障害の特性と、その配慮を説明しきれなかったこと、企業アセスメントが不十分であり、企業が求める人材を的確に把握出来ていなかったことにある。この場合、いきなりトライアル雇用に持っていかず、最初に実習を行い、その中で環境・人選・職種のマッチングを十分に確認しておく必要があった。また、ミスマッチのシグナルを感じたところで事業所間の連携を取り合い、次に(随時)違った人材やマッチしそうな人間を紹介することが出来ていれば、的確な人材雇用と、更なる発展・理解が生まれた可能性もある。 (4)Dさん 46歳 女性 療育手帳B 【職種】食器洗浄(粗洗い) ①合同面接会から正式雇用に至るまで 合同面接会に参加したDさん。旅館の求人が目にとまり、面接。翌日、人事担当者から「就労の機会を提供してみたい」という連絡が入り、2週間の実習を企画。企業(旅館)側は身体障害者の雇用はあるが、知的障害者の雇用はないとのこと。当初はルームキーパーとして実習を行っていたが、実習開始から3日目、本人より難しいという訴えが。ここで人事側の配慮により調理補助部門へ配属を変更。しかし、ここでもマッチせず、次の展開ということで、食器洗浄部門(粗洗い)で実習を再々開。ここでようやく本人の適性と合い、実習は順調に進んだ。しかし、残りの3日を残すところで生活面のトラブルが生じ、グループホームから失踪。その日には見つかったが、実習は中断。2週間後、「悔いが残っているので、けじめをつけたい」という本人の思いをそのまま企業側に伝え、3日間の実習を再開。実習終了後、人事側より雇用に向けた話が。しかし、雇用契約を結ぶまでは慎重に行いたいという、こちらの判断もあり、委託訓練を提案。2か月間の委託訓練をトラブルなく修了し、正式雇用となる。 ②その後 雇用から4ヶ月後、2度の無断欠勤という事態が発生。「職場での人間関係が難しい」という本人の訴えにより、人事側には勤務・シフト変更もしてもらったが、彼女にはその空間が耐えられなかった様でまた、駅で不審な男性に声を掛けられてから通うこと自体が不安になり(防犯ブザーでの対策や、駐在所・民生委員に見回りなども依頼したが)、自己都合の退職となった。離職後は施設に戻り、本人の望む職種・生活など、アセスメントを繰り返し、再就職を目指している。 ③企業からの言葉 退職から数日後、制服を返しに行った際に、人事側からこんな言葉をいただいた。 「接客業は様々な人に配慮出来なけらばならない。障害を持った方に配慮できるようになることは、現場の人材育成にも、お客様へのサービスにも繋がってゆく。そんな日が来ることを信じたい。そしてもう一つ、勤労は国民の義務でもあるが、その義務は社会全体で支えてゆくという必要性を感じるきっかけにもなった。今後、実習活動を積極的に受け入れたい。」 (5)Eさんの場合 21歳 女性 療育B 【職種】環境整備員 ①施設の利用から雇用まで 養護学校卒業後、当施設(授産施設)を利用開始。作業班はビルメンテナンスを専攻。仕事や生活における順応性は高く、多くの作業が出来る。しかし、環境(空間)そのものに慣れるまで想像以上の時間がかかるというのが特徴。施設での生活に慣れるまでにも半年かかった。利用開始から1年が過ぎる頃、その順応性が発揮され急成長。この年、施設は新体系へ事業移行することになるのだが、就職の見込みも、意欲も十分もあるということで就労移行支援を利用開始。家族も協力的で、就職活動が始まる。しかし就労移行支援の利用開始日から数日後、兄を交通事故で亡くし、家庭そのものが揺らいでしまい、就職よりも家族の安定を最優先することとなった。それから1年が経過し、家族もまだ立ち直ってない状況ではあったが、本人は就職の希望があったため、2年目から実習活動などで実践訓練を。しかし、マッチする職場が見つからぬまま2年目も終了。延長の1年が支給され、雇用前提の実習に取り組む。まずは特別養護老人ホーム洗濯担当の求人紹介を受け実習。だが、泣く=就労の意欲がないとみなされ、不採用に。理解に必要な時間を消化出来ないまま実習が終了。働く気持ちは強いが、そのパフォーマンスが出来ないという特徴がここでも全面的に問題になってしまった。 ②受け入れ先の構築 この次に病院内環境整備員の求人を紹介。ここには以前、施設から一人の利用者が就職され、その方の評価が高く、施設の紹介に対する信頼度もあった。面接後、1週間の実習。あらかじめ泣くことや、これまでのいきさつ全てを説明し、理解を求める。また、障害者職業センターから職業カウンセラー、ジョブコーチの派遣もあり、手厚いサポートで安心感を得ることも出来た。追加で1週間の実習もあったが、日に日に泣くこともなくなり、笑顔も増え、そしてトライアル雇用を経て正式雇用が決定する。 ③フォローアップ  仕事は現在も継続しており、職場に行くのが楽しいと話す。また、この職場と自宅がハローワークより近いため、支援員が時折、様子をうかがっている。家庭には本人の将来を見つめ、グループホームの利用や権利擁護に関するパンフレットを渡すなどして他制度の紹介をしている。 6 まとめ 就労の前には生活環境をしっかり整えること。そして、利用者に関して多くの情報・データを取り、それに合わせた訓練とアプローチ・多角的な課題分析とチーム支援が必要になる。だが、何よりも実践で解ることの方が多い。利用者の能力や周囲の意識は、環境によって変わり、中には環境が合わせてくれることもある。発揮される潜在能力と企業のニーズとが噛み合い、一人の社員となってゆく彼らを見て、こちらも気づくべきことがあった。また「働きたい」「働こう」という意識から一般就労という願いを叶え、そこから「自己実現」が見えてくるもので、その思いは大切にしなければならない。 施設から羽ばたいてゆくことを目指す彼らの「Ⅰ am」を、これからも支えてゆきたい。 障害者雇用を推進するための福祉側からの積極的アプローチ −支援者と開拓員の連携− ○山梨 恭子(社会福祉法人川崎聖風福祉会 川崎市社会復帰訓練所 就労開拓員) 坂本 栄一(社会福祉法人川崎聖風福祉会 川崎市社会復帰訓練所) 1 はじめに  川崎市社会復帰訓練所は、川崎市の中で精神障害者を主な対象とした就労移行支援事業を行っている唯一の作業所である。2008年度より就労移行支援事業をスタートし、試行錯誤を重ねながら今年度で4年目に入った。現在、精神障害者の一般就労への支援プログラムを充実させるために職員一丸となって取り組んでいる。本稿では、これまでの事業実績の推移と合わせて、職員の取り組みや体制、支援プログラムの変化、そして今後に向けての課題について報告する。 2 法人紹介と沿革 川崎市社会復帰訓練所(通称あやめ作業所)は、1978年に川崎市が公設公営で設置し、その後川崎市精神障害者家族会連合会(あやめ会)が運営を委託されていた。事業目的を「通所する精神障害者が、安定した地域生活をおくるためのサポートをすること」として30年余り運営されていたが、2008年より川崎市の指定管理者制度によって、当法人川崎聖風福祉会が運営を受託している。現在は障害者自立支援法に基づき、就労継続B型支援事業と就労移行支援事業の2つのコースを持ち、精神障害者に特化した就労支援に力を入れている。2009年からは川崎市より「川崎市障害者就労支援コーディネート事業」注1)を受け、作業所に就労開拓員を一名配置し、支援員とともに利用者の就労先・実習先の開拓、定着支援を行っている。 3 これまでの事業実績 2008年からの作業所利用者の就労・実習実績は図1のようになっている。 就労者数・実習数含めて、着実に増えている。特に就労者については、2008年・2009年には0であったが、2010年より実績が出始めている。この結果についてこれまでの取り組みを整理するとともに、キーワードとなる「福祉側からの積極的なアプローチ」「支援員と開拓員の連携」について考察する。 4 移行支援スタートからの取り組み (1)支援プログラムの確立  2008年4月、作業所はそれまでの生活支援事業所から一般就労を目指す就労移行支援事業所となった。初めの1年間は「支援プログラムをどのようなものにするか」というところに焦点をおき、事業所全体で『就労支援プログラムの確立』に取り組んだ。 まずは半年間、「通所力をつける(定期的に確実に通うことができる)」という支援目標を掲げ、利用者を休まず通所させることに主眼を置いた。   施設内作業と合わせて、週1回のグループワークを重ねながら、働くための心構えや障害理解について話し合った。また、専属ドクターによる月1回の健康相談や心理教育、また週1回のパソコン教室などを企画し、就労のための準備を行った。 移行支援対象者が3人(年度末には6名に増)と少人数だったこともあり、密な面談や個別支援計画の作成を行うことで、利用者個人の特性を活かした支援を目指した。 (2)実習場所を求めて 2008年度後半より、さらなる支援プログラムの充実を目指して、訓練から実践(施設外実習・就職活動)に主眼を移した。そして、就職先の開拓、一般就労前に施設外での実習を行う場の開拓を作業所独自に始める。しかし職員が3名しかおらず、作業所内での支援があるため、なかなか企業に実習の依頼をすることができないのが実情であった。近隣の同法人が運営する特養老人介護施設で事務の実習の場を得たものの、それ以外の実習の選択肢を増やすことができなかった。 (3)開拓員の配置  2009年度から職員体制が5名となり、川崎市障害者就労支援コーディネート事業を委託したことで就労先・実習先を開拓する専門員(開拓員)が配置された。専門員がより多くの就労先を開拓してくることで、施設外実習プログラムを増やし、一般就労に向けてより実践的な訓練を経験してもらうことが狙いだった。  開拓員は、行政のつながりから公共機関や学校関係、教育委員会、商工会議所などを中心に、実習の依頼をして回ることに注力した。その結果、この年の後半には公共図書館でのリサイクル本の整理などをする実習を開拓している。これにより、軽作業や座り仕事を希望する利用者の実習先は確保できたが、幅広い仕事を経験してもらえる状態には至らなかった。また、この年には就労移行対象者は9名に増え、今後も増加することを考えると実習先の更なる開拓は避けて通れない課題だった。また、この年には就労者を出すまでには至らず、『さらなる実習先の確保』『就労者実績を作る』という2点が課題として残った。 5 2010年度の飛躍 前年度の課題を受け、施設外実習プログラムを豊富にし、「通所→施設外実習→就労」という支援サイクルを確立することを作業所の目標に掲げた。 実現に向けた戦略として、まずは開拓員の役割を見直すことに着手した。開拓員は開拓専門員ではあったが、前年度までは支援員として利用者支援も行っていた。担当利用者を持ち、支援員としての役割を担うことで、企業訪問・実習先・就労先の交渉にあてる時間が思うように確保できていなかったことに着目し、支援員としての役割を外し、さらに企業に向けて積極的なアプローチをすることを目指した。 具体的取り組みとして、「開拓員は情報収集・企業訪問に注力する」「開拓員が得た企業情報や企業の障害者雇用に対する要望を全職員で共有し、支援プログラムに反映する」という2点を行った。 〇開拓員は情報収集・企業訪問に注力する ・他の支援員から利用者の状況をヒアリングしながら企業訪問目標を立て、要望に合った実習先・就職先の開拓活動を行う ・近隣の工場密集地や駅前の企業、求人を出している企業をターゲットとし、月10社前後の企業への継続的アプローチを徹底 ・ハローワークへの定期的な訪問、求人雑誌・求人誌のチェック、特例子会社の見学依頼、そして、業種を絞った飛び込み訪問を中心に、企業情報を収集 ・積極的に外部機関やハローワークとの連携を強め、他の支援機関との連絡や情報交換を行うことで、企業見学会や企業からの作業所見学の機会を増やす 〇開拓員が得た企業情報や企業の障害者雇用に対する要望を全職員で共有し、支援プログラムに反映する 【就労支援セミナーの充実】 前年度から行っていた作業所内就労支援セミナーを年4回から12回(月1回)に増やし、面接の受け方や、履歴書の書き方、職場でのルールについて利用者同士で話し合う機会を増やした 【SST講座の増加】 SST(社会生活技術訓練)講座を年4回から6回に増やし、就労に関するテーマで対人関係に困った時にどうすればよいかという話し合いと、実施報告をする機会も増やした  こうした取り組みによって、この年の就労者数は就労移行支援事業登録者14名中3名(ほか2011年度以降に就労決定2名)、また施設外実習の数も前年度計6件から計10件に増加した。そして、特筆すべきは施設外実習の内訳である。前年度は事務補助・接客のみであったが、業界や職務の幅を広げて開拓活動を行ったことで、図書館業務(市内3所)、工場でのライン業務、軽作業、清掃業務、スーパーバックヤード業務、食堂厨房業務、動物園飼育補助など、数種類の実習内容の中から、利用者が志向や特性を活かして業務を選択できるようになった。 この成果を目指すにあたって重要であったのは、利用者の支援をする支援員と企業情報を集める開拓員の密な連携であったといえる。利用者の細かい希望や状況を常に出し合い、職員全員で共有することで、開拓員は開拓戦略やターゲットを検討する。開拓員は外に出ていることが多いため、利用者の細かい変化や状況をつかみにくい。支援員から担当利用者の情報を常に発信し続けることで、開拓員は効率的に企業開拓を進めることができたのである。 こうした実習先増加による職種選択、支援プログラムの強化、豊富な企業情報の提供によって、利用者の就労に対するイメージや社会との接点が増えたことは、この年の最大の成果と言えるだろう。 この一年を終えて残った課題としては、 ①施設外実習費の確保 施設外実習の数は増えたが、利用者の労働に対する対価が請求できていない。施設外での働くことに対して、賃金(≒社会的価値)を請求していく必要がある。 ②外部支援機関との企業情報・実習先の共有 実習先を開拓しても、複数になってくると作業所利用者だけでは対応できない。実習先を維持するために、他施設と連携する仕組みを作り、共同で実習を行えるようにしていく必要がある。 ③就労者が増えたことによる定着支援マンパワーの確保 定着支援に支援員が出かけることで、作業所内での作業や、担当利用者との面談等の時間が取りにくくなった。効率的に職員が業務を進めていくための役割分担の再編が必要。 の3点があげられる。 6 今年度の取り組みと課題 今期さらに利用者のニーズ・社会の流れに合わせた取り組みを行っている。ポイントとしては「就労開拓員の開拓戦略再整理」「労働対価を設定することでの支援プログラムの細分化・充実化」「外部支援機関との実習先・就労先の共有化システムの構築」「支援員の物理的効率化」があげられる。 〇就労開拓員の開拓戦略再整理 【最低賃金と交通費の確保】 施設外実習に時給を設定し利用者に支払うことを前提として、企業にも神奈川県の最低賃金以上の時給と交通費を請求するようにした。結果、前年度までは最低賃金以上の賃金と交通費を請求している実習は0であったが、2011年度は、9月現在で4社に増えている。 【開拓戦略の見直し】 これまで企業と話を進める際に「精神障害者に一般企業での就労の機会をいただく機会」として施設外実習の説明をしていた。しかし、この方法だと障害者雇用に興味を持っている大企業や担当者のみがターゲットとなり、多くの中小企業へのアプローチが薄くなってしまっていた。また、大企業から実習の機会をいただいても、企業側は雇用を念頭に置いて実習を検討するため、障害者雇用率にカウントできる週30時間前後の実習のみになってしまい、短時間勤務から始めることが望ましいという精神障害者の就業特性を考えると実際に就業できる利用者がほとんどいない状態であった。そこで短時間勤務かつ最低賃金以上の労働賃金を請求できる求人にアプローチする戦略として、施設外実習のお願いではなく、主にアルバイト・パート採用をしている中小企業に向けて、短期単発での労働力の提供をするサービスとして開拓活動を始めた。 企業が作業所から障害者を受け入れるメリットとしては、 イ 採用コストがかからない ロ 障害者は支援員の支援が受けられる ハ 企業も不明な点があれば支援者に相談できる という点があげられる。 また、雇用ではなく実習として障害者を受け入れる際は、イからハに加えて、 ニ 何かあった時の保険加入不要(作業所で負担しているため) もあげられる。 「障害者を受け入れてもらう」という視点から「なかなか採用できない、または採用コストを削減したい企業に向けて労働力を提供する」という視点に変えることで、障害者雇用に関連しない求人ニーズにも対応できるようになった。それによって、もともと障害者雇用を検討していなかった企業からも、働いている姿を見てもらうことで評価をいただき、求人をいただくケースにつながった。 【積極的な広報活動】 精神障害者が外で働く姿をより多くの人々に見てもらう機会を創らなければ、いつまでたっても障害や病気に対する誤解が解けない。精神障害者が働く姿をアピールできる様々な実習現場を持つことが、支援プログラムの充実とともに、将来の雇用につなげることにもなると考えた。そこで今年度から、企業に雇用や実習、取引を検討してもらうツールとして、作業所独自のブログを作成し、企業に広報を始めている。精神障害者の特性や労働について、日々の様子を発信することで、身近な障害であることや、受け入れのポイントなどを理解していただく有用な開拓ツールとなっている。 〇労働対価を設定することによる支援プログラムの細分化・充実化 労働賃金は、社会的評価指標の一つである。実習とはいえ賃金の発生しない労働では、社会や企業からの精神障害者の労働に対する評価や期待が上がっていかない。また、利用者が段階的に時給の高い施設外実習に挑戦し、自信をつけていく工程を支援プログラムに組み込むという作業所の方針も踏まえ、業務の難易度や条件に合わせて賃金交渉をし、労働時間・日数と合わせて利用者の訓練段階の指標と置くことにした。 〇外部支援機関との実習先・就労先の共有化システムの構築 前年度の課題として、実習先を増やしても作業所利用者のみでは実際に就労できる人がおらず、話が流れてしまうことが上がっていた。業界や職種の幅を広げた施設外実習の支援プログラムを展開するためにも、多様な実習先を維持し続ける必要がある。開拓した実習先を近隣の障害者支援施設や援助センターと共有し、企業のニーズに合わせて、労働力が提供できる仕組みづくりを構築するため、外部機関との話し合いを進めている。 〇支援員の物理的効率化 就労者が出たことで、支援員が作業所外に出て、定着支援に回るようになり、日々作業所内で業務を行う時間が減ってしまっていたため、再度業務分担を振り分ける必要があった。職員数にも限りがあるため、今後は外部支援センターとともに定着支援として外に出る役割を開拓員が一緒に担うことで、支援員が作業所内で業務に専念する時間を確保していくことを検討している。 7 最後に  今年度は就労移行対象者が14名となり、来年度に向けて今後も増やしていく予定である。事業実績をあげることはもとより、就労移行支援事業所として、一人ひとりの利用者にとっての働く意味を一緒に考え、社会につなげていくための支援プログラムをより充実させることが求められている。社会の流れや障害者雇用率制度、自立支援法などの変化を見ながら、常に社会や企業との接点を作る積極的な開拓活動を行うこと、そして職員間での密な情報共有、適宜役割分担を再考し業務整理をしていくことが重要なポイントになるのではないだろうか。まだ模索中ではあるものの、さらなる支援プログラムの充実を目指し、職員全員で取り組んでいきたいと考えている。 【注】 1) 川崎市障害者就労支援コーディネート事業 川崎市の障害者雇用推進事業の一環であり、契約法人に「実習先・就労先の開拓を行う」「開拓した実習先や就労先の情報を障害者に提供する」「実習や就労を行う時の連絡調整を行う」という3点の事業を委託しているもの。2009年から始まり、今年で3年目となる。市内では知的障害者就労移行支援事業所と、精神障害者就労移行支援事業所(川崎市社会復帰訓練所)の2か所の法人が受託している。 一般就労への道のり 角田 智子(ワークアイ・ジョブサポート) 1 はじめに  社会福祉法人あかねでは、多様な福祉サービスがその利用者の意向を尊重して総合的に提供されるよう創意工夫することにより、利用者が個人の尊厳を保持しつつ、自立した生活を地域社会において営むことができるように支援することを目的として、社会福祉事業を行っている。  2010年5月には、就労継続支援A型・就労移行支援の多機能型施設「ワークアイ・ジョブサポート」を設立した。  ワークアイ・ジョブサポートでは、就労継続支援A型、就労移行支援の他、PC訓練・作業実務訓練(千葉県障害者高等技術専門校委託)を開講している。 就労継続支援A型と同一施設内にある環境が功を奏し、訓練生に対し、良い刺激を与え、就労意欲に繋がっている。 また、就労継続支援A型利用者(以下「A型従業員」という。)も、就労移行支援利用者や委託訓練生からの刺激を受け、後輩指導や向上心が養われる。 ここでは、一般就労への道として、就労継続支援A型の取り組みを紹介する。 表1 社会福祉法人あかね 施設業務内容 2 就労継続支援A型事業所 配置体制  就労継続支援A型事業所(以下「ワークアイ・ジョブサポート」という。)は、一般就労が困難な障害者を多数雇用し、障害者を中心とした事業展開を実施している。  各事業の配置人数を以下の表に示す。 表2 ワークアイ・ジョブサポート配置人数 3 実務経験から得るスキルの向上 (1)印刷業務 お客様からお預かりした印字データを帳票出力、封入封緘、配送までを行っている。現在、保険会社の支払案内通知用圧着はがきの印刷作業。A型従業員は、印刷・圧着作業、数量確認、検品等品質管理を分業。 図1 身につくスキル・技術・経験(印刷業務) (2)スキャニング業務 書類や図面等の紙媒体の情報をコンピューターで利用可能にするため、スキャナで読み込みデジタル化。データ入力の原票のスキャニング。 図2 身につくスキル・技術・経験(スキャン業務) (3)データ入力業務 専用システムにより分割された帳票画像の個人データ(県だけ、郵便番号の下4桁だけ、名字だけ等)を入力専用ソフトで導入したパソコンに訓練を受けたA型従業員が入力。現在、保険会社・カード会社等の申込書、住所録等の顧客データ入力実行。作業を行うA型従業員は、テストデータで入力の訓練を行い、テストに合格してから実務に入っている。 図3 身につくスキル・技術・経験(データ入力業務) (4)WEB制作業務 ホームページの新規作成、リニューアル、更新作業。 図4 身につくスキル・技術・経験(データ入力業務) 4 ヒューマンスキルの向上 (1)人間関係構築力とコミュニケーション能力 A型従業員は、各部署担当職員から業務指示を受け、「報告、連絡、相談」をする。ここに、企業の上司と部下と同様の指揮命令系統の関係を学ぶ。また、A型従業員同士は、同僚・先輩後輩という人間関係を学ぶ。そこに必要なコミュニケーションスキルをSST(ソーシャルスキルトレーニング)で訓練する。 研修終了後は、自己課題として、即職場で実習することができ、職業指導員は、個々の課題に合わせて実習しやすいように対応している。  現在、このSSTは、障害者職業総合センターの研究の一環として行われている。 図5 人間関係構築 表3 SST研修内容 (2)ビジネスマナー 一般就労を目指すには、ビジネスマナーは必要不可欠である。しかし、雇用のチャンスに恵まれなかった障害者は、きちんとしたビジネスマナーを訓練されていないケースが多い。ワークアイ・ジョブサポートでは、就業時間内に実習をすることができるので、「教育」→「実践」の繰り返しができ、「振り返り」→「課題」→「訓練」→「実践」を継続していくことができる。 例えば電話応対業務を実践する場合には、事前に施設内でビジネスマナー(電話応対)を受講してもらい訓練後、関連施設からの電話応対から外部の方への電話応対にステップアップしていく。 ビジネスマナーを実践しながら、身につけることができる。 5 個別支援計画  それぞれの個別支援計画を立て、設定した目標に対し、新たな課題の洗い出しや自己評価と客観的評価を繰り返し、到達点に向けて、月に1度の面談を設けている。 個別に1ヶ月の目標を設定し、達成に向けてA型従業員は日々努力する。モニタリングされた情報は職員同士密に共有し、達成度を検討する。 達成度は、月1回行われる月次個別面談にてA型従業員にフィードバックされ、次の課題のあらい出しや、達成できた事はきちんと評価する等障害者が安定した社会リズムを構築し、ゆくゆくは一般企業へも応用できる能力まで引き上げることができるよう支援している。 目標は、必ずしも業務上の事とは限らず、メンタル面等、幅広くフォローする事ができるのは、福祉事業所ならではの手厚いサポートであり、A型従業員は安心して社会生活を送ることができる。 また、到達点を一般就労と考えているA型従業員には、就職していくために克服すべき課題、伸ばすべきスキルを明確にし、それに沿って訓練プログラムを構築していく。 例えば、パソコンの資格取得を目指しているA型従業員には、テキストの貸し出しや試験対策をし、適宜質疑応答に対応する。 このようなプロセスの中で必要な関係構築力や向上力、達成思考が培われる。 このように、ひとりひとりの教育的ニーズに応じた指導及び支援を行うことで、一般企業への応用力が培われ、A型従業員は、自分の強みをアピールした就職活動ができる。 図6 個別支援計画 6 他訓練からのステップアップ教育 (1)就労移行支援訓練 就労移行支援訓練は、アセスメントにより一般就労の方向性やスキルの把握、自己の棚卸、職業適性検査を経て、各々がもっている自己の強み(良いところ)を生かせる職場に就けるよう個別支援計画をたて訓練をしている。  パソコン技能訓練では、「タイピング練習」→「e-ラーニングでの自己学習」OR「データ入力ソフト練習」→「テキスト学習」→「課題」→「添削」→「修正」を繰り返すことで一般企業の実務レベルにひきあげる。この過程で必要な資格は、短期目標の中で計画し、取得をしていく。 職場実習訓練では、A型従業員と一緒にデータ入力業務、スキャン業務、付属品再生業務、封入・封緘業務を各部署担当職員の指示により実習している。 一日の終わりには、Excelで作成された「日報」に一日の訓練内容・感想・目標を入力してもらい、メールにて職業指導員に送信する。毎日、職業指導員がフィードバックすることで、ビジネスメールの基本を学び、評価をもらう。 このように企業内訓練で実習することにより対人能力や仕事の効率性を学ぶことができる。   (2)PC委託訓練(PC訓練・作業実務) 千葉県障害者高等技術専門校委託PC訓練と作業実務訓練が開講されている。 同じ施設内での訓練なので、常にA型従業員の作業をみることができる。 訓練生は、一般就労を目指し、3ケ月の訓練を行うが、障害の程度によっては、一般就労を目指すことが困難な場合もある。 また、A型従業員の働き方をみて、同じ就業形態を希望する人もいる。 このようにそれぞれのタイミングで、基本的な生活を維持しながら、長期目標として一般就労を目指したいという訓練生には、「就労移行支援」や「就労継続支援A型」にステップアップしていくことができる。 図7 ステップアップ教育の流れ 7 ステップアップ教育のメリット ワークアイ・ジョブサポートでの取り組みから、障害者が一般企業への応用力をつけるには、企業内訓練と就業継続のための技術的支援の充実が必要である。企業の視点から障害者雇用を考えていくことが一般就労につながり、定着した職業人生活を送ることができると確信している。 施設内においては、様々な訓練形態であっても、相互に人間関係を構築でき、そこからステップアップした訓練へと引き上げる事が出来る。そうすることで、障害者は、行動の効率化が図られ、円滑な移行を図ることができる。 ワークアイ・ジョブサポートでは、今後も企業の視点から一般就労を意識した様々な支援プログラムの提供に積極的に取り組んでいきたいと考えている。 企業と非営利法人とのコラボレーション −障害者雇用や障害者の働く場作りに取組む事例の聞取り調査から− 内木場 雅子(障害者職業総合センター 研究員) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門では、平成22年度から2年間にわたり、「企業と非営利組織等との協業による障害者雇用の可能性を検討するための研究」を実施している。 これは、社会福祉法人等が障害者自立支援法の施行に前後し、障害者らの就労支援とともに、法人自ら働く場を創ろうと各地で様々な取組みを開始したことに始まる。一方、民間企業(56人以上規模)においては、障害者雇用促進法における障害者法定雇用率(1.8%)達成企業が、47.0%(平成22年6月1日調査)、実雇用率が1.68%という実態がある。 そのような状況下で、同法が改正され、平成22年7月からは常用労働者数200人を超える事業主が、また、平成27年4月から常用労働者数100人を超える事業主が、障害者雇用納付金制度の対象事業主となることから、民間企業等にとっても障害者雇用は急務になっている。 2 目的 企業と非営利法人等が各地域で、お互いをパートナーとし、働く場を創り、障害者等の雇用を生み出している。これらは、地域の活性化として期待できるばかりではなく、コラボレーションによる新たな仕組みとして注目すべきものといえる。 本稿では、企業と非営利法人等の調整役が存在する事例を紹介し、その必要性について考える。 3 方法 企業と社会福祉法人等が一緒に取組んだ事例について、各法人の担当者から直接、聞取りをした。  聞取りの内容は、取組みのきっかけ、取組み内容、成果と課題等である。 対象は、表1の通りである。なお、対象基準は、経営規模や地域、取組み内容を限定せず、立ち位置の違うセクター同士が事業等に取組むことで、働く場を創っていることとし、協力が得られたところとしている。  表1 パートナーと取組みの内容 4 調査結果 この聞取り調査の中から表1の番号5と6の内容について、その概要を記載する。 (1)事例(企業と社会福祉法人と有限会社) ①概要 有限会社が、社会福祉法人と企業を繋ぐ仕組みを考案。その仕組みに参画する企業と社会福祉法人を探しながら障害者の働く場作りと障害者雇用を含む障害者の自立支援を達成しようとしている。 ②取組み内容 有限会社が、企業とマネジメント契約を結ぶことで、企業と社会福祉法人のバランスの調整、社会福祉法人の利用者の能力開発と評価、指導者の育成等を行っている。一方、企業と社会福祉法人が業務委託契約を結ぶことで、有限会社は、企業を経由して社会福祉法人の利用者の職業能力開発や職業適性の把握、業務効率向上に向けた業務構築案を伝え、その働き方や待遇等を提案している。これらによって、有限会社は、社会福祉法人に対し、利用者の職業能力や職業適性に対応した指導ノウハウを提供する等、企業と社会福祉法人をコントロールし、全体運営をマネジメントしている。 ③取り組み経緯 有限会社は、社会福祉法人と障害者支援への関心から障害者の指導・作業支援・アセスメントに携わっている。その中で、社会福祉法人と企業を繋ぐ仕組みを考案し、有限会社を設立するとともに、参加する企業と社会福祉法人を開拓している。 企業は、リサイクル業で仕事の処理量の季節による変動と処理期限、働き手不足という問題を常に抱えていた。そんな中で、大手メーカーからの廃棄物処理の指定業者に選ばれ、物量の増加を引き受ける働き手が必要となった。 ④成果等 企業側は、働き手の確保で大口の仕事を受託でき、営業展開しやすくなったことで、経営の効率化にも繋がった。社会福祉法人の利用者は、現場での仕組みにより、職業能力に応じた仕事と待遇が得られるようになった。 ⑤今後の展望と課題 有限会社が、企業や社会福祉法人の参加を増やすことで、その利用者が職業能力や職業適性に応じた業種業態で働くことができるようになる。また、企業は、将来的に社会福祉法人の利用者を雇用することで障害者法定雇用率の達成が実現できる可能性がある。 課題は、現在の仕組みの充実に、多様な職種と企業の参加と、参加企業が増えた場合に企業ノウハウと福祉ノウハウを併せ持つ人材の育成が必要である。また、社内職務の再構築をするには、企業の業務状態の把握が不可欠となる。 (2)事例Ⅵ(NPOと企業と福祉と行政) ①概要 県の支援を受けてNPO法人を設立。その事務局長が、障害者の就農による地域農業と農家の活性化を推進している。 ②取組み内容 イ プランの提案と推進 NPO法人が、「農業を活性化し農家がビジネスとして繁栄するプラン」(以下「農業が活性化するプラン」という。)を提案している。これは、企業と農家を繋ぎ、また、福祉事業者(障害者含む)と農家を繋ぐことで、仕事を体験し、農家とその仕事に慣れてもらう。企業は、障害者を雇用、障害者は、派遣先の農家で働くか、農家から企業が請負った仕事を行う。農家は、労働力を確保しその労働対価を企業に支払う。企業は、従業員が作った農作物を直接農家から買い上げ、自らの流通システムで販売するものである。このプランを活用し、農家と農業の活性化と企業の障害者雇用を推進している。 ロ 農業ジョブコーチの育成と役割 NPO法人では、従業員(障害者)とともに農家に出向き、仕事をしながら支援をする者(農業ジョブコーチ)が必要と考え、それには、農業のノウハウ、企業倫理、福祉を理解することが必要だとしている。また、その育成には、国の第2号職場適応援助者の資格を取得し農業のプログラムを受講することが必要だと考えており、平成22年度は県事業を受託し育成している。 ③取り組み経緯 地元で開催された農業フォーラムをきっかけに、農家と福祉事業者(障害者含む)が組むことの効果を知る。そこで、NPO法人は県から「農業就業サポーター事業」を受託し障害者の就農による農業の活性化を推進したが、農業地域の活性化に繋がらなかった。そこで、NPO法人は農家と福祉事業者(障害者含む)に企業を加えたプラン(農業が活性化するプラン)を提案した。 ④成果等 農業が活性化するプランを活用して、A社は障害者を雇用し農家に派遣することで開始、B社は複数の農家から作業を請負うことで開始。障害者は実地研修後、企業が雇用。従業員(障害者)が作った農産物は企業が買い上げている等、一定の成果が出ている。 ⑤今後の展望と課題 企業は障害者を雇用し派遣か、作業請負を選択することになるが、労働者派遣法では派遣期間、対象業務が限定され、長期的には作業請負にて責任者の設置等による体制整備が必要となる。 課題は、企業、農家ともに組みたい相手や取組む事業は異なる。また、個々の職場や仕事内容により、相手とともに作業現場で具体的なメニューを検討する必要がある。農業ジョブコーチにはそれらを調整する能力が必要であり、一律に農業ジョブコーチを育成することは難しい。 5 考察 両事例は、企業と福祉事業者等(障害者含む)を繋ぐ調整役の存在と、障害者等を雇用するためのビジネスプランを特長とする。調整役は、企業や福祉事業者等(障害者含む)の特性を理解した上で、地域や実態に合わせ調整し、専門性、個別性を前提に、継続的な支援やマネジメントを行っている。 このような役割を果す機関(機能)が身近に存在することで、自らパートナーをみつけられない福祉事業者や障害者等の雇用を検討する企業にコラボレーションの機会を提供できると考えられる。 特に、ハローワークや地域障害者職業センター等は、障害者の職業能力や職業適性に応じた相談や働き方の提案、職場環境の調整を行う全国的な専門機関である。このような機関が、企業と福祉事業者等(利用者含む)の課題解決のために、包括的な支援を行うことは、公共的、公益的、社会的な目的の実現に繋がると考えられる。 【謝辞】聞取り調査のご協力に御礼申し上げます。 障害者雇用における加齢現象と事業所の対応 −1.特例子会社を中心とした事業所における従業員の加齢現象の認識と               改善および対応の進め方について− ○笹川 俊雄(埼玉県障害者雇用サポートセンター センター長) 武居 哲郎(株式会社マルイキットセンター) 寺井 重徳(株式会社アドバンス) 1 埼玉県障害者雇用サポートセンターの概要 当センター(事業所・埼玉県さいたま市浦和区)は、平成19年5月に、全国初の障害者雇用の企業支援に特化して設立された公共施設である。 設置主体は埼玉県産業労働部就業支援課であり、民間企業の障害者雇用を推進するため、障害者に適した仕事の創出方法、雇用管理や各種援助制度などに関する提案やアドバイスを行い、円滑に障害者雇用が出来るように支援することを目的としている。 スタッフは、現在センター長を含めて10名が従事しており、全員が企業出身者で、且つ企業の障害者雇用や支援に携わった経験があり、高い専門性を持ったメンバーで運営している。 事業は、4つの柱で展開しており、内容は、①「雇用の場の創出事業」、②「就労のコーディネート事業」、③「企業ネットワークの構築と運営」、④は企業・就労支援機関・障害者等からの「相談事業」である。 ①については障害者雇用についての専門的な提案や助言を行い、円滑に雇用が出来るように支援、また②については各地域の就労支援センター等に登録している障害者が就労に結びつくように支援機関や障害者への側面的支援を行っている。 ③については、障害者雇用に理解のある企業ネットワークの推進と拡大をねらいとして、企業を対象とした障害者雇用サポートセミナーや地域別情報交換会の開催、企業見学のコーディネート等を行っている。 また、企業ニーズを受けて、産業別情報交換会や埼玉県内における特例子会社連絡会等も開催している。さらに、平成23年度からは障害者雇用に関する研究会も開催。 2 研究会開催の経緯と目的 埼玉県に所在地を構える特例子会社は、平成23年3月現在、18社あり、社数としては全国4位までに拡大してきている。 平成23年5月の特例子会社連絡会の開催に先立ち、現在抱えている今後の課題についてアンケートを実施したところ、本業の深耕・拡大、新規職域の開発に続き、障害のある従業員の加齢問題への対応の声が多数寄せられた。 18社中、経過年数が5年以上経過している会社が9社と約5割占めていることと(表1)、障害のある従業員数は合計482名で、内知的障害者が77%従事していること(表2)にも起因していると考えられる。また5年以下の会社でも、入社時年齢との関係から同様の現象が発生していることも確認することが出来た。 表1 特例子会社の認定後経過年数 表2 特例子会社の障害種別状況 この結果を受けて特例子会社連絡会では加齢問題をテーマに設定し、株式会社アドバンテストグリーンの青木一男代表取締役社長(現顧問)に事例発表による問題提起をしていただくと共に、加齢現象の認識と、合わせて改善および今後の対応について討議の場の提供と情報の共有化を目的に参画型でメンバーの募集を実施した。障害者雇用におけるテーマとしては、促進に注視し、就業に関する採用、定着、継続支援等を中心に討議されることが多いが、加齢問題を取り上げることで「ライフステージ別雇用」の視点から長期間にわたる雇用からハッピーリタイアメントに至るまでのロードマップ作りを目指すこととした。 3 研究方法の進め方と成果の活用 研究方法としては、埼玉県障害者雇用サポートセンターが事務局となり、各会社の実態を把握すると共に、討議テーマに関連した専門分野の講師を招き、討議の深耕を図ることとした。 また開催数は5回とし、平成23年6月から9まで、下記のスケジュール(表3)に基づいて実施した。 表3 研究会における各回の討議テーマ 参加会社は、埼玉県の特例子会社を中心に13社となり、参加者も合計で21名の参加となった。 またオブザーバーとして、3社3名の現場の経営者や責任者にも参加していただき、幅広い意見交換の場を提供することが出来た(表4)。 表4 参加会社名と参加者名(㈱は株式会社の略) 講師については、第2回は、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター主任研究員 沖山稚子氏に、また第4回は、特定非営利活動法人 東松山障害者就労支援センター法人理事事務局長 若尾勝己氏にそれぞれ依頼、討議の導入部分としてのプレゼンテーションをお願いした。 また、成果の活用としては、研究会の討議を参考に、各社における今後の改善計画・方向性をまとめ、第5回に発表することで共有化を図ることとした。 4 各社の現状と課題の抽出 (1)各社の現状 最初に参加企業の現状を確認するためにアンケートを実施し、加齢現象が発生しているのか否かまた、その発生している現象への対応と課題について討議を実施した。 一般的に、加齢現象は、知的障害者に多く見られ、年齢的には30代、特に35歳前後で急激な体力の低下や能力の衰えが発生すると言われている。しかしながら、現象は様々で明確な定義付けが見当たらないため、2011年3月、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター編集・発行による資料シリーズ№62「障害のある中高年齢従業員の加齢に伴う就業上の支障と対策に関する調査研究」を参考に、“業務上支障が発生しているか”とう視点で確認を行った。 参加企業13社中、業務上支障が発生している企業が4社、加齢と思われる現象が発生し始めている企業が5社、未経験の企業は4社であり、何らかの経験を持っている割合は約7割であった。 業務上支障が発生している事例は、9例の紹介があり、20代1例、30代4例、40代3例、50代1例であった(表5)。 表5 事例と加齢現象 一部身体障害者のケースも含まれているが、大半が知的障害者のケースで、作業能力や体力の低下、理解力や言葉の理解力の低下、物忘れ、歩行困難や通勤不可等の現象に伴い、業務上の対応を講じている内容であった(表6)。 具体的には、作業能力や体力の低下については、作業内容を検討し、単純作業への見直しや、負荷のかからない簡易な作業への配置転換をしたり、スタッフを二人態勢にして対応している企業もあった。 短時間勤務やパート・アルバイト社員への変更等で雇用契約内容の見直しによる作業の軽減を図る方法は有効であると考えるが、一部勤務時間に余裕を持たせる配慮での改善事例もあったが、家庭の事情で理解が得られないため継続案件のケースもある。 歩行困難で、電車通勤が出来なくなった事例や、自力通勤が出来ずに家族が送迎している事例については、職業準備性における基本的な健康管理や日常生活管理レベルでの問題であり、企業の範囲を超えた生活支援における課題とも言える。 表6 事例と加齢現象への対応 また、加齢と思われる現象が発生し始めている企業でも、業務上支障は出てはいないものの、生産性を考慮しつつ、簡易な業務への変更や、加齢現象を遅延・防止する配慮や、また支援機関や家庭との面談による情報交換を進めている積極的な取組みも見受けられた。 未経験の企業では、加齢現象については、何らかの準備の必要性を感じてはいるものの、何をして取組んで行くべきなのか模索中であるという内容や、加齢現象の兆しはどのように把握すればよいのかという意見も寄せられた。 (2)課題の抽出 各社の現状から課題を抽出すると、第1に、加齢現象の兆しに対して、「気づく仕組み作りの準備」をどう進めておくのか、第2に、加齢現象を認識した時に、「加齢現象への対策」をどうするのか、第3に、雇用契約や評価制度等における「人事諸制度との連動」をどのように整備しておくのか、第4に、継続雇用からハッピーリタイアメントに向けて、「就労支援機関との連携」をどのように取組んでおくべきか等に整理することが出来る。 5 課題への対応 (1)気づく仕組み作りの準備 加齢現象を認識する仕組み作りとしては、一般的に、業務日誌やケアノート等を利用して、体調の変化や気になる出来事を記録・保存しておくことが考えられる。しかしながら、本人の自覚と家族の理解を得るためには、より客観的なデータの蓄積の実施で、定期的な情報の共有化を図ることが必要だと思われる。 業務を全て定量的に数値管理することは、業務内容や障害特性によっても違いがあるため、一律に整理することは難しい点があるが、参加企業の中で、全員の作業量を日々記録し、目標管理・評価制度まで活用している事例があり、設立以来、個人別のデータを保存していることで、長期的な視点で加齢現象を捉えるツールとして利用すると共に、また加齢に限らず、業務面の課題を抱えたメンバーの改善対応のバロメーターとしても活用している点は参考になった。 記録シートについては、2009年3月、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター編集・発行による「就労支援のためのチェックリスト 活用の手引き」を参考にすると共に、参加企業で使用しているものを持ち寄り、共有化を実施したが、今回の研究会を機に、導入を検討する企業もあり、一つの改善につながったのではないかと考える。   (2)加齢現象への対策 加齢現象が発生した時における配慮や工夫は表6の事例と加齢現象への対応の中で紹介したが、加齢による機能退行の未然防止あるいは遅延という面に焦点をあてた取組みを株式会社マルイキットセンターの武居哲郎氏に「2.障害のある従業員の加齢現象に対する配慮や工夫の取組み 事例①従業員の加齢を遅延させる取組み」として、本発表会で口頭発表することとした。 同社は、業務そのものの中に、体を動かすことや頭を使うこと、また会話の多い職場にすること等、加齢現象の発現を遅らせる仕組みを意識して組み込んでいる点や、職業準備性における基本である健康管理や栄養管理まで踏み込んで雇用管理している点は大変興味深く、新たな視点として参考にしたい。 (3)人事諸制度との連動 個人の適性と能力により、業務分担を遂行する中で、加齢現象により、能力の低下が発生した場合、人事諸制度の中でどう処遇していくのかという視点も課題の一つである。 人事諸制度については、目標管理、評価制度、表彰制度、賃金制度、定年制度等の項目ごとに、参加企業の現状について、情報交換を実施したが、沿革、親会社との関係、制度設計の考え方等、各社ごとの事情があり、明確な連動のあり方までは整理することは出来なかった。しかしながら、制度の見直しを検討中の企業や、加齢現象が未経験の企業にとっては、これからどの様に対応しておくべきかという観点で、検討要素を提供出来たのではないかと考える。 (4)就労支援機関との連携 企業は、従業員の定年が60歳であれば、37年から40年の長期にわたり雇用の確保の責務を負っている。激動の時代の中であれば尚のこと、労使共に、退職の時期を“ハッピー”で迎えたい。 加齢現象による能力低下で、従業員の業務に支障が発生し就業が困難になった場合、企業としては円満に福祉施設や医療機関等につなぎたいと考えている。その際、各地域の障害者就業・生活支援センターや市町村の就労支援センターとの連携がポイントになってくるが、長い歴史のある企業の場合、支援機関が未整備の時代であったため、自ら対応してきた経緯があり、今後に向けては、新たに地域の支援機関とのつながり作りも必要になってくる。 特定非営利活動法人 東松山障害者就労支援センター法人理事事務局長 若尾勝己氏の「企業の方々は、従業員の離職問題で疲労しないで、支援センターに委ねて欲しい。むしろそのエネルギーを新規採用に向けて欲しい。」との発言は、非常に勇気付けられると共に、ハッピータイアメントへの道筋が見えたメッセージであると感じた次第である。 全体のロードマップについては、株式会社アドバンスの寺井重徳氏に「3.障害のある従業員の加齢現象に対する配慮や工夫の取組み 事例②ハッピーリタイアメントに向けた家族・支援者等との連携の進め方」としてまとめていただき、本発表会のポスター発表することとした。  障害者雇用における加齢現象と事業所の対応 −2.障害のある従業員の加齢現象に対する配慮や工夫の取組み 事例① 従業員の加齢を遅延させる取組み− 武居 哲郎(株式会社マルイキットセンター 取締役社長) 1 マルイキットセンターの概要 当社(本社・埼玉県戸田市)は、平成15年に㈱丸井グループの特例子会社として設立された。現在49名の従業員が勤務しており、そのうち34名が障がい者の方々(以下「メンバー」という。)である(障害種別は知的22名、身体3名、聴覚9名)。勤務時間は午前9時から午後5時40分までの1直制をとっている。主な業務は用度品のピックアップ・デリバリー業務、宝飾・時計の検品業務、印刷サービス業務である。 2 沿革 平成4年、㈱丸井(現・丸井グループ)の総合物流センター内に開設された「戸田キットデリバリーセンター」が前身である。グループの営業店で使用する包装紙・伝票・事務用品等「用度品のピックアップ・検品・出荷業務」を、知的及び身体障がい者の職域として丸井本社総務部・人事部合同のプロジェクトで開発・運営を開始した。 平成17年4月には、宝飾・時計の「商品検品業務」を聴覚障がい者の新職域として開発。また、翌年、平成18年4月からは、知的障がい者を対象に加齢対応を踏まえた軽作業の「印刷サービス業務」を開始し、現在に至っている。 3 平均年齢、勤続年数等 メンバー34名の内訳は、男性20名、女性14名、重度判定者は14名。また、最高年齢は52歳、最低年齢は18歳である。 用度品・印刷サービス担当25名の知的・身体障がい者の方々の平均年齢は34.8歳、勤続年数は10.8年である。40歳以上は7名で全体の三割弱を占める(255名の勤続年数の内訳は、約3分の1は19〜18年、約3分の1は10年前後、約3分の1は7年未満)。 検品担当9名の聴覚障がい者の方々の平均年齢は30.7歳、勤続年数は5.0年である。 40歳以上は2名で全体の約2割である。 4 加齢に対する考え方 (1)採用後の企業の対応 企業は障害者を雇用する場合は、基本的にはその方に定年まで勤務してもらうことを前提に採用をする。 一般的に就業者は採用後、定着期→継続期→成長期→加齢期→ハッピーリタイアメントという経過をたどる。 従ってこの雇用の到達点は60歳〜65歳を目指すことが目標になる。 (2)加齢現象 一般的に障がい者は加齢現象が早めに出ると言われる。40歳を過ぎた頃から、ある日がっくりきて退職に至る例がある。企業はこの早期に現れる加齢現象に対して、対策を考えていく必要があると言われている。 (3)加齢対応 この加齢現象に対し、企業としてどのように対応していくのか。対応方法は2つある。 ①加齢現象の発現を遅らせること。 ②加齢現象が出た時の対応策を準備しておくこと。 本稿では、①の加齢現象の発現を遅らせる工夫、仕組みを中心に論じたいと思う。 (4)加齢現象の発現を遅らせること 障害の有無にかかわらず、働くことの中でその人の持っているものを引き出していくことはとても大切ではないだろうか。体を使い、会話をし、頭を使い、数を数えたりしながら、五体、五感を活性化させる努力を継続して行なう事が大切だ。そのことにより、加齢現象の発現を遅らせることが出来るのではないか。この考え方は発達障害者の療育法である、「感覚統合療法」に似ているかもしれない。 (5)業務を通じて行なう加齢対策 従って、企業はいかにして加齢現象の発現を遅らせるべく、業務を通じて五体、五感を活性化することに取り組んでいるかが重要なポイントとなると思う。この取り組みを工夫することによって、毎日の累積効果が10年、20年、30年後になって、結果として現れることになるのだろう。 5 加齢現象の発現を遅らせる仕組み ここからは、当社での用度品業務を中心に、その内容、仕組みを紹介する。加齢現象の発現を遅らせる工夫、仕組みの一例となればと思う。 当社の用度品業務は開始から19年が経過しており、現在は知的・身体障がい者の方々20名が従事している。最年長者は52歳で、40歳以上は7名である。7名の平均勤続年数は15.3年で業務開始以来従事しているメンバーがほとんどである。その中には、加齢現象が若干出ているメンバーもいるが、特に業務上の支障はなく、元気に作業に当っている。 (1)用度品の業務内容 用度品のピックアップ業務は丸井の営業店で必要な用度品(包装紙、リボン、ガムテープ、伝票、文房具等)をデイリーでデリバリーする。この業務はキットセンターで行なっている中心業務である。倉庫にある用度品をピックアップし、検品後、カゴ車に積み込み、配送に廻す方式をとっている。 ピックアップ係は、障がい者の方々6〜8名で行なう個人作業である。約300坪、300棚に700アイテムほど置いてある倉庫から、営業店で毎日発注される用度品をピックアップする。1人1日平均100回ほど倉庫を往復する作業量がある。 検品係はピックアップ係が倉庫から持ってきた用度品が正しいかどうかを検品する業務で、障がい者の方1名と再雇用社員あるいはパート社員1名がペアを組んで行なう業務である。ペアは3組ある。障がい者と支援スタッフが同じ業務を行なう中で、検品チェックを行なうと同時に、支援・ケアも行なえる仕組みにしている。 積込係は、検品が終了した用度品を、カゴ車に積み込む係で、障がい者の方々が3名で行なう。 以上三つのチームがバトンタッチをしながら作業が進行する。 (2)具体的なポイント 加齢現象を遅らせるポイントを上げてみると、 ①体を動かす仕組み ②頭を使う(数を数える)仕組み ③会話の多い仕組み ④業務改善活動 ⑤ジョブローテーション、新規業務開発 ⑥変えるものと変えないもののバランス ⑦チームで行なう仕組み  等である。順番に説明を加えていく。 ①体を動かす仕組み ピックアップ係は1日平均100回倉庫を往復する。重いものは台車やカートに積んで運ぶが、歩くことと、荷物の上げ下ろしで全身を使って作業に当るため、この業務自体が体の活性化に役立っていることと思う。 積込係はカゴ車に検品済の用度品を積む作業の時に、全身を使って作業を行なう為、やはり体を動かすことが重要である。 ②頭を使う(数を数える)仕組み 検品係は用度品の内容及び数量が正しいかを、二者で確認するが、その時に数量を読み上げていくので、常に数を数えることで頭を使う。 ピックアップ係もピックアップした用度品の数量が間違っているとミスをカウントされるので、数の確認で常に頭を使っている。 ピックアップの出荷業務が終了した後は、倉庫への補充業務を行なうが、その時に、補充する用度品の数量を障害者の方々で全て数えてから、倉庫へ補充するので、ここでも数を数えることになる。そして、業務終了時には、各自でピックアップした件数・達成率等を計算し、個人日計表に記入し提出する。 ③会話の多い仕組み 用度品業務は、ピックアップ係、検品係、積込係がバトンタッチしながら業務を進めていくチーム方式であり、常に声を掛け合う必要がある。三つの係は「ここに置きます」「後ろを通ります」等、危険がないように声掛けをしながらバトンタッチする。検品係は常に二者で用度品の内容・数量を声で確認している。このように、業務上会話の多い仕組みを作っており、これに会話の潤滑油になる多少の冗談も含めて、活気のある作業状態が進んでいく。声を出すことが障害者の方々の活性化につながっていると思う。 毎日の朝のミーティング キットセンターでは毎朝ピックアップ業務を始める前に約1時間障がい者の方々とミーティングを 行っている。一人一話題ずつ用意したものを発表する。話題はなんでもよく、昨日見たテレビの話題、好きな歌手、Jリーグ、大リーグ、社会的な事件まで様々である。これはみんなの前で話すことにより会話の訓練になっている。また、社会勉強にもなり、自己表現をすることにより、その日の調子がわかる、ケアになるという面も重要である。 この方式に限らず、毎日一定量の会話の時間を設けることは、加齢を遅らせる対応の中でも重要なポイントと思う。 ④業務改善活動 業務上の改善提案を奨励しており、優秀な提案者には表彰を行なっている。改善を通じて業務上良い変化が起こり、その変化を通じて成長が出来るようになり、加齢を遅らせる一つの要素にもなっていると思う。 ⑤ジョブローテーション、新規業務開発 ピックアップ、検品、積込の三つの係は、障がい者のメンバーはいずれもこなせるようになっている。そこで、月間の中で三つの係をほぼ同じ回数行なうようにルールを決めて行なっている。従って、得意不得意はあっても、常に三つの業務を固定せずにやることで、障害者の方々の変化になっており、活性化の仕組みになっている。 さらに、5年前に加齢対応の軽作業職場として、印刷サービス業務を立ち上げたが、まだ用度品業務が辛くて出来ないというメンバーはいないので、現在はローテーションを組み、3〜4ヵ月に1回印刷サービス業務を行なうようにしている。このジョブローテーションにより、いいリズムが生まれており、仕事の変化が加齢対策にもなっていると思われる。 その他名刺作成、抹消データのシュレッダー業務等新規業務の開発を順次行っており、そのことが障がい者の方々の変化、成長、加齢現象発現を遅らせる要素になっていると思われる。 ⑥変えるものと変えないもののバランス 用度品の仕組みは19年間変えていない。ピックアップ係が倉庫から用度品を持ってきて、検品係が検品し、積込係がカゴ車に積み込み、全員で出荷する方式で19年間毎日行なっている。この基本の仕組みがある為に、それが精神の安定を生み、就業の継続につながる。 しかし、変化も必要であり、それを業務改善や、ジョブローテーション、新規業務の付加等を通じて行なっている。変化は成長を生み仕事のやりがいにもつながる。ポイントは、変えるものと変えないもののバランスにあると思われる。両方共に必要であり、どちらかではない。このバランスが就業の継続、成長、加齢対応にもつながっていると思う。 ⑦チームで行なう仕組み 用度品はチームで行なう仕組みを採用している。チームで行なう事により、障がい者と支援スタッフ、さらに、障がい者同士のコミュニケーションの密度が増し、個々人の活性化が図られ、加齢対応にもなっている。たとえが適切でないかもしれないが、一人暮らしのお年寄りよりも、大家族の中のお年寄りが元気に見えることと似ている。 6 仕事を取り囲む仕組み 仕事そのものをバックアップする仕組みとして、いくつかの要素が考えられる。目標管理、表彰制度、コミュニケーションシステム、レクリエーション活動、個人面談、人事賃金制度等である。また、加齢現象を客観的に把握できるように、継続して生産性等のデータが収集できるようにしておくことも重要である。このような仕組みを用意しておくことにより、いざ加齢現象が発現して来た時の対応策として、軽作業業務への配置転換、短時間勤務への移行等の対応がスムーズに行える。 7 栄養管理、健康管理 (1)栄養管理(食事等のアドバイス) 毎日の食生活はその人の健康にかなり重要な影響を及ぼすと言われている。5大栄養素をバランスよく食べることを常に伝えているが、個々人の食生活の様子を見ると、バランスが取れているとは言いがたいメンバーもいる。全般的に言えることは、炭水化物、清涼飲料水、スウィーツも含めて、糖分の取り過ぎ傾向が見られるということである。長年の間に習慣となってきた食べ方、飲み方を変えるのは難しい面もあるが、ご家族との情報交換も合わせて、本来の栄養バランスの取れた食生活情報を粘り強く伝えていきたいと思っている。そのことが、ご本人の体の安定につながり、ひいては仕事の継続、加齢現象の遅延に良い影響を与えると思っている。 (2)健康管理(体のケア) メンバーの中には腰痛を抱えたものが若干名おり、時々ギックリ腰を起こしたりして、業務に支障が出ることがある。こういうメンバーに対して、            最近腰痛体操で効果のあるやり方の情報を得たので、支援スタッフ同士で試した後に、実際に対象のメンバーにやってもらったりしているところである。もちろん、毎日朝は全員でラジオ体操を行い、仕事に入る前準備としている。            以上、栄養と体のケアも就業の継続及び加齢対策につながる重要な要素であるとの認識のもと、工夫をこらしていきたいと思っている。 8 障がい者の方を囲むネットワーク 就業の継続に当って、ご本人を取り巻くネットワークを形成しているご家族、就労支援組織の方々、クリニック、寮母さん、行政、福祉組織の方々との連携が重要であるとの認識を持っている。   企業就業からハッピーリタイアメントに至る最後のバトンタッチにおいても、このネットワークが大変重要な役割を果たしていく。従って、就業中から、来るべきハッピーリタイアメントを想定した準備を、ご家族と情報交換を行いながら、少しずつ進めている。 職能評価から見たICFの「活動」と「参加」区分に関する一考察 鈴木 良子(東京都心身障害者福祉センター 福祉技術) 1 はじめに  ICF(国際生活機能分類)1)は、障害者の健康状態を系統的に分類するものである。ICFによると、知的障害は機能障害や活動の制限、参加の制約があることになる。この「活動」と「参加」の領域は、「注意して視ること」や「基本的学習」、「対人関係」、「雇用」といったような複雑な分野の範囲にまでいたる。「活動」と「参加」2)を区分することについて、ICFの見解は、国際的な多様性や各専門職間、アプローチの相違により、区別することは困難であるとした。そのため、ICFでは単一のリストを用意し、利用する者が自らの操作的方法で、「活動」と「参加」を利用できるようにした、と述べている。本領域でのリストは、生活機能のあらゆる範囲を含み、個人レベルと社会レベルの両方において、コード化しうるとしている。  「活動」と「参加」の関係については、4つの選択肢3)を掲げているが、以下のとおりである。(1)「活動」の領域と「参加」の領域とを明確に区分する場合(重複なし)、(2)「活動」の領域と「参加」の領域とが部分的に重複する場合、 (3)「活動」では詳細なカテゴリーを示し、「参加」では大まかなカテゴリーを示し、それが重複する場合と重複しない場合、(4)同じ領域を「活動」と「参加」の両方に用いる場合で、完全な重複を伴う。  本研究では、東京都心身障害者福祉センター(都センター)で使用している職能評価項目を、「活動」と「参加」の区分について試みた。「活動」と「参加」の関係については、(3)「活動」では詳細なカテゴリーを示し、「参加」では大まかなカテゴリーを示し、それが重複する場合と重複しない場合、の基準を用いた。  2 目的   第18回職業リハビリテーション研究発表大会4)では、職能評価項目29目中21項目が「活動」と「参加」の構成要素に分類できた。先行研究では、ICFコアセット国際会議において選出された項目を、都センターで使用している職能評価項目と比較検討することにあった。  ICFでは、利用者が「活動」と「参加」の関係について、選択肢のどれを選ぶか、根拠の明確化を示唆している。また本書では、経験的な研究により、「活動」と「参加」のより具体的な定義が得られと思われるとしている。  そこで本研究では、「活動」と「参加」の関係ついて、職能評価項目を使用して考察することにした。 (1)「活動」の定義 個人が行う「課題」や「行為」のことであり、職能評価においては、個人の活動の程度について、どのレベルにあるかを評価するものである。個人が行う「課題」や「行為」について、どの程度の支援が必要であるかを調べるものであるが、評価項目は29項目である。 例えば、「作業技術の習得及び作業の遂行」の項目における支援の程度評価は、3段階の評価基準を用いているが、以下のとおりである。①手順の習得、積極性、確実性、敏速性、巧緻性、持続性、習熟度、判断力で常に個別の工夫や手助けを必要とする(本研究ではICF評価点基準3 重度に読み替える)。②時々手助けを必要とする(ICF評価点基準2 中度に読み替える)。③支援の必要性が低い(ICF評価点基準1 軽度に読み替える)。 (2)「参加」の定義 個人の生活や人生場面の関わりのことであり、職能評価では、個人の生活や人生場面の関わりについて、どのレベルにあるか評価する。個人が行う「課題」や「行為」について、支援の程度を探るものである。評価項目は、29項目である。 例えば、「余暇活動や地域活動への参加」の項目における支援の程度評価は、3段階の評価基準を用いているが、以下のとおりである。①情報収集や参加に制限があり常にマンツーマンの支援を必要とする(ICF評価点基準3 重度に読み替える)。②現在支援を受けている(ICF評価点基準2 中度に読み替える)。③支援の必要性が低い(ICF評価点基準1 軽度に読み替える)。 (3)コードの選択 ICFは、健康状況と健康関連状況とを分類するものであり、生活機能のプロフィールを最適に表現するコード5)を選ぶ必要がある、としている。ICFでは、「活動」と「参加」を、2つの評価点でコード化した。すなわち、実行状況の評価点と能力の評価点である。実行状況の評価点とは、個人が現在の環境のもとで行っている「活動」や「参加」の状況を示すものである(している)。能力の評価点とは、ある課題や行為を遂行する個人の能力を表すものである(できる)。 コード化されたものは最低1つの評価点を伴う。ICFでは、評価点の基準を共通スケールとし、量的に示した。共通スケールは表1のとおりである。 表1 ICF評価点基準   職能評価の評価点基準は、「ICF評価点基準1 軽度の問題」が「職能評価では3」になっているので、これを「1」と読み替えた。また、「職能評価2」を「2」、「職能評「価1」を「3」とした。 本研究では、先行研究で分類した「活動」と「参加」の評価項目21項目について、評価点をつけた。  ICFでは、ある人の健康状況と健康関連状況の記述を、多数のコードを使って行われている。1桁レベルでは34項目あり、2桁レベルでは362項目になる。より詳細なレベル(4桁)では、1,424項目にもなる。  ICFを実際に適用する場合、あるケースを第2レベル(3桁)の正確さで表現するためには、3?18のコードが適当であろうと述べている。 本研究では、事例をとおし、「活動」と「参加」を区分し、評価点をつけた。 3 方法 都センターでは、通所による知的障害者の職能評価を実施している。区市町村の福祉事務所や障害者就労支援センター等の依頼に応じて行っている。原則5日間の評価であるが、評価内容は表2で示す項目に添って、テストや作業場面での観察、聞き取り調査等をとおし、3段階評価基準を設けて評価している。評価した結果については、口頭による説明と同時に、文章で報告書を依頼機関や本人・保護者に提出している。 本研究では、事例をとおし、「活動」と「参加」の構成要素を、それぞれ分類することを試みた。分類の根拠を明らかにするため、(3)「活動」では詳細なカテゴリーを示し、「参加」では大まかなカテゴリーを示し、重複しない場合を取り入れた。 4 事例 B子23歳女性。軽度知的障害。障害児教育歴はなく、小学から高校に至るまで普通教育を受けた。高校卒業後、短期アルバイトを経験するがいずれも仕事ができないため、長続きしなかった。高校時代の友人と夜遊びが始まり、母親に付き添われ、A区障害者就労支援センター(就労支援センター)に職業相談するに至る。知的障害が疑われ、手帳の判定をすすめられた。判定の結果、軽度知的障害(軽度)に該当し、療育手帳を取得した。 手帳の取得はしたものの、父親の障害に対する受容が十分でないところが見られた。姉がいるが、姉の配偶者は、本人に対する障害の理解を示していた。父とも良好な関係であり、義兄をとおして障害の受容の期待がもたれた。 就労支援センターには、独自の訓練プログラムはあるが、訓練を開始するにあたり、都センターに職能評価を求めた。評価の依頼事項は、①本人の障害特性、②就労するうえでの課題、③本人が得意とする仕事、④訓練プログラム構築の参考 の4つをあげていた。 そこで先行研究で使用した、ICFコードに基づき、職能評価を試みた。「活動」と「参加」の領域(d)コードに該当する項目は、29項目中21項目であるが、表2で示したとおりである。 評価は、実行状況の評価点(小数点以下の1桁の部分)と、能力の評価点(小数点以下の2桁の部分)でコード化した。 事例の場合、表2で第1評価点と第2評価点を示した。 表2 職能評価の結果 5 結果 先行研究では、「心身機能」(b) の領域が7項目、「環境」(e)の領域が1項目、「活動」と「参加」(d)の領域が21項目であった。「心身機能」(b)の領域と「環境」(e)の領域は、第1評価点で示した。 「活動」と「参加」(d)の領域は、第2評価点で示した(表2参照)。本研究では、第2評価点で示した「活動」と「参加」の領域をそれぞれ区分した。結果は第3表のとおりである。 表3 「活動」と「参加」の区分   「活動」の領域は13項目、「参加」の領域は8項目と分けることができた(表3参照)。 ICFでは、「活動」と「参加」の区分の根拠を求めているが、(3)「活動」では詳細なカテゴリーを示し、「参加」では大まかなカテゴリーを示し、重複しない場合、に準じた。「活動」については、課題を遂行するため、B子の個人の(詳細な)能力を基準に区分した。「参加」については、B子の個人の能力を意識しながら、現在おかれている環境の下で、より「社会」の観点(おおまかな)を取り入れ区分した。 評価の依頼事項の各項目については以下のとおり回答した。①本人の障害特性;動作が緩慢なうえ、無駄な動きがあるため、ゆっくりとした動作になりやすい。理解力はあるが、こだわりが見られると訂正ができず、手順どおりにできないことがある。不良品を出すこともあるので見守りが必要である。②就労するうえでの課題;誘惑にのりやすい。誘われると断れず借金してまでもイベントに参加してしまう。保護者や支援者の注意には耳を傾けることができるので、兆候が見られたら未然の対応が必要である。③本人が得意とする仕事;スピードを求められる仕事は不向きである。指示の理解はよいが覚えるまで時間がかかる。要領は悪いが、習熟効果は期待できる。漢字が読めるので、文章入力や数字入力、伝票の仕分けなど、事務補助的な仕事に適性が見られる。④訓練プログラム構築の参考;生活面で課題が生じやすく、余暇活動などのプログラムの利用により、課題の改善が図られると思われる。作業面での課題は、手順を覚えるのに時間がかかることや、注意散漫なところが見られ、ミスなどが生じやすいので、訓練による改善が望まれる。ストレスが高まると夜遊びなど出現しやすいので、留意が必要である。 6 考察 「活動」と「参加」構成要素の第1評価点は実行状況である。第2評価点は能力である。職能評価の主たる目的は、能力の評価であり能力に基づいてどのような支援があれば、就労に結びつくことができ、就労を継続できるか、見極めるものである。 第1評価点の実行状況下では、その人の現在の環境における問題を評価の視点としている。例えば、ICFでは、d5011.1は、その人の現在の環境において利用可能な補助具を使用して、全身入浴に軽度の困難があることを説明している。 第2評価点の能力では、介助なしでの制限をもとに評価をしている。ICFでは、d5011._2について、全身入浴に中等度の困難があるとし、福祉用具の使用又は人的支援がない場合に中等度の活動制限があることを意味していると述べている。 ICFでは「活動」と「参加」を区分せず、領域(d)のままおいたのは、区別が困難であったからである。同様に、個人と社会の観点を区別することも困難であったということである。困難であったことの理由は、国際的な多様性、各専門職間、アプローチの相違などをあげている。ICFでは、利用者が操作的な方法で「活動」と「参加」を区分使用できるように4つの方法をあげた。 本研究では、(3)「活動」では詳細なカテゴリーを示し、「参加」では大まかなカテゴリーを示し、いかなる重複も認めず、ある領域を「活動」とし、その他を「参加」とした。ICFでは、経験的な研究により、「活動」と「参加」の概念が具体的となり、定義が生まれるであろうとしている。様々な状況や各国の文化の違い、使用目的の相違などのデータが集まることで本領域での修正が期待できるであろうとした。 7 結論 職能評価項目29目中21項目が「活動」と「参加」の構成要素に分類できた。この21項目について、「活動」と「参加」に区分したところ、「活動」の領域では13項目、「参加」の領域では8項目に分けることができた。 「活動」については、課題を遂行するための、個人の能力(詳細なカテゴリー)を基準に区分した。「参加」については、個人の能力を意識しながら、現在おかれている環境の下で、より「社会」の観点(大まかなカテゴリー)を取り入れ実行しているもの、を考慮して区分した。 「活動」と「参加」の定義は、経験に基づく事例の積み上げが必要であることが考察できた。本研究では、そのスタートラインについたことを報告する。 【引用文献】 1)世界保健機関(WHO):国際生活機能分   類?国際障害分類改訂版?、p.3-4、中央法規出版(2008) 2)世界保健機関(WHO):国際生活機能分   類?国際障害分類改訂版?、p.13-15、中央法規出版(2008) 3)世界保健機関(WHO):国際生活機能分   類?国際障害分類改訂版?、p.225-228、中央法規出版(2008) 4)鈴木良子:ICF職業リハビリテーションコ   アセット国際会議による選出項目と職能評価   項目の比較、「第18回職業リハビリテーショ   ン研究発表会」、p.288-291,障害者職業総合センター(2010) 5)世界保健機関(WHO):国際生活機能分   類?国際障害分類改訂版?、p.19-21、中央法規出版(2008) 職業リハビリテーションにおける諸課題の把握に関する一試論 佐渡 賢一(中央労働委員会事務局総務課広報調査室 室長/前 障害者職業総合センター 統括研究員) 1 はじめに 障害者の就業に関しては、種々の支援手法が開発され、現場における実践を経、海外等から新たな手法を取り入れつつ活用されている。 後者の中でも、ICF(国際生活機能分類、2001年採択)については、環境因子を明示した、モデル(と通常呼ばれる関係図)が画期的なものとして受け止められた。その後コーディング手法の浸透等、積極的な取り組みが見られ、普及も進みつつあると聞く。「従来の手法のありかたを一新する」といった評価は少なくとも筆者には過剰に映るが、ICFの枠組みに基づく共通言語化が、関係者の意思疎通を促進することをはじめ、様々な効果への期待を呼んでいることは間違いない。 一方で、現在接するICFの活用手法によって、障害者にかかる課題が把握され、解決への方策が示されれば、それで十分なのか、と自問してみると、少なくとも筆者は確信が持てずにいる。 本稿では、総合センター在籍中に種々の調査研究に関与する課程で接した2〜3の事例を生活時間配分の視点から見直すことによって、上に示した漠然とした不確実性を吟味する。 2 日常生活における参加と活動 ICFにおいては対象者の活動・参加について2つの観点から把握を行うとされている。「実行(performance)」と「能力(capacity)」、すなわち実際に行っているか、行う事が可能であるかの2通りの評価基準を有している1)。 この考え方からは、ある活動が「行われている」か否かに影響するのは①当事者の能力と②環境であるという考え方がうかがえる。しかし、日常生活における実行状況を規定する要因がそれだけか、ひいては実行状況に影響する要因すべてがICFの視野に収まっているかについては、吟味を要する。例えば、ある活動・参加のために割ける時間的余裕があるか否かは実行状況における決定要因と考えられるが、通常のICFに基づく評価基準に反映されているであろうか。 日常生活において、ある時間帯が特定の活動・参加に割かれるとしよう。一般的に 、その間は他の行動はできなくなる。1日の限られた時間の中で、ある活動・参加に一定時間を割くことは、他の行動の実行状況に影響するわけである。ICFの通常の解説においては、個々の活動・参加の項目について現実の環境(支援も含まれる)も考慮して実行状況の背景を分析することとされているが、上にのべたような時間という制約要因も実行状況には影響する。そして時間の制約といった要素は、環境要因には明示されていない。 参加・活動に伴う負担やそれに起因する疲労にも、同じような考慮の余地がある。支援がなくとも実行できるならば、支援の有無は実行状況にかかる評価に影響しないように見える。しかし、支援がない状況下では実行に負担がかかり、発生する疲労が無視できない場合、そのことも勘案したならば、支援は(要する負担や伴う疲労を軽減する)効果を果たしている。支援により就業及び職場への通勤に要する体力が損なわれず、結果として就業が可能となる事例も存在する。その場合、当該活動への支援は就業・通勤が実行されることへの背景要因と考え得る。このケースにおいて当該活動の実行状況だけを評価すれば、方法によっては支援の有無を問わず同じ結果となりうるが、日常生活全般への影響という視点に立てば、支援の有無は大きな違いをもたらしている。 3 生活時間配分の観点からの接近 ここまで、実行に要する時間と、実行に伴う負担・疲労の視点を考えてきたが、本稿では1つの試みとして、生活時間配分の中でこれらを取り扱い、その上で就業環境の変化をとらえてみよう。 これまでの説明では、所要時間と、活動・参加に伴う負担と実行がもたらす疲労を勘案している。後者の実行がもたらす疲労の程度を、その疲労から回復し翌日に残さないための休養の時間で捉えると、2つの検討対象は1日ないし1週間の時間配分の課題として検討することができる(週末や休日を考慮した1週間を扱う方がより精緻となるが、本稿では平日1日で考察を行う。また活動・参加と結びつく休養のための時間については、睡眠や休養と同じ区分で扱う方法と、「当該行動による疲労等が翌日に及ばないための時間」として当該行動の所要時間に含めて扱う方法が考えられるが、本稿では後者を念頭に置き、作業を進めた。)。 この考えを一つの典型的なケース2)に当てはめ、発生す(してい)る課題やその課題への対処がどのように取り扱われるかを考えてみよう。扱うケースは、日常生活上の食事や身辺のケアに支援を得つつ就業生活を送っている(図1)障害者の場合である。 図1 起点の状況 (支援により就業が維持されている) 例えば、事業主支援部門の調査研究で取り扱ったあるケースでは、支援機関が行っている食事提供サービスが就業を支える不可欠な支援の一つに数えられていたが、このサービスはどのような経路で就業に影響を与えているだろうか。 逆のケースとして、障害のある中高年齢者の就業を巡って、生活における支援の基盤が変調を来すことが懸念される場合がある。これも事業主支援部門の調査研究において、複数の関係者から指摘された。しばしば念頭に置かれたのは家族からの支援で、高齢化に伴って支援の有無、その内容が現状から変化することにより就業の継続が難しくなるという趣旨の不安に接した。 生活時間の配分への影響を考えると、これらのケースでは、直接の影響は食事・身辺ケアで生じる。前者では食事のサービスが受けられることから、自ら外食あるいは買い物・調理を行う必要がなく、それに要する時間が短縮されている。一方後者の場合も、食事・身辺ケアへの影響がまず考えられる。上で触れたように負担・疲労の増大を回復に要する時間の増大として加味すれば、この懸念されている状況は食事・身辺ケアに要する時間の増大として把握される(図2なお、図2〜図4では考察の出発点とした図1の時間配分を内側に書き込み、比較の便を図った。)。 図2 食事・身辺ケアに要する時間が増大すれば 就業の継続が危うくなる 後者の懸念が現実化した際、考えられる帰すうを例示しよう。1つは、短時間勤務に移行するなどの対処をとることができる場合である 。このためには、勤務先の柔軟な対応が不可欠であるとともに、当事者が望まない場合は実現が難しくなる。 2つめの例(図3)では余暇が消滅し、睡眠・休養に割くべき時間を短縮することによって、食事・身辺ケア所要時間の増大と、職場生活の維持を両立しようとしている。当然健康への影響は避けられず、この状況が長期にわたって維持されるとは考えにくい。また、こうした状況に陥っていることが周辺に十分察知されていない場合も考えられ、そのことにも留意が必要である。 図3 睡眠・休養に無理な短縮がみられる 最後に示すケース(図4)は、通勤における負担軽減が課題克服につながることが期待されるケースである。職住接近が図られるよう住居の手当が行われた、あるいは在宅勤務へと勤務形態が変更できた、等の対処がとられるならば、無理を伴わない両立につながる幸運な事例となり得よう。 このように、生活時間を勘案することにより、課題の発生、対処のありかた、その実現性、付随する問題を新たな視点から把握できることが期待される。         図4 通勤事情の改善により打開が図られている 4 若干の考察 以下では、今回の視点に伴ういくつかの示唆について列挙する。 (1)ICF活用の視点との対比 今回の検討の出発点はICFであったが、上記の考察には通常想定されるICFの活用手法に照らすと若干の特徴点が見受けられる。 まず、参加・活動のドメインでは明瞭には示されていない睡眠・休養が時間配分の1つのあり方として意識されている。ICFのドメインを通じて、睡眠や休養に言及している項目を確認してみると、心身機能の中に睡眠の維持や質に関する諸項目が「睡眠機能」として存在しているが、参加・活動においては先にも触れたとおり、こうした「何もしていない」とも目される行動は分類に数えられていない。「プラス面」を強調するICFの一般的な解釈からみれば目立たないことかもしれないが、不十分な睡眠・休養が望ましくないことは、今回の考察の中でもとらえられている。ICFの関連図においては、必要な休養を確保しない活動・参加が健康状態に好ましくない影響を与えるという方向の矢印も存在しており、その意味では、本稿の視点はICFの趣旨にかなうと考えられる。しかしながら、分類、それに即したコーディングからはこうした問題意識は出て来にくいように思われる。 次にICFに基づく手法の特徴の一つである相互作用の重視に関しても、「参加・活動」の項目相互間での代替という、あまり意識されない関係性が現れてくる。一般にICFから示唆される相互作用は、心身機能と環境が活動に影響を及ぼす、活動と環境が参加に影響を及ぼすといったものを想定するが、生活時間配分を勘案する過程では、そうした域を外れた「影響」についても考察することとなった。 さらには、時点を隔てた影響・効果が場合によって検討された点も、考慮に値する。図3のケースは、その時点においては活動・参加が実現しているが、そのような時間配分を継続することが後になって健康状態を損なうことが懸念されていた。これは短期に現れる例であるが、これまでの調査研究で取り上げた2次障害の場合においては、数年、十数年あるいはそれ以上に及ぶ職業生活の持続が症状の深刻化となって現れる可能性を扱った。これらの事例は「どうすれば参加・活動を行うにあたっての障壁が克服されるか」というような視点と異なる次元での関係性が検討の対象となりうることを示唆するものと考えられる。 (2)ライフキャリアと日常生活 3番目にあげた時点を超えた影響・効果についてもう少し考えるため、一つの視点を提示してみよう。図5はキャリアを論じる際しばしば取り上げられるスーパーが提示したライフキャリアの虹であるが、これを念頭に日常生活における活動・参加への取り組みを説明しようとした場合、どのような考えが可能であろうか。 図5 ライフキャリアの虹(発表者による アレンジを施している) 人生のある段階において人が果たしている役割は、その人が「している活動」「している参加」によって特徴付けられる。そしてその土台をなすのは、その段階における「できる活動」「できる参加」である。ICFを重視する視点からみれば、できる活動・参加の幅が拡大することができれば、「している活動・参加」が増え、より多彩な立場で社会に関与することができる。これを「虹が多彩になってゆく」と形容することもできよう。 この視点において、それぞれの時点で目指すべきことはこの虹の色彩をより豊かにすること、そのために、当事者が望む活動・参加を「できる活動・参加」とすることである。そしてICFの活用を通して、当事者だけでなく環境への働きかけも意識することによって、多彩な虹がより身近なものとなることが、期待されている。 一方、前段での生活時間配分の視点を加味した検討は、「できる活動・参加」が「している活動・参加」となるためには1日、1週間の制約の中でその活動・参加に時間を割くことができるか、考慮する必要があるということ、また、無理のある時間配分が将来における健康状態に影響し、その結果その時点における活動・参加の態様、いわば将来の虹の多彩さを損ねる方向に影響することもありうるという視点を加味することを促すものであった。 やや違いを強調して両者の発想を特徴付けると、あるステージにおける日常を図5のような人生の虹の部分とみる点は共通しているが、前者はそれをより多彩にする可能性を広げようとする取り組み、後者は図1のように時間的な制約、そして同時に複数の活動は行えないことを踏まえ、時間配分をも勘案してその段階の生活を設計する考え方と形容することができよう。 本試論の趣旨は、ICFを活用した現行のアプローチに異を唱えることではなく、若干の視点を加味すれば、より有効性を増すのではという提案である。本試論に限らずより多彩な見解が提示され議論されることを通して、ICFの共通言語化が進み、障害者の就業機会の増大と、豊かな人生設計への寄与が更に進展することを願う。 【注】 1)ICFにおいては、本発表で取り上げたものをはじめ、すべての構成要素について共通のスケールによる評価が行われ、その結果は0.問題なし、1.軽度の(mild)の問題、2.中等度の(moderate)問題、3.重度の(severe)問題、4,完全な(complete)問題、等「量的に示される(quantified)」。その意味では、問題の所在と程度を越える内容的な叙述・把握はICF本来の枠組みからは外れるといえる。 2)今回の発表に際し、考察の対象とした事例を収集した調査研究の中から、本稿で具体的言及のあった例が掲載されている成果物2点を例示する。 「重度身体障害者のアクセシビリティ改善による雇用促進に関する研究」(資料シリーズ47,2009) 「高齢化社会における障害者の雇用促進と雇用安定に関する調査研究」(調査研究報告書97,2010) 持続可能な教育と職業指導に関する実践研究 ○栗田 るみ子(城西大学経営学部 教授) 園田 忠夫 (東京障害者職業能力開発校) 1 研究の目的及び背景 我々は「社会の要求からはじまる授業つくり」を進める中で、特にパソコン操作に関してのスキルアップを検証してきた。タッチタイピングのスピードが、教員との短い交換日記を行うことにより定着してくることが実証できていたため、本研究では、自作チャットシステムを制作し、授業に導入した。システムはイントラネットにより管理しており、データの蓄積を行うことにより、正しい日本語の組み立てと表現力について分析を行った。蓄積されたデータを分析しどのように文章表現能力が育成されてきたかを報告する。 2 職業訓練  本研究の目的は、障害を持つ生徒が、主体的、自主的に行動し、仕事を通して自分の人生を切り開くことができるよう支援するための学習カリキュラムである。東京障害者職業能力開発校は、東京都小平市に位置し、8職系14科230名の年間定員数を有する。障害は様々であり、肢体、聴覚、視覚、精神、知的などの障害を持つ生徒が6ヶ月から2年の期間において様々な訓練を受けている。本研究で取り組んだ科は「オフィスワーク科」であり、訓練期間の最も短いコースである。 そのため生徒間の交流が早い時期から盛んになるようにグループ活動などを多く取り入れている。 訓練内容は、オフィスで広く使用されているソフトを用いて、パソコンによる実務的な一般事務、経理事務、ビジネスマナーなどの知識・技能を半年間で学ぶ。 定員は、15名であり、パソコンを一人一台使用し、訓練期間は6ヶ月と本校内で最も短い期間となっているが、訓練内容はパソコン実習、経理事務、ビジネスマナー、営業事務、文書事務、安全衛生・安全衛生作業、社会、体育と多種に及んでいる。訓練時間は800時限である(図1参照)。 図1 6ヶ月の訓練時間と内容 3 具体的な訓練内容 (1)パソコン関連 訓練時間の目安(週3.5日、28時限程度) 【Word】 基礎:文字入力や文書作成、編集、印刷や表や図形などを盛り込んだ文書の作成を習得する。 応用:書式や図形を使った応用的な文書作成、差込印刷、フォームの作成など実務的な文書の作成、Web対応機能を習得する。 ワードの学習においては、特にタイピングスピーとの育成に力をいれた。タイピングは6ヶ月間毎日朝10分を使ってスピードを計測し「やる気」を起こさせた。 【Excel】 表作成、編集、関数を使った計算処理、グラフの作成、印刷などの基本操作。 ワークシート間の連携データの並び替え、抽出、自動集計など便利な機能を習得する。応用基本操作習得後、関数を使った計算や複合グラフ、ピポットテーブルの作成、マクロ機能、Web対応機能などを盛り込んだ機能を学習する。 【PowerPoint】 基本操作とプレゼンテーションに役立つ機能を学ぶ。具体的な題材を用いて進め、プレゼンテーションが確実に身につくよう学び、実際にプロジェクターを使用し課題発表会を行う。 【Access】 基本操作、データの格納、データの抽出や集計、入力画面の作成、各種報告書や宛名ラベルの印刷、ピポットテーブルやピポットグラフの作成などを学ぶ。「売り上げ管理」データベースの構築を通し、リレーショナルデータベースのしくみを学ぶ。 【Webサイト制作】 利用言語は、HTMLとCSSを利用してユーザビリティ、アクセシビリティに注意しながらデザインと内容の充実に着目した作品を完成させる。完成するサイトはビジネスソフトで作成した文書の保存用として完成し、卒業時に本サイトを利用した学習成果、テーマ「わたしにできること」の発表会を行っている。 (2)簿記関連 【訓練時間の目安】(週半日、4時限程度) 個人企業における簿記に関する基礎的・基本的な技術を身につけ、ビジネスの諸活動を計数的に把握し、的確に処理するとともに、その成果を適切に表現できることを習得する。 【内容】 1.簿記の基礎、2.資産・負債・資本と貸借対照表、3.収益・費用と損益計算書、4.取引と勘定、5.仕訳と転記、6.仕訳帳と総勘定元帳、7.試算表、8.精算表、9.決算、10.現金・預金などの取引、11.商品売買の取引、12.掛け取引、13.手形の取引、14.有価証券の取引、15.その他の債権・債務の取引、16.固定資産の取引、17.個人企業の資本と税金、18.営業費の取引、19.決算整理(その1)、20.8桁精算表 21.帳簿決算と財務諸表の作成(その1)、22.帳簿、23.伝票、24.決算整理、25.財務諸表の作成(その2)、 26.特殊な商品売買の取引、27.特殊な手形の取引、28.仕訳帳の分割、29.5伝票による記帳、30.本支店の取引、31.本支店の財務諸表の合併である。 (3)ビジネスマナー関連 【訓練時間の目安】(週半日、4時限程度) ビジネスマナーでは、社会人として身につけるべき「マナー」「言葉づかい」などを中心に、ビジネスでのルールやコミュニケーションの方法を習得する。 【内容】ビジネス社会のルール(マナーの必要性) 職場で恥をかかない為に(仕事人としてのビジネスマナー)、挨拶のT.P.O(親しき中にも礼儀・お辞儀の重要性)、言葉づかい(言葉のマナー・ビジネス敬語の使い方)、電話対応マナー(電話のベルがこわい・電話の受け方ポイント)、職場の身だしなみとマナー(人は身なりで判断する・たかが服装と思うな)、笑顔にもいろいろある(目は人の心を読むキーポイント・笑顔の練習)、態度と席順(対人空間・手と足のメッセージ)、接客対応(応接室でのマナー・名刺のマナー)、面接マナー、就職面接におけるマナー、面接書類等の書き方、スピーチなどがある。 (4)検定 簿記においては、全経簿記(有料)を学内で受験が可能であり、オフィスワーク科では、2級が15%、4級が100%の合格率である。(平成23年4月生) 中央職業能力開発協会のコンピュータサービス技能評価試験(有料)も校内で実施している。 日常、訓練で使っているパソコンを使ってワープロ部門 3・2級、表計算部門 3・2級、データベース部門 3級の受験が可能である。 2010年度4月生のオフィスワーク科では、ワープロ部門および表計算部門において3級、2級、ともに受験した生徒全員が合格する大きな成果を打ち出した。 コンピュータサービス評価試験とは、教育訓練施設や事業所においてコンピュータの操作方法を学習した人々やコンピュータを活用した各種のサービスを行う人々を対象に、その操作能力を評価する試験であり、コンピュータ操作技能習得意欲の増進をはじめ、一定のコンピュータ操作能力を有する人々に対して社会一般の評価を高めるとともに、コンピュータ操作に従事する人々の社会的、経済的地位の向上を図ることを目的として、職業能力開発促進法(昭和44年法律第64号)に基づいて設立された中央職業能力開発協会と各都道府県職業能力開発協会が共同で、1983年(昭和58年)から実施している1)。 (5)社会 労働教育、職業指導、自己分析。 4 チャットシステムの開発管理  システムの運用には教員用PCにXAMPPで作成したチャットシステムをセットした。生徒はイントラネット環境のPCから教員と会話をすることになる。 XAMPPは、Apache、MySQL、PHP、Perlの頭文字をつなげたもので、これらのアプリケーションをひとつにまとめ、簡単にインストールできるようにしたフリーソフトである。 ①Apache Apacheは多くのOS上で動作可能なWebサーバアプリケーションで、環境を選ばず、簡単に設定を行うことができ、安定性とパフォーマンスが期待できることから、広く使われている。 ②MySQL MySQLはオープンソースデータベースで、単純なクエリの処理で尚且つ非常に高速に処理するため、多くのシステムで利用されている。 ③PHP PHP(PHP: Hypertext Preprocesserの略)は、Webアプリケーションや動的Webページを作るための、オープンソースで提供されているサーバーサイドスクリプト言語で、プログラマーがHTMLにPHPのコマンドを埋め込むのも簡単で、プログラミングの基礎ができている人なら簡単であるため専門的な知識を多く必要としないため導入した。 チャットによる会話は、同時にログをだしても会話を遮ることがなく、決定ボタンをおさないかぎり、発言としてログにあがらない。また反面、チャットの同時性の「はやさ」のちがいは欠点になりうる。たとえば、滝ログ状態である。しかし今回のチャットでは、4名によるものであることから、性格がのんびりしている人も、入力スピードが遅い人も、積極的に参加できた。 開発したシステムでは、会話の動向を時系列に保存し、経緯を分析することが可能である。テーマを与え会話を進めた中から社会への興味関心、また、社会参加への度合をはかることができたため、就職指導をするための貴重な資料になった。 【チャットを使った実習事例】  コミュニケーションに関する指導において、文章作成能力の目的を含め、Webサイトを構築した。 サイトデザイン、ページ構成、項目、コンテンツ、キャッチフレーズなどがある。全体説明および操作説明に関しては、資料や教科書、基本Webソースなどを配布し導入しやすい指導を心掛けた。制作するなかで、自分がどのように構築していきたいかを教員に質問する際、考えをまとめ、文章にする中で問題点を明確にする目的を含めた。 本学会において、昨年の発表論文で我々は、特に「仕事をしつづける」ための要因に、自ら発信する力の育成を取り上げている。具体的なスキルとしては、①文章をまとめる力、②文章を読み取る力、③話を要約する力、④説明する力の4つを掲げた。これらを、文章によるコミュニケーション能力、対話によるコミュニケーション能力に大別し訓練をおこなった2)。 今回更に、Webサイト作成の授業においてチャットを導入して、これらの成果を計った。 近年チャットのひとつである、Twitterを利用する人が増えている。これは1投稿140文字以内という文字数制限がある。 今回のチャットでは特に文字制限はないものの、伝えたい内容をどのように構成すればいいか、少しずつ理解していく様子が見られた。 Webサイトは情報発信のための近代的コミュニケーションツールとして定着してきた。訓練は毎週1回、4時間である。 【パラグラフ指導】 授業中の教員へのチャットでは、「書きたいことを書きたいように」並べてあったものなどから、「結論を先に、それを説明する内容、そして具体的な内容」へと変化していった。 チャットによる理想的なパラグラフの指導は以下の順序で進めた。 ○は○○に使われるものである。 ○は○○のためのものである。 また○○は○○にも使われている。 そして○○○○である。 学校教育における、国語の授業では、起承転結により文章全体から内容を表現し、全体を読み解かせる方法を学ぶが、チャットによる伝達は、さっと一読しただけで要点が理解でき、はじめの数秒で、その文書の主旨や全体像が相手に理解できるようにしなければならない。そのためには、最初のパラグラフで目的や要点を書く必要がある。全体の概要を述べた後、長いものであれば、項目立てにすることを学んでいる。 5 持続可能な教育 障害を持つ生徒が、主体的、自主的に行動し、仕事を通して自分の人生を切り開くことができるよう支援するための学習カリキュラムとして、上記訓練内容において、「社会の要求からはじまる授業つくり」を課題に掲げた。具体的には自分の言いたいことを的確に相手に伝えるスキルを文章作成能力とともに指導している。 ユネスコスクールのWebサイトにあるように、持続発展教育とは (ESD : Education for Sustainable Development)、私たちとその子孫たちが、この地球で生きていくことを困難にするような問題をについて考え、立ち向かい、解決するための学びであり、ESDは持続可能な社会の担い手を育む教育であり、特に次の2つの観点が必要となる。 図1 持続発展教育(ユネスコスクールHPより) 1つ目の観点として、「人格の発達や、自律心、判断力、責任感などの人間性を育むこと」 2つ目の観点として、「他人との関係性、社会との関係性、自然環境との関係性を認識し、「関わり」「つながり」を尊重できる個人を育むこと」が挙げられている3)。 ユネスコスクールでは、2つの観点から、『環境教育、国際理解教育等の持続可能な発展に関わる諸問題に対応する個別の分野にとどまらず、環境、経済、社会の各側面から学際的かつ総合的に取り込むことが重要である。2002年の国連総会において、我が国の提案により、2005年から2014年までの10年間を「国連持続可能な発展のための教育(ESD)の10年」とすることが決議され、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)がその推進機関に指名された。これを受けてわが国では、日本ユネスコ国内委員会や関係省庁が協力し、ESDの推進のため取り組んできた。2006年には内閣官房に設置されたESD関係省庁連絡会議が、わが国におけるESDの実施計画を策定し、同計画に基づいて様々な関係者と連携しESDを推進している』とある。 ESDでは、【育みたい力】として、体系的な思考力(問題や現象の背景の理解、多面的・総合的なものの見方)、持続可能な発展に関する価値観(人間の尊重、多様性の尊重、非排他性、機会均等、環境の尊重等)を見出す力、代替案の思考力(批判力)、情報収集・分析能力、コミュニケーション能力が掲げてある。また、【学び方・教え方】に関しては、「関心の喚起→理解の深化→参加する態度や問題解決能力の育成」を通じて「具体的な行動」を促すという一連の流れの中に位置付けることや、単に知識・技能の習得や活用にとどまらず、体験、体感を重視して、探求や実践を重視する参加型アプローチとすること、活動の場で学習者の自発的な行動を上手に引き出すことがある。 6 ビジネス現場への学習効果 障害者教育に広く深く文章能力の育成を進めているが、今後更にESDの活動を踏まえた国際的な視野を持った職業人教育を進めていくことが必要である。我々は特に文章表現を研究テーマにおいているが、今回チャットを導入する際にパラグラフ教育の重要性を身近に感じた。今後は日本語教育と英文表現の比較も取り入れ研究を進める。 【参考文献】 1 中央職業能力開発協会HP http://www.javada.or.jp/ 2 第18回職業リハビリテーション研究発表会(2010/12) 栗田・園田 3 ユネスコスクール http://www.unesco-school.jp/ 各政令市における障害者職業能力開発プロモート事業とネットワーク① ○寺澤 妙子  (千葉市保健福祉局 高齢障害部障害企画課 障害者職業能力開発プロモーター) 倉持 光雄  (千葉市保健福祉局 高齢障害部障害企画課) 檜垣 美抄  (広島市健康福祉局 障害福祉部障害自立支援課) 仲井 純子  (神戸市保健福祉局 障害福祉部障害福祉課) 和田 奈津美・棚谷 真智姫(新潟市保健福祉局 保健福祉部障害福祉課) 溝渕 涼子  (京都市保健福祉局 保健福祉部障害保健福祉課) 冨士原美由紀(仙台市健康福祉局 健康福祉部障害企画課) 1 はじめに 平成18年度、厚生労働省から政令市に委託され開始された障害者職業能力開発プロモート事業は、障害者の職業的自立を支援するため、福祉、教育、企業、労働等の機関が連携して、企業及び障害者のニーズや障害者一人ひとりの態様に応じた職業訓練の利用の促進を図ることを目的とした事業である。平成22年度からは「地域における障害者職業能力開発促進事業」として、政令市及び都道府県を対象に企画を募り、実施自治体を選考し、15政令市で実施された。 2 千葉市の取り組み状況 (1)関係機関の連携づくり(障害者職業能力開発推進会議) 事業計画や当該年度の検討議題を決め、各年度3から4回程度障害者職業能力推進会議を計画・開催し、教育、福祉、企業、労働などの関係機関が協力して、効果的な職業訓練の推進方法や、関係機関の連携の在り方などについて協議・検討を行い、障害のある方の訓練や就労を支援するための連携づくりを進めている。 (2)就労に向けての相談 「企業で働きたい」、「働く力をつけるため職業訓練を受けたい」など、障害のある方または支援者等からの就労に関する様々な相談に応じるとともに、必要な情報の提供や関係機関の紹介などをリーフレット等を活用して随時実施する他、定着支援の観点から企業に出向き定期的に就労相談も実施している。逐次、相談件数は増加しており、20年度は12件であったが、21年度は33件、22年度は34件の一般就労・企業実習・職業訓練受講などに関する相談に応じた。 (3)説明会・セミナーの開催 特別支援学校の教員・生徒・家族や、福祉施 設の利用者などを対象に、働くための技能を習得する職業訓練への理解を深めることを目的として、説明会やセミナーを開催している。 開催状況 (4)訓練や就労のマッチング 障害のある方の就労を支援する関係機関と連携して、障害者一人ひとりの態様に応じた効果的な訓練や就労のマッチングを行っている。昨年度実績では、マッチング件数45に対し32人が一般就労に至っている。 (5)企業や事業者の方の相談 企業や事業者の方からの、障害のある方の雇 用や、職業訓練の受託に関する相談に応じるとともに、リーフレットを活用し各種給付金などの情報提供も行っている。21年度は2件の相談件数であったが、企業に対するプロモート事業が浸透し、昨年度は19件の相談を受け16人の雇用に結びついた。 (6)訓練先・就労先の開拓   障害のある方の職業訓練や雇用の場を広げる ため、職業訓練の受託先や、障害のある方を雇用する企業や事業所の開拓を関係機関等と連携し、計画的に実施中である。ちなみに、21年度は27企業を新規に訪問し18名が就職した。また、昨年度は新規に21企業を訪問し、29名が就職、1社が委託訓練受託の成果を得た。 (7)その他  上記事業に関連した取り組みの実施状況は次のとおりである。 ①リーフレットの作成・配布 障害のある方向け(6000部)、事業主の方向け(7000部)のリーフレットを作成・配布し、就労支援と企業支援に活用。 ②企業アンケートの実施 市内に本社を置く企業等を対象に、障害者雇用のニーズの把握と各種制度の周知を図るため、20年度から22年度の3回にわたり市内約350社にアンケート調査を実施。 ③職業訓練機関・特例子会社見学会 職業訓練機関の利用及び障害者雇用への理解の促進を図ることを目的として、福祉施設利用者・支援者、特別支援学校保護者及び市内中小企業事業主等を対象に、職業訓練機関及び特例子会社(2社)見学会を開催した。 ④福祉施設及び特別支援学校訪問 施設及び特別支援学校を随時訪問し、施設の就労支援員や進路指導主事と協力し、就労希望のある支援対象者の職業訓練の受講を促進させている。 3 広島市の取り組み状況 (1)21年度 まず事業を実施するにあたり、ハローワーク、広島障害者職業センター、広島労働局、広島県商工労働局、広島障害者職業能力開発校、広島障害者就業・生活支援センター等を訪問して事業説明し、連携を求めた。次に、市内に在住している障害者の人数と、どのような支援を必要としているか調査を行うため、福祉施設訪問と特別支援学校訪問を行った。 福祉施設に対しては、市内79施設に簡単なアンケート文書を送付し、回答のあった42施設を訪問し、事業説明と利用者の障害種別や就労意欲、職員の支援の方法などの聞き取り調査をした。 特別支援学校に対しては市内および近郊の全6校を訪問し事業説明をした。福祉施設、特別支援学校訪問時に合わせ、広島障害者職業能力開発校のパンフレット等も持参し、職業訓練についての説明も合わせて行った。 (2)22年度 福祉施設、特別支援学校、企業等を対象として、少人数制の出前型の説明会や見学・体験型の説明会を実施。 ①出前型の説明会等 就労移行・就労継続事業所等の利用者・職員を対象として、キャリアカウンセラーによる職業能力開発講座を、企業等を対象として障害者雇用セミナーを計5回実施。 ②見学・体験型の説明会等 特別支援学校の生徒・保護者、福祉施設の    利用者・職員等を対象とした障害者職業能力開発校や特例子会社の見学会及び就労支援センターの利用者・職員を対象としたディサービスセンター職場見学会を計8回実施。 (3)23年度(9月末現在) 前年度、少人数制の出前型の説明会を実施したところ、ニーズに応えやすく、効果的な説明会・見学会ができたので、今年度も引き続き実施。また、要望に応じて1回の時間数や内容等について柔軟に対応し、より一層職業訓練や就労についての理解を深めていただくこととした。 ①福祉施設等 前年度と同様に、作業所、就労移行・就労  継続事業所等の利用者・職員等を対象として出前型の説明会や特例子会社見学会を9月現在5回実施した。 ②特別支援学校等 特別支援学校の生徒・職員・保護者等に対し福祉施設等と同様に障害者職業能力開発校見学会を2回実施した。 (4)その他の取り組み ①広島障害者就業・生活支援センター連絡協議会を活用し、プロモート事業についての案内説明を実施。 ②広島市の広報媒体の活用等による周知・広報相談等。広報誌への広島障害者職業能力開発校の訓練記事の掲載、市内企業を対象とした雇用についてのアンケート調査実施(23年度内実施予定)、 合同面接会や企業訪問等での啓発活動を実施。 (5)これまでの実施効果 事業を実施していく上で、各施設・特別支援学校ごとに担当者と頻繁に内容を協議する必要があった。協議を続けていくうちに、施設における課題などを率直に話してもらえ、本当に必要な内容の説明会や見学会を実施できた。また、同時に職業訓練についての相談もしばしば受けるようになった。 4 神戸市の取り組み状況 (1)神戸就労支援システム研究会(障害者職業能力開発推進会議) 関係各機関の支援の連携の在り方、役割分担、支援体制の整備、プロモート事業の実施内容等 について議論するため、20年度から教育・福祉・労働・経営・就労支援関係機関など約25名で構成する「神戸就労支援システム研究会」(障害者職業能力開発推進会議)」を年に3回開催している。単なる情報提供に留まらない活発な意見交換・検討・議論の場となっている。 (2)障害者職業能力開発セミナー 特別支援学校在校生や保護者、教職員、福祉施設利用者や職員を対象として、21年度から「障害者職業能力開発セミナー」を年に2回開催している。テーマは職業能力開発機関や就労支援機関の説明、障害者雇用企業の方や働く当事者の体験談など多岐にわたっている。 (3)特別支援学校高等部・定時制高校を対象とした企業見学会 これまで関係が希薄であった教育との連携が徐々に進みつつある。そんな中、障害のある方が働く現場を実際に見ることで、働くことに対する具体的なイメージを持ち、働く意欲を醸成するため、教職員や保護者から要望が多かった企業見学会を開催しており、22年度は年4回、23年度は年6回開催する予定である。 (4)企業に対する働きかけ 障害者雇用の実施主体である企業に対する雇用啓発・理解促進のため、兵庫労働局を始めとする関係機関の協力を得て、21年度には障害者雇用に関するアンケート調査や委託訓練への協力依頼、22年度は障害者雇用に関する各種支援制度の説明会や、「発達障害」、「精神障害」をテーマとした雇用促進セミナーを開催した。23年度は、企業を対象とした同様のセミナーに加え、企業の方に障害のある方の職業訓練の現場を見て戴く見学会を予定している。 (5)職業能力開発(機関・制度)の周知・広報 プロモーターが主に市内の就労移行支援事業所を順次訪問し、障害者委託訓練について制度の周知・広報を図るとともに、22年度には市内の就労系事業所を対象とした委託訓練の利用・周知状況に関するアンケート調査や、授業が夜間のため、昼間の委託訓練受講が可能な定時制高校在校生の委託訓練受講促進を図るため、定時制高校教職員を対象とした委託訓練説明会を開催した。 また、市内の就労移行支援事業所案内パンフ レットを作成し、労働や教育機関等に配布した。23年度は、就労移行支援事業所の取り組み内容を具体的に知り体感する機会として就労移行支援事業所オープン見学会を開催した。 (6)今後の取り組みについて プロモート事業の強みの1つに、地域の実情に合わせた柔軟な事業展開が可能であるということが挙げられる。プロモート事業として、関係機関が互いに協力し多種多様な事業を展開していく中で、地域固有の課題やニーズを掘り起こし、次の新たな事業に結びつけていくとともに、それぞれの専門分野での活動もより大きい成果を生むようになることを期待している。 5 新潟市の取り組み状況 (1)職業訓練の推進による一般就労の促進 22年度の本県の民間企業における障がい者実雇用率は1.57%と全国平均1.68%を下回り、特別支援学校高等部卒業生の就職率も17%と低迷している。障がい者の職業準備性を高め、福祉的就労から一般就労への移行を支援するために、就労支援制度・機関等の利用促進や社会人としての意識の醸成を目的とする広報物の発行や各種セミナーを開催する。 (2)ライフステージに応じた連続的・横断的な支援体制の確立 就業生活上起こりうる問題への対処困難や離職後の受け皿不足への不安などを理由として就職を躊躇し、福祉施設の継続利用を求める障がい者やその家族が多く存在する。就労支援機関の参集による「障がい者職業能力開発推進会議」を実施し、障がいの態様及びライフステージに応じた連続的・横断的な支援体制を確立する。 (3)委託訓練受入れ企業の拡大 20年度に新潟労働局と共同で実施した企業にたいするアンケート調査から雇用の阻害要因として「障がい特性・仕事の適性への理解不足」「担当業務の選定の困難さ」が明らかになった。障がい特性の理解を深めるためのセミナーや雇用企業への視察交流会を実施する。また雇用に関する悩みや不安を解消し、委託訓練など支援制度の利用促進を図るために、本市ホームページでの障がい者雇用企業の紹介を行う。 (4)本市事業の独自性 地域の実情に即した多様な事業展開が可能である本事業の強みを活かし、分野や機関を超えた連携による効果的な取り組みが実現している。 ①関係機関との協働による事業の実施により、分野を越えた横断的連携が促進されている。例として進路を考える体験イベントの企画運営は市内の特別支援学校の進路指導担当者及び福祉施設の長による実行委員会と共同で行っている。障がい者および保護者に一番近い立場にある現場の声を吸い上げ、多様なニーズに応じたきめ細やかな事業運営が可能となっている。 ②シンポジウムや参加体験型セミナーに、地域の企業の担当者を講師として招き、障がい者理解と地域貢献の機会としている。また就労 している障がい者に体験談発表や作業のデモンストレーションを依頼し、一般就労を目指す生徒などのキャリアモデルとなっている。 ③特別支援学校の進路指導担当者の意見をもとに作成した「働くためのガイドブック」は、就労までの道筋と利用できる支援制度をわかりやすく明示したものである。汎用性のある教材として特別支援学校の進路指導等で広く用いられている。 ④22年12月に新潟労働局を中心に設置された「障害者雇用促進プロジェクトチーム」により、県下で共通した課題認識のもとに取り組みが開始された。本市もチームの構成員として関係機関との緊密な連携そして役割分担が図られている。 ⑤イベントやセミナーの運営には就労支援機関の担当者のみならず福祉系大学の学生も参画しており、福祉を担う人材育成の場としての機能を果たしている。 (5)今後の課題 これまではガイドブック発行による就労・雇用支援機関の周知・広報、職業準備性向上のためのセミナーの開催など、就職の入り口である「教育・訓練」段階への働きかけが中心であった。3年間にわたる推進会議の中で明らかになった求職活動から職場定着に至るまでの障がい者就労・雇用の阻害要因を踏まえ就職後の職場定着段階を見据えた広域的な事業展開が求められる。また、費用対効果を高めるために「障がい福祉計画」などの市全体の数値目標をもとに、各機関が今後取り組むべきことを行動指針として共有化していくことが必要である。 各政令市における障害者職業能力開発プロモート事業とネットワーク② ○寺澤 妙子  (千葉市保健福祉局 高齢障害部障害企画課 障害者職業能力開発プロモーター) 倉持 光雄  (千葉市保健福祉局 高齢障害部障害企画課) 檜垣 美抄  (広島市健康福祉局 障害福祉部障害自立支援課) 仲井 純子  (神戸市保健福祉局 障害福祉部障害福祉課) 和田 奈津美・棚谷 真智姫(新潟市保健福祉局 保健福祉部障害福祉課) 溝渕 涼子  (京都市保健福祉局 保健福祉部障害保健福祉課) 冨士原美由紀(仙台市健康福祉局 健康福祉部障害企画課) 本ページは、「各政令市における障害職業能力開発プロモート事業とネットワーク①」の続きであり、京都市、仙台市、その他の政令市の取り組み状況について紹介する。 6 京都市の取り組み状況 (1)プロモーターの主な活動内容 平成23年度、プロモーターの主な活動内容は次のとおりである。 ○総合支援学校、福祉事業所、就労支援関係機関、企業などへの訪問 ○実習や委託訓練先の企業開拓 ○「就労支援スキルアップ研修会」の開催 「障害者雇用企業等見学会」の開催       開催状況(11月末現在) ○オリジナルwebサイト「はたらきまひょ」の運営 なお、「就労支援スキルアップ研修会」及び「障害者雇用企業等見学会」は、プロモーターが企業や就労系施設を訪問する中で把握したニーズに合わせ、就労系事業所の職員・利用者・保護者向け研修だけでなく、企業の人事担当者や医療従事者向け研修も実施している。 研修や見学を通じて、就労系事業所間の交流や支援者間の連携を促進する役割も果たしており、様々な機関や事業などと連携して実施する事で、就労支援のネットワークを構築している。 (2)障害者就労支援推進会議 障害者職業能力開発推進会議として位置付けている京都市障害者就労支援推進会議には、経済・福祉・労働・教育等の分野から34の関係機関・団体が参画しており、関係機関・団体が従来以上に緊密な連携による支援が実施されるよう取組を推進している。 また、推進会議の目的実現に向け、就労支援環境の整備や共同事業の実施等に取り組む具体的な作業の場として、課題別・分野別に8つの「部会」を設置している。 ①京都市障害者就労支援推進会議 年間2回開催しており、平成23年度は第5回会議を平成23年6月17日に開催。第6回会議は、平成23年12月に開催予定。 ②平成23年度の主な部会について イ デュアルシステム推進ネットワーク会議 デュアルシステムとは、京都市内の総合支援学校と企業の連携から誕生したもので、企業が障害者雇用をする際に長期の実習計画を立て、企業と学校が共に課題を共有し人材を育てていく取組である。部会では、企業との連携・長期企業実習・職業教育の在り方等、様々な視点での検討会を開催している。プロモーターは、「就労支援スキルアップ研修会」や企業開拓を実施する中で、部会と協調した取組を実施している。 ロ はあと・フレンズ・プロジェクト推進協議会 京都市では23年度から、広く障害のある方が関わって作られた商品を「はあと・フレンズ」商品としてブランド化し、企業における障害者理解の促進や雇用機会の創出を図る「企業との連携による『ほっとはあと製品』応援事業」を実施している。 事業運営について、関係団体等が協働・連携して取り組むための運営支援組織として、はあと・フレンズ・プロジェクト推進協議会を設置し、部会として位置付けている。 ハ 障害者職域開発推進部会 同じく京都市の23年度新規事業である障害者雇用促進アドバイザー派遣等支援事業は、具体的に障害者雇用を進めるに当たり障害者が働ける職域の設計や特例子会社設立等のノウハウを必要としている企業に対し障害者雇用促進アドバイザーの派遣等に関する費用補助を行う。 指定補助事業者には、22年度実施の「障害者職域開発推進事業」において雇用プラン案を作成した企業が含まれており、本年度に具体的な雇用創出を行う、更なる支援策となっている。 これまで「障害者職域開発推進事業」の事業実施に関する提言を行ってきた「障害者職域開発推進部会」については、機能を拡充し、雇用創出の実現性等を審査し、障害者雇用促進アドバイザーの派遣等に関する補助事業者の指定を行う。 7 仙台市の取り組み状況 (1)障害者保健福祉計画の3つの基本方針 基本方針1:誰もが安心して地域生活を送 ることができるまちづくり 基本方針2:誰もが生きがいや働きがいの 持てるまちづくり 基本方針3:誰もが主体的に参加しともに 支え合うまちづくり     このうち、基本方針2の「誰もが生きがいや働きがいの持てるまちづくり」に基づき、仙台市障害者就労支援センターにおいて、個々の就労ニーズに応じた支援を行うとともに、独自に知的障害者の職場実習訓練を実施するほか、精神障害者社会適応訓練、在宅就労訓練等の様々な支援を展開しており、職業訓練から雇用・就業への流れの形成について、効果的な環境づくりを推進してきた。 20年度より、地域における障害者職業能力開発促進事業(旧:障害者職業能力開発プロモート事業)を継続して受託実施し、就労支援事業の核に位置づけることにより、関係機関との連携を一層強化する中で、障害者就労支援の更なる推進を図っている。 また、22年度からは、民間企業に委託し、しょうがい者雇用促進事業室を設置。仙台市障害者就労支援センターとの連携のもと、障害者の雇用や実習受け入れ企業の開拓、雇用のマッチングを実施し、企業における障害者雇用の強化を進めている。 (2)23年度の事業内容 ①障害者職業能力開発推進基盤の強化 イ 障害者職業能力開発推進会議の開催 障害者職業能力開発の具体的な推進に向けた協議、検討のため、障害者雇用、就労支援に関係する20の団体、機関で構成。年2回開催。 ロ ワーキンググループの開催 ○発達障害者就労支援ワーキンググループ 支援手法が十分に確立されていない成人期に発達障害の診断を受けた方に必要な職業能力開発促進にかかる事業や支援及び社会資源について検討。障害者就労支援センター、発達相談支援センターと共催。4回計画し、現在までに2回実施。 ○多様な働き方検討ワーキンググループ  障害特性や経済社会の変化に応じた、在宅就労等の多様な働き方という観点から、職業能力開発のあり方について検討。障害者就労支援センター、障害者更生相談所と共催。4回計画し、現在まで1回実施。 ハ 就労移行支援事業所等連絡会議の開催 障害者職業能力開発の一端を担う就労移行支援事業所等、障害者の身近な相談窓口である生活支援機関との連携を強化するとともに、支援者のより一層の資質の向上を図る。 ○発達障害者就労支援連絡会議 3回計画し、現在まで全て実施。 ○高次脳機能障害者就労支援連絡会議  障害者就労支援センター、障害者更生相談所と共催。3回計画し、現在2回実施。 ○就労支援者スキルアップ講座  障害者就労支援センター、障害者更生相談所と共催。公開講座とグループワークの2部構成で計画中。 ②障害者職業能力開発にかかる事業の効果的な推進 ○特別支援学校訪問及び障害者職業能力開発説明会の開催 ○訓練希望者の募集 ○訓練受入れ事業者の開拓 ○企業意向調査 ○障害者職業能力開発関係機関連絡会議 ③障害者職業能力開発に関する周知・広報 ○障害者職業能力開発にかかる相談実施 ○ホームページ等による周知・広報 ○広報資料の作成・配布 ○障害者職業能力開発セミナーの開催 (3)効果的・効率的な就労支援体制の構築とネットワークの強化 「地域における障害者職業能力開発促進事業」は、各地域の状況に応じた事業展開が特色である。仙台市では、既存の行政資源を有効活用し、本市設置の関係機関をはじめ、民間の就労支援団体、障害者職業能力開発校等市内の各関係機関、団体と密接に連携しつつ、事業を推進している。特に仙台市の就労支援システムの中核的施設である障害者就労支援センターとは効果的・効率的な就労支援体制の構築とネットワ−ク強化のため、協働で様々な取り組みを進めている。 8 その他の政令市での取り組み状況 横浜市では21年度より「障害者就労支援検討会議」の下に、障害特性に応じた効果的な職業訓練メニューの開発をするための分科会を設置し検討した結果、「精神障害者社会適応訓練事業」と「職場体験実習事業」を統廃合し、就労支援センターのコーディネートにより、実際に企業等で働くことを経験する「職場実習事業」を、23年度より新たに創設した。 本事業と委託訓練とを効果的に活用することで、 職業訓練・職場実習から就労への一貫した支援の展開を目指す。 さいたま市では「さいたま市障害者総合支援センター」として、就労、生活支援、授産施設支援等の講座や研修を実施している。 浜松市では特別支援学校、県立の障害者職業訓練機関と連携を図り、職域開拓を行っている。 名古屋市では地元企業との密接な関係の中で、障害者に対し「訓練から就労」を周知させ、一般企業への就労に挑戦を促している。 その他政令市の事業展開については次頁の表を参照いただきたい。 9 まとめ 障害者職業能力開発プロモート事業は厚生労働省からの委託事業として、18年度より、さいたま市・横浜市・大阪市で先行実施され、19年度から千葉市・堺市・神戸市が、翌20年度には札幌市・仙台市・川崎市・新潟市・浜松市・名古屋市・広島市・北九州市、更に21年度に京都市が加わり、15政令市で障害者職業能力開発プロモート事業が実施された。そして、それぞれの政令市で、支援対象者に合った就労支援の方法が検討され、さまざまな展開がなされてきた。 22年度からは「地域における障害者職業能力開発促進事業」として、政令市及び都道府県を対象に企画を募り、実施自治体を選考し、これまでと同じ15政令市で引き続き実施されている。 本事業の内容は、各政令市で独自な展開を繰り広げているが、障害のある方たちの就労支援という軸は貫かれている。これらの事業内容には着目すべき内容が多く、政令市相互間で情報交換を行いながら、更によりよいものを構築するために検討が加えられている。 「地域における障害者職業能力開発促進事業」は厚生労働省に業務委託された15政令市に限られたことではない。それぞれの地域での障害者就労支援の場で、これらの事業の内容を参考にされ、さらに障害のある方の就労の場が拡大されることを願っている。 重度上肢障害者に対する職業訓練教材の開発 −ディジタル電子回路− ○嶋﨑 幸治 (国立吉備高原職業リハビリテーションセンター 主任職業訓練指導員) 稲田 百合子(国立吉備高原職業リハビリテーションセンター) 1 はじめに 国立吉備高原職業リハビリテーションセンターでは、重度の上肢障害者及び視覚障害者や高次脳機能障害者、発達障害者、精神障害者など、職業訓練上特別な支援を要する障害者(以下「特別支援障害者」という。)を積極的に受け入れることを中期目標の1つに掲げ業務に取り組んでいる。 主に身体障害者を対象としていた訓練第一課では、平成22年度から高次脳機能障害者、発達障害者、精神障害者の受け入れを開始したことにより特別支援障害者の入校者数が増加した。平成22年度以前では、下肢障害に加え上肢障害のある方が特別支援障害者として当課に入校していたが、特に製造系の訓練科が中心となる当課では、特別支援障害者の入校者数は訓練科ごとに偏りがあった。 訓練第一課では、上肢障害のある特別支援障害者は、パソコン関係の訓練を中心に展開することが多く、機械系では、機械CAD(2次元CADと3次元CAD)を利用した設計及び設計補助の訓練を中心に行っていた。一方電気・電子系では、障害特性上、はんだ付けを行ったり、回路を組み立てたりするなどの実技訓練を実施することが困難な場面があり入校者数が低調であった。特に、ディジタル電子回路の訓練を行うときは、汎用ロジックICをブレッドボード上に置き、配線をして動作確認を行うという手順で行ってきた。そのため、上肢に重い障害がある場合、ブレッドボードにICを差し込むことが難しく、このような訓練が実施できずにいた。 近年、ディジタル電子回路はFPGA(Field Programmable Gate Array)やCPLD(Complex Programmable Logic Device)と呼ばれるデバイスが機器に組み込まれている。FPGA、CPLDは、パソコン上でHDL(Hardware Description Language、ハードウェア記述言語)を用いてプログラミングすることでディジタル回路が構成できる書き換え可能なデバイスである。これらを新たに訓練に導入することで上肢障害のある訓練生もディジタル電子回路に関する技能を修得できると考えた。 昨年度、上肢障害者に対するディジタル電子回路の訓練教材を作成し、HDLによるディジタル電子回路を新規実技訓練として実施するまでに至った。ここでは、2名上肢障害者に対して本教材を利用して訓練を行った実践結果を踏まえ、上肢障害のある特別支援障害者に対する効果的な職業訓練について報告する。 図1 実習用基板部品配置図 2 職業訓練における実践 (1)訓練目標 訓練目標は、汎用ロジックICとブレッドボードを用いて行う訓練と同等の知識を習得することに加え、HDLによるディジタル電子回路設計の基礎を習得することとしている。 (2)システム構成 図1は訓練に使用している実習用基板を示す。実習用基板の中心にはプログラムを書き込みするCPLDのデバイスがある。実習用基板の左側には、入力となるトグルスイッチ(SW0〜5)、出力は実習用基板の下側にあるLED(LED0〜7)、右側にある7セグメントLED、上部にはステッピングモータを駆動する端子を配置した。プログラムの書き込みを行い、確認をすることでディジタル電子回路の理解を深めることを目的としている。実習用基板の電源部は直流安定化電源として、ダウンロード端子はあらかじめパソコンに接続しておくので作業準備は必要としない。ただし、動作確認時にはトグルスイッチのON、OFFの操作が必要になる。また、安全上、電源をOFFするときは必要に応じて指導者が行う。下の写真は実習環境になる。  実習環境 (3)設定した訓練カリキュラム 訓練カリキュラムについては、以下の順に進める。 ①開発環境ソフトの使用方法 ②ディジタル回路の基礎 ③基本ロジック回路のプログラミング ④組み合わせ論理回路 ⑤2進数について ⑥プログラミング言語 ⑦フリップフロップ回路 ⑧階層設計(個々の機能を持ったプログラムをつなぎ合わせる記述) ①開発環境ソフトの使用方法では、操作方法は単純ではあるが、いくつかの手順を踏む必要があり、表記も英語であるため、慣れるまでに時間を要すると考え、訓練時間を設けた。開発環境ソフトを使用してCPLDへプログラムを書き込む場合、職業訓練でよく使用される組み込み用マイコンのプログラム作成手順とは異なり、プログラムを作成した後いくつかの手順を踏まないとCPLDにプログラムの書き込みができない。そこで、当該訓練では、一度CPLDへの書き込み手順を実施してもらうことで作業を経験してもらう。図2は開発ソフトの操作手順になる。 図2 開発ソフトの操作手順 ②ディジタル回路の基礎では、High、Lowなどの信号の種類などの説明を行っている。また実習用基板の取扱いについて説明している。 ③基本ロジック回路のプログラミングでは、AND、OR、NOT、NAND等の基本ロジックのプログラミングを習得する。ここでは、書き込み作業を反復することで開発環境ソフトの操作、CPLDのプログラム構成を習得することを目的としている。基本ロジックのプログラムは、1行で終わってしまうのでプログラム構成の理解に重点を置いている。 ④組み合わせ論理回路では、これまでに学んだ基本ロジック回路を複数組み合わせ、その組み合わせた複雑な論理回路の真理値表を作成し、どのようにプログラムとして動作するのかを習得する。 ⑤2進数では、2進数を用いた情報の表現方法についての基本を習得する。 ⑥プログラミング言語では、HDLを用いたプログラムでよく使用するif文、case文の文法について習得する。 ⑦フリップフロップ回路では、D-FF、SR-FF、JK-FFの動作を確認し、プログラムを記述する。その後、カウンタ回路を説明する。カウンタ回路では、16進カウンタ、10進カウンタ、10進アップダウンカウンタを記述する。特に10進アップダウンカウンタのプログラムは、if文を多用するので⑥のif文の理解が重要になってくる。 ⑧階層設計では、これまでに製作したプログラムを素材として組み合わせて7セグメントLEDに0から9まで1秒毎にカウントアップするプログラムを作成することを課題とした。素材にはif文を使用した10進カウンタとcase文を使用した7セグメントLED用デコーダのプログラムを使用している。その後の応用課題では100進カウンタを製作する課題がある。 この訓練カリキュラムを実施するまでに習得しておく電気・電子系の訓練カリキュラムは、以下のものとしている。 ①直流回路 ②交流回路 ③電子部品の取扱い ④パソコンの取扱い(IT基礎訓練) これら以外にも訓練カリキュラムはあるが、上肢障害のある特別支援障害者の場合、実習作業を要する訓練を除いている。 次に、上記直流回路からパソコンの取り扱いまでの訓練が終了した入校初期(電気・電子系の訓練時間が比較的少ない状態)に本訓練を実施し、習得状況の確認を行った結果について述べる。 (4)対象の訓練生の状況 ①障害状況 今回の訓練を実施した2名の訓練生の障害状況について表1にまとめる。 表1 訓練生の障害状況 ②訓練状況 今回の訓練に至るまでに実施した訓練状況を以下にまとめる。今回実施した訓練生は2人とも平成22年12月上旬に入校した。 訓練生Aについては、入所前からパソコンのマウスポインタ操作は、トラックボールを使用した経験があった。本人より、訓練においてトラックボールの利用希望があり使用することとした。機械CADの訓練では、作図の際にキーボード入力およびクリック操作を頻繁に行うが、今までの経験から、慣れていてスムースに行うことができた。また、能力面における特徴として、キーボード入力やマウス操作は効率良く行い作図スピードも速いが、図形の読み取りにおいて細かい部分で曖昧な点が多く、正確性に欠けるところがあった。電気・電子系の訓練では、直流回路、交流回路を実施した。オームの法則等の計算問題は、数学の力が不足しており理解するのに若干時間を要した。その後、カラーコードの読み方、コンデンサの容量の読み方、ダイオード・トランジスタの特性、ICの種類などを履修する電子部品の取扱いを実施し、HDLによるディジタル回路を実施した。 訓練生Bについては、入所前まで一般的なマウスを使用してきており、訓練当初は一般的なマウスおよびトラックボールの2つを試したが、本人より、使い慣れている一般的なマウスの利用希望があり使用を開始した。作業環境としては、いつでもマウスとトラックボールを使用できるよう準備した。実際のCADによる作図作業では、キーボード入力とマウスのクリックによる画面の移動、拡大・縮小作業を頻繁に行うため、訓練回数が増すごとに、本人よりトラックボールの方が使いやすいとの申し出があり、通常の作業の際に使用することとなった。また、能力面における特徴として、図形を読み取る力の不足や考える作業が苦手であり、直ぐに指導員へ解答を求める傾向が窺えた。作業環境を整え、機械CADの訓練内容を習得するまでに時間を要した。電気・電子系の訓練は、訓練生Aと同様の内容を実施した。さらに、機械系の訓練場面でも見られたが、苦手とした内容に関して、記憶の定着がされず前日に説明した内容が記憶から無くなっていることもあった。 3 実施結果 上肢障害のある特別支援障害者を対象とした試みについて、以下に結果をまとめる。 訓練生Aは、82Hの訓練を実施した。(50分で訓練時間1Hとしている)訓練生Bと比較した場合、作業速度がやや遅くなるものの、確実に習得できた。開発環境ソフトの操作を覚えるのに若干時間も要した。訓練時間が経過するにつれて興味を増し、集中して取り組めた。10進カウンタのプログラムまでは理解が見られたが、if文が複雑に入り込む10進アップダウンカウンタは理解することが難しく、1度補足説明することで完成できた。階層設計を行う100進カウンタでは、階層設計用の記述を理解ができず、ブロック図(今までに作成したことのあるプログラムを用いてブロック化し図にしたもの)を用いて具体的に説明することで完成に至った。 訓練生Bは68Hの訓練を実施した。訓練生Aと比較した場合、作業速度が速く、開発環境ソフトの操作も早く習得できた。しかし、なかなか興味を持つことができない印象があった。2進数の理解、フリップフロップ回路に必要なタイミングチャートの理解に時間を要した。if文を多用する10進アップダウンカウンタは何回か補足説明をしたが理解できず、かなり具体的な例示をすることで完成に至った。階層設計を行う100進カウンタでは、100進カウンタを細分化したブロック図を用いて階層設計を説明することでプログラムの完成に至った。訓練後、訓練内容に関して感想を聞いてみたところ、訓練生Aから「パソコンを使ってこんなことができるとは知らなかった」、「興味を持って取り組めた」との感想を得られた。また、訓練生Bから「基本ロジック回路のプログラムから組み合わせ論理回路の内容に難易度が上がったところで理解に苦しんだ」、「プログラムの難易度が上がるにつれif文が複雑になり、if文の中にif文が入ってくると、if文が対応している箇所がわからなくなることがあった」、「また、この訓練がどのように就職に活せるのか分からなかったので、訓練意欲が沸かず集中して取り組めなかった」との意見を頂いた。 4 考察 実施した訓練生からは、2進数や16進数の理解、HDLの文法の理解に苦労した、実務でどのように活かせるのか分からなかったとの感想が得られた。 このことから、2進数や16進数の理解については、十分に習得できた状態で取り組めるよう、事前に訓練を実施しておくことが望ましいと考えられる。 HDLの文法の理解については、2つの対策が考えられる。1つ目としては、HDLの文法を使った課題を多く用意する方法で、2つ目は、他のプログラム言語でプログラム言語特有の文法を習得する方法である。 実務でどのように活かせるかについては、訓練の導入時において、当該訓練カリキュラムの目的・目標を十分に説明し、併せて実務との関係についても説明することで、訓練意欲の向上にもつながると考える。また、訓練中にディジタル回路シミュレーション(プログラムから波形観測ができるアプリケーションソフト)の取扱いを実施することで、より現実感のある訓練を実施することが可能と考える。 5 まとめ 昨年度作成した教材を参考にHDLによるディジタル電子回路の訓練を2名の訓練生に対して実施した。開発環境ソフトの操作、HDLの基礎は、比較的良好な理解が得られ、上肢に障害のある特別支援障害者に対して十分な実習の機会を提供できた。 今後の課題としては、2進数や16進数、HDLの文法など、説明を多く要した箇所については、訓練カリキュラム及び教材の改善が必要と考えられる。 また、HDLによるディジタル電子回路設計は、電子回路設計技術者として必須の技能である。大都市圏の企業では求人があることから、実習機会の拡大のみならず、職域拡大の可能性についても検討が必要である。 遠隔トレーニングの有効性の検証 ○山中 康弘(国立障害者リハビリテーションセンター研究所)  伊藤 和幸・井上 剛伸(国立障害者リハビリテーションセンター研究所)        1 はじめに 近年、障害者自立支援法により、障害者が仕事をできる環境を整備することが重要になっている。自宅から一人では外出しにくい障害者のためのシステムの整備が必要である。 現在、在宅就労支援のシステムは実仕事用のものがあるが、トレーニング用のものは開発されていない。そのため、在宅でトレーニングを行える遠隔トレーニングのシステムが必要であり、バーチャルオフィスのコンセプトの提案をしている1)。 本研究では、コンセプトに基づいて、バーチャルオフィスを開発した。そして、バーチャルオフィスを用いて、遠隔トレーニングの実証実験を行い、有効性を検証する。 2 方法 コンセプトを基に、システムの仕様を決定し、Flash Video技術などを用いて、スパイラルモデル(設計・実装を繰り返す手法)で開発を行う。また、メール、チャットなど既存のツールを用いて遠隔支援システムをPHP言語で開発する。 そして、文献調査より、Red5システムは、動画配信機能に、スケジュール管理、ユーザ管理などの機能を連動できるため、Red5システムを用いて、遠隔支援システムを開発することとした2)。 3 遠隔支援システムの開発 遠隔支援システムの仕様は、情報共有機能、リアルタイム機能、管理機能、セキュリティ機能があることとした。そして、仕様に基づいて、それぞれの機能の開発を行った。 (1)情報共有機能 情報共有機能には、メイン画面、メール、eラーニング、スケジュール、掲示板、連絡板がある。メイン画面には、トレーニング生用とトレーナー用の2つがあり、新着メールや1日のスケジュールの確認、eラーニングコンテンツのダウンロードが可能である。eラーニングは、eラーニング管理画面とテキストeラーニング、動画eラーニングの3つを設置している。動画eラーニングは、メイン画面とは別のウィンドウを開いて、動画を用いて学習できるようになっている。メールは、トレーナーとトレーニング生、または、トレーニング生同士によるコミュニケーションを取ることができ、添付ファイルの送受信もできる。スケジュールは、1か月単位表示と1週間単位表示があり、トレーニングプログラムに応じて、選択できる。また、トレーニング生同士がコミュニケーションを取ることができる掲示板や緊急時に連絡できる連絡板が設置してある。 (2)リアルタイム機能 リアルタイム機能には、映像と音声の配信と文字チャットがある。映像と音声の配信では、3〜4人程度が同時に会話できる。また、WebcamMaxなどのソフトを用いれば、パワーポイントやPC画面の映像が配信でき、PC環境やネットワーク環境に合わせて、送信する動画の画質や音質を設定できるツールを組み込んだ。文字チャットでは、トレーニング生とトレーナー、またはトレーニング生同士がチャットできる。 (3)ユーザ管理機能 トレーナーによる全トレーニング生のユーザ管理、eラーニング管理がある。 ユーザ管理では、トレーニング生のユーザ名、パスワード、SkypeIDなどの基本情報を登録することができる。そして、ユーザ管理の中に、メニュー管理があり、情報共有の各機能とリアルタイム機能の中からトレーニングプログラムに合わせて使用するツールを選択することができる。 また、eラーニング管理では、各コンテンツの登録やカリキュラム管理、スケジュール管理ができる。 (4)セキュリティ機能 セキュリティのために、ログイン機能を設置した。ログイン機能で、トレーニング生用、トレーナー用、管理者用の画面に分かれる。ログイン機能を付けたことによって、トレーニング生のプライバシーやトレーニングプログラムの機密を守ることができる。 4 バーチャルオフィスの構築  開発した遠隔支援システムと就労トレーニングプログラムを組み合わせて、バーチャルオフィスを構築することができる。  まず、トレーニング生の能力に合わせて、トレーニングプログラムを設定し、そのプログラムで使用する遠隔支援システムのツールを選択することでバーチャルオフィスを構築できる。バーチャルオフィスには、主に個別型、講習会型、オフィス型の3つがある。 (1)個別型  個別型は、トレーナーとトレーニング生の1対1でトレーニングを行うものであり、主に初心者に対応する。市販の書籍とPC操作の画面を用いたプログラムでよく、遠隔支援システムでは、リアルタイム動画や文字チャット、スケジュール、メールが必要であると考えられる。 (2)講習会型 講習会型は、トレーナーと複数のトレーニング生の1対多でトレーニングを行うものである。PC操作ができる人が、ITスキルのレベル向上のためのプログラムであり、遠隔支援システムでは、リアルタイム動画や文字チャット、eラーニング、スケジュール、メールが必要であると考えられる。 (3)オフィス型 オフィス型は、複数のトレーニング生同士がグループでトーニングを行うものである。グループでミーティングの実習や仕事のスケジュール管理を行うOJTプログラムであり、遠隔支援システムでは、リアルタイム動画や文字チャット、スケジュール、メール、掲示板が必要である。 5 遠隔トレーニングの有効性の検証 遠隔トレーニングの有効性の検証では、バーチャルオフィスを用いて、トレーニング実証実験を実施し、当事者からの意見や経済的な利便性、ITスキルの変化の視点から、遠隔トレーニングの有効性の検証を行う。 個別型遠隔トレーニングのシステムには、Skypeとバーチャルオフィスの2種類のシステムが考えられ、2種類のシステムを用いて、有効性の検証を行った3)。その結果、質疑応答にも個別に対応できること、トレーニング生の様子を確認できるなどの有効性が確認できることや、通学に必要な時間や費用面などにも有効でき、自力で外出が困難な人の遠隔トレーニングが有効であることがわかった。 個別型ではSkypeのみでも遠隔トレーニングが可能であり、メールやスケジュールなどの機能を併用して使用することで、トレーニングの幅が広がると考えられる。しかしながら、Skypeのみでは講習会型・オフィス型のトレーニングでは、機能不足であるため、バーチャルオフィスの開発を進めていく。 バーチャルオフィスでは、トレーニング実験中に映像と音声の配信に遅延があったため、トレーニングに少なからず影響があった。そのため、バーチャルオフィスの性能を高めていく必要がある。 今後、講習会、オフィス型でも、トレーニング実証実験を実施し、遠隔トレーニングの有効性を検証する。そして、個別型、講習会、オフィス型、それぞれの遠隔トレーニングの有効性の検証を合わせて、総合的に遠隔トレーニングシステムの有効性の検証を行う予定である。 【参考文献】 1)山中康弘.在宅就労支援のためのバーチャルオフィスのコンセプト提案.第38回日本職業リハビリテーション学会.2010-08-26.第38回神奈川大会・プログラム・抄録集.2010,p.146-147. 2)宇野健,栗栖辰弥.フリーソフトウェアを用いた動画配信システムの開発と応用.県立広島大学経営情報学部論集(3).2011,p175-181. 3)山中康弘.個別型遠隔トレーニングの有効性の検証.第39回日本職業リハビリテーション学会.2011-08-25.第39回愛知大会・プログラム・抄録集.2011,p.48-49. 企業における障害者の定着支援とSST ○北野谷 麻穂(大東コーポレートサービス株式会社業務課) 山崎 亨(大東コーポレートサービス株式会社) 1 はじめに  大東コーポレートサービス株式会社(以下「コーポレート」という。)は、2005年5月、障害者雇用を目的として、大東建託株式会社100%出資による子会社として設立された。  親会社である大東建託株式会社は、土地所有者にアパートやマンション、店舗などの賃貸事業を提案し、建物の設計・施工・管理・運営を業務とする土地活用の専門会社である。  コーポレートは、知的障害者4名、身体障害者1名、障害者職業生活相談員(以下「相談員」という。)3名の計8名からスタートした。現在社員数は82名となり、そのうち53名が障害者である(知的障害者27名、身体障害者15名、精神障害者11名)。 主な業務は親会社や関連会社の事務作業である。シュレッダー処理、各種物品の配送作業、名刺作成、文書のスキャン作業、アンケート入力、アパートの鍵の回収・管理・発送、ゴム印・建築物のペーパークラフト(模型)作成など、現在400種類以上の業務に対応している。 2008年5月には北九州事業所を開設し、オンデマンド印刷事業に取り組みはじめ、2010年10月には浦安事業所を浦安市ワークステーション内に設置し、オフセット印刷や看板作製などに取り組んでいる。浦安市ワークステーションとは浦安市が建設した建物に障害者就労支援センター・福祉的就労施設・民間企業が併設した全国初の複合施設である。 2 雇用定着における課題① 〜雇用管理の難しさ〜   主に精神障害者について、雇用当初、「フルタイムで働けます」の言葉をそのまま受け止め、フルタイムの正社員として採用したが、しばらくすると遅刻・早退・欠勤が多くなるなど、雇用管理がうまくいかなかった。職場だけではなく、生活面でのストレスを抱える中、無理をしながら勤務したことも要因のひとつと考え、職場・生活面の両面へのストレスをサポートする必要性を感じた。 3 雇用定着における課題② 〜「表現できない」ことへのストレス〜 設立当初、仕事は確保できても、単純な業務でさえ、「教えること」が困難だった。知的・発達障害を持つ社員は作業過程のミスを指摘しただけで、怒られたと勘違いし、「首になる・・・」などと言って、激しく落ち込み、業務が手に付かなくなってしまったり、ミスを隠すために嘘をついたり、声をかけられても応答ができないなど、萎縮してしまっていた。また、指示理解はできていても、思っていることを伝えられない、表せない、話しかけられても、受け答えの仕方が分からないなど、障害を持つ社員が自分の気持ちを表現できないことがストレスのひとつとなっていたことに気がついた。その結果、物にあたったり、カッとなって飛びかかったり、暴言を吐くなどの行動が頻発していたと言える。 4 定着支援を目指して 〜リカバリーの4段階の導入〜 社員が長く安心して働くことができる環境作りを目指し、定着支援の手法でもあるリカバリーの考え方を取り入れている。リカバリーとは社員が人として尊重され、希望を取り戻し、社会で活躍して、自分の目標に向かった仕事に挑戦しながら、かけがいのない人生を歩んでいくことを意味している。前田ケイ氏1)は、リカバリーを第1段階の「希望」、第2段階の「エンパワメント」、第3段階の「自己責任」、第4段階の「生活の中での有意義な役割」の4段階に分けている。 これらをもとにコーポレートでは社員の入社基準として、症状の重さ、病名、能力などで判断するようなアセスメントはせず、本人が「働きたい」という希望を尊重する。 第2段階の「エンパワメント」では、社員に様々な不足があっても、あきらめずに新しいことに挑戦することを励まし、本人の取り組みをソーシャルスキルズトレーニング(以下「SST」という。)を社内研修として、取り入れて支援している。    「エンパワメント」の効果により、少しずつ自信がついてくると、働く職場がより良くなるためにはどうしたら良いかを考え、意見を述べる主体性が芽生えてくる。これが第3段階である。 このように環境を整えることで、障害とは関係なく、会社の一員として有意義な役割を持ち、その役割を果たしていくことで、仕事に充実感・満足感を得ることができる。これらの考えをもとに始めた取り組みについて紹介する。 5 SSTへの取り組み 〜社内研修として〜 社員のマナー改善・コミュニケーション能力向上のトレーニングとして、SSTを導入した。まず、相談員が2006年8月からSSTの諸研修に参加、約1年後の2007年7月より、SSTのリーダーの経験を持つ精神保健福祉士を中心に社内研修として開始した。    はじめに精神・身体障害者対象に「ひとりSST」を開始、2007年10月より知的障害者を対象に問題解決法を用いた「グループSST」、2008年12月より身体・知的・精神障害者対象にステップバイステップ方式を用いた「グループSST」を行った。「ひとりSST」とはリーダーと社員が1対1で行う個別のSSTである。グループに抵抗のある精神障害を持つ社員でも、日常で困っていることや悩んでいること、取り組んでみたいことを遠慮せず話せるよう配慮し、導入した。 毎週金曜日16:00-16:30に業務の振り返りを通じて、各人が持っている課題をSSTのテーマとして挙げ、「ひとりSST」を行った。そのテーマは『SSTコミュニケーションスキルアップ講座』としてまとめている。その一部は図1で示したとおり。 「グループSST」では知的・発達障害を持つ社員は主にエレベーターの乗り方、電話のかけ方、報告の仕方、などの業務に必要なマナーおよび社員の受信(相手の話を聞いて、受け答える)・発信(自分の思っていることを伝える)を中心に行った。  現在までSSTを継続し、精神障害を持つ社員は、振り返りで職場と生活の両方の話を話せる体制を作ったことで、不安によるストレスの軽減を図ることができた。そして、社員が話した悩みや問題に対し、SSTを使って、具体的な取り組み方を示し、職場で実践することで、日常生活で必要な対人技能やストレス対処技術が少しずつ身についた。こうして職場でコミュニケーションの練習を積み重ね、成功体験を積むことにより、対人関係への不安を和らげ、自信を取り戻すことへとつながった。 また、知的・発達障害を持つ社員もマナーに関する具体的な行動について、グループで共通認識を持つことで、互いに教え合う環境や良いところを見てほめ合う環境が生まれた。 6 昼休みの過ごし方 〜ゲームを取り入れる〜 ゲームを取り入れた本来の目的としては、昼休みの過ごし方が分からない社員が多く、他企業のフロアに行ってしまう、些細なことで社員同士が口論になるといった行動が目立ち、それらを回避するにはどうしたら良いかを考え、相談員がトランプを持参したことから始まった。その後、2008年5月ごろより、トランプだけでは社員が飽きてしまい続かないため、業務に必要な漢字や計算などを使う学習ゲームや海外の珍しいゲームなどバラエティに富んだ物を相談員が選び、会社が購入するようになった。現在、15種類以上のゲームがある。 ゲームを行いたい社員は食事を済ませた後、好きなゲームを取り出し、必要人数が集まったら始め、参加者は途中参加・退出も可である。   昼休みを利用したリクリエーション活動は業務のリフレッシュになる、また、他のフロアに行ってしまう、社員同士の口論などの問題となっていた行動を避けることができるだけでなく、他の効果も認められた。 (1)ゲームを通じ、健常者・障害者という枠組みや他の課の社員との関わりが生まれ、対人関係が広がり、さらに良好になった。 (2)ゲームを進めるにおいて、一定のルールがあることを知り、「ルールを守る」ということの意識付けと経験にもつながった。 (3)出来ない社員へ教える、できるまで待つなど、社員同士でフォローし合う関係が生まれた。 (4)業務内でトラブルがあった社員同士がゲームで一緒に遊ぶなど、人間関係を修復する作用もみられた。 (5)実習生が職場の環境に馴染みやすくなる。 (6)社員が実習生や研修生などの初対面の方を誘う、ルールを教え、場を仕切る場面がみられるなど、社員の社会性の向上がみられた。 7 まとめ・今後の課題 振り返りに「ひとりSST」を導入したことで、コミュニケーションによるつまずきをひとつひとつクリアにすることができた。また、具体的な表現方法の練習を繰り返すことで、気持ちの表現方法が明確になり、受発信がスムーズに行われるようになったことで、無用な口論が減った。さらに、昼休みのレクリエーション活動をSST実施の場とすることで、業務のリフレッシュになるだけでなく、他課や実習生との交流が自然と行われたり、社員同士が助け合い、フォローし合うような空気が生まれたりと、社員の社会性が身に付いたことで、人間関係が良好になった。 今後の課題としては、社員の多くが基本的なコミュニケーション能力は身に付いていることから、さらにレベルを上げたテーマを設定する、SSTの実施回数を増やし、その身に付いた能力を維持・向上するなど、次の段階へ向けた新たな取り組みを模索する必要がある。 【参考文献】 1)前田ケイ:「ビレッジから学ぶリカバリーへの道」金剛出版(2005) 『僕が僕であるために…』私たち指導員はどうあるべきか? −彼らが持つストレングスを生かし彼らを職場定着に導いた指導員は“何か”を持っている− 植松 若菜(株式会社リースサンキュー 障害者職業生活相談員/社会福祉士・精神保健福祉士) 1 企業における就労支援の実際 現在、弊社には知的障がい者22名、発達障がい者2名、身体障がい者1名の計25名が勤務し、そのうちの10名が重度障がい者である。勤続年数は最長で23年、最短の者でも2年になる。私が弊社の障がい者指導に携わってからこの5年の間に障がい者社員が11名増えた。さらに退社した者・実習で終了してしまった者・職場体験実習を行った者も含めると、70人近くの障がい者と私は接してきた計算になる。 以上のことからもわかるように、障がい者を雇用している企業では、現に就職している障がい者社員の指導以外に、就職を目指す障がい者や学生の指導も多く、短期間で評価を求められたり、決断を迫られたりすることがある。また特別支援学校や福祉施設主催の企業見学会などもあり、そこでは保護者への説明を行ったり質問に答えたりすることもある。さらに最近では、指導員の実習、つまりこれから障がい者の就労支援を希望している指導員の実習も増えてきている。 要するに、企業における就労支援は、採用された障がい者の就労支援だけではなくなっているのが現状なのである。 2 企業における就労支援の魅力は?  私は就労支援という仕事が大好きだ。今までいろいろな仕事に携わってきたが、この仕事が一番魅力的な仕事だと思っている。では、どういう所に魅力を感じているのか? 障がい者にとって企業で働くメリットは、単に収入を得るだけではない。仕事の技術を習得すると同時に、社会性を身につけ、精神力を鍛え、人間性を成長させることが出来る。ここで重要になってくるのが障がい者と指導員の相性である。障がい者がどんなに素晴らしい素質を持っていたとしても、それを生かしてくれる指導員と出会わなければ、才能を開花させられないかもしれない。また、障がい者との相性は指導員側にも良い支援をする上で重要になってくる。指導員も障がい者もみんなその前に“人”である。“人”が“人”を指導するには相当の熱意が必要で、興味のない人に対してその熱意を長期継続させるのは難しい。しかし、自分が面接し「この人を育ててみたい!」「この人にはあの仕事が向いているかもしれない」といった魅力や可能性を感じ採用を決断した障がい者には、より一層指導に熱が入る。そして、長期的に関わることでいろいろな困難を一緒に乗り越え、その先の成長を共に喜ぶことも出来るし、互いに親近感も湧く。もちろん障がい者の指導は一筋縄ではいかず、日々困難にぶつかり、悩んだり苦しんだりすることが多い。でも、その苦悩が指導員をも成長させてくれる。 そういった日々の関わりが、指導者と障がい者の関係を、指導者と指導を受ける者という関係から、仕事上のパートナーという関係に変貌させてくれる可能性が出てくる。これが企業における就労支援の最大の魅力なのである。 《就労支援の魅力とは…》 ①一緒に働く仲間を自ら選ぶことが出来る ②障がい者を教育・マネージメント出来る ③障がい者を長期的に指導できる ④指導者も一緒に成長出来る ⑤障がい者が“良き相棒”になるかも? 3 就労支援の陥りやすい危険とは?  最近、障がい者指導員を配置している企業が少しずつ増えてきたが、それでも指導員一人あたりの障がい者担当数はかなり多いのが現状である。弊社を例にとっても、25名の障がい者支援を私一人で行っている。弊社に限らず、どこの企業でも1人で多くの障がい者の指導をしており、問題発生や実習受け入れ等が重なれば、障がい者指導員にとってかなりの負担となる。ここで、対応や方法を間違えた場合に起こる危険を述べる。 ①バーンアウト  いわゆる燃え尽き症候群である。企業の指導員は障がい者をどこまで支援すべきなのか?職場の技術指導のみ?それとも生活上の問題全てか?  就職している障がい者に問題が発覚した場合、企業の障がい者指導員がまず対応することになる。仕事上の問題以外であっても、部下である障がい者が困っていれば指導員は何かしら行動を起こさざるを得ない。ここで、その対応に一人で当たってしまうと、指導員のキャパシティを超えかねず、精神を病む可能性が出てくる。障がい者の抱える問題は簡単に解決できないような場合が多い。全ての障がい者の全ての問題に関わることは、指導員としては最良の方法ではない。一人で抱え込まず、その問題の専門家に委ねたほうが問題解決につながりやすい。指導員は、自分の人脈を最大限に利用し、ある意味周囲を巻き込みながら問題を解決していくスタイルを構築すべきである。 ②パワーハラスメント・虐待  『職場におけるパワーハラスメント防止のために』(財団法人21世紀職業財団刊行)によると、パワーハラスメントの定義は「職務上、教育上、能力上の優越的地位を利用して自分よりも下位の人物に対して本来業務の適切な範囲を超えて継続的に、人格や尊厳を侵害する言動を行い、就労者の働く環境を悪化させ、あるいは雇用不安を与えること」とされている。障がい者にとって指導員はまさに「職務上、教育上、能力上の優越的地位」にある。指導という名の元に、間違った言動は、パワーハラスメントや虐待になりかねない。指導に暴言と暴力は全く必要ない。指導員は、常に自分の指導が障がい者にとって有益な指導になっているかを確認しながら対応すべきである。 ③モチベーションの低下  企業での就労支援は、実は指導員の仕事へのモチベーションの高低で指導内容が全く異なる。就労支援の仕事は、やろうと思えばいくらでもあるし、逆にやりたくなければやらずに済ませることも出来る。その指導員が、障がい者や障がい者の仕事に対して、どれだけの熱意をもっているかで設定される目標が変わり、またどのような目標を設定するかで、指導方法や指導内容、指導期間も全く異なる。よって、モチベーションが低い指導員の指導では障がい者の成長は見込めない。  要するに、指導員は常にモチベーションを高く保ち仕事に臨むべきなのだが、指導員のモチベーションは誰も上げてはくれない。指導員は障がい者を成長させるのが当たり前、問題が起こればその対応を迫られ、障がい者が成長しても指導員が周囲から認められることはほとんどない。だから、自分で自分のモチベーションを上げられる人物にならなければこの仕事は務まらない。 《就労支援に潜む危険》 ①指導員のバーンアウト ②障がい者へのパワーハラスメント・虐待 ③指導員のモチベーションの低下 4 就労支援で不適切な指導は?  私は施設職員をしていた時、利用者を理解するためによくケース記録を読んでいた。そのケース記録には生育歴や家庭環境、それまでに歩んできた人生などが書かれているが、その記録を読んでは同情してしまうことが度々あった。その人の過去や家庭環境を知りその人の痛みを理解することは、支援をしていく上で役に立ったこともあった。しかし今振り返って考えると“同情”という感情は上からの視点であって、指導者として持つべき感情ではない。人は自分より不憫な人に対して同情するが、自分の心に余裕がない時はどんなに相手が不憫であっても優しく出来ない。障がい者と共に働く人の中には「彼らは障がい者だから優しくしてあげよう」と思って接している人がいるが、その人たちのほとんどの人が、忙しかったり、自分に余裕が無かったりすると、普段と対応が変わってしまう。指導者であればなおさら、そういう対応は許されない。日々対応が変わってしまったら、障がい者は混乱してしまう。従って、自分の感情をコントロール出来ず、状況や感情に左右されやすい人はこの仕事には向かない。  また、障がい者と指導員の距離について、障がい者との距離が近すぎれば、親密ゆえに甘さが出たり大事なことを見落としたりするかもしれない。一方、距離が遠すぎれば、障がい者理解が進まず、障がい者からの信頼も得られず、踏み込んだ指導が出来ないかもしれない。常に指導者という立場を忘れずに、障がい者との適切な距離感を保てない人は指導者には向かない。 それから、就労支援では何度も行き詰ることがあるが、行き詰った時に指導員がどういう対応をするかが重要になってくる。「もう解決方法がない…」と指導者が諦めた時点で、その障がい者は問題を乗り越えられず成長するチャンスを逸する。「この人はこの程度だろう…」と指導者が障がい者の能力の限界を決めた時点で、その障がい者の成長はそこで止まる。「障がいがあるから…」と障がいの部分や苦手なことに注目しすぎると、障がい者自身の持つストレングス(強み・長所)に気付けず良い支援が出来ない。 指導員の間違った対応や判断が障がい者の未来を変えてしまう。指導員は自分の判断が、障がい者の今後の人生に多大な影響を与えるということを常に意識して支援すべきなのである。 《就労支援に不適切な指導は…》 ①同情心などから感情的な指導をしてしまう ②障がい者と適切な距離を維持できない ③解決策の少なさから指導を諦めてしまう ④障がい者の能力を決めつけて妥協してしまう ⑤障がいや不得手に固執しすぎる 5 就労支援にはどういう指導が必要か? 障がい者の指導でまず初めに求められることは、技術的なことや福祉職としての知識ではない。一人の人間を会社が求めている人材に育て上げるためには、まず精神面から教育していく方がスムーズに進む。技術的なことは、素質と経験でいずれ習得出来る可能性があるからだ。弊社に入社した障がい者も数か月で退社した者の9割以上が精神的な原因で退社している。従って、まず障がい者には、指導者の指導に対する意気込み・熱意を示し、厳しさの中にさりげなく愛情を注ぎ、その人を成長させるために全面的にフォローする体制を構築することが求められる。 また、技術的な面において、人それぞれ得意不得意があり、同じ仕事でも力を発揮できる人と出来ない人がいる。弊社では大まかに2種類の仕事を用意していて、一つは単純作業、もう一つは臨機応変な対応を求められる作業である。前者は自閉傾向でこだわりが強い人などが向いていて、後者はコミュニケーション能力が高く社交的な人が向いている。実習中にいろいろな作業を体験してもらい、その人の特徴・性格・長所などを考慮して配属を決める。その後も常にアセスメントし、最適な仕事を提供できるように心掛ける。 あと、障がい者にも働く意義を持たせたいので、お金についてもその人らしい付き合い方を考えてもらっている。グループホームや独り暮らしをしている障がい者には、給料と障害年金の中でどう生活をやりくりさせていくか、毎月小遣いをもらっている障がい者ならその使い道、お金に興味を示さない障がい者には自分が稼いだお金で自分の好きな事が出来ているのだと教えるなどして、頑張って働いているから購買活動が出来るということを教えていく。それがいずれ働くことへのモチベーションにも繋がるのである。 障がい者を指導していると、何度も同じ事で注意をしなければならないことが多々ある。きっと怒られる方もうんざりしていると思うが、実は指導する側もうんざりしてしまう。しかし、ここで指導者が面倒だ、しつこいと嫌われるからと言って指導を止めてしまっては障がい者に悪影響を及ぼす。ここは意地悪小姑にでもなった気持ちで、障がい者に嫌われようが注意すべき事柄があった時には躊躇することなく瞬時に指導する。逆に、褒める場合も同様である。毎回同じ言葉でも構わない。褒めるべき行為があったら、何度でもその都度気持ちを込めて褒める。とにかく障がい者指導には“何度でも”がキーポイントである。 《就労支援に必要な指導は…》 ①一人の人間として接し彼らと真剣に向き合う ②彼らの可能性を信じ指導を諦めない ③長所や能力に注目し最大限利用する ④その人の適職を提供できるよう心掛ける ⑤時期を見てステップアップさせる ⑥適切な部署への配置転換も視野に入れる ⑦出来る限り同じ流れの仕事を提供する ⑧お金を稼ぐ喜びを教える ⑨何度でも指導すべき事は瞬時に指導する ⑩褒めたり注意したりすることを躊躇しない 6 就労支援で障がい者にさせたい事は? 弊社に入社してくる障がい者は、入社前に何かにおいて達成感を味わった経験が無い場合が多い。そのような障がい者に対してただ「頑張れ!」というだけでは、どのくらい頑張れば良いのか分からないし、自分がどのくらい頑張れる人間なのかさえもわからないため、がむしゃらに頑張るということが出来ない。よって、どのくらいの頑張りを会社では求められているのか、どういうことが出来るようになれば良いのかなどを明確にする必要がある。手本となる先輩社員を見せたり、数値で示したりして、障がい者が目標を理解出来て初めて本格的な指導を開始するべきである。出来ない事を出来るようにさせるには並大抵の努力ではいかず、障がい者からすれば、今までに体験したことがない位の辛い日々がしばらく続く。それを側で支えるのが障がい者指導員なのである。厳しくも愛情をこめて寄り添い指導することで、障がい者に達成感を味あわせ、その体験が企業で働いている事への誇りと変わっていく。そして、頑張ることが出来るのだという自信から、仕事に対する責任感も芽生え、徐々に社会人らしさがにじみ出てくる。  また、どんなに仕事がその人に適していても会社の居心地が悪ければ長続きしない。社内で話し相手を見つけたり、休憩時間の快適な過ごし方を見つけたりして、障がい者が何か仕事以外に会社に来る目的や楽しみを発見することも就労継続させる上で重要になってくる。 《就労支援で障がい者にさせたい事は》 ①会社が求める目標(未来図)を理解させる ②何かを成し遂げるための努力をさせる ③働いていることへの誇りを持たせる ④仕事に対する責任感を持たせる ⑤職場での自分の居場所を作らせる 7 指導員が持っている“何か”とは?  企業や施設で就労支援に携わっている人と話をしてみると、皆それぞれ個性的で障がい者への視点も異なるのでとても面白く、また勉強になる。障がい者の就労支援に興味がある方は、是非現役で就労支援をしている人と話すことを勧める。  就労支援で指導員が活躍する機会と言えば、主に障がい者の教育時と問題発生時である。教育時は手を出さずに見守る忍耐や愛情など長期的な力が求められ、問題発生時では瞬発力、決断力などが求められる。障がい者支援では、瞬時の判断や方法を誤ると、最悪の場合、就労継続が困難になりかねない。そこで、障がい者の就労支援に携わる人が持つべき事柄を10項目挙げる。 ①障がい者指導に対する独自の信念 ②冷静な判断力 ③問題発生時の瞬発力・行動力 ④将来や危険を予測する力 ⑤障がい者との適度な距離間の維持 ⑥些細な変化にも気付く観察力 ⑦人脈を有効活用した情報収集力 ⑧結果が出ないことに対しての忍耐力 ⑨障がい者への愛情を表現する力 ⑩指導員自身の健康管理能力  おそらく、どんな素晴らしい指導員でもこの10項目が元々備わっている人はいない。様々な問題に取り組む中で、悩み苦しみ、試行錯誤した上に身につくものだと思われる。これらの力がつくと、『支援への情熱が尽きず支援をあきらめない』『選択肢を多数用意することが出来る』 『自らの業務に客観的視点での反省が出来る』 『障がい者の可能性を信じることが出来る』 『障がい者の新たな能力を見出すことが出来る』 『障がい者の職業適性を分析することが出来る』 『発想の転換で難問を解決することが出来る』 『障がい者から信頼される』 といった事が可能になる。実は、職場定着が上手く機能している企業の指導員が持っている“何か”とは、これらの能力のことなのだ。 8 「僕が僕であるために…」障がい者がその人らしい人生を送れるよう支援するために…  障がい者の就労支援は、本当に奥が深い。ただ適当な仕事を斡旋して、技術を身につけさせ、就職先を決定させれば良いということではない。障がい者にとって一番大事なのは、就労を継続させることだ。だいたい10代後半から就職活動を始め、 体が健康で働く場所があればずっと働き続け、人生の半分以上を労働者として過ごす。その間には様々な問題や事件が発生したり、悩み苦しんだりすることもある。それをそっと見守り、厳しさの中にも愛情込めてやさしく寄り添いながら正しく導くのが就労支援員なのだ。障がい者の人生が輝くかどうかは、良き就労支援員との出会いに左右される。それを肝に銘じて彼らを見守り続けたい。 共に就労支援を学びあう場の提供と役割 −人材育成の視点から− ○大川 浩子 (NPO法人コミュネット楽創 理事/北海道文教大学人間科学部作業療法学科 講師) 本多 俊紀 (NPO法人コミュネット楽創/就労移行支援事業所コンポステラ) 熊本 浩之 (NPO法人コミュネット楽創/就業・生活相談室からびな) 山本 創  (NPO法人コミュネット楽創/医療法人北仁会石橋病院) 1 はじめに  近年の障害者雇用を取り巻く状況が変化したとことにより、新たな課題として障害のある人たちの雇用・就労を支える人材育成が浮上してきている1)。2009年にまとめられた「障害者の一般就労を支える人材育成のあり方に関する研究会報告書」では、就労支援を行っている支援者は就労支援知識・スキルを効果的に習得する方法として「仕事を通じて」と回答したものが多いことが示されている2)。また、職業リハビリテーションの人材育成のための研修会における課題として、「実践的な知識・スキルの修得に関する意見・要望が多い」こと報告されている3)。これらの点から、支援者は実践的な知識・スキルの修得が求めているが、効果的に習得できる方法は「仕事を通じて」であり、就労支援の現場を持っていない支援者には困難な状況であると推察される。更に、就労支援員、就業支援担当者、ジョブコーチの研修モデルカリキュラムが示されているが、この中で現場実習という実践の機会が含まれているのはジョブコーチのカリキュラムのみである4)。つまり、支援者は就労支援について実践的な知識・スキルの習得を求めているが、その機会を得ることは少ないと考えられる。 今回、筆者らはIPS(Individual Placement and Support:個別職業紹介とサポート)に準拠した就労移行支援事業所の立ち上げに関わり、その際に、「就労支援を共に学びあう場」を企画した。この場の構造と取り組みの経過に就労支援に携わる人材育成の場について考察を加え、報告する。 2 コンボラ設立の経緯と枠組み 特定非営利活動法人コミュネット楽創は2006年度より札幌市の指定管理受け、精神障害者通所授産施設札幌市こぶし館の運営を4年間行った。IPSに準拠した就労支援を展開し、指定管理期間中に107件の一般就労を達成した。しかし、地理的問題等からIPSが重視する迅速な求職活動の開始や就職後の継続支援に関する課題があり、2009年度をもって指定管理終了し、新たな事業所を立ち上げることになった。新規事業に関して法人内で準備委員会を設置し、就労移行支援事業を行うことと、前述の課題を解決するために、地下鉄から徒歩圏内に事業を構えることを決めた。2010年4月1日、地下鉄駅から徒歩3分の場所に、就労移行支援事業所Work&Recoveryコンポステラを開設し、「就労支援を共に学びあう場」であるコンボラをスタートさせた。 コンボラとは「コンポステラボランティア」の略である。コンポステラという場を利用し、共に就労支援を学びあうという考えに賛同した者が参加する登録制の会である。就労支援に携わる人の増加を目的にコンポステラ準備委員会で企画され、法人会員や各種勉強会等で呼びかけを行った。登録者は支援者(作業療法士、PSW等)や障害当事者(以下「当事者」という。)等であり、活動には法人職員及び役員が関わっている。現時点(2011年9月末日現在)で登録者は34名で、内訳は図1のとおりである。なお、登録者や法人からの連絡についてはメーリングリストを活用している。  「共に学びあう場」というコンボラのコンセプトについては、当法人で長年大切にしてきた複数の事業が基盤となっている。以下が、その事業内容である。 1)WRAP(Wellness Recovery Action Plan:元気回復行動プラン)普及啓発事業:リカバリーに役立つ、精神的困難を経験した方たちから生み出されたツール。その倫理と価値のひとつに「それぞれが自分についてのエキスパート(専門家)であること」がある。 2)夜のお茶の間事業:新潟より発信された、誰もが対等で、プログラム等に当てはめられず過ごすことができる場である。当法人では月1回夜の時間帯に継続的に実施している。 3)障害当事者就労支援セミナー事業:就労支援委員会の事業の1つとして、障害や病を経験した当事者に就労について語ってもらうセミナーを企画し、実施している。 これらの事業を実施した経験から学んだことは、「誰もが経験のある専門家」「経験を相互に学ぶことで、エンパワメントされる」ということである。この学びから「共に学びあう場」という考えが生まれ、今回のコンボラのコンセプトとなっている。 3 コンボラの活動 コンボラの活動内容は大きく4つに分けることができる。大半の活動は夜の時間帯(19:00からが多い)でコンポステラを会場に開催している。 1)ミーティング(準備会):コンボラでの活動を決めるミーティングであり、コンボラで何を学びたいか、そのためにどのような活動を行うかを話し合い、計画を立てている。 2)プログラム:現在就労していている障害のある方の登録制の会(じょぶじょぶ)の会員に提供するプログラムを実施する。内容としては、SST(月1回開催)とコミュニケーション講座がある。コンボラ登録者はプログラムの企画立案や運営スタッフ、あるいは一参加者として関わっている。 3)イベント:じょぶじょぶ会員向けのイベントであり、法人側から提案することが多い活動である。内容は食事会や行事(忘年会・花見)であり、コンボラ登録者はプログラム同様、運営に携わる、一参加者としてじょぶじょぶ会員と交流を行っている。 4)学習会:コンボラ登録者からミーティング時に提案されたテーマを学習会として取り上げている。講師の調整、学習のために必要となる資料の準備は法人側で行っている。 各活動の実施回数と延べ参加人数、平均参加人数は表1に、勉強会とSST以外のプログラム内容の詳細については表2に示した。 表1 コンボラの活動概要 ※参加人数には、じょぶじょぶ会員、法人職員・役員 も含まれている 表2 コンボラ学習会・プログラム内容 4 経過  コンボラの活動が始まり、2011年9月末日で約1年半が経過している。この活動の経過を、コンボラと深く関係しているじょぶじょぶ会員の動向と法人運営などの背景を含め、大きく3つの期に分けて報告する。 (1)立ち上げの混乱と様々な方が活動に参加していた時期(2010年4月〜9月) 4月からコンポステラが開設し、同時にコンボラの活動も開始された。札幌市こぶし館では実施できなかった就労者の継続支援として、じょぶじょぶも開始され、夜の時間帯に開催されるイベントやプログラムに30〜50名が参加することが見られた。一方で、コンボラやじょぶじょぶという新たな活動を法人内でどのように位置づけるのかについて混乱していた時期でもあった。  この時期のコンボラは登録者の参加人数が多い時期であり、登録者同士が知り合えるようにミーティングを月1回開催することが活動の中心であった。しかし、ミーティングよりも実際に学ぶことに時間を割きたいという意見が出てきたため、7月以降、ミーティングを3〜4ヶ月に1回の頻度で開催するように変更した。 (2)学ぶための工夫がされる一方、参加者が減少・固定化されてきた時期(2010年10月〜2011年3月)  12月に同法人で運営する就業・生活相談室からびな(地域活動支援センター就労者支援型)が開設され、コンポステラ職員も一部配置転換となり、じょぶじょぶ会員が利用できる場が増えた時期。立ち上げ時期よりも、じょぶじょぶ会員のイベントやプログラムへの参加人数が減少し、一定の人数(10〜40名)内になることが多くなった。  コンボラでは、プログラムのSSTでリーダー、コリーダーの体験を希望する登録者が減少しており、その背景として、SSTの知識や経験の少なさからくる不安があると考えられた。この点を解決するため、SST終了後の振り返りを実施し、運営の知識と技術を相互にフィードバックし学べるように変更した。結果として、振り返りにはじょぶじょぶ会員で参加する者もおり、中にはコリーダーを希望するものも出てきた。  一方、登録者自身の状況変化(業務多忙、資格取得、配置転換等)により、コンボラの活動に参加が難しくなる登録者もおり、活動に参加できる登録者が減少、固定化されていった。参加はできないが業務が落ち着いたら参加したいという登録者もおり、メーリングリストによる連絡や情報交換がより重要になっていた。また、コンポステラ以外の法人職員がコンボラの活動に参加する者が増えた時期でもあった。 (3)参加人数は少ないままだが新たな挑戦が見られた時期(2011年4月〜9月)  2010年度、コンポステラでは一般就労者が延40名となり、じょぶじょぶ会員は新旧の会員が入れ替わりながら、プログラム等の活動には一定の人数が参加していた。5月に開催した花見は、様々な就労条件を考慮し、昼から夜にかけて長時間開催することで多くの参加者が集った。また、コンポステラの利用者にとって、じょぶじょぶ会員は就労後のモデルにもなるため、今までは就労者向けであったじょぶじょぶ向けプログラムをコンポステラ利用者も利用することが運営者側で確認された。  コンボラでは、新規の登録者が若干見られ、一部の登録者が就業・生活相談室からびなの夜のプログラムに参画することが出てきた。この動きは、SST以外のプログラムをコンボラ会員が主体的に企画・運営することにも繋がっていった。SSTでは、じょぶじょぶ会員が継続的にコリーダーを行い、SSTの研修会に参加しスキルアップに励み、新規の登録者がコリーダーを行うことも見られた。 5 考察 (1)コンボラの場の構造と利点  コンボラの活動の場は、コンボラ登録者、じょぶじょぶ会員、法人職員・役員が存在しており、三者が重なりながら活動を展開していたと思われる(図2)。 図2 コンボラの活動の場の構造 一方、コンボラの活動に関する人は就労支援という視点から分類すると、就労支援実践経験者、就労支援未経験者、就労支援利用経験者に大まかに分類することが可能であると思われる。この分類は完全に分けられるものではないが、各々が就労支援について異なる知識と経験、そして思いを持っている存在であると考えられる。コンボラの場では、活動を通して各自の知識と経験や思いを分かち合い、それらが新たな学び(気づき)となる中で、「自分にもできるかもしれない」という「自分自身の可能性を感じる」ことが起きていたことが推測される。安梅5)は、セルフ・エンパワメントの方法のひとつとして「可能性」を自らが感じる方法をあげている。つまり、「就労支援について共に学び合う場」というコンボラのコンセプトは、参加者が自分自身の可能性を感じることでエンパワメントされ、結果として参加者自らがチャレンジするという構造を持っていると考えられた(図3)。 図3 コンボラの場とエンパワメント (2)就労支援に携わる人材育成への意義  現在提示されている研修モデルプログラムでは、就労支援を行うための基本的な知識やスキルの習得する方法として、講義や事例検討が多い状況である4)。しかし、コンボラでは活動を企画・提供するだけではなく、支援者自身が実際に体験もできる構造となっている。この実際に体験すること(一参加者として、あるいは運営側として)はオンザジョブトレーニングに近い形状であり、まさに、IPSのPlace-then-Trainモデルと近しいものであるということが可能と思われる。つまり、現在、就労支援の仕事に携わる現場を持っていない支援者でも、就労支援の知識・スキルについて実践を通して獲得できる機会になっていたと考えられる。  また、エンパワメントされる場に参加していたという視点では、コンボラに参加している支援者が、現在就労支援に携わることが出来ていなくとも、「自分には就労支援を行える力がある」という可能性を感じ、新たな一歩を踏みきりやすいきっかけになると思われる。松為は人材育成における今後の課題として、「専門従事者ではない人を対象にした初心者向けの知識やスキルの啓発」をあげており1)、そのためにも、コンボラのような場は有用であると思われる。  そして、コンボラに携わる法人職員の就労支援に関するスキルアップの場になっていたと思われる。コンボラ登録者の背景として、現在就労支援に携わっている者が少なく、職員は就労支援実践経験者としてモデルとなりうる存在であると言える。また、振り返りの際には、自分が行っていたことを説明する必要があり、他者に説明するというプロセスが、自分の支援に対する考え方を整理し、根拠を再確認する機会になっていたと考えられる。更に、法人内の他施設職員の参加が多くなったことで、施設間での技術交流の場としても機能していたと考えられ、コンボラは法人内研修としての要素が含まれていたと思われる。 6 まとめ  今回報告したコンボラについては、まだ、実践の途上であり、様々な限界がある。しかし、「共に学び合う場」という構造が、就労支援に携わる支援者を増やし、質の高い支援を展開するきっかけになると思われる。今後、実践を積み重ね、検証していきたい。 【参考文献】 1)松為信雄:職業リハビリテーションに携わる人材育成,「職リハネットワークNo.66」,p.1-3,(2010) 2)厚生労働省:障害者の一般就労を支える人材の育成のあり方に関する研究会報告書別添え,厚生労働省HP(http://www.mhlw.go.jp/shingi/ 2009/03/dl/s0301-2c.pdf),(2009) 3) 障害者職業総合センター職業リハビリテーション部研修課:関係機関の職員に対する職業リハビリテーションの人材育成のための研修について,「職リハネットワークNo.66」,p.4-8,(2010) 4) 厚生労働省:障害者の一般就労を支える人材の育成のあり方に関する研究会報告書本文,厚生労働省HP(http://www.mhlw.go.jp/shingi/ 2009/03/dl/s0301-2a.pdf),(2009) 5)安梅勅江:エンパワメントの種類,「エンパワメントのケア科学 当事者主体のチーム・ケアの技法」,p.18-31,医歯薬出版(2004) SSTを活用した職場における人材育成 ○岩佐 美樹(障害者職業総合センター 研究員) 佐藤 珠江(社会福祉法人 埼玉精神神経センター) 千葉 裕明(早稲田大学大学院人間科学研究科) 1 はじめに 人材育成は多くの企業に共通する課題であり、障害を持つ社員を雇用する事業所においては、①障害を持つ社員 及び ②障害を持つ社員を職場で支援する社員(以下「支援者」という。)の人材育成、という2つの課題を抱えている。特に、②においては、障害を持つ社員への支援のためのスキルの育成が重要な課題となる。しかしながら、これらの人材育成の方法等についてのノウハウや情報は乏しく、十分な取り組みがなされていない状況にある。 人材育成に関しては、数多くの研究が行われているが、その中で、最重視されているテーマの1つに、コミュニケーションスキルがある。このコミュニケーションスキルの向上は、生活の質の向上とともに、効果的なコミュニケーションスキルの報酬として得られる社会的な賞賛等の強化により、自己効力感の向上、認知の変容をもたらし、個人の職業生活の満足度を高める。さらに、「コミュニケーションの円滑さ」は、事業主の障害者雇用の満足度を決める重要な要因であるということも指摘されており、障害者雇用においては非常に重要なポイントの1つと言える。   コミュニケーションスキルの向上支援のための有効な支援方法のひとつとして、SST(Social Skills Training)があり、SSTについては、対象者と実施者、双方の対人的スキルの向上が期待できるとされている。さらに、コミュニケーションスキルの向上といった直接的な効果のみならず、SSTの実践をとおした支援スキルの向上、すなわち前述の①②の人材育成について効果を発揮する可能性を持っている。 SSTについては、就労支援の現場においても、就職前の支援において、積極的に活用されているが、その取り組みは、就労後については十分及んでいない現状にある。また、先駆的にSSTを活用した社員研修を実施し、効果を上げている企業もあるものの、十分なノウハウの蓄積・共有がなされていない等の理由により、広く普及するには至っていない。 これらのことから、当センターでは、平成23年度より2ヵ年計画で、障害を持つ社員と、その支援者の双方の人材育成を目的とした、SSTを活用した人材育成プログラムの開発に取り組んでいる。そこで今回は、開発中のプログラム(最新版)について、2社のご協力を得て実施している試行状況等を含めて報告を行う。 2 プログラムの概要 プログラムについては、個人及び職場全体のコミュニケーションスキルの向上を目的としたスタッフ研修、そして、障害者支援のスキルの向上を目的としたリーダー研修の2部構成とし、これら2つをあわせたものを、「ジョブコミュニケーション・スキルアップセミナー」としている。 プログラムの流れについては、図1のとおりである。支援者に対するオリエンテーション、リーダー研修を1回実施した後、全体に対するオリエンテーションにて、グループ及び個人目標、研修についてのコンセンサスを得て、スタッフ研修を開始している。 なお、スタッフ研修、リーダー研修ともに1回約1時間、月1回×6回を標準モデルとしている。 (1)支援者オリエンテーションから全体オリエンテーションまで 支援者に対するオリエンテーションにおいては、研修に対する動機づけを行うとともに、カリキュラムメニュー策定のために必要なアセスメントについての説明を行う。これをもとに、各支援者は、第1回リーダー研修までに、担当する障害を持つ社員とアセスメント面接を行い、本人の職業生活上のニーズを引き出し、そこから具体的な行動レベルの目標を設定する。第1回目のリーダー研修 図1 プログラムの流れ では、面接の結果得られた個人目標を持ち寄る。さらに、事業主、支援者として彼らをどういう人材に育成したいかということも含めて話し合い、グループ全体に共通した獲得目標となるスキルを抽出、カリキュラムメニューを策定する。 その後に行う全体オリエンテーションでは、障害を持つ社員に対し、スタッフ研修の意義等について説明、グループ及び個人目標についてコンセンサスを得ることにより、参加についての十分な動機づけを図ることとしている。   (2)スタッフ研修 障害を持つ社員を対象に、SSTのセッションをステップ・バイ・ステップ方式にて実施。将来的には支援者主導によるセッションの実施を目指しつつ、現在のところは、SST普及協会の認定講師である協同研究者とともに、当センターによる実施としている。 支援者については、SSTについての理解を深めてもらうとともに、セッションで得られたアセスメント情報等を共有し、障害を持つ社員の日常業務の中でスキルの般化の促進を支援していただくことも目的としている。 なお、カリキュラムメニューについては、個人及び職場のニーズ、そこから引き出される目標に基づき策定されるため、試行先ごとに異なり、図2に記したように、1スキル1回、計6スキルを取り上げる場合もあれば、1スキルを基礎、応用と2回に分けて取り扱う場合もある。 (3)リーダー研修 支援者を対象に、スタッフ研修とスタッフ研修の間に実施。SSTの背景となっている理論やSSTで活用されている技法等についての講義とともに、対象者としてのSST参加といった体験学習を取り入れている。期間終了後、支援者が自らグループを立ち上げ、リーダーとしてセッションを行うことができるようになることを1つの目的としている。 また、事業主からの希望を踏まえつつ、各事業所で雇用されている障害者の障害特性とコミュニケーション上の問題、それに対する指導・支援方法等についても講義を行うとともに、支援者が、日ごろ感じている問題や疑問についても話し合う時間を持つことにより、職場内の情報共有、共通認識を持った障害者支援・指導の促進を図ることもねらいとしている。 3 試行実施状況の概略 (1)対象者  平成23年5月からA社、7月からB社にて試行を開始。対象者の属性については表1のとおりであり、対象者の人数、属性等にもかなりのばらつきがある。また、A社においては、スタッフ研修についてはオフィスごとに4回実施、B社についても業務の都合上、2グループに分けて実施している。 企業ごとに共通のテキストを使用しながらもグループごとに異なる構成人数や特性等に配慮した実施内容、方法としている。 なお、リーダー研修については、両社とも企業単位で実施している。    表1 試行先事業所の対象者の内訳 (2)効果  効果測定の一環として、①各研修で取り扱うスキルについての活用度自己評価及び②支援者による他者評価(5段階評定)、③スタッフ研修に対する自由記述式の感想、④リーダー研修に対する感想(口頭)等を実施している(表2参照)。 表2 効果測定の実施時期について  スキルの活用度自己評価について、9月末現在で試行を終了している3回分について、Wilcoxonの符号付順位検定を行った。その結果、すべての試行において、研修後、スキル活用度の自己評価が有意に上昇していた(図3参照)。 また、各セッション終了時、自由記述式での感想を対象者に求めたところ、「スキルを使うときの自分のポイントがわかった」、「今後使っていきたい」という積極的な意見とともに、それを理解したことにより、「できているつもりでも、できていないことがわかった」といった内省的なものも見られた。 また、リーダー研修については、「日ごろ考えていること、感じていることに対して理論的な裏づけを得ることができると、支援に自信が持つことができる」「発想の転換ができた」といった主旨の感想が得られている。 図3 各会社における社会的スキルの自己評定値 図3 試行ごとのスキルの活用度自己評価 4 今後について  今年度中にプログラムを完成させ、来年度は、プログラムの効果の検証及び活用のための支援方法の検討を目的に、引き続き、数社にて試行実施を行っていく予定である。 また、本プログラムについては、1つの研修パッケージとして提供し、多くの事業所にて活用いただくことを目的としており、今後については以下のことについて、取り組んでいくこととしている。 (1)支援ツールの作成 スタッフ研修用のテキスト、リーダー研修用のテキスト等の支援ツールを作成予定である。  また、今後は、これらのツールを活用し、事業主、支援者自身で研修を実施するためには、どのような支援(当センター及び地域障害者職業センターによる研修等)が必要かということについて、対象となるグループ構成人数や障害特性等に応じた実施方法等とあわせて、検討していくこととしている。 (2)プログラムの妥当性と効果の検証  スタッフ研修で実施しているスキルについての活用度自己評価の結果からは、研修を受けた後には自己評価が上昇する傾向が見られている。しかしながら、この評価の対象は、試行の一部のデータに過ぎず、全試行の結果とともに、プログラム終了後に実施するスキルについての活用度自己評価及びプログラム開始前後に実施する支援者による他者評価と併せて分析していくことが必要である。 さらに、これを一時的な効果としないためには、日々の練習によるスキルの般化促進が重要となる。そこで、研修で得られた気づきをスキル、行動として定着させるために、職場全体で、強化の手続き、具体的な支援方法等について獲得できるようにする支援についても、検討していく必要があると考えている。  また、各研修後の自由記述式の感想については、全研修終了後の感想とともに、内容を分析していくこととしている。 そして、これらの結果をもとに、本プログラムの妥当性、より効果的な実施方法等についての検討を行っていく予定である。 【参考文献】 1)舳松克代編集:「SSTはじめて読本—スタッフの悩みを完全フォローアップ」,医学書院(2008) 2)R.P.Liberman,L.W.King,W.J.DeRisi,M.McCan :PERSONAL EFFECTIVENESS:Guiding People to Assert Themselves and Improve Their Social Skills,1989.(安西信雄監訳,生活技能訓練基礎マニュアル 対人的効果訓練:自己主張と生活技能改善の手引き),創造出版(2005) 3)障害者職業総合センター:発達障害者の企業における就労・定着支援の現状と課題に関する基礎的研究,「調査研究報告書」,NO.101(2011) 4) 山科正寿、八重田淳:障害者雇用をしている企業の職場環境改善についての一考察,「日本職業リハビリテーション学会 第38回神奈川大会プログラム・抄録集」,p.68-69,(2010) 企業で働き続けるため支援者に求められること −職業センター利用者の事例からの考察− 北口 由希(京都障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 はじめに 地域障害者職業センターでは、様々な就労支援サービスを通じて「働く」ことを希望する障害者に対して、「働く」こと、「働き続ける」ことを支援している。就労支援サービスと一概に言っても、必要とされる支援は本人の障害状況や就労経験等によって個別に異なり、加えて、求職活動や入職時の支援と企業へ就職後の就労継続に必要となる支援は異なってくる。また、一旦就職しても、本人、企業、それぞれの理由によって残念ながら離職する場合があることも事実であり、離職後の再就職に向けた支援にあっては、個々のライフキャリアの視点を踏まえた支援も欠かせない。 本稿では、地域障害者職業センターの利用者に対する支援経過をたどりつつ、時間経過に伴って必要とされる支援の内容や企業で働き続けるために必要となる支援について、京都障害者職業センター(以下「職業センター」という。)の職場適応援助者による支援事業(以下「ジョブコーチ支援」という。)を利用した事例を中心に整理し、長期的な期間を見通した就労支援のあり方について考察する。 2 ジョブコーチ支援利用者の傾向について (1)対象者及び調査方法 就労後も含めて比較的長期に渡って支援を展開し、職業センターが現況を把握している者についてその傾向を分析するために、平成17年度から平成21年度の5年間にジョブコーチ支援を利用した対象者335人のうち、平成22年度中に改めて職業センターを職業相談、職場適応指導(在職者のフォローアップ)、ジョブコーチ支援等で利用した110人を対象とした。調査は相談等の経過記録からの情報収集及び対象者・関係機関への聞き取りにより実施した。 (2)調査結果 イ 障害別・経過年数別状況 平成22年度中に再度職業センターを利用した対象者数は、最初にジョブコーチ支援を実施して以降の年数を経るごとに減少する傾向にある。一方で、継続した関わりを持つ対象者数自体は減るものの、支援終了後5年が経過してもなお、継続した関わりが必要なケースもある。また、障害別に平成22年度に関わりを持った者の割合を見ると、精神障害者(43%)、その他(68%:発達障害者等を含む)の障害者は身体障害者(27%)、知的障害者(26%)に比べて、支援修了後も継続して関わる割合が高い傾向が窺える(表1)。 表1 平成22年度の障害別・年度別利用状況(人)                ロ 支援内容 支援終了からの経過期間が比較的近い者については、定点的な状況確認を目的とした支援が主となるが、期間を経るにつれ対象者からの相談のみならず、企業からの要請による相談対応も少なからず見られる傾向である。実際に、平成17年度、平成18年度にジョブコーチ支援を実施し、その後も継続して関わりを持っている事例(14人)の平成22年度における支援内容を見ると、「入社時から勤務条件(給料)が変わらず、転職をしたい」との相談や企業内での職務内容の変更や指導担当者の異動による情報の引き継ぎ、ジョブコーチ支援の再支援に関わる内容が主となっている(表2)。 ハ 支援の方法 対象者への支援方法については、企業を訪問しての支援が最も多いが、支援の経過年数に関わらず、電話や対象者に来所を要請した面談といった方法を織り交ぜて対応している(図1)。 図1 支援方法別状況 また、全ての対象者について、職業センターだけでなくハローワークをはじめとした複数の支援機関が支援に関係しており、職業センターからの直接的な対象者へのアプローチのみならず、他の支援機関を通じた連絡や調整も行っている状況である(表3)。 表3 関係している支援機関(箇所) ニ 離職後の相談対応等 対象者110人の内、離職を経験した者は19人(身体障害者3人、知的障害者5人、精神障害者6人、その他5人)であり、そのうち離職後に再就職した者は6人(身体障害者1人、知的障害者1人、精神障害者2人、発達障害者2人)であった。離職理由の第一は体調不良によるもので、その他の理由としては人間関係、事業所都合が挙げられた。 離職後、再就職までの期間は1ヵ月〜1年半まであり、個別差が大きい。また、再就職した7人のうち再度ジョブコーチ支援を実施した者は5人であった。職業センターが把握している限りにおいて、転職することで大きく労働条件(給与面など)の向上や職務内容についてキャリアアップが実現されたケースはなかった。 3 支援事例 (1)事例1:生活面での支援を得ながら就労継続している事例 イ 対象者属性 障害:知的障害、年齢:30才代、性別:男、従事業務:商品組立作業 ロ 企業の属性 電線製造を中心とした製造業、従業員約140人 ハ 支援経過 高校卒業後、数社で就労経験はあったが、対人関係のストレスから体調を崩し離職。その際に受診した医療機関より知的な遅れによる適応障害との診断を受け、療育手帳を取得。その後、作業所へ通所(通所時より同法人内の地域生活支援センターを利用)。ハローワークの紹介で平成17年から現職。入職時にはジョブコーチ支援を実施し、対応できる職務は限られた内容であるが定着が図られた。 支援期間中に作業面での適応が進み、職業センターからは定期的な企業訪問時の体調確認を中心にフォローアップを実施していた。その一方、家庭環境に課題があり、家族が執拗に企業へ連絡をすることや、本人に対して金銭の要求をすることで精神的に動揺し、出勤状況が不安定になる状況が見られた。職場以外での場面を中心に生活支援に関しては地域生活支援センターの協力を得て介入した。また、企業からの要請により、企業と職業センター、地域生活支援センターで本人との関わりや家族への関わりについて何度も協議を行った。その中で、本人は単身生活を開始し、母親との距離の保ち方も安定してきた状況であった。生活面の課題が安定することで、職場での問題はあまり生じず、適応が図られてきているところであった。 ニ 現況 最近になって企業の業務縮小にともない、雇用継続が危うい状況となってきている。今後の継続就労に向けて、今後、本人とハローワーク、職業センター、地域生活支援センターで協議を行うこととしている。       図2 事例1の支援経過と状況 (2)事例2:転職を通じて支援している事例 イ 対象者属性 障害:発達障害、年齢:20才代、性別:男、従事業  務:商品包装作業 ロ 企業の属性 農園芸商品の開発・製造・販売、従業員約700人 ハ 支援経過 ハローワークの紹介で製造業種に入職。入職と同時にジョブコーチ支援を実施していたが、最初の職場は3ヶ月で離職している(トライアル雇用期間満了)。離職理由は職場の人間関係によるもので、本人曰く「『周囲の従業員がルール通りに仕事に従事しないこと(アバウトな対応)』が気になり、精神的に負担になった」とのことであった。企業からは作業面での高評価を得ていたこともあり、ジョブコーチ支援期間中に何度か仕事を続けることについて本人と話し合ったが、本人の気持ちの負担感が解消されなかったこともあり、支援者から見ても無理に継続したとしても安定した就業は難しいと判断され、結果として離職することになった。 再就職に向けて、これまでの仕事ぶりについての振り返りを本人、ハローワーク、職業センター、障害者就業・生活支援センター(前述のトライアル雇用期間中に長期的なフォローアップを見越して利用登録をした)担当者を交えて求職活動の進め方について協議を行った。その後、1年半の期間の間に、職場実習の機会を数回経て、精神障害者保健福祉手帳の申請と取得、希望職種や自分の得手不得手を整理した上での再スタートとなった。 現在就業中の企業へは入職時よりジョブコーチ支援を実施し、他の従業員とのコミュニケーション面を中心に支援を行ってきた。 ニ 現況 現在は、再就職をした企業で徐々に仕事の幅も広がってきている。また、企業からは正確な作業ぶりを評価されている。しかし、本人の目指す目標は「正社員になりたい、収入をもっと得たい」ということであり、現在の企業の労働条件とどのように折り合いをつけるか、あるいは他に転職先を探すのか、今後の課題となっている。      図3 事例2の支援経過と状況 4 考察 (1)支援者間のコミュニケーション 長期に就労し、年数を経るにつれ、本人自身の職業能力、生活状況はもとより、勤務する企業の状況は変化していくため、就職して間もない時期の支援ニーズと一定年数を経た後の支援ニーズは自ずと異なる。その一方で、今回の調査で明らかとなった様に、ジョブコーチを含めて、入職後、年数が経過するにつれて支援者と本人、企業との接点や機会は減少していく傾向にある。そうした中で、一つの支援機関が企業や本人の状況を全て把握し、支援することは極めて難しい。時々の状況変化を受け止めつつ、障害者が希望する「働く」ことや「働き続ける」ことを維持するためには、周囲の支援者同士のコミュニケーションの場(協議の場)をタイムリーに持てるかがポイントになる。 事例1では職場以外で生じている課題について、職業センターと生活支援を担う機関が連携して対処し、一定程度解決が図られてきた。ただし、「連携」と一言で言っても関係している機関の状況や障害者の置かれている状況によってその方法も異なり、決まった方法がある訳ではない。だからこそ、支援者間でコミュニケーションをとり、目標を共有する場を設定することが大切になってくる。実際に事例1では、役割の異なる支援者が時々で協議の場を持ってきたことが「働き続ける」ことを支える上でポイントとなっているものと思われる。 (2)企業の視点も併せ持った支援   事例1では、企業の業務縮小により、入職時と比べると対象者に期待される職務内容が幅広くかつ高度な内容に変化してきている。一方で、能力的な制約もあって対象者は限られた業務をし続けてきた状況であり、今後、雇用継続に向けて状況はますます厳しくなることが予想される。 今回の職業センター利用者に関する調査結果を見ると、退職・離職の理由として、体調不良以外に職場の人間関係の不調を挙げる者が多かった。そのような状況に陥る背景として(人間関係の齟齬が生じる前段で)、企業が本人に求める力と本人の実態に落差があり、仕事への対応の難しさが原因となって人間関係の不調となる場合が多いことも聞き取りの中では窺えた。企業が求める「働く」に応えるためには、与えられた仕事を覚えて遂行することで信頼感や安定性を発揮すること、更には、仕事への対応幅自体が広がるかどうか、「エンプロイアビリティ」を持ち得ているかどうかが重要となってくる2)。 その意味では、対象者が「働き続ける」ためには、対象者自身の状況と併せて、一方の当事者である企業の状況をも含めて考えなければならない。支援者として両者の状況を丁寧に確認し、かつ、両者に対して第三者としてより客観的に先々の見通しを情報提供する役割が望まれるものと思われる。 (3)ライフキャリアを念頭においた支援  事例1のような同一企業での就労継続を目指したフォローアップや事例2のように離転職を挟んで長期的に支援している事例等を見ると、濃淡はありつつも、職業センターを含めて適切な支援を提供できる支援機関が、時々で可能な範囲での支援を実施しているケースが多い。また、その支援方法についても、企業に訪問し、対象者と面と向かって相談するといった直接的な対応以外にも、他の支援機関に依頼して間接的に支援を行う等柔軟な対応をしている。 短期的な離転職にとらわれず、就労可能年齢を視野に対象者の長期的な「働く中での成長」を目指し、支援していくために、各支援機関がそれぞれの人的、物理的制約を踏まえつつ、「その時にできること、対応できる支援」を適切に実施することが重要であろう。 5 おわりに 「働く」ことをスタートすれば、いずれ退職や離職の機会を迎える。たとえ他の職場に変わろうとも、「働き続ける」ことを希望する者がより良い再スタートの機会を迎えられるよう、対象者の挑戦が常に支えられるような関わりを支援者として大切にしていきたいと考えている。 【参考・引用文献】 1)望月葉子:知的障害者の職業経歴からみた職業生活設計支援の課題に関する研究−養護学校卒業生を対象として−、「調査研究報告書No.33」、障害者職業総合センター(1999) 2)朝日雅也:精神障害の人が「働くこと」の課題と展望、pp10-11、精神障害とリハビリテーション、日本精神障害者リハビリテーション学会(2000.6) 3)佐藤珠己他:地域における雇用と医療等との連携よる障害者の職業生活支援ネットワークの形成に関する総合的研究、「調査研究報告書No.84」、障害者職業総合センター(2008) 4)工藤正他:障害者の就業の多様化とセーフティネット、「調査研究報告書No.48」、障害者職業総合センター(2002) 5)望月葉子他:発達障害者の企業における就労・定着支援の現状と課題に関する基礎的研究、「調査研究報告書No.101」、障害者職業総合センター(2011) 6)内田典子他:認知に障害のある障害者の自己理解促進のための支援技法に関する研究、「資料シリーズNo.59」、障害者職業総合センター(2011) 7)京都市発達障害者支援連携協議会:発達障害のある方の『仕事したい』を応援します、京都市保健福祉局保健福祉部障害保健福祉課(2010)                      職場復帰支援における復職者と企業のニーズに配慮した コーディネートのあり方について(1) 中村 美奈子(千葉障害者職業センター リワークカウンセラー) 1 問題と目的 職場復帰支援は、精神疾患をもってはいるが、それまで勤務した会社に復帰し、それまでのように勤務することを目指す人々を対象としている。そのためクライアントが労働者として主体的に考え行動できるよう支援することが重要な目標のひとつとなる。一方、医療や福祉では疾病性の視点からクライアントを捉えたケアが中心である。これが休職者が自らを病者と規定し病者の役割を演じることを助長する場合、クライアントを復職困難とする要因となりうるのではないだろうか。  職場復帰支援には休職者だけでなく、企業というもうひとつのクライアントが必ず存在する。企業は、当然のことながら、医療や福祉の視点からでなく、経済活動を追及するための社会生活を基盤として組織される。企業は休職者の復職においても経済活動に寄与することを期待しているが、休職者の病者の側面がクローズアップされることで、企業の復職者への関わりが曖昧にならざるを得ない状況があると考えられる。 疾病性を中心とした職場復帰支援を行うことで、休職者がイメージする復職時の働き方や労働者としてのアイデンティティのあり方と、企業がイメージするそれとのギャップが大きく乖離する。そのギャップが大きくなれば、双方にとってスムーズな復職が阻害されることなる。  本報告では休職者が復職に関する企業側のニーズを理解することを通して、病者から労働者へとアイデンティティを再構築し復職への意欲を高めた過程を、事例を通して考察する。 2 事例(「 」:クライアント、“ ”:事業主、< >:カウンセラー(以下「Co」という。)の発言) 【クライアントA氏】 男性、40歳代半ば、単身。国立大学卒業後「障害者枠で」現在の大手物流企業に就職。小児麻痺による左上肢麻痺や震えや軽い運動障害はあるものの一般的な業務をこなした。地方支社勤務を経て今から10年前には企業からの派遣で大学院に進学しMBA取得。8年前から本社勤務となり欠勤を繰り返す。大学院博士課程進学と同時期である4年前に子会社に出向し経営管理部に配属、「未経験業務や経営陣と直接関わることなどがプレッシャー」となり2年前に反復性うつ病性障害と診断され休職に至る。病状の回復により復職するが再休職を数回繰り返し安定就労に至らず、本年リワーク支援利用を開始する。12週間のリワーク支援終了と同時に休職期限満了となる。本人がCoに報告した病名は「うつ状態」。リワーク開始の数か月前に博士号を取得した。 リワーク開始時に主治医からCoへ、双極性感情障害であり本人へは症状に波がある病気と説明している、と情報提供された。 【インテイク】  休職のきっかけは「経験はないが学歴や業績を買われ経営管理部に異動になった。役員相手の仕事であり失敗してはいけないためストレスだった」。今回の休職までは「仕事は上手くいっていた。評価されて課長にもなった」など業績をアピールする。「最近は手の障害のため筆記式の昇進試験を受けていないので昇進しない」とハンディキャップを上手くいかないことの理由にする。また「今の会社には障害者枠で雇ってもらったので悪いことばかりではない」と、ある程度ハンディキャップを受け止めている様子もある。 リワークに来て「集団活動なので緊張する。今まで夕方まで寝ていた。生活リズムが出来ていないので通えないと思う」と不安を訴える。しかし「主治医からリワークに通えなかったら復職診断書は書かないと厳しく言われている。困ったなぁと思うけど仕方ないですね」「今回復職できないと解雇になる。就業規則だから当然ですよね」と笑い、鷹揚に構え切羽詰まった感じはない。 「考えすぎて動けないところがある」と自分を振り返る。「リワークでは手書きの書類が多く非常に疲れる。配慮してもらえないと続かない」とハンディキャップへの配慮を要求する。本人が考えるリワークの目標は「生活リズムの安定」、主治医からは自己肯定感や自己効力感の向上があがった。上司からは、“Aさんはこの3年ほど数週間単位で出勤と欠勤を繰り返しており無断欠席などのルールやマナー違反も多かった”。“今回は最後のチャンスであり精神的な部分を見直すように言ってある”。復職には“フルタイムで働けること、職責に見合った業務ができることが条件である”とされた。 「緊張している」と言うものの表情豊かでユーモアも感じられるが、大仰さ迂遠、尊大な印象が強い。休職の経緯はストーリーとして了解可能だが、休職にまつわる自己肯定感の低さと学歴や休職以外の業績への自己評価の高さのギャップが大きい。「考えすぎる」ため問題が改善出来ないことについて<行動を変えることで考え方も変えられる>と説明したが懐疑的である。 支援目標は、①生活リズムの安定、集中力の向上、②本人の自己イメージと会社による評価のギャップが大きいことに注目し、現実把握とそれに基づいた自己評価と自己肯定感の再構築、③②を基礎とした現実的なキャリアの見直し、とした。 【支援経過】 第1期(1〜3週:自己中心的行動) 集団での緊張や手書き作業の多さから疲労があるなど頻回に訴え、課題の軽減やパソコンの独占利用などの特例を認めるよう要求する。  上司面談で「業績評価が最低ランクになったと言われた。休職中は評価されないはずなのになぁ。今の部署に異動してからついてない」とどこか他人事で追いつめられた感じは伝ってこない。「数字を扱う今の仕事は苦手、今までやっていた書類作成や情報収集は得意」と言う。現職場でも報告書作成が主業務であるが、業務に対する負のイメージが強く、現実的な理解ができていない。レクレーションの卓球に「それぐらいできますよ」と何事もみんなと同様に行おうとするが、足がもつれて転ぶなど周囲に気を遣わせる。障害のある自己の受容と否定が入り混じり、現実的な自己認知や現実把握を阻害している。 「ハンディがある自分がリワークに来ることでいかに困難を被っているか理解して欲しい。配慮がないとやっていけない」との内容のレポートを作成し、要求を受け入れるよう訴える。<作業や対人の困難さは理解したが職場でもそれらは必ずある。それをコントロールする練習はしなくていいのか>問うと「そこまで考えていなかった」と場当たり的で自己中心的な要求をすることに終始し、主体的に問題解決し目的的に行動することができていないことに気づく。 自分の問題に直面化し「リワークはただ来ればいいと思っていたが、いろいろ考えないといけない」と言う。しかし面談の最後には再び「ハンディのことをみんな分かってくれない」「今日は自分がいかに大変な思いをしているか分かってもらえれば目標は達成できた」など、自分の視点からのみコミュニケーションを行う。復職のためには会社からの評価などの現実に即して主体的に行動することが必要であることを伝えるが、会社が自分をどのように見ているか想像できず、「会社は自分を評価してくれている」と自己イメージが損なわれないような解釈している。 第2期(4〜6週:Coへの陽性転移と気分の変動)  リワークの目標を自分なりに再度考えるよう指示するが「病院で相談したら3つ提案された」と依存的である。「でも抽象的な内容だったので直しました」と主体的というよりも自分の能力をアピールしたいという誇大的な感じがみられた。 今後の業務で活かしたい能力を考えると「会社の選抜に残り大学院に派遣されMBAを取った。博士課程でも論文を書いた。リサーチや分析、理論の組み立て、文章表現は得意」とのこと。<それは今の部署での仕事には必須であり、積極的に活用したい能力>と言うと「そう言ってもらえると心強いな」と評価されたことを喜ぶ。「自分は社会人研究者。自分の専門分野と業務を両立できるように自分の能力と会社のニーズをマッチングさせます」と意欲を見せる。しかし「仕事と論文は頭の使い方が違う」など論理的な矛盾も多い。 仕事と研究の両立というコンセプトは自尊心や自己評価に合致するため本人にとって非常に心地よいものだが、具体的な業務遂行のエピソードや業績に関する情報は会社からは得られていない。 休職原因を改めて検討すると「ハンディがあって業務に支障が出たわけではない。無断欠勤するなど自分の考え方に問題があった」と振り返る。<そう考えられるなら復職に向けての課題に取り組めると思う>と言うと、ハンディの側面ではなく潜在的なコンピテンシーを評価されたことでリワークへの動機づけが強化された。グループワークではCoに特別扱いしてもらう感覚が得られないことから不機嫌だが、個別面談では気分が高揚し多弁になる。グループ内でのスムーズなコミュニケーションを阻害する要因について検討するとそれまでになく長い沈黙となる。ハンディキャップを受容できないことが他者とのコミュニケーションを制限していることを意識化することができない様子である。一転して「上司面談の予定を入れるんですよね」とその場で上司に電話をする。電話を終えると「先週締め切りの書類を出していなかったので怒られました」とあっけらかんと言う。やるべきことをやらないために相手の信頼を失い関係を悪くするという悪循環が見られた。 ハンディキャップが他者とのコミュニケーションを躊躇させることや対人関係が上手くいかない要因を自分自身が作っていることなど、自身の問題に直面化する場面や他者と自分を比較する場面が多く、短期間で大きな気分変調があった。これらの出来事の後2日間無断欠席した。 第3期(7〜12週:問題解決的行動への変化)  無断欠席後、早朝に来所し面談を申し込む。面談では無断欠席には一切触れず「宿題になっていた他の参加者が自分をどのように見ているかを聞いてきました」と勢いよく話し始める。「手が不自由で大変そうだけど頑張っている、おとなしいけど本当は何か言いたいとことがありそうと言われた」。それに対し「やっぱり体のことを見られてるんですね」と、ハンディがあることで自分自身に心理的な制限をかけてきたことやそれを隠すために「見栄を張って何でもできるつもりでやってきた。本当は無理していた」と初めて率直に話す。<みんなハンディという面からのみAさんを見ているわけではない>と言うと「ありのままを見るってそういうことなんですね」と自身に課していた心理的なハンディキャップに気づいたと言う。 Coから<社会人は無断欠席をするか。その後挨拶もせず無かったことにするのか>と指摘すると「分かってはいるけど言いにくいし、言わなくても反省しているのは分かるでしょ」と回避的で自己中心的な応答をする。<会社でそういう行動をするために信用をなくす>など話すと「社会人として反省しました。会社ではそういう部分は注意してもらえないまま、人事考課でマイナス評価される。認識が甘かった。注意してもらい胸に響いた」とこれまでの無秩序な行動を振り返る。これをきっかけに「上手くいっていることは続ける、上手くいかなければ別のことをやる」と積極的に問題解決行動をするように変化した。  復職前のリハビリ出勤に向け本人、上司、Coで話し合う。上司から休職の原因を聞かれ「自分の甘えが大きかった」と説明すると“その言葉が出るようになったのか”とリワークでこれまでの行動を反省的に振り返ることができたことを評価された。しかし“これまで迷惑をかけた分、みんなが温かく受け入れるわけではない”と会社としての感情的実際的な受け入れ態勢が整わないことが伺われた。それに対し「風当たりが強いのはわかっている。リワークで学んだことを活かして乗り越えたい」と他者からの視点を意識して行動する心構えを示した。 上司からCoにリハビリ出勤中に会社として気をつけることがあるか質問があり<復職する以上従業員として求められることができる必要がある。その意味で甘やかさないでほしい>と答えた。“厳しく指導していただいたんですね。メンタル疾患なので会社としても気を遣い、本人をどう扱えばいいかわからなかった”と職務遂行させることと労務管理のバランスの難しさを語った。  リハビリ出勤を順調に終え、復職判定の産業医面談を行った。産業医から、認知行動療法で考え方が変わった、ストレスにも自分で対処できるだろう、と評価され復職が決定した。それを受けてAさんは「まあ、やるだけやってみます。困ったら上司に相談すればいい」と鷹揚さはありながらも、現実に即してセルフマネジメントし問題解決思考を実践していく意欲を語った。また「自分は波のある病気ですね。気をつけないと」と双極性障害であることへの否認が和らいだ様子であった。 3 考察 リワーク開始時のAさんは休職前の業績や高学歴であることを本来の自分の姿として高く自己評価し自己肯定感も強く、発言には誇大感や詭弁、矛盾が多く見られた。実際には10年近く休職を繰り返す生活の乱れやマナー不遵守などの無秩序さがあり、Aさんの現実検討力の低さや強固な自己中心性が感じられた。病識の低さや症状がこれらの改善を阻害していたと考えられる。さらに身体的ハンディキャップがあることも、現実をありのままに見ることを阻害する要因となり、問題解決行動を抑制していることが伺われた。 これらに対し以下のような支援を中心に行い、功奏したと考える。①リワークへの来所により行動をルーチン化することができた。また生活リズム表を丁寧に記入することで安定的なセルフコントロールを実現し、それへの自信がついた。②高い自己肯定感を活かしつつ、長期にわたり休職している現実に直面化した。それにより現実に即した自己評価を見直し、職場での役割を再検討することにつながった。また、尊大さや過剰な自己アピールをセルフコントロールすることも対人スキルであることを自覚し、改善の努力ができた。 職場復帰支援で重要となる、再適応すべき現実とは、復職後の生活の基盤となる会社が本人をいかに見ているかということである。会社と本人にとっての現実をすり合わせ、双方が歩み寄るための落とし所をコーディネートすることが、職場復帰支援としての本ケースの要点であった。 また、本ケースでは身体的なハンディキャップとともに生きるという前提があった。さらに双極性障害を受障することで一層現実否認を強化し、理想と現実という矛盾を併存させたと考える。Coは、Aさんがアイデンティティを揺るがすその矛盾を抑圧することで自己を保っているというAさんの複雑な内的世界を理解し、Aさんが現実と自己を受容できるよう関係を築いた。それによりAさんが問題への直面化による深い葛藤を乗り越え、現実的なセルフマネジメント力をつけることができたと考える。 4 まとめ 職場復帰支援は仕事にもどることが目標であるが、実際には病状そのものや心理的な葛藤を扱う必要がある場合が多い。社会リズムの安定やアイデンティティの確立、対人関係の見直しなど、Bio- Psycho-SociAlな視点からの支援が求められる。 クライアントを病者ととらえ病状の安定を目指すという視点からは主治医との連携が必須である。同時に、クライアントが職業人として果たすべき役割や能力を理解するためには、職業生活の場である会社がクライアントに求めるそれを現実に即して把握する必要がある。 職場復帰支援では休職者本人とともに、もうひとつの支援対象である企業が必ず存在する。企業の休職者に対する考えと休職者自身の考えを把握し、そのギャップを埋めることが、病状安定の先にある、復職準備性を整えるためのコーディネ−トであると考える。職場復帰支援では福祉や医療の視点から疾患をもつクライアントを理解するだけでなく、クライアントが活動する職場で求められるソーシャルスキルや業務能力までも視野に入れた支援を行うことが重要である。 【参考文献】 秋山剛:職場復帰について、「精神医学49(6)」、pp582‐590(2007) カプラン臨床精神医学ハンドブックDSM−Ⅳ−TR診断基準による診療の手引き、メディカル・サイエンス・インターナショナル、東京、(2005) 黒川淳一ら:精神疾患で休職した労働者に対する職場復帰支援に関する研究、「岐阜産業保健推進センター」、(2008) 島悟:うつ病リワーク支援の現状と今後、「精神障害とリハビリテーション12(1)」、pp24‐28(2008) 松為信雄:事業主の視点を知ろう、「精神障害とリハビリテーション 14(2)」、pp127‐130、(2010) Ellen FrAnk: TreAting BipolAr Disorder, A cliniciAn’s Guide to InterpersonAl And Rhythm TherApy, The Guilford Press, New York, (2007) 職場復帰支援における復職者と企業のニーズに配慮した コーディネートのあり方について(2) 佐川 玄(千葉障害者職業センター リワークカウンセラー)                                                         1 はじめに 精神障害者の職場復帰に際しては復職者本人及び事業主をはじめ関係者の間で職場復帰という目的を共有することが重要である。 地域障害者職業センター(以下「センター」という。)が職場復帰の支援を行うに当たり、復職者とその職場や医療機関との間に立ってその調整を行い、復職者についての個人情報を取り扱う。このような個人情報の取り扱い方や各スタッフの役割については心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き1)(以下「手引き」という。)にも記されている。 センターの職場復帰支援を手引きに照らした場合、その役割は寛解した復職者が確実に職場復帰を成し遂げるための活動を行う事業場外資源のひとつとして職場復帰にむけた支援(以下「リワーク支援」という)を提供する役割を担い、関与するものである。 支援開始後に事業所担当者が途中で変更になる場合についての注意点などについては手引きには触れられていない。 職場復帰という目標のもと復職者と事業主を含む関係者との間で良い関係が構築され、順調にプログラムが進みつつある状態であっても、スタッフの異動等によりチームがまた一から関係を築き直さざるを得ない事態が発生した場合、新たなチームにおいても継続して円滑な支援を展開する方策が必要と考えられる。 本稿では職場復帰を支えるスタッフ(リワークカウンセラー)が変更になった事例を取り上げることで、今後も起こりうるであろう引継ぎケースに係るコーディネートと支援のポイントを整理する。 2 事例 【対象者K氏】  男性、40代前半、大卒、独身。 私立大学を卒業後、現在も所属するA社に就職。営業職として10年以上にわたって従事、優秀な成績を残してきた。努力を惜しまず、周囲に自らの目標を宣言して物事に取組むスタイルを貫いてきた。日頃から目標を宣言することで自らに強いプレッシャーを課し、達成することで自己肯定感を強めてきた。しかし、本人の掲げた目標の中にどうしても達成できないものが生じはじめた頃から徐々に体調を崩しはじめた。これまで自分に非常に強い自信をもっていたK氏は悩みを周囲に相談することが出来ず、内面では焦りと孤独感を強めていった。 こうした中でK氏の職場でK氏以外にメンタル不調者が出た。そのことを契機にK氏もメンタルヘルスに関心を持ち、インターネットで自己診断を行った。結果は「うつ病の疑いあり」と通院を勧めるものであったため、疑いつつも興味半分で受診。結果、受診先の病院でうつ病と診断を受けることとなった。だがK氏は病気を受け入れることが出来ず、治療のタイミングを逸し、症状を悪化させ自傷行為に至ってしまった。K氏は自傷行為をおこなった自分に不安を感じ、任意で入院をした。このことで事業主はK氏のメンタル面の不調をはじめて知ることとなった。その後K氏は短期の自宅療養を経て、職場に復帰した。 復帰後2年間、K氏の症状は安定。業務にも意欲的に取り組む姿がみられた。その後異動となり、未経験の業務に従事することとなった。全快したと思って、新たな業務に取組んでいたK氏だったが、スキル不足により次第に焦るようになった。自己嫌悪に陥ったK氏の生活リズムは乱れ、仕事の能率の低下、自身に対する不全感により、再びうつ病を発症。無断欠勤をおこない、自宅に駆けつけた上司がK氏の異変を察知し再入院となった。入院後のK氏は順調に回復し、主治医から早々に職場復帰可能の診断書を得たK氏は職場復帰を強く望み、事業主へ復職申請を行った。しかし、事業主はこれまでの経緯を考慮し慎重に対応することとし、産業医を通してK氏にセンターの職場復帰支援(リワーク支援)の紹介が行われた。紹介を受けたK氏はすぐにセンターの説明会に申し込んだ。 【支援開始】  K氏はセンターでの説明会に参加。終了後にすぐに利用希望の意思を示し、職場復帰のコーディネートが開始された。 カウンセラーは以下の3点について事業主、K氏、主治医に確認を行い、ニーズの把握を行った。 (確認点) ①事業主が職場復帰を進める意思を有していること ②対象者が職場復帰を希望していること ③主治医が職場復帰に向けた活動を認めていること これら3点の確認はとれたが、ニーズの面においてK氏とA社との間に隔たりが生じていた。すなわちK氏はすでに自分は完治しており、リワーク支援プログラムは事業所を安心させるためのものであり、期間も4週間程度で十分と強く主張した。一方A社は、これまでのK氏の再発防止の対策が不十分であると判断し12週間しっかりとストレス対処方法を学んでから復帰して欲しいとのニーズをセンターに伝えてきた。カウンセラーは双方のニーズとセンターでの基礎評価の様子を考慮し、以下の計画を策定し、K氏とA社より了承を得た。 □支援期間:12週間 □支援目標:○生活リズムの維持 ○ストレス要因の整理と対処 ○相手(職場での関係において)を大切にしながら自分の思いを伝えるアサーションスキルを身につける ○再発防止に向けた働き方を身につける 期間の設定については、主治医の助言をもとにプログラムをフルに受講することにK氏も納得した。 【カウンセラーの交代】 支援が始まって1ヶ月を経過したところで、これまで調整役を担ってきたカウンセラーが異動となった。新たに着任したカウンセラーは引継ぎケースが決まると、K氏よりもたらされた情報、センターが収集した基礎評価の結果と支援経過、主治医からもたらされた医療情報、A社への支援経過などについての確認を行い、次の①~⑧の取り組みを行った。 ①速やかに面談を実施し、関係者への連絡を行う 担当が決まるとすぐにK氏との面談を実施。K氏は自分の好調ぶりをアピールしてきた。しかし、会話の中で新しいカウンセラーがどこまで状況を把握しているかを探るような発言がみられた。その際カウンセラーは、これまでのK氏の職場復帰に向け収集されていた情報の中で、K氏本人からセンターにもたらされたことが確実な情報のみに絞り、情報共有に努めた。  一方、A社にはこれまでの支援方針を踏襲していく旨を伝え、連携のとり方を確認した。あわせて支援計画に対する新たなニーズなどがないか改めて聞き取りを行った。 ②K氏内面の葛藤 K氏はA社がセンターの職場復帰支援を推奨した意味を正しく認識できておらず、「職場復帰にはリワーク支援を受けさえすればよい」と捉え、焦る様子がうかがえた。また、このことによりK氏がA社に対して反抗心を持ち、A社が認めた休職中のプログラム期間を休暇として過ごそうと考えていたことがわかった。しかし、それらを裏付ける記録は引き継ぎ間近になるとほとんど記されておらず、K氏とAで個別に行っていたプログラムについても内容が不明瞭なままに終わっていた。 ③支援の経過を本人に確認する カウンセラーはあらためて引き継ぎ前の状況の聞き取りを実施。やはりA社による職場復帰支援利用の勧告はK氏の内面において歪曲されており、「させられ感」「義務感」で取り組んでいたことがうかがえた。また、「させられ感」により、自身の病気の完治を信じるK氏はその苦痛からプログラム期間を「休暇」と捉えていたことが明らかになった。 ④反応を待つ K氏には本人ニーズ、事業主ニーズを総合し検討されたプログラムがどの様にして設定されたのかを、これまでの説明と情報を加味して行った。その際に「休暇」と「休業、休職」の違いについても強調した。 K氏にはセンターが事業所外職場復帰支援施設のひとつであり、職場復帰にかかる支援を提供はするが、本人・事業主・主治医の求めに応じて行っているため、K氏自身が主体的に関わる気持ちがないのであれば中止、他の機関を利用するのもやむを得ないことを伝えた。ただし、センターはK氏の求めがあれば相談は継続することはできると説明した。カウンセラーはK氏に判断を委ね、その返事を待つこととした。 ⑤再コーディネートと自己決定 これらの面談の後、K氏から支援の継続の申し出があったため、カウンセラーはこれまでのコーディネートと支援内容を踏まえ、改めてコーディネートを実施することとなった。その際に引継ぎ前と引継ぎ後でK氏からもたらされた情報で異なっている点(発症の時期、再発時の様子など)の再度確認をした。このとき目的やスケジュールはそのまま維持し、そこに臨む姿勢を「職場からの命令」から「自己決定によるもの」になるよう促すこととした。 K氏とカウンセラーは、職場復帰後に必要とされるスキルについて相談し、参加するカリキュラムの見直しをおこなった。未だK氏の内省する力に多くの不安があると判断したカウンセラーは、K氏に自分視点だけにならないよう、A社のスタッフの立場に立って再度自らが立てた計画を見直すことを提案した。それまでのA社との面談時の様子を振り返ったK氏は、これまで自分は正当な評価を受けられずにいたという不満に囚われていたが、事業主の立場に立って見るとまだ復職させるのは大丈夫だという根拠が少なかったと客観的に自分を捉える発言が増え、それと共に急速に内省が深まっていった。 内省の深まりにあわせて周囲との調和や上司との連携の取り方などにも目配りができるようになったK氏は受講態度も好転し、終了まで心身のバランスを欠くことなく好調を維持することができた。 ⑥事業主に対する支援 K氏はメールで毎週末に欠かさず事業主あてに生活習慣活動記録表を提出していた。その内容は非常に詳細であったが、メールだけのやり取りになっていたため、A社の担当者は気になる点があってもなかなかK氏に聞くことが出来ずにいた。 電話でA社からこのことを聞いたカウンセラーは定期的に進捗状況をA社に伝え、その際に気懸かりな点がないかをA社に確認して、不安な部分の解消に努めた。 復帰間近になると一般的な対応方法からK氏個人の状況に関する細かな質問に至るまで多岐にわたる問い合わせがA社から出された。 一般的な対応についてはカウンセラーがA社へ対応し、個人に関する質問についてはいったんカウンセラーが預かりK氏に伝え本人から直接回答をするか、K氏の了承を得てカウンセラーが事業主へ伝えたりした。 ⑦新たな気付きを活かす  リワーク支援を開始するにあたり実施した幕張ストレス疲労アセスメントシート(MSFAS・改訂4版)のうち、特に生活習慣の飲酒について着目した。 K氏は毎日必ず2〜3合の飲酒が習慣となっており、カウンセラーは面談でこのアルコールの話題に触れた。うつ病とアルコールとの関係は明確ではないが、やはり服薬中には避けるべき行為であり、廣による報告2)などを参考に機会飲酒(職場の宴席)について考えるように促し、話し合いをおこなった。 K氏は「これまでアルコールに飲まれたことはない」と強気な発言を行っていたが、カウンセラーと発症前後を振り返る中で、飲酒がこれまでの自傷行為も含めた問題行為に強く影響を及ぼしていたかもしれないとの可能性に気付き、徐々にトーンダウンしていった。 復帰先の職場は宴席が多いため、復帰後の対応について話し合いを行った。その結果、K氏はまだ通院や服薬の必要がある時期での飲酒は、再発を誘発しかねない、いまはできるだけ避けるべきとの結論を出した。しかし、K氏は大変アルコール好きであったため一人でコントロールすることは難しいとのことであった。カウンセラーは飲酒の機会を回避するため周囲に協力を求めることを提案。K氏の同意のもとカウンセラーから上司へ連絡、宴席の参加や飲酒を勧めない、それとなく目を配って欲しい旨の情報提供を行った。K氏にはA社との面談時にその話題に触れておくよう促した。 その結果、A社は職場復帰後の配慮としてその旨を検討し始めた。 ⑧支援の修了とフォローアップ  K氏は体調を崩すことなくプログラム修了を迎え、その最終日に発症からの自身を振り返り、これから再発予防に向けた取組みについての発表を行った。  リワーク支援修了を待ってA社では復職判定会議が開かれ、K氏の復職申請とA社の求めに応じてセンターの支援実施結果報告書の提出を行った。社内手続きによる復職待機期間が発生するとの記録が残っていたため、カウンセラーより待機期間中の定期的な来所を提案、K氏とA社からも了承を得て支援を継続した。 その後K氏は職場復帰となり、初日、最初の連続出社後の金曜日、1ヶ月後と本人から連絡を入れてもらうこととしフォローアップを実施した。またA社に対しても1週間後、1ヵ月後に電話やメールを通じて復帰から定着に向けてフォローアップを行った。その後は、K氏とA社との間で随時連絡を取り合うことを確認し、支援を終結させた。 3 まとめ リワーク支援における復職者と企業のニーズに配慮したコーディネートのあり方のひとつとして引継ぎケースを取り上げ、振り返ってきた。  事例より導き出された引継ぎケースにおける支援をスムーズに行うためにポイントをまとめると以下の通りとなる。 ①正確な記録 ②速やかな面談 ③進捗状況の確認と復職者と事業主のニーズの聞き取りの実施 ④必要に応じた計画の見直し ⑤安定就労に向けた新たな見通しと提案 ①は、コーディネート時に収集される様々な情報の整理と個人情報保護の見地からも正しく取り扱われ、また引き継いでいかなければチーム全体の雰囲気を壊しかねない。コーディネート開始直後は、復職者も緊張などにより発言内容の記憶が曖昧になりがちである。よって、「いつ・どこで・誰が・どのような発言をしたか」を必要に応じて共有し、それらが正確に記録されていると役立つものである。また、引き継いだ後も記録が正しくなされていれば、同じような質問を復職者やその他のスタッフに聞く時間が削減され、その分を他の活動に時間を充てることができる。また、繰り返し復職者に聞くことで生じる心理的な負担を軽減することもできる。 ②は、スタッフ交替は復職者をはじめ関係するスタッフにも不安といった心理的負担を担わせるものである。よって、できるだけ引継ぎ後のスタッフが中心となって、その人となりを知ってもらえるような機会を創出していくことが肝心である。 ③は、支援のどの段階で異動等イレギュラーな事態が生じたかによって状況は多少異なるかもしれない。実施することで新たなニーズ以外にも、これまでのニーズに基づく目標の修正や日頃の不満に対するガス抜きといった効果も狙うことができるものと考える。 ④の実施にあたっては、前任者がどのようにしてコーディネートし、支援計画を策定したのかを新しいスタッフがきちんと理解しておかなければならない。よって、前任者は日頃から記録を残しておく必要がある。新しいスタッフは、前任者の意図を考慮しつつ、大きく逸脱しないよう配慮しながら③で得られた情報と新たなスタッフの視点を加味して柔軟に行うべきであろう。 ⑤は、④に前任者の視点を加え、復帰後の安定就労に向けて、さらに内容を絞り込で展開していくものである。特に、再発防止の取り組みに復職者の嗜好(この場合は飲酒)が絡んでいる場合は、抵抗も考慮しあたるものである。再発のリスクが高い嗜好には、セルフマネジメントの一環として復職者に学んでもらう必要がある。また、復職者が一人で取り組むことが難しい場合(宴席などの配慮)は、復職者がその必要性を理解した上で、関係するスタッフに周知し協力を仰ぐことが望ましい。その上で最初に復職者と情報を共有したスタッフが本人の動きをサポートし、情報が関係するスタッフ全体で共有され復帰後の対応に反映させていくことも有効と考える。 リワーク支援において引継ぎを行うことは支援される側にとっても提供する側にとっても、大きな負担を強いることである。最初から最後まで同じチームで支援にあたることができれば、それが一番良い。しかし、やむを得ず「引継ぎ」が生じた場合は、前任者と引継ぎ者との間で緻密な情報収集とスムーズな伝達が行われれば、引き継ぎ者の負担、復職者やその他スタッフにかかる負担を最小限にとどめることができることは言うまでもない。 その上で「スタッフ交替」が支援計画を新たな視点で練り直す契機にするなど復職者と事業主のメリットを増やすチャンスになり得ると考える。 【参考文献】 1) ・厚生労働省:(改訂)心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き(2010.9) 2) 「Ⅵ.3アルコール依存症例の職場復帰支援マニュアルの作成」『「うつ病を中心としたこころの健康障害をもつ労働者の職場復帰および職場適応支援方策に関する研究」平成14年度〜16年度総合研究報告書』 3)厚生労働省:「知ることからはじめようみんなのメンタルヘルス」http://www.mhlw.go.jp/kokoro/ 4)柳川行雄「心の健康「職場復帰支援の手引き」その意義とポイント」『職リハネットワーク 67』独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター:18〜25ページ、(2010.9) 5)坪田信孝「産業保険推進センターの立場から見た復職支援—事業場内の人材確保に関わる諸問題—」『職リハネットワーク 67』独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター:26〜30ページ、(2010.9) 職場復帰支援における復職者と企業のニーズに配慮した コーディネートのあり方について(3) 神部 まなみ(千葉障害者職業センター リワークカウンセラー) 1 はじめに 平成17年度から開始されたリワーク支援も6年が経ち、世の中に「リワーク」という言葉が少しずつ認識されてきている。 本稿では、地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)のリワーク支援の特徴でもある、利用者・事業主・主治医からリワーク支援利用の同意を得る「三者同意」という調整方法から見えてきたニーズから、「支援」というより「コラボレーション」という視点を重視したリワーク支援の実践事例を示し、安定した復職を果たすための支援方法を提案する。 2 事例Aさん Aさんは外資系IT企業のシステム・エンジニア(以下「SE」という。)何事にも真剣に取り組むタイプの20代の青年である。入社後四年目、あるプロジェクトに配属後、上司とのコミュニケーションを上手く取ることが出来ず、頭痛や不眠症状が出現した。脳外科で検査をしたが異常は見つからなかった。その後も業務を継続し再び体調を崩したため産業医に受診をすると、心療内科への受診を勧められ、うつ病の診断を受けた。約10ヵ月の療養を経てリワークに参加した。 3 ニーズの把握と支援計画 (1)企業のニーズ  「リワーク支援」というものが認識されてきたとは言え、どのような支援を受けることができるのか、センターのリワーク支援の実施内容をご理解頂いている会社はまだ少ないのではないか。それはAさんの会社でも同様であった。会社でのAさんの様子や復職後のスケジュールを確認するためAさんの会社へ初めてお邪魔した際、皆さんの表情は硬く、地域センターは、休職者を一方的にかばう、会社側を責める機関であるかのようなイメージを抱かれているという印象を持った。そのため、事業主支援も地域センターの重要な業務であることを伝え、地域センターのマイナスなイメージを払拭しようとした。人事担当者には本人が働いていた時の状況をよく御存知の方にもお会いしたい旨を伝えておいた。これは、企業の真のニーズを多角的に捉えたかったからであった。そのニーズは、外部者には言いづらいことも多い。出来ればざっくばらんに本音で話し合いと伝えた。人事担当者はその求めに応じ、過去Aさんと関わった上司2人と、復職後に受け入れをする予定の上司まで同席する場を設けて下さった。その席で、休職は、休職者自身だけの問題ではなく、周囲の人にも多くの影響を与えていることや、発症はいろいろな原因が重なって起こることを説明した。さらに、問題を整理した上で円滑な復職をするための調整を行いたい旨を伝え、活発な意見交換をさせて頂いた。その結果会社からは、リワーク支援の中で今後のキャリアの見直しや、SEという職務の適性について今一度考えて欲しいというニーズが上がった。 (2)Aさんのニーズ  Aさんは、休職の原因を上司とのコミュニケーション不足であると話し、自信を無くしていた。又「会社では、自分の話が通じない」という訴えを繰り返していた。復職への意思は強く、復職後の厳しさと同じ程度の厳しさのあるプログラムの受講を希望していた。加えてコミュニケーションスキル向上にも強い関心を寄せていた。 図1 当初想定していた課題  (3)支援の方向性 企業とAさんのニーズを整理する中で、担当リワークカウンセラーは双方のニーズに相当の差異を感じた(図1)。会社からのニーズには「キャリアの見直し」「職務の適性」というキーワードが出ていた。職務の遂行が困難となって休職したAさんにとってこれらの課題は、辞職しなければならない事態も想定されるのではないかと考えた。この、企業でははっきりと言葉にできなかった部分こそが真のニーズであるとの見方もできた。一方、Aさんからはコミュニケーションスキル向上のニーズがあり、上司に対し、上手く自分の意見が伝えられるような場面を想定したロールプレイでの練習等が考えられたが、企業のニーズとは全く異なっている点が課題であった。 4 個別プログラムの考案 センターが実施するプログラムの目的は、再発・再休職防止であるが、企業が求める真のニーズに対する支援の方向性は曖昧なまま開始したリワーク支援となっていた。しかし開始直後「会社では、自分の話が通じない」というAさんの発言を裏付けるエピソードが、リワークプログラムの中で度々みられた。他のメンバーが理解できたことが理解出来なかったり、異なる受け止め方をするといったことがくりかえされたのである。このことから、口頭のやり取りにおける情報は目に見えず瞬時に消えてしまう上、うつ病の影響による情報処理能力の低下が重なり、情報処理が上手く機能しない状態であるのではないかとの推測に至った。この解説を本人にも伝えると、「自分でもそう思う。」という答えが返ってきた。Aさんの働く現場では、高度な情報処理スキルやセンスが求められることが容易に推測できた。お客様の求めによって方針も変化する等、順応性やスピードも求められる。このような環境の中で情報を的確に把握し、咀嚼・分析を行い適切な形で発信する。Aさんの情報処理の機能を向上させることが職場復帰の成否を分けると判断し、これを支援の中核とした個別プログラムを考案することとした。 情報処理機能の向上を目的に考案したプログラムは、様々な課題から発生する情報を文書化することから実施した。図2の個別プログラム上段枠に記載されている「新聞要約」「日報作成」「打ち合わせ/面談議事録作成」「既存プログラムのパンフレット作成」である。これらを段階的に実施した。実施内容、目的、ポイントは以下の通りである。 (1)新聞要約 内容:新聞記事を選択し、400字以内に要約する。 目的:情報をまとめる力の向上を図る。 ポイント:5W1Hを意識する。 (2)日報作成 内容:一日の流れを整理する。 目的:一日の仕事の流れや生活を振り返り、優先順位や働き方についての考察を深める。 ポイント:時系列を意識した情報の整理 (3)打ち合わせ・面談議事録 内容:些細な立ち話から面談まで、カウンセラーとの関わりを議事録としてまとめる。 目的:受信した情報の内容確認 ポイント:他者の情報受信内容とのすり合わせを行うことで、自己の情報受信能力の状況を知る。 (4)既存プログラム議事録作成 内容:センターの講座に記録係として参加する。 目的:膨大な情報を整理し、他者に伝える力の向上を図る。 ポイント:目的の的確な把握や表現力の工夫。 (5)既存プログラムのパンフレット作成 内容:既存プログラムの紹介文書を作成する。 目的:「お客様への説明を意識した文書」という視点からの情報を考える。 ポイント:表現方法の工夫を考える。 5 支援からコラボレーション(共同制作)へ 図2の個別プログラムの下段は、Aさんとのコラボレーションによるプログラムである。面談を繰り返すうちに、Aさんの提案が支援者というフィルターを通すことで、新たなプログラムが実現した。Aさんの主体性やモチベーションを、コラボレーションという形で支えることを意識した結果、このような発想・視点へ至った。リワーク支援の既存プログラムは、うつ病の再発防止・再休職防止を意識した内容となっているが、復職の際は、それを自分の会社のルールと融合させていくスキルが求められる。本ケースではそれを個別プログラムとして実施した。 6 コラボレーション・プログラムを実施して 多くのプログラムをこなす中で、終盤、Aさんに変化が生じてきた。休職の原因について「自分のスキル不足」「年次相応のあるべき姿ではなかった」と表現するようになっていた。当初上司とのコミュニケーショ ンという問題意識から他者へ向かっていた意識が自己へと向かったと思われた。このような意識の中で、改めて今後の自分はどうあれば良いのかという不安を表出した場面も見られたが、ようやく自分と向き合う心の準備ができたからこその不安であることを説明した。そこで、「会社が求める人材となった上での復職」という視点で、最後のプログラムについての相談を行った。 改めて「あなたが帰る会社はどんな会社ですか。」というテーマを追求し、会社は、仕事のできる社員、 結果を出せる社員を求めている。では、どんなことが出来たら仕事ができると評価されるのか等のディスカッション形式のプログラムを進め、過去自分のスキルのどこがどう足りなかったとのかという振り返りも行った。新しいプログラムの企画を起案するといった場面でも、過度に利他的な行動が認められたときは「自分のアイデアを他者に譲ってもいいのか」と指摘をし、常に厳しい競争社会に戻る社員という意識を持って関わった。Aさんの意識の変化は目覚ましかった。同時に今後のリワーク支援において有効になるであろうプログラム内容の充実や発展にも、大きな影響を及ぼしたと思われた。 7 復職後のサポート  復職では、受け入れをする部署の上司の存在が重要となる。支援者は、その上司の心理的負担についても十分配慮をする必要がある。Aさんの場合、これまでほとんど関わりの無かった上司が受け入れをすることになっていたが、Aさんの復職成功の鍵は、上司の受け入れ態勢にあった。Aさんからの報告で、上司に特にご配慮頂いたことを以下にまとめた。 (1)センターと情報共有した部分を復職後の対応に反映させた。(本人が職場で孤立していると感じていることを伝えてあったためか、さり気なく一緒にお茶を飲んで話をしてくれた。) (2)体調に配慮した出来うる限りの日程調整を行った。 (3)スキルアップ研修を受ける場を設定した。 (4)心理的に追い詰められたときは、Aさんから上司にSOSメールをしてもよいとの許可を「復職前」に得た。 (5)復職後、会議の司会を任せるなど、さり気なく周囲に復職の挨拶ができるような場を設定した。 特に、(3)のSOSメールについては、職場で孤立感を感じていたAさんにとって、この上ない心の支えとなり、復職直前の緊張を和らげる効果となっていた。   上司は、センターのプログラムが開始される前から受け入れ準備を行っていた。初めて聞くうつ病の症状やリワーク支援の説明についても真剣にメモを取りながら話を聞いていた。その一方で、Aさんの受け入れに対しプレッシャーを感じているようにも見えた。上司自身も他に数多くのプロジェクトを管理する立場であり、日々の業務も大変多忙である。Aさんと地域センターとの関わりは3ヵ月であるが、受け入れをした会社はその後長期に渡る対応が待っている。前述したように、復職は本人だけの問題ではない。復職者のために、周囲が腫れものにさわるような対応を強いられたり、過度な負担を感じたりするのでは復職は成功したとは言えないと考える。今後の大きな課題として実践していきたい。 8 おわりに 本事例では、個別プログラムを本人とコラボレーション(共同制作)するということで、より有効なプログラムの構築ができた。これを一つの支援方法として提案する。 【参考文献/資料】 1)宍戸周夫「コンピュータ技術者になるには」ぺりかん社(2010) 2)株式会社ピースマインド著「SEのためのうつ回避マニュアル—壊れていくSE—」株式会社翔泳社 (2008) 3)齋藤嘉則「問題発見プロフェッショナル—構想力と分析力」ダイヤモンド社(2001) 4)システム・エンジニアが陥りやすい心の病「うつ病」からの職場復帰http://naglly.com/archives/ 2008/ 08/it-2.php 5)最新DATAで見る「エンジニアのキャリア事情」 http://jibun.atmarkit.co.jp/lcareer01/rensai/career07/data07.html 6)E.H.エリクソン「ライフサイクル、その完結」みすず書房(2001) 7)会沢勲・石川悦子・小嶋顕子「移行期の心理学 こころと社会のライフ・イベント」ブレーン出版(1998) 8)ダニエル・レビンソン「ライフサイクルの心理学 上」講談社学術文庫(2000) 職場復帰支援における復職者と企業のニーズに配慮した コーディネートのあり方について(4) 中出 裕之 (日本アイビーエム・ソリューション・サービス㈱ 第二事業部.保険システム統括部.第一システム部 部長) 1 はじめに 今夏、メンタル不調により一年超の間休職していた配下社員が現場作業に復職した。それだけであれば昨今よくある話と思われるが、筆者自身が初めての経験であること、および勤務形態の特殊性による困難さも克服しての復職であったことから、良い機会と考え論文としてまとめてみることにした。あくまでも個別の事情の上で成り立っている一つのケーススタディではあるが、筆者同様部下の復職に関して経験を持たない管理職の方々の一助となれば幸いである。 2 背景、経緯 【事例】 部下社員 A氏(20代後半) 2010年5月頃より体調不良のため勤務を休みがちとなり、医師の診断を仰いだ結果、メンタル不調と認定、勤務の継続は不可能、約一年間の療養が必要と診断された。弊社就業規則上、私傷病による欠勤、およびそれが長期に亘った場合の休職はあらかじめ想定、制度化されており、A氏もそれに則ってしばらくの間職務を休業することになった。2011年になり、5月上旬より「千葉障害者職業センター」にて3ヶ月間に亘り復職準備のためのリワーク支援プログラム(職業リハビリテーション)を実施、その後7月に産業医との面談、およびその後3週間の試験出社期間を経て、8月から完全復職となった。この段階をもって、A氏は医学面では「完全復職可能」の太鼓判を押された形になる。これらはすべて専門家の出した結論であり、知識のもたない我々としては、この結果を真摯に受け止める以外に手はなく、またそうすべきであると考える。 さて、ここから先、A氏が本当の意味での復職を果たすに向けては、いよいよ我々現場の出番、言葉変えれば「じゃあ、後はよろしく」とバトンを受け取った、と言うことである。 3 勤務形態の特殊性 A氏の復職を考える前に、まずは弊社の勤務形態の特殊性について少し説明させていただこうと思う。弊社の事業は、システム・インテグレーション、アプリケーション開発/保守、ITアウトソーシングと呼ばれる、情報処理産業におけるサービス・ビジネスを中心に展開している。これらの業務は、簡単に言うとITを通じてお客様へサービスを提供する業務形態であり、具体的にはお客様の事業所に常駐して、システムの構築、運用、等を実施する仕事である。よって、ほとんどの社員は自身の所属する会社の事業所ではなく、毎日お客様の事業所へ通勤、何か特別に必要な用件があれば、その都度自社事業所へ出向く、と言った勤務形態の下、日々過ごしている。 各お客様の事業所では、プロジェクトと呼ばれる、一つの目標を計画的に達成することを目的とした集団活動に属することになる。このプロジェクトは期限のある有期活動であり、プロジェクトの性質によって長期・短期の違いはあるものの、必ず終わりがあって、一つのプロジェクトが終わると、その後はまた別のプロジェクトに従事する、という事になる。そのプロジェクトは同じお客様である場合もあれば、まったく異なるお客様の場合もあり、後者のケースでは例えば通勤場所から何からすべてが大きく変わることになる。弊社は、その他の事業、例えば商品の製造・販売等をしているわけではないので、所属社員はほぼ100%上記サービス事業に従事し、ほぼ100%プロジェクトに所属している。一般的にメンタル不調からの復職時には職種を変えるケース(例えば、営業から経理等)があると思われるが、上記の事情があるため、弊社ではそれは不可能である。つまり、プロジェクト(あるいは通勤先)が変わることはあっても、職種が変わることはない、と言うのが弊社の実情である。もう一点、このような勤務形態であることから、社員の側からすると、会社内の組織とプロジェクトと言う2つの組織に、同時に属していることになる。 マトリックス型組織(報告先が2つ) 上図において、Cさんから見ると同時に2つの組織に属している、と言うことである。Cさんはそれぞれの組織での報告先に勤務状況を報告する義務がある。また、当然人間関係も一つの組織に属するよりは多くなる。 以上が弊社で勤務する上での特殊性と言うことになるが、あくまでも一般的に見ての話であり、弊社で勤務する上では常識なので、当然A氏にしても、復職するというのは、すなわちこの世界に戻ることである、と言うことは事実として認識している。 4 プロジェクトの選定 さて、社員がどのプロジェクトを担当するか、これを決めるのはプロジェクトではなく会社内組織、つまり我々ライン管理者の役割である。基本的にはプロジェクト側で要求される要員スキル(技能の種類)、必要人数等の情報と、社員が保持するスキルの両方から選定することになるが、一番重要になるのは、そのプロジェクトの時期である。社員が現在あるプロジェクトに従事しており、その終了が決まっているとした場合、その次の担当プロジェクトを選定する必要があるわけだが、ちょうど良いタイミングで該当スキルの要員を募集しているプロジェクトがないと、その間空きが出来てしまう。逆に、会社側ではすでに全員が配属済みの場合はプロジェクトから募集があってもそこに配置することは出来ない。当然プロジェクト側は要員充足を待ってから開始するようなことはあり得ないので、募集はいろんな会社に広範囲に呼びかけ、どの会社からであれ開始の時期までに適した要員を充足し、期間を厳守するという行動をとる。 このように、配下社員の参画可能時期と、そのスキルにマッチしたプロジェクトの期限とを常に意識しながら、プロジェクトの選定を行うという状況を日々くり返している。当然、両者にズレが生じて、社員に空きが出てしまう場合があり、これが積み重なると会社全体の業績に影響を与えかねない事態となり得る。従って、このプロジェクト選定の作業は、我々ライン管理者の日常業務の中で最も重要な業務の一つと言ってよい。このような背景があるので、休職からの復職者についても上記の仕組みに則ってプロジェクトを選定する、と言う意味では、一つのプロジェクトを終えて次のプロジェクトを探す社員に対してのものと、基本的には何ら変わるところはない。その点では、休職からの復職だからと言って、現場が何か特殊な行動を取る必要はなく、基本的には通常通りのオペレーションで不足はないはずである。 5 現場で意識すること とは言え、過去にプロジェクトに従事している中で発症したことは事実であり、メンタル系の病は再発性が低くない病気と聞く。せっかく病気を克服して復帰したのに、またすぐ再発させるわけにはいかないので、通常と変わらないとは言え、現場が何がしかのケアすべきポイントはあるはずである。ただ、現場は病気に関してはまったくの素人であり、出来ることは限定されている。その中で、以下のポイントを考えてみた。 (1)一人でプロジェクトには入れない プロジェクトには期間の長・短もあれば、規模の大・小等色々と性格があり、小規模プロジェクトでは、会社から一人だけで参画するケースも多々存在する。 休職明けであることを考慮して、必要以上のプレッシャーを避けるべく、このような一人プロジェクトは避け、最低限誰か他の社員とセットでの参画を必須条件として考えた。 (2)前と同じプロジェクトには入れない 前任のプロジェクトが継続していた場合(今回もたまたまそのケースであった)でも、そのプロジェクトは配属先からは除外して考えた。 病気になった原因はわからないものの、以前発病したときの勤務地、通勤経路、勤務施設、人間関係等からは、出来るだけ離すべきであろうと考えた。 これらが再発防止策と言えるのか?と問われると、返す言葉もないほどに稚拙なものではあるが、多くの社員を同時に抱えている現場としては、これくらいが現実的な線であろうと思われる。あとは発病を経験した本人自身が、その経験値を活かして、同様な状況に対しての回避行動を取ってくれることを期待するばかりである。と言うような、ある意味不完全な対応ではあるが、通常に加えこれら2点のケア・ポイントも考慮した上、当人の保有スキルと経験も併せて考慮して配属先プロジェクトの検討をした結果、それほど時間を要することなく候補となるプロジェクトが見つかった。 6 復職へ 以上のように、会社は制度による休職の支援をし、職業センターではリワーク支援プログラムで復職までの支援をし、現場は通常のオペレーションでプロジェクトの選定を行って、周りは復職の道をつけてきた。 しかし、ここまで来て初めて書くのも何だが、何よりも最も大切なのは本人A氏の復職への意志である。復職までの間に、試験的に自社へ通勤する期間が設けられており、その間に次の仕事が確定した旨、本人に通知した。その際の印象では、プレッシャーによる不安(はもちろんあっただろうが)をはるかに超えるモチベーションの高さが感じられた。これは本人の発言からも、表情を見ていても明らかであり、我々ライン管理者もその意気込みを感じて安堵した。これなどは、何よりも本人の復職への意志の強さの現われであり、かつ、これこそが復職に向けての絶対的な必要条件であろう。 7 アフターケア 以上のような流れを以って、A氏は9月から復職したわけだが、今では参画した新たなプロジェクトにて、久々のための悪戦苦闘を繰り返しながらも、日々継続的に従事している。なお、復職後のケアという観点で考える対策には2点ほどある。 (1)過去を隠さず明らかにすること プロジェクトの管理者や同僚のチーム・メンバーに、事情と経緯を知ってもらい、その上であくまで普段通りに接してもらうことを依頼した。これにより本人に不利になるケースもあるかもしれない、とも考えてはみたが、後で発覚して騒ぎになるよりは「回復済み」であることを前面に立てて、事前に明確にした方が良いと考えた。 (2)ライン管理者による定期的な現場訪問 直接コミュニケーションを実施することで状況を確認する、という点。ただし、これは通常お客様事業所で勤務している(普段顔を合わせない)という勤務形態上、復職者に限らず、配下社員全員に行うべきものであり、実際に普段から実施している事である。 従って、ここでも復職当初のみ多少の考慮はしたものの、以降は特別な考慮はしていない、と言える。 8 考察 有期活動であるプロジェクトから、次のプロジェクトを選定する作業は、特に休職明けだからと言って特別な苦労があるわけではない。前にも書いた通り、会社内組織におけるライン管理者は年中これをやっていると言ってよい。そう言う土壌がすでにあるからかもしれないが、少しのケアをするだけで何とかなるものである、と言うのが当論文の結論である。当発表会の過去論文等を拝見しても、「復職部署の選定が困難」「従事作業の選定が困難」「業務を軽減させる方法が難しい」等、復職に関して現場ではどちらかと言うとネガティブな意見が多そうに見受けられた。しかし、そこには必要以上の現場の考慮(つまり気にし過ぎ)があるのではないだろうか?本人が復帰の意欲と共に病気と戦い抜いて戻って来たのだし、専門家も技術的見地からも復職可能との太鼓判を押したのだから、現場が気にしすぎるのはかえって各方面へ失礼にあたる、くらいに思ってあくまで普通に対処するのが、正しい現場の接し方ではないだろうか?今回はそれを実践し、また成功したことで、あらためて感じた次第である。しかしながら、今回のケースでは以下の好条件も付帯していたことは記述しておく必要がある。 (1)当人はまだ「若手」で通じる年齢 このため、プロジェクトへの先輩社員とのセット投入は比較的スムーズに行った。もし、これがベテラン社員だった場合はどうだろうか?一人ならまだしも、若手への指導も行うべき立場である。さらに特別な考慮点が必要となるであろう。 (2)メンタル不調による休職の認知 会社の就業規則として認められていること。発症当初は通常の体調不良か長期になるのかの判断がつかず、代替要員の検討も遅れがちなど苦労は多いが、一度認識されてしまえば復帰まで現場は特に考慮する必要がない。 これは昨今多くの会社で色んな形で採用されていると思われるが、こういう制度がなければ現場はもっと多くの混乱に陥るだろうと思われる。 (3)リワーク支援プログラム 今回は、復職予定の約3ヶ月前より「千葉障害者職業センター」にてリワーク支援プログラムの実施をしていただいた。実施中も、そこで担当されているカウンセラーの方からの回復状況説明や、弊社の勤務内容説明等、多くの情報を共有させてもらい、随時プログラムを微修正しながら、適切、かつ効果的に進めていただいた。結果として、すぐにでも業務復帰出来るほどの状態で復職することが出来た。 すべてのメンタル不調患者がこのような好条件にあるとは限らない。また、勤務形態の特殊性と書くことで、あくまでも一般的でない特殊な環境での出来事のような印象を与えてしまったが、IT業界は他業種に比べてメンタル不調患者が多いと言われており、その意味では数の上では特殊ではなく、逆に多数派と言えるかもしれない。 このように、いくつかの条件、特殊性は重なるものの、今回の経験は結果的には一つの成功ケースとなった。メンタル不調からの復職と言う問題は、現在様々な事業、現場で抱えられていると思われるが、この結果がそれらの現場にほんの少しだけでも希望を与えられれば幸いと考える。 9 おわりに 文中に何度も登場した通り、当事例では現場ではあまり特殊な対応をすることなく、メンタル不調からの復職が実現できた。これもひとえに休職中の管理、連絡等において現場の負担を最小限に軽減してくれた弊社人事部の皆様、および最終的にA氏を完全に復職可能な状態までリハビリしてくれた、千葉障害者職業センターの皆様の協力あってのものである。この場を借りて感謝の意を表し、お礼の言葉とさせていただく。 【参考文献】 1)第18回職業リハビリテーション研究発表会論文:「うつ病などメンタルヘルス不全休職者の復職後職場定着への事業主及び復職者のニーズに関する一考察」(関根 和臣) 2)「プロジェクトマネジメント知識体系ガイド第3版」(Project Management Institute) ジョブデザイン・サポートプログラムにおけるストレス対処講習について −集団認知行動療法の考え方を援用したプログラムの取り組みを中心に− ○石原 まほろ(障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー) 加賀 信寛・松原 孝恵(障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「当センター」という。)では、平成14〜15年度の2年間に渡って、気分障害者に対する復職へのウォーミングアップを目的としたリワークプログラムを開発・実施し、平成16年度から、リワークプログラムをブラッシュアップするためのジョブデザイン・サポートプログラム(以下「JDSP」という。)の開発に着手している。 JDSPは、職場復帰を円滑に進めていくためのウォーミングアップに加えて、休職前とは異なる職場や職務への対応力の向上を図ることに主眼を置いており、図1のとおり、①生活面、②対人・認知面、③職務面の3つの側面からアプローチしている。 JDSPでは、発症のきっかけになった職業生活上のストレスを振り返る際に生じる不安等の心理面の問題を整理するため、認知行動療法の考え方を援用したリワークノート(コラムシートと問題解決プランシートの2部編成:別添資料)の活用を進めてきた。復職後に与えられた職務や職位が、必ずしも自身が望んでいたものではなかったとしても、新しい就業環境の下で一定のモチベーションを保ちながら、現実的に対応していくための認知や心理的修正(前向きな考え方として捉えなおす認知的・心理的な変容のプロセス)が必要だからである。こうしたリワークノートを活用した復職準備は、従来、支援者と受講者間の個別相談の下で行われてきたが、受講者同士の心理的な支えあいを基盤とした集団の場(SST等)においても、リワークノートを活用した復職準備が効果的に進展していった。そこで、ストレス対処についても、個別相談下だけではなく、集団認知行動療法の考え方を取り入れたプログラム構成の下で実施することによって、その効果をより強化できるものと考えた。 本稿ではその試行的取り組みについて報告し、今後の活用可能性と課題について検討・整理する。 2 JDSP におけるストレス対処講習 (1)ストレス対処講習の目的と内容  うつ病は再発する可能性の高い疾患であると言われている。そのため、復職に際しては再発予防の観点から、職業生活上で生じるストレスへの対処スキルを習得することが望まれる。  ストレスに関する理論的研究で中心的な役割を担っているのは、Lazarusらの心理的ストレス理論1)である。この理論では、個人の心理的ストレス過程において「先行条件→認知的評価→コーピング→適応への結果」という流れを想定している。JDSPのストレス対処講習はこの理論に基づき、職業生活上で生じる様々なストレスに対し、一定の合理性を伴って評価し、適切なコーピングを選択して、キャリア再構築に活かすことを目的としている。 ストレス対処講習の構成と内容は表1のとおりとなっている。以下に、その詳細を報告する。 表1 ストレス対処講習の目的と内容 (2)ストレス対処講習の実施方法 ①実施手順等 ストレス対処講習は週に一度、2時間枠で実施している。メンバー構成は受講者が3名〜5名、スタッフが数名である。 一般的に、集団認知行動療法はクローズドグループで運営することが多いが、JDSPでは受講者の受け入れを随時行っていることから、クローズドグループによる運営が難しい。そのため表1のとおり、8つのセッションを、内容別に「ストレス基礎」、「認知再構成」、「問題解決」の3つのカテゴリーに分け、受講者がニーズに合わせ、どこのカテゴリーから選択して開始するかを決定する。但し、同一カテゴリー内のセッションについては、表1に基づき、上から順番に実施していくことがプログラムの体系性を損なわないための最低条件であるように思われる。 なお、各受講者のセッションへの参加については、参加可否、意義や目的、期待できる効果等について、主治医との相談過程で確認してもらっている。 ②各カテゴリーの構成  「ストレス基礎」、「認知再構成」、「問題解決」の3カテゴリーとも、①講義、②ワークシートを使った個人ワーク、③個人ワークを基にしたグループワークのセッションから組み立てられている。講義については集中力の持続ができ難くなる者もいるが、個人ワークやグループワークのように、主体的な取り組みが求められるセッションでは興味や意欲が喚起されやすく、集中力が維持しやすい傾向が見られる。 ③個別相談の実施 ストレス対処講習は集団セッションのみで完結しているわけではなく、個別相談を並行して行いながら、集団セッションで得られた効果を補足・強化している。 個別相談では、①認知行動療法の基本モデルをベースとしたストレス場面の整理、②特定のセッションに参加できなかった受講生に対する心理教育、③行動活性化や体調の波の把握に用いる生活リズム表の内容確認、④セッション終了後、気分に揺れが生じた際のフォロー等を実施している。 (3)各カテゴリーの内容 ①「ストレス基礎」カテゴリー このカテゴリーは、導入カテゴリーとして位置づけられ、図2のとおり3回のセッションで構成されている。 1回目のセッションでは、ストレスの基礎知識について講義を行った後、ワークシートを使って職業生活上のストレスを振り返ってもらう。この振り返りが終わったら、内容を発表してもらい、他の受講者との共通点や相違点を確認しながら、復職に向けた具体的な対処法の整理が必要な事項を認識してもらう。 2回目のセッションでは、ストレス対処の基礎知識について講義を行った後、対応に苦慮しているストレス場面を受講者から挙げてもらい、それぞれの場面における具体的な対処法を、スタッフを含めた参加者と共にブレインストーミングの手法を用いて検討する。そして、具体的な対処法の中から、実際に試していけそうな方法を受講者に選択してもらうことを通じて、一人では思いつかなかった様々な対処法があることへの気づきを促す。 3回目のセッションでは、田中ら2)の取り組みを参考に、自身のストレスパターンを振り返ってもらう。田中ら2)は、自分に語りかける心の中の独り言を、「セルフトーク」と呼んでおり、マイナスのセルフトークをプラスのセルフトークに転換する練習を行う。これによって、セルフトークを用いたストレスに対するコーピングを実体験してもらう。セルフトークは認知的評価に対するコーピング手法そのものであることから、認知行動療法の考え方と相通じる面があるため、当該セッションは、「認知再構成」や「問題解決」カテゴリーへの導入セッションとしての意味合いも持つ。 図2 「ストレス基礎」カテゴリーの概要 ②「認知再構成」カテゴリー  このカテゴリーは認知再構成法の考え方を援用した内容となっており、図3のとおり3回のセッションで構成されている。うつ病の再発につながる否定的な認知を多面的に捉えなおすと共に、自分を追い込みやすい仕事の進め方をしてきた場合には、無理のない仕事の進め方ができるような考え方に修正していくことを目的としている。 まず、1回目のセッションでは、認知行動療法の基本モデルや認知の偏りについて解説を行った後、最近あった辛い出来事について、コラムシート(3つのコラム:別添資料)に記入してもらう。次に、記入した内容について発表してもらい、ホットな自動思考の把握の仕方も含め、コラムシートの活用方法を理解してもらう。このセッションは2回目以降のセッションに進めるか否かを見定めるセッションでもある。受講者の中には心理的な負担感が大きかったり、各コラムへの書き分けが上手くできなかったり、思考を多面的に捉えなおす作業よりも、具体的な行動を通じて苦痛な状況の改善に取り組む方が無理なくストレスに対処していける者もいる。このように、受講者の行動特性や抱えている課題の内容によっては、「認知再構成」カテゴリーの2回目以降を実施せず、「問題解決」カテゴリーにスキップすることもある。 2回目のセッションでは、「朝、上司に挨拶をしたが、上司は返事をしてくれず、辛くなった」等、受講者が共感しやすい具体的なテーマを事例として挙げ、より細分化されたコラムシート(9つのコラム;別添資料)の書き方を習得してもらう。次に、受講者から各コラムに記入した内容を発表してもらい、この中から、ホットな自動思考を一つだけ絞り、これに対する検討を進めていく。コラムへの記入は、「各コラムへの正確な記入」よりも、「主語を含めて書くことや断定的に書くこと」等、自身の自動思考や認知の偏りに気づきやすくなるような書き方に注意を払う必要があることを伝えていく。なお、1回目のセッションでコラムシートの書き方について十分な理解が得られなかったり、コラムシートの効力感が得にくい受講者もいるため、このような場合には、個別相談の中で理解を深めてもらうための追加学習を行ったり、効力感の個人差などについて解説している。 3回目のセッションでは、受講者が記入してきたコラムシートの中から、受講者間で共感を得やすい題材を選び内容を確認する。選択された題材を提案した受講者本人に、「状況」、「思考」、「気分」について発表してもらう。その際、感情と強く結びついている自動思考と関連づけができているかどうかを確認する。また、他の受講生が同様の経験をしている場合には、内容の詳細を発表してもらうことで、他者からも共感が得られていることが伝わり、自分を責める気持が和らいだり、自己肯定感を高めることができることもある。次に、「根拠」、「反証」について受講者本人に話してもらった後、他の受講者から、別の「適応思考」を挙げてもらう。このことによって、個々の受講者が思いつかなかった多様な捉え方や考え方があることに気づく。そして、受講者に、討議した内容の中から確信度の高い適応的思考を選んでもらいセッションを終える。 図3 「認知再構成」カテゴリーの概要 ③「問題解決」カテゴリー このカテゴリーは、問題解決技法の考え方を援用した内容となっており、図4のとおり2回のセッションで構成されている。受講者の中には、ストレスを感じる場面に直面した際、画一的で回避的な行動を取り易く、改善に向けたストレス対処を適切に講じることができないまま、負の循環に陥ってしまう者も多い。そこで、本カテゴリーにおいて問題を整理し、解決策を多面的に検討することを通して、再発を招きやすい行動パターンの修正を図ることを主な目的としている。 図4 「問題解決」カテゴリーの概要 1回目のセッションでは、問題解決技法の実施方法を説明し、問題解決プランシートへ記入することを課題としている。問題解決プランシートは、問題解決技法の各ステップ【問題解決志向→問題の明確化・設定→解決策の案出→解決策の検討→解決策の決定→行動計画の立案→解決策の評価】を整理して記入できるような構成になっている。 2回目のセッションでは、受講者が記入してきた問題解決プランシートを例に挙げ、スタッフを含めた参加者全員で解決策の検討を行う。まず、問題解決プランシートの内容について、選択されたテーマを案出した受講者に発表してもらい、質問を他の受講者から募る。次に、解決策について参加者全員でブレインストーミングを行い、アイデアを出し合った後、解決策を案出した個々の受講者から、解決策に関する長所と短所を発表してもらう。最後に、選択されたテーマを案出した受講者が、複数の解決策の中から、いくつかを選択し、行動計画の立案につなげる。中には行動リハーサルが可能なものもあるので、後日、個別面談の中でリハーサルの結果を確認することもある。 (4)実施上の留意点 ①受講者間の支え合いの促進 受講者の中には、休職を繰り返すことで事業所から低い評価を受けていたり、復職に際し降格を余儀なくされる者もいる。このような辛い状況に直面した際、他者からの評価に捉われず、自分らしい働き方を模索しながら新しい価値観を構築していくことに役立つのが、同様の経験を経た他の受講者の生きた言葉であることが少なくない。そのため、スタッフは受講者同士のモデリングや互いの支え合いによるサポートが最大限活用できるよう、受講者の発言に対し共感的な関わりを示すのと併せて、自己や他の受講者の発言が、肯定的に受け止められるよう、雰囲気作りに留意する必要がある。 しかしながら、受講者間の意見交換だけでは話題の視点が狭小化する場面が間々見られるため、これまでにプログラムを受講した者から出された意見を紹介する等して、話題の偏りを修正しながらセッションを進行していくことも、重要な留意点である。 ②受講者の理解度や納得度に応じた対処 講義内容やコラムシート、問題解決プランシートの記入方法に関する理解度が受講者によって異なるため、セッション開始前に、セッションの進行方法について、予めスタッフ間で共有しておくことが望ましい。   また、スタッフを含めた参加者が挙げた「適応思考」に対し、納得が得られない受講者もいる。このような場合、セッションのリーダーは、受講者自身が確信度の高い適応思考を導き出すための話題の展開に配慮する必要がある。 ③SSTとの連動の効用 受講者の中には、ストレス対処講習においては、物事を多面的に捉えなおすことはできても、実際のコミュニケーション場面での般化に不安が残る者もいる。そのため、ストレス対処講習において習得した知識や体験を、SSTでロールプレイしてみることを勧めている。SSTの参加を通じて、「頭では分かっているつもりでも、実際に行動に移してみると上手くできなかった」、「行動に移してみて初めて理解できることがあると気づいた」とする受講者も少なくない。 3 まとめと今後の課題 認知行動療法は、「今、ここ」での問題を改善するアプローチであり、変えようのない過去の出来事を探るよりも、現在の不適応的な思考と行動を確認し変化させることでクライエントの苦痛は改善されるとしている4)。しかし、復職を目指す受講者にとっては、休職に至った原因を探り、その対策を、現実的に講じることなくしては、復職後の安定した就労を維持することは難しい。今辛いと感じる日常場面を取りあげることから始め、コラムシートの使い方と効果を実感してもらった後に、休職の原因となったストレス場面を取り上げ、休職原因の分析と今後の対応策の検討を行うことが、肝要と考える。 したがってストレス対処講習においては、リワークノート(コラムシート、問題解決プランシート)を、①復職後に辛いと感じる場面に出会った際に、その場を乗り切るためのコーピングスキルとして、②休職前に自身を追い込んでいた思考や行動を振り返り、対処方法を検討するための自己分析ツールとして位置づけ、活用している。 ストレス対処講習の受講者数は平成23年9月現在、5名であり、定量的な効果検証は行える段階にはないが、受講者から、「他の受講者からの意見を聞くことで物事の見方が拡がった」、「認知の偏りに気づき、軌道修正ができるようになった」といった感想が寄せられており、職業生活場面におけるストレス対処に活かされている様子がうかがえる。 他方、新たな職場や職務に向かう前向きな姿勢を整えるための考え方を整理するまでには至らない受講者もいる。このため、今後も事例を蓄積し、より円滑な復職の実現とキャリアプランの再構築に繋げていける支援技法の開発に取り組んでいくこととしている。  【引用文献】 1)リチャード・S.ラザルス・スーザン フォルクマン:スト レスの心理学−認知的評価と対処の研究、実務教育出版 (1991) 2)田中ウルヴェ京・奈良雅弘:ストレスに負けない技術 コーピングで仕事も人生もうまくいく! 日本実業出版社(2005) 3)障害者職業総合センター職業センター:実践報告書No.24精神障害者の職場再適応支援プログラム SSTを活用した支援の実際(2011) 4)マイケル・ニーナン他:認知行動療法100のポイント、金剛出版(2010) ソーシャルファームの推進  −障害者の労働権を満たす社会の構築を目指して− ○吉崎 未希子(有限会社人財教育社 統轄 取締役) 森田 廣一 (有限会社人財教育社) 1 概要 障害者取分け精神障害者の就労は、どの社会でも解かなければならない人類的な課題である。Social firm−ソーシャルファームとは、この課題に30年取り組んできたヨーロッパが生み出した、障害者と非障害者が共に働く企業のことである。 この発表は、ドイツ及びヨーロッパのソーシャルファームの歴史・原則・実態についての視察調査内容を基にしている。更に日本において社会システムとしての構築推進の為に行うものである。 2 日本の精神障害者就労の実態  2006年に施行された障害者自立支援法により、精神障害者の就労の道が大きく拓かれた。その後、雇用率1.8%の適用対象企業の拡大、具体的・実践的な障害者雇用のノウハウ共有等様々な取り組みにより、従業員数51名以上の事業所における精神障害者の雇用は5年間で9,000人を超え、2006年以前に比べ前進したと言える(図1「障害者の雇用状況」参照)。 しかし、世界の水準、取り分け約20年先行しているヨーロッパの取り組みに比べると、未だ最初の一歩と言わざるを得ないのが現状である。そのように述べる根拠は2つある。1つは、図2「障害者雇用の実態調査1「雇用0企業の割合」」に示すように、障害者雇用0の企業が、未だ30%以上を占めていること。もう1つは、図3「障害者雇用の実態調査2 都道府県別の平均雇用率」に示すように、地域格差が大きいことである。 図1 障害者の雇用状況 図2 障害者雇用の実態調査1 「雇用0企業の割合」(当社調査) 図3 障害者雇用の実態調査2 都道府県別の平均雇用率(当社調査) これは、政府・厚生労働省が定めた国家の障害者雇用の基準に従い具体的・実践的に取り組んでいる主体が、自治体単位、かつ企業単位であることの表れである。この状態が続くと、雇用者数は少しずつ増加するであろうが自治体・企業間の格差が拡がり、基本的・根源的な目標としてのノーマライゼーションは実現することが難しいと考える。  今後、障害者取り分け精神障害者の就労を大きく伸ばし、社会のノーマライゼーションを推進するためには、新たな視点での取り組みが必要である。 3 提言「ソーシャルファームという社会システムの構築を」 そこで、新たな視点での取り組みとして、ソーシャルファーム(以下「SF」という。)という社会システムを構築することを提案する。4項で詳しく紹介するが、SFとは、障害者と非障害者が共に働き、市場原理に基づいた事業を行う企業体である。SFを中心として、リハビリ・職業教育・訓練・実習のそれぞれの機会とシステムを構築し、誰もがSFに取り組める支援体制を創るのである。現段階で考案し実践している具体的な方法については、5項で述べる。 4 ソーシャルファームとは何か (1)歴史 ヨーロッパで最初に障害者雇用企業を創設したのはイタリアである。コーポラティーバ(協同組合)による取り組みは、その後各国に影響を与え、ドイツでも1970年年代の終わり頃からIntegrationprojekt(日本語では統合事業/企業と訳せる。統合には様々な意味が含まれる。)の取り組みが始まった。その中心となった人物を二人紹介する。 一人は、Prof.Dr.Dr.Doner氏である。Doner博士は、1980年代にGuterslohにある現LWL病院に院長として赴任し、精神障害者の生き方として、自分で暮らして生きていく自立生活の実現を目指し、一生を病院で送る人生からの転換を図り、453人の自立生活を実現することに成功した。しかし病院を出て自立生活を始めた人々が求めたのは生活だけではなく、誰かのために役立つことであった。「働きたい」と云う熱望に、Doner博士は驚愕したが、人間の本質としては当然と理解された。その後ドイツで最初のSF「Dalk」(ダルク)を創設し、ダルクによる精神障害者が働く機会を創るための活動は、現在も続けられている。 もう一人はP.Stadlerである。Stadlerはドイツの「FAF(Fachberatung fur Arbeits und Firmenprojekte :仕事と会社設立へのコンサルティング協会)」の代表者で、Dalkに始まり地道に広がって行ったSFの推進に取り組んできた人物である。FAFは、主に福祉分野の事業や経営に疎い人達に、事業設立と運営のコンサルティングを行い、資金繰りから仕入れまでをも支援し、これまでに数百のSFを誕生させた。更にSFの連合を設立し、経営問題を解決する共同体として機能させている。又行政及び議会へのロビー活動を長年に亘って展開し、2000年7月に社会法典ⅨによるIntegrationsprojekte(統合事業)の設立と支援に関する法制化を実現した。 ドイツでの取り組みと実績はヨーロッパの他の国に大きく影響し、1990年代には、ヨーロッパで共同体としてSFに取り組むためCEFEC(Confederation of european social firms,employment initiatives and social co-operatives:精神障害者の企業と組合への雇用を促進する為のヨーロッパ法人連合 *略称Social firm Europe )を結成し、年1回の国際会議でSFの報告とセミナーを実施している。このように、SFはヨーロッパの各国に広がっている。 (2)原則 SFの原則は、以下の4点である。これはCEFECが提唱したSFの定義であり、現在EU指針となっている。 ?25%〜50%の従業員が障害者であること ?通常業務の契約がされること ?標準的賃金であること ?ソーシャルファームの売り上げの65%〜90%が、一般市場からであること 現状においてヨーロッパのすべての国のSFがこの基準に適合しているわけではなく、それぞれの国の実態に応じた運用が為されている。ドイツではこの基準を満たすSFを、2009年現在で約700社設立している。 ドイツのSF運営システムは、簡易に示すと図4「ドイツのSF制度」のようになる。SFを設立したい法人・個人は、FAF又は同等のコンサルティング会社の設立セミナーと設立コンサルティングを受ける。実質的にはこのコンサルティングがSFとしての認可となる。事業を開始した後は、連合に属し、経営問題を共同解決する仕組みが用意されている。 図4 ドイツのSF制度(当社まとめ) この運営システムを支えているのが、国家の法的財政的支援と、社会の障害者就労への取り組みである。国家の支援とは、2000年7月のSozialgesatzbuch IX (社会法典Ⅸ)によるIntegrationsprojekte (統合事業)の設立と支援に関する法制化である。社会法典Ⅸでは、SFについての定義が明確に為され、法に基づいた財政的支援を可能にしている。財政的支援とは、例えば税金の優遇や助成である。 もう一つの社会の障害者就労への取り組みとして、働くことに対する代表的な3つの支援体系を挙げたい。3つの支援とは以下である。 ①一般企業への障害者雇用率は5%(その根拠は人口に対する障害者の割合であり合理的な算定である)で、障害者の一般企業への就労。 ②SFによる雇用の拡大。 ③働く能力が現状では企業就労レベルでは難しい人には、Werkstatt(仕事と生活の為の施設)公的福祉施設の活用。 3つの支援は、SFにSozial Gesatzbuch IXがあるように、それぞれ別個に根拠となる法と様々な国家支援制度が存在し、障害者の生存権と労働権を合理的に保障しようとしている。 (3)実態 SFの起業には個人・法人等の資格はなく、市場原理に基づいた事業計画であることが最も重要視される。このためSFの業種業態に限定はなく、図5「SFの実態」に示すように多種多様である。また運営形態も様々で、地域系・企業系・協会系など、それぞれのSF特有の選択が可能である。一覧と写真は、当社の3年間の視察調査の実績である、ドイツ22ヶ所、オーストリア等6個所、計28事業所の一部を紹介したものである。 図5 SFの実態 5 日本での推進 (1)原則 日本では障害者雇用促進法によって一般企業への就労と特例子会社の設立と雇用の道が開かれ、委託訓練や障害者自立支援法により障害者の職業訓練の機会は増えたが、取り組みはまだ始まったばかりであり、現状では不十分である。また、制度と管轄がいわゆる縦割りであるがための不具合も多く、関係部署での連携は始まったものの、試行錯誤の段階と言える。 そこで日本でも、ヨーロッパCEFECに習いSF共同体としてのSFユニオンを創り、社会システムとして機能させる方向を原則に据えることを提言する(図6「ソーシャルファームユニオンによる推進」参照)。 図6 ソーシャルファームユニオンによる推進 (2)考え方の転換 この原則に基づいて障害者雇用を進めるには、障害者がどういった働き方ができるかについて、医療的な観点から把握することから、業務能力としてどのレベルにあるかを把握するという方向に、考え方を転換することが必要である。「障害によって失われた能力が何でどの程度であるか」ではなく、「現在から未来に向かって新たに得られる可能性のある能力は何か」で把握する方向への転換である。 業務能力とは、病状の安定、日常の生活管理、安定した勤務、業務の専門技能等のことであり、それによって仕事の生産性に寄与できることを指す。人間は誰もが才能と能力を持っているが、障害者はその能力を発揮して働ける状態を保持するのが難しいのが実態である。その実態と治療の進化から業務能力と云う点で、図7のように大まかに4階層に分けられる。 「働けない」とは、能力を発揮する状態にないことを指す。「工賃が得られるレベル」とは、作業所や福祉施設での環境の中で働けるレベルのことである。ある程度の生産性を上げるのは難しく業務能力としては賃金を得るのは難しい。 「最低賃金が得られるレベル」とは、雇用契約を結んで働くことができ、ある程度の業務能力で給与収入が最低賃金で得られるレベルを云う。「平均賃金が得られるレベル」とは、雇用契約を結んで働くことができ、業務能力が高いレベルで給与収入が平均賃金かそれ以上を得ることができるレベルである。 図7 業務能力 (3)SFの事業性と実際例 SF事業は原則として、顧客の創造や、市場の創造が製品やサービスによってできる事であり、一般の市場で他の企業と競合する競争力が高い事である。障害者を雇用している事で、市場での競争において優遇や特別な条件により競争力の弱さが保護される事は本質的な問題解決を阻害するものとして考える。 従って事業そのものは、事業戦略と周到な戦術によって展開されるものである。その実例として、2009年7月に設立されたドイツ中西部の都市SinsheimのCafe BrugplatzカッフェがSF事業設立の指針になる。 *設立のプラン例 当社では、ドイツのFAFおよびCafe Brugplatzの協力を得て、事業設立の詳細プランニングを行っている。詳細は紙面の都合上割愛するが、上述するように競争力についての保護が不要となる事業戦略と戦術のために必要なプランニングについて、項目のみ紹介する。 ①立地についての綿密なマーケティング ②店舗(ハードウェア)についてのプランニング ③メニューとサービス(ソフトウェア)についてのプランニング ④設立後5年間の損益見通し 図8 設立プランニング例 発表では、今年10月にイタリアで開催された第24回CEFEC、およびヨーロッパSFの最新情報を交え、現在までの取り組みについて報告する。 依存症専門クリニックにおける就労支援事例について 波多野 大介(安東医院 ソーシャルワーカー) 1 はじめに アルコール依存症をはじめとする依存症治療専門クリニックでの日々の取り組みでは、当然のことであるが、アルコール依存症であれば「断酒」が第一義的なものであり、処方薬依存においても目指すべきは「断薬」が目的となる。実際、断酒会をはじめとする自助グループの目的は「断酒」であり、会員の語る言葉にも「酒さえ止めていれば何とかなる」「一日断酒」と、各々の体験に根差した含蓄のあるものばかりである。私見ではあるが、よって、いきおい「断酒」を前提とした支援が中心となり、とにかく断酒の長期継続を目指し、しかる後に職場復帰や就労を検討しよう…となりがちである。一方、支援者側のこういった態度とは逆に、依存症当事者は、生活不安や日中の時間の使い方が苦手だったりする中で、復職や就労を急ぐあまりに、断酒継続が短い内に就職活動を始めてしまい、再飲酒に陥ったりすることも少なくない。つまり、支援者側が断酒継続のみにこだわるように見える支援観と、依存症当事者の日々の生活のしづらさの実感が場合によると齟齬を来たしてしまうのである。 実のところ、アルコール依存症をはじめとする依存症治療を専門に行う治療機関は非常に少なく、 世間一般の知識や理解も乏しく、医療分野においてもそのおかれている状況はまだまだ無理解と偏見が払拭されているとは言い難い。 医療や世間一般における認識不足は、依存症者の生活支援を展開する上で大きなデメリットとなっていて、様々な支援機関においても状況は同様であり、中には「アルコール依存症」「薬物依存症」の名前を出すだけで、「お門違い」的な対応をされる場合も少なくない。もしくは、「依存症専門の社会復帰施設」(おそらく、MACやDARCを想定されているのだろう)を勧められたりするのだが、依存症に特化した施設そのものの絶対数は圧倒的に数が少なく、そのほとんどが当事者スタッフによる当事者支援というセルフヘルプ活動を基盤に持ち、慢性的な人手不足と資金不足の中で、各々の独自の活動を展開しているのだが、そこにおいても「断酒継続」「断薬」を基本としながらの支援を手探りに行っているところである。  このように、依存症者支援における上記のような環境の中で、更に「就労支援」という領域については依存症者を受け入れてくれる社会資源の質・量とも絶対的に不足しているのが実情である。 本小論では、こういった諸事情の中で、日々の依存症者支援の実践で具体的にどのような形で支援者が就労支援を行っているのかをご紹介し、その中から見えてきた課題を検討することを目的としたい。 2 事例1 (1)概要 62歳男性。東海地方S県出身。地元の高校卒業後は自衛隊に入隊し、その後は養鶏場や郵便局で勤務したが、仕事先での人付き合いが苦手で、飲酒で気持ちを紛らわせており、次第に酒が手放せなくなっていたとの事。職場が廃業になった50代半ばに自転車にてS県を出奔。近畿地方のK市にたどりつき、金も底を尽き、一時ホームレスとなるが、役所の相談につながり、生活保護を受給し、居宅を確保。生活保護担当者からの勧めで、飲酒の問題解決のために専門クリニックを受診し、デイケア通院を開始。当初は自助グループへの出席とデイケア通院にて断酒継続を維持していたが、就労して社会復帰しなくてはならない、というこだわりが強く、自身で中高年向けの就労相談窓口に出向いて、駐輪場での車両整理や、不法駐輪の撤去作業の職に就いたものの、持ち前の几帳面さと、駐輪場利用者とのトラブルや、撤去作業の折に自転車所有者とのやり取り等での、対人コミュニケーションの問題によって、過大なストレスがかかったことで、再飲酒し、職場放棄。このことをきっかけに、一人だけでの就職活動・就労継続は困難であるとの認識に至ったとのことで、報告者が支援にあたることとなった。 (2)アセスメントのために デイケア通院中の利用者の様子は担当者も何度か散見していたが、関東訛りが強く、他利用者との言葉の違いが大きいことを気にし、また、デイケアという集団治療の場面での居心地の悪さ(意思疎通の問題のみならず、休憩時間の雑談や周囲の様々な音等も)もあって、気分の不調を訴えることもしばしばであった。主治医からは、アルコール依存症との診断のもと、標準的なアルコールからの回復プログラムの必要性を指示され、院内のデイケアプログラム参加と、自助グループとしてのAA(アルコホーリックス・アノニマス)への参加を基本に、断酒継続の努力を行っていた。 そこに、(1)で述べたようなエピソードがあり、面談となった。面談を通じて見えてきたことは、先述したような利用者の特徴的な側面であった。他にも、日常生活での困りごとを問うと、自宅アパートの駐輪場に止めてある自分所有の自転車が連日のように移動させられていることや、向かいの部屋の住人の帰宅時の生活音で眠れないこと、道路を救急車や警察車両が通過すると自分が関わっているのではないか…という気持ちになって落ち着かなくなること、自助グループで自分の発言が元となって噂されているのではないか?との疑念や、更には自室のカギがいつの間にか変更されていて開かなくなることもあったり、室内においてあったはずの私物が勝手にゴミ置き場に出されているのを発見したり…と、面談を続ければ続ける程際限なく話が拡大し、同心円状に不安が広がっていくこととなった。同時に身体疾患に対する不調も常時感じていて、その原因を医療機関を諸々受診することで明らかにしようとして、検査を繰り返して、更に不安となるという悪循環を経験していることが判明した。 一般的にはこのようなエピソードを聴取すると、被害的な妄想着想から、一慨には言えないものの、統合失調症類似の判断をしがちではあるが、細かく聞いていると彼の聴覚の特性が浮き上がってきた。常時のデイケアプログラムで周囲が静かな環境である折には、大変気分もリラックスしていて、好きな手作業(絵画や塗り絵、工作など)を黙々と行われ、逆に騒然とした昼食休憩時間等では落ち着きを失くしてしまう事があり、彼自身もヘッドホンで音楽を聴くなどして外部の音源を遮断する工夫などをしており、聴覚刺激に対する過敏さがうかがわれた。 利用者もデイケアや自助グループを中心とした生活の組み立てではなく、可能ならば就労という切り口で上記以外の場面で過ごすことができないか?との希望もあり、先に述べたような特性も勘案しながら就労に向けての支援を行うことを申し合わせた。 (3)具体的な支援として  まずは、彼の特性も含めて、就労に向けての資料を得るために、K市の障害者職業センターにおいて、職業評価を受けた上で、利用者が自身の特性をしっかりと認識し、次の段階に進むことが重要だと考えた。最初の相談時に担当者も同行し、各種検査を施行してもらうこととなった。  結果、境界域の知的発達の問題と、視覚優位の特性及び、手指の巧緻性が高いことが指摘された。  具体的な支援としては、一人作業も可能な標準化された作業内容で、段階を踏んでのリズム形成を目的とした通所利用が提案され、就労継続支援B型事業所への通所から開始することとなった。 (4)事例1の支援を通じての考察と課題 ①アルコール依存症の背景にあるもの 事例1の利用者の場合にうかがわれるのは、職業評価からも判明した、日々の生活のしづらさを生みだす要因の一つである独特の特性の存在である。 特に聴覚刺激に対する敏感さと、その意味づけの現実感覚のなさとのギャップという認知機能の特性が彼の日々の暮らしの安定を折に触れて失わせることが指摘される。アルコール使用についても、そういった意味で自己治療的な彼なりの対処方法であったということが了解される。また、こうした認知機能の特性の理解に立てば、集団的な治療の場を提供することで、依存症からの回復を支援するという従来的な標準化された治療の枠組みのみでは支援が難しいこととなる。 いったんアルコール依存症と診断されると、自助グループや集団療法といったルーチン的な回復プログラムに乗せることが最優先されるという対応方法の弊害が生まれる可能性をはらみかねない。 ②特性の理解とアセスメントの重要性 ①で見たように、診断名にとらわれずに、一人一人の特性の理解に立った総合的なアセスメントと、それに基づいた支援計画の策定が必要であると思われる。ともすると、医療機関の場合は特に「診断名」に拘泥する余り、眼前にいるその人の人となりの理解=特性の理解という視点が不足しがちであり、利用者の声を聞く時にもこの特性理解の視点を怠らないことが肝要ではないかと思われる。 ③他機関との連携 ②で述べたことを可能ならしめるためには、単独の支援機関のみでは当然のことながらすべての役割を果たすには力不足であり、専門性の面においても欠けている部分は大きい。事例1の場合では職業評価という側面で、適性検査等を障害者職業センターの機能を活用することで、利用者の特性理解に大きな成果を挙げたと共に、今後の進路についても区切りをつけつつ、次の事業所への橋渡しとしての役割を果たしていただいた。逆に、就労へのプロセスの一つとして連携を行うことで、支援の形が利用者に受け止められやすかったのではないか…と考えている。 3 事例2 (1)概要 30代男性。パチスロ依存から借金を作り、実家を飛び出し、路上生活を短期間経験するが、区役所の相談に繋がり、緊急一時保護され、ギャンブル問題を指摘されて受診。初診時から吃音が顕著で、対人面での緊張が高い様子がうかがわれた。現在に至るまでのエピソードを聴取すると、中学校時代にいじめに会い不登校となり、一旦は普通高校に進学するものの学業についていけなくなって退学、通信制単位高校へ編入するも、そこでも学業が追いつかず4年半で過程を修了したとの事であった。当該高校在学中に知り合った女性と結婚し、彼女の両親が経営する介護事業所に勤め、長男が生まれるも、介護事業所での対人関係に混乱し、気晴らしにパチンコ・パチスロをするようになる中、終日パチスロに耽溺するようになり、すぐに資金が底をつき、借金を繰り返すようになって妻の両親の知るところとなった。一旦は借金を全て埋め合わせてもらい、もう一度やり直すと約束したものの、すぐに再び同様の状況となって離婚に至り、実家に戻ることとなった。雇用訓練制度を利用して短期のビジネス訓練コースを受講し、清掃業者に再就職し、ギャンブルも一旦は止まり安定したが、しばらくした後に職場の配置転換があって、上司や同僚といった人的環境が激変し、勤務スケジュールも大幅な変更があり、再びパチスロに耽溺するようになり、出勤を怠り、退職を余儀なくされる。更にもう1度離職者支援の短期訓練プログラムに参加し、同コースを修了し、次の就職先も確定し、就職一時金を手にしたとたんに将来の不安にかられてそのまま実家を出奔してしまったとのことであった。 (2)アセスメント  初診時に上記の様子を聴取し、主治医の診察となったが、診断はギャンブル依存症ということで、指示としては近隣地域で実施されているGA(ギャンブラーズアノニマス:ギャンブル依存からの回復を目指す当事者による自助グループ)への出席であった。担当者は彼と当夜GAのミーティングに同行・出席したが、初めてのグループに参加した際の緊張は強く、発言を求められたものの吃音とチック様の顔面のけいれんが強度で、しどろもどろとなって自己紹介するのがやっとという状態であった。  このような事実と、数回の面接を繰り返す中で、彼の知的および情緒面の発達の課題が浮上した。例えば、幼少時のエピソードとしては、いつも一人遊び(ミニカーを並べる)を好み、図鑑をずっと眺めていたこと(記憶によると昆虫図鑑であったそうだが、その配列が気にいっていたらしい)。学齢に達してからは、授業で話されている言葉や指示の理解が不得手で、例えば「教科書○ページを開けるように」という教師の指示が理解できず、隣の机の学友がその都度対応してページを開けたりするのを目視して行動していたこと等が挙げられる。 (3)支援について  そこで、まずは毎週曜日と時間を決めて、通院時に面談を実施すると共に、生活保護などの手続きについても極力支援担当者が同行して、利用者のサポート・助言を行うこととした。それによって短期間で一時保護施設を退所して居宅設定されることとなった。しかし、生活保護担当者からはまだ若いこともあったことと、訓練制度等を利用して再就職をと強く指示されたこともあって、混乱をきたすこともあったので、支援者からは自身の適性や状態がどのようなものかをしっかりと把握した上で再就職の道を検討することを提案し、障害者職業センターでの相談及び職業評価を受けることとなった。結果的には軽度の知的発達の遅れと、注意欠如多動性障害とそれに伴う適切な対処のなさからくるパニック様の行動が指摘され、標準化された環境下での職業訓練の必要性等が提案された。 評価の過程で指摘された、知的障害に関しては、療育手帳申請を行い、障害福祉窓口への同行相談及び知的障害者更生相談所との情報共有を行い、結果的には療育手帳の交付に至った。平行して職業準備支援3ヶ月実施継続のバックアップと当該支援終了後の就労継続支援B型事業所利用へと支援を行い、利用者も様々なプロセスを段階を踏みながら進んでいくこととなった。 (4)事例2を通じての考察と課題 ①ギャンブル依存症の背景にあるもの 幼少期から現在に至るまでの過程を詳細に概観すれば、知的及び情緒的な発達の偏りがあることは想像に難くないが、事例の場合は気づかれることなく、専門相談機関の支援を得ることもなかった。利用者にとってはその理由が自身でもわからないままに、数多くの失敗体験と共に人生を歩んできたという後悔の念だけが残る結果となってきた。彼の心の傷は大変大きなものである。 ギャンブル依存症の背景に、知的障害を含めて発達障害の存在が近年多く指摘されるところとなっており、筆者も本事例のみならず、数少ないギャンブル依存症の相談事例の中に複数経験しているところである。アルコールやその他の薬物使用と同様にストレスやパニックに対する自己治療的な側面が強くあるように思われる。彼の場合についても、金銭的な射幸心というよりは、パチンコ台を前にした時の安心感・やすらぎを口にしている。一方で、現在の彼にはパチスロに対するこだわりは全くなく、作業所収入で得たお金でアニメキャラクターをクレーンゲームで獲得することが楽しみ…というように、こだわる対象が変化している。見通しのなさや作業時の不確定な指示といった標準化されていない環境に対するストレスが現在可能な限りにおいて減らされている為、落ち着きを見せていると思われる。 ②標準的な依存症治療プログラムの限界  事例2のような場合、これをギャンブル依存症であるとのみ判断し、自助グループへの参加だけを提案するだけでは、決して生きづらさへの具体的支援とはならない。精神症状の訴えがなければ特別に服薬の必要もないわけで、狭い意味での医療では対応不能ということとなりかねない。標準的な依存症治療プログラムの限界を認識した上で、利用者の問題とひとくくりにせず、この場合は「特性理解」を一つのキーワードとして、支援に当たるという複眼的視点が重要であると言えよう。 4 おわりに  アルコール依存症とギャンブル依存症の2つの就労支援事例を通じ、依存症専門クリニックにおける就労支援の一旦を紹介してきた。 ちなみに、アルコール依存症の場合、現職を継続しながら時には入院という選択も取りつつ、通院しながら治療プログラムを継続するというのは、家族や職場の余程の理解がなければ困難である。未だ「アル中」=「人格欠格者」といった偏見もあって、病名の開示や、通院や自助グループへの参加の配慮を始めとする社会的なハードルは高い。よって、職も地位も家族も何もかも失い、身体的な健康も失い、ゼロというよりマイナスからのスタートとなる場合が少なくない。更に、一般医療機関や支援機関においても依存症についての知識や理解に乏しく、連携を模索する中で担当者も困難を覚えることも少なくない。こうした中で、依存症という診断名やその病名が持つ固定観念から自由になって、当事者の生きづらさがどこから発信され、そういったことの根本の一つに各々の特性があるのでないか…という着眼が重要である。  従来的な「知・情・意」に加えて、その背景にある認知や対人関係、関心の持ち方の強弱や濃淡の特長を捉える努力によって、例えば、障害者の職業リハビリテーションという地平において、依存症者支援の新しい場面を展開できるのではないかと考えている。 精神障害者の職業生活を支えるための医療機関等の取組 −①Evidence-Based Practices(EBP)の概要(文献レビュー)− ○東明 貴久子(障害者職業総合センター 研究協力員) 春名 由一郎(障害者職業総合センター) 清水 和代 (障害者職業総合センター) 1 はじめに 精神障害(統合失調症や気分障害)は就職後も治療状況、生活場面や職業場面での環境的状況等により症状変化の可能性があるため、職業リハビリテーションでは特に医療機関との連携が重要である。その一方で、精神障害のある人の生きがいや生活の質の支援のためには就労支援の意義が大きく、医療機関による就労支援の取組も多くなっている。精神障害のある人への就労支援において、今後わが国では、このような労働機関を中心とした取組と医療機関を中心とした取組を、それぞれの専門性を活かしつつ効果的に連携させることが重要な課題となっている。 一方、近年、米国を中心として、精神障害のある人が仕事に就き職業生活を維持するために効果的な支援の具体的内容が、就労支援と医療・生活支援の壁を超えた科学的手順による検討により明らかになりつつある。この様々な取組は、Evidence-Based Practices(科学的根拠に基づく実践:以下「EBP」という。)と呼ばれている。そのうち、特に就労支援の内容に関わるIPS(Individual Placement and Support)1)は、わが国の職業リハビリテーション関係者にも早くから紹介されてきたが、医療機関を中心とした就労支援の一形態として捉えられることが多く、EBPとしての意義である労働分野と医療分野の連携のあり方としては必ずしも理解されていない。 本研究、及び続く連番研究②③においては、精神障害のある人の職業生活を支えるために、様々な実証研究によって明らかとなった効果的な取組、及び、わが国の現状を踏まえ、労働と医療の効果的な連携による就労支援のあり方を検討した。 2 目的 本研究は、精神障害のある人たちに対する就労支援について、医療機関等との関わりを含めた具体的な内容の特徴や、従来の就労支援の取組と比較した効果について、近年の実証研究を精査して明らかにすることを目的とした。 3 方法 (1)主要なEBP EBPは無作為化比較試験(RCT)等の厳密な科学的手続きによって、治療や生活、就労への効果が検証された支援プログラム等である。本研究では、アメリカ連邦保健省SAMHSAが推進している次の4つのEBP2)を中心に検討した。 ①包括型地域生活支援(ACT:Assertive Community Treatment)3) 施設ベースの治療や生活支援ではなく、当事者 が生活する地域において、本人を中心として設定する個別の目標に応じた治療や生活支援を提供する。精神科医、看護師、ソーシャルワーカー、カウンセラー等の多職種で構成された支援チームが、全員で情報を共有し、ケースマネジメントによって24時間体制で支援する。 ②家族心理教育(FPE:Family Psycho-Education)4)  家族は治療成果の大きな要因であり、治療計画とその提供の過程に携わるパートナーと位置づける。家族も疾患や本人の状況を理解するとともに不安や喪失感を払拭し、本人のリカバリーに向けて共に治療に取り組む姿勢を身につけるため、個別またはグループでの教育プログラムを実施する。③援助付き雇用(SE:Supported Employment)1) 就労希望者を職業準備性等によって支援から除外することなく、本人中心の一般就業に向けた迅速な個別の就職支援、就職後の職場適応と就業継続のための支援を重視する。EBPとしての援助付き雇用は、医療・生活支援との統合が特徴となっており、発達障害等に対するジョブコーチ支援モデルとは異なる。この意味でIPSと、EBPとしての援助付き雇用は同義である。 ④疾患管理とリカバリー(IMR:Illness Management and Recovery)5) このプログラムでは、治療者からみた疾患治療に固執することなく、当事者自らが疾患を管理し、本人が定めた生活・人生における生きがいや目標に向けた回復(リカバリー)を重視する。そのために、心理教育、服薬のための支援、再発防止訓練、慢性的な症状に対するコーピングスキル訓練の4つの具体的な要素がある。 (2)就労支援としての効果の判断 本研究において、EBPの就労支援としての効果は、就職の成果、あるいは、就業継続を含めた就業率により判断した。両者に効果があるものだけでなく、いずれかに効果がある場合も含めた。 4 結果 (1)EBPとしての援助付き雇用による就業成果  EBPとしての援助付き雇用は、他の就労支援プログラムと比較して、一貫して高い就職支援の効果を示していた。 ①デイケア(day treatment)からの移行 4つの研究において、計6箇所のデイケア利用者について、援助付き雇用に移行した地域と移行しなかった地域の就業成果を比較した結果によると、援助付き雇用に移行した地域ではフォローアップ期間中の就業率が平均38%であったのに対し、移行しなかった地域の就業率は同15%であった。6) ②従来の就労支援との比較 援助付き雇用と様々な従来の就労支援(精神医療と雇用サービスが統合されていない援助付き雇用[ジョブコーチ支援モデル等]、シェルタード・ワークショップ等)の成果を無作為化比較試験(RCT)で比較した研究では、EBPとしての援助付き雇用群の就業率が平均で56%であったのに対し、比較群では同19%であった6) 。さらに近年の研究を含めた11の研究結果を比較したもの7)でも、EBPとしての援助付き雇用(=IPS)プログラムに参加した群の就業率は平均で61%であったのに対し、通常サービスを利用した群(ジョブコーチ支援等、州の職業プログラム等)では同23%であった(図1)。また、最初の一般就業に就くまでの平均期間はIPS群が比較群よりも50%短く、週の平均労働時間もIPS群では比較群の2倍以上長かった。 (2)援助付き雇用への適合性による成果の差 他の就労支援プログラムに比べて、援助付き雇用が高い就職成果を上げているといっても、約50%が一般就業に就けず、その他の25%は就労を維持できていない8)。ただし、EBPとしての援助付き雇用の内容は、次の適合性尺度9)に沿って実施されるほど就業成果が高くなっていた7) 10)。  その中でも、特にB-1やC-7に関する精神保健サービスとの統合は、従来の就労支援と比べて一貫して高い就労成果が示されていた11) 12) 13)。Cookら12)のRCTによる比較研究によれば、医療・生活サービスと統合したプログラム参加群では、通常のサービスを利用した群(クラブハウスモデル、地域の就業支援等)に比べて、一般就業率は2倍(図2)、月40時間以上働いていた割合は1.5倍(図3)であった。 また、適合性尺度のうち、生活支援分野との関係が強いC-7については、特に生活保護や障害年金についての相談を就労支援と統合して行うことは所得レベルの向上に結び付くこと14)、就労継続に役立つ支援であること15) 16)が研究でも示されていた。 (3)援助付き雇用とその他のEBPを組み合わせた効果 援助付き雇用とその他のEBPの統合により、援助付き雇用のEBPとしての適合性を向上させ、就職および就労継続にいっそう効果的であることが示されていた。 ①包括型地域生活支援(ACT)+援助付き雇用 援助付き雇用と地域ベースのケースマネジメントサービスとの統合の効果を検証した4つの研究では、そのすべての研究において、統合したサービスの就労成果は、統合されていない寄せ集めのサービスよりも向上した。また、統合したサービスでは、経時的な一般就業率の増加にも成果があった。10) ②疾患管理とリカバリー(IMR)+援助付き雇用 約10年の長期フォローアップを追跡した研究では、就労を促進する要素の1つとして服薬管理があった。また、疾患管理とコーピングスキルの適切な実施は、仕事を得て維持する上で重要な役割を果たしていた。15) さらに、認知訓練プログラムと援助付き雇用プログラムを組み合わせた場合、援助付き雇用を単独で実施するよりも一般就業率が有意に向上することが示されていた17) 18) 。また、心理社会的技能訓練と援助付き雇用を組み合わせた場合、就労継続や所得等の就労成果が示されていた19) 20) 。 ③家族心理教育(FPE)+援助付き雇用 McFarlaneら21)が開発した家族介入と援助付き雇用の要素を統合したアプローチFACT(family-aided assertive community treatment)では、本人が問題を解決し、仕事を得て維持できるよう支援するための教育プログラムが家族に対して実施され、職業計画のプロセスに家族が参加する。無作為化試験では、FACTによる就業率は、標準的な職業リハビリテーションの参加者よりも高かった。 5 考察  米国を中心とした多くの実証的研究において、就労支援の「職業準備性モデル」に対して、迅速な就職支援の取組や個別の職場適応や就業継続支援を行う「援助付き雇用モデル」による支援が効果的であることが示されていた。その一方で、精神障害の人に対する援助付き雇用は、知的障害や発達障害に対するジョブコーチ支援モデルではなく、より医療的な継続支援と就労支援が統合された取組によって、就労支援の成果が大きくなることも一貫して示されていた。 精神障害のある人に対する「援助付き雇用」として、迅速に就職支援を行う「Place-Train」としてジョブコーチ支援を行うだけでは、就業継続を含めた就業成果の点では、職業準備を重視する「Train-Place」型の就労支援と大きく変わらないという結果は重要である。その意味で、精神障害のある人へのEBPとしての援助付き雇用を、「Place-Train」という特徴で強調すると誤解されやすいだろう。むしろ、EBPとしての特徴は、迅速な就職に向けた支援を重視する一方で、医療的な継続支援を重視する取組であるといえる。 また、「労働支援と医療支援の連携」もわが国の現状からイメージされやすいもの(主治医の意見書、デイケアからの就労移行等)とは、内容が全く異なっている。EBPとして認められている医療・生活支援は、当事者が地域で生活することを前提とした、本人の意思や希望に基づく多職種チームによる包括的なケースマネジメントによる24時間支援(ACT)である。疾患管理も、服薬・疾患管理を含めた本人の自己管理や目標設定を重視した個別的で継続的な支援(IMR)となっている。さらに、家族支援では家族への教育やグループセッションが重視されている(FPE)。また、給付金に関する相談も、福祉支援だけで実施されるのではなく、就労支援と一体的に実施されることによって、高い就業成果に結びついている。  従来、IPSモデルは医療機関を主体とする就労支援と捉えられることも多いが、EBPで示される医療や生活支援を担う医療機関等の具体的な治療や支援内容を踏まえることにより、地域の労働機関と医療機関等が密接なチームによる支援を行う取組の検討にも資すると考える。 6 結論 近年の研究によれば、精神障害のある人の就労支援は、医療面を含めた就職前の準備の重視、あるいは、知的障害等と同様なジョブコーチ支援よりも、就労希望者に対して迅速に就職支援を進めるとともに、就労支援と医療を統合的に実施し、職場適応や就業継続のために服薬・疾患管理への当事者支援、包括的生活支援や家族教育を継続させる取組の方が高い支援成果がある。 【引用文献】 1)Becker, DR., and Drake, RE (2003). 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文献検索データベース(NDL-OPAC:国立国会図書館蔵書検索システム)により、検索から得られた文献から該当文献を選択した。 (4)取組内容の整理 各医療機関等の取組から、SE、ACT、IMR、FPEの各適合性尺度の項目に該当する取組をそれぞれ抽出した。また、就労支援として報告されていてこれらのEBPに該当しないものがあるかどうか、さらに、ACT、IMR、FPEについて就労支援との連携状況についても調べ、整理した。 4 結果 (1)医療機関等での援助付き雇用への取組内容 表1、表2に、援助付き雇用の適合性尺度の項目に従い、わが国の医療機関等で実施されている取組内容を整理したものを示す。 医療機関において専任の就労支援スタッフを置いているのは、IPSを実施している機関がほとんどであった。保健医療と就労支援スタッフのチームの形態としては、IPSでの病院内でのチームや情報共有以外に、地域でのハローワークスタッフ等との密接な連携があった。ただし、医療機関中での就労支援者のスーパービジョン等のユニットとしての体制の報告はわずかであり、外部就労機関等のスーパーバイズを受けていた。また、就労支援への除外基準がないと報告していたのはIPS実施機関以外ではなかった。 サービス内容(表2)については、「実際の職場での職業アセスメント」は復職支援の取組の他、ジョブコーチ支援と連携しての取組がみられた。「就職活動への迅速な取組」としては直接職探しに取組む場合だけでなく、履歴書作成や面接練習の支援、就職活動中の課題解決支援があった。「本人の興味等に基づく個別就職活動支援」では、医療場面での疾患だけでない本人の夢や希望等の把握や、本人に合った仕事内容の検討がハローワーク等の共同会議で検討される例があった。「一般就業への多様な選択肢の提供」では医療場面において労働市場の状況を広く把握し選択肢を広げる取組がみられた。「退職時の支援」も心理的に支える取組がみられた。また、「就職後の継続的な支援」では、就職後の体調悪化を想定し、事前準備、連絡体制、継続的相談等が実施され、また、就労している人の医療機関や相談の利用をしやすくする取組が報告されていた。さらに、職場への助言等に取り組んだり、産業医と連携した職場での支援の例も報告されていた。医療機関での支援は施設中心が多いが「地域の中での就労支 援」への取組もIPS実施機関ではみられた。さらに、患者に対して医療機関としての「就労への働きかけ、関係づくり、励まし」の実施や、労働機関のアウトリーチを受け入れている例もみられた。 なお、これらの取組は、IPSでは研究費等の独自の予算もあったが、多くは診療場面やデイケア、訪問看護等の枠組みで実施されていた。 わが国の医療機関での就労支援として報告されているが、EBPに該当しないものとしては、職業準備性モデルによる取組が見られた。 (2)その他のEBPへの取組状況(表3) 直接、EBPへの言及がない報告でも具体的な取組内容としてACT,IMR,FPEの適合性尺度に部分的に該当する取組の報告があった。また、その中には、就労支援(IPS、リワーク、EAP等)と関係した実施の報告も見られた。 5 考察 わが国の医療機関から精神障害のある人の就労支援として報告されている内容を具体的にみると、国際的にEBPとされる取組の要素と一致点がみられた。ただし、医療機関として実施可能な範囲が中心であり、外部の就労支援者との密接な連携、復職支援での産業医との連携の例もみられ、これは、歴史的、制度的背景等から、医療機関に専任の就労支援者を置くことが困難な現状における、わが国でのEBPへの取組の特徴と考えられる。 ACT、IMR、FPEといった先進的な医療や生活支援の取組を部分的であっても実施している医療機関の報告や、それらの就労支援との連動の報告もあった。これらの取組は、援助付き雇用と連携することにより、より高い就業効果が示されていることから、今後の就労支援の連携への示唆となる。 一方、職業準備性モデルに基づく就労支援を効果のあるものする報告もあった。このことは、EBPで示されているような、就職後にも再発防止や就業継続のために、医療支援が継続することについて、支援関係者の間で必ずしも十分に共通認識され取り組まれていない現状を反映していると考えられる。そのような現状では、就労希望者を準備なしで就職させることは、就職後の再発やそれによる退職のリスクが高くなるため、医療分野での就労支援の選択肢が限られるだろう。 6 結論 わが国においても、精神障害のある人への就労支援への医療機関等の取組内容は、国際的にEBPとされている内容と異なるものではない可能性が強い。わが国の精神科医療機関では、就職に至る までの職業準備性モデルでの取組以外に、援助付き雇用モデルの就職支援への取組が多く報告されるようになっており、また、職場適応や就業継続への医療の重要性を示す支援内容の報告も多い。 【参考文献】 1). 西尾: ACTにおけるIPS、 「精神科臨床サービスvol.9」、 p.272-275  (2009) 2). 中原、飯野/編: 『IPSハンドブック 精神疾患があっても「働きたい!」「社会で役割を持ちたい!」』、p.25-27, 63-68,92-99 クリエイツかもがわ (2010) 3). 池田: lPS〜個別職業紹介とサポートモデル〜の導入、 「デイケア実践研究vol.13(2)」、 p.14-20, (2009) 4). 佐久間: あさかホスピタルにおけるリハビリテーションの展開と地域統合への試み、 「精リハ誌vol.14(1)」、 p. 58-64, (2010) 5).石井: ひだクリニックにおける就労支援の取組 「第18回職リハ研究発表会」、p.280-283,障害者職業センター (2010) 6).津田: 「働きたい」をかなえるために--IPSモデルでの就労支援 (特集 「働きたい」を支えるOT-就労支援の実際) 、 「臨床作業療法vol.5(5)」、 p.386-391, (2008) 7). 田川: 通院者就労調査アンケートとNPO法人大阪精神障害者就労支援ネットワーク(JSN) 「精神神経学雑誌vol.111(9)」、 p.1076-1081,(2009) 8). 三家: 精神科クリニックにおける就労支援、 「精神神経学雑誌vol.111(9)」、 p.1087-1091,(2009) 9). 田川: 就労支援1:精神科診療所から -企業・支援機関との連携-、 「精神科臨床サービスvol.11」、 p.84-87, (2011) 10). 伊藤、大場: だんだんの就業支援の歩み:10年を振り返る、 「精リハ誌vol.14(1)」、 p.51-57, (2010) 11). 立石: 「地域精神医療におけるソーシャルワーク実践 IPSを参考にした訪問型個別就労支援」 ミネルヴァ書房/京都 (2010) 12). 山崎,浅井: 精神科デイケア、 「精神科臨床サービスvol.9(2)」、 p.248-252,  (2009) 13). 池田: 就労支援2:デイケア、 「精神科臨床サービスvol.11」、 p.88-92, (2011) 14). 相澤他: ワークショップ(要旨) 地域で支える精神障害者の職業リハビリテーション (特集 第16回職業リハビリテーション研究発表会)、 「職リハネットワークvol.64」、 p.55-64,障害者職業センター(2009) 15). 根本: 就労支援におけるアウトリーチ支援、 「精神科臨床サービスvol.11」、 p.132-135, (2011) 16).谷口他: 臨床心理士による就労支援の利点と課題 −総合病院精神科外来における実践を通じて−、「精リハ誌vol.14」、 p.181-186,(2010) 17). 大野, 寺村: 精神科デイケア(医療機関)における就業支援の取り組み、 「精リハ誌vol.9(2)」、 p.178-182,(2005) 18). 大山: 精神障害者リハビリテーションにおける回復過程と支援のあり方--精神料デイケアを利用し就労した2事例を通しての考察、 「職業リハビリテーションvol.20(1)」、 p.23-31, (2006) 19). 伊藤他: 【座談会】日本におけるACT導入の課題と展望、 「精リハ誌vol.9(2)」、 p.108-125, (2005) 20). うつ病リワーク研究会: 「うつ病リワークプログラムのはじめ方」、弘文堂 (2009) 21). うつ病リワーク研究会:「うつ病リワークプログラムの続け方 スタッフのために」、 弘文堂 (2011) 22). 菅原: うつ病休職者・離職者へのリハビリテーション 「こころの臨床 a・la・carte vol.29(4)」、 p.527-532,(2010) 23). 産業医科大学精神医学教室/編: 「産業医のための精神科医との連携ハンドブック 改訂新版」、昭和堂 (2009) 24). 井田: 伊藤ハムグループにおけるメンタルヘルス対策--EAP機関との連携による効果的推進、 「安全と健康vol.60(9)、 p.859-862,(2009) 25). 「職場のうつ 新版, 復職のための実践ガイド 本人・家族・会社の成功体験. アエラムック AERA LIFE」、p.20-21, 朝日新聞出版 (2009) 26).香月: うつ病の複合グループ家族心理教育の紹介-名古屋市立大学病院こころの医療センターでの実践- 「こころの臨床 a・la・carte vol.29(4)」、 p.517-521,(2010) 27).中込 他: 認知リハビリテーション 「こころの臨床 a・la・carte vol.29(4)」、 p.505-510,(2010) 28).労務行政研究所/編: 「人事担当者のための実践メンタルヘルス・マネジメント 新版」、 p.196,223 労務行政 (2010) 精神障害者の職業生活を支えるための医療機関等の取組 −③わが国の医療機関等で実施されている支援の実態の調査− ○春名 由一郎(障害者職業総合センター 研究員) 東明 貴久子(障害者職業総合センター) 清水 和代 (障害者職業総合センター) 1 はじめに 連番発表の①1)②2)で示したように、近年の研究によれば、精神障害のある人の就労支援は、医療面を含めた就職前の準備の重視、あるいは、知的障害等と同様なジョブコーチ支援よりも、就労希望者に対して迅速に就職支援を進めるとともに、就労支援と医療を統合的に実施し、職場適応や就業継続のために服薬・疾患管理への当事者支援、包括的生活支援や家族教育を継続させる取組の方が高い支援成果がある1)。また、わが国の精神科医療機関では、就職に至るまでの職業準備性モデルでの取組以外に、援助付き雇用モデルの就職支援への取組が多く報告されるようになっており、また、職場適応や就業継続への医療の重要性を示す支援内容の報告も多い2)。そのような意味で、精神障害のある人の就労支援における医療機関の位置づけは、①今後援助付き雇用の取組を広げていくべき人たちを多く抱えている機関、及び、②今後の職場適応や就業継続のための支援への不可欠な協力機関、として二重に重要である。 しかし、論文や書籍等で報告されている就労支援は全国的に進んだ取組であり、必ずしもわが国の医療機関の状況を代表するものではない。今後、精神障害のある人の就労支援において、労働と医療が統合された効果的な取組を広げていくためには、わが国の一般的な精神科医療機関等による取組や課題認識の現状を把握する必要がある。 2 目的 本研究は、精神障害のある人の治療や生活支援に取り組む、全国の精神・神経科の医療機関等における、就職・復職等のニーズへの対応として、狭義の「就労支援」だけでなく、職業生活を支えることに効果のある疾患管理や生活支援等を含む取組の現状、その成果や課題、及び、今後のあり方の意向について、アンケート調査により把握することを目的とした。 3 方法 (1)調査対象 ①精神障害の範囲: 統合失調症、気分障害、てんかん、その他の精神疾患とした。 ②調査対象機関: 特に、就労支援や復職支援に取り組んでいる機関に限定せず、精神障害を対象として治療・医療・生活支援に取り組んでいる精神病院、精神科クリニック、保健医療関連センター等とした。公開されている医療機関等のリストに基づき、該当する3,875機関全数を対象とした。具体的な機関は、日本精神科病院協会、日本精神神経科診療所協会、精神・神経科のある大学病院・国立病院、うつ病リワーク研究会の登録機関、上記以外のWAM-NETの精神障害・精神疾患医療機関(入院、デイケア等、作業療法等実施)の精神・神経科、てんかん専門医、精神保健福祉センター、メンタルヘルス対策支援センターとした。 ③回答者: 回答者は、各機関において、精神疾患等のある人の、就職・復職に向けた相談や支援・治療への主担当者、就職・復職相談等が特にない場合には、より一般的に生活面の相談や支援の担当者とした。 (2)調査内容 本調査では、医療機関への「就労支援」の内容を幅広く捉え、各機関における就労支援や復職支援等の標榜の有無にかかわらず、科学的根拠に基づく実践(EBP)1)としての、援助付き雇用(SE)に適合性のある取組、精神障害のある人の職場適応や就業継続に効果があるとされる疾患管理(IMR)、生活支援(ACT)、家族支援(FPE)等の取組1)も含めた状況を調査した。 ア 統合失調症の就職支援、気分障害の復職支援等、各機関の取組の特徴 イ 特別な就職・復職支援プログラムの有無と運営状況 ウ 精神疾患等のある人の職業生活を支えることに効果のある取組の実施状況: わが国の医療機関で実施が報告されているEBPとしての適合性が高い取組2)をリストアップし、その取組状況を聞いた。 ①援助付き雇用(SE)の取組  ・専任の就職・復職支援スタッフ  ・包括的な就職・復職支援の実施  ・非就労者へのアウトリーチ  ・本人と仕事の個別的なマッチングの支援  ・職業生活の現場での随時のアセスメント  ・職場適応、就業継続、退職時の支援  ・就職・復職支援スタッフのユニット  ・就職・復職支援と医療スタッフの密接な関係 ②本人の疾患管理への支援(IMR)の取組  目標設定/モニタリング/修正、認知行動療法・ロールプレイ、対人技能や対処技能の習得・訓練、再発防止訓練、服薬への行動調整、等 ③包括的な地域生活支援(ACT)の取組  ケースマネジメントや多職種チームでの支援、医療面と生活面の一体的な相談・支援、患者の地域生活での危機的状況への対応体制の整備、患者の治療からのドロップアウト防止のための関係づくり、本人を取り巻く家族、家主、雇用主等との協力 ④家族心理教育(FPE)の取組  患者の家族への精神疾患や対処法の説明、家族が患者本人への接し方やストレス軽減の方法等を学ぶことができるセミナーやセッション、複数家族のグループセッションやワークショップ、家族が困った時にいつでも相談しやすい体制をつくること エ 就職・復職支援の成果と課題 ①就職・復職支援プログラムの成果: 利用条件や利用者数に対する、就職・復職者数 ②広義の職業生活を支える支援の生活と課題: 職探し、疾患管理と職業生活の両立、就職活動、仕事の継続、職務遂行や危険対処、職場の理解や人間関係、仕事上の処遇 オ 精神障害のある人を支える労働施策の活用の現状と今後の意向について  精神障害者雇用トータルサポーター、精神障害者ステップアップ雇用、ジョブガイダンス事業、チーム支援、ジョブコーチ、トライアル雇用、リワーク支援等の利用状況や今後の利用の意向。 4 結果 調査は平成23年10月中旬が回収締め切りであり、発表会当日には、医療機関等が実施している、狭義の「就職・復職支援」だけでなく、精神障害のある人の職業生活を広く支える取組の具体的内容について、次のような結果のまとめを発表する予定である。 ?就職・復職支援プログラムの実施状況、成果 ?地域の労働関係機関との関係における、医療機関としての就労支援への取組 ?就職・復職支援と医療支援の専門性の役割分担や効果的な連携の取組例や、課題 ?医療機関等における、精神障害のある人の就職・復職の課題についての認識 ?統合失調症、気分障害、てんかん等の疾患種類による取組の差 ?就労経験の少ない人への就職支援と、休職者等への復職支援のそれぞれの特徴 ?医療機関での就労支援の人材育成等の状況 ?労働施策制度・サービスの活用状況やニーズ 【参考文献】 1. 東明、春名、清水: 精神障害者の職業生活を支えるための医療機関等の取組− ①Evidence-Based Practices(EBP)の概要(文献レビュー)−、職業リハビリテーション研究発表会、2011. 2. 清水、東明、春名: 精神障害者の職業生活を支えるための医療機関等の取組−②わが国における精神科医療機関における「就労支援」(文献レビュー)−、職業リハビリテーション研究発表会、2011. 特別支援学校(知的障害)における就労先との協働を目指した就労支援 −自己認識を深め、セルフマネージメントスキルを高めたLD男子への一実践− ○大畑 智里(静岡大学教育学部附属特別支援学校 教諭) 渡辺 明広(静岡大学教育学部) 1 はじめに 本校高等部では平成18年度より職業リハビリテーションの考え方を学び、特別支援学校高等部における進路学習の在り方を検討してきた。特に独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター開発の「障害者職場適応促進のためのトータルパッケージ」(以下「TP」という。)を活用し、題材・教材の新たな開発に取り組んだことによる成果は非常に大きい。 そこで、高等部卒業後の社会で、生徒たちが使える確かな力の育成を目指した取り組みの一端を、本事例を通して紹介していきたい。 2 事例生徒Aさんについて  Aさんは責任感が強く、何事にも熱心に取り組む生徒である。校内における交友関係も良好で、誰にでも分けへだてなく接することができ、周囲からの信頼も非常に厚い。また、陸上やサッカーなどのスポーツが得意で、率先して練習に取り組む姿は他の生徒の憧れでもあった。 Aさんは知的障害と学習障害(以下「LD」という。)を有するが、知的発達や社会性の発達においても一定の高い能力があり、一般就労への進路を本人も周囲も希望していた。ただ、非常に真面目な性格で、見通しの持ちにくい場面での活動や、人前での発言・発表などには過度な緊張と不安を感じ、心身ともに疲労を感じて体調を崩すことが多々ある生徒である。 3 支援計画 実践開始当初、Aさんの心身のバランスの崩れは直結して生活の在り様に影響を及ぼしてしまう状態であった。ゆえに、作業学習等を中心とした作業指導とともに、土台となる生活作りが急務の課題であると考えられた。 Aさんへの支援としては生活支援と就労支援の両側面からのアプローチを試みている(表1)。 表1 支援計画 生活 支援①TPのメモリーノートを活用した生活管理 ・朝食や睡眠の必要性を知る (朝のリズム作り)(起床時刻チェック) ②生活表を活用した生活管理 ・長期休暇の管理を行う(夏休みチャレンジ) 就労 支援①TPのM-ワークサンプル(以下「MWS」という。)を活用した職場実習準備 ・補完手段の活用、補完行動の獲得を行う ②職場実習及び採用時までの移行 ・障害認識を深め、就労への準備を進める ③卒業後のアフターケアと職場との連携 ・記録や相談ツールとしての作業ノート(日誌)を作成、活用する 4 実践(生活支援) (1)TPのメモリーノートを活用した生活管理 Aさんの心身のバランスの崩れから大きく影響が生じていた「睡眠時間」と「朝食の食事量」の安定を目指し、取り組むこととした。 ①朝食や睡眠の必要性を知る 本校高等部独自のAさん用にカスタマイズしたメモリーノートに起床時刻などを記入するチェック欄を設けた。このノートにより、本人が毎日記入を行い振り返りができただけでなく、本人と保護者と教師とをつなぐ大切な情報共有のツールとなった(図1)。 図1 メモリーノートの例 こうして自己の生活の様子を知るところからスタートし、毎朝、教師とのフィードバックを行う中で、Aさんは生活を整えていくことの価値を知り、自分なりに改善をしていこうと努力するようになる。例えば、朝食については「食欲が無い時も一口は食べるようにする。」「おなかが空っぽでは登校しないようにする。」と話し、起床時刻については「チェックすることで6時までは寝ていようと思った。」「早く起きてしまっても6時までは布団の中にいようと思うようになった。」と話している。 また、そのような本人の変化を見守ってきた家庭からも、6時まで寝ていられるようになってから朝食もとれ、バネのようにはずんで登校していく力強い様子が見られていることを、学校に伝えられるまでに安定していった。 ②生活表を活用した生活管理 毎日の生活が安定してきた中で、夏休み等の長期休暇の支援へと移っていく。長期休暇時には、Aさん自身が目標として以下のようなルールを決め、生活表に記録できた(図2)。 ・7時〜7時半までに朝ご飯を食べる。 ・(時間に)間に合うように起きて支度する。 図2 長期休暇の生活表 Aさんは自分の生活の特徴を知り、進んで目標を決められたことが自信へと変わり、長期休暇の過ごし方に対しても意欲的に取り組む姿を見せた。そして、朝の生活時間の管理に留まらず、Aさんは食事自体にも興味を持つようになり、食事作り(料理)に取り組むようになった。生活の中の一つのことの変化が大きなきっかけとなり、相乗的な効果を持つに至ったのである。 5 実践(就労支援) (1)TPのMWSを活用した職場実習準備  Aさんには高等部入学当初、自動車関係の仕事に就きたいという夢があった。その思いは非常に強く、「車の仕事なら、ねじ一本を作る仕事でも良い。」と話すほどであった。  高等部2年の6月、職種や自己の適性の理解を深めるために、MWSのピッキング作業を行った。AさんはLDの特性上、文字の読み書きを苦手としているが、無意味な記号情報である英数字や単純な文字情報のマッチングで作業遂行ができるピッキングは、高い作業遂行能力を発揮することができた。Aさんも「読み書きが苦手な僕にもできる!」と興味を持っていた。そこで2年生の 10月に日用品の物流業での職場実習に挑戦する。尚、この実習においては事前に双方の担当者間でピッキングの職務分析を行い、作業工程を精選すると共に、Aさんの特性についても充分な打ち合わせを持つことができている。実習先もAさんの読み書きの苦手さを理解し、既存の社内マニュアルを使用せず、Aさんにとって負荷の少ない実地での作業指導という形で実習を迎えることとした。  その後、3年生になったAさんは偶然にも次のようなエピソードに出会う。AさんはこれまでのMWSのピッキング作業を通して、棚を指差しながら探すことや書類にはレ点チェックを入れて確実に確認するなどの補完行動を獲得していた。その時、実習生(一般大学生)のBさんとCさんがMWSを行うこととなる。Aさんが3分程度で終わることのできるピッキングの作業課題を、BさんとCさんは2人がかりで5分以上もかかってしまうのだった。AさんはそのようなBさんとCさんの様子を見ていて、翌日次のように話をした。  このようにしてAさんはMWSを通して得た補完行動が作業遂行上、どのような価値を持っているかを知ることで、自分自身の作業について強い自信を持つことができたのである。 (2)職場実習及び採用時までの移行  Aさんは高等部2年から卒業時までに、同一の物流業の事業所において3回の職場実習を行っている。尚、1回の実習期間は2週間程度である。 1回目の実習(高等部2年10月)  前述した(1)の実習準備でもふれているように実習先はAさんの認知的な苦手さを知り、実地での作業指導を行った。ゆえにAさんはピッキングの作業工程を早くに覚え、数日の間に周囲の見守りのもと、一人で作業を進められるようになった。 しかし、実習後の実習先からの評価には、「(午後の時間の)集中力のなさ」を指摘される結果となったのである。校内に戻ったAさんは教師と振り返りを行うと、それは集中力持続だけの課題ではなく、周囲の忙しい状況(搬出入時)の中で、自分が手伝うべきか否かを相談するタイミングを計りかねていたことなどの理由がわかった。つまり、相談のタイミングを計りかねていたために、Aさんは周囲をキョロキョロと見回す機会が増えてしまい、その様子が集中力が切れてしまう状態だとの評価を受けたのであった。 2回目の実習(高等部3年6〜7月) Aさんは3年生になると自身の記憶の苦手さを補完する方法の一つとして、重要なことを書きとめる手帳を積極的に活用できるようになっていた。そこで、2回目の実習を進めるにあたり、相談できずにいたことや集中力持続の課題を自覚し、自分から手帳に書きとめていた。Aさんは『実習の約束事』として次のように整理している(図3) ・人同士が話している時は「今、お話ししても  よろしいですか?」(と言う)。 ・2時位(搬出入時)になっても集中してやる。 ・不安は○○さんか△△さんに、相談する。 ・一つの仕事に集中する。 周りが他の仕事をしていても。 このようなAさんの高い課題意識で2回目の実習に取り組むことができただけでなく、この約束事を実習先と共通理解して進めることができた。ゆえに、実習中は安定したパフォーマンスを発揮することができ、相談や集中力についても課題として取り上げられることはなく、無事終了した。 図3 手帳とメモ 3回目の実習(高等部3年10月)  1・2回目の実習を受け、Aさんは次のようなことを教師に話すようになっていた。  このことはAさんの特性と大きなかかわりを持っていることである。例えば“2B6−30”という指示番号があった時には、Bがぼんやりと見えるだけでなく、文字記号としての認識も難しいところがある。それは数字以外の文字は単語の一番はじめの位置にあれば認知しやすいが、この指示番号のように2番目に位置することによって、認識しにくくなるのである。そこで、教師は実習先に赴き、指示番号の意味を調べたことにより、2B6の“2”は倉庫の2階ということが分かる。Aさんの作業場は倉庫の2階を出ることはないため、ぼんやりと見えにくくなった場合は、指で2の部分を隠して指示番号を読み取ることにした。  こうした自身の独特の感覚に対する自己認識を深められたことは、Aさんにとっても大きな転機であった。それはありのままの自分を受け止められ、作業遂行上、ミスが生じそうな箇所に対しての補完方法を考えられたことである。 また、この3回目の実習では就労への具体的な準備として「倉庫全体・仕事全体の意図や流れを掴むこと」「物流という仕事の社会における価値を理解すること」も課題であった。そこで、改めて社内マニュアルを教師が入手し、事前に社内独自の表示や道具について学んだり、扱う商品のカタログ作りにも取り組んだりすることができた。具体的な作業工程ばかりはなく、社内の仕 仕事の流れや商品の価値を知ることで、 職務に責任を持ち、高いパフォーマンスで作業できることを実習先からも期待されていたのである。実習への準備が整う中でAさんは「だんだん賢くなっていく気がしてうれしいです。」「これでパートさんと会話も増えます。」 と期待を膨らめていた。この商品カタログは実習の休憩時に職員との会話にも役立つこともでき、無事実習を終え、就労を決定した。この頃のAさんの自動車への関心は、余暇としてのものとなり「夢は車の免許をとること。僕は車が好きだけど、仕事はとても大変だと知りました。車はゲームをしたり、レースを見たりしたい。」 と話している。さらに、実習先で日用品を扱ったことにより、生活にも大きな成長を見せていた。 ・日用品が何に使われているのか興味を持てた  ため、家庭での生活に密着した会話が増えた。 ・実習先で取り扱った商品と同じものがスーパーなどの店頭にあると、誇らしげに家族に話すようになり、買い物が楽しみになる。 (3)卒業後のアフターケアと職場との連携  卒業後の2か月がたち、アフターケアを行った。これまでの実習の中でAさんの良さを尊重し、苦手さについて本人と教師と共に検討してきた進路先は新たな課題を感じていた。就労後の様子は非常に順調であるが、実習と雇用の場との温度差もあることが現実であり「言葉に出せず、ストレスを感じているのではないか。」との言葉をいただいた。そこで、Aさんが新しく覚えたことや気になることをまとめ、本人と担当者との連絡ツールになる作業ノート(日誌)を作成した。これは本人と職場だけでなく、家庭と職場との連絡ツールとしての効果も持つようになっていった。 6 考察 本事例より得られたことは、障害を持つ生徒たちにとって自身の特性や苦手さも、補完手段や補完行動といった補完方法等を身につけることによって、自己認識が深まり、必要とされる場において最大限のパフォーマンスの発揮につながるということである。自分のありのままを受け止め、より良い形へと調整しながら職務遂行をしていく姿はまさにセルフマネージメントを行う姿でもあると考えている。 また、そうした生徒自身の学びだけでなく、特別支援学校と実習先・進路先とが、生徒の成長と共に互いの機関の良さを生かして協働して移行支援を行っていくことの価値も改めて痛感した。 7 おわりに  本実践において、自動車の仕事が夢だった男子生徒が、MWS、そして物流業と出会い、たくましい青年として巣立っていった。特別支援学校高等部として、校内における進路学習のさらなる充実と、実習先・進路先との円滑な移行について、今後も実践を深めていきたいと考えている。 【参考文献】 ・「研究集録19 特別支援学校としての充実と発展をめざして〜一人一人の教育的ニーズに応じた授業づくりと地域支援〜」静岡大学教育学部附属特別支援学校、2009 ・「よさを伸ばし、豊かな生活をつくる自立活動」 宮崎英憲監修・横山孝子編、2011 アスペルガー障害成人前期の「育ち」 −自己理解の取り組みを通して− 山田 輝之(社会福祉法人青い鳥福祉会 多機能型事業所よるべ 就労移行担当) 1 はじめに アスペルガー障害と診断をうけ、「問題」行動がなかなか改善できない対象者への就労支援。また、「問題」行動や障害特性への支援方法について。標準支援期間の終了が迫りつつ、どんな支援を構築したらよいのか悩んでいる。 2009年12月より当法人就労移行施設外就労(職員付企業内実習)利用開始。2010年2月1回、3月3回、4月13日、21日と「パニック」。実習先の館内放送で「バカヤロウ」と大声を張り上げ、自傷行為。 企業実習を中断。個別支援中心の「Xさんプロジェクトスタート」をスタート。 経過が良好のため、2011年4月よりXさんは施設外就労へ復帰するが、7月に「パニック」自傷行為を起こし、再度、施設内訓練に戻る。Xさんの支援をどう再構築するか、喫緊の課題となっている。 2 対象者の概要 (1)生育暦 ・31歳。精神保健手帳2級。普通高校卒業、専門学校中退。情報処理検定3級、ビジネス検定3級を取得。専門学校を中退後、郵便局集荷課アルバイトが3年9ヶ月間。その後は、派遣会社への就職。在勤期間は2ヶ〜6ヶ月間。2008年5月、市就労支援センター登録、職業センター職業準備訓練室、委託訓練、障害者職業総合センターにて発達障害者むけ訓練を受講。特例子会社へのトライアル雇用中に、パニック、自傷行為2回、退職。 (2)医師意見書より ・2006年6月、電車になかで「死にたいと」大声で叫んだこと契機に心療内科へ。現在も定期通院中。 「広汎性発達障害・アスペルガー障害」と診断。 ・「作業上の問題点」…特に制限なし。 ・「治療経過及び日常生活においての留意点」…・おこられたり、注意を受けたりする際に、激怒したり、興奮、自傷行為が出現しやすい。言葉の使い方(特に目上の人に対する)が不適切であることが多く、そのことが他人の反感を引き起こして、怒られたり、注意されたりすることに結びついている。感情的になっている気持ちを感じたら、早めに鎮静する必要がある。 3 支援経過 Xさんプロジェクトスタート。Xさんの「怒り」「きれ」の原因を探る。これまでのXさんの歩みをXさんと一緒に振り返ることで「糸口」が見えてくるのではないか。 ステップ1生育暦(今までの育ち)を振り返る・聞き取る Xさんに自分自身の現在にいたるまでの「生い立ち」を振り返りつつ、文章化してもらった。 ステップ2本人なりに振り返り、原因となるものを見つける・考える ・「リラックスの状態」が本人にも、周りにもはっきりすることで、こころが不安定になってきたら、「リラックスの状態」に自分を仕向ける方策を具体化していくことが大切。自分の「ストレスや疲れの感じ方」をはっきりと明示することで、本人や周りが状況把握が可能となっていく。 ・「リラックスの状態」は、「音楽を聴いているとき、マンガや雑誌、本を読んでいるとき、趣味の活動(出かけ先の探検、ドライブ、旅行)、コーヒー、お茶を飲んでいるとき、食事をしているとき」であることが確認できた。 ・一方、「ストレスや疲れの感じ方」は、「同じ作業を長時間続ける、いろいろな作業を同時並行で行う、難しい作業をおこなう、指示や話しかける声が大きい、同じ姿勢を続ける、暑い、寒い、その他(怒られるヒステリックに、無視される、指示の出し方言い方)」と確認。 ・「自分がストレスや疲れを感じていることに気づくサイン」は、「肩がこる、ため息が出る、周囲が気になる、汗が出る、能率が下がる、表情が硬くなる、イライラする、その他(ビジネスフォンが気になる」こと。「得意・不得意を整理しましょう」では、不得意なこととして、「人の言葉の裏を読む、場の空気を読む、表情から相手の気持ちを読む、ヒステリックに(きつく)いわれてしまう」こと。 ・Xさんが「リラックスの状態」「ストレスや疲れの感じ方」「得意・不得意を整理しましょう」の学習を進めていき、また本人からの聞き取りを重ねていくと「これまでの自分の振り返り、ヒステリックに怒られる。ストレスがドカンとたまってくる。ドカ盛でたまってくる。『これはこうしないでほしい』ならば大丈夫。無視はこまる。人に声をかけたときに、反応がないとき、怒りをおぼえるかな」とか、「総務部長、目をつけられる。陰険なまなざしで、パワハラ。大きな声で発狂してしまって。他の人事部の人が止めにきた。質問するのもこわかった」原因となるものは「怒り」だとわかってきた。 ステップ3学習。「怒り」をどうコントロールするか? アプローチ方法 テキストに基づく学習(演習)を行った。 カラオケ屋でのできごとより(図1参照) ・その場の気持ちは、楽しかったカラオケのできごとが無にされ、いきなり楽しいから全くダメにたたきおとされ、土下座してあやまりたい、KY罪だと、100%ダメな状態だったと語った。 ・そこで、認知行動療法のワークブックを参考にしながら、きっかけとなった行動→実際にとった行動とのあいだにXさんがどう認知したか、認知の仕方に「ゆがみ」「思い込み」はなかったか?別の方法はとれなかったか?考えられる別の方法について考えていく習慣を身に付けていった。 ・きっかけとなった行動→実際にとった行動とのあいだにXさんがどう認知したか、認知の仕方にXさん自身の考えに「ゆがみ」「思い込み」はなかったか?別の方法はとれなかったか?考えられる別の方法を考えた。 ・温度計をつかった演習(図2 参照)  ワークブックの演習では、自分の感情「怒り」の度合いについて、「温度計の温度」を参考に、数量化することに取り組む。ワークブックの中の3つの例題を提示して、その状態のとき「怒り」の温度はどのくらいに上昇するか、また急上昇する「要因」についてもXさん自身の場合について、具体的に書いてくれた。 また、Xさんの日常生活で遭遇する「怒り」の原因になるものを、「弱いもの」から「強いもの」の順番で書いてもらう。このことを通じて、Xさん自身「怒り」への標的がはっきりしていき、「回避する手段」についても見えてきた。 ステップ4医療的なアプローチの重要性・身体的な弱さ  精神安定剤や睡眠導入剤の飲み忘れが判明。服薬について、その大切さについてしっかりと話を聞いてくること、またXさんなりに「休日の服薬忘れのない方策」を考えることを伝える。母親へも再度、服薬がXさんの安定について大切なことについても理解してもらった。 ステップ5作業を通しての学習・人間関係の構築  聞き取りと「ワークブックによる学習」がひと区切りした時期から、作業を実際に行いながら、作業終了時に「聞き取り」をするスタイルにかえた。大きなパニックも起こらず、対処法についても本人なりに獲得してきた。  Oセンターでのシッパー洗浄作業とチラシ分別作業、シッパー洗浄作業は、流れ作業のため、片時も手を抜くことが出来ず、途中でトイレ等に行きたくなって、交代を願い出るが騒音のため聞こえず、そのことでストレスがたまってしまった。  その点、チラシ分別作業は、自分のペースで行うことが出来、Xさんにはやりやすい作業だった。苦手な作業もあったわけだが、Xさんとっては、作業に復帰できたという自信につながっていった。 ステップ6これまでの学習を自分なりにまとめる  Xプロジェクトも半年が過ぎ、そろそろゴールが見えてきた。Xさんより「Xプロジェクトのまとめ」と求職活動を本格化したいとの提案がある。  Xさんが自分のパソコンを駆使して、意欲的に、かつ簡潔に、的確に、これまでの取り組みのふりかえりを別紙資料のように、2週間の短い期間にまとめ上げた。シッパー洗浄作業の際は、短時間の、1時間の流れ作業でも「フウフウ」と息絶え絶えだったにもかかわらず、「プロジェクトまとめ作業」は、訓練時間を延長して、一生懸命に作成した。作業種目によって、得手不得手があり、得意な分野では力を発揮することができることを再認識することができた。 ステップ7求職活動への意欲・がんばり ・「ナビゲーションブックづくり」  ひと通りの「自分」像がつかめたところで、次のステップとして、「自分」をどう理解してもらうか、「よいところ」をどう簡潔に、相手にわかってもらうか、そのための道具として「ナビゲーションブック」づくりにとりくむ。自分のよさを伝えることは比較的スムーズにいったが、自分の「弱点」をどう伝えていくか。程よく伝えていくことに苦労した。 ・合同面接会を目標に、履歴書、職務経歴書、ナビゲーションブック作りが始まる。10ヶ所近い企業への応募、書類づくり、面接。面接に当たっては、予行演習をし、面接が終わったからは面接の振り返りを担当職員と行う。しばらくすると採用結果が届く。不採用結果には、どこがまずかったか、振り返る、どんなアプローチをしたらよいか、Xさんなりに自分を振り返り、自分をどうアピールしていったらよいか、「自己理解」の歩みでもあった。 ステップ8結果が出ない現実とつまづき。次への模索 合同面接会を主に10ヶ所近い企業への応募、書類づくり、面接。しかし、Xさんの思いは届かず、すべて不採用。オーバーワーク気味に動きすぎた面もあり、反動が出る。しかし、Xさんにとっては「自己理解」への大きな歩みの一歩と考えられた。 4 まとめ (1)生育暦の丁寧な聞き取りをおこなうことによって「つまづき」の理解を深めた。 「M−ストレス・疲労アセスメントシート」のアセスメント項目に沿って聞き取り、生育暦、職業暦を本人が書き込む。さらに、『きれる』の学習や「発達障害のテキストブック」では、リラックス状態、緊張する状態も記入。その作業に丁寧に取り組んでいくなかで、Xさん本人がおぼろでながらも「つまづき」の原因について見えてきた。 (2)「怒り」「きれる」ターゲットになる「問題」行動に対してどう「対処」していくか。            『きれる』の学習や「発達障害のテキストブック」で演習を進める。「対処」方法では、図式化して具体的な本人の行動を取り上げながら、問題解決学習(原因→結果、「対処」の仕方によって結果も変わる)や感情や気分の数量化(温度計として表現する)で、「見える化」でつかみやすくなる。 (3)自分の障害をどう理解してもらうか…ナビゲーションブック改定 ひと通りの「自分」像がつかめたところで、「自分」をどう理解してもらうか「ナビゲーションブック」づくりにとりくむ。自分の「弱点」をどう伝えていくか。程よく伝えていくことに苦労した。 (4)作業参加で「自信」の回復と獲得、集団性の獲得、作業参加による「弱点」の把握と「対処」法を 学ぶ 作業終了時に「聞き取り」をするスタイルにかえた。シッパー洗浄作業は流れ作業、ストレスがたまる。チラシ分別作業は、やりやすい作業。作業に復帰できたという自信につながる。 (5)求職活動を通しての「自己理解」 半年が過ぎ、ゴールが見えてきた。Xさんより「Xプロジェクトのまとめ」と求職活動を本格化。合同面接会を目標に、履歴書、職務経歴書、ナビゲーションブック作り。企業への応募、書類づくり、面接。不採用結果から、自分を振り返り、どうアピールするか、「自己理解」の歩みでもあった。 5 課題 (1)障害特性にどうせまるか。 アスペルガー障害の本質には迫ることは出来ていない。本人の立ち位置を支援者として、アドバイスする、数量化した、「見える化」した材料を提供して、自己理解を促す。あくまでも「促す」のであって、本人がどう認識し、行動するかは別問題。障害特性は強固で変容させるのはむずかしい。 (2)「文章化能力」と実際の行動や「思考」につながらない「弱さ」 パソコンのワープロ機能を駆使して、A4判1枚程度の文章はすらすらと書いてしまう。しかし、その文章と「実際の行動」がつながらないむずかしさ、本人とっては「弱さ」がある。 (3)身体的な「弱さ」と精神的な「弱さ」へ「直結性」  ストレスがたまると身体症状(肩こり、頭痛)が頻発、またかぜや腹痛が長引く。精神機能の脆弱性が身体症状として顕在化して様子。大きなパニック後に原因はと?「朝からずっとおなかが痛かった」と語ってくれる。身体状況と精神状況が「直結」しているように思える。 (4)現実の労働市場での求職活動のむずかしさ パソコンスキルなど個別的な能力は、遜色がないといえるが、企業での障害者就労が「単一の特化したスキル」をもとめる企業はまだまだ限定的。一方で、パソコン入力作業などのような、決められたタスクを個人個人が個別化された作業空間の中でとりくむアスペルガー障害の雇用に特化した特例子会社がIT関連で生まれることが望ましい。 (5)アスペルガー障害者への自立支援法「就労移行支援事業」、就労支援制度の課題  障害者福祉に関わる私たちも、アスペルガー障害への理解ができていないが現実。 1つ、アスペルガー障害への科学的な知見にもとづく理解を支援者が持つこと。  2つ「得意な分野」を育て、「弱点」は、「対処法」を獲得できる訓練プログラムを実施(最大2年間)。  3つ、企業就労先では、「得意な分野」を伸ばせる職場環境と「弱点」が出にくい環境なり、「弱点」が出ても最悪にいかない「セイフティネット」を企業内での構築。受け入れの際の「確認事項」とし、就職後も関係機関が継続的に、「弱点」の動向について把握し、必要な支援を適宜行うこと。 【参考文献】  障害者職業総合センター:「幕張ストレス・疲労アセスメントシートMSFASの活用のために」,障害者職業総合センター(2010)  山登敬之編:キレる,「こころの科学 148」,日本評論社(2009)  トニー・アトウッド(著)辻井正次(監修):「ワークブック アトウッド博士の〈感情を見つけにいこう〉1 怒りのコントロール」,明石書店(2008) 発達障害のある生徒のキャリア教育(Ⅰ) −親の会によるプログラムの「運営」の意義と実施上の工夫− ○新堀 和子(LD親の会「けやき」キャリア教育講座Wing 代表) 榎本 容子(LD親の会「けやき」キャリア教育講座Wing) ボーバル 聡美(小金井市障害者就労支援センター エンジョイワークこころ) 武澤 友広(福井大学生命科学複合研究教育センター) 松為 信雄(神奈川県立保健福祉大学) 1 背景と目的 一般の中学・高校に在籍する発達障害のある生徒は、自己理解を深めつつ、働くことについて考えていく「キャリア教育」の内容を、障害特性に応じた形で、分かりやすく学べる機会は乏しい。 このような中、LD親の会「けやき」は、親自身が、地域の専門家の力を借りつつ、自らの努力をもって、キャリア教育講座を立ち上げ、企画・運営する「Wing」を立ち上げた。 本発表では、プログラムの「運営」に焦点を当て、親の会で運営する意義と、運営上の工夫について報告する。 2 「Wing」誕生の背景 (1)発達障害のある生徒と親の課題 発達障害のある子どもの親にとって、わが子の障害を明らかにされた瞬間に頭を横切るのは「親亡きあと」という言葉であろう。特別支援教育の取り組みが進展しつつも、学齢期以降においては急に支援が乏しくなるという現実を前に、親たちは、わが子の就労、社会生活のための準備をまさに手探りですすめているという状況にある。 全国LD親の会の調査では、中学卒業後の進路として、特別支援学校以外の学校を選んでいる生徒は、84.2%に及んでいる。このような中、進学先では、就職が難しい生徒に高等教育を勧める学校もあり、問題を先送りしたまま卒業を迎え、就職できないケースが見られる。また、一方で、高校3年生になって、就労に関する指導もないまま実習に向かわなければならないというケースも見られる。 このような現状から、わが子の職業に関する準備性が十分育っていない中、親は、わが子が社会に出ることについての見通しを持てないまま、就職期を迎えてしまうケースが多く見られる。その一因として、親が社会情勢や障害者雇用についての情報に触れる機会が少ないことが挙げられる。 いずれにせよ、親は、わが子の就労に際し、障害をオープンにして支援を求めていくか、クローズにして生きていくのかという迷いを相談する機関もなく、親の判断でいずれかを選択していくことが求められる。そして、「学齢期の手厚い支援は社会では通用しない。企業は福祉ではない」という現状も知らされないまま、社会に出てから実感することになる。 このようにして発達障害のある子どもの親のストレスは、就労時には、さらに大きくのしかかってくる。そのため、学齢期からの職業の準備は、生徒本人だけでなく親の支援にもつながる極めてニーズの高い課題といえる。 (2)「社会人講座」の経緯と「キャリア教育講座 Wing」 LD親の会「けやき」での学齢期からの教育についての取り組みは、2003年の就労部会会員対象のアンケートから始まった。アンケートの結果、親はわが子を社会に送り出すということに関しては「漠然としているものの不安は大きく、その悩みはかなり深刻である」ということが分かった。  このような親の声を受け、同年12月に、現神奈川県立保健福祉大学の松為信雄教授、ならびに、東京障害者職業センターの職員の方にご教授いただく形で、「社会人講座」という名称の就労準備性を高める講座を開始することとなった。  この「社会人講座」は、全受講生の修了をもって、2006年2月に閉講としたが、中学・高校生の親から、講座を再開してほしいとの強い要望が挙がるようになった。これを受け、何とか親の会として持続的に就労準備に向けた講座の運営に取り組むことができないか考える運びとなった。  新たな講座開催にあたり、今後、持続的に講座を運営していくためには、親が意思と主体性を持って、講座にかかわっていくことの必要性が話し合われた。また、その内容も、せっかく親の会が主体となって行うのであれば、親が日ごろからわが子への悩みとして抱えている内容にアプローチできるような講座内容を親たちの手で創っていくことができないか、ということが話し合われた。  そこで、新たな講座では、親たちが講座内容を話し合いによって検討するプロセス(「プログラム委員会」)を設けることになった。一方で、親たちの思いが先行し偏った講座になることも危惧されたため、プログラム委員会には、専門家やボランティアの方にも参加していただくことにした。 さらに、新たな講座内容を考える上で焦点をあてることにしたのが「キャリア教育」の概念である。親たちは、職業に就くためだけのスキルではなく「個人の人生や生き方を考える上でも役立つ」学びを提供したいと願っていたからである。 3 「Wing」の運営・実践手続き  (1)親たちが「役割分担」する ①意義: 親たちが自らプログラムを運営することは、子どもの将来を見越した学習機会になるとともに、そのことを通じて親同士が共感できる仲間作りの場になると考えた。 さらに、親自身がプログラムの成果を見据えることによって、親のニーズをふまえた形でプログラムの優れた点や改善点を押さえることができ、プログラムの効果的な改訂につながると考えた。 実際、全員で役割を分担し合うことにより、親たちは毎回の講座に責任感と適度な緊張感を持って臨むようになった。それは、受講生たちに良い影響を与えるとともに、講座の雰囲気を引きしめることにもつながり、有効であったと感じている。 ②方針: 参加者全員による「役割分担」を基本としつつ、年度ごとにその効果的なあり方について見直しを行った。原則として、各年度とも、担当者を数人のグループにすることで、担当者の急な欠席の場合にも対処できるようにした。また、一人ひとりの親の希望もふまえ、不公平のない役割分担となるよう配慮した。 ③課題と解決プロセス: 1年目は、親の会に入会して間もない受講者がほとんどで、親同士の仲間意識も育っておらず、しかも講座を作っていくという考えの親たちと、参加すればいい(誘われて参加)という親たちの間には意識のズレもあった。 協議の結果、子どもの年齢別にあわせて「中学生の親」「高校1〜2年生の親」「高校3年生以上の親」の3グループに分かれることにした。そして、一つの講座をグループごとに担当し、その中で、すべての係を受け持ってもらう形とした。 欠席が多くて役割を果たすことができない人がいるという課題も早くからみられたが、すでに講座自体はスタートし、夏の合宿を通して受講生たちの仲間意識が深まったころであったので、担当グループの中でお互いに声かけ合い、理解しあえるよう努力していった。これにより、やがてグループ内での連携がとれるようになっていった。    2年目は、1年目に生じた、各親のどうしても参加が困難な月があるという状況をふまえ、担当できる月の希望を取ることから始めた。 この形によって、担当する講座の当日には担当者全員で運営することができるようになったが、その反面、打ち合わせや準備の集まりに参加することが難しい親が多く、担当する仕事内容の固定化が課題となった。仕事内容の固定化の例をあげると、打ち合わせに参加できる人は「司会」を担当し、当日だけの参加の人は「記録」のみを担当するという形である。 この方法は、特定の人に負担がかかる印象となったことが課題として挙げられるが、メンバーが入れ替わり、接する機会が少なかった親が一緒に作業をすることで理解し合い、仲間意識が育っていくことにもつながった。そして、受講生たちのチームワークが育っていったように、親たちもまた同様に成長していった。 3年目は、1年目2年目の反省をもとに、一つの役割に対して2〜4人のチームを組み、一年間を通してそのチームで担当するという方法を取り入れた。そして、主要な担当者に対して、それをサポートする補助者をつけることにした。 これにより、特定の人だけに負担がかかるという課題がなくなった。そして、この頃には、親のチームワークはさらに深まり、個々の得意・不得意への配慮もしながらのチーム編成の体制ができるようになっていった。最終的な役割分担の内容を表1に示す。 表1 分担項目 (2)地域の専門家に協力を依頼する ①意義: Wingは、親が主体となって創るキャリア教育の講座である。しかし、親には専門的な知識がないことや、わが子を客観視する力が弱いということも踏まえ、よりよい講座を目指すために、講師は地域の関係機関の専門家や企業の方にお願いすることにした。 それは、受講生や親にとっては、就労に向け必要な力を学ぶとともに、地域の関係機関とのつながり方、支援の受け方を学ぶ上でも大変有効であった。 一方、専門家の方にとっては、積極的にWingにかかわっていただくことで、発達障害のある人の現状を知るとともに、他の専門家の方と出会い、情報交換をする上で有効であったようである。 ②方針: Wingで専門家の方に講師を依頼するにあたり気をつけたことは、「親が成長するためにも、特定の方に頼り切らない」ということである。 ライフステージによって、連携する関係機関は異なってくる。同じ機関でも、担当者の方が変わるかもしれない。親はわが子の将来を見通しながら、そのつど、適切な道筋を立て、様々な支援者の方と連携していくことが必要となる。  そこで、Wingでは、講師となる専門家の方に頼る前に、「まずは、親が互いに知恵を出し合い、考える」というプロセスを大事にした。そのようにして、親同士が協力し合って得た知恵は、どの親にとっても、日々の家庭教育や、自分の子どもが問題に直面した際に役立つものと考える。 ③課題と解決プロセス: 当初は、計画通りに進まない講座など、講座の流れを作りにくい状態が続いた。 これは年間計画を先に立て、日程調整に入るため、多忙な状況にある講師との間でなかなか日程が合わないという課題が生じたためである。 また、そのような状況の中では、Wingとして、前後の講座の講師の間で連携を結ぶことが難しかったり、講座で期待する達成度を講師に伝えることが難しいという状況が続いた。 講師の選定にあたっては、はじめの2年間は、このプログラムが広く活用されるためには、全国的に配置されている関係機関の協力が必要と考え、それらの機関との関係構築に留意して取り組み、講座の講師をお願いしていった。 しかし、課題解決に向け、3年目は、目の前にいる「Wingの子どもたちに役立つプログラムの開発・実施」という視点を重視し、地域の関係機関に所属しながらも、Wingにボランティア参加してくださっている方に講師をお願いすることにした。 これにより、毎月の講座内容の検討と講師とのスケジュール調整を同時に進めることができるようになり、2年目までの講師との連携の課題が一気に解決する方向へ向かうことになった。 (3)ボランティアに支援を依頼する ①意義: 思春期にかかり始めた受講生たちにとって、親からの指図を受けることや親と一緒の作業には抵抗もあり、素直に受け入れられない部分がある。 そのため、その部分を補う役割をボランティアの方々に果たしていただくことは、本人にとっても、親にとっても大変ありがたいことであった。  また、受講生たちを伸ばし育てる講座とするための話し合いは、同時に発達障害のある人への理解をより深めることにつながるように感じられ、より多くの方々に、この講座に参加し、ともに学んでほしいと強く願うようになった。 学生の方には、本人に身近な存在として支援にかかわっていただきたい。関係機関の専門家の方にも、可能であれば講座の講師のみならず、他の講座での指導にかかわっていただきたい。このようにして、Wingは地域の様々な方との協働のもとで実践され、それぞれの立場からの知恵を、1つのプログラムに集約させていくことができた。 ②方針: ボランティアの参加は、次の立場で構成されていた。 学生ボランティア:大学および大学院にて発達障害について勉強中の学生 社会人ボランティア:発達障害のある人の支援にかかわっている、または関心のある社会人 親ボランティア:子どもが就労・自立した経験者、中学生以下の子を持ち、親のみで講座に参加               ③課題と解決プロセス: 1年目は大学院生が中心となってボランティアに参加していただいたが、 2年目からは新たに、関係機関の専門家や、一般社会人も可能な範囲で参加していただけるようになっていった。 1年目の開始直後から2年目まで、ボランティア側は「受講生に何を指導し助言すればいいのか」、親側は「それぞれの方に何を依頼すればいいのか」という課題に直面し、お互いに戸惑いをかかえる状況が続いていた。これは、Wingに様々な立場の人が集まることで生じる連携上の課題であると考える。 課題は、プログラム委員会を通し、お互いを知り合い、そして、お互いの思いについて率直に話し合うこと、そして、毎回作成していた講座の指導案に、ボランティアの役割について明記することで、少しずつ解決されていった。 4 まとめ (1)成果 ⅰ プログラムの企画や運営を共同で行うことを通した、自分の子に対する悩みや思い、不安の共有と、相互に援助的な関係を形成していく機運の高まり:プログラム委員会で、親の悩みや不安を反映させ、受講生に身近で具体的な講座の内容となるよう、協議を重ねたことが、チームワークの構築に役立ったと考える ⅱ わが子の現状を客観的に見ることを学び、その将来について冷静に検討する機会の確保:分担された役割の担当時や、講師の指導補助の際、自分の子以外の生徒に接することもあり、そのことが、自分の子どもを今までとは異なる視点で、客観的に冷静に見ることにつながる機会となった。また、他の親からの意見を受け、わが子の良さに気づくことにもつながった ⅲ 受講生向けの講座を傍聴することを通した、さまざまな情報収集と、学校卒業後に置かれる子どもの状況への理解の深化:就労に関する認識を修正し、障害者雇用の制度を理解し、地域の社会資源や福祉サービスの状況を知ることにつながった ⅳ 受講生とその親、そして、地域の労働、福祉、教育など多様な分野の専門家やボランティアとの絆の形成と連携の促進 (2)今後の課題 課題としては、以下の点が残された。 ⅰ 親は、生徒が自発的に取り組んでいくよう導くことが必要:受講生が自分の力でやるべきことを理解し、主体的に参加するためのノウハウを蓄積する必要性。大人が動かないことの重要性についてコンセンサスを得ることが重要 ⅱ 親自身が受益者として、自分の子どものために参加している場合と、発達障害者の全体の向上を目指して主体的に運営に参加している場合の意識の差への配慮:意識の違いを踏まえた、講座運営のあり方を考えることが必要 ⅲ 運営体制の維持に向けた、長期的な視点でのボランティアの育成と確保 発達障害のある生徒のキャリア教育(Ⅱ) −障害特性をふまえたプログラムの「内容」の報告− ○ボーバル 聡美(小金井市障害者就労支援センター エンジョイワークこころ 就労支援コーディネーター) 新堀 和子(LD親の会「けやき」キャリア教育講座Wing) 榎本 容子(LD親の会「けやき」キャリア教育講座Wing) 武澤 友広(福井大学生命科学複合研究教育センター) 松為 信雄(神奈川県立保健福祉大学) 1 背景と目的 一般の中学・高校に在籍する発達障害のある生徒は、既存の「キャリア教育」で講じられる、職業観・勤労観を育てながら、自己理解を促し、職業について考えるといった学びは、その取り組みの意図としたものになりにくい。 このような中、LD親の会「けやき」は、親自身が、地域の専門家の力を借りつつ、自らが企画・運営するキャリア教育講座「Wing」を立ち上げた。 本発表では、通常の就職と雇用率制度を活用した就職の2つの方向性への配慮、生徒の能力のアンバランスさ・ギャップへの配慮を行い開発した、キャリア教育プログラムの「内容」に焦点を当て、実践上直面した課題と解決策、最終的に開発されたプログラムの特徴を報告する。 2 「Wing」の内容の企画手続き (1)「プログラム委員会」で内容を考える: ①意義: より早い時期からの就労に向けた取り組みの必要性を感じる中、講座の形式は「年間を通しての連続講座」とすることにした。これは、毎回の講座の中で設定する「めあて」の内容を着実に身につけられるようにするためには、学びを繰り返し、積み重ねることが必要と考えたからである。 そして、そのためには、プログラムを計画的に構成するための「専門的に協議する場(=プログラムの委員会)」を設けることも必要と考えた。このプログラム委員会には、受講生の親のほか、当日支援を担当する、学生ボランティア、就労支援機関などに属し、専門的知識を持つ社会人ボランティアも参加した。そして、皆で知恵を出し合い、よりよいプログラムを考えていくことにした。 講座と協議する場を独立させた委員会の設置により、メンバー同士の協議が深まり、親の悩みに対応しやすいプログラム・連続性の高い内容になっていったと考える。 ②方針: プログラム委員会での協議を通し、講座は、「自分を知った上で自分を認め、自分の人生をよりよく選んでいってほしい」という親の気持ちを反映した「キャリア教育」を目的として実施していくことにした。そして、このような目的を達成するための目標として、次の3つを設けた。 ⅰ 「発達障害の生徒が、自己理解を深めるとともに、それを踏まえた生き方—特に働くことを含めた人生設計—について具体的に考える機会」を提供する ⅱ 「発達障害の生徒を持つ親が、同講座を併行して受講することを通して、障害の理解とそれをもつ生徒の健全な育成に向けた親のあり方について学ぶ機会」を提供する ⅲ 「発達障害の生徒に焦点を当てたキャリア教育・進路指導のためのプログラム」を確立していく 上記のⅰは受講生に対する効果、ⅱはⅰを深める上でも重要となる親に対する効果を目指すものであり、ⅲはそのような効果的なプログラムを各地域で実践する際に役立つマニュアル作成を目指すものである。ただし、ⅰについては、当初からこのように明確にコンセンサスが得られていたわけではなく、徐々に焦点化されていったという経緯がある。 なお、これらの内容を受講生に分かりやすく伝えるにあたり、Wingの目的については「よりよく生きるための学び」という一つのスローガンを設けることにした。そして、目標ⅰの内容については、「自己理解→自分を知り、認める」「人生設計→働いて生きていく」という言葉に、受講生らに分かりやすいようそれぞれ置き換え、毎回の講座の中で、その重要性を伝えるよう配慮した。 さらに、受講生たちが自己理解、人生設計の力を効果的に養っていくにあたり、キャリア教育で土台になるとされる4つの能力—「人間関係形成能力」「情報活用応力」「将来設計能力」「意思決定能力」(国立教育政策研究所生徒指導研究センター、2002)に着目し、学ばせたいと考えた。 そこで、受講生たちに、「よりよく生きる」ためには、物事に取り組む際、「人(お互いを大切にし、気持ちよくやりとりしよう)」「情報(必要な情報を集め、自分の進路(将来)に活かそう)」「計画(取り組むべきことを理解し計画的に準備していこう)」「決定(よりよい方法を選びながら最後までやり遂げよう)」という4つのキーポイントを意識することが大切であることを伝え、講座の中で繰り返し説明していくことにした。そして、講座もこれらの視点を学べるよう構成していくことにした。 ③課題と解決プロセス: 目標ⅰについて Wingの方向性について、大きな柱は定まっていたものの、では具体的に、講座を通し「受講生にどのような力を身につけていくか、そのために何を体験させ、何を指導するか」については、なかなかコンセンサスが得られず、プログラム委員会で何度も話し合っていった。 これは、発達障害のある生徒の場合、一般のキャリア教育の視点のみならず、職業リハビリテーションで取り扱うような、就労準備性に関する諸学習も必要となってくるためである。それに加え、親には、講座で身につけさせたい、体験させいたい内容が数多くあり、さらにその内容は受講生によって異なるため、絞りきることが難しいという状況が生じていた。 実践を通した受講生たちの現状をふまえ、最終的には、「講座形式で実施可能な内容」「中・高生という受講生の発達段階」を考え、3年目においては、当初大事にしたいと考えていたことに立ち返り、個々の受講生が、それぞれの形で、「働いて生きていくこと」への理解を深めつつ、「自分を知り、認めること」ができるような機会を提供する、ということを正式に講座の目標として定めることで合意した(目標ⅰ)。 これにより、Wingでは、受講生たちが、「自分がどの程度働くことについて知っているか」や、「自分の得意なことや苦手なことの理解を通し、働くことに向けて自分に必要なこと」について、自分なりに気づけるような講座作り、一方で、「講座でやり遂げる経験・認められる経験をすることで、自分に自信を持てるような講座作り」を目指すことにした。 そして、就労準備性を高めるために必要となる様々なスキルについて教える機会は設けるが、まずは、スキルの練習体験を通し、「自分がそのスキルを身につけていると思うかどうか理解すること(つまり自己理解)」を目標とし、スキルの習得は副次的な目標とすることにした。 なお、講座内容は、目標との関係性を考えつつ、受講生らが興味をもって取り組めるような体験活動や、親が体験させてみたい内容を優先して盛り込むことにした。そして、講座時に指導するスキルについては、各講座を担当する講師が就労に向け重要と考える内容に焦点を当てることにした。 3年間の集大成ともいえる2010年度のプログラムでは、やっと講座の目標が明確に定まったこともあり、各講座内容にその視点をより反映しやすい形になったと考える(表1)。   年間計画について 講座内容の流れ・つながり(連続性)についても、年度を追うごとに重視する形となった。例えば、前期(4〜7月)ではオリエンテーションにおいて、「この一年間で何を学ぶか」という個人目標を考えることから始まり、8月の企業見学に向け必要と考えられる連続講座を実施するなどの工夫に取り組むようになった。 企業見学は毎年、夏休みを利用して一泊二日の「合宿」という形で計画し、3年連続で実施することとなった。見学企業先との折衝や旅行日程の検討・宿泊費用の負担などは通常の講座内容とは比較できない程ハードなものであったが、受講生たちの姿・感想から、合宿を通して得るものは大きいと感じられ、プログラム作成において欠かせない「講座」となった。 合宿終了後は、「先輩の話を聴く」という講座を3年連続で設けた。受講生たちにとって、「将来働きながら生活する」というイメージを持つためには、今現在働きながら生活している先輩たちに話を伺うことが、一番ストレートに受け入れられるようであった。 そして、これを受け、後期(11〜2月)では、働くために必要なスキルについて掘りさげて学ぶような講座や、自分自身を知るための内容となるような講座を講師と相談しながら考えていった。     しかし、2年目までは、当初計画通りの日程で講師依頼ができなかったり、プログラムの目標が定まりきっていない問題もあり、プログラムの連続性の確保の難しさが課題として残されていた。 このような課題に対し、3年目は、目標が定まったことに加え、講座を担当した講師から、担当月だけでなく、その前後、さらに他の月においてもボランティアとして参加・協力を得られるようになったため、常に前の回の内容を振り返りながら次の講座につなげていくことができるようになった。 なお、このような工夫もあってか、受講生へのアンケートでは、年度を追うごとに、講座内容が「ためになる」「わかりやすい」と評価されるようになった。 (2)内容理解を深める教材に改良する ①意義: Wingでは、前述の通り、キャリア教育に取り組む上で重要となる「人間関係形成能力」「情報活用応力」「将来設計能力」「意思決定能力」の4つの能力を学ばせたいと考えた。 このような能力を発達障害のある子どもに学ばせる上で重要となるのが、情報の理解・記憶・応用能力の弱さへの配慮である。そこで、「講座の導入時」に、4能力の説明とそれに対応づけた講座のめあてを、分かりやすく言語化・視覚化したキーポイントポスターにより提示することで、学習ポイントを明確に理解できるよう工夫した。また、「講座時」は、学習のめあてをキーポイントポスターと対応づけて本人にフィードバックすることで、学習ポイントの意識化とその実際について理解を深められるよう配慮した。 ②方針: Wingを立ち上げる上では、様々な準備が必要であり、親が企画・運営するプログラムとはいえ、外部からのサポートも必要な状況であった。 そこで、4能力について学ばせるための教材作成については、ボランティアが担当することにした。具体的には、講座の導入時に4能力について学ばせるキーポイントポスターのほか、3年目からの新たな取り組みである、4能力の1つ「情報活用能力」の「メモを取る力」「メモをもとに話す力」を育成するための教材などを作成した。 これらの教材の作成ならび改良においては、作成者は、できるだけ親の要望を具現化するとともに、その中で、意見の相違が生じた場合は、意見は提案するが、最終的な判断・決定は親に委ねた。 ③課題と解決プロセス: キーポイントポスター まず、1年目は、4つの能力について、それぞれのポイントを把握しやすくするための文章表現(以下、キーポイント)を考えた。次に、これらのキーポイントを視覚教材の形にし、毎回の講座の導入部分で、その内容を押さえることにした。 2年目は、より直感的に内容を理解できる教材となるよう、キーポイントに理解しやすいシンボル(絵)を挿入した。なお、このシンボルは、経済産業省で提言されている「社会人基礎力」のものを活用した。 3年目は、「情報」「計画」「決定」のキーポイントをより分かりやすく理解できるよう3者の概念の配置を工夫した。また、4つのキーポイントを意識すべき「場」について示したほか、4つのキーポイントがWingで目指す「よりよく生きる」につながることを示す工夫も行った(図1)。  同教材の活用により、受講生の理解を確実に高められたと感じる一方、抽象的なキャリアの概念を学習することの難しさも感じられた。そこをどう調整していくかは今後の課題として考えている。 メモ教材 3年目には、講座で最も重要になると考えた「情報活用能力」に焦点をあて、そのうち「メモをとる力・メモをもとに話す力」の育成に向けたスキル練習に重点的に取り組むようになった。具体的には、以下の4つである。 ⅰ メモ教材(発表メモ)をもとに、講座の導入時の「最近の出来事」の発表を行う。 ⅱ 講座の「振り返り表」から、重要ポイントをメモ教材(感想メモ)に転記し、それをもとに、講座のまとめ時の「講座の感想」を発表する。 ⅲ 次回講座のチラシの項目を読み上げ、内容を聞き取り、チラシの穴埋め部を記入する。 ⅳ 受講生同士の電話連絡網を受け、メモ教材(連絡メモ)に次回講座の要点を記入する。 なお、各種メモ教材では、メモをとる上で重要となる5W3Hの視点を意識して、情報を記入できるように工夫した(図2)。 これらのメモ教材を利用したことで、負荷のない形で、実際に情報を集め、表出する練習を講座の中でくり返し行うことができるようになった。また、キーポイント教材で掲げている「情報」の内容についても、実体験をふまえ、より深く理解することができたのではないかと考える。  3 まとめ (1)成果 ⅰ 発達障害のある生徒の特性をふまえたキャリア教育を親の企画・運営によって実施する際の具体的なプログラムとその中で活用する教材の開発:全国的に初めてのユニークな取り組みではあるが、他の会でも実現可能であろう ⅱ キャリア教育と職業リハビリテーションの知見の折衷したプログラムと教材の開発:発達障害のある生徒の能力のアンバランスさ・ギャップをふまえ点に独自性があると考える。 (2)今後の課題  一方で、より分かりやすく、効果的なプログラム、教材とするためには、今後もさらなる検討が必要と考えている。特に、以下の点が課題である。 ⅰ 通常の就職と雇用率制度を活用した就職の2つに対応可能な学びのさらなる追求 ⅱ プログラム内容のさらなる焦点化:高校2、3年の就職活動を控えた生徒と、高校1年や中学3年の生徒のニーズに違いにどう応えるか ⅲ 毎回の講座で学んだことを、深化させて行動化するための工夫:学習したことを家庭で積極的に復習し確認できるようなしくみ作り ⅳ 社会人としての一人暮らしをも想定した自立生活に向けた準備的な学習内容の充実 発達障害のある生徒のキャリア教育(Ⅲ) −プログラムを通した生徒の「自己効力感」「勤労観」「自尊感情」の変化− ○武澤 友広(福井大学生命科学複合研究教育センター 特命助教) 新堀 和子(LD親の会「けやき」キャリア教育講座Wing) 榎本 容子(LD親の会「けやき」キャリア教育講座Wing) ボーバル 聡美(小金井市障害者就労支援センター エンジョイワークこころ) 松為 信雄(神奈川県立保健福祉大学) 1 背景と目的 キャリア教育講座Wingでは、発達障害のある中・高生を対象に、2010年度において月1回、合計12回のキャリア教育プログラムを実施した。この講座では、自己理解の深化、キャリア発達にかかわる諸能力である「人間関係形成能力」「情報活用能力」「将来設計能力」「意思決定能力」の育成を目的とした。 本研究では、このプログラムが受講生の「就労に対する自信」や「勤労に対する目的意識」そして「自尊感情」といった心理にどのような影響を与えたかを明らかにする。 2 方法 (1)対象者  表1に示すように15-17歳(平均年齢:16.5歳)の発達障害のある男子生徒8名がプログラムに参加した。ただし、A児に関してはプログラムの効果を測定する調査を実施したセッションに欠席したため、後述の分析からは除く。 表1 対象者のプロフィール (2)プログラムの内容 表2に示すように本プログラムは、就労の基礎的スキルの体験学習および習得状況の自己点検、企業見学、自己理解を深めたり、社会人としての態度を学習するワークショップといった内容から構成されていた。 プログラムの運営は原則として対象者の親がチームを組んで担当し、講師は地域の関係機関の専門家が務めた。 表2 プログラムの各回のテーマ (3)プログラムの効果の測定尺度 下記の3種類の心理尺度をプログラムの実施前(2010年4月)と後(2011年2月)の2回実施した。なお、質問項目は対象者が回答しやすい形に一部修正を加えた。なお、対象者には全ての質問項目に対して、5件法で回答を求めた。 ①キャリア選択自己効力感尺度(花井1)): 就労に対する自己効力感(状況に適した行動選択することに対する自信の高さ)を測定するために用いた。質問項目は「自分の得意なことや、苦手なことを理解することにどれくらい自信がありますか」「将来なりたい自分の姿をはっきりさせることにどのくらい自信がありますか」などの20項目であった。なお、この尺度は「自己評価」「目標選択」「計画立案」「情報収集」「意思決定の主体性」といった5種類のキャリア選択に重要な能力(因子)で構成されていた。 ②勤労観尺度(植村2)): 就労に関する目的意識の高さを測定するため用いた。質問項目は「仕事をする(働く)うえでは、自分の能力を発揮できることが重要だ、という意見にどの程度、同意しますか」「仕事をする(働く)うえでは、人から高い評価を得ることが重要だ、という意見にどの程度、同意しますか」などの16項目であった。なお、この尺度は「自己実現」「社会的報酬獲得」「社会的自己実現」「関係構築」といった4種類の目的意識(因子)から構成されていた。 ③自尊感情尺度(山本ら3)): 自分に対する満足度を測定するために用いた。 質問項目は「だいたいにおいて、自分に満足し ている」「もっと自分自身を尊敬できるように なりたい」などの10項目であった。 3 結果  以下、心理尺度別にプログラム実施前後の得点変動の結果を報告する。結果を示す各表の各欄上段の記号は「△」が「プログラム実施後の得点が実施前よりも高かった」ことを、「▼」は「プログラム実施後の得点が実施前よりも低かった」ことを、そして「−」は「プログラム実施後の得点が実施前と同じであった」ことをそれぞれ示す。また、各欄下段の「〇→□」という数字の表記は 〇がプログラム実施前の得点を、□が実施後の得点をそれぞれ示す。 (1)キャリア選択自己効力感の変化 表3にキャリア選択自己効力感尺度のプログラム実施前後における変動を対象者別に示す。「自己評価」については、7名中5名に得点の上昇が、残り2名に得点の下降が認められた。「目標選択」に関しては、7名中2名に得点の上昇が、2名に得点の下降が認められ、残り3名には得点の変化が認められなかった。「計画立案」に関しては、7名中4名に得点の上昇が、2名に得点の下降が認められ、残り1名には得点の変化が認められなかった。「情報収集」に関しては、7名中3名に得点の上昇が、2名に得点の下降が認められ、残り1名には得点の変化が認められなかった。「意思決定の主体性」に関しては、7名中2名に得点の上昇が、2名に得点の下降が認められ、残り3名には得点の変化が認められなかった。 (2)勤労観の変化  表4に勤労観尺度のプログラム実施前後における変動を対象者別に示す。「自己実現」に関しては、7名中4名に得点の上昇が、1名に得点の下降が認められ、残り2名には得点の変化が認められなかった。 「社会的報酬獲得」に関しては、7名中5名に得点の上昇が、1名に得点の下降が認められ、残り1名には得点の変化が認められなかった。 表4 プログラム実施前後における勤労観尺度得点の変動 「社会的自己実現」に関しては、7名中3名に得点の上昇が、1名に得点の下降が認められ、残り3名には得点の変化が認められなかった。ただし、得点の変化が認められなかった3名のうち、2名はプログラムの実施前後で最高得点の20点を維持していた。「関係構築」に関しては、7名中3名に得点の上昇が、2名に得点の下降が認められ、残り2名には得点の変化が認められなかった。しかし、この勤労観についても得点の変化が認められなかった3名のうち、2名はプログラムの実施前後で最高得点の20点を維持していた。 (3)自尊感情の変化  表5に自尊感情尺度のプログラム実施前後における変動を対象者別に示す。7名中5名に得点の上昇が、1名に得点の下降が認められ、残り1名には得点の変化が認められなかった。 4 考察 (1)キャリア選択自己効力感の変化 5種類の能力のうち、「自己評価」と「計画立案」に関しては過半数の対象者に得点の上昇が認められたことから、本プログラムは「自分の長所や短所を理解した上で仕事を選ぶことに対する自信」や「就労に向けた計画を立てることに対する自信」を高める効果があったと推測できる。一方、「目標選択」「情報収集」「意思決定の主体性」に関しては安定した得点の上昇が認められなかったことから、プログラムを改善するにはこれらの能力をより効果的に高めるような配慮が必要であることが示唆された。 (2)勤労観の変化  4種類の勤労観のうち、「自己実現」と「社会的報酬獲得」について、過半数の対象者に得点の上昇が認められたことから、本プログラムは「自分の能力を伸ばしたり、興味・関心を活かすことに働く意味を求める考え方」や「他の人から自分の仕事を評価されることに働く意味を求める考え方」に関する理解を深める効果があったことが示唆された。さらに、「社会的自己実現」や「関係構築」についても得点の上昇が3名ずつ認められたのに加え、最高得点を維持していた対象者が2名ずついたことを考慮すれば、これらの就労観への理解も深める効果は低くないと考える。 (3)自尊感情の変化  過半数の対象者に得点の上昇が認められたことから、本プログラムは受講生の多くに対して自分への満足度を高める効果があることが示唆された。 なお、得点の上昇が認められた5名のうち3名(C児、D児、H児)については、キャリア選択自己効力感尺度では5つの能力のうち3つ以上の能力について得点の上昇が認められ、勤労観尺度では4つの勤労観のうち3つの勤労観について得点の上昇が認められていた。この結果は、本プログラムの受講によって、就労に関する知識や技能に対する自信が高められたり、勤労観に対する理解が深まったことで、自尊心が高まった可能性を示唆している。 ただし、この解釈に否定的な結果も得られている。それは、キャリア選択自己効力感尺度では5つの能力のうち3つにおいて得点の上昇が認められ、勤労観尺度では4種類全ての勤労観について得点の上昇が認められたにも関わらず、自尊感情尺度では唯一、得点の下降が認められたE児である。この原因については、E児は今回のプログラムの受講を通し、自分に働くために必要な知識が足りないことに気づいた結果、自信が一時的に下がったことを反映している可能性がある。 【参考文献】 1)花井洋子:キャリア選択自己効力感尺度の構成,「関西大学大学院人間科学 : 社会学・心理学研究vol.69」,p.41-60,(2008) 2)植村善太郎:キャリア教育科目受講前後での勤労観および仮想的有能感の変化,「教育実践研究vol.18」p.213-216,(2010) 3)山本眞理子・松井豊・山成由紀子:認知された自己の諸側面の構造,「教育心理学研究vol.30」p.64-68、(1982) 口頭発表 第2部 障害特性の常識を打ち破った『一人多役』 −ノーマライゼーションの実現が職域を拡大させた− ○北沢 健(リゾートトラスト株式会社 障害者雇用・リワーク推進センター) 松木 直己・橋本 佳奈・梶山 静子・有賀 幹人 (リゾートトラスト株式会社 障害者雇用・リワーク推進センター) 1 会社概要 当社は、会員権事業、ホテルレストラン事業、ゴルフ事業、メディカル事業を展開している。介護付き有料老人ホーム、検診事業、サプリメント、化粧品、アクセサリー製造販売など、多方面な事業を展開している。 2 障害者雇用取り組みの経緯 平成17年度の障害者雇用率が0.66%であったことから、当社は同年、監督官庁から厳しい指摘を受けた。しかし、主業務がホテル運営、会員権事業という性格から、障害者が就労する場の確保は困難を極めた。そこで、名古屋、東京の両本社に事務作業を補完する事務支援センターを設置し、積極的に障害者雇用に取り組むこととした。半年の準備期間を経て、まず名古屋、つづいて東京で、業務がスタートした。 ちなみに平成18年2月にスタートした時点の東京の障害者スタッフは4名、それが現在は36名の障害者スタッフを4名の社員が支えるという大所帯になっている。知的障害28名(内重度14名:自閉症11名:身体重複3名:精神重複1名)を中心に、身体障害4名(内重度3名)、精神障害4名(内発達障害3名)と、異なる障害特性を持ったスタッフをグループ就労させていることが特徴的である。サポートスタッフは、「障害特性は個性の違い」と捉え、業界の常識と先入観を捨て、一人ひとりと丁寧に向き合うことで、各人の『強み』『弱み』を的確に把握するように努めている。SWOT分析を持ち出すまでも無く、『弱み』は『強み』に、『強み』は『弱み』になる。その結果、常識ではミスマッチと思われる組み合わせが、絶妙な組み合わせに昇華したケースは数多い。 3 『一人多役』の必然性 (1)作業能力の算出方法  障害者の民間就労を促進させるために行政は、様々な雇用支援制度を用意し、企業に経済的な支援をしている。一方、企業が障害者を雇用する際に最も欲しい情報は、当該障害者が健常者の何割程度の仕事ができるかということである。           図1は、ハローワーク渋谷が研修用に作成したものである。試算によると、常用雇用移行後4年間の助成金総額は4,500,000円。障害者1名を雇用した場合の企業の平均的な4年間の負担額は6,000,000円(給与、交通費、社会保険料)であるから、人件費の75%を行政が負担していることになる。換言すれば、『障害者の作業遂行能力は健常者の25%、スキルアップ期間は3〜4年』とみなされている。経験則的に言えば、知的障害者といえどもスキルはアップする。といっても、ベースの作業遂行能力の2〜3割アップがMaxであり、雇用継続の観点からは、主業務の遂行能力は健常者の30%程度ではあるが、複数の仕事ができるという『一人多役』を企業が求めるのは当然の帰結である。社の内外を問わず、当初は反対論が多かった『一人多役』を実現させたプロセスを検証する。 (2)職域の拡大  障害者雇用は法律で定められているからと言って、仕事が無いのに雇用する訳にはいかない。それでは、たとえ一時的に雇用できたとしても、雇用を継続させることはできない。そこで、事務支援センター的な役割を担うセクションが関わることのできる仕事の切り出しからスタートした。社内のすきま仕事探しだ。 具体的には次のような手法を採った。個人、部課単位で仕事を分析すると、①量・時間は少ないが毎日やらねばならない、②溜めて月末に処理することが可能、③やらなければならないことができていない、④残業無しには処理できない、⑤アウトソーシングしている—などに分類できた。これらすきま仕事を集約することで、当社の主業務に従事する社員の本来業務への集中と、付加価値の高い業務への挑戦が可能になると、社内を説得、職域の拡大を図った。現在、事務支援センターの仕事内容は、短期的な仕事を含めて100種類以上(表1参照)にのぼる。 障害者スタッフの『弱み』を補う職域の拡大が、『一人多役』の実現を喫緊の課題に押し上げるという想定外の波及効果を生むこととなった。 4 説得過程で再認識した信頼関係 DM作成を中心に業務していたスタッフに複数の業務をこなせるようにするという提案には、多くの反対意見が出た。専門家ほど想定されるリスクの高さを指摘した。支援機関スタッフからは、「知的障害者や自閉症の人に複数の業務を任せるのは困難だ。単純反復の仕事を用意することが必要」とのアドバイスを受けた。障害者本人、保護者からも新しい環境変化に戸惑いの声が聞かれた。サポートスタッフは、「全社的に一人多役が求められている。障害者スタッフだけ特別扱いはしたくない。最後までサポートする。皆の成長を信じている」と説得した。四面楚歌の中、一人の保護者から「自閉症のわが子にとっては、同じ仕事を繰り返し行えることが本人の安定になると思う。しかし、できることが増えることは、仕事の幅が広がるという以上に、人生の幅が広がる。一人多役にチャレンジさせてやって欲しい」と励まされた。障害者雇用に携わることは、仕事の手順をコーチするだけではなく、長いライフスパンでの職業生活を支えていくことと、再認識させられた。 新たに開拓した仕事の割り振りは、『仕事に人を合わせるのではなく、適した仕事を人に合わせる』ことを共通の理念として決めた。その結果、一人ひとりの作業能力からは計り知れないほど効率良い仕事をするようになった。それぞれが、新しい業務を覚えようと、目標を持ち取り組んだことが意識向上につながったようだ。 【職域拡大のケーススタディは後述】 5 東京ジョブコーチの活用 平成21年より、新制度の東京ジョブコーチを活用している。各支援機関との連携も行っているが、支援機関でサービスが異なる。ジョブコーチを派遣しない支援機関もある。支援機関と卒業した学校だけに頼っていては、成長支援を十分に引き出すことが困難であった。東京ジョブコーチは、「居住地、通勤地」「学生、社会人」「委託訓練、トライアル」と関係なく支援ができ、継続した関係を築けた。通常は定期的に週2回ほど、実習生の支援時には集中的に支援を依頼している。障害者スタッフ全員をフォローできる東京ジョブコーチの存在は大きい。 6 『一人多役』と『グループ雇用』 受託業務は、現在細かなものをあわせて100種類以上となっている。その中でフェイスシートを作成し、個々のスタッフが得意な業務、できる業務を把握し、新たな業務に即応可能な態勢を構築している。このような積み上げが『すきま仕事』を集積し、『一人多役』がスムーズに遂行できた。  一方、障害特性でカテゴリー分けすることなく、グループ就労という形態は押し通した。グループ内では、気遣いが苦手な発達障害者スタッフが身体障害者スタッフの物品移動を手伝ったり、精神障害者スタッフが知的障害者スタッフの何気ない言葉で明るく、元気をもらったりと、一体感を醸し出している。DMルーム開設時は、各スタッフが出来ることをさせていた。それが、様々な業務への対応力を身につけさせることで一人多役が可能となった。今では、それぞれが得意分野を持ち、多数の業務遂行ができるようになっている。最初からできないと決め付けるのではなく、何にでもトライしてみることが重要である。業務を丁寧に行う姿を見て、他部課の社員から仕事の提供が生まれる。仕事ぶりが認められ、関連会社クリニック内でのカルテの仕分けや、有料老人ホームでの清掃、介護補助業務でも障害者スタッフの雇用が検討されている。 障害者だからこの業務というのではなく、一人ひとりと真摯に向き合い、お互いの信頼関係の中で新たな業務に対応できるのは、長年一緒に仕事をしたサポート社員ならではの業績だ。この信頼関係が無ければ『一人多役』は生まれなかった。 7 今後の展望 東京事務支援センターは、平成23年度『障害者雇用職場改善好事例』(主催:独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構 後援:厚生労働省)の≪優秀賞≫を受賞した。当センターは、実雇用者数に換算すると、全社で就労する障害者スタッフの半数が働いている職場だ。また、名古屋本社事務支援センターと二人三脚で、社内のノーマライゼーションを推進してきた。 表2  平成23年7月15日には、『子会社も含めたグループ特例』の申請が承認された。そして、今回の受賞。当社のCSR活動がようやく行政の評価をいただけるところまできた。これは全ての関係機関(表2参照)のご指導、ご協力の賜物である。行政、関係機関の協力が無ければ今回の取り組みは実現できなかった。今後も積極的な行政、関係機関の協力が障害者雇用の場を広げていく原動力となると確信する。 8 ケーススタディ (1)ホテル客室清掃 ①メンバーの選定 当社は、東京本社から徒歩10分圏内の都庁近くで、会員制ビジネスホテル『サンメンバーズ東京新宿(以下「サンメン」という。)』を運営している。清掃はグループ会社の(株)ジェスに委託しており、同社の協力を得て、ホテル客室清掃の取り組みがスタートした。現存スタッフの中で清掃業務に適している2名を選抜、3名を新規雇用、計5名でスタートした。スタート時は、10ベットメイクだったが、現在は、10名で35ベットメイク、10バストイレ清掃、ホールレストラン清掃、階段清掃など6倍ほどの業務量をこなすことにまでになった。「今では無くてはならない存在」と、委託会社の所長は極めて高く評価している。 マニュアル ②育成のポイント 業務を覚えるまでには、個々にバラつきがある。先ず、本人の興味がある分野から取り組む。業務をベットメイク(マニュアル参照)、バストイレ清掃、掃除機、拭き掃除に四分類し、1人で一部屋すべてではなく、適正にあわせた仕事を組み合わせた。また、ペアでの業務を取り入れお互いにチェックができる方法を作り出した。 ③精神障害と知的障害のマッチング 知的障害者にとって段取りを組む、判断することは苦手であり、如何にフォローするかが課題となった。初めは、東京人事総務部社員が2名でサポートした。しかし、社員にも本業の業務があり常に2名の人員を出すことが難しい状況となった。そこで精神障害スタッフにコーディネートへのチャレンジを促した。本人は、社員のサポートがあればと前向きに業務を覚えていった。しかし、精神障害の社員に知的障害の社員への技術指導は、負担になる為、業務の振り分け、確認などの業務に限定した(図2参照)。精神障害の社員が段取りや判断をし、指示を出す。知的障害の社員が丁寧な仕事をする。障害をお互いに得意分野でカバーし合えている。 図2 (2)PC使用業務 ①名刺作成 支援機関で行っていた名刺作成と同様のソフトなどを揃え、支援機関の協力を得てフロー、マニュアルを作成した。東京人事総務部社員が中心となり各ホテルとの受注関係を調整し、分かりやすい指導方法などを検討した。業務の流れの中でサポートスタッフがチェックする工程を入れることで信頼性のある仕事となった。初めは、東京本社分のみであったが、現在は、全社業務部門・各ホテル・関連会社分にまで拡大、年間5,000箱(1箱100枚、2010年度)の注文を受けている。 ②PC入力(他障害とのマッチング) 従来、派遣社員が行っていた業務であった。お客様アンケートの入力を行う。月2回のみであるが一回で2,000〜3,000件の入力を行っている。知的障害スタッフが入力し、発達障害スタッフがチェックする。ダブルチェックを入れることで正確性が向上した。コミュニケーションは苦手であるが能力が高く、細かいチェック業務に向いている発達障害スタッフが得意分野にて補い合っている。お客様アンケートからホテルの顧客データの入力にも広がりデータ入力の業務は広がっている。 ③契約書電子化 当社の契約書は、1部が30ページほどで構成されており、この契約文書のスキャニングを行っている。従来は、外部業者へ委託していたが内製化した。PC入力が苦手なスタッフでも、この業務は、コピーをとる動作に類似しているため対応がし易く、担当可能人員は、2名から6名に増加、業務の幅も書類のチェックにまで広がっている。 これら事務業務の内製化によりコストダウンが可能となった。金額だけでなく、情報管理やスピード、正確性についてもこれらの業務は高い評価を受けている。 9 『一人多役』当社モデル 障害者雇用を進めるにあたって、大切なことは、行政の助成金、支援制度を活用するだけでは無く、企業が自助努力で効果的な障害者雇用にチャレンジすることである。当社の『一人多役』モデルは、スタッフの創意工夫で職域の拡大を成功させた。  1つのモデル(図3参照)として提案したい。 特例子会社における 労働安全衛生マネジメントシステムによる安全健康活動の推進 宮﨑 由紀生(株式会社旭化成アビリティ 安全健康推進部長)  1 はじめに 旭化成グループの特例子会社である株式会社旭化成アビリティ(以下「アビリティ」という。)では労働安全衛生マネジメントシステム(以下「OHSMS」という。)を構築し、全員参加で安全健康活動を推進することで障がいのある人たちが、より「明るく・楽しく・前向き」に仕事に取り組める職場づくりを行っている。 2 会社概要  アビリティは1985年(昭和60年)8月に旭化成100%出資の特例子会社として設立された。 本社を旭化成発祥の地である宮崎県延岡市に置き、営業所を延岡、水島(岡山県倉敷市)、富士(静岡県富士市)、東京に営業所を配置している。  従業員数は191名で障がいを持つ人が166名(87%)である。地区別の内訳は表1の通りである。 表1 従業員数の地区別内訳  業務は旭化成グループ各社から委託を受け、様々な内容のものを障がい特性と組み合わせて担当している。主なものとして「印刷・製本」「事務業務サービス」「OAサービス」「施設の管理・整備、清掃」「社内メールの集配」等がある。   3 OHSMS導入の経緯  アビリティ4営業所はそれぞれの地区にある旭化成の事業内容や発足の経緯等により、強い独自性を持って事業活動を展開してきた。 安全活動においても4営業所で独自の活動を行っていた。これまで単発的に労働災害(以下「労災」という。)が発生していたものの特段、問題になることもなかった。 しかし、2005年より労災が続き、2007年には転倒骨折の休業災害をはじめ、ドアーでの指詰め等、憂慮すべき労災が発生した。 この状況を会社として重く受け止め、2008年初めに水島営業所に専門の安全スタッフをグループ内から配置して本格的に安全健康活動をスタートさせた。 活動の基本ツールは旭化成グループで推進しているOHSMSとした。 1年間の水島営業所での活動で効果を確認し、2009年にはアビリティとして安全健康推進部を発足させ全社展開を開始した。 4 アビリティのOHSMSの構成 (1)システムの規格 OHSAS18001に準拠、厚生労働省指針に対応。 なお、厚生労働省指針では「OSHMS」と略称されている。 (2)システムの要求事項 ①一般要求事項 ②安全健康方針 ③計画 イ 危険源の特定・リスクアセスメント   ・リスク管理の計画 ロ 法的及びその他の要求事項 ハ 安全健康目標 ニ 安全健康マネジメントプログラム ④実施及び運用 イ 体制及び責任 ロ 訓練、自覚及び能力 ハ 協議及びコミュニケーション ニ 文書化 ホ 文書及びデータ管理 ヘ 運用管理 ト 緊急事態への準備及び対応 ⑤点検及び是正 イ パフォーマンスの測定と監視 (実施状況の調査及び評価) ロ 事故、事故誘因、不適合並びに是正及び予防措置 ハ 記録及び記録の管理 ニ 監査 ⑥マネジメントレビュー (社長による見直し)    5 マネジメントマニュアルと運用事例  システムの要求事項をマネジメントマニュアルとして文書化し、運用をしている。以下に主な要求事項についての運用事例を紹介する。 (1)安全健康方針 アビリティ行動指針のひとつである「安全第1・健康第1」を安全健康方針のトップに掲げ、一人ひとりが責任を持ち、全員参加でP(計画)D(実施)C(評価)A(改善)のサイクルを回し、安全健康レベルを継続的に向上させることとした。 (2)目標及び計画(マネジメントプログラム)  目標は次の通りとし、より安全で健康な職場と作業を目指している。 表2 活動目標      計画は目標を達成するためのマネジメントプログラムとして作成している。 各営業所では全社の計画を受け、具体的実行計画を策定して活動の推進を行っている。 (3)リスクアセスメントとリスクの管理 ①危険源の特定とリスク管理 各営業所で担当している全ての業務を洗い出し、マニュアルの有無を含めリスクアセスメント(以下「RA」という。)を行い、危険源の特定とリスク管理を行っている。 尚、管理すべきリスクの評価は「危害の重大性」と「危害の起こり易さ」の組み合わせでリスクレベルを決定し、 a.高い(容認できない)リスク b.中程度(可能な限り低減すべき)リスク c.低い(容認できる)リスクに区分して管理している。 危害の重大性を表4、危害の起こり易さを表5、そしてリスクレベルを決めるリスクマトリックスを表6に示す。 表3 危害の重大性   表4 区外の起こり易さ       表5 リスクマトリックス        リスクレベル a:8~16 b:4~7 c:0~3    ②ヒヤリ・ハット提案活動 職場や行動の不安全状態を放置せず、安全で健康な職場づくりと一人ひとりの安全感性を高めるためにヒヤリ・ハット(HH)提案活動を推進している。 水島営業所の例を紹介する。 HH提案はグループの安全委員・リーダーを通じて安全管理者を経由して所長(事務局)に提出される。 その過程で安全委員は内容を確認し、リーダーと相談してRAを含め、グループ内での対応を行い、安全管理者に報告する。 安全管理者は対応の内容についてコメントする。その中でRAについての指導等を行う。安全管理者は結果を関係先にフィードバックするとともに所長に報告する。所長は自らも内容を確認してコメントを記入して事務局へ回す。 事務局は結果を集約し、リスク管理表を作成する。これを各グループにフィードバックするとともに掲示板にグラフ等で見える化して活動の活性化を図っている。 なお、提案書作成が障がい特性で不得手な人には安全委員やリーダーが支援しながら気づいたこと等を積極的に提案してもらっている。活動のフローを図1に示す。 図1 HH提案活動フロー (4)事例検討による事故災害の防止 アビリティ社内での労災はもとより旭化成グループでの事故災害事例、そしてHH提案で出された事例を月1回グループごとに事例検討を行い、類似の危険要因を洗い出し、重点項目を絞り込みグループとしての行動目標を決め、この行動目標を朝礼等で指差し唱和で再確認し、基本行動として実践することとしている。 昨年、社内で発生した事務所内での躓き転倒災害(不休)については次の通り対応した。 労災発生後、発生した労災をマネジメントマニュアルの「不適合管理手順書」に定める「不適合」として、発生した営業所は是正措置を、その他の営業所は予防措置を行うこととなった。その一つとしてグループごとに事例検討を行い、行動目標を設定し、習慣化するまで目標として決めた行動を徹底することにした。検討から行動までの結果は是正措置報告書及び予防措置報告書として安全健康推進部経由で社長に報告している。 (5)内部監査 全社横断的な活動状況の評価と営業所間の相互交流による安全健康に関するレベルアップを目的に「内部監査手順書」にもとづき内部監査を年1回実施している。 ①監査組織 安全健康推進部長を主任監査員に各営業所から1〜2名の監査員を選出し、監査委員会を構成している。 監査員にはOHSMS内部監査員の資格者や品質ISOや環境ISOの内部監査員の資格者を推奨している。 ②監査項目 システムの要求事項をカバーする監査計画としているが、重点項目を中心に具体的検証資料を確認して監査を行っている。  2010年の重点項目は次の通りとした。 イ 発生した労災の是正措置・予防措置    営業所で決めた対策の実施状況 ロ 活動計画(マネジメントプログラム)    パフォーマンスと推進状況 ハ リスク管理    管理すべき作業の管理状況 ③監査結果 重点項目に対する対応は各営業所と問題なく出来ており、「不適合」に該当する件名はなかったものの改善検討の必要な「改善の機会」の件名は各営業所2件程度あった。また、他の営業所の参考となる「グッドポイント」も各営業所から出てきた。 これらの結果については主任監査員がとりまとめ、安全健康推進会議を通じて各営業所にフィードバックした。 (6)持ち株会社による監査 第3者監査として持株会社の環境安全部によるレスポンシブル・ケアー(RC)監査を年1回受けている。 障がいのある人への安全や健康への配慮についての議論も行っている。 6 今後の課題  安全健康推進部が発足して3年を迎え、形としては一応でき、安全と健康のパフォーマンスは上がってきた。しかし、まだまだ克服すべき課題は多い。主な課題と対応についての方向は次の通りである。 (1)システムの定着 OHSMSについての教育は各営業所の安全教育の中で行っているが、各営業所の皆さん一人ひとりまで十分に定着しているとは言い難い。 今後とも計画的な教育等を通じてシステムの一層の理解と定着を図って行く。 (2)文書化の推進 活動を一元化して展開するためには規定類の整備とマネジメントマニュアルに付属する手順書を整備することが必須である。 マニュアルに定める責任と権限に基づき役割を決め、整備を推進する。 なお、文書化に当たっては障がい特性を考慮し、様式や視覚的方法等を工夫する。 (3)マネジメントプログラム充実 事業所の規模や過去の経緯等から営業所間に差異がある。基本的な活動については全社統一の活動として推進できるようマネジメントプログラムを充実させる。 (4)リスク管理の強化(リスクの低減)  担当している作業に対してRAを進めているが、管理すべきリスクもかなりある。管理の方法として教育等のソフトで対応しているものも多い、これらについて本質安全化を推進してリスクの低減を図る。 また、社用車を使っての業務も多い、障がいのある人が運転をする機会も増えている。自動車学校での再講習やドライブレコーダーの導入等で交通リスクの低減を図る。 更に、RAの評価項目に障がい特性を考慮してリスクマトリックスに反映できるよう検討する。 7 終わりに アビリティは従業員の87%が障がいのある人の会社である。その中で様々な作業を遂行している。 環境と作業内容は障がい特性を考慮したものとしているが、油断をすると事故や災害につながる危険もある。また、非定常的な作業も時折発生する。 そこで、自分たちの周りにあるリスクを評価し、必要な対策をとり、改善を続ける必要がある。 これをOHSMSのP(計画)・D(実施)・C(評価)・A(改善)のサイクルを回し、継続的安全健康レベルの向上で障がいの有無に係らず「明るく・楽しく・前向き」に働けるアビリティの安全文化を高める努力を続けたい。 多様な障がい者の職場活性化への取組み          ○荒木 宗雄(サンアクアTOTO株式会社 製造部長)  藤村 晶平(サンアクアTOTO株式会社) 1 はじめに  サンアクアTOTOは、重度障がい者の雇用確保を目的に、TOTOを親会社とし、第三セクターによる特例子会社として1994年に設立された。  軽度の障がい者と比較して、就労機会に恵まれい重度障がい者の就労改善を図るために、完全バリアフリーにすることで、特に重度の身体障がい者の方が困ることなく会社生活が送れるような職場環境を提供している。  現在弊社で就労している障がい者は、42名(重度34名)で障がいの内容もさまざまである。内訳は、肢体不自由:24名、聴覚障がい:7名、知的障がい:7名、精神、内部疾患:4名と障がいは様々である。  そんな障がいを持った方が健常者と同じ職場のなかで、自身のモチベーションを下げることなく、会社生活を送ってもらうためには、その障がいに対応した仕掛けが必要となる。それもハードだけでなくソフトも重要です。弊社のハードとソフトの両面での取組み内容について紹介する。ここで言うハード面とは社内の主に施設面での充実。ソフト面とは、主に障がい者へのサポート体制の充実を示す。   2 知的障がい者の自立へのサポート  製品組立において、組付け部品の不足(組忘れ)が市場でのクレーム発生につながる。作業者本人は「組付けた」と思い込むため流出の恐れが出てくる。これを防ぐために「キット箱」化がある。 写真①にあるように、組付けられる部品を個数と形状が決められた「キット箱」に入れる。間違っ写真①にあるように、組み付けらる部品を個数と形状が決められた「キット箱」に入れる。間違った部品を入れようとしても入らない、決められた個数を組み立てても、キット箱の部品が余ったりあるいは不足した場合は、部品の組忘れ、入れ忘れが考えられるため、そのロットを再検すれば不具合品の流出を防ぐことが出来る。  軽度の知的障がい者では、運搬などの単純作業だけでなく、教育ならびに現場内の工夫によっては業務の拡大が可能である。今回、部品の入庫作業(受入検査、検収作業、入庫作業)へのチャレンジを実践している。受入検査においては、チームリーダーによる検査機器の使用方法のOJT教育。入庫作業については、「類似品番カード」を運用。類似した品番の特徴、違いを画像に取り、カードにすることにより、検収、入庫作業の際に間違いが発生し難いように工夫している。   3 みんなが主役  弊社では、年間1750名(2010年実績)のグループ内・外の方々の工場見学者を受入れている。これまでは、工場見学者の案内は、総務課が主で、見学者の人数が多い場合は、現場の管理者が応援に回るといった状況であった。今は、多くの障がい者に見学の案内をお願いしている。  現場内の障がいのある作業者が自分の職場内にとどまるだけでなく、社外の方々との対話、触れ合いの機会を持ち本人の「自立」「成長」を支援するために次の事を実施している。現場作業者から工場見学案内者の募集を行ない、総務課工場見学担当者による集合研修の実施を経て工場案内デビューを果たすことになった。また、TOTOグループの商品展示説明会(福祉機器商品)の現場説明員としても展示会へ派遣を行なっている。  今後も出来るだけ多くの社員が、色々な場面へ出て「主役」になっていただきたいと願っている。 弊社には34名の重度障がい者が在籍している。障がい者も先天性の方と車、バイクの事故で障がいを受けられた後天性の方がいます。先天性で障がいのある方は、自分を知ってもらう機会がほとんどないと思う。弊社では、あえて「社員講話」という形で本人の生い立ちから障がい内容、障がいの克服方法等について全従業員の前で発表してもらっている。 2009年から開始し、今年で7名の方の発表となった。本人の口から自分の障がい内容、状況をみんなに知らせることで、他の従業員たちが、その障がいを理解する。それにより職場での「協働」が可能となる。「みんながちがう」が標準を実践している。  障がいのある方々の職場能力向上を図り、企業や一般の人々に障がい者への理解と認識を深めてもらう目的で毎年開催されているアビリンピックへも参加してもらっている。社外の参加者との競争によって自身の能力向上とともに他社のメンバーとの交流も視野に入れて挑戦してもらっている。今年までは、HP、DTPなど間接業務での参加に限っていたが、競技内容に包装等の作業もあることから現場作業者にも挑戦してもらう。 4 聴覚障がい者とのコミュニケーション  作業者への連絡方法は、一般的に管理者からの口頭によるものが多い、しかし、伝えるべき相手が聴覚障がい者の場合は、筆談、手話に頼ることになる、これでは伝える情報量が限られてしまう。弊社では「情報テレビ」と名付け、社内情報、グループ本体の情報等を現場内の2台のモニターで日々流している。聴覚障がい者はもちろん、一般の従業員も視聴し情報の共有が図られている。  制作課などの間接業務での会議、打合せ時のコミュニケーションツールとして「ビジネス用電子メモ」を活用している。電子メモは聴覚障がい者が管理し会議等に持参、隣に着席した人に入力をお願いする。入力者は会議中の発言を漏れなく入力、聴覚障がい者に伝える。聴覚障がい者も意見等あれば、電子メモを介してメンバーに伝える、こうすることでメンバー間の情報交換が容易に出来、有意義な会議体が持てている。仕事以外にも聴覚障がい者が参加する懇親会などでもコミュニケーションツールとしても活躍している。  また、社外の手話通訳者介して、聴覚障がい者の現場管理者、経営陣の3者による「手話ミレーション」を月一回実施。聴覚障がい者の日常の悩み、改善要望項目など専門の手話通訳を通して意見交換を行なっている。作業者と管理者、経営層との円滑なコミュニケーションが図られていると感じている。 5 肢体不自由者に配慮した検査治具  衛陶製品の部品検査作業において、軟質樹脂製の小径ホースの長さ検査は、ホースの外形に沿わせるため両手を使用する必要があった、作業性と確実性からホースに挿入するタイプの治具に変更した。これで、生産性向上は図れると満足していた。しかし、これでは一部の作業者しか使用できない。作業者は、握力が12㎏しかなく、カッターのボタンを止めることが出来ない。この検査治具では部品に挿入することが困難、逆に生産性が悪くなってしまった。 (1)改善内容  改善としては、手先の作業を軽減するために小径のホースに挿入する行為を廃止し、溝に入れるように変更した。長さの許容範囲が容易に判定出来るように治具に色も付けた。挿入する行為がなくなったことで、多数個の検査が一度で出来るようになり生産性の向上を図る事が出来た。改善した治具を下記に示す。 写真③ (2)検査作業の流れ  検査作業の流れとしては、部品Aを検査治具Bに入れる(部品の突起と治具穴で位置決めをする)部品の小径ホース部の先端が長さの許容範囲のC以内であれば合格と判定する。色を付けることでホース内のゴミ等も発見しやすくなっている。一度に5本の部品が取付、検査が出来るようになっている。 6 障がい者を見守る  弊社は創立20年になろうとしている。創立当初からの作業者(障がい者)の加齢も大きな課題となりつつある。加齢とともに身体の衰えも始まって来ている。健常者にはない異常も多々発生しうる。その異常に注視し発見することも重要なことだ。産業医の個人面談による管理も実施しているが、それに加えて「ライフワークマネージャー:弊社では、社員の社内外生活全般の相談員として位置付けしている」によるヒヤリングを実施している。所属長、本人、ライフワークマネージャーの3者により、会社生活に必要な補助具(車イス、つえ、安全靴等)の摩耗、変形等異常の有無確認、駐車場から職場までの通路における異常確認(段差、間隔等) 既病の変化等、昨年のヒヤリング時と今回に変化ないか、写真と図で表し、少しの変化も見逃さないようにし、障がい者が安心して会社生活が送れるようサポートの継続が図られている。 7 職場の活性化を継続していくには (1)社内ハートフルバッチの運用  「安全に安心して楽しく働ける会社」をわれわれはこれを目指している。今回、ライフワークマネージャーの考案で社員全員を対象に「ハートフルバッジ」を配布、ライフワークマネージャーから社員への思いをバッジに込めた。 写真④ バッジ(左側:男性用、右側:女性用) 写真⑤(バッジ裏側) (2)ハートフルバッジ3つの誓い ①心にゆとりを持とう  仕事に追われる毎日で「自分が今、何をして、何を感じどうしたいか」ということを考えられるだけの心の余裕を持つことを大切にしよう。ゆとりを持てば、品質不具合も業務上災害も発生しません。 ②人の良いところを見つけよう  人の良いところを見つける、褒めるを心がける。そうすることで良い気分になれコミュニケーションも円滑になっていきます。 ③笑顔で楽しくいこう  笑顔で相手に接すれば、相手も笑顔に変わってきて気持ちも良くなり、仕事も楽しくなります。   今後も健常者と障がい者が、同じ職場の中で「競い合い」「助け合い」「楽しみ」ながらも強いサンアクアTOTOになるために管理者全員でサポートをして行きたい。また、当社と同じ様な特例子会社が更に増える事を切に願っている。 〜制限なき職域拡大〜 身体・知的・発達・精神障がいが健常者の休職をも減らすことができる 遠田 千穂(富士ソフト企画株式会社 人材開発グループ長/カウンセリング室長/秋葉原営業所所長)  槻田 理・竹之内 祐子・木村 健太郎(富士ソフト企画株式会社 人材開発グループ)   1 寛解 障がいの寛解に必要な三大要素として、何か3つ上げて下さいと言われたら人は何を思うだろうか?  私共は「医療(薬)」+「生活(規則正しい生活・身だしなみ)」+「仕事(給料を得て、税金を納める)」という国民の義務を果たしているという実感の3つを上げることができると考える。  医療は治癒に欠かせないものであり、生活は自立の基盤を作る礎となる。仕事は全からく人の為ではなく本人の為でもあり、自己実現の場でもある。その職域を拡大せずして、障がい者雇用は語れない。  全国の鉄道の駅や列車の型を覚えるのが得意な障がい者の社員に、実に5千人ものエントリーのある空手大会のトーナメント表を作ってもらう(同じ道場同士や、昨年の優勝者と準優勝者が初戦でぶつからないように組む)。  健常者でも悩んでしまう程の仕事を、スラリとやってのけるその天才的な部分を見抜き、活用する視点を常に失わずにいれば、障がい者の職域は無限に拡大される。突出した能力は、工夫次第で様々な業務に応用できる。  又、独特の色採感覚やデザイン力を活かし、WEBデザイナーとして健常者とのコンペにも勝ってしまう程の力を発揮させることにより、自信が付き、日々の仕事にも張りが出る。  会議の時、遠慮をしてものを言わないのではなく、積極的な議論から逃げない雰囲気を作る。出来ない理由を探すのではなく、できる理由を探すことを当事者同士の習慣にする。当事者同士、トラブルになるようであれば、別室で手は出さないという約束のもと、とことん、話しをさせる。職場には気の合う人合わない人が沢山いる。気の合う人ばかり自分と同じ考えの人ばかりの社会は皆無である。自分と異なる人間や、意見を持つ人間を尊重する力を付けさせることも企業の大切な役割である。  雇用にトラブルは付き物である。健常者同士が口論になったら、看過するところ、障がい者同士が口論していると、ことさら障がいの所為にするのは如何なものか?ハイテンションな人に健常者なら、「元気だね。」と語りかけ、障がい者には「そう状態では?」と問題視してしまう視点を私達は心のどこかに持っていないだろうか?個人を見ずして障がいを見る雇用は、転換期に差しかかっているのではと思われる。 自制心がないと他者を非難するのではなく、そういう自分に自制を問うてみることも必要なのではないだろうか? 2 生活 規則正しい生活と身だしなみは障がい進行の予防になる。敢えて自駄落な気持ちになりそうなところをこらえて、規則正しい生活を送る。髭を剃ったり化粧をする気持ちにならない時にこそ、身だしなみを整える。うつ病を予防したいのであれば、うつ病の症状に表出する状態をよく見て自らがそうならないように意識して気をつけるべきである。健常者の休職中の社員が、障がい者の社員と仕事をする中で、障がい特性を認識し、自己の目、他者からの目をきちんと養い障がい者の社員をケア・サポートすることが、自己の本当のリハビリのつながることを、多くの方に実感して頂きたいと考える。当社では、社長が率先して「笑顔の挨拶・身だしなみを整える」を実践している。 残業が多いからうつ病になるのではなく、うつ病だから残業が増えるのである。前頭葉の働きが鈍ってきているから作業効率が落ちて来るのである。会社を責めるのではなく、各部署の内省が必要であり、上司は部下の作業効率の変化をよく見て早期の対処をすることが発症・もしくは障がい進行、2次障がいの予防につながる。 3 医療 就労支援、医療関係の方々は「無理をしないように」と当事者に言う。ここで言う「無理」とは何を指すのだろうか?負荷がかかることを恐れては進まない時もある。生活の保障は誰がするのだろうか?優しい言葉は時に本人の寛解を疎外する。診断書も処方箋も、本人の主訴のみならず、多方面からの情報を入手した上で書いたほうが良いのだろうが多くの患者を待たせていることを考えると自然に収集できる情報は限られてくる。 体調が悪いからと医者に行けば、心療内科を紹介される。心療内科に行けばうつ病の診断書と薬の処方箋があっという間に出来上がる。医療が精神疾患の急増の一因になっているかもしれないことを考えると診断のガイドラインは、より一層厳しく定めないと日本の経済は社会保障費だけでも大変なことになる。もっと医療と企業が連携していく方法があっても良いのではないだろうか? 国策を非難するよりも現場や事例が国をリードする構図があってもおかしくない。フットワーク軽く動けるのが企業であるなら失敗を恐れず様々な雇用、医療、支援機関との連携を積極的に試みること、又、医療も企業・会社からの情報収集に努めることが大切である。 本人にとって、一番最良な治療・就労とは何かをよく考え、多方面から就労継続を支える努力も必要なのではないかと考える。 4 休職社員のリワークについて 身体・知的・発達・精神障がい者のサポート・PC研修業務の進行管理を健常者の休職中の社員に依頼することにより、「休職」という症状が軽減・緩和される。自分でも他者の役に立っている又、自分がいなければこの方々は困るだろうなという人としての他者を思いやる本能が呼び覚まされるのだろうか。 電子データ化業務を受託しその業務の集行管理として出向してきたグループ会社の休職中の社員が当社の障がい者の社員と共に仕事をし、直行管理をしているうちに、うつの病状が軽減され、晴々とグループ会社に仕事の納品と共に戻っていったことが ある。 この事例をもとに、グループ会社・親会社のリワークを受注し、スタートしたところである。リワーク担当の社員は障がい者である。この社員は高校の情報科の授業を教育委員会からの依頼により、特別教員として4年前より2・3年生の授業を担当している。障がいを進化の過程と見なすなら障がい者のもつ無限の可能性や実力を私たちは目のあたりにすることができる。 5 障がい者が健常者を指導し育てる 当社では、障がい者が当事者の実習生、健常者の就労支援センターの支援者実習、学校の教員、職場実習初任者研修を行う。朝礼、昼礼、実習の振り返り、及び終礼まできっちりと実習をして頂く。 障がい者は相手の良いところを見つけて、それを伸ばそうとする。健常者は相手の出来ないところを見つけて、それを是正しようとする。人を育てる時に、どちらが有効かを考えると前者と言わざるを得ない。昨今は福祉系の学生ではなく、経済学部や工学部の学生が「企業戦略としての障がい者雇用」というようなテーマで卒論を書きに来るケースも増えている。 助成金をきちんと活用すれば、健常者1人を雇用する人件費で障がい者2人を雇用することが出来る。2人が定着すれば、残業に頼らず、時間内に健常者1人の2倍〜3倍の仕事はできる。 これからの企業は生き残りをかけてでも障がい者雇用に取り組むべきだと考える。障がい者を雇用し増やしていくことにより職場は間違いなく活気付く。 障がい者の働きやすい職場は健常者の働きやすい職場なのである。 6 第2号職場適応援助者(2号JOBコーチ) 当社は4人の2号JOBコーチが活躍している。1人は総務課長、2人はカウンセラーである。1人は現場の責任者である。現場の上司が2号JOBコーチの資格を取り、支援する社員と共に試行錯誤、二人三脚で業務を開拓、拡大していく。これからのJOBコーチの研修にはPC操作の指導方法といったような事務職の障がい者を支援する研修項目も必要であろう。PCを駆使する仕事での障がい者雇用は間違いなく増えている。健常者と障がい者の職域の差がなくなるのもそう遠い日ではないと考える。 7 スキルの相互UP パソコンの発展・進化は障がい者の職域を拡大するきっかけにもなり、当事者の自信にもつながる。又、互いに教え合うことにより、自らの力も伸びていく。視覚障がいの方にPCを教える時の工夫、聴覚障がいの方に操作方法を伝える時の工夫、その工夫しようとする行為そのものがリハビリであり、成長につながる。仕事であれば、人は皆必死である。チームの仕事であれば尚更である。1人の脱落者もなく、目的を完遂させる。予備自衛官の訓練で学んだことが障がい者雇用で活きている。 8 互いにこびない・恐れない雇用・就労 企業は障がい者に期待し、戦力として雇用する。障がい者は企業の期待に応える力を身につけることも障がいを軽減するきっかけとなる。雇用側・就労側、互いの希望をきちんと伝え合うことも雇用継続・職場定着の事例につながる。障がいをお互いに言い訳にしない強さを育てることも大切である。 9 震災時の避難をきっかけに勤怠が安定 H23.3.11の震災時、当社の社員達は互いの障がいをサポートし合いながら、地域の方の御協力もあり、近くの小学校に避難した。翌日より勤怠が安定し、仕事の取り組み方にも変化が表れた。「すぐに弱音を吐いていた自分が情けない」「今までの自分が如何に甘かったか」といった言葉が聞かれる。この気持ちを常に持ち続け、残りの人生を大切に生きることが、亡くなった方々に対する残された者の責務だと痛感する。震災後、帰属意識の高まりか、当社の求人応募数は急増した。 10 人が人らしく生きる為に 働いて自己実現をする権利は何人にも存在する。その権利を行使しにくい方も時にはいるかもしれない。そのような時、その権利を既に行使している方が、手を差し延べることが新たなバリアフリーの社会形成につながると考える。 職務拡大を中心とした高齢化・重度化対応 吉岡 隆(オムロン京都太陽株式会社 社長付CSR担当) 1 はじめに オムロン京都太陽は、オムロン株式会社と社会福祉法人太陽の家が共同出資により設立した、オムロンの特例子会社である。 事業内容は、リレー・タイマーなどの接続用ソケット、光電センサ、血圧計、電子体温計の生産を主としている。オムロン京都太陽と京都太陽の家あわせて108名の障害者が働いている。 創業以来、障害者が働きやすい職場環境づくりを目指して、個々人の能力を発揮するための生産治具、補助具、半自動機の設計・製作、個人能力の把握と適材配置、生産改善、品質改善、徹底3S活動などに取組んでいる。 創業から25年が経過し平均年齢が約45歳、50歳以上が約30%と高齢化が進んでいる(図1)。 創業当初は、難易度の高い作業に従事できる作業者が多くいたが、近年は高齢化とともに重度化が進み、難易度の高い作業に対応できる作業者の比率が減少傾向にある。また、細かい作業ができ難くなってきている。 この課題を解決するため、当社が取組んでいる事例を幾つか紹介する。 図1 年齢分布 2 能力把握と適材配置  生産性の維持向上と品質の確保は、個々人の能力と業務難易度を組み合わせたライン配置が重要なポイントとなる。 能力把握の一つとして、個人毎に2年に1回レイティング訓練を実施している。 訓練は、単純レイティングと複合レイティングを実施している。単純レイティングは穴をあけた板にピンを30本挿入する時間を測定するが、ピンの配置、挿入の順序により時間の差がでる。 単純レイティング 穴のあいたボードにピンを30本挿入する時間を測定 複合レイティングは、ビスにスプリンワッシャーと平ワッシャーをセットし、タップの切られた板にビスを5本締める時間を測定する。単純レイティング同様、ビス、スプリングワッシャー、 複合レイティング ビスにスプリングワッシャーと平ワッシャーをセットし縦・横問わず5本締め付ける時間を測定 平ワッシャーの配置、ビス締めの順序により時間の差がでる。従業員は、早くできる方法を工夫しながら進めていく。測定結果は、過去と比較して良くなっている人、手指機能の変化に伴い時間が長くかかっている人、色々工夫をすることで時間短縮をしている人など様々であるが、この結果を参考に適材配置を考えていく。これにより無理なく作業ができることになる。 3 高齢化・重度化対応の事例 (1)生産治具の設計・製作  当社は、生産性の向上、品質改善、高齢化・重度化対応を目的として、生産治具、補助具、半自動機の設計・製作を社内で行ないラインに投入している。  生産治具、補助具による過去3年間の項目別の改善事例は、図2の通りである。単純化、力不要、一個供給などが特に高齢化・重度化対応用に製作した生産治具である。部品の取り出し・挿入などの容易化、部品の自動供給、数量確認の自動化、各種捺印作業の容易化などである。これらの改善が細かい部品を掴む、挿入する、薄いシートを剥がす、パッキングケースを組み立てる、ロット印を捺印するなどの作業を簡単にするため、多くの作業者が対応可能となる。 図2 生産治具、補助具による改善項目 (2)付属品の袋詰め  ① 平ワッシャーの袋詰め  リミットスイッチ用の付属品の袋詰めは、3種類の部品を各1個ナイロン袋に入れる作業である。  3種類の中で平ワッシャーは、厚みが1ミリの円形で小さく、相当数の数量が入っている部品箱から1個を取出し袋に入れる作業は、手指機能が良くない作業者は困難である。また部品を掴めても1個なのか2個なのかが、わからない場合がある。掴み難い平ワッシャーは、自動供給装置を開発し、手作業から自動供給方式に変更した。これ以外、ツマミ、ビス、ナットなどの小さいもの、梱包材などの薄いものは取り扱いが困難であるため、部品の取出しを手作業から、一個供給または自動供給に置き換え、作業領域の拡大をはかっている。 平ワッシャー自動供給装置  ② 複雑な付属品の袋詰め セーフティセンサ付属品の袋詰めは、ビス、取り付金具など10種類の部品を型式により、複数の組み合わせで各部品を決められた数量、袋詰めを行なう作業である。組み合わせが複雑であり部品の入れ間違い、個数の過不足などが発生するため袋詰めを行なう作業者は限定されていた。 センサとランプを組み合わせて、ランプを順次点消灯させるしくみとした。ランプが点灯した部品箱から部品を取り出すとランプが消灯し、次に取り出す部品箱のランプが点灯する。順次ランプの点灯、消灯に従って部品を取り出し、袋詰めを行なう装置である。これにより部品の入れ間違い、個数の過不足がなくなり作業者を限定することなく、作業ができる様になる。 セーフティセンサ付属品の袋詰め セーフティセンサ付属品袋詰め装置 部品箱に手を入れることにより、光電センサが作動し、順次ランプの点灯、消灯を繰り返す。2個必要な場合は、同じ部品箱のランプが2回点灯する。 (3)ラベル貼付け  バッテリーのリード線にラベルを貼り付ける作業がある。作業順序は、ラベルを一枚ピンセットでシートより剥がし、リード線に巻き二つ折りで貼り付けるが、ラベルが薄く軟らかく小さいため、二つ折りにした際、ズレない様に貼り付けるのが難しい作業である。ラベルとバッテリーを治具にセットし、レバーを押し込むだけでラベルのズレがなく、簡単に貼り付けられる治具を開発した。 この様なラベル貼付けは、他機種においても多く取り扱っており多種の治具を製作し、ラベルの取り出しから貼付けまでの作業を簡単にしている。 バッテリーラベル貼付け バッテリーラベル貼付け治具 (4)重量物の取扱  重量物の取扱は、当社にとって大きな課題の一つである。作業性、安全衛生上も影響が大きいためリフト、台車などを活用し作業負荷の軽減をはかっている。例えば、完成品を収納したオリコン(折りたたみしきコンテナ)の運搬移動作業を容易に行なうため、リフトの昇降とリフト台の傾斜を利用している。 作業中はリフト台に傾斜をつけ完成品を収納し易くし、満杯になるとリフト台の傾斜をもどし、リフトの高さを調整のうえ、オリコンを運搬台車に移動させる。 リフト台はコロをつけており、オリコンをすべらせるだけで簡単に運搬台車へ積上げることができるため、重量物の持ち運びが難しい作業者も対応が可能である。 オリコン昇降傾斜装置 (5)職域の拡大 ① 職域拡大の背景 高齢化・重度化対応は生産治具、補助具、半自動機と改善活動を中心に行ってきたが、近年上肢機能などの影響から組立作業が困難な作業者がでてきており、今までの対応では難しい状況も一部に発生している。 これらの課題を解決するため、新たな職域拡大に向けた取り組みが必要になっている。 ② 見学対応業務 見学対応は、障害者雇用の拡大に向けた取り組みの一環として、当社で培ってきた障害雇用のノウハウと事例を紹介する重要な業務である。 2010年度は2600名の見学者を受け入れており、海外からの見学者が約35%を占めている。年々見学者が増加しており、見学対応の充実と合わせて、見学対応者の増員が必要となった。増員においては、内部の適任者を選任することを基本に進めた結果、生産部門において電子機器の組立を行なっていた従業員が、上肢機能の変化により作業が困難となっていたため、この従業員の職域拡大を目的として、見学対応者の育成を行った。 見学対応の業務は、見学の受付から始まり、見学案内、お見送りなど図3の通り様々な業務が含まれている。昨年8月から育成を行い、現在は一人で問題なく見学対応ができるレベルまでに成長しており、見学者からも好評価を得ている。重度化対応に成功した事例の一つであり、今後とも継続した取組みを行なっていく予定である。 図3 見学対応業務 ③ 日本語入力ソフト用の語彙抽出 当社は昨年7月から、主に携帯電話の日本語予測変換用に使用する日本語入力ソフトの新語、頻出用語などの抽出業務を行なっている。 オムロン株式会社の関係会社であるオムロンソフトウェア株式会社が手掛けている、日本語入力ソフトのバージョンアップに必要な新語・頻出用語を新聞(一般紙、経済紙)から抜き出し、エクセルにふりがなとともに入力する作業である。この業務も見学対応者同様、組立作業が難しくなった従業員の業務として、職域の拡大をはかっている。 4 まとめ 当社はオムロン株式会社の基本理念「企業は社会の公器である」の体現の場として、障害者雇用の創出と、働きやすい職場環境づくりに取組んできた。主として高齢化、重度化対応を生産治具、補助具、半自動機と改善活動で補ってきたが、益々高齢化、重度化が進むことが予測されることから、より精度の高い生産治具、補助具、半自動機の開発に加え、新たな取り組みが必要となる。 今後は生産現場だけでなく、幅広い職域の拡大に向けた検討を加速させ、従業員ひとり一人がより活き活きと働ける職場環境づくりを目指した取組みを展開していく。 知的障害者雇用とジョブサポーターによる就労安定に向けた取り組み ○伊東 一郎 (株式会社前川製作所 常務取締役)  佐々木 紀恵(株式会社前川製作所 メンタルヘルス推進室/障がい者雇用推進室) 1 はじめに  当社は、S55年以来、本社並びに支店や営業所を事業別・地域別に独立法人化し、ピーク時には100社を超える独自の経営を推し進めて来た。しかし、食糧問題、環境問題、省エネ問題を視野に入れてグローバル展開を図るには、そのような集合体では対応出来ないと考え、H19年6月に一社化へと大きく舵を切った。その結果、常用雇用者数が国内で2,000名(H19年6月当時2,018名)を超え、法律に定められる障害者雇用率達成の義務が生じた。当時の社の方針は、特例子会社を作らずに対応するというもので、その後、半年を掛け東広島工場で5名の障害者を雇用した。それが、当社における積極的障害者雇用の取組みの第一歩となった。 【H22年】 ・06月01日 障害者雇用率0.88%(N=1707) ・10月01日 障害者雇用を全社を上げて行う旨   社長メッセージを発信 ・12月31日 障害者雇用率0.88%(N=1707) 【H23年】 ・06月01日 障害者雇用率1.12%(N=1780) ・06月08日 東京労働局から特別指導を受けた ・07月01日 本社施設管理Gにて2名の知的障害者のトライアル雇用を開始 ・08月05日 関西支店で聴覚障害者を採用 ・09月 グループ企業の障害者を本社に移動   ・09月30日 障害者雇用率1.80%(N=1786)達成 障害者数32名(重度判定者10名 重度以外判定者12名)  当社では、福祉目線での雇用ではなく「戦力雇用」 を活動の中心に据え、「障がい」を一つの個性としてとらえ、一緒に働く仲間として彼らを受け入れるといったダイバーシティの考え方を説きながら、雇用を進めてきた。本報告は、知的障害者雇用とは無縁であった当社における就労安定に向けたジョブサポーター制度(以下「JS」という。)について報告するものである。 2 障害者雇い入れ時の方針  東広島工場においては、H20年に積極的な障害者雇用を開始することになったため、障害者雇用コンサルタントの小山氏(以下「コンサルタント」という。)に協力を依頼した。大都市圏では特例子会社が積極的に身体障害者を採用している関係から、身体障害者の採用は難しいと教えられた。そこで精神障害者もしくは知的障害者の採用を検討したが、精神障害者に対しての対応準備が出来ていないこともあり、知的障害者に絞って採用を考えることにした。 (1) 知的障害者雇用の基本方針 ① 障害者のための仕事は作らない ② 長期雇用を前提とした正社員雇用   ③ 障害を一つの個性と考える戦力雇用 (2) 基本方針に基づいた具体的な進め方 ① 就労可能業務の洗い出し ② 障害者雇用の為のフィールドづくり研修 ③ 業務上必要とされる機能の抽出  ④ 業務手順書の作成 ⑤ フォーメーション会議の開催 (トライアル雇用期間中に支援センター、保護者、ジョブコーチ、ハローワーク、通勤寮職員、社内関係者、JSの中より代表者数名、障がい者雇用推進室で構成し、頻度は1回/月) ⑥ JS会議の開催 (参加可能なJS社員、受け入れ部門関係者、障がい者雇用推進室で構成し、頻度は2回/年) 上記のような進め方を基本とし、H23年度からは特別支援学校との連携にも着手している。連携の仕方としては、当社内での説明・見学会を実施し、極力多くの外部機関に対して、当社の基本方針を伝え、相互理解を図っている。それにより、社員が障害者とふれあう機会をもつことが、ここでは非常に重要となっている。相手の顔が見えることで、社員の理解も深まり、共に働く仲間として考え始める流れが自然とできたのが、これまでの当社内のケースでは共通している。 3 就労安定に向けてのジョブサポーター制度  当社では、前述の通り障害者の就労安定に向け、事業所単位もしくは職場単位で全員を対象とし、「障害者雇用のためのフィールド作り」研修を行っている。研修ではダイバーシティ、ノーマライゼーションの概念をはじめ、知的障害者に対してどの様に向き合い、如何なるコミュニケーションを取れば良いかといったことを伝え、障害者一人を多数の社員でバックアップするJSの仕組みを構築している。広義の意味では、障害者を全社員がサポートする、狭義の意味では、障害者が配属された部門及び直接的に関わる社員全員が業務の管理、指導を行う役割を担うことにしている。広島県でも企業内JS制度を採用しているが、不足しているジョブコーチ(以下「JC」という。)の代用としての制度であり、当社の制度はそれとは異なる独自のものである。 現在も障害者の成長度合いの検証(当社が要求しているスキルの達成度)を担当部署とともに行うため定期的にJS会議を招集している。また、障害者雇用で問題が生じた場合、フォーメーション会議を開催し、包括的に問題を捉え、対処、解決をしてきている。 4 当社におけるナチュラルサポートとは 従来、知的障害者の就労安定をめぐって、障害者本人のスキルや行動変容を求めるアプローチが多かったが、本来、知的障害者と雇用先従業員との間でナチュラルサポート(以下「NS」という。)(4)が構築出来ない限り就労安定が難しいと云われてきた。そのため、知的障害者雇用においては、JC支援の過程でいかに雇用先従業員との間でNS体制が構築出来るかで就労安定が決まると云われている。一方、知的障害者の就労安定に向けたJCのサポート体制に関する研究(3)はあるものの、あくまでも支援者側に焦点を当てたものであり、知的障害者を雇い入れている企業側からのNSの報告や研究はない。 当社では、現在、障がい者雇用推進室が中心となり、受け入れの可能性がある部門に打診することから障害者雇用を進めている。前述の障害者雇い入れ時の方針とその進め方から、特別支援学校の実習生の受け入れに際しても、同様の対応を欠かさない。実習前に、学校職員、生徒、保護者との面談の場を設け、実際の実習に際しては手順書を使って社員が作業指示、指導ができるようにしている。このようにして、JCがいない実習段階から社員が知的障害者と直に接することが、JSとしてのナチュラルサポートの訓練の場となり、現段階においては、既にJCに依存しないNS体制が出来ているといえる。 (1)東広島工場事例 東広島工場において、積極的な障害者雇用をスタートした段階では、精神障害者2名、身体障害者2名、知的障害者1名で、トライアル期間中JCが支援にあたった。しかし、知的障害者でも分かる手順書を作った事もあり、JCは作業を見守る程度で、JCによる計画的なNSは不要であった。 それは、知的障害者雇用を決めた段階で、コンサルタントから「彼の兄貴役を買って出る社員が欲しい」と言われ、手を上げた社員(以下「G氏」という。)がその役を引き受けた。その後、フォーメーション会議を実施し、採用した5名の障害者に対し各実務担当者と関係者との顔合わせをおこなった事もあり、初期段階からY君(知的障害者)はG氏の指示を受け作業をすることになった。Y君の作業はレシプロ冷凍機のピストンを防錆油にくぐらせた後、一つずつビニール袋に入れ、それを箱に入れる作業と、余った時間で清掃作業をこなしており、NSは初期段階から問題なく構築されていた。此処までNSが出来たのは、業務面においては作業手順書を作り、それを事前にパート社員で検証したこと、更にG氏が、しっかりY君に寄り添って社会人マナーをはじめとして指導し、パート社員も含めた全社員が日頃からそれをサポートしたことがあったからだと考えられる。 (2)本社事例 本社においては、H22年3月に面接と実技試験を行って2名の知的障害者を採用した。2名は、施設管理G(本社ビルの電気、空調、エレベーター設備の管理、メンテナンス及び清掃業務を行っているグループ)に配属された。業務としては、各フロアの東西にあるシンクの清掃と給茶コーナー、冷蔵庫廻り、並びにフローリング部分の清掃、3〜8F迄のフローリング中階段と階段の側面ガラス部分の清掃を受け持っている。その後、H23年7月に新しい社員2名が加わったこともあり、従来からの社員にはトイレの手洗い部分の清掃も業務に加わった。 彼らは、共有部分の清掃を始める時に、赤いポストが立っているJSに業務の開始報告をしてから作業を始め、作業終了後、JSに終了報告を行う。報告を受けたJSは業務の仕上がりと、品質をチェックをしている。これらの作業場所は、従来は社員が交代で清掃を行っていたが「ワークシェアリング」発想でその部分を障害者との協業としたため、品質チェックは各フロアのJS社員の役割となっている。更に共有のフローリング部分や階段部分の品質チェックもJSの役割になった。このようにして、本社では障害者の受け入れ部門である施設管理Gと各フロアのJS社員による計画的なナチュラルサポートが自然発生した状態にあるといえるだろう。 本社のケースでは、特別支援学校の見学や実習の受け入れをせずに採用までこぎ着けた。当初、その2名と施設管理G社員は共に、コンサルタントから清掃の実務指導を受け、手順や正しい作業所作を共有し、習得した。JCと支援センター職員もその指導を見て、正しい作業所作を学習した。そういった経緯から、JCよる作業についての技術的な指導は得られなかったが、トライアル雇用を開始した中では、正しくない作業所作に対して、都度、指摘をする支援を提供してくれた。また、JSの品質チェックの段になると、どの様な目線で駄目だしをすべきか等について、JSがコンサルタントより直接指導を受けたため、当初は狭義の意味においてJS全員がOJTを行いながらナチュラルサポートを身につけたものと考えている。 7月からトライアル雇用に入った社員は、施設管理G社員から清掃の実務指導を受けた。それは、妥協のない厳しい繰り返しでもあったが、2ヶ月目に入ると着実に清掃業務がこなせる様になり、スピードもあがっている。特別従業員(正社員)として採用後も、従来通り、各フロアのJSにチェックを受けている。JSは彼らと問題解決志向的な関わり合いを自然に持つこととなり、その対応についてJS自身の成長が試されることにもなる。トライアル雇用終了後も年に2回開催されるJS会議は、日常的にJSが障害者と関わっている中での課題、問題を出し合い、対処について話し合う場として機能している。常時、受け入れ部門の社員が監督出来ない状況の中で、品質維持が出来ていることから、JS制度によるNS体制が機能し、障害者が能力を発揮し、戦力として活躍していることが証明されている。 (3)その他 守谷工場では東京都立足立特別支援学校、関西支店の場合は、府立たまがわ高等支援学校の見学や学校職員との連携を進めた。準備は、前述にある通りの進め方で統一している。生徒の実習に際して、受け入れ先では初めて知的障害者に接する社員が多くいたが、学校見学、当社への見学受け入れなどを経るにつれ、問題なく対応を考えられるようになっていった。意思疎通が問題なく出来ると感じれば、昼食時や休憩時間を含め、自然なサポート体制が構築出来ている。その一方、関西支店では実際の障害特性に合わせて自立的な活動が始まっている。当初支店では、外注しているトイレ清掃業務を考えていたが、検討を進める中で、支店と当社部品情報センター(各種冷凍機及び関連部品を管理してる部署)との間に発生する業務に着目した。それは、商品に関する必要な部品を工場から支店に取り寄せ、帳票類を紙面とデータで管理する業務と、その受け入れ、開梱、仕分け業務を障害者と連携して働くイメージが明確になっていった。既存社員の残業時間削減を期待することができ、部品の在庫管理や帳票類管理のみにとどまらず冷凍機の分解補助業務も出来るのではという期待が見えてきた。中でも、作業着の洗濯を仕事に入れる案があったが、「私汚す人、障害者は洗う人では本末転倒だ」といった議論にまで発展した。業務を切り出す過程で、社員たちがこれまでの自らの働き方、仕事への考え方を自然と見直す良いきっかけとなった側面もあった。 5 考察と今後の課題 当社の障害者雇用は時間を掛け、丁寧に進めて来たことで、いつのまにか社員個々人の中の、気づかぬ障害者に対するバリアといった意識が解けてきたように思う。他の社員と同様の仲間として、障害者を受け入れる土壌が醸成されてきている。ここで一つの結論としては、当社においてはJCによる計画的なNSは不要であったが、フォーメーション会議における支援センター職員や保護者、JCによる障害者情報は、彼らの行動特性を知る上で非常に有用であった。  一方、東広島工場での精神障害者の定着就労に失敗した例(2名の方が退職)があり、その後もまだ精神障害者の雇用は進んでいない。今後の課題は、2点あると考えている。一つは、社内体制を整え、精神障害者の雇用をいかに検討していくか、である。もう一つは、障害者の真の自立を考えると、障害者自身、自活が実現できるようになることを目指さなくてはらなない。それに関して、企業の中でいかに彼らの報酬増加とスキルアップの仕組み作っていくのか、今後も検討を続け、取り組んでいくことも障害者雇用の中では大きな課題であると捉えている。 6 おわりに 上述の通り、H19年に一社化に大きく舵を切ったことで、常用雇用者数が2000名を超え、障害者雇用率達成が喫緊の課題として浮かび上がた。その経緯の中で、積極的な障害者雇用のスタートを切ってから既に3年が経ち、本年6月には東京労働局から特別指導を受けたものの、障害者雇用を加速し既に法定雇用率1.8%を達成した。特例子会社を作らず障害者雇用率を達成出来た一番の要因は、愚直に障害に対する理解者を増やしながら進めてきた結果だと考えている。 当社が推し進める障害者の雇い入れ方針に基づき、業務の洗い出し、社員教育、JS制度、業務上必要なスキルの抽出、業務手順書の作成、フォーメーション会議、JS会議、これらの方策が非常に有用に機能していると考えている。勿論、社員全員が両手を挙げてこの障害者雇用の取り組みに、初めから賛成している状況があったわけではない、現在でもまだ不安を感じて積極的には関わらない社員がいるのも事実である。国の障害者雇用率は毎年伸びてきてはいるものの、H27年に常用雇用者数が101名以上の中小企業にも障害者雇用率が適用されることになると、現行のJCの役割も再考せざるを得ないと考えている。中小企業においては、障害者雇用のみならず、新たな人材に対して時間を掛けて業務指導を担うことが出来る社員が少ないケースが多い。それゆえ可能な限り即戦力としての採用を図りたい状況があるといっても過言ではない。だからこそ、JCに企業内の業務内容の理解はもとより、生産性向上等を見据えた業務の切り出しなどの支援を求めることは自然な動きだと思われる。しかしながら、JCがこれらを担う余裕はなく、ましてや、JCの成り立ちから考えても、それを従来の行政機関にだけ望むのは既に難しい側面がある。従って、今後は、中小企業庁との連携も必要だと考えるが、JC養成に際しては、障害者理解や福祉関係のカリキュラムだけでなく、企業の業種、または企業内の職種などより個別の特性、例えば生産技術や生産管理といった講座も必要になると考えている。 【参考文献】 (1) 望月葉子、向後礼子;知的障害者の就労の実現のための指導課題に関する研究  障害者職業総合センター調査研究報告書No.50 (2002) (2) 依田隆男、若林 功;ジョブコーチ等による事業主支援のニーズと実態に関する研究 障害者職業総合センター調査研究報告書No.85 (2008)  (3) 若林 功:障害者に対する職場におけるサポート体制の構築過程−ナチュラルサポートに関する研究− 障害者職業総合センター調査研究報告書No.85 (2008)   (4) 小川浩:ジョブコーチとナチュラルサポート  「職業リハビリテーション」13 ,pp.25-31 (2000) 知的障がい者の受入れによる職場の変化 原口 惠次(株式会社日立ハイテクサポート 取締役社長) 1 (株)日立ハイテクサポートについて (株)日立ハイテクサポート(以下「当社」という。)は、(株)日立ハイテクノロジーズの特例子会社である。(株)日立ハイテクノロジーズは、2001年に商社である日製産業(株)と(株)日立製作所の半導体製造・検査装置、医用分析装置・計測機器の製造部門が統合して誕生した。日立ハイテクグループは、国内10社、海外17社、連結売上高6600億円規模の企業グループである。 当社は1987年に旧日製産業の特例子会社として発足し、長い間、身体障がい者の雇用を中心に運営されてきた。親会社の統合後、社名を変更し、2008年からは国内10社でグループ適用を受けている。当社の社員数は約80名、障がい者数27名(内知的障がい者7名は08年以降の採用、表1参照)で、特例子会社としては障がい者比率が低い。この理由としては、グループ各社がそれぞれ障がい者雇用の法定雇用率達成を目指し、各社が不足した場合に当社の雇用分でカバーするという方針によるところが大きい(国内グループ会社の総人員は約9000名で、1.8%の法定雇用率達成には約160名の障がい者雇用が必要。現状の障がい者雇用状況はグループ全体で約1.9%)。 表1 業務別・障がい別社員数 2011.9.1現在  当社のミッションは、グループ各社の間接業務、周辺業務の代行による連結経営の効率向上と、障がい者雇用及びグループ各社に対する障がい者雇用関連の情報発信である。業務内容としては寮・社宅・研修所・保養所の管理、社内郵便、湿式シュレッダー、派遣社員管理、備品管理、名刺印刷、旅費精算、給与控除などの人事・総務系の受託事業が多いが、最近はWeb関連などの新規事業や、経費の振替処理などの経理関係業務も増加している。社員の勤務地は西新橋の本社ビルがほとんどで、他に東京近郊の寮・社宅等で管理や清掃に従事している社員がいる。 業務内容は連結経営の枠組みの中で、アウトソーシングにより当社がグループ各社に代わって管理の一部を担っているケースが多いため、業務レベルとしては連結経営に寄与できる高い水準が求められている。また、受託料に関しても同一業務の価格低減を継続的に行う必要がある。当然のことながら障がい者雇用を理由に甘えは許されず、サービス品質の向上や業務内容の効率化に関して日々改善提案が要求されている。障がい者も健常者もそれぞれの能力に応じて役割を果たすことが求められ、障がい者雇用に関して、雇用そのものを目的とする福祉的な考え方はない。社員は当社のミッションを達成するために一人ひとりが役割を担い、戦力として付加価値を生み出し、会社はその対価を支払うというのが基本的な考え方である。当社は特例子会社であるが、親会社からの支援が最小限となるように「自立」を期待されており、連結経営の中で、売上増・利益増は求められていないものの、ミッションに掲げた機能発揮が求められ、当社としては機能拡大による成長を目指している。 2 知的障がい者の採用 08年度から知的障がい者の雇用を始めた。過去に一度雇用し、失敗した経験があるので、正しくは再スタートということになる。過去に失敗した事例は、寮の清掃に従事していた知的障がいを持つ社員が職場生活面で問題を起こし、一年足らずで退職することになったもの。失敗の理由は、知的障がい者の特性など障がいに対する周囲の理解不足、支援組織やジョブコーチとの連携不足、本社から離れた場所での勤務だったため会社としての組織的サポートの不足などで、起こるべくして起きた失敗だった。 知的障がい者の雇用を再スタートするきっかけは、重度身体障がい者の雇用が困難になってきて、特例子会社の要件の一つ(雇用する障がい者の30%以上が重度身体または知的、精神障がい者であること)を満たすのが危うくなってきたことだったが、08年度からのグループ適用申請時にハローワークから知的障がい者の雇用を認可条件として示されたことが雇用開始時期を若干早めた。 採用に向けた準備として、06年から養護学校の生徒を実習生として受入れることを始めていた。職域としては、他社での雇用事例も多い社内郵便業務を想定していたが、この時点では採用に結び付けられるかは白紙だった。複数の実習生と直接接した郵便室では、知的障がい者に対する理解が少しは進んだものの、採用することには反対だった。自分たちと同じような役割分担ができないので、仕事を完結させるのは結局全部自分たちになる。社内郵便の仕事は簡単そうに見えても、様々な問題が発生するし、その場で対応しなければならないことも多い。配達先の部署名を略称で覚えるのは大変で、海外からの郵便の仕分けもある。英文は読めるのか。転勤先が不明な異動者への転送といった面倒な仕事もある、それを知的障がい者でもできると考えるのは自分たちの仕事を馬鹿にしているのではないか。などの反対意見が出された。社内郵便の仕事は、大きくは回収、仕分け、配達の3つに分類され、それに問合わせ・クレーム対応などが加わる。以前はこれらの一連の仕事をフロアごとに担当を決めて行っていたため、知的障がい者に一つのフロアを担当させるのは難しいというのが反対の大きな理由だった。 07年10月に知的障がい者の採用に強く反対していた郵便室の課長が人事異動となり、後任の課長には知的障がい者への理解があって採用に積極的な人が就任した。品川区の就労支援センターからの紹介で、軽度の知的障がいがあるNさん(20歳、女性)が実習に来る事になった。多動症の傾向が強くコミュニケーション上の課題もあり、今まで中々就労できなかった事も伝えられていた。しかし、実習での社内郵便業務の覚えは早く、数日間の実習の後、08年5月からトライアル雇用を開始することになった。臨機応変な対応が求められる業務は難しかったが、該当部署がどのフロアにあるかもすぐ覚え、心配された海外からの郵便の仕分けも問題なかった。ジョブコーチにはNさんへの指導だけでなく、周囲の社員に対して、知的障がい者の「できる・できない」は、言葉で確認ではなく実際にやってみて確認、指示は簡潔かつ具体的に、注意する時はその場で、など基本的な知的障がい者との接し方も指導していただいた。 社内郵便の仕事の分担方法は、知的障がい者を受入れ易いように工夫して、フロア単位でなく、回収、仕分け、配達の業務単位に変更していた。Nさんは、一部苦手な業務はあるものの、郵便業務全体について遂行可能と判断できたため、試用期間を経て08年10月に社員として任用することにした。社員任用までの6ヶ月間、郵便室は、Nさんが自分たちの想像以上に仕事をこなせると確認できたことと、多動症に起因する会社内での問題行動がジョブコーチの指導によって改善されたことで、徐々にNさんを自分たちの仲間として受入れる方向に進んでいった。 会社全体でもNさんを通して知的障がい者への理解が進んだ。そして、09年度以降の雇用拡大に向けて様々な取組みを行い、結果として11年度時点で7名の知的障がい者を雇用することになった。 3 知的障がい者の雇用促進 知的障がい者の雇用拡大にあたり、最初に検討したのは処遇についてだった。当社の賃金テーブルは障がいの有無ではなく、担当する仕事によって職群を分け、総合職、業務職(一般職)、専業職(現業職)に分類し、それぞれに等級で区分している。知的障がい者の処遇については当社内に事例がなかったため、日立グループ内の特例子会社や他社の事例を参考にした。給与に関しては東京都の最低賃金を上回る水準を下限とし、専業職の賃金テーブルを下方に一区分追加して制度化した。毎年行われる最低賃金の見直しにより、この区分幅は圧縮される状況が続いている。賞与に関しては、当面、査定は行わずに定額とし、退職金や企業年金に関しては他の社員と同じ制度を適用する事にした。これらの処遇の妥当性は、基本的には社員の働きと受取る報酬額が見合っているかどうかで判断されることになるが、Nさんの社員任用が決まった08年10月時点では、その確信が持てないままの見切りスタートとなった。 採用基準についても検討した。本人の働く意欲が最も大切だが、過去の失敗やNさんの事例をもとに、支援組織への登録、保護者との連携・情報の共有、実習・トライアル雇用・試用期間のステップによる組織・業務への適応状況の見極めなどを採用の条件とした。新卒の場合、学校との連携も重要な要素と考えた。  雇用促進には職域の拡大も重要だった。09年度から湿式シュレッダー事業(OA用紙を細かく裁断せず、水をかけて引きちぎるようにすることで、紙の長い繊維が残り、普通紙への再生が可能となるシュレッダー)を立上げ、要員として2名の知的障がい者を採用し、郵便業務にも1名追加した。 10年度には、一般事務である旅費の精算業務で1名、Sさん(永福学園卒、女性)を採用し、チームの中で帳票の採番順に並び替えや一次チェック済データの再チェックなどの役割を分担してもらっている。一般事務は規則や処理手順が概ね定まっており、そのルールに従って実行するが、少し複雑な判断を伴う業務と、比較的簡単なルールに則って行う処理業務が混在していることが多い。通常、これらの事務全体を一連の業務として一人で担当するのが一般的だが、旅費精算業務を知的障がい者の新しい職域として検討した際、業務全体を難易度別に細分化して、比較的簡単な作業部分を切り出し、チームで一つの処理を完結させるという方法に変更した(図1参照)。これは各人が能力に応じて「自分ができる事、得意な事」を担当してチームに貢献することであり、一人ひとりがチームのなかで必要とされるようになることを意味する。それは当社が目指している障がい者と健常者が共に働く姿であるが、実現するためにはチーム内のコミュニケーションの円滑化や、個人の能力の見極め、適切な役割分担や公平な評価など難題が多く、現時点で全てが解決できている訳ではない。現在、旅費精算業務を担当しているSさんは、覚えるスピードは比較的ゆっくりだが、担当業務の範囲は徐々に拡大している。一般事務で知的障がい者の職域となっているのは、現状では旅費精算だけだが、業務細分化の推進と、チームで仕事を完結させるマネジメント力の向上によって、職域をさらに拡大させたいと考えている。 図1 業務細分化模式図 4 知的障がい者受入れによる職場の変化 先の、社内郵便を担当するNさんには不得意なこともあり、例えば社内書留を配達した際に受領印を貰うという作業ができない。しかし、Nさんは抜群の記憶力の持ち主だ。全てを映像として記憶しているらしく、例えば本社ビルで働く約1700名の座席と名前を、座席表を眺めることで短期間に覚えてしまった。仕分けも早くて正確である上、配達フロアが不明な迷子の郵便物は、パソコンで検索するよりNさんに聞いたほうが早く、郵便室全体の効率を高めている。Nさんは09年2月に行われた第7回アビリンピック東京大会のオフィスアシスタント競技種目に出場し、初参加ながら金賞を受賞してしまい、周囲を驚かせた。 当社ではNさんの仕事ぶりや行動を通して知的障がい者を理解し、受入れる態勢整備が進んだ。身体障がい者だけを雇用していた時には、障がい者と健常者を同等に扱うという意識が強く、多少の得意・不得意はあっても、能力差がないことを前提にした会社運営が行われ、障がいの有無に関わらず、担当業務を周囲の助けなしにできることは当たり前と捉えられていた。しかし、知的障がい者の採用は、最初から「できないことがある」ということを了解した上での雇用なので、知的障がい者ができないことは周囲がカバーして仕事を完成させなければならないことになった。このことで、自分の担当範囲には責任を持つが、それ以外のことには関心を持たない、というそれまでの風潮から、会社全体がチームとして仕事に取組むという方向に変化していった。 また、さまざまな障がいに対する会社全体の受容度も向上したと思われる。09年度以降に入社してきた知的障がい者は、それぞれ異なるタイプの特徴を持っていたが、特に大きな混乱もなく、各人の特性を理解した受入れが行われた。 身体障がい者の雇用だけだった時には、全ての社員は自立している事が前提となっていたために、障がい者が仕事をやり易くするための設備導入などの対応は行っていたものの、生活支援に関して、支援組織と連携することは行っていなかった。知的障がい者の雇用開始によって、外部組織との連携と同時に、社内組織の充実も図ることになり、今まで周囲の人がボランティア的に行っていた身体障がい者への生活支援も、組織的に行なわれるように変更された。 知的障がい者が組織に加わったことで起きた最も大きな変化は、社員全員が、自分の受取っている給料との見合いで、自分の役割や仕事の進め方を考え直すようになったことだった。当社に入社したのはIQ50〜70の軽度の知的障がい者だが、彼らは指示の出し方さえ的確に行えば、一定水準以上のレベルで、かなりの量の仕事をこなすことができる。当社で働く知的障がいを持つ社員にはそれぞれの部署で戦力として活躍してもらっているが、この知的障がい者の仕事ぶりと賃金のバランスが一つの基準となって、社員全員の仕事のレベルや付加価値と、各人が受取っている賃金の妥当性が問い直される事になった。その意味で、知的障がい者という一つの基準値が組織内に入ってきたインパクトは大きかった。 知的障がい者とそれ以外の社員との間には現実的には給与差が存在するが、その違いの理由が明確になっている訳ではない。知的障がい者に見られる「抽象概念の理解が難しい」や「臨機応変な対応が苦手」という傾向は、健常者社員が口にする「具体的な指示がないとどうしたら良いか分からない」とか、「従来からのやり方を変えたくない」と同じことであり、要するに程度の問題ではないのか。知的障がい者が発揮する集中力は健常者以上のものがあり、その評価をどうすべきか、などの能力評価に関する疑問や課題は残されたまま、手探り状態が続いている。 「業務を細分化して難易度で分類する」という作業は、「知的障がい者が苦手だったりできないことは何か」という問いに置き換えられる。当社の業務内容は受託事業が大半で、定型化された業務が多いため、今までは決められたこと、指示された事を早く正確に行う事が重要であり、従来からのやり方を踏襲するのは当たり前だった。しかし、「付加価値が高い仕事は何か」「その業務は給料に見合った内容か」と問い直される事によって、仕事の難易度や付加価値の大ききは、自分で考えることや判断すること、改善提案することなど、脳の働きとリンクしていることが理解されるようになってきた。知的障がい者にできない事は何かと考え、自分が受取っている給料に見合う仕事を行うためには、指示を待ってその通り行うのではなく、もっと自分で考え改善を加えていくことを増やさなければならないと、徐々にではあるが以前から働いている社員の意識が変化してきたように感じている。このような意識変化は会社全体の仕事のレベルを向上させる上で非常に重要であり、それが知的障がい者の受入れによってもたらされた事に感謝している。 衆議院憲政記念館に於ける知的障害者雇用の取り組み −世田谷区立すきっぷ・東京ジョブコーチとの連携− 笠原 拓也(世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ 支援員) 1 はじめに 平成23年4月1日より、衆議院憲政記念館に於いて初となる知的障害者雇用がスタートした。 本稿ではこの雇用の取り組みに、支援機関として世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ(以下「すきっぷ」という。)が東京ジョブコーチとどのように連携して進めてきたのかを詳しく報告する。 (1)憲政記念館と庭園 我が国の中枢、国会議事堂を前に臨む位置に彼らの勤務先、憲政記念館がある。1970年(昭和45年)、議会開設80周年を記念して、議会制民主主義についての一般の認識を深めることを目的として設立され、1972年(昭和47年)に開設された。憲政記念館では国会の組織や運営の紹介、憲政の歴史や憲政功労者に関わりのある資料を収集して常時展示している他、特別展なども催している(管轄は衆議院事務局)。 また、憲政記念館を囲む北庭、その隣の南庭は、都会にあって珍しく、訪れた人を都会の喧騒から解放してくれる場であり、四季折々の自然を静かに楽しむことができる。 (2)雇用への準備  すきっぷは1998年(平成10年)、知的障害者福祉法に基づく通所授産施設として開設し、2006年(平成18年)からは障害者自立支援法の下、就労移行支援事業を営んでいる。開設から現在まで、延べ358人の就職者(平成23年9月30日時点)がおり、最近では官公庁での就職者も増えてきている。 そのような中、平成22年10月、衆議院事務局と障害者雇用についての話し合いの場を持つ機会があり、具体的に管轄内においての雇用が検討されることとなった。憲政記念館及び庭園の管理・清掃員として雇用を進める方向が決まり、衆議院側担当者・すきっぷ担当者が双方を行き来し、 話し合いを進める中で大枠が固まっていった。 採用枠は6名となり、候補者の選定では個人の能力だけではなく、相性や協調性、チームワーク力にも配慮して判断することとなった。同時に、受け入れ側職員に知的障害とは何か、特性や対応について等の理解を深めてもらうため、勉強会も行った。また、実際の働く現場へすきっぷ職員が入り、現場のスタッフに教えてもらいながら想定業務を体験した。 平成22年12月、候補者6名が確定し、現場見学を行い、一人ひとりの実習に臨む意思を確認した。 翌年1月上旬、関係者一同が集まり、6名の候補者の面接を行った。候補者一人ひとりの情報の共有化を図ることにより、改めて憲政記念館での障害者雇用のスタートを、関係者一同感じることができた。 2 実習支援 (1)実習計画  実習は前半組・後半組の2回に分けて行うこととした。分けて行うことにより長期戦にはなるが、現場の負荷は軽減され、また、実習生を丁寧に見ることができるからである。期間は平成23年1月中旬〜下旬、2月上旬〜中旬の各々2週間で行うこととなった。   (2)東京ジョブコーチへの支援要請 計画を作成していくなかで、受け入れ側に障害者雇用に対しての不安が強くあることがわかった。自然が多く怪我や事故の懸念もある労働環境、ましてや初の障害者雇用実習なので、現場から不安が上がるのは当然であった。不安や懸念事項を払拭するためには、実習期間中全ての日に支援に入ることが求められた。そこで、すきっぷだけではマンパワー不足であったので、東京ジョブコーチに支援を要請して協力を仰ぐこととなった。 東京ジョブコーチとは、東京都独自のジョブコーチ派遣事業であり、東京しごと財団が東京都の補助を受け、社会福祉法人東京都知的障害者育成会に委託している事業である。 実習に際し、東京ジョブコーチより派遣されたジョブコーチは4名、すきっぷからは3名の職員が支援に入ることとなった。実習前には東京ジョブコーチと実習生の面談、情報の共有化を行った。実習期間中毎日、東京ジョブコーチより2名が作業支援にあたり、すきっぷ職員は週2〜3回の頻度で訪問した。 役割分担として、すきっぷは実習生の通勤支援と精神面のフォロー、受け入れ側との調整・相談を担い、東京ジョブコーチは現場において実習生の作業のスキルアップを担うこととした。 (3)実習と採用に至るまで  実習が始まると、実習生個々のプラス評価や、体力や障害の特性上の課題などが次第に浮かび上がってきた。実習生本人の意識や努力で改善できることと、障害上のことで仕事内容や使用している道具に変化を持たせた方が良いことなどの見極めも重要であった。さらに重要なのはそれらの意見や見解を、受け入れ側・すきっぷ・ジョブコーチがしっかりとすり合わせ、共有化することであった。その為に、毎日朝と終わりのミーティングを必ず行うことや、4名のジョブコーチとすきっぷ職員が共通のノートを使い、引き継ぎを綿密に行う等のことが必要であった。  また実習期間中に、実習生保護者に対して見学会も行い、本人を支えるため各家庭にも協力をお願いした。  そのような甲斐もあって、前半組・後半組とも一人の欠席者も出すことなく、実習は乗り切ることができた。そして、実習生各々評価や課題は違えど、何とか6名全員晴れて採用が決まったのである。 3 定着支援 (1)個別の目標設定  平成23年4月1日付けで正式に6名が採用され、いよいよ本当の意味での障害者雇用がスタートした。当初は6名全員がチームとなり、南庭・北庭、雨天時は憲政記念館内清掃を行った。作業 表1 作業スケジュール(平成23年10月現在) 主任が彼らに日替わりで付き指示だし役となった。毎月末には関係者一同が集まり、ふり返りを行って、評価や課題、有効な指示の出し方やジョブコーチの支援の入り方などを協議した。  日が経つにつれ、作業能力や作業態度、対人関係において各々の課題が明確になってきたので、本人と面談をして個別の目標設定を行った。作業日誌への目標記入や、支援者側が持つ作業ケース記録にも明記し、全体で意識を持って、日々の作業にあたるようにした。  また、外作業では怪我や事故等の危険性もあり、態度面において注意を促すため、イエローカード制の導入も行った。これは危険な行動やマナー違反をしてしまい、注意を受けても改められなかった場合、作業主任より出される仕組みである。一日の中で2枚出されるとレッドカードとなり、厳重注意の対象となる。目的はあくまでも本人への注意喚起にあり、この制度の導入には出す側の基準が統一されていなければならず、且つ慎重さが求められる。その為、導入前には関係者一同で話し合い、共有化に努めた。幸い、平成23年10月現在まででイエローカードは数枚出たことがあるものの、レッドカードは1枚も出ていない。 作業終了時(集合)の様子 (2)緊急時の対応 通勤途中のトラブルや、勤務中の怪我・体調不良等があった場合、関係機関が即座に連絡を取り合いこれまで対応してきた。具体的には、すきっぷが調整役となり、受け入れ側と家族との間に立ったり、ジョブコーチへの連絡を行ったりした。 また、本人達が通勤途中でトラブルにあっても自分で連絡できるように、携帯電話の使い方や遅刻連絡の仕方などの練習の機会を設けた。 そして災害時の緊急マニュアルや家庭連絡網などの整備にも努めた。 (3)定着支援スケジュール   表2 4月〜10月までの支援回数(半日や時間単位の日も含む)  表2からわかるように、4月〜6月まではほぼ毎日支援にあたることが求められた。派遣ジョブコーチは実習時の4名から1名増えて、5名体制になり、すきっぷ職員も1名増やし4名が直接支援に関わることとなった。受け入れ側の不安に真摯に対応し、焦らず慎重にナチュラルサポートの形成に努めていった。また、除草作業や落葉拾いなどの、自然を相手にした業務がメインであることから、季節によって行うことが異なり、手厚い支援が必要であった。  平成23年10月現在では、受け入れ側と彼らの関係が大分築かれてきており、支援回数は徐々に減ってきている。しかし残念ながら、体力上の理由から7月末に1名退職している。  表1のように、現在では南庭作業班と北庭作業班の2班に分かれて作業している。4月より半年が経ち、個別の作業能力や対人関係を考慮して、10月よりこの体制で臨むこととなった。また当番や係り仕事を新たに作り、彼らに任せていくことでモチベーションアップにも繋がっている。 4 まとめ 『不安を自信に変えるため』  まだまだ完全な定着には至っておらず、現在進行形の事例ではあるが、ここまでの取り組みから、重要であったポイントをいくつか挙げたい。 初の知的障害者雇用、初の屋外作業と、雇い主側にとっても、本人側にとっても、不安要素は沢山あったに違いない。この状況下で支援機関として、すきっぷ単体だけでは決してこのようには進められなかったはずである。本人達の就職したいという強い気持ちと努力があったのは勿論であるが、受け入れ側や家族との連携、そして東京ジョブコーチの多大な協力がなければ現在には繋がらなかった。初めの内しばらくは、日々の支援や毎月のふり返りにおいて、不安や見解の相違が挙がることも多かった。しかし、関係者一同が逃げ腰になることなく、お互いの意見をしっかりと聴くという姿勢を、根気よく持ち続けていたことが重要であった。 話し合いを何度も重ねる中で、工夫や提案を出し合い、本当に少しずつではあるが周囲の不安を自信に変えていくことができたのではないか。何より働く彼らにとっても、最近では少しずつ自信が表情に出てきた感がある。 これからは冬の寒空の下での作業に入ることになる。半年後の4月、桜が満開の頃、冬の寒さを乗り越えて、一段と逞しくなった彼らが見られるように、今後も連携を大事にしながら、定着支援に努めていきたい。 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第2期) 田村 みつよ(障害者職業総合センター 研究員) 1 背景と目的 2001年にILOが『職場において障害をマネジメントするための実践綱領』を発表し、その中で「障害マネジメント、障害者のキャリア開発、訓練機会の調整・確保、採用後に障害をもった中途障害者の雇用継続の重要性について事業主向けではあるが障害者の参加とイニシャチブが重要である」と提唱されてから、10年が経過した。その間に障害者のキャリア形成の問題として当機構では「障害者の雇用管理とキャリア形成に関する研究 障害者のキャリア」1)2004で、障害者のキャリア形成を雇用管理と関連付けながら解明している。ただその調査設計上の限界として中途(採用後)障害が含まれておらず、「最初の会社に就職してから経験した離職や転職、失業や「福祉的就労」経験、入社後に障害をもった人々(中途障害者)の雇用・職業生活の継続など、一連の出来事として障害をもつ個々人のキャリア形成という事実や意識を把握、そこから見いだされる問題は何か、その問題解決のためのサービスプログラムとして何があるのか」が課題として残されていた。 「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」は、この課題を継承する形となるが、ILOの綱領発表後のわが国での職業リハビリテーションの進展の動向も踏まえつつ、2011年時点での課題を追加すれば、①就業・生活支援センターなど地域支援機関の拡充 ②メンタルヘルス問題の深刻化が挙げられよう。  本報告では、2008年実施の第1回職業生活前期調査と2010年実施の第2回同調査の間に起こったライフイベント、仕事に関係した出来事を中心として、上記①②の今日的課題の視点から分析していく。 2 第2回職業生活前期調査の概要 (1)調査方法 パネル調査の手法に則り、同一対象者を継続して調査し、実態や意識の変化を把握することとしている。手続きは郵送によるアンケート調査を取っている。 (2)調査対象 当事者団体、企業、広域・地域障害者職業センターに調査協力を要請し、同意の得られた人を調査協力者として登録した。基本的に就業中の人を対象としている。視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、内部障害、知的障害、精神障害が対象となるが、障害者手帳を所持していない場合も調査の対象とした。 (3)第2回調査で追加した質問項目 調査項目の基礎部分(詳細は「障害にある労働者の職業サイクルに関する調査研究−第1回職業生活前期調査(平成20年度)−」2)参照)は毎回同じ質問をしていくが、職業生活を支える家族の変化を追って行く上でその起点となる結婚・離婚歴と子どもの有無については今回初めて詳しく尋ねた。また、調査回毎に交互に質問項目群を入れ替えるカセット項目を取り入れた本縦断調査の設計上、第2回調査では、社会参加と、医療リハサービスの利用について新たに聞いている。 (4)調査の実施状況  調査時点:平成22年7月1日  調査対象者:調査協力の登録者の内、宛先不明となった人、調査継続協力が困難と申し出のあった人を除いた472人を対象とした。障害別対象者数と回答者数は表1のとおり。 3 第2回職業生活前期調査結果 表3 障害別年齢集計 <結果> ①結婚・離婚歴、子どもの有無:回答者340人のうち「結婚している」53人(15.6%)、「結婚していない」270人(79.4%)。視覚障害(29.7%)、聴覚障害(29.8)、内部障害(25.9%)で結婚している人の割合が高い。回答者340人のうち子どもあり22人(6.5%)、子どもなし261人(76.8%)だった。 ②ライフイベント:最も多かったのが「引越しをした」42人で、特に聴覚障害で11人と多かった。その他多いも   のを見ると「結婚をした」18人、「親元から離れて暮らし始めた」14人、「自分の親が仕事を辞めた」15人、「家族が病気や事故で一ヶ月以上の入院をした」18人などとなった(表4)。 ③医療施設への通院状況と健康に関する相談・利用先: 「通院していない」149人(43.8%)が最も多く、「一年に一度以上通院」75人(22.1%)などとなった。これら通院している人を合計すると183人(53.8%)となり、通院していない人を上回っている(表5)。   健康に関して困った時の相談・利用先を複数回答で訊いたが、最も回答の多かったのは、「父親や母親」で知的障害では81.5%あった。次に多かったのが「かかりつけの病院・診療所(主治医)」で全体では35.6%で、内部障害では70.4%であった。 ④地域生活の相談・利用先: 父親や母親(67.4%)、病院や診療所(36.2%)内訳内部障害と精神障害で7割が利用、肢体不自由と視覚障害で4割が利用、知人や友人(21.8%)、上司や同僚(20.9%)、配偶者65.7%、(14.1%)であった。               ⑧仕事上の出来事 回答者309人のうち最も多かったのが「給料が上がった」で105人(34.0%)、特に精神障害では16人(53.3%)のこの出来事があったと回答していた。 次に多かったのが「配置転があった」59人(19.1%)で、特に内部障害では14人(53.8%)が回答していた。「昇進した」15人、「正社員になった」7人がある一方、「給料が下がった」24人、「休職をした」14人、「勤めていた会社が倒産した」1人となった(表6)。                            ⑥学校に通い始めた人:第1回調査では学歴を尋ねたが第2回調査では同じ選択肢で現在就学中または卒業した学校を尋ね た。       合                た。今回10人がスクーリングしていた。詳細は以下のとおり。視覚障害2名20歳代;特別支援学校専攻科を卒業し離職して大学に通っている。はじめに就業した三療関係の仕事とのミスマッチが挙げられていた。聴覚障害30歳代と40歳代の2名;在職中で能力開発校や大学に通っている。肢体不自由30歳代、内部障害30歳代;離職中に能力開発校に通っている。知的障害2名;在職中で自動車学校に通っている。精神障害者30歳代2名;大学進学及び転職をしている人と、離職中で通信教育を受けている人だった。 ⑩「配置転換があった」内部障害:内部障害は配置転換の生起率が高かった(53.8%)職種としては事務職が多い。勤続年数は平均7.35年。内部障害では配置転換のある前(前回の調査)から「今の仕事を続けたい」と答える人が他の障害より少ない傾向にあり、勤務継続についてはどちらかというと「わからない」と回答する人が多い。「体調や健康面での不安や困っていること」への自由記述で、深刻な状況の記述が多く見られ、働く上で配慮してほしい事への回答にはきわだった特徴は見られず、それぞれ個別の課題と個別のニーズを抱えているようだ。そういった中、健康についての主な相談先は主治医や家族が多く、支援機関は少ない。 ⑪昇進した人:15人の人が昇進があったと答えており、資格を保有していたり、大卒以上の学歴の人であった。                昇給(6人)や配置転換(5人)など他の出来事が同時に起きた人が多かった。                 ⑫障害別配慮事項:                 知的障害では特に働き続け           る上で必要なことへの回答率が高くジョブコーチ的支援ニーズが最も高いといえる。内部障害や肢体不自由では体力や障害に合わせた勤務時間や休日の設定、健康管理の充実など労務管理上の配慮を求める回答率が高い傾向が示された(表8)。                <結果分析 イ.家庭形成> 第1回調査で、「将来かなえたい希望」を尋ねた自由記述では、全障害を通じて、「家庭を持ちたい」という希望が最も多かった。配偶者の存在は、仕事面、健康面、地域生活面のどの局面でも、困った時の相談相手として高い率を占める。家庭形成という問題は、JILPT 労働政策研究報告書3)によると「働くにあたってのモチベーションの源泉として機能している。成人のキャリア発達の枠組みとして、本人のみならず、本人を含む家族全体を考えていくべき」とされており、障害者の職業生活を支えるインフォーマルなサポートとして重要な役割を占めている。今回のライフイベントとして18人が「結婚した」(男11人女5人で調査全体の男女比7:3とほぼ同じ)と答えており、就業形態や障害等級別の偏りはあまり見られない。今後の継続調査で、さらに変化を追っていく予定である。 <結果分析 ロ.勤務状況の変化> 勤務形態については、1,2回調査とも回答のあった327人のうち、13人が正社員から非正規雇用に、7人が非正規雇用から正社員に、17人が(正社員からが9人が非正規からが8人)非就業となった。前回の調査で非就業であったが第2回調査で就業となった人は7人いた。知的障害では正社員だった37人のうち、11人が非正規雇用に、精神障害では非正規雇用25人の中で4人が非就業になった。勤務時間の変化した人は、全体で38人(12.8%)であり、その内、30人が短時間勤務となった。特に知的障害では、30時間以上のフルタイム勤務をしていた59人のうち、12人(20.3%)が20時間以上30時間未満になった。 障害別に雇用の安定度が異なっている。会社にお願いしたいこととしては、「働き続けられるようにしてほしい」の回答が多かった。 一方で、16人が転職をしていた。転職をした人は「結婚した、親から自立した、学校に通った、家族が入院した」などのライフイベントが同時に起こっている人が多く、直接転職との因果関係は不明であるが、仕事と生活の関連が窺われる。 また、16人(肢体不自由7人内部障害3人精神障害3人聴覚障害2人)が休職しており、その内5人が入院、1人が出産している。休職との前後関係は不明であるが、仕事に関係した出来事として配置転換があった人が6人いた。休職に至ってはいないが、「体調や健康面で不安や困っていること」としてメンタル疾患や人間関係の悩みを抱える内容の自由記述も全体の回答の約12.5%を占めていた。 4 考察  本調査結果から2010年時点での障害者のキャリア開発の現状を概観すると、仕事に関連した出来事として「昇進」や「昇格」の実態が5%程度だが確認された。また同じ職場でのキャリア形成だけでなく、職場適応期の職業生活前期を対象とした今回の調査対象者の中では、10人の人が自発的にスクーリングをしてキャリア形成に役立てている状況も明らかになった。 そこでさらに、出来事としての事実だけに留まらず、それを本人がどのように捉えているかの意識面に焦点を当てて考察を進めたい。昇進や昇給のあった人で、特に会社にお願いしたいこととして「能力に応じた評価や昇進・昇格をしてほしい」の選択肢を選んでいるが(33%)、その内、同時に仕事をする上で必要なこととして「作業手順をわかりやすくしたり、仕事をやりやすくすること」や「作業のスピードや仕事量を障害にあわせること」を選択している回答が(63%)見られた。この場合に「能力に応じた評価」とは自分の能力と評価とのミスマッチから負担感の表明として捉えられるのではないだろうか。この職業生活前期(若年層)の対象者は全体的に有資格者が多い一方で、実際のその技能活用場面では、特に配置転換や昇進などによる職場環境の変化に伴っては、きめ細やかな個別の配慮を必要とする人がいるということが推定される。スキルアップに伴う本人の動機付けの課題は、2004年の調査結果でも指摘されていたが、2010年時点で、就業環境の厳さが増す中で、自発性や動機付けの課題が残されていることが示唆された。「研修や教育訓練を充実して欲しい」という要望は全体の回答率としては8項目中6位であまりニーズ自体は高くなく、むしろ「職場の中で困ったことの相談ができるようにしてほしい」 4位のニーズの方が高い。 しかしこのことは、職場環境がますます高度化、複雑化していく現状で、障害のある労働者だけの問題ではないかもしれない。 謝 辞 この調査の継続的実施運営につきましては、多くの皆様方のお力添えをいただいており心よりのお礼を申し上げます。 【引用文献】 1)障害者職業総合センター:障害者の雇用管理とキャリア形成に関する研究−障害者のキャリア− 調査研究報告書No62、2004  2)障害者職業総合センター:障害にある労働者の職業サイクルに関する調査研究−第1回職業生活前期調査(平成20年度)−」資料シリーズNo.50 2010 3)JILPT:成人キャリア発達に関する調査研究 −50代就業者が振り返るキャリア形成− 労働政策研究報告書No.114、2010  韓国型チャレンジ雇用 − 公的機関の知的、精神障害者雇用に関して− ○洪 慈英(韓国障害者雇用公団雇用開発院 課長) 李 暁星(韓国障害者雇用公団雇用開発院) 1 はじめに 韓国の障害者雇用の法的支援は、1991年に制定された「障害者雇用及び職業リハビリ法」をもとに推進され、制定当時0.43%だった障害者雇用率は、2010年12月末時点で2.24%となった(重度障害者をダブルカウント適用)。また、障害者雇用拡大を目指し、重度障害者ダブルカウント制度の導入、国家および地方自治体の非公務員勤労者を対象とした障害者義務雇用率の適用など、障害者サポート制度は発達し続けている。 2008年の障害者実態調査によると、知的障害者、自閉症、精神障害者の職場類型は次の通りである。一般企業においては知的障害(44.7%)、自閉症(27.1%)、精神障害(20.0%)であり、障害者保護作業所においては知的障害(18.0%)、自閉症(39.3%)、精神障害(52.6%)となっている。このように一般企業や保護作業所で多くの障害者が働いている一方、政府および政府関連機関などのいわゆる安定していて求職者に好まれている職場への就職率は、知的障害(1.2%)、自閉症(0.0%)、精神障害者(0%)となっており、政府機関における精神障害者の就業は皆無である。 2010年12月末、国家および地方公務員の障害者雇用率が2.40%と民間企業の障害者雇用率2.24%に比べて高くなっているものの、重度障害者の雇用率は14.7%と民間企業の重度障害者雇用率18.2%より低くなっている。特に、知的障害者、自閉症、精神障害者(以下まとめて精神的障害者とする)の雇用率は皆無である。重度障害者特別採用制度はあるものの、この制度はある程度の水準の免許や学位を持った特殊な職種に限られるため、精神的障害者が採用試験が必須である公務員になるのは難しい現状だ。 2010年の法改正によって国家および地方自治体の非公務員勤労者に対しても義務雇用率2.3%が適用されることになった。この制度が活用されることで精神的障害者の就業が困難であった国家や地方自治体への就業機会が広げられた。2009年、国会では、図書館司書補助、食堂補助、体力鍛錬室整理などの業務に7人の知的障害者、自閉症障害者が雇用された事例があった。しかし、国会内の環境と、一般行政機関とで職務環境に差があったため、国会で適用された業務をすべての省庁に適用するのは易しいことではなかった。 このように政府機関において精神的障害者の雇用率が低いという事実を打開しようと、2010年の国務会議で政府機関における精神的障害者の雇用拡大が図られることとなった。雇用労働省、文化体育観光省、保健福祉省の三つの省庁を模範運営機関と定め、就業可能な業務を探し出し、普及拡大を目指した。また、国内外の精神的障害者雇用事例を通して就業可能業務の調査を行った。ベンチマーキングとして、日本の公的機関において知的障害者、精神障害者を契約職の公務員として雇用する制度であるチャレンジ雇用制度を採用した。日本の障害者雇用制度および公務員登用制度は韓国と類似しており、ベンチマーキングとして適用した際、失敗する確率は低いと判断された。 2 公的機関の精神的障害者雇用プロジェクト 本プロジェクトは2010年の国務会議で模範的事業を推進するための事業として指定されたものであり、その後2011年2月から2011年11月まで三つの省庁を対象として進められている。模範運営機関として選定された雇用労働省、文化体育観光省、保健福祉省の3つの省庁の人事担当者が雇用労働省で模範プロジェクトの詳細を進めるために会議を実施した。 精神的障害者雇用推進のために事業準備、実行、評価の三段階の段階別に事業を構想した。まず、事業準備段階は各省庁に属する機関を対象として、就業可能な職務があるか職務分析および職務環境を分析した。精神的障害者のために職務配分を再調整し、反復的で難易度の低い業務を用意する必要がある。そのため、各省庁に属する機関の業務内容と、非公務員勤労者の現況および業務内容を要請した。その次に雇用の可能性が高い機関を選定し、現場訪問および担当者へのインタビューを通じて各機関の勤務環境および職務再調整の可能性などを調査した。そして何より精神的障害者は仕事ができないという偏見が大きいことを考慮し、障害認識改善教育も並行して実施した。実行段階では精神的障害者の勤務可能性が高い機関および業務を選定した後、対象となる障害者を募集、選抜、評価、事前訓練、現場訓練を実施した。評価は各省庁別の現場訓練を受けた障害者に対して、対人関係や業務能力などを個別評価し、最終的に非公務員勤労者として採用した。 (1)雇用労働省の適用事例 ①雇用労働省の雇用環境分析 雇用労働省は勤労条件の基準、労使関係の調整、雇用政策等に関する事務を遂行する中央行政機関である。雇用労働部の本部は3室13館35課1団5チームで構成されており、所属機関として47箇所の地方支部と全国80箇所の雇用センターがある。雇用センターの主な業務は、求職者に対する就業支援事業、雇用保険資格取得および喪失などの被保険者管理事業、職業能力開発事業、また失業給付金支給および母性保護事業などである。雇用支援センターは全国に80箇所あるため、ひとつのセンターに一人の精神的障害者が雇用された場合、少なくとも80人という多くの人員が雇用されるという利点のある機関である。しかし、雇用センターの主な業務が電話応対、窓口相談、コンピュータ業務であるため精神的障害者の勤務が困難である。そこで、就業可能な業務を掘り起こすために、事務関連書類ファイリングおよび入力業務などがないかを重点的に業務分析を実施した。雇用支援センターは窓口相談者が多く、求職関連相談および教育はパソコンを使って業務処理が行 表1 雇用センターの精神的障害者可能業務 われるため、コンピュータ活用能力が要求された。精神的障害者の可能職務を分析した結果を表1に示した。 ②精神的障害者模範プロジェクト進行 模範プロジェクトで勤務する精神的障害者は募集しやすい大都市の雇用センターに配置することにした。大都市の雇用支援センターには勤務人員および業務量が多いため補助人員が必要だろうと予測し、7大都市(ソウル、仁川、京畿、大田、大邱、釜山、光州)と本庁に1名、計8名を配置した。 雇用センターの業務がコンピュータ活用能力を必要とするため、精神的障害者を募集する際、コンピュータ活用能力資格を保有している人材を優遇することにした。募集は公団ホームページ、マスメディアなどを通じて行い、合計93人の応募があった。一次は書類審査、二次審査はコンピュータ活用能力、事務補助業務、言語能力、倫理評価など職務評価を実施した。面接官は各地域の雇用支援センター担当者と、障害者の理解を助けるために公団職員も担当し、最終的に知的障害者1人、自閉症4人、精神障害者3人の計8人が選抜された。選抜された精神的障害者の業務を支援するため、3ヶ月間職務指導員を配置しての援助付き雇用を実施した。現場訓練時の主要業務は、ファイリング、郵便物分類、希望カードステッカー貼り、電子ファックス管理、電算入力、業務案内などを実施した。3ヶ月間の現場訓練終了後、職務指導員の訓練日誌、同僚評価などを経て、8人の精神的障害者が雇用された。 ③まとめ(精神的障害者の事務補助職雇用可能性) これまで精神的障害者の主な就業職種は単純製造業での業務だったが、今回の雇用労働省での就業は、精神的障害者が事務職での就業の可能性が見られる最初の事例となった。 今回応募のあった精神的障害者の応募者93名中、コンピュータ活用能力に関する資格保持者は46.2%にあたる43名であった。このことから、精神的障害者のための職務再調整さえすれば、事務職も十分に勤労可能な職種であることを確認することができた。 (2)文化体育観光省の適用事例 ①文化体育観光省の雇用環境分析 文化体育観光省は文化、芸術、映像、広告、出版刊行物、体育および観光に関する事務と、国政についての広報や政府発表に関する事務を管掌する省庁である。文化体育観光省の組織は2次官3室5局11団53チームであり、11の所属機関で構成されている。文化体育観光省の2010年障害者公務員雇用率は3.61%であり、勤労者は1.23%と非公務員勤労者の義務雇用率2.3%を達成することができなかった。文化体育観光省には公務員のほかに学芸士、司書など専門資格保持者が契約職として勤務している。そのため、精神的障害者が雇用可能な非専門的業務が探しにくい環境であった。 今回は勤務人員が多く障害者雇用率も達成できていない所属機関中、とりわけ精神的障害者の雇用可能性が高いと判断された国立中央図書館、国立中央博物館、国立民族博物館を対象に精神的障害者に雇用可能な業務を分析した。 国立中央博物館の業務はこれまで精神的障害者による適用事例がなかったため、サービスの質の低下によるクレームが考慮された。そこで、表2で示すように精神的障害者による適用の成功事例がある司書補助職、環境美化職を主として適用することとした。 表2 文化体育観光省傘下機関の適用可能業務 ②精神的障害者模範プロジェクト進行 国立中央図書館、国立中央博物館、国立民族博物館においては、今までに雇用事例のある司書補助業務と環境美化業務を中心に模範プロジェクトを実施した。公開採用を通して、国立中央博物館と国立民族博物館には精神障害者3名が採用された。国立中央図書館に配置されることになった自閉症障害者2名は既に障害者福祉就業事業 の訓練対象者として9ヶ月間司書補助業務の訓練を受けており、今回の模範プロジェクトに合流することとなった。この計5名が7週間の現場訓練として、返却図書の整理、新規図書の登録、表紙へのバーコード貼り付け、印章捺印などを担当した。環境美化業務に配置された精神障害者は以前に清掃業務の就業経験があったため、それを基にして無理なく業務を遂行することができた。 ③まとめ(福祉就業事業対象者の就業可能性) 障害者福祉就業事業は保健福祉省を中心に実施されているため、障害者に継続的な雇用先を提供することができなかった。しかし、今回の模範プロジェクトでは福祉就業事業の対象者を選定して雇用した。今後は障害者福祉就業事業の対象者が訓練後に政府や地方自治体に雇用されるように制度化することが必要だ。 (3)保健福祉省の適用事例 ①保健福祉省の雇用環境分析 保健福祉省は国民の社会福祉および医療保健を担当する省庁であり、4室4局17館70課の本部と14の所属機関で構成されている。障害者の公務員雇用率は2010年12月末時点で4.02%(重度障害者ダブルカウント適用)であり、障害者勤労者は1.58%と非公務員勤労者の義務雇用率2.3%を達成できていなかった。保健福祉省の所属機関の特色は14箇所中11箇所が医療機関である点だ。 医療機関は医師および看護師等の専門医療免許が必要な業務が多いため、精神的障害者に適用可能な業務は限定されている。2009年ソウル大学病院を対象とした障害者雇用促進事例を参考にして、精神的障害者に適用可能な業務を分析した。所属病院の中で障害者と関連の深い機関を選定することとし、神経精神科専門医療機関である国立ソウル病院とリハビリ専門病院である国立リハビリ病院を模範プロジェクト機関と定め事業を進めることにした。 表3 医療機関の精神的障害者適用可能業務 ②精神的障害者模範プロジェクト進行 保健福祉省所属機関の対象者の募集は次のように行なった。国立ソウル病院は神経精神科専門病院であり、精神科関連疾病治療および精神障害者の職業リハビリテーションに関する訓練プログラムを運営している。その訓練プログラムを受けている通院患者の中で、継続的な就業が可能であり、症状が安定している患者を対象として、看護師の推薦を通じて選定した。現場訓練として精神障害者1名が病院食堂の料理補助業務を3ヶ月間行なった。 国立リハビリ病院は、公開募集を通して対象者を選定した。国立リハビリ病院には長期間のリハビリ治療が要求される患者がいるため、身体的障害のない精神的障害者が勤務した場合、相互補完的な関係で業務を遂行することができる。模範プロジェクト対象者は精神障害3名、知的障害1名で、現場訓練として案内、医療器具の消毒および包装、カルテの移送業務などを4週間実施した。 ③まとめ(医療サービス終了後、模範プロジェクト訓練を通じて病院での就業の可能性) 精神障害者は持続的な薬物の服用によって安定した社会生活を送ることができる。就業を維持する上で精神障害者は知的障害者や自閉症に比べて外部環境により受ける影響が強い。今回の模範プロジェクトの現場がなじみのある病院環境であったことと職員が障害に対して理解があったことで、対象者である精神障害者は安定した社会生活を維持することができた。医療サービス終了後、なれた環境である医療機関での雇用することで障害者に心理的安定と継続した職業を提供することができる。精神障害は他のタイプの障害に比べてより医療機関との密接な連携が要求される。 3 おわりに (1)障害者に対する認識改善の効果 中央官庁の公務員の多くは身体障害のある公務員とともに勤務するなど障害者に接した経験はあったものの、障害が外見に表れにくい精神的障害者とともに勤務した経験はなかった。精神的障害者を配置する際、業務に入る前は、障害に対する知識不足や抵抗感が見られた。しかし、実際に就業してみると、同僚職員は精神的障害者が十分に勤務できる可能性があると判断した。とはいえ精神障害者の場合、本人が過重労働だと認識したり、職員間の対人関係で自分が障害者として配慮されていないと思いがちである。そのため障害者当事者の就業を維持させるための症状管理が不可避だ。同僚職員には精神的障害者についての障害認識教育が持続的に要求される。 (2)精神的障害者の雇用領域拡大と職業領域の多様化 今回のプロジェクトは、政府機関に勤労する精神的障害者が皆無であった状況で、雇用の可能性が見ることができた行政機関最初の精神的障害者雇用推進事例である。精神的障害者の勤務可能な職種は事務補助、司書補助、カルテの移送、案内、医療器具の包装など職域が広がった。 (3)予算問題解決を通した制度化推進が要求される 3つの省庁で模範プロジェクトを遂行した際、最大の難点となったのが人件費等の予算が用意されていなかった点だ。3つの省庁では来年度予算が計上されるため、模範プロジェクト対象者18人は安定して業務を続けることができる。しかしこのプロジェクトが持続性を持つためには中心となって進める省庁が、精神的障害者の今回の3省庁の事例を普及させること、および全省庁へ事業拡大するため制度化させることが急がれる。 【参考?引用文献】 1)韓国職業情報院:大学生の就業希望実態調査(2008) 2)韓国保健社会研究院:障害者実態調,(2008) 農業分野における障がい者就労推進の経過と職域拡大方策 〇石田 憲治((独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所農村基盤研究領域 領域長)  片山 千栄((独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所農村基盤研究領域) 落合 基継((財)農村開発企画委員会) 1 はじめに 〜報告の背景とねらい〜  障害者自立支援法の趣旨に照らした地域移行支援が推進され、障がい者にとって日常の暮らしの場での社会参加や地域社会における受け入れ環境が少しずつ改善されつつあるものの、景気の停滞等により自立のための経済的基盤の確立は必ずしも進んでいない。一方、障がい福祉事業所等においては、職域を拡大することにより低迷する工賃の増加を図る工夫がなされている。こうした状況の下、近年では障がい者の就労先としての農業が急速に注目されることとなった。また、従来から農作業が障がい者の健康管理にもたらす心身両面でのプラスの効果が指摘されており、農業・農村がもつ多面的な役割への国民の関心も高まっている。  農業を障がい者の働く場として活用する試みもこうした流れの中に位置づけられる。農業分野における障がい者雇用の受け入れは、製造業やサービス業に比べて後発性が指摘されるが、一方では、作業の多様性や労働時間の柔軟性などにおいて、障がい特性や障がい者の個性に対応した働き方を提供し得る。また、農業は暮らしと密着した仕事の場を根源的に有している。これらのことから、農業分野は障がい者にとっての職域を拡大する要素を潜在的に有していると考えられる。  そこで、本報告では、障がい者就労の場としての農業の特徴を整理するとともに、農福連携の視点から農業分野における障がい者就労の取り組み経過を概観することを通して、障がい者の働く場の拡大方策を考察する。 2 障がい者にとっての職域としての農業分野 (1)農業の特徴と障がい者就労  農業の主要な特徴は、地域の資源を活用するとともに自然条件に適応した生産活動が主体であるため、①天候に左右されやすい、②地域性が大きい、③多様性が高い、などの特徴を有している。このことを障がい者就労との関わりで捉えると、単純化やマニュアル化が難しく、経験知の蓄積も期待される点では必ずしもハードルは低くない。  しかしながら、多様性を活かした作目選択の幅の広さや農作業の種類が豊富であることは、さまざまな障がい特性をもつ幅広い人々が担い得る作業の種類も多いことになり、作業を組み立て直したり分解したりすることで単純化すれば、就労の可能性も拡大する。補助具を利用して職域を拡大する可能性も高い。さらに、農業は他産業に比べてグローバライゼーションや経済動向による生産拠点の移動が少なく、むしろ農業生産の営みは地域資源を最大限に利活用することで持続性が高まる。そのため、地域に暮らし続けながら仕事の場を近隣に得られることが、農業の大きな利点であると言える。 (2)近年の雇用率の推移からみた産業構成の中での障がい者就労の実態  農業分野における障がい者の受け入れは後発性が指摘される。これは零細規模の農家が多いことに象徴されるように、農業法人を含めても経営体としての規模が産業としては極度に小さいことに起因している。しかしながら、障害者自立支援法(平成17年法律第123号)制定以降について障害者雇用促進法の法定雇用率(民間企業)の推移をみると、その規制が適用される規模の経営体では、第一次産業(農林漁業)を第二、三次産業と比較した場合、雇用率の達成状況は必ずしも低くないことが理解される(障害者白書)。  平成17〜21年度における産業全体での障がい者の雇用率は、各年度順に列挙すると、1.49、1.52、1.55、1.59、1.63%となっており、この平均的な値を上回る雇用率を有する業態を取りあげて図示すると、農林漁業は変動の大きさが指摘されるものの必ずしも低い水準に留まっているとは言えない(図1)。  しかしながら、農業分野における主たる雇用先となる農業生産法人や企業的経営農家は、他の業種に比べて経営規模が零細で、障害者雇用促進法の法定雇用率の適用対象となっていない実情に照らすと、雇用を希望する障がい者にとっての就労先として、農業分野への期待は潜在的に大きいと考えられる。 3 農業分野での障がい者就労支援の取り組み (1)農地の有効利用や人材育成による新規参入支援の取り組み  ますます加速する農業者の高齢化に対応して、新規参入による農業の担い手の確保は農政としても重要かつ緊急の課題である。21世紀新農政2008(平成20年5月7日、食料・農業・農村政策推進本部決定)においては、「国内農業の体質強化による食料供給力の確保」を目指して「意欲と能力のある担い手の育成」の一環として、「女性、高齢者、障害者等の多様な人材が活躍できる環境づくりを推進する」と明記している。 新規就農者の研修はじめ、効率的な農地利用を図るため、貸借手続きの簡素化や農地の流動化促進ならびに農地取得資格の緩和など、新たに農業に参入する場合の門戸を開き、新規農業参入者等が活用できる助成制度により積極的に支援している。 障がい者の農作業訓練などを想定した職業リハビリテーションのための農地利用についても、農地法に係る制限が大きく緩和されて久しいことに象徴されるとおり、福祉事業所等が施設利用者の就農に向けた取り組みを図ろうとする場合の農業分野における障がい者就労支援の位置づけは用意されており、21世紀新農政2008はその方向を確固たるものにしたと言える。こうした農業と福祉の連携を支持する施策は、「食」に関する将来ビジョン(平成22年12月、「食」に関する将来ビジョン検討本部)にも反映されており、省庁の別を越えて取り組む10の成長プロジェクトの一つに「医療、介護、福祉と食、農の連携」が明記されている。 (2)農業分野における障がい者就労支援の調査研究面からの取り組み 福祉政策における障害者の地域移行支援の方向が明確化した障害者自立支援法の制定以降、農林水産省では高齢農業者の支援施策を拡充しつつ、農業分野においても障がい者が農業の担い手となることを視野に入れた就労支援の取り組みを開始している。  農村工学研究所では、農林水産省経営局の委託調査研究を通じて、農業分野での障がい者の就労が広がらない要因の分析を進め、障がい者が農業法人等で福祉的就労をしたり、施設園芸や農園などの農作業を担うなど農業の現場で活躍している事例を収集・分析して成功事例の共通的要因を明らかにすることにより、障がい者の農業分野における就労を支援するための農作業の分解と現場での工夫、情報や知見の不足による農家や農業法人にとっての障がい者受け入れの阻害要因解消に向けた情報提供ツールとして「手引き」1)と「マニュアル」2)を作成した。  この過程では、全国約1,700の農業法人を対象とした障がい者雇用に関する質問紙調査(回収率;27.9%、有効回収票;476件)を実施して、①3割の農業法人が障がい者の雇用経験を有していたこと、②雇用経験の有無により不安や心配を感じる点、必要な情報や支援内容が異なること、等を明らかにした3)(図2)。 図2 農業法人にとっての不安要因や必要な情報 さらに、平成21年度からは農林水産省の補助事業により、「手引き」や「マニュアル」を活用してモデル実証事業に取り組んだ。各年度ごとに一部のモデル実証地区の変更や共同実施機関の協力を得ながら延べ18地区を対象に、農業と福祉、さらには教育との連携も視野に入れた実践的取り組みを検証しつつ、現在に至っている。 4 農業分野の特徴を踏まえた障がい者の職域拡大方策  島根県出雲市では、一つの農業法人と一つの福祉事業所が、障がい者3名と支援者1名が単位となって、施設外就労として農園での農作業に取り組んだことを契機に、他の農業法人や福祉作業所のマッチングが実現する兆しが見い出せた。マッチングの対象が複数になることにより、作業の種類や両者の地理的距離などによる不便が解消するとともに、障がい者が担う作業量や職域の拡大が期待できる。また、農園に通う障がい者を固定せずに農作業を担う試みや施設内でできる資材作りやラベル貼りなどの農業関連作業を受託することにより、障がい者の職域拡大が実現している。  岡山県玉野市では、施設利用者と職員による雑穀栽培への参加を契機に、遊休農地等を活用して野菜などの栽培技術を蓄積し、福祉施設が農業参入を目指す取り組みに発展しつつある。こうした活動は耕作放棄地の解消にも寄与しており、減少する農業の担い手を支える役割としても重要である4)。作目を多角化することにより、障がい程度の異なる利用者によって幅広く農作業を担うことが可能となる。また、隣接県の島嶼部との福祉施設同士の地域間交流を通して、田植えや稲刈りはじめ収穫体験や農地管理に関わる農作業体験の幅を広げている。  また、農産物直売所を拠点として障がい者が生産に関わった農産物であることをPRしながら消費者との接点を重視する活動も試行されている。障がい者や支援者が店頭に立つ試みは、生産に関わった農産物加工品や菓子類を販売する場にも農業関連の仕事が存在することを顕在化させた。  こうした活動の経過を概観すると、障がい者が担う仕事の量的拡大、質的多様性の実現による仕事量の増加、加工・販売やそのための準備を含めたバックヤード的作業の掘り起こし、農業参入障壁の低減などの取り組みを通して農業分野における障がい者の職域拡大の可能性が示唆される。  さらに、「ふるさと雇用再生特別基金事業」を活用した地方自治体の取り組みも注目に値する。鳥取県の「鳥取発!農福連携モデル事業」や神戸市北区の「農でデザインする福祉のまちづくりプロジェクト」はいずれも行政が適度なリーディングを図りつつ、NPO法人をも活用した農業と福祉のマッチングを支援することの有効性を実証しており、中間支援組織の重要性が指摘される。中間支援機能は障がい者の職域拡大方策の有用な視点の一つである。 5 おわりに  「農福連携」という用語が少しずつ市民権を得てきたと感じられる。人々が生きていく上で、農業も福祉も共にかけがえのない大切な分野である。また、相互に重要視されながらも近代の都市型社会の中では、相互に出会う機会があまりにも希薄であったと思われる。双方の情報を互いに共有し、農業に就労の場を求める障がい者と担い手不足の解消を望む農家や農業法人をマッチングすることから始まった「農業分野における就労支援の取り組み」は、「出会う」ステージから障がい者を含む多様な担い手が「農を支える」ステージへと少しずつ進化している。マッチングを推進する中間支援機能をもった公的・半公的な機関や組織の役割は決して小さくないが、農家や農業法人と福祉事業所等が障がい者を主人公として、直接相手を見つけ合える仕組みづくりへと農福連携の一層の強化が期待される。 【引用文献】 1)農村工学研究所:「農業分野における障害者就労の手引き−作業事例編−」(2008) 2)農村工学研究所:「農業分野における障害者就労マニュアル」(2009) 3)片山ほか:農業分野における障がい者雇用の実態と意向−農業法人への質問紙調査から−、「日本職業リハビリテーション学会第38回抄録集」、p.100-101(2010) 4)石田ほか:知的障がい者の農作業訓練の場としての耕作放棄地の活用、「第66回農業農村工学会中国四国支部講演会講演要旨集」、p.101-103(2011) 農業分野における障がい者就労に関わる活動主体からみた 課題と対処方法  −活動場所の確保と作目選定に着目して− 〇片山 千栄((独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所農村基盤研究領域 契約研究員) 山下  仁(日本大学生物資源科学部食品ビジネス学科) 石田 憲治((独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所農村基盤研究領域) 1 はじめに 福祉から雇用への流れの中、農業分野における障がい者の就労推進のためには、農業法人等における雇用に留まらず、福祉的就労の場である障害福祉サービス事業所(以下「福祉事業所」という。)や市民活動団体など多様な活動主体のもとで実施される農作業の取り組みに注目することで、連続的な支援が可能になると考えられる。一般的に現代では、障がい者も支援者も日常的な農作業への接触機会は少ないため、多様な場面でその機会を増し、経験を重ねることで、農業に対する戸惑い、不適応などの軽減が期待でき、滑らかな就労移行が期待できるからである。 しかしながら、こうした活動の主体となる組織や団体が、農作業を活用した障がい者の訓練や余暇活動を実施するには、農家や農業法人等と異なり農業に関わる資材や専門的な知識が不足していることが多い。また、農村地域では都市的地域と比べて相対的に、障がい者の住居や拠点となる福祉事業所、活動場所となる農地などが散在しているため、農作業を行う場所への移動に困難が伴うことが多い。 そこで、障がい者福祉に関わる社会福祉法人やNPO法人などの主体が、農業分野での障がい者の活動を実施する際に、作目選定や農地等の活動場所の確保をめぐって各地域でみられた課題とその対処方法を把握・考察することを通して、支援課題を検討したので報告する。 2 対象と方法  前報告で示すように、平成21年度より農村工学研究所では農林水産省補助事業により全国各地で農業分野における障がい者就労の推進を目標とした実践的な取り組みを支援している。主に同事業の平成21年度のモデル地域での聞き取りならびに参与観察により収集した情報に基づき1)、各地域での多様な取り組みの中で訓練または余暇活動として障がい者自身が農作業体験をした活動について、作目の選定、活動場所の確保に着目して、実態を把握し整理する。また、活動場所の選定条件には、活動への参加者(障がい者、保護者、支援者等)の移動が考慮されることから、農地などの活動場所(以下「作業場」という。)と、自宅や福祉事業所、特別支援学校など参加者の日常の居場所(以下「生活拠点」という。)との関係を模式的に示し、類型的な整理を試みる。 なお、社会福祉法人やNPO法人などの主体が、農業分野での障がい者の活動を実施する場合の形態は、大別して、こうした農家等以外の主体が農業を新たに開始して取り組む場合と、農家や農業法人等との連携により取り組む場合がある2)。ここでは、前者を「参入型」、後者を「連携型」と称する。 3 事例地域の活動の実態と課題  各地域における取り組みの概要を表1に示す。 (1)作目選定について ①農作業を行った作目と内容の実態  農作業をした作目は、露地野菜、施設野菜、花卉・花苗、穀類やイモ類、果樹など、多岐にわたった。作業内容は、季節にもよるが播種や定植作業、管理(土づくり、草刈、水やり)作業、収穫作業、出荷調製作業などであった。また、栽培以外の加工や販売では、Aでの雑穀入りの餅つき、Eでの市民フェアでの販売など、イベント的に行われた。 ②作目の選定と実施主体の関係 連携型の場合は、農家や農業法人の経営作目に既定された。また、短期の実習等の際は、季節や作業の繁閑による実施時期の制約がみられた。 参入型の場合は、周囲の農家と競合せず差別化しやすい作目や農法が選ばれていた。例えば、農家からの個人的協力を抵抗感なしに受けやすいように周辺農家の作らないものを選んだり(C)、将来の地域 表1 事例地域における主な取り組み(障がい者の農作業体験)の概要(表側のアルファベットは地区名で本文と対応)  ※用語 協力農家:実習場所として生産ほ場の一部を提供した農家、遊休農地:農家が長期的に作付けしていないほ場 展開を意識して周辺農家に先駆けて試験的にイチゴ栽培を始めていた(D)。また、あえて手作業の多い労働集約的な無農薬栽培を行い、付加価値を高めようとしていた(A、C、E)。また、地域との関わりを意識したイベントを考慮した作目選定も行われていた。 これらから、参入型での作目選定には、周辺農家や地域住民との関係および取り組み主体の方向性が関わることが窺われ、目的を明確にした選定をする戦略が必要である。将来的に地元農家での就労を視野にいれた農作業訓練等ならば、地元で一般的な作目の作業を経験するのが好ましい。なお、周囲に先駆けた試みをした地区(A、D)では、普及指導員等からの農業技術面での協力が得られていた。 表2 タイプ別の作目選定の自由度と支援課題 (2)活動場所の確保 ①活動場所の実態  連携型の場合は、連携先の農業法人等の使用する農地、農業施設が就労の場となった。例えば、福祉事業所利用者による農業法人での農作業訓練(G、H)、特別支援学校生徒の農家での校外実習(F)などである。  参入型の場合は、福祉事業所内の畑や施設などの活用(A、B、D)、地域の遊休農地の借用(A、C)、公共の緑地等での作業(E)、公園の緑地管理(B、D)などがみられた。 ②活動場所の確保の経緯にみる支援課題  連携型の場合は、農地や施設を持ち、かつ障がい者の就労に理解ある農家と知り合う必要がある。事例地区で農家の協力を得るに至った経緯には、直売所出荷によるつながり、協議会(農福両分野の関係者から組織)での交流、役場を通じた協力農家の募集、支援者ネットワーク等からの情報などがあった。 参入型の場合の、遊休農地や公共の緑地等の貸借や利用に至る過程でも、農福両分野に詳しいキーパーソンの存在や活動を通じて形成された公園等の管理者とのネットワークが契機となっていた。  これらから活動場所の確保の上での、福祉分野の主体と農業関係者との交流の場の重要性がわかる。また、貸借の仲介役となる人材・組織や、借りる側への意識啓発と共に、農地や施設を貸す側への理解促進や不安軽減が必要であり、先進事例のモデルとしての提示は有効であろう。 (3)生活拠点と作業場の距離の解消 ①類型的な整理  通常、人の生活拠点と活動の場所は物理的に離れており、目的に応じて人は移動しなければならない。ただし移動は様々な負担を伴うため、両者は近接していることが望ましい。その方法は、大別して3通りであり、第1は作業場に生活拠点を近づけること、第2は生活拠点に作業場を近づけること、第3に両者が動けない場合は、交通などの移動手段により両者を近づけることである。以下では、順に「生活拠点移動型」「作業場移動型」「移動手段提供型」と称する。 表3 生活拠点と作業場の距離の解消方法 ②生活拠点移動型 農場など作業場に合わせて、障がい者の側が生活拠点を作業場の近隣に移動させる場合である。例えば、訓練先の農場の徒歩圏に障がい者が転居したり(G)、市民団体が主体となった余暇活動では、作業場付近に自己責任で集合したりした(E)。また、構想段階ではあるが、農村集落にグループホームを作るという発想も示された(J)。 ③作業場移動型 入所施設が園内や近隣に農場を確保するなど、生活拠点にあわせて、作業場を近隣に移動する場合である。入所施設では、職住接近が実現できる(A、B)。また、通所施設も近隣の遊休農地など新たな作業場所を確保していた(C、D)。また特別支援学校の校内の農園もこの型である(F)。 ④移動手段提供型  既存の農場や福祉事業所は場所を移動できないことが多く、互いの距離が遠いと送迎が不可欠となる。 福祉事業所や学校では、通所・通学用の車両と運転者を活用した送迎を実施していた(A、C、F、H、Iなど)。ただし生活拠点と作業場の往復が容易でない距離になると、運転者、車両などの資源を活かせない(福祉事業所や学校では不足する)時間帯が発生してしまった(F、Hなど)。作業場と生活拠点の距離の増加とともに、送迎に伴う車両等の確保、燃料費、人員配置や時間配分などの検討が必要である。それらが用意できないと、活動の継続に支障の生じることが予想され、何らかの支援が必要である。生活拠点、作業場、地域等それぞれによる、移動手段の提供による解決が考えられる。 ただし、通勤・通学・買い物・通院など農村部における公共交通の不足は障がい者の就労に特有の課題ではない。個人や個々の農家や福祉事業所の負担ではなく、活動する人と作業場所をつなぐしくみとしての、地域の包括的な交通システムの構築などが課題である。 4 おわりに  農業法人等以外による農作業活動の実施について、作目選定や作業場所の確保に着目して整理した。農業法人等以外が主体となる場合に不足する農業関連の資材や知識・経験・情報などは、地域にある農業関係者との交流の場などにより補っていく必要性が示された。また、作業場への移動に関しては、地域交通システムなど当事者間では解決できない課題も関わることが示唆された。 こうした課題は、分野に関わらず地域に共通した象徴的なテーマと位置づけられうるものである。農業は地域の様々な資源を活用してこそ成立する産業であり、地域の課題と農業の課題は重なり合う。障がい者の就労支援を契機に、地域の関係者が同じテーブルにつく端緒となり、地域そのものが支え手となる社会の構築につながることを期待したい。 【引用文献】 1)農研機構農村工学研究所:平成21年度障害者アグリ雇用推進事業報告書(2010) 2)片山ほか:障害福祉サービス事業所等による農業参入形態と地域の農業資源との関係、「日本職業リハビリテーション学会第39回大会プログラム・発表論文集」、p.74-75(2011) 農作業訓練を通して得られた障がい者の就労支援方法 ○坂根 勇((独)農研機構 農村工学研究所 農村基盤研究領域資源評価 統括上席研究員) 山下 仁(日本大学生物資源学部食品ビジネス学科) 石田 憲治((独)農研機構 農村工学研究所 農村基盤研究領域) 1 はじめに 障がい者の農業分野での就労を進めるためには、農業に従事したい障がい者と、作業をしてほしい農家等の双方を増やすことが様々なニーズのマッチングを進める上で不可欠である。そのための方法の一つとして、農作業の訓練(実習)の機会を作り、障がい者は農作業を、農家等は障がい者の受け入れ(雇用等)を経験することが効果的である。 しかし、農家等が障がい者の雇用を希望するときに、働いてもらえる者をどこで・どのように探し・募集するか、また、障がい者に担当してもらえる作業は何か、当該作業について訓練する場合にはどの程度の期間が必要か等、障がい者の就労に普段接していない農業分野の関係者には情報が無いことが多い。 さらに、農家等が障がい者の就労等を検討したり構想したりしても、その情報が福祉分野の関係者に適切に伝わらないことには訓練の機会の提供やましてや雇用には結びつかない。 本発表では、障がい者の自立支援を進める方法の一つとして、障がい者の農作業訓練をモデル的に実証した事例を紹介し、そこで得られた障がい者の農業分野での就労を支援する方法等について報告する。 2 農作業訓練の目的と方法  報告する農作業訓練は、農林水産省の「平成22年度障害者就労支援事業」による補助を受けて実施した取り組みの一つである。この事業は、農業分野における障がい者就労を将来に向けて推進することを目的とし、①障がい者就労の多様なモデル実証事例を成功事例として構築するとともに、②モデル実証の事例が全国に拡大していくこと(展示効果の発現)をねらいとしている。  モデル実証地区の一つ、郡山地区では「農業を活かした中山間地域(農林水産統計の用語で、農山村や山村のような傾斜地が多い地域のこと。)における障がい者の働く場の確保」をテーマに、農作業訓練等の実践的な取り組みと検討を行った(表1)。  農作業訓練は、高度に効率化した生産システムを確立している企業的な農業法人「α農園」に訓練の場の提供と訓練の受講者(以下「受講者」という。)に対する指導および訓練全般に関する意見・感想の聴取について協力を要請し、設営した。一方、受講者として参加の協力を得る障がい者については、郡山市内の就労支援組織の協力のもと、福祉施設から適当と考えられる利用者を推薦していただき、2回の訓練にそれぞれ異なる2氏の協力を得た。さらに、第1回の訓練終了後に、関係者らが同席する中間まとめを実施し、第2回の訓練の効果的実施を図ることとした。 表1 郡山地区(福島県郡山市)での取り組みの概要 (1)訓練の方法  α農園(写真1)は、施設野菜の生産と農産物加工および販売を主要事業としている有限会社である。生産は0.8ha規模のハウスで行い、ブロッコリースプラウト、豆苗(とうみょう)、かいわれ大根、イエローマスタード等の芽もの野菜や、サンチュ等の葉もの野菜、薬味用のミョウガなど多様な作物を、土壌を使わず養液栽培によって生産し、パッケージして出荷している。土地利用型の一般的な農業とは異なり、全ての作業が室内での制御された環境下で行われる。 写真1 α農園のハウス団地(一部) ハウス内で養液栽培により豆苗(上中)やサンチュ(右上)などを栽培している。写真中央は出荷用のトラック。 同農園には、養護学校生徒(高等部)の農業体験を受け入れた複数回の経験があるが、成人等向けの就業を意識した訓練は初めてである。このためと、受講者個々の農作業への向き不向きや能力が判っていないため、綿密なメニューをあらかじめ組み立てておくことは適切ではないと判断し、訓練として取り組む作業の種類や方法の選定については受講者の反応や作業の出来高を一旦観察し、結果に応じて対応することと依頼した。一般的な職業訓練の方法等に準拠する一方で、生産性が高い上に適宜の注文にも柔軟な対応を可能としている同農園が持つ農作業のノウハウや特長を活かす方法である。しかし、受講者の観察と指導に指導者等の作業時間を大幅に割く必要がある。  訓練として取り組む農作業としては、養液栽培用の育成パネル(発砲スチロール製)の洗浄や種まき、収穫残渣の処理など農園ならではの農作業に加えて、段ボール箱の組み立てなど受講者が事業所で日頃行っている作業も組み合わせることとした。これは、いたずらに待ち時間を生じないようにする配慮である。 訓練時間は、朝8時の朝礼に参加することから始まり、途中10時に15分間、お昼に1時間、15時に15分間の休憩をはさんで、午後4時までとした。帰宅のバスのダイヤに間に合うよう、終業時刻を1時間早めた以外は従業員と同じ勤務形態である。 作業環境は、ハウス内等室内での作業であることから、1年を通じて快適で、また、使用する洗浄水が手荒れしない程度に加温されるなど適切な配慮がなされている。このため、どの季節であっても、作業性や習熟度の向上に変化は無いものと想定されたが、積雪寒冷地に立地する農園での訓練であり、生活面との連携も要素として無視できないことから、積雪の無い時期とある時期の2回の訓練を設定した。受講者は1回目と2回目それぞれ2名で交代している。また、訓練の初期や終了時および節目のタイミングで、各送り出し事業所の就労支援の担当者の援助をお願いした。なお、当該援助者も農業関係の職場は初めての経験とのことである。 (2)受講者の募集および就労面と生活面の橋渡し 受講者の募集は、郡山市内を所轄する障害者就業・生活支援センターに協力を仰ぎ、市内の障害者就労移行支援事業所や就労継続支援B型事業所に推薦を依頼して行った。 募集の過程では、各福祉施設の利用者が訓練に参加できる環境を整える必要に直面した。具体例としては、朝8時の始業に間に合うように通勤する手段の確保で、特に早朝に自宅等から郡山駅に到着する手段が無いことが、受講希望者に訓練への応募をためらわせる理由となっていた。このためと事故リスクの低減等の観点から、自宅等から郡山駅までの区間を貸切自動車での対応とせざるを得なかった。農園最寄りのバス停から農園までの区間を従業員の通勤の便に乗り合わせまたは貸切自動車により対応した。この他、早朝出勤に対応した朝食の準備や健康状態の確認、出勤が困難な場合等の非常時の連絡など受講者のご家族や施設の関係者に特段の協力を頂いた。また、通勤の途上で各人が購入する等により昼食を確保した。 3 農作業訓練の実施状況 (1)第1回  平成22年12月1日から同10日の土日を除く計8日間に1回目を実施した。受講者は、就労支援組織に登録のあるA氏(男性、60歳代)と就労継続支援B型事業所の利用者B氏(男性、40歳代)の2名の参加を得た。両氏とも軽度の知的障害を有しているが、普段の働きぶりは「エース級」との評価を得ている。これは、受講者を送り出す事業所の側の「事業所としても利用者としても初めての経験である農作業を、利用者がこなせるのか不明」との心配があったことへの配慮である。  8日間の訓練では、2氏がそれぞれ別の作業を担当し、両者が連携して実施する内容は無かった。 A氏が取り組んだ作業は、豆苗の播種(種まき)、育成トレイの洗浄やミョウガの収穫作業補助(遮光シートの上げ下げ)等17種類、同じくB氏は栽培用のパネルの洗浄や設置・撤去、プールのシートの洗浄・穴あき補修や出荷時の積み込み等19種類となった(表2)。  両氏の作業の習熟については、従業員並みの作業速度になるには訓練期間では至らなかったものの、指導者らが「働き手として見込みうる」「ここまでできるようになれば、あとは時間の問題」と評価する程度に高い習熟度となった。 ただし、加齢の影響も考えられるが作業の種類によっては得手不得手があることが観察された。例えば、A氏はある程度の握力が必要な作業は特に持久力の点で苦手なようであった。一方、B氏はパネルの洗浄について、洗浄完了の判断にやや困惑していた。  コミュニケーションに関しては、両氏とも朝礼や休憩時間を含め他の従業員や筆者らと一緒に過ごしたが、なんら問題なく、また作業の連携にも支障は観察されなかった。食品として出荷する農作物を扱う上で、手指の消毒や手袋等を装着することが厳に求められるが、作業に取りかかる段に従業員から声かけがあり、遵守できた。 (2)第2回  2回目の農作業訓練は、平成23年1月20日から同28日の土日を除く計7日間実施した。受講者は、就労継続支援B型事業所の利用者C氏(男性、10歳代)とD氏(男性、30歳代)の2氏である。両氏は前出のB氏と同じ事業所の利用者で、B氏よりは障害の程度がやや重く、また、D氏は軽い自閉症の症状があり、事業所での普段の作業時等の過ごし方として「いたずら好き」とのことであった。受講者を送り出す事業所の考え方としては、1回目の想像以上の農作業の出来具合や受講者の「作業が楽しい」との感想等を踏まえ、障害の程度は軽いものの「エース級」以外の利用者の推薦となったものである。  作業は、1回目と同様に両氏別々に取り組んだが、1回目と比べて他の従業員とのペアやチームでの作業が多いという特徴があった。  C氏が7日間の訓練期間中に取り組んだ作業は、ミョウガの出荷調整(パッキングやラベル貼り、箱詰め)、ミョウガの収穫作業補助等8種類となった。同じくD氏は、豆苗の播種および収穫補助(収穫残渣の廃棄場所への搬出)、育成トレイの洗浄、準備(培地として敷く不織布の切りそろえ他)等15種類の作業に取り組んだ(表2)。 表2 受講者の農作業の取り組み状況  C氏とD氏の作業の習熟についても順調で、1回目に参加の2氏と大きな差は無かった。C氏は体力面に不安があったが、従業員とグループで行う比較的繊細な作業でより能力が発揮でき、一方「いたずら好き」とのD氏は水を触ることが好きという性格に合致したらしく、水耕栽培の様々な農作業を楽しげにこなすようになっていた。 また、当初の固さはあったもののコミュニケーションにも問題は見受けられず、ペアを組んで作業した従業員は「普段1人で行っていた作業がはかどり、楽だった」との評価であった。1人での担当作業が終わった段階で「(作業が)できました!」「まる!」と回りの従業員への報告もできるようになり、一緒に作業した以外の従業員や筆者らとも休憩時間等にコミュニケーションがとれるようになり、日に日に表情も明るくなった。 (3)就労面と生活面の橋渡し  訓練場所のα農園への通勤については、受講者が普段路線バスを利用していること、タッチ式プリペイドカードを活用したこと等により、支障なく通えた。ただ、早朝の貸切自動車の利用に際して、自動車会社から運転手への連絡の行き違いにより受講者に料金を請求する等の場面が生じたが、伴走していた筆者らが適宜対応した。  最寄りのバス停から農園までの経路については、農園の従業員の車に同乗させてもらうことが最も現実的であることが確認できたばかりでなく、受講者の健康状態の確認や挨拶等の社会性のトレーニングとしても役だった。また、通勤途上での昼食の購入等も支障は無かった。 4 障がい者の就労支援に役立つ農作業訓練  今回の農作業訓練は、受講者、指導者および関係者のいずれもが満足を覚え、それぞれの成果を得た結果となった。特に受講者が普段取り組んでいる授産作業の様子からは想像し難いほどの良い働きを見せた2回目の受講者2氏の訓練状況については事業所の全職員が交代で視察に訪れ、利用者の可能性について認識を新たにしたそうである。確かに1回目の受講者に比べると、筆者らの目にも障害の程度が重いことは判ったが、農作業の習熟度の向上や取り組み姿勢、通勤の様子等には大差は感じられなかった。むしろ体力差の方が影響が大きいと思われた。また、従業員の皆さんの働く様子も楽しさの中に個々の持ち場に真剣に向き合う姿勢が感じられ、農作業そのものが持つ働く魅力と人材の育成力を伺えた職場であった。  このような成果をもたらした要因としては、①農作物という生きものを扱う作業を徹底的に分析し、知り尽くして効率化を図っている農業経営体だからできる作業の分解・割り当ての技術であり、②個々の作業は単調ではあるが、対象が無機質でなく、生産のラインやロットの関係で1日の内でも多種類の作業を担当することになり、個々人の得意不得意をカバーできる「向いた」作業に巡りあえたこと、および③作業環境が快適性や安全性に徹底的に配慮されていること、等の点にあるのではないかと考えられる。  なお、訓練では受講生に高度な判断を求めるような作業は割り当てられなかったが、例えばB氏はミョウガシートを下ろす際に、ミョウガの芽の向きを修正することを任されていた。このように全く機械的な作業だけでなく、個々の能力に応じた作業が提供できたことも見逃せない。 5 むすび  農業と福祉の両方の分野が良好な連携の関係をむすぶきっかけとして、農作業訓練は就労に向けた現実的なビジョンを提供できると考えられる。 新規事業を立ち上げた事業主への支援に関する一考察① −地域の就労支援機関が連携して特例子会社の新規事業立ち上げを支える取り組み− ○村久木 洋一(静岡障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 豊川 真貴子(静岡障害者職業センター) 鈴木 修・水野 美知代(特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん) 岩倉 寛子(障害者就業・生活支援センターだんだん) 寺本 建(浜松公共職業安定所) 1 はじめに 障害者の就労支援において、障害者本人及び事業主の支援を行う上で、雇用、福祉、教育等が役割分担の下、ネットワークを形成することが重要になっている1)。だが、一方で作り上げたネットワークが機能しなかったり継続できなくなることも見られ2)、ネットワークの構築、維持、効果的な運用を行うことには困難さを伴う場合がある。 平成22年4月、伊藤忠テクノソリューションズ㈱が特例子会社として「㈱ひなり」を設立し、併せて静岡県浜松市に「浜松オフィス」を開設した。それに伴い、公共職業安定所(以下「ハローワーク」という。)、静岡障害者職業センター(以下「静岡センター」という。)、障害者就業・生活支援センター、第1号職場適応援助者認定法人等が連携し、長期間に渡って体系的な事業主支援を展開した。 そこで本稿では、地域の就労支援機関が連携して特例子会社の新規事業立ち上げを支えた取り組みについて紹介し、複数の支援機関が事業主に対して、長期間継続的に行う効果的な支援手法について考察する。 2 ㈱ひなりの紹介 ㈱ひなりは前述したとおり、伊藤忠テクノソリューションズ㈱が平成22年に障害者の雇用促進に向けて特例子会社として立ち上げた企業である。これまでも伊藤忠テクノソリューションズ㈱では積極的に障害者の雇用促進や職域開拓に取り組んでおり、東京本社等ではヘルスキーパーが勤務している。 ㈱ひなりではクリーンキーパー業務や、ランド リー(外部委託クリーニングの内製化)業務を行っており、現在注目されているのが、設立とともに立ち上げた農業付帯の軽作業の請負と親会社グループ会社向けの連携先生産者の農作物・加工品の販売と購入支援事業である。浜松オフィスを中心に生産農家と連携し、育苗補助や草取り、収穫補助などの業務を請け負い、作業メンバーの障害者、業務遂行援助者は地元から採用されている。 現場には第2号職場適応援助者の研修を受けた社員を配置。14人の障害者が働いている。障害種別は知的障害者10人、精神障害者4人で、知的障害者の雇用を中心に進めている。 3 ㈱ひなりを取り巻く就労支援機関の動き (1)浜松地区の就労支援機関のネットワーク状況  浜松公共職業安定所(以下「ハローワーク浜松」という。)管内で、障害者の就労支援に携わる担当者の相互理解を深め、各施設の状況や障害者の就労に向けた取り組み、抱えている問題点等について情報交換し、現状認識や情報の共有化を図ることを目的に「障害者就労支援ネットワーク会議」が開催されている。月1回、ハローワーク、障害者就業・生活支援センター、就労移行支援事業の施設、浜松市等、約20か所の関係機関が参集している。  また、浜松市では障害者雇用関連の単独事業として、相談支援事業や障害者雇用アドバイス事業を実施している。 (2)㈱ひなりの支援にかかる各関係機関の役割分担 各機関の役割分担は以下の通りである(概要については図1参照)。 図1 ㈱ひなりの支援にかかる各関係機関の役割分担 ① ハローワーク浜松  ハローワーク浜松は、㈱ひなり設立にあたり、本社を管轄しているハローワーク飯田橋での諸手続きが円滑に進むよう、情報提供を行った。  また、採用候補者に対する事業主委託訓練の受け入れ手続きの実施、採用者に対する試行雇用(以下「トライアル雇用」という。)実施の手続きを行い、求人紹介後の適応指導の一環として連絡会議に出席した。 ② 障害者就業・生活支援センターだんだん  障害者就業・生活支援センターだんだん(以下「だんだん」という。)は、浜松市、湖西市を含む静岡県西部圏域を主な活動エリアとしている。だんだんと㈱ひなりは、浜松市で平成17年4月から発足した「浜松市ユニバーサル農業研究会」の活動を通じて浜松オフィス開設前から交流があった。浜松オフィス開設に先立ち、だんだんは㈱ひなり従業員の作業指導研修を行った。現在は、㈱ひなり従業員の職場定着に向けて、生活面を中心とした支援を行っている。 ③ 特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん  特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん(以下「くらしえん・しごとえん」という。)では、第1号職場適応援助者として支援を行ったり、各種研修業務を行っている。また、全国で5機関指定されている職場適応援助者養成研修機関の一つにもなっている。  ㈱ひなりへの支援では、作業環境、指示の出し方について具体的助言を行った。またジョブコーチ支援を単独で担当し、その後のフォローアップとして支援を行っている(取り組みの詳細は、「新規事業を立ち上げた事業主への支援に関する一考察②」参照)。 ④ 静岡障害者職業センター  静岡センターでは、㈱ひなりからの依頼により、精神障害のある採用予定者に職業評価を実施し、それに基づく職業リハビリテーション計画の策定を行った。また、くらしえん・しごとえんが実施するジョブコーチ支援の支援計画を作成した。  ほかに、㈱ひなりのニーズを踏まえ、全国にある特例子会社の雇用事例を収集・提供したり、㈱ひなりの実情に合わせた雇用管理の助言を行った。また、㈱ひなりが複数の支援機関と共同して事業を進めるための各々の役割分担とスケジュールの案を作成し、関係者の同意の下、連絡会議のコーディネートを行った。 ⑤ その他  事業主委託訓練の実施については、静岡県立浜松技術専門校が担当した。 (3)連絡会議〜現在の状況 ① 連絡会議の目的 ㈱ひなりと複数の支援機関が各々の強みを生かしながら、新規事業が軌道に乗るよう定期的に参集し、現状把握と対応策の検討を図ることとした。 ② 連絡会議の開催頻度と実施内容 イ 平成22年11月(第1回目)  静岡センターから連絡会議の目的及び全体スケジュール(案)と関係機関の役割分担(案)を説明した(表1参照)。 表1 ㈱ひなりの支援計画書 また、各参集者のスケジュールを勘案し、連絡会議は火曜日15時〜17時、前半1時間は雇用管理にかかる意見交換、後半1時間は個別のケース相談を行うこととした。 ロ 平成22年12月と平成23年1月(第2回目、3回目) (3)②イのとおり、前半1時間は雇用管理にかかる意見交換、後半1時間は個別のケース相談を実施した。 雇用管理の部分では、㈱ひなりが単独で取り組んできた作業の標準化が課題として残っていることを確認し、くらしえん・しごとえんが作業現場を見学した上で、次回連絡会議において対応策を検討することとなった。 ハ 平成23年3月(第4回目) くらしえん・しごとえんより、㈱ひなり浜松オフィスの作業環境について口頭と映像により報告があり、一日の流れの中で状況を整理する必要があること、複数の支援方法が考えられることの説明があった。参集者間で検討の上、ジョブコーチ支援を行うこととなった。 ニ 平成23年4月(第5回目:ジョブコーチ支援事前打合せ) ジョブコーチ支援対象者との顔合わせ、支援目標、内容にかかる打合せ、情報共有を実施した。 4 考察 今回の取り組みについて、以下の3点から考察する。 (1)共通認識の形成 異なる機関の支援者が集まっての支援ネットワーク構築においては、「意識の共有」「目標の共有」等のステップが重要であり、共通の目標や展望こそがネットワークの活動を促進していく原動力となる2)。この共通認識を持つ際に、通常であれば口頭のみでの確認で終わってしまうことも少なくないと思われる。今回のケースでは、初回の連絡会議時に合わせて、各関係機関の役割分担や、3年後まで見据えた支援スケジュール案を作成(内容については表1参照)。それを連絡会議時に事業主やネットワークを構成する各機関に配布、提示し、共通認識を図る一つのツールとして使用した。実際に参加者からは「先のスケジュールまで見えていることや、その中で自分たちがどの役割を担えばいいかが分かりやすかった」といった意見も上がっており、共通認識を図るツールとして一定の効果があったと考えられる。 (2)全国レベルの情報収集・共有・交換 今回のハローワーク浜松とハローワーク飯田橋の動きについて、㈱ひなりからは「(ハローワーク間で)情報共有が図られていたので、手続きが円滑に進められた」との感想が上がっていた。 また、静岡センターは、全国の特例子会社の雇用事例について他地域の職業センターより情報収集する役割を担った。連絡会議では、収集した雇用事例を基にして、㈱ひなりの実情に合った雇用管理等の方法が検討された。 全国組織であるハローワーク、職業センターが、上述の役割を担うことにより、新規事業に取り組む事業主の見通しの立たない不安は軽減されたものと思われる。 地域での連携を円滑に進めるためには、他地域での支援ノウハウの提供1)や支援窓口担当者どうしの情報共有が必要である。そのためには、全国レベルの情報収集・共有・交換を行うことができる機関が機能的に動くことが重要であり、それが地域のネットワークを支え、効果的に機能させることにつながるものと考えられる。 (3)連絡会議の確実な実行  複数の関係機関が連携して支援を行う際、継続的な関わりを保つこと(ネットワークの維持)の重要性が基本であるとされているが、実際には、限られたマンパワーで、日々の業務に忙殺される中、緊急性の低い連絡会議は流れてしまうケースも少なからずあると思われる。  今回報告した取り組みでは、第1回目の連絡会議で、関係者全員が集まりやすい曜日、時間帯を明確にし、㈱ひなりのニーズに基づき連絡会議の進め方を整理していた。また、連絡会議終了時に、次回の予定と内容を確認していた。  このように、いつ、どこで、何について話し合うのかを、その都度、明確化し参集者間で共有できたことが、継続的な関わりを持てた一因だと考えられる。  今回の取り組みにおいては上述で考察した3点に加え、「ネットワークに属する機関内での支援目標の共有化(Plan)」、「各々の役割の遂行(Do)」、「連絡会議での振り返りと工夫・改善策の検討(Check)」、「改善策の実行(Action)」というPDCAの一連の流れを繰り返したことが、場当たり的な支援に終わらない、長期的、継続的な支援につながったものと考えられる。 5 今後の課題とおわりに  当初の計画では平成23年12月以降、徐々に連絡会議の回数も減らし、支援機関が徐々にフェーディングを行うこととしている。今後については、現状の課題や事業所の状況等を確認し、支援が必要なポイントを整理した上でのフェーディングを行っていくことが重要と考えられる。  今回は㈱ひなりに対して複数の支援機関が長期間継続的に行った支援について取り上げ、就業支援におけるネットワークの維持、形成について考察を試みた。単独機関の支援に限界がある中、この取組みを通じて、効果的なネットワーク形成のあり方について見つめ直し、業務に反映させていきたい。 【参考文献】 1)厚生労働省:福祉、教育等との連携による障害者の就労支援の推進に関する研究会報告書−ネットワークの構築と就労支援の充実をめざして−(2007) 2)障害者職業総合センター職業リハビリテーション部:新版就業支援ハンドブック—障害者の就業支援に取り組む方のために—,p169-180(2011) 新規事業を立ち上げた事業主への支援に関する一考察② −判断基準が曖昧な農作業における支援に関する考察− ○鈴木 修  (特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん 第1号職場適応援助者) 水野 美知代(特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん) 村久木 洋一・豊川 真貴子(静岡障害者職業センター) 1 はじめに 特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん(以下「当法人」という。)では、2007年より厚生労働大臣の定める研修として第1号・第2号職場適応援助者養成研修に取り組むと共に、地域においては静岡障害者職業センター(以下「職業センター」という。)と連携を取りながら、第1号職場適応援助者認定法人としてジョブコーチ支援事業に取り組んできている。 また、(株)ひなりは当法人の開催する第2号職場適応援助者養成研修を受けた職員を配置するなど、浜松オフィスの開設当初から関わりを持っている事業所である。 今回、 (株)ひなりへのジョブコーチ支援を実施したが、「『曖昧さ』を伴う作業指導」という視点と「地域支援ネットワークの一つとしてのジョブコーチ支援」という二つの視点から今回の支援を振り返ってみたい。 2 支援にいたるまでの経緯 先に述べた第2号職場適応援助者養成研修後もフォローアップ研修や地域における日常的な繋がりの中、事業所に出向き作業状況の見学を行った。 その際「曖昧さを伴う作業指導」が大きな課題となっており、「ジョブコーチ支援に入っていく事の必要性」も話としては出てきていたが、「立ち話」の域を出ないものであった。 そのような中、職業センターが中心となり連絡会議が立ち上がり、当法人も第一回目から参加することとなった。 (「連絡会議」については、「新規事業を立ち上げた事業所への支援に関する一考察①」参照) 会合の中では、雇用管理と個別ケースの相談とあわせ、現場における効果的なジョブコーチ支援の検討もなされ、作業スピードがなかなかあがらないAさんに対しジョブコーチ支援を実施することを全体の中で確認し、職業センターが支援計画を立て、現場支援には当法人の鈴木、水野の二人が入ることとなった。 3 支援の概略 (1)Aさんについて 23歳男性 療育手帳B 5年間一般企業への就労経験あり。作業速度の遅さを指摘され解雇となる。その後、就労移行支援事業所を経て(株)ひなりへ就職。 真面目に物事に取り組む姿勢はあるが、確認行為がやや多く、就労移行支援事業所から「こだわりが強く、作業スピードがあがらない」と伝えられる。 (2)ミニチンゲン菜の収穫作業 ①作業スピードの要求水準 コンテナ一杯(22列、144本)の収穫 一般 → 20分(8秒/本) 障害者 → 40分(16秒/本 最低基準) 「慣れるまでは1時間(20秒/本)でも可」とされていた時間に対し、Aさんは一本辺り58.4秒かかっていた。 ②作業工程と指導ポイント 工程としては、 イ 大きな葉二枚を親指と人差し指中指で挟んで抜く。 ロ 葉の悪い物(傷・穴・変色等)があれば除く。 ハ 横に倒す。 ニ カミソリを入れる位置の葉を折る。 ホ カミソリで切る(葉の数が多ければもう一枚切る)。 ヘ コンテナへ入れる。   という工程であるが、イ・ロ・ニ・ホの工程において判断に迷うことが多く、結果として時間が非常にかかってしまうという状況であった。  そこで、まず、作業工程の統一のため、全員に対し、作業手順、カミソリの持ち方、切り方、道具の配置、コンテナへの入れ方、作業上の注意点等を改めて確認すると同時に、Aさんに対しては、 ・迷いのある工程の判断基準 ・丁寧になりすぎて時間がかかってしまう部分の切り上げ方 の2点を重点的に指導することとした。 ③支援経過 (株)ひなりでは、作業に慣れておらず時間がかかる従業員に対しては、通常のコンテナの1/2の大きさのコンテナを使い葉が傷まないようにしているが、Aさんも小さなコンテナ(11列分)を使用して収穫作業にあたっていた。  Aさんに対し「一緒に作業スピードを上げられるように頑張りましょう」と具体的な支援に入っていったが、主な経過は以下の通りである。 イ 6月6日 1コンテナ目…観察(所要時間48分/11列) 2コンテナ目…介入指導(所要時間30分11列) 3コンテナ目…速さを意識させた声掛けを積極的に実施(所要時間27分/11列) この結果に対し指導を担当している職員のBさんに「凄いじゃん。自己最高記録!」と皆の前で褒められAさんは嬉しそうな顔をする。 ロ 6月9日 スピードを速くするための指導(目標1コンテナ/11列 30分以内)を伝える。 リズムを刻みペースを作れるように「①抜く、②見る、③倒す、④折る、⑤切る、⑥置く」のカウントと行為で声掛けを実施 1コンテナ目…観察。(所要時間56分)  →遅い要因は①②③⑥の確認行動が長い 2コンテナ目 …カウントと行為の声掛け(所要時間27分) 3コンテナ目…カウント中心(所要時間27分) ①〜⑥の数を意識しリズミカルに行っていけば30分以内で出来る事を伝える。 介入する前に、1コンテナ目の作業の様子の動画を観てもらい、どこで立ち止まってしまうのかを本人に説明、確認を行う ハ 6月14日 判断に迷い「無駄な動き」が多い(工程④の切り取る葉が1枚で終わらずに3、4枚折る等) 時計を置き、視覚的に終了目標時間を明示。 自分でペースを作る事ができるのかについては経過観察。 ニ 6月17日 時計の効果なし(10分〜15分オーバー) 「全体時間」から「工程時間」に意識を変更 ・全ての工程を20秒内 ・時間のかかる「駄目なものの判断に要する時間を「5秒以内」と設定 「駄目なものが混ざってしまったらどうするんですか?」と本人より質問有り。 「混ざっても次のパック詰めの人のチェックがあるから大丈夫」と答える。 →心配になる部分についてどうしても時間がかかる為、繰り返し安心材料を与えて行くことが必要 ホ 6月21日 「最初の1本」を収穫する際に指導者の声かけでペース作りを行う。 ペースが安定し、2コンテナ目も30分で終了 効率化のためにカミソリを手に持ったまま作業できるように廃棄用のチンゲンサイで練習 (カミソリが怖く一回ずつ置いていた) 結果、持ち方がスムーズになる → 3コンテナ目はカミソリを持ったまま作業するも問題なく30分で終了。 ヘ 7月2日 なめらかに手順通りの作業ができている。 時間も目標時間の30分はクリアできている。 職員のBさんより 「安定して青コンテナ(11列用)で30分以内で出来ているので問題ない。黄色コンテナ(22列用)に移行していく事を考えている。」 「日誌から本人が速くできるようになりたいという強い思いが感じられる。」との話しがある。 ト 7月7日 職員のBさんより ・黄色コンテナで45分で終了できた。 ・黄色コンテナはコンスタントに60分以内で終了出来ている。 ・「葉の数が多いから少なくする」という変更に対し指導をした時に、一時的に遅くなったことがあったが直ぐに元のペースに戻る事ができた。 ・時計での管理も自分でできている。 ・「こんなに早く皆に追いつく事ができ驚いているし、Aさんは皆の中でも速いグループに入ってきている」との報告あり。  その後、Aさんの作業状況は安定しており、最低基準とされた40分をクリアし、現在では30数分で作業を行っている。 4 支援を振り返って (1)Aさんのスピードアップの要因 ①本人の意欲と努力 ②作業分析と本人の課題の把握 ③効果的な作業指導 ④指導者の正のフィードバック の4点があると考える。 その中でも③「効果的な作業指導」の点については、 ①「時間がかかる」理由は「こだわり」なのか「迷い」なのかの見定め ②「迷い」に対する安心感の付与 ③曖昧なものは「曖昧なもの」(幅のあるもの)として教える≠「いい加減に教える」 ④曖昧なものについては「迷う時間」は一定期間必要 ⑤経験が判断の短縮化につながる ⑥しっかり見ることによる「迷い」は正確な判断へとつながる と言えるのではなかろうか。 (2)Aさんと事業所との「良い循環」 また、もう一点見落としてはならないこととして、Aさんと事業所との間の「良い循環」についてが挙げられる。 若林が「障害者に対する職場におけるサポート体制の構築過程」1)の中で「(ナチュラルサポートとは)対象者・支援先事業所間に相互の適応行動を強化するような良い循環が存在し、その循環に基づき支援先事業所の対象者に対し生じているものである」と述べているように、真面目に頑張りたいと思うAさんの思いに対し、試行錯誤を繰り返しながらもAさんの事を一生懸命に考え接している事業所。その気持ちが具体的な指導となって伝わる中、Aさんに更なる意欲が芽生えていくという状況を垣間見ることができた。 (3)地域支援ネットワーク 今回の支援の中で、Aさんの作業スピードを上げるための指導をしてきたが効果があまり出なかった事業所に対し、ジョブコーチが果たした役割は、わずかな工夫と視点を提供したに過ぎないと考える。 支援に入る前、我々ジョブコーチには「判断基準の明確さ」ということに意識が集中していた。そのため、「基準の作成」に目を奪われていた。しかし、連絡会議の中で様々な情報交換がなされる中、「曖昧なもの」についてはあえて「大体」とか「2、3枚」とか「大きい方」という伝え方をしていくというように視点が変わっていった。 この点については、就業・生活支援センターからの生活面における情報や、職業センターからのアドバイスに負うところが大きい。 5 今後の課題 (1)次の作業へのつながり 今回のAさんの支援に関して言えば、他の作業でも同じような結果が得られるのかはわからない。 しかし、今回「作業スピードがあがった」という事実が出来たことは、次のステップへの足がかりになってくれることを期待したい。 (2)他の作業への応用についての検証 当初、農作業の請負という事から「農業」というくくりの中で考えていた点もあるが、今回の支援結果だけで、「農作業」や「曖昧な作業」全般に通じるとは到底言えることではない。 今後、多くの現場支援をする中で検証されていかなければならない。 (3)支援ネットワークの構築 今さら言うまでも無いことだが、ジョブマッチングの重要性を改めて実感する結果となった。 但し、今回のように「改善方法が見つからない」という判断が本当に正しいのかどうなのかは、支援者側の「見立て」に寄るところが大きい。 自らの支援能力を高めていく事は勿論だが、自身の力量や限界をしっかりと見定め、事業所、本人を中心とした支援ネットワークを一つ一つのケースにおいて構築していくかが求められている。 6 終わりに 最近、「ジョブコーチ」という言葉の広がりは感じるが、言葉のみがクローズアップされ、「ジョブコーチ」が一人歩きをしているように思えてならない。私達としては、「ジョブコーチ」が目立たない支援が良いと思っている。 障害者の就労支援の中、共通認識、共通の目標をもった地域支援ネットワークの中で、その時々に応じた「支援主体」が絶えず流動的に動いていく、その中の一部であればと……。  また、今回、当法人としては初めて、職業センターが立てた支援計画の下に1号ジョブコーチ二人で現場支援を行ったが、同一法人内ということによる動きのスムーズさと職業センターによる客観的な視点という二つのメリットを感じることができた。 そして、今後もジョブコーチ支援の一つの形態として積極的に取り組んでいきたいと思うと同時に、職業センターと地域の認定法人との関わり方を考え、結びつきをより確かなものにしていくきっかけになることを実感した。 【引用・参考文献】 独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構:若林功、2008「障害者に対する職場におけるサポート体制の構築過程」p105 ロービジョン用就労支援機器の利用状況と改善の方向性 岡田 伸一(障害者職業総合センター 特別研究員) 1 はじめに 多くのロービジョン者にとって、拡大読書器やパソコンの画面拡大ソフトは、重要な就労支援機器・ソフトとなっている。しかし、それらの機器・ソフトの職場での具体的な利用状況に関する調査は、あまり行われていなかった。 そこで、当センター研究部門では、それら機器・ソフトの利用状況を調査し、それに基づきロービジョン用就労支援機器の改善の方向性を検討することを目的に、「ロービジョン用就労支援機器の利用状況と改善の方向性に関する研究」を行っている。 本稿は、その一環として行った、アンケート「職場における拡大読書器等の利用状況に関する調査」の結果である(主に拡大読書器に関する集計結果)。  なお、拡大読書器は、1970年代の初めに米国で開発され、日本でもほとんど同時期に開発された。欧米ではCCTV(closed circuit television)あるいはvideo magnifierと呼ばれる。その基本構成は、本や書類をズームカメラで撮影し、その画像をモニターに表示するシステムである。そして、カメラとモニターの種類や配置によって、タイプがデスクトップ型や携帯型(手持ち型)などに分かれる。さらに、デスクトップ型は、カメラ・モニター一体型とカメラ・モニター分離型に分かれ、前者には前後左右に動く資料台(X-Yテーブル)や補助光源が付属することが多い。本稿末尾に、調査の中で利用が多かった機種の概要(写真も含む)を示したので、参照されたい。 2 調査の方法 (1)対象  以下5グループの就業ロービジョン者に、調査への協力を呼びかけ、それに応じたロービジョン者(回答者)に、アンケート調査票を送付した。なお、調査票は電子ファイルとし、その送付・回収は電子メールで行った。そのため、回答者は、電子メールが利用できる人に限った。 ①独立行政法人高齢・障害者・求職者雇用支援機構実施の就労支援機器等普及啓発事業(就労支援機器等の貸し出し)の過去3年間の利用者 ②弱視者問題研究会の会員 ③国立障害者リハビリテーションセンター病院ロービジョンクリニック患者会「愛・eye・会」の会員 ④NPO法人タートル(以前の任意団体「中途視覚障害者の復職を考える会」)の会員 ⑤社会福祉法人日本盲人職能開発センター職業能力開発訓練並びに職域拡大事業の利用者 (2)時期  平成23年8月中旬から9月中旬 (3)調査内容 ①回答者のプロフィール(年齢、性別、視覚障害の状況、職種等) ②拡大読書器の利用状況(機種名、表示モード、選択理由、用途等) ③パソコンと画面拡大ソフト等の利用状況(利用パソコンのタイプ、パソコンの用途、画面拡大ソフト等の利用状況等) ④利用に当たっての工夫や配慮(拡大読書器やパソコンの配置状況、照明・採光の状況、目や身体の疲労等に対する工夫や配慮等) ⑤改良・開発要望(拡大読書器、画面拡大ソフト等に対する改良要望あるいは新規開発要望) 3 結果  32名から、有効回答を得た。 (1)回答者のプロフィール イ 年齢と性別 回答者の年齢と性別は、表1(次頁)の通りである。 ロ 眼疾患  表2(次頁)に回答者の眼疾患を示す。複数の疾患を有する場合があり、総数は40疾患となった。その中では、網膜色素変性症が多い(32名中11名)。 表1 回答者の年齢と性別 表2 回答者の眼疾患 ハ 障害等級  表3に回答者の障害等級を示す。1級から6級まで分布する。その中では、2級が多く、全体の半数を占める。また、1級も4名おり、重度者が過半を占める。 表3 回答者の障害等級 ニ 視力と視野  日本眼科医会「我が国における視覚障害の社会的コスト」調査では、良好視力(左右の眼のうち良い方の視力)について、0.1未満を「失明」、0.1以上0.5未満を「ロービジョン」としている。   表4は、この区分に従って回答者の良好視力を示したものである。なお、最低値は手動弁、最高値は0.4である。  また、表5は、回答者の良好眼の視野の状態を示したものである。「周辺部」は、輪状暗点を含む求心性視野狭窄の状態であり、「中心部」は、いわゆる中心暗点の状態である。また、「視野全体」は、周辺部から中心部にかけて視野欠損がある状態や、周辺部・中心部に視野欠損が点在する状態などである。 表4 回答者の良好視力 表5 回答者の良好眼視野 ホ 職種  職種としては、事務職が28名を占めた。事務職以外では、リハ病院の理学療法士1名、ヘルスキーパー(企業内理療士)2名、治療院経営1名となっていた。 (2)拡大読書器の利用状況 イ 利用拡大読書器のタイプ、機種等 表6に、回答者が職場で利用している拡大読書器のタイプ(デスクトップ型/携帯型)と、それらの1日の利用時間のタイプ別の平均を示す。なお、デスクトップ型と携帯型を両用している4名については、それら2タイプの合計利用時間の平均である。また、デスクトップ型利用者の中に、毎日ではなく必要時に利用している者が2名いたが、これら2名は平均利用時間の計算には含めていない。 表6 利用拡大読書器のタイプと1日の平均利用時間  表7は、複数(2名以上)の利用があったデスクトップ型の機種名と回答者数を示す。オニキスは、カメラ・モニター分離型、他の5機種はカメラ・モニター一体型である。 携帯型については、8名が利用し、アクティブビューが2名、その他(MANO、PEBBLE、QUICKLOOK ZOOM等)各1名となっていた。 表7 デスクトップ型の利用機種 ロ 選択理由 利用機種の選択理由を自由記述で回答を求めた。ここでは、利用者の多かった、クリアビュープラス、AV-100CP、オニキス及びアクティブビューについて、表9に回答内容をそのまま示す(ただし、回答していない利用者もいる)。 表8 機種の選択理由 ハ 見やすい文字サイズ(拡大倍率)と表示モード 拡大読書器のモニター上で、読みやすい文字サイズを回答してもらった。(紙に印刷したMSゴシックの「田」の文字(フォントサイズは不問)を拡大読書器のモニター画面に読みやすい大きさに表示し、田の横棒の長さを計測する。)ちなみに、10.5ポイントの田の横棒の長さは2.5ミリである。従って、読みやすい文字サイズが50ミリということは、当該ロービジョン者が一般的な文字サイズの文書処理を行うには、およそ20倍の拡大倍率が必要ということである。 結果は、表9の通りである。なお、平均で約31ミリ、最大80ミリ、最小3ミリである。 表9 見やすい文字サイズ 表10に、デスクトップ型について、最もよく利用する表示モードを示す。なお、「複数回答」とは、1つに絞りきれず、複数の表示モードを回答した場合である。それらの内訳は、4名がカラーと白黒反転、1名がカラーと白黒、残りの1名が白黒と白黒反転及び黒地に黄色であった。 表10 最もよく利用する表示モード ニ 用途等 表11に、デスクトップ型の用途を示す。具体的には、下記の16個の選択肢から該当するものを複数選択で回答を求めた。そこからは、「読む道具」としての重要性と、パソコン(ワープロ等のソフト)の普及する中で、なお「書く道具」とし ての役割を残していることがわかる。 表11 用途 ある事務処理や作業の中で、1台のデスクトップ型拡大読書器の下で、資料や書類を取り替えながら読み書きしなければならないことがある。そこで、1つの事務処理の中で、拡大読書器で読み書きする資料や書類は、最多でいくつぐらいあるのか、回答を求めた。その結果が、表12である。 表12 同時処理(1作業で参照する資料の数) 4 今後に向けて  パソコンや画面拡大ソフト等の利用状況については、時間や紙幅の制約から、本稿では報告できなかった。これらの点については、研究発表会の場で、報告したい。  ただ、上記の結果からも、以下のような、ロービジョン用就労支援機器を検討するための手がかりが得られたのではないかと考える。 ? 利用者の眼疾患として、網膜色素変性症に留意する必要がある。 ? 必要な拡大倍率(見やすい文字サイズ)は、利用者によって、大きな差がある。 ? 拡大読書器の表示モードは、カラー/白黒/白黒反転が基本で、他の色の組み合わせはほとんど利用されていない。 ? パソコンの利用が進んでも、拡大読書器による書字のニーズがある。 ? デスクトップ型拡大読書器には、省スペース、あるいは可搬性(自分のデスクから会議室等への移動)のニーズがある。 ? 1台のモニターで拡大読書器とパソコンのモニターを兼用したいニーズがある。 謝辞 上記調査にご協力いただいた関係団体、企業の関係者、そして回答者の皆様に厚くお礼申し上げます。 ドイツにおける視覚障害者の雇用支援サービスの現状と課題 −文献調査の結果を中心として− 指田 忠司(障害者職業総合センター 研究員) 1 はじめに 障害者職業総合センターでは、平成23、24年度において「視覚障害者の事務系職種での企業内における職域拡大の取り組みに関する研究」を実施しているが、その一環として、海外先進国の状況に関する文献情報の収集を行っている。 本発表では、これまでの文献調査の結果をもとに、ドイツにおける視覚障害者のための雇用支援サービスの現状を概観するとともに、視覚障害者の雇用・就業機会の拡大に向けた課題について報告する。 2 主要文献の概要 文献調査では、各国の関係団体が発行する専門誌や調査報告を収集した他、関係団体のウェブサイトの検索を行い、関係情報を収集したが、本稿では、主に以下の二つの文献を参照しながら、ドイツの現状を紹介する。 (1)EBUの調査報告 EU(欧州連合)加盟国を中心とする、ヨーロッパ各国の視覚障害関係団体が加盟する国際NGO(非政府組織)の一つに、EBU(欧州盲人連合)という団体がある。この団体が、EUとRNIB(英国盲人協会)からの基金をもとに、2008年〜2009年にかけて、スウェーデン、ドイツ、ルーマニアの3カ国を対象とする調査を実施した。その主な目的は、欧州各国における視覚障害者の労働力率が20%〜60%と低いことから、その原因分析と、経済的自立を支援する上での課題を見出すことであった。 この調査では、各国の就業支援サービス提供専門家に対するインタビュー調査を軸として情報を収集し、その結果を分析している。ドイツについては、連邦労働社会省、連邦雇用機構、職業訓練校の担当者、視覚障害者団体の役員などに面接調査を実施し、その結果を分析している1)。 (2)DVBSの専門誌 ドイツには、上述のEBUに加盟する複数の視覚障害者団体があるが、その一つに、DVBS(Deutsche Verein der blinder und sehbehinderter in Beruf und Stidium: ドイツ視覚障害学生・職業人協会)がある。この団体は、第1次大戦中に設立されたもので、高等教育修了者を中心とする自助組織である。DVBSは、ヘッセン州マールブルグに本部を置くが、この町には、ドイツの視覚障害者の高等教育の中心とされてきたBLISTA(Deutsche Blindenstudienanstalt : ドイツ盲人高等教育施設)があり、両団体が提携して、視覚障害者の高等教育と、その後の就業上の課題について取り組んできた。両団体が共同発行する専門誌「horus」(季刊)では、視覚障害者の教育、職業、福祉、最近では障害者の権利に関する条約、情報アクセス、バリアフリーなどの課題について特集を行っており、その一つとして、最近における雇用・就業問題に関する特集がある2)。 3 職業教育・職業訓練の状況 (1)大学教育修了者の職業 ドイツにおける視覚障害者教育の基本は分離教育であったことから、各州に盲学校が設置されており、多くの場合、初等教育課程は、地域の盲学校で行われている。そして、高等教育を希望する視覚障害者の多くは、マールブルクのBLISTAに設置されたカール・シュトレール学校(Carl Strehl Schule: 盲人向けギムナジウム)で学び、大学入学資格(Abitur)を取得するのが一般であった。 こうした伝統に対して、1980年代からは一般のギムナジウムで学ぶ視覚障害者の例も見られるようになり、いわゆる統合教育も徐々に進んできている。 大学入学資格を取得した視覚障害者は、基本的には全国どの大学にも進学することができるが、視覚障害者のための勉学環境の整備されているマールブルク大学への進学者が多いという。大学では、法学、教育学、心理学などの専門分野を学び、それぞれの専門分野に応じた学位(Diploma)を取得し、大学教育を修了する。 大学教育を修了した視覚障害者は、それぞれの専門領域に応じた仕事に就いているが、伝統的に多数の視覚障害者が従事する仕事としては、裁判官、行政官などが挙げられる。これは、第1次大戦における失明将校に対する高等教育の継続と、社会の指導層への復帰策として始まったが、その後、長年にわたる関係者の努力によって、多数の視覚障害者が従事する職業となったものである。 しかし、1980年代からは、BLISTAの中に、経済、社会福祉、コンピュータなどの専門教育を行う専門学校(Fachschule)を設置するなど、大学進学によらない専門分野の職域開拓を目指すようにもなった3)。 最近のBLISTAでは、12年生(最終学年)の半年間、BOSS(視覚障害学生のための職業オリエンテーション)というプログラムがあり、職業教育、単科大学での体験授業、2週間のインターンシップなどのプログラムが始められている。インターンシップ先としては、ドイツ連邦銀行なども含まれている。 (2)職業訓練校における教育と訓練 大学などの高等教育機関に進学しない視覚障害者の場合には、若年視覚障害者(18〜25歳)に対する職業訓練を行う職業訓練校であるBBW (Berufsbildungswek)があり、ここでは、学科教育を主とする職業専門学校(Berufskolleg)と提携したデュアル・システムによる職業訓練が行われている。 こうしたBBWは、ゾースト、ケムニッツ、シュトゥットガルト、ニュルンベルクの4箇所にある。その一つ、ゾーストの訓練校の場合を紹介する。 ・同校は、LWL(ヴェストファリァ・リッペ広域サービス公社)が連邦予算の下に運営しており、定員200人、指導員などのスタッフ110人余、訓練期間は2〜3.5年である。 ・デュアル・システムの下では、訓練生は、学科を学ぶために職業専門学校に通いながらBBWでの訓練を受講するが、毎週1日だけBBWでの訓練を受ける方法と、1年に2回、BBWで6週間の集中訓練を受ける方法がある。 ・訓練科目としては、商業事務、金属加工、家事作業、手工芸があるが、近年の主流は、パソコンと電子ネットワークを活用した事務系職種になっている。訓練生には1人1台のパソコンが用意され、Microsoft Office を活用している。訓練では、ECDL(欧州コンピュータ操作免許)の取得が目標とされている。 ・なお、職業専門学校にはフルタイムの課程もあり、そこで学んだ者は、上級の専門単科大学や総合大学に進学する道が開かれている。 (3)職業リハビリテーションセンター 中途視覚障害者に対してリハビリテーション訓練と職業訓練を提供する施設として、職業リハビリテーションセンター、BFW(Berufsforderungswerk)がある。 ドイツ国内には、デューレン、ハレ、マインツ、ビュルツブルクの4箇所にBFWが設置されており、いずれも全寮制の訓練施設である。BFWでは、失明に伴う新たな生活に向けたリハビリテーション訓練の他、BBWと同様の職業訓練課程が設けられている。 こうしたBFWを中心として、視覚障害者就業ネットワークを形成し、ホームページ上で、63の職業資格について、その訓練、就職先などに関する情報を提供している。 なお、筆者は、1991年に、ビュルツブルクの施設を訪問したが、その定員は200人、ビュルツブルク近郊またはバイエルン州出身者だけでなく、北ドイツの視覚障害者もここで訓練を受けていた。当時、このセンターでは、パソコンを活用した訓練の他、医学用語学習のためのラテン語の基礎教育なども行われていたが、これは、マインツの施設に開設されているマッサージ師の訓練課程に入るために、医学用語の基礎を習得するためのものである。中途視覚障害者の中には、さまざまな教育歴の者が含まれていることから、このような課程が職業訓練の前提として設置されたのである。 (4)職業訓練の課題 上記のように、ドイツでは、専門的職業を目指す視覚障害者のための高等教育機関の他、BBWとBFWがそれぞれ4箇所ずつ設置され、それらを中心に視覚障害者の職業教育と訓練が行われている。 EBUの報告では、こうした設備と、サービス提供システムは、ドイツにおける視覚障害者の訓練ニーズに十分応え得るものと評価している。また今後の課題として、就職後の職場定着率の向上を図ることとともに、ゾーストのBBWと職業専門学校が行った調査を引きながら、職業訓練のメインストリーム化(視覚障害者の一般訓練校への参加)が必要だとしている。 4 まとめにかえて −職域拡大に向けた取組  上記のことからわかるように、ドイツにおいても、視覚障害者の職域拡大を進める上で、パソコンとネットワークの活用は大きな課題となっている。その意味で、今後、視覚障害者が使う情報補償機器(画面読み上げソフトを含む)の開発と応用が更に進展することが期待される。 こうした技術的進歩とともに、企業における就労経験を積むことによって、将来必要な職業上のスキルや課題を認識する場として、視覚障害者に対してインターンシップの機会を提供することが重要である。このことは、視覚障害者の能力と適性を見極める場として、企業関係者にとっても重要と考えられる。 また、職域拡大の取り組みには、社会情勢の変化に対応することも必要である。2006年の一般均等待遇法の制定を踏まえ、保険業界が障害者を対象とする保険商品を開発した結果、そこに、当事者である障害者が保険専門教育を受けて、保険加入や相談窓口で働く事例が出てきており、これが新たな事務系職種として注目されている。 他方、医療事務の他、新たに、医療触診士という訓練科目を設けたBFWもあるなど、欧州諸国でも視覚障害者の伝統的職種として位置付けられるマッサージや理学療法以外にも、医療分野への参入が見込まれる新しい職種の開発が行われていることが注目される。 【参考文献】 1) Reid F., Simkiss P. : The Hidden Majority - A study of economic inactivity among blind and partially sighted people in Sweden, Germany and Romania, RNIB, (2009) 2) "horus" 2010-nr2, pp.65-76 (2010) 3) ショラー・H.(泉晶子、指田忠司共訳) : ドイツにおける盲人高等教育70年の歩み「視覚障害」№89(1987.05),pp.5-14 (1987) 障害のある中高年齢従業員の加齢に伴う就業上の支障と対策 −特例子会社における配慮と工夫の実態− ○沖山 稚子(障害者職業総合センター 主任研究員) 佐渡 賢一(中央労働委員会事務局総務課広報調査室/前 障害者職業総合センター *2011.3まで) 1 はじめに  障害のある従業員が長期勤続することで、加齢に伴う就業上の支障(作業処理への影響、家族の超高齢化などによる生活の支えの消滅など)の課題を懸念する事業所は少なくないと予想される。 こうした問題意識から、発表者は中高年齢の障害者の採用や雇用継続に焦点を当て、障害の種類を限定せずに、事業所郵送調査や訪問等による聴き取り調査を実施し、中高年齢障害者の雇用の実態把握に取り組んでいる。 2008〜2009年には、障害のある中高年齢従業員の就業の実態と従業員の高年齢化に対する事業所の配慮等の実施状況について調査研究を行い注1)、その結果をふまえて2010年度には、特例子会社41社に対して、具体的な配慮と工夫に焦点を当てた聴き取り調査を通して事例を収集した。本発表では、この2010年調査で明らかにできた事業所における配慮と工夫の状況を概観するとともに、その特徴点、活用の可能性について考察する。 2 特例子会社(主として設立20年以上)における配慮と工夫を調査した趣旨 (1)先行研究の限界を補う視点 上述の2008〜2009年研究では、障害のある中高年齢従業員の就業の実態について、様々な側面を明らかにした。その一つが障害のある従業員が高齢化することで就業継続に支障をきたすことへの対処の存在と重要性であった。効果的で興味深い事例に接することができたが、更に事例を蓄積する必要があることも痛感した。そこで、この点に焦点を当てて、現場における取り組みを収集し、整理、分析した結果注2)が、本発表である。 (2)設立20年以上の特例子会社を対象とした理由 聴き取り対象は主として設立20年以上の特例子会社とした。初期に設立された特例子会社は、既に30年近くが経過しており、長期勤続の中高年齢従業員がいると考えたためである。障害者雇用において歴史を経ているモデル的事業所である点からも、豊富な事例の収集ができると期待した。 3 聴き取り結果の概要 41の特例子会社注3)の聴き取り調査から、多様な障害種類の従業員60名(表1)について就業上の支障と対応状況について確認できた。 表1 収集事例(60名)における障害の時期と種類 聴き取りを通して収集できた配慮や工夫は、作業現場におけるシステムや機器の改善、人的支援とともに、休憩取得への配慮、キャリア形成、健康管理等多岐に及んでいた。それらの対応を類型化し、障害種類とともに整理したものが表2である。本発表では個々の配慮の内容よりは、その特徴点に着目して考察を行う。 (1)発生した支障への対処と他部署への波及 まず、ある従業員に対する配慮や工夫が他の従業員、他の部署へも拡がっていった事例が確認できた。その結果、調査時点においては必ずしも特定の従業員に向けたものとはなっておらず、事例によっては、加齢に伴う就業上の支障に向けられたものであるとの意識も薄れていた場合もみられた。 (2)加齢に伴う支障の発生を遅延させる効果 上述の波及の結果、配慮や工夫の実践が加齢に伴う支障の発生を遅延ないし回避する効果をあげていることを認めることができた。上に触れたような配慮や工夫として特別に意識されていない職場におけるルール、システムや設備についても同種の効果を通して、調査対象事業所において多数の長期勤続従業員が支障なく勤務できていることに繋がっている、との視点を得た。  例えば、表2のイ(2)の「休憩取得の徹底」があげられる。調査対象事業所中の数社で、職場が決めている定期的な休憩時間においては、工場内の電気が一斉に消されたり、チャイムが鳴るなどして休憩時間であることが職場に周知され、従業員が自分の持ち場を離れて一斉に移動するよう習慣づけられるなどしていた。休憩時間にきちんと休憩することの積み重ねが、就業の継続にプラスの効果をもたらしていると考えられる。 表2 加齢による就業上の支障に対する対応一覧 (3)処遇の変更を伴う就業継続等 その他、本発表では詳述を避けるが、労働時間の変更等処遇の変更を伴う形での就業の継続が図られている事例、加齢に伴う就業上の支障が持続している事例も多く収集している。 3 おわりに  特例子会社の聴き取り調査結果から、当たり前のことや軽微な留意を日々集積することが重度障害のある従業員の加齢に伴う就業上の支障の発生を遅延、軽減していることが浮き彫りになった。 就業上の支障が発生し問題解決のための対処が、他部署にもおよび、他の従業員の加齢による機能退行及びそれに伴う就業上の支障の発生を遅延、予防できるとの視点を得た。 この調査の結果が雇用継続に不安を感じている事業所、加齢に伴い就業上の危機を懸念する障害のある従業員とその関係者に活用されれば幸いである。 なお、聴き取りにご協力頂いた事業所は、①障害者雇用の歴史が長く、②事業所単独で雇用支援に取り組み、ジョブコーチや就労支援センターを利用したことがない所がほとんどである。障害のある従業員の加齢に伴う就業終盤期の課題を、事業所のみで負うことの負担は大きいと窺えるので、今後は、近年充実のみられる就労支援ネットワーク(医療、福祉、教育、職業等)の活用も視野にいれた対応が必要であることもつけ加えておきたい。 【注】 注1) 高齢・障害者雇用支援機構:調査研究報告書№97「高齢化社会における障害者の雇用促進と雇用安定に関する調査研究」、2010 注2) 高齢・障害者雇用支援機構:資料シリーズ№62「障害のある中高年齢従業員の加齢に伴う就業上の支障と対策に関する調査研究?特例子会社(主として設立20年以上)における配慮と工夫-」、2011 注3) 調査事業所の業種は次のとおりである。また、社員寮の設置を確認できた事業所は11社あった。 業種 サービス業 製造業 小売業 事業所数 25 15 1     それぞれの業種の作業種目は以下のとおりである。 サービス業:自動車車体整備業、造園、警備、清掃、情報処理(データ入力を含む)、銀行事務代行、事務代行受託(アウトソース)、時計販売・修理、事務処理代行、人材派遣、リサイクル、社内売店、保険代理店、クリーニング、印刷、食品加工、測量、測量コンサル、教育 製 造 業 :電子部品組立・製造・検査、自動車部品組立・製造、電気機器・製品組立、AV機器組・製造、変圧器関連部品製造、食品製造・加工、はかり、精密機器製造 小 売 業 :CD・DVD・書籍・雑誌の販売    【参考文献】 1)高齢・障害者雇用支援機構:「第16回職業リハビリテーション研究発表会論文集」、2008、p116 2)高齢・障害者雇用支援機構:「第17回職業リハビリテーション研究発表会論文集」、2009、p184 改正障害者基本法4条2項「合理的配慮」の裁判規範性 清水 建夫(働く障害者の弁護団/NPO法人障害児・者人権ネットワーク 弁護士) 1 障害者権利条約の批准と障害者基本法の改正 (1)障害者権利条約の採択・発効と日本政府の署名 21世紀の重要な人権条約として、国連総会で障害者権利条約(以下「本条約」という。)が2006年12月13日に採択され、2008年5月3日に発効した。政府(当時福田康夫内閣)は、2007年9月28日に本条約に署名したものの、まだ締結に至っていない。政府は本条約批准にあたり、国内法制の整備が必要であるとして障害者基本法の改正作業に着手した。 (2)障害者基本法の改正 政府(当時菅直人内閣)は2011年4月22日「障害者基本法の一部を改正する法律案」を国会に提出し、衆議院において一部修正の上、同年6月16日全会一致で可決され、同年7月29日参議院において全会一致で可決・成立し、同年8月5日に公布・施行(一部を除く)された(以下「改正法」という)。なお、改正法の成立に際し、衆議院・参議院においてそれぞれ附帯決議がされている。 2 本条約の速やかな批准を (1)障害者基本法改正の提案理由 村田蓮舫内閣府特命大臣(後に細野豪志に担当替え)は障害者基本法改正の提案理由を次のように述べている。 「障害者基本法の一部を改正する法律案につきまして、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 障害者の権利に関する条約の発効等の障害者の権利の保護に関する国際的動向等を踏まえ、すべての国民が障害の有無によって分け隔てられることなく相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現するため、障害者の自立と社会参加の支援等のための施策を推進することを目的として、本法律案を提出する次第であります。」 (2)日本政府国連代表部のステートメント 2011年9月7日木村徹也公使は本条約第4回締約国会議に日本政府国連代表部として出席し、ステートメントを次のとおり述べた。 「議長、そしてご列席の皆様、日本政府代表部は障害者の権利条約の第4回締約国会議に署名国として参加することを光栄に感じています。5年前に私たちは総会において、本条約をコンセンサスで採択いたしました。それ以来、障害者の人権と基本的自由の促進と保護に向けての努力を法的枠組みの中でしてまいりました。日本は条約交渉に積極的に参加し、2007年に署名を行いました。そして日本は今、締約に向けての準備を行っています。今日、この機会に、日本がこの数年において実施してきた積極的な施策について皆様と共有したいと存じます。」(長瀬修訳。以下略) 批准に向け日本政府も本格的に取り組んでいることを締約国に誓明した。締約国会議に出席して発言の機会をもたせてもらった日本政府にもはや後戻りの選択肢はない。 (3)日本は障害者の権利保障において著しい後進国 国連総会が本条約を採択して5年が経過する。発効してからも3年6ヵ月。日本政府が署名してから4年3ヵ月。この間すでに103ヵ国が批准している(2011年7月27日現在)。世界有数の経済大国を自認し、先進国を自認するわが国は、企業保護を優先させ、障害者の権利保障の面においては著しい後進国であることが悲しいかな現実である。最低限のこととして、まず速やかに本条約を批准するべきであろう。改正法において新設された「国際的強調」(5条)「国際協力」(30条)の規定からしても本条約の批准は日本国の義務である、と言える。 3 条約締結の要件、条約は法律より上位の法源 条約締結の要件について憲法の代表的教科書である芦部信喜著、高橋和之改訂「憲法」(第五版、2011年3月岩波書店)は次のとおり記述している。 「条約とは、文書による国家間の合意を言うが、この条約の締結は、内閣の権能とされている(憲法73条3号)。内閣の条約締結行為は、内閣の任命する全権委員の『調印』(署名)と内閣の『批准』(成立した条約を審査し、それに同意を与え、その効力を最終的に確定する行為。文書で行う。)によって完了するのが原則である。」「しかし、内閣が条約を締結するには、『事前に、時宜によっては事後に、国会の承認を経ることを必要とする』(73条3号)。この国会の承認は、国内法的かつ国際法的に、条約が有効に成立するための要件である。」(同書303〜304頁)。 条約は国内法の上位の法源として国内法を拘束する。 「条約は公布されると原則としてただちに国内法としての効力をもつが、その効力は通説によれば憲法と法律の中間にあるものと解されている。」(同書13頁) 本条約が批准されると本条約はただちに国内法としての効力をもち、憲法と法律の中間に位置し、障害者基本法の上位の法源として同法を拘束するとともに補完する。 4 障害を理由とする差別の禁止と合理的配慮 (1)本条約 ①本条約2条は差別と合理的配慮について次のように定義している(条約の訳文は日本政府仮訳による)。 「『障害を理由とする差別』とは、障害を理由とするあらゆる区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のあらゆる分野において、他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を認識し、享有し、又は行使することを害し、又は妨げる目的又は効果を有するものをいう。障害を理由とする差別には、あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む)を含む。 『合理的配慮』とは、障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。」 ②本条約5条「平等及び差別されないこと」の1項・2項は次のように規定している。 「1 締約国は、すべての者が、法律の前に又は法律に基づいて平等であり、並びにいかなる差別もなしに法律による平等の保護及び利益を受ける権利を有することを認める。」 「2 締約国は、障害を理由とするあらゆる差別を禁止するものとし、いかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な法的保護を障害者に保障する。」 (2)改正法4条 4条(差別の禁止)1項・2項は次のとおり規定している。 「1 何人も、障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない。」 「2 社会的障壁の除去は、それを必要としている障害者が現に存し、かつ、その実施に伴う負担が過重でないときは、それを怠ることによって前項の規定に違反することとならないよう、その実施について必要かつ合理的な配慮がされなければならない。」 改正法2条2号は「社会的障壁」につき「障害があるものにとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう」と定義している。 (3)本条約と改正法第4条2項の関係についての細野豪志内閣府特命担当大臣の答弁 平成23年7月28日に開催された第177回国会参議院内閣委員会第14号において細野大臣は次のとおり答弁し、改正法第4条2項はまさに条約の趣旨を法令上認めたものであることを明言した。以下議事録14号による。 「○岡崎トミ子君 この改正法4条2項の規定は、障害者権利条約の合理的配慮を踏まえたものだというふうに考えてよろしいでしょうか。」 「○国務大臣(細野豪志君) 御質問をいただきましたとおり、合理的配慮をしないことが差別であるという障害者権利条約の趣旨を踏まえて、今改正案では4条2項でそのことを定めております。具体的には、障害者に対する差別その他の権利利益を侵害する行為を禁止する観点から、社会的障壁の除去の実施に伴う負担が過重でないときは、その実施について必要かつ合理的な配慮がなされなければならない旨を規定をしておりまして、まさに条約の趣旨を法令上反映をした形になっております。この合理的配慮の具体的内容について ですけれども、今後、障がい者制度改革推進会議差別禁止部会におきまして、障害者に対する差別の禁止にかかわる法制を検討しているところであり、その中で、より前向きな形で進められるべきであると考えておるところでございます。 (4)差別禁止法の制定 本条約に忠実に差別禁止法を制定する必要があるが、批准をすれば本条約は国内法に優越する法源としての効力を有するので、本条約の批准を先行し、その後に本条約に忠実に国内法を再整備するべきである。 5 改正法4条2項「合理的な配慮」の裁判規範性 (1)改正法4条1項について 同項は「何人も」として、あらゆる人に差別その他の権利侵害を直接禁じている。国や地方公共団体のみに対する単なる施策義務づけ規定ではない。 (2)改正法4条2項について ①社会的障壁の除去を必要としている障害者が現に存し、②その実施に伴う負担が過重でないのに、③必要かつ合理的な配慮を怠るときは、4条1項の差別その他の権利侵害に該当することを明確にした。 (3)裁判規範性 以上から4条1項・2項は当然裁判規範性を有する。 2項が述べる「合理的な配慮」を怠った場合は、障害を理由として差別したことになる。差別その他の不利益を被った者は、不利益をつくり出した国や地方公共団体や事業主を被告として差別行為の差し止めや、エレベーターや車椅子トイレの設置を求める訴訟を提起したり、また、受けた権利侵害につき損害賠償請求をすることができる。緊急の場合には差止めや工事実施の仮処分決定を求めることもできる。  6 本条約に忠実でない改正法18、19条 (1)本条約27条「労働及び雇用」 ①本条約27条はまず冒頭で「締約国は、障害者が他の者と平等に労働についての権利を有することを認める。この権利には、障害者に対して開放され、障害者を受け入れ、及び障害者にとって利用可能な労働市場及び労働環境において、障害者が自由に選択し、又は承諾する労働によって生計を立てる機会を有する権利を含む。」とし、締約国に障害者に対し平等で自由な労働権を保障することを求めた。 ②更に本条約27条は締約国が講じなければならない具体的な措置として(a)〜(k)の11項目を明記している。 (a) は、あらゆる形態の雇用に係るすべての事項(募集、採用及び雇用の条件、雇用の継続、昇進並びに 安全かつ健康的な作業条件を含む。)に関し、障害を理由とする差別を禁止した。 (b) は、他の者と平等に、公正かつ良好な労働条件(例えば、均等な機会及び同一価値の労働についての同一報酬)、安全かつ健康的な作業条件(例えば、嫌がらせからの保護)及び苦情に対する救済についての障害者の権利を保護することを求めた。 (i)は、総則としての2条とは別に、各論として職場における合理的配慮の提供を求めた。 (2)「多様な就業の機会の確保」にひそむ危険 改正法18条は改正前15条に、改正法19条は改正前16条にそれぞれ該当する。改正法は条約27条が締約国に求める障害者の「労働についての権利」については一言も触れていない。19条3項には障害者雇用は経済的負担であるとする負の思想を障害者に関する基本法にそのまま残しており、条約の精神は労働・雇用に関しては全く反映されていない。それどころか18条1項は「国及び地方公共団体は、障害者の多様な就業の機会を確保するよう努めるとともに、個々の障害者の特性に配慮した職業相談、職業指導、職業訓練及び職業紹介の実施その他必要な施策を講じなければならない。」とした(アンダーラインは改正部分)。また、19条2項は「事業主は、障害者の雇用に関し、その有する能力を正当に評価し、適切な雇用の機会を確保するとともに、個々の障害者の特性に応じた適正な雇用管理を行うことによりその雇用の安定を図るよう努めなければならない。」とした。 (3)非正規雇用の主流化、原則化 ①「障害者の多様な就業の機会を確保する」「個々の障害者の特性に配慮した職業紹介」「個々の障害者の特性に応じた適正な雇用管理」は、一見障害をもって働く労働者に配慮した規定に見える。しかし、小泉純一郎内閣の時代に、政府・経済界は総合規制改革会議あるいは経済財政諮問会議を利用し、「多様な働き方」「雇用・労働の規制改革」の名のもとに企業にとり、安上がりで契約関係を打ち切りやすい労働法制を次々とつくり、拡大した。労働契約形態について多様なメニューが用意されれば、企業の側はコストが少なく、契約関係を打ち切りやすい契約形態を選ぶのは自然の理である。現実に一般の労働市場で正規社員が大幅に減少し、パート、有期契約、嘱託、派遣、請負の非正規雇用形態が著しく増加した。 ②厚生労働省が監修した事業主向けの「障害者雇用ガイドブック」には、旧労働省時代から一貫して1ヵ月、6ヵ月の有期契約でも、日々雇用される労働者でも「1年を超えて雇用されると見込まれる労働者」であれば「常時雇用される労働者」にカウントするという取扱いを明記してきた。労働市場全般で非正規雇用が増大するはるか前からである。障害者雇用促進法の「常時雇用される労働者」というのは言葉の素直な解釈として正規雇用(期間の定めのない契約)を指していることは明らかである。厚生労働省(旧労働省)自ら障害者を不利な雇用契約で固定化させるもので、国による障害者差別である。有期契約の労働者は更新されるか否かの不安のなかで働き、更新されてほっとするのが関の山である。昇給はほとんどなく、退職金もない。ほとんどの障害者は著しい低賃金で働かされている。さらに政府(麻生太郎内閣)は2008年12月短時間労働者を0.5人分の実雇用にカウントする法改正を行い、2010年7月より実施した。このことにより障害者雇用においては非正規雇用が主流となって原則化し、障害者は事実上低賃金での劣悪な条件が固定化される。これは条約27条が求める「他の者と平等」に反し、「雇用の条件」「雇用の継続」の差別に該当する。 7 事業主が障害の特性に応じて行うべき最低限の配慮 (1)事業主のためのQ&A集 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の「はじめからわかる障害者雇用—事業主のためのQ&A集」(2010年10月改訂)26〜37頁に事業主が配慮すべき事項が記述されている。これらは障害者基本法改正前からの記述であって、およそ人を雇用する場合の基本であり、最低限の配慮である。この程度の配慮は事業主にとり何ら過重な負担ではなく、配慮を必要とする障害者が現に存在するにもかかわらず、これら配慮を欠くことは即差別に該当する。参考としてQ&A集に記述されている配慮につき以下紹介する。 (2)職場の安全配慮義務 職場の安全配慮は、障害のある社員を雇用する場合に限ったものではなくすべての従業員に対し事業主が当然に負う義務である。障害のある社員を雇用する場合は、それに加えて障害特性に応じた配慮義務が求められる。 ①作業機械の改善 ②職場の環境整備 ③緊急時の避難経路や連絡体制の確認 ④主治医や支援者との連絡体制の確認 ⑤通勤経路、就業時間などの配慮 ⑥労働安全教育 とりわけ知的障害者の安全対策には、分かりやすい具体的な労働安全指導が不可欠であり、現にそれを怠ったため死亡事故などの重篤な労災事故が発生している。 (3)障害特性に応じた職場改善 ①肢体が不自由な社員を雇用する場合 ア 職場の必要な箇所のバリアフリー化が不可欠である イ バリアフリー化の箇所と内容 a 玄関などの出入り口 ・車椅子使用者には段差解消のためのスロープなどを設置する ・簡易スロープ(携帯スロープ)設置の方法もあ る ・車椅子を使用していない下肢障害者の場合、段差の大きい場所に踏み台や手すりを設置する b 出入り口と扉 ・扉が開き戸よりも引き戸の方が望ましいことがある c トイレ・洗面所 ・介助が必要でない労働者には手すりを付ける ・車椅子使用者にはトイレスペースの横幅を広くとる必要がある ②視覚障害のある社員を雇用する場合 ア 全盲の人でも歩行訓練を行うことによって、自力で歩行したり公共交通機関を利用したりすることができる。また、初めての場所でも数回練習することで自力で移動することができる。 イ 視覚障害者用の支援機器を使えばパソコンを使った職務への対応が容易になる。拡大読書器、画面拡大ソフト、画面読み上げソフト、OCR(光学的文字読み取りシステム)など。 ③聴覚障害のある社員を雇用する場合 ア 一人ひとりの聞こえにくさに応じたコミュニケーション方法を聴覚障害のある社員と一緒に考える。「聴覚障害者」といっても、「全く聴力を失っている人」「小さい音が聞こえにくい人」など様々である。さらには障害が起こった年齢や受けた教育などの違いによって、聴力だけでなく話す言葉の明瞭さや読み書きの能力にも大きな差が生じる。まずは、どのようなコミュニケーション方法がよいのか、その社員に確認することが大切である。基本的なコミュニケーション方法としては、筆談、口話、手話、電子メールなどがある。  イ 聴覚障害は、「聞こえない」「聞こえにくい」ということだけでなく、そのことによって情報が不足しやすい「情報障害」ともいえる。情報を保障することが大切である。 ④腎不全のため、透析治療を受けるようになった社員がいる場合 ア 状態を正しく理解し、体調に留意した職場環境や勤務体制を考える。 イ 就業時間の調整 血液透析を行っている場合は、週3〜4回程度通院による治療を行う必要から、「短時間勤務」「フレックスタイム」「早退」「透析日の残業免除」などの配慮が必要となる。 ウ 職場環境 一般に、高温の環境では発汗による脱水が腎機能に悪影響を及ぼすといわれている。また、寒冷な環境も感冒などにより腎不全の進行の要因となる。 エ 全身的な体力低下を伴っていることが多いので、重労働を避ける。 ⑤ペースメーカーを装着するようになった社員がいる場合 ア 状態を正しく理解し、なるべく心臓に負担のかからないような業務内容を心がけるようにする。 イ 高エネルギーの電磁波を出す機械には近づかない注意が必要。 ウ 過労にならないような注意が必要。 ⑥てんかんの社員がいる場合 ア てんかんとは脳の病気である。 イ 服薬により発作のコントロールが可能である。 ウ 職務内容に制限はない。 エ 発作の誘発要因と対策を心得ておく。 オ 発作が起こった時の対応を準備する。 (4)助成についての障害者の選択権 障害者雇用促進法に基づく助成は事業主が申請して初めて支給される。障害者が助成を申請することすらできない制度となっている。職場改善を障害者が主体的に選択し、申請できるように法改正を急ぐべきである。   地域と企業の連携による職場体験実習 ○澁谷 和晃(NPO法人わかくさ福祉会 障害者就業・生活支援センターTALANT(タラント)) 後藤 圭子(株式会社キユーピーあい 人財育成室) 1 はじめに 平成21年4月より、株式会社キユーピーあい(キユーピーグループ特例子会社)と障害者就業・生活支援センターTALANTが連携して、年5回、精神障害者と発達障害者を対象とした、1ヶ月間(4週間)の職場体験実習を行っている。実習者は、地域の作業所や就労移行支援事業所、医療機関などから募っている。今日まで(平成23年9月末日現在)、合計12回の実習が行われ、32名の参加があった。実習終了者の内、一般事業所への就職件数は16件で、半数近い方が就職に至っている。 2 職場体験実習のきっかけ TALANTをはじめ、地域の就労支援機関や作業所、就労移行支援事業所では、支援している精神障害者・発達障害者に一般就労経験が少ない点や、企業実習に臨む機会の少ないことから、企業就労を体験できる場を確保したい想いが強かった。 一方、キユーピーあいでも、精神障害者や発達障害者の雇用促進と、それに伴う職場定着が課題でもあり、多くの障害者や事例、支援者、支援機関と接し、経験や知識を積みたいとの考えがあった。 会社設立以来、多くの障害者の職場体験実習を受け入れてきたキユーピーあいへ、地域の声を汲んだTALANTが申し入れを行い、今回の定期的な実習は実現した。 3 実習の目的 就労経験の少ない精神障害者や発達障害者を主な対象者とし、実習を通して①企業就労のイメージと基礎的なソーシャルスキルを身に付け、②一般就労に向けた適性把握(アセスメント)を行い、職業準備性の向上を図ることを目的としている。 4 実習対象者 参加対象となる実習者は、 ①障害受容をされ、服薬や通院、心身の体調 管理ができている方で、かつ、障害をオープンにした一般就労を目指していること。 以上が、基本条件となる。さらには、以下の2条件のいずれかを満たす方より、参加いただいている。 ②訓練施設にて準備性が高まり、施設からの評価が済み、推薦が得られる方(具体的には、週4日以上、1日5時間以上の業務を安定して行える方)。 ③準備訓練を行っていなくても、登録している就労支援機関から作業評価を受け、推薦を受けられた方。  1回の実習につき、最大3名を受け入れ、最少1名で実習を実施する。 なお、実習者の選考は、エントリーシートと支援者の推薦状、面接を参考に行う。面接には、実習生の他、支援者に同席いただく。面接官は、キユーピーあい・後藤とTALANT・澁谷が担う。 5 勤務形態 勤務日数や時間は、一週間ごとに、以下の3つの時間帯から、実習者と支援者とが相談して、事前に決める。ただし、日数に関しては、最低週3日以上に定める。 (1) 9:00〜15:00(休憩45分) (2) 9:00〜16:30(休憩60分) (3) 9:00〜17:45(休憩60分)(キユーピーあい の所定勤務時間) これまで、すべての実習者が、最終週(第4週目)を週5日・9:00〜17:45に設定し、週ごとに時間や日数を増やす勤務形態を採った。 6 参加者の内訳 参加者の障害・疾患種別は表1のようになる。 表1 実習者の障害・疾患種別数 実習者の実習時における平均年齢は32.3歳で、男は32.0歳、女は32.9歳となっている。 7 業務 (1)業務内容 キユーピーあいの通常業務を行う。主な業務は、以下の5つである。 ① 食堂・売店 食堂の清掃やテーブルセッティング、仕出し弁当の配膳、売店の品出し、在庫管理、レジ接客 ② 発送 ダイレクトメールの丁合・封入・封かん、発送品の詰め込み、店舗用POPのカッティングとカウント、名刺箱の組み立て ③ パソコンによるデータ入力 経費伝票の入力、アンケートの入力、食品に関する論文の参考文献入力 ④ 照合・ファイリング 経理伝票のチェック、個人経費のファイリング ⑤ 講義・演習 ビジネスマナー、講義「企業で働くとは」、会議の進め方、履歴書と職務経歴書の書き方、模擬面接、Microsoft PowerPointを利用したプレゼンテーション (2)実習の進め方 実習の社内窓口と社内調整は後藤が行う。業務に関しては、各部署の担当者が直接、実習者へ作業を教える。作業で分からない点や確認点が生じた際には、実習者が各担当者に聞くこととなる。キユーピーあいの各部署では、積極的に仕事を切り出し、業務を提供する体制が整っている。 また、言語による理解が難しい実習者や、言語説明の難しい業務に関しては、後藤をはじめ、人財育成室にて、紙媒体の作業マニュアルを作成する。 実習期間中、TALANTは定期的に訪問し、実習者の様子を観ると同時に、作業評価を行う。 実習者だからと、特別扱いすることはなく、ミスが改善されない場合や、作業成果が乏しい場合には、業務から外れてもらう。 また、欠勤や遅刻、早退、体調不良による休憩 が3回以上に達した者は、その時点にて、実習終了となる。 8 評価  実習終了後、参加者と支援機関には、評価票を渡す。評価を行う際は、キユーピーあい人財育成室と各支援者、TALANTが協議する。評価項目は24に上り、下記の3つの側面から評価する。 (1)生活・社会面  生活リズムの安定や体調管理、身だしなみを評価する。 (2)対人面  言葉遣いをはじめ、適切な挨拶や返事ができるか。指導や助言を素直に受け入れられるかを観る。 (3)作業面  仕事に臨む体力や、仕事に対する意欲や自発性があり、適切な速さで、正確な作業が行えるかを評価する。また、共同作業の適性や、作業の習熟についても考える。 評価は、A(単独で問題なくできる)・B(その場の支援・促しがあればできる(手助けを活用できる))・C(手助けを受け入れられるが、うまくできない)・D(更なる訓練・経験が必要)の4段階で行う。 その他、「向いていると思われる業務」と、「今後の一般就労に向けた課題や方向性」について記述する。  評価を実習者に返す際は、TALANTから本人と支援者へ伝える。実習者や支援者には、先ず、課題を共有してもらった上で、課題克服に向かってもらう。 9 実習終了者の進路と経過 (1)就職者数 実習終了者32名の内14名、計16件が一般雇用された。就職者は実習終了後、最短で2ヵ月、最長で14ヵ月掛けて就職している。平均して、7.2ヵ月後に就職している。 表2 障害・疾患別に見る就職件数 また、就職に至っていない者は、表3のような状況にある。 表3 実習後の状況内訳 (2)就職職種  就職先は、特例子会社が6件、一般事業所が10件となっている。  職種は、事務職が10件、接客業が3件、環境整備が1件、軽作業が1件、製造業が1件と、事務職に就いた者が多い。 (3)職場定着 就職後の定着率は高く、就職件数16件の内、精神障害者1件の自己都合による離職を除いては、皆、長期休職もなく、安定して働いている。 10 地域内の相乗効果 (1)地域の社会資源 企業が必要とする人財や作業の質、採用過程やポイントを具体的に知ることができ、就職を希望する利用者の訓練へ活かす。 (2)キユーピーあい 就労支援機関や施設職員との関係性が強まり、専門職との意見交換が増え、雇用促進や職場定着へ活かす。 (3)TALANT 多くのケースに臨むことにより、アセスメント技術を向上させることができる。関係の薄い地域や機関との連携も強まり、新規相談者への施設利用の紹介や求人紹介が、円滑に行えるようになる。 11 おわりに  今実習開始から2年6ヵ月が経過してなお、実習希望者が後を絶たない。今後も、実習をより良くするため、多くの方々と意見を交換したいと考え、今回の研究会に参加している。会場にて、多くの事例に触れ、意見を交わせたらと考えている。 公共職業安定所における障害者ワンストップサービス −地域の支援者との連携による就労前支援について− ○太田 幸治(大和公共職業安定所 精神障害者雇用トータルサポーター) 芳賀 美和(大和公共職業安定所) 塩田 友紀(綾瀬市在宅福祉相談室)  柳川 圭介・大箭 忠司(障害者就業・生活支援センターぽむ)  和賀 礼奈・松川 亜希子(大和市障害者自立支援センター) 1 はじめに 平成19年4月2日付の職高発第0402003号「障害者福祉施策及び特別支援教育施策との連携の一層の強化について」の別紙に記載された、「地域障害者就労支援事業実施要領」中の「障害者を対象としたワンストップによる相談の実施」に基づき、大和公共職業安定所(以下「安定所」という。)では、平成19年度より専門援助部門に求職登録をした者およびその家族を対象にワンストップサービス(以下「ワンストップ」という。)を開始した。平成19年度は神奈川障害者職業センター(以下「障職セ」という。)と連携し実施したが、平成20年度は安定所職員の配置の都合により中断し、平成21年度に再開した際は、安定所の専門援助部門職員、精神障害者雇用トータルサポーター(以下「サポーター」という。平成22年度までの役職名は精神障害者就職サポーターであった。)が担当し、障害者就業・生活支援センター(以下「就・生支セ」という。)、自治体が設置する就労援助センター(以下「就労援助セ」という。)と連携した。 ところで、安定所の専門援助部門では前記文書の「障害者就労支援チームによる支援」に基づき、個々の障害者に応じた、きめ細かな職業相談を実施するとともに、福祉・教育等関係機関と連携し、就職の準備段階から職場定着までチーム支援が実施されている。また、支援機関につながっていない障害のある求職者を、安定所が窓口となり支援機関との連携により就労前から支援していくことの有効性が示唆されている1)。したがって、安定所にてワンストップを実施する意義として、相談する場所を持てなかった求職者の特に就労前のニーズを受けとめ、安定所だけでは解決が困難な問題について、地域の支援機関が集まり共有し、問題解決のために支援機関につなげることが考えられる。 本稿では、平成22年度、安定所におけるワンストップの実施状況とともに、対象となった求職者の性別、年代、障害種別、来談時の支援機関への所属に関し提示する。次に事例を紹介し、地域の支援機関との連携を含め安定所における、障害者の就労前支援について考察する。 2 対象 対象は、安定所に障害者求職登録をした者のうち、安定所が管轄する甲市および乙市のどちらかに居住地を置く25人である。属性については、性別は男性が20人、女性が5人であった。年代は20歳代が3人、30歳代が11人、40歳代が8人、50歳代が3人であり、平均年齢は38.3歳であった。障害者手帳、主治医の意見書等、登録時の書類に基づく障害種別は、身体障害が5人、知的障害が3人、精神障害が15人、発達障害が1人、難病が1人であった。精神障害の診断名の内訳は、統合失調症が9人、気分障害が6人であった。ワンストップ相談時に就労および生活支援機関に所属していた者は9人で、全体の36%であった。また、対象者の就労および就職活動の状況については、平成23年10月1日現在、障害者枠で就労中5人(うちワンストップ前から就労2人)、就職活動中(ワンストップ後に1件以上求人に応募し未就労の者)13人、福祉的就労(ワンストップ後、福祉施設に通所中で求人への応募がない者)5人、管轄外への転居および支援機関、安定所の利用がなく不明が2人であった。 なお、ワンストップは完全予約制とするため、実施の張り紙を安定所内に掲示しなかった。安定所内で予約簿を作り、ワンストップへの導入は安定所職員あるいはサポーターが相談を聞く中で生活上の課題解決のためにワンストップが適切と判断された場合、対象者にワンストップの概要を職員が口頭で説明し、本人の同意に基づき予約を入れたことが全体の64%であった。残りの34%は、対象者が就・生支セ等の支援機関に所属していた場合であり、支援機関からの要請によりワンストップにつながった。 表1 ワンストップ実施概要 3 方法および実施概要  月に1回の割合で完全予約制にて、午前を甲市、午後を乙市という形で対象者1人につき約1時間を取り、午前、午後で2件ずつの枠を設け、1日最大4件のワンストップを大和安定所の会議室で実施した。対象者が甲市在住の場合、就労援助セおよび生活支援相談機関からスタッフが1人ずつ、乙市在住の場合、就・生支援セ、生活支援相談機関、乙市福祉事務所職員が1人ずつ参加した。したがって、対象者1人(家族が1人同席することもあった)に対し、安定所2人(専門援助1人、サポーター1人)、支援機関スタッフ2〜3人が参加した。  ワンストップ開始前に連携機関スタッフと対象者の相談内容について情報を共有した後、対象者に入室してもらい、ワンストップに導入したスタッフが対象者を紹介し相談内容について確認した。連携機関のスタッフ、対象者から相互に質問を交換したうえで、どのような支援が可能かを連携機関のスタッフに提案してもらい、支援の方向性を調整した。障職セ等の同席していない支援機関の協力が必要な場合は、その場で安定所職員が該当機関に電話連絡し、相談の予約を取り利用へとつないだ。なお、ワンストップの実施概要については表1のとおりである。  ワンストップにおける対象者のニーズは、表1より「就労に関する相談」、「就労前の日中活動の場」、「生活支援」の3つに分類でき、順に10件、9件、6件であった。 4 事例 表1より、ワンストップが効果的に働いたケースと、ワンストップが機能しなかったと思われるケースがあり、ここでは3つの事例について報告する。 (1)借金問題の解決に至った事例 表1のA氏(30歳代前半、男性、うつ病)は、安定所の専門援助部門に求職登録に来たところ、相談員からサポーターのカウンセリングを紹介された。後日、サポーターが話を聞くと、「物品を購入した際のローンがあり、それについては同居している両親、兄弟にも内緒にしているから、見つからないうちに返済しなければならない」と、借金の返済が就労動機となっていた。また、主治医の意見書が就労可能となっていたが、サポーターがうつ病の回復状態について聞くと、「朝起きられない日が多く、正直、仕事に通えるかどうか不安がある」という。実際、安定所にも午後に来ることが多かった。就職活動と並行し、借金の問題を解決するためにワンストップの場で相談することをサポーターが勧めると、A氏は同意した。  ワンストップで借金の額について聞くと、就職して給料の数カ月分で返済できるような額ではなく、A氏の力だけで解決することは難しく思えた。同時にA氏が就労に対し不安を持っていることもあり、まずは市役所の生活支援相談員とサポーターが次回の通院に同行し、借金の状況も含め就労について相談することとした。 ワンストップから1週間後、通院同行し、主治医と相談すると「借金の額が大きいだけに家族との相談が必要であることと、状態が良くないようなので、借金の返済の目途が立ってからでも就労は遅くない」と主治医から意見があった。A氏も同意し、まずは市役所で借金の解決に向けて相談することとなった。まずはこれ以上ローンを組まないこと、売却できる物は手放すこととし、障害年金の受給資格があるため申請し返済計画を立てた。しかし、返済に向けては家族の支援が欠かせないということになり、A氏は難色を示したが、市の相談員が仲介する形で、A氏と家族を交え、解決につての話し合いの場が設定された。同居する両親と兄弟が返済に協力することで合意した。借金返済の目途が立ったA氏は障害年金の申請も行った。その後A氏はワンストップに同席していた就・生支セのスタッフを頼り、就労の相談をしながら日中活動の安定のために就労B型に通所し就職活動をしている。 この事例では、借金の解決と就職が結び付き、結果A氏に無理な行動をとらせていることをカウンセリングの段階でサポーターが共有し、ワンストップにつなげたこと、その後もワンストップに同席したスタッフが通院同行、家族との調整等に関わったことによって、A氏が借金の解決に集中し、病状を立て直すことに至ったものと考えられる。 (2)対象者のニーズを把握できなかった事例 表1のM氏(30歳代前半、男性、統合失調症)は、安定所の専門援助部門相談員からワンストップにつながった。障害をオープンで就職活動していたが、なかなか採用に至らず、支援者につなぐのがよいのではないかと、相談員がM氏に勧めたのがきっかけであった。ワンストップが始まると、M氏から「かつて支援者に相談しながら就職活動をしたが、うまくいったことがなく、むしろ、自分の応募したい求人に応募するのをさえぎられるのではないかと思っている」とのことで、支援機関にはつながらず、今まで通り、安定所の窓口で応募することとなった。 この事例では、就労がなかなか決まらないことが主訴としてあったが、M氏にとっては安定所窓口での相談で十分だったようで、ニーズをうまく把握しきれないままワンストップにつないだことが、支援者に対するM氏の不信感を想起させることになったと考えられる。 (3)対象者のニーズを再確認した事例 表1のX氏(20歳代後半、男性、知的障害、療育手帳B2)は、就労前から就・生支セに登録し、就労後は職場訪問等の就労定着支援を受けていた。ところが、ワンストップの2か月前に公営住宅で同居中の母が死去し、X氏が一人で暮らすことになった。親亡き後の生活を心配した実姉から就・生支セにグループホームの利用について相談があり、就・生支セからの依頼でワンストップにつながった。 X氏、就・生支援セのスタッフ1人、市役所相談員1人、安定所から2人が出席し、就・生支援セのスタッフが実姉からの意向であるグループホームの利用について改めてX氏に確認すると、「グループホームよりも今の住み慣れた家で暮らしたい」と答えた。就・生支セのスタッフによると、X氏はグループホームの利用に同意していたというが、現在の状況について確認すると、無遅刻無欠勤で仕事に行き、買い物も行い、食事も自分で作り、金銭管理もできているという。病気、犯罪など何かトラブルに見舞われたときの連絡方法について確認し、今後も就・生支援セが就労生活を見守ることとなった。 この事例では、家族の心配が先行する形でワンストップが進行したが、顔なじみの就・生支セのスタッフがいる中で、X氏本人の想いを再確認する場としてワンストップが機能し、X氏の就労継続に向けて新たなニーズを見出せたと考えられる。 5 考察 表1および3つの事例を踏まえ、ワンストップに関し以下の2点について考察する。 (1)ワンストップ前のニーズ共有の必要性 表1のC、H、K、P氏のように、所属する支援機関がなく、就労前の日中活動の場がニーズとなっているとき、ワンストップに同席した支援機関の協力により、通所可能な施設の選定、見学を経て利用につながっている。安定所の専門援助窓口の職員あるいはサポーターが求職者の話を聞き、就労前の課題について求職者と共有したことによって、ワンストップの場で相談のテーマが絞れ、就労B型の利用から就職活動に移行するなど、ワンストップが支援機関につながっていなかった求職者を次の段階につなげるうえで有効に機能したと考えられる。 ところで、ワンストップは1件につき1時間の枠であり、同席する支援機関のスタッフは当日、相談内容について知ることとなる。ワンストップ前に相談すべき事柄を、相談を受理した段階で求職者との間で共有がなされていないと、限られた時間内で支援者の協力を得ていくのは難しいと考えられる。したがって、ワンストップで解決策を提示できる事案であるのかを予め見極めておくことが求められよう。 (2)複数の支援者が間に入ることの有効性と課題 表1のO、W氏のように、ヘルパーの利用、生活保護の申請といった役所を通して行う手続きがニーズとなっている場合、同席した支援者が当該業務を直接担当する機関にその場で電話をし、相談の予約を取るなど、支援者が間に入り市役所に同行し申請することができた。また、ワンストップ前に就・生支セ、障職セ等の支援機関につながっている場合でも、表1のJ、CC氏のように、就・生支セに登録済みであったが、就・生支セを利用していない期間が長く、利用を再開したいというニーズがあったとき、ワンストップに就・生支セのスタッフが同席することによって利用再開を円滑に進めることができた。事例のA氏のように、ワンストップで市役所の相談員につなげ、問題解決の道筋ができた後に、ワンストップに同席していた就・生支セにつながることによって、日中活動が安定し、落ち着いた状態で就職活動を行っている。これは複数の支援者が参加することによって生じた支援の相乗効果と考えられ、異なる機関の支援者が同席するワンストップの特性が生かされた事例であった。支援制度に関する情報が不足しがちな障害者が一人でサービスを活用していくことは容易ではなく、地域で日頃から障害者の支援活動を行っているスタッフがワンストップに同席することによって、複数の機関からの情報が求職者に提供されていると考えられる。 一方、事例のX氏のように、家族の依頼に基づき支援者が判断したニーズと求職者の想いがずれたままワンストップにつながった場合、ワンストップの場で支援の方向性を確認、修正しながら進めることとなる。その際、求職者と関係性の取れている支援者が同席することによって、ニーズの再確認を図り、新たなニーズを見出せることもある。しかし、事例のM氏のように、過去に支援機関に対する不信感があった場合、その場で信頼関係を形成していくのは難しく、求職者には初対面となる支援機関のスタッフが場を占めているとき、緊張感から自らの想いを伝えるのが難しくなることも考えられ、ワンストップの実施に際しては、求職者に威圧感を与えることのないよう配慮していくことが求められる。 【参考文献】 1)太田幸治・芳賀美和:公共職業安定所における精神障害者就職サポーターと障害者相談窓口との連携−支援機関につながっていない求職者に対する支援を中心に−、「第18回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.268-271(2010) 宝塚(近隣)地域におけるネットワークの構築について 竹内 誠(宝塚市障害者就業・生活支援センターあとむ 所長) 1 はじめに  1977年に手をつなぐ育成会の協力を得て、「宝塚さざんか福祉会」が設立され、市内の知的障がいのある人の支援を開始。通所授産施設、後に通所更生施設を開設後、3つ目の施設は「就労を目指す」目的で授産施設を開設して積極的に就労支援を行う。2004年からはジョブコーチを配して「就労支援課」を設置。  既に、「あっせん型障害者雇用支援センター」を経て、2002年から国事業として「障害者就業・生活支援センター」の設置が全国的に進められていたが、この事業では複数の市町が支援範囲となるため、人口の集中している「阪神地域」では十分な支援が期待できないことが推測された。そこで、宝塚市では2005年から市独自で「就業・生活支援センター」を設置して、障がいのある人の就労を支援するための宝塚市地域の拠点作りを行い、従来から就労支援を行ってきた「社会福祉法人宝塚さざんか福祉会」に事業委託が行われ「あとむ」が誕生した。 「宝塚市障害者就業・生活支援センターあとむ」の設立時には、大阪市障害者就業・生活支援センター前所長の小林茂夫氏から多くの助言や指導を頂き、障がいのある人の企業就労に向けた生活支援も含んだ総合的な支援を行うこと、地域のネットワーク構築の中核的な役割を持つ必要性を学ぶことが出来た。こうした経過から、市単独事業である当センターの名称も国事業と同じ「就業・生活支援センター」としている。 2 ネットワークの構築  当センターは設立時から運営体制の構築について、地元行政機関(福祉、労働、教育)はもとより、公共職業安定所、障害者職業センター、保健所、商工会議所、労働組合、障害者団体などの協力を受け「運営会議」を設置。 運営会議では前年度活動報告、当該年度活動方針を検討頂き、宝塚市における就労支援の課題などを解決すると共に、支援連携がスムーズに行えるようにした。また、その後はより実務的は支援連携が行えるように関係機関から「実務担当者」を集め、定期的に会議を行って情報共有や個別支援での役割分担等も協議出来るようにした。  この「実務担当者会議」では、一定の成果を上げ、教育相談機関や相談支援機関からの継続支援を実現したり、生活保護受給者の就労促進での連携を進めることが出来た。 その後、宝塚市においても「地域自立支援協議会」が設立されて同協議会内に「しごと部会」も設置され、多くの機関が重複して参加することとなり、「実務担当者会議」は定期開催を見合わせることになった。 自立支援協議会の「しごと部会」では必ずしも企業就労にだけ特化した議題で進められるのではなく、舵取りが難しいのも現状である。しかし、「福祉的就労」や施設・事業所での「作業・生産活動」の活性化・底上げ化をはかる中で、行政や企業・事業主の分野とのつながりを太くしていく可能性を持っているので、上手な活用を考えていく必要がある。 3 ネットワークの再構築を目指して  恐らく、どこの地域でも同じような課題があるのではないかと思われる。地域の就労支援ネットワークを構築していく上で、行政等の主導で進められる「ネットワーク会議」的なものが、自らの機関にとって有効に機能しているのか?という課題である。折角、設置された「ネットワーク会議」であっても、参加する各機関の「温度差」が現実的に存在し、民間の機関・事業所では「行政」に対する意見も様々で活動の方向性のまとまりが取りにくい。また、「出席した担当者の問題意識」のレベルでとどまっているようにも感じる。また、参加していない機関や団体との関係も「センター」としては当然あるので、ネットワーク会議の情報をどう共有していくのかということが常に課題である。  こうした状況を踏まえて、本年4月に当センター所長就任後は「ネットワークの再構築化」にむけて活動を展開している。課題として、①更に広く市民、事業所、団体に「あとむ」の存在、活動内容をまず知ってもらう(これまであまりつながりのなかったところへ出向いていく。)、②企業就労・雇用よりも「就業体験実習」の場を開拓する、という2本柱に絞って活動している。 既に市民団体や企業・事業所は自分達の「ネットワーク」を持っている。例えば、「地域福祉」では社会福祉協議会や保健福祉サービス公社などが高齢、障がい、児童、子育て、ボランティアの各分野や介護保険関連事業者とのネットワークも持っているので、そうした各分野の「ネットワーク」に積極的に参画し相互の情報交流を図っている。商工会議所も業種別、地域別等の下部組織を持っており、そうしたところに個別出席して訴えを行っている。また、「中小企業家同友会」や「民主商工会」などの例会に参加したり、「商店連合会」のイベントに参加したりしている。更に、全戸全事業所に配布される市や県の「広報誌」、団体・機関の「機関紙」(商工会議所、自治会連合会、まちづくり協議会、社協や地区センター、ボランティア団体だより等)に特集記事を掲載してもらうよう働きかけてきた。また、当センターのパンフレット等を常備設置してもらえるように、公民館や市や県の地域の出張所、図書館などのすべての公立・公共施設や社会福祉協議会の施設を直接回って依頼をした。(その後も、定期的に訪問して資料補充や関係作りを怠らない。)現在は、宝塚市関係各課の協力を取り付けながら、国際観光協会、宅地建物取引協会、寺社連盟、園芸造園組合、料飲組合、医師会(歯科医師会)、小中学校、私立学校、県立高校、大学等のといった団体・機関に向けての交流を計画している。 このような活動を行うことで、従来の「福祉」分野でのネットワークを超え、広く市民生活の中での当センターの位置付けが確立されるよう、つまり障がいのある人の就労支援にとどまらず、「働きたい」と考えながらも困難を抱える多くの市民のための相談窓口としての機能を目指しつつ、宝塚の町で誰しも安心して暮らし・働けるように、この町で当センターが本当の意味で「市民権」が得られるようにしていくことを目指している。 4 おわりに  前述の活動を進める契機となったのは、ある中小企業の社長の言葉がある。「どんなに一生懸命に動き回っても、旧来の枠の中だけでは広がらない。企業は訪問を受けても「あとむ」が信頼おけるものなのか判断できなければ話は通らない。事業主は保守的なのでよく分からない・知らないところとはつながらない。」というものであった。お恥ずかしい話であるが、これまで自分なりに沢山のツールを駆使して訪問活動を行い、「100社当たって1社でも良い話がもらえれば…」と思っていたがそうではなかった。「目からうろこ」であった。この社長からは今でも色々と事業主を紹介して頂いているし、ご紹介頂いた先々でも様々なお知恵を授けて頂いている。「企業は企業の論理で、自分たちのネットワーク=人脈」を持っているので、そのネットワーク=人脈に如何に繋がっていくか?と言うことが大切であると言える。「今は、求人や雇用に結びつかなくても、きめ細やかに、誠実に何度も訪問してお出会いした皆さんの信頼を得ることが出来れば、必ず次につながることが出来る。」ということである。 別のある中小企業の社長に教えて頂いた。「物を売りたければ、まず自らを売れ。安心と信頼を得るためには素早い対応と顧客第一主義だ。」と。言い換えれば「障がいのある人の就労支援で成果を出したければ、まず当センターを知ってもらうこと。企業(関係各機関も含む)と障がいのある人から安心と信頼を得るためには、素早い対応と顧客(企業等と障がいのある人)第一主義でなければならない。」ということである。 私が、当センターでの業務を開始する時に、前述の大阪市障害者就業・生活支援センター前所長の小林茂夫氏からお教え頂いたことがある。「あとむ」は何を目指すのか?それは「すべての市民が宝塚で安心して暮らし・働き、この町で幸せに生きていけるということを実現することだ。」と。もう一つは、「相手に学べ」ということであった。相談に来られた方々から学ぶことが多かったが、これは「異業種」間でのネットワークを作って行くときの心得とも深く通じることを改めて痛感した。今一度、これらのことを再確認して、我が街「たからづか」の中で広く市民から安心と信頼が得られるように、これからも多くの人達との「つながり」を求めていきたい。これは、「就業・生活支援センター」事業の理念と同じであると言える。 雇用促進法の改正や自立支援法の制定などで、我々のやるべきことが変わるのではなく、いつの世でも「すべての人がこの町で安心して働き・暮らし、この町で幸せに生きていく。」ことを実現して行かなければならない。スタイルやシステムではなく、流行り廃れではなく、「人と人とのつながりを大切にしていくこと。」が我々の役割であり、仕事をしていく上での原点である。 世田谷区就労支援ネットワークの取り組みについて 橋本 貴之(世田谷区障害者就労支援センターすきっぷ就労相談室 就労支援コーディネーター) 1 はじめに 世田谷区では、各事業所は平成20年度より新体系に移行を始めた。その中で当センターは、主に知的及び身体障害のある方を支援対象とした就労移行支援事業所と「世田谷区就労支援ネットワーク」(以下「就労支援ネットワーク」という。)を形成し、区内の就労の底上げを目途に事業展開している。このネットワークの形成から現在に至るまでの経過報告をはじめ、これまで行ってきた取り組みや連携の在り方などを、具体例をあげて紹介すると共に、成果及び今後の課題について考察する。 2 就労支援ネットワークとは  世田谷区では、行政や商工会議所などから構成される障害者雇用促進協議会、就労支援に関わる事業所、生活支援に関わる事業所、学校など、就労支援に必要となるさまざまな関係機関とネットワークを形成し、連携を図り、障害者の雇用促進および就労支援を支える仕組みをとっている。  この仕組みの中で、すきっぷ就労相談室は、知的および身体障害のある方を対象とした就労移行支援事業所のバックアップをするという目的で、平成19年度より就労支援ネットワークを展開している。 3 ネットワーク形成から現在までの歩み  平成20年度より、各事業所が新体系に移行することに伴い、区立の旧授産施設のすべてが、移行支援事業を含めた多機能型の事業運営となった。初年度は就労支援経験に乏しい10施設が多機能型に移行した。そのため、新体系移行前の19年度より、すきっぷ就労相談室が中心となり、移行支援事業所職員を対象とした就労支援に関するプログラムを実施することになった。これが、今回のテーマとなる就労支援ネットワークの始まりである。 まずは、就労支援に必要となる知識や技術を学習するための、職員向けの研修プログラムを、年間14回実施した。  新体系移行後は、利用者、家族、職員とカテゴリー別にプログラムを計画し、定期的に実施した。また、移行支援事業の担当職員が集まり、情報交換や情報共有を図る定例会も始めた。  その他、求人情報の提供や面接練習などの求職支援、実習時のジョブコーチ支援、定着支援など、個々の利用者を対象とした具体的な就労支援も利用者所属事業所の担当職員とともに開始した。  このネットワーク事業が始まり、今年で5年目を迎え、対象となる移行支援事業所も12か所に増えた。また、それぞれの事業所の担当職員のほとんどが、実際に就労支援を経験し、スキルアップをしているため、すきっぷ就労相談室によるバックアップのスタイルから、各事業所主体型へと年々シフトしている。 4 プログラムの紹介と連携の在り方 (1)プログラムについて  各移行支援事業所が主体となって就労支援を行うための基礎作りをプログラムの目的とした。そのために、カテゴリーを利用者・家族・職員の3つに分けて、それぞれに必要となるプログラムを実施した。 カテゴリー別に実施したプログラムの詳細については以下のとおり。 ①利用者向けプログラム  各事業所によって、就労に向けた利用者のスタートラインが異なる状況だったため、就労に対する意識向上を目的とした初歩的な内容や、具体的な就労準備を目的とした実践的な内容を組み合わせ、可能な限り利用者の現状のニーズに合ったプログラムを実施した。  また、毎年移行支援事業には新たな利用者が入ることから、新規移行支援利用者を把握するための事業所訪問をすきっぷ就労相談室は行っている (表1)。 ②家族向けプログラム  就労に対する不安を抱えた家族が多かったことから、その不安を解消することを目的とした家族向け研修を実施し、就労に対する意識改革を図った(表2)。 ③職員向けプログラム  各移行支援事業所が主体となって就労支援を行えるように、必要となる知識や技術を習得するこ とを目的とした、職員向け研修を実施した。また、事業所職員が主体となって、利用者向け研修の計画、実施することで、それぞれの事業所内で取り組むための具体的な支援方法の習得を図った。  その他、就労支援ネットワーク定例会を、月1回実施し、情報交換や共有を図っている(表3)。 表1 利用者向けプログラム 年度別一覧 表2 家族向けプログラム 年度別一覧 表3 職員向けプログラム 年度別一覧 (2)連携について  移行支援事業所とすきっぷ就労相談室の連携を強化するために月1回就労支援ネットワーク定例会(以下「定例会」という。)を実施している。情報交換や情報共有する機会であるとともに、各事業所の事例報告や事例検討、就労支援研修も実施し、職員のスキルアップを図っている。  定例会が始まった当初は、世田谷区の就労担当部署と移行支援事業所のみの参加であったが、今では保健福祉課の職員、社会福祉協議会、社会福祉事業団、世田谷サービス公社、NPO法人も定例会に参加するようになった。そして、今年度からは管轄であるハローワークの職員も加わり、求 人情報のやり取りが、これまで以上にスムーズに 行えるようになった。 (3)就労支援の事例  すきっぷ就労相談室では、移行支援事業所利用者の求職支援から定着支援に至るまでの就労支援一連をコーディネートしてきた。  その中から、就労に至ったケースについて紹介する。  利用者、家族ともに移行支援事業所利用当初から、就労意欲は高いものの、未知の世界であるため強い不安も抱えていた。支援を直接担当する事業所の職員も、就労支援の経験はなく、利用者、家族同様に不安を抱いていた。  この状況に対してすきっぷ就労相談室では、事業所の担当職員に対するマネジメントを中心に取り組んだ。具体的には、就労支援の流れや各ステージで必要となる準備を表にまとめた。支援の場面においては、会社へのアプローチ方法や調整に関し、すきっぷがコーディネートした。面接支援や実習中のジョブコーチ支援など直接支援については、事業所担当職員が主導となり、すきっぷは後方支援に徹するように心掛けた。また、流れの中で必要に応じて支援ポイントを伝えてきた。  このように、就労支援の経験がなかった職員に対して、最初のケースをともに支援したことで就労という結果につながった。この取り組みによって、現在はその利用者のアフターケアをはじめ、別の利用者の就労支援に関しても、事業所自体ですべてマネジメントできる状況にまで達している。 5 ネットワーク形成における成果と今後の課題 (1)成果  就労支援ネットワークの実施を通じて、各事業所の利用者、家族、職員に、就労に向かうための意識改革を進めてきた。その成果について考えてみる。 ①就労実績  新体系に移行した平成20年度から現在までの就労者実績は、20名を超えた。経過年数に対するこの実績の捉え方は賛否両論である。しかし、結果には結び付かなかった就労にチャレンジした利用者数は伸び、就労はハードルが高いと感じていた段階から、就労を目標にする段階へと、多くの利用者が進めた。この結果は、間違いなく今後の布石になると言えるだろう。 ②就労に向けた意識の変化  利用者、家族、職員が期待と不安を抱えながら始まったため、最も重要なことは意識改革、中でも、職員の就労意識の改革が重要かつ必要であった。何故なら職員の就労意識が変われば、必然的にそれは利用者や家族に連鎖していくからである。利用者の状況によって、各事業所の動きに差はあるものの、ほとんどの職員が就労支援を実際に経験していることから、意識改革についてはしっかり浸透したと考える。 ③就労支援ネットワークの組織化  就労支援ネットワークがスタートした当初は、各事業所が集まるだけの点の集合体であった。その後、プログラムを積み重ねることで線となり、今では1つの円となるまでに発展したと言える。 世田谷区では、ネットワーク事業所のすべてが多機能型で運営しているため、移行支援担当職員は1名体制が多い。そのために、担当職員は事業所内で孤立してしまうという悩みを抱えていたが、ネットワーク内で、この悩みを共有することができていた。また、就労支援の現場における悩みも、このネットワークで相談できるということが、心強いという声もあった。課題や悩みをともに抱え、ともに解決していくためにも、今後ますます組織として熟成していくことが望まれる。 (2)今後の課題  就労支援ネットワークは、組織として機能しはじめているが、さらに有益な組織へと進化を遂げるために、今後の課題について整理する。  ①就労支援における事業者間の温度差  事業所によって就労に向けた意欲に違いがある。区内就労支援の底上げのためにも、改善が必要である。 ②定例会のあり方  職員の就労意識改革の次なるステップに向けた取り組みが必要である。 ③すきっぷ就労相談室の役割  各事業所が単独で就労支援を行うことができる状況が徐々に整い始めてきた。今後はアフターケアの在り方も含め、すきっぷ就労相談室と各事業所との役割分担や関係性の検討が求められる。 6 まとめ  利用者、家族、職員の就労への目覚めから意識の改革が進み、就労を目標とする段階へ進んだことにより、これまで就労とは無縁であった人たちが、一般就労というステージがあることに気が付くことができた点は大きな意味がある。 働くということは、人間活動の大切な営みのひとつであり、そのあり方はさまざまであるが、「就労」を希望する障害のある方々を支える仕組みとして、就労支援ネットワークは、今後も大事な役割を担っている。 障害者雇用支援を効果的に進める「堺方式」の取り組みについて −ハローワーク、就業・生活支援センター、職業センター3者のチーム支援について− ○樋上 一真(堺市障害者就業・生活支援センター 事業部長) 松井 千恵(堺公共職業安定所) 古野 素子 (大阪障害者職業センター南大阪支所) 1 はじめに 障害者の就労支援を促進するために、地域の関 係機関と連携の下、障害者の身近な地域において就業面及び生活面における一体的な支援を行うことを目的として障害者就業・生活支援センターは平成14年の障害者雇用促進法改正により設置がすすめられており、平成23年4月現在では全国で300箇所に、大阪府でも18箇所に設置が拡大している。 大阪府堺市においては、堺市障害者就業・生活支援センター(以下「堺市就・C」という。)が平成16年に設置されている。開設以後、地域の障害者や事業所のニーズにどのように応えることができるか試行錯誤を繰り返しながら支援を積み重ねてきたが、最近ではより困難なケースの相談や支援も増加しており、職業生活上の課題や支援ニーズも以前にもまして多様化している。このように困難さを増し、多様化する障害者雇用のニーズに的確にこたえていくためには、地域において今まで以上に関係機関が緊密に連携して、計画的かつきめ細やかな支援が行えるように対応していくことがより一層求められている。  大阪府堺市では、1人でも多くの障害者雇用の実現を目指した取り組みの一つとして、事業所のニーズに的確・効果的に応えることができるように、対障害者支援はもちろんのこと、対事業主支援においても、ハローワーク堺(以下「HW」という。)・堺市障害者就業・生活支援センター・大阪障害者職業センター南大阪支所(以下「職業C」という。)の三機関によるチーム支援で雇入れや定着支援など様々な課題に対応をしてきている。 そこで、本稿では地域における連携した支援の一つとしての「堺方式」の取り組みをふりかえり、報告することを通して、効果的な障害者雇用の支援の在り方について検討することを目的とする。 2 堺市障害者就業生活支援センターの就労支援 (1)堺市就・Cの設置に係る経過と特色 堺市では平成元年頃から、重度知的障害者の方の雇用就労対策として「自立訓練事業構想」が胎動し、平成4年に「堺市障害者就労促進協会」が設立され、堺市より「知的障害者等自立訓練事業」を受託。平成16年4月に前事業から「堺市障害者就業生活支援事業」に事業展開をし、同年12月に大阪府より「障害者就業生活支援センター」の指定を受け、平成21年12月に国から事業受託をし、堺市事業と国事業を持ち合わせた現在のセンターの形に至っている。 図1 堺市就・C運営を支える事業 国事業の支援領域だけでなく、堺市事業をあわせもつことで、地域における就労支援が効果的に行われるように、基礎訓練(1年間かけて働く力をつけるための訓練)や社会適応訓練事業も必要な支援メニューとして堺市就・Cでは持ち合わせてできていた。 基礎訓練を持ち合わせていた頃(堺方式以前)の就業支援においては、堺市就・Cが訓練から職場開拓、職場実習を通しての就労という完結型の支援ができることを目指しており、その流れが主流であった。そのため、HW、職業Cとの具体的な連携は少なかった。 (2)現在の堺市就・Cの就労支援の状況 障害者自立支援法に基づく新たなサービス体系により、訓練の中心は就労移行支援事業所が担うこととなったが、そのことで就・Cの果たす就労支援の役割が少なくなったわけではない。 地域の障害者を広く支援の対象とし、地域の実情を勘案し、一人でも多く就職を希望する障害者のニーズに応えるためには、就労支援において幅広い役割を果たす必要があった。堺市の障害福祉課と協議を重ね、従来の基礎訓練を中長期的な職業評価機能(以下「プレサポート(堺市独自事業)」という。)に発展させることで、就労移行支援事業所等の利用に抵抗のある就労希望者等を受け入れ、アセスメントを行い、就労移行支援事業所を含む地域の就労支援機関と連携をとりながら就労支援を展開している(図2・3、表1参照)。 図2 堺市就・Cの就労支援の仕組み 図3 プレサポート利用者 障害種別(H21.4〜H23.3) 表1 プレサポート終了者 2ヶ月後の現況(H21.4〜H23.3) 3 「堺方式」の取り組みについて (1)取り組み開始にむけた経過 ハローワーク・職業センター・堺市就・Cそれぞれの実施要領は図4のとおりである。いずれも「関係機関と連携」して業務を行うとしているにも関わらず、具体的なケース支援を通じた連携に留まっていた。堺でもっと障害者雇用を進めるためにはどうしたらよいか、何ができるか、それぞれの機関の強み・弱み等を三機関で話し合う機会を持った。その場ではそれぞれのできること・役割分担を再確認し、ケースを通じた支援だけでなく、それぞれのできることを組みあわせたパッケージ的な支援として事業主支援でも動いてみようという話になった。 図4 3機関の役割と強み (2)「堺方式」支援の流れ  堺方式はまず事業所からの障害者雇用に関する相談をスタートに行うことが多い。通常の堺方式による進め方の流れは図5のとおりである。 図5 堺方式による支援の進め方(スタンダードな流れ) (3)「堺方式」の取り組み実施状況 事業所からの相談に対して、初回訪問を三機関で行い、「雇い入れ」から「定着支援」まで、チーム支援を行ったケースを「堺方式」で取り組んだケースとしてみたところ、平成21年7月以後平成23年9月までの間に、堺方式で取り組んだケースは全部で18事業所、43ケースであった。取り組んだケースの傾向は次の通りである。 表2 堺方式支援対象者の状況(H21.7〜H23.9) 表3 堺方式支援事業所の傾向 イ 事業所の特徴 堺方式で取り組んだ事業所は全部で18事業所あり、事業所の傾向は表3のとおりである。 堺方式で取り組んだ事業所には次のいずれかであるという特徴が共通点としてみられた。 ①障害者雇用に初めて取り組む事業所 ②過去に障害者雇用に失敗した経験がある事業所 ③雇用率の達成を目指す事業所 ④本社→店舗雇用の拡大 ⑤特例子会社の設立に伴う多数雇用 ロ 障害者の特徴(計43人) 堺方式で支援を行った対象となる障害者は、知的32人、精神2人、発達9人である。支援対象者の特徴としては次の点がみられた。 ①職業Cの職業評価、堺市就・Cのプレサポートを受けていた人が多かった。 ②平成22年度以降は、就労移行支援事業所等の利用者が増えている。 ③知的障害者が多いが精神・発達障害者も増えつつある。 支援対象者は、事業主との相談(職務内容・職 場環境・事業所の意向等)をふまえて三機関で相談し、対象者を推薦している。上記(1)で述べたとおり、初めて障害者雇用に取組む事業所への支援が多かったこともあり、対象となる障害者の方は知的障害者が多い傾向がみられる。 (4)支援の効果 イ 就職件数の向上  以前、堺市就・C独自で職場開拓をしていた時に比べると、堺方式で取り組みだした平成21年7月以後の就職件数は大きく増加している(図6参照)。その要因としては次のことが考えられる。①三機関が一緒に動く機会や一緒に相談する機会 など顔をあわせる機会が増えたことにより、支援者同士の信頼関係が増しHWからの求人情報を相談・提供してもらう件数が大幅に増えた。②三機関が一緒に事業所訪問し同時に説明できることで、事業所からの様々な不安や要望にスピーディーに、且つ確実にどこかの機関が対応することで、安心感を持っていただけ、確実に求人化することにつなげることができたと思われる。 図6 堺市就・C就職件数の推移 ロ 定着率の向上 堺方式で取り組んだケースとそれ以外のケースの定着率を比べると、堺方式で取り組んだケースは、90%前後と定着率が高い結果となっている(図7、8参照)。堺方式で取り組んだ支援の一番の支援効果はこの高い定着率が示すように、離職者が少なく、職場定着が上手くいっている点ではないかと思われる。 図7 堺市就・Cの定着率(参考:H20-19は全国平均) 図8 「堺方式」で取り組んだケースの定着率 定着率が上昇した要因として考えられるのは、次のような点をポイントとしておさえて、丁寧な途切れない支援を行っているからではないかと思われる。 <雇用に向けて> ①マッチング…事業所と対象者と双方を知った上でマッチングが検討できている。(対象者については堺市就・Cのプレサポートもしくは職業Cの職業評価を利用しアセスメントできている人が対象となっている傾向がみられる。) <雇用開始> ②ジョブコーチ支援の活用+堺市就・Cフォローアップ(途切れない支援)…導入時の濃い集中支援には堺市就・Cだけで対応するのはマンパワー的に難しいが、ジョブコーチ支援を活用しながら連携して支援をすることで、様々な課題に対応することができている。その時々の支援のタイミングで支援の主となる機関は変わるが、ぶつ切りのバトンタッチではなく重なりながら支援の主が変わる方が利用者・事業所・支援者三者にとって変化が少なくよいと思われる。 <雇用後も> ③ケースカンファレンス(ケース会議)…JC支援の前・中間・修了時点など常用雇用に至るまでに2〜3回はケースカンファレンスを持ち本人・事業所・三機関で状況や目標・課題を共有する機会を持っている。 上記のように、雇用に向けて〜雇用開始〜雇用後も途切れずに対応できるサポート体制があることが、障害者雇用に取り組んでいただける事業主の不安軽減にもつながっているのではないかと思われる。 ハ 堺市就・Cとしての動きやすさ向上 堺方式によるチーム支援でまず取り組むことで、その事業所の障害者雇用のモデル・事例を作れた後は、堺市就・C単独で支援に入っても安心して受け入れてもらえることにつながったケースもある。障害者雇用の入口(新規ケース)を丁寧にすることで、地域の中で支援が広がるきっかけとなりうると思われる。 ジョブコーチが集中して支援を行いながら把握した情報や調整してもらった事項を引き継ぎながら重なって支援できることで、就・Cの支援者自身も安心して支援に入りやすくなった。  また、雇用後、課題が生じた時に一機関で抱えるのではなく、三機関で相談やケース会議を行って対応することで様々な知恵や工夫が出ることや支援者のストレス対処(抱え込み・自責防止)にもつながっている。 4 まとめ  「堺方式」の取り組みは、連携することが目的ではなく、1人でも多くの障害者雇用を進めるためにはどうしたらよいか、何ができるかということで考え動いた結果である。堺方式で実際に動いてみる中で、障害者雇用は雇用してくれる事業所があって、安心して取り組んでもらえて初めてできるものだということをあらためて感じた。事業所の不安や要望・ニーズにどうしたら応えられるかというところを出発点に、「自分の機関が」ではなく、「地域の支援機関」は何ができるかという三機関のスタンスを合わせたことが、結果的には効果的に障害者雇用を進めることにつながったのではないかと考える。  効果的な「連携の在り方」というのは、事業所を取り巻く状況やニーズ・社会的背景(地域性・施策等)に伴い変化するものでもあると思われる。現在のこの「堺方式」の形が決して一番よいものでも完成形でもないと思われるが、その時々の地域の事業所や障害者のニーズにあわせた「堺方式」の支援の形を発展させていくことを、引き続き目指して取り組んでいきたい。 高次脳機能障害患者に対する復職支援 −職業センターと連携を図った症例− ○山下 妙子(兵庫医科大学ささやま医療センター 作業療法士) 島田 憲二・福田 能啓(兵庫医科大学地域総合学) 道免 和久(兵庫医科大学リハビリテーション医学) 1 はじめに 高次脳機能障害のリハビリテーションにおいて就労は、社会参加にむけての大きな目標のひとつであり、特に若年者の多い外傷性脳損傷患者では、その必要性も高くなる。一方で、身体機能の回復後も複雑な高次脳機能障害により就労が困難な事例も多く、就労支援には各支援機関の連携とその継続が不可欠となる。今回、外傷性脳損傷により高次脳機能障害を呈した症例に対し、入院中から正規雇用に至るまで、障害者職業センターと連携し復職に向けた介入を行った。その経過を通して、各機関が担う役割と連携について若干の考察を加えて報告する。 2 症例紹介 40歳代 男性  [診断名]びまん性軸索損傷 外傷性脳内出血 急性硬膜外血腫 症候性てんかん [障害名]高次脳機能障害 左半身不全麻痺  [現病歴]平成19年11月職場から帰宅中の交通事故により上記受傷。F病院救急搬送され保存的加療をうけた後、平成20年5月リハビリ継続目的で当院へ転院 。 [生活背景]症例(独身)と両親の3人暮らし。鍼灸師として自宅で鍼灸院を営む傍ら、食品加工会社に勤務していた。 (1)入院時所見 [身体機能]体幹失調及び軽度の左片麻痺を認め、見守りにて歩行。検査上若干の巧緻性低下は認めるものの、生活場面においては両上肢共に実用レベルで、ADLは一部声かけや促しを要するがほぼ自立。 [高次脳機能]知的機能はWAIS-R:VIQ105 PIQ91 IQ99。各種神経心理学検査結果より、逆行性健忘、注意障害(主として分配、転換困難)を認めるほか、社会生活に影響を及ぼすと考えられるものとして、病識の欠如、固執傾向、易疲労がみられた。また、情動のコントロールが難しく、病棟や訓練室でしばしば大声をあげるなどの社会的行動障害を認めた。 (2)入院中のリハビリ経過 身体機能の改善および自宅でのADL自立を目標としたアプローチから開始し、徐々に就労を指向したアプローチへと移行した(図1)。主に理学療法(以下「PT」という。)では日中の就労に必要とされる体力の増強、作業療法(以下「OT」という。)では簡単な軽作業を導入する中で、注意障害の改善や問題解決能力の向上、作業耐久性の向上及び疲労のコントロールなど、高次脳機能面へのアプローチをおこなった。また言語療法(以下「ST」という。)では記憶障害に対する代償手段の検討や対人コミュニケーション能力向上に向けてのアプローチを行うなど、各療法で連携しながら取り組みをすすめた。さらに週末の外泊時には家族の協力のもと、公共交通機関の利用や買い物など、社会生活に必要な経験の機会をもつことをすすめた。これらの経過を経て、症例及び家族の希望である復職に向けてより具体的な支援を開始した。        図1 入院中のリハビリ経過 3 復職支援(図2) (1)職場へのアプローチからジョブコーチ導入まで 同年9月、当院スタッフ(医師、医療ソーシャルワーカー(以下「MSW」という。)、PT、OT、ST)と家族、職場担当者(会社役員、現場主任)で、カンファレンスを開き、症例の経過と現状報告、さらに就労時に想定される問題点などを話し合った。当初会社側は症例の受け入れに協力的であり、外泊時に通勤練習を兼ねて会社に出向くことが決まった。しかし、雇用体制の不明確な状況で体験的に業務を行うのは難しく、実際には会社入口で挨拶を交わすのみで現場に入ることすらできない状況が生じていた。 そこで11月、MSWを通じて、公共職業安定所及び障害者職業センターの障害者職業カウンセラーを交え、ジョブコーチ支援の活用と復職に向けての支援についてカンファレンスを行った。障害者職業センターから職場側への支援及び症例の復職に向けての働きかけを行ってもらうことを依頼するとともに、支援にあたり通常必要とされる職業アセスメントについては、当院での訓練経過や評価結果などの情報と今後の連携で代用が可能であることを互いに確認し、連携支援を開始した。 (2)復職準備期間 復職に向けてのスケジュールを立案するにあたり、まずOTより、就労に際して問題となることが予想される具体的な高次脳機能障害について障害者職業センターへの情報提供を行った。職業カウンセラーはそれらの情報を元に職場を訪問し、実際の環境や職務内容を見ながら症例に提供可能な業務について会社側と検討する一方で、ジョブコーチ制度をはじめとした事業者側への支援の説明を行った。また具体的な業務内容や職場環境を現実検討するにあたっては、それらが実行可能かどうかの評価をOTへ依頼した(屈んでの掃き掃除作業や回転を伴う運搬作業等)。OTは、実際の業務内容を想定しての訓練を入院中から取り入れ、その結果を報告するなど、職業カウンセラーとの情報交換を繰り返し行った。事業所側の不安や仕事内容・職場環境のアセスメントとご本人のアセスメント(動作・要配慮事項等)を並行して行った結果をふまえて、「安全にできる仕事で週20時間雇用(雇用保険加入)を目指す」という目標で5カ月のジョブコーチ支援計画(案)を職業カウン 図2 入院中から開始した復職支援の流れ セラーが立て事業所に提案した。事業所・本人の同意が得られたため、12月下旬に職業カウンセラー及びジョブコーチの同行のもと症例自身が会社へ挨拶に出向き、正式な勤務開始日が決定した。併せて当院の退院も決定し、今後は外来通院でフォローを継続することとなった。 (3)職場復帰後の集中支援と通院でのサポート期間 翌年1月より職場復帰となるが、事業所の不安が大きかったこと及びご本人の適応のしやすさを考慮し、刺激の少ない自分のペースでできる作業と環境に限定した部分からの復帰を試みた。週2回2時間程度から始まった勤務は、ジョブコーチ集中支援と週2回の通院でサポートを行った。勤務中生じた問題点(疲労のコントロールができない、特定の作業に固執する等)についてジョブコーチから報告をうけ、OTは対処方法の検討及びその方法が適切かどうか、通院時に評価を行い具体的な対応の提案を行った(仕事を量ではなく時間で区切る、アラームの活用等)。ジョブコーチは就労場面でその実践・指導を行い、新たに生じる問題点や、経過の中でみられる症例の変化に配慮しながら時間の設定や作業内容を再検討するなどしてサポートを継続した。2ヶ月後、今後の支援について検討を行った結果、勤務日数の増加に伴い通院は週2回から1回へ、ジョブコーチのマンツーマン対応が中心であった集中支援は、移行支援へと支援の形を変えることとなった。     (4)移行支援から長期的なフォローアップへ 移行支援が続けられていた平成21年5月、会社の都合により従来症例が行っていた業務を継続して提供することが難しくなった。さらに同僚とのトラブルが発生するなど、職場側への支援を強化する必要性が生じていた。そこで、移行支援期間を2ヶ月延長するとともに、ジョブコーチから会社側へ、本症例の高次脳機能障害による対人面での問題点や特性をふまえた理解の促しや、場面に応じたナチュラルサポートの依頼などを行い、再度業務内容の調整を行った。 7月、再び合同カンファレンスを開き、関係機関及びそれぞれの職種から、経過報告と現状の問題点について話し合った。会社側から、現状では業務に支障を来すような大きな問題は生じていないこと、ジョブコーチの存在が社員の安心につながっている一方で、支援期間が終了すれば、症例はもとより社員の不安が増す可能性があることが報告された。また、正規雇用には慎重にならざるを得ないが、引き続き症例の支援を継続したいとのことであった。障害者職業センターからは、フォローアップの期間として、年単位での経過観察が必要であることが示され、今後も生じることが予測される様々な問題について、その都度情報交換をしながら関係機関の連携を継続していくことを再確認した。今後はフォローアップサポートの中で、正規雇用にむけての検討をおこなうこととなり、8月末をもって、移行支援は一旦終了することとなった。 (5)集中支援の再開から正規雇用へ 移行支援が終了し、約半年が経過した平成22年2月、次年度の正規雇用を目標としてジョブコーチ集中支援が再開された。当初は週20時間勤務を目標としていたが、疲労の増強から業務に支障を来したこともあり、会社側と検討の上、復帰から1年半が経過した平成22年6月、週15時間勤務での正規雇用契約が結ばれ、現在に至っている。 4 考察 (1)早期からの連携支援の必要性 高次脳機能障害者の就労支援の問題点として坂爪1)は①高次脳機能障害へのリハの不足②社会生活・就労を指向したリハの不足③社会生活の場におけるリハの不足④社会的理解の不足⑤就労支援体制の未確立と連携の不足、を挙げている。本症例において、①や②に挙げられる問題点については、各療法の連携に加え、家族の協力が得られたことで、入院中比較的早期より取り組みが可能であった。しかし、それ以下の問題点、特に実際の就労現場でリハビリ支援を行うことや、社会的に認識が不十分な高次脳機能障害について職場へ理解を促すことは、医療機関のみで対応することに限界も感じられた。 そこで障害者職業センターと共に、ジョブコーチ制度を利用した連携支援を行った。医療機関から、直接介入の機会を持つことが難しい就労先へ、専門的な立場で的確な働きかけ行う障害者職業センターは、我々医療機関のスタッフのみならず本症例を受け入れる職場側にとっても非常に心強い存在であったと考える。一方で、職業センターの職業カウンセラーからは「今回入院中から医療機関と詳細な情報交換ができたことが、症例の高次脳機能障害を知る上で非常に役立った」という感想が得られた。Malecら2)は、脳外傷者の就労を阻む原因として、認知や身体障害の問題に加え、脳外傷によって発生した問題点についての正確な評価や診断が就労場面に伝わらないことの問題を指摘している。比較的その特性がとらえやすい身体障害と比して、高次脳機能障害は目に見えない障害であり、各種神経心理学的検査の結果や、院内での限られた訓練場面の様子を伝えるだけでは、正確な理解の共有は出来ないと考える。その多くが退院後の介入となる就労支援において、比較的早期である入院中から職業センターと連携して支援を行ったことで、高次脳機能障害による問題を共有しながら、就労場面での対応や生かせる能力について検討することが出来たと考える。さらに復職後は、就労先で生じた問題に対し、速やかな対応策の提案が可能であった。早期より情報を共有し、復職に向けて共に検討を繰り返したことは社会復帰へのスムーズな移行をもたらすのみならず、双方の専門性を生かし、互いを補い合う支援体制の確立につながったと考える。 (2)支援する人への支援の必要性 復職後の支援を継続する中で、問題が生じた際には本症例に対する支援に加え、就労先である職場への速やかな対応が不可欠であった。生じたトラブルを解決するにとどまらず、高次脳機能障害という見えない障害への理解と協力を得るための働きかけを継続して行うことが必要であると考える。これは専門職以外にも、就労現場で症例を支える役割を担える人材を育成することにつながり、それはやがて就労の継続において大きな支えになると考える。 また今回の支援経過において、入院中から症例の持つ障害について家族と共に考え、関わりへの助言を行うことで、その理解と協力が十分に得られたことが復職への大きな力となった。医療機関、障害者職業センターが有機的に関わる中で、その支援を確実なものにするためには、症例にとって最も身近な存在である家族や職場など、症例を取り巻く人への支援が欠かせないことを実感した。入院中から始まり2年近く続いた支援経過も、今後も続く症例の生活においてはごく初期の支援に過ぎない。この支援が短期間に限られたもので終了することのないように、症例を支援する職場や家族への支援も併せて長期的にフォローしていくことが重要だと考える。 5 まとめ 今回、外傷性脳損傷による高次脳機能障害を持つ症例に対し、職業センターと連携して復職への支援を行った。医療機関において就労場面を指向したアプローチを行いながらも、一般的な神経心理学的検査や院内環境の限られた範囲内での対応では十分に把握しきれない点も多い。障害特性や生かすべき能力について、適切な関わり方や環境調整の具体策を検討していくためには、早期から他職種との連携を図り、就労前から就労後を通してそれぞれの専門性を生かした関わりを継続する必要性が示唆された。また、症例だけではなく、それを取り巻く家族や職場に対する支援も不可欠である。これら身近な理解者の存在は、高次脳機能障害を持つ症例が、社会的な役割を見つけ、充実した生活を継続するための大きな支援の力になると考える。 【引用文献】 1)坂爪一幸:高次脳機能障害者の社会復帰を目指して BRAIN MEDICAL 20(4):371-378,(2008) 2)Malec, JF et al:A medical / vocational case coordination system for persons with brain injury: an evaluation of employment outcomes. Arch Phys Med Rehabil 81, p1007-1015, (2000) 高次脳機能障害者就労準備支援プログラム利用者の 実態追跡調査から 望月 裕子(東京都心身障害者福祉センター 心理職) 1 はじめに 高次脳機能障害者支援において就労は重要なテーマである。東京都心身障害者福祉センターでは、平成19年9月から「高次脳機能障害をもつ人の就労準備支援プログラム」(以下「プログラム」という。)を実施し、本人の希望と地域の支援機関の依頼のもとに約6か月の通所による職業評価を行い、復職や新規就労を目指す高次脳機能障害者を支援してきた。これまでに当プログラムを利用した高次脳機能障害者を対象に現在の就労状況や社会参加状況等について調査し、就労と高次脳機能障害との関連や支援のあり方等について検討したので報告する。 2 方法 対象は、平成19年9月〜平成23年3月にプログラムを利用した者94名とした。現在の就労状況について独自に作成したアンケートにより、障害者手帳の所持などの基本情報、就労の有無、職場から受けている支援や配慮、就労に関するサービス機関の利用、就職や就労に役立つと思われる支援等について回答を得た。回答は選択肢または自由記述により、原則として本人が記入するよう依頼したが、困難な場合は家族が回答することも可能とした。対象者の個人情報等に係るプライバシーの保護には十分配慮した。調査結果の分析に際し、2群間の有意差の検定にはt検定およびカイ二乗検定を用いた。 3 対象者について 対象者94名のうち、64名より回答を得た(回収率68.1%)。分析対象者は、男性56名、女性8名、年齢は平均44.1歳(21歳〜61歳)、原因疾患は、脳血管障害が40名、外傷性脳損傷が17名、脳炎3名、脳腫瘍2名、その他2名である。対象者の「プログラム」利用開始時の平均年齢は41.9歳、受傷年齢の平均は38.5歳、受傷から「プログラム」利用開始までの期間の平均は45.9カ月(6〜269カ月)であった。また、身体障害者手帳所持者は43名(67.2%、1〜6級)で、精神障害者保健福祉手帳所持者は31名(48.4%、1〜3級)、愛の手帳(療育手帳)所持者は2名(2名とも4度)であり、全員が何らかの障害者手帳を所持していた。 4 現在の就労状況 調査の結果、現在就労している者(以下「就労群」という。)は27名(42.2%)、就労していない者(以下「非就労群」という。)は37名(57.8%、休職者1名を含む)であった。 (1)就労群  就労群のうち、復職は10名(37.0%)、新規就労は17名(63.0%)であった。年代は20〜50代で、平均年齢は44.9歳であった。 雇用の状況は、障害者雇用は17名、障害者雇用以外が7名、不明が3名であった。会社の規模(社員数)は1000人以上が16名、職種では事務が14名で、それぞれ最多であった。雇用形態は、正社員11名、パート・アルバイト5名、派遣社員2名、その他9名であった。労働時間の平均は週34.5時間、給与形態は、月給19名、時給8名であった。 現在の職場環境への満足度は、「満足している」「まあまあ満足している」が合わせて21名で多い。仕事での困難は感じることが「ない」17名「ある」10名であった。また、職場の人間関係については、「とても良好」「まあまあ良好」「普通」が25名でほとんどであった。仕事で困ったときに相談できる人は、25名が「いる」とし、内訳は、「職場の上司・同僚」20名、「家族」11名、「専門機関などの支援者」8名、「医師」5名「その他」2名であった。職場側の支援・配慮は、「症状に合わせた職務の割り当て」が最も多く、その他「上司や同僚の作業補助」「短時間勤務・残業規制」「通院・治療・服薬への配慮」が多かった。 就労群のうち、プログラム終了時点で復職したものは10名、新規就労したものは2名であった。それ以外の15名は、終了時点での帰結は作業所通所や職業訓練等であり、調査までの間に新たに就労したことになる。 (2)非就労群  現在の生活状況(複数回答可)は、「作業所通所中」18名、「就職活動中」12名、「デイサービス通所中」が9名、「家で過ごしている」が8名、「職業訓練校通学中」3名、「その他」が6名であった。作業所、通所サービス、職業訓練校などに通っていないものは10名であった(8名は「就職活動中」)。また、プログラム利用後に就職・復職した経験のあるものは6名で、うち3名は復職後退職していた。今後の就職の意思は、「ある」が31名、「ない」が2名、未回答が4名であった。  非就労群については、プログラム終了時の帰結は、作業所通所であったものが最も多い。調査までの期間を経ても就労に結びついていない結果は、職業準備性を高める必要性が継続していることが推測される。 5 就労群と非就労群の比較 (1)属性及び高次脳機能障害 現在の年齢、受傷年齢、プログラム利用開始時年齢、受傷からプログラム利用までの期間、原因疾患について、両群に5%水準で有意差はなかった。また身体障害者手帳・精神障害者保健福祉手帳の等級についても、有意差は見られなかった。 一方、利用時のWAIS-Ⅲ平均値に関しては、FIQ、VIQ、PIQ及び群指数のいずれにおいても、就労群の方が非就労群に比べて5%水準で有意に高かった(図1)。 図1 就労群及び非就労群WAIS-Ⅲ平均値 また、現在の高次脳機能障害については、いずれの群においても「記憶障害」「注意障害」「遂行機能障害」「失語」が多かった。この項目では「失行」において両群に5%水準で有意差が見られた(図2)。高次脳機能障害者の就労について検討する際は、受傷要因や障害者手帳の等級といった大まかな特徴よりも、個々の障害特性や行動面への影響、全体的な能力傾向への影響など細かく指標を探る必要があることが示唆される。 図2 現在の高次脳機能障害 (複数回答) (2)プログラム終了時の帰結  就労群及び非就労群の、プログラム終了時の帰結をグラフ化したものが図3である。 前述のように就労群は終了時点で復職や新規就労につながっているものが多いが、非就労群では作業所等の利用が多く、プログラムを通しての評価の結果との関連が推測される。 図3 プログラム終了時帰結   (3)就労支援サービスの利用 就労群のうち、プログラム利用後に就職や復職のためのサービスを利用したものは24名(88.9%)であった。利用機関は、「ハローワーク」「就労支援センター」が多い。サービス内容は、職業あっせん・紹介が6名、就職説明会が6名、職業訓練等が8名、ジョブコーチが7名、就職後のアフターフォローが10名、その他が2名であった。利用した回数は「10回以上」が11名あり、利用時期も「就職・復職前後とも」が12名で、細かな支援を受けている様子が窺われる。 非就労群では、プログラム利用後就職活動をしたものは28名(75.7%)であった。利用機関は、「ハローワーク」「作業所」「就労支援センター」が多かった。サービス内容については、就職説明会が7名と多く、また利用回数については未記入のものも見られたが、「10回以上」が8名あった。 就労群が就職や復職に際して利用した機関と、非就労群がこれまでの就職活動で利用した機関を比べたところ、「ハローワーク」「作業所」「福祉事務所」の利用について有意差が見られた(図4)。「ハローワーク」「作業所」は非就労群においてよく利用され、「福祉事務所」の利用は就労群に限られていた。 図4 利用した機関 (複数回答) プログラム利用の際は、就労支援センターや福祉事務所、作業所など地域の支援機関からの依頼という形をとり、利用者に継続して地域が関わるよう工夫している。非就労群にも福祉事務所からの依頼で支援したものがあったが、就職活動の際にはハローワークや作業所の方がより身近で直接関わりをもつのかもしれない。機関の種類だけでなく数や利用回数も分析を要するが、ニーズに合わせて柔軟に利用できる支援体制が望まれよう。 (4)就職・就労に役立つ支援や配慮 就職や仕事の継続にあたって大切なこと、継続に特に役立つ支援や配慮、プログラムで特に役立った内容を全対象者への共通質問項目(複数回答可)としたが、回答はいずれも就労群・非就労群間に有意差はなかった。就職や仕事の継続にあたって大切なことは、両群ともに「会社の支援体制」「自分のスキルや能力」「仕事との相性」「障害・疾患の程度」「社内の人間関係」が多かった。継続に役立つ支援については、「障害についての職場の理解」が最多で、以下「体力等に合わせた職務の割り当て」「高次脳機能障害の診断や証明」「短時間勤務・残業規制」「職業訓練・職業準備訓練」であった。またプログラムで役立った内容は、「通所の日課・通勤訓練」「評価課題・作業課題」「検査や職業評価結果の報告」「グループワーク」「メモリーノートや手帳の使い方」が多かった(図5〜7)。 図5 就職や仕事の継続に大切なこと(複数回答) 図6 就職や仕事の継続に役立つ支援(複数回答) 図7 プログラムで役立った内容(複数回答) 6 考察 就労準備支援プログラム利用の対象となる高次脳機能障害者は、継続して通所し課題を行うことが可能な力が必要とされるため、ある程度スクリーニングされており重篤な高次脳機能障害者は少ない。その前提での調査結果ではあるが、今回の対象者については、64名中27名と、約42%が就労していた。就労群の実態としては、比較的大企業での事務職が多く、困った時に相談できる相手があり、職場に対しては概ね満足している。就労のために様々な支援機関のサービスを利用し、また職場側も症状に合わせた職務の割り当てや作業補助等の配慮を実施している。復職者だけでなく新規就労が多くを占めていることから、プログラムをきっかけの一つとして種々の支援機関を利用し就労に結びつく道筋が示唆される。   非就労群はほとんどが再就職を希望し、実際に就職活動したり通所等何らかの日中活動も行っている。プログラムの終了段階で作業所利用という帰結だったものが多く、職業準備性を高める必要性が継続していると考えられるが、就労に結びついていない実態については、経過の推移や在宅生活の実際など、より詳細な調査や分析が必要と思われる。 就労群と非就労群において、受傷の年齢や原因、手帳の等級には有意差は見られなかったが、知能検査結果については有意差が認められた。高次脳機能障害者の就労については、障害要因や大まかな程度区分よりも、障害特性の行動面や全般的能力傾向への影響など細かい指標が関与する可能性が示唆された。また就労支援サービス機関の利用に違いがみられ、ニーズに即した様々なサービス提供の場の必要性もうかがわれた。 高次脳機能障害者が就労に関して望む支援や配慮は、職場の理解をはじめ会社内の体制や携わる仕事に関するものが多く挙げられている。就労という長いプロセスの中で、準備や訓練だけでなく実際に働く場におけるきめ細かな支援が重要であることが示唆される。さまざまな条件を持つ個々の企業に、高次脳機能障害者がより働きやすい環境を整えるためには、企業の内外、地域や家族の相談体制も含めて、多方面から柔軟なネットワークを構築していくことが不可欠である。対象者は障害者手帳所持率や就労支援機関利用率は高かったが、支援につなげ維持するための制度や情報の提供も重要であろう。就労は、収入を得るだけでなく自己を実現し社会的役割を得るための大切な活動である。今回の調査結果を踏まえ、高次脳機能障害者支援に公的機関としてどのように係われるか、実践と模索を重ねていきたい。 【参考文献】 1)田谷勝夫,青林唯:高次脳機能障害者の就業の継続を可能とする要因に関する研究、障害者職業総合センター調査研究報告書No 92、障害者職業総合センター(2009) 2)山本正浩,中島八十一:高次脳機能障害者の就労および健康関連QOLに関する追跡調査、国立身体障害者リハビリテーションセンター研究紀要第28号、pp19-26,国立身体障害者リハビリテーションセンター(2007) 3)百川晃,丸石正治,近藤啓太,隅原聖子,澤田梢,室田由佳,川原薫:高次脳機能障害者の就労支援における環境因子、第15回職業リハビリテーション研究会発表論文集、pp162-163,障害者職業総合センター(2007) 4)高次脳機能障害支援普及事業相談支援体制連携調整委員会:千葉県高次脳機能障害支援普及事業平成18年度事業報告書、千葉県千葉リハビリテーションセンター(2007) 障害受容を効果的に行うための取り組み (職業準備支援における障害別プログラムの実践) ○鈴木 普子(神奈川障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 日髙 幸徳(神奈川障害者職業センター) 1 目的 神奈川障害者職業センター(以下「神奈川センター」という。)へ来所する高次脳機能障害者の中には、中途で障害をおったため混乱した心理状況下にあり、医療機関から高次脳機能障害について説明を受けていても自身のこととして捉え理解できていないことがある。 しかし、高次脳機能障害者に対する職業リハビリテーションにおいては、障害に対する補完手段を獲得し、実際に活用できるかどうかが就職後の作業遂行や職場定着を大きく左右する。そして、補完手段の獲得にあたっては、自身の障害への気づきや理解、受容が非常に重要な鍵となる。 本発表では、神奈川センターにおける職業相談・評価において実施している障害認識を進めるためのアプローチについて事例をもとに報告し、高次脳機能障害者に対する有効な職業相談・評価のあり方について考察することとする。 なお、本人の障害の受け入れを表す用語は「障害受容」、「自己認識」など様々に表現されているが、本発表においては「障害認識」と表現する。 2 方法 (1)職業相談・評価の概要 対象者は将来的に就職、又は復職を目指している高次脳機能障害者とし、職業相談・評価の期間は3〜5日間とした。 職業評価における具体的な内容は表1のとおりである。 表1 職業評価の具体的な内容 作業内容は、継続して経過が観察できるよう、支援機関で実施されているワークサンプル幕張版の中から、対象者の状況に応じた適切な作業を職員が選択した。  また、「作業状況のふり返りシート」は、「作業内容に関する好み」「仕事としての選択の可能性」「疲労度」「作業全体をとおしての感想」を項目として設け、独自に作成した。「自己評価シート」については、障害者職業総合センター職業センター1)及び本田哲三2)から、高次脳機能障害者の障害状況に関する内容をピックアップし、事例1〜3の対象者に共通する内容をチェック項目とした。チェック項目は全部で17項目設け、独自に作成した。なお、それぞれの高次脳機能障害の障害状況に自身で0〜100%の5段階であてはまるかどうかを記入するようにし、100%に近いほど高次脳機能障害の特性が認められないものとした。 なお、職業相談・評価の流れは図1のとおりで、ワークサンプル幕張版については3日間にわたり実施した。 図1 職業相談・評価の基本的な流れ (2)障害認識を進めるアプローチ ワークサンプル幕張版における評価内容は表2のとおりである。ワークサンプル幕張版の実施にあたっては、その日ごとに作業終了後、自身で「作業状況のふり返りシート」を記入しながらふり返りを行った。作業においてミスが見られた場合には、職員からミスの原因について指摘したり、補完手段を助言したりすることはせずに、「作業ミスに解釈を加えず、結果のみを伝えること」「ミスの原因や対処方法は本人が考えること」とし、これらが難しい対象者については、「可能性として考えられる原因や対処方法をいくつか提案し、本人自身が実行する対処方法を選ぶこと」、また「本人の話を否定しないこと」という職員側の基本方針を立て、本人に「対処方法の検討シート」の記入を求めた。 また、本人の障害認識がどの程度進んだかを確認するため、個別相談(1日目)とふり返り(最終日)のタイミングで本人に「自己評価シート」の記入を求めた。 表2 作業ごとの評価内容 3 事例の報告と結果について 職業相談・評価で障害認識を促す具体的な取り組みを行った3事例について報告する。各事例の対象者の属性等は表3のとおりである。また、「自己評価シート」の結果は表4のとおりである。「自己評価シート」の結果については、数値が下がった場合に障害認識が進んだものとみなした。 (1)事例1 ①対象者の概要 支援機関より、本人の課題として、「本人が頑張りすぎてしまうため、周囲がペースを調整したり、優先順位を示したりすることが必要」と話があった。実際の職業相談・評価場面においても、本人から「何かやっていないと落ち着かないのは元々の性格」などの発言が聞かれた。 ②職業相談・評価の状況 ワークサンプル幕張版の作業場面においては、正確な作業遂行を目標として提示するが、自身でスピードと正確性の両方を意識して作業に取り組んでいた。スピードも意識したことにより、作業ミ 表3 対象者の属性 表4 「自己評価シート」の結果 スをし、そのイライラで再びミスをするという悪循環に陥ってしまった。 そこで、「対処方法の検討シート」の作成においては、ミスの原因と対処方法について自身でふり返りながら、シートを記入していただくようにした。 自身では、作業ミスの原因を「スピードを意識したこと」「作業ミスによる動揺」と捉え、対処方法として「正確さをまず意識すること」、「繰り返し確認を行うこと」、「適宜休憩を取るなどして気持ちをリフレッシュさせること」を選択した。結果、正確に作業を行うことができた。 ③職業相談・評価をとおしたふり返りの状況 これまで本人は日常生活で余裕のないスケジュールを組んでいたが、今回の取り組みをとおして余裕を持ったスケジュールを組むよう意識できるようになり、予定を入れない日を設けることができるようになっている。自身でペースコントロールの調整に意識を向けることができるようになっている。表4の数値の変化から、本事例は今回の取り組みをとおして障害認識が進んだといえる。障害認識が進まなかった項目も多く見られているが、これは元々この対象者がある程度自身の障害状況を認識していたことによるものと考えられる。 (2)事例2 ①対象者の概要 支援機関より、「障害が軽度で日常生活では見えにくく、障害認識がない」、「処理速度の乏しさが特に見られる」といった話があった。初回来所時、家族が同行していたが、本人は家族の同行の必要性を感じておらず、障害認識があることを窺わせる発言も聞かれなかった。 ②職業相談・評価の状況 ワークサンプル幕張版の作業場面において、加算エラーが見られたため、「対処方法の検討シート」を活用した。自身では、ミスの原因を「眠気による集中力のなさ」と振り返っており、「早く寝る」という対処方法があげられたものの、本人から実行は難しいと話があった。そこで、職員からすぐにできる対処方法について検討を促したところ、「指差しで確認しながら足し算を行う」という対処方法があげられた。 対処方法を取り入れた結果、加算エラーはなくなり、作業スピードも向上した。 しかし、期間内に実施できた試行数が少なく、作業課題での成功体験を積むことなどで、対処方法の有効性を実感するまでには至らなかった。今後は、支援機関において対処方法の有効性を確認していただくこととなっている。 ③職業相談・評価をとおしたふり返りの状況  表4から、本事例も今回の取り組みをとおして障害認識が進んだことがいえる。 また、処理速度の乏しさについて、一般平均と比較した作業能率をふり返りの際に示したが、「元々作業遂行は遅かった」と話し、こちらが望むような障害認識には一部至らない項目もあった。 (3)事例3 ①対象者の概要 来所当初から、職業上の課題が障害に起因するという認識がなく、受障前から同じ状況だという認識であった。 ②職業相談・評価の状況 作業場面においてミスを指摘し、「対処方法の検討シート」をもとに整理するが、ミスの原因は考えられるものの、対処方法を考えることは難しかった。このため、基本方針を変更し、職員から対処方法について提案した。結果、ミスなく作業を行うことができた。 作業実施後、本人にメモを取ることが必要という理解はあるが、実際にメモを活用することが習慣化されていないことを伝えたが、本人からは「今回メモを取ってよいか分からなかったから」という理由付けがあがった。今回の取り組みで、本人が自主的なメモの活用に至らなかった原因としては、作業ミスをしてもそれが障害に起因しているという認識ができていないため、補完手段の必要性を認識していないことによるものと考えられる。また、相談時の発言から、作業ミスをなくす取り組みが重要という認識が見られず、ミスに対する意識の甘さも影響していると考えられる。 ③職業相談・評価をとおしたふり返りの状況 表4からは、障害認識が進んだことが窺える。  終了後、一度はすぐに収入が欲しいという気持ちから早く就職することを希望していたが、結果として、まずは自分がどのような障害状況にあるのかを確認するために作業所を利用していくこととなった。また、すぐに収入が欲しいという希望については、作業所で工賃が支給されることもあり折り合いがついている。 4 考察と今後の課題について 今回の取り組みをとおして、「自己評価シート」上は全ての事例において障害認識が進むきっかけとなったことがいえる。 しかし、事例2においては、項目によっては課題として考えられなくなっている項目もみられている。また、事例3においては、職業上の課題として認識できるものの、補完手段の必要性を実感するまでには至らなかった。これは、事例2と事例3のケースが、日常生活において困りをあまり感じておらず、日常生活での状況を障害と結びつけることができていないことが原因の一つと考えられる。なお、事例2については受障後間もないことから、脳がまだ回復途上にあることも関係していると考えられる。 綱川3)によれば、職業リハビリテーションにおける本人の障害認識の過程は図2のとおりである。今回の取り組みをとおして、事例2と事例3については、「日常生活等での状況を障害と結びつける」過程がクリアされていないものの、今回の取り組みは一定の効果があったといえる。 図2 本人の障害認識の過程 通常神奈川センターの職業相談・評価後のふり返りでは、本人と相談しながらではあるものの、支援者から職業上の課題とその原因、対処方法について提案することも少なくない。しかし、そのような場合に、作業課題のミスや作業に上手く対応できないことについて「作業に慣れていないから」「もっと時間があればできた」などの理由づけも少なくない。今回の取り組みでは、作業課題のミスだけをその都度フィードバックすることで、本人自身が作業への慣れや時間の問題だけでは説明がつかないことに気づくとともに、自身でミスの原因や対処方法を考えること(このことが難しい対象者については、支援者が可能性として考えられる原因や対処方法をいくつか提案し、本人自身が実行する対処方法を選ぶこと)ができたのではないかと考えられる。 5 まとめ  今回の取り組みでは、「作業場面において一定の環境を用意すること」「作業課題のふり返り相談を丁寧に行うこと」を意識して行った。これにより、障害認識が進むきっかけになったといえるが、今回の取り組みでより効果を求める場合には、図2の「事前相談」の段階をクリアされていることが望ましい。 また、今回の取り組みで一定の効果があったことは確認されているが、日常生活等での状況を障害と結びつけることが難しいケースについては、障害特性があらわれやすい作業環境を設定することにより、より障害認識が進みやすくなると考えられる。今後は、この点に留意して職業相談・評価を行っていきたい。 なお、今回の取り組みは3〜5日間と短期間で実施したため、神奈川センターの職業準備支援を利用して取り組みを行った場合や、事例2や事例3のようなケースについては、就労移行支援事業所などを利用して取り組みを行うことについて、今後さらに検討していきたい。 【参考・引用文献】 1)障害者職業総合センター:職業センター支援マニュアルNo.1「高次脳機能障害の方への就労支援」 2)本田哲三:高次脳機能障害者のリハビリテーション、医学書院 3)綱川香代子:高次脳機能障害を有する者の就業のための家族支援のあり方に関する研究、pp78-83,障害者職業総合センター調査研究報告書No.58 (2004) 若年性認知症者の就労継続に関する研究 −産業医調査から検討する支援の課題− ○伊藤 信子(障害者職業総合センター 研究協力員) 田谷 勝夫(障害者職業総合センター) 1 はじめに これまでの若年性認知症者の就労継続に関する研究では、若年性認知症者の就労継続のためには、病気の早期発見の重要性が示唆された(田谷・伊藤,2010)。症状が軽い段階であれば、当事者自らの工夫や職場の配慮によって就労継続の可能性が高くなり、長期的な視点に立っての生活全体の立て直しにつながることが考えられる。 本研究では、若年性認知症の診断に携わる専門医を対象とし、若年性認知症者の診断前後の就労状況等について調査し、就労継続支援の課題を検討した。 2 専門医調査 (1)調査方法 ① 調査対象者 日本老年精神医学会会員の専門医460名を対象とした。 ② 調査方法と調査期間 日本老年精神医学会事務局の協力を得、事務局より電子メールにて調査票を送信した。 調査票の返却は、調査担当者あてに、電子メールにて調査票を返信した。調査票の送信に際しては、情報を保護するためにパスワードを設定した。 平成23年8月初旬に調査票を送信し、平成23年8月末までの概ね1か月の返却期間を設けた。 ③ 調査内容 質問Ⅰでは、調査対象の専門医がこれまでに診療にあたった「初診時に就労していて、若年性認知症と診断のついた方」に該当する事例について、原因疾患名、診断がついた日、発症に気づいた人、診断確定時の就労状況、調査時の就労状況等について質問した。質問Ⅱでは、事例の雇用されている事業所の対応、専門医としての意見や事業所への要望等について質問し、自由記述で回答を依頼した(表1参照)。 表1 調査項目と内容 ④ 回収率 45名の専門医より回答が得られ(回収率8.8%)、得られた事例数は108例であった。 (2)結果 ① 分析対象事例 「発症年齢ならびに調査時点(平成23年9月1日)での年齢がいずれも65歳未満で、就労によって収入を得ていた若年性認知症者」に該当する事例を、分析対象事例とした。該当した事例は108例のうち、77例であった。本研究では77名の若年性認知症者に関する分析を行う。 ② 分析対象事例の基本属性等 77名の調査時点での平均年齢は57.0歳であった。男性56名、女性21名で、女性の比率が比較的高い1)。 ③ 調査時、診断確定時、発症に気づいた時の年齢平均  調査時、診断確定時、発症に気づいた時の年齢平均は、それぞれ57.0歳、54.5歳、52.2歳であった。若年性認知症家族会会員を対象とした田谷・伊藤(2010)の調査ではそれぞれ59.2歳、55.2歳、53.6歳であり、専門医は若年性認知症者の発症の初期の段階でかかわっていることが推察された。 表2 調査時、診断時、発症に気づいた時の年齢平均 ④ 原因疾患 最も多かったのは、アルツハイマー病44名(57.1%)、次に前頭側頭葉変性症21名(27.3%)、レビー小体病が1名(1.3%)、脳血管性障害が6名(7.8%)であった。(図1参照)。 朝田他(2009)では、脳血管性障害が39.8%と最も多く、次いでアルツハイマー病が25.4%、頭部外傷後後遺症が7.7%との結果が示されており、本調査では、進行性の変性疾患の占める割合が高い結果となっている。 図1 分析対象者の原因疾患 ⑤ 就労状況の推移  診断確定時では、就労継続中は39名(53.75%)、休職中は12名(15.6%)、すでに退職は19名(24.7%)であった。調査時では、就労継続中は9名(11.7%)、休職中は8名(10.4%)、すでに退職は48名(62.3%)であった(図2参照)。 診断確定時と調査時の年齢平均はそれぞれ57.0歳、54.5歳であったが、約2年半の経過を経て、「就労継続中」は39名から9名へと大きく減少している。調査時の「就労継続中」9名のうち、4名は早期の発見で早い段階で事業所が業務内容を検討し、簡易な作業の業務への変更により、就労継続となっている。 発症初期の段階であれば就労継続の可能性が高いことが考えられ、病気の早期発見と早い段階での対応が極めて重要であると推察される。    図2 診断確定時と調査時の就労状況 3 今後の課題 若年性認知症者の場合、病気の進行とともに、就労継続が次第に困難になる傾向にはあるが、発症の早い段階において退職勧告から退職に至るケースは少なくない。一方、本調査の回答には「多くの職場では今や若年性認知症であるとわかっただけで拒否的になる事はなくなりつつある」との意見もあった。しかし「若年性認知症の本人が、その会社にとって初めての例であることが多く、会社も上司や同僚も困惑しながら、どのように対応すれば良いか」専門医に訪ねている。「結果的には後手にまわる対応しかできていない現状がある」との指摘もあった。 また専門医の意見からは「主治医と家族、上司の連携」「産業医の適切な指示」により就労継続が可能になったとの指摘も散見され、専門医の病気への理解と適切な指示が対応の鍵となることが考えられた。 【参考文献】 田谷勝夫・伊藤信子:若年性認知症者の就労継続に関する研究,「障害者職業総合センター調査研究報告書No.96」(2010) 朝田隆他:厚生労働科学研究費補助金長寿科学総合研究事業,「若年性認知症の実態と対応の基盤整備に関する研究」(2009) 地域障害者職業センターを利用する若年性認知症者の実態 ○田谷 勝夫(障害者職業総合センター 主任研究員) 伊藤 信子(障害者職業総合センター) 1 はじめに 地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)の利用者として、精神障害、発達障害、高次脳機能障害など “職業的重度障害者” が増加しているが、さらに支援が困難と思われる若年性認知症者の利用実態は不明である。  今回、若年性認知症者の就労継続支援策を検討するにあたり、地域センターを利用する若年性認知症者の実態を明らかにするとともに、現場で当事者・家族に対応している(対応する可能性のある)障害者職業カウンセラー(主任カウンセラー)の意見集約を行うことを目的に調査を行った。 2 方法 (1)調査対象 全国の地域センター(47所)並びに支所(5所)。 (2)調査方法 調査票を電子メールにて送付。 (3)調査時期 ①第1回調査----平成21年7月実施、平成11〜20年度の利用実態および利用者の情報提供依頼に加え、主任カウンセラーの意識調査。 ②第2回調査----平成22年12月実施、平成20〜21年度の利用実態および利用者の情報提供依頼に加え、主任カウンセラーの意識調査。 ③第3回調査----平成23年 8月実施、平成22年度の利用実態および利用者の情報提供を依頼。 (4)調査内容 ◇設問1:利用実態  年度別の利用者数(若年性認知症者の定義はICD-10,DSM-IVに準拠した認知症のうち、18歳以上65歳未満の者とし、当機構の障害者雇用システムの障害者台帳検索から「アルツハイマー」「認知症」「痴呆」「多発性脳梗塞」をキーワードとして検索を依頼)を新規利用、再扱別に調査。 ◇設問2:利用者の特徴 ①個人情報(年齢、性別、原因疾患名) ②障害情報(確定診断時期、変化に気づいた時期、介護認定の有無と区分、障害者手帳取得の有無) ③職業情報(退職している場合の退職時期、退職理由、支援経過と内容、転帰) ◇設問3:主任カウンセラーの意見 ①若年性認知症者の支援に際して、どのような情報が必要か。 ②就労継続が困難になり在宅生活に移行する際に、紹介可能な地域社会資源。 ③若年性認知症者の就労支援の際に連携可能な医療機関の有無と、医療機関に対する要望。 ④若年性認知症者への対応として、どのような支援が可能または必要か。 ◇設問4:ヒアリング調査依頼 現在就労中の若年性認知症者(最近まで就労していた者も含む)に対するヒアリング調査(本人調査及び事業所調査)への調査協力を依頼。 表1 調査項目と内容 注) 第1回調査では、設問1の新規/再扱と、設問2の障害者手 帳は不問。第3回調査では、設問3は設けず、意見・要望の自由記述欄を設けた。 3 結果 (1)回収状況 ①第1回調査--45所から回答を得た(回収率86.5%) ②第2回調査--47所から回答を得た(回収率90.4%) ③第3回調査--50所から回答を得た(回収率96.2%) (2)利用者数 若年性認知症者の利用実績のあった23の地域センター(44.2%)における平成11〜22年度の12年間の利用者延べ人数は50例(実利用者は計44名)であった。年度別の利用状況をみると、平成14年度に初めて利用者が現れ、平成17年度以降、増加傾向を認める。 図1 年度別利用者延べ人数 (3)利用者の特徴 個人情報の詳細が明らかな44事例を通し、地域センター利用の若年性認知症者の特徴を分析する。 ア)<個人特性> 1)性別は男性43名、女性1名で、男性が97.7%。 2)地域センター利用時の年齢は平均53.2±5.7歳。年代別では、30歳代が1名(2.3%)、40歳代が7名(15.9%)、50歳代前半が17名(38.6%)、50歳代後半が15名(34.1%)、60歳代が4名(9.1%)と50歳代が全体の72.7%と多数を占める。 図2 地域センター利用時の年齢分布 3)原因疾患は、アルツハイマー病が24名(54.5%)と過半数を占める。前頭側頭型認知症の4名を加えると、変性疾患による進行性の認知症が6割以上となる。脳血管障害(5名)、頭部外傷(1名)、脳腫瘍(1名)、脳炎(1名)など、非進行性の認知症は8名(18.2%)で、2割弱を占める。 図3 原因疾患別利用者数の割合 イ)<障害情報> 1)発症時期 周囲が変化に気づいた年齢を発症年齢とすると、不明の8名を除く36名の発症年齢は平均49.6歳±7.5歳となる。発症年齢不明者の原因疾患には、脳血管障害(3名)や前頭側頭葉変性症(3名)が多い。 2)確定診断時期 診断がついた時の年齢(確定診断年齢)は、○○歳頃と曖昧なものもあるが、全く不明の2名を除く42名の確定診断年齢は、平均50.9歳±6.8歳であり、発症(変化に気づいて)から、確定診断がつくまでの期間は平均1.3年となっている。 3)障害者手帳 障害者手帳所持者は18名(40.9%)、手帳の種類は、精神障害者保健福祉手帳が多い(17名)。申請中4名(9.1%)を含めると障害者手帳所持者は半数となる。 図4 障害者手帳所持状況 ウ)<職業情報> 1)発症から退職まで 退職予定も含め退職者(38名)の退職時の平均年齢は52.1±7.1歳であり、発症から退職までが平均2.5年、確定診断から退職までは平均1.3年となっている。 2)退職理由は、希望退職13名(29.5%)、会社の勧め・解雇10名(22.7%)が多い。 3)地域センターの支援内容は面接・相談41名(93.2%)、職業評価35名(79.5%)、職業準備支援6名(13.6%)、ケース会議7名(15.9%)、JC支援7名(15.9%)、適応指導3名(6.8%)などとなっており、面接・相談や職業評価のみでとどまり、具体的な就労支援に至らないケースが多い。 図5 支援内容別利用者数 4)地域センター利用後の転帰は、就職11名(21.2%)、休職中3名(5.8%)、求職活動6名(11.5%)、福祉的就労2名(3.8%)、ボランティア活動2名(3.8%)、デイケア利用7名(13.5%)、福祉施設利用5名(9.6%)、在宅療養3名(5.8%)、不明5名(9.6)となっており、就業継続者は2割程度に留まる。休職中や福祉的就労を含めても就労可能者は3割以下と厳しい現状である。 4 地域センターを利用する若年性認知症者の特徴 (1)他の障害者との比較  地域センターを利用する若年性認知症者を他の障害者と比較すると、①利用者数が極端に少ない、②利用後の就職率が極めて低いこと等が特徴的である。 (2)他の調査研究との比較  最近の主な実態調査結果を表3に示す。番号1〜10は、調査対象が、家族会や都道府県であるが、これらの実態調査による若年性認知症者の就労状況は、休職中を含め、せいぜい15%程度にとどまっている。  地域センター利用者では、休職中を含めると就労者は約30%と、約2倍になっている。 図6 地域センター利用後の転帰 表2 地域センター利用の若年性認知症者の特徴 5 まとめ  最近に実施された都道府県単位の実態調査や家族会調査の結果によれば、若年性認知症者の就労状況は休職中の者を含め、10〜20%程度(逆に言えば、退職者が80〜90%)と、極めて厳しい現状にある。  地域センターを利用する若年性認知症者の場合、利用後の就労状況は休職中の者を含め、31.8%となっており、上記の実態調査結果に比べれば、約2倍程度高くなっているが、地域センターを利用する他の障害者の就労状況(精神障害者59.8%、発達障害者40.5%、高次脳機能障害者54.7%)と比較すると、約半分程度と低くなっている。  今後は、就労継続中の若年性認知症者の事例収集により、具体的な支援策や職務内容の検討を通して、支援のノウハウを蓄積するとともに、事業所の理解促進のための啓発活動が重要となる。 表3 最近の主な実態調査にみられる若年性認知症者の就労状況 【参考資料】 1)小長谷調査:平成18年度 3センター共同研究「若年認知症のケアおよび社会的支援に関する研究事業報告書」(2007年3月). − 愛知県における若年認知症実態調査(作業部会A)−. p13-71,認知症介護研究・研修大府センター 小長谷陽子 2)滋賀県調査:「滋賀県若年認知症実態把握調査報告書」(2007年 3月).滋賀県健康福祉部元気長寿福祉課 3)千葉県調査:「若年性認知症調査研究 認知症対策研究会報告書」(2008年3月).千葉県健康福祉部高齢者福祉課 4)東京都調査:「東京都若年性認知症生活実態調査報告書」(2008年 8月).東京都福祉保健局高齢社会対策部在宅支援課 5)愛都の会調査:「若年認知症当事者の社会参加に関す る研究報告書」(2009年2月).愛都の会 研究グループ 6)大阪市調査:「若年認知症の実態調査結果報告書」(2010年3月).大阪市健康福祉局高齢者施策部高齢福祉課 7)朝田 調査 :厚生労働科学研究費補助金 長寿科学総合研究事業「若年性認知症の実態と対応の基盤整備に関する研究、平成18年度〜20年度 総合研究報告書」(2009年3月). 研究代表者 朝田隆. 8)広島県調査:「広島県若年性認知症の実態に関する調査報告」(2011年5月).広島県 社会福祉部 高齢者支援課 9)栃木県調査:「若年性認知症に関する実態調査報告書」(2011年4月) .栃木県 保健福祉部 高齢対策課  10)田谷勝夫・伊藤信子:若年性認知症者障害者の就労継続に関する研究,「障害者職業総合センター調査研究報告書 No.96」,(2010) うつ病復職支援デイケアの早期介入で大切なこと −開始後5週目までの気分と疲労の特徴に着目して− ○野際 陽子(爽風会佐々木病院 心の風クリニック うつ病復職支援デイケア 作業療法士)  平澤 勉 (爽風会佐々木病院)  佐々木 一(爽風会佐々木病院 心の風クリニック)  竹内 夏子(心の風クリニック) 1 はじめに 近年、うつ病による休職者数が増加していることは周知の通りである。福島1)の調査(2009年)では、うつ病や不安障害による休職者を17万人あまりと推計している。さらに薬物療法や休養だけでは回復困難な症例が増え、神経症圏や人格障害圏に伴ううつ状態など病態像も複雑化し、医療機関等における復職支援サービスのニーズが高まりつつある。しかし、復職支援の技術は十分に確立されているとは言い難く、様々なうつ病への支援方法を検討しなければならない。 当クリニックは、2008年4月より復職デイケアを開設。うつ病回復期段階の対象者らに対し、復職リハビリテーションを行っている。復職達成者がいる一方、デイケア中断および復職後短期で再休職になるケースも見られ、筆者らも復職準備性を判定する難しさを実感している。 筆者らはクリニックにおける臨床経験より、復職デイケア早期に対象者が実感する気分と疲労感がその後の復職成否に関連すると考えた。そこで本研究では、早い段階で復職を予測できる指標を明らかにすることを目的とする。より多くの復職リハビリテーションの成功へと導くための指標とは何かを明らかにし、早期介入の指針を考察したい。 2 心の風クリニックの概要  再発予防を念頭に、集団や個別の様々なプログラムを提供している。生活リズムの構築や体調管理の促進に加え、様々な精神療法を組み合わせたプログラムで構成されている。特にセルフモニタリング及びセルフコントロール能力の獲得、コミュニケーション能力の習得及び向上を意識した内容となっている(表1)。プログラムには開始数週間以内に「復職に至った経緯」のレポート、生活史と気分の変動を時間軸に沿ってグラフ化した「ライフチャート」を提出する課題が含まれる。   表1 2011年度プログラム表 3 研究方法 (1)研究の目的 本研究は、デイケアメンバーを復職継続群と復職困難群に分け、復職の可能性に影響を与える要因を気分と疲労の変化から検討することを目的とする。 (2)対象者とグループ分け 当クリニック“うつ病復職デイケア”メンバーで、平成20年4月から平成21年3月までのデイケア登録者。対象者の転帰を追跡調査し、復職し6ヵ月以上継続した者を復職継続群(起業1件含む)、デイケア中断者及び復職後6ヵ月以内に再休職となった者を復職困難群とした。 (3)手順 Visual Analogue Scaleの評価「気分と疲労のチェックリスト」(信州大学開発)2)を毎週1回プログラム終了後に実施。チェックリストを使用する際、うつ病復職デイケアの特色を考慮し、パラメータの種類を一部変更し使用した。パラメータは以下の13種類である。 「体調」「緊張・不安」「抑うつ・自信喪失」「イライラ・ムシャクシャ」「意欲・活力」「混乱・当惑」「あせり」「持続・集中」「仕事回復度(仕事が十分できる状態を100とした場合の回復の程度)」「疲れやすさ」「人疲れ」「頭・思考疲れ」「身体疲れ」 (4)統計解析方法 SPSS14.0J for WindowsおよびStatMateⅣ for Windowsを使用した。パラメータ増減率からの群の予測にはロジスティック回帰分析を、2群間のスコア比較にはMann‐WhitneyのU検定を、群内5週間分のデータの検定にはFriedman検定およびTukeyの多重比較法を用いた。有意水準5%以下で有意差ありとした。 (5)倫理 倫理的配慮として、主治医の許可を得た後、文書および口頭にて対象者に研究の目的を説明し、書面による同意を得た。 4 結果 (1)対象者の属性 総数22名(男性19名、女性3名)。年齢は25?52歳で平均39.4(SD8.4)歳のうつ病および抑うつ状態の患者が対象であった。気分と疲労の評価期間が5週に満たない者は除外した。全ての項目において群間の有意差は見られなかった(表2)。 表2 対象者の属性 (2)1週目スコアの両 群間の比較 デイケア通所後間もない1週目の時点で、復職継続群は復職困難群に比べ、「身体疲れ」が有意に高かった(図1)。 (3)5週目までの増減率の両群間の比較 デイケア開始後早期の、各パラメータの“5週目の得点−1週目の得点”(以下増減率)を比較した。両群間で有意に増減率に差があったのは「イライラ・ムシャクシャ」「疲れやすさ」「身体疲れ」「仕事回復度」であった。これらのパラメータは全て、復職継続群の改善具合がより良好であった。 (4)復職を予測するパラメータ 年齢と性別に加えて13の変数の5週目までの増減率を説明変数、復職継続/困難を目的変数とし、ロジスティック回帰分析を行った。ワルドのステップワイズ法を用い、変数増加法によって変数選択を行った。その結果、「身体疲れ」の増減率のみが、群を有意に予測した(Wald=4.71、 df =1、 OR=.936、 CI=.881-.994、 p=.03)。 (5)5週目までに変化の見られたパラメータ 復職継続群内のパラメータの多くは5週目までに改善傾向を示していた。有意に増加したパラメータは「体調」「意欲・活力」「持続・集中」「仕事回復度」であった。有意に減少したパラメータは、「人疲れ」「頭・思考疲れ」だった。 復職困難群内で5週目までに有意に改善したパラメータは見られなかった。 (6)身体疲れの比較 身体疲れの動きに最も特徴的な違いが見られた(図2、図3)。復職継続群は復職困難群に比べて1週目に身体疲れを強く感じており、時間とともに漸減する傾向があった。 復職困難群は復職継続群に比べて1週目の「身体疲れ」は低かった。また2週目から4週目にかけては有意に上昇していた。 5 考察 〜デイケアの早期介入に大切なことは何か〜 (1)“身体疲労”の軽減が大事 本研究では、5週目までの「身体疲れ」の回復が良好なほど、その後の復職が継続しやすい傾向が明らかになった。復職継続群と復職困難群の比較では、抑うつ気分や不安に関する項目の有意差は見られず「疲れやすさ」「身体疲れ」「イライラ・ムシャクシャ」「仕事回復度」の増減率に有意な差があった。また「身体疲れ」の特徴として、復職継続群では1週目に比較的強く感じ、その後時間とともに漸減する傾向があった。復職困難群の動きは継続群とは異なり、始めの身体疲労は低く、2週目から4週目にかけて疲労感が増大し、その後の経過は定型的ではなかった。 横山3)の調査では、リワークプログラム参加段階でのうつ重症度が、その後の復職継続期間とは関連しないことを示しており、本研究も同様であった。復職リハビリテーションはその役割上、抑うつ気分が軽減し主たる症状が「おっくう感」だけになった頃から始めるのが一般的と思われる4)。このため導入時に対象者の感じる抑うつ気分には差が出にくく、うつ病であっても抑うつ気分に注目し過ぎない方がよいと考える。 今回の結果は、デイケア初期にメンバーの実感する身体の疲労感が、復職継続に関連することを示唆していた。復職困難群に見られた身体疲れの増加から、ストレスへの疲労反応が復職見通しの判断で大きな比重を占めると考えられる。 以上のことを踏まえ、デイケア利用早期の段階から“身体の疲労感”に着目し、先ずはその軽減を目指してアプローチすることが大切であると考える。 (2)復職成功の特徴は“回復の実感” 復職継続群は、デイケア開始後1週目の時点で復職困難群に比べて「身体疲れ」を強く感じていた。開始5週目までに「体調」「意欲・活力」「持続・集中」「仕事回復度」「人疲れ」「頭・思考疲れ」が有意に改善していた。 筆者らはデイケア開始後間もない時期には「予想以上に疲れを感じた」というメンバーの訴えを聞く機会が多く、五十嵐5)もそのような傾向を指摘している。復職継続群の感じる1週目の「身体疲れ」の強さは、療養生活からリハビリテーションに移行したことによるもので、その疲労をモニターできていると考える。 開始5週目までには「人疲れ」が軽減しているが、これはデイケアにおける新しい人的環境への適応の良さを表していると考える。 復職継続群は5週以内に「体調」「意欲・活力」「人疲れ」「頭・思考疲れ」といった身体や疲労の感覚、持続力や集中力の回復を実感しており、仕事ができる状態に向けての改善を感じていた。これら変化のあったパラメータも経過を慎重に観察することで、復職準備性を判断する参考になると思われる。 (3)“セルフモニタリング”は復職の武器になる 復職困難群の感じる気分や疲労の特徴は継続群に比べ明らかに傾向が違う。復職困難群の場合、1週目の「身体疲れ」が低く、また「身体疲れ」「疲れやすさ」「イライラ・ムシャクシャ」「仕事回復度」の5週目までの増減率にも差が見られた。 1週目の「身体疲れ」の相対的な低さは、復職困難群の“疲れに気付きにくい”特性を示している可能性がある。北島6)の復職支援モデルでは、本人の気付かない消耗状態を“無理して頑張る”興奮性の要素で代償する傾向を指摘している。この傾向が長く続くタイプは回復しにくく復職にも時間がかかるため、興奮性の要素を十分に抑える必要があると述べている。復職困難群の生活状況において、傍目には過活動のように思えても、本人が疲労を訴えないケースが数例見受けられた。このような兆候が見られたら、デイケア参加当初は疲れやすいものであるということを十分に説明し、本人の気付きにくい疲労の蓄積に注目しながら、活動と休息のセルフコントロールを促すべきだと考える。 「身体疲れ」のみが2週目から4週目にかけて有意に増加していたことは特徴的である。このような反応が抑うつ気分など他のパラメータに現れず、「身体疲れ」に限局していたことは、ストレスを認識するチャンネルの少なさを表していると考える。様々なストレスを自覚できないまま蓄積し、普段感じやすい身体の疲労感として急激に表れた反応だと推測する。気分や身体の疲労感にこだわらず様々なストレスを自覚できる手段を身につけてもらうことが大切である。例えば、活動記録表を用いて生活習慣の乱れや身体愁訴等をスタッフと共に確認する。このような取り組みによって、自己のストレス反応に気が付く習慣を付け、ストレスを軽減するための対処方法を促すアプローチが有効と考える。 「身体疲れ」のみが有意に反応していたことを“伝えるスキルの不足”と捉えれば、デイケアで無理なく過ごしているか、生活の乱れはないかをスタッフが注意深く確認し、また職場上司など受け手側である周囲の傾聴を促進するなどの環境調整も必要と考える。 「身体疲れ」「疲れやすさ」「イライラ・ムシャクシャ」「仕事回復度」の増減率に群間の差があったことから、復職困難群は継続群に比べ、リハビリテーションの効果を体感しておらず、仕事ができる状態に近づいている感覚に乏しく、現状に対して怒りを感じていた可能性が推測される。これは参加初期の時点で、デイケアプログラムが本人のニードに合っていないサインとも考えられる。「身体疲れ」の増加など上記の兆候が見られたら介入できるチャンスと捉え、各々に見合ったデイケアの利用方法を再度検討する必要があるだろう。このような傾向の強い対象者には、直ちに支援の方向性を調整し、粘り強く介入を行いながら復職成功へ導くことが大切だと考える。 6 援助者に必要なこと 今回うつ病復職デイケアメンバー22名を対象とした復職成否に関する研究を行った。復職継続群と復職困難群にグループを分け、デイケア開始後5週以内の気分と疲労のチェックリストのスコアを分析した。 その結果、開始後5週目までの「身体疲れ」の増減率が、その後の復職成否を予測することが分かった。復職継続群のパラメータの改善度合いは困難群に比べて良好であり、特に1週目に「身体疲れ」をより強く感じ、多くのパラメータが5週目までに改善した。復職困難群は気分と疲労の有意な改善が見られず、「身体疲れ」のみが有意に悪化した。 本研究の結果から「身体疲れ」の早期改善は、その後の復職成否を予測する指標として役立つ可能性が示された。 まずは復職を成功に導くために、対象者の気分変動だけでなく、疲労の変化、特に“身体の疲労感”に対して丁寧にセルフモニタリングを促すとよい。ストレスを早めに自覚する習慣を身に付けることは、復帰後の再発予防に繋がると考える。デイケア利用早期の段階から、順調に回復しているという“実感”を得られるような介入を意識して関わることが大切であると考える。 7 本研究の限界と今後の課題 今回の研究はn=22と少数であり、参加者を増やし結果の妥当性を高める必要がある。また本研究は当クリニック単独での調査であり、独自の環境が結果に影響していたと思われる。複数施設のデータを加え、またデイケア中断者と再休職者を別の群として比較検討すると、復職成否に影響する要因をより深く分析できると考える。復職しにくいケースに対する援助方針が妥当かどうか、介入し検討することが今後の課題である。  最後に、本研究の調査にご協力いただいたうつ病復職デイケアメンバーの皆様に心より感謝を申し上げます。 【参考文献】 1) 福島南,大木洋子,横山太範,五十嵐良雄:精神科診療所におけるうつ病・うつ状態による休職者の復職支援の実態.産業精神保健第17巻(増刊号):p71,2009 2) 小林正義:作業療法成果の示し方 ニューロングステイをつくらない作業療法のコツ(日本作業療法士協会編),(社)日本作業療法士協会,p27-31,2006 3) 横山太範,横山正幹,五十嵐良雄:重症度により2群に分けたうつ病休職者の復職後の就労継続期間の比較.産業精神保健18巻(増刊号):p84,2010 4) 新津幸靖,柴田恵理子,船橋利彦:ストレスケア病棟・リワークセンターでの気分障害患者の職場復帰の取り組み.精神療法第36巻2号:p208-215,2010 5) 五十嵐良雄:精神科医療機関におけるうつ病・不安障害の職場復帰支援の現状と今後の課題.日本精科病院協会雑誌別刷第26巻11号:p43-50,2007 6) 北島潤一郎:双極II型障害は単極性うつ病に比べ復職に困難をきたすか? Bipolar Disorder7巻:p30-37,2009 平成22・23年度厚生労働省委託事業 治療と職業生活の両立等の支援手法開発 −脳血管障害患者の復職支援に関するモデル事業− ○豊田 章宏(独立行政法人労働者健康福祉機構中国労災病院 勤労者リハビリテーションセンター長) 齊藤 陽子(医療法人社団KNI北原国際病院リハビリテーション科) 八重田 淳(筑波大学大学院人間総合科学研究科生涯発達専攻リハビリコース) 1 背景 (1)就労年齢の脳卒中患者の転帰 自身も参加した平成16‐17年度厚生労働科学研究委託費:「わが国におけるStroke unitの有効性に関する多施設共同前向き研究」(主任研究者:国立循環器病センター 峰松一夫)におけるデータを分析すると、発症前に自立していた就労年代890例の脳卒中患者(くも膜下出血を除く)の発症3ヵ月後の転帰は、約75%が自立した家庭生活を送っていることがわかった(図1)。 図1 勤労年齢脳卒中患者の予後 (2)脳卒中後の職場復帰 佐伯ら1)は、1990年以降の70編の脳卒中後の復職に関する医学論文を概観した結果、発症前有職の8,810人の復職率は平均44%(範囲0〜100%)であったとしている。また、就労年代脳卒中患者の復職を成功に至らせる要因として、①復職的な方向性を持ったリハビリの提供、②雇用主の柔軟性、③社会保障、④家族や介護者からのサポートを挙げている一方で、提供すべきリハビリサービスの内容もほとんど知られていないという医療分野における復職支援の希薄さを報告している。 さらに労働者健康福祉機構が行っている労災疾病関連13分野研究「職場復帰のためのリハビリテーション」2)では、2005-2006年の1年間で登録された464例の脳卒中リハ患者について発症直後から1年半後まで追跡調査を行っており、原職復帰に限ると42%が、配置転換と退職後新規就労を含めると51%が復職していた。 復職時期については発症3-6ヵ月後と1年半後の2峰性のピークが見られたが、徳本ら3)のサブ解析によると、復職時期が発症6ヵ月以内の早期群とそれ以降1年半までの遅延群に分けて検討した結果、早期復職群では①発症時よりADL能力が高い、②易疲労性がない、③医療機関の復職支援があった、という3項目で有意差を認めたと報告している。 同時に行われた患者アンケートでは、医療機関に対して就労支援や産業医との連携を求める意見が多かったにも関わらず、実際の支援は記載のあった194例中の22%のみで、産業医との連携に至っては記載のあった148例中の12%に過ぎなかった。しかしながら、医療機関による支援があった群では46.5%が原職復帰したのに対し、支援がなかった群では27.2%と有意な差(p<0.02)が認められた。 (3)医療制度の変遷 この10年間で医療制度は大きく変化し、特にここ数年間で急性期病院の在院日数は顕著に短縮された。継続性が最も重要視される脳卒中リハビリ治療は、急性期・回復期・生活期に分断され、リハビリの日数制限も設けられた。急性期病院は高度先端医療に特化し、回復期病床は未だ不足している地域も多く、外来リハビリを行う医療機関も激減した。こうした状況下で患者は家庭復帰にたどり着くまでにも転院を余儀なくされ、そのまた先にある復職に至るまでの継続した治療を受けることさえままならない。 医療機関からみれば、地域連携パス等を用いた病院間の連携を深める努力はなされているが、復職までを想定した継続的なリハビリ治療はますます困難な状況となってきている。このままでは患者の長期予後を知らないリハビリスタッフばかりが増えることになる。また、本来は社会復帰に重要な役割を果たしてきたメディカルソーシャルワーカーも転院先を探すことで精一杯の状況になっている。 こうした中で、復職希望のある患者に急性期から関わり、復職を目指したリハビリや情報を病院間で共有し、時機をみて雇用主側との連携を図るというような継続的な一貫性のある復職支援が可能な「復職コーディネーター」の存在が求められている。 2 研究内容 (1)目的 脳卒中急性期から復職コーディネーター役の医療スタッフが事例介入し、その経過を追いながら、復職コーディネーターの果たすべき役割、患者・家族との関わり方、雇用者との関わり方、諸機関との連携の取り方、問題点の抽出などを行った。 同時に医療機関だけでなく事業主や行政機関においても事例に関する情報が共有化できるような新たな評価票(職業内容・身体機能)を作成し試行した(図2にその一部を示す)。尚、本評価票については、第39回日本職業リハビリテーション学会(愛知)において齊藤4)により発表された。 図2 評価票の一部抜粋 (2)対象  対象は脳血管障害に罹患した15歳から64歳までの有職者で、本研究事業の趣旨を説明し同意を得たものとした。なお、研究の開始にあたっては該当医療機関における倫理員会で承認を受け、個人情報の管理等は厳格に行われた。  平成22年度事業において、急性期に本人の復職希望の意志が確認され、研究参加の同意が得られた事例は15例で、男性12例、女性3例であった。詳細を表1に示す。 表1 事例一覧 病型別には、くも膜下出血5例(男/女:3/2)平均年齢56.8歳、脳梗塞5例(男/女:5/0)平均年齢56.2歳、脳出血5例(男/女:4/1)平均年齢53.8歳であった。雇用形態では正社員が6例、パートまたは派遣が5例、自営が4例であった。 (3)方法  15例は同一の急性期病院で治療を受けている。復職コーディネーター役となったわれわれは、対象者のリハビリが開始され、概ねリハビリ出棟する時期に事業説明を行い、同意を得てから介入を開始した。復職コーディネーターの役割イメージは図3に示すが、以下に具体的な介入方法を示す。 図3 復職コーディネーターの役割 ①対象者および家族に対して事業内容説明を行う。②評価票を用いた職業情報の収集、発症前状況、対象者や家族の希望などを聴取する。③診療録から疾患情報を収集する。④評価票を用いた対象者の身体機能の評価を担当リハビリスタッフに依頼する(急性期退院前・回復期退院前・外来リハビリ介入時)。⑤対象者の了承を得られた時点で、事業所への趣旨説明と事業者用の職業調査票依頼を送付または訪問して聞き取り調査を行う。⑥回復期転院先決定後に事業研究への協力を依頼し承諾を得る。⑦面談や聞合せによって定期的状況把握する。少なくとも急性期2週毎、回復期以降1月毎に実施する。⑧復職に必要と思われる関連医療機関ならびに事業所との対象者に関する情報の共有化、復職に際して必要な診断書の依頼などを行う。⑨医療機関退院後のリハビリ内容を確認する。⑩復職後のフォローアップを行う。 また、介入上の注意点として、①対象者のプライバシーには十分留意し、あくまで本人の希望を優先。②受診や各種申請に関しては基本的に対象者または家族が行う。③コーディネーター役の担当者はその範囲で行動し、直接的な治療や診断は行わない。などに留意した。 (4)結果  介入開始が平成22年6月からであり、1年後の平成23年6月時点での復職状況を図4に示す。 図4 病型ごとの復職状況(介入開始1年後) 原職復帰率は、くも膜下出血では40%、脳梗塞では80%、脳出血では60%であった。配置転換や離職後再就職などを含めると全体で73.3%の復職率となる(図5)。 図5 全体の復職状況(介入開始1年後) 逆に復職困難であった4例は、くも膜下出血後の脳血管攣縮で遷延性意識障害となった1例、高次脳機能障害で加療中の1例、派遣社員で雇用主との関係が不良であった1例、脳出血で定年数か月前発症の離職者が1例であった。 (5)事業からみえた問題点  今回、実際に患者介入を行いながら改めて見えてきた問題点を整理してみた。医療の範疇で解決しない問題も含まれているが、多方面からの連携によって下記の諸問題に対処していくことが必要であろう。 ① 医療機関または医療上の問題点  急性期病院では在院日数が著明に短縮され、患者の生活背景や職業に関する情報があまり積極的に収集されていない。また、特に若いスタッフには患者の長期予後を実体験として知らないものも多くなり、復職までを想定した病態や留意事項の説明が不足していることが多いため、患者側にも復職の過程が具体的にイメージされていない。さらに急性期では身体障害手帳や復職診断書などの復職に関係する診断書類に関する知識も不足している。そこで回復期病院がADL獲得のためのリハの中核的存在となるが、脳卒中患者の年齢層が高いこともあり、復職を念頭に置いたプログラムを持った回復期病院は少ない。さらに、回復期病院はここ数年間で急増したため、MSWやリハスタッフも若いスタッフが多くなり、 復職支援に関わった経験者が少ないという現状がある。  社会復帰の第一歩は自宅退院であるが、復職のためには更に手段的日常生活動作(Instrumental Activity of Daily Living : IADL)を拡大させる必要がある。そのためには維持期リハビリ(外来リハビリ)が重要となるが、実際に介入してみると、医療保険で外来リハビリを行える施設自体が不足している。介護保険の適応にならない若年勤労者についてはリハビリを行える施設は皆無に近い状態である。また障害者自立支援法による通所リハを受けるためには身体障害手帳が必要であるが、手帳申請には発症から6カ月間の観察期間が必要であり、回復期病院退院までには間に合わないケースが殆どである。特に高次脳機能障害を伴うケースでは、時間をかければ改善してくるケースも少なからず見受けられるが、長期治療を受けることができる病床は殆ど見当たらない。 ② 患者・家族の問題点 患者自身の障害受容ができていないケース、経済状況などから復職への焦りが強いケース、逆に復職に対する不安が強いケースなどが問題となるが、病状や環境変化に対する理解不足や復職に対する知識不足が根底にあることが多い。その原因として主治医や医療スタッフからの説明不足があることも否定できない。 核家族化や家族関係の希薄化から、患者のメンタル面をサポートできるキーパーソンがいないケースが多い。また、雇用形態の変化から生活保障面でも厳しいケースが多く、キーパーソンが働きに出ないと収入面でもカバーしきれない。  運動機能障害よりも高次脳機能障害が問題となるケースが多いが、高次脳機能障害が家族や職場、社会一般にも十分理解されていない。 ③ 事業所における問題点 正規雇用が減り派遣社員が増加するなど、雇用形態の変化や複雑化が復職の妨げとなっている。 障害雇用率制度に関しても、雇用関係のある派遣元事業主に雇用義務が課せられ、各種助成金も一部の例外を除き、派遣元に対して支給されており制度的な検討余地もある。加えて景気の低迷も大きな復職阻害要因である。 医療との連携という点では、医療側からの情報提供が不足しており、医療情報を理解する産業医や産業保健師などがきちんと配備されている事業所にも限りがある。 ④ 労働行政・自治体における問題点 医療者側において根本的に就労に対する概念の理解が不十分な点があり、障害者における一般就労と福祉就労との違いを理解しておく必要がある。職業リハビリ領域における高次脳機能障害者の就労支援は、支援コーディネーター事業なども試行され、障害者職業センターによる機能評価やジョブコーチの利用などで比較的プログラム化されたものがあるが、医学的治療が終了した者が対象となるため、入院中から復職について相談することは事実上困難である。一方で医療分野における復職支援は近年ますますその機能を失いつつある。 3 考察 就労年齢の脳卒中患者の75%近くが3ヵ月後に自立した自宅生活を送っているにも関わらず、復職率は44%程度という約30%の開きがあることは重視されるべきである。復職時期からみると6カ月以内と1年半後の2つのピークがみられているが、医療機関のできることとして、特に軽症例においては、復職コーディネーターの早期介入が原職復帰率の増加に貢献できる可能性がある。 しかし、この10年間で医療制度は大きく変化し、急性期・回復期・生活期と大きく分断されたために、長期予後を想定した治療と職業との両立がますます困難になりつつある。特に長期の関わりを要する高次脳機能障害患者の就労支援に関しては、医療リハビリから職業リハビリへの連携をいかにスムーズにしていくかが医療側の重要課題となる。今回の事業においても、復職コーディネーター役のわれわれが介入することによって、最長介入期間が1年の時点で60%が原職復帰し、配置転換・離職後再就職を含めると73.3%が復職しており、その後も継続して就労している。 復職の見通しが立ってない4事例は、定年前の発症で復職を断念した例と派遣で職場での人間関係が良好でなかった例および重度高次脳機能障害2例で現在も治療中である。1例は遷延性意識障害となり入院加療中で、1例は発症1年を経過した時点でも身体障害手帳交付後に自立支援法での通所リハビリを継続している。 従来、障害者の就労に関しては、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構の所管する地域障害者職業センターやハローワークなどが中心となって関わってきた経緯がある。職業評価に基づいた職業指導がなされ、職場での定着までを視野に入れた支援が行われてきた。しかし、脳卒中などの中途障害者においては原疾患の治療が終了していることが大前提となるため、医療機関との連携が欠かせないはずである。しかしながら、田谷ら5)の障害者職業センターを対象としたアンケート調査をみると、医療との連携は不十分という認識が強く、医療側からの情報提供も診断書くらいしかないという実情がある。 特に上述したような長期の関わりを要する高次脳機能障害患者の就労支援に関しては、医療リハビリから職業リハビリへの連携をいかにスムーズなものにしていくかが今までにも増して重要となり、医療側から情報提供をして行くという働きかけが課題となる。 4 まとめ 今なぜ「復職コーディネーター」養成を急ぐのか。少子化の進行が問題視されているわが国であるが、実は生活習慣の悪化から若年者脳卒中の増加も懸念されている。一人でも多くの中途障害者が復職することは、個人の生きがいはもとより国家の大計にも関わる大きなテーマである。 特に長期の医療や社会支援が必要となる脳卒中や脊髄損傷症例においては、急性期から一貫した関わりと評価が不可欠であるが、一方で医療制度改革はどんどん進んでいる。医療スタッフはみんな専門分化し、一人の患者に長期に関わる経験自体が出来なくなってきた。いわば個人を支えるヨーロッパ型の福祉制度と財政重視のアメリカ型の医療制度が混在するわが国では、その複雑な制度を利用するための水先案内人(復職コーディネーター)なしでは患者は路頭に迷うばかりである。 就労支援は、職業リハビリ分野ではこれまでに培われてきたノウハウがある。そのシステムに全て依存すればいいというものではない。医療リハビリでできる範疇はきちんと対応し、職業リハビリの適応があるものには切れ間を作ることなくスムーズに繋ぐという流れが必要であろう。人は人でしか救えないという面がある。組織やシステムが先行し、運用する人材が欠けていく前に急がなければならないと感じている。 【参考文献】 1)佐伯覚、蜂須賀研二:脳卒中後の復職−近年の国際動向について、「総合リハvol.39」、p385-390,(2011)  2)豊永敏宏:脳血管障害者における職場復帰可否の要因−Phase3(発症1年6ヵ月後)の結果から−、「日職災医誌vol.57」、p.152-160,(2009) 3)徳本雅子、甲斐雅子、豊田章宏、豊永敏宏:脳血管障害リハビリテーション患者における早期職場復帰要因の検討‐労災疾病等13分野研究・開発・普及事業における「職場復帰のためのリハビリテーション」より‐、「日職災医誌vol.58」、p.240-246,(2010) 4)齊藤陽子:日本職業リハビリテーション学会 第39回愛知大会プログラム発表論文集、p42-43 (2011) 5)田谷勝夫:高次脳機能障害に対する理解と研究モデル事業の試行、「職リハネットワークvol.60」、p.5-8,(2007) リワーク支援利用者の主体性向上プロセスに関する一考察 浅井 孝一郎(宮崎障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 問題と目的  五十嵐1)は職場復帰に向けた取り組みに必要な要素として「本人の意思で主体的に参加するというモチベーションを維持しつつプログラムに参加することが必要」としている。また、宮崎障害者職業センターでは「リワーク支援の本来の目的は職場復帰前のウォーミングアップの場であり、主体的に復職に向けて取り組むためのサポートの場である」とリワーク支援を位置づけている。そもそも主体性とは「自分の意志・判断で行動しようとする態度」を指すが、リワーク支援利用者(以下「利用者」という。)がリワーク支援で主体性を求められるのは職場復帰した後に1人の社員として業務を主体的に遂行するためのウォーミングアップを行っているためである。このことから支援者の役割は「職場復帰後のことも念頭に置いた上で利用者の主体性が向上するようにサポートすること」と考えることができる。しかし、利用者の中には主体性が向上しにくいと思われる者が少なくない。利用者の主体性向上が単に職場復帰を成し遂げるだけでなく、復職後の安定的な業務遂行に繋がっていくとすれば、主体性が向上することは再休職を予防する一要因とも考えることができる。そこで、利用者の「主体性向上プロセス」を分析し、支援者のアプローチ方法に反映することによって支援者としての機能をより向上できると考え、利用者・終了者からのインタビュー調査を実施した。データの分析方法として修正版グラウンデッド・セオリー(以下「M-GTA」という。)により概念化を試みた上で、「リワーク支援における主体性向上プロセス」について分析した後、利用者の主体性を向上するための支援者の役割について考察した。 2 方法 (1)分析対象者とデータの収集方法  平成23年4月〜9月に宮崎障害者職業センターのリワーク支援を利用した者で研究協力の了承が得られた9人を対象とした。インタビューは質問項目を整理した半構造化面接の形式で行った。利用者の平均年齢は44.8歳。インタビューは8月〜9月にかけて実施し、1人あたりのインタビュー時間は平均44.6分であった。 (2)分析方法 ①分析焦点者と分析テーマ  主体性の向上プロセスを明らかにするため、分析焦点者は「リワーク支援利用者」を対象とし、分析テーマは「リワーク支援利用者の主体性向上プロセス」とした。 ②分析手順  分析焦点者と分析テーマの2つを基に概念を生成した。概念を生成するにあたっては分析ワークシートを作成した。分析ワークシートは概念名とその定義、データの具体的な記述を抜き出した具体例をもって概念(以下< >で表記)の生成を図った。また、概念をカテゴリー(以下【 】で表記)にまとめ、各概念の関係、プロセスを分析した。 3 結果と考察  分析の手順に従い「主体性向上プロセス」に関係する31の概念を生成し、6のカテゴリーに分類した。各カテゴリー間、概念間の関係を表1にまとめた。また、概念とカテゴリーの一覧を表2にまとめた。結果からは「主体性向上プロセス」は実態の行動と心理的な作用の両面で現れてくることが示唆された。以下で各カテゴリーの定義を示した上で、カテゴリー内の概念間の関連性や影響について結果を整理し、支援者の関わりについて考察する。 (1)【利用への葛藤】とは「利用を考えているが、支援を受け入れられない後ろ向きな気持ちと支援を受けることによって復職に前進する期待とが混在した葛藤状態」と定義した。  休職や発病した<現実の否認>と焦りや不安、病態によって生じる<自己認知の偏り>によって現実感が損なわれ、リワーク支援の受講に少なからず、抵抗感を示す一方で、主治医などの<専門家からの勧め>や環境を変えることで一歩踏み出せる期待を<センター利用への期待>に持つアンビバレントな状態であるために主体性に揺らぎが生じるプロセスである。  自らの選択に葛藤が生じているプロセスであり、利用への動機付けに関係し、自らの方向性に揺らぎが生じやすい状況である。支援者は利用者の「辛さ」について支持的に関わり、利用者の行動について助言することが必要となる。利用者は「焦り」「不安」「自己像の不明確さ」など先の見えない不安感に苛まれている状態である。休職期間満了の問題はあるが、支援者は利用者の残された時間を考慮した上で、丁寧に利用者の考えを整理していくことが大切であろう。 (2)【生活環境】は「利用者各々がおかれた生活環境」と定義した。  休職期間に入り、復職までの<時間的猶予>や給与保障といった<復職に関する制度>など生活に関する諸条件、<家族の存在>状況によって<切迫感>は左右される。これらがあまりにも大きな負担であれば本人の主体的な行動意識を鈍らせることに繋がる。ただ、休職期間満了まで時間が残されていたり、<家族の存在>における配偶者の心理的、金銭的なフォローによっては<切迫感>が低減する。  直接介入しにくいプロセスと思慮されるが、まずは現状を整理することが大切である。なぜなら、切迫感が焦りから生じるものであれば一定の解消が図れるからである。利用者の中にはすでに一定の整理ができている者もいれば現在進行形で本人の主体性に寄与していくこともある。職業生活は生活環境に基づくものであり、生活環境に揺らぎが生じることは職場復帰後の利用者の心理状態に多大な影響を与える。利用者の中には他機関が生活面に介入することによって職場復帰への主体的な行動意欲が向上したケースもあり、地域の社会資源の利用が問題解決の糸口になる場合もあると考えられよう。 (3)【行動への働きかけ】は「リワーク支援等を通じて、自らに復職行動を促していくこと」と定義され、①自己の関心によるプロセスと②支援者との関わりによって生じるプロセスがある。  ①はリワーク支援が開始され、利用を通して<カリキュラムへの関心>が高まることで復職への取り組みが具体化し、支援者から提示された<支援計画の理解>を通して今後の見通しを立てていくプロセスである。こうしたプロセスが<職業センターへの期待>に繋がる。  利用者の関心・理解を高めることが主体性に繋がるため、利用者の状況を確認しながら理解を促していくことが必要と言える。現状を把握することによってセンターへの期待が高まっていくが、この期待感が依存心にならないよう、当初から支援者の姿勢を示すことが大切である。  ②は支援者との関係性が自らの行動化に影響するプロセスである。少なからず休職によって自信を無くしている利用者は<支援者からの肯定的な働きかけ>によって被受容感を高め、支援者とのラポールの形成や支援の動機付けに寄与する。また、<プログラムの実践>への取り組み状況にも影響する。そうしたプロセスを経て、自らの<行動の変容>を確認することとなる。  職場復帰への取り組みの必要性を考えることと実行に移すことは別のプロセスと考え【行動への働きかけ】を2つのプロセスに分離した。②は①に基づいて実行に移すプロセスである。実行に際しては周囲の後押しや達成感などこれまでの休職期間で感じられなかった感覚を取り戻すことが主体性向上に繋がっていくことになると考える。ゆえに支援者からの受容やプログラムの実践によって行動に移せたこと、行動の変容による達成感等が本人の主体性の変容に寄与すると考える。 (4)【会社との関係性】は「会社とのやり取りとそれによって生じた利用者の感情」と定義し、様々な立場での対応が含まれ、利用者の感情に寄与すると考える。  利用者が個々に勤めている会社には<メンタルヘルスに関する会社の姿勢>があり、うつ病などの捉え方は各々異なり、利用者への<会社の理解・配慮>は様々である。<同僚・上司のアプローチ>を受ける事で利用者は自らが復帰した時の人間関係を予見し、その後の行動に影響する。また、<産業保健スタッフのサポート>は必ずしも全ての会社で受けられるわけではないが、上手く機能すれば<メンタルヘルスに関する会社の姿勢>にも影響し、利用者の安心感に繋がる。一方で、休職するに至ったきっかけである<会社への否定的な感情>が進捗の抵抗となる。会社からのサポートや職場からの働きかけは会社への<所属感の再確認>に寄与する。 会社の反応は休職中であるがゆえに敏感であり、肯定的な反応を得ることによって帰属感が増し、「戻る場所」の存在を確認することができる。一方で、会社側の反応が鈍ければ帰属感は低減し、自らの「戻る場所」は意識しにくく、職場復帰への取り組みを主体的に行うのみならず、職場復帰後の主体性にも寄与するプロセスと考える。このプロセスにおける利用者に対する支援としては利用者が主体的に会社と関わっていけるように確認事項や連絡の手段、伝え方等を一緒に検討していくことが挙げられる。支援が進む中で職業センターが会社と必要な調整をすることはあるが、必要以上に前面にでることなく、利用者の行動を損なわない対応が求められる。その意味で、利用者の主体性向上を単に利用者だけの問題として取り扱うのではなく、支援者の関わり方も利用者の主体性に寄与することを支援者自身が意識して支援を行う必要があるだろう。一方、会社への支援としては利用者の主体性が向上するような環境調整が支援者の主たる役割であろう。会社の態度は利用者の休職前の就労態度によって異なり、場合によっては会社が直接的な連絡に躊躇する場面も考えられるが、職業センターが必要以上に中継基地にならないよう、会社に対しても利用者に対する声掛け、関わり方を助言する立場であることを意識しておく必要がある。 (5)【集団との相互作用】は「共感的な存在との直接的・間接的な関わりの中で相互に生じる心理・行動的な刺激 」と定義した。  リワーク支援を利用する前は家族はいても、自分と重なる存在はいなかったが、利用後は同じ復職を目指す<共感的な存在>が生まれる。リワーク支援ではグループワークを実施しており、そうした集団場面を通じて<他者の考え・境遇を聞く機会>を得る。その経験を通して<他者との比較>をすることで自己のおかれた境遇を客観的に捉えることとなり<安心感>に繋がることがある。それらは<考え方の多様性>に繋がる。  リワークにおける集団について五十嵐は「多人数を集めて効率的にプログラムを集めて効率的にプログラムを実施することではなく、集団療法としての治療効果を狙うことが目的である。他者の行動が自己に影響を及ぼし、集団の力動もある」としている。確かに集団は他の利用者の職場復帰した姿や工夫、解決策を参考(モデリング)にすることができる点で効果的な側面が多い。しかし、一方で凝集性が高まりすぎ、集団の「心地よさ」が際立ってしまうことも懸念される。それ故に支援者は効果的な集団形成を図れるような雰囲気作りもさることながら、集団の目標(ここでは復職)を適宜明確に示すことによって、凝集性が高まりすぎないよう目を向ける必要がある。 (6)【自己の気づき】は「自己理解が進むことで明確になった復職への課題によって生じる正負の感情」と定義した。  様々なプロセスを経て、<自己理解の深化>が進み、自己の特徴を把握する。それにより復職に関する向けての<自己課題の整理>を行い、復職への見通しが立ち始め<復職への手応え>となる。課題が明確になることで、以前休職経験のある会社への<職場復帰への不安>を感じる。また、病状についても理解が進むことで、<病状再燃の不安感>につながっていく。こうした不安感も<自己理解の深化>や<自己課題の整理>を進めることになり、相互に関係している。 このカテゴリーは自己理解や課題を整理することによって、主体性向上に繋がるプロセスと、これまでクリアーでなかった問題に直面化することになり、その不安感から主体性が低下するプロセスとも考えられる。ただ、課題の直面かは復職には避けて通れず、不安が高まった時の対処法を事前に身につけたり、支持的な面接を繰り返したりするなど、個々の状況に応じた対応が支援者に求められると考える。 4 結語  「利用者の主体性向上」を図るための支援者の関わりをまとめると以下の通りである。 1)時間的制約はあるものの、利用者の辛さに支持的な対応を通して共感を示し、必要な整理は丁寧に行う姿勢が求められる。一方で、過度に関わりすぎないよう常に利用者との距離感を意識し、支援者自身のモニタリングが必要と考える。 2)支援者は利用者に答えを与えるのではなく、やり方を一緒に考え、利用者が自らの行動として選択することを見守ることが大切である。一方利用者本人だけの力では解決できない(しにくい)会社の環境調整については一定の介入によって主体性が変容することが推察される。 3)少なからず、自信を失い、孤独を感じている利用者が被受容感を持ち、共感的な関係をリワークで形成していくための枠組み作りを支援することが大切である。一方で凝集性が高まるにつれて、集団の「心地よさ」が際立つ場合も考えられ、利用者にとっての集団の意味を常に注視する必要がある。 最後に、本研究におけるインタビュー調査に快くご協力いただいたリワーク支援利用者に対し、ここに記して心から感謝申し上げる。 【引用・参考文献】 1)五十嵐良雄:うつ病リワーク研究会の会員施設でのリワー クプログラムの実施状況と医療機関におけるリワークプロ グラムの要素「職リハネットワークNo.67」(2010)  ・リワークプログラムとその支援技法在職精神障害者の職 場復帰支援プログラムとその試行について ・木下 康仁:ライブ講義M-GTA 実践的質的研究法修正版 グラウンデッド・セオリー・アプローチのすべて 弘文堂 (20 07) うつ病などメンタルヘルス不全者の 職場適応を支援する技法に関する一考察 −ナビゲーションブックの活用事例から− 関根 和臣(福井障害者職業センター リワークカウンセラー) 1 はじめに 福井障害者職業センター(以下「福井センター」という。)では、平成22年度、福井県内の事業所800社を対象に、メンタルヘルス不全休職者の職場復帰に関するアンケート調査を実施するとともに、リワーク支援終了後に復職した20名を対象に、復職後のセルフケアに関するアンケート調査を実施した。 その結果、事業所調査では、職場復帰のプロセス(過程)に「問題が多い」と回答した事業所が全体の6割弱(58.1%)と多く、職場復帰に際して、企業が困難さを感じていることは、「病状のわかりづらさ」(76.3%)、「復職の可否判断が困難」(72.0%)、「上司が本人との接し方に悩む」(56.5%)、「周囲の従業員の理解が得られない」(48.3%)の順であった。また復職者調査では、職場復帰後に仕事(職場)への適応を優先するため、疾病管理のために必要なセルフケアを維持・継続できないといった問題が指摘された1)。 これらの課題に対処するため、福井センターでは、平成22年8月から職場復帰(リワーク)支援において、復職者の抱える職場適応上の課題と、事業主の労務管理の方法について情報の整理を行うことを目的に、『復職ナビゲーションブック』の作成を試行している。この『復職ナビゲーションブック』は、復職者ご本人が主治医やリワーク支援の担当職員の助言を受けて作成し、職場復帰に際して、事業主に提出するものであって、①残遺する課題、②その課題の自己管理の方法(セルフケア)、③その課題へ事業主に配慮(ラインケア、産業保健スタッフによるケア)を望むことの3点で構成されるものである。 今回、過去1年間のリワーク支援終了者(復職者)が作成した『復職ナビゲーションブック』を調査対象として集計し、復職者の求めるラインケア等やセルフケアの方法について調査・分析したので、報告する。 2 調査対象  平成22年8月〜平成23年9月の期間に福井センターのリワーク支援を終了し、『復職ナビゲーションブック』の作成及び事業主への提出に同意した21名の『復職ナビゲーションブック』(21件)を調査対象とした。 3 結果 (1)復職者の概要  『復職ナビゲーションブック』を作成した復職者(21名)の概要を示す。 ①性別、年齢  性別は、男性16名(76.2%)、女性5名(23.8%)であった。年齢は、50歳代が1名、40歳代が10名、30歳代が8名、20歳代が2名であって、平均39.3歳であった。 ②疾患別(診断名)  うつ病(単極性)が12名(57.1%)、双極性障害が4名(19.0%)、統合失調症が2名(9.5%)、不安障害、適応障害、自律神経失調症がそれぞれ1名(4.8%)であった。 ③復職先の職種別  製造業が15名(71.4%)、非製造業が6名(28.6%)であった。 (2)『復職ナビゲーションブック』記載内容  表1に、復職者が「課題」として記載した内容を示す。「業務遂行能力の低下」が13人(61.9%)で最も多く、次いで「対人関係に不安がある」と「認知に偏りがある」がそれぞれ9人(42.9%)であった。「過緊張、パニック状態」と「残遺症状(不眠、めまい、頭痛等)」がそれぞれ5人(23.8%)であった。 表2に、復職者が「課題」に対して挙げた対策(セルフケア)の内容を示す。対策は合計で62件あり、「認知行動療法の考え方」を援用することが12件(19.4%)で最も多く、次いで「アサーティブな対応」が11件(17.7%)、「上長らへの相談」 表1 職場復帰時の課題 (N=21) 表2 課題への対策(セルフケア) 表3 課題について事業所への要望(ラインケア等) が10件(16.1%)、「体調の自己管理を徹底」が9件(14.5%)と続いた。  表3に、復職者がセルフケアの対策を講じた上で事業所に求める配慮(ラインケア等)について、その内容を示す。要望は合計で87件あり、「相談に応じて欲しい」が23件(26.4%)と最も多く、次いで「声かけして欲しい」が17件(19.5%)であった。この「相談」と「声かけ」を合わせて46.0%であって、要望全体の半数近くとなった。次いで、「業務量の軽減」が11件(12.6%)、(職場復帰してから)「適応するまで時間が欲しい」が10件(11.5%)であった。 (3)課題に対する対策と要望の関係について  表1に示す復職者が職場復帰時の課題として挙げたもののうち、特に多くの復職者が挙げた課題について、その対策(セルフケア)と事業所への要望(ラインケア等)について、結果を示す。 ①務遂行能力の低下  表4に、「業務遂行能力の低下」についての復職者自身の「対策」と事業主への「要望」を示す。対策は「補完手段の活用」が8人(61.5%)と最多で、次いで「リラクセーション」2人(15.4%)と続いた。  事業主への要望は、「声かけして欲しい」が3人(23.1%)で、「相談に応じて欲しい」、「業務内容の軽減」、「単独作業を回避して欲しい」がそれぞれ2人(15.4%)と続いた。事業主への要望は、さまざまな内容のものが数多く挙げられた。 表4 業務遂行能力の低下(N=13) 表5 対人関係が不得手(N=9) 表6 認知の偏り(N=9) 表7 過緊張、パニック状態(N=5) 表8 残遺症状(N=5) ②対人関係が不得手  表5に、「対人関係が不得手」についての復職者自身の「対策」と事業主への「要望」を示す。  対策は「アサーティブな対応」を取ることが7人(77.8%)と最も高く、次いで「上長らへの相談」が2人(22.2%)と続いた。  事業主への要望は、「相談に応じて欲しい」が7人(77.8%)と最多で、次いで「声かけして欲しい」が3人(33.3%)であった。  対人関係の問題については、「対策」も「要望」も2〜3程度の限られたものとなっていた。 ③認知の偏り  表6に、「認知の偏り」についての復職者自身の「対策」と事業主への「要望」を示す。 対策は「認知行動療法の考え方」を援用することを全員(100.0%)が挙げた。  事業主への要望は、「声かけして欲しい」が8人(88.9%)と最多で、次いで「相談に応じて欲しい」が4人(44.4%)であった。1人を除いて、上長らからの「声かけ」を要望しており、これに「相談に応じて欲しい」が続く結果であった。 ④過緊張、パニック状態  表7に、「過緊張、パニック状態」についての復職者自身の「対策」と事業主への「要望」を示す。対策は「リラクセーション」(自律訓練法等)が最多で3人(60.0%)であった。  事業主への要望は、「業務量の軽減」が2人(40.0%)で、「業務内容の軽減」、「適応するまで時間が欲しい」、「通院することへの了解」がそれぞれ1人(20.0%)であった。 ⑤残遺症状  表8に、「残遺症状」についての復職者自身の「対策」と事業主への「要望」を示す。 対策は「体調の自己管理」を取ることを全員(100.0%)が挙げた。  事業主への要望は、「相談に応じて欲しい」が4人(80.0%)で、「職場環境の調整」が1人(20.0%)であった。 4 考察  休職者が職場復帰に際して、最も「課題」と捉えたことは「業務遂行能力の低下」であった。福井センターのリワーク支援では、月〜木の午前中2時間を作業課題カリキュラムとしており、トータルパッケージ(M-ワークサンプル)を用いて、主に事務作業、OA機器操作の作業の正確さ(正答率)及び作業時間の健常者標準比を測ることとしている。併せて、利用者は作業への集中力の低下の程度、易疲労性等も体験する。  このカリキュラムを通じて、利用者はどの程度の精神運動制止(集中力、記憶力、判断力等の低下)が生じているか自己の状態を客観的に把握し、職場復帰時の対策として挙げていると思われる。 また、事業主もうつ病などの気分障害に関して、悲観的思考が症状の主体であって、判断力などの能力の低下が一時的であっても生じていることを知らされていない事例が少なくない。 このため、復職時に復職者ご本人が事業主に対して、一定程度の能力低下が生じていることをオープンに伝えていくことは、復職後の労務管理上きわめて重要な情報となっていると考えられる。  「業務遂行能力の低下」に対する対策は、補完手段の活用が主であるが、事業所への要望については、特定の要望に絞られず多岐にわたった。これは、復職先の事業所の規模や環境によって、事業主に「要望できること」と「要望できないこと」があることの影響と推測される。  「過緊張、パニック状態」についても、同様に事業所(職場)の状況によって、求めていく配慮が異なる傾向があると考えられる。  他方、「対人関係が不得手」や「認知の偏り」、「残遺症状」の課題については、セルフケアの対策もシンプルであり、事業主への要望も「声かけして欲しい」、「相談に応じて欲しい」などに限られている。このような課題に対しては、事業所の規模や環境、業種に関係なく、求める配慮や労務管理も同じであると推察される。  また、「対人関係が不得手」では、事業所に求める配慮について、「相談に応じて欲しい」 [自分→上長] (77.8%)が「声かけして欲しい」[上長→自分](33.3%)の2倍以上であるのに対して、「認知の偏り」では、反対に「声かけして欲しい」[上長→自分](88.9%)が、「相談に応じて欲しい」[自分→上長](44.4%)の2倍となっていた。  これは、対人関係の問題であれば、自らアサーティブな主張を心掛けて解決しようとするのに対し、認知の偏りが生じた場合は、自身の様子が変であれば「声かけして欲しい」と上長らのラインケア等を強く求めているものと推測される。 このように、「課題」となっていることの特性によっても、セルフケアやラインケア等のあり方が変わってくるものと考えられる。  結果全体を概観すると、平成22年度の調査結果から事業主が最も苦慮している問題の「病状がわかりづらい」については、復職者自身が「課題」として挙げたとおりで、特に予想外の内容などはなく、一般的にメンタルヘルス不全者が抱える課題であった。問題なのは、この疾病の特徴を事業主が十分に知らされていないことであって、今後、復職コーディネート等の場面を通じて、事業主に繰り返し伝えていくことが重要と思われる。  また、復職者自身の課題への対応(セルフケア)については、認知行動療法の考え方を活用していくことや、アサーション、上長らへの相談、体調の自己管理、補完手段の活用、リラクセーションなどであって、これまでも職場復帰支援において必要と指摘されてきたスキルであって2)、休職者が確実にこれらのスキルを獲得できるように、支援を行うことの必要性を再確認できる。  さらに、復職後の課題に関して、復職者が事業主に求めている要望は、「相談に応じて欲しい」、「声かけして欲しい」といった職場上長や同僚とのコミュニケーションが中心であって、業務の量や質(業務内容)の軽減は、その次に求めているという事実である。 メンタルヘルス不全休職者の職場復帰の際には、緩和勤務や負担の少ない作業から始めること等を事業主の配慮として掲げる例が少なくないが、実際に復職する当事者が求めている配慮とはズレが生じている可能性も示唆される。この点について、職場復帰支援における事業主支援の場面等を通じ、真に必要な労務管理や配慮が何であるかを、事業主、復職者、主治医らの意見を十分に確認して明らかにしていくことが重要であると思われる。 5 今後の課題 『復職ナビゲーションブック』の試行開始後、1年を経過し、復職者、事業主の双方から高く評価されている。また、安定した職場適応(復職継続率)にも効果がみられている。 本調査によって、復職する当事者が何を課題と考え、どのような対策を講じ、どんな配慮を求めるかについて、その概要を示すことができた。 今後は、復職者の職場定着により役立つ形に『復職ナビゲーションブック』を改良していくとともに、復職支援に従事する支援者が、どのようなセルフケアと、ラインケア等が職場復帰に有効であるのか、改めて検証していくことが今後の課題と言えよう。 【参考文献】 1) 関根和臣:うつ病などメンタルヘルス不全休職者の復職後職場定着への事業主及び復職者のニーズに関する一考察,第18回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集(2010). 2) 野口洋平:メンタルヘルス不全休職者の復職支援における課題について,日本精神障害者リハビリテーション学会第16回大会抄録集 (2008) 障害の多様化に対応する事業主支援の推進と課題 石川 球子(障害者職業総合センター 主任研究員) 1 目的 近年、若い世代を中心にその職業生活に影響を及ぼす非定型うつ病1)や不安障害が増えており、職場のメンタルヘルスにおけるこうした障害の多様化への対応を迫られている。 こうした現状を踏まえ、「障害の多様化に対応する事業主支援に関する研究」では、支援者が職業リハビリテーションの一環として事業主と連携し、速やかに行う職業生活への復帰支援が3次予防の観点からも重要となることに焦点をあて、研究を行っている。 そこで、本稿では、職場のメンタルヘルスと事業主と連携した職業リハビリテーションに焦点をあて、障害の多様化に対応する事業主支援ニーズの変化を地域障害者職業センターの実践等もまじえつつまとめ、さらに復職支援における課題について障害者のニーズ、事業主のニーズ、労働環境、そしてこころの健康づくりの側面から考察することを目的とした。 2 方法  ネットワークを含む内外の研究機関を介して、公開情報を活用するとともに、就職・職場復帰支援についての海外での枠組みとして障害管理 (disability management)の考え方に基づくマネジメント基準2)などとも照らし合わせつつ、専門家ヒアリング及び文献検索等により情報を収集し、検討を行った。 3 障害の多様化と事業主支援ニーズの変化 (1)障害の多様化への支援の必要性  メンタルヘルス不全とは、うつ病や自律神経失調症、心身症、さらに統合失調症などの精神疾患を含め、メンタル面に主な原因があり、職場において不適応を起こしているものを指す3)。従業員の心の健康が悪化している状態を指し、精神疾患などの重度の不全から不安や緊張、イライラ、不適応や意欲の低下、作業能力の低下、労務の不完全な提供、対人トラブルなどの軽度のものまでを含む4)。日本においてメンタルヘルス不全の社会現象は、増加傾向にある5)。また、同様の傾向は海外にもみられ、こうした現象に起因する経済的損失が危惧される2)。支援が必要となる職場におけるメンタルヘルス不全には表1に示す多様な症状6)の他に、摂食障害などの依存症が含まれる。 表1 職場におけるさまざまなメンタルヘルス不全 主要な労働人口である20代から50代についてメンタルヘルス不全の分布をみると、働き盛りの30代、40代に患者数が多いことが特に問題となる。  メンタルヘルス不全に陥る従業員の発生は、従業員本人や家族の生活を崩壊させるのみならず、企業にとって、その生産性の低下、労使のトラブルが発生した場合の費用と時間、社会的信用などの大きな損失を伴う4)可能性がある。  職場で問題化してくるケースを精神医学的にみると、隠れた双極Ⅱ型障害、非定型うつ病などの気分障害や対人関係をベースとした適応障害(後述)が多い。また、パーソナリティ障害や発達障害の併存も少なくないとの報告7)もある。 (2)職場での多様な「抑うつ状態」への対応 「抑うつ状態」を呈し得る精神及び行動の障害を国際疾病分類に従い表28)にまとめた。 表2 「抑うつ状態」を呈しうる精神及び行動の障害 表3及び表4に示す就業状況が一部の原因となり、「抑うつ状態」となっている従業員が増加している8)。こうした抑うつ状態の職員の勤務や休暇の取り方の問題、業務遂行能力の制限、頻回欠勤症、休業と復職の繰り返しへの対応が必要となるとの指摘8)がある。   表3 現在の職場の産業精神保健に関する外的問題点 表4 現在の職場の産業精神保健に関する個的問題 (3)適応障害及び職場不適応症への対応  適応障害(表1)とは生活上のストレスや環境などにうまく適応できず、心身の症状がいろいろと現れてくるために社会生活に支障をきたす心の病を指す9)。ストレスの要因が職場にある場合を職場不適応症としている9)。  職場不適応症の多くは適応障害であるといわれている9)。職場不適応は40代以下の若い世代に急増している9)。以下にこれらの発症要因と対応の必要性についてまとめておく。 ①職場不適応症となるきっかけ  図1に示すように職場不適応となるきっかけとして、過重労働、適性の乏しさ、人間関係が挙げられる6)。これらの原因に対し早期に対策がとられないと職場不適応症になるおそれがある6)。  図1 職場不適応症の3つの要因   ②適応障害発症のメカニズム  適応障害発症に関連する要因には、職場、個人、家族、社会的ストレスが含まれる。適応障害発症に関する今迄の職場要因(配置転換など)が今後、年功序列・終身雇用から成果や業績を重視する日本的グローバル・スタンダード化に関連した仕事の複雑化などに変化する可能性があるとの指摘10)もある(図2)。こうした状況への対応が必要となる。 図2 適応障害の発症メカニズム、現在と今後 (4)若年労働者のメンタルヘルス不調への対応  平成20年度版「労働経済の分析(労働経済白書」(厚生労働省編)11)によれば、学卒者の就職後3年以内の離職率が2000年代において高い水準で推移している。さらに、若い世代に不安障害で悩む人が多いことに加えて、若年者を中心に従来のメランコリー型のうつ病とは異なる非定型うつ病あるいは現代型うつ病と呼ばれるうつ病が増えている12)。  また、新入社員について、その時期については一概には言えないが、研修が済んで責任のある仕事(役割)についてからメンタルヘルス不調を発症する事例が多い12)との指摘もある。 (5)総合的なメンタルヘルス対策の構築  心の健康づくりで推奨されている「4つのケア」と「3つの予防」を組み合わせた各種施策を効果的に実施できる総合的なメンタルヘルス対策(図3)を構築することが重要となる13)。障害が多様化する中、こうした対策は重要な役割を果たす。   (6)地域障害者職業センターでのリワーク支援 を経て復帰に成功したケース    図3にもあるメンタルヘルスにおける三次予防とは、円滑な職場復帰を実現し、かつ再発を防止することを指す。  軽症うつ病のBさん(30代後半)は6ヶ月休職後、6ヶ月間勤務継続、再度長欠(1年間)となった。産業医の勧めや少しずつ負荷を上げられるシステムに安心感を持ち、地域障害者職業センターのリワーク支援事業により復職している14)。 図3 メンタルヘルス施策体系図 4 復職をめぐる事業主支援の課題 (1)障害の多様化に伴うあらたなニーズ  さまざまな「うつ病」、特に若年発症傾向の強い比較的軽症のうつ病について精神科医のレベルでは理解されている。しかし、臨床場面では、これらの新しいうつ病の概念に加えて、不安障害や適応障害などによる抑うつ状態もしばしば、休職する際の診断書などに「うつ病」と表現される。このため、うつ病に対するあらたな偏見が形成されつつあるとの指摘15)がある。  また、雇用状況が厳しい中で効果的な復職支援を推進するためには、うつ病にはさまざまな病態があることから、第1に、時短勤務などの復職制度を検討する必要がある15)。第2に、復職支援機関での復職時期の見立てと復職準備性の客観的評価の重要性について、復職支援機関や事業場の専門家を中心に幅広く理解を深めて行くことが必要となる15)。さらに、さまざまな原因による職場不適応症や適応障害、併存する障害のある重複障害、そして依存症への支援も必要と考えられる。   (2)事業場、休職者、主治医から中立な立場の 復職支援機関の重要性  うつ病休職者の復職を妨げる要因には、事業場側、主治医側、そして休職者側の問題が組み合わさっており、こうした阻害要因の解決にも、客観的に復職準備性の判断ができ、中立・公平な立場で休職者の伴走者として援助可能な復職支援機関の存在が重要となる15)。  本稿に報告した地域障害者職業センターの事例では事業主と連携し、各ステークホルダーとの調整を図りつつ復職支援が推進されており、こうした支援が重要な役割を果たすと考えられる。   (3)事業場側の阻害要因  厚生労働省は、「心の健康問題で休業した労働者のための職場復帰支援の手引き」を策定し、積極的な休業労働者支援を企業が実施することを要請している。企業の積極的な取り組みが望まれる。  また、一企業で取り組むことが負担であるとの意見もあり2)、このような場合に事業主と連携し、各ステークホルダーとの調整を図りつつ推進する社外機関による復職支援が必要と考えられる。 【参考文献】 1 香川リカ:うつ病の増加と変化について、「ストレス科学, Vol.24 ,No.1」, p.3-9, 日本ストレス学会 (2009) 2 石川球子:『ディーセント・ワークの実現を視野においた 「障害管理」に関する研究』「資料シリーズ, No.60」,障 害者職業総合センター (2011) 3 笹尾社会保険労務士事務所:ストレス関連疾患(心身 症)とメンタルヘルス不全 www.sr-sasao.jp/article/13951070.html 4 人事解決.COM:労務管理. www.jinjikaiketsu.com/blog/faq02/2010/10/post-119. html 5 障害者職業総合センター:『うつ病を中心としたメンタル ヘルス不全による休職者の職場復帰支援の実際と課題 に関する文献研究』「資料シリーズNo.53」 (2010) 6 渡辺登:「職場不適応症−会社内で急増する適応障害 のことがよくわかる本」講談社(2009) 7 渡辺洋一郎:シンポジウムⅠ:さらなる精神科医と産業保 健チームの連携,「産業精神保健Vol.18, No.4」, p.307, 日本産業精神保健学会(2010) 8 荒井稔:シンポジウムⅠ:増加し、混乱をきたしやすい職 場の『うつ状態』への対応 職場での多様な 「抑うつ状 態」の診断と治療、「産業精神保健Vol.15, No.4」,p.228 -232, 日本産業精神保健学会(2007) 9 メンタルヘルス対策・心の健康検査D-PAT  www.qol-souken.org/d-pat/column/110107.php. 10 夏目誠:特集:疾患に応じた復職支援の実際(ポイント) 適応障害の視点から「産業精神保健Vol.19, No.3」,p.1 68-174, 日本産業精神保健学会(2011) 11 厚生労働省:「平成20年版 労働経済の分析:働く人 の意識と雇用管理の動向」(労働経済白書)(2008) 12 中央労働災害防止協会:「職場のメンタルヘルス対策 −最新アプローチとすぐに役立つ実践事例−」 (2009) 13 高田洋孝 大野和人:キャノン株式会社の産業保健体 制について、「産業精神保健Vol.15,No.1」, p.30-34, 日本産業精神保健学会(2007) 14 牧野純:職場復帰の困難事例とその対応「心と体のオ アシス Vol.10」,p.10-15, 中央災害防止協会(2009) 15 菅原誠:うつ病リターンワークコースを活用した職場復 帰訓練、「心と体のオアシス Vol. 10.」, p.16-20, 中 央災害防止協会(2009) 地域における就労支援ネットワークの活用と精神障がい者就労支援 船山 敏一(就労移行支援事業藤沢ひまわり 所長) 1 発足の経緯 ネットワーク発足のきっかけは、神奈川県精神保健福祉センターが平成12年より行っていた就労支援促進事業(その後は就労準備・社会適応訓練事業に内容が変更している)の目的の1つに『障害保健福祉圏域ごとの就労支援ネットワーク作りの促進〜身近な地域内で、支援者どうしがお互いに顔が見える関係作り〜』が掲げられていたことが始まりだった。そのひとつとして、湘南東部地区でも就労支援促進連絡会議が開催されることになった。事前に打ち合わせをすることになり、県精神保健福祉センターの呼びかけで、当時の事業利用実績から作業所2か所・デイケア1か所・所管のハローワーク機関が集まり、打ち合わせを行い、平成15年11月湘南東部地区において精神障害者就労支援促進連絡会議が行われた。当時の議題は、ジョブガイダンス事業の実施結果の共有や事例紹介だったが、多くの参加者が経験や情報の共有が就労支援においても非常に有効であるとの認識にいたった。 2 ネットワークの発足  手始めに会則の作成に取りかかった。会の目的や事業内容、会員の対象者をまず決め、そして「まずはできることからやろう」「まずやろう」を合言葉に平成16年度より正式に湘南東部地区精神障がい者就労推進協議会(SEJA)を発足させた。 3 平成16年度〜平成20年度を振り返って ①平成16年度、研修会の内容やテーマは支援側の雇用側に対する思いや手段から始まった。 「どんな人だったら雇用して頂けますか・・・?」 「ジョブコーチこんなことしています」 「こんな就労支援制度を知っていますか?」 「精神障害者の障害特性とは?」 ②平成18年度になり障害者自立支援法の施行による影響が出始める。 「地域生活への移行と共に「就労支援」が国の政策となる」 「就業定着や就職者数等の数を支援側も受け入れ側も求められる時代に」 ③平成19年度より「共催」が年1回程度行われるようになっていく。 「当該はインフォーマルなネットワークであったが、地域自立支援協議会等のフォーマルネットワークが立ち上がり、相互リンクが行われるようになる。」 ④また新しい試みとして、平成18年度より当事者への直接支援を始める 「ハローワークのジョブガイダンス事業が県域の地域ごと行われていた頃」茅ヶ崎市・藤沢市・寒川町の二市一町で で行われたことがあった(担当:喫茶友達)。それらを手本に当該でも「やってみよう」ということになる」「県単では「終りがある」。ならば自分たちで行えば通年できるのではないか・・現在は5年間継続中。 4 知っ得・就労ホップ・ステップ・ジャンプセミナー(ジョブガイダンス)について 【5年間のまとめ】 参加者数は、年々増加傾向にあり(図1)、精神障がい者の就労ニーズの高まりを感じている。また、回を重ねる毎に地域の関係機関から社会資源の一つとして認知されてきたことが参加者の増加に結びついていると考えられる。 図1 参加者数(H18〜H22参加者) 所属は地域の関係機関からバランス良く参加されている当該セミナーは、統合失調症の方を対象に行っているが、就労に関しての意識の強い方は、どのような関係機関にもいると思われる(図2)。 図2 所属(H18〜H22参加者) 参加者の年代は20〜30代が最も多く(図3)、発病後5年未満の方が約7割を占めている。そのためセミナーの第1回目に自分の病気をよく知ろうという内容の講座を行い、その後のセミナーの内容を容易に理解できる環境設定を行うなどの工夫を行っている。また、40代、50代の参加者は以前就労経験のある方が殆どであり、就業のブランクが4年以上ある方が多く、セミナーにおいて一般企業で働いていた時の感覚を取り戻せたという意見も頂いている。 図3 年齢(H18〜H22参加者) 現在の転帰に関しては参加者の3割強の方が一般就労されており、残りの方達も移行支援事業所、就労継続B型等いずれかの就労関係機関で就労準備をしていることがわかった(図4)。また、セミナー受講をきっかけに在宅だった方が支援機関の利用に繋がるケースも多く、湘南東部地区圏域における精神障がいのある方たちの「はたらく」ための社会資源の一端を担っていると考えられる。 図4 現在の転帰(H18〜H22参加者) 内容は毎年基本的には同じ内容のものを毎年実施している。1回目に「病気の経過と特徴・薬の効果を知る」を医師に「障がいとうまく付き合いながら、生活するコツを知る」についてPSW若しくはOTに3回目には「仕事の探し方・使える就労支援制度」をハローワークと県仕事サポーターに「就労に必要な具体的な技術の習得」を障害者職業センターの職業カウンセラーより、最後に「振り返りとまとめ」として現在働いている当事者の方とネットワーク世話人の話を行っている。 当該セミナーの特徴としては、セミナー受講前にセミナー参加の目的、参加時の目標、就労に関してのニーズの調査等を聞き取り、所属の機関に日常の様子等を聞く→セミナーに参加してもらう→セミナー終了後、セミナー参加の感想、今後の就職活動に関しての助言、所属に対してのフィードバックを行い、以後の支援に活かしてもらっている。それらの丁寧なフォローアップの結果が上記した転帰の状況結果に繋がっていると考察できる。 5 ネットワークの活用 前記してきたように、様々な活動を地域の関係機関とともに行うことによって、協議会の当初目的である「互いに顔の見える関係つくり」に関しては概ね目標に到達したといえる。そこで、当事者に対してどのようにネットワークを活用して、その利益を還元できるか協議会で考え、ホップ・ステップ・ジャンプセミナーを受講して現在就業中の方に彼らの体験談を、これからはたらきたいと思っている当事者の方たちに対して話してもらう機会を設けられればスピーカーである就業中の当事者の方たちのエンパワーメントにもなり、またその体験談を聞くことにより、聞く側も将来への希望を持つことができ、なお且つ精神障がいのある方特有の不安の軽減にも役立つのではないかと考えた。そして、平成21年度より「はたらきたい気持ちを伝えたい」と題して当事者の就労体験発表を行っている。その結果、「はたらきたい」という気持ちを持っているが、どのようにしたら良いのか迷っている当事者の方々が利用できる関係機関とつながる機会が増加し、地域の障がいのある方達の就職気運の一助になったのではないかと考えている。 6 まとめ 地域で就労支援に興味を持つ関係機関が集まりインフォーマルなグループが、それぞれ手弁当で行っていた活動が徐々に大きくなり自立支援協議会をはじめフォーマルな会議に出席できるようになり、行政機関と精神障がい者の就労支援に関して研修などを協力して行えるようになり、はたらきたい気持ちのある方達を支援できる事業を行えるようになったことは、我々にとって大きな成果だと考えている。それ以上に地域の社会資源として当事者の方たちに認知されるようになったことが何より光栄なことだと感じている。今後も地域で生活のしづらい部分をもちながらもはたらきたいという気持ちのある方達を全力で支援していきたいと思っている。 ステップアップ雇用から常用雇用への移行を目指すための支援について① −ヒアリング事例の類型化− ○下條 今日子(障害者職業総合センター 研究員) 白兼 俊貴・森 誠一・村山 奈美子(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター障害者支援部門では、精神障害者の常用雇用への移行を促すための支援方法を検討するために、平成22年度から平成23年度の2カ年で「精神障害者ステップアップ雇用」(以下「ステップアップ雇用」という。)の活用状況に関する実態調査を行っている。平成22年度に企業、就業・生活支援センター、就労移行支援事業所を対象にステップアップ雇用の活用実態に対するアンケート調査を行った。アンケート調査と並行して、ハローワーク、地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)、就業・生活支援センターにヒアリング調査を行い、93件の活用事例を得た。本報告では常用雇用 に移行した事例の類型化を図り、モデル事例を紹介する。 2 事例の類型化  上述の活用事例のうち平成23年9月時点でステップアップ雇用が終了し、帰趨が確認できている79件の内訳を表1に示す。 表1 ヒアリング事例の帰趨状況別内訳(n=79) 常用雇用に移行した事例のうち、週労働時間20時間以上で移行した群(以下「20時間以上群」という。)と、週労働時間20時間未満で移行した群(以下「20時間未満群」という。)が同数であることに注目し、この2群についてKJ法によるカテゴリー分けを行った上で、更に雇用前と雇用後のエピソードに分けて類型化を図ったものを表2〜表5に示す。支援に関するエピソードにおいては、20時間以上群、20時間未満群の双方において顕著な違いは見られなかった。 以下、雇用前と雇用後に分けて概略を述べる。雇用前のエピソードについては、時系列に沿う形で「事前アセスメント」「マッチング・職場開拓・ステップアップ雇用の提案」「実施のためのプランニング」の3つのカテゴリーに分類した。 雇用後のエピソードについては、ステップアップ雇用の特徴である、「柔軟な時間変更」と、「その他、常用雇用移行のポイントと考えられる要因」の2つのカテゴリーに分類した。 雇用前のエピソードの主な特徴は、①本人が短時間勤務を希望している。②アセスメント段階で本人の就労上の不安に関するエピソードが複数認められる。③事前アセスメント段階において、支援者がステップアップ雇用の活用を考えるに至ったエピソードとして、対象者の状態像の重さを感じさせるものが複数存在する。具体的には、“前職とのブランクが長い”、“精神保健福祉手帳1級で前職なし”、“本人の不安の訴えが多い”“本人が体力的な理由から短時間勤務を希望した”等である。 雇用後のエピソードでは、①本人・事業所・支援者の話し合いの上時間変更を行う、②本人の体調を見ながら時間変更を行うといった、労働時間の変更に係る支援が多く行われていた。 3 事例紹介 20時間以上群および20時間未満群の、ステップアップ雇用を活用し常用雇用に至った事例を紹介する。 【事例1:20時間以上群】 <事例概要> 男性/40代 統合失調症 精神保健福祉手帳1級 <ステップアップ雇用活用までの経緯> 10代後半に発症。大学卒業後に約20年技術者として働くが、6年前に体調が悪化し退職。退職後、現職まで6年のブランクがあるが、その間はデイケアと就労移行支援事業所を利用して就労に向け段階的に取り組んできた。 <事業所概要>  医療情報普及啓発、医療総合相談等を行う事業所。従業員は企業全体で約200名。障害者雇用は初。雇用率未達成企業。 <ステップアップ雇用開始前の調整事項>  ジョブコーチ(以下「JC」という。)支援を活用することから、就労移行支援事業所の第1号JCと地域センターが連携して事業所と調整を図った。始めの半年は業務に慣れる期間で、その後徐々に時間延長を図りたいとの事業所の意向があること、本人に前職から6年のブランクがあること等から、徐々に仕事に慣れることが必要との支援者の判断から、ステップアップ雇用の活用となる。 <開始後の状況>  週15時間(3時間×週5日)勤務から開始。郵送補助、健診機材の準備等に従事。順調に作業手順を習得しもっと働きたい気持ちが出てくるが、時間延長の見通しが曖昧なため焦りが強くなることが見られる。支援者はこの状況を初期緊張の高まりと考え、JCの支援頻度を増やして本人と密に話をすることで不安軽減に努めた。その他、時間延長や働き方に関する事業所の考えを伝えていった。 <ステップアップ雇用期間中の危機状況> 開始後約3ヵ月頃からJCに不調を訴え始め、4ヵ月頃には遅刻や欠勤はないものの憂鬱感・不安感が強まり身体的にも不調になる。JCより本人に“回復のために休む”ことの必要性を伝える。アドバイスを受けて本人は服薬調整を図るとともに1日休暇を取った。また、JCが自宅訪問等を行い本人の状態や生活リズム等を確認した。半年経過した時点で時間延長する予定だったが、事業所と相談し本人の体調が安定してから延長することとなった。その後、服薬調整が効を奏したことや連休を挟んだこともあり、本人の体調は回復し、7ヵ月を超えた時点で週15時間から週21時間に時間延長を行う。 <常用雇用に移行できた要因>  週5日のうちの2日を6時間勤務とし、週20時間以上の勤務が可能となっている。真面目な作業ぶり、分からないことは質問出来ること等が事業所の要求に合致し、12ヵ月を待たずに常用雇用に移行した。 【事例2:20時間未満群】 <事例概要> 男性/50代 統合失調症 精神保健福祉手帳2級 <ステップアップ雇用活用までの経緯> 発症後の職歴は複数あるものの、いずれも短期間で離職。その後は作業所を約10年利用。合同面接会を通じて就職が決まり、採用された事業所でステップアップ雇用を活用。 <事業所概要>  県内でチェーン展開しているラーメン店。企業全体で300名の規模。障害者雇用の経験はない。ハローワーク主催の事業主対象の会議に参加したことを機に障害者雇用に取り組む。本人は製麺工場に配属される。 <ステップアップ雇用開始前の調整事項> 制度紹介、雇用条件等の調整はハローワークが主体となり、何度か事業所訪問して行う。ステップアップ雇用については「少しずつ時間を延ばしながら、長く使える制度」と説明。雇用条件は週12時間(3時間×週4日)から開始。3ヵ月毎に契約更新を行うものとし、1年かけて週20時間勤務まで延長する計画。雇用と同時にJC支援を活用。 <開始後の状況> 本人の通院および服薬管理は出来ており、体調は安定。バット洗いに従事。3ヵ月後に勤務時間を週14時間に延長した。 <ステップアップ雇用期間中の危機状況> 雇用開始から半年の時点で本人の母親が入院。家庭での本人の負担が増え、服薬管理が崩れて本人も入院。時間延長を見送った。地域センターと病院が連携を図り、退院後は復職を果たす。 <常用雇用に移行できた要因> 開始から9ヵ月目の契約更新の際に、作業ペースは速くないものの真面目な仕事ぶりが事業所に評価されて常用雇用に移行。本人の安定就労を優先し、週14時間勤務のまま移行。本人が定着したため、後に数名の障害者が雇用された。 4 考察とまとめ ヒアリング事例からは①本人の就労上の不安を解消する、②本人が調子を崩した時は、当初の計画にこだわらず時間延長を見送る、または時間短縮する、③本人や企業が見通しを持てるように支援する、の3点が支援のポイントとして示唆された。いずれもステップアップ雇用の有無にかかわらず用いられる支援方策ではあるが、最短週10時間の勤務時間から開始し、最大12ヵ月の期間で仕事や職場への適用状況等を見ながら徐々に就業時間を伸ばすというステップアップ雇用の特徴を踏まえた上で②に注目したい。また、③については、ステップアップ雇用は試行雇用の期間が長きにわたるので、全体の見通しを持てるよう支援者が工夫することが大切である。プランニングの段階で1年間の計画を大まかに立てて示す、事例2のように適宜雇用期間を定めてその都度常用雇用への移行可能性を判断するというように、予め節目を決めておくこと等、ステップアップ雇用期間中のスケジュールを示しておくことは効果的と思われる。 また、ヒアリング事例においては、企業の理解度や労働条件にもよるが、体調不良が見られ時間延長が出来ないとしても、本人の作業遂行力が評価され、継続雇用されている20時間未満での雇用事例が相当数確認された。さらに、本報告の事例においては状態像の重さが感じられることから、支援機関が関係機関との連携を密に図り、細やかなサポートを行うことが企業側の安心感や本人理解に繋がり、従来では常用雇用の対象と考えられなかったような求職者においても常用雇用への移行可能性が広がったのではないかと考える。 今後、ステップアップ雇用実態調査の取りまとめに当たっては、常用雇用に移行しなかった事例に関する分析や、企業および支援機関がステップアップ雇用をどのように捉えているかに関する考察を加えていきたい。 【参考文献】 村山奈美子:ステップアップ雇用奨励金制度の活用実態調査について 中間報告①、「日本職業リハビリテーション学会第39回愛知大会プログラム・発表論文集」、p.124-125,(2011) 下條今日子:ステップアップ雇用奨励金制度の活用実態調査について 中間報告②、「日本職業リハビリテーション学会第39回愛知大会プログラム・発表論文集」、p.126-127,(2011) 期間の定めのない雇用。したがって週所定労働時間20時間未満のままでの雇用継続も含まれる。厚生労働省発表による「ステップアップ後の常用雇用移行率」の「常用雇用」は週所定労働時間20時間以上の雇用への移行を言うことに留意。 ステップアップ雇用から常用雇用への移行を目指すための支援について② −幕張ストレス・疲労アセスメントシート(MSFAS)を活用した支援事例− ○村山 奈美子(障害者職業総合センター 研究員) 平田 佳和(障害者就業・生活支援センターオープナー) 白兼 俊貴・森 誠一・下條 今日子(障害者職業総合センター) 1 はじめに 精神障害者ステップアップ雇用は、精神障害者の障害特性である過緊張や疲れやすさ等を踏まえた雇用支援ツールである。当部門で開発した障害者の職場適応を促進するためのツールであるトータルパッケージの、特に「幕張ストレス・疲労アセスメントシート」(以下「MSFAS」という。)を併せて活用することは、ステップアップ雇用から常用雇用への円滑な移行に寄与すると考えられる。本稿では、就労支援機関と協力してステップアップ雇用中にMSFASを活用し、常用雇用への移行を目指して支援を行っている事例について報告する。 2 目的 MSFASは、自己理解の状況やストレス・疲労の現れ方等を整理し、本人、支援機関及び事業所がこれらの情報を共有した上で具体的な対処法について検討し、それを導入、確立することにより職業生活の安定を図るためのツールである。本報告では、ステップアップ雇用から常用雇用への移行を目指すにあたりMSFASを活用した支援の有効性を検討することを目的とする。 3 方法 (1)対象者の選定方法 「ステップアップ雇用から常用雇用への移行を目指すための支援について①」で報告したアンケート調査において、ステップアップ雇用の活用予定があると回答した支援機関のうち、追加のヒアリング調査に協力する意思を示していたこと、研究員が継続的に連絡をとり、支援機関や事業所を適宜訪問するなどの関わりを確保できること等の条件を踏まえて、就業・生活支援センター1所(以下「A施設」という。)を選定した。A施設に研究協力の目的を伝えたところ同意が得られたため、ステップアップ雇用対象者の紹介を依頼した。ステップアップ雇用から既に常用雇用に移行している1名と、ステップアップ雇用を開始して2ヶ月が経過した2名について紹介可能と回答を受けたため、研究員が対象者と面談し、研究協力について趣旨を説明したところ、3名全員から同意を得た。本稿ではこのうち、ステップアップ雇用中の2名に対する支援状況について報告する。 (2)対象者及び事業所の概要と試行の手続き 対象者の概要を表1に示した。事業所の概要は表2のとおり。2名は同一事業所に雇用されており、A施設のジョブコーチ(以下「JC」という。)が支援を行っている。JCが事業所訪問や対象者面談を行う中で把握した状況を、電話及びメールにより研究員と共有し、必要な介入について検討した。その上で、各々の状況にあわせてMSFASのシートを活用した。さらに、その結果を踏まえてBさんについては既に活用していた体調管理表に改訂を加え、Cさんについては日誌を新規に導入した。ツールの活用にあたっては、JCから本人と事業所担当者に提案し導入した。本稿では活用したツールの一部を紹介する。 表1 対象者の概要 表2 事業所概要 4 結果と考察 (1)Bさんにおける試行実施状況とその効果 Bさんについては、病識が希薄でストレスサインが不明瞭であることが課題だった。また、薬があっても飲まなかったり、なくなれば飲まないで済ませてしまうなど服薬管理に課題があり、不眠や幻聴、空笑、遁走といった症状再燃に繋がった経過があることが懸念されていた。研究員とJCは、「MSFAS(Ⅲ)E医療情報」により、本人と支援者が改めて医療情報を整理して共有することが有効と考え、記入を提案した(2011年3月)。Bさんが記入したシートを図1に示す。シートを作成したことで、JCはBさんが薬を飲まなかった理由を初めて把握することができた。Bさんは、口頭でのコミュニケーションが苦手で、質問にすぐに「分かりません」と答えてしまう傾向があるため理由が把握できなかったが、シートをBさんに預け、時間をかけて書いて良いと伝えたことで実態が明らかになったものである。シートをもとに本人と支援者が問題点を共有して対処法を検討し、以降の支援においては、眠気や睡眠時間にさらに注意していくこととなった。 図1 Bさんが記入した「MSFAS(Ⅲ)E医療情報」のシート また、疲労・ストレスのサインをキャッチし、睡眠や服薬を積極的に管理することにより症状の安定を図るといったセルフマネジメントスキルの向上が求められた。そのため、従来活用していた体調管理表に「MSFAS(Ⅲ)Fストレス・疲労」を参考にしたストレスや疲労のサインとなる項目を加え、記録することで自覚を促すこととした。さらに、体調管理表を事業所担当者に毎日提出し、睡眠時間や服薬の状況について事業所としても把握するよう協力を得ることで、課題に一体的に取り組んでいるという意識の共有を図ることとした。以降、体調管理表には、疲労・ストレスのサインとして「眠気がある」、「腰が痛む」などが挙げられるようになった。 その結果として、9月に研究員とJCが本人と面談を行った際に、「最近は睡眠のことに意識が向いてきた」、「疲れに気付いたら23時前に寝るようにしている」、「薬の数が足りないと気付いたときにソワソワした」、「薬の大切さに気が付いた」などの発言があった。以前は、自らの疲労やストレスに関心が低く、薬が切れてもそのままにしてしまい、それが不眠や症状再燃に繋がっていたことと比較すると大きく認識が変わり、行動レベルにも変化が生じたと考えられる。 また、事業所では、Bさんが睡眠リズムの崩れから疲労が溜まり仕事を休んだ際に、事業所担当者が体調管理表の睡眠時間の記録から変化を察知しており、「最近眠れていなかったようだから仕方がない」という反応があった。JCに「眠れていないようだが大丈夫だろうか」と相談をすることもあった。 精神障害は疾病と障害が共存しているため、症状が固定されにくいことが指摘されている。医師の指示通りに服薬していたとしても、症状に揺らぎが生じる可能性がある。そのため、日常的に本人の変化に気を配り、タイムリーにサポートする役割が重要になる。就職している場合は、本人と接する機会が多い事業所担当者がその重要な役割の一端を担うことが望まれる。MSFASの活用等を通じて、事業所担当者が本人の課題や見るべきポイントを理解し、必要に応じて本人に休むよう声を掛けたり支援者に連絡をとることができるようになることは、症状再燃を未然に防いだり重症化を避けることに役立ち、安定した職業生活に繋がる有効な鍵となるだろう。 (2)Cさんにおける試行実施状況とその効果 Cさんについては、家庭の問題、自己肯定感の低さ、自我の揺らぎなどが職業生活に影響することが懸念されていた。まずは、本人の自己理解の状況を把握することが必要と考え、研究員が「MSFAS(Ⅰ)得意・不得意」をベースに本人の状況にあわせた項目を設定した「自己理解シート」を作成し、JCが本人に記入を提案した。本人が記入したシートを図2に示す。JCも同じシートにCさんに対する評価を記入し、自己評価と他者評価とを比較した。その結果、全般的にJCと本人の評価に差があることが分かった。その差について探ると、例えば「一度の指示で手順を理解する」、「手順が分かればミスなく作業を行う」の項目について、JCは「一度丁寧に指示すれば、自主的にメモを自分で取るなどの工夫をして手順を覚え、一人で遂行することができている」として高い評価をしているが、本人は「一度指示を聞いただけでは理解できないので、理解できるようにメモを取って覚えければならない」、「すぐに理解できずミスをしてしまうので、ミスをしないようにするには分かるまで聞く必要がある」として評価が下回っており、両者に捉え方の違いがあることが分かった。また、心配していたとおり、家庭の問題について疲労やストレスを溜め込みやすく、うまく相談できていないことが把握できた。 これを受けて、家庭の問題についての相談窓口として、従来利用してきた支援機関に加え、地域活動センターにも繋ぐことで 図2 Cさんが記入した「自己理解シート」(1回目:3月) (図内○が本人評価。JCの評価△と矢印は筆者加筆) ネットーワークの強化を図ることとした。また、Cさんは仕事に対するモチベーションが高いことがストレングスである。この点を重視し、仕事に対する意欲と自信を引き出していくことで、安定した職業生活の継続に繋げたいと考えた。しかし、自己理解シートの結果から、本人は自分の「できていない部分」にばかり目が向いている状態と推測されたため、本人ができている部分については、きちんと「できている」ということをフィードバックしていくことが有効と考えた。4月に行われたケース会議において、自己理解シートに基づいて支援方針を検討した。JCから、本人が自信をもって働けることを目指すために本人と事業所とで日誌のやりとりをすることを提案し、双方から承諾を得た。以降、日誌には、事業所から「猛暑の中、清掃ありがとうございます」などの労いや感謝の言葉が多く書かれており、本人からの「清掃している場所で気になることがあったら教えてください」との質問には、事業所から「気になる所はありません」と回答されるなどのやり取りが継続して行われた。本人は、これらに対して「ありがたい」と話しており、「仕事が終わって達成感があって嬉しいです」、「もっと頑張ろうという気持ちになりました」などの記述も見られた。他にも、「社員の方とすれ違う時にどのように挨拶をすればよいですか?」との質問に「『お疲れ様です』がいいと思います」と回答があったり、「夏用の薄い作業着があると助かります」と記載をすると「今回のように自分の意見を書いていただけると助かります」との回答と共に、早急に手配してもらえるなど、社内の円滑なコミュニケーションに役立っていた。 これらの取り組みによる本人の自己理解の変化を見るために、自己理解シートを再度記入することとした。8月に記入したシートを図3に示す。その結果、作業に関するスキルについては5項目、コミュニケーションに関するスキルについては1項目、その他の疲労やストレスに関するスキルについては4項目で3月時点よりも自己評価が向上していた。 9月に研究員とJCが本人と面談を行った際に、3月時点と変化したと感じる点について本人に聞いたところ、「JCが作成してくれたマニュアルを見ながらできるようになった」、「先輩に聞きながらできた」など、作業面での肯定的なコメントが得られた。また、日誌の効果について、「会社の人は、もっとこうして欲しいと思っているのではないかといつも気になっているが、挨拶するだけでも緊張するので自分から聞くことができなかった」、「日誌を通して心配なことを聞けて、問題ないと答えてもらってほっとした」と話した。3月の時点では、できているのかが分からず、これで良いのかが不安で、そのような自信の無さから低い自己評価になっていたと推測できる。日誌を介して事業所からのフィードバックが適宜あることで、「できた」、「これで良い」という自信に繋がり、「少しでもきれいにしたい」、「もっと頑張ろう」といった前向きな姿勢にも繋がったのだろう。さらに、相談や質問に対して迅速で適切な反応が得られた経験が重なったことは、職場に対する信頼感、安心感の増幅に役立ったと考えられる。 このような変化は、自己効力感、自尊感情の高まりと捉えられる。これら2つは、精神障害者の主体性や主観を大切にする支援において重要視されており、困難な状況を乗り越えることに影響を及ぼすと指摘されている。4の(1)でも述べたように、精神障害者の特徴として状態には波があり、Cさんについても、家庭でのエピソードが職業生活における揺らぎに繋がる可能性が常にある。そのような波がありつつ働き続けるには、必要な休息を取ると共に、少し身体がきついけどやってみたらできるかもしれない、昨日は大変だったけど今日もまた頑張ってみよう、というように次の一歩を踏み出す力が必要であり、そのために自己効力感、自尊感情は大きな意味を持つと考える。MSFASを活用しながら本人、事業所、支援者で行っている取り組みが、Cさんにとって働き続けるための力になることを期待する。 図3 Cさんが記入した「自己理解シート」(2回目:8月) (●が8月時点の評価。3月時点の評価○は筆者加筆) 5 おわりに ステップアップ雇用は、短時間勤務から始めて最長1年間かけて本人と職場の相互理解を促進し、安定雇用を目指していくものである。言い換えれば、ステップアップ雇用を活用するのは、それだけ手厚いサポートが必要な場合と言える。従って、ステップアップ雇用の期間中には、支援者が、本人の自己理解の促進、疲労やストレスに対処するためのセルフマネジメントスキルの向上など、働く力を底上げするために継続して支援する必要があるし、事業所に対しても本人の状況について共有を図りながら、雇用管理のノウハウを蓄積するための支援を行うことが求められる。ステップアップ雇用は、本人の働く力を引き出して自信を高めると共に、サポート体制を構築し、働き続けるための基盤を整える支援とセットで活用されるべきツールなのである。 本稿では、ステップアップ雇用中に必要となる本人と職場への介入において、有効となるであろうツールの1つとしてMSFASの活用を提案した。今後は、本報告事例に対する支援を継続し、ステップアップ雇用終了後の常用雇用への移行を目指す。今後の経過を含め、MSFAS活用の有効性についてさらに検討する。 【参考文献】 E・フラー・トリー「統合失調症が良く分かる本」日本評論社(2007) 大塚麻揚 他「精神障害者支援と自己効力感」埼玉県立大学紀要,Vol.4,pp181-187(2002) 下條今日子 他「ステップアップ雇用奨励金制度の活用実態調査について 中間報告②」日本職業リハビリテーション学会第39回発表論文集,pp126-127(2011) 障害者職業総合センター「就業支援ハンドブック」(2010) 障害者職業総合センター「幕張ストレス・疲労アセスメントシート MSFASの活用のために」(2010) 廣江 仁「精神障害者の一般就労支援」精神障害とリハビリテーション,Vol.7,No.2,pp164-169(2003) 村山奈美子 他「ステップアップ雇用奨励金制度の活用実態調査について 中間報告①」日本職業リハビリテーション学会第39回発表論文集,pp124-125(2011) 吉澤 純「精神障害者に対する就労支援に係る施策について行政の立場から」日本精神科病院協会雑誌,第27巻第6号,pp10-13(2008) 精神障害者の雇用管理のあり方に関する調査研究について(その1) −調査の概要と雇用管理ノウハウの現状について− ○相澤 欽一(障害者職業総合センター 主任研究員) 鈴木 幹子・大石 甲(障害者職業総合センター) 1 研究の背景と目的  ハローワークの障害者相談窓口から就職する精神障害者は年々増加し、2010年度は14,555件と、初めて知的障害者の就職件数(13,164件)を超えた。しかし、就職した精神障害者のうち1年以上職場定着した者は4割程度という調査1)もあり、職場定着に関しては課題が窺われる。  職場定着は、精神障害者本人や支援機関の要因以外に、事業所の雇用管理のノウハウも影響してくるため、障害者職業総合センターでは、事業所における精神障害者の雇用管理の状況を把握・分析することを目的に、「精神障害者の雇用管理のあり方に関する調査研究」を実施している。  精神障害者に対する雇用管理には、心の健康問題により休職した者の雇用管理も含まれる。また、事業所の視点だけで雇用管理のあり方を検討するのではなく、雇用されている精神障害者の視点や支援機関の視点も加えた検討が望ましい。以上のことから、事業所調査では、新規雇用した精神障害者の雇用管理に加え、心の健康問題により休職した者の雇用管理のあり方も含めた。さらに、事業所対象の調査に加え、雇用されている精神障害者や支援機関を対象とする調査も実施した。  以上のように、本研究は多岐に渡っているが、本稿では、調査対象事業所の精神障害者の雇用状況と新規雇用した精神障害者の雇用管理ノウハウに関連する部分に焦点を絞り報告する。 2 調査の概要 (1)調査対象 本研究は、精神障害者の雇用管理のあり方の検討を目的としており、実際に精神障害者を雇用している事業所を調査対象とする必要があるが、これまでの資料注1からは、精神障害者を雇用している事業所はかなり少ないことが予想された。このため、特例子会社などの障害者雇用を積極的に行っている事業所や、各労働局から本調査の対象に推薦された事業所を調査対象とした。具体的な調査対象事業所を表1に示した。 表1 調査対象事業所(計1,019社) (2)調査期間 2010年10月中旬〜11月に調査を実施した。 (3)調査方法 対象事業所へ調査票を郵送し、精神障害者の雇用管理について回答できる立場の人からの回答を依頼し、記入後に返信用封筒により返送を求めた。 (4)調査内容  従業員規模、雇用している精神障害者数、精神障害者の雇用管理上の工夫や配慮事項、精神障害者の職場不適応の状況、精神障害者の雇用管理に関連した外部の支援機関の期待・活用状況など。 3 結果 (1)回収率等  308社から回答が返送された(回収率30.2%)。就労継続支援A型事業所が7社あったが、訓練や福祉的な支援も含んだ雇用管理となるため、この7社を除外し、301社を分析対象とした。 (2)事業所の従業員規模 56人未満が42.5%で最も多く、次いで56〜100人18.1%、1000人以上13.0%等であった。 (3)事業所の業種 製造業が30.2%と最も多く、次いでサービス業(他に分類されないもの)が27.9%あった。 (4)精神障害者の雇用状況 ①事業所の雇用者数 682人の精神障害者注2が雇用されていた。1人以上の雇用が50.8%、うち5人以上雇用が13.3%であった。 ②新規雇用・採用後別と手帳所持の割合  現在雇用している精神障害者を、新規雇用した者と採用後に精神障害者となった者に分けると、新規雇用70.1%、採用後21.0%、無回答8.9%であった。また、精神障害者保健福祉手帳の所持率は、新規雇用された者96.9%、採用後に精神障害者になった者40.6%であった。 ③疾患別の状況  雇用されている精神障害者の疾患別の状況は、新規雇用では、統合失調症39.5%、そううつ病13.6%、その他の精神疾患13.0%、てんかん6.5%、不明・無回答27.4%であった。採用後は、そううつ病45.5%、統合失調症4.9%、その他の精神疾患4.2%、てんかん1.4%、不明・無回答44.1%であった。 ④はじめて新規雇用した時期  精神障害者を新規雇用した経験のある事業所は155社であった。精神障害者を初めて雇用した時期は、精神障害者を雇用率の算定対象とする法改正がなされた2005年(施行は2006年4月)以降が72.3%を占めた。 (5)精神障害者雇用に関する課題や心配 精神障害者の新規雇用について、特に課題に思ったり心配されることがあるかを、「はい」「いいえ」「不明」のいずれかで回答を求めた。結果を、精神障害者を現在雇用している群と、雇用経験のない群、雇用経験はあるが現在雇用していない群に分けて示した(表2)。どれも「はい」(課題や不安がある)と回答した群が最も多いが、過去に雇用経験はあるが現在雇用していない群が最も高く(94.4%)、現在雇用している群が最も低かった(68.5%)。 表2 精神障害者雇用に関する課題や不安 (6)雇用管理上の工夫や配慮事項 雇用管理上どのような工夫や配慮をしているか調べるため、「採用時の確認事項・工夫」から「能力開発・キャリア形成」に関連する計35項目について、「重視して実施」「実施」「今後実施したい」「未実施」の4つの中から一つを選択してもらった。各項目は、先行研究で示された企業の雇用管理事例1)2)や、障害者の雇用管理に関する調査研究の調査項目3)4)を参考に作成した。  新規雇用の精神障害者を現在雇用している事業所127社の分析結果を図1に示した。  実施率(「重視して実施」と「実施」の合計の割合)が最も高かったのは、「19本人の体調に注意し必要に応じて相談にのる」96.1%、次いで「15指示を出すときは具体的に出す」と「20不調時には職務軽減をしたり、一時的に休養をとらせる等の対応をする」の92.9%であった。また、「重視して実施」が高かったのは、「2実際に働く様子を見て適性や障害状況を把握する」50.4%、「5採用時点・採用後に支援機関の支援が見込める」48.0%、「3障害状況や職業能力等に関して支援機関から的確な情報をもらう」44.9%であった。  職務遂行に関する4項目は、「15指示を出すときは具体的に出す」から「18仕事の手順を簡素化・構造化する」まで実施率がすべて80%以上であった。採用時の確認事項・工夫に関する7項目も、「1本人が体調管理面で気をつけるべきことを説明できる」「2実際に働く様子を見て適性や障害状況を把握する」が実施率80%以上で、他の4項目もすべて70%以上であった。  実施率が50%未満だったのは、低い順に「35社外の研修を受講させる」と「14フレックスタイム制を適用する」の11.8%、「34社内の集合研修を受講させる」33.9%、「25必要に応じて産業医や保健師などの産業保健スタッフが相談にのる」38.6%、「33いろいろな仕事を体験させる」49.6%で、実施率が50%未満の5項目中3項目は、能力開発・キャリア形成に関連する項目であった。 4 考察 (1)先行調査との比較 精神障害者の雇用管理に関連し、2000年に厚生労働省が設置した研究会が行った調査3)(以下「2000年調査」という。)によると、精神障害者を雇用している企業に職場適応上の配慮事項14項目を示し、職場で配慮している項目をすべて選択してもらった結果、選択された割合が高かった項目は、「障害の状況に合った仕事への配慮」82.5%、「管理者の方から声をかける」70.0%、「調子の悪いときは休ませる」64.5%、「根気よく分かりやすい指導」56.0%の順で、50%以上は14項目中この4項目だけであった注3。 項目内容や項目数が異なるので単純な比較はできないが、本調査は実施(重視して実施を含む)50%以上が35項目中30項目あり、2000年調査と大きな違いがある。類似項目の比較でも、仕事の手順の簡素化(2000年調査34.5%):仕事の手順を簡素化・構造化する(本調査81.9%)、通院時間の確保(2000年調査41.3%):通院時間を確保する(本調査81.9%)、特定の指導者の配置(2000年調査39.0%):特定の指導者を配置する(本調査84.3%)となっている。 本調査は、障害者雇用に理解のある企業を主な調査対象としているが、2000年調査も各種制度を利用した事業所のうち、ハローワークを通じて協力を依頼し了承が得られたところを対象とした調査であり、当時としては精神障害者雇用に理解のあるところが対象になっていたと考えられる。 以上から、ここ数年の間に、精神障害者雇用に際して、具体的にどのような工夫や配慮が求められるのかというノウハウの周知が進み、実践される割合も高まってきたと見ることも可能である。 ただし、本調査対象は障害者雇用に積極的な事業所などであるため、一般的な企業でも今回示されたような工夫や配慮が行われていると考えてよいかどうかは、今後十分検討しなければならない。 (2)能力開発・キャリア形成への対応 本調査結果では、能力開発・キャリア形成に関連する項目の実施率が、他の項目に比べ低いものが多かった。先行研究4)でも、障害者の能力開発については、入社2年目以降の実施状況が、「社内の研修等の集合教育」50%、「指導者を決めたOJT」44%、「社外の研修等の集合教育」29%など、高い実施率とはいえない状況が窺われる。本稿ではふれなかったが、雇用されている精神障害者個人に対する調査では、4割以上の人が「いろいろな種類の仕事をしてみたい」「もっと難しい仕事や高度な仕事に挑戦してみたい」「仕事に関する教育や訓練の機会がもっとほしい」といった回答をしており、雇用されている精神障害者の希望を踏まえ、能力開発・キャリア形成を行っていくことが今後の課題と考えられる。 5 おわりに  精神障害は様々な疾患からなり、精神障害者保健福祉手帳を所持すれば、高次脳機能障害や発達障害も精神障害者に入るため、精神障害者の雇用管理を一括りに論ずることは難しい。  ただし、ハローワークの紹介で就職する精神障害者の8割以上は、統合失調症、気分障害及び神経症関連の疾患との調査がある1)。これらの疾患は、①病気と障害が併存し、健康管理面の配慮が必要、②ストレスに弱い面があり、かつ周囲の無理解・偏見等も相まって中途障害による自信喪失の問題を抱える人も多いので、仕事上の過重な負担を避けると共に、コミュニケーション面の配慮が重要、③認知面に障害がある人も見られ、分かりやすい指示出し等の工夫が必要、等の共通点もある。  一方、原疾患が異る、同じ疾患であっても症状や重症度、元々の能力や性格、発病前に身につけていた技能や経験など、多くの点で違うため、個人の状況を的確に把握し、個別対応が求められるうえ、医療や生活面の問題も考慮に入れる必要がある。これらを企業単独で行うのは負担が大きく、医療機関も含めた支援機関の活用が重要になる。  以上を踏まえると、精神障害者の雇用管理ノウハウの検討は、支援機関の活用状況等も加味する必要がある。本稿では、どんな雇用管理ノウハウがどの程度行われているか大まかに報告したが、今後は、支援機関や雇用されている精神障害者の視点からも、精神障害者の雇用管理のあり方について検討を深める予定である。 注1:2010年6月1日現在、従業員規模56人以上の民間企業(71,830社:労働者数20,356,456人)で雇用される精神障害者11,341人、身体障害者195,220人、知的障害者49,401人(ダブルカウントやハーフカウントしない実人員)。 注2:障害者雇用促進法の定義による。 注3:本調査と比較するため、公表値から新規雇用の精神障害者のみを雇用する事業所で再計算。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:精神障害者の雇用促進のた めの就業状況等に関する調査研究,調査研究報告書No. 95, 2010. 2)高齢・障害者雇用支援機構:精神障害者のための職場 改善好事例集,2010. 3)精神障害者の雇用の促進等に関する研究会:精神障害 者に対する雇用支援施策の充実強化について,2001. 4)障害者職業総合センター:障害者のキャリア形成,調査 研究報告書No.62, 2004. 特例子会社における発達障害者の雇用管理・職域拡大への取組と課題 広岡 亜弓(東京海上ビジネスサポート株式会社 大阪支社 主任) 1 はじめに  東京海上ビジネスサポート株式会社(以下「TMBS」という。)は、東京海上グループの特例子会社であり、損害保険会社を母体とする企業グループ初の特例子会社である。2010年1月、東京本社・名古屋支社・大阪支社・九州支社を拠点に設立し、2月には、東京海上日動キャリアサービス(以下「TCS」という)から、TCS事務支援チームに在籍する障害のある社員全員が転籍し、3月に特例子会社として認定を受けた。  2011年4月には、職域拡大を図るため、業務に共通性のある他グループ会社2社を合併し、従業員は約250名となった。そのうち、障害者は73名で、内知的障害者手帳保有者(43名)、精神保健福祉手帳保有者(24名)、身体障害者手帳保有者6名を雇用している。グループ適用会社5社の障害者雇用率は2.05%となっている(2011年6月1日現在)。   2 大阪支社での職域開発・拡大への取組 (1)大阪支社(事務支援チーム)の人員状況  大阪支社(全従業員数:35名)の事務支援チーム14階オフィスは、支社長・事務統括1名・指導員4名、転籍時は9名だった障害のある社員が、会社設立後半年の間で2倍となり、同一フロア内で19名の障害を持つ社員(発達障害は10名、知的障害が9名。年齢は19歳〜38歳。発達障害者の比率が高いのが特徴となっている。)が共同して作業をすすめる中で様々な課題に直面しながらも、その都度改善に向けた取組を行なっている。 (2)大阪支社の現在の業務状況 大きく2つのチームに分かれ作業を行っている。①事故受付通知の発送業務(基幹業務) ≪従事人数≫ 指導員2名+事務支援メンバー延べ8名 ≪作業内容≫ 日々の定例業務として、グループ会社内専用システムを使用し、毎日PC上に送られてくるリストに基き、保険種目(火災保険・ゴルファー保険・海外旅行保険等)毎に、事故受付通知書を作成・印刷し、内容をチェックし、三つ折、封入・封緘を行った上で発送、発送記録の確認まで行う。 従来はグループ会社の派遣スタッフが行なっていた業務を、TMBS移管の際、作業順序の変更、工程上チェック機能を増やす等の工夫し、作業を遂行している。 ②不定期に依頼がある様々な業務(スポット業務) ≪従事人数≫ 指導員2名+事務支援メンバー11名 ≪作業内容≫ グループ各社から不定期に依頼があり、内容も様々である。三つ折、封入・封緘、押印、カッティング、データ入力、専用システムを使用したデータ抽出・加工等多岐に亘っている。 図1 大阪支社の業務状況  ②のスポット業務は、指導員の指示により、担当する業務が常に変化し、予測ができないため、発達障害の特性を考えると、通常は不向きな業務とも思われがちである。そこで、指導員から朝礼時に「変更があります。各自バラバラの仕事です。各自自分の仕事に集中するように。突然違うことを指示する事がありますが、あわてないよう心つもりをしておいてください」と毎日伝えている。それが浸透し、メンバーの中では「スポット業務とはこういうもの」として認識され、個人差はあるものの、急な作業の変更にも対応できる人材に成長しつつある。 (3)設立当初から現在に至るまでの業務内容の変化   単純で締め切りのない軽作業業務から、高度でやや複雑な納期のある業務へとメイン業務が移り変わってきた。  雇用人数の増加・業務に対する熟練度の高まりにより、作業可能な「量、スピード、内容」において徐々に幅が広がってきた。現在では、PC作業のパイオニア的存在であったメンバーが主に担当していた業務も、手順書を詳細にメンテナンスしたことで、ほとんどのメンバーが作業できるようになり、業務量の平準化につながった。また、発達障害者の特性上苦手とされる「判断業務」についても、ガイドラインを示すことにより、例えば「判断基準一覧表」を作成したり、必要な部分だけが見えるよう型紙をくり抜く等工夫をする事により、対応可能となりつつある。   (4)職域開発に向けて  メンバーが自主的に行動する機会作りのため、朝礼司会、来客への1次対応、ミーティング中の電話対応、見学・来客者へのお茶だし、週間予定表への日付・休暇の記載、文具の在庫管理、郵便局への持込、当番表の作成等を指導員業務の中から、メンバーで担当可能できる業務を洗い出した。その後手順書を作成し、OJTを行い引き継いだ。それぞれの業務が得意と思われるメンバー、または公募制でメンバーを選任し、請負業務外にも、社内事務を担当し責任を持つことで、受動的でなく、能動的な行動が出来るよう働きかけている。  他者との係わり合いを苦手とする社員が多かったが、上記のように参加型の支社運営を進める事で、休憩中に輪になって談笑する姿や、作業を進める中でもチームを意識して、助け合う姿が見られるようになってきた。  出来ない!と思われることでも、出来るようにするにはどうすればいいか社員皆で知恵を絞り、職域の拡大及び業務確保につなげていきたい。 3 雇用管理・社内体制の構築について 〜発達障害特性に配慮し、実務面で工夫した事例〜 (1)伝達方法の改善、コミュニケーション面での工夫 【課題】 ・連絡事項や新たな作業指示が正確に伝わらない。特に暗黙知のルールが、理解できない。 ・臨機応変な対応が苦手で、複数工程がある作業では、ミスが発生しやすく作業が停止する。 ・コミュニケーションが苦手で、相談のタイミングがつかめない。失敗を重ねることで、自信喪失の悪循環となる。また自分を振り返り、客観視する事が出来ない。 【改善のための対応】  ①毎朝の全体朝礼で全員に連絡事項を伝えているが、終了後に4〜5名ずつ担当指導員の所へ集まり再度『ミニ朝礼』で再周知、誤った理解がないかの確認、詳細説明をするようにした。  ②一定箇所に「大阪支社掲示板」をつくり、連絡事項について「内容」と「理由」をセットで張り出すようにした。  ③作業を一つひとつの工程に細分化し、作業指示を「一つずつ」「具体的に」するよう徹底し、反復作業であっても一回に作業する「量」を25件(枚)〜50件(枚)とした。色分け・図や写真を用いて、事前に解りやすい手順書の作成や、BOXへのナンバリング、作業の進捗状況によって入れるBOXをわける等の工夫を行い、作業指示は、口頭のみの指示にならぬよう必ず指導員が実際に作業を行い、説明・指示し、視覚からの理解定着を図った。 作業工程に合わせたBOXの活用と、押印のための台紙の活用  ④毎月、決まった課題に対して、個人評価・会社評価をつける「振り返りシート」を活用し、振り返り面談の実施を行ない、「個人評価・会社評価の差」「できていたこと・改善の必要なこと」を振り返る事で、自分自身を客観視する機会作りをした。また、必要に応じて支援機関を含めた面談も実施した。 (2)社内の支援体制整備と支援機関との連携 【課題】 ・「指導員によって内容が異なる」と受け取られ、更なる混乱につながることもあった。 ・業務外のことを、職場に持ち込み業務に集中出来なくなり、  毎日、業務中や業務終了後に担当指導員に相談するようになり、慢性化していったため、指導員の業務がスケジュール通り進まない事が多々あった。 【改善のための対応】 ①内情報共有の徹底  当事者の状況を記載した「個人別報告書」を作成し、毎週のミーティングにおいて、指導員間でケース状況の共有を図り、どの指導員が対応しても違いのない支援ができるよう、タイムリーな情報共有方法を工夫した。情報共有を徹底することで、一人の指導員が問題を抱え込むことなく、メンバーへの対応や考え方への偏りを防ぎ、よりよい対応方法が導き出されている。 図2 個人別報告書 ②業務中「相談時間」の設定  毎日決まった時間帯(14:30〜15:30の間で、一人約5分程度)に「相談時間」を設け、事前申し出があれば必ず指導員が面談時間をとる制度を取り入れた。その中で、生活面においての悩みなどは支援機関へつなぐことで、支援機関との役割分担をルール化していった。相談時間を設けたことで、トラブルに対しても初期に気づく事が出来、ご家族や支援機関と連携することで、トラブルを最小限に食い止めることが出来るようになった。 ③支援機関との連携  「個人別報告書(1回/週)」、「振り返りシート(1回/月)」、「面談内容(随時)」等情報共有のツールを支援機関へ都度メールで提供し、情報を共有する事により、スムーズな支援につながっている。また指導員の対応や支援方法についてもアドバイスをいただき、指導員のスキルの向上につながっている。 ④各種人事制度の創設  すべての社員に対し、年に一度の人事考課をもとに、「昇給」や「正社員への登用(退職金制度あり)」の道がひらける人事制度を定め、社員個々のモチベーションの向上につなげている。 上記のように、状況によってその都度問題に向き合い、それぞれの障害特性を理解するよう努め、絶え間ない改善を検討・実行してきた。その効果があって、ビジネスマナーを含めた社内ルールが定着している。新規雇用する社員や実習生の受け入れ時も、「先輩の背中」を見ることにより、スムーズな社内ルールの受け入れにつながっている。改善後も効果を持続させるためには、取組の継続と「持続出来ているか、よりよい改善方法はないか」定期的な確認が不可欠である。   4 今後の課題 〜東京海上グループの障害者雇用のシンボルを目指して〜  社内外の方々に、TMBSの存在を知ってもらうことにより、障害者理解(ある程度訓練された働く意欲のある知的・発達障害者は十分事務系会社でも戦力となる)につなげ、東京海上グループの障害者雇用のシンボルとして、障害者雇用の促進に寄与していきたい。  また、障害の有る無しに関係なく、社員1人1人が能力を発揮して、活き活き働ける職場を目指し、誰もが長期的に働く事ができるような環境を整えていく必要がある。事務支援メンバー全員を責任ある社会人として育成する中で、他社員も共に成長(「共育」)できるよう、絶え間ない取り組みを続けていく。   発達障害者の職場定着支援から見えてきた課題 −コミュニケーションに対する欲求について− 柴田 泰臣(障害者就職サポートセンター ビルド 就労支援コーディネーター) 1 はじめに 障害者就職サポートセンター ビルドは千葉県市川市にある就労移行支援事業所で、IPSモデルを活用した支援が特徴である。主に精神障害の方をサポートしているが、発達障害の方も含まれる。そのビルドにおける発達障害の方の就労支援および職場定着支援から見えてきた、彼らのコミュニケーションに対する欲求について考察する。 なお、ビルドでは自閉症スペクトラムでも高機能の方(かつ人によりLD、ADHDを併せ持つ方)が主であるため、本稿における「発達障害」とはそのような人たちを指すものとする。 2 発達障害の方への就業時の合理的配慮 岡1)は発達障害の方の就業時の困難を19のシーンに集約し、それぞれに効果的な合理的配慮を示している。これにヒントを得て、以下の3ケースについて整理した。 Aさん)20代男性。都内の事業所に一般事務として勤務。聴覚過敏があり、職場で耳栓を使用している。また疲れたときの休憩に個室を用意してもらっている。 Bさん)30代男性。都内の事業所に経理事務と して勤務。休憩時間の過ごし方がわからないため、本人の希望により一人で読書をして過ごせるように配慮してもらった。また、会議への参加が苦手で、会議には参加せず議事録を読むことで代えさせてもらった。 Cさん)20代男性。千葉県内の事業所に一般事 務として勤務。見通しが立たない状況や突然の予定変更が苦手なので、ホワイトボードに予定表を書いてもらい、予定変更はできるだけ早めに伝えてもらうようにしている。 このように合理的配慮を各々の特性に合わせて適用することで、困難は軽減されて働きやすくなる。発達障害の方は事実働ける。しかし、就職後数カ月が経過した時点で別の問題が浮上してきた。 3 発達障害の方のコミュニケーションに対する欲求について  Aさんからある日相談を持ちかけられた。「余暇の時間がない。友人と会えない。休日も疲れて趣味を楽しめない。仕事を辞めたい。」 私は初め「余暇のための仕事ではなく、仕事のための余暇」などと正論を並べたが、Aさんは調子を崩していった。Aさんからは勤務日数や就業時間を減らす要望も出たが、まずは気分転換になるように、仕事後のわずかな時間、ビルドと同法人が運営する地域活動支援センターに通う友人らと会うことを勧めた。スタッフに依頼して、閉所時間ギリギリでも対応してくれるよう頼んだのである。すると、友人やスタッフと他愛のない話をすることで上記の訴えが消失した。その後は休日に少しずつ趣味を楽しむこともできるようになった。Aさんのこの件がきっかけで、発達障害の方の中には、コミュニケーションを取ることに対する欲求がある人がいて、それが満たされることで職業生活においても強力なストレスコーピングになり得るのではないかと考えるようになった。 Bさんは社員と業務以外の雑談をする状況に「いつもそれで失敗してきた」と苦手さを感じていた。そこで周囲にそのような話題を避けてもらい、就業時間外の付き合いも強制しないように配慮をお願いした。ところがある日「職場で周囲が仲良く、自分だけ孤独を感じて苦痛」と訴えてきた。 Cさんは「障害を持つ他の同僚と話が合わない。そのことでストレスを感じる。職場の誰かと話がしたい。職場以外でも話ができる場が欲しい」と相談をしてきた。事業所と相談したが、職場内で解決することが難しいという結論になってしまい、職場外でコミュニケーションを取ることのできる場を複数紹介した。 4 なぜ「発達障害の方のコミュニケーションに対する欲求」なのか 佐藤2)は「ニート」状態の若者について、自己が不確かな彼らは「その寡黙な表情の深層に他者とのコミュニケーション欲求を潜ませている」としている。自己が不確かである状態は、ニートに限らない。自尊感情が傷つく経験を重ねた発達障害の方でも同様であろう。またこのことは、マズローの欲求段階説における3段目(親和欲求、愛と所属の欲求)から4段目(自我欲求、認知欲求)とも重なるだろう。集団に属し、他者から愛され、認められたいと願うのは、社会的な存在としての人間が持つ当然の欲求である。すなわち障害の有無や障害種別に関わらず、共通の欲求であると考えられる。 千葉県浦安市で発達障害児の療育に取り組んでいる小田氏3)に取材をした。 「彼らは人が好き」と小田氏は話してくれた。「人が好きでコミュニケーションを図るが、それが苦手だと気づく。」。彼らのコミュニケーションスタイルはしばしば独特であると捉えられ、TPOにそぐわないように感じられることも多い。周囲のことはお構いなしと見られてしまうことや、相手を怒らせてしまうこともあり、「うまくいかず、自尊心を低下させてしまう。」。しかしうまくいかない彼らだからこそ、満たされない本質的な欲求はなお強まるのだろう。  Bさんに対する配慮は、副作用としてコミュニケーション欲求の疎外状況を作ってしまった。それまでの経験から、確かに雑談は苦手であった。しかしそれは「雑談を排除する」ことで解決されるものではなく「自分が安心して雑談できる状況を作る」ことで改善されるものだったのだ。孤独であることに苦痛を感じ、そのストレスが働く意欲を失わせることにつながる。 5 コミュニケーションに対する欲求を満たすには (1)職場で安心してコミュニケーションを取ることのできる環境を構築する 職場でのことは職場でのコミュニケーションで充足することがベストだと思われる。そのためには、職場の理解を得て、一朝一夕ではいかない努力を求めることになる。しかし現状で、障害者雇用を実現している全ての事業所にこのことを求めることは現実的ではない。ただし、発達障害の方が安心してコミュニケーションを取ることのできる環境構築に理解を示す事業所と出会えた場合に、支援者にはその方法、すなわち一人ひとりの個性を説明できるよう準備しておくこととその力量が備わっている必要がある。また発達障害者本人は自己理解に基づいて、自分の得手不得手をきちんと伝え、合理的配慮としての環境構築を求める準備ができているとよいであろう。 (2)訓練によって発達障害本人のコミュニケーションスキル向上を図る 発達障害の本人にニーズがある場合、その方のコミュニケーションスキルの向上も有効な方法の一つであると思われる。発達障害は「発達しない」のではなく「発達に時間がかかり」「くせを強く持つ」のである。例えば具体的な課題に取り組むSST(生活技能訓練)などを活用して訓練をすることは有効であることがある。 (3)コミュニケーションの場の紹介・創造 発達障害の方に限らず、働く人にとって仕事後や休日に集える場の必要性は以前から言及されており、さまざまな取り組みが行われている。例えばビルドでは、月に1回土曜日に「働く人のミーティング」を行っている。また有志の食事会や映画会も好評である。 発達障害の方だけで集まることが必ずしもベストとは言えない。多様な人間関係の中で成長できるチャンスもあるからだ。一方で同じ障害特性を持つからこそ理解し合えて、心許せることも事実である。特に成人になってから発達障害を認識した人たちにとっては、互いの存在により気付きが得られ、自己理解が促進される場としても有効である。いくつかの発達当事者会に参加させていただいたが、活気があり、それぞれの会が充実し成長していることを感じた。 すぐにできることとして、既存の場を紹介することも大切である。しかしそれだけでなく、自分に合った場を選べるよう、しかも継続的に通える近隣地域に選択肢が増えればよい。すなわち、このような場は今後ますます創造されるとよいと思われる。初めは機動力のある小さな有志の集まりでもよいが、持続可能であるためには、たとえば市区町村独自の予算を活用したモデルケースなどが増えることも期待される。 (4)web上のコミュニケーション インターネット環境が整っている場合、ビルドを利用している精神障害の方の間でskypeが頻繁に利用されていることがあった。経済的な負担が少なくて済むことが好まれる理由のようだ。対して発達障害の方の場合、顔の見えない電話相手との会話が苦手だったり、複数の人との会話で話すタイミングを掴めなかったりすることもあり、視覚的に会話が楽しめるチャットやTwitterなどが好まれることがあるようだ。共通の趣味や話題で繋がることができる、これも大切なコミュニケーションの場の一つと言えよう。 6 まとめ 今後の職場定着支援では本知見に基づき、職場における仕事面だけではない、コミュニケーション環境の構築を、協力事業所を得て積極的に実現していきたい。コミュニケーションスキルの向上、コミュニケーションの場の紹介・創造も併せて取り入れて、その効果と成果を検証する必要がある。 また小田氏は「『苦手』を改善するアプローチではなく『得意』をとことん伸ばせば、磨き抜かれた『得意』の周りに人は自然と集まってくる」という印象的な見識を与えてくれた。ストレングスモデルを活用して「人がたくさん集まってくる」ビルド卒業生をどんどん輩出したいとも考えている。 【参考文献・注】 1)岡耕平:支援技術を活用した発達障害のある人の就労支援、「日本職業リハビリテーション学会第38回神奈川大会プログラム・抄録集」、p.102-103,(2010) 2)佐藤洋作:コミュニケーション欲求の疎外と若者自立支援-「ニート」状態にある若者の実態と支援に関する調査報告書を読む-「東京経済大学会誌第258号」、p.71-85,(2007) 3)小田知宏氏。NPO法人発達わんぱく会理事長。2011年より千葉県浦安市で児童デイサービスとして、発達障害児の療育を行う「こころとことばの教室」を運営。 奈良県における地域の就労移行支援事業所の取組み 角光 裕美(特定非営利活動法人 地域活動支援センターぷろぼの) 1 当法人の沿革 奈良県にある地域活動支援センターぷろぼのは、内部障害者が社会参加や就労などを通して自立した生活を過ごせることを目指して、平成15年に無認可作業所として設立された。その後、IT技術の習得を目指す人への就労支援を始め、平成18年10月には地域活動支援センターに移行、平成19年4月からは就労移行支援事業を開始した。平成19年6月及び平成21年4月には新たに県内に2事業所を開設し、平成22年4月には県からの委託事業として、「奈良県ITソーシャル・インクルージョンセンター」を開設した。平成23年7月には、就労継続A型事業所「IP Factory ぷろぼの」を開設し、入力業務やメンテナンス業務に関わる事業を始めた。 現在、県内に就労移行支援事業所3か所、就労継続支援A型事業所1か所、県委託事業として総合的に支援する機関として「奈良県ITソーシャル・インクルージョンセンター」で就労支援サービスを行っている。利用している人も、当初は内部障害者から始まったが、就労支援施設としての役割を徐々に強めるにつれ、現在では、発達障害をはじめとする様々な障害の人が当法人の事業所を利用している。 2 奈良県の状況 奈良県の障害者及びその家族などを対象とした調査『平成21年度障害者及び高齢者の生活介護等に関する実態調査』によると、「企業で働いた経験の有無」として、就労経験のある人は、全体で46.8%であり、現在働いていない人も半数は働いた経験があるという結果が出ており、さまざまな理由で離職し、そのまま働けずにいる障害者も多いと指摘されている1)。また、現在働いていない理由としても、障害や疾病によるという回答が多いものの、働きたいが就職先がないという人も1割程度見られており、障害者が就職することと同時に働き続けることのむずかしさが指摘されている2)。 一方で、奈良県における障害者の就労支援を行う福祉施設を利用する人は年々増加しているのに対し、施設から就職する人は奈良県全体で年間約20名程度にとどまっているという報告もあり、奈良県において就職を実現する支援体制や支援ノウハウが乏しいことや施設利用者の就職意欲の持続に課題があると考えられる。 3 平成21年度から平成22年度の取り組み 上記のような背景から、当法人では、平成21年度より、就労支援を体系的に行うための支援体制を構築することに取り組んできた。以下に、平成21年度から22年度までの取り組みを報告する。 (1)平成21年度 当法人では、平成21年4月から平成22年3月まで、福祉医療機構の研究助成事業「発達障害者及び高次脳機能障害者に対する通所と在宅を併用した取り組み」を受託し、従来の支援の対象とはなりにくい発達障害者に対する支援をどのように行うかの検討を重ねていった。その背景には、1つ目に、就労支援を必要とするニーズは高まる一方で、発達障害者を積極的に受け入れる就労支援事業所及びIT技術習得をプログラムに取り入れている事業所が奈良県内にあまりないこと、2つ目に奈良県において就労支援事業所を通じた就職者は年間20名程度に留まっており、効果的な就労支援の方法及び体制を検討する必要があったことが挙げられる。 研究事業を通じて、アセスメント、トレーニング、ジョブマッチングのそれぞれの要素の重要性が示唆された。それまで当法人ではIT基礎訓練によるスキルのトレーニングが重点的に行われ、アセスメントをどのように充実させていくか課題となっていた。また、見た目には分かりづらい障害と言われる発達障害は、得意なことと苦手なことが両方ともあることも多く、既存の面談・相談支援を通じたアセスメントによる得意不得意の整理に限界を感じる中で、研究事業では、当初面談のみであったアセスメントに検査を試行的に取り入れた。しかし、検査から能力に関する一定の情報が得られる一方で、発達障害者に実際に「やってみる」体験が自己理解に効果的だと言われることもあり、より具体的な仕事を想定した作業能力の客観的評価及び工夫・配慮の確認を行う新しいプログラムの必要性が示唆された。そのため、平成22年度には、「やってみる」体験を通じたアセスメント及び自己理解の取り組みを、試行的に行うこととした。 (2)平成22年度  平成22年度には、前年度の取り組みをもとに、表1のように基本的な訓練体制を構築することを目指した。 ① アセスメントプログラムの開発・実践 平成22年度の取り組みの柱となったのは、「やってみる」体験を通じたアセスメント及び自己理解の取り組みである「チャレンジプログラム」の開発及び実践である。プログラムは6〜10か月(週2回)の中期的な取り組みであり、職場を模した環境設定の中で仕事として作業を行った。その中では、作業結果やコミュニケーションについて1つ1つを本人と振り返り、できていることは自信に感じてもらい、できていないことは特性又は練習課題として理解してもらうことにした。そのようなアセスメント及び自己理解プロセスを丁寧にたどることで、プログラムへの参加を通じて、徐々にではあるが、利用者は自らの特性について理解した上で、特性に合うジョブマッチングへと繋がることとなった。また、プログラムの後半では、自分の特性について自己理解を進め、就職時に自分の特性や傾向を伝えるための資料を支援員と共に作成した。 また、このアセスメントプログラムの中では、仕事として作業に取り組むため、ビジネスマナーの実践や協調性を意識した行動が求められることとなり、他の訓練で得たスキル習慣化及び仕事に向けての意識向上の場としての役割も果たしている。 プログラムを通じて、参加者は自己理解を進めるとともに他者との関わりの積極性、そしてビジネスマナーを含む仕事への意識向上が見られたことが、大きな成果として挙げられる。また、このような「やってみる」体験を通じたアセスメントのプログラムは、当初、発達障害者の特性を踏まえて始められたものであるが、他の障害のある利用者へと参加を拡大していくにしたがって、就労支援の中で特性のアセスメント及び自己理解のための取り組みとして様々な障害のある人へも効果的であることが明らかになった。 ② ビジネスマナー訓練 アセスメントプログラムの開発・実践に加え、平成22年度には、就労上で重要なスキルである、ビジネスマナーの訓練を開発・実践した。平成22年度当初は、福祉作業所としてスタートしたこともあって、事業所においてはビジネスマナーを意識した取り組みがほとんどなされていなかった。しかし、就労時にビジネスマナーの習慣化が非常に重要であることが感じられたことから、平成22年4月より、ビジネスマナー講座を週1回のペースで行うこととなった。その中では、講座を通じて知識の習得が見られた一方で、日常生活における実践がほとんど見られなかったことが大きな課題となった。習得した知識やスキルの他の場面における般化をどのように取り組むか考える中で、「チャレンジプログラム」を含めた日々の通所におけるビジネスマナーの実践を求め始めた。ビジネスマナーの実践が求められる日常的な場面で、行動が見られなかった場合、その旨をその場で振り返ることやロールプレイ形式でやり直してもらうことを現場で徹底して取り組んでいった。この取り組みによって、事業所への通所を仕事の練習として来るという意識が利用者の中で高まって行き、就労時に習慣化していることへのステップとして機能することとなった。 他にも、コミュニケーションに苦手さのある利用者を対象にしたSST(ソーシャル・スキル・トレーニング)や、就職活動への準備として、長所・短所の整理や障害者雇用についての学習、履歴書作成などを行うジョブガイダンスを開発、実践した。 以上のような平成22年度の取り組みを通じて整理した、当法人における訓練の流れは、表1のようにまとめることができる。 表1 平成22年度の取り組み〜訓練の流れ〜 訓練の流れとして一定の整理を行った後、平成23年1月以降、法人内の全事業所における上記取り組みを進めていった。 4 今後の課題 2年間の取り組みを通じて、「やってみる」体験を通じたアセスメント及び自己の特性や障害についての自己理解や、ビジネスマナーや基本的労働習慣などの就職準備が整えるという、就労支援の基礎的な取り組みは一定構築することができたと言える。しかし、一方で、特性に合った仕事に向けたトレーニングの充実や、就職活動に向けた取り組みの充実が大きな課題となっている。 平成23年度には、平成22年度の基礎訓練の構築を踏まえて、それぞれの作業能力や特性に合う就職を目指し、具体的な職種を想定した実践的な訓練の充実を図っている。例えば、基礎訓練後の訓練として、入力スキルを要する会計入力訓練、事務系の就職を目指す人を対象とした事務訓練、軽作業や製造業を目指す人に向けたパソコンメンテナンス訓練などである。まだまだ利用者の希望する職種のスキルに関する訓練としては足りておらず、今後も様々な職種・個人の特性に対応した訓練を充実させていく予定である。 また、施設内の訓練だけでなく、職場体験及び職場実習の充実も課題である。このような職場体験や実習が整うことで、施設内で身につけたスキルや特性を踏まえた行動を就職時に生かすことが可能になると考えている。これらは、就職経験のない利用者が就職イメージを明確にすることや、離職期間の長い利用者が就職に向けてのステップアップとして利用すること、そして就職に向けての自分の課題をフィードバックされることで課題への取り組み意識を高めることとして、重要な役割を果たすことができ、早急に整備していく予定である。 【引用文献】 1) 奈良県, 『平成21年度 障害者及び高齢者の生活介護等に関する 実態調査』, 278p, 2009 2) 奈良県, 『平成21年度 障害者及び高齢者の生活介護等に関する 実態調査』, 278p, 2009 発達障害の高校生・大学生のための就労疑似体験の場 「発達障害児のための職業教室」 −5年間の取り組みから見えてくるもの− ○山口 徳郎(名古屋市発達障害者支援センターりんくす名古屋 ソーシャルワーカー) 角谷 勝己・玉腰 幸司(名古屋市障害者雇用支援センター) 榎並 恭子・小川 真紀・後藤 沙織・浅井 朋子(名古屋市発達障害者雇用支援センターりんくす名古屋) 1 はじめに  名古屋市発達障害者支援センターりんくす名古屋(以下「りんくす」という。)は、市直営で平成18年4月に開所した。  市内在住または市内に通勤・通学している発達障害児・者本人及び家族、関係者からの相談に応じ、また発達障害啓発の講演会や、支援者養成の研修などを行っている。  名古屋市障害者雇用支援センター(以下「雇用支援センター」という。)は、障害者雇用促進法にもとづき、訓練から定着まで行なっている就労支援機関で、最近は発達障害者の相談が増えている。  平成19年度から、りんくすと雇用支援センターと共同で、高校などの夏休み中に発達障害児・者のために就労の疑似体験の場として「発達障害児のための職業教室」(以下「職業教室」という。)を実施してきた。今回、平成19年度から23年度までの5年間の取り組みについて、振り返りを行った。   2 職業教室の概要 (1)目的 りんくす開所時に、親の会など当事者団体から「高校や大学を出ても就職できない知的障害をともなわない発達障害者がいる。ぜひ、在学中に就職準備の支援を行ってほしい。」との要望が出たことに加え、雇用支援センターからも「発達障害の人達の就労体験の場を一緒にやりたい。」との申し出があったことで職業教室は始まった。  りんくすとしては、以下のことをねらいとした。 ①在学中に、「働く」イメージを高校生などの発達障害児・者に持ってもらえる場とする。 ②障害者就労支援者に発達障害についての理解を深めてもらう場とする。 ③後期中等教育期や高等教育期の発達障害児・者の就労に向けての支援における具体的なアプローチ方法や有効な支援内容の検討を行う。 雇用支援センターのねらいは次のようなものであった。 ①発達障害者への早期からのアプローチの有効性の検証をする。例えば、従来の知的障害者への就労支援や職業準備訓練の手法や教材が有効かどうか等。 ②今後の支援の中で増加することが予想される知的障害をともなわない発達障害者への就労支援の経験の蓄積を行う。 (2)対象と参加者  市内在住または市内の学校に通学している高校生年齢から概ね22歳くらいまでの発達障害児・者。これまでに就労体験のない者。 この5年間の参加者は、50名。男女比は、男39名、女11名。参加者の在籍状況、診断や性別は、次の表1、2のとおりである。 表1 参加者の在籍状況 表2 参加者内訳 (3)実施形式など 高校、大学の夏休み中に1グループ5名5日間の日程で行う。これを2グループ実施した。 ① 実施に至るまでの流れは、おおむね次のようなものである。 イ 5月半ば頃までに、募集案内を親の会やサポート校、高校、医療機関に配布。 ロ 職業教室の1ヶ月ほど前に、本人及び保護者にむけての事前オリエンテーションと調査票に基づく面接を実施した。 ハ 9月半ば頃に、家族及び本人に向けた評価等の報告会(個別面接と全体説明会)を開催。 二 紹介を受けた学校や医療機関等に職業教室の様子や評価についてフィードバックした。 ② 実施場所は、作業スペース、休憩スペース(食事場所も含む)などを明確に分け、パニック時や疲労時のクールダウンスペースも確保した。 (4)カリキュラム ① 考え方  実際の仕事を模しOJTをイメージした作業訓練と、Off-JTをイメージし就職活動や職場生活に必要な知識を学ぶ就労準備講座(以下「講座」という。)で構成される。作業訓練は雇用支援センター職員が工場長等の役になり作業指示等を行う。講座は、面接の受け方や職場のマナー等をロールプレイを交えて学ぶ。 ② 平成23年度カリキュラム 学校卒業までに時間的猶予のあるAグループと、翌年3月に卒業を控えたBグループとに分け、Bグループでは講座の時間数を増やしている。 午前、午後とも10分の休憩時間に、感想等を日誌に記録する。その日の最後には1日の反省等を日誌に記録し、翌日の予定や目標を確認する時間を設けている。 表3 平成23年度 Aグループカリキュラム 3 職業教室の変遷 (1)対象の変化と募集方法の変化  当初、親の会のニーズからスタートした事業だったので、親の会だけで募集し、軽度の知的障害をともなった発達障害の高校生らも含めて開始した。  平成20年度は、親の会だけでなく、募集先をサポート校まで拡大したところ、特定校の在学生や未診断の参加者が増え(表1)、学校生活の関係性がそのまま職業教室に持ち込まれた。平成21年度からは、親の会やサポート校に加え、一部医療機関や普通高校も加えた。これにより、実際に就職を控えた専門校生や大学生の参加がみられた(表1)。職業教室の周知が進むとともに、保護者同士の情報や学生相談室からの紹介で参加した者も平成23年度には見られた。診断別では、広汎性発達障害(アスペルガー症候群、自閉症を含む)がほとんどである。男女比は男:女=4:1である(表2)。 職業教室終了後、相談があった場合はフォローを行った。平成22年度までの修了者39名のうち、現在も在学中の10名を除く29名のうち、12名については、進路相談を受け、フォローを行った(うち7名は就労支援機関を通じて就職)。 (2)実施の流れの変化 ① 調査票 教室当日を有効に過ごせること、本人の状況等を把握することを目的に作成した。当初2年間は、事前オリエンテーション時に本人と家族に手渡していたが、平成21年度からは事前オリエンテーションの前に渡し、面接時により詳しく本人状況を把握できるように変更。また、本人の参加意識を高めていくためにも、主に保護者が記入する様式から、平成23年度には、本人と保護者かそれぞれ記入する様式に明確に変更。作業指導時に問問題となる手先の不器用さをイメージしやすくするために記入項目に具体的な日常動作を加えた。 ② 事前オリエンテーション 全体説明のみであったものを、平成21年度から調査票の確認と職業教室当日での支援準備のために個別面接を導入するようにした。記入内容の理解を深めることができ、教室当日における支援方針作成の参考となった。また、本人の参加動機を確認できる機会ともなった。 ③ 報告会及びフォロー 個別面接において、参加の状況を基本・作業・対人評価・総合評価などに分けて評価し、保護者に伝えた。ケース紹介機関にもケースの参加状況は伝えていた。平成23年度からは、申し込みの段階で紹介機関を記入してもらい、報告会で紹介機関に情報をフィードバックしていく旨を伝えた。本人や家族に情報の内容を確認してもらうことで、紹介機関がその情報を活用しやすくした。 これを通じて、関係機関との連携強化になったと思われる。 (3)実施体制などの変更 ① スタッフの役割 当初、りんくすの職員も雇用支援センター職員と同じ立場で参加者への対応をしていたが、平成21年度から作業指導は雇用支援センターが担い、特性を押さえた環境調整やサポートについては、りんくすが担当するようにした。 そのことで、「働く場」でのより実践的な場面を作り出すことができた。 ② 訓練日誌形式(作業の振り返り) 平成19年度は、最終時間に1日の作業振り返りを設定していたが、原因と結果を結びつけるのが苦手な発達障害の特性を考慮し、平成20年度以降は、各作業時間後ごとに振り返りを行うことにした。また、毎日の目標を設定させることで、自分の特性に気づきやすくし、参加意識を高めるようにした。 ③ 個別の支援やツール等の作成 個別対応については、教室終了後各参加者の状況について話し合いを持ち、支援方針の確認や変更を行っていたが、対応職員が変わると、支援のつながりがきれてしまうことがあった。このため参加状況記入シートに、反省会の内容、翌日の支援方針、留意点などを書き込み、職員間の引継ぎを確実なものとした。   また、ツール作成では、個人に合わせて指示書や視覚的なお支援方法な方法をそのつど変更し、有効なものを見つけていくように心がけた。 身だしなみの見えない部分については、指示が入りにくかったが、平成22年度から姿見を会場に置き、髪の毛、爪の長さ、襟元を大きな付箋で視覚的に示すことで、一定の効果が見られた。 ④ カリキュラムの変更 作業訓練と講座の組合せという基本的な構成は変わっていないが、5年の間に徐々に講座の時間が増えていった。平成19年度の講座は2コマであったものが平成23年度Bグループでは6コマとなった。 作業訓練では簡易な組立作業中心であり、これは雇用支援センターが使っている訓練教材を利用したもので、作業時間と数量を記録し、自己の能力を把握してもらう。パソコンは当初は入門講座だったが、平成21年度からは伝票入力業務として作業訓練に組み込んだ。   平成21年度からはVRT(職業レディネステスト)を行なっている。職業適性について考えてもらい、自己の興味や指向を整理するためである。 4 職業教室をきっかけに就職への意識が向上し、就労支援機関を経て、一般就労した事例    氏名:O.Y  男  年齢 19歳            (職業教室参加時 16歳)   診断:広汎性発達障害       (精神障害者保健福祉手帳3級) 職業教室参加時には、「作業時に集中して取り組む力は有しているものの、説明を聞かずに自分のイメージで作業をしだす」、「会話が友達ことば、他者同士が話している時にちょっかいをかける、自分の思い通りにならないといらつくなどコミュニケーションの課題が顕著である」という評価がされ、これを本人及び家族に報告会を通じ伝えていた。  その後、高校を卒業して雇用支援センターに入ってきたO君は、当初コミュニケーション面では張り切りすぎ、声が大きくなることがあったが、指摘で配慮でき、言葉遣いも適切なものであった。周囲とも大きなトラブルが無く付き合うことができ、問題は見られなかった。  3ヶ月の訓練を経て、食品製造会社の実習を行い、雇用支援センター入所4ヵ月後に採用された。本年の雇用支援センターの会社へのフォローでも、大きな問題なく、就労継続できている。  職業教室参加時には、コミュニケーション面の課題が顕著であった。しかし、雇用支援センター入所してきた時の姿は立ち居振る舞い全体的にとても落ち着いた印象であった。本人が「特にコミュニケーションの取り方で勉強になった」と話したことからも、職業教室が大きなきっかけになり、その後の1年7ヶ月の経験も加わり、大きく成長したものと思われる。また、職業教室で関わった雇用支援センターで系統的な訓練を受けたことで就労準備性の定着が図られ、安定した一般就労に結びついたと思われる。 5 この5年間の取り組みの成果と課題 (1)支援者にとっての成果 ① 「就労支援者に職業教室を通じて発達障害の理解を深めていってもらう」、「発達障害児・者への就労支援における具体的なアプローチ方法や有効な支援内容の模索をする。」といったねらいが、ほぼ達成できた。 ② 相談支援機関と就労支援機関がそれぞれの持つ得意な機能を活かし、役割分担して移行支援への取り組みを行うことの強み、ノウハウなどが得られ、機関連携が促進できた。 ③ 本人に合わせた支援ツールなどの工夫を現場で考えていくことで、りんくす職員にとってより実践的な場となった。 (2)参加者や家族などにとっての成果 ① 5日間連続での作業を模擬職場で行うという体験を通して、「働き続ける」体験が実際にできた。 ② 学校とは異なる場での作業体験は大変厳しいものだったとは思うが、5日間をやりきったことの達成感を得られた。 ③ 就労で困った時の相談場所が提供された。 (3)5年間の取り組みから見えてきた課題 ① 職業教室メニューの中に、体力の必要性や報告・連絡・相談の方法やマナーの獲得等の要素を取り入れ、その場では達成感を得てもらっても、期間の短さや単発の訓練ということでは、特性上発達障害児・者は忘れてしまう問題がある。 ② この取り組みは、人手、場所、機材等の確保に手間がかかり、実施機関にとって、本来事業と並行して実施するには、無理が生じる。何らかの工夫が必要である。 6 まとめ 発達障害の青年たちの就労への適応支援や定着支援の必要性から、高校から大学に在学する発達障害児・者のスムーズな移行支援に役立てばということで始めた職業教室であるが、事例のように職業リハビリテーションの利用を促すきっかけになった者もあれば、そのまま社会への移行期が停滞している者もいる。あらためて、発達障害の診断が確定し、かつ本人が特性理解している青年たちの社会生活への『移行支援』が高校や大学などで適切に行われる必要性が高まっている。それを教育機関だけに任すだけでなく、職業教室のような取り組みを通じ、就労支援機関、相談支援機関、医療機関などの無理のない連携で担えていければ、自信をもって働き続けられる発達障害の青年たちが増えるのだろうと思う。 平成23年度参加者の一人が、「こんな本格的にやってくれるところはなかった。僕は、職業教室に参加して、よかったです。」という感想を述べてくれた。 このことばに励みをもらい、この取り組みの今後の発展を約束してまとめとする。 精神障害者・発達障害者への 就労支援の相違点・類似点に関する一考察 ○高柳 玲奈(就労移行支援事業所コンポステラ 就労支援員/第1号ジョブコーチ) 本多 俊紀(就労移行支援事業所コンポステラ) 1 はじめに 昨今、発達障がい者の診断増加に伴い、就労支援においても、多くの発達障がい者が、今まで精神障がい者を主に支援してきた事業所にて支援を受けている。 このようなことから精神障がい者への支援が、発達障がい者にも応用されている現状がある一方、全国に発達障がいの専門支援機関ができるなど、発達障がい者への独特の支援が展開され、専門的な支援が重要であるとも言われている。 本報告では、その中で就労支援にのみ着目し、精神障がい者と発達障がい者の支援について、どのようなことが共通しており、どのようなことがそれぞれの障がい独自のことなのかを、比較検討し報告する。 2 目的と方法 本調査では、就労移行支援事業所コンポステラ(以下「コンポステラ」という。)を利用し就労にいたった利用者4名の支援記録をもとに、キーワードを抽出し、類似するものをカテゴリー化して考察を行っている。 (※コンポステラでは、精神・知的・発達障がい者への就労支援を行っている。) 3 結果 ①Aさん 20代 女性 統合失調症 以前に障害者雇用で事務職として勤め、契約期間満了によりコンポステラの利用に至っている。 【就労に至るまでの支援】 初回のアセスメント時は、発症前に経験がある販売業の仕事を希望していたが、将来の結婚を考え土日を休日にできる事務の仕事を希望した。しかし、土日が休みの販売があればやってみたいとも話していた。ハローワークに同行した時にも、求人票を見て事務と販売で悩むこともあり、事務職・販売職のメリット・デメリットの整理を一緒にした。葛藤はあったが、やはり事務職を希望し、数度の応募の末、利用開始後3か月で事務職に就いている。 【就労後の支援】 障害者雇用を初めて行う企業ということで、入社前に障がい・サポート体制の説明を行った。また、Aさんからの希望で、就職後には週1回の電話か来所での相談をうけていた。 働いて1か月後に、出勤しようと思うと吐き気・嘔吐が出始め、原因を聞くと「人並み以上にできていなければいけない」という思いが強いためであった。そこで、Aさんが仕事の振り返りができるように面談の機会を設け、できていることや、今はできていないがどうやればできるのかを整理した。また、職場側も少し混乱していたため、職場訪問の際に周囲の理解の引き出す目的で障がいについての説明を再度行った。 トライアル終了時に企業側から、Aさんの業務能力を鑑み、当初予定していた正社員ではなく契約社員として働いてほしいと説明あった。しかし、Aさんは、プレッシャーを感じながら契約社員で働くのは、希望の待遇ではないと、退職している。 【その後〜現在】 コンポステラを再度利用し、前職の振り返りを行った。Aさんは、自身のできなさから退職につながったのではと考えている様子で、自己肯定感が低下しているように感じられた。そこで、できたこと、もう少しでできそうだったというところを整理しフィードバックをした。 そのような関わりから、自信を取り戻し、別な企業で事務職として勤めている。 ②Bさん 20代 男性 高機能自閉症 高校卒業後、就労経験がなくBさんの希望でコンポステラの利用に至っている。 【就労に至るまでの支援】 利用開始当初から、就労経験がないため、就労へのイメージをつけることを目的に、職場見学や求人票を教材にした仕事の勉強会、面談を行った。また、勉強会や面談の中で、徐々にBさんが、就労に至るまでのプロセスを組み立てられるように整理した。その結果、イメージつくりの一環として、短期バイトを希望し、応募していた。 利用開始8か月後にリサイクルショップの清掃業務の求人に興味を持ち、リサイクルショップの見学でイメージをつけ、応募し採用に至っている。 【就労後の支援】 障害者雇用を初めて行う企業であったこととBさんが初めて働くということもあり、採用時に、ジョブコーチがつき、企業には障がいの説明や作業への指示の仕方など伝えている。また、全過程を通して職場訪問や電話などで、Bさんと企業に相談・助言等の支援を行った。 就職後、1ヶ月を経過したあたりで、会社側から継続雇用が難しいと伝えられ、Bさんが業務中泣きだすなど不安定な状況となった。また、この頃からBさんの家族から企業に迷惑をかけないように退職したほうがいいのではないかという話も出始めた。そこで、家族を含め面談の機会を設け、Bさんが今どうしたいと思っているかを整理した。一方、企業から業務スピードの課題が出され、障がいか職業経験不足が原因かを業務・作業を分析し、教え方を再検討した。 しかし、Bさんのモチベーションの低下から、欠勤や早退が多くなり、やはり雇用継続は難しいという結論に至り、トライアルにて退職となっている。 ③Cさん 30代 男性 統合失調症 短い就職期間での離職を繰り返し、Cさん自身がこのままではいけないと思い、コンポステラの利用に至っている。 【就労に至るまでの支援】 利用開始直後、短い期間での離職理由が何だったのかCさんとともに整理をした。その中でコミュニケーションを苦手としているということがわかり、SST参加を促している。 その後、Cさんの「自分にできそうな仕事をしたい」という希望に基づき就職活動を行っている。2ヶ月後、家具店の店舗清掃業務に就職している。 【就労後の支援】 就職当初はモチベーションが高かったが、勤務して2週間が経ち「夜眠れなかったため早退したい」と早退することがあった。その際には、社会人として睡眠時間は確保することの重要性を伝えている。そのころから仕事への姿勢・モチベーションが少し揺らぎ始めたようであった。 また、そのようなCさんの勤務状況から企業側もCさんと本職を交えての面談を希望し、障がいについて配慮が必要な点と、社会人としてCさんが努力すべき点を整理した。Cさんからは人間関係が上手くいかないことによるストレスが原因と感じており、そのために就業時間短縮の希望があった。しかし、企業から2週間でCさんが望む人間関係はできないのではないかとフィードバックされ、そこでは8時間勤務で継続することが決まった。だが、数日後にCさんから再度短縮の希望があり、6時間勤務となっている。 業務上のフィードバックや、調整を繰り返すも、モチベーション低下により欠勤や早退があり、結果的には「職場の雰囲気が閉塞感があるように感じ、あわない」ということで退職となっている。 ④Dさん 30代 男性 広汎性発達障害 大学中退し、自営業の手伝いを行うが倒産。その後数年間の引きこもり生活を経て、コンポステラの利用に至っている。 【就労に至るまでの支援】 利用開始当初より「仕事のイメージが浮かばない」「どんなこともやる自信がない」と自信喪失状態で、周りからどう見えているかを気にしている様子であった。 そこで、仕事のイメージ作りのため職種研究の勉強会をおこない、その際にお互い宿題をだしあった。その他にDさんが興味のある職場への見学も行っている。 また、不安を常に持っているDさんと今後どうしていきたいか、希望を確認する面談も行った。最初は、なかなか出てこなかったが、少しずつ「ハローワークに行きたい」など希望が出てきていた。ハローワークでは当初、求人票をもって帰ってくるのみであったが、利用開始2か月経った頃より応募できるようになっていった。 【就労後の支援】 最初は短時間勤務で、当初よりジョブコーチを利用し、職場訪問等も行った。その中で業務上の役割も増えていき、フルタイム勤務となった。 就職後も、課題であった不安感は次々と現れ、その都度電話などで相談を受けていた。自分自身の働きがどう評価されているのか気にしており、自身が確認するのではなく、支援者に確認をもとめる姿勢があり、働いているDさん自身が行うように促した。 これらの事例の支援記録より、支援に関係すると思われるキーワードを抽出し、カテゴリー化した。その結果、233のアイテムを抽出し、その中から18カテゴリーに分類した。 そこからカテゴリー内に精神障がい者と発達障がい者でどちらも同様に入っているもの、偏りがあるもの、また、その含まれる内容から分析し考察した。 カテゴリーは以下の通りである。 表1 カテゴリーの分類名 精神障がいと発達障がいによる差異がみられたのは、以下の通りであった。 (ⅰ)「⑥ 今後の就職活動についての面談」で発達障がい者は、「働くことはなにか」「就職活動はどうやったらいいのか」のような抽象的な確認が多く、精神障がい者は「A社に応募したいが、病気を上手に伝えるにはどうしたらいいか」のような具体的な確認や相談が多かった。 (ⅱ)「⑩不安」については、発達障がい者は「仕事ができるのかわからない」「就職した際に人間関係はうまくいくのだろうか」など就職前に就職後に起こりうる不安が延べられることが多く、精神障がい者は「自分は同僚や上司からどう見られているのか」「仕事がどこまでできているかわからない」のような就職後にその現状に対する不安を述べていることが多かった。 (ⅲ)「⑭家族」では、発達障がいのみ家族支援を行っていた。 (ⅳ)「⑮企業支援」では、企業が、発達障がい者が、実施した業務の中で発した行動や言動を問題と感じた時に支援に入ることが多く、精神障がい者では、何か起こるのではないかと悪い事態を予測した際の事前支援が多かった。 発達障がい者と精神障がい者に共通していたカテゴリーについては以下の通りであった。 (ⅴ)「⑩他機関との連携」は、両者とも関わる支援機関は一緒であった。障がいによって、支援機関が多くなるということもみられなかった。 (ⅵ)「⑫コミュニケーション」は、両者ともに上がり、どちらも悩みを抱えている様子であった。 4 考察 まず、両者の違いから上がったことより以下のことが考えられた。 (ⅰ)は、発達障がい独自のもので、自分が体験していないことを具体的に考えることに難しさがあるのではないかと考えられた。発達障がい者には、働くことのイメージ作りや未経験の職種への具体的な理解のため、実習等で業務体験することが、より有効ではないかと考えられた。 (ⅱ)は、(ⅰ)の考察で述べたように発達障がい者が未経験のことに対してイメージしにくいことが関与しており、勤務先・業務を具体的に考えられず、不安も生じるのではないかと考えられた。 一方、精神障がい者は、企業で働き続けたいと思う気持ちはあるものの認知機能の障がいにより、自分自身の客観的評価の課題が考えられた。 (ⅲ)は、精神障がい者の家族は、家族会などの資源が発達障がい者より充実しており、障がいについて学ぶ機会があるのではないかと考えられた。一方、発達障がい者の家族は、資源も乏しく、利用事業所による家族支援のみが行われている可能性が考えられ、障がいについて学ぶ機会が少ないことが考えられた。 (ⅳ)は、精神障がいが発達障がいに比べて、社会的認知度が高いのではないかと考えられた。社会の発達障がいへの認知度とともに理解が不足しているため、企業担当者が、何かあった際にすぐに対処が難しいと感じてしまい、専門の支援者に頼ることが多いのではないかと思われた。 また、今回の4事例では、発達障がい者のみジョブコーチ支援が行われている。これも企業が精神障がいに比べ発達障がいの理解が乏しいのと同時に、現行のジョブコーチの支援技法が、精神障がい者へのそれより、知的・発達障がい者への支援として発展しノウハウの蓄積があるからではと考えられた。 共通点からは以下のことが考察された。 (ⅴ)は、障害者自立支援法施行により障がい種別によらない機関が増えたことと、職業リハビリテーションにおいて利用できる資源の少なさが考えられた。しかし、本研究がコンポステラのみの研究なので、共通点とは言い難いとも思われた。 (ⅵ)は、コミュニケーションの困難さは両者ともに抱えており、そこに働きかけることによって、仕事や日常生活が円滑になることは障がいの有無にかかわらず重要性が高いことが考えられた。そのため、SST等のコミュニケーションを学ぶ技法は、有効であるとも思われた。 また、アイテム自体から考察した時、今回、4名の事例から共通するのは、仕事や人生の「希望」をもっている/もっていないでは、就労への姿勢も変化したのではないかと考えられた。本人の希望しない仕事・条件等は、その仕事へのモチベーションを低下させ、就労継続を阻害する要因となるのではないかと考えられた。 さらに、就職のイメージが難しいというのは、希望の仕事・条件を想像することも難しくさせているのではないかと考えられ、今回の事例では発達障がい・精神障がいによって、想像することを難しくさせていた可能性があるが、就労経験がないまたは乏しいことでイメージしにくくなることは、障がい問わずありうる事と思われた。 そのための抽象的なものから具体的なものへ明確化していくことは、障がいの有無にかかわらず重要な支援とも考えられた。 5 おわりに 今回は、発達障がい者・精神障がい者の就労支援に関して考察をした。野中1)によればリカバリー構成要素は、希望の存在が最も重要な要素と述べられている。支援者は、本人が自分の意思で希望を選択できるように支援し、その希望を信じて、必要な時に必要な分だけ過不足なく支援を行うことだと考えられる。 それを行うためにも、それぞれが理解しやすい方法に合わせたイメージの具体化への支援と、障がいの有無にかかわらず希望を重視する姿勢ではないかと考えられた。 6 倫理的配慮 本研究にあたり、事例となった4名からは研究及び本報告において同意を頂いている。また、個人情報が特定されないように固有名詞等は使用しないよう配慮した。 今回は、コンポステラを利用した4名の事例から分析したため、症例数が少なく偏りがあることは否めない。今後は研究対象を広げ、継続して調査していくことが必要と思われる。 7 謝辞  本研究にご協力して頂いた4名の対象者の方に、感謝の意を表します。 【引用文献】 1)野中猛:「図説 リカバリー 医療保健福祉のキーワード」、p.46-47、中央法規(2011) ポスター発表 企業で働く障害者のキャリア形成に関する調査 その1 −企業のキャリア形成に関する制度・枠組みに関する基礎情報について− ○中村 梨辺果(障害者職業総合センター 研究員) 若林 功・内田 典子・村山 奈美子・鈴木 幹子・下條 今日子・森 誠一・望月 葉子・白兼 俊貴 (障害者職業総合センター) 1 はじめに(現状と課題) 近年、公共職業安定所を通じた障害者の就職件数は年々増加傾向にあり、平成22年度は5万件を超え過去最高を記録した。身体障害者、知的障害者、精神障害者、その他の障害者(発達障害者や高次脳機能障害者等)のいずれの就職件数も前年比増となっており、多様な障害種別にわたって、働く障害者の拡がりが見られている。 一方で、これまでの先行研究は、①特に昨今の就職件数が著しく増加している精神障害者に限ってみても、短期離職者が少なくないこと1)、②企業が雇用管理上、「配置・定着・適応」「教育訓練」等に苦慮していること2)を指摘している。技術革新や雇用形態の多様化をはじめ、変化が加速する今日の企業環境において、雇用された障害者が「就業を継続し、成長や充実、安定を遂げていくこと」への支援は、企業・障害者の双方にとって一層重要な課題になっていると言える。 しかし、「キャリア」及び「キャリア形成」の概念は広く多義的な上、特に障害者を対象とした調査研究は非常に少ない。先行研究として、①職務満足の程度が障害者の離職・継続の意図に関連することを明らかにしたもの3)、②入職前から障害者だった者に限って、入社後の「訓練・能力開発」「配置転換・昇進」に焦点をあてたもの4)等があるが、障害者のキャリア形成については明らかにされるべき点が多く残されていると言える。 このため、キャリア形成を構成する基本要素について理解を深め、障害者のキャリア形成支援に役立てていく必要があると考え、企業の現場における障害者のキャリア形成の実態を把握すべく、次の2つの調査を実施した(表1)。 ここでは、「就業継続」「成長や充実」「職業生活の安定」を、キャリア形成を構成するキー概念とし、それらを達成する過程に着目して調査票の設計を行った。 表1 調査概要  2 調査方法 (1)企業の範囲:無作為抽出企業(3352社) 、CSR企業総覧注1掲載企業(858社、以下「CSR企業」という。)、表彰企業注2(490社)、特例子会社(236 社)の計4936社とした。 (2)障害者の範囲:身体障害者、知的障害者、精神障害者、メンタルヘルス休職後に復職した者(以下「メンタル復職者」という。)、発達障害者、高次脳機能障害者とした。 (3)調査方法:1社あたり、調査I(事業所担当者用)1通、調査II(従業員用)5通の計6通を送付し、郵送法により実施した。回答は、調査Iでは391社(無作為抽出企業:239社、CSR企業37社、表彰企業68社、特例子会社47社、回収率7.9%)、調査IIでは658人より得られた。 (4)調査時期:平成23年2月〜平成23年4月 3 結果 本発表では、調査Iで得られた結果から、企業におけるキャリア形成に関する制度・仕組みの状況を中心とする基礎情報を報告する。 (1)企業規模 回答企業について、企業区分ごとに企業規模の状況を図1に示す。 規模別では、300人未満が37%、300人以上1000人未満が23%、1000人以上が34%であった。無作為抽出企業とCSR企業で1000人以上が多く、表彰企業と特例子会社で300人未満が多い。 図1 企業規模 (2)障害者の雇用状況 障害者の雇用状況を表2に示す。  表2 障害者の雇用状況(正社員のみ)  企業区分と企業規模それぞれの観点から平均の差を検討した結果は、概ね以下の通りであった。   ①特例子会社(300人未満規模に集中)は、企業規模の影響とは別に、身体障害者、知的障害者、発達障害者の雇用が有意に多く、他の企業とは異なる雇用状況が見られた。②障害種別では、無作為抽出企業でメンタル復職者が、表彰企業で知的障害者が、特例子会社で知的障害者、発達障害者、高次脳機能障害者の複数雇用が有意に多いことが示され、企業区分ごとの特徴が見られた。③管理職や非正社員に関しては、企業区分よりも企業規模の差が見られた。 管理職(身体障害者、メンタル復職者)は、300人未満企業よりも、300人以上企業において有意に多かった。非正社員(メンタル復職者)は、300人未満企業よりも、300人以上1000人未満企業において有意に多かった。 (3)企業のキャリア形成に係る枠組み 調査では、企業のキャリア形成に関する基本的な枠組みを理解するため、制度・運用上の仕組み20項目の整備・適用状況を、「制度や仕組みがない」、「制度や仕組みがある」、「実際に適用した」の選択肢により尋ねた。 一般正社員に対するこれらの回答について因子分析を行った結果、4つの因子を抽出することができた。そのうち特に第一因子から第三因子が企業のキャリア形成の枠組みのポイントになっていると考えられる(表3)。 表3 制度因子 第一因子は、個々の職業能力・成長に関連するものであり「能力開発・成長因子」と、第二因子は、個々の特性に応じた担当職務の調整に関連するものであり「職務・配置調整因子」と、第三因子は、障害の影響を緩和し個々人の能力開発・成長を促進することに繋がる支援・配慮に関連するものであり「支援環境因子」と命名した。これらの因子の得点(以下「制度因子得点」という。)により、回答傾向を企業区分ごとに比較した(図2)。 上記の結果を受け、制度因子得点の差が企業規模によるものかどうか検討した。300人未満規模に集中する特例子会社と、特例子会社を含まない300人未満企業とを比較したところ、両者の間に有意差はなく、同様の傾向を示すことが分かった。 このことから、制度因子得点の回答傾向は、主として規模の要因と考えられる。特に、第二因子「職務・配置調整因子」に属する制度等は、300人未満規模企業で、その他の因子については、300人以上規模企業で整備・適用が進んでいるものと考えられた(ポスター参照)。 (4)障害者のキャリア形成に係る枠組み(障害のある正社員) 障害のある正社員6種別(身体障害、知的障害、精神障害、メンタル復職、発達障害、高次脳機能障害)についても、各々同様に因子分析を行い、因子構造の違いについて検討した(表4)。 表4から、企業は「障害のある正社員」のキャリア形成について、「一般正社員」における第一因子「能力開発・成長因子」に属する制度等を中核としながら、そこに各障害に応じた個別の調整・配慮を併せて付加し、一般正社員とは異なる枠組みを整備あるいは模索している実態がうかがえる。各障害の第一因子の構成状況から、障害者のキャリア形成では、一般正社員に比して調整・配慮事項が相対的に多く、組み合わせも多岐に渡っていることが明らかである。 一般正社員と障害者の間で異なる特徴を示す点は、主に次の①〜③のようなことであった。 ①知的障害者の場合は、ほぼ一因子構造で満遍なく調整・配慮がなされる一方、「昇進昇格」や「自己啓発」については一般正社員と異なり中核的枠組みの外にあった。 ②その他の障害のある正社員では、全般的に「相談体制」、「特別休暇」、或いは「柔軟勤務」(いずれも支援環境因子)が中核的枠組みに含まれる傾向にあった。 ③また、特に障害特性に即した配置に関わる因子を構成する項目に着目して障害に対する配慮の現実を障害別の特徴でまとめると次のようになる。 (1)身体障害者、メンタル復職者は、役割固定、役割減、降格で構成される。(2)精神障害者は、役割固定、役割増、役割減、職務再設計、降格、配置転換、柔軟勤務で構成される。(3)発達障害者では、役割固定、役割増、役割減、降格、配置転換、目標管理で構成される。(4)高次脳機能障害者は、職務再設計、外部連携、柔軟勤務、個別教育、自己啓発で構成される。 雇用障害者数の違いがあることから、言及できる範囲は制限されるものの、障害によって異なる構造を有しているとみることができる。 図2 制度因子得点の比較(企業4区分) 表4 制度因子の比較(障害なし、6障害) ※○は表中の項目が、第1〜4因子のいずれに属するかを示す。 4 考察とまとめ ①障害者の雇用状況に関しては、企業4区分(無作為抽出企業、CSR企業、表彰企業、特例子会社)のうち、CSR企業を除く3区分において有意差が認められた。他方、管理職、非正社員に関しては、企業規模の影響が大きいと考えられた(表2)。 ②企業のキャリア形成に関する制度的枠組みのポイントとして、3つの要素が抽出された。すなわち、(i)個々人の職業能力・成長に関連するもの(能力開発・成長因子)、(ii)個々の特性に応じた担当職務の調整に関連するもの(職務・配置調整因子)、(iii)障害の影響を緩和し個々人の能力開発・成長を促進することに繋がる支援・配慮に関連するもの(支援環境因子)である。特に、(i)の要素は、障害の有無によらず中核的あるいは典型的なものと考えられたが、こと障害者のキャリア形成支援では、ここに(ii)(iii)の要素を障害状況に応じて付加させる必要があり、企業の模索がなされていると考えられた。 従って、支援機関への示唆として、支援においては企業のニーズと障害者の特性とを勘案しながら、(i)に加えて(ii)(iii)中のどの事項を優先的に取り入れるべきかの順位づけ、また、支援の進捗に応じた修正を助けていく意義が示されていると考えられる。 また、調査II(従業員用)の分析や今後のヒアリング調査においては、上述の企業側からみたポイント(i,ii,iii)を従業員側から捉えた場合の状況を確認していくことが有効であることも併せて示唆された。 【注】 注1) 東洋経済新報社(2009) CSR企業総覧 注2) 表彰企業とは、H12年以降H21年の間に障害者雇用優良事業所として(独)高齢・障害者雇用支援機構より表彰された企業を指す。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター(2010)精神障害者の雇用促進のための就業状況等に関する調査研究,調査研究報告書No.95 2)障害者職業総合センター(2007)事業主、家族等との連携による職業リハビリテーション技法に関する総合的研究(第一分冊 事業主支援編),調査研究報告書No.74,pp.8-10 3) 障害者職業総合センター(2007)障害者雇用に係る需給の結合を促進するための方策に関する研究(その1)—調査検討部会報告書—障害者雇用のミスマッチの原因と対策,調査研究報告書No.76の1,pp.426-445 4)障害者職業総合センター(2004) 障害者のキャリア形成,調査研究報告書No.62 企業で働く障害者のキャリア形成に関する調査 その2 −企業人事担当者から見た障害のある従業員の職業適応状況− ○若林 功(障害者職業総合センター 研究員) 中村 梨辺果・内田 典子・村山 奈美子・鈴木 幹子・下條 今日子・森 誠一・望月 葉子・白兼 俊貴 (障害者職業総合センター) 1 はじめに 昨今の経済情勢の変化が激しくなる中で、働く人のキャリアへの自律的関わりが求められていることや(大石・松尾, 2002)、また障害者の雇用の質を保証することへの関心が高まっている(若林, 2009)ことと並行して、近年障害者のキャリア形成に関しても関心が注がれるようになってきている。例えば、「発達障害研究29巻5号(2007年)」「職業リハビリテーション23巻2号(2010年)」では障害者のキャリアに関する特集が組まれており、また就職前における準備段階として障害のある生徒に対し、どのようなキャリア教育を行うべきか、そのプログラムも提案されている(国立特別支援教育総合研究所, 2011)。 しかしながら、多くの報告は障害者のキャリア形成に関する理念的・概念的考察であったり、事例による検討に留まっており、障害者のキャリア形成に関して数量的なデータに基づいた実証的な研究は、障害者職業総合センター(2004)を除きあまり行われてこなかった。 本調査は障害のある従業員に対して企業が行っているキャリア形成支援に関する実態を把握することを目的として、企業及び雇用されている障害のある従業員を対象に実施している。その中で、企業人事担当者から障害のある従業員(以下「障害者従業員」という。)の職業適応に係る課題や対応等に関し、事例を挙げて回答してもらっており、本発表では、まずこれら回答事例の概要について報告を行い、次に知的障害のある事例に関し、その職業適応にどのような要素が関連があるのか検証を行う。 2 障害者従業員事例の全体的な特徴 (1)目的  本節では、本調査において企業人事担当者から回答を得た障害者従業員事例の全体的な傾向を把握することを目的とする。 (2)方法 ①回答協力企業と回答者 調査対象企業は本報告のシリーズである「企業で働く従業員のキャリア形成に関する調査 その1」(調査Ⅰ)(中村他, 2011)と同じであり、無作為抽出した企業3352社、CSR企業総覧(東洋経済新報社, 2009)に掲載されている企業858社、H12〜21年に高齢・障害者雇用支援機構により障害者雇用優良事業所として表彰された企業490社、特例子会社236社であった。回収率は7.9%(391社)であった。 ②調査時期 平成23年2月〜同年4月。 ③事例 回答者に、在職期間が2年以上で、工夫・配慮により雇用継続に至っている障害者従業員について想起してもらい、その事例の(ア)基本的属性・経歴等、(イ)職業適応、(ウ)その事例の定着にプラスに働いていると考えられる要因等、についての記入を求めた。 事例については、(i)身体障害、(ii)知的障害、(iii)精神障害、(iv)メンタルヘルス不全により休職後復職した場合(以下、メンタル復職)、(v)発達障害、(vi)高次機能障害の計6種類の障害種類について、各障害種類毎に1事例の記入を求めた。ただし、企業によって雇用されている障害従業員の障害種類に幅があるため、記入できる障害種類の事例のみ記入するよう求めた。このため回答により、6種類全ての事例を記入している場合や、1つの障害種類・1事例のみを記入した場合があった。 (ア)基本的属性・経歴等 (a)障害者手帳の有無及び等級、(b)在職年月数、(c)雇用形態:正社員か非正社員か、(d)管理職か否か、(e)職務内容、(f)他社職歴の有無、(g)最終教育歴、(h)支援機関による各種サービス利用歴、の8項目についての記入を求めた。 (イ)職業適応 (a)働く必要性・意義の理解、(b)基本的職務遂行、(c)障害・疾患管理、(d)分からない点・できていないことの理解、(e)困っていることの伝達・相談、(f)自分の対応できる範囲・ペースの理解、(g)注意・指摘の受け入れ、の7項目について、「もともと課題はなかった」「工夫・配慮により改善」「課題がある」のいずれに該当するのか、それぞれ回答を求めた。 (ウ)その事例の定着にプラスに働いていると考えられる要因  (a)昇進昇格、(b)本人の職務上の役割を減らす、(c)本人の職務上の役割を固定する、など23項目について、その事例の定着にプラスに働いていると回答者が考えるものをいくつでも選択してもらった。なお、これらの項目は中村他(2011)で扱われた、企業のキャリア形成に係る枠組みに関する20項目とほぼ同様であったが、中村他(2011)が企業単位での整備状況であるのに対し、事例単位での回答を求めている点が異なる。 (3)結果 ①基本属性 集められた事例は、身体障害318、知的障害149、精神障害86、メンタル復職134、発達障害19、高次脳機能障害16であった。身体障害事例の種類の内訳は、肢体不自由163、内部障害69、聴覚障害52、視覚障害16等であり、等級別では1・2級が217、3級以下が82であった。所属企業別では無作為抽出企業(事例数=193)では1・2級事例が132(68.3%)であったのに対し、特例子会社(事例数=35)では1・2級事例が32(91.4%)であった。知的障害事例では雇用上の重度事例が67、非重度事例が68であり、所属企業別では無作為抽出企業(事例=52)では重度事例が20(38.5%)であったのに対し、表彰企業(事例=48)では重度事例は25(52.1%)、特例子会社(事例=42)では重度事例が20(47.6%)であった。 精神障害事例・メンタル復職事例に関しては、回答者が両者を明確に書き分けて回答していないことが考えられることから以下では合わせて分析を行った。疾患別では統合失調症22、気分障害160、てんかん5、手帳の等級別では1級が5、2級が31、3級が35、手帳なしが132であった。 その他の基本的属性に関しては表1に示す。 ②職業適応の状況 7つの項目とも「もともと課題はなかった」とする事例が多く、7項目全てが「もともと課題はなかった」とされた事例は503(69.7%)であった。試みに、もともと課題はなかった(1点)、工夫・配慮により改善(2点)、課題がある(3点)と点を配して各事例毎に合計点を算出したところ、身体障害事例では中央値8(最小値7、最大値22、平均9.77)、知的障害事例では同14(最小値7、最大値21、平均13.51)、精神障害・メンタル復職事例では同10(最小値7、最大値26、平均11.24)であり、今回の調査では知的障害事例では他の障害種に比べ少なくとも配慮・改善が必要な場合が多かったことが示された。 ③その事例の定着にプラスに働いていると考えられる要因 身体障害事例では、役割固定(31.8%)、職務再設計(27.0%)が多く、同様に知的障害事例でも役割固定(56.4%)、職務再設計(45.6%)が多かった。一方、精神障害・メンタル復職事例では、配置転換(38.4%)、役割を減らす(34.7%)が多かった。 3 知的障害事例の職業適応に及ぼす障害程度・教育歴・一般正社員へのキャリア形成制度整備t度の影響 (1)目的 職業へ適応することはキャリア形成の重要な一側面であると言えよう。また、先述したように、本調査では今回の調査では知的障害事例では他の障害種に比べ少なくとも配慮・改善が必要な場合が多かったことが示された。それでは知的障害のある事例の職業適応に影響を及ぼしている要因は何であろうか。一般に、働く人のキャリア形成に影響を与えるものとして、教育歴や企業内のキャリア形成支援制度の整備の程度が考えられる。また、障害のある人については、その障害程度もキャリア形成に影響があることも当然考えられる。 そこで本節では、現在では適応を果たしている知的障害事例に限定し、障害程度や最終教育歴、一般従業員へのキャリア形成制度の整備の程度が、個々の事例の職業適応、特に工夫・配慮の必要な程度に及ぼす影響について明らかにすることを目的とする。 (2)方法 ①分析対象事例 先述した回答によるデータのうち、知的障害で、かつ現在完全に適応している、すなわち職業適応に関する7項目中「課題がある」が一つもなかった事例群(n=83)に限定し、7項目中どの程度配慮・工夫が必要だったかという点から3群に分け、中位群(n=21)を除いた配慮必要度高群(n=37)・配慮必要度低群(n=25)を分析に用いた(後述)。 ②分析対象項目  基本属性の一部の2変数、事例の所属企業のキャリア形成制度整備程度3変数、職業適応程度を扱った。まず基本属性については、障害程度(重度か非重度か;重度を1、非重度を0のダミー変数を用いた)、最終教育歴(同じく、特別支援学校卒を1、それ以外を0とした)を扱った。 また、中村他(2011)では企業単位でのキャリア形成に係る制度・仕組み20項目は、一般正社員への整備状況という点から主に3つの構成要素(能力開発・成長に関するもの、職務・役割調整に関するもの、支援環境整備に関するもの)に分かれることが示されているが、本報告ではこれを基に、事例の所属する企業の仕組み項目ごとに、一般正社員への整備・適用程度を「整備され実際に適用されている」(2点)、「整備されているが適用されている社員はいない」(1点)、「整備されていない」(0点)と配点し、事例毎に3つの構成要素毎の合計値を算出した。この合計値の分布は正規分布とは言えなかったため、各合計値毎に中央値により2分し、各構成要素の整備度の高群・低群としそれぞれにダミー変数(高群:1、低群:0)を設けた(以下「整備度」という。)。 配慮・工夫の必要度(以下、配慮必要度)に関しては、先述した7つの各項目について、「もともと課題がなかった」については0点、「工夫・配慮により改善」を1点とし、事例毎に7項目の合計点を算出した。この合計値も正規分布とはいえなかったため、配慮必要度低群(得点0〜3点、n=25)、配慮必要度中群(得点4〜5点、n=21)、配慮必要度高群(得点6〜7点、n=37)の3つに分けた。そして、基本属性やキャリア形成枠組み整 備度との関連をより明確に検証するため、適応中群を分析から除外し、配慮必要度低群に0、配慮必要度高群に1のダミー変数を配した。 (3)結果 ①分析対象全事例における変数間の相関 6変数間の相関を試みに算出したところ、企業単位でのキャリア形成に係る制度・仕組みの3つの構成要素間に有意な相関が見られたほか、職務・役割調整制度の整備度と事例の配慮必要度に有意な負の相関が認められた。また、障害程度が重いほど配慮必要度が高い傾向にあることも示された(表2)。 ②障害程度を統制した上での変数間の関係  障害程度(重度か非重度か)が他の変数と関連しながら配慮必要度に影響を与えている可能性も考えられるため、分析対象を重度知的障害事例または非重度知的障害事例に限定し、障害程度を除いた5つの変数間の関係をクロス集計注)及びχ2検定により検証した。 まず、重度知的障害事例に限定したところ、いずれのクロス表にも有意な関連は認められなかった。一方、非重度知的障害事例については、全事例で検討を行った際と同様、職務・役割調整整備・適用度と配慮必要度に有意な関連が認められた(χ2(1)=4.86、p<.05)。また、有意な関連とはならなかったものの、特別支援学校卒の事例の方が配慮必要度の低い事例が多い傾向であった。図1に知的障害程度別の最終教育歴と配慮必要度の関係を示す。 4 総合考察 (1)全事例の結果について 本調査で収集された事例の、障害程度が重度か否か、また障害・疾病種類は、企業規模や特例子会社・障害者雇用優良 事業所かそれ以外か等、所属する企業の基本的な属性で異なっていることが確認された。また加えて、在職年数や正社員か否か(雇用形態)などの事例の基本属性、回答者から見たその事例の定着にプラスに働いていると考えられる要因の、障害種類による相違も確認された。 職業適応に関しては、その回答として取り上げる基準を在職期間が2年以上の場合としたためか、本調査で設定した項目では全般的に適応状況は良好であった。ただし障害種類によって異なり、身体障害事例、精神障害・メンタル復職事例に比べ、知的障害事例では、少なくとも配慮・工夫が必要な場合が多いことが示された。ただしこのことは必ずしも知的障害のある人が特に適応状況が良くないとは断定できないだろう。効果が出やすいと思われるほど援助行動が発生しやすいという指摘(Lepine & VanDyne, 2001)があることからも、知的障害者従業員は配慮・工夫をすることでその効果が出やすいと会社側から捉えられ、実際に配慮・工夫が提供されているということを示している可能性もある。 (2)知的障害がありかつ適応している事例の配慮必要度と関連のある変数  本報告では、一般正社員向きのキャリア形成諸制度・仕組みのうち特に職務・役割を調整するものの整備程度と個別事例に対する配慮必要度に負の相関が見られた。すなわち、企業内に一般的な職務・役割を調整する制度・仕組みが整備されているほど、配慮必要度が低い(「もともと課題はなかった」が多い)という関係にあった。この相関関係が因果関係にあるとは断言できないものの、障害者に限らずどの従業員に適用されるキャリア形成のための制度・仕組みが企業内にあることが、「課題があるので特別に配慮・調整、支援をする」という意識を企業側から持たれずに、自然に障害者への支援や教育が行われている、と解釈できる可能性もあるだろう。このことは今までも経験的には語られてきてはいると思われるが、あまり数量的に示されてこなかったことを考慮すると、意義深いと言えるだろう。 また非重度知的障害事例に関し特別支援学校卒であることと、配慮必要度にもそれぞれ負の相関関係があることが示された。これも先述したことと同様、相関関係が因果関係にあるとは断言できないが、特に重度でない知的障害者にとって、特別支援学校において特性に合った教育を受けることが入職初期の職業適応に肯定的な影響を及ぼすことを示している可能性もあるだろう。このことも同様に数量的に示されているという点で意義深いのではないだろうか。 (3)今後の課題 本報告で示したもののうち、現在では適応を果たしている知的障害事例に関するものについては十分な事例数に基づいておらず今後の研究がさらに必要だろう。加えて、企業単位でのキャリア形成に係る制度・枠組み、障害程度、教育歴や職業適応状況などの諸変数の関連については、知的障害かつ適応している事例のみを対象とする分析に留まっており、今後、他の障害種の事例についても分析を進めていきたい。 【注】 4クロス表(能力開発・成長に関する制度、職務・役割調整に関する制度、支援環境整備に関する制度の各整備度及び最終学歴と、配慮必要度)×2(重度事例または非重度事例)の、計8つのクロス集計を行った。 【参考文献】 国立特別支援教育総合研究所(2011). 特別支援教 育充実のためのキャリア教育ガイドブック -キャリア教育の視点による教育課程及び授業の改善、個別の教育支援計画に基づく支援の充実のために−, ジアース教育新社 Lepine, J. A., & VanDyne, L. (2001). Peer response to low performers: An attributional model of helping in the context of groups, Academy of Management Review, 26, 67-84. 中村梨辺果.他(2011). 企業で働く従業員のキャリア形成に関する調査 その1 −企業のキャリア形成に関する制度・枠組みに関する基礎情報について−,第19回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集(印刷中) 日本発達障害学会(2007). 障害のある人のキャリア発達と形成, 発達障害研究, 29, 299-348. 日本職業リハビリテーション学会(2010).キャリアデザインと職業リハビリテーションの視点, 職業リハビリテーション, 23(2), 28- 58. 大石裕子・松尾裕子(2002).キャリア・コンサルタント入門, 東京リーガルマインド 障害者職業総合センター(2004). 障害者の雇用管理とキャリア形成に関する研究 −障害者のキャリア形成−, 障害者職業総合センター調査研究報告書No.62 東洋経済新報社(2009). 2010CSR企業総覧 若林功(2009). 発達障害者の雇用の質を再考する,日本発達障害福祉連盟(編), 発達障害白書2010年版, 日本文化科学社 企業で働く障害者のキャリア形成に関する調査 その3 −障害のある従業員の職業生活上の経験及び現在の職場に関する考え等− ○内田 典子(障害者職業総合センター 研究員) 若林 功・中村 梨辺果・村山 奈美子・鈴木 幹子・下條 今日子・森 誠一・望月 葉子・白兼 俊貴 (障害者職業総合センター) 1 はじめに 発表その1で述べたように、働く障害者が量的も質的にも増加している中、障害者が「就業を継続し、成長や充実、安定の方向に変化を遂げていく」といったキャリア形成に関しては、先行研究が少なく、明らかにすべき点は多く残されている。 そこで、その1、その2の発表で報告した企業調査Ⅰの対象企業に勤める障害のある従業員(以下「障害従業員」という。)に対して、職業生活上どのような経験を経てきているのか、また入社時と現在でどのような考え方の変化が起きているのか等を把握することを目的に、当事者調査(調査Ⅱ)を実施した。本報告では、主として障害従業員の現状と今後の見通しに焦点をあてる。 2 方法 (1)調査対象・時期・方法:発表その1の通り。 (2)調査内容:ⅰ基礎情報、ⅱ他社経験、ⅲ現在の雇用状況、ⅳ入社時と現在の評価等、ⅴストレス経験、ⅵストレス軽減の要因、ⅶ働く際に重視すること、ⅷ今後の意向、ⅸ職業生活にあたっての工夫・努力・希望・不安から構成した。 (3)分析対象:障害従業員658名の回答のうち、在職2年以上の586名を分析対象とした。 3 結果 調査内容9項目のうち、2方法(2)の太字下線の調査内容から抜粋して報告する。 (1)障害従業員の概要(表1) 回答は肢体不自由者が最も多かった(221名)。障害種による回答数の違いを考慮し、障害別の分析では、「肢体不自由」「視覚・聴覚障害(言語障害含む)」「内部障害」「その他の障害(統合失調症、気分障害・メンタルヘルス不全、発達障害、知的障害、重複障害、その他)」の4群で行うこととした。 障害従業員の概要について、各属性別に「全体」に対するχ2検定を行った(表中「-」で示しているグループは実施せず)。概要の項目①〜④に差が認められ、さらに残差分析により有意差が認められた項目は表1上に網掛けで示した。また、全体の構成比率より高い項目は、太字下線で示した。以下、属性別の分布を示す。 ①現在の年代  事業所グループでは、一般事業所で50代以上が、配慮事業所で20代までが多い。受障時期グループ 表1 障害従業員の概要 では、生来性で20代まで・30代が、初職入職後受障で50代以上が多い。障害グループでは、視覚・聴覚障害で30代が、内部障害で50代以上が、その他の障害で20代までが多い。 ②性別  在職期間グループでは、10年までで女性が、21年以上で男性が多い。受障時期グループでは、生来性で女性が、初職入職後受障で男性が多い。障害グループでは、視覚・聴覚障害で女性が、内部障害・その他の障害で男性が多い。 ③障害者手帳の所持状況 一般事業所では身体障害者手帳所持者や手帳なしが、配慮事業所では療育手帳所持者が多い。 ④現職前の職歴 在職期間グループでは、10年までで職歴ありが、20年まで・21年以上で職歴なしが多い。また、障害グループでは、肢体不自由で職歴ありが、その他の障害で職歴なしが多い。 (2)現在の雇用状況 ①雇用形態(表2) 雇用形態について、各属性別に「全体」に対するχ2検定を行った。性別と在職期間グループに関して、差が認められた。なお、残差分析を行い、有意差が認められた項目は、表上に網掛けで、また全体の構成比率より高い項目は、太字下線で示した。 性別では、男性で正社員が、女性で正社員以外が多い。在職期間グループでは、10年までで正社員以外が、それ以外は正社員が多い。 ②役職(図1) 役職について、各属性別に「全体」に対するχ2検定を行った。現在の年代・性別以外の属性に関して、差が認められた。なお、残差分析を行い、有意差が認められた項目のみ、グラフ上で構成比率を示し、そのうち、全体構成より高い項目は囲み数字で示した。 事業所グループでは、一般事業所で課長クラス以上が多い。在職期間グループでは、10年までで一般作業員が、20年までで係長等が、21年以上で課長クラス以上が多い。受障時期グループでは、生来性で一般作業員が、初職入職後受障で係長等・課長クラス以上が多い。障害グループでは肢体不自由で係長等が、視覚・聴覚障害で一般作業員が多い。 表2 雇用形態 図1 役職 図2 受障時期グループ別に見た今の会社で経験した内容(複数回答) ③今の会社で経験した内容(図2)  今の会社でどのようなことを経験してきたか、図2に示す8項目について尋ねたところ、生来性及び初職入職前受障の障害従業員の60%以上が、各項目の経験が「なし」と回答していた。一方、初職入職後受障では「部課間異動」「同レベルで異なる仕事へ配置転換」「他事業所へ異動」「職種転換」が他のグループより多かった。 また、同じ初職入職後受障の障害従業員でも、「易しい仕事へ配置転換」や「降格」を経験した者が約10%おり、他のグループよりもそうした経験が多かった。詳細分析の結果、これらの経験は、統合失調症・気分障害・メンタルヘルス不全といった精神疾患や高次脳機能障害を中心とした重複障害との関連が見られ、障害の状況によっては、担当職務のみならず、キャリアについても見直しが必要となる現実があることが示唆された。 ④職業生活にあたっての工夫・努力・希望・ 不安 職業生活を続けるにあたって工夫・努力していること等、自由記述で回答を求めたところ、291名から回答が得られた。その内容を「工夫・努力」「今後の希望」「不安」「その他」に分類し、カテゴリー化した(図3)。 「工夫・努力」の回答内容が最も多く、その内容は、体調管理に関する「体調面」、コミュニケーションに関する「人間関係」、効率化を考える等の「仕事の取り組み」、障害に甘えない等の「障害に対する意識の持ち方」、補装具・補助具の使用等の「障害の補完」の5つに分類できた。 「今後の希望」「不安」に関しては、共通カテゴリーとして、昇進・昇格等に関する「能力開発・成長」、仕事量の増減等に関する「職務・配置調整」、勤務形態や休暇等に関する「支援環境」、安定した継続雇用等に関する「雇用」に分類できた。 図3 工夫・努力・希望・不安の内容(n=291) (3)1年後の継続について  図4に1年後の継続に関する考えを示す。 1年後の継続について、各属性別に「全体」に対するχ2検定を行ったが、いずれも有意な差は認められなかった。 全体を見ると、約75%の障害従業員が「とてもそう思う、そう思う(1年後も継続して今の会社に勤務している)」と回答していた。 図4 1年後の継続について(n=586)  継続(または継続しない)理由を自由記述で求めたところ、414名から回答が得られた。「とてもそう思う、そう思う(継続している)」、「分からない」、「思わない、あまりそう思わない(継続しない)」の回答別に内容を取りまとめたところ、図5の結果が得られた。 「継続している」理由では、“現状に満足しており、転職を希望していない”等、障害従業員自身が「継続希望」を明記した内容が最も多く、他に“やりがいがある”等の「職務要因」や“働きやすい環境”等の「職場環境要因」が続いた。また、「分からない」理由は、“景気や会社の状況により先のことは分からない”のような「継続できるか不明だから」が最も多かった。一方、継続しない理由は障害従業員ごとに内容が異なっており、カテゴリー化は困難であった。 図5 継続に関する理由(n=414) 4 考察及び今後の課題 本調査では、受障時期の違いによって異動や配置転換といった一般的に考えられるキャリア形成に繋がる経験に差があることが明らかとなった。具体的には、60%以上の生来性・初職入職前受障の障害従業員に異動や配置転換等の経験がなかった。これは、初職入職後受障の障害従業員で36%であったことと対照的である。こうしたことから、能力開発の機会不足によって、キャリア形成に課題がある状況が推察された。しかし、こうした経験不足や異動等があったとしても、現状維持を望み、1年後も雇用継続を考えている障害従業員が圧倒的に多く、主に体調面や人間関係に気を遣うこと、仕事の取り組み方を工夫すること等によって、同じ職場で長く働けるように努力している状況も明らかになった。一方で、初職入職後にメンタルヘルス不全や受障した障害従業員は、受障前に様々な経験があり、その上で、キャリアを形成している可能性が示された。 ただし、本調査で分析対象とした障害従業員は、女性、または「その他の障害」を有する障害従業員が少なかった。これは、雇用されている障害者の現状を反映したものと考えられる。そのため、これらのカテゴリーに対して十分な量的分析はできなかった。特に、障害種と職業経歴の組み合わせにおいて注目すべき「その他の障害」に区分された統合失調症や気分障害、メンタルヘルス不全、発達障害、高次脳機能障害等は別途質的な検討を加えて分析することが必要と考えている。  なお、職業生活にあたっての希望や不安に関しては、回答の多くが発表その1における「能力開発・成長」「支援環境」「職務・配置調整」と同様のワーディングとなった。発表その1では、事業所が障害従業員に対して用意する仕組みは、障害によって異なることが明らかとなったが、本調査からは、これら3つのカテゴリーを障害従業員の側から見ると、「希望」や「不安」と関連していること、さらに今後の対応を求めている障害従業員が存在することが明らかとなった。本発表では障害種を問わず分析を行ったが、今後、障害別の分析についても検討したい。 本発表では障害従業員の現状について報告した。今後、障害種別や年代全体を通した実態を示すために、今回報告できなかった項目についてまとめると共に、より広く障害従業員に対するヒアリング調査を実施し、キャリア形成に関する調査を継続する予定である。 企業に対する「障害者の職場定着に関するアンケート調査」 結果について ○鴇田 陽子(障害者職業総合センター 主任研究員) 亀田 敦志(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者の職場定着における課題は、障害別、時期別、課題の質別、取り組む主体別に異なり、実際の職場ではこれらが輻輳して現れ、全体像の把握が難しいので、課題を構造化して捉える取り組みについては、第18回本研究発表会において述べたところである1)。また、職場定着の課題を捉える背景として、近年職場定着を支援する方法にもいろいろな手法が講じられるようになり、物的環境整備以外にも、人的支援や外部の専門機関との連携による支援も広がりつつあること、障害者の就職状況において精神障害者、発達障害者など障害の多様化が見られるようになってきていること、電子メールや社内LAN等の普及により視覚障害者、聴覚障害者の職域が広がりつつあることなど概ね2000年以降の今日的動向を踏まえることについても述べたところである。本報告ではこれらを基として企業に対する「障害者の職場定着に関するアンケート調査」により把握した、主に事例に関わる結果の概要と課題解消事例の内容について報告する。 2 調査の概要 (1)目的  就労支援機関が企業に対して行う職場定着支援が的確に実施できるよう、企業が行う職場定着について構造化して把握することを目的とする。 (2)方法 ①調査対象:職場改善好事例として受賞された企業55社、平成17年度以降設立の特例子会社63社、地域障害者職業センターの支援を利用した企業110社、その他調査に協力が得られた企業3社、合計231社 ②調査時期:平成23年2月 ③調査方法:郵送による質問紙調査 ④調査内容:企業の概況、最近10年において職場定着に課題があり、特に配慮した事例(受け入れ時の配慮項目、短期、長期の時期別職場定着の課題と課題への取組者・機関、取組内容、取組結果)、最近10年の間に職場定着のために配慮するようになった事柄、職場定着にあたり外部機関に支援を望む事柄。 (3)結果  回答企業数は128社(回収率55.4%)、回答企業はすべて障害者を雇用しており、障害別の雇用状況は表1に示す。 ①職場定着課題事例の障害別状況 最近10年における職場定着課題事例として128社から218事例について回答があり、障害別では表2のとおり知的障害が40%近くを占める。 表2 障害別職場定着課題事例数(回答128社) ②最近10年において障害者の受け入れ時に配慮した事柄  障害者雇用をめぐる概ね2000年以降の変化を踏まえ、①受け入れ環境の整備、②情報共有、③人的支援、④多様な障害者への対応という4つの分野でそれぞれ選択肢を設定し、表3に示す結果を得た。受け入れ環境の整備の項目では、「障害特性に応じ多様な就業形態を導入した」「障害特性や対応方法について関係する従業員に周知し理解を図った」にほぼすべての障害を通じ回答があった。情報共有の項目は主に視覚、聴覚の障害者を対象としており、回答事例数そのものが限られる が、「電子メールにより社内情報を共有できるようにした」など近年の社会環境を反映した項目にも回答が得られた。人的支援の項目では、「外部機関によるジョブコーチの活用」「上司や同僚による作業指導」「業務遂行を援助する者の配置」において知的障害、精神障害の事例の半数以上が回答した。多様な障害者への対応では、ほとんどの障害から回答があった。 ③職場定着の課題と取組者・機関 職場定着の課題を構造化して捉える枠組みとして、取組課題の質(職場における課題22項目、生活面の課題6項目、家庭における課題5項目)、取組者・機関(企業内4項目、外部機関4項目、家族、その他)、時期(入職時の頃の課題=短期課題、入職後一定期間経過した頃の課題=長期課題)を設定し、職場定着に課題があり特に配慮した事例について、時期別に取り組んだ課題と取組者・機関を記入する調査票とした。回答事例が最も多かった知的障害の時期別課題の状況を図1に示す。 知的障害の短期課題では「障害に対する従業員の理解」「職場のルールの遵守」「職場内の協力体制」「コミュニケーション」「作業工程」の事例が多い。長期課題ではこのほか「家族との連絡、連携」「職場における生活トラブルの対処」「作業効率」「配置転換」「キャリアアップ」が課題となり、生活面、家庭面の課題は短期課題より事例が多い。 課題に対応した取組者・機関については、短期課題では職場管理者、業務遂行援助者、地域障害者職業センターのジョブコーチが主となり対応し、長期課題では企業内の取組者が主となるものの、生活面、家庭面の課題が多いのに伴い障害者就業・生活支援センターの関わりが増加している。図2に時期別取組者・機関の状況を示す。 ④事例の時期別取組結果 課題事例を短期課題・長期課題別に「課題は解消した」あるいは「課題は残る」のどちらになったかの結果を表4に示す。視覚、聴覚、肢体不自由の短期課題の事例は解消事例のほうが多いが、長期課題の事例は障害を問わず、課題は残るとした事例のほうが多い。 3 課題解消事例の内容 (1)事例の課題項目別取組結果 課題は解消したとする事例の取組課題と、課題 は残るとした事例の取組課題を短期課題・長期課題別に特徴のある課題項目を抽出し図3に示す。 短期課題の解消事例では、「障害に対する従業員の理解」「職場内の協力体制」「職場における相談体制」「コミュニケーション」の課題に取り組み、課題解消に繋げている一方、「職場内の協力体制」「コミュニケーション」では課題が残る事例も多い。長期課題では短期課題と同じ項目であっても課題は残るとした事例が多く、課題の質が変化していることが考えられるが、詳しくはさらに分析が必要である。 (2)自由記載における課題の取組状況 各事例の自由記載について課題となる事柄を抽出し、解消した課題、残る課題に分けて事例紹介する。 視覚障害の事例では、短期課題において通勤、情報共有、職域確保の課題があったが同僚の協力、就労支援機器の活用等により解消に導いている。長期課題では作業量負担の調整、マンネリ化を防ぐ課題に取り組むものの課題が残る事例があった。  聴覚障害では、短期課題にパトライトの設置等職場の安全に取り組む事例が複数あるが、物理的配慮により解消している。コミュニケーションの課題では、長期課題において手話通訳者の配置や活用について「効果絶大、社員が安心して業務ができ業績拡大」と記載した事例があった。作業習得については、短期課題において、口話では分かっているかのよいことが多々あるので、重要なことはメモに書いて確認するとした事例があった。また長期課題において、コミュニケーション不足はモチベーションの低下に繋がり、職場内のトラブルに発展することがあるので、丁寧なマンツーマン指導、職場管理者が相談窓口となり困り事を吸い上げることにより課題を解消している事例があった。 肢体不自由では短期課題において施設、設備の改善、社内の協力体制、受け入れ体制整備等に取り組み、解消している事例があった。具体的には書類運搬等のサポート、声かけ、「何でも言える面談」の設定などがあった。また長期課題では障害状況に応じ柔軟な勤務形態が可能な在宅就業制度を取り入れ、課題を解消した事例があった。 内部障害では、短期、長期の課題とも安定出勤、通院時間の確保、健康管理が課題となっており、同僚の協力、職場管理者との相談、総務担当者の定期的なフォローにより課題の解消に繋げている事例があった。 知的障害では、受け入れ体制の整備、職務の習得、職場のルールの遵守、遅刻・さぼり・粗暴な振る舞いなどの問題行動、同僚とのトラブル、家族の本人に対する対応など多様な課題が示されている。短期課題の解消事例では、受け入れ体制整備、作業の習得などにおいてジョブコーチを活用し定着に導いている。企業内の対応では、作業の細分化、声かけ、自閉症者特有の行動への理解、本人との面接機会の設定などが解消事例にみられた。遅刻やさぼりなど問題行動に対しては、早期に特別支援学校や就労支援機関から情報収集する、家族への対応を障害者就業・生活支援センターに依頼するなどの対応が課題解消または改善事例にみられた。 精神障害では短期、長期課題を通し安定出勤、体調不良、職場環境の変化に対応できない、頑張ると不調に陥るなどの課題があげられている。通院・服薬への配慮、勤務時間の段階的引き上げ、相談担当者の配置、職場管理者交代時の学習会の実施、ジョブコーチや家族との連携などにより課題解消または改善に導いている。 課題を解消または改善に導いている事例としては、障害特性を十分に把握し、適応状態に日頃から注意を払い、関係機関との協力体制を構築していることなどがある。なお課題解消事例の分析は中間段階にあり、今後さらに詳細を検討していくこととしている。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:第18回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集、p350-353 弊社におけるジョブサポート会での取り組みについて ○赤澤 遥子(株式会社ベネッセビジネスメイト 人事・総務部 定着推進課) 山田 智子(株式会社ベネッセビジネスメイト 人事・総務部 定着推進課) 1 弊社の概要 弊社は、(株)ベネッセホールディングスのグループ会社であり、「障がい者雇用を積極的に創出し続け、ベネッセグループの社会的責任遂行の一翼を担う」という目的をもって、東京都多摩市に、2005年2月に設立された特例子会社である。同年4月から東京事業所にて事業を開始し、2006年4月岡山事業所を開設した。事業内容としては、クリーンサービス、メールサービス、マッサージサービス、オフィスサービス(総務代行サービス)、OAセンター(コピー業務)、人事・総務がある。 また、2010年4月より全社員の意見を取り入れたクレドを作成し導入した。クレドは、「お客様」「社員」「パートナー」(取引先、ご家族、支援機関)への約束と定義し、その約束を守り続け「お客様」「社員」「パートナー」から信頼される企業を目指し、さまざまな取り組みを通して、クレド浸透を行っている。 表1 課ごとの障がい種別従業員数一覧 (10月1日現在) 図1 障がい種別従業員数 2 弊社の変遷 親会社の障がい者雇用への理解と配慮の中、社員が働きやすいように、物理的な環境を整備し、各業務ごとに指導員の配置という人的配慮を行いスタートした。立ち上げ時は、クリーンサービス、メールサービスの業務がメインで、一度に多数の障がい者(特に知的障がい者)の雇用を進めたこともあり、現場の指導員に、障がいの種別や特性、配慮事項など、情報共有も十分でないまま業務にあたらざるをえなかった。また現場指導員も、業務知識はあっても、障がい者と接することは初めての経験という者も多く、業務をどのように教えればいいのか、それ以前にどのように話しかければいいのかさえもわからないなど、不安も多かったと思われる。実際に毎日の業務をこなすのが精いっぱいで、「わかりやすい指導」や「構造化」などを現場で考える余裕もない状況であった。 設立以降数年間は障がいがあるメンバー社員(主に、知的障がい者社員を指す)が自立して働くまでには程遠く、難しい業務は指導員の仕事で、メンバー社員は毎日7時間、週5日勤務できて、ゆっくり成長を目指していければいい、という風土であった。 一方指導員は、障害者職業生活相談員認定講習の受講や、職場適応援助者養成研修などへ参加し、障がい者雇用の知識の習得に加え、日々の現場での経験を通じて、障がい特性や、配慮事項などの理解を深めていった。  また、設立4年目より、各課の業務を見直し、 クリーンサービスでは、現場指導員を筆頭に専門性のアップ、OAセンターでは、委託料金の見直しなど、それぞれの業務で、より市場競争力をもてる動きをスタートし、グループ会社内での戦力化を目指すようになった。   3 定着推進課の役割 定着推進課は人事・総務部内にあり、東京2名・岡山1名で業務を担当している。主な業務は、以下の内容である。 (1)障がいがある社員に対して ①定期的面談 主にクリーンサービス、メールサービスに所属する知的障がい・発達障がい・精神障がい者社員に対して、日常的な業務状況や、人間関係における問題などの抱えている悩みを、定期的な面談で確認している。また、必要な社員には、関係機関を交えての支援会議を行っている。 ②仕事以外でチャレンジできる場の参加支援 アビリンピック(障害者技能競技大会)への参加や職場見学等での発表などの参加支援。 (2)指導員・指導者に対して ①日々の情報交換や、困難ケースでの対応についての助言、サポートや支援機関・ご家族との連携のコーディネート ②情報共有会(ジョブサポート会)の開催 ③研修参加促進 障害者職業生活相談員、職場適応援助者養成研修などの参加促進。 ④他社見学の企画・実施 (3)社員全体に対して ①集合研修の企画・実施(表2参照) 専門の講師をお招きし、座学だけではなく、現場の業務シーンを想定したケーススタディやロールプレイを取り入れた研修を行っている。 ②研修内容の浸透の推進(表3参照) 研修で学んだことをピックアップし、「強化期間」として、指導員を中心にメンバー社員への周知、習慣づけを行っている。 (4)グループ会社に対して ①各社の障がい者雇用状況のとりまとめ、情報発信(雇用率管理) ②障がい者雇用に関する情報(ニュースレター)の発信(年4回) ③グループ会社の障がい者雇用促進へのサポート 今後は具体的にどのようにサポートを行っていくかが重点課題となっている。 (5)その他 ①会社見学の対応 ②助成金の申請・管理 ③実習生受け入れ 表2 研修内容一覧(2011年度) 表3 2011年度強化期間の取り組み 図2 強化期間(例) 4 ジョブサポート会について (1)ジョブサポート会とは 弊社では、クリーンサービス、メールサービスを中心に、現在、東京事業所11名、岡山事業所6名の指導員を配置している。 設立以来、障がい者社員数は17人から97人(約5倍)へと成長した。成長の裏側には、現場指導員の苦労と確かな関わりがあったからこそである。ここ数年間で、障がいがあるメンバー社員がいかに安定的に勤務し、自立して仕事ができるように組み立てていけるか、品質向上のための有効な指導とは何かといった、個人個人の特性や能力に応じた指導方法の必要性を強く感じるようになった。  2009年より、指導員の様々な迷い、悩みを情報共有し、職場改善につなげるため、指導員を中心とした「指導員定例会」を始めた。指導員定例会発足当時は、具体的指導方法がわからない、指導してもすぐに効果が表れない等のストレスから、メンバー社員に対する不満や愚痴などが大半で、職場改善につなげるような前向きな話し合いはできていなかった。会の目的を振り返り、メンバー社員の成長した点に目を向けるように意識付けを行っていくことにより、できないところから、できるようになったこと、できることに視点が変わり、自分たちの取り組みやメンバー社員の成長に対して肯定的に捉えられるようになってきた。不満や愚痴の意見から、対応方法の助言や、取り組み方法の提案など徐々に前向きな改善に向けての情報共有ができる場へと変わっていった。 2010年より、指導員を配置しているクリーンサービス、メールサービス以外にも障がい者社員が増えてきたため、OAセンターやオフィスサービスを加え、各課で障がいのある部下、同僚と直接関わりのある社員を中心に「ジョブサポート会」と名称を変更し、毎月1回東京・岡山両拠点で開催することとした。各課の改善目標を設定し、チームで達成していくことなどを通じて、指導者同志のコミュニケーションの活性化と、指導方法の統一をはかった。    2011年からは、定着推進課員が受講した「職場適応援助者養成研修」の伝達講習や、具体的事例のグループワークなどを行い、指導者個人個人の指導力のスキルアップを目指している。 表4 ジョブサポート会開催実績 また、年に2回、東京・岡山の指導者が集まり、「合同ジョブサポート会」を行っている。ここでは、拠点の離れた東京・岡山の各課の現場見学を行い情報交換するとともに、具体的な現場の取り組みを各指導者が発表した。 日々の実務の中で、指導者自身の取り組みを客観的に振り返りながら資料を作成する時間を取り、お互いに発表することにより、現場での努力や改善などを、改めて実感し、共有できる場となっている。 表5 合同ジョブサポート会発表実績 図3 合同JS会 発表例 (2010年11月岡山クリーンサービス課指導員) (2)ジョブサポート会の今後の展望 弊社は、表1でも示したように、職種によって障がい社員の構成が異なり、現在は、発達障がい者、精神障がい者社員が増加傾向にあり、多様な個性や特性をもった人材が存在する組織になって きている。障がい者雇用を継続していくためには、指導者の関わり・指導は不可欠なものである。指導者の指導力によって職場の風土や業務の品質を左右しかねないので、指導者が個々のメンバー社員をしっかり理解して適切な指導ができるかが大きな課題として捉えている。 指導者をサポートする際に抑えておきたいポイントを以下のように考えている。 ①指導そのものが「楽しいこと・喜び」になるようなサポートを行う 現場の実務をこなしながら、同時に障がいがあるメンバー社員を指導することは難しいことである。しかし、苦労もあるが、やりがいを持って前向きに楽しんで取り組めるよう、その方法などを共有していきたい。 ②指導者自身が自ら考え、指導方法の見直しやレベルアップができる機会を創出する 指導者のこれまでの経験値や自分自身の生き方で指導するのではなく、障がい者指導に関するあらゆる情報やジョブコーチの知識を加えながら自分のやり方の見直しやレベルアップにつながる機会を作っていく。 この方針をふまえ、指導者一人ひとりが考え、実践している障がい特性に応じた指導方法を指導者同志で共有・蓄積できる継続的な学びの場、意見交換の場としてジョブサポート会を運営していきたいと考えている。 指導者とメンバー社員、すべての社員が一緒に、そしてお互いに成長しながら、前向きに取り組んでいける風土や仕組みを作ることで、ビジネスメイトに入社してよかった、今後も続けていきたいと楽しみながら仕事に取り組める社員をたくさん創出していきたい。 障害者雇用における加齢現象と事業所の対応 −3.障害のある従業員の加齢現象に対する配慮や工夫の取組み 事例② ハッピーリタイアメントに向けた家族・支援者等との連携をめざして− 寺井 重徳(株式会社アドバンス 取締役工場長) 1 はじめに (1)会社概要  ㈱アドバンスは、㈱コーセーの特例子会社として、当時の社長であった小林禮次郎が『障害者に自立の場を提供する』目的で1992年9月設立、1993年9月㈱コーセー狭山工場の近くに建設、竣工。今年で18年目となる。  売上は、主に化粧品の充填・包装仕上げ加工費収入で㈱コーセーより材料、化粧品の中身、仕掛品を受けて組み立て加工する。  年商3.5億円程度、資本金9千万円 (2)従業員数  全体106名(社員37名、契約社員24名、アルバイト42名、派遣社員3名)の内、法定雇用率の算定基礎となる雇用者数は、72.5名である。 (3)障害者の雇用状況 表1のように全体では、39名で重度知的障害者は、9名。それ以外が9名。重度身体障害者は、15名。それ以外が6名である。障害種別では、知的障害者18人と多い。 表2の平均年齢・平均勤続年数では、36.1歳と8.8年である。 表3の雇用形態別では、正規社員が26人と多い。 表1  障害種別・程度別人数 *肢体者の中には、車いす使用者4名含む 表2 部位別平均年齢・平均勤続年数 表3 障害者雇用形態別人数 (4)業務内容 障害者の内30名(76.9%)は、化粧品包装仕上げラインの直接作業者で化粧品の中身が充填された容器のキャップ締め、ラベル貼り、箱詰め等を1分間に平均30個ペースで仕上げている。 ライン構成は、障害者:他従業員の割合で45:55となっている。常に、他従業員がフォローできる体制となっている。 残り9名(23.1%)は、検査、計画資材、トラックの運転手、機械を担当している。 2 研究会を通じての加齢対応策の検討 当社のみならず特例子会社においては、障害者の加齢に伴う就業上の支障への対応が企業責任として必要不可欠である。そこで、今回のテーマを「障害者雇用における加齢現象と事業所の対応」を取り上げた埼玉県障害者雇用サポートセンターの研究会に参加することで他の特例子会社で起きている加齢問題の現状と対応を参考に当社の対応策を検討することとした。 事前学習として、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センターが編集発行した「高齢化社会における障害者の雇用促進と雇用安定に関する調査研究-中高年齢障害者の雇用促進、雇用安定のために-」を参考とした。 研究会のアドバイザーとして同寄稿、編集者でもある沖山稚子氏も参加されている。 特に、同文献による以下の重要事項は、参考になった。 ・障害の種別・程度による障害従業員の配置転換の困難さに対する若年時からの配慮と工夫。 ・高齢化による引退後の福祉への道筋づくり。 ・障害者の加齢問題への認識の高まりと新規の障害者への戸惑いに対する制度面からの支援。 3 加齢現象の現状認識 (1)事例紹介 現時点では、幸運にも当社での加齢による課題案件は、発生していないが今回埼玉県雇用サポートセンター主催により、参加した企業13社から加齢問題の現状を聞くことが出来た。その中からいくつかの事例を紹介する。 これらの事例から、事例7の入社時点で重度レベルの高い若年による障害者の症状を除くと30歳以上で加齢と共に何らかの症状(変化)が生じている。 この症状に対して、各社は保護者との連携を含め以下のように対応している。 (2)各社の対応 〜抜粋〜 ・休職させる。 ・市の支援センター、民間の支団体、県の就労支援センターと連携し復職プログラムを実践。 ・復職後の配置転換、雇用変更を実施。 ・業務以外のアドバイス(食事、整体) ・2人体制でフォローする。 ・日々の業務遂行能力を記録し客観的な視点か ら経過観察をする。 (3)家族との連携 〜抜粋〜 ・定期的な面談を実施。 (本人、保護者、職場、会社) ・担当支援員と連携をとっている。 ・個々に連絡帳で連携している。 ・直接とらず支援センターを窓口としている。 (4)研究会を通し感じた課題 前述したように現時点では、加齢問題案件は発生していないが肢体障害者の高齢化及び家族の死亡を目の当たりにした中で10年後を見据えた準備が今すぐに必要と感じていた。 『(障害者雇用では)老舗の会社』と称される当社では、保護者との交流を中心に対応してきた。しかし、研究会での他社の事例を知ることで加齢に伴う就業上の支障を会社としてチェックし、対応することの必要性を確認した。 さらに4回目の研究会では、新たな収穫もあった。NPO法人東松山障害者就労支援センター若尾勝己事務局長の講義により、支援機関の活動を知る中で役割と必要性を再認識させられ、協力体制を築くことの重要性を感じたことである。 特に、次の発言は印象に残った。「事業所の方々が従業員の離職問題で疲労しないでほしい。むしろそのエネルギーを新規採用に向けて欲しい」 4 ハッピーリタイアメントに向けた道筋づくり(試案) (1)当社における加齢問題への対応 各社そうであるが当社においても社会貢献を含め㈱コーセーの特例子会社として、法定雇用率を遵守し未来永劫存続すること、また連結関係会社として利益を確保し、還元する営利を目的とした経営課題がある。 その中で従業員の加齢に伴う就業上の支障に対し、会社としてどの範囲でどの程度まで対応することができるのかの検討を行った。 内容としては、本人及び保護者が日々の生活を暮らしながら、いずれ訪れる加齢による症状、保護者の他界等将来に向けたライフステージの変化に対して、 《Ⅰ》本人、保護者は、親族を含めた将来対応と同時に支援機関との連携が必要。 《Ⅱ》会社は、就業期間中に人材育成とスキルアップを実行しつつ、加齢による就業困難者を出さないように定期的なチェックを行い予防する。また、本人、保護者、支援機関との連携をとりながら適宜情報提供をする。 《Ⅲ》支援機関は、登録されたのち本人、保護者との情報交換、加齢の予防を会社と連携する。また、退職後もフォローしていく。 以上3点を具現化し連携と実行することでハッピーリタイアできると考えた。 今回、表5は、障害者が会社に採用される状態から60歳定年を迎えるまでに様々なステージ(加齢による変化から退職に至る、保護者の死亡発生、他従業員と同じ)を想定し、①本人、②会社、③支援機関に分けて加齢対応のイメージを示したものである。 本人は、保護者と共に加齢への変化を素直に報告(告知)しながら、会社は、在職期間中の人事制度、福利厚生制度、退職金制度の充実や加齢への変化チェックを行い、予防する。また、支援機関との連携を得て将来のライフプラン(グループホーム、福祉制度の活用など)の手助けをすることでハッピーリタイアしてもらうためのイメージを作った。 5 ハッピーリタイヤ実現のための留意点 まず、用語の整理をしておきたい。「デジタル大辞泉」によると、ハッピーリタイアメント【happy retirement】 とは「定年以前に豊かな老後資金を確保して悠々自適の引退生活に入ること。」という意味である。このような退職後の生活を準備できれば従業員、会社どちらにとっても理想といえるが、トラブルなく退職に至ることも容易なことではない。 5回に亘る研究会では、従業員の加齢に伴う就業能力の変化が著しく、会社側が相当な工夫と容認姿勢で臨み、就業継続を図っている事例も語られた。また、そういう状況にあることを本人、保護者が自覚していない場合もあった。 今回は、トラブル発生回避までを視野にいれたハッピーリタイア実現に向けて、留意する方向で考えた。 6 想定される現象と対応 (1)就業期間中に想定される項目 ①健常者同様の加齢; 軽度障害者の場合は、健常者と変わらない加齢で定年を迎える事が多い。 ②障害者の加齢; 作業能力の低下、体力の低下、理解力の低下、歩行困難、通勤困難等 ③症状の悪化によりやむなく退職; 障害の症状により若年でありながら作業が困難となり就業できなくなり退職する場合。 ④保護者の他界  加齢とは直接結びつかないが保護者が他界する事より就業ができなくなった場合。 (2)想定項目の対応検討 イ)今ある制度は、充実させる。 特に、知的障害者における入社後の人材育成は、個人差がかなりあり難易度が高いためあきらめがちであるが職場訓練を通じての作業のローテーションによる適正配置及びスキルアップを実施。更に、現行の賃金制度、報奨制度等を充実させる事でモチベーションを上げて行く。 ロ)三者チェックによる加齢予防を行う。 加齢による症状の変化と予防ができるように健康診断以外での体力・気力のチェックを年2回保護者と会社で実施する。比較が容易にできるように定性、定量情報にし、前年を下回らないように会社と共に努力させる。(保護者による会社外でのチェックも含む) ハ)今ある制度を見直す。 就労困難となって退職する前は、会社として何らかの業務を担ってもらおうと努力する。その中で、やむなく長時間労働から短時間労働へ変更せざるを得ない場合、今の就業規則と制度では、補えない。よって、新たな制度が必要となる。 不幸にも退職になった場合でも同様である。よって、今ある制度の充実と同時に以下の検討が必要である。 ・スキルダウンに対応した雇用変更の制度。 (配置転換、短時間労働への変更ができる制度) 二)本人、保護者による支援機関との連携を推奨する。 当社の場合、障害者の将来を親族で考えて準 備している保護者が多く見受けられる。しかし、 将来起きる事は、誰も予想がつかない。よって、支援機関を活用した準備も必要と考えた。 当然、保護者と本人の同意が必要だが加齢現象が発生する前に各地域に設立されている指定相談支援事業所への登録をしてもらい現状及び将来に向けた相談をしてもらう。 会社は、必要に応じて支援機関と定期的に情報交換を行う。 ホ)保護者との連携を図る。 今までは、必要に応じた面談を不定期で行っていたが前述した内容を進めるにあたり定期的な情報交換が必要不可欠と考え実施する。 中心となるのは、保護者側での加齢の変化等、会社側での変化等をお互い認識し予防及び今後の対応策を検討する場として開催する。 ヘ)退職前準備、定年前準備セミナーの実施。 当社では、現在このような準備セミナーの仕組みはないが定年を迎える前に第二の人生に向けた会社制度の情報提供が必要と考えた。 例えば、本人、保護者、会社で45歳、50歳、55歳ポイントで退職金は、どの程度なのか、年金化した場合どの程度なのか。また、準備しなければいけない事は何かの情報提供を行う。 ト)実行に向けたスケジュール(表6参照) 2011年度は、本人と保護者に理解を得るために説明会を2012年2月に実施する。その結果により、次年度以降の実施項目を再検討する。 7 最後に 今回、研究会に参加することにより多くの知見を得ることができ感謝している。 今後は、この内容を社内にて再確認し実現をめざしたい。  発達障害者の企業における就労・定着支援の現状と課題 その1 −特例子会社における就労・定着支援の実態に関する調査から− ○知名 青子(障害者職業総合センター 研究員)  望月 葉子(障害者職業総合センター)・向後 礼子(近畿大学) 1 はじめに 発達障害者の就労・定着支援の課題を明らかにするには、職場における支援の基本的な考え方や指導等、職場適応のための支援に焦点をあてて検討することが不可欠である。そのためには、一般企業における発達障害のある従業員の存在を把握した上で、職場適応・定着支援の可能性と限界を検討することが必要となる。しかし、一般企業は発達障害についての知識・理解が必ずしも十分でないこと、従業員は発達障害を開示せずに就労する場合もあること等から、発達障害の把握を前提とした調査の実施は困難な状況にある。  そこで、発達障害のある者(主に若者)の職場における問題行動と企業による職場適応支援の現状を的確に把握することを目的として、発達障害のみならず多様な障害者への支援実績が豊富な特例子会社を対象に、質問紙調査並びにヒアリング調査を実施し、課題を整理した。  次いで、一般企業において発達障害のある若者への支援を行う必要がある課題を検討するため、新入社員に焦点をあてて採用・研修・配置の現状を把握するための一般企業対象調査を実施した。  本報告(その1)では発達障害のある従業員を雇用する特例子会社9社を対象に実施したヒアリング調査について、支援体制に焦点をあてた報告を行う。 2 調査の概要 (1)調査の目的  発達障害のある従業員の職場における個別具体的な支援課題及び、課題に対する企業の配慮・対応の現状について把握することを目的とした。 (2)調査対象  特例子会社を対象に実施した調査「特例子会社における就労・定着支援の実態に関する調査」において、発達障害のある従業員を把握していると 回答した企業のうち、ヒアリング調査への協力に承諾が得られた企業で、療育手帳又は精神障害者保健福祉手帳を所持する発達障害のある従業員を複数名雇用している9社を対象とした。 (3)調査内容  調査内容は「発達障害のある従業員の基本的情報」「職場的適応上の問題」「支援の実際」「その他」を基本的枠組みとし、半構造化面接によるヒアリング調査を行った。 (4)分析方法  ヒアリングによって得られた情報を「業種/職種」「障害のある従業員の人数・勤務場所」等の基本的事項や、「適正配置のための評価・支援の定型化」「新入社員研修・社員教育のためのプログラム設定」等の支援体制に関する特徴について整理した(表1)。 3 分析対象企業の概要  9社の情報の整理から、特例子会社と親会社の関係性の強弱を軸として「独立性が強い〜関係性が強い」順に、操作的に配置した(表1)。 A社・B社は、障害のある従業員の勤務場所が特例子会社内に限定されていること、支援体制においても特例子会社の独立性が強いことから「特例子会社の独立性が強い」グループとした。C社〜G社は障害のある従業員の勤務場所が「特例子会社内」及び「親会社内・親会社近接」にある。これに対し、H社・I社は障害のある従業員の勤務場所が親会社内(または親会社に近接した場所)に設置されていること、事業内容においても支援体制のあり方においても親会社との関係性に拠るところが大きいことから、「親会社との関係性が強い」グループとした。ここでは、特例子会社と 親会社の関係性の観点により3つのグループに分け、支援体制の特徴を見ることとした。 4 親会社との関係性別にみた支援体制の特徴 3つのグループにおける支援体制の特徴を検討するにあたり、障害のある従業員に対する指導の考え方と、専任指導員の役割について企業別に示した(表2〜表4)。 (1)特例子会社の独立性の強いグループ(A社・B社) A社、B社は親会社から独立して特例子会社の運営がなされる点で共通している。いずれも障害のある従業員数は50人未満であり、採用時の考え方として生活面における自立を重視している。 A社においては障害のある従業員が製造・販売・接客等の勤務中に「顧客(一般の人)」と触れる機会がある。一方、B社では勤務中に特例子会社の従業員以外の人と接する機会はない。障害者の勤務場所は特例子会社内であっても、事業内容の特性上業務中に関わる他者の有無という点でA社とB社は異なっている。 表2に、A社とB社における指導の考え方と専任指導員の役割を示した。A社では特例子会社の指導員がマニュアルや定型的なプログラムに頼らずOJTにより指導を実施していた。スタッフも障害のある従業員と同じ業務に従事していることから、問題にその都度対応するという支援が中心であった。 B社では指導員が会社のルールの説明や作業工程の工夫を行っていた。指導の際は、感情的に怒ることは避け、本人が理解できるように具体的に説明する等の配慮がなされていた。 A社は「指導上必要ならば従業員を家に帰すこともある厳しい指導」であり、B社は「失敗して 表1 分析対象企業の概要 ※ 特例:特例子会社/親:特例子会社の親企業 表2 指導の考え方と専任指導員の役割(特例子会社の独立性の強いグループ:A社・B社) 表3 指導の考え方と専任指導員の役割(特例子会社と親会社の双方に職場のあるグループ:C社〜G社) 表4 指導の考え方と専任指導員の役割(親会社との関係性の強いグループ:H社・I社)                     ※ 下線:「適正配置」に関する工夫・考え方  もゆっくり成長を見守る指導」であるが、いずれにおいても日常的・長期的な支援・指導を心がけていること、特性に即した指導を行う“指導員の存在”が共通していた。 (2)特例子会社と親会社の双方に職場のあるグループ             (C・D・E・F・G社)  この5社は、特例子会社の他に親会社・関連会社内に職場が設置されている。C社には特例子会社内の業務を担当する者と、親会社内の清掃業務の一部を担当する者とがいる。また、D社は親会社に近接しており、特例会社内の業務を担当する者と親会社内に出向いてメールサービスを担当する者とがいる。これに対し、E社・F社・G社は特例子会社内の業務を担当する者と親会社に常駐する者とがいる。このような職場の設置の状況は、親会社からの受託業務内容と関係している。  表3に、C〜G社の指導の考え方と専任指導員の役割を示した。C社・D社は特例子会社と親会社(派遣)の障害のある従業員に加えて、関連会社(一般企業)に在籍する障害のある従業員に対する支援も行っていた。特例子会社で培われたノウハウが一般企業の支援に活用されている点が特徴的であった。E社・F社では、親会社内に常駐する障害のある従業員に対して相談を行い、メンタルヘルス不全の防止に取り組んでいた。F社では指導員がカウンセリングの専門家であり、精神不安定に対する支援により特化している点が特徴的であった。G社では親会社に常駐する障害者の支援の一端を、特例子会社のバックアップのもと親会社の従業員が担うという点が特徴的であった。 このグループでは、親会社との関連で指導員が担う多様な役割の可能性が示されたといえる。 (3)親会社との関係性の強いグループ(H社・I社)  H社・I社は、障害者の働く場がそれぞれ親会社に近接、あるいは親会社内に設置されている。事業内容は親会社からの受託業務である点で共通している。親会社内での勤務形態に着目すると、H社では従業員が特例子会社内業務に従事しているが、業務上の必要のため親会社に度々派遣されている。一方、I社では、親会社本社及び支社に特例子会社の従業員が常駐して、受託業務に従事している。  H社では従業員教育やプログラムの充実、入社後の社員の育成を重視した支援体制が、I社では親会社本社及び支社で指導員と障害のある従業員数名のグループが形成され、小集団で活動がなされている点が特徴的である。この2社の特例子会社は、親会社に近接していることから、設置・勤務場所という点において親会社との関連性が強いと見ることができるだろう。一方で、親会社従業員の直接支援はなく、特例子会社指導員のみの指導であるため、支援体制においては親会社と特例子会社の関係性が必ずしも強いわけではない。 5 まとめ 特例子会社9社は、各々が特性のアセスメントや適正配置、作業工程の工夫や育成プログラムの実施等、特例子会社ならではの手厚い支援体制を築くことで職場適応支援を実施していた。特例子会社から親会社・関連会社に“派遣される”または“常駐している”障害のある従業員に対して、親会社の従業員による支援体制が築かれる場合もあった。ただしその場合においても、特例子会社による支援・助言が必須であった。  このような状況からは、親会社のみならず一般企業で発達障害者が適応・定着するための要件として、担当業務や作業工程において本人の特性を考慮し、「できる仕事」に配置すること(表2〜表4下線部分)、発達障害者に対する個別・具体的な支援が専任の従業員によって行われること、支援機関や特例子会社等から支援と助言を得ること等の重要性が明らかとなった。 一方で、特例子会社における支援体制やノウハウが親会社へ伝達・普及される範囲や、一般企業のみによる支援や指導体制構築の限界も示唆されたといえる。 一般企業が発達障害者の雇用を可能とするための支援体制をどのように整備するかという点については、今後の検討課題としたい。 【参考文献】 障害者職業総合センター 調査研究報告書№101「発達障害者の企業における就労・定着支援の現状と課題に関する基礎的研究」 2011 発達障害者の企業における就労・定着支援の現状と課題 その2 −新入社員の職場適応・定着に関する調査から− ○望月 葉子(障害者職業総合センター 主任研究員) 知名 青子(障害者職業総合センター)・向後 礼子(近畿大学) 1 はじめに 発達障害については、障害者手帳を取得した場合は法定雇用率制度や職業リハビリテーションの対象として、取得しない(あるいはできない)場合は法定雇用率制度の対象ではないが職業リハビリテーションの対象として、それぞれ入職及び職場適応の支援が展開されてきた。 しかし、発達障害の特性から、企業内で用意されている一般研修やOJTだけでは円滑な適応・定着に至らない事例への対応が求められている(例えば、障害者職業総合センター,2009)。職場における支援の基本的な考え方や指導等、職場適応のための支援に焦点をあて、指導課題を明確にすることは喫緊の課題である。一方で、企業に雇用されている発達障害者の全体像を開示・非開示を含めて把握することは極めて困難な状況にあり、発達障害を開示した事例に基づく検討が中心となっている。このため、発達障害者の雇用管理や支援における問題を明確にするうえで、企業を対象とした実態調査を実施することは現実的ではない。  そこで、企業が重視する採用要件であり、かつ、発達障害のある者にとって支援の課題となる「コミュニケーション」と「ビジネスマナー」に焦点をあて、新入社員を対象とした企業の雇用管理について現状を把握することとした。したがって、「企業における新入社員の職場適応・定着に関する調査」において想定する対象は、新規採用の若者であって発達障害のある従業員ではない。ただし、発達障害を開示して雇用されている従業員の現状については、障害者雇用の現状とともに把握することした(発達障害の有無が不明ながら職場不適応やメンタルヘルス不全といった状況で支援が必要になっている従業員については現状把握の対象に含まれていない)。 2 調査の概要 (1) 調査対象:  企業データベースに基づき、以下の方法で抽出した4500社 ① 所在地(47都道府県)、② 業種(16区分:1) 鉱業,2) 建設業,3) 製造業,4) 電気・ガス・熱供給・水道業,5) 情報通信業,6) 運輸業,7) 卸売・小売業,8) 金融・保険業,9) 不動産業・物品賃貸業,10)学術研究、専門・技術サービス業,11) 飲食店・宿泊業,12)生活関連サービス業、娯楽業,13) 教育・学習支援業,14) 医療・福祉業,15) 複合サービス事業,16) サービス業(他に分類されないもの)※農・林・漁業、公務、分類不能の産業は除く)、③ 企業規模(4区分:イ) 55人以下,ロ) 56人〜299人,ハ) 300人〜999人,ニ) 1000人以上)。  ただし、特例子会社については対象外とした。 (2) 調査時期:平成22年5月〜6月 (3) 調査項目の概要:  職場における「コミュニケーション」と「ビジネスマナー」を構成する内容について、標準化された妥当な領域や項目が設定されているわけではない。このため、若年者の就職に際して必要となる「若年者就職基礎能力」の習得により採用可能性を高めるための事業(Youth Employability Support-Program:YESプログラム)において定義された内容のうち、「コミュニケーション能力」「職業人意識」「ビジネスマナー」の評価項目を具体的な行動レベルで再構成し、本研究において調査する領域と項目を選定した(コミュニケーションについては7領域31項目、ビジネスマナー等については5領域28項目)。  コミュニケーションやビジネスマナー等の領域・項目に関し、企業が若者の新規採用に際して重視する水準や達成を期待する時期についての回答を求めた (4) 調査方法:郵送により送付・回収    (回収数602社:回収率13.4%) 3 分析対象の概要  表1に、分析対象企業の規模と業種の概要を示す。なお、業種については4群(製造業/サービス業/卸売・小売業/非製造・非サービス業)に再構成した。   表1 分析対象企業の概要      (上段:数/下段:%) 4 結果と考察 (1) 採用に際して企業が期待する基準と優先順位  採用時の期待(新規採用に際し、採用時にどの程度重視するか)について、「とても重視している」「重視している」「あまり重視していない」「全く重視していない」の4段階で評価を求めた。  分析に際しては、「とても重視している(3点)」から「全く重視していない(0点)」までを得点化し、重視されている程度を得点で示した。 【コミュニケーションについて】 「重視している(平均値が2.0以上)」とされたのは、31項目中22項目であった。これに対し、「重視していない(平均値が1.0以下)」という評価は1項目もなかった。  規模別に傾向を見ると、【企業規模が大きいほどに重視する傾向】が示されており、“相手の主張を理解できる”“言外の意味を理解できる”“正しく情報を伝えられる”“伝達内容をまとめて説明できる”“与えられた時間内に説明できる”“自分と異なる考え方を否定しない”“グループや集団で行動できる”については、規模が大きい企業で重視度が大きかった。 業種別の違いについては、“適切に伝達手段の使い分けができる”“困ったときに相談ができる”“異なる意見を整理して要約できる”“仕事で接する者の名前や顔を覚える”“グループや集団で行動できる”のいずれも、卸売・小売業で最も重視度が大きく、製造業で小さかった。 【ビジネスマナー等について】 「重視している(平均値が2.0以上)」とされたのは、28項目中17項目であった。これに対し、「重視していない(平均値が1.0以下)」という評価は1項目もなかった。  規模別に傾向を見ると、【企業規模が小さいほどに重視する傾向】が示されており、“電話が適切に受けられる”“電話の取り次ぎが適切にできる”“マナーに則して携帯電話を使える”“訪問時のマナーをわきまえている”“他者に迷惑をかけずに行動できる”については、規模が小さい企業で重視度が大きかった。ただし、業種別の違いについては見出されなかった。 (2) 企業が期待する達成時期  達成を期待する時期(就職をめざす者はいつまでに課題を達成していくことが望ましいか)について、「就職時」「就職後3ヶ月」「就職後6ヶ月」「就職後1年」「就職後3年以上」の5段階で評価を求めた。 【コミュニケーションについて】 「半年程度(平均値が3.0〜6.0ヶ月)」までの達成を期待されたのは、31項目中8項目であった。また、「半年から1年」までの達成を期待されたのは、17項目であった。一方、「1年以上(平均値が12.0ヶ月以上)」の達成を期待されたのは6項目であった。こうした時期の目安は、採用の際の重視度と関係していることが示唆された。 【ビジネスマナー等について】 「半年程度(平均値が3.0〜6.0ヶ月)」までの達成を期待されたのは、28項目中21項目であった。また、「半年から1年」までの達成を期待されたのは、6項目であった。一方、「1年以上(平均値が12.0ヶ月以上)」の達成を期待されたのは1項目であった。  規模別に見ると、“他者に迷惑をかけずに行動できる”“時間、期限を守ることができる”については、【企業規模が大きいほどに早い時期の達成を期待する傾向】が見出された。ただし、業種別の違いは見出されなかった。 (3) 期待水準と達成時期からみた支援の優先性  コミュニケーションの7領域31項目とビジネスマナー等の5領域28項目について、就業前に支援を実施する際の段階的な目標設定は、個人の特性及び各領域における各項目の行動化の達成状況によって異なっている。ここでは、企業が求める水準と期待する達成時期によって、項目の優先性を検討しておく(表2〜3)。 表2 コミュニケーションの課題の支援  表3 ビジネスマナー等の課題の支援   採用までの個人の特性に即した効率的・効果的な支援目標設定については、コミュニケーションとビジネスマナー等の「どの領域のどの項目をどのように達成していくことが望ましいのか」に関して企業の採用時における重視度から示唆を得ることができる。 【コミュニケーションについて】  求める得点が高く(2点以上)、期待する達成時期が就職後6ヶ月未満という項目については、「職業準備の視点からは極めて優先性が高い」とした。現在の行動特徴に照らして支援が必要であると考える場合、開示して理解と配慮を求める必要があるかどうか、代償手段や補完行動を獲得して問題を解消もしくは軽減できるのか、についての検討が必要になる。企業調査の結果については、発達障害があっても開示をせずに“一般扱い”で採用され、初任者研修やOJT・Off-JTの期間を経て適応・定着の見通しを持つ場合を前提として活用することになる。こうした意味において、「6ヶ月」という期間を考えるべきであろう。  一方、求める得点は高い(2点以上)が、期待する達成時期が就職後12ヶ月未満という項目については、「職業準備の視点からは比較的優先性が高い」とした。現在の行動特徴にてらして支援が必要であると考える場合、雇用後の一般研修期間等で達成が見込めるのか、代償手段や補完行動を獲得して問題を解消もしくは軽減できるのか、もしくは開示して理解と配慮を求める必要があるのか、といった検討が必要になる。「12ヶ月」という期間は、次年度の採用者が職場に配置されるまでの間という意味を持つ。習得すべき課題への対処は、この期間に求められていると考えるべき項目といえる。  さらに、求める得点が高くなく(2点未満)、期待する達成時期が就職後12ヶ月以上という項目については、「職業準備の視点からは比較的時間的な猶予がある」とした。現在の行動特徴にてらして支援が必要であると考える場合、雇用後の一般研修やOJTのみならず、自己研修等を活用して達成が見込めるのか代償手段や補完行動を獲得して問題を解消もしくは軽減できるのか、もしくは開示して理解と配慮を求める必要があるのか、といった検討が必要になる。「12ヶ月以上」という期間は、職場配置後に必要に応じて習得すべき課題と位置づけられていると考えるべき項目といえる。 なお、表2の項目に付した「**」「*」は、企業規模が大きいほどに重視する程度が大きい項目であることを示す。また、「△△」「△」は、卸・小売業で重視する程度が大きく、製造業で小さい項目であることを示す。希望する就業先に即して支援の課題を検討する際には、留意すべき事項となろう。 【ビジネスマナー等】  ビジネスマナー等の項目については、コミュニケーションの項目とは異なる見解が示された。すなわち、達成時期はきわめて早期に期待されていた。このため、項目の特徴については、達成時期を主軸として記述することとした。表2と表頭区分が異なるのはこのためである。 なお、表3の項目に付した「*」は、企業規模が小さいほどに重視する程度が大きい項目であることを示す。また、業種別の違いは見出されなかった。希望する就業先に即して支援の課題を検討する際には、留意すべき事項となろう。 5 まとめ  発達障害があっても開示せずに“一般扱い”での就職を考える者について検討すべきは、「職業準備の視点から優先性が高い」とされた項目のそれぞれについて、現在の行動特徴にてらして支援が必要であるかどうか、であろう。支援の課題によって支援目標とタイミングをはかっていくわけであるが、その際に、企業が重視する水準と達成を期待する時期を目安として検討することが求められる。 【参考文献】 障害者職業総合センター 調査研究報告書№88 「発達障害者就労支援の課題に関する研究」 2009 障害者職業総合センター 調査研究報告書№101「発達障害者の企業における就労・定着支援の現状と課題に関する基礎的研究」 2011 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける パソコンを用いた作業の検討(1) −認知特性からみた課題の整理と支援の工夫− ○阿部 秀樹(障害者職業総合センター職業センター企画課 職業レディネス指導員) 加藤 ひと美・佐善 和江・渡辺 由美(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 はじめに  障害者職業総合センター職業センターでは、平成17年度から、知的障害を伴わない発達障害者を対象に「ワークシステム・サポートプログラム」(以下「プログラム」という。)を実施している。(詳細は、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構のホームページに掲載の実践報告書及び支援マニュアル(PDF版)を参照 http://www.nivr. jeed.or.jp/center/report/hattatsu.html) プログラムは、グループワーク形式の就労セミナー、個々に応じた作業、個別相談を組み合わせて実施し、就労に向けてのアセスメントおよびスキルを付与する支援を行っている。 作業では、プログラム受講者(以下「受講者」という。)によって、事務作業、実務作業等、様々な作業課題を設定している。その中でもパソコンを用いた作業は、受講者の興味関心が特に高い。パソコンを日常的に使用していることから、得意な作業と捉えている受講者や、資格取得等により、高いスキルを持った受講者も多くみられる。しかし、その反面、様々な認知特性からくるミスや課題点も存在する。 本稿では、パソコンでの作業において認められた課題を整理し、認知特性に応じた支援ポイントについて検討することを目的とする。 2 方法 (1)方法 プログラムは、1期13週間、5名程度のグループで構成。プログラム中のパソコンを用いた作業課題および作業内容は図1、表1で示したとおりである。これら作業の中で認められた職業的課題を、表2に示した“受信特性→受信・理解→判断・思考→行動”(プログラムでは「行動」でなく「送信・行動」と表記しているが、本稿ではパソコンで 表1 ワークシステム・サポートプラグラムにおけるパソコンを用いた作業内容 表2 認知特性の視点 表3 受講者のパソコンを用いた作業で認められた職業的課題点 の作業に限定していることから、送信特性は省き「行動」と表記した。)という情報処理の流れから整理し、支援ポイントを検討する。 (2)対象  平成17年度第1期から平成22年度第4期までの受講者(アスペルガー症候群、広汎性発達障害、注意欠陥多動性障害)120名(男性97名、女性23名)。なお、適応障害等の二次障害を有している者も含まれている。 3 結果・考察 (1)受講者に認められた職業的課題 受講者のパソコンでの作業において認められた課題について、“受信特性→受信・理解→判断・思考→行動”という認知特性の視点から分類した結果が表3である。以下、考察を行う。 イ 受信特性:受信特性では、注意・集中や感覚過敏についての課題が認められ、作業遂行のためには、ある程度配慮が必要な点であろうと思われる。パソコンを用いた作業特有の点として、画面表示による刺激や、同じ姿勢の保持による体調面への配慮があげられる。 ロ 受信・理解:データ入力時と見直し時の課題に大きく分けられ、入力時では「元のデータを見て、一旦理解・記憶する」、「入力したデータを画面上で確認する」という視覚受信の特性による課題と考えられる。また、見直し時では「入力したデータを紙面上と照合する」「照合の際の注意配分」という視覚受信の特性 表4 職業的課題点に応じた支援のポイント に加え「見直し手順の抜けやすさ」が関連していると考えられる。これらの特性に応じた、補完手段、入力・見直し方法の工夫が必要と思われる。視覚受信については、得意な受講者も多く、作業速度が速い反面、うっかりミスや見落としにつながりやすい。見直しでは、あらかじめ手順に組み込んで行うことを伝えることが重要であると思われる。 ハ 判断・思考:「時間配分を意識しながら作業を進める」というプランニングが困難な特性と、「自己判断で作業を進める」「作業内容から他のことを連想し作業が滞る」という思考面の特性がみられた。プランニングの特性については、作業計画を立てること、他の作業でも期限遵守を設定し意識づけていくことが必要であると考えられる。また、思考面の特性については、質問やひとこと許可を得る、休憩を申し出る等、送信面への支援が必要と考えられる。特に、操作手順やパソコンの設定を好み通りに行わないとモチベーションが低下する受講者もおり、自己判断でなく許可を得て変更することが重要となると思われる。 ニ 行動:手先の操作性の問題や操作方法の理解が困難という特性があげられ、受講者の状況に応じた操作方法や手順書を工夫していく必要があると思われる。操作への焦りを伴うこともあり、速度よりも正確さを優先するように伝える点も重要と考えられる。また、行動面においての声出しの課題については、アピールの手段になっている場合や、声の大きさそのものの調整が困難な場合が考えられ、離れた場所で作業を進めていくというような配慮が必要であると思われる。 (2)課題点に応じた支援の工夫  (1)に基づき、パソコンを用いた作業における認知特性に応じた支援のポイントについて、表4にまとめた。受講者の認知特性により、ミスの出やすい点があり、認知特性に応じた支援の工夫が重要であると考えられる。 また、図2に示したように、“受信特性→受信・理解→判断・思考→行動”という認知処理のそれぞれに課題が生じている。受講者の認知特性から生じる様々な課題点があり、きめ細かな支援が必要とされる。また、これらの認知特性が重複することによって生じる課題もあり、どのような認知特性に基づくかをアセスメントし、支援を工夫していくことが重要であると思われる。 (3)認知特性に応じた支援の実施結果 事例A:「一度に入力するデータ数を少なくし、安定して作業に取り組めるようになった事例」(受信特性、受信・理解への支援)  急な変更や先の見通しが立たない状況が苦手、新しい作業に対する不安緊張が高いことなどから、パニックを頻繁に起こしていた。また、周囲の物音や人の声に敏感で、集中しづらい様子も見られた。そこで、作業では、初期場面での不安軽減や見通しを立てやすくするために、モデリングを行い、作業結果を先に見てもらうという配慮を行なった。パソコンでのデータ管理作業では、当初は50データ入力できる表を用いて入力を行ったが、小さなパニックが頻繁に起こり、安定した作業遂行が難しかった。パニック時には、作業を途中でやめ、休憩を取ることも困難であった。  そこで、5データのみを入力できる表(表5)に変更し、一度に入力するデータ数を少なくした。その結果、約30分で5データの入力と2回見直しし、休憩を挟んだ後、再び5データ入力を行なう、という一連の作業ペースをつかむことができた。見通しが立ちやすくなり、安定して作業に取り組めるようになったと考えられる。  一方、不安緊張や聴覚過敏への対処として、作業開始前に3分間の呼吸法を取り入れ、作業中にはノイズキャンセリングヘッドホンを使用した。また、ストレスの状態を示すカードを併用することにより、さらに安定して作業に取り組める要因になったと思われる。 表5 5データのみ入力できる表(架空データ表) 事例B:「作業ポイントの重要メモを机上に配置し、意識して作業を進めた事例」(判断・思考への支援) 作業理解は、支援者が口頭で説明しながら見本を見せることで、一応の流れを理解する事ができたが、就労セミナーなどの講座では、資料ばかりを見たりホワイトボードを書き写す事に意識が向くなど過集中の様子が見られ、注意を分散させる事が苦手であった。また、一定時間継続して作業をすると集中力の低下がみられ、疲労も蓄積しやすかった。  パソコンを用いた「データ管理作業」においては初回からミスが見られ、文字形態が似ている英字の「q/a」「i/j」「l/I」などの違いを見直す過程においても発見できなかった。また同音漢字やその他にも「郎/朗」「坂/阪」「島/嶋」「shi/si」等の不注意や集中力の低下による入力ミスが続いた。  ミスの対策として①5件のデータを入力し終える毎に内容を見直し、印刷したものを支援者にも提出。確認してもらっている間に気分転換を行なう事。②画面表示を150%に拡大し再度見直す事。③確認作業では、黒い小窓の付いたガイドを使用する事。④英字は、一文字ずつ見直す事。⑤同音漢字等は意識して入力する事など、ミスをする毎に対策も増えて行った。これらの対策を覚えておく事は難しいと判断し、重要メモへの記入を促した。それに伴い「いつも目に着くように」と自発的に重要メモを開いたまま机に置いて作業を行うようになった(図3)。その結果ミスは、次第に減少していった。  重要メモに記入して覚えた事実と、常時注意すべき項目が視界に入った事が、その後のミスの減少に繋がったと言える。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラム 障害者支援マニュアルⅠ、「障害者職業総合センター職業センター支援マニュアル No.2」、(2008) 2) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラム 障害者支援マニュアルⅡ、「障害者職業総合センター職業センター支援マニュアル No.4」、(2009) 3) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラムとその支援事例 (2) 注 意欠陥多動性障害を有する者への支援、「障害者職業総合センター職業センター実践報告書 No.23」、 (2010) 4) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のための職場対人技能トレーニング(JST)、「障害者職業総合センター職業センター支援マニュアル No.6」、(2011) 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける パソコンを用いた作業の検討(2) −特性に応じた補完方法を活用した事例− ○渡辺 由美(障害者職業総合センター職業センター企画課 職業レディネス指導員) 加藤 ひと美・佐善 和江・阿部 秀樹(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 目的  「発達障害者のワークシステム・サポートプログラムパソコンを用いた作業の検討(1)」を受け、本稿ではプログラムにおけるパソコンを用いた作業について、認知特性に応じた補完方法を活用した事例を検討する。 2 方法 (1)対象  C(男性、40歳)。高機能広汎性発達障害(34歳時に診断)。初期面談時に聴取した状況は、以下の通りである。1歳過ぎより全体的に運動発達の遅滞や視線が合わない、ファンタジーへの没頭が見られた。小・中・高は普通学級で過ごし、大学を卒業した。卒業後は、事務職で10年間勤務し、その後専門学校で介護福祉士を取得。介護職を1年間務めるが、同時に複数の仕事をこなすことが難しく退職。その後、2年間アルバイトを行った。専門学校時より通院を開始し、診断を受けた。現在は抗精神薬を服用している。  プログラム開始前の地域障害者職業センターでの職業評価では、口頭での指示に対し、開始位置や手順を間違える等作業に必要な情報が処理できないことが指摘されている。併せて、ミスがミスを招いてしまうなど、ミスに気づきにくいことが挙げられている。また、疲労によって集中力が低下しやすいことがC自身より報告されている。 (2)実施期間及び内容 プログラムの期間は13週間(月〜金、10:15〜15:20)。就労セミナー(問題解決技能トレーニング、職場対人技能トレーニング、マニュアル作成技能トレーニング、リラクゼーション技能トレーニング)、作業、個別相談、職場実習(パソコンでの事務作業を5日間)を組み合わせて行った(本稿では、このうちのパソコンを用いた作業、職場実習の支援経過について検討した)。 (3)支援仮説・方針 作業におけるミスの出方や集中力の低下を明らかにし、ミスに対しての補完方法について検討していく。特に、パソコンを用いた作業における、ミスへの対処法の習得及び定着を図る。 3 支援経過及び考察 (1)Ⅰ期 (第1週〜第4週) ① 支援目標  操作がシンプルなパソコン作業課題でのミスの出方をアセスメントし、補完方法の有効性を探っていく。 ② 支援経過  パソコン作業課題として、ワークサンプル幕張版(MWS)の数値入力、文書入力、コピー&ペースト、検索修正を実施した(写真1)。 数値入力ではテンキーを使用し、数値を読み上げながら入力して、ミスなく作業ができた。コピー&ペーストは初回貼り付け場所を間違えるが、見直しをして、ミスには至らなかった。文書入力、検索修正ではその作業での初回時の焦りが影響し、ミスが多数見られた。文書入力では、アルファベットの大文字と小文字の変換ミスが見られ、見直しをしても発見が困難であった。検索修正では住所のデータについてパソコン画面と指示書を比べ、合っていれば郵便番号は間違っていないと思い込み、パーソナルIDのように8ケタの数字で同じ数字が連続して並んでいるときの修正を見落としてしまうことが見られた。 これらのミスの補完方法として、ルーラーを使用すること、画面を拡大して入力することで、ミスの減少が見られた。また、作業手順マニュアルの見飛ばしを防ぐために、マニュアルにレ点チェックを入れ、付箋に重要な点をメモし、必ず参照するようにした(写真2)。 ③ 考察  Ⅰ期では、作業導入当初の焦りからくるミスが見られたことから、同じ作業を続けてある程度の慣れが必要であることがわかった。操作のシンプルなパソコン作業課題では、ルーラーの使用や画面の拡大等の補完方法の活用について、支援スタッフの提案及びC自身の工夫により、正確な作業が可能となった。 写真1 ワークサンプル幕張版(MWS)OA作業 左上:数値入力、右上:文書入力、左下:コピー&ペースト、右下:検索修正 写真2 レ点チェック、付箋を付け、 分かりやすくした作業マニュアル (2)Ⅱ期 (第5週〜第8週) ① 支援目標  Ⅰ期より複雑な手順のパソコン作業課題の中で、補完方法の有効性について探っていく。 ② 支援経過  パソコン作業課題として新たに、二種類の作業を行った。具体的には、伝票の商品を入力し、計算をする請求書作成と、アンケートハガキから必要な項目を入力するデータ入力作業を行った(写真3)。 ここではパソコンを活用して本人のマニュアルを作成してもらい、本人にとって見やすいマニュアルの工夫(文字の色、大きさ、書体、太さ等により強調)を行った(写真4)。特にミスが出やすそうな部分や、実際の作業でミスが出た部分を強調し作成してもらった。しかし、全体的に文字が大きくなり、色をつけ過ぎて逆に注意を向けることができなかった。  データ入力の補完方法として入力時と見直し時に、アンケートハガキや印字した用紙にルーラーを使用した。また、画面の200%拡大、カーソルでのポインティング、2回の見直し、声出し確認を行った。しかし、様々な工夫はするものの、住所やメールアドレスの入力ミスが減らず対処が困難であった。 ③ 考察  より複雑な手順のパソコン作業課題では、本人が対処できることとして、マニュアルを工夫することを行った。マニュアルを作成することで作業の流れが理解でき、焦りの減少に繋がったと考えられる。  しかし、マニュアルの情報量の多さから、見やすく作り上げることができず、併せて、十分見直しができるまでに至らない状況が確認された。 写真3 データ入力作業 アンケートハガキの内容をエクセルで入力する 写真4 データ入力作業で作成したマニュアル (3)Ⅲ期 (第9週) ① 支援目標  職場実習において、Ⅱ期までに行ったパソコン作業課題での補完方法を活用する。 ② 支援経過  実習先では、スキャンされた契約書類チェック、書類の名前の変更、スキャンニング作業を2日間、 また名刺作成に係るデータ入力、チェック、印刷を3日間行った。  実習先での担当者から指示を受けてマニュアルを作成するが、実際作業をするとマニュアルの言葉とパソコンの画面上の動きがうまく繋がらないことがあった。これに対しては同行した支援スタッフの声掛けや、作業への慣れによって少しずつできるようになった。また、データをチェックする場面では、会社の方針により一文字ずつ行うよう指示を受けたことが、プログラムでのデータ入力作業でも活かせるのではないかと気づくきっかけとなった。 実習先での困難な点としては、作業手順に少しでも変更があると、マニュアルを最初から書き直すなど、マニュアル化における柔軟性の問題があげられた。また、指示を聞きながらメモをとり、操作をするといった、並行作業の難しい点も確認された。 ③ 考察 職場実習では、一文字ずつ見直すことがミスの軽減に繋がると気づき、Cにとって大きな収穫となったと考えられる。併せて、実際の職場でその見直し方法の指示を受けたことで、その重要性が再認識できたことは有益であったと考えられる。また、マニュアルの補完方法としての使用は、柔軟性が求められる作業には向いていないことが明らかとなった。 (4)Ⅳ期 (第10週〜13週) ① 支援目標  Ⅲ期の職場実習で取得した補完方法を活用し、複雑な作業場面でミスの減少を図る。 ② 支援経過  Ⅳ期では、主に実習前に行っていたデータ入力作業を行った。新しく取り組んだことは見直しの精度を上げることにポイントを絞った。まず、それまではハガキを一度に7枚〜20枚(本人にとって区切りのいいところまで)入力後、見直しを行っていたところを、5枚を1セットとして、1セット入力が終わったら印刷して見直すこととした。次に見直しの際、実習で学んだように氏名、フリガナ、メールアドレスは一文字ずつ、住所や電話番号は区切って見直しをすることにした(写真5)。また、ツールとしてハガキに目隠しシートを使用して、見直す部分を明確にした(写真6)。また、印刷物にもマグネットルーラーを使用し、どこに視線を置くか迷わないようにした。 一方、マニュアルに関しては、こうした補完方法や作業手順をC自身の言葉で作ることにより定着を図った。 写真5 データ入力作業で、一文字ずつデータをチェックした様子 ③ 考察  職場実習で学んだ区切りながら見直しをするという補完方法が有効であったと考えられる。併せて、目隠しシート、マグネットルーラーの使用は、視線の動きを限定し、注意が分散しにくくなることへ繋がったのではないかと考えられる。  また、一度に入力及び見直しする量の限定は、Cにとって有効であったと考えられる。 写真6 目隠しシートと使用例 4 まとめ  Cのパソコン作業課題を通して、3つのポイントが整理された。  第一に、ルーラーを活用し、注目する場所へ視線を持っていくことや、本人の言葉で見やすくマニュアルを作成することが、Cの見飛ばしや見間違いを防ぎ、手順を焦らず理解する上で有効であった。  第二に、データ入力作業で見直し時に5データごとに見直し、メールアドレス等細かい文字に対して1文字ずつ区切ってチェックしたように、作業の難易度や、作業の工程ごとに補完方法の使いわけをすることがミスを防ぐうえで重要であることがわかった。  第三に、C自身がミスをなくそうと努力するとともに、支援スタッフから提案のあった特性に応じた補完方法をC自身が積極的に取り入れ、活用したことがミスの改善に繋がったと思われる。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラムとその支援事例、「障害者職業総合センター職業センター実践報告書 No.19」、(2007) 2) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラム 障害者支援マニュアルⅠ、「障害者職業総合センター職業センター支援マニュアル No.2」、(2008) 3) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラム 障害者支援マニュアルⅡ、「障害者職業総合センター職業センター支援マニュアル No.4」、(2009) 4) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラムとその支援事例 (2) 注意欠陥多動性障害を有する者への支援、「障害者職業総合センター職業センター実践報告書No.23」、(2010) 発達障害者を対象とした小グループでの就労に向けた 支援プログラムの試み ○小林 菜摘(国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局 就労支援員) 四ノ宮 美恵子・水村 慎也(国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局) 深津 玲子・車谷 洋(国立障害者リハビリテーションセンター発達障害情報センター) 1 目的 国立障害者リハビリテーションセンター(以下「国リハセンター」という。)では、平成20年度から平成22年度まで、埼玉県発達障害者支援センターまほろば等との連携により、「青年期発達障害者の地域生活移行への就労支援に関するモデル事業」を実施した。 その中で、当モデル事業の利用者を対象に、「他者と協同して作業をすること」を目的に、文化祭で協同して模擬店を出店するという場面を用いて、小グループ訓練を実施した。そこで、試行した段階的なアプローチによる支援プログラムの内容と効果について考察する。  尚、この文化祭は自由参加であり、参加者が主体的に企画運営を行うことが求められている。 2 方法 (1)対象者 モデル事業の利用者A、B、Cの3名。DMS-Ⅳによる診断名は、それぞれ、特定不能の広汎性発達障害、アスペルガー障害、自閉性障害で、WAIS-ⅢによるFIQは75〜127であった。いずれも学校生活において、行事へ役割を持ち主体的に参加する機会を得ておらず、集団での行事に参加することに対して苦手意識を持っていた。 (2)手続き ①導入 はじめに、文化祭への参加の動機づけを高めることを目的に、「お菓子を手作りし、いつもお世話になっている職員をもてなす」という作業体験の場を個人に設けた。そこでは、支援員は利用者と支援者の二者間で協力して調理し、それを第三者に提供しもてなす作業を行うことで、「他者と協同して作業する」成功体験を得ること、「商品を提供し、客をもてなす」という模擬店の基本的な要素を体験的に理解することを目標に介入を行った。 さらに、他者と協同して作業する成功体験をもとに、文化祭の参加への目的を明確化するための、個人の話合いの場面を設けた。 ②グループ介入 つぎに、模擬店の企画から出店までの一般的な手続きから抽出した「表1の活動課題」に関して、支援員はファシリテーター的役割を担い、図1の介入の手続きに則り介入を行った。各活動課題に対して、課題の特性に応じて課題遂行場面を、話し合いの場を持つグループミーティング、または実際の作業を行うグループ作業に振り分け実施した。ファシリテーターの役割を担う支援員は、各段階において「図3の各段階におけるアプローチの介入目標」にそって介入を行った。 3 結果 平成2X年7月から10月の約4ヶ月間に60分を1コマとし、計73コマの介入を行った。その結果、個人差はあるものの表2、表3のような気づきと行動の変化がみられた。そして、文化祭直後にメンバーが記述した感想文に表4のような記述が見られた。 4 帰結の状況  対象者3名は、いずれも14ヶ月〜15ヶ月の当モデル事業の利用期間を経て、Aはライン作業を中心とした職場に、Bは軽作業と事務処理を含んだ定型業務をグループで行う職場に、Cは事務職員としてそれぞれ就職した。個人差はあるもののいずれも職場での大きな問題はなく、就労を継続している。 5 考察 導入においては、他者と協同して作業する成功体験を基に、文化祭の参加への目的を明確化するための、個人の話合いの場面を設けたことによって、文化祭に模擬店を出店することの肯定的イメージが構築され、その後のグループ活動への参加意欲が高まったものと考えられた。 グループ介入において、実際の文化祭参加の実際体験における段階的な自己の視点と他者の視点を整理し共有していく手続き(図2の2〜4)を用いて介入したことで、体験の意味付けがなされ、協同して作業することに対する気づきがあったものと考えられた。そして、適応的な行動モデルを各自の実際の体験から再構築する(図2の5〜6)手続きによって、協同作業における個人の行動のフィードバックを行い、行動の変化が生じたものと考えられた。 また、介入により気づきや行動の変化が生じたことから、文化祭に主体的に参加し自身の役割を遂行でき、「行事に参加する」という体験が「楽しい体験」につながったものと考えられた。 対象者の帰結状況から、他者と協同して作業をするという成功体験を得たことにより、他者からの働きかけを肯定的に受け入れられるようになったことが、その後の就職活動に良い影響をもたらし、就労につながったものと考えられた。 さらに、就労マッチング支援においては、本人の作業能力、適性に加えて、この支援プログラムで得られた個々人の集団場面での行動特性を踏まえて、職場環境の選択を行った。その結果、個人差はあるものの、いずれも就労が継続されている。このことから、このような支援プログラムを行うことが、就労マッチングをする上で有益な集団活動場面での、アセスメントとなる可能性が示唆された。 今後の課題としては、今回の支援プログラムの結果で得られたような気づきや行動の 変化が長期的に定着していくためのプログラムの検討と、 気づきや行動の変化を促すことが困難であった項目に関する検討が挙げられる。 自閉症スペクトラム障害者の就労移行支援における一考察 −TTAPにおけるインフォーマル・アセスメントの取り組みから− ○縄岡 好晴(宇都宮大学大学院教育学研究科) 梅永 雄二(宇都宮大学) 1 目的 アメリカノースカロライナ大学医学部で開発されたTTAP(TEACCH Transition Assessment Profile)は、自閉症スペクトラム障害(以下「ASD」という。)の障害特性を明確にし、より本人のスキルに合わせた就労支援を展開していくアセスメントツールである。また、本人のスキルアセスメントだけにとどまらず、現場実習の在り方や選定、実習先の記録、OJT手法を用いた就労移行支援を実施するまで活用を広げることが出来る。 本研究では、WAIS-Ⅲにおける知能検査及び、TTAPにおけるフォーマルセクションを実施、本人の障害特性を明確にした上で、その結果をもとに、CSAW,DACによるインフォーマル・アセスメントを実施、実習を考察した。そして、個々のニーズや能力を明確にし、企業のもとめる能力と本人が持つ能力とをジョブマッチングさせ、長期的な就労を行うことを目的に就労移行支援を展開した。 2 方法 (1)対象者 対象者(以下「Aさん」という。)は、広汎性発達障害の診断を受けた20歳代の男性である。また、療育手帳を取得しており、昨年よりB就労移行支援事業所を利用している。 (2)手続き WAIS-Ⅲによる知能検査を実施。 【FAQ73(VIQ77,PIQ77)】また、自閉症児の移行アセスメントである。TTAP(TEACCH Transition Assessment Profile)を実施。その後、実習先を選定。 3 結果 TTAPにおけるフォーマルセクションから仕分け作業など、手先を使用した作業を得意としていることがわかった。また、WAIS-Ⅲの結果から絵画配列が高いことから、作業指示には絵などを用いたものが有効であると判断した。そのため、実習先に運送会社による梱包作業を選定。ここでは、フレーム用カードケースを10枚ずつ袋につめ、余分な所をテープでとめていくといった作業を行った。 また、同時にCSAW(Community Site Assessment Worksheet)によるアセスメントワークシートを実施。その後、DAC(Daily Accomplishment Chart)を用いて、構造化による設定の自立度を継続的にアセスメントした。また、最終日に、再度CSAWを用いてアセスメントを行った。 図2 スキル平均プロフィール VS=職業スキル  VB = 職業行動 IF=自立機能      LS=余暇スキル  FC=機能的コミュニケーション IB=対人行動 図3 尺度平均プロフィール 4 考察 このように従来のAAPEP(Adolescent and Adult Psycho-Education Profile)に比べ、TTAPでは、実際の就労実習現場での評価がインフォーマル・アセスメントとして含まれるようになった。このインフォーマル・アセスメントにより、より本人の特性に特化した支援を可能とすることができる(梅永,2010)。 本事例でも、実際に本人の特性を踏まえ、就労を選定し、CSAW、DACなどのインフォーマル・アセスメントを実施することで、企業先での対象者の行動を細かく分析した。その結果、作業終了後、段ボールに梱包する際、行動がスムーズでない場面が見られた。これは、自閉症の特性である、実行機能、短期記憶の障害から関係していると考え、WAIS-Ⅲ及びTTAPによるフォーマルセクションの結果を基に、作業終了の合図が具体的にわかるよう、チェックボードを活用した視覚的構造化を用いた支援を実施した。その結果、行動をよりスムーズに行うことができ、情緒の安定へとつながった。また、周囲からの言語的指示によって困惑する場面も見られたため、障害特性を伝える際にTTAPによる情報を活用した。 ASDは、ある状況で行うことが出来る課題に対し、別の場面で再度同じ課題を行うことを得意としない特性がある。つまり、苦手とする般化を可能とすることで、より自立性を促進することが出来る。今回実施したTTAPにおけるインフォーマル・アセスメントでは、地域における実際の場面で、個人のニーズや達成の度合いを文章化したことで、より具体的な支援方法を作成することが出来た。 現在は、新たにUスーパーでの精肉部門で働いており、引き続き、この情報をもとに他機関との共通認識を図りながら、継続して支援を組み立ている。また、スキルの累積実績であるCRS(Cumulative Record of Skills)を活用し、本人の強みとなる部分を明確にしていくことで、障害特性に合わせた就労支援へとより結びつけることができると考える。 【参考文献】 1) Mesibov.G,&Thomas.J,&Chapman.M,& Schopler.E,(2010) TEACCH Transition Assessment Profile (梅永雄二監修.2010 自閉症スペクトラムの移行アセスメントプロフィールTTAPの実際 川島書店) 2) Mesibov.G,&Shea.V,&Schopler.E,(2005) The TEACCH Approach to Autism Spectrum Disorders (Kluwer Academic/Plenum Publishers) 3) Schopler.E, 佐々木正美監修(1990)   自閉症の療育者 神奈川県児童医療福祉財団 4) 梅永雄二(2008) 自閉症の人の自立を目指して ノースカロライナにおけるTEACCHプログラムに学ぶ 北樹出版 5) 梅永雄二(2010) TEACCHプログラムに学ぶ 自閉症の人の社会参加 学習研究社 6 )障害者職業総合センター(2009)   米国等における発達障害者の就労支援の現状に 関する研究 メモリーノート集団訓練方法の構築と実施 刎田 文記(国立職業リハビリテーションセンター職業指導部職業指導課 障害者職業カウンセラー) 1 はじめに  国立職業リハビリテーションセンター(以下「職リハセンター」という。)では、高次能機能障害・精神障害・発達障害等の認知障害を有する訓練生の入所当初に、「職場適応促進のためのトータルパッケージ」を核とした導入訓練を実施している。  これら認知障害を有する訓練生は、表1に示したように平成20年度以降徐々に増加している。 表1 導入訓練対象者数の変化 平成23年度には、9月末現在で38名に導入訓練を実施しているが、今年度は発達障害の受け入れ期を増やしており、年度末には22年度を大きく上回る対象者数となることが予想されている。  このような状況の中、これまでの導入訓練の実施結果を踏まえて、さらに効率的な実施方法を検討してきた。その中で、導入訓練の対象のうち精神障害と発達障害に対するM-メモリーノートの集中訓練の結果から、殆どの訓練生がベースライン期のみで達成基準を満たしていることが明らかとなった。この結果を受け、新たな実施方法の具体策の一つとして、精神障害と発達障害に対するM-メモリーノートのグループ訓練の方法を構築した。本稿では、M-メモリーノートのグループ訓練の方法とその実施結果について紹介するとともに、その活用可能性について検討する。 2 目的  M-メモリーノートのグループ訓練方法を構築すると共に、発達障害・精神障害を有する導入訓練対象者に実施し、その効果について検討することを目的とする。 3 方法 (1)対象者  H23年1月以降に職リハセンター訓練生となった、精神障害者30名及び発達障害者13名を対象とした。 (2)集中訓練の内容 ①M-メモリーノートの概要説明(講義)  グループ訓練に先立って、M-メモリーノートの様式や書き分けの定義、各項目に対応するキーワード等の概要説明を30〜45分程度行った。また、導入訓練の目的に休憩のセルフマネージメントスキルの獲得があること、M-メモリーノートの活用方法の一つとして、休憩のセルフマネージメントに利用できること等を、具体例を挙げて説明した。また、講義で用いた様式一覧は、グループ訓練実施中の参照資料としても活用した。 ②M-メモリーノートグループ訓練の実施環境  グループ訓練は12名〜17名の集団に対し行った。実施場所は小会議室で、スクール形式の座席配置で行った。グループ訓練での指示は、支援者1名が担当し、他に2〜3名の援助者を配置した。グループ訓練は、紙筆式訓練であり、対象者らは支援者が口頭で指示した内容を聞き分け、個々が適切と判断した項目欄にチェックを入れ回答した。各訓練生の机上には、様式一覧と回答用紙、筆記用具を配置し訓練を実施した。グループ訓練の実施時間は概ね30〜45分程度であった。 ③グループ訓練の実施手続き  グループ訓練は、対象者の障害特性に配慮し、学習フェィズを先行させる方法を採った。具体的には、Q-1〜Q-2の段階では、口頭でのインストラクションに加えて、キーワード等の手がかり刺激も提示し、さらに訓練後にも答え合わせ(フィードバック)を行う等、正反応への学習が促進されるよう構成した。  以下に、具体的な手続きを示す。 Q-1:項目名・キーワード・指示例の一覧表と各試行の指示内容を明記した回答用紙に、支援者からのインストラクションを聞き、回答する。一試行毎に答え合わせを行い、各自に確認を促す。 Q-2:項目名表と各試行の指示内容を明記した回答用紙に、支援者からのインストラクションを聞き、回答する。8試行全ての指示→回答を実施した後、全試行の答え合わせをまとめて行い、各自に確認を促す。 Q-3:項目名表と回答欄のみの回答用紙に対し、支援者からのインストラクションを聞き、回答する。インストラクションは明確かつスムーズに行うよう心がけ、16試行全てへの指示→回答を連続して実施する。 Q-3の段階はテストフェーズであり、グループ訓練の結果の評価は、このQ-3シートの結果により判断するため、この段階では必ずしも答え合わせを行う必要はない。しかし、グループ訓練の対象者が精神障害・発達障害であることから、正誤が不明確な状況で訓練を終了することが、不全感や不安感をもたらす可能性があることから、対象者の状況を見ながら、16試行全て終了後、全てまとめて答え合わせ(フィードバック)行った。 (3)グループ訓練の達成基準  M-メモリーノートのキーワードと項目の関係の理解度についての達成基準は、Q-3における正答率が90%以上、つまり、15試行/16試行が正答であることとした。  一方、グループ訓練ではQ-1〜Q-2を学習フェイズと位置づけており、これらの結果はフィードバック等による学習状況やエラー傾向を把握するための質的分析の対象と考えている。  このような考え方から、グループ訓練において達成基準を満たさなかった場合には、これらの質的分析も合わせて本人の学習状況を分析・把握し、個別的な集中訓練の必要性の有無について検討し、相談していくこととした。 (4)グループ訓練後のフォローアップ  グループ訓練で、達成基準を満たさなかった場合や、達成基準を満たしていても各対象者から個別的なフォローの希望があった場合には、般化状況を見ながら個別的な集中訓練等の実施を検討することとした。 4 結果 表2にH23年9月末までに実施したM-メモリーノートのグループ訓練の結果を期別・段階別に示した。 表2 グループ訓練期別対象者数・結果概要   表2の精神(1)では、精神障害訓練生13名にグループ訓練を行い、うち12名が達成基準を満たしたことを示している。基準を満たさなかった1名については、個別的な集中訓練を受けられることを伝え相談したが、日常場面での機会利用型支援により徐々に使いこなせるようになりたいとの本人の意向を尊重し、集中訓練は実施しなかった。結果的には、M-メモリーノートを安定的に活用できるようになった。  また、発達(1)では発達障害訓練生12名に、精神(2)では精神障害訓練生17名にグループ訓練を行い、全員が達成基準を満たした。 5 考察  Q-1〜Q-3への段階的に構造化されたグループ訓練は、精神障害や発達障害を有する対象者の不安感を軽減したり、混乱を防止することに役立ち、書き分けのルールを着実に学習する際に有効であった。また、グループ訓練後の般化状況についても大きな問題は見られず、機会利用型支援を継続することで、M-メモリーノートの使用を促進することができた。これらの結果からも、グループ訓練は効率的かつ効果的であったと考えられる。 6 今後の展望  M-メモリーノートのグループ訓練は、紙筆式訓練であり利便性・簡便性に優れていること、個別の集中訓練と比較して短時間で多くの対象者に実施可能であること、その後の機会利用型支援は必要なものの基本的な書き分けのルールの学習の促進に効果的であることが明らかとなった。  今回の実施では、精神障害と発達障害に対象を絞って行ったが、より多くの障害種別、例えば高次脳機能障害等に適用すれば、個別的な集中訓練の必要性をスクリーニングするための簡易な訓練・評価方法として位置づけることも可能であろう。  今後の活用可能性について、さらに適用の機会や対象障害について幅広く実施していきたい。 農の分野から見る本校生徒の就労移行 −就労の実際と本校作業学習(農耕)の取り組みから− ○宇川 浩之 (高知大学教育学部附属特別支援学校 教諭) 矢野川 祥典(高知大学教育学部附属特別支援学校) 田中 誠・石山 貴章(就実大学/就実短期大学) 1 はじめに 高知県では、第1次産業の就業者比率が高い(2005年:12.7%で割合としては全国第3位)が、高齢化や後継者不足での従事者減少などが課題となっている。県ではこのことを踏まえて農福連携に関する事業をスタートさせ、福祉事業所などが農業分野と連携をし、就労拡大を目指す取り組みを始めた。一方、高知大学教育学部附属特別支援学校(以下「本校」という。)では、中学部・高等部の教育課程に作業学習を設定し、その中で中学部は「園芸」、高等部は「農耕」に取り組んでいる。本稿ではこれらのことを踏まえながら、現在の作業学習を振り返り、卒業後の日中活動を継続させる上で必要なことを、実際に就職した卒業生のケースも取り上げながら考察していきたい。 2 現在の農に関する本県の様子 最初に述べているが、高知県は農業分野の課題として、人口の減少と過疎化、高齢化により農業の担い手不足が挙げられている。また障害者施設や福祉事業所では、昨今の厳しい経済状況により企業からの仕事が減少し、新たな仕事の確保が課題となっている。そこで本県では平成23年度より「農福連携障害者就労支援事業」を立ち上げ、障害者の特性に応じた農作業等に従事できる体制を整備し、障害のある人が農業分野で能力を発揮できるように取り組みをスタートさせた。このことで、農業経営者はたとえばニラ・ネギなどの出荷準備作業を福祉事業所に受注することで、労働力を確保でき、福祉事業所は施設の工賃アップや農業分野への就労を目指すという取り組みが可能ではないかと考えている。 3 本県の福祉事業所の取り組みから (1)事業内容に関して  本校は最近10年間の卒業時点で、表1にあるB型事業所や知的通所授産施設などを中心に全部で15の事業所に33名が契約を結んだ。このうち、日中活動として「畑を所有し活動している」「外部の委託で農産物の袋詰めなどをしている」など、農に関わる取り組みをしているのは6事業所の21名である。「障害者福祉のしおり」(高知県地域福祉部障害保健福祉課,2010,pp79-83)によると、平成21年度時点の就労支援(授産)事業所として掲載されているのは86事業所である。その種類別と事業内容に「農作業」や「農産品加工」など、農業的分野を記載している事業所の数を以下に掲載する。 表1 県下福祉事業所の数と農的取り組みの数   なお、しおりには記入されていないものの畑で野菜を栽培している事業所もあり、実際の数としては上記よりも多い。 (2)事業所の取り組みについて  この項では、1つの福祉事業所の取り組みを紹介する。社会福祉法人:高知県知的障害者育成会を母体とする「作業所ひまわり(園芸部門)」では、活動全般を通して農作物の栽培と販売に取り組んでいる。以前は保護者が将来を案じ、小規模作業所として運営されていたが、補助金カットなどのため、いくつかの小規模作業所が統合し、育成会を母体とした福祉事業所になった。 ①なぜ農作業なのか 小規模作業所として立ち上げる際に、保護者や関係者が考えたことの中に、「既存の作業所のような室内での軽作業よりも、屋外でしっかりと体を動かしながら『はたらく』ことを持続させ、将来の再就職に臨みたい」というものがあった。本県は農業県であり、しかしながら離農したのちに空き地となっている田畑が郡部に点在している。ここに、利用者の生活の場を見出せないか、ということであった。 ②取り組みの具体的内容 イ 水稲栽培 水田は、日高村に約5900㎡の土地を借りて展開している。この活動について理解のある、地域の方から無償で使わせてもらっている。この活動が地元JAコスモスに認められるようになり、農業機械の協力や技術協力を受けるようになった。また稲刈りでは、セイレイ工業(株)高知工場(地域企業)技術部門担当職員の農業機械の技術向上としての協力を得ることもあった。 写真1:稲刈りの協力 なお、収穫したうるち米、もち米は、地域で販売し好評を得ている。 ロ 畑作業 ほかにも大根やリュウキュウ、たまねぎなどの野菜の栽培、収穫、販売などをおこなっている。さらには、地域の方からハブ茶の栽培を委託されたり、しいたけの栽培や収穫についての作業依頼があったりするなど、多くの方に協力をいただいている。 ③他の事業所での取り組み また、本校生徒の現場実習先や進路先としてお世話になっている主な福祉事業所の農の取り組みについては簡単ではあるが表2に示す。 共通して取り組んでいるような内容に加え、作物や地域とのつながりから独自性のある活動を取り入れ、活動を展開している。 表2 主な事業所の農に関する取り組み(抜粋) 4 農に関わる企業就労について  最近10年間においては、農業に関する企業(個人農家・出荷場等含む)9ヶ所に、延べ30名の生徒が現場実習として体験しており、このうち卒業時点では3つの職場に5名が就労している。 (1)就労の具体的事例  重度自閉症のAは、卒業と同時に大規模農家へ就職した。言葉によるやり取りは難しいものの、簡単な指示は理解でき、時計を見ながら単独で作業を進めることができる。主な仕事内容は、栽培中のトマトの下葉を切ること、またその切った葉を掃除して片付けること、収穫を終えたトマトのつるをかたづけること、大きく見るとこの3つの仕事である。 写真2:ハウスでの下葉切り作業  また、作業を単独でこなしていけるように、必要に応じてどこまでやれば良いのか、休憩の時間は何時か、など本人に言葉や視覚に示し、見通しを持てるようにしている。また、比較的よく発する声についても、「元気に仕事をしている」「声の場所を参考に、作業がどこまで進んだかわかる」などと、ややもすると課題となる点をポジティブに捉えてくれ、Aに対する理解が高まっている。就職後、単独での作業に波があるなどの課題もあったが「欠勤しない」「暑い中でも継続して取り組める体力がある」「基本的に前向きで行動に元気さを常に感じる」など、雇用者はAの力を認め、評価している点も多い。また、家庭との連携や情報交換もかねて、一緒に作業をしている従業員が日誌を記入、その日の作業内容や気になったこと、連絡事項などを伝え、家庭も様子を記入するなどして、お互いの理解を深めていっている。 (2)就労継続へのサポート 学校との関係性に関しては、Aの雇用後も本校から実習生を受け入れている。また、困ったことが生じた際には、常に家庭や学校に協力依頼がある。学校側からのアフターケアは定期的におこなっており、本人の様子を聞く中で、こまかな接し方や伝え方などを示すなどしている。また、保護者も熱心で、本人の働く様子を見に来社することも多く、課題があれば支援方法を提案するなど、職場でも人を育てていく連携をおこなっている。 また、職場では他にも彼らの健康とやる気を向上させていくために福利厚生として、年度初めに「歓迎会」、11月ごろに「収穫祭」を行っている。これにはAだけでなく、Aの保護者も参加している。従業員相互の意志疎通を深めるだけでなくAの家庭とも連携を図る場としてお互いが慰労し合う場として大切にしているとのことである。 (3)雇用に関する考え方 Aのケースのみならず障害の有無にかかわらず、条件が合えばそれぞれの特性に応じて、能力を活かした仕事ができるということで障害者を雇用する事業所が多い。Aも終日下葉を切るという地道な作業に際し、基本に忠実で変化を伴わない、わかりやすい仕事ということで能力を発揮している。さらに働く意欲があるということから、就労の機会を手に入れ、充実した日中活動を展開することができている。 5 本校の農耕作業について 本校の実習地(神田農園)は、学校から約5㎞離れた山裾にある。学習にはスクールバスで移動し、作業に取り組んでいる。また、本校南(南農園)にも畑とビニールハウスを所有している。高等部の農耕作業では、水稲栽培(約1000㎡にうるち米・もち米を栽培)、野菜・果樹の栽培、農園の環境整備、さらには野菜や花の種まきと育苗などを行っている。水稲栽培では、水田の準備から苗作り、田植え、世話、収穫まで生徒が直接これらの活動にかかわりながら進めていくようにしている。また、南農園では中学部の園芸作業と協力しながらよりよい畑にするために土作りなどを行い、他作業種の軽作業・食品加工部門にマリーゴールドやケイトウなどの花苗や、モロヘイヤやハブ茶などの食材となる野菜を栽培して活用してもらうなどの連携をとっている。 写真3:神田農園 (1)作業のねらいと大切にしたいこと 農耕作業のねらいには、自然の恵みに感謝し大切にするという気持ちを育てる、共に活動する中で協力する姿勢や最後まで与えられた仕事をやりぬく力を育てる、活動を通して自分の仕事に対する自信と責任感を育てることなどが挙げられる。 また、収穫物を販売する際にはいろいろなやりとりをする中で地域の方々の理解を得、交流を図ることにつながっている。そして、みんなで協力して作ったお米でもちつきを行い、収穫の喜びを味わうとともに、日頃お世話になっている方々につきたてのおもちをふるまうことで感謝の気持ちを伝えるということも大切にしている。販売活動同様、たくさんの地域の方々と触れ合う中で、場に応じたふるまいをするなど、社会性を育てる学習機会にもなっている。なお、農耕作業は以下の流れで学習を行っている。 表3 高等部 作業学習の流れ 他の作業種でも同様であるが、作業開始時には実際の就労場面で必要な社会性の学習を短時間ではあるが行っている。たとえば、「挨拶や返事・報告」「失敗したときの相談」「欠勤や遅刻の際の連絡」「作業を行ううえでの身だしなみ(清潔・安全)」などである。これらを作業直前に学習し、作業時間内により意識した活動ができるよう取り組んでいる。 (2)将来にどうつなげるか ①作業宿泊学習 本校高等部では、生活の自立を見据え、できる限り実社会に対応した学習を行うことを目標に、宿泊学習を行っている。その中に、学部単位で行う作業宿泊学習がある。これは、自分で働いて得たお金で生活するという体験をし、経済生活や職業生活への適応力がどれだけ身についたかを検証する場として位置づけている。農耕などの作業学習を通じて、その頑張りに応じて評価し、目標の達成度合いに応じた賃金を渡し、それを班で持ち寄って食費に充てるなどしながら2泊3日の学習を展開する。作業の目標は10個設定しており、これは現場実習における事業所の評価と一致させている。作業をとおし、将来必要な点を意識できるよう、日ごろから取り組んでいくように研究している。その10の目標は以下のとおりである。 表4 作業面で大事にしたい10の項目 ②福祉事業所の取り組みを参考に  また、支援度の高い生徒に対し、卒業後の福祉事業所での活動が円滑に移行できるように、実際に事業所で取り組んでいる作業に近い内容をとりあげることが増えた。たとえば、花卉栽培に関するポットの土入れ、花壇への植え付けなどである。農耕をはじめとする作業学習、進路指導などが連携して、また地域の福祉事業所とも情報交換などをしながら作業学習や学校生活でどのような力をつけていくべきか、絶えず研鑽していきたい。 ③今後の方向性  本校の農耕作業は、開学から約40年取り組んできた。当初は、稲作や畑作、環境整備や開墾などの土木的活動が中心であった。その後、農園の整備も進み、新たに野菜の育苗、花卉栽培、加工なども取り入れるようになってきた。今後も生徒の実態と労働・福祉の状況を参考にしながら活動内容を工夫・開発していく必要があると考えられる。 6 おわりに  今回、福祉事業所や企業の農に関する取り組みに触れてきた。その中で、卒業生がどのような形で農に関わり、どのような支援を行ってきているのかが見えた。今後、県の農に関する連携の動きが見られるので、これまでの取り組みをもう一度振り返り、今後に必要なスキルを高めていくべく、学校生活特に作業学習の中でどう般化していくか、研究を深めていきたい。そのために、学校から広く外へ視野を広げ、産業や福祉の農に関わる分野と連携をし、生徒一人一人の力を高めていきたい。また、卒業生へのサポートも連携しながら、就労継続を支援していきたい。 【引用参考文献】 1)宇川浩之・柳本佳寿枝・矢野川祥典・前田和也・田中 誠・石山貴章:農業福祉に関する一考察-小規模作業所の維持と継続-、「高知大学教育実践研究第21号」、pp.25-32(2007) 2)田中誠・土居勝利・萩原義文他:農業分野における障害者就労-事業所現場の実践を通して-、「就実論叢40」、就実大学、pp.61-72(2011) 3)高知大学教育学部附属特別支援学校:研究紀要20(2010) 知的障害者の一般就労における雇用継続のための条件分析 −高知県における特別支援学校の就労状況に着目して− ○矢野川 祥典(高知大学大学院)  是永 かな子(高知大学) KEY WORDS:一般就労 雇用継続 聞き取り調査 1 目的  平成19年に特別支援教育が本格実施されるようになり、障害のある幼児児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取組みを支援するという視点に立ち、進路指導及び就労支援のより一層の充実が叫ばれるようになった。こうした状況下、高知県の各特別支援学校においても進路指導と就労支援の充実を図るべく、県障害保健福祉課障害者就労支援チームや障害者職業センター、ハローワーク等との連携を深め、一般就労を強く意識して活動している。連携会議では、毎年、各学校の就労状況を示す統計資料が公開、報告されている。しかし、卒業後の就労継続状況、あるいは離職状況の把握は各学校に委ねられており、統計資料がないのが現状である。そこで今回、県下の知的障害を主な対象とする各特別支援学校に調査依頼し、過去5年間にわたる就労状況の確認と職業教育の取組みを把握することにより、卒業生が就労継続していくためにはどのような支援が必要なのか、探っていく。 2 方法  高知県の知的障害を主な対象とする特別支援学校7校における、過去5年間の就労状況及び職業教育に着目して、聞き取り調査を行った。ただし、2校は今年度の創立校であり卒業生がいないため、就労状況の調査は5校で行い、職業教育に関する調査は7校で行った。その調査結果を基に今回は、各学校の一般就労者の実態について把握し、分析していく。 3 結果と考察  統計結果は、各年度の各校の卒業生及び一般就労を果たした卒業生をそれぞれ加算しており、5校の総計となる。表1では、卒業生に対する一般就労者の内訳を記している(割合は表1、2とも小数点2桁を四捨五入して表記)。 表1 一般就労者の内訳 H18年度に最も一般就労者割合が高く、H19年度以降、やや下降したが、近年は上昇している。次に、5校の卒業生の離職状況を表2にまとめた。 表2 卒業生の離職状況 表1と同様に、表2の各年度は一般就労を果たした卒業生の各卒業年度である。H18、19年度卒業生の離職者がそれぞれ5人、7人と多く、言いかえれば卒業後4、5年を経ている年度の離職者が多いことになり、就労継続の困難さがうかがえる。次の表は、5年間の離職者全員の離職時期について、示したものである。 表3 離職者の離職時期 (各年数は就労後《卒業後》) 就労後1〜2年以内の離職者が非常に多く、3年を超えて離職した者は0人という結果から、3年を超えて就労している者はある一定、職場定着したことがうかがえる。言いかえれば、就労後(卒業後)3年以内のフォローアップが大事である、と言えるであろう。離職者全員の離職後の動向については、次の表に示した。 表4 離職後の動向 離職者17人のうち、再就労3人、就労継続支援A型利用4人、職業準備訓練中と就労移行支援事業利用者を合わせた5人が求職活動をしており、離職者の就労意欲が概ね高いことが分かった。一方で、求職活動をしているか否か不明だが、無職者が5人と多いことも課題として挙げられる。次に、離職者が利用した就労支援サービスを示した。 表5 離職者の就労支援サービスの利用について   表2、表4の離職状況及び離職動向と見比べると分かるが、離職者は概ね就労支援サービスを利用しており、サービスの併用をして者もいる。H22年度の離職者は、障害者職業センターの職業準備支援を経た後にジョブコーチの支援を受け、トライアル雇用に結びついたことが分かる。離職に至るまでには、会社事情、自己都合を問わず、当事者は挫折感や失望感を持つケースも少なくないと思われる。そうした離職者の心情に配慮すると共に、次の就労に向けた準備のため、サポート体制の充実が大事となる。障害者職業センターの職業準備支援やジョブコーチ支援では離職者へのカウンセリングの役割も果たしており、学校はこれら関係機関と連携を図り情報を共有しながら、離職者の支援にあたることが大事である。 【参考文献】 大岡孝之・菅野敦(2009)「我が国における障害者労働・福祉施策の変換とこれからの課題−一般就労に向けての取り組み−」『東京学芸大学紀要総合教育科学系』60 特別支援学校との連携に関する取り組みと考察 ○伊藤 雄一郎(社会福祉法人大森福祉会大森授産所 第1号ジョブコーチ) 朝倉 幹雄 (社会福祉法人大森福祉会大森授産所) 酒井 光雄 (社会福祉法人大森福祉会大森授産所) 1 はじめに  近年では、本施設には特別支援学校の生徒とその保護者からの実習依頼が増加しており、地域の特別支援学校における一般就労のニーズが高まりをみせていることが示唆されている。このニーズに応え、知的障害者の一般就労を促進していくためには、就労移行支援機関と特別支援学校との適切な連携が欠かせない。そこで、連携を促進していくための基礎調査として、市内の特別支援学校生徒の保護者に対して、一般就労に関するアンケート調査を実施した。 本報告では、このアンケート調査の結果および実習の受け入れ状況を踏まえながら、特別支援学校と就労支援機関の連携における課題や改善方法について述べる。 2 大森授産所の概要  大森授産所は平成5年に名古屋市守山区に知的障害者通所授産施設として開設され、平成21年に就労移行支援事業と就労継続支援事業(B)型の多機能型施設に移行した。定員は、就労移行支援事業が15名、就労継続支援事業(B)型が20名である。開設以来、52名の利用者が就職しており、平成21年度の新体系移行後では、計16名が就職している(平成23年10月7日時点)。なお、新体系移行後も主対象は知的障害者としている。     3 名古屋市の特別支援学校の状況  名古屋市内には、公立の特別支援学校が9校あり、そのうち4校(名古屋市立西養護学校、名古屋市立南養護学校、名古屋市立天白養護学校、名古屋市立守山養護学校)が知的障害児を主対象としている。 平成22年度においては、各校では卒業生の3割程度が一般就労している。また、名古屋市立守山養護学校では、本年度から産業科が新設され、一般就労の一層の促進が図られている。同校は、当施設の近隣に所在していることもあり、毎年2名ほどの卒業生が当施設を利用している。これらの特別支援学校と連携を進めていくことが非常に重要であると考えている。 4 保護者へのアンケート調査 (1)背景 知的障害者の一般就労を検討する場合、保護者の意向が大きな影響力を持つことは少なくない。特に新卒の場合、障害者本人は一般事業所での就労体験が乏しく、働くことについて理解できていないことが多い。そのため、保護者の意向が本人の代弁となり、それが進路決定に大きく影響することとなる。 そこで、まずは保護者が一般就労に対してどのようなニーズを有しているのかを把握し、それを踏まえた関わりをしていくことが今後の連携に必要と考え、アンケート調査を実施することとした。 (2)方法 前節で述べた名古屋市立の4校の小学部、中学部、高等部から、保護者約10名ずつ無作為に抽出し、計108名にアンケート用紙を送付し、表1の項目に関してご回答いただいた。 表1 保護者へのアンケート項目 (3)結果 一般就労を望んでいる保護者は全体の3割程であり、実現できると考えているのはそのうちの半数だった。障害が重いほど一般就労を望まない傾向が強かった。望む理由は、「働く喜びを知ってほしい」が最も多く、次いで「経済的な自立をしてほしい」が多かった。望まない理由は、「作業に対応できない」が最も多く、その後「福祉施設を利用したい」、「職場の人とうまくやれない」が続いた。一般就労するために習得すべきこととしては、身だしなみや挨拶等の生活面を重視する傾向が強かった(図1)。良いと思う職業教育の開始時期は、中学部と高等部1年が多かった(図2)。 図1 一般就労するために習得すべきと思うこと 図2 良いと思う職業訓練の開始時期 在学中、特別支援学校にして欲しいことは、実習や就職先の開拓、相談機関の紹介が多く、福祉・労働機関に対しては、実習の受入、実習先企業の斡旋、相談援助のニーズが高かった。余暇や通勤支援に関しては、学校、福祉・労働機関のどちらに対してもニーズが低かった。 一般就労先を選ぶ際に重視することとしては、障害の理解と仕事内容、通勤のしやすさが多く、給料や勤務時間は少なかった(図3)。 図3 一般就労先を選ぶ際に重視すること   雇用率については、「内容を知っている」が約5割、「名前を聞いたことがある」が約4割、「知らない」は1割未満だった。望む月給額は図4の左に、望む1日の労働時間は右に示す結果となった。また、一般就労後に不安に感じることとしては、図5に示す結果が得られた。 図4 望む月給額/1日の労働時間 図5 一般就労後に不安に感じること  各種の支援機関と制度の周知度については、図6のようになった。 5 実習生の受入 (1)受入状況 大森授産所は、特別支援学校の長期休暇の期間(夏冬)を中心に、1回1週間程度の実習を受け入れている。本年度は既に18名が実習を体験しており、実習依頼数は年々増加傾向にある。 (2)実習ニーズ 本人と保護者の実習ニーズとしては、①一般就労するための課題を明らかにしたい、②卒業後の利用先の選択肢として体験をしておきたい、という点が強くなってきている。また、卒業直後に一般就労できることは保護者のひとつの願いであるが、就労後のバックアップ体制を重視する企業が多いことや、就労に関する相談先を確立しておきたいという気持ちから、実習で関係を築いた就労支援機関をあえて経由して就職を目指したいと考える保護者もいた。  旧来は、一般就労を希望しない生徒が実習に来ることも少なくなかったが、側近の2、3年では、一般就労を目指すために当施設での実習を希望するケースがほとんどである。数年前ではおそらく一般就労を望まなかったと思われる障害程度の生徒も、現在では一般就労を目指して実習に来る場合もある。 学校が、保護者と本人のニーズに基づいた実習先を丁寧に調査している姿勢も実感できている。その一方で、学校に実習を一任するのではなく、カリキュラム外の任意の実習として、家庭が直接施設に実習依頼をすることも増えてきている。本年度は、夏休みに4ヶ所の就労移行支援事業所で実習を受けた方もおり、支援内容を比較して、最も適した事業所を卒業後に利用したいという意向であった。 (3)実習内容と結果  当施設では、本人のニーズに応じて、就労移行支援事業または就労継続支援事業(B型)のどちらかを体験していただいている。内容は、ワークサンプルや軽作業、集団行動を通じて、①基本的生活習慣(排泄、食事等)、②基本的生活能力(話の理解、時間の概念等)、③社会生活参加能力(規律の遵守、協調性等)、④作業能力(作業態度、持続力、体力、安全性、確実性)、の4項目を柱として評価し、その記録を渡している。  実習生の傾向としては、時間の概念、排泄、作業態度については概ね問題ない生徒が多く、作業の確実性やビジネスマナーについては、実習を通じ理解を深めていく生徒が多かった。 (4)実習効果  2回以上実習を行った生徒については、前回の実習で指摘した課題が改善されている方もいた。家庭や学校にて尽力された様子がうかがえ、連携の効果が多少なりとも実感できた。また、実習生のうち、卒業後に当施設の就労移行支援事業を利用された方はこれまで9名おり、実習でお互いに理解を深めていたこともあって利用当初から比較的円滑に支援を提供できた。当施設の実習を経て利用者となった者のうち、現在3名が一般就労をしている。 6 考察 (1)障害程度  保護者アンケートでは、障害程度が一般就労の希望に影響していることが示唆されたが、就労の現場では、一般就労は“軽度障害だから可能”、“重度障害だから不可能”と一概に言えるものではない。障害の程度に関わらず、「本人のやる気・元気」と「保護者の支える力」があれば、一般就労の可能性があることを保護者に今後さらに啓発していく必要がある。 (2)一般就労に必要なこと 一般就労するために身につけるべきこととしては、アンケート結果では、保護者は作業能力よりも基本的な生活技能を重視する傾向が強かった。旧来は「就職後に応用できるよう作業能力を優先して鍛える」という意識も高かったように思われるが、在学中に習得した作業を就職先で取り組めるとは限らない。まずはどの就職先でも共通して必要となる働く上での基礎を習得することが重要である。また、読み書き、計算のような基礎学力についても、作業に関しては補助具を工夫すれば大部分をカバーできるため、それよりも生活能力をはじめとする基礎力の育成が大切である。 今回のアンケート結果は、それを理解している保護者が増加してきたことを示唆していると感じられた。 (3)各ライフステージにおける支援の重要性 一般就労を目指す場合、就職直前から訓練をすれば良いというものではなく、児童期の各ライフステージにおいて、将来の一般就労を見据えながら、「そのために現在の時期に何をするべきか」を考え、適切な支援を提供してことが重要である。例えば金銭の価値が理解できていなければ、「給料が欲しいから大変でも頑張って働く」という気持ちは芽生えず、職場を短期間で辞めてしまうことにつながりやすい。金銭の価値は、卒業後に就労移行支援事業に来ればすぐに身に着くというものではなく、小さい頃からお手伝いをしてお小遣いをもらい、それを使って欲しいものを買うという体験の積み重ねによって理解できていくものである。このように、年齢的に就職を考える時期になってから技術的な訓練だけをしても、就職活動時や一般就労後の定着において困難が生じやすいのである。 一般就労という目標を達成するためには、家庭での支援が最重要であると思われるが、家庭という小さな枠組みだけでは、コミュニケーション力や社会性などの必要な技能を効果的に支援することは困難であり、その部分を学校がサポートする必要がある。しかし、学校はバランスのとれた人間性を育む場であって職業訓練だけを重視するわけにはいかない。したがって、児童期における就労支援を充実するためには、家庭と学校だけでなく、就労支援の直接的なノウハウを持った就労支援機関との連携が重要となる。 学校と就労支援機関の双方が、在学中の児童生徒の将来を見通した支援計画の作成にかかわり、必要に応じて役割の分担をしたり、本人と保護者の同意のもと適切な情報交換をしたりする連携が効果的であると考えられる。 (4)相談支援事業の活用 上記の連携を実現するひとつの方法としては、障害者自立支援法に位置づけられている相談支援事業の活用が考えられる。相談支援事業の対象のひとつに「ライフステージの変化により、一定期間集中的な支援が必要である者」がある。これは、小中学校や高校の入学、卒業時の児童を相談支援の対象とできることを示している。つまり、相談支援事業所は対象児童のサービス利用計画作成費を得ながら、児童期の支援に携われることを意味している。多少なりとも収入につながるということは、連携のしやすさにつながる。また、相談支援事業所は、地域の社会資源や障害者自立支援協議会に精通していることが多く、地域の就労支援機関とも連携をとりやすい。就労支援機関も、将来の利用者獲得につながることが理解できれば、協力的になりやすくなるであろう。就労支援機関を同一法人で運営している相談支援事業所であれば、一層円滑な支援が期待できると考えられる。 上述した連携等により、在学中から家庭、学校、就労支援機関と連携し支援を行えば、各福祉・労働機関や制度、その役割が保護者に周知され、アンケート結果に示されていたような不安を軽減されることも期待でき、さらに一般就労への希望者が増加していくのではないだろうか。 7 おわりに 特別支援学校における障害児への教育内容は、年々着実に工夫されてきており、実習を受け入れる側としてもその効果を実感できている。教員自身の提供した教育内容は、在学期間のみならず、卒業後の生涯にわたって十分活用されるものであることを意識していただきたいと願う。また、我々就労支援機関も、常日ごろから本人と保護者、学校からの信頼を得るに十分な事業を提供できるよう努力を欠かさないようにしたい。 就労移行・雇用支援のための協働 −鳴門教育大学附属特別支援学校「レインボーサポートプロジェクト」の試み− ○大谷 博俊(鳴門教育大学大学院 准教授) 森住 利夫*・森 浩一*・津田 芳見**・高原 光恵**・加藤 浩*・郡 敏恵*・吉本 貴明* (*鳴門教育大学附属特別支援学校 **鳴門教育大学大学院) 1 問題と目的 企業が雇用する障害者の数は、近年、増加の傾向を示しており5)、知的障害者である生徒に対する教育を行う特別支援学校(以下「知的障害特別支援学校」という。)高等部の就職率も上昇してきている2)。しかし、都道府県別に高等部卒業生の就職率を見ると、13.7〜34.7%となっており、地域によって違いのあることが分かる4)。 常用雇用労働者が1000人以上いる大企業が多くあり、特例子会社も設立されているなど、障害者の雇用の場を比較的確保しやすい地域もあれば、そうでない地域もあり、知的障害特別支援学校の進路指導においては、地域の事業所等との関係づくりを重視した独自の取り組みが従前から行われ てきている1)7)。このような地域の実情に即した知的障害特別支援学校による取り組みは、進路指導の充実のため、今後もさらなる進展が期待されるところである3)。 ではそれをどのように進めればよいのであろうか。真城6)は、特別支援学校は「障害をもつ子どもに対する指導のための質の高い『シーズ』を備えている」と述べ、特別支援学校の有する人的・物的な資源の価値に言及している。本稿では、鳴門教育大学附属特別支援学校の「シーズ」を活用することで、地域の事業所等との新たな連携を構築すると共に、就労移行・雇用支援のための協働を推進する試みについて報告する。 2 方法 (1)分析対象とする実践 本稿で分析の対象とする実践は、鳴門教育大学附属特別支援学校が、2011年4月より推進している「レインボーサポートプロジェクト」である。「レインボーサポートプロジェクト」とは、鳴門教育大学附属特別支援学校と地域の事業所等との新たな連携構築のための仕組みであり、鳴門教育大学特別支援教育専攻とも関わりをもちながら、学校特別な教育的ニーズのある子どものよりよい地域社会での生活の実現に資するための諸活動を行うと共に、その成果を広く社会に発信すること を目的としている。 (2)資料と手続き 「レインボーサポートプロジェクト」に関わるプロジェクト会議、意見交換の記録・プロジェクトメモ等、及びアンケート調査の結果を分析の資料とした。 プロジェクト会議の記録は、第1著者がICレコーダーで録音し、概要をまとめた。また録音ができなかった場合には、第1著者が会議等の内容を書き留め、プロジェクトメモを作成した。 アンケート調査は、企業団体が組織する会議に参加した企業関係者17名を対象に第3著者が行った。 3 結果 (1)鳴門教育大学附属特別支援学校による「レインボーサポートプロジェクト」の推進 「レインボーサポートプロジェクト」に関わる関係者との意見交換及びプロジェクト会議の記録・プロジェクトメモの概要を以下に示した。  尚、二重カギ括弧の網掛け部分は、各協議のテーマを示している。また日付の後の丸括弧内は、参加者である。 資料1)2011.2.11(附属教員B;大学教員A)意見交換 『鳴門教育大学附属特別支援学校高等部における進路指導の課題と展望』:就職を希望する生徒のための進路指導のために、職場の開拓が難しく、希望を叶えることに苦慮している。これまでに行われている関係機関との連携づくりに関する高等部行事はあるが、やや形骸化しているため、再検討が必要である。 『鳴門教育大学附属特別支援学校と関係機  関・事業所等との連携』 資料2)2011.3.8(附属教員A;大学教員A)  意見交換 『鳴門教育大学附属特別支援学校と関係機関・事業所等との連携』:労働や福祉などの機関が立ち上げたネットワークに学校を呼び込んでくれるのがよいとは思うが、当面は鳴門教育大学附属特別支援学校が中心となったネットワークづくりが必要である。 資料3)2011.3.9(労働分野関係者A;大学教員A)意見交換 『特別支援学校と事業所等との連携』:学校との連携をメリットと捉えるような理解のある企業は少ないのではないか。企業にとってのメリットを強いて挙げれば、障害者を知ることができるということか。企業が所属する○○団体というように指定してくれれば、企業への橋渡しは可能である。 資料4)2011.3.23(大学教員A、B) 意見交換  『特別支援学校と事業所等との連携』 資料5)2011.3.23(労働分野関係者B;大学教員A)意見交換 『特別支援学校と事業所等との連携』 資料6)2011.4.11(附属教員A、B;大学教員A、B)プロジェクト会議 『鳴門教育大学附属特別支援学校の進路指導における事業所等との連携』 『鳴門教育大学附属特別支援学校による新たな試み(プロジェクト)の内容と期待』 資料7)2011.5.6(附属教員A、B、C、D;大学教員A)プロジェクト会議 『鳴門教育大学附属特別支援学校による新たな試み(プロジェクト)の意義』:鳴門教育大学附属特別支援学校に多くの企業が訪れるということはこれまであまりなかった。プロジェクトによって、これまでなかった学校と企業との接点をつくることができる。 『特別支援教育における鳴門教育大学附属特別支援学校による新たな試み(プロジェクト)の妥当性』:特別支援学校は、地域のセンター的機能を発揮することが求められているので、学校の施設を、労働分野からの要請を受けて、雇用支援事業のために使用するのは可能である。 資料8)2011.5.9(労働分野関係者A、B、C;附属教員A;大学教員A、B)意見交換 『鳴門教育大学附属特別支援学校と事業所等との新たな関係づくり(「レインボーサポートプロジェクト」)に対するコメント〔労働分野関係者〕』 『鳴門教育大学附属特別支援学校と労働分野関係機関との連携』:地域における雇用支援のための事業を行うにあたって、鳴門教育大学附属特別支援学校の施設を使用することで、企業に学校の様子、生徒の様子を伝えることができるのではないか。それが新たな関係づくりのきっかけになるかもしれない。また今後も労働分野関係者と鳴門教育大学附属特別支援学校教員等との意見交換を継続していく。 資料9)2011.5.20(企業団体関係者A、B;労働分野関係者A;附属教員B;大学教員A、C)意見交換 『鳴門教育大学附属特別支援学校と事業所等との新たな関係づくり(「レインボーサポートプロジェクト」)に対するコメント〔企業団体関係者〕』 『鳴門教育大学附属特別支援学校と事業所等との新たな関係づくり(「レインボーサポートプロジェクト」)に対するコメント〔労働分野関係者〕』 『鳴門教育大学附属特別支援学校と企業団体との連携』:レインボーサポートプロジェクトに関する案内の配布、7月の部会での説明・勧誘のためのプレゼンテーション等を連携して進めるために、企業団体とコンタクトをとっていく。 資料10)2011.6.1(附属教員A、B;大学教員A)プロジェクト会議 『「レインボーサポートプロジェクト」の意義』:今回のプロジェクトは、10年前のそのような取り組みとは違い、大学との連携によるネットワークの構築を目指したものであり、新しい学校発信の取り組みであることを説明できないか。学校としては発信したいと思っているが、なかなか発信しきれていないのが現状であると思う。 『「レインボーサポートプロジェクト」推進のための企業団体との連携』 『今後の「レインボーサポートプロジェクト」の展開』 資料11)2011.6.13(附属教員A;大学教員A)意見交換 『労働分野関係機関からの依頼』:鳴門教育大学附属特別支援学校としては、労働分野関係機関から依頼のあった、徳島県における雇用支援事業に積極的に協力する。また大学の教員としても鳴門教育大学附属特別支援学校の考えを尊重し、プロジェクトのメンバーとして、取り組みに参画する。 資料12)2011.7.11(附属教員B;大学教員A)意見交換 『企業団体が組織する会議における「レインボーサポートプロジェクト」についての説明・勧誘への準備』 資料13)2011.7.14(労働分野関係者A;大学教員A)意見交換 『企業団体が組織する会議における「レインボーサポートプロジェクト」に関する説明・勧誘の実施報告』 資料14)2011.8.3(附属教員A、B;大学教員A)プロジェクト会議 『企業団体が組織する会議への参加企業を対象とした調査結果の検討と活用』:レインボーサポートプロジェクトに関する案内の送付は全回答企業に送付する。また労働分野関係機関にも送付する。 『地域の雇用支援事業との連携を視野に入れた「レインボーサポートプロジェクト」の模索』:労働分野関係機関から依頼のあった、徳島県における雇用支援事業と「レインボーサポートプロジェクト」を互いに連携させる方向で進めていく。雇用支援事業と「レインボーサポートプロジェクト」が同時開催することを労働分野関係機関に提案すると共に、雇用支援事業の内容についても積極的に提案していく。 資料15)2011.8.5(附属教員A、大学教員A)意見交換 『地域の雇用支援事業との連携を視野に入れた「レインボーサポートプロジェクト」への発展』:労働分野関係機関の了承が得られたため、「レインボーサポートプロジェクト」の第1回、第2回の活動と雇用支援事業を同時開催することを決定する。また雇用支援事業の内容については改めて次回のプロジェクト会議で検討する。 (2)企業団体が組織する会議への参加企業に対するアンケート アンケートの回収率は100%であった。各質問に対する回答は、次の通りである。 「レインボーサポートプロジェクトへの関心」については、「非常にある」が6%(1名)、「どちらかというとある」が47%(8名)、「あまりない」が47%(8名)であった。 「レインボーサポートプロジェクトへの協力」については、「してもよい」が12%(2名)、「あまりできない」が47%(8名)、「会社に持ち帰り検討する」が35%(6名)、無回答が6%(1名)であった。 「障害者雇用のために貴社とって必要なリソース」については、「他の企業の雇用事例」が  47%(8名)、「支援方法」が35%(6名)、「各種障害に関する知識」が18%(3名)、「支援機関からの情報」が18%(3名)、「特別支援学校からの情報」が12%(2名)」、「雇用事例への支援」が12%(2名)、「その他」が12%(2名)、「雇用情勢。施策等の情報」が6%(1名)、「企業ネット・団体からの情報」が6%(1名)、「雇用ノウハウ」が6%(1名)であった。また「大学等研究機関からの情報」、「CSR関連情報」、「社員研修等」については、全て0%であった。 4 考察 (1)鳴門教育大学附属特別支援学校による 「レインボーサポートプロジェクト」の推進 鳴門教育大学附属特別支援学校と事業所等との新たな連携の試みである、「レインボーサポートプロジェクト」の過程は、準備期(資料1〜5)、導入期(資料6〜15)に大別できる。準備期では、鳴門教育大学附属特別支援学校と事業所等との新たな連携の必要性や意義を模索しつつ、連携のあり方の方向性が確認されている(資料1〜5)。また鳴門教育大学附属特別支援学校の新たな取り組みに対する関係機関からの援助の可能性についても言及されている(資料3)。 一方、導入期は、前半の4〜7月(資料6〜13)と後半の8月以降(資料14、15)の二期に分けることができる。 前半では、鳴門教育大学附属特別支援学校による「レインボーサポートプロジェクト」という新たな提案を契機として、関係機関等との交流・関係(資料8、9)や鳴門教育大学附属特別支援学校に対する新たな価値の付与(資料11)が生成されている。また後半では、前半の種々の意見交換、プロジェクト会議やアンケート調査の結果に基づき、地域の雇用支援事業等と「レインボーサポートプロジェクト」とを互いに連携させるという方向性が明確にされている。 (2)障害者の就労移行・雇用支援に資する鳴門教育大学附属特別支援学校の可能性 「レインボーサポートプロジェクト」の推進の経過とアンケート調査の結果は、地域における障害者の就労・雇用の支援のために鳴門教育大学附属特別支援学校の「シーズ」6)が有用であることを示すものである。  「レインボーサポートプロジェクト」の推進に伴って、労働分野関係機関から、次のような障害者の雇用支援事業に関わる協力依頼を受けている。1点目は特別支援学校における知的障害者のための教育を地域の事業所等に公開すること、2点目は知的障害者の職業教育について、事業所等に解説することである(資料11)。このことは、「レインボーサポートプロジェクト」という提案を通して、労働分野関係機関が、地域の社会資源としての鳴門教育大学附属特別支援学校の価値を再認識したことを示唆している。 一方、地域の企業団体が組織する会議への参加企業の半数以上が、「レインボーサポートプロジェクト」に関心を示しており、特別支援学校からの情報を必要だとする意見もある。これらのことから、先の企業は、鳴門教育大学附属特別支援学校の「レインボーサポートプロジェクト」に対して、障害者の就労・雇用に関わる何らかの価値を見いだしたことが推測される。また前述の企業は、障害者雇用のために、障害者の支援方法や障害に関する知識を必要としていた。 鳴門教育大学附属特別支援学校の教員は、豊富な実践に基づく知的障害児・自閉症児に対する種々の指導方法や障害に関する知識・技能を有している。鳴門教育大学附属特別支援学校の教員が、大学の教員とも協力しながら、それらを提供することで、本研究で対象とした企業の期待に応えることができると推察する。 【参考文献】 1)京都市立総合支援学校デュアルシステム推進ネットワーク:デュアルシステムを推進するための就労支援マニュアル(試案)−企業と学校とのパートナーシップ−、京都市立総合支援学校デュアルシステム推進ネットワーク(2008) 2)文部科学省:学校基本調査(2009) 3)文部科学省:特別支援学校学習指導要領解説 総則等編(高等部)(2009) 4)文部科学省:学校基本調査(2010) 5)内閣府:平成22年度版 障害者白書(2010) 6)真城知己:図説 特別な教育的ニーズ論、文理閣(2003) 7)山形県立鶴岡高等養護学校:鶴高養現場実習支援の会、http://www.tsuruokakoto- sh.ed.jp/sinro/genbajisshuusiennokai/siennokai.htm(2011年9月6日)(2011) 重い知的障害を持つ方の、福祉的就労から雇用へ向けての取り組み ○玉井 成二(社会福祉法人関西中央福祉会 障害者支援施設だんけのその 支援部長) 義岡 淳也・前川 恵美 ・楠 政人・葉山 祐・小寺 和則・武久 洋三 (社会福祉法人関西中央福祉会 障害者支援施設だんけのその) 1 はじめに 当施設は、知的障害者入所更生施設として1995年(平成7年)に開所した。 「入所施設は通過施設と位置付け、地域で暮らすことを目指す」を運営の理念とし、これまで入所された約7割の方を施設から地域へと送り出してきた。それに伴い、グループホームなどの住居サービスをはじめ、働くことをサポートするための就労支援事業、レクリエーション、リハビリテーションを目的とした通所事業(デイサービス)、様々な相談に対応するための相談支援事業地域での暮らしを支えるための居宅介護支援事業などを順次開設してきた。その中でも特に就労支援には力を入れ、働く意欲があり能力のある方は積極的に一般企業への就労を目指し、それを実現してきた。  また、私たちは「入所施設はセーフティーネットであるべき」と考え、緊急性の高い利用の要望には、ほとんどお応えしてきた。そのため当施設では障害の特性や程度などに様々な方がいる。 これまで多くの方の地域移行や一般就労を実現してきたが、振り返るとそれは、障害程度の軽い方や、言語コミュニケーションのできる方などが大半であった。  いわゆる行動障害のある方や、言語コミュニケーションが成立しない方には先述のようなアプローチを十分に行ってこなかった。暮らしの場を地域に移行することができた方が若干はいるが、働くこと、ましてや就労を目指すアプローチなど皆無であり、レクリエーション的な活動がほとんどであった。それも連続性のある系統立てたものではなく、その場の時間をなんとか過ごすだけのものであった。  私たちはもう一度、施設としての支援方法を見直し、「障害が重いから、行動障害があるから」を理由に、働くことへのアプローチを行っていなかったのではないか、「はたらく意欲や能力があるにも関わらず、支援者が勝手に利用者の限界を決めていた」のではないかと考え、あらためてすべての方へのアプローチ方法を見直し、重い障害のある方も働くことができると考え、本人の意欲と能力を引き出すことを目指した。  今回は、その取り組みの中での具体的な事例を報告する。 2 対象者 Aさん。30代男性。療育手帳重度判定。障害程度区分6。IQ測定不能。 発語はあるが、簡単な単語や自分の興味のある言葉のみである。 「ごはん」「おふろ」「しょうぼうしゃ」「ウルトラマン」などは口にしたり、反応を示す。「ごはんたべる」「おふろはいる」などの日常生活上の2語文は理解できているようだが、それ 以上複雑な内容は理解できていないようである。 言語での双方向コミュニケーションが成立しにくい方である。 特別支援学校高等部を卒業後、住居のある近隣の無認可作業所と通所授産施設にそれぞれ数年ずつ通うものの、他者への暴力や破壊行動などがあり定期的に通うことがなかなかできていなかった。同時に家庭での生活にも影響が出はじめ、入所 施設を利用することになった。 当施設へ入所当初から、他者への暴力、机、 イス、壁などの破壊行動、自分の腕を力強くかみつく自傷行為、異食行為、不潔行為、非常ベルへの固執(事あるごとにボタンを押す)、落ち着き なく歩き回ったり走り出したりする、突発的に 大声をだす、などの様々な行動が毎日繰り返されていた。レクリエーション活動への参加を促すものの、絵を描くことだけには少しだけ興味を持つが、そのほかのことにはほとんど興味を示すことがなかった。参加を促す職員への支援拒否も頻繁に発生した。 毎週末には家に帰宅するが、家庭の事情で外泊ができない時があり、その時には不具合な行動はさらに多く出現していた。 3 取り組み内容 (1)準備期                                   まずはAさんのこれまでの生活をご家族と再度振り返った。不具合な行動がなぜ起こるのか、それがいつから発生しているのか。乳幼児期、児童期、青年期、成人期での行動の違いは何があるのか。入所施設を利用する前と後で変わった点は何があるのかなどを調べた。 すると特別支援校の高等部あたりから不具合な行動が目立ち始めたのがわかった。思春期あたりから急激に体が成長し、それまでは周囲から可愛がられていて自分の要求することを周りが即座に対応してくれていたが、その時期あたりから大きな体に周りが敬遠しはじめ、うまく人と交流できないことのストレスの為か、他者への暴力などが出始めたことがわかった。 Aさんの不具合な行動の原因のひとつとして自分の思いが伝えられないことにあると予測した。 また、家庭では幼児期から掃除や洗濯の手伝いや食事の準備、また絵画の作成などを行っていたようだが、不具合な行動が出始めたころからそのような良好な行動がなくなってしまったことがわかった。これは、施設に入所してからはそのような行動がほとんど出ていないが、条件さえ整えば再出現するのではないかと予測し、またAさん自身は十分に能力を有していることを確認した。 またAさんへのかかわりのきっかけとして、本人の好むものは何かを調べた。その結果「ウルトラマン」「消防自動車」「換気扇のプロペラ」を見たときに非常に良い反応を示すことがわかり、これらをうまく行動のきっかけにならないかと考えた。 (2)開始期 まず、作業内容としてペグやマッチングなどの課題や、洗濯物の仕分けなどの仕事を用意したが、はじめは作業を行う部屋に誘導することすらできなかった。原因として、以前のようなレクリエーション活動への誘導となんら変化がなったことと、Aさん自身へ働くことの動機づけが全くできていないことであった。 職員(支援者)の一方的な思いだけでは全く通じなくて、本人の意思をいかに把握するか、それを共有することができるかが重要であることに気づかされた。 「働く→給料をもらう→好きなものを買う」のような、これまで就労する方への最初の動機づけとして行っていたアプローチはこの時期のAさんにはまだ理解していただけないため、まずは自分の部屋から出て、作業場へ行くことで好きなものがもらえることを理解してもらえるようにした。 「ウルトラマン」のブロマイドを作業場の入り口に貼り、そこに行くことでそれがもらえることを示した。そのことはすぐに理解できたようで、作業場へ足を運ぶことはスムーズになった。 次に、作業場の中への誘導を試みた。仕事のスケジュールを一覧にして示した(朝9時から昼3時まで)が、あまり理解を示してくれなかった。これは、本人のことを考えず、職員(支援者)側の都合のスケジュールだったことと、一気に理解していただこうと欲張りすぎたことが原因であったと反省した。  そこで仕事のステップを細かく分け、いますることは何か、それをすることで自分にとって良いことは何が起こるか、を理解してもらうようにした。作業場へ入り、着席することでさらにもう一枚ブロマイドがもらえること、一工程するともう一枚、きりのいいところまでくれば好きな飲み物がもらえるようにした。同時に仕事の内容を褒めて評価していった。 作業内容は選べるようにしていたが、Aさんは好んで洗濯物たたみや仕分けを行うようになった。これは以前家庭でも行っていたのでAさん自身がやりやすかったのではないかと推測した。仕事の精度も非常に高く、ひとつずつ丁寧に洗濯物をたたむことができた。 仕事をした結果、周りから評価されることの嬉しさを感じることができ、また自分の好きなものが手に入ることで、少しずつだがAさん自身も働くことの意味が理解できるようになってきた。仕事をしているときは他者への暴力行為や破壊行動などは徐々に軽減していった。 (3)転換期 2010年(平成22年)3月から始めた、施設として、重い障害を持つ方も就労を目指す取り組みを半年続けた後、2010年9月に「就労移行支援のためのチェックリスト」(独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター)を参考に施設独自の評価表を作成した。 表1 個別評価表・項目数 計64項目 各セクションごとに、表記の項目数があり、それぞれの方に対して、質問に応じて3点から0点で評価することとした。(各質問に対しての点数をつけるための指針を作成した) 一人の利用者に対して評価は複数(3人以上)の支援者が行い、平均点をだした。 そのなかでAさんは、高い評価(192点満点中160点平均)を出した。開始期では作業に参加することすら困難であったが、半年の間に状況を理解する力が芽生え、仕事に集中する時間も伸びてきた。 仕事の内容もいろいろなことに興味を持ち始め、作業場での作業終了時に行う掃除にとても関心を持ち、自らほうきを使ったり雑巾がけを行うようになったり、職員がトイレ掃除を行っているのを興味深く観察していた。そこで、施設館内の清掃を提案し取り組むことにした。 仕事のプロセスは写真入りのマニュアルをつくり提示した。たくさんあるプロセスもひとつひとつ細かくすることで仕事の到達点を分かりやすくした。 掃除工程マニュアル  上記のように仕事のプロセスを細かに分けていき、Aさんにひとつひとつをわかりやすく提示した。工程表は携帯し、いつでも確認できるようにした。 また、掃除をする場所にAさんが好きなもののカードを貼り、仕事をしながらも少し楽しい気分が保てるように工夫した。 玄関にウルトラマンのカード お風呂に消防車のカード  このようにすることで、好きなもので次の仕事場所がイメージしやすいようにした。 学齢期に家で掃除の手伝いをずっと行っていた為か、掃除道具の使い方には全く問題がなかった。一度仕事に没頭すれば、きれいになるまで徹底的に掃除を行っていた。 数人のチームで掃除を行っているので、他の方とのペースが合わなかった時などに時折不機嫌になることはあったが、入所当初のような破壊行動や暴力行為などはほとんど無くなった。 Aさんは自分が今何をするべきかが理解でき、良い行動には周りから評価されることが判り、また働いたことで自分の好きなものがもらえることで、Aさんは働く喜びを感じ始めるようになった。 (3)現在 2011年8月より、施設外の一般のマンションでの清掃業務を委託されることになり、Aさんに参加することを提案した。仕事場所の地図と、建物の外観や掃除場所の見取り図などを提示した。 以前のような混乱する様子も全くなく、スムーズに導入することができた。ここでも仕事内容を細かに分けて提示し、仕事の到達点を確認しながら業務を行うようになった。一般の建物なので施設の中のように、好きなもののカードを貼りつけることができなかったが、それがなくてもしっかりと取り組めるようになっている。今は実習段階であるが、正式な雇用に向けて今頑張っている段階である。 マンションの廊下を掃除するAさん 4 まとめ  今回の取り組みを通じて、重い知的障害のある方、行動障害と呼ばれるものがある方でも、働く意欲を引き出すことができること、それぞれの方がそれぞれに得意な能力を持っていることがわかった。 Aさんは入所当初に問題行動が多く、本当のこと言えば職員も彼に対して敬遠しがちであった。しかしその行動の原因をしっかりと把握し、支援する側がしっかりとその解決に向けての方法を提案していくことが非常に大切である。しかもAさんのように潜在能力の高い方には、働くことへのアプローチは有効であることがわかった。 ・支援者が勝手に利用者本人の能力に限界を設定しないこと。 ・利用者本人の考えや感じていること、困っていることをしっかりと理解し共有すること。 ・本人が理解しやすい環境を設定すること。 以上を、今回のまとめとし、さらに多くの方が 就労へ向けて頑張れる環境を提供していきたい。 地域と企業の連携による職場体験実習 ○後藤 圭子(株式会社キユーピーあい人財育成室) 澁谷 和晃(NPO法人わかくさ福祉会 障害者就業・生活支援センターTALANT(タラント)) 1 はじめに 平成21年4月より、株式会社キユーピーあい(キユーピーグループ特例子会社)と障害者就業・生活支援センターTALANTが連携して、年5回、精神障害者と発達障害者を対象とした、1ヶ月間(4週間)の職場体験実習を行っている。実習者は、地域の作業所や就労移行支援事業所、医療機関などから募っている。今日まで(平成23年9月末日現在)、合計12回の実習が行われ、32名の参加があった。実習終了者の内、一般事業所への就職件数は16件で、半数近い方が就職に至っている。 2 職場体験実習のきっかけ TALANTをはじめ、地域の就労支援機関や作業所、就労移行支援事業所では、支援している精神障害者・発達障害者に一般就労経験が少ない点や、企業実習に臨む機会の少ないことから、企業就労を体験できる場を確保したい思いが強かった。 一方、キユーピーあいでも、精神障害者や発達障害者の雇用促進と、それに伴う職場定着が課題でもあり、多くの障害者や事例、支援者、支援機関と接し、経験や知識を積みたいとの考えがあった。 会社設立以来、多くの障害者の職場体験実習を受け入れてきたキユーピーあいへ、地域の声を汲んだTALANTが申し入れを行い、今回の定期的な実習が実現した。 3 実習の目的  就労経験の少ない精神障害者や発達障害者を主な対象者とし、実習を通して(1)企業就労のイメージと基礎的なソーシャルスキルを身に付け、(2)一般就労に向けた適性把握(アセスメント)を行い、職業準備性の向上を図ることを目的としている。 4 実習対象者  参加対象となる実習者は、 (1) 障害受容をされ、服薬や通院、心身の体調管理ができている方で、かつ、障害をオープンにした一般就労を目指していること。 以上が、基本条件となる。さらには、以下の2条件のいずれかを満たす方より、参加いただいている。 (2) 訓練施設にて準備性が高まり、施設からの評価が済み、推薦が得られる方(具体的には、週4日以上、一日5時間以上の業務を安定して行える方)。 (3) 準備訓練を行っていなくても、登録している就労支援機関から作業評価を受け、推薦を受けられた方。  一回の実習につき、最大3名を受け入れ、最少1名で実習を実施する。 なお、実習者の選考は、エントリーシートと支援者の推薦状、面接を参考に行う。面接には、実習生の他、支援者に同席いただく。面接官は、キユーピーあい・後藤とTALANT・澁谷が担う。 5 勤務形態  勤務日数や時間は、一週間ごとに、以下の3つの時間帯から、実習者と支援者とが相談して、事前に決める。ただし、日数に関しては、最低週3日以上に定める。 (1) 9:00〜15:00(休憩45分) (2) 9:00〜16:30(休憩60分) (3) 9:00〜17:45(休憩60分)(キユーピーあい の所定勤務時間) これまで、すべての実習者が、最終週(第4週目)を週5日・9:00〜17:45に設定し、週ごとに時間や日数を増やす勤務形態を採った。 6 参加者の内訳 参加者の障害・疾患種別は表1のようになる。 実習者の実習時における平均年齢は32.3歳で、男は32.0歳、女は32.9歳となっている。 表1 実習者の障害・疾患種別数 7 業務 (1) 業務内容 キユーピーあいの通常業務を行う。主な業務は、以下の5つである。 ① 食堂・売店 食堂の清掃やテーブルセッティング、仕出し弁 当の配膳、売店の品出し、在庫管理、レジ接客 ② 発送 ダイレクトメールの丁合・封入・封かん、発送 品の詰め込み、店舗用POPのカッティングとカウント、名刺箱の組み立て ③ パソコンによるデータ入力 経費伝票の入力、アンケートの入力、食品に関 する論文の参考文献入力 ④ 照合・ファイリング 経理伝票のチェック、個人経費のファイリング ⑤ 講義・演習 ビジネスマナー、講義「企業で働くとは」、会 議の進め方、履歴書と職務経歴書の書き方、模 擬面接、Microsoft PowerPointを利用したプレ ゼンテーション (2) 実習の進め方 実習の社内窓口と社内調整は後藤が行う。業務に関しては、各部署の担当者が直接、実習者へ作業を教える。作業で分からない点や確認点が生じた際には、実習者が各担当者に聞くこととなる。キユーピーあいの各部署では、積極的に仕事を切り出し、業務を提供する体制が整っている。 また、言語による理解が難しい実習者や、言語説明の難しい業務に関しては、後藤をはじめ、人財育成室にて、紙媒体の作業マニュアルを作成する。 実習期間中、TALANTは定期的に訪問し、実習者の様子を観ると同時に、作業評価を行う。 実習者だからと、特別扱いすることはなく、ミスが改善されない場合や、作業成果が乏しい場合には、業務から外れてもらう。 また、欠勤や遅刻、早退、体調不良による休憩 が3回以上に達した者は、その時点にて、実習終了となる。 8 評価  実習終了後、参加者と支援機関には、評価票を渡す。評価を行う際は、キユーピーあい人財育成室と各支援者、TALANTが協議する。評価項目は24に上り、下記の3つの側面から評価する。 (1) 生活・社会面  生活リズムの安定や体調管理、身だしなみを評価する。 (2) 対人面  言葉遣いをはじめ、適切な挨拶や返事ができるか。指導や助言を素直に受け入れられるかを観る。 (3) 作業面  仕事に臨む体力や、仕事に対する意欲や自発性があり、適切な速さで、正確な作業が行えるかを評価する。また、共同作業の適性や、作業の習熟についても考える。 評価は、A(単独で問題なくできる)・B(その場の支援・促しがあればできる(手助けを活用できる))・C(手助けを受け入れられるが、うまくできない)・D(更なる訓練・経験が必要)の4段階で行う。 その他、「向いていると思われる業務」と、「今後の一般就労に向けた課題や方向性」について記述する。 評価を実習者に返す際は、TALANTから本人と支援者へ伝える。実習者や支援者には、先ず、課題を共有してもらった上で、課題克服に向かってもらう。 9 実習終了者の進路と経過 (1) 就職者数 実習終了者32名の内14名、計16件が一般雇用された。就職者は実習終了後、最短で2ヵ月、最長で14ヵ月かけて就職している。平均して、7.2ヵ月後に就職している(表2)。 また、就職に至っていない者は、表3のような状況にある。 表2 障害・疾患別に見る就職件数 表3 実習後の状況内訳 (2) 就職職種  就職先は、特例子会社が6件、一般事業所が10件となっている。  職種は、事務職が10件、接客業が3件、環境整備が1件、軽作業が1件、製造業が1件と、事務職に就いた者が多い。 (3) 職場定着 就職後の定着率は高く、就職件数16件のうち、精神障害者1件の自己都合による離職を除いては、皆、長期休職もなく、安定して働いている。 10 地域内の相乗効果 (1) 地域の社会資源 企業が必要とする人財や作業の質、採用過程やポイントを具体的に知ることができ、就職を希望する利用者の訓練へ活かす。 (2) キユーピーあい 就労支援機関や施設職員との関係性が強まり、専門職との意見交換が増え、雇用促進や職場定着へ活かす。 (3) TALANT 多くのケースに臨むことにより、アセスメント技術を向上させることができる。関係の薄い地域や機関との連携も強まり、新規相談者への施設利用の紹介や求人紹介が、円滑に行えるようになる。 11 おわりに  今実習開始から2年6ヵ月が経過してなお、実習希望者が後を絶たない。今後も、実習をより良くするため、多くの方々と意見を交換したいと考え、今回の研究会に参加している。会場にて、多くの事例に触れ、意見を交わせたらと考えている。 企業に対する免疫機能障害者の雇用促進に向けた取り組み(2) −「すべての人にとってより働きやすい環境づくり」を目指すHIV講習会の実践報告− ○大槻 知子(特定非営利活動法人ぷれいす東京 研究事業部スタッフ) 生島 嗣・佐藤 幹也(特定非営利活動法人ぷれいす東京) 松原 孝恵(障害者職業総合センター職業センター) 渡邊 典子(東京障害者職業センター) 若林 チヒロ(埼玉県立大学) 1 要旨 HIV陽性者(免疫機能障害者)は就労や長期にわたる社会参加の継続が可能であるという認識や、HIV/AIDSという疾病への理解を促進するため、HIV陽性者支援NPOが東京障害者職業センターらと協働し、企業の社員を対象に参加型講習会を企画・実施した。HIV陽性当事者を含むスタッフらにより計10回の講習会を実施した結果から、HIV/AIDSに関わる生活上の困難は外見からわからない他の生活課題にも通じる点があるという考え方や、HIV陽性者が働きやすい職場は皆にとって働きやすい職場につながるものであるというアプローチの有用性について検討し、今後の取り組みに役立てることとする。 2 背景と目的 厚生労働省エイズ動向委員会の報告によると、2011年現在、日本にはおよそ20,000人のHIV陽性者が生活しているが、その大部分を生産年齢人口である20?50代の年齢層が占める。一方で、生島、若林1)らが全国のHIV陽性者を対象に実施した生活と社会参加に関する調査では、働くHIV陽性者のうち職場の人間関係の誰かしらにHIV陽性であることを開示している人の割合は低く、23.2%であることが判明した。そのような背景もあり、職場ではHIV陽性者が身近で働く仲間であり社会参加の継続が可能であるという認識が乏しく、また感染経路などHIV/AIDSの基本的な理解にも課題がみられる。国際連合エイズ合同計画(UNAIDS)2)が2010年に行った国際比較調査では、「HIV感染者と一緒に働くことはできますか?」という問いに対し「はい」と回答したのは、世界各国平均の61.2%に対し、日本では48.6%と低率であった。 他方、2010年に採択された国際労働機関(ILO)の「HIV及びエイズ並びに労働の世界に関する勧告」において、 ・ 労働者とその家族や被扶養者がHIV/AIDSに関する予防・治療・支援を受ける機会や、その利用を促進する ・ 労働者とその家族や被扶養者のHIV/AIDSに関する個人情報(特にHIV感染の状態)を保護し、HIV検査の受検や検査結果の開示を要求しない ・ HIV感染の状態を理由として、採用や雇用の継続、機会均等上の差別を行わない といった事項が雇用主側の果たすべき義務として明文化されるなど、健康を維持し就労をするHIV陽性者が多い現状をふまえ、陽性者の働きやすい職場環境の整備も求められている。 近年の医療技術の進歩によって、HIV感染が早くわかり適切な治療を受けることにより、HIV陽性者はウィルスの増殖やAIDS発症をコントロールして長く健康を維持することが可能になった。また、我が国では、HIV陽性者は免疫の状態などに応じて免疫機能障害者として認定され、障害者雇用促進法などの制度の対象となっているが、それらの情報は周知されていない。そこで、HIV陽性者等を支援するNPOが障害者就労支援団体と協働し、企業の社員研修などの一環として、職場でのHIV/AIDSの理解を深めつつHIV陽性者の雇用を支援する機会としての講習会を企画・実施した。 3 方法 東京障害者職業センターと、障害者の積極的な雇用など企業理念にダイバーシティ(多様性)を掲げる企業らとの協力関係により、HIV陽性者支援NPOに対し、企業の社員を対象にした30分の講習会の開催が要請された。そこで、HIV陽性者の実際の入職などを想定した上で、参加者がHIV/AIDSは同僚や顧客、家族や友人など身近に起こりうるテーマであることを意識できる内容を企画した。HIV陽性当事者を含むNPOスタッフ2?3名がファシリテーターとなり、参加型ワークショップ形式で講習会を運営することとした。 講習会の内容は表1の通りである。 表1 HIV/AIDS講習会の内容  HIV陽性者支援NPOがこれまでの相談・支援や研究・研修業務から得たノウハウから、HIV/AIDSの身近さを伝えるため、外見からはわからない他の生活課題と共通する例をあげたり、当事者の等身大の姿を描き出したりといった工夫をしつつ、各項目の説明をした。まず、HIV/AIDSの基礎情報をクイズ形式で参加者自身が振り返りつつ確認し、その過程で初めて当事者スタッフがHIV陽性であることを参加者に対して明かすこととした。統計データなど一般的な情報・理論面と、当事者の語りなどの感覚面の両側から徐々にHIV/AIDSを身近に感じられるようにすることを企図した仕組みである。  質疑応答の時間はプログラム内に設定するが、時間が限られていることや、他の参加者の前で発言することを躊躇する参加者に配慮し、プログラム終了後にも必要に応じて参加者への個別のフォローアップを行う用意をした。 参加者には、18ページの手元資料を配付(写真)。HIV/AIDSに関する基礎的な情報の解説とHIV陽性者の手記や統計情報などを、写真やイラストを用い、データも視覚的に理解しやすいよう工夫した上で掲載した。また、参加者が後日にHIV/AIDSに関して疑問や不安を持った際にも利用できる、相談・支援サービスのリソースを付した。なお、この手元資料は、国際化する職場環境下で多様なバックグラウンドを持つ社員が講習会に参加することを前提に、日本語と英語での説明を併記する形式で制作している。 HIV/AIDS講習会の配付資料(抜粋) 4 結果 2010年9月?2011年5月の間に首都圏で計10回のHIV講習会の実施要請があった。それに応じる形で、障害者職業センターの職員の立ち会いのもと、企業の各事業所で社員を対象にした講習会を実施した結果、各回8名?20余名の参加者があった(企業人事部の講習会担当者1?2名を含む)。受講中、または受講後の参加者に見られた主な反応を示すものとして、表2?表5に参加者からあがった質問や意見、感想を分類してまとめた。 表2 参加者の声 (HIV/AIDSやHIV陽性者の生活への関心) 表3 参加者の声(HIV/AIDS理解・共感) 表4 参加者の声(自身の感染不安) 表5 参加者の声 (HIV陽性者とともに生きることに関する具体的なイメージ) HIV陽性当事者を目にし(1)外見からはわからないが近くに陽性者がいるかもしれない、具体的な処置例とともに(2)出血時などには標準予防策で対応できる、そして他の生活課題との共通点などから(3)プライバシー保護体制などが整い陽性者が当たり前に受け入れられる職場は誰にとっても働きやすい環境につながる、という視点の提供に際し、参加者から概ね理解や肯定的な反応が示された。 5 考察 HIV講習会参加者の反応の特徴としては、まず疾病としてのHIV/AIDSやHIV陽性者の生活に関する質問がこと細かにあがり、その上で続いて疾病や陽性者に対する理解や共感が示されたことがある。また、同時に自身のHIV感染の可能性を考えたり、既に身近にHIV陽性者がいることが前提となりうるという認識を持ったりした上での意見や感想が寄せられた。 さらに、講習会の開始時に、参加する企業側の講習会担当者(人事担当者)より参加者である社員に対して、講習会での発言内容などは人事考課には影響しないことや、HIV検査を受検し陽性であったとしても社員の処遇は変わらないことなどが伝えられた。それらの要因により、参加者個人が他者理解としてだけでなく、自身の問題としてHIV/AIDSをとらえ、向きあうことも容易になったことが考えられる。実際に、講習会参加者の一部が後日にHIV検査を受検するに至ったとのことであった。 6 結語  企業でのHIV/AIDS理解の促進とHIV陽性者の就労支援を目的とした本講習会の取り組みの有用性として、HIV/AIDSの身近さを伝える上で、外見からはわからない他の生活上の課題に共通する問題があるという考え方や、HIV陽性者が働きやすい職場は皆にとって働きやすい職場につながるというメッセージは、比較的容易に参加者の理解を得やすいということが示唆された。それらのテーマはまた、HIV陽性者理解だけでなく、労働者自身の健康問題や働きやすい職場環境づくりを考えていく上でも重要な要素であるという認識づくりに寄与したと考えられる。  これまでに得た知見を生かして内容を精査した上で、関係機関との連携を強め、HIV/AIDS講習会の企画・実施を継続したい。 【引用文献】 1)生島嗣、若林チヒロ、他:働いている人の状況、「HIV/エイズとともに生きる人々の仕事・くらし・社会 『HIV陽性者の生活と社会参加に関する調査』報告書」、p.23-27,平成21年度厚生労働科学研究費補助金(エイズ対策研究事業)地域におけるHIV陽性者等支援のための研究(2008) 2)国際連合合同エイズ計画(UNAIDS):HIV感染者と一緒に働くことはできますか?、「THE BENCHMARK: JAPAN」、p.8,財団法人エイズ予防財団(2010) 視覚障害当事者の就労に関する意識調査 ○石川 充英(東京都視覚障害者生活支援センター自立支援課 主任生活支援員) 山崎 智章・大石 史夫・濱 康寛・小原 美沙子・長岡 雄一(東京都視覚障害者生活支援センター) 1 はじめに  東京都視覚障害者生活支援センターでは、平成22年4月より就労移行支援を開始している。就労移行支援事業を始めるにあたり、就労している視覚障害者15名にアンケート調査を行った1)2)。その結果をもとに一般事務職やヘルスキーパーとして就職を希望する視覚障害者(以下「視覚障害当事者」という。)を対象とした研修プログラムとして、画面読み上げソフト(スクリーンリーダー)を使用したワープロや表集計ソフト、インターネットやメールなどのパソコンの技術指導などを提供している。  本研究は、就労移行支援事業所(以下「事業所」という。)を利用している視覚障害当事者を対象に、就職するためにどのような技術習得訓練や支援を希望しているのかを把握し、現在提供しているプログラムの評価をする目的で、アンケート調査を実施した。 2 研究方法 (1)研究対象者 一般事務職やヘルスキーパーとしての就職を希望する者で、事業所にてスクリーンリーダーを使用してのパソコン等の訓練を受けている視覚障害当事者。 (2)研究方法  ①調査内容  以前実施した就労している視覚障害者へのアンケート調査1)、および調査者の実務経験を併せ、調査項目を作成した。 ②調査方法  対象者には、ワープロで作成したファイルをデータとして提供し、回答を直接ファイルに書き込む方法で実施した。調査は平成23年8月26日から約1週間を回答期間として実施した。 ③分析方法  調査項目のうち自由記述については質的記述分析を行った。 (3)倫理的配慮  対象者へのプライバシーの配慮から、個人を特定する表現は避け、データは研究以外には用いないこと、回答内容により訓練・支援上の不利益を被ることがないことなどを対象者に伝え、了解を得た上でアンケート調査を行うなどの倫理的配慮を行った。 3 結果と考察 (1)研究対象者の概要  対象者総数は9名で、性別は男性5名、女性4名であった。年齢層は20歳代が2名(22.2%)、30歳代が4名(44.4%)、40歳代が3名(33..3%)で、最年少は22歳、最年長は45歳であった。対象者の居住地は8名が東京都内で、1名が千葉県であった。  障害の程度については、身体障害者手帳の障害程度等級は1級3名(33.3%)、2級5名(55.6%)、4級1名(11.1%)であった。視力の状況は、優性の視力でみると0.7が1名、0.4、0.2、0.01、0がそれぞれ2名であった。視力0を除く7名は視野障害を有していた。 なお、移動の状況は、対象者9名全員が鉄道を使い、単独で事業所に通っている。 (2)就労に関する状況 ①就労経験状況 7名が就労経験者、2名が未経験者である。未経験者は1名が大学生、1名は学校卒業直後である。就労経験者7名の全員が現在は離職しており、うち3名はアルバイト、またはパートとして週数日程度勤務している。 ②就労活動状況  職業安定所(以下「ハローワーク」という。)への登録は7名(77.8%)、2名が未登録であった。 登録している7名は、事業所の利用開始前に登録しており、就労しようとする意欲の高さを示していると考えられる。また、障害者の人材紹介をおこなう会社への登録は5名(55.6%)であった。これはWebページから人材紹介会社の情報を入手して、登録する会社を選択するなど、一定の手続きが必要なため、結果としてハローワークに比べると登録率が低いと考えられる。また地域の障害者就労支援センターは、「相談など連絡を取っている」が2名(22.2%)、「存在は知っているが連絡は取っていない」が2名(22.2%)、「存在そのものを知らない」が5名(55.6%)であった。このように地域の障害者の就労支援センターの利用率が低いのは、その存在を知らないことが大きな要因であると言える。しかし、視覚障害当事者の地域で就職先を開拓していくためには、地域の障害者就労支援センターの役割は大変重要であることから、就労移行支援の事業所と早期に連携がとれるような態勢を整える必要があると考えられる。 (3)技術習得訓練の希望 技術習得を希望する訓練項目から複数選択可によるの回答の結果、【パソコンスキル】【コミュニケーション力】【ビジネスマナー】の3つの訓練は、すべての人が習得を希望していた。これは、視覚障害当事者が就職するためには【パソコンスキル】だけではなく、【コミュニケーション力】や【ビジネスマナー】が重要であることを認識していることを示している。  また、白い杖の使い方などの【歩行訓練】、拡大読書器やルーペなど紹介・使い方の【ロービジョン】は、各4名(44.4%)が希望していた。また、デイジー図書の録音再生機の使い方などの【情報機器】は3名(33.3%)、【点字】は2名(22.2%)が希望していた。これら【歩行訓練】【点字】【ロービジョン】【情報機器】については、対象者個人の状況に依拠するよるものが大きいことから、対象者の状況と希望に応じて、訓練が提供できるような体制を整える必要がある。 一方、【日常生活動作訓練】の希望者はいなかった。これは、視覚障害当事者の身辺自立度の高さを示しているとも言える。しかしながら、日常生活上の評価を行うなど、訓練を実施するかを判断する必要があると考えられる。 (4)就労移行支援に望むこと  就労移行支援に望むこととして、自由記述による回答では、【パソコンのスキル】5名、【職場見学】2名、【就職のあっせん】【就職につながるコミュニケーションスキル】【面接スキル】【ビジネスマナー】が各1名あった。この中で【職場見学】については、実際に視覚障害がパソコンを使って一般事務職としてどのように働いているかがイメージできないためと考えられる。職場訪問や働いている人の体験談など、就労を目指す人が働いている現場をイメージすることができるような情報を提供することが不可欠である。 (5)仕事などに支障が出てから就労移行支援を利用するまでの年数  仕事に支障が出てから就労移行支援事業を利用するまでに、最も多かったのが約2年3名(33.3%)、最短で約1年1名、最長で約6年1名、未記入が2名であった。仕事に支障が出始めてから年単位で経過している。この間に、スクリーンリーダーやキーボードによる視覚に頼らないパソコンスキルを習得する機会があれば、退職まで至らなかったケースもあるのではないかと考える。在職中に視力低下などによりパソコンの利用が困難になっている人に対して、パソコンの技術指導を就労移行支援として受けられることが望まれる。 4 今後の課題  就職を希望し事業所を利用している視覚障害当事者には、パソコンスキル、コミュニケーション力、ビジネスマナーは必修プログラムであることが明らかになった。これは、既に就労している視覚障害者に対する調査研究で同様の結果が得られていることから1)2)、さらに事業所のプログラム強化を実施する必要がある。一方【歩行訓練】【点字】【ロービジョン】【日常生活動作訓練】については、今後就職するための専門的知識・技術に関する訓練プログラムの提供だけではなく、個人のライフスタイルの基盤づくりとなる技術も提供する必要性があることが明らかとなった。なお、当センターではこれらの訓練は、視覚障害当事者の希望と評価を実施し、訓練を実施している。  今後は、さらに就労移行支援から就労後の支援にいたる継続的な関わりを通して、より良い効果的なプログラムの提供を目指していきたい。 【参考文献】 1)一般企業に就職した視覚障害者の就職後の状況調査について:石川充英ほか、第17回職業リハビリテーション研究発表大会、2009 2)一般企業に就職した視覚障害者の就職後の状況調査について(2):石川充英ほか、第18回職業リハビリテーション研究発表大会、2001 高次脳機能障害者の就労支援に求められる コンピテンシーに関する一考察 ○北上 守俊(東京労災病院リハビリテーション科 言語聴覚士) 八重田 淳(筑波大学大学院人間総合科学研究科) 1 研究背景 これまで制度の谷間に置かれた不利益を被りがちであった高次脳機能障害者の就労支援は、高次脳機能障害支援モデル事業から普及事業へと、その支援体制を徐々に拡大している。しかし、高次脳機能障害者の復職は、2008年に東京都で実施された高次脳機能障害者の実態調査1)によると、受傷後一度も就職していない割合が65.0%であり、高次脳機能障害者の復職の困難さを示している。大橋2)は、モデル事業後の課題の1つとして「支援者養成」を掲げた。厚生労働省3)も就労支援に関する専門性とスキルが蓄積され難い状況を指摘し、研修プログラムや研修体制を充実すると共に労働環境の整備、処遇の向上、資格認定の仕組みなどについて検討が必要であるとしている。就労支援の現場で求められる専門性を明らかにする必要はあるが4)、障害の種類や程度によって求められる専門技術に違いが生じる可能性もある。そこで、本研究では、医療機関から見た高次脳機能障害者の就労支援に焦点をあて、そこで求められる就労支援者の技能(コンピテンシー)を探ることを目的とする。 2 目的 (1)高次脳機能障害の就労支援者技能リスト(Work Supporter's Competency Scale for Higher Brain Dysfunction, WSCS)を作成し、内容妥当性を評価する。 (2)高次脳機能障害者の就労支援経験がある作業療法士(以下「OT」という。)、言語聴覚士(以下「ST」という。)、医療ソーシャルワーカー(以下「MSW」という。)のコンピテンシーをWSCSで測定し、職務の遂行度、重要度、理解度と基本属性との関連性を探る。 3 研究設問 (1)医療従事者が考える高次脳機能障害者の就労支援コンピテンシーとして重要なものは何か? (2)高次脳機能障害者の就労支援に関する職務遂行度と、職員数、学習頻度(養成機関卒業前後)、経験年数、労働時間、就労支援の担当頻度、職務満足度、就労支援重要語句の理解度との間には有意な相関があるか? (3)就労支援の重要語句に関する理解度と、経験年数、就労支援の担当頻度、学習頻度(養成機関卒業前後)、労働時間、職務満足度との間には有意な相関があるか? (4)職種によって理解度に差があるか? (5)職種によって職務遂行度に差があるか? 4 方法 (1)調査内容 先行研究及び就労実務経験をもとに作成した96項目7因子から構成されるWSCSに対し、「遂行度」「重要度」「理解度」について4段階評価による回答を求めた(表1、表2)。調査票の各項目の内容妥当性については、高次脳機能障害者の就労支援経験のある専門家8名による確認を得た。 表1 WSCSの遂行度、重要度、理解度 表2 尺度構成 (2)対象及び基本属性  高次脳機能障害者の就労支援経験のあるOT、ST、MSW、就労支援従事者合計14名である(表3)。 (3)データ収集方法  留置法とWeb調査法による無記名自記式質問紙調査を2011年8月30日〜9月16日に行った。 (4)データ分析方法 研究設問(1):WSCS96項目それぞれの平均値(以下「MEAN」という。)、標準偏差(以下「SD」という。)、最大値(以下「MAX」という。)、最小値(以下「MIN」という。)、中央値(以下「MED」という。)、範囲(以下「R」という。)を算出する。 研究設問(2):職務遂行度と基本属性項目間の相関を、ピアソンの積率相関係数あるいはスピアマンの順位相関係数にて検証する。 研究設問(3):理解度と基本属性綱目間の相関を設問(2)と同様の方法で検証する。 研究設問(4):職種(OT、ST、MSW)を独立変数、理解度を従属変数とした1要因3水準の一元配置分散分析を行い、その後の検定にはTukey HSDを用いる。  研究設問(5):職種を独立変数、職務遂行度を従属変数とし、研究設問(4)と同様の分析法を用いる。 5 結果 (1)基本属性(表3参照)  14名の高次脳機能障害者の就労支援経験者全員から回答を得た。職種の内訳は、OT5名、ST3名、MSW・その他5名、就労支援従事者1名である。高次脳機能障害者の就労支援を担当する頻度は、「非常に少ない」「少ない」両者を含めると8割以上が少ないという結果であった。学習頻度に関しては、養成機関の卒業前はほとんど行われていない状況であった。高次脳機能障害者の就労支援コーディネーターは、回答者全員が必要であると回答した。 表3 回答者の基本属性(n=14) (2)高次脳機能障害者の就労支援で有すべきコンピテンシーについて(表4参照) 表4に各因子の合計平均値を示した。高次脳機能障害者の就労支援において「アセスメント」が最も高値を示した。「家族支援」、「高次脳機能障害の基礎知識」がそれに続いた。それらの因子に比し「相談支援」、「マネジメント」、「職場における援助」は低値を示した。各因子の最上位・下位を1項目ずつ表5・6に示す。 表4 WSCS7領域の職務重要度の合計平均値 表5 コンピテンシー各項目最上位 表6 コンピテンシー各項目最下位 (3)職務遂行度と他の要因の相関について  職務遂行度と重要語句の理解度で検定を行った結果、p<0.01で有意であり、相関係数r=0.866で、強い相関を認めた。そのほかは相関を認めなかった(表7)。 表7 職務遂行度と他の要因の相関 (4)理解度と他の要因の相関について  理解度と卒後学習で検定を行った結果、p<0.05で有意であり、相関係数r=0.536で、相関を認めた。それほかは相関を認めなかった(表8)。 表8 理解度と他の要因の相関 要因 相関係数  #…ピアソン ※…スピアマン *:p<0.05 養成機関卒前学習 −0.017※ 養成機関卒後学習 0.536※ * 経験年数 0.275# 労働時間 0.114※ 就労支援担当頻度 0.285※ 職務満足度 0.421#   理解度と卒後学習の検定後、卒後学習と他の要因に関して検定を行った結果、卒後学習と職務満足度でp<0.01で有意であり、相関係数r=0.702で、強い相関を認めた。 (5)職務遂行度、理解度、基本属性それぞれの相関について  図1に示した通り、「職務遂行度と理解度」、「理解度と養成機関卒業後学習」、「養成機関卒業後学習と満足度」のそれぞれに相関を認めた。 (6)職種による理解度の差について(表9)  OT、ST、MSW間で理解度に差があるのか一元配置分散分析を行った。その後の検定としてTukey HSDを行った結果、STとMSW間で有意に差を認めた(F(3.359)=0.071 p<0.1)。そのほかは有意差を認めなかった(表10)。 表9 理解度の平均値と標準偏差 表10 各職種間の理解度の有意確率 *:p<0.1 (7)職種による職務遂行度の差について(表11)  職務遂行度の総得点からOT、STに比しMSWは、高次脳機能障害者の就労支援の職務を遂行していることが明らかとなった。下位項目でも、「Ⅶ:専門的知識」と「Ⅰ:高次脳機能障害の基礎知識」以外は最も高値を示した。一方でSTはOT、MSWに比し全ての項目で低値を示した。「Ⅱ:相談支援」に関しては、STとMSW間で有意差を認めた(F(7.262)=0.012 p<0.05)。また「Ⅲ:家族支援」は、OTとMSW(F(9.436)=0.018 p<0.05)、STとMSW間(F(9.436=0.007 p<0.05)で有意差を認めた(表12)。 表11 職務遂行度の平均値と標準偏差 表12 各職種間の職務遂行度の有意確率 (有意差ありの項目のみ記載) *:p<0.05 6 考察 (1)コンピテンシーに関して  今回は、職種に拘らず高次脳機能障害者の就労支援の経験のある専門家を包括して検定を行った。どの職種においても、就労支援を実践する上で高次脳機能障害の症状や特性、原因疾患を把握して業務にあたる事が重要であるが事が明らかとなった。また、脳画像の見方やシステマティックインストラクションなど専門的な職務より就労の可能性を検討する事や多職種・多機関との情報収集・交換を行うなどアセスメントに関する項目が現場で求められる重要なコンピテンシーである事が分かった。  基本属性の結果から高次脳機能障害の就労支援コーディネーターについてすべての回答者が必要性を感じている事が明らかとなった。すでに佐賀大学にて「障がい者就労支援コーディネーター」の養成5)が開始している。今後さらなる人材育成の強化が就労支援の発展につながると考える。 (2)職務遂行度に関して  OT、STに比しMSWは全般的に職務遂行度が高い事が分かった。一方でSTは職務遂行度が低く、今後さらなる人材育成の強化と業務拡大を期待したい。  高次脳機能障害者の就労支援の職務遂行度を拡大させる要因として、就労支援の知識を蓄積する事があげられた。さらに就労支援の知識を蓄積する要因として、養成機関卒業後の学習頻度があげられた。養成機関卒業後の学習頻度を高める要因として、職務満足度を高める事が重要なポイントである事が示唆された。 7 今後の課題 今回は予備調査のため、データ数が少なく、結果の一般化はできない。特に今回のデータは医療機関側のデータであるため、就労支援機関側のデータを収集分析する必要がある。今後は機関別のデータをさらに収集し、WSCSの構成概念妥当性と信頼性の検討を行う必要がある。 【参考文献】 1)東京都高次脳機能障害者実態調査検討委員会:高次脳機能障害者実態調査報告書 概要版、p.1-26、2008 2)大橋正洋:モデル事業後の高次脳機能障害への取り組み、「高次脳機能研究 第26巻第3号」、p.40-47、2006 3)厚生労働省:障害者の一般就労を支える人材の育成のあり方に関する研究会資料、2008 4)小川浩:職業リハビリテーションの今日的課題、「リハビリテーション連携科学10」、p.10-17、2009 5)福嶋利浩ら:障がい者就労支援コーディネーターの養成プログラムの実践、「大学教育年報 第7号」、p.34-43、2011 依存症者における就労支援の取り組み ○秋山 真貴子(わくわくワーク大石 精神保健福祉士)  大石 雅之・大石 裕代(大石クリニック) 雨森 清香(わくわくワーク大石) 1 はじめに〜わくわくワーク大石とは わくわくワーク大石(以下「当施設」という。)とは、平成19年に横浜市中区に開設された精神に障害を持つ方のための就労支援施設である。隣接する依存症を専門とする大石クリニックが母体となり、メンバーの90%は、依存症者である。 図1 疾病別割合 当施設は、障害者自立支援法に基づき、就労移行支援、就労継続支援A型、就労継続支援B型の3つのサービスを提供する多機能型施設である。平成23年9月現在のメンバー登録者数は69名で、内訳は表1の通りである。 表1 メンバー登録者内訳 メンバーの年齢は平均53歳で、内訳は図2の通りである。 図2 メンバー年代別内訳 メンバーの生活状況は、生活保護受給者が71%である。 図3 メンバーの生活状況 2 わくわくワーク大石のプログラム 当施設では、メンバーは、朝の9時から夕方5時までの一日8時間のプログラムを行なうことになっている。タイムカードを押し、朝の点呼から一日が始まる。その後、ひとりひとり異なるそれぞれのプログラムを行ない、一日8時間を過ごすことがはじめの目標となる。就労への第一歩として、一日8時間、週5日ないし6日の生活リズムを整え、そのための体力作りを目指すのである。 また、空いた時間を作らないことで、その間は、少なくともアルコールや薬物、ギャンブルから離れることができると考えられる。  プログラムは、スモールステップで、体力、能力の向上に合わせ、ステップアップしていく訓練内容となっている。障害者職業総合センター1)の「就業支援ハンドブック」を参考に、当施設における就労までのステップを図4に示している。 図4 就労までのステップ   具体的なプログラム内容は、大きく分けて、治療的要素の高いものと就労に向けた訓練に分かれる。依存症者に対する援助は、これまで医療中心で行なわれてきたが、本人のよりよい生活の質(QOL)を考えたとき、断酒に加え、就労することも、回復への大きな要素であると考えられるのである。従って、両方向から、同時にプログラムに入れていくことも重要であると考えられる。 当施設では、公園清掃、ビル清掃、道路清掃、ヘルパー補助訓練、検体容器セット作業、公園管理、ミーティング、食事当番等を組み合わせて1週間のプログラムを作成している。 3 随伴性マネジメント導入の試み  随伴性マネジメントは、Paul M.G. Emmelkamp & Ellen Vedel2)によれば、「特に薬物乱用者に対して有効であるというエビデンスは、最近ではかなり蓄積されてきて」おり、当施設では、薬物以外にも、アルコールやギャンブル依存症者に関しても、随伴性マネジメントの導入を試みている。また、Paul M.G. Emmelkamp& Ellen Vedel2)によると、「オペラント条件づけの原理にもとづく随伴性マネジメントは、尿検査による断薬の確認など、観察可能な目標行動を患者が示した場合に、患者の意欲を引き出すような何らかの報酬を提供する治療方法」で、「随伴性マネジメントにもとづくプログラムでは、望ましい行動が確認された場合、具体的な強化因子(クーポン券)が患者に提供され、望ましい行動が確認されない場合には、強化因子の提供は中止される。」また、「随伴性マネジメントの目標には、単に断薬を強化するだけでなく、患者を薬物と関係のない活動に参加させることによって再発を予防することも含まれている」とされ、当施設では、生活習慣を変え、それを継続することによって、報酬がなくなっても、断酒、断薬の生活習慣が残ると考えている。 当施設では、望ましい行動は、断酒すること、断薬すること、ギャンブルを止めることである。さらに、それらの行動に加え、施設への出席状況の改善が、随伴性マネジメント導入の目的である。プログラムへの出席率を高め、就労に向けた労働習慣の確立を目指したいと考えている。 ひとりひとり異なるプログラムは、担当のスタッフと面談の中で相談しながら、それぞれの目標設定に沿って作成していく。各自のプログラムは、プログラム表に記載され、ファイルに綴じ、1か月分のプログラム表を各自がいつでも持って歩き、1日、1週間、1か月の予定を自分で確認し、自分で予定に合わせて行動することができる。 Budney.Sigmon.&Higgin2)によれば、「実際に望ましい反応が起こっているかどうかに関する正確な情報が得られるよう、効果的な監視システムが不可欠である。患者の自己申告では全く当てにならない」とのことから、プログラム表は、出席の有無を確認するために、決められたプログラムに出席すると、そのプログラムの担当スタッフが、確認印を押すことになっている。確認印は、赤色が望ましい行動に対して、青色が望ましくない行動に対して押され、視覚的にもわかりやすいものとしている。 たとえば、まず朝は、アルコール呼気検査にて断酒が確認されると、赤印が押され、指示のある服薬ができると、服薬欄に赤印が押される。さらに、朝の点呼に遅刻せずに出席できると、赤印が押され、午前のプログラム、午後のプログラムにそれぞれ出席できると、その欄に赤印が押される。1日の全てのプログラムに出席することができると、1日の最後に、「全出席」という赤丸の印が押される。また、正当な理由で、事前に欠席、遅刻、早退の届け出がある場合は、報告ができていると評価される。逆に、事前に届け出もなく、もしくは無断で、プログラムに欠席、遅刻、早退した場合は、その欄に青印が押され、1日の最後に、「あと少し」という青丸の印が押される。また、施設に無断で来所がない場合、スリップが発覚した場合は、「欠席」の青丸の印が押される。 赤印は、望ましい行動であり、断酒や断薬、ギャンブルが止まっていることが確認でき、工賃訓練にも参加でき、正の強化因子として、工賃が支払われる。さらに、赤印が1か月継続した場合は、報酬が与えられ、今回は、温泉旅行が提供される。青印は、望ましくない行動であり、スリップしたことやプログラムに欠席、遅刻、早退したことが確認されると、負の強化因子として、一定期間、工賃訓練を無償ボランティアとするペナルティが提供される。 4 調査対象と方法  調査対象は、依存症者30名(男性28名、女性2名)で、アルコール依存症27名、薬物依存症1名、ギャンブル依存症1名、クロスアディクション1名である。 調査は、平成23年の5月、7月、8月、9月のプログラム出席状況を比較する。メンバーのプログラム表に押された確認印(「全出席」「あと少し」「欠席」)の割合を、月ごとに検討した。 表2 確認印の種類 確認印の「全出席(赤)」は、時間通りに施設に来所でき、プログラムに全て出席できたことを意味する。正当な理由があり、事前にスタッフに欠席や遅刻、早退の届け出をしたメンバーは、「全出席」とみなしている。確認印の「あと少し(青)」は、施設に来所はしたが、事前に届け出がなく、もしくは、無断でプログラムに欠席、遅刻、早退したときに押される。確認印の「欠席(青)」は、無断で施設に欠席した場合、もしくは、スリップが発覚した場合に押される。 調査月を5月、7月、8月、9月にした理由は、各月ごとに随伴性マネジメントの取り入れ方が異なり、それらの影響を比較するためである。5月は、随伴性マネジメント導入前である。6月の試行期間を経て、7月から、本格的にプログラム表の確認印を導入し、8月から、欠席もしくはスリップの発覚に対して、負の強化因子としてし、一定期間、工賃訓練を無償ボランティアとするペナルティを導入した。9月からは、ペナルティに加えて、正の強化因子を導入し、全出席が1か月継続したメンバーに対して、報酬を提供することにした。今回は温泉旅行とした。 5 調査結果 「全出席(赤)」の確認印の割合は、随伴性マネジメント導入前の5月に比べて、導入後の7月には、7%上がり、出席率が上がったとされるが、ペナルティ導入の8月には、7月に比べ10%下がった。その後、温泉旅行の正の強化因子を導入後は、6%上がり、出席率は、53%と上昇した。 図5 全出席の割合 「あと少し(青)」の確認印の割合は、随伴性マネジメント導入前の5月と比較し、導入後の7月、ペナルティ導入の8月には下降が続き、プログラムの欠席や遅刻、早退の改善がみられた可能性がある。 図6 あと少しの割合 「あと少し(青)」+「欠席(青)」の確認印2種類の割合は、すなわち、1か月間に、プログラムに欠席、遅刻、早退をした日もあれば、欠席もしくは、スリップが確認された日もある割合である。5月の随伴性マネジメント導入前に比べ、ペナルティ導入後の8月、温泉旅行導入後の9月は下がっている。 図7 あと少し+欠席の割合   「欠席(青)」の確認印の割合は、施設に無断欠席した日、もしくは、スリップが確認された日がある場合である。随伴性マネジメント導入前の5月と比べ、導入後の7月には下降した。ペナルティ導入後の8月には上昇したが、温泉旅行導入後の9月には、欠席率が下がり、正の強化因子の影響も考えられる。 図8 欠席の割合 6 考察  当施設での随伴性マネジメント導入目的のひとつには、プログラムへの出席状況の改善がある。出席率は、導入直後には上昇が認められた。これは、確認印をもらい、集めること自体が、メンバーの動機づけにつながった可能性もあり、スタッフの確認印による監視システムの影響も考えられる。また、出席率は、ペナルティの負の強化因子導入後には下がり、温泉旅行の正の強化因子導入後には上昇したことから、望ましくない行動に対する負の強化だけではなく、望ましい行動に対する正の強化の両方を行っていくと、出席率の改善につながる可能性がある。 また、プログラムの欠席、遅刻、早退は、随伴性マネジメント導入後に下降傾向がみられ、改善が認められる可能性がある。欠席やスリップに関しては、出席と同様に、負の強化だけでなく、正の強化の同時導入によって、改善する可能性がある。また、正の強化因子に温泉旅行という画一的な設定をしたが、今回の報酬が動機づけにならなかったメンバーもいると考えられ、今後は、中身の多様性の検討も必要とされる。さらに、調査を継続し、就職率との関連も明らかにしていきたい。 【文献引用】 1)障害者職業総合センター:「新版 就業支援ハンドブック」、p.16、(2011) 2)Paul M.G. Emmelkamp& Ellen Vedel:「アルコール・薬物依存臨床ガイド」、p.82 p.87 p.122、金剛出版(2010) 職業リハビリテーション領域における研究課題に関する考察 −米国との比較より− ○岩永 可奈子(職業能力開発総合大学校能力開発専門学科 講師) 八重田 淳 (筑波大学大学院人間総合科学研究科) 1 研究の背景と目的 リハビリテーション(以下「リハ」という。)サービスが利用者にとって有効であるかを十分に検証した上で提供することは、利用者にとっては有益であり、サービス提供者にとっては義務である。そのための研究とそれに基づく実践は職業リハビリテーション(以下「職リハ」という。)においても重要であることは論を待たない。職リハは様々な領域にまたがっており、研究領域は広く、一方で職リハの研究に携わる人は少ない。こうした中で、研究成果を効果的に蓄積していくためには、職リハの研究領域を整理する必要がある。しかし日本では職リハの研究領域と研究課題を量的に把握しようとした先行研究は見当たらない。そこで本調査は、日本における職リハ領域の研究課題として優先度の高い研究領域と具体的な研究課題を探索し、米国での先行研究結果と比較し、今後我が国が取り組むべき課題を探ることを目的とした。 2 方法 (1)調査方法 1) 調査対象:職リハ関係者(職リハ研究従事者、障害者職業カウンセラー、リハカウセリングの研究従事者)76名、障害者職業訓練機関指導員77名、計153名を対象とし、65名から回答を得た(有効回答率42.5%)。 2) 調査期間:2011/6/18〜25、7/27〜8/5 3) データ収集方法:WEB調査法と留置き調査法による自記式質問紙への回答により調査協力への同意を得た。 4) 調査内容:調査票は、2005年10月に米国で行われた調査票(Rehabilitation Research Priorities Survey)1)の翻訳版を用いた。 ①基本属性:性別、職種、障害者に対する専門職に携わっている経験年数(以下「実務年数」という。)、学歴。 ②リハの研究領域の優先順位:リハの介入、リハの成果、カウンセラーの特性、利用者の特性、リハ過程における利用者の参加、リハ教育、障害に関連した問題、発達課題と障害の8領域。優先順位(1位〜8位)で回答を求めた。 ③リハの研究課題に対する優先度:②の研究領域の下位項目として具体的なリハの研究課題63項目(表2参照)。優先度を5段階評定(優先度が低い=1、優先度が高い=5)で回答を求めた。 (2)米国調査について 全米リハ教育者協議会(NCRE、 National Council on Rehabilitation Education)の会員全数を対象とした調査(有効回答数88名)2) で、本調査では、この先行研究と同様の手法を用いた。この調査の対象者の学歴は、学部卒5.7%、博士前期課程修了10.2%、博士後期課程修了88.1%であり、職種は、高等教育機関の講師11.4%、准教授53.4%、教授25%、その他10%であり、勤続年数は、平均14年(SD=10.3)であった。 3 結果 (1)基本属性   1) 性別:男性34名(52%)、女性31名(48%)。 2) 職種:職リハ実践者(以下「実践者」という。)25名(39%)、職リハに関連した研究者(以下「研究者」という。)21名(32%)、障害者職業訓練機関指導員(「以下「指導員」という。)19名(29%)。 3) 実務年数:1年未満4名(6%)、1〜3年未満6名(9%)、3〜5年未満3名(5%)、5〜9年未満21名(32%)、9年以上31名(48%)。 4) 学歴:学部卒39名(60%)、博士前期課程修了20名(31%)、博士後期課程修了2名(3%)、その他4名(6%)。 5) 分析グルーピング:実務年数を、5年未満、5〜9年未満、9年以上の3群に分けた。学歴を学部卒、博士前期課程修了及び博士後期課程修了(以下「大学院卒」という。)の2群に分けた。その他の学歴は、分析の際は除外した。性別により職種、実務年数、学歴に有意な差があるか分析した。その結果、職種(χ2= 5.37 n.s.)と実務年数(χ2=3.27 n.s.)、学歴(χ2=3.18 n.s.)いずれにおいても、有意な差は見られなかった。 (2)リハの研究領域の優先順位 リハの研究領域の優先順位は、米国調査に倣い、まず最頻値の高さ、次に同じ最頻値の項目の中で順位の平均値の低い(優先順位は高い)順番で決定した(表1)。リハの成果や介入に関する研究領域、発達課題と障害に関する研究領域の優先度が高く、 カウンセラーの特性とリハ教育に関する研究領域は優先度が低かった。 1) 職種・実務年数・学歴による違い:職種ではリハの介入に対して、指導員が、実践者や研究者に比べ有意に優先度を低くつけていた)F=6.17、 P<.01)。実務年数及び学歴では、1%水準で有意な差は見られなかった。 2) 米国調査との比較:米国調査でも、リハの成果や介入に関する研究領域について優先度は高く、リハ教育については低かった。一方で障害に関連した問題や発達課題と障害、カウンセラーの特性では異なる結果であった。 (3)リハの研究課題の優先度 リハの研究課題63項目について優先度の高い順番に示した。加えて米国調査の結果も記載した(表2)。順位は、まず最頻値の高さ、次に同じ最頻値の項目の中で優先度の平均が高い順番で決定した。優先度の高い研究課題は、就労継続や障害者のキャリアの向上に関連するもの、エビデンスに基づいたリハの実践等であった。一方、優先度の低い研究課題は、カウンセラーの学歴や免許・資格、性別に関連したカウンセラーの態度、文化的な要因に配慮したカウンセラーの適性や教育カリキュラムであった。 1) 職種・実務年数・学歴による違い:1%水準で有意な差が見られた項目を表3に記載した。職種において、5つの項目で優先度の差は見られたものの、63項目中、表3に示す項目しか差は見られず、研究課題の優先度において職種・実務年数・学歴による大きな差はなかったと言える。 2) 米国調査との比較(リハの研究課題の内容) ①似た傾向の項目:就労の継続に関する研究、障害者のキャリアの向上、エビデンスに基づいたリハの実践課程、職業継続とキャリアアップに関する生涯発達などは本調査及び米国調査ともに高く、一方で、性別に関連したカウンセラーの態度や身体機能評価法の指導方法はともに低かった。 ②異なる傾向(30位以上の差がある)の項目:民間機関のリハサービスに関する研究、実践者に対するカウンセリング等の教育、発達障害や精神障害に関する体系的調査、職業評価について本調査の方が優先度を高くつけており、一方でカウンセラーの持っている免許や資格、文化的な要因に配慮したカウンセラーの適性やリハサービスの実践・成果、障害者差別の撤廃、福祉用具の有効性等は米国調査の方が優先度を高くつけていた。 3) 米国調査との比較(優先度得点別の項目数):本調査及び米国調査、各項目の最頻値の優先度別の項目数を表4に示した。本調査では最頻値が優先度3と優先度4の項目が多かった一方で、米国調査では優先度5と優先度4が多かった。本調査の方が、全体的に優先度を低くつけていた。 4 考察 (1)優先度が高かった研究課題 本調査では、リハの成果や介入に関する領域や発達課題と障害に関する領域、具体的な研究課題では、就労継続やエビデンスに基づいたリハの実践、キャリア形成に関連する研究課題に対して優先度が高く、これらについては米国調査でも同様の結果であった。職種別では身体障害に関わる項目において指導員の方が優先度を高く付けていた。職業訓練機関では身体障害者や知的障害者が主な対象であるのに対し、今回対象とした職リハの実践者や研究者は知的障害や精神障害に主に対応しており、このことが反映されたのではないかと予想される。障害者の就労支援の現場ですぐに活かせるような研究や実践場面で直面している問題に関する研究が求められていることが示唆された。 また日本では民間機関のリハサービスに関する研究や発達障害や精神障害に関する調査研究に対する優先度が高く、米国調査では低かった。米国に比べ、日本では民間のサービス機関が職リハサービスを提供するようになってから、まだ日が浅く、研究自体も少ない状況である。また発達障害者や精神障害者については、厚生労働省が示す通り、ここ数年のこれらの障害者の新規求職登録申込み者数の伸びは著しく3)、現場においてもこれらの障害者への対応が求められているであろう。このような状況ゆえに、これらの研究課題に対する研究実施の優先度が高くなったのではないかと思われる。 (2)優先度が低かった研究課題 本調査では、カウンセラーの特性やリハ教育について優先度が低く、一方米国調査では高かった。また本調査では、米国調査よりも、全体的に研究課題の優先度を低くつける傾向が見られた。 米国には、リハカウンセラーという職リハを担う認定資格があり、そのための高等教育機関をはじめとした教育も確立しており、日本よりも職リハ領域の教育及び研究は充実している4)。一方で、日本ではそれに対応する資格はなく、高等教育機関においても職リハの講座はほとんど導入されていない。米国では、職リハ教育が高等教育機関をはじめ、様々な場面で充実しているからこそ、研究に対する問題意識が高かったとも考えられる。一方で、日本において研究への問題意識は米国ほど高くないことも予測される。また米国のリハカウンセラーに類する職種である障害者職業カウンセラーも少ない状況である。このような状況ゆえに米国調査に比べ本調査では「カウンセラー」について具体的にイメージ゛しづらかったのかもしれない。本調査データの分析では、日本における職種や学歴による優先度の差は見られなかったものの、調査対象者の職種や学歴の違い等による日米間の差の要因研究については、今後の研究課題として残された。 職リハ領域の教育及び研究体制そのものが米国に比べ不十分な我が国では、研究への問題意識が低いことは否めない。職リハの領域の人材育成教育が充実している米国が、より一層のカウンセラーの特性やリハ教育に関する研究の必要性を感じているという現状を踏まえるなら、早急に日本の職リハ教育研究制度を見直さない限り、研究の量と質の差は開く一方である。 このような状況で、松為5)は、長年日本における職リハ教育の低さや職リハの人材育成の必要性を指摘している。良いサービスの提供のためには、提供する側の資質の向上やそのための教育は欠かせない。職リハ従事者研修の質と量のさらなる提供により、職リハ従事者が実践のみならず研究に対しても意識を向上できるようにする取り組みが必要である。 (3)本調査の課題 調査対象者の数が少なく、また属性等(職種、業務で関わる障害者の属性等)に偏りが見られ、不十分であるため、結果の一般化には制限がある。また米国の先行研究の調査項目を使用しているため、今後は日本独自のサービス制度と利用者ニーズに見合った研究課題項目の整理を行い、その内容的妥当性を確保した後に、同様の調査を定期的に行うべきである。その上で、日米間に留まらず、文化的な差異を踏まえた職リハの新たな研究課題項目の設定が必要と考える。 【引用文献】 1) Koch, LC, Schultz, JC, Hennessey, M, & Conyers, LM.:Rehabilitation research in the 21st century: Concerns and recommendations from members of the National Council on Rehabilitation Education.「Rehabilitation Education 19(1)」 p5-14. (2005) 2) Schultz J, Koch LC, Kontosh, LG.::Establishing rehabilitation research priorities for the National Council on Rehabilitation Education,「Rehabilitation Education 21(3)」p149-158,(2007) 3) 厚生労働省:平成22年度・障害者の職業紹介状況等 (2011) http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001byy8.html 4) 八重田淳:特集職業リハにおける人材育成 諸外国の状況,「職業リハビリテーション23(1)」,p42-49 (2009) 5) 松為信雄:特集職業リハにおける人材育成 国内の動向,「職業リハビリテーション,23(1)」,p34-41 (2009) テーマ別パネルディスカッションⅠ 雇用継続〜発達障害者に対する取組み〜 【司会者】 有澤 千枝 (神奈川障害者職業センター 所長) 【パネリスト】(五十音順) 神谷 和友 (株式会社NTTデータだいち ITサービス事業部 事業部長 / オフィス事業部 部長) 鈴木 慶太 (株式会社Kaien  代表取締役) 成澤 岐代子 (株式会社良品計画 総務人事・J-SOX担当 人事課) 発達障害者の雇用継続・職場定着のために −発達障害者と事業主を取り巻く支援の現状− 神奈川障害者職業センター 所長 有澤 千枝 1「発達障害」について ※一部を除き「平成23年版障害者職業生活相談員資格認定講習テキスト」から引用 【発達障害者支援法における定義】 「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他こ れに類する脳機能障害であってその症状が通常低年齢において発言するものとして政令で定めるも の」   ◆知的障害のない広汎性発達障害(高機能自閉症/高機能アスペルガー症候群) ①社会性(対人関係)の問題 ②コミュニケーションの問題 ③想像力の問題     ・障害認識を含め自己理解が不十分 ・抽象的な指示の理解が不得意     ・複数の事柄を同時平行で進めることが苦手 ・人間関係の構築が苦手      ・見通しを持つことが苦手 ・臨機応変な対応不得意   ◆学習障害(LD)     ・読字障害・算数障害・書字障害     ・テストの成績がはるかに低い、障害が学業成績または日常活動に明白に支障   ◆注意欠陥多動性障害(ADHD)                ・不注意もしくは多動性・衝動性について発達水準に照らして相応しない不適応症状が長期にわ たって継続 2 発達障害者に対する支援施策の概要 ◆拡充されている支援施策    発達障害者支援整備事業/発達障害者支援センター運営事業/発達障害者支援開     発事業/若年コミュニケーション能力要支援者就職プログラム など        ◆雇用支援施策の発達障害者の適用範囲(主なもの)  ○→ ハローワークにおける専門的な支援や求人開拓、地域障害者職業センター等におけ       る職リハサービス、障害者職業能力開発校等における職業訓練、トライアル雇用、 発達障害者雇用開発助成金、精神障害者等ステップアップ雇用奨励金など 3 神奈川障害者職業センターの発達障害者に対する支援状況 会社紹介・雇用継続に必要なこと 株式会社NTTデータだいち  ITサービス事業部 事業部長 / オフィス事業部 部長 神谷 和友 発達障害者の雇用継続に関するKaienの取り組み 株式会社Kaien 代表取締役 鈴木 慶太 ◇Kaienの説明 当社は『発達障害の長所を活かす』を目指し2009年に創業。アスペルガー症候群・自閉症スペクトラムなどの発達障害者が強み・特性を活かした仕事に就き、活躍する事を応援するプロフェッショナルファームである。発達障害者の成人向けに特化した就職・職場定着の総合的な支援を行なっている。東京都から障害者委託訓練を受託している他、横浜市からはモデル事業として発達障害者就労支援事業を受託している。後者については診断前・障害者手帳取得前の発達障害が疑われる大学生・および20代を対象としている。これに加えて職業訓練を修了した人を障害者枠で人材紹介しており、その先として定着支援を行なっている。今年夏からは発達に凸凹がある10代向けの部活動&学習支援塾も開校している。 ◇雇用継続に関する当社のアプローチ 当社で直接雇用する発達障害者は1名のみ。このため当社が就職支援をした数十人は他企業・団体に就職している人たちである。当社訓練生の8割は就職を果たしているが、その方々の定着率はこれまで9割と高いレベルといえる。その秘訣となっているのが、やはり「人のつながり」をつくることである。 当社は、約70人が参加するソーシャル・ネットワーキング・サイト(SNS)を独自に運用している。「かいえんぴあ」と呼んでいる。ここに50人程度の発達障害者と、当社スタッフ、くわえて発達障害者の支援員・関係者が入っている。かいえんぴあは、ツイッター、ミクシーと同様で、匿名で参加でき、インターネット上で情報をやり取りしている。「かいえんぴあ」の中で人気になっているのは日記や話題別のコミュニティでのやりとりである。オンライン上の会話を主導するのは就職を果たした人である。彼らが就職したばかりの人、あるいは就職活動をしている人を励ましているのが通常である。 「かいえんぴあ」は名前の通り、ピアサポートを行う場所である。企業にとって定着支援は非常にコストの掛かることであり、したくても十分にはできない。これを補うためにピアサポートを導入している。発達障害の人はこれまで友人も少なく、あるいはまったくなく、「人のつながり」を感じたことがない人が圧倒的に多い。このため「つながり」を求めており、そのつながりを求める力をピアサポートで利用している。「かいえんぴあ」では、「発達障害」と「仕事」以外の話題は基本的にしないようにお願いしている。それでも1日5件程度の投稿はあり、ひとつの投稿に対するコメントは3〜10つくのが通常である。会員が3日以内に「かいえんぴあ」にログインする率は8〜9割程度。非常にアクティブな「つながり」といえる。この「つながり」を構築する費用は月に1万円程度。安価で当社のような小さな企業でも導入できている。導入からまだ1年もたっていないがほぼ軌道に乗っているといえる。 もちろんあったことのない人と、ほんとうの意味のつながりを持つのは難しい。そこで当社では月に数回オフ会という直接会えるイベントを開催している。スタッフが開催することもあるが、会員、つまり当事者が独自に開催することもある。先日はロールプレイングゲームの大会が開かれていた。こういったオフ会は、SNSのつながりを活発に強くすることを目的にしている。つまりオフ会のためのSNSではなく、SNSの為のオフ会であるし、今後もSNSを軸に定着支援をしていくつもりである。 発達障害者の雇用継続に関する取組み            株式会社良品計画 総務人事・J-SOX担当 人事課 成澤 岐代子 1 会社概要 ①主な事業 「無印良品」を中心として専門店事業の運営/商品企画/開発/卸し及び販売 ②障害者数 2 障害者雇用主旨 社会的責任を果たし、障がいをもたれる方にも、「働きがいのある会社」となるため障害者の雇用をすすめる。 *ハートフルプロジェクトの発足 ①良品ビジョンの実現(働く仲間の永続的な幸せ) ②企業風土の醸成(仲間を信じ助け合い、ともに育つ) ③定着率のアップ 3 発達障害者の方の仕事の内容 ・個々の特性・能力にあわせた仕事 ・武蔵野→入力業務、経理業務、池袋本部→メール業務、事務補助、店舗→品だし、おたたみ、清掃、商品メンテナンス、賞味期限チェック、梱包、値替え、グリーンのメンテナンス、倉庫整理、荷捌き、荷受け等 4 雇用定着のための会社の支援 ①発達障害者の方が自信をもち、生き生きとやりがいをもって、働けるように各自の特性を正確に把握、その人にあった雇用管理を行う。 ・作業面、コミュニケーション面、体調・メンタル面の課題点について特性・個性別にサポートする体制の構築 ・真面目、集中力の高さ、ルールや規則を守る、前向きに努力する姿勢等の特性を伸ばし活かす。 ・個々の特性に応じた職場配置、職務内容 ・職場における作業意欲の援助 ・個別相談による問題点の把握と解決・作業環境の見直し ②支援機関、医療機関、公的機関(ハローワーク)との連携、各役割を分担、情報を共有しサポートしていく体制を築く=「チーム支援力」 テーマ別パネルディスカッションⅡ 雇用継続〜中小企業における取組み〜 【司会者】 秦 政 (特定非営利活動法人障がい者就業・雇用支援センター 理事長) 【パネリスト】(五十音順) 伊澤 壯樹 (立川公共職業安定所 雇用指導官) 小林  信 (全国中小企業団体中央会 労働政策部長) 鈴木 厚志 (京丸園株式会社 代表取締役) 中小企業における障がい者雇用促進と雇用継続を考える 特定非営利活動法人障がい者就業・雇用支援センター  理事長 秦 政(はた まこと) 雇用継続〜中小企業における取組み〜 立川公共職業安定所 雇用指導官 伊澤 壯樹 1 立川管内の障害者雇用状況   立川所の管内概況   6月1日現在の障害者雇用状況報告に基づく障害者雇い入れ状況   企業訪問で感じる中小企業の障害者雇用に対する意識 2 雇用指導業務について   障害者雇用状況の把握   障害者雇用率制度に基づく行政措置   障害者雇用に関する助言・指導 3 雇用指導の具体的事例 (1)施設見学から採用が進んだ事例    ・障害者雇い入れ計画作成命令対象企業    ・障害者に対する誤った認識のために障害者雇用を拒んでいた    ・特別支援学校の見学を機に、採用内定まで進んだ (2)職務の切り出しから採用が進んだ事例    ・障害者雇用経験のない企業    ・職域の開発について相談を受ける。    ・職場を見学し、障害者の行える作業の切り出しをし、支援機関登録者の実習から採用に進んだ。 (3)職場の受け入れ環境を整えたことで受け入れがスムーズに行った事例  ・障害者雇い入れ命令2年目の企業  ・「求人は出すも募集がない。」「社内の受け入れ体制ができていない。」との相談を受ける。  ・求職者情報、セミナー情報の積極的な提供、採用前の社内ガイダンスの実施、ジョブコーチ支援の活用などで受け入れがスムーズに行った。 (4)採用後の雇用管理に関する援助で雇用継続できた事例 ・障害者雇い入れ再命令1年目の企業 ・命令1年目に採用した障害者の雇用管理に失敗してしまった ・雇用管理について障害者職業センターの支援を受けて、障害者との関係も好転して雇用が継続し、その後、さらに4名の採用に成功した。 4 まとめ   まずは障害者にあってほしい   何ができるかという視点で仕事を切り出してほしい   雇用管理の重要性を知ってほしい   支援機関を積極的に活用してほしい 雇用継続〜中小企業における取組み〜 全国中小企業団体中央会 労働政策部長 小林 信 近年、障害者の就労意欲の高まりなどにより、障害者雇用は着実に進展しているものの、中小企業における障害者雇用は、大企業に比べて障害者雇用率などをみても横這い、減少傾向にあり、障害者の雇用機会が十分に確保されていない状況にある。 多くの中小企業は、地域に根ざし、地域社会の一員として自覚を持ち、障害者雇用の受け皿となり障害者の受入れを行ってきている。しかし、長引く不況や企業間競争の激化等を理由に、中小企業における障害者雇用の企業数、従事障害者数は減少している。 1 「中小企業における障害者雇用実態調査」からみた傾向 本会では、平成21年度に「中小企業における障害者雇用実態調査」(全国32,782事業所、回答事業所9,582事業所(回答率29.2%))を実施した。これは、常用労働者総数が300人以下であり、かつ、障害者の実雇用率が法定雇用率1.8%に達していない事業所を対象に、中小企業における障害者雇用の現状や中小企業の障害者雇用に対する意向等の実態把握等を目的に実施したものである。 この調査結果によると、「現在、障害者を雇用している」事業所が37.4%、「現在は障害者を雇用していないが、過去に雇用していた」事業所が26.2%と、現在・過去において障害者雇用をしたことのある事業所が63.7%となっている。 今後の障害者雇用の考え方については、「新規雇用する予定である」事業所が5.7%、「新規雇用を検討中である」事業所が32.1%と前向きである事業所もある一方、「新規雇用する予定がない」事業所が60.4%となっており、従業員規模が小規模になるほどその比率は高くなっている。 障害者を雇用するうえでの動機・理由は、「企業としての社会的責任・義務のため」が60.4%、「法定雇用率を満たすため」が50.4%、「十分な能力をもっているため」が51.6%と、高くなっている。 障害者を雇用するうえでの不安・課題については、「担当業務の選定」が83.4%、「職場の設備の改善」が55.4%、「周囲とのコミュニケーション」が39.4%となっている。 2 障害者雇用を実践する中小企業からの評価  障害者雇用をしている中小企業からは、概して「まじめで、素直で、責任感が強く、協調性があり、持続性に富んでいる」との評価を得ている。また、「社内に思いやりをもって互いに共生し合える暖かい企業風土が形成された」、「障害者はほとんど欠勤することがなく、勤務の配置を考える上で戦力として評価できる」、「障害者を育てることは、企業全体のレベルアップにもなり、障害者を育てる人=従業員が育つことにつながる」との意見もある。 3 中小企業経営者の意識改革ときっかけづくりが重要  中小企業で障害者雇用を推進する上では、経営者への理解を得ることが重要であり、障害者雇用を進めている企業事例、企業視察等を通じて、経営者への理解を深め、意識改革を図ることが大切である。  また、障害者雇用のきっかけがないと障害者雇用は進まない。まずは、職場実習やトライアル雇用などを通じて、そのきっかけづくりをすることが重要である。 4 支援者に求められる意識と行動  障害者雇用を推進する支援者・支援機関は、障害者の障害の種類・内容等について、中小企業経営者に対しても十分に理解させることが必要である。 また、障害者雇用を行っていない事業所に対しては、どのような業務で、どのような障害者が就業可能か、職場環境改善のためにどのような助成措置、公的支援があるか等、適切に紹介・アドバイスできる能力をもつことが重要である。 5 中小企業における障害者雇用の重要性  大企業における特例子会社は、全ての地域にあるわけではない。中小企業は、我が国あらゆる地域に点在する。障害者が生活してきた身近なところでの就業について優先することが大切。 中小企業は、規模が小さいからこそ労務管理や作業管理の側面で目が行き届き、障害者雇用にも適した一面もある。  国は、中小企業における障害者雇用を推進する見地で、中小企業の支援、支援団体、教育機関等への支援策の充実、強化を図ることが必要である。  しかし、中小企業といってもあらゆる規模、業種、業態があり、障害者雇用を強制、義務化することになじまない企業もあり、これら企業への配慮も忘れてはならない。 雇用継続〜中小企業における取組み〜 京丸園株式会社  代表取締役 鈴木 厚志 農園概要 (2011年) ●社名   京丸園株式会社 「創立2004年10月」 ●代表者  鈴木厚志 ●所在地  静岡県浜松市南区鶴見町380-1 URL http://www.kyomaru.net ●経営理念 『笑顔創造』 笑顔は人と人との和の始まり。 互いの笑顔が互いの支えとなるように。 私たちの智慧と手足は、心からの笑顔を創るために存在します。 ○ユニバーサル農園の基本的な考え方 「働く個人ごとに役割を持て、人との繋がりの中で、幸せを感じられる仕事づくりを目指します」        企業活動はすべて、人の幸せのためにあります。        正直に働き、品質の良い農産物を作り、お客様から仕事の評価を頂けること、そして結果として、利益とやりがいを生み出せることが、真の社会参加となります。        京丸園での働きが、関わる人々すべての人達の「喜びと安心と誇り」となれるような運営努力をしていきます。        私たちの目指すユニバーサル農園とは、福祉のための農園ではなく、「農業経営における幸せの追求」です。 ●労働力  10代から80代まで、62名が役割を持って働いています。 作業委託 特例子会社「ひなり」・就労移行B型「あぐり」 ●事業内容 水耕部 「毎日、緑を食卓に!」 1973年より             京丸姫みつば・京丸姫ねぎ・京丸姫ちんげん        土耕部 「孫に食べさせたくて!」            京丸こしひかり【無農薬あいがも農法】・水菜       心耕部 「農を通した働きの場づくり」            コンストラクティブリビング【森田療法・内観法 ホームページについて   本発表論文集や、障害者職業総合センターの研究成果物については、一部を除いて、下記のホームページからPDFファイル等によりダウンロードできます。 【障害者職業総合センター研究部門ホームページ】 http://www.nivr.jeed.or.jp 著作権等について 視覚障害その他の理由で活字のままでこの本を利用できない方のために、営利を目的とする場合を除き、「録音図書」「点字図書」「拡大写本」等を作成することを認めます。その際は下記までご連絡下さい。 なお、視覚障害者の方等で本発表論文集のテキストファイル(文章のみ)を希望されるときも、ご連絡ください。 【連絡先】 障害者職業総合センター研究企画部企画調整室 電 話  043−297−9067 FAX  043−297−9057 E-mail kikakubu@jeed.or.jp 第19回 職業リハビリテーション研究発表会 発表論文集 編集・発行独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障 害 者 職 業 総 合 セ ン タ ー 〒261-0014 千葉市美浜区若葉3−1−3 TEL043−297−9067 FAX043−297−9057 発行日2011年12月 印刷・製本 株式会社こくぼ