第18回 職業リハビリテーション研究発表会 発表論文集 開催日・会場 平成22年11月29日(月) 幕張メッセ国際会議場 11月30日(火) 障害者職業総合センター 主催 独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 ご挨拶 「職業リハビリテーション研究発表会」は、障害者の職業リハビリテーションに関する調査研究や実践活動を通じて得られた多くの成果を発表し、ご参加いただいた皆様の間で意見交換、経験交流等を行っていただくことにより、広くその成果の普及を図り、職業リハビリテーションの発展に資することを目的として、毎年度開催しており、今年で18回目を迎えました。今回も全国から多数の皆様にご参加いただき、厚く御礼申し上げます。 障害のある人達の雇用は、近年着実に進んでおり、本年6月の雇用率は6年連続で上昇し、1.68%と過去最高の水準となっております。しかしながら、法定雇用率未達成企業の割合は53%となお半数以上あり、さらに障害者雇用促進法の改正により新たに納付金制度の適用対象となった100〜299人規模企業の実雇用率は前年度に比べ大幅に上昇したものの99人以下の企業も含めて、中小企業の実雇用率は依然低い水準にとどまっています。また、近年はハローワークに求職を申込まれる精神障害者や発達障害者等が大きく増加しています。当機構におきましては、こうした状況に対応し、「福祉から雇用へ」という政策の方向性や障害のある人達の就業意欲の高まりに応え、一人でも多くの方々が雇用機会を得ることができるよう、福祉、医療、教育、生活等の各分野との密接な連携の下に、障害のある人達や企業に対する専門的支援を積極的に推進しております。 具体的には、障害者雇用の近年の動向を踏まえ、精神障害・発達障害・高次脳機能障害等に対する支援の強化を図るなど、ニーズに応じた専門的な就労支援サービスの実施に取り組んでおります。特に、今年度は地域の関係機関に対する職業リハビリテーションに関する助言・援助、うつ病等により休職と復職を繰り返す、休職期間が長期化するといった復職支援の困難な事案に対応するための個別実践型リワークプログラムによる精神障害者の復職支援、就業環境が変わると業務の円滑な遂行が困難になる、身体動作の制限から特別な機器による訓練が必要であるといった職業訓練を行う上で特別な支援が必要な障害者のための特注型の訓練メニューに基づく企業内訓練と就業継続のための技術的支援の一体的実施による先導的職業訓練といった新業務の的確な実施に努めております。 障害のある人達の自立と社会参加を推進するためには、様々な分野の皆様が、互いに連携・協力し、必要な知識や情報を共有していくとともに、それらを現場で実践していくことが極めて重要であります。 今回の研究発表会では、障害者の雇用・就業をめぐる最近の状況や課題を踏まえ「障 、害者の雇用拡大のために−いま、企業、就労支援機関に求められるもの−」をテーマとして開催することといたしました。皆様からの研究発表は過去最多の101題となり、なかでも企業関係者の方々の発表が増えたことから「企業が望む就労支援」「企業にお ける発達障害者雇用の取り組み」の分科会を新たに設けたほか、特別講演「わが社の障がい者雇用の実際と今後」、パネルディスカッション「企業の視点から障害者の雇用を考える」、参加者との討議を主眼としたワークショップを行うこととしております。ワークシ 」ョップは昨年度の2会場から3会場に増やし「学校教育から就労への円滑な移行を考え る」、「発達障害者の雇用支援の課題」、「精神障害者の職場定着を進めるために」について討議することとしております。 この研究発表会が皆様の今後の業務を進めるうえで少しでもお役に立つことができ、また、調査研究や実践活動の成果が皆様の間での意見交換、経験交流等を通じて広く普及し、職業リハビリテーションの発展に資することとなりますことを念願しております。 最後になりましたが、今回の研究発表会にご参加いただきました皆様に重ねて厚く御礼申し上げますとともに、障害者、高齢者の雇用支援という当機構の業務運営に引き続き特段のご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げまして、ご挨拶といたします。 平成22年11月29日独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構理事長戸苅利和 プ ロ グ ラ ム 【第1日目】平成22年11月29日(月) 会場:幕張メッセ 国際会議場 ○基礎講座 ○研究発表会 時 間 内 容 10:00 受 付 10:30 Ⅰ 「精神障害の基礎と職業問題」講  師:村山 奈美子( 障害者職業総合センター 研究員) 〜 基礎講座 Ⅱ 「発達障害の基礎と職業問題」講  師: 田村 みつよ( 障害者職業総合センター 研究員) 12:00 Ⅲ 「高次脳機能障害の基礎と職業問題」講  師:田谷 勝夫( 障害者職業総合センター 主任研究員) 時 間 内 容 12:30 受 付 13:30 開会式 挨  拶 : 戸苅 利和 ( 独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 理事長) 13:40 14:55 特別講演 講  師:大沢 恒雄氏( 株式会社アルペン人事部長)「わが社の障がい者雇用の実際と今後」 休 憩 15:05 17:00 パネルディスカッション 「企業の視点から障害者の雇用を考える」 司 会 者:秦  政氏( 特定非営利活動法人障がい者就業・雇用支援センター 理事長)パネラー: 岩切 貴乃氏( 株式会社東芝 多様性推進部部長)湯田 正樹氏( 株式会社キユーピーあい 代表取締役社長)鈴木 慶太氏( 株式会社Kaien  代表取締役)岳尾 裕二氏( 株式会社アルペン 人事部採用教育グループ)岡野 茂( 東京障害者職業センター所長) 【第2日目】平成22年11月30日(火) 会場:障害者職業総合センター 時 間 内 容 9:00 受 付 9:40 11:20 〜 研究発表 口頭発表 第1部 休 憩 11:30 12:40 〜 研究発表( 昼食) ポスター発表 休 憩 13:00 14:40 〜 研究発表 口頭発表 第2部 休 憩 15:00〜〜 ワークショップ コーディネーター: 原田 公人氏( 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 教育支援部総括研究員)コメンテーター: 石川 誠氏( 株式会社いなげやウィング管理運営部長)菊地 直樹氏( 東京都立あきる野学園 主幹教諭)寳澤 義行氏( 千葉労働局職業安定部職業対策課 地方障害者雇用担当官)西野 隆弘氏( 障害者就業・生活支援センターCSA  所長)Ⅰ 「学校教育から就労への円滑な移行を考える」 コーディネーター: 望月 葉子( 障害者職業総合センター主任研究員)コメンテーター: 内藤 哲氏( 東京海上ビジネスサポート株式会社 大阪支社 支社長)細田 敦史氏( 株式会社クレスコ 人事部副部長 )木村 啓子氏( 神奈川労働局職業安定部職業対策課 地方障害者雇用担当官)渡邊 典子( 愛知障害者職業センター主任障害者職業カウンセラー)Ⅱ 「発達障害者の雇用支援の課題」 17:00 コーディネーター: 相澤 欽一( 障害者職業総合センター主任研究員)コメンテーター: 大場 俊孝氏( 株式会社大場製作所 代表取締役・栗原市障害者就労支援センター理事長)中川 正俊氏( 田園調布学園大学 人間福祉学部人間福祉学科 教授)清水 眞由美氏( 府中公共職業安定所 専門援助第二部門 統括職業指導官)佐藤 珠己氏( 厚生労働省職業安定局 高齢・障害者雇用対策部障害者雇用対策課 主任障害者雇用専門官)Ⅲ 「精神障害者の職場定着を進めるために」 17:00 閉 会 目 次 【特別講演】 「わが社の障がい者雇用の実際と今後」 講師:大沢 恒雄  株式会社アルペン 人事部 【パネルディスカッション】 「企業の視点から障害者の雇用を考える」 司会者:秦  政特定非営利活動法人障がい者就業・雇用支援センター12 パネラー:岩切 貴乃株式会社東芝 多様性推進部13 湯田 正樹株式会社キユーピーあい15 鈴木 慶太株式会社Kaien16 岳尾 裕二株式会社アルペン 人事部採用教育グループ岡野 茂東京障害者職業センター17 【口頭発表 第1部】 第1分科会:企業における採用・配置の取組み 1 共に働き、共に喜びを分かち合うために −「障がいのある人の雇用促進研究会」を通じて皆で考える 2 「能力開発・改善活動・職域拡大」を融合させた働きやすい職場環境づくり 3 企業で働くということ −社員として、社会人として 4 上肢障がい者作業性向上改善活動について−障がい者の困りが職場改革のチャンス 5 就労は障がいを軽減する『自立・寛解』 −健常者の目線に制限されない職域の拡大 第2分科会:企業における発達障害者雇用の取組み ○ 広瀬 文郎西田 晴泰 吉岡 隆 ○ 和泉 圭良子小山 奈弥 ○ 西村 和芳友井 俊輔 ○ 遠田 千穂槻田 理木村 健太郎 本田技研工業株式会社ホンダ太陽株式会社 20 オムロン京都太陽株式会社 22 大東コーポレートサービス株式会社大東コーポレートサービス株式会社 26 サンアクアTOT O株式会社サンアクアTOT O株式会社 28 富士ソフト企画株式会社富士ソフト企画株式会社富士ソフト企画株式会社 30 1 特例子会社における発達障害者の職域拡大について ○ 内藤 哲広岡 亜弓 東京海上ビジネスサポート株式会社東京海上ビジネスサポート株式会社 34 2 軽度発達障害者の本人主導の就職活動における課題と支援の取り組み−発達障害者の就職支援における一考察 石井 京子 テスコ・プレミアムサーチ株式会社 36 3 発達障害者向けのIT訓練 −自閉症とソフトウェアテストの職業訓練を通じて ○ 鈴木 慶太納富 恵子猪瀬 桂二 株式会社Kaien福岡大学教職大学院日本放送協会 40 4 就労支援冊子の紹介 −『職場で使える虎の巻』発達障がいのある人たちへの八つの支援ポイント ○ 高井 賢二吉森 みどり 社会福祉法人さっぽろふくしひかり福祉会 ひかり工房札幌市保健福祉局 42 5 発達障害者の雇用を進める取り組みについて−地域センターサービスを駆使した体系的支援 ○ 四方 宣行矢代 美砂子中條 靖子 神奈川障害者職業センター神奈川障害者職業センター神奈川障害者職業センター 46 第3分科会:企業における雇用確保の方策、キャリア形成 1 障害者雇用において事業主が提供する各種支援の実態について−障害者の均等待遇に向けた各種支援の検討(中間報告) ○ 平川 政利指田 忠司 障害者職業総合センター障害者職業総合センター 50 2 コミュニケーションスキル育成とキャリアレディネスに関する研究 ○ 栗田 るみ子園田 忠夫 城西大学経営学部東京障害者職業能力開発校 54 3 障害者の円滑な就業の実現等にむけた長期継続調査(パネル調査)−障害のある労働者の職業サイクルに関する第1回アンケート調査(職業生活後期調査)結果報告 ○ 田村 みつよ亀田 敦志山下 英三 障害者職業総合センター障害者職業総合センター障害者職業総合センター 58 4 中小企業における障害者雇用に関する実態と意識について−各種調査の分析から ○ 笹川 三枝子佐渡 賢一平川 政利河村 恵子岡田 伸一佐久間 直人 障害者職業総合センター障害者職業総合センター障害者職業総合センター障害者職業総合センター障害者職業総合センター障害者職業総合センター 62 5 「就労移行支援のためのチェックリスト」からみた就職継続者と現利用者と山田 輝之青い鳥福祉会 多機能型事業所よるべ66 の比較検討 第4分科会:職域拡大;農業分野における障害者雇用の取組み 1 農作業を活用した就労支援平井 正博 2 教育福祉農場構築に向けた岐阜大学の取り組み○ 大場 伸哉矢野 倫子池谷 尚剛安田 和夫菊池 啓子 3 農業分野における障害者雇用と支援のあり方について○ 河村 恵子佐渡 賢一 4 「マニュアル作成」を通した農業分野の障がい者就労支援○ 山下 仁片山 千栄唐崎 卓也石田 憲治 5 農村地域の活力向上の視点からみた障がい者の就農支援○ 坂根 勇片山 千栄山下 仁唐崎 卓也石田 憲治 株式会社かんでんエルハート 70 岐阜大学応用生物科学部附属岐阜フィールド科学教育研究センター岐阜大学応用生物科学部附属岐阜フィールド科学教育研究センター岐阜大学教育学部岐阜市立特別支援学校中部学院大学短期大学部 74 障害者職業総合センター障害者職業総合センター 78 (独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所(独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所(独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所(独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所 82 (独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所(独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所(独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所(独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所(独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所 86 第5分科会:福祉的就労から一般雇用への移行 1 民間企業内「ショップいぶき」開店 −新たな就労訓練へのコラボレーション 2 就労支援に特化し最低賃金を保障する京都フォーライフの取り組み −就労継続支援A型事業所を安定的に運営し真の社会起業を目指す京都フォーライフ 3 働きたい気持ちを高めるために −初めての就労支援を経験して 4 障害者自立支援法における応益負担制度の就労支援上の問題点 −障害者自立支援法違憲訴訟の経緯、和解の内容を踏まえて 5 チャレンジ雇用の効果と支援者の役割 −チャレンジ雇用から企業就労への移行支援を通して 第6分科会:高次脳機能障害(1) ○ 齋藤 芳久清水 静雄松本 美保 堀田 正基 河村 真澄 徳田 暁 ○ 小林 哲西村 周治 社会福祉法人恵友会 社会就労センターいぶき社会福祉法人恵友会 社会就労センターいぶき社会福祉法人恵友会 社会就労センターいぶき 88 特定非営利活動法人障害者就労支援業所 京都フォーライフ 92 ワークホームつつじ 96 横浜弁護士会/障害者自立支援法訴訟東京弁護団 98 練馬区立貫井福祉工房東京ジョブコーチ支援室 102 1 失語症者に対する連携就労支援の実態調査○ 青林 唯障害者職業総合センター106 田谷 勝夫障害者職業総合センター 2 医療機関における失語症者への就労支援とその可能性について○ 廣瀬 陽子医療法人社団北原脳神経外科病院110 飯沼 舞医療法人社団北原脳神経外科病院 3 高次脳機能障害者の就労準備支援におけるグループワークの役割望月 裕子東京都心身障害者福祉センター114 4 高次脳機能障害者の就労準備支援におけるチェックリストの活用の実践棚本 智子東京都心身障害者福祉センター118 5 若年性認知症者の就労継続に関する研究 −事業所支援における対応○ 伊藤 信子障害者職業総合センター122 のあり方の検討−田谷 勝夫障害者職業総合センター 第7分科会:重度身体障害 1 当院における障がい者の就労状況調査○ 齋木 秀夫平石 武士篠原 さやか片野田 成昭篠田 浩臣海津 陽一石川 奈保外里 冨佐江山口 俊輔岩崎 希下田 佳央莉 2 トレーニング用バーチャルオフィスの開発○ 山中 康弘伊藤 和幸井上 剛伸 3 点図と点字によるコンピュータ教材の開発○ 鈴木 和生福田 隆昭竹内 淑子 日高リハビリテーション病院 126 日高リハビリテーション病院 日高リハビリテーション病院 日高リハビリテーション病院 日高リハビリテーション病院 日高リハビリテーション病院 日高病院リハビリテーションセンター 群馬大学医学部 老年病研究所付属病院 老人保健施設けやき苑 群馬大学医学部附属病院 国立障害者リハビリテーションセンター研究所 130 国立障害者リハビリテーションセンター研究所 国立障害者リハビリテーションセンター研究所 国立吉備高原職業リハビリテーションセンター 134 国立吉備高原職業リハビリテーションセンター 国立吉備高原職業リハビリテーションセンター 4 ロービジョン者のためのパソコン画面拡大ツールの変遷について岡田 伸一障害者職業総合センター136 5 リハ専門病院における重度身体障がい者への在宅就労に向けた支援の ○ 松元 健 神奈川リハビリテーション病院 140 取り組み 泉 忠彦 神奈川リハビリテーション病院 今野 政美 神奈川リハビリテーション病院 岩本 綾乃 神奈川リハビリテーション病院 飯塚 治樹 神奈川リハビリテーション病院 椎野 順一 神奈川リハビリテーション病院 第8分科会:復職支援 1 人口100万人都市におけるリワークプログラムの実践 −より有益な社会資源を目指して ○ 菰口 陽明落合 俊明澤田 恭一執行 良子丸山 次郎山本 理佳代吉村 晋平久後 祐子桑本 康生 医療法人社団更生会 草津病院医療法人社団更生会 草津病院医療法人社団更生会 草津病院医療法人社団更生会 草津病院医療法人社団更生会 草津病院医療法人社団更生会 草津病院医療法人社団更生会 草津病院医療法人社団更生会 草津病院医療法人社団更生会 草津病院 144 2 うつ病などメンタルヘルス不全休職者の復職後職場定着への事業主及び復職者のニーズに関する一考察 関根 和臣 福井障害者職業センター 148 3 高次脳機能障害の復職支援 −事例を通し、復職・就労継続に必要な支援を考察するー ○ 植田 正史秋山 尚也 聖隷福祉事業団 浜松市リハビリテーション病院聖隷福祉事業団 浜松市リハビリテーション病院 152 4 高次脳機能障害者の職場復帰支援プログラムにおける失語症を有する者に対する支援 ○ 池田 優井上 満佐美安房 竜矢野中 由彦 障害者職業総合センター職業センター障害者職業総合センター職業センター障害者職業総合センター職業センター障害者職業総合センター職業センター 154 5 支援機関を利用しないうつ病等休職者への復職支援 −トータルパッケージ活用の試み ○ 加賀 信寛内田 典子中村 梨辺果 障害者職業総合センター障害者職業総合センター障害者職業総合センター 158 【口頭発表 第2部】第9分科会:企業における雇用継続・職域拡大 1 障がい者の個性を活かす環境作りへの挑戦 −個性に合せた職場環境荒木 広重ソニー・太陽株式会社162 作りによる職域拡大とモチベーションの向上 2 障がい者雇用の取り組み −18年間の職域拡大を振り返って−鍵和田 幹夫株式会社西友サービス166 3 マルイキットセンター雇用継続への取り組み −業務とチームワークとネッ武居 哲郎株式会社マルイキットセンター170 トワーク 4 「やってみよう!パソコンデータ入力」のバージョンアップについて岡田 伸一障害者職業総合センター174 5 「知的障害者の駅前ハンバーガーショップでの挑戦!」 −ファストフード白樫 孝社会福祉法人青谷学園 青谷学園授産施設178 店におけるマニュアル化されたオペレーションの検証 第10分科会:企業が望む就労支援 1 「企業における」障がい者雇用について−企業が望む就労支援−白砂 祐幸株式会社アイエスエフネットハーモニー182 2 もし企業の障がい者指導者が知的障がい児の教育を行ったら−知的障○ 植松 若菜株式会社リースサンキュー184 がい者が一般企業に就労する前に習得しておいてもらいたいこと−佐藤 幸子株式会社リースサンキュー 3 企業の視点から見た精神障がい者職場定着支援における可能な配慮と中嶋 由紀子株式会社かんでんエルハート188 制約 4 企業と非営利組織等との協業による障害者雇用の取組み −実践事例の内木場 雅子障害者職業総合センター192 聞取り調査から 5 地域の支援機関との連携に関する一考察 −休職を繰り返してきた知的○ 佐藤 大作香川障害者職業センター196 障害者の職場適応の事例−脇 洋子香川障害者職業センター 第11分科会:学校から職場への移行 1 特別支援学校(知的障害)における円滑な就労移行支援の在り方 −環境の変化に伴う生徒のセルフマネージメントスキルを高めるために 2 千葉県立千葉特別支援学校の就労支援 −地域資源、ネットワークの活用 3 県立広島大学の食堂における知的障害者の就労体験の取り組み 4 高等学校における学びを支えるための実践的研究 −発達障害のある生徒の支援に関するアンケート調査の結果を中心に ○ 芦澤 正也渡辺 明弘 多田 康一郎 ○ 三原 博光松本 耕二 ○ 庄司 喜昭畔蒜 秀彦渡辺 あけみ白坂 佐知子高尾 早苗松本 巌唐鎌 和恵 静岡大学教育学部附属特別支援学校高等部静岡大学教育学部 200 千葉県立千葉特別支援学校 204 県立広島大学保健福祉学部広島経済大学教養教育部 208 千葉県総合教育センター千葉県総合教育センター千葉県総合教育センター千葉県総合教育センター千葉県総合教育センター千葉県立我孫子支援学校教育庁南房総教育事務所安房分室 212 第12分科会:就労支援に携わる人材の育成と評価技法 1 障がい者就労支援コーディネーター養成モデルカリキュラムの開発(2) ○ 堀川 悦夫 佐賀大学医学部 216 −開講初年度の諸活動と学生の反応 福嶋 利浩 佐賀大学高等教育開発センター 韓 昌完 佐賀大学高等教育開発センター 井手 將文 佐賀大学高等教育開発センター 2 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける職場対人技能 ○ 越後 和子 障害者職業総合センター職業センター 218 トレーニング(JST)の実践 −アセスメントと個別支援の試み 小田 訓 障害者職業総合センター職業センター 井上 量 障害者職業総合センター職業センター 3 「作業の興味・関心チェック」を活かした就労支援の試み 後藤 英樹 足立区障がい福祉センター 222 4 就労支援専門職育成に関する留意点 −障害管理の視点から 石川 球子 障害者職業総合センター 226 5 「福祉から就労」を支える人材 −就労支援に関わる人材育成の現状と課 ○ 鈴木 修 特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん 230 題 水野 美知代 特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん 第13分科会:地域におけるネットワーク・連携、HIV、難病支援 1 研修プログラムの開発とその効果評価 −免疫機能障害者「HIV陽性者」支援の準備性を向上 ○ 生島 嗣兵藤 智佳大塚 理加大槻 知子 特定非営利活動法人ぷれいす東京早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター国立長寿医療研究センター財団法人エイズ予防財団リサーチ・レジデント 234 2 企業に対する免疫機能障害者の雇用支援の取り組み −東京障害者職業センターとNP O法人ぷれいす東京の連携 ○ 松原 孝恵生島 嗣 東京障害者職業センター特定非営利活動法人ぷれいす東京 238 3 難病のある人の地域就労支援の効果の経時的評価 −モデル事業における支援対象者の視点から 春名 由一郎 障害者職業総合センター 242 4 就労への好循環を支える条件と検証 −制度の運用におけるインフォーマルな支援 中村 正利 宮城県知的障害者福祉協会/まどか荒浜 246 5 チーム支援と地域でのネットワーク作り −多職種の連携 亀井 あゆみ 社会福祉法人かんな会 障害者就業・生活支援センター トータス 248 第14分科会:高次脳機能障害(2) 1 高次脳機能障害者の職場定着への取り組み −医療機関としてのリハビリ ○ 川原 薫 広島県立障害者リハビリテーションセンター 252 テーションセンターにおいて 福田 奈津子 広島県高次脳機能センター 隅原 聖子 広島県高次脳機能センター 丸石 正治 県立広島大学保健福祉学部/附属診療センター 2 就労支援のためのSST−地域障害者職業センターの実践から ○ 岩佐 美樹 障害者職業総合センター 256 佐藤 珠江 社会福祉法人埼玉精神神経センター 松浦 彰久 社会福祉法人埼玉精神神経センター 3 高次脳機能障がい者の職業能力評価について−各種支援機関との連携 安河内 功 福岡市立なのみ学園/地域生活支援センターなのみ 260 と施設資源の活用を通じて 4 高次脳機能障害者への振り返りシートを用いた職場定着支援 ○ 阿部 里子 千葉県千葉リハビリテーションセンター 264 太田 令子 千葉県千葉リハビリテーションセンター 第15分科会:精神障害 1 公共職業安定所における精神障害者就職サポーターと障害者相談窓口との連携 −支援機関につながっていない求職者に対する支援を中心に 2 精神障害者保健福祉手帳の新規申請時及び更新時の判定結果に関する調査 3 精神障害者の職場定着に有効な支援について−(株)薬王堂でのジョブコーチ支援から 4 ひだクリニックにおける就労支援の取組 5 精神障害者の一般就労促進に向けた就労移行支援事業所と企業のコラボレーション−職場体験実習とピアサポートによるエンパワメントー ○ 太田 幸治芳賀 美和 ○ 岩永 可奈子相澤 欽一川村 博子大石 甲 ○ 中村 絢子伊藤 富士雄宮本 憲二高山 貴子主濱 陽子伊藤 政徳盛合 純子藤野 敬子野崎 翔太三浦 智子中島 透鈴木 富男 石井 和子 服部 浩之 大和公共職業安定所大和公共職業安定所 268 障害者職業総合センター障害者職業総合センター障害者職業総合センター障害者職業総合センター 272 岩手障害者職業センター岩手障害者職業センター岩手障害者職業センター岩手障害者職業センター岩手障害者職業センター岩手障害者職業センター岩手障害者職業センター社会福祉法人平成会社会福祉法人若竹会社会福祉法人若竹会社会福祉法人岩手県社会福祉事業団社会福祉法人大洋会 276 医療法人社団宙麦会 ひだクリニック 280 社会福祉法人JHC 板橋会 社会就労センター プロデュース道 284 第16分科会:海外における政策・支援の動向等 1 ICF 職業リハビリテーションコアセット国際会議による選出項目と職能評価項目の比較 鈴木 良子 東京都心身障害者福祉センター 288 2 ドイツにおける障害者雇用に係る合理的配慮をめぐる動向とソーシャル・ファームにおける障害者雇用支援の取り組み 村上 浩司 山口障害者職業センター 292 3 障害者権利条約の国内法化及び障がい者制度改革推進とこれに抵抗する厚生労働省 清水 建夫 働く障害者の弁護団/NPO 法人障害児・者人権ネットワーク 294 4 ドイツにおける法定雇用率の水準について−憲法裁判所判決に基づく追加的考察 佐渡 賢一 障害者職業総合センター 298 5 障害をもつアメリカ人法(Americans with Disabilities Act, ADA) −障害(disability) の定義を中心に 長谷川 珠子 障害者職業総合センター 302 【ポスター発表】  1 認知機能に障害がある利用者に対する就労支援の現状に関するアンケート調査(1) −数量的調査の結果から ○ 内田 典子中村 梨辺果 障害者職業総合センター障害者職業総合センター 308 2 認知機能に障害がある利用者に対する就労支援の現状に関するアンケート調査(2) −支援事例から ○ 中村 梨辺果内田 典子 障害者職業総合センター障害者職業総合センター 312 3 高次脳機能障がい者への就労支援 −高次脳機能障がいの理解への取り組み ○泉 忠彦中村 憲一飯塚 治樹千葉 純子大家 久明山本 和夫今野 政美松元 健岩本 綾乃椎野 順一青木 重陽 神奈川リハビリテーション病院神奈川リハビリテーション病院神奈川リハビリテーション病院神奈川リハビリテーション病院神奈川リハビリテーション病院神奈川リハビリテーション病院神奈川リハビリテーション病院神奈川リハビリテーション病院神奈川リハビリテーション病院神奈川リハビリテーション病院神奈川リハビリテーション病院 316 4 高次脳機能障害を呈した事例に対する復職後の支援について−医療機関と職場との連携により問題が明確化された一事例を通して ○ 木伏 結ニノ形 恵佐藤 杏佐々木 祐介 亀田クリニック亀田クリニック亀田総合病院亀田総合病院 318 5 高次脳機能障害者における「就労・復職支援アルゴリズム」の試作 −急性期病院の視点から ○ 平松 孝文野間 博光酒井 英顕船津 友里 財団法人操風会 岡山旭東病院財団法人操風会 岡山旭東病院財団法人操風会 岡山旭東病院財団法人操風会 岡山旭東病院 322 6 「公共職業安定所における高次脳機能障害者・発達障害者に対する新規求職登録及び紹介就職等の実態調査」から(その1) −調査の概要と新規求職登録者の状況 ○ 望月 葉子田谷 勝夫知名 青子亀田 敦志川村 博子 障害者職業総合センター障害者職業総合センター障害者職業総合センター障害者職業総合センター障害者職業総合センター 324 7 「公共職業安定所における高次脳機能障害者・発達障害者に対する新規求職登録及び紹介就職等の実態調査」から(その2) −高次脳機能障害者に対する紹介就職の状況 ○ 田谷 勝夫知名 青子望月 葉子亀田 敦志川村 博子 障害者職業総合センター障害者職業総合センター障害者職業総合センター障害者職業総合センター障害者職業総合センター 328 8 「公共職業安定所における高次脳機能障害者・発達障害者に対する新規求職登録及び紹介就職等の実態調査」から(その3) −発達障害者に対する紹介就職等の状況 ○ 知名 青子望月 葉子田谷 勝夫亀田 敦志川村 博子 障害者職業総合センター障害者職業総合センター障害者職業総合センター障害者職業総合センター障害者職業総合センター 332 9 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおけるマニュアル作成技能トレーニングの検討(1) −特性の整理とアプローチの工夫 ○ 加藤 ひと美佐善 和江渡辺 由美阿部 秀樹 障害者職業総合センター職業センター障害者職業総合センター職業センター障害者職業総合センター職業センター障害者職業総合センター職業センター 336 10 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおけるマニュアル作成技能トレーニングの検討(2) −デジタルカメラを用いてマニュアル作成を行った事例 ○ 阿部 秀樹加藤 ひと美佐善 和江渡辺 由美 障害者職業総合センター職業センター障害者職業総合センター職業センター障害者職業総合センター職業センター障害者職業総合センター職業センター 340 11 引きこもり当事者の一般職業適性検査結果と引きこもり期間 ○ 畠 秀和鶴 紀子栗山 和広 九州保健福祉大学大学院九州保健福祉大学大学院愛知教育大学 344 12 精神障害者の定着支援の実態 −利用者の声からみたソーシャルワークの支援課題 ○ 清家 政江下園 美佳青木 龍也佐藤 千穂子山田 翔子八木原 律子 ( 社福)JHC 板橋会 障害者就業・生活支援センター ワーキン グ・トライ( 社福)JHC 板橋会 障害者就業・生活支援センター ワーキン グ・トライ( 社福)JHC 板橋会 障害者就業・生活支援センター ワーキン グ・トライ( 社福)JHC 板橋会 障害者就業・生活支援センター ワーキン グ・トライ( 社福)JHC 板橋会 障害者就業・生活支援センター ワーキン グ・トライ( 社福)JHC 板橋会 障害者就業・生活支援センター ワーキン グ・トライ 348 13 障害者の職場定着支援における課題の構造化について−職場定着支○ 鴇田 陽子障害者職業総合センター350 援の枠組みの検討−亀田 敦志障害者職業総合センター. 14 株式会社ベネッセビジネスメイトにおける障害者雇用について−職場定着に向けて様々な取り組み 15 就労支援のチームづくり −アセスメントからフォローアップまで 16 一般企業に就職した視覚障害者の就職後の状況調査について(2) 17 ワンストップサービスによる事業主支援の実践事例について−全国ネットワーク等のハローワークの強みを生かして 18 ナチュラルサポートと職場の文化 19 難病就労支援ツールキットの開発 20 トータルパッケージの活用における効果と課題(1) 21 トータルパッケージの活用における効果と課題(2) 22 メモリーノートを活用した職場実習における効果の検討 −接客スキルの獲得を目指した事例から 23 企業連携訓練から具体化される実務をベースとするデータ入力課題の作成 −出退勤データ入力課題 【ワークショップ】 ○ 山田 智子 株式会社ベネッセビジネスメイト 354 赤澤 遥子 株式会社ベネッセビジネスメイト 竹山 倫世 箕面市障害者雇用支援センター 358 ○ 石川 充英 東京都視覚障害者生活支援センター 360 山崎 智章 東京都視覚障害者生活支援センター 大石 史夫 東京都視覚障害者生活支援センター 濱 康寛 東京都視覚障害者生活支援センター 酒井 智子 東京都視覚障害者生活支援センター 長岡 雄一 東京都視覚障害者生活支援センター ○ 寺山 昇 埼玉労働局ハローワーク浦和 362 清水 隆一 埼玉労働局ハローワーク浦和 山田 孝樹 埼玉労働局ハローワーク浦和 ○ 若林 功 職業能力開発総合大学校 364 八重田 淳 筑波大学人間総合科学研究科 ○ 東明 貴久子 障害者職業総合センター 368 春名 由一郎 障害者職業総合センター ○ 村山 奈美子 障害者職業総合センター 372 川村 博子 障害者職業総合センター 加賀 信寛 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 中村 梨辺果 障害者職業総合センター 内田 典子 障害者職業総合センター 下條 今日子 障害者職業総合センター ○ 下條 今日子 障害者職業総合センター 374 川村 博子 障害者職業総合センター 加賀 信寛 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 中村 梨辺果 障害者職業総合センター 内田 典子 障害者職業総合センター 村山 奈美子 障害者職業総合センター 松田 光一郎 社会福祉法人北摂杉の子会 ジョブサイトひむろ 376 櫻田 修久 国立職業リハビリテーションセンター 380 Ⅰ 「学校教育から就労への円滑な移行を考える」 コーディネーター:原田 公人独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 教育支援部386 コメンテーター:石川 誠株式会社いなげやウィング 管理運営部387 菊地 直樹東京都立あきる野学園388 寳澤 義行千葉労働局 職業安定部職業対策課389 西野 隆弘障害者就業・生活支援センターCSA390 Ⅱ 「発達障害者の雇用支援の課題」 コーディネーター:望月 葉子コメンテーター:内藤 哲細田 敦史木村 啓子渡邊 典子 障害者職業総合センター東京海上ビジネスサポート株式会社 大阪支社株式会社クレスコ 人事部神奈川労働局 職業安定部職業対策課愛知障害者職業センター 392 394 397 399 400 Ⅲ 「精神障害者の職場定着を進めるために」 コーディネーター:相澤 欽一コメンテーター:大場 俊孝中川 正俊清水 眞由美佐藤 珠己 障害者職業総合センター株式会社大場製作所/栗原市障害者就労支援センター田園調布学園大学 人間福祉学部人間福祉学科府中公共職業安定所 専門援助第二部門厚生労働省職業安定局高齢・障害者雇用対策部障害者雇用対策課 402 特別講演 わが社の障がい者雇用の実際と今後 株式会社アルペン人事部長 大沢 恒雄 【障がい者雇用について】 平成22年6月1日時点の障がい者雇用率は1.81%です。内訳は身体障がい者45名、知的障がい者33名、精神障がい者3名です。 平成16年より知的障がい者の雇用を、平成19年より精神障がい者の雇用をそれぞれ開始しました。今では知的障がい者の受入数が大幅に伸びている状況です。知的障がい者については雇用以外にも特別支援学校・支援団体からの実習も年間48件受け入れている実績もあります。3年前は20件だったのが倍まで増えたのは嬉しい実績です。 知的障がい者雇用が伸びた要因は、障害者職業センターとハローワークとの連携が非常に大きいです。そのなかでも最大の要因は、ジョブコーチの存在です。雇用する現場に障がい者に関する障がいごとの理解を高めることは非常にむずかしいことです。そこにジョブコーチがいてくれるというのは大きな安心感になると同時に職場と障がい者をつなぐパイプ役にもなってくれます。また指導に悩んだときにアドバイザーになってくれます。 障がい者雇用の今後については、受け入れ先の拡大を行います。スポーツデポ業態中心の受け入れを行ってきましたが、アルペン業態でも600坪以上の店舗については検討をしていきます。また6月に吸収合併したスキー場・ゴルフ場でも障がい者の求人を展開しておりますし、本社の事務職でも10月に採用をさせていただきました。 当社の障がい者雇用に関して、ある店長の言葉です。「特別支援学校から採用を決めたあとも実習に来てくれるし買い物も来てくれる。ありがたいことです。」 私も障がい者雇用を当初は社会貢献と考えていましたが、最近は会社のためだと思うようになりました。当社は「人のご縁」で採用ができている会社ですから、今後ともよろしくお願いします パネルディスカッション 企業の視点から障害者の雇用を考える 【司会者】 秦 政(特定非営利活動法人障がい者就業・雇用支援センター 理事長) 【パネラー】 岩切 貴乃(株式会社東芝 多様性推進部 部長) 湯田 正樹(株式会社キユーピーあい 代表取締役社長) 鈴木 慶太(株式会社Kaien代表取締役) 岳尾 裕二(株式会社アルペン 人事部採用教育グループ) 岡野 茂 (東京障害者職業センター 所長) 変化の時代の障がい者雇用 −環境変化に合わせた対応が求められる今後− 特定非営利活動法人障がい者就業・雇用支援センター 理事長 秦 政(はた まこと) 障がい者雇用の周辺に生じている様々な変化 . 障がい者雇用も経営活動の一環. 経営環境の変化と無縁ではありえない. リーマンショック、円高、デフレ経済. 雇用対象障がい者も大きく変化. 法律の改正とハードルの高まり. 近未来的に想定される雇用率引き上げ. 障がい者の権利条約議論も気がかり 環境変化にどう向き合うかがテーマ . 講師の皆様は、秦が日ごろより懇意にさせていただいている企業の方々ばかり。 . お立場は違うが、それぞれの視点で課題に真摯に向き合っておられる。 . 各社の取り組みに多くのヒントを得ていただきたいと願っています。 . 特に会場に多くおられる支援者に皆様には貴重な機会と思っています。 東芝グループにおける障がい者雇用の取組み 株式会社東芝 多様性推進部 部長 岩切 貴乃 株式会社東芝は3万人の従業員を抱える企業です。国内には56 人以上の従業員を抱えるグループ会社が144 社あります。1.8%の障がい者雇用率を達成するために、グループの一社一社が取組みをしています。 全ての対象グループ会社では少なくとも1.8%達成プラス1名の雇用を目指して、採用・定着活動を行っています。未達成の場合には、採用フェア等のイベント参加を行うなど、積極的な採用活動をしています。又、毎年4月、6月、10月、1月の各タイミングでグループ各社の雇用状況を確認しています。 2004 年までは納付金を納付してきましたが、特例子会社を設立したり、グループ各社での障がい者雇用を促進することで、2005 年以降は単独では1.8%を達成すると共に、グループ各社でも1社残らず1.8%以上を達成する様、邁進中です。 東芝の障がい者の特徴は聴覚障がいの方が多いことです。多様性推進部の活動の一環として、障がい者の方たちに意見を伺いました。聴覚障がいの方に限らず、ステップアップの実感に乏しく、仕事が固定的で、スキルアップのためのチャレンジがない様子が伺えました。一方、職場からは障がい者との向き合い方に対する不安が上がりました。特に聴覚障がいを持つ方の場合、コミュニケーション障がいとも言われ、情報の共有ができないが故におこるトラブルなどがありことも分かってきました。 入社以来同じ仕事をし続けるのではなく、成長実感が伴うスキルアップのためには、何らかのサポートが必要と判断し、必修研修での情報保障付教育を実施したり、職場メンバーがスムースなコミュニケーションを図るための気づきの講座を開設いたしました。リーダーシップを発揮して活躍する場を設け、健常者の障がい者理解にもつながる「手話倶楽部」開催や、「UD(Universal Design)アドバイザー制度」を実施しています。 1.1.東芝グループの概要 東芝グループの概 目次 1. 東芝グループについて 2. 障がい者雇用の実態 3. 定着化に向けた施策 2/9 Copyright c 2009 Toshiba Corporation, All Rights Reserved 東芝創業:1875年(明治8年)7月<田中製造所>従業員数:単独:34,224(但し、出向者を除く) 国内グループ:113,548人<2010/3> (WW:204千人)行動基準:『東芝グループの基本方針』から ・ 人間尊重の立場に立って、個人の多様な価値観を認め、人格と個性を尊重します。 ・ 創造的、効率的に業務を遂行できる環境を整え、ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)の実現を支援します。 売上高構成比率:部門別比率地域別比率<2009年度> 5% 8% 34% 19% 34% 合計63,816(億円) 障がい者雇 用の推移 2.2.障がい用の推 国内グループ会社規模 会社規模 会社数 〜100人 30 〜200人 28 〜300人 16 〜500人 27 〜1000人 19 〜2000人 14 〜3000人 6 3001人〜 5 計 145 . 未達会社には採用フェア等の参加を支援 . 単独については、毎週週報で状況を社長に報告 . 4/1、6/1、10/1、1/1の各月(原則四半期ベース)で各グループの状況を調査 4/9 Copyright c 2009 Toshiba Corporation, All Rights Reserved 2.2.障がい障がい者雇用の実態 者雇用の実態 2.2.障がい障がい者雇用の者雇用の実態実態 障がい者本人からの意見配属職場職制からの意見 7/9 Copyright c 2009 Toshiba Corporation, All Rights Reserved ・ ステップアップしているという実感がない ・ 教育・研修でのサポートがない ・ 会議に参加できない ・ 周囲とのコミュニケーションが不足しており、孤独である ・ 筆談や手話をしてくれる人が殆どいない ・ 周囲の人に気軽に相談できない ・ 相談相手がいない ・ 障がい者同士のネットワークがほしい ・ 安全面で不安がある ・ 業務が固定的 各事業場での情報交換会から(2007年実施) 障がい状況区分 視覚 聴覚 音声又は言語機能 上肢 下肢 体幹 脳病変移動 心臓 じん臓 ぼう胱直腸小腸 知的障害 その他の内部障害 精神(空白)総計 実人数 率 2.18% 43.34% 5.33% 13.56% 18.16% 3.87% 0.48% 7.99% 6.54% 2.18% 0.97% 1.94% 3.15% 集計 9 179 22 56 75 16 2 33 27 9 4 8 13 453 413 精神視覚知的 12(3%) 11(2%) 4(1%) その他 1(0.2%) 言語機能 22 (5%) 内臓疾患聴覚79 (18%) 179 (40%) 肢体不自由 136 (31%) 6/9 Copyright c 2009 Toshiba Corporation, All Rights Reserved 3.3.定着化に向けた施策 定着化に向けた施 3.3.定着化に向けた施策 定着化に ○UDアドバイザー制度 . ユニバーサルデザイン活動のさらなる推進とユニバーサルデザインを前提とした商品開発を加速するためにユニバーサルデザイン・アドバイザー制度を立ち上げた。現在、80〜90名の登録。(2007年度〜) ○手話倶楽部 . 聴覚障がい者の従業員を講師として、毎月第3金曜日夕方より手話教室を開講。半年毎に期を分け2010年10月より第3期スタート。3期開始時の受講者50名。(2009年8月〜) ○情報保障付シックスシグマ教育 ・ 必須教育のシックスシグマ教育を聴覚障がい者向けに「手話通訳お よび要約筆記」の情報保障を用意して開催。2009年度に概要コースを実施、2010年度から本格実施。(2010年3月〜) ○聞こえない人とのコミュニケーション講座 . 聴覚障がい者の職場関係者が、聴覚障がい者の置かれた状況やその悩み・要望を深く理解し、有効なコミュニケーション方法を学ぶとともに、各職場での対応上の工夫を共有することで、聴覚障がい者の職場での一層の活用・活躍を図るきっかけ作りとすることを目的として実施。(2009年度〜) . 2010年度下期より聴覚障がい者の従業員が講師となり内製化して実施予定。 8/9 Copyright c 2009 Toshiba Corporation, All Rights Reserved 「企業の視点から障害者の雇用を考える」:キユーピーあいの取組み 株式会社キユーピーあい代表取締役 湯田 正樹 1 会社概要 親 会 社:キユーピー株式会社100%出資 資 本 金:3,000万円 特例子会社 設 立 日:2003年6月20日 事業開始:2003年12 月1日 2 社員数(10 月1日現在) 総勢45名(うち肢体9名、聴覚2名、視覚3名、内部1名、知的7名、精神7名) 3 取組み内容 ① 特例子会社ではあるが企業目線の考え方 【キーワード:採用・職能給・人財育成室(教育と支援)・福利厚生・中期目標】 求める人材として①働く意義を自ら理解している人、②自分の障害を理解し、出来ること、出来ない事を言える人、③親御さんが就労について理解している人、④出来ればスポーツ経験者を掲げています。 また、給与は日給月給制、社員の能力に応じた職能給を採用しています。その為に社員のスキルアップが重要な要因となる事から社内セミナーや社員ミーティング、個人単位でのスキルを行うと共に、入社後の働く辛さが出て来た場合には専門部署が支援を行う体制を整えています。また、社員旅行、BBQ、親会社事業責任者(役員)との会食、期末会食などを実施し、企業としてのメリハリをつけています。 ② キユーピーグループの障害者コンサルティング 【キーワード:グループ適用・3大グループ企業・ジョブコーチ】 キユーピー子会社はグループ適用していない事から、特例子会社として法人格での法定雇用率の達成を支援しています。対象企業は29 社有りロクイチ調査までには完全達成ができる処まで来ています。また、他のグループの支援にも取りかかっており達成へ邁進しています。 ③ 社会、地域貢献への取組み 【キーワード:障害者訓練・会社見学・福祉支援・学校・障害者雇用企業連絡会】 企業として地域と一体化した貢献を果たす事が重要と考えています。その一環として就労移行事業所等と連動した就職に向けて最終訓練を行っています。訓練期間は1ヶ月です。当社で採用できる人数が限られているので、企業人として他社の採用基準に合う方を養成できる喜びが有ります。その他にも特別支援学校の実習や職業訓練校、ジョブコーチ養成訓練生がきます。会社見学は年間500 人の方々が来社されます。企業の方が約25%、特別支援学校35%、行政10%、お母さん方10%など色々な方々と活発な意見交換を行っています。また、障害者自立支援法の施行以来、福祉関連施設の要望により、人材不足、財源不足により困難となっているホームページの作成や更新業務の代行支援を安価で行う事により企業と福祉の交流促進が図れています。その他では特別支援学校の運営協議会や戦略会議の委員として、また障害者雇用企業連絡会のメンバーとして同じ志を持つ企業人が情報交換や懇親を重ねています。 4 今後のめざす姿 法定雇用率の達成を土台として、1階「社員の生活向上」2階「グループの社会的貢献」3階「誰もが働きたいと思う会社」の3階建て住宅の建設(構築)をめざします。 自閉症スペクトラムの人たちを戦力化するために −Specialisterne にヒントをもらって− 株式会社Kaien 代表取締役 鈴木 慶太 欧州での成功例(Specialisterne 社) . 業務:ソフトウェアテスト、リサーチ業務、データ入力. 顧客:マイクロソフト、オラクル、自治体など. 社員:約40人(75% がアスペルガー症候群、PDD‐NOS) . 創業:2004 年. 本社:デンマーク・コペンハーゲン オペレーション概要(第1期訓練より) 三つ組の障害は「かすか」 弱み 苦手な職種 . 社会性が乏しい ? 接客スタッフ . コミュニケーション力が弱い ? 営業部門 . こだわり傾向有り ? 企画部門 ? 管理部門 . 聴覚記憶の弱さ ? 開発部門(上流過程) . 同時作業が苦手 ? 製造ライン 経歴 HN 男. 私立大学文系学部卒33歳. 工作機械操作員 KW 男. 専門学校卒32歳. グラフィックデザイナー TT 男. 国立理系大学卒39歳. システム保守管理 2010/10/28 診断名・手帳就職先 . 広汎性発達障害 . 精神3級 . 広汎性発達障害 . 精神3級 . 広汎性発達障害 . 精神3級 . 抽象化が苦手. 手先が不器用. 二次障害 問題提起 . 日本における「高機能」の多さ. 家庭、育ちの問題. それゆえ「支援者」の戸惑い. 心の拠り所のない人の多さ. 「当事者」の障害者雇用か否. 受け入れてくれる企業・団 かの選択の難しさ体・個人への過剰な期待. 「二次障害」の問題. 一人ひとりのアプローチの違い. 生活する難しさが深刻化. 三つ組の障害のかすかさ。その他の課題の目立たなさ. 通うことの難しさ、働き続ける. 一般化の難しさ、評価プロセことの難しさスの必要性. 理解か?支援か? 企業の視点から障害者の雇用を考える−地域障害者職業センターの立場から− 東京障害者職業センター所長 岡野 茂 1 地域センターの業務実施のスタンス 地域センターの業務内容は時代と共に拡充・強化が図られているが、障害者の職リハ支援や事業主に対する援助業務実施に際してのスタンスは、障害者、事業主、家族にバランスのとれたサービスを提供すること、また、中立的立場で支援を行うことであり、全センター共通かつ普遍的である。「企業の視点」で議論を行う上で柱の一つと考える。 2 地域センターにおける事業主支援業務 地域センターの事業主支援は、職リハ対象者の就職を契機とする要請型の支援であった。しかし、事業主の障害者雇用の取組み又はハローワークにおける雇用率達成指導との連携、職リハ機関として担うべき役割等から、障害者雇用に係る提案や体系的な支援に重点化してきている。 その中で、ハローワーク及び企業から東京センターに期待されているのは、採用に始まり職場定着までの切れ目のないトータルな支援である。また、障害者雇用の理念形成や雇い入れ計画の作成に係るコンサルティング、役員や従業員等への障害者雇用に係る研修等の障害者雇用の基盤整備に係る支援ニーズが依然高く、障害者雇用を喫緊の課題と位置づけながらも、具体的な道筋を描き切れず、手探りで障害者雇用に取組んでいる企業が少なくないとも感じている。これらに対して、カウンセラーによる雇用管理に係る支援、職場適応援助者(ジョブコーチ)支援事業による職務創設や支援方法、職場での人間関係の調整等の職場での直接的な援助、機構の専門職(障害者雇用アドバイザーや研究員等)と連携した支援を行っている。さらに、雇用管理サポート講習会・ワークショップ形式による集団型支援等により対応しているが、当所にあっては「中小企業での初めての障害者雇用」をテーマにシリーズで雇用管理サポート講習会を開催し、障害者雇用の経験が乏しい事業主を対象にニーズの把握と改正障害者雇用納付金制度の運用へのサポートを強化している。 さらに、法改正で関係機関に対する技術的援助業務が地域センターの業務として位置づけられたが、例えば、就労移行支援事業者等を対象とする「就業支援基礎研修」については、事業主支援を行う仲間づくりの観点からも重要業務と位置づけて運営している。 3 今後の支援に向けて 東京センターのジョブコーチ支援は、企業からの雇用と同時又は雇用後の支援依頼が高い。精神障害者、発達障害者、高次脳機能障害者の就職、復職に向けた支援が45%程度に対し、従来まで10%程度で推移していた身体障害者の支援が平成21 年度には20%に増加した。これは企業における支援機器の活用に伴う視覚障害者の職域拡大や職場不適応にある聴覚障害者の支援が増加したためと考えている。企業において障害者雇用が進むにつれて更なるニーズが寄せられるものと思われる。企業と支援機関の役割分担を整理しつつ、多様なニーズに応える資質や体制を整備する必要があろう。 また、グローバル化する流れにあって、本社(東京)と工場(都外)とが一体的に障害者雇用を進める事例も少なくない。これについてはハローワークの雇用率達成指導と東京センターが連携して、地域センターのネットワークを活用して支援を行っている。一方、企業は個別支援においては地域にきめ細かくネットワークを形成している就労支援機関との連携を強く望んでいる。これを実現するために、東京都、関係機関・団体が、働くことを希望する障害者のニーズにも応えることを含め、「首都TOKYO 障害者就労支援行動宣言」を取りまとめた。障害者就業・生活支援センターを核として区市町村就労支援センター、特別支援学校等のネットワーク化を図り、雇用を促進することとしている。しかし、全ての障害者に対応できるものではなく、精神障害者、発達障害者、中途障害者等についてはネットワーク化に課題が残るように感じている。 口頭発表第1部 共に働き、共に喜びを分かち合うために−「障がいのある人の雇用促進研究会」を通じて皆で考える ○広瀬 文郎(本田技研工業株式会社人事部人材開発センター 所長) 西田 晴泰(ホンダ太陽株式会社) 1 障がいのある人の雇用の基本的な考え方2 障がいのある人の雇用状況 Honda の多様性に対する取り組みは、企業哲学Hondaの各々の事業所においては、障がいのあであるHondaフィロソフィーの基本理念の一つ、る人を継続的に雇用し、法定雇用率の1.8%を上回人間尊重に基づき、「多様な属性(国籍や人種、る水準を維持している。 性別、年齢、学歴、障がいの有無など)にかかわ配置にあたっては、一人ひとりの障がいの状況りなく、一人ひとりを違いのある個性として認めに配慮するほか、健常者と共に働くことができるあい尊重することで、多様な人材が実力を発揮でように環境の整備を出来る範囲で進めている。 きる環境を整えていく取り組み」と定義している。 図1多様な属性とは また、その一人ひとりを違いのある個性として認めあい尊重することで、互いに切磋琢磨しながら、多様な価値を作り出していくことが、存在を期待される企業に結び付くと考えている。 こうした考えの下、Honda は、「身体障害者雇用促進法」が抜本改正され、法定雇用率が設定される以前から、障がいのある人と共に働くことに取り組んできた。 図3障がいのある人の雇用率・雇用人数推移 3 特例子会社の設立 1978年、Honda の創始者本田宗一郎が、SONY の創始者井深大氏の紹介で、大分県別府市にある日本で初めての、障がいを持つ人が働きながら暮らせる施設、社会福祉法人太陽の家を訪問した。太陽の家の創設者である整形外科医の中村裕博士の「世に心身障がい者(児)はあっても、仕事に障害はありえない。」「保護より機会を!」という考えに共感、賛同し、「Honda もこういう仕事をしなきゃだめだ。」と語り、障がいのある人が働くことができる工場の設立に取り組んだ。 その後、精機科(太陽の家の授産作業科目)の発足を経て、1981年にHondaのお取引先と共に、ホンダ太陽(株)を設立した。 太陽の家の別館作業棟1階にホンダ太陽(株)、2階にソニー・太陽(株)、3階にオムロン太陽電機(株)が入った。ここでは、企業が生産活動の管理と運営を行い、太陽の家が健康管理と日常生活の支援を行うというユニークなシステムが採り入れられた。 1992年に(株)本田技術研究所の特例子会社としてホンダR&D太陽(株)を設立し、二輪・四輪・汎用製品の研究開発や福祉機器の研究開発を行っている。 さらなる雇用の拡大に向け、1995年に日出工場、2008年には日出第二工場を竣工し、現在では、主にキーセットやウインカーランプといった二輪・四輪・汎用製品の部品製造などを行っている。 1985年には、熊本県・松橋町(現宇城市)・Hondaの共同出資により、自動車メーカーでは初の第三セクター方式の重度障がい者雇用企業として、希望の里ホンダ(株)を設立している。ここでは二輪・四輪・汎用製品に使われるピストン、二輪車のフューエルポンプなどのエンジン部品、フレーム部品などの生産を行っている。 特例子会社の設立にあたっては、Hondaの基本理念である「人間尊重」に加え、法の精神である「障害者の雇用促進とノーマライゼーション」を方針としている。 4 障がいのある人の雇用促進研究会 こうした障がいのある人の雇用の取り組みへの一環として、2009年よりHondaの全事業所の一般従業員を対象として「障がいのある人の雇用促進研究会」を開始した。1回約14名、年間10回の開催で延べ140名に参加してもらい、今年で2年目を迎えている。 5 研究会の内容 研究会は、ホンダ太陽(株)の日出工場と別府工場、およびオムロン太陽(株)の見学を含んだ、1泊1.5日間で、ホンダ太陽(株)で30年近くに渡って蓄積してきたノウハウの説明を中心とした座学と、車椅子走行、障がい者用車両乗り込み及び試乗、障がいのある人と同じ工具を使用しての作業といった障がいのある人と同じ態様での参加者自らの体験を組み合わせたプログラム構成としている。 表1プログラム構成 項目 1 Hondaにおける障がいのある人の雇用 ホンダ太陽の概要・取り組み 日 ホンダ太陽日出工場見学( 車椅子走行体験) 目 ホンダR&D 太陽見学 研究会参加者とホンダ太陽従業員との懇談 ホンダ太陽別府工場見学( 障がいのある人と同じ工具を使用しての作業体験) オムロン太陽見学 2 社宅見学 日 障がい者用車両乗り込み及び試乗体験 目 ホンダ太陽の障がいのある人の雇用の考え方( 障がいの特性と配置) 知的障がい・精神障がいのある人の雇用 研究会の振り返り 参加者の感想としては、保護より機会をという考え方やバリアフリーとユニバーサルデザインの違いなどを知り共感した、環境整備においては、ハード面のみならず、ソフト面の重要性を感じた、生産工程においては、夫々の障がいの特性によって、創意工夫が必要となることが判った等、個人的にも、また立場・役割としても、大変刺激を受けたとの声が多く出ている。 今後も、企業としての更なる雇用の促進、環境の整備といった取り組みに加え、Honda で働く従業員一人ひとりの障がいに関する知識や意識の向上を図るために、研究会を継続していく。 [ホンダ太陽概要説明][車椅子走行での工場見学] [障がいのある人と [障がい者用車両同じ作業体験]乗り込み及び試乗体験] 「能力開発・改善活動・職域拡大」を融合させた 働きやすい職場環境づくり 吉岡 隆(オムロン京都太陽株式会社 CSR推進リーダ) 1 はじめに オムロン京都太陽は、オムロン株式会社と社会福祉法人太陽の家の共同出資で1985年に設立した、オムロン株式会社の特例子会社である。 創業以来、障害者の就労と雇用の創出および障害者が自ら働くことにより、生きがいを見いだせる働きやすい職場環境づくりに取組んでいる。 事業内容は、リレー・タイマ・カウンターなどの接続用ソケット、光電センサ、汎用電源、血圧計の生産を主としている。オムロン京都太陽の従業員が、工務・購買、生産技術、商品技術、品質管理などを担当し、社会福祉法人太陽の家の就労継続支援A型・就労継続支援B型・授産場が生産を担当している。 現在110名の障害者が就労しており、重度障害者の比率は70%である。 2 能力開発と適正配置 能力開発制度は、MBO(目標による管理)をベースに、知識教育、技能認定、スタッフ研修、管理・監督者研修を中心とした、知識研修と改善実践研修を組み合わせた能力開発体系としている(図1)。 高 能 力 入社 退職 図1 能力開発制度 知識研修は、社内で作成したテキストを基に就業規則・5S・環境・組立の基礎・品質管理・生産管理・商品知識などの研修を実施し、就労に必要な基礎知識のIランクから、生産改善の推進・管理者レベルのOランクまでの4ランクを設定し運用している(図2)。 品質に大きく影響するはんだ付け工程と検査工程は、技能認定制度を導入し、ハンダ付け技能 2年に1回従業員のレイティング調査を行い、個々人の作業スピード、作業状況などを把握し従業員の能力変化に合わせた適正配置を実施している。 (図3)と検査技能(図4)をランク別に認定し図4検査技能認定 ている。 3 改善活動 (1)3S活動 3S活動は、後戻りしない「徹底3S」として「一人の100歩より100人の1歩」をスローガンに、全員参加の総合改善活動として取組んでいる。具体的には、製品、部品、治具、工具、事務用品など全てのものを徹底して生品、休品、不要品の3種類に分類する。 生品とは、「1日に一回以上使用するもの」休品とは「1日に一回以上使用しないもの」不要品とは「全く使用しないもの」に分け、必要数を1日分と決め梱包材や部品をストアへ移動するとともに、生産に関係のないものはライン上から全て撤去する。 生品は作業効率を考え手元化とし、休品は休品ストアに、不要品は廃棄する。 生産フロアー改善後 次に「整頓」「清掃」を実施する。 整頓は、「定位置・定方向・定量・表示・標識」を徹底して行なう。 製品、部品、工具類、カ−トンなどの定位置化と表示を行ない、何がなくて何があるかがひと目でわかる様にし、必要なものを直ちに取り出せる様にしている。 従業員のアイデアで、棚のうえに物をおくと見た目が良くない、重量物は落下した場合危険であることから、物をおけない様に「置けない君」と名付けたものを棚上に設置している。この置けない君は、各職場で横展開を行い、棚上に物を置かないことが定着すれば撤去している職場もある。 この様な改善提案件数は、年間10,000件を超えている。定期的に3S報告会、現場診断、3S新聞の発行、他社見学、3Sリーダ研修、管3日(管理職が率先垂範して3Sを行なう日)を実施し、従業員の改善意識の醸成と生産性の向上および品質の改善に繋げるものとして、当社が最も重要視している実践活動である。 置けない君 (2)生産性改善 障害者の能力を最大限に発揮するという考えのもと、個々人に合わせた最適な治具・補助機器・半自動機などを活用し、障害者が働きやすい作業環境の整備に取組んでいる。 以下幾つかの改善事例である。 センサ取り付け用の付属部品(ナット、ネジ、ワッシャ、取り付け金具)を必要数ビニール袋に詰める作業は、ビニール袋を1枚づつ取り出して開く作業と、薄くて小さいワッシャを掴んで袋に入れる作業は、上肢に力がはいりづらい作業者は困難であった。ビニール袋を供給・開封する治具とナットを1個づつ供給する治具を開発し、上肢障害者の作業領域の拡大と生産性の向上をはかっている。 防水用カバーの組立工程は、カバー(金属枠)とパッキン(スポンジ)を両面テープにて貼り付ける作業において、パッキンが軟らかいことと、カバーとパッキンの間隔を均一に貼り付けることが必要なため、大変難しい作業である。カバーとパッキンをマウントに挿入し、ボタンを押すことにより貼り付け作業が容易にできる治具を開発した。 この治具の開発により、片手作業が可能になるとともに、貼り付け作業の大幅な時間短縮がはかれた。 4年前から作業要領書、部品、生産治具を自動で選定し生産を行なう、ナビゲーションシステムを導入している。生産機種の一つである光電センサは、多品種少量品であり、400仕様の中で1日の生産機種は20機種前後である。機種切り替え毎に、重量のあるファイルから作業要領書を取り出すことは、握力が弱い作業者は困難であった。作業要領書を電子データ化し、製造指図書をバーコードで読み取り、作業要領書を瞬時にパソコン画面に表示するとともに、部品と治具の自動選択により組立を行なっている。生産ナビゲーションシステムの導入は、生産性の向上、品質改善はもとより、作業者の負荷軽減と作業領域の拡大を実現している。 生産ナビゲーションシステム 生産ナビゲーションシステムは、光電センサラインから導入を開始し、現在13ラインに展開をしている。今後とも拡大を行なう予定である。 これらの治具、補助機器、半自動機は社内で年間約20テーマを設計・製作のうえ、ラインに投入し評価を行い常に改良を加えている。これまでの総数は500以上にのぼり、少額の投資でより効果のある治具、補助機器、半自動機づくりに取組んでいる。 また、生産改善人材の育成プランに沿って現場改善人材を育成している。まず生産改善手法を習得し、習得した改善手法に基づき、各ラインにて改善目標の設定、通り診断、課題の抽出と改善策の検討・実施など、実際に現場改善を行い改善プロセス、成果などを総合評価のうえ、認定された生産改善人材が10数名、各ラインで日々生産性の改善に取組んでいる。 (3)品質改善 品質の改善は、再発防止から未然防止への転換を目的とした工程FMEAを導入している。 各製造工程を要素作業単位に分解し、作業ごとに人、作業方法、材料、設備の観点からどの様な不具合がでるかを事前に予測し、予測した不具合について客先クレームに直結し、なおかつ人身事故になる様な影響度の大きいものから順次原因の追究を行い、作業方法の変更(作業要領書の改定)、製造工程の入れ替え、生産治具の改良と新規製作、自動検査機の導入、生産設備の改善など様々な対策をとっている。 工程FMEAの取組みは、ラインメンバー全員で考えることなどによりリーダ、作業者の品質意識が向上するとともに、工程内不良率が飛躍的に改善している。 ソケットは、接触片、カバー、ベース、ナット、ビス、ホジグなどの部品から構成されているが、ナットが必要数以上にカバーとベース内に混入する不具合がまれに発生していた。この不具合を検出するため、過去はソケットを振って音がしないことを作業者が確認していたが、1日に何千個という数量の確認は、作業者にとって大変なことであり、見落とす可能性もあった。確実に不良流出を防止するため、ナット過剰自動検査機を開発した。この検査機は、光電センサと0.1g単位で測定できる電子はかりで構成されており、ソケットをコンベヤー上に流すことにより、重量測定を行いナットおよびビスの過多、過少による不良は自動的にコンベヤー上から取り除かれるしくみとなっている。品質の改善と作業者の負担軽減になっている。 ナット過剰自動検査装置 4 主管化による職域拡大 当社は親工場から部品の支給を受け、組立を行い親工場へ納品するという加工費中心の事業を行なっていたが、2003年から自立と付加価値の改善を目的に、ソケットの主管化工場としてスタートしている。 主管化前は組立、検査、品質改善、生産改善を主体とした業務であったが、主管化により受注管理、生産計画の立案、製品・部品のコスト管理、部品の調達、納期管理、在庫管理などの生産管理機能やソケットの改造対応、技術問合せ対応、図面管理、仕様書管理などの商品技術機能および客先クレーム対応、部品メーカ管理、部品・金型の品質管理などの品質保証機能が新たな業務として加わった。このことにより、従業員の職域が拡大するとともに、能力の向上に繋がっている。 5 まとめ 当社はオムロン株式会社の基本理念「企業は社会の公器である」の体現の場として、障害者雇用の創出と、働きやすい職場環境づくりに取組んできたが、従業員の平均年齢は年々高くなり、高齢化の進行と重度化に伴う対応が、より必要となってきている。 今後とも3S活動の継続的な取組み、より高度な治具・補助具・半自動機の開発、生産性改善、品質改善など、総合的な改善活動を通じて従業員の能力向上、生産機能の標準化・容易化・簡素化を行い、障害者が多種多様な業務に対応できる取り組みを推進する。 企業で働くということ−社員として、社会人として− ○和泉 圭良子(大東コーポレートサービス株式会社北九州事業所 業務遂行援助者) 小山 奈弥(大東コーポレートサービス株式会社北九州事業所) 1 会社の概要 平成20年5月、「大東建託株式会社」の特例子会社である弊社(本社、東京都品川区)は、福岡県北九州市に新たな事業所を開所した。 ここでの主たる業務は、グループ会社から委託された『建物定期報告書』という「家主様向け冊子」のオンデマンド印刷から発送(検品、封入、封緘、量り)まであり、年間約60万冊(一日約2,500〜3,000冊)を印刷している。その他の業務は、親会社、及びグループ会社からの委託を受けた事務作業である。 事業所開所時、社員は10名(内障害者5名)であったが、業務拡大とともに、現在は16名(内障害者11名)となった。また、平成22年10月には、千葉県浦安市にも事業所を開所し、オフセット印刷による業務を開始することとなった。 弊社のモットーとして、「仕事を断らない、ミスを出さない、納期を厳守する」を掲げている。請け負った仕事においては、当然のことながら、「障害を持つ社員がやっている仕事だから」と精度を低く設定するような考えはなく、品質や精度に関しては、取引先の要求に応じ、常に満足してもらえるように心がけている。 2 障害者手帳ではわからない「実際の障害」 北九州事業所では、現在、雇用している障害者11名の内訳は、「身体障害者1名、知的障害者9名(内重度障害者2名)、精神障害者1名」となるが、しかし、障害種別、等級が同じであっても、「障害となること」はそれぞれ異なり、障害名だけでは、業務遂行上配慮すべき「実際の障害」を判断することはできない。 また一方、時間が経つにつれて明らかになってくる障害もある。社員のうち3名は、脳機能にダメージを与えるような病気を経験しており、病後に残った障害が、業務遂行上の障害となっている。 例えば、「高次脳機能障害」や「発達障害」は、既往歴や生育歴、または生活エピソードからわかることであり、本人、家族、または支援機関からの情報提供がなければ、採用面接や実習期間のなかで、その障害を認識し、理解することは難しい。つまり、情報がなければ、企業としても、必要とされる配慮を整えることは難しい、ということになる。 トラブルが起こって気づくことや後になって話される過去のエピソードもあるため、「どんな障害を持っているか」ではなく、「就業生活上、何に障害があるか」を、作業面にとどまらず、多角的に見る必要があると考える。そのような視点は、企業のみならず、一般就労を支援する側にも同じように求められると言える。 3 企業で働くということは、「組織の構成員」として「役割を果たす」ということ (1)年齢構成と入社までの履歴 障害者手帳を持つ社員11名を年代別でみると、「10歳代2名、20歳代5名、30歳代4名」である。 入社までの経緯(学歴、職歴)は、特別支援学校、または普通学校(高校卒、大学卒)、卒業後に障害福祉サービス利用による就労支援を受けた経験の有無、一般就労経験の有無など、その経験内容や年数を含めると、様々である。 (2)「社員」として 雇用後に感じたことは、基本的労働習慣の習得において個人差が大きいということである。 「企業で働く」ということは、「作業をする」ということだけに終わらない。「社員」として、または「社会人」として、「身だしなみ、言葉遣い、通勤時のマナー、休み時間の過ごし方、他社員との人間関係、食生活、睡眠時間、金銭管理」など、多岐にわたる就業生活上の能力が同時に求められることになる。このような能力においては、これまでの経緯や生活環境、また、日常生活習慣が影響を与えていることが考えられる。 (3)「役割を果たす」という習慣 社員の中には、家庭で任された「役割」があり、毎日、または毎回欠かさずにそのことを続けているものがいる。このような社員は、障害判定においては「重度」であっても、「職場」という特殊な環境への適応が早く、任された作業に対する責任感もある。 (4)必要となった研修 弊社において、作業手順を教え、その習得にかけた時間とその他の研修にかけた時間を比べると明らかに後者にかけた時間が多いことに気づく。 つまり、就業生活の継続(企業で働き続けること)において、「作業ができる」ということは、求められる能力の一部分に過ぎず、その他の多く能力が必要になると言える。つまり、企業で働くということは、その「組織の構成員」として必要とされることが求められるということでもある。 4 採用を判断するなかで考えること (1)推薦の言葉 学校、または支援機関による推薦の言葉では、 ①「とても真面目です」②「いっしょうけんめい仕事をします」③「作業はできます」と言われることが少なくない。しかし、①と②については、弊社としては給与を支払う以上、「そうでないと困る当然のこと」であって、魅力的な言葉とはならない。また、③においては、「弊社の作業ではどうか」ということが重要であるため、これも不確かな情報となる。 (2) 判断の視点 では、「採用、またはトライアル雇用期間後に継続雇用を決めた人」と「それを見合わせた人」とでは、何が違い、どういう視点で判断したかということになる。試行錯誤のなか、障害者雇用を進めてきた現時点の判断材料は下記の通りである。 ①一緒に働きたいと感じるか ②周りの人を不快な気持ちにさせる言動はなかったか ③仕事に対する集中力とその持続性はあるか ④指示や指導に対する受け入れに問題ないか ⑤仕事を任せることができるか ⑥得意なことはあるか、業務遂行上障害を認識できているか 以上の6点の各項目を別の言葉で表すと、「①人間性②マナー、協調性 ③意欲、体力 ④素直さ ⑤責任感 ⑥自己理解、障害受容」と言える。 (3)企業で働く、地域社会で生活する 「職場」とは、「作業をする場」だけではない。そこは、「人間関係の場」でもある。企業とは、単に「作業をする人」を雇用するわけではなく、「組織の構成員」としての「社員」を雇用しようとするのである。 さらに、企業というものが、社会の構成要素の一つとして捉えられるならば、当然、その「社員」においても、「社会人」としての様々なことが求められることになる。 これは、企業や社会が、障害者に対する理解と配慮を促進する一方で、障害者自身にも「企業人」や「社会人」になろうとすることが求められている、ということを意味する。 5 実習生を受け入れるなかで気づいたこと (1)能力の有無ではなく、機会の有無 この2年半のなかで、20数名の実習生(職場体験実習、職務試行法による実習)を受け入れる機会を得た。学校や支援機関の方に、実習生の能力に関する質問をすると、「できないと思います」、「わからないと思います」、「難しいと思います」、と言われることが多い。その理由について問うと「やったことがないので」と言われる。 実習のなかで気づいたことは、「やればできる、言えばわかる、教えればできるようになる」ということが多くあるということ。言い換えると、「できないとされる」のは、「本人の能力」の有無ではなく、「周囲から与えられた機会」や「教えられた経験」の有無にあるということである。 (2)社員として、社会人としての期待と要求 「障害者だから」という理由で、期待をされていないということはないだろうか。企業のなかで共に働き、社会のなかで共に生活するということは、「機会」を提供され、「能力」に期待され、「構成員として求められること」を要求されるということでもある。弊社の一員、社会の一員として迎えるためにも、これからも一社員、一社会人として、期待し、要求し続けていきたいと考える。 上肢障がい者作業性向上改善活動について −障がい者の困りが職場改革のチャンス− ○西村 和芳(サンアクアTOTO株式会社 代表取締役社長) 友井 俊輔(サンアクアTOTO株式会社) 1 はじめに サンアクアTOTOは、重度障がい者の雇用確保を目的に、TOTOを親会社とし、第三セクターによる特例子会社として1994年に設立された。 軽度の障がい者と比較して、就労機会に恵まれにくい重度障がい者の就労改善を図るため、完全バリアフリーにすることで、特に重度の身体障がい者の方が会社生活を送りやすい職場環境となっている。 現在弊社で就労している障がい者は、39名(重度は35名)で、重度障がい者を生産現場での戦力として活用するために様々な改善活動を進めている。 改善のコンセプトは、「自分が必要とする物は自分で造る」である。健常者では困らない事でも、障がい者には多くの困りがあるため、困りを改善することで、健常者・障がい者のお互いが働きやすくなり、生産性もアップしている。 2 改善の機会 弊社の改善活動は、日々の業務の一環として社内に定着しており、常に改善を意識して作業に取組む事を行動指針としている。 問題発見から改善に繋がる一番の要因は、作業者本人の困りによる提案が引き金となっていることで、次に多いのは、同僚からの困り情報である。「障がいのある○○さんは、××作業の時大変負担になっているようだ。」との社内情報から改善へと繋がっていくこともある。 しかし、困り具合を発見し、改善へと結び付けることは大変難しい面が多々あるため、各作業には、その人に応じた標準時間を設定し、標準時間を基に日々の能率管理を行っている。 問題発見の基本は、日々の能率管理グラフの異常値を見逃さないことが重要となる。常に異常があれば、原因は何かを明確にすることで改善のネタとなる。 3 改善継続への仕掛け 弊社は、重度障がい者多数雇用企業であるが、製造企業として目指す所は同じで、良い物を廉く、必要な時に必要とするだけ生産することが重要である。そのために、弊社が改善活動として特に心がけているのは以下の点である。 ①お金をかけずに知恵を使う。 ②徹底手元化 ③改善の継続の仕掛け ①の「お金を掛けずに知恵を使う」は、改善として直ぐにできることとして、知恵を出し合って考えようとすること、知恵は無限大であるとの思いである。②の「徹底手元化」は、上肢障がい者の場合、動作域が限られていることから改善の方向性として徹底手元化を掲げている。③の「改善の継続の仕掛け」は、改善活動が三日坊主にならない様に活動の継続を図る仕掛けとして、他社見学や社内での毎月の改善発表会を開催し、切磋琢磨することで良い刺激を与えながら改善の進化を図る工夫を行っている。 毎月の社内10アップ報告会として称して、各グループが生産性10%アップを目指し、色々なからくり改善にチャレンジし、社内発表会でアピールを行っている。 発表での審査は社長の役割であるが、大切なこととして、改善に対しては、褒める、工夫すべき点があったとしても決して苦言を言わない事が大切で、「改善を実施していただきありがとう」という感謝の気持ちが一番大切だと思っている。 今回は、上肢障がい者の職場改善事例1件について報告したい。 4 改善事例 −水栓部品包装作業 (1)問題点として 作業者は、右腕に麻痺がある。水栓金具部品の包装作業として、水栓部品をビニール袋へ入れビニール袋の口を熱溶着機で封印する作業を行っているが、両手同時の作業が非常に困難であるため、生産性向上が図られなかった。 (2)改善内容 改善としては、右手作業負荷を軽減するために、左手作業と連動で作動する補助装置を考案し、半自動化装置とした。 溶着作業の流れは、①袋詰め部品をシュートへ置き押さえることでスイッチがONとなり、②袋詰め品送り出し、③次に使用する袋を吸引して取り上げ、④同梱するレッテル取り上げ、⑤生産数量カウターカウトの全てが連動動作する。←は部品の流れ方向を示す。 (3)改善効果 半自動化にすることで、両手作業と同様の作業スピードが確立できた。最終的には、健常者と同じスピードの生産が可能となり、大幅な生産性向上を達成することができ来た。 また、数量カウターと連動されることで数量間違い防止が図られた。 生産性と同じく一番大切なことは、品質の安定化も重要な管理項目である。生産性が向上したとしても、数量間違い等品質トラブルが発生すれば、その分作業者の精神的負担を強いることになるため、数量間違いは許されない。できる限り、作業者の負担軽減を図ることも改善効果として求められる。 改善により生まれた機器装置には、自分達が愛着を持つために名前を付けている。 今回の装置は二代目「モチツキ君」である。初代モチツキ君の問題点は、溶着完了品を専用箱に送る際、送り出しがスムーズにできなかったことであったため、エアー圧を使用することで改善し、更に多品番対応のため切り換え可能に進化させた。 社内評価としては、改善の又、改善として進化している点が好評であった。常に、改善に終わりが無いことを実践している作業者に感謝、感謝の思いである。 5 更なる進化に向けて 現在の部品包装作業は、本来自動化すれば更なるコストダウンも可能な作業と思われる。しかし、現在この作業に従事している上肢障がい者が安全に楽しく仕事ができる装置としての、あるべき姿があるため、単に、自動化され生産性のみを追求するものでもないと思う。 本人の勤労意欲の持続と生産性が上手く融合された半自動化として、更に進化させることを職場メンバーは考えているようである。その想いは、私にも十分理解できることである。 改善の効果として一番大切な事は、作業者本人の満足度アップが大切であり、改善により肉体的、精神的苦痛を強いるものではない。 今後も、障がい者が必要とする改善活動を進める上でのサポートを行っていきたい。 就労は障がいを軽減する『自立・寛解』 −健常者の目線に制限されない職域の拡大− ○遠田 千穂(富士ソフト企画株式会社 人材開発グループ長/秋葉原営業所所長/カウンセリング室室長) 槻田 理(富士ソフト企画株式会社人材開発グループ) 木村 健太郎(富士ソフト企画株式会社人材開発グループ) 1 障がい者の可能性 障がい者の職域と聞いて、まずは何を思うだろうか?作業所の軽作業だろうか?清掃業務だろうか?工場の単純作業だろうか?我々はあまりにも偏った目で、障がい者の職域を制限してはいないだろうか?職業の選択肢を狭めることは、障がい者の可能性まで奪うことにもなりかねない。1人でも多くの障がい者が納税者として活躍することが如何に各自の障がいの軽減につながるか?私達は、日々それを目のあたりにすることができる。 2 障がい者の指導力 当社では、教員実習や様々な学部の大学生のインターンシップが増加している。健常者を障がい者が指導するという新しい構図が成立しつつある。精神障がい者の指導力は非常に高い。高学歴で組織の中枢で活躍されてきた方も多く、相手のストレスや痛みに敏感だからなのだろうか?良いところを見ようとする傾向も強い。健常者は、欠点ばかり見て障がい者は長所を探す。障がい者の働きやすい会社は健常者も働きやすい会社である。障がい者の指導力を信じ、社内研修や委託訓練に従事できる環境を整えることも、これからの障がい者の職域の拡大にもつながるのではないだろうか? 休職中の社員の復帰プログラムや社員のメンタルケアといった業務で活躍する障がい者がいてもなんら不思議ではない。ピアサポートは、手帳を持った者同士に限った話ではない。障がいを進化の過程と捉えるなら、健常者よりも更に先に行く方々だと考えられるのではなかろうか? 3 ピアサポートの就労効果 富士ソフトの特例子会社である当社では、身体、知的、発達、精神障がい者が互いの障がい者をサポートしつつIT業務を進めることで、相乗効果を上げている。 以前、補完関係という言葉を使ったところ、相乗効果という言葉が障がい者から出て、流石プラスの面を見る力があると痛感したことがある。 家に閉じこもってうつうつとしているより、会社で納税者として活躍することは、健常者の想像に及ばない程の喜びを障がい者にもたらす。又、他の障がい者のサポートをすることにより、人間が従来持っている思いやりや、コミュニケーション力が磨かれる為、周囲に配慮できる力が蘇る。 身体障がいの方々の運動機能を知的障がいの方々がサポートし、知的障がいの方々の気付かぬところを発達障がいの方々がカバーし、発達障がいの方々の衝動的な部分を精神障がいの方々がバランスをとり、精神障がいの方々の生活のリズムを身体障がいの方々が調えるといういように、1つの納期に向けてピアサポートをフルに活用させる。 ピアサポートの継続により、健常者の目線で仕事をコントロールするよりスムーズに進むことがある。また、身体障がいの方々の運動能力が回復したり、知的障がいの方々のIQが上がったり、発達障がいの方々の衝動性が抑えられたり、精神障がいの方々の生活のリズムが落ち着いたりと、障がいが軽減されていくのが目に見えて分かるようになる。プロジェクトの円滑な進行、障がいの軽減が実践できれば、障がい者の就労は医療と同等の効果をもたらすことになる。 4 障害者を雇用するメリット 現在、企業には障がい者を雇用する責務がある。しかし雇用しなければ、あるいは指導しなければという義務感・焦燥感にかられて雇用する形態で、果たして真の雇用が進むだろうか?雇用とは納税者として国民の義務を果たしてもらうところにある。企業は医療現場でも福祉サービスでもない。利益を出して国に税金を納める義務がある。 そうなると、今までのように法定雇用率の数字を追う雇用には限界がある。企業が障がい者も、健常者と同様、会社の貴重な戦力として、任務を遂行してもらうところにこれからの障がい者雇用がある。 バリアフリーという言葉自体がバリアを設ける結果になっていると考えると、法定雇用率という言葉が、人事を悩ませる結果になっているのかもしれない。 自らが障がい者になった時どうしたら生きやすい社会か、働きやすい会社を常にイメージしていくと、義務に縛られる雇用ではなく、職域の拡大につながると考える。 5 障がい者雇用のコスト 障がい者雇用と聞いて、コストを想像する会社も少なくはないかもしれないが、よく考えて頂きたい。当社のエレベータは助成金を活用することができた。又、障がい者雇用に要するPCその他、機材、設備についても助成でまかなうことができる。 人的支援についても就労支援センターや、ハローワーク等、公的な窓口も整理されている。 2人の障がい者が定着して、力を発揮すると、健常者の2倍は(特にPCスキルが高い場合)仕事をすることができる方もいる。健常者1人を雇用する人件費を考えてもなお障がい者雇用に力をいれるほうが企業の生き残りをかけてでも取り組むべき課題だと考えるのは自明の理だろう。派遣の方々にお願いしている仕事を障がい者の方々に振り分けるのも職域拡大のポイントにつながる。 6 医療のガイドラインの整備 何をもって異常とし何をもって正常となすのだろうか?不調を訴えて内科を受診したところ、何も悪いところはないと、精神科・心療内科を紹介される。精神科では待ち構えていたように、うつ病の診断書が出さ れ、薬の投与が始まるところもある。病院のスタンスも様々だが医療が精神疾患を増発していると考えると、これは大変なことである。1日でも早く、ガイドラインを整備し予防にも力を入れる精神科であってほしい。カウンセリングや、代替医療の導入で、懸命に努力を続けている病院も多いとは思うが、まだまだ高額医療の範疇であることは事実である。「病は気から」と言うが、「気」を司どる重要な診断が、3分診療であってはならないと強く思う。 7 キャリア教育と引きこもり 精神疾患の急増は現在の世相も反映している。企業は成果を求められ、スピード社会と化している。倒産も相次ぐなか、転職サイトが横行している。「転石苔を生ぜず」は是か否かという理論はさておき、目標とするものが見えにくくなってきていることは事実である。高度経済成長期はゆとり教育どころではなかったので、「一歩」立ち止まって考えるよりも、「前へ、前へ」だったが、今は個性も大切に、集団よりも個人を優先する社会になりつつある。個性を大切に、ゆとりの中で育まれてきた方々は、大学卒業後、突然、集団で利益を追求する企業に投入される。環境に順応できれば、結構なことだが、そこで上司の叱責や顧客からの罵声を浴びせられ、全人格を否定されたような気になり、会社に行けなくなってしまう。 以前、大学で講演させて頂いた時、大学のキャリア教育で営業のやり方を教えてみたらどうかという話を申し上げたところ、教授から「私達は企業人を作っているのではない。」とお叱りを受けたことがある。しかし、その大学を卒業する学生のうち8 割は民間企業に進む現実を看過してもよいのだろうか?(そのうちの2割は、3年以内に退社や転職を余儀なくされる現実を。) また、80 社も受けて、内定がとれず学部4年生に在籍したまま引きこもって家庭内暴力を繰り返す学生がひそかに増えつつある、静かな社会現象が広まりつつあるのはご存知だろうか? 企業も学生も必死ではあるが何よりも人の基礎を作る学校で(早ければ小学生のころから)キャリア教育を実施すべきではないだろうか?夢と希望に満ち溢れて入社してきた新入社員を精神科に送り込むようなことがあってはならないと考える。 また、企業人を軽んずるような風潮が高校や大学にあってはならない。生徒・学生の保護者も懸命に「会社」で働き学費を納めているのである。尊敬できる親の職業の上位に「サラリーマン」が入る教育を施してほしいと考える。 企業は常に目標を明確に、新人を長い目で育て、社員→主任→係長→課長→次長→部長→役員→社長といったラインを明確にし、育て上げる努力も必要だろう。 他社の人材は良く見えるかもしれないが、自社の中にも良い人材はたくさんいる筈である。健常者の目線で悪いところばかりを無意識のうちに追ってしまっているのではないだろうか。 8 障がい者雇用における留意点 当社が4 障がい者を雇用するにあたり、特に留意している点について述べる。 ① 短時間勤務から始める まずは1日5,6時間よりスタート。1ヶ月単位での勤務時間の変更も受け付られるようにする。目標は9時から17時30 分のフルタイムである。 ② コアタイムなしのフレックスタイム制 薬の副作用やラッシュ等、体調が悪いときは、時間をずらしてでも、まずは出勤する習慣を身につける。 ③ チーム、ペアで作業しカバーできる体制 1人ではなく、仲間がいるという集団心理を大切に、急な休みにも対応できるように。「担当者にしか分かりません」という言葉は一般社会でも禁物。 ④ 昇任・昇格は慎重に 役職がモチベーションになるのかプレッシャーになるのかは慎重に入社時に確認し、再発を防ぐ。 ⑤ 感情的に怒ったり注意したりしない 一般社会においても、人前での感情の表出は良い結 ⑥ 責任は上司が取る 暗黙知ではなく、形式知で。精神論ではなく具体的に。「根性」だけでは伝わらない。 ⑦ 厳しいノルマ(納期)は与えない ノルマ(納期)があっての仕事だが極端な高ノルマ、短納期は防ぐ。 ⑧ 誉めて長所を伸ばす あくまで性善説を念頭に、人材育成に務める。 ⑨ 適材適所の配置 障がい別ではなく、本人の得意・不得意分野で業務を分ける。(1つの部に4障害を混在させる。) ⑩ 個人個人のストレスの把握 面接時よりストレス要因を確認し、カウンセラー(不在時は人事もしくは総務の方で現場との調整ができる方が1人いればよい。)を中心に各自がモチベーションを保ちつつ業務に専念できる環境を築く。 ⑪ 障がいのオープン就労 お互いの障がいをオープンにして、いざという時は互いにサポートし合いながら安心して業務に取り組む。 ⑫ 話をよく聞く 周囲、カウンセラー、上司は本人の話をよく聞く。 ⑬ 職場との雰囲気作り 人としてどうあるべきかをよく考え行動する。 9 パソコンを使用する業務の拡大 当社は、親会社がIT 企業でもあり、パソコンを使えば障がいがあっても業務を遂行できるという理念のもと設立された。パソコンは、様々な業務のツールになる。外国では負傷した軍人がパソコンを駆使して頭脳戦を展開している。文明の利器は不可能を可能にする。できない言い訳ではなく、できる方法を考えよう。 果をもたらさない。 10 語学力と記憶力とデザイン力 当社には、TOEIC 800 点、900 点の社員や、留学経験のある社員も在籍する。1級の身体障がい者の楽しみは語学力を駆使した海外旅行である。また、知的障がい者の方々で電車の種類や駅の名前を覚えるのが得意な社員もいる。発達障がいの方々は独特の色彩感覚を持っている。このように、語学力を活かした通訳、翻訳の仕事や、記憶力を活かした大会関係のトーナメント表作成や、デザイン力を活かしたHP作成の仕事等、職域はいくらでも拡大することができる。 11 予防と未病 当社では病気の再発を防ぐ為にも、身だしなみを整え笑顔の挨拶を励行している。心が疲労してくると、まず、身なりに気を遣わなくなり、表情も消えていく。意識して、身なりを整え笑顔を大切に感謝の気持ちで周囲と接することにより、障がい自体が遠のいてしまう程の効果がある。周りの健常者の働きぶりに釣られて、障がいが軽減されることもある。 12 就労の経緯 当社での勤務を希望する方々は、ハローワークを通じて応募することになっているが、身体の方々は作業所から、知的・発達障がいの方々には職業能力開発校から、精神障がいの方々は地域からハローワークを通して応募されるのが一般的になっている。 様々な差別や偏見と戦い、思うような仕事ができなかった方々に、今まさに新たな時代が到来しようとしている。障がい者個人の力をもっと信頼すべきである。優秀な障がい者にはどんどん力を付けて頂き、出る杭が打たれることのないよう、配慮する必要もある。 13 心の再生医療 身体の再生医療の研究は進んでいても、心の再生医療の研究はなかなか進んでいない。しかし企業が求めているのは休職中の社員あるいはうつ病予備軍の社員の心の再生医療である。又、それを就労という治療薬で実現できるのも企業なのである。企業は多くの可能性を秘めている。人が人たる所以は、自立であると考える。自立が寛解の布石となるのであれば就労は最大の医療行為、行動療法となり得る。 14 ハンディをメリットにする 雇用が行き詰っている企業の障がい者、健常者の両論を聞いてみると、互いに恐怖の目で見合っている。確かに自分と異質なものは怖いかもしれない。しかしながら、一生はあっという間である。互いに不必要に構えていては業務効率も低下する。健常者が障がい者に気に入られたいと思うあまり、考えすぎてしまい、うつ病になったケースもある。両者が共存するには互いのハンディをメリットにすることである。健常者にも何らかのハンディがある。障がい者の前で強がることもないし、媚びる必要もない。 理解できないことを無理に理解する必要もない。全て受け容れようなど、健常者の奢りである。障がい者は決して弱者ではない。共に仕事をする同僚として同等に、かつ畏敬の念を大切に、手を携えて、困難に、又、会社の発展に果敢に挑んで行くべきである。修羅場の数だけ、人は強くなれる。同じ時代を生きる同志として、人生を切り開き、共に成長することが人としての「自立」であり、そこに就労の意義、役割を見出すのである。 15 現実を直視する 障がい者と共に働くことにより思いもよらぬ緊張感を持つ健常者もいる。ピーンと張り詰めた日々、そこに怖気付いてはならない。私は4障がいの方々と議論できることが嬉しい。障がい者雇用は綺麗毎では済まされない。本気でぶつかり合うたびに信頼が1つずつ築かれる。 特例子会社における発達障害者の職域拡大について ○内藤 哲(東京海上ビジネスサポート株式会社大阪支社 支社長) 広岡 亜弓(東京海上ビジネスサポート株式会社大阪支社) 1 はじめに 東京海上ビジネスサポート株式会社(以下「TMBS」という。)は、損害保険会社を母体とする企業グループ初の特例子会社である。東京を本社とし、名古屋支社・大阪支社を拠点に2010年1月東京海上ホールディングスが全額出資して設立した。2010年2月に株式会社東京海上日動キャリアサービス(以下「TCS」という。)の「事務支援チーム」メンバーが、TMBSに転籍し、2010年3月に特例子会社として認定を受けた。グループ適用会社4社の障害者雇用率は2.02%となっている(2010年6月1日現在)。 2010年9月1日現在、従業員数87名(含むトライアル雇用者、出向者)の内、知的・発達障害の社員が56名在籍している。大阪支社は、18名の障害のある社員が在籍し、精神保健福祉手帳保有者は9名と半数を占める。当社の精神保健福祉手帳保有者の全ては、発達障害者《広汎性学習障害(自閉症、アスペルガー症候群等)、高機能自閉症、注意欠陥多動症》の診断があり、同じく知的障害者手帳保有者も発達障害者の診断がある者が多く在籍している。 計 知的障害者手帳保有者 精神保健福祉手帳保有者 男性 女性 年齢 本社(東京) 28 24 4 23 5 18〜 39才 名古屋 10 1 9 7 3 21〜 34才 大阪 18 9 9 13 5 19〜 37才 合計 56 34 22 43 13 図1 TMBS拠点別雇用一覧 業務内容(作業内容)としては、一般事務、軽作業(グループ会社社内封筒印刷・作成、事故受付通知発送、保険関係書類作成、自賠責ステッカー回収・発送、封入、発送、DM発送、各種名刺作成、研修資料作成、オンデマンド印刷、データ入力、文書電子化、ネーム印・スタンパー作成等)を行っている。 2 発達障害者の採用と職場定着への取組 当初TCSで採用の際に社内では多くの反対意見があったが、採用後実務に従事すると予想以上に仕事を任せられることが判明した。彼らは毎日まじめに会社に出社し、責任感をもって業務に取り組み、突然休まないので当てに出来る人材である。 採用ルートとしては、障害者職業センター・特別支援学校・技術専門学校・大阪市職業リハビリセンター等に依頼し、2週間の実習、3ヶ月間のトライアル雇用を経て契約社員として採用している。その際、実習時及びトライアル雇用時に、段階的な観察、チェックポイントの設定(面談・個人別に課題の提示等)を行っている。 3 発達障害者の職域開発・拡大 (1)発想の転換 「支援される人」から、「支援する人」へと立場の転換を目指して、「障害者だから」ということにしばられることなく、PCの一人一台設置等、一般社員と同一の職場環境を設定する様努めた。 「事務支援チームメンバー」というネーミングは、それに由来している。 (2)職業人としてのスキルアップを目指す 「障害」に対して、個人別にどういった支援が必要か考え、特性に合わせた支援を常に意識している。併せて各人の能力の向上を目指した取組を行うよう努力している。指導員が、障害のある社員の可能性を信じ、信頼する事が仕事の幅を広げていく一番のポイントとなる。 (3)指導員の採用 会社が行う業務を熟知している人材、汎用性のある人材を採用することが必須である。PCスキルの高さはマストと言える。また障害のある社員の特性を十分理解している人材、理解することが出来るメンタリティーも必要となる。業務知識と彼らの障害特性への理解のバランスが重要となる。 (4) 職域の拡大 ・ 簡易な業務から、高度な業務へ。 ・ 締め切りのない業務から、納期のある業務へ。 ・ 単純業務から、やや複雑な業務へ。 上記に述べた3点に見られるように、発足当初から現在に至るまで、雇用人数が増加し、業務に対する熟練度が高まるにつれ、作業可能な量、スピード、内容において徐々に仕事の幅が広がって行った。 また、丁寧に、且つスピーディーに精度の高い業務を行う事が信用・信頼を呼び、次の受注につながっている。 上に、業務内容照会があるグループ各社に対して、具体的業務実績を示すことによりTMBSの引き受け可能な業務内容を正確に伝えることが出来るようになった。それがひいては、②のスポット業務における新たな業務打診・受注につながっている。 4 業務スキームの構築 発達障害者の多くは知的能力は低くはなく、手帳を取得したタイミングも成人前後であることもあり、自分自身に対してのプライドも高い。PCを使用したかなり高度な業務に従事することにより、「自分たちは仕事が出来る」という自覚と自信を持って業務に携われるように指導員による方向付けを行った。しかし、一方では、思い込みやケアレスミスによる間違いも多々あるため、「丁寧に、正確に」を第一として、メンバー同士でのダブルチェックや確認を徹底している。 また、報告・連絡・相談が不得意(コミュニケーションが苦手)というメンバーも多いので、 図2 時系列による職域拡大 (5)大阪支社の現在の業務状況 下記2つのチームに分かれて運営している。 ①事故受付通知の発送業務(基幹業務) ≪従事人数≫指導員2名+事務支援メンバー8名 ≪作業内容≫日々の定例業務として、毎日PC上に送られてくるリストに基づき、グループ会社内専用システムを使用し、保険種目(火災保険・ゴルファー保険・海外旅行保険等)毎に、受付通知書を作成・印刷し、内容をチェックし、三つ折、封入・封緘を行った上で発送、発送記録の確認まで行う。 ②不定期に依頼がある様々な業務(スポット業務) ≪従事人数≫指導員2名+事務支援メンバー10名≪作業内容≫一部を除き、グループ各社から不定期に依頼があり、内容も様々である。三つ折、封入・封緘、押印、カッティング、データ入力、専用システムを使用したデータ抽出・加工等多岐に亘っている。 発足当初は②のスポット業務のみ対応していたが、①事故受付通知の発送業務に従事したことにより、日常業務量の確保が出来た。また、それ以ミスや失敗は直ちに指導員に報告し、組織として早めの対応でリカバリーするスキームを構築している。併せて業務指示は、視覚に訴える、解りやすい手順書・マニュアル等を作成、利用することにより、彼らが理解しやすいように工夫している。 一人ひとりの状態が異なり、指導員による個別の配慮や指導が必要となるため、業務においても、「出来ない」と決め付けるのではなく「出来る」ような作業工程を工夫している。 東京は丸の内、名古屋は久屋大通、大阪は京橋OBPの東京海上日動ビル内のオフィスで、背広、ネクタイを締めて出勤し業務を行い、グループの支援を行っているということが彼らのプライドを充足し、自分なりの存在感を高めている。 5 今後の課題 会社としての収益性の確保へとつながる、東京海上グループからの受注業務の拡大が、喫緊の課題と言える。その為にも、障害のある社員の人材確保と、指導員による指導・育成を実践する事により、発達障害者の職域拡大を更に図っていきたい。 軽度発達障害者の本人主導の就職活動における課題と支援の取り組み −発達障害者の就職支援における一考察− 石井 京子(テスコ・プレミアムサーチ株式会社 代表取締役) 1 はじめに テスコ・プレミアムサーチ株式会社は平成20年4月設立以来、あらゆる障害者の就職支援を行っている。近年発達障害者や保護者からの問合せが増加してきた。全国の発達障害者や保護者から問合せや相談が寄せられるが、個別面談は東京もしくは関西で対応を行っている。問合せ件数の約半数が個別面談を行った登録者となり、平成20年では1名、平成21年では20名、平成22年8月末現在で32名である。個別面談の後、個々の状況に応じた就職支援を行った。(登録者は関東と関西在住が大多数であるが、一部地方在住者を含む。卒業年次でない者は相談のみとし、登録数には計上していない。)この53名(手帳保有もしくは申請中)の就職支援を行った者(以下「登録者」という)には現在就業中の者が多く含まれている。また、これまでに一般就労の経験がある者が多く、高等教育を受けている者が多いという点で特徴がある。 2 登録者の状況 (1)年齢と性別 登録者の年代は幅広く、20代28名(52.8%)、30代20名(37.7%)、40代4名(7.5%)50代、1名(1.9%)であった。性別では男性40名(75.5%)、女性13名(24.5%)である(図1、2)。 (2)学歴 学歴は高校5名(9.4%)、短大2名(3.8%)、専門学校10名(18.9%)、大学32名(60.4%)、大学院4名(7.4%)と高等教育機関への進学率は平均より高い。高卒5名はサポート校出身者でそのうち4名は卒業後何らかの就労訓練を受講している(図3)。 (3)手帳の種類(保有もしくは申請中) 療育手帳保有者は8名で最終学歴の内訳は高校1名、短大1名、大学6名である。療育手帳保有者の3/4が大卒である。精神保健手帳保有者は45名(高校4名、短大1名、専門学校10名、大学26名、大学院4名)である(図4) 50代1.9% 図1年齢 図2性別 図4手帳種類 大卒75.0% (4)手帳の取得時期 手帳取得申請中8名、取得1年以内9名、取得してからの年数が2年:16名、3年:9名、4年:6名、5年〜8年:5名である。幼少期に診断を受けていた者は7名でいずれも就職活動の前に手帳を取得している。一方、成人後に自ら診断を受け手帳を取得したものは一般就労後に職場でなんらかの不適応を経験し、就労継続が難しくなった結果、自己の特性に気付いたケースが多い。 (5)登録時の就業状況 就業中13名、未就業40名。就業経験あり46名、就業経験なし7名(新卒)で新卒以外は就業経験を持っている。 (6)就業状況 就業中(内定者を含む)25名(47.2%)、未就業28名 (52.8%)、未就業者には手帳申請中8名と資格取得のため通学中の2名を含む。弊社の職業紹介及び就労サポートにより就業に結びついた者は11名である。 (7) 社会的資源へのアクセス 社会に出てから手帳を取得した者が多く、社会的 資源の活用方法を知らない者が大多数である。幼少期に特性が判明していた7名も本人への告知、あるいは診断を受けたのは就職活動開始の直前であり、手帳取得により本人が初めて社会的資源にアクセスしている。 3 就職活動における課題 (1)同時進行の困難さ 登録者の出身校には国公立の大学、有名私立大学も多く含まれているが、大学時代に何らかの困難を抱えていたと思われる者は多い。中学校・高校では授業の時間割や教室の座席が決まっており、登校すればカリキュラムは自動的に進行していった。大学では授業の選択・履修・単位の取得まで自己責任で行わなくてはならない。孤立しがちな発達障害者は情報にうまくアクセスできないため、進級に必要な単位不足に陥いる例や、期限内に卒論を提出することができずに留年した者もいる。また、理系の学部のゼミではチームワークの作業にコミュニケーションが必要となる。指導教授の具体的な指示がなければ卒業論文、修士論文の作成で行き詰る。教職を取るための教育実習も短い期間の間に教室での授業や教員室での教務や授業の準備など、場所と対象の目まぐるしい変化に臨機応変に対応しなければならず、困難と感じた者は多い。大学を卒業することだけでも精一杯の発達障害者が卒論を作成しながら、並行して就職活動を行うのは難しい。インターネットでのエントリーが一般化した今日、自己のスケジュールを調整しながら、企業説明会、適性検査、面接といったハードルを幾つも越えていかなくてはならないからである。同時進行することが出来ないため、卒論を仕上げてからようやく就職活動を始める者も少なくないが、時期的に一般の就職のタイミングを逃し、やむなく派遣就労を開始するケースや就職浪人となる者もいる。将来の進路を考えたうえでの進学、専攻の選択が必要である。 (2)自己分析力の欠如 就職活動を始める際には自己分析が必要になる。これまでの自分や現在の自分を見つめ直し、これから何をやっていきたいのかを探求する訳だが、この作業において不適応を起こす者も少なくない。就職活動の流れは志望企業を選ぶ、エントリーシート(応募書類)の作成、筆記試験、面接の順序である。自己分析が苦手であると、どのように自己PRをしてよいか分からない。故に第一次関門のエントリーシート作成の時点で壁にぶつかってしまうことになる。そして、面接では当然のことながら面接官の質問に対して、その意図を理解し、自分の考えをまとめ、理論的に答えられるかというところが試される。自己分析力の欠如による最大の困難は自己紹介文をどのように書いてよいか分からないということと、面接において臨機応変な対応ができないということであり、就職活動において極めて深刻な事態が発生する。 (3)職業選択のミスマッチ 自己分析が出来ていないということは自分に合う職業を選択することにも困難を生じることになる。本人主導で就職活動を行っている場合、最初の職業選択において特性に合わない職種(企画、営業、接客等)を選択している者が多い。結果として早期離職、転職の繰り返しを招いている。 就職活動におけるもう一つの問題は適正な自己評価ができないため、自分の能力を過大評価し、到底合格が不可能な大手企業の採用試験に応募していることである。採用試験結果の不合格が続いても不合格となった理由を分析することができず、軌道修正が難しい。 4 実際の就職支援 弊社では登録者の要望に応じ、個別に就労に関する多様な相談への対応や、就職活動の準備をサポートしている。具体的には①履歴書、職務経歴書、自己紹介文の作成アドバイス②面接練習③志望企業の選択におけるアドバイスである。①②においては自己分析を行い、自己の将来像を描くということは発達障害者には難しい作業であるが、自らの力で考え、決定していかなくてはならないことであるため、時間をかけて寄り添う作業となる。③については専門の民間企業であるからこそ所有する企業の障害者雇用実績の最新データを参考に、業種、職種に関して一緒に考え、各登録者に最も適する仕事かつ可能性のある求人を選び出すことができる。業種、職種その一つ一つにイメージを持ちにくい発達障害者には一緒に考えていく過程が重要であり、結果的に雇用のミスマッチを防ぐことになる。 5 就職活動における特性別の傾向 就職活動において各個人のこだわりが就職をより困難にすることがある。サポート校出身者(IQ65〜IQ85、療育手帳保有)は卒業後なんらかの就労訓練を受講している者が多く、支援者の指導の下に自分の出来る仕事で頑張ろうと思えるようになれば、採用側が用意する仕事と本人の出来る仕事が一致しているので就職は比較的成功しやすい。一方IQが高く(IQ120〜130)一般就労の経験のある者は自分の障害を受容し、自己の特性を理解し、周囲に対してうまく開示できるようになれば就職に成功する。元々業務に活かせる能力を持っていることが多いことと、自己の特性や、配慮を得るための説明方法を就職活動の円滑な進行のための知識として比較的スムーズに習得できるからである。 就職活動において一番難しいのが平均的なIQの持ち主で言語能力の高い者であろう。通常の挨拶や会話では一見コミュニケーションが取れているように思われるので本人の特性を理解してもらうことは難しい。就業開始後、スピードが遅い、優先順位がわからない等を発端として繁忙期やお客様対応のクレームなどの場面で初めて特性が顕著になることが多い。前述の2つのグループに比較し、本人がやりたい事と出来る事の間のギャップが大きい。また、本人の自己理解の不足やこだわりを補っていくにはある程度時間が必要である。 6 サポート事例 (1)応募条件へのこだわりの事例 男性 20代後半 大卒精神障害者保健福祉手帳3級 アスペルガー症候群 言語能力は平均以上就業歴:2社経験(1社目試用期間内の離職、2社目販売アルバイト) 大学卒業時に就職活動をうまく進めることができず、やむなく入社した会社で不適応(業種、職種ともにミスマッチ)その後アルバイトを経験し、長期雇用を希望し、手帳取得し、本人主導で就職活動を行っていた。 【就職活動における問題点】 ①大手企業の正社員へのこだわり 個人面談によりこれまでの就職活動歴について ヒアリングしたところ、就職活動のチャネルとして障害者専門の就職情報サイトへの直接エントリーを行っているが、一度も書類選考を通過していないことが判明した。また、障害者専門の就職フォーラム(民間主催)に参加しているが、大手有名企業だけに応募しているため、1社も次のステップに進めていない。この時点で就職活動期間は約2年であった。 [アドバイス] 大手企業の正社員求人は採用基準が高く、事務経験を持っていないと選考を通過することは難しい事を説明し、民間の就職フォーラム以外にもハローワーク主催の障害者就職面接会などを利用するよう勧めた。また、業種、職種について説明を行うほか、求人票の読み取り方などを中心に情報提供し、就職の可能性を高めるために正社員以外に契約社員も応募の対象とすること勧め、本人も了承した。 ②独自の条件へのこだわり 志望先企業について引き続き意見交換を行っていたが、応募対象の求人の条件として企業年金があることを条件としていたことが判明した。[アドバイス] ハローワーク求人票に「企業年金あり」と記載されている場合、会社として企業年金の制度があっても正社員が対象で、契約社員は企業年金の対象ではないことを説明した。福利厚生制度として参考にするのはよいが、企業年金があることを条件とするよりは適性に合う仕事内容で求人を探すことを提案し、本人も納得した。 その後、志望先選択において継続してアドバイスを行っていたが、ハローワークの求人の一つの企業に応募し内定、無事入社、現在就業中である。 (2)自己理解へのサポート事例 男性 30代前半 大卒療育手帳アスペルガー症候群IQは概ね平均作業能力に比較し言語能力が高い 就業歴多数(いずれも短期離職) 言語能力、好感度とも高く、前向きに意欲を伝え、ITスキルもあるため、面接は容易に通過する。就業を開始すると優先順位が分からない、同時進行が苦手、スピーディーに仕事を進められない等の特性が顕在化し、試用期間満了となることが多い。手帳取得の段階で初めて社会的資源を利用し、その後は本人主導で就職活動を行っている。 【就職活動における問題点】 ①自己理解 言語能力は高く、前向きな発言をするが、自己の作業能力に対する自己理解は不十分である。 [アドバイス及びサポート] 初めての障害者雇用枠で就職活動開始に際し、適性に合う定型業務など仕事内容を最優先の条件とすることを確認し、時間をかけて就職活動の準備を進めることを勧めた。退職回数が多いため、退職に至った理由を明確に説明する必要があり、職務経歴書の作成にかなりの時間を費やした。面接練習に関しては上記の退職に至った理由を前向きに説明しようという事に囚われて、説明に詰まってしまう状況が続いた。当時は自己の特性理解ができていなかったことから職場での配慮も期待できず、やむなく退職に至った経緯を文書で提出することを提案し、本人も了承した。 ②正社員へのこだわり 事務系で正社員枠の求人が第一希望であることを譲れない。 [アドバイス] これまで正社員として採用されたが結果的に期待不足として短期離職となっているため、定型業務で長期雇用を目標とするよう説明し、雇用形態、処遇に関わらず定型業務を探すことを話し合い、本人も了承した。現在は研修を受講しながら就職活動の準備を進めている。 7 障害者雇用枠での就労と現状 「障害者の雇用促進等に関わる法律」では民間企業は1.8%、特殊法人、国・公共団体は2.1%、都道府県の教育委員会では2.0%の障害者の雇用義務が定められている。障害者雇用枠で就労するメリットは、企業の法定雇用率というコンプライアンス達成の目的の下に採用されるため、社会の雇用の悪化にも関わらず採用される可能性が存在するということにある。加えて、障害者雇用枠での採用は、個々の特性や通院などについて職場で配慮されやすいという点である。しかし、障害者手帳を持っていれば誰でも採用される訳ではない。大手企業の採用基準は高く、新卒もしくは一つの企業で長く活躍した経験を持つ一部の障害者はともかく、一般的に就職活動はそれほど簡単なものではない。リーマンショックまでは雇用市場は売り手市場であったが、それは一次的な好景気と2007年問題と言われる団塊の世代の社員の定年退職(2007〜2009)の補充によるものであった。経済環境の変化に伴い、雇用状況が悪化、企業が社員のリストラを実施し、障害者雇用の算定の基礎となる分母の社員数が減少すれば障害者雇用数も減少する。従業員数の減少により仕事の進め方や内容も変化してくる。社員のリストラにより、一人の社員の担当する業務は増加し多様化している。一方で単純業務は製造から、コールセンター業務やIT業務まで海外に流出していく現在、企業の職場で定型業務を大量に見つけることは困難という厳しい状況がある。障害者も自らの特性を見極め、自己の持つ能力を伸ばしていくことが望ましい。 8 今後の課題 大学のユニバーサル化に伴い、発達障害の学生への支援がクローズアップされている。大学生活を円滑に進めるための支援は、履修登録、課題の提出に始まり、学生相談室が対応している。将来の進路選択に関しては就職課やキャリアセンターが就労支援を行っているが、就職活動を進めることが苦手な発達障害の学生に対して早い時期から個別の支援が必要であろう。2011年度からセンター試験で発達障害を持つ受験生が不利にならぬよう、試験時間を延長する、試験問題の活字の大きさや書体を改善するなどの配慮がされることから、発達障害を持つ新入生の入学の増加が予測される。在学時から就職活動をサポートするため、キャリアカウンセラーを配置している大学は多いが、発達障害について十分な知識を持っているキャリアカウンセラーは多いとは言えない。大学等の教育機関においても、発達障害者の就労について豊富な知識を持つキャリアカウンセラーや支援者の養成と配置を期待する。 発達障害者向けのIT訓練−自閉症とソフトウェアテストの職業訓練を通じて− ○鈴木 慶太(株式会社Kaien 代表取締役) 納富 恵子(福岡教育大学教職大学院)・猪瀬 桂二(日本放送協会) 1 サマリー 当社Kaienでは4月から約3ヶ月にわたり、3人の成人のかたに障害者委託訓練の枠内で職業トレーニングを行った。対象は発達障害者であり、いずれも自閉症スペクトラムの方であった。内容はソフトウェアテストやPC操作を中心にした。修了生はいずれも上場企業に就職。内訳はソフトウェアテスターとして一人、経理事務、グラフィックデザイナーとして一人ずつである。今回の訓練実施を通して感じたことは、現在就職に困っている発達障害者の多くは成人後に診断を受けたため従来のSSTや認知行動療法等による介入は難しいこと、二次障害があることが多いため医療機関や支援機関等との連携が欠かせないこと、従来の障害者用の作業(例:ピッキングやデータ入力)では物足りないと感じられることが多いためシステム・ソフトウェア開発や法律・会計など専門的な内容を高いレベルの経験者が教える仕組みが求められること、TEACCHなどで言われる構造化は高機能の人にも有効で、その活用が訓練や職場での秩序維持にも効果的があることである。 2 Kaienとは? 設立は2009年9月。本社は東京都港区である。Kaienでカイエンと読む。アスペルガー症候群や特定不能の広汎性発達障害など知的遅れのない自閉症スペクトラムの方の強みを活かし、PC関連業務やIT・ソフトウェアテストの仕事に就く事を応援している。現在は訓練業と紹介業の二本柱である。東京都の障害者委託訓練の枠内で、職業トレーニングを実施している。その修了生を中心に有料職業紹介事業者として、障害者雇用の人材紹介事業を行っている。 3 なぜソフトウェアテストか? デンマークに先例があること(Specialisterne社)、自閉症の特性とソフトウェアテスト技術者になる要件が重なる部分が多いこと(つまり自閉症の特性が職業適性として強みになること)、また自閉症の弱みが目立ちにくい職場であることが挙げられる。具体的には「静かに、パソコンを使って、明確に割り当てられ、かつ似たような作業を、知的に論理的に行う」ことが求められる業務である。ちなみに、ソフトウェアテストは文章作成で言うと校正の部分に当たる。ソフトウェアの開発では品質管理を担当する非常に大事な工程である。ソフトウェア開発の際、ヒト・モノ・カネの約30%がソフトウェアテストに当てられている。したがって、質の高い人材が比較的多く安定して求められている。 4 第一期訓練 (1)参加者 具体的なプロファイルは以下のとおりである。 . Aさん男、30代後半、国立理系卒、IT業界で保守管理を派遣で約.年経験、参加当時無職、広汎性発達障害、精神障害者保健福祉手帳3級 . Bさん男、30代前半、デザイン系高専卒、デザイナーとして約10年活躍、参加当時無職、広汎性発達障害、精神障害者保健福祉手帳3級 . Cさん男、30代前半、私立文系卒、工場の作業員や福祉施設の職員などで約3年勤務、参加当時無職、広汎性発達障害、精神障害者保健福祉手帳3級なお、うつや気分変調、適応障害などの二次障害 を過去に診断されたり、その傾向が訓練中に若干現れたりした人もいる。またこの3者のプロファイルは当社に登録している他の100人超の人材で平均的である。 (2)期間 2010年4月12日〜7月9日の平日合計240時間10時〜15時まで1時間毎に数分休憩。昼食は1時間 (3)訓練内容 ウインドウズPCの操作に加えて、業務系やウェブ系アプリケーションの理解。セキュリティやネットワークといったITの基礎知識の確認。仕上げとしてあるウェブサイトのソフトウェアテストを行った。また訓練冒頭には当社独自の発達障害者のためのSSTを行った。 (4)体制 講師は大手電機メーカーでソフトウェアテストを担当されたことのあるベテラン技術者。その他、心理士など数名の内部スタッフ。加えて、障害者職業センターや精神科医など外部の専門家による助言も受けた。 (5)訓練のアプローチ 体調管理が最も苦労した部分である。当初は当社が行なおうと計画していたが、負担が大きく、この部分は医療機関や外部の組織を使ってもらうように方針を変えた。一方技術的な指導については、構造化という自閉症スペクトラムへのアプローチを愚直に守っている。 (6)成果 IT関係の訓練の内容はほとんど理解された。冒頭ではIT業界で勤務経験のあるものが課題を真っ先に片付けていたが、徐々にその差もなくなり、ウェブ開発の職場にいってテスターとしてスタッフの中に入れる程度のレベルには達したという評価をもらった。現に、就職活動は順調で3人が職種こそ異なるが、訓練終了から2週間ほどで内定を勝ち取り、1ヶ月後には働き始めた。給与の水準も東京で一人暮らしをしていくに十分足りるレベルである。 (7)失敗 当初行ったSSTは当社が独自に調査した「発達障害者が陥りやすい職場での行動」を補正するものであり、非常に大きな効果があった。一方で過去の厳しい経験を思い出してフラッシュバックを起こすなど憂慮すべき問題も起こしてしまった。これへの対応も当社では不十分で医療機関に頼ることとなった。失敗の原因としては自閉症スペクトラムの方が苦手な、環境が変化したばかりの時期に行ったことと、「劇薬」のように効き過ぎる内容であったことが考えられる。当社としてはSSTという概念は今後用いず、ごくごく職場に近い状況を設定して、そこでポイントとなる職場力を養ってもらえるプログラムに今後は移行することを決めている。 (8)所感 諸々の苦労はあったものの、「静かに、パソコンを使って、明確に割り当てられ、かつ似たような作業を、知的に論理的に行う」力を伸ばす訓練は最低限の成果をあげることができ、当初の仮説を確かめたと考えている。 5 今後について 今後も障害者委託訓練でソフトウェアテストを中心に会計・人事システムなども理解できるプログラムを提供する計画である。 (1)参加する発達障害者 そもそも発達障害者の中には、これまでの成長の過程で二次障害を社会から押し付けられている方が多く、些細なことで悩んでしまったり、人の助言を曲解したかのように悪く取ったり、ミスを極度に恐れて折角の機会を取り逃してしまったり、など周囲を戸惑わせることがある。加えて満員電車に乗れない、時間通りに来られない、自分のストレスレベルを訴えられない、などを抱えるケースも多い。端的に言うと、職業訓練を施す以前の状態の方が多いのが残念ながら現実であり、そもそもこういった方々を就労移行するプログラムの拡充が求められる。(※当社のプログラムは就労まであと一歩の方に技能・知識を授ける職業訓練であると考えており、また現行の就労移行プログラムの多くは知的な遅れのある方への物が多いと聞いているため発達障害に特化したプログラムが必須である) (2)携わるスタッフ 自閉症スペクトラムを理解しつつも、人として対等に接することが出来る人。しかもその人がソフトウェア開発など専門技能を持ち、会計・人事などの会社組織にも詳しい必要がある。この人材の発掘がポイントである (3)問題に遭遇した時に 問題発生の全てを発達障害のせいにしないことが重要である。人は誰でも問題は起こす。また発達障害であっても自閉症的な要素かADHD的なものかLD的なものかの仕分けが必要である。また発達障害ではなく、二次障害から起こる問題も多く、発生頻度からするとむしろ主原因かもしれない。とにかく何でも発達障害に安易に帰結させることが無いよう、人としてお互いに尊厳を保ちながら接することが肝要である。 . 株式会社Kaienhttp://www.kaien-lab.com 就労支援冊子の紹介 −『職場で使える虎の巻』発達障がいのある人たちへの八つの支援ポイント ○高井 賢二(社会福祉法人さっぽろひかり福祉会ひかり工房所長)吉森みどり(札幌市保健福祉局保健福祉部障がい福祉課) 1 はじめに 平成21 年度に作成した普及啓発用の冊子「職場で使える虎の巻」について紹介する。 札幌市では、発達障害者支援法の施行以来「発達障がい者の子どもから大人までの一貫した支援」に向けて札幌市発達障がい者支援関係機関連絡会議(以下「連絡会議」という。)を中心に支援の体制づくりに取組んできた。これまで、発達障がいの普及啓発用のパンフレットや冊子等に関し、札幌市独自のものは作成していなかったが、相談支援の現場では、支援を求め窓口に来所する成人期の当事者やその家族支援者等からも、生活に使える参考書を紹介してほしいとの声が少なからず上がっており、専門職だけでなく一般向けとして特に成人期の就労支援に関する資料の必要性を感じていた。一方、市販書は各分野ごとに豊富に出回っているが、小児・学齢期を対象としたものが多くを占め成人期においては限られていた。今回、作成を想定した冊子は、障害特性の説明や羅列ではなく、力を引き出す支援ポイントを重視したもの、イラストにより視覚化し、わかりやすく情報が共有化できるもの、更には、当事者と職場や家族、周囲の人の「ことばや状況の解釈の違い」に焦点を当てた言わば通訳本の役割も備えているものとした。 平成21 年9月、冊子づくりのために連絡会議の地域生活・就労部会の下にプロジェクトチームを立ち上げた。メンバーは、市内の就労支援関係者7名、精神科医1名、デザイナー1名、出版社2名で、他に複数の当事者、また当事者グループからも積極的な参画を得た。 作成方法としては、プロジェクトメンバーが就労支援経験で得た事例や50 名以上の当事者の就労体験等を整理し、職場でつまずきがちな場面のピックアップが可能かどうか、最大公約数が成り立つかどうかなどを検討した。またその過程で、代表的事例に障がい特性を根拠とすることを意識して討議した。しかし、プロジェクトの作業は困難を極めた。自閉症スペクトラムと言われるように、1000人1000様の状態像の中から、果たして、有意な最大公約数のような8つの場面が切り取れるのであろうかなど、しばしば暗礁に乗り上げながらも徐々に事例が固まっていった。 途中経過の中で当事者によるモニタリングにより精度を上げ、ようやく代表的な8つの事例が揃った。今回は、発達障がいと診断を受けた「虎夫さん」と「巻子さん」という2 人の若者を主役とし、製造業現場とデスクワークの現場をテーマに設定し展開した。 職場開拓や職場定着のために、企業側の理解を促すことを目的に作成した。 2 冊子の内容について (1)カラーユニバーサルデザイン思想の採用理由 この冊子は、A5版24 ページで構成され、色使いはカラーユニバーサルデザイン(CUD)が施されている。また、その正式認証も受けている。なぜCUD となったかについては、色覚障害者の理解や普及啓発に非常に役立ったという、シュミレーションの技法とユニバーサルデザインの理念を取り入れたからである。他者にはわかりづらい色弱の世界、それを効果的に情報発信したものが、色変換のコンピューターソフトによるシュミレーション画像であったと聞いた。視覚化により、劇的に色覚障害の理解が促進され、そのシュミレーション画像は、格好のコミュニケーションツールとなったと聞く。発達障がいのわかりにくさ、色弱のわかりにくさの共通点から、色覚障害の手法に学び、これをモデルとして応用したものが、この度の「職場で使える虎の巻」である。狙いは、発達障がい者の認知とそうでない人の認知をシュミレーションで視覚化して表現することで、互いのズレが確認できる機会を作り、かつコミュニケーションツールとして使い込むことにある。また、誰もが見やすいというカラーユニバーサルデザインの理念も注入し、誰にとってもわかりやすい社内コミュニケーションをも意識している。つまり、この冊子の目指すところは、ユニバーサル社会への提案も視野に入れたことにある。 (2)私たちの意図と確信 『“The undiscovered workforce”直訳すると「未発見の労働力」。これは英自閉症協会が発行した就労ガイダンスの名前です。「未発見」とは、いわゆる「発達障がい」のある人たちの豊かな労働力が埋もれていることに誰も気づいていないという意味です』これは、「職場で使える虎の巻」の巻頭の文章であり、私たちの意図と“未発見”の確信が含まれている言葉である。まさに試みの出発点は、発達障がい者は有能な職業人であり、必ず豊かな労働力になりうるという強い確信であった。平成17 年4月の発達障害者支援法施行以降、特に就労支援の中で発達障がい者の事例が急増した。しかし話題はどちらからというと、彼らの社会性の不足による企業文化とのミスマッチに対する戸惑いや驚き、不信感さえ語られることも多くなる。その一方で表面的な社会性の失敗とは別に、本質的には彼らは、勤勉な人、規則的な人たちであり、反復することが得意で仕事量の経験を持てる人たちであり、根っからの仕事人であるとの意見もプロジェクトでは一致していた。つまり、職場環境次第では、高い業務遂行能力を発揮すると私たちは考えていた。 彼らの就労能力を引き出すには、彼らの弱点を解消するのではなく、彼らの強みにアプローチする手法を確立することで本来の豊かな労働力を引き出せるのではないか、という仮説は十分にあっもらう必要がある、そのようなことを念頭に置きつつ、8つの支援ポイントを基に、完成された冊子をコミュニケーションツールとして使用すれば、共有化の機会が増え、おそらく障害特性の理解の促進となり、偏見除去や職場の理解が進み、やがては就労件数の増加につながるっていくことを願い作成した。 実際、本冊子は、一般企業向けであり障害特性を入れすぎると「結局、仕事ができない人たち」という印象を与えかねず、あえて徹底的に削り落とした。 「虎の巻」は、彼らが自らの役割を積極的に果たし、生産性をより高め、会社に貢献していくための8つの提案である。 以下、順次各項目ごとの概略について触れてみたい。認識の違いを〝ギャップ〟と表現し解決策となる支援のポイントを〝チェンジ〟で示している。 (3)8つの支援ポイント ①虎の巻1 「一目瞭然見本を見たら完成度アップ!」は、視覚優位性を活用した支援ポイントを提案している。ビジュアルメモリーと言われるほどの記憶力の仕組み、口頭指示より視覚伝達に彼らめっぽう強い。「適当に」というようなあいまいな言葉では、相手の意をうまくくみ取れない。 た。 彼らが職場でつまずく場面は、まず、受信者としての情報処理を失敗することにある。このファーストステップをいかにクリアーしていくか、そのためには、彼らに対する情報の入力方法を職場へわかりやすく提案する必要がある。そして支援者にもその基礎的な部分を共有してもらう必要がある。さらには当事者にも自己対処力を知って ②虎の巻2 「向き不向き 得意なことなら達人に」は、ルーティンワークの強み、そして繰り返す量の増加によるスペシャリストとしての成功を提案している。変化に弱い(同一性の保持)ことや、細部へのこだわり(中枢統合性に難)を決まった仕事で集中して生かす。 ③虎の巻3 「順番付け 手順が決まれば効率アップ」は複数情報の同時処理が苦手な彼らには、優先順位の明確な支持で迷いを与えず、効率アップを図ることを提案している。 ④虎の巻4 「指示系統 聞く人決まれば迷わない」は、暗黙の了解、場にふさわしい態度が苦手な彼らが、仕事中「聞く人や聞くタイミング」に迷い、積極的に情報を入手できないことを予測し、あらかじめ指示する人を決めてもらうことで、自ら積極的に働くことにつながる。 ⑤虎の巻5 「いつまでに期限がわかれば集中力倍増」は、仕事のリミットや目標設定がはっきりしていれば、集中力が増す。「早めに」という言葉のニュアンスが想像できない。具体的に「何時まで」ということで本来の集中力が発揮される。 ⑥虎の巻6 「休憩時間休みの取り方は千差万別」は、過緊張な彼らが、休み時間を一人で過ごし、対人不安から解放されたいという話は、聞くことが多い。人によって仕事と休みの明確なリセットを空間の確保で行うことも大切である。 ⑦虎の巻7 「皆の手本に ルールがわかれば模範社員」は、まさに皮肉や暗黙の了解が苦手な彼らだが、社内ルールを事前に言語化して説明することで誰よりも順守することが出来る。 ⑧虎の巻8 「困ったときに 相談できればいつもこころは雨のち晴れ」は、疲れによるストレスから過敏な状態になり、まわりが気になり仕事が手につかなくなることがある。システムとしてあらかじめ困ったときの相談相手を指定しておくことで、安心感をもって働くことが出来るという提案。 以上の8項目には、当然、事例性の幅という「のりしろ」があり、支援は個人個人のオ ーダーメイドが原則である。しかし大枠を見通して、この8項目を使って他者と話を深めることが できれば、コミュニケーションツールとして有効に活用できると考える。 3 成果及びまとめとして 本年5月、ようやく冊子が完成し、市内の企業・福祉事業所の人事担当者や、地域の相談支援事業関係者に無料で配布を行った。またこれに留まらず、道内、更には全国から400 件以上の問合せをいただいている。 問合せは、就労関係が福祉就労支援関連事業所、短期間契約社員がいる事業所、歯科診療所、医療関連では、精神神経科診療所と精神科病院、最も多かった教育関係では、公・私立大学と特別支援学校の他に普通高校、中学、小学校の養護教諭からで「子どもを理解するために教諭とのツールに使いたい」とのことであった。そして、障がい当事者や家族をはじめ、親類、知人などからも相当数あり、作成当初の予想を上回る広い分野からの反響をいただいている。また、すでに、本冊子を手にした方からは次のような感想が寄せられている。企業、会社の同僚からは「よく分からない人なので一緒にいることが苦痛だったが、また接してみようと思う」「理解の仕方に違いがあるので、本人が悪いのではない」「対応法も描いてあるので、他の方法も考えられる」。支援者からは「自身の仕事の振返りの際マニュアルに使える」など。 また、当事者からは「自分自身でも上手く説明ができないことを整理してくれた」。保護者からは「子どもが何を考えているかわからない。見せながら話し合いたい」「職場で問題が起こると障がいや子ども自身が問題とされてきた、この冊子は雇い主側の余地もあると言ってくれたように思う」など。 冊子の公表後、この活用法をテーマに交流会を開催したところ、100 人以上の参加があり、今後の就労支援について話が及んだ。一冊のパンフレットを囲みこれほど多くの関係者が集まったのは本市でも珍しい。冊子は、その後も就労に限らず多くの人をつなぎ連携のネットワークを広げており、福祉的効果を上げている。 今回のプロジェクトチームは、地域で実際に発達障がい者支援を業務とする高い支援技術を備えた専門職集団である。「必要とされるものを必要とする所に届ける」という行政の一つの役割を民間の方々にもお力添えをいただき、ともに成し遂げられたと考えている。 最後に今年度は、さらに現場感覚で、より具体的に、臨場感あふれた冊子の第2弾作成に向けて始動していることを申し添える。 ※札幌市役所ホームページに小冊子PDF を掲載 【ホームページアドレス】 http://www.city.sapporo.jp/shogaifukushi/tora/ 発達障害者の雇用を進める取り組みについて−地域センターサービスを駆使した体系的支援− ○四方 宣行(神奈川障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 矢代 美砂子・中條 靖子(神奈川障害者職業センター) 1 はじめに 平成17年4月の「発達障害者支援法」の施行後、地域障害者職業センターを利用する発達障害者は増加しており、平成21年度(平成21年4月〜平成22年3月)に全国の地域障害者職業センターを新規利用した発達障害者は1,648名であった。神奈川障害者職業センター(以下「神奈川センター」という。)では、平成21年度に新規利用した発達障害者は128名と、全国的にも発達障害者の利用が多いセンターである。こうしたニーズの高まりに応えるため、職業評価、職業準備支援、ジョブコーチ支援等により必要な職業リハビリテーションサービスを提供しているが、発達障害者の障害特性や職業上の課題を踏まえ、より効果的な支援を実施し、円滑な就職と職場適応を図る必要性が高まっている。 神奈川センターで行っている、障害と職業適性の自己理解のためのアセスメント、ハローワークの雇用率達成指導との連携を通しての就職先の開拓、企業に対する発達障害者の指導方法や職場環境調整の助言・提案やジョブコーチ支援活用による受け入れ、定着支援といった発達障害者の就職を促進するための一連の体系的な取り組みを紹介する。 2 神奈川センターの支援サービスを利用する発達障害者の状況 神奈川センターを平成21年度に新規利用した発達障害者128名のうち、職業準備支援利用者は31名、ジョブコーチ支援利用者は13名であった。神奈川センターの支援サービスを利用する発達障害者の手帳取得状況については、表1に示す。 手帳所持の有無について、新規利用者のうち手帳所持者は87名と全体の66%であった。申請中の者を除けば、未取得者は27名で全体の20%ほどであった。 職業準備支援を利用した発達障害者の手帳取得状況としては、療育手帳取得者が7名、精神保健福祉手帳取得者が16名、申請中・手帳無しのものが8名となっている。手帳を申請中、手帳無しの者については、後に精神保健福祉手帳を取得したものが6名である。 ジョブコーチ支援を実施した13名については、全てが手帳を取得しており、就職した企業規模を見ると、201〜300名が3社、301名以上が9社という特徴が見られた。雇用率達成義務がある会社へ就職した。 表1発達障害者の手帳取得状況 新規利用者職業準備支援 ジョブコーチ支援療育手帳取得者 56名7名 5名精神保健福祉手帳取得者 28名16名 7名療育+精神手帳取得者 3名0名 1名申請中 14名5名 0名なし 27名3名 0名計 128名31名13名 3 発達障害者の就労支援における取り組み内容 〜神奈川センターの特徴として〜 (1)職業準備支援 発達障害者コース 神奈川センターの職業準備支援対象者のうち31%が発達障害者と支援ニーズが高いことから、発達障害者コースを独自に設けている。発達障害者コースのサービス内容は図1に示す。 職業準備支援・発達障害者コース(神奈川センター版) ☆1期8週間で実施 ☆個別目標に応じて講習 を実施。模擬的就労場面 で実践し、個別相談で振 り返りを実施する循環型 支援。 ロール演習 プレイ ☆実施状況に応じて 期間中に求職活動 を実施し、ジョブコーチ目標 支援へ移行。 実践 設定 図1職業準備支援・発達障害者コース(神奈川版)のイメージ 図1のような支援を通して、自己の障害特性理解を深め、“支援を受けながら働く”ことを自己選択できるようにするための支援を行っている。あわせて、継続的な求職活動(面接同行、不採用だった場合の振り返り相談など)を通して、就職についての現実検討を促したり、固定した就労イメージを広げるような支援を行っている。 また、職業準備支援を受講した対象者が就職する際に、円滑にジョブコーチ支援に移行できるよう、日頃から、職業準備支援担当スタッフ・ジョブコーチ支援担当スタッフがミーティングを通して職業準備支援受講者の状況を情報共有するようにしている。そして、状況を把握したうえでジョブコーチが作業場面で行動観察を行ったり、支援を行っている。 (2)雇用率達成指導と連携した就職先の開拓 障害者雇用については、職業安定行政による障害者雇用率の達成指導の強化、障害者雇用率制度における除外率の段階的縮小、雇用保険適用要件の緩和等による障害者雇用義務数の大幅増加などの情勢の変化に対応して、大企業を中心として障害者雇用に積極的に取り組む企業が増加している。これらの企業に対して、地域障害者職業センターは障害者雇用の体系的支援を行い障害者雇用の拡大を進めていくことが求められている。 神奈川県では平成21年度の実雇用率は1.57%で法定雇用率を達成している企業の割合は43.5%である。障害者の雇用状況が一定水準に達していない企業と平成22年7月1日以降新たに障害者雇用納付金制度の対象となる201人〜299人規模での指導が強化されたことにより、障害者雇用に係る支援ニーズ、特に職務創出と人材確保についてのニーズが高まっている。雇用率達成指導は都道府県労働局、公共職業安定所の業務であり、職業センターは障害者を雇用しようとする企業を支援し障害者の雇用を促進する役目を担っている。障害者を雇用できる職域がないと考えている企業に対して職務の設計や採用計画の立案等を行うなど事業主支援計画に基づく専門的な支援を実施しており、神奈川センターは雇用率達成指導と連動する形で発達障害者等の就職困難者の雇用促進に取り組んでいる。 地域障害者職業センターによる専門的支援の活用が効果的と考えられる事業主は①障害特性に応じた職務の開発や設定が困難②新たな職務の開発を求められている③身体障害者以外の雇用を検討している等が上げられる。障害者雇用に前向きで支援ニーズがあるという前提がないと地域障害者職業センターの専門的な助言や支援は効果が上げることは難しいことが多い。 雇用率達成指導と連携して企業の障害者雇用を支援する際に、発達障害者等の雇用を積極的に提案しており、事業主支援計画に基づき発達障害者の能力を引き出すための具体的な提案や既存職務の分析・再設計を行っている。また、他社の雇用事例情報やトライアル雇用等の情報提供、職業準備支援の見学、ジョブコーチ支援など採用計画から雇い入れ・フォローアップまで、企業に対して体系的・継続的な支援を実施している。 4 事例紹介 神奈川センターで体系的支援を実施し、一つの事業所で同時に2名雇用された事例を紹介する。 (1)C社概要 ○概要 大手食品会社のグループ会社。グループ企業へのIT関連サービス業(システム設計、アプリケーション開発など)。事業所の従業員数約350名。労働条件は8:45〜17:30勤務。土日祝休み。ハローワークの雇用率達成指導と連携し発達障害者を想定した職場開拓を実施。受け入れに関する理解を得て2名(表2)の就職へと繋がった。 表2対象者概要 対象者 A B 性別 男 男 年齢 20代 20代 初回相談時期 H.21.4 H.20.9 主訴 今後の就職活動について相談したい 復学か就職か迷っているため相談したい 来所経路 I 生活支援センター 直接(保護者) 障害名 広汎性発達障害 アスペルガー障害 診断時期 25歳頃 18歳頃 手帳・等級 精神保健福祉手帳2級 精神保健福祉手帳3級 手帳取得時期 H.21.2 H.21.11 通院・服薬 S メンタルクリニックに月2回通院・服薬なし K メンタルクリニックに2ヶ月に1回通院・服薬あり 就労経験 アルバイト経験あり アルバイト経験あり (2)Aさんへの支援(図2) ①概要〜神奈川センター利用まで〜 Aさんは、転勤族の家庭で育ち、転校を繰り返していた。学生時代は、学級委員やサークルのリーダーなど責任あるポジションを任されるが、 図2Aさんへの支援 役目を放棄するという対処をとってきた。大学時代にパニック障害を発症し、就職活動を行わないままに卒業。それまでのエピソードから両親が発達障害を疑い、受診。発達障害と診断された。公共職業安定所で神奈川センターを紹介され利用に至る。 ②職業リハビリテーション計画 Aさんの場合、障害の自己認知が浅いことや、対人面や環境に対するストレス対処法が身についていないという困り感(支援ニーズ)が見られた。長期的な支援が必要と判断されたため、障害者職業総合センターのワークシステム・サポートプログラムを受講後、神奈川センターにて就職活動の支援を行うという計画を策定した。 ③採用〜ジョブコーチ支援 神奈川センターからC事業所の求人について情報提供。面接の結果、採用となり人事部へ配属された。採用までの間、神奈川センターの職業準備支援では、早期就職支援を提供した。就職後のジョブコーチ支援に向けて、担当ジョブコーチとの関係作り(ラポール形成)をし、より就職時の作業内容に近い作業場面を設定してアセスメントを実施して効果的な支援方法を検討した。 事業所側と事前打ち合わせを実施。事業所側の疑問点について確認する機会を作った。その内容は、主にコミュニケーション面の特性やどのような仕事ができるのかという、障害特性・作業能力面の2点であった。一例を挙げると、作業中に突発的に声を掛けられた際の対応はできるか、作業指示をする際一度に任せて混乱しない作業量(時間)はどれ位までか、仕事の空き時間は発生させない方が良いか等であった。その疑問点については、事業所側にアドバイスをした上で、作業設定を依頼した。 雇用と同時にジョブコーチ支援を開始。支援上のポイントは障害特性理解を図る事業主支援が中心となった。 事前の調整を元に、単純作業(データ入力)や一人で黙々と行えるフォーマット作成から始めた。しかし、本人の高学歴ゆえに事業所の要求水準が一般の新入社員並みとなってしまうことに対し、繰り返し担当者への説明・修正が必要であった。 当初作業面が順調に経過したため、徐々に本人の障害に目が向かなくなり、要求水準が上がってきた。そのため、ケース会議を実施し本人の障害特性について改めて説明。説明したポイントは、ただコミュニケーションが苦手なだけではなく、作業が複雑化すると、優先順位がつけられないことや作業上必要な他者との折衝を上手くこなすことはできない事を説明し、事業所側の理解を図った。 (3)Bさんへの支援 図3Bさんへの支援 ①概要〜神奈川センター利用まで〜 Bさんは、学生時代は勉強に真面目に取り組み、部活にも参加していた。高校卒業後、専門学校に進学したが、過呼吸になり休学。発達障害者支援センターで相談し、神奈川センターを紹介された。 ②職業リハビリテーション計画 Bさんは、就職についてのイメージに乏しく、就労については“働きたい”というよりは、“働かなくてはいけないらしい”といった認識であった。よって、様々な作業を提供することや就職活動の面接同行・見学などを通して、求人について現実検討できるよう職業準備支援の発達障害者コースを受講するという計画を策定。働くことのイメージ作りを支援した。また、障害ゆえの困り感について、SOCCSS法やナビゲーションブック作成を通して、“自分にはどんな支援が必要か”を検討することを支援した。 ③採用からジョブコーチ支援まで Aさん同様、神奈川センターからC事業所の情報提供をし、面接を経て採用となり総務部へ配属された。 事業所側との事前の打ち合わせはAさんと同様。 雇用と同時にジョブコーチ支援を開始。支援上のポイントは、急な変更への対応、こだわりに対するBさんの気持ちの切り替えが中心であった。支援前の事業所調整により、備品整理やパソコン入力などを行う予定であったが、事業所側の都合で、急遽清掃作業がメインとなった。本人はパソコンを使った作業を想定し、事前の準備をしてきたため、清掃作業は行うものの「約束が違う」、「仕事=パソコン作業」という事前のインプットへのこだわりが抜けない状況が続き、結果としてモチベーションの低下へと繋がった。そのため、急遽事業所と調整し、本人参加のケース会議を実施。事業所に対しては、本人が混乱なく会社の事情を理解し、納得して作業に取り組めるようにするための事前の説明の仕方についてアドバイス。そこで“何のため”に “いつまで”を本人に説明し、見通しを持てるよう支援した。 支援開始前に調整していた作業内容に戻したことで安定した勤務に繋がった。 (4)現在の状況と今後の課題 Aさん、Bさんともに、ジョブコーチ支援終了後3カ月が経った現在は、月に1回程のフォローアップとして、職場訪問や事業所との情報交換を実施している。今後の課題としては、環境の変化への対応やキャリアアップが挙げられる。長期的な職業生活の安定に向け、本人が望むキャリアアップと事業所が求める水準をどのように調整していくのかが、継続的にフォローアップを実施する中での課題である。 ジョブコーチ支援を振り返ると、発達障害者が職場不適応に陥りやすいコミュニケーション上の行き違いや一方的な思い込み、こだわりをジョブコーチが即時修正し見通しを示すことで、本人たちのモチベーション維持と職場定着に繋がった。また、受け入れ当初から事業所とも定期的なケース会議を持つことで、本人たちへの対応法をタイミング良く伝授できたことも定着の一因と考える。 5 まとめ 神奈川センターでは①職業評価や職業準備支援において個々の対象者に対して詳細なアセスメントを実施し障害特性や課題を把握すること、自己理解を促進させること、職場で必要な対処技能を体得すること②事業主支援業務を通して発達障害者の就職先を確保して、対象者の障害特性と職場環境を把握した上でマッチングを図ること③ジョブコーチ支援で受け入れや職場定着を図っていくこと。これらの一連の体系的な支援が有効であると考えている(図4)。 また、それに加え、発達障害者の雇用の促進には企業のニーズを把握して発達障害者の働ける条件を整備していくことが併せて必要となる。 図4障害者・事業主に対する体系的支援のイメージ図 発達障害者の職業適性に合わせた仕事の設定と人間関係を含めた職場環境の調整により、十分に作業能力を発揮することができることを企業にアピールして、発達障害者の雇用に踏み出してもらう取り組みを神奈川センターは行っている。対象者の障害特性を理解したカウンセラーとジョブコーチが各々の障害特性の説明や障害に配慮した関わり方、指示の出し方等の雇用管理全般に対する支援を行うことで発達障害者の雇用促進に寄与していると考えている。 今後は上記の取り組みをさらに蓄積して深化させ、神奈川センターのさらなる専門性の向上を図り、発達障害者に対する就業支援力の強化に繋げていきたい。 障害者雇用において事業主が提供する各種支援の実態について −障害者の均等待遇に向けた各種支援の検討(中間報告) ○平川 政利(障害者職業総合センター事業主支援部門 指田 忠司 (障害者職業総合センター事業主支援部門) 1 はじめに 企業が障害者を雇用するにあたっては、採用時、職場での業務遂行、職業生活一般などについて、さまざまな支援が行われている。障害者がその能力と適性を活かして仕事をし、障害のない者と同じ職業生活を送る上で、事業主が提供する支援は重要な意味をもっており、企業によるこうした取組みの実態を把握し、今後の障害者雇用の促進と障害者の働きやすい職場環境を構築していくことが必要である。 そこで、障害者雇用に当たって企業が取り組んでいるさまざまな支援の実態を把握するために、事業主が提供する各種支援に関するアンケート調査を実施した。この結果について、企業規模別、障害種類別による支援内容との関係を留意しつつ概観する。併せて企業へのヒアリング調査において得られた取り組み事例も踏まえ、障害者雇用の均等待遇に向けて必要と思われる各種支援について検討する。 2 方法 企業データベースより従業員56人以上の企業5,000社を抽出し、以下のように郵送によるアンケート調査を実施した。 (1) 調査内容 ①企業概要及び障害者雇用状況 主たる業務内容、雇用者数・障害状況、障害者雇用率、障害者業務内容 ②障害者雇用時の支援 求人への取組、応募への対応、試験実施時の考慮など ③障害者採用後の支援 雇用管理に関する支援(人的支援、業務遂行、職業生活、福利厚生)、職場環境整備に関する支援、公的援助など (2)調査時期 平成22年6月下旬から7月下旬 主任研究員) 3 結果及び考察 (1)回収状況 調査対象企業のうち、1,335社から回答が得られた(回収率26.7%)。これらの内、障害者を雇用している企業は1137社(85.2%)、雇用していない企業は184社 (13.8%)、無回答は14社(1.0%)であった。さらに、企業規模別の回答状況を表1に、障害者を雇用している企業における障害種類別(複数回答)の雇用状況を表2示す。 表1規模別回答状況表2障害種類別雇用状況 規模 企業数 割合 55人以下 50 3.7% 56 〜 100 人 170 12.7% 101 〜 200人 224 16.8% 201 〜 300人 236 17.7% 301 〜 999人 416 31.2% 1000 人以上 219 16.4% 無回答 20 1.5% 計 1335 100% 障害種類 企業数 割合 視覚障害 237 20.8% 聴覚障害 366 32.2% 肢体不自由 864 76.0% 内部障害 666 58.6% 知的障害 298 26.2% 精神障害 225 19.8% その他 29 2.6% (障害者雇用企業) (1137) (100%) (注)表1の規模区分に55人以下があるのは、回答時の従業員数が企業抽出時の下限(56人)を下回っている場合があるためである。 (2)企業規模別の支援状況 企業規模別の各種支援状況(図1)を見ると、規模が大きくなるに従って各種支援の実施率が高くなっている。 図1企業規模別の各種支援実施率 この結果は先行研究1)と同様の傾向であり、規模の大きい企業は法制度の影響を受けやすく、また、社会的責任を問われる機会も多い。そのため各種支援の認識が高まり、実施率も高くなっていると思われる。 なお、企業規模別の支援状況については、先行調査でまとめられたこと以外の新たな事象は見出せなかった。従って、本報告では先行研究結果と同様の傾向を確認するだけに止め、以下の障害種類別の支援状況を中心に述べる。 (3)障害種類別の支援状況 調査では障害者支援状況について障害者採用時と採用後に分けて聞いているが、後者に顕著な差が見られるので、障害者雇用後の支援状況について障害種類別との関わりを検討する。 検討項目(人的支援、業務遂行、職業生活、福利厚生、職場環境整備)と、障害種類(視覚、聴覚、肢体不自由、内部、知的、精神)との関係を検討するに当たり、当該障害のある者を雇用している企業と雇用していない企業との各種支援状況の差をみていく。この差が大きいほど当該障害に特化した支援、特別な配慮の必要性が高く、小さい場合は障害のない従業員と同様の対応と考えられる。 また、各支援項目における実施状況は、「全て実施、一部実施、実施予定あり」の総計である。つまり、その項目について少なくとも予定はしており、当該支援の意向のある総数である。 ① 障害種類と雇用管理(人的支援、業務遂行、職業生活、福利厚生) 障害種類と雇用管理に関する支援状況との関係について、厳密には各企業の障害種類別の雇用状況を説明変数とした要因分析等を行う必要があるが、今回は各障害種類別に差分〔(当該障害を雇用している企業の支援実施率)−(当該障害を雇用していない企業の支援実施率)〕により考察する。図2において、棒グラフは各種支援の全体的な支援実施率を、折れ線グラフは上記の差分を障害種類別に示している。 イ全体的な支援実施状況 全体的な支援実施率(図2棒グラフ)を見ると、業務遂行に関する支援(職務再設計、マニュアル整備など)が最も多く半数近くの企業で何らかの対応をしている。次いで、福利厚生(健康相談、通院など)、人的支援(ジョブコーチ、コミュニケーション支援、相談支援など)に関することが4割近くであり、職業生活に関する支援(キャリア形成、障害を補う研修、能力開発など)は3割弱と他を下回っている。 図2雇用管理における各種支援実施率 実施率が低い職業生活に関する支援について、さらに企業規模別(図1)にみると、規模が大きくなるに従って実施率は高まるものの、1,000 人以上の大企業においても4割に満たない。職業生活に関する支援は、障害者のキャリア形成や障害を補う研修、能力開発などであり、こうした支援は従業員の戦力化に重要であると考える。しかし、これに対する支援が少ないという実態は、障害者の能力と適性を活かした職業生活を実現していく上で今後の課題であると思われる。 実際の聴き取りによっても、キャリア形成や能力開発の重要性は認識しているものの、その取り組みについは今後の課題であるとの企業が多い。その理由としては、障害者の出来る仕事を見出すことや生産効率をいかに改善するかという目前の問題に手一杯であること、また、障害によるいろいろな職業上の制約があるために、高度な業務や管理業務は困難であることが挙げられる。 ロ障害種類別の各種支援状況 次に障害種類別の各種支援状況について、その必要性や特徴を検討する。各支援項目と障害種類別の差分(図2折れ線グラフ)をみると、支援項目全般に渡って大きいグループと小さいグループに大別できる。 先ず差分の大きいグループには、視覚障害、聴覚障害、知的障害、精神障害がある。その中でも知的障害、精神障害の差が比較的大きい。具体的にみると、知的障害や精神障害には、分かりやすい仕事内容とストレスのない職場環境の構築が求められており、そのための特別な支援として、人的支援(ジョブコーチ、相談支援など)や業務遂行に関する支援(職務再設計、理解しやすいマニュアルなど)が位置付けられている。さらに精神障害は通院や服薬管理などの福利厚生上の支援も必要である。 視覚障害は、上記の知的障害や精神障害よりは小幅となっている。この背景には、視覚障害者の就業において、あはき職種(あん摩マッサージ指圧、はり、きゅうの略)が多いことが影響していると思われる。あはき職種は視覚障害者の大半が希望する免許職であり、かつ職業紹介状況も半数を超えて最も多い職種である2)。この職種は視覚障害者にとって長い伝統に培われた有望職種であり、専門職として自立した働きができるので、業務再設計など特別な支援の必要性はほとんどない。ただし、企業におけるあはき職種は非常に限られており、視覚障害者の就業促進にはあはき以外の事務職などの職場開拓が求められている。その場合は、画面読み上げソフトの配備が必須であり、パソコンの不具合やネットワーク上のトラブルに対して周囲の支援が必要である。このように、視覚障害の場合は、職種によって支援の必要性が大きく異なってくると考える。 次に差分の小さいグループについてみると、肢体不自由と内部障害があり、これらは各支援項目全般に渡って小さい。特に、肢体不自由については他の障害に比べて最も小さく、当該障害者の雇用がこれら配慮の実施に直結しないことが示唆される。内部障害では全体的に差分が小さいなかで、福利厚生だけが大きくなっている。 一方、次の項目に示すように肢体不自由は職場環境整備の面における差分が大きく、この領域における支援の実施が確認されている。 ② 障害種類と職場環境整備 障害種類と職場環境整備に関する支援状況との 関係を図3に示す。職場環境整備については、主な障害を想定した具体的な整備状況について質問しているので、調査結果の整理においては障害種類別に支援項目を設けた。 イ全体的な支援実施状況 全体的な支援実施率(図3棒グラフ)の中では、前項でも触れたように肢体不自由に関する職場環境整備が突出している。この支援項目の実施率が高い背景には、バリアフリーなどの環境整備を図る法整備(ハートビル法)の進展が影響していると思われる。また、後述のように肢体不自由だけではなく、他の障害にとっても必要性が高いということも実施率が高くなっている要因であると考える。 図3職場環境整備における各種支援実施率 ところで、肢体不自由に関する職場環境整備が突出しているといっても3割を超えている程度であり、先の雇用管理の支援項目に比すれば決して多いとはいえない。他の職場環境整備はさらに少なく、知的・精神障害に関する職場環境整備の実施率が1割を超えているが、視覚障害、聴覚障害、内部障害に関するものについては1割にも満たない。先に示した企業規模別の支援状況(図1)でも、すべての企業規模においてその実施率は最低である。 このように職場環境整備の実施率が全体的に低いのは、経済的負担の大きいことが影響していると思われる。すなわち、職場環境整備はエレベータや点字ブロックに代表されるように施設、設備の大規模な改善を伴う。こうした設置には多額の費用がかかるため、障害者雇用のために新たに設置することは、企業にとって大きな負担になっている。なお、聴き取り調査によれば、新工場の設立や店舗の改築という企業全体の改善時を契機として実現していることが多い状況である。 ロ障害種類別の各種支援状況 各支援項目と障害種類別の差分(図3折れ線グラフ)をみると、次の3つに分類できる。すなわち、①当該障害に関する差分が、当該障害に関する職場環境において大きいもの、②当該障害の差分が、当該障害と肢体不自由に関する職場環境において大きいもの、③全ての支援項目に渡って差分が小さいものである。①は肢体不自由と精神障害、②は視覚障害、聴覚障害、精神障害であり、 ③は内部障害である。 ①、②は主な障害を想定した職場環境整備と最も大きい差分の障害名がほぼ一致しており、それぞれの障害に対する職場環境整備に一定の必要性があると推測できる。それらの中で、知的障害、肢体不自由、視覚障害での差分が顕著であり、そのための職場環境整備の必要性は高いと考える。また、肢体不自由に関する職場環境整備では、肢体だけではなく、視覚、聴覚、精神における差分も大きく、多くの障害種類の必要性を示唆していることが特徴的である。 一方、③の内部障害は、全ての支援項目に渡って差分が小さく、内部障害に関する職場環境整備の実施率も小さいことから、特別な配慮はなく障害のない従業員と同様の対応が多いと考えられる。 4 まとめと今後の課題 本報告では障害者雇用において事業主が提供する各種支援の実態について、主に障害種類別の傾向を確認した。その結果、障害種類による各種支援内容の必要性をほぼ確認できた。それらをまとめるとおよそ以下のようになる。 知的、精神障害は多分野に渡る支援が必要であり、人的支援や業務遂行、職場環境に関する支援の必要性が高い。さらに精神障害は福利厚生上の支援も必要である。視覚障害は、人的支援、業務遂行の支援に併せて職場環境整備の必要性が高い。肢体不自由と内部障害は、全体的に支援の必要性は低い。ただし、肢体不自由は職場環境整備について、内部障害は福利厚生上の支援についてそれぞれ特化した必要性がある。 今回は事業主が提供する各種支援内容の必要性を支援実施状況の差分をみることで検討したが、これだけでは十分とはいえない。今後はより分析手法を精緻化するとともに、法的強制力や業務遂行との関わりなども考える必要がある。 法的強制力は緊急避難用の設備(パトライトなど)などの職場の安全衛生に関わることが多く、こうしたことへの実施率は当然高くなる。 業務遂行との関わりでは、直接関わる支援の必要性は高いが、そうでないものは低くなる。例えば、視覚障害者にとって、拡大読書器や画面読み上げソフトを駆使した実践的なパソコン配置は事務作業の遂行に必須である。しかし、エレベータや点字ブロックの設置は職場環境に慣れるに従ってその必要性は減少する。こうした緊急性や業務遂行との関わりを考慮した上で、各種支援の必要性をとらえ直すことも重要であると考える。 今後は、より詳細な分析、さらに規模別、職種別等の他の要因も合わせた総合的な見地から分析を行い、障害者雇用の均等待遇に向けて必要と思われる各種支援の実現可能性について明らかにしたい。 【参考文献】1) 障害者職業総合センター:「企業経営に与える障害者雇用の効果等 に関する研究」調査研究報告書No.94(2010) 2) 障害者職業総合センター:「視覚障害者の雇用拡大のための支援施 策に関する研究」 調査研究報告書No.91(2009) コミュニケーションスキル育成とキャリアレディネスに関する研究 ○栗田 るみ子(城西大学経営学部 教授) 園田 忠夫 (東京障害者職業能力開発校) 1 研究の目的及び背景 本研究は、東京障害者職業能力開発校の短期訓練6ヶ月コース「オフィスワーク科」において、実施した。本研究の目的は、障害を持つ生徒が、主体的、自主的に行動し、仕事を通して自分の人生を切り開くことができるよう支援するための学習カリキュラムである。特に我々は「仕事をしつづける」ための要因に、自ら発信する力の育成を取り上げた。具体的なスキルとしては、文章をまとめる力、文章を読み取る力、話を要約する力、説明する力の4つである。これらを、文章によるコミュニケーション能力、対話によるコミュニケーション能 力に大別し訓練をおこなったので報告する。 2 職業訓練 東京障害者職業能力開発校は、東京都小平市に位置し、8職系14科245 名の年間定員数を有する。障害は様々であり、肢体、聴覚、視覚、精神、知的などの障害を持つ生徒が6ヶ月から2年の期間において様々な訓練を受けている。本研究で取り組んだ科は「オフィスワーク科」であり、訓練期間の最も短いコースである。 そのため生徒間の交流が早い時期から盛んになるようにグループ活動などを多く取り入れている。 訓練内容は、オフィスで広く使用されているソフトを用いて、パソコンによる実務的な一般事務、経理事務、ビジネスマナーなどの知識・技能を半年間で学ぶ(図1参照)。 定員は15名であり、パソコンを一人一台使用し、訓練期間は6ヶ月と本校内で最も短い期間となっているが、訓練内容はパソコン実習、経理事務、ビジネスマナー、営業事務、文書事務、安全衛生・安全衛生作業、社会、体育と多種に及んでいる。訓練時間は800時限である(表1参照)。 図16ヶ月の流れ表16ヶ月の訓練時間と内容 訓練科目 時限数 内内容 社会 40 入校式・修了式・合同面接会など 体育 20 運動会・球技大会・体育 安全衛生 4 安全講話など 安全衛生作業 8 避難訓練・大掃除など 文書事務 20 文書作成など 営業事務 20 電話応対・プレゼンテーションなど ビジネスマナー 40 ピーチ・マナーなど 経理事務 200 簿記会計の基礎など パソコン実習 448 プリケーションソフト実習など 合計 800 3 具体的な訓練内容 (1)パソコン関連 訓練時間の目安(週3.5日、28時限程度)①Word 基礎:文字入力や文書作成、編集、印刷や表や図形などを盛り込んだ文書の作成を習得する。応用:書式や図形を使った応用的な文書作成、差込印刷、フォームの作成など実務的な文書の作成、Web対応機能を習得する。 ワードの学習においては、特にタイピングスピードの育成に力をいれた。タイピングは6ヶ月間毎日朝10分を使ってスピードを計測し「やる気」を起こさせた。生徒の多くはスタート時10分間に100文字程度からのスタートであるが、6か月目には3倍から5倍のスピードを獲得する。図2は、入学当初10分間、100文字程度の入力スピードであったが、6ヶ月目において、300文字程度のスピードにアップした学生の例である(図2)。 ④Access 基本操作、データの格納、データの抽出や集計、入力画面の作成、各種報告書や宛名ラベルの印刷、ピポットテーブルやピポットグラフの作成などを学ぶ。「売り上げ管理」データベースの構築を通し、リレーショナルデータベースのしくみを学ぶ。⑤Web サイト制作 利用言語は、HTMLとCSSを利用してユーザビリティ、アクセシビリティに注意しながらデザインと内容の充実に着目した作品を完成させる。完成するサイトはビジネスソフトで作成した文書の保存用として完成し、卒業時に本サイトを利用した学習成果、テーマ「6か月を振り返って・わたしにできること」の発表会を行っている。 (2) 簿記関連 ①訓練時間の目安(週半日、4時限程度) 個人企業における簿記に関する基礎的・基本的な技術を身につけ、ビジネスの諸活動を計数的に把握し,的確に処理するとともに,その成果を適切に表現できることを習得する。 ②内容 1.簿記の基礎2.資産・負債・資本と貸借対照表3.収益・費用と損益計算書 4.取引と勘定5.仕訳と転記6.仕訳帳と総勘定元帳7.試算表 8.精算表9.決 図2Aさんの6ヶ月のタイピング結果 ②Excel 表作成、編集、関数を使った計算処理、グラフの作成、印刷などの基本操作を行う。 ワークシート間の連携データの並び替え、抽出、自動集計など便利な機能を習得する。応用基本操作習得後、関数を使った計算や複合グラフ、ピポットテーブルの作成、マクロ機能、Web対応機能などを盛り込んだ機能を学習する。事務職を希望する生徒にとって最も興味のある授業である。 ③PowerPoint 基本操作とプレゼンテーションに役立つ機能を学ぶ。具体的な題材を用いて進め、プレゼンテーションが確実に身につくよう学び、実際にプロジェクターを使用し課題発表会を行う。自分を正しく表現するためのスライド作成はパソコン操作以上に不得意な分野であり、課題に「わたしにできること」など、自分自身を表現するテーマを取り上げている。算 10.現金・預金などの取引 11.商品売買の取引 12.掛け取引13.手形の取引 14.有価証券の取引 15.その他の債権・債務の取引 16.固定資産の取引 17.個人企業の資本と税金 18.営業費の取引 19.決算整理20.8桁精算表21.帳簿決算と財務諸表の作成 22.帳簿 23.伝票 24.決算整理 25.財務諸表の作成 26.特殊な商品売買の取引 27.特殊な手形の取引 28.仕訳帳の分割 29.5伝票による記帳 30.本支店の取引 31.本支店の財務諸表の合併である。 (3) ビジネスマナー関連 ①訓練時間の目安(週半日、4時限程度) ビジネスマナーでは、社会人として身につけるべき「マナー」「言葉づかい」などを中心に、ビジネスでのルールやコミュニケーションの方法を習得する。 ②内容 ビジネス社会のルール(マナーの必要性) 職場で恥をかかない為に(仕事人としてのビジネスマナー)、挨拶のTPO(親しき中にも礼儀・お辞儀の重要性)、言葉づかい(言葉のマナー・ビジネス敬語の使い方)、電話対応マナー(電話のベルがこわい・電話の受け方ポイント)、職場の身だしなみとマナー(人は身なりで判断する・たかが服装と思うな)、笑顔にもいろいろある(目は人の心を読むキーポイント・笑顔の練習)、態度と席順(対人空間・手と足のメッセージ)、接客対応(応接室でのマナー・名刺のマナー)、面接マナー、就職面接におけるマナー、面接書類等の書き方、スピーチなどがある。 (4)検定 2010年度4月生のオフィスワーク科では、簿記においては、全経簿記(有料)を学内で受験が可能であり、オフィスワーク科では、2級1名、3級1名、4級4名の合格者をだした(受験者全員合格)。 中央職業能力開発協会のコンピュータサービス技能評価試験(有料)も校内で実施している。 日常、訓練で使っているパソコンを使ってワープロ部門3・2級、表計算部門3・2級、データベース部門 3級の受験が可能である。 ワープロ部門および表計算部門において3級、2級、データベース3級を受験した生徒全員が合格する大きな成果を打ち出した。 コンピュータサービス評価試験とは、教育訓練施設や事業所においてコンピュータの操作方法を学習した 人々やコンピュータを活用した各種のサービスを行う人々を対象に、その操作能力を評価する試験であり、コンピュータ操作技能習得意欲の増進をはじめ、一定のコンピュータ操作能力を有する人々に対して社会一般の評価を高めるとともに、コンピュータ操作に従事する人々の社会的、経済的地位の向上を図ることを目的として、職業能力開発促進法(昭和44年法律第64号)に基づいて設立された中央職業能力開発協会と各都道府県職業能力開発協会が共同で、1983年(昭和58年)から実施している(※1)。 (5)社会 毎日の生活において健康面や社会性をつけるためにさまざま工夫を行っているが、科独自の分析シートを準備して記入することにより毎日の自分の目標や将来の自立へ向け自覚する時間を設けている(図3)。 朝のミーティングでは、科独自の個人日誌の記入を行い、1日の目標を決め訓練に集中するように促している。記入内容は、今日の目標・今日の体調・朝の連絡事項のメモ取り・実施訓練の記入・1日の反省・よかった点・明日の目標などである。 また、労働教育や職業指導などでは、外部講師を招き障害者の雇用や現場の状況を知る機会を設けている。 図31日の流れ 4 コミュニケーションの訓練成果 文章によるコミュニケーション能力、対話によるコミュニケーション能力は特に、Webサイト作成の授業において成果を計った。 Webサイトは情報発信のための近代的コミュニケーションツールとして定着してきた。 訓練は毎週1回、4時間である。 本訓練においては、全体の訓練がリンクされる。課題を組み込む時に、文書資料にワードファイル、データ処理にエクセルファイル、また、プレゼン資料にパワーポイントファイルを組み込み完成する。課題は毎時間更新するため、ファイル量やファイル数が増えていくため、どのように保存しておけば効率的にファイル処理が出来るかなど、ファイリングの知識も身についていく。特に文章作成においては読書感想文が大きな成果をあげた。 また、必要に応じ、HTMLのタグを学ぶが、必要以上にタグの紹介をせず、ユーザビリティ、アクセシビリティを意識したサイトの完成へ向けた。そのため、CSSの利用は初回から紹介し、各自のサイトの特徴を出させるようにした。作成へ向けての基本的なコマンドは共通であるが、個々に個性あふれる課題をつくりあげ、発表会を行った。完成するサイトは自ら発信する力、文章をまとめる力、文章を読み取る力、話を要約する力、説明する力の4つの総合的課題である。 図4は発表用資料のTOP画面である(図4)。 ・ 資格を取って自信が出た ・ 政治に興味を持った ・ 自炊がたのしい ・ 友人との時間が大切だと感じるなど、将来に向けての意見や前向きな意見が72%あり、自己実現への兆しが多く見られた。 6 おわりに 今後はカリキュラムの成果と企業における障害者雇用の直接的影響を中心に、企業に対するアンケート調査も視野に入れ、検討していきたい。 【参考文献】1 中央職業能力開発協会HPhttp://www.javada.or.jp/ 図4卒業発表用Webサイト 5 生徒のポートフォリオ分析 多くの訓練において、テキストデータの書き込みが発生するためデータの収集は膨大であったが、様々なデータチャネルから集めた生徒の訓練成果を自由文テキストとして集積し、データベースに蓄積した。 特に今年度は最終発表会において「自己実現」をテーマにしたため、自分を見つめなおす文章が多く見受けられた。蓄積された生徒のデータは、ワードやPPTやWebページに書き込まれたテキストデータであるためテキストマイニングを行った。 データからは前向きな表現が多く見られた。 特にWeb閲覧や読書から自分で感じたことを自由記述形式で毎時間書きとめたデータでは、 ・ 検定合格へ向けての取り組み ・ 正社員になりたい ・ ジムに通って健康管理をしたい ・ 障害のことを話せるようになった ・ 優しい気持ちになった 障害者の円滑な就業の実現等にむけた長期継続調査(パネル調査) −障害のある労働者の職業サイクルに関する第1回アンケート調査(職業生活後期調査)結果報告− ○田村 みつよ(障害者職業総合センター社会的支援部門 研究員) 亀田 敦志・山下 英三(障害者職業総合センター社会的支援部門) 1 背景と目的 平成21年版「障害者職業生活相談員資格認定講習テキスト」第一章の「障害者雇用の理念と現状」において松為1)がまとめているが、障害者の就労問題は、単に入職時の問題に限らず、その前段階としての学齢期からの職業準備や、雇用後の職場定着、ステップアップ、職業生活上の不適応への対処や、家庭生活や地域活動との両立そして究極には職業能力の低下への対処などと一人の人生そのものとしての長いスパンでの視野を持つことが、支援者には要求されている。 障害者福祉の理念としてもポジティブウエルフェアとして障害者本人の自己選択、自己決定権、を尊重し主体的に自立と社会参加を目指す姿勢が重視されるように、職業面でのキャリア形成というさらにポジティブな指向性が問われてくる。本研究では、これまでの直接の就労支援サービス(どちらかといえばネガティブウエルフェア)の対象とはあまりなっていなかった自律度の高い障害者の、ライフサイクルを踏まえた職業問題の解明への一助となることを目的としている。 平成20年から始まった本調査研究は「それぞれの障害、そしてそれぞれのライフステージでのニーズに応じたきめ細かな雇用対策が必要とされ、そのための基礎資料とする」ことを目的として掲げている。それとともに、これから先本調査実施期間内で行われることが予測される、障害者福祉の大きな制度改革について、そのエポックメーキングを契機とした障害者の職業生活実態の変化について、断続的に同一対象者内での就業状況や意識の変遷を追っていくという、縦断調査ならではの大きな目的をはらんでいる。 すでに平成20年度においては若年層(15歳以上39歳以下の者)を対象として第1回職業生活前期調査(以下「前期調査」という。)2)を実施し、平成21年度においては中高年層(40歳以上概ね55歳以下)を対象として第1回職業生活後期調査(以下「後期調査」という。)3)を実施した。今回報告する第1回後期調査では、まず調査対象者集団の特性を把握することが主な目的であり、中年期以降の障害のある労働者が、これまでどういった職業キャリアを持ってきたのか、まずベースラインとしての、経済自立状況、家族状況、就労条件、仕事をする上での必要事項と希望事項などを把握、整理する。 2 調査方法の概要 (1)調査対象者 調査対象者については、視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、内部障害、知的障害、精神障害の各当事者団体等を訪問し、調査の趣旨説明を行ったうえで、調査対象者の紹介を依頼し、その候補者全員に改めて、当センターからアンケート調査説明と協力への同意書を配付し、同意の得られた者を協力者として登録した。 サンプリングとして、統計処理を可能とする一定数を確保するため、「障害者就業実態調査」4) の実数としては元来就労者総数が少ないとされる精神障害者については、上記の依頼に加え、全国の地域障害者職業センターへ協力者の紹介を依頼した。 (2)アンケート質問項目 アンケート調査票(その構成は図1)においては、次の就業関連とその周辺情報を継続的に質問し、その変化の過程等のデータを収集する。 図1調査票の構成 (3)調査において明らかにする事項 継続調査において以下の事柄を明らかにしていく。 ア 就職、職場内での異動、離職・退職、再就職、引退、福祉施設への入所等の職業を中心とした地位の変遷 イ 労働条件・労働環境 ウ 資格取得等のキャリア形成 エ 障害基礎年金受給状況・所得の状況 オ 離職・退職の理由、再就職の時期と方法 カ 引退の時期、引退後の生活 キ 就労支援機関、就労支援者等とのかかわり 3 第1回アンケート調査(後期調査)結果 調査期間:平成21年7月初旬〜中旬 調査対象者:調査同意者531名に発送 416名回答(回収率79.7%)(表1) 表1第1回アンケート調査 回収状況 回答数 (人) 発送数 (人) 回収率 (%) 視覚障害 56 70 80.0 聴覚障害 82 105 78.1 肢体不自由 123 161 78.3 内部障害 42 50 84.0 知的障害 76 100 80.0 精神障害 37 45 82.2 計 416 531 79.7 以下各項目に分けて、主だった結果を分析する。 注)●詳しいデータについては別添表(当日配付)を参照 ◎は後半の考察にて解説 <基本情報> ○性別:全障害では、男女比はほぼ7対3で、障害者就業実態調査と等しい。前期調査では2対1で、男性の占める割合が高くなっている。 ○年齢:平均年齢47.1 歳。内部障害で50〜54 歳の区分の人が50%と他の障害より多く、知的障害・精神障害でそれぞれ20%、9%と少ない傾向があり、障害別で年齢構成にやや偏りがある。 ○障害程度:身体障害(視覚障害・聴覚障害・肢体不自由・内部障害)では、重度障害が過半数。知的障害の9割・精神障害では全対象者が中軽度。 手帳を所持していない人が精神障害で8人(2%)と前期調査よりやや多い。重複障害は5%。 ●受障時期:就職前が5割弱、就職後は約34%。 ●免許資格:視覚障害では、理療関係が73%で最も多く、次いで教員免許。他の障害では、運転免許が最も多く、全対象者の58%が所持。次いで多いのが、簿記で、内部障害の21%、肢体不自由の20%人が取得している。 ●最終学歴(中退含む):高校・特別支援学校高等部が3割近く、専門学校・能開校は3割弱、専攻科・短大・大学・大学院が2割強。 ◎特別支援学校:「特別支援学校在学あり」は全体では38%。視覚障害は84%、聴覚障害は60%、知的障害は47%、肢体不自由は19%。内部障害・精神障害は、ほとんどが「特別支援学校在学なし」。前期調査と比較すると特別支援学校に通学していな い人(特に肢体不自由と知的障害で)が全体的に多い。 ○家族状況:配偶者のある人;聴覚障害は62% 、肢体不自由は55% 、内部障害は45%、視覚障害は39% 、 一人暮らしの人;精神障害は30%、視覚障害は29% グループホームに入っている人;知的障害は19人(25%)となっている。 <職業の状況> ●受障時期からみる初職、転職状況: 受障時期が早期の人ほど、初職を継続している人が多い傾向にある。大半の人が受障により転職を余儀なくされているが、就業中に受障して(141 人)同じ会社に継続勤務している人が3人いる。 ◎初職前の状況:知的障害や肢体不自由の若年者層では、景気動向の影響で学校卒業時の求人が少ないという理由もあるが、入職前に就労を目指すステップとして福祉的就労の事業を利用する人がいる。こういった最近の動向に対し、職業生活後期の人たちは「80%が初職前は学校に通っていた」と答えている。 ○就業形態:全対象者の65%が正社員、パート・アルバイトは25%。知的障害・精神障害ではむしろパート・アルバイトが過半数。視覚障害では自営が25%。 ●仕事内容:仕事内容によって給料の額は大きく違うが、就業中の人の満足度はあまり大きく違わない。 ●労働条件(平成21年6月で回答): 1週間当たりの労働時間は、週30 時間以上は76%で、30 時間未満は精神障害・知的障害で多い。給与はどの障害でも継続勤務年数の長さと比例して前期調査よりも給与水準が高い。 ●仕事の満足度:知的障害者は全般的に満足度が高め、聴覚障害者は全般的に満足度が低め。精神障害においてのみ、給料の低いほうがすべての項目についてより満足が得られている結果が出た。その理由として、就労についての目的や動機自体が異なっていることも考えられる。 ◎働いていたい年齢:51〜60 歳がほぼ45%と最多で知的障害・聴覚障害に多い。61〜65 歳は24%。 ◎現職継続意思:「今の仕事を続けたい」が63%、「別の仕事をしたい」が13% 。知的障害者のほぼ4人に3人が「今の仕事を続けたい」と希望。聴覚障害者の4〜5人に1人が「別の仕事をしたい」としている。 ◎仕事で困ったときの相談先:上司・同僚37%、だが、知的障害だけ母親が34%と高い。福祉機関の障害者相談員やハローワーク、地域障害者職業センター、就業・生活支援センターなど公共機関の相談窓口を利用するという人は1 割以 下である。前期調査では全障害を通じて、母親や父親に相談する人が多いが、後期調査では、家族内では配偶者、あるいは身近な友人知人が多く、相談相手が変わっている。また相談利用無しは前期調査が13%に対し後期調査では24% と多い。 <経済の状況> ○障害基礎年金の受給:「受給している」が76%、「受給していない」が21%。但し精神障害(46%) 、内部障害(31%)、肢体不自由(24%)は「受給していない」が多い。どの障害でも、年金を受給していない人の方が給与額が高い。 ◎生活の収入源:「年金と働いて得る収入」が48%でもっとも多い。「家族などの支援を受けている」は27%。「働いて得る収入だけ」は20%。前期調査と比べると家族の支援を受けている人が少なくなり、働いて得る収入だけの人が多くなっている。 <職業意識> ○「自分が仕事をする上で必要なこと」:知的障害・視覚障害が「作業手順をわかりやすくしたり、仕事をやりやすくすること」、聴覚障害が「まわりに仕事やコミュニケーションを援助してくれる人を配置すること」、内部障害・精神障害が「体力や体調に合わせて、勤務時間や休みを調整すること」が多い。肢体不自由では「作業手順をわかりやすくしたり、仕事をやりやすくすること」と「作業のスピードや仕事の量を障害に合わせること」が各5割前後と多い。 ○会社の配慮事項:対象者全体では、「ずっと働き続けることができるようにしてほしい」が54%ともっとも多い。次いで「障害や障害者のことを理解してほしい」が49%、「給与面を改善してほしい」は37%、「能力に応じた評価や、昇進・昇格をしてほしい」が33%。「ずっと働き続けることができるようにしてほしい」は知的障害及び精神障害で多い。 「障害や障害者のことを理解してほしい」は聴覚障害及び精神障害で多い。「給与面を改善してほしい」は障害の違いで差はあまりみられない。 精神障害者の回答だけにおいて、就業形態による配慮事項の大きな違いがあり、パート、アルバイトでは特段健康管理への配慮を求める傾向が高かった。 ◎近い将来(5年後まで)に実現したいこと: 前期調査に比較して「結婚・出産」「自立(経済的自立、一人暮らし等)」「職業面向上(昇進、昇給等)」が減少し、「趣味充実(スポーツ大会等での入賞等)」が増加している。これは職業生活初期の段階での目標が達成され、その後のさらなる発展的向上を目指す傾向と捉えることができ、まさに後期職業生活におけるQOL 面での維持向上といえる。ただしライフスタイルを下支えする経済事情は、今後大きく変化していく可能性もあり、経済的自立度の年代別変化と同時に今後の変化を追っていく必要がある。 また一方で、ライフサイクルにおける壮年期の発達課題を一応達成してはいるが、現在の生活についての満足度は、「家族関係」「友人関係」「体力健康」「収入」すべての項目で「満足」・「どちらかといえば満足」と答えた人が少ない傾向にあり、QOL についての満足度は必ずしも良好ではない。 <考察> ★福祉機関の利用 主に身体障害者の場合、就労前のキャリアにおいて、今回の調査対象となる年齢層が過ごした時代には、現在の制度は整備されておらず、特別支援学校や就職前の福祉的就労を利用している人が少ない。また、仕事についての相談先として公的相談機関の利用者は職業生活前期の利用状況と比較しても少ない。これは職業上の悩みについては、職場の上司や同僚に相談をする人が多く、改めて障害に特化した相談機関の介入を必要とする人は少ないためといえる。これについて、職場適応後の後期職業生活において、障害者として特別な相談のニーズ自体が解消してきているのか、または、ニーズは潜在していても、ただ相談するという経験がないために制度活用をためらわれているのかまでは明らかにされていない。今後、継続調査の中で起きてくるライフイベントや職業上の出来事を契機として、具体的な支援ニーズについて調査していく予定である。★高齢者の職業問題 これからも働き続けたい年齢は一般の高齢者対象の調査結果とは異なる。長く働き続けたいという人もいるが、比較的早期退職を希望する人も多い。勤続年数が長い人ほど、後者の傾向があり、特に身体上の高齢化による負荷の大きい肢体不自由、内部障害の人でその傾向が強い。 ★肢体不自由の中途障害群 就労前のキャリアを考えるとき、受障の時期は大きな規定要因であり、本調査では、障害者手帳の申請に基づいて出生直後、学齢期まで、初職前と後とで区分している。後期調査対象者の中で、受障時期が40歳以降と、前期調査対象者の年齢設定よりも後の人(57人/108人、診断時期がわかる人)については、受障前の生活体験や生活スタイルが大きく異なることが推定される。本調査で職業生活前期コホート(共通の因子を持った個人の集合)と職業生活後期コホートをつなげて、一生のライフサイクルを考えるという想定においては、この中途障害者群は、質的に異なるコホートとして、別に分析せざるをえない。 ★後期調査は特に転職者が多い 前期の転職者は43%であったのに対し、後期の転職者は76%。ただし、転職後の勤続年数が長く、離転職が繰り返されているわけではなく、転職の回数は全体の平均としてはあまり多くない。前期調査で大半を占めている初職継続者がこの継続調査終了時まで(18年後)には同様の転職率を示すのかは疑問であり、今後の調査結果が待たれる。 ★就業職種の構成 職種の集計結果を前期と後期とで比較したところ、転職等での異動はありつつ、就業職種構造の大きな変化が見て取れる。障害別に関わらず全体の傾向として、もの作りから事務補助の仕事に大きくシフトしている。 中高年齢者に占める転職経験者は彼等が歩んできた1980年以降の産業構造の変化に影響を受けており、そこには、障害者を対象とした職業訓練の受講がキャリア形成を促進する要因として大きく関与している。肢体不自由の中途障害者に限定せず、視覚障害、肢体不自由、精神障害でも30% (前期は11%)の人で初職以降にOFFJTを受けている。★転職者の傾向 全体的には、転職経験有の人は仕事の満足度が低い傾向にある。聴覚障害者のみ、転職経験有の人で仕事内容、給与や待遇、人間関係、環境面のすべての項目で満足度が上がっている。 転職行動を積極的キャリア形成と捉える視点で、勤務継続年数の違いで満足度の違いを分析したところ、勤務継続年数があがるに従って、満足度も上がっていることがわかった。ただし、知的障害者と精神障害者では逆に勤務継続年数が上がるにつれて、給与や待遇面で満足度が低下している。不満を抱えながら今の仕事を続けている、つまり積極的転職の機会に恵まれないことが推測される。 4 まとめ(本調査の特徴の説明に代えて) 縦断研究ではサンプル数の減少が手法上の問題点として挙げられている5)。先行研究6)において、追跡調査で脱落していく人の要因分析をしている。本調査でも最もこのことが懸念されたため、以下の工夫を行った。 アンケート調査実施に当たって工夫点 <調査票の障害別のリテラシー>同意書での協力確認の段階で、個別に調査票のモードについて希望を聞き、その希望に応じて、ルビ付き、点字、拡大文字、電子データ(CD,FD)、メール(郵送を原則とするが例外的に)で発送した。 <回収期限の緩やかな設定> 回収期限を設けているが、その時点での回収率は約50〜60%にとどまる。その後より回収率を上げるために、期限直後に未回答者に対しては電話やメール、FAXなどによる協力への呼びかけを行っている。あくまで過剰負担にならないよう配慮し、協力に応じられない旨の意向が示された場合には、個人情報すべてを削除している。また本人死去などによりやむなく中断することもあり、丁重に対応している。 <回答者とのインターフェイス> 郵送調査の他に、本調査研究用のHPを開設し、協力登録者と直接のやり取りができるようにしている。その結果、住所変更などの積極的連絡が多く寄せられている。 一般の横断調査でも行われているが、定期的にニュースレター「サイクル便り」を発行し、グラフ等を活用してわかりやすく調査結果の概要をお知らせするとともに、住所変更の確認、次回回答への協力の呼びかけを行っている。 また、調査項目において、直接就業継続への懸念や不安を記入してもらう項目を設けているため、単に調査への回答にとどまらず、切迫した相談内容が寄せられることが多い。第1回ニュースレターにおいて、Q&A形式で主な意見とそれに対する解説を示し、必要によっては、支援機関へとつなげる間接介入を行っていることも、本調査の特徴といえる。 【引用文献】 1)独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構編:平成21年版 障 害者職業生活相談員資格認定講習、障害者雇用推進者講習 テキスト10−21、20092)障害者職業総合センター:障害のある労働者の職業サイクルに 関する調査研究−第1回職業生活前期調査(平成20年度)−. 資料シリーズNo.50、2010 3)障害者職業総合センター:障害のある労働者の職業サイクルに 関する調査研究−第1回職業生活後期調査(平成21年度)−. 資料シリーズNo.54、2010 4)厚生労働省:平成18年度身体障害者、知的障害者及び精神 障害者就業実態調査の調査結果について(2007)5)島崎尚子:社会調査データと分析 2003 6)樋口美雄他慶應義塾大学経商連携21世紀COE編:日本の家 計行動のダイナミズムⅢ;直井道生他「労働市場における個人 行動とサンプル脱落問題」13−75「家計の住居移動行動とサン プル脱落問題」77−98、2007 中小企業における障害者雇用に関する実態と意識について−各種調査の分析から− ○笹川 三枝子(障害者職業総合センター事業主支援部門 研究員) 佐渡 賢一・平川 政利・河村 恵子・岡田 伸一・佐久間 直人(障害者職業総合センター事業主支援部門) 1 はじめに 企業や事業所の規模はその活動や方針に大きく関わってくる。障害者雇用においても例外ではなく、障害者雇用率の推移をみても大企業が年を追って上昇傾向を示しているのに対して、中小企業では大きな落ち込みを示した時期があるなど、規模による違いが指摘されている。 「障害者の雇用の促進等に関する法律」が改正され、平成22年7月から障害者雇用納付金制度の対象範囲が従来の301人以上から200人を超える事業主に拡大されたことにより、今まで以上に中小企業における障害者雇用の重要度が増すと考えられる。中小企業における障害者雇用の更なる促進を図っていくためには、その特性や制約を意識した実態把握が求められており、当センター研究部門で新たな調査研究に取りかかったところである。 本稿では、当センター研究部門で平成20年に実施した障害者雇用の実態や意識に関する調査1)の結果について規模間比較の観点から改めて分析を加え、今後の企業実態把握に向け留意すべき点について検討する。 2 方法 企業データベースより従業員101人以上の企業5,000社を抽出し、以下のように郵送による調査を実施した。 (1)調査内容イ企業プロフィール及び障害者雇用状況 事業内容、常用労働者数、雇用障害者数、雇用率等 ロ障害者雇用に対する意識 障害者雇用に対する基本的姿勢、障害者雇用時のイメージ、能力開発等についての考え等ハ障害者雇用への取り組みとその影響 障害者雇用時の配慮の実施状況とその負担感、及びそれら配慮による影響、各種障害者雇用支援制度の認知度や活用状況等 (2)調査時期、回収状況 調査は平成20年11月上旬から12月下旬にかけて実施し、1,063社から回答を得た(回収率21.3%)。 3 結果 この調査の結果を規模毎にまとめて以下に示すが、上記の対象企業の抽出方法により、文中200人以下と表記している規模区分にも101人の下限が存在する。ただし、あくまでも抽出時の下限であって回答時の従業員数が101人を下回る場合があるため101〜200人とは表示していない。 (1)中小企業における障害者雇用の実態 企業規模毎の雇用率の状況は表1のとおりである(※無回答企業を除く。以下同じ)。 表1企業規模と雇用率の状況 企業規模 1.8% 以上 1.2〜 1.8% 1.2% 未満 雇用なし 平 均雇用率 事業所計 200人以下 23.0% 11.5% 25.8% 27.6% 1.1% 217 社 201〜300 人 21.5% 17.7% 41.4% 9.1% 1.1% 186 社 301〜999 人 27.9% 28.7% 29.5% 2.7% 1.5% 376 社 1000人以上 38.4% 46.6% 8.5% 0.4% 1.7% 281 社 雇用率を達成している企業の割合は、201〜300人規模で21.5%、200人以下で23.0%と上位規模を下回っている。ただし、直近の上位規模である301〜999人規模との差は10ポイント未満に留まり、200人を境にした比較ではむしろ下位規模で上回るなど、規模間の開きは必ずしも大きなものではない。一方、雇用率が 1. 2%未満に留まる企業、あるいは雇用していない企業の割合は、規模が小さくなるほど明瞭な増加を示している。301〜999人規模、201〜300 人規模では、 1. 2%未満しか雇用していない企業の割合が直近の上位規模を大きく上回り、さらに200人以下規模では、雇用していない企業割合が27.6%に達し、上位規模で10%未満に留まっているのとは大きな違いがある。 次いで、規模毎の障害種類による雇用状況について図1で示す。 規模が小さいほど雇用していない企業が増えることは前述のとおりであるが、雇用されている障害の種類は規模によって違いがある。1,000人以上規模では 63.8%であった「身体障害者以外も雇用」(※知的障害者あるいは精神障害者のみ雇用も含む)企業の割合は規模が小さくなるほど減少し、201〜300人規模、200人以下規模では10%台となっている。また、図1では数値を示していないが、「身体障害者、知的障害者、精神障害者のいずれも雇用している」企業は、1,000 図1企業規模と障害種類による雇用状況 人以上規模では26.1%であるのに対して、301〜999人規模では3.5%、201〜300人で1.1%、200人以下で 0.5%とその割合は非常に小さい。 企業規模が大きい場合には雇用率達成のためにより多くの障害者を雇用する必要があり、結果として複数の障害種を受入れる結果となっているが、規模が小さい場合には雇用している障害者数が少なく、その障害種も限定的であると思われる。また1,000人を境に「身体障害者以外も雇用」あるいは「三障害いずれも雇用」企業の割合に大きな差があることは、3(3)で示す「配慮の実施状況」と似通った傾向であり、雇用する障害種類の状況と配慮の実施状況とは関連があるのではないかと推測される。 (2)中小企業における障害者雇用に対する意識 アンケート調査においては、障害者雇用に対する基本的な考え、制度に対する印象、雇用に際してのイメージ、採用する際の配慮、障害者雇用制度や支援機関の利用等について、「そう思う」、「どちらかというとそう思う」、「どちらかといえばそう思わない」、「そう思わない」のいずれかで回答を求めた。各設問に対して肯定的な回答のあった企業の割合を4段階の規模間で比較し、20ポイント以上の差があった項目を取り上げて表2に示した。項目毎に最大値あるいは最小値を示したセルに網掛けを施してある。 障害者雇用に対する意識については、多くの項目で規模間の差が認められ、そのほとんどは規模に依存した結果であった。特に障害者雇用に対する基本的な考えは規模間の差が大きく、7項目中6項目で20ポイント以上の差があっただけでなく、「自社はすでに障害者雇用に十分積極的である」、「自社の現状を考えると、障害者雇用の余地がまだある」、「障害者雇用に積極的に取り組み、同業他社をリードしていきたい」は1,000人以上規模と200人以下規模で40ポイント以上の大きな差となっている。障害者雇用のイメージについては18項目中2項目、障害者雇用の効果は17項目中5項目、障害者雇用の理由は17項目中3項目、障害者の能力開発に対する考えは6項目中1項目で規 表2企業規模と障害者雇用に対する意識 項 目 200 人以下 201〜 30 0人 301〜 99 9人 1000 人以上 障害者雇用に対する基本的な考え 自社はすでに障害者雇用に十分積極的である 38.9% 44.3% 57.1% 81.0% 自社の現状を考えると、障害者雇用の余地がまだある 27.8% 41.1% 53.3% 68.0% 障害者雇用に積極的に取り組み、同業他社をリードしていきたい 32.2% 35.5% 48.5% 74.8% 行政指導・企業名公表にならない程度に雇用したい 64.4% 60.8% 59.9% 37.6% 障害者も健常者も区別なく雇用し、その結果、障害者雇用率が未達成であっても仕方がない 41.9% 42.2% 31.5% 17.5% 障害者雇用は経営に余裕のある企業が取り組むべき問題である 36.7% 31.7% 21.5% 15.1% 障害者雇用時のイメージ 適当な仕事がない 71.2% 70.7% 60.3% 41.9% どのような仕事ができるのかわからない 60.2% 66.5% 53.5% 46.2% 障害者雇用の効果 障害者雇用納付金の支払いを軽減・解消できる 57.7% 68.3% 87.1% 88.4% 株主や投資家からの評価が良くなる 45.9% 46.1% 62.6% 75.1% 顧客や地域住民からの評判が良くなる 54.0% 57.1% 67.8% 78.6% 企業として同業他社をリードすることになる 37.1% 39.7% 48.9% 66.1% 従業員のモラール(士気)が向上する 38.6% 44.0% 48.2% 58.8% 障害者雇用の理由 法令を遵守することができる 42.9% 50.5% 62.0% 67.3% 障害者雇用納付金の支払いを軽減・解消できる 7.4% 17.2% 37.0% 32.7% 企業の社会的責任(CSR)を果たすことができる 47.9% 57.0% 66.8% 74.0% 障害者の能力開発 障害者の能力開発は、健常者に比べて時間や手間がかかり戦力としての期待は困難である 44.8% 45.9% 44.2% 25.5% 支援機関の活用状況 ハローワーク 38.3% 48.9% 66.8% 86.8% 都道府県雇用支援協会、雇用開発協会等 8.5% 13.7% 28.4% 46.9% 地域障害者職業センター 2.0% 6.1% 11.6% 31.7% 障害者就業・生活支援センター 5.5% 6.1% 11.4% 27.9% 学校・職業能力開発校等 3.9% 10.8% 18.3% 39.8% 模間の差が目立っていた。支援機関の活用状況ではほとんどの支援機関の活用状況が規模に依存しているが、どの規模段階においても最も活用度の高いハローワークとそれ以外の支援機関で活用状況に大きな差があることがわかった。特に200人以下規模においてはハローワーク38.3%以外の支援機関の活用度は10%を大きく下回る結果となっている。 中小企業では大企業に比して障害者雇用率が低く、規模が小さいほど障害者を雇用していない割合が増えること、雇用しているのは身体障害者のみであることが多い実態について前述したが、中小企業における障害者雇用に対する意識に関しては、以下のように述べることができるだろう。 「中小規模の企業においては、法令遵守や企業の社会的責任は認識しており、行政指導・企業名公表にならない程度に障害者を雇用したいと考えているが、経営状況から障害者雇用の余地はあまりなく、障害者にどのような仕事ができるのかわからない、自社に適当な仕事がないこともあって、積極的に取り組めない状況がある。また、雇用の効果はそれなりに感じており、能力開発により技能習得が可能であると考えているが、障害者の能力開発には時間や手間がかかり戦力化は期待できにくいとの考えを持つ割合も半数近い。ハローワークをはじめとする支援機関をあまり活用していない。」 なお、表2では、201〜300人規模で割合が最大となっている項目が「障害者も健常者も区別なく雇用し、その結果、障害者雇用率が未達成であっても仕方がない」、「どのような仕事ができるのかわからない」、「障害者の能力開発は、健常者と比べて時間や手間がかかり戦力としての期待は困難である」の3つあり、項目内容と規模との関係が興味深い。他に、制度に対する印象に関する4つの設問では規模間の差が比較的小さくいずれの項目も表2に示していないが、「法定雇用率が高すぎて達成困難である」においては201〜300人規模が最大値60.8%、200人以下規模で最小値 44.9%であったことを付け加えておきたい。 (3)中小企業における障害者採用時の配慮・負担感 アンケート調査においては障害者を採用する際の配慮実施の有無について尋ねているが、14の配慮項目について、規模毎の実施状況を表3に示した。14項目のうち配慮実施割合の差が4段階の企業規模間で20ポイントを超えた11項目について、最大値と最小値のセルに網掛けを施してある。 表3企業規模と障害者雇用における配慮の実施状況 No 項 目 200 人以下 201〜 300 人 301〜 999 人 1000人以上 1 障害者を採用するための募集方法や募集経路の確保 12.4% 19.9% 35.9% 71.5% 2 障害者の採用基準の設定 6.0% 10.2% 16.8% 38.8% 3 障害者雇用促進に関する経営者の理解促進(障害者雇用制度や雇用管理等についての情報収集) 18.0% 28.0% 34.8% 59.8% 4 障害者雇用促進に関する従業員の理解促進(障害特性の理解や対応方法の習得等) 10.6% 18.8% 20.7% 40.6% 5 バリアフリー化など職場の物理的な環境改善 6.5% 11.8% 16.5% 36.3% 6 障害を補うための機器の改良や導入( 治具、補助具、作業機器の改良等) 2.8% 2.7% 6.1% 21.7% 7 障害状況に応じた作業内容、方法の改善 10.6% 12.4% 16.8% 41.6% 8 ジョブコーチ支援等、外部機関の人的な支援制度の活用 3.2% 4.3% 7.7% 20.3% 9 障害従業員の社外の研修、講習会への参加(OffJT) 4.1% 3.2% 5.6% 10.3% 10 障害従業員の社内の研修、講習会への参加(OffJT) 5.5% 5.4% 14.9% 27.8% 11 上司や同僚による作業遂行のための実地指導(OJT) 11.1% 22.6% 33.2% 52.3% 12 労働条件の調整や健康管理に対する配慮( 短時間勤務、在宅勤務、通院時間の確保等) 15.7% 23.7% 36.2% 56.9% 13 通勤や勤務中の移動に関する配慮 9.2% 16.1% 22.6% 42.7% 14 障害者雇用マニュアルや好事例集など情報収集 5.5% 9.7% 11.4% 29.2% 障害者雇用の準備・導入から採用、作業指導、雇用管理等、提示した配慮のほぼ全てにおいて企業規模間で実施状況に差が見られた。なかでも、「障害者を採用するための募集方法や募集経路の確保」、「障害者雇用促進に関する経営者の理解促進」、「上司や同僚による作業遂行のための実地指導(OJT)」、「労働条件の調整や健康管理に対する配慮」の4項目は、1,000人以上規模での実施割合が50%を超え、且つ200人以下規模の実施割合との差が40ポイント以上と非常に大きいことが注目される。 それぞれの配慮を実施した場合の負担感について、実施していない配慮項目でもその印象の記入を求め、配慮項目毎に「経済的負担感」、「人的負担感」、「時間的負担感」、「実施方法の分かりにくさ」の4つに分けて記入してもらっている。この設問の集計結果をみると、企業規模によって配慮実施時の負担感に大きな差は見出せなかった。これを配慮の実施状況と比べて考えると、大規模企業では実際に配慮しているからこそ感じる負担感を回答し、中小規模企業では現在は未実施だが今後実施した場合に感じるであろう負担感を予測して回答しており、結果として規模による差が出にくかったのではないかと考えられる。 そこで、特に大規模企業において実施割合が高く小規模企業における実施割合との差が大きい4項目の配慮について、回答企業全体における負担感の種類を調べ表4にまとめた。 表4障害者雇用における配慮実施時の負担感 No 項 目 経済的負担感 人的負担感 時間的負担感 実現方法 1 障害者を採用するための募集方法や募集経路の確保 9.6% 25.1% 16.0% 16.7% 3 障害者雇用促進に関する経営者の理解促進(障害者雇用制度や雇用管理等についての情報収集) 2.8% 16.1% 12.4% 13.1% 11 上司や同僚による作業遂行のための実地指導(OJT) 2.1% 32.1% 16.9% 6.9% 12 労働条件の調整や健康管理に対する配慮(短時間勤務、在宅勤務、通院時間の確保等) 4.5% 17.2% 9.8% 8.9% 4つの項目のうち「障害者雇用促進に関する経営者の理解促進」、「労働条件の調整や健康管理に対する配慮」は4種の負担感のいずれもそれ程高い数値にはなっておらず、重要な配慮ではあるが、中小規模企業における実施促進のためには負担感軽減以外の方策検討の必要性が示唆される。一方、「障害者を採用するための募集方法や募集経路の確保」、「上司や同僚による作業遂行のための実地指導(OJT)」については、人的負担感が比較的高い数値(25.1%、32.1%)を示している。なお、上記の条件には合致しないが、300人以下規模における実施割合が1割前後となる「バリアフリー化など職場の物理的な環境改善」では経済的な負担感が57.0%と非常に高い。これらのことから、中小企業における配慮実施促進に向けては、経済的負担感だけでなく人的負担感を軽減させる方策が有効ではないかと思料される。 4 考察 (1)中小企業における障害者雇用の特徴と対応 当センター研究部門で実施した調査をもとに、障害者雇用に関する実態と意識について企業規模間で比較したところ、雇用率や雇用している障害種類、雇用に対する基本的な考え、採用に際する配慮の実施状況等、多くの事項で差があることが明らかになった。 中小企業においては、職務の種類が限られやすい、指導担当者の配置や設備改善に限界がある、景気動向の影響を強く受けやすい等、規模の小ささ故にさまざまな制約がある。障害者雇用実態と意識における大企業との違いの多くは、規模による制約の影響と考えられる。平成17年に当センターで実施した調査2)で、中小規模においては障害者採用の条件として健常者平均並みの能力を求める企業の割合が高いことが報告されているが、これも、障害者の戦力化に懸念を持ち、上司や同僚による作業指導(OJT)の体制が取りにくいという中小企業の特徴から説明できるだろう。 しかし、企業規模間で実施状況に大きな差があった配慮のうち、人的負担感の比較的大きい「障害者を採用するための募集方法や募集経路の確保」、「上司や同僚による作業遂行のための実地指導(OJT)」については、ハローワークや地域障害者職業センター等、外部の支援機関を活用することにより負担軽減の可能性がある項目といえる。支援機関の活用度に規模間で大きな差があることは、中小規模企業には障害者雇用促進のために必要な情報が十分伝わっていない状況を示しているとも考えられ、更に効果的な支援情報提供のあり方を工夫する必要があると思われる。 障害者雇用促進法の改正により平成22年7月から障害者雇用納付金の対象事業主の範囲が、従来の「301人以上」から「200人を超える」規模に拡大された。これにより、新たに1万社を超える事業主が適用対象となると見込まれている。本稿では、「法定雇用率が高すぎて達成が困難である」との回答割合が201〜300人規模で最も高いことなど、201〜300人規模での特徴について言及したが、平成21年に実施された調査3) によれば雇用率未達成の中小企業のうち、今後障害者の新規雇用に乗り出そうという企業が201〜300人規模では63.7%と半数を大きく超えているという。これらの企業に対して情報提供をはじめとした支援が適切に行われるならば、障害者雇用全体に及ぼす効果は非常に大きいだろう。 (2)多様性への配慮 前項では障害者雇用における中小企業の特徴について述べたが、企業規模と雇用実態、意識、配慮等との関係は必ずしも一様でない。企業規模が小さくなるに従い雇用率を達成している企業と雇用していない企業に二極化する傾向がみられること、1,000人以上規模とそれ以外で大きく異なる項目(知的障害者や精神障害者の雇用の有無、各種配慮の実施状況等)があること、障害者雇用に対する懸念や不安感の強さは規模間の差とは別に産業による違いが大きいこと1)等はさらに丁寧に分析し、企業規模ならではの特徴を明らかにしていく必要があるだろう。 厚生労働省の調査4)では、障害種別によって雇用されている事業所の規模に違いがあることが示されているが、特に精神障害者においては80%以上が99人以下の企業に雇用されており、身体障害者、知的障害者と比べて小規模事業所での雇用割合が高い。本稿で扱った100人以上規模の企業を中心とした調査結果からは類推し難い結果であり、障害者雇用の実態が一様でないことに改めて気付かされる。 総務省統計局の調査5)によれば、300人以上規模に該当するのは事業所数で0.2% 、従業員数でも 12.9%に過ぎない。事業所数でも従業員数でも圧倒的に多くを占めている中小企業においては、業種のみならずその経営形態や障害者の雇用実態も極めて多様で差異が大きいと考えられる。 今後実施する調査においては、大企業との比較とともに、企業実態の多様性を捉えるために多角的な視点を加味した配慮・工夫が必要である。 5 まとめと今後の課題 本稿では、障害者雇用における中小企業の特徴を調べ、中小企業における障害者雇用の促進に向けて今後実施する企業実態把握で留意すべき点について検討した。その結果、障害者雇用においては雇用実態や意識、配慮実施に関する多くの事項で企業規模間の差があることが明らかになった。その差の多くは規模による制約の影響と考えられるが、外部の支援機関活用により中小規模企業における障害者採用時の配慮実施を促進する可能性があることを述べた。また、今後実施する企業調査においては、その多様性に配慮して実態把握を行うべきであることに触れた。 今後、本稿の報告内容も踏まえ、中小企業における障害者雇用促進に向けた調査研究を効果的・多角的に行う方法について、さらに検討を進めていきたい。 【参考文献】 1) 河村恵子:企業調査の分析結果について,「調査研究報告書 No.94企業経営に与える障害者雇用の効果等に関する研 究」,p.43-117,(2010) 2) 佐久間直人:企業と求職者の類型化,「調査研究報告書№76 の1 障害者雇用に係る需給の結合を促進するための方策に関 する研究」,p.263-272,(2007)3) 全国中小企業団体中央会:「中小企業事業主団体を活用した 『中小企業における障害者雇用推進事業』事業報告 書」,P.36,(2010) 4) 厚生労働省:「平成20年度障害者雇用実態調査」5) 総務省統計局:「平成18年度事業所・企業統計調査結果」 「就労移行支援のためのチェックリスト」からみた 就職継続者と現利用者との比較検討 山田 輝之(社会福祉法人青い鳥福祉会 多機能型事業所よるべ 就労移行支援担当) 1 問題背景 障害者自立支援法では、「指定障害者福祉サービス事業者の一般原則」として、個別支援計画の作成、これに基づくサービスの提供、その効果の継続的な評価の実施が明記されている。また、「障害者の就労支援を行う機関が、個別支援計画の作成をはじめとするサービスを密接に連携しながら実施できるよう、共通して利用できる支援ツール」1) が求められるとして、「就労移行支援のためのチェックリスト(以下「チェックリスト」という。)が作成された。「①就労移行支援事業者等が行う個別支援計画の作成や②訓練等の実施期間中における支援対象者の現状の把握、就労移行支援の効果等を確認」を目的としている。 当就労移行支援事業所(8名定員)は、支援開始に当たって、対象者・家族よりの聞き取りや関係機関よりの情報提供をもとに、アセスメント表、個別支援計画書(「社会就労センター版」を活用)、そして参考として「チェックリスト」も活用してきた。 当事業所は、2ヶ所の施設外就労での実習を軸に、県内数ヶ所の障害者就労支援センターと連携を密にしている。具体的には、①利用者希望者紹介=就労支援センター、②企業内実習を通しての「能力の見みきわめと能力開発」=当事業所、③「利用者の就職先開拓」=就労支援センター、当事業所と関係する就労支援センターのと「連携」と「役割分担」をして、2年間で13名の就職者を出している。 また、就職者の職場適応、雇用継続については、当事業所での第1号職場適応援助事業と関係する就労支援センターのフォローアップとの「重層的」な連携で、現在13名が離職することなく雇用継続中である。 さて、就労移行支援事業の現場として、「チェックリスト」が発表されたときの期待とは裏腹に、アセスメントの際、参考としてきたものの、「役に立たない」ツールとの印象をもっている。 吉光ら2)は、「チェックリスト」が現場で役に立つツールとしての有効性が認められるには「適切な理解と使用方法の周知を図り、十分な関連情報を提供していくことが重要」と質問紙調査を実施した。その中で、「チェックリスト」が評価尺度のように扱われている懸念があるとし、現在の役割は「支援者側の視点或いは評価の取りまとめ」だとしている。支援側独自の評価体系や評価方法があっても構わず、「チェックリスト」はあくまで「支援のポイント」を明確に際に使用されるべきととしている。 上記のような「チェックリスト」本来の目的とは若干逸脱しているとは思いつつ、「チェックリスト」の視点から「雇用継続者」と「実習生」の「差異」が浮かび上がらせること。その「差異」を検討することで、今後の「チェックリスト」の活用方法、また移行支援事業者の支援内容充実が図られるのではと思われる。 2 目的 「チェックリスト」のアセスメント項目での「就職者」群と「実習生」群との得点の特徴、また、「就職者」と「実習生」の個々ケースから比較検討を通して、就職に向けての「差異」があるか、どんな要因があるか探索することを目的とする。 3 方法 よるべ就労移行支援事業利用者のうち、現利用者(「実習生」とする)13名(2010年5月末現在)と同支援を受けて就職し現在も雇用継続中(「就職者」とする)13名(2010年5月末現在)について、高齢障害者雇用支援機構 「就労移行支援チェックリスト」のアセスメントシートにもとづいて、同一検査者が6月1日から5日かけて検査した。その結果を以下の内容で分析した。 4 結果 (1)アセスメントシートにもとづく得点比較(「就職者」と「実習生」) 「実習生」13名の各個人(No14からNo26)と「就職者」13名の各個人(No①からNo⑬)の「1、日常生活」「2、働く場での人間関係」「3、働く場での行動・態度」で各設問でのそれぞれ得点を合計しての傾向と特徴を分析した(表1、2)。 表1 アセスメント表個人比較 就職者表2 アセスメント表個人比較 実習生 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 ①起床 1 1 11 1 1 11 1 1 11 1 ②生活リズム 1 1 11 1 1 21 1 1 21 1 ③食事 1 1 11 1 1 11 1 1 11 1 ④服薬管理 11 1 1 22 1 ⑤外来通院 1 1 1 1 1 2 2 1 1 日⑥体調不良時の対処 1 1 11 1 1 22 1 2 21 1 常 ⑦身だしなみ 生 1 1 21 1 1 21 1 1 11 2 活 ⑧金銭管理 2 1 21 2 1 11 1 1 21 1 ⑨自分の障害や症状の理解 2 2 22 2 2 22 2 2 21 2 ⑩援助の要請 1 1 11 2 1 11 1 2 21 1 ⑪社会性 1 1 11 1 1 11 1 1 11 1 13 12 12 10 14 10 15 12 10 16 18 11 11 3 ①一般就労への意欲 2 1 1 2 2 1 1 2 1 1 2 1 1 ②作業意欲 1 1 1 2 2 1 1 1 1 2 2 1 1 ③就労能力の自覚 2 1 1 2 2 1 2 2 2 2 2 1 1 ④働く場のルールの理解 2 1 1 2 2 1 2 2 1 2 2 1 1 ⑤仕事の報告 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 ⑥欠勤等の連絡 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 く場での行動・態度働 ⑦出勤状況 1 1 1 2 1 1 2 2 1 2 2 1 1 ⑧作業に取り組む態度 1 1 1 1 2 1 1 1 1 1 2 1 1 ⑨持続力 2 3 2 3 3 2 3 3 3 3 2 2 2 ⑩作業速度 1 1 1 2 2 1 1 2 1 2 2 1 1 ⑪作業能率の向上 2 1 1 2 2 1 1 1 1 2 2 1 1 ⑫作業の指示の理解 2 1 1 2 2 1 1 1 1 1 1 1 1 ⑬作業の正確性 2 1 1 1 2 1 1 1 1 1 1 1 1 ⑭危険への対処 2 1 1 1 2 1 1 2 1 1 2 1 1 ⑮作業環境の変化への対応 2 2 1 2 2 1 1 2 1 2 2 1 1 24 18 16 26 28 16 20 24 18 24 26 16 16 13 14 14 4 5 16 16 21 24 13 13 14 20 20 18 16 15 14 15 3 ① 一般就労への意欲 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 ②作業意欲 1 1 1 1 1 2 1 2 1 1 1 1 1 ③ 就労能力の自覚 1 1 1 2 1 2 1 2 1 1 1 1 1 ④ 働く場のルールの理解 1 1 1 2 1 2 1 2 1 2 1 2 1 ⑤仕事の報告 1 1 1 2 1 1 1 2 1 1 1 1 1 ⑥欠勤等の連絡 1 1 1 1 1 1 2 1 1 1 1 1 1 く場での行動・態度働 ⑦出勤状況 1 1 1 1 1 2 1 1 1 1 1 1 1 ⑧作業に取り組む態度 1 1 1 1 1 2 1 2 1 1 1 1 1 ⑨持続力 1 1 1 1 1 2 1 2 1 1 1 1 1 ⑩作業速度 1 1 1 1 1 3 1 3 1 1 1 1 1 ⑪ 作業能率の向上 1 1 1 1 1 2 1 2 1 1 1 1 1 ⑫ 作業の指示の理解 1 1 1 2 1 2 1 2 1 2 1 1 1 ⑬作業の正確性 1 1 1 2 1 2 1 2 1 1 1 1 1 ⑭危険への対処 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 ⑮ 作業環境の変化への対応 1 1 1 1 1 2 1 2 1 2 1 1 1 15 15 15 20 15 27 16 27 15 18 15 16 15 13 15 16 18 15 14 14 15 15 17 15 17 16 13 16 ①日常生活について(表3、図1参照) 13 15 13 9 10 17 16 17 25 16 13 13 17 17 18 16 16 14 17 18 17 21 20 13 13 18 15 33 18 18 16 15 17 20 務であり、一方「実習生」は、4時間、5時間実習で占めており、4時間未満の「実習生」もいるためである。 「就職者」では、「一般就労への意欲」「危険への対処」がすべての対象者でクリアーしている。一方、「実習生」では、「仕事の報告」「欠勤等の連絡」については、すべての対象者でクリアーしている。 表3 得点合計比較(就職者・実習生)  1 、日常生活 就職者 実習生 ①起床 13 13 ②生活リズム 14 15 ③食事 14 13 ④服薬管理 4 9 ⑤外来通院 5 10 ⑥体調不良時の対処 16 17 ⑦身だしなみ 16 16 ⑧金銭管理 21 17 ⑨自分の障害や症状の理解 24 25 ⑩援助の要請 13 16 ⑪社会性 13 13 * 得点合計して比較する * 得点合計して比較する * 得点合計して比較する 2 、働く場での人間関係 就職者 実習生 ①あいさつ 14 13 ②会話 20 17 ③言葉遣い 20 17 ④ 非言語的コミュニケーション 18 18 ⑤協調性 16 16 ⑥感情のコントロール 15 16 ⑦意思表示 14 14 ⑧共同作業 15 17 3 、働く場での行動 就職者 実習生 ①一般就労への意欲 13 18 ②作業意欲 15 17 ③就労能力の自覚 16 21 ④働く場のルールの理解 18 20 ⑤仕事の報告 15 13 ⑥欠勤等の連絡 14 13 ⑦出勤状況 14 18 ⑧作業に取り組む態度 15 15 ⑨持続力 15 33 ⑩作業速度 17 18 ⑪作業能率の向上 15 18 ⑫作業の指示の理解 17 16 ⑬作業の正確性 16 15 ⑭危険への対処 13 17 ⑮作業環境の変化への対応 16 20 ④総評 図1から図3を参照しつつ、「就職者」13名の平均像と「実習生」13名の平均像を比較する限りにおいては、有意な差は見られず、したがって「就職者」と「実習生」の質的な違いは見当たらないといえよう。 (2)アセスメントシートにもとづく個人の比較(「就職者」と「実習生」) 「1、アセスメントシートにもとづく得点比較(「就職者」と「実習生」)」を踏まえて、「就職者」13名、「実習生」13名の個人比較の分析をおこなった。 ①日常生活について(表4、図4参照) 「就職者」のうちNo⑦が16点と高い。 ケース1「就職者」No⑦ 「就職者」、「実習生」とも「自分の障害や症状の理解」については24点、25点と点数が高く、支援の必要度が求められる。また、「金銭管理」についても21点、17点と高い。「体調不良時の対応」について「実習生」が17点と高い。 一方、「社会性」については、「就職者」、「実習生」とも13点と「社会性あり」となっている。 ②働く場での人間関係について(表3、図2参照) 「会話」「言葉遣い」「非言語的コミュケーション」については、「就職者」20点、20点、18点、「実習生」17点、17点、18点。「会話」「言葉遣い」については、「就職者」の方が点数が高く、課題をかかえている対象者がいることが伺える。 ③働く場での行動について(表3、図3参照) 「持続力」について「就職者」と「実習生」で大きな差は、1日の労働時間が「就職者」は最低でも6時間勤 女性、30歳代。知的障害重度。特別支援学校高等部卒業後、特例子会社に就職10年間。職場内の人間関係により出勤しなくなり離職。地域就労支援センターの紹介で当事業所施設外就労。9ヶ月の実習をへて実習先企業に就職する。 作業内容は、敷地内の植栽管理。障害者雇用のモデル事業所と位置づけられ10数名の障害者社員と8名の支援担当スタッフ。 要支援家族が複数いる家庭で地域の複数の支援機関(本人へ就労支援センター、居宅介護事業所、市支援課。母親へ居宅介護事業)が家族支援をおこなっている。 一方、「実習生」で点数10点、11点が3名、2名いる。 ②働く場での人間関係について(表5、図5参照) 「就職者」のうち、13点が3名。一方で、「実習生」のうち8点「働く場の人間関係」がすべて「クリアー」されている「実習生」が6名いる。 ③働く場での行動について(表6、図6参照) 「就職者」のうち27点がNo⑥、⑧。 表4 個人比較 1、日常生活 点数 実習生 就職者 10 3 3 11 2 5 12 3 1 13 1 2 14 1 1 15 1 16 1 1 17 18 19 20 1 13 13 人数6 5 4 3 2 1 0 点数 10 11 12 13 1415 1617 18 1920 21 図4個人比較1,日常生活 人数7 表5 個人比較 2、働く場での人間関係6 5 点数 実習生 就職者 8 6 5 9 1 10 3 2 11 3 12 13 1 3 14 2 15 13 13 4 3 2 1 0 点数 8 9 10111213 1415 図5個人比較2,働く場の人間関係 表6 個人比較 3、働く場での行動 点数 実習生 就職者 15 7 16 4 2 17 18 2 1 19 20 1 1 21 22 23 24 3 25 26 2 27 2 28 1 29 30 13 13 人数8 7 6 5 4 3 2 1 0 151617 18 192021 222324252627282930 点数 図6個人比較3,働く場での行動・態度 ケース2「就職者」No⑥ 男性、20歳代。知的障害軽度。プラダウイリー症候群、食べ物への強い執着があり、体重管理や体力低下がある。特別支援学校高等部卒業後、1年間地域の通所施設。就職希望とのことで、就労支援センターの紹介で当事業所施設外就労。1年間の実習を経て、実習先企業に就職する。 作業内容は、食堂の清掃、敷地内の植栽管理。障害者雇用のモデル事業所と位置づけられ10数名の障害者社員と8名の支援担当スタッフ。障害に起因する気分のむら、仕事への意欲低下、食べ物への執着が常時みられる。しかし、事業所の支援体制、家族の支援、障害者就労支援センター、1号ジョブコーチのフォローアップ体制の下、1年以上の雇用継続が図られている。 ケース3「就職者」No⑧ 男性、40歳代。知的障害軽度。普通小、中卒業後、作業所、入所施設を経て、当法人グループホームに入居。企業実習を経験するが就労には至らず。当事業所の施設外就労。実習先企業の別の事業所での採用。当事業所施設外就労。1年間の実習を経て、実習先企業に就職する。 事業所環境が良好のこと(障害者雇用への理解の企業であり、実習で経験した作業内容)と、グループホームでの生活支援とジョブコーチ支援、就労支援フォローアップの連携の下、雇用継続中。 一方、「実習生」のうち16点が4名。「働く場での行動・態度」で、「就職者」とほとんど差はない。 (3)全体考察−就職に結びつく要因と雇用継続の要因について 「就職者」のなかでも、得点の高い対象者が複数いる。就職に結びつける要因、雇用継続している要因は、「得点の高さ」をカバーする「さまざまな支援」があると思われる。 一方、「実習生」でも、「得点の低さ」=「完成度の高さ」があるものの、就職といかない。「就職につなげる」には、あらたな「要因」が求められると思われる。 そこで、試行的・仮説的であるが、「就職に結びつく要因と雇用継続の要因について」以下のような「モデル」を作成した。「支援力(家族・支援機関)」と「本人の就職したい力」と「企業の受け止め力」の3つのベクトルの「合力」が「就職力・雇用継続力」につながるのではないか。この「モデル」についての検討は今後の課題としたい。 就職に結びつく要因と雇用継続の要因について 支援力合力=(家族・支援機関)就職力・雇用継続力 【参考文献】 1)独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター:「就労移行支援のためのチェックリスト活用の手引き」、(2007)。 2)吉光清他:「『就労移行支援のためのチェックリスト』活用に向けた実践的検討」、第15回職業リハビリテーション検討会発表論文集、独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター、p164−165、(2008) .連絡先. *-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-* 社会福祉法人青い鳥福祉会 多機能型事業所 よるべE‐mai y-yamada@aoitori-fukushikai.com URL :http://www.aoitori-fukushikai.com *-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-* 農作業を活用した就労支援 平井 正博(株式会社かんでんエルハート高槻フラワーセンター 臨床心理士) 1 かんでんエルハートの概要 当社は、大阪府(24.5%)、大阪市(24.5%)、関西電力株式会社(51%)の共同出資により平成5年12月9日に設立された特例子会社である。本社である住之江ワークセンター(大阪市住之江区)、ビジネスアシストセンター(大阪市北区、関電ビル18 階)、高槻フラワーセンター(大阪府高槻市)の3つの事業拠点があり、合計173 名の従業員が、花卉栽培・花壇保守、貸し農園のメンテナンス、グラフィックデザイン・印刷、IT 関連業務、商品箱詰め・包装、メールサービス(郵便物・社内連絡便の受発信業務)、ヘルスマッサージ、厚生施設利用受付業務にそれぞれ従事している(平成22 年8月現在)。 また当社は、平成21 年5月1日より厚生労働省から「精神障害者雇用促進モデル事業」を受託した。これは就労の進んでいない精神障がい者雇用を実践・検証し、精神障がい者雇用についての適性なノウハウ等を習得して、精神障がい者雇用促進および定着化を図ることを目的としたプロジェクトである。平成21 年度以降9名の雇用を行って就労支援に取り組んでいる。 2 農作業を活用した就労支援 当社はモデル事業において農業関係業務を取上げている。その理由は自然に親しむことによるセラピー効果の期待や労働集約的事業であり、将来の障がい者雇用拡大の可能性があることを考慮したものである。そのため農作業の多様性と特徴に注目し、農作業を精神障害者の就労支援(就労適性把握、能力向上、職場定着)に活用してきた。今回は農作業を取上げた理由である多様性とそれを活用した当社のこれまでの取り組み・支援経過について報告する。 (1)農作業の多様性 農作業を活用した取り組みとして、当社は貸し農園事業を行う高槻フラワーセンターを研修場所として選択し取り組みを展開してきた。現在、精神障がいを持つ従業員(以下「従業員」という。)は、農作物の栽培、貸し農園のメンテナンス業務に従事している。 農作業と一口にいっても、その業務は極めて多岐に及んでいる。具体的にいくつか挙げてみると野菜栽培だけでも、実作業として作業具の準備・土作り・畑作り(畝たて等)・苗の植付け・水遣り・防虫防除・栽培の手入れ(剪定や誘引など)・収穫・収穫物の手入れなどがある。情報収集として栽培方法の収集と整理・蓄積(栽培マニュアル作成)・伝票入力・栽培日誌作成などがあり、また管理・計画として栽培作物の選定・栽培スケジュール・作業人員配置などの計画作成なども挙げられる。 これらの業務は①体力面②業務内容面③所要人数単位の3つのカテゴリーに大別でき、さらにカテゴリーごとにその内容で分類できると考えられる。具体的に述べると、以下のようになる。 ・ 体力面 情報収集や実作業における苗の植付けや収穫物の手入れなどの軽作業から、土作りや畑作りなど重労働。 ・ 業務内容 収穫や水遣りなどの定型化された作業から、情報の収集の整理・蓄積などの机上作業と栽培スケジュールや作業人員配置などの計画・管理作業。 ・ 所要人数単位 情報収集作業など1人ずつ個別に行う業務から、水遣り・手入れなど数人数単位で行う業務、土作りや畑作りなど全員で行う業務。 このカテゴリー毎の内容は作業負担の高低にも関連があると考えられる。当然ながら個人の能力や障がい特性に起因する差異はあるが、傾向としては体力面では体力を必要としない作業が、業務面では定型業務が、所要人数単位では個別単位が、精神障がいをもつ従業員にとって作業負担が低いものと考えられる。以上のことをまとめると図1のようになる。 しかしながら、農作業では、たとえ重労働であっても所用人数を調整することによって1人あたりの作業負担を調整することは可能である。 体力面 軽作業 中作業 重労働 情報収集収穫物の手入れ 水遣り栽培の手入れ 土作り畑作り(畝たて等) 苗植付け 業務面 定型業務 机上業務 計画・管理業務 水遣り収穫 情報収集栽培マニュアル作成 作業人員配置計画作業スケジュール作成 栽培日誌 作業指示 所要人数単位 個別単位 数人単位 全体 情報収集栽培マニュアル作業伝票入力 水遣り栽培の手入れ 土作り畑作り(畝たて等) 低 高 図1 農作業の体力面・業務面・所要人数単位分類表と作業負担 (2)多様性の活用 当社では上述してきた農作業の多様性を従業員の就労に対する能力(以下「就労能力」という。)の把握と、就労適性把握に活用を試みてきた。就労に対する能力把握では個々の従業員が現時点で3カテゴリーそれぞれについてどの程度の業務こなせているかを目安にして就労能力把握を行っている。さらに就労適性把握では評価した能力から、その従業員にとって農作業のどのカテゴリー・内容の業務が適しているのかを判断し適材適所に人員配置する目安として活用している。 また当社では、この分類を長期的な就労能力や職業適性の把握だけでなく日々の労務管理やキャリアアップにも活用している。例えば睡眠が十分にとれず体調が万全でない従業員がいれば一時的に通常よりも作業負担を落とした業務を割りあてるなど体調の波に応じた業務内容の変更の目安としたり、仕事に余裕が見られるようになった従業員に、より高度な業務を割り当て1つ作業負担の程度が高い業務課題に変更する際の目安にしたりなどである。このようにして能力把握を行いながら従業員の体調や就労能力の伸び具合にあわせた業務の割り当てを行うことで、負担を比較的小さくしながら着実な就労支援をすることができると考える。 (3)当社のこれまでの取り組み 農作業を活用した具体的な取り組みとして、平成21 年度からの高槻フラワーセンターでの取り組みを時系列に沿って紹介する。 ① 前期:平成21 年9月〜11 月 (主たる業務):土作り、畑作り(人員配置) :従業員全員による協同 平成21 年9月から当社で精神障がい者雇用のモデル事業がスタートした。勤務時間は1日4時間としていた。 この時期は就労を可能とする基本的体力・持久力の把握と向上を目的とし、スタッフの指示のもと土作りや畑作りの定型業務を従業員全員で行った。全員での作業としたのは労働力を集約することによって働き始めたばかりで体力が不足しがちな従業員個々の負担を軽減するためである。また“全員での作業”=“グループ就労”とすることで就労そのものに対して従業員がもつ不安の軽減をも期待したためである。 従業員全員での土づくり ② 中期:平成21年11月〜平成22年3月 (主たる業務):農業実習(畑作り・野菜栽培) 机上業務(栽培マニュアル作成)(人員配置) :個別単位〜全体単位が中心 この時期には前期の業務を通じて従業員の体力・生活リズムが整い、勤務時間は1日6時間となった。 作業はそれまでの土作り等の体力を要し定型化された業務に加え、農業をテーマとした自立的な机上業務を取り入れた。具体的には担当する野菜を決め、個々人が担当野菜の栽培方法を書籍やインターネットを活用し調べ、PCでマニュアルを作成し、その発表訓練を行った。また従業員によって作成された栽培マニュアルを参考にスタッフが指示しながら野菜栽培に取り組んだ。 全体での協同業務を中心にしながらも、11 月までの時点で体力に課題がある者には机上業務を増やすなどの調整を行い、逆に机上業務を苦手とするものには農業実習を増やし、長時間の机上業務に不安を覚える者には机上業務と農業実習を交互にしながら少しずつ机上業務時間を延ばすなどの工夫を行った。 またこの頃には机上業務を加えたことで作業の多様性に広がりが見られたことから、就労能力だけでなく就労適性把握も本格的に実施し始めた。 栽培マニュアル作成トマト苗の植付け ③ 後期:平成22 年4 月〜現在 (主たる業務): 農業実習(野菜栽培、作業工程管理) 机上業務(マニュアル作成、伝票入力) (人員配置):個別業務〜数人単位 4月までの時点で従業員は従業員の中には本格的就業に向けて体力・生活リズムとも整い始めたため、勤務時間は1日6時間〜7時間40 分(フルタイム勤務)となった。 この時期になると、指示があれば一通りの作業を行えるようになっていたが、従業員間で指示を待たなくては仕事に取り組めない者と、定型化した業務であれば指示がなくとも動ける者など就労能力の違いが大きくなっていた。そのため前者には農園メンテナンス(水遣りや手入れ)など農作業において常に必要となる定型業務を多く割り振り1日の業務が習慣となるように試みた。また後者に対してはこれまでスタッフが行ってきた業務スケジュール作成や人員配置などの業務を補助から徐々に担わせ計画・管理業務を任せより実践的訓練に移行していった。 このようにして4月以降は就労能力に応じたキャリア支援を行い、主体的に考えて就労することが出来る従業員は管理・計画を主たる業務に配置し、また限定はされるが特定の業務を丁寧に取り組むことを得意とする従業員には野菜栽培で毎日必要となるメンテナンス業務に特化するように配置していった。 3 農作業の効果と留意点 農作業の多様性を就労支援に活用する利点について述べてきたが、農作業そのものにも多くの利点があると考えている。農作業は福祉側からみて体力づくりや身体機能の回復、注意力や集中力の向上、気分転換やストレス発散、達成感や向上感の効果が期待される(安中ら20091),佐渡ら20092))ように当社においても従業員に、農作業に従事することでの様々な変化がみられた。また実際に農作業を就労支援に活用することによって、農作業ならではの留意点も明らかになった。 (1) 農作業による効果 ① 就労に対する自信の育成 入社当時、初めて就労する者から長期の療養後の再就労と従業員の経歴は多彩であったが、全員が就労に対して強い不安を持っていた。その不安の中には仕事についていけるのか、失敗しないかといったことも含まれる。しかし農作業に従事しながら、従業員は少しずつではあるが当初抱いていた就労に対する不安を払拭しつつ、自信を深めていった。この点について安中ら1)が述べるように農作業は工場労働等と比べてマイペースで作業ができ、失敗してもやり直しができる場合が多く結果として就労能力に応じた仕事がそれなりに可能となり成功体験を積みやすいという特徴が活かされたと考えられる。従業員は農作業という就労支援の中で、小さくとも一つずつ成功体験を積み上げ就労に自信を育成していったと思われる。 ② 主体性の伸長 今回の事業では、従業員の多くが、それぞれに出来る範囲ながら仕事に主体的に関わるようになったことが大きな変化として見られた。平成22 年7月24 日に当社はギリシャの国立農業研究財団林業研究所研究員でグリーンケアの研究を精力的に行っているクリストス・ガリス氏を招き講演会を開き、その際にガリス氏は「障がい者をクライエントではなく、ひとりで従業員としてみることが重要」「農業には多面的な機能があり、どんな障がいがあっても役に立つことが必ずあり、そのなかで障がい者に人に役立つということを教え、導くことが大事」と述べていた。当社で農作業を通じ就労能力や職業適性把握を行いながら従業員を“従業員”として雇用する 栽培計画作成 農園メンテナンス ことで、従業員は自信と(出来る限りの)責任感をもって働き、就労の主体性を伸ばしていったと思われる。 ③ セラピー効果 従業員から「土をいじることで気持ちが落ち着いていく気がします。」「収穫したものを食べて喜んでもらえることがうれしい」「野菜が元気に育って感激だ」等の感想などを聞くことが多い。ヨーロッパでは古くから農業や園芸の効果が認識されており、「緑」にはエネルギーや効用があると考えられている(兼坂さくら20083))ように、従業員は農作業に従事しながら収穫や食べてもらえることの喜び、やりがいや達成感など農作業ならではの感覚・感情を体験することによってセラピー効果を感じているのではないかと思われる。 (4) 農作業を活用する上での留意点 ① 休憩 農作業は屋外作業も多く、体力が必要となることが多い。しかし片倉ら4)による福祉関係者からの聞き込み調査から示されるように精神障がい者は疲れやすく体調に波があるので長時間労働が苦手である傾向にあると思われる。そのため通常よりもこまめに休憩を挟む(特に農作業に慣れる迄)ことで、疲労蓄積を回避し、疲労が体調の波に繋がらないように配慮することが必要である。 ② 天候 精神障がい者には急な予定変更が苦手である人も多いが、農作業は天候の影響を大きく、天候が不安定な時期は作業スケジュールが変更になることも多い。そのため翌日の作業スケジュールは天気予報を確認したうえで決め急な予定変更の避けることや、雨の日の室内業務をある程度定型化・モジュール化するなど変更に伴う負担を軽減する工夫などが必要である。 ③ 安全配慮 農作業は重い物を運んだり農具を使用したりするため作業方法を間違うと大きな事故につながることがある。そのため危険でない、怪我をしにくい作業方法などをきちんと伝え、事故に繋がらないように注意する必要がある。また夏場の作業は熱中症などの危険が伴うため先にあげた休憩や水分補給などに気を配ることも重要である。 4 まとめ 以上当社の農作業を活用した取り組みについて述べてきた。平成21 年9月より進めてきた当社の就労支援は農作業のもつ多様性を従業員の特性とのマッチングを図りながら行ってきた。しかし現段階においてもまだまだ十分といえる段階でなく、試行錯誤の連続である。安中ら1)も指摘するように農作業は多様である分だけ、個々の障がい者の適性を尊重しやすい反面、適性に応じた担当作業の特定が難しいためである。そのため図1で示すような農作業の分類と従業員の特性把握をより客観的に精緻に行い、アセスメントの精度を高めていくことが重要と考えられる。 最後に当然ながら当社の取り組みは常に順調といったわけではなく従業員の体調の波などもあり紆余曲折・試行錯誤の連続である。しかしながらそれは障がいのためだけなく、社会復帰したばかりで初めての職場、初めての農作業であったことも大きな理由であると思われる。そのため当社では体調管理や精神的負担の軽減を目的としたカウンセリングだけでなく、上司との定期的な面談や、主治医や家族など社外の社会資源連携を図りながら従業員の心身の安定と就業支援を行っている。やはりこのような基本的な就労支援が、社内での本格的な就労支援の大前提になることには変わりないと思われる。当社では今後もこの前提となる支援・サポートを強化・実施しながら農作業を就労支援に積極的に活用していきたいと考えている。 【参考文献】 1) 安中誠司・山下仁・片山千栄・石田憲治:農業分野での障がい者 就労の類型化による支援課題の抽出とその解決方策、「農村工学 研究技報210」、p.49-p.59,農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所(2009)2) 佐渡賢一・河村恵子:農業分野における障害者の職域拡大、「資 料シリーズ45」、独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構障害 者職業総合センター3) 兼坂さくら:グリーン・ケアの価値と取り組み、「グリーン・ケアの秘め る力」、p.22-p.32, 創森社(2008) 4) 片倉和人・山下仁・工藤清光:農業経営における障害者雇用のマ ネジメント、「農林業問題研究第166 号」、p.78-p.83,(2007) 教育福祉農場構築に向けた岐阜大学の取り組み ○大場 伸哉(岐阜大学応用生物科学部附属岐阜フィールド科学教育研究センター 教授) 矢野 倫子(岐阜大学応用生物科学部附属岐阜フィールド科学教育研究センター) 池谷 尚剛(岐阜大学教育学部)・安田 和夫(岐阜市立岐阜特別支援学校) 菊池 啓子(中部学院大学短期大学部) 1 岐阜大学附属農場の概要 岐阜大学応用生物科学部は、平成16年4月に岐阜大学農学部を改組して作られた。この時、附属岐阜フィールド科学教育研究センター(以下「フィールドセンター」という。)も附属農場と附属演習林を統合して設立された。応用生物科学部は、応用生物を基本とする農学系学部であり、生物生産環境科学課程、食品生命科学課程、獣医学課程で構成されている。フィールドセンターは、実践的生物生産管理技術や自然調査手法の実習教育・研究施設として、研究フィールドの提供と教育研究支援を行っている。センターは、岐阜大学の全学部が集中する柳戸キャンパス内にあり、柳戸農場と柳戸試験林、岐阜市外にある美濃加茂農場と位山演習林で構成されている。この内フィールドセンターの中核施設である柳戸農場では、平成20年度より知的障がい者の雇用を進め、彼らの力を活用した教育農場作りに取り組んでいる。 2 障がい者雇用に取り組むことになった経緯 岐阜大学は、昭和56年に岐阜市柳戸に統合キャンパスを完成させ、農場も現在の地に移転した。この時の農場系技術職員数は19名であった(図1)。しかしその後、度重なる職員数の定員削減によって平成22年度にはその半分の9名となり、平成23年度にはさらに8名まで削減される予定である。この間、農場の規模は維持されたままであり、約18haの農地と様々な農場実習メニューを、技術職員に加えて農場予算で雇用した非常勤職員とともに維持管理している(表1)。 一方、大学農場に対する期待は、近年益々強くなっている。これは、世界的に見ても先進国として著しく低い我が国の食料自給率の向上や、平成17年度に施行された食育基本法に沿った様々な教育活動の一つとして、また近年は口蹄疫問題に対する家畜防疫の教育施設として、大学教育農場の利用場面が増えているためである。 図1岐阜大学農場における技術職員数の推移 また、岐阜大学は、東海・近畿・北陸地域の国立大学法人の中で、唯一キャンパス内に大学農場を有している。大学農場が統合キャンパスに位置することで、応用生物科学部学生だけでなく、教育学部学生に対する実習教育や、全学的な共通基礎教育などにおいても、大学農場は幅広く利用され高い利用率を示している。このため、岐阜大学農場は、教育資産として岐阜大学の大きな魅力の一つになっている。 しかし、限られた職員で広い農場と様々な実習メニューを維持管理するには限界がある。高まるニーズに対して、人手不足をどのように解消するかが大きな課題である。こうした中で、恩師の紹介で平成20年度に重度の記憶障がいを負った卒業生A氏を、大学本部予算の障がい者雇用枠で受け入れた(図2)。これは、岐阜大学が国立大学法人として2.1%の障がい者の法定雇用率を有するためである。A氏に関しては、農場内で迷子になったり、作業をすぐ忘れるため職員が付きっきりで指導しなければならないなどの理由で、継続的な雇用には至らなかった。しかし、これをきっかけに職員の中で障がい者に対する理解が深まった。また、A氏に対しての指導のあり方などを各方面に相談する過程で、特別支援学校からのインターンシップの受け入れへとつながった。その結果、本部予算の障がい者雇用枠を利用する形で、平成21年4月に特別支援学校の卒業生を非常勤職員として1名採用し、さらに12月には2人目、平成22年4月には3人目を採用した。また、A氏については、本人が引き続き農場で働くことを希望したため、父親が同行し指導することを条件に、ボランティアとして受け入れることになった。 大学農場が障がい者の受け入れ態勢を整える中で、岐阜市教育委員会と岐阜大学応用生物科学部は教育に関する協力協定を締結した。これを受けて平成22年4月から、岐阜市立岐阜特別支援学校高等部の生徒15名の農場実習が始まった。 3 岐阜大学農場での障がい者の就労状況 農場に就労する障がい者のB氏、C氏、D氏の年齢は18歳から19歳であり、障がいは軽度である。3名は、それぞれ蔬菜(そさい)・花卉(かき)、養鶏、酪農の業務に就いており、できるだけ専門技能を習得できるように配慮している(表1)。勤務は、雇用規程によって週30時間となっており、8時30分〜17時15分までの間、週4日間の勤務としている。彼らの給与体系は一般の非常勤職員と同じである。業務の遂行にあたっては、蔬菜、養鶏、酪農の担当職員の指揮の下で作業を行っている(表1)。 B氏は、花が好きであり、特別支援学校在学中から花栽培に関して特に学習しており、このため蔬菜・花卉の分野に配置した。就職後、勤務態度にムラが見られたためジョブコーチの指導を受けたが、その後順調に落ち着いて仕事を行っている。C氏は、養鶏管理に主として携わっており、集卵や洗卵、除糞作業を行っている。D氏は酪農に主として携わり、毎日の牛への餌やり、搾乳を担当している。D氏は、父親の指導で空手をやってきたため体力的に3人の中で最も優れており、また大型動物を扱う上で必要な俊敏性に優れ、酪農業務の適性に合っている。 また、A氏については、平成21年3月に雇用契約を終了したが、大学農場での仕事に魅力を感じ、ボランティアとして活動することを希望した。このため、大学農場としてもボランティア制度を作り、平成21年7月から受け入れることにした。ただし、A氏の補助を行うために職員を配置することはできないため、父親のE氏とともに働くことを条件とした。これによって、A氏とE氏の父子は週2回の頻度で農場内の仕事をボランティアとして、手伝ってくれることになった。A氏の雇用期間中は、担当職員が付きっきりで指導することができなかったため、A氏に十分活躍の機会を与えることはできなかったが、父親のE氏との共同作業では、大きな力になっている。このため、平成22年10月からE氏を大学農場予算での非常勤職員 H20 H21 H22 7月10月3月4月6月 7月10月12月4月 特別支援学校生徒の実習受け入れ開始特支卒業生1名を非常勤職員に採用ジョブコーチによる就労支援特支卒業生1名を非常勤職員に採用 インターンシップとして特支生徒1名を受け入 記憶障がい者のボランティア作業受け入れ インターンシップとして特支生徒1名を受け入れ 特支卒業生1名を非常勤職員に採用記憶障がい者の雇用延長の停止インターンシップとして特支生徒1名を受け入れ インターンシップとして特支生徒2名を受け入れ 障がい者雇用として記憶障がい者1名を採用 図2岐阜大学農場における障がい者の受け入れ経過 表1岐阜大学農場における技術職員の配置と業務内容 正職非常勤 障がい者雇 用枠非常勤 員数職員数職員数 動物系部門植物系部門 蔬菜1 1 1 ハウストマト、施設マスカット、公開講座用菜園管理花卉1 1 ガラス温室5棟(パンジー、ビオラ 等鉢物類) 果樹1 ブドウ、ナシ、カキ、ウメ、プラム等 作物2 水稲栽培 約2ha農産加工 漬物加工、ジャム加工 酪農 1 1乳牛18頭 養鶏1 1 1 無窓鶏舎2棟、開放鶏舎1棟 産卵鶏約1400羽肉牛(美濃加茂農場) 2 肉牛 43 頭畜産加工 アイスクリーム加工、ヨーグルト加工、燻製加工 表2障がい者雇用枠非常勤職員の作業 職員作業内容 B 花苗の生産(播種、移植、鉢替え、除草、追肥、潅水、培土作り)トマト栽培(定植、支柱立て、剪定、収穫)、ブドウ管理(剪定、摘粒、収穫)温室周辺の除草作業、刈り払い機を用いての農場内の除草作業 C 養鶏管理(集卵、除糞、洗卵)、鶏舎の洗浄、雛の入れ替え作業 鶏舎周辺の除草作業、刈り払い機を用いての農場内の除草作業 D 酪農(ウシへの給餌、搾乳、除糞)、養鶏管理(集卵、除糞、洗卵)鶏舎周辺の除草作業、刈り払い機を用いての農場内の除草作業 として雇用することで、A氏にも働きやすい環境を作るよう工夫した。 農場業務の中では、広い農地を管理する上で除草作業が大きな負担となっている。障がい者に関しては、当初、鎌を使った手除草をしてもらっていたが、能力的に刈り払い機を使うことが可能と判断し、学内での刈り払い機使用に関する講習を受講させた。その結果、B氏、C氏、D氏は平成22年度7月から刈り払い機を使った除草を行うことができるようになり、能率的に農場内の雑草管理ができるようになった。 4 岐阜市立岐阜特別支援学校の生徒受け入れ 平成22年4月から、岐阜市立岐阜特別支援学校高等部工業コースの園芸班とバイオ班に属する2年生から3年生15名を週1回2時間のデュアルシステムでの農業実習として受け入れた。15名を5名ずつ、3つに分け、養鶏管理作業、果樹園作業、花卉・蔬菜管理作業の実習を行っている。現在は、約2カ月ずつの期間で、それぞれのメニューを体験できるようにローテーションしてい る。3つのグループには、卒業生でもあるB氏、C氏、D氏がそれぞれ付き、職員とともに指導にあたっている。また、卒業研究として農場での障がい者の活動を研究する学部4年生も、研究・調査の傍ら指導を補助している。 5 大学農場技術職員の反応 平成20年7月にA氏を障がい者雇用することになった際に、技術職員の中に少なからず戸惑いがあった。ただ、応用生物科学部附属動物病院の技術職員が岐阜大学卒業生である彼のことをよく知っていたため、受け入れにつながった。しかし、多くの職員にとっては、実際に障がい者と一緒に仕事をすることは初めてであったため、どのように業務を遂行していったらよいかわからず対応に困る場面もあった。 そうした中で平成20年10月に、B氏とC氏の2名が特別支援学校からのインターンシップ生として派遣されると、大学生らが嫌がる仕事を真面目に働き、業務内容も十分理解できたことから、障がい者も一定の配慮さえあれば大きな働き手になり 表3岐阜大学農場の1 週間の標準的な職員の勤務体制と主な実習ならびに業務 正職障がい非常勤学生ア曜日者雇用一般職ルバイ備考員数職員数員数ト数 月63 3 0 農場管理業務火7 3 0 0 (通年) 特別支援学校 実習 9:30-11:30 水7 1 0 0 (前期) 教育学部技術教育講座 実習12:50-16:00 (後期) 応生部 実習 12:50-17:40 木7 2 1 0 (通年) 応生部 実習 12:50-15:20 金63 2 0 農場管理業務土1 0 0 1 農場管理業務(主として給餌、搾乳、集卵、潅水、温度管理)日1 0 0 1 農場管理業務(主として給餌、搾乳、集卵、潅水、温度管理) 365日の勤務体制で、上記以外にも実習・実験ならびに公開活動が多数ある。 うることが分かってきた。一般に大学農場の関係者は、岐阜大学に限らず知的障がい者についての知識が十分でなく、多くの人は障がいを持つ人が大学農場の勤務ができるとは思っていないようである。インターンシップの2名が職場のニーズに合う形で農場の業務を担ってくれたため、大学農場内での障がい者に対する教職員の理解や配慮が大きく進み、精神的にも受け入れ態勢が醸し出されていった。また2名が頑張って働き、仕事としても大変面白く、是非就職したいと希望してくれたため、雇用に向けて進むことができた。 平成21年8月の段階で、障がい者雇用として働くのはB氏だけで、A氏はボランティアとして農場に来るようになっていた。この時、大学農場職員の中で、障がい者の職業能力の開発と職場適応の向上を図り、障がい者の特性に応じた雇用管理を目的として、自発的に2名の職員が障がい者職業生活相談員の資格を得た。さらに、障がい者雇用が増え、また岐阜市立岐阜特別支援学校の生徒を受け入れるようになると、障がい者の就労を理解するためにさらに2名の職員が同資格を取得した。 このように、継続的雇用につながらなかったが、A氏の就労をきっかけとして大学農場の教職員の意識が変わり、受け入れ態勢も整えられ、教育農場としては極めてユニークな体制ができつつある。 6 教育福祉農場としての今後 全国には、農業技術教育の場として、54の大学農場があり、391校の農場を持つ農業高校がある。しかし知的障がい者を積極的に雇用し、活躍の場を提供している教育農場は少ない。 岐阜大学農場では、農場内に学生サークルが存 在し、日常の様々な業務をサポートする約20名の学部学生がいる。3名の障がい者雇用枠の非常勤職員は、同年齢の彼らと交わりながら一緒に仕事をする機会がしばしばある。障がいのある職員と一緒に働く学生たちが、彼らから何を学び、感じるかは大変興味深いところである。 また3名の非常勤職員は、現在のところ学生実習の中で多くの学生と交わることは少ないが、今後そのような機会が増えて行く(表3)。岐阜大学には、福祉系学部はなく、医学部や教育学部特別支援学校教員養成課程の学生などを除くと、多くの学生にとって障がい者との関わりは専門外である。岐阜大学農場が所属する応用生物科学部は、農学系学部として食品業界や農業関連の分野に卒業生を多く送り出す産業学部である。今後実習の中で、大学生が障がいのある職員と共に仕事をすることが増えれば、大学生が彼らを理解し、障がい者の就労を学ぶ機会が生まれるであろう。そのようになれば、大学農場で障がい者の仕事ぶりを学んだ大学生は、卒業後に会社などの産業現場で障がい者を受け入れる理解者になる。 岐阜大学農場における障がい者雇用の取り組みは端緒に着いたところであり、手探りの部分も多いが、様々な可能性を産むと期待される。 農業分野における障害者雇用と支援のあり方について ○河村 恵子(障害者職業総合センター事業主支援部門 佐渡 賢一(障害者職業総合センター事業主支援部門) 1 問題及び目的 昨今、農村における担い手の不足、耕作放棄地の拡大、食料自給率の低下、食の安全など農業にまつわる種々の問題がクローズアップされ、日本の農業が見直されつつある。農林水産省は、既存の農家を支える仕組みや企業の農業参入に対する支援など様々な取組みを展開しており、そのひとつとして農業分野における障害者の就労に期待を寄せている1)。また、農による癒しの効果から、農業は障害者に合っているのではないかといった声も聞かれるなど、農業分野における障害者の就労が多方面から注目を浴びてきている。 一方で、農業は小規模で家族を中心とした経営が多い、天候や季節により作業量や作業内容が一定しない、曖昧な判断を伴う作業が少なくない、といった特徴から、障害者雇用の難しさが推測される。実際、多くの農業法人は障害者雇用に様々な不安を感じているだけでなく、雇用に対する関心自体も低いことが当該法人を対象に行ったアンケート調査で明らかになっている2)。 こうした状況を踏まえ、本報告では障害者を雇用している農業事業所への聴き取り調査を基に、障害者が就業している事業所の特徴、従事する作業の内容、課題への対応や支援の状況等から、農業分野における障害者の雇用事例を概観するとともに、上述したような農業の難しさを軽減・回避できているか、できている場合どのような対応によるのかなどについて検討してみたい。 2 方法 (1)調査方法 事業所訪問による聴き取り調査及び現場観察を行った(1時間〜1時間半程度)。 (2)調査内容 調査内容は、事業所の概要、障害者の作業状況、作業面・管理面等における苦労点及び配慮点や工 研究員) 夫点、支援機関や支援制度の活用状況等、農業分野での障害者雇用に対する意見などである。 (3)調査時期 平成21年11月から調査を開始し、現在(平成22年9月時点)も調査継続中である。 3 結果 (1)訪問事業所の概要 本報告では、これまで訪問した事業所のうち、平成21年度中に訪問した7事業所を中心に整理を行った(表1)。7事業所のうち、障害者の雇用義務の発生する事業所は3ヵ所(事業所A,B,C)、家族を中心として経営している事業所は1ヵ所(事業所F)のみであった。2名以上の障害者を雇用している事業所が6ヵ所(事業所A〜F)あり、そのうち5ヵ所(事業所A,B,C,D,F)は複数種類の障害者を雇用していた。主な栽培作目としては、施設野菜が2ヵ所(事業所A,G)、露地野菜が1ヵ所(事業所E)、施設野菜と露地野菜の両方を栽培している事業所が1ヵ所(事業所F)、きのこ(しいたけの菌床栽培)が2ヵ所(事業所B,D)、養豚及び飼料製造が1ヵ所(事業所C)であった。なお、事業内容は、ほとんどの事業所が栽培や出荷を中心としていたが、事業所A,Eでは、加工、販売、貸し農園など、複合的に事業を展開していた。 障害者の雇用形態は、全ての事業所で週30時間以上勤務、最低賃金以上の賃金が支払われていた。 障害者雇用のきっかけとして、もともと障害者との交流経験等があった事業所が2ヵ所(事業所E,G)、地元住民の雇用による地域貢献の理念が念頭にあった事業所が4箇所(事業所A〜D)、そのうち直接のきっかけは人手不足の解消であった事業所が2ヵ所、知人等からの依頼による事業所が1ヵ所であった。 表1訪問事業所の概要 従業員数 雇用形態 事業内容等 障害者雇用のきっかけ、経過等 障害者が従事する作業の内容 障害者数 A 約300人 ・9:00〜16:00・契約社員( 1年更新)・730 円/時 野菜の栽培・加工・販売等(施設栽培) 農水省の事業助成を受け、事業を拡大することになったが、それ伴う人手不足の解消及び地域貢献の考えから障害者の雇用を始めた。 苗の定植、清掃、草取り、収穫、作業場での選別、パック詰め作業、これらに類する補助的作業 知的:6人精神:1人 ・9:00〜16:00 地域社会への貢献が経営理念にうたわれており、地 ・発生作業(菌を含んだ菌床からきのこの芽を出させる 10 2人 ・常用雇用・最低賃金 菌床しいたけの栽培・出荷・菌床製造 元の雇用の一環として障害者雇用にも取り組むという方針があった。現在は定期的に特別支援学校の卒業生を受入れてい ため、水に浸す、たたくなどして刺激を与える、菌床の向きを変える(反転させる)など)・菌床製造作業(菌床の原料を袋につめる、菌をまく B 身体:1人知的:7人 精神:1人 る。 (接種)などの作業 ※基本的には機械作業) 約70人 ・8:30〜17:00・正社員及びパート・730〜800円/時 養豚業、飼料の製造・販売業等 飼料工場開業にあたり、市からの補助を受けていたこともあり、地域貢献、地元住民への雇用を考えた。また、大量かつ単純作業であったことも、障害者の雇用理由のひとつになった。 ・食料廃棄物の開封、選別作業・各農場での洗浄作業・分娩舎での分娩介助、牙の研磨、注射、餌付けとそれに伴い発生する清掃作業 C 身体:3人知的:15人精神:2人 46 人 ・パート・9:00〜16:00・最低賃金以上 菌床しいたけの栽培・出荷 直接のきっかけは、知人の特別支援学校教諭、福祉施設の長に雇用を依頼されたことによるが、そもそも地域密着の産業であり、地域住民の雇用が念頭にあった。 ・菌床ブロックの管理作業(ブロックへの水やり、収穫と収穫の間のブロックに生える余分なきのこを取り除く、発育がよくなるようブロックをたたく)・台車洗い、菌床の廃棄等の補助作業 D 知的:6人精神:3人 11〜20 人 ・9:00〜15:30・最低賃金以上 露地野菜、果樹、ハーブの栽培・加工、観光農園、貸し農園、カフェ経営等 もともと福祉施設の運営に携わっており、精神障害者の雇用の遅れを感じ、精神障害者の雇用のため農業生産法人を設立した。 ・(設立1年目でもあることから)施設・設備づくり、農地整備が中心・その他、各種野菜の生産、厨房内作業、等々 E 精神:6人 7人 ・8:30〜17:00( 夏時間・冬時間あり)・最低賃金以上 野菜( キャベツ、白菜、ピーマン等10種類)の栽培(施設栽培及び露地栽培) 有機農業への転換を図った時期に、家族より障害者雇用の情報(制度、助成金) を得たことにより、雇用を始めた。 野菜の播種(種まき) 、定植、手入れ、収穫等、すべての作業段階に従事 F 知的:2人精神:2人 5人 ・8:00〜15:00(夏場は7:30〜)・最低賃金以上 高糖度トマトの栽培・出荷(施設栽培) もともとB型施設を運営していた施設長が、利用者の一般就労への移行の難しさを感じ、障害者の就労経験の場として合同会社を設立した。 トマトの生産に係る作業全般 G 精神:1人 (2) 障害者が従事する作業内容と支援状況等 ① 障害者が従事する作業内容等 作業内容については、表1のとおりである。以下、これらを主な栽培作目別に整理してみたい。 主に施設栽培を行っている事業所A,Gでは、種蒔きから収穫まであらゆる工程の作業に従事しており、作業内容が多岐にわたるのが特徴であった。なお、事業所Gでは、溶液栽培による高糖度トマトの栽培を行っているが、それを事業として選択した理由のひとつは、種蒔きから収穫までが毎月一度のペースで行われ通年の繰り返し作業が可能であることであった。事業所Aでも、種蒔きから収穫まで年間2サイクル稼動しており周年収穫が可能な体制であった。 きのこの栽培・出荷を行っている事業所B,Dでは、障害者はいずれも主に発生作業(菌を含んだ菌床からきのこの芽を出させるため、水に浸す、たたくなどして刺激を与える、菌床の向きを変える(反転させる)など)に従事していた。これも上記で紹介したトマト栽培と同様、年間を通して複数サイクルの繰り返し作業が可能であった。なお、事業所Bからは、収穫作業は障害がない従業員にとっても判断の難しい面があり、障害者が従 ※内容は聴き取り時点のものであり現在とは異なることもある。 事することはほとんどないとのコメントが得られている。 事業所Cでは養豚と飼料製造を行っているが、障害者が主に従事している作業は、後者に関する作業(食品製造工場等から集められた食料廃棄物の開封作業や選別作業)であり、常に一定の作業量が確保されていた。その他、障害者の能力に応じて、農場での洗浄作業・分娩舎での分娩介助、牙の研磨、注射、餌付けとそれに伴い発生する清掃作業へと作業幅を拡大していた。 事業所A,Eは複合的に事業を展開していることもあり、作業内容が豊富で適材適所に障害者を配置していた。特に、事業所Eは設立したばかりであり、野菜などの栽培と並行して農地や施設の整備を行っていることから、農作業にとどまらず障害者が従事する作業は多岐にわたっていた。 ② 障害者への支援状況 今回報告する事例は地域障害者職業センターからの紹介を受けていたこともあり、7事業所中5事業所(事業所A,B,C,D,F)がジョブコーチ支援事業を活用していた。また、残りの2事業所も含め、全ての事業所で支援機関の活用が確認された。支援の詳細について、作業面と精神面及び生活面とに分けて整理をしてみたい。 まず、作業面に関しては、複数の作業を経験する中でそれぞれにあった作業を見極め配置する(事業所A,E)、徐々に作業幅を拡大する(事業所C)、判断を伴う収穫作業は避ける(事業所B)といったように、それぞれの適性に応じた配置がなされていることが確認できた。事業所Aでは、再分化した作業を数多く準備しておくといった業務量の確保に対する配慮もみられた。また、サイズによって収穫の可否が決まる作物について、サイズを照合して確認できるようなプレートを作成し、自身での判断を可能にするといったツールの工夫がなされている事例もあった(事業所A)。その他、健常者がリーダーシップを取りながら障害者と健常者がチームとして作業に従事するようにしたり(事業所B,C)、指導者を特定したり(事業所D)、それぞれの一日の作業内容をボードに記載したり(事業所C)と、体制や作業を明確にすることによってスムースな作業遂行や業務の効率化につながっている事例も複数得られている。 こうした支援の多くは、ジョブコーチによる助言などを受けながら事業所の工夫により行われていた。なお、事業所Gでは、農業経験者を採用し、その後一定期間、就労継続支援B型事業所で障害者と接する機会を設けることで、農業技術と障害特性等について一定の知識を習得した後に、事業所で障害者とともに働いていた。 精神面及び生活面については、ジョブコーチによる支援を活用している事業所では事業所での継続的なフォローアップを受けているのはもちろん、PSWなど医療機関の担当者との定期的な面談を設定している事業所(事業所E,G)、就業時間外のフォローについて支援機関と役割分担している事業所(事業所C)、何かあった際に福祉機関と連絡がとれる関係を構築している事業所(事業所B)など関係性は様々であった。 4 考察 (1)農業事業所の障害者雇用に対する認識 今回取り上げた7事例は、もともと福祉的な理念をもった事業所ばかりでなく、ほとんどの事業所において、障害者雇用の背景に地域貢献への理念があった。その中には、障害者雇用の義務が生じる事業所もあったが、そうした事業所においても、法定雇用率を大きく超えるだけの障害者を雇用している現状を考えると、雇用率達成の義務よりも事業所の理念が大きく影響していると推測される。農業の特徴のひとつとして、その土地を利用し、自然環境の恩恵を受け、特産物の生産を通じて地域の活性化を目指すなど、地域との.がりが深いことが挙げられよう。本報告事例から、もちろん障害者の受入れ当初に事業主の不安がなかったわけではないが、住民の就業を受入れるという地域の土壌が他産業以上に促進効果を示しているように感じられた。 しかし、家族を中心とした経営を行っている場合など常用的に人を雇うという経験自体が多くない農業事業所(いわゆる農家)が多くを占める日本の現状を考えると3)、本事例のような地域貢献の理念が一定の動機づけとなっても、実際の雇用に結びつくには、ある程度の規模で展開しているなどの要件があるように思われる。これについては、更に事業所の特徴を整理していく中で検討を深めたい。 (2)農業分野における障害者雇用に対する負担の軽減や課題の解消のために 上述したような受入れ基盤が整っていたとしても、実際に障害者が従事する作業や現場の受入れ体制が整っていなければ、継続的な就労に結びつくことは難しい。農作業自体の特徴から障害者が従事することの難しさは冒頭触れたとおりである。(独)農業・食品産業技術総合研究機構農村工学研究所が農業法人に行ったアンケート調査結果の詳細分析では、雇用経験の有無による不安の感じ方の違いを指摘しているが、「障害者に適した業務の特定・開発」については雇用の有無に関わらず不安や心配が大きいとの結果を示しており2)、職務の切り出しが継続的な課題であることが窺える。 しかし、本報告の対象事業主からはこの点に関する直接的な懸念は特に述べられなかった。以下では職務の切り出しに焦点を当て、その難しさを軽減・回避できている要因を考えてみたい。 ① 作業支援のあり方 職務の切り出しにおいては、作業工程を再分化するという視点が必要になる。本報告事例からも、それにより複数の作業を抽出することができ、個々の障害者に合った作業内容を見出すことが容易になっていることが窺える。また、抽出した作業の中には、例えば判断を伴う作業など障害者が従事することが困難と思われる作業もあるが、ツールを工夫することで作業の対応幅を広げることもできていた。こうした支援方法は、農業分野に限らず通常の障害者の就労支援と共通する部分も少なくないことが窺える。農作業には機械化できずどうしても手作業が必要になる部分が残っているという。同時に専門的知識や長年の経験による勘所のようなものが求められる部分も少なくない。そうした中で、手作業が必要になる部分や障害者が従事できそうな部分をいかに見出すかという点において、農業の専門家である事業主と障害者の就労支援者とが上手く連携し、それぞれのノウハウと共有していくことが職務の切り出しに置いて重要であると言えよう。 また、担当者を特定したり役割分担を明確にしてグループで作業に従事する等、職場内で支援体制を構築することが、障害者のみならず職場全体の作業の効率化にも繋がっていることが窺え、人員体制の工夫も重要な支援要素になっていることがわかる。 ② 農業のもつ特徴から 障害者の作業内容の検討において懸念されることとして、天候や季節による影響を挙げたが、本報告の7事例は、こうした課題について一定程度は軽減・回避できていた。それは、栽培作目によるところも大きかったと思われる。きのこやトマトなど、施設栽培が可能な作物の場合、天候の影響は最小限にとどめることができ、さらに年間を通じて種蒔きから収穫まで複数サイクルの作業が発生する場合は季節による影響も少ない。同時に、繰り返しの作業が多くなるため、障害者も作業に習熟しやすいというメリットがある。その他、事業内容として、栽培から出荷、加工や販売まで幅広く展開することによって、作業種類が増えることは障害者が従事できる作業幅の拡大につながるという点でメリットと言えよう。こうしたことが、職務の切り出しを容易にしていると考えられる。 ③ まとめ 障害の有無に関わらず、農業には農業ならではの多くの難しさがあると思われる。しかし、本報告事例を通して、農業分野での障害者就労において、経営体制や事業内容によっては、これまでの就労支援のノウハウを活用しながら、障害者雇用を進めることも十分可能であることが窺えた。今後の施設栽培の発展や、近年注目されつつある、栽培・出荷にとどまらず加工や販売まで手がける農業の6次産業化4)の進展により、農業が経営的に発展していけば、雇用労働力への期待は高まるであろう。 なお、農業経営特例子会社をはじめとした企業からの注目も集めつつあり、障害者の雇用の場としての期待も高まるところである。 5 おわりに 当研究部門においては平成21〜22年度にかけ「農業分野の特性を活かした障害者の職域拡大のための具体的方策に関する調査研究」を進めており、その成果の一部として本報告を行った。今回報告したのはわずか7事例ではあったが、これらの中からも農業分野における障害者雇用の可能性を見出すためのヒントが得られたように思う。今後も、障害者雇用の事例等を多角的とらえながら、農業分野での職域拡大のための方策について検討を続けたい。 【文献・資料】1) 農林水産省:21世紀新農政20082) (独)農業・食品産業技術総合研究機構農村工学研究所:農 業分野における障害者就労の受入れ手法の検討、「平成20 年度農村生活総合調査研究事業報告書④」(2009)3) 障害者職業総合センター:農業分野における障害者の職域拡 大、「資料シリーズNo.45」、p.21,67-73(2009)4) 今村奈良臣:地域に活力を呼ぶ農業の6次産業化〜農村で 今こそイノベーションの推進を〜、「やまがた6次産業人材創生 シンポジウム基調講演資料」 「マニュアル作成」を通した農業分野の障がい者就労支援 ○山下 仁((独)農研機構農村工学研究所農村計画部集落機能研究室 契約研究員) 片山 千栄・唐崎 卓也・石田 憲治((独)農研機構農村工学研究所農村計画部) 1 はじめに 障害者自立支援法等の施行により障がい者の福祉的就労から一般就労への移行が進む中、農業分野における障がい者就労の受入れも、少しづつではあるが全国的に広がりつつある。 農村工学研究所では、平成17年度から農林水産省の委託を受け、農業経営における障がい者就労の受入れ条件の解明を行なう一方、平成19年度には、支援の一助となるよう、障がい者が従事する農作業の概要と作業実施時の障がい特性への配慮等を紹介した手引きを作成した1)。 一方、平成20年5月に実施した農業法人を対象とするアンケート調査では、障がい者雇用に関して「障がい者に適した業務の特定や開発」や「障がい者の事故や怪我」等について不安があり、雇用に躊躇する場面があることを明らかにした2)。 その他 障害者とのその他のトラブル 障害者の事故や怪我 意思疎通など障害者とのかかわり方 障害者のための環境整備 賃金等の労働条件や社会保険 障害者に適した業務の特定・開発 特に不安や心配、課題はない 70% 60% 50% 40% 30% 20% 10% % 図1障がい者雇用に対する不安(n=456) (出典:文献4) また、平成20年度の調査研究の成果を、農業分野での障がい者就労の受入れに関する受入れ手法や受入れ事例における要点をまとめたマニュアルとして作成した。 本発表では、農業分野の障がい者就労受入れに関するこれらの成果に基づき、マニュアル作成の意義と受入れ手法の具体的な内容を考察した結果について報告する3)4)。なお、本稿ではマニュアルのⅡ章で解説した農業分野での障がい者就労受入れの流れにおける各受入れ段階でのねらいや方法、留意点に関する農業分野での特徴についての考察を中心に報告する。 2 マニュアル作成の目的と方法 農業経営体の法人化を施策として推進していることもあり、農業経営体の従業員数の増加が予測される一方、法定雇用率適用に関する算定方法の改正から障がい者雇用が義務づけらる経営体の増加が見込まれている。このように農業分野での障がい者雇用への対応が重要な課題の1つとなっていることへの対応の一助となることを目指して作成したものである。 マニュアル利用者として、農業分野における障がい者就労(雇用)に関心のある人、ならびにそれを支援する人と設定し、農業法人等が障がい者就労を受入れる際の手法を解説する内容とした。このため、平成17年度から実施してきた農業経営における障がい者就労の受入れ事例調査の成果とともに、平成20年度に新たに、岐阜県内で農業法人における職場実習と試行雇用に関する社会実験を実施して内容に反映させる成果を得た。これらに基づき、職場実習における農作業訓練や農業経営での就労受入れにおける障がい特性への配慮等に関する農業分野での特徴を中心に解説を行った。 3 マニュアルの構成 マニュアルは、全体で次の5つの章で構成される。「Ⅰ章はじめに」では、平成20年度時点における障がい者就労施策の状況とともに、農業分野での障がい者就労の展開、農業法人に対する障がい者雇用に関するアンケート調査の結果等を解説した。「Ⅱ章就労受入れの流れ」では、農業分野での障がい者就労の受入れ方法について、①関係者への意識啓発や障がい者の訓練、②職場実習から試行雇用まで、③定着の3つの段階に分け、段階毎の概要と受入れ方法について解説した。 「Ⅲ章受入れ事例」では、農業経営での就労受入れ事例や訓練事例について、静岡県、神奈川県横浜市、広島県における、それぞれの地域での受入れ事例と支援内容について整理した。「Ⅳ章受入れ手法」では、実際の障がい者就労の受入れ時に、現場において障がい者に対して行う農作業に関する指導や支援のポイントについて、 具体的な事例を示しながら解説した。 「Ⅴ章Q&A」では、農業分野での障 がい者就労受入れに関してよくある質問 と回答を紹介した。 4 就労受入れにおけるねらい、方法、 および留意点の農業分野での特徴 (1) 受入れ段階の設定 「Ⅱ章就労受入れの流れ」では、農業 分野での障がい者就労の受入れの流れに ついて、図2のとおり受入れ段階を設定 凡例 step1 「準備」 step2-1 「募集・採用」 step 3「定着」 step2-2 step2 3 障害者就労に関する意識啓発 農作業による訓練・研修 呼びかけ・職場実習 雇用条件の検討・試行雇用 定着支援支援の減少 特例子会社による雇用 農業分野での障害者の生産活動 一般障害者 利用者 利用者 就労希望者 雇用対象者 受入農家 特例子会社 協力農家 一般農家 福祉施設、支援学校 就労支援組織、ハローワーク 、ジョブコーチ 等 国・県・市町村 し、段階毎の事項や流れを整理している。 通常の就労受入れの場合、職場実習の が で 受入れ募集を含め、受入れを望む事業体 (農業分野では農業法人等)がハローワ 図3ーク等を通じて求人を出すことから始ま るが、農業分野での受入れでは、農作業 の内容は、製造業やサービス業に比べて作目や経営体の保有する技術の相違、ならびに地域性を有するため、事前に、農業法人を含む関係者に対する意識啓発を行う一方で、障がい者にも農作業の訓練・研修が不可欠となる。 そこで、障がい者の農業就労に向けた取り組みの段階をSTEP1とし、職場実習を含め、農業法人等が障がい者を募集し、採用・試行雇用するまでの段階をSTEP2、さらに雇用後の職場への定着の 段階をSTEP3とした(図2)。なお、本マニュア STEP1 障害者の農業就労に向けた取り組み STEP2 2 特例子会社での雇用STEP2 3 農業分野での障害者の生産活動 図2就労受入れまでの流れ(出典:文献4)各段階の受入れ主体と参加主体、支援主体(出典:文献4) ルでは、農業法人等による就労受入れをタイプ1とし、特例子会社での雇用受入れをタイプ2、福祉サービス提供事業所(以下「福祉施設」という。)が農園芸作業を取り入れ、就労訓練を行う等、福祉施設の農業分野への参入をタイプ3と設定した。本稿ではタイプ1について記述する。 (2) 受入れ段階毎の主体の関わり 本マニュアルでは、先に設定した受入れ段階の 特にSTEP1の障がい者就労に関する意識啓発や農 作業による訓練・研修等、必ずしも、受入れ事業 体(農業法人等)が主体とならない方法も紹介し ている。それらも含め、受入れ段階毎の主体の関 わりを図3のとおり整理した。 図中の楕円は、それぞれ受入れ方法の実施主体(濃い色で表記)、客体(薄い色で表記)、支援主体(白色で表記)、協力主体(黒色で表記)を表している。 STEP1の障がい者就労に関する意識啓発では、国や県、市町村などの行政が意識啓発の実施主体となり、一般農家や福祉施設・特別支援学校等が客体となる。同じくSTEP1の農作業による訓練・研修では、福祉施設や特別支援学校ならびに就労支援組織が訓練の実施主体となり、農家からの訓練場所である圃場提供等の協力を得て、一般障がい者が客体となる(図3)。 受入れ段階が図3の左側から右側に進行するのに従い、受入れ側(農業法人等)は、意識啓発の対象である一般農家(以下「農家」の表記には「農業法人」を含む)から、農作業訓練等における協力農家の段階を経て、受入れ主体に移行していく様子や、障がい者側は、協力農家の畑等で行う農作業訓練に参加する一般障がい者の段階から、雇用受入れ農家での職場実習に参加する就労希望障がい者、さらに雇用対象の障がい者と移行していく様子を図示している。このことは、農業分野での就労受入れにおいて、ただ受入れを希望する農家と就労を希望する障がい者のマッチングを期待して待つだけでなく、意識啓発を通じた一般農家や、農作業訓練における訓練場所の提供者としての協力農家への積極的な働きかけが不可欠であることも示している。 (3) ねらい、方法、留意点の農業分野での特徴 全体の流れにおける「ねらい」、「方法」、「留意点」について、農業分野での特徴を中心に考察する。 ①ねらい 表1に、関係者への意識啓発から職場における障がい者に対する支援の減少までの8つの受入れ方法について、マニュアルに記載したねらい、方法、留意点について整理した。 「ねらい」に関する特徴は、受入れ農家が求人を出す以前の、関係者(特に農業関係者、農家含む)への意識啓発や、訓練への協力農家が障がい者に馴れる機会にもなる農作業による訓練・研修が不可欠なことにある。 また、次に重要な要素は、STEP1の農作業による訓練・研修とSTEP2の職場実習における農家と障がい者、障がい者と農作業とのマッチングである。農業分野での就労は、農作業が多種多様であることと、職場が家族経営的であり、従業員と作業を通じて触れ合う機会も密であることから、障がい者側は作業内容や職場の雰囲気を知り、受入れ農家側は就労希望者(障がい者)の能力ややる気等をみる機会になる。さらに、定着支援や支援の減少では、障がい者側が作業に馴れることばかりでなく、受入れ農家側の環境づくり(ナチュラルサポート体制づくり)や外部からの支援や援助(助成金による補助も含む)に頼らない自立した受入れ体制づくりが不可欠である(表1)。 表1 ねらい、方法、留意点の農業分野での特徴 ねらい 方法 留意点 関係者への意識啓発 農業関係者へ関心、福祉関係者に農業を知ってもらう シンポ、セミナーによる知識、意見交換やワークショップ 農業側においてリーダー層への参加の呼びかけ 訓練・研修 雇用以前に事前に作業を修得する 基礎訓練と応用訓練 訓練用の農場を持つ場合には、生産や販売に関する技術指導が必要 就労希望者への呼びかけ 出来るだけ広く呼びかける ハローワークのほか、支援機関を活用する 通勤は本人の自力による移動が基本であるため、あらかじめ公共交通機関(バスなど) の有無を確認する 職場実習 雇用を前提とする農園で、雇用後の作業に合わせて実習する 作業内容、期間、実習時間などは関係者を交えて検討する 所属先の有無で実習時の事故や怪我への対応が異なる 雇用条件の検討 採用にあたり、候補者の能力を考慮しながら、雇用条件(労働条件など)を検討する 関係機関の担当者が集まり、検討する 農業側の支援者を必ず、関係者の中に入れる( 受入れ側の意見を支援するため) 試行雇用 試行期間中に本人の適性をみながら仕事を覚えるように支援する 状況に応じて試行雇用制度やジョブコーチ支援制度などの制度を活用し、受入側の負担を軽減する 助成制度の活用にあたっては、農園の経営状況に則して支援する( 無理やり助成制度を活用しない) 定着支援 就労(雇用)が長く継続できるように必要に応じて支援する ジョブコーチなどの支援者の助言や援助を受けながら、受入農園の担当職員などが障がい者に支援する 通勤方法への助言などにも支援する。小さな職場では障がい者がひとりで作業することも多く、周囲の人が気配りする 支援の減少 障がい者が自立して就労できるように支援を減らしていく フォローアップについては、支援者と職場( 農園)の担当職員が連携を図る 農業分野では障がい者が農作業に馴れるのに時間がかかることが多いため、十分なフォロー期間が必要となる ②方法 「受入れ方法」に関する特徴として、イ.関係者の意識啓発において、座学的な知識習得だけでなく、少人数によるワークショップや意見交換等の農業関係者と福祉関係者との交流の機会づくりが重要、ロ.園芸作物におけるポットへの土入れや肥料置き、畜産における畜舎の掃除や家畜への餌やり等、基礎的な農作業に関する訓練とともに、協力農家の畑における実践的な作業訓練が有効、ハ.農業分野に限らないが、就労希望者への呼びかけや職場実習における実習方法の検討、雇用条件の検討等、多くの場面で、関係機関の担当者が集まり、連携を図ることが重要、ニ.試行雇用や定着支援においてジョブコーチ等の援助者による支援や助言を有効に活用する、ホ.支援の減少の場面では、支援者と受入れ農家の担当職員が連携を図り、障がい者の事故や病気等への相談や対応が出来る体制づくりが不可欠、等がある。 ③留意点 「留意点」に関する特徴として、イ.関係者への意識啓発では、農家に呼びかける際に、リーダー層の参加への声かけがその後の農作業訓練への協力等で有効になる、ロ.職場実習や雇用への求人に際しては、就労場所(農園)の位置により、あらかじめ公共交通機関(バス等)の有無等、通勤手段の検討が不可欠、ハ.職場実習においては、実習生が福祉施設利用の有無により傷害保険等の保険加入状況が異なるので、特に小規模な農家で実習する際には、保険加入等の対応が不可欠、ニ.障がい者の採用時における雇用条件等の検討に際しては、雇用受入れに不慣れな農家の意見や意向を代弁できる農家側の支援者が不可欠、ホ.試行雇用における試行雇用制度や特定求職者雇用開発助成金等の助成制度等の活用にあたっては、最初から助成金ありきにならないような経営に関する指導が必要、ヘ.定着支援において、小規模な職場では障がい者が単独での作業を任される場合があることから、周囲の気配り体制づくりが必要、ト.一般に農業生産では、畜産や施設野菜等の周年性のある作物を除き、季節毎に作業内容が変化することで、障がい者が就労先の作業に馴れるまでの期間が長いため、フォローアップに際しても十分なフォロー期間が必要、等がみられた。 5 マニュアル作成の意義と課題 (1) 意義 本マニュアルは、農業分野での障がい者就労受入れを初めて行おうとする農家(農業法人)や、それを支援する人に、受入れまでの流れや受入れ方法をわかりやすく解説することを目的としたものである。このため、農業分野での特徴を強調しているものの、日常の業務として就労支援に携わっている福祉側の読者には物足りない情報と感じられるかもしれない。 しかし一方で、福祉関係者が農業分野の就労受入れにアプローチする際に、きっかけがなかったり、相手(農家や農業関係者)への説明資料が少ない現状において、本マニュアルが話の切り出しに有効に活用できたという声も、実際のマニュアル利用者からの意見として得ている。様々な立場からの活用を期待する。 (2) 課題 本マニュアルは、農業分野で障がい者就労(雇用)の受入れを行う人、支援する人、送り出す人がそれぞれ参考になる情報の提供を目指し作成したが、具体的な受入れ場面になると、経営体毎の障がい者に適した作業の切り出し(職域開発)の詳細な方法や、実習や雇用の際の障がい者の通勤(移送)方法の確保の問題、雇用条件の検討の際の障がい者の作業能力と賃金設定の問題等、より具体的なノウハウが求められており、これらへの対応が次の課題である。 6 おわりに 本発表では、農業分野における障がい者就労(雇用)受入れに関するマニュアル作成による就労支援に関して、とりわけ農業法人(農家含む)が障がい者を受入れる際の受入れの流れや受入れ方法における農業分野での特徴について報告した。 今回のマニュアルでは、特例子会社での雇用受入れや福祉施設の農業参入での障がい者就労についてはⅡ章で簡単に触れるにとどまっている。これら福祉施設の農業参入等に関するマニュアル作成を含め、今回のマニュアルを現場に適用することにより、さらなる現場の要望に応えられるような情報提供と支援方策の推進が必要であろうと考える。 【引用文献等】1) 農村工学研究所:農業分野における障がい者就労の手引き (2008)、http://www.nkk.affrc.go.jp/merumaga/02/2-3-2.pdf2) 質問票調査の結果については、文献3)を参照3) 農村工学研究所:平成20年度農村生活総合調査研究事業報 告書④「農業分野における障がい者就労の受入れ手法の検 討」(2009)4) 農村工学研究所:農業分野における障がい者就労マニュアル (2009)、http://www.maff.go.jp/j/keiei/kourei/senior/pdf/2008.pdf (謝辞) 本稿の作成にあたり、坂根勇農村工学研究所都市農村交流研究チーム長から貴重なる助言をいただいた。深く謝辞を申し上げる。 農村地域の活力向上の視点からみた障がい者の就農支援 ○坂根 勇((独)農研機構 農村工学研究所農村計画部集落機能研究室 室長) 片山 千栄・山下 仁・唐崎卓也・石田憲治((独)農研機構 農村工学研究所農村計画部) 1 はじめに 農村工学研究所は、ここ数年農林水産省からの委託や補助を受け、全国各地にモデル実証地区を設定する等の方法で農業分野における障がい者の就労支援について実践的に調査研究している。 「農業分野での雇用創出」は、対象者が障がい者であるか否かを問わず、農業の正負両面の特質について良いところは活かし、マイナスの作用に対してはカバーする工夫とその対応が必要である。更に、「地域」という視点でも同様に、農業農村の活性化に関する戦略との整合性や就労に対する地域的な支援が必要なことも対象者を問わない。 そして、このような共通的な課題への対応だけでなく、障がい者の特質の理解とそれに対する適切な対応方策を踏まえた農業の持つ「包容力」の活かし方が重要な課題の一つである。 本発表では、これまでのモデル実証等の取組やそれらから得られた成果について、農村振興の観点を意識して報告する。 2 補助事業の目的と方法 平成21年度障害者アグリ雇用推進事業、平成22年度障害者就労支援事業は、いずれも農林水産省の補助事業である(事業の名称をそのまま表記。以下、引用の場合も同じ。)。これら事業の目的は、農業分野における障がい者就労を将来に向けて推進するため、①障がい者就労の多様なモデル(成功)事例を構築するとともに、②モデル事例が全国に拡大していくこと(展示効果)をねらいとするところにある。更に、障がい者の能力活用が地域づくりへと波及していく部分にも注目している。21年度事業では10地区の、22年度には5地区のモデル実証地区をそれぞれ設定し、地区現地の主体と連携して、社会実験的な仕掛けも含めて様々な取組を実践してきている。 また、農業者等の関係者(ステークホルダー)の理解促進のための研修会も、全国数カ所で開催してきている。 3 農業分野での障がい者の就労とその支援 (1) 就労の場としての農業の特質 働く場として農業を捉えるとき、製造業など農業以外の分野と比べて特徴的で、障がい者の就労に取り組む際にも留意すべき点を掲げると、 ①作業の多様性:作業(農作業や出荷調整の作業)が多種多様で、各工程も多岐にわたる ②作業の変動の大きさ:作業の種類、量や負荷などの季節的変動が大きく(「農繁期」「農閑期」等)、日々の天候にも大きく左右される ③地域性の高さ:立地条件(自然的条件)により、気候や水資源等の状況が異なり、農業の種類や方法が全く異なる。産地形成など地域農業の展開に関する戦略や地域づくりの方向性(社会的・経済的条件)によって、強く特徴づけがなされる ④作業環境の多様性:農地や農業用機械など農業生産のための資本装備の違いにより、また、作業の種類によって、作業する環境が全く異なる 等、多様性と経営の規模や質におけるばらつきの度合いが高い分野であると整理できる。 近年の景気低迷・雇用情勢の悪化により、農業への求職者が増えている一方で、就職してもすぐに離職してしまう事例も多いとの指摘1)もある。「仕事がきつい」「想像していたものと違う」など就労者側の都合が多いが、就労条件や給与が引き金になっている例が多いと報告1)されている。期待と現実のギャップの表れと言え、これも同様に障がい者就労での留意点である。 (2) 障がい者の就労の場としての農業への期待 障がい者が農業法人等で働くことは、農業の側からすれば労働力としての期待、ひいては地域農業の活性化への寄与も期待できる。一方、障がい者の側にも心身の健康保持・向上、リハビリ効果、生活保障などのメリットが見いだせる。これらから、農林水産省は「農業は自然と触れ合いつつ障害者が無理なくその能力に応じて農作業に関われることで、自立を促すための有益な産業である」とし、厚生労働省と連携して施策を展開している。 実際、農業分野の中でも施設園芸や畜産経営を中心に、障がい者を労働力として受け入れている事例が近年少しずつ増加してきており、このような現場での評価として「一緒に働くことで職場の雰囲気が和む」「障がい者の仕事に対する熱心な姿勢が他者にも波及し、作業効率が上がる」などの効果が関係者から言及されている2)。 (3) モデル地区での就労に向けた様々な取組 実証の方法は、農作業や園芸作業を活かした多様な取組を行い、各地区の実情や目標に応じて、障がい者の農作業訓練やそれに係わる支援者の育成、作業等の環境の整備、地域での連携組織の運営など様々なパターンを試行している。 これらを、熟度の向上段階ごとにまとめると、次のように整理でき、実証項目はそれぞれ例示するとおりである。 ①「経験の蓄積期」〜農業分野も福祉分野も実践経験を積む段階 ・ 農作業訓練の支援方法の学習、ほ場でのつきそい体験などの農作業訓練のプログラムの体験、施設外就労による農業側の不安解消・障がい者の農作業への適応の確認 ②「支援者の拡大期」〜就労の支援者を増やすことにより、実践経験を量的に拡大する段階 ・ 一般市民、まちづくり関係者や定年退職者などへの支援者の拡大、地域内の複数の組織へと活動を拡大、行政による協議会の立ち上げによる組織的な支援体制の確立 ③「新たな契機を捉えた展開期」〜就労支援の取組拡大や質的向上を図る段階 ・ 実践地区同士の交流、機械技術者や医療関係者など新分野の人材との交流、生産・販売など多角的な支援の展開 4 実証の成果と課題の概要 (1)成果 これまでの実証を総体的に眺めると、農業分野における障がい者の就労支援とは、 ・ 現実的な問題が複合的に絡み合って存在 ・ 様々な立場やそれぞれの特徴を理解した上で、関係者の納得を得ないと実現しえない ・ 様々な領域の実務的な知識と経験を持ち寄っ て、分野横断・総合的な対応が必要 と特徴を総括できる(なお、これまでの数カ年に及ぶ実証の成果は、農作業の種類に即した「手引き」2)や実践的なガイドブックとしての「マニュアル」3)などの形にとりまとめ、公表している。)。 (2) 課題 上述の成果は、概ねが個々の支援技術に関するもので、今後は次のような課題への適切な対応が必要であろうと考えているところである。 ①農業分野での課題 ・ 農業経営の環境が厳しく、障がい者就労の経営モデルや地域農業の戦略が見いだせない ・ 公的支援制度を活用したいが、窓口が多く地域行政のどこに相談すれば良いのかわからない ・ 障がい者の特性への理解や能力を適切に引き出すための技術、補助具などの情報入手が困難 ②福祉分野での課題 ・ 福祉行政には相談できるが、農林水産行政のどこに相談すれば良いのかはわからない ・ 農業への参入には多くの法律・制度の知識や農業技術の取得が必要だが、これらが多岐にわたるため、地域行政等に相談するだけでも多大な労力が必要 ③その他の課題 ・ 相互の実情やニーズ等について調整し、マッチングを図る行政等の組織が限定的または不在 5 おわりに 農業分野における障がい者の就労支援は、個々の支援技術の確立とともに、体系的で実務的な対応が不可欠であり、縦割りの行政等のサービスを越えた統合的な支援システムの構築に向けた調査研究を、多くの分野と連携しながら今後とも進めていく所存である。 【引用文献等】1) 全国農業会議所:農業雇用改善推進事業HP、http://www.nca.or.jp/Be-farmer/roumu/ 2) 農村工学研究所:農業分野における障害者就労の手引き(2008)、http://www.nkk.affrc.go.jp/merumaga/02/2-3-2.pdf3) 農村工学研究所:農業分野における障害者就労マニュアル(2009) 、http://www.maff.go.jp/j/keiei/kourei/senior/pdf/2008.pdf 民間企業内「ショップいぶき」開店 −新たな就労訓練へのコラボレーション− ○齋藤 芳久(社会福祉法人恵友会 就労センターいぶき 清水 静雄(社会福祉法人恵友会就労センターいぶき) 松本 美保(社会福祉法人恵友会就労センターいぶき) 1 法人紹介と沿革 社会福祉法人恵友会の所在は餃子の町宇都宮市より東へ車で30分、ツインリンクもてぎより北へ車で30分の三角に挟まれた地点、高根沢町は「元気あっぷ村温泉」の東隣にある。 法人の沿革は平成14年7月に設立し、開所は翌15年の4月に知的障害者通所授産施設・いぶきの里という名称で定員30名としてスタートした。また、身体障害者デイサービスセンターいぶきとしても同時に開所した。その後、利用者数が増えて定員を増員させている。平成18年には、となり街のさくら市に「障害者自立支援センター桜花」が、定員25名で開所している。また、その後、現在ではグループホームも二カ所ほど開所している障害者向けの法人である。 2 テーマの概要として 今回のテーマ対象に成った、近隣の民間企業内に「SHOPいぶき」売店をオープンしたのは、本年3月末のことである。 今回の取り組み内容の特徴及び経過は、昨年末頃より地域の民間企業と高根沢町役場とが融合し障害者向け、職域拡大の就労訓練への取り組み内容の動きになる。社会福祉法人が売店を営業する際、公共的な施設への出店事例としましてはよく耳にするかと思われるが、民間企業の食堂内へ出店し営業している例は珍しいと言われている。対象に至った民間企業とは、当施設より車で3分の所にある。自動車のシートを始め内装部品などを開発する「テイ・エステック㈱・技術センター」様と言う事業所である。本事業所は従業員740名が在籍されており、周辺は広大な水田地帯に囲まれ近くにはコンビニエンスストアーなどが無く、出店前までは、小腹が空いた時の買い物というと社内設置の自販機又は無人販売のみであった。依って日々、何かと不便さが有ったようである。そこで従業員の方々よりの総意として「事業所内 主任) に売店を設けて欲しい」という要望が強くあったそうである。また、当事業所には既に14名程の身体障害者を雇用されており福祉面には深いご理解の有る民間企業である。 一方、当就労センターいぶきは、地産地消を取り入れたコシヒカリの米粉パンや弁当の製造・宅配販売に、お菓子袋詰め作業や農産物の生産販売などを行っている授産施設であり、現在52人の利用者がいる。現在は工賃倍増計画に取り組んでいるが、経済状況の悪化で思うように売上が伸びず工賃を確保することに伸び悩んでいたところでもある。このような最中、もしかして「工場内に売店が有れば従業員は喜び施設の売上げもアップし、両者の悩みが解消するのでは」。そんな思いから高根沢町役場が間に入ってポジティブにお話しを進めて下さり出店契約が成立した。SHOPいぶきは同事業所の社員リクエストを踏まえミニ・コンビニ的機能を持つようにするために、商品アイテムを段階的に増やしてきました。また障害者が商品を判断できる範囲としてのものである。契約内容としてはスペースの賃借料は無料となり、光熱費などは同事業所が負担して戴いている。施設の利用者2名が店員になり職員が1名支援に入っている。下側の写真は開店当初の3月末の様子である。 営業スタイルは、主に毎週月曜日から金曜日にかけて同事業所の操業に合わせて営業している。毎朝であるが利用者が登所してから健康状態を確認して移動後、10時より開店し午後3時30分頃に販売訓練を終えて帰所する。夕方は6時に閉店し、夜間から翌朝までの時間帯は無人販売へ切り替えて営業しているところである。 3 就労訓練へのプロセス内容 これより、実際に障害者を就労訓練するため出店前の時期に遡り次の内容を報告しご説明する。 (1) 出店前の現地調査より (2) テイ・エステック㈱様のニーズの掌握障害者向け商品発掘への取り組み (3) 改修・修繕への取り組み (4) コンビニ化推進計画と展開プロセス ① 食堂委員会への取り組み ② 接客応対への取り組み ③ 今後の取り組み課題 初めに(1)の「出店前の現地調査より」についてご報告する。 理解の促進に繋がるか、などなど人、物、お金の面より、法人として総合的に判断したところである。結果、「行けそう」と判断し、テイ・エステック社総務課と協議を進めることに至りました。 次に(2)の「テイ・エステック㈱様のニーズの掌握」では、同事業所の総務課及び労働組合の方々にご協力を戴き、どの様な商品アイテムを扱い、どの様な営業形態として従業員の方々から要望されているのか、アンケート調査を実施して戴き、まとめて下さりました。 このアンケートを基に早速、施設内で話し合いを進めた。最初から全て望みが叶う様にするのは無理かも知れないが、出来る範囲から準備を初めてみようと判断したところでした。我々の施設での販売は、指定された所へスポット的に出張してパン・弁当の販売をする実績はあるが、仕入れをして日常での継続販売には実績がありませんでした。そこで職員の知り合いを通してあるお寺のお坊さんへ相談をかけてお世話を戴いた。人脈を頼りに配達してくれる仕入れ問屋を探して紹介戴き、その際に障害施設の運営であることへのご理解と面倒を戴けること。同事業所の2階食堂内へ配達して戴けること。などの必須条件を含めてのお願いをしたところです。配慮して戴いた内容の報告及び説明をいたします。知的障害者が扱い易い「ワンコイン商品」を優先にシンプル・イズ・ベストの形状商品を、選定させて戴いた。この考え案は同事業所よりの社員ニーズとマッチングしているものである。またスペースの狭い関係より限りなく小さくて軽い物をニーズに合わせて置いて テイ・エステック社総務課のご担当の方よりエスコートをいただいた水や電力、光、熱源などのインフラ面も含めて、毎日の通勤が可能であるのか、お手洗いは近くにあるか、歩きづらい階段や通路が無いか、職場となるエリアスペースは十分確保されているか、温度や湿度環境は快適なところであるか、従業員の方々へご理解とご協力を戴けるか、授産品が売れそうか、営業採算がとれ工賃支給へ反映できそうか、工賃増だけでなく将来に向けて多様な(接客、金銭感覚)経験を積み上げステップアップできるか、地域の中で障害者が活動する姿を社員の方々に見てもらうことで障害者みることにした。開店している営業中の様子より説明すると、飲み物の缶コーヒー類や各ジュース類は100円均一にし、大きいペットボトル類のみ120円とした。お菓子類は丸みのある形状のプチシリーズは80円として四角の形状品は全て100円として判りやすい価格帯にしました。 知的障害者がお客様よりお金を受け取る際の迷いや抜けモレミスを低減させる目的に繋がる。清算する手順を記憶できていなくても間違えず効率良くお客様と簡単にできるように工夫を織り込ませて戴いた。 次に(3)の売店で使われるスペースへ機材・設備の「改修・修繕への取り組み」について説明します。3月の開店以前は現有スペースに別の民間サービス会社が売店営業をしていました。採算のつり合いが取れず余儀無く撤退しました。このような背景もあり同事業所の総務課より社内予算を取って下さりリニューアルして戴けると言うありがたいお話を戴いた。そして同事業所と工事業者と当法人が融合し改修と修繕を進める運びに至りました。その際、障害者向けに配慮戴いた内容として説明いたします。スペース面や設備面として、陳列棚や冷蔵用ショーケース、アイス用冷凍ケース、カウンターテーブルなどが十分に置けるレイアウト仕様にして戴いた。また障害者が安全に動き易い通路幅の確保と疲労を感じた時に直ぐ腰をかけられる椅子スペースの確保など配慮して戴いた。よって最初の旧スペースより縦横10〜20センチ程度の拡大をして工事を進めて下さったのです。 その上お客様から常に見える角度、「見える化」目線にも併用させたのである。またカウンターを挟み対面にお客様の顔が見えて会話し易くお金の清算が効率良く安全にできる環境にさせて戴いた。 次に(4)の「コンビニ化推進計画と展開プロセス」内容を具体的に説明する。コンビニ化推進計画の進捗表が実際にPDCAを廻して取り組んできました内容である。左上の趣旨として「お客様のニーズを捉えマーケッティングを利用者へ理解・体験させて、就労支援を円滑に実施する。」ということである。同事業所には外部(食堂)業者との ①「食堂委員会」と言う月度定例会が実施されている。内容は社員の方々からの現状の姿に対して、良い面や改善要望などの話しあいを実施しているところである。当施設としてはSHOPいぶきとしての取り組みや変化点に対する反響や障害者とのコミュニケーションのあり方、関わり方、特に挨拶や接客態度などの評判を聞きとることができるようになっている。総務課より口答であるが一つの懸念に最初の頃、心配されていた社員と障害者とのトラブルなどがあった。この懸念は発生していないので、良かったと相互認識に至ったところである。労働組合の役員の方々からは「ストレスが多い現代社会においてSHOPいぶきで障害者と顔を合わせ声かけあい、ふれあうことで励ま 甘えてばかりいられない面もあるので、当施設側でも修繕改良を進めることにした。既存の古い陳列棚は再塗装を施し再使用することにした。不用テーブルを戴き、切断加工し表面を化粧貼りしたりして綺麗に仕上げた。このテーブルを利用しドリップコーヒーを効率良く安全に煎れられるようにレイアウト改善にも採用させて戴いた。作業面より動作分析の観点では半歩移動での方向転換にてコーヒーが煎れられてカウンターへ配膳及び清算の3工程動作が同時可能に改善できるようになった。 ←改修テーブル(手作り) され活気が出たりする。」「生き生きと就労訓練している姿に、癒されるような場面がある。」などの事例を受動されている社員の方々もいらっしゃるようである。絵を描くことが得意な障害者Kさんは、好きな絵を描いた紙に前向きな文字をいれて見やすいところへ掲示したところ、社員の方々より感銘された反響が飛び込んできた。「上手だね、ありがとう」、「お互いにお仕事頑張ろうね」と、誠意と慈しみのあるお返事が返ってくるようになってきた。 次に②「接客応対への取り組み」についてである。共に育むプロセスの中での売店において教育訓練が良いアウトプットへ結びついてきている事例への取り組みについてご紹介いたします。対象範囲は知的障害者の女性利用者である。本人にとって面識の無い初めての社員の方々を目の前にして不安や戸惑いはつきものである。よって開店当初、二週間は職員が二名付き添うことで売店営業を始めた。お客様の混みあう休憩時間帯など雰囲気に慣れるようにまた慣れさせるよう情緒を安定させる配慮をしています。 喫茶店営業として保健所の許可を得ているので、ドリップコーヒーの煎れ方として、配膳から下膳まで本人とお客様が納得するまで職員が付き添い指導を進めて行った。姿勢のあり方、お客様同士の会話中での入り方、カップのおき方など「やって見せ、させてみて、誉めてあげて」の繰り返しを行っている。そして笑顔と安堵感を返してあげることによって、見ているお客様からも笑顔と丁寧な会釈まで頂戴するようになってきているところである。今では自らが一人で配膳から下膳まで動けるように成長している。またお客様の中には売店にいる知的障害者が戸惑っている際、お金の清算のやり方まで教えて下さる社員の方も出てきている状況である。そして定期的に買い物にお越しになられるリピーターの皆様より、物が売れるように適宜アドバイスを戴いたりするように変貌してきているのである。 ところで気になる売上と利益の面について、ご説明いたします。デーリーの売上総額は開店当初、1万3千円程度であったが、今では2万5千円から3万円位に推移している。内訳は授産品のパン菓子類が約5000円から8000円、アイス・菓子・飲み物・飴の仕入れ品等が2万円、ドリップコーヒーが1500円程度に成っている。粗利は平均一割くらいである。弁当については、社内食として社員の皆様は175円負担にて食事が摂れるので略ゼロである。但し営業することにより外来の方への接待弁当やお子様向け地域サークルなどに予約販売として時より注文を戴いているところである。利用者は女性2名になるが、現在のシフトパターンとしては班長職一名として固定し、もう一名は2ヶ月サイクルで交替させてローテーションしながの就労訓練である。 SHOPいぶきにて就労訓練をしていての感想や思いを利用者よりヒアリングを実施してみた。すると、「施設外に出ていろいろな人と交流出来て新鮮だわ。」、「ショップ作業は楽しく感じるので休みたくない。」、「お金の計算が得意に成ってきた。」、「私たちが考え選んで仕入れた商品が売れると嬉しい。」などなどの話しが伺えた。事実として知的障害者kさんは休まなく成ったのである。また、担当の女性職員よりからは「このようなケースは他の施設では例が無いのでやりがいがある。」、「収益が出てきて工賃反映が確保され嬉しい。」などの所感がある。 当初の趣旨としての「お客様のニーズを捉えマーケッティングを利用者へ理解・体験させて、就労支援を円滑に実施する。」は少しずつアウトプットしてきているようにテイ・エステック㈱と共に感じるものである。 最後に③「今後の取り組み課題」として、酷暑の夏も過ぎ、開店より半年が経過したところで、わたし達職員の立場での思いを述べさせて戴く。売店で就労訓練を経験しある程度のレベルに達した利用者は、接客マナーや湯茶接待、清掃業など身に付けた技能や技量が豊富である。この事を生かして本人の特性に合わせて関連職種の一般企業へ、適合職場に就職できるよう結びつけたいと考案するものである。 就労支援に特化し最低賃金を保障する京都フォーライフの取り組み −就労継続支援A型事業所を安定的に運営し真の社会起業を目指す京都フォーライフ 堀田正基(特定非営利活動法人障害者就労支援業所京都フォーライフ常務理事/業事統括担当) 1 はじめに 2006年に障害者自立支援法が施行され、従来の福祉工場は、就労継続支援A型事業所(以下「A型事業所」という。)として再編成された。就労継続支援B型事業所、就労移行支援事業所と大きく異なる点は、A型事業所は、一般企業が従業員を雇用するのと同様に障害者と雇用契約を結ぶので、最低賃金を保障する義務が課せられている。この条件で、今まで、大きな企業と共同で収益事業を実施した経験のない障害者施設が、A型事業所に移行し最低賃金を保障する事は、非常に難しい問題を含んでいる。それは、A型事業所が規模の大きな継続的な仕事を確保する事が出来るか、否かにかかっている事である。具体的な事例として京都府・京都市協調の取組の一環として、「特定非営利活動法人京都ほっとはあとセンター」は、1995年、障がいのある方の福祉就労の場をバックアップする拠点として設置され、2008 年4月に、就労継続支援A型事業所として障がい者就労支援センター喫茶ほっとはあとを開所した。オープン当初は最低賃金時給を支払っていたが、平成20年7月より減額申請により時給420円(11月より431円)へと減額されている(2010,京都市)。このように、待ちの姿勢で、来る当てのない顧客を待つ事業は、A型事業として適性を欠いたものと判断する事が妥当であろう。A型事業所は、継続的且つ永続的に安定した仕事を確保する事が難しく、ワムネット(2010)によると京都府内のA型事業所は15施設の設置に留まっている。 2 法人の概要 特定非営利活動法人障害者就労支援事業所京都フォーライフ(以下「京都フォーライフ」という。)は、2009年3月24日に現理事長が、京都府久世郡久御山町の久御山工業団地内に開設した。京都フォーライフは、その立地条件を活かし、地域企業と共に歩むA型事業所である。京都フォーライフは、職業を求めながらも、倒産や解雇で離職した利用者、企業で働く事に疲労を感じた利用者に、安定した仕事を提供し生涯の職場として利用してもらう事。企業就労を目指す利用者には、職員が職場開拓を実施し、就労移行支援を実施する事が、他のA型事業所と大きく異なる特徴と言えるだろう。設立後、順調に業績を伸ばし、地域の特別支援学校と連携を図り、更なる地域のニーズに応えるため、2010年4月に、京都府宇治市槇島に、2つ目の事業所を設立し操業を開始した。今後、京都フォーライフは、京都府南部地域の就労支援の中核的な存在となり、事業を継続させる方針である。9月1日現在、46名の利用者を受け入れ、7名の職員で操業している。 3 法人設立まで 京都フォーライフは、京都の山城地域で就労移行支援を実施していた社会福祉法人から派生したNPO法人である。現理事長は、約15年に渡り、1人で40名以上の障害者を企業に就職させた実績があり、現職の理事2名も現理事長について退職し、京都フォーライフの設立を目指したが、設立前に資金も、建物も、何一つ所持していなかった。そして、京都フォーライフが、たどり着いた結論は、企業を一つの社会資源と捉え活用する事であった。 そうした発想を活かして、宇治市でリネン業を手広く営む企業に相談を持ちかけたところ快諾して頂き、京都フォーライフは業務請負の形式でリネン業による収益事業を実施する事になった。 また、リネン業者は空き工場を所持しており、その権利の委譲も快諾してもらった。洗濯機、乾燥機も完備され、施設開設当日から操業できる状態であった。 4 法人の理念 〜利用者が「自信」と「誇り」を持って働くために〜、これが、京都フォーライフの基本理念である。京都フォーライフは、従来の箱ものに依存する福祉の在り方を否定し、企業を地域の社会資源と位置付け、地元企業と協力し、社屋と設備を借り受け、低コストで大きな障害者雇用の場を創出する事を可能にした。京都フォーライフは、障害者自立支援法に則した訓練給付金に依存した運営では、利用者に最低賃金を保障する事が難しいと判断し、職員自らが企業との共同の中で新しい事業を興し、利用者の最低賃金確保を目的として収益事業に取り組んでいる。例えば、新規の施設外就労先を開拓するために京フォーライフは分業制を実施している。施設外就労先を開拓する職場開拓員と、その後の施設外就労先と条件等を交渉し、運営できる職員を配置し、利用者と共に働き安定した状態になるまで支援を行い、施設外就労の契約交わすと、専任職員を投入して継続運営を実施する。このように、収益事業で利益を上げる方法は、イギリスを中心に展開される社会企業と同様に位置付けられるだろう。 社会企業には、3つの領域に分ける事ができると、速水(2007)は述べている。1つ目は、ペアレント型企業家モデルで、すでに社会的に成功して、社会に影響力をもたらす社会企業である。2つ目は、コミュニティ再生型社会企業家モデルで、荒廃した街を、再生する事業を展開する社会企業である。3つ目は、保険、医療、教育等に関わる事業を展開する自立支援福祉型で、京都フォーライフは自立支援福祉型の社会企業と位置付けられるだろう。 5 本物から学ぶ 京都フォーライフは、リネン会社から社員を派遣して頂き利用者に対する指導を依頼していた。利用者に対して丁寧で理解し易い指導を行っていたので京都フォーライフに移籍してもらい、洗濯ができる職員を確保した。京都フォーライフの職員はリネン業に対してはアマチュアであって、知識と技術力を持つ社員の支援が必要であった。実際に人に技術指導できる技術者は民間企業に存在すると京都フォーライフは考えている。企業は、技術、設備、安全衛生、資金等がすべて備わっている、そして、長期間の技術の蓄積があり、京都フォーライフは「餅は餅屋に任す」事が必要であると考えていた。移籍した職員は京都フォーライフの職員では落とせなかった汚れを簡単に落とす技術を持っている。洗濯を専門とする技術者を職員に向かえ、仕事はプロフェッショナルから学ぶ事が、利用者の利益に直結するものと京都フォーライフは考えている。 6 京都フォーライフがリネン業を選択した理由 リネン事業を選択した理由として、一つ目は、地域の特別支援学校から、最低賃金を保障し、長く勤務できるA型事業所の設立を依頼された事。二つ目は、病院、介護施等のオムツや下用タオル、オシボリは、不況に関係なく、利用者に永続的且つ、継続的に仕事が提供できる事。三つ目は、利用者を、仕事に合わせるのではなく、仕事を利用者に合わせる事が可能であるからである。 7 京都フォーライフのビジネスの概要 京都フォーライフは、昨年は2名、今年度は、既に8名の利用者を就職させ、毎年「5人受けいれ、5人就職させる」事を実施し、利用者の活性化を図っている。そのため、今年度と来年度は、利用者を就職させたため報償加算金が250単位支給され本年度の1人当たりの訓練給付金の金額は、6,150円となる。訓練給付金、リネン業者からの請負金額との合計金額は11,053,800円となり、これが1ヶ月の主な収益で、その他に、施設外就労での収入、特定求職者雇用開発助成金、障害者雇用報奨金等で、年間を通せば事業基盤は更に強固になると考えている。 そして、収益事業収入は、すべて利用者給与の支払いに充てている。 訓練給付金収入は、職員の人件費、固定経費、流動経費等に充ており、職員の給与は国家公務員の給与体系より若干多めに設定してある。生活の安定と就労に関する知識を得た職員は「施設だけで自己完結する支援では、利用者を企業に就職させる事は困難である」という、現理事長の指導を基に、施設外では、職場開 表1京都フォーライフの月間売上 稼働日数 訓練給付金合計 企業からの請負金額 46人 22日 6,223,800 円 4,830,000 円 合計金額 11,053,800 円 表2 平成21、平成22年度の決算概要の平均値は44枚であった。そのため、Mさんには、 タオルを20枚に揃える出荷業務には就いてもらわ ず、タオルたたみに専念し、タオルの枚数を数えられる利用者に確認させ出荷する分業制にした。 拓、ジョブコーチ支援等で利用者を支援し、施設内では、職業指導員、生活支援員が収益事業を運営する、多様な活動を実施している。更に中小企業家同友会に参加し、日々、障害者雇用の拡大を図っている。表2は、平成21年度の決算と平成22年度の決算書である。平成21年年度より、大幅な増収を見込んでいる。 8 京都フォーライフの支援方法 京都フォーライフは、「働く意欲」があれば、3障害分け隔てなく受け入れており、適応困難な利用者には量的分析や応用行動分析を用いて、適切な仕事を創造し、適切な配置行っている。ここでは、重度知的障害の女性とアスペルガー症候群の青年の事例報告を行う。 (1) ケース1 ①対象者 [50 代の女性Mさん] Mさんは、200×年4月に入所した、療育判定Aの50歳代の女性である。タオルをたたみ、20枚積み重ねる仕事に従事してもらっていたが、20枚を数えられる事は稀で、どのような対応が相応しいのか量的に分析してみる事にした。 ②結果 Phase 1では、タオルを数える事なく、たたむ事だけを行い能力を調べた。5回行った測定の平均値は41枚であった。Phase 2では、20枚を数える事を指示したが、5回のすべての測定で20枚以上たたんでおり、Mさんは、数える事が困難である事が判明した。Phase 3では、再び、Mさんのタオルたたみの能力を調べたが、5回行った測定 現在もMさんは、毎日元気に出社し、タオルたた みの業務を行っている。 4月 図110分間でタオルをたたんだ枚数 (2) ケース2 ①対象者 [アスペルガー症候群の男性Oさん] 200×年4月に、アスペルガー症候群の19歳の男性Oさんが、職業専門校を卒業して京都フォーライフでの通所を開始した。知能は非常に高いが、周囲と関係を保てず、入所当初はタオルをたたむ事も出来ず、他の利用者と争いが絶えなかった。5月に新たなオムツの仕事が入ってきた。1日で終われる仕事なので、Oさんに任せる事にした。Oさんは、ゲーム等に詳しく、タイマーを取りいれた支援方法を検討した。 ②支援手続き 行動目標は、タイマーを利用して、1ロット20枚のオムツの折りたたみ時間を短縮させる事とした。Phase 2は、タイマーの設定を10分にし、Phase 3ではタイマーの設定を8分にし、時間の短縮を目指した。 ③独立変数 タイマーとプロンプトを交えた諸支援 ④従属変数 オムツの折りたたみ時間の短縮 15 時間14 Phase1 Phase3 (分) 13 12 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 0 図2オムツの折りたたみ時間の推移 ⑤結果 ベースラインで5回測定した平均時間は12分で比較的緩慢な動作で仕事を行っていた。Phase 2は、タイマーの設定を10分にし、5回測定した平均時間は7分で、今までにない速さで仕事に取り組んでいた。Phase 3ではタイマーの設定を8分にし、折りたたみ時間の短縮を目指した、5回測定した平均時間は6分で、更に折りたたみ時間を短縮した。0さんは、今では、京都フォーライフでは欠かせない存在となり、最低賃金除外をしていたが、今後は最低賃金を支給する予定であり、適職が見つかったOさんは、その後、イライラする事もなく他の利用者とも仲良くできるようになった。 9 京都フォーライフの今後 2010年4月に、新事業所を設立して、9月1日現在、46名の利用者を受け入れている。今後は、固定経費が、ほとんど必要のない施設外就労を更に拡大させる方針である。また、2011年度4月からは、ビルメンメンテナンス事業を新規に実施し、更に、2011年12月に、紙器加工専門の事業所を開設する。既に協力企業も確保する事ができ、後は事業開始を待つばかりである。以上の取り組みは、すべて、地域の特別支援学校からの要望であり、依頼があれば、今後も新たな職域に挑戦する所存である。 また、2010年10月に、グループホームを定員6名で設置する事が決定し、京都市伏見区竹田のワンルームマンションも、既に契約を完了している。京都フォーライフには障害者基礎年金を受給できない利用者が相当数在籍している。そのため、緊急度が高い利用者から順次入居を予定している。 今後も、地域の特別支援学校の問題等を、京都フォーライフの問題として捉え、また、地域の働く意欲がある障害者を更に受け入れ、積極的な事業展開を目指し、活動して行く予定である。 10 最後に 最後に、A型事業所を設立しようと考えている方々にアドバイスを伝え、筆を置く事とする。 ①企業と契約する時は、必ず請負契約で契約する事。出来高払いだと、仕事量が減少すると必ず利益が減収するからである。 ②企業と共同する時には、「これをしたい、あれをしたい」という思いが先走りがちである。しかし、「理解と協力を得られる企業と組もう」という最も重要な視点を持つ事が、後々の運営に大きく影響する。京都フォーライフは、元請け会社と友好的に業務を運営しているが、少なからずトラブルが生じる事もある。 ③就職を希望する利用者を、フリーエージェント宣言をした1人のアスリートとして考える必要がある。そして、フリーエージェント宣言をした1人のアスリートの要求を受け入れ、最高の条件で希望の会社に送り込む代理人が職員といえるだろう。このように、発想を柔らかくする事で、就労移行支援は、より現実味を帯びた実現性の高い支援に変容するのである。 【引用文献】 京都市(2010).京都市こころの増進センター.http://www.city.kyoto.jp/hokenfukushi/kokenzou/mypace/ hataraku/13.html(情報取得2010/8/13) 独立行政法人福祉医療機構(2010).http://www.wam.go.jp/shofukupub/applicationServlet(情報取得2010/8/13) 速水智子. (2007). 社会起業家と従来型起業家.中京経営紀要7, 1-13 働きたい気持ちを高めるために −初めての就労支援を経験して− 河村 真澄(ワークホームつつじ 副主任支援員) 1 はじめに 今回、通所授産施設に通うある利用者Aさんの支援をすすめていく中での働きたい気持ちを高めていくことの必要性や、家族の就労に対する理解と協力を得ることの大事さ、他機関との関係を持つことのメリット等を報告する。[本人のプロフィール] 25歳 女性療育手帳A判定性格は明るく笑顔が良い。向上心が高い。聴覚は正常であるが、発語がなく物を指して伝えたり、ジェスチャーでコミュニケーションをとっている。本人の長所として①人が好き、②笑顔が良い、③仕事の手順を覚えることが早い、があげられる。 2 きっかけ 外で働く機会を経験することで、より働く喜びを実感して欲しいことを目的とし、市役所食堂での実習に挑戦する。実習期間5日間、時間は2時間と短い時間での実習がスタートする。実習前のこちら側の課題として①気持ちが舞い上がり仕事に集中して取り組むことが出来るのか②実習先のスタッフとコミュニケーションが上手くとる事が出来るのか等があったが、こちら側の予想と違い、良い緊張感で仕事に向かうことが出来ていた点や、人が好きな長所から自分からスタッフの輪の中に入り関わろうとする姿や、相手に合わせたコミュニケーションのとり方を自分で見つけていく姿、本人が生き生きとした表情で楽しそうに働いている姿を見て、実際に実習を通して本人の働く力を知る良い機会になった。本人も実習経験を通して、外で働きたい気持ちが膨らみ、本人、支援者お互いにこの実習経験が転機となった。 3 動きはじめて 合同面接会での大学の食堂の仕事の応募に挑戦し、就労に向けての実習がスタートする。本人は新しいスタートに興味を持って張り切っていたが、家族は予想外の結果に不安感が出てくる。 (1)家族へのアプローチの経過 家族の不安要素として①通勤面、②就労後のことがあった。通勤面での現状として、本人はバスで通所しているが、施設の往復しか一人で利用したことがなく施設の通所の際も1人で利用出来るまでかなり時間がかかったとの事から、以前体験実習をすすめた際に通勤面での不安から体験実習の取り組みに了承を得ることが出来なかった経緯がある。又、就労後の事として困った時の相談先であったり、仕事が上手くいかず離職した後の行き先など不安な点が多い為、1つずつ安心できる提案をだして一緒にすすめていくスタイルをとっていった。 まず、本人が使い慣れているバスを使った通勤経路を提案し、一人で通勤出来るまで時間を掛けてフォローすることを伝える。又、GPS付の携帯電話を利用することでSOSを出せるツールの1つとして活用できるようにフォローしていくこと、又、就労後のことに対しても施設にいつでも相談に来ることが出来る点や、離職後もUターン制度で施設に戻ることが出来る事を伝え、少しでも安心して実習に取り組める体制をつくっていく。実習スタート後も通勤面や実習先での本人の様子や向こうのスタッフからの良い評価をその都度伝えていくことで家族と情報を共有し、一緒にすすめていくスタイルをとるなかで不安感も減り、前向きな話が多くなりAさんの就労に向けての力強い協力者として一緒に取り組むことが出来るようになった。 (2)就労先での取り組み 本人に対しての取り組みとして、出来たことを誉めながらすすめていき仕事に対して自信を持ってもらうことを主な方向性としてすすめた。本人の特性として向上心が高いところを利用して、仕事の段階評価として、今の任された仕事をしっかり取り組むことで次に新しい仕事を任されることを本人に楽しみを持たせながら伝え、仕事に目標を持ってもらう事で仕事に対するモチベーションを維持する事が出来た。 次に、スタッフとの関係作りの調整をはかり本人の得意なところ、苦手なところ、コミュニケーションのとり方などを伝え、スタッフの方が一緒に働く中で不安にならないようなかたちでサポートしていく。任された仕事を一人で向かえるような環境作りや、困ったときに聞く事が出来るスタッフの方を少しずつ増やしていく。実習をすすめていく中で、本人の長所である明るい性格や愛想がよいこと、何より人が好きな所からたくさんのスタッフから好かれていた。訪問時に窓口のスタッフの方から本人の様子や困っていることを聞き、その都度実習先で負担なく取り組める方法を提案し一緒にすすめていくことや、本人の良い変化を共感し、フィードバックすることでスタッフの方も達成感を持ってもらえることで同じ方向性でAさんを見てもらえるようになり、スタッフの方からこちらが提案した支援に必要な道具を用意してくれたり、Aさんの支援の提案も出てきたり本人にとってプラスの方向で取り組める環境になった。 (3)他の就労支援機関との協力 他の就労支援の事業所からAさんと一緒に実習をスタートし、個々でサポートするより協力してサポートしていく体制をとった。実習現場に交代でサポートをしていき、情報を共有しながらすすめていく中で、本人にとっても新しい人との関係の広がりや、違う視点から本人を見てもらうことでより多方面から本人を支援する輪が広がり、本人にとっても支援者にとっても有益なものになった。又、定期的にミーティングを開き、新しい情報もその都度共有することで問題が起こった際に、早めにフォローすることが出来た。 4 まとめ Aさんの支援を通して、他の就労機関とのつながりを持つことで第3者のアドバイスを聞く機会ができ、新しい視点から本人を見ることで支援のバリエーションが増やすことができた。又、施設以外にAさんを知っている人がいることによって、困った時など早めに対応でき、つながりを持つことの大事さを感じた。本人の働きたい気持ちが高まったことから、家族の気持ちも変化し、本人を中心に色んな人が関わる中で、就労に向けて同じ方向性でサポート出来たことが大きな力になった。就労の可能性を支援者側が決めつけるのではなく、挑戦していくことの大事さを強く感じ、今後の支援にいかせるケースを体験することができた。 障害者自立支援法における応益負担制度の就労支援上の問題点 −障害者自立支援法違憲訴訟の経緯、和解の内容を踏まえて− 徳田 暁(横浜弁護士会 弁護士/障害者自立支援法訴訟東京弁護団団員) 1 障害者自立支援法違憲訴訟について (1)障害者自立支援法とは 障害者自立支援法は、障害児者が、自立した日常生活又は社会生活を営むための必要な支援を行い、もって障害児者の福祉の増進を図るとともに、その人格と個性を尊重し、安心して暮らすことのできる地域社会の実現に寄与することを目的として(同法第1条)、平成17年10月31日に成立し、平成18年4月1日から施行された法律である。 (2)障害者自立支援法の問題点 しかし、同法に対しては、その崇高な目的にかかわらず、成立以前から強い批判の声があった。様々な弊害の指摘があるが、中でも象徴的な問題点として言われているのは、「応益負担」の制度が採り入れられたことである。 この点、同法以前の支援費制度のときは、各人の所得に応じた、いわゆる「応能負担」の制度であったため、所得の低い大多数の障害者であっても、負担なく福祉的な支援を受けることができていた。ところが、障害者自立支援法においては、地域生活のための支援全般について、原則としては、各人の負担能力に関係なく、一律に利用料の1割の負担が課せられることとなった。いわゆる「応益負担」の制度設計である。そして、この1割負担については、当初より非現実的な制度であることが露わとなり、何段階も軽減策が講じられたものの、所詮、簡単に打ち切ることができるその場凌ぎの暫定策にすぎないものばかりで、少なくとも、根本的な考え方が変わることはなかった。 すなわち、このような「応益負担」の制度の根底には、地域生活のために必要不可欠な支援であるにもかかわらず、例えば、就労支援を受けることであっても、これを「利益」とみなして、その「対価」を負担するべきだとの非情な考え方がある。 まして、この「応益負担」の制度の下では、より多くの支援を必要とするが、一般就労には困難のある障害の重い人の自己負担額の方が、より増えることになる。 しかし、障害者福祉の分野において、障害が重ければ重いほど大きな自己負担を強いる逆累進的な制度を採用している国は、世界の中では我が国しか存在しない。 (3)全国一斉提訴 そのため、この「応益負担」制度の違憲性を主たる争点として、平成20年10月31日、全国8カ所の地方裁判所で、合計30名の原告が一斉に行政訴訟及び国家賠償請求訴訟を提起した。 さらに、その後も、第二次提訴、第三次提訴がなされ、最終的には、全国14地裁において、71名の原告による大規模集団訴訟に発展したものである。 そして、当初、この訴訟については、国側も全面的に争う姿勢を見せており、結論が出るまでに何年かかるか分からない裁判のように思えた。しかし、時の自民党から民主党への政権交代を契機に一気に解決に向けて動き出し、平成22年1月7日、当時の長妻昭厚生労働大臣と原告団・弁護団との間で、基本合意が締結され、その後、平成22年4月21日の東京訴訟の和解期日を最後に、全ての地裁における司法上の和解が成立して、訴訟運動が一段落したことは記憶に新しい。 (4)基本合意書の内容 なお、ここで基本合意書の内容を概略すると、次のとおりであり、原告側の勝訴と評価できる画期的なものである。 ①(第1項)自立支援法の廃止の確約と新しい総 合的福祉法制の実施〜障害者福祉施策の充実は、 憲法等に基づく障害者の基本的人権の行使を支 援するものであることを基本とすることの確認 がされた。②(第2項)障害者自立支援法制定の総括と反省 〜障害者を中心とした「障がい者制度改革推進本部」を設置して、障害者の参画の下に、反省を踏まえた、新たな総合的福祉制度を制定に当たる十分な議論を行うことが約束された。 ③(第3項)新法制定に当たっての論点の確認〜国(厚生労働省)は、障がい者制度改革推進本部の下の「障がい者制度改革推進会議」において、現行介護保険制度との統合を前提とはせず、障害者自立支援法の問題点を踏まえる等の検討・対応をすることが約束された。 ④(第4項)利用者負担における当面の措置〜自立支援法及び児童福祉法に基づく障害福祉サービス、補そう具の低所得者無償化が実現され、自立支援医療の無償化が重要課題であることが確認された。 ⑤(第5条)履行確保のための検証〜原告団・弁護団と国(厚生労働省)との定期協議を実施が約束された。 2 応益負担制度の就労支援上の問題点 (1)障害者自立支援法上の制度 では、このような障害者自立支援法について、これを就労支援との関係で見ると、どのような問題があるのだろうか。 まず、障害者自立支援法においては、福祉施設から一般就労への移行支援の強化が目的とされており、自立支援給付の一環としての訓練等給付が実施されている。その内容としては、一般就労を希望し、一定期間の知識・能力の向上を図る訓練によって就職が見込まれる者を対象とする「就労移行支援」事業があり、また、これにより、2年経過しても就職が実現しなかった者、或いは、一般企業等での就労が困難であり通常の事業所に雇用されることが困難な者を対象に、就労の機会を提供して、その知識や能力の向上を図る訓練等を行う「就労継続支援」事業がある。そして、「就労継続支援」には、雇用契約に基づく就労が可能と見込まれる障害者を対象としたA型(雇用型)と、就労の機会を通じて、生産活動にかかる知識や能力の向上が期待される者を対象としたB型(非雇用型)の二つがあるが、A型は、従来の福祉工場に代わるもので、一般雇用と同様、雇用契約を締結し、最低賃金保障と労働関係法の適用があるのに対して、B型においては、平均最低工賃の引き上げが目指されているものの、従来の授産施設における福祉的就労と同様、労働法規の適用はない。 (2)就労支援に対する応益負担 そこで、検討するに、障害者自立支援法における就労支援の一番の問題も、これらの事業が、応益負担の対象となっていることにあるといえる。 すなわち、障害者自立支援法においては、前述のとおり、福祉施設から一般就労への移行支援の強化が目的とされているにもかかわらず(なお、障害者の就労実態、意思を無視して、一般就労ありきの制度になっていることによる弊害を非難する声も多い。)、障害者が、就労(移行・継続)支援の場で働くことにも契約に基づく利用料が発生し、応益負担が課せられることになるが、このように働くためにお金を払わなければならないというのでは、目的と手段において大きな矛盾があるといわなければならない。 実際、就労継続支援事業B型においては、法律施行当初、応益負担があるため工賃よりも利用料の方が高くなり、給料の代わりに請求書が渡されることになったと揶揄されていた。しかし、労働関係法規の適用がないB型事業所であっても、その実質は「働く」ことにほかならず、応益負担が、この揶揄から推察されるとおり、障害者から「働く意欲」を奪い、むしろ、その自立を阻害する結果をもたらしたことは、各種報道でも取り上げられた事実なのである。 (2) 応益負担の憲法違反 ① 憲法27条・13条違反 まず、憲法27条1項は、「すべて国民は、勤労の権利を有」すると定め、障害の有無にかかわらず、勤労の権利を保障している。 この点、勤労の権利の法的性質に関しては、国家に対する政策要求権として、その実現には立法府の広い裁量があるとの見解が多数説である。 しかし、働けば働くほど所得が減ることに結びつく、国による対価の徴収が、この勤労の権利に矛盾しているであろうことは、誰の目にも明らかではなかろうか。 そして、憲法13条は、「すべて国民は、個人として尊重される」と定めて、個人の尊厳を基本的人権の中核に置いているところ、障害の有無にかかわらず、働くことによって社会の中で自己の存在意義を見いだすことが、この個人の尊厳の要請であることも明白である。 とすれば、応益負担という労働への課金が個人の尊厳を侵害するものとして、憲法13条違反となることはもとより、この趣旨を憲法27条にも読み込むことにより、勤労の権利も侵害するものとして、同法違反とする根拠が十分にあると考える。 ② 憲法14条違反 憲法14条が平等原則を定めていることは周知のとおりである。 ところで、我が国では、長年、一般企業での雇用施策は旧労働省が担当し、福祉的就労施策は旧厚生省が担当してきた。しかし、労働関係法規と福祉関係法規の整合性は図られてこなかった。 それ故、同じ就労施策でありながらも、障害がない人に対する雇用施策においては、職業訓練に関する利用料の徴収等ということは無い。むしろ、職業能力開発促進法23条1項により、休職者に対する職業訓練は無料とするとされており、同2項及び雇用対策法に基づく手当てが支給される場合もある。 とすれば、障害者の就労支援に対する応益負担の制度は、障害者と障害者でない者との比較において、障害者に対する合理的な理由のない差別であり、憲法14条の平等原則に違反しているといわざるを得ない。 ましてや、A型の就労継続支援には、労働関係法規の適用があり、労働基準法3条1項は、労働者の社会的身分(障害)を理由とする差別的取り扱いを禁止しているから、これにかかる応益負担は、同規定の違反ともなるのである。 この点、国側の答弁は、要旨、障害者でない者については、障害福祉サービスが支給される余地はないから、障害者自立支援法の適用に当たって「障害者」と「障害者でない者」との差別や区別が問題となる余地は無く、憲法14条違反の問題は生じないというものであったが、これに対しては、そもそも、障害者福祉の目的は、障害者と障害者でない者の差別の解消を実現するノーマライゼーションの理念にあるとの反論が可能であり、実に説得的ではないだろうか。 また、障害者の雇用に関する雇用促進法26条においては、職業リハビリテーションの措置の無料が規定されている。すなわち、障害者に対する就労のための同じような訓練であるにもかかわらず、雇用施策においては無料となるのに対して、福祉的就労施策においては利用料がかかるというのでは、関連法規間に大きな矛盾があるばかりか、障害者同士の間にさえ、差別を生んでいるのである。 ③ 障害者基本法違反 ところで、これらの憲法上の個人の尊厳、勤労の権利、平等原則は、障害者基本法においても具現化されている。同法3条1項には、障害者の個人の尊厳とその尊厳に相応しい生活保障の権利が、同2項には、障害者の社会参加の機会の保障が、同3項には、差別の禁止規定があるのである。 ところが、これに対する国の答弁は、要旨、障害者基本法は、基本法であるから、抽象的な訓示規定が大半であって、司法的救済の対象となる具体的権利を規定するものではないというものであった。 しかし、これでは、障害者基本法の存在意義は無きに等しい。少なくとも、我々実務家の感覚からすれば、裁判規範として通用しない法律では、具体的な救済場面に役立たない。 従って、今、障害者基本法の改正や障害者差別禁止法の制定に向けた議論が進められているが、この改正や制定に当たって、しっかりと、具体的な裁判規範として通用する法律を作ることの必要は極めて高いのである。 (4)障害者権利条約における規定 最後に、今後、我が国でも批准が予定されている障害者権利条約においては、第27条1項第一文に「締約国は、障害のある人に対し、他の者との平等を基礎として、労働についての権利を認める」として、同項(a)に「あらゆる形態の雇用にかかる全ての事項に関する障害に基づく差別の禁止」、同項(d)に「障害のある人が、一般公衆向けの技術指導及び職業指導に関する計画、職業紹介サービス並びに継続的な職業訓練サービスに効果的にアクセスすることを可能とすること」、同項(i)に「職場における合理的な配慮の確保」を規定している。 とすれば、障害者自立支援法に基づく、就労(移行・継続)支援に対する利用料の応益負担は、これら権利条約におけるいずれの条項にも抵触していると言うべきである。 この点は、全国福祉保育労働組合が、国際労働機関(ILO)に対してした、日本の障害者政策に関するILO159号条約違反の提訴に対するILOの審査委員会からの報告書においても、「…、当委員会は、就労継続支援事業B型の利用者に対して職業リハビリテーションなどのサービス利用料支払い義務が導入されたことについて、繰り返し懸念を表明するものである」とされたことが参考になる。(なお、B型に懸念を表明されたということは、就労移行支援事業、並びに、A型については、言うまでもなく懸念対象であると解されるだろう。) 3 障がい者制度改革推進会議での議論 以上のような経緯と議論のある中、障がい者制度改革推進会議においては、平成22年6月7日、「障害者制度改革の推進のための基本的な方向」として第一次意見を発表した。 しかし、その内容のうち、主に、労働及び雇用に関する推進会議の問題意識を取り上げると、いまだ総論的な議論が集約されたという段階である。そして、就労継続支援や就労移行支援の対象となる「障害者」の範囲や利用者負担等の問題についても、総合福祉部会等において検討することを述べるに止まっている。 従って、今後、関連分野の作業チームでの具体的な議論において、本稿において主張した問題点、並びに、自立支援法違憲訴訟の成果(基本合意の締結と和解の内容)が、どの程度まで踏まえられ、多くの障害当事者の声を反映させた十分な議論が実現されるか。正に、予断を許さない状態であり、議論の推移、内容に注目して、検証していく必要性は高い。 【参考文献等】1) 京極髙宣「最新障害者自立支援法ー逐条解説ー」新日本法規2) 藤岡毅「全国の障害者が一斉提訴」賃金と社会保障148 3号4頁以下 3) 藤岡毅「応益負担の違憲性—原告側憲法論の素描」賃金と社会保障1495号4頁以下 4) 藤岡毅「障害者自立支援法の本質—被告側答弁の検証」賃金と社会保障1498号4頁以下 5) 藤岡毅「訴訟勝利=障害者自立支援法訴訟「憲法違反の証し」合意文書獲得!」賃金と社会保障1508号4頁以下 6) 障害者自立支援法訴訟の勝利を目指す会「さよなら障害者自立支援法—訴訟勝利までの軌跡—」20105月発行 7) 長瀬修・東俊裕・川島聡編「障害者の権利条約と日本 概要と展望」生活書院 8) 全国福祉保育労働組合「障害者の就労支援と国際基準—ILO159号条約違反の提訴への回答と今後の対応—」2009年6月25日発行 9) 障害者自立支援法の基本合意の完全実現を目指す会ホームページ(http://www.normanet.ne.jp/~ictjd/suit/index.html) 10) 障害者自立支援法訴訟全国弁護団web(http://info.jiritsushien-bengodan.net/) チャレンジ雇用の効果と支援者の役割 −チャレンジ雇用から企業就労への移行支援を通して− ○小林 哲(練馬区立貫井福祉工房 主任支援員) 西村 周治(東京ジョブコーチ支援室) 1 はじめに 本稿では、チャレンジ雇用(官公庁等で任期付の雇用形態で就労し、その後の一般企業等への就労に向けた経験を積むプラン)を通して企業へ移行した2つの事例を紹介する。有期限の雇用形態という独特な環境が、彼らにどのような影響を与えたのか、ということを検証し、チャレンジ雇用の効果、課題、支援者の役割等について検討する。 (1)チャレンジ雇用で変わった2人 今回取り上げる事例は、官公庁に入職した当初は幼さが抜けきらず、「世間知らず」と揶揄されることもあった男女の事例である。そのような2人だが、就労生活を通して人間性が評価されるようになり、今年無事に転職できた。転職後もチャレンジ雇用時代の同僚と時々食事や映画で楽しむことがあるという。 (2)支援機関について 彼らが所属していた当施設は、平成16年2月に知的障害者通所授産施設として開設し、平成19年4月より自立支援法に基づく就労移行事業として運営している。 利用者はパン製造・喫茶・配達準備・印刷の4つの班で毎日作業訓練を行っている。また、社会生活力プログラムを実施し、働くため、地域で自立生活を送るための体験的な学習も併せて行い、就職のための準備をしている。 平成22年9月現在、53名の就職者がおり、家族会や生活支援センターと連携しながらアフターケアを行っている。 (3) 事例について ① Aさん男性(現在21歳、就職時18歳) 東京都愛の手帳4度(療育手帳軽度) 学習障害、普通高校卒業 ② Bさん女性(現在34歳、就職時32歳) 東京都愛の手帳4度(療育手帳軽度) 身体障害者手帳6級(右片麻痺、ADL自立) 専門学校卒業 2 チャレンジ雇用で体験したこと(1)Aさんの事例 ① 就職への経緯 Aさんは当施設に入所して間もなかったが、自立生活を希望していることや家庭の事情などからグループホームに入寮した。それに伴い就職を急いでいた。しかし、就労経験がないAさんには、「正社員」で「給料が高い」という希望通りの条件の会社は見当たらなかった。 希望が高いAさんではあるが、有期限雇用で賃金も高いとは言えない官公庁C(以下「C庁」という。)のチャレンジ雇用の情報には関心を持った。本人は「官公庁はかっこいい」という印象を持っていたようである。両親もC庁で働けば社会人としての基礎が身に着くと前向きに受け止めた。 職場の見学、2週間の体験実習を経て、本人、C庁の合意が得られたため、無事就職となった。 ② Aさんの課題と職場での評価 他の支援機関が開拓し繰り返し打ち合わせを重ね、障害者の受け入れを準備してきたC庁であったため、障害者雇用について、障害者への対応についてなど、一定の理解が得られていた。しかし、しっかりとしたコミュニケーションが取れるAさんの対応の難しさは予想外であったようである。なぜ、事前にAさんの詳細な情報を教えてくれなかったのかと担当部署からのクレームもあった。その主訴はAさんの業務中の態度である。 訓練機関の短かったAさんは、職場でのマナーや礼儀を学ぶ前にC庁に入職したのである。上司からの注意に対して反発し、嘘を繰り返す様子は、周囲から生意気で世間知らずな若者という評価を受けた。当時18歳のAさんは本人なりに一生懸命がんばっていたが、経験・知識不足は否めなかった。 ③ 上達に伴う業務不足 Aさんは表1の通り、一日の中で3つの部署にまたがり業務を行った。どれも今まで業務の合間に誰かが行っていた仕事である。 当初は時間がかかったAさんは、慣れるに従い仕事が速くなった。そのため、Aさんの仕事がなくなり、各部署の担当者が毎日雑務をかき集めてAさんの業務を用意する日々が続いた。それに加え、Aさんの不適切な言動が多く、担当者たちに疲労が見え始めてきた。 表1Aさんの業務スケジュール 時間 業務内容 9:30〜 システム入力【部署A】 12:00〜 休憩(昼食) 13:00〜 レセプト整理【部署B】 15:15〜 夕刊新聞配布 15:45〜 データ入力、スキャナー【部署C】 16:30 終了 ④ 気にかけてくれる人たち どの部署もAさんの対応担当が決められ、担当以外の職員はあまり関わらない様子であった。担当者はAさんの対応に行き詰まり、職場訪問をした支援者に対しAさんの対応の難しさを訴えた。 そんな時、担当ではない周りの職員からAさんと一緒にお昼ご飯を食べていいかという申し出があった。Aさんはよくがんばっているので、もっと評価してあげてよいのでは、との意見もいただいた。 これまでは担当以外はあまり関わってはいけない雰囲気があるようだったが、この時期から、Aさんはいろいろな人と関わりを持つようになっていった。注意を受けることが多かったAさんにとって、自分を応援してくれる人がいることは大きな心の支えとなった。 ⑤ 本人の変化 注意されては嘘をつき、嘘を注意されてさらに嘘をついてしまう悪循環も、周囲と良い関係が築けるようになることで少なくなっていった。 行き詰っていた担当者たちも、周囲がAさんと関わるようになると、行き詰まり感や負担感から解放され、周囲のフォローにより安心して注意できるようになった。 このような中でAさんは素直に行動することができるようになっていった。ずっとC庁で働くことができないかと支援者に相談してくることもあった。 (2)Bさんの事例 ① 就職への経緯 所内での訓練の成果が思うように出ず、面接の結果も思わしくない中で、就労移行支援事業の2年の期限が終わろうとしていた。自分のペースやパターンを崩すことができず、会社のルールに馴染めるような柔軟さを持っていなかった。支援者はどうしたらBさんに気付いてもらえるのか、頭を悩ませていた。 そのような中、官公庁D(以下「D庁」という。)のチャレンジ雇用の求人情報を得た。期限がきたらまた求職活動をしなければならない不安はあるが、官公庁で働きながらステップアップできるチャンスでもある。 Bさんが自らの課題に気付き、そして自分を変える機会が必要と両親は考え、Bさんとよく話し合いをして応募することになった。面接と3週間の実習を経て入職した。 ② 担当者の異動 実習評価が良好で無事入職したものの、実習中親身に指導してくれた受け入れ担当者が異動し、新しく配属された受け入れ担当者も戸惑いを隠せない様子であった。それでも周囲の協力を得て業務を行っていたBさんであるが、半月と経過しないうちに一番親しくしていた上司が異動することになった。 コミュニケーションを取ることが課題であったBさんにとって、環境の激変は課題改善に向かうきっかけを失う最悪のスタートであった。 ③ 挨拶・返事ができない 少しずつではあるが仕事に慣れることができ、ルーティン業務が形になろうとしていた。しかし、周囲が黙々と仕事をする環境の中で、Bさんは挨拶や返事、質問をするタイミングをつかめず、悩むようになっていった。支援者が職場訪問をしてきっかけを作ろうとするが、Bさんの不安感を取り除き、積極性を引き出すことができなかった。 ④ 周囲の職員の理解と歩み寄り Bさんは表2の通り、ルーティン業務以外に周 囲からの依頼業務を行っていた。半年が経過する頃、担当者と企業就労のためにステップアップについて話し合いをした。そこで、2人ペアで行っていた郵便物の仕分けを一人で行うことを目標にした。しかし、目標にしてからすぐ、いつも一緒に郵便物の仕分けをしている非常勤職員から、Bさんとお話できる数少ない時間でもあり、今後も一緒にやることでBさんとの関係を深めていきたい、という意見が上がった。このことをきっかけに、Bさんは昼食を非常勤職員や女性職員の仲間と一緒に食べることが増えた。みんなと一緒に昼休みを過ごすことが楽しみとなり、笑顔が多く見られるようになった。 表2 Bさんの業務スケジュール 時間 業務内容 9:30〜 会議室等のテーブル拭き 10:00〜 郵便物仕分け・書類運搬 10:30〜 依頼業務 12:00〜 休憩(昼食) 13:00〜 コピー用紙の補充 13:30〜 シュレッダー・依頼業務 15:45〜 郵便物仕分け・依頼業務 16:30 終了 ⑤ 部署異動 1年が経過した時点で部署異動することとなった。やっと良い関係が築けるようになったという寂しい気持ちもあったが、最後まで上手くコミュニケーションを取れなかった方々がいたことで仕切り直したかった気持ちとがあり、Bさんは前向きに部署異動を考えていた。 異動した部署では、非常勤職員が周囲に多い環境ですぐ慣れることができた。前の部署ではなかなかできなかった挨拶もスムーズにできるようになり、質問や報告も躊躇せずできるようになった。 Bさんにとって部署異動は、自分を切り替える 良いきっかけだったと言える。 3 期限付き雇用からの移行 (1)Aさんの移行事例 ① 決まらない転職先 仕事が順調に進んでいるとはいえ、契約に期限があることは変わらない。Aさんは次の就職先がどうなるのか不安を募らせていた。支援機関からの説明だけでは安心できず、転職への流れや本当に就職先はあるのか、不景気で就職先がないのではないか、など何度も施設に電話をかけてきた。 ② そろそろ求職活動を Aさんの仕事は順調ではあるが、体の不調を訴えることが多くなった時期があった。そんな時、C庁の担当者からAさんの不安は求職活動を行っていないもどかしさからくるものではないだろうか、との相談が入った。 それを受けて合同面接会などに参加することになったAさんは生き生きとしてきた。就職活動にはとても前向きで、C庁でやってきたことを誇りにしてがんばろうとしていた。 ③ 他機関との連携 C庁での就労経験は企業へのアピールにはなったが、すぐに良い結果が出るわけではなかった。そんな中でAさんが数年前と変わった点が見られた。面接結果を冷静に分析できるようになったことである。自分の力以上の会社を受けていたかもしれない、希望職種を見直した方がよいかもしれないという振り返りができるようになった。 そのような時に、区の就労支援センターからスーパーでの品出しの仕事を紹介され見学することになった。人事担当者からは気に入られ、Aさんも自分に合った仕事かもしれないと考え、チャレンジすることにした。 ④ 転職を支えてくれた東京ジョブコーチ C庁の了承を得て、5日間の有給休暇を取り、スーパーで就労前実習を行った。有給休暇がなくなれば欠勤して実習を受けなければならないため、今回の実習で内定が欲しかった。 そのためには、実習導入時に集中した支援が必要である。そこで東京ジョブコーチ(東京都産業労働局所管のジョブコーチ派遣事業)の支援を要請することとした。派遣されたジョブコーチと入念に打ち合わせを行い、短期集中的な支援を行った。経験豊かなジョブコーチがAさんと一緒に仕事をしながら業務の流れを作ると共に、スタッフとの関係作りも行いながら、徐々にフェードアウトした。 実習の結果、Aさんは無事就職できた。現在は朝早くからスーパーの品出しをがんばっている。 (2)Bさんの移行事例 ① 支援者まかせの求職活動からの成長 BさんはD庁に入職当初から次の就職先が見つかるのかを心配していた。チャレンジ雇用以前に何社も面接を受けたがまったく結果を残せなかったからである。しかし、企業就労できなかった要因の一つに、Bさんにいつか支援者が就職先を見つけてくれるのではという甘えがあり、就職するために掲げた課題に対して努力しようとしなかった経緯があった。 支援者はBさんが面接をきっかけに転職先を見つけることは難しいと考えていた。しかし、自分の課題に対する意識が低いため、あえて就職面接会に参加するなどして、日々のD庁での業務にも緊張感を持って取り組んでもらおうとした。 良い結果は残せなかったが、面接を重ねる毎に自己アピールする力が向上していった。 ② 心配・応援して支えてくれた同僚 ある面接会の時に、Bさんが自分の携帯をじっと見つめていた。それは、D庁の非常勤職員たちから送られた写真付きの応援メールであった。転職を目指してがんばるBさんを同僚が応援してくれる。Bさんは携帯電話をお守りのように大事に握り締めていた。同僚とのこのような交流は、チャレンジ雇用ならではのことと言える。 面接前に緊張して表情が強張るBさんのことを知ってか、同僚からの応援メールは面接の直前に送られることが多かった。メールを見たBさんの表情はほころび、良い表情で面接に挑むことができた。Bさんは、そのように応援してくれる同僚のためにもがんばらないといけない、自分に言い聞かせ、根気よく求職活動を続けた。 ③ ハローワークとの連携 なかなか就職先が決まらない中、ハローワークの雇用指導官よりBさんに向いた業務内容で、企業を一社開拓できるかもしれないと連絡があった。 雇用指導官はE病院の人事担当者に相談し、BさんとE病院のマッチングをサポートした。Bさんにとってこれ以上のチャンスはなく、すぐに応募し実習日程の調整を行った。支援機関と雇用指導官とでBさんの詳細な情報を共有していたことが、今回の出会いにつながったと言える。雇用指導官としても、チャレンジ雇用でがんばっている人であれば紹介しやすかったようである。 ④ 就労経験が自信へ Bさんの得意な業務が中心とはいえ、新しい職場での業務に慣れるまでの数日はジョブコーチによる物理的、精神的な支援を必要とした。 しかし、D庁でいろいろな業務を経験し、分からない時は質問すればよいことを経験してきたBさんとって、以前に比べ精神的な支援をさほど必要としなかった。E病院の担当者から、ジョブコーチがいない時の方がよく働いているのでしばらく支援は必要ない、と連絡がくるほどであった。 実習の結果、無事にBさんは就職をした。持病が悪化し現在は短時間勤務で調整しているものの、休まず出勤する姿からD庁での経験を踏まえたBさんの成長を強く感じる。 4 まとめ〜チャレンジ雇用の特性と効果〜 チャレンジ雇用は、1〜3年程度の有期限雇用であるため、安定して長く働き続けたい、と願う人からは敬遠されがちである。しかし、今回の2事例のように、年齢や背景は違うが、就労の経験がなく具体的な就労のイメージを持ちえていない人にとって、自分の力を試し、働くという経験を積むという点で、チャレンジ雇用は有効に機能した。短期間で次の就職先に移行してしまう人材を、雇用を通して育成する、という視点は、営利を目的とした民間企業には馴染みにくく、公の責務を負う官公庁ならではの取り組みと言える。 実際に職場で働くということは、就労移行支援事業の模擬的な訓練では経験することができない様々なことが経験できる。支援者の助言に耳を傾けられなかった二人が、今では助言を聞き入れ、自分なりの考えを持てるようになった。このような定量化できないながらも重要な職業準備性を身につけるには、職場実習や委託訓練では期間が短すぎると言える。人間関係における役割や組織における自分の立ち位置といった、目に見えない「気づき」というスキルは、1〜2年かけてようやく身につけられるものである。そのような機会を与えてくれるのがチャレンジ雇用のもたらす効果と言える。 失語症者に対する連携就労支援の実態調査 ○青林 唯(障害者職業総合センター社会的支援部門 研究協力員) 田谷 勝夫(障害者職業総合センター社会的支援部門) 1 はじめに 失語症をもつ人の就労支援に関しては主に身体機能・認知機能等医学的な特徴が就労率や社会復帰に関わるか1)、あるいは支援機関でどのような支援を行っているか、等に着目した研究が多い。しかし、青林・田谷・伊藤(2009)2)で示されたように医療機関との連携は就労の定着に大きく関わると思われる。青林・田谷・伊藤(2009)では就労支援機関(地域障害者職業センター) を対象としたが、医療機関においてどのような就労支援が実施されているか、失語症の就労支援にどのようなニーズがあるのか、また連携としてはどのような情報交換や役割が求められているかは明確でない。 そこで本研究では主に医療機関を対象とし、医療機関での就労支援状況や連携対象、また連携の内容について調査した。 2 方法 (1)調査対象機関と手続き 本研究では以下の基準によって調査対象機関を選定した。 日本リハビリテーション医学会がリハビリテーション専門医の研修施設として認定した医療機関等491カ所3)、高次脳機能障害全国実態調査の対象であった医療機関等401カ所1)、高次脳機能障害普及事業支援拠点機関等51カ所から4)、重複するものを除いた812カ所を対象とした。以上の機関に対し、郵送アンケート調査を実施した。 (2)調査対象 上記該当機関において失語症者に対する就労支援を直接担当している者、または就労支援機関との連携で窓口となって対応している者、もしくはこれに準ずる者とした。 (3)調査内容 調査内容は機関属性等の基本情報に加え、失語症に対する就労支援の実施状況、就労に帰結した場合の主たる要因、関係各機関との連携についてなど3区分11の設問とした。また、より詳しい支援手法をヒアリング調査するための協力依頼および同意書が付記した。調査項目の概要を表1に示す。 表1調査項目と内容 区分 番号 内容 回答方法・選択肢 I 問1-3 機関属性、設置基準、各専門職の職員数 機関属性、設置基準については複数選択。職員数は数値記入により回答 II 問4 就労支援の実 自機関で実施・状 施状況 況に応じて実施・ 他機関に依頼 問5 就労支援事例の手法 自由記述 問6 就労定着の要因 重要・やや重要・やや重要ではない・重要ではない・該当事例なし III 問7 連携機関 連携している機関を回答 問8 就労支援機関からの情報提供依頼および対応 情報提供依頼あり・依頼なし・提供した・提供していない 問9 連携で就労支 求める役割を回 援機関に求め 答。複数選択 る役割 問10 連携で重要な点 自由記述 問11 連携のあり方 自由記述 3 結果と考察 (1)回収率と回答者 161機関から回答を得、回収率は19.8%(161/812) であった。回答者は言語聴覚士126名、理学療法士3名、ソーシャルワーカー1名、医師3名、その他17名、未回答11名と、言語聴覚士が多かった。 (2)回答機関の属性と設置基準 急性期のみの機関は57機関、回復期・慢性期を含む機関は69機関であった。またその他は行政機関、更生施設等であった。 リハビリテーション病院としての設置基準については、脳血管疾患等リハビリテーションI(113機関)、および運動器リハビリテーションI(115機関)を満たす機関が多かった。 (3)職員数 それぞれの医療機関における医師、リハビリテーション専門医、言語聴覚士 (ST) 、理学療法士(PT) 、作業療法士(OT) 、ソーシャルワーカー (SW) 、心理士 (CP) の職員数を図1に示す。 医師リハ専門医 100 90 80 71 80 60 60 41 40 40 27 23 20 16 20 6 6 4 10 54 7 0 0 0 1-20 20-40 40-60 60-80 80-100 100-0 1 2 3 4 5 人数人数 ST PT 50 70 40 56 2930 50 60 4530 24 20 40 20 13 13 30 21 8 20 8 12 23 5 10 10 10 434 0 0 0 1 2 3 4 5 6 7 8 910-0 1-5 5-10 10-20 30-40 50 人数人数 OT SW 80 60 60 50 60 40 40 32 40 38 30 28 21 20 17 17 17 20 1113 9 10 412 0 0 0 1-5 5-10 10-20 20-30 30-40 40-50 50-0 1 2 3 4 5 6 人数人数 CP 120 108 100 80 60 40 27 20 13 412 0 0 1 2 3 45 人数 図1各職種の職員数 注縦軸は全て回答機関数を示す。個々のグラフで人数の 区間が異なる。 (4) 就労支援の実施状況と連携 ① 集計と分類について 問4「就労支援の実施状況」、問6「就労定着の要因」、問7「連携機関」、問8「就労支援機関からの情報提供依頼および対応」、問9「連携で就労支援機関に求める役割」の5つの設問に対する回答の基本的な集計を行った。また、これに加え医療機関の特徴別の集計を行った。 医療機関の特徴として、施設属性から各医療機関を急性期のみに対応している機関と回復期および慢性期の治療にも対応している機関の2種に大別した。急性期のみの機関は57機関、回復期・慢性期を含む機関は69機関であった。また、かつてのリハビリテーション施設設置基準の言語聴覚療法Iを参考に言語聴覚士を3名以上雇用している機関と3名未満の機関とに分類した。3名以上雇用機関は83機関、3名未満の機関は72機関であった。以上をまとめると急性期のみ・言語聴覚士3名以上の機関は17、急性期のみ・言語聴覚士3名未満の機関は40、回復/慢性期を含み言語聴覚士3名以上の機関は54、回復/慢性を含み言語聴覚士3名未満の機関は15であった。回復/慢性期に対応し言語聴覚士3名以上を配置している機関は他の機関と比べ失語症に対する就労支援の実施体制や関心が高いと思われる。本稿ではこの機関(以下「回多機関」という。) と急性期のみで言語聴覚士3名未満の機関 (以下「急少機関」という。)を別にした集計結果を合わせて報告する。 図2〜5に以上の集計結果を示す。各図のうち、上部は回答全体の集計結果を示し、下部左は急少機関、下部右は回多機関の集計結果である。 ② 就労支援実施状況 問4の項目は医療機関で一般的に行われている心身機能のリハビリテーション、生活訓練、理学療法・作業療法に加え、職業評価、労働習慣の確立、職業選択支援、職場適応支援、企業への情報提供や相談対応、就労後のフォローアップといった就労支援に関するものも含まれており、回答は自機関で実施・状況によっては実施・他機関に依頼・未対応であった (図2)。これらの就労支援に関する項目は主に地域障害者職業センターで行われている支援メニューと同様のものであった。 この結果をみると心身機能のリハビリテーションや生活機能訓練に比べ、就労支援を実施している医療機関は多くなく医療機関での就労支援に限界があることを示している。急少機関と回多機関では特に就労支援項目について顕著な違いが認められる。 全体集計 心身リハ100 28 413 生活57 58 1116 PTOT 37 75 11 23 紹介45 65 630 情報提供45 68 529 職業評価15 73 2829 労働習慣1352 33 45 選択31 64 1929 職場適応54 67 818 環境改善6 53 34 52 一般情報9 47 29 61 相談対応 フォロー 0 % 20 % 40 % 60 % 80 % 100 % 急少機関 回多機関 心身リハ 20 11 2 5 43 9 1 生活 5 21 6 6 30 17 3 PTOT 9 16 7 7 14 34 23 紹介 7 16 4 12 20 27 14 情報提供 4 20 3 12 24 24 14 職業評価 15 11 12 8 37 6 1 労働習慣 1 12 10 16 8 22 13 8 選択 1 20 7 11 18 26 5 2 職場適応 8 20 2 9 26 22 5 環境改善 17 11 20 3 25 15 8 一般情報 8 9 22 6 23 10 13 相談対応 1 12 5 21 10 30 5 7 フォロー 14 6 19 6 31 8 8 0 % 40 % 80 % 0 % 40 % 80 % 図2就労支援実施状況 ③ 就労支援で重視する要因 医療機関が就労支援についてどのように考えているかを調べるため、問6では失語症の就労定着について重視している要因を尋ねた。項目は当事者に関するものとしてその意欲、人柄、失語症の程度、身体機能、家族の協力であり、支援に関するものとしては問4と同様に認知訓練、生活訓練、身体機能リハビリテーション等医療機関での支援に関するものと就労支援機関の支援、連携、ジョブコーチ支援、企業の取り組み等就労支援に関するものが含まれていた。 特に重視している要因は当事者の意欲と企業の取り組み、次いで失語症の重症度であることがわかる。ただしいずれの要因も60%を超える機関が“重要”もしくは“やや重要”と回答しており、医療機関においても就労支援が重視されているといえ、急少機関と回多機関ではこの違いが顕著に認められる。特に、企業の取り組みは重視されているにも関わらず、問4の結果をみると企業への情報提供、企業からの相談対応、就労後のフォローアップ等の就労支援を自機関のみで対応している医療機関は非常に少ない。すなわち、重要であると認識している企業への支援を実際に実施している機関は少ないといえる。 問4就労支援の実施状況と問6重視する要因との関連性を検討するため等質性分析を行った。その結果、第1主成分は未対応・該当なしの軸となり、第2主成分は就労支援実施の軸であった。特に第2主成分に高く負荷していた反応は、就労支援では環境改善、フォローアップ、企業からの相談対応等の自機関実施であり、重視する要因では身体リハ・やや重要ではない、当事者身体機能・やや重要ではない等であった。 全体集計 当事者意欲 当事者人柄 当事者重症度 当事者機能 当事者家族 支援認知 支援生活 支援身体 支援機関 大変重要 支援連携 やや重要 やや重要でない 支援JC 重要でない 該当なし 支援企業 57 0 % 20 % 40 % 60 % 80 % 100 % 急少機関回多機関 当事者意欲 当事者人柄 当事者重症度 当事者機能 当事者家族 支援認知 支援生活 支援身体 支援機関 8 8 3 1 6 10 7 8 25 1145 22 支援JC 支援企業 支援連携 0 % 40 % 80 % 0 % 40 % 80 % 図3就労・定着に影響した要因 ④ 連携機関 問7は回答時で連携を行っている機関について複数回答で尋ねたものである(図4) 。まず顕著な特徴は多くの機関が自機関のみでの支援を行っていることである。また、病院またはリハビリテーション機関との連携が多くにみられ、他の支援機関と連携を行っている機関は少なかった。回多機関ではハローワーク (HW) 、地域障害者職業センター (地域C) 、就業・生活支援センター(就業生活)との連携が認められる。 70 51 43 49 50 54 61 57 61 75 49 90 19 1 21 23 41 34 28 7 1 33 26 6 1 29 38 31 19 31 5 19 29 21 17 34 8 1 14 36 3 15 24 1 14 41 9 14 10 14 全体集計 全体集計 病院61 56 治療経過 リハ59 58 保健所14 103 リハ経過 精神7 110 身体所見 市町村31 86 神経所見 福祉16 101 患者28 89 自己理解 NPO 他15 102 日常生活 HW34 83 現在治療 依頼あり 提供あり 地域C 依頼あり 提供なし 健康管理就業生活 依頼なし 提供あり 雇用支援 作業遂行 開発校13 104 依頼なし 提供なし 企業17 100 環境整備 0 % 20 % 40 % 60 % 80 % 100 % 0 % 20 % 40 % 60 % 80 % 100 % 急少機関回多機関 急少機関回多機関 病院1810 2326 治療経過 リハ1612 2326 リハ経過 21 3 2 6 7 4 1 5 6 6 8 9 4 1 2 2 2 3 2 12 10 10 9 10 9 9 8 8 8 28 45 保健所523 643 身体所見 23 310 精神325 148 22 67 市町村3 25 13 36 神経所見 福祉226 544 自己理解 18 710 患者3 25 14 35 日常生活 20 310 NPO他226 346 22 47 HW4 24 1930 現在治療 15 12 14 就業生活6 22 18 31 作業遂行地域C4 24 1633 健康管理 20 169 雇用支援 3 25 7 16 4233 環境整備17 23 10 開発校企業1 27 8 41 0 % 20 % 60 % 100 %0 % 20 % 60 % 100 0% 40 % 80 % 0% 40 % 80 % 図4連携機関 図5就労支援機関との情報共有 ⑤ 就労支援機関との情報共有 した。回多機関では全体の回答傾向から就労支援 問8では治療経過、リハビリテーション経過、のニーズや関心が高いことが窺える。企業との直身体機能所見、神経心理学的所見、障害の自己理接の折衝や企業に対する助言などが重要であると解、日常生活自立、現在の治療情報、健康管理の考えられている。しかしこうした機関であっても留意点、作業遂行の助言、企業内での環境整備に企業に対する直接的な支援は難しいと考えられてついての意見について、就労支援機関から依頼がいた。連携の状況からみると回多機関は作業遂行あったかどうか、またその情報を提供したかどうや企業内環境整備についての情報提供依頼が多く、かについて調査した。その結果を図5に示す。治また企業との折衝が求める役割との回答から、企療経過等、医療的情報は多くの機関で依頼・提供業に対する支援を連携して行うことが重要であるがあるが、回多機関では自己理解や作業遂行、企と考えられる。今後はヒアリング事例などを通し業内の環境整備についても情報提供が行われてい具体的な連携の手法やあり方について検討する。 た。 問9では、医療機関が就労支援機関に求める事【参考文献】 柄について、機関間での役割分担、就労可能性の1) 高次脳機能障害全国実態調査委員会:高次脳機能障害全国判断基準提供、疾患・症状と就労の関係の明確化、実態調査報告、「高次脳機能研究vol.206」、p. 206-218, 日本 職業能力評価法の提供、事業所・企業との折衝、高次脳機能障害学会(2006) 2) 青林 唯・田谷勝夫・伊藤信子:失語症者の就労に対する支援フィードバックの提供について調査した。その結の検討、「第17回職業リハビリテーション研究発表会発表論文果、最も求められている役割とは企業・事業所と集」、p. 208-211, NIVR 3) 日本リハビリテーション医学会:研修指定施設一覧、の具体的な折衝や支援であり、これは急少機関、https://member.jarm.or.jp/facility.php (June 1, 2010) 回多機関に同様の傾向が認められた。 4) 国立障害者リハビリテーションセンター:高次脳機能障害支援者普及事業 4 まとめ 本研究では医療機関における失語症者への就労支援の実施状況ならびにその見解やニーズを検討 医療機関における失語症者への就労支援とその可能性について ○廣瀬 陽子(医療法人社団北原脳神経外科病院リハビリテーション科 作業療法士) 飯沼 舞 (医療法人社団北原脳神経外科病院) 1 はじめに 当院は、脳卒中発症後の中途障害者に対する独自の就労支援活動として、H18 年2月より「ボランティアサークルあしたば(以下「あしたば」という。)」を、H20 年11 月より、外来での作業療法プログラムとして「Jトレ」を展開している。 今回、当院で支援をする参加者のうち、失語症を呈する方の再就職支援に携わる機会を得た。現在、失語症者の就労は厳しい状況が認められており、2002年の失語症全国実態調査報告1)によると、失語症者の社会復帰において、職業復帰の占める割合は、失語症者2,682 名中8.0%であったと報告されている。また、障害者職業総合センターの調査研究報告書2)によると、脳損傷・高次脳機能障害における、職業につく(あるいは定着する)上で出会う困難な点や問題点の一つとして、「失語症」が挙げられており、この障害は「電話対応や対人業務がある場合や職場のコミュニケーション等の面で大きな阻害要因となるケースが多い」と述べられている。 当院では、症例に対する支援として、当院で実施する訓練等で得られた情報を会社側へ提供することや、担当する業務内容との適性について検討することなどを行った。それにより、症例が担当する業務内容が具体化し、就職へ繋げることができた。 今回の発表では、症例に対する支援経過について報告するとともに、会社側への聞き取りを通して、症例が就職へ繋がった要因や、医療機関における失語症者に対する就労支援の可能性について考察する。 2 当院における就労支援活動の紹介 (1)あしたば 「あしたば」とは、院内でのボランティア活動を通して、復職や再就職を目指す当院独自の支援活動である。退院した脳卒中患者を主な対象とし、自宅生活から社会生活へ移行する為の準備活動の場として展開している。開催頻度は週1回、活動時間は 9:30〜12:00 である。主なボランティア活動の内容は、「入院案内の作成」や「各種資料の封入作業」、「消耗品の補充作業」などである。 (2)J トレ Jトレとは、職場の業務に類似した作業を訓練課題に取り入れた、当院独自の外来作業療法プログラムである。J トレでは、「パソコン入力」や「書類の仕分け」など、ワークサンプル幕張版3)や特例子会社の業務内容を参考にした作業課題を通して、身体機能や認知機能の向上、更に障害認識や病識の獲得等を目指している。訓練開催頻度は週2回、訓練時間は9:00〜12:00 とし、10:00〜12:00 の時間帯は、個別訓練と並行して自主トレーニングの場としても開放している。 3 事例報告 (1)症例紹介 30 代 男性(身体障害者手帳2級) ①診断名:脳内出血 ②障害名:右片麻痺、失語症 ③現病歴: Ⅹ年9月、脳内出血を発症し救急病院へ搬送。回 復期病院でのリハビリ加療を経て、X+1年2月、自宅退院となる。その後、当院にて外来フォロー(診察、理学療法、作業療法、言語聴覚療法)を開始する。また、再就労希望であった為、X+1年10 月から「あしたば」へ、更に、X+1年11 月から「Jトレ」へ参加する。 ④評価: 身体機能面は、右片麻痺(Br.stage上肢Ⅲ手指Ⅱ下肢Ⅳ)を認め、移動は装具・T 字杖を使用してほぼ自立レベル、階段昇降は手すりを使用し見守りレベル。麻痺側上肢は随意的な動きを認めるものの、生活場面ではほぼ廃用手レベルであり、左手中心で生活を送る。ADL はほぼ自立。知的機能面はWAISⅢ PIQ74。高次脳機能面では、失語症を認める。コミュニケーション面は、Yes/No 反応は可能。視覚的な理解面は、文字・短文程度の読解が可能であり、聴覚的な理解面は、状況理解が得られやすい環境であれば短文程度まで可能である。表出面では、換語困難を認め、実用的に話すことは難しいが、時間をかければ本人の意思を単語レベルで表現することや、文字で表すことが可能である。 ⑤性格: 失語症の影響もあり、何事に対してもやや受身的な姿勢であるが、真面目で素直な方である。 ⑥家族構成:父親・母親との同居 ⑦職業歴: 葬祭業の従業員として活躍されていたが、療養中に退職となる。 ⑧「あしたば」での様子: 入院案内の作成や、資料の封入作業を担当。片手での作業の為、やや時間はかかるものの、作業は非常に丁寧であり、また、ミスは殆ど認められない。 ⑨「J トレ」での様子: 事務系の作業課題を全般的に実施することから開始。その後、他者とのコミュニケーション能力の向上を目的として、「他患者が作成した資料の音読訓練」や、立位バランス能力の向上を目的として「ピッキング課題」を実施した。更に、自主トレーニングの時間帯には、「やってみよう!パソコンデータ入力4)」や、「名刺整理課題」などを実施した。 (2)再就職支援に携わることになった経緯 X+3年3月、就職活動中に、「会社との面接に向けて、会社側へ障害の程度や職務能力等について情報を提供して欲しい」との依頼を受けた為、本人の了解を得て、介入することになった。 (3)再就職を目指す会社概要 訪問介護、居宅介護支援、介護タクシーを行っている会社であり、従業員は約40 名程度。障害者雇用は今回が初めてであったが、前向きに捉えていた。 (4) 再就職に向けた介入経過 ①情報提供書の作成 情報提供の依頼を受け、障害の内容や、訓練内容 の紹介、更に、作業能力について、情報をまとめた。尚、作業能力については、「あしたば」や「J トレ」での様子から得られた内容を、表1の様に「得意な事」と「苦手な事」にわけて記載した。また、資料を作成する際は、分かり易い言葉で記載するように心掛けるとともに、症例の能力について具体的なイメージが得られ易いように、写真を取り入れるなどの配慮をした。 表1 作業能力について 得意な事 ・パソコンのデータ入力(数字) ・名刺の整理作業 ・資料の封入、開封作業 ・領収証の整理 など 苦手な事 ・立ち仕事 ・パソコンでのデータ入力( かな) ※ ただし、ローマ字変換表を利用す ることにより、入力が可能となる。 ②会社訪問 話し合いは、社長、専務、筆者の3名で実施した。イ、症例についての報告 症例の同意を得て、情報提供書を用いて症例について紹介した。 ロ、就職した場合の担当業務内容に関する検討 会社から提案された業務内容について、対応できるかどうか検討した。 (イ)業務内容:乗務日報のパソコン入力作業 (ロ)手順(方法): 所定のエクセルシートに、日付や担当乗務員名、利用者名、行き先(病院名や施設名など)、料金等の必要項目を入力する。尚、乗務員名・利用者名については、設定された番号を入力することにより、自動的に氏名が入力される。(乗務員名・利用者名と番号は、表にまとめられている)また、行き先となる病院名や施設名については、一文字目を入力すると、その文字から始まる病院・施設名が表示され、適応なものを選択することで、自動的に名前が入力される。 (ハ)業務の適性について: ・ 日付、金額等の数値入力について 得意な作業であり、問題なく対応できると予測した。 ・ 乗務員名・利用者名の入力について 症例は、乗務員名などが記載された一覧表から、該当する氏名を選び出せること、また、番号を入力することにより、自動的に氏名が入力されるシステムが整っていることなどから、対応可能であると予測した。 ・行き先の入力について 失語症の影響により、行き先となる病院・施設名の「一文字目」を入力することに時間がかかると予測した。しかし、症例は、「かな」のマッチングが可能である為、「病院・施設名にふり仮名をふった一覧表を作成する」、「病院・施設名と、それぞれの一文字目が記載された一覧表を作成する」などの対応をすれば、ローマ字変換表をみながら「一文字目」を入力することが可能となり、結果的に行き先を入力することができる可能性があることを提案した。 ③業務体験 症例が乗務日報のパソコン入力作業を体験する機会を設け、実際の作業能力を確認した。 ④採用決定 ⑤勤務開始に向けた訓練内容の導入 採用の連絡を受け、勤務開始までの期間中、下記の訓練内容を実施した。 イ、乗務日報のパソコン入力訓練 実際に用いるエクセルシートを会社側から提供してもらい、各項目の入力を練習した。 ロ、行き先のパソコン入力訓練 近隣の病院名を予めパソコンに登録し、一文字目を入力したら選択肢が提示される環境を準備。訓練をしながら、どの様な手掛かりであれば、症例がスムーズに一文字目を入力できるようになるか、検討した。 ⑥勤務開始 Ⅹ+3年4月より、週4日、9:00〜15:00(休憩60分)、パート雇用にて、勤務を開始した。業務内容は、乗務日報のパソコン入力の他、片手の器用さを活かし、「請求書への印鑑押し作業」や「封入作業」も追加された。 勤務初日は筆者も同行し、業務の実施状況や、作業環境についての確認等を実施した。更に、会社スタッフに対して、障害についての説明を行った。特に、就職後課題となり易い症例とのコミュニケーションの仕方については、以下の様に説明した。 <コミュニケーションのポイント> ・ 簡単な言葉で、短く話す。 ・ 早口にならないように注意する。 ・ 指示が伝わらない時は、「見本」を示したり、「文字」「絵」「写真」などを使って説明する。 ・ 症例が言葉が出ない時は、関連することを予測し挙げる。 ・ 症例の言いたいことを理解できない(予測できない)時や、本人が「いいや・・」と言った時は、「後で教えてね」程度の声掛けを行う。 4 会社側への聞き取り 雇用前後に感じていた不安や想い、また、当院で行った支援に対する意見、更に、失語症者の就労に関する課題や可能性等に関する意見を聴取する為、症例の勤務開始後約6 カ月が経過した時点で、専務に対して聞き取りを行った。 (1) 雇用前に感じていた不安や想いについて ・ 自分(専務)が担当している業務の一部でいいから、担ってくれる人材を雇いたかった。 ・ 業務については、正確にできるかが、一番心配だった。 (2) 会社訪問で行った、症例の紹介や、担当業務内容の検討について ・ 「数字の入力が正確だ」ときいて、安心した。 ・ 「乗務日報のパソコン入力作業が、出来るのでは・・」というイメージを持つことができた。 ・ 勤務開始前に、練習してもらえれば安心だ。 (3) 勤務開始後の様子について ・ 業務については、事前に練習していたこともあり、大きな問題は生じなかった。作業は正確で、丁寧に行ってくれる。 ・ わからない時は、本人から声をかけてくれるから安心。 ・ 今は、予定していた内容以上の仕事を担当してくれていて、助かっている。 (4) 症例が仕事をするうえで感じる課題 ・ 「厚着をしているが体に悪いのではないか?」「脳 の病状は進行するのか?」など、心配なことはあ る。 ・ 本人は、話したくても言葉がでない、通じない・・というストレスを感じているかもしれないが、周囲は、大きな問題は感じていない。 ・ 本人なりの方法でコミュニケーションはとれているし、何かを教える時は、一度実際にやってみせるから問題はない。 (5) 失語症者の就労について ・ 出来る能力を活かせる仕事があれば、言って伝わる人であれば、仕事はできると思う。 ・ 障害というよりも、本人の性格も影響していると思う。 5 考察 今回、当院における支援を通して、失語症を呈する症例が、会社の理解を得て、再就職を果たした。 担当する業務内容を検討するまでの支援時期では、障害者職業総合センターの報告5)によると、職場復帰の調整段階における事業主側の状況の一つとして、「利用者の状況はある程度把握しているが、それにマッチする職務が見いだせていないことが多い」と述べられている。今回の支援は、再就職支援であるものの、会社側が抱えていた「仕事が正確にできるか?」という不安な気持ちの解消に対して、当院で行った訓練等で得られた評価や、作業能力についての情報を提供したこと、また、障害についての知識を持った立場から、担当する業務内容ができるかどうかについて情報を提供したこと、更に苦手な業務については、代償手段など出来る方法の提案をしたことなどが、役に立ったのではないかと考える。その結果、本人にマッチする職務を見い出すことにも繋がったのではないだろうか。また、就職が決定した後は、担当する業務内容を考慮した訓練を導入したことや、会社のスタッフへコミュニケーションの取り方について情報を提供したことにより、症例・会社側双方の不安が軽減し、安定した勤務の継続に繋がっているのではないかと考える。 6 おわりに 失語症は、他の障害と同様、その程度や作業場面への影響は、個人によって異なる。働くにあたり、「コミュニケーション能力の低下」という課題を完全に解消することは難しい。しかし、きちんとした障害像の把握や、作業能力の確認を行い、残存する能力を活かせる職務のマッチングや、会社の理解を得ることで、失語症者が就労できる可能性は秘められていると考える。 失語症者の就労移行支援のあり方に関して、障害者職業カウンセラーに対して行ったアンケート調査6)によると、失語症者の支援に繋がらなかった理由として、職務遂行では、「適合する職務の検索が困難」が39.1%と報告されている。 失語症を含め、高次脳機能障害者の就労支援において、医療機関の介入が求められている今日、就労支援機関や会社等に対し、評価結果を分かり易く伝達することや、できる作業能力を具体的にイメージできるような情報を伝えていくことが、医療機関に求められることの一つではないかと考える。 【参考文献】1)失語症全国実態調査委員会:失語症全国実態調査報告,「失語症研究Vol.22」,p.241-256,2002 2)障害者職業総合センター:地域障害者職業センターの業務統計上“その他”に分類されている障害者の就業上の課題,「調査研究報告書No.21」,p.11, 1997 3)株式会社エスコアールワークサンプル幕張版http://www.escor.co.jp/mws/index.html 4)やってみよう!パソコンデータ入力http://www.nivr.jeed.or.jp/research/kyouzai/22_nyuryoku.html 5)障害者職業総合センター職業センター:高次脳機能障害者に対する支援プログラム〜利用者支援、事業主支援の視点から〜,「実践報告書No.18」,p.37,2006 6)栗崎由貴子:失語症者の就労移行支援のあり方に関する考察〜障害者職業カウンセラーへのアンケート調査より〜「日本言語聴覚士協会総会・日本言語聴覚学会プログラム・抄録集」,p.172,2008 高次脳機能障害者の就労準備支援におけるグループワークの役割 望月 裕子(東京都心身障害者福祉センター地域支援課 就労支援係) 1 はじめに 高次脳機能障害者の就労においては、その障害の理解のしにくさから、職業に与える影響がわかりにくいことが課題の一つとして挙げられる。当事者は、認知面の障害特性から障害認識がしづらく、周囲も障害の多様さや複雑さを把握しにくいため、実際の仕事の場面で障害がどのように現われるか予測がなかなか出来ない。相互に認識が十分でないまま職業生活に臨んだ場合、能力以上の課題を与えられて負担になったり、指示と実行に齟齬が生じるなどの問題が生まれる。就労を目指す高次脳機能障害者にとって、現在の自分や障害をありのままにとらえ、出来ることと出来ないことを知ること、それに対して工夫をしていくこと、さらにそうした障害を周囲の環境に伝えて理解を得ることは、障害を受容しながら社会に適応していく中で欠かせないプロセスの一つである。 東京都心身障害者福祉センターでは、平成19年度より「高次脳機能障害をもつ人の就労準備支援プログラム(以下「プログラム」という。)」を実施し、高次脳機能障害者への就労準備支援を行っている。これは、約6ヶ月間の期間中に、模擬的な職場に通所しパソコンや仕分け・組み立てなどの個々の作業課題を実施し、神経心理学的検査結果等とも併せて様々な側面から職業評価を行い、職業準備性を高めるものである。このプログラムの中では、少人数集団によるグループワークを心理職が実施し、障害への気づきを高めるための関わりを行っている。本稿ではその概要と実践について報告し、高次脳機能障害者の就労準備支援及び障害認識における集団活動の役割について検討を行う。 2 グループワークの概要 (1)グループワークの目的 職業準備性を高める上で、仕事と関連した障害認識を進めることを目的とする。具体的には以下のように設定している。 ①同じ障害をもつ集団で話し合うことにより、知識や体験の共有と情報交換を図る。 ②障害と仕事を関連づけた話を自らすること、また他者の話を聞くことにより、障害や障害の職業への影響について、理解を深める。 ③障害を補いながらそれぞれの職業生活を考え、目指していく動機づけとする。 ④障害を自分の言葉で説明したり、テーマに沿った発言の機会を体験することにより、職場や社会の中で必要とされるスキルを身につけられるようにする。 (2) グループワークの対象と規定 【名称】「脳に損傷を受けた方のグループワーク」【対象】プログラム利用開始後3か月程度経ち、心理評価及び中間報告が終了した利用者3〜5人。参加のルールを下記のとおりである。 ①時間を守ること ②楽しく過ごすこと ③積極的に発言すること ④他の参加者の発言を否定しないこと ⑤グループワークで聞いた個人情報を他の場面で話題にしないこと (3) 実施方法と内容 【方法】週1回、約1時間30分×4回 【司会及び書記】心理職2〜3名【内容】各回のテーマを予め設定している。第1回「自己紹介」 ①病気や事故の経過 ②それまでの仕事あるいは学業の経歴の紹介 ③これからしてみたいことやしてみたい仕事について話す。 第2回「病気やけがによって私の中に生じた変化」 受傷により困難になっていること・不自由を感じていることを話す。 第3回「脳の障害を補う工夫あれこれ」 第2回の内容について、自分なりに工夫していることや心がけていることについて話す。第4回「私の高次脳機能障害はこれだ」 自分の障害について他者に向けて話す体験。 ①障害者雇用での採用面接場面 ②元の職場の上司や同僚との場面 ③久しぶりに会った友人との再会場面 の中から設定を選び、その場面に臨んだつもりになって話す。 (4)グループワークの流れ 1回の流れを以下に示す。 ①設定の準備 記録用のホワイトボードに、テーマやスケジュールを参加者が分担して書く。開始への意識づけと自発性を促す。 ②今日の予定とルールの確認 「今日の予定」「スケジュール」「参加のルール」を参加者が読み上げる。評価用紙を配付し、フェーススケール(Wong-Backwer faces pain rating scale)でその時の気分を自己評価する。 ③ウォーミングアップ 第2〜4回に実施。自由なテーマの「1分スピーチ」を職員も含め全員が行い、言葉を発するきっかけや1分間の時間意識をつくる。 ④今日のテーマ テーマに沿って、一人ずつ発言する。司会は質問を促し、話の発展や関連づけを行いながら、全員が発言するように配慮する。 ⑤まとめとクールダウン 司会が、発言の共通項や相違点に障害の一般的な知識等を加えてまとめる。参加者は、再度評価用紙で再度気分と感想を記入して終了する。 (5)記録 実施中、書記がホワイトボードに発言を書き出し、視覚的に情報を提示する。また、記録を後日配付し、実施中は参加者が発言や聞くことに注意を集中できるようにする。 3 グループワークの特徴 (1)テーマ設定 プログラム利用者は全員就労したい気持ちを持って通所している。障害と仕事を関連づけたテーマを抽出して組み立てることにより、個々の作業課題などを通しての職業評価の流れの中で、あらためて自分の職業意識や職業観について、まとまった時間をかけて振り返ることができるようにアプローチしている。 (2)構造化された設定 グループワークの流れそのものを、時間のメリハリをつけたわかりやすいものにすることで、注意が散漫になったり疲労したりしにくいように、工夫している。また発言の場面では、参加者の自由な発言を引き出しながらも司会が適度に介入し全体の流れをまとめていくことで、テーマからそれたり参加者が不穏になるなどの逸脱がないようにコントロールしている。具体的には、「質問したいこと」「聞いてみたいこと」「よかった点」「ほかのアイデア」など、出来るだけポジティブな観点をポイントに、参加者が考える手がかりとして提供している。 (3)集団性 プログラム自体が個人の課題を進める単独作業が中心であるため、グループワークは通所中に他の利用者と交流する少ない機会の一つとなる。日常会話以上に受傷や障害に関する話題を共有するため、「同じ体験をした者」どうしの帰属感情を味わうと同時に、相違にも着目することで自己をふり返ることができる。 (4)集団構成の非作為性と短期間設定 メンバーの抽出はプログラム利用の開始時期に順じて行い、構成の均質性は敢えて意図していない。また4回で終了する短期間の設定にし、ポイントを絞ったコンパクトなグループにすることで、「就労を目指してプログラムを利用している」という共通項だけで参加でき、6か月前後の短期間の間でも体験できるようにしている。 (5)意識づけ 設定の準備をすること、自ら声に出すこと、読みあげること、記録を読むことなど、参加者の自発性を促し、活動への動機づけとなり、グループワークへの意識を高めるようなきっかけを数多く配置している。高次脳機能障害者は、自ら行動のきっかけをつかんだり対象に意識して関わることが困難になることが多いが、いろいろなかたちの「きっかけ」を提示することで、自然に行動を促せるよう意図している。 また、集団の前で発言をすることや時間に合わせて行動することなど、日常生活では生じにくいが職場や社会の中では必要とされるスキルを使う場面を設定し、就労に向けての意識を高めるよう工夫している。 (6)記録とフィードバック 記録や面接を通して参加者自身にフィードバックを行うほか、参加者の担当職員にもグループ中の発言や様子についてフィードバックする。それにより、参加者は自分の言動を振り返ることができ、担当者は通常の作業評価場面では得られない参加者の言動を知ることができる。 4 事例 Aさん20代男性 20代初期にてんかんの診断、発作が頻発し二度目の手術時に脳梗塞を発症、高次脳機能障害となる。視野障害及び音声・言語機能障害で身体障害者手帳4級取得。退院後、通院、ST訓練、作業所通所の生活を続けていた。注意障害、記憶障害、相貌失認がある。 (1)経過 本人の働くことへの希望と、通所している作業所や病院からの勧めで、プログラムの利用を開始した。当初は、記憶障害や相貌失認、地誌的障害などのため、課題を行う就労支援室の中のごく狭い動きにおいてさえも戸惑う様子が強かった。また、体調の不安定さや対人面の不安の訴えもしばしば聞かれた。課題の整理、日誌(メモリーノート)の工夫を通じて次第に混乱せずに作業課題をこなせるようになってきたところで、通所開始3ヶ月目に、他の30代から50代の男性メンバー3人とともに、グループワークに参加した。 (2)グループワークでの経過 【第1回「自己紹介」】 自分の障害については、「言語と視野に障害がある。文章を書いたり考えるときにどの言葉を使っていいのかわからないことがある。左側半分が見えないのがつらい。人の顔を覚えることも難しくなった。」と表現している。評価場面ではいわゆる記憶障害や注意障害の影響も少なくないのだが、「覚えられないこと」「注意がうまく向けられないこと」そのものを取り上げるよりも、コミュニケーションに関わるところで障害をとらえているような印象であった。終了後の感想は、「同じ障害の色々な症状を知れて、知識が増えた、コミュニケーションできてよかったです。」だった。【第2回「病気やけがによって私の中に生じた変化」】 テーマについては、「視野障害があって見づらい。左から人にぶつかられてしまう。会話で言いたいことをうまく言えない。複雑なことを言われるとわからない。文章が長いと、何が重要だったかわからなくなる。よく知っているはずの人の顔や道がわからない。視野が狭くなって、気持ちも狭くなったかもしれない。友人が障害のことをどう思うかが気になる。」と話す。第1回での発言に引き続き、見づらさやコミュニケーションのしづらさを強調しており、対人関係場面で障害を意識することが多いことが伺われた。 感想では、「Bさんが言った『腹が立つ』ということを共感しました。私も高次脳になってからルールを守らない健常者を見てたまに立腹します。優先席で派手に携帯電話を使っていた時など。」と書いている。50代の男性Bさんが隠さずに内面のいら立ちや感情コントロールの難しさを話す様子を聞き、共感したようである。また、Aさんの中の対人場面での感情コントロールの難しさ、健常者への視線が見える感想である。【第3回「脳の障害を補う工夫あれこれ」】 ウォーミングアップの1分スピーチの場面で、他のメンバーのCさんから、「自分の就職を一生懸命考えても、やりたいことが見つからない。病前の仕事に戻る気はないが、二年間考えても何も思い浮かばずに困っている。自分にやりたい仕事が見つかるだろうか?。みんな、仕事は本当はやりたいのかやりたくないのか、教えてほしい。」という発言がある。他のメンバーにも考える契機になり、またCさんの訴えも切実であると思われたため、取り上げて各自で意見を交換した。Aさんは「以前やっていた深夜コンビニのアルバイトは、お客さんの笑顔がやりがいで楽しかった。」と話す。接客が好きだったらしい性格が伺われた。 テーマについては、「①手帳②カレンダー ③携帯電話④デジタルカメラ」など、もともといろいろな機器を使うことが好きなAさんらしく、様々な代償手段を披露した。感想では「Dさんの『人の顔が覚えられない』という症状に共感しました!。私も人と『何か』を関連させて覚えていきます。」と書く。 【第4回 「私の高次脳機能障害はこれだ」】 テーマでは、中学時代の友人に説明する場面を選ぶ。その際、「みんなは『障害者か』と思うかもしれない、『障害のやつとは友達になりたくない』と思うかもしれないけれど」という発言があったことに対して、先述のBさんが「そんなことはない。そう思っているのはあなただけ。誰も周りはそんなこと思っていない。」と強く断言する場面が見られた。Aさんの気持ちを受け止めながらも別の考え方をはっきりと提示した局面であった。それを聞いていたAさんの表情は見る見る変化し、何かに目覚めたかののように見受けられた。 最後の感想では、「人間関係の悪化にはそれほど重く悩まぬべきということでした。以後気をつけたいと思います。」「最後に言っていただけたとおり、友人たちと今までどおりに接して生きていきたいです。また皆さんと会話したいです。」と繰り返し書いている。 (3)帰結 プログラム終了時、総合的評価は『定型反復的な作業に適性が見られ、この分野での短時間就労であれば可能』という結果で、作業所に通所しながら徐々に求職活動を行っていくこととなった。当初に比べかなり言動は落ち着き、支援室内でも迷うことなく動き、他の利用者に声をかける様子も見られるようになった。面接では、「新しい場所に向けて希望と挑戦する気持ちでいる」と話した。 (4)考察 グループワークでの内容が、直接本人の意向や支援の方向に大きく作用したわけではないが、そこでの自分自身の発言、障害とそれへの対処をふり返る体験、他のメンバーの発言や助言は、Aさんの中におそらく様々な印象として蓄積されたであろう。グループでの発言から、Aさんにとって働くということを考える際に、仕事や就職の内容そのものだけでなく、障害が他者からどう見られるか、どのように人とつき合えるのか、という社会関係・対人関係が、もう一つの大きなテーマであることが読みとれる。それに対してAさんは、グループワークを通じて、同じ障害をもつ仲間とともに語り共感し助言を受けることで、自分で自分を受けとめる体験と、安心して他者に受けとめられる体験を得ることができたのではないだろうか。このことは、Aさんの『障害をもつ自分』の認識に作用し、受傷前の過去から現在までを一つの流れ・総体として受け入れる契機になったであろう。その上で、作業課題やプログラム全体を通して、自分に出来ることを実感として認識し、社会復帰を目指して次の歩を進める自信を持てるようになったのではないかと考えられる。 5 まとめ 就労を目指す高次脳機能障害者にとっては、就労に向けた準備に際し、障害が職業に及ぼす影響を考えることは不可欠である。プログラムにおけるグループワークでは、職業生活を想定し職場での課題や周囲とのやりとりを検討していくことになるが、この作業そのものが同時に自己理解のプロセスでもあることが、事例から考察される。就労というテーマに絞った短期間かつコンパクトな設定のグループワークであっても、同じ障害を持つ仲間と場面を共有することで自然に自己認識が生まれる。そのことが、単に職業上の課題認識にとどまらない、集団としての活動の意味であり役割であるとも考えられる。 また障害認識や自己理解も、就労や職業といった当事者の生き方に関わる現実に即したテーマの下でこそ、進んでいくものと言えるのではないだろうか。障害によって変化したものと変化しないものの両者を受け入れて統合し、再度自己像を確立する過程は、個人の中だけで抽象的に行うものではなく、様々な他者の関わる具体的な場面に即してその都度吟味を繰り返し、時間をかけて行う作業であろう。現実に直面し、そこでの課題をもとに、自己像を再構築しながら職業意識や人生観を変容していく。それが、障害を持ちながら社会や人との関わりの中で生きることにほかならない。グループワークでの他者とのやりとりは、その第一歩でもある。 高次脳機能障害者の支援は、関与する側にとって、当事者の障害状況や障害認識、支援できる期間や範囲など様々である。具体的な場面やテーマを題材に自己理解や障害認識を進めることが同じ障害を持つ仲間に支えられることで可能となるならば、種々の支援の場において各々の特徴や段階を生かしたグループワークの手法が考えられるであろう。多様な支援機関における今後の取り組みを期待したい。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター支援マニュアルNo.5:高次脳機能障 害者の方への就労支援−職場復帰支援プログラムにおけるグ ループワーク(2010)2)中島恵子:「高次脳機能障害のグループ訓練」三輪書店 (2009) 高次脳機能障害者の就労準備支援における チェックリストの活用の実践 棚本 智子(東京都心身障害者福祉センター地域支援課 1 はじめに 様々な情報を速やかに処理することが難しくなっている高次脳機能障害者が、与えられた仕事を誤りなく進めようとする時、わかりやすい環境設定が大切なのは言うまでもない。そのための手段の一つとして、「チェックリスト」が有効なツールであることはよく知られている。具体的な理由としては、 ・ 作業手順が書かれている(覚えたり考えなくても見ればわかる)。 ・ 先の見通しが持てる。 ・ 終わった工程はチェック(以下.)を入れていくので、どこまで終わったが一目瞭然である。 ・ .を入れることで、達成感が持てる。 等が挙げられるであろう。 当センターの「高次脳機能障害をもつ人の就労準備支援プログラム」においても、模擬的職務課 表1プログラムの内容 就労支援係) 題を行う中で、その利用者に合わせたチェックリストを作成し、滞りなく仕事を進めるトレーニングを行っている。実践例の報告を通じて、高次脳機能障害者の就労準備支援における、チェックリストの有用性を再確認したい。 2 高次脳機能障害をもつ人の就労準備支援プログラム 「高次脳機能障害をもつ人の就労準備支援プログラム(以下プログラムとする)」とは、就労を希望する高次脳機能障害者に対し、職業評価・高次脳機能障害評価・模擬的な職務課題(以下「作業課題」という。)を通して、それぞれの職業的課題を明らかにし、一般就労から福祉的就労まで、幅広い「職業生活」の実現を目指すものである。通所によるプログラムであり、利用期間は、原則として6ヶ月としている(表1、2)。 ・ 基礎評価(インテーク、職業適性検査、神経心理学的検査、漢字の読み書き等) ・ 作業課題による評価及びトレーニング ・ 検査結果のフィードバック及びグループワークによる障害理解 ・ 情報整理スキル獲得支援(メモリーノート、チェックリスト等の導入) ・ 就労準備講習 ・ 地域支援機関と協働した、求職活動への移行及び復職のための職場調整 表2プログラム登録者の状況 ・性別 男性71名女性12名 ・ 年齢 平均42.8歳 (19歳〜59歳) ・原疾患 脳血管障害 50 名 脳外傷 21 名 その他 12 名 (平成22年3月末現在83名) 3 チェックリスト導入の実践 (1)事例1 30代男性で、原疾患は脳外傷。身体状況としては、若干の左麻痺を認めるが、日常生活に支障はない。高次脳機能障害としては、記憶障害、注意障害、遂行機能障害等がある。WAIS-Ⅲは全IQ69 言語性IQ73、動作性IQ70、RBMTは1点/24点であった。 地域の作業所へ通所しているが、企業就労を希望し、プログラムに参加した。 ① 通所開始時の様子 タイムカードを押す、名札をつけるなどの作業前の準備や作業指示等は、同じことを繰り返し行うが、何度行っても覚えることが難しい、通所時間の遅刻はないが、昼休みなどに時間に戻ることが難しい、作業課題を行っている最中に注意が逸れてしまい、職員が意図している内容とは違うことを行ってしまう、という様子であった。これらのため、メモ程度の補完手段では本人が場面に沿った行動を判断するのは難しく、その都度声かけや指示が必要であった。 ② チェックリストの導入 当初は図1のような、日誌形式のものに1日の予定を書いてもらい、それに沿って動くことを試みた。しかし、流れがわかりづらく、記入にも参照にも職員の声かけを要した。また書いている内に注意が逸れて、関係のないことまで書きこんでしまうこともあった。 職員が意図した流れ(=職場での流れ)が自分の力でわかり、指示なく自ら動けることを目標に、通所開始後2ヶ月より(初期評価終了後)図2のチェックリストを導入した。 チェックリスト作成に当たっては、1日の流れを1枚の用紙にまとめること(複数枚に渡らないこと)、使う言葉は短いものとし、矢印を大きくつけるなど視覚的に流れがわかるように工夫すること、本人が行う動作は.記入のみとし、日誌に字を書くことなどは極力減らすこと(思考が拡散しないように)に留意した。手順の確認と同時に、作業課題後の自己評価ができるよう工夫した。また、作業内容は定型的かつシンプルなものにした。 ③ 経過 導入当初は、チェックリストを使用することそのものを体で覚えることに時間をかけた。本人が流れと違うことをしそうになった時に「チェックリストを確認してください」と繰り返し伝えることで、チェックリストと行動がリンクしていることを意識づけていった。また、チェックリストが常に視界に入るように、そばに置いておくことにした。 導入3週間目頃から、声かけなしでチェックリストを自ら確認し出し、3ヶ月後には、一人で準備から作業課題まで行えるようになった。また、昼休みに時間に戻ることはなかなかできなかったが、遅れそうな時は走ってくるなど、意識ができてきた。 1枚のチェックリストを使うことで、1日の全体の流れがわかったこと、自ら.を入れていくことで、全体の中の今の位置がわかり、見通しが持ちやすくなったこと、簡単な動作(.を入れるのみ)だけで日誌が完成していくため思考が拡散しにくかったことなどが、目標達成の要因と思われる。 図2<事例1>導入後のチェックリスト (2)事例2 30代男性で、原疾患は脳梗塞。身体麻痺はない。高次脳機能障害としては、記憶障害、左半側無視等がある。WAIS-Ⅲは全IQ81、言語性IQ85、動作性IQ80、RBMTは17点/24点であった。 地域の作業所へ通所しているが、企業就労を希望し、プログラムに参加した。 ① 通所開始時の様子 作業課題については複数の手順があると理解に時間を要することはあるが、集中力が良く、スピード・正確性とも問題はなかった。時々手順が抜けることがあったが、そのことへの自覚を強く持っており、「自分のしていることはこれで正しいのだろうか」という迷いが生じやすく、作業課題に入るのに時間を要したり、作業中も何度も確認をするなどしていた。 ② チェックリストの導入 迷いを減らし、より集中して作業に取り組めることを目標に、通所開始後3ヶ月後よりチェック リストを導入した。 作業課題の準備から帰りの準備まで、1日の行動を細かく挙げ、チェックリストに落とし込んだ。また、工程のどこまで終わったかがはっきりわかるように、チェック欄を大きく取った(図3)。 ③ 経過 チェックリストを使うことへの抵抗はなく、最初から自ら常に持ち歩くなどの工夫も見られた。作業課題前や作業課題の区切りでは必ずチェックリストを確認しており、作業課題への取りかかりがスムーズになった。また、余計な迷いが減り、作業スピードも向上した。工程が終わるごとに.を入れることで、今まで持っていた不全感ではではなく、達成感がはっきりと得られる効果もあったようで、自信を持って取り組んでいる様子が窺えた。 1日の流れに自信を持って取り組めるようになった頃(導入後1ヶ月後)に、チェックリスト 図4<事例2>変更後のチェックリスト の形式を変更した(図4)。1日の主な予定は手帳で管理し、各作業課題の細かい手順は課題ごとのチェックリストを作成した。今までのものは1枚で1日の流れをすべて網羅しており、スペースの関係で、一つ一つの作業課題はどうしても手順の少ないもののみになってしまっていた。形式を変更することで、準備や手順が多いものへの対応が可能になった。また、企業就労を考えた際も、より実用的で汎用性のあるものへの移行という狙いもあった。 4 考察 2事例とも、仕事として求められていることを自らの力で実現させていくことを目的に、チェックリストを活用した事例であるが、形式はそれぞれ少しずつ違っている。事例1については、注意が逸れやすいため、チェックリストはなるべく簡潔に作成した。一方、事例2については、集中力は良かったため、むしろ不安材料を減らすためにできるだけ細かく(文字も多く)作成した。 一口に「チェックリスト」と言っても、「その人に合った」「その人が使える」チェックリストを作成するには、まずは本人の障害状況を細かく把握する必要がある。言語理解力や注意力によって、使う言葉や構成が変わってくるからである。その上でチェックリストを常時活用できるような環境設定〜例えば、持ち歩くのであれば小さいサイズのものを、記憶障害があってチェックリストの存在そのものを忘れてしまうのであれば、いつも視界に入るところに置く、あるいは大きめのものにするような工夫も大切である。 逆に2事例に共通したこととして、.を入れていくことで、次にどの工程に進むのか、また、全体の流れの中で現在どこまで作業課題が進んでいるのかということを、思い出したり考えたりせずに視覚的にすぐ判断でき、見通しを持ちやすくなったということがある。情報の整理が難しくなっている高次脳機能障害者にとって、判断に要する時間が短くて済むことは、その分負担が減ることを意味すると言える。 また、「.を入れる」という行為から得られる達成感が大きかったことも挙げることができる。受障前の自分と比較して自信をなくしがちである高次脳機能障害者にとっては、小さなことではあるが、この積み重ねが自信につながっていくと感じる。 この「.を入れる」という行為の持つ効果は、単なる手順書や指示書といったものとは異なることを指摘したい。 チェックリストは、障害のあるなしに関わらず、誰もが日常的に何かしらに使っていることが多い。障害者も支援者も共通の認識が持てやすく、使いやすいツールと言える。職場の場面や障害状況に合わせて応用も可能というメリットもある。今後もこういったツールを使って、就労準備支援に役立てていきたい。 【参考文献】 1) 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部国立障害者リハ ビリテーションセンター: 「高次脳機能障害者支援の手引き ( 改訂版第2 版) 」p.29〜37,(2008) 2) 永井肇監修:「脳外傷者の社会生活を支援するリハビリテー ション実践編 事例で学ぶ支援のノウハウ」(2002) 3) 独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合 センター職業センター: 「高次脳機能障害の方への就労支 援」(2006) 4) 橋本圭司:「高次脳機能障害 どのように対応するか」 (2007) 若年性認知症者の就労継続に関する研究 −事業所支援における対応のあり方の検討− ○伊藤 信子(障害者職業総合センター社会的支援部門 田谷 勝夫(障害者職業総合センター社会的支援部門) 1 はじめに 平成20、21年度にわたる「若年性認知症者の就労継続に関する研究」の調査結果では、若年性認知症者は、疾病特性等により就労継続が困難な状況にあり、支援体制の構築が急務であることと、事業所による理解の促進も含め、“ソフトランディング”としての長期的な支援が同時に進められることが重要であると考えられた。 これまでの研究から、発症が早期に確認され、早期に支援が開始されることにより就労継続の可能性が高くなると考えられた。本研究では、専門家ヒアリング、事例研究等から、発症後の経緯や発症者を雇用する事業所の現状を把握し、支援のための課題を検討する。 2 若年性認知症の就労に関する現状 (1)診断確定後、退職せざるを得ない理由 事業所の見解によれば、給与に関する査定においては、業務遂行状況を評価の対象とし、傷病自体は対象としていない。ただし、傷病後、以前の業務遂行状況と比べて、遂行能力の低下が認められた場合には、評価は低下する。若年性認知症者の場合、症状の進行により業務遂行が困難となるため、結果として評価が低下せざるを得ない。発症前の評価を維持して退職すれば、本人としては評価の低下以前の段階で退職金を得られるため、就労継続をやむを得ず断念する事例がみられる。またこの傾向は小規模事業所において多くみられる。 (2)発症者の把握が困難 結核等の感染疾患の場合は、発症確認後、速やかに事業所に申し出ることが必要とされるが、変性疾患、脳血管性障害等による若年性認知症は、感染することはなく、本人・家族・同僚の認識や申し出によるところである。発症から時間が経過していれば、症状も進行し、就労継続はより困難 研究協力員) となり、対応できない状況に至っている事例が大半である。 また、発症を事業所が確認すると自分の評価が低下すると認識している場合には、診断が確定しても申し出ない可能性が考えられる。実際に、若年性認知症と診断が確定しても、事業所には「うつ病」と申告した事例がある。 以上のように、実際に若年性認知症を発症した従業員がいても、事業所がそれを把握するのは困難であり、対応の前例もなく、今後発症者を確認した場合も対応方法を検討していないのが現状である。 (3)事業所における対応の現状 就労支援においては「職を持っている間に認知症を発症した人が1日でも長く仕事ができるように、早期に職場が気づいて適切な対応をする」必要性が指摘されており1)、事業所において健康管理を担う産業医の役割が重要であると考えられる。 小長谷他2)による産業医の若年性認知症に関する認識や経験に関する調査では、事業所に勤務する産業医(889名)が把握した若年性認知症者は、「以前にいた」「現在もいる」を合わせと57名であった。57名のうち、「相談を受けた段階で専門医療機関に紹介」は20名(35.1%)、「自社の医療機関で診察後、専門医療機関に紹介」16名 (28.1%)、「自社の医療機関で診断した」4名 (7.0%)であった。その他の17名(29.8%)のうち14名は、他院にて診断をすでに受けていた。産業医が把握した事例は、概ねいずれかの医療機関で診断を受けている。診断後の対応としては、「職場を変えて勤務を継続」19名(33.3%)、「そのまま元の職場で勤務を継続」15名(26.3%)、「休職」17名(29.8%)であり、診断後も勤務を継続できたのは全体の約60%であった。 3 若年性認知症者の就労に関する事例 (1)就労継続が困難であった事例 A氏(58歳、男性)大学(理系)卒後、製造業の事業所に専門技術職として勤務。転職なし、勤続36年。58歳で若年性アルツハイマー病と診断された。 表1A氏の経過 書類の記入時に、書字が困難であっ 53歳た ?歳 ひとり言が多くなり、話のつじつまが合わなかったが、家族は「いつものこと」で発症しているとは思っていなかった 56歳 (本人兄夫婦が「この頃から様子がおかしかった」と後日、説明) 57 歳6 ヶ月 勤務先の経営形態が変更になる 57 歳7 ヶ月 親戚の家に向かう途中迷子になる 57歳10ヶ月 57歳11ヶ月 勤務先総務担当者より、自宅に電話「話したいことがある」( 職場での状況説明あり)午前:大学病院精神科受診、午後:検査専門病院にてMRI 撮影。妻所用のため、本人1 人で帰宅し、迷子になる 58 歳0 ヶ月 大学病院に1 ヶ月入院。その間休職。 58歳2ヶ月 退職。 【事業所からの状況説明】 57歳10ヶ月時に、事業所から妻に電話があり、「話したいことがある」と言われ、以下の説明があった。 . 仕事の能力が低下しており、サポートする人 がいないと任せられない。 . PC入力の間違いが多い。 この時点まで、妻は発症を認識していなかったが、これまでの様子では、以下の点は認識していた。 . ひとり言が多い。 . 話のつじつまが合わない。 . こだわりが強い。 . 迷子になったことがある。 【就労継続の困難】 58歳0ヶ月時に、検査入院の名目で1ヶ月間大学病院に入院した。その間休職し、退院後も継続して休職していた。ただし、専門技術職のため、安全を考慮すると職務遂行は困難であること、またA氏を雇用する中規模事業所は、A氏への対応に人員を要するため、雇用継続には積極的な意向を示していなかった。妻は就労継続により評価が低下し、退職金が減額になることを考慮し、また本人はこの事業所での就労継続の強い意思表示はなく、58歳2ヶ月時に退職となった。 A氏は退職後、就労を希望し、4ヶ月程度が経過してから地域障害者職業センターを利用し、面接、評価等を実施したが、未就労である。 (2)就労継続中の事例 B氏(54歳、男性)大学(理系)中退し、事業所に専門技術職として就職し、その事業所を新たに立ち上げるメンバーとなり、今日に至る。転職なし、勤続34年。51歳で若年性認知症と診断された。 表2B氏の経過 大学(化学専攻)4年のとき、中退し、現在の22歳事業所に入社。 25歳大学夜間部に入学(工学部)。29歳時に卒業。 45歳神経症の症状顕著で、今日に至る。 49歳本人が自分の記憶能力の低下を認識する。 自ら脳神経外科を受診、MRI撮影中に神経症の症状のため、撮影中断。STの在籍する病院51歳を紹介され、CT撮影された。若年性認知症と診断された。服薬開始。 54歳就労継続中。同僚は変調を認識していない。 【受診までの経緯】 B氏は今までメモをとったことがないほど「記憶に関しては自信があった」が、49歳時頃からもの忘れが度々あり、受けた電話の内容を覚えていられなくなった。51歳時には、もの忘れは極度の疲労か脳梗塞のためと考え、自ら脳外科病院を受診した。ところがMRI撮影中に神経症の発作によって撮影を中断した。その後ST在籍の他院(リハビリテーション科)を紹介され、CT撮影した。若年性認知症と診断された。 B氏は神経症の既往歴があり、自らの心身の変調には極めて敏感であり、また本来の記憶能力や業務遂行能力も高いため、わずかな変化や能力の低下に早期に気付いたものと考えられる。 【就労継続が可能な業務内容】 B氏は技術専門職で、依頼された仕事は担当制で、一貫して請け負う。内容により日程等も逆算して見通すことが可能であり、急な対応を求められることはないとのことである。この業務に34年間従事し熟練しており、定型化されている業務遂行にこれまで大きな問題が起きたことはなく、就労継続中である。 (3)定年退職まで就労継続した事例 C氏(59歳、男性)大学(文系)卒業後、流通系事業所に入社。転職なし、35年間勤務。58歳で若年性アルツハイマー病と診断された。 表3C氏の経過 55歳役職なし 配属当初より記憶障害がみられ、業務内容の変更が困難で、数年間同じ業務。一般の業務は遂行不可能。A 氏用に簡易な業務を用意したが、再度他者のチェックが不可欠。業務上のミス等を指摘されても、ほとんど覚えていないので、落ち込む様子もみられない。 59歳役職なし 上司の判断で、健康保険組合に連絡し、受診を勧めた。その際、同僚が同行した。若年性認知症と診断された。 60 歳 定年退職。 【C氏の職歴】 C氏は入社時より幹部候補であり、また昇級試験にも合格し、昇級が続いた。同時に事業所(大規模)も業績を伸ばしていた時期であり、事業所もC氏の貢献を評価していた。しかし、53歳時に本人には自覚はなかったが、同僚がうつ病ではないかと認識し、健康保険組合の勧めで、精神科を受診した。この頃から業務においてミスが生じ、降格が続いた。ただし「人と会ったり、話したりするのが好き」という明るい性格や、本来の知的能力の高さも検査等から推察され、他者からは記憶障害等は認識されにくい状況が続いたことが考えられた。 【事業所の配慮】 C氏を雇用する大規模事業所は、C氏の事業所への貢献を高く評価しており、53歳頃より業務遂行は困難であったが、配置転換で雇用継続を行ってきた。59歳時は、C氏のために業務の一部の簡易な作業を用意し、C氏専属の担当者による作業の再確認が必要な状況であった。 人事担当者からは「C氏の貢献を評価した結果、定年まで雇用した。他の社員であれば、(業務遂行が困難になった場合は)雇用の延長は難しい」との説明があり、C氏は特例であることを強調していた。 4 今後の対応の課題 (1)職場での対応 職場で早期に対応のためには、早期に確定診断がなされることが前提となる。事業所においては、 40歳代 課長 本人が40歳代後半、前妻死去。上司に「妻が亡くなってから、忘れっぽくなった。病院に行ったが、何ともなかった」と話している。 50歳代前半業績が振るわなかった様子。支店長 本人に自覚はなかったが、関係者はうつ53歳状態と認識し、健康保険組合から受診を係長勧められて、精神科を月1回(4ヶ月間)受 診した。 53歳子会社副店長 本人は「俺はトラブルがあったときに、でていく」と言っていたが、実際は用具の簡易な点検のみが業務となっていた。「たばこ買ってきて」と頼むと、1000円を渡してもおつりは「わからない」という状況であった。 その時点での本人の業務遂行能力を正確に把握することが、就労継続の可能性を高めるものと思われる。認知機能の低下が認められた段階で、何ができるのか、どの作業が遂行可能なのかを把握し、能力に見合った業務とのマッチングにより就労継続が可能になると考えられる。 これまでの調査3)で、「能力に応じた対応」への希望が多数あることからは、業務遂行能力の評価に基づいた業務配置を実施する体制が整備されていない現状が示唆される。事業所内で調整する体制を整備するためには、関係機関による事業所への支援や他機関との連携が不可欠である。例えば、医療機関や地域障害者職業センターにおいて、神経心理学的評価や職業評価を実施し、その結果をふまえて事業所の産業医や人事担当者が検討することで、その時点での本人の能力を活かした業務配置により、業務遂行の可能性が高くなると考えられる。また、事業所に対して、他機関において能力評価の実施が可能であることを情報提供する必要がある。 (2)早期発見のために 近年、精神障害やうつ病等のメンタルヘルス対策への理解が浸透し、医療機関への受診や、休職後の職場復帰への対応が実施されている。地域障害者職業センターにおいても「リワーク支援」と称する精神疾患等の療養後の職場復帰支援の利用者が増加している。ところが、うつ病との診断後、治療を受けていても回復の兆候がみられず、リワーク支援を受けても訓練が進まず、職場復帰に至らない事例が見られる場合もある。若年性認知症も発症初期はうつ病と同様の症状があり、認知機能の低下が顕著でない段階では、うつ病と診断されることは少なくない。つまり、うつ病等の精神疾患に若年性認知症が含まれている場合も想定した対応は、早期発見には有効なのではないかと考えられる。 (3)長期的な対応 早期に発見され、その時点での能力に見合った業務とのマッチングによって、若年性認知症の就労継続の可能性は高まるものと思われる。ただし、認知機能の低下は進行するものであり、長期的な視野のもとに対応することが望ましい。在職中から将来予想される問題にも先回りして検討する必要があり、事業所においては、就労継続のための対応と、社会資源の活用方法や経済的支援に関する情報提供等を同時に実施することは極めて重要である。“働き盛り”の発症は、就労の困難により経済的な問題が生じ、それによって家族の生活も一変し、問題が波及する。発症初期にさまざまな情報が得られることで家族は心の準備もでき、将来のために生活を立て直す機会にもなるため3)、在職中の情報提供は極めて重要となる。 【参考文献】1)斎藤正彦:若年性認知症対策の今とこれから,「介護保険情報 2010年7月号」、p.19-23,(2010) 2)小長谷陽子:事業所における若年認知症の実態調査、「平成20年度三センター共同研究「若年認知症の社会的支援策 に関する研究事業」報告書」,p.32-48,(2009) 3)田谷勝夫・伊藤信子:若年性認知症者障害者の就労継続に関 する研究,「障害者職業総合センター調査研究報告書 No.96」,(2010) 当院における障がい者の就労状況調査 ○齋木 秀夫 (日高リハビリテーション病院 リハビリテーションセンター 作業療法士) 平石 武士・篠原 さやか・片野田 成昭・篠田 浩臣・海津 陽一 (日高リハビリテーション病院リハビリテーションセンター) 石川 奈保 (日高病院 リハビリテーションセンター) 外里 冨佐江(群馬大学医学部保健学科 作業療法学専攻) 山口 俊輔 (老年病研究所付属病院リハビリテーション科) 岩崎 希(老人保健施設けやき苑リハビリテーション科) 下田 佳央莉(群馬大学医学部付属病院リハビリテーション部) 1 はじめに 日高リハビリテーション病院リハビリテーションセンターでは日常の回復期の臨床業務にて、障がい者の就労支援に関わる機会がある。我々、療法士は就労支援にて身体機能の回復、職業能力の向上に向けてアプローチするだけでなく、就労先の環境調整や、企業への情報提供等も行っている。岩崎1)は「ジョブコーチや職業カウンセラー等が企業へ介入した件数は、18件中3件(16%)で、就労支援機関と企業側との関係は希薄であった」と報告している。佐野2)は「就労支援機関への来所経由は、ハローワークからが最も多く、医療機関からが最も少なかった」と報告している。これらの点からも、就労支援にあたり医療機関、就労支援機関、企業間の連携が現状では十分に図られているとは言えない事が分かる。また、群馬県内における障がい者の就労状況について詳細に調査された文献は少ない。本調査では、当院における障がい者の就労の現状を明らかにし、回復期における作業療法士の就労支援のありかたについて考察した。 2 対象と方法 (1)調査対象 過去10年間(2000年〜2009年)にて、日高リハビリテーション病院退院後に就労へ結びついた方42名に電話で調査協力を依頼した。そのうち了承が得られた方19名を調査対象とした。 (2)調査方法 対象ケースに郵送にて自記式質問用紙を配布・回収した。調査期間は、平成22年7月20日〜9月30日である。 (3)調査項目 調査項目は①疾患、②対象者の属性(年齢・性別、家族構成)、③障がい者手帳の有無、④発症前の就労状況(職種、雇用形態、勤務時間)、⑤現在の就労状況(就労の有無、勤務先、職種、雇用形態、勤務時間、企業の規模・従業員の人数、給料の変化、通勤手段)、⑥職場・地域での他者のサポート状況、職場の環境状態、⑦就労支援制度等の認知度、利用状況、⑧就労にあたって、企業・医療従事者・社会制度等に配慮して欲しい事、⑨希望通りの就労状況へ結びついたか、であった。 3 結果 (1)有効回答数 アンケート回収状況は19件であり、有効回答は18件であった。 (2)疾患 疾患分類は、脳血管疾患が10名(55.6%)であり、内訳は脳出血5名、脳梗塞2名、脳挫傷3名であった。骨折が7名(38.9%) であり、内訳は下肢骨折4名、多発骨折3名であった。その他は手術後廃用症候群が1名(5.5%)であった。 (3)年齢・性別 平均年齢は49.6±15.0歳(mean±SD)であった。性別は男性14名(77.8%)、女性4名(22.2%)であった。 (4)家族構成 全ケースが家族と同居されていた。 (5)障がい者手帳 障がい者手帳を持っていない方は16名(88.9%)、障がい者手帳を持っている方は2名(11.1%)であった。内訳は、身体障害者手帳1級と5級であった。 (6)発症前の職種 発症前の職種は、サービス業6名(33.3%)、製造・技能3名(16.7%)、販売の仕事3名(16.7%)、管理職2名(11.1%)、農林水産業1名(5.6%)、その他3名(16.7%)であった。その他の職種は、警察官、トラック運転手、教師であった。 (7)発症前の雇用形態 発症前の雇用形態は、正社員14名(77.8%)、自営業3名(16.7%)、その他1名(5.6%)であった。その他の雇用形態は嘱託職員であった。 (8)発症前の勤務時間 発症前の勤務時間は、4時間未満が1名(5.6%)、4時間以上8時間未満が2名(11.1%)、8時間が8名(44.4%)、8時間以上が3名(16.7%)、未回答が4名であった。 (9)現在の就労の有無 現在の就労状況は、就労継続が15名(83.3%)、非就労が3名(16.7%)であった。 (10)現在の勤務先 現職復帰9名(60%)、転職4名(26.7%)、配置転換2名(13.3%)であった。 (11)現在の職種(図1) 現在の職業の種類は、サービス業5名(33.3%)、製造・技能職2名(13.3%)、事務職2名(13.3%)、営業・販売の仕事2名(13.3%)、管理職1名(6.7%)、その他3名(20.0%)であった。その他の職種は警察官、トラック運転手であった。 (12)現在の雇用形態(図2) 現在の雇用形態は、正社員9名(60.0%)、自営業2名(13.3%)、アルバイト・パート1名(6.7%)、その他1名(6.7%)、未回答2名であった。その他の雇用形態は嘱託職員であった。 雇用形態が変わった理由については「定年後に嘱託職員となった為」、「夜勤が心配なので、上司に相談し日常勤務のみにしてもらった」等の理由であった。 (13)現在の勤務時間(図3) 現在の勤務時間は、4時間未満が1名(6。7%)、4時間以上8時間未満が1名(6.7%)、8時間が8名(53.3%)、8時間以上が4名(26.7%)、未回答1名であった。 (14)企業の規模・従業員人数 企業の規模・従業員人数は、10人未満は3名 (20.0%)、10〜19人は1名(6.7%)、20〜49人は1名(6.7%)、50〜99人は4名(26.6%)、100〜499人は3名(20.0%)、500人以上は1名(6.7%)、未回答は2名であった。 (15) 給料の変化 給料の変化については、発症前と同様8名 (53.3%)、発症前と比べ減少した6名(40.0%)、未回答1名であった。最大減額は20万円であった。 (16) 通勤手段(図4) 通勤手段は、自分で自動車を運転11名(73.3%)、徒歩・交通機関などを利用し一人で通勤2名 (13.3%)、家族が送迎1名(6.7%)、その他1名 (6.7%)、未回答1名であった。その他については、勤務場所が自宅の為であった。 (17) 職場・地域での他者のサポート状況(図5) 職場・地域での他者のサポート状況は、特になし12名(80.0%)、職場内外にいる2名(13.3%)、未回答1名であった。サポート状況の内訳は、職場の上司・同僚1名、家族・親族等1名であった。 (18)職場の環境状態 職場の環境状態は、健常者と同様に段差等あり9名(60.0%)、バリアフリー6名(40.0%)であった。 (19)就労支援制度等の認知度(図6) 就労支援制度等の認知度については、知らない10名(45.5%)、職業紹介・職業訓練などの職業リハ7名(31.8%)、ジョブコーチ3名(13.6%)、雇用率制度2名(9.1%)であった。 (20)就労支援制度等の利用状況(図7) 就労支援制度等の利用状況は、利用していない15名(83.3%)、職業紹介・職業訓練などの職業リハ2名(11.1%)、ジョブコーチ1名(5.6%)であった。 (21)就労にあたって、企業・医療従事者・社会制度等に配慮して欲しい事(図8) 障がい者向けの職務開発、職務設計13名 (24.1%)、雇用促進のための法的整備8名(14.8%)、企業と医療機関との連携体制の構築7名(13.0%)、就労訓練施設の整備7名(13.0%)、企業の雇用管理に必要なノウハウの習得6名(11.0%)、医療従事者の教育体制の充実3名(5.6%)、企業内の啓発1名(1.8%)、未回答数9個であった。 (22) ほぼ希望された通りの就労状況へ結びついたか(図9) 「はい」13名(86.7%)、「いいえ」2名(13.3%)であった。 4 考察 (1) 障害者就労の実態 ①通勤手段について 通勤手段は、「自分で自動車を運転」が最も多かった。群馬県は自動車がないと不便な地域でもあり、健常者においても自動車が主な移動手段となっている。群馬県においては自動車運転の可否が就労に影響する可能性があると推測される。就労支援に向けて、自動車運転の獲得を検討する必要がある。 ②職場の就労環境について 「職場・地域での他者のサポート状況」については「特になし」が最も多かった。田谷は3)、「職業リハビリテーションの支援を必要とする高次脳機能障がい者にとっては、支援方法や事業主の理解など個人の障がい特性以上に周囲の配慮が就労の可否を決定する」と報告している。今回の結果より、8割の方に就労支援が行なわれていない、或いは過去に行なわれていたとしても、継続できていない事が分かった。逆に考えると、支援なしでも就労を継続できる方でないと就労は難しい現状がある事が示唆された。今後は、より多くの方が就労に結びつく様な支援のあり方を検討して行く必要があると思われる。 (2)就労支援制度等の認知度・利用度、企業・医療従事者・社会制度等に配慮して欲しい事 就労支援制度等の認知度は、「知らない」と答えた方が45.5%であり、就労支援制度等の利用状況としては、83.3%が「利用していない」と回答している。就労支援制度等の認知度の低下が、その利用度の低下に繋がっていると考えられる。今後、障がい者へ雇用促進に関する情報を積極的に提供する事、就労支援機関と連携を図る事が大切となる。 一方で、就労にあたって企業・医療従事者・社会制度等に配慮して欲しい事では、「障がい者向けの職務開発、職務設計」が最も多く、次に、「雇用促進のための法的整備」「企業と医療者の連携体制の構築」「就労訓練施設の整備」が多くなった。今後、できるかぎり本人のニーズに合わせた職務開発、職務設計が行なわれる様、行政に働きかけていく必要があると考える。また、「雇用促進のための法的整備」「企業と医療者の連携体制の構築」「就労訓練施設の整備」にも視点を向けていく必要があると考える。 (3)ほぼ希望通りの就労状況となったか 「ほぼ希望された通りの就労状況か」の質問では、86.7%が「はい」と回答したが、13.3%「いいえ」と回答した。「はい」と回答した人の中には、給料の減額や配置転換があったケースもある。それにもかかわらず「はい」と回答した方については、就労できた事や就労自体が御本人の生活の質を高める一助になっている事が示唆される。 5 まとめ 今回、当院における障がい者の就労状況調査を行なった。障がい者の就労支援にあたって、①通勤手段(自動車運転等)獲得の検討、②就労定着後のサポート体制の維持、③障がい者へ雇用促進に関する情報提供、地域の就労支援機関との連携、 ④本人のニーズに合わせた職務開発、職務設計、 ⑤雇用促進のための法的整備、企業と医療者の連携体制の構築、就業訓練施設の整備にも視点を向けていく事が重要であると思われた。また、就労が御本人の生活の質を高める一助になっている事も推察された。今回の結果を踏まえ、現状よりも多くの方が就労に結びつく様な支援を積極的に実践していきたいと思う。 【参考文献】 1) 岩崎希他:障害者雇用に関する企業への実態調査‐障害者 の雇用支援における作業療法士の役割の検討‐、群馬保健 学紀要。29、121-128 (2009)2) 佐野真知子他:就労支援機関と医療機関連携の実態調査、 第41 回日本作業療法学会誌、E6-I-6、20083) 田谷勝夫:障害者職業総合センター職業センター利用者調 査から「調査研究報告書No。92」、p37-60、2009 トレーニング用バーチャルオフィスの開発 ○山中 康弘(国立障害者リハビリテーションセンター研究所 流動研究員) 伊藤 和幸・井上 剛伸(国立障害者リハビリテーションセンター研究所) 1 はじめに 近年、障害者自立支援法により、障害者のための仕事ができる環境を整備することが重要になっている。しかし、一人では外出しにくい障害者は、企業のオフィスへ行き、仕事をすることが困難である。特に、バリアフリーが進んでいない地域に住んでいる障害者は、外出さえできない状況がある。したがって、在宅でも仕事ができるシステムを整備することが必要である。 ところで、現在、遠隔通信技術を用いたシステムは、実仕事用ものが開発されている1)。しかしながら、在宅で仕事をするためには、ビジネススキルを身につける必要があり、システムだけ導入しても、仕事ができるとは限らない。したがって、トレーニング用システムが必要になる。 在宅で仕事をするためには、ハード的には、遠隔通信技術を用いた遠隔支援システムが必要であり、ソフト的には、ビジネススキルを身につけるためのトレーニングプログラムが必要である。また、トレーニングプログラムは、IT スキルだけでなく、実仕事の場面を想定したものが必要である。 そこで、本研究では、遠隔支援システムとトレーニングプログラムを組み合わせたシステムに「バーチャルオフィス」の開発を目的とする。そして、バーチャルオフィスの開発を行うために、基礎調査として、「就労支援調査」を実施した。 2 方法 バーチャルオフィスの開発のため、主に在宅の就労支援機関の中心に対象機関の抽出を行った。調査内容は、トレーニングプログラムの内容とハード的なシステムの要求機能である。そして、調査を実施し、バーチャルオフィスの要求機能を明確にした。 3 結果 (1)在宅就労支援の現状とニーズ 各施設の就労支援の状況を表1で示す。現在、在宅の就労支援として、IT講習会が行われているが、次の3つの課題がある。①予算や人手不足の問題で、トレーニングシステムの開発が困難である。②就労で必要なビジネスマナーや社会性等の業務遂行能力の習得が困難である。③福祉施設内での講習会を受けられない人がいる。 また、在宅就労支援システムを利用すれば、体調が悪いなどの理由で施設に通学できない人への対応や移動の問題が解消されて、就労支援の対象者が広がるというニーズがある。 表1各施設の就労支援の取り組み 就労支援機関A B C D E 就労支援の形態 パソコン教室 就労移行支援 在宅のIT 講習会 トレーニング生 福祉施設の利用者 就労支援が必要な者 IT スキルがある者(選考有) 目標とする雇用形態 福祉施設就労 一般就労 一般就労、SOHO 目標とする雇用職種 名刺、web 関係 事務職 事務職・プログラミング他 各施設におけるトレーニングプログラムの内容 パソコンの基本的な操作 ワードやエクセルビジネスマナー社会性・作文・簿記等 ワード・エクセル・プログラミング等 ホームペー・デザイナー等 (2)トレーニングの内容 以下は、トレーニングプログラムに関する主要な調査結果である。 ・ トレーニングは、ある程度に緊張感を持たせることが大切。 ・ワードやエクセル等のコンテンツは、e ラーニング教材がある。 ・ 仕事の受注から作業、チェック、納品といった一連のプロセスを通して、トレーニングができる環境を構築することが大切である。 ・ 在宅就業は、一人での作業や立案、交渉の部分も多いので、技術的な部分以外で、ヒューマンスキルやメンタル面、ビジネスマナーのトレーニングをすることが大切である2)。 ・ 市場のニーズにマッチする能力と業務遂行能力のある人材を育てる事が、就業支援を核とした社会参加のポイントである3)。 (3) 遠隔支援システムの開発のための調査結果 現在、在宅就労支援システムには、実仕事用としてOKIワークウェルが独自に開発したものがあるが、音声通話機能を重視しているため、3秒に1枚程度の画像配信しかできないのが現状である。 遠隔支援システムでは、遠隔地にいるトレーニング生のキーボード操作の様子やパソコン画面などを配信する場合や講習会での質疑応答に対応するために、リアルタイムでの通信が必要である。また、遠隔地にいるトレーニング生のパソコンを操作するリモートコントロール機能やトレーニング生のスケジュール管理やトレーニング中の状況を把握できる機能が必要であることが明確になった。 また、遠隔でトレーニングを行うためには、トレーナーが、一人ひとりの障害種別や能力に合わせて、指導していくことも重要である。 なお、実際に施設で稼働していくためには、開発費、運営費を考慮することが必要である。 4 考察 (1)バーチャルオフィスの概要 調査結果より、トレーニングプログラムは、初心者向けと事務職向け、在宅就業用OJTプログラムの3つのプログラムに分かれる。また、在宅就労支援の現状を3つのトレーニング形態(個別指導型、講習会型、オフィス型)とプログラム別に分析すると次のようになる。 初心者 事務職 OJT 個別型 動画を用いたトレーニング eラーニング 講習会型 施設内で実施 オフィス型 — メールによる実習 トレーニングが困難 現在では、事務職向けには、ワードやエクセルなどのITスキルのeラーニングを中心に在宅の就労支援が行われている。 しかし、初心者向けのトレーニングや遠隔地でも参加できる講習会形式でのトレーニングが行われていない。そして、ビジネスマナーなどの業務遂行能力をトレーニングする在宅就業用OJTプログラムがない状況である。 (2)就労トレーニングプログラムの内容 初心者向けは、市販の書籍(ワード、エクセル等の参考書)を用いて、トレーナーが個別指導を行うトレーニングプログラムでよい。 事務職向けは、ワード、エクセル、一般常識、ビジネスマナーなどの内容をWeb サイトにあるeラーニングコンテンツと既存の就労支援プログラムを組み合わせたプログラムである。また、トレーナーとの個別指導や講習会形式と自主学習を用いれば、トレーニングが可能である。 在宅就業用OJTプログラムは、ビジネスマナーや社会性等のトレーニング、すなわち、管理能力、コミュニケーション能力、技術力、人間性の4つのトレーニング項目をオフィス型で行うプログラムが必要となる。例えば、仕事の受注から作業、チェック、納品といった流れをトレーニングするプロセス型トレーニングとオフィス型でミーティングを行い、問題解決する問題解決型トレーニングが必要であると考えられる。また、トレーナーとの個別指導や講習会型式による指導も必要である。なお、在宅用OJTプログラムは、既存の中にはなく、新規に作る必要がある。 (3)遠隔支援システムの要求機能 初心者向けは、スカイプやパソコンのリモートコントロール機能等で対応できる。 在宅就業用OJTプログラムは、WebTV 会議システムやグループウェア等で対応できる可能性がある。 事務職向けの遠隔支援システムでは、動画配信機能とeラーニング等の情報共有機能を兼ね備えたシステムが必要である。 動画配信機能は、リアルタイムで講習会の内容を発信できるツールや個別指導を行えるツールが必要である。 また、情報共有機能は、eラーニングコンテンツを共有する機能が必要である。トレーニングの進捗管理を行うためには、グループウェア機能(出勤管理やスケジュール管理などの機能)、SNS(掲示板でいろいろな情報を掲載できる機能)、メッセージ機能等が必要である。そして、セキュリティにも配慮する必要がある。 動画配信機能と情報共有機能を兼ね備えた遠隔支援システムは、該当するシステムがなく、開発する必要がある。 5 バーチャルオフィスのコンセプト 考察からまとめると、バーチャルオフィスのコンセプトは、次のようになる。 初心者向けは、スカイプやリモートコントロール機能等を使いつつ、パソコンの画面操作等を見ながら,市販されている書籍などを使い、トレーニングができるものである。 事務職向けは、リアルタイム動画配信機能と情報共有機能を兼ね備えた遠隔支援システムを使い、事務職に必要なITスキルやビジネスマナー等のトレーニングができるものである。また、トレーナーとの個別指導が受けられるシステムも必要である。 在宅就業用OJTプログラムは、WebTV 会議システム、遠隔支援システムなどを使い、プロセス型トレーニングと問題解決型トレーニングができるものである。 そして、これらの3つのケースに対応できるシステム、トレーニング用バーチャルオフィスを構築する。 該当するシステムがない事務職向け遠隔支援システムは、既存のツールやオープンソースなどを使い、 ポータルサイトを開発する予定である。 また、在宅就業用OJTプログラムは、福祉施設のものを参考にして、開発する。 【参考文献】1)掘込真理子:IT 社会と障害者の就労支援,第17 回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集,pp380-381,2009 2)土屋竜一:日本でいちばん働きやすい会社,㈱中経出版,2010 3)上村数洋:「障害者の在宅就業における新たな職域に関する調査 研究」を終えて明らかにされたた課題と提言について, 障害者の在宅就業における新たな職域に関する調査研究事業報告書,pp123-130,2010 点図と点字によるコンピュータ教材の開発 ○鈴木 和生(国立吉備高原職業リハビリテーションセンター 主任職業訓練指導員) 福田 隆昭・竹内 淑子(国立吉備高原職業リハビリテーションセンター) 1 はじめに 当センターでは、昨年度より重度視覚障害者の受け入れについて機器等整備も含め、更なる充実に努めている。重度視覚障害者については、現状弱視の方がほとんどで全盲の重度視覚障害者については、本年度1名及び昨年度の11月から3月までの5ヵ月間で休職者職場復帰訓練の訓練生を1名受け入れている。 今後は全盲の視覚障害者の方の受け入れの拡大が想定されることから訓練の計画を作成するにあたり、これまでの経験をもとに効果的な教材開発等にも取り組んでいる。 視覚障害者の訓練においてパソコン操作をおこなう時は、スクリーンリーダー等による音声ガイドと訓練指導者による説明方式が主体になっている。しかしながら、現在のパソコン操作では視覚的操作を主体として設計されているため音声による説明だけでは理解が難しい状況がよくある。今回、そのような状態を改善するための補助教材の作成をおこなった。 2 重度視覚障害者訓練の状況 昨年度の休職者(全盲者)に対して使用した訓練機器は、「スクリーンリーダ」系のソフトを使った音声ガイドによるパソコン操作、スキャナーを使用したOCR装置により墨字の文書データを読み上げさせた。その他の情報は携帯音声記録装置を使用した。このように、訓練内容は音声ガイドを主体としたものであった。本人の理解度も高かったが計画通り良好に訓練が進行した。本年度4月からの訓練生(全盲者)に対して休職者の時と同じ方法で訓練を開始した。しかし訓練が始まると、音声ガイド中心による訓練方法では情報伝達がうまくいかないと感じた。そこで何が原因か分析してみた。 *前回の訓練生の場合 ・ 中途の重度視覚障害である ・ 障害前はシステム開発をしてコンピュータの操作に対して視覚的なイメージを持っていた。 ・点字は読めない(点字は小学校までに修得しないと修得は難しいと言われている。)。 *4月入所訓練生の場合 ・ 先天性の重度視覚障害者である。 ・ 中学生の時に週1時間程度の授業を受けた。コンピュータの操作に対して視覚的なイメージはない。 ・ 点字は両手で読める。(小学生の時に修得) また個人的なメモも点字で記録ができる。以上の両者の違いから以下の事が想定された。 ・ 休職者の方は点字による情報の入力手段ができない為、音声による情報伝達が主体になり音声に対してかなりの集中力で対応していた。 ・ 4月入所訓練生は音声による伝達に関しては、前回の訓練生と比較すると集中力は低い。つまり文字(彼の場合は点字)による情報の入力手段を持っているという事は、自分の理解するスピードで情報の入力が可能という事である。また読み返したい所とか、必要でない所は読み飛ばす事が可能である。健常者がじっくり学習したい場合、書物の墨字を読むのと同じである。 ・ 現在のパソコン操作は、ディスプレー上の画像とマウスによる視覚操作を主体に構成されている。したがってパソコン操作の訓練実習をする場合、操作画面上の図形認識が必要である。4月入所訓練生はその画像イメージを持っていない事を考慮すると音声ガイドによる操作だけでは不十分である。 したがって訓練の情報手段として、点図と点字によるテキスト等の作製を検討した。 3 作成方針 ・ 開発機器等の整備はできるだけ現有資産の有効活用と必要最小限の費用とする。 ・ 点字の読めない指導員が指導できるテキストとする。したがってテキストは訓練生用と指導員用を作成する。訓練生のテキストは点図と点字により作成し、指導員用は同じ内容で、 墨字と点図により作成する。 ・ 開発対象テキストは「パソコンの基礎知識と基本操作」(当センターIT基礎訓練使用テキスト)とする。 ・ 以上開発したテキスト、開発環境(開発ソフト、説明書)、開発手順のビデオ等をDVD化し、他の施設での普及可能な形とする。 4 開発機器の構成 *開発機器 ・ パーソナルコンピュータ2台 CPU Pentium4 2GHz Memory1GB, HD80GB ・点字プリンターTEN100(有限会社 レンテック) ・ インクジェットプリンターPM970C(エプソン) ・レーザプリンター LBP860(キャノン) ・ スキャナーCanoScan8000F(キャノン) *開発ソフト ・OS Windows XP SP2 ・ 点図作成ソフト(フリーソフト)エーデルパック1006 ・ 点字ソフト(フリーソフト)bukiTenc、ibukitec ・ 点字出力ソフト(メーカー提供)TENプリント(TEN100用) ・ OCRソフト(ソースネクスト)本格読取 ・ PDF編集ソフト(ソーネクスト)いきなりPDF 開発機器 5 開発手順 ①最初に開発対象教材を、図形データと文字データに分ける ②文字データを電子データに変換して、TXT形式でファイル保存する。 ③TXT形式で保存されたファイルから点字ソフトを使って点字化しBSE形式でファイル保存する。またこの時の墨字データはPDF形式でファイル保存する。 ④図形データは、点図ソフトで直接作成するか、スキャナーで画像を取り込み点図化しEDL形式でファイル保存する。またこの時にこの図形データをPDF形式でファイル保存する。 ⑤開発対象教材を元に墨字のPDFファイルと図形 データのPDFを再度編集してページ番号を付ける。 ⑥編集されたページ番号を使って目次を作成する。この編集されたPDFファイルが指導者用テキストとなる。 ⑦このページ番号を各点字ファイル、点図ファイルに入力する。 ⑧点字ファイル、点図ファイルを点字プリンターにて印刷する。 <点字作成><点図作成> 6 開発教材および成果物 (1)開発元教材 「パソコン基礎フルテキストV7_元教材」 (2)生徒用教材 各点図データとその解説点字データ (EDL形式、BSE形式ファイル) 各点字データ(BSE形式ファイル) (3)指導者用教材 「パソコン基礎知識_指導書」各PDFデータ (4)開発キット用 DVD 目録 ・ エーデルパック(点図作成ソフト) ・ibukiTenc ibukitec(点字化ソフト) ・ TENプリント(点字出力ソフト) ・ エーデルの取扱説明書 「はじめてのエーデル」「エーデルとは」 ・ 教材作成ビデオ(約30分間) 7 まとめ 現在この開発機器を用いてテキスト、あるいは各種の書類を点字または点図にて訓練生に提供している。これにより情報の伝達がより順調にまた確実になった。そしてある程度訓練生も自学自習が可能となり指導者側も訓練負担が軽減された。今後はテキストの文章を視覚障害者に適した表現に変更していく予定である。 ロービジョン者のためのパソコン画面拡大ツールの変遷について 岡田 伸一(障害者職業総合センター事業主支援部門 1 はじめに 今日、Windows 環境下で、大きな不満を感じることなく、ロービジョン者もパソコンを使っているのではないかと思う。私も、画面拡大ソフトZoomText や画面読み上げソフト95Reader などを利用して、仕事に必要なMicrosoft Office, Internet Explorer, メールソフトなどを使っている。このように、ロービジョン者のパソコン利用環境は整い、「めでたし、めでたし」ということで、今更、このような話題を取り上げる必要はないのかもしれない。しかし、私は、ロービジョン者のパソコン利用環境には、まだ改善の余地があるのではないかと考える。 そこで、関係者の方々に画面拡大ツールにも関心を向けていただくための参考として、ここでは、WPD-1 (ハードウェア)、PC-WIDE(ハードウェア)、ZoomText(ソフトウェア)の3つを取り上げ、我が国におけるロー 特別研究員) ビジョン者のパソコン画面拡大ツールの変遷を紹介したい。 2 3ツールの概略 対象とする期間は、1980年(昭和55 年)から2010 年(平成22 年)までの30 年間である。その間に、基 本ソフトはMS-DOS からMS Windows に変わり、ユーザ ーインターフェイスも、キャラクター・ユーザーイン ターフェイス(CUI)から、グラフィカル・ユーザーイン ターフェイス(GUI)に変わった。また、パソコンの役割 も、文書作成の道具、事務処理の道具、さらには情報 通信の道具と、大きく広がった。そして、何よりも注 目されるのは、これらツールの価格(費用)と、それ と反比例する形でのユーザー数の劇的な増加であろう。 表1は、これらのツールの特徴を簡単に整理したも のである。 表1 3ツールの概要 WPD-1 PC-WIDE PC-WIDEⅡ ZoomText タイプ 拡大読書器の応用、対象PC を選ばず NEC パソコンPC98 シリーズ用の画面拡大装置 DOS/V パソコン用の画面拡大ソフト 対応OS MS-DOS MS-DOS(Windows) Windows ターゲット・ソフト 日本語ワープロソフト松 日本語ワープロソフト一太郎 MS Office 等 倍率 3〜20 倍 2〜15 倍 1〜36 倍 表示モード 白黒・白黒反転 白黒・白黒反転/3 色(8 色) 白黒・白黒反転/フルカラー 価格 約160 万円 約38 万円(約34 万円) 約6 万円 ユーザー数 数名 800 6000 時期 1980〜1988 1988〜1997 1995〜 「PC-WIDE/PC-WIDEⅡ」に関する( )内の記述はPC-WIDEⅡに関する説明。 3 WPD-1:拡大読書器を利用した試作ツール WPD-1 は、拡大読書器を利用した専用ワープロ機の画面を拡大表示する装置であった。1980 年(昭和55 年)ごろにメディカル・トランススクライバー(1)の職域開発に取り組んでいた(社福)日本盲人職能開発センターが、ロービジョンのトランススクライバーのために、拡大読書器メーカーの(株)ミカミに依頼して開発した。その後、パソコン用(NEC PC9801)に2台ほどが製作された。私は、パソコン用の1台を1985 年(昭和60 年)から数年間、国立職業リハビリテーションセンターで利用した。合わせて4、5台のWPD-1 が製作されたのではないかと思われるが、正確な数は把握できていない。 WPD-1 は、ミカミ社の拡大読書器オプチスコープ(C型後にはD 型)と、ワープロやパソコンの画面を覆うフード部分からなる。フード部分の手前側に外部カメラが取り付けられている。 その基本的な仕組みは、パソコン等の画面全体を大型ミラーに映し、その一部を外部カメラの先端に取り付けられた小型ミラーに映し、さらにその小型ミラーの画像をカメラのズーム機能で拡大読書器のモニターに拡大表示するというものである。大型ミラーはスチール製のフードに収められ、画面正面に45 度の傾斜をつけて設置されている。大型ミラーは、裏側からは半透明で、フードの蓋を持ち上げると、ミラーを透かしてパソコン等の画面全体が確認できる。 カメラ部は、手動で前後左右に水平移動し、大型ミラーの全域を小型ミラーがカバーできるようになっている。 拡大倍率は約3倍〜20倍で、表示モードは白黒及び白黒反転(倍率、表示モードはオプチスコープの仕様)で、価格はオプチスコープの2台分(およそ160 万円)といわれた。 4 PC-WIDE:MS-DOS 時代の画面拡大装置 PC-WIDE は、1988 年(昭和63年)に、国立職業リハビリテーションセンターとネオローグ電子(株)が共同で開発したパソコン画面の拡大表示装置である。当時もっとも広く利用されていたパソコンであるNEC 社のPC98 シリーズと、ジャストシステム社の日本語ワープロソフト一太郎(MS-DOS版)をロービジョン者も利用できるようにすることを強く意識していた。 パソコン本体からモニターへの文字の出力情報を、一旦PC-WIDE のメモリーに取り込み、文字サイズ、文字色、行間などを変更した上でモニターに出力する(厳密には、画面を構成するピクセルを拡大している)。拡大画面は、カーソルの動きを自動追従するモードと、ジョイスティックで移動させるモードがあった。 その後、障害者職業総合センターとPCテクノロジー(株)(ネオローグ電子(株)が社名変更)は、PC-WIDEの改良を行い、1994年(平成5年)にPC-WIDEⅡとして市販化した。 PC-WIDE は、本体とジョイスティック部分からなる。パソコン本体とモニターの間に通常のモニターケーブルで接続する。ジョイスティック部分は、PC-WIDE 本体に接続する。拡大倍率は2〜15 倍で、画面表示色は3色まで選択できた。したがって、白と黒の2色を選択すると、白黒・白黒反転モードとなった。大きさは、本体H8cm×W34cm×D29cm、ジョイスティックH6cm×W7cm×D17cm で、重さは6Kg(本体5Kg)であった。価格は38 万円であった。 通常画面の拡大エリア(矩形部分)が、モニター画面全体に拡大表示される。当然、拡大倍率が大きくなるほど、拡大エリアは小さくなり、また文字を構成するドットも大きくなり、文字の輪郭、特に曲線部分がギザギザになる。 PC-WIDE Ⅱでは、筐体をスチールからプラスチックに替え軽量化を図った(本体1.2Kg、ジョイスティック380g) 。また、アナログRGB 出力への対応、Windowsや多色使用アプリケーションソフトへの対応としての8色表示などの改良も行われた。なお、PC-WIDE の基本機能は、操作性も含め、そのまま継承された。価格は、34 万8000 円に低下した。PC-WIDE とPC-WIDEⅡのおよその合計出荷数は800 台とされている。 図5 PC-WIDE:PC 本体とモニターの間に接続して文字サイズや文字色を変更する装置。拡大画面の移動は、カーソルの自動追従またはジョイスティックによる。 図7 PC-WIDE のレイアウト画面(左)と拡大画面:レイアウト画 面は通常画面に拡大エリアが示される。拡大画面では文字の ギザギザが目立つが、ユーザーは、拡大画面の素早い反応 (移動)を重視し、文字のギザギザはさほど気にしなかった。 5 ZoomText:Windows 時代の画面拡大ソフト ZoomText は、米国のAi Squared社のパソコンの画面拡大ソフト(Screen Magnifier)である。同社は、1988年(昭和63 年)にMS-DOS 版の常駐型の画面拡大ソフトをZoomText としてリリースした。その後、1991 年(平成3年)にWindows対応のZoomText Plus、1995 年(平成7 年)にWindows 3.1, 95 対応のZoomText 5.0 と、概ねWindowsのバージョンアップに合わせて、ZoomText のバージョンアップも行っている。最新のバージョン 9.1 は、Windows XP, Vista, 7 に対応のMagnifier /Reader として、画面拡大と画面読み上げのコラボレーションを売り物にしている。日本では、まずキヤノン(株)が、DOS/V パソコン用の画面拡大ソフトとして、1995 年(平成7年)、Windows 3.1, 95 対応のZoomText 5.0 を輸入・販売した。価格は5万8000 円で、メニューやメッセージは英語のままであった。 その後、1997年(平成9年)から、バージョン6.0をキャノンに代わりNEC が販売するようになった。なお、バージョン6.0 は、米国ではZoomTextver 6.0 Xtra として、初めて画面読み上げ機能を付加したバージョンであった。ただし、日本では、その後も画面読み上げ対応版は販売されていない。最新バージョンZoomText 9.1 のMagnifier(画面拡大機能のみ)の価格(希望小売価格)は6万2790 円(税込み)である。また、現在のおよそのユーザー数は6,000 である。 その主要な機能には、次のようなものがある。 . 拡大倍率は1〜36 倍. 全画面表示のほか、画面分割により通常画面と拡大画面を同時表示可能 . 拡大しても文字の輪郭はギザギサがなく滑らかにするスムージング機能 . カレット(カーソル)とマウスポインタの動きを拡大画面が追従. カレットやマウスポインタの色や大きさ、形状な どをカスタマイズ可能 . 画面の背景色や文字色などをカスタマイズ可能 . 各種機能のショートカットキーのキー割り当てを カスタマイズ可能 ZoomText の機能は、バージョンアップを重ねるごとに、高機能・多機能となっている。ただ、私には、必ずしも新機能や細かくカスタマイズできる高機能は必要なく、従来からの白黒反転表示、通常画面・拡大画面のワンタッチ切り替え、拡大倍率変更のショートカットキー、拡大画面のカレットやマウスポインタの追従機能があれば、十分である。(ただ、スムージング機能は、拡大画面の動作に影響がないのなら、あってもよい。) なお、これらの機能は、WPD-1、PC-WIDE、そしてZoomText と、3つのツールを使ってきての私の一応の結論といってもよいかもしれない。 6 終わりに 以上、わが国における画面拡大ツールの変遷について紹介した。最後に、私が、まだ改善の余地があるのではと、考えている点に言及しておきたい。 (1)画面拡大ソフトと画面読み上げソフトの連係 既に述べたように、米国では、ZoomTextをはじめ、JAWS(画面読み上げソフト)なども、画面拡大ソフトと画面読み上げソフトの有機的な組み合わせによって、ロービジョン者のパソコン利用の能率化や疲労軽減を唱っている。日本では、この点に関して、まだ本格的な研究や開発は行われていない。当センターで開発した95Reader をはじめ、画面読み上げソフトは、画面が見えない全盲ユーザーに配慮して、ソフトの操作はもっぱらキーボードだけで操作できるように工夫されている。しかし、少なくともある程度は画面が見えマウスも使えるロービジョンユーザーを考えた場合、マウスによるアイコン等のオブジェクトや文字列のポインティング(クリック、ドラッグを含め)をフォローする音声読み上げが考えられてもよいように思う。 (2)拡大読書器と画面拡大ソフトの連係 同じように、気になるのが、拡大読書器とパソコンの一体化である。既に、拡大読書器のモニターで、パソコンの画面表示ができる、さらに画面分割して両方の画面を同時表示できる外国製品が輸入・販売されて久しい。一方、パソコンに外部カメラやスキャナーで、資料の画像を取り込む、すなわちパソコンの拡大読書器化も容易になってきている(2)。 確かに、一つのモニターでパソコンの画面も、また資料も同時に見ることができれば、視線の移動が少なく効率的である。また、デスク上にパソコンと拡大読書器を設置する必要がなくなり、オフィスの省スペース化にもなる。しかし、一つのモニターに画面分割して、パソコン画面と資料を高倍率で拡大表示すれば、情報量は大きく制約され、作業効率はかえって落ちるかもしれない。また、キーボード、マウス、拡大読書器の資料テーブルの配置や操作は、互いにバッティングするかもしれない。このようなトレードオフともいえる問題があるように思うのだが、この点についても、まだ十分に研究されておらず、解決策も提示されていないように思う。 これらの問題が解決されれば、重度ロービジョン者の事務処理能力や職業能力の向上につながるのではないかと考える。視覚リハビリテーション関係者や支援技術の研究者には、問題は解決済みとせず、画面拡大ツールのより一層の向上を目指してもらいたいものである。 注 (1) メディカル・トランススクライバーは、医師がレントゲン写真を見ながら、その所見をテープに録音した内容をカルテ等に記載する仕事である(医師はカルテ記載の手間が省ける)。(社福)日本盲人職能開発センターは、長年にわたって視覚障害者の新しい職域として録音速記の開発・発展に努めているが、メディカル・トランススクライバーは、その取り組みの一環である。 (2)かつて(平成13 年ごろ)当センター研究部門でも、(株)日立ケーイーシステムズ、(有)ベスマックスに協力して、ノートパソコンとビデオキャプチャー内蔵の小型CCD カメラとを組み合わせた持ち運び可能な「デジタルルーペ」を開発した。このツールの特徴は、等倍で取り込んだ画像を画像処理ソフト「VReader」で、拡大表示や反転表示する点にある。当時は、カメラの操作性や、ノートパソコンのパワー不足で拡大画面のレスポンスに難点があり、あまり普及しなかった。しかし、最近、外部出力機能を備えたハンドヘルド型の拡大読書器が、いくつか市販化されている。また、パソコンの性能(パワー)も大きく向上し、画像処理ソフトもさくさくと動作するようになっている。そこで、ハンドヘルド型拡大読書器とパソコン(とりわけ大型ワイドモニターのデスクトップパソコン)、そしてVReader 等の画像処理ソフトの組み合わせで、パソコンと拡大読書器の連係が実現できるのではないかと考えている。ただ、このとき拡大読書器は、等倍または低倍率の表示が必要で、また画像処理ソフトには、画面分割(とくに左右分割)機能が必要になろう。 デジタルルーペ:小型カメラ(ズーム機能なし)で撮つた画像をパソコン画面に拡大表示する。拡大・縮小や白黒反転はソフトで行う。 リハ専門病院における重度身体障がい者への 在宅就労に向けた支援の取り組み ○松元 健(神奈川リハビリテーション病院職能科職業指導員) 泉 忠彦・今野政美・岩本綾乃・飯塚治樹・椎野順一(神奈川リハビリテーション病院職能科) 1 はじめに 高位頸髄損傷や神経難病等、身体機能的に重度な障がいを有する方の就労には、健康・医療、介助、経済状況、生活環境、社会参加など、さまざまな要因や背景がある。 全国頸髄損傷者連絡会の実態調査1)では、通勤手段の確保、職場内での介助、体力的な問題などで、求職しても就労が難しく、さらに働くことが困難とあきらめてしまっている方がいると考察している。さらに提言では、あらゆるライフステージでセルフヘルプを重視した自立支援と、障がい特性を考慮し、能力を活かして働ける就労システムの構築が必要としている。 一方、少子・高齢化が進む中で、労働力確保に向けて、ワーク・ライフ・バランスという働き方の概念が注目され、それに伴い、テレワーク推進に向けた環境整備の政策が策定されてきている。このことは、重度障がい者にも多様な就労形態のチャンスが芽生えつつあるといえよう。 しかし、現在の状況における課題について、NPO法人バーチャルメディア工房ぎふの調査2)では、障がい者と企業の意識のミスマッチ、行政施策の効率化と充実、障害者の意識改革・職域拡大と在宅就業支援団体の強化等の就労支援体制の充実を指摘している。 神奈川リハビリテーション病院(以下「当病院」という。)職能科は、全国でも例の少ない、医療機関の中で職業リハビリテーションを行なっている。さらに、併設の障害者支援施設とも連携し、福祉的サービスと並行して職業リハビリテーションを行なっている。2008 年より在宅就労に向けた支援を始め、支援体制の整備や充実に取り組んでいる。まだ実績は少ないが、その取り組みを報告する。 2 職能科の取り組み 当院は、脊髄損傷、脳外傷や変形性関節症など、主に外科的疾患のリハビリテーションを行なう専門病院である。職能科での支援はリハビリテーション専門医の指示のもとに開始される。対象は入院・外来患者、併設の障害者支援施設利用者である。 2008 年、頸髄損傷C4レベルの外来患者への就労支援を行ない、在宅雇用に結びつくことができた。それまで、職能科では在宅就労に向けた支援システムは無く、神奈川県内においても在宅に特化した就労支援を行なう機関は無いことから、在宅就労支援システム作りをはじめ、2009 年に一定の整備ができた。 (1)相談 就労に向けた健康管理、介助体制、所得保障、外出、社会参加等について状況を伺い、就労ニーズを把握する。合わせて、家族の介護負担や意向などの相談も対応していく。 (2)情報提供 雇用形態に応じた就労者・企業の事例を紹介し、在宅勤務者宅や企業を見学する。 (3)ピアサポート 地域の障がい当事者団体等と連携し、セルフヘルプ活動を受け、情報交換やモデルを通して、自身の今後の生活や人生の設計を考える。 (4)個別・集団訓練 通院時に職能科訓練場面で、個別訓練のPC訓練や、集団訓練の模擬職場に参加する。必要に応じて、PC操作環境についてPT・OTと協力して整備する。 (5)在宅訓練 1〜2時間程度、模擬的な在宅勤務を経験し、生活リズム、健康面や介助体制への影響度や、就労形態の選択肢の幅を広げる。 (6)求職活動支援 履歴書・職務経歴書・在宅勤務可能な生活週間スケジュール表等の作成を支援し、ハローワークや有料職業紹介事業所への登録、及び企業面接時の支援を行なう。また、自宅の就業環境を確認する。 (7)就労支援機関連携 県内の就労支援機関は在宅就労の支援経験がないが、状況に応じて連携している。よって、現状では都内の就労支援機関との連携が主となっている。 3 支援対象者の状況 当科で在宅就労を目指して支援した利用者は計16名 である。概要は以下の通りである。 . 外来患者12 名、入院患者2名、施設利用者2名。 . 頸髄損傷者12 名、聴覚障害1名、脳性まひ1名、神経難病2名。 . 頸髄損傷者の機能レベルは、C4が3名、C5が4名、C6が4名、C7が1名。 . 日常生活動作は、全介助11 名、一部介助5名。 . 移動は電動車いす9名、手動車いす5名、介護用車いす1名、独歩1名。 . 当病院のPT・OT・体育訓練と併用しての利用者は15 名。また、利用者それぞれへ職能科が支援した内容につ いては、以下の通りである。 . 相談と情報提供は全員に行なった。 . ピアサポート:12名。 . 在宅訓練への参加:5名。 . 他の就労支援機関との連携:7名 . 現時点での支援状況は、在宅雇用2名、継続6名、他就労支援機関への移行1名、県障害者委託訓練受講4名、褥瘡等の入院による中断3名。 4 事例 (1)Aさん(20 代、男性、多発性ニューロパチー) ① 支援に至るまで 10 歳で発症。18歳から身体機能維持目的で当病院リハ科・OTに通院。家族同居生活、更衣、入浴と外出時の排泄に介助を要する。小・中・高校は普通校を卒業し、通信制大学に進学。スクーリング時の家族介助負担を考え、大学中退して就労を目指すために職能科利用開始となる。 ② 支援経過 支援開始1年目は、通勤での就労と将来的な自立生活を希望。自立生活に向け、尿収器活用により外出時の排泄介助軽減され、単独移動が可能となる。県障害者自立支援センターを紹介し、ピアサポートとして支援連携を開始し、ピアカウンセリングとパソコンボランティアによるPC訓練を週3回通所して受けることとした。また、近隣の企業に通勤している重度障がいの単身生活者宅を見学した。就労支援は、職能科での個別・集団訓練、企業見学、職業準備学習等を提供し、県就労支援機関と連携をして企業面接に挑むも不採用となり、障害者能力開発校を受験するも不合格となる。 支援開始2年目は、夏前から秋にかけ体調不要となる。そこで、家族介助負担軽減を目的に、起床時にヘルパー活用を考え、自身で介助依頼予定内容の介助マニュアルを作成し、ヘルパーを初めて導入する。自身の健康と、障害の進行に伴う今後のヘルパー活用や就労について思い悩む。就労形態について、在宅就労に関する相談と情報提供を行なう。 支援開始3年目では、健康・生活・仕事のバランスを考え、在宅就労を目標とした。情報提供は、在宅勤務者・企業事例の紹介、在宅勤務者宅見学等を行ない、週2回の在宅訓練をスタートさせた。ピアサポートでは障がい当事者団体の勉強会や小学校での福祉教育活動へ参加した。 このような支援を経て、県障害者就職促進委託訓練eラーニングコースを受講することとなった。 ③ ご本人の状況 一般教育課程を歩んできたが、神経難病の進行に伴い、健康管理・介助が課題となってきた時期での職能科との出会いであった。当病院での主治医・PT・OT等の医療スタッフと連携して健康面に配慮しつつ、ピアサポートを導入して在宅生活をベースとした社会リハビリテーションを行ない、職能科では社会生活力の形成過程を踏まえながら職業リハビリテーションを行なった。支援に約3年を要しているが、本人は「職能科に来て人生観が変わった。大学を中退したけど、これからの仕事と生活の青写真が描けた。」と、今後の生活設計を具体的にイメージでき、主体的に生きる姿勢が伺えた。 (2)Bさん(20代、男性、頸髄損傷C5レベル) ① 支援に至るまで 大学卒業時、交通事故により受傷。急性期医療を終え、受傷後3ヶ月より医学的リハビリテーション目的で当病院入院。受傷後9ヶ月より併設の障害者支援施設入所し、医学的リハビリテーションの継続と、日常生活動作訓練、一般交通機関利用や福祉制度学習などの社会リハビリテーションを受ける。受傷後20 ヶ月より就労を目指した支援を目的に職能科利用開始となる。 ② 支援経過 大学卒業時の就労直前での事故により就労経験がな く、病院から直接施設入所したため、受傷後の地域生活の経験もない。ただし、施設入所経験により、障がいの受け入れは進み、退所後の地域生活に向けて、前向きで主体的な意識が形成されていた。 しかし、実際の地域生活での健康管理、社会生活力がこれからの課題と思われたことから、職能科での支援は、頸髄損傷者の就労生活全般に関する情報提供から始めた。通勤・在宅勤務者・企業事例を紹介し、在宅就労生活のイメージ図りを目的に、施設のフリースペースを活用して在宅訓練を週5 回実施した。ピアサポートでは障がい当事者団体の勉強会に参加し、多くの在宅頸髄損傷者と交流が得られた。 バリアフリー住宅改修とヘルパー・訪問看護師の調整ができ、受傷後24 ヶ月で施設を退所し、当病院外来として支援を継続している。県障害者就職促進委託訓練eラーニングコースを受講することとなった。 ③ ご本人の状況 頸髄を受傷2年未満で、受傷後の地域生活が未経験であることから、医学的・社会的リハビリテーションスタッフとも連携し、健康面・生活面の状況を踏まえつつの支援を心がけた。 職能科での支援を通して、情報提供や在宅訓練およびピアサポートでの当事者との交流を通して、退所後の生活について具体的な現実検討がされ、ヘルパー・訪問看護を活用した日課、体力・健康や電動車いす使用等により、通勤での就労にはリスクがあると思うようになった。 結果、本人「すぐに就職活動せず、eラーニング受講してスキルアップを図りながら、在宅生活を安定させていく。」と、将来的な就労に向けて、まずは健康・生活基盤の安定を目指すこととした。 5 考察 在宅生活を基盤として外来で職能科を利用したAさん、施設利用しながら受傷2年未満で職能科を利用したBさんの2名の事例を通して検討する。 (1)セルフケア・マネジメントと自立意識 事例Aさんは支援過程の中で体調不良を経験し、疾病・体調のセルフケアの難しさを痛感され、これからの就労生活の形態を考えた。一方、Bさんは病院・施設と保護された環境での支援の始まりであり、その後の在宅生活の中で障がいのセルフケア・マネジメントの力を高める必要性がある。 また、日常生活においては、障がいにおいて身体機能維持のためのリハビリテーションは必要である一方、日常生活動作の自立に向けた訓練と自助具等の検討・適応を要す。しかし、障がいの状況により介助は必要不可欠となる。そこで次に必要となるのが、家族の介助負担とヘルパー等の他者介助に対する本人の活用意識である。在宅就労するにあたって家族介助が増えることは避けなくてはならず、その前段階として日常生活の中で家族に依存しない意識を持つことは重要となる。この段階で、自身の介助内容を見直したり、ピアサポートを通して自立心を育成することは有効と思われた。 (2)社会生活力の獲得 次に、介助体制や住環境等の生活環境整備をし、基盤となる在宅生活の安定を図ることが必要な段階となる。ヘルパーや介護派遣事業所との付き合い方、家族との関係や家庭内での余暇の過ごし方など、生活全般のマネジメントをする力が必要となる。両事例、家族ともに、日常生活場面に他人を入れることは初めてであり、抵抗感が少なからず見られた。長期的な視点での目的・意義を、相談支援とヘルパーを活用する障害当事者によるピアサポートにより理解された。 そして、外出時の単独移動については、排泄、段差等への通行人への介助依頼、失禁時の対応等、多くの課題がある。事例Aさんは、外出時の排尿は家族が尿瓶を当てて行なっていたため、単独外出の経験がなかった。尿収器の装着により単独外出が可能になった以降、飛躍的に外出や社会参加への意欲が向上した。事例Bさんは、施設における社会生活訓練でこの課題はクリアされていた。 外出・移動能力が身に付いた後、障害当事者団体への参加や友人との交流場面が多くなり、コミュニケーションが豊富になったことから、表情や発言に社会性や主体性が感じられ、社会生活力の向上が見られた。 (3)在宅就労生活へのイメージ作り 職能科が行っている在宅訓練は、在宅勤務者・企業事例の学習を踏まえ、模擬的に短時間の在宅での作業をすることを通し、職業生活リズムの体験、メールやSKYPE等を活用した遠隔コミュニケーションの体験、在宅就労の基礎的理解を目的としている。 両事例は、この在宅訓練を通して、就労に向けたスキルアップの必要性、作業・健康・生活とのバランスを考えた暮らし方への意識が伺えた。そして、次のステージとして、神奈川県障害者就職促進委託訓練eラーニングコースの受講を選択された。 このことから、職能科が行なう在宅訓練は、在宅就労生活に関するイメージの形成に向けて、効果があったと思われる。 (4)リハ専門病院における在宅就労支援の有効性 今回の2事例への支援を通し、在宅就労に辿り着くまでの段階について、図のように考えられる。 図 在宅就労までの段階 リハ専門病院において、重度身体障がい者への在宅就労に向けた支援を行なうと同時に、疾病・障がいの管理の段階から医療スタッフとの密な連携のもとに支援ができ、外来での支援を通して、障がい当事者団体や自立支援機関と連携して実際の在宅生活の中で、社会生活力の獲得に向けた支援ができる。このように、医学的リハビリテーション、社会リハビリテーションそして職業リハビリテーションを連続的且つ並行的に実施でき、受傷後の時期やライフステージに応じた支援ができる点で、非常に有効と思われる。 6 まとめ 通勤困難なため在宅就労をしている、身体機能的に重度な障がい者の日々の生活は、訪問看護等の医療と、ヘルパー等の福祉的な支援と同時進行に仕事をしている方が多い。 つまり、このような方たちへの就労支援は、医療と福祉の視点が必要不可欠であり、健康・生活・仕事のバランスを考慮した支援が求められる。 職能科では、在宅就労に向けた支援を2008 年から始めたばかりであり、支援事例は16名と少ないが、今回の研究を通し、2事例ではあるが、リハ専門病院における在宅就労支援の有効性が確認できた。 神奈川県では本年より障害者就職促進委託訓練でeラーニングコースが設定され、在宅就労に向けたスキルアップの場ができたが、雇用に結びつくためには、求人の少なさ等、今だ課題は多い。 今後、自分たちの支援技術を高めていく一方、在宅就労に向けた社会環境の整備の動向にも注目していきたい。 【引用文献】 1) 全国頸髄損傷者連絡会:頸損解体新書2010 ひとりじゃないよ 2010 2) NPO法人バーチャルメディア工房ぎふ:障害者の在宅就業を活用 した新たな職域に関する調査(厚生労働省平成21 年度障害者保健 福祉推進事業障害者自立支援調査研究プロジェクト)2010 【参考文献】 ・高齢・障害者雇用支援機構 「障害者の在宅勤務・在宅就業ケーススタディ 20 の多様な働き方」2009 ・ 障害者職業総合センター 調査研究報告書No.47「重度身体障害者のアクセシビリティ改善による雇用促進に関する研究」2009 ・日本テレワーク協会 「THE Telework GUIDEBOOK 企業のためのテレワーク導入・運用ガイドブック」2009 ・ 全国労働基準関係団体連合会 「在宅勤務導入のポイントと企業事例」2009 ・赤塚光子・石渡和実・大塚庸次・奥野英子・佐々木葉子 「社会生活力プログラム・マニュアル」1999 ・ 神奈川リハビリテーション病院「脊髄損傷マニュアル」1996 ・ 神奈川リハビリテーション病院 「脊髄損傷の看護セルフケアへの援助」2003 人口100万人都市におけるリワークプログラムの実践−より有益な社会資源を目指して− ○菰口 陽明(医療法人社団更生会草津病院 リハビリテーション課 精神保健福祉士)落合俊明・澤田恭一・執行良子・丸山次郎・山本理佳代・吉村晋平・久後祐子・桑本康生(医療法人社団更生会草津病院) 1 はじめに 精神疾患によって休職中の労働者への職場復帰支援としてリワークプログラム(以下「リワーク」という。)は近年、ニーズと重要性が認識され首都圏を中心に拡充している。草津病院(以下「当院」という。)では休職者の復職支援については精神病圏の患者の社会復帰支援と比較すると未整備であり、従来からの課題であった。そこで2009年4月、うつ病患者を対象としたリワークを導入。試行錯誤ではあるが職場復帰支援システムを法人内で運営を始めた。遥か長い道のりを歩き始めたばかりの実践ではあるが、より有益な社会資源への発展を目指し、その一端を報告させて頂き、多くの忌.のない御批判を賜りたい。 2 当院の特色 広島市は県西部に位置し、人口117万人の中国・四国地方で第1位の人口を有する。当院は広島市にある病床数429床の精神科病院である。主に統合失調症をはじめとした救急・急性期・亜急性期医療、気分障害・適応障害などのストレス疾患に対する医療、認知症疾患に対する医療を提供している。ストレス疾患領域では、全室個室のストレスケア病棟を設置し、労働者の休養目的の利用も含めて、地域住民に広く活用して頂いてきた。ストレス性疾患による休職者へはストレスケア病棟とリワークのペアリング活用も推進し、徐々に浸透してきている。 また、2010年5月1日には統合失調症患者を中心とした就労支援と復職支援を合併させた拠点として敷地内に「就労支援センターワークネクスト(以下「ワークネクスト」という。)」を設置。幅広く産業保健領域における臨床活動を始動することとした。 3 リワークの概要 リワークの実施は、月曜日から金曜日の週5日 の午前九時から午後3時である。診療形態では全日参加の場合はデイケア、半日参加の場合はショートケアと位置付けている。プログラム内容については表1を御参照頂きたい。表に付加し、毎月1回リワーク修了者のOBグループミーティングを第4土曜日に実施している。 利用者の定員は概ね8名とし、定員の範囲内で随時参加者を募り、プログラムの修了要件を満たした参加者から適宜修了していく形態をとっている。運営スタッフは精神保健福祉士、臨床心理士、看護師、作業療法士の多職種で構成されている。 リワークの主目的については、ⅰ)規則正しい生活と睡眠リズムの確保、ⅱ)作業能力、集中力の確認と回復、ⅲ)再発予防のための指導と内省、ⅳ)復職へのモチベーションの維持・向上、の4点としている。 参加条件として、①うつ病や適応障害で、回復期にあること、②週3日程度のプログラムに参加できること、③勤務先の協力、勤務先や通院先医療機関との情報共有ができること、④アルコール依存症、薬物依存症、パーソナリティー障害等の既往がないこと、⑤自傷行為、希死念慮がないこと、⑥重篤な身体疾患がないこと、⑦グループへの参加に不適切な要素がないこと、⑧概ね1年以内に復職見込みがあること、以上に付加し、参加の途中で集団適応に問題がある場合や病状悪化の際には、中断もあり得ることとしている。 表1<リワークの週間予定> 月 火 水 木 金 A M オフィスワーク オフィスワーク オフィスワーク オフィスワーク オフィスワーク P M 集団認知行動療法 自主活動 コミュニケーション トレーニング レクリエーション 復職支援ミーティング また、リワークの立ち上げ前には地域障害者職業センター(以下「職業センター」という。)のリワークカウンセラーより御助言頂き、支援の流れについては職場訪問等、職業センターのリワーク支援を参考としている。オフィスワークでは職業センターのツールをリワーク導入時には活用し、利用者の初期段階のアセスメントに有効活用している。 4 これまでの活動状況 ① 参加状況 2009年4月1日から2010年3月31日までの利用者統計については参加者数21名のうち、66%が復職、19%が参加中、中断が15%であった(図1)。リワークの中断者の中断理由としては参加契約に反する言動が休職者にみられた、生活リズムの不安定感から継続した通所の維持が困難となった等のケースが該当する。今までのリワーク修了者は全員復帰できているが、今後は予後調査も必要である。 疾病分類については図2を御参照頂きたい。うつ病患者を対象としたリワークであるが、図のように双極性障害等の他疾病を罹患した利用者の参加も増えている傾向にある。 25 20 その他 15 人 10 10人 うつ病 05 双極性障害 適応障害参加中(4) 中断(3) その他 図1<参加者統計>図2<疾病分類> 利用者の休職回数については図3の通りである。1回目、2回目の休職が8割を占めるが、職場規定上の休職扱いとなった回数を示しており、実際には短期間の病休扱いでの休職が複数回ある、1回目の休職でも長期間休んでいる等のケースもあったのが現状である。 性別と年齢、職種別統計に関しては図4〜図5をご参照頂きたい。他地域のリワークでも類似の傾向が見られるが、40代の働き盛りの男性が圧倒的に多い。職種については地域性が大きく影響していると思われるが事務職が7割を占める。 14 5回目 以上12 9% 1回目10人 10 8 6 男性 4回目 1回目女性 14% 2回目4 3回目・4回目 5回以上02 30代40代50代 図3<休職回数> 図4<性別と年齢> 営業職 2人10% 14人教職員 事務職10% 作業員教職員 作業員 営業職 10% 専門職 図5<職種別統計> ② プログラム運営 リワークの各プログラムの目的は前述した4点を主としているが、「リワークプログラムを中心とするうつ病の早期発見から職場復帰に至る包括的治療に関する研究平成21年度総括分担研究報告書1)(以下「研究報告書」という。)」ではプログラムの目的区分として症状自己管理、自己洞察、コミュニケーション、集中力、モチベーション、感情表現、リラクセーション、基礎体力の8つに分けているが、当院のリワーク発足時には特に症状自己管理やモチベーションの維持・向上については重要視しながらプログラムを構成した。また、研究報告書においてはプログラムをリハビリテーションとして構成させる上で重要であると考えられる要素として、「対象を限定している」、「心理社会療法である」等が述べられているが、それを参考にリワークの対象者を診断名や復帰の見通し等で限定することとし、また心理社会療法の要素としては集団認知行動療法やコミュニケーショントレーニングを実施することとした。 ③ 事業所支援 リワーク参加が概ね決定した利用者に関しては、導入前にスタッフが職場訪問し、直属上司や人事・総務担当者、産業保健スタッフ等へリワークの概要説明、利用者に関する情報収集をすることとしている。また復帰前や計画の立て直しの際には利用者とスタッフで職場訪問して今後の方向性を協議することとした。その他に電話やメールでの個別相談を行う中で各々の職場特性の把握にも繋がり、休職者を取り巻く環境アセスメントの観点からもたいへん有意義であったと考える。また筆者は2010年6月より各都道府県に設置されている産業保健推進センターの特別相談員活動にも従事し、事業所のメンタルヘルス意識の向上にも取り組んできたことで、企業とのネットワーク構築にも繋がっていると考える。リワークは事業所に勤める一労働者支援が中心ではあるが、あらゆるメンタルヘルス相談に柔軟性を持って対応し、企業全体、社会全体への貢献度を高めていくことは本質的な意味で地域の中での精神科医療の存在が認知される上で大きな課題であると思われる。 ④ 個別支援 リワークは利用者の復職準備性の向上が個別支援の主となるが、個別支援の視点や方法については次第に多様化している。五十嵐2)は、「復職準備性」とは耳慣れない言葉であるが、さまざまな身体的、心理的負荷等にどの程度耐えていけるかという体調、作業能力全体の改善度である、と述べている。利用者の復職準備性がどの程度のレベルであるか把握し、復職に向けてどのような準備を本人や周囲が進めていけばよいか確認しながら進めていくことが重要と考える。方法としては利用者と1週間に1回程度の頻度で面接をし、日々の生活状況や抱えている問題を共有し、解決策を一緒に考えるようにしている。また、症状自己管理のツールとして用いている生活記録ノートや睡眠リズムチェック表の確認も必要に応じて行い、セルフコントロール機能の向上を促している。 また、利用者の中には主なストレス要因が職場以外の家庭や親族関係、友人関係等多岐にわたる場合もあり、ニーズに合わせて家族面談や三者面談を実施している。この点についてはリワーク参加中にどの程度の介入をするべきか、慎重に検討していく必要があるだろう。 5 考察 ワークネクストにおいてリワークを始動し、1年半が経過した。現在抱えている課題も含めて考察を述べたいが、秋山3)の述べている職場復帰支援の5つの重要課題である①具体的な援助、②職場復帰準備性の評価、③関係者との有機的な連携、④気質による個人差、⑤多層的な援助システム、に照合してまとめることとした。 ① 具体的な援助 プログラムの現状については前述したが、より 職場におけるストレス状況に焦点を当てた実践が望ましいと考え、職場でも想定できる負荷場面を段階的に取り入れるように試行している。例えば毎朝のミーティングについてはメンバーが全面的に司会を担うこととした。これについては職場での朝礼場面を意識できることや、新規の利用者と既に参加している利用者のコミュニケーション場面が増加する点で、初期のリワークからのドロップアウト対策にも好影響があると捉えている。 また、リーダーシップ性のリハビリテーションという観点から、週に1回自主活動の時間帯には利用者のみでテーマを設定し、ミーティングを進行する運営形態にしている。 個別的支援については、ストレス要因が多岐にわたる利用者への柔軟な具体的支援はもちろん、リワークにおいて自身の問題と向き合った結果、復職ではない目標が見出せる場合もあると考える。利用者の多様な可能性を信じることが、具体的支援を展開していく上で我々の永続的に培っていく必要のある課題と考える。 ② 職場復帰準備性の評価 復職準備性の評価についてはNTT東日本関東病院精神神経科を中心に開発された職場復帰準備性評価シートを活用している。この活用によって利用者自身への客観的評価はもちろん、職場や主治医との復職準備性の評価も円滑になっていると実感している。今後、より根拠に基づいた評価をしていくために、検査内容や実績の数値化の検討が必要と考えられる。 ③ 関係者との有機的な連携 産業保健スタッフが配置されている、又は事業所内に利用者のキーパーソンが存在する職場とは綿密にリワーク導入前から情報収集することができ、支援計画作成からフォローアップまで歩調を合わせた支援が実感できている。特に事業所において職場復帰訓練やリハビリ出勤制度がある場合は、導入の前段階でリワークを活用して職場復帰訓練やリハビリ出勤に繋げられ、復職への緩やかな階段が出来上がりやすいというメリットがある。 次に主治医との連携について述べる。ワークネクストのリワーク参加者は外部医療機関からの紹介による者が多く、病状悪化時等に連絡がとれないことで瞬時の対応が困難なケースもあった。この点は課題として大きく、リワーク導入前に十分に起こりうるリスクについてもアセスメントしておくことが極めて重要な対処であると考える。 また、関係機関間の連携としてはリワークの運営上の相互の相談はもちろんであるが、2010年度は県内のリワーク実施機関である職業センターと県立総合精神保健福祉センターとワークネクストの三機関で情報交換会及び施設内覧会を実施した。実施機関も少ないからこそ、相互に実践を共有することは質の向上においてたいへん有意義であり、今後も事例検討会を主として継続的に行いたいと考えている。 ④ 気質による個人差 リワークを通じてストレス対処法や再発予防策について利用者には考えてもらうが、就業継続上起こる問題の中には気質によるものも大きく影響していると考える。現状ではリワーク導入前に心理検査としてバウムテストとTEGは実施しているが、職場や家族からの情報収集についても基本的な性格傾向の把握においては欠かすことはできないポイントと考えている。すなわちリワーク導入前の具体的な情報によって利用者の気質を念頭においた支援計画が立てられ、現実的な課題に合った支援展開が可能と考える。 ⑤ 多層的な援助システム 当然のことながら復職準備性を高め、安定した就業生活を目標として取り組めるものはリワークが全てではない。地域の中で多層的な援助システムが職場復帰支援には求められるだろう。 当法人内援助システムとしては、ストレスケア病棟とリワークのペアリング活用によって、入院中に睡眠覚醒リズムを定着後、リワークを導入、そして退院後には不安を最小限に通所に繋げていく支援を実施しやすい状況にあることは大きなメリットである。ストレスケア病棟とリワークは常に協働的関係にあることが望ましいと考える。 また、広島県全体で見るとリワーク実施機関は現段階では前に述べた三機関である。当然、増加傾向にある休職者のニーズへの柔軟な対応は困難である。実際にワークネクストへの利用相談の中には遠方であることが大きな理由であることで通所を断念したケースもあった。リワーク参加者の予後調査も含めて実践や効果を広く関係機関に周知しながら、必要な地域にリワーク実施機関を増やしていけるよう、ソーシャルアクションを展開していくことも重要であると考える。 6 より有益な社会資源を目指して 1歳半になったワークネクストのリワークは歩き始めたばかりの赤子である。これからしっかりと地に足つけて逞しく継続力ある社会資源として成長していけるよう、従事する我々も社会経験、臨床経験を積み重ねていく必要があるだろう。 現段階のワークネクストのリワークは、産業保健領域のメンタルヘルス活動のうち、三次予防、すなわち再発予防の一部分が機能として当たる。しかし、事業所からは休職には至らないが職場で困っているケースや、職場内の職場復帰支援プログラム作成に関する相談も増えている。今後は一次予防、二次予防へも貢献していくこと、すなわちメンタルヘルス問題の早期発見、早期介入に関する支援も実践していくことが地域における有益性の高い社会資源としていく上でのキーワードとなると考えている。 リワークの実施状況は県内においても地域格差が顕著であるが、これにはリワークに診療報酬上特化された規定がないことや、精神科領域において援助システムが体系化されていない現状から“難しい”といったイメージが抱かれやすいことが挙げられるだろう。関係機関相互で事例検討やネットワーク会議等を通じて連携を発展させながら、新たに必要な社会資源を必要な場所に創造する協働関係も構築していきたいと考えている。 7 おわりに 課題や悩みも尽きないが、先日、ネクタイを締めて額に汗を光らせながら帰路に向かうリワーク修了者と偶然に会い、「お疲れ様」の挨拶を交わした。支援する者としても同じ時代に働いている一労働者としてもたいへん嬉しく、元気な気持ちになる瞬間であった。 【参考文献】 1) 秋山剛:リワークプログラムを中心とするうつ病の早期発見から職場復帰に至る包括的治療に関する研究平成21年度総括分担研究報告書、P5-P34、(2010) 2) 五十嵐良雄:うつ病リワークプログラムの現代的意義、「うつ病リワークのはじめ方」、P2-P9、弘文堂(2009) 3) 秋山剛:職場復帰支援の課題、「精神科臨床サービス第6巻1号 特集職場に戻るためのメンタルヘルス」、P12-P18、星和書店(2006) うつ病などメンタルヘルス不全休職者の復職後職場定着への 事業主及び復職者のニーズに関する一考察 関根 和臣(福井障害者職業センターリワークカウンセラー) 1 はじめに 「障害者の雇用の促進等に関する法律」の一部改正に伴い、平成18年4月1日から精神に障害のある方は雇用率の算定対象とされることとなった。 これに先立ち、平成17年10月から全国の地域障害者職業センターにおいて精神障害者総合雇用支援が実施されている。 福井障害者職業センター(以下「福井センター」という。)においても、精神障害者総合雇用支援の中で特に事業主からのニーズが多い職場復帰支援を中心にサービスの充実を図っている。 職場復帰支援を開始して本年10月で5年が経過し、これまで一年毎に利用者、利用事業主が増加しており、精神障害者総合雇用支援の福井県内における認知度、ニーズも高まりつつある。 その一方で、(1)メンタルヘルス不全休職者を抱える事業主のすべてが福井センターの支援を利用している状況ではないこと、(2)支援を利用した後に再休職に至った復職者事例が少なからず存在することの2点が焦眉の課題となっている。 そこで、精神障害者総合雇用支援開始後5年目を契機として、職場復帰支援に関する事業主のニーズ、並びに福井センターの復職支援を利用した復職者のニーズ調査を実施したので、報告する。 2 調査1事業主アンケートの実施 (1) 手続き ①調査対象 福井県内各ハローワーク管内の主要事業所(従業員数30人以上規模)800社を調査対象とした。 ②調査票 「企業プロフィール」、「メンタルヘルス不全従業員増減等の状況」、「職場復帰に関する考え方」により構成した。このうち「職場復帰に関する考え方」については、平成20年5月に障害者職業総合センター研究部門が行った全国調査1)に基づいて構成した。 ③調査の実施 平成22年7月、ハローワークの協力を得て、郵送により調査を依頼した。調査票への回答は企業の人事・労務担当者へ依頼し、同年8月末までに301社(回収率37.6%)から有効回答を得た。 (2) 結果 ①調査対象企業の概要イ企業規模 企業規模について、回答のあった299社の内訳は、30〜55人が34.2%、56〜299人が48.8%、300〜999人が12.3%、1000人以上が4.0%であった(2社は企業規模不明)。 ロ業種 業種について、回答のあった298社の内訳は、製造業が40.5%、建設業が13.6%、医療・福祉業が12.6%、卸・小売業が9.0%、その他の業種が 24.3%であった(3社は業種不明)。 ハ福井センターのリワーク支援の利用について 福井センターのリワーク支援を利用した経験があると回答した企業は6.0%、制度を知っているが利用経験のない企業が53.8%、制度そのものを知らない企業が37.5%であった。 ②メンタルヘルス不全従業員増減等の状況 イ過去3年間のメンタルヘルス不全者の増減 過去3年間のメンタルヘルス不全従業員の増減について、表1に示す。「増えている」と回答した企業は、300〜999人規模で45.9%と最も高い割合を占めた。また、企業規模が大きいほど「変わらない」の回答が増えるとともに、「該当者がいない」の回答が減っていた。 表1過去3年間のメンタルヘルス不全従業員の増減 ロ過去3年間のメンタルヘルス不全休職者有無 表2に過去3年間のメンタルヘルス不全による休職者の有無を示す。休職者の存在は、300〜999人規模で89.2%と最も高く、次いで1000人以上規模(83.3%)であった。56〜299人規模でも約半数 (50.7%)の企業に休職者がいた。 表2過去3年間のメンタルヘルス不全休職者の有無 ハ職場復帰のプロセス(過程)について 表3は、実際に休職者が存在する企業に限って回答を求めた項目で、企業における職場復帰のプロセス(過程)に関する問題の有無を示した。 企業規模を問わず半数以上の企業が「まだまだ問題が多い」と回答し、1000人以上規模では、特に割合が高く(80.0%)なっていた。 表3職場復帰のプロセス(過程)について ③職場復帰に関する考え方 人以上規模(50.0%)では、規模別で最も低い回答となっている。 次に多いのは、「復職部署の選定が困難」であって、全体で38.6%、1000人以上規模では「職場復帰の可否判断が難しい」を上回り、58.3%の企業が困難と回答した。 1000人以上規模では、「業務を軽減させる方法が難しい」(25.0%)、「リハビリ出勤時のプログラムの作り方」(8.3%)について、他の規模の企業と比べて、困難と回答した割合が低くなっていた。 ハ疾病の症状に関する問題 再休職の問題など疾病の症状に関する問題では、「病状がわかりづらい」がいずれの規模でも最も多く、全体で76.3%の企業が困難と回答した。 次いで、「復帰しても再休職することがある」が多く、全体で38.6%、300〜999人規模では6割近い企業が困難と回答した。 表4職場復帰の際に企業が困難さを感じること 職場復帰に際し、企業が困難さを感じていることについて表4に示す。 イ コミュニケーションの問題 復職者本人との接し方等コミュニケーションの問題について、「上司が本人との接し方に悩む」と回答した企業が多く、全体の56.5%、300〜999人規模では71.9%であった。次いで「周囲の従業員の理解が得られない」が多く、企業規模に関わらず、40〜50%の企業が困難と回答した。ロ職場復帰に関する問題 復職の可否判断など職場復帰時点での問題について、「職場復帰の可否判断が難しい」との回答が最も多く、全体で72.0%であった。但し、1000 (3)考察 メンタルヘルス不全者の状況及び休職者の有無について、30〜56人規模の企業、56〜299人規模の企業、それ以上の規模の企業で特徴が見られた。 56人未満規模の企業では、メンタルヘルス不全者、休職者ともに少なく、増加傾向にない。このことから、現在は多くの経営者にとって、大きな課題となっていないことが推察される。 56〜299人規模の企業では、「増えている」と「変わらない」を合わせると半数を超える。休職者の有無についても、概ね50:50で拮抗している。 他方、300〜999人規模、1000人以上規模の企業の8割以上は「増加している」「変わらない(横ばい)」のいずれかを回答しており、休職者ついても8割以上の企業に存在している。 職場復帰のプロセスでは、1000人以上規模が「まだまだ問題が多い」と8割の企業が回答しており、問題の大きさが指摘される。他方、回答数は少ないものの実際に復職事例を持つ30〜56人の企業13社でも「まだまだ問題が多い」の回答率が高い。このことから、30〜56人の企業においては事例こそ少ないものの実際に復職事例が発生した場合には経営者が苦慮していることが示唆される。 職場復帰に際して、企業が困難さを感じていることは、主に4点であった。最も大きな課題は、「病状のわかりづらさ」(76.3%)で、「復職の可否判断が困難」(72.0%)、「上司が本人との接し方に悩む」(56.5%)、「周囲の従業員の理解が得られない」(48.3%)と続いた。 復職の可否判断は労務可能な状態まで病状が回復しているか否かが判断の基準となるが、「病状がわかりづらい」ことはこの判断を困難にさせる。 また、病状がわかりにくいために上司や周囲がどう接したらよいか、その理解が難しいことも予測できる。なお、紙面の都合上、本稿では割愛したが、企業が対応に困っていることの自由記述欄においても、不調者の状態が掴めないため、対応に苦慮する旨の記述が複数見られた。 さらに、企業の規模によって抱える問題の差異も見られた。1000人以上規模では「復帰部署の選定」が、300〜999人規模では「再休職の問題」が、30〜56人及び56〜299人規模では「総務・人事と本人の接し方」について、それぞれ他の規模の企業と比べて困難な割合が高くなっていた。職場復帰支援においては、このような企業規模によるニーズの違いに応じた支援が必要と言えよう。 3 調査2復職者アンケートの実施 (1) 手続き ①調査対象 福井センターのリワーク支援利用後、平成22年1月1日〜8月31日の期間に職場復帰した20名を対象とした。 ②調査票 「リワーク支援カリキュラムのうち復職後に効 果のあったもの」、「リワーク支援中に獲得したセルフケアスキルの活用状況」、自由記述により構成した。 ③調査の実施 平成22年9月、郵送により調査を依頼した。同年9月中旬までに9人(回収率45.0%)から有効回答を得た。 (2) 結果 ①復職後に効果のあったカリキュラム 表5に復職者が「効果あり」と回答したプログラムを示す。生活リズム,他の受講者との交流(グループ討議),作業課題が77.8%と高かったが、「特に効果があった」ものでは、認知行動療法の考え方(44.4%)が最も高くなっている。 表5復職後に効果のあったカリキュラム(n=9) ②復職後のセルフケアスキルの活用状況 リワーク支援期間中に付与したセルフケアスキルの職場復帰後活用状況を表6に示す。アンケート調査時点で各項目についてセルフケアを行っていない場合は、復職後どの程度の期間まで当該ケアを行っていたか、平均値(月数)を示した。 通院・服薬など疾病管理に最低限必要とされるものについては、すべての者が継続できていた。他方、“活動記録票により生活リズムの自己管理を行うこと(44.4%)”や、“どうすれば安定した復職を継続できるか調べること(44.4%)”の項目について、復職後1カ月以内に終了している者が一定数あった。 表6セルフケアスキルの活用状況(n=9) に協力いただいた企業の個別ヒアリング等を通じ (3)考察 生活リズム作りや、グループ討議等の他の利用者との交流、認知行動療法の考え方等について、実際に職場復帰した後も、これらのカリキュラムが復職に効果的であったと評価を受けた。 復職後については、安定した職場定着のために必要なセルフケアが概ね維持されているものの、“飲酒など回復を妨げる行為の自粛”や“しばらくの期間は「役に立たない」と自覚”することなど、安定した職場定着のために一定期間維持することが望ましいセルフケアについて継続しないケースもあった。 休職中に活用したセルフケアスキルのすべてを復職後も継続しなければならないわけではないが、休職中支援(リワーク支援)期間中は、利用者が能力の回復と健康管理をタスクとして取り組むのに対し、復帰後は仕事(職場)への適応を最優先するため、健康管理のために必要なセルフケアの意識が低下している可能性も考えられる。このことが要因となって、職場復帰後の再発や再休職に繋がっていることも予測される。 4 まとめと今後の課題 企業を対象とした調査では、特に従業員数56人以上規模の企業で、メンタルヘルス不全休職者の存在、また職場復帰について課題があると回答する企業が半数を上回った。また、復職時の課題としては、病状の分かり辛さや周囲の対応の難しさ等が多く挙げられた。今回の調査では、企業が具体的にどのような復職時の困難事例を有するかについて、十分把握しきれない部分があり、本調査 て、きめ細かにニーズの把握を行うことが、今後の課題となる。 また、復職者の抱える職場適応上の課題と、企業の対応について整理を行うため、①残遺症状、 ②その症状の自己管理の方法、③その症状へ企業に配慮を望むことの3点を復職者自身が纏める『復職ナビゲーションブック』の作成を、リワーク支援終了時の課題としている。復職時に残っている症状や上司・同僚の対応について、復職者を受け入れる企業側が理解を得やすいように、主治医の意見を基として、さらに復職時に有用となるよう改良を重ねていくことが必要と言える。 さらに、リワーク受講者に対しては、復職後のセルフケアをより一層確実にして、疾病の再発や再休職を防ぐ意識を付与することが必要である。再発の危険性や復職後の健康管理についてもリワーク支援の講座等で提供しているが、復職後に取り組むべきセルフケアの技法が、実際の職場復帰後に活用されやすいものとなるよう、現存のカリキュラムの改編・充実が今後の課題であろう。 併せて、再休職を防ぐための復職後フォローアップについて、試行的に実施している『復職者ミーティング』(復職者対象のグループ討議)等を中心として、職場への適応に集中しがちな復職者に対し、セルフケアの継続を意識付ける支援について、より効果的な実施方法等の検証を重ねることが必要と思われる。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター調査研究報告書:特別の配慮を必要とする障害者を対象とした、就労支援機関等から事業所への移行段階における就職・復職のための支援技法の開発に関する研究(第2分冊 復職・職場適応支援編),No93の2(2010) 2) (財)日本生産性本部:第5回「メンタルヘルスの取り組み」に関する企業アンケート調査(2010)3) (財)日本生産性本部:「産業人メンタルヘルス白書」(2009) 高次脳機能障害の復職支援 −事例を通し、復職・就労継続に必要な支援を考察する ○植田正史(聖隷福祉事業団浜松市リハビリテーション病院 作業療法士)秋山尚也(聖隷福祉事業団浜松市リハビリテーション病院) 1 はじめに クモ膜下出血により注意・記憶・遂行機能障害などの高次脳機能障害を呈した事例。復職を目的とし、当院外来通院リハビリにおいて詳細な高次脳機能評価・訓練を行い、職場と連絡・連携を取ることで復職に至った。復職後、部署内での障害に対する理解不足や、取引先との電話対応でのトラブルなどの問題も発生した。再度職場との連絡・調整を実施した結果、現在も就労継続につながっている。事例を通し、就労・就労継続に必要な支援について考察を加え報告する。 2 事例紹介 50 代前半の男性。妻との二人暮らし。職業は建築業で現場監督をしていた。X年、現場で倒れA病院に救急搬送、クモ膜下出血(前交通動脈瘤破裂)と診断。同日クリッピング術施行。発症19日後よりリハビリが開始され、6ヶ月後に自宅退院。約1年後に復職目的で当院高次脳機能障害専門外来を受診。 3 作業療法評価 (1)外来通院開始時の評価 運動麻痺はなくADL 自立、コミュニケーション面にも問題はみられなかった。外来受診時は休職中であり、週4日のデイサービスを利用。自動車運転も控えていた。本人は記憶低下の自覚があり、妻からの勧めもあり手帳などの代償手段を使用して対処していた。 本人の希望は復職と自動車運転の再開。現場監督への復帰については本人も障害の自覚があり難しいと判断。そのため、現場での経験を生かし事務職での復帰を希望した。 (2)神経心理学的検査(表1参照) 神経心理学的検査の結果から、注意力やワーキ ングメモリの低下がみられ、遂行機能の低下により柔軟な対応が困難であると考えられた。 表1 神経心理学的検査結果 WAIS−Ⅲ VIQ: 93 PIQ:103 FIQ: 97 TMT−A 41 秒 TMT−B 102 秒 RBMT 13/24 点 区分:中等度障害 BADS 19/24 点 区分:平均 4 作業療法経過 復職に向けた作業療法アプローチを立案・実施し、自動車運転再開に向けた評価と職場との連絡・調整を行った。 (1) 作業療法プログラム ①注意・記憶課題訓練 ②遂行機能課題 ③社会生活技能訓練 ④フィードバック (2) 自動車運転評価 近隣の自動車学校へ出向き、運転適性診断を受講、注意は必要だが運転に支障はないと思われると判断された。そこで自宅の周囲を妻同乗のもとで運転を行い、徐々に範囲を広げ段階的に自動車運転再開となった。 (3)職場との連携・調整 職場へは、外来通院開始2ヶ月後に電話にて復職の希望があることを伝え、翌週本人とともに上司に来ていただき、状況を説明。会社側は柔軟に対応する準備があるとのことだった。 さらにそこから2ヶ月後、復職に向けて本人、妻、職場の担当者とOTで面談を実施。本人は一通りのことは可能であり、迷惑をかけないようにやっていきたい。妻も最初は指導者についてもらいたいという希望を伝えた。職場側からは復帰可能であるという診断書や、高次脳機能障害に対する対応方法や注意点を教えて欲しいといった要望が聞かれたため、それらを記載した書類を作成し診断書とともに職場へ提出した。 5 結果 面談実施2週間後より、担当者の指導のもと、午前中のみ試験的に職場復帰し、補助的業務などを行った。大きな問題がみられなかったため1ヶ月後、事務職(正社員)として復職した。 この時点で作業療法は終了となり、外来受診のみ継続となった。順調に復職できたと思われたが、復職し3ヵ月ほどして妻より「愚痴や被害妄想的な発言が多くなり心配」との連絡が入った。 職場に確認したところ、担当の上司が異動になったことや、電話による顧客とのクレーム対応がうまくいかなかったこと、疲れからか仕事上のミスが増えている、との情報があった。そこで再度、高次脳機能障害の説明を行い、前回提出した書類を確認していただけるよう依頼。それにより職場と本人の間で話し合いが行われ、業務の変更をしていただくことができ、現在まで就労継続につながっている。 6 考察 高次脳機能障害者の復職支援において、障害の種別や程度は人それぞれであるため、詳細な評価が必要である。また本人や家族が障害を認識することで目標が明確となり、訓練への意欲も高まることで、スムースに復職への準備が可能となると思われた。本人、家族以外にも職場と連携していくことで、復職後に問題が発生した場合でも対応しやすい環境を築くことが可能となる。 高次脳機能障害者における復職は、復職そのものがゴールではなく、むしろその後の支援が重要である。しかし、高次脳機能障害に対する職場の認識が低く、雇用側の経験も少ないため、仕事に慣れてくると、期待感や負荷量が徐々に増加していくことがみられる。また障害の特性から、本人のプライドや病識の低下などがあると周囲に相談することもないまま、ミスの頻発やプレッシャー、ストレスの増加につながりやすい。結局は就労継続が困難となり、離職につながることも考えられる。 今回の事例においては、作業療法士が復職までのコーディネートを担った。外来通院時から復職まで続けて支援を行ったことで、本人・家族との信頼関係が築きやすく、職場に対する障害特性や、対応方法の説明が的確に行え、結果として復職後の問題にも適切に対応できたと考えられる。 今後の課題として、復職後も連携を維持する方法を確立し、必要に応じてジョブコーチなど他職種との連携も可能な支援ネットワークを構築することが求められる。また、本人だけでなく家族のサポートも目的とした家族会等の紹介も必要であることなどが考えられる。 高次脳機能障害者の職場復帰支援プログラムにおける失語症を有する者に対する支援 ○池田優(障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー)井上満佐美・安房竜矢・野中由彦(障害者職業総合センター職業センター開発課) 1はじめに 障害者職業総合センター職業センターでは、休職中の高次脳機能障害者の職場復帰に係る支援技法の開発を目的とした職場復帰支援プログラム(以下「プログラム」という。)を行っている。平成19年度からは、休職者及び求職者の双方を対象としたプログラムとなっている。 プログラムの主な目的は、高次脳機能障害についての自己理解の促進と補完方法の獲得及び復職 ・就職の準備を進めることである。 このプログラムは高次脳機能障害者全般を対象としており、受講者の中心は記憶障害や注意障害が主障害の者であるが、失語症を併せ持つ者も少なからず含まれている。 ここでは、プログラムの枠組みの中で行った失語症者に対するアプローチとプログラムの今後について報告する。 2 職場復帰支援プログラムの概要 受け入れは随時とし、受講期間は16週間(求職者は13週間)を基本としている。 カリキュラムは、図1のとおり、「作業課題」、「個別相談」、「グループワーク」で構成し、各々を関連付けながら支援を行っている。集団で行う「グループワーク」に対し、「作業課題」及び「個別相談」は、各受講者の状況(復職先職務、就職希望職種、障害状況等)に応じて個別に行っている。失語症を有する者に対しても基本的な枠組みは同様である。 グループワーク ・・ 他モ他モデデルをルを通じ通じたた体験共体験共有有 ・・ 補完補完手段の手段の効果の共効果の共有有等等 ・補完手段の構築 ・グループワークや ・疲労のマネージメント 障害認識のための 作業課題の振り返り ・スケジュール管理等 トライアングル ・課題認識と目標設定等 作業課題 個別相談 図1プログラム構成要素 3 支援事例事例1 【受講状況】<基本的な取り組み姿勢等> ■復職への意欲は高いが、無理をしやすい傾向。<障害状況・障害認識の特徴等> ■医療機関のリハビリ方針が「ジグを使わず、自力でコミュニケーションを取る」ことであったため、ジェスチャーや単語、書字等、あらゆるモードを駆使し、何とか相手に意思を伝えようとする積極的な姿勢あり。 ■言語表出が十分行えないため、失語症に関する 自覚はあり。<対象者支援(プログラムでの取り組み)> ■復職にあたってはPC入力が必須とされたため、PC入力への取り組みを中心にプログラムを組み立て、PC操作スキルの向上を志向。 ■片麻痺への対応として、PC入力環境を整備(Ctrl+Alt+Del同時押下用の文鎮使用、ミニキーボード、利き手側に外付けテンキー等)。 ■PC入力方法(かな入力、ローマ字入力、手書き入力等)の確定及び単語入力時に有効な方法(フリガナ付き、手書き式電子辞書を用いて自ら調べる、ローマ字表の参照等)を特定。 ■期間中盤に事業所から具体的な職務(既存のExcel表へのデータ入力等)の提案を受け、作業内容の課題分析を実施。 .日付、時間、検査結果等の数値データの入力は可能。 .取引先名、担当者名、住所等の入力は困難だったため、Excel機能の活用(コピー&ペースト、フィルター、ショートカットキー、郵便番号入力、一覧表からの検索入力、手書きパッドによる入力等)を試行。結果、手書きパッドによる入力に落ち着いた。 ■失語症への対応として、会話カードや会話ノートの使用を試行。 .双方とも使用は限定的であるが、相互確認や日付確認には有効。 ■情報共有ツールとしてメモリーノートを活用。 .スケジュールを確認し行動することは可能。 .記入に関しては、A氏自身が記入することには拘らず、支援者が直接記入、支援者が記入した付箋をA氏が該当箇所に貼付、支援者の記入メモをA氏が視写、といった方法を適宜選択して対応。 ■言語的活動を伴うプログラムメニュー(朝礼時スピーチ、グループワーク等)には、支援者のフォローを得つつ、可能な範囲で参加。日々の目標や感想及びグループワークに参加しての感 想は、選択肢の中から選択できるよう配慮。 ■緊急時(電車遅延時等)連絡方法の調整。 .プログラム期間中は妻が仲介、復職後は携帯メールの活用を検討(定型文の活用)。 ■実地講習(職場内での職務の試行)を実施。 .必要な会話カード(社員食堂のメニューカード)を作成。 ■メンタル面の支援。 .休職期間を最大限活用しており復職に失敗できない状況だったため、産業医面談の前等には不安が昂じてスケジュール通りの行動が困難となることがあったことから、不安な気持ちを汲みとり、周囲が言語化・共感することに努める等、不安が軽減されるよう配慮。 <事業所支援> ■失語症に関する資料の提供。 ■連絡会議にて、当センターと妻から障害状況を説明。 ■A氏と事業所担当者が直接会う機会を複数設定 し理解促進を志向。【結果(プログラム終了後の状況等)】 ■事業所の「職場復帰支援勤務」に移行。 .地域センターのジョブコーチ支援を活用。 .段階的に時間を延長するとともに業務の幅を拡充。 ■3ヶ月の「職場復帰支援勤務」後、H22.7から復職。 .郵便物集配、文書ファイリング、会議資料のコピー・丁合、データ入力等に従事。 事例2 氏名・性別・年齢 D 氏・男性・39 歳 事業所 ■ E社(協同組織金融業)。■ 従業員規模:1,000 人以上。■障害者雇用:法定雇用率以上の障害者を雇用。■支援体制: 人事部にて個別対応。障害者職業生活相談員を中心に支援。■ その他:職場内への部外者の立ち入りは厳禁。外部への具体的な作業内容の提供は不可。 従事業務 ■ 受障前はF支店で顧客訪問による営業に従事(受障後は人事部付)。■ 復職後は営業店後方事務集中部門で伝票記載内容チェック及び入力業務に従事。 経歴・受障原因 障害状況 ■大学卒業後、E社に就職。 ■37歳時(H20.5)、脳挫傷(飲酒後転倒に よる頭部強打)による脳出血により受障。 ■H20.10〜 休養規程による休養期間。 ■総合病院、市立病院、リハビリテーショ ンセンター等を経て地域センターの職業 準備支援を利用(H22.2〜H22.3)後、プ ログラム利用(H22.3〜H22.7)。 ■精神障害者保健福祉手帳3級。 .器質性精神障害(高次脳機能障害)。 .記憶障害、注意障害、遂行機能障害。 ※ プログラム開始時の主治医の意見書には失語症に関する指摘なし。一見会話に支障なし。 .医療機関の指導でメモを取ることは習慣化(独自の様式を用い、予定と実行の双方を記入)。但し、メモを取る理由について“遂行機能障害のためメモを取るように指導された”と説明するにとどまり、記憶補完の認識は欠如。 .身体障害はないが、右半身に違和感(市立病院退院時の診断書には、ごく軽度の右麻痺との記載)あり。 【受講状況】<基本的な取り組み姿勢等> ■復職への意欲は高く、プログラムへの取り組み姿勢 も熱心で意欲的。<障害状況・障害認識の特徴等> ■主治医から指摘のあった記憶障害、注意障害、遂行機能障害のうち、遂行機能障害のみを強く認識しているが、理解は表面的で不正確。 ■記憶障害や注意障害に対する認識は殆どなく、“長い話が理解できない”といったことも含めて、支障のあることは全て“遂行機能障害の影響”と発言。 ■語彙力や語想起力の低下から、質問に対する的外れな返答や言葉(単語)の誤使用等があり、個別相談や作業支援時には会話の噛み合わない状況や話が回りくどくまとまりに欠ける様子が散見されるも自覚なし。 ■文章読解が困難な状況が散見されたり、数十文字程度の文章が正確に記述できない状況でも、“読解や記述は昔(受障前)から苦手”と述べ障害としての認識はなし。文章の誤りを指摘されてもなぜおかしいのか理解できず、文章は格式張った形式的なものになりがち。 ■医療機関において言語面の障害に言及されていないかを確認したところ、リハビリテーションセンター退院時に軽度の失語症(語想起障害、文法障害、迂回表現等)について言及されていたことが判明。 <対象者支援(プログラムでの取り組み)> ■復職後に、数値及び文字の照合ができること、並びに基本的なPC操作ができることが必要とのことから、タイピング練習、ビジネスソフトの初級テキスト学習、PCデータ修正作業、PCデータ入力作業等を中心に実施作業を組み立て、基本的なPC操作スキルの向上を志向。 ■PC使用経験は乏しく初心者。PCに対する苦手意識が顕著だったが、復職にはPC操作が必須とされていることについては認識。 ■市販のPCテキストの読解は困難(文意が理解できず、読み飛ばして指示どおりの操作ができず停滞する)。失語症ドリルへの取り組みを通じて、小学生レベルの読解問題でも読み取れない場合があることが判明。 ■スケジュール記入や行動の記録に支障はなく、聞いた話をそのままメモすることは可能だが、読み返した際に自分が分かるように記述することは困難(意味が分からずとも、メモをしたことで分かったつもりになり安心している、記述内容を読んでも理解できず必要な行動が取れない等)。PCテキスト学習の際には、読み取れていないテキストの内容(表現)を、そのまま書き写すのみの行動が散見。 .自分が書いたメモでは作業が遂行できない(メモの内容が理解できない)ことを体験した上で、支援者がD氏に理解可能な表現(平易な言葉でかつ端的な表現)に置き換えて説明しその内容をメモリーノートに記述する、実際の操作を視覚的に見せる等の対応を徹底。 .可能な限り行動や作業の直後に結果等を逐一フィードバックするとともに、記憶障害、注意障害、遂行機能障害及び失語症のいずれの影響による支障かをその都度併せて伝えることを試行。 <事業所支援> ■高次脳機能障害(記憶障害、注意障害、遂行機能障害)に関する資料の提供及び失語症に関する情報提供を実施。 ■連絡会議等にて、D氏が自身の状況についてプレゼンテーションするとともに、当センターから障害状況を説明。 .一見、障害があるように見えず誤解される可能性が高いタイプのため、実際の具体的な状況をつぶさに報告。 【結果(プログラム終了後の状況等)】 ■自身の障害を、注意障害、記憶障害、言語障害、遂行機能障害とし、具体的な障害状況を事業所に説明することが可能となった。言語に関しては、“難しい話(言葉)や複雑な話の要点が掴みにくい”、“読解力が低下している”と説明し、“短く区切って話して欲しい”と要望することが可能となった。また、“時間が経つと記憶が薄れるためメモを取らせて欲しい(メモを取る時間を確保して欲しい)”とも述べており、メモは記憶を補完するために取っているとの理解に至っている。 ■タイピングを含むPCの基本操作を習得。時間はかかるが、正確なデータ入力は可能となった。 ■プログラム終了後、H22.8から復職を果たし、営業店後方事務集中部門(事務センター)にて、伝票の記載内容のチェック及び入力業務に従事。 4考察 事例1については、事業所からより高度な内容のPC入力を期待する発言がある等、当初は必ずしも障害の状況を踏まえた職務検討が行われている状況ではなかった。アセスメントの結果(できること、できないこと)を明確に事業所に伝え、実際の作業状況の見学や実地講習等の取り組みを行ったことで、A氏の能力を客観的に把握し、現実的な職務を検討いただくことが可能になったと考えている。 事例1においては、復職後の具体的な職務について事業所から情報が得られ、ポイントを絞った効率的な支援を行うことができたこと、休職期間を最大限に活用してリハビリを行い、能力をある程度引き出したところで事業所の「職場復帰支援勤務制度」に移行できたことが、復職を可能とする上で有効であったと思われる。 一方、事例2については、失語症について問題視されておらず、それ以外の障害認識も不十分な状態であり、事業所から得られる情報も限られているケースであった。 確かに一見問題がないように見受けられるレベルではあったが、単独で指示を正確に把握しミスなく職務を遂行する上では支障のある状態であったこと、事業所からの情報は限られていたものの、要求水準は必ずしも高くなかったこと(安全に通勤でき、終日の勤務に耐えられ、数値及び文字の照合及び基本的なPC操作が可能となっていれば復職の基準はクリア)から、PC操作に慣れること及び自己の障害を認識し必要な対策(補完方法)を身に付けることに目的を絞った支援を行うことが可能であった。 元々営業職でコミュニケーションスキルには自信を持っていたことから、失語症の影響等によるコミュニケーション上の支障を受容することには抵抗が強いようであったが、日々、マンツーマンに近い支援の下でフィードバックを受けながら障害と対峙することによって、自身の障害を認識するに至っている。事例2においては、対象者と支援者とで、作業への障害の影響を一つひとつ確認していく取り組みを積み重ねていったことが有効であったと考えている。 失語症者には、事例2のように一見それとは分からないが単独で職務を遂行する上では支障が生じるレベルから、事例1のように明らかにそれと分かるレベルまで、様々な状態の者がいることから、支援にあたっては、一般的な検査と様々な作業課題への取り組みを通じた多角的な評価を行い、状態を正しく客観的に把握することが重要と考えている。 その上で、各対象者の状況に則した「障害を補完する方法を特定する支援」を行うとともに、事例1のような緊密な事業所との連携により、障害を補完する方法の有効性等を理解いただくよう取り組むことも肝要と考えている。 5 おわりに〜プログラムの今後について〜 全国失語症友の会連合会の調査1)によると、失語症者の就労率(作業所・一般就労)は10.1%となっている。青林らが地域センターに対して行った調査2)でも、地域センターを利用した失語症者の就労率は34.7%であり、失語症者の就労は難しい状況にあると言える。 プログラムでは、他の高次脳機能障害者とともに失語症者に対する少人数グループでの支援を引き続き試行し、失語症者の復職及び就職を支援する上で有効な支援技法について整理していきたいと考えている。 【引用文献・参考文献】 1)全国失語症友の会連合会:「失語症のリハビリテーションと社会参加に関する調査研究事業第二次調査報告書」、全国失語症友の会連合会(2009)2)青林唯・田谷勝夫:失語症の就労に対する支援の検討、「第17回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.208-211、障害者職業総合センター(2009)3)東京都リハビリテーション病院言語療法室:「失語症会話ノート」、株式会社エスコアール(1998) 4)障害者職業総合センター職業センター:「実践報告書No.13障害の知識と理解の促進シリーズ〜高次脳機能障害を理解するために事例集」、障害者職業総合センター職業センター(2004) 5)障害者職業総合センター職業センター:「実践報告書No.16高次脳機能障害者に対する職場復帰支援〜実践事例集〜」、障害者職業総合センター職業センター(2005) 6)障害者職業総合センター職業センター:「実践報告書No.18高次脳機能障害者に対する支援プログラム〜利用者支援、事業主支援の視点から〜」、障害者職業総合センター職業センター(2006) 7)障害者職業総合センター職業センター:「支援マニュアルNo.1高次脳機能障害の方への就労支援」、障害者職業総合センター職業センター(2008) 8)障害者職業総合センター:「調査研究報告書No.57精神障害者等を中心とする職業リハビリテーション技法に関する総合的研究(最終報告書)」、障害者職業総合センター(2004) 支援機関を利用しないうつ病等休職者への復職支援 −トータルパッケージ活用の試み ○加賀信寛(障害者職業総合センター障害者支援部門 主任研究員)内田典子・中村梨辺果(障害者職業総合センター障害者支援部門) 1目的と背景 障害者職業総合センター研究部門(障害者支援部門)においては、一般企業に研究協力を依頼し、トータルパッケージ(以下「TP」という。)を活用したうつ病等休職者に対する職場復帰支援の方策について検討を行っている。 本報告ではうつ病等休職者のうち、「リワークプログラム」を実施している各機関を利用しないで職場復帰の活動を行っている休職者を対象とし、TPの中核的構成ツールである幕張式ワークサンプル(以下「MWS」という。)を活用することによって得られた復職準備の効果や活用上の留意点、今後の課題等に焦点を当て報告する。 2TP及びMWSについて(1)TPの概要 TPは4種類のツールと1つの手法から構成されており(村山奈美子(ポスター発表)「トータルパッケージの活用における効果と課題(1)」の表1を参照)、主に、認知機能に障害を有する可能性がある障害者(発達、高次脳機能、精神等)に対する就職・復職活動を支援する際に用いる。(2)MWSの特徴 従来のワークサンプルは活用目的が職業評価にのみ限定されていた。これに対してMWSは、職業評価の機能を有するだけでなく、支援対象者が自身の有する障害に対する認識を深化させ、障害の補完手段を習得しながら作業遂行力の向上を図っていくための訓練ツールとしても活用できる。 3 分析の対象 前項1の「目的と背景」において記述した、うつ病等による休職者9名。事例の属性は表1の通り。 4 実施方法等 (1) 実施方法 ①自宅における復職準備、または、事業所における緩和勤務期間等において、当部門がプロトタイプ レベルで準備した「MWS自学自習用マニュアル」に基きMWSを活用してもらった。 ②事業所の担当者と休職者との定期的な面談の中で、MWS活用後の状態変化について振り返りを行ってもらった。 (2) 実施期間 平成20年9月〜21年12月 表1事例の属性 事例 性別 年代 職種 疾患名 A 男 40 代 管理職 うつ病 B 男 40 代 事務職 うつ病 C 男 40 代 事務職 うつ病 D 男 50 代 営業職 うつ病 E 男 30 代 開発職 うつ病 F 男 50 代 営業職 適応障害 G 男 50 代 営業職 うつ病 H 女 20 代 営業職 うつ病 I 女 30 代 事務職 うつ病 * 事例I は、研究協力機関後に退職 5 分析方法と結果 (1)分析方法 事業所の担当者及び休職者に対して研究員が面談し、面談過程で得た発言内容や休職者が記載した日誌、メモ等の記録から得た情報を内容別に表2の通り分類・整理した。 (2)結果 9事例中、7事例(A〜G)が復職し、2事例(H〜I)は退職した。活用場所は、6事例が自宅、3事例が事業所内となっている。 また、MWS活用の効果を内容別に3つのカテゴリーに分類した。以下、カテゴリー別に検討を加える。 ① 気付きやモニタリング 9事例全てで自身の易疲労性や作業遂行力に関する現状確認が進んでいることが窺える。MWSは標準化されたワークサンプルであるため、実施結果が標準に比較してどの程度の位置にあるか確認できる。また、一気呵成に処理しようとしたり、いつまでに必ず終わらせるという達成目標に固執しすぎ、疲労のモニタリングが疎かになってしまったことがあったとする休職者が、9事例中、事例に見られた。MWSの活用が自身の健康状態をモニタリングしていくことの重要性について認識を深化させる有効な端緒になったと考える。加えて、「過去の働き方も、今と同じだったかもしれない」等、これまでの行動傾向に対する気づきを促していく効果も見られた。 ②対処法 注意の持続が回復途上にある休職者は、時間の経過に伴ってミスを頻発する傾向にあるが、9事例中、5事例で、「指差し確認や読み上げ確認しながらミスを減らしていこうとした」、「処理速度を落として確実性を確保するようにした」等、何らかの補完行動や対処行動を取り入れることに気持ちを向けることができている。また、自身が立てたMWSの達成目標を、その都度、無理のないものに修正していくことを通じて、その後の復職活動の計画や復職後の働き方に関する検討につなげていけた事例も見られる。 ③その他 「休職者が活動を開始するきっかけとなった」、「復職準備メニューの幅が広がった」等の効果がみられる。また、企業の担当者と休職者との間で行われる相談が、より具体的に展開できるようになったとする所感を、9事例全てにおいて得られた点は注目できる。 表2MWS活用の効果 ③ 職場担当者と相談の具体化 ②復職準備メニューへの追加 ① 復職準備の契機 その他 ③ 復職後の働き方の検討 ② 計画の立案・ 修正 ①ミス・疲労への対処 対処法 ④過去の働き方との共通性 ③ 行動傾向への気付き ②モニタリングの練習 ① 現状確認( 疲労・遂行性) 気付きやモニ タリング 効 果 事 例 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 試し 勤務 A 復職 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 緩和 勤務 B 復職 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 適応 観察 C 復職 ○ ○ ○ ○ ○ ○ 自宅 D 復職 ○ ○ ○ ○ ○ 自宅 E 復職 ○ ○ ○ ○ ○ ○ 自宅 F 復職 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 自宅 自宅 自宅 I 退職 H 退職 G 復職 6 まとめと考察(1)MWSの開始時期 休職者が実際の職務に直結した作業課題に取り組む前段階(復職のためのリハビリテーションを進めていく初歩的なステージ)で、自宅や事業所の一室において開始することできる。 (2)具体的な対象者像 「どの程度仕事をこなしていけるのか自信が持てない」、「復職活動の切っ掛けがつかめない」等の休職者にとって効果的なツールである。 (3)MWSの特性 MWSは作業標本であり、労働者性が直接問われる作業課題ではない。従って、復職活動を、これから進めていこうとする休職者にとっては、心理的な抵抗感や負担感が少なくて済む。また、MWSは認知的負荷レベルによって作業課題を構造化していることから、どのくらいの難易度の課題を、どの程度の時間、どういう気分や体調で取り組むと能率や疲労が変化するのか、あるいは、そこに、どのようなマネジメント行動を取り入れると疲労が軽減するのかといった個人内変化のプロセスを把握することに役立てることができる。さらに、MWS活用の計画・実行・振り返りという一連の過程の中で具体的な相談が展開されるため、復職後の職場適応に向けた具体的な課題や当面の目標を整理し易くさせる特性も有している。 (4)活用上の留意事項 MWSは、復職可否判定の基礎資料を作成するするためのツールではないことについて、関係者間で十分な共通認識を形成しておくことが重要である。 (5)今後の課題 企業の担当者がMWの実施結果を解釈し、支援対象者の自己理解を促していくための相談ノウハウを確立していくことが肝要である。そのためには、多忙な企業の担当者を、さらに手厚くバックアップできるような補助資料を整備していく必要があると考える。 【引用・参考文献】障害者職業総合センター「調査研究報告書№93の2 特別な配慮を必要とする障害者を対象とした、就労支援機関等事業所への移行段階における就職・復職のための支援技法に関する研究から中心とする職業リハビリテーション技法に関する総合的研究(第2分冊復職・職場適応支援編)」(2010) 口頭発表第2部 障がい者の個性を活かす環境作りへの挑戦 −個性に合せた職場環境作りによる職域拡大とモチベーションの向上− 荒木 広重(ソニー・太陽株式会社 ビジネス推進部生産技術課 課長) 1 はじめに ソニー・太陽株式会社は、社会福祉法人太陽の家とソニー株式会社が共同出資し、特例子会社として1978年1月14日に設立した。従業員数は、180名(10.9.1現在)であり、そのうち118名(全体の65.5%)が障がい者である。事業内容は、ソニー製品のマイクロホンの設計・製造、修理業務と、カムコーダー用のレコーディングユニットやメモリースティックを製造している。 当社では、1999年より改善活動を全社的に取り組んでいる。改善活動の当初はまだベルトコンベアーで生産していたが、2002年より2〜5名のセル生産方式に切り替え、個人の能力を引き出す事を主眼として2004年に車イス作業者のワンマンセルを導入、2005年には障がいの個性に配慮したカスタムセルを開発した。 今回は、改善活動で障がい者が一人で組立てるカスタムセル化に取り組んだ理由やパソコン作業での障がいへの配慮について、取組み事例を説明する。 2 骨形成不全の作業環境に挑戦 さまざまな障がい者がいる中で、更に対応が難しいと考えていた骨形成不全の作業者について対応について記述する。 (1)課題 Sさんの場合、身長が100cmと低く、手足も短いため出来る作業が限られている。入社して10年以上の間、生産工程の半田付けや部品組付け作業をしていた。その作業においては経験も長く、作業の早さは健常者に全く劣らないスピードで正確に行っている。 2〜3名のセル生産で行っていた時の課題は以下の内容である。 a.作業工程間で手待ち時間がロスになる。 b.1つの工程でトラブルがあると全体の作業が止まる。 c.欠勤代行が回せない場合、生産が止まる。 d.工程間の受け渡す動作のロスがある。 e.体調による作業スピードのバラツキ。 上記の課題を含め、今回は作業者の障がいに配慮しなければならない。マイクロホンの部品数が33点あり、検査・梱包までを1人で行うには以下の課題がある。 a.多くの部品と治工具を手が届く25cm以内に配置する事ができるか。 b.梱包作業が出来ない。 c.手の骨形成の影響により両手で強く締める作業が出来ない。 d.マイクロホンの音検査の経験がない。 3名でのセル生産 (2) 対応方法 ① 25cm以内の配置を考える Sさんは、立ち作業が困難で、座り作業では25cm以内に部品と治工具を配置しないと手が届かない。移動も時間がかかる。改善方法として考えたのが図1である。 左右回転する部品入れと、前後に部品が移動するテーブルで対応した。 図1作業台の構造 仕組みは、まず治工具が並んだ①組立のテーブルが作業者の前に移動してくる。その時に②部品と③部品を使う。次にスイッチを押すと、左右が90度回転し、④部品と⑤部品を組立てる。これにより多くの部品が25cm以内で取る事が出来る。 ② 梱包作業の対応 梱包作業は、組立て後にスイッチを押すと⑥梱包と⑦梱包のテーブルが作業者側に移動してくる様になっている。これを1台ごとに繰り返す仕組みになっている。 ③ 締付け作業の負担軽減 製品の形状から自動化が難しく、片側の製品の保持を治具化した。作業は出来るが更なる負担軽減が今後の課題である。 ④ 検査作業の習得 1ヶ月の期間でマイクロホンのヒアリング検査の研修によりスキルを習得した。これ以外にも梱包や管理台帳など多くの作業を習得し、組立て・検査・梱包の作業が一人で出来る様になった。 右が改善前の椅子で左が改善後の椅子 以前は作業台の高さに合せるため、電動リフタの上に椅子を固定したものでテーブルの高さに上げて作業していた。電動式では停電や故障で動かなくなった場合、避難などの緊急時に問題があるため、椅子を上下しなくてもそのまま乗り降りできる椅子に変更している。 (3)カスタムセルの効果 2〜3名のセル生産と1人で作るカスタムセルを比較した場合の効果は以下の通りである。 a.1人なので工程間の時間ロスがない。 b.トラブルによる作業停止のロスは、1人で済む。 c.欠勤による代行の対応がいらない。 d.組立てにおける品質のポイントやノウハウを全て把握するため、品質が安定する。 e.その日の体調によって、無理なく自分のペースで作業が出来る。 f.人間関係に影響されず、モノ作りに集中して作業ができる。 生産性については、3名のセル生産と比較しおよそ10%向上している。また、品質や生産性以外にも責任感や自立、モチベーションの効果など以下の内容がある。 g.1人で作る責任感。不良が発生した責任は全て自分になる。 h.品質の良いものお客様に届ける達成感。 i.職域が拡大することで新しい作業や業務を身に付け、スキルと業績評価がアップする。 j.自分の成長による将来への希望とやる気が生まれる。 この改善に取組んだ最大の効果は、個人個人の能力を最大限に発揮させる環境を形にすることができた事である。普通に考えると難しいと思って諦めがちだが、一つ一つ考えて改善すれば出来るという事である。もし改善しなかった場合、Sさんは工程の一部の作業しか出来ないまま定年を迎えてしまい、仕事での目標ややりがいを感じる事が出来ないかもしれないが、現在も障がい者と思えない仕事ぶりで日々会社に貢献している。改善費用が数十万かかるとしても、それ以上の効果が生み出せると確信している。 3 パソコン作業における車イス作業者の褥瘡と側弯に対応した事例 Nさんの業務内容は、部品情報の登録、設計図面のチェックやPDF化の作業である。数年前までは、マイクロホンの生産工程で作業していたが、社内に新規業務を取り込んだ時期に異動した。 (1)課題 写真が改善前の作業机で、市販品の机でなく、社内でパイプを使って作られたものである。 右側にあるノートパソコンと左側にある資料や図面を掲示するボードが並んでいる。右奥のモニターは画面が大きい方が図面などの資料が見やすいために設置している。 d.キー入力が前傾姿勢になる e.机の高さが合わない また、Nさんは胸椎損傷(Th4)で、脊椎の側弯により、姿勢が左寄りで、車イスの左フレームと背もたれで体幹を維持しているため、左脇腹が絶えず傷になり褥瘡気味であった。これらの課題も含め、日々対応している看護師と担当産業医に相談しながら改善の検討を行った。 (2)対応 ここでの課題を整理すると、以下の対応となる。 a.体をねじらず定点作業の配置 b.掲示面を増やす c.書類置き場の製作 d.正しい姿勢でのパソコン操作 e.机の高さ調整 f.褥瘡と側弯の進行予防 下の写真が実際に製作した作業机である。 改善後の作業机 改善前の作業机 図面を掲示するボードを使う理由は、業務の中で図面に書き込む事があり、平坦な面に図面を広げると車イス作業者の場合は、遠くまで届かず作業の効率が悪いために傾斜面のボードを作っている。 この作業環境の課題は以下の内容である。 a.作業範囲が広く、体を少しねじる b.資料や図面を掲示する面が小さい c.書類を置く場所がない 作業机は、使用頻度が多いノートパソコンを正面に配置し、図面を掲示するボード面は左右にスライドさせられる構造にした。図面に書き込む時は正面にボードをスライド移動させて書き込む事が出来る。左右にスライドするボードは2枚になって重ねており、図面と資料を同時に掲示できる様にしている。左側には書類置き場を設置した。机の高さは、回転ハンドルで上下する機構とし自由に高さを合わす事ができる。 横から見た作業机 机には座面の除圧と側弯が進行しないためのぶらさがりを兼ねたバーが設置されており、1時間ごとに除圧している。 注意点として、今回対応しているぶらさがりのフレームは、産業医と相談しながら行っているが、脊損の状態によっては良くない場合もあるため専門医に確認する必要がある。 (3)効果 この事例による効果は以下である。 a.以前の様に、体をねじることがなくなり、正面で作業ができる様になった。 b.作業しやすい高さに調整できるので、作業しやすくなった。 c.掲示面や書類の置き場が増えた事で作業の効率が良くなった。 d.左脇腹への負担が減少し傷が回復した。 e.定期的に除圧することで褥瘡の予防に繋がる。 このようにパソコン作業においても、障がいによっては作業環境に配慮した方がよい場合がある。作業効率の向上することも必要であるが、障がいへの負担を軽減させることも重要で、長期的な就労を考えた対応が必要であると考える。 4 まとめ 職場改善を行う場合は、障がいが一人ひとり異なるため、同じ様に対応して良いとは限らない。本人とよくコミュニケーションを取り、障がいを理解することが前提である。障がいと仕事を組み合わせた時に様々な課題が生じるため、何に配慮しなければならないか、この職務が個人にとって適切かについても考える必要がある。 障がい者を雇用する事を負担と感じる方もいると思われるが、それぞれの職場の知恵と工夫で思考錯誤しながら改善を重ね、出来る事と出来ない事の仕事をうまく分担する事で、必ず良い結果に繋がると考えている。 こうした活動や日々の業務改善をみんなで取組む事は、会社全体としてプラス効果を生み出し、企業の役割も再認識できる良い取組みであるため、みなさんも積極的に取り組んで頂きたいと考えている。 障がい者雇用の取り組み −18年間の職域拡大を振り返って− 鍵和田 幹夫(株式会社西友サービス 代表取締役社長) 1 はじめに (株)西友サービス(以下「当社」という)は、今年で創業18年。この間、障がい者雇用の拡大や定着のために「企業で働くための社員育成教育」、「保護者とのコミュニケーション手法開発」、「障がい者が働きやすい機器類の改善や工夫」、「特別支援学校からの実習や職業センター等からの委託訓練受け入れ」、「職場見学会の実施」、「シンポジウム・セミナーなどへの参加」など、さまざまな活動を行ってきた。 そして、それらを支えてきたのは、「自立」という経営理念である。 「自立」という言葉には、障がい者自身の「自立」と、会社としての「自立」の2つの意味が込められている。 本稿では、会社としての「自立」に大きな役割を果たしてきた「職域拡大」への取り組みに着目し、これまで当社が辿ってきた歩みを振り返り、そこから学んできたことを整理する。 2 会社概要 当社は、1992年1月、埼玉県で最初の特例子会社(全国で38番目)として、西友が運営する「川越食品流通センター(敷地面積6,430坪、建物面積8,700坪。西友、西洋フード・コンパス・グループ、西友サービスなどが入居)」内に設立され、現在は7部門にさまざまな障がいをもつ73名を含め116名の社員が働いている(表1参照)。 表1 障がい別・部門別従業員数2010.9.16現在 障がい部位 人数 畜産PC 印刷 ク リー ニン グ メール 用度 事務代行 マッ サー ジ 視覚 2 1 1 聴覚 4 1 1 2 肢体 8 2 1 5 内部 4 1 3 知的 51 26 2 12 7 4 精神 4 1 1 1 1 合計 73 26 7 15 9 4 11 1 このように、当社は①社員の障がい部位、等級などが多岐、②業務内容も多岐、③健常者との共生を特徴とした会社である。 経常利益は創業から18年間、営業利益も2003年から連続して黒字を計上している。 3 設立から現在までの歩み 設立から現在に至るまでの主な職域拡大・撤退の歩みは次のとおりである。 表2主な職域拡大・撤退事例 年 職域 1992 鶏肉盛付、しらす干包装 1995 印刷、クリーニング 1997 リサイクル( 翌年断念) 1999 印刷、クリーニング社外取引、抗菌ふきん販売、しらす干包装撤退 2000 事務代行、社内メール、清掃 2002 現像( 同年撤退) 、清掃撤退 2004 用度品 2009 鶏肉受託アイテム拡大POP 印刷拡大 表2(下線部分)のとおり、創業以来概ね3期に分けて「職域拡大」を行ってきた。 もちろん、計画のみで終わった企画、試行段階まで進んだが断念した企画、一旦実施したがその後撤退した企画などもある。 また、事業化後に、取扱品目を増やし、量を拡大したり、品質向上で単価アップを図るなどの取組みも平行して行いながら、雇用の拡大を進めてきた。 あらためて18年間の軌跡を振り返ると、障がい者雇用のための「職域拡大」といっても、業務の洗い出しから絞り込み、そして事業計画策定などの手法や進め方は、通常「事業計画立案」に際して必要とされる要件・手順と大きく異なることはない。 あえていうならば、当該業務が「障がい者とマッチングするものであるか否か」ということだけである。 そのことを踏まえたうえで、「職域拡大」についていくつかの分析を試みた。 4 職域拡大の切り口 最初に、「職域拡大」のアプローチ方法について次の3つの切り口から整理した。 (1) 「業務」との関わりという切り口からのアプローチ (2) その業務に誰が「従事」しているかという切り口からのアプローチ (3) その他 (1) 「業務」との関わりからの切り口 ① 「業務」そのものからの切り分け 業務の中から、障がい者にマッチングする業務の切り分けをする。 どこの会社でも最初に取り組む項目である。 当社では「鶏肉盛付」や「事務代行」等が該当する。 これらの業務は本業として社員が行っていた業務であり、その中から障がい者が携わることが可能であろう業務を切り分けている。 ② 「業務」の周辺や「業務」と「業務」との隙間に、障がい者雇用を生み出すチャンスはないか? 例えば、「業務」に付随して発生する「用度品の補充」「コピー・用紙の整理・補充」「書類の整理・保管・廃棄」「オフィス内清掃」など。 (1)①では業務全体を切り分け抽出したが、ここでは、複数部門を横串にして共通業務を切り出し一塊の業務にくくり直すことが多い。 しかし、業務そのものに着目したアプローチだけでは、外部業者に委託していた「メール」「用度」を社内に取り込むという発想にたどり着かなかったかも知れない。 そこで、次の切り口が考えられる。 (2) その業務に誰が従事しているのか。社員自らが行っているのか、それとも外部に委託しているのかという切り口 ① 社員自ら担当している業務の切り分け・統合 この切り口からたどり着く業務は、(1)①と大きく異なることはない。 どの会社でも最初に取り組む項目である。 (1)①と同様にアプローチのし易さはあるが、「自立」までの道のりは一般的には遠い。 しかし、その業務特性が障がい者の持つ能力とマッチングした場合には、経営を支える業務となり得る。 ② 外部に委託している業務の内製化はできないか? 「会社の業務分掌には分類されているが、実際には外部に委託している業務を内製化するにあたって、障がい者に適した業務ではないか?」という切り口からのアプローチである。 当社では、「メール」「用度」が該当する。 (1)では明確に切り分けできなかったものが、「外部委託」というフィルターを通すことによって浮かび上がってきた業務のかたまりである 「委託料の範囲内で内製化が可能か否か」が実現に向けてのポイントの一つとなる。 また、現取引先との契約を打ち切ることとなるので、各社の置かれている状況に応じた柔軟な対応が求められる。 (3)その他 上記(1)、(2)とは異なる切り口もある。 ① 社業と関わりのない新規事業の創造 社業と直接関わりのない事業を立ち上げるというものである。 当社では「クリーニング」「印刷」が該当する。例えば、各店のユニフォームのクリーニングは、地元の業者を利用していた。同様に、印刷物も外部の印刷業者にその都度発注していた。 それらを、事業化することは可能なのではないかというところから取組みが始まった。 当該事業の経験者は、社内に全くいないから、その仕組みを専門家から学習するところからスタートする。 また、設備等も新たに設置する必要がある。この点は障がい者雇用のための助成金制度を活用して、会社の負担を最小限にすることができた。 これらのハードルを乗り越えることができた場合、利益を創出する事業となる可能性がある。 ② 既存業務の成長 新規事業への取組みだけではなく、既存業務の生産性向上は、企業として当然求められる。 これは、障がい者雇用を標榜する会社といって例外とはならない。 当社でも、親会社からの業務受注のみでスタートした「印刷」や「クリーニング」は、当初から社外取引を目論んでいた。 その準備に4年かけて、1999年から社外からの受注を開始することができた。 また、「鶏肉盛付」では「作業工程が複雑で障害者には困難」という理由で未受注となっていた品目があった。 しかし、社員個々の職務遂行能力を再評価した際に「現時点では受注可能」という判断をした。 その後、時間をかけて少しずつ取り組むことにより、新たな品目の受注獲得に成功し、生産量の拡大をはかることができた。昨年も新たに4品目の拡大を実現している 5 職域拡大の原則 ここまで、「職域拡大」を進める場合の切り口で論をすすめてきたが、ここからは、当社がこれまで「職域拡大」を行う際に留意してきた点をいくつか紹介する。 まず最初に、「職域拡大の原則」である。 当社は、新たな「職域」への展開を計画する場合、「親会社に経済的負担を掛けないで事業化が可能か」ということを必ず検証している。 具体的には、出向者を含めた人件費、家賃・水道光熱費・施設保全費、共益費等の諸経費はすべて当社が負担している。 さらに、外部委託している事業や外注している業務の内製化にあたっては、「外部へ支払っている委託料より低い価格設定での事業化」を原則としている。 その結果、当社として黒字化が将来的にも見込めない場合には、展開を断念することとしている。 例えば、「センター内清掃」は2000年に開始したが、2002年に撤退した(表2参照)。 この原則は、会社としての「自立」を維持するためには、今後も厳守すべきものと考えている。 (1)受託料の決め方 受託料は、「委託・外注先より低い価格設定で、且つ利益確保する」価格で設定している。 金額の決め方は、「鶏肉盛付」などのように1個当たりの価格を決める「単価方式」、「メール」や「用度」などのように、業務全体を請負う「総額方式」、当該業務に携わる人件費を基準とする「人件費基準方式」の3方式をそれぞれの業務特性に応じて適用している。 (2)業務縮小への対応例 18年の間には、親会社の都合による撤退や業務量の減少ということを繰り返し経験してきた。 そのような状況を放置した場合には、雇用の確保が困難となるのは一般企業と何ら変わることはない。 各社その対応に苦労されていることと思うが、当社も例外ではない。 最近の例では、2008年から2009年にかけて社内のペーパーレス進捗に伴い、印刷物の受注量が激減(約250万部/月から約50万部/月へ)した。 当該業務は「印刷」部門の収益源でもあったため、「印刷」部門の収益は急激に悪化し、縮小も迫られる状況であった。 それを受けて、過去検討を重ねてきた新規事業計画の再検討、社外取引先拡大へ向けた交渉、社内未受注業務の洗い出しなどを精力的に行った。 その結果、受注縮小から約1年後に、社外に委託していた印刷業務のひとつ(店内POP)を当社で受注する仕組みが完成し、部門縮小の危機を乗り越えることができた。 このように比較的短期間で対応できたのも、日頃からあらゆる可能性を検討する土壌があり、職域拡大に関するいろいろなアイデアが蓄積されていたからと考える。 (3)職域拡大の効果 18年間の「職域拡大」が当社にもたらした効果としては、主に次のようなものが考えられる。 ① 雇用の拡大 創業時「鶏肉盛付・しらす干包装」10名から、現在は73名を雇用するまで拡大している。 当然「職域拡大」に併せて、雇用数は大きく伸びている。 ・ 1995年(印刷・クリーニング)+7人 ・ 2000年(事務代行・メール)+6人 ・ 2004年(用度品)+13人 ② 経営の安定 複数の事業を行うことで、経営の安定化を図ることができた。 個々の事業活動は、さまざまな要因により業績が上昇するときもあれば、下降するときもある。 単一の事業のみであれば、そのような場合の対処方法は自ずと限定される。 複数の事業を展開することで、お互いに補いながら経営を安定させることが可能となる。 ③ 適正配置先の確保 障がい者(特に知的障がい者)雇用定着には、「業務とマッチング」することが、必須項目のひとつである。 採用にあたっては、面談・実習・トライアル雇用の全ての期間を通して、「業務とのマッチング」を見極めるよう努めている。 しかし、就業後早ければ数ヶ月、場合によっては数年後に、アンマッチであることが判明することがある。 そのような場合に、複数の事業を展開することにより、よりマッチングした職場への配置転換を検討することが可能となる。 そのような配置転換により就労が継続している社員もいるが、いずれも今の職場では貴重な戦力として活躍している。 ④ 加齢対策 当社では、加齢対策を主たる目的とした職域の開拓は十分ではない。 しかしながら、加齢問題への対応策のひとつとして有効ではないかと考えている。 6 最後に ここまで述べてきたとおり、当社は18年間、「雇用の拡大」と「経営の自立」を目指し、「職域拡大」を地道に果たしてきた。 「職域拡大」にあたり、当社は特別なことをしてきたわけではない。 当時はまだ他に参考とする事例がほとんどない中で、ごく常識的な取組みを継続してきただけである。 今回は、18年間取り組んできた「職域拡大」へのアプローチを事後的に振り返り、改めて整理する試みをしてみた。 現在は、特例子会社も既に全国で270社を超え、また一般企業における障がい者の職域も、様々な事例が開拓され拡大している。 これから「職域拡大」を進めようとする企業にとって、参考とする事例は多数あり、その中から各社の状況に応じて参考とすることは可能となっている。 その一方、障がい者雇用に取り組む企業にとって「職域拡大」は相変わらず大きな課題となっていることも現実である。 これは、「職域拡大」についての情報発信が様々な機関から行われ、その結果、それらの情報をどのように利用すれば良いか分かりにくくなっていることが原因のひとつではないか。 今回の試みが、これから「職域拡大」を考えている会社にとって、アプローチする際のヒントのひとつになれば幸いである。 マルイキットセンター雇用継続への取り組み −業務とチームワークとネットワーク− 武居 哲郎(株式会社マルイキットセンター 取締役社長) 1 マルイキットセンターの概要 当社(本社・埼玉県戸田市)は、平成15年に㈱丸井グループの特例子会社として設立された。現在49名の従業員が勤務しており、そのうち33名が障がい者の方々(以下「メンバー」という。)である(障害種別は知的19名、身体3名、聴覚9名)。勤務時間は午前9時から午後5時40分までの1直制をとっている。主な業務は用度品のピックアップ・デリバリー業務、宝飾・時計の検品業務、印刷サービス業務である。 2 沿革 平成4年、㈱丸井(現・丸井グループ)の総合物流センター内に開設された「戸田キットデリバリーセンター」が前身である。グループの営業店で使用する包装紙・伝票・事務用品等「用度品のピックアップ・検品・出荷業務」を、知的及び身体障がい者の職域として丸井本社総務部・人事部合同のプロジェクトで開発・運営を開始した。 平成17年4月には、宝飾・時計の「商品検品業務」を聴覚障がい者の新職域として開発。また、翌年、平成18年4月からは、知的障がい者を対象に加齢対応を踏まえた軽作業の「印刷サービス業務」を開始し、現在に至っている。 3 平均年齢、勤続年数等 メンバー33名の内訳は、男性19名、女性14名、重度判定者は13名。また、最高年齢は52歳、最低年齢は19歳である。 用度品・印刷サービス担当24名の知的・身体障がい者の方々の平均年齢は34.2歳、勤続年数は 10.3年である(24名の勤続年数の内訳は、約3分の1は18〜16年、約3分の1は10年前後、約3分の1は5年未満)。検品担当9名の聴覚障がい者の方々の平均年齢は29.0歳、勤続年数は3.6年である。 4 方針等 キットセンターの方針は、「仕事・ルールは厳しく、職場は楽しく」をかかげ、勤務開始時には、開所以来18年間毎日、全員で以下のスローガンを唱和している。 ①みんなで築こうわれらの職場 ②互いに理解し、尽くそう親切 ③素直な心で、正しい仕事 ④安全・健康、各自の努力 ⑤今日も感謝で、頑張ろう また、丸井グループの経営理念「お客様のお役に立つために進化し続ける」「人の成長=企業の成長」を受け、全員が成長し続けることを、目標にしている。支援スタッフは、「障がい者の方々に教え教えられ、ともに成長する」というスタンスを持つようにしている。 5 業務・コミュニケーション組み立ての考え方 小売業である丸井の本社・営業店管理の仕組みやノウハウを生かして運用の柱としている。 (1)チームワークの重視 仕事は一人ではなく、チームでやるものとの考え方を重視している。従って、チームワーク重視の業務の仕組み・組立を行っている。また、朝夕の職場、倉庫等の清掃は全社員がチームを組んで実施し、毎朝1時間行う朝のミーティングでは、チームワークの大切さを伝えている。 (2)目標達成意欲の醸成 丸井の売場の目標管理システムを導入し、目標達成に意欲を持つことが、勤労意欲の励みになるようにしている。月間目標を設定し、個人日計表を毎日記入している。生産性と正確性で優秀なメンバーを毎月表彰する。数値実績とチームワークの貢献を勘案し、半年毎の評価を行い、賞与に反映させている。 (3)自己表現の奨励 メンバー一人ひとりが自己表現をし、成長して いけるような土壌を作るようにしている。 朝のミーティングでの全員の発表、スローガンの唱和、挨拶の励行(おはようございます、お疲れ様でした等)、業務上声を出す仕組み(ピックアップ係は「ここに置きます」「後ろを通ります」、検品係はリストの読み上げと引き合いの声出し)等である。 6 採用・定着・継続・成長・加齢サイクル 採用に当たっては、その方に定年まで働いていただくことを前提に業務支援に取り組んでいる。継続雇用を含めて最長47年間の雇用期間となる。採用後は定着期、継続期、成長期、加齢期を経て最後はハッピーリタイアメントにつなげることとなる。これら各時期は必要とされるものがそれぞれ変化しいく。また、それに沿って、個人が変化し、集団も変化していく。これらの変化が相まって、個人・集団の成長を促し、成熟が加わり、会社全体が成長していく。 7 業務への取り組み キットセンターでは、用度品デリバリー、宝飾品の検品、印刷サービスの3つの担当にそれぞれ責任者を配置し、業務を行っているが、そのうち用度品を中心にお話をさせていただく。 用度品のピックアップ業務は、丸井の営業店で使用する用度品(包装紙、リボン、ガムテープ、ポリ袋、伝票、文房具等)をデイリーで供給する業務である。この業務はキットセンターの開所以来行っており、今年で19年目になるキットセンターの中心業務である。倉庫にある用度品をピックアップし、検品後カゴ車に積み込み、出荷する方式を採っている。 ピックアップ係は障がい者の方々が数名で行う個人作業である。約350坪300棚に置いてある倉庫から、1人1日平均100回ほど往復して、用度品を検品台に運ぶ。検品係は障がい者の方と健常者が2人1組で、ピックアップ係が運んできた用度品が正しいかを検品する。合っていると積込係(障がい者)がカゴ車に積み込む。 以上3つの係がバトンタッチし業務が進行する。 (1)基本的な仕組みは継続する 倉庫からピックアップし、検品係が検品後カゴ 車に積み込む仕組みは18年間変えていない。その継続がメンバーの就業上の安定を生み、勤務継続の柱となっているので、これからもこの仕組みは継続していくつもりだ。 (2)業務改善による変化と成長 しかし、用度品の倉庫内の配置や置き方、表示方法の改善、検品・積込廻りの用具配置やレイアウトの工夫、作業動線の見直し等様々な要素での業務改善は積極的に行っている。メンバーからも、いい提案があれば採用し、表彰も実施。変える場合は事前に説明し、レイアウト変更等もメンバーと一緒にやっていく。それが障がい者の方々の変化となり、成長にもつながると考えている。 (3)職域の拡大 印刷サービス業務を4年前にスタートさせたが、用度品業務のベースがあったので、障がい者の方々は、この新しい職域に活き活きと取り組んでくれた。 用度品、印刷サービス両業務とも、それぞれに新たな業務を加えてきているが、その都度それが変化となり成長につながるという効果が出てきている。(名刺作成業務、シュレッダー業務、アンケートハガキ項目入力業務、通販商品用通い袋アソート業務等を付加) (4)変えていいものと変えてはいけないもの 変化は成長を生む。職域開発しかり、業務改善しかりで、業務改善しようと思うとそれは無限にある。しかし、変えることでメンバーの不安定を呼び込んでは行き過ぎとなってしまう。変えていいものと変えてはいけないもののバランスを見極めて運営していくことが重要だと考えている。 (5)仕事の重要性の理解と奮闘への感謝 折に触れて、仕事の重要性と障がい者の方々がその仕事に携わっていることの意義、そして勤務奮闘に対する感謝を伝えている。例えば、「用度品は営業店にとってなくてはならないものです。商品をお売りする時に包装紙がなければ、また、プレゼント用ならリボンがなければお売りすることができない大変重要なものです。皆さんはこの重要な用度品をお店に送る仕事をしているのです。今日も1日頑張っていただき、ありがとうございます」などと話している。 8 統一の目標・ルールを設定し全員で目指す 「仕事は厳しく」という方針に基き、具体的には、用度品担当であればピックアップ目標を基本に数値化し、その目標に向かって全員が努力する仕組みと意識づくりを行っている。 もちろん業務を行うにあたっては、誰でもわかりやすく、ミスをしないで作業が行えるような工夫を常に行っている。 また、業務上のルールは統一して、誰にでも平等に適用する方式をとっている。 目標(及びル−ル)が統一であるという理由は、まず会社として、この目標をやっていかないと、仕事を請け負ったキットセンターがグループ本体の経営に迷惑をかけてしまうということがある。もうひとつの面は、個人別の目標ではなく、統一の目標に向かって努力することにより、メンバーの能力開発が確実に進むということである。 しかし、これらの目標、ルールの対応に困難をきたすメンバーがいる場合は、個別の支援、ケアを行っていく。 9 コミュニケーション、チームワークの醸成 (1)朝のミーティングの事例 キットセンターでは、毎朝ピックアップを始める前に、約1時間かけて障がい者の方々とミーティングを行っている。 ミーティングでは、一人1話題ずつ各自が用意したものを発表する。話題は何でもよく、昨日見たテレビ番組の話、好きな歌手・俳優・Jリーグ・大リーグの話、外国の出来事など様々である。 これは、みんなの前で話す訓練、相手の話を聞く訓練、会話をする訓練、メモを取る訓練、社会勉強にもなる。さらに重要なのは、自己表現をすることを通じてその日の健康・精神状態がわかるので、ケアになるということである。司会は筆者がやり、筆者が休みの時は別のスタッフが行う。いい情報は褒め、マイナスの情報はプラスにして返す。同時にチームワークの大切さ、仕事の重要性も伝えている。この毎日の発表を通じて、自己表現の苦手なメンバーが、少しずつしゃべれるようになり、ご家族の方々がびっくりされるような現象が起こっていく。 (2)いじめの辛い経験を克服する メンバーの中には、過去にいじめの辛い経験がある方が何人かいらっしゃる。キットセンターに来たばかりの時は、そのつらい経験をすぐに癒すことはできない。キットセンターの障がい者の仲間と少しずつ打ち解けることによって、また自分の居場所を見つけることによって、徐々に安心し落ち着いていくことができる。1年に何回かはパニックに陥ってしまうこともある。そういうことを繰り返すうちに、辛い過去を吐き出すことができるようになっていく。そういう状態をみんなの前で出すことにより、周りのメンバーが「○○さん平気だよ」と声をかけてくれるようになる。そうして初めて、辛いいじめの経験を乗り越えることができるようになる。自分は一人ではないのだ、辛い時の自分の気持ちをここでは出してもいいのだ、と認識していくことによって、前向きになっていけるのである。 10 個人別ケア対応 メンバーの個別ケアは、まず、その障がい特性と個別特性の把握及び、支援スタッフ間の情報共有から始まる。 ツールとしては、個人別のケアファイルを作っている。内容は、ご家族情報、クリニック情報、就労支援組織のネットワーク情報、日々起こっているその方に関連した情報メモ等である。これは支援スタッフが代わった場合に、引き継ぎができる仕組みとしても重要なものである。 また、毎日、障がい者職場定着推進チームのミーティングを行い、個人及びチーム状況の情報交換を行っている。何か気になることがあれば個人面談等でクイックに対応する。 (1)個別ケア事例 自閉症で常同行動が増し、生産性が低下してきたメンバーへの支援アドバイスを行ったケースである。その方は、入社後徐々にこだわりが増し、常同行動の影響で作業時間が通常のメンバーに比較し、60%台まで低下してきた。このままのペースだと、いずれ勤務できなくなる恐れもあるとの認識のもと、ご家族、就労支援組織の方々とネットワーク会議を開き、対応を協議した。 具体的には、常同行動に造詣の深い専門家の先生のアドバイスを貰い、診療内科の先生のバックアップもいただき、対応していった。1年かけていくつかの試行錯誤の上、 ①ビデオを撮り、自分の動きを視覚的に確認 ②耳栓をして、周囲の音を意識的に遮断 ③カウンセリングによるストレスコントロール の3つに効果が見られ始め、その結果、業務工程上の常同行動が減少し、生産性低下傾向が止まり、わずかながら改善も見られるようになってきた。 11 ネットワークの構築 企業は障がい者の方々にどこまでかかわりを持つべきか? ご家庭やクリニックの問題、地域生活の問題等がご本人の勤務状態に、直接・間接に影響を与える場合が出てくる。ここに、ご本人を囲むネットワーク構築の大切さがある。 (1)ご家族・グループホームの寮母さんとの連携を大切にしている ご家族には年に1回キットセンターに来ていただき、ご本人の働く姿を見ていただきながら、情報交換をさせていただいている。クリニック情報の交換(服薬の有無等)も含む。また、毎月「キットセンター通信」を作成し、ご家族に情報提供をしている。 (2)就労支援組織との連携強化 定着支援、就労継続支援をお願いしている。「たまり場」への参加、自己啓発講座等への参加をさせていただき、活動の幅の拡大が図れるよう協力関係をご家族とともに築いている。必要に応じ、ネットワーク会議への参加もお願いしている。 12 支援スタッフ キットセンターのスタッフは、パートさん以外は丸井グループの社員であり、専門教育を受けた経験はなく、日常障がい者の方々と働く中で、支援・ケアの技量を磨いてきた。もちろん、資格取得の奨励、外部研修への参加、専門情報の継続取得等のレベルアップの努力は欠かさないようにしている。 ・ 全員が障害者職業生活相談員の資格を取得済(手話検定資格、ケアフィッター資格も奨励) ・ 障害者職業総合センター、県開催ジョブコーチ研修等への参加を奨励(発達障害者就業支援セミナー、職リハ実践セミナー等) 13 加齢対応とハッピーリタイアメント (1)加齢対応 何名かのメンバーには、すでに加齢現象が出ている。加齢対応については、その受け皿として、印刷サービス業務を4年前に立ち上げている。一方で、用度品のピックアップ業務は、毎日倉庫を平均100回程度往復するので、歩くことそのものが加齢現象の減速効果も兼ねている面がある。従って、体の動く内はなるべく用度品業務でがんばり、いよいよ辛くなったら印刷サービス業務専任へと考えている。 (2)ハッピーリタイアメント 障がい者の方々の年齢も、年長者で50歳を越え、両親に先立たれ、ご兄弟の支援を受けている方も出てきている。まだ、ご両親が健在なご家庭が大部分だが、先々を考えると、ご両親のご心配はいかばかりかと推察している。現実問題としては、ご兄弟の支援の有無が気にかかることとなる。家族連絡会でもこの2〜3年は将来のハッピーリタイアメントに向けた情報交換を始めている。継続雇用制度利用も含めて、ご本人が最後まで勤め上げることに、我々はできる限りの支援をさせてもらうつもりだが、退職後のことを考え、今のうちから、ご家族とも将来を想定した情報交換を重ねていくことが必要であると考えている。 14 キットセンターはひとつの社会 キットセンターは、障がい者の方々を中心に、丸井グループの社員および再雇用の社員、パート社員も含めて色々なキャリア・年代のメンバーがいくつかのチームをつくり、人間関係を結び合い、大きくはないけれど、ひとつの社会を形成している。特にメンバーにとっては、キットセンターという社会で過ごす時間が、人生のかなりの部分を占めることを考えると、我々スタッフの役割の重さと、やりがいを感じる。また、障がい者の方々のひたむきさに、自分も負けていられないと啓発を受ける日々を送っている次第である。 「やってみよう!パソコンデータ入力」のバージョンアップについて 岡田 伸一(障害者職業総合センター事業主支援部門 1 はじめに 障害者職業総合センター事業主支援部門では、知的障害者の職域拡大を目的に、知的障害者のためのパソコンデータ入力のトレーニングソフト「やってみよう!パソコンデータ入力」を平成18 年度に開発した。本ソフトは、同センターのウェブサイトから無料でダウンロードできるようになっている。これまでに、毎年度2000 件前後のダウンロードがあった(1)。 このように徐々にではあるが、本ソフトの利用が進み、また企業等でパソコンデータ入力業務に従事する知的障害者も増えている。昨年度は、このような状況をふまえ、知的障害者が企業等において従事しているデータ業務の内容の聞き取り調査を行い、17事業所から30 余りの業務事例を収集した(2)。 また、本ソフトのコア機能を利用して、平成17 年度から、全国障害者技能競技大会(アビリンピック)の知的障害者対象の競技「パソコンデータ入力」が行われている。この競技種目が導入された第28 回山口大会(平成17 年度)の参加は12 都府県だったものが、今年度の第32 回神奈川大会では27 都府県となり、この職域での能力開発や職域開発の取り組みが地域的にも広がりを見せている(3)。 このような最近の動向をさらに後押しする意味合いから、今年度はトレーニング効果のさらなる向上を目指して、本ソフトのバージョンアップを行っている。本報告は、現在実施中のバージョンアップの中間報告である。 2 本ソフトの概要 本ソフトの現行バージョン(平成18 年度開発のVer 2)の概要は、以下の通りである。 (1)特徴 本ソフトの特徴としては、次のような点が挙げられる。 . 1台のパソコンで複数のユーザーが交代で利用でき るスタンドアロン・マルチユーザータイプのシステ 特別研究員) ムである。 . 具体的な作業課題として、アンケートカードの入力、顧客伝票修正、及び顧客伝票ミスチェックの3つが用意されている。アンケートカードは、書籍の読者アンケートはがきを模したもので、氏名、住所、電話番号、メールアドレス等の入力項目のほか、書籍の情報源、満足度に関する択一項目もある。一方、顧客伝票修正は、顧客コード、商品コード、電話番号、メールアドレスの4項目からなる伝票に基づき、画面上の入力済みデータのミスを修正する。また、顧客伝票ミスチェックは、顧客伝票修正と同じ伝票を使い、画面上のミスを修正するのではなく、ミス箇所をドラッグして指摘する。これは、職場では、同僚の入力ミスをチェックし、修正は入力した本人が行う場合もあることから用意した課題である(パソコン入力があまり得意ではない人にも就労のチャンスが増える)。 なお、前述の業務事例の聞き取り調査では、アンケート入力や、伝票(紙)と端末画面上の入力データの照合作業の事例が多かった。図1と図2は、アンケート入力と顧客伝票修正の課題と、それぞれの入力・修正画面である。 . データ入力作業を段階的に習得できるよう、各課題には基礎トレーニング(導入)、レベルアップトレーニング(習熟)、実力テスト(診断・評価)の3コースを設けている。 . ユーザーの特性や指導環境に応じて、作業時間、進捗状況の呈示、結果のフィードバック等の試行条件をきめ細かく設定できる。なお、本ソフトでは、選択したコースの下での課題の実施を「試行」と呼び、各試行は、ユーザーごとに「何回目試行」として管理される。 . パソコンが自動的に入力・修正結果を解析し、指定した形式でフィードバックする。指導者が視認で採点・集計する必要はない。 . 各ユーザーの試行の履歴と解析結果はパソコンのハードディスクに自動保存される。そのデータに基づき、ユーザーのパフォーマンスの時系列推移や、ユーザー間の比較ができる。 図1 アンケート入力課題(左のアンケートはがきの内容を右の入力画面に入力する) 図2 顧客伝票修正課題(左の顧客伝票を見て右の画面のミスを修正する) (2)システムの構成 本ソフトには、指導者が使う指導者用ユーティリティと、ユーザー(障害者等)が使う「やってみよう!パソコンデータ入力」(ソフト本体)の2つのユーザーインターフェイスがある。前者からは、ユーザー登録、試行条件の設定、試行結果の閲覧のほか、課題のカード・伝票印刷、外部データの取り込みなどの補助機能も実行する。(4) 後者からは、ユーザー名、課題、コース、試行時間の選択のほか、基礎トレーニングコースとレベルアップトレーニングコースを選択した場合には、目標設定(例えば正解枚数を設定する)とフィードバック方法の選択(目標が達成された場合にメロディーや丸印の強化子を呈示)を行う。 そして、本ソフトのコア機能(エンジン)としての課題試行管理モジュールと試行結果の解析モジュールがある。前者は、上の2つのユーザーインターフェイスから得られた試行条件に基づき、1件ずつ課題の入力・修正画面の表示と入力・修正データの逐次保存を終了時間になるまで繰り返す。ユーザー名を含めた試行条件の設定内容と入力・修正結果は、それぞれ試行履歴と試行結果のデータファイルに保存される。また、終了時間になると入力・修正画面を閉じる。後者は、時間になると、直ちに課題マスターと試行履歴データとを照合して直前の試行結果の採点を行い、結果は解析結果データベースファイルに保存される。そして、この結果は、即座に当該ユーザーにフィードバックされて、課題の試行は完了する。さらに、指導者用ユーティリティからは、解析結果に基づく、特定ユーザーについて、特定試行回のエラー内容の詳細表示、過去の試行(部分指定も可)の時系列的推移の表示(グラフ表示も可)ゃ、登録ユーザー間の比較もできる。 (3)バージョン 本ソフトにはOS のバージョンに合わせて、Windows 98SE, 200, Me, XP 対応のVer 2.0 と、Windows Vista対応のVer 2.1 の2種類があるが、ここでは総称してVer 2としている。なお、本ソフトのVer 1は、平成17 年度に作成した第1次試作ソフトで、実力テストコースのみ(課題はVer 2と同じくアンケート入力、顧客伝票修正、顧客伝票ミスチェックの3課題)からなっていた。 図3は本ソフトの大まかな模式図である。 図3 本ソフトのシステムの概要(円筒はデータファイル) 3 本ソフトに対する要望 バージョンアップ内容の検討に当たっては、「トレーニング効果の向上」という目的から、職業訓練の中で本ソフトを有効に利用している国立職業リハビリテーションセンターと大阪市職業リハビリテーションセンター、就労移行支援事業所サテライト・オフィス平野を中心に、本ソフトに対する要望を聴取した。ちなみに、これら施設からは、多くのパソコンデータ入力業務での就職者、そしてアビリンピック全国大会のパソコンデータ入力競技に選手を送り出し、メダリストも複数輩出している。 その結果、以下のような要望が提起された。 ①ネットワーク対応 Ver 2はスタンドアロンでの使用を想定しているが、ずアンケートカードや顧客伝票のNO(枚)レベルでエラーの有無を確認し、次いでエラーNOをクリックすると、エラー内容が文字レベルで一覧表として呈示される。しかし、指導者としては、最終的には細かく1 文字ずつのエラー確認はするにしても、1文字余計な文字の誤入力により生じる文字ずれエラー等を1 文字ずつ確認するのは煩雑である。それに代わり、各カードや伝票について、まず項目別にエラーの有無が確認でき、次いでその項目について細部(文字レベル)のエラーが確認できる方が、細かく確認する必要のないエラーはスキップでき、より効率的にユーザーのエラー確認ができる。 ネットワーク環境で複数ユーザーが同時使用し、かつ入力結果が一元管理できるようにして欲しい。これにより、ネットワーク内のどのパソコンを使っても訓練ができ、また、その解析結果等のデータはサーバーで一括管理できるため、より効率的・包括的な訓練・指導ができる。 なお、これら施設以外にも、多くの企業、学校、施設においてもLAN システムが導入されており、本ソフトのネットワーク対応へのニーズは潜在的には大きいのではないかと考えられる。 ②文字フォントの改良 課題の入力画面の文字フォントに識別しにくいものがあり、検討して欲しい(例えばアルファベット半角大文字のオウと数字半角のゼロ)。 ③課題の印刷物イメージの表示拡大 高次脳機能障害のあるユーザー等には、画面表示の課題が小さく、文字が見にくい場合がある。ズーム表示のような表示拡大機能が付加されるとよい(図4参照)。なお、国立職業リハビリテーションセンター等では、知的障害者以外にも本ソフトを訓練の中で利用している。 ④手書きの課題 職場では、活字データではなく、手書きデータの入力業務が多い。手書きのアンケートカードや顧客伝票が用意されると、より実務に即した訓練ができる。 ⑤エラー確認手順の変更 現行バージョンでは、解析結果を閲覧する場合、ま 図4 課題の印刷物イメージ:アンケートカードのイメージ(左)と入力画面(右) 4 バージョンアップの内容 上記の本ソフトに対する要望等を検討し、以下のようなバージョンアップを行うこととした。 なお、(2)以降の項目は、Ver 3.0 とVer 3.1 に共通しての改良点である。 (1)ネットワーク対応 ネットワークに対する要望をふまえ、バージョンアップに当たっては、次の2 つのバージョンを作成することにしている。1)スタンドアロン対応版(Ver 3.0) 現行のVer 2.0 とVer 2.1 を統合し、Windows XP,Vista, 7対応のスタンドアロンのバージョン(古いWindows 98, 2000, Me は対象外とする。) 2)ネットワーク対応版(Ver 3.1) Windows Server 2003, 2008に対応し、比較的小規模なネットワーク上で利用可能なバージョンとする。 ネットワーク対応版の概要は以下の通りである。 イ) 対応OS Windows Server 2003, 2008 ロ) 本ソフト運用に必要なデータファイルのうち、課 題マスター、ユーザーデータ、試行履歴データは、 MS SQL Server で管理する。ハ) 本ソフト運用に必要なデータファイルのうち、試 行結果(入力・修正結果)データと解析結果デー タはネットワークの共通フォルダに保管する。 (2)フォントの変更 Windows の標準的なフォントを検討した結果、比較的類似する字形(例えば半角大文字のオウと半角数字のゼロ)の区別が容易なMSP ゴシックに変更することとする(現行はMS ゴシック)。 (3)印刷物イメージの表示拡大モードの追加 課題データのはがき・伝票の印刷物イメージについて、現行の標準版に加え、拡大版を用意する。拡大版のサイズは、余白の縮小も行い、できるだけ大きくするように努める。 (4)手書きの課題データの作成 国立職業リハビリテーションセンターとサテライト・オフィス平野の協力を得て、技能の習熟を図るコースであるレベルアップコースの中で、より実務に即した課題である手書き課題を利用できるようにすることになった。すなわち、前者がアンケートカード(500枚)、後者が顧客伝票(500 枚)、それぞれの訓練生が中心になって手書き課題の原紙を作成し、それら原紙を当センターがPDF 化することにしている。そして、手書き課題は、指導者用ユーティリティの「アンケートカードと顧客伝票の印刷」メニューから印刷できるようにする予定である。 (5)「解析結果の出力」画面の修正 これは、上記の要望⑤に対応する改良である。指導者用ユーティリティの「解析結果の出力」メニューからエラーの内容を確認するに当たり、(ユーザーと課題・コースを特定した上で)(a)試行回の指定→アンケートカードまたは顧客伝票のNOの指定→(b)指定NOの項目別エラー有無の確認→(c)当該NO の項目別正誤対照→(d)文字種別正誤対照及びエラータイプの呈示という画面遷移に変更することにした。現行では(a)→ (d)という遷移が初期値となっており、(b)と(c)の画面選択は、傍流でややわかりにくかった。なお、今回の変更で、多くの場合は、(d)にまで進まなくても、(c)でエラー内容は十分確認できると思われる。 (6)Ver 2 の蓄積データの移転 Ver 2 において蓄積されたデータを、Ver 3.0 または 3.1 に簡単な手順で移転できるようにする。なお、移転に当たっては、Ver 3.0 及び3.1 においては、何ら蓄積データがない初期状態にあるものとする。 本項目は、とくに要望があったわけではないが、Ver 2からVer 3へのスムーズな移行を図るため付け加えた。 5 終わりに 以上からもわかるように、今回のバージョンアップの目玉は、ネットワーク対応と手書きの課題の作成である。普及が進むネットワーク環境を活かして、また実務に即した課題を用意することで、より多くのユーザーに効率的かつ実践的なトレーニングが可能となるものと期待している。 そして、今回のバージョンアップのもう一つの特徴は、能力開発施設との連携である。それら施設のニーズや状況をふまえると共に、訓練生を含めた施設の協力があって、はじめて今回のバージョンアップは実現できたと言ってよい。 新しいVer 3は、22 年度末のリリースを目指している。Ver 2と同様、当センターのウェブサイトからの無料ダウンロードとなる予定である。 【注】 (1)本ソフト(Ver 2)は次のサイトからダウンロードできる。http://www.nivr.jeed.or.jp/research/kyouzai/22_nyuryoku.html (2) 障害者職業総合センター,資料シリーズNo.55,広がる知的障害者のパソコンデータ入力業務,2010年3 月. (3) アビリンピックについては、次のサイトを参照。http://www.nivr.jeed.or.jp/research/kyouzai/22_nyuryoku.html (4) 「外部データの取り込み」機能は、本ソフト利用に伴い生成されるデータファイル(ユーザー、試行履歴、試行結果、解析結果)をエクスポート・インポートする機能で、本ソフトがインストールされているパソコン間のデータ授受に使う。 知的障害者の駅前ハンバーガーショップでの挑戦! −ファストフード店におけるマニュアル化されたオペレーションの検証− 白樫 孝(社会福祉法人青谷学園 青谷学園授産施設 1 はじめに 障害者支援施設DOは、平成4年10 月に「青谷学園授産施設」として開園し、地域の中での自然な形の就労体験の場として、平成188年9月に、ハンバーガーショップ『Cafe DO』(以下「DO」という。)をオープンさせた。 授産施設が今年100月より新体系施設へ移行し、生活介護60 名、施設入所30 名の「障害者支援施設DO」(以下「当施設」という。)となり、その施設種別(役割)の違いから、ハンバーガーショップ「DO」は閉店することとなるが、この4年の取組みから、知的障害者のファストフードでの就労体験やマニュアルにより細分化された業務などを検証し、知的障害者の地域での就労支援についてを考察を加えて報告する。 2 事業の選定 『ファストフード(fast food)』とは、短時間で作れる、(takeout OK)あるいは、すぐに食べられる食品のことである。 知的障害者とファストフードは、なじまないのでは、との見方があるのも事実である。知的障害者が、その場その場での臨機応変の対応が苦手であるのは周知のとおりである。しかし、繰り返し慣れたことは、こなすことが出来る。 ファストフードは、各仕事のポジションも、レジ、ホール、グリル、ドレス、フライヤー、ドリンクなど、分業化出来るのが特徴で、そのひとつひとつは、すべて単純な作業である(表1)。 同様のサービス業のレストランや喫茶店のような客との直接対話による難しい受け応えは、 限られている。マニュアル化された作業工程により、臨機応変な要素はほとんど存在せず、単純な動作を繰り返すという知的障害者に合っている業務内容である。 さらに、これから福祉を担っていく若い世代の 人達の知的障害者への偏見や誤解を軽減すること 障害者支援施設DO 施設長) が大切であり、そのためにも、その接点が必要で ある。ファストフードは、そのような若い人達も利用しやすい形態であり、価格設定であると考えた。 3 Cafe DOの概要 (1)オープンの経緯 従来の授産施設での作業種は、内職、リサイクル自転車整備販売、クリスマスグッズ製造販売、施設内カフェ、不定期なホットドッグ販売であった。地域での販売作業に意欲を示す利用者が多く、就労へのモチベーションを高め、より充実した就労トレーニングのためにも地域の中で常時、販売作業を行うことが出来る場が必要不可欠であった。 そしてもう一つ、何よりも知的障害者が地域の中で自然な形でふれあう機会、接する場を増やすことが大切と考えた。 (2)Cafe DOの意味 『Door Open』 知的障害者が、地域 ・社会の扉を開くという思いを込めて『DO』と名付け、知的障害者への偏見を取り除き、社会性や生産性を掘り起こすような、自立支援ショップを目指した。 (3)Cafe DOのこだわり ① 立地・建物 人の往来が多いということと、「DO」で体験する青谷学園授産施設利用者(以下「利用者」という。)が、直接、店に通い易いということからJR駅前に20 坪程の物件を借りる。 店内外の改装については、アーティストや建築家、デザイナー、ガーデナーたちが、店づくりに参加し、ファストフードらしいポップな店を目指した。 ② メニュー 福祉の店を前面に出すのではなく、リピーター となる味や安全性を出来る限り追及した。 パンや油、コーヒーなど、中でもハンバーグにかけるデミグラスソースやカレーソース、トマトソースは、京都市内のホテルのシェフオリジナルレシピによる手作りソースを使用した。 価格は、客数が増すように採算を度外視し利益を抑え、出来る限り安価なものにした。 ③ 可愛がられる店に 食以外にも、著名なアーティストや利用者のアートグッズを販売したり、地域の方に気軽に利用していただけるフリースペースを設けた。 (4)営業 当初、営業時間は10:00〜19:00 で、土・日・祝日は休業(不定期に土曜日営業)する。後に支援者の配置困難を理由に時間短縮する。 (5)スタッフ 8名の利用者がレギュラーメンバーとして、オープンから夕方と夕方からクローズの二交代制で入り、体力的に長時間が難しかったり、コロッケやドーナツ作り、ガーデニングや清掃など、限定された短時間の仕事を担当する準レギュラーメンバーが8名、そして支援者として当施設職員が常時1〜2名配置した。 利用者の年齢は25 歳〜72 歳まで幅広く、過去の就労経験もさまざまで、療育手帳判定はA(重度)6名、B10 名となっている。 「DO」で就労体験を実施するメンバー(以下「メンバー」という。)は、施設開園当初から実施している施設内喫茶作業でサービス提供に興味がある人を中心に選考し、食品を扱うということで、衛生を保てる人を前提に「メンバー」を決定した。 4 業務のマニュアル化 (1)業務の細分化 食品の製造から提供までの業務を細分化し、マニュアル化した単純なオペレーションとした。 利用者がそれぞれの単純な工程を繰り返しこなすことで店の営業がなされる。 (2)マニュアルの伝達とトレーニング まず、何度か見本の提示(やってみせる)を行 い、その後、繰り返し本人にやってもらう。その際の言語指示は単語で行う。「メンバー」によっては何十回繰り返し、一つのオペレーションの習熟を目指した。 実際の「DO」での就労体験の前段階として、施設内喫茶作業の業務内容、メニューを「DO」と同じもの(ドリンク、デザートのみ)に変更し、日々の喫茶作業を「DO」での就労体験のトレーニングの場とした。 表1業務の細分化 (3)マニュアル遂行の結果 単純なマニュアルを繰り返すことでレギュラーメンバーのオペレーションのスピードは確実にアップした。しかしながら、正確性は、繰り返すことでも大きな変化はみられなかった。また、「メンバー」の能力にもよるが、複数のポジションを受け持つ場合も多かった。 カウンターのレジ業務は、時間をかけて教えるが、マスターするには至らず、カウンターでの接客やグリル業務も臨機応変な対応が必要になるため、メンバー単独では難しかった。 このほか、ファストフード店の業務を「メンバー」に合わせて細分化することで、時間は短いながらも、準レギュラーメンバーも確実に出来ることが増えた。 (4) マニュアルの不備 ① グリル ハンバーガーのパティ(肉)を焼く係りのマニュアルは、1:冷凍のハンバーグをグリドルに置く、2:1分後、パティに圧を10 秒かける(重しをのせる)、3:1分半後、パティを反転させる、 4:塩・こしょうを二ふりする、5:反転し1分後、バンズにのせる、6:スパテラでグリドルをこする、となっている。 しかし、パティはハンバーグレストランから冷凍納品される特注なので、肉の部位にばらつきがあり、焼き具合にもかなりの違いが生じてしまい、マニュアルにより、すべてを同じように一定に焼くことが難しい。目で肉汁の出方などを確認して焼き具合や時間を調節しなければならなかった。 ② 大量注文 「DO」のマニュアルは、ひとつひとつを確実に作るためのものであり、大量(複数)の注文が同時に入った時の作り方や提供の仕方は、複雑であり「メンバー」はマスターしていない。よって、一度に複数の注文が入ると作ったり提供する優先順位が理解出来ず混乱し、提供に時間がかかったり、不良品を出すことが多かった。それが、持ち帰り商品なら、さらに複雑となる。 5 課題 (1)販売促進 割引チケットの配布や新聞やテレビの取材により、客数がかなり増加するのであるが、前述のように大勢の客に対するオペレーションは複雑となるため、大量注文には適切に応じることが出来ず、かえって評価を下げることもあった。 集客のため安易な販促を行うと、集中して来客があり、オペレーションが追いつかないという状況となった。 (2)店の構造 オープンな店づくりにしたため、レジカウンターから調理台がよく見渡せ、注文をした客に作業工程をチェックをされることが多く、慣れない「メンバー」にとって、緊張とあせりで失敗につながることが多かった。 また、狭いスペースで「メンバー」と教える支援者が入るため、かなり動きが制約された。マニュアルを教えるということが、常となる場であるので、通常より広いスペースが必要であった。 (3)就業時間のずれ 入所施設の利用者が就労体験する場合、二交替制となると、施設内で作業をしている同室の利用者と作業時間が違い、お互いのプライベートの時間を脅かし、トラブルの元になることがあった。また、施設内の他の利用者と日課が違う「メンバー」は、一人の時間をもて余らせることが多くみられた。 今後、プライバシー感覚を大切にした部屋を検討し、かつ、余暇の過ごし方にサポートが必要である。 6 まとめ 作業工程を細かく分け、マニュアル化された単純なオペレーションを繰り返すことにより、知的障害があっても、確実に仕上げることが出来るといえる。 しかし、一部でもその時々の状況により変化させた工程が必要になれば、その遂行は極端に難しくなる。 また、簡素化されたオペレーションにより、食品調理・加工販売の補助的な役割ではなくて、製造工程の重要な一部分を担うことが可能となり、出来る人が出来るところを担当することで、職場で働くチームの中にしっかり位置付けられ、わずかながらも、互いの信頼感や、自信、責任感が芽生えてきた。 それには、実際に客を目の前にして、職業意識の高まりがあったからではないかと考える。 また、施設の利用者からは、「DO」へ行きたい、との要望が多く、それは、就労体験の希望と ともに、また食べに行きたい、という理由があるのだが、いずれにせよ、自分たちの店という意識が強く、ほとんどの利用者が地域の中の「DO」という店を前向きにとらえているのを感じた。地域・社会参加へのモチベーションや興味の高まりともいえるこの変化は、「DO」の取組みで、最も大きな成果であるかもしれない。そして、このことが、前述の「メンバー」の意識変化に影響しているのではないかと考える。 今回の「DO」の業務のように、どのような職種であっても、知的障害者に合わせて、業務を極めて細分化し単純な工程のマニュアルにすることが可能であれば、知的障害者がその作業をこなすことが出来る。 しかし、単純な工程に細分化することが難しい職種も数多く、マニュアル化しても、それ自体が複雑なものである場合も多い。また、知的障害者が出来るまで、単純な作業工程に細分化しすぎると、業務があまりにも現実的ではなくなる。 そのような意味からも、単純なマニュアル化が容易であり、その細分化された一つ一つの作業工程が、大切な役割を成すファストフードは、知的障害者に適した業種であるといえる。 このように、「DO」は、知的障害がある人たちの就労や地域社会参加への意識を掘り起こすきっかけとなったのは事実であるが、視点を変えてみると、今回の取組みは一般就労に、即、結び付けるものではなく、その前段階のシミュレーションであり、あくまで、地域の中で一般の客を前にした就労体験なのである。そこでの業務ができたとしても、それはイコール、ファストフードで就労が出来るということではなく、一つの作業工程のスキルを獲得したにすぎないことを実証したに過ぎず、一般就労へは、まだまだ解決すべき課題が数多く存在することを理解しておかなければならない。 7 おわりに 「DO」は、当施設が授産施設から生活介護施設となり閉店した。 当施設では今後、直接的には、就労のスキルアップにつながる支援を行うことはなくなったが、知的障害者にとっては、最も大切であろう、就労へのモチベーションや職場で不可欠な社会のモラル、コミュニケーションテクニックなどの支援に、様々なプログラムを通して力を注ぐことになる。 「生きる力」をつけることに重点を置く。 また、知的障害者に対する就労支援に関す数 々の研究があるが、知的障害者は、大変個人差が大きく、まず、その人を理解すること、その人を心で想うことが大切である。この最も基本的な支援こそが就労支援の土台になくてはならないものであることを、今一度、障害者支援に携わった25年の日々の実践から得られた結論として、最後に申し述べる。 「企業における」障がい者雇用について −企業が望む就労支援− 白砂 祐幸(株式会社アイエスエフネットハーモニー 取締役) 1 企業担当者として感じること 障がい者雇用において、就労支援者側と企業(また家族も含め)のゴールは「長期就労が可能な就労環境(関係)を構築すること」であると思います。私たちも上記を目標に障がい者雇用を始め、特例子会社を設立してきました。熱心な支援者の方にも恵まれて、さしたる離職者もなく5年間を重ねることができました。 ただ、企業担当者として、上記の過程の中で就労支援者の方々と触れていて「就労支援者の方々はとても性急だな」と感じること(場合によっては不快に感じることも)が非常に多くありました。 またそれが故に、当時「時間をとって会う」ということになんとなく重たさを感じてしまった方がいたことも事実です。 今思えば本当にボタンの掛け違いとういか、誤解もはなはだしいのですが、当時障がい者雇用を始めたばかりの私の目にはそう見え、そう受け取れる場面があったことも確かです。 2 ゴールの明確化 まず何より就労支援者側の『企業就労』を目指すというゴールを“明確に”持っていただく必要があるかと思います。 支援者の方とお話していると、服装も含めて「本当に“企業”就労を目指しているのかな?」と感じることも多くあるからです。 上記ゴールを明確に持ち、 「企業は何に困っているのか?」 「企業はどのような情報を求めているのか?」 「自分たちが企業にどう見えているか?」 上記3点をしっかりと共有いただき、企業担当者との良好な関係を築いて頂きたく思います。 3 困った担当者(支援者から見て) 障がい者雇用を命じられた担当者はすべてのことで暗中模索ですが、支援者から見て一番問題となるのは、担当者に障がい者雇用に関するモチベーション(やる気、または使命感)がほとんど感じられないことではないでしょうか。 その担当者の言動には、皆さんも落胆・または憤ることも頻繁にあるかと思いますが、ここでゴールを思い出していただきたいのですが、皆さんにとって企業の窓口はその担当の方です。 どんな方であろうと、ゴールを達成するためにはその担当者を攻略する必要があります。 この時点でその企業を訪問することに気が乗らない、足が向かないなどの状況になってしまうことが無いように強くゴールを意識してください。「企業担当者の関心を育てるのも皆さんのタスクのひとつです。」 4 企業担当者が困っていること 企業担当者が困っていることはおおよそ下記5点かと思います。 ① 採用ができない ② 教育ができない(知識がない) ③ 仕事を作ることができない ④ 上司(TOP)の理解がない ⑤ 社内の理解がない 上記に困っているということは、これを解決して「くれそうな」人というのは、企業担当にとって耳を傾けたい存在ということになります。 実は上記5点は企業担当の認識不足(勘違いにお近い)ということも多く、わりと解決までの道のりは易いものが多くあります。 それぞれの詳細については具体例を交えて研究会で紹介させていただきます。 5 支援者の方が企業担当にどう映っているか? 上記を意識している支援者の方は少ないと思います。支援者の方が日常を過ごしている目に見えないルール、マナーは、私たち企業の中で暗黙の了解とされているルールとは若干異なっております。 たとえば、 ① 服装 ② 電話をかけてくる時間帯 ③ 訪問日時(月の中で考える) ④ 会話の引き際 ⑤ 決定をどう獲得するか? 上記を知っているか知らないかだけで済むようなものですが、意識するだけで、企業担当者とフラットな状態で卓を囲むことができるものでもあります。 繁忙期を気にしすぎると訪問ができなくなってしまいますが、(月末月初は忙しい、5・10日は締めだから時間が取れないなど、企業の本音とお断りが入り混じる内容はいくつもあります)それを「理解している」ということがわかるだけでも、企業担当者の気持ちはとても楽になります。この点も具体的な話し方の例は研究発表会にて発表いたします。 6 距離感 皆さんは企業担当と話をしているときに、自分はどんなスタンスで話しているのか、その自分の立ち位置と話す内容があっているのかを気にされたことがあるでしょうか? 人事・総務などの企業担当は、上記の内容をとても気にする営業マンを常にお迎えしているため、無意識のうちに相手がどのようなスタンスで話しているのかを気にするアンテナがとても高く張られている傾向があります。 相談をしていい相手なのか(相談者のスタンスをとってくれているのか)、業界の説明ばかりになっていないか(相談者が欲しいと思っているのにコンサルタントの方とお話しているような違和感)、企業担当が気にしていることは意外と小さな点であることが多くあります。 相談者・解決者・解説者、それぞれの担当者が求めている立場をとり、その時々にあわせた話題を意識することが大切で、いつも同じスタンスでいると、自分は役割を果たしているつもりなのに、企業担当者の窓を閉じてしまっているということもありえます。 上記距離感の違いについては、当日配付する補足資料にて展開いたします。 もし企業の障がい者指導者が知的障がい児の教育を行ったら−知的障がい者が一般企業に就労する前に習得しておいてもらいたいこと− ○植松 若菜(株式会社リースサンキュー 障害者職業生活相談員/社会福祉士・精神保健福祉士)佐藤 幸子(株式会社リースサンキュー) 1 株式会社リースサンキューの概要 弊社はおしぼりをはじめロールタオルや玄関マット等を扱うリース部門と、業務用消耗雑貨・洗剤などを扱う販売部門と、ユニフォームレンタル等を行うリネン部門からなる総合商社である。 現在、全従業員数のほぼ3割を障がい者が占める。その内訳は、知的障がい者26名、身体障がい者1名、計27名(平成22年10月現在)。障がい者の指導には、障害者職業生活相談員が主に担当するが、各部署に配属されている業務遂行援助者も障がい者の指導にあたっている。昭和39年創立当初より今日まで障がい者雇用に力を入れてきた。 2 障がい者指導における課題 弊社の知的障がい者は、苦手なことや生活のしづらさ等、状態は個々によって様々である。そんな中で、最近特に増加してきたのは、自閉傾向の強い者、発達障がい(コミュニケーションの障がい)を持つものである。個々の能力や状態に合わせた配置を考え、それぞれが全く異なる指導方法で対応する。自閉傾向の強い者には、こちらの話に注目させることから始まり、彼らが理解できる手段で順を追って指導しなければならない。また一方で、発達障がいの者は、記憶や理解の面での問題は少ないが、あいまいな事柄を理解することが出来ず、事細かに指導・指示を出さなければならない。特に、発達障がい者の障がいの部分はなかなか発覚しにくいので、最初の評価が能力以上になってしまう。周囲の者の発達障がい者に対する期待度も能力以上になってしまうことが多い。 障がい者指導員が障がい者教育で重視していることのひとつに、『成長』がある。 ① 何か1つ自信が持てる仕事を作って欲しい。 ② 精神的・経済的自立を目指して欲しい。 ③ 戦力となりえるような人材に育って欲しい。 そんな気持ちを込めて指導している人が多いだろう。 障がい者に仕事へのモチベーションをあげさせるためには指導員は何をすべきか、どういう対応が必要かなど、試行錯誤しながら指導するものの、こちらの意向が障がい者に伝わらず落胆したり、成果が上がらないため自らの指導方法に疑問を感じたりすることもある。もちろん弊社でも、このようなことは日常茶飯事である。 特に、発達障がい者や自閉傾向の障がい者の指導では、障がい者指導員の障がい者に対する期待と、障がい者自身の意識にズレが生じ、お互いにそれが仕事をする上で精神的な負担になっている。 3 共に働く従業員は障がい者のどこを見て評価しているのか? 昨年、普通高校を卒業したアスペルガー症候群のY 君(20歳)が入社してきた。入社後数ヶ月は目立った問題は無かったが、次第に特有のコミュニケーション障がいが目立つようになってきた。高度な能力・技術力を持っているが、自発性が無く、忙しい同僚を手伝うなど状況に応じた対応が出来ない。指導者はそれが障がいだと認識しているもののもどかしさを感じ、障がい者の同僚からは彼の行動は自己中心的だと誤解され、信頼を失っていった。しかし、その一方で、工場で一緒に働く従業員とはそれなりに良い関係を保っていた。 そこで、工場勤務の従業員は障がい者をどう評価しているのか、障がい者に何を求めているのか、それを調べるために、従業員に簡素なアンケートを実施することにした。 4 従業員アンケート結果 アンケートは、1枚の用紙に全ての障がい者名前をあらかじめ記入しておき、3つの質問事項に該当すると思われる人物を最大5人まで挙げて該当者の欄に丸をつけてもらう形式にした。質問項目は下記の3項目。あまり時間をかけず、瞬間的に思いついた人物を挙げてもらうようにした。 <質問1>普段の言動や身だしなみに好感がもてる<質問2>能力や理解力が高く、仕事が出来る<質問3>その人なりに仕事を頑張っている 予想では、評価の高い障がい者の特徴は、①軽度障がい者、②指示の理解力が高い、③臨機応変な対応が出来る、などを挙げて、そのような特徴を持っている障がい者が選ばれるだろうと考えていた。 しかしアンケートの結果は、圧倒的に周囲より高い評価を得た障がい者は2人で、予想に反して2人とも重度判定を受けた障がい者だった。そのうちの1人は、ある程度の責任のある仕事を任せられるまでに成長したH 君(21歳)で、指導者達からの評価も、同僚からの信頼も高く、重度障がい者ではあるが従業員からの評価が高いことは予測出来た。しかし、もう1人の障がい者は、指示理解力が低く、臨機応変な対応は期待出来ないため、指導者からの評価がかなり低いK 君(23 歳)だった。他の障がい者においても、指導者の評価と従業員の評価がかなり異なったケースがあった。 では、なぜ指導者から仕事の能力が低いと評価を受けているK 君が、従業員から「仕事が出来る」という評価を得たのか? K 君はいつも元気で挨拶もしっかり出来るため従業員からの好感度が高く、従業員から頼まれた簡単な仕事(物を運ぶ・持ってくる等)を快く引き受けるため感謝されていた。その積み重ねで、従業員からの評価が高くなったと推測される。要するに、障がい者と一緒に働く従業員は『指示されたことを指示された通りにサッと出来る障がい者』も高く評価される傾向がある。自分の補佐的な仕事を障がい者がやってくれると助かると感じている従業員が多いからだろう。 また、Y君のように、期待度と仕事量に差がある障がい者の評価が悪くならないことについては、従業員にとって、その人の障がいの状態と仕事量は比例しないと言える。従業員は指示された通りに仕事をする人を望み、特に障がい者に成長を期待しているわけではない。要するに、障がい者は、従業員に近い能力・技術力が無くても、社会人として基本的な行動(挨拶や返事)が出来て一生懸命働いていれば、高い評価を得られる可能性があるのだ。 《従業員が評価する障がい者は…》障がいが無い人に限りなく近い仕事能力や技術力がある障がい者だけではなく、指示された仕事をきちんと行える素直な障がい者に対しても高い評価をする。 5 就職後に戦力となる障がい者のタイプは? 前項より言えることは、企業が求めている障がい者とは、障がいが無い人と同等、もしくは限りなく近い仕事が出来る人や、将来的に一人前の仕事が出来るだろうと予測される人だけではない。 ① 指示理解力が高く臨機応変な対応も可能な人 ② 素直で挨拶が出来て指示されたことができる人この2つのタイプのうち、どちらかの特徴を持つ障がい者が、企業で求められている障がい者像である。しかし、②タイプの人はそれだけでも構わないが、①タイプの障がい者には②の特性も備わっていなければならない。従って、企業から欲しいと思われる障がい者は、②の特性を持つ障がい者だといえる。 《企業の戦力となる障がい者の基本的な特徴は…》素直で、挨拶が出来て、指示されたことができる人 6 障がい者を企業が求める人材に育てるために、子供の時にどういう教育をすべきなのか? 子供が障がい児だと判明しその子の将来を考える時、親はまずどういう環境で教育していけばその子にとってベストかを考えるだろう。その選択肢として、 ① 特別支援学校小学部 ② 小学校の特別支援学級 ③ 地域の小学校 が挙げられる。通学手段・勉強内容・人間関係・将来への影響力など、いろいろな面から検討し決断をしていくと思われる。ここでぜひ考えて頂きたいのが、それぞれの教育のコンセプトの違いである。 特別支援学校や特別支援学級では、主に社会性を育てることを中心に教育していく。学習に関しても、その子供にあった能力やペースで社会に出て役に立つ内容を学習していく特徴がある。一方、小学校では、社会性や将来的に役立つ知識の習得や学習の他に、中学・高校・大学へ進学するための勉強も行っている。 弊社に勤務している障がい者の中にも、知的障がいと認定されたが、地域の小・中学校を卒業し、高校に進学し、卒業後に障がい者として就労している者がいる。彼らに共通していることは、 ① 依存心が高い(面倒をみてもらうのが当たり前) ② 自発性が無い(意欲が無い) ③ 自分を卑下している(どうせ自分なんて…)の3点である。中には、学生時代に先生や同級生から「そこにいるだけでいい。何もするな」と言われ続けたり、「どうせ出来ない」と決め付けられて誰かがやってくれたり、といった経験をしてきたため、自発性も無く、自分に自信も無い。しかし、高卒というプライドがあり、同僚を見下す言動をすることもある。その結果、弊社の高卒の障がい者が、従業員から高く評価されている者は6人中たった1人だけである。 その点、特別支援学校や特別支援学級で障がい児教育を受けてきた者は、性格が明るくポジティブで友達が多いタイプか、または温和で孤独を好むが集団の中に入ってもその人なりに楽しんでいるタイプの2通りがある。両者とも集団行動に対してそれほど苦手意識もなく、仕事への意欲も高い。中には、入社して数年後に後輩に仕事を教えられるくらい成長する者もいる。彼らは指示・指導を受けてそれを実行するといった行動に慣れているため、指導者とのコミュニケーションも良好。また、障がい者を送り出してきた学校や施設から、その障がい者への対応方法(意思の伝達方法など)の情報も多いので、企業側もよりよい対応がしやすい。 したがって、普通科の学校を卒業した障がい者が、必ずしも職場での評価が高く、仕事が出来るようになるとは限らない。弊社で働く障がい者をみると、むしろ、子供の時から障がい者教育を受けた障がい者の方が、能力を発揮できる可能性が高いかもしれない。 では、将来、障がい者が企業に就職し自立した生活を目指すためには、どのような教育が望ましいのか。 (1) 教育機関(学校・施設など)に望む教育 以前、小部屋の掃除を8名くらいの障がい者と一緒に円になって掃除をしたことがあった。その時に驚いたのが、8人全員が自分の話したいことを勝手に話し始めたことだった。一応、誰かが発言している時には、他の者は黙っているので聞いているのかと思ったら、次の発言者は全く違う話題をしていた。それまで、職場でも大勢で話を楽しむことがあまり無かったようで、一対一での会話がほとんどだったため、集団での会話が苦手だということに気づかなかった。その後、数人の障がい者同士が共通の話題で楽しく話が出来るように支援してみたところ、少しずつ意識が変わり、周囲の人の話にも耳を傾けられるようになってきた。 知的障がい者は、他者への関心・興味が薄く、自己中心的で、誰かに何かをしてもらうことが当たり前になってしまっていることが多い。それを改善するために、学校という集団活動の場で、親との一対一の世界から、一対多数の世界を体験し、他者への興味や物事への好奇心を養うことで、就職後の集団活動に役立たせることが出来るのだと思う。 したがって、学習能力や技術力の向上も必要だが、それと同時に、集団生活において受動的から能動的に活動できるような訓練・体験をしておいてもらいたい。もっと欲を言えば、一般企業への就職を目指す生徒であれば、先生のお手伝いをしたり、クラスメイトのために何かをしてあげたりする機会もあると好ましい。自分が“誰かに何かをしてもらう存在”から“出来る範囲で誰かのために何かが出来る存在”に障がい者の意識が変わる体験をさせて欲しい。 (2)家庭に望む教育 障がい者にとって一番影響力が強いのが、家庭(両親)である。どういう家庭の方針なのかによって、障がい者の人生指針が大きく変化する。弊社に入社する際には、本人面談のほかに保護者面談も行うが、その時に障がい者とのかかわりや教育方針などを聞かせてもらうことがある。どの保護者も教育にはとても熱心で、これまで相当な努力と苦労を体験したのだと察する。しかし、その熱心さが過保護・過干渉に発展してしまっているケースも多い。きっと親密になりすぎて親離れ子離れのきっかけが無く、そのタイミングがわかりづらいのかもしれない。 職場で周囲から愛される障がい者に共通していることは、自分の行動を他人に感謝されると、素直に受け止め、その行動をまた実行できる点である。 “感謝されると嬉しい。だからまた行う” 誰でも出来そうなことではあるが、中には感謝されると、自分は凄い!と思うだけでそこで終わってしまう者もいる。他人からの「ありがとう」「助かったよ」という言葉で、自分をどう行動させるかがポイントになってくる。 ① 人に評価されること ② 人から感謝されること ③ 人に必要とされること。 これらのことは、生きていく上でも就労していく上でもとても重要である。この3つを簡単に体験できるのが、実は、家庭でのお手伝いである。玄関の靴をそろえるなどの簡単で短時間に出来るお手伝いから、掃除や食器洗いなどの家事手伝いまで、家庭の中にはいろいろな仕事が転がっている。障がい者に合ったお手伝いを、責任を持たせて行わせることで、責任感や感謝されることへの喜びが芽生える。「その仕事はあなたしかやらないから、あなたがやらなければ誰もやらない」というくらい任せられるようなお手伝いを与えて欲しい。彼らがやり忘れたことに気づいた時、つい代わりにやってしまいたくなるが、それを我慢してその状態を放置できるようなお手伝いが良い。 障がい者を一般企業に就職させたいと願うのであれば、子供のときから彼らに合った家庭での仕事を与えて欲しい。家庭で自分の役割を与えることによって、障がい者に責任感を芽生えさせ、誰かの役に立っているのだという自分の存在意義を見出せるように導いてほしい。家庭でのお手伝いさえ出来ない人が、企業に就職し賃金をもらって働けるわけがない…。 《就職するために必要な教育のキーワードは…》学校では…自発性を育てる教育家庭では…責任感と自らの存在意義を育てる教育 7 就職活動をする前に体験してもらいたいこと いざ、就職活動!となる前に、知的障がい者に体験しておいてもらいたいことが3つある。 (1)“働く”ということについて話し合う 障がい者に限った話ではないが、働くことの意義がわからなくなっている人が増えてきている。 稼ぐことに興味が無く、仕事への意欲も無く、就職できたことに対する自尊心もなく、ただ漠然と学校感覚で職場に通っている人間は、仕事が大変だったり、人間関係で嫌なことがあったりすると、仕事に行く理由が無くなる。“仲間がいて楽しいから通勤している”という障がい者は、働くことが目的でないので、いずれ何かしらの問題が発生し、勤務が困難になってしまう。 就職活動をする前に、家庭や学校で“働く”ということについて(働くことによって生じるメリット、稼いだお金の使い道、働くことの大変さ、学校と職場の違いなど)時間をかけて話をして欲しい。 (2)家庭内で仕事を見つけ、実行しそれを継続する 家庭でのお手伝いについては前述したが、家で自分の仕事があり、それを任されている障がい者は、職場でも動きが機敏である。今、何をしたらいいかを自分で考えて行動してみたり、わからなければ人に聞いてみたりすることが出来る。そして、忙しい時に誰かの仕事を手伝うことも、当たり前のように受け入れられる。そういう行動が出来る障がい者は、周囲から感謝され、彼らは感謝されるともっと頑張ろうとするので、評価がどんどん上がっていく。このような状態になれば、その人にとって働く環境が良くなり、それが就労の長期継続に至る要因になるのである。 (3)趣味や楽しいことを作り、それに没頭する 知的障がい者に与えられる仕事の多くは単純作業を伴うものである。長時間同じ作業をするので、集中力や根気が必要になってくる。また、生産効率を求める仕事ではノルマがあるかもしれない。 弊社の仕事に就いたが退職してしまった障がい者に共通することは、“自分で目標を設定し達成する努力をしたことがない”という点である。スポーツでも、遊びでも、ゲームでも、絵を描くでも、どんなことでも構わない。何か自分の好きなことに長時間没頭できる障がい者は、仕事においても集中力を発揮することが出来る。学生の間に、自分が楽しいと思うことに長時間没頭するという体験をしておくことが、意外にも仕事に好影響を与えるのである。そして、物事に没頭した延長線上に、何かを為し得たという経験も出来たら最高である。 《就職活動をする前に体験してもらいたいことは…》 (1) “働く”ということについて話し合う (2) 家庭でお手伝いをする (3) 何かに没頭する機会を設ける 8 これから就職活動をする障がい者の保護者へ… 障がい者の中でも、知的障がい者はかなり早い段階で社会での自立、すなわち就労を念頭に教育を行っている。保護者にとってみれば、子供が収入を得られるようになるのか、それとも障害年金だけで生活をしていかなければならないのかが、将来的にとても気になるところだろう。 弊社で働いている障がい者は、他の知的障がい者と比べて特別何かに秀でているわけでもなく、もちろんエリート集団でもない。ただ、仕事に対して、一生懸命に取り組み頑張っている人たちの集まりである。 学校を卒業したら、障害の有無、障害の程度に関係なく、社会に出て生活していかなければならない。社会との関わりは、その子の能力や状況に合わせて行うべきであり、他の人より時期的に遅くても全く支障がない。就職するまで特別支援学校や職業訓練校など障がい者の中で活動してきても、就職後に社会に上手に適応し楽しく働いている者も大勢いる。就職するには、卒業校のレベルより、その子に合った学校で適した教育を受けてきたかどうかが重要なのだ。だから、決して焦る必要はない。 知的障がい者を就労させるために重要なことは、誰かに評価されること、人から感謝されること、人に必要とされることの3点を体験しているかである。「ありがとう」「助かったよ」の声がかかる環境を与えて欲しい。「ありがとう」と言われた後の心地良さをたくさん体験し、それを生かせる人間は強い。必ず良い就職先が見つかり、そこでの働き振りが評価され、企業の人材から“人財”へと成長していく社員になれるだろう。 企業の視点から見た 精神障がい者職場定着支援における可能な配慮と制約 中嶋 由紀子(株式会社かんでんエルハート業務課臨床心理士) 1 ㈱かんでんエルハートの概要 当社は、大阪府(24.5%)、大阪市(24.5%)、関西電力株式会社(51%)の共同出資により平成5年12月9日に設立された特例子会社である。本社である住之江ワークセンター(大阪市住之江区)、ビジネスアシストセンター(大阪市北区)、高槻フラワーセンター(大阪府高槻市)の3つの事業所があり、花卉栽培・花壇保守、グラフィックデザイン・印刷、IT関連業務、商品箱詰め・包装、メールサービス(郵便物・社内連絡便の受発信業務)、ヘルスマッサージ、厚生施設利用受付業務などの事業を行なっている。合計173名の従業員のうち、障がいをもつ従業員は110名、そのうち精神障がい者は12名である(平成22年9月現在)。 2 「精神障害者雇用促進モデル事業」の受託 当社では、平成21年5月1日より厚生労働省の「精神障害者雇用促進モデル事業」(以下「モデル事業」という。)を受託した。これは就労の進んでいない精神障がい者雇用を実践・検証し、適正なノウハウ等を習得して、精神障がい者の雇用促進および定着化を図ることを目的としたプロジェクトである。 平成21年度は6名の精神障がい者を採用し、高槻フラワーセンターの農業関連部門に配属した。就業面、病状・生活管理面のアセスメントを行ない、適性に応じた配置転換も行なった。H22年度にはさらに3名を採用した。 3 企業にとって可能な配慮と難しさ 精神障がい者の職業生活における特徴としては、「変化への弱さ」「易疲労性(疲れやすさ)」「作業遂行力の制限」「社会的未熟さ」「対人関係の適応の難しさ」「生活基盤の援助が必要」などが挙げられ1)、これらの特徴に配慮した職場定着支援が望まれる。 当社は特例子会社であるため、一般企業と比べると、より障がい特性に配慮した環境整備を行なうことができる。しかし、あくまで企業であり、医療機関や支援機関とは異なるため、配慮には制約が伴う。当社がどこまで配慮(サポート)を行ない、どこに難しさや限界を感じているのか、以下で述べていきたい。 (1) 労働条件に関して ①勤務時間 【配慮】 雇用開始時には4時間勤務、約2.5月後に6時間勤務、約7ヶ月後(年度初め)からは週数回のフルタイム勤務を導入し、段階的に勤務時間を延ばしていく形をとった。フルタイム勤務に関しては、全員一律にはせず、個人の状態に合わせて回数を調整している。 ②就労形態 【配慮】 過去には「職場内で同様の障がいを持つものがひとりしかいないという孤独感」を感じてうまく職場定着できない者もいたことなどから、グループ就労(平成21年度)の形をとることでスムーズな職場定着を図った。【難しさ】 どこにどれくらいの人員を配置するかは、事業規模を無視しては決められない。グループ就労の効果が確認されても、さらなる拡大にはつなげられないのが現状である。平成21年度の採用者(全6名)はグループ就労であったが、そのうち数名は適性を考慮した上で他部署へ配置転換となり、平成22年度の採用者(全3名)についてもグループ就労に加わったのは1名のみである。 (2) サポート体制に関して ①社内カウンセラーの配置【配慮】 当社全体では現在15名(モデル事業受託当時12名)の第2号職場適応援助者(以下「2号ジョブコーチ」という。)がいるが、従来の支援体制ではそれぞれ本来業務との兼務となり、安定したサポートは困難であると予想された。そのため、専門の知識を有する精神保健福祉士・臨床心理士を社内カウンセラーとして採用し、精神障がい者のサポート体制の強化を図った。図1は平成21年度のサポート体制を表したものである。 図1 精神障がい者へのサポート体制(H21年度) H21年度には、社内カウンセラーをグループ就労の場である高槻フラワーセンターに駐在とした。職場内にカウンセラーが常駐し、作業にも同行することで、従業員の状態を把握したり、従業員と上司との橋渡し役をしたりする役割をとった。コミュニケーションに課題をもつ者が多いため、カウンセラーが間に入ることで、従業員と上司が意思疎通できるよう配慮した。 平成22年度には、従業員の配置転換や新規採用に伴い、各事業所に社内カウンセラーを1名ずつ配置する形へ移行した。【難しさ】 カウンセラーが身近にいることがマイナスにはたらく点としては、距離が近い分、カウンセラーへの依存心が高まってしまう、ということが挙げられる。カウンセラーが身近で相談に乗ってくれるという環境は、医療機関や支援機関の環境と通じるところがあり、「職場」という色合いが薄くなってしまう。 おそらく、カウンセラーがいなければいないなりに、自分で不安を抱えもち、職場の負荷ともそれなりに付き合いながら仕事をやっていける人は多いと思われる。しかし、カウンセラーが身近にいるがゆえに、自分で不安を抱えていることができなくなり、すぐにカウンセラーに助けを求める、ということが生じやすくなる。つまり、適応していた状態から退行させてしまうことになりかねない。 カウンセラーはどのような立ち位置をとるのが望ましいだろうか。1つの事業所に常駐というのは、上記のマイナス面を考えるとあまり望ましいものではないかもしれない。従業員との距離を適切に保てるようなサポート体制を検討していくことが今後の課題である。 ②カウンセリング 【配慮】 モデル事業で採用された従業員に対しては、定期的にカウンセリングを行ない、仕事や人間関係に関する不安や悩みなどについて、本人が受け止めたり解決していったりできるように関わりを行なっている。また、現場に対しては、本人が不安に思っていることは何か、現場ではどのような配慮が必要か、ということについて助言を行なっている。 カウンセリングルームは中が見えないよう窓を工夫し、プライバシーを保てるようにしている。昼休み等の休憩室としても利用されている。 カウンセリングルーム【難しさ】 社内カウンセリングで目標となるのは、「職場適応」である。力動的な精神療法のように人格の再構成を目指すものではないため、根本的な解決には至らないことが多い。大きな精神的揺さぶりになるような直面化は行なわず、支持的に整理・明確化・示唆・助言などを行なっている。 関わり方で注意が必要なのが、対象者が「自分の課題として受け入れられるかどうか」という点である。長期的な適応能力を高めていこうとした場合、自分の傾向に気づき、適応的に修正していけるように関わることが大切である。しかし、自分の課題として受け入れることが難しい人については、傾向を指摘するのがなかなか難しい。彼らには、課題を指摘するような関わり方で刺激してしまうよりも、場面に応じた具体的な行動や認知の仕方を助言していき、対処スキルを高めていくような関わり方の方が受け入れられやすいように思われる。 自分の側の課題として受け入れられるかどうか、その判断基準になるものとして、佐伯・杠2)が述べる「自己を対象化する能力」が挙げられるのではないだろうか。佐伯らによると、自己を対象化する能力とは、「自分が表出した言葉や想念、気持ち、感情などを客観化し、自分自身が向き合い理性的に検討する能力のことを意味する」とされ、「この自己を対象化する能力を十分に有している場合、叱ることが有効に機能するようである」と述べている。これは、精神科臨床における「叱る」行為について述べたものであるが、社内カウンセリングにおいても同様のことが言えるのではないだろうか。 社内カウンセリングにおける目標=「職場適応」ということを考えると、そこからぶれないために、扱う内容にも制約がある。カウンセラーとの信頼関係が深まってくると、職場適応のことよりもプライベートな問題の方が大きなテーマとして出てくる場合があるが、これを社内カウンセリングで深めていくのは適切ではないだろう。これを深めてしまうと、カウンセラーと従業員双方にとって、一番の関心事がプライベートな問題の解決になってしまい、「職場適応」のことは二の次になってしまう危険があるからである。必要であれば外部機関でのカウンセリングを勧めるなどの対応をとるのが望ましい。 ③グループワーク 【配慮】 ストレス対処能力やコミュニケーションスキルが高まるよう、3種類のグループワークを行なった(週1回、いずれかの種類)。就労場面で必要なスキルを身につけるための社会生活技能訓練(SST)、グループの中で語ったり共感的に聞いたりすることで自己理解や他者理解を深めていくテーマミーティング、ストレス対処法などメンタルヘルスに関連する勉強会、の3つである。【難しさ】 現在、グループ就労を行なっている高槻フラワーセンターでは、グループワークが継続実施されている。しかし、他部署に配置転換になった従業員については、現在のところグループワークを実施できていない。これには費用対効果の問題(業務内容や環境が異なり課題を共有しづらいため、個別支援の方が効果的?)や、障がいやパーソナリティの特性によってはグループワークが悪影響となる可能性があること、などが実施へとつながっていない理由として挙げられる。 ④外部支援機関との連携【配慮】 精神障がい者には、医療や住居、職場、金銭面、余暇活動、地域生活などにおいて支えが必要な人も多いため、多面的で継続的な支援体制の整備が必要である3)。当社では、モデル事業の従業員への支援のために、本人の了承を得て主治医・家族・支援機関と連絡をとり、これまでの病状の経過・不調時の兆候・本人の特性・生活面での様子・会社が配慮すべきことなどについて情報交換を行なう機会を設けている。これにより、必要に応じて支援要請を行ないやすくなっている。 【難しさ】 当社においてはジョブコーチやカウンセラーが社内に配置されているため、外部機関との役割の境界が定めにくいという面がある。とはいっても、生活支援に関しては社内で支援するには限界があるため、外部機関が中心となるよう役割分担をするのが望ましい姿であると思われる。特に、症状や服薬の自己管理面(病識)に関しては、医療機関での適切な支援をお願いしたい。相澤4)は、職業リハビリテーション機関の相談場面でも「自分の病気がどのようなものかよくわからない」「調子を崩したときの対処法がわからない」などの発言をする人がいるが、職業リハビリテーション機関で支援をするには限界があるため、医療や保健の領域での適切な対応が望まれる、と指摘している。自分の病気と向き合うというのは大きな精神的揺れを生じさせるものであり、それに耐え切れない場合、症状が悪化してしまう危険が考えられる。そのため、社内で取り扱うにはリスクが高い。この場合は、専門的に支えることができる医療機関などでの教育が望ましいだろう。 しかし、中には役割分担の境界を越えて会社が支援をするケースも存在する。過去に、知識や理解が不十分であったり、制度による制約のために利用者主体になれなかったりした機関があったことが当社の外傷体験となっており、外部機関に対して信頼のしにくさを感じているのも事実である。 (3)業務に関して ①2号ジョブコーチによる作業指示 【配慮】 高槻フラワーセンターでは2号ジョブコーチを上司として配置することで、障がい特性に配慮した業務指示が行なえるようにしている。【難しさ】 部署によっては、2号ジョブコーチを上司として配置できないところもある。その場合には、特に社内カウンセラーとの連携を密にし、適切な対応についての助言を受けることが望ましい。 ②休憩時間の確保 【配慮】 作業の負荷に応じて小休止を取り入れている。自分からは「しんどい」「休憩をとりたい」とは言い出しにくいものであるが、「しんどいときには休憩してもよい」ということを常日頃から上司が口にすることで、従業員が言い出しやすくなるように努めた。 【難しさ】 作業スケジュールが明確に決まっている部署や、チームで作業することが多い部署では、個人のタイミングでは小休止がとりづらい。 ③体調に応じた仕事量や内容の調整【配慮】 毎朝、作業日誌を用いて体調チェックを行ない、必要に応じて作業の負担を軽くするなどの配慮を行なっている。チェック項目は、「就寝起床時間」「睡眠の質」「心身疲労度(身体疲労度・心の疲労度)」「食欲の有無」「服薬の有無」「気になること・心配事など」である。また、対人コミュニケーションが苦手な従業員に対しては、ひとりでできる作業も任せるなど、特性に合わせた配慮も行なった。【難しさ】 個人の特性や適性に合った業務に就くのがもっとも望ましいが、常にそのとおりにできるとは限らない。当社は企業であるため、事業性(ビジネスとして成功すること)を無視して特性・適性のみを考慮することは難しい。 ④作業や実習へのカウンセラー同行 【配慮】 現場にカウンセラーが同行することで、以下のような利点がある。ひとつは精神障がいをもつ従業員にとって負担の高すぎる作業になっていないかをチェックできること、二つ目は、カウンセラーが近くにいることで従業員の安心感が高まること、三つ目は、精神障がいについて詳しくない現場の従業員にとっても、カウンセラーが同行することで適切な助言が受けられるという安心感がもてることである。【難しさ】 前述したとおり、カウンセラーが身近にいるという状況は依存心を高めてしまう可能性がある。徐々に同行する頻度を減らすなど距離をとる工夫を行なっている。 4 本人や外部機関に求めたいこと 以上、精神障がいをもつ従業員に対して当社ができる配慮と難しさについて述べた。これを踏まえ、従業員本人に求めたいこと・外部機関に求めたいことをまとめると以下のようになる。 (1)従業員本人に求めたいこと 職場定着を支援するためにできる限りの配慮は行ないたいが、企業ゆえに制約や限界があるということを理解してもらいたい。「働く」ということはストレスフリーではないのであるから、ストレスとどうつきあいながら仕事をしていくかということもテーマにしてもらいたいと思う。環境調整だけでなく、本人の適応能力を高めていくことも同様に大切である。 (2)外部機関に求めたいこと 仕事をする上で必要なスキルは雇用後に身につけていけるが、症状や生活面の自己管理に関しては社内で支援するには限界がある。就労移行前にできるだけ自己管理できるようになっているのが望ましいが、完全を求めるのは非現実的だろう。課題が残っている部分に関しては、就労移行後も積極的な継続支援をお願いしたい。精神障がいをもつ従業員の職場定着を成功させるには、長期的な目で支えていくことが不可欠であり、そのためには会社と外部機関がバランスよく役割分担をしていくことが望まれる。 【参考文献】1) 独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構:「2009年度版 就業支援ハンドブック」、p169、大誠社(2009) 2) 佐伯祐一・杠岳文:叱れる?叱れない?、「こころの科学」、 p121-122、日本評論社(2010) 3) 独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構:「2009年度版 就業支援ハンドブック」、p170-171、大誠社(2009)4) 相澤欽一:「現場で使える精神障害者雇用支援ハンドブッ ク」、p92-93、金剛出版(2007) 企業と非営利組織等との協業による障害者雇用の取組み −実践事例の聞取り調査から− 内木場雅子(障害者職業総合センター社会的支援部門 研究員) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門では、平成22年度から2年間に亘り、「企業と非営利組織等との協業による障害者雇用の可能性を検討するための研究」を開始している。 これは、社会福祉法人等の非営利組織が障害者自立支援法の施行に前後し、障害者らの就労支援とともに、法人自ら働く場を創ろうと各地で様々な取組みを開始したことに始まる。 一方、民間企業(56 人以上規模)においては、45.5%(平成21 年6月1日調査)が障害者雇用促進法における法定雇用率(1.8%)未達成という実態がある。そのような状況下で、同法が改正され、平成22 年7月からは常用労働者数200 人を超える事業主が、平成27 年4月から常用労働者数100 人を超える事業主が、障害者雇用納付金制度の対象事業主となることから、民間企業等にとっても障害者雇用は急務になっている。 2 目的 障害者の就労と雇用を考えなければならない社会福祉法人等と企業がそれぞれの地域において、お互いをパートナーとし、働く場を創り、障害者等の雇用を生み出している。 これらの取組みは、地域の活性化を期待するばかりではなく、パートナーシップによる障害者雇用を達成する新たな仕組みを考える上で、注目すべきものといえる。 本稿では、取組みを紹介し、その事例の成果と課題から障害者雇用におけるパートナーシップの重要性について考えてみたい。 3 方法 企業と社会福祉法人等が一緒に取組んだ事例について、各法人の担当者から直接、聞取りをした。 聞取りの内容は、法人の概要、パートナーとの取組みの内容(きっかけ、背景、動機)、事業化におけるパートナーシップについての考え、パートナーに対する評価、自らが果たしている役割、自己評価、求めたい支援等である。 対象は、表1の通りである。なお、対象基準は、経営規模や地域、取組み内容を限定せず、立ち位置の違うセクター同士が事業等に取組むことで、働く場を創っていることとし、ご協力いただけるところとしている。 表1パートナーと取組みの内容 番号 企業の産業分類 非営利形態 取組み内容 I 職業紹介・労働者派遣業 社福 野菜の生産 II 職業紹介・労働者派遣業 自治体 菓子製造 III 飲食料品小売業 NPO カフェ経営 IV 総合工事業 NPO 食品製造・販売 V 産廃物処理業 有限・社福 リサイクル VI 飲食料品製造小売業 NPO パン製造・ 販売 ※・事例ⅠとⅡは特例子会社であり、親会社の産業分類を 記載している。・NPOは特定非営利活動法人の略、有 限は有限会社の略、社福は社会福法人の略である。 4 調査結果 この聞取り調査の中で、表1の番号ⅠとⅡの内容について記載する。 (1) 事例Ⅰ(特例子会社と社会福祉法人) ① 両者の取組み内容 ア、概要 企業と社会福祉法人がともに、農業(野菜の栽培、販売等)によって、障害者の企業就労の新しい取組みとして連携し、障害者の新たな雇用を創ったものである(図1を参照)。 イ、成果と課題 企業は、新規事業の設備投資を抑える事ができ、よって、地域にて障害者の雇用と就職後のフォローアップを生み出している。社会福祉法人は、利用者の就職と職場実習の受入れにおいて企業から全面的な協力が得られている。 ウ、今後の展開 現在、進行中である。 理念と目的の共有 情報提供・フォローアップ支援 図1特例子会社と社会福祉法人の取組み ② 企業 ア、法人概要 株式会社パソナグループは、1976年「社会の問題点を解決する」を企業理念として創業。更なる雇用と新たな働き方を提案するべく、人材派遣、人材紹介、再就職支援等の業務を行っている。 株式会社パソナグループは、連結子会社(32社)と関連会社(3社)、約4600人の従業員(連結人数・2010年5月現在)を持っており、そのグループ会社の1つとして2003年に特例子会社パソナハートフルを設立している。 パソナハートフルは、「才能に障害はない!」を企業理念に障害者の新たな職域開発に積極的に取組み、現在、本社における従業員数は70名(うち障害者は60名)である。主な業務は、事務所内でのオフィス業務、アート村工房、アート村の運営、パン工房、「ゆめファーム」である。 (http://www.pasona.co.jp/company/) イ、取組みのきっかけ・背景・動機 元々、企業グループでは、自然との共生、新しい農業の提案、働く人の健康をテーマに事業を展開している。今回は、パートナーである社会福祉法人と考えを共有でき、条件がマッチングしたことが、大きな要因である。 ウ、事業におけるパートナーシップに対する考え 企業自らが地域に出向くことで、広く働く場と働き方を提案できると考えている。なお、パートナーを常に探している。 エ、「ゆめファーム」におけるパートナーに対する評価 社会福祉法人の考え方(障害者の就労と法人の経営に対する姿勢、組織的対応の柔軟さ)を認めている。 オ、自らが果たしている役割 雇用は、関わりあう方々が創意工夫して創るものであるという考えのもと、社会福祉法人との取組みを行なった。今回は、現行有る設備、施設を有効に活 用する事で、新たな雇用を生み出す事が出来た。 今後も、社会福祉法人に限らず、企業が適切な パートナーとともに、地域に根ざした働く場ができる のではないかと考えている。 カ、自己評価 社会福祉法人等の施設を利用している、本来、雇用の場にいるような障害者に働く場を提供し、働き方を提案したことで、障害者個々の働く可能性(職域と働き方)を示すことができたのではないかと考えている。 キ、求めている支援内容 行政が企業に既存の施設や建物等を柔軟に活用させれば、もっと働く場を創ることができる。それらを可能にすることで、地域が一体となった就農による雇用の仕組みを創りたいと考えている。 ③ 社会福祉法人 ア、法人概要 社会福祉法人実のりの会ビックハートは、2002年7月「共に学び、共に働き、共にはばたく」を理念として法人を設立。八千代市において就労移行支援事業、就労継続支援事業B型、障害者委託訓練事業を実施している。当地では、主として知的障害者を支援し、また、柏市と松戸市に拠点を置き、障害者就業・生活支援センター事業を実施している。 一環して、障害者の一般企業への就業を支援しており、年間40〜50名の就職者を法人として輩出している。(http://www.big-heart.jp/) イ、取組みのきっかけ・背景・動機 就労支援セミナーの受講者として企業と出会っている。規模的に単独での事業化が難しい社会福祉法人だが、福祉を超えた経営理念を持ち、物事への取組みに垣根を持たない。 また、障害を強い個性と捉えながら、利用者の職業自立のために、社会福祉法人が持つものを活かした結果、企業とともに「ゆめファーム」に取組んだ。 ウ、事業におけるパートナーシップに対する考え 企業の文化をきちっと理解した上で、社会福祉法人の持つ能力、資産、想いが企業の抱えている課題をどれだけカバーできるか、受入れた従業員(障害者)や支援で、どれだけ企業と地域に貢献できるかが、社会福祉法人の使命と考えている。なお、パートナーを企業に限定していない。 エ、「ゆめファーム」におけるパートナーに対する評価親会社も含めた企業の雇用に対する真摯な姿勢(障害者の雇用率だけではなく、雇用を創出し、従 業員の働きやすい職場作りに真正面から取組んでいる)が、今回の協働の基礎になっていると考えている。 オ、自らが果たしている役割当初から事業経営には一切関与していない。現 在は就職者のフォローアップ支援で関わっている。 カ、自己評価 就職者に合わせたステップアップのシステム(社 内外の)を、社会福祉法人として本人に提供できて いない。 キ、求めている支援内容 社会福祉法人も自立した経営が必要だとし、そのためには、収益事業を積極的に認め、公金の支出を控えるべきと考えている。また、新しい仕組みや考え方を推進するために行政は低額の賃料で空き教室や利用が少ない施設などの利用を促すなど、ハード面の支援をする必要があると考えている。 (2) 事例Ⅱ(特例子会社(福祉)と行政) ① 両者の取組み内容 ア、概要 企業が、菓子製造にて障害者の働く場を創る際、地方自治体の企画公募に選ばれ、公有財産(建物)の低額貸付を受け、事業化(よこはま夢工房)をした(図2を参照)。 イ、成果と課題 企業は、障害者の雇用とともに、市内の就労支援センターからフォローアップの支援を得られている。また、現在、商品は事業所や福祉ショップでの委託販売、親会社への納入、ノベルティや贈答品として活用しているが今後は、インターネット等で販売する予定である。 地方自治体は、「よこはま夢工房」により賃 料収入と市内在住の障害者の雇用(60名)を達 成している。 ウ、今後の展開 現在、進行中 ② 企業の概要 ア、法人概要 テンプホールディングス株式会社は、「雇用 の創造」「人々の成長」「社会貢献」を企業理 念とした総合人材サービス企業である。 サンクステンプ株式会社はグループ会社として1991年12月に設立された。1994年には特例子会社に認定され、障害者個々の能力・適性を充分に発揮できる会社として新たな職域開発と就労の安定に取組んでいる。 業務は、事務支援、梱包・発送、名刺作成、菓子製造、パソコンスクール、障害者就労支援、保険代理店業等の業務を行っており、従業員は160名(150名が障害者)である。 (http://www.thankstemp.co.jp/) イ、取組みのきっかけ・背景・動機 株式上場に備えコンプライアンスを達成する必要があった。障害者の法定雇用率を達成するために試行錯誤していた時、地方自治体による事業企画公募の案件に出合ったことが「よこはま夢工房」を開始するきっかけである。 ウ、事業におけるパートナーシップに対する考え 特例子会社として培った繋がりとノウハウに加えて、「よこはま夢工房」を開始したことで、他機関との新たな繋がりができている。 エ、「よこはま夢工房」におけるパートナーに対する評 価 地方自治体との取組みによる企業イメージと信頼を大切にしている。現在は、地域密着で事業を展開している。 オ、自らが果たしている役割 菓子製造は異業種への参入であり、技術的にはまだ充分とはいえない。ただ、コスト(ロイヤリティー)を抑え、菓子製造の経験があり指導の出来る職員を配置することで、商品開発や販路開拓をしている。また、月1回は社員研修を実施する等、社員教育に力を入れている。 カ、自己評価 「よこはま夢工房」では、多くの者に働いてもらうために作業工程を細分化する等、主として手作りで商品を製造している。また、ジョブローテーションを取り入れ、障害者自身に「見える化」をすることで、作業意欲の向上と適性配置による新たな職域開発を促進している。 キ、求めたい支援 公的機関で借りられる場所があると有難い。また立ち上げのプロセスで、先例の情報やコンサルタント的な助言をワンストップで提供してもらえると働く場をスムースに早く創ることができる。 ③ 地方自治体の概要 聞取り調査は実施していないが、市有財産(建物)の低額有償貸付による収益と市内在住の障害者雇用を前提とした事業企画を公募した。 目的の共有場所の提供 図2特例子会社と地方自治体の取組み 5 考察 これまで実施した聞取り調査の中で、パートナーとなり障害者の雇用を支援している取組みには、いくつかのタイプがあることがわかった。 ここでは、立ち位置の違う者同士によって、障害者等の働く場を生み出しているものをコラボレーション(協業・協働)と捉えることとする。 1つ目は、直接型(A型)である。これは、双方が偶然、又は必然の出会いをきっかけにして、理念と目的を共有しながら事業を展開することで障害者の働く場を創っているものである。 2つ目は、仲介型(B型)である。これは、企業と非営利組織等の双方を仲立ちする機関が存在し中立の立場で双方をマネジメントすることで障害者の働く場を創っているものである。 3つ目は、連携型(C型)である。これは、従来の「連携」とは異なり、中核となるための機関が創られ、その機関が地域の多機関を繋ぎながら、企業の障害者雇用を支援しているものである。 4つ目は、自律型(D型)である。これは、企業自らが非営利組織等を設立し、両者を連動させることで、障害者の就労支援と企業への雇用支援しているものである。 今回の2つの事例は、双方が理念と目的を共有し障害者の働く場を生み出しており、直接型(A型)といえる。 事例Ⅰは、パートナーである社会福祉法人の地域に企業が進出し、働く場を創り従業員(障害者)の通勤と社会福祉法人のフォローアップ等を容易にした点で、有効な就労モデルを提案したといえる。また、この事例では、事業地(休耕地)の情報、確保が重要だが、単独で近隣にて広い場所を確保するのは難しい。それをパートナーがカバーしたが、社会福祉法人は公的助成や税制優遇措置から収益事業への関与が難しく、法人の経営自立には繋がっていない。 事例Ⅱは、企業が行政と当初始動したが、密接な繋がりを作りながら雇用継続支援を受けている地域の社会福祉法人(就労支援機関)等がもう一方のパートナーである。また、この事例では、会社と事業地が離れていることと、建物の有効利用と異業種への参入を同時に叶えるための関連情報と助言を要したがスムースに得られなかった。 この2つの事例で共通していることは、取組んだ内容(業態)と組んだパートナー(セクター)の違いに関わらず、働く場を創るためには、場所(賃貸)や周辺情報等を要することである。事例Ⅰの企業は当初から、事例Ⅱの企業は立ち上げ後、パートナーの支援を得られている。これは、立ち位置の違う相手をパートナーにしたからこそ可能だったと思われる。そして、これらのことは、障害者法定雇用率の達成を目的とする多くの企業が今後、直面する課題ともいえる。 企業と社会福祉法人等がコラボレーションにて障害者雇用に臨む価値は、その入口(就労)から出口(地域移行)までを両者が一緒となって取組むことができるところにある。 特に障害者の就労・雇用には、障害特性や疾病、加齢による影響からその能力や適性に応じた働き方を要する等、多様な働き方の選択が求められる。しかし、その実現には、立ち位置の違う自立したパートナー同士が対等であり、互いの強みを発揮し補い合いながら従業員(障害者)の状況に応じた働き方と生活を支援していくことである。 今後、このような公共的、公益的、社会的な目的や使命を実現するには、新しい仕組みや考え方の提案を行政が如何に認めていくことができるかにかかっている。 6 おわりに 両者の取組みはまだ開始後、多くの歳月を経ていないことや、商品は量産体制になく体内消費が中心であるが、今後、障害者雇用を考えている企業や社会福祉法人等のモデルとなり、新しい仕組み作りの一歩となるよう支援したい。 【謝辞】 聞取り調査にご協力いただいた企業及び社会福祉法人の方々にお礼申し上げます。 地域の支援機関との連携に関する一考察−休職を繰り返してきた知的障害者の職場適応の事例− ○佐藤 大作(香川障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 脇 洋子 (香川障害者職業センター) 1 はじめに 今日、障害者の就労支援には様々な支援機関が関与し、それらが連携して支援を行う機会が多くなっている。また、障害の重度化・重複化により職業リハビリテーションを行う上での地域関係機関の連携の必要性は高まっている1)。そのような中で支援機関が連携するには何が重要なのかを検討することは、より効果的な連携体制を構築するための第一歩である。本稿では休職を繰り返してきた知的障害者に対して応用行動分析学的視点を元に複数の支援機関が連携して職場復帰・職場定着支援を行った事例を通じて、効果的な連携について考察したい。 2 支援経過について (1)対象者の概要 軽度知的障害及び聴覚障害(6級)を有する女性。養護学校卒業後、製造業に就職したが仕事を覚えられなかったことや腰痛を理由に退職。その後、ハローワークや地域支援センターA(以下「支援センターA」という。)、香川障害者職業センター(以下「職業センター」という。)の支援を受けながら就職活動を行った。その後、B事業所に就職(担当業務は調理補助等)。この時、初めてトライアル雇用制度及びジョブコーチ支援事業を活用。就職当初は大きな問題なく、作業面・対人面とも順調だったが時間経過とともに「指示を聞かない」「相手によって態度が変わる」「トイレに閉じこもる」等の課題が出始め、事業所内の人間関係が悪化して退職となった。その後、再就職活動を行い、現在勤務しているC事業所に就職した。 (2)C事業所でのジョブコーチ支援 平成18年12月、C事業所に就職。事業所内の食堂清掃、事業所周辺の清掃、湯茶の準備等を担当した。作業定着と対人面の指導のためジョブコーチ支援事業を実施。就職当初は同じ作業に従事するパート職員から「よく気がつき、仕事が早い。助かる」との評価が出された。人間関係に関する課題も事前にジョブコーチから事業所に伝達する等の対応を行ったこともあり、懸念された問題は見られなかった。しかし、時間経過とともにB事業所と同様の問題行動が出るようになった。また、本人もパート職員も会話すること自体避ける状況になるなど、人間関係も悪化した。 C事業所でのジョブコーチ支援で行ったアプローチは「職場の人間関係に関するルールの指導」「作業スケジュールの調整」「勤務時間の短縮及び担当業務削減の提案」である。これらのアプローチにより支援後の一定期間は落ち着いて作業ができるようになった。しかし、時間が経つと課題が再び出始めるというパターンを繰り返していた。①1度目の休職 そのような状況が続く中、平成20年3月中旬に本人より「突然耳が聞こえなくなった」との訴えが出された。受診の結果、突発性難聴との診断が出て入院と自宅療養が必要となり、約2か月間の休職となった。復帰後も体調不良の状況は続いたため、持ち場を一つに絞り、作業内容も床掃除だけと担当業務を削減し、勤務時間も半日勤務に減らす対応を取った。これらの対応により概ね落ち着いて仕事に取り組めた。②2度目の休職 平成20年10月中旬に「腰の痛みがひどい。立ち作業はできない」と訴え、治療に専念するとのことで約1か月間休職した。復帰後も仕事をしながら「なんとなく不安」「補聴器の故障」「頭部腫瘍の治療」等に関する不安や不満の訴えが続いた。③3度目の休職 平成21年12月上旬に「身体がしびれ、痛む。足に力が入らず歩けない。めまいがして吐き気がある」等の訴えが出て、治療のため休職する。平成22年2月に事業所から「このままでは雇用継続は難しい。3月までに安定出勤できないなら退職について検討したい」との意向が出された。 3 復職に向けた支援体制の構築 事業所側から復職期限を明確に示されたことをきっ かけに本人から復職したいとの希望が支援者に出された。一方で体調不良の訴えは続いており、復職の目途が立たない状況であった。また、仮に復職しても職場で起きる課題は依然として残っていたため(表1)、復職支援と合わせて課題改善に向けたアプローチも検討する必要があった。復職及び復職後の支援について支援センターAと検討しながら支援体制を整えることとした。 表1事業所から指摘された課題点 課題 内 容 作業面 ・仕事の取りかかりが遅い。人の言動等が気になり、考え込み仕事がおろそかになる。 ・手順通りに作業ができないとパニックになる。 ・ローテーションの変化に対応できない。 対人面 ・都合の悪いことを聞かれると嘘をつく、反応しない(聞こえないフリをする)。社員を無視する。・気になることを何度も聞く。また、話が長い。 ・自分で決めた作業上のルールを相手にもあてはめようとする。相手によっては命令口調になる。また、実際に作業などの命令をする。 ・好き嫌いが激しい(嫌いな人と一緒の日は欠勤)。・自分の主張ばかりする。不満や心配事について解決を訴える一方で自ら問題を抱え込もうとする。 (1)職場復帰支援のための役割分担 平成22年2月上旬、本人を交えて復職に向けたケース会議を実施。役割分担として仕事に関する支援を職業センター、生活に関する支援を支援センターAが担当することを再確認した。職場復帰への取り組みとして、復職に向けた目標とスケジュールを決めて、そのスケジュールに沿って復職期限まで取り組むこととした。このケース会議時点では本人は足のしびれ等を訴え、歩行時に杖を使用していた。本人は「杖を使用せずに歩行できること」を目標とした。これらの復職に向けた活動の進捗状況把握及び病院への受診同行は支援センターAが担当した。2月下旬、本人・事業所を交えたケース会議を実施。そこで復職に向けて本人が取り組む活動内容ついて事業所に説明し、了解を得た。一方、職場での課題の改善方法についても検討した。これまでの本人の様子から作業面や対人面に関する職場のルールに曖昧な部分があると自分で判断や解釈をして自己流に行動しがちであり、不満や不安を訴えるきっかけとなっていたと考えられた。そのため、自己判断をしないですむよう職場のルールを明確化する必要があると考え、対応として「目標確認書」「仕事手順確認書」を職業センターが作成した。目標確認書では勤務継続のために守るべき約束を設定し、約束を守れた場合と守れなかった場合にどうなるのかを明記した。また、「仕事手順確認書」には作業手順、報告手順、作業上の守るべきルール、勤務条件を記載した。 (2)復帰直前のケース会議 3月下旬、休職期限終了直前にケース会議を実施。職業センターからは「目標確認書」「仕事手順確認書」を説明し、本人、事業所より同意を得た。また、本人が目標としていた杖なし歩行もできていたこともあり、4月1日より復職となった。 (3)復帰後の支援 復帰後、約1週間経過した頃から本人より再び「仕事上の不安がある。相談にのってほしい」「咳が止まらない。しんどい」等の訴えが出るようになり、1〜2日おきにジョブコーチに電話がかかるようになった。また、事業所からも「事業所の担当者へ頻繁に相談に来る。相談時間も長い」と連絡があった。これらの訴えに対して当初設定した「職場のルールを明確化し、それを順守するよう指導する」という支援の枠組みは変えず、職場で守るべきルールを追加する形で対応した。具体的には仕事上で判断に迷ったら仕事確認書を確認するよう促し、事業所での頻繁な相談については相談方法をルール化し、仕事手順確認書に追加した。また、体調不良の訴えは支援センターAが病院受診に同行し、正確な診断内容を確認。受診同行をすると実際には本人が訴えるほど体調面に不調はないことが判明した。また、これまで本人が医療機関から聞いた診断内容や説明に抜け落ちや偏った解釈をしている部分があることもわかり、同行した支援者が本人に正しく伝えなおした。6月上旬、支援者ケース会議を実施。復帰後約2か月間の経過を振り返り、今後の支援の方向性について摺り合わせを行った。この会議の場で本人のこれまでの問題行動について応用行動分析学の視点で整理し、今後の本人への支援者の関わり方、働きかけ方について支援者間で対応を揃えることを確認した(表2)。また、将来的な支援体制を考慮し、支援センターAの役割を徐々に障害者就業・生活支援センターDに引き継ぐこととした。 表2 支援のポイントの整理 <支援のポイント> ■環境が変わると、行動は変わる(変化が目安) <支援者の対応内容><支援の狙い・効果> 注目の質と量の転換プラスの循環を生む意識付けが先か行動が先か意識は変わらずとも行動は変えられる 意識ではなく、行動に働きかける 負の評価を避ける 行動を評価できる目安が必要 目安となる評価基準を共有 言動と行動をみて、事実を確認 事実確認とアセスメント 基本は褒め殺し スモールステップで評価(なんでも褒める) 良い行動や言動を引き出すためには 自尊心をくすぐる注目とのバランス 連続強化と間欠強化 安定したら評価の量を減らす(安定しないのに減らすのは逆効果) 適正行動の強化を徹底 不適応行動は無視(弱化は難易度が高い) フェイディングとゴール フレームワークと安心感どうなったら一番いい? (4)フォローアップ(現状) 現在、復職して約5か月が経過したが安定出勤している。以前は体調不調を理由にすぐ休んだり、仕事ができないと訴えていたが現在は痛風による痛みが出ても休むことはない。日々の業務の中で気になることや突発的な事態が発生した場合、事業所担当者への相談もするがルールの枠内で行動できつつある。支援者への電話連絡もあるが徐々に不安の訴えから「仕事を頑張れている」という前向きな発言に変わった。 <現在の支援体制><今後の支援体制> 地域支援センターA障害者就業・生活支援センターD ■担当者:○○さん【窓口】 ・ 生活や体調(病院)の相談■担当者:△△さん、○○さん ・ 仕事に関する相談 ・生活や体調( 病院)の相談 香川障害者職業センター ■ジョブコーチ必要に応じて、連携・相談 ・ 仕事に関する相談 地域支援センターA 香川障害者職業センター 図1 支援体制の整理 また、職業センターへの電話回数も4月13回、5月11回、6月3回、7月2回と減った。今後は就業・生活支援センターDが支援主体となり職業センター及び支援センターAはフェイディングを進める予定である(図1)。 4 考察 今回の支援を振り返り、支援機関の連携のポイントについて考察する。 ①応用行動分析的視点に基づいたアセスメント 今回の復職支援以前の支援内容を振り返ると不適応行動を行う本人に対して、職場での振舞いについて改善するよう指導や注意を行うというものであった。また「課題が出たら対応する」「体調不良があると相談する」といった対症療法的な支援でもあった。しかし、不適応状況の改善が十分に進まなかったことから、これまでとは違う支援アプローチをとった。職場定着を進める上で重要なことの一つは不適応行動を本人と環境との相互依存的関係の中で把握・分析し、対応方法を構築することとされている2)。今回、支援の方向性を考えるにあたって取り入れたのが、このような応用行動分析学的視点である。今回の復職支援では、この視点に基づいて「本人が何故不適応行動を続けているのか」について環境も含めて考え、その原因に対応した改善策を実施する方針を取った。本人を取り巻く状況を支援センターAが分析した(図2)。 病気の自分 きちんと直そう 相談等の確認行為 誰かに相談、時には応じる 頑張っている自分 それは当然のこと、続けよ う 病気の自分治らなくても仕事はできる 相談等の確認行為具体的方法論、事実確認 頑張っている自分すごいね、できてるよ 図2 問題行動の分析結果 問題行動には主に「注目」「要求」「逃避・回避」「感覚」の4つの機能があると言われている3)。 これまでの本人の言動等から本人は周囲の人からの注目を得たいという欲求(注目)が高いのではないかと考え、本人の不適応行動は周囲から注目を得るための行動と仮説を立てた。また、注目欲求の内容についても、「病気の自分」「相談等の確認行為」「頑張ってる自分」の3パターンに分類し、その分析を元にして各支援機関が実施する具体的な支援策を検討した。複数の支援機関が連携して支援をする場合、各支援機関が統一した方向性を持てているかどうかは支援の効果を左右する要因である。支援機関の連携ではケースの障害特性や作業能力、生育歴等、個別情報の共有に関する重要性について、言及されることは多い。しかし、同じ情報を得ても、その情報をどう捉えて解釈するかによってケースの全体像や問題の内容、採用する支援方法は変わる。よって、個別情報の共有以前に支援機関同士が「同じ視点(問題の捉え方)」を持ってケースを捉えることができているかということが前提になる(表3)。 表3連携の階層 項 目 内 容 役割分担 各支援機関の強みを活かす各支援機関の弱みを補い合う 情報共有 ケースの個別情報を共有する課題に対する支援方法を共有する 専門性 連携のための基礎的要素 「同じ視点(問題の捉え方)」 ②統一された各機関の支援 今回の場合、事業所や支援者が「病気の自分」「相談等の確認行為」に対して注目することにより、不適応行動を強化していると考え、消去4)の対応を行った。具体的には職業センターが「目標確認書」「仕事手順確認書」を作成したことで本人が仕事上の不安を訴えた際に「確認書を見るように」のみという過度に注目しない指導が可能となった。また、支援センターAが病院受診に同行することで正確な診断結果がわかり、本人から体調不良の訴えがあっても「治らなくても仕事はできる(病気と付き合いながらでも仕事はできる)」と伝え、注目することなく関わった。これらの結果と対応策を支援機関同士で共有したことで職業センターに体調不良の訴えが出ても「治らなくても仕事に専念するように」という声かけが可能となり、支援センターに仕事上の不安を連絡してきても「迷ったら仕事確認書に従う」という具体的な対応が可能となった。また、この2つの消去手続きと合わせて「頑張ってる自分」に対して職業センター、支援センターAともプラスの評価を伝え、強化した。現在も日々の業務の中で起こる突発的な出来事をきっかけとして不満や不安を訴えてくるという行動が出るときはある。しかし、本人の適切な行動への強化を続けることで、徐々に訴えは減ってきている。支援機関が応用行動分析的視点を共有し、統一した対応を取り続けることで本人の適切な行動に対する強化力を高めることができ、一方で適切でない行動には不用意に注目を与えない支援の徹底が可能になったと考えられる。 5 まとめ(今後の課題) 今回のケースで支援機関間の連携が効果的に機能した理由は2点挙げられる。第一にケースに対して「同じ視点(問題の捉え方)」を持ち、あらゆる場面で統一した支援を実践したこと。第二にそのような専門性に基づき、各支援機関が目的に沿った役割行動をきちんととれたことである。効果的で的確な支援を実践するためにはエビデンスベースド(evidence-based)=「根拠に基づいた」科学的な理論・技術は欠かせないが、今回の事例を通じて「根拠に基づいた」科学的な理論・技術の一つとして応用行動分析学の有効性を感じた。また、支援者側のメリットとして支援方針を共有しやすくなることで就労支援担当者のバーンアウト(burnout)予防にも繋がると思われる。 課題点として実践で支援者の専門性を高める機会が少ないことが挙げられる。例えば、今回活用した応用行動分析学的視点に基づく支援を実践するためには座学だけではなく、OJT(On-the-Job Training)を実施する、実際に応用行動分析学の知識と技術を有している者が支援している様子を見学する、定期的にスーパーバイズを受ける等の教育体制がないと支援者の技術向上は難しいと思われる。支援者の専門性を高めるための教育体制作りや機会の創出が求められる。 【謝辞】 本稿作成に当たって支援センターA大西氏に資料提供していただきました。お礼を申し上げます。 【引用・参考文献】 1)春名由一郎「地域関係機関の就労支援を支える情報支援の在 り方に関する研究」調査研究報告書No.89p55-56障害者職業 総合センター(2009)2)石原一人、刎田文記「職場定着サポートにおける応用行動分 析的アプローチ(1)」第7回職業リハビリテーション研究発表会発 表論文集p158(1999)3)奥田健次、小林重雄「自閉症児のための明るい療育相談室 親と教師のための楽しいABA講座」p188,学苑社(2009)4)杉山尚子、島宗理、佐藤方哉、リチャード・W・マロット、マリア・ E・マロット「行動分析学入門」p.72,産業図書(1998) 特別支援学校(知的障害)における円滑な就労移行支援の在り方−環境の変化に伴う生徒のセルフマネージメントスキルを高めるために− ○芦澤 正也(静岡大学教育学部附属特別支援学校高等部 教諭) 渡辺 明弘(静岡大学教育学部) 1 はじめに 近年の障害の重複化・多様化に伴い、特別支援学校(知的障害)の就労支援においては、個々のニーズに応じた指導・支援の更なる充実が求められている。そこで本校高等部では、教育から就労へのスムーズ且つ確かな移行を目指し、職業リハビリテーションの考え方を取り入れた実践を重ねてきた。本実践では環境の変化に伴う般化に課題を持ち、強い緊張と不安感を持つ事例生徒の就労支援において、一定の考察を得たので報告する。 2 事例生徒の概要 (1)プロフィール(H22年現在) Yくん・19歳・知的障害(療育手帳B) Yくんは、中学校の特別支援学級から特別支援学校(本校)へと入学した。初めての人や場所、物事に対して、強い緊張や不安を覚え、頭痛や腹痛等の体調を崩す傾向にあった。また、日常の些細なことでも、一端気になり始めると情動のコントロールが難しく、実際の活動や作業に影響を及ぼしてしまうことがあった。 (2)実習及び就労先概要 就労先:(株)K社 業務内容:検品・物流業務 作業内容:①アーモンドの箱詰め ②アーモンドの計量・蓋閉め ③アーモンドの箱積み 勤務時間:9:30〜16:30 (3) 就労に向けた実習の設定 第Ⅰ期 ①2年生9月 3 日間( 短期実習)②2年生10 月 2 週間 第Ⅱ期 3年生6月2週間 第Ⅲ期 3年生10 月2週間 第Ⅳ期 K社就労後 時系列に沿い「作業自立」と「心理的安定」について以下にまとめていく。 3 作業自立について (1)第Ⅰ期−①2年生9月[3日間] 【作業内容】ビニール切り ラベルの向きの整頓(ライン作業) <学校の支援> ・ 現場担当者の指示を補助した <K社の支援> ・ 体験を通して指導することを重視した ・ スモールステップで指導した Yくんの新たな環境への適応を心配し、担任教師がつきながら作業したことにより、実習初日は上記の作業内容で安定したあらわれを見せた。3日目にはK社より1工程を繰り返す作業へ変更され、本人にとっても繰り返しの作業の方が分かりやすく、アーモンド工場(②の作業)へと移った。新しい作業は機械操作の中で本人の判断が要する部分があり、その判断の曖昧さに自立までの困難が予想されたが、担当者が体験を通して繰り返し指導を行ったことで覚えられた。この日は疲れを見せることなく、実習を終えることができた。 (2)第Ⅰ期−②2年生10月[2週間] 【作業内容】アーモンド箱詰め アーモンドの計量 <学校の支援> ・ 現場担当者の指示を補助した ・ 作業工程の課題分析をした ・ 作業遂行上の注意点を整理し、伝えた <K社の支援> ・ 手添えからフェイディングする形で支援した (システマティック・インストラクション) ・ 電子秤に掲示物を貼り、視覚的な補完手段で支援した 前月の短期実習を受け、初日から大きな声であいさつをし、出社した。アーモンド工場での曖昧な機械操作も経験を通して徐々に安定し、箱詰めまでできるようになった。6日目には箱詰めしたダンボールを計量する作業も担当したが、担当者 の支援の手がかりを段階的に組むことで自立した。 (3)第Ⅱ期 3年生6月[2週間] 【作業内容】アーモンド箱詰め アーモンドの計量・ダンボールのふた閉め <学校の支援> ・ 事前に校内でアーモンドに模したダボを使って計量練習をした(時間も計測) <K社の支援> ・ 機械のレバーを止めやすい様に改良した ・ 箱詰めしたアーモンドの量を判断できるための補完手段を用意した (色・記号・キーワードなどを使って) ・ (アーモンドが流れる様子を見過ぎると気分が悪くなるために)好きなサッカー選手のポスターを作業場に掲示した 第Ⅰ期での実習、校内での模擬的な作業を重ねたことにより、緊張度の低い状態で臨んだはずの実習であったが、初日の様子は予想以上にぎこちないものであった。このことは、第Ⅰ期からの半年以上という時間的な空白が大きな要因であろう。ゆえに、支援の段階を第Ⅰ期のように戻し、一つ一つの工程を段階的に繰り返すことで徐々に緊張も解け、昼食前には安定できた。さらに、K社がこの実習を迎える前に箱詰めしたアーモンドの量を確認する補完手段を用意したことで、本人も計量したもののバラつきを知り、徐々に適量へと調整が効くようになっていった。7日目には箱詰めの他にも、アーモンドの計量・ふた閉めの作業も任されるようになった。 最終日になると、これまでに経験した作業の中から本人が作業内容を選択できる機会も与えてくださった。こうした機会により、これまでの実習を本人なりに振り返られ、自信のある計量・ふた閉め作業を選ぶことができた。当然、学校や家庭生活とは違い、まだまだ多少の緊張と不安はあり、作業は丁寧でゆっくりではあったが、勤務終了まで一人で進めることができていた。今後は、適切な作業スピードで作業遂行することが課題としてあげられた。 アーモンドの箱詰め作業 (4)第Ⅲ期 3年生10月[2週間] 【作業内容】アーモンドの計量 ダンボールのふた閉め <学校の支援> ・ 事前に校内でアーモンドに模したダボを使って計量練習をした(時間も計測) <K社の支援> ・ (箱に目印となるようなものが無かったため)テープの長さの目安、貼る位置を示す補完手段を用意した ・ 工程説明と共に、見本を見せてから行う ・ 支援方法の精選とフェイディングを行った アーモンドの計量とダンボールのふた閉め作業は、第Ⅱ期での実習や校内での模擬作業から本人も自信を持っており、一度見本を見せていただいた後は一人で進められた。しかしながら、ふたを閉めたダンボールにテープを貼る工程に時間がかかってしまった。実習当初、テープ貼りの全工程に2分かかっていたが、K社が用意した補完手段の意図を本人が理解し、それらを使用することによって、2時間後には1分20秒程度で行うようになった。この作業は一般従業員が約30秒で行うが、Yくんもこの日に1分ほどで仕上げるまでになり、実習5日目には50秒程度、最終日には35秒でできるようになった。しかし、実際の就労(雇用)にむけては作業工程の理解や作業スピード、体力等にはまだまだ課題は大きかった。 (5)第Ⅳ期 K社就労後 【作業内容】アーモンドの箱詰めアーモンドの計量・ダンボールのふた閉め <学校の支援> ・ 就職前に研修期間[1週間]を設定した <K社の支援> ・ 一定期間は専属での指導体制を整えた ・ 別工程だった箱詰めと計量が、同時にできるように機械を改良した ・ 計量する数値を補完手段として掲示した 就労直前に事前研修を行ったこともあり、4月1日からスムーズに通勤し始めることができた。課題であったことも、K社が第Ⅲ期の評価を受けて自ら機械を改良したことが大きな転機となり、作業工程が精選され、作業スピードと作業の精度が格段に上がった。現在、Yくんは入社より半年がたつが現在も毎日の作業に励んでいる。 4 心理的安定について (1)第Ⅰ期−①2年生9月[3日間] 実習初日は教師がついて行ったこともあり、大きなトラブルはなかったが、2日目には本人が体調不良に陥った。しかし、この体調不良を本人は周囲に訴えることができず、K社の担当者らが聞きとりを行うと、「通勤バスに酔ったこと」を話した。その後、教師が実習先に伺い、再度本人への聞き取りを行うと、バス酔いではなく、実習に対する極度の緊張による不調と判明した。 ゆえに、本人の緊張や不安についての感じ方、体の不調を自覚し、周囲に進んで伝えるための補助手段・補完行動等の対処の確立が急がれた。 (2)第Ⅰ期−②2年生10月[2週間] <学校の支援> ・ 事前に通勤練習を行った ・ トラブル時に実習先での聞き取りを行った ・ 「分からない時には手を上げる」サインを本人と共通理解した(掲示物も用意) <K社の支援> ・ 昼食時に担当者以外の社員と話ができるような場面を意図的に設定した 実習が始まり、作業においてはスムーズな入りを見せていたが、周囲の人に積極的に関わりを持ちにくいYくんは、3日目まで現場実習日誌を提出できずにいた。当然、日誌は毎日出社時には提出すべきものである。Yくんは提出できないでいると、そのことが心配事として気になってしまい、作業にまったく身が入らなくなった。そのことを教師と担当者で確認し、提出する対象を、人ではなく、場所に定めることにした。同時にYくんとも日誌提出、記入の流れを確認した。 4日目、体調不良(吐き気)を訴え、トイレに閉じこもる。日誌提出、アーモンドをこぼすミス、ダンボールの向き、昨日見た夢等の心配事が重なると共に緊張による興奮で寝不足が続いていたようだ。Yくんと教師で改めて作業遂行上の注意点やトラブルの対処行動を確認し、復帰できた。 (3)第Ⅱ期 3年生6月[2週間] <学校の支援> ・ 校内での作業時にトラブルに対して 相談する機会を意図的に設定した ・ 事前に通勤練習を行った ・ 困った時は手を上げて相談するようにした(サインを出すための掲示物と、日誌の評価シート等の補完手段を整えた) <K社の支援> ・ “相談できるための評価シート”を作業終了時に本人が記入し、担当者が目を通して毎日の心配事を把握した(図1左) 6日目、朝から体調が悪く、担当者の配慮により休憩を挟みながら続けていたが、2時間後、「心臓がドキドキしている」と本人から訴えがあった。教師が実習先に伺い、Yくんと話すと、担当者をはじめ周囲の配慮や気づかいが逆に本人が「自分は調子が悪い」と思い込んでしまうことにつながっていた。加えて、体調と気分を持ち直し、作業に復帰するタイミングを朝から失い続けたことで、本人の心の底にある「仕事をしなければいけない」という思いとのジレンマが悪循環となり、更に体調を悪化させていた。このエピソードの心配事は、アーモンドの箱が変わる可能性があることや友達の週末の誘いを断れなかったこと、“就職試験”として雇用の判断をされていると言うプレッシャー等があった。教師が実習先及び勤務後の家庭にも伺い、状況と本来の適切な行動を整理し、翌日からの作業につなげていった。 こうしたことを乗り越えたことで、第Ⅰ期での実習に比べて周囲の方との会話量も増え、表情も柔らかくなっていた。ゆえに「トラブル時にすぐに相談すること」が次の課題と考えられた。 (4)第Ⅲ期 3年生10月[2週間] <学校の支援> ・ 事前に通勤練習を行った ・ “相談できるための評価シート”を改訂した(記入も一日の終わりではなく、出勤後に行うことにする、図1右) ・ 担当者と教師間でつまずきを場面ごと整理し、支援の方向性を共通理解した <K社の支援> ・ 毎朝“相談できるための評価シート”の記入に付き添い、早期の解決を行った 第Ⅱ期の実習で周囲の配慮がYくんの心の負担 と体調不良つながったことと、本人の自主的な解決を促すことを目的として“相談できるためのシート”を改訂した(図1)。その結果、記入による表出と作業前の聞きとりにより、これからはじまる一日に対する本人の安心感が高まり、緊張や不安のサインが軽減していった。この2週間は大きなトラブルもなく終えることができている。 図1相談できるための評価シート (5)第Ⅳ期 K社就労後 <学校の支援> ・ “相談できるための評価シート”を更に改訂した <K社の支援> ・ 毎朝の聞きとりを続け、早期解決を行う 就労後しばらくしてYくんの安定度から、一時的にシートを取りやめたこともあったが、やはり体調不良を訴えることがあった。YくんもK社も、このシートの有効性と必要性を感じ、現在も変わらず記入と聞きとりを続けているとのことである。 5 考察 本人と学校とK社とで連携を図りながら就労に向けた課題の一つ一つを解決し、4回の実習を経てK社への就労につながった。今回、YくんがK社に就労を叶えたことの理由として以下のことが考えられる。第一に、K社が学校の指導支援の方向性に理解を示し、変わらぬ支援を行ったこと。第二にK社がYくんの実態つぶさに分析し、無理のない範囲で自主的な支援を検討したこと。第三に、長期にわたるYくんへの支援を通して、現場担当者とYくんとの間に強い信頼関係が生まれたこと。第四にYくんがK社の職員の期待に応えようと真摯に努力したことである。 また、実際の作業自立に向けた指導場面では、Yくんのつまずきや学校の基本的な働きかけ方を、K社が積極的に学び、共通理解のもと学校と協働してよりよい方向性を検討できたことがスムーズな移行支援につながった。本実践の中でいくつも使用された補完手段等は学校側からの要請で、K 社が作成したものではない。すべてはYくんの作業自立のために自然と行われたことである。心理的安定に向けた指導場面では、学校側が提案した“相談できるための評価シート”の活用を快く受け入れていただいたことや、Yくんが信頼関係を築きやすいような職場のあたたかな雰囲気づくりを心がけてくれたことがある。ゆえに、長い期間をかけた移行支援であったが、第Ⅲ期の高等部最後の実習時のように、Yくんの気持ちが安定による作業面の成長は目覚ましい。 K社が上記の指導支援のスタンスに立ち、何よりもYくんの可能性を信じ、「できること」を前提に導いていただいたK社担当者に心より感謝している。就労後はYくんなりに新たな課題もあるようだが、K社のこれまでに築いてきたスタンスがあればこそ、長い将来にわたる就労が期待できるであろう。本実践を通して、受け入れ側の理解とナチュラルサポートの創出が、特別支援学校から社会への円滑な就労移行支援が重要であることが実感を持って感じられた。それと同時に、送り出す特別支援学校側は、受け入れ側の理解とサポートを作り出す姿勢につなげることこそが、非常に大きな役割であることも感じた。 6 おわりに 本校では職業リハビリテーションの考え方を教育に取り入れた実践に取り組んできたが、本実践からもその価値の高さと重要性と強く感じている。障害を持つ本人を取り巻く情報を教師が整理し、伝える術を持つことで、送り出す側と受け入れ側が同じ理解で指導支援に取り組むことができていく。今後も、教育から労働へ、労働から教育へ、互いのノウハウを発信し合い、高め合えることを期待し、実践を重ねていきたいと考えている。 千葉県立千葉特別支援学校の就労支援 −地域資源、ネットワークの活用 多田康一郎(千葉県立千葉特別支援学校教諭) 1 千葉県立千葉特別支援学校の概要て働く習慣などの育成を目指している。 千葉県立千葉特別支援学校は、千葉市北西部に位置し、今年度で創立20年を迎える。千葉市内6平成22年度日課表区のうち、稲毛区、美浜区、花見川区の3区を学区としている。近年、児童生徒数は増加傾向にあり、重度重複、発達障害、統合失調症のある児童生徒の入学など、障害特性に多様化も見られてきた。 児童・生徒数 H3 H18 H19 H20 H21 H22 小学部 23 44 41 38 42 39 中学部 31 38 38 43 47 51 高等部 78 103 101 104 112 123 合計 132 185 180 185 201 213 高等部卒業時の進路状況 H17 H18 H19 H20 H21 就職 3 12 5 8 4 通所施設 15 14 28 21 23 入所施設 0 3 0 1 2 進学 1 2 1 0 0 その他 2 2 2 3 2 合計 21 33 36 33 31 高等部卒業時の就職率は、平均25.4%である。近年就職先として、老人福祉施設や小売店での接客サービスの増加が見られる。今年度、他校高等部職業科、職業コース校の定員増や新設に伴い、千葉市内から学区外への通学生徒が大幅に増えた。このことにより、本校の就職率の変化も予測される。 学校卒業を目前とした高等部では、作業学習を教育課程の中心に据え、働く生活への意識がもてるよう取り組んでいる。毎日取り組む中での重点は、働く基本である身だしなみ、あいさつ、返事、報告、連絡、相談、言葉遣いに加え、自分から取り組む姿勢、集団の中での役割分担意識、継続し 2 職業自立を推進するための実践研究 本校では、平成19・20年度、文部科学省指定研究事業の「職業自立を推進するための実践研究」(以下「職業自立研究」という。)に取り組んだ。 (1)関係諸機関の業務内容の明確化 公共職業安定所、障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター(以下「センター」という。)、学識経験者、卒業生保護者等で構成し、連携の在り方の協議を目的とした連携協議会を開催した。連携協議会では、パンフレット「卒業後の生活に向けて」を作成した。作成にあたって、各機関の役割や支援にあたる手順なが明らかになり、できることをお互いに理解し、役割を認識した関係の重要性が明らかになった。 また、在学中からの円滑な支援の協働を目的に、事例生徒をあげ、関係諸機関との連携について協議、ケース会議を実施し、在学中からの移行支援の実践を行った。個別の移行支援計画の有効活用を目指した見直しの中で、卒業後の進路先への聞き取り調査を実施した。ここでは記入の視点を明らかにし、形式、記入方法の見直しを行った。 (2)年間を通した進路学習の実施 平成19年度まで、進路学習の機会が現場実習前の数日間の設定であったこと、個別の対応であったこと、現場実習前だけでは不十分であり、高等部入学から系統的な指導が必要であるという反省があがった。これを受け、平成20年度に総合的学習の時間で、進路学習を取り入れ、平成21年度より「選択教科」を改め、「進路・教科」を新設し、週3回、日課表上に固定した。ここでは3年間を見通し、教科的内容に進路学習を加え、各学年で年間の学習計画を作成した。学習は、学年を3グループに分け、高等部卒業後の生活を見通し、生徒のニーズに合わせた内容の学習を積み上げていくことを目指した。 (3)総合サービス班の設立 近年の事務、事務補助系への就労のニーズ、福祉施設での受注作業の取り組みが増加している。また、高等部生徒数増への対応が急務となっている。そこで、事務補助系企業、特例子会社などをモデルにし、給食室補助、印刷、シュレッダーなどの校内受注、企業からの校外受注を作業の柱とする総合サービス班を立ち上げた。 総合サービス班の作業内容 校内受注 校外受注 給食室補助 その他 主な作業内容 ・印刷、丁合、綴じ込み・ポスティング・テプララベル作成・封入等発送準備・PCデータ入力・シュレッダー・作業製品ラベル作成・シール貼り など ・検査部品等組立て・紙器加工・封入 ・付録袋入れ・景品組み立て    など ・テーブル消毒・食器数確認・食器等運搬・盛り付け     など ・作業製品納品代行・ベルマーク回収・ペットボトルキャッ プ回収代行   など 3 千葉市障害者職業能力開発促進事業 職業自立研究が始まると同時期に、厚生労働省事業である、障害者の就労促進を目指した、「障害者職業能力プロモート事業」の委託を千葉市が受けた。この事業は、職業能力開発プロモーター(以下「プロモーター」という。)を中心に計画、実施されている。今年度は「地域における障害者職業能力開発促進事業」1) と事業名が変わったが、現在も継続して行われている。 事業の一環として、「障害者職業能力開発推進会議」に本校もメンバーとして出席している。会議が始まり3年が経過し、千葉市内にある関係諸機関と、顔の見える関係が築けつつあり、協働しての取り組みも始まっている。 また、プロモーターと企業情報を交換し合う中で、本校の「産業現場等における実習(以下「現場実習」という。」での実習先等の紹介をいただくこともでてきている。生徒に関わる取り組みは次の通りである。 (1)就職を応援するPC&ビジネスマナー講習 平成20年度より、夏季休業中に「就職を応援するPC&ビジネスマナー講習」が開催された。対象は、高等部2年生の希望者である。受講定員が設けられているため、例年抽選になるが、就職を目指すが受講申し込みをしている。講習は、夏季休業中7日間のプログラムで実施され、就職に向けた意識を高めるプロモーターの講話、ビジネスマナーの基礎、PCの基本操作、入力の演習などに参加生徒は取り組んでいる。 (2)障害者職業能力開発説明会の開催 平成21 年度から、障害者職業能力開発プロモーターが企画し、就職を目指す生徒・保護者、教員向けに、学校への出前講座として、「障害者職業能力開発説明会」(以下「説明会」という。) が行われている。開催時期は、学校行事等を考慮に入れ、プロモーターと調整の上決定している。参加対象学年は校内で調整し、保護者にも積極的に参加を呼びかけ実施している。 回 対象 主な内容 第1回(6月) 高等部2、3年  (テーマ)就労意識の啓発 (内 容)プロモーターによ講演、ワークショップ 第2回(8月) 高等部2年希望者  (テーマ)職業訓練についての理解 (内 容)講話、職業訓練の体験 第3回(11月) 高等部1、2、3年  (テーマ)就労意識の啓発 (内 容)障害者雇用企業による講話 第4回(2月) 高等部2、3年  (テーマ)職業生活の理解 (内 容)働く障害者の講話 説明会開催にあたって、通常50分の「進路・教科」の授業時間を90分に延長し、内容を十分に実施することと、短時間ではあるが、講師と保護者と話しができる時間を設けている。 4 障害者就労基盤整備事業の活用 平成19年度「福祉施設、特別支援学校における一般雇用に関する理解の促進等、障害福祉施策及び特別支援教育施策との連携の一層の強化について」により、「障害者就労支援基盤整備事業」(以下「基盤整備事業」という。) が実施された2) 。 基盤整備事業の中で学校で参加できる、または授業で活用できる事業を、積極的に年間計画に位置付けている。 (1)障害者就労支援セミナーへの参加 平成19年度より、年1回、就職を目指す生徒、保護者、教員を対象として「障害者就労支援セミナー」が開催されている。生徒、保護者には積極的に参加を募り、就職を希望する生徒ほとんどが参加している。ここでは、圏域の障害者就業・生活支援センターや特例子会社社員の講話、障害者職業センター、障害者高等技術専門校など、関係諸機関の紹介などが行われている。 学校から場所を変え、授業とは異なる緊張感の中、支援機関の役割や受けられる支援について、会社の様子についてなどを聞き、就職に向けての気持ちを引き締める良い機会となっている。 対象 主 な 内 容 H19 高等部2年生徒・保護者教員 特例子会社取締役 講話障害者就業・生活支援センター長 業務説明公共職業安定所 業務説明千葉県商工労働部産業人材課 説明 H20 高等部1、2 年保護者、教員 特例子会社専務取締役 講話障害者就業・生活支援センター長 業務説明公共職業安定所 業務説明 H21 高等部2年生徒・保護者教員 特例子会社社員 講話障害者就業・生活支援センター所員 業務説明千葉障害者職業センター 業務説明 (2)事業所見学会への参加 公共職業安定所が企画し、障害のある方を雇用する企業の見学を行う、「事業所見学会」が、年1回開催されている。1日かけて3〜4社を訪問し、会社の様子を見学する。セミナーでの講話等で会社の様子を聞くだけでなく、実際の職場で、障害のある方が働く様子を実際に見ることができるため、職場の雰囲気を肌で感じ、働くイメージ を高めることにつながっている。 見  学  先 H19 障害者雇用企業2社、県立障害者高等技術専門校 H20 障害者雇用企業2社(うち特例子会社1 社)障害者職業総合センター H21 障害者雇用企業4社(うち特例子会社1 社) (3)障害者就労支援アドバイザーの活用 進路学習、特に現場実習前は、「障害者就労支援アドバイザー」(以下「アドバイザー」という。) へ講話依頼をして、働くことへの心構えを中心に、生徒への講話をいただいている。生徒にわかりやすいよう、具体的な事例の紹介もあり、目前に迫った現場実習に対する意識を高めることにつながっている。労働局が委嘱するアドバイザーは、企業関係者も含め複数名いるが、卒業後の支援、顔が見える関係づくりを念頭に置き、圏域のセンター職員への依頼を中心に行っている。 (4)職場実習のための事業所面接会 各職業安定所管内での、障害者就労促進のための合同面接会と併せ、「職場実習のための事業所面接会」が行われる。多くの企業が集まる中、人事担当者と現場実習の相談をしたり、障害者雇用についての会社の現状など話せたりする良い機会となっている。 また、職場開拓だけでなく、障害のある方を会社で採用するにあたっての視点、大切にしているポイントなど直接伺うことができる良い機会でもある。ここで得られた情報を整理し、学校の授業場面、進路面談等での保護者への啓発などに活用できている。始まって4年目となったこの面接会では、数年かけて現場実習に至るケース、雇用に至るケースも出てきている。 5 在学中からの移行支援 本校は千葉市内6区中の3区を学区としている。そのため例外を除き、生徒の居住地が保健福祉圏域が一圏域内となる。ひとつの圏域に、ひとつのセンター設置のメリットを活かし、高等部在学中からの移行支援を進めている。卒業生の就労支援、定着支援を行う場合に、その人をよく分かった上での支援が良い支援の必須条件となる。そのため、移行支援については在学中から4年間のバトンゾーンを基本の期間として設定し、取り組みを始めており、卒業生の定着支援で実際の効果が出てきている。 (1)「進路・教科」での講話 アドバイザーの活用に加え、センターへ講師依頼を行い、進路学習での講話をお願いしている。就職に向け、生徒の意識を高めることに加え、どのような生徒が就職を目指しているか、センター職員が把握をする機会ともなっており、卒業後の支援に向けて、顔が見える関係作りの第一歩となっている。 (2)高等部2年生での訓練参加とセンター登録 圏域のセンターは、就職に向けた職業準備訓練機能を併せもっている。この機能を活かし、就職を目指す生徒について、高等部2年生段階で1週間の訓練へ参加している。訓練での成果を目的とするのではなく、生徒の訓練中の様子、生活の様子を、高等部卒業後、現場で支援にあたるセンター職員に知ってもらう機会としている。また、生徒、保護者がセンターの機能を知る、センター職員を知る機会ともしている。訓練参加と同時に、登録も行うようにし、卒業後の支援体制構築を目指している。 (3)現場実習での巡回同行 高等部3年では、就職をかけた現場実習での巡回指導に同行を依頼している。実際の就職を目指す職場での様子を見て、指導、支援のポイント等を協議したり、会社とセンター職員の顔合わせを行い、就職後の支援体制についての説明を行っている。 (4)個別の移行支援計画引継ぎ同行 ケース会議形式、雇用契約時、移行支援計画の引継ぎ時など、形式は様々であるが、必要のある生徒については、センター職員同席の元、就職後の生活や、支援について協議や確認を行っている。 (5)千葉市圏域地域意見交換会への参加 平成19年度より、就労支援機関、移行支援施設、学校などのネットワーク構築、情報交換の場として、就業・生活支援センターが中心となって「千葉市圏域地域意見交換会」が始まった。現在2ヶ月に1回のペースで実施している。この会の目的は、関係機関がお互いの顔、業務などをよく知ること、就職に向けての情報交換である。日常から顔の見える関係を構築していることで、様々な事例に対応できるようになってきている。 6 今後の展望 職業自立研究の取り組み、基盤整備事業の活用を始めて4年目となった。本校も年々整備を続けてきているところである。様々な取り組みの成果等については、今後しっかりと検証を行い続け、さらに就職に向けた授業作り、指導、支援体制を構築していく必要があると考える。 【出典・参考文献】1)平成22年度千葉市障害者職業能力開発プロモート事業(地域における障害者職業能力開発推進事業)事業計画書千葉市障害企画課2)「福祉施設、特別支援学校における一般雇用に関する理解の促進等、障害や福祉施策及び特別支援教育施策との連携の一層の強化について」厚生労働省資料「平成19・20年度職業自立を推進するための実践研究事業研究報告書」千葉県教育委員会 県立広島大学の食堂における知的障害者の就労体験の取り組み ○三原 博光(県立広島大学保健福祉学部 教授) 松本 耕二(広島経済大学教養教育部) 1 県立広島大学の特徴 研究代表者三原の所属する県立広島大学保健福祉学部には、保健医療福祉の専門家を養成する5 つの学科が存在する(人間福祉学科、作業療学科、理学療法学科、看護学科、言語コミュニケーション学科)。学生数853 名、教員数111 名である(2010 年7月、現在)。 学内の入り口には診療所が開設され、地域の高齢者、身体障害児(者)、知的障児(者)が、学内の教員(医師、理学療法士、作業療法士、看護師など)からリハビリテーションや心理療法の治療を受けている。また、各学科の学生達も診療所で実習を行っている。 2 就労体験の取り組みの経緯 研究代表者三原は2008 年にドイツの社会福祉の大学を訪問する機会を得、ドイツの大学の食堂で数名の精神障害者が従業員として学生や教員にコーヒーやケーキを運び、食器洗いをしている光景に触れ、このような取り組みは日本の大学でも実践できるのではないかと考え、県立広島大学の食堂での知的障害者の就労体験を企画し、実施した。なお、このような取り組みには、以下の3つの利点があるのではないかと考えた。 まず、第1点は、知的障害者が大学の食堂の仕事で一般従業員や学生達と交流を通して対人接触技術を学び、社会的活動を養うことができるのではないかという点である。第2 点は、大学の食堂での知的障害者の就労体験は、学生や教員にとって日常生活の身近な場所で知的障害者を知り、理解することになり、学生達や教員に対する社会教育になる点である。第3 点は、大学での知的障害者の就労体験は、大学による知的障害者に対するノーマライゼーションの実践を地域社会に示すことになるのではないかという点である。 以上の様な利点を踏まえて、筆者(三原)は大学の食堂に参入している民間業者に知的障害者の就労体験の機会をお願いした。その結果、食堂の責任者は、会社の本社が障害者雇用促進法で障害者を積極的に雇用していること、また大学が保健医療福祉の専門家を養成している関係上、障害者の就労体験に何か問題が生じたとしても、それに対処、支援してくれるであろうという理由により同意をしてくれた。一方、大学側には、地域の関係団体との連携を進める学内の会議でも会議のなかで、食堂での知的障害者の就労体験の理由や障害者の雇用実情を説明し、承諾を得た。 次に、筆者(三原)は三原市の障害者自立支援協議会を通して、大学の食堂での就労体験の希望を募った。その結果、大学の近くの知的障害者小規模作業所の30 歳の利用者Y 氏が希望を申し出た。なお、Y 氏が、いきなり、即座に1 人で見知らぬ場所で就労体験をすることは困難であると考え、小規模作業所の職員がジョブコーチとして一緒に参加することにした。また、Y氏に大学の環境に慣れてもらうために、就労体験を実施する前、Y氏とジョブコーチの職員が食堂や大学を見学し、一部の学生とも交流を行った。就労体験が食べ物を取り扱うものであったので、Y氏とジョブコーチの職員には検便を受けた。また、食堂の就労の作業着は、食堂の業者が提供をした。 3 Y 氏の特性 Y 氏:男性、30 歳。軽度の知的障害。三原市内の知的障害者H 小規模作業所(以下「作業所」という。) に通いながら、週2日間程、パン店に通う。パン店では、食器やパン器具の洗浄作業に従事する。日常生活の身辺処理は自立し、言語的コミュニケーションも可能。ただ、自分から自発的に周囲に話すことなく、周囲から質問をされたり、話しかけられると話しをする。そして、周囲から1度に多くの事を要求されると理解が混乱となり、パニック状態になる。 作業所の利用者のなかで、Y氏が大学の食堂での就労体験の対象者として選ばれたのは、Y 氏は作業所のなかで最もよく働き、対人関係などで問題がなく、大学の食堂での簡単な作業(清掃、食器洗いなど)に十分な就労体験の能力を持っていることによると作業所の責任者は述べていた。 大学の食堂での作業は主にテーブル拭き、食器洗い、ゴハンと味噌汁をつぐことであった。Y氏は、朝、11 時出勤し、最初の仕事は床の清掃であった。11 時半頃に厨房に入り、学生や教員のお客が来たならば、お客の希望にあわせてご飯や味噌汁をつぐ。これらの作業が終わると、次に食器洗いの作業を行う。そして、ジョブコーチや食堂の従業員が、Y氏のご飯や味噌汁をつぐ作業や食器を洗う作業の指示を行った。 就労体験の期間は2009 年11 月17 日〜19 日、時間は11:00〜15:00 であった。就労体験の期間がわずか3日間であった理由は、大学の食堂業者が知的障害者を職場に受け入れるのは始めてであり、例え3日間の短い期間であったとしても、食堂の従事員が知的障害者について理解するには十分な期間であるということを食堂の責任者が述べていた。また、Y氏は、作業所では野菜などの袋詰め作業を進めるのに貴重なマンパワーであるので、長期間、Y氏の不在は、作業所の作業に支障をもたらすという事も就労体験の短さによる1つの要因であった。 4 Y 氏からの就労体験の聞き取り 3日間の就労体験終了後、筆者(三原)はY 氏との面接を行い、就労体験の感想を尋ねた。以下、Y氏の感想である。 まず、3日間の大学の食堂での作業は、作業の内容(食器洗い、ご飯やみそ汁をつぐなど)を一つひとつ覚えるのが大変だった。特に困った内容は、数人の学生がいるテーブルを拭く場合、一言声をかけてから、テーブルを拭かないといけないし、学生がいるためにきちんとと拭くことができないのではないかと思った。しかし、学生に声かけをして、テーブルを拭こうとしたとき、学生がすぐによけてくれ、拭くことができたので、うれしかった。テーブル拭きや掃除などの作業も慣れたならば、十分に出来るであろうと思った。大学では多くの若い人々(学生)との触れ合いもあり、楽しそうだと感じた。また、ご飯を渡すときに、学生がたくさんいるので、誰に渡して良いかわからなく、困ったこともあった。しかし、わからないことがあったとしても、食堂の従業員の方々に聞くと親切に教えてくれたので、助かった。 5 ジョブコーチからの報告 Y氏にとって、慣れていない食堂での作業の流れに入っていくことが大変だった。しかし、食堂責任者が、事前にY 氏に適した作業の順番を決めており、しっかりと説明をしてもらっていたので良かった。ただ、食堂の従業員の方々が、時々、急に違う作業を頼まれることがありY氏が少し慌ててしまうことがあり、段取りどおりに進めてほしいと感じることもあった。このような体験をY氏のみならず、作業所の他の利用者にもさせたいが、作業所の場合、スタッフが3人しかおらず、そのうちの一人がジョブコーチとして付きっきりになることは、作業所の業務に支障がでると感じた。できれば、スタッフが付き添わなくても、食堂での就労体験ができるようなシステムを作って欲しいと感じた。 学生が食堂でY氏に声かけをし、Y氏はとても喜んでいた。Y氏にとって、大学でこのような多くの若い学生達と交わることのできる就労体験は、家や作業所ではできない貴重な体験になったのではないかと思われる。 ただ、せっかくの大学での体験だったので、もう少し学生との触れ合いがあったならば良いと思った。食堂の従業員に対する期待は、一人ひとりの障害や特徴を理解して頂ければと感じた。そして、就労体験の事前に、就労体験対象者の障害やその特性などを食堂の従業員の方々としっかりと話しあいをすることなどが必要だと思った。 6 学生からの情報 社会福祉士を目指す人間福祉学科の学生達には、筆者(三原)が授業のなかで、Y氏の食堂における就労体験について説明をした。また、学内の会議でも、Y氏の就労体験についての説明を行い、理解を得た。そして、更にY氏の就労体験前日と当日に学内の全教職員へメールを配信し、食堂でのY氏の就労体験への支援と学生達への伝達をお願いした。その結果、ある社会福祉を学ぶ学生は、Y氏の就労体験について次の様に述べていた。「過去、知的障害者施設での見学や実習のなかで、知的障害者が働いている場面をみる機会は何度かあった。しかし、今回のように、大学の身近な生活場面で就労している知的障害者を直接に見る機会はなかった。そのため、大学の食堂で働いている知的障害のY氏を見ることは、知的障害者の理解と同時に地域と大学における障害者福祉の問題を考える機会にもなった。」他の学生達も当初、Y氏が食堂で就労体験している様子に好奇心の目で見ていたが、Y氏が一生懸命テーブルを拭き、ご飯をつぐ行動に関心を示し、大学の食堂における知的障害者の就労体験を受け入れていた。 大学の当局からも、今回の食堂でのY氏の就労体験は、大学が地域社会へのノーマライゼーションの実践を示す活動であり、このような企画を今後も支援をして行きたいとの事であった。 7 食堂責任者からの声 知的障害者を職場に受け入れることは当初、不安であったが、実際に知的障害者のY氏を受け入れたとしても、食堂の業務に支障がでるなどの問題は全く無かったし、かつ食堂の現場の従業員から批判の声はでなかった。つまり、Y氏が一生懸命、どのような作業でも従事していたこととジョブコーチが常に、そばで指導をしてくれていたからである。ただ、ジョブコーチが常にY氏のそばで指導をするのは大変と思われるので、学生がボランティアとして知的障害者と一緒に食器洗いをするのも1つの方法ではないかと感じた。 8 考察 Y 氏の大学の食堂における就労体験は、わずか3日間であったが、Y 氏及び大学にとって有意義であったのではないかと思われる。まず、Y氏は、初めて多くの若い人々と接触し、新たな対人接触技術を学んだのではないかと思われる。Y氏は作業所やパン店での作業などであまり人とかかわることがなかった。Y 氏は当初、「こんなにたくさんの若い学生と接触するのは初めてで驚いた」とに述べていた。しかし、作業所所長から、Y氏はたくさんの若い学生達と交流ができたことをとても喜んでいたとの報告を受けた。多くの知的障害者は、生後、知的障害と診断を受けた後、特別支援学校、施設など非常に限られた生活空間で人々と交流をするため、対人接触や社会的経験が乏しくなる。その意味で、Y氏が就労を通して大学で多くの人々と交流することは、わずか3日間という短い期間であったとしても、Y氏の対人接触や社会的経験を養う意味で重要であったと言えよう。そして、Y氏の就労体験は作業所と大学との間に新たな関係を作り出した。例えば、大学の図書館には、地域住民に図書を貸し出すシステムがあり、作業所の所長はそのようなシステムがあることを知らず、Y氏の就労体験に伴う大学の案内でその情報を得、これ以降、大学の図書を借りるようになったとの事である。また、県立広島大学では、2006 年度から、毎年、5月に地域の障害者家族と学生達が大学の体育館と調理実習室を利用して、一緒にビーチバレー・ボールとカレー調理交流会を行っており、2010 年度の交流会にはY 氏と彼の所属する作業所利用者と職員全員が交流会に参加し、学生との交流を楽しんだ。 次に学生達のなかには、食堂での知的障害者の就労の取り組みに対して、当初、違和感を感じるものもいたが、Y氏が食堂で一生懸命仕事をしているのをみたとき、その違和感もなくなり、それが当たり前と感じるようになったと述べ、大学における知的障害者の就労は、学生達や教員に対して知的障害者の状況を理解する社会福祉教育の機会となり、特に学生が将来、医療福祉の専門家として働いたとき、障害者やその家族をより良く理解するのに貢献できるのではないかと考えられる。また、食堂の従業員に対しては、障害者への配慮を通して、職場でのチームワークの向上や安全性、健康などの問題も含めた労働環境の意識を高めることに貢献できるのではないかと思われる。 大学の食堂におけるY氏の就労体験の成功の背景には、食堂の現場で働く従業員からの協力があったことも大きな要因としてあげられよう。なぜならば、食堂や大学の責任者が知的障害者の就労体験の許可をしたとしても、実際に知的障害者の作業指導を直接する現場のスタッフからの支援がなければ、知的障害者の就労体験の成功は難しいと考えられるからである。 9 課題 今回、初めての大学の食堂における知的障害者の就労体験の取り組みであった。筆者は学内のメールでY 氏の就労体験を教職員に報告をしてきた。わずか3日間の取り組みであったので、どこまで学生及び教職員が知的障害者の就労問題に関心を持ったのか断定的に判断するのは難しい。重要な点は、今後も知的障害者学の就労体験の機会が継続的に提供されることである。その意味において、2010 年10 月に、大学の食堂において、特別支援学校の高等部の生徒の就労体験が再び企画されていることは重要である。そのような継続的な取組みによって、大学は地域の障害者に対するノーマライゼーションを始めて実践していると言えよう。 次に大学の食堂に参入している民間業者での障害者就労体験の企画と同時に障害者雇用促進法による大学での障害者の雇用についての検討も重要な課題となる注1)。つまり、大学が障害者を雇用する場合、どのような障害者を雇用し、どのような業務に障害者を雇用するのかの検討が必要とされるであろう。 Y氏の大学の食堂における就労体験が地元の新聞やテレビなどで取り上げられ、地域住民及び福祉関係者がこれらの活動に関心を寄せるようになってきている。とりわけ、現在では、大学が地域の福祉問題にかかわり、その貢献をして行くことが、求められるようになってきており、公立大学法人は、地域貢献という課題を切り離して運営は考えられない。その意味において、今後も、大学が障害者のノーマライゼーションを目標とした取り組みが必要とされるであろう。 注1)2010 年7月時点で、県立広島大学では障害者雇用促進法に基づく障害者雇用数は基準を満たしている。しかし、今後、障害者の退職、あるいは雇用算定基準の変更に基づく新たな障害者の雇用の検討が大学に求められている。 高等学校における学びを支えるための実践的研究 −発達障害のある生徒の支援に関するアンケート調査の結果を中心に ○庄司 喜昭(千葉県総合教育センター特別支援教育部 指導主事)畔蒜 秀彦・渡辺 あけみ・白坂 佐知子・高尾 早苗(千葉県総合教育センター特別支援教育部)松本 巌(千葉県立我孫子特別支援学校)・唐鎌 和恵(教育庁南房総教育事務所安房分室) 1 はじめに 平成14 年に文部科学省が実施した全国実態調査では、小・中学校の通常の学級に在籍し、知的発達に遅れはないものの学習面や行動面で著しい困難を示す児童生徒が6.3%の割合で在籍しているという報告があった。高等学校における発達障害のある生徒の在籍状況についての全国的な調査はまだなされていないが、文部科学省は高等学校の生徒総数に対して約2%程度の割合で、発達障害等困難のある生徒が在籍していると発表している。 また、千葉県の高等学校への進学率は年々高まり、平成22年3月中学校を卒業した生徒の約96.5%(平成22 年5月1日現在)が高等学校に進学している。 このような現状から、高等学校においても発達障害により支援を必要とする生徒が同様に在籍していると推測され、高等学校の現状に対する対応が喫緊の課題であることから、「高等学校における学びを支えるための実践的研究」というテーマを掲げ、昨年度より3年計画で高等学校における発達障害のある生徒の支援に関する研究に取組んでいる。 2 目的 ①県内の高等学校を対象にアンケート調査を実施し、高等学校における発達障害のある生徒の支援の状況について実態調査を行う。 ②高等学校で支援が必要な生徒に対する指導・支援の充実を図るために、研究協力校での実践を通して具体的な指導・支援の内容を検討する。 3 方法 (1)1年次 ① アンケートによる実態調査 ア 調査対象 千葉県内の高等学校(県立全日制128 校・公立定時制18 校・県立通信制1校・市立全日制7校・私立全日制54 校・私立通信制4校、計212 校)を調査対 象とした。イ 調査方法 郵送による質問紙法ウ 調査期間 平成21 年7月中旬から8月下旬 エ 調査内容(調査項目の概要) 課程・学科について、発達障害のある生徒の在籍数、発達障害の疑いのある生徒の在籍数、校内委員会の設置、障害名、学校の把握方法、行っている指導・支援、今後求められる指導・支援、個別の指導計画、等 (2)2年次 研究協力校2校(県立我孫子高等学校、県立松戸南高等学校(定時制))での実践を通して、具体的な指導・支援のあり方にせまっていく。ア 「行動の気になる生徒のチェックリスト(高校 生用)」の試案作成と活用イ プラン会議の実施 一人一人の特性等に応じた指導・支援の方略を立案・検証していく。ウ 教育相談の実施 困っている生徒または保護者のニーズにせまるために、総合教育センター所員が教育相談を実施する。 4 内容 (1) アンケート調査の結果 ① 発達障害の「診断がある」または「疑いがある」生徒の在籍状況 ア 県内高等学校全体(グラフ1) 診断書有該当者なし 在籍 15% 疑い有在籍20% 両方が在籍28% 回答のあった190 校において、「診断がある」または「疑いがある」生徒も含め、発達障害のある生徒が在籍していると回答した学校は、121 校(63%) であった。イ 県立全日制(グラフ2) 該当者なし診断書有在籍11% 疑い有在籍21% 両方が在籍26% 回答のあった124 校において、「診断がある」または「疑いがある」生徒も含め、発達障害のある生徒が在籍していると回答した学校は73 校(58%)であった。ウ 公立定時制(グラフ3) 該当者なし診断書有在籍11% 疑い有在籍39% 回答のあった18 校において、「診断のある」または「疑いがある」生徒も含め、発達障害のある生徒が在籍していると回答した学校は15 校(83%)であった。エ 市立全日制(グラフ4) 診断書有市立全日制該当者なし 在籍 57% 14% 疑い有在籍29% 両方在籍0% 回答のあった7校において、「診断がある」または「疑いがある」生徒も含め、発達障害のある生徒が在籍していると回答した学校は3校(43%)であった。 オ 私立全日制(グラフ5) 該当者なし診断書有在籍30% 私立全日制 疑い有在籍5% 両方が在籍30% 回答のあった37 校において、「診断がある」または「疑いがある」生徒も含め、発達障害のある生徒が在籍していると回答した学校は24 校(65%)であった。カ 私立通信制 回答のあった4校すべてにおいて、発達障害の「診断がある」生徒、または「疑いがある」生徒の両方が在籍していると回答した。 ②障害別在籍状況 「診断がある」場合、アスペルガー症候群が最も多く、次いで注意欠陥/多動性障害、学習障害、高機能自閉症の順となっている。学校別でも県立全日制・私立全日制・私立通信制において、アスペルガー症候群が最も多い(表1)。 表1「診断がある」生徒の障害別在籍者数及び割合 (表中LD=学習障害、ADHD=注意欠陥/多動性障害、 アスペルガー=アスペルガー症候群、HFA=高機能 自閉症) LD ADHD アスペルガー HFA 生徒数計 県立 16 30 34 8 84 全日制 (19) (35.7) (40.5) (9.5) (38.9) 公立 3 9 4 12 26 定時制 (11.5) (34.6) (15.4) (46.2) (12.0) 市立 0 0 1 0 1 全日制 (100) (0.5) 私立 8 12 19 5 40 全日制 (20) (30) (47.5) (12.5) (18.5) 私立 17 10 19 12 65 通信制 (26.2) (15.4) (29.2) (18.5) (30・1) 全体 44 (20.4) 61 (28.2) 77 (34.7) 37 (17.1) 216 (数字の上段は人数、下段は割合(%)) (障害別人数は重複診断を含む) また、「疑いがある」場合、学習障害と思われる人数が最も多く、次いで注意欠陥/多動性障害、高機能自閉症の順で、アスペルガー症候群は一番少なかった(表2)。 本調査における障害別在籍状況をまとめると、千葉県における発達障害の「診断がある」生徒または「疑いがある」生徒の在籍率は0.5%であった。 表2「疑いがある」生徒の障害別在籍者数及び割合 LD ADHD アスペルガー HFA 生徒数計 県立 71 57 46 63 230 全日制 (30.9) (24.8) (20) (27.4) (44.0) 公立 23 29 34 2 88 定時制 (26.1) (33.3) (56.7) (3.3) (16.8) 市立 0 1 0 1 2 全日制 (50.0) (50.0) (0.4) 私立 10 20 34 2 60 全日制 (16.7) (33.3) (56.7) (3.3) (0.2) 私立 86 37 13 14 143 通信制 (60.1) (25.9) (9.1) (9.8) (27.3) 全体 190 (36.3) 144 (27.5) 101 (19.3) 112 (21.4) 523 (数字の上段は人数、下段は割合(%)) (障害別人数は重複診断を含む) ③支援状況 ア現在行っている支援内容等について 支援内容については、発達障害の「診断がある」または「疑いがある」生徒が在籍するケースともに、学習指導に関する内容が最も多く、次いで生活指導に関する内容が多くあげられた。 具体的に、学習指導に関することでは、授業進行の際に進度を確認しながら進めること、課外課題の提出、授業での配慮、放課後補習などがあげられた。 また、生活指導に関することでは、体調の考慮、伝達方法の工夫、掲示物の工夫、予定を板書、過敏に対する対応、予定変更への説明、毎日の約束事の確認などがあがっている。 人間関係や問題行動に関することについては、「クールダウン環境の整備」や「ソーシャルスキルトレーニングの指導」等、障害特性に合わせた指導や支援が行われていることも分かった。 全体の記述内容からは、場面や指示に対して「配慮する」「工夫する」といった表現が多く、指導や支援が必要とは考えているが、具体的な方法等については試行錯誤している様子もうかがわれた。イ 現在行っている支援体制等について 支援体制については、校内の連絡調整や校外との連携など、保護者や本人への対応に関することが多くあげられた。 校内の連絡調整では、学級担任と教科担当との情報交換、教科担当と学年担当との連携など学習指導に関することもあげられている。具体的には、習熟度別授業の実施、定期考査の別室受験、進級時の配慮、少人数制の導入、教科指導での配慮などがあげられた。 また、校外との連携では、発達障害者支援センター(CAS)や中核地域生活支援センターなどの具体的な機関との連携もあり、スクールカウンセラーとの面談やカウンセリングも実施されていることが分かった。ウ 今後求められる支援や配慮 今後求められる支援や配慮では「教科担任が授業で配慮」が最も多く、学習場面での指導・支援と学級での個別の指導・支援の重要性が高いことも分かった。 2番目に多いものとして「家庭・保護者との連携」であり、学校として生徒の学習上や生活上の困難さに何らかの気づきがあるものの、本人や保護者に対する伝え方や、指導・支援の仕方に難しさを感じていることがうかがわれる。 ④「個別の指導計画」の作成 発達障害の「診断がある」または「疑いがある」生徒が約60%の県立全日制・公立定時制の学校で在籍しているが、「個別の指導計画」の作成率は約12〜14%にとどまっている。 表3在籍する学校の中で「個別の指導計画」を作成している学校数と割合 作成校数(校) 作成率(%) 県立 全日制 10 13.7 公立 定時制 2 11・8 市立 全日制 1 25.0 私立 全日制 1 4.2 私立 通信制 3 75.0 全体 17 14.0 5 アンケート調査結果のまとめ 文部科学省が発表した発達障害のある高校生の在籍率2%程度と比較すると、千葉県は低い値であった。ただ、在籍者数の割合は低かったものの、学校として発達障害の「診断がある」または「疑いがある」生徒がいると答えた割合は全体で63%であることから、高等学校に教育的ニーズを必要とする生徒の数は少なくないと予想される。 このことは、これまでの指導・支援によって生徒がある程度適応していることで、特別支援教育対象生徒が表面化していないことも考えられるが、一方において、発達障害への基礎的・基本的な理解が十分に浸透していないことで、特別支援教育対象生徒が見過ごされていることも考えられる。 また、各学校とも発達障害への気づきや対応に差異はあるものの、全体的には、何らかの指導・支援が必要な生徒の存在とその指導・支援内容の模索がされていることが分かった。 なお、このアンケート調査の詳しい内容については、当センター特別支援教育部の調査研究の報告書をご覧ください。 6 今年度の取り組み 昨年度のアンケート調査の結果を受けて、今年度は、生徒に対しての気づきを確認するツールとしての「行動の気になる生徒のチェックリスト(高校生用)」の作成と活用に取組んでいる。また、研究協力校2校(県立我孫子高等学校、県立松戸南高等学校(定時制))において、気になる生徒一人一人の教育的ニーズに対して、どのような指導や支援が必要かつ有効か実践を通して検討している。具体的には以下の3点をポイントとして、指導・支援のあり方にせまっている。 ①「行動の気になる生徒のチェックリスト(高校生用)」と「学びを支えるための支援ガイドブック」の試案作成と活用 学校現場における担任等の「気づき」を客観的に捉え直し、生徒の特性や困っていることを具体的にし、教師・保護者・本人等の共通理解を図る。 ②プラン会議の実施 「行動の気になる生徒のチェックリスト(高校生用)」を基に、一人一人の特性に応じた指導・支援の方略を立案・検証していく。 ③教育相談の実施 困っている生徒または保護者のニーズに迫るために有効な手段として、センター所員の教育相談を現地で実施する。 7 おわりに 今年度の研究協力校での実践を参考にしながら、研究最終年次には、特別支援教育の視点や観点を整理し、「チェックシート高校生用」「指導・支援例」をまとめて、「学びを支えるための実践ガイドブック」の作成に取組む予定である。 障がい者就労支援コーディネーター養成モデルカリキュラムの開発(2) −開講初年度の諸活動と学生の反応 ○堀川悦夫(佐賀大学医学部認知神経心理学分野 教授)福嶋利浩・韓昌完・井手將文(佐賀大学高等教育開発センター) 1 はじめに 佐賀大学では、平成21年度から24年度の予定で文科省教育改革事業「障がい者の就労支援に関する高等教育カリキュラムの開発—障がい者就労支援コーディネーター養成—」を行っている。概要については、これまでその一部を報告している1、2)。 年次進行計画では、平成21年度に諸準備を行い、平成22年度から24年度にかけて随時開講していくというもので、平成21年度の事業は、必要な機器の導入、専任教員の公募、具体的カリキュラムとシラバスの検討、開講に向けての学内規定の改定等であった。 2 専任教員公募の過程と今後への示唆 本事業を行うに当たり、障がい者就労支援教育のカリキュラム開発を担う准教授、助教など3人の教員の人件費が確保され、公募を行った。担当者は単にカリキュラム開発を行うのみならず講義を実際に担当する必要があり、大学教員としての教育・研究業績が求められる。また本事業では、この分野における支援実践の業績も必要となる。 公募を行ったところ、外国籍の応募者を含め10名を超える応募者があった。しかしながら、大学教員として必要な教育・研究業績に加えて、障がい者への支援実践に関する業績をも併せ持つ候補者が少ないこと、また現職と採用後の職位との関係の調整が必要となり、公募は2回にわたって行われた。 その結果、本事業の特色として考えている諸分野の中から、3分野の教員を採用することができ、本事業責任者と併せて事業が進められている。 この過程で、貴重な就労支援の経験を有しながらも、論文や教育歴が不足し結果として採用に至らない例が多くみられ、支援実践者に論文や事例報告を行ってもらう機会を提供することが就労支援の人材養成において必要であることが示唆された。 3 具体的カリキュラムとシラバスの検討 本事業の目的が、学部生に対する就労支援コーディネーター養成のカリキュラム開発であるものの、規定の基準やモデルカリキュラムは未だない。しかしながら、本事業の目的がモデルカリキュラム開発であることから、他大学においても十分通用することが可能な内容とすることが求められる。本事業では、障害者職業総合センターのカウンセラー養成課程を参考にしながら、講義内容を検討し、その内容を、以下の8科目16単位にまとめた。 (1) 受講対象:平成22 年度生以降全学部生 (文化教育、経済、理工、農、医、各学部) (2) 開講科目(8科目各2単位、計16 単位) <1.2年次開講(教養)、平成22 年度開講> ①高齢者や障がい者への生活・就労支援概論 ②障がい者支援の諸理論 ③各種支援におけるカウンセリングの基礎と応用 ④テクニカルエイド・コミュニケーションエイド概論 <3.4年次開講(専門課程)平成23 年以降> ⑤障がい特性と職業適性 ⑥就労支援実践と社会的諸制度 ⑦医療的ケアを必要とする障がい者の就労支援) ⑧職業適応促進と事例研究 (各科目の詳細な講義内容については改めて報告を行う予定である。) 座学だけで理解できる範囲は限られており、現場でそ して支援を必要とする人たちとの関わりは是非必要であ る。就労支援を行う上で現場実習は是非行うべきである。 しかしながら、各学部の専攻科目に加えて16単位を受 講するだけでも学生にとっては負担が大きいものと考え られるうえ、実習時間、そして実習現場を確保し、さらに は実習の指導監督を行う教員を派遣する必要が出てく るなど教員側にも負担は大きい。 また、実習を行う前には、就労支援の知識やクライエ ントに対応する社会的スキルなどの確認を行い、一定基 準を満たした学生のみを実習可とするような実習の適否 判断の過程も必要となる。 就労支援コーディネーター養成において重要な実習の問題を解決すべく検討を行っているところである。 4 受講状況と学生の反応 本プログラムの趣旨や講義予定などを説明するため、プログラム概要、開講科目、講義内容などを記載した「パンフレット」(A4版両面印刷)とプログラムの具体的内容や履修モデルなどを記載した「履修の手引き」(A4版冊子)を作成した。その資料を、平成22 年度入試合格者に対し、入学手続き関係書類に同封して送付し、受講希望者には、入学手続きと同時にプログラムの受講申請書の提出を求めた。また、各学部において入学時オリエンテーションで説明会を開催し、受講生を募集した。 平成22 年前期開講時点での申込者数は、文化教育学部26 名、経済学部13 名、理工学部11 名、農学部4名、医学部10 名)、計64 名であった。 また、夏期休業中に行われた集中講義「障がい者就労支援の処理論」の受講者は144 名であり、その中での就労支援コーディネータープログラム受講者数は35名であった。集中講義受講者数をみれば、障がい者就労支援というテーマに関する関心が高いと判断される。一方、集中講義受講者数とプログラム受講者数に乖離がみられるが、これは佐賀大学の1・2年次履修の教養科目(主題科目という名称)と就労支援コーディネーター養成プログラムが重複しているが、3年生以降の科目では独立しているというわかりにくい構造になっていること、そして各学部の主たる専攻科目との関係がよりいっそう複雑になっていることによるものと思われる。 受講生により理解しやすい形での名称の設定や受講法のコツやモデルカリキュラムのさらなる具体的な提示等を行いながら、受講者増加と教育効果の増進を図っていく必要がある。 5 受講学生の反応 受講生に対する志望動機の調査結果からは、志望動機の分類では、「就職のため(19名、30.6%)」、「身近に障がい者がいるため(18名、29.0%)」、「知識・スキル習得のため(17名、27.4%)」、「その他(6名、9.7%)」であった。主要な反応3種がそれぞれ約1/3 と拮抗していた(パーセンテージは記入者62名に対するもの)。 特に、「身近に障がい者がいるため」と答えた学生が約1/3を占めたことは、家庭・地域そして学校などで障がい者と実際に生活や学習を共にした経験などから、障がい者の就労・生活支援への関心が直接・間接的に高まったものと考えられ、共生社会構築という目標にも好ましい傾向といえるものであろう。専門科目の履修が進むに従って、必修科目との関係から本プログラムの受講は困難になっていくことも予想されるが、この身近な障がい者の存在を動機としてあげている学生は履修継続が期待される群とも考えられる。今後もこの調査を継続し分析を行っていく予定である。 6 今後の課題 大学の履修規定の関係から前年度以前に入学した学生や編入生などには現在のところ、履修の機会はない。また、科目等履修生や聴講生、そして「特別の課程」履修生が履修できないか、という問い合わせも多い。佐賀地域での大学間の単位互換制度に組み入れられないかという指摘もある。現在の学部生の履修の便宜をはかり、効果的なコーディネーター養成プログラムに育てていくことと同時に、履修可能の範囲を広げることも試みていく予定である。 【参考文献】1) 堀川悦夫、障がい者就労支援コーディネーター養成モデルカリ キュラムの開発 -全学部生向け講座開設を目指しての問題点—、 第17回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集、pp100 101, 2009. 2) 堀川悦夫、障がい者の就労支援に関する高等教育カリキュラムの 開発 -佐賀大学障がい者就労支援コーディネーター養成-、職 業リハビリテーション, Vol.23、No.1、pp.50-54, 2009. 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける 職場対人技能トレーニング(JST)の実践 −アセスメントと個別支援の試み− ○越後 和子(障害者職業総合センター職業センター企画課 障害者職業カウンセラー)小田訓・井上量(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「センター」という。)では、平成17年度から、知的障害を伴わない発達障害者を対象に「ワークシステム・サポートプログラム」(以下「プログラム」という。)を実施している(プログラムの詳細は、当機構のホームページに掲載されている 報告書(PDF版)を参照(http://www.nivr.jeed. or.jp/center/report/hattatsu.html))。 プログラムにおける就労セミナーの1つである、職場対人技能トレーニング(Job related Skills Training:以下「JST」という。)は、職場における対人コミュニケーションについて、必要なスキルの付与や、自己と他者との思考や感情の相違を考えるきっかけを与え、観察する力を高めることを目的として実施している1)。これまでの取り組みにより、受講者の多様な障害特性に応じたアプローチ、特に判断・思考面の特性を意識したアプローチや視覚化の重要性が確認されている一方、受講者より「内容が簡単すぎる」との感想も得られており、新たな取り組みの必要性が示唆されている2)。 本稿では、上記のような感想を持ちやすい受講者の特性に応じたアプローチの試みと支援事例の考察を通して、JSTの効果と課題について検討する。 2 プログラムの実施状況等 (1) プログラム受講者の状況 平成17年度から平成22年度第1期までのプログラムの受講者数は、計107名(男性85名、女性22名)である。年齢構成は10代が5名、20代が69名、30代以上が33名であり、アルバイトを含む職歴がある者は87名である。 (2) JSTの実施状況 JSTは受講者5名程度のグループで、1回あたり2時間程度のセッションとしている。取り上げるテーマと進め方は図1のとおりである。 テーマ (基本課題) ・ 挨拶する ・ 報告する ・ 質問する ・ 確認する ・ 職場で謝る ・ 遅刻した時の対応 ・ 残業を引き受ける ・ 残業を断る (応用課題) ・ 人のそばを通る時には ・ 模擬喫茶来客対応 ・ 会話を遮り、用件を伝える ・ 休憩時の会話 図1JSTのテーマと進め方2) (3) JSTに対する受講者の感想とその傾向 プログラム受講者に対するアンケートでは、JSTの難易度について「ちょうどよい」と答えた受講者が64%である一方、「少し易しかった」、「易しすぎた」と答えた受講者が合わせて22%と、2割程度の受講者がJSTを「易しかった」と回答している。具体的には「基本的すぎる」、「ビジネスマナーは学校で鍛えられていたので易しすぎた」等の感想であり、主な理由として次の2点に分けられる。①ビジネスマナーの知識はあり、新たな知識は得られなかった、②基本的な場面設定のロールプレイで必要になる送信スキル(言動・声の大きさ・抑揚・視線・表情・ジェスチャー・姿勢等)は身についているため、改めて練習の必要はなかった、といった点である。しかし①②に当てはまる受講者の中には、職場の対人場面で必要となる基本的な知識や送信スキルは身につけているものの、受信・判断の部分の特性により、実際の作業場面では送信スキルを上手く活用できずにいる例が見られていた(表1)。 そこでこれらの受講者に対して、JSTにおける基本的な場面設定のセッションに加えて、個々の特性に応じた新たなアプローチを試行した。 表1支援事例 JS Tの感想 対人場面における課題 支援事例Y 「社会人として一度でも会社で働いたことがある人なら知っている内容なので参考になったとは言えない」 他の人が就業中の時、出勤及び退勤時の挨拶をするタイミングが分からない。→ 場面を読み取り、適切なふるまいを判 断することが苦手(受信・判断の問題) 支援事例S 「基本的なロールプレイの内容では不十分」 自分なりの判断で出勤時間を遅らせ、謝る前に遅刻の理由を述べてしまう。→ 適切なふるまいの判断、その場面で自 分の発言が相手のどのような印象を与え るか推測することが苦手(受信・判断の 問題) 3 新たなアプローチの試み (1) 早期のニーズ把握とアセスメント 従来、JSTに関する受講者のニーズ把握の方法として、自由記述の日誌への記入、及び必要に 応じて個別相談時に聴取する形で行っていた。しかし受講者の中には、細かい設問項目がない自由記述の日誌では具体的な意見や感想が記入できなかったり、口頭で説明するのが不得手であったり、自発的に伝えられず限界まで我慢する受講者も見られた。そのため、受講者がJSTに何を求めているのか、セッションを行った結果どのように感じたか、またどのようなポイントに自身の課題を感じているのか、といった受講者のJSTへのニーズや、対人面の課題に関する理解度を早期に的確に把握するための新たな手法が必要であった。 そこで聴取事項を明確にしたシートを作成し、「JSTまとめシート(図2)」として各セッション終了後、受講者に記入をしてもらうこととした。また、プログラム中盤では、「中間アンケート」を実施し、JSTを含めたプログラム全体に係る受講者のニーズ等を把握することとした。 結果として、図2 の「ロールプレイを 行った感想」、「今 日のJST全体の感想」、 「今日の内容のレベ ル」等の記載内容か ら、より個別的な場 面設定によるロール プレイを求めてJSTを「易しすぎる」と 評価していることが 分かったり、また中 間アンケートの記載 内容から、ビジネス マナーの知識付与を JSTに期待し物足り なさを感じているこ とが明らかとなったりと、受講者のニーズを早期に把握することが可能となった。また図2の「他の人のロールプレイを見た感想」の記載内容から、他受講者の課題ばかりが目についてしまうような批判的な傾向が窺えたり、支援者の対応について受講者が誤解し、水面下で支援者との行き違いが発生していることが明らかになる等、受信・判断に関する特性のアセスメントにも有効であった。 さらに昨年度の取り組み2)を継続し、「自分・相手の気持ち、作業の状況の図式化(図3)」をして意見交換するアプローチを行っている。これについても、受講者の特性のアセスメントにつながることが示唆されている。 これらのアセスメントの結果は「アセスメントシート(図4)」を活用して整理している。 (2) アセスメント結果に基づく個別支援 受講者の特性は多様であり、対人面の躓きに対応するために、どのような場面設定におけるアプローチが必要かは各受講者によって大きく異なる。そこで、(1)のとおりアセスメントを行い、個別にJSTを実施する中で、送信スキルの付与に留まらず受信・判断の部分の特性も意識したアプローチを試行している。 具体的なアプローチの例については、先に挙げた支援事例(表1)を基に、次項にて報告する。 4 支援事例 (1) 挨拶の相手やタイミング、内容等、場面に応じた挨拶の仕方について、職場でモデリングをした事例 Yさんは、正社員や派遣社員として事務職に就くが、職場では「仕事の優先順位が付けられず同時並行で進められない」、「雑談、世間話等テーマが曖昧な会話が苦手で周囲に誤解される」といった躓きから、いずれの事業所でも短期間で離職に至っていた。その後、医療機関を受診したところ、注意欠陥多動性障害と診断され、地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)を経由し、プログラム受講となった。 ① JSTの集団セッション実施状況と感想 基本的な場面設定のセッションは問題なくこなしており、対人場面で必要となる基本的な知識や送信スキルは習得している様子が窺えた。また、JSTについて「社会人として一度でも会社で働いたことがある人なら知っている内容なので参考になったとは言えない」との感想であった。 ② 対人場面における課題と個別支援内容 職場実習で事業所に訪問した際、Yさんより「他の人が就業中の時に、出勤及び退勤時の挨拶をするタイミングが分からない」との相談があった。そこで支援者は出勤時及び退勤時も含め、その他挨拶が必要な場面について、挨拶する相手やタイミング、台詞を書き出して本人に渡した。また実際の場所でスタッフがモデリングを行い、Yさんには実際に挨拶が必要な場面でモデリングの通りに実践してもらった。その後の実習では適切に挨拶することが可能となり、「スムーズに挨拶できたので良かった、こういう風にすればいいんですね」との感想が得られた。 ③ 事例の考察 Yさんの場合、JSTの集団セッションのように、場面設定が明確であり、かつ場面の読み取りが不要であれば、既に習得している送信スキルを活用できるが、職場実習先という慣れない環境では、場面を読み取り、適切なふるまいを判断することが不得手であることが窺えた。これには受信・判断の部分の特性が影響していたと考えられる。そこでJSTを活用した個別支援を行うことにより、具体的場面の読み取りが可能となり、適切なふるまいのパターンが増えるとともに、Yさんの過去の失敗経験から増幅しやすい不安感の軽減につながったと考えられる。 (2) 遅刻した際の謝る行為について、実際に課題が見られた場面で、自分と相手の気持ち、その後の状況を整理し、実践した事例 Sさんは、複数のアルバイト経験があり、最長で3年程度継続勤務していたが、基本的な作業は問題なくこなすものの、複数の従業員の仕事を管理するようなマネジメントを求められると対応できず、離職に至っていた。その後、医療機関を受診したところ、広汎性発達障害と診断され、地域センターを経由し、プログラム受講となった。 ① JSTの集団セッション実施状況と感想 セッションの様子から対人場面で必要となる基本的な知識や送信スキルは習得している様子が窺えた。「職場で仕事のミスを謝る」をテーマとしたセッションでは「言い訳せず、先に謝る」ことの必要性を感想として挙げている。また、JSTまとめシートには「基本的な行動についてのロールプレイの内容では不十分」との記載が見られた。 ② 対人場面における課題と個別支援内容 ところが実際にSさんがプログラムに遅刻した場面では、まず遅刻の理由を「時計が遅れており、遅刻したことに気づいていなかった」、「他にも自分なりの判断がありギリギリに出勤した」と述べ、その後に謝る様子が見られた。そこで支援者はその場面における、自分(Sさん)や相手(複数の支援者)の気持ち、その後の状況を確認し、先に謝ることの必要性とそのタイミングを伝え、さらに適切な理由の伝え方を確認した。その後に、謝る場面を設定し、Sさんに実践してもらった。Sさんからは「複数の視点の情報が得られ、自分の想像が及ばない事も知ることができた。(今まで悪気はないのに怒られてきた原因は自分の)認識、判断とも密接にリンクしていることが分かった」との感想が得られた。 ③ 事例の考察 Sさんの場合、送信スキルについての知識や必要性は理解しているものの、複数の人が関わる場面での適切なふるまいに関する判断や、その場面においてその発言が相手にどのような印象を与えるかの推測といった、受信・判断の部分の特性が実際の行動に影響していたと考えられる。よってJSTを活用した個別支援を行うことで、自分や相手の気持ち、その後にもたらす影響等、具体的場面に応じた適切なふるまいを判断するための柱となる視点や考え方を確認できたと思われる。 本事例では、基本的なセッションにおいて、自分や相手の気持ち、その後の状況を整理するフレームワークを確認しておくことで、個別にJSTを行うにあたって、実際の場面にそのフレームワークを当てはめて場面の理解を深めることができたと考えられる。 5 考察 (1) 個別支援の必要性 JSTの集団セッションは、どの職場でも共通して起こりうる活用頻度の高いテーマを、多様な特性を有する受講者が行うために、基本的な場面設定によるロールプレイとなっている。このため、送信スキルに課題の少ない受講者の場合、これらのロールプレイは難なくこなし、結果的にJSTの「内容が簡単すぎる」という評価につながるものの、実際の場面では課題を有する事例が見られる。 本稿で紹介した事例では、受講者のニーズ等を早期に把握し、また集団セッション場面の行動観察を通して、各受講者の対人面の躓きが、受信・判断・送信のどの部分に起因しているものなのかアセスメントを行い、その結果を基に個別支援を行った。2事例とも集団での基本的なセッションに加えて、特性に応じた個別支援を行うことで、特定の場面において適切なふるまいをするためのパターンを習得したり、適切なふるまいを判断するための視点や考え方を形成することに一定の効果があったと考える。 (2) JST における基本的なセッションの意義 JSTの基本的なセッションにおいて、図3を活用し、自己と他者の感情や思考、その後にもたらす影響を推測する取り組みを重ね、そのフレームワークを習得しておくことは、送信以外の受信や判断の問題を抱えた受講者が、個別具体的な場面で状況を読み取り、適切な行動を選択する際の一助になると考えられる。さらに個別にJSTを実施するにあたっては、基本的なセッションで習得したそのフレームワークを基にして、受講者は違和感なく自己と他者の感情等を推測する取り組みにつなげることができると考えられる。 6 今後の課題 本稿では、受信・判断の部分に躓きがある受講者に対して行う、JSTにおけるアセスメントと個別支援のあり方について検討を行ったが、集団セッションとこれらの取り組みも併せたものがJSTであることを、受講者に理解してもらうことが、プログラムへのモチベーションや満足度を向上させるために必要と考えられる。図5はアセスメントと個別支援を含めたJSTのイメージ図(案)である。 またJSTを含めたプログラムでの取り組みが、実際の就労場面における般化という視点で考えた時に、どの程度効果があったのか、継続的な効果測定については今後の課題である。 以上のような課題を踏まえ、今後、地域センターとの支援連携の取り組みを検討しつつ、開発した支援技法の一層の深化を図っていきたい。 【引用文献・参考文献】 1)障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラム 障害者支援マニュアルⅠ、「障害者職業総合センター職業センター 支援マニュアルNo.2」、p.27(2008) 2)阿部秀樹他:発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける職場対人技能トレーニング(JST)の検討−特性に応じたアプローチの工夫−、「第17回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.310-313(2009) 3)障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラムとその支援事例(2)〜注意欠陥多動性障害を有する者への支援〜、「障害者職業総合センター職業センター 実践報告書No.23」、p.24(2010) 「作業の興味・関心チェック」を活かした就労支援の試み 後藤 英樹(足立区障がい福祉センター就労促進訓練室 1 はじめに 足立区障がい福祉センター就労促進訓練室は、就労移行支援事業を行う事業所である。 当事業所では、利用開始時に利用者から希望職種を聞き、その希望を尊重した支援をするように心がけている。 しかし、現実離れした職業を希望する人や、希望をうまく伝えることができない人などがいる。 そこで、多くの「作業」が複雑に絡み合った集合体である「職業」を、一つひとつの「作業」に分けてみれば、より判断がしやすくなるのではないかと考えた。 また、現実的な判断をするためには、実際に経験をした「作業」、または目の前で見たことがある具体的な「作業」であるのが望ましいと考えた。 そして、一般的な「職業」や「作業」ではなく、「利用者が普段行っている活動プログラムの中の作業」についての興味・関心チェックを実施することにした。 「作業の興味・関心チェック」を活かした就労支援を試みた結果を、事例を通して報告する。 2 方法 (1)作業カードの内容 事業所で行っている活動プログラムを「作業」というくくりで約45種類に分類し、その上で1つの作業につき1つの作業カードを作った。 作業の様子を写した5枚の写真と説明文とをA4サイズの用紙に印刷、パワーポイントのスライドを6枚印刷するという方法で作成した。 (2)チェック方法 利用者に、作業カードを見ながら興味・関心の度合いをチェックしてもらった。 チェック項目は6つとした。「とてもやりたい」「少しやりたい」「ふつう」「あまりやりたくない」「やりたくない」の5段階の項目に、「わからない」という項目を加えた。 作業療法士) (3)分析方法 分析をしやすくするために、職員が「○」「△」「×」の3つにチェックをし直した。 興味・関心が高い群の「とてもやりたい」「少しやりたい」を「○」、興味・関心が低い群の「あまりやりたくない」「やりたくない」を「×」、「ふつう」「わからない」を「△」とした。 また、各作業の経験の有無や量と、興味・関心との関係を分析するために、興味・関心チェックを終えた後に、利用者と話をして、これまでの作業の経験についての確認をした。 (4)分析後の対応 分析結果をもとに、利用者と話し合いをした。そして、利用者の作業への興味・関心をより一層わかるようにし、その結果を活かした支援をした。 (5)チェックの時期 利用者が事業所の利用に慣れてきた頃の、利用開始後の概ね1ヵ月から3ヵ月の間とした。 3 事例 (1) 不確実なことには自信を持てないでいたことがわかったAさん ①プロフィール 40代・男性。知的障害・愛の手帳4度。家族と同居。中学校卒業後、4ヵ所で働いた経験があるが、どれも長続きはしなかった。その後は15年間無職で、日中は掃除や洗濯をした後、自転車でいろいろなところへ出かけて過ごしていた。家族がAさんの今後を心配し、相談機関を訪れ、本人と家族、相談機関で話し合いをし、就労移行支援事業の利用に至った。 ②希望職種 「わからない」 ③利用開始当初の状況 適性がわからないために、いろいろな作業をしてもらったが、何事にも自信を持てない様子だった。また、何事に対しても希望を述べることがなかった。欠席が多く、無断欠席をすることもあった。 ④作業の興味・関心チェックの結果と分析 「○」に選択したのは、Aさん自身は失敗しないでうまくできたと思っている作業だった。 「×」に選択したのは、少しでも失敗したことがある作業だった。 Aさんにとっては、失敗をしないでうまくできたかどうかで、その作業の好き嫌いが決まってくるということがわかった。 ⑤作業の興味・関心チェック後の経過 成功体験を積んで自信をつけてもらうことを優先し、支援した。できないことにチャレンジするよりも、できる作業を確実にするような取り組みを増やした。注意やアドバイスをするよりも、できていることをほめるようにした。 その後、欠席はなくなった。ずっと拒否をしていた就職面接会にも、参加するようになった。 (2) 本当にその職種を希望しているのかどうかがわかりにくかったBさん ①プロフィール 30代・男性。知的障害・自閉症・愛の手帳3度。グループホーム利用。3ヵ所で就労経験があり、すべて会社側の都合で離職した。オウム返しが多く、言葉だけでは本人の意思を確認しきれない。 ②希望職種 希望職種を聞くと、そのときに行っていた作業名を言うことがある。聞くときによって希望職種が違い、本当の希望はつかめていない。 ③利用開始当初の状況 どんな作業にも素直に真面目に取り組み、集中していた。作業に取り組む様子を観察しても、作業への興味・関心の度合いを感じ取ることはできなかった。 ④作業の興味・関心チェックの結果と分析 「○」に選択したのは、Bさんにとっては馴染みのある作業だった。 「×」に選択したのは、活動した経験が少ない作業が多かった。 その作業をしたことがあるかどうか、馴染みがあるかどうかで、「やりたい」とか「やりたくない」にチェックしていたことがわかった。 ⑤作業の興味・関心チェック後の経過 実際のところ、職業も作業も、Bさんの興味・関心の度合いはつかみきれなかった。 しかし、活動した経験の少ない作業については、「できない」「やりたくない」などのマイナスの発言をしてしまう可能性があるということがわかった。 「やったことがある」「やりたい」「好き」などのプラスの言葉が出てくるように、多くの作業を経験できるように支援をした。 (3) やりたくないと思っている作業がとても多く、希望職種と食い違っていることがわかったCさん ①プロフィール 20代・男性。知的障害・愛の手帳4度。家族と同居。特別支援学校卒業後に就労した。パネルやダンボールの組み立て、梱包などに従事し、2年半ほどで退職した。ウソをついて休むことや、無断欠勤したことがあった。離職後は、いくつかの企業の面接を受けるがすべて不採用であった。そして就労移行支援事業の利用を開始した。 ②希望職種 「何かを組み立てる仕事」「調理補助」 ③利用開始当初の状況 「清掃の仕事はしたくない」「調理補助をやりたい」と、希望職種についてはっきりとしたことを言うが、その理由は説明できていなかった。 ④作業の興味・関心チェックの結果と分析 「○」に選択したのは、実際に職業として希望をしている「組み立てる作業」であった。例えば「箱折り」や「ドライバーで部品を組み立てる作業」など。 「×」に選択した作業は非常に多かった。すべての作業に対して「×」を選択する作業の割合が、利用者15人の平均16%であるのに対し、Cさんの場合は54%もの作業を「×」に選択した。 また、「調理補助」はやりたい仕事と言うが、食器洗いの作業は「×」に選択していた。職業としてやりたいことと、作業としてやりたいこととが必ずしも一致していないことがわかった。 ⑤作業の興味・関心チェック後の経過 日々の活動の中では、やりたくないと言っている作業でも経験してもらい、本人とよく話し合って、「本当にやりたくないのか」「仕事として行う場合は、どの程度ならやれるのか」など、確認をしながらすすめるようにした。 求職活動の際は、希望職種だけでなく、作業内容を分解して、一つひとつの作業について本人の気持ちを確認するようにした。実際に就職してから意欲が下がって離職してしまうということがないように気をつけた。 (4) 意外にも好奇心があり、前向きであることがわかったDさん ①プロフィール 30代・女性。知的障害・愛の手帳4度。家族と同居。中学卒業後、1年ほど働いた経験がある。離職後約10年間は無職で、日中は家事をして過ごした。家族の一人が亡くなったことをきっかけに福祉事務所がかかわることになり、Dさんとのかかわりも始まった。そして就労を目指すようにすすめられ、就労移行支援事業の利用を開始した。 ②希望職種 「わからない」 ③利用開始当初の状況 おだやかで口数が少なく、控えめな印象であった。今後の生活の希望について「特にないです」と言う。Dさんの気持ちを言葉で聞くことは難しかった。 ④作業の興味・関心チェックの結果と分析 意外にも、「○」に選択した作業のうち60%が未経験の作業だった。 経験の多い少ないに関係なく、純粋に作業に向き合ってチェックをしたようである。「控えめ」「特に希望がない」という印象とは違い、好奇心やチャレンジする気持ちがあることがわかった。 ⑤作業の興味・関心チェック後の経過 より多くの作業が経験できるように支援をした。 求職活動については、どんな仕事にも前向きにチャレンジしていけることをふまえ、作業内容にはこだわらず、どちらかと言えば環境や条件を重視して助言することにした。 (5) 上肢機能障害への意識が、作業の興味・関心を狭めていた高次脳機能障害のあるEさん ①プロフィール 30代・男性。家族と同居。身体障害者手帳2級。脳出血による左片麻痺。下肢装具とT杖を使用し て歩行可能で、左上肢は補助的な使用が可能である。注意の障害を主とした高次脳機能障害がある。リハビリテーション専門病院を退院後、自立訓練(機能訓練)事業を利用した。その後就職を希望し、就労移行支援事業の利用を開始した。職歴は事務や軽作業などである。 ②希望職種 「事務補助」「経験のある経理の仕事」 ③利用開始当初の状況 「事務補助」の仕事に就くことを希望し、障害を負ってから始めたパソコン入力の作業ばかりに取り組んでいた。 しかし、パソコン入力の作業は、注意の障害の影響でミスが多く、実際には軽作業を視野に入れて就職活動をするのが現実的と思われた。 ④作業の興味・関心チェックの結果と分析 「○」に選択したのは、左上肢の動作に負担が少ないものや、片手で作業が可能なものであった。例えば「スタンプ押し」や「郵便物の仕分け」。 「×」に選択したのは、両手動作の必要性が高い作業だった。例えば「箱折り」や「部品の組み立て」「衣類やタオルをたたむ作業」など。 Eさんの意識の中では、高次脳機能障害よりも、左上肢機能障害の影響に注目して希望職種を選んでいることがわかった。 ⑤作業の興味・関心チェック後の経過 職員との話し合いで、両手動作を避けて就労を目指すのではなく、軽作業も視野に入れ、両手動作での作業の経験も積み、職業選択の幅を広げていくという方針を確認した。 その後、清掃作業や軽作業にも積極的に取り組むようになった。 (6) 本人の言っていることと、興味・関心チェックの結果が違っていたFさん ①プロフィール 30代・男性。単身。身体障害6級。勤務中の事故で右足の指すべてを切断し、下肢装具・T杖を使用している。日常生活動作は自立しており、階段昇降やしゃがんでの作業も可能である。受傷後、事務補助のアルバイトをしていたが、リストラされた。ハローワークと相談し、委託訓練でパソコン技能を習得した。その後職業センターで職能評価を受けたところ、高次脳機能障害が疑われた。本人は受傷したときに頭部は打っていないと言う。一定期間の訓練が必要であるとFさん自身が考え、就労移行支援事業の利用を開始した。 ②希望職種 「パソコンを使った事務仕事」「経理」 ③利用開始当初の状況 パソコンの技能が低く、職務経歴書の作成が一人ではできなかったのだが、「単純な作業はできると思うのであまり興味がない」「パソコンの技能をもっと高めたい」と言っていた。 ④作業の興味・関心チェックの結果と分析 「○」に選択したのは、簡単な軽作業が多かった。 「×」に選択したのは、手間がかかったり、Fさんには少し難しいと思われる事務系の作業が多かった。 ⑤作業の興味・関心チェック後の経過 職員との話し合いで、やりたいと選択した軽作業に取り組むこととした。そして、職業選択の幅を広げていくという方針を確認した。 その後、多くの軽作業を経験していった。単純な軽作業中に、「楽しい」「はまっちゃう」という発言もあり、自分の適性を確認するような様子が見られた。「清掃作業もやってみたい」と言うなど、自らいろいろな作業を体験していく積極的な姿勢も見られた。 希望職種が、本人の能力に合った現実的なものへと変わった。 4 考察 「作業の興味・関心チェック」を活かした就労支援を試みた結果、次の3つの効果があった。 (1)希望職種や作業の興味・関心がわからなかった利用者の内面を知ることができた 自信が持てないでいたAさんからは、「作業」と「失敗経験」との関係を知ることができた。 質問に対してオウム返しが多いBさんからは、「作業の経験の量」と「興味・関心」との関係について知ることができた。 この2つの事例から、「言葉」として利用者から直接聞くことができなかったことを知ることができた。 これは、興味・関心チェックの対象を「職業」ではなく、「普段行っている馴染みのある作業」にしたことより、利用者が実際の「経験」を基準に判断することができたからだと考える。 (2)希望職種や作業の興味・関心がわかっていると思っていた利用者の意外な面に気づくことができた 希望職種ややりたくない職業がはっきりと言えるCさんは、職業としての興味・関心と、それを構成する一つひとつの作業の興味・関心が食い違っていたことがわかった。また、予想よりもやりたくない作業が多かったこともわかった。 控えめで何事にも自信が持てないでいると思っていたDさんは、実は好奇心があり、チャレンジする気持ちを持っていたことがわかった。 この2つの事例から、わかっていると思っていた利用者に対して、実は職員が間違った理解をしていたということに気づくことができた。 これは、「職業」ではなく、一つひとつの「作業」に焦点を当てたことで初めてわかることがあったからだと考える。 (3)利用者に、自分自身を客観視してもらうことができた 上肢機能障害と高次脳機能障害のあるEさんは、言葉として表現してはいなかった「避けていた作業」に向き合うことができた。 言っていることと興味・関心チェックの結果が違っていたFさんは、自分の適性を知るよいきっかけになった。 この2つの事例から、利用者が自分自身を客観視することができたことがわかった。 これは、興味・関心チェックが、実際に経験した作業を振り返るよい機会になったからだと考える。 5 おわりに 今回の試みでは、利用者が言葉として表現できなかったことや、職員が聞いても、観察してもわからなかったことを、「作業の興味・関心チェック」の結果に気づかされることが多かった。 今後も、利用者の内面が理解できるように努力し、その結果を活かした就労支援をしていきたい。 就労支援専門職育成に関する留意点 −障害管理の視点から− 石川 球子(障害者職業総合センター事業主支援部門 主任研究員) 1 目的 ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事をすべての人に)1)を重視するILOは、障害者の労働及び雇用においてもその実現を求めている。障害者権利条約についても本条約が障害者の独立とディーセント・ワークの尊厳に向かう道となるよう期待を表明している2)。 ディーセント・ワークの実現を図る手法の1つに障害管理(Disability Management) 3) がある。障害管理は、障害者の採用、昇進、継続、復職にかかる諸管理を体系的に扱い、その規定が「職場において障害をマネジメントするための実践綱領」4)にまとめられている。障害者権利条約の実施を図るわが国にとっても、障害管理の詳細並びに有効性が注目される。 本稿では、障害管理の視点から、事業主コンサルテーション、復職支援等の就労支援専門職育成に関する留意点について、「ディーセント・ワークの実現を視野においた障害管理に関する研究」(当センター研究部門で平成21年度より2年計画で推進)で実施した本綱領及び関連資料に関する文献調査を基に報告する。 2 方法 「職場において障害をマネジメントするための実践綱領」を含む、障害管理に関する国内・外の関連文献を収集し、その内容を分析した。 3 結果 (1)障害管理とは イ定義 2001年の三者協議(政府、使用者団体及び労働組合の専門家で構成)において全会一致で採択された「職場において障害をマネジメントするための実践綱領」(以下「綱領」という。)では、障害管理を経営の成功への優先事項とし、職場における人的資源開発戦略の不可欠な部分としている。 障害管理の定義は、個人のニーズ、労働環境、企業のニーズ及び法的責任に取り組む連携のとれた努力を通じて、障害者の雇用促進を図る職場でのプロセスである(綱領一般規定1.4)。 この定義は、障害を持つ労働者が平等な機会を得、平等に処遇され、差別の対象とならないようにし、企業等のニーズに適合した能力や技能を十分発揮し得る環境を整えることで、企業にとって有能な人材となり、貴重な貢献をなし得る4)、という考えに基づいている。 障害管理をまとめた本綱領は、障害者権利条約27条「雇用・労働」、「職業リハビリテーション及び雇用(障害者)に関する条約」(ILO159 号条約)及び同勧告(同168号勧告)と共に、企業に求められる取り組みの1つに挙げられる5)。 また、159号条約制定以降の国際的動向を踏まえ同条約を補完する障害者の雇用機会均等の実践的なガイドラインでもある6)。 ロ障害管理モデル 病気や怪我又は障害による離職への対策としての障害管理の内容は、下図のとおり、就職/採用を含む復帰と雇用継続に大別される7)。 社会的統合方策の継続性 公平な雇用 障害管理 斡旋メカニズム雇用サービス職業リハビリテーション一般的な医療サービス生活扶助金 社会的包含の方策 誘因 同和対策 雇用率と納付金 復帰 雇用継続早期治療/斡旋 人的資源 擁護/ケースマネージメント 機会均等 職場におけるリハビリテーション 健康と安全 仕事配慮/過渡的雇用 危機管理 復帰調整 産業衛生 同僚サポート健康促進 配置転換 従業員支援 健康保険 誘因 配置転換 同和対策 配慮 雇用率と納付金 仕事調整 図障害管理モデル ハ基本原理 障害管理の5つの基本原理を示したものが表1である8)。 表1障害管理の基本原理 1 予防とリハビリテーション 2 事業主を中心においたプロセス 3 労使のコラボレーション 4 職場の障害に関する問題への介入 5 予防とリハビリテーションに関する速やかな介入 二 機能 障害管理は、労働者と事業主及び社会に対して労働不能がもたらす社会・経済的な負担軽減を目的とした職場における速やかな介入であり、安全な職業生活への新規参入/復帰の戦略である。職場における障害管理に基づく支援により、労使双方が表2に示す機能を達成することを可能にする9)。 表2障害管理の機能 1 労働者の雇用適性(employab ility)の保護 2 復職の計画への労働者の直接的な参画 3 障害に関する問題の管理 4 事故及び障害の発生を減らす 5 早期介入、予防的な介入、最大限の健康面の効果 6 障害に関する人的コストの削減 7 従業員の多様性を重視することによる士気の高まり 8 障害の発生及び訴訟を減らす 9 労使関係の改善 10 労使の共同作業の推進 11 企業の競争力向上 ホ障害者権利条約との整合性 (イ)障害者権利条約の規定と障害管理 権利条約第27条(労働及び雇用)の規定10) の内、障害管理と整合性のある内容を表3に要約し、以下で説明を加える。 表3障害管理と整合性のある障害者権利条約の規定 1 ① 差別の禁止② 安全かつ健康的な作業条件③ 公正かつ良好な労働条件 ④ 合理的配慮 2 労働の権利と労働組合の権利行使 3 労働市場において雇用機会の増大を図る、求/就職及び定着や復帰支援の推進 4 適当な政策及び措置による民間部門の雇用推進 5 公的部門における雇用促進 6 職場における合理的配慮の確保 7 職業リハビリテーション・職業の保持及び職場復帰計画の推進 (ロ)人権モデル 権利条約は、障害に起因する主要な問題は障害者の外、すなわち社会にあるとする人権モデルの考え方11)をその基本にしている。障害管理についても、職場の障害問題に政労使及びその他のステークホルダーと連携し取り組む姿勢の基本にはこうした考え方がある。 (ハ)雇用形態に関する障害に基づく差別禁止 障害者権利条約第27条では、あらゆる形態の雇用に係る全ての事項について障害に基づく差別を禁止している。さらに、合理的配慮を提供しないことも差別としている。 障害管理においても、採用過程を通じて非差別の原則が尊重されるべきである(一般規定4.1.1)とされている。また、一般規定7の障害者の採用及び雇用継続では、本人が職務を遂行できるように、場合によっては、単一又は複数の調整を行う必要があるかもしれないとしている。 (ニ)安全かつ健康的な作業条件・公正かつ良好な労働条件と苦情の救済 権利条約では、労働及び作業に関する条件及び救済の権利を保障する。障害管理においても職場の安全と健康を推進する方針と連携すべきであるとしており(一般規定2.1.3)、労働者団体にも協力と関与を求めている(一般規定2.3.5)。苦情の救済の支援も行う。 (ホ)労働の権利 障害者と障害を持たない者の失業率を比較すると、ほぼすべての国で障害者の失業率が上回っており、労働の権利の保障(表3の2)とディーセント・ワークの推進は経済面でも意義がある。 障害者に対する職場における平等な機会の確保は障害管理の目的の1つである(一般規定1.1)。(ヘ)雇用機会の増大と昇進の推進 労働市場全般における雇用機会の増大(就職先のみでなく、その後の継続と昇進、復帰等の支援)が権利条約と同様に規定されている。 (ト)民間及び公的部門における雇用促進 綱領では、雇用主主催の訓練、マニュアル、訓練コース及び外部での職業訓練(一般規定5.2・ 5.3)及びガイダンスと職業紹介への障害種類に関わらないアクセスの推進など、より具体的な記述により雇用の促進を図ることを求めている。 (チ)職業リハビリテーションと職業の保持 この項目について障害管理では、障害のある求職者/中途障害者に対して、雇用維持方策による雇用の保護、職業リハビリテーション及び職場復帰に向けた措置を定めている。障害管理モデル(図)に示すように、公平な雇用に向けて、職業リハビリテーションを障害管理と不可分な統合方策と位置付け、双方が守秘義務を守りつつ、情報を共有し雇用促進を担う。 (2)障害管理の必要性 障害管理が必要とされる背景として以下の状況が挙げられる。 イ障害による長期休職者の増加 企業12) や一般職公務員における長期休職者の増加を示す報告がみられる。一般職公務員の心を病む職員数は平成8年から平成12年の間に約7倍となっている13)。 ロ労働力の高齢化と雇用継続のための方策 少子高齢化が進むわが国で顕著にみられる労働 力の高齢化と失業とに対する労働政策の必要性は 欧州レベルでも議論されている。また、労働人口が減 少する中で、労働市場において経験を積んだ年齢の 高い者が重要なメンバーとなるとも予想され、雇用継 続等の障害管理による支援がさらに重要となる14)。 綱領は効果的な障害管理戦略が実施されれば、 企業は、障害者となった熟練労働者の雇用継続から 得るところがあるという証拠、また保健費用、保険支 出及び時間のロスを著しく節約できるという指摘に基 づいている(一般規定1.2.3)。ハ職場における精神保健の問題の急増 職場における精神保健の問題の急激な増加は、21世紀における主要な健康問題であり、2020年までにうつ病が、労働者が職を失う第1の原因となると予想されている15) 。わが国においてもうつ病及び躁うつ病の増加が見られる16) 。 4 考察 就労支援専門職育成に求められる留意点について障害管理の視点による考察を以下にまとめた。 (1)支援方法の計画 障害管理では、速やかな介入により、可能な限り、同一事業主で同じ仕事への復帰(表4中の1)を目指す。無理な場合には、支援方法を表4の順番で検討し、最良の支援を計画する17)。 表4支援方法の階層 同一事業主・同じ仕事 同一事業主・同じ仕事を必要に応じて調整 同一事業主・新しい仕事 再訓練・復帰 同一事業主 再訓練・求職 こうした手法は従来の方法とは異なるが、表4の1が必ずしも常に可能ではない現状の中有効であるとされている。 (2)合理的配慮の推進 障害管理の視点で仕事に関する調整を行う場合各国の国内法に則り行う。例えば、米国、カナダ、ドイツ、フランスでは合理的配慮、英国では合理的調整を行う18)。 日本の関連判例をみると、障害管理の趣旨に沿った判例ないし和解例がみられる。例えば、入社後に業務により視覚障害が悪化した事案にかかる判例では、社内の他の従業員に対し視覚障害に対する配慮を促し人的関係のストレスをなくす等の配慮が必要であるとされた19)。 また、手話通訳の必要性をめぐる訴訟では、聴覚障害という特性に応じた雇用主の合理的配慮を以下の具体的内容まで落とし込んだ画期的な和解が成立している19)。 第1に、障害者の昇格の機会における平等のために、普段から意思疎通を図る。第2に配属や業務内容を定めるにあたり、身体障害の内容や程度に配慮する。第3に、障害者と他者とのコミュニケーションを確保し、能力を発揮するための合理的配慮を実施する。第4に研修、会議等でのシナリオ等を用意する。 障害管理の視点での支援では、こうした合理的配慮ないし調整について、十分障害者及び労使等の理解を促し、推進することとされている。 (3)メンタルヘルスの問題への対応イ労災補償の増加 障害管理の視点からメンタルヘルスの問題を捉える場合に労災補償状況が参考となるが、例えば、過重労働を原因とする労災補償の認定件数及び精神障害に関する労災補償の申請・認定件数の増加がみられる20)。こうした背景の1つにマーケットのグローバル化が挙げられる21)。 ロ企業経営と従業員の健康管理 ディーセント・ワークは、グローリゼーションの進行による労働問題の拡大化の中で打ち出されている。企業はグローバル化に対応しつつ、良質な労働力を維持し、従業員個人の成果を企業の成果に結びつけて安定的な業績上げる必要がある21)。良質な労働力の維持という観点から、障害管理による従業員の健康管理が重要となる。ハ予防論としての健康管理の重要性 労働災害が労災事故や職業病だけではなく、ホワイトカラーの職場でも過重労働等の原因で労働者がその健康を害する危険性を内在しており、労災発生後の対応のみならず、健康障害の予防が使用者に求められている21) 。障害管理による支援には健康障害の予防に関する手法も含まれている。 ニ統一した手法による支援 障害管理では、統一した手法により障害者にふさわしい職務及び必要となる配慮を決定する。このため効率よく支援を進めることができる。ホコミュニケーションスキルの重要性 精神障害者の就職、復職等の支援では、事業主や他の従業員、医療従事者等の多様な関係者とのコミュニケーションスキルが重要となるが、障害管理では専門職のこうした技能の向上を図る。 5 おわりに 本稿では、障害管理の視点から就労支援専門職育成に関する留意点をまとめた。各留意点及び障害管理に関する各種手法の詳細を今年度成果物にまとめることとしている。 【文献】 1)石川球子:用語の解説 ディーセント・ワーク「リハビリテーション 研究 No.141」、p.45,(財団法人)日本リハビリテーション協会 (2009) 2)ILO:国連障害者の権利条約の誕生をILO歓迎(2006)3)アーサー・オレイリー:ディーセント・ワークへの障害者の権利松 井亮輔監修 国際労働事務所 ジュネーブ(2003)4)ILO:Code of practice on managing disability in the workplace (Oct.2001) 5)日本弁護士連合会:企業の社会的責任(CSR)ガイドライン2009年度版 6) 松井亮輔:ILO「職場における障害者のマネジメントに関する実践綱領」-その概要と意義-世界の労働No.52(4)p.28-35日本ILO協会(2002.4) 7)European Foundation for the Improvement of Living and Working Conditions:Employment and disability: Back to work strategies (2004) 8)Westmorland,M.G.&Buys,N.:A comparison of disability management practice Australian and Canadian workplaces.Work:A Journal of Prevention,Assessm Rehabilitation,23(1),31-41(2004) 9)NIDMAR:Occupational Standards in Disability Management (1999) 10)障害者職業総合センター:欧米諸国における障害者権利条約の取り組み 「資料シリーズNo.42」(2008) 11)Quinn,G.,Degener,T.,Bruce.A.,Burke,C.,Castellino,J.,Kenna, P.,Kilkelly,U.,Quinlivan,S.:Human Rights and Disability:The current use and future potential of United Nations human rights instruments in the context of disability. U.N., New York & Geneva(2002) 12)アドバンテッジリスクマネジメント:企業における長期休業者に関する実態調査(2008) 13)総務省:福利厚生施策の在り方に関する研究会報告書(2010) 14)Bruyere,S.M.:Disability Management and the Enterprise, Korea Employment Promotion Agency for the Disabled(KEPAD), Conference, Seoul,Korea(2006) 15)NIDMAR:Disability Management in the Workplace A Guide to Establishing a Joint Workplace Program(2003) 16)厚生労働省:患者調査(2008) 17)Harder,H.G.&Scott,L.R.:Comprehensive Disability Management, ELSEVIER(2005) 18)障害者職業総合センター:障害者雇用にかかる「合理的配慮」に関する研究 「調査研究報告書No.87」(2008) 19)田中省二 桑木しのぶ:視覚・聴覚障害をもつ労働者の雇用の継続に必要な職場における「合理的配慮」の事例検討「第17回職業リハビリテーション研究発表会論文集」、p.54-57,障害者職業総合センター(2009) 20)厚生労働省:平成21年度における脳・心臓疾患及び精神障害等に係る労災補償状況について−精神障害等に係る労災請求件数が前年比2割超の増加−(2010) 21)石嵜信憲 宮本美恵子:従業員の健康管理をめぐる法律実務 「労政時報3702号」、p.100−118,労働行政(2007) 「福祉から就労」を支える人材−就労支援に関わる人材育成の現状と課題− ○鈴木 修(特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん 代表理事/第1号職場適応援助者) 水野 美知代(特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん) 1 はじめに 2007年より特定非営利活動法人くらしえん・しごとえん(以下「当法人」という。)では、厚生労働大臣の定める研修として第1号・第2号職場適応援助者養成研修に取り組んできた。 また、「ジョブコーチの視点で作業所の分析を」という依頼を受けて実施した和歌山県での作業所分析や静岡県・和歌山県からの委託事業である「就労支援サポーター養成研修」「就労支援職員スキルアップ研修」「福祉施設管理者スキルアップ研修」等の企画運営、そして静岡県のサービス管理責任者研修(就労分野)への関わり、特別支援学校の職員研修等、様々な立場の「就労支援者」の育成・研修を実施してきた。 平成21年3月に「障害者の一般就労を支える人材の育成のあり方に関する研究会報告書」(以下「研究会報告書」という。)がまとめられたが、養成研修実施機関として、また、ジョブコーチ支援で現場での支援事業に取り組む法人として「人材育成」について考えてみたい。 2 和歌山県における作業所分析 2007年度〜2008年度にかけて、和歌山県内の作業所9ヶ所に対し11回分析に入った。方法としては、事前に記入してもらった作業所状況シートを元に3日間にわたり、 (1) 利用者のヒアリング (2) 職員のヒアリング (3) 作業分析 (4) 職場環境の分析を行った。短期間であるがため、日頃一般企業に支援に入る中で実施している職場環境アセスメント、作業工程分析という視点から見た作業所に対する「違和感」を率直にぶつけ、我々と作業所の施設長、職員とのすりあわせを行うというものであった。 乱暴な言い方をすれば、障害者自立支援法は長い間その地域に居場所としてあり続けた作業所に「はたらく」ということを投げ込んだ。それまでの経緯と新体系への移行という狭間にあって、「どちらに進んでも血が出る」という思いを口にした施設長の方もいた。一方、利用者の工賃の低さに強い疑問を抱き、何とかできないかと考える若手の職員も少なくはなかった。 いずれにしても、「働く」という視点からその仕事、作業、そして本人を見つめるという視点は非常に重要であり、一般就労においても何ら変わるものではないということをこの作業所分析を通して実感するとともに、その後の当法人の福祉施設職員に対する研修の基本的な姿勢になった。 3 就労支援者研修 2007年、2008年に静岡県、和歌山県から委託を受け就労移行支援事業所の担当者を対象とした研修を実施した。 カリキュラムとしては表1のような流れとし、全体研修では講義を中心に基礎、基本的な視点・理念を学び、その後、地域に分かれて事業所見学や就労支援の流れ、作業分析、ケーススタディなど演習中心に少人数で実施するという形式をとった。 内容的には研究会の報告書の「一般就労に向けた支援を行うための基本的な知識・スキル」に該当する研修であったと考えられるが、いずれにしても就労支援担当者にとって、「一般就労の現場」 表12008年度静岡県県就労支援サポーター養成研修 カリキュラム 全体研修(1日目) 講 義 「人たるに値する」働きかた 關宏之氏 講 義 障害者自立支援法の目指すもの 武田牧子氏 ディスカッ ション 障害者自立支援法の活用 武田 牧子氏 全体研修(2日目) 講 義 権利擁護とネットワークづくり 高木誠一氏 講 義 障害者自立支援法に対応する作業所づくり 柏木 克之氏 講 義 作業所分析と課題 鈴木 修 地域研修(3日間) 講 義 企業における障害者雇用 鴻江 誠一氏、池田 正俊氏 事業所見学 株式会社レンティック中部 わらしな福祉会ワークセンターりんどう 明電ユニバーサル株式会社沼津支店 演 習 就労支援の基本的な考えと支援の流れ NPO 法人くらしえん・しごとえん 演 習 就労支援の実際 NPO 法人くらしえん・しごとえん グループ ワーク ケーススタディ(サポーター活動報告) 講 義 親の思いと家族支援 水野 美知代 講 義 障害者にとって働くとは? 〜 就労支援の現場から 鈴木修 講 義 就労支援の課題(サポーター養成研修まとめ) 障害者プラン推進室 をどれだけ身近なものとして実感できるかが鍵であると考える。そして、この研修の修了後更にスキルアップを目指し、職場適応援助者養成研修を受講する修了生もいた。 4 福祉施設職員研修 先の研修は就労移行支援事業所の職員をイメージした研修であったことに対し、2009年、2010年度に静岡県より受託した研修は、「就労継続支援(B型)事業所、授産施設、小規模通所授産施設、小規模作業所の指導員」を対象としたものであった。 静岡県の募集案内には、「福祉(作業所)と産業界(一般企業等)を近づけていくためには、行政と福祉が連携して“一般企業等に作業所のことを知ってもらうための取組み”が必要である一方、“作業所も一般企業側の現状や行動原理、ニーズ等を理解して行動する”必要」をうたっている。 上記の視点をもとに表2のようなカリキュラムで研修を実施した。 この研修は、年度末に実際に自らの施設を対象にした取り組みを報告するということを通して、より実践的な研修になることをポイントとした。 人前で話をする、決められた時間を守る、しっかりと伝える、というあたりまえの事を改めて見直すことの重要性を感じる結果となった。 また、ビジネスマナーやプレゼンテーションだけではなく、企業ではごくごく当たり前に行われているQC手法の考え方を取り入れ、地域研修で 表2福祉施設管理者スキルアップ研修カリキュラム(2010年度:静岡県、和歌山県) 全体研修(1日目) 講 義 「はたらくこと」をみつめる 前野哲哉氏 講 義 事例報告 職場をみつめる〜作業所分析の視点 鈴木 修 講義・演習 作業をみつめる〜作業分析の理論と実際 辻 郁氏 全体研修(2日目) 講義・ 演習 企業とつながる1柏木 克之氏 〜作業所の商品開発 講義・ 演習 企業とつながる2坂井 隆英氏 〜ビジネスマナー 講義・ 演習 企業に伝える 〜 プレゼンテーション 阪西敏治氏 他施設見学(各地域毎)地域研修 演 習 プレゼンテーション(全員×15分) 講義・ 意識改革のために〜QC手法の活用 演習 中川 卓雄氏 全体報告会平成23年 「事業所改善」「職員意識改革」「商演 習 品開発」「企業訪問」の取組報告12事例各20分研修まとめ まとめ くらしえん・しごとえん、障害福祉課 は「特性要因図」を活用して演習を実施したが、5SやQCと言った手法、考えを福祉施設に咀嚼し直して取り入れていくことも重要であると思われる。 5 職場適応援助者養成研修 (1)修了生概況 当法人では、2007年度よりこれまで計8回の第1号、第2号職場適応援助者養成研修を実施し、第1号242名、第2号63名、計305名が研修を修了した。その所属の内訳は図1の通りとなっている。 更に修了生を年度ごとに見ていったものが図2である。 毎回募集定員をオーバーする状況があるが、傾向としては、行政・教育機関、民間企業からの受講の増加が一つの特徴としてあげられる。 * 教育機関としては特別支援学校の進路担当者や大学の作業療法士や社会福祉士を養成する教育機関に所属する者も含まれる。 * 民間企業からの受講については、2号の受講生が少しずつではあるが確実に増加しており、特にこれから障害者雇用に取り組んでいこう、という準備段階からの受講も増えてきている。 * 2010年度における「その他の障害福祉サービス」の修了生がいないのは希望者はいたが他の希望者が優先されたためである。 図2修了生所属推移*2009年度は3回実施、2010年度は1回のみ (2)受講要件について 当法人の職場適応援助者養成研修の受講要件を今年度の4月より下記のように変更した。 第1号ジョブコーチは「障害者の就労支援を実施している法人または専門機関に所属し、ジョブコーチの支援技術の習得を希望する者で、障害者の就労支援に係る経験が一定程度ある者」とし、第2号ジョブコーチでは、「障害者を雇用する事業所に所属しジョブコーチの支援技術の習得を希望する者」とした。 特にはっきりと明記したことは「法人への所属」ということである。 今までの受講希望者の中には養成研修を修了すればジョブコーチの「資格」が得られると誤解して受講を希望する者もいる。また、その点を知った上で、転職ないしは今後の就職に有利となるのでは、という考え方もあり、本来の「職場適応援助」という観点から大きく逸脱するケースも見受けられた。中には所属長に内緒での受講申込などもあり、受講決定に関しては、チェック方法も課題を残しているのが現状である。 (3)地域について表3修了生都道府県 当法人の修了生の出身都道府県は表3にあるとおり、地元である静岡県をはじめとした東海四県で65.6%を占める。次いで和歌山県が多いのは職場適応援助者養成研修の開催によるものである。 法人の力量がないために、他地域での開催までなかなかできかねているが、静岡、和歌山の両県から言えることとして、福祉施設職員の研修の上に職場適応援助者養成研修が位置づけられたり、繰り返し研修に参加している支援者も多く、「今 都道府県 分類 計 1号 2号 北海道 6 6 青森県 1 1 宮城県 1 1 福島県 2 2 栃木県 7 7 埼玉県 1 1 千葉県 1 1 東京都 5 5 神奈川県 1 1 山梨県 8 8 新潟県 1 1 石川県 3 3 長野県 2 2 静岡県 101 27 128 愛知県 38 11 49 三重県 8 3 11 岐阜県 8 4 12 滋賀県 3 1 4 京都府 4 1 5 大阪府 2 2 奈良県 3 3 和歌山県 21 6 27 兵庫県 1 1 広島県 3 3 鳥取県 3 3 愛媛県 2 2 香川県 2 2 福岡県 2 2 佐賀県 3 3 長崎県 2 2 大分県 1 1 熊本県 1 2 3 宮崎県 1 1 沖縄県 2 2 総計 242 63 305 回で3回目となりますが、1回目より2回目、2回目より3回目で…」と「前回」を踏まえ、研修の内容の継続性を感じる声も聞かれ、様々な視点からの「就労」へのアプローチが必要であると同時に、継続的な研修の重要性を実感する。 6 人材の育成について 以上、当法人の行ってきた研修を簡単に振り返ってみたが、「研究会報告書」に指摘されていることを踏まえ、改めて「人材育成」についての問題意識として以下の3点をあげておきたい。 (1)「共通基盤」について 第1号ジョブコーチ研修を受講後、法人内の事情により生活介護や入所施設の担当に異動になることや、逆にいきなり就労支援担当になるケースも少なくない。障害者の就労支援は「人生への介在」であることを考えれば「知らなかった」「未熟だから」ではすまされず、支援者の一言が障害者の一生を左右する重要な場面に直面することも多い。だからこそ「就労支援」の共通基盤をもっと福祉施設職員の共通基盤にまで広げる必要性があるのではないかと考える。 (2)企業フィールドの理解 共通基盤の中でも特に一般就労にとって必要なことが「企業フィールド」の理解であると思う。 就労現場で生じる問題の多くは、仕事そのものよりもむしろ「社会人としてのマナー」「常識」「コミュニケーション」等である。「福祉」という視点から就労現場を見るのではなく、「企業」という視点から就労現場を見つめ、企業が要求することは何か?ということをより強く意識する必要があると考える。 (3)就労支援のスーパーバイザー 就労支援の現場にあっては様々な思いが錯綜する。そこに入っていく外部の支援者は、居場所も見つからず孤独な存在である。目標であるナチュラルサポートの形成も容易にできるものではない。 支援現場にあっては、自分の姿を見失いがちになることが多く、たとえどんなに経験を積んだ支援者であっても、自分の支援を客観的に見てくれるスーパーバイザーの存在はきわめて重要である。 支援者のスキル、求められる専門性などとあわせ、就労支援のスーパーバイザーの確立が求められていると考える。 7 おわりに 職場適応援助者養成研修を修了後、職場を去っていった修了生も多い。一方、日々、ジョブコーチとして現場に入る中、雇用の打ち切りや様々なトラブルに遭遇するが、結局は「働く」ことの問い返しであるように感じる。「人材育成」について色々と思うことはあっても、なかなかまとめきれないというのが正直なところである。しかし、障害者に対する就労支援と自らの仕事、生き方が切り離されることは無く、「あたりまえ」をつきつめていくことが原点にあるのではないかと考える。 【参考文献】 厚生労働省:障害者の一般就労を支える人材の育成のあり方に関する研究会報告書(平成21年) 研修プログラムの開発とその効果評価 −免疫機能障害者「HIV陽性者」支援の準備性を向上− ○生島 嗣(特定非営利活動法人ぷれいす東京)兵藤 智佳(早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター)・大塚 理加(国立長寿医療研究センター) 大槻 知子(財団法人エイズ予防財団リサーチ・レジデント) 1 研究要旨 2008 年に東京都内の支援機関を対象に実施した質問紙調査の結果、HIV陽性者を支援した経験は全体では、3割、障害者向けのサービス提供者では7.8割であった。その一方で、回答者のHIV 陽性者に対する支援の自己効力感は、肯定的な評価が3割であり、課題が認められた。HIV に関する研修の開催を求める声が7割と高い関心が示された。そこで、HIV 陽性者支援に関する研修会を東京障害者職業センターの職員を対象に実施し、その効果を測定した。その結果、当研究グループが開発した研修の効果が確認された。特にワークショップ研修では、セクシュアリティや性、HIVへの抵抗感が低減され、なおかつ支援の自己効力感(相談対応のセルフエフィカシー)が向上した。また、同時にHIV についての知識を増やすことやプライバシーへの配慮,セクシュアリティへの身近感や対応を知ることが,相談対応への準備性を高めるうえで重要であることが示唆された。 2 目的と背景 本研究は、HIV 陽性者支援に関わる可能性を有する地域の専門職を対象とした研修プログラムを開発し、その評価を実施することを目的とした。この研修は、地域における「支援の準備性を高めること」を目指し、内容を検討した。研修を通じて向上すべきHIV 支援の準備性の構成要素については、事前にワークショップで分析されたものを基礎とし、知識、認識や意識、そして、具体的な技能とした(生島、2009)。研修の方法については、支援の準備性を構成する各項目に沿って独自にプログラムを開発した。 3 方法 少人数によるワークショップや講義で構成された「講義とワークショップによる研修」を実施した。研修の評価については、以下の2つの方法で実施した。1つ目は、受講生からの質問や研修についての感想の語りを分析することで評価を行った。また、2つ目として定量的に研修の効果を分析するために研修の事前事後に質問紙を用い、前後の項目ごとの比較を行った。 (1)研修の内容 本研修では、身体障害、知的障害、精神障害者に対する職業リハビリテーション業務を行う東京障害者職業センターの職員研修として実施した。2つのグループに分けて、2日(7時間)の研修をそれぞれに行った。第1グループ・・・18人(2009年12 月1、2日)第2グループ・・・26人(2009年12月9日、16日)参加者の合計:44人 このうち、2日とも参加した41人を分析の対象とした。 ■研修内容とスケジュール全体のスケジュールは表1を参照(No.は表中に表記)。 ■研修の各項目ごとの内容と参加者の反応 (知識と情報/No.3)目的:支援者が、HIV の医学的な基礎知識や支援に関わる基本情報等を得ることで準備性を高める。方法:①と③は、直接講師より講義を行い、②は映 像(DVD)を上映し、質疑応答の時間を設けた。<講義内容> ① セクシュアリティと性の健康に関する基 礎知識(30分)②HIV の医学的基礎知識(映像視聴)(30 分) ③支援リソースについて(30 分) 結果:参加者の質問や感想などから、知識レベルも異なることがわかった。「今後は自信を持って対応できそう」という感想なども聞かれた。 表1 研修内容とスケジュール (自己覚知のワークショップ/No.4) 目的:自分が「HIVについてどのようなイメージを持っているか」「性についてどのような態度であるのか」を知り、自己の価値観を相対化する。方法:1グループ4〜6名に分かれて、以下の①②のテーマを検討した。まず各自の意見をポストイットに書き出し、それらをグループ全員で模造紙にまとめ、グループごとに発表した。 結果:積極的な参加が得られた。「偏見をとりさるチャンスになった」などの感想もあったが、複数の参加者より「講師による自分の価値観とプロとしてやるべきことを切り離してよいという考えに安心した」という感想があった。 (まとめ(1日目)/No.5) 目的:フォローアップとエンパワーメント。方法:参加者からの質問に対する回答や補足説明を行った。参加者全員が感想を述べ、共有した。結果:参加者が今までの自分の知識不足・偏見などを自覚し、今回得た知識や情報を今後の対応に生かしたいと考えていた。しかし、「セクシュアリティへの配慮が難しい」などの声、雇用主である企業への普及・啓発が必要という意見など、新たな課題も明らかとなった。 (リーディングワーク/No.7) 目的:HIV 陽性者の生活のリアリティを感じ、性を含めた多様なライフスタイルを知る。方法:グループ(4〜6名)ごとに、リストより自分が読みたい手記を選び、一人3 分で朗読+感想を述べ、グループ内での意見をシェアした。 結果:「悪意のない言葉が相手を傷つけていることに気付いた」などの感想が多くみられた。また、「陽性者も日常を楽しんでいることがわかった」という肯定的な意見から「HIVは大きなマイナスという感覚がある」という否定的な意見まで、受け止め方は多様であった。 (事例ワーク/No.8)目的:支援者が、実際にHIV 陽性者の支援を行う際の課題やその方法の検討を通して、どのようにHIV 陽性者を支援していくかを考える。 方法:グループ(4〜6名)ごとに、2つ就労に関する事例をワークシートを利用して検討した。前半は「支援のニーズや困難さ」、後半では「センターができる支援」提供可能な支援をテーマに検討し、発表した。 <2つの事例>「体調不良で退職、障害者枠で企業に再就職」「飲食店で勤務後、障害者枠で就職活動中」 <ワークシート> 個人への支援 雇用主への支援 ニーズや困難 提供可能な支援 ニーズや困難 提供可能な支援 採用前 雇用中 結果:「本人の希望を聞きながら支援を進めるのは他の障害者への支援と同じだとわかった」「過去の経験が活かせそう」などのコメントがあった。また、「障害者枠で就職活動をしている方が、なかなか決まらないので、『一般枠で受けたらどうか』とすすめてしまった過去の対応はどうだったのか」などの感想もあった。また、検討していく過程で「陽性者は飲食店で働いてよいのか」など、疑問や不明な点が挙げられたが、講師が解説を行った。 (まとめ(2日目)/No.9) 目的:フォローアップとエンパワーメント。方法:参加者からの質問に対する回答や補足説明を行った。その後、参加者全員が感想を述べた。結果:多くの参加者より、今までの自分のふりかえり(無知、偏見)と今後の対応への意欲や自信についてのコメントがあった。しかし、まだ不安や疑問のコメントもあり、とくに企業に対する対応に不安をもつ意見が複数あった。 (2)質問紙による調査の方法 本研修の効果を検討するために、研修の前後に質問 紙による調査を実施した。質問紙は、無記名、自記式 で行い、それぞれの項目について、リッカードスケー ルを用いた4段階(1〜4)で測定した。 質問紙の項目は下記の通りであった。 1. HIVについての知識の検討(4項目) 2. HIV陽性者へのイメージ(2項目) 3. セクシュアリティの多様性(2項目) 4. プライバシーへの配慮(2項目) 5. HIV陽性者のセクシュアリティ(2項目) 6. 相談対応のセルフエフィカシー(1項目) 7. 支援のイメージ(1項目) 4 結果と考察 (1)参加者からのコメントによる研修の効果 (支援者の抱える抵抗感と困難性) HIV 陽性者を支援するにあっての困難については、「HIVの漠然とした否定的なイメージによる不安」「性を扱うことへの不安と抵抗感」「同性愛などの性の多様性に対する受容への不安と抵抗感」などが分析された。 (研修の効果について) 参加者からのコメントからは、「支援に必要な知識が増えたことによる安心感」「精神疾患など他分野における過去の支援経験が応用できることへの気づき」「性に関しては『自分の価値観』を切り離して支援職として行動することが可能との気づき」「具体的なHIV 支援のリソースを知ることでの安心感」などが分析できた。 また、ルールのある中で安心して自己開示ができる場での研修を通じて、「職場におけるコミュニケーションの向上」が見られたとこと。また、「ワークショップの方法が自分の支援活動において参考になった」というコメントがあったことは興味深い。 (2)質問紙による調査の結果と考察 【結 果】研修1:講義とワークショップによる研修 研修の参加者は49 名(男性13 名、女性31 名、未記入5名)であった。年齢は、20代5名、30代16 名、40 代12 名、50代6名、60代以上5名、未記入5名であり、30代と40 代で6割を占めていた。 また、職種は、事務職が1名、専門職が43 名であり(未記入5名)、専門職の内訳では、就労支援職が39名と9割強を占めていた。それ以外の専門職としては、福祉職1名、その他1名、未記入3名であった. HIV 陽性者への相談対応は、経験者が14 名であり、全体の約3割であった。 ① 研修前後での各項目の比較 2回共に参加があり、研修の実施前後の質問紙に記入があった41名について、それぞれの項目別に対応のあるt検定を行った。その結果、1〜5の全ての項目について研修の効果が認められた(表2参照)。 また、相談対応のセルフエフィカシーについても、研修前に比べて研修後は有意に高かった。支援のイメージについても、研修前に比べて研修後は有意に高く、HIV 陽性者への相談についての準備性は高まったと考えられた。 表2 講義とワークショップでの研修における各項目の研修前後の得点の比較 ※イメージ/抵抗感とセクシュアリティ/抵抗感は逆転項目 研修前得点 研修後得点 N t 値 p 平均値 標準偏差 平均値 標準偏差 知識/ ウイルスコントロールが可能 41 1.6 0.77 3.4 0.67 -10.95 0.000 知識/ 人権 41 2.6 0.81 3.5 0.50 -7.34 0.000 知識/医療機関 41 1.7 0.68 3.2 0.69 -10.78 0.000 知識/相談・支援機関 41 2.2 0.85 3.3 0.57 -7.25 0.000 イメージ/ 身近感 40 2.4 0.71 3.5 0.60 -7.99 0.000 イメージ/ 抵抗感 41 2.5 0.78 1.9 0.57 6.66 0.000 セクシュアリティ/ 身近感 41 2.6 0.71 3.2 0.61 -6.08 0.000 セクシュアリティ/ 抵抗感 41 2.4 0.83 2.0 0.72 3.54 0.001 プライバシーの配慮/ 必要なこと 41 2.3 0.61 3.2 0.43 -7.86 0.000 プライバシーの配慮/ すること 41 2.1 0.61 3.1 0.37 -8.30 0.000 HI V陽性者のセクシュアリティの理解 41 2.2 0.75 3.1 0.42 -7.29 0.000 HIV 陽性者のセクシュアリティへの配慮 41 2.1 0.74 3.1 0.41 -7.91 0.000 相談対応のセルフエフィカシー 41 2.7 0.65 3.4 0.50 -6.31 0.000 支援のイメージ 41 2.3 0.87 3.3 0.47 -7.52 0.000 ② 「講義とワークショップによる研修」の効果 年齢と項目の得点との相関では、「プライバシーへの配慮」において、研修前には関連が認められなかったが、研修後には正の関連が認められた(p < .05) 。このことから、プライバシーの配慮に関しては年齢が高いほど理解が深まった可能性が示唆された。 また、「相談対応のセルフエフィカシー」の変化と、「支援のイメージ」の変化には、相関が認められた(p < .01) 。このことから、具体的な支援のイメージを持つことによって相談対応のセルフエフィカシーを高めることが示唆された。 相談対応のセルフエフィカシーの変化は、「ウイルスがコントロール可能」と「HIVの診療医療機関」についての知識の項目、「セクシュアリティの身近感」の項目、「プライバシーへの配慮」の各項目、「陽性者のセクシュアリティ」の各項目との相関が認められた。今後、対象者数を増やし、各項目間の関連を配慮した分析が必要ではあるが、今回の分析結果から、HIVについての知識を増やすことやプライバシーへの配慮、セクシュアリティへの身近感や対応を知ることが、相談対応への準備性を高めるうえで重要であることが示唆された。【考 察】 今回の結果は、限られた対象者における検討であるため、得られた結果の解釈には十分な注意が必要である。しかし、全ての項目において、研修の効果が認められたことは、研修内容の適切さを示していると考えられる。 今後はさらに対象者を増やし、対象者の特性も配慮しつつ、研修の効果について検討していく予定だ。また、相談対応のセルフエフィカシーの下位尺度として、各項目が構成されている可能性も示されており、さらに詳細な分析を行うことで、対象者に合わせた研修内容を選択するための質問紙を作成できると考えられた。 5 結語 当研究班が開発した研修方法の効果が確認された。特に個人の価値観にふれる、性やセクシュアリティ、HIV へのイメージなどを研修という機会のなかで、個人の価値観を相対化し、支援者としてそのことをイメージ化することは、個人の自己効力感を高めることが証明された。2010年度においては、こうした成果の一部をDVD などの支援ツールとしてまとめていく予定である。 企業に対する免疫機能障害者の雇用支援の取り組み −東京障害者職業センターとNPO法人ぷれいす東京の連携 ○松原 孝恵(東京障害者職業センター主任障害者職業カウンセラー) 生島 嗣(特定非営利活動法人ぷれいす東京) 1 はじめに 東京障害者職業センター(以下「当センター」という。)では、障害者の就労支援と企業に対する障害者雇用の支援を行っており、近年、免疫機能障害者の雇用に関する企業からの相談が増加している。 HIV 陽性者は年々増加しており、平成20 年エイズ発生動向年報では15,451 人、うち身体障害者手帳の所持者(HIV による免疫機能障害、平成19 年度)は8,488 人である。治療法が格段に進歩したため、厚生労働省エイズ対策研究事業「地域におけるHIV 陽性者支援のための研究」1)によると、ふだん就労しているHIV陽性者は72.7%となっている。HIV 陽性者で就労している人の中には職場で病名を隠すことの精神的負担が大きく、非就労者の障害者雇用制度の利用意向は64.3%と、免疫機能障害者として障害者雇用制度を利用して働きたい人が多いことがわかる。しかし、現在就労している人のうち障害者雇用制度を利用しているのは3.1%と、実際に障害者として雇用されている人は少ないのが現状である。 一方、企業は、障害者雇用促進法の改正や社会的責任等から障害者雇用に対する意欲が高まってきており、職務能力や物理的環境に関する制限の少ない身体障害者を雇用したいという要望は多い。しかし、企業にとって免疫機能障害者の雇用は不安感や抵抗感が強く積極的に雇用している企業は少ない。 そのため、企業が免疫機能障害者の雇用について抱えている不安や支援ニーズについて整理し、特定非営利活動法人ぷれいす東京(以下「ぷれいす東京」という。)と当センターが連携して取り組んだ支援事例及びその際の留意点について紹介する。 2 企業からの支援ニーズ 一般的に、障害者雇用の経験のない企業からの支援ニーズは大きく三つに分けられる。①障害や障害者についてよくわからない、②障害者雇用を検討しているが具体的な対応や配慮事項がわからない、③具体的に雇用を進めたいがトップや現場で理解が得られないという三点である。 表1企業人事担当者からの相談例 ◆職場内の対応・・・事故やけが等出血した際の対応はどうすべきか/出血することの多い調理業務に従事させてよいか/衛生管理として問題はないか/健康診断は通常通りでよいか ◆感染の可能性・・・職場で感染した事例はあるか/B型・C型肝炎の社員はいるが、感染力はどの程度違うのか/感染の可能性を0%とするにはどうすべきか ◆HIVの治療と経過・・・病状の経過や健康面の見通しはどうか/長く勤めることは可能か ◆職場内の説明とプライバシー保護・・・どの範囲まで、どのように周囲の社員に説明すべきか/障害者だと知ってはいるが障害名までは知らない周囲の社員から、どういう障害か質問された時の答え方は/障害名まで知っている社員に、知らない社員から質問された時にどう答えるよう指示すればよいか/配属部署の社員の安全配慮義務との兼ね合いはどうすればよいか/配属部署の社員から企業が訴えられることはないか/顧客や取引先から質問されたらどう答えるべきか/プライバシー保護はどのような点に留意すべきか ◆採用面接・・・病気について質問してよいか/質問してはいけないことは何か/感染経路について質問してよいか ◆在職者への対応・・・社員から実はHIV 陽性者であると相談を受けたがどうすべきか 免疫機能障害者については、それら一般的な支援ニーズに加えて、さまざまな相談が寄せられる(表1)。それらを整理すると、他の障害者の雇用とは異なる点として以下の二点があるためと考えられる。 一つめは、感染可能性のある病気ということである。そのため、企業は他の社員や顧客に感染しないよう衛生管理や安全配慮義務が求められる。また、継続的に疾病管理が必要であることから、雇用した場合の病気の経過や長期雇用の見通しについても不安を抱いている。 二つめは、病気に対する差別的な反応が根強いことである。平成12 年に国が行った「エイズに関する世論調査」では「一緒に働くことは好ましくない」という回答が45%であった。そのため、企業は、雇用した免疫機能障害者の障害や健康に関する個人情報をどの程度どの範囲に知らせるのか当事者を含めて合意を形成することと、障害を開示する場合は開示される側の社員への教育やサポートを行うことが求められる。 企業の立場からすると、感染可能性を考慮すれば職場全体に開示して感染予防に留意する必要があり、一方個人情報の管理を考慮すれば職場で安易に障害を開示できず、ジレンマを抱えてしまうことになる。また、精神障害者等の雇用でも同様だが、障害について説明していない社員や顧客から質問された際にどう答えるかという課題もあり、企業としての方針が求められる。 免疫機能障害者雇用については、一般的な障害者雇用に関する基礎知識や雇用管理に関するポイントに加え、こうした企業の不安感を取り除き具体的な助言やサポートを行うことが必要である。 3 ぷれいす東京との連携 免疫機能障害者の雇用については、2で示したように他の障害者の雇用とは異なる点があり具体的で専門的な支援が求められることが多い。そのため、HIV 陽性者への相談・支援やHIV に関する啓発事業を専門的に行っているぷれいす東京と連携して取り組んでいる。そのメリットは三つあげられる。 一つめは、ぷれいす東京がHIV 陽性者との専門的な相談を日常的に行っており、当事者の視点を踏まえた支援ができることである。研修等では当事者が体験談を話すことによる効果も大きいが、その場合講師となる当事者の協力を得られることも利点である。二つめは、最新の医学情報を収集・蓄積しており、それらに基づいた正確な情報提供が得られることである。三つめは、HIV に関する啓発事業の経験が豊富でイメージの払拭に関するノウハウがあることである。 専門的な支援に加え、免疫機能障害者雇用について企業の理解を得るためには、気軽に相談できる窓口と周知啓発が必要である。その点は、障害 表2情報提供の概要 ◆HIV陽性者の就労状況・・・HIV 陽性者には、障害を開示して就職する人、開示せず就職している人、感染していることを自分で把握していない人がいる ◆HIV陽性者の治療と経過・・・治療を受けている人の約半数は、通院が月1回、服薬が1日1回/欧米の報告2) によると、HIV 感染者と非感染者の余命の違いは10年程度という結果もあり、定年まで働ける可能性も十分にあるといえる ◆感染の可能性・・・治療を受けているHIV陽性者の7割以上が血液中からウイルスが検出されないレベルに抑えられている/HIVウイルスは非常に感染力が弱い。B型・C型肝炎の感染力と比較しても格段に弱い/多少の傷や出血では感染しない。職場で知らぬ間に感染したと証明された事例はなく、聞いたことがない ◆出血時の対応・・・けがをした時の対応は本人が一番よくわかっている。血液を直接触らない程度でよい。 ◆職場内の説明とプライバシー保護・・・誰にどのように開示するかは、本人と十分打ち合わせをしてとり決める。通院や身体的負荷の軽減が必要であれば、直属の上司には開示すべきかもしれないが、その場合も本人の了解が前提となる/障害者として雇用されたことは知っているが免疫機能障害とは知らない他の社員にどう説明するか、顧客から質問された時にどう答えるか等は、他社の事例を踏まえて社内方針を決めておくことが望ましい/当事者が障害開示を希望し周囲の受けとめ方に不安がある場合は、社員研修を開催する 者雇用全般に関する企業への相談・支援を行っている当センターが担当している。当センターは、障害種類を限定していないため、さまざまな企業との接点が多い。そのため、障害者雇用の一環で免疫機能障害についても気軽に相談に応じ、情報提供や周知啓発を行うことにより、支援ニーズを把握して、ぷれいす東京の専門的な支援につなげるといった連携を行っている。 4 企業に対する支援の実際 ぷれいす東京と連携して行った企業への雇用支援事例を紹介する。全般的に行っている情報提供の概要は表2のとおりである。 (1)企業の人事担当者を対象にした相談 企業人事担当者との相談は、基本的に当センターへの来所や電話にて行っており、各種資料(表3)を活用して情報提供している。免疫機能障害者の採用にあたって社内の了解を得るため詳細なデータがほしいという企業もあり、その場合はぷれいす東京に協力を依頼している。 表3情報提供で使用している資料 ・「障害者雇用マニュアルHIV による免疫機能障害者の雇用促進」(2010 年2 月、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構) ・「HIV /エイズとともに生きる人々の仕事・くらし・社会」1) ・ぷれいす東京ニュースレター2004 年2 月号 ・「事例で学ぶ職場とHIV 」(2006 年3 月、ぷれいす東京) (2)企業の人事担当者を対象とした研修 当センターでは、企業の人事担当者を対象に障害者雇用に関する研修会を定期的に行っているが、そのうちの1回を「免疫機能障害者の雇用管理」と題して開催した(表4)。時間は2.5 時間とし、質疑応答の時間を十分に確保するよう努めた。参加者は8 社であり、活発な質疑応答が行われた。参加者からは、従来のイメージを払拭した、他社での多様な事例紹介や当事者の生の声を聞くことで理解ができたとの意見が寄せられた。 表4企業人事担当者を対象とした研修会の内容 1 ぷれいす東京専任相談員による基礎知識の講義 ・HIV 陽性者の社会生活に関する全国実態調査 ・ 企業からの採用に関する相談事例2 専門医による疾病の解説(DVD) ・HIV ウイルスと治療 ・ 感染経路と感染可能性3 免疫機能障害者を雇用している企業担当者による雇用の実際紹介(インタビューDVD) ・ 雇用のきっかけと社内の効果 ・ 障害開示に対する社内の反応と人事部の対応4 特定非営利活動法人HIV陽性者ネットワークジャンププラスの当事者による体験談 ・ 就労しているHIV陽性者が抱える悩みと状況 ・ 病気を開示した時の職場の反応と思い5 質疑応答 (3)企業の社員を対象とした研修 企業の人事担当者から、配属予定部署の社員に対してHIV に対する研修をしてほしいというニーズがあった場合、企業を訪問して実施している。参加者のHIV に対する考え方を想定しながら、ぷれいす東京や企業人事担当者と相談し、さまざまな方法で研修を行っている。 ①HIV についての知識付与を主として行った例 配属予定部署の社員を対象として、企業にて30分〜1時間で行った。ぷれいす東京専任相談員が講師となり、HIV の基礎知識について説明し、疾病を解説したDVD を視聴した。最後に質疑応答を行い、疑問や不安感を聞き出しながら必要な情報を具体的に提供した。HIV について一定の理解は得られたが、イメージが根強い場合は不安を払拭しにくい場合もあった。 ②若い社員を対象として行った例 20〜30 歳代の店舗社員を対象として、店舗内で開店前や休憩時間を利用して30 分〜1時間で行った。ぷれいす東京の専任相談員と当事者であるスタッフが講師となり、HIV の基礎知識について ○×のクイズ形式で参加型の手法をとりながら説明した。当事者から体験談をまじえながら進行し、質疑応答の時間も設定した。研修終了後も講師を囲んで質問が絶えず、身近なこととして理解しようという土壌ができたと思われる。 ③雇用予定者について説明した例 雇用予定者の配属部署の社員を対象として、企業の会議室で30 分〜1時間で行った。事前に当センターが雇用予定者と相談を行い、障害の状況や職場に配慮を求めたいこと等について確認しておき、当日は一般的なHIV に関する情報提供と併せてそれらを説明した。当事者に直接質問しにくいことも確認できるため不安を解消できたと思われる。 (4)雇用時の障害開示に関する個別相談例 企業の依頼により、雇用予定の免疫機能障害者と企業人事担当者の相談に、ぷれいす東京専任相談員と当センターが同席した。企業は、配属部署の社員全員に障害を開示したほうがよいと考えているが、雇用予定者は上司と人事担当者のみに開示してほしいとの意向があり調整が必要であった。 ぷれいす東京専任相談員から、HIV 陽性者は障害名や病名を周囲に知らせていない場合が多く知らない間に病名が知られる不安が強いことを説明し、他社における開示のしかたやスムーズな受け入れ事例等について紹介した。企業からは、HIVや個人情報保護に関する社内研修の実施状況や他の障害のある社員の状況について説明があった。その後、雇用予定者と企業が協議しどの範囲でどのように開示するか取り決めた。企業の実情と当事者の意向を踏まえながら、ぷれいす東京専任相談員から類似の他社事例等を情報提供することにより、双方が納得できる結論を導き出せたと思われる。 5 企業への雇用支援のポイントと課題 企業の人事担当者は、漠然とした負のイメージと雇用管理の見通しが不透明なことによる不安、社内理解に関する自信のなさを持っていることが多い。そのため、就労している免疫機能障害者に関する正確な情報を提供すること、他社事例を収集して雇用管理に関する助言を行うことが有効だと思われる。また、感染可能性と個人情報保護のジレンマを一人で抱え込まないよう具体的な助言を行い、企業方針を明確に定められるよう支援することが重要である。 配属部署の社員は、漠然とした負のイメージと感染の恐怖、どう接すればいいのかといった不安感を持っていることが多い。そのため、当事者の体験談等により具体的で前向きな印象を与えること、感染可能性について職場に即して説明することが有効だと思われる。また、職場で障害を開示するのは信頼の表れであり非常に勇気のいることだという当事者の思いを紹介し、生身の人間として身近に感じてもらうことが重要である。 いずれの場合も、免疫機能障害というだけで一括りにせず、考え方や適性には個人差が大きいため当事者個人を尊重するよう伝えていくことが必要である。 社員の中には、病気を開示せず勤務しているHIV 陽性者や感染の心当たりがある人もいることにも留意が必要である。HIV について詳細に説明するとセクシャリティに関する話題につながりやすいが、職場ということもあり、どの程度踏み込んで説明すればよいか、また職場で受け入れられるのかといった課題もある。 6 おわりに 「この企業は免疫機能障害者を雇用している」と公にすることは、現時点では難しい状況にある。他の社員や顧客に与える影響が懸念されるためであり、他の障害者の雇用と比較すると差別的な反応がいまだ根強いことを実感している。 今後、多くの人がHIV を正しく理解し、HIV 陽性者が障害を開示しやすくなり、免疫機能障害者を雇用していると企業が堂々と公にできるよう、ぷれいす東京と連携してさまざまな手法をとりいれながら効果的な雇用支援を行っていきたい。 【参考資料】1) 厚生労働省科学研究費補助金エイズ対策研究事業地域にお けるHIV 陽性者等支援のための研究班:「HIV/エイズとともに生 きる人々の仕事・くらし・社会 『HIV 陽性者の生活と社会参加 に関する調査』報告書」(2009) 2)Ann Intern Med 146:87(2007) 難病のある人の地域就労支援の効果の経時的評価 −モデル事業における支援対象者の視点から− 春名 由一郎(障害者職業総合センター社会的支援部門 1 はじめに 医療の進歩に伴い、多くの難病は慢性疾患化し、共通した課題として、継続的な疾患管理と職業生活の両立を可能にする労働と医療の連携した取組が重要となっている。難病のある人への就労支援のあり方については、横断的調査1)により職場配慮の重要性が明らかになっている。しかし、就職前や就職後の様々な職業的課題、地域の様々な支援、本人の取組等も含めた総合的な就労支援のあり方はいまだ明らかでない。 本研究では、難病のある人への就労支援モデル事業における支援対象者の追跡調査により、職業生活の局面の変化、地域の支援の利用、職場の取組、本人の就労動機等の変化に伴う職業上の課題の変化を分析し、効果的な地域支援のあり方を明らかにすることを目的とした。 2 方法 (1)モデル事業の内容 当センター特別研究「障害者の自立支援と就業支援の効果的連携のための実証的研究」におけるモデル事業として、労働・福祉・医療・教育等の関係機関の連携調整により就業準備、就職、職場適応、就業継続、キャリアアップ等に一貫した取組を実施する法人を公募し、難病相談・支援センターを運営している4地域の法人に就業支援コーディネーターを配置し実施を委託した。実施期間は、平成21年3月〜22年3月であった。各地域の具体的な支援内容は、障害者職業総合センター研究員と各地の代表によるモデル事業推進部会を年間4回開催し、意見交換をしつつ決定した。 (2)定期的調査 モデル事業における、支援対象者のうち、労働年齢にあり同意を得られた者を個別登録し、登録時、中間時、終了時の3回、定期的に調査票を送付し、郵送による調査を行った。登録者の募集は、就労支援コーディネーターが行い、各地でモデル事業内容と定期的調査についての説明を行った後 研究員) に、書面での同意を得た。 職業生活上の課題は、就職前(職業準備、就職活動、就職成果)、就職後(職場適応・就業継続)の各局面での問題発生状況と、主観的な自信や満足感について尋ねた。職場、地域、本人の取組については、地域の様々な機関等の利用、職場での物理的・人的・制度的等の配慮状況、モデル事業での支援内容への本人評価、本人の就労動機や楽観性等を尋ねた。質問項目は、課題については70問、取組については157問とした。 (3)定期的調査への回答者 90名がモデル事業の定期的調査への協力に同意し登録した。そのうち、定期的調査に最低2回の回答があった70名の回答を分析対象とした。対象者の疾患名と人数は、全身性エリテマトーデス10名、クローン病9名、潰瘍性大腸炎3名、ベーチェット病5名、モヤモヤ病3名、サルコイドーシス3名、メニエール病3名、パーキンソン病2名、レックリングハウゼン病3名、後縦靱帯骨化症3名、大腿骨頭壊死2名、網膜色素変性症2名、多発性硬化症2名、混合性結合組織病2名、拡張型心筋症2名、二分脊椎症2名、その他、脊髄小脳変性症、重症筋無力症、ハンチントン病等各1名の疾患が16名であった。また、男40名、女30名、平均年齢は41.5歳±11.8歳(標準偏差)、身体障害者手帳のある人は27名(重度10名、重度以外17名)、精神障害者保健福祉手帳をもつ人が1名、手帳のない人が43名であった。 (4)分析 本モデル事業における、多岐にわたる職業的課題と職場・地域・本人の取組について、前後の変化の類似によって主要なグループとしてまとめるため、それぞれ主成分分析(バリマックス回転)した。 さらにその主要な職業的課題と職場・地域・本人の取組の変化の主成分得点間の相関分析を行った。図に示すように、この分析における、負の相関係数は、取組がある場合に職業的課題が少ない 問題に対して多い取組 負の相関負の相関取組が効果 的な場合 取組が効果正の相関的でない場合 → 取組無 無相関 時間経過図.職業的課題の問題の有無と、取組の有無との時間的な因果関係の模式図 ことを示し、解釈としては問題解決に効果的な取組を示唆する。逆に正の相関係数は、取組がある場合に職業的課題が多いことを示し、解釈としては職業的課題が多いときに取組が多くなっているが必ずしも効果的に問題解決の効果が上がっていない取組であることを示唆する。 (5)研究倫理 当モデル事業と定期的調査について、当センター研究主幹の委嘱による外部の専門家を含む委員会による審査を受け、承認を得た。 3 結果 (1)職業的課題と取組の変化 職業的課題と、職場・地域・本人の取組の変化を、それぞれを主成分分析した結果、課題について17成分(累積因子負荷量85.4%)、取組について39成分(同92.2%)を得た。各成分得点は標準化(平均0、標準偏差1)されているが、分布の偏り(歪度)は異なっており、歪度の順位で、それぞれを表1、表2に示す。 歪度が正の方向に大きいことは、モデル事業の初期よりも後期で課題が減った人が多いことを示し、負の方向は逆である。モデル事業の経過によって、就職後の課題が減少し、モデル事業への満足度が増加している人が多かったことを示す。一方、運搬作業でのストレスは増加し、処遇や職業満足では低下した人が多かった。また、「職場とのコミュニケーションなく仕事をすること」という成分についての問題が増加しているということは、逆に言えば、職場とのコミュニケーションのない状況で仕事をする人が減少したことを示し、ある意味状況の改善を示す。その他の多くの課題については、モデル事業での変化には特に特徴はなかった。また、地域差もなかった(表1)。 表1.職業的課題の前後差17 成分の得点分布の歪度 変化した職業的課題の内容 歪度 P 就職後の職務遂行一般 7.44 .00 職務遂行と通院の両立 7.24 .00 配慮や病気の説明をして知的仕事 7.02 .00 全般的なモデル事業への満足 2.13 .00 適当な報酬を得ること 1.03 .00 フルタイム労働(労働時間の延長) .79 .00 全般的な生活満足と十分な収入 .12 .33 疾患管理や支援利用、自己主張の自信 .07 .40 職場への配慮伝達と自分アピール .03 .45 病気の誤解されない説明と将来展望 .01 .48 一般雇用就労 .01 .49 就職面接や就職活動一般 -.09 .38 就業継続と昇進 -.44 .06 職場実習等で能力発揮可能な仕事調査 -.45 .06 ストレス対処と運搬 -.73 .01 処遇や職業満足 -1.09 .00 職場とのコミュニ ケーションなく仕事をすること -6.71 .00 一方、職場、地域、本人の取組では、就職後の職場の取組として、仕事中の休憩等への職場の理解と協力、マンツーマン個別指導等が減少し、地域支援の利用では、特別支援学校の先生への相談、障害者手帳を活用して専門援助部門を利用、就職後の生活支援、当事者団体への就労相談、福祉的な就労支援の利用が減少した。モデル事業の支援としては特に、支援者の秘密厳守、職場実習、職場への同行支援が少なくなっていた。また、本人の経済的自立・普通生活等の就労動機が減少していた(表2)。 表2.取組の前後差39 因子成分得点の分布の歪度 変化した取組の内容 歪度 P 仕事中の休憩等への職場の理解と協力 6.92 .00 支援者の秘密厳守、職場実習 5.99 .00 職場でのマンツーマン個別指導 5.64 .00 特別支援学校の先生への相談 4.99 .00 職場への同行支援( 子ども扱いの傾向) 3.63 .00 障害者手帳で専門援助部門を利用 3.35 .00 経済的自立・普通生活等の就労動機 2.03 .00 就職後の生活・地域支援 1.86 .00 職場の施設改善 .66 .01 当事者団体への就労相談 .58 .02 福祉的な就労支援の利用 .54 .03 保健師、ソーシャ ルワーカーへの就労相談 .32 .13 職業能力の評価 .29 .16 家族、友人、知人への就労相談 .27 .16 面接、履歴書の就職セミナー等 .26 .18 通院の配慮 .21 .23 難病相談・支援センターへの就労相談 -.11 .36 就業・生活支援センターでのキャ リア進路支援 -.13 .33 ストレス対処や疾患自己管理訓練 -.13 .32 医療・生活・労働の本人中心の支援 -.19 .25 同僚・上司の理解と配慮、協力 -.22 .22 コーディネーターの支援提案力 -.31 .14 職業訓練校の利用 -.32 .13 ハローワーク一般窓口での就職活動 -.44 .06 関係機関のケース会議、職業相談 -.55 .03 就職後も病気やキャリア の継続的な支援 -.58 .02 本人の楽観性 -.61 .02 医療リハ、職業訓練機関の見学 -.78 .00 能力的に無理のない仕事への配置 -1.18 .00 仕事内容や職場状況の確認・相談 -1.25 .00 資格取得、職業技能訓練 -1.65 .00 自治体相談窓口への就労相談 -1.68 .00 医師が本人の話を聞いて理解・協力 -1.76 .00 作業マニュアルやテキスト -2.03 .00 自分で一般求人で就職活動すること -2.28 .00 トライアル雇用で職場との意思疎通促進 -2.84 .00 本人から聴いて仕事内容を個別調整 -4.11 .00 勤務時間の変更、短時間勤務 -4.73 .00 主治医と職場での仕事内容チェック -7.69 .00 一方、職場での取組として増加した人が多かったものは、主治医と職場での仕事内容チェック、勤務時間の変更、短時間勤務、本人の意見を聴いて仕事内容を個別調整すること等であった。地域支援の利用で増加したものは、トライアル雇用で職場との意思疎通促進、医師が本人の話を聞いて理解・協力すること等であった。また、本人の将来に対する楽観的傾向が増加した。また、福祉施設の就労支援の利用だけは増加と減少で地域差が認められたが、その他は地域差はなかった。 (2)職業的課題と取組のそれぞれの変化の相関 上記、職業的課題の変化と、取組の変化の相関関係について、統計的有意な関係が認められたものを、負の相関と正の相関に分けて表3に示す。 就職後の職務遂行上の課題が全般的に減少していたことは、職場で本人の意見を聴いて業務改善する取組の増加、同僚・上司の理解・協力の増加等と関係していた。職務遂行と通院の両立の課題が減少していたことも、職場で勤務時間の変更や短時間勤務、無理のない仕事への配置等が増加したことと関連し、また、職場への病気や配慮の説明の課題の減少には就労支援コーディネーターの支援提案や職業評価の増加が関連していた。さらに、職場でのコミュニケーションがない状態での就労が減少したことは、同僚や上司の理解・協力や医師の関与が減少した一方で、職場で本人の意見を聴いて業務改善する取組が増加したことと関連していた。処遇や職業生活への満足の低下は、職場の施設改善やマンツーマン指導の減少と関連していた。ストレスと運搬作業の問題の増加には、能力的に無理のない仕事への配置ができていないこと等が関係していた。その他、職業的課題への効果的な取組を示す負の相関がかなり認められた。 一方、職業的課題と取組の変化が正の相関を示すものも多く認められた。特に、トライアル雇用での職場理解促進の取組の実施は、フルタイム労働の成果は少なかった。また、職場に必要な配慮を伝え自分をアピールする課題に対してモデル事業の就労支援コーディネーターを中心として本人ニーズに沿った支援が実施されたが、これも効果が上がっていなかった。 4 考察 本モデル事業では、就職している難病のある人の職業的課題の減少が認められ、それに対しては、主に職場での取組が増加していることが関係していた。就職者については、本人と職場のコミュニケーションが行われ、職場の理解や協力、仕事への配置や仕事の条件の調整が進んだと考えられる。これは、就職後の職場と本人のコミュニケーションの重要性を示すものであり、また、職場における配慮等の内容への専門的提案その他の事業主支援の重要性を示唆するものである。 また、就労支援コーディネーターが様々な職業 表3.職業的課題の変化と取組の変化の相関 職業的課題の変化 負相関の取組の変化 相関係数 p 正相関の取組の変化 相関係数 p 就職後の職務遂行一般 本人の意見を聴いて仕事内容を個別調整 -0.62 0.00 医療リハ、職業訓練機関の見学 0.28 0.02 同僚・上司の理解と配慮、協力 -0.4 0.00 当事者団体への就労相談 0.24 0.04 職場の施設改善 -0.25 0.04 勤務時間の変更、短時間勤務 -0.78 0.00 職務遂行と通院の両立 福祉的な就労支援の利用 -0.29 0.01 能力的に無理のない仕事への配置 -0.25 0.03 職場の施設改善 -0.25 0.04 配慮や病気の説明をして コーディネーターの支援提案 -0.4 0.00 職場への同行支援(子ども扱いの傾向) 0.63 0.00 知的仕事をすること 職業能力の評価 -0.26 0.03 全般的なモデル事業への 仕事中の休憩等への職場の理解と -0.31 0.01 職業訓練校の利用 0.36 0.00 満足 協力 経済的自立・普通生活の就労動機 0.35 0.00 作業マニュアルやテキスト -0.46 0.00 当事者団体への就労相談 0.28 0.02 適当な報酬を得ること 通院の配慮 -0.42 0.00 医療リハ、職業訓練機関の見学 0.24 0.05 本人の楽観性 -0.24 0.05 フルタイム労働( 労働時間 トライアル雇用で職場とのコミュニ 0.27 0.02 の延長) ケーション促進 全般的な生活満足と十分な収入 本人の楽観性 -0.25 0.04 職場の施設改善 0.28 0.02 仕事中の休憩等への職場の理解と協力 -0.24 0.05 主治医と職場での仕事内容チェック、医療機器使用 0.27 0.02 病気の管理やサービス利 本人の楽観性 -0.49 0.00 医療リハ、職業訓練機関の見学 0.25 0.04 用、意思主張等の全般的 マンツーマン個別指導 -0.35 0.00 自信 資格取得、職業技能訓練 -0.24 0.04 職場に必要な配慮を伝え自分をアピールする 医療・生活・労働の本人中心の支援 0.31 0.01 一般雇用就労 職業訓練校の利用 -0.24 0.04 職場への同行支援(子ども扱いの傾向) 0.31 0.01 コーディネーターの支援提案 0.25 0.04 就職面接や就職活動一般 仕事内容や職場状況の確認・相談 -0.29 0.01 コーディネーターの支援提案 0.26 0.03 就業継続と昇進 自分で一般求人で就職活動すること -0.33 0.01 仕事中の休憩等への職場の理解と協力 0.29 0.02 職場実習等で自分の能力 作業マニュアルやテキスト -0.3 0.01 能力的に無理のない仕事への配置 0.25 0.03 を発揮できる仕事を調べる (その他の障害判定、秘密厳守、職場実習) -0.25 0.04 能力的に無理のない仕事への配置 -0.51 0.00 同僚・上司の理解と配慮、協力 0.26 0.03 ストレス対処と運搬 主治医と職場での仕事内容チェック、医療機器使用 -0.47 0.00 処遇や職業満足 職場の施設改善 -0.26 0.03 主治医と職場での仕事内容チェック、医療機器使用 0.60 0.00 マンツーマン個別指導 -0.25 0.04 通院の配慮 0.29 0.02 同僚・上司の理解と配慮、協力 0.25 0.04 職場でのコミュニケーションがなく仕事をすること 同僚・上司の理解と配慮、協力 -0.42 0.00 本人の意見を聴いて仕事内容を個別調整 0.65 0.00 主治医と職場での仕事内容チェック、医療機器使用 -0.26 0.03 的課題に対して実施している直接の取組の効果は、病気や配慮の職場への説明等一部に限られていた。一方、職場側の本人との意思疎通による理解・配慮が最も就労課題に影響し、また、就労支援機関による仕事内容や職場状況の把握とマッチングの取組や、本人の就労動機や楽観性も重要であることが明らかになった。これらのことから、難病のある人の就労支援においては、難病相談・支援センターが病気や配慮の説明や本人の心理的励まし等に関与しながら、無理のない仕事や条件にあう職場への正確なマッチングを行えるようにハローワークや職業訓練校と連携するとともに、職場での継続的なナチュラルサポートのためのコミュニケーション支援が重要であると考えられる。 難病のある人への地域関係機関が連携した支援 のあり方は未確立であり、本研究はモデル事業といっても特に支援内容を統一せず4地域の各法人の提案に基づく支援を実施した。その結果、多岐にわたる課題や取組について、観察的ではあるが追跡調査により効果的な職場や地域の取組の示唆を多く得られた。さらに効果的な取組を実施する介入的モデル事業により、より科学的根拠の強いデータを得ることができるだろう。また、難病の地域就労支援には依然大きな地域差等があり、横断研究による効果的な取組の特定も重要である。 【参考文献】 1)難病の雇用管理のための調査・研究会: 難病のある人の雇用管理・就業支援ガイドライン, 2007. 就労への好循環を支える条件と検証 −制度の運用におけるインフォーマルな支援− 中村正利(宮城県知的障害者福祉協会会長/まどか荒浜施設長) 1 狭き門への挑戦 (1)苦戦のなかでの曙光 就労移行支援事業が華々しくスタートしたのに、雇用環境が不安定な政治状況、深刻な円高・デフレの吹き荒ぶなかで、氷河期さながらの苦戦を強いられている。 一般就労先の開拓どころか、職業準備性を身に付けるための企業実習先の受け入れも、切り詰めた社員数では人手を割けないことを理由に断られるケースが少なくなく、極めて狭き門である。 そのような中で、職親協力事業者の存在は、一縷の希望をつなぐ干天の慈雨である。当施設でも、知的障がいをもつ利用者のうち、10人ほどが職場実習訓練を受けている。採用への夢を抱いて、表情も明るい。 (2)就労支援センターによるサポートへの信頼 仙台市が設置し、10 年の歴史を刻んだ任意の「障害者就労支援センター」では、実習段階でも、ジョブコーチ(以下「JC」という。常勤2人、登録8人。)を付けてくれるので、協力事業者も、利用者も心強い。何くれと利用者の抱える課題を掴み取って解決の労を惜しまず、事業者との連携を小まめに果たしてくれる信頼の存在だからだ。しかし、順風満帆な航海は、突然、白昼夢に帰することになる。 2 白昼夢からの暗転のシナリオ (1)事例紹介 ことの発端は、「就労支援センター」の運営が「指定管理者」の入れ替えによって、ベテラン職員の引き揚げ、ノウハウを備えたJC全員の雇い止めという予想だにしない態勢の変化が生じたことにある。 それだけではない。頼みの綱のJCの派遣条件に見直しが掛ったから、びっくり仰天した。 「①JCの派遣要件は、職場適応にあり、『職親』には、適用がない。②JCには、有資格者を充てるべきであり、新スタッフのなかには、有資格者がいない。だから派遣できない。③それほど有効と考えるなら、移行支援事業者がその職員を派遣すれば、済むことではないか。」というのが理由のようだ。 (2)「事業継承の原則」が崩れるとき ああ!“神は死せり(Gott ist tot!) ”ニーチェの嘆きが聴こえそうだ。任意性の「センター」ならではの自在性のメリットは、どのように生かされるのだろうか。管理主体の入れ替わり、引き揚げによる混乱と後遺症が治癒されないまま、現場では、混乱と不信が渦巻く。「新しい公共」のモデルケースなのに、「事業継承の原則」と、それを「評価・監督すべき責任主体」は、どこを彷徨っているのだろう。 3 福祉の原点に立ち返って! (1)事例から析出される提起課題 上述の事例紹介は、就労移行支援の取り組みに当たって、公的制度を補強し、その実効を上げるために、何が必要なのだろうかを考える好個の材料として提起したに過ぎない。 改めて、①就労移行支援事業の推進にとって、必要な条件とは何か。②制度の運用管理に際して、大切に守らなければならない原則とは何か。③三障害統合の理念の片隅に置かれがちな知的障がい特有の課題に対するフォローの在り方が問われる。 (2)運用における合理性とは? 法の運用に際して、コンプライアンス(法令遵守)の枠内で、法に「覇束(きそく)」され過ぎず、趣旨目的の合理的解釈からする「自由裁量性」に立脚し、より良き調和律を、どのように構築していくべきか。また、「指定管理者制度」の本質や有期性ゆえの基盤の脆弱性・リスクをどう補強し、担保していくべきか。上述の事例が課した教訓・本質を学びとらなければ、就労移行支援の前進はないからだ。 (3)見えない「くさび」だから 「くさびだから/大事なところに打つ。/くさびだから/目にみえないところに打つ。(相田みつお美術館)の箴言をひもとくまでもない。JCの機能は、屋台骨をシッカリと支える「目に見えない大事なくさび」の存在である。就労移行支援は、利用者の自立支援の最先端に置かれながら、試行錯誤の段階にある。逃げ水を追いかけるに似た挫折を味わうことも少なくないきつい仕事であり、ヒューマンなフォローが重要と考える。 (4)インフォーマルなサポートが大事 就労機会の局面はⅨ区である。それだけに、四角四面のフォーマルな対応だけでは、実習⇒雇用への局面が開けない。インフォーマルな機能が果たす役割の大きいことは、言うまでもない。本来、最も重視すべき価値の比較衡量〔社会的妥当性など〕による判断が必要と考えるのだが。 4 教訓から導かれること (1)権利条約を見据えて 就労移行支援事業を巡る制度的・事業的充実のテンポは、これから加速されるであろう。とりわけ、障がい者権利条約、ディーセントワーク(人として差別なき当然の労働基準)など欧米の先進的人権思想が堰を切ったように押し寄せてきている。 (2)理念から活動へ ソーシャルインクルージョン(SI)が、再び脚光を浴びてきた。国内法との余りの落差ゆえに、日本では遠い先のことと知識レベルに留めていた福祉関係者も少なくない。EC 統合の理念「多様性の中の統合」に篭められた歴史性とリベラル性がこれからの「障がい概念」を塗り替えるだろう。デカルト、カントなどの「合理性」に挑んだ哲学の系譜が、理念に止まることなく、行動規範として、深く人間社会の在り方に定着していることに羨望するばかりである。 だから、早晩、権利条約の批准となったところで、that’s all と手放しで喜ぶことは早合点に過ぎる。国から与えられることを前提とした「待ち」の姿勢では、実態が大きく変わることが期待できまい。政治学者の丸山真男東大教授が1970 年代に喝破した日本人特有の「目的意識に基づく主体性の欠如」、更には「他者感覚のないところに人権は育ち難い。」の原型=古層は、戦後の長い年月を経ても、何ら変質を遂げなかった固い凍土だからである。「合理的配慮概念」が民意で変わり得る多義的概念だけに、その具体化とそのプロセスが問われる。 (3)就労前の訓練支援に施策面の補強を 深刻なのは、①雇用率が高まらないこと、②一般 就労率が下げ止ったまま推移していること。その要因に、現行法制のなかで、就労前の就労支援施策の立ち遅れが挙げられる。例えば、就労移行支援の有期制の問題だけはない。就労への初動段階である職業準備性を身に付けるための企業実習や職親訓練において、中を取り持つ支援機能の役割が極めて大事でありながら、制度的補強は、これからである。就労移行事業者にJC を出せと言われても、報酬単価の削減が響いて、人件費の圧縮で凌いでいる現場事情からは、法定配置基準を上回る人員の増強は厳しく、JC 配置を期待するには限度がある。 また、JC の資格取得に当たって、必要経験年数に「障害者就労・生活支援センター」の期間がカウントされているのに、任意の「就労支援センター」の期間が除外されているのは、どうしたことであろう。開拓期だけに現実性を欠いた不可解な現状である。「労働及び雇用についての合理的配慮の権利が実現されることを保障し促進」することを謳った権利条約の趣旨を踏まえた運用が俟たれる。 就労支援センターにJC の設置が無理なら、企業と利用者間で支援やコーディネート、専門相談を通して雇用へ結びつける支援機能を発揮できる機関を創設するなど施策的展開ができないものであろうか。 5 終わりに〜指定管理者制度考察 指定管理者制度は、「官⇒民」を受けて、障がい者施設など福祉の社会資源運営に数多く登場してくる仕組みだ。事例に関連して、課題に触れておきたい。 指定管理者制度にあっては、行政と指定管理者の法的関係は、管理の代行という行政処分であり、委託とか契約ではないという。それだけに、①選考過程における恣意・専断の余地のない公正性の担保。 ②行政と民間との新しいパートナーシップに基礎を置く限り、その効用を最大化するため、機能性としてどれだけ自在度が担保されているか。③両者間における信頼関係の確保が、持続条件としての重要性を喚起したい。それには、一方的な従順を排除し、忌憚なく夫々の課題をぶつけ合い、アウフヘーベンによって相乗効果に結びつける積極的努力の積み重ねが求められる。それだけに、支援事業者等関係団体との信頼関係を高める日常の緊密な連携と協働が一層、重要となると考える。 チーム支援と地域でのネットワーク作り −多職種の連携− 亀井 あゆみ(社会福祉法人かんな会 障害者就業・生活支援センター トータス 生活支援ワーカー) 1 センターの概要 当センターは群馬県藤岡市にあり、社会福祉法人かんな会が、平成20年5月1日に県の単独事業として就業支援センターの委託を受ける。 2年後の平成22年4月1日より、厚生労働省・群馬県より委託を受け、障害者就業・生活支援センターとなり、新たなスタートを切った。 2 所管地域の状況 (1)圏域 群馬県の南西部に位置し、埼玉県と長野県に隣接している藤岡市、富岡市の2つの保健福祉圏域(2市3町2村)が所管地域である。 藤岡圏域(藤岡市、神流町、上野村) 富岡圏域(富岡市、甘楽町、下仁田町、南牧村) (2)人口 2つの圏域を合わせた人口数は、約13万8千人(平成22年9月1日現在)。群馬県の総人口の約7%。 3 当センターの利用状況 登録者数は約200名(平成22年9月末現在)障害別の割合は身体障害者が17%、知的障害者が34%、精神障害者47%、その他が2%であり、精神障害者の中には、精神保健福祉手帳を取得している高次脳機能障害者や発達障害者も含まれる。 表1登録者数の割合 地域/ 障害 身 体 知 的 精 神 その他 総 数 藤岡圏域 12 31 33 1 77 富岡圏域 18 27 49 4 98 その他の地域 4 12 13 0 29 障害種別計 34 70 95 5 204 4 圏域内の社会資源 (1)施設 身体障害、知的障害、精神障害と各障害者の利用できる社会資源はあるが、施設数が多いとは言えないのが現状である。また、高次脳機能障害や発達障害の支援を行っている施設がなく、精神障害の施設利用が主となっている。 (2)医療機関 病床数300以上の精神病院から、通院やデイケア併設の精神科、心療内科もある。最近は県内全域で精神科のクリニックが増えている傾向もあり、他市への受診も増えている。 5 事例を通して (精神障害者へ医療機関と連携を取りながら行った支援の事例) ① 本人情報 氏 名:A子さん 性別:女性 年 齢:32歳 診 断:統合失調症 制 度:精神保健福祉手帳 年金は今後申請 家 族:(同居)父・母 (別居)兄・弟 学 歴:小・中・高校(普通学級を卒業) 職 歴:高校卒業後に就職 製造業→飲食店→パン製造→荷物の仕分け(すべてクローズで就職) 生活歴:就職と同時に一人暮らしを始める。仕事のストレス、ホームシック 対人関係の問題等、色々な状況が重なり実家へ戻る。 通院歴:一人暮らしをしていた頃、引きこもり状態になり内科を受診(20歳)、22歳の時に精神科を受診。以後、県内の精神科、クリニック等10ヶ所くらい転々とし安定した通院が(職務内容) できていない状況であった。 で調整してしまう。 3) 生活リズムが整わない ② Aさんの課題 (本人の理由)夜、仕事が終わって帰宅すると、 (病気) なかなか寝付けない。早朝まで起 ・一度通院しても、また別の病院に変えてしまう。 きている。 ・拒薬傾向がある。 4) 考えることが面倒になっている (就労) (本人の理由)人間関係も面倒になり、イライラ ・精神的に安定してくると就職活動をする。 する。幻聴、被害妄想もある。 ・長く続かない。 ・Aさんは、服薬を中断して、調子が悪くなって (コミュニケーション) くるとまた別の病院を受診。今までそれを繰り ・会話をしていても場が読めない。 返していた。関わっている機関も、その時に受 ・話の流れに乗れない。 診していた病院のみであった。 ③ 就職から休職まで ④ サポート体制作り ・ 高齢者施設の厨房(食器洗浄、調理補助等) (就業時間) ・ 午後3時30分〜午後8時30分 (状況) ・ 終業が午後8時30分で、帰宅してからなかなか寝付けず、翌日は出勤時間の直前まで起きられない。 ・ 障害をクローズで就職するも、途中から苦しくなり、事業所に自分で病気のことを打ち明ける。 ・ 就職活動をしていた時は、通院をしており活動的であったが、就職が決まり徐々に受診もせず服薬も中断してしまい、仕事に行けなくなってしまう。 ④ 役割分担とサポート体制 ・ 休職し始めた時の課題 1)定期受診が出来ていない (本人の理由)主治医が男性で、診察時に自分の状況をうまく伝えられない。 2)服薬が継続できない (本人の理由)処方された薬を服薬すると、調子が悪くなってしまうので、自分 本人の課題に対する支援を考え、役割分担によりサポート体制を作り、支援者の中でどこかに大きな負担が掛からないようにバランスを考えた。 ⑤ 復帰に向けた動き(それぞれの動き) 1)休職 (事業所) ・ 治療に専念、復帰を待って下さる。 (当センター) ・ Aさんから連絡が来るまで、メールを送り続ける。 ・ 受診の必要性を伝え、受診同行。 2)治療 (事業所) ・ 復帰に向けた調整。 負担の少ない職務と勤務時間帯の調整準備。 (医療機関) ・ 副作用が出やすい体質。服薬中断に繋がらない よう調整をし、服薬の重要性を伝える。 (当センター) ・受診に同席し、状況を事業所へ伝え、復帰にあたっての相談を行う。 3)復帰 (事業所) ・ 短時間スタート。 リハビリ出勤の体制を整え、1日置きに出勤のシフトでスタート。 (医療機関) ・ 主治医が事業所を訪問。今までの治療の経過と 本人の状況を伝える。(当センター) ・ 復帰後は、事業所と本人の状況に合わせたタイミングで定着支援を実施。 ⑥ 経過とまとめ (経過) ・ 家庭、企業、医療、福祉の繋がりができたことでそれぞれの不安が軽減された。 ・ 本人、企業が状況によって相談できる機関が明確になり、スムーズなやりとりができている。 (まとめ) ・ アセスメントの段階で、本人の過去から現在の課題を把握し、役割分担を行ったことで各方向からの支援体制が整えられた。 ・ 個別支援計画を作成し、1ヶ月ごとに課題に対する状況確認や見直しが行えた。 6 現在の取り組み (1)定例カンファレンス 当センターの登録者が多い医療機関と月に1回程度、定例カンファレンスを行っている。 (出席者)医師、看護師、地域活動支援センター精神保健福祉士(以下「PSW」という。)、相談支援事業所PSW、デイケアPSWと当センター職員。 (内容) ①登録者の現状報告 ・ 就職者、実習中の方(定着支援の状況) ・ 求職中の方 ・ 新規登録希望者の情報 ②情報提供(当センターより) ・ 事業所の情報 ・ 訓練事業、実習、求人情報 ③情報交換 ・ 研修会等に参加した情報提供 ・ 他県の取り組みや制度の情報 (メリット) 定例カンファレンスを始めて、緊急性の低い情報は、ゆっくり時間を取り報告することができる、多職種が1人の利用者に関わっている場合は、一度にそれぞれの情報共有が図れる、職員間のコミュニケーションにも繋がる。 (2)就労支援プログラム 就労を目標としている登録者向けのプログラム。(現在、徐々に取り組み始めているものと準備段階のものがある) ①就職準備 ・ 正しい履歴書の書き方 ・ 面接練習(服装・整容面・行動・態度) ②社会生活 ・ ソーシャルスキルトレーニング(SST) ・ 認知行動療法 (3) 職業シミュレーション 実習先や就職先が決まった場合や、これから実習や就労を希望する場合、作業の疑似体験を行い得手、不得手を確認し、本人のできること、得意な分野を発見できるために活用して行く手段。 ① 工場内軽作業 ② 接客体験(喫茶) ③ 清掃 ・ 地域の施設と定期的な打ち合わせや準備を行い、 施設内で体験可能なスペースを有効活用させて頂き、上記3種類の作業シミュレーションを行っていく。 ・就労を目標とした登録者の所属施設の職員も、当センターも本人の状況が確認でき、共有化することができる。 7 今後の活動 専門的に支援できる資源がまだ整っていない、高次脳機能障害や発達障害への支援を今後、地域で盛り上げていくために、何が必要とされているのか現状を把握する必要性がある。 また、就業・生活支援センターで行える支援はどんな内容でどこまでの支援が行えるのかも今後の課題でもある。 高次脳機能障害者の支援団体との関わりとして定例で開催されている勉強会へ参加し、参加している多職種(作業療法士、言語聴覚士、ソーシャルワーカー、教育者等)が現状でどんな課題を抱えているのかアンケートを行った。 また、就業・生活支援センターの活動内容の説明や支援ツールの紹介を行い、高次脳機能障害者へどんな支援を行っているか、事例を基に意見交換を行った。 今後もアンケートの内容を活かし、医療と福祉の情報共有や地域資源の活用方法等について、話を広げていく方向である。 8 終わりに 連携とは、 ①障害者が社会で生活し、働くことを同じ目的とし、その手段としてチームで支援を行うこと。 ②どこか1ヶ所に大きな負担が掛かってしまうと支援体制が崩れてしまう傾向があるが、役割分担を行えば、バランスの取れた支援が行えるのではないか。 ③もし、結果がよくなかった(離職)としても連携をして行った支援は、本人も支援者も必ず次に繋がる失敗となるのではないか。 ④各分野でも持っている知識やスキルを、それぞれが出し合うことで、さらなる力となり、結果として地域の障害者福祉を支える底力となっていくと思われる。 地域のネットワークが県内全域のネットワーク、そして隣接する他県、全国へと広がり障害者を支えるネットワークが広がっていくことを今後も考え、そして願いながら活動を続けて行きたい。 高次脳機能障害者の職場定着への取り組み−医療機関としてのリハビリテーションセンターにおいて− ○川原薫(広島県立障害者リハビリテーションセンター機能回復訓練部 作業療法士)福田奈津子・隅原聖子(広島県高次脳機能センター)丸石正治(県立広島大学保健福祉学部コミュニケーション障害学科/附属診療センター) 1 はじめに 高次脳機能障害者に対する就労支援については、H13年度から厚生労働省のもとに行なわれた高次脳機能障害支援モデル事業(以下「モデル事業」という。)をきっかけとして急速に取り組みが進められた。 当センターでも、認知・生活訓練とともにリハビリの目標である高次脳機能障害者の就労支援に携わってきた。本稿では、我々の具体的な体験をもとに、高次脳機能障害者の特性ゆえに陥りやすいトラブルとその対応、医療現場でできることを主ケースで提示し、高次脳機能障害者が職場に定着するための支援について他ケースのエピソードも混じえて検討したい。 2 当センターの概要について 当センターは昭和23年4月に肢体不自由施設「若草園」として開園し、昭和53年に医療部門が設立され、平成14年からモデル事業の拠点病院となり、平成18年に全国で初めて高次脳機能センターを開設した。現在、病院部門入院135床のうち、高次脳機能センターの病床は約20床で、外来患者年間約200人を抱えている。作業療法(以下「OT」という。)の対象は高次脳機能障害者が最も多いが、その他片麻痺・脊髄損傷・リウマチ・脳性麻痺・整形疾患と幅広い。併設されている自立支援施設「あけぼの」は、生活訓練・就労移行支援・機能訓練・生活介護の事業を持っている。また、平成19年に広島県障害者能力開発校との連携のもと、近隣の一般の職業訓練所にて、高次脳機能障害者を対象とした3ヶ月間の委託訓練(就労サポート科他)を開設した。毎年約20人が入校している。 3 具体的取り組みについて(主ケースを通じて) (1)対象者Aの状況 H17年11月交通事故にて受傷。当時17歳の女性。急性期の病院を退院した後、当センターに転院となり、3ヶ月のリハビリ入院後、家庭復帰となった。びまん性軸索損傷による高次脳機能障害と診断され、記憶・注意障害等の認知障害と、社会的行動障害として音への過敏さ等に伴うパニック障害・対人技能拙劣・欲求及び感情コントロール低下を伴っていた。退院後は通信制の高校で勉強をしながら、「あけぼの」の生活訓練に通所で週2日通い、当センターのOTに外来で週1回通った。1年で高校を卒業、さらに1年後あけぼのを退所した。退所後約3ヶ月で障害総合支援センター・ハローワーク・障害者職業センターとの連携により、建設業へトライアル雇用を経てパート採用された。仕事内容は建設現場で使用する用具のメンテナンスであった。 (2)神経心理学評価(H20年6月受傷後約2年半時点) WAIS-Ⅲ(ウェクスラー知能検査);言語性IQ=81,動作性IQ=91,全IQ=84 リバーミード行動記憶検査(RBMT);標準プロフィール11点/24点(19点以下障害域)注意機能;TMT-A103秒(20代平均67.4±16.0秒)TMT-B 83秒(20代平均82.2±16.0秒) (3)採用後の状況 勤務は週5日、一日6時間で、水曜日に休みをとって、土曜日出勤する体制であった。これは、外来通院を続けたいという本人の希望に添うもので、こうした条件も考慮して職場を選択していた。 本人の作業は、建設現場で使用するネットに付着したセメントをハンマーでたたいて砕き、ほころびを繕い、整理し、数を揃えて貸し出すという作業で、立ち仕事の上、ハンマーを使う力も必要とされ、かなりの重労働であった。しかし、本人は「自分は建設現場が好き。身体が覚えていくのがうれしい。疲れは仕事をした達成感だ。」と前向きに捉え、はじめての就職を家族と共にとても喜んでいた。不思議なことに、音に対する過敏さは、好きな現場では障害にならなかった。正式採用後、地域の相談窓口は障害者就業・生活支援センターに移行していた。 (4)はじめての危機 正式なパート採用となって3ヶ月、はじめての危機が訪れた。仕事に少し慣れてきて、働くことへの自信がついた頃である。OTの時間に「家を出てアパートを借りて一人暮らしがしたい。こんなに働いているのに給与が少ない。もう一箇所働いてもっと稼ぎたい。」と訴えはじめた。自分の能力を過大評価し、家族内で欲求や感情のコントロールができなくなっていた。すぐ障害者就業・生活支援センターに連絡した。担当者が変わったところだったため、OTの時間に合わせて訪問してもらった。その新しい担当者は、もう一箇所仕事を見つけることの難しさや今の仕事に影響が出ることへの懸念、一人で住むために借りる安いアパートのリスクに関する現実的な話をした。また、OTの高次脳機能障害者のグループ訓練の時間に、就労を目指す高次脳機能障害者が「仕事を目指す上で必要なものは何かを知る。」という目的で、Aさんを講師として招き、メンバーを前に、仕事をしている先輩として自分の体験を伝えてもらう時間を設けた。その中では、仕事への熱意、記憶障害の代償や社会的行動障害への対処法など自分自身を知ることの重要性を訴えていた。その後、今の仕事の昇給もあり、家を出る話はしなくなった。 (5)2度目の危機(就職後約1年) その後、順調に経過し、OTの頻度も週1回から週2回に減り、そろそろ月1回でもいいかという頃、次の危機が訪れた。新しく入ってきて仲良くなった事務員さんに化粧品を紹介されるようになり、勧められるまま会員になった。誘われて会合に行くと、調理器具の宣伝販売だった。その後、その事務員さんの誘いは全て断っているが、その人がすっかり嫌いになり、顔を合わせないように外で食事をとるようになった。その人の存在がいやでやめさせられないなら、自分がやめたい、と泣きながら電話をかけてきた。すぐ当センターに来るように言い、OT室で話をした。地域の相談窓口である障害者就業・生活支援センターに連絡をとろうとすると、最初の危機で面接をした担当者とはその後会っておらず、こんなに放っておかれるなら支援はいらないと、連絡を拒否した。以前の担当は退職し、次の担当は彼女が就職する際、ジョブコーチとして関わった顔見知りだった。そのことを伝え、今回は職場に入らざるを得ない状況と思われるので、それは病院ではできない、支援センターの役目だということを伝え、納得してもらい、担当者に連絡をした。すぐ駆けつけてくださり、当センターで、コーディネーター、OT、支援センター担当者と本人の4人で対策を話し合った。支援センター担当者が会社と連絡を取り、結局、職場でのセールスは規則違反とその事務員さんに釘をさすことで解決したが、しばらくこの一件は尾を引いた。 4 考察 (1)専門的知識の必要性 こうして経過をつづってみると、だれでも話を定期的に聞いていれば、介入できるのでは?と思われるかもしれない。しかしそうではない。彼女は再三にわたって、自分のことをわかってもらうのは社会では無理、何気なく言われる「そんなにいやなら無視すればいい」「さっきも言ったよ」と障害ゆえに突き刺さる言葉にさらされている、と言う。車椅子の人が「立って歩きなさい」と言われ続けているようなものであろう。ここで介入に入るには、本人に「どういうできないこと」があるのか医学的に専門知識として知っていなければいけない。「普通の人が簡単にできることができないのはなぜか?」「どうすればできるようになるのか?」目に見えない障害について仕事を通して見える形にして理解してもらう必要がある。 (2)対人関係のトラブル 誘われると断れないのも特徴的である。断らないということがどういう状況を招くか想像することが難しく、場当たり的な行動になる。そして自分の思いと違うと相手が嫌いになる。一度思い込むとなかなか修正できず、同じことを何度も言う。これらは職場で人間関係がこじれる原因となり、仕事を継続する上で最も支障となった。 (3)介入のタイミング 早い時期に問題を察知して、解決を図る動きをすることが重要で、そのためには、関係機関の連携が不可欠である。 (4)優先順位の付け方 しかし、せっかくのその介入を拒否しかねない理屈に少し手をやいた。自分にとってどちらが有利かではなく、感情が優先してしまうことの怖さを感じた。 (5)仲間の存在 グループ訓練やあけぼの利用時に知り合った高次脳機能障害者等の仲間の存在が仕事に就いた後も大きな支えになっていた。多くはないが悩みを打ち明ける人を作っていて、そのことが側面から彼女をサポートしていた。当事者にしかわからない気持ちを共有していたようである。これらがグループ訓練の成果だと思われる。 (6)当センターでの各職種間の連携 もちろん、OTだけが就労支援しているのではない。外来通院時には必ず通所していたあけぼのの支援員に会いに行き、近況報告をしている。幾重にも応援団がいることが彼女を強くしているのではないだろうか。 (7)家族の理解 両親は様々なトラブルの中で身を挺して娘を守ってきた。感情の行き違いはあるものの大きな支えになっている。当センターとは折に触れ情報交換をし、問題解決を図っていった。初任給で日本料理をごちそうになったと涙ながらに母親が話してくださった。 (8)職場の同僚 2度目の危機の際、「絶対やめるな。」と引き止めてくれた職場の人が大勢いた。これがこの危機を乗り越えられた大きな要因だった。本人の「好きな仕事を続けることを最優先して、いやなことを我慢する」原動力になっていた。 5 特有のトラブルと対策(他ケースを通じて) (1)誰もがわかる状況判断ができない Bさんは職場で周囲のおしゃべりに「うるさい」と暴言をはいていた。それを聞いて、OTが本人に「そういうことを言うとまわりで一緒に働いている人は怖いよ。」と伝えた。Bさんはそこではじめて自分の行動に気づき、同僚に謝罪できた。「人が変わったよう」と職業カウンセラーが驚いていたが、人が変わったのではない、気づかなかっただけなのである。自分はうるさいからうるさいと言っているだけで、それが暴言とは気づかない。それほど状況判断ができないのである。状況が誰の目にも明らか過ぎて、そこに説明が必要とも思えないのである。ただ、この説明も人によっては、感情の逆鱗に触れることもあるため、伝えるキーパーソンが誰かを見極めることも必要となる。 (2)記憶障害 記憶障害の人は、障害をオープンにしていると意外と周りに理解してもらいやすい。メモを取ることを習慣づけしていると、その姿勢だけでも、好印象を持たれる。しかし、クローズにして就職すると失敗につながりやすい。Cさんは障害をオープンにしたら勤めがない、と反対を押し切ってレストランで働き始めたが、同じことを質問する、皿の配置やメニューが覚えられない、注文をとるのに時間がかかりすぎると、1ヶ月たたずに辞めてしまった。最後に自分の障害について上司に伝えると、「もっと早く言ってほしかった」と言われたそうである。ただし、自己認識はかなり高まったようで、彼は拒否していたグループ訓練からやり直しをしている。時には失敗も必要かもしれない。また、記憶のすり替えもよくあることであり、本人とのみ話をしていていると危険である。家族に事実確認をすると全く違うことがよくある。また同じことでも、よく勝手な解釈が入る。資産があるから仕事をしなくても暮らしていけるというDさんの話を信じていて、妻から悲鳴があがったこともある。Dさんの場合も、周りがオブラートに包んで伝えていたことを額面どおりに受け取っていたようである。 (3)注意障害 Eさんは、仕事中に自動販売機の音がすると見にいかないと気がすまない。静かな職場で周囲は驚くが、そういう理由かとわかれば、大した問題にはならない。しかし、理由がわからないと、怒られて感情的もつれにつながる。またFさんは2つのことに注意が向けられない。電話をしながらメモすることができない。作業中に話しかけられても気づかず、無視するととられてしまう。これらも、周囲にわかってもらうことが大きい。Fさんは小さなホワイトボードに、「今何と何をしているところ」「用がある人は目を見て話しかけて下さい」と書き、自分も周りの人も視覚的に捉えられるようにしている。 (4)遂行機能障害 Gさんは先の見通しができず、段取りが組みにくいと上司に伝えると、職場で毎朝ミーティング時に一日の流れを表にあらわし、確認をしてくださるようになった。職場から電話の取次ぎはどうかと相談されたが、月1回のOTで生活がいっぱいになっているという様子が見えていたので、電話は他の人に受けてもらって、その指示を受けて、返事は自分でメールにて返すという解決策を立ててもらった。 (5)病識欠如 最も難しいのは、病識がないために、言い訳をしてしまうことである。記憶障害のため、「他の誰かがした」「聞いていない」と答えてしまうのは、わかっていても人間関係をこじらせてしまう。しかも悪いことに、固執性とくっつくと非常にくどくなってしまい、反感を強めてしまう。Hさんは知的障害を多く抱える重度障害者多数雇用事業所に就職した。知的障害への対応についてはベテランの事業所だったが、知的障害の同僚は、Hさんがどうして事実でないことを言うのか理解できず、喧嘩になってしまい、うまくいかなかった。またHさんの仕事ぶりが、プライドばかり高く、知的障害者を下に見ているように思えた。現在委託訓練で立て直し中であるが、パソコンの職業訓練は問題なく受けることができている。バケツに水をくんで置いたことを忘れる人が、ワードとエクセル3級の試験を受けるという、このギャップが理解できないのかもしれない。 (6)許容量の少なさ Iさんは「前頭葉が痛いです。」とパソコン作業中によく訴える。頭の中がいっぱいで。これ以上詰め込めないというサインである。脳の許容量が少なく、すぐいっぱいになる。ちょっと無理をすると寝込んでしまう。限界が自分ではわからない。家での様子を聴いて抑制をかけることが必要なこともある。水泳やスポーツジムなど身体を動かすことでリフレッシュされる人も多い。 (7)精神的落ち込み Jさんは職場で簡単な仕事しか、させてもらえず、会社の役に立っていないと感じたとき、「自分の能力はこれだけ?」とうつ傾向となった。この時、我々がとった対策は、周囲に話ができる人を探し出し、うまくいっていない部分の理解者を作ることであった。Jさんは人事の人の一言で不本意ながらも辞めずにいる。 Kさんは教師として復職したが校長とうまくいかず、「もともとの性格のせいで病気ではない。」と指摘された。ここでもスクールカウンセラーに仲介役になってもらい、ある程度割り切って課題に対処できるようになった。 Lさんは能力を高く買われて配置換えになったが、環境変化が負担となって、辞めてしまった。多くの場合、反応性のうつ状態なので、環境調整次第でうまくいくことがあるが、配置を戻してもらうことはできなかった。 周囲に理解してもらうためには、本人自身の視点を変える努力も欠かせない。人間関係や自分の感情を客観的に整理する方法やストレス解消法など臨床心理士のもと学んでいる。 (8)社会資源利用においての配慮 最近、就労に関して利用できる社会資源が増え、味方が増えてきたようで頼もしい。しかし、Mさんは今、当事者を大人として扱う支援センターとそれが不満な保護者の立場に立つ事業所の狭間にいる。誤解が生じやすい症状だけに、できれば専門家を交えて情報交換をしっかり行ない、本人・家族に振り回されないような配慮も必要と感じる。 (9)社会での失敗体験のトラウマ NさんやOさんは20年以上前に受傷した高次脳機能障害者であるが、時代もあり無防備に社会に出て、何度も失敗した。Nさんは精神疾患を患い、Oさんは人が怖くて働けず家事手伝いをしている。Oさんは最近やっと障害手帳を取る気になってくれた。タイミングを待つ根気強さが必要である。 6 おわりに 職場定着は、リハビリの中で自己認知を培い、不足分をいかに環境で補うかにかかっていると思う。しかし、高次脳機能障害は中途障害で、まず、障害になったことを認めるまでに時間がかかる。特に病院や家庭生活だけでは、仕事についたとき何が困るか気づくことは難しい。できれば障害に直面したくない気持ちもある。働いて、たとえうまくいかなくても失敗体験だけにさせない準備が必要である。そのため、リハビリや地域生活の中で小さな失敗ができる仕掛けをたくさん用意し、社会に出る前に気づいてよかったと前向きに捉えられる体勢を作ることが重要である。そして周囲に社会資源も含めた支援者を増やすことが、就労継続につながるのではないだろうか。 (2)実施方法 「就労及び就労後の社会生活技能の向上を目指す」ということをグループの共通目標とし、週に1回90分間のセッションを実施する。 セッションについては、(1)の①に対応すべく、SSTの中でも特に構造が明確化され、スキルの概念が理解しやすく、学習が進めやすい、ベラックらによる「ステップバイステップ方式」を用いることとした。また、場面ではなく、職業生活において特に必要とされるスキルを抽出し、それに基づくカリキュラム内容とした。 抽出したスキルは、「相手の話に耳を傾ける」、「頼みごとをする」、「会話を始め・続け・終える」、「問題解決のスキル」の4つであり、1つのスキルについて、<外部講師と地域センタースタッフによる基本セッション>+<地域センタースタッフのみによるブースターセッション>の2回1セットとした。また、(1)の③に対応するため、講座形式で4つのスキルを繰り返し実施、基本的には、どのスキルの基本セッションからでも受講可能とした。 就労のためのSST 基本となる自己主張を学ぶ。 頼みごと 年 月日 普段の生活の中で、誰かに何かを頼む場面はしばしば見られます。前向きなやり方で頼みごと をすれば、ストレスも少なくてすみ、頼みごとを引き受けてもらいやすいものです。 そればかりか、頼みごとをせずに自分一人ががんばったとしても、相手との人間関係には影響 が出てきそうです。 また、頼みごとを上手に使うことで、自分が不快もしくは迷惑と感じている相手の行動も うまく変えてもらうことにも役立ちます。 相手にも都合があり、断られることもあるとあらかじめ想定して、相手の様子を確かめながら 話を進めることが、スマートなやりとりのコツです。 ステップ 1.相手を見る 話しかけていることが相手に伝わりますし、相手の表情も良くわかります。 2.相手の反応を確認する 「失礼します」「今、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」等切り出し、相手が自分の話を聞く用意があるかどうか、確認する。 3.頼みごとの内容を正確に話す 具体的に、手短に伝える事で、相手が理解しやすくなります。 4.そうしてもらえると自分はどう感じるか、相手に伝える ここで「ポジティブな気持を伝える」スキルが役に立ちます。 お礼は当たり前ですが、気持ちを添えると相手により伝わります! 図1 使用テキスト例(佐藤珠江作成) 基本セッションについては、外部講師のリーダーと職業センタースタッフのコリーダーで実施。SSTの目的の確認、導入を行い、セッション参加に対する十分な動機付けを行った上で、各スキルの意義、ステップの解説、グループ全体へのモデルの提示、ロールプレイによる練習を行う。また、練習後には、セッションにおけるアセスメント結果等をもとに、各メンバーのコミュニケーションの特性にあわせ、言語的行動のみならず、声の大きさや話すスピード等の言語随伴的行動及び視線や表情等の非言語的行動のポイントについて、宿題の中で明確に教示する。 ブースターセッションについては、職業センタースタッフがリーダー、コリーダーとなり、前回の宿題の確認を行った後は、ステップの解説までは基本セッションと同様の流れで実施。ロールプレイでは、宿題の結果や職業準備支援というフィールドにて日々観察されるメンバーの状況等をもとに、より個別性の高い課題にて練習を行う。 (1)の②については、チームアプローチという言葉で置き換えられるが、ここで言うチームとは、狭義には、「対象者+SST実施スタッフである外部講師+職業準備支援スタッフ」であるが、広義には、「対象者を中心とした、対象者を取り巻く全ての人々」である。 チームメンバーが全ての必要な情報を共有し、支援に取り組んでいくことにより、職業準備支援というフィールドのみならず、就労支援のフィールド全体が、宿題の実行、般化促進の場としては十分活用できるように配慮した。 また、当然のことながら、認知機能障害者=SSTの対象者とはせず、その必要性・効果等を十分検討し、受講者を決定するとともに、受講者に対しても、それを十分理解してもらい、受講目標を共有することにより、十分な動機付けを行っている。 4 結果 平成21 年度の職業準備支援及びSST受講者状況等については、表1〜3のとおりである。 表1 平成21年度職業準備支援受講者状況 受講者 障害内訳 就 職 身体 知的 精神 発達 高次脳機能 障害者 障害者 障害者 障害者 障害者 率 58 名 5名 1 8名 1 3名 2 0名 2名 65.5% ※ 就職率は平成22 年4 月末現在の数値表2 平成21年度SST受講者状況 ※就職者数は平成22 年4 月末現在の数値 表3 SST 受講者の就職までの事業所面接回数 面接回数 精神障害者 発達障害者 高次脳機能障害者 計 1 回 6 人 6 名 1 人 13 名 2回 0人 1人 0人 1名 3回以上 2人 2人 0人 4名 ここで特筆すべきは、初回面接事業所への就職者の多さである。就職に際しての最初の関門は、面接であるが、特に精神障害及び発達障害を有する者については、対人緊張の強さや独特なコミュニケーションスタイル等により、この関門が越えられないことが少なくない。勿論、対象者のみならず、事業所に対するアセスメント及びそれに基づく相談という協働作業をとおしたベストマッチングによるところも大きいが、SSTを受講した者の7割以上が、一度で面接を通過し、面接先へ就職しているという事実は意味のある結果と言える。 受講者からも、面接に際してはSSTで学んだスキルが役立った、S Tと同様にステップを踏んだ面接練習を行っていくことにより自信を持って面接に臨むことができた等の感想が聞かれることが多かったことから、面接結果に及ぼしたSST効果は少なくないと推察される。 また、その他、受講者の感想としてよく聞かれたものとしては、以下のようなものがある。 ・ コミュニケーションをとる際のポイントを教えてもらえたことが役立った。 ・ 職業準備支援の場で、S Tで学んだスキルを何度も練習できること、それに対して、スタッフからフィードバックをもらえたのが良かった。また、一緒にSSTを受講している人が宿題をしているのを見て、自分も忘れずに宿題ができた。 ・ チーム作業(※)の際、メンバー同士のやり取りで、SSTで学んだスキルが役立った。また、メンバー同士のやり取りからも学ぶことが多かった。 ・ 先輩(自分より前にSSTに参加している人)やメンバーのロールプレイから、コミュニケーションのコツ等を学ぶことがあった。 ※チームリーダーや記録係等の役割分担を行い、作業実施からその進捗管理等の全てを受講者のみで実施する作業。一連の作業終了後は、より効果・効率的な作業の実施方法等についての話し合いを行い、次の作業における目標・計画の設定→実行→検証→改善といった、企業や組織の管理手法の一つであるPDCAサイクルを意識したグループミーティングを実施。受講者同士のコミュニケーションの機会が多いことから、SSTで学んだスキルの般化促進の場面として活用している。 5 考察 今回報告した方式の効果としては、次のようなことがあげられる。 (1) 「ステップバイステップ方式」で実施することの効果 ・ スキルがステップに細分化されていることにより、本人の情報の受信・処理機能を中心とした躓きのポイントが把握しやすく、それを意識した日々の支援が可能なこと。 ・ 限定的な場面ではなく、「スキル」そのものを学習していくことにより、スキルの般化、応用が可能であり、就労後も十分活用できること。 (2) チームアプローチによる効果 ・ SSTで学んだスキルについて、職業準備支援というフィールドを活用し、メンバーの課題を全スタッフで共有した集中訓練(般化促進)が可能なこと。また、関係機関職員とSSTで得られたアセスメント情報等を共有することにより、職業準備支援以外の場面や事業終了後も、スキルの維持、向上に向けた継続した支援が可能なこと。 ・ 職業準備支援で実施しているチーム作業においては、メンバー同士のコミュニケーションが不可欠であるが、このチーム作業というフィールドがメンバー同士のスキルの練習、スキルアップの場として非常に効果的であったこと。また、副次的な効果として、SST受講者による、SST受講者以外へのコーピングモデル効果が見られたこと。 (3) 講座形式で実施することの効果 ・ 2回完結型の講座形式で実施したことにより、メンバーの入れ替えによる影響を受けにくく、より柔軟なグループ運営が可能であったこと。さらに、選択的な受講や複数回の受講が可能であり、対象者にとって満足度の高いサービスが可能であること。 職業リハビリテーションの現場においては、様々な障害を有する者に対して同時並行的な支援を求められることが多い。また、利用者の人数や能力特性等により、精神障害、発達障害といった障害別のグルーピングでSSTのグループを運営することが難しいことが少なくない。 今回の取り組みにおいては、認知機能障害を有する者という新たなグルーピングによりSSTを実施したが、彼らの持つ認知機能障害に対する十分な理解と配慮を行うことさえできていれば、SSTの効果は十分得られる。さらに、互いの強みから学びあうということも期待できることが確認された。 また、上記の効果が得られた大きな要因に「ステップバイステップ方式」を取り入れたことが挙げられる。現在、多くの就労支援の現場では、「基本訓練モデル」にてセッションが行われているが、「ステップバイステップ方式」のSSTは、認知機能障害を有するものにとって、セッションの構造が非常に明確であること、学習する標的行動が「スキル」として明確に示されること、スキルが細分化したステップとして示されており、ステップを踏んでいくことにより効果的にスキルが活用できる=行動形成可能なこと等から、非常に学びやすく、有効な指導方法と言える。また、「就労」という目的を一つにするグループにおいては、必要とされる共通スキルが抽出しやすいということも、本方式を用いる利点といえよう。さらに、場面ごとのスキルではなく、スキルそのものを学ぶということにより、様々な場面で活用することができることにより、スキル同士を組み合わせ、より高度で複雑なものへと応用することも可能であるというメリットも大きい。その成果の一つが、結果のところで述べた面接結果と考えている。 また、スキルの般化・応用促進については、チームアプローチの効果が非常に高い。本取り組みにおけるSSTのセッションは週1回90分である。これは、現在、SST実施機関における平均的な回数ではないかと思われる。セッションは気付きの場、学びの場であり、気付いたこと、学んだことを、真に自分の知識・スキルとするためには、十分な練習が不可欠であり、それには、失敗をしても大丈夫という安心感が得られる練習フィールドや適切なフィードバック、時には練習、スキルの効果的は発動等を促すプロンプト等の提示をしてくれる社会資源が重要である。今回の取り組みにおいては、多職種・多機関のチームアプローチにより、効果的な練習の機会が確保できたことに加え、スキルの発動に対するチームスタッフからの積極的なポジティブフィードバックにより、対象者の社会的有能感が高められ、さらなるスキルの発動、般化を促進することができたと考えている。 6 今後の課題 職業リハビリテーション分野においては、就職及び復職支援、就労支援のためのSSTについては多くの実践がなされ、一定の成果があげられているものの、就職・復職後については、そこで学んだスキルのブラッシュアップ等への支援はほとんど行われていない。また、職場で要求されるソーシャルスキルについては、企業文化・風土と深く関係し、各事業所間で差があるのに対し、就職支援におけるSSTにおいては非常に一般的かつニュートラルなスキルをターゲットとすることが多く、就職後、新たに獲得すべきスキルも多い。さらに、職場不適応の原因となりやすい人間関係の悪化を防ぐためには、障害者のみならず、近年低下が指摘されている職場全体の社会人基礎力等の向上を図っていくことも必要と思われる。 以上のことから、今後の職業リハビリテーションにおいては、職場をひとつのグループとみなした、企業文化・風土に即した就労継続支援のためのSSTの取り組み、それを支えるチームアプローチのあり方についても、検討していく必要があると判断される。 【参考文献】 A.S.ベラック他:わかりやすいSSTステップガイド、星和書店(2000) 佐藤幸江:読んでわかるSST ステップ・バイ・ステップ方式 2DAYS ワークショップ、星和書店(2008)松浦彰久・佐藤珠江・岩佐美樹:埼玉障害者職業センターにおけるSSTの試み、SST普及協会第14 回学術集会in 札幌、p78、SST普及協会(2009) 松浦彰久・佐藤珠江・岩佐美樹:職業訓練から就労後も活用できるコミュニケーションスキルの獲得を目指したSST、日本職業リハビリテーション学会第38 回神奈川大会、p72-73、日本職業リハビリテーション学会(2010) 高次脳機能障がい者の職業能力評価について −各種支援機関との連携と施設資源の活用を通じて− 安河内功(福岡市立なのみ学園 園長/地域生活支援センターなのみ 所長) 1 はじめに 当学園を経営する(社福)福岡市社会福祉事業団では、障がい児・者に関する施設と事業とを経営している。 福岡県高次脳機能障害者支援普及事業実施施設及び高次脳機能障がい者等を対象とした生活訓練事業所である福岡市立心身障がい福祉センター(以下「あいあいセンター」という。)、地方単独設置の障がい者の就労支援機関である福岡市障がい者就労支援センター(以下「就労支援センター」という。)も経営している。 筆者は就労支援センターでの就労支援コーディネーターの経験を元に、なのみ学園とその近郊も含んだ施設資源と人的資源を活用して、平成20年度から主に高次脳機能障がい者を対象とした復職及び新規就労を希望する方への独自の実務を通じた職業能力評価を行ってきた。 あいあいセンター、就労支援センターと連携し、その利用者を対象にその職業能力評価の実施状況を振り返り、その成果と今後の課題について考察する。 2 現状 職業能力評価は、障害者の雇用の促進等に関する法律に基づき、広域障害者職業センターや地域障害者職業センターで全国的に実施されている。職務試行法を除いては、主にワークサンプルによる短期の評価が行われていると聞いている。 その評価はマンツーマンの対応によるものであり、実際の事業所での多様な人との関係性の中での業務遂行、その変化等を見るためには「職務試行法」に拠るところであるが、実施数が少ない現状である。 公務員(雇用保険非加入)は法的に利用できない現状もある。 また企業自体に、支援上の課題が高い高次脳機能障がい者に関して、ニーズに沿った微妙な職務の構築と専門的な支援、詳細な評価結果について求めるのは困難な現状もある。 近年、福岡市でも障がい者インターンシップ事業として市庁舎を利用して各種の障がいのある方の職場体験の場を提供しているところであるが、本人の目標と支援者の意図、事業所の業務などとのマッチングが困難で、支援者や本人が意図する成果が得にくい現状もあると聞く。 3 取り組み なのみ学園での職業能力評価の実施に際しては、表1のとおりその概要を作成した。 あいあいセンター、就労支援センターから評価者を募り、現在まで高次脳機能障がい者については10件の実習形式による、主に事務的職業を中心とする職業能力評価を実施してきた。 表1概要 職業能力評価  今後のステップに資するため,ご本人や「関係機関」の方々と,ステップを見据えて期間や業務について調整し,中・長期間(1,2週間〜)の実務を通じた「職業能力評価」の機会を提供します。業務は,  ①事務業務(パソコンによるデータ処理,    事務補助業務,事務の周辺業務など)  ②作業業務(軽作業,立ち仕事)  ③食器洗浄  ④清掃  などのなのみ学園と近郊施設の実務を軸にて構築しますが,ご本人の課題に沿ったパターンも考え,構築します。 また,評価については,出来高の数値化を行い,また,時間による変化,工夫による変化や課題などを文書化してお返しします。 また、その具体的方法は実習を実施するなかでみえてきた成果と課題等に基づいて部分修正を加え、現在では下述の方法により実施している。 (1)課題と方向性の確認 あいあいセンターなどとの情報交換の場を設定し、本人の障がいの状況や課題、今後の進路や支援の方向性を確認し、その評価目標を共有化する。 その後、職務バッテリーのなかから業務を選定しスケジュール概案を作成・調整する。 (2)面談 本人との面接により、その障がい等の状況や配慮点を大まかに掴み、本人の希望と目標とを確認する。 その面談の状況を踏まえ、再度支援機関と協議し大まかな職務の構築に進んでいく。 (3)職務の構築と支援方法の策定 課題と方向性の確認を元に、各種業務から業務を選定し、スケジュールに当てはめ、目標に沿った業務の時間割を作成する。 次に、その業務の具体的内容や遂行方法、支援方法について計画を立案する。 職務構築にいては、課題が見えやすいように、積み上げてきた業務を応用化するなどの行程を入れるなど、課題や支援の方策が見えやすくなるようステップをあえて踏む場合もある。 (4)内部機関との共有化と調整 以上の協議と調整をもとに実習を行っていくが、なのみ学園内及び近郊施設間での視点のブレがないようその調整をなのみ学園コーディネートスタッフが行う。 対人関係や業務指示者による変化等の確認も必要なため、内部に複数の支援者を置くが、当該業務の支援に関連するスタッフと業務支援方法を協議・伝達し、その目標達成に向けた視点と方法を共有する。 (5)職場の上司とジョブコーチとしての役割 この職業能力評価では、コーディネート担当スタッフと内部の支援者が、業務の指揮監督者や指導者の役割を担っている。 業務の支援については、基本的スタンスを事業所実習と設定しているので口答指示を原則とする。 業務の遂行状況に応じて、見本の提示、簡単な指示書の作成などのジョブコーチ技法も遂行度合いにより使い分け、その介入度や工夫の必要性、方策と効果を確認しながら、段階的に一人での業務遂行に繋げていくことを目的していく。 (6)情報交換 業務遂行、支援の状況等については、あいあいセンターと基本的に日々、メールで状況を送り、相談事項や課題がある場合には情報交換する。 必要があれば、業務内容・支援方法について修正を加える。 (7)評価とその共有化 上記の日々の記録を基に、出来高や職務遂行の状況、工夫による変化などをまとめ、全体的な評価と今後の課題について整理し、文書化・数値化して結果を作成している。 その後、本人とあいあいセンター、就労支援センター、なのみ学園の三者で振り返りの場を持ち、実習の成果と課題、今後の方向性、役割分担についても確認する。 4 結果 当該評価を始めてから、現在実習者は10名である。 実施の概況は表2のとおりで(個人情報了解者のみ)、全10名のうち、復職者が5名、新規就労を目指す人が5名であった。その帰結状況は、復職が4名で現在企業と調整中が1名である。 表2概況と帰結状況 ■A 氏,51歳,男性,高次脳機能障がい,団体職員【主な業務】パソコンを中心とした事務業務,集計業務等【時期 等】平成21年2月に10日間実施【主目 的】復職に向けた持続力と業務への適性把握【帰結状況】再訓練後,元の職場に復職 ■B 氏,4 3歳,男性,失語症,右上下肢マヒ,公務員【主な業務】パソコンを中心とした事務業務,集計業務等【時期 等】平成21年3月に5日間【主目 的】復職に向けた持続力の体験と課題抽出【帰結状況】時期を置かず, 元の職場に復帰 ■ D氏,3 6歳, 男性,高次脳機能障がい, 求職中【主な業務】パソコン業務, 補助的事務業務【時期 等】平成21年9月に8日間実施【主目 的】課題が抽出できる応用的な職務構築による実習【帰結状況】特例子会社で期間雇用 ■ E氏,46歳,女性,高次脳機能障がい,求職中【主な業務】パソコン業務, 事務補助業務【時期 等】平成21年11月に7日間実施【主目 的】就職のためのアセスメント【帰結状況】人材派遣会社で期間雇用 ■H 氏,47歳,男性, 高次脳機能障がい,会社員【主な業務】パソコンを中心とした事務業務,集計業務等【時期 等】平成22年5月に10日間実施【主目 的】復職に向けた持続力の体験と事務の体験【帰結状況】復職に向けて企業と調整中(12月期限) ■I 氏,47歳,女性, 高次脳機能障がい,求職中【主な業務】パソコン業務, 事務補助業務【時期 等】平成22年6月に10日間実施【主目 的】就職のためのアセスメント【帰結状況】短期就労後, 求職中 ■J 氏,32歳,女性,高次脳機能障がい・視野狭窄,求職中【主な業務】パソコン業務, 事務業務【時期 等】平成22年9月に8日間実施【主目 的】就職に向けた持続力の体験と事務の体験【帰結状況】求職活動と併せて,訓練中 新規就労希望者5名のうち、3名が期間雇用を含めてであるが企業就労を実現した。 全体で見ると、何らかの形で企業就労に結びついた率は7割である。 A氏、B氏については受障後はじめての働く体験であり、持続力を確認できたことと実習を完結できたことが自信に繋がったと聞いた。 D氏については、支援機関と相談の上.記憶面での課題が出やすいように、入力データをもとに数ステップにわたりソート・集計する業務を取り入れ、代償手段の必要性を考えてもらうことにつながった。 その他、E氏以降についても、耐久性の確認や疲れ具合の確認、メモの必要性の認識と活用などそれぞれの自己課題と自己目標に沿った必要な事柄をフィードバックし確認することにつながっている。 5 成果 就労支援機関にとっては、その企図に沿った実習の機会はなかなか得がたい状況であるが、この実務を通じた職業能力の結果を踏まえて支援したことで、7割の人が結果的に就労に結びついた。 高次脳機能障害者支援普及事業と訓練事業、就労支援センター、就労移行支援事業所を経営している当法人であるが、その連続した効果的支援が専門的サービスの向上に繋がるものである。 また、移行支援事業所であるなのみ学園にもこの実習での利用者支援へも効果がある。 アセスメントの結果、業務をどう構築していくのか、その遂行のステップをどうしていくのか、また指示をどのように出していくのかなど、主たる障がいの違いはあるがいわゆる職業リハビテーションをステップ的に学んでいけるOJTの機会ともなっている。 次に連携機関であるあいあいセンターの高次脳機能障がい支援コーディネーター、就労支援センターの就労支援コーディネーターから聞き取ったこの実習の効果等について次に列記する。 (1) あいあいセンターから ①長期間の実習、仕事・アセスメントの場はなかなかなく、本人の状態把握ができる ②疲労度、スピード、新たな場面での行動などが評価できる ③本人の状態や復職、新規就労など個人によってニーズが違うなかで、業務構築の自由度があるところが良い ④施設の生産活動ではなく、事務室で業務を遂行できることが心理的に受け入れやすい ⑤評価結果が次の関係機関との連携に役立つ (2) 就労支援センターから ①障がい者全般についてであるが、事務系の体験の場がないなかでも、高次脳機能障がいについては理解的にも場所がない ②障がい特性の基本的理解のベースがあり、かつ実業を通じた実習の場は希少である ③集団ではなく個別対応ができる場も少ない ④個人の状況、障がい特性によって業務構築が可能である点がよい ⑤評価結果が具体的文章や分析を含めた実績で返ってくる事業所は希少である ⑥そのレポートにより、次の仕事や復職のための業務構築や支援のための手立てを組み立てることが可能である ⑦見学や一部ジョブコーチ支援により本人の業務イメージを持ちやすい 6 課題とこれから 現在は、評価にあたっての職務の幅がなのみ学園及び隣接の同一法人経営による福祉施設・福祉事業所内の業務に拠るもので、販売やサービスなどの業務のアセンメントが難しい。 模擬的業務の構築によっても可能ではあるが、実務の効果は高く、業務バッテリーの幅を拡大し多様な業務・業種に対応することで、対象者やその業務の多様性を量る必要があると感じる。 また、この評価の効果的な企画・調整・実施に際しては、職業リハビリテーョンの専門知識と、復職時の職務を鑑みて業務とその行程を構築するなどのセンスが欠かせない。 その人材を育成することにより、現在なのみ学園でのみ実施している就職を企図した方々への実習形式による職業能力評価の場の拡大が必要であると感じるとともに、そのことは業務バッテリーの拡大にも繋がるものである。 この評価の目的は様々であるが、初期的アセスメントのための実習か、近々の就職または復職を目指した実習かで異なるが、あいあいセンターと就労支援センターとの連携のあり方を初期的段階から連続化することが望ましいと考える。 特に、復職や早期の求職活動を企図した評価については、初期段階から就労支援センターを交えて、3機関で協議の上、この実務を通じた職業能力評価を実施することで支援の質が高まるものであると感じる。 高次脳機能障害者への振り返りシートを用いた職場定着支援 ○阿部 里子(千葉県千葉リハビリテーションセンター地域連携部相談室 ソーシャルワーカー) 太田 令子(千葉県千葉リハビリテーションセンター地域連携部) 1 はじめに 高次脳機能障害者に対しての職場定着支援は就労支援に比べ、普及しているとは言い難い。しかし実際には①「働き続けたい」という当事者の支援ニーズがある、②高次脳機能障害者は転職を繰り返している者が多い1)、③どれくらいの期間同一の職場ではたらき続けているかといった研究は少ないといった現状がある。我々は小児期に発症して、受傷前に就労経験を持たない事例の職場定着支援に当センターで開発した振り返りシートを使って取り組んでいるので経過を報告する。 2 事例A氏の紹介 (1)入院時の状況 自転車で中学登校中、直進車に衝突され受傷する。意識消失し(GCS:E1V1M1)、救急病院へ搬送される。外傷性クモ膜下出血、脳挫傷の診断で保存的治療受ける。受傷1ヶ月後急激に回復を示し経口摂取可能となる。車いす座位も可能となって、受傷2カ月後リハビリテーション目的で当センターに転院しPT・OT・ST・スポーツリハ訓練を受ける。受傷後5カ月でADL自立し退院。 (2)障害の状況 身体機能は麻痺もなく独歩、屋外歩行自立。ほぼ問題なし。高次脳機能障害としては注意障害、記憶障害(言語性記憶の低下)、遂行機能障害が残存している。 (3)就学 受傷時中学3年生で高校受験はすでに終了し、公立高校に内定していた。本人の強い希望があり、試験登校の後高校1年生2学期より登校し特別な配慮はなく3年後に卒業。高校卒業後短大(介護福祉士養成校)へ入学し、指導教官等による手厚い支援を受けて、留年をしながら4年かけて卒業し、介護福祉士の資格をとる。 (4)就労 短大卒業後介護福祉施設で就労する事を希望し ていたが、実習状況から困難と判断され、指導教 官から紹介された介護福祉施設にて有償ボラン ティアを開始した。同時に実家を出てアパートを 借り、1人暮らしも開始した。3年経過した後の 4月、短大時代の実習施設でもあった特別養護老 人ホームに障害者雇用枠で採用された。 現在の勤務体系は月・水・金曜の8時間勤務と なっている。就職1ヶ月後短大時代の指導教官が 職場へ就業状況を確認した。職場側からA氏への 対応に苦慮していると情報を得た教授から、高次 脳機能障害支援普及事業の支援拠点機関である当 センター高次脳機能障害支援コーディネーターに 相談があった。当センター入院患者でもあり、当 センター職員が中心となって開催している当事者 グループ「若者の会」にも参加しており、日ごろの 様子が把握できていたこともあって、5月より月 1回支援コーディネーターとソーシャルワーカー が職場へ訪問し職場定着支援をスタートさせた。 3 支援方法 (1)振り返りシート導入に当たって 当センター支援コーディネーター、ソーシャルワーカーが職場訪問し、職場スタッフ、卒業短大指導教官が同席し、業務遂行状況を確認した。その中で、A氏の高次脳機能障害の特徴を説明し、理解を得た上で、当センターが開発した振り返りシートを使用し、業務遂行に関して本人と職場スタッフとの認識のズレを可視化する事が必要と考えた。 (2) 振り返りシートで狙ったこと ①職場での業務を整理する。②自分の行ったことを振り返る事ができる。③職場スタッフから仕事ぶりの評価をしてもらえる。④本人の考えと職場の評価、考えのズレが明確になる。⑤お互いのズレが明確になった状態でアドバイスができる。 (3) 使用方法 A氏に振り返りシートに記入してきてもらい、毎月1回の職場定着支援時にシートの記載内容を 確認しながら本人、職場へアドバイスを行う。 4 結果 第1回(就職2ヵ月経過) 参加者:苑長、上司、職場の同僚、卒業短大教授、当センター支援コーディネーター、ソーシャルワーカー [支援会議の内容] ①職場スタッフからの業務内容・遂行状況の聞き取りを実施 ・ 複数業務の同時進行が困難である。 ・ 介護の専門職というプライドがありワンパターンな仕事は本人が受け入れない。 ・ 休憩時間が終了していることに気付かず長く休んでいることがある。利用者への言葉づかいなど仕事というものを理解していない。 ②支援コーディネーターよりA氏の高次脳機能障害の特徴について、検査結果をもとに説明した。本人の業務遂行上の問題点を、高次脳機能障害と関連させて説明する。 ③今後の支援方針について説明し了承を得る。 第2回(就職3ヵ月経過) 参加者:本人、第1回と同様 [支援会議の内容] ①本人から業務内容を細かく説明してもらい、支援コーディネーターが気付いた点をアドバイスする。 ②前回のアドバイスを受け、職場内で本人の業務が明確にされていた。 ③振り返りシート(表1)の使用方法の説明。次回から使用する事で本人に同意を得る。 表1当センター使用の振り返りシート がんばった事 本人 職場スタッフ アドバイス +評価 −評価 もう少しがんばれば良かった事 本人 職場スタッフ アドバイス +評価 −評価 第3回(就職4カ月経過) 参加者:第2回と同様 [支援会議の内容] (1)本人の頑張ったこと 作業内容①:デイサービス利用者の入浴後に頭髪のドライヤーかけ、水分補給、安全のための見守り A氏評価:次々に入浴からあがってくる利用者全体を気にしながら作業ができた。職場スタッフ評価:プラスの評価第2回で困難さを指摘した一連の作業を声掛けなしでも可能になってきている。職場スタッフ評価:マイナス評価A氏への指示が同時に入るとわからなくなる。 支援コーディネーターからのアドバイス指示者を決めること。A氏がすべき作業全体の優先順位を決める。作業内容②:午後送迎までの時間にリネン交換を実施。A氏評価:リネン交換がスムーズにできた。職場スタッフ評価:プラスの評価リネン交換の作業はきちんとできている。職場スタッフ評価:マイナス評価本来優先すべき作業が放置された。→A氏:たまたま遅れてしまった。支援コーディネーターからのアドバイスA氏が優先順位をわかるように指示を出す。 (2)本人がもう少し頑張ればよかったこと 作業内容①:送迎時利用者の安全な移動とスムーズな移動の誘導。A氏評価:玄関で靴を履き替える利用者を覚えることが不十分。職場スタッフ評価:マイナス評価優先すべきは安全。靴を履き替える利用者がわからない時は職員に聞いてほしい。支援コーディネーターからのアドバイスA氏に優先順位がわかるように指示を出す。作業内容②:デイサービス利用者の入浴後の頭髪のドライヤーかけ、水分補給、安全のための見守り。A氏評価:もっと利用者に目を配れるようにする。職場スタッフ評価:マイナス評価やるべきことがわからなくなったら自己判断せず職員の指示に従ってほしい。支援コーディネーターからのアドバイス両者の食い違いをはっきりさせて、わからないことは「聞く」ルールをつくる。 第4回(就職後5カ月経過) 参加者:第3回と同様 [支援会議の内容] (1)本人の頑張ったこと 作業内容①:食事介助A氏評価:利用者が食べやすい工夫をした。食べやすいよう声掛けをして雰囲気づくりをした。 職場スタッフ評価:プラス評価その日の利用者の様子を見られる。無理に食べさせる事はしない。良い工夫だと思う。作業内容②:デイサービス利用者の入浴後の頭髪のドライヤーかけ、水分補給、安全のための見守り A氏評価:午後のリネン交換をスムーズにするために物品の確認をした。現場の職員数を確認し、看護師に許可をもらい行動した。職場スタッフ評価:マイナス評価現場から突然いなくなることがあった。(リネン交換をするのは)ドライヤーかけの時間は避けて欲しい。 支援コーディネーターからのアドバイス優先すべきことをわかっていない。A氏が今どこにいるべきかわかるよう椅子を指定して明確にする。 (2)本人がもう少し頑張ればよかったこと 作業内容①:送迎時利用者を自宅からバスまで誘導させる。A氏評価:利用者さんの誘導を忘れ猫と遊んでしまった。その後気がつきまずいと思いながらも謝罪しなかった。職場スタッフ評価:マイナス評価送迎途中気が抜ける。特に動物がいると注意散漫になる。責任感がない。就業態度全般的にあくびが多く、疲れが出てきているのではないか。→A氏の評価:自分では疲れを感じない。支援コーディネーターからのアドバイス責任感の問題ではなく注意障害の問題と考えて欲しい。作業内容②:食事介助A氏評価:昼食介助が長引いてしまった。職場スタッフ評価:マイナス評価A氏へ指示していない利用者の介助もしている。 →A氏評価:出来ると思っていた。 自分の作業分担以外のことをして時間が長引いている。利用者がいる部屋で職員としてじっとしていて欲しい。時にあちこちうろうろしてしまう。何をすれば良いかわからない時に職員に尋ねない。 →A氏評価:やることがなくなると他職員と同じようにやらなければと思っていた。聞きづらい事もある。 支援コーディネーターからのアドバイス傾聴・見守りも大事な仕事であり、職員がばたばたしているときこそ、A氏がそういう存在としていると利用者さんとしては落ち着く。A氏に居てもらう時、指定の椅子を決めておき、「椅子に座って見守りお願いします」と指示を出す方が本人はわかりやすい。 5 考察 作業場面で出現する高次脳機能障害から派生すると思われる本人の言動について職場の方に説明する事ができた。 高次脳機能障害は抽象的なことではなく極めて具体的な行動の中に現われる。日常の一つ一つの行動を振り返りながら働く人間としての責任と、高次脳機能障害があるという特性の両面から支援する事が重要と考える。具体的な例を挙げて考察してみたい。 A氏の午前中の主たる作業は①風呂上がりの利用者の髪を乾かすドライヤーかけ②髪を乾かし終わった利用者に水分補給のお茶出し③飲み終わった利用者のコップを下げて洗うといった3つの作業である。しかしコップ洗いをしている最中に入浴担当者からドライヤーかけを指示されると、どうしていいかわからなくなる。これは指示に「従わない」ではなく、「従えない」のである。A氏の頭の中で、最優先作業は風呂上がりの利用者の髪を乾かすドライヤーかけ。次に優先すべきことは水分補給の為のお茶出し。後回しにしてもかまわない作業はコップ洗い、といった優先順位を考えることは高次脳機能障害を有するA氏には困難である。A氏が見やすいところに優先順に作業を書き出して張っておく、といったことは作業環境として整えて欲しい事である。 一方、まだお茶の飲みかけの人のコップまで下げてしまい文句を言われることなどは、職業として働く人間の基本的マナーとして「もうコップをお下げしてもいいですか?」と尋ねるべきであることをアドバイスする必要がある。 本人ががんばった事として挙げている項目でも、職場スタッフはマイナス評価をしていることがあり、A氏の自己評価と職場スタッフの評価には認識のズレが多くあることがわかった。 具体例としては第4回支援会議の際、本人が頑張った事として、午前中にリネン交換の準備をして午後のリネン交換時にはスムーズにできたことを挙げているが、職場スタッフとしては現場からA氏が突然いなくなり現場スタッフが探しに行くことがあった。人手が必要な時に本来いるべき所にいないことがあり、できればドライヤーかけの時間でない時にやった方が良いと評価していた。 つまり本人の頑張りが職場スタッフにとっては、逆に迷惑をかける行動に受け取られていたのである。出来ていたことは認めてもらい、ズレがある部分はどの様に行動すべきか理解してもらうといった支援が必要である。 本人が職場から言われたこと、支援コーディネーターが指摘したズレをどこまで理解しているかは不明であるが、振り返りシートに記入しなければこのズレは見えてこなかったと思われる。 ズレに気がつかなければ、両者が求めるものが食い違っているため、そのズレは徐々に大きくなっていくと予想される。これまでの就労支援の経験の中で、両者の認識のズレは見逃されていることが多く、両者のズレが大きくなるとストレスが増大し、感情が爆発し、退職に至るという悪循環に陥った例もある。両者の認識のズレに気づいてもらい、それを修正してこそ支援者のアドバイスは有効になると考えられる。 第3回支援会議より、第4回支援会議の方が認識のズレが多く出てきているように、ズレは時間が経っても増えていく。 高次脳機能障害者の職場定着支援は短期間だけでは解決は難しい。そのため、長期に渡り両者への支援が必要であると考えられる。両者の認識のズレは短期間の支援で解決できるものではなく、長期間の支援の中で本人の障害認識や、社会人としての自覚、理解を促していく必要があると思われる。 6 まとめ 高次脳機能障害者の職場定着支援について当センターの使用している振り返りシートは当事者にとっても職場スタッフ、さらには支援者にとっても有効と考えられる。 また高次脳機能障害の職場定着の支援は長期にわたり、当事者と職場の両者への支援が必要になることがわかった。 現在のジョブコーチ制度は標準的支援期間が2〜4ヵ月(最大8ヶ月)とされており、その後は職場によるナチュラルサポートを中心とした支援に移行していくことを目指している2)。田谷3) らの調査によると高次脳機能障害者へのジョブコーチ支援の場合、平均支援期間は2〜3ヵ月となっている。その内容としては作業遂行や職場環境調整、職場との調整等の支援が多くなっており、その後フォローアップへ移行するのが約6割となっている。フォローアップは平均9〜12ヵ月、月1回の頻度で行われることが多い。 考察で得られたように高次脳機能障害者と職場の両者の認識のズレを修正していくためには長期に渡り本人、職場への支援が必要と考えられる。高次脳機能障害者が長く働き続ける為にはジョブコーチ支援期間終了後のフォローアップ体制をていねいに行っていくことが必要ではないかと考える。 本事例は当センターが支援を開始してから4カ月しかたっておらず、今後も支援を継続していく方針である。振り返りシートの活用しながら高次脳機能障害者への職場定着支援のあり方を検討していきたい。 【引用文献】 1)太田令子:千葉県千葉リハビリテーションセンター高次脳機能 障害者実態調査からの報告、「国立障害者リハビリテーションセ ンター研究紀要第28号」p43‐50,(2007)2)障害者職業総合センター職業リハビリテーション部:「2010年度 版 就業支援ハンドブック‐障害者の就業支援に取り組む方の ために‐」、大誠社(2010) 3)田谷勝男:高次脳機能障害者の雇用促進等に対する支援のあ り方に関する研究−ジョブコーチ支援の現状、医療機関との連 携の課題−「障害者職業総合センター調査研究報告書No.79 (2007) 公共職業安定所における精神障害者就職サポーターと障害者相談窓口との連携 −支援機関につながっていない求職者に対する支援を中心に ○太田 幸治(大和公共職業安定所 精神障害者就職サポーター)芳賀 美和(大和公共職業安定所) 1 はじめに 公共職業安定所(以下「安定所」という。)における精神障害者の新規求職申込件数および就職件数は年々増加し(表1参照)1)2)3)4) 、2008年度より安定所に配置された精神障害者就職サポーター(以下「サポーター」という。)の役割も高まりつつある。安定所の専門援助部門では、個々の障害者に応じたきめ細かな職業相談を実施するとともに、福祉・教育等関係機関と連携し、就職の準備段階から職場定着までチーム支援が実施されており5)、サポーターもチームの一員として活動することが求められる。一方、安定所と支援機関との連携が不十分である6)との指摘もあり、安定所の障害者相談窓口(以下「窓口」という。)ならびにサポーターの精神障害者に対する支援について論じることは意義深いといえよう。 表1精神障害者新規求職申込件数および就職件数 年度 新規求職申込件数 就職件数 2006 18,918 6,739 2007 22,804 8,479 2008 28,483 9,456 2009 33,277 10,929 本稿では、まず2009 年度、大和安定所におけるサポーターの勤務状況とともに、支援対象となった求職者の性別、診断名、年代、来談時の支援機関への所属に関し人数を提示し、その特徴を把握する。次に、その傾向を踏まえチーム支援を行った事例を紹介し、障害者職業センターとの連携を含め安定所における精神障害者就労支援について考察する。 2 サポーター勤務状況とカウンセリングについて 2009 年度、サポーターは非常勤国家公務員の身分で8時30 分から17 時00 分まで、週1回、曜日を固定し勤務した。サポーターの職務として、精神障害のある求職者に対し専門的なカウンセリング等の支援を実施することが挙げられている5)が、大和安定所におけるカウンセリングは、相談記録への記載時間を含め1人1時間を原則に予約制にて実施された。 カウンセリングの構造について、サポーターは求職者に関し相談員から口頭で説明を受け、求職登録票、相談記録を引き継ぎ、約8㎡の個室で行った。カウンセリングにつながる経緯は、求職者自身が希望することもあったが、多くは窓口の相談員の紹介であった。窓口には3名の障害者担当の相談員がいるが、窓口で求職者の語りに多くの時間を割くことができず、精神疾患に関する聞き取りを十分に行えない場合があるため、窓口の業務を補完する役割としてサポーターが存在した。初回カウンセリングでは、紹介をした窓口の相談員が同席し、求職者の主訴を中心に、サポーターが精神疾患、障害、生活状況、家族関係の面から話を聞いた。同時に、相談員が過去の就労体験から聞き、就労動機、今後の就労の方向性について求職者、相談員、サポーター間で共有するよう努めた。具体的な流れについては事例の中で報告する。 3 サポーターの支援対象となった求職者 2009 年度、サポーターは53 名に対し、のべ198 回カウンセリングを実施した。1人あたり平均4回未満で終結しており、安定所で若年者を対象にカウンセリングを実施した菊池の報告7)と同様に短期で終える傾向にあった。 性別、年代別内訳(表2参照)では、男性が全体の約70%を占め、30、40歳代の割合が突出し、男性全体の約80%に達した。 来所時にデイケア、作業所(地域活動支援センターを含む)、就労継続B 型、就労移行支援等の精神障害者を対象とした就労支援機関、障害者就業・生活支援センター等に所属していた人数(表3参照)は、全体の約20%であった。 診断名(表4参照)は、男女共に統合失調症が多く、次いで抑うつ状態を含む気分障害、広汎性発達障害(以下「発達障害」という。)であった。その他には摂食障害、アルコール依存症、適応障害、主治医の意見書がないため診断名が不明の者が含まれる。 表2カウンセリング対象者の性別、年代別人数 (( )はうち2009 年3月31 日現在で就労に至った人数) 2 0代 3 0代 4 0代 5 0代 計 男性 6(1) 19(4) 12(7) 0(0) 37(12) 女性 4(0) 9(1) 2(0) 1(0) 16( 1) 計 10(1) 28(5) 14(7) 1(0) 53(13) 表3カウンセリング来談時に支援機関に所属していた人数 (( )はうち女性の数) 2 0代 3 0代 4 0代 5 0代 計 デイケア 1(0) 0(0) 1(1) 0(0) 2(1) 作業所等 0(0) 2(0) 0(0) 0(0) 2(0) 就労支援 0(0) 0(0) 0(0) 0(0) 0(0) 就業・生活 0(0) 3(3) 1(0) 0(0) 4(3) その他 0(0) 0(0) 3(0) 1(1) 4(1) 計 1(0) 5(3) 5(1) 1(1) 12(5) 注:作業所等には地域活動支援センター、就労継続支援事業所を含む。就労支援とは障害者自立支援法の就労移行支援事業所を指す。就業・生活は障害者就業・生活支援センターである。その他の中には依存症者を対象としたサポートグループ、発達障害者を対象とした支援機関を含む。 表4カウンセリング対象者の年代別、診断名内訳 (( )はうち女性の数) 2 0代 3 0代 4 0代 5 0代 計 統合失調症 4(2) 9(3) 8(1) 0(0) 21(6) 気分障害 1(1) 8(2) 3(0) 0(0) 12(3) てんかん 1(0) 1(0) 0(0) 0(0) 2(0) 発達障害 3(0) 5(3) 2(0) 0(0) 10(3) その他 1(1) 5(1) 1(1) 1(1) 10(4) 計 10(4) 28(9) 14(2) 1(1) 53(16) 表2〜4より、サポーターのカウンセリングにつながる者の特徴として、支援機関に所属していない統合失調症の30、40 歳代の男性であることが示された。この特徴を踏まえ、ここではサポーターと窓口の連携から、障害者職業センター等の支援を経て就労に至った、2つの事例について報告する。 4 事例1 A(男性、30 歳代後半、統合失調症)は2009 年6月、障害者求職登録に来たところ、相談員から「今後のことについて話をして決めていくのもいいのでは」と勧められ、サポーターにつながった。 6月、初回、相談員が同席。 A は「コンピュータ関係の派遣社員として病気を隠し働いてきたが、職場になじめず3か月前に仕事を辞めた。今は状態も良く、資格を取って再びコンピュータ関係の仕事をしたいと思うけど、今後は体に無理なくオープンで就労したい」と話した。サポーターから、日中活動、経済状態、家族の協力、症状について確認すると、A は「資格取得のために家で問題集を解いている」「親と同居しているので、生活費はかからず、雇用保険と障害年金で生活している」「両親は就職しろとか、あまり文句を言わない」「調子が悪いと眠れなくなって疲れがたまるような感じで、人が自分の悪口を言っているような気になって仕事に集中できなくなったこともあった」と答えていた。途中からA は「障害者だと給料が安くなってしまうので、派遣でもいいからクローズで働いて、より専門性を身につけるために資格も取っておきたい」と、両価性を示した。相談員から「たしかに障害者求人だと月給が15 万円前後になるかもしれないが、大切なことは無理なく続けられる仕事を選ぶことはではないだろうか。今までは病気のことを隠して働いてきて苦しかっただろうし、その上、コンピュータ関係で働くとなるとさらに体力的にしんどくならないだろうか」と心配されると、A は「やはりそうか。このままでいいのだろうかと思ってカウンセリングに来た」と話した。サポーターが就労動機について聞くと、A は「働いていないと社会的にまずいし近所の目も気になる。病気が良くなってきたし働きたいと思っていたが、長続きする仕事を優先すべきだと感じた」と答えた。 以上から、長続きする仕事を選ぶ、そのために障害をオープンにすることを共有し初回を終え、2週間後にカウンセリングを行うこととした。 7月、2回目、A とサポーター。 A は「コンピュータ関係が第一志望であることに変わりないが、他の職種で障害者求人の中から選ぶとしたら、自分にどんなことができるのかよくわからない」というので、サポーターから精神障害者を対象とした職業訓練が9月から安定所管内で3ヶ月間実施されることを情報提供した。「この訓練は様々な企業で実習できることが特徴であり、可能性を試すいい機会になるのではないか」と伝えると、A は「両親と相談して考える」と、次回、訓練の回答を聞くこととした。同時にサポーターから相談員に、Aが訓練に申し込む可能性があることを伝えた。 7月、3回目、サポーターとA。 A は「訓練に応募する。家にいて一人で資格の勉強をしていても捗るわけでもなく、生活のリズムを整え、人と関わることが働く上で必要だと両親から言われた」と語った。サポーターと訓練の目的について話し合い、家に閉じこもりがちな生活リズムを変え、週5日間、朝から訓練先で過ごせるようになることを確認した。サポーターはカウンセリング終了後に相談員にA が訓練に応募する旨を伝え、8月下旬に予定される訓練応募者を対象とした面接に備え、今後は窓口の相談員と面接の練習を行うこととし、一旦カウンセリングは終結となった。 8月、A と相談員。 相談員と今までの職歴、希望する仕事、訓練の志望動機等について確認していった結果、A は8月末の面接を突破し9月から3ヶ月間、週5日訓練に通うことが決まった。相談員からの提案で、訓練の継続支援として、相談員とサポーターが交代で月に1回、訓練先を訪問することになった。10 月にサポーターが訓練先を訪れた時、A は伝票整理をしながら「訓練でお店に出たり事務仕事をやったり、色々なことが経験できて楽しい。接客とかも面白いと思うようになった」と話していた。 11 月末に訓練を終えたA は、障害者枠で販売の求人に応募したが不採用であった。 12 月、相談員と雇用指導官が障害者雇用率達成指導で訪問した事業所が、トライアル雇用を前提とした職場実習生を募集することになった。相談員がA に勧めると、A は実習を受けることにした。実習に先立ち、ジョブコーチをつける目的で障害者職業センター(以下「センター」という。)の準備支援にA は約2週間通うことになった。 2010 年1月からジョブコーチ付きの実習が始まり、Aは週5日、1日4時間、検品の作業を行い、2週間の実習を終えた。最終日に相談員、ジョブコーチが会社を訪れ、採否に関し説明を受けると、実習時の安定した勤務が評価されA の採用が決まった。採用後も引き続きジョブコーチが2 ヶ月間職場定着支援に入り、A の就労を支えた。 ジョブコーチの支援終了後は安定所で様子を見ることになり、A に関し職場から連絡があったときは相談員かサポーターが訪問することになっている。また、Aが仕事帰りに安定所に立ち寄ることもあり、話を聞くことで職場定着支援が図られている。 5 事例1の考察 職歴、日中活動、経済状態、障害等を聞き取り、就労動機のアセスメントを行い、課題を共有することから支援を開始した。A はコンピュータ関係へのこだわりを見せる一方で、「自分にどんなことができるのかわからない」との発言もあり、サポーターが訓練の情報提供をすると、家に閉じこもりがちな生活リズムの改善という新たな課題をA 自身が見出した。支援機関につながっていない、あるいは日中活動の場がない求職者に対し、職種が定まるまでの間、様子を見ていくことが必要と考えられるが、情報提供をする際、本人が変わろうとするサインを見せた時に行ってこそ効果がある。サポーターの情報提供を契機にA が訓練への動機づけを意識できたことが、訓練の継続、訓練先での職業体験、職業選択の変化につながったと考えられる。 チーム支援においても、A の訓練受講の可能性をサポーターから相談員に予め伝えたので、A が訓練応募を決めると、支援の中心をサポーターから相談員へとスムーズに移行できた。また、訓練につながったからといって支援を中断するというのではなく、相談員とサポーターが訓練先に出向き、就労まで安定所が支えているというメッセージをA に送ったこともA の安定した活動に貢献したと思われる。 6 事例2 B(男性、40 歳代半ば、統合失調症)は2009 年5月、窓口で「昨年から障害者合同面接会を中心に就職活動してきたが、なかなか就職が決まらない。求人に応募しても書類選考で落とされてしまう。どうしたら就職できるのかわからない」と話した。相談員が「今までの活動の振り返りや今後のことを話してみては」と促し、サポーターにつながった。 5月、初回、相談員が同席。 B の主訴が「なかなか就職が決まらない」ことにあったので、まず相談員が職歴、退職理由について聞いた。Bは父親の紹介によりクローズで製造業に7年間従事したが、父親の知り合いが退社したのを機に、作業能率が悪いことを理由に自主退職へと追い込まれたという。その後、経理の学校に通い簿記の資格を取ったものの就職には至らず、月に1回精神科に通院する以外は家で生活するようになった。心配した母親が保健所に相談し、保健師が自宅まで訪問したのをきっかけに徐々に外出し、母親の知り合いの紹介でアルバイトをするようになった。保健師の勧めもあり精神障害者保健福祉手帳と障害基礎年金(以下「年金」という。)を取得し、障害者枠で就職活動を開始した。B は「製造業の会社を辞めさせられたので、もう製造業の仕事はやりたくない」と考え、事務職を中心に応募していた。生活については、近所のスーパーで週3日、品出しの短時間アルバイトをし、収入は年金と短時間アルバイトで月約9万円である。両親と同居しており寝食に困らず、両親ともに地域の家族会にも参加し障害に理解があるという。障害について、統合失調症の診断名はB も把握しており、「自分から話しかけて人とコミュニケーションを取るのが苦手」と話していたが、服薬と通院は欠かさず、アルバイトも休んだことはないという。 以上のことから、障害者枠で仕事を見つけること、製造業ではなく事務を目指していて、その理由が製造業種に勤めたくないことの代替案として事務職となっていることがわかった。相談員から「月にどれだけ収入があれば生活していかれるか、そこから月給がいくらの会社ならいいか、そして履歴書と職務経歴書を持参してくること」が宿題として出された。 6月、2回目、B と相談員、サポーター。 B は書類を持参し、年金と併せて月18 万円あれば生活できることを確認した。相談員が「今までの仕事の中でいちばん楽しかったのはどれか」と聞くと、「今の短時間のアルバイト。あまり気を遣わない仕事が合っているみたい」と答えた。必ずしも事務職でなければいけないわけではなく、むしろ精神的に負担が少ない仕事を望んでいることが感じられ、センターで厚生労働省編一般職業適性検査 (General Aptitude Test Battery、以下「GATB」という。)の受検を勧めると、Bも「受けてみたい」という。その場で相談員がセンターに電話で予約を取り、後日サポーターがセンターに同行することになった。 7月、3回目、センターにてB、サポーター、センターの担当カウンセラー。 B とサポーターはセンターに赴き、センターのカウンセラーにサポーターからこれまでの経緯とGATB の受検の必要性について説明すると、1週間後にB は検査を受けることになった。 8月、安定所にてB、センターのカウンセラー、相談員、サポーターの4名でケース会議を行い、GATB のフィードバックとしてB の得意、不得意についてカウンセラーから説明があった。事務職よりも対人接触が少ない職種が望ましいのではないかと提示があり、Bも納得していた。 10 月、障害者合同面接会でB は事務職ではなく製造業を中心に4社に応募したが不採用であった。 11 月、B からサポーターのカウンセリングの予約があり、B、相談員、サポーターで話をした。B が「これからどうしたらいいだろうか」と相談があり、相談員から「就労に向けての仕上げを行ってみては」と、センターの精神障害者対象の職業準備支援を勧められると、B は同意し2ヶ月間休まずに通った。 2010 年1月、相談員から安定所管内の、実習を伴う清掃の求人を勧められると、B は「やってみたい」といい、作業現場をサポーターと見学した上で、5日間の実習を受けることを決めた。 2月、実習用にセンターがジョブコーチを手配し、地域の障害者就業・生活支援センター、就労移行支援事業所のスタッフもジョブコーチとしてB に関わり、サポーターも最終日に立ち会った。そして実習終了後に相談員、サポーター、ジョブコーチ1名、採用担当者の4名で振り返りを行い、B の安定性が評価された。後日、B の採用が内定した。 3月からB は勤務を開始し、2ヶ月間はジョブコーチが週1、2回入った。ジョブコーチが終了した5月以降、3カ月に1回サポーターが職場を1日訪問し、B と業務の担当者と話しながら、職場定着支援を行っている。 7 事例2の考察 B は製造業を拒否し、事務職を選択していたことが初回のカウンセリングで把握できたので、職種の再検討を課題として設定した。B の気持ちに沿い早期にセンターにつなぎ、GATB を受検したことが職種の見直しにつながったと考えられる。その際、センターの担当カウンセラーの意見が客観性の高い情報としてB に伝わったと思われ、チーム支援を行った効果と考えられる。また、支援機関に所属していない求職者に対し、支援機関につなぐ際、本事例のように同行することが有効と思われる。なぜなら、対人関係に不安定な統合失調症の人の場合、支援機関に対し利用目的を伝えきれないことによって支援の連続性が途切れてしまうことも起こりうるからである。センター、実習前の職場見学、実習、就労後の職場にサポーターが同行したことによって支援の連続性を保つことができたといえよう。 8 全体的考察 ジョブコーチ等の就労に関する情報が不足しがちな求職者に対し、安定所として情報を効果的に伝えることが必要となる。両事例とも安定所の働きかけによってセンターにつながったが、カウンセリングの初回で即、情報提供をしたわけではない。サポーターと相談員が求職者の話しを聞き、就労動機を中心としたアセスメントの上、本人と課題を共有しながら情報提供をしたことが、就労に向け行動を促進させたのではないだろうか。したがって、訓練センターにつながるまでは安定所が主たる相談場所として機能したともいえ、安定所における精神障害者就労支援として、サポーターと相談員が連携し、求職者の語りを聞く時間と場所を設け、生活状況、疾患、過去の職歴、求人選択、職業訓練、センター等の社会資源について本人と情報交換しながら、支援の連続性を築いていく視点が求められる。 【文献】 1)内閣府:平成22 年度版障害者白書(2010) 2)内閣府:平成21 年度版障害者白書(2009) 3)内閣府:平成20 年度版障害者白書(2008) 4)内閣府:平成19 年度版障害者白書(2007) 5)障害者職業総合センター:精神障害者相談窓口ガイドブック (2009) 6)障害者職業総合センター:精神障害者の雇用促進のための就業 状況等に関する調査研究(2010)7)菊池尊:ハローワークにおける臨床心理士の役割と課題、「臨床心 理学4(1)」,p24-29(2004) 精神障害者保健福祉手帳の 新規申請時及び更新時の判定結果に関する調査 ○岩永 可奈子(障害者職業総合センター障害者支援部門 研究員) 相澤 欽一・川村 博子・大石 甲(障害者職業総合センター障害者支援部門) 1 はじめに 障害者職業総合センターでは、昨年度、「雇用対策上の精神障害者の認定のあり方に関する調査研究」1)を行い、その研究の一環として、精神障害者保健福祉手帳(以下「手帳」という。)の新規申請時及び更新時の判定結果の状況について調査した。本発表では、その調査結果の一部について報告する。 2 調査方法 (1)調査対象 全国の精神保健福祉センター65所 (2) 調査内容 ①手帳の新規申請時の判定結果 新規に手帳申請(期限切れの再申請も含む)をした者のうち判定結果が出た者の疾患毎の申請件数、交付件数、非該当件数、保留・返戻件数。 ②手帳の更新時の判定結果 手帳の更新申請をした者のうち判定結果が出た者の等級毎の更新手続き件数、等級変更の有無及びその内容。 (3)調査時期及び実施方法 2009年9月1日〜9月30日。郵送により調査票を送付し、記入後に返送してもらった。 3 調査結果 (1)回収状況 59センター(回収率90.8%) (2) 結果 ①新規申請時の判定状況 診断書による申請件数は5,993件、うち手帳交付件数は5,561件、非該当件数は119件、保留・返戻は313件であった(表1参照)。保留・返戻はその後の交付状況が不明なため、交付件数と非該当件数だけで割合をみると、交付件数は97.9%、非該当件数は2.1%となった。 また年金証書等の写しによる交付件数注1は2,104件で、診断書による申請と合わせた申請件数全体(8,097件)の26.0%を占めていた。 疾患別の申請件数では、「統合失調症、統合失調症型障害及び妄想性障害(F2)」が2,197件と最も多く、次いで、「気分(感情)障害(F3)」の1,934件であった。この2つの疾患で、申請件数全体の68.9%を占めていたが、F0からF99まですべての疾患で申請が発生していた(表1参照)。保留・返戻を除いた、交付件数と非該当件数だけで割合をみると、交付件数の割合が最も高いのが「その他(F99)」の100%、次いで、「統合失調症、統合失調症型障害及び妄想性障害(F2)」の 99 .6%であった。交付件数の割合が最も低いのが、「知的障害(精神遅滞)(F7)」の80.0%、次いで、「精神作用物質使用による精神及び行動の障害(F1)」の 89 .0%であった。 ②更新時の判定状況 診断書による更新手続き件数は8,088件あった(表2参照)。等級変更等の状況は、保留・返戻を除いた7,774件のうち、等級変更なしは6,669件 (85.8%)、等級変更ありは1,051件(13.5%)、非該当は54件(0.7%)であった。また、等級変更で等級が上がったものは650件(8.3%)、下がったものは401件(5.1%)となっていた。等級変更あり及び非該当の割合について、等級間で比較すると、前回等級3級のものが、どちらも最も高くなっていた。また、2級から非該当が26件(0.6%)、1級からも非該当が2件(0.2%)発生していた。 また、年金証書等の写しによる更新手続き件数は5,410件あり、更新申請全体(13,498件)の 40.1%を占めていた(表3参照)。等級変更等の状 況を見ると、等級変更なしは4,920件(90.9%)、等級変更ありは490件(9.1%)であった注2。また、等級変更で 表1新規申請時の疾患別の判定状況 「症状性を含む器質性精神障害」のうち認知症(F00−F03)主たる病名 373 申請件数 交付件数346 (98.0%) 非該当件数7 (2.0%) ( 小計)(353) 保留・返戻20 「症状性を含む器質性精神障害」のうち認知症以外のもの(F04−F09) 244 220 (97.8%) 5 (2.2%) (225) 19 精神作用物質使用による精神及び行動の障害(F1) 210 170 (89.0%) 21 (11.0%) (191) 19 統合失調症、統合失調症型障害及び妄想性障害(F2) 2,197 2,130 (99.6%) 9 (0.4%) (2,139) 58 気分(感情)障害(F3) 1,934 1,810 (98.0%) 37 (2.0%) (1,847) 87 神経性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害(F4) 361 329 (96.5%) 12 (3.5%) (341) 20 生理的障害及び身体的要因に関連した行動症候群(F5) 22 19 (90.5%) 2 (9.5%) (21) 1 成人の人格及び行動の障害(F6) 66 62 (96.9%) 2 (3.1%) (64) 2 知的障害(精神遅滞)(F7) 48 20 (80.0%) 5 (20.0%) (25) 23 心理的発達の障害(F8)小児期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害(F90−F98) 240 222 (99.1%) 2 (0.9%) (224) 16 てんかん(G40) 279 214 (92.6%) 17 (7.4%) (231) 48 その他(F99) 19 19 (100.0%) 0 (0.0%) (19) 0 計 5,993 5,561 (97.9%) 119 (2.1%) (5,680) 313 表2 更新申請時の診断書による判定状況 前回認定等級 更新手続き件数 「等級変更なし」件数 「等級変更あり」件数 非該当件数 (小計) 保留・返戻 1級→2級 1級→3級 1級 1,343 1,123 153 5 2 (1,283) 60 (87.5%) (11.9%) (0.4%) (0.2%) 2級→1級 2級→3級 2級 4,528 3,882 220 243 26 (4,371) 157 (88.8%) (5.0%) (5.6%) (0.6%) 3級→1級 3級→2級 3級 2,217 1,664 18 412 26 (2,120) 97 (78.5%) (0.8%) (19.4%) (1.2%) 計 8,088 6,669 (85.8%) 1,051 (13.5%) 54 (0.7%) (7,774) 314 表3更新申請時の年金証書等の写しによる判定状況 更新手続き 前回認定等級 「等級変更あり」 「等級変更な 件数 件数 し」件数 1級→2級 1級→3級 1級 834 753 80 1 (90.3%) (9.6%) (0.1%) 2級→1級 2級→3級 2級 3,893 3,728 93 72 (95.8%) (2.4%) (1.8%) 3級→1級 3級→2級 3級 683 439 8 236 (64.3%) (1.2%) (34.6%) 490 5,410 4,920 計 (90.9%) (9.1%) 等級が上がったものは337件(6.2%)、下がったものは153件(2.8%)となっていた。 4 考察 (1)新規申請時の判定状況 全国59ヵ所の精神保健福祉センターにおける1ヵ月間の診断書による新規申請では、「統合失調症、統合失調症型障害及び妄想性障害(F2)」と「気分(感情)障害(F3)」が申請件数全体の約7割を占めていたが、F0からF99(及びG40)まで、すべての疾患で申請があり、すべての疾患で手帳交付がなされている。手帳がすべての精神疾患をカバーしていることが改めて確認できた。 障害者職業総合センターが行ったハローワークにおける精神障害者に対する職業紹介等の実態調査2)においても、さまざまな精神疾患の患者が精神障害者として求職登録していることが把握されている。このような現状を踏まえると、ハローワークをはじめとした雇用支援を行う機関等では、さまざまな精神疾患を背景とする精神障害者に対する支援ノウハウの蓄積や、精神医療保健福祉領域との連携が、今後ますます求められてくると言える。 なお、高次脳機能障害が含まれると想定される「『症状性を含む器質性精神障害』のうち認知症以外のもの(F04−F09)」や、発達障害が想定される「心理的発達の障害(F8)、小児期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害(F90−F98)」の申請が、それぞれ4%程度あり、交付件数の割合も低くなかった。厚生労働省でも、手帳の申請様式を、発達障害や高次脳機能障害について明確に記述できるよう変更する検討をしているが、今後、雇用支援の領域で支援ニーズが増加しているこれらの者の手帳申請の動向がどうなるか注視される。 (2)更新時の判定状況 診断書による更新手続きで、非該当が0.7%あった。ごくわずかではあるが、手帳所持者が更新時に非該当になることが確認された。企業が手帳所持者を採用後、更新時に非該当になった場合に雇用率にカウントされなくなるため、雇用継続に問題が生じることが予想される。よってこの点 を踏まえ、雇用対策上の精神障害者の認定のあり方を検討する必要がある。 一方、診断書による更新手続きで、等級変更ありが13.5%、年金証書等の写しによる更新手続きでは、等級変更ありが9.1%あった。現在、精神障害者には実雇用率算定上のダブルカウントの対象は設定していないが、もし手帳等級で行おうとする場合には、更新時に、今回把握された程度の等級変更が常時発生する可能性があることを踏まえておく必要がある。 【注釈】 注1年金証書等(国民年金や厚生年金等の障害年金を受けていることを証する書類)の写しによる判定は、精神保健福祉センターによる判定を要することなく手帳の交付を行うことになっている(年金1級は手帳1級、年金2級は手帳2級、年金3級は手帳3級)。このため、非該当は発生しない。 注2新規申請判定同様、更新手続きでも年金証書等の写しによる判定は、年金等級が手帳等級になり、非該当は発生しない。このため、例えば、国民年金の障害年金2級が非該当になった者の場合、更新手続きは年金証書の写しではなく、診断書により行うことになる。 【参考文献】1) 障害者職業総合センター:雇用対策上の精神障害者の認定のあり方に関する調査研究,資料シリーズNo52,2010.2) 障害者職業総合センター:精神障害者の雇用促進のための就業状況等に関する調査研究,調査研究報告書No95,2010. 精神障害者の職場定着に有効な支援について−(株)薬王堂でのジョブコーチ支援から− ○中村 絢子(岩手障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 伊藤 富士雄・宮本 憲二・高山 貴子・主濱 陽子・伊藤 政徳・盛合 純子(岩手障害者職業センター)藤野 敬子(社会福祉法人平成会)・野崎 翔太・三浦 智子(社会福祉法人若竹会) 中島 透(社会福祉法人岩手県社会福祉事業団)・鈴木 富男(社会福祉法人大洋会) 1 はじめに 近年の障害者雇用をとりまく状況において、障害者雇用促進法の改正や各種助成金制度の拡充等がなされ、障害者雇用率は年々高まってきているところである。岩手県における平成21年度の就職件数は575件で、そのうち精神障害者は160件(全体の28%)、その数は年々増加している状況にある1)。 岩手障害者職業センター(以下「当センター」という。)では、平成19年度より(株)薬王堂での障害者雇用に協力しており、同事業所では計画的に障害者雇用が進められている。(株)薬王堂は、岩手、青森、秋田、宮城、山形に129店舗(平成22年9月1日現在)を展開しているドラッグストアで、従業員は1,360名(平成22年2月末現在)である。 平成22年9月時点で21名の障害者が当センターのジョブコーチ支援(以下「JC支援」という。)を受けて就職している。そのうち精神障害者は12名で、全員が現在まで雇用を継続している。本稿ではこの点に着目し、これまでの取り組みを整理して精神障害者の職場定着に有効な支援について考察していくこととする。 2 (株)薬王堂での障害者雇用の状況 (1)障害者の受け入れの流れと当センターの取り組み 同社での業務内容、雇用条件(賃金、勤務時間等)については、当センターはもちろんハローワークや障害者就業・生活支援センター、その他第1号職場適応援助者(以下「第1号JC」という。)が所属する法人等に周知されている。候補者が出た場合には、まず当センターに連絡が入り、職業評価を行うが、その際に(株)薬王堂での業務に必要な能力である「日付の前後が理解できているか」「簡単な接客対応が可能か」についても評価項目に加えて確認を行うこととしている。職業評価の結果から当該業務への対応可能性が高く、かつ本人が同社の勤務条件等を承諾している場合に、(株)薬王堂の本社に受け入れを打診し、次いで面接という段取りとなる。 面接の際は、本社の人事担当者ではなくチーフ(店長)とエリアマネージャーが対応する。カウンセラーが同行して行うが、この時、対象者の了解を得たうえで、紹介や障害特性についての説明資料(「精神障害者と働く」岩手センター作成)を提示して対象者の特性、配慮事項を伝えている。また、対象者の支援を行うさまざまな機関の名称や役割等を一覧にまとめた資料も併せて提供している。面接結果が良ければ、JC支援を前提に実習(概ね3週間)、トライアル雇用(3ヶ月)、常用雇用(パート社員、6ヶ月更新)という流れで進められる。 (2)現在雇用されている精神障害者の概要 平成22年9月20日現在、11名が常用雇用、1名はトライアル雇用中である。精神疾患の診断名では、統合失調症9名、気分障害2名、その他1名である。男女別では男性7名、女性5名。年齢別に見ると、20代が4名、30代が3名、40代が3名、50代が2名となっている。一週間の勤務時間は週20時間が8名、週25時間が2名、週30時間が2名である。実習開始時は週15〜20時間勤務で設定し、本人の希望や体調、仕事ぶり、店舗の業務量等により、可能であれば徐々に延長することができる。休日は週休2日制で、通院日や体調の維持を考えて連休、または火・金や木・日のように飛び飛びにするなど、それぞれ個々の状況に応じた設定をお願いしている。雇用されてからの期間は、6ヶ月未満3名、6ヶ月〜1年未満3名、1年〜1年6ヶ月未満2名、1年6ヶ月〜2年未満1名、2年以上2名で、最も長いのは2年10ヶ月となっている。 3 対象者の職場適応状況と支援について (1)作業面 作業内容は、品出し・前陳・清掃の3つが主で、能力的に対応可能な場合にはPOP作成やレジ、サッカー(袋詰め)等に携わっているケースもある。その他、作業に付随して客から商品の場所を尋ねられる等の接客対応がある。 12名の対象者はこれらの作業を行うために必要な基本的な理解力は有しており、理解や定着までの時間は個人によって差はあるものの、実習からトライアル雇用期間中には一通りの作業を行うことができるようになっている。JC支援の中で見られた課題は次のようなことがある。 イ作業スピード 動作がぎこちない、判断に時間がかかる、手順の定着に時間を要する、効率の悪さ等が見られ、この点について、当初多くのケースで事業所から指摘を受けている。 ロ周囲への配慮 作業に集中し客への挨拶ができない、通路に物を置いたり作業中に客が近くにいても気がつかない等から買い物の妨げになることがあり、店員として周囲の状況に配慮して行動するということが苦手なケースが多い。ハ丁寧さ、正確性 適度な力加減が難しく商品に傷をつけてしまう、見落としがある(商品棚の近くで作業しており全体が見渡せないため、作業途中に声をかけられたりすると注意がそれる)等が見られた。 作業上の課題については、慣れによる習熟やJCから注意点や作業のコツ等を助言、モデリングすることにより改善をはかってきた。指摘されることの多い作業スピードに対しては、客を待たせている時や移動時には小走りする等、動作を素速くすることで時間短縮し、また店で扱う商品の種類が多いことから店内の商品の配置を図示したツールを使用し、品出しや接客対応をスムーズにできるようにしている。対象者の中には自分の行動を客観的にみることが難しい面があり、モデリングしながら対象者の理解を深めるようにしている。 ニ易疲労性、集中力の持続 実習は1日3〜4時間で設定し、基本的に休憩時間は設けていない。勤務開始が8〜9時であり、早い時間は調子が出なかったり、後半では集中力が続かずボーっとする、あくびが出る、よそ見するなど疲労がうかがえることがあり、必要に応じて小休憩をとらせてもらうこともある。その他、対象者自身の気になること(家族の病気、離職、子供の発達や反抗期、受験等)があり、作業ミスにつながったケースもあった。 (2)対人対応面 客への挨拶や接客対応(自分で分かるものは対応し、そうでなければ客に「少々お待ちください」と伝えて従業員に取り次ぐといった定型的な対応)が求められる。客から話しかけられることに抵抗がある対象者も多かったが、接客があることを知った上で同社に応募しているので、苦手でも挑戦する姿勢で取り組んでいる。 接客対応での課題として、呂律がまわりにくい、声量が小さい、声量やトーンの調節が難しい、表情の硬さ等がある。これらについては、JCとのロールプレイにより接客練習をし、個々の状況に応じたセリフの固定、なるべく短いセリフにする等の工夫をして対応できるようにしている。 また、自己判断で答える、商品の場所をいつまでも探して客を待たせてしまう等、従業員に繋ぐことができない場面もあり、JCは従業員に繋ぐタイミングや声のかけ方の助言を行っている。 作業面、対人対応面に共通していることだが、病気の発症が早い人ほど、社会経験の不足からスキルが身についていない傾向があるようである。そうした障害特性上の課題については、事業所の理解を得て様子を見ていただいている。しかしながら、「店員として仕事できるようになる」ためには、客や周囲の従業員からの印象を意識した作業、応対ができる必要があり、JC支援においても重視して支援しているが、時間がかかる部分でもある。 (3)通勤 本社に障害者の雇用を打診する際には、本人の居住地から通勤可能な範囲の店舗への受け入れをお願いしており、通勤の負担が大きくならないようにしている。バス、電車、自転車、自動車、徒歩等、個々によって手段は異なるが、全員が自力通勤している。留意点として、岩手県は積雪や路面の凍結等、冬期間の厳しい気象条件があり、この時期の通勤に不安を抱く障害者は少なくない。そのため、冬を迎える前に起床時間を早めに調整したり、自転車等から公共交通機関の利用に切り替えて対応するよう助言している。 (4)出勤管理 出勤状況は、対象者のほとんどは問題なく出勤できている。体調不良により早退や欠勤があっても、事業所には障害特性上起こりうる体調変化の一つとして理解していただいており、そうした場合は当センターを含めた支援者からも状況を伝えるようにしている。一部ケースによっては欠勤や早退が続き、休み癖がつきかけたことがあり、本人の状況を見ながら出勤を促したり、出勤してもすぐ早退ではなく勤務時間中に休憩を取らせてもらって様子を見てから対応する等、事業所の協力を得て対処し、改善された例もあった。 (5)生活管理 生活面で見られた課題として、朝食を抜くことによって疲労しやすくなったり服薬しないことにつながること、出勤前日の深酒、家族とのトラブルに起因する体調不良、その他身嗜みや整容への意識不足といったこともあり、これらについては、対象者に率直に確認して対処するようにしている。しかし、生活面の課題には、JC支援の対応では限界がある場合も多く、地域の生活支援機関との連携が欠かせない。 (株)薬王堂では就業時間が午前からの1日4時間程度のケースが多いが、勤務後の時間を持て余してしまい生活リズムが確立できないケースがあった。そのため、余暇時間で地域の作業所や就労移行支援事業所、地域活動支援センター等を利用したり、免許の取得等にあてる等によって対応し、落ち着くことができた。 (6)健康管理 体調不良の訴えや調子を崩すことになった要因として、繁忙期で仕事がたてこみ服薬を忘れたり、調子が良くなってきたので自己判断で服薬を調節した等、服薬の自己管理が不十分なケースが何例かあった。JC支援では、決められた通院や服薬について随時確認を行ったり、薬の副作用がある場合には主治医への相談を勧め、服薬の調整をしてもらうようにしている。また、必要な場合には通院に同行し、状況説明や協力を依頼することもある。 精神的に負荷がかかった時に体調を崩す人もおり、12名の対象者が実際に働くようになってから訴えがあった不安等の内容は次のようになる。 ・ 新しい作業を覚えることに対する不安 ・ 仕事を間違えないかどうかに対する不安 ・ 何時までに仕事を終わらせなければいけないのか分からない ・ 決められた時間までに終わらないと、今後の雇用に響くかどうか心配 ・ 忙しい時間に周囲に聞ける人がいないので不安 ・ 一緒に働く従業員の態度がいつもと違うので不安 ・ 従業員から声をかけられた事がどういう意味か分からず不安 ・ 普段の指導者以外の方から教わり疲れを感じた ・ 仕事ができているか、会社に必要とされているのか不安 ・ 休みが2日続くと出勤するのが辛い ・ 冬は苦手な季節で気持ちの落ち込みがある ・ 送別会等のイベントに出ることを迷っている ・ チーフが変わるので不安 このように、周囲からの評価を気にしての訴えが目立ち、不安があってもそれを話したり相談したりすることができず抱え込んでいる様子がうかがわれた。 4 考察 これまで(株)薬王堂での支援を重ねてきたことにより、支援者側で候補者が当該事業所での勤務が可能かどうかイメージがつくようになってきた。また、事前に職務内容に特化した内容を含めた職業評価を行い、本人と仕事内容や勤務条件について確認し、生活の見通しを構築しながら採用に向けて取り組むスタイルが定着してきた。このようにして「職務とのマッチングをはかる」ことは職場定着を高めることにかなり寄与しているのではないだろうか。また、同社の採用が短時間勤務をスタートにしており「余裕をもって働ける勤務時間を保つこと」も定着要因になっているのではないだろうか。平成20年度障害者雇用実態調査2)によれば、精神障害者の週所定労働時間は30時間以上が73.1%、20時間以上〜30時間未満が24.8%であり、それと比べると(株)薬王堂での就労は短時間勤務が多い状況である。しかし、このことは従来から精神障害者は疲労しやすく短時間勤務から段階的に時間を延ばすことが望ましいとされており3)、特性に配慮した環境ともいえる。同社において短時間勤務が浸透・定着した理由として、もともと同社店舗の勤務体制は3交代制であり、新たに障害者向けに勤務を作るのではなく既存の枠組みの中に当てはめることができたことによる。 今回12名の精神障害者へのJC支援から得られた短時間勤務のメリットとして、作業時間が短いことと併せて対人接触の場面が少なく、体力的・精神的な負担がかかりすぎないことが挙げられる。一方、デメリットとして、日中の自由時間をうまく使えない、コミュニケーションの機会が少なく従業員との関係性を深めるのに時間がかかることが挙げられる。 既に述べたように、状況が許せば勤務時間は延長することが可能であり、作業内容の拡大、昇給もある。こういったキャリアアップのチャンスがあるということは、対象者の「就労意欲を維持・向上させる」ことに繋がっていると思われる。もちろん、就業時間の延長や職務内容の拡大等を行う際は、本人の希望と実際の就労の状態について現実的な検討ができているのか確認し、新しい課題への不安を抱きやすいといった精神障害者の特性が仕事に影響する可能性も考えて支援を進めることが重要である。実際には、必ずしも対象者の希望通りにキャリアアップができるとは言えないが、対象者がそうした見通しを持てるように事業所と調整をはかったり、仕事以外の目標を持てるように働きかけることも支援者には求められるだろう。 先に挙げた、対象者が不安を感じる場面を見ると、周囲の関わりや作業の結果について気になりやすく、不安を生じやすいことがうかがわれる。こうした対象者の精神的安定をはかるための支援として、JC支援においては、JCから対象者へのフィードバック(事業所から聞き取った評価、JCが日々の様子から感じ取る変化への言及や助言等)を行っている。また、直接業務を教わったり、普段の様子を知っている同僚や上司からも同様にフィードバックをお願いしている。こうした働きかけは、対象者にとっては実感が持てるものであり、ちょっとした事柄でも声かけしてもらったことにより精神的安定につながっているのではないだろうか。 同社では、人事異動でチーフが変わる際に、新チーフへ対象者の状況を詳しく引き継ぎしていただいている。チーフが変わることで仕事のやり方に変更が生じたり、他店舗での経験則をそのまま対象者にあてはめないように、との配慮によるものである。支援者としては、事業所との連携の中で、こうした異動時に旧チーフをフォローした情報提供をしっかり行うことを重視しており、そうした際の対応に努めているところである。 5 おわりに これまで述べてきたように、(株)薬王堂での障害者雇用の流れは定型化されており、雇用が進むにつれ事業所や支援者の経験が重ねられている。 (株)薬王堂では障害者雇用が進み、現在障害者雇用率は達成されている状況であり、今後は更に職場定着に係る支援が求められる。 今回取り上げた支援上の課題だけではなく、新たにでてくるであろう課題に対しても、事業所や他の支援機関と協力して効果的な支援を実施できるように努めていきたい。 【参考文献】1)岩手労働局:「平成21年度障害者職業紹介状況」2)厚生労働省:「平成20年度障害者雇用実態調査」3)独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構編:「平成22年度障 害者職業生活相談員資格認定講習テキスト」、p138-150、20104)障害者職業総合センター:調査研究報告書No.54「精神障害者 の雇用管理と就業支援」、p3-29、103-111、2003 5)障害者職業総合センター:資料シリーズNo.17「精神障害者の職 業への移行と職業レディネス」、p1-10、1997 6)伊藤富士雄他:「障害者の雇用拡大を図るための関係者の「役 割」についての一考察—(株)薬王堂での取り組みからー、第17 回職業リハビリテーション研究発表会論文集、p106-109、2009 ひだクリニックにおける就労支援の取組 石井 和子(医療法人社団宙麦会 ひだクリニック 就労支援部長) 1 はじめに 精神障害者の就労は就職、定着が難しいと言われている。実際、21年6月1日現在の56人以上の民間企業での精神障害者の実雇用人数は7710.5人1)、しかし、前年度の精神障害者の就職件数は9456人2) である。障害者職業総合センターで2008年〜2009年にかけてハローワークにおける精神障害者に対する紹介就職等の実態調査でも、在職期間3ヶ月未満が3分の一を占める3)。 しかし、ひだクリニック就労支援部では最近の3年弱に38名の就職者を出し、うち34名が平成22年9月30日現在働いている。減少4名のうち3名は、アルバイトから正社員になるなどステップアップのための転職によるもので、実質の退職者は1名のみである。1年以上働いている人が19名、2年以上働いている人でも8名いる。この高い定着率を維持するための当就労支援部における取り組みについて報告する。 2 就職者の概要 当クリニックのデイケア・デイナイトケア・ナイトケア・ショートケア(以下「デイケア」という。)のアルバイトを含む就労者は、55名である。これは、デイケア等利用者の26%を占める。スタッフが把握してないだけで実際にアルバイトをしている人を含めればもっといるかもしれない。 今回は、当就労支援部が関わって就職した35名を対象に分析をする。年齢割合・男女比は下の図のようである。 全体の7割、それも複数入院が4割以上を占め、決して軽症者ではないことがうかがえる。 2010年9月30日現在の在職期間は下記のとおりであり。ただし、35人のうち退職した人は1名のみでその退職者も1年8か月勤務し、残りの34名に関してはこれからも在職期間が伸びていく可能性がある。 働く形態は契約社員が半数以上を占めるが、正社員で勤めるものも3割近くを占める。 3 当クリニックの就労支援の概要 当クリニックでは下図のようにいろいろな就労支援が行われている。 病名は統合失調症が7割を占め、入院経験者が 4 就職するまでの支援プログラム 中心は、「みんなで就労を考える会(通称:ハッピーワーク)初級」である。このプログラムはデイケア利用している人であればだれでも参加することが出来る。常時、40人近くの患者さんが参加している。ここで「働くとは自分の労働力を提供して対価を得ることであり、それは障害者であっても同様である」という基本を叩き込まれる。その上で就労のために必要な知識を学んだり、みんなで一緒に考え議論したりする。月にたった1時間のプログラムではあるが、この1時間は席を立つことを許されない。仕事をするならば、1時間はじっと席に座っていること、逆にいえばその前に必要な準備(トイレ、飲み物を用意するなど。飲み物を飲みながらの参加は可)をすることを学ぶ。 さらに、初級の中で就労意欲の高い人を対象にハッピーワーク中級を行う。中級は初級よりもより高度に、グループワークなども取り入れて就労について考える。 就職者の利用率は以下のようである。 デイケアでの就労面談は特別な事情がない限り、基本的に「ハッピーワーク初級」に参加している人に限っている。本当に仕事をしたい人は就労の情報が集められるプログラムは出ているはずという考えのもとによるものである。また、実際に就労面談を希望してきた患者さんに「面談をすると具合が悪くなることもあるから、止めておいたら」ということがある。それは、就労することを反対するわけではなく、「就労とは大変なこともたくさんある。だから、厳しいことを言うこともある。必要とあれば面談自体が圧迫面接のような方法を取ることもある。それだけの覚悟があるか」の確認である。覚悟が出来ていない患者さんはそこで躊躇するが、それでも就労支援を受けたいという人が残っていく。そういう厳しいことを言わざるえないので、まず、デイケア利用の患者さんは、就労支援部の面談を申し込む前にデイケアのスタッフとまず面談することにしている。 その面談を通してそのまま就職活動を始める人もいれば、就労のためのプログラムを利用する人もいる。 就労プログラムには疑似就労プログラムとプライムワークデイケアオフィスranaがある。 疑似就労プログラムとは、報酬付き就労プログラムで、家族教室に出ているご希望するご家族に有料でカレーを提供する「カレーハウス」、クリニックから委託されて週に1度地下1階を清掃するグループなどがある。そこにはスタッフの見守りはあってもスタッフが実際に入ることはしない。 例えば、「カレーハウス」では、患者さんが自分達でメニューや販売値段を決め、材料を購入する。売上から材料費を引き、次回の材料を購入するための運営資金を残した金額が自分たちの報酬である。材料の購入の仕方はもちろん、販売値段が自分たちの「商品」に見合わなければ、次回利用していただけない。販売値段を安くしすぎると自分たちの報酬が少なくなるなど、実際に店を経営するような形で行われる。そうやって「給料」の発生する仕組みを自ら体感する。食事を提供する時の接遇の訓練の場でもある。 「プライムワークデイケアオフィスrana」は9時から17時の疑似会社訓練の場である。ここを利用するには、就労支援部との契約が必要である。就労とは自分が行きたい時に行くものではなく、決められた時間に決められた場所に行くものである。実際に、自分が週何日通えるのか、何時間ここで続けられるのかを考え、その日数、時間を決める。どうしても休む時は、会社と同様に事前連絡が必要である。なぜ休むのか電話できちんと説明できることが必要である。ただ、「具合が悪い」ではなく、具体的にどうなのかを説明し、それを聞いて本当に症状が悪いのか、ただの反応なのかを判断し、出席を勧めることもある。例えば、前日家族と喧嘩をして気分が落ち込んでいるのは「症状」ではなく、普通の「反応」であることを伝える。 実際の活動内容は、企業に勤めるのとほぼ同じような形である。タイムカードを押して、席に座ると仕事を振られる。分からない時に周りに聞くことも必要になるし、分かる人は分らない人に分かるように伝える訓練の場でもある。仕事を振るスタッフがいつもそこにいるとは限らない。職場で上司がいつも席にいると限らないのと同じである。ここでは、会社で起こりうるすべてのことが起こる。スタッフはわざと嫌味をいうこともあるし、失敗をネチネチということもある。もちろん各利用者のストレス耐性を理解した上での行動である。「計算された嫌味」で必要な部分だけを自分に取り入れ、それ以外は流すこと。人が言われているのを聞いて具合悪くなる人も同様である。ここでの訓練を卒業して就職した人の中には、「ranaで17時になって自分の仕事が終わっていれば他の人がまだやっていても必要以上の気を回さず『お先に失礼します』と挨拶して帰ることをしていたために、就職後もそれが役立った」という声も上がっている。 また、SSTや疾患についての学習、心理教育、体力をつけるスポーツプログラムなど患者さんに必要なことは、各患者さんに合わせてその時間だけranaの業務の一部として一般デイケアのプログラムに参加する。 他機関との連携も盛んである。 ハローワークとは、精神障害者ジョブガイダンス事業は毎年行い、ハローワーク専門援助部門との連携・どの患者さんがどのくらいハローワークに通っているかを含め、情報のやり取りを行っている。また、雇用指導室からの企業の情報をいただいたり、実際に企業をクリニックに連れてきていただき訓練の様子を見学していただいたりして、採用につながることもある。 障害者職業センターや就労・生活支援センターの利用・連携も行い、いろいろな立場からそれぞれの支援者の意見を伺いながら就労計画を立てる。採用について他機関と連携してケースが、半分以上を超える。障害者職業総合センターで2008年〜2009年にかけてハローワークにおける精神障害者に対する紹介就職等の実態調査3)の中で支援機関(医療機関を含む)との連携ありが33.4%とあったが、今回は我々医療機関が支援連携した上に、少なくとももう一つ支援機関と利用している人が半分以上を超えるということでは、一人についての連携機関の多さがわかる。 5 就職後の定着支援 以上の方法で就職に繋がっていった患者さんをどう定着させるかも課題である。 当クリニックはナイトケアも併設しているので平日も夜8時まで就労支援部も残っている。何か困ったことがある時など仕事が終わった後、クリニックに寄って就労面談をすることが可能である。また、日曜日もデイケアがあるので平日に来ることが出来ない患者さんは日曜日を利用して相談が出来る。特に、就職間もない人は毎日のように仕事帰りにクリニックに寄って就労支援部と相談したり、仲間たちと語り合ってリフレッシュして翌日の仕事に向かう人が多い。 また、就職後も月に一回、就職者用のハッピー ワークが行われ、共通する仕事に対する悩みを一緒に考え、焦り、不安、弛みなどを修正する。その後、就職者達だけでの食事会(通称:ゴン太の会)を行うことで、職場では障害者が自分一人であったとしても、ここでは一人ではない仲間意識を高めている。 6 雇用した企業への支援 企業とも連携し続け、何か対応などわからないことがあればいつでも相談に乗る企業への支援も70%以上のケースで行っている。企業は精神医学や精神保健のプロではない。対応の仕方や病気について判らないことも多い。そのため、企業も不安になる。例えば、「この人にこんな仕事をふってもいいのか」といった問い合わせも多い。企業が直接患者さんに注意したいことを注意すると傷つけてしまうのではと心配な場合は就労支援部に電話をいただいて、就労支援部経由で面談を通して本人に伝えることもしている。企業から就労支援部への電話やメールは非常に多い。企業の人事担当者がクリニックにいらしたり、就労支援部が企業に訪問したりして情報交換することもある。アメリカのサンディエゴ州立大学のフレッド・マクファーレン博士が「職業リハビリテーションの専門職は、二つの顧客(カスタマー)、すなわち、障害者と彼らを雇用する企業の満足を同時にもたらす必要性がある」と言っているが、まさに、障害者の就職・定着にはこれが必要であると考えているからである。 もちろん、定着支援でも就労・生活支援センター等と連携して行う。場合によってはジョブコーチを入れたり、就労支援部が企業訪問出来ない場合、就労・生活支援センターにお願いしたりする。 7 おわりに なぜ、精神障害者は3ヶ月未満の在職期間が3分の1を占めると言われているのに、入院経験者が半分以上という決して軽症ではない精神障害者がほとんど退職せずに就職を続けているのか。やはり、就職前に「働くということがどういうことか」をきちんと伝え、実際に働いた時にギャップが生じないようにしているからと思われる。35名が全員同じプログラムに参加したわけではない。プログラムによって参加率が半分程度なのもそれぞれに必要なものを就労計画の中に取り組んでいった結果である。 そして、就職後も、働く本人とともに雇用している企業を支援することで、軽症でない精神障害者も長く定着出来ると考えている。 さらに、就労支援部が関わらず就職した人達にも同じような定着支援をすることで、精神障害者全体の定着率を上げ、企業が安心して精神障害者を採用できるようにしたい。 【参考文献】1)厚生労働省 職業安定局高齢・障害者雇用対策部障害者雇用対策課 平成21年11月20日発表 Press Release 2)厚生労働省 職業安定局高齢・障害者雇用対策部障害者雇用対策課 平成22年5月7日発表 Press Release 3)障害者職業総合センター:精神障害者の雇用促進のための就業状況等に関する調査研究、「調査研究報告書No.95」障害者職業総合センター(2010) 精神障害者の一般就労促進に向けた 就労移行支援事業所と企業のコラボレーション −職場体験実習とピアサポートによるエンパワメント− 服部 浩之(社会福祉法人JHC 板橋会社会就労センター プロデュース道就労支援員) 1 はじめに 社会福祉法人JHC 板橋会社会就労センタープロデュース道(就労移行支援事業。以下「プロデュース道」という。)は精神障害者の一般企業で働きたいという願いに対して、就労準備訓練の場の提供、求職活動や定着などの就労支援を行っている。まず、施設内のカフェレストランでの就労準備訓練では職場でのマナーや仕事への責任感、協調性、職業生活を維持するための生活リズムなど職業生活習慣を確立するための場である。また、平成18 年4月より、プロデュース道が生活協同組合コープとうきょう板橋センターと業務委託契約を結び、施設外就労プログラム(以下「職場体験実習」という。)を提供している。職場体験実習は実際に企業に身をおいて自分の現在の力を認識し、支援者もまた就労支援にあたる上でのアセスメントの機会であり、特に就労経験が少ない、またブランクの長い障害者にとって不可欠であると考えているからである。 事業開始以前にも関係機関連携の中で実習のチャンスの開拓は行われてきたが、就労移行支援事業として常時利用者がチャレンジできる企業実習の場を渇望しており、平成18 年度、東京都の「施設外授産の活用による就職促進事業(以下、施設外授産事業)」にエントリーして開始した。平成19 年10 月に独自契約の「施設外職場体験実習」として継続、平成22年9月現在で26 名が利用し、実習後、半数の利用者が就職された。 行政がこの事業をコーディネートしてくださって、企業は福祉の領域に仕事の現場を提供してくださり、現在の職場体験実習がある。福祉と企業と行政のコラボレーションなくしては生まれなかった事業である。 2 施設外授産事業と施設外職場体験実習コープとうきょう板橋センターでの取り組みについて (1)施設外授産事業の開始と、施設外職場体験実習への移行 施設外授産事業自体は知的障害者の施設で既に実施されており、その効果を受けて平成17 年当時、翌年の精神障害者の雇用率算定を前にして精神障害者のモデル雇用事例をぜひ生み出したいという行政担当者の熱い思いから検討された。そして、東京都の当時の担当課、産業労働局職員から東京都障害者職業センター職員の連携により、コープとうきょうとJHC 板橋会とでの実施が決定した。東京都の助成事業として開始したが、平成19 年10 月、プロデュース道が自立支援法へ移行したことに伴い都の助成事業は終了となった。しかし、それまで1 年半の障害をもつ方の一般就労へのステップアップを促進する効果の実績をコープとうきょうとプロデュース道の双方が大切に思い、独自で業務委託契約を締結し、「施設外職場体験実習」として事業を継続していくことにした。 (2)職場体験実習の内容 業務は月曜日から木曜日の週4日、基本的に4〜5名の利用者と1名の指導員のチームで働く。朝9時までに板橋センターに出勤、会議室で朝のミーティングを行う。「気分調べ」と、前日からの連絡事項の確認、1日の目標設定、準備体操などを行う。(JHC 板橋会では「気分調べ」を行うことで、その日その時の気分や思い、体調などを自己認識し、言葉にして人に伝えてありのまま受け入れられることで安心感と自己肯定感を得ることにつながっていくと考えている。)その後倉庫内で、翌日、お客様にドライバーが個別宅配する日用品の仕分け作業を行う。仕分け後に板橋センターのパートさんに業務を引き継ぎ、トラックの出る位置に配置してもらうため、時間に間に合う作業のスピードも求められる。 一日に仕分ける総数は平均すると約1600 点ほど。オムツ、トイレットペーパーから2.ペットボトルの6本入りケースやビール24 缶入りの箱、年末には門松や正月飾りなど、その内容は多岐に渡る。これらを正確且つ迅速に仕分けるためには作業方法のノウハウを身につけ、チームで協力するために連絡・報告・相談、コミュニケーションが欠かせない。 また体調の良し悪しはあっても、欠勤をすれば他の人に負担をかけてしまうことにもなるため、簡単には休めないことも実感し、安定した出勤と体調管理の大切さを学ぶ。仲間同士で励まし学びあい、次のステップへ行く先輩の姿から教わり、新たに入ってくる後輩から頼られ、責任感を身につけていく。 作業が終わると、帰りのミーティングを行う。感想とそれぞれの一日の目標について振り返りを分かち合う。目標を達成できなくても、やれたこと、学べたことも話し合う。 表1一日のスケジュール 9:00 9:15 朝のミーティング仕分け作業準備作業 9:30 11:00 11:05 12:00 12:15 13:30 飲料の仕分け休憩5 分 商品カタログ、カレンダーやハンガー、箒などの商品、オムツの仕分け休憩15 分 トイレットペーパー仕分け衣料品の仕分け仕分け作業終了・パートさんへの業務引き継ぎ 14:00 帰りのミーティング (3)指導員の関わり 指導員は現場においては、施設職員として利用者の個別性に応じて支援する役割と企業からの委託業務内容の完遂に責任を持つ立場であるとともに、チームリーダーである。作業の進行が安全に滞りなく進むように納品されてきた商品をすべて確認し、スムーズに仕分けられるように整理を行いつつ、利用者とともに仕分け作業を行う。利用者と一緒に作業を行うことで作業の悩みや苦労を分かち合い、信頼関係が築かれていく。また、声を掛け合いながらチームの一員として動くことで、「Aさんはよく周りのことをみてくれているな」「Bさんはとても丁寧に商品を扱って、それでいてスピードもあるな」「Cさんはとてもよく声が出ていて連携が取りやすいな」などのやりとりに気づき学ばせていただくことができる。 作業の手順に変化が生じた時には指導員が板橋センターから指示を受け、チームに伝達する。業務に関わる責任を利用者が過度に負わないようにすることで、安心して実習を行えるように配慮工夫をする。 実習開始当初は安心して、仕事を覚えていける環境づくりと支援を行うが、慣れてくると徐々に自分で判断する部分を増やしていけるようにしつつ、油断からのミスも出始める時期であることもおさえながら見守りを行っていくなど、利用者への関わり方も、習熟度によって変化していく。安定して出勤するだけでなく、作業の早さも求められることも伝えていき、徐々にベテランとしての責任感を持つことを求めていくように働きかけていく。さらには、グループのリーダー的役割を果たしてもらうよう、仕事を終えるための段取りや組み立てなども考慮した行動を期待する。 企業に対して職員自身の責任を果たすために、ある意味で「職場の上司」と同様に利用者にも責任ある行動を求める関わりをする点は、職場体験実習指導員の特徴といえる。 (4)ミーティングと、チームで働くことのエンパワメント 月曜日から木曜日は板橋センターで作業を行うが、金曜日にはプロデュース道の事業所に出勤し、コープで働くメンバーと指導員で構成する就労ミーティングを行っている。ここでは、職場体験実習を通して感じたこと、困ったこと、気付いたことを出し合い検討して、作業効率を工夫したり仕事の質を高めたり、新しいメンバーにちょっとした知恵を分かち合い伝授してチームの力を高めている。仕事を継続していくための日常生活のリズム、体調管理のしかた、余暇の過ごし方などの振り返りを一人一人順番に話し、分かち合う。またその時々のメンバーがもつ課題に応じてSSTを活用し、ビジネスマナーを学びあう。ここは指導員の言葉ではなく、仲間同士の中で先輩が経験を伝えて学びあい、共感・共有しあう場である。 特に同じ現場でのグループ実習を行うために、先輩は後輩が抱く悩み、苦労を乗り越えてきているため温かく、親身に助言をすることができる。実習を開始したばかりのメンバーが先輩の作業速度を目にし、「僕が1種類の商品分けてる間に皆は2種類とか3種類仕分けてて、足を引っ張っちゃってる気がするんです。」と打ち明けると、先輩たちからは「自分も最初はできなかったですよ。その時の先輩も早くやらないでいいって言ってくれました。慣れれば早くなりますよ!」「最初から早くは出来ないですよ。」「まずは、商品を丁寧に扱うところからはじめてくれれば大丈夫です。」「慣れないうちは早さは考えないで正確にやってほしいです。」などといった言葉が返ってきて、新しいメンバーも安心して「自分のペースでやっていこう」と思えて落ち着きを取り戻す。そして、その経験に裏打ちされた言葉は次の後輩へと受け継がれていくのである。 月に一回、センター長がミーティングを行って下さっている。職業生活にブランクのある利用者にとって、企業の上司と直接接する貴重な場である。ここではコープとうきょうの商品の勉強をはじめ、社内研修で使用するビデオを見せてくれたりと、職員と同様の教育の機会を頂いている。また、仕分け作業という目の前の仕事が、どう他の業務やコープという企業のもつ社会的役割につながっているのかという意識を高めてくれる。 (5)他機関との連携 施設外職場体験実習では障害者就業・生活支援センターワーキング・トライ(以下「ワーキング・トライ」という。)と連携をとって行う。定期的に振り返り面接を合同で行ったり、実習での出来事、状況をこまめに連絡しあい、情報をリアルタイムで共有するようにしている。そうすることで、実際に求職支援を連携して行う際により深くその人の状況やできること、得意なこと、課題となることなどのアセスメントを共有することが出来る。こうしたことが、よりその人にあった仕事を探し、職業のマッチングにつながっていくと考えるからである。 時には障害者職業センターの適性検査などを利用することもある。第三者の目からの評価を受けることでさらに自身を客観視する機会になるからである。 3 事業を維持していくために 企業内で行う実習だからこそ、得られることは多い。それは指導員が伝えることでは得られない、企業の中に身をおいて利用者自身が実感して学ぶことである。その場と学べる環境を創り上げていくこと、維持調整していくことが、指導員や職員に求められる。 現場ではコープとうきょうからの業務委託としてきちんと仕事を仕上げること。コープとうきょう板橋センターとの業務上の連絡、調整。コープとうきょう板橋センターとしてもセンター長ミーティングへのセンター長の派遣やミーティング時間の会議室の確保など「職場体験実習」のためのさまざまな協力をして下さっている。 業務連絡会議として月に一回、コープとうきょうとプロデュース道で会議の場を設けている。この場では、業務に関する情報共有だけでなく、契約に関すること、利用者一人一人の課題の確認や現況報告などを行っている。日常業務の中では話し合えないお互いの要望なども伝え合う機会である。 また、月一回は職員会議を開き、現場指導員とプロデュース道の個別担当職員が集まり、現場の状況や、利用者一人一人の強みや課題などの評価、支援の方向性や関わりについてなどを共有している。 これらの密な連絡と話し合いにより、事業がスムーズに運営されていく。 4 施設外職場体験実習参加者の言葉から 施設外職場体験実習は実習を行っている利用者にのみだけでなく、周囲にも大きな意味を持つ事業である。 プロデュース道の施設内で活動する利用者にコープでの企業実習の経験を伝えることで、施設内で訓練している人に就労の希望と意欲につながる。施設外職場体験実習の見学会を行うときには、ついこの間まで施設内のレストランで一緒に作業をしていた仲間が額に汗して、キビキビと商品仕分け作業をしている姿を目の当たりにして、施設内の利用者も企業で働くとはどういうことか、仕事をする仲間の姿から学ぶことが出来る。 コープとうきょう板橋センターにはハローワークの方やこれから障害者雇用をしようという企業の方などの見学者も受け入れていただくことが多い。障害者が倉庫内で大きな声をかけあって真面目に仕事に取り組む姿を直に見て頂き、企業の障害者理解につながる機会である。 また、他の福祉施設との「コープとうきょうの体験談」交流会を行ったときには「希望が持てました!」といった言葉を感想として頂くこともできた。実習している利用者自身にとってもコープとうきょうでの体験談を話すことは本人も自分の積み重ねてきたものを認識し、自己肯定感を得るとともに、これから就労を目指そうとする人にとっては希望となる。 この事業に参加した人の体験談を聞くと、一歩一歩焦ることなく行うこと、挨拶や睡眠時間、日々のすごし方などの基本的なことがとても大切だということが伝わってくる。そして何より、経験する場というものがいかに大切か、必要とされているのかが感じ取れるのである。 5 おわりに 行政がコーディネートし、企業と福祉が連携をし 以下管理職、正規雇用職員、業務委託先の子会社社員、事務と倉庫のパート従業員、パートとして雇用されている障害を持つ従業員、そして私たちプロデュース道の利用者と職員という多くの立場の人々が同じ現場で働いている。障害者雇用は、就労を目指す障害者だけでなく、企業の環境にもよい影響を与えることが出来る。企業内での障害者の就労支援はそういった効果も期待できる。 この事業は行政の中で施設外授産事業を開始するべく奔走してくれた方々が今を作って下さった。 コープとうきょうが施設外授産事業の開始を受け入れて下さったから、開始することができた。施設外授産事業の終了が訪れても前向きな検討があり、業務委託契約を続けていただけたから、今も事業を続けていられる。事業を継続しているから、障害者の就労支援を続けることができ、企業内で経験を積むことができ、就職につながる方が出た。その姿を見て、新たに実習に挑戦したい!という方がでてくる。 10 名以上の方がこの事業を経て就職して行った。これは、福祉・企業・行政がうまくコラボレーションできたからこその実績であり、これからも継続していきたいと思う。 心の病を抱えて働いている方も企業には多くいるはずである。これからの福祉は、企業とつながっていくことで直接的な就労支援だけでなく、メンタルヘルスの学習機会の提供も行うことが出来るのではないか。そしてそれは、心の病の予防につながり、それらもまた、我々の大切な仕事なのである。 てよりよい形を作り上げ、継続していく。その過程で得られるものは、企業や支援者にとっても大きなものだ。 コープとうきょう専務補佐の渡邉秀昭氏は『精神障害者の働きたいをかなえる福祉・企業・行政によるコラボレーション』1)の中で次のように語っている。「事業所に障害者を迎え入れることで、『職場の風土が変わる。人間の見方が深まる。したがってマネジメントの質が変わる』、これが私の持論です。『企業は人』とよく言われますが、その人というものがそもそも大変難しいものです。」 コープとうきょう板橋センターでは、センター長 【参考文献】 1) 生活協同組合コープとうきょう・社会福祉法人JHC 板橋会:「精神障害者の働きたいをかなえる福祉・企業・行政のコラボレーション」、p99、エンパワメント研究所(2010) ICF職業リハビリテーションコアセット国際会議による選出項目と職能評価項目の比較 鈴木 良子(東京都心身障害者福祉センター福祉技術) 1 はじめに 2010年5月19日から21日にかけて、ICF職業リハビリテーションコアセットプロジェクト国際会議(以下「ICFコアセット国際会議」という。)が、Swiss Paraplegic Research, Nottwil Switzerlandで開催された。23人の専門家の参加による会議で、主催者はWHO ICF 研究部門によるものであった。目的はICF1454項目の中から、職業リハビリテーションに最も適した、「完全版」職業リハビリテーションコアセット(以下『「完全版」コアセット』という。)と「短縮版」職業リハビリテーションコアセット(以下『「短縮版」コアセット』という。)の項目を決めるためのものであった。 ICFコアセット国際会議において、「完全版」コアセット項目90項目、「短縮版」コアセット項目13項目が選出された。 2 目的 ICFの項目は、職業評価のツールとして臨床場面で使用されてきた1)。 本研究では、ICFコアセット国際会議において選出された項目を、東京都心身障害者福祉センターで使用している職能評価項目と比較検討することにした。本評価項目は、知的障害者用に開発されたものであるが、比較検討することにより、該当項目が多ければ、ICFの使用目的である①利用者間の共通理解が促進できる ②諸外国とのデータ比較が可能となると考えられたからである。 3 ICF(国際生活機能分類)とは? ICFは、2001年5月ジュネーブで開かれた第54回WHO総会で採択されたものである1)。人を取り巻く社会制度や、社会資源をアルファベットと数字によりコード分類化し、共通の言語理解を図ったものである。また、各項目がそれぞれ定義付けられているのも特徴の一つである。 ICFの構成要素には、健康との関連において以下のものがあり、それぞれ定義付けられている。 心身機能(body functioning):身体系の生理的機能(心理的機能を含む)のこと。身体構造(body structures):器官・肢体とその構成部分などの、身体解剖学的部分のこと。機能障害(構造障害を含む)(impairments):著しい変異や喪失などといった、心身機能または身体構造上の問題のこと。 活動(activity):課題や行為の個人による遂行のこと。制限(activity limitations):個人が活動を行うときに生じる難しさのこと。参加(participation):生活・人生場面への関わりのこと。制約(participation restrictions):個人が何らかの生活・人生場面に関わるときに経験する難しさのこと。環境因子(environment factors): 人々が生活し、人生を送っている物的環境や社会的環境、人々の社会的な態度による環境を構成する因子のこと。個人因子:未定義 4 職業リハビリテーション上の「完全版」・「短縮版」コアセット ここでいう「完全版」コアセットとは、職業上の多目的な基準アセスメントに使用することを目的とし、できるだけ少ないカテゴリーで、実用的ではあるが、状態の妥当性を沢山得ることができるとする、とReubenらは定義付けている。一方、「短縮版」コアセットとは、その人の職業上における健康状況について、臨床場面等での使用を目的とし、最小限の情報やカテゴリー情報を得ることができるとしている2)。 以下、予備研究で調査した4つの調査結果と、ICFコアセット国際会議における「完全版」・「短縮版」コアセットの項目選出手順・項目内容を述べる。 5 ICFコアセットプロジェクトチームの予備調査研究 職業リハビリテーション上の項目決定にあたり、プロジェクトリーダーのDr Reuben Escorpizo(PT)ら(以下「ICFコアセットプロジェクト」という。)が中心となり、予備研究を行っている2)。項目選択をするために、ICFコアセットプロジェクチームは、2009年に以下の4つの予備調査研究を行った。 (1)第1次調査 2004年から2008年にかけて、職業リハビリテーションに関する英文原著論文を抽出した。キーワードは、「職業リハビリテーション」「職場復帰」「作業リハビリテーション」「仕事リハビリテーション」「仕事への再統合」「ジョブリハビリテーション」「ジョブ再挑戦」「雇用リハビリテーション」「雇用再挑戦」とし、論文上の対象者を18歳以上65歳までとした3)。対象論文により、本調査ではICF項目のうち、88項目が選ばれた4)。 (2)第2次調査 諸外国の職業リハビリテーション専門職(2年以上の経験があり英語を話す人)626人を対象とし、オンラインによるアンケート調査を実施した。そのうち348人の専門職から回答が得られた。職業リハビリテーションコアセット項目選出過程で、295人47カ国のうち、最終的には151人が対象となった。本調査回答者により、ICF項目のうち101項目が選ばれた5)。 (3)第3次調査 臨床場面における調査では、ICFの項目について、5施設152人に面接した。対象者の内訳は、女性34人男性118人で、年齢の範囲は18歳から62歳であった。通所者が56人、入所者が96人であり、45分から1時間の面接を試みた。本調査では、ICF項目のうち100項目が選出された6)。 (4)第4次調査 上記5施設の内、3施設の調査関係スタッフを対象として、1グループ4人から6人で構成した。本調査ではICF項目中、160項目が選出された7) 。 6 ICFコアセット国際会議 ICFコアセットプロジェクチームによる予備研究のもと、ICFコアセット国際会議が開催された。開催日時、場所、目的、項目選出方法は以下のとおりである。 (1) 日時 (2) 場所 2010.5.19-21 GZIセミナーホテル(敷地内にリハビリテーション医療センターが併設されていた。)Nottwil Switzerland (3)目的 ICF職業リハビリテーション用「完全版」・「短縮版」コアセット項目の選出 (4)方法 23人16カ国(ネザーランド、香港、韓国、日本、アメリカ、スウエーデン、スイス、南アフリカ、オーストラリア、ドイツ、イギリス、カナダ、レバノン、スコットランド、コロンビア、フィンランド)の専門家(OT、PT、職業カウンセラー、ソーシャルワーカー、心理、医師、大学教授等)による参加者の構成であった。 予備研究等の講義受講後、3グループに分かれて職業リハビリテーション用ICF「完全版」コアセットを、883項目から挙手による絞り込みを行った。この883項目は、ICFコアセットプロジェクトチームによる予備調査研究で選出されたものである。 全体会で、3グループの選出項目を比較検討後(項目順位の変更と復活項目の申し立てが認められたが、項目の中で50%の賛同を得られないものは削除された。)、再度3グループに分かれ、絞り込みを行った。結果、全体会で「完全版」コアセット90項目(表1参照)、「短縮版」コアセット13項目(表1囲み編みかけ部分参照)が選出された。その内容については以下のとおりであるが、本会議に臨み、共通言語でもあるコード番号の重要性を再認識した。 7 ICFコアセット国際会議で選出された項目と職能評価項目の比較 ICFコアセット国際会議選出項目と、職能評価項目(表2参照)とを比較検討した。検討すると、職能評価項目29項目中、21の項目(表2下線部分)が「完全版」コアセット、「短縮版」コアセットでは5項目(表2囲み編みかけ部分)が該当していた。 職能評価は、知的障害者を対象としているので、 も行っているので、そこでは「e310 家族 」等の ICF 項目によると「b117 知的機能」にも該当する 支援の程度や、「b210 視覚機能」・「b230 聴覚機 ことになる。また評価に先立ち、インテーク面接 能」なども評価することになる。 表1「完全版」コアセット(90項目の選出)・「短縮版」コアセット(13項目の選出) * :囲み編みかけ部分は「短縮版」コアセット項目を示す。 * *e1101:e1(第1レベル)は生産品と用具の章番号、e110(第2レベル)は個人消費用の生産品や物質の番号、e1101(第3レベル)は薬の番号を示し、各々が定義付けられている。その他の項目は総べて第2レベルである。 表2職能評価項目とICF 項目の比較 生活動作 生活習慣 食事のマナー d550 清潔保持 d540 生活のリズム b134 整理整頓 d640 トイレの使用 d530 健康と安全 健康管理 d570 安全への理解 d460 一般理解 金銭管理 d860 読み・書き能力d166・d170計算能力 d172 計量計測 d172 社会参加 自己志向性 情緒の安定 b152 責任感 d230 生活の目標 d298 人間関係等の問題d710 社会参加への志向性 外出や買い物d620 余暇活動や地域参加d920 コミュニケーション手段と訓練d350代筆や電話の仲介e125在宅生活に必要な生活関連行為の習慣 d650 作業の動機付けや作業内容の理解b160作業の準備や後片付けb144 作業能率 b140 作業への送迎や移動d470 下線部分は「完全版」、囲み編みかけ部分は「短縮版」コアセット項目に該当する。 8 結果 職能評価項目をICF項目と比較検討したところ、総ての項目があてはめられた。なお、29項目中21の項目が「完全版」コアセット項目に該当した。その内、5項目が「短縮版」コアセット項目に該当した。 9 結論 ICFの考えに基づき、職能評価項目を活用することにより、利用者間のコミュニケーションの改善が図られ、現在のおかれている状況を共通理解することができる。ニーズにより評価支援することで、生活の質の改善が期待できることが示唆された。 また、諸外国との国際比較をするためには、コード番号が重要である。たとえ日本語による記述であっても、コード番号を用いることにより、共通理解が可能となる。このことは、国内においても、分野の異なる専門家が研究を進める上で、共通理解の促進が図られると考えられた。 【引用文献】1)世界保健機関(WHO):国際生活機能分類.国際障害分類改訂版..まえがき-10(2001) 2)Reuben Escorpizo, Jan Exholm, Hans-Peter Gmunder, Alarcos Cieza, Nenad Kostanjsek and Gerold Stucki: Developing a Core Set to Describe Functioning in Vocational Rehabilitation Using The International Classification of Functioning , Disability, and Health (ICF). Journal of Occupational Rehabilitation 20 6. (2010) 3)Reuben Escorpizo: ICF Core Set Development for Vocati ona Rehabilitation. Paper was handed out at the conference. (2010) 4)Reuben Escorpizo: Systematic Review. Paper was handed out at the conference. (2010) 5 ) Re ube n E s cor p i z o : E x p er t Su rv ey . Pa per was handed out at the conference. (2010) 6 ) M oni k a F i n ger: Em pi ri ca l St udy . Pa per was handed out at the conference. (2010) 7)A n d r ea G la ss el : Qual itative S t ud y . P a p er was handed out at the conference. (2010) ドイツにおける障害者雇用に係る合理的配慮をめぐる動向と ソーシャル・ファームにおける障害者雇用支援の取り組み 村上 浩司(山口障害者職業センター障害者職業カウンセラー) 1 はじめに 障害者権利条約の批准に向けて労働・雇用分野における障害者権利条約の対応の在り方について、障害者雇用促進法の見直しに係る議論が行われ、労働政策審議会障害者雇用分科会において、平成22年3月に中間的な取りまとめが行われたところである。 ここで議論された「障害を理由とする差別の禁止」や「職場における合理的配慮の提供を事業主に義務付けること」については、国内の事業主にとって障害者雇用を進める上で、今後、重大な関心事となると思われる。 このため、地域障害者職業センターの今後の事業主支援は、当然これらを踏まえた雇用支援の実施が求められるであろう。 一方、雇用情勢の厳しい中で、雇用の創出が大きな課題として改めて認識されてきている。特にヨーロッパを中心に、ソーシャルファーム(障害者の雇用を目的とした非営利企業で、障害労働者だけでなく、一般労働者との協働を目指すもの)が拡大し、とりわけ、障害者の雇用の場として機能しつつあるようである。 今般、上記について海外における情報収集をするため、10 月12 日〜15 日の日程でドイツを訪問する。なお、本稿作成時点は、ドイツ訪問前であるため、訪問予定施設別に、施設の概要と、訪問目的について紹介する。 2 連邦雇用機構(Bundesagentur fur Arbeit) 旧連邦雇用庁が組織変更された機構である。独立の公法人であり、就労促進を担う中央機関である。 全ドイツに約180 ある職業紹介を行う雇用機構の管轄権限を有している。障害者に対しては、職業リハビリテーションサービスを提供している他、使用者に対しては補助金を給付している。 連邦雇用機構を訪問する目的は、ドイツにおける現状の障害者雇用施策の体系を学ぶことの他、ドイツにおける障害者差別禁止と「合理的配慮」をめぐる最新の動向を学ぶことである。 ドイツは割当雇用制度を中心とした雇用促進施策を取っており、差別禁止におけるアプローチがとられたのは近年のことである。「合理的配慮」をめぐる諸法規としては、社会法典第9 編における規定と、一般均等待遇法における規定が存在する。 社会法典においては、「使用者は重度障害のある就業者に、障害を理由として不利益取り扱いをしてはならない。」と定めており、個別には一般均等待遇法の規定が適用される。 連邦雇用機構においては、日本における労働政策審議会障害者雇用分科会での差別禁止と「合理的配慮」に関して論点となっている以下の事項について、インタビューを実施する予定である。 ①間接的な差別を禁止するために、募集条件や勤務条件を設ける際の「合理性」をどのように整理しているか ②職業上の要請に基づき、障害のある労働者に対し、異なる取り扱いを行うことは、どのような条件で認められているのか ③重度障害者に対して雇用主が行う「合理的配慮」の実例(具体的内容:職務の再編成や、配置転換、援助者・介助者の配置など) ④雇用主にとって「合理的配慮」を行うことが、過度の負担と認められる基準とは ⑤「合理的配慮」に関する企業の苦情処理体制や、仲裁手続きを行う機関について 3 ソーシャルファーム協会(BAG) ソーシャルファーム協会は、ソーシャルファームのロビー的役割を担っている団体である。 ソーシャルファーム協会を訪問する目的は、ドイツにおける最新のソーシャルファームの動向についての情報収集を行うことにある。 2007 年時点で、ドイツ国内でおよそ700 のソーシャルファームが存在しており、1社平均40 人の従業員が存在している。その半数以上が障害者である。 ソーシャルファームは、障害者あるいはその他の労働市場において不利な立場のある人の雇用創出を目的とした企業体である。すべての従業員は、仕事内容に応じ、市場の相場に従って給料を支給され、雇用に関して同等の権利と義務を負っている。 インタビューの内容は、ソーシャルファームの種類や事業内容、国等が行う職業リハビリテーションサービスを受ける際の制限の有無、ソーシャルファームが障害者の雇用促進に果たしてきた役割、今後の展望・課題点、ソーシャルファームのための支援活動の実際について、を予定している。 4 労働及び企業プロジェクト・コンサルティング公益有限会社(FAF gGmbh) FAFはソーシャルファームのコンサルティング業務を実施しており、ソーシャルファーム協会と密接な関係にある。 FAFの役割は、ソーシャルファームに対するビジネス・コンサルタント、具体的には起業から、経営を始めた時点での相談等を行う。 その他の活動として、経営者への定期的なトレーニングコースや、障害者の具体的な支援についてのセミナー等の開催、ソーシャルファームの研究・評価といった活動を行っている。加えて、一般企業との連携プロジェクト等を通じ、ソーシャルファームの発展にも寄与している。 FAFのようなコンサルティング機関が確立していることもあってか、ソーシャルファームの失敗率は、一般の中小企業と比べても低いようである。 FAFを訪問する目的は、ソーシャルファームの実際の経営状況や課題点についての認識を深めることであり、それを踏まえて、以下の事項について、インタビューを実施する予定である。 ①ソーシャルファームの実際のコンサルティング事例(なぜ成功をしているか) ②ソーシャルファームにおける障害者雇用管理の実際 ③ソーシャルファームと一般企業とのパートナー シップモデルの具体例について ④ソーシャルファームの今後の展開、可能性について 5 CAP(ソーシャルファーム) CAPは、2007 年末時点で、ドイツ全土で50店を有するスーパーマーケットである(CAPの母体は、スーパーマーケットの他、清掃サービス会社や、ケータリング会社等の経営も行っている。)。 CAPには、300 名を超える障害者が雇用されている。CAPを訪問する目的は、実際のソーシャルファームを見学し、また経営者に対するインタビューを実施することを通じて、ソーシャルファームの特徴や課題点等を把握することにある。 CAPにおいては、実際に障害者が就労している場面を見学する予定の他、以下の事項を中心に社長に対してインタビューを実施する予定である。 ①雇用障害者の労働条件について ②重度障害者の雇用管理事例について ③障害者の従事作業について ④ソーシャルファーム運営上の課題、今後の展望について 6 さいごに 口頭発表においては、すでにドイツ訪問が終了しているため、上記内容に基づき情報収集した内容について、報告を行うこととしたい。 [参考文献]1) 障害者職業総合センター:資料シリーズ№40「EU 諸国における社会的企業による障害者雇用の拡大」(2008) 2) 障害者職業総合センター:調査研究報告書№81「EU諸国における障害者差別の禁止法制の展開と障害者雇用施策の動向」(2007) 3) 障害者職業総合センター:調査研究報告書№87「障害者雇用にかかる合理的配慮に関する研究—EU 諸国及び米国の動向—」(2007) 4) ゲーロルド・シュワルツ:「ドイツにおけるソーシャルファームとパートナーシップ−ネットワークと持続可能性—」(http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/conf/seminar20090201/ lecture2.html) 障害者権利条約の国内法化及び障がい者制度改革推進とこれに抵抗する厚生労働省 清水 建夫(働く障害者の弁護団/NPO 法人障害児・者人権ネットワーク弁護士) 1 民主党のマニフェスト・三党合意と障がい者制度改革推進本部の設置 (1) 2009 年民主党のマニフェスト(鳩山由紀夫代表) 【政策各論】26 「障害者自立支援法」を廃止して、障がい者福祉制度を抜本的に見直す。 【政策目的】 障がい者等が当たり前に地域で暮らし、地域の一員としてともに生活できる社会をつくる。【具体策】 ○「障害者自立支援法」は廃止し、「制度の谷間」がなく、サービスの利用者負担を応能負担とする障がい者総合福祉法(仮称)を制定する。 ○わが国の障がい者施策を総合的かつ集中的に改革し、「国連障害者権利条約」の批准に必要な国内法の整備を行うために、内閣に、「障がい者制度改革推進本部」を設置する。 【所要額】400 億円程度 (2) 2009 年9月9日民主党・社会民主党・国民新党の三党連立政権合意 「障害者自立支援法」は廃止し、「制度の谷間」がなく、利用者の応能負担を基本とする総合的な制度をつくる。 (3) 2009 年12 月8日鳩山内閣は「障がい者制度改革推進本部の設置」を次のとおり閣議決定した。 ①障害者の権利に関する条約(仮称)の締結に必要な国内法の整備を始めとする我が国の障害者に係る制度の集中的な改革を行い、関係行政機関相互間の緊密な連携を確保しつつ、障害者施策の総合的かつ効果的な推進を図るため、内閣に障がい者制度改革推進本部(以下「本部」という。)を設置する。 ②本部の構成員は、次のとおりとする。ただし、本部長は、必要があると認めるときは、関係者の出席を求めることができる。 本部長 内閣総理大臣副本部長内閣官房長官と内閣府特命担当 大臣(障害者施策)本部員 他のすべての国務大臣 ③本部は、当面5年間を障害者の制度に係る改革の集中期間と位置付け、改革の推進に関する総合調整、改革推進の基本的な方針の案の作成及び推進並びに 法令等における「障害」の表記の在り方に関する検 討等を行う。 ④本部長は、障害者施策の推進に関する事項について意見を求めるため、障害者、障害者の福祉に関する事業に従事する者及び学識経験者等の参集を求めることができる。 ⑤〜⑦(省略) (4) 2009 年12 月15 日鳩山推進本部長は障がい者制度改革推進会議(以下「推進会議」という。)の開催について次のように決定した。 ①障害者施策の推進に関する事項について意見を求めるため、障がい者制度改革推進会議を開催する。 ②会議の構成員は、障害者、障害者の福祉に関する事業に従事する者及び学識経験者等のうちから、別に指名する。 ③〜⑥(省略) 会議の構成員として障害者団体の代表、障害者の人権の確立に熱心に取り組んできた行政の長、研究者、弁護士等が指名された。 2 労働政策審議会障害者雇用分科会 (1) 厚生労働省設置法と労働政策審議会 労働政策審議会(以下「労政審」という。)は、厚生労働省設置法6条にもとづき設置され、「厚生労働大臣の諮問に応じて労働政策に関する重要事項を調査審議すること」等の事務をつかさどる(同法9条1項1号)。委員は任期が2年で、厚生労働大臣が公益代表、労働者代表、使用者代表を各同数任命する(労働政策審議会令3条)。2009 年5月26 日現在各10 名を任命している。同6条は、審議会に障害者雇用分科会(以下「本分科会」という。)等の分科会を置くことを定め、本分科会は「障害者の雇用の促進その他の職業生活における自立の促進に関すること」等に関する重要事項を調査審議することとしている。2009 年11 月11日現在の委員は公益代表6名、労働者代表5名、使用者代表5名、障害者代表4名である。労政審も各分科会も公益代表の中から委員の互選により会長を選出する(同5、6条)。 (2) 鍵を握る公益代表 労政審にしろ、分科会にしろ、公益代表が鍵を握り、労政審や分科会を牽引している。今野浩一郎学習院大学経済学部経営学科教授は労政審の会長代理をつとめるとともに本分科会の会長である。今野教授は、成果主義を基本とした人事管理を提唱し、正社員についても社員区分制度・社員格付制度の導入を提唱し、一方女性、高齢者、障害者、外国人を無制約な働き方のできない人として「制約社員」と称し、正社員とは異なる人事管理を提唱する。 3 「中間整理」と「中間的な取りまとめ」 (1) 厚生労働省職業安定局高齢・障害者雇用対策部長は自公政権時代の2008年4月2日〜2009年4月14日までに「労働・雇用分野における障害者権利条約への対応の在り方に関する研究会」(座長今野浩一郎。以下「在り方研」という)を11 回開催した。在り方研は同年7月8日「中間整理」を発表した。筆者は第17回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集300〜301 頁において「中間整理」は条約を骨抜きにするもので、条約に反することを指摘した。また筆者は民主党政権になった今、自公政権時代の労政審や在り方研の廃止、若しくは大幅な改組の必要性を指摘した。 (2) 新政権の動きを静観していた高齢・障害者雇用対策部は、在り方研を承継する形で本分科会を動かすことを決め、分科会会長に働きかけ、第39 回(2009 年10 月14 日)から第45 回(2010 年4月27日)まで、会合を精力的に開催し(7回)、同日「労働・雇用分野における障害者権利条約への対応の在り方に関する中間的な取りまとめ」(以下「中間的な取りまとめ」という)を発表した。高齢・障害者雇用対策部が「中間的な取りまとめ」を急いだ理由は、推進会議の第一次意見より先行して、中間整理に沿って本分科会の意見をまとめることを狙ったことは明らかである。 (3) 「中間的な取りまとめ」(会長今野浩一郎)と「中間整理」(座長今野浩一郎)は中味がほとんど変わりがなく、筆者が「中間整理」について述べた批判はそのまま「中間的な取りまとめ」にも該当する。以下要点を述べる。 ① 障害者雇用率制度 〔中間的な取りまとめ〕 「我が国における障害者雇用率制度は成果を上げてきていることから、引き続き残すべきとの意見が出され異論はなかった」 〔筆者の意見〕 「中間整理」すらも「従来の我が国の障害者雇用対策が雇用機会をいかに増やすかが中心であったのに対し、障害者権利条約においては、合理的配慮の提案等、雇用の質について対応が求められている」としている。にもかかわらず、「中間的な取りまとめ」はこの点についての検討を一切しないまま「成果を上げてきている」として無条件に現行制度を賞賛している。 筆者は(独)高齢・障害者雇用支援機構(以下「機構」という。)作成の「はじめからわかる障害者雇用 事業者のためのQ&A」を見て驚いた。Q19 「障害者は必ず正社員として雇用しなければならないのでしょうか?正社員として雇用しなければ障害者雇用率の算定対象とならないのでしょうか?」という質問に対し、機構は「障害者を雇用する場合、一律に正社員とする必要はありません」ときっぱりと断言している。 厚生労働省や機構は法の「常時雇用する労働者」の定義を意図的に事業主に甘く運用し、非正規労働者でも日々雇用される労働者でも「常時雇用する労働者」にカウントする取り扱いを一貫して行ってきた。機構が事業主向けに「正社員とする必要はありません」と断言しているのに、事業主が障害者を正社員として採用することはほとんど考えられない。障害をもった多くの労働者は、3ヵ月、6ヵ月単位の有期契約に甘んじ、給与は上がらず、退職金もなく、いつ雇い止めになるかもしれない不安の中で日々働かされている。「中間的な取りまとめ」は雇用の質の向上という視点を根本的に欠落し、現行制度を賞賛している。 ② 合理的配慮の内容 〔中間的な取りまとめ〕 「合理的配慮は、障害者の個々の事情と事業主側との相互理解の中で可能な限り提供されるべき性質のものであり、最初から細部まで固定した内容のものとすることは適切でないとの意見が出され、異論はなかった。」 〔筆者の意見〕 相互理解で解決できるのであれば条約もそのための国内法も不要である。相互理解で解決できないことが多く、それに対処するものとして強制できる法律が必要である。 ③ 合理的配慮提供の実効性担保 〔中間的な取りまとめ〕 「合理的配慮提供の実効性を担保するためには、あまり確定的に権利義務関係で考えるのではなく、指針等により好事例を示しつつ、当事者間の話合いや第三者が入ってのアドバイスの中で、必要なものを個別に考えていくことが適切であるとの意見が出され、異論はなかった」〔筆者の意見〕 当事者間の話合いや第三者のアドバイスで解決できない局面が多々発生するからこそ法律によって権利義務関係の確定が必要であり、強制的な救済手続がないと合理的配慮提供の実効性が担保できない。 ④ 権利保護(紛争解決手続)の在り方 〔中間的な取りまとめ〕 「a.企業内における労使の十分な話合いや相互理解等により、できる限り自主的に問題が解決されるべきであること、企業内で自主的に解決しない場合は、外部の第三者機関による解決を図るべきであるが、刑罰法規や準司法手続のような判定的な形で行うのではなく、調整的な解決を重視すべきであるとの意見が出され、異論はなかった。b.紛争の早期解決、実効性を考えると、紛争解決手続として、既に存在する紛争調整委員会を活用した仕組みとすることが妥当であるとの意見が出され、異論はなかった。」 〔筆者の意見〕 既に存在する紛争調整委員会とは「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」6条の紛争調整委員会を指す。同委員会による解決は事業主があっせんに同意して解決したときにのみ実効がある。しかし多くの事件では、事業主があっせんそのものを拒否したり、あっせんの内容に同意しないことが多く、紛争解決手続としてきわめて不十分・不完全なものである。強制力をもたないこのようなものによって実効性を期待するのは条約を骨抜きにするものでしかあり得ない。「中間的な取りまとめ」は「中間整理」より踏み込み、権利保障(紛争解決手続)を同条の紛争調整委員会という実効性のない制度に限定した。 4 始めに結論ありきの「中間整理」と「中間的な取りまとめ」 (1) 在り方研も本分科会もアメリカ、フランス、ドイツ、EU及び韓国の制度について時間をかけて審議した。いずれの国においても権利保障(紛争解決手続)について「中間整理」「中間的な取りまとめ」が強調する労使間の相互理解、話し合いを大前提としていない。事業主に対する拘束力のない紛争調整委員会のレベルしか紛争解決手段を設けていない国はどこにもない。アメリカにおいては行政(EEOC)による救済手続と司法救済の双方が制度化されている(長谷川珠子「アメリカにおける『合理的配慮』について」)。フランスにおいては、民事訴訟の提訴の他に、刑事罰規定があり、権利救済機関であるHALDE(高等差別禁止平等機関)への提訴が可能である(永野仁美「フランスにおける『合理的配慮』について」)。ドイツにおける司法救済は、不利益待遇を受けた者につき訴訟の際に2つの優遇措置が定められている(指田忠司「ドイツにおける『合理的配慮』について」)。韓国においては法務大臣による是正命令と司法救済が定められている(DPI 日本会議「韓国障害者差別禁止法並びに同施行令」)。 (2) 本分科会はこれら海外における法制度について十分審議しながら一顧だにせず「刑罰法規や準司法手続のような判定的な形で行うのではなく、調整的な解決 を重視すべきであるとの意見が出され異論なかった」「既に存在する紛争調整委員会を活用した仕組みとすることが重要であるとの意見が出され、異論はなかった」とまとめた。 (3) 権利保護(紛争解決手続)の在り方に関する議事で花井圭子委員が「企業内で自主的な解決が図られなかった場合、やはり実効性ある紛争解決の仕組みが是非とも必要でしょう。通常、民事訴訟及び労働審判制度など、司法救済であるとか、あるいは行政救済、これは都道府県の労働局が持っております紛争調整委員会などを活用することによって、調停を行うということを予定して、それに対する関連規定をきちんと整備していくべきではないかと思います。」 花井委員の意見は正論であり、正に条約の求める紛争解決手続である。諸外国の障害者雇用法制も司法救済を含めた救済制度を設けている。これにつき本分科会会長は、「中間報告でも、この辺は皆さん合意だと思いますが、企業内の労使間で自主的に解決してほしいというのが大前提なのです。これは、もう皆さんの合意が出来ています。これが出来なかった場合、どうするかということについての解決の仕組みはどうやって設定するのかという問題が別途あるということだと思いますので、いずれにしても、企業内の労使間で自主的に解決してほしいというのが大前提なのです。」と一蹴した(第42 回本分科会議事録)。これでは委員の貴重な意見も、時間をかけた各国法制度の研究も意味をもたず、ひたすら話しあいによる自主解決の道と紛争調整委員会のみに集約され、「異論がなかった」で締めくくられた。 (4) 在り方研にしろ本分科会にしろ会議に配付する資料は、事務局を務める厚生労働省職業安定局高齢・障害者雇用対策部が準備しており、同部がまとめた論点整理に基づき、議事は同部主導で進行した。とりわけ、本分科会は障害者雇用促進法を中心とした特殊・専門的な分野である。労働者代表にしろ、障害者代表にしろ、検討のための十分な時間を与えられないまま、同部の準備した資料をもとに同部ベースでシナリオにそって議事が次々と進行した。わが国におけるこの種の委員会では会長の議事進行方針が会を制し、他の公益委員が口を挟むことはまずない。在り方研も本分科会も反対意見は排除し、最後は分科会会長(座長)が一任をとりつけ、同部と会長(座長)が「中間整理」と「中間的な取りまとめ」をつくりあげた。「中間的な取りまとめ」は「異論はなかった」と締めくくったが、会長が異論を封じたに過ぎない。大学研究者として保持すべき客観性・公正性はどこに行ったのであろうか。 (5) 以上のとおり、「中間的な取りまとめ」は、内容上に問題があるのみならず採択の手法にも問題がある。 厚生労働省はこの「中間的な取りまとめ」を立法の道具に使うべきではない。 5 推進会議による厚生労働省のヒアリング (1) 推進会議は2010年5月10日厚生労働省に対するヒアリングを行った。本分科会が「中間的な取りまとめ」を採択した後のヒアリングであり、同省の対応は現行の障害者雇用行政を徹頭徹尾正当化するものに終始した。条約を批准するにあたりこれまでの行政施策を改める考えも姿勢も全くなかった。 (2) 厚生労働省の回答は以下のとおり。 ①障害者雇用率制度の対象については、法的公平性・安定性の観点から、原則として、身体障害者福祉手帳、療育手帳又は精神障害者保健福祉手帳の所持者を対象としている。 ②障害者雇用率制度及びダブルカウントについては、1977年度に制度が創設されて以降、障害者及び重度障害者の雇用促進に大きく寄与してきた実効性の高い制度と考えている。 ③特例子会社は、障害の特性に応じた職務の切り出しをまとめて行うことができ、障害者の働きやすい環境を整備しやすいというメリットがあり、障害者の雇用に大きく寄与していると考えている。 ④合理的配慮は個別性の高い概念であることから、合理的配慮が各企業内で適切に提供されるようにするためには、企業内における労使の十分な話し合いや相互理解等が行われることが重要であり、また問題が起きた際にも、できる限り自主的に問題解決が図られることが望ましいと考えられる。 (3) これは「中間的な取りまとめ」と瓜二つである。厚生労働省は条約の国内法化と障がい者制度改革推進の流れに意図的に抵抗していると言わざるを得ない。 6 推進会議の2010 年6月7日付第一次意見 (1) 推進会議は2010 年6月7日「障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見)」を推進本部長に提出した。その内容は、いくつかの点で期待外れであった。 (2) 各論としての「労働及び雇用」の部分(13〜16 頁)についての筆者の意見を述べる。 ①現行障害者雇用率制度は障害者を差別する 構造を有しているが、その根幹を検討することなく、法定雇用率の水準、ダブルカウント制、特例子会社制度、納付金制度等の各論的な問題点の検討を求めるのは制度の本質を回避するものである。現行制度について「積極的差別是正措置としてより実効性のある具体的方策を検訂する」としているがそもそも「積極的差別是正措置」に値するか否かの議論を欠 落する。 ②一般の労働市場における障害者差別を徹底的に撲滅しないかぎり、社会的事業所で働く労働者にとっても、福祉的就労の場で働く労働者にとっても明るい未来を展望できない。 ③「厚生労働省において、現在検討中である障害者雇用促進法の見直しの議論の中で、障害を理由とする差別の禁止、事業主への合理的配慮の義務付け及びその取組を容易にするための助成や技術的支援、合理的配慮に関する労使間の紛争解決手続の整備等の職場における合理的配慮を確保するための具体的方策について、推進会議等の議論も踏まえ引き続き検討を行う」としたのは本末転倒である。推進本部は内閣総理大臣を本部長とし、構成員は閣僚全員である。にもかかわらず「推進会議等の議論も踏まえ」「厚生労働省において現在検討中である障害者雇用促進法の見直しの議論の中で検討を行う」というのは、推進会議の意見が厚生労働省内での検討の一参考意見に甘んじるということを意味する。主従逆転しており、むしろ厚生労働省の中での議論こそ推進会議の結論に従わせるべきである。 ④ましてや「厚生労働省において、現在検討中である障害者雇用促進法の見直しに関する議論」とは本分科会の議論しかなく、本分科会は2010年4月27日に条約を徹底的に骨抜きにする「中間的な取りまとめ」をまとめた。この議論の中に推進会議の意見が統合されるということは、推進会議の意見も条約骨抜き化に加担することになる。しかしこのようなことを推進会議の構成員が求めることはあり得ない。 (3) 第一次意見がこのように推進会議の構成員が本来考えているものと全く違う意見に集約されてしまったのは、推進会議が情報を独占する厚生労働省等の官僚たちの策略にまんまと乗せられた結果である。厚生労働省が「中間的な取りまとめ」の審議過程とその内容についてつぶさに推進会議に伝えたとは到底思えない。すべての責任は策略に乗せた厚生労働官僚の側にある。 (4) 推進会議が果たすべき使命は条約の原点に立ち、我が国の法制度の枠組みを根本から解体し、再構築することにある。まだ第一次意見の段階である。鳩山由紀夫前総理大臣に変わって推進本部長に就任した菅直人総理大臣は、厚生大臣として活躍した実績があり、推進会議にとって強い後ろ盾である。推進会議が条約の原点に立ち戻り、厚生労働省等の官僚の策略を排除し、真正面から条約の国内法化に取り組むことを強く期待する。 ドイツにおける法定雇用率の水準について −憲法裁判所判決に基づく追加的考察− 佐渡 賢一(障害者職業総合センター事業主支援部門 1 はじめに ドイツでは、日本と同様に割当雇用制度が採用されている。法定雇用率は現行で5%、2000年の法改正までは6%であった。この水準は日本(現在1.8%)を上回ることもあってしばしば関心事となり、総合センターでもこれまで数次にわたり、その背景等を検討してきた。今回は、これまで取り上げてこなかった文献に即した考察を加え、この話題に関する知見の深化に資することとする。 2 雇用率水準に関する既存の考察 ドイツの雇用率水準を対象としたまとまった考察例としては筆者が2008年に行ったものがあげられる1)。そこではドイツ政府関係者が行った割当雇用制度に関する説明を出発点に、法定雇用率の根拠についていくつかの仮定をおき、その検証を試みた。この考察によりドイツの雇用率水準については一定の解明がなされたものと筆者は考えるが、根拠にした説明が1997年時点のものであったため、制定時の議論の状況を反映したものとはいえなかった。そこで、現行制度が発足した6年後に示された憲法判断2)3) を通して、この難点の克服を試みる。 3 西ドイツ(当時)の憲法判断 —1981年 統一前の西ドイツにおいて現行の割当雇用制度の枠組みを整えたのは1974年に制定された重度障害者法である。同法の規定により法定雇用率を達成しない事業主は負担調整賦課金を課されることとなったが、その措置に対し複数の民間企業から行政訴訟が提起された。更に、行政裁判所がその訴えを審理し、重度障害者法の規定に憲法違反の疑いがあるとして連邦憲法裁判所の判断を求めた。1981年5月の判決はこれに対する判断を下したものである。 (1)訴訟の論点 行政訴訟の原告の訴えは負担調整賦課金の用途を初めとして、いくつもの事項に及んでいた。そ 統括研究員) れは、重度障害者法による改正が単に割当雇用制度を強化するといった限定的なものでなかったことによる。重度障害者法には、施策の対象を戦争被害者及び労災被災者から重度障害者に拡大することを初め、本質的な部分に及ぶ種々の変革が盛り込まれていた。そして、それぞれに異議申し立ての対象となりうる要素が含まれていた。法定雇用率水準に対する異議はその1つである。後述のとおり、発足直後の実雇用率は法定雇用率である6%を大きく下回っており、原告は同法が行政に認めた権限により、ただちに法定雇用率を実績値に引き下げるべきであると主張した。 (2)法定雇用率と実雇用率 それでは、当時の数値に基づいて制度発足後の状況を確認した上で、原告、政府等関係者の主張を概説しよう。 表1 1975年10月における雇用率関係諸指標4) (人・%) 年 1975 事業主数 113,945 総職場数 16,416,742 雇用義務を伴う職場数 985,005 充足された職場数 619,079 内重度障害者 507,695 内 同等とみなされる障害者 63.806 実雇用率(%) 3.8 , (参考)重度障害のある失業者数 24,325 まず、制度発足の初年度である1975年における制度関係指標を示したものが表1である。実雇用率が3.8%にとどまり、法定の6%を大きく下回っていたことが確認できる。 その後数年間における変化については、後出の表3で実雇用率、未充足職場数、重度障害のある失業者数の推移を示している。 判例に至る論争においてはこれらの指標をどうみるかが、双方の主張を特徴付ける重要な論点となった。 法定雇用率の引き下げを主張する原告にとって、1975年における実雇用率の法定雇用率からの乖離はその正当性を複数の意味で裏付けるものであった。まず、3.8%という実績値そのものが6%という水準の達成が非現実的であることを示している。加えて、法定雇用率と実雇用率の間の大きな差を反映して負担調整賦課金の徴収額が当初の想定を大きく上回っている。このように6%に設定されている法定雇用率は、政府に過大な資金が流れる結果を招くだけの、実現不能な水準であり、早急に是正されるべきであるというのが原告の主張であった。 使用者側も原告と同様、(当時の)法定雇用率水準に否定的であった。(職業)紹介(Vermittlung)可能な重度障害者が(総職場数の)4%を越えて存在するのが確認されていない以上、4%を超える法定雇用率を設定することに意味は無く、単に資金徴収を正当化する役割しか有していないと主張した。 一方、連邦政府は、6%という法定雇用率の決定には一定の推計を伴っており、その推計に、考えられるあらゆる要素を織り込んだといえないのも確かであるとしつつも、性急な引き下げは適切でないと主張した。その理由として、制度発足後認定を受けた重度障害者は増加しており、法定雇用率との一致に向かうことも見込まれること、一旦定められた数値を安易に変えるべきではないこと等をあげた。 政府の説明で注意を惹くのは、実績値と法定水準の差を説明する際に「(職業)紹介に関する留保分(Vermittlungsreserve)」なる考え方を用いていることである。この点については後で触れる。 また、労働組合は原告が主張する就職可能な重度障害者と法定雇用率の乖離について行政裁判所の解釈が誤っているとして、発足後数年間の推移を踏まえれば、現行制度の許容性や有効性は疑念を抱くべきものではないと主張した。 このように、政府や組合は発足直後だけでなくその後数年間の推移を勘案することを求めているが。これは、表2が示すとおり、実雇用率が発足直後の3.8%から年を追って上昇を示したことなどを踏まえたものである。 表2 発足後数年間の実雇用率の推移 1975年1976 1978 1980 1982 3.8 % 4.2 4.8 5.5 5.9 (3)合憲判決における理由 1981年5月26日に下された判決は違憲の恐れがあるとされた点をすべて合憲としたが、法定雇用率の水準については次のように判断した。 まず、法定水準の決定において不確かな予測を伴っているのではないかとの論点については、確かに政府は(一部を)予測に依存して6%の法定雇用率を決定したが、その予測は適切であり、より厳密な基準による再審査は必要なく、また制度変更の過渡期において(新制度の下での)重度障害者数に関する正確な統計データは得られていなかったが、最終的に法定雇用率を(当面の実績値より)高く設定する必要があったことは十分理解できるとして、政府により一部予測を伴って行われた法定雇用率の設定を支持した。 また、上述の「紹介に関する留保分」を織り込んでいたことについては、「重度障害者が疾病やしばしばそれに起因する職業資格の不足ために、他の従業員より職業紹介に困難をきたすという特異性が、義務職場の数値を引き上げる方向に作用」することに理解を示し、異を唱えるには当たらないと判断した。また、同じ理由により、当初はすべての事業主の雇用義務を伴う職場が重度障害者により占められることがないことも是認した。 加えて、制度発足当初事業主に対して法定雇用率の重圧が高くなることは確かであるとしつつ、それを理由として法定雇用率を直ちに引き下げるべきであるという要求については、改定には時期を選ぶ必要があり、改訂が不適切であることから再改定の必要を招くことも避けるべきであるといった、政府の主張に近い見解を示し、この要求を退けた。 このように、連邦憲法裁判所判決における法定雇用率への判断は、立法者による制度の趣旨、枠組みを妥当とし、原告が問題とした実雇用率と法定雇用率との乖離については制度発足当初の諸事情への理解を示し(将来の再検討の必要性は否定しないものの)早急な引き下げは要しないとするものであった。 (4)主張をめぐる留意点 関係者の主張と判決の内容を一通り説明したところで、法定雇用率水準の根拠付けの観点から留意すべき点をあげておこう。 ①「必要な職場数」と法定雇用率 まず、労働市場の視点を踏まえた「必要な職場数」と法定雇用率との比較を取り上げる。「必要な職場数」の自然な解釈例として、実際に雇用されている重度障害者に、働く希望を持ちつつ仕事が得られずにいる重度障害者、すなわち重度障害のある失業者数を加算した数が考えられる。この解釈では、法定雇用率と「必要な職場数」の関係は、未充足の職場と、就業を果たしていない重度障害者失業者とのバランスの問題と捉えることができる。 まず1975年を考えると、6%に対応する重度障害者の雇用を義務付けられた職場数は98万5千であった。これから充足された職場数61万9千を差し引いた36万6千は充足されない職場数を示唆する最小の目安である。これに対し、このときの失業者は2万4千であり、制度発足直後には、両者に10倍以上の乖離が発生していたといえる。 未充足職場数が失業者数を超過しているという指摘は2008年の分析を行った際にも確認し、それらについて触れていたが、文献調査を進めるに伴い、この問題がしばしば論点となっていたことを再確認している。上記の確認は現行の割当雇用制度が、その不均衡が特に著しい状態でスタートしたことを示すものである。 一方、その後数年間の推移をみると、表3が示すとおり、このバランスは大きく変化している。実雇用率の上昇には既に触れたが、未充足職場数の減少と失業者の増加が同時に生じ、1980年以降の数年間は当初の不均衡が著しく緩和している。 表3 発足後数年間の割当雇用制度関連指標5) 実雇用 未充足の義 失業者数 率(%) 務職場数 (人) 1975 年 3.8 365,926 24,235 1976 4.2 317,514 37,364 1978 4.8 203,170 58,683 1980 5.5 96,415 67,686 1982 5.9 32,715 111,964 ②「紹介に関する留保分」 もう一点取り上げる必要があるのは、政府の説明のところで触れた「紹介に関する留保分」である。判決文では、政府側が12.5%をこれに当てていたとの具体的な数字を交えた記述も見られる。上述のとおり、憲法裁判所は1981年判決で「他の従業員より職業紹介に困難をきたすという特異性」を理由に、この発想を認めた。 この概念に注目した背景には、2008年の分析で取り上げたドイツ政府担当者による法定雇用率の根拠の説明において、酷似した発想がみられたことがある。その説明では「就労している重度障害者」「失業している重度障害者」の合計に更に「マージンを出来る限り加えた」結果が法定雇用率6%に対応していると説明されていた。この「マージン」を加算する理由は「重度障害者の就職が困難である」と説明されており、前述の判決において「紹介に関する留保分」を妥当とした理由と同趣旨であることが分かる。2008年の分析においては、その趣旨が明らかでなかったため重複カウントの加算分とするなど解釈を工夫した。今回1981年判決に接して、少なくともそのような概念が制度発足後数年を経過した際の行政訴訟という場面においても扱われていたことが確認され、政府による継続的な認識とみなしうるとの感触を強めることができた。 ところで、「紹介に関する留保分」が存在する理由については、既述のもの以上に踏み込んだ説明はない。判決に沿って考えると、重度障害者法施行により導入された重度障害認定を求める障害者が徐々に増加し、新たに認定された重度障害者が求職者となり、職業紹介等によって雇用の場を得るという経過、すなわち制度の普及によって増加する雇用機会の必要数と解釈される。このように考えた場合、「紹介に関する留保分」は実雇用率の上昇あるいは失業者の増加として顕在化して行くこととなる。そして表3に見るとおり、実際の数値も上に描いたような推移を示し、判決を根拠付ける結果となっている。 2008年の分析におけるドイツ政府関係者の説明については、制度発足後20年以上を経過した1997年において、同様の解釈によって「マージン」を雇用率の構成要素と説明している理由とできるかという点で考慮の余地があるが、1990年の統一を経て旧東独地域への制度普及の過程にあったことを勘案すれば、不適切とは言い切れない。 4 ドイツの憲法判断—2004年 割当雇用制度をめぐる連邦憲法裁判所による判例については、もう1例 2004年になされた判決6)を確認している。 この判決は障害者を不定期にしか雇用していなかった運輸業の事業主が負担調整金を課されたことを不服として提起したものであり、その主張に割当雇用制度にかかる諸規定が、ドイツで操業する事業主の競争力上の不利を招き、欧州共同体法の趣旨に抵触するとの見解が含まれていたこともあって、憲法裁判所の判断が求められた。 2004年判決は1981年判決に沿って(随所で同判決を参照しつつ)割当雇用制度を合憲とするものであった。法定雇用率水準との関係で留意すべきことは、判決に先立って法定雇用率が1ポイント引き下られ、判決時において5%となっていたことである。改訂された法定雇用率を前提に、判決がどのように説明を加えているかに注意してみると、同判決では2002年における未充足の職場数として、雇用義務を伴う職場数から充足された職場数を差し引いた7) 196,087(=944,522-748,435) をあげ、これと重度障害者失業者数144,292とを対比させ、さらに上記雇用義務を伴う職場数の 12.5%にあたる118,065を「紹介に関する留保分」に相当する数として示し、これら3つの数値の水準比較を踏まえて「未充足職場数の突出は見出せない」との判断を示している。 このように、判決では未充足の職場数、失業者数を「紹介に関する留保分」と対比させている。これは、未充足の職場と失業とが同時に存在する、「需給のミスマッチ」の規模を「紹介に関する留保分」と並置していることになり、この概念のいわば成熟期における解釈例として、注目される。前述のとおり、この評価は法定雇用率5%を前提としている点が重要と思われる。仮にこの時点において法定雇用率6%を仮定して同様の比較を行った場合、未充足の職場数が突出していないことを主張するのは著しく困難で、「紹介に関する留保分」に関する解釈にも影響が及ぶからである。 2000年の改正による法定雇用率の引き下げは、失業者の減少を前提とした、条件つきのものであり、法案資料においても5%とする根拠付けは明確ではなかった。上で検討した2004年判決が論じた関連数値を用いた解釈は、5%という現在の法定雇用率について一定の妥当性を提示したものと考えられよう。 5 おわりに 割当雇用制度をめぐる憲法判断、特に1981年の判決を通して、制度発足前後における制度設計や制度をめぐる種々の見解を概観した。本稿で注目した雇用率水準については、厳密な算出に必要な根拠が十分とは言えないなかでの、予測も援用した設定であったこと、そうした予測を含む法定水準が、制度の理念や方向性とともに、合憲とされたことを、その理由とともに明らかにできた。今回明らかにできた発足時の動向を起点にこれまでの分析を見直し、日本の制度とも関連の深いドイツの制度について、さらに理解を深めてゆきたい。 【注・文献】 1) 障害者職業総合センター:「欧米諸国における障害者権利条約批准に向けた取り組み」,資料シリーズNo. 42(2008) 第Ⅱ部第2章 2)Bundesverfassungsgericht BVerfGE57,139 3)本判決を取り上げた、あるいは言及のある文献は以下のとおり木下秀雄:西ドイツにおける障害者雇用の法理,立命館法学1983年2号(1983)廣田久美子:障害者の雇用保障に関する法的課題,九大法学83号(2001) 4)木下秀雄:西ドイツにおける障害者雇用の動向,障害者問題研究33号(1983)表1,表4の数値を使用。 5)4)にあげた資料の他、次の文献からも数値を引用小野隆:障害者雇用における割当雇用・納付金制度の役割、リハビリテーション研究63号(1990) 6)Bundesverfassungsgericht 1.10.2004-1 BvR2221/03 7)この箇所に限らず(例えば前出の表3においても)、本稿では未充足職場数として同じ算出方法によるものを用いた。一方、割当雇用制度で一般的に用いられる数値は「法定雇用率に達していない事業主における未充足職場数の合計」である。これは、法定雇用率を越えて重度障害者を雇用している事業主における超過分を考慮していないことにより、より大きな数値となる。例えば2002年における後者の意味による未充足職場数は309,591と、失業率、「紹介に関する留保分」をいずれも大きく上回り、判決文のような評価はできなくなる。 障害をもつアメリカ人法(Americans with Disabilities Act, ADA) −障害(disability)の定義を中心に− 長谷川珠子(障害者職業総合センター障害者支援部門研究員) 1 はじめに 2006年12月13日、国連総会において「障害者権利条約」(Convention on the Rights of Personswith Disabilities)が採択された。日本国内では、条約の採択前から内閣府及び厚生労働省を中心に同条約の批准に向けた議論を重ねられ、2007年9月28日に署名を行ったが、2010年9月末時点において未批准である注1)。 条約上の文言の解釈は各国政府に委ねられるため、2009年秋に政権が交代したことも、批准に至らない大きな理由の一つといえよう。形ばかりの拙速な批准ではなく、この機会に国内の様々な障害者関連法・施策を見直し、そのうえで条約の批准に向かおうとする姿勢といえる注2)。 同条約の内容は多岐に渡るが、障害に基づく差別の禁止を定め(5条)、合理的配慮(reasonable accommodation)を提供しないことが差別に当たることを明記した(2条)点が最大の特徴といえる。日本では、障害者基本法3条3項に、「何人も、障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない。」との定めがあるが、同項は基本的理念を定めたものであり、裁判上の規範性をもつものではないと解されている。障害者権利条約を批准するためには、実効性のある差別禁止規定を設ける必要があり、そのなかでも①法の適用対象となる障害(者)の定義(範囲)を明確にし、②障害を理由とする差別(合理的配慮の否定を含む)の内容を規定することが重要となる。本報告では、1990年に世界に先駆けて障害を理由とする差別禁止法(「障害をもつアメリカ人法」(Americans with Disabilities Act of 1990、 注1)同条約の締約国は94か国(2010年9月27日時点)。 注2)障害者権利条約の締結に必要な国内法の整備を始めとする障害者に係る制度の集中的な改革を行うことを目的として、2009年12月に内閣総理大臣を本部長としてすべての国務大臣で構成される「障がい者制度改革推進本部」が設置され、その本部決定により、「障がい者制度改革推進会議」が開催されている。 以下「ADA」という。))注3)を制定したアメリカが、近年直面した障害の定義を巡る論争を取り上げ、いかなる範囲の障害を差別禁止法の適用対象とすべきかを検討する。 2 障害をもつアメリカ人法(ADA) (1)制定過程 人種差別が大きな社会問題となっていたアメリカでは、1950年代の公民権運動を契機とし、1964年に、人種、皮膚の色、宗教、性、又は出身国を理由とする差別を禁止した公民権法(CivilRights Act of 1964)が制定された(雇用分野の規定は、公民権法第7編に置かれている)。公民権法では、差別禁止事由に障害が含まれることはなかったが、その後の障害者運動に多大な影響を与えたといわれている1)。障害を理由とする差別禁止は、1973の年リハビリテーション法(Rehabilitation Act of 1973)において導入された。しかし同法は、連邦政府、連邦政府から補助金を受給する民間事業主、及び連邦政府と一定額以上の契約を締結する民間事業主のみを規制対象としており、効果が限定的であったことから、全米障害者評議会(National Council on Handicapped、後のNational Council on Disability、以下「NCD」という。)を中心として、一般の民間事業主にも規制の対象を拡張すべきだとする運動が活発となった。NCDがADA草案を発表するなど、連邦政府への積極的かつ継続的な働きかけにより、1990年7月13日にADA制定に至った。 ADAは、雇用における障害者差別禁止(第1編)に加え、連邦政府、州、地方公共団体などの公共サービス及び公共交通機関によるサービスの提供上の差別の禁止(第2編)、民間事業体によって運営される施設、サービスの提供上の差別の禁止(第3編)、テレコミュニケーション(第4編)の規定を置く、包括的な障害者差別禁止法 注3)Pub. L. No. 101-336, 104 Stat. 327 (1990). である。 以下では、雇用分野の規定について概観し(特に断らない限り、ADA第1編をADAと表記する)、その後、近年注目を集める「障害」(disability)の定義について検討する。 (2)雇用差別の禁止の基本的枠組み ADAは、応募手続き、従業員の採用、昇進、解雇、報酬、職業訓練及びその他の雇用上の規定、条件及び特典に関して、障害を理由とする差別を禁止する(ADA102条(a))。規制対象の中心である使用者とは、州際通商に影響を与える産業に従事し、当年又は前年に20週以上の各労働日に働く従業員を15人以上雇用する者をいう(ADA101条(5)(A))。規制の対象は、公民権法第7編と同じであるが、ADAの場合、扱う差別事由が「障害」であることから、公民権法第7編にはない、特徴的な規定が置かれている。まず、どのような状態が「障害」に該当するのかを明確にするため、「障害」の定義規定が置かれている。次に、障害者であれば、誰でもADAにより保護されるわけではなく、当該職務を遂行できること、すなわち職務に対する「適格性」を有する人のみが、保護の対象となる。ただし、障害のせいで職務遂行能力に支障が生じている場合には、障害者は使用者に対しその支障を取り除くための配慮(「合理的配慮」)を求めることができる。使用者が障害者に合理的配慮を提供しなかった場合には、障害を理由とする差別であるとみなされることもある。 このようなADAの基本的な枠組みは、以下のようにまとめることが出来る。 ○「適格性」を有する人、すなわち ・職務の本質的機能(essential functions of the job)の遂行を ・ 合理的配慮があれば、あるいはなくとも(ただし、配慮することが使用者にとって過度の負担(undue hardship)となる場合を除く) できる人に対し、 ○「障害」、すなわち ・一つ以上の主要な生活活動(major lifeactivities)を ・相当程度制限する(substantially limits) ・身体的又は精神的機能障害(a physical or mental impairment) を理由として、 ○「差別」してはならない(差別には、直接差別、間接差別、合理的配慮の否定等を含む)。 (3) 合理的配慮 ADAでは、合理的配慮があれば、当該障害者が十分な職務遂行能力を発揮できる場合には、使用者は合理的配慮を提供する義務を負う。また、合理的配慮を提供しないことが差別に該当することが明確に定められている。ただし、合理的配慮を提供することによって、使用者が「過度の負担」となることを証明できる場合には、使用者は義務をまぬかれる(ADA102条(b)(5))。 合理的配慮に当たるものとして、(A)従業員が使用する既存の施設を障害者が容易に利用・使用できるようにすること、(B)職務の再編成、パートタイム化、勤務割の変更、空席のポストへの配置転換、機器や装置の購入・変更、試験・訓練材料・方針の適切な調整・変更、資格をもつ朗読者又は通訳の提供、及び障害者への他の類似の便宜が、挙げられている(ADA101条(9))。ただし、これらは例示列挙であり、個別の事案ごとに合理的配慮の内容が決定されなければならない。 3 障害の定義 (1)改正前の障害の定義と連邦最高裁判決 ADAにおける障害には、「(A)一つ以上の主要な生活活動を相当程度制限する身体的又は精神的機能障害」だけでなく、「(B)過去にそのような機能障害の経歴を有していること」、及び「(C)そのような機能障害を有するとみなされること」も含まれる(ADA3条)。機能障害の種類や程度ではなく、機能障害が日常生活に及ぼす影響に着目して定められたこの障害の定義は、障害の「医学(医療)モデル」から、「社会モデル」注4)に転換を図ったものとして、注目された。ま 注4)医学モデルが、障害という現象を身体的・知的・精神的機能不全により生じる個人的な問題として捉え、治療による克服を障害者個人に帰責させてきたのに対し、社会モデルは、障害の問題とはまず障害者が経験する社会的不利のことでありその原因は社会にあるとする理論枠組みである。例えば、星加良司「障害とは何かディスアビリティの社会理論に向けて」、p.37-38、生活書院(2009)等。ただし、社会モデルの具体的内容に関しては、論争がある。 た、障害を包括的に捉えることを可能とし、新しい機能障害にも柔軟に対応できるという長所をもつ。しかし、他方で、何が障害であるかを決定することが困難となるため、混乱をもたらすとの批判もあった。 ADAに基づき提訴された多くの事案では、裁判所は障害の範囲を狭く解釈する傾向にあった。この傾向が決定的となったのが、1999年に出された一連の連邦最高裁判所判決である。その一つである、Sutton v. United Air Lines, Inc.,事件注5)の事案の概要は以下の通りである。双子の姉妹である原告らは、両者とも強度の近視であったが、眼鏡を使用することにより視力矯正が可能であった。1992年、被告会社が商業用航空機のパイロットを募集した際、原告らはそれに応募した。原告らは、学歴、年齢、経験等の条件を満たしており、面接及び航空機の模擬操縦試験を受けるため、被告会社に呼び出された。しかし、被告会社がパイロットに対し求める非矯正視力(裸眼)についての一定要件を、原告らが満たしていないことが判明し、面接は終了した。最終的に原告らは採用されなかったため、被告会社が「障害を理由として」原告らを差別したこと、又は「障害をもつとみなす」ことにより原告らを差別したことは、ADAに違反するとして提訴した。 争点は、医薬品や補助器具などの軽減(矯正)措置を考慮に入れて、生活活動への機能障害の影響を判断すべきか(軽減措置を用いれば、生活への制限がある程度緩和されるのであれば、障害として認めない)、軽減措置を用いない状態で、生活活動に相当程度の制限が生じていれば、障害として認めるのか、という点にあった。 連邦最高裁判所は、前者の立場、すなわち、主要な生活活動を相当程度制限するかどうかは、軽減措置を考慮したうえで、判断すべきであるとの解釈を採用した。原告らは眼鏡等の適切な使用によって、日常生活への支障が軽減されるため、そもそもADAの保護対象となる障害をもつではないと結論付けられた。 また、ある一種類の特定の作業ができないことが、主要な生活活動の制限となるかどうかが争わ 注5)527U.S. 471(1999). れた事件においても、連邦最高裁判所は、障害の範囲を狭める判断を行った。Toyota Motor Mfg.,Ky., Inc. v. Williams事件注6)は、自動車会社の工場で働く原告が、手根幹症候群(carpaltunnel syndrome)のため自動車部品の取り付けに伴う手作業ができず、休業するなどした結果、勤務状況の悪化等を理由として解雇された事案である。原告は、自動車部品の取り付けに伴う手作業が出来ないことは、ADAの定める障害に該当し、合理的配慮を提供せずに原告を解雇したことは、差別に当たると主張した。これに対し、連邦最高裁判所は、障害があるというためには、ある特定の一つの作業が出来ないだけでは足りず、ほとんどの人々の日常生活にとって中心的な重要性をもつ活動を妨げ、又は極めて制限する機能障害を有していなければならないと判示した。 ADAに基づく雇用差別訴訟では、97%以上の事案で、原告(障害者)が敗訴したという調査結果が出ているが、その要因は、「障害の定義」を満たせなかったことにあるという2)。 (2)ADA改正法における障害の定義 このような状況を受け、連邦議会は、ADAが本来予定していた広範な保護範囲を復活させることを目的として、「1990年ADAの意図と保護を回復するための法律」(An Act to Restore theIntent and Protections of the Americans with Disabilities Act of 1990)、通称「ADA改正法」(ADA Amendment Act of 2008)注7)を2008年9月に制定した(2009年1月1日施行)。 ADA改正法では、「主要な生活活動」及び「機能障害をもつとみなされること」について、詳細な定めが追加された。 主要な生活活動について、ADA改正法は、「身の回りの世話をすること、手作業を行うこと、見ること、聞くこと、食べること、眠ること、歩くこと、立つこと、持ち上げること、かがむこと、話すこと、呼吸すること、学ぶこと、読むこと、集中すること、考えること、コミュニケーションをとること、及び働くことを含み、かつこれに限 注6)534 U.S. 184 (2000). 注7)Pub. L. No. 110-325, 122 Stat. 3553 (2008). 定されない」と定めた(ADA3条(2)(A))。さらに、免疫システム、通常の細胞成長、消化器官、膀胱、神経、脳、呼吸器、循環器、内分泌機能及び生殖機能といった肉体機能(bodily function)の働きも、主要な生活活動に含まれると定めた(ADA3条(2)(B))。 「機能障害をもつとみなされる人」に対しても、合理的配慮の提供が必要かどうかが必ずしも明らかではなかったため、ADA改正法では合理的配慮を提供する必要がないことを明らかにした(ADA501条(h))。 また、裁判所が再び障害の範囲を狭く解釈することのないよう、「本法における障害の定義は、本法の用語により認められる範囲を最大限にするため、本法の下での広い範囲の個々人の利益となるよう解釈されなければならない」こと(ADA3条(4)(A))、及び、「相当程度の制限」という用語を、ADA改正法の事実認定及び目的に合致するよう解釈しなければならないこと(同条(4)(A))を、障害の定義の解釈準則として定めた。 先述のSutton事件判決で問題となった、軽減措置の取扱いについては、「(眼鏡・コンタクトレンズを除く)軽減措置の改善効果に関わらず、機能障害が主要な生活活動を相当程度制限するかどうかを決定しなければならない」と定め、連邦最高裁判所の解釈を否定した(ADA3条(4)(E)(i))。 4 日本への示唆 日本でも、障害者差別禁止法を導入する際には、障害(者)の範囲をどのように定めるのかが、重要となる。日本では、雇用率制度の対象となる障害者が既に存在しているため、その範囲との調整もしなければならない。 アメリカで、障害者の範囲が狭く解釈された際に、障害者団体や学者からは大きな批判が寄せられた。その批判の一つが、ADAは、合理的配慮を提供されることによって働くことが可能となる障害者(比較的障害の重い人)だけでなく、合理的配慮がなくても職務遂行は可能だが、偏見等により、能力を発揮できない障害者(軽微な障害をもつ人、障害者とみなされる人)もその保護対象としている。生活活動への制限の程度を厳密に評価して、障害の有無を判断することにより、本来保護されるべき後者の人たちが保護されなくなる、というものである3)。 偏見やステレオタイプといった他者(使用者)の意識を改善することも、差別禁止法の重要な役割であると考えると、やはり、障害の範囲は広く設定すべきである。現行の雇用率制度の対象となっている障害者の定義は限定的であるため、差別禁止法にも当てはめることは、不適切である。差別禁止法の適用対象は、別個定める必要がある。 アメリカのような包括的な障害(者)概念を導入することが望ましいと考えるが、予測可能性の低い定義は、現場に混乱をもたらす可能性もある。そこで、ADAを参考に包括的な定義を設定したうえで、ADA改正法が取り組んだように、定義の中の文言を具体的に示すことによって、ある程度の予測可能性が確保できるのではないだろうか。また、使用者が、偏見やステレオタイプによって障害者を処遇しているわけではないことを、明らかにできれば、障害の有無は大きな問題とはならないはずである。 今後は、差別禁止法を制定する目的を明確にしたうえで、障害の定義や雇用差別の具体的内容を定めていくことが求められる。 【参考文献】 1)Samuel R. Bragenstos, Disability Rights Law .Cases and Materials-, (Foundation Press, 2000) pp. 2-6. 2)Chai R. Feldblum et al., The ADA Amendment Act of 2008, 13 Tex. J. On. C. L. & C. R. 187, pp.202-203, n.76(2008)). 3 ) Ruth Colker, When is Separate Unequal? A Disability Perspective, (Cambridge University Press, 2009)p.76.1) ポスター発表 認知機能に障害がある利用者に対する就労支援の 現状に関するアンケート調査(1) −数量的調査の結果から ○内田典子 (障害者職業総合センター障害者支援部門 研究員)中村 梨辺果(障害者職業総合センター障害者支援部門) 1 目的 現在、高次脳機能障害に限らず、精神障害、発達障害といった様々な障害や疾病において、脳機能の障害による認知機能の低下や偏り、すなわち認知機能障害があることが確認されている。地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)でも、こうした利用者が増加しているが、これまで認知機能障害の視点から就労支援について整理したことはなかった。そこで、①障害者職業カウンセラー(以下「カウンセラー」という。)が認識している“認知機能障害を持つ利用者(以下「認知機能障害者」という。)”の実態、 ②彼らに対する就労支援上の課題、③支援の方法について調査し、認知機能障害者の就労支援技法に関する整理・検討を進めることを目的とし、認知機能障害者に対する就労支援の現状についてアンケート調査を実施した。 2 本調査における認知機能障害 高次脳機能障害に限らず、統合失調症・気分障害・発達障害においても認知機能障害があることから、高次脳機能障害や発達障害における行政上の定義や先行研究に基づき、これら4つの障害や疾病に共通している領域を、本調査における「認知機能障害」とした。具体的には、“①記憶、②注意、③思考、④問題解決能力、⑤コミュニケーション、⑥行動と情緒”とし、高次脳機能障害・発達障害・統合失調症・気分障害に出現すると考えられる認知機能障害の具体的な状態像を各領域5項目ずつ定め、表1のように定義した。なお、失語・失行・失認は対象外とした。 3 方法 (1) 調査対象(回収数及び回収率):全国の地域センター及び支所全52 カ所(49 カ所、94.2%) (2)調査時期:平成21 年9月末 (3) 調査方法:メールによる質問紙調査 (4)調査内容:①平成 21 年度第1四半期の利用者(新規来所者、うちカウンセラーによって推察された認知機能障害者の実数)、②認知機能障害者に対するカウンセラーの支援方策の有無及び接触経験、③認知機能障害者に対する支援での困難度、 ④実施している支援方法、⑤支援事例 (5) 分析対象:調査内容のうち②〜④は、各地域センターにおいて支援経験が豊富な経験年数9年以上のカウンセラー1名を任意で選んでもらい、回答を求めた。回答したカウンセラーは50名で、経験年数は平均17.48年(SD=5.11)、最少経験年数は9年、最多経験年数は30年であった。なお、本報告では①〜④を、報告(2)は⑤をまとめる。 表1認知機能障害の具体的な状態像 領域 定義 具体的な状態像 記憶  新しい経験や知識を保存し、その経験や知識を後で、意識や行動として再生することが難しい状態。 1. 覚えられない。2. 思い出せない。3. 同じことを何度も言ったり尋ねたりする。4. 自分の記憶力の低下に気づけない。5. 誤った記憶を修正することが難しい。 注意  外からの刺激に対して、早く反応したり、注意を持続したり、集中したり、あるいは転換したりすることがうまくできない状態。 6. 注意の集中や持続が難しい。7. 注意を一つのことから他のことへと転換することが難しい。8. 複数の要素に同時並行で注意を向けることが難しい。10.全般的な反応が遅い。9. 様々な刺激の中から一つの刺激を選択して注意を向けることが難しい。 思考  表現される思考の内容に偏りやこだわりが強く、概念の形成や論理の進め方などに支障をきたしている状態。 11.論理的に考えることが難しい。12.物事に対する解釈の仕方に特異性がある。13.指摘や助言等を受け入れることが難しい。14.事実と異なる理解を現実のものと考えたり主張する。15.自らの状況をモニターすることが難しい。 領域 定義 具体的な状態像 問題解決能力  目的に沿って自立的に行動し、課題解決を図ることが難しい状態(遂行機能と同義)。 16.目的に応じた有益な情報の整理や順序づけが難しい。17.問題解決のための行動の計画・段取りが難しい。18.行動を始める手がかりを自発的に見つけることが難しい。19.目的に対し効果的な行動を取ることが難しい。20.臨機応変な行動の変更や修正をすることが難しい。 コミュニケーション  場面や関係性を考えた他者とのやりとりが難しい状態。 21.他者との交流をもつことが難しい。22.他者の表情や動きから人の気持ちを汲み取ることが難しい。23.相手の側に立った考え方をすることが難しい。24.話の焦点がずれる。25.場の状況に相応しい発言をすることが難しい。 行動と情緒  感情のコントロールがうまくいかず、衝動的・感情的になったり、状況に応じた行動がとれなくなったりすること。 26.社会的ルールに則った行動が難しい。27.感情のコントロールが難しい。28.衝動のコントロールが難しい。29.状況に適した行動がとれない。30.援助者等に過度に依存する傾向がある。 4 結果 0.0% 2.0% 4.0% 6.0% 8.0% (1)平成21 年度第1四半期の利用者のうち認知機能障害者の実態 平成21年度第1四半期(4月〜6月)の間に、49センターにおいて新規に来所した利用者は、3,060名であった。そのうち、カウンセラーが相談等を通じて認知機能障害者と推察した利用者は1,154名(37.7%)であった。 さらに、認知機能障害の詳細が把握できた1,126名を対象に、認知機能障害の傾向をまとめた(図1)。最も多かったのは「行動と情緒」に関する障害(7.0%)で、次いで「コミュニケーション」(5.7%)、「問題解決能力」(5.6%)といった単独の認知機能障害を持つ利用者が上位を占めた。また、認知機能障害の重複状況を見ると、「問題解決能力+行動と情緒」(5.2%)が全体の4番目に、「コミュニケーション+行動と情緒」(4.6%)が6番目、「思考+問題解決能力+コミュニケーション+行動と情緒」(4.5%)が7番目、「問題解決能力+コミュニケーション+行動と情緒」(4.3%)が8番目、「注意 +思考+問題解決能力+コミュニケーション+行動と情緒」(3.9%)が9番目に多かった。 なお、単独の認知機能障害を持つ利用者は、全体の約29%にすぎず、2つ以上の認知機能障害を持つ利用者が全体の70%を超えていた。さらに、カウンセラーが推察した認知機能障害の傾向は、「コミュニケーション」「思考」「問題解決能力」を中心に、多岐にわたっていた。 7.0% ① 5.7% ② ③ 記憶+注意+思考+問題解決能力+コミュニケーション+行動… 注意+思考+問題解決能力+コミュニケーション+行動と情緒記憶+注意+問題解決能力+コミュニケーション+行動と情緒記憶+注意+思考+問題解決能力+行動と情緒記憶+注意+思考+コミュニケーション+行動と情緒記憶+注意+思考+問題解決能力+コミュニケーション 思考+問題解決能力+コミュニケーション+行動と情緒注意+問題解決能力+コミュニケーション+行動と情緒注意+思考+問題解決能力+行動と情緒注意+思考+問題解決能力+コミュニケーション記憶+注意+思考+コミュニケーション注意+思考+コミュニケーション+行動と情緒記憶+注意+問題解決能力+行動と情緒記憶+注意+コミュニケーション+行動と情緒記憶+注意+問題解決能力+コミュニケーション記憶+思考+問題解決能力+コミュニケーション記憶+思考+問題解決能力+行動と情緒記憶+問題解決能力+コミュニケーション+行動と情緒記憶+注意+思考+問題解決能力記憶+注意+思考+行動と情緒 問題解決能力+コミュニケーション+行動と情緒思考+問題解決能力+コミュニケーション思考+問題解決能力+行動と情緒記憶+注意+コミュニケーション思考+コミュニケーション+行動と情緒注意+問題解決能力+コミュニケーション注意+問題解決能力+行動と情緒注意+思考+行動と情緒記憶+コミュニケーション+行動と情緒注意+コミュニケーション+行動と情緒注意+思考+コミュニケーション注意+思考+問題解決能力記憶+問題解決能力+コミュニケーション記憶+注意+問題解決能力記憶+注意+行動と情緒記憶+思考+コミュニケーション記憶+思考+行動と情緒記憶+問題解決能力+行動と情緒記憶+注意+思考記憶+思考+問題解決能力問題解決能力+行動と情緒行動と情緒+コミュニケーション問題解決能力+コミュニケーション思考+行動と情緒思考+問題解決能力注意+行動と情緒記憶+注意注意+コミュニケーション注意+問題解決能力思考+コミュニケーション記憶+コミュニケーション注意+思考記憶+問題解決能力記憶+行動と情緒記憶+思考行動と情緒コミュニケーション問題解決能力思考記憶注意 図1認知機能障害の重複状況(n=1,126) (2)接触経験及び支援方策の関係 「接触経験」と「支援方策」をクロス集計した結果を図2に示す。①接した経験を「非常によくある」「よくある」、支援方策を「概ね立てられる」「少し立てられる」とした群を“経験あり・方策あり”群、②接した経験を「少しある」「ほとんどない」、支援方策を「概ね立てられる」「少し立てられる」とした群を“経験なし・方策あり”群、③接した経験を「非常によくある」「よくある」、支援方策を「あまり立てられない」「全く立てられない」とした群を“経験あり・方策なし”群、④接した経験を「少しある」「ほとんどない」、支援方策を「あまり立てられない」「全く立てられない」とした群を“経験なし・方策なし”群の計4群に分けた。 各群を見ると、①“経験あり・方策あり”群は、「問題解決能力」と「コミュニケーション」各3項目、「注意」の「具体的な状態像」(以下「項目」という。)2項目、「記憶」「思考」「行動と情緒」各1項目の計11項目で50%以上、②“経 1.覚えられない。 72% 24% 2% 42% 44% 2% 12% 40% 40% 8% 12% 10% 32% 10% 48% 12% 2 0% 12% 56% 2% 2.思い出せない。 3. 同じことを何度も言ったり尋ねたりする。 4. 自分の記憶力の低下に気づけない。 5. 誤った記憶を修正することが難しい。 0% 20% 40% 60% 80% 100% 「記憶」の領域 64% 64% 44% 20% 4% 8% 4% 28% 16% 10% 12% 16% 10% 10% 38% 34% 44% 46% 10% 18% 6. 注意の集中や持続が難しい。 8. 複数の要素に同時並行で注意を向けることが難しい。 7. 注意を一つのことから他のことへと転換することが難しい。 9. 様々な刺激の中から一つの刺激を選択して注意を向けることが難しい。 10 .全般的な反応が遅い。 0% 20% 40% 60% 80% 100% 「注意」の領域 58% 20% 16% 6% 46% 24% 20% 10% 28% 2 8% 20%24% 24% 18% 26% 32% 18%8% 14% 60% 11 .論理的に考えることが難しい。 15 .自らの状況をモニターすることが難しい。 12 .物事に対する解釈の仕方に特異性がある。 13 .指摘や助言等を受け入れることが難しい。 14 .事実と異なる理解を現実のものと考えたり主張する。 0% 20% 40% 60% 80% 100% 「思考」の領域 験なし・方策あり”群は、「行動と情緒」の1項目で50%以上、④“経験なし・方策なし”群は、「記憶」「思考」「行動と情緒」各1項目で50%以上のカウンセラーから回答があった。なお、③“経験あり・方策なし”群は、“23.相手の側に立った考え方をすることが難しい”の28.0%が最多であった。 「経験も方策もある」、「経験はなくても支援の方策を持つ」が併せて60%以上あった項目は、30項目中22項目で、カウンセラーは認知機能障害者の支援に対して一定程度支援方策を持っていると考えられる。しかし、「経験、方策共にない」、「経験はあっても方策がない」とされた項目も30項目中8項目あり、ベテランカウンセラーでも40%以上(最多は“14.事実と異なる理解を現実のものと考えたり主張する”74%)は方策がないという結果であった。これらの項目に対しては、職業リハビリテーションの分野で支援可能か精査し、さらに支援方法の開発や経験の蓄積を図る必要があると思われる。 17 .問題解決のための行動の計画・段取りが難しい。 16 .目的に応じた有益な情報の整理や順序づけが難しい。 20 .臨機応変な行動の変更や修正をすることが難しい。 18 .行動を始める手がかりを自発的に見つけることが難しい。 19 .目的に対し効果的な行動を取ることが難しい。 0% 20% 40% 60% 80% 100% 「問題解決能力」の領域 64% 18% 8% 10% 52% 18% 16% 14% 52% 18% 12% 18% 4 4% 16% 22% 18% 38% 20% 28% 14% 24 .話の焦点がずれる。 21 .他者との交流をもつことが難しい。 25 .場の状況に相応しい発言をすることが難しい。 22 .他者の表情や動きから人の気持ちを汲み取ることが難しい。 23 .相手の側に立った考え方をすることが難しい。 0% 20% 40% 60% 80% 100% 「コミュニケーション」の領域 58% 26% 8% 8% 28% 56% 6% 10% 40% 30% 4% 26% 22% 16% 16% 46% 8% 24% 14 % 54% 29 .状況に適した行動がとれない。 30 .援助者等に過度に依存する傾向がある。 26 .社会的ルールに則った行動が難しい。 27 .感情のコントロールが難しい。 28 .衝動のコントロールが難しい。 0% 20% 40% 60% 80% 100% 「行動と情緒」の領域 ①経験あり・方策あり群 ②経験なし・方策あり群 ③経験あり・方策なし群 ④経験なし・方策なし群 図2接触経験と支援方策のクロス集計結果(n=50) (3) 支援する際に活用している方法 (少ない) ことやあったとしても認知機能障害と 報告(2 )の個別事例に実施した支援方法とは いう観点で利用者の支援を実施できる体制や連携 別に、全般的な傾向を見るため、認知機能障害者 の不足に言及する内容が多く見られた。 を支援する際にカウンセラーが活用している支援 方法について尋ねた( 図3)。支援方法19 項目中 5 考察とまとめ 13 項目において、50% 以上のカウンセラーが「活 3ヶ月の短期間であったこと、カウンセラーが 用しており、有効である」と回答しており、「問 推察したこと等条件のある調査であったが、地域 題は残るが活用している」も併せると、全ての項 センターにおける認知機能障害者の実態として、 目において、80% 以上のカウンセラーがこれらを 新規利用者全体の約4 割を占めていること、認知 活用して支援していた。 機能障害の状況も多岐にわたっていることが明ら かとなった。また、経験年数のあるカウンセラー (4) 支援する際の困難性 は、一定程度の経験と支援方策を有して対応し、 認知機能障害者を支援する際、どのような困難 共通する支援方法があることが分かったが、認知 を感じているか、これまでの経験に基づいて尋ね 機能障害者の特性によるものや社会資源の不足な た。「非常に困難を感じる」と「困難を感じる」 ど支援の困難性も判明した。 を併せると、“1. 利用者の主体性を育てる方向に これまで、認知機能障害の観点から就労支援の 支援を進めること”(78.0%) 、“3. 利用者の認識 実態を調査したことはなかったが、カウンセラー に沿った対応をすること”(54.0%) 、“2. 気づき は、関係機関との連携が十分に行える環境が整っ や感情を利用者と共有すること”(50.0%) 、“10. ているとは言えない中で、利用者個々人の多岐に 地域の社会資源を有効活用すること” (50.0%) の わたる認知機能障害の状況に応じて、きめ細かな 4 項目について、半数以上のカウンセラーが困難 対応を行わなければならず、支援のあり方はこれ を感じていた。このうち、上位3 つに関しては、 まで以上に複雑かつ難しくなっていると考えるの 認知機能障害者の“認知”に起因しており、対応 が妥当であろう。実際の支援における状況につい の難しさが現れたと思われる。 ては、次の報告(2) で述べる。 また、「非常に困難を感じる」だけを見ると、 “10. 地域の社会資源を有効活用すること”が最 も多く(12.0%) 、自由記述では、社会資源がない 0% 20% 40% 60% 80% 100% 18 .所内でケースに関する打ち合わせの場を持つ。 12.利用者と共同で目標を立てる。 5. 相談場面で扱われる情報を視覚的に提示する。 19.関係機関とのケース相談・会議を行う。 15.利用者の支援の進捗に応じた取り組むべき課題(例:履歴書を作成する等)を与える。 10 .利用者の状況に応じて、取り扱う支援内容の優先順位を決める。 13.支援者と利用者の役割を確認する。 1.利用者に状況や進捗をチェックリスト等でチェックしてもらう。 14 .カウンセラーの提示した選択肢の中から利用者自身に選んでもらう。 11.情報収集のためにインターネットや文献の検索を行う。 16.利用者の経験や考えについて、新たな解釈や意味づけを共に検討する。 3.支援機関の見学・体験に参加してもらう。 4.客観的なデータを基に、支援者の見立てを伝える。 17.集団場面を利用して利用者自身の現状を確認してもらう。 6.利用者にとって参考になりそうな先行事例を紹介する。 9. 利用者のモチベーションを維持するために情緒的サポートを行う。 2.利用者に現在の状況や進捗を文書にまとめてもらう。 8. 利用者が希望する、必ずしも適当でないチャレンジも許容して待つ。 7.他者の立場から自分を見つめるように働きかける。 活用しており、有効である 問題は残るが活用している 必要性はあるが活用していない 必要性はない 図3認知機能障害者に対して活用している支援方法(n=50) 認知機能に障害がある利用者に対する就労支援の 現状に関するアンケート調査(2) −支援事例から− ○中村 梨辺果(障害者職業総合センター障害者支援部門 研究員) 内田 典子 (障害者職業総合センター障害者支援部門) 1 はじめに 本報告は、地域障害者職業センターの障害者職業カウンセラー(以下「カウンセラー」という。)に対し実施した「認知機能に障害がある利用者に対する就労支援の現状に関するアンケート調査」における支援事例を取りまとめたものである。支援事例は84例であった。以下では、認知機能障害者に対して特にアプローチされた課題とその改善状況、ならびに、支援事例より抽出された支援手法を中心に報告する。 2 支援事例の概要 (1)障害状況 障害者手帳の有無と診断名の組み合わせのうち、診断名を優先に次の4つの障害群に分類した(3例の知的障害を除く計84事例)。構成比を表1に示す。 表1障害群の構成比 n=84 高次脳機能障害 21.4% 発達障害 38.1% 精神障害(手帳あり) 28.6% 精神障害(手帳なし) 11.9% (2)認知機能障害の重複状況 「記憶」、「注意」、「思考」、「問題解決」、「コミュニケーション」、「行動と情緒」の計6つの認知機能領域における障害の重複について、図1に示す。障害領域数が1つの事例は少なく、領域数を4つ重複する事例が最多であった。このことから、認知機能障害を多岐にわたって重複する対象者を支援している実態が分かった。 0% 20% 40% 60% 80% 100% 高次脳機能障害 発達障害 精神障害(手帳あり) 精神障害(手帳なし) 領域1つ 領域2つ 領域3つ 領域4つ 領域5つ 領域6つ 図1認知機能障害の重複状況 (3)認知機能障害を有する領域とアプローチした領域 図2に、認知機能障害を有する領域(グラフ実線)、課題の改善に向けてアプローチした領域(グラフ点線)を示す。2つの線が近似している領域は、障害を有する対象者に対し、アプローチした割合が高い領域である。この割合が概ね7割以上の領域名には下線を入れて示した(以下では、これらの領域を「高アプローチ領域」と呼ぶ)。この図から、障害群によって、高アプローチ領域が異なることが分かる。 次項3では、この高アプローチ領域における具体的な支援の内容について言及していく。 高次脳機能障害記憶 発達障害n=32記憶 n=18 行動と情緒 注意行動と情緒 注意 コミュニケーション 思考コミュニケーション 思考 問題解決 問題解決 問題解決 精神障害 精神障害 (手帳あり)n=24 記憶  (手帳なし)n=10 記憶行動と情緒 注意行動と情緒 注意 コミュニケーション 思考 コミュニケーション 思考 コミュニケーショ 問題解決 問題解決 認知機能障害を有する割合アプローチした割合 図2認知機能障害を有する割合とアプローチ割合 3 高アプローチ領域における課題の改善状況 6つの認知機能領域の下位項目として、各々5つ、計30の具体的な状態像を設定(発表(1)参照)し、「課題の軽減に向けてアプローチした項目」、「アプローチ後に改善が見られた項目」を聞いた。以下では、その障害群において最もアプローチされた状態像を「高アプローチ項目」、改善が見られた割合が概ね70%以上の状態像を「高改善項目」と呼び、これらの項目を中心に領域ごとの特徴的な点について述べる。なお、項目詳細グラフはポスターにて掲載する。 (1)「記憶」の領域 同領域は、高次脳機能障害では8割超、精神障害(手帳あり)では約3割に障害が認められ、2群ともに、「高アプローチ領域」として扱われていた(図2、下線入り領域名を参照)。この2群における、高アプローチ項目は、高次脳機能障害における「1.覚えられない」、「2.思い出せない」、精神障害(手帳あり)における「3.同じ事を何度も言ったり尋ねたりする」であった。このうち、高次脳機能障害における前述の項目2は高改善項目となっていた(90%)。 また、高アプローチ項目以外で高改善項目となったもの(以下「その他高改善項目」という。)には、2群共に 4.自分の記憶力の低下に気づけない」(記載順に80%、100%)等があった。 (2)「注意」の領域 同領域は、高次脳機能障害では8割超、その他3群では3割超に障害が認められた領域であるが、そのうち、「高アプローチ領域」として扱われたのは、高次脳機能障害、発達障害の2群のみである。この2群における高アプローチ項目は、共通して「6.注意の集中や持続が難しい」であった。この項目は、2群ともに高改善項目となっていた(記載順に75%、66.7%)。 その他高改善項目には、高次脳機能障害における「7.注意を一つのことから他のことへと転換することが難しい」(100%)があった。 他方、上記以外の項目は、対象者を絞ってアプローチしたとしても改善されにくく、アプローチの難しさが示唆された。 (3)「思考」の領域 同領域は、発達障害、精神障害(手帳あり)、精神障害(手帳なし)の3群における「高アプローチ領域」である。この3群における高アプローチ項目は、共通して「12.物事の解釈の仕方に特異性がある」であった。このうち、高改善項目となったのは、精神障害(手帳なし)のみ(85.7%)であった。 その他高改善項目には、発達障害ならびに精神障害(手帳なし)における「13.指摘や助言等を受入れることが難しい」及び「15.自らの状況をモニターすることが難しい」(共に100%)があった。記載した障害群に対するこの3項目(12、13、15)は、カウンセラーのノウハウが比較的蓄積され改善を引出し得る項目であると推察される。 (4)「問題解決能力」の領域 同領域は、高次脳機能障害、発達障害、精神障害(手帳あり)の3群における「高アプローチ領域」である。3群における高アプローチ項目は、共通して「17.問題解決のための行動の計画・段取りが難しい」であった。このうち、高改善項目となったのは、高次脳機能障害だけであった(66.7%)であった。 その他高改善項目には、発達障害における「16.目的に応じた有益な情報の整理や順序づけが難しい」 (77.8%)、精神障害(手帳なし)における項目17(前掲、75%)、発達障害及び精神障害(手帳なし)における「19.目的に対し効果的な行動を取ることが難しい」(記載順に66.7%、100%)であった。 同領域には他にも6割前後に改善を見た項目が多く、一定程度ノウハウが蓄積されている可能性がある。他方、高次脳機能障害では、他群とは対照的に「19.目的に対し効果的な行動を取ることが難しい」の改善が見られず、この取り組みが特に難しいことが示唆された。 (5)「コミュニケーション」の領域 同領域は、精神障害(手帳なし)における「高アプローチ領域」である。高アプローチ項目は、「23.相手の側に立った考え方をすることが難しい」であった。この項目は、同群における高改善項目となっていた(80%)。 その他高改善項目には、発達障害における「21.他者との交流をもつことが難しい」(75%)、高次脳機能障害における「22.他者の表情や動きから人の気持ちを汲み取ることが難しい」(100%)、発達障害及び精神障害(手帳なし)における「24. 話の焦点がずれる」(共に100%)等があった。 (6)「行動と情緒」の領域 同領域は、発達障害、精神障害(手帳あり)の2群における「高アプローチ領域」である。高アプローチ項目は、精神障害(手帳あり)における「27.感情のコントロールが難しい」、発達障害における「29.状況に適した行動がとれない」であった。このうち、高改善項目となったのは、発達障害の項目29(66.7%)であった。その他高改善項目には、発達障害における「26.社会的ルールに則った行動が難しい」(80%)、高次脳機能障害、発達障害及び精神障害(手帳なし)における「27.感情のコントロールが難しい」(記載順に100%、66.7%、100%)等があった。 なお、高次脳機能障害、精神障害(手帳なし)では、項目27に見られるように、アプローチされた人に関しては高い改善を見ているものの、アプローチされなかった人が過半数いた。可能性として、これらの人の「行動と情緒」の課題が、他の課題にアプローチする中で落ち着いてくる性質のものであった、短期的な改善が望みづらくアプローチ対象とならなかった、或いは、他に優先する課題があった等の理由が考えられるが、検討が必要であろう。 4 支援手法の概要 (1)支援手法の内容と詳細分布 カウンセラーの支援ノウハウを抽出する目的で、支援事例の自由記述(「いつ」「どんな目的・意図で」「ど の様なツール・手法を」「どの様に使ったか」)を分析し された。更に、この312 の支援方法をKJ 法により、5領 た。その結果、84 事例から合計312 の支援手法が抽出 域23 手法に分類した。23 手法の分布を図3 に示す。 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 1 新たな視点を増やす 2 複数の視点を比較照合する 3 集団活用による自己相対化の機会提供 4 要素間の関連・解釈を助ける 5 見通しを示す(予定、先行事例) 現状理解 6 状況の整理を手伝う 支える仕組自己有用性自己対処自己評価 7 困り感にアプローチする 8 今起こっていることを題材にする 9 本人の理解レベルに合わせる 10 内的過程を取扱い可能な形に外在化 11 アイテムを活用した自己観察の導入 12 自他の視点をすり合せる課題を出す 13 全体を総括する課題を出す 14 自ら目標をたててもらう 15 自律化移行の契機を助ける 16 自律化移行の演習を促す 17 できることを取り上げて伸ばす 18 有用感を感じられる設定を取入れる 19 努力するメリットを感じてもらう 20 肯定される感覚を感じてもらう 21 否定的自己評価の軽減に働きかける 22 人的環境調整を行う 23 物理的環境調整を行う 高次脳機能障害(n=18) 発達障害(n=32) 精神障害(手帳あり)(n=24) 精神障害(手帳なし)(n=10) 図323支援手法(詳細)の分布 (2)支援手法の領域別分布 図4に、講じられた支援手法を、5つの手法領域の比率によって示す。23支援手法(図3)も勘案しつつ、障害群別に支援事例の特徴的な点を述べる。 0% 20% 40% 60% 80% 100% 高次脳機能障害発達障害精神障害(手帳あり)精神障害(手帳なし) A「現状理解」 B「自己評価」 C「自己対処」 D「自己有用性」 E「支える仕組み」 高次脳機能障害:n=67、発達障害:n=124、精神障害(手帳あり):n=83、精神障害(手帳なし):n=38 高次脳機能障害:n=67、発達障害:n=124、精神障害(手帳あり):n=83、精神障害(手帳なし):n=38 一人あたり平均手法数( 上記障害順に、3.7手法、3.9手法、3.5手法、3.8手法 ) 図4支援手法(領域別)の分布 a 高次脳機能障害の事例 当群では、手法領域「A現状理解」の割合は4群中最小、「D自己有用性」、「E支える仕組み」は最大(共に1人当たり0.4手法)だった。 当群は、「記憶」や「注意」の課題項目に対し、同時に複数のアプローチを要する事例が多く、障害補完行動の導入が積極的に行われる群である。障害補完行動の自律化に向けた反復練習の過程を支える上では、対象者がうまく出来ない現実に遭遇することもあり、「19努力するメリット」を感じられるように配慮することや、対象者を取り巻くキーパーソンと課題や方針を共有する等の「22人的環境の整備」の手法が4群中最大の割合で組み合わされていることが分かった。b 発達障害の事例 当群は、手法領域「A現状理解」の割合が4群中最大であり(1人当たり1.9手法)、同領域の10手法を全て講じている唯一の群である。当群は、「コミュニケーション」に関する認知機能障害を約8割に認めながら、実際のアプローチ割合は4割台に留まり、コミュニケーション上の課題・特徴を踏まえつつ支援がなされている状況が示唆されている(図2参照)。これらの条件が、現状理解促進の困難性を高くしている可能性があり、カウンセラーは手法領域「A現状理解」から手法を多く組み合わせる必要に迫られているものと推察できる。c 精神障害者(手帳あり)の事例 当群は、手法領域B「自己評価」の割合が4群中最大だった(1人当たり0.75手法)。同領域の詳細を見ると、手法「12自他の視点をすり合わせる課題を出す」が4群中最大の割合で組み合わされていた。 また、手法領域「A現状理解」の詳細を見ると、手法「1視点を増やす」と「6状況の整理」の割合が4群中最大であった。この様な、状況を検討しやすい形に整理し、見方を拡げる支援を組み合わせることは、前述の「自己評価」のスキル向上を進める上でも、意味を持つと考えられる。 当群は、4群中でも認知機能領域「問題解決」ならびに「行動と情緒」の障害を有する割合が高く、この領域へのアプローチを積極的に行っている群である(図2参照)。特に「問題解決」の領域では、同時に3つ、4つと多数の課題項目にアプローチを要する対象者が多いことも分かっている(詳細、ポスターにより掲載)。 この様に、「問題解決」や「行動と情緒」の特徴をもちやすい群への支援では、行動と情緒面の問題行動に発展することを予防する上でも、上述の3手法(12、1、6)が意味を持つものと推察される。 d 精神障害者(手帳なし)の事例 当群は、手法領域「C自己対処」の割合が4群中最大だった(1人当たり1.4手法)。反対に、手法領域「B自己評価」と「E支える仕組み」は4群中最小だった。 手法領域「C自己対処」の詳細を見ると、特に、手法「15自律化移行の契機を助ける」が4群中最大だった。これは、他の3群が手法「10外在化する」を最大としていたこととの大きな相違である。 また、手法領域「A現実検討」の詳細を見ると、手法「4要素間の関連付けによる状況の解釈を助ける」が4群中最大だった。 当群は気分障害と社会性不安障害から成り、9割がリワーク支援受講者である。また、「物事の解釈の仕方の特異性」(領域「思考」)や「相手の側に立った考え方」(領域「コミュニケーション」)の項目を扱い、かつその改善を見た割合が特に高い群であった。この様な群に対しては、手法4(前掲)のような、物事の解釈の幅を拡げる支援が意味を持つのではないかと推測される。こうした支援の導入後は、「自己対処」へのスムースな移行に支援のポイントがあり、その際には、対処行動の手がかりの提示、行動計画を共に考える、成功可能なレベルの課題を設定する等の初期の負荷を下げる支援(前掲、手法15)が意味を持つものと推察される。 5 考察とまとめ 今回提供された事例の分析を通して分かったことの概要は次のとおりである。①認知機能領域を重複して障害を有する対象者が相当数存在する。②一つの認知機能領域でも、課題となる項目が複数ある対象者が相当数存在する。③このように認知機能障害が重複する中で、重点的に働きかけの対象とされる領域が障害群ごとにある(高アプローチ領域)。④高アプローチ領域における高アプローチ項目が、高改善項目となった割合は5割だった。このことからも、認知機能障害者に対する支援の難しさが示唆された。⑤支援手法として5領域23手法が抽出され、用いられる手法比率は障害群ごとに細かな差異をもつことが分かった。上述④の成果にこれらの手法が一定の効果をもたらしている可能性が示唆された。⑥他方、特定の認知機能に対する手法の組み合わせを検出することは出来ず、多数のバリエーションが認められた。これらのことから、認知機能障害者に対する支援とはパタン化が難しく、対象者の障害程度や他の課題との兼ね合いの中で優先順位を意識し手法を組み合わせるノウハウが求められることが明らかになった。 本研究では、アンケート調査に加え、経験年数の高いカウンセラーからのヒアリング調査も行った。これらの調査から得られた知見に基づき、支援者が認知機能障害者の相談を進める際の一助として「相談補助シート(仮称)」を作成し、現在試行を行っている。この試行結果についても今後取りまとめていく予定である。 高次脳機能障がい者への就労支援−高次脳機能障がいの理解への取り組み− ○泉 忠彦(神奈川リハビリテーション病院職能科 職業指導員) 中村 憲一・飯塚 治樹・千葉 純子・大家 久明・山本 和夫・今野 政美・松元 健・岩本 綾乃・ 椎野 順一・青木 重陽(神奈川リハビリテーション病院) (表2)、通院プログラム(表3)、職業準備学習、 1 はじめに 阿部1)は高次脳機能障がい者の就労支援の特徴として障害特性の影響とともに、職業上の課題として①職務遂行上の課題、②職務遂行の課題を挙げている。これらへの対処方法としては、①高次脳機能障がい者本人に働きかけ、自覚を促すこと、 ②仕事がうまく遂行できるように環境を調整する方法を指摘している。また、先崎2)は就労が成功する要因の一つとして自分の行っていることがどのように周囲に波及しているのかの認識が必要であると述べている。高次脳機能障がい者が就労あるいは復職する際には高次脳機能障がいに対する認識を持つことが重要である。 神奈川リハビリテーション病院(以下「当病院」という。)職能科では、就労支援を進める際には高次脳機能障がいを客観的に「知ること」、障害に対する「気づき」が深まるような支援を行い、症状や障害に振り回されないような新たな行動を「身に付ける」環境を整えるように努めている。今回は就労支援の中での高次脳機能障がいへの理解に焦点を当て、職能科の取り組みについて報告する。 2 職能科の就労支援プログラム 図1作業訓練における認知リハビリテーション 職能科では図1に示すように、リハビリテーション専門医の診断や神経心理学的評価の結果を基に訓練を通して高次脳機能障がいの仕事への影響を認識できるようにプログラムを組み立てている。 職能科では、評価・個別訓練(表1)、集団訓練職場内リハビリテーションを行い、評価や訓練の結果をフィードバックしながら高次脳機能障がいの理解促進への支援を行っている。 表1評価と個別訓練の課題 表2集団訓練の課題 個別・集団訓練の結果は面談を通してフィードバックを行う。集団訓練では利用者が課題の遂行の検討や競争、協議、協調などを通してお互いの高次脳機能障がいを知り、自分自身の障がいの理解を深める支援も行っている。 表3通院プログラム 通院プログラムは職能科だけでなく他リハスタッフもセッションを行う。職能科では会社の新人研修を受けるというセッションを行う。 職場内リハビリテーションは事業所の中でリハビリテーションを実施するもので、特に復職先での利用が多い。この目的は①本人の高次脳機能障がいの理解、②家族の高次脳機能障がいの理解である。復職先で実施する場合には復職先が本人の障がい特性を理解する機会にもなっている。 職能科での訓練は、初回の評価終了後、個別訓練、集団訓練、職場内リハビリテーション、通院プログラムを組み合わせて支援計画を作成する。個別訓練結果のフィードバックから職場内リハビリテーションでのリアルフィードバックを通して、高次脳機能障がい理解へアプローチを進めている。 3 事例の紹介 〇女性、20代。 〇交通事故によるびまん性軸索損傷。保存的に治 療、事故10日後に意識回復。 〇受傷4ヶ月後 身体機能⇒軽度の左片麻痺、耐久性低下。 高次脳機能障がい⇒注意障害、発動性の低下、 易怒性、注意の維持が難しい。 〇受傷時の職業 受付〇職能科訓練 受傷1ヵ月半後に開始 3か月間の当病院入院期間中は個別訓練を実施した。受傷4ヵ月後外来通院での職能科訓練を開始。身体的耐久力が低下していること、易疲労性があることなどから3ヶ月間は通院に家族が付き添い、週に1回の頻度で個別訓練を実施した。通院の自立度を上げる目的があった。 受傷8ヵ月後(外来訓練開始3ヵ月後)、単独での通院が可能となり、週2回の訓練を開始した。 受傷10か月後本人の復職への希望が強いこと、会社側も柔軟に対応が可能であったことから、隔日出勤、5時間労働で復職(新たな雇用契約)した。しかし、復職3ヵ月後、計算力低下にともなう帳尻合わせや、業務遂行に対する指摘にイライラ感が募り、人間関係が悪くなり、再休職した。 休職に際し、受傷以前と比べイライラ感があることは理解したものの、ストレスが溜まった時の職場での行動が対人関係を悪くすることまでは気づいてはいなかった。当初は退職する際の事業所からの指摘に対しては否定的であったが、実際の行動などをフィードバックすることで徐々に自身の高次脳機能障がいの仕事への影響を理解するようになっていった。受傷1年4ヵ月後、障害の理解を深めるために通院プログラムに参加した。通院プログラム終了後は個別・集団プログラムを実施した。受傷2年後、本人は会社を正式に退職し、社会保障制度と支援を受けながら就職を目指すことを決めた。 受傷2年4ヵ月後、新規就労を果たし、現在も継続している。 4 考察 紹介した事例以外の実践を踏まえて考察した。紹介した事例は、自身の高次脳機能障がいについて話すことはできていたが、具体的に仕事に際してどのような影響があるのか、実体験をしていなかった。単独での通院自立、個別訓錬から支援を開始し、集団訓練を行った。通院では耐久力の低さを体験した。個別訓練ではMWSなどを活用し結果をその場でフィードバックした。集団訓練では他者からの指摘や注意などを経験、また、他者の高次脳機能障がいを模擬職場で体感した。復職する前までは知識としての理解であったが、復職に失敗したことで、本人は実体験の中であらためて理解を深めることになった。通院プログラムでは、これまでの経験をまとめ、高次脳機能障がいの理解を深める機会であったと思われる。 職能科では高次脳機能障がい理解の度合いについて数字の評価や統計的な処理を行っていない。しかし、個別訓錬、集団訓練などの単一の訓練プログラムだけではなく徐々に現実的な職業体験への準備をしながら、高次脳機能障がいの理解を促す手法は効果的ではないかと考えている。他の事例では個別訓錬、職場内リハビリテーション、個別・集団訓錬、再度の職場内リハビリテーションを経て高次脳機能障がいの理解を深め、配置転換に応じて復職した人もいる。このように、単に個別・集団訓錬だけのフィードバックだけではなく、個々の障がい特性に合わせた支援プログラムを組み立て、職場内リハビリテーションなどの現実検討が可能な要素を入れることが、就労支援に向けた高次脳機能障がいの理解につながると考える。 今後は事例を重ねながら、個別から集団、また、職場内リハビリテーションへの移行展開する目安作り、数値的な処理などを検討したい。 【引用文献】 1)阿部順子:職業リハビリテーション学、p.331-333,協同医書出版 (2006) 2)先崎章:高次脳機能障害精神医学・心理学対応ポケットマニュ アル、p.107-117,医歯薬出版 高次脳機能障害を呈した事例に対する復職後の支援について−医療機関と職場との連携により問題が明確化された一事例を通して− ○木伏 結(亀田クリニックリハビリテーション室 言語聴覚士) 二ノ形 恵(亀田クリニック)・佐藤 杏・佐々木 祐介(亀田総合病院) 1 はじめに 高次脳機能障害者への支援については、「本人が支援の必要性を認識する為の支援が重要となる」とも言われているように、本人が自身の問題点や支援の必要性について十分に認識出来ていない場合が多い。阿部1)によると高次脳機能障害支援モデル事業では、病識欠落が60%に認められたという。 今回、発症後5年、復職後4年が経過する事例を対象に復職後の支援を行う機会を得たが、本事例についても本人から職場での問題点等についての訴えはなく、医療者が職場と情報交換を行い、職場訪問を実施した事で新たな介入の必要性が明らかとなった。 今回の経験から、高次脳機能障害者への支援の難しさと、職場との継続的な連携の必要性を感じたので、考察を含め報告する。 2 事例紹介 45歳男性 診断名:再発性脳炎 社会背景:発症前は半導体の工場で製造業務を行っていた。3度目の脳炎発症から1年半後の2006年より同社清掃業務へ配置転換し復職。就労形態は正規雇用。身体障害者手帳、精神障害者保健福祉手帳は未申請。 3 神経心理学的検査 知能:WAIS-R 全IQ 98VIQ 99 PIQ 98 記憶:WMS-R言語性指標84視覚性指標111 一般的記憶90 注意集中102 遅延再生105 注意:CAT全項目cut offはなんとか超える 前頭葉:BADS得点20/24(区分平均) WCST CA 5 PEN 4 DMS0 ※検査結果上は健常者平均に近い値がとれるものの、検査実施時の様子や、より複雑な課題場面をみると、注意配分性の低下(同時処理障害)や遂行機能障害を認める。 4 経過 (1)問題への気付き 本事例は復職後4年が経過していたが、月1回の医師の診察に合わせ言語聴覚士(以下「ST」という。)によるリハビリを継続していた。リハビリの課題場面では、高次脳機能障害の影響として、優先順位を考慮しうまく計画が立てられない、自己の行動に対するモニタリングが不十分、方法の分からない課題でも自己流に進める、報告・相談は手がかりや促しがないと出来ない等の様子がみられていた。しかし職場での状況を聞くと「仕事はうまく出来ている。特に問題はない。」との発言が多かった。 2010年4月に上司が変わり、自身一人で全てを決めて作業を行うようになると、「誰に報告をして良いか分からない。」、「自分の作業内容が正しいのかはよく分からない。」等の発言が聞かれるようになった。しかし、上記についての不安や、問題を感じている様子はなく、「よく分からないけど、自分で好きなように楽しくやっているから。」との反応であった。 STは以前から、職場で障害の影響による問題が生じているのではないかと感じていたものの、本人からも職場側からも問題が挙がってこなかったこともあり、介入を決断するには至らなかった。しかし「上司が変わった」という環境の変化と、それによる本人の反応から職場への介入の必要性を強く感じるようになった。 (2)職場訪問へ 同時期、当院が千葉県高次脳機能障害支援普及事業地域支援拠点機関に指定され、本事例も支援対象となった。これにより診療報酬の枠内では難しかった医療スタッフの職場訪問が可能となった。そして、復職時に本事例に関わっていた医療ソーシャルワーカーとも連携し、本人への説明、職場への連絡調整を行い2010年8月実施に至った。 (3)支援概要リッカート尺度にて評価を行った。このアンケー 職場訪問の実施前は、本人と職場側にアンケートでは、本人と職場側の評価に乖離があり、本人トを行い、双方に業務に関する認識確認を行った。の自己評価が高く、職場側の評価が低いという結内容は「業務内容」「時間管理」「人・環境」に果であった(表1参照)。分類される計13項目について、それぞれ5段階の 職場訪問当日はSTと医療ソーシャルワーカーが訪問し、職場上司4名と情報交換を行い、今後の対応について話し合った。また、実際の業務場面を見学し仕事内容や職場環境等を確認した。 実際に職場上司と情報交換を行う中で、「指摘された誤りを繰り返す」、「効率よく仕事をこなせていない」、「スケジュール管理が出来ない」、「必要な報告が出来ない」等、次々と問題点が明らかとなった。さらにそのような状況が解決されずに続いていた為、徐々に仕事内容も減らされていたという経緯もあった。職場側は、復職時に病院で説明を受け「障害がある」ということは把握していたものの、どこまでが障害の影響なのか、やる気がないだけではないか等、高次脳機能障害と実際の行動とを結び付けて捉えることは難しい様子であった。 5 考察 (1)支援の難しさ 高次脳機能障害により障害認識が十分でない事例の場合、本人が自身の能力や問題点を明確に把握出来ていないことが多い。その為、支援が必要な状況であっても、本人から支援を求めてくることは少ない。 一方で、職場側にとっても分かりにくい障害である為、問題が顕著でない場合や、障害の影響であるのか判断しにくい場合、相談のきっかけが掴みづらいようである。特に本事例については知能検査の値も高く、出来ることと出来ないことが分かり難い。例えば、パソコンで表を作成することが出来るのに、計画書を作成し提出するよう何度言われてもそれが出来なかった。その原因は遂行機能障害により、計画書に必要な情報が何かを判断できず、またどんな順で書いたら良いのかも分からない事であった。重ねて「分からない」ということを自ら相談出来ない為、実行することが難しかった。しかし、上司としては相談がなければ状況を把握出来ず「何度言っても出来ない」「怠けているのでは」と受け止め、対応に苦慮した結果、仕事を任せることを諦めてしまった。このようにして問題が適切に解決されないまま少しずつ蓄積され、仕事内容も減らされていったのではないかと推測された。幸い、今回の会社は本人の出来る範囲のものを工夫し対応していたが、求められる仕事が出来ない、仕事量が確保出来ない、さらに「やる気がないのでは」という評価が続けば、離職等に繋がっていた可能性もある。 (2)職場との継続的な連携の必要性 本人からうまく支援を要請することが出来ず、職場側から専門職への相談にも繋がりにくい現状を見ると、支援をする側が復職後も定期的に相談や話し合いの機会を設け、現状を細かく確認していく必要性がある。 本事例についても、本人や職場側からの発信は無かったものの、継続的に本人に関わっていたSTが職場訪問を提案したことで問題が明確化した。 また、専門職が介入し障害特性にあわせた対応を提示することで、問題が大きくなる前に解決できることも多い。今回も、職場訪問後、リハビリ場面で実際に本人と計画書を一緒に作成しどこで躓いているのかを確認したり、より具体的な流れで対応方法を提示したりすること(相談に関しては、誰に、いつ、どのように相談したら良いのか等)で、生じていた問題が解決へ向かいつつある。このように専門職が復職後も継続的に職場と連携し、障害特性に応じた対応策を考えていくことで、離職や解雇等の結果に発展することを防ぐことも可能と思われる。 さらに、定期的に専門職が関わり、現在生じている問題点を常に把握しておくことで、本人へのアプローチもより有用なものになると考える。特に高次脳機能障害のリハビリのキーワードともなっている「障害認識を高めていく」という点については、専門職が、職場で実際に起こっている問題と病態を結びつけながら適切なフィードバックを行っていくことが効果的である。「障害認識は全く気付いていないレベルから知的な気付きのレベルを経て、体験の積み重ねによる体験的な気付きの段階へと促進する」と、言われている。「体験的な気付き」の段階に達するには、実際の問題につきあたった時に適切なフィードバックが行われ、そのような体験を重ねるなかで、代償手段の必要性に気付き活用に至るのではないかと思う。 本事例についても、職場訪問で明確になった問題点について、STが具体的にフィードバックを行い、解決方法を共に考えるなかで「自分はここが出来ていなかった」という発言が聞かれるようになった。今後このようなフィードバックと対応方法の検討を重ねる中で障害認識も促すことが出来るのではないかと考えている。 このように、現実に生じている問題に対し常に適切なフィードバックがなされるためにも、継続的に専門職が関わっていくことが必要である。 6 今後の課題 本事例を通し、復職が支援のゴールではなく、その後も継続的に職場との連携を保つことの必要性を強く感じた。しかし今後の課題として、いつまで介入を継続していくべきか、定期的な支援終了のタイミングをどのように見極めるか等、課題は多く残されており検討が必要である。 また、高次脳機能障害者本人、家族、職場への途切れない支援を実現する為に、様々な関係機関とどのように連携しいていけば良いか等、事例を重ねながらよりよい連携の仕組みを考えていきたい。 【引用文献】1)阿部順子:障害認識と職業生活の質、「職業リハビリテーションVOL.21 NO.2」、p.41-42、2008 【参考文献】 1)橋本圭司:就労支援に向けたリハ医療介入、「JOURNAL OFCLINICAL REHABILITATION VOL.14 N0.4 」p.326-332 、2005 2)田谷勝夫:高次脳機能障害者の就労支援-リハビリテーション医療機関へのアンケート調査より-、「リハビリテーション医学VOL.43」p.268、2006 3)倉持昇他:脳血管障害による高次脳機能障害に対する就労支援とその効果「作業療法VOL.26」p.305、2007 4)崎原妙子:高次脳機能障害者の就労支援-途切れない支援をするための連携づくりと支援力向上を目指して-、「職業リハビリテーションVOL.19 NO.2」、p.21-22、2006 5)障害者職業総合センター:高次脳機能障害者の就労支援-障害者職業センターの利用状況および医療機関との連携の現状と課題-「調査研究報告書No.63」、2004 6)障害者職業総合センター:地域関係機関の就労支援を支える情報支援のあり方に関する研究「調査研究報告書No.89」、2009 7)中島八十一・寺島彰:高次脳機能障害ハンドブック、医学書院、2006 高次脳機能障害者における「就労・復職支援アルゴリズム」の試作 −急性期病院の視点から− ○平松 孝文(財団法人操風会 岡山旭東病院 作業療法士) 野間 博光・酒井 英顕・船津 友里(財団法人操風会 岡山旭東病院) 1 はじめに 高次脳機能障害者が『就労・復職』をする場合、まだ医療−福祉の支援体制が整っていないのが現状である。表面的には捉えづらい高次脳機能障害者への『就労・復職支援』は、その時の時代背景・対象者の生活背景・職場環境が多岐に渡っていることからも、セラピストのみならず高次能機能障害者を取り巻く人々の認識や、計画的な支援体制の整備が求められる。そのようなニーズから急性期病院である当院において過去の経験をもとに、ある指標を試作した。高次脳機能障害をターゲットとした「就労復職支援アルゴリズム」である。今回試作に至った経緯から高次脳機能障害者における「就労・復職」必要な視点について考察する。 2 アルゴリズムを作成するに至った経緯 対象者の障害の程度や残存能力・対象者を取り巻く職場環境は多岐に渡っていることにより、セラピストとしては「どう関わりを持てばいいか?」「雇用者側とコンタクトを取るタイミングはいつがいいか?」「就労・復職するならどのタイミングですればいいか?」又、景気の低迷により就職難である時代背景から『就労・復職』は、よりシビアな時代であり、表面的にも捉えづらい高次脳機能障害を「本人・家族及び雇用者側」如何なる認識を抱いているのか」、又、アプローチを行うにあたって「雇用主にどう伝えるのか?」・「どの程度伝えるべきなのか?」など対象者の症状・職場環境・仕事感によって復職におけるポイントはそれぞれ異なっており、担当セラピストの経験・知識によっても関わり方・考え方が異なっている。 その事から、作業療法士(以下「OT」という。)として『何に着目するべきか、又、どのような段階付けた介入』が必要になってくるのか、今までの経験を基に『発症〜復職〜復職後の支援』までのアルゴリズムの試作に至った。 3 アルゴリズム作成におけるポイント (1)一律な対象者の選定 以下全てに該当するケースに一律介入 ①脳卒中・頭部外②18 歳以上③作業療法実施者 (2) 「就労・復職」の前段階である「ADL/IADL」の自立度予測・屋内生活及び退院後のIADL(金銭管理・時間管理・交通機関の利用など)について ①リハ開始1 週間以内に「ADL における自立度予測」 ⇒ 当院から直接退院か転院かの予測(最終的な結論は、家族背景や各種ニーズなども含め、2週間時点での方針決定が目途) ②IADL の自立度予測も加味して、入院期間中に行うべき内容のイメージ化 ③直接退院群・転院群による復職介入のスタンスを整備 (3) 本人・家族視点 ①ニーズや意向の確認:(対象者・家族)(対象者−療法士間) ②聴取時機・方策:状況に即した聴取方策 (4) 雇用側との接触 ①意向の確認:意向内容・受け皿体制の聴取 ②コンタクト:時機・方策・情報提示方策 (5) 外部機関との連携 ①高次脳機能障害支援コーディネーター・障害者職業センター・職業リハビリテーションセンター・作業所・その他などとの連携 ②求める内容 (6) 就労前・後におけるフォロー体制 ①本人・家族の心理的支援 ②就労・復職後のフォロー体制(対象者・雇用側双方から) 4 当院作業療法おける過去5年間の調査 過去5年間、脳梗塞・出血患者で、60 歳以下でリハビリテーション対象者は270 例 その内当院から自宅に退院に至った例205 例(75%)その内有職者153 例(74%) このうち現職復帰に至った例は34 例(58%) 退職は5例(8%) 不明は114 例(74%)。現職復帰例うち無条件での復職6例配置転換などの条件付き復職は15 例。不明は13 例。外来フォロー実施者は13 例 そのうち8例より復職後に生じた問題について相談を受けた。内容としては『仕事が十分に行えない』という心理面の問題『記憶違いなどによるミスが多い』業務遂行面での相談等様々であった。高次脳機能支援コーディネーターの介入は数件あるも、障害者職業センター・ジョブコーチ制度の介入例はなかった。 5 考察 『就労・復職』を求めている高次脳機能障害者のニーズはさまざまであり、その背景には『経済的な側面』や『仕事に対する執着・想い』などが存在している。その為にも介入する上で「何が必要であり」「どう関わる事が対象者・雇用主にとって望ましい形」なのか『就労・復職』における指標が必要になってくるが、高次脳機能障害者を取り巻く環境は個々に違い、マニュアル化することは難しく柔軟な対応が必要になってくる。また『就労・復職』を果たした後に様々な問題が生じるケースが少なくない。少なからず事前に表れているその徴候を察知出来ないか、また、家庭などの支援者は如何にあるべきなのか。更には外部専門機関との連携は如何にあるべきかなどの検討が重要といえ、迅速且つ柔軟な対応が求められる。 『就労・復職支援』は高次脳機能障害者を取り巻く環境は多岐に渡っていることからも、セラピストのみならず高次能機能障害者を取り巻く人々の認識や、計画的な支援体制の整備が求められる。 「公共職業安定所における高次脳機能障害者・発達障害者に対する新規求職登録及び紹介就職等の実態調査」から(その1)−調査の概要と新規求職登録者の状況 ○望月葉子(障害者職業総合センター障害者支援部門 主任研究員)田谷勝夫・知名青子・亀田敦志・川村博子(障害者職業総合センター) 1はじめに 中枢神経系の障害を背景として発現する高次脳機能障害や発達障害のある者については、現在、「障害者の雇用の促進等に関する法律」において「その他の障害者」として定義付けられており、職業リハビリテーションの対象ではあるが、雇用義務制度の対象とはなっていない。 このような状況の下、高次脳機能障害は身体障害者手帳又は精神障害者保健福祉手帳を、発達障害は療育手帳又は精神障害者保健福祉手帳を取得して、障害者雇用率制度の対象となっている者がいる一方で、障害者手帳の取得に抵抗の大きい者や職業リハビリテーションの利用を選択しない者もいる。こうした点で、両障害は共通の課題を抱えており、手帳を所持していない高次脳機能障害又は発達障害のある者への対応については、喫緊の課題となっている。 このため、まず、両障害のある者の紹介就職等の実態を把握することを目的として、「公共職業安定所における高次脳機能障害者・発達障害者に対する新規求職登録及び紹介就職等の実態調査」を企画した。本報告では「その1」で調査の枠組の概要並びに新規求職登録者の状況について、また、「その2」「その3」では障害別に紹介就職者の状況についてとりまとめることとする。 2 調査の概要 (1) 調査の目的 公共職業安定所の専門援助部門において、平成21 年4 月1 日〜平成22 年1 月31 日の間に、 ① 新規求職登録したすべての高次脳機能障害者・発達障害者についての実態把握、並びに、 ② 紹介就職したすべての高次脳機能障害者・発達障害者についての実態把握を行う。 (2) 調査の対象 全国の公共職業安定所のうち合計109 所(各都道府県の筆頭所及び大規模所各1所。 ただし、政令指定都市を有する14 都道府県については筆頭所と大規模所2 所)。なお、公共職業安定所の選定は各都道府県労働局に依頼した。 (3) 調査の内容 ① 新規求職登録者について、属性(年代・障害種・障害者手帳の取得状況、診断の有無、職業経験の有無等)、求職希望の状況(求人の種別・職種・希望する労働時間・開示の希望等)、初回紹介の状況等 ② 紹介就職者について、属性(年代・障害種 ・ 障害者手帳の取得状況、診断の有無、職業経験の有無等)、紹介就職の状況(求人の種別・職種・労働時間・開示の希望等)、紹介後の離職等の状況等 (4) 方法 調査票は電子データ(Excel ファイル)で都道府県労働局を通じて公共職業安定所に送信し、障害者職業総合センターへの返信を求めた。 なお、メール添付による回収の際の情報保護については、パスワードによる管理を実施した。 3 分析対象者の概要 メールによる回答は、108 所(回収率99 %)であったが、必ずしも全ての所で新規求職登録、紹介就職の取扱があったわけではない。表1 に新規求職登録者並びに紹介就職者の概要を示す。 ① 新規登録の取扱について 高次脳機能障害については47 所(対象所の44 %)で140 件の登録が行われた。その14 %にあたる20 件が紹介就職に至っていた。 一方、発達障害については、93 所(86 %)で538 件の登録が行われた。その17 %にあたる91 件が紹介就職に至っていた。 高次脳機能障害・発達障害ともに取扱のなかった所は14 所(13 %)であった。 ② 紹介就職の取扱について 高次脳機能障害については、35 所(32 %)で50 件の紹介就職が行われた。その内、7 件が調査期間における初回紹介後に離職していた。なお、離職後第2 回の紹介は行われていなかった。 一方、発達障害については、74 所(69 %)で199 件の紹介就職が行われた。その内、31 件が調査期間における初回紹介後に離職していた。 表1調査期間における新規求職登録者・紹介就職者の概要 (1) 調査期間における新規求職登録者(2) 調査期間における紹介就職者 新規求職登録内紹介就職 取扱所数件数内離職件数 取扱所数件数取扱所数件数 高次脳機能障害47 14019 20 35 507 (初回紹介50 の内) 発達障害93 538 51 91 74 19931 (初回紹介199 の内)5(第2 回紹介12 の内)1 (第3 回紹介2 の内) ※ 1:(1)について高次脳・発達障害ともに取扱件数のない所14 所 ※ 2:(2)について高次脳・発達障害ともに取扱件数のなかった所31 所 ※ 3:(2)の高次脳の離職件数について、調査期間内の第2 回紹介なし その後12 件について第2 回紹介が行われ、その【発達障害のある新規登録者の概要】内の5 件が離職していた。さらに2 件について第発達障害の診断では、アスペルガー症候群・高3 回紹介が行われ、その内の1 件が離職していた。機能自閉症・自閉症・広汎性発達障害等のいわゆる 高次脳機能障害・発達障害ともに取扱のなかっ「広汎性発達障害」が85 %を占めて最も多かったのた所は31 所(29 %)であった。に対し、注意欠陥多動性障害は6 %、学習障害は なお、②の紹介就職件数は、調査期間内の紹介3 %であった。年代別にみると20 代が48 %を占就職の全数(調査期間以前の求職登録者を含む)めており、30 代までで91 %を占める。であるため、①の紹介就職件数は②の内数となる。申請中を含めた手帳取得状況は、精神障害者保 4 新規求職登録者(高次脳機能障害・発達障害)健福祉手帳は56 %、療育手帳は10 %であった。対象調査の結果の概要一方、手帳なしの者が31 %であった。 (1) 新規登録者の概要:その他注意欠陥アスペル 診断を有する者は高次脳(脳炎、不明外傷性学習障害多動性障害その他ガー 中毒等)11% 脳損傷(LD) (ADHD) 4% 不明症候群機能障害で77 %、発達障害6% 38% 3% 6% 2%34% では89 %あった。新規登録自閉症者では診断を有する者が発4% 達障害者に有意に多い。図1 に、高次脳機能障害脳血管広汎性高機能 障害発達障害自閉症の原因疾患を、発達障害に45% 42% 5% ついては障害名を示す。ま高次脳機能障害  (N=140)図1 新規登録者の原因疾患・障害名発達障害  (N=538)た、図2 に年代別分布を、図3 に障害者手帳の取得状60代以上10代50代60代以上況を示す。17% 6% 24% 1% 0% 10代 50代2% 20代40代9% 【高次脳機能障害のある30代14% 29% 新規登録者の概要】 高次脳機能障害の原因疾患の分布では、脳血管障害40代30代20代が46 %で最も多く、次い24% 27% 47% で、外傷性脳損傷が38 %、高次脳機能障害  (N=140)図2 新規登録者の年代別構成発達障害  (N=538)その他の脳炎や中毒等が6 % であった。また、年代別にみると、20 代から50 代まで手帳なし無回答身体知的精神申請中7% 1% 身体手帳なし無回答0% 9% 知的申請中 ほぼ偏りなく分布してい1% 36% 31% 3% 1% た。手帳取得状況では、精神障害者保健福祉手帳が申請中を含めて54 %で最も多く、次いで身体障害者手帳精神知的精神が36 %、療育手帳が2 %で53% 知的申請中精神申請中 2% 6% 50% あった。また、手帳なしの0% 者は7 %であった。高次脳機能障害  (N=140)   図3 新規登録者の手帳取得状況発達障害  (N=538) (2) 新規求職登録時の状況: 図4 に、求職登録にあたって連携した支援機関の概要を示す。全体的には、発達障害の利用が多く、職業リハビリテーション機関(地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター)や発達障害者支援センターなどとの連携が顕著である。一方、高次脳機能障害については福祉や医療との連携が特徴的である。 公共職業安定所内の一般と専門援助との連携においても、発達障害の20 %、高次脳機能障害の12 %が一般窓口から専門援助を勧められて登録を行っていた。特性に即した支援の利用については、外部機関のみならず、公共職業安定所内においても連携が行われていた(図5)。 障害者手帳取得時期から起算した新規登録までの期間(図6)からも、障害による違いをみることができる。 高次脳機能障害については手帳取得後5 年以上経過した後に新規登録をした18 %をはじめとして、障害者手帳を取得して求職登録をしている状況が明らかとなった。登録後の取得・申請中や手帳なしの者は少ない。 これに対し、発達障害においては、手帳取得時期が登録時期に近接しており、加えて登録後の取得・申請中が22 %であった。障害特性に即した支援を利用するまでの連携が重要な意味を持っているといえるだろう。求職登録時点では手帳を取得していない31 %についても、今後の相談や支援の中で手帳取得を検討する可能性は高いとみることができる。 すなわち、中途障害としての高次脳機能障害は求職登録時には既に医療機関との関わりを持っている点で、発達障害とは異なる背景を有していることが確認された。 こうした背景は、図7 に示す職歴・就職経験の状況とも対応している。高次脳機能障害においては、診断(発病) 前に職歴のない者は少ないものの、診断(発病)後においては職歴のない者が6 割を超える。一方、発達障害においては、診断(発病)前後ともに、職歴のない者が多数を占めていた。 ただし、診断(発病)後においては、いずれも離転職数が少なかった。 50% 40% 高次脳機能障害発達障害30% 20% 10% 0% 図4 求職登録に際して連携した機関(複数回答) あり なし 無回答 その他の機関 発達障害者支援センター 保健所・保健センター等 自治体設置の就労支援センター 医療機関 就労継続支援 事業所 就労移行支援 事業所 就業・生活支援センター 地域障害者職業センター 発達障害 (N=538) 高次脳機能障害(N=140) 20.1% 12.1% 0% 20% 40% 60% 80% 100% 図5 一般窓口から専門援助部門に紹介された数 取得後5年以上の登録 取得後1〜5年の登録 取得後1年以内の登録  取得直後の登録登録後取得登録後手帳申請中 手帳なし不明 発達障害 (N=538) 高次脳機能障害 (N=140) 0% 20% 40% 60% 80% 100% 図6 手帳取得年月日から起算した新規求職登録までの期間 なし1社2〜3社4社以上不明・無回答 診断(発病)後の職歴_就職経験診断(発病)前の職歴_就職経験 0% 20% 40% 60% 80% 100% 高次脳機能障害(N=140) 診断(発病)後の職歴_就職経験診断(発病)前の職歴_就職経験 0% 20% 40% 60% 80% 100% 発達障害(N=538)     図7 職歴・就職経験の状況 (3) 紹介に対する希望:サービス運輸・通信 無回答6% 1% 無回答サービス運輸・通信 図8 に、希望する職種・保安不明1% 管理保安不明0% 6% 2% 0% 18% 管理 週あたりの所定労働時間2% 19% 1%事務販売0% を示す。ここでは、高次20% 2% 事務 販売28% 6% 農林・漁業 脳機能障害・発達障害の1% 別なく、職種では「生産・農林・漁業 1% 専門・技術 専門・技術9% 労務」が最も多く、次いで7% 生産・労務 生産・労務34%「事務」が多かった。ま高次脳機能障害(N=140)36% 発達障害(N=538) た、週あたりの労働時間20時間未満20時間未満 無回答7% 20〜30時間未満無回答7% 20〜30時間未満についても「30 時間以上」1% 24% 0% 17% の希望が最も多かった。 図9 に事業所に対する開 30時間以上 示の希望、図10 に求人へ68% 30時間以上のこだわりを示す。76% 障害を開示せずに、一図8 希望する職種と週所定労働時間般求人にこだわるという求職活動の方針が明確な者は、高次脳機能障害・発達障害のいずれも少なかった。す開示迷っている非開示不明無回答なわち、事業所に対して障害を開示し、特発達障害 (N=538)に障害者求人にこだわるわけではないが、特性に即した求人に応募する方針が選択さ高次脳機能障害(N=140)れていた。ただし、不明・無回答がいずれ0% 20% 40% 60% 80% 100% の障害においても17 %前後となっており、こうした者については、潜在的に登録図9 事業所に対する障害開示の希望後の求職活動に対し、相談等の支援やさら に専門的な支援が求められる可能性がある一般求人にこだわる障害者求人にこだわるどちらでも良い希望は特に無い無回答 とみるべきであろう。 (4) 紹介就職の状況:発達障害 (N=538) 調査期間内に新規求職登録を行い、紹介高次脳機能障害(N=140)就職に至った者は高次脳機能障害で14 0% 20% 40% 60% 80% 100% %、発達障害で17 %であった。図10 求人へのこだわりの有無 しかし、紹介に至った者と未だ求職活動中の者を判別する項目としては、高次脳機能障害については「診断」(図11) で、発達障害については「障害の開示」紹介により就職した者(N=20)(図12)で、傾向の違いが見出されたの紹介に至っていない者(N=112)みであった。これは、調査期間(10 ヶ月)の問題もあるといえる。0% 20% 40% 60% 80% 100% 診断有り診断なし不明 5まとめ図11 紹介就職の有無別 診断の状況 (高次脳機能障害) 新規求職登録者のうち、障害者手帳を所持していない者は、高次脳機能障害で7%、発達障害で31%であった。こうした紹介により就職した者(N=91)障害による違いは、障害者手帳取得のための支援や障害者雇用支援制度の理解促紹介に至っていない者(N=420)進とも関連があると考えられる。 紹介就職に至ったケースにおいて、登0% 20% 40% 60% 80% 100% 録からの時間経過や手帳の取得状況等を開示迷っている非開示不明・無回答 検討することについては、「その2」「その図12 紹介就職の有無別 開示の状況 (発達障害)3」の課題として残された。 「公共職業安定所における高次脳機能障害者・発達障害者に対する新規求職登録及び紹介就職等の実態調査」から(その2)−高次脳機能障害者に対する紹介就職の状況 ○田谷勝夫(障害者職業総合センター社会的支援部門 主任研究員)知名青子・望月葉子・亀田敦志・川村博子(障害者職業総合センター) 1目的 「公共職業安定所における高次脳60代以上10代20代女 50代2%2% 20% 男 機能障害者・発達障害者に対する新16% 18% 82% 規求職登録及び紹介就職等の実態調査」から(その1)」を受け、本稿 40代 では紹介就職した50件の高次脳機能30% 30代障害者の状況について報告する。30% 図1 対象者の年代(N=50)図2 対象者の性別(N=50)2 紹介就職者対象調査結果の概要 (1)紹介就職者の概要 今回、調査対象とした公共職業安定所(各都道府県の筆頭所及び大手帳なし6%身体不明外傷性 30% その他12%規模各1 所)109所中、回答のあっ(脳炎、脳損傷 精神中毒等)44% た108所のうち、高次脳機能障害に60% 10% ついては、35所(32.4%)の公共職業知的4% 脳血管 安定所で50件の紹介就職があった。図3 手帳所持状況(N=50)障害年代構成を見ると30、40代がとも34% なし に30%で全体の60%を占めている10% 無回答図4 原因疾患(N=50) (図1)。また、男性82%、女性184% %と男性が多い(図2)。 障害者手帳の取得状況は精神障害者保健福祉手帳が最多で60%、身体障害者手帳30%、手帳なしは6%とあり 図5 診断の有無(N=50)86% 少ない(図3)。 原因疾患別では、外傷性脳損傷 (44 %)や脳血管障害(34% )が多 受障後 23 9 10 7 1 く、その他(脳炎・中毒など)が10 %程度であった(図4)。高次脳機能障 受障前 9 11 15 12 3 害の診断を有する者は86 %を占め、診 断のない者は10% にとどまっていた 0% 20% 40% 60% 80% 100% (図5)。 なし 1社 2〜3社 4社以上 不明・無回答 受障前後の職歴・就職経験の有無を 図6 受障前後の職歴・就職経験 (N=50) 図6に示す。「職歴なし」が受障前の18 %から、受障後は46 %へと増加してい る。また、「職歴あり」者について、 受障後 23 2 5 5 8 6 1 受障前後の最長の在職期間をみると、 受障前には5年以上(「5〜10 年未満」 受障前 9 21 7 2 915 5 「10 年以上」)が48 %と約半数を占め 0% 20% 40% 60% 80% 100% ていたが、受障後は5年以上は皆無とな 職業経歴なし 1ヶ月未満 1〜3ヶ月未満 3ヶ月〜半年未満 り、5 年未満(「1 ヵ月未満」「 1ヵ月〜3ヵ 半年〜1年未満 1〜3年未満 3〜5年未満 5〜10 年未満 月未満」「3 ヵ月〜半年未満」「 半年〜1年 10年以上 不明 未満」「1年〜 3年未満」」「3年〜 5年未 図7 受障前後の最長の在職期間 (N=50) 満」)が52 %であった(図7) 。 直近の離職理由を図8に示前職なし1ヶ月1〜3ヶ月3ヶ月〜す。自己都合が58%と過半数無回答会社都合0% 未満未満 不明16% 契約期間無回答4% 6% 半年未満を占め、会社都合が16%、契14% 不明 12% 2% 満了24% 4% 約期間満了が12%となってい 2% 半年〜 自己都合1年未満る。58% 在職中16% 2% 今回の就職までの失業期間5〜10年1〜3年未満3〜5年未満 を図9に示す。8% 未満20% 14% 失業期間が「1年未満」は30図8  直近の離職の理由 (N=50)図9 今回の就職までの失業期間 (N=50) %に対し「1年以上」は42%と 多い。取得後5年以上登録後取得手帳なしの登録なし手帳取得年月日から起算し10% 6% 12% 取得後1〜5年無回答28% た新規求職登録までの期間をの登録26% 取得直後の28% 図10に示す。新規登録以前に登録 手帳を取得していた者が82% 不明0%1社4%取得後1年14%と多い。内訳は、手帳取得直40% 18% 14% 以内の登録 4社以上2〜3社 後に新規登録に至った者6%、図10 手帳取得年月日から起算した図11 調査期間以前の紹介回数 (N=50) 手帳取得後1年以内の登録30       新規求職登録までの期間  (N=50) %、手帳取得後1〜5年の登 録が34%、手帳取得後5年以上が12%であった。手帳取得販売不明サービス20時間未満20〜30時間 14% 運輸・通信6% 未満から新規登録までの最長期間6% 10% 2% 事務18% は180ヶ月(15年)であった。専門・技術16% 調査期間以前の紹介回数を6% 図11に示す。紹介が全く無か30時間以上った者は28%であった。紹介生産・労務76% 回数1社が14%、2〜3社が1446% %、4社以上が18%となってお図12 希望する職種 (N=50)図13 希望する週労働時間 (N=50)り、32%が離転職経験を有し ていた。 一般求人に 不明こだわる障害者求人4% 無回答希望は無回答2% 非開示 特に無い4% にこだわる (2)紹介に対する希望の状況2% 2% 18% 12% 希望する職種としては「生 開示 産・労務」が約半数と多く(4 92% 6%)、次いで「事務」16%、どちらでも良い「サービス」(14%)などで64% ある(図12)。また、希望する図14 事業所に対する開示の希望 (N=50)図15 求人へのこだわり   (N=50) 週所定労働時間は30時時間以上が最も多く、76%を占める(図13)。図14の事業所に対する障害開示の希望また、就職先での雇用形態(図19)は、常用雇は、開示が92%を占める。また、求人へのこだわ用が68%と多い(常用雇用以外の約2倍)。就職先りにおいては、「どちらでもよい」が64%、「希の求人の種類(図20)は、障害者求人64%に対し、望は特に無い」18%と、こだわりが無い者が82%一般求人は32%と半数であった。障害開示の状況を占めている。一方、「一般求人にこだわる」者(図21)は、事業所に対して障害を開示しているは2%、「障害者求人にこだわる」者は12%程度存者が88%と多い。在することが示された(図15)。図22に、新規求職登録から初回紹介就職までの 期間を示す。求職登録から紹介就職までの期間は (3)紹介就職の状況 「1年未満」が60%であるのに対し「1年以上」 就職した企業の職種を図16に、就職した企業のが40%となっていた。また、新規求職登録から初規模を図17に、就職先の所定労働時間を図18にそ回紹介就職までの期間は、最長で173ヶ月であった。れぞれ示す。最も高い割合であったのは、職種が就職直前の訓練における施設・支援の利用状況、生産・労務の44%、企業規模で301人以上の48%、雇用支援制度の利用状況、就職に際して連携した所定労働時間では30時間以上が70%を占めていた。機関を併せて、図23に示した。 就職直前の訓練利用お いては、「就労移行支援」(18.0% )や障害者 専門・技術4% 農林・漁業8% 販売2% 保安2% サービス12% 運輸・通信2% 30 1人以上48% 無回答0% 56 人未満42% 職業センターの「職業準 備支援」(16.6%) の利用率が比較的高くなって 生産・労務44% 事務26% 201〜30 0人 101〜200 人 56〜100 人2% いる。 図16  就職先の職種 (N=50) 図17  就職先の企業規模(N=50)2%6% 雇用支援制度の利用状 況は、トライアル雇用の 利用が30.0%と最も高 20 時間未満6% 20〜3 0時間未満24% 常用雇用以外 無回答0% 常用雇用68% く、次いでジョブコーチ 30 時間以上 32% 支援の利用が24.0% とな 70% っている。 就職に際して連携した 図18  就職先の週所定労働時間 (N=50) 図19  就職先の雇用形態 (N=50) 機関では、地域障害者職 業センター(42.0%)や、障害者就業・生活支 障害者求人( 特例子会社)4% 一般求人32% 非開示 不明2% 無回答4% 6% 援センター(32.0% )と 障害者求人 開示 の連携が多い。 ( 一般企業)64% 88% (4)定着状況図20 就職先の求人の種類 (N=50)図21 事業所における障害開示の状況 (N=50) 初回紹介就職による定着状況を図24に示す。調査期間終了時に初回紹介就職での定着は82%を占めていた。一方、離職は14%1ヵ月未満 1ヶ月以上 であった。3年以上10% 3ヶ月未満離職した者について、初回紹介から離職までの期16% 14% 間を図25に示す。1ヶ月未満が86%と圧倒的に多1年以上3年未満 く、1ヶ月〜3ヶ月が14%であった。30% 3ヶ月以上6ヶ月以上6ヶ月未満 離職理由を図26示す。自己都合が57%と多く、会1年未満20% 社都合29%、契約期間満了14%となっている。な23% お、調査期間においては、離職者について、第2回図22 新規求職登録から初回紹介就職までの期間 (N=50)以降の紹介就職は行われていなかった。 50% 42.0% 40% 就職直前の訓練の利用状況雇用支援制度利用状況就職に際して連携した機関 32.0% 30.0% 30% 24.0% 20% 18.0% 16.0% 16.0% 10.0% 10% 8.0% 8.0% 8.0% 6.0% 6.0% 4.0% 4.0% 2.0% 2.0% 2.0% 2.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0% その他の機関保健所・保健センター等自治体設置の        就労支援センター発達障害者支援センター医療機関就労継続支援事業所就労移行支援事業所就業・生活支援センター地域障害者職業センター 発達障害者雇用開発助成金の利用有無その他の制度 ステップアップ雇用 トライアル雇用ジョブコーチ支援     (雇用前含む) その他の訓練等デイケア授産・作業所職業センターの      職業準備支援 地域活動支援センター就労継続支援就労移行支援 社会適応訓練職場適応訓練委託訓練各種職業能力開発施設 図23訓練・支援制度の利用と連携した機関(N=50) 不明1ヶ月から4ヶ月以上 不明 無回答14% 1ヶ月未満0% 会社都合離職2%2% 3ヶ月 57% 29%29%14% 定着 82% 自己都合 57% 契約期間図26 離職理由 (N=7)満了 図24 就職先への定着状況 (N=50)図25 離職までの月数 (N=7) 14% 3 紹介就職者調査(高次脳機能障害)のまとめ 紹介就職に至った者をみると、求職登録から1年以内で就職に至った者が60%、1年以上の時間を要する者が40%であった。就職後、80%以上が就労定着できていたが、14%の者が紹介就職後3ヵ月未満で離職していた。精神障害を対象としたハローワーク調査(障害者職業総合センター調査研究報告書№95)では、就職後3ヶ月未満での離職が46.4%と高いことに比べると、高次脳機能障害者の定着率は相対的に高いといえる。 そこで、定着・離職群にカテゴリ化して、手帳取得や支援利用状況等の各属性との関連を検討するため、欠損値を除いた48件のデータを用いて、χ2検定を実施した。その結果、「就職した求人の種類」において5%水準で、「訓練の利用」「制度の利用」において10%水準で、それぞれ定着・離職群と関連のある可能性が示された。クラメールの連関係数を算出し、群と属性の関連の強度を見たところ、「就職した求人の種類」「訓練の利 表1.定着状況と属性の関連 用」「制度の利用」において0.31~0.36の関連が認められた。 次に残差分析を行った。「就職した求人の種類」では、【障害者求人/一般企業*定着群】と【一般求人*離職群】に有意差が認められた。一般企業に高次脳機能障害者が就職する際、障害者求人を選択する群において、定着率が高く、一般求人を選択する群においては離職率が高いことが示された。 「訓練の利用」に関しては、【訓練利用有り*定着群】の割合が、また、「制度の利用」に関しては、【制度の利用なし*離職群】の割合が高い傾向が認められたことから、高次脳機能障害者の職場定着には「訓練の利用」や「制度の利用」が重要である可能性が示唆された。 手帳種別の違いの有無については、分析対象者数の制限があることから、今後の検討課題としたい。 調整済み残差 属性χ2値自由度検定結果Cramer's V 項目 定着群離職群 登録前取得0 0 手帳取得から新規登 録までの期間0.861 2 n.s. 0.134 登録後取得・申請中-0.6 0.6 手帳なし0.7 -0.7 一般求人-2.5 2.5* 就職した求人の種類6.221 2 p<0.05 0.360 障害者求人(一般企業) 2.2* -2.2 障害者求人(特例子会社)0.6 -0.6 開示0.2 -0.2 事業所に対する障害非開示-1 1 開示の状況1.362 3 n.s. 0.168 無回答0.4 -0.4 不明 0.6 -0.6 訓練の利用なし-1.7 1.7 訓練の利用4.837 2 p<0.10 0.317 訓練の利用あり 2.2* -2.2 無回答-1 1 制度の利用なし-2.2 2.2* 制度の利用4.719 2 p<0.10 0.314 制度の利用あり1.9+ -1.9 無回答0.6 -0.6 連携した機関なし-0.1 0.1 連携した機関0.178 2 n.s. 0.061 連携した機関あり00 無回答0.4 -0.4 +: <.10水準(両側検定)  *:p<.05水準(両側検定)**:p<.01水準(両側検定) 「公共職業安定所における高次脳機能障害者・発達障害者に対する新規求職登録及び紹介就職等の実態調査」から(その3)−発達障害者に対する紹介就職等の状況 ○知名青子(障害者職業総合センター障害者支援部門 研究員)望月葉子・田谷勝夫・亀田敦志・川村博子(障害者職業総合センター) 1目的 図7には、診断前後の最長の在職期間を示した。 「公共職業安定所における高次脳機能障害者・在職期間の分布状況は、診断前後で大きな相違が発達障害者に対する新規求職登録及び紹介就職等見られない。在職期間で最も割合が高いのは診断の実態調査」から(その1)」を受け、本稿では前後に共通して1年以上3年未満である。紹介就職した199件の発達障害者の状況を報告する。 2 紹介就職者対象調査結果の概要 (1)紹介就職者の概要 発達障害においては、74所(6940代60代以上50代%)の公共職業安定所で199件の紹0%0% 女 9% 23% 男 介就職者があった。年代構成を見30代77% ると20代が56%と最も多い。全体27% では10代から30代までで91%を占 めている(図1)。また、男女比20代 率は男性77%、女性28%であった56% (図2)。 図1 対象者の年代 (N=199)図2 対象者の性別 (N=199) 手帳の取得状況は、精神障害者無回答知的注意欠陥 手帳なし 保健福祉手帳が最多の59 %、療育手帳は17 %を占めていた。一方、 18% 3% 17% 多動性障害(ADHD) 11% 学習障害 その他3% 不明1% アスペルガー症候群32% 手帳なしの者は18 %であった(図3) 。 精神申請中3% 精神59% (LD) 6% 障害種別は、アスペルガー症候 図3 手帳所持状況 (N=199) 自閉症 群・高機能自閉症・自閉症・広汎 6% 性発達障害が81% を占めていたのに対し、注意欠陥多動性障害は11 なし6% 無回答1% 広汎性発達障害36% 高機能自閉症5% % 、学習障害は6%であった(図 あり93% 図4  障害種別 (N=199) 4 )。また、発達障害の診断を有 する者は全体のうち93% で、診断 図5 診断の有無 (N=199) の無い者は6 %にとどまった(図 5) 。 診断後 95 45 31 10 18 図6 には、診断前後の職歴・就 職経験の有無を示した。職歴な 診断前 84 28 41 38 8 しについては、診断前の42% に 比して、診断後が47 %と割合が 0% 20% 40% 60% 80% 100% 高い。 なし 1社 2〜3 社 4 社以上 不明・無回答 一方、職歴ありに着目する 図6 診断前後の職歴・就職経験 (N=199) と、診断前に職歴数の多い割合 が高く、診断後に少ない方へ傾 診断後 95 5 13 14 15 25 6 4 3 11 8 いている。これは、診断により 支援に結びついて紹介就職に至 診断前 84 7 2 8 18 34 13 14 11 7 1 る者もある一方で、診断後も離 転職を繰り返す者があることを 0% 20% 40% 60% 80% 100% 示している。 職業経歴なし半年〜1年未満 1 ヶ月未満1〜3 年未満 1〜 3ヶ月未満3〜 5年未満 3 ヶ月〜半年未満5〜10 年未満 10 年以上 不明 無回答 図7 診断前後の最長の在職期間 (N=199) 図8では直近の離職理由を示した。自己都合が4817に、就職先の所定労働時間を図18にそれぞれ示%と半数近くを占め、会社都合は12%、契約期間した。最も高い割合であったのは、職種が生産・満了は14%であった。図9では今回の就職までの失労務の45%、企業規模で301人以上の44%、所定労業期間を示した。1年以上の失業していた者は全体働時間では30時間以上が67%を占めていた。の32%であった。また、1年未満の失業は30%であまた、就職先での雇用形態では、常用雇用が52った。%、常用雇用以外が47%と、ほぼ二分している。 次に、手帳取得年月日から起算した新規求職登就職先の求人の種類では、障害者求人が最も多く6録までの期間を図10に示した。8%を占めている。一般求人は25%であった。障害 新規登録後に手帳を取得した者は27%であった。開示の状況においては、事業所に対して障害開示また、登録済みだが現在手帳申請中の者は2%であをしているのは83%である(図21)。このうち図20った。新規登録後に手帳を取得した場合の最長期において障害者求人(一般求人・特例子会社)の6間は109ヶ月(約9年)であった。8%が開示に該当する。開示の残り15%は一般求人 一方、新規登録以前に手帳を取得した者は全部等で障害を開示している状況がうかがえる。で48%であった。内訳は、手帳取得直後に新規登図22には、新規求職登録から初回紹介就職まで録に至った者8%、手帳取得後1年以内の登録27%、の期間を示した。求職登録から1年未満に紹介就手帳取得後1〜5年の登録で10%、手帳取得後5職に至る者が63%いる一方で、就職に至るまでに年以上での登録は3%であった。手帳取得から新規1年以上を要する者が36%いることがわかった。登録までの最長期間は180ヶ月(15年)であった。最長では183ヶ月を要した者もあった。 図11には、調査期間以前に紹介を行った回数を示した。前職なし1ヶ月1〜3ヶ月紹介が全く無かった者は32%無回答会社都合契約期間不明無回答11% 未満未満であった。紹介回数1社は917% 12% 満了2% 22% 3% 8% %、2〜3社は13%、4社以上は不明14% 在職中3ヶ月〜 9% 3% 半年未満22%であった。45%は既に離5〜10年7% 転職の経験を有していること自己都合未満3〜5年1〜3年半年〜 1% 未満1年未満が明らかである。48% 6% 未満12% 25% (2)紹介に対する希望の状況図8  直近の離職の理由 (N=178)図9 今回の就職までの失業期間 (N=199) 希望する職種として多いの取得後5年以上の 手帳なし登録 は順に生産・労務42%、事務不明3% 取得後1〜5年の無回答なし登録後18% 5% 登録22% 32% 30%であった(図12)。また、手帳申請中10% 不明希望する週所定労働時間は302% 2% 時時間以上が最も多く、79%取得後1年 以内の登録1社 を占めていた(図13)。図14取得直後27% 4社以上2〜3社 登録後取得22% 13% 9% の事業所に対する開示の希望27% の登録 8% では、開示が87%を占め、一図10 手帳取得年月日から起算した新規求職登録までの期間 (N=199)図11 調査期間以前の紹介回数 (N=199)般求人における非開示は11%にとどまった。また、図15の不明サービス運輸・通信20〜30時間販売10% 5% 1% 未満求人へのこだわりにおいて農林・漁業5% 管理20時間未満18% 1% 1%事務3% は、「どちらでもよい」が5430% %、「希望は特に無い」24%専門・技術 5% と、こだわりが無い者が78%を占めた。一方、「一般求人生産・労務30時間以上 42% 79%にこだわる」者は6%、「障図12 希望する職種 (N=199)図13 希望する週労働時間 (N=199) 害者求人にこだわる」者は14 迷っている不明一般求人に %で、求人のこだわりを持つ1% 1% 希望は無回答こだわる障害者求人 非開示無回答2% 6%者が20%であることがわかっ11% 0% 特に無いにこだわる た。開示24% 14% 87% どちらでも良い (3)紹介就職の状況54% 就職した企業の職種を図16 に、就職した企業の規模を図図14 事業所に対する開示の希望 (N=199)図15 求人へのこだわり (N=199) 就職直前の訓練における施設・支援の利用状況、雇用支農林・漁業販売無回答サービス運輸・通信無回答援制度の利用状況、就職に際2% 4% 1% 9% 4% 301人以上1% 56人未満 専門・技術44% 31% して連携した機関について、4% 図23に示した。就職直前の訓練利用におい事務56〜100人ては、障害者職業センターの生産・労務31% 201〜300人101〜200人11% 職業準備支援が28.6%と利用45% 5% 8% 図16 就職先の職種 (N=199)図17 就職先の企業規模 (N=199) 率が高い。雇用支援制度の利用状況無回答 1% 20時間未満20〜30時間常用雇用無回答常用雇用は、トライアル雇用の利用が6% 未満以外1% 52% 24% 36.2%と最も高く、続いてジ30時間以上47% ョブコーチ支援の利用が30.767% %となった。 就職に際して連携した機関では、地域障害者職業センタ図18 就職先の週所定労働時間 (N=199)図19 就職先の雇用形態 (N=199)ー(55.3%)、障害者就業・新規開拓一般求人不明生活支援センター(25.1%) 障害者求人4% 無回答25% 4% 無回答 (特例子会社)1% 非開示1% や、発達障害者支援センター4% 12% (16.6%)との連携が目立 開示83% つ。 障害者求人 (4)定着状況とその後の紹介(一般企業) 図24では、初回紹介就職に64% よる定着状況を示した。調査図20 就職先の求人の種類 (N=199)図21 事業所における障害開示の状況 (N=199) 期間終了時に初回紹介就職での定着は79%を占めていた。一方、離職は16%で 1ヶ月未満1ヶ月以上 あった。1年以上3年以上無回答6% 3ヶ月未満6% 1% 図25では初回紹介就職から離職までの期間を示3年未満14% 30% した。割合の高い順に1ヶ月〜3ヶ月で52%、1ヶ月未満26%、4ヶ月から9ヶ月16%、不明6%であった。全体の平均は2ヶ月、最長9ヶ月、最短1ヶ月未満であった。図26には離職理由を示した。それぞれ自6ヶ月以上3ヶ月以上 6ヶ月未満1年未満20% 己都合55%、会社都合13%、契約期間満了29%、 23% 不明3%であった。 図22 新規求職登録から初回紹介就職までの期間 (N=199) 60% 55.3% 50% 就職直前の訓練の利用状況 雇用支援制度利用状況就職に際して連携した機関 40% 36.2% 28.6% 30.7% 30% 25.1% 20% 16.6% 10% 7.5% 7.0% 8.0% 9.5% 8.0% 9.0% 5.5% 4.5% 0.0% 0.0% 0.7% 2.0% 4.0% 2.5% 2.5% 3.0% 3.0% 2.0% 1.5% 0% その他の機関 保健所・保健センター等 自治体設置の     就労支援センター発達障害者支援センター 医療機関 就労継続支援事業所就労移行支援事業所 就業・生活支援センター地域障害者職業センター 発達障害者雇用開発助成金の利用有無その他の制度 ステップアップ雇用 トライアル雇用ジョブコーチ支援   (雇用前含む) その他の訓練等デイケア 授産・作業所職業センターの    職業準備支援地域活動支援センター就労継続支援 就労移行支援 社会適応訓練 職場適応訓練委託訓練各種職業能力開発施設 図23 訓練・支援制度の利用状況と連携した機関 (N=199) 不明無回答離職3% 4ヶ月から1ヶ月未満3% 2% 不明不明会社都合9ヶ月6% 26% 13% 16% 16% 定着79% 1ヶ月から3ヶ月52% 図24 就職先への定着状況 (N=199)図25 離職までの月数 (N=31) 契約期間55% 満了 図26 離職理由 (N=31)29% 自己都合 3 紹介就職者調査(発達障害)のまとめ 紹介就職に至った者を概観すると、求職登録から1年以内で就職に至った者は60%強であったが一方で就職に1年以上の時間を要する者もいた。また、紹介就職者の概ね80%で定着が確認されたが、16%は離職していた。離職までの月数は1ヶ月から3ヶ月未満が半数を占めていた。ただし、精神障害を対象としたハローワーク調査(障害者職業総合センター調査研究報告書№95)では、就職後1週間未満での離職が12.1%、3ヶ月未満での離職が34.3%と、短期離職の比率が高いことに比べると、発達障害における定着率は相対的に高いといえる。 初回紹介就職において離職した31件(16%)のうち、第2回紹介就職に至ったのは12件であった。その後、5件は離職していた(4件は契約期間満了、1件が会社都合)。さらに第3回紹介就職のあった2件のうち1件は会社都合により離職していた。 そこで、定着・離職群と手帳取得や支援利用状況等との関連を検討するため、欠損値を除いた191件のデータを用いて、χ2検定を実施した(表1)。その結果、「手帳取得から新規求職登録までの期間」において5%水準、「就職した求人の種類および「事業所に対する障害開示の状況」にお いて0.1%水準で、そ表1.定着状況と属性の関連 間」において【定着群*登録前取得】と【離職群 *手帳なし】に有意差が認められた。すなわち、新規求職登録前に手帳を取得している群は定着率が高く、現在も手帳のない群で離職率が高いことが分かった。続いて、「就職した求人の種類」では【障害者求人/一般企業*定着群】と、【一般求人*離職群】に有意差が認められた。すなわち、一般企業での障害者求人を選択した群では定着率が高く、一般求人を選択した群で離職率が高いことが分かった。また、「事業所に対する障害開示の状況」においては、【開示*定着群】と、【非開示*離職群】に有意差が認められたことから、障害を開示した群で定着率が高く、障害非開示の群で離職率が高いことが分かった。 一方、「訓練の利用有無」、「制度の利用有無「連携した機関」のいずれについても、定着・離職群の有意差は認められなかった。 以上から、「手帳取得から新規登録までの期間」、「求人の種類」、「障害開示の有無」等の条件によって職場定着がもたらされる可能性が示唆された。 手帳種別による違いの有無については、今後の検討課題としたい。 れぞれ定着・離職群調整済み残差 と関連のある可能性属性χ2値自由度検定結果Cramer's V 項目定着群離職群 が示された。そこ登録前取得 2.6* -2.6 で、クラメールの連手帳取得から新規登8.47 3 p<0.05 0.211 登録後取得・申請中-0.7 0.7 録までの期間関係数を算出し、群手帳なし-2.3 2.3* 不明-0.5 0.5 と属性の関連の強度一般求人-4.5 4.5** を見たところ、「手障害者求人(一般企業) 3.8** -3.8 就職した求人の種類20.83 3 p<0.001 0.330 障害者求人(特例子会社)1.0 -1.0 帳取得から新規登録新規開拓0.1 -0.1 までの期間」「就職開示 3.8** -3.8 事業所に対する障害 した求人の種類」開示の状況17.79 2 p<0.001 0.305 非開示-4.2 4.2** 「事業所に対する障無回答00 訓練の利用なし-0.7 0.7 害開示の状況」にお訓練の利用2.11 2 n.s. 0.105 訓練の利用あり1.1 -1.1 いて、0.21~0.33の関無回答-1.2 1.2 連の強さが認められ た。制度の利用3.75 2 n.s. 0.140 次に残差分析を行った。「手帳取得か連携した機関1.97 2 n.s. 0.102 ら新規登録までの期 制度の利用なし-1.9 1.9+ 制度の利用あり1.9+ -1.9 無回答0.1 -0.1 連携した機関なし-0.7 0.7 連携した機関あり00 無回答1.3 -1.3 +: <.10水準(両側検定)  *:p<.05水準(両側検定) **:p<.01水準(両側検定) 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける マニュアル作成技能トレーニングの検討(1) −特性の整理とアプローチの工夫− ○加藤 ひと美(障害者職業総合センター職業センター企画課 職業レディネス指導員) 佐善 和江・渡辺 由美・阿部 秀樹(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センターでは、平成17年度から、知的障害を伴わない発達障害者を対象に「ワークシステム・サポートプログラム」(以下「プログラム」という。)を実施している。(詳細は、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構のホームページに掲載の実践報告書及び支援マニュアル(PDF版)を参照http://www.nivr. jeed.or.jp/center/report/hattatsu.html) マニュアル作成技能トレーニングは、プログラムの中で、就労セミナーの一つとして位置づけられている(図1)。プログラムの進め方と流れについて、図2・3に示した。基本的な進め方は「スタッフのモデリングを見てマニュアルを作成し、参照しながら作業を行う」である。 マニュアル(手順書・指示書)は、①新しい作業を覚える、②作業を効率よく進める、③作業手順の変更があったときに対応する、④ミスを発見する、ことに有効な手段である。さらに、自ら作成することによって、⑤既存のマニュアルがなくても正確に作業する、⑥自分にとってわかりやすく作成する、ことへつながると思われる。 本稿は、プログラム受講者(以下「受講者」という。)の特性に応じたマニュアル作成技能トレーニングを行うために、アプローチ方法の整 理・検討を行うことを目的とする。 2 方法 (1) 方法 マニュアル作成技能トレーニングにお いて、①受講者に認められた課題となる 様々な障害特性を整理し、②その特性に 応じたアプローチ法について整理・検討 を行い、③実施した事例の結果について 考察を加える。 (2) 対象 平成17年度第1期から平成22年度第1 期までの受講者(アスペルガー症候群、 広汎性発達障害、注意欠陥多動性障害) 107名(男性85名、女性22名)。なお、うつ病等の二次障害を有している者も 含まれている。 ワークシステム ・サポートプログラム 図1ワークシステム・サポートプログラムにおけるマニュアル作成技能トレーニングの位置づけ マニュアルの作成 作成した マニュア ルの活用図2マニュアル作成技能トレーニングの進め方 マニュアル作成のスキル付与アセスメント①作成スキルと特性 工程の長い作業でのマニュアル作成アセスメント②作成スキルと参照 受講者の特性に応じたマニュアル作成 ・ 集団か、個別か ・ モデリング方法説明の有無、長さ、速度 ・ 既存マニュアルの使用新たに作成か、書き加えるか ・ 補完手段の活用写真、平面図、色ペン等 図3マニュアル作成技能トレーニングの流れ 表1マニュアル作成技能トレーニングで表出する受講者の課題となる特性 マニュアルの作成時 ① モデリング+下書き時 a 説明の言葉のみでの記述 (受信) スタッフが説明した通りの語句でしか記述できない。 複数の受講者に対して同時に説明する際、他の受講者が復唱する言葉を聞いて記述する。 b モデリングの途中で集中切れ( 受信)c モデリング中の質問が多い( 受信〜判断・思考)d 思い込みで記述( 判断・思考) 作業手順が長いと、途中で集中が切れてしまう。 他のことを考えていて、スタッフの説明を聴き逃してしまう。 スタッフのモデリングについて、プロジェクターに映すといい等、内容と関係ないことを発言する。言葉じりや、何回繰り返したか等、細かな所にまでこだわって質問を連発する。 記述したことを復唱し、スタッフに確認してもらいたがる。 他の受講者の全員が質問したいと思い込み、自分が分かっていてもあえて質問する。口頭の説明を勘違いして、思い込みで記述してしまう。 スタッフの説明と異なり、自分にとって効率のいいと思う方法を記述する。 モデリングを元に記述するのではなく、普段自分がやっているように記述する。 忘れそうだからと、たくさんの内容を書きすぎてしまう。 e 記述が困難、遅い ( 判断・思考〜 送信・行動) 留意事項の説明をしても、作業手順以外は記述しない。 長い説明になると、記述が追い付かないが、待ってもらうような声かけができない。 書くスピードが遅く、全体の進行を待たせてしまう。 作業する部屋の平面図を使用すると、図に記入することが優先され、手順を書くことができない。 あいまいな表現の説明について記述できない。 説明を聞きながら書くのが難しいので、後で作成しようとする。 実習先で普段使っている用紙がないと、説明を聞いてもマニュアルを作成することが困難。 ② 清書時 f 写す際の記述漏れ ( 受信) 下書きから清書に写す際に、作業手順の項目が抜けてしまう。 g 手順のこだわり ( 判断・思考) 部品等の図を、丁寧に書くことにこだわりすぎる。 モデリングの様子を撮影したVTR を見て、手順を確認する時間を設けるが、見ないで清書をすすめる。 下書きの文章を消して、その上に清書を書こうとする。 清書が済むと、すぐに下書きを処分してしまい、確認ができない。 作成したマニュアルの活用時 ③ 作業時 h マニュアルを見ても分からない ( 受信) マニュアルは見るものの、どこを見たらいいか分からなくなってしまう。 マニュアルを追って行けず、手順が抜けてしまう。 マニュアルを見ても、作業の方法や報告のセリフが分からない。 たくさんの内容を書きすぎて、どこを見たらいいのか分からない。 i 作成したマニュアルを参照しない( 受信〜判断・思考) 作成したマニュアルを見ずに作業をすすめ、手順が抜けてしまう。 平面図を作成したが、参照せずに、場所が分からない。 j 思い込みで進めてしまう( 判断・思考) 手順が分からない時、スタッフに質問ができず、自己判断で進めてしまう。 マニュアルに書いてあるが、思い込みで他の事をしてしまう。 最初に聞いた言葉にとらわれ、そこから変更がきかない。 ④ 振り返り時 k 加筆・修正をしない( 判断・思考) スタッフに促されないと、加筆や修正ができない。 作業後に、加筆や修正は行わない。 l 抜けた手順に気がつかず( 受信〜 判断・思考) 抜けてしまった手順があっても、良くできたと自己評価する。 抜けてしまった手順があったことに気がつかない。 ※()内は、受信特性と認知の過程(受信→判断・思考→送信・行動)で、該当する部分を示している。 3 結果・考察 (1) 受講者の表出した特性 マニュアル作成技能トレーニングで表出する受講者の課題となる特性を、“受信→判断・思考→送信・行動”という受信特性と認知の過程から、表1に整理した。受信では、モデリングの理解や作成したマニュアルの参照等(a,b,c,f,h,i,l)、判断・思考では、思い込みや自己判断等(c,d,e,g,i,j,k,l)、送信・行動では、記述、質問等(e)というように、全ての過程の中で認められた。マニュアル作成という作業の性質上、“モデリングを見て記述→作業の実施”という、理解や参照(受信)と質問や記述(送信・行動)に多くの課題が生じることが一般的に予想されやすい。しかし、判断・思考にも多くの課題が存在し、マニュアルの作成と活用を困難にしていることが明らかとなった。受講者の特性に応じて、様々なアプローチを組み合わせて対応していくことの必要性が示唆される。 (2) 特性に応じたアプローチの検討 (1) に基づき“受信→判断・思考→送信・行動”という視点から、マニュアル作成技能トレーニングでの特性に応じたアプローチのポイントと具体例について、表2にまとめた。 受信と送信・行動は工夫できる点が多くあげられるものの、判断・思考については対応が難しい点が、この表から考えられる。思い込みや自己判断の強さは、マニュアルを作成しても作業理解や遂行することの難しさの要因となっていることがうかがわれる。 表2特性に応じたマニュアル作成技能トレーニングでのアプローチのポイントと具体例 トレーニング時に出現する特性 支援上のポイント 具体的な支援例 短い手順に区切って作成する。 長い手順の作業は、いくつかの工程に分けてモデリングし、区切って作成する。 受信 下書き時の集中切れ 集中できるように働きかけを行う。 集中がそれている時は、声かけを行う。「○番目の手順です」のようなキーワードを用いて、説明することのきっかけを示す。 モデリングを理解できず、記述が困難 理解しやすいように工夫を行う。 分かりやすいモデリング。 短めのことばでの説明。視覚的な手段の活用(デジカメ、図) 。 作成したマニュアルを見ても、理解できない マニュアルを読み飛ばしてしまう 読み飛ばさないように補完手段を活用。 ルーラー、チェック欄の活用。色分けして記述する。 判断 ・ 思考 記述方法や実施方法の思い込み・こだわり 受講者が納得しやすいように説明を行う。 手順のポイントを板書し、視覚的に示す。図式化して示す。全体説明後に、個別的に説明を加える。モデリング時に、手順の意味について説明を加えながら行う。 作成時に思い込みがないか確認する。 下書きが完成したら、スタッフと内容について、手順や言葉の意味について確認する。 送信 ・ 行動 記述するのが困難・遅い 記述することへの配慮を行う。 ゆっくりと手順の説明を行う。既存マニュアルを用いて、書き加えていく形式。デジカメを用いて作成する。 分からなくてもスタッフに聞けない 質問しやすい場面設定の配慮を行う。 質問時間をとりながら、モデリングを行う。聞くためのセリフや合図を決めておく。 (3) 特性に応じたアプローチの実施結果 事例A:マニュアル作成時の文字が乱雑で、実施時にうまく読めずに読み飛ばしてしまった事例 → 受信に焦点をあてたアプローチ トレーニング開始当初はマニュアル作成について、①スタッフの言った文章は書けるが字が乱雑で読みにくく、不注意による手順の見落としが見られた。また、②文章は書けるが、内容が理解できていないため、自分で勝手に判断したやり方で作業を進めてしまうことが多かった。 ①については、長い文章での記述を避け短い文章でまとめること、マニュアルにチェックボックスをつけてもらうことで見落としを減らすことができた。また、鉛筆書きしたあと、ボールペンで清書にしてもらうよう多めに時間をとることで読みやすいマニュアルを作成することができた。 ②については、説明の際ポインティングとジェスチャーを加え説明し、自分で勝手に作業することに対しては本人が作業中に、マニュアルを参照するようスタッフが声掛けをすることで理解が可能となった。また、図や絵を加えると理解しやすいことがわかったため、スタッフが大まかな配置図を書き、本人がその中に作業配置を理解するために必要な番号などを書いてもらうことで作業内容を理解することができるようになった。 見やすいマニュアルを作成するため、清書に多めに時間をとることや、作業内容理解のため、作業や作業環境をよく見てもらうことなど、受信面の特性に対応していくことがマニュアル作成トレーニングの実施にあたり重要となった。 事例B:こだわりが強く、手順を守らず自己流に進めてしまう傾向が強い事例 → 判断・思考に焦点をあてたアプローチ マニュアルについては、「職場で作った経験もある」ということで、「取扱説明書のようなもの」であり、マニュアルがあると「作業がわかりやすくうまく組立やすい」と、一定の理解はできていた。しかし実際に作成してもらうと、モデリング通りではなく自分のやり方を書いたり、マニュアルを見ずに勝手に自分の判断で作業を進める様子が見られた。指摘すると自分なりの考えを主張し、その後もマニュアルをあまり活用することがなく正確な作業ができなかった。そのためスタッフが手順を簡潔に、また具体的に(手順と異なるやり方をした時は途中で止めることや、報告の言葉やタイミングなども)板書したり紙に書いたりして、やり方を説明したところ、「やりやすい」という感想が聞けた。また「効率よく行う」ことを第一に考えている本人のこだわりに寄り添い、「手順通り行うことで正確、かつ効率よく進む」こともスタッフが簡潔に記述した。その結果、マニュアルを徐々に意識するようになり、分からなくなった時は見て確認する動きも見られるようになった。 作業手順を簡潔に「見える化」したこと、また本人の障害特性に配慮し、本人と確認しながら進めていったことが、マニュアルを見て手順を守る変化へとつながったと考えられる。自分で正確に作成することは難しいが、作業時、既存のマニュアルを準備し参照する姿が見られるようになった。 事例C:マニュアル作成時の記入が遅かったが、文章作成の支援により改善が見られた事例 → 行動・送信に焦点をあてたアプローチ マニュアルの使用経験を持たなかったCは、当初、作業で既存のマニュアルに接しても、これからの自身にとって重要なものだと認識していない様子であった。マニュアル作成技能トレーニングでは、「何をどう書けばよいのか」や、「どの様な表現をすれば作業しやすくなるのか」などの適切なイメージが持てず、記入スピードが遅くなり、全体の進行を停滞させていった。また、既存のマニュアルを使用しながらのトレーニングでは、マニュアルにおける表現と自身のイメージがオーバーラップせず、作業を効率的に進められない様子も見受けられた。マニュアルに加筆させてみたが、画期的な効果は上がらなかった。 そこで、既存のマニュアルを使用せずに自身にとって「分かりやすいマニュアル」を作成するように変更した。自身のイメージしやすい簡潔な文章を一動作毎にスタッフと共通認識し合いながら作成し、それをもとに作業を行い、作業中に失敗したところや指摘された部分を具体的にメモ書きしながら、マニュアルへ加筆修正していった。 その結果、Cは「分かりやすいマニュアル」とは、どのようなものかを実感できるようになっていった。次のステップ「作業中に他の急ぎの用事を頼まれる」という課題でも、「自分にとってイメージしやすいメモをとる重要性」を意識してもらった。プログラム後半の実習先でメモを取る必要が生じると、1日目はスタッフが声を掛けていたが、それ以降は自らメモに記入した上で参照するなど、 活用できる様になっていった。 送信・行動 (4) まとめと今後の課題イ受信特性と思考の過程からのアセスメント “受信→判断・思考→送信・行動”という過程から、マニュアル作成技能トレーニングでの課題となる特性について整理した結果、それぞれの過程において課題が存在することが明らかとなった。 ロ特性に応じたアプローチの重要性 イの特性の分析から、図4に示した通り、それぞれの特性に応じたアプローチを行うことによって、ある程度、マニュアルの作成と活用についての改善へとつながった。 ハ判断・思考特性への対応の難しさ しかし、判断・思考における特性ついては対応が特に困難であり、対応方法について今後更なる検討が必要であると思われる。 【文献】 1) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラムとその支援事例、「障害者職業総合センター職業センター実践報告書No.19」、(2007) 2) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラム障害者支援マニュアルⅠ、「障害者職業総合センター職業センター支援マニュアルNo.2」、(2008) 3) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラム障害者支援マニュアルⅡ、「障害者職業総合センター職業センター支援マニュアルNo.4」、(2009) 4) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラムとその支援事例(2) 注意欠陥多動性障害を有する者への支援、「障害者職業総合センター職業センター実践報告書No.23」、(2010) 更に、自宅ではメモを参考に作業を振り返るなど、マニュアルを作る自発的な行動も見られた。 自身のイメージに合った言葉を簡潔に表現するスキルが成功体験によって積み上げられた結果と思われる。 図4 受信特性と認知の特性から見た マニュアル作成技能トレーニングにおける各事例へのアプローチ 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける マニュアル作成技能トレーニングの検討(2) −デジタルカメラを用いてマニュアル作成を行った事例− ○阿部 秀樹(障害者職業総合センター職業センター企画課 職業レディネス指導員) 加藤 ひと美・佐善 和江・渡辺 由美(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 問題と目的 障害者職業総合センター職業センター「ワークシステム・サポートプログラム」(以下「プログラム」という。)では、知的障害を伴わない発達障害者の特性に応じた就労支援技法の開発を行っている。発達障害者の特性は様々であり、一人ひとりに応じたアプローチの工夫が欠かせないと思われる。特に、得意な特性を利用した支援方法は、自己効力感を高めるためにも有効である。 本稿では、プログラムの一つであるマニュアル作成技能トレーニングにおいて、注意欠陥多動性障害、読字障害、書字障害を併せ持った受講者に対し、特性を活かしたデジタルカメラを使用したアプローチについて、検討を加えていきたい。 2 方法 (1) 対象 D (男性,22歳)。発達障害(注意欠陥多動性障害,読字障害,書字障害)。指さし・独歩1歳6ヶ月、始語2歳6ヶ月。4歳10ヶ月に発達相談を受け学習障害が診断される。9歳頃には多動性が強く、注意欠陥多動性障害の診断を受ける。特別な教育的支援は受けておらず(リタリン処方)、高等学校普通科卒業後、専門学校卒業。就労経験はない。現在、多動性に関しては、ストラテラの処方により安定している。 表1作業内容(抜粋) 作業名 作業内容と目的 MWS 物品請求書作成 MWS( ワークサンプル幕張版) の1 つで、カタログから指定された商品の品番と単価を探し、6 種類の商品について合計金額を計算し、請求書を作成する作業。 MWS プラグタップ MWS の1 つで、指示された部品を用いて、電源プラグやタップを組み立てる作業。 MWS ピッキング MWS の1 つで、リストに書いてある商品を商品棚から探し出し、集める作業。 MWS 重さ計測 MWS の1 つで、口頭で指示された量を、はかりで計測する作業。 MWS 作業日報集計 MWS の1 つで、指示された日付の作業員の作業内容について集計する作業。 文書の郵送 文書の郵送手順について、スタッフがモデリングを示し、マニュアルを作成する作業。マニュアル作成練習のための簡易作業。 水道蛇口組立 水道蛇口の部品を用いて、スタッフが組立のモデリングを示し、マニュアルを作成する作業。マニュアル作成練習のための簡易作業。部品の名称についての質問や絵で部品を示すなどの工夫が必要。 園芸作業 プランターに種と苗を植える作業。スタッフがモデリングを示し、マニュアルを作成した後、マニュアルに沿って実際に作業を進める。土の入れ方など、曖昧な指示内容をどのように記載するかの工夫が必要。 マドレーヌ作成 マドレーヌを作成する製菓作業。スタッフがモデリングを示し、マニュアルを作成した後、マニュアルに沿って実際に作業を進める。生地の混ぜ具合など、曖昧な状態をどのように記載するかの工夫が必要。 清掃作業 掃き掃除と拭き掃除に役割分担しながら、必要に応じて声かけを行う協同作業。スタッフがモデリングを示し、マニュアルを作成し、マニュアルに沿って作業を進める。マニュアル作成後、作業分担や進め方について、受講生同士での話し合いを行う。 商品管理作業ピッキング 物流の場面を想定し、受注伝票に沿ってピッキングリストを集め、指定された商品を集めた後、配送区分番号を調べる作業。指定された商品とその個数を間違えないこと、必要事項の記入漏れがないこと、他者への報告や声かけなど、複数の要素が問われる。 袋詰め作業 いくつかの商品をビニール袋に入れ、ビニールを結ぶ作業。実習先で行われるため、あらかじめ練習するために行った。商品の個数や向き、結ぶ方などの指示を間違えないように行う必要がある。 コンテンツサービス コピー 回覧文書をコピーする作業。他の作業を行っているときの、差し込み作業として実施する。コピー機の操作方法( 拡大縮小、両面) 、口頭での指示をメモすることが要求される。 デジタルピッキング練習 ピッキング棚に、集める個数が書かれた磁石を貼り付けておき、作業開始指示で、指示された個数と, 磁石を集めてくる作業。どこに磁石が貼ってあるかを、一瞬で判断する力(同時処理) が問われる作業。実習先では、デジタル表示板で表示されるが、その練習として行った作業。 ボールペン組立 ライン作業 ボールペンの組立を、組立係、検品係、箱詰め係に役割分担して行う作業。それぞれの係に引き渡す際に、依頼の声かけが必要。 メモ帳作成 印刷、ミシン線入れ、製本、断裁の工程があり、スタッフのモデリングに沿ってマニュアルを作成し、実際に作業を進める。長い作業工程と、機器の操作方法、機器を使用する上での危険箇所の記載が必要。 (2) 実施期間及び内容 就労セミナー(問題解決技能トレーニング、職場対人技能トレーニング、マニュアル作成技能トレーニング、リラクゼーション技能トレーニング)、作業(表1)、個別相談、職場実習(物流関連で5日間)を組み合わせて行った(本稿では、このうちのマニュアル作成技能トレーニング、作業、職場実習の支援経過について検討した)。 (3) 支援仮説・方針 文字資料理解の困難さがあり、作業習得において支障をきたすのではないかと考えられた。文字を用いる代わりとなる得意な手段を探り、作業中に用いていくことで、作業手順の理解がすすむようになるのではないかと思われた。支援方針として、a作業習得へ有効となる得意な手段を探ること、b手段の習得から定着を図ること、があげられた。 3 結果・考察 プログラムでの支援経過を3期に分け、考察を加えていきたい。 (1)Ⅰ期(第1週〜第3週) アセスメント・支援方針確立期 ① 支援目標 文字の読み書きについて、どの程度可能かをアセスメントし、作業に困難をきたす場合には、他の有効な手段を探る。 ② 支援経過 資料の理解については、資料説明において、どこを読んでいるのかがわからない様子が見られた。振り仮名付きの資料を用意するが、効果はみられなかった。振り仮名付きの資料を読んでもらうと、1字ごとの拾い読みとなり、意味が理解されていない様子であった。書字については、Dが話したことをスタッフが書き取ると、それを写すことは可能であった。 作業に関しては、スタッフのモデリングや写真で手順を示したものを見ることで、手順を理解でき、スムーズに作業を進めることができていた。 マニュアル作成技能トレーニングでは、写真での手順の理解が可能であったことから、デジタルカメラを用いて、D自身に写真を撮影してもらい「写真を作業手順ごとに並べたマニュアル」(以下「写真マニュアル」という。)の作成を促した。 はじめは、作業ポイントを押さえての撮影が難しく、スタッフによる指示が必要であったが、経過とともに自ら的確に作業ポイントを押さえての撮影が可能となった。撮影した写真は、パソコンからプリントアウトし、写真マニュアルを作成することが、自力で可能となった。 ただし、実際に作業を行う中で写真マニュアルが活用されにくく、手順の長い作業においては、細かな手順が抜けてしまうことが見られた。 ③ 考察(図1) 読字・書字障害から、どの程度の読み書きが可能かをアセスメントした結果、文から意味を理解したり、口頭指示を文字に表わすことが、かなり困難であることが分かった。 一方、視覚的な処理能力の高さが伺われ、写真を用いた作業手順理解の有効性が示唆された。 そこで、写真マニュアルを導入する上で、a写真を見て作業手順が理解できるか、bデジタルカメラ・パソコンの使用が可能か、c写真マニュアルそのものへの関心はどうか、の点について、検討を行った。その結果、a写真を見て手順を理解することは得意領域であること、bデジタルカメラやパソコンは普段から用いており使用が可能なこと、c写真への興味や関心が高いこと、が分かった。これらの点から、自ら写真マニュアルを作成することが有効ではないかと思われた。 しかし、作成した写真マニュアルを実際に活用する上では、数点の課題対処の必要性も確認された。 (2)Ⅱ期(第4週〜第9週)写真マニュアル訓練期 ① 支援目標 作成した写真マニュアルを、作業中に自ら参照して活用する。 ② 支援経過 作成した写真マニュアルを、自ら参照しながら作業を進めていくための支援として、スタッフと一緒に写真マニュアルを参照しながら作業を進めた。 また、作業前にスタッフと確認しながら、作成した写真マニュアルに留意点を書き込んでもらった。作業中に書き込んだ留意点をうまく活用できた際には、その旨のフィードバックを行った。その後、自ら気づいた点や分からなかった点を、単語や図(矢印やポイント部分を塗る)で記入することが見られるようになった。 特に、相手へ伝える際の、報告のセリフや相手の名前(「〜が終わりました」「○○さん、ありがとう」等)を記入することが多く見られるようになった。記入前は、報告のセリフがあいまいで、その場で思いついた内容を冗長に伝えていたが、記入したセリフを参照することで、的確な内容の 報告が可能となった。 ③ 考察(図2) 自力での写真マニュアルの作成は可能だが、課題として、a写真マニュアルを作成しても、スタッフから見るように言われなければ参照できない点、b写真マニュアルへのメモや留意点の書き込みはスタッフの指示で行っている点、c作業終了の報告が冗長となり安定しない点、が課題としてあげられる。特にaの写真マニュアルを参照しない点は、これまでマニュアルを使用したことが無く、記憶や勘に頼る面が強いためであると思われる。 しかし、写真マニュアルの参照や書き込みの有 効性を実感することで、その結果、写真マニュアルを作業中に参照する行動が増えてきたのではないかと考えられる。 (3)Ⅲ期(第10週〜第13週)写真マニュアル定着期 ① 支援目標 職場実習や新規作業で写真マニュアルを活用し、様々な作業場面への般化を図る。 ② 支援経過 実習先においても、デジタルカメラでの写真撮影を自発的に行っていた。実習先ではその場で写真マニュアルをプリントアウトすることができなかったものの、複雑な作業手順を覚えることができていた。撮影した写真をプリントアウトしたものを、翌日の実習開始前に参照することで、作業手順の確認することに使用した。 新規作業においては、危険個所などの注意点を自発的に書き込むことが見られた。また、手順が分からないときには、自発的に参照することも見られてきた。 また、メモ取りについては、作業終了の報告する担当者名を聞いたその場でメモしたり、複数作業の口頭指示の内容をメモする様子が見られた。 ③ 考察(図3) 実習先では、作業指示があったその場での写真マニュアルの印刷はできなかったものの、撮影することで、作業手順を記憶しやすくなったのではないかと思われる。また、新規作業においても、写真マニュアルと合わせて書き込みが有効に活用され、様々な場面への般化へつながっていると考えられる。 メモ取りについては、写真マニュアル以外にも報告者名や複数作業指示のメモのように、般化がみられ、記入し参照することの有効性が理解されたのではないかと思われる。 4 まとめ (1) 支援方法の妥当性・支援の効果 写真マニュアルの活用は、本人が興味を持って取り組むことができ、有効な支援方法であった。 実習先や新規作業においても積極的に活用されており、支援の効果が見られた。常に写真マニュアルを参照するというところまでは困難であったが、分からないときに参照することが、少しずつではあるが身に付いてきた。 メモ取りについては、写真マニュアル以外にも般化が見られ、支援の効果と言えよう。 Dにとって写真マニュアルの活用は、今後ジョブコーチ支援が行われる際や、就職後の作業習得で大いに役立つのではないかと考えられる。 (2) 支援上の課題 Dの場合写真マニュアルの活用が有効であったが、デジタルカメラやパソコンの操作が難しい者の場合には、どのように進めていくかという課題があげられる。支援者が作成した写真マニュアルの活用では、使用することへの動機付けに課題が生ずるのではないかと思われる。 また、Dは支援とともに写真マニュアルを参照することも増えてきたが、参照が定着しにくい場合の支援方法の検討が必要であると考えられる。 【文献】 1) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラムとその支援事例、「障害者職業総合センター職業センター実践報告書No.19」、(2007) 2) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラム障害者支援マニュアルⅠ、「障害者職業総合センター職業センター支援マニュアルNo.2」、(2008) 3) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラム障害者支援マニュアルⅡ、「障害者職業総合センター職業センター支援マニュアルNo.4」、(2009) 4) 障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラムとその支援事例(2) 注意欠陥多動性障害を有する者への支援、「障害者職業総合センター職業センター実践報告書No.23」、(2010) 引きこもり当事者の一般職業適性検査結果と引きこもり期間 ◯畠 秀和(九州保健福祉大学大学院) 鶴 紀子(九州保健福祉大学大学院)・栗山 和広(愛知教育大学) 1 研究の背景と目的 社会的引きこもり状態にある人(以下「当事者」という。)は全国に多数いるといわれているが、厚生労働省が岡山大学に委託した調査結果によれば、引きこもりの子供を持つ家庭は控えめにみても、全国で約41 万世帯にのぼるとの報告がある。このことからも、当事者は少なくとも41 万人以上いると考えられる1)。その後2010年②月に内閣府が全国で初めて行った実態調査の結果からは、全国で69.6 万人に上ると推計されることが明らかにされた2)。両者で人数が合致しないのは、岡山大学の調査結果では時間的な経過を重視し、内閣府の全国調査では当事者が社会的に自立しているかどうかに着目し、普段は自宅や自室にいるが、趣味や自己都合の場合のみ外出ができる者も含めたことによる。いずれにしても一家庭に2.3 人の当事者がいる場合や、調査対象からもれている人数も想定すると、社会的引きこもりの人数を正確に把握するのは難しいように思われる。 社会的引きこもりの定義には様々な説があるが、厚生労働省国立精神・神経センター精神保健研究所社会復帰部によると「さまざまな要因によって社会的な参加の場面がせばまり、就労や就学などの自宅以外での生活の場が長期にわたって失われている状態」と定義され、「『引きこもり』は、単一の疾患や障害の概念ではない。『引きこもり』の実態は多彩であり、明確な疾患や障害の存在が考えられない場合もある。『引きこもり』の長期化はひとつの特徴であり、長期化は生物学的側面、心理的側面、社会的側面から理解することが出来る。『引きこもり』は精神保健福祉の対象である」と国立精神・神経センター精神保健研究所社会復帰部では考えられている3)。このことから本研究での社会的引きこもりの定義は、国立精神・神経センター精神保健研究所社会復帰部による「10代・20 代を中心とした『ひきこもり』をめぐる地域精神保健活動のガイドライン」に準拠し、研究を進めることとした。 本研究では引きこもり当事者に対して自宅訪問によって関係構築後、就労に向けた支援の約束と、自己把握の一環としてGATB-1 検査を行い、引きこもり当事者の特性や特質、何よりも引きこもり当事者の発達状態を詳細に調査することは、自ら医療機関・福祉機関・支援機関の門を叩く事が少なく、なかなかその専門家と接触することすら出来ない受動的な当事者にとって非常に有用であると思われた。なお家族以外の者と会うことが出来ない当事者が多くいることを想定し、その初期段階として導入に際して家庭訪問を実施し、検査に移行するものとした。自発的に実施される医療機関や福祉機関での検査と全く異なり、引きこもっている当事者に導入として訪問支援を行っていること、導入の過程では身分や目的を明かさないで、家族の依頼のみによって訪問を行うことなど問題はあるものの、やむを得ない状況がある点が他の研究との相違であろう。 2 研究方法 (1)対象 対象者の決定にあたり、前述の引きこもりの定義から平成17 年5月〜平成22 年4月までの間に民間自立支援施設で関与のあった人の89 人を対象とした。当該施設での相談期間や訪問回数、新規関与・継続関与は問わないものとした。GATB-1 は、当事者本人に実施し、研究に賛同し了解を得られたものを研究対象とした。 (2) 検査ステップ ① 第一段階 当事者を抱えた両親や親族(依頼者)の個別面談を実施した。その際家族自記式調査票、スタッフ記入式調査票、家族問診票や各種検査用紙記入票から、本人と家族の置かれている状況を把握した。 ② 第二段階 当事者の家庭訪問を実施した。訪問開始後数回は、当事者と会えることが難しいであろうことを想定し、当事者と会えるまでは家族個別面談を実施し、家族に対してコンサルテーションを行った。当事者と定期的に会えるようになった後は、日常会話から始まり、進路の話し、当事者がどの職業に向くのかを調べるためGATB-1 実施と研究使用の内諾を得た。 ③ 第三段階 民間自立支援施設職員が一対一でGATB-1 を実施した。ただし本研究では訪問先での検査となることから、器具を使用する検査は実施しておらず内容は紙筆検査のみとなった。 ④ 最終段階 GATB-1 実施1ヵ月後に当事者へ直接検査結果を報告するとともに、GATB-1 の別表Ⅱ職業(探索)領域・適性職業群4)を使用し、当事者にどのような職業が向いているのか、また向いていない職業の具体的な仕事内容について解説を行った。 (3)検査の構成と内容 厚生労働省編一般労働適性検査は、アメリカ合衆国労働省によって開発されたGeneral Aptitude Test Battery(GATB)が基礎となっている。戦後日本の実情に合うように翻案され、昭和27年に公表され、昭和32 年、昭和44 年、昭和58 年、平成7年にその時々の社会情勢を踏まえた改正が行われた。本検査は中学2年生〜45 歳未満の者を対象とし、特に中学生以上の進路指導の公共職業安定所における求職者に対する職業相談、職業指導のために長年使用されている。検査の内容は 15種類の下位検査からなり、このうち11 種は紙筆検査。4種は器具検査である。 3 結果 (1)検査対象者の属性 当該施設で訪問支援を行っている当事者の中で、引きこもり定義に該当し、本研究に賛同を得られた89 家族のすべてに対して自宅訪問が実施され、すべてから検査の同意が得られ実施された。実施された当事者の年齢は12 歳から37 歳(平均20.3 歳)、男性68 人、女性21 人、合計89人であった。しかしGATB-1の対象年齢は13 歳から45 歳未満との基準から12歳女子1名を除いた13 歳から37 歳(平均20.4 歳)、男性68 人(77.3%)、女性20 人(22.7%)、合計88 人が本研究の対象となった。年齢にばらつきはあるものの、義務教育を卒業した年の16 歳と、高等学校を卒業した年の18歳にピークがあり、両者を合計すると22 人であり、進路変更を迫られる時期の対象者が本検査の全体の25%を占めていた。対象者のうち担当者が何らかの医学的診断を把握している事例は4例で、うつ病、強迫神経症、高機能自閉症、広汎性発達障害の診断名が確認された。 次に引きこもり期間別に集計を行った。引きこもり期間にもばらつきはあるものの、1年間20 人 (22.7%)、2年間22 人(24.9%)が全体の47.6%を占めていた。3年間以降はなだらかな減少が続き、9年間以降は断続的となり、10 年間4人、12年間に2人、19 年間に3人と部分的な引きこもり期間を示した。多くの当事者は中学校在籍中より不登校であったり、また高校入学後不登校、または高校中退を経験している。この状態に家族は、教師や学校カウンセラー、本人は受診しないが家族が受診し医師の指導により見守りの姿勢で当事者と向き合い、時間が経過している。義務教育機関は、きわめて特別な事情が無い限り、登校・不登校を問わず規定年齢に達したことで卒業を決定している。その後進路先が決まらずに引きこもりに移行した者。また高校には進学したものの不登校をきっかけに退学を迫られ、行き場を失った者。また高校は何とか卒業できたものの、進路先が決まらず引きこもりに移行した者も見られた。これらの子供を抱えた家族がそれまで見守りの態度を取っていたが、帰属先などの環境が変わったことを機に動き出したものと考えられる。18歳以降は右下がりに検査人数は減少していくが、家族や引きこもり当事者が動き出すきっかけとして考えやすい、成人としてのきっかけである20歳や、大学に進学したならば卒業するであろう22 歳までに、何とか引きこもり状態から脱出させたいとの家族の思いが検査によって示されたように考えられる。また当事者が30 歳を超えると、引きこもりを抱える家族の年齢が60 歳を超える可能性が高まり、費用のかかる民間支援施設の門を叩くことに、二の足を踏まざるを得ない状態があったのではないかと考えられた。引きこもりの期間であるが、今回の研究では1年間20 人 (22.7%)、2年間22 人(24.9%)、が全体の47.6%を占めていた。この事からも引きこもり当事者を抱える家族にとって、子供の引きこもり状態を早急に解決したいとの思いが強く伺えた。その一方12 人は(全体の13.6%)10 年以上引きこもり期間があり、その間引きこもりを支える家族にとって、具体的な解決方法が無い。または相談機関に出向いたものの結果的に解決することの無いまま現在に至っていることも分かった。 (2) 年齢別結果と中学生・高校生対同年代の引きこもり当事者の粗点の平均と標準偏差 GATB-1 の結果を年齢別に全国平均値と民間支援施設に通う引きこもり当事者に区分けした。まず年齢ごとに、全国平均値と当事者の適性能平均得点をt 検定し分析を進めた。17〜19歳の両者では適性能得点間に有意差は見られなかった(t=1.02,df6,p< ns)。一方20〜24歳間で(t=3.67,df12,p<0.01)、25〜29 歳間で(t=8.41,df12,p<0.001)、30〜34歳間で(t=8.58,df12,p<0.001)、35〜39歳間で(t=5.19,df 12,p<0.001)とそれぞれ全国平均値と引きこもり当事者の適性能得点に有意差が見られた。 次に各適性能を、全国平均値と引きこもり当事者の適性能平均得点をt 検定(welchのt検定を含む)で分析を進めた。知的は全国平均と当事者の間に有意差が見られ(t=4.55,df8,p<0.01)、言語は(t=4.37,df8,p<0.01)、数理は(t=4.48,df4.98,p<0.01)、書記(t=4.22,df4.22,p