第17回 職業リハビリテーション研究発表会 発 表 論 文 集 開催日・会場 平成21年12月2日(水)(財)海外職業訓練協会(OVTA)         12月3日(木) 障害者職業総合センター 主催   独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 プ ロ グ ラ ム 【第1日目】平成21年12月2日(水) 会場:財団法人海外職業訓練協会(OVTA) ○基礎講座 時 間 内 容 会 場 9:20 受 付 ※事前にお送りした「参加証」と引き換えに資料をお渡しします。 本館1F 9:50 基礎講座 Ⅰ 「精神障害の基礎と職業問題」 渚 講   師 : 相澤 欽一 (障害者職業総合センター 主任研究員) (本館2F) 〜 Ⅱ 「発達障害の基礎と職業問題」  シンポジウムホール 講   師 : 望月 葉子 (障害者職業総合センター 主任研究員) (本館4F) Ⅲ 「高次脳機能障害の基礎と職業問題」     講堂 11:40 講   師 : 田谷 勝夫 (障害者職業総合センター 主任研究員) (別館2F) ○研究発表会 時 間 内 容 会 場 12:30 受 付 ※午前中に受付を済ませた方は結構です。午後から参加される方のみ受付してください。 本館1F 13:00 開会式  挨   拶 : 戸苅 利和  (独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 理事長) "シンポジウムホール (本館4F)" 13:10 特別講演 「ユニクロの障がい者雇用の取組み」 〜 講   師 : 重本 直久 氏 (株式会社ファーストリテイリングCSR部) 14:30 (15分) 休  憩 14:45 "パネル ディスカッション" 「障害者と企業のベストマッチングを考える」 "シンポジウムホール (本館4F)" 〜  司 会 者: 松為 信雄 氏 (神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部 教授)  パ ネ リ ス ト: 秦   政 氏 (特定非営利活動法人障がい者就業・雇用支援センター 理事長) 朝日 雅也 氏 (埼玉県立大学保健医療福祉学部 教授/さいたま障害者就業サポート研究会 会長) 村岡 正次 氏 (サポート21 代表) 16:50          川﨑 清 氏 (株式会社イフ 代表取締役社長) 【第2日目】平成21年12月3日(木) 会場:障害者職業総合センター 時 間 内 容 会 場 9:00 受 付 ※第1日目に受付を済ませた方は結構です。2日目から参加される方のみ受付してください。 ロビー(1F) 9:40 研究発表 口頭発表 第1部 目次参照 〜   分科会形式で8会場に分かれて行います。 11:20 (10分) 休  憩 11:30 ポスター発表 ポスター発表 "アリーナ (2F)" 〜   発表者による説明、質疑応答を行います。 12:40 (10分) 休  憩 12:50 研究発表 口頭発表 第2部 目次参照 〜   分科会形式で8会場に分かれて行います。 14:30 (20分) 休  憩 14:50 ワークショップ Ⅰ 「就労移行支援の現状と課題」 "講堂 (2F)" コーディネーター: 小川 浩 氏 (大妻女子大学人間関係学部 教授) コメンテーター : 前野 哲哉 氏 (厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課 就労支援専門官) 國島 弘 氏 (障害者就業・生活支援センターあかね園 センター長) 大沢 恒雄 氏 (株式会社アルペン 人事部長) 岩佐 純 氏 (東京障害者職業センター多摩支所 支所長) Ⅱ 「IT社会と障害者の就労支援」 "アリーナ (2F)" コーディネーター: 山内 繁 氏 (早稲田大学人間科学部 特任教授) コメンテーター : 堀込 真理子 氏 (社会福祉法人東京コロニー 職能開発課長/東京都障害者IT地域支援センター 事務局長) 井上 英子 氏 (視覚障害者就労生涯学習支援センター 代表) 佐藤 麻子 氏 (株式会社トランスコスモス・アシスト 社会福祉士) 16:50 槌西 敏之 氏 (国立職業リハビリテーションセンター 主任職業訓練指導員) 16:50 閉 会 ※各会場ごとに閉会、解散 目 次 【特別講演】 「ユニクロの障がい者雇用の取組み」 講師: 重本 直久 株式会社ファーストリテイリングCSR部 2 【パネルディスカッション】 「障害者と企業のベストマッチングを考える」 司会者: 松為 信雄 神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部 パネリスト: 秦   政 特定非営利活動法人障がい者就業・雇用支援センター 6 朝日 雅也 埼玉県立大学保健医療福祉学部 / 8 さいたま障害者就業サポート研究会 村岡 正次 サポート21 9 川﨑 清 株式会社イフ 10 【口頭発表 第1部】  第1分科会:精神障害 会場:302研修室(3F) (27) 1 ハローワークにおける精神障害者に対する新規求職登録及び紹介就職等の実態調査について(1) ○ "相澤 欽一 村山 奈美子 岩永 可奈子 川村 博子 大石 甲 " "障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター" 14 あいざわきんいち (29) 2 ハローワークにおける精神障害者に対する新規求職登録及び紹介就職等の実態調査について(2) ○ "岩永 可奈子 相澤 欽一 村山 奈美子 大石 甲 川村 博子 " "障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター" 18 いわながかなこ (28) 3 ハローワークにおける精神障害者に対する新規求職登録及び紹介就職等の実態調査について(3) ○ "村山 奈美子 相澤 欽一 岩永 可奈子 大石 甲 川村 博子 " "障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター" 22 むらやまなみこ (21) 4 障害のある人の自立・就業支援への職場と地域の取組の優先順位の実証的検討 −統合失調症の場合− 春名 由一郎 障害者職業総合センター 26 はるなゆいちろう 6 5 当事者の、当事者による、当事者のための委託訓練 ○ "遠田 千穂 槻田 理 木村 健太郎" "富士ソフト企画株式会社 富士ソフト企画株式会社 富士ソフト企画株式会社 " 30 とおだちほ 第2分科会:企業における雇用の取組 会場:講堂(2F) (14) 1 障害者雇用に対する企業の意識と雇用実態との関係 ○ "河村 恵子 佐渡 賢一 平川 政利 岡田 伸一 佐久間 直人" "障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター" 32 かわむらけいこ (13) 2 障害者雇用に対する配慮とその影響について ○ "平川 政利 佐渡 賢一 河村 恵子 岡田 伸一 佐久間 直人" "障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター" 36 ひらかわまさとし 14 3 埼玉県における企業に対する雇用支援の取組み ○ "小野 博也 岡濱 君枝" "埼玉県障害者雇用サポートセンター 埼玉県障害者雇用サポートセンター " 40 おのひろなり 1 4 ひとつのチームとして −最高の販売体制を支える機能− 大橋 恵子 株式会社髙島屋横浜店 44 おおはしけいこ 17 5 障害者完全在宅勤務による働きやすさの追求と業務効率向上の実現 ○ "木村 良二 竹田 純子 津田 貴 " "株式会社沖ワークウェル 株式会社沖ワークウェル 株式会社沖ワークウェル " 46 きむらりょうじ 第3分科会:職場定着の取組 会場:301研修室(3F) (2) 1 障害者支援施設(旧障害者入所更生施設)における知的障害者の職場定着に係る取組 ○ "横峯 純 木村 和弘" "滋賀障害者職業センター 社会福祉法人しが夢翔会" 50 よこみねじゅん 27 2 視覚・聴覚障害をもつ労働者の雇用の継続に必要な職場における「合理的配慮」の事例検討 ○ "田中 省二 桑木 しのぶ" "東京弁護士会 東京都社会保険労務士会" 54 たなかしょうぞう 40 3 特例子会社における職場定着の取り組み −SST「ステップ・バイ・ステップ」方式の導入と課題− ○ "原 健太郎 上村 あすか 辻 庸介" "大東コーポレートサービス株式会社 大東コーポレートサービス株式会社 大東コーポレートサービス株式会社 " 58 はらけんたろう 32 4 特例子会社における臨床心理士・精神保健福祉士の役割 ○ "松本 貴子 中井 志郎 有本 和歳 西本 敏 由良 久仁彦" "株式会社かんでんエルハート 株式会社かんでんエルハート 株式会社かんでんエルハート 株式会社かんでんエルハート 株式会社かんでんエルハート " 60 まつもとたかこ 7 5 精神障害者の雇用継続を可能にする新たなスタンダードモデルの提言 −「仕事を続けるための面談ガイド」「紹介シート」の提案 ○ "門脇 健二 天野 聖子 小川 麻里恵 川田 俊也 小林 由美子 崎田 和恵 水島 美緒 吉村 類 吉本 佳弘" "社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 社会福祉法人多摩棕櫚亭協会" 64 かどわきけんじ しゃかいふくしほうじんたましゅろっていきょうかい 第4分科会:復職支援 会場:303研修室(3F) (1) 1 精神障害者の職場再適応支援プログラムにおける対人コミュニケーションスキルの向上を目指した支援について ○ "宇内 千恵 土井根 かをり 野中 由彦 " "障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター" 66 うない ちえ (5) 2 メンタルヘルス不全休職者の職場復帰について(1) −事業所におけるMWSを中心とした活用事例− ○ "位上 典子 中村 梨辺果 小池 磨美 村山 奈美子 下條 今日子 加地 雄一 加賀 信寛 望月 葉子 川村 博子" "障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター " 70 いがみのりこ (6) 3 メンタルヘルス不全休職者の職場復帰について(2) −自宅におけるMWSを中心とした活用事例− ○ "中村 梨辺果 位上 典子 小池 磨美 村山 奈美子  下條 今日子  加地 雄一 加賀 信寛 望月 葉子 川村 博子" "障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター  障害者職業総合センター  障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター " 74 なかむらりべか 47 4 "脳損傷患者における高次脳機能障害と就労の関係について −当院回復期病棟の現状と取り組み−" ○ "長谷部 牧子 新舍 規由 石神 重信" "武蔵村山病院リハビリテーションセンター 武蔵村山病院リハビリテーションセンター 武蔵村山病院リハビリテーションセンター" 78 はせべまきこ 44 5 急性期病院の外来リハビリテーションで復職へ関わった一事例 −ライフキャリアの視点と関係性へのアプローチ− ○ "竹内 正人 多田 智" "帝京大学ちば総合医療センター 帝京大学ちば総合医療センター " 82 たけうちまさひと 第5分科会:福祉的就労から一般雇用への移行 会場:アリーナ(2F) 39 1 障害者自立支援法下における重度知的障害者の一般就労への可能性について −社会福祉法人暁雲福祉会と大分キヤノン株式会社との協同の中で− ○ "丹羽 和美 中村 正陽" "社会福祉法人暁雲福祉会「ウィンド」 大分キヤノン株式会社" 86 にわかずみ しゃかいふくしほうじんぎょううんふくしかい 43 2 障害者雇用を積極的に進める企業と連携の5年間 -施設外就労、企業のニーズ、仕事の切り出し、訓練から職場適応までの一貫性− 山田 輝之 社会福祉法人青い鳥福祉会 90 やまだてるゆき 13 3 知的障がい者の退職後の支援 −まだまだイケル 定年・中途 退職者のその後− 綿貫 好子 社会福祉法人廣望会 94 わたぬきよしこ しゃかいふくしほうじんこうぼうかい 4 4 就労への挑戦こそ、自立への道 −福祉的手法の限界を超えて− 中村 正利 社会福祉法人円 まどか荒浜 96 なかむらまさとし しゃかいふくしほうじんまどか まどかあらはま 45 5 障がい者就労支援コーディネーター養成モデルカリキュラムの開発 −全学部生向け講座開設を目指しての諸問題− 堀川 悦夫 佐賀大学医学部認知神経心理学分野 100 ほりかわえつお 第6分科会:地域におけるネットワーク・連携 会場:CAI教室(3F) (22) 1 「就労支援機関が就労支援を行う上でのニーズと 課題等の聞取り調査」から① −実態報告(途中経過)− ○ "内木場 雅子 亀田 敦志" "障害者職業総合センター 障害者職業総合センター " 102 うちこばのりこ (26) 2 高次脳機能障害者の支援ネットワーク形成における各種資源充実度と地域センター利用実態 ○ "清水 亜也 田谷 勝夫 " "障害者職業総合センター 障害者職業総合センター" 104 しみずつぐや (3) 3 障害者の雇用拡大を図るための関係者の「役割」についての一考察 −(株)薬王堂での取り組みから− ○ "伊藤 富士雄 中村 絢子 阿部 憲二 宮本 真実 高山 貴子 伊藤 政徳 盛合 純子 藤野 敬子 野崎 翔太 中島 透  " "岩手障害者職業センター 岩手障害者職業センター 岩手障害者職業センター 岩手障害者職業センター 岩手障害者職業センター 岩手障害者職業センター 岩手障害者職業センター 社会福祉法人平成会 社会福祉法人若竹会 社会福祉法人岩手県社会福祉事業団 " 106 いとうふじお 41 4 米国のカスタマイズ就業を活用した事業主支援について −㈱NTTソルコでの新たな取り組みから− "○ ○ ○" "寺山 昇 内堀 武志 岩佐 美樹" "埼玉労働局ハローワーク浦和 株式会社NTTソルコ 埼玉障害者職業センター" 110 てらやまのぼる 第7分科会:就労・復職に向けたアセスメント 会場:201会議室(2F) (15) 1 就労に向けた障害認定制度における取り組み 石川 球子 障害者職業総合センター 114 いしかわたまこ (31) 2 精神障害者職場復帰支援におけるMSFASを活用した取組みについて −「自分の状況を理解するシート」の試行− ○ "高島 修子 生川 奈津美 今若 惠里子 宮下 薫 永島 弥生" "東京障害者職業センター 東京障害者職業センター 東京障害者職業センター 東京障害者職業センター 東京障害者職業センター " 118 たかしましゅうこ 5 3 新体系移行事業所からの一般雇用に向けての就労支援とライフプラン ○ "小原 淳子 山手 千美 本間 啓之" "社会福祉法人慈泉会 社会福祉法人慈泉会 社会福祉法人慈泉会" 122 おばらじゅんこ しゃかいふくしほうじんじせんかい 38 4 失語症者の復職に向けての支援 中城 みな子 医療法人新さっぽろ脳神経外科病院 126 なかしろみなこ   第8分科会:職域拡大 会場:304研修室(3F) (19) 1 多様化する知的障害者のパソコンデータ入力業務 岡田 伸一 障害者職業総合センター 130 おかだしんいち 21 2 障害当事者の職域拡大を目指して −作業療法士養成教育への継続参与の効果と課題− ○ "石本 馨 小嶌 健一 田原 美智子 辻 直哉" "日本福祉大学健康科学部 日本福祉大学高浜専門学校 日本福祉大学高浜専門学校 NPO法人チャレンジド" 134 いしもとかおる 35 3 視覚障害者15事例にみる雇用継続の実態 ○ "下堂薗 保 松坂 治男 篠島 永一 工藤 正一 吉泉 豊晴 " "特定非営利活動法人タートル 特定非営利活動法人タートル 特定非営利活動法人タートル 特定非営利活動法人タートル 特定非営利活動法人タートル" 138 しもどうぞのたもつ 34 4 施設外就労を活かした障害のある人たちの日本型雇用への取り組み ○ "峰野 和仁 永井 昭        野村 加織 飯尾 かおり 桑原 望" "社会福祉法人復泉会 社会福祉法人復泉会 社会福祉法人復泉会 社会福祉法人復泉会 社会福祉法人復泉会 " 142 みねのかずひと しゃかいふくしほうじんふくせんかいくるみきょうどうさぎょうしょ 16 5 ハローワークにおける精神障害者の雇用支援とその具体的手法 −精神障害の特性に合わせた職場環境作り− ○ "北岡 祐子 大西 貴子 吉川 多佳子 足立 靖行 田中 敏則 淵上 博史 渋谷 雅也 横山 正彦 森田 眞弓 長田 悦子 野澤 紀子" "社会就労センター(創)シー・エー・シー ハローワーク姫路 ハローワーク姫路 ハローワーク姫路 ハローワーク姫路 ハローワーク姫路 ハローワーク姫路 ハローワーク姫路 職業自立センターひめじ 職業自立センターひめじ 兵庫障害者職業センター " 144 きたおかゆうこ しゃかいしゅうろうしえんせんたーしーえーしー 【口頭発表 第2部】  第9分科会:発達障害 会場:講堂(2F) 46 1 "発達障害者への就労支援を効果的に進めるための一考察① −高機能自閉症・アスペルガー症候群への就労支援について−" ○ "岩井 栄一郎 門 眞一郎" "京都市発達障害者支援センターかがやき 京都市児童福祉センター/ 京都市発達障害者支援センターかがやき " 150 いわいえいいちろう きょうとしはったつしょうがいしゃしえんせんたーかがやき (10) 2 "発達障害者への就労支援を効果的に進めるための一考察② −京都における新たな連携と融合−" ○ "荒井 康平 新藤 崇代 岩井 栄一郎 井上 敦子" "京都障害者職業センター 京都府発達障害者支援センターはばたき 京都市発達障害者支援センターかがやき 京都障害者職業センター" 152 あらいこうへい (11) 3 "発達障害者への就労支援を効果的に進めるための一考察③ −京都障害者職業センターにおける雇い入れ支援の事例より−" ○ "古野 素子 芝岡 直美 堀 正志 荒井 康平" "京都障害者職業センター 京都障害者職業センター 京都障害者職業センター 京都障害者職業センター" 156 ふるのもとこ 30 4 発達障がいの特性を有する知的障がい者・精神障がい者の支援 ○ "宮田 智美 中井 志郎 有本 和歳  西本 敏 上林 康典 水嶋 美紀 福田 有里 大谷 和久" "株式会社かんでんエルハート 株式会社かんでんエルハート 株式会社かんでんエルハート 株式会社かんでんエルハート 株式会社かんでんエルハート 株式会社かんでんエルハート 株式会社かんでんエルハート 株式会社かんでんエルハート " 160 みやたさとみ (23) 5 発達障害者に対する就労支援についての効果的地域連携の実践 −課題と取組の可能性についてのレビュー− 田村 みつよ 障害者職業総合センター 164 たむらみつよ 第10分科会:高次脳機能障害 会場:301研修室(3F) 3 1 高次脳機能障害における社会行動障害が家族に及ぼす影響 白山 靖彦 静岡英和学院大学人間社会学部 168 しらやまやすひこ 29 2 高次脳機能障がい者に対する職場内リハビリテーション −その1 外傷性脳損傷者の復職者への取り組み− ○ "泉 忠彦 山本 和夫 今野 政美 千葉 純子 松元 健 岩本 綾乃 " "神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 " 170 いずみただひこ 28 3 高次脳機能障がい者に対する職場内リハビリテーション −その2 復職に向けた職場内リハビリテーションについての一考察 ○ "山本 和夫 泉 忠彦 千葉 純子 今野 政美 松元 健 岩本 綾乃" "神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院 神奈川リハビリテーション病院" 174 やまもとかずお 25 4 就労支援における医療機関の役割についての一考察 −当院における新たな就労支援の取り組みを通して− ○ "廣瀬 陽子 浜崎 千賀 飯沼 舞" "医療法人社団北原脳神経外科病院 医療法人社団北原脳神経外科病院 医療法人社団北原脳神経外科病院 " 178 ひろせようこ 9 5 こうして高次脳機能障がい者は働き出した! −就労継続支援事業A型レストランびすたーりの事例− 深野 せつ子 特定非営利活動法人ほっぷの森 182 ふかのせつこ 第11分科会:企業における雇用の取組 会場:アリーナ(2F) (16) 1 中高年齢障害者の雇用安定と雇用促進の現状と課題 −雇用に関する事業所実態調査及び聴き取り調査から明らかになったこと− ○ "沖山 稚子 佐渡 賢一 今野 圭 澤山 正貴" "障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター " 186 おきやまわかこ 10 2 中小企業の雇用促進に向けた支援ツールの作成 ○ "秦 政 遠藤 和夫 佐藤 健志 藤田 顯 木幡 一哉 比留間 誠一 山科 正寿 小林 信 佐藤 容右 佐藤 珠己" "株式会社アドバンテッジリスクマネジメント 日本経済団体連合会 日本商工会議所 株式会社ビジネス・チャレンジド 株式会社大洋メンテナス 青梅公共職業安定所 千葉障害者職業センター 全国中小企業団体中央会 社労士サトー診断所 厚生労働省" 190 はたまこと 31 3 「精神障害者雇用促進モデル事業」中間報告 −精神障がい者の雇用拡大に向けた職域開拓とサポート体制の整備− ○ "室木 謙司 中井 志郎 有本 和歳 西本 敏 由良 久仁彦 " "株式会社かんでんエルハート 株式会社かんでんエルハート 株式会社かんでんエルハート 株式会社かんでんエルハート 株式会社かんでんエルハート" 194 むろきけんじ 19 4 特例子会社㈱京急ウィズ職場支援担当としての職場改善実践について −指導員が持つ「初期情報」および職場内コミュニケーション活性化の重要性に着目して− 上村 勇夫 株式会社京急ウィズ/日本社会事業大学大学院 198 うえむらいさお 48 5 "株式会社JR東日本グリーンパートナーズ開業までの取り組み −知的障がい者の継続的かつ安定した就労の実現を目指して−" ○ "齋藤 順治 浅子 和則" "株式会社JR東日本グリーンパートナーズ 株式会社JR東日本グリーンパートナーズ " 202 あさこかずのり 第12分科会:職場定着・雇用継続の取組 会場:302研修室(3F) (24) 1 若年性認知症者の就労の実態に関する研究 ○ "伊藤 信子 田谷 勝夫" "障害者職業総合センター 障害者職業総合センター" 204 いとうのぶこ (25) 2 失語症者の就労に対する支援の検討 ○ "青林 唯 田谷 勝夫 伊藤 信子" "障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター " 208 あおばやしただし 12 3 "軽度知的障害者が満足していた就労から離職するに至った経緯の分析 " ○ "野﨑 智仁 荻原 喜茂" "国際医療福祉大学大学院/上都賀総合病院 国際医療福祉大学" 212 のざきともひと 33 4 離職率ゼロを目指して!おしぼり会社の職場定着の取り組み −離職の危機は100日目からやってくる− ○ "植松 若菜 佐藤 幸子" "株式会社リースサンキュー 株式会社リースサンキュー" 216 うえまつわかな 2 5 精神障害者と共に働いて 村田 昭夫 有限会社ムラタ 220 むらたあきお 第13分科会:トータルパッケージの活用 会場:303研修室(3F) 24 1 特別支援学校(知的障害)における職業リハビリテーションの考え方を取り入れた実践(7) −職業教育におけるトータルパッケージの活用− ○ "徳増 五郎 渡辺 明広 " "静岡大学教育学部附属特別支援学校 静岡大学教育学部" 224 とくますごろう 23 2 "特別支援学校から企業への移行と連携についての考察 −トータルパッケージの体系的利用による成果−" ○ "長谷川 浩志 徳増 五郎 大畑 智里     川口 直子" "株式会社メディアベース 静岡大学教育学部附属特別支援学校 静岡大学教育学部附属特別支援学校 株式会社メディアベース" 228 はせがわひろし 22 3 精神障害のある人の多様な働き方を実現するために −トータルパッケージ活用事例から見えてきたこと− ○ "香野 恵美子 堤 若菜" "社団法人やどかりの里 社団法人やどかりの里" 232 こうのえみこ (8) 4 職業能力開発校の精神障害者を対象とするコースにおけるトータルパッケージの活用について ○ "下條 今日子 小池 磨美 中村 梨辺果 位上 典子 村山 奈美子 加地 雄一 加賀 信寛 望月 葉子 川村 博子" "障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター " 236 しもじょうきょうこ (7) 5 "地域若者サポートステーションにおけるトータルパッケージの活用について " ○ "小池 磨美 中村 梨辺果 位上 典子 村山 奈美子 下條 今日子 加賀 信寛 望月 葉子 川村 博子 加地 雄一" "障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター " 240 こいけまみ 第14分科会:学校から職場への移行 会場:304研修室(3F) 36 1 PC業務遂行のための在学中からトータルパッケージを活用した就労支援の事例について ○ "伊藤 英樹 植松 隆洋 笹原 雄介" "静岡県立御殿場特別支援学校 静岡県立御殿場特別支援学校 静岡県立御殿場特別支援学校" 244 いとうひでき 26 2 知的障害者の卒業後の雇用環境の推移と現状 −事例の法的考察を踏まえて− ○ "横田 滋 徳田 暁" "元 東京都立青鳥養護学校 横浜あかつき法律事務所" 248 よこたしげる とうきょうとりつあおどりようごがっこう 20 3 学校と外部専門機関との連携 −支援主体の移行の取り組み− ○ "松尾 秀樹 鷹居 勝美 副島 悠紀 法澤 直子" "佐世保工業高等専門学校 長崎障害者職業センター 長崎県発達障害者支援センター「しおさい」 長崎県発達障害者支援センター「しおさい」" 252 まつおひでき 37 4 障害者就業・生活支援センターと障害者職業能力開発プロモート事業との連携の効果 ○ "富永 英伸 松野 康広 園木 純子" "北九州障害者しごとサポートセンター 北九州市保健福祉局 北九州市保健福祉局 " 256 とみながひでのぶ   8 5 重度視覚障害者のためのプログラミング環境の開発とその職業的活用の可能性 ○ "長岡 英司 宮城 愛美 福永 克己" "筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター 筑波技術大学 筑波技術大学" 260 ながおかひでじ 第15分科会:能力開発・キャリア形成 会場:201会議室(2F) (30) 1 頸髄、脊髄損傷者のキャリアチェンジの実態 −旧 せき髄損傷者職業センターの職業復帰者への調査を通して− 大関 和美 福岡障害者職業センター 264 おおぜきかずみ (33) 2 国立職業リハビリテーションセンターにおける発達障害者の職業訓練に関する取組みについて 野村 隆幸 国立職業リハビリテーションセンター 268 のむらたかゆき (34) 3 "認知行動療法を参考にした認知障害者のための教材作成 −電話伝言実習教材を題材として−" 上田 典之 国立職業リハビリテーションセンター 272 うえだのりゆき 42 4 個別マネジメントシステムを用いて行う職業訓練・就労支援について ○ "合田 吉行 今西 智奈美 池田 泰将 藤井 麗子 岡本 忠雄 乾 伊津子" "特定非営利活動法人ワークステージ 大阪市職業リハビリテーションセンター 大阪市職業リハビリテーションセンター 大阪市職業リハビリテーションセンター 大阪市職業リハビリテーションセンター 大阪市職業リハビリテーションセンター " 276 ごうだよしゆき 18 5 指定就労継続支援(A型)事業の実践についての一事例 −多様な業務を通じた障害者の本当の自立に向けた取り組み− "○ ○" "瀬山 和子 坂本 貴史" "特定非営利活動法人日本園芸療法士協会 特定非営利活動法人日本園芸療法士協会 " 280 せやまかずこ 第16分科会:海外における政策・支援の動向 会場:CAI教室(3F) (18) 1 小規模企業の損益を勘案した障害のある社員の担当業務の検討 −米国の取り組みから− 依田 隆男 障害者職業総合センター 284 よだたかお (9) 2 米国ノースカロライナ州での発達障害者に対する支援の取り組み 竹本 嗣康 新潟障害者職業センター 288 たけもとつぐやす (32) 3 英国における知的障害を伴わない発達障害者への支援方法について 鈴木 秀一 東京障害者職業センター 292 すずきしゅういち (17) 4 視覚障害者のマッサージ業就業にかかる法的規制に関する国際比較 −韓国及び台湾における憲法判例を素材として− 指田 忠司 障害者職業総合センター 296 さしだちゅうじ 15 5 障害者権利条約の批准と同時に国内法・行政・司法の基本改革が必要 清水 建夫 "働く障害者の弁護団/ NPO法人障害児・者人権ネットワーク " 298 しみずたてお 【ポスター発表】  会場:アリーナ(2F) 1 1 知的障害者への職場定着におけるメモリーノートの活用と効果 松田 光一郎 社会福祉法人北摂杉の子会 304 まつだこういちろう しゃかいふくしほうじんほくせつすぎのこかい  3 2 復職に対し不安を抱えた一症例に対する支援について −医学的リハから職場復帰への円滑な支援をめざして− ○ "工藤 摂子 善田 督史 田中 敏恵" "化学療法研究所附属病院 化学療法研究所附属病院 化学療法研究所附属病院 " 308 くどうせつこ (1) 3 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける職場対人技能トレーニング(JST)の検討 −特性に応じたアプローチの工夫− ○ "阿部 秀樹 加藤 ひと美 佐善 和江 渡辺 由美 " "障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター 障害者職業総合センター職業センター " 310 あべひでき (2) 4 通常教育を選択した広汎性発達障害者の現状からみた就労支援の課題Ⅰ −「発達障害のある青年・成人に関する就業・生活実態調査」から− ○ "望月 葉子 神谷 直樹" "障害者職業総合センター 障害者職業総合センター  " 314 もちづきようこ (3) 5 通常教育を選択した広汎性発達障害者の現状からみた就労支援の課題Ⅱ −ヒアリング調査の結果から− 望月 葉子 障害者職業総合センター 318 もちづきようこ 7 6 自閉症生徒の就労移行支援について −事業所との連携した環境設定と社会性の学習の観点から− ○ "宇川 浩之 矢野川 祥典 石山 貴章 田中 誠    " "高知大学教育学部附属特別支援学校 高知大学教育学部附属特別支援学校 九州ルーテル学院大学 就実大学/就実短期大学" 322 うがわひろゆき 11 7 職場環境が生徒の情緒や行動の問題に与える影響 −特別支援学校高等部の現場実習から− 長内 恒太 "財団法人杉並区障害者雇用支援事業団 (元 明治学院大学大学院)" 324 おさないこうた 9 8 特別支援学校における就労状況に関する研究 −卒業生の一般就労及び産業別分類に着目して− ○ "矢野川 祥典 宇川 浩之 田中 誠 石山 貴章" "高知大学教育学部附属特別支援学校 高知大学教育学部附属特別支援学校 就実大学/就実短期大学 九州ルーテル学院大学" 326 やのがわよしのり (4) 9 大学等における障害・疾患のある学生の就職活動支援 −大学・短期大学・高等専門学校の調査結果から− 依田 隆男 障害者職業総合センター 328 よだたかお 12 10 知的障害者が継続して働いている企業の構造について −継続的なフィールドワーク調査に基づいた分析から見えてきたもの− ○ "石山 貴章 田中 誠 柳本 加寿枝 土居真一郎 矢野川 祥典 宇川 浩之" "九州ルーテル学院大学 就実大学/就実短期大学 高知大学教育学部附属特別支援学校 高知大学教育学部附属特別支援学校 高知大学教育学部附属特別支援学校 高知大学教育学部附属特別支援学校" 332 いしやまたかあき 13 11 特別支援学校(肢体不自由・施設併設校)における就労支援のあり方 −草の実版デュアルシステムによる就労体験と社会生活プログラムの試み− 逵 直美 "三重県立城山特別支援学校草の実分校 " 334 つじなおみ (6) 12 カスタマイズ就業関連資料の紹介 −カスタマイズ就業への入門から発展まで− ○ "東明 貴久子 春名 由一郎" "障害者職業総合センター 障害者職業総合センター " 336 とうめいきくこ 2 13 農の福祉力 −農が及ぼす効果− ○ "田中 誠 石山貴章 宇川浩之 矢野川祥典" "就実大学/就実短期大学 九州ルーテル学院大学 高知大学教育学部附属特別支援学校 高知大学教育学部附属特別支援学校" 340 たなかまこと (9) 14 ハローワークにおける障害者の就職支援の工夫・取組事例の収集・分析について ○ "亀田 敦志 田谷 勝夫 春名 由一郎 三島 広和" "障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター " 342 かめだあつし 4 15 当院における就労支援への取り組み −医療機関としての役割と効果的な連携のあり方についての検討− ○ "比嘉 聡子 前川 友希 新垣 美鈴 照屋 聡" "医療法人ちゅうざん会ちゅうざん病院 医療法人ちゅうざん会ちゅうざん病院 医療法人ちゅうざん会ちゅうざん病院 医療法人ちゅうざん会ちゅうざん病院 " 344 ひがさとこ 8 16 当院における就労者と非就労者の比較 ○ "照屋 聡 矢頭 晶子 比嘉 聡子" "医療法人ちゅうざん会ちゅうざん病院 医療法人ちゅうざん会ちゅうざん病院 医療法人ちゅうざん会ちゅうざん病院 " 348 てるやさとし 6 17 「分の厚い支援連携」を目指して 常世田 千春 障害者就業・生活支援センター アイ-キャリア 350 とこよだちはる (5) 18 障害者の円滑な就業の実現等にむけた長期継続調査(パネル調査) −障害のある労働者の職業サイクルに関する第1回アンケート調査(職業生活前期調査)結果報告− ○ "石黒 豊 亀田 敦志 田村 みつよ 清水 亜也 森山 葉子" "障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター " 352 いしぐろゆたか 5 19 評価と訓練が手軽にできる「ボックス式作業」の紹介 後藤 英樹 足立区障がい福祉センター 356 ごとうひでき (10) 20 国立職業リハビリテーションセンターにおける視覚障害を有する訓練生のための就労支援・職業訓練の取り組み ○ "刎田 文記 小林 久美子 小林 正子 中山 秀之 大内 朋恵 長谷川 秀樹" "国立職業リハビリテーションセンター 国立職業リハビリテーションセンター 国立職業リハビリテーションセンター 国立職業リハビリテーションセンター 国立職業リハビリテーションセンター 国立職業リハビリテーションセンター " 358 はねだふみき 10 21 一般企業に就職した視覚障害者の就職後の状況調査について ○ "石川 充英 酒井 智子 山崎 智章 大石 史夫 長岡 雄一 " "東京都視覚障害者生活支援センター 東京都視覚障害者生活支援センター 東京都視覚障害者生活支援センター 東京都視覚障害者生活支援センター 東京都視覚障害者生活支援センター" 362 いしかわみつひで   (7) 22 メンタルヘルス不全休職者の職場復帰過程におけるトータルパッケージの活用状況と課題について ○ "加賀 信寛 小池 磨美 位上 典子 中村 梨辺果 村山 奈美子 下條 今日子 望月 葉子 川村 博子" "障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター 障害者職業総合センター" 364 かがのぶひろ 【ワークショップ】 Ⅰ 「就労移行支援の現状と課題」 会場:講堂(2F) コーディネーター: 小川 浩 大妻女子大学人間関係学部 コメンテーター: 前野 哲哉 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課 370 國島 弘 障害者就業・生活支援センターあかね園 372 大沢 恒雄 株式会社アルペン 374 岩佐 純 東京障害者職業センター多摩支所 375 Ⅱ 「IT社会と障害者の就労支援」 会場:アリーナ(2F) コーディネーター: 山内 繁 早稲田大学人間科学部 コメンテーター: 堀込 真理子 社会福祉法人東京コロニー/ 378 東京都障害者IT地域支援センター 井上 英子 視覚障害者就労生涯学習支援センター 380 佐藤 麻子 株式会社トランスコスモス・アシスト 382 槌西 敏之 国立職業リハビリテーションセンター 385 特別講演 ユニクロの障がい者雇用の取組み 株式会社ファーストリテイリングCSR部 重 本 直 久 ユニクロの障がい者雇用の取組み 株式会社ファーストリテイリングCSR部 重本 直久 > 弊社の概要 > 日本の中のファーストリテイリング・ユニクロ、世界の中のファーストリテイリング・ユニクロ > 障がい者雇用の方針と現状 > 雇用率の推移、障害の種類 > 障がい者雇用推進の背景 * 経営のコミットメント * 店舗の実行力 * 店舗の環境・職域 * 社会とのかかわり > 事例紹介 > 障がい者雇用がもたらしたもの > 障害者雇用をさらに進めるための今後の展望 パネルディスカッション 障害者と企業のベストマッチングを考える  【司会者】   松為 信雄   (神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部 教授)  【パネリスト】   秦    政   (特定非営利活動法人障がい者就業・雇用支援センター 理事長) 朝日 雅也   (埼玉県立大学保健医療福祉学部 教授/さいたま障害者就業サポート研究会 会長)   村岡 正次   (サポート21 代表)   川﨑 清   (株式会社イフ 代表取締役社長) 企業に期待される21世紀の障がい者雇用推進    −働くことで磨かれる障がい者の職業能力と意識− 特定非営利活動法人障がい者就業・雇用支援センター 理事長 はた(はた )  まこと(まこと))  企業に期待される21世紀の障がい者雇用推進    =働くことで磨かれる障がい者の職業能力と意識=         NPO法人障がい者就業・雇用支援センター理事長         秦   政(はた まこと)  秦が見てきた障がい者雇用20年の変遷 * 法律が段階的に見直されてきた  *平成9年 知的障害者の雇用義務化(法定雇用率1.6%⇒1.8%)  *平成17年 精神障害者の雇用率への算入(雇用義務はない)  *除外率の10%削減(平成16年そして平成22年)  *障害者自立支援法制定(平成17年)と雇用指導強化 * 企業の障がい者雇用率は着実に改善されてきた * 雇用が進んだ大きな要因は企業側の意識の向上にある * 専門機関による雇用支援体制も整備されてきた * 新たに取り組む企業にも頼もしい好事例が誕生した * 特例子会社制度も雇用率改善の有効手段となっている  民間企業における雇用の現状と課題 * 一見順調に推移しているように映る障がい者雇用も 1.募集・採用対象が身体障がい者中心となっている現状 (過去の経験から、活用ノウハウのある身体障がい者に偏りがちな雇用) 2.求人側(企業)と応募者の間にある期待値の開き (即戦力を求める企業⇔長期的視点で育成を期待する支援者) 3.大企業⇔中小企業 大都市圏⇔地方の事情の違い (障害者が売り手市場の首都圏⇔地元企業では充足できない求職者) 4.支援者にある戸惑いと不安 (解雇への不安、苦労をさせたくない保護者、旧制度を希求する施設側) 法律の改正がもたらす雇用市場への影響 * 採用戦線は間違いなく激化する * 売り手市場の雇用環境は多くの離職者を生むリスク拡大 * 日常のマネジメントに最新の注意が求められる   *育成・評価・配置・異動・カウンセリング・メンタルケア等 * 従来雇用してきた障がい者では充足できない時代到来   *精神障がい者・発達障がい者・難病のある人・高次脳機能障がい * 様々な障がい者を受け入れる職域の整備   *新たな仕事、仕事の組み立て、など工夫がないと受け入れは困難 * 専門的な支援者を必要とするこれからの雇用拡大   *外部の専門家・機関との連携は不可欠   企業自身が感じる負担の重さと対応策 多くの企業が実感する雇用促進の難しさ (法律の存在や社会的責任を承知ながらも) 1.職域が広がらない 2.求めるレベルの障がい者が確保できない(能力・意欲) 3.トップの理解・支援も含め会社全体が障がい者受け入れ体制に無い 4.重度障がい者(知的・精神・発達等)を生かすノウハウが整っていない 5.育成する余裕が職場に無い 6.健康管理も含めマネジメントに不安が残る 7.雇用した障がい者の加齢後の対応や健康管理が不安  新たな視点を持つことの必要性は理解するが   当事者・支援者が期待する企業の取り組みは * 障がい者に対するステレオタイプな見方を是正してほしい * 評価されたい、お金も稼ぎたいは私達も同じです * 障がいがゆえ出来ないこともあることを分かってほしい * 経験が無いからこそ様々に経験をさせてほしい * 仕事の評価とフィードバックがほしい * 配慮は嬉しいが、過度な遠慮や気遣いはなくしてほしい * 一人の社員として、普通に扱ってほしい * 障がい者に出来る仕事⇒障がい者を仕事の戦力に  するにはどうするか、考えてほしい!   障がい者雇用を成功させている企業の共通点 * 障がい者雇用に関する方針が確立され、社内で共有されている * トップマネジメントの理解と支援がある * 障がい者雇用を『必要な戦力の確保』と捉えている * 障がい者の能力を活かす職域が整備されている * 本当の意味で『ダイバーシティーの思想』が浸透している * 職場の同僚に対し、障がい者理解教育が徹底されている * 同僚が本人の成長に積極的に関与している * 障がい者自身も自己の能力アップに向け努力を続けている * 社内に豊富にモデル事例が育っている * 社外の好事例にもアンテナを巡らせ、情報収集を怠らない  これからの障がい者雇用を成功に導く方策 * 新たな職域を開発する努力の継続   *集める・加工する・創るがキーワード   *農業や介護など時代のニーズに沿ったサービス展開 * 障がい者の職業能力を磨く機会の提供   *能力を磨く機会を与えられてこなかった人たち   *個人差はあるが、伸び代は大きい * 特例子会社制度の有効活用   *雇用率確保のほかにもある様々な特例子会社の持つ強み * シェアードサービスと業務のBPRによる新職域の整備 障がい者には無理な仕事⇒障がい者も主役になれる仕事 今後の障がい者雇用進展のためのポイント * 労働行政に求めたい視点   *企業社会の置かれている経営状況への理解と配慮   *なぜ雇用が進展しないか、真の理由への理解と対策強化   *雇用努力を行う事業主への実効のある支援   *障がい者の職業能力を高めるための教育環境整備と強化 * 企業に求めたい気づきと行動   *障がい・障がい者に対する職場全体での理解・受け入れの啓発教育   *戦力にするための体制と職域整備   *障がい者を企業の戦力にするための知恵と工夫の発揮(主に教育) * 当事者・支援者に求めたい努力   *甘えを捨て、社会人としての成長するための努力を行う   *働くことで得られる価値や喜びを知る  なぜ今障がい者雇用が求められるのか−1 * 国の構造変化と少子・高齢化   *高齢者の増加と少子化   *財源の枯渇【既に860兆円ある国の借金】   *福祉財源の高齢者シフトは不可避(社会保障費90兆円⇒140兆円      に)   *従来型の『施設で障がい者を受け入れる』方策は限界   *民主党のマニフェストに謳われている障がい者施策の行く末は     (民主党の障がい者支援策には注目する必要がある) * 国際条約への向き合い方   *障がい者の権利をどのように保証する   *権利条約の理念は 【 NOTHING ABOUT US WITHOUT US 】  なぜ今障がい者雇用が求められるのか−2 * 自立支援法・権利条約の根底に流れる思想は    『ノーマライゼーションの具現化』にある  (障害のある人たちが普通に社会で暮らしてゆける状態の創造)  現実は『障害者には多くの期待は無理!』との決め付け   ①教育環境の分離=教育成果追及が故の教育の合理化と差別化   ②産業界にある即戦力と成果期待=過度の負担は避けたい   ③障害者が安心できる環境整備=施設が理想の住処との決め付け  これら旧来の発想からの脱却が今求められている   ①旧制度(施設での保護)は財政上無理(一人当たり年に200万円)   ②成長のchanceが制限されてきた障がい者達の持つ豊な可能性   ③障がい者に優しい社会はすべての人にとっても優しい社会である            おわりに * 世の中には一定数障がいのある人がいます * 彼らの多くは磨かれていない原石といえます * 磨くことで社会の戦力となれる伸び代を豊かに有しています * それは一寸した配慮と少しの時間があれば叶うことです * 社会に参加する喜びと誇りを実感させてあげてください * 障がい者に優しい社会はすべての人にとっても優しい社会なのです * 精神障がい者の受け入れは全社のメンタルへルスにも有効です * 少子化の時代にあっては彼らも社会に貢献することが求められます * 福祉で支える時代は終わったといわざるを得ません * 仮に福祉で支えるとすれば莫大な税の投入は不可避です * 職場にまず一人、そしてもう一人。職場は変わるはずです    ご清聴いただき有難うございました 障害者と企業のベストマッチングを考える 埼玉県立大学保健医療福祉学部 教授/さいたま障害者就業サポート研究会 会長 朝日 雅也 【問題意識】  国連障害者権利条約の批准に向けて国内法制度の検討が進む中、障害者の労働・雇用に関して、ILO(国際労働機関)が唱えるディーセントワークの実現が改めて求められる。特に、合理的配慮概念の適切な運用は、今後の障害者雇用の鍵ともいえよう。  その際、雇用を実現する上での主要素は、障害のある人、雇用する企業、支援機関(者)の3つであるといっても過言ではない。   特に、雇用する企業が、障害のある人、支援機関(者)と対等なパートナーシップに基づき、障害者就労支援の担い手として機能することが期待される。  同時に、障害のある人の質の高い職業生活を確保していくために、企業が適切な支援の「受け手」であることも確認したい。  ベストマッチングは、障害者雇用を目標に、3つの要素が協働しあうことでもある。 【発言骨子】 ○ILO(国際労働機関)が唱えるディーセントワークの希求 ○職場の『ノーマライゼーション』はなぜ難しかったのか ○「合理的配慮」の検討を通じての『ともに働く』ことの希求 ○求められる環境を変える視点 ○人的な支援を当たり前に捉える支援のあり方 ○障害の特性をポジティブに捉える視点 ○支援の担い手としての企業、支援の対象としての企業 ○協働の秘訣は、それぞれの「専門性」の尊重、目標の共有化 ○障害のある人の働く場の確保を通じて、誰もが働きやすい社会の創造へ 関西における障害者雇用の取組みから、企業が、障害者や支援者に求めること                        サポート21 代表  村岡 正次 1 知的障害から精神障害へ支援要請  ここ近年の企業からの支援者に対する要請事項は、知的障害から精神障害に関することが増えつつある。これは、企業を取り巻く環境が大きく変化していることに由来している。国内競争、国際競争の激化によって、企業存立の危機にさらされ、リストラ旋風“去るも地獄、残るも地獄”と余裕のない厳しい現実となっている。結果一人ひとりの従業員へのプレッシャーが高まり、心の病を起こす人が増えている。このような現況により職場のメンタルヘルス対策が急務となっており、これらに対する的確なアドバイスを求められている。それに対する支援者の対応能力は必ずしも十分ではない。支援者の人材シフトと育成、臨床家養成が求められている。 2 特例子会社設立意欲の高まり  企業のCSR(企業の社会的責任)意識の高まりや、雇用率達成に有効であるとの認識が高まり、特例子会社設立の意欲が高まっている。地域障害者職業センター主催の雇用管理サポート講座の特例子会社設立のテーマに人気が高い。先般大阪府が1000人以上規模の企業に実施した特例子会社設立に関するアンケート調査では、90社中2社が早急に設立したい、8社が2〜3年内に設立したいとの回答を寄せている。関西では2府県の労働局が独自の設立に関する手引書をつくり企業の要望にこたえている。独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構としても特例子会社設立の手引書を発行し、全国的な特例子会社設立の喚起に役立てればと考えている。 3 大阪府障害者雇用促進へ条例  大阪府は、全国最悪レベルとなっている障害者の雇用状況を改善するため、障害者の法定雇用率を満たしていない企業を、年間7400件に上る府発注の公共事業や物品購入の契約から排除する方針を決めた。異例の強硬措置により、橋下徹知事が掲げる「障害者雇用日本一」の達成を目指す。2010年4月実施に向け、関連条例案を9月府議会に提案する。条例案では、府から業務を受注したり、補助金を受けたりしている企業を対象に、障害者雇用促進法で義務づけられた企業の法定雇用率1.8%を満たしていない場合、障害者の受け入れ計画の作成を義務付け、進行状況を定期的に報告させる。改善が進まない企業には勧告を出したうえで、従わなければ、企業名を公表する。さらに、すでにある府要綱を適用して入札参加を1〜3か月停止、随意契約についても同様の措置を取る。府は「ペナルティーがなければ、大阪の状況はなかなか変わらない。障害者に雇用の機会を提供するきっかけにしたい」としている。府によると、法定雇用率を満たす府内の企業は08年6月現在、42.8%で、全都道府県中43位にとどまっている(09年9月2日読売新聞より)。  この条例全般を担当する部署として、新たに「障害者雇用促進センター」が設置された。行政マンだけでなく新たに民間より特例子会社の経験者を加え発足した。実効が期待される。他府県への波及を図ることが出来ればと思う。 障害者と雇用のベストマッチングを考える 株式会社イフ 代表取締役社長  川﨑 清 ■株式会社イフの取り組み  株式会社イフは1988年に人材サービスを提供する企業として設立。1992年に民間企業として初めて障がい者のための就職情報誌「サ〜ナ」を創刊。以来、「良い人材を採用したい企業」と「積極的に社会参加したい障がい者の方」を結ぶ架け橋として、障がい者採用支援事業を展開し、今年で18年目を迎えている。  また、サーナは民間企業として初の障がい者の専門就職情報誌であった為、大きな反響を呼び、最大100社超の掲載求人社数を数えるまでに発展。  その後、時代が進むにつれて双方のニーズも多様化する中、情報誌以外の「合同企業面談会 サ〜ナ就職フェスタ」「インターネット求人サイト WebSana」「人材紹介サービス JobSana」も次々に立ち上げ、サービスに充実を図ってきた。   ■イフの支援サービス (1)就職・転職情報誌「サ〜ナ」 創刊/1992年  年間2回の発行(3月・12月)で、サ〜ナ会員(個人)と 全国約8,000カ所の学校などの教育機関、職業安定所などの 関係団体で活用。 (2)合同企業面談会「サ〜ナ就職フェスタ」 サービス開始/1994年 企業と求職者のベストマッチをめざして、1994年に東京で 初開催。その後、2001年には大阪、2004年には名古屋、 2007年には福岡で開催。参加者ニーズの高まりに応えて いくために、エリア拡大をめざしています。 (3)就職・転職求人サイト「Websana」 サービス開始/1998年 掲載社数延べ約800社以上という豊富な企業情報を提供。 多彩な検索機能で利便性を向上。 (4)人材紹介サービス「Jobsana」 サービス開始/2005年 通年採用を実施する企業の増加や企業の募集職種の広がりなど ニーズが多様化する中、ベストマッチングを念頭に置いたサー ビス展開を行っている。 ■イフ総合研究所の就職支援サービス 大学・短大等の教育機関や各種団体へ、障がい者雇用の 理解促進を目的に訪問活動を実施。また年1回、就職活 動を終えた障がい学生の方(約400名)、障がい者採用 活動を実施した企業(約200社)を対象にアンケート調 査を行い、集計結果を【障がい学生の就職活動白書】と して発表している。 ■今後の展開  18年前と比較しても企業と障がい者の方を繋ぐメディアは多様化しており、出会う機会も大きく増加した。しかし、多くの企業の法定雇用率がまだ達成されていない中、加えて除外率の段階的な引き下げが実施され、各企業にとって障がい者雇用は、より重要な取り組むべき課題となっている。  しかし、昨年からの不況の影響で障がい者のみならず全体の求人数は大幅に減少しており、積極的な採用を控えているのが現状だ。このような状況下で、企業側の求める人材の要望レベルの上昇や、地域的な格差の是正など、企業の採用課題も多様化しており、「ベストマッチング」をどのようにして行うかは、大きなテーマの一つである。 口頭発表 第1部 ハローワークにおける精神障害者に対する新規求職登録 及び紹介就職等の実態調査について(1) −実態調査の概要− ○相澤 欽一(障害者職業総合センター障害者支援部門 主任研究員) 村山 奈美子・岩永 可奈子・川村 博子・大石 甲(障害者職業総合センター障害者支援部門) 1 調査の背景と目的 ハローワークを利用して就職する精神障害者は年々増加し、2007年度の精神障害者の新規求職申込件数は22,804件、紹介就職件数は8,479件で、1998年度と比較すると5〜6倍になっている。 しかし、厚生労働省の資料では、就職後の定着状況、ハローワークと関係機関との連携状況、雇用率算定対象となる就職者数等、基本的な情報が不明であった。そこで、精神障害者に対する支援のあり方の検討に資するため、ハローワークにおける精神障害者の職業紹介等に関する調査を実施した。本稿では、この調査の概要を示す。 2 調査の概要 (1) 調査対象  全国のハローワーク(出張所等を除く)の中から、各都道府県の筆頭所47所と筆頭所以外から無作為抽出した63所、計110所の障害者相談窓口(専門援助部門)を対象とした。 (2) 調査期間  2008年7月1日〜10月31日。但し、定着状況の関連項目は2009年2月27日時点で確認した。 (3) 調査内容  調査対象ハローワークの障害者相談窓口で、調査期間内に新規求職登録もしくは紹介就職した精神障害者に係る以下の情報について把握した。  なお、把握する項目は、求職者個人が特定されないよう留意した。  ① 新規求職登録者  年齢、性別、精神障害者保健福祉手帳の有無、診断名、発病の時期、新規求職登録日、発病前の職歴の有無と在職期間、発病後の職歴の有無と在職期間、新規求職登録時点での失業期間、希望職種、希望の週所定労働時間、障害開示の希望、障害者就労支援チームの実施の有無、主な日中活動の状況、連携した支援機関。  ② 紹介就職者  調査期間内に複数回就職した者の確認、年齢、性別、精神障害者保健福祉手帳の有無、診断名、発病の時期、新規求職登録日、発病前の職歴の有無及び在職期間と職種、発病後の職歴の有無(うちハローワーク紹介の回数)及び在職期間と職種、就職までの失業期間、就職日、就職した職種、求人の種類、就職先の企業規模、週所定労働時間、雇用期間の定め、障害開示、就職前の訓練等の利用状況、支援制度の活用、障害者就労支援チームの実施の有無、連携した支援機関、(2009年2月27日時点の)定着状況、適応指導の実施、(定着している者の)週所定労働時間、(離職した者の)離職日、離職理由。 (4) 調査方法  厚生労働省障害者雇用対策課を通じ、調査対象ハローワークに調査票を送信し、必要データ入力後に返信を求めた。また、調査結果の分析のため、主に就職件数の多いハローワークから、訪問や電話等で職業紹介等に係る具体的状況をヒアリングしている。 3 結果  紙面の都合上、調査結果の一部を紹介する。 (1) 回収率等 回収率は100%。  なお、ヒアリングで、回答にケアレスミスが確認された場合、随時データの修正を行っている。本稿及び後述の実態調査(2)(3)は、9月15日時点のデータをもとにしているが、9月15日以降もヒアリングを継続中で、今後、データ最終確定までに、数値変更の可能性がごく僅か残っている。 (2) 新規求職登録者の状況  調査期間内に調査対象ハローワークに新規求職登録した精神障害者(以下「求職者」という。)は1,847人いた。 ①年齢は、30代が最も多く39.4%、次いで、40代24.3%、20代23.1%等と続いている。 ②性別は、男性61.8%、女性が38.4%。 ③精神障害者保健福祉手帳所持者は67.3%(1級3.1%、2級39.0%、3級25.2%)。申請中4.5%。手帳なし者は26.6%。不明1.6%。 ④診断名は、統合失調症が42.3%、そううつ病(気分障害)32.3%、てんかん6.7%、その他12.8%、不明5.8%。 *診断名は主治医の意見書で確認している。 ⑤発病前の職歴がある者は64.5%(1社25.0%、2〜3社27.3%、4社以上12.2%)。職歴なしは19.4%、不明が16.1%。発病前職歴中の最長在職期間は、1年未満が13.0%、5年以上が40.2%。 ⑥発病後の職歴がある者は52.7%(1社22.7%、2〜3社21.9%、4社以上8.1%)。職歴なしが32.5%、不明が14.8%。発病後職歴中の最長在職期間は、1年未満が32.6%、5年以上が16.3%。 ⑦求職登録時点での失業期間は、1年未満が42.4%、3年以上が24.2%、前職なしが5.0%。 ⑧希望する職種は、多い順に、生産労務39.2%、事務22.6%、サービス9.4%、専門技術7.6%、販売6.4%、運輸・通信2.4%、保安0.6%等。 ⑨希望する週所定労働時間は、30時間以上46.3%、20〜30時間未満29.7%、20時間未満20.2%、不明3.8%。 ⑩障害開示を希望する者は54.7%、希望しない者は8.6%。迷っている7.3%。不明29.5%。 ⑪求職登録時点に日中活動をしている者は31.5%。していない者が40.7%。不明が27.8%。日中活動している者では、授産・作業所7.8%、在職中5.5%、デイケア5.4%等が多い。 ⑫求職登録時点でハローワークが連携した機関は、障害者就業・生活支援センター8.9%、地域障害者職業センター7.6%、医療機関5.8%、授産・作業所4.8%、就労移行支援事業所3.6%、自治体設置の就労支援センター等3.3%、地域活動支援センター2.5%、就労継続支援事業所1.6%、保健所等0.9%、その他2.2%(複数回答)。どの支援機関とも連携していない事例は67.0%。 *医療機関の場合、「主治医の意見書」のみの関わりは、連携機関に入れていない。 (3) 紹介就職者の状況 調査期間内に調査対象ハローワークで紹介就職した精神障害者(以下「就職者」という。)は928人、就職件数は982件あった(同一人物が複数回就職したため就職件数が多い)。また、上記(2)の求職者のうち、調査期間内に就職した者は129人、130件だった。以下、集計の概況を示すが、①〜⑧は就職者の実人員928人を母数とし、⑨以降は就職件数の982件を母数として集計している。 ①年齢は、30代が最も多く42.3%、次いで、40代26.4%、20代19.8%等と続いている。 ②性別は、男性65.4%、女性34.6%。 ③精神障害者保健福祉手帳所持者は80.0%(1級3.7%、2級45.6%、3級30.7%)。申請中1.2%。手帳なし者は17.6%、不明1.3%。 ④診断名は、統合失調症が46.3%、そううつ病(気分障害)26.5%、てんかん8.1%、その他15.6%、不明3.5%。 ⑤新規求職登録の時期は、2008年度(〜10月)38.5%、2007年度26.1%、2006年度13.8%、2005年度以前21.4%。不明0.1%。 ⑥発病前の職歴がある者は61.3%(1社22.4%、2〜3社26.2%、4社以上12.4%)。職歴なしは20.4%。不明18.6%。発病前の職歴中の最長在職期間は、1年未満が14.4%、5年以上が39.6%。最長在職期間の職種は、多い順に、生産労務31.8%、専門技術16.8%、事務16.6%、サービス12.9%、販売13.6%、運輸・通信3.5%、保安1.8%等。 ⑦発病後の職歴がある者は69.1%(1社20.5%、2〜3社29.0%、4社以上19.6%)。発病後職歴なしが19.8%、不明が11.1%。発病後職歴中の最長在職期間は、1年未満が41.1%、5年以上が17.3%。最長在職期間の職種は、多い順に、生産労務41.2%、サービス14.9%、事務12.3%、販売10.6%、専門技術9.4%、運輸・通信4.2%、保安3.1%等。 発病後職歴がある者のうち、ハローワークの障害者窓口で紹介就職した者は47.9%(1回就職28.7%、2〜3回就職12.8%、4回以上就職6.4%)。 ⑧就職までの失業期間は、1年未満が44.1%、5年以上が14.7%。前職なしが2.9%。 ⑨就職先の職種は、多い順に、生産労務47.7%、事務15.7%、サービス14.9%、販売7.6%、専門技術7.0%、運輸・通信3.3%、保安2.2%等。 ⑩就職先の求人種類は、一般求人51.3%、障害者求人37.1%、就労継続A型・福祉工場8.0%、新規開拓2.4%、社会適応訓練事業所0.1%等。 ⑪就職先の企業規模は、56人未満43.5%、56〜100人8.8%、101〜200人10.8%、201〜300人5.6%、301人以上30.8%、不明0.6%。 ⑫週の所定労働時間は、30時間以上50.5%、20〜30時間未満29.3%、20時間未満18.6%、不明1.5%。 ⑬雇用期間の定めは、定めなし54.8%、定めあり(更新あり)17.3%、定めあり(更新なし)4.3%、(試行雇用だが、試行雇用後に常用雇用に移行する可能性のある)トライアル雇用・スッテプアップ雇用21.4%、不明2.2%。 ⑭障害開示での就職件数が68.6%、非開示が31.1%、不明0.3%。 ⑮トライアル雇用、ジョブコーチ支援、スッテプアップ雇用、その他(自治体独自の実習制度等)のいずれかの制度を活用した就職件数は23.8%(234件)。内訳は、トライアル雇用18.8%、ジョブコーチ支援8.4%、スッテプアップ雇用2.5%、その他0.8%(複数回答)。複数の制度を活用したものが6.7%(66件)。 *ジョブコーチ支援(雇用前支援を含む)は、雇用促進法の職場適応援助者以外に、地方自治体等の独自のジョブコーチ支援も含む。また、トライアル雇用の18.8%(184件)には、障害非開示で若年トライアルを活用した3件が含まれている。なお、特定求職者雇用開発助成金等、紹介就職時点で活用が確認できない支援制度については把握していない。 ⑯求職登録から就職までの間にハローワークが連携した機関は、多い順に、地域障害者職業センター15.1%、障害者就業・生活支援センター12.7%、自治体設置の就労支援機関等6.1%、就労移行支援事業所4.8%、医療機関3.6%、地域活動支援センター2・9%、授産・作業所2.6%、就労継続支援事業所1.6%、保健所等1.0%、その他2.2%(複数回答)。ハローワークがどの支援機関とも連携せずに紹介就職したのは61.5%。 ⑰定着状況は、定着54.5%、ステップアップ雇用継続中1.8%、離職42.0%、不明1.7%。 (4) 雇用率に算定される就職者  2006年度から精神障害者が雇用率の算定対象となった。表1に6月1日時点の障害者雇用状況報告の結果を示した。表1の隣に前年6月から当該年5月までのハローワークにおける精神障害者の就職件数を示した。就職件数に比べ、障害者雇用状況報告の新規雇用数が少ないことが分かる。   表1 民間企業の精神障害者雇用状況 │ │ 雇用者数│うち新規雇用*│ # │ 2008年│ 6,753人│ 2,364人 │ 8,624件 │ 2007年│ 4,223人│ 1,538人 │ 7,232件 │ 2006年│ 2,189人│ 660人 │ 4,973件 *前年6月2日から当該年6月1日までの新規雇用分 #前年6月から当該年5月までのハローワークの就職件数  障害者雇用状況報告に精神障害者として算定されるためには、従業員56人以上の企業に就職していること、週の所定労働時間が20時間以上であること、雇用期間の定めがないかあっても更新が繰り返されること、精神障害者保健福祉手帳を所持していること、企業に障害開示していること等の条件を満たす必要がある。  本調査で把握された就職件数982件中、従業員規模56人以上の企業に就職した者は56.0%、週の所定労働時間が20時間以上の者は79.8%、雇用期間の定めがないかあっても契約が更新される者は93.5%(うち、採用時は雇用期間の定めがあるが、試行雇用終了後に常用雇用に移行する可能性のあるトライアル雇用・スッテプアップ雇用が21.4%)、精神障害者保健福祉手帳所持者は81.2%(申請中の1.2%を含む)、企業に精神障害を開示した者は68.6%であった。  以上を集計すると、雇用率算定の条件をすべて満たす(雇用率該当群)22.8%、試行雇用終了後に常用雇用に移行すれば雇用率算定の可能性がある(トライアル該当群)12.1%、開示すれば雇用率に算定される条件が揃っているが障害非開示(該当非開示群)7.2%、企業規模・手帳等の条件面で雇用率に算定されない(非該当群)48.8%、条件を満たすかどうか不明3.0%、となる。 また、雇用者数が障害者雇用状況報告に反映されるためには、6月1日時点で企業に在籍している必要があるが、2009年2月27日までに離職した者を除くと、雇用率該当群は15.9%、トライアル該当群は9.4%になる。  なお、障害開示すれば雇用率に算定されるのに非開示だった該当非開示群7.2%(71件)のうち43件についてハローワーク(15ヵ所)に非開示の理由を尋ねたところ、回答は全て「本人が非開示を希望したから」だった。また、本人が非開示を希望した理由を尋ねると、①開示したら就職できない(面接もしてもらえない)、②早く働く必要があり非開示ですぐ仕事を見つけたい、③障害を知られて働くのに抵抗がある、④非開示でも問題なく働ける、等があげられた。複数の理由が重複している事例も多く、明確に数字化できないが、①の理由が最も多かった。但し、このような本人の考えに対し、就職後の定着を見据え、障害開示の必要性について本人と十分相談していないと思われる事例も多かった。また、雇用率達成指導と一体となった職業紹介を実施しているところはあまりみられなかった。 4 考察 (1) 手帳所持者が多いことについて  2005年患者調査で我が国の精神疾患患者は302万8千人と推計されているが、精神障害者保健福祉手帳の交付者数は2008年3月末で442,728人1)となっている。患者調査の推計値に比べ、手帳交付者数はかなり少なめだが、本調査では、求職者も就職者も手帳所持者の割合が多かった。  雇用促進法で、精神障害者を、症状が安定し就労可能な状態にあるもので、①精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている者、②統合失調症、そううつ病又はてんかんにかかっている者とし、かつ、手帳所持者のみ雇用率の算定対象にしていることが影響しているものと思われる。 (2) 診断名について  診断名では、統合失調症が最も多いが、そううつ病(気分障害)も多くなっており、求職者・就職者の半数以上は統合失調症以外であった。また、雇用促進法で精神障害者の対象とされている所謂3疾患以外の診断名の者が求職者で12.8%、就職者で15.6%いた。その他の診断名では、神経症や発達障害、高次脳機能障害関連が多く、人格障害や薬物依存関連も少数だがみられる。  現在のハローワークは、さまざまな疾患を背景にした精神障害者が利用しており、支援ノウハウの蓄積や専門支援機関との連携がますます求められる状況にあるといえる。 (3) 紹介就職者の離転職の状況について  就職者の69.1%に発病後の職歴があり、そのうちの47.9%はハローワークの障害者窓口で1回以上紹介就職した経験がある。つまり、就職者928人中33.1%は、以前、ハローワークで紹介就職したが離職し、今回、再度就職したことになる。これを就職件数982件*で見ると35.9%になり、ハローワークの障害者窓口で紹介され離転職を繰り返す精神障害者がかなりいることが窺える。今後は、これまで以上に職場定着を見据えたマッチングや職場適応指導の充実が望まれる。 *調査期間内に複数回就職した者(2回就職した者が29人、3回就職が8人、4回就職が3人)の就職件数が加わる。 (4) 雇用率に算定される就職者  2006年度に精神障害者が雇用率の算定対象になったときには、精神障害者の雇用促進の追い風になると期待された。しかし、表1からも分かるように、雇用者が徐々に増えてきているものの、身体障害者の191,770人や知的障害者の43,313人に比べ、精神障害者の6,753人はかなり少ない(いずれも2008年時点の実人員)。求職者の目標はよりよい就職をすることであり、雇用率に算定されることではないが、雇用率制度の中で、一定の配慮のもとに安定した職業生活を継続していけるような求人(選択肢)を増やすことも必要であろう。  本調査では、雇用率に算定される可能性のある就職件数が34.9%(2009年2月27日時点では25.3%に減少)であった。雇用率の算定対象者である手帳所持の就職者が80%いることを考えると、雇用率算定に該当となる就職者がもう少しいてもよいように思われる。例えば、雇用率に算定される条件が揃っているのに障害非開示の事例が7.2%あった。開示・非開示を含め、本人の希望に添って職業紹介を行うのは当然であるが、上記7.2%の事例の中には、ハローワークで十分相談しないまま非開示を選択している事例もみられる。安定した職業生活のために、障害を開示し、支援制度を活用したり、企業側の配慮を引き出すことの重要性を本人に理解してもらう工夫が更に求められるのではないだろうか。また、雇用指導官等が企業に対して雇用率達成指導を行っていることを考えると、障害者窓口と雇用率達成指導担当とのチームワークをはじめ、雇用率達成指導と一体となった職業紹介の推進が今以上に望まれよう。 5 おわりに  本調査は、当研究部門の「精神障害者の雇用促進のための就業状況等に関する調査研究」(2008〜2009年度)の一環として実施され、研究成果は、障害者職業総合センター調査研究報告書として今年度中に取りまとめる予定である。本稿及び後述の実態調査(2)(3)は、その一部に焦点をあてて報告しているが、本調査の詳細な分析はこの調査研究報告書でご確認いただきたい。  また、研究の中間成果物として、ハローワークの「精神障害者相談窓口ガイドブック」を作成している。当研究部門HPから検索できるので参照いただきたい(http://www.nivr.jeed.or.jp/research/kyouzai/29.html)。 【文献】 1) 内閣府:平成21年度版障害者白書(2009) ハローワークにおける精神障害者に対する 新規求職登録及び紹介就職等の実態調査について(2) —定着状況について— ○岩永 可奈子(障害者職業総合センター障害者支援部門 研究員)  相澤 欽一・村山 奈美子・大石 甲・川村 博子(障害者職業総合センター障害者支援部門)   1. 1 目的  「ハローワークにおける精神障害者に対する新規求職登録及び紹介就職等の実態調査について(1)」を受け、紹介就職982件の定着状況について分析し、考察することを目的とする。  なお本調査では2008年7〜10月末に紹介就職したケースに対して、2009年2月27日時点での定着状況について調査しており、4〜8ヵ月間の定着状況となっている。 2 結果 (1)定着状況 イ 定着状況  紹介就職982件の定着状況は、定着54.5%、ステップアップ継続中1.8%、離職42.0%、不明1.7%であった(図1参照)。  以下、結果(1)では、ステップアップ継続中及び不明を除く947件を分析対象とした。   ロ 求人種別の定着状況  一般求人、障害者求人(新規開拓求人及び社会適応訓練事業所を含む)、就労継続支援事業所A型・福祉工場(以下「A型・福祉工場」という。)別の定着・離職の件数及び割合を表1に示す。求人種別と定着状況について独立性の検定を行った。本稿において検定はχ2検定を用いており、有意水準を1%として結果を示した。検定の結果、有意差が認められ、残差分析より、一般求人で有意に定着が低く、障害者求人及びA型・福祉工場で有意に定着が高かった。 ハ 就職先の企業規模別の定着状況  就職先の企業規模別の定着・離職の件数及び割合を表2に示す。検定の結果、有意差が認められ、残差分析より従業員56人未満の企業で有意に離職が高く、従業員301人以上の企業で有意に定着が高かった。  企業規模別及び求人種別で定着状況に有意差が認められた。そこで、この2項目間の関連性を確認するため、従業員56人未満の企業と301人以上の企業別に、定着率の低い一般求人と定着率の高い障害者用求人(障害者求人+A型・福祉工場)の占める割合を集計したところ表3のようになった。検定の結果、有意差が認められ従業員56人未満の企業で有意に一般求人が高く、従業員301人以上の企業で有意に障害者用求人が高かった。     二 一般求人の開示・非開示別の定着状況  一般求人への就職件数(490件)で障害の開示・非開示別の定着・離職の件数及び割合を表4に示す。検定の結果、開示した場合で有意に定着が高く、非開示にした場合で有意に定着が低かった。   ホ 適応指導の有無別の定着状況  分析対象の紹介就職件数(947件)のハローワークにおける適応指導の実施状況は、適応指導ありが28.5%、適応指導なしが71.2%であった(図2参照)。      適応指導の有無別の定着・離職の件数及び割合を表5に示す。検定の結果、適応指導ありの場合で有意に定着が高く、適応指導なしの場合で有意に定着が低かった。   (2)定着調査時点での週所定労働時間  定着件数(535件)の2009年2月27日時点の週所定労働時間は、20時間未満18.9%、20〜30時間未満26.9%、30時間以上50.7%、不明3.6%であった(図3参照)。    就職時点から2月27日時点で労働時間が変化したことが確認されたケースは80件(定着件数の15%)で、就職時点より労働時間が増えたケースが40件、減ったケースが40件であった(表6参照)。   (3)離職理由  離職件数(412件)の離職理由は、自己都合80.1%、会社都合6.3%、契約期間満了9.7%、不明3.9%であった (図4参照)。  なお、自己都合による離職の割合は、一般求人80.5%、障害者求人76.6%、A型・福祉工場88.2%であり、求人種別問わず、自己都合による離職が高かった。  また、契約期間満了の40件の内、トライアル雇用事業での期間満了は15件であった。   (4)在職期間  離職件数(412件)について、就職日から離職日までの差(在職期間)を求めた。  内訳は、1週間以内27.9%、1週間〜1ヵ月27.4%、1ヵ月〜2ヵ月13.8%、2ヵ月〜3ヵ月11.4%、3ヵ月〜4ヵ月5.6%、4ヵ月以上6.8%、不明7.0%であった。(図5参照)。 (5)離職ケースに関するヒアリング結果 イ ヒアリング対象ハローワークの選定について  紹介就職件数が多く、離職事例が発生しており、調査時点(2008年度)の担当者がヒアリング時点(2009年度)で在職している所から選定した(計6所)。 ロ 離職理由  ヒアリングを行ったハローワークの離職事例は、自己都合27件、会社都合2件の計29件。自己都合と会社都合の具体的な内容を表7に示す。但し、離職の理由は、さまざまな要因を併せ持つ事例も多かった。例えば、体調不良により離職した事例には、作業遂行力の低下や周囲との人間関係の問題も発生していたものや、人間関係の問題で離職した事例には、作業遂行力の低下で周囲の従業員の負担が大きくなり人間関係面に問題が現れたもの等があった。本稿では、その中から主たるものを挙げている。また、体調不良については、再入院や長期休養を要する事態に至ったケースはなく、離職後、すぐに再就職した事例もあった。   3 考察 (1)定着状況 2008年7月〜10月の間に、調査対象ハローワークで紹介を受け就職した精神障害者のうち2009年2月27日時点では4割以上のケースが離職していた。 障害者求人やA型・福祉工場は、一般求人に比べて定着率が高かったが、障害者求人は事業所が障害者雇用を希望し採用していること、A型・福祉工場は一般企業での就労が困難な障害者に対して就労の機会を提供することが目的であることを踏まえると、この結果は当然のことかもしれない。  就職先の企業規模別では従業員56人未満の企業で離職率が高く、従業員301人以上の企業で定着率が高かった。しかし、求人種別の要因をいれると、56人未満の企業における離職では一般求人が78.0%を占めており、301人以上の企業における定着では障害者求人が74.2%占めていた。ゆえに56人未満の企業における離職率の高さは一般求人の要因が、301人以上の企業における定着率の高さは障害者求人の要因が影響していると考えられた。  なお、一般求人に比べると、障害者求人やA型・福祉工場の定着率は高かったものの、障害者求人で26.7%、 A型・福祉工場で21.5%が離職している。特に、A型・福祉工場の離職率に留意すべきであろう。  一般求人に就職したケースで、開示した場合が非開示にした場合よりも定着率が高かった。村山ら1)は、先行研究も踏まえて、障害を開示すると適切な配慮が得られやすいことを指摘している。ただし、離職率も定着率と同程度であることから、職場定着のためには、本人と十分相談の上、必要に応じて障害開示を行い、企業側の配慮や支援者の適切な介入を進めることが求められるとしている。 (2)定着時点での労働時間  週所定労働時間を20時間未満、20〜30時間未満、30時間以上の3群に分けたとき、採用時の労働時間と2009年2月27日時点の労働時間で異なる事例が、定着事例の15%であった。注目すべきは、その半数で労働時間が短くなっていることである。段階的に労働時間を延長していくだけでなく、必要に応じて労働時間を減少させる等、本人の状況に応じて、弾力的な対応が求められる事例があることが、本調査から窺えた。   (3)適応指導の状況  ハローワークが適応指導を行った場合は定着率73.8%に対し、適応指導を行わなかった場合は定着率は46.6%と激減しており、適応指導に一定の効果があることが窺える。但し、1週間以内の離職が30.6%、1週間〜1ヵ月以内の離職では24.8%と、早期の離職者が多いため、適応指導する前に離職している者もおり、結果として、定着していたため適応指導が可能であったという事例もあるかもしれない。いずれにしても、適応指導を実施したケースは全体の28.5%に留まっており、より積極的な適応指導の実施が望まれる。  なお、今後は、適応指導の実施の有無だけでなく、適応指導の具体的な内容についても検討が必要である。   (4)離職理由 離職事例の80.1%が自己都合により退職していた。離職理由の具体的な内容について個別にヒアリングを行ったところ、主なものとしては、体調不良、職務内容が合わない、作業遂行力の低さ、人間関係、労働条件面への不満等が把握された。但し、離職理由が一つだけではなく、いくつかの要因が重複するものも多かった。  なお、本調査では、離職事例の55.4%が1ヵ月以内という非常に短期間で離職している。尾崎ら2)は、1カ月未満の離職は、就職者と職場のミスマッチが原因であることが多いと指摘している。今回のヒアリングでも、離職の背景にミスマッチがあると窺われる事例もあり、職業紹介時のマッチングの重要性を改めて指摘したい。 4 終わりに 本報告では、2008年7月1日〜10月31日の間に就職した者の2009年2月27日時点での定着状況をもとに分析を行った。このため、定着者の中に、最長8ヵ月定着した者と、最短4ヵ月定着した者が混在している。 今後、さらに調査をすすめ、2009年10月末時点での定着状況が把握することとしている。これにより、2008年7月1日〜10月31日の間に就職した者を、例えば、半年間の定着群、1年間の定着群として分析が可能になる。 また、期間満了、会社都合、自己都合の者を一括して離職者として分析を行っているため、例えば、初めから3ヵ月で辞めることを前提に就職している者(期間満了)や会社倒産により離職した者(会社都合)と、職務関連や人間関係関連等で離職した者が一緒になっている。今後、調査研究報告書をまとめるにあたっては、この点にも留意して分析を進めることにしたい。 【引用文献】 1)村山奈美子他:ハローワークにおける精神障害者に対する新規求職登録及び紹介就職等の実態調査について中間報告②「日本職業リハビリテーション学会第37回大会抄録集」p59-60(2009) 2)尾崎幸恵他:精神障害者の中間就労場面の役割‐川崎リハの「保護就労」での離職者の調査から‐「職業リハビリテーション10」:p9-16(1997) ハローワークにおける精神障害者に対する   新規求職登録及び紹介就職等の実態調査について(3) −関係機関との連携に焦点をあてて− ○村山 奈美子(障害者職業総合センター障害者支援部門 研究員)  相澤 欽一・岩永 可奈子・大石 甲・川村 博子(障害者職業総合センター障害者支援部門) 1 目的  本稿では、「ハローワークにおける精神障害者に対する新規求職登録及び紹介就職等の実態調査(1)(2)」を受け、紹介就職982件についてハローワークと支援機関との連携状況に焦点をあて分析し、考察することを目的とする。  なお、本調査は2008年7〜10月末に実施し、定着状況は2009年2月27日時点で確認した。また、本調査では、対象者について求職登録から就職までの間に連携した支援機関について回答を求めた。「連携」について、調査票で主治医の意見書の提出のみの場合は連携に含めないことを明記したが、それ以外に想定される連携の様々な形態・形式については特に定義せず、回答者の判断に任せた。 2 結果 (1)支援機関との連携  紹介就職した全982件について、連携した支援機関が1ヵ所でも回答された場合を連携あり、1ヵ所も回答がない場合を連携なしとして、連携の有無を図1に示す。連携ありは38.4%にとどまり、連携なしが61.6%を占めた。       図1 連携の状況(982件) (2)手帳所持及び診断名と連携の状況  連携状況を手帳所持別にみると、手帳ありもしくは申請中の場合で連携ありは40.9%、手帳なしの場合では連携ありが27.9%であった。また、診断名ごとにみると、連携ありが最も多かったのは、その他の精神疾患で48.1%、次が統合失調症で42.7%だった。最も少なかったのはそううつ病(気分障害)で26.9%だった。 (3)連携の有無と就職した求人の種類  ここからは、結果(1)に基づき、紹介就職982件を連携あり群と連携なし群に分類し、分析した。連携の有無別に就職した求人の種類の状況を図2に示す。連携あり群では、一般求人が30.0%、障害者求人(新規開拓、社適事業所を含む、以下同様)が65.3%、就労継続A型・福祉工場が4.8%だった。連携なし群では、一般求人が64.6%、障害者求人が23.6%、就労継続A型・福祉工場が10.1%、不明が1.7%だった。  連携の有無と、求人種類(不明を除く)の状況について独立性の検定を行った。本稿において、検定はχ2検定を用いており、有意水準を1%として結果を示した。検定の結果、有意差が認められ、残差分析の結果、連携あり群では障害者求人、連携なし群では一般求人と就労継続A型・福祉工場が有意に多かった。    図2 連携の有無別求人種類の状況(982件)   (4)連携の有無と一般求人に対する障害開示  障害者を想定した求人(障害者求人、就労継続A型・福祉工場)については、障害開示での就職が前提であるため、一般求人に就職した504件に限定して、連携の有無と就職時の障害開示の状況を図3に示す。障害を開示した割合をみると、連携あり群で70.8%だったのに対し、連携なし群では32.0%だった。連携の有無と障害開示について検定した結果、連携あり群では開示、連携なし群では非開示の割合が有意に高かった。  なお、診断名もしくは手帳の有無については障害開示に有意差は認められなかった。      図3 連携の有無別一般求人に対する      障害開示の状況(504件)   (5)連携の有無と支援制度の活用  本調査では、就職にあたって活用した支援制度として、ジョブコーチ支援、トライアル雇用、ステップアップ雇用、その他(自治体独自の実習等)について回答を求めた。これらの支援制度を1つでも活用した場合を活用あり、活用しなかった場合を活用なしとして、連携の有無別の状況を図4に示す。支援制度を活用したものが連携あり群では47.8%だったのに対し、連携なし群では8.4%であった。連携の有無と支援制度の活用について検定した結果、連携あり群では活用あり、連携なし群では活用なしが有意に多かった。   図4 連携の有無別支援制度の活用(982件)    障害非開示の場合はこれらの支援制度の活用が困難なため、障害を開示して就職した674件に限って同様の分析を行い検定した結果でも、連携あり群では活用あり、連携なし群では活用なしの割合が有意に高かった。 (6)連携の有無と雇用率の該当・非該当  紹介就職982件について、障害者雇用率への該当・非該当の状況を3段階に分類し、表1に示した。事業所に係る条件について回答に不明が含まれた29件を除外して分析した結果を図5に示す。  連携あり群では、該当が51.2%、該当だが非開示2.9%、非該当が45.8%だった。連携なし群では、該当が26.2%、該当だが非開示が10.3%、非該当が63.4%だった。連携の有無と雇用率該当・非該当の状況について検定した結果有意差が認められ、残差分析の結果、連携あり群では該当が多く、連携なし群では該当だが非開示、非該当が有意に多かった。       (7)連携の有無と定着状況  紹介就職982件について、就職から最短で4ヶ月、最長で8ヶ月の期間内で経過を確認している。このうち、確認時点で同じ事業所に引き続き在籍していた場合を定着、ステップアップ雇用を継続中の場合をステップアップ継続中、離職している場合を離職、在籍・離職等が把握できない場合を不明とした。図6に、連携の有無と定着状況を示した。連携あり群では、定着66.3%、ステップアップ継続中が4.5%、離職が28.4%、不明が0.8%だった。連携なし群では、定着が47.1%、ステップアップ継続中は0.2%、離職が50.4%、不明が2.3%だった。連携の有無と定着・離職の状況について検定した結果、連携あり群では定着、連携なし群では離職の割合が有意に高かった。    図6 連携の有無別定着の状況(982件)    本稿に先立ち、「ハローワークにおける精神障害者に対する新規求職登録及び紹介就職等の実態調査(2)」で定着状況に焦点をあてて考察した。その中で、定着状況については、求人の種類及び一般求人における障害の開示・非開示と関連することを指摘している。よってさらに、求人種別(不明を除く)及び一般求人については障害の開示・非開示別のそれぞれにおける、連携の有無と定着の状況を表2に示した。  求人種別に連携の有無と定着・離職の状況について検定した結果、一般求人と障害者求人では連携あり群で定着、連携なし群で離職の割合が有意に高かった。継続A型・福祉工場では連携の有無による有意差が見られなかった。  なお、一般求人において障害を開示した場合、または非開示の場合それぞれにおいて、連携の有無と定着状況について有意差は認められなかった。   3 考察 (1)連携の実態  結果(1)で、ハローワークと支援機関が連携している割合が4割未満であった。各機関が連携して支援を行うことの重要性については以前から言われているにも関わらず、ネットワークの構築が進んでいないことが明らかになった。近年、精神科診療所は増加しており、新規に開所される就業・生活支援センターにおいては、精神障害者支援を主とするところも増えつつあるという1)。しかし、新たな支援機関が増えても、役割分担して有機的に連携しているとはいい難い状況であることが推測される。また、結果(2)では、手帳を所持している(申請中を含む)場合でも、連携ありが4割程度であった。手帳を所持し、ハローワークの障害者窓口を利用するということは、手厚い支援を求めているといえる。これらの対象者に対しては、十分な支援が可能になるよう、特に積極的な連携が必要と認識すべきだろう。   (2)連携の有無と障害開示  結果(3)で示したように、連携あり群では障害開示が前提となる障害者求人に就職する割合が連携なし群より有意に高く、さらに、結果(4)で示したように一般求人に就職した場合における障害開示の割合が、連携あり群で有意に高かった。一般求人に対する障害の開示・非開示について、診断名、手帳の有無では有意差がないため、支援機関との連携の有無が、開示・非開示に大きな影響を与えていると考えられる。村山ら2)は、障害の開示・非開示は本人の希望によるところが大きいものの、本人側の要因だけではなく、ハローワークの窓口担当者が有するノウハウ等が影響している可能性について報告した。障害の開示・非開示は、対象者について十分にアセスメントした上で、プランニングする中で決定されるものと考えられる。ハローワークにおいては、対象者が関わっている関係機関がある場合には、積極的に情報を収集することにより、アセスメント、プランニングに役立てることが重要であろう。 (3)連携の有無と求人へのアプローチ  ジョブコーチやトライアル雇用等の支援制度を活用することにより、本人は体調を管理しながら、職務や人間関係に徐々に慣れることが可能となり、事業所にとっても、受け入れに際しての不安や負担感の軽減に繋がると考えられる。対象者や事業所の状況により、必要に応じてこれらの支援制度を活用することは非常に有効だろう。  結果(5)から、支援機関との連携がある場合はトライアル雇用等の支援制度を活用した就職が半数程度認められた。支援機関が関わっている場合は、対象者及び事業所についてのアセスメントに基づき、どのような支援制度を活用すべきかをプランニングしていることが考えられる。その上で有効と考えられる支援制度について対象者及び事業所に説明し、具体的な支援プランを提示することが、支援制度の活用に繋がっているといえるだろう。  一方、連携なしの場合は障害を開示した場合でも支援制度の活用が極端に少ないことから、必要な場合であっても、適切な支援制度が活用されていない可能性もある。ハローワーク窓口担当者が単独でアセスメントをし、それに基づいてプランニングをすることには限界があるだろう。やはり支援機関と情報共有・情報交換する中で、ケアマネジメントの流れに添って支援を行うことが重要と考えられる。  結果(6)からは、支援機関との連携がある場合に雇用率に算定されるための条件を満たして就職していることが多かった。支援機関が関わっている場合の方が、雇用率算定を念頭においてプランニングし、戦略的にアプローチする傾向が強いことが窺われる。   (4)連携と定着の関係  結果(7)で、連携ありの場合に職場定着が7割となり、連携なしを大きく上回った。支援機関による事業所に対する適切な助言や介入、対象者へのフォロー等が定着に繋がっていると考えられる。障害者求人については連携なし群で離職が有意に多かった。障害者求人の場合、事業所において一定の理解・配慮が得られるものと期待されるが、受け入れ態勢や雇用管理のノウハウが十分でない場合には、支援機関の積極的な関わりが必要であると指摘できる。継続A型・福祉工場では、連携の有無に関わらず定着が8割近くを占めた。自立支援法に定められた福祉サービスの一環であることを考えれば、他の求人種類よりも定着の割合が高いことは当然といえる。それよりも、離職が2割以上あったことにここでは着目すべきだろう。また、継続A型・福祉工場においては、利用者の状況について他のサービスの利用状況等も含めてアセスメントを行い、個別支援計画を作成することとなっている。従って、支援機関との連携は必須と考えられるが、今回の調査結果からは連携が十分になされていない実態が窺われる。継続A型・福祉工場の位置づけについて、さまざまな視点から検討することが必要となろう。一般求人では、連携の有無よりも障害の開示・非開示が定着状況に影響している可能性がある。しかし、考察(1)で示したように、障害開示は連携の有無と大きく関連しており、支援機関との連携が障害開示を引き出し、結果として職場定着に繋がっていると考えられる。 4 まとめ  精神障害者が職業生活を継続するためには、事業所に障害特性や具体的な配慮事項・指導方法を伝えたり支援者が適切に介入することが大切である3)。本稿では、ハローワークと支援機関が連携することにより、障害開示をして適切な配慮を得て働ける可能性が高まり、それが定着に繋がることを示唆した。  しかし、現状での連携状況はまだ少ない。就労支援を進めるにあたり、これまで以上に支援機関の連携強化を図ることが望まれる。  本稿では、連携機関が1ヵ所でも回答された場合を連携ありとしており、連携の内容については詳しく分析していない。一口に連携と言っても、電話での情報提供のみの場合もあれば、支援者が集まってケース会議を行う場合もあり、ジョブコーチ支援等のサービスを通した連携もある。今後、このような連携の内容を含めた分析が必要と考えられるため、今後予定されているヒアリング調査の中で、連携の内容について詳細を明らかにしていきたい。 <参考文献> 1)精神保健福祉白書編集委員会: 精神保健福祉白書2008年版. 中央法規出版株式会社, p86,166, 2007 2)村山奈美子 他 : ハローワークにおける精神障害者に対する新規求職登録および紹介就職等の実態調査について 中間報告② 日本職業リハビリテーション学会第37回大会, p59-60, 2009 3)相澤欽一 : 精神障害者雇用支援ハンドブック. 金剛出版, p115-124, 2007 障害のある人の自立・就業支援への職場と地域の取組の 優先順位の実証的検討−統合失調症の場合− 春名 由一郎(障害者職業総合センター社会的支援部門 研究員) 1 はじめに  近年の障害のある人の就労支援においては、職業準備段階、就職活動段階、また、就職後の職場適応、就業継続等の諸局面における、様々な職業生活上の課題への対応が必要である。また、その対応のためには、職場や地域の様々な支援者(医療、福祉、教育、労働等)、家族や地域社会等による総合的な取組が必要である。  このような新たな支援の枠組は障害のある人を中心とした「生活モデル」に基づくものであり、従来一般的に行われてきた障害評価や支援の枠組とは異なる。職業生活を生活場面として捉え、その中で障害のある人の支援ニーズを明らかにすることは、situational assessment等によって、個別に把握されるようになっているが、全国的な実態の把握は十分でない。また、職業生活を「生活機能」の観点から捉えると、職場や地域、あるいは、本人の様々な取組という背景因子の影響を考慮する必要がある1)。現在、障害のある人の就労を支えるための様々な取組が存在するが、それらが、障害のある人の職業的課題に対して、実際にどの程度の効果を生んでいるのかは、これまで十分に評価されていない。また、効果的な取組が現在、十分に実施されているのか、あるいは、実施が少なく、むしろ今後の取組の促進によって、障害のある人の職業的課題が軽減される余地が大きいのか、という将来の見通しも困難である。  そこで、本研究発表では、特に近年、地域での医療、福祉、労働等の密接な連携による支援が課題となっている統合失調症の場合を取り上げ、障害のある人の職業生活上の課題に焦点を置いた場合の、現状の問題解決の進展状況の評価、及び、その問題解決に効果的な職場や地域等の取組内容を明らかにすることを目的とした。 2 方法 (1)調査対象  精神障害の当事者団体との協力により、会員等で、労働年齢にある全国の精神障害のある人600名に、7ページの質問からなるアンケート調査を実施した。アンケートは団体から本人に配付され、無記名で料金受取人払いで障害者職業総合センターで回収した。  本調査の内容や方法等は、当センター研究主幹委嘱の委員会により研究倫理審査を受けた。 (2)調査内容  職業生活上の課題は、職業準備、就職活動、職場適応、就業継続の各局面での問題発生状況と、自己効力感や生活の質について67項目により尋ねた。環境整備については、地域の様々な自立・就業支援の機関等の利用、職場での物理的・人的・制度的等の環境整備の状況等を124項目で尋ねた。その他、本人の取組内容等の個人因子に関する内容や、機能障害や疾患の内容も併せて尋ねた。   図1. 調査内容の全体像 (3)分析  ア 効果のある支援や配慮の特定  環境整備の有無と職業上の課題の有無についてクロス集計を行い、環境整備がある場合に問題発生率が低いことがカイ二乗検定によって統計的に有意と認められる場合、環境整備がその特定の職業的課題に効果的であるとみなした。     図2. 効果のある取組の同定方法  イ 職業上の問題発生率への取組の影響  効果的な取組による、問題発生の軽減効果と、現在の各取組の実施率に基づき、効果的な取組の実施率が0の場合と、実施率が100%の場合の問題発生率を推計した。また、そのような問題発生が最も高くなる状況、最も低くなる状況に、なるべく少数の取組の変化によって至るために、影響力の大きさに基づいて、優先順位を計算した。 3 結果 (1)基礎データ  回収187名(回収率32.7%)のうち128名が統合失調症のある人であった。そのうち精神障害者保健福祉手帳1級が12.5%、2級が62.5%、3級が6.3%、手帳のない人が18.8%であった。正社員雇用22.7%, パート・アルバイト等35.9%, 福祉的就労39.8%であり、また、フルタイム24.2%, 週20-40h25%, 週20h未満32.8%であった。居住地は、都市圏35.2%、その他58.6%、無回答6.3%であった。   (2)現状の問題発生状況  統合失調症のある人たちは、職業生活で必要としている多くの課題において、様々な局面において、問題発生率が非常に高い現状が明らかとなった(表1)。   (3)職業生活上の課題への取組の影響  取組の効果について評価した67課題×124取組の8,308のクロス表において、387の組み合わせが統計的に有意に、効果のある取組と認められた。  それらの取組が0の場合(効果的な取組がない場合)と、取組が100%の場合(効果的な取組が普及した場合)を、現状と併せ、図3に示した。   (4)職業生活の局面別の効果的な取組  職業生活の局面別の問題解決に効果的な取組を、「現状で効果を上げている取組」と「最も効果が高くなる取組」に分けて、それぞれ90%の問題解決に最低限必要な取組の優先順位のリストを以下に示す。リストの枠付のものは、「現状で効果を上げている取組」と「最も効果が高くなる取組」で重複しない取組を示す。 ①「自己効力感」支援 ◆現状で効果を上げている取組  1.ストレス対処等の訓練、社会技能訓練(SST)等  2.休憩所等の施設改善  3.家族や知人、友人への相談(縁故採用を含む)  4.資格取得支援や職種別の技能訓練  5.授産施設等 ◆最も効果が高くなる取組  1.仕事の探し方や、求人票検索の仕方の説明  2.資格取得支援や職種別の技能訓練  3.地域の就労支援や職業訓練の機関の見学  4.複数の支援機関のケース会議・面談等に参加 ②「職業準備」支援 ◆現状で効果を上げている取組  1.通院への配慮  2.職業能力の評価  3.必要な配慮、支援等についての説明 ◆最も効果が高くなる取組  1.障害や病気の定期的なチェックや支援  2.就職面接や履歴書作成等の練習  3.キャリアアップや転職、退職時の支援  4.ジョブコーチ支援、企業への同行支援   ③「就職活動」支援 ◆現状で効果を上げている取組  1.仕事内容や職場状況についての確認・相談  2.生活リズムや一般的労働習慣の訓練  3.通院への配慮 ◆最も効果が高くなる取組  1.仕事内容や職場状況についての確認・相談  2.就職後の日常生活、地域生活の支援   ④「就業状況」支援 ◆現状で効果を上げている取組  1.生活リズムや一般的労働習慣の訓練  2.仕事内容や職場状況についての確認・相談  3.ハローワークの一般求職窓口 ◆最も効果が高くなる取組  1.仕事内容や職場状況についての確認・相談  2.ハローワークの一般求職窓口  3.トライアル雇用   ⑤「職場適応」支援 ◆現状で効果を上げている取組  1.通院への配慮  2.必要な配慮、支援等についての説明  3.職場内で休憩等ができる場所の確保や整備  4.冷暖房、エアコン、空気清浄機など  5.職場の出入りの施設改善  6.上司・同僚の病気や障害の正しい理解 ◆最も効果が高くなる取組  1.通院への配慮  2.必要な配慮、支援等についての説明  3.上司・同僚の病気や障害の正しい理解  4.キャリアアップへの職業スキル習得支援  5.冷暖房、エアコン、空気清浄機など  6.コミュニケーションに時間をかける配慮  7.職場内で休憩等ができる場所の確保や整備   ⑥「職業生活の質」支援 ◆現状で効果を上げている取組  1.家族や知人、友人(授産施設での就労等) ◆最も効果が高くなる取組  1.家族や知人、友人への相談  2.コミュニケーション支援機器等   ⑦「自立生活の質」支援 ◆現状で効果を上げている取組  1.主治医、専門医等への就労の相談  2.複数の支援機関のケース会議・面談等に参加 ◆最も効果が高くなる取組  1.主治医、専門医等への就労の相談  2.複数の支援機関のケース会議・面談等に参加  3.在宅勤務 (5)現状の職業的課題に影響が大きい取組  職業生活上の課題について、全ての局面を合わせて総合的な効果で見ると、現状の統合失調症のある人の課題への影響が最も大きい取組は、職場での「通院への配慮」であり、以下、「生活リズムや一般的労働習慣の訓練」等であった(表2)。現状での整備率は50%程度のものが多かった。    そのような取組によって、現在、軽減されている問題の代表的なものを表3に示す。     (6)今後の効果的な取組の見通し  同様に、職業生活の全ての局面を合わせた総合的な課題について、最高の問題解決のために必要最小限の取組を表4に示す。表2の取組と重複しない取組を網掛で強調した。表2の取組に比べて、現状の整備率が低いものが多く含まれていた。  また、そのような取組によって、表3の現状の問題軽減ポイントと比較して、非常に大きい問題軽減が期待できることも推計された(表5)。   4 考察  本調査によって、統合失調症のある人本人が認識する職業生活上の課題に対して、現状の職場や地域での取組は一定の効果が認められるものの、なお多くの課題が未解決となっている現状が明らかとなった。一方、それらの課題の軽減に効果のある多くの取組も明らかになったことで、今後、現在の問題の多くが軽減できるという見通しも明らかとなった。また、現状では未解決の問題の軽減も含め、最大の効果が上げられると考えられる取組の優先順位は、現状で効果が上がっている取組とはかなり異なるものとなることも示された。  統合失調症のある人が職業生活上で有している多くの課題を軽減するために、特に今後重要性の高い取組として、「仕事内容や職場状況についての確認・相談」の順位が1位となり、また、「能力的に無理のない仕事への配置」も合わせ、個々の職場や職業の丁寧なマッチングが重要だと言える。また、「就職後の日常生活や地域生活の支援」「複数の支援機関のケース会議・面談等に参加」等の地域の継続的なケースメネジメントの取組も重要と言える。さらに、「キャリアアップのための職業スキル取得のための支援」「キャリアアップや転職、退職時の支援」等も重要となっている。このような取組は、現在のジョブコーチ支援や、地域連携等の精神障害のある人への支援の動向と一致しているものであり、その推進の重要性が実証されたものと言える。  一方、「生活リズムや一般的労働習慣の訓練」は現状では効果の高い取組であるが、より総合的な取組では重要ではなかった。自己効力感、職業準備、就職活動での課題への効果の観点からも、現状で効果が上がっている多くの取組の重要性が低くなっていた。このような結果から、「生活モデル」と従来型の「医学モデル」での支援の移行のポイントを指摘できる。「生活モデル」に基づく取組は、従来未解決であった課題を含めて、多くの課題を軽減できる。そのため、現状では効果の上がっている取組であっても、効果が重複し追加の効果が認められないものは積極的に止める必要も生じる。IPS2)やカスタマイズ就業3)における、本人の観点を重視する援助付き雇用の取組は「生活モデル」による取組の代表的なものである。これが、従来の職業リハビリテーションを単純に否定するものと捉えると、現在効果を上げている取組を止めるべき理由が理解されにくいであろう。むしろ、「生活モデル」での取組は、従来の効果的な取組を、より効果的な取組で弁証法的に置き換えるものとして位置づけることが重要である。  なお、今回の検討は、現在職場や地域で実施されている取組を評価し、効果的な取組の普及による効果の見通しを示すものである。統合失調症のある人には、それでも多くの課題が残ると推計されたが、それを固定的に捉えるべきではなく、今後の支援の開発の必要性として捉える必要がある。   文献 1)春名「ICFの現況と問題点-職業領域における活用」『総合リハ』37(3), 220-226, 2009. 2)春名 「米国における精神障害がある人への援助付き雇用」『職リハネットワーク』59,17-21,2006. 3)春名、三島、東明「米国のカスタマイズ就業」『リハビリテーション研究』129, 23-28, 2006. 当事者の、当事者による、当事者のための委託訓練 ○遠田 千穂(富士ソフト企画株式会社 人材開発グループ長/カウンセリング室長/秋葉原営業所長)  槻田 理・木村 健太郎(富士ソフト企画株式会社人材開発グループ)    「あなたの手となり、耳となり、頭となり、心となる。」  私共、富士ソフト企画株式会社は、富士ソフトの特例子会社である。社員数170名中137名が障がい者、うち半数は精神障がいを持つ。社員の約9割が何らかの障がいを持つため、当社で障がいのあることは、特別なことではない。  身体障がいの方々の手の届かないところを知的障がいの方々がカバーし、知的障がいの方々の気付かないところを精神障がいの方々がカバーし、精神障がいの方々の心のケアを身体障がいの方々がカバーする。様々な障がいを持つ方々が、お互いを補い合って、一つのプロジェクトを進行させる。  もちろん、外注のものには当然納期が指定される。IT企業として、一人一台のパソコンを使用し、健常者と同じ仕事を当たり前に行うことを社訓としているため、妥協は許されない。  責任感の強い当事者が、管理職に登用され、現場を管理する。健常者の目線で指示するよりも、当事者の目線で管理する方が納期もスムーズに進む。障がい特性というより、個人の特性に合わせて仕事が割り振られるのも当社の特徴であろう。  当社の業務は主に、HP作成、デザイン、PCサポート、アドレス管理、データ入力、名刺作成、各種商業印刷作成、梱包・発送、封入・封緘、保険取り扱い、委託訓練業務、講演、執筆活動に分類される。  その中でも、大きなウエイトを占めるのが、委託訓練業務である。委託訓練は、国の事業で各都道府県が推進している障がい者の方々のための一般就労を目的としたパソコン習得プログラムである。3ヶ月のプログラム内では、一人1台のパソコン環境のもと、実際の職場を模した教室において職場適応の訓練が実施される。 講師は、当事者であり、どこでストレスを感じるか、どこでつまずくかを良く理解している。一人ひとりの進度、症状に合わせた指導より、就職率は70%を越える。  訓練の最終週には、各自が作成したHP、PPTの発表会を行う。ハローワークの方々が、企業の人事担当者と同行し、条件が整えば面接が行われることも珍しくない。まずは、雇用してみること、何でも相談して頂くことを前提に、障がいのある方々の職場・職域の拡大に日々取り組んでいる。訓練自体の開催も18回を越え、訓練場所も東京・神奈川・埼玉と広範囲にわたる。  一人でも多くの方に働く喜びを取り戻して欲しい、そして仕事がいかに症状の軽減化に有効かということを一念に、講師一丸となってプログラムの精度を上げるべく邁進している。  元気良く講義を続けるには、講師自身の健康も大切である。生活リズムを整え、体調管理に留意しながら、遠方の訓練場所まで通う。  精神障がいは、他の障がいとは異なり、後天的に発症する。優秀な人材ほど、自責の念より症状が悪化するケースが多い。発症したことを受け入れられず、苦悩する期間の自己との戦いは想像するにはあまりある。その自分を丸ごと受け容れ、障害者手帳を取得して障がい者をして生きていこうと決意する行程を、誰が軽んじられようか?当社は、そのような人材を育て、個人の魅力を見出すことに誇りを持っている。  カウンセリング室は、3名体制で職場の巡回、医師・看護士・就労支援機関・保護者・母校の教員・就労支援関係者の方々とのカンファレンスにあたる。うち一名は、委託訓練の受講生のカウンセリングも兼務し、訓練が無事に修了するよう、受講生のストレス軽減に努める。見学は随時受け入れているため、御一報頂ければ幸いである。  障がい者の職場に定着するための工夫として、当社の取り組みを記す。 ①採用時、短時間勤務からゆっくり始める。 ②コアタイムなしのフレックス制の活用。 ③チーム・ペアで作業し、カバーし合う体制作り。孤立させない。 ④昇任・昇格は慎重に行う。 ⑤感情的に怒ったり、注意することのないように留意する。 ⑥責任は上司が取り、あいまいな指示は避ける。(暗黙知の神聖化に対する警鐘) ⑦厳しいノルマは与えない。 ⑧ほめることにより、長所を伸ばす。 ⑨適材適所を見据えた配置換えの実施。 ⑩個々人のストレスを把握する。 ⑪障がいのオープン就労。 ⑫傾聴。 ⑬あたたかい職場の雰囲気を確立する。 ⑭自己モチベーションを上げる配慮。    障がいは、誰にでも起こりうる。私自身も、明日は事故等で身体障がい者になるかもしれないし、ちょっとしたことで精神障がい者になるかもしれない。  精神障がい者は年々増加している。医療のガイドラインや診断基準も見直しをはからなければ、今後、日本の社会は立ち行かなくなる。適切な投薬が行われているのか否かもよく考えながら、国策として対策を講じる必要があるかと考える。障がいの予防に関しても同様である。  しかしながら、現実に自分自身が障がいに直面した時、どうすれば安定就労できるか、どう接してもらえれば会社に通勤できるかを、一人ひとりがよく考えながら実行していけば、法定雇用率、CSRにとらわれない、真の意味でのバリアフリーの社会が到来すると考える。 障害者雇用に対する企業の意識と雇用実態との関係 ○河村 恵子(障害者職業総合センター事業主支援部門 研究員)  佐渡 賢一・平川 政利・岡田 伸一・佐久間 直人(障害者職業総合センター事業主支援部門) 1 はじめに  近年、法令遵守(コンプライアンス)や企業の社会的責任(CSR)の浸透により、障害者雇用率は上昇傾向をみせているが、雇用率達成企業は半数に満たない、中小企業の雇用率の伸びは芳しくない等、課題も残されている1)。その背景には、企業の障害者雇用に対する不安感が大きく作用していると考えられる。  当センター研究部門において平成19年より3年計画で取り組んでいる「企業経営に与える障害者雇用の効果等に関する研究」では、経営との関係も踏まえながら雇用促進の可能性について検討を進めている。本報告では、研究の一環として行った企業へのアンケート調査2)の結果を中心に、企業が障害者雇用に対して抱いている意識や考えについて雇用実態との関係から整理を行うこととする。さらに、企業へのヒアリング調査で得られた障害者雇用に対する意識等も交えながら、雇用拡大の可能性について考えたい。   2 方法 (1)手順  企業データベースより従業員100人以上の企業5,000社を抽出し、郵送調査を実施。 (2)実施期間  平成20年11月上旬〜12月下旬 (3)調査内容  イ 企業プロフィール及び障害者雇用状況  事業内容、常用労働者数、雇用障害者数、雇用率等  ロ 障害者雇用に対する意識  障害者雇用に対する基本的姿勢、障害者雇用時のイメージ、能力開発についての考え等  ハ 障害者雇用への取り組みとその影響  障害者雇用時の配慮の実施状況とその負担感、及びそれら配慮による影響、各種障害者雇用支援制度の認知度や活用状況等 3 結果 (1)回収状況及び回収企業の実態  上記アンケート調査を5,000社に郵送し、1,063社から回答を得た(回収率21.3%)。  企業規模については、「1,000人以上」が281社(26.4%)、「301人〜999人」が376社(35.4%)、 「201人〜300人」が186社(17.5%)、「200人以下」が217社(20.4%)であった(無回答は3社(0.3%))。  雇用率別では、「1.8%以上」が303社(28.5%)を占め、障害者を1人も雇用していない企業は88社(8.3%)であった。1人以上雇用しているが1.8%に満たない企業568社について、各群の割合を均一にするため1.2%を境に区分したところ、「1.2%以上1.8%未満」が299社(28.1%)、「1.2%未満」が269社(25.3%)となった(無回答は104社(9.8%))。 (2)障害者雇用に対する基本的姿勢  企業の障害者雇用に対する基本的な姿勢を確認するため、「自社はすでに障害者雇用に十分積極的である。」という設問を行ったところ、肯定的な回答(「そう思う」「どちらかといえばそう思う」を合わせた割合、以下同様)を示した企業は全体の57.1%を占めた。  雇用率別の傾向をみると、積極的と評価している企業は雇用率「1.8%以上」の企業で76.5%、「1.2%以上1.8%未満」で61.4%、「1.2%未満」で44.6%、「雇用なし」で14.8%となっており、積極性の評価は雇用率との関連が強いことが窺えた(図1)。また、規模別では、「1,000人以上」の企業で81.0%、「301人〜999人」で57.1%、「201人〜300人」で44.3%、「200人以下」で38.9%となっており、規模が大きくなるほど積極的であると評価する企業割合は増加する傾向にあった(図2)。           図1 雇用率別にみた障害者雇用に対する姿勢 図2 規模別にみた障害者雇用に対する姿勢 (3)障害者雇用に抱くイメージ  ここまでに示したとおり、多くの企業は障害者雇用に肯定的な姿勢はみせているものの、それが必ずしもスムーズに進んでいると言い難いのは冒頭にも触れたとおりである。そこで、企業が障害者を雇用する際にどのようなイメージを抱いているかという点に注目し、18の設問項目を設定し障害者雇用における懸念事項を探ることとした。そして、障害者雇用のイメージについての構成要素を取り出すため因子分析(最尤法、プロマックス回転)を行ったところ、固有値1.0以上の5因子 が抽出された(表1)。  第1因子は、「作業指示の仕方が難しい。」「作業内容の理解に時間がかかる。」「採用後、支援者を配置する必要がある。」「研修時に特別な対応が必要になる。」といった、人的な対応が求められたりそれへの懸念を示す項目の因子負荷量が高いことから、「人的支援の必要性」と命名した。第2因子は、「品質の低下が心配である。」「作業能率が低い。」等において因子負荷量が高いことから、「生産性への懸念」と命名した。第3因子は、「人間関係を築くのが困難である。」「周囲とのコミュニケーションが困難である。」等において高い因子負荷量を示したことから、「人間関係に対する不安」と命名した。第4因子は、「どのような仕事ができるかわからない。」「適当な仕事がない。」等において高い因子負荷量を示したことから、「仕事を見出す困難さ」と命名した。第5因子は、「仕事のために補助機器を導入する必要がある。」「建物をバリアフリー化する必要がある。」において高い因子負荷量を示したことから、「物理的環境整備の必要性」と命名した。   表1 障害者雇用のイメージについての因子分析結果      なお、これらの因子の関連性について、第5因子以外のすべての因子間において関連性がみられた(表2)。   表2 5因子についての因子間相関      次に、回答企業がそれぞれの因子にどの程度関係があるかを探るため因子得点を求め、雇用率別及び規模別にそれらの平均得点を求めた。その結果、雇用率別では、第4因子においてほとんどの雇用率群の間で因子得点の差が大きく、雇用率が低い企業、さらには雇用していない企業ほど、職務創出に対する懸念が高まることが明らかとなった。また、第2因子については、雇用率「1.2%未満」と「雇用なし」との差が大きく、雇用していない企業において生産性を懸念する傾向が高いことが明らかとなった。なお、「雇用なし」の企業ではほとんどの因子において因子得点が顕著に高く、障害者雇用のあらゆる面において懸念・不安感を抱いている企業割合が増加することが窺えた(図3)。     図3 雇用率別にみた障害者雇用のイメージに関する因子得点  規模別にみた場合でも、第4因子のほとんどの規模間において因子得点の差が顕著であり、規模が小さくなるほど既存の職務の中から仕事を見出すことに困難を感じている企業割合が増加する傾向がみられた。第2因子については、300人以下と301人以上の企業との因子得点の差が大きく、300人以下の企業において特に生産性を懸念する企業が多いことが明らかとなった(図4)。   図4 規模別にみた障害者雇用のイメージに関する因子得点 (4)障害者の能力開発についての考え方  経営との関係を踏まえるという本研究の視点から、雇用後の能力開発についての考えについても設問を行った。その結果、「障害者の能力開発は、健常者に比べて時間や手間がかかり戦力としての期待は困難である。」と回答する企業割合は、雇用率が低い企業ほど増加する傾向にあり、「雇用なし」の企業で49.4%を占め、雇用率「1.8%以上」の企業(31.0%)を大きく上回った。また、障害者を雇用している企業(「雇用なし」以外)の半数以上において、特に雇用率が高くなるほど、「能力開発の費用は、障害者の技能向上により結果的に回収できる。」と考えていることが明らかとなっており、雇用状況、特に雇用の有無により能力開発に対する考え方に違いがあることが窺えた(図5)。   図5 雇用率別にみた能力開発についての考え  規模別では、「1,000人以上」の企業以外の群では半数弱の企業が健常者と比べて戦力としの期待は困難であると考えているのに対し、「1,000人以上」の企業では約25%にとどまる結果となった。また、「能力開発の費用は、障害者の技能向上により結果的に回収できる。」という考えは、「1,000人以上」の企業において58.4%、「301人〜999人」及び「201人〜300人」の企業でも、半数以上を占めた。「200人以下」の企業においては半数を下回る結果となった(図6)。             図6 規模別にみた能力開発についての考え  以上のことから、雇用状況(雇用率)が能力開発の考え方に影響を及ぼすことは明らかとなったが、規模と能力開発の考え方については一定の関連性がみえにくいように思われた。  能力開発は技能習得や技能向上を図るための取り組みであり、生産性に対する考え方と関連があると推測されるため、結果(3)で取り上げた障害者雇用のイメージを構成している因子のうち「生産性への懸念」(第2因子)と能力開発についての考え方との関係をみてみたい。「生産性への懸念」に対する因子得点が高い方から上位25%、下位25%を抽出し(それぞれ「生産性への懸念高群」「生産性への懸念低群」とする)、能力開発についての考え方とクロス集計を行った(図7)。その結果、生産性への懸念高群のうち66.3%が「障害者の能力開発は、健常者に比べて時間や手間がかかり戦力としての期待は困難である。」と考えているのに対し、生産性への懸念低群では15.5%にとどまる。また、「能力開発の費用は、障害者の技能向上により結果的に回収できる。」との考えは、生産性への懸念低群において63.6%を占めるのに対し、生産性への懸念高群では37.2%であった。つまり、生産性への懸念が高ければ能力開発への期待へとはつながりにくいことが示された。               図7 能力開発の考え方と生産性への懸念との関係 4 考察  (1)障害者雇用の有無による企業の意識について  本調査を通して、障害者を雇用していない企業は、雇用している企業と比較すると多くの点で強い懸念・不安感を抱いていることが明らかとなった。  ここでは、特に雇用の有無による差が顕著であった「生産性への懸念」に注目して考えてみたい。企業へのヒアリング調査において障害者雇用のイメージの変化について尋ねたところ、多くの企業において、「思っている以上に仕事ができると感じた。」「職務遂行能力は健常者より低いのではないかという偏見があったが、雇用してみて健常者とほとんど変わらないということを感じた。対応にも苦慮しておらず、こちらが想像していたほどの負担はなかった。」といった、当初抱いていた生産性への懸念とのギャップを指摘する意見が多く得られた。もちろん、障害の種類や程度等によるところも大きいと思われるが、「雇用当初は、周囲の従業員は過度に気を遣い手を出したがったようだが、ともに働く中でその必要はないことに気づき、不安も解消されたようだ。」という意見からもわかるように、障害者とともに働く経験が、イメージの変化に与える影響は大きいと言えるのではないだろうか。つまり、障害者雇用における生産性への懸念が小さいために雇用できているというのではなく、雇用経験により生産性への懸念が軽減、解消していったと考えることができる。人的支援や物理的環境整備、能力開発の考え方についても雇用状況により違いがみられたが、これも生産性への懸念と同様に障害者雇用の経験も影響していると考えられる。  さらに、障害者雇用率達成企業からは、「障害者を雇用することに抵抗がなくなった。」といった意見も聴かれ、障害者雇用を経験することで、生産性への考え方にとどまらず障害者雇用への姿勢全般に変化が生じている事例もみられた。アンケート調査において、雇用率が高くなるほど障害者雇用に積極的な企業割合は増加するという結果が得られたが、そこには、雇用することにより懸念事項が軽減、解消され、ひいては積極的な行動へとつながるという過程があったと考えられる。  以上の一連の過程を踏まえると、障害者雇用に踏み出すためには、生産性が低い等の固定観念を捨てるべく、まずは就労支援関係者が企業に対して障害や障害者についての正しい知識を提供することで、障害者雇用に対する理解の幅を広げることが必要であろう。また、能力開発の考え方については生産性への懸念の程度が大きく影響していることはすでに述べたとおりであるが、障害者の作業遂行能力についての理解が深まることで、能力開発についてのマイナスイメージも軽減され、経営的視点から戦力化を意識した雇用も期待できるのではないだろうか。 (2)障害者雇用企業における障害者雇用促進の懸念事項について  因子分析の結果から、第4因子の「仕事を見出す困難さ」については、障害者を雇用している企業間においても捉え方に差があることが明らかとなった。また、300人以下の企業において、困難を感じている企業割合が高いこともわかった。先に考察したとおり、障害者雇用の入り口に必要なのは、正しい障害理解に基づき生産性等への懸念等を払拭することである。しかし、こうした課題が一定クリアできたとしても、既存の職務の中から仕事を切り出したり、障害特性等によって仕事を限定する必要があるとき、企業に対して職務創出という障害者雇用のノウハウの習得が求められており、それが雇用促進の阻害要因となっているとも言えよう。  ヒアリング調査においても、「何をやってもらえばいいのかということに非常に困った。」「障害者一人ひとりに合った仕事をみつけることができるかも不安材料であった。」といった職務創出の難しさを訴える企業が多い傾向がみられた。それに対して、「ハローワークや同業他社に障害者がどのような仕事を行っているかを相談した。」「従業員に何かやってもらいたい仕事がないか働きかけた。」「業務全体の中から単純要素作業を見つけ出し、それらの中からできることを絞っていった。」「外注業務を全て洗い出し、その業務と浮いた資金を障害者雇用に割り当てた。」といった、職務創出のため企業内で具体的な取り組みを進めている事例を把握することができた。  ただし、こうした具体的な対応に着手している企業の多くは大企業で、中小企業からは職務創出の困難さという課題についての意見が多い傾向にあった。また、先に紹介した事例からもわかるように、職務創出の方法としては様々な方法が考えられる。障害者雇用率の向上のためには、職務創出は大きなポイントと思われるが、その課題が克服されるには企業の実態(企業規模、事業内容、企業構造等)を踏まえた支援が行えるよう、支援者側のノウハウや事例の蓄積も必要ではないだろうか。   5 まとめ及び今後の課題  本研究を通して、障害者雇用の過程による企業の課題意識の違いが明らかとなった。障害者雇用に対する課題の所在を明らかにし、意識の変化を促せるような課題の解決方法を見出すことが、雇用に対する懸念・不安感を軽減し、さらには戦力化へつながる雇用を可能にするのではないだろうか。  なお、そのためのアプローチは雇用の有無のところで大きく異なることも明らかとなった。まずは障害者を雇用していない企業が雇用へ踏み出すことが、雇用拡大のための重要課題であると言える。  今後は、こうした課題意識と雇用実態との関係に注目しながら、ヒアリング調査で得られた結果をもとに、より詳細な課題の整理とその解決方法の検討を進めていきたい。 <資料> 1) 厚生労働省発表資料(平成20年11月20日付) 2) 「障害者雇用による企業経営への影響に関する調査〜中間集計結果〜」: http://www.nivr.jeed.or.jp/plan/h18_outline.html 障害者雇用に対する配慮とその影響について ○平川 政利(障害者職業総合センター事業主支援部門 主任研究員)  佐渡 賢一・河村 恵子・岡田 伸一・佐久間 直人(障害者職業総合センター事業主支援部門) 1 はじめに  当センター研究部門において平成19年より3年計画で取り組んでいる「企業経営に与える障害者雇用の効果等に関する研究」では、経営との関係も踏まえながら障害者雇用促進の可能性について検討を進めている。本報告では、障害者雇用に当たって配慮する事項が、障害のある従業員と一般の従業員にどのような影響を及ぼすかについて、アンケート調査の関連項目の回答を負担感との関係から多角的に分析した。この結果について、企業へのヒアリング調査において得られた取り組み事例を交えて報告し、各配慮事項の影響を明らかにする。   2 方法  企業データベースより従業員100人以上の企業5,000社を抽出し、以下のように郵送によるアンケート調査を実施した。 (1)調査内容  イ 企業プロフィール及び障害者雇用状況  事業内容、常用労働者数、雇用障害者数、雇用率等  ロ 障害者雇用に対する意識  障害者雇用に対する基本的姿勢、障害者雇用時のイメージ、能力開発についての考え等  ハ 障害者雇用への取り組みとその影響  障害者雇用時の配慮の実施状況とその負担感、及びそれら配慮による影響、各種障害者雇用支援制度の認知度や活用状況等  本報告では、ハを中心にロの「障害者雇用時のイメージ」との関わり検討した。 (2)調査時期  平成20年11月上旬から12月下旬。 3 結果  上記アンケート調査を5,000社に郵送し、1,063社から回答を得た(回収率21.3%)。  表1は、障害者雇用に当たって企業がどのような配慮を図ったかと、その配慮に対してどのような影響が見込めるかについて、アンケート結果を整理したものである。  縦軸には、障害者雇用に際しての配慮事項(募集・採用時の配慮、職場環境整備、職務遂行上の配慮、人材育成・能力開発、障害者雇用の理解促進)を記載している。横軸には、障害者雇用の影響として、障害のある従業員及び他の従業員の生産性と満足度について記している。    表1 障害者雇用の配慮事項と影響    表のセル内に記されている数値は、左側が配慮を「現在実施している企業」について、右側は配慮を「実施していない企業」について、生産性、満足度に「良い影響」を与えると思われる割合である。また、網掛けをしているのは、「現在実施している企業で良い影響が半数以上」のところである。二重枠は、「実施の有無に拘わらず良い影響が半数以上」のところである。  表から全体的な傾向を見ると、障害のある従業員については、ほとんどの配慮事項に対して生産性も満足度も良い影響があるという回答になっている。それに対して、他の従業員への良い影響は、「障害者雇用促進に関する従業員の理解促進」のみが半数を超えているだけで、他の配慮事項は半数以下である。また、すべてにわたって、配慮等を実施している企業の方が良い影響度が高い数値になっており、障害者雇用の配慮を実施してみると生産性も満足度も良い影響が見られることがわかる。  以下、各領域の代表的な配慮項目を取り上げ、経済的、人的、時間的という面から捉えた負担感などとの関わりに注意しつつその影響についての考え方を具体的に見ていくこととする。   (1)職場環境整備−建物の構造・設備改善  建物の構造・設備改善の実施の有無にかかわらず、障害のある従業員の生産性、満足度に良い影響を及ぼすという割合が、いずれも半数を超えており、多くの企業が物理的改善の影響を認識していることがわかる。 図1 物理構造、設備改善が及ぼす影響    併せて、建物の構造・設備改善に対する経済的負担感も高いと感じていることが特徴的である。特に、現在実施している企業における経済的(金銭的)負担を感じている割合は60%と高く、経済的な負担をどのように補っているかがポイントと思われる。 (2)職務遂行上の配慮−作業内容、方法の改善  配慮の有無に限らず障害のある従業員の生産性、満足度に良い影響を及ぼすという企業が多い。配慮している企業では8割近くが、実施していない企業でも半数以上が良い影響があると回答している。  また、配慮ありと配慮なしの生産性、満足度に良い影響を及ぼす割合の差は、両者とも20ポイント以上あり、配慮することによってより良い影響のあることがわかる。 図2 作業内容、方法の改善が及ぼす影響    負担感をみると人的負担の割合が比較的多く、配慮ありと配慮なしの差は18ポイントと大きい。こうしたことから、作業内容、方法の配慮を実行に移すに当たっては、簡単にできるのではなく他の従業員の支援などの労力を要することが窺える。 (3)人材育成、能力開発−OJT  OJTを実施している企業は、障害のある従業員の生産性、満足度に良い影響を及ぼすと考えている(7割以上)。一方、OJTを実施していない企業は、生産性も満足度も半数以下でOJTの影響には否定的である。このように、OJTの配慮を行うか否かで、障害のある従業員の生産性、満足度の評価が分かれている。 図3 OJTが及ぼす影響  OJTの実施にあたっては、人的負担の割合が他の負担感に比べて多くなっている。特に配慮をしている企業では4割以上であり、配慮なしの企業を10ポイント近く上回っている。こうしたことから、OJTを実施することで、障害のある従業員の生産性、満足度に良い影響があるが、企業によってはOJTに専念する人的配置の余裕がないなど、人的負担を伴うことが窺われる。 (4)障害者雇用の理解促進−従業員への理解促進  障害のある従業員とない従業員との対比で、ほとんどの施策は障害のある従業員のために良い影響があるとされており、障害のない従業員にとっては特に反応がない。いってみれば障害者に限定した効果を想定している傾向が強かったが、唯一反応があったのが「障害者雇用促進に関する従業員の理解促進」である(表1参照)。  障害のある従業員も障害のない従業員も、従業員の理解促進の配慮をする企業の満足度は6割以上であり、障害のある従業員にとっても良いし、障害のない従業員にとっても好感をもって受け止められている。これがひとつのポイントであると考える。つまり、障害、あるいは障害者について理解する機会を得たときに、周囲の人の意識は変わるのではないかと思われる。 図4 従業員への理解促進が及ぼす影響    なお、従業員の理解促進における負担感は、人的負担の割合が比較的高いが、その割合は2割台にとどまっている。   4 考察  今まで各配慮の実施状況とその負担感をみてきたが、「物理構造、設備改善」の配慮には経済的負担が、「作業内容・方法の改善」、「OJT」の配慮には人的負担があるとの回答であった。さらに、配慮を実施している企業の方が高い負担感を抱いていることもわかった。こうしたことを踏まえ、配慮実施の企業とそうでない企業との違いについて、障害者雇用のイメージに関する質問事項との関係を検討し、障害者を雇用している企業が、負担があってもどのようなメリットを感じているかを明らかにする。さらに、メリットを活かすための具体的な対応についても聴き取り調査から言及していく。 (1)配慮実施の有無と障害者雇用のイメージ変化  障害者雇用のマイナスイメージに関する質問18項目について、イメージの構成要素を取り出すため因子分析(最尤法、プロマックス回転)を行い、5因子(人的支援の必要性、生産性への懸念、人間関係に関する不安、仕事を見出す困難さ、物理的環境整備の必要性)を抽出した(詳細については、「障害者雇用に対する企業の意識と雇用実態のとの関係」を参照)。次に、負担感の多い配慮事項について、負担を感じている企業の因子得点の平均値を求め、この結果を配慮の有無別にまとめた。この結果から負担感を抱いている企業が、配慮実施の有無によって5因子のマイナスイメージにどのような違いを生じるかを検討していく。(注:「作業内容・方法の改善」、「OJT」とマイナスイメージとの関係はほぼ同様の傾向にあるため、前者のみを取り上げて検討する。) イ 建物の構造・設備改善(経済的負担)  5因子と「建物の構造・設備改善」の配慮実施の有無との関係を図5に示す。   図5 建物の構造・設備改善に対する配慮有無と障害者雇用のイメージ  この図から、5因子の中で「物理的環境整備の必要性」の違いが突出している。配慮実施の企業の方が因子得点が際立って高くなっているのは、建物の構造・設備改善が「物理的環境整備の必要性」の直接的要因になっており、実際に配慮をしたところ経済的負担のかかることを改めて認識したともいえる。そこで、経済的負担への軽減が課題になるが、その対応として雇用支援制度との関わりを見ると、配慮を実施している企業の助成金を利用している割合は41.5%、実施していない企業のそれは27.9%であることから、助成金の利用が経済的担を補う一手段になっていることが窺える。  その他の因子では、全体的に配慮実施の企業の方がマイナスイメージの因子得点が低い。その中では「仕事を見出す困難さ」の因子得点の変化が比較的大きく、「仕事を見出す困難さ」を軽減することに、ある程度の波及効果が考えられる。  また、障害者雇用のマイナスイメージの外にプラスイメージからもメリットを検討してみる。経済的負担を感じている企業の中で配慮実施している企業は、株主や取引先などのステークホルダーへの影響がよくなるとの割合が6割以上であり、配慮していない企業より10ポイント以上多くなっている。建物の構造・設備改善は、配慮の結果が目に見える形で表出するため、外部からの評価が得やすいと考える。こうしたことから、経済的負担があるにもかかわらず建物の構造・設備の改善を実施するメリットは、ステークホルダーなどの対外的評価を得やすいことがあげられる。 ロ 作業内容・方法の改善(人的負担)  5因子と「作業内容・方法の改善」に関する配慮実施の有無との関係を見ると、全体的に配慮実施の企業の方がマイナスイメージの因子得点が低い。この中で、配慮実施ありと配慮実施なしの因子得点の変化は、「仕事を見出す困難さ」が著しい。 図6 作業内容・方法の改善に対する配慮有無と障害者雇用のイメージ  作業内容、方法の改善によって、障害のある従業員が作業をしやすくなったり、作業の範囲が広くなったりして、限られた仕事のみならず他の仕事の可能性が高まる。これが、障害状況に応じた仕事を見出すことを容易にすると思われる。こうしたことから、人的負担があるにもかかわらず「作業内容・方法の改善」を実施するメリットは、「仕事を見出す困難さ」を軽減して障害の状況に応じた仕事を作り出すことが考えられる。   (2)ヒアリング調査による配慮の工夫  アンケート調査結果を配慮実施の有無と障害者雇用のイメージの変化から検討したところ、「仕事を見出す困難さ」と「物理的環境整備の必要性」の違いが大きく、この2因子が障害者雇用に及ぼす影響が大きいといえる。この結果は、先行調査1)における企業の障害者雇用が進まない理由とも符合している。  これらを考慮すると、障害者雇用のポイントは、職場環境をいかに整備していくか、そして、いかに障害者に適した仕事を創り出していくかにあると考える。特に、後者については、障害者一人ひとりの能力を高めて育成定着を図り、いかに戦力化していくかがポイントになると考える。この戦力化をどのように図っていくかについて、ヒアリング調査の好事例を通して配慮の工夫をまとめる。 イ 職場環境の整備  職場環境の整備は、どのように対応するのが望ましいかということについてみていく。ヒアリング調査によれば、職場環境の整備といえば、施設設備の改善、機器の整備など、大々的で経済的にも大変だというイメージがつきまとう。確かに、新しい事業を起こして、その中でやろうとすると大変であろう。また、なるべく既存の設備の中で既存の体制の中でという要望が多く見られた。この現状を考慮し、現実的な対応についてまとめると以下の通りである。  一つは、小規模で日常的な改善の積み重ねが重要である。職場を見直して改善するには、大きな改善よりは小さな改善を、小さな一歩の積み重ねが全体の大きな改善になるという考えで行う。日常の一つひとつの積み重ねで改善を積み重ねることが大切であると思われる。  二つは、見守り受け入れる職場の雰囲気である。 職場は一人で仕事をするということはなく、いろいろな人との関わりの中で仕事をしている。つまり、仕事を通じて社会参加をする障害者雇用も、人間関係が基本となる。そこで、障害者を職場の一員として受け入れるには、障害があっても働く仲間として一緒に仕事をしていくにはどのように支えていくかという気持ちが大切である。そして、特別扱いではなく、全人的な関わりで相互に動機付けができる関係がポイントになると思われる。 ロ 職務創出の仕方  障害者の採用に際して、その特性や個々の対応に合った職務をいかに作り出していくかについて、ヒアリングから得たポイントをまとめると以下のとおりである。  まず、能力に制限のある障害者ができる仕事は何かを見出していく「切り出し」である。できることを見出して、その部分を障害者の仕事として割り当てるときのポイントは、障害の理解と特性把握である。例えば、知的障害は判断・記憶に制限があるけれども、知的能力に制限があってもできる仕事は何かを検討する。人の手でしかできない作業は何か、単純反復作業で行っているのは何か、工程数が比較的少ないものは何かとかいうようなことがポイントになると思う。  次は、切り出した職務を全体の業務の中に位置づけていく「再構築」である。障害者雇用に際して、障害者のできる作業を切り出したとしても、往々にして全体の業務に位置づけるということが疎かになっているような場合が見受けられる。例えば、部屋の一角に障害者雇用の机を設け、コピーやシュレッダーなどの雑用を業務として割当てる。このように全体の業務と切り離され、随時あるとは限らない業務ではやりがいのある仕事とはいえず、モチベーションも上がらない。切り出した作業が全体の作業の中に位置づくということが、重要なポイントであり、本人のやりがい、ひいては生産性の向上につながると考える。 5 まとめと今後の課題  本報告では、障害者雇用の配慮が及ぼす影響について検討した。その結果、障害のある従業員にはほとんどの配慮項目に良い影響が見られた。他方、良い影響を及ぼす配慮事項においては、配慮を実施している方が高い負担感を抱いていることが多いけれども、職場環境整備、障害者に適した仕事を創り出すことにメリットを見出していることが明らかになった。こうした負担感を払拭するような配慮の工夫が、障害者一人ひとりを戦力化するポイントであると考える。  今後は、戦力化のポイントを具体的にしていくため、人的資源の育成・展開という視点から環境調整、職務創出の工夫について明らかにしていきたい。 参考文献 1) 野中由彦:企業調査の分析結果について,「障害者雇用に係る需給の結合を促進するための方策に関する研究(その1)」,p191,障害者職業総合センター,2007 埼玉県における企業に対する雇用支援の取組み ○小野 博也(埼玉県障害者雇用サポートセンター センター長)  岡濱 君枝(埼玉県障害者雇用サポートセンター) 1 はじめに  埼玉県障害者雇用サポートセンター(以下「当サポートセンター」という。)は、埼玉県産業労働部就業支援課に所属し、埼玉県内の企業の障害者雇用を促進させるために、平成19年5月末に設置された。平成19年度を迎えるにあたり、埼玉県では障害者と団塊世代それぞれの就労支援センター設置を2大政策とする方針を固め、その中のひとつとして当サポートセンターを設置した。地方自治体で企業の障害者雇用をサポートする機関ができたのは、全国でも例を見ないケースであった。  障害者の就労支援については、福祉サイドでは「障害者自立支援法」の施行により、施設から企業への就労移行支援策が取られ、教育サイドでは100%就労を目指す特別支援学校が2校(さいたま桜高等学園・羽生ふじ高等学園)設立され、更に労働サイドでは障害者雇用率達成へ向けた指導規準が厳しくなるという環境の中で、障害者雇用への不安や悩みを持つ企業をサポートするという役割を持って設立されたものである。そして、埼玉県組織ではあるが、特定非営利活動法人サンライズ(埼玉県内の障害者雇用企業経験者を主体としたNPO法人)に事業の運営を全面委託しているところに特色がある。 2 障害者雇用サポートセンターの役割  福祉・教育・労働のそれぞれの方面から企業雇用への期待感が強まる中で、企業ではCSR・コンプライアンスの立場からも障害者雇用を進めたいが、障害者への対応方法がわからない、仕事の創出(職域開発)ができない、会社全体の理解がない、採用ルートが不明、サポート機関や助成金等の制度がわからない等の不安や悩みを持っているところも多くあるのが実態である。  そこで、当サポートセンターでは、次の4事業を柱として活動をしている。  第1の事業は、「雇用の場の創出事業」であり、企業を個別に訪問し、障害者雇用についての専門的な提案や助言を行い、円滑に障害者雇用ができるように支援すること。また、障害者を雇用している企業の見学会や障害者雇用の理解を深めるセミナー等を開催すること。  第2の事業は、「就労のコーディネート事業」であり、埼玉県内の市町村が設置している就労支援センター等の就労支援機関を利用している障害者が円滑に就労に結び付くように、側面から支援すること。  第3の事業は、「企業ネットワークの構築と運営」であり、障害者雇用に理解がある企業のネットワークを作り、障害者雇用の課題や対応方法等の意見・情報交換を行う定例会を開催すること。そしてこのネットワークを広げ、更に多くの企業の理解を増やすこと。  第4の事業は、「相談事業」であり、企業からの雇用相談、障害者や就労支援機関等からの就労相談に対応すること。  以上が事業活動の4本柱である(図1)。 3 2年間の活動  埼玉県内には、埼玉労働局、埼玉県、埼玉障害者職業センター、埼玉県雇用開発協会をはじめ、各種支援機関がそれぞれの役割を持って企業の障害者雇用促進への取組みを行っている。また、障害者雇用を促進させるための各種制度や仕組み(各種助成金制度、トライアル雇用等)があり、企業の障害者雇用へのリスク負担もかなり軽減するようになっている。しかし、企業の立場に立ち企業の経営内容を踏まえて相談に応じられる専門性を持った人材を有する機関は少なく、企業の障害者雇用を推進していく上では、そうした人材機能を持つ機関が要望されていると思われる。  そこで、当サポートセンターでは、障害者雇用の経験を持つスタッフを募り、主に特例子会社の設立から運営に携わった経験を持つ埼玉県居住の企業出身者で、今後も障害者雇用の仕事に携わりたいと考えている企業OBで構成するようにした。  1年目の活動目標は、当サポートセンターは全国的にもモデルのないセンターなので、まず、どのような体制で、各事業活動をどのように推進するかといった活動の基盤づくりを主眼に置くと共に、埼玉県全体の状況把握を行いその特徴を知ることと、埼玉県内外に知名度を高めるための広報を積極的に行うこととした。  2年目は県内の企業・各関係機関から“信頼されるサポートセンターとなる”ことをテーマとして活動を行ってきた。この2年間の実績については、表1の通りであり、1年毎に広がりを持った活動となっていることが理解いただけると思う。活動を続ける中で、企業や関係機関が開催するセミナーの講師依頼・紹介や会議体への出席要請また障害者雇用に関わる各種委員会の委員委嘱等を受けるようになってきた。 4 県内企業の現状  この2年間の活動を通じて見られる埼玉県内企業の特徴は、1つは東京に本社を持つ大きな事業所が多く、まさに首都圏の障害者雇用を担っていることである。埼玉県内の道路を通っていると、大きな敷地の工業団地や大きな建物を持つ会社の建物が目に付くが、その大半は東京に本社を持つ企業であり、その支店の事業所が埼玉県にあるということである。  2つ目の特徴は、埼玉県内の企業約70,000社のうち、56人以上の常用雇用労働者数の企業は約2,100社しかなく、圧倒的に中小企業が多い点にあるということである。また県内の産業分類を見た場合、製造業、卸・小売業、サービス業等を主体にバランス良く多岐に亘った企業群があることも3つ目の特色かと思われる。  ご存知の通り、昨今の中小企業の環境を見ると100年に1度と言われる金融危機が継続しており、売上は激減し、業績は低迷、資金繰りも悪化という非常に厳しい経営状況にある。  特に、製造業を中心に経営悪化している企業が多く、派遣社員や期間契約社員による人員調整が取られ、雇用調整助成金を活用して既存の正規社員の雇用維持を図りながらも、新規雇用には至らない状態にある。但し、企業における障害者社員については、以前のバブル崩壊時の解雇が一挙に出た時期から見ると、今回の障害者解雇は緩く始まったという感じがする。つまり、企業内の雇用社員の中でも、障害者による人員調整は後に回しており、障害者は何とか雇用継続を維持していこうという考えが、企業を訪問している中で窺える状況にある。  ところで、埼玉県は秩父連峰や栃木県・群馬県と接する県北部地域と東京に隣接する県西・県南・県東に大きく2分割した地域性を有しており、かなりの広範囲な県である。そこで、事業柱の3つ目にある企業のネットワーク作りについては、地域を4つに区分して、それぞれに集まりやすい交通機関の要所(県北=秩父・熊谷、県西=川越、県南=さいたま市、県東=春日部)に集まって、各企業の持つ課題や悩みを解決するための意見交換会を持つことにした。  埼玉県では、市町村別に就労支援センターを設置することを進めており、障害者就業・生活支援センターも福祉圏域に1つずつ設置する方針を持っている。埼玉県内の4ブロック制については、こうした就労支援機関が一緒に入った会議体(障害者就労支援センター等連絡協議会)が平成19年度から設置され、就労支援の連携を図ることとしている(図2)。今後、こうした連携の場が、一層効果的に発展して いくことが期待されるところである。 5 中小企業の障害者雇用  埼玉県は中小企業が多いと前述したが、埼玉県に限らず全国的にも、中小企業の障害者雇用への支援が大きな課題になると思われる。  つまり、中小企業は経営状態が厳しい中で、民間企業の全国平均障害者雇用率が低位のため、厚生労働省から強い障害者雇用指導が加えられる一方、「障害者雇用促進法」の改正による納付金の対象範囲の拡大という更に負担度が増すことになる措置が取られることになった。納付金は会社の利益に関わらず、常用雇用労働者に対して計算されるもので、障害者の雇用人数が下回っていれば、納付義務があるというものだけに、経営状態の厳しい企業にとっては一層大変になると思われる。平成5年頃までは中小企業の障害者雇用率は極めて高い水準にあったが、その後のバブル崩壊後下落していき、現在では全国平均値を引き下げる大きな要因になっている。  一方、1000人を超える大手企業は全国平均雇用率が1.78%とほぼ法定雇用率をクリアするところにきている。これは、障害者雇用が企業のCSRの一環として理解が進み雇用が促進している結果であるが、その方法を見ると特例子会社の設置による雇用推進や営業部門等障害者の人件費の一括した管理部負担、ノーマライゼーション推進室や人権啓発担当といった専門部門・人員配置を行う等、企業内での対応の仕方のノウハウが出来上がってきていることが大きいと思われる。  中小企業における障害者雇用を考える場合、特例子会社を持つといった別法人方式や社内に仕組みを構築して進めることはリスク負担が高く困難な面がある。そこで考えられることは、障害者就業・生活支援センターや地方自治体の持つ就労支援センター、地域障害者職業センター等、社会的資源といわれる地域の就労支援部隊は、中小企業の雇用促進にこれからは貢献すべきであり、欠かすことはできないのではないかということである。  例えば、企業で障害者ができる仕事を創出し、求人票を出したところ、Aさんという障害者が応募した際、地域の支援者が企業で必要とする仕事の遂行要件をきちんと理解し、障害者本人の適性を踏まえて、本人と企業の架け橋としての役割を担う体制を取ることが必要になってくると思われる。つまり、「地域が支える障害者雇用」は中小企業こそがこれから求めてくることではないかと思われる。 6 関係機関の連携体制について  埼玉県には、多くの就労支援を行う機関があり、障害者本人に対しては、障害者就業・生活支援センターが7ヶ所、市町村の就労支援センターが29ヶ所等あり、その他にも施設、特別支援学校などの障害者をサポートする機関がある。一方、企業に向けての支援機関は埼玉労働局、埼玉県、埼玉障害者職業センター、埼玉県雇用開発協会等がある。これらの機関はそれぞれの機能を持ち、それぞれの役割を担って活動しているが、今後は更に障害者本人と企業への支援を視点とした連携をとる必要がある。  当サポートセンターが主体となって開催する企業に向けてのイベントとしては、他社事例や専門的な知識を得るためのセミナーや、会社の個別課題の解決に向けての意見交換会を行っており、埼玉労働局、埼玉県、埼玉障害者職業センター、埼玉県雇用開発協会、埼玉県経営者協会に協力をいただいている。  また、当サポートセンターが開所した際に、「埼玉県の障害者雇用を進める関係機関連携会議」が設置され、埼玉県内の関係機関の主要メンバーでの協議が行われているが、今年度は、連携という言葉だけでなく、具体的な行動をということで、“埼玉県障害者ワークフェア2009”と銘打って、優秀勤労障害者や優良事業所表彰・障害者雇用セミナー開催・施設や学校で作った作品の展示・即売会などを開催し、福祉・教育・労働・行政が一体となって、当イベントを通じて、連携・連動を図ることとしている(図3)。 7 今後の課題  私が考える障害者雇用のキーワードは、常に「マッチング」にあると考えている。つまり、企業が求人要件として必要としている仕事が遂行できるかどうかが、障害者本人にとっても企業にとっても、リスクを負うかどうかの大きなポイントだと考えるからである。  そこで、企業サイドでは会社の仕事の中で障害者が出来やすい職域の開発と職場改善を図る努力が必要であり、一方、障害者本人は企業が必要とするレベルまで能力を高める努力が必要である。  今、埼玉県においては、企業サイドについては、前述の表1の通り着実にネットワークの輪が広がっている状況にあり、これからも当サポートセンターでは、各方面の期待を担って、主体的に関わり推進していかねばならないと考えている。  また、埼玉県には現在15社の特例子会社があるが、その会社に期待することは、埼玉県内の障害者雇用の牽引車としての役割を担ってもらうことである。会社見学やセミナーでの講師、障害者就労の改善事例報告等、積極的な地域貢献をお願いしたいと考えている。  ところで、今後は企業が求める障害者を送り出すサイド、すなわち福祉・教育分野との連携をどう図っていくかが課題となる。  教育については、冒頭に述べたように、軽度から重度まで同じクラスで教育していた方式から、軽度の知的障害者を対象として、より企業に近い訓練・実習を行う特別支援学校2校が設置され、主体的に企業で必要とする訓練科目を作り、障害者の能力を高めるための仕組みができてきている。  福祉については、企業が一番期待を持っている就労移行支援事業所を、これからどのような訓練内容・方法により企業が求めるレベルまで障害者本人の能力に高めていくかをきちんと整備する時期に来ている。そのためには、具体的なイメージを持ったモデル事業所を発掘しそのやり方を研究して、障害者の能力開発を進めていく仕組み作りに取り組む必要がある。  最後に、繰り返しになるが、今後は、企業と障害者本人との架け橋としての役割を持つ就労支援者が、より企業と障害者本人を理解した活動をするために成長すること、そのための能力開発の仕組み作りをすることが、地域において重要なテーマになってくると思われる。 <活動風景> ひとつのチームとして −最高の販売体制を支える機能− 大橋 恵子(株式会社高島屋横浜店総務部ワーキングチーム 第2号職場適応援助者)   1 はじめに  2007年3月に株式会社髙島屋横浜店(以下 「髙島屋」という。)総務部内に知的障がい者の雇用促進・職務開発を目的としてワーキングチーム(以下「チーム」という。)を設置した。  髙島屋においては、知的障がい者に限らず障がい者の雇用は進めてきていたものの、仕事とのマッチングに注目した場合、適切な仕事を提供できていないケースがあり、業務を見直すとともに新しい雇用のスタイルとしてチームを設置することとなった。  チームは、総務部人事グループに所属し「いつも何度でも」が得意な知的障がい者の方々と第2号職場適応援助者である筆者合わせて9名の構成である。チームの使命は、「最高の販売体制を支える」ことであり、このようなスタイルの障がい者雇用の効果は、人事政策のひとつといっても過言ではない。 2 発足当時の業務開拓  発足当時、他の売り場で働いていた勤続26年、勤続15年の女性2名でチームを立ち上げた。業務については、各売り場から「業務請負シート」を提出してもらいチームで請負可能な仕事を吸い上げた。約60種類の業務があげられた。  次に、すべての業務について社員のスキルとマッチング作業を行った結果、「請負可能」「不可能」「いずれ可能」であるとの結果を各売り場にフィードバックした。社員のスキルはそれぞれであり、さらに伸びる可能性も秘めていたので、「いずれ可能」という回答をし、売場のニーズに応えられる人材を採用するように心がけた。  発足当時は、売り場にどのような業務があるのかがわからなかった。また、社員たちのスキルもわからなかった。チームの滑り出しは、まず、障がいのある方が売り場の後方支援をすることで会社に貢献できることの実績を作ろうと考えた。 3 現在の業務開拓の視点  発足から2年半が経過し、現在、チームには8名の知的障がいのある方が業務を行っている。発足当時より業務を請け負う売場も増えているが、社員はスキルアップを果たし、請け負う業務量が増えたため、どんどん新しい業務開拓も必要になってくる。  最近の業務開発は視点が変わってきた。それは、この2年半で確実に結果を残すことができ、さらには障がい者に対する既成概念を払拭することができたからではないだろうかと考えている。  以下、業務開拓の視点である。 (1)売場での販売時間を創出すること  髙島屋は、百貨店業である。お客様第一であること。そのためには、店頭での接客・販売に専念できる体制作りが社員一丸となって取り組むべき重点課題である。こうした売場を支える機能としてチームが存在するのである。売り場の方が接客に専念できるように接客の合間をみて行っていた業務は、裏方の我々に任せてほしいというのがチームの存在意義である。 (2)生産性を向上させるためにできること  髙島屋では厳しい景況の中、さらに販売力を強化していくため、様々な角度からの生産性向上に向けた取り組みを進めている。業務改善もなされている。実は、そういう中にチームが請け負うべき業務が存在するのだ。チームはいわゆる「何でも屋」であり、「困っているのだけれど」「助けてもらえないだろうか」といった業務依頼が生まれることも少なくない。ある時は、作業を請け負うことで、ある時は、人材を貸し出すことで、会社の課題解決に重要な役割を果たしていることは間違いない。 (3)経費節約に貢献できること  毎日のように朝講で、上司の口からでる言葉は「経費節約」である。現在は、コピー1枚、ボールペン1本も無駄にしない、できない。請け負った作業の中ででた廃材をできるだけ無駄にしないように再利用するよう心がけている。  チーム発足当時から、購入した備品は作業台を3台と安全カッターのみ。あとは、他の部署で使わなくなった椅子や机や棚を利用して作業環境を整えた。  また、各売り場・部署で残業して行っていた業務についても請け負うことで、残業を減らし、経費削減に貢献している。 (4)エコ活動を推進できること  毎日、数千人が働く本館の食堂にはたくさんのペットボトルが廃棄されていた。そのキャップがワクチンに変わる「エコ推進活動」に協力してはどうかと筆者が提案し、実施することになった。現在、所定の場所にあるボックスの中身を回収する作業もチームで請け負うことになった。  また、化粧箱作りの際に廃材となっている箱の資材を、他の売場で商品をたたむ際に利用する板目紙として再利用する提案をした。  このように、チームのメンバーのスキルに合わせて行っていた業務開拓は、会社の経営理念や重点課題、CSRも視野に入れて業務開拓するように変わってきた。そのことで、チームが「何でも屋」であると少しずつ認知されてきたのではないかと分析する。 4 社員がいきいきと働き続ける工夫 性別 勤続年数 女性 28年8ヶ月 女性 17年8ヶ月 男性 2年9ヶ月 男性 2年8ヶ月 男性 1年8ヶ月 男性 1年7ヶ月 男性     8ヶ月 女性   8ヶ月  チームの年齢構成は、次の表の通りである。 以前の職場で適切な仕事が見つからない女性2名の方をベースにして少しずつ社員を増やしてきた。後から入社した社員は、吸い上げた売場のニーズに応えることができるスキルを持った方、または伸びる可能性を秘めた方を採用した。  勤続年数が長い女性たちにとって、チーム発足当初は違和感や戸惑いを覚えたようだが、新しい社員の存在が刺激となり、モチベーションアップにつながった。  このような年齢差の社員たちをまとめてチームを運営していく上で心かげているのは「いきいきと働くことができる職場環境作り」である。  ポイントは、次の4点である。 (1)自己選択・自己決定  自立した職業人を目指し、一日の作業スケジュールは、自分で決める。作業量も自分で決める。昼食時間・昼食場所も自分で決める。休憩時間も自己管理である。わからないことが自発的にできるようになることを繰り返し指導しており、困ったことや相談のあったことには応えるが、できるだけフォローをせず、一日の業務を行う仕組みをとっている。   (2)新しいことへの挑戦 「仕事は盗むもの」であると指導している。社員は、チームの中で、失敗したり、拒否したりする人がいれば、その仕事を取るつもりで業務にあたっている。また、自発的に新しい業務に挑戦したい場合には申し出を聞くことにしている。常にスキルアップを意識しておくことで、「何でも屋」としての質を上げておくことが、突発的に発生する業務に対応できるチームを作るためであると同時に、一人一人のモチベーションアップをはかるためである。  特に、就業体験指導・実習生指導は、士気を高め、向上心を養う業務である。 (3)閉鎖的な空間に留まらない。  作業場は人事グループ内の一角にある。また、大きな総務部のフロアにもチーム専用の机があり、交替で作業を行っている。多くの人に見られている、多くの人を見ているということは良い刺激になる。服装や言葉遣いへの意識に繋がったり、こじんまりしない 効果がある。 (4)充実した余暇活動に参加する。  ただ働くことを楽しみにするのではなく、充実した余暇を過ごすことで、また仕事を頑張ろうと思う意欲が生まれ、より豊かな人生を送ることに繋がっていくと考える。長く働き続けるためには、日常生活の中に充実した余暇活動という潤いが必要だ。ジョギングを楽しむ人、スポーツジムで汗をかく人、地域の余暇支援グループに所属して、テニスをしたり、料理教室に参加したり、カラオケを楽しんでおり、全員が何らか余暇を楽しむ方法を知っていることがいきいきと働き続けることに繋がっているものと考える。 5 ひとつのチームとして  今後は、このスタイルを維持しながら知的障がい者の方々に戦力となっていただきながら雇用を継続させていきたい。  障がい者雇用は、特別な場所や特別な仕組みがなければできないというのではなく、ひとつのチームとして、会社の業務を請け負う部署として、充分に機能させていくことができる。  筆者は、十数年前にTVドラマであったような「ショムニ」のような存在感を目指している。  チームの方は、大勢の社員が利用する社員食堂を使うこと、広い総務部のフロアで作業することも、人事グループの歓送迎会に参加することも、とても楽しんでいる。彼らが、チームの一員として、多くの社員と共に働いていることに誇りと自信を感じている様子が後ろ姿に表れている。  障害者完全在宅勤務による働きやすさの追求と業務効率向上の実現 ○木村 良二(株式会社沖ワークウェル 取締役社長)  竹田 純子・津田 貴(株式会社沖ワークウェル) 1 はじめに  OKIの特例子会社である㈱沖ワークウェル(以下「当社」という。)では、テレワークを活用した完全在宅勤務による障害者雇用を、他社に先駆けて1998年より実施しており、2009月現在30名の在宅勤務者を雇用している。業務としては、主にWebコンテンツ受託開発を行っている。スタート直後の仕事の質・量から考えると、現在は普通(事務所で仕事を健常者が行う)のWeb制作会社に負けない仕事をこなし、各方面から評価をされている。  当社がいかにして重度の障害のある在宅勤務者の働きやすさと業務効率向上を実現してきたかを報告する。 2 在宅雇用のスタート  OKIでは1997年に社会貢献活動事業の一部であるコンテンツ制作を社会福祉法人東京コロニーを通して、脊髄損傷により首から上しか動かない重度障害者に発注した。菜ばしを口にくわえて器用にキーとマウスを操作する驚きの人材であった。この経験により、重度障害者がパソコンを使用すれば、かなりの仕事ができることを認識した。  職場に直接配属して仕事をしてもらうには仕事の指示命令をする社員の負担が大きいことと、コンスタントに適量の仕事の供給が不可能であることが予想されたので、社会貢献推進室での集中雇用とコーディネータの配置を考えた。  1998年6月に3名の重度障害者をOKIネットワーカーズ(障害のある在宅勤務者の愛称、以下「メンバー」という。)として採用し、OKI各所よりWeb等のパソコンによる仕事をコーディネータがクライアント(顧客)を探し出し、メンバーの負荷を調整しながら仕事をしてもらった。業務の進め方は図1の通りである。 図1 3 仕事と雇用の拡大  OKIグループの仕事を無償で行ってきたためもあり、仕事量も増加し、仕事をすることによりOKIネットワーカーズの仕事に対する処理能力や責任力も向上した。2003年には12名の組織に成長し、2004年には特例子会社となった。  仕事量やメンバーが増えたので、コーディネータを2名にし、業務の進め方は図2のような方向を目指した。メンバーの中で取りまとめ能力のあるものを、ディレクタに任命しプロジェクトの管理業務をしてもらうのである。 図2 4 重度障害者の働きやすさの追求  2003年までは重度障害者の在宅勤務をOKIとして行ってきた。それまでの業務管理はただただ「働きやすさの追及」であった。一人ひとりの障害状況により就労条件を決定した。昼休みを2時間必要、業務の合間のヘルパーや医療機関の利用、リハビリ通院等の体のケアに必要な配慮はすべて認めた。当然、残業も原則はなしであったが、仕事熱心なあまり内緒でサービス残業をしている者もいた。入社したら仕事を一番優先しなければならないということが頭に強く刷り込まれているようである。体に配慮する制度設計だけではメンバーに理解を得られないことが分かり下記の対策を取った。 ①「頑張るな諦めるな」という行動目標を制定した。無理して仕事を頑張って長期休暇をとるような羽目になると会社が困るので、仕事より体を優先して欲しいと懇親会のたびに社長が説明することにした。 ②ひとつの仕事に複数のメンバーを担当させ、体調不良のとき自分が抜けても仕事の納期調整が可能な環境にした。 ③メンバーの体力面を考慮し、一律一日6時間労働としてきたが、体力があるメンバーには7時間労働も認めた。 5 業務の効率を阻害する課題  特例子会社としてOKIより独立した当社は「働きやすさの追求」ばかりでなく「業務の効率化」が必要となった。当時の課題は以下の通りである。 (1)グループによる意思決定に時間がかかる  在宅勤務者は一般的には仕事を細かな部分に分割して自己完結型で作業をすることが多いが、当社では複数の在宅勤務者がチームとなり、コーディネータによる管理の下で、ディレクタを中心とした共同作業を行う。共同作業の中で、それぞれの専門技術を背景にディスカッションを重ね意思決定をしなければならない状況が生まれる。メールや1対1のコミュニケーションの積み重ねでは、時間と労力がかかりすぎ、業務のスピードと品質の阻害要因となっている。 (2)情報量が少なく、共有化が困難  メールのCCやグループウェア活用により情報の共有化とともに質・量を向上させているが、机を並べて仕事をしているのとでは、情報量と共有化において大きなハンデがある。特にインフォーマルな情報が入りづらいのは、企業人としては致命的である。 (3)効果的なOJTができない  新人の早期戦力化は企業にとって生命線である。外出がしづらく、各地に点在するメンバーの教育は集合教育では不可能なので、OJT、e-ラーニング、個人学習等で行う。とりわけOJTが重要であり、新人が入社するとコーディネータ、ディレクタ等が事細かく指導する。通勤できる社員には「人の振り見て我が振り直す」で簡単なことでも、メンバーに教えることは大変である。また、ディレクタを目指す中堅社員にとっても、ディレクタのパフォーマンスはどういうことなのか、なかなか直接的に体感する機会がない。 (4)孤独感がある  バーチャルな環境での仕事は、どうしても孤独感を生じやすい。他の社員がどのような気持ちで、どのように仕事をしているか知ることができないのは大きな精神的障害となっている。もともと、外出がしづらいメンバーばかりなので、孤独な環境に慣れていると思っていたが、仕事ができる環境がそれなりにできると、さらに良い環境を望むようである。 6 課題の解決  上記の課題を2004年から2008年にかけ改善した。現在では事務所で仕事をするのと同等の業務効率を実現できている。 (1)在席状況表示(業務管理システム)(図3)  従来はメールで出社、退社をコーディネータやメンバーに連絡していたが、グループウェアに業務管理システムを構築し、社員の出勤在席状況、仕事の繁忙状況、年休・通院・ヘルパー受入等の連絡事項を表示することにした。このシステムにより社員が勤務外の社員に連絡することもなくなり、コーディネータやディレクタはメンバーの年休・通院・ヘルパー受入等の状況と繁忙状況を知ることができ、スムーズな生産活動ができるようになった。 図3 在席状況表示 (2)ワークウェルコミュニケータの開発  3名から30名のグループ会議電話ができるシステムはないかと探したが、フリーソフトでは音質や遅延が、市販のTV会議システムではコストが問題となる。そこで独立行政法人情報通信研究機構(NICT)の支援を受け、2006年から2008年にかけワークウェル・コミュニケータ(以下「WWC」という。)という障害者用多地点音声コミュニケーションシステムを自社開発した。  WWCを利用すれば、いつでも自由にメンバーを集めてチーム・ミーティングができる。WWCは常時接続されているため、誰かが使っていると、ワイワイ、ガヤガヤといった雑音が生じる。職場で仕事をしているような臨場感がある。 ①使用事例1  メンバーたちは、作業を開始すると同時に共用ルーム(図4参照)に入ることになっている。WWCでの連絡の必要が生じたところで、対象となるメンバーに発信者として声をかける。  「ネットワーカーズの下山ですが、中島さん、それから井澤さん、いらっしゃいましたら、お返事をお願いします。」  「はい、中島です。」  「井澤です。」  「A社の件で、確認したい点がいくつかありますので、会議室2番へお願いできますか。」  下山、中島、井澤は個別会議室2へ移動し、打ち合わせを行った。 ②使用事例2  OKI健康推進室の3名が打ち合わせに来た。「メタボリック症候群と認定された方への改善指導を、ホームページの支援で行いたい」との依頼である。 このような新規でちょっと大きめな仕事は、セールスエンジニア的役割のコーディネータが打ち合わせの中心となる。事務所の本当の会議室に入り、コーディネータは自分のパソコンで、この案件を担当するメンバーの3名を会議室3へ誘導し、打ち合わせを始める。  コーディネータはメンバーに、グループウェアで会議中の映像を見ることを指示し、お客様の3名を紹介する。お客様には、担当のメンバーを写真や似顔絵などで紹介。メンバーはお客様の要望を聞き、コーディネータに指示をもらい、作業の内容を把握する。 図4 ユーザ画面 (3)事務所や打合せのビジュアル情報提供  前述にもあるが、ライブカメラ中継(図5)をフリーソフト(無料)で使用している。これは、事務所のコーディネータの在席状況、ユーザ打合せでお客様の顔が分かる等でWWCの補助的ツールになっているばかりでなく、いつでも事務所が見えることによる会社との一体感の醸成や孤独感の解消に大いに役に立っている。 図5         7 成果について  これらの課題解決のための改善により下記の成果が確認できた。 ①在宅での雇用人数が3倍になったが2名の仕事関係コーディネータのままで運営できている。 ②仕事の品質とスピードがアップした。 ③クライアントとメンバーが直に打合せができるのでモチベーションのアップになり、また、クライアントが当社の実力を評価でき、信頼につながっている。 ④各人の出社状況、体調、ヘルパー等の利用時間等が一覧により把握できるので、仕事の相互やり取りがスムーズになる。 ⑤末端の作業者(新人等)も打合せに参加できるので効果的OJTが可能になった。 ⑥WWCを使用した自発的勉強会もいくつか発生し、技術力向上や仕事へのモチベーションアップにつながっている。 ⑦年に2回の懇親会でしか会うことのないメンバーにとってWWCでの多人数による打合せの参加や、仲間の打合せ者を呼ぶ声を聞くことは「仲間と仕事をしているのだ」という感覚になり、孤独感の解消になっている。 8 新たな展開  当社はWebを中心とした技術的仕事をメイン業務としてきた。確かにWeb関係の仕事は、多くの在宅就労支援団体が取り組んでいるように障害者の在宅就労には適した業務である。しかし、特殊な技能も必要であり誰にでもできる仕事ではない。当社では新しい業務として総務関連の委託業務を数年前から受託しているが、これらの業務システムの改善により事務関係の仕事も在宅勤務でこなせるようになった。ほとんどのデスクワークは在宅でできると確信している。 障害者支援施設(旧障害者入所更生施設)における 知的障害者の職場定着に係る取組 ○橫峯 純(滋賀障害者職業センター 障害者職業カウンセラー)  木村 和弘(社会福祉法人しが夢翔会 知的障害者の生活施設ステップ広場ガル) 1 はじめに  特別養護老人ホームや障害者入所施設等、介護関連業種における障害者雇用・就労支援については、これまでにも取り組みが進められており、先行する研究も報告されている。1)2)3)  しかしながら、介護業務については、対人コミュニケーション、安全・危機管理、柔軟な対応等のスキルが必要とされており、知的障害者にとっては、障害特性もあって必ずしもスムースに定着できない現状もある。滋賀障害者職業センター(以下「センター」という。)では、平成19年からの2年間で、10名の介護業務(周辺業務も含む)に就いている障害者に対してジョブコーチ支援を行ってきたが、様々な理由から3名が離職しており、又、現在も不適応状態で安定した就労に至っていないケースもある。  本稿では、社会福祉法人しが夢翔会知的障害者の生活施設ステップ広場ガル(以下「ガル」という。)において介護職で就職した職員(就職後に療育手帳を取得)に対して、作業遂行面や従業員とのコミュニケーションへの支援を目的にジョブコーチ支援を導入し、事業所と協力しながら業務を再構築することで、職場適応に至った取り組みについて報告し、不適応状態となっている障害者に対する効果的な支援方法について考察することとしたい。 2 ガルの概要について  ガルは平成9年4月に設立開所し、重度の知的障害者を中心に50名が生活している。施設の特徴は、「個室・ユニットケア」「職住分離」をベースにしながら入居者の生活支援を行っている点にある。毎日の食事や入浴などの基本的な生活、昼間の作業や療育などの日中活動、休日の余暇活動の充実を図り、「生活」「日中活動」「余暇活動」を3本柱としてそれぞれの場面で本人主体の生活が行っていけるように支援をしている。また、それぞれの障害特性、発達段階に応じた支援を目指し、一人一人に合わせた支援の工夫を行っている。その他、短期入所棟もあり、家族の病気や冠婚葬祭時などの利用だけでなく、家族のリフレッシュのため、また、本人が家族と離れて、日常とは違う場所で、違う仲間と生活することで本人のステップアップに繋げることを目的にしている。  同法人ではその他、居宅介護支援事業、相談支援事業等を実施しており、70名の職員体制で運営を行っている。 3 取り組みの経過 (1)対象者の状況  30代前半、女性。小学校から特別支援学級に在籍し、中学校卒業後は被服系の専門学校に進学。学校在学時からボランティアとして障害児に関わっていたことから、介護業務に元々興味があり、現職に至るまでに老人介護業務や障害者の作業指導員等の経験がある(計4年程度)。しかし、いずれの事業所においても対人関係の不調等から1〜2年程度で離職している。また、持病の腰痛(平成21年7月に腰椎分離症による体幹機能障害と診断を受け、身体障害者手帳5級を取得)から、主治医より座位作業の仕事を勧められたが、工場での現業系業務の経験も4〜5年有している。ガルには、平成19年4月に常勤嘱託として採用された。 (2)採用後の状況  勤務開始当初は介護職として、単独で利用者の食事・風呂・排泄介助等に従事していたが、利用者の表情を読み取ることが難しいこと、優先順位がつけられないこと、柔軟に対応することが難しい等の理由から上手く仕事に対応できない状態が続いていた中で、他の職員とのコミュニケーションが上手くとれず、支援記録に正確な記載をできないことから就職してすぐに不適応状態となり、本人自身も精神的な負担感から不眠・食欲不振の状況が表出し、心療内科を受診するようになった。また、本人の業務をカバーする職員の精神的・肉体的負担も大きくなっている状況であった。  1年後の契約更新の際に、本人から特別支援学級に在籍していた経過を事業所へ伝えたところ、同法人の相談支援事業と連携し、療育手帳(軽度)を取得することとなった。同法人としては、障害者雇用にも積極的に取り組みたいとの意向があり、療育手帳取得後も雇用を継続し、他の職員と2人ペアで業務を行い、食事介助・排泄介助等の業務について補助的に従事できるよう配慮した。しかし、このことだけでは大きな改善には至らず、ペアの方の負担が大きくなり、上手く機能できない状況が続いていた。また、本人も仕事が思うようにできないこと(支援記録が書けない、同時に幾つかの仕事をこなせない等)、周囲の役に立っていないのではと感じてしまうこと等の悩みを抱える状態となり、急な欠勤等、出勤状況にも波が見られるようになった。 (3)ジョブコーチ支援の導入 イ アセスメント  不適応状態から脱せず、思うように定着が図れないことから、ガルより障害者就業・生活支援センターを通じて当センターに相談があり、ジョブコーチ支援を開始することとなった。支援体制としては配置型職場適応援助者と障害者就業・生活支援センターの第1号職場適応援助者(以下「ジョブコーチ」という。)と連携して支援を実施した。支援開始当初に本人が従事していた職務は、食堂の準備、食事介助、おむつ交換、歯磨き介助、入浴介助、入浴の衣服準備、居室・風呂掃除、シーツ交換等で、基本的にはペアとなった職員からの指示の下、作業に取り組んでいた。ジョブコーチによるアセスメント、対象者の作業状況や周囲の職員からの聴取内容については、表1のとおりであった。 表1 ジョブコーチのアセスメント結果 本人に対するアセスメント ○利用者の様子を窺いながら食事介助することができず、むせることがある。また、おかず、ご飯を満遍なくあげることが難しい。 ○周囲の状況を気にしながら食事介助をするため、食事介助自体がおろそかになっている。 ○身体面の制限により、車椅子からベッドへ移乗させる際、本人の立位が不安定で危険。 ○他の従業員の行動を見様見真似で行うが、利用者に合わせた介助ができない。 ○突発時でも誰に相談することなく、勝手な判断での対応が見られる。 ○正確な状況把握が難しく、他の従業員に対する報告が不十分。 ○気分によって、利用者との関わり方が変わり、あたりがきつくなるときもある。 周囲の職員に対するアセスメント ○状況が読めず、自己判断で行動している。その都度、指示やフォローが必要になる。 ○指示者(先輩・後輩等)によって、態度が変わる場合もある。 ○職員から自分がどう見られているかが気になってしまう。 ○支援記録の報告が正確にできない。    対象者の作業状況は、ジョブコーチから見ても職務遂行面での不十分さがあり、時には危険な場面もあった。しかし、周囲の職員からフォローがあるため、結果として大きな問題に至る事はなかったが、その反面、本人自身は介護業務ができていると捉えており、課題の認識が深まっていない状況であった。また、職員は本人をフォローする範囲が広いため精神的・肉体的負担が大きく、疲弊感が強いとの訴えも多くあった。しかしながら、限られた職員体制で業務を実施していることもあり、支援開始当初は直接的な介助業務を外すことができない状況であった。 ロ アセスメント後のケース会議  アセスメント後のケース会議において、センターからアセスメントの状況を提示し、「直接介助には限界がある」と伝え、ガルとセンターとの共通認識を持った。また、ガルの職員会議でも、直接介助は危険度が高いとの意見があがっていたこともあり、結果として、次年度より体制の変更を考え、本人を各部署のヘルプ要員として位置付け、職務内容・構成について検討していくこととなった。一方で、ジョブコーチが介入することとなってから、職務遂行上に変化はないものの、本人の精神的な安定に一役買ったのか、体調の波が比較的安定し、急に体調不良で休むことがなくなった。 ハ 職務構成の打ち合わせ(1回目)  次年度の体制変更に向けて、新しい職務内容・職務構成の検討については、図1の視点を基に進めていくこととなった。   図1 職務設計の視点  新たな職務について検討を行うため、ジョブコーチがガルの施設内等を全て見学し、作業内容を確認した。その中で、共有スペース(廊下、玄関等)、施設周辺、職員寮等の清掃は、いずれも専属の清掃担当者がいるため職務として設定することは困難であったが、各居室の清掃は各職員が行っているため、新たな仕事として選定が可能であることが分かった。また、各居室のシーツ交換についても、職員が業務の合間に従事しているため、その2点の作業を新たな職務としてピックアップすることとなった。一方で、本人には身体的な制限があるため、上記業務を遂行するにあたって身体的に問題がないか、能力的に対応が可能かどうかについて検討する必要があり、実際にシミュレーション(本人自身による試行)を実施することとした(図2)。また、就業規則上、本人の雇用形態は1日8時間勤務とする必要があり、掃除、シーツ交換だけでは、就業時間を確保できないという課題も残っていた。   図2 シミュレーションのスケジュール ニ 対象者自身の課題認識  支援開始当初、周囲の職員のフォローにより、これまで大きなトラブルに発展していないことから、本人自身は直接介助が出来ていないことへの認識はなかった。また、腰痛も治療によりやや快方に向かっていると本人は感じており、直接的介助業務も対応できるとの考えを持っていた。  そのため、職務変更をするにあたり、ガルとジョブコーチから、本人に対して利用者に柔軟に対応することが難しいこと、同時に複数の仕事に対応することが困難なこと等、他の従業員の作業と比較して、直接介助業務が難しいことを伝えた。一度は気持ちの落ち込みもあったが、出来ている点や役に立っている点を評価し、本人に合う職務を検討したことを伝えることによって、本人も前向きに捉えるようになった。 ホ 新たな職務のシミュレーション  新たな職務について実際にシミュレーションをしてみたところ、作業スピードにはやや欠けるものの、比較的丁寧な取り組みができることが確認された。しかし、作業方法や手順がきっちり決められていないことによる曖昧さもあり、本人の混乱を避けるためには作業方法・手順を統一させていく必要があった。そのため、各作業(シーツ交換、風呂掃除等)の作業方法・手順については、ジョブコーチとガルで摺り合わせを行い、チェック表を作成した。また、本人自身も風呂の準備物が抜け落ちることなくセットできるようにチェック表(図3)を作成する等、意欲的な取り組みが見られた。懸念されていた身体面の負担についても、病院から補装具(靴にインソールを装着)を提供され、腰痛の負担が少なくなっており、経過は良好であった。   図3 お風呂準備チェック表(本人作成) ヘ 職務構成の打ち合わせ(2回目)  シミュレーションを実施後、本格的な実施に備えて最終的な打ち合わせを行った。各業務については、本人、ガル、ジョブコーチで作成したチェック表等を基に作業を実施し、空き時間については、最終的に共有スペース(廊下、玄関、窓拭き)の掃除を専属の清掃担当者と重ならない部分について実施することとなった。その他、食事介助や余暇活動(リクレーション)については、本人が対応できる範囲内で周囲の職員への応援的な立場で入ることとなった。また、本人の体調を踏まえて、作業の合間に休憩時間を設けるよう配慮した(図4)。   図4 作業スケジュール表 ト フォローアップ  本格的な新職務移行後も本人は業務に意欲的に取り組めており、自分が使いやすいようにチェック表の改善をジョブコーチに申し出る等、積極的である。また、空き時間の仕事として、シュレッダーやゴミ回収、職員室の掃除等も自発的に職務を追加している。やや焦り気味な印象は受けるが、精神面・身体面ともに安定しており、精神安定剤(頓服)や腰痛の痛み止めの服薬をしなくても、楽しく業務に取り組めているようである。  作業の精度については今一歩な面もあるが、これまでのところ周囲の職員から以前のような負担感についての訴えはなくなっている。また、本人への評価も向上しており、周囲からのプラスの声掛けがあることも本人自身のやる気に繋がっている。 4 考察 (1)業務再構築と継続的な介入  本事例については、業務を再構成したことにより、不適応状態から脱し、安定した作業遂行が可能となっている。その背景として、PDCAサイクル(管理サイクル・マネジメントサイクル)を念頭に行った支援が機能的に作用したことが考えられる。  具体的には、ジョブコーチ支援開始前に本人、ガルからアセスメントし、その内容から支援計画を立て、実際の作業状況の確認や周囲の職員に対して聴取を行った上で、職務変更の検討・計画を行い、実際に新職務を体験しながら修正・処置を実施した。このように、継続的な業務の見直しと支援を連鎖的に行ったことで、職務内容や作業スケジュール等を本人の身体面・能力に応じて柔軟に設定、介入できたと思われる(図5)。  作業面での不適応に陥っている事例については、現在の仕事のスキル向上、改善に向けた支援のみに拘らず、新たな職務を開発・創出していく視点が必要である。また、最終的な目標を設定し、実現するために継続的且つ反復的に改善を行い、目標にできるだけ近づける取り組みが重要であり、障害者の適職を見つけていく上でも重要な観点と考えられる。   図5 支援のPDCAサイクルのイメージ図 (2)職員の負担軽減による相乗効果  本人が介護職の一員として配置されていた際には、本人へのフォローや利用者の安全面を気配りする範囲が広いことで、職員の精神的・身体的な負担が大きかった。しかしながら、枠外定員として設定されるようになってからは、隙間的な業務に本人が従事する事で周囲の職員が各々の業務に専念でき、尚かつ、繁忙時には本人からのフォローも得られることができ、負担の軽減に繋がっている。本人の作業能力に大きな変化はないが、本人の立場が変わる事で、周囲の職員の見方も変わり、良い効果が見られつつある。  障害者がスムースに職場定着していくためには、周囲の職員から何らかの配慮を得られることが望まれるが、周囲の職員も各々業務を抱えている上に更に障害者への配慮を望むこととなる。このことは受け入れる職員の精神的・身体的余裕がなければ難しく、ナチュラルサポートへ移行させることも困難となる。周囲の職員、障害者が各々本来の業務に専念し、付加価値の高い取り組みを行うためには、お互いがカバーし合える環境作りが必要である。一方的に周囲の職員からの支援や配慮を得るのではなく、逆に相手にも還元できる、相乗的な効果が見込まれる環境設定を行う事がナチュラルサポートの維持に必要と思われる。 (3)モチベーションの維持  本事例では周囲の職員の前向きな評価から、本人自身も自分が職場で役に立っていることを感じることができ、現時点ではやる気を持って取り組むことができている。また、元々、介護業務に興味があるため、全ての作業が各職員の隙間的な職務ばかりであると、意欲低下に繋がる可能性もあるが、時折、応援要員として食事介助や週1回(土曜日)のレクリエーションの機会に利用者との接点があることで、意欲が維持されている。本人が対応出来る範囲の介護職務を残していることが、効果的になっている。  障害者への職場での支援を進める際に、つい職場定着や作業適応にのみ重点を置きがちとなり、対象者の希望や意思を軽視してしまいがちだが、対象者の要望を考慮し、どこまで希望に添う事が可能かを確認しながら、対象者への支援内容についてインフォームドコンセントを取りながら進めていくことが重要と考えられる。 5 おわりに  介護業務については、前述のとおり、対人コミュニケーション能力、利用者への安全性や緊急時の対応といった柔軟な判断力を要すること等、専門的な技術を要するため、そういった専門性に対して知的障害者が全てに充分対応する事は難しく、事業所も受け入れに慎重になりやすい。しかし、特別養護老人ホームや障害者入所施設等には、直接介護以外の周辺業務も多く、事業所の協力を得ることができれば、仕事のルーティン化・構造化はしやすい。そのことにより、知的障害者にとっても活躍の場が拡がり、また、周囲の職員にとっても業務のパートナーとして、負担を軽減することができ、両者にとって良い形を作る事ができる可能性がある。  今回の事例については、本人の身体面等の制限から、将来的に職務を再検討する必要性も否定できないが、本報告の視点を基本に、今後も取り組んでいきたい。また、本事例を参考にしつつ、不適応状態となり、安定した就労に結びついていない障害者がスムースに職場定着できるよう支援をしていきたいと考えている。 【引用・参考文献】 1)知的障害者の介護業務職域の拡大に関する研究調査Ⅰ,平成11年度研究調査報告書H11−5,日本障害者雇用促進協会 2)知的障害者の介護業務職域の拡大に関する研究調査Ⅱ,平成12年度研究調査報告書H12−4,日本障害者雇用促進協会 3)介護職種における就労支援編(事業主支援・フォローアップ・社会生活指導),知的障害者の職業訓練・指導実践報告(X),日本障害者雇用促進協会職業リハビリテーション部(平成14年) 視覚・聴覚障害をもつ労働者の雇用の継続に必要な 職場における「合理的配慮」の事例検討 ○田中 省二 (東京弁護士会 弁護士)  桑木 しのぶ(東京都社会保険労務士会) 1. 1 障害者権利条約の成立  2006年12月13日、第61回国連総会は障害者権利条約(以下「権利条約」という。)を全会一致で採択した。権利条約は20か国の批准により2008年5月3日に発効している。日本政府は、2007年9月28日権利条約に署名したが、批准には至っていない。厚生労働省においては「労働・雇用分野における障害者権利条約への対応の在り方に関する研究会」が2008年4月から開催され、権利条約の批准に向けた国内法整備について検討されている。  権利条約は、前文と全50条からなる条約本体、そして個人通報制度を規定した選択議定書で構成されている。その第5条第2項は「締約国は、障害を理由とするあらゆる差別を禁止するものとし、いかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な法的保護を障害者に保障する。」と規定している。障害を理由とする差別を明確に禁止し、障害をもつ人も、人としてあたりまえの権利を享受できる社会、すなわちインクルーシブな社会をつくるというインクルージョン(社会的包摂)が基本理念となっている。権利条約では雇用、教育、司法手続の利用、政治的活動への参加、文化的生活等々、生活全般にわたる条文を設け、障害を理由とする差別を禁止しているが、後述する合理的配慮の欠如(合理的配慮をしないこと)も差別に含まれるとしている点が極めて重要である。  2 権利条約における雇用及び合理的配慮の規定 (1)第27条(労働及び雇用)  労働に関する条文の中心となるのが第27条である。同条第1項は「締約国は、障害者が他の者と平等に労働についての権利を有することを認める。この権利には、障害者に対して開放され、障害者を受け入れ、及び障害者にとって利用可能な労働市場及び労働環境において、障害者が自由に選択し、又は承諾する労働によって生計を立てる機会を有する権利を含む。締約国は、特に次のことのための適当な措置(立法によるものを含む。)をとることにより、労働についての障害者(雇用の過程で障害を有することとなった者を含む。)の権利が実現されることを保障し、及び促進する。」と規定し、締約国に11項目の措置をとることを求めている。11項目中には、あらゆる形態の雇用に係るすべての事項(募集、採用及び雇用の条件、雇用の継続等々)に関し障害を理由とする差別を禁止すること、職場において合理的配慮が障害者に提供されることを確保すること等が含まれている。 (2)第2条(合理的配慮の定義)  権利条約において中心的概念となるのが合理的配慮である。合理的配慮は、第2条(定義)で次のように規定されている。「障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。」 崔栄繁は、合理的配慮を①障害者が、障害のない人と同じように、現在認められている権利や基本的自由をきちんと保障されて、それを行使するためのもの、②ある特定の場合に必要とされる、適切な変更や調整のこと、③そうした変更や調整に、あまりに大きすぎる負担がかからないもの、この3つが合わさったものであると説明する1)。  障害も障害をもつ人のニーズも多種多様であり、生活のあらゆる場面で合理的配慮が求められる。雇用の分野においても、障害を理由とする採用拒否や不利益取扱いだけでなく、障害をもつ労働者がその障害によって不利益を被っている場合に 事業主がその不利益を取り除くために必要となる合理的配慮を行わないことも差別行為となる。何が合理的配慮であるかは、個々の労働者のもつ障害特性やニーズ、職場の状況等を前提として、個別具体的に判断されなければならない。一律に合理的配慮の内容を定めることは不可能であり、合理的配慮の内容の安易な類型化や限定化は許されるものではない。それゆえに個別具体的な事例検討の積み重ねが重要になってくる。 3 視覚障害者の事例 (1)事例の概要  視覚障害を有するAは、会社入社時の矯正視力が右眼左眼ともに0.1であり障害等級5級だったのが、入社以後視力が悪化し続け入社後7年目には半分以下にまで視力が悪化し、その4年後には矯正視力両眼とも0.01となり身体障害等級は最重度の1級となった。この原因は会社の安全配慮義務違反並びにAの視覚障害に対する会社の無理解・無配慮にあったとして、視力悪化に伴う労働能力喪失によって被った逸失利益について損害賠償及び慰謝料を請求した事例である。また、Aの更なる視力の悪化を阻止するために、視覚障害者用の各種補助機器や各種ソフト類の設置・導入を請求した事例である。 (2)入社後視覚障害が悪化  Aは生まれつき矯正不能な弱視(弱視とは矯正視力が0.3以下の状態という。)視覚障害を有していた。入社時Aの矯正視力は右眼左眼ともに0.1であり身体障害等級は5級であった。なお、視力0.1とは5mのところから試視力表の一番大きな視標が判読できる状態である。ところが、入社後7年目を境にAの視力は悪化の一途を辿り、7年目にはAの視力は入社時の半分以下に悪化し、その4年後(提訴時)には矯正視力両眼とも0.01となり身体障害等級は最重度の1級となってしまった。矯正視力右眼左眼ともに0.01であり(同2級に該当)、視野障害として両眼の視野がそれぞれ10度以内でかつ両眼による視野について視能率による損失率が95%以上であって(同2級に該当)合わせて身体障害等級1級であった。なお、視力0.01とは、視視力表の一番大きな視標を0.5mまで近づかないと判読できない状態である。Aは提訴時30代であった。 (3)安全配慮義務違反による視覚障害の悪化  入社以後Aの視力及び視覚障害が悪化の一途を辿ったのは、会社の安全配慮義務違反により弱視眼を酷使せざるを得ない業務遂行が続き、眼精疲労が過度に蓄積され続けたことが原因であった。加えて、Aの視覚障害に対する会社の無理解・無配慮がAの眼精疲労の蓄積を促した。会社は、Aに対し、その業務遂行に伴う過度の眼精疲労の蓄積、視力悪化、視覚障害悪化を防止すべき安全配慮義務があったにもかかわらずそれを怠った。 (4)視覚障害者用補充機器等の設置・導入請求(作為請求権)  Aは、入社以後5回所属部署の異動があり、入社10年目からパソコンを利用したコンテンツ更新業務などを担当するようになった。そこで、Aは、これ以上の眼精疲労の蓄積を阻止するために、会社に対し視覚障害者用の各種補助機器や各種ソフト類(以下「視覚障害者用補助機器等」という。)の設置・導入を要求した。Aが要求し続けた結果、会社はようやく障害者職域拡大機器等貸出制度(独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構(当時は日本障害者雇用促進協会))を利用した拡大読書器を設置したが、その他の視覚障害者用各種ソフト類(画面文字拡大ソフト、画面読み上げソフト、ホームページ画面読み上げソフト等)についてはまったく導入しなかった。Aはやむなく弁護士を代理人に立てて交渉を開始した。約半年間にわたり、会社に対し視覚障害者用補助機器等の導入を要求し交渉を続けた結果Aが要求したうち一定のソフト類について導入が決まったものの、不十分な導入にとどまった。Aは、業務上2台のパソコンを使用していたが、会社はうち1台にしかソフト類を導入しなかった。このような会社の片手落ちの不十分な対応に納得がいかず、Aは会社に対する訴訟を提起した。主な請求の内容としては、Aが職場で使用しているパソコンに視覚障害者用の各種ソフトウェアを整備すること、そして、会社の安全配慮義務違反により被った逸失利益及び慰謝料についての損害賠償請求である。 (5)人格権に基づく作為請求権  Aの訴訟における重要なポイントの1つとしては、会社に対し視覚障害者用補助機器等の設置を義務付けること、会社に対し具体的な作為を求める作為請求権を裁判所に認めてもらうことにあった。このような作為請求権には法律上の具体的な根拠を要するところ、現状ではそのような作為を義務付けるような法令等は存在していない。Aの訴訟でも、訴え当初からAの主張する作為請求権の具体的な根拠が法律上の争点となった。  当初、安全配慮義務を根拠に、眼精疲労の蓄積の訴えや健康診断結果及び診断書からAの視力悪化を認識していた会社にはAの視力及び視覚障害の悪化を防止し身体の安全に配慮すべき具体的な義務が発生していると主張した。なお、一般的に雇用主は従業員に対し、その生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を信義則上負っていることは判例上認められている。しかし、判例上認められている安全配慮義務の内容としてはあくまでも一般的・抽象的なものであってそれを根拠として具体的な義務を発生させる作為請求権を導くことには無理があった。判例上登場してくる安全配慮義務違反の事例は、すべて事後的にその義務違反の結果生じた損害賠償の場面で問題とされていた。  そこで、生命・身体の安全の保護を内容とする人格権を具体的な義務を発生させる作為請求権の根拠とした。すなわち、人格権を根拠に生命身体に対する安全を確保しそれに対する侵害を予防するための妨害予防請求権が認められるとして、視力悪化、視覚障害悪化を阻止するためにAは会社に対し視覚障害者用補助機器等の設置について具体的に請求する権利を有すると理論構成した。会社は、Aが請求し続けた視覚障害者用補助機器等の設置をせずに漫然と放置し続けた。そのためAの視力及び視覚障害が悪化し続けとうとう最重度の身体障害等級1級にまで至ってしまった。会社が、今後も漫然と放置し続けた場合にはAの視覚障害がさらに悪化してしまう。Aのこれ以上の視力及び視覚障害悪化を阻止しその身体の安全を保護するため人格権に基づく妨害予防請求権を根拠に視覚障害者用補助機器等の設置請求を主張した。 (6)Aの視覚障害特性に対応した合理的配慮  Aの視力低下を防ぐためには、眼を使わないことではなく、会社がよりよい視的空間を提供し精神的ストレスをなくすことが重要でありそのためには会社によるAを取り巻く人的環境、視的環境の整備が重要であった。すなわち、会社内において他の従業員に対し視覚障害への配慮を十二分に促して人的関係のストレスをなくすこと、また、拡大読書器や視覚障害者用の各種ソフト等の補助具を導入するなどして視的環境整備をできるだけ完全にすることによって視覚のハンディキャップを少なくすることが可能となる。業務環境を整備することによって業務効率も上がり、業務遂行上における精神的ストレスも少なくなる。このような具体的な内容がAの視覚障害という障害特性に対応した合理的配慮の中身であった。 (7)和解解決及び合理的配慮規定の必要性  Aの訴訟は訴え提起から約4年経過後に和解が成立し終結した。既に4年間も訴訟の場で争っている以上Aが会社に戻ることは現実的でないことから、裁判所が提案した和解の内容はAが合意退職することを前提とした金銭賠償を中心としたものだった。訴訟の本来の目的としては、今後も会社に在籍し視覚障害者用補助機器設置等をしてもらうことだったが、訴訟提起から4年の歳月が経ったことにより訴訟の終盤にはAは既に「浦島太郎」状態となってしまっており仮にその後会社に戻ったとしてももはや会社内でうまくやっていくことは不可能と思われた。裁判規範として通用するような合理的配慮を明文化した障害者差別禁止法があれば、このような負担の重い訴訟を提起せずともAの問題(視覚障害者用補助機器等の設置)は十分に解決可能だったといえる。労働者の雇用継続に必要な職場における合理的配慮を具体的に規定した差別禁止法の制定が待たれるゆえんである。 4 聴覚障害者の事例 (1)事例の概要  Bは、先天性難聴の聴覚障害を有しており障害等級は2級(両耳の聴力レベルが各100db以上のもの(両耳ろう))である。入社後、Bは、読話(対話者の口の動きを読み取る方法)の活用と口話の方法だけでは限界を感じ、業務遂行にあたり手話通訳が欠かせないと感じるようになった。しかし、会社はBからの手話通訳の要請をことごとく拒否した。また、Bの聴覚障害及びBが手話通訳を要求したことを理由に実習試験や資格試験の受験を拒否した。Bの担当業務に関する社内説明会への参加も拒否した。その結果、提訴時においてBは同期に入社した他の者より明らかに昇格・昇給が後れていた。Bは、会社に対し、障害を理由に賃金その他労働条件、昇格・昇給について差別扱いを受けたことを根拠に、また会社のBの聴覚障害への慮義務違反を根拠に本来得べかりし賃金との差額分の損害賠償請求をした事例である。また、聴覚障害を理由とするBに対する継続的な嫌がらせ行為を会社が放置し続けたことによる慰謝料請求をした事例である。 (2)Bの聴覚障害  入社時、Bは障害等級3級(両耳の聴力レベルが90db以上のもの(耳介に接しなければ大声語を理解し得ないもの))だったが、入社後に難聴が進行し4年後に2級と認定された。なお、聴覚障害単独での1級はなく聴覚障害単独では2級が最重度の障害等級となる。両耳の聴力レベルが40dbを超えると日常生活に支障をきたすと言われている。Aの難聴は、補聴器や手術により伝音機構の修復が可能な伝音性難聴(外耳・中耳等の伝音機構に障害があることを原因とする難聴)ではなく、感音機構そのものが障害を受けていて補聴器による修復が期待しにくい感音性難聴(内耳、聴神経から中枢に至る過程の障害を原因とする難聴)であった。Bは提訴時30代であった。 (3)職場環境配慮・整備義務  会社は、Bの聴覚障害があることを前提に雇用契約を締結したのであるから、働きやすい職場環境を確保するなど雇用契約に社会通念上伴う職場環境配慮義務を負っている(cf.男女雇用機会均等法10条1項は女性労働者に対する雇用管理上配慮すべき事項の指針の定めがある。)。障害のある労働者のための就労支援を定めた障害者雇用促進法上の職場環境整備義務として、会社は聴覚障害を有するBが発揮できる能力を把握しこれを有効活用できるよう手話通訳や要約筆記をつけるなど就労支援策を講じる義務がある。(なお、日本手話通訳士協会では手話通訳士の倫理綱領として守秘義務を明記しているので守秘義務違反は拒否理由にはならない。)5名以上障害者を雇用する事業所では、障害者の職場定着を図るべく障害者職業生活相談員を選任し職業生活に関する相談及び指導を行わせる義務がある(障害者雇用促進法79条)。  会社が聴覚障害を有するBに対して負っている職場環境配慮・整備義務の具体的内容は次のとおりである。①聴覚障害の障害特性に応じた雇用管理上の配慮義務として音によるコミュニケーション手段に特別な配慮が必要となる。会社の人事担当者と配属部署においてBの聴覚障害等の状況(失聴の程度、時期、言語習得レベル、手話・口話などコミュニケーション手段の獲得の有無・程度、教育歴、社会経験、性格や健康状態など)を把握しBの状態についての意思疎通がよく取れていること、Bを理解し支え指導する現場責任者、Bが気安く話せる同僚を配置するなどの配慮が必要となる。さらに、コミュニケーションがうまくいかないために職場内で孤立するなど聴覚障害により被りやすい不利益を十分に理解し、その不利益を社内的に克服するよう配慮する義務がある。②Bが職場内における情報の伝達や意思疎通を容易にする手段として手話や要約筆記のできる者を配置しあるいは手話通訳士の派遣を要請するなど職場における援助体制の整備を図るべき配慮義務がある(情報伝達や意思疎通のための配慮義務)。伝達カード、伝達ランプ、要約筆記ディスプレイなどの設備の整備も考慮されるべきである。③聴覚障害を有するBが配属された職場での職場能力を高めるために、聴覚障害という障害特性について配属先の職場で啓発、研修、情報交換を行いBとのコミュニケーション上の問題解決の具体的方策を工夫し確保すべき配慮義務(職場適応を高めるための配慮義務)がある。④Bがその能力開発のために受講する研修などにおいて原告に対する伝達と理解を促進する方法に配慮する義務がある(能力開発のための配慮義務)。⑤人事考課の査定が障害を理由として不利益に扱われないよう、査定項目の中に聴覚障害が支障となる項目などBの努力によって改善する術のない項目が含まれないように配慮する義務がある(人事考課における配慮義務)。⑥会社は、上記情報伝達や意思疎通のための配慮義務違反、職場適応を高める配慮義務違反、能力開発のための配慮義務違反、人事考課における配慮義務違反が昇格、昇給の判断、算定に際し不利益に影響を及ぼさないよう配慮する義務がある(昇格、昇給面での配慮義務)。 (4)手話通訳保障の拒否、聴覚障害と手話通訳の要求を理由とする受験・受講の拒否  会社は、上記のとおり各種配慮義務を負っていたにもかかわらずそれを怠った。Bには筆記ないし手話通訳が必要な場面が業務上多々あり会社に対し何度も手話通訳の保障を要請したが一度も手話通訳の保障が実現されたことはなかった。手話に代わる要約筆記(筆談)保障を要請したこともあるがそれも保障されなかった。このような状況は、入社以後12年間改善されることはなかった。  昇格、昇進に勘案される社内試験へのBの受験申込みに対し一方的に拒否された。Bの業務に必要な資格取得に必須の資格試験向けの事前講習に手話通訳の配慮を要請したが受験対象から外され受験を拒否された(その後、労働組合の団交により受験し合格)。 (5)担当業務や社内活動からの一方的排除  Bは、他の従業員とのコミュニケーション上の行き違いを何度も経験し発言内容や業務の手引きなど筆談での伝達を要請したが、会社は筆談での伝達を拒否し音声のみの伝達を強要した。筆談での伝達配慮はほとんどなく、Bは他社の発言や業務内容について不明な状態におかれることが頻繁にあった。その他、社内の事務手引きや営業事務マニュアルの閲覧要求を拒否された。社内の活動からも排除された。 (6)聴覚障害者の情報疎外を無視した人事評価  会社では、数年前から昇格に関わる能力評価の評価要素の半分以上が情報収集能力とコミュニケーション能力関係項目となっていた。Bは、前記のとおり情報保障がなされていない状態下で強制的に健聴者と同等なコミュニケーションの資質や能力を求められ、それを満たさないために全体のコミュニケーション関係項目の点数が低く昇格の機会を奪われてきた。 (7)合理的配慮を具体化した画期的な和解解決  Bの訴訟では、訴え提起から3年後以下のとおりBの聴覚障害という特性に対応した会社の合理的配慮を具体的内容まで落とし込んだ画期的な和解が成立し終結した。  ①会社は、Bの昇格の機会における平等を実質的に保障するため普段からBとの意思疎通を保ちBにおける課題と達成度についてBと面談の上具体的な指導や助言を行うよう配慮する。  ②会社は今後、Bの配属先や業務内容を定めるにあたってはBの身体障害の内容や程度に配慮する。  ③会社は、Bが業務を遂行するにあたり、他者とのコミュニケーションを確保し自己の能力を発揮しこれを高めるために必要な合理的配慮を行い情報の提供に努める。  ④会社はBに対し、Bの配属部署及び将来配属されるすべての部署において研修、会議、打合せには可能な限りシナリオ、レジュメ等を用意するなどの方法で情報を提供し、事後のノート回覧等も行うよう努める。            ⑤会社は、Bの配属部署及び将来配属されるすべての部署における情報提供について今後問題が生じたときはお互い誠意をもって協議し解決に努める。  ⑥会社は、Bが業務遂行上他の従業員とのコミュニケーション上で問題が生じたときはBが相談できる窓口として人事部とともに既設の相談室(障害者生活相談員が常駐)を利用できることを確認する。   1) 崔栄繁:Q4 合理的配慮とはなんですか? 『障害者の権利条約でこう変わる Q&A』東俊裕監修p.24-28 解放出版社 (2007) ?? ?? ?? ?? 特例子会社における職場定着の取り組み −SST「ステップ・バイ・ステップ」方式の導入と課題− ○原 健太郎(大東コーポレートサービス株式会社 係長/生活相談員)  上村 あすか・辻 庸介(大東コーポレートサービス株式会社) 1 はじめに  大東コーポレートサービス株式会社は、大東建託株式会社の障害者雇用を目的として設立された、特例子会社である。  2005年5月より本社(港区)から業務を開始し、北九州市にも拠点を構え、職域拡大に努めてきた。   主な業務は親会社・関連会社の事務補助作業であり、シュレッダー処理、名刺作成、文書のデータ化、建物の模型作製、デジタル印刷機による製本など、400種類以上の業務に対応している。  現在の社員数は58名で、そのうち障害者が  41名(知的障害者23名、身体障害者9名、精神障害者9名)である。  精神障害者の雇用促進を目的としてきた筆者は、社内の環境整備に取り組んできた。その一環として、「ひとりSST」(社会生活技能訓練)を実施し、安心して働くための対人関係における適切な「ものの見方」と「行動のとり方」を練習し、社員が職場に定着できるよう、共に目指してきた。 表1 「ひとりSST」セッション例                  「ひとりSST」を展開する中で、精神障害者以外の社員からも「上司に自分の意見をうまく伝えられない」など、対人関係の悩みを多く聴くようになった。そこで「グループSST」の導入を全体に問いかけたところ、7名の社員が集まり、2009年3月〜6月に7回1クールで実施した。  その取り組みの概要を報告するとともに、今後の課題を考察する。 2 研究の目的・方法  「グループSST」の実践を報告し、その課題について明らかにする。 3 「グループSST」実践報告  「グループSST」のプロセスと結果をまとめ、①〜③に記す。 ① マンパワーの育成  「グループSST」を開始するには、セッションを進行できるリーダーが必要であった。  そのため生活相談員2名が研修を受け(表2)、学習した「ステップ・バイ・ステップ」方式の導入を決めた。   表2 受講した研修          ②カリキュラム・メニューの作成〜実施  「ステップ・バイ・ステップ」方式に則り、まずは参加者の生活全般をアセスメント(社会生活状況面接)した。  そこから導き出された各自の目標(表3)から、全員に共通する技能を抽出した。 表3 「社会生活状況面接」から導き出された各自の目標 会話技能群 ・職場や初対面の人と、会話をはじめる。 ・会話のきっかけをつかみ、話を続ける。 ・始めて会う人と会話をはじめ、続ける。 ・親しくない人と、会話をはじめ終える。 ・初対面、意見が違う人と会話をする。 自己主張技能群 ・相手に対して、自分の気持ちや思いをごまかさずに伝える。 ・黙らないで、自分の意見を話す。 ・自分の意見が伝えづらい相手に、一言でも提案してみる。 ・機嫌が悪かったり、苦手な人に自分の意見を伝える。 ・相談員にやりたい仕事を伝えてみる。 就労関連技能群 ・文章作成能力を上げる。 ・電話対応をうまくできるようになる。 ・同僚に仕事を教え、複数の名刺づくりに対応できるようになってもらう。 ・電話対応で解らないことを聞かれたとき、うまく対応する。 ・仕事のやり方が分らなかったとき、相手にきちんと聞く。 ・仕事を時間内に終わらせるようにする。 対立の処理技能群 ・嫌なことを言われても、怒らずに対処。 友達づきあい 技能群 ・誘いがあったとき、次も誘ってもらえるよう、上手に断わる。    そして厳選した技能をカリキュラムにまとめ、セッションを7回実施した(表4)。      表4 カリキュラム・メニュー ③アンケート調査  全カリキュラム終了後、アンケートを実施した。参加者(7名)に配布し、全員からの回答を得ることができた。以下その結果を図1〜4に示す。 図1 社会生活状況面接で立てた目標の達成度     図2 役に立ったスキル 4 今後の課題  社員の職場定着を目指して「グループSST」を導入し、見えてきた課題は以下の2点である。 図3 もっと練習したいスキル 図4 宿題の実施状況  このことを踏まえ、第2期のセッションに活かしていきたい。 課題① セッション回数の改善  スキルの学習を月2回ペースで実施した結果、目標を達成できた社員は半分以下であった(図1)。そして役に立つと実感できるスキル(図2)があったとしても、次のセッションまでには、勉強したことを忘れてしまう参加者も垣間見えた。今後、達成度を向上させるためには、『日本で一般的とされている「週1回」』の頻度でセッションを展開したい。多忙な日常業務の中でのスケジュール調整が今後の課題である。 課題② 宿題の徹底  もっと練習したいスキル(図3)に関しては、日常生活の中で機会を見つけて試し、自分のものにしていく必要がある。その方法として宿題を課したが、徹底できた社員は約4割であった(図4)。   また宿題を実施した社員は、目標を達成できたと答えるケースが多く、宿題に取り組むことが目標達成につながることを改めて実感した。  今後はセッション以外の場でも、多くの練習を積んでもらえるよう工夫したい。 【参考・引用文献】 佐藤幸江:「読んでわかる SSTステップ・バイ・ステップ方式」、P.100-101、星和書店(2008) 特例子会社における臨床心理士・精神保健福祉士の役割 ○松本 貴子(㈱かんでんエルハート企画業務部業務課 精神保健福祉士)  中井 志郎・有本 和歳・西本 敏・由良 久仁彦(㈱かんでんエルハート) 1 かんでんエルハートの概要  当社は、大阪府(24.5%)、大阪市(24.5%)、関西電力株式会社(51%)の共同出資により、平成5年12月9日(障害者の日)に設立した特例子会社である。現在の従業員数は161名。知的障がい者50名、肢体不自由者26名、精神障がい者10名、視覚障がい者10名、聴覚障がい者8名、内部障がい者5名、健常者52名(内関西電力出向者21名)で、花卉栽培・花壇保守、グラフィックデザイン・印刷、IT関連業務、商品箱詰め・包装、メールサービス(郵便物・社内連絡便の受発信業務)、ヘルスマッサージ、厚生施設受付業務にそれぞれ従事している。   2 職場定着における支援  職場定着とは、労働者が与えられた業務と環境に適応し、勤務が長期に渡って継続している状況、またはそれが可能な状態を意味する。  特例子会社、または障がい者を雇用している企業にとって、障がい者の職場定着は重要な課題である。何らかの要因によって勤務態度に問題が生じたり、離職に至ったりという状況では、障がい者の雇用推進だけでなく、企業としての生産性の保持・向上や将来を見据えた人材育成も十分に望めないことになる。  企業は、会社の存続と労働者の雇用を守るために経営の自由が保障されている一方、個人との労働契約の範囲を超えて労働者の生活に干渉することはできない。だが、障がい者の職場定着を困難にしている要因は職場内だけでなく、職場外、障がい者の私生活にも多く存在しており、そのような制限のある中で対応に苦慮している現状があるのも事実である。 (1)職場定着を妨げている要因  直接的な要因として、障がいの特性、個人の能力などが考えられる。覚えることや読み書きが苦手、物事を理解するのに時間がかかる、思ったことを言葉で表現できない、対人関係がうまく築けない、些細な失敗やストレスに弱いなど、障がいによってその特性はさまざまである。また、獲得している能力についても当然ながら個人差はあり、適応する上でさして問題にならない場合もあれば、得手・不得手が顕著にあらわれる場合もある。  間接的な要因として、業務内容や職場環境、家庭や生活上での問題、交友関係のトラブルなどが考えられる。仕事ができる能力を十分に持ちながらも、環境が整っていないことでそれを発揮できないケースも少なくない。そして、私生活の乱れやトラブルは身体的・精神的不調を引き起こし、仕事に支障をきたすだけでなく、本人のモチベーションや本来持っている能力にも影響を及ぼすことになる。   (2)職場定着をめざすネットワーク支援  職場内においては、第2号職場適応援助者の存在がある。支援の具体的な方法としては、本人の障がい特性や性格、個人の能力など、課題や問題が生じた時に必要な判断材料を十分にアセスメントする。支援、環境整備のための計画を策定する。家族や支援機関との連携を図って人的ネットワークを築き、幅広く社会資源を利用することで支援可能な領域を広げるなどがあげられる。  職場外においては、家族、生活支援センターやグループホームなどの支援機関が存在する。具体的な支援には、寝不足や体調不良などによる自己管理への怠慢がある場合、生活のリズムを整えるよう指導し、見守る。散財や金銭の賃借がある場合、小遣い帳をつける、一定のルールに沿ってつかうよう指導する。通院や服薬が必要な場合は、その管理や通院に付き添うなどがあげられる。  企業が立ち入れない、職場外の生活課題や問題には、本人の生活環境に近く存在している援助者が対応する。職場内の援助者は、職場外との連携を図りながら支援をおこなう。そうした協力体制により、職場定着を妨げる要因をクリアしていくことが可能となる。  当社の支援体制としては、第2号職場適応援助者を各職場に1名以上配置している他に、産業医、看護師、臨床心理士、精神保健福祉士といった専門家の存在がある。専門的な知識を有した援助者との連携を図ることで、障がい者の職場定着がよりいっそう望めると考える。  しかし、こうした職場内外のネットワーク支援は重要でありながら、企業としては労働者の権利や個人情報を守るために協力体制には慎重にならざるをえない。支援をおこなうには、本人の情報が必要不可欠となるためだ。  職場内の援助者は、自社が産業界における一企業として存在していることを十分に認識した上で、その意義や支援の限界を理解し、ネットワーク支援にあたる際には、情報の提供や共有、個人情報の取り扱いなどには特に細心の注意を払って支援にあたらなければならない。   3 臨床心理士と精神保健福祉士の業務  障がい者の教育・指導にあたる上司や第2号職場適応援助者、生活を支える家族や支援機関が存在する中で、企業における臨床心理士と精神保健福祉士は実際にどのような支援をおこなっていくのか。基本的な業務を踏まえ、実際の専門的支援について述べたい。 (1)臨床心理士  心理的課題を抱えた人々に対し、臨床心理学に基づいた知識と技術で援助する専門職である。家庭や職場での人間関係の悩みや、障がいや健康に関するこころの悩みなどに対し、心理検査やカウンセリングを通して、自己理解の促進や問題の克服、困難の軽減に向けて支援することを主な業務としている。臨床心理士の活動領域は、医療・福祉・産業・教育・司法など多岐にわたっている。   (2)精神保健福祉士  精神障がい者が社会の中で自立した生活が送れるよう、精神医学と社会福祉学に基づいた知識と技術で援助する専門職である。入退院、社会生活上の指導援助、経済・住宅・就労・家族・教育問題における相談援助や、社会資源を活用するための環境調整が主な業務である。他に、医療・福祉分野における地域活動や人権擁護についての啓発活動などもある。精神保健福祉士は、精神科病院や診療所、保健所や市町村、社会福祉施設などで支援にあたっている。   (3)双方の専門性を活かした援助  臨床心理士、精神保健福祉士は、精神医学や心理学の知識、治療や援助の方法などにおいて習得しているため、やはりメンタル面への援助、心へのきめ細やかな働きかけといったことに強みがある。  職場や家庭での問題、体や健康についての悩みが仕事に影響を及ぼしているならば、相談援助をおこなうことで、精神的な負荷の軽減を図る。そして、対処・解決方法などを共に考えていくことで、改善への道を歩みながら、本人のストレス耐性を高められるよう教育していくことも可能である。 イ カウンセリング  カウンセリングにはさまざまな理論・技法があり、援助者によってその姿勢は多少なり異なってくる。また、個人を十分にアセスメントした上で方法を考えなければならないが、ここではその点については省き、カウンセリングの中でより良い関係を築くために大切な基本的姿勢について述べたい。それはもちろん、効果にも繋がってくる。  カウンセリングは、援助者と対象者という二者の人間関係の中で、信頼関係を築きつつ、対象者に生じている問題を明確にし、その対応と解決に向けて共に考えてゆくという過程で成り立っている。カウンセリングにおいて重要なのは、相手の話に積極的に耳を傾けるという「傾聴」、相手の気持ちや感情を受け止めるという「受容」、相手の気持ちになって物事を感じ取るという「共感」の姿勢である。これらの態度があってこそ、信頼関係の確立、自己理解・自己受容の促進、カタルシス(浄化)、自信が持てる、問題の認識などの効果が得られ、結果、問題解決や内面的な成長へと繋がっていくことになる。もちろん、傾聴・受容・共感だけでは解決に至らない困難なケースは多々あるが、苦悩や苦痛を聴き、共に悩み、また必要に応じてアドバイスをする存在というのは心強い支えになりえるに違いない。 ロ ケアマネジメント  メンタル面を支える一方で、本人が安定した生活が送れるよう、生活環境を整える総合的な支援もおこなう。本人の課題や問題、ニーズ、自発性・社会性といった自己資源と家族や支援機関などの社会資源をアセスメントし、必要な支援が構築できるようプランニングして実行に移した後、それらが適切に実施され、機能しているかどうかを評価し、未解決、改善点があれば再度アセスメント、プランニングをして実行する。  ただし、ひとつひとつのケースにおいて、臨床心理士と精神保健福祉士がこの役割を担うべきか、どの程度の支援が必要かを見極めなければならない。  すでに職場内の援助者が環境整備に着手している場合には、それがより円滑に進められるよう援助者に協力する形でかかわる。また、ケアマネジメントは本人の自己決定や選択といった主体性を尊重しておこなわれるが、本人の要求を受け入れるばかりでは身勝手な欲求を助長しかねない。そのような過度な積極性は、生活における「自立と成長」の機会を本人から奪ってしまうことにもなる。両者はそうした危険性や、周囲の援助者とのバランスを考えながら支援にかかわるといった姿勢を持つべきだろう。そして、役割を担う際には、情報提供や個人情報の取り扱いに留意する。 ハ ストレス対策と予防  問題が生じてからの対応だけでは、結局はまたどこか別のところで新たな課題や問題が発生する。そうした状況を打破するためにも、未然に防ぐ対策は欠かせない。  ストレス対策では、周囲が本人の変化に気付くことも大切であるが、本人自身がストレスに気付くことも重要である。ストレスを感じている状態であるにもかかわらず、それに気付かないため適切な対応がとれずに体調を悪くしてしまう。調子を崩してからストレスにさらされていたことに気付くのでは遅い。睡眠時間は十分にとれているか、食事はきちんととれているかなど、普段の生活スタイルをチェックして、その変化を自ら感じとれるような体制が必要である。他に、ストレスについて学ぶ機会を設けたり、余暇の過ごし方を考えたり、リラクゼーションを体験するなど、少しでも自分の心と体に関心が向くような働きかけをすることで、メンタル面での自己管理を促して予防に繋げる。また、日常・社会生活や対人関係上でのストレスに対処できる力をつけるため、社会生活技能訓練を実施することも効果的である。 二 障がいへの理解を深めるための活動  個別の支援だけでなく、企業全体に対しての働きかけも重要である。  障がい者、健常者、全ての社員に対し、職場の環境を整える目的として、共に働く仲間への理解を深める機会を持つことは欠かせない。特に、精神障がい者の雇用を積極的に進めようとしている現在、臨床心理士や精神保健福祉士は、精神障がいについての知識や情報を十分に提供する必要がある。社員に、疾患や症状、障がい特性、かかわり方などについて学んでもらい、偏見や誤解を払拭することにも努めなければならない。  こうした支援をおこないながら、臨床心理士と精神保健福祉士は職場内外の援助者らと連携し、よりスムーズな支援ができるよう潤滑油的な役割を果たすことも求められるだろう。   4 就労において重要な3つのスキル  職場定着を考えていく上で、障がい特性、職場や生活環境においての課題や問題の解決だけではなく、個人の能力や働く動機への積極的な働きかけも重要であると考える。そこで、就労において必要なスキルについて述べたい。  働くにあたっては、本人の健康状態や働きたいという積極的な意欲はもとより、仕事を効率的に処理していく能力や、協調性・順応性といった社会的な能力などが重要となる。それら個人の能力を、ワークスキル・ソーシャルスキル・メンタルスキルの3つに分類してまとめ、就労に必要なスキル(以下「就労スキル」という。)とした。   図1 就労スキルのバランス関係図 (1)ワークスキル  労働意欲や体力、作業の処理速度など、業務を遂行する上で必要となってくるスキル。このスキルが低下すると、仕事を適切に処理することができない。作業能率の低下から生産性が下がる。勤務態度に怠慢が生じるなどの支障をきたす。   (2)ソーシャルスキル  適応力や意思疎通など、主にコミュニケーションを図る上で必要となってくるスキル。このスキルが低下すると、仕事で重要な情報の伝達ができない。職場での人間関係をうまく築くことができずに孤立する。環境に馴染めないことで遅刻や欠勤、離職に至ってしまうなどの問題が生じる。 (3)メンタルスキル  自尊心やストレス耐性など、精神活動をセルフコントロールするためのスキル。このスキルが低下すると、仕事や人間関係で問題が発生した時に体調を崩す。失敗体験によって過度に自信を失くす。情動をうまく発散できないなどの問題が生じる。    我々は無意識に、または意識してこの3つのスキルのバランスをうまく保っていることから、支障をきたすことなく業務に従事できている。  個人の性格や健康状態、障がい特性によって、獲得しているスキルはさまざまだ。おおよその傾向として、知的障がい者はスキルが全体的に低く、身体障がい者はワークスキルに弱点があり、精神障がい者はメンタルスキルに弱点があると考えられる。また、3つのスキルは相関関係にあり影響し合っているため、1つが低下すれば他のスキルにも影響が生じる。  例えば、体調があまりすぐれない状態(ワークスキルの低下)で出勤し、仕事に集中できないことから失敗を招いて落ち込み(メンタルスキルへの影響)、不安からパニックを引き起こして周りに迷惑をかけてしまう(ソーシャルスキルへの影響)ことが考えられる。 図2 ワークスキルの低下が他にも影響した状態  このように全体的なスキルの低下が一時的に生じたことで、業務につくことが難しくなってしまった。つまり、この3つのスキルが量的にバランスよく保たれている状態が理想的であると考える。 5 職場定着に欠かせないスキル  こうした就労スキルの影響も踏まえ、特にモチベーション(ワークスキル)・コミュニケーション(ソーシャルスキル)・セルフコントロール(メンタルスキル)に対しての働きかけが、就労を継続させる鍵になると考える。 (1)モチベーション  働きたいという労働意欲は、仕事への積極性を生み、本人の能力を最大限に発揮する元にもなる。モチベーションが下がる原因としては、仕事の失敗による自信喪失、周囲との人間関係などが考えられる。   (2)コミュニケーション  職場内での円滑な人間関係は、本人に安心感を生み、職場が自分を表現できる大切な居場所としてかけがえないものとなる。人間関係が良好であれば、労働意欲にも繋がっていく。   (3)セルフコントロール  仕事で失敗したり、人間関係で何らかの問題が生じたりしても、場面に応じて自分の気持ちを抑制したり、発散させたりが可能であると、ストレスとうまく付き合っていくことができる。感情のコントロールが難しいと、ストレスに翻弄されてしまい、仕事や生活に支障をきたしてしまう。    臨床心理士と精神保健福祉士は、これらのスキルを安定・向上させるため、カウンセリングなどの専門的技術をもって支援することを意識しなければならないだろう。   6 まとめ  特例子会社ではさまざまな特性をもった障がい者が働いている。先述した、職場定着を妨げる要因によって働くことが難しい状況に陥ってしまった場合、職場内の援助者は多様な対応を迫られる。  臨床心理士・精神保健福祉士は、障がい者が職場に定着できるよう、専門的技術をもって教育や指導、予防といった総合的なサポート支援をおこない、多角的に状況を把握しながら、障がい者と企業、そして取り巻く環境がうまく機能するように調整する役割を担っていると考える。 精神障害者の雇用継続を可能にする新たなスタンダードモデルの提言 −「仕事を続けるための面談ガイド」「紹介シート」の提案− ○門脇 健二((社福)多摩棕櫚亭協会 就業・生活支援センターオープナー コーディネーター)  天野 聖子・小川 真里恵・川田 俊也・小林 由美子・崎田 和恵・水島 美緒・吉村 類・  吉本 佳弘((社福)多摩棕櫚亭協会) 1 進まない精神障害者の雇用  精神障害者の雇用に関しては、平成18年の法定雇用率への参入により、徐々にではあるが統計的には雇用の伸びが見られてきた。  しかしながら就業・生活支援センターを通じて日々企業の人事担当者と顔を合わせている私たちとしては、精神障害者の受け入れが進んでいる状況とは必ずしも実感できないのが現実である。  ハローワークの求人票から問いあわせをしてみても「精神障害者を受け入れる準備が出来ていないので採用は考えていない」、特例子会社の立ち上げに際しても「当初は知的障害者の雇用を考えている」など、雇用はおろか採用面接にさえ至らないケースも多い。    〜人事担当者は精神障害者の受け入れに        漠然とした不安を抱いている〜          私たち多摩棕櫚亭協会(以下「棕櫚亭」という。)はこの状況を改善するべく、平成20年度に受託した厚生労働省社会福祉推進事業(以下調査研究という)を通じて、企業における精神障害者の職場定着に関する研究を進めてきた。  この研究をもとに、私たちが開発したのが「紹介シート」「仕事を続けるための面談ガイド」という2つの支援ツールである。 2 企業で使える支援ツールを!  このツールの説明に入る前に「なぜ支援ツールなのか?」ということについては記しておきたい。棕櫚亭は、就労移行支援事業ピアスにおいて「就労トレーニングチェックリスト」という支援ツールを導入している。これは就業上必要と思われる項目を5段階方式でチェックする表である。この表の大きな特徴は、本人による自己評価だけでなく、その人に関わるすべての支援スタッフによる他者評価を入れているところである。自身の疾病や障害特性や就業特性(得手・不得手)を知りそれと客観的に向き合うことで、目標が具体的に明確になり自分にあった働き方を見つけやすくなるのである。本人の「気づき」を得るためのアセスメントである。この視覚化された表をもとに、本人にフィードバックしてゆく。私たちはこういった経験のなかで「支援ツール」の有効性を実感してきたのである。これをきっかけに私たちは、精神障害を持つ社員・従業員を支えていくために、企業で使える有効なツールはないものであろうかと、考えるようになった。   〜企業の不安を解消することで      精神障害者の雇用は進んでいく〜              これがツール開発研究の原点であった。 3 ツール開発の流れ  調査研究は、就業・生活支援センターオープナー、就労移行支援事業所ピアスで就労支援に携わる棕櫚亭スタッフ9名から構成されたワーキンググループを中心に位置づけ、諮問機関として有識者5名(企業人事担当者3名を含む)からなる委員会を設置した。またアドバイザーとして福祉経営コンサルタントを外部からお招きした。  研究の流れは以下のとおりである。(1)精神障害者の雇用実績のある企業5社の人事担当者を対象に訪問聞き取り調査を行う、(2)調査結果のデータを分析、どのようなツールや項目が必要かイメージを作る、(3)ツール原案を作成、(4)精神障害者の雇用経験のある企業15社を対象に、ツール案にたいしてのアンケート調査および試行をお願いする、(5)調査・試行から得られた意見をもとにシートを改善し完成させる。  (1)の訪問聞き取り調査はニーズの抽出という意味で重視した過程である。(イ)職場定着を図る上でどのようなサポート体制・工夫しているか、(ロ)雇用管理上課題となっている部分はどのようなところか、(ハ)どのような支援ツールがあるとよいと感じているか、の以上3点であった。 4 人事担当者の声から  聞き取り調査をした5社の分析により、企業が精神障害者を雇用する上で重視している場面が2つあるのではないかとわたしたちは分析した。ひとつは「採用時の情報収集」であり、二つめは「配属先での職場定着」である。  まず「採用時の情報収集」では、面接官は採用面接時に、病気の状態や障害特性、主治医の意見、支援機関の評価などについて、より突っ込んで聞いていることがわかった。より正確な情報を把握することで、雇用管理・サポート体制を整えようとしているのである。  つづいて「配属先での職場定着」に関しては、本人からのSOSやシグナルをいかにキャッチできるかということを重視していることがわかった。裏を返せば精神障害を持った従業員が悩みを抱えこみ、また周囲はその兆候に気付けず、トラブルや離職にいたるケースが多いということである。  そういったトラブルを未然に防ぐために定期的な面談やカウンセリングに取り組んでいるという声も聞かれた。  またこの二つの場面では、「人事と配属先間の情報共有・引継ぎ」がいかにスムーズにできるかが共通した課題であることが浮き彫りになった。 4 紹介シートとは  こういった分析を踏まえ、「採用時の情報収集」の手助けとなるものとして私たちが開発したのが「紹介シート」である。採用面接時に履歴書や職務経歴書とともに提出するシートで、あらかじめ支援機関が本人と協議の上シートを記入し、採用面接の際に履歴書や職務経歴書とともに手渡すというイメージである。また面接官から聞きづらい病気や服薬、障害の情報についてもオープンに提示するものとなっている。他には、経験した職業訓練の情報や身につけたスキル、就業上の長所・課題・会社に配慮してほしい事項なども記入する欄があり、支援機関がトレーニングや実習でアセスメントした生の情報を企業にバトンタッチできるものとなっている。また本人を取り巻くサポート体制の欄も作っている。特記事項として自由記入欄も多く設けており、枠にしばられる事がないよう配慮したものとなっている。 5 仕事を続けるための面談ガイドとは  つづいて「配属先の職場定着」を支えるツールとして「仕事を続けるための面談ガイド」を作成した。就職後に上司(または人事担当者)が精神障害を持った従業員(社員)の聞き取りや面談の際の手引きとなるよう、どこがポイントか網羅している。聞き取りが必要な項目に加えて、質問例や対応例など具体的な対処方法もしており、精神障害について知識がない面接者にもわかりやすいものとなるよう配慮をした。また人事⇔現場間の共有や人事異動があっても引き継ぎをしやすくするために、聞き取りの結果を記録として残せる面談メモも作成した。 6 職業準備性をベースに  国による雇用率強化という背景だけでなく、社会貢献・CSRといった意識の高まりもあり、企業にとって障害者雇用や精神障害者も含むメンタルヘルスへの取り組みは、今後避けることのできないものと考えられる。先進的な企業は、精神障害者の雇用にいち早く取り組んでいる。  私たちがこの研究を通じて強く感じたのは、精神障害者の職場定着を図ろうと試行錯誤しながら取り組んでいる人事担当者の真摯な姿であった。 聞き取り調査や委員会を通じて、企業と福祉の壁を越え、本音で語り合い議論しながら、この支援ツールを作りあげたことは非常に有意義なことであった。  棕櫚亭は精神障害者の就労支援において、「職業準備性」に着目してきた。1年〜2年という準備期間を設けて、就労トレーニングを重ねた上で就職につなげていく。それは精神障害特有の就業上の課題があり、そこにアプローチをすることが就職実現に必要と考えたからである。昨今、精神障害者への新たな就労支援のアプローチとして、段階を踏まずに短期間で当事者の希望を第一に企業にマッチングしていこうという動きがある。私たちとしては、この新たな動きに対して戸惑いを感じている。障害者雇用が成功するということは、精神障害をもつ当事者と企業が「働いてよかった」、「雇ってよかった」と互いに思えるようになっていくことではないだろうか。可能な限りミスマッチをなくしていくことを支援者としては心掛けなければいけない。企業にとって雇用の失敗は大きな痛手となり、精神障害者の雇用は更に遅れてしまうのではないか。こういった事態を避けるためにも「職業準備性」を高めた上で就職に繋げていくことが有効であると私たちは考えている。  この2つのシートは「精神障害者の雇用に取り組んできた企業の思い」と「棕櫚亭の職業準備性への思い」が詰まったシートである。  「紹介シート」を例にとってみよう。支援者が本人からの聞き取りを通じて、シートの欄を埋めていくのは容易なことである。ここで重要なのはその情報が、トレーニングにもとづくアセスメントおよび、本人と支援者の共通理解によって裏打ちされた正確な情報であるかということである。  尚、「紹介シート」「仕事を続けるための面談ガイド」および調査研究報告書はhttp://shuro.jpのトップページ「平成20年度 厚生労働省社会福祉推進事業資料」のコンテンツからダウンロードが可能である。ぜひご覧いただき、活用していただければ幸いである。この支援ツールを今後多くの企業、支援機関にお使いいただき、ご意見を頂戴しながら更に改善・普及していきたいと考えている。 精神障害者の職場再適応支援プログラムにおける 対人コミュニケーションスキルの向上を目指した支援について ○宇内 千恵(障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー)  土井根 かをり・野中 由彦(障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 はじめに  障害者職業総合センター職業センター(以下「センター」という。)では、平成14年度から15年度の2年間においては気分障害者に対する復職へのウォーミングアップを目的としたリワークプログラムを開発・実施してきた。しかしそうした中、復職後の職務内容が休職前と全く同一であった事例は皆無だったことなどから、平成16年度より、ジョブデザイン・サポートプログラム(以下「JDSP」という。)を実施している。  JDSPは、職場復帰の基本事項としてのウォーミングアップを目的とした支援に加えて、休職前とは異なる職場や職務への対応力の向上を主な開発テーマとしている。①生活面、②対人・認知面、③職務面の3つの側面からアプローチを行っており、概要は図1のとおりである。  本発表では、対人・認知面に焦点を当て、対人コミュニケーションスキルの向上を目指した支援について考察することとしたい。   図1 JDSPの概要 2 JDSP における対人コミュニケーションスキルの向上を目指した支援 (1)JDSPにおける対人・認知面への支援  復職後、新しい環境や職務に適応していくためには、体調や職務の自己管理はもとより、周囲の理解や協力を得ることが大切である。そのためJDSPでは、図2のとおり対人・認知面へのアプローチとしてSST(Social Skills Training)を活用している。  なお、対人・認知面への支援には、個別相談やグループミーティング、リワークノート(認知療法におけるコラム表を援用したトレーニング。詳細は、実践報告書No.12 p43参照)も含まれるが、本発表ではSSTに焦点を当てる。                 図2 JDSPの全体構成(イメージ) (2)JDSPにおけるSST のポイント  舳松1)は、気分障害者のコミュニケーションの特徴について、下記のように述べている。「対人技能は獲得しているけれども、情報の受け取り方に独特なものがあり、そのために適切な選択肢が選ばれず、適応的な行動が発信されないということが起こっている」。  JDSP受講者の多くは、企業で数年以上勤務してきた者であり、こうした特徴を有している者が多い。  そこでJDSPのSSTでは、ロールプレイを通じてその場面を体験し、自分や他の受講者の感想・意見を確認していく中で、思考の修正を図ることをターゲットにしている。  加えて、JDSPは復職のみならず、その後の安定した職業生活を目的としたプログラムであるため、当然のことだがスタッフは実際の職場を常に念頭に置くように心がけている。  以上のように、JDSPにおけるSSTでは、①思考の修正を図る、②実際の職場を強く意識する、ことにポイントを置いている。 (3)JDSPにおけるSSTのテーマ設定について  JDSPのSSTでは、基本的に受講者から希望を募り、テーマを設定している。受講者からテーマが出なかった場合は、セッションの最初の時間をテーマ考察に当てており、必要に応じて過去のSSTのテーマ一覧やアサーションチェック表の項目を参考資料として配布し、受講者が考えやすくなるよう工夫している。    しかし、受講者の状況や参加人数などによってはテーマを出すことがストレスになることもある。そのような場合には、スタッフがテーマを設定している。スタッフがテーマを設定する際には、普段の受講者の様子を見て練習した方が良いと思われるものを提案することとしている。なお、SSTに不慣れな受講者が多い場合は、ロールプレイに慣れることを目的としたシンプルなテーマを設定している。 (4)JDSPにおけるSSTの場面設定について  テーマが設定された後に、ロールプレイの場面を設定する。場面設定には、受講者によるテーマ設定と、スタッフによるテーマ設定の2通りがある。  受講者によるテーマ設定の場合は、休職前に職場で困ったことや復職後に起こるであろうことなど、具体的な場面を想定していることが多い。この場合には、その具体的な場面を出来る限り忠実に再現することを基本としている。  スタッフによるテーマ設定の場合は、受講者の意向に基づいたテーマではないため、大まかな場面はスタッフで考えておき、詳細は受講者の意見を確認した上で設定していくことが多い。スタッフが、各受講者の休職前の職場を振り返るよう促しながら進めることで、受講者のセッション参加への戸惑いを軽減出来るよう心がけている。 (5)JDSPにおけるSSTの展開方法  場面設定後ロールプレイを行い、ロールプレイ実施者及びそれを見ていた受講者やスタッフの感想・意見を確認する。その後、受講者の意見や時間の兼ね合いにもよるが、少し変更を加えた場面 表1 JDSPにおけるSSTの展開例 で再度ロールプレイを行うことが多い。  具体的な展開例は表1のとおりである。なお、ここでいうレベルは便宜的なものであり、レベル1からレベル3への移行に伴い、難易度が上がることを意味している。受講者の状況や意向によっては、簡単なレベルから実施することもあれば、最初から難易度の高いレベルで実施することもある。 3 事例 (1)思考を修正し、適応行動に結びついた事例 【テーマ】  忙しい人に話しかける 【場面】  分からない箇所を担当者に確認したいが、その担当者は電話対応に追われている。 【概要】  事務職に従事している受講者が休職前に頻繁に遭遇した場面。休職前は、相手が忙しそうにしているため、自席で様子を見ながらも、声をかけるのを躊躇していたとのことだった。今回のSSTの一連の流れをリワークノートの形式にすると、表2のようになる。    表2 事例1リワークノート 状況 分からない点を担当者に確認したい。しかし、その担当者は非常に忙しく、絶えず電話対応をしている。 気分 ためらい、申し訳ない 自動 思考 忙しそうにしているから、話しかけない方が良いかな。 しかし、確認しないと仕事が進まない。 根拠 ・担当者は絶えず電話対応をしている。 ・仕事で分からない点がある。 ・聞きたい内容は担当者にしか分からない。 反証 (相手役より) ・近くに来てくれたので、用があると気づいた。 ・早口で言う、用件をまとめるなど、気遣いを感じたので、時間を作ろうと思った。 (周囲より) ・話す内容を整理していたこと、早口で言っていたこと、など相手への配慮が感じられた。 ・「他に分かる方が居たら、その方に聞きます」という代替案を提示していたのが良かった。 ・相手の視界に入って、自分の存在をアピールしていたのが良かった。 適応 思考 忙しそうだけれど、まずは相手に聞いてみないと分からない。 気分 晴れやか 行動 計画 ・相手が忙しそうにしていても、ひとまず確認する。 ・確認する時は、内容を整理しておく。 ・忙しい人には、早口で対応する。 ・相手に配慮し、代替案も伝える。    受講者はロールプレイでは、担当者の近くで様子を見ながら声をかけていた。担当者に配慮した対応を行っており、後から担当者に声をかけてもらう約束をすることができた。  ロールプレイで担当者から対応してもらえたこと、他の受講者から正のフィードバックを得られたことなどから、成功体験へと繋がったようである。それにより、「忙しそうにしているから、話しかけない方が良いかな。」というロールプレイ前の自動思考から、「忙しそうだが、まずは相手に聞いてみないと分からない。」との適応思考に変わった。復職後もこのような場面に頻繁に遭遇しているようだが、休職前のように躊躇せず、声をかけることができているようである。 (2)職場での対応を再確認した事例 【テーマ】  周囲が残業している中、先に帰る。 【場面】  他の従業員と仕事を仕上げなければいけないが、体調が非常に悪い。 【概要】  復職後、体調不良と仕事の締切が重なった時の対応に苦慮しそうとのことで、数名の受講者から出されたテーマ。仕事の締切が翌朝で全く余裕がない場面をロールプレイで実施した。このSSTの一連の流れをリワークノートの形式にすると、表3のようになる。 表3 事例2リワークノート 状況 数名のチームで取り組んでいる仕事の締切が翌朝に控えている。今日はみんなで残業して仕上げなければいけないが、体調が非常に悪い。 気分 申し訳ない、罪悪感、悔しさ 自動 思考 みんなは残業をするのに、自分だけ仕事を残して先に帰り辛い。 根拠 ・仕事の締切は翌朝だが、まだ仕事は終わっていない。 ・みんなも忙しそうに残業をしている。 反証 (相手役より) ・申し訳なく思っているのが伝わった。 ・体調不良はお互い様。 ・具体的に話してくれたので、上司として早く帰宅させるという判断をすぐにすることができた。 (周囲より) ・体調の悪さを「ミスをしそう」など、具体的なことで表現していたのが良かった。 ・最低限の仕事の引継ぎをしていたのが良かった。 適応 思考 申し訳ない気持ちはあるが、ミスをたくさんしても却って周囲に迷惑をかけてしまう。状況を上司に伝えて、指示を仰ごう。 気分 申し訳ない、罪悪感、悔しさ、諦め 行動 計画 ・上司に自分の体調・仕事の状況を伝え、指示を仰ぐ。 ・上司に先に帰宅するよう言われた場合、最低限の引継ぎは行う。    本人役をした受講者は、体調不良でこれ以上仕事を続けられないこと、途中で帰ることを申し訳なく思っていることを上手に伝え、早く帰宅させてもらえる展開となった。  ロールプレイ終了後は、「休職前の頑張りを知っている人は分かってくれるかもしれない。しかし、病気のことを知らない人は分かってくれないだろう。」との意見や、「復職後仕事をきちんとしていたら、たまにある体調不良は仕方がないとも思う。しかし、普段から仕事もできていないと、“仕事もできないくせに休んでばっかり”と思ってしまう。」などの意見が出た。このような意見交換の中で、最終的には①体調管理をきちんとする、②日々やるべき仕事をきちんと行う、③体調が悪くなった場合は、早めに上司などに相談した方が周囲への迷惑も軽減される、という職場での基本的な対応を再確認した。 4 考察 (1)思考の修正を図る イ 思考を修正することの必要性  事例1・2共に、テーマに対してほとんどの受講者が共感を示していたことから、受講者が共通して苦手な場面だと考えられる。  事例1の場面の場合、「忙しそうにしているから、話しかけない方が良いかな。」と考えると、担当者に声をかけるのに時間を要したり、あるいはすぐに声をかけたとしても非常に気疲れをしたりしてしまうと推測できる。“忙しい担当者に確認をする”ことは、職場ではよくあるコミュニケーション場面である。時間を要したり、気疲れをしてしまったりすると、仕事が進まず残業が続いたり、気疲れ続きで体調不良にも繋がる可能性がある。しかし、適応思考へと修正されることで、スムーズに適応的な行動(確認するというコミュニケーション)に繋がる。そのため、思考を修正していくことは再発防止の意味でも、非常に大切なことだと捉えている。 ロ 行動へのアプローチ  JDSPでは、リワークノートでも思考の修正を図っている。リワークノートは認知にアプローチをして、思考・気分を変えていく。それに対して、SSTは行動にアプローチをして、思考・気分を変えていく。  受講者がSSTで苦手な場面を取り組む場合、自動思考からは結びつかない行動をロールプレイで行う。そのため、受講者は緊張や不安を少なからず感じている。しかし、それでもとりあえずロールプレイを行ってみることで、自分が予測していた相手・周囲の感想と相手・周囲の感想が異なることを体験する。これによって、受講者が、自動思考が必ずしも正しいわけではないことを実感し、自ら適応思考を導き出すことになるのである。  コミュニケーションは、自分と相手による双方向の行動である。そのため、JDSPにおいても、コミュニケーションスキルの向上が目的の場合、SSTのような行動を通して思考や気分を変えていくアプローチが有効だと考えている。 ハ 送信技能の向上  コミュニケーションは受信・処理・送信技能で構成されている。JDSPでは、前述のとおり思考の修正、つまり送信の前段階の技能にポイントを置いて取り組んでいるが、送信技能も併せて向上していることがうかがえる。  事例1では、休職前は自席で担当者の様子を見ていたとのことだったが、ロールプレイで相手の視界に入ることを試してみた。相手・周囲の意見を確認することで、「相手の視界に入る」という非言語的コミュニケーションが、相手の注意を促す上で有効だという理解に繋がった。  また事例2では、体調不良という相手には分かりにくい状態を、「ミスをしそう」という具体的な表現をすることにより、相手に理解してもらいやすいことを確認した。  受講者は基本的な対人技能を既に身につけていることが多い。しかし、ロールプレイを行い、互いの感想を確認し合うことで、言い方や非言語的コミュニケーションの重要性を再確認したり、新たな気づきへと繋がることが多い。その結果、送信技能も併せて向上していると考えている。 (2)職場におけるバランスの取れたコミュニケーション  受講者の多くは仕事の量的負担が休職の一因になっており、復職後の再発防止策の1つとして、仕事を周囲に頼む、頼まれた仕事を断るなどして、再度調子を崩さない程度に自身の業務量を調整していく必要がある。しかし、受講者の多くは自分よりも周囲に配慮をする傾向があるため、このような場面でのコミュニケーションを苦手としていることが多い。従って、JDSPのSSTでは、「断る」や「頼む」といったテーマが頻繁に挙げられる。事例2はそのような場面の一例である。  しかし、「体調が悪い」「病気だから」という理由で頻繁に仕事を断ったり頼んだりすることが、職場における適応的な行動とは言い難い。つまり、自分に配慮しながらも相手(上司・同僚・部下)にも配慮したコミュニケーション(アサーション)が職場における適応的な行動だと言える。  このことを理解している受講者は多い。しかし、思考を修正していった結果、周囲よりも自分に配慮をする傾向が強くなり、職場に過度に期待を寄せるような発言をする受講者も時折見られる。そのような場合には、スタッフが「私が同僚だったら、それは迷惑に思う」などといった形で、一般的な職場で想定されるような反応を返すようにしたり、事例2のようにコミュニケーションに限定せず、職場での基本的な態度を再確認するようにしたりしている。 (3)今後の課題  スタッフが受講者と異なった感想や意見を述べた際に、受講者によっては「否定された」と捉える場合があり、スタッフのコメント内容について見極めが難しいと感じている。  また、受講者の中には、上司に強く叱責されたことなど辛かった体験を消化しきれず、復職後、再度同様の場面に遭遇することに不安を感じている者もいる。そのため、このようなストレスフルな場面(表1のレベル3)を想定したロールプレイを増やしていきたいと考えている。しかし、より難易度の高い場面設定を提案しても、実現に至らないことが多く、対応方法を検討しているところである。  なお、悲観的な思考に陥りやすい気分障害者の特徴を考慮すると、スタッフの発言やストレスフルな場面の練習により、症状悪化に繋がる危険性も考慮しなければならず、スタッフの資質向上が求められると考えている。 5 おわりに  SSTを通して思考を修正することは、自分の認知の癖を理解する上でも役立つ。また、事例2のように日ごろの体調管理や仕事の進め方についても改めて確認することに繋がる場合もある。SSTは対人コミュニケーションスキルの向上のみでなく、JDSPの他のプログラムと相互に影響し合っているプログラムであり、非常に有効なプログラムと考えている。今後、引き続き課題点を検討すると共に、より効果的なプログラムにしていきたいと考えている。   【引用・参考文献】 1) 舳松克代(編):SSTはじめて読本スタッフの悩みを完全フォローアップ、医学書院、2008 2) 納戸昌子:うつ病の作業療法−うつ病のSST、「作業療法ジャーナルvol.43 No.9」、p.1009-1012,三輪出版(2009) 3) 障害者職業総合センター職業センター:精神障害者の職場再適応支援プログラム実践集(2)〜気分障害者に対する復職支援の実際〜、「実践報告書No.20」、2007 メンタルヘルス不全休職者の職場復帰について(1) −事業所におけるMWSを中心とした活用事例− ○位上 典子(障害者職業総合センター障害者支援部門 研究員)  中村 梨辺果・小池 磨美・村山 奈美子・下條 今日子・加地 雄一・加賀 信寛・望月 葉子・  川村 博子(障害者職業総合センター障害者支援部門) 1 はじめに  ここ数年、医療・保健機関では、メンタルヘルス不全による休職者の職場復帰支援プログラム開始の動きが全国的な広がりを見せている。しかし、休職者の回復程度や休職期間の残日数によっては、このような機関で職場復帰の支援を受けられない場合もある。また、五十嵐(2009)1)が指摘しているように医療機関の受け入れ体制には限界がある。さらに、地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)や医療機関が遠方にあり、休職者が通所できない場合もある。そのため、職場復帰のための活動を休職者単独、もしくは休職者と事業所の2者間で行うケースも多くあるものと推察される。  一方、当部門が昨年度実施した事業所アンケート調査2)3)に詳細分析を加えたところ、事業所で職場復帰支援を進めるにあたっては、「試し出勤(リハビリ出勤)や復職後の円滑な業務遂行のための作業訓練(OA、事務等)」、「休職者自身が病気の特徴を理解して、自己管理するためのテキスト」、「事業所・産業保健スタッフと主治医及び休職者との間で、情報共有するための様式」に関するニーズが高いことが分かった。  そこで、地域センターや医療機関を利用せず、事業所が独自で取り組む職場復帰支援過程(事業所内での試し出勤、緩和勤務、及び自宅でのウォーミングアップ期間)で、当部門が開発したトータルパッケージ(以下「TP」という。)を活用することが、上記のようなケースの円滑な職場復帰支援に寄与できるのではないかと考えた。本報告(「メンタルヘルス不全休職者の職場復帰について(1)(2)」)では、メンタルヘルス不全による休職者の職場復帰支援においてTPのうち、特にワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)を中心に試行した事例を紹介する。 2 対象事業所とMWS活用の契機と経過 (1)対象事業所  復職前の試し出勤及び復職後の緩和勤務でMWS活用を希望した2事業所。なお、各事業所の概要は表1の通りである。 表1 各事業所の概要 (2)MWS活用の契機と経過  事例Aの事業所は、地域センターにおける職場復帰支援を視察した際に、MWSの活用場面を見聞したことが契機となっている。事例Bの事業所は、人事・安全衛生担当者が職場復帰支援を行うことに不安を感じており、役立つツールがあれば情報提供してほしいというニーズを当方で把握した。  2事業所とも、導入前に、職場復帰支援に関わる担当者に対し、MWSの概要説明を行い、その後、対象者に対し、導入の目的、具体的な実施方法の説明、及び日々の利用計画に関する相談を行い、実施した。また、対象者の主治医にもMWS活用の目的と経緯を説明し、実施に同意を得た。実施中は、必要に応じて対象者と各事業所担当者との面談に同席し、電話・メール等でも進捗状況を確認した。  なお、MWSの活用に関して、地域センター等では、支援者が随時利用者に指示し、個別または小集団で活用されることが多いが、事業所内では、職場復帰支援に関わる担当者が随時休職者に指示を出すことは困難である。そのため、支援対象者が単独で作業が行えるよう、実施マニュアルを作成し、活用を促した。   3 事例 (1)A氏事例 イ.休職者の概要  男性(40代)、管理職、うつ病 ロ.MWS導入前の経過  A氏は既に試し出勤を開始しており、午前中は読書、午後は資格試験の学習を行っていた。A氏・事業所共に今後どのような作業をしたらよいか思案していた。 ハ.試し出勤の経過  週2日の通勤練習から開始し、MWS導入時(試し出勤開始2ヵ月経過時点)には週4日(フルタイムで自席での自習を含む)となっていた。試し出勤当初は体調の波も見られたが、安定して活動できるようになっており、MWS導入2週間後に、週5日(フルタイムで自席での自習を含む)となった。  表2に試し出勤で携わった作業の実施状況をまとめた。MWSは、試し出勤の午前中2時間程度行い、午後はその他の作業(読書や資格試験の勉強、資料講読等)を行った。 表2 試し出勤の実施状況 ニ.MWSの活用状況 (イ)進捗表の活用  TPの構成ツールである「M-メモリーノート」は使用せず、毎日実施した記録と感想をA氏が自ら作成した「進捗表」に記入した。 (ロ)MWSの取組み結果  A氏が活用したMWSの作業課題は、表2に示した通りである。どの作業課題も、1日各レベル2ブロック実施することとし、作業計画はA氏自身が立てた。  MWSの課題の中から、作業日報集計の結果を図1に示す。棒グラフは、各レベルの1ブロック目の合計所要時間を、折れ線は平均正答率を、直線は、合計所要時間の90パーセンタイル順位ラインを示す。合計所要時間のパーセンタイル順位は、2巡目で90を超え、以後少しずつ作業スピードは向上した。しかし、それと共に徐々にミスが見られるようになった。 図1 作業日報集計の結果  図2は作業日報集計の詳細データを示している。1巡目はレベル5で時間がかかり、ミスも出ており、疲労感も見られたが、2巡目・3巡目は、1巡目と比べて作業時間も短く、ミスも少なくなり、作業は安定した。しかし、4巡目になってMWSに対する飽きを訴えるようになり、4巡目・5巡目はミスが増えている。A氏自身も「作業に飽きがきていて、集中力が低下してミスが出ているのではないか」と自己分析している。そこで、5巡目以降はA氏自身に作業日報集計表をExcelで作成してもらい、入力作業を行うよう提案し、実施した。これにより、作業の飽きを軽減させることができた。  また、1巡目に訴えていた疲労感は、いずれの作業とも共通してレベル3・4の作業時に最も強い。A氏自身が、どれくらいの時間が経過するとどの程度疲労が生じ、休憩を取る必要があるのかといった疲労に対するマネージメントにも気持ちを振り向けられるようになり、作業量と疲労感・休憩の重要性の理解に役立った。   図2 作業日報集計の全体結果(平均作業時間:健常者を対象に実施した作業から得られた平均値を示している) ホ.A氏のコメント: (イ)1週目:MWS活用前までの試し出勤では作業らしき作業をしていなかった。また、経験のない作業に取り組んだことから、思いの外疲労を感じたが、客観的に自分の疲労度を知るには有益であり、「今無理をしてはいけない」という気になる。 (ロ)2週目:1日の中でMWSをやっているときが一番疲れる。やりはじめると一気にやってしまう、ミスがあっても時間を優先するという傾向がある。休憩を取るつもりでも、気づいたら取らずに実施している。 (ハ)3〜4週目:スピード重視で作業をすると「頭に血が上る」、「熱を帯びる」等を感じる。過去に仕事にのめり込んだ時と似ていた。「これ以上頑張ってもスピードは出ないから正確さを重視してみよう」と考え、実施したところ、どちらの作業時間も差はあまりなく、根を詰めても詰めなくても得られる結果は変わらないことに気づいた。 (ニ)5週目:1つの作業を続けることで倦怠感が強くなる。また、質的な難しさより量的な多さの方が疲労は高い。 (ホ)6週目:作業の飽き等による集中力低下を感じる。作業日報をExcelで行うことになり、表作成に熱中し、また入力スピードを上げようとして疲労感も増した。 (ヘ)終了後:MWSについて、データによる客観視ができ、作業量、疲労度、集中度、休憩の関連について身をもって理解でき、職場復帰後の仕事の仕方にとても役立つ。また、周りが仕事をしているのに自分はしていないことが、どうしても気になったので、”没頭できること”を求めた。社外の人とのやりとりもリハビリになった。 ヘ.事業所担当者のコメント  以前から、A氏には頑張りすぎる傾向があったが、障害者職業総合センターからの課題は、成果物の正確性も知ることができるため、えてして「量」で判断しがちであった疲労度を、「質」(正確性)でも自覚することができ、適切な時期に休憩をとることを促す効果があったと感じている。反面、「課題評価結果が事業所の職場復帰の可否判断と直結しているのではないか」という、本人の不安を拭いきれなかった面(事前の説明は行ったが)もあった。  課題内容は、これまでの通勤練習より業務に近いことから、「やれている」感じを得やすいものではあるが、実際の業務レベルとは異なる部分もあり、企業の産業保健スタッフとしては、その差を克服するための工夫を行うことで、より納得性の高い復職プロセスを構築していきたいと考えている。 (2)B氏事例 イ.休職者の概要  男性(40代)、事務職、うつ病 ロ.職場復帰までの経過  1度職場復帰したが、4ヶ月後に再休職し、約7ヵ月経過している。今回、入社時に配属されていた部署で職場復帰することになった。 ハ.緩和勤務の状況  職場復帰後の緩和勤務でMWSを活用した。表4に緩和勤務時に携わった作業の実施状況をまとめた。  最初の2週間は4時間勤務とし、主にMWSを中心に実施した。  4時間勤務の間、体調は安定していたため、3週目は6時間勤務とした。作業については、MWSだけでなく、事業所内の定型的な作業(書類整理、文書作成等)を取り入れるよう人事・安全衛生担当者に助言し、対象者の直属上司から作業内容について指示してもらった。  4週目以降は、B氏の希望により、8時間勤務(通常勤務)となった。この頃から、B氏が今後担当する新規業務の立ち上げ時期と重なり、MWSに時間をかけることは少なくなったが、「本格復帰の前の状態なので、自分自身の状況確認のつもりで、30分程度はMWSを行う」ように助言した。    表4 緩和勤務の実施状況 ニ.MWSの活用状況 (イ)M-メモリーノート  緩和勤務期間中、B氏は日々の記録としてTPの構成ツールの1つである「M-メモリーノート」を活用した。このうち、「スケジュール欄」には「気分」と「服薬」のチェック欄を、「作業日程表」には「疲労感」のチェック欄と「体調」の記載欄を追加した。 (ロ)MWSの取組み結果  B氏が活用した作業課題は、表4の通りである。どの作業課題も1回の作業で各レベルを2ブロック実施し、その後、各レベルを1ブロック実施することとした。しかし、MWSを実施した期間が2週間程度と短く、また同じレベルで2ブロック以上行った日もあったため、十分な活用には至らなかった。  MWSの課題の中から、図3は検索修正課題の作業結果を示す。棒グラフは、各レベルの1ブロック目の合計所要時間を、折れ線は平均正答率を、直線は合計所要時間の90パーセンタイル順位ラインを示す。グラフの左側は各レベルの1ブロック目の合計所要時間と平均正答率であり、右側は1ヵ月経過時点の作業結果である。平均正答率、合計所要時間共に1ヵ月経過時点での結果の方が向上していた。特に合計所要時間に関しては、1ヵ月経過時点でパーセンタイル順位が90以上となり、健常者と比較しても遜色ない作業パフォーマンスを示すようになった。   図3 検索修正課題の結果    図4は検索修正課題の全ての詳細データの推移である。レベル4で大きく正答率が低下し、作業時間も平均作業時間以上にかかる様子が見られる。また、レベル5も、正答率を意識すると20分以上要していた。緩和勤務開始1ヶ月経過時点で、各レベル1ブロックずつ行った結果を7回目で示している。 ホ.B氏のコメント: (イ)1〜2週目:集中力が続かないとミスが出やすいようだ。自分のバロメーターになる。 (ロ)3〜4週目:会社業務も行うようになり、やはり自分の作業スピードは遅いと思った。MWSは、作業の効率やカンを取り戻す練習になっているので、これをやって仕事に戻った方が良いと思う。 (ハ)5〜6週目:職場復帰当初とMWSを実施した現在の状態を比較すると、集中力・瞬発力・頭の回転等が変わった。今回のプログラムを体験し、骨折した人が、骨を接いで、ギプスをして、リハビリするのと同じであることに気づいた。焦らず取り組むことが大切である。 (ニ)終了後:周囲にも配慮してもらい、仕事を進める上での相談相手もいるので、負担はあまり感じない。気を遣っているのは、寝る時間と起きる時間、そして頑張りすぎないことである。最初の職場復帰時とは体調等が違うことを実感している。 ヘ.事業所担当者のコメント  当初は出退勤を含めどうなるか分からなかったが、調子は良さそうに見える。復職支援の専門家でない自分たちがどのように関わったらよいか分からないことも多いが、1週間に1度相談の機会が設けられ、良かった。側で見ていて、1度にあまり多くの課題を与えず、1つ1つ与えていくのが良いということが分かった。他にも活用できそうな休職者がいればまた取り組んでみたい。    本報告(「メンタルヘルス不全休職者の職場復帰について(1)」)では、事業所内でTPを活用した事例を紹介したが、「メンタルヘルス不全休職者の職場復帰について(2)」では、自宅におけるウォーミングアップに活用した事例を報告し、総合的考察を行うこととする。   引用文献 1)五十嵐良雄:復職におけるリワークプログラムの有用性,産業精神保健(17)増刊号,p.46(2009). 2)野口洋平他:メンタルヘルス不全による休職者の職場復帰について(1),第16回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集(2008). 3) 位上典子他:メンタルヘルス不全による休職者の職場復帰について(2),第16回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集(2008).     図4 検索修正課題の全体結果(平均作業時間:健常者を対象に実施した作業から得られた平均値を示している) メンタルヘルス不全休職者の職場復帰について(2) −自宅におけるMWSを中心とした活用事例− ○中村 梨辺果(障害者職業総合センター障害者支援部門 研究員)  位上 典子・小池 磨美・村山 奈美子・下條 今日子・加地 雄一・加賀 信寛・望月 葉子・  川村 博子(障害者職業総合センター障害者支援部門) 1 はじめに  本報告においては、「メンタルヘルス不全による休職者の職場復帰支援について(1)」の関連発表として、事業所が支援機関を利用せず、独自に取り組む職場復帰支援の過程で、休職者が自宅や図書館等でMWSを活用しながら職場復帰の準備を進めた事例を紹介し、ホームワークとしてMWSを活用することの効用と課題について検討する。 2 対象事業所とMWS活用までの経過 (1)対象事業所  MWSをホームワークとして取り組むことで職場復帰の準備を進めていくことを希望した2事業所(対象休職者は計3名)。事業所の概要は表1の通りである。   表1 各事業所の概要 (2)MWS活用までの経過  MWS導入に先立ち、事業所担当者及び対象者に対して、導入目的を(1)現状の作業耐性や体調・疲労の状況、作業遂行性等に関する自己理解を深める、(2)職場復帰に向けた日中活動を増やす、(3)自らスケジュール管理する等の機会の提供としている旨を説明し、同意を得た。また、対象者自身が、この取組みに関する主治医の同意を得ている。  また、MWSの活用方法を事前に説明し、対象者の自学自習が可能となるようマニュアルを提供した。対象者は、取り組んだ経過を記録し、事業所担当者との面談・電話相談等の機会を通じて相互に進捗の確認を行うこととした。なお、面談等の方法や頻度については、各事業所担当者と対象者間で取り決めてもらい、担当研究員は状況に応じて面談に同席、又は、文書や電話、メール等により進捗状況を確認した。 3 事例 (1)C氏事例  自宅待機期間中の焦燥感軽減とウォーミングアップのためにMWSを活用し、復職した事例 イ.休職者の概要  男性(50代)、営業職、うつ病 ロ.職場復帰活動の経過  初回の休職中だったが、体調が回復したことから復職を希望した。しかし、事業所都合で自宅待機を余儀なくされ、焦りやイライラ、不安により職場復帰の準備に着手できず、自宅で無為に過ごしていた。地域障害者職業センターのリワーク支援(以下「リワーク支援」という。)は距離的に利用が困難であった。 ハ.目標設定と経過  MWS活用の目標を、「適当な日中活動を得て、焦りの軽減を図る」、「作業を通じて自分の特性を確認する」とした。実施期間は約2ヶ月とした。選択した作業内容等を表2に示す。    表2 C氏の作業課題の取組み状況      取組み経過の記録は、MWS 同様にトータルパッケージの構成ツールである「M-メモリーノート」の作業日程表を活用し、予定時間と実働時間、作業量の目標と結果、疲労感、体調、感想等を記録した。  課題の進捗確認は、週に1回、C氏から産業保健スタッフに郵送された作業記録類を基に、電話により産業保健スタッフと本人間で行う方法を採った。本社からは遠方に位置する県外支店に所属するC氏と本社勤務の産業保健スタッフが、頻繁に直接面談の機会を設けることは容易でなかったためである。  MWSを開始した当初、C氏の関心は作業能率そのものや、作業能率と復職可否との関係に向けられていた。そこで産業保健スタッフは、「能率に関することよりも、現在の回復状況や集中力を自ら理解するようになること」、「作業の計画・実行・報告の一連の行動が安定してできること」が大事である旨を重ねて伝え、C氏の不安を払拭するような働きかけを行った。 ニ.MWSの取組み結果  図1に、作業日報集計の結果を示す。C氏は、図1の2、5、7回目のように、作業速度を上げようと試みては正答率が下がることを経験した。このことは「新規作業の初期に眼精疲労が出やすい、時間を意識すると焦って軽微なミスが出る、慣れに伴い作業全体がスムースになる」等の行動特性に気づくことに繋がった。    図1 作業日報集計(レベル5)の結果     また、C氏は、MWSの取組みを契機に、焦燥感から自宅で何事にも手がつかず無為に過ごすことが無くなり、午前9時から集中して作業を2時間程度行い、午後は図書館利用などの予定を適宜組み入れるなど、行動のセルフマネジメントがなされ、当該事業所で設定されている試し出勤を経て復職した。   (2)D氏事例  生活リズム回復に着手する契機としてMWSを活用したが、復職よりも趣味中心の生活への志向性が強く、自主退職した事例 イ.休職者の概要  女性(20代)、営業職、うつ病 ロ.職場復帰活動の経過  入社後まもなく出社困難を呈す。休職中、深夜にバンドの練習に打ち込み生活リズムの乱れが顕著となる。リワーク支援利用は可能だったが、主治医は生活リズム回復が優先であり時期尚早との判断であった。 ハ.目標設定と経過  MWS活用の目標を、「生活のリズムを回復する」とし、実施期間は、当面2ヶ月程度とした。復職期限まで残り4ヶ月であったが、状況次第ではリワーク支援に移行できるよう並行して準備した。選択した作業内容等は表3の通りである。    表3 D氏の作業課題の取組み状況       進捗確認は、午前中に課題に取り組んだ後、担当保健師へ電話連絡し、併せて作業結果をメールで送信する方法を採ることとし、これをD氏の行動目標として設定した。 ニ.MWSの取組み結果  図2に、文書入力の結果を示す。D氏の作業遂行性は同年齢集団の平均比を上回っており、正答のコツを短期的に掴む要領を心得ていることも汲み取れる。しかし、第1週目の4日間で疲労を覚え、5日目(図2では5回目)では取組みができず、産業保健スタッフが再度動機づけを行って再開するも、翌週は3日間、翌々週は2日間で取組みが中断されており、継続性に課題があることが分かった。 図2 文書入力(レベル1-5、各1ブロック)の結果  その後、MWSの取組みを中断せざるを得なくなった背景や今後の活動方針について、産業保健スタッフとD氏との相談が重ねられた。その結果、現在の生活リズムで就業継続するのは困難と感じていること、バンド活動によって自己実現を図りたいとの意向が確認され、休職期間満了に伴う退職となった。 (3)E氏事例  復職準備に着手する契機として活用し、リハビリ出勤へ移行するが、把握された特性を今後へ活かすことに見守りを要すると考えられる事例 イ.休職者の概要  女性(30代)、事務職、うつ病 ロ.職場復帰活動の経過  几帳面で中途半端を好まず、育児休業明けの家庭と仕事の両立にプレッシャーや不全感が高じ、不安や吐き気などの体調不良を呈す。休職後、8ヶ月経過した頃に、リハビリ出勤を試みるも数日で再休職し、以後、具体的な職場復帰の準備に着手できなかった。 ロ.目標設定と経過  MWS活用の目標を、「具体的な課題に取組み、職場復帰準備のきっかけを掴む」とした。実施期間は、3ヶ月程度とし、状況次第で生活環境の調整等必要な課題に比重を移していくこととした。復職期限まで残り5ヶ月であった。選択した作業内容等を表4に示す。   表4 E氏の作業課題の取組み状況    課題の進捗確認は、E氏が概ね2週間毎に通勤練習を兼ねて事業所を訪問し、産業保健スタッフと面談するという方法を採った。 ハ.MWSの取組み結果  MWS導入第1週目からE氏は、日々の作業量、作業1ブロック当たりの目標所要時間を自ら設定した。しかし、目標通り進められるか焦りや不安が高じ、昼できなかった分を夜中に取り戻そうとする行動が見られた。3週目から作業時間を倍増させ、「ノルマを課すとどうしても無理し、体も辛い」と立ちくらみ他不調を自覚するが、尚も「昼できず夜中に行った」、「目標量まで届かず悔しい」と述べ、E氏の疲労ストレスの対処、ペース配分や優先順位付けが難しいという行動特性が現れた。そこで4週目の面談時に、「決めた計画の順守より疲労感を溜めないペース配分を意識して取り組む」に目標を修正し、「最も身体が辛かった日」の疲労感を100として日々疲労感の指標を記録することにした。                                                                図3に、文章入力の結果を示す。▲印の折れ線は、疲労・体調により作業計画やペース配分を見直すことで疲労感が低減していく様子を示している。MWS活用以前のE氏は、職場復帰に向けて何から手をつけてよいか分からず、午睡や洗濯物を徹底して干し直す、テレビの録画を見る等して日中を過ごし、そのことが自己嫌悪に繋がっていたが、MWS活用を契機に、午睡等は無くなった。  また、産業保健スタッフとの面談では、MWSを通じて観察された行動特性と休職前の働き方との共通点に気づき、0か100で行動を選択しがちな背景に、「周囲の期待値を高く見積もり自分でハードルを上げてしまう」ことや、「失敗するかもしれない」との不安の高さがあることにも話題が及ぶようになった。なお、E氏はこうした傾向を日々自分でモニタリングしていくことの意義を知り始めたばかりであり、習慣化や自立化はこれからの課題である。今後も注意深く見守る必要があることを前提に、試し出勤に移行した。 5 考察  発表(1)及び(2)を通して、職場復帰支援過程におけるMWS活用の可能性と課題について考察する。 (1)MWS活用の際に留意すべき点 イ.活用目的の十分な共有  職場復帰支援過程におけるMWS活用の目的には、①自立的な作業計画の立案と実施、②作業を通じて疲労やストレスとのつきあい方に目を向けてもらう、③職場復帰後の働き方を検討するきっかけを提供することが挙げられる。  しかし、このような活用目的を十分理解せずに導入しては、ツール本来の意義を発揮することは難しいであろう。特に、MWS導入を事業所側から提案する場合は、事例Aのように、「復職可否判断の資料になるのでは」といった不安を対象者が抱くこともあり得る。このため、こうした不安を招かぬよう十分な説明によって活用目的を共有の上、対象者の主体的な取組みを引き出していくことが非常に重要となる。 図3 文章入力(レベル1-5、各1ブロック)の結果 ロ.適切な活用の時期と期間  職場復帰のためのウォーミングアップについて、吉野・松崎(2009)1)は、「生活のリズムが安定し、日中も気分良く過ごせるようになれば」移行するものと言及し、また五十嵐(2007)2)も、自宅で行う「一人デイケア」は、「生活リズムが規則正しく整い、症状も改善してから」の旨述べている。症状や生活リズムの回復が不十分な対象者には、MWSの活用そのものが大きな負担となる可能性があり、その場合は活用時期の再検討が必要であろう。また、事例Aのように、作業遂行に関する課題や体調への影響に目立ったものが見受けられない対象者については、1カ月超の活用期間を設定すると、作業への飽きを生じさせる可能性がある。このような場合には、MWSの活用時期はできるだけ支援開始初期に設定し、MWS単独で長期間活用することは避け、適宜他の課題を組み合わせていくことが望ましいと考えられる。 (2)MWSが寄与できる可能性 イ.復職準備の契機として  今回、ホームワークとして活用した事例においてMWSは、復職準備に取り掛かれずにいた対象者が行動を開始するきっかけとなっていた。主治医や産業保健スタッフから「図書館にでも行って本でも読むように」と助言されても、読書と仕事との関連が見いだせない等の理由で行動できない休職者も少なくない。しかし、事例C〜EにおいてMWSは、自宅で取り組めるツールとして機能し、産業保健スタッフもその有用性を認識していた。  また、正式復帰前の試し出勤中、自ら作業課題を用意する必要があった事例Aにおいても、MWSは中心的な作業課題の一つとして機能し、「何をしてよいかわからない」という不安の軽減に役立った。 ロ.進捗状況の共有のために  通常、職場復帰が近づくと、対象者と事業所担当者の間では面接等による体調の回復や生活リズムの状況確認がなされる。その際、MWSという具体的なツールを介在させることは、全事例において、より具体的な面談の実施に繋がっていた。対象者から作業計画や作業遂行状況、感じている疲労等について報告を受け、それを基に、両者が今後について検討しやすくなったのではないかと考えられる。 ハ.適切な自己管理と雇用管理のために  MWS活用の目的の一つに「休職者自身の現状把握」があるが、全事例において、作業上の回復状況や行動特性に関する気づきがあり、自己理解の促進に有益であったと考えられた。  また、MWSを活用することで確認された行動特性は、必ずしも作業に限った傾向ではない。様々な日常生活における課題をどう認識し、いかに疲労・ストレス管理を行って対処するかにおいても類似の傾向が現れることは多い。事例の一部において、MWSを通じて得た自らの行動特性に関する気づきを基に、休職前にも類似の傾向があったことを想起し、今後の自己管理の上でどのような工夫・対処を講じれば良いか産業保健スタッフと話し合われた事例もあった。このように、行動特性を対象者・産業保健スタッフ等の関係者が共有することは、職場復帰後の働き方や再発防止のための対処方法を考える契機となりうるであろう。   (3)今後の課題  MWSを導入してみると、自学自習の取組み自体は可能だが、必ずしもスムースに対象者がセルフモニタリングし、自己理解に繋げていくに至らない場合もある。自己理解の基本には、セルフモニタリングの結果について言語化、指標化し、日々記録していくことがある。しかし、対象者によっては、この記録が習慣化するまでに支援者の促しを必要としたり、時間を要することがうかがえる。このため、「作業日程表」等による記録はできる限り推奨し、その習慣化や深まりを丁寧に見守る必要性が感じられた。加えて、このような記録の意義について効果的な導入を図ること、折りに触れてマニュアルを参照していくなどの工夫も必要であろう。  また、事業所担当者が職場復帰支援の過程でMWS活用の意義を高めていくためには、MWSを通じて観察された事柄を相談場面で効果的に取りあげ、展開していく相談のノウハウも必要となるだろう。それを手助けすることのできる教材等が新たに必要ではないかと考える。 6 結語  先に行った事業所アンケートでは、職場復帰支援の過程で活用できる「作業訓練のパッケージ」等へのニーズが高かった。これを踏まえて本報告では、TPのツールが、事業所における試し出勤及び自宅における復職準備に寄与する可能性を検討した。上述の考察のとおり、活用に際しての留意点はあるが、一定程度の有用性は確認された。しかし、残された課題もあり、今後とも、事業所が独自に進める職場復帰支援の過程をより円滑にするための支援ツールやノウハウを開発・蓄積していくことが必要と考える。 参考・引用文献 1)吉野聡・松崎一葉:うつからの職場復帰のポイント,秀和システム,p18-19,2009. 2)五十嵐良雄:自宅で実践「一人デイケア」メニュー&ポイント,職場のうつ 復職のための実践ガイド,朝日新聞社,p32-33,2007. 脳損傷患者における高次脳機能障害と就労の関係について −当院回復期病棟の現状と取り組み− ○長谷部 牧子(武蔵村山病院リハビリテーションセンター 臨床心理士)  新舍 規由・石神 重信(武蔵村山病院リハビリテーションセンター) 1 はじめに  社会参加はリハビリテーションの最終目標であり、障害を持つ前に就労していた者にとって、就労は最終目標の一つである。しかし、不況の影響もあり、健常者にとっても就労が難しいなか、身体障害や高次脳機能障害を有する脳損傷患者にとっては、就労は高いハードルといえる。  当院の回復期病棟では、急性期病院から早期に患者を受け入れ、集中的なリハにより短期間でより高い機能的ゴールを目指している。また、身体的な機能回復だけでなく社会復帰支援も積極的に行っており、特に高次脳機能障害を有する者については力を入れている。  高次脳機能障害については、臨床心理士が入院患者全例にスクリーニングとしてMMSE、線分二等分、行為検査を実施し、問題点を把握している。ここで問題を認めた者、および復職など高いゴールが設定されている者についてはさらに精査を行い環境調整や対応方法の工夫、訓練プログラムの立案へとつなげている。  復職アプローチとしては、業務内容に応じたリハの実施、職場関係者を交えてのミーティング、業務内容の調整、段階的な試験勤務、定着状況をみるための復職後のフォロー、などを行っている。  本研究では、当院回復期病棟に入院しリハを実施した脳損傷患者の就労の状況と転帰をまとめ、復職の成否に影響した要因を探ることを目的とする。さらに、高次脳機能障害のある症例が就労を果たすために必要な支援とはどのようなものかを検討していく。   2 方法 (1)対象  2007年11月1日からの1年間に当院回復期病棟に入院した患者384例(男/女:195/189、平均70.9歳)のうち、脳損傷患者205例(124/81、68.4歳)。 (2)方法  患者属性と発症・受傷前の就労状況、復職の成否、その後の転帰を後方視的に調査した。職業分類は日本標準職業分類(1997年12月改定)1)に従った。就労形態は工藤2)の区分を参考に正社員、非正社員、自営業主、家族従業者(自営業主の家族で、その自営業主の営む事業に従事している者)の4つに分類した。 3 結果 (1)対象者の概要  発症・受傷まで就労していた者を就労群とし、非正社員も就労群に含めた。就労群以外の者を非就労群とし、発症・受傷時に休業していた者、専業主婦は非就労群に含めた。概要を表1に示す。 表1. 就労/非就労群別の概要 就労(n=83) 非就労(n=122) 全体(n=205) 性別(男/女) 64/19 60/62 124/81 平均年齢 (SD) 60.1 (11.2) 74.0 (10.6) 68.4 (12.8) 疾患 (脳卒中/頭部外傷) 78/5 116/6 194/11 発症から入院までの平均日数(SD) 39.0 (30.3) 36.7 (30.7) 37.7 (30.6) 平均入院日数 (SD) 53.4 (32.9) 52.9 (28.8) 53.1 (30.5) (2)就労していた対象者について  就労形態は、全体では正社員、非正社員、自営業主の間で数に差はなかったが、年代別にみると60歳未満では正社員が、60歳以上では非正社員や自営業主が多くなっていた(表2)。 表2.就労していた対象者の年齢と就労形態 正社員 非正社員 自営業主 家族従業者 不明 計 50歳未満 8 2 3 2 15 50歳代 14 4 6 24 60歳代 1 13 11 1 2 28 70歳以上 8 6 2 16 計 23 27 26 3 4 83  表3に、職業分類と就労形態をまとめて示す。生産工程・労務作業 (いわゆる肉体労働)が多くそのほとんどが自営と非正社員となっている。正社員として就労していた者の職業は、運輸・通信(運転手)、事務、専門職(教員、社会福祉関係)などとなっていた。 表3.就労していた対象者の職業分類と就労形態   生産工程・労務作業 管理 サービス 運輸・通信 事務 専門職 販売 保安 農業 正社員 1 4 6 5 5 2 非正社員 9 7 2 3 2 1 3 家族従業者 1 1 1 自営業主 10 9 3 1 1 2 不明   1 1     1       計 20 15 12 9 9 9 3 3 2 (3)就労していた対象者の高次脳機能障害 注意障害 52 62.7% 半側空間無視 32 38.6% 記銘力障害 29 34.9% 失語症 19 22.9% 見当識障害 7 8.4% 遂行機能障害 6 7.2% 失行症 3 3.6%  対象者83例のうち、入院時に何らかの高次脳機能障害を有していた者は65名(78.3%)だった。障害の内訳を表4に示す。注意障害が最も多く、半数以上の対象者に認められた。   表5.高次脳機能障害の合併とその頻度 症状\症状の数(計) 注意障害 半側空間無視 記銘力障害 失語症 見当識障害 遂行機能障害 失行症 症例数 計 1 ●             6 14       ●       5           ●   2     ●         1 2 ● ●           10 26 ●   ●         8 ●     ●       2   ●   ●       2 ●         ●   2     ● ●       1 ● ● 1 3 ● ● ●         9 18 ● ●   ●       4 ●   ●   ●     3 ●     ●     ● 1   ●   ●     ● 1 4 ● ● ●   ●     4 7 ● ● ● ●       1 ●   ● ●   ●   1 ● ●   ●     ● 1  83例中52例(62.7%)は複数の高次脳機能障害を合併していた(表5)。注意障害と半側無視の合併例が10例で最も多く、この2つに記銘力障害が加わったものが9例で次に多かった。  表6は身体障害と高次脳機能障害の合併の状況を示したものである。左片麻痺に伴うことが多いとされる半側空間無視が右片麻痺でも見られていることがわかる。 表6.身体障害の内訳と高次脳機能障害 注意障害 半側空間無視 記銘力障害 失語症 見当識障害 遂行機能障害 失行症 右片麻痺 16 10 9 15 2 2 3 左片麻痺 23 19 9 4 1 1   両片麻痺 1 1 1         四肢麻痺 1 1 1         麻痺なし 7   5   3 3   失調症 3   3         筋力低下 2 1 2   1     (4)就労群の転帰(平成21年9月1日時点)と障害  対象者83例のうち、発症を契機に退職した例、解雇、死亡・転院・施設入所により復職できなかった例、他院でのフォローとなった例、未確認の例があわせて40例あった。それらを除く43例中、前職に復帰できたのは12例(同業種他社への就職1例を含む)で、そのうち7例は試験勤務を経ていた(図1、表7)。 表7.発症および退院から復職に至るまでに要した日数   平均日数 (SD) 中央値 発症から復職まで 210.8 120.5 190 退院から復職まで 114.6 110.4 119 退院から試験勤務開始まで(*) 73.6 61.6 49 試験勤務期間(*) 106.4 138.6 46 (*)…試験勤務を実施した7例で算出  「フォロー中」は、復職または新規就労を目指してアプローチを継続している者を指す。このうち、前職復帰が困難と判断され、新規就労を目指して訓練している例は3例だった。なお、前職を退職し家族が経営する仕事に部分的に従事した者2例は復職とはせず「自営手伝い」に分類した。 表8.年代別にみた就労の転帰 年代 復職 復職せず 50歳未満 2 50歳代 5 5 60歳代 4 9 70歳以上 1 3  復職者の平均年齢は56.3歳で、復職しなかった17例の平均65.0歳よりも低かった。表8に年代別にみた就労の転帰を示す。  就労形態別では、正社員が9例中6例、非正社員が8例中4例復職できていたのに対して自営業主で復職できたのは9例中2例にとどまった(図2)。   図2.就労形態別にみた転帰 図3.職業分類別にみた就労の転帰  職業分類別では、事務で復職した例が最も多く、他に専門的・技術的職業、運輸・通信にも復職例がみられる(図3)。すでに表3で示したように、これらの職業は正社員が多くを占めていた。  高次脳機能障害の有無別に見た就労の転帰を図4に、個々の症状別に見た就労の転帰を図5にそれぞれ示す。高次脳機能障害のない4例は全例復職できたのに対し、復職し 図5.高次脳機能障害の症状別にみた就労の転帰 なかった17例は全て何らかの高次脳機能障害を認めた。高次脳機能障害を認めたが復職できた例は8例だった(表9網掛け部分)。 表9.高次脳機能障害の合併と頻度と就労の転帰 症状\症状の数(計) 注意障害 半側空間無視 記銘力障害 失語症 見当識障害 遂行機能障害 症例数 (就労群/非就労群) 計 1           ● 2(2/0) 3       ●     1(0/1) 2 ●   ●       4(2/2) 15 ● ●         4(0/4) ●     ●     2(2/0) ●         ● 2(1/1)   ●   ●     1(0/1)     ● ●     1(0/1)     ●     ● 1(0/1) 3 ● ● ●       1(0/1) 2 ●   ●   ●   1(0/1) 4 ● ● ●   ●   3(1/2) 5 ● ● ● ●     1(0/1) ● ● ●   ●   1(0/1)  図6〜8に退院時のBrunnstrom stage(以下「BRS」という。)と就労の転帰を示した。    図6.退院時の上肢BRSと就労の転帰  (*):両片麻痺(右/左)     図7.退院時の手指BRSと就労の転帰 (*):両片麻痺(右/左) (**):前腕切断により欠損     図8.退院時の下肢BRSと就労の転帰 (*):両片麻痺(右/左)  上肢、手指、下肢のいずれも、復職した例ではⅤ(分離運動が全般的に出現)またはⅥ(分離運動が自由にできる)であった。  図9に退院時の歩行能力と就労の転帰を示した。29例中20例(69.0%)は退院時に歩行自立となっていた。復職した12例は全例が歩行自立だった。 図9.退院時の歩行機能と就労の転帰 ※ 歩行補助具の使用も含む。 4 考察  今回の調査により、当院回復期病棟のリハ入院患者について、以下の特徴があることが分かった。1)就労者の半数以上が60歳以上であり、70歳以上の者も2割程度いた。2)生産工程・労務作業、サービス業に従事している者が多かった。3)自営業、非正社員が多かった。  高次脳機能障害の症状としては、注意障害の頻度が最も高かった。ただし、注意障害のみを呈する例は少なく、他の症状との合併例が多かった。高次脳機能障害の訓練や代償手段を考える際は、注意障害を単独に取り上げるのではなく、半側空間無視、記銘力障害、失語症などに随伴するものととらえ、アプローチすることが重要と思われる。  今回、複数の高次脳機能障害があったが正社員として復職できた例があった。業務内容を踏まえたリハを行い、遂行可能な業務を具体的に提案した上でリハから試験勤務に移行したこと、試験勤務を行いながら段階的に就労時間と業務内容を調整していったこと、などによって復職につながったと思われる。現在フォロー中の症例も含め、今後さらに症例を重ね復職アプローチの有効性を検証していく必要がある。  身体機能について、今回復職した例は全て退院時の麻痺が軽度で歩行が自立していた。歩行の自立が復職を促進する要因になり得ることはある意味当然といえるが、復職の必要条件であるとは即断できない。復職しなかった症例について分析していく必要がある。    復職に向けてより効果的なリハを展開していくために、個々の業種を構成する業務内容に必要な身体機能・高次脳機能はどのようなものか検討していく必要がある。同時に、業務を遂行するにあたって許容される身体障害・高次脳機能障害を探っていく視点も必要と考える。 文献 1)日本標準職業分類(1997年12月改定) http://www.e-stat.go.jp/SG1/htoukeib/htoukei b.do 2)工藤正:多様な働き方,松為信雄,菊池恵美子(編):職業リハビリテーション学,第2版,pp23-24,協同医書出版社(2006) 急性期病院の外来リハビリテーションで復職へ関わった一事例 −ライフキャリアの視点と関係性へのアプローチ− ○竹内 正人(帝京大学ちば総合医療センターリハビリテーション科 医師)  多田 智 (帝京大学ちば総合医療センター) 1 はじめに  ライフキャリアの「ライフ」とは、生き方、人間の生涯を意味しており、リハビリテーションの醍醐味である「生活や人生に関われる」ことと、内容と時間軸を同じくしている。  ライフキャリア開発とは、「人生における役割、環境、出来事との相互作用を通じて行う、全生涯にわたる自己開発」〔Gysbers and Moore (1992)〕を意味している。  ライフキャリアの視点から職業リハビリテーションを考えると、「その人らしさ」をうまく振り返り展望する「キャリアデザイン」1)と、「関係性へのアプローチ」2)3)はこれからの時代、外せないのではないだろうか。 2 目的  職業リハビリテーションにおいて、どのようにライフキャリアのアセスメントをして、関係性へのアプローチをすればよいかのプログラムとその意義を模索する。 3 方法  基本的には、以下で説明するブラッシュアップ・プログラムを使用している。  当院外来リハビリテーションで復職に成功した一般的な一事例を、後方視的に評価して考えてみる。  ライフキャリアのアセスメントには、Scheinのキャリア・アンカー4)、Antonovskyのsense of coherence(以下「SOC」という。)5)6)、Zarit介護負担尺度日本語版7)を使用した。  関係性へのアプローチには、Scheinの役割ネットワーク8)、東大式エゴグラム、悪循環の明確化を使用した。 ブラッシュアップ・プログラムとは  著者の竹内は、保健・医療・福祉の連携を図り、包括的な関わりを促すQOL向上のためのプログラムとして、「ブラッシュアップ・プログラム」を開発し、展開している。ブラッシュアップとは、「さらによくする」という意味である。 基本的骨格として、先ず「情報の質と効率性」を重視し、①ICF(国際生活機能分類)×時間(過去・現在・未来)の枠組みでQOL向上のプログラムを考えながら情報を取り、②悪循環を明確化してニーズを引き出し、③対話によるアコモデーション(思いを共有した上で個人の異なった世界観の同居)にて基本方針を決定する。次に、「治療的な環境の創出」を狙い、悪循環を断ち切るために、④心理・行動・環境の視点でチームアプローチを、⑤本人へのアプローチだけでなく環境へのアプローチも重視して行い、⑥良循環への転換を図るという「一連の学習・成長プロセス」から構成されるものである。 4 急性期病院での外来リハビリテーション 【症例】  55歳の男性。07.3.12工場内で自転車走行中バスに衝突して受傷し当院入院した。びまん性軸索損傷、右側頭葉脳挫傷、外傷性クモ膜下出血、右肩鎖関節脱臼、右肺挫傷・血胸、右前頭骨・両側前頭蓋底・右頬骨・右顎関節・左下顎骨骨折を認めた。07.3.13リハ科初診。JCSⅢ-100R、右片麻痺を認めた。PT、OT、遅れてSTが開始された。 【経過】  意識障害は07.3月中旬までⅡ桁が続いた。てんかん発作はなく、脳波上の異常もなかった。高次脳機能障害が多彩で、注意力障害はかな拾いテストが07.4.18施行不可だったのが07.5.28には4点、記銘力障害はHDS-Rが07.3.26に4点だったのが07.5.24には11点、「仕事が直ぐに出来る」など病識の低下を認め、失語症は07.3月には書字・読みが不可で07.5月には多少出来るようになり、構成力障害は07.6.20図形模写が全く出来ず07.5.28にはコース立方体検査でIQ57となった。右片麻痺は軽度で、バーセルインデックス(以下「BI」という)では07.4.7には60点となった。  07.5.31回復期リハへ転院しその後自宅退院した。07.8.6当院外来リハが開始となった。 (1)ICF×時間の枠組みでQOL向上のための情報 〜健康状態〜 # びまん性軸索損傷・右側頭葉脳挫傷:07.3.12受傷 # 右肩鎖関節脱臼:保存療法→07.9.21整形外科から処方あり 〜心身機能・構造〜 # 高次脳機能障害 ①感情コントロール障害:「自転車で死んでやる」と大声を出して頭を打ち付ける。職員に怒鳴って訓練拒否。物を投げつけたり箸を割ったりする。弟に対しての指示に怒鳴る(07.7〜8月) ②記銘力障害:HDS-R19点(07.7.26)。作話あり。WAIS-R VIQ71, PIQ84, TIQ75(07.8.20)。逆行性健忘:4〜5年前から思い出せない。 ③注意力障害:かな拾いテスト13点(07.8.8) ④病識の低下:5km先にて発見「仕事を探しに行った」「家に帰る為」「パチスロをやりに」(07.6.18)→「仕事が出来ない事が困る」(07.7.11) ⑤性格の変化:病前家族思いで優しく真面目な性格→嫉妬妄想あり→07.9.15さぼり癖あり5日間寝っぱなし ⑥失語症:SLTAにて漢字・単語の書き取り、短文の書き取りが困難、換語困難あり(07.7月) ⑦構成力障害:コースIQ75(07.7.11) # 右肩拘縮:屈曲90°痛み、外転60°痛み 〜活 動〜 # BI100点。自転車も乗る事は出来る。 〜参 加〜 # 職業 ①病前:Bエンジニア(株)。A造船内にて大型船溶接の内業 ②キャリアイベント:高校普通科中退後、バイトをしていた乾物屋に就職(長崎県)。父の知人の紹介で広島に渡り、20歳頃溶接工・鍛冶屋をやっていた。同じく父の知人の紹介で千葉に渡り22〜23歳頃溶接工として転々としていた。兄弟3人とも千葉で働いていた。世話になった社長が亡くなったり、弟も溶接工で、後やら先に動いたりして職場を移動。39歳でA造船設備(外業)に就く。49歳で部署自体がなくなり、減給となり内業となった。 # ライフイベント ①31歳に結婚。当時6歳の妻の連れ子あり。 ②結婚と同じ年に第一子を得る。 ③35歳で第二子を得る。 ④49歳時、当時22歳の娘が、2年間のひとり暮らしを経て戻ってくるので、広い所が必要と市原に引っ越してきた。 〜環境因子〜 # 労働災害。 # 通勤 ①自動車にて通勤していた。 ②今後は自転車にて30分かければ通勤可能。 # 家 族 ①家族の構造:妻(47歳)、子供3人(28歳娘:OL、22歳息子:塗装業、18歳娘:電話オペレーター)との5人暮らし。妻は障害を十分に受容し、方針に対してスタッフと一致した考えがある。 ②家族の機能:妻は受傷前は親の経営する居酒屋を手伝っていたが、受傷後は本人を優先して辞めている。家族の凝集性(絆)は比較的良く(結合)、家族の順応度(舵取り)も比較的柔軟。 (2)悪循環の明確化によるニーズの引き出し ①家族との関係性(外来開始〜) エゴグラム:病前は思い込みタイプで、思いやりがあるが頑固。外来では、現実無視で子供優位。妻は、いじけて忍の一字タイプであった。 誤った認識:「俺が上だ」「出来ない」と感情の起伏強く、家族は「どうしていいか分からない」「けれど治療的にも離れられず気になる」 不適切な行動:「バカヤロー」と暴言を吐いたり「死んでやる」と不安とうつ的傾向あり、トイレが頻回(5分に1回以上行く)。家族はますます意見を言ったり一緒に悲しんだり右往左往していた。 マイナスの結果:ストレスが溜まり、家族も疲労困憊していた。 ②会社との関係性(08.2.26〜) 誤った認識:本人はまだ病識なく、娘は怒りで妻は不安。会社側は自分達の仕事のスタンス。 不適切な行動:本人は「大丈夫」、娘は感情的発言が多く、会社側は「100%元に戻して欲しい」「リハ復職でミッチリ訓練可能」 マイナスの結果:娘に感情的しこり。会社の理解と現実とのギャップが大きく、妻の不安を増した。 (3)対話によるアコモデーションにて基本方針決定 ①1日1週の生活のパターンを作り、社会適応できる感情コントロール能力を付ける。その為の家族の治療的環境を整える。 ②会社のきめ細かな状況把握に、OTにて会社見学を入れ、リハ復職を08.4月から開始。08.10月頃から本復職へ。安全に通常勤務時間帯で、時給2000円の仕事が出来るように、会社側に受け入れられるように環境を作っていく。 (4)心理・行動・環境の視点でチームアプローチ (5)本人と環境へのアプローチ ①怒る時間が15時以降で疲労と脱水の影響が考えられた。水分摂取、睡眠時間確保。怒りに対する認知行動療法(深呼吸、顔を洗う、お茶を飲む、家族に相談、パチンコでストレス発散)を、認知機能向上の訓練と体力と活動量の向上を図りながらアプローチした。家族のメンタルヘルスマネジメントも行った。 ②08.3.27にはOTにて会社見学した。08.4.21からダブルチェック出来るリハ復職を開始した。会社側に興奮したりへりくだり過ぎたりして物を言わないことを指導し、安全のアピールをさせた。08.9.17第二回目の会社面接を行った。作業を覚えながら(実は聞きながら)やっていて作業スピードの遅さの問題あり。高い所など実用的な仕事はまださせていない事、会社側も高次脳機能障害は初である事が提示された。実用的な仕事のリハ復職とすること、09.2月頃からの本復職方向とした。 5 結果 (1)良循環への転換(外来リハビリテーション) ①感情コントロール障害:07.9月には怒る事やトイレの回数が少なくなり、モノ投げも09.8月が最後となった。 ②記銘力障害:WAIS-R VIQ81, PIQ99, TIQ88(09.1.23) ③注意力障害:かな拾いテスト31点(08.12.6) ④病識の低下:「仕事は分からないと人に聞いたりしている」 ⑤性格の変化:周りから「優しくなったね」「顔つきが変わったね」 ⑥失語症:要点を選んで伝える必要があるが複雑な文も可能(08.6.11) ⑦構成力障害:コースIQ100(07.10.19) ⑧09.2.1より、通常勤務で溶接工として本復職となり、上手く継続できている。残業も増やすことが意欲的にできるようになってきた。 (2)ライフキャリアの視点と関係性のアプローチを後方視的にみた結果と解釈 ①キャリア・アンカー(ポイント):①保障・安定(4.6)②専門別コンピタンス(4.4)③ライフスタイル(4.0)④奉仕・社会貢献(2.0)⑤全般管理コンピタンス(1.8)⑥純粋な挑戦(1.6)⑦自律・独立(1.2)⑧企業的創造性(1.0) ⇒キャリアイベントのパターンとしても、経済的安定を求めて転々として、溶接工としての専門技術を頼りに、家族の為にという思いが大きい。 ②ストレス対処能力(7点法):①有意味感:全体5.1・過去5.0・現在5.8・未来3.5、②把握可能感:全体5.3・過去6.0・現在5.2・未来4.5、③処理可能感:全 体5.4・過去5.0・現在5.7・未来5.7 ⇒全体的に点数が高く、病識の無さと楽天性が影響している可能性がある。現在「収入の為、家族の為」と有意味感が高いが、未来が低くなるのは問題である。把握可能感が低くなって来ているが、職場でのOJT、同じ会社の他部署で働く弟によるOffJT、日常生活のトレーニングが一貫性を持たせるのに有効かもしれない。処理可能感は、人に頼るのがうまく、同僚と弟と妻との人づきあい法をうまくするともっと良いかも知れない。 ③Zarit介護負担尺度日本語版(妻から聴取) イ.一番大変だった時(外来リハ開始時)80点/88点、全体4/4 ロ.現在(09.9月)16点/88点、全体0〜1/4 (イ)必要以上の世話として、もともと綺麗好きだったのが着替える感覚がない様子で、洋服を脱がしている。また用意しないと駄目である。髭のカットもガタガタになるのでしてあげている。 ⇒母子関係となってしまっている。不必要な手出し口出しをしない事を指導した。 (ロ)困ってしまうこととして、麦茶を用意しても持っていくのを忘れたり、薬も指示を出さないと忘れる事が多く、指示が必要である。 ⇒対応可能なはずである。 (ハ)腹が立つこととして、こちらも疲れている時に強い口調となるが、本人の機嫌が悪くなること。 (二)将来の不安として、今でもキャップのある入れ物を逆にして置いたりすることがある。 (ホ)自分の思い通りの生活ができないこととして、買物に時につきあってくれるが、タッタッタと回って終わってしまい、ユックリと選ぶ事が出来ない。 ④役割ネットワーク:本人を中心に、仕事では弟(外業)が土台として大きく、生活では家族が土台として大きい。次には、同僚の人が鍛冶屋と職種は違うが気にかけてくれ信頼できる人らしい。基本的に、棟長や会社からは、期日までの完成、事故や怪我のないこと、正確さを事務的な感じで期待されている。抱負や大志や望みは殆どないに等しい。必要とされる情報を他の人から手に入れる能力と、経験から即座に学習していける能力は高い。 ⑤東大式エゴグラム:全体的にエネルギーが枯渇した感じで前頭葉症状であろう。現実無視、白昼夢タイプである。 ⇒妻に説明すると、昔妻が夜に足がつると一生懸命揉んでくれたが今は「大丈夫か」位で、優しくなくなったかと思っていたらしい。けれども、思いやりはあるが、エネルギーが低いだけと分ると随分納得して喜んでいた。絆を一貫して持てた様子である。 6 考察  従来の急性期リハビリテーションの多くが、「個人・医学モデル偏重」の「部分最適なものの寄せ集め」で、「一方向的な関係」で「患者の主体性を奪う」ものではなかっただろうか。地域生活期になっても生活者としての「思いや生き方に焦点を当てる」ことや、家族や会社と良好な「援助関係を築く介入」がなされていたであろうか。  今回、地域生活期の外来リハビリテーションで関わり、復職に成功した一般的な一事例を通して、ライフキャリアの視点と関係性へのアプローチを、後方視的に考えてみた。 (1)思いや生き方に焦点を当てる  Scheinは、キャリアアンカー4)(長期的な仕事生活の拠り所)の5つの特徴を挙げている。①能力、欲求、価値についての自己像、②節目節目のきっかけによりハッキリ自覚される、③一人の自己内省よりも対話から浮かび上がる自己像、④組織や仕事を変遷しても「自分としては絶対に捨てたくない」コア(核)、⑤キャリア・ダイナミクス(仕事生活の動態)の中の基軸(不動点)であるとしている。  Antonovskyの提唱するSOC5)は、健康を生成する方向での画期的な概念であるが、「ストレス対処能力」「健康保持能力」とも訳されている6)。  キャリアアンカーもSOCも、いわゆる動機付け理論よりも長いスパンを持っており、ライフキャリアの視点で考える際、「その人らしさ」の核となるものであり、「思いや生き方に焦点を当てる」ものである。  キャリアアンカーの評価は、キャリアイベントという過去の情報から、パターンやルールを対話により抽出し、長期的な仕事生活の核となる「拠り所」を明確にできる。SOCはより広い意味で、過去・現在・未来と言う時間的連続性のある健康保持能力やストレス対処能力を対自的に明確化できる。将来の有意味感は今後上向きになるか下向きになるかの「予後予測」にもなり、把握可能感は「解釈モデル(本人の認識)」とのギャップを見るのに有効で、処理可能感は「生活機能」とのギャップを見るのに有効であると推察された。  今回、既に身辺ADLは自立しているものと過信していたスタッフの思いがあったが、Zarit介護負担尺度日本語版は、家族との対話のプロセスを促進させることとなり、実際の生活機能の現実をスタッフに提示するのに有効であった。 (2)援助関係を築く介入  本来の「その人らしさ」を築いて行くため、関係性へのアプローチを行う場合、筆者は「である自分」⇒「なる自分」⇒「らしい自分」のプロセスが必要ではないかと考えている2)3)。  セルフイメージと現実とのギャップの折り合いを付ける作業となる「である自分」という内へと向かう関係作りと、重要な他者から認められようとする「なる自分」という外へ向かう関係作りは、「関係作りの核」となるものである。「関係作りの核」には「エゴグラム」が有効であると考えられた。ここでは、病識や感情コントロールなど、精神神経学的な問題が多く関わっているように思う。  現実や社会との関わりを通して、向かっている自分が分かる「なる自分」という内へ向かう関係作りと、現実社会へ向かう「らしい自分」という外へ向かう関係作りは、心理社会的な危機を通してこそ形成されるものである。「心理社会的な同一性」を得るには「役割ネットワーク」が有効であると考えられた。ここでは、社会心理的な問題や文化などの問題が多く関わっているように思う。  そうして、「エゴグラム」や「役割ネットワーク」で捉えた構造を、現実の複雑系での問題解決に用いる場合に、(原因と結果という直線的思考ではなく)円環的思考である「悪循環の明確化」が、複雑な問題事象をそのままの形で、少ない介入によって大きな効果が得られる様に導くツールとして有効であると考えられた。   参考文献 1)金井寿宏「キャリア・デザイン・ガイド—自分のキャリアをうまく振り返り展望するために」、白桃書房(2003) 2)竹内正人:共育の視点からの「関係性へのアプローチ」(上)、「師長主任業務実践Vol.14」、p76〜77,産労総合研究所(2009) 3)竹内正人:共育の視点からの「関係性へのアプローチ」(下)、「師長主任業務実践Vol.14」、p70〜71,産労総合研究所(2009) 4)Edgar H. Schein(原著)、金井寿宏(翻訳)「キャリア・アンカー—自分のほんとうの価値を発見しよう」、白桃書房(2003) 5)Antonovsky A(原著)、山崎喜比古、吉井清子(監訳)「健康の謎を解く—ストレス対処と健康保持のメカニズム」、有信堂(2001) 6)山崎喜比古、戸ヶ里泰典、坂野純子「ストレス対処能力 SOC」、有信堂(2008) 7)Arai Y, Kudo K, Hosokawa T, Washio M, Miura H, Hisamichi S. : Reliability and validity of the Japanese version of the Zarit Caregiver Burden Interview.、「Psychiatry and Clinical Neuroscience51(5)」、 p281-287(1997) 8)Edgar H. Schein(原著)、金井寿宏(翻訳)「キャリア・サバイバル—職務と役割の戦略的プランニング」、白桃書房(2003) 障害者自立支援法下における重度知的障害者の 一般就労への可能性について −社会福祉法人ぎょう(ぎょう祉)うん(うんう)ふくしかい(ふくしかい人)と大分キヤノン株式会社との協同の中で− ○丹羽 和美(社会福祉法人暁雲福祉会「ウィンド」 施設長)  中村 正陽(大分キヤノン株式会社) 1 はじめに  2006年4月1日施行の障害者自立支援法は身体障害・知的障害・精神障害の壁を取り除いてサービスの一元化をうたい、同時に、障害者に対する就労支援を大きな柱のひとつとしてスタートした。しかしながら、これまでは身体障害者の雇用と比較し知的障害者雇用は、あまりに進まない現状があった。特に「障害者雇用の促進等に関する法律」(昭和35年法律第123号)による第2条第5号の重度知的障害者であると判定された方々に対する就労保障については、積極的な取り組みがなされてこなかったと言っても過言ではない。  本研究は、今まで願いを持ちながら、機会に恵まれることの少なかった重度知的障害者の就労保障の可能性について、社会福祉法人「暁雲福祉会(ぎょううんふくしかい)」と大分キヤノン株式会社が取り組んだ障害者自立支援法の就労移行支援事業の効果を実践事例(2007年8月〜2009年3月)を通して明らかにすることを目的とする。   2 社会福祉法人「暁雲福祉会(ぎょううんふくしかい)」の概要とこれまでの就労支援  当法人は、1981年の国際障害者年から知的障害者福祉に携わっている。大分市における通所授産施設の民間第1号として開設、日中活動の場として新事業体系の障がい者福祉サービス事業多機能型「ウィンド(定員40名)」(就労継続支援事業A型定員20名・自立訓練(生活訓練)(定員10名・就労移行支援事業定員10名)、「八風・be(定員20名)」(就労継続支援事業B型定員20名)、旧法による通所授産施設「八風園(定員30名)」、住まいの場としてグループホーム4か所「八風・マナス1」・「八風・マナス2」・「八風・マナス3」・「八風・マナス5」(定員19名)、ケアホーム「八風・カルナホーム」(定員7名)を経営し現在に至っている。  その大きな使命の一つとして、知的障害者に対する就労支援を行ってきたが、現実に成就が難しい年月を重ねてきた。障害があっても働きたい、働いて収入を得たいという願いは誰もが一緒であり、その権利も有している。1999年「ウィンド」の前身として、福祉工場を設立。当時、養護学校卒業後一般就労をしていくのだが、半年〜1年の間に離職をする知的障害者の相談を多く受けた。  当法人では、早期離職の要因として①就職した知的障害者自身に就労に対する心構えが確立されていなかった。また、養護学校の巡回指導付きの作業学習と現実の就労先での労働の違いがわかっていない。②学校側の姿勢として、卒業後にどこかに就職していなければならないという帰属性を持たせる傾向があったのではないか。③事業主が本人の正当な能力評価をしていない場合、それにより適切な仕事の場を与えられず、適正な雇用管理ができていない。④本人が失敗することに慣れていない。失敗した時にどのような行動をとればよいかを習得しておらず、失敗していく中で孤立し、対人面でのトラブルが発生していった。⑤卒業後、不安なとき、困ったときに相談できる人や社会的資源が彼らの周りになかった。そのため、精神的な負荷が大きくなり、最終的に無断欠勤や疑似発作を起こした。等々をリサーチした経緯がある。  このことから、知的障害者が「働くこと」「働きつづけること」をQOLの視点から追求し、離職を未然に防ぐ対策を考え支援を重ねた11年がある。同時に、一般企業では、なぜ知的障害者に対する就労保障は確立できてこなかったのだろうということを明らかにする必要性を特に感じてきた。 3 「ウィンド」の就労移行支援事業(チャレンジ班)の取り組み(2007年8月1日〜2009年3月31日)  2007年8月。今まで、まず就労は無理であろうと思われていた職業的に重度障害であると判定された障害者、法定雇用率でいうダブルカウントの方々の仕事の創出が大企業の中で行えないだろうか、会社の中で仕事の切り出しができ、そこに重度知的障害者の適性がマッチングすれば就労が叶うのではないかという可能性をさぐるチャンスを大分キヤノン株式会社から頂いた。以下に2009年3月31日までの実践事例を述べる。  仕事内容は、知的障害者雇用のため特別に用意された社内便の仕分け・整理や施設内の清掃等ではなく、キヤノン製品のセット内容であるアクセサリー3点セットの袋詰めや国別に数ヶ国語で示された保証書の仕分けなどの作業である。法人支援員作成のオリジナル現場実習作業工程表により、個々の実習生の理解度に応じて個別支援やグループ支援を開始した。   <実習生のプロフィール> 2007年8月現在 ・実習生10名(男性7名、女性3名) ・年齢別 20代8名・30代1名・50代1名 ・療育手帳等級 B1 5名・B2 5名 ・就労経験あり 2名(うち1名運転免許証あり) ・「障害者の雇用促進に関する法律」  第2条第5号(昭和35年法律123号)の  重度知的障害者であると判定される者…8名 ・ホームヘルパー2級資格 1名    10月3日、アクセサリー3点セットの生産数5,550個 1ケース平均14分24秒。大分キヤノン株式会社社員が、通常同じ作業をした場合PF値を100%とすると、実習メンバーのそれは実習開始当初、30.07%であった。11月30日、生産数12,080個 PF値54.65% 1ケース平均10分54秒。順調な作業の伸びをみせた。しかし、1月になると、生産数、PF値、ケース平均時間の落ち込みを生じた。これはアクセサリー内容の変更によるもので、小さな変化にも臨機応変に適応しづらいという知的障害の特性が見事にあらわれたデータとなった。  その後の地道な実習の積み重ねで、2008年5月度では平均してPF値が60 %〜70%となり安定した力を示した。この時点で、健常者の仕事量に対し、60%のPF値であっても確実に仕事が出来る人たちだという位置づけで、就職に向けて大分キヤノン株式会社との話し合いをもった。上記の8か月間において、生活支援が難しいケースもあったが、会社側の配慮ある環境設定と福祉職の心身両面への側面からのアプローチをもって実習生の作業性の安定と向上が確実なものとなった。就労移行支援事業の取り組みの詳細(個別ケース・時間軸での作業支援の工夫・グループ化・個別支援計画の実際・実習記録内容の変化等)は、ここでは省略し、知的障害者が働き続けられる仕組みづくりに特化して述べる。  高田1)によれば、全国特例子会社の約50%が所在する東京・神奈川において知的障害者の雇用を始め3年以上経過した特例子会社47社を対象とした知的障害者への定着支援の実態調査では、重度知的障害者継続群では、権利擁護、身だしなみ指導、自立にむけたグループホームや通勤寮等の住居探し、非重度知的障害者継続群では、雇用契約を中心とした期間延長や処遇に係る企業との交渉、企業や障害者本人の不安や悩みへの相談に支援が有意に多く提供されたとある。  「ウィンド」チャレンジ班における実習の取り組みにおいても作業での数値の安定はあるものの下記のような課題があり、その解決を求められた。 【課題(社内作業中)】 ①役割の固定化(同じ人が個数の確認、声出しするなど)②集中力の持続③慣れによる小さなミス (雑になる、部品の入れ間違いなど)④作業の報 告や連絡(声出しなどによる報告や連絡)⑤流れ の先を読んでの行動が困難(周りを見ずに作業を 進める)⑥整理整頓⑦作業時間の厳守(終了時間に なっても自分のペースで作業続行する、昼食後の 歯磨き等で作業開始に間に合わない、作業開始直 後や作業中にトイレに行く等) 【課題 (社内作業以外)】 ①身だしなみ(作業服からシャツが出る、ファスナー、昼食時の服装の乱れと口の回りの汚れ等) ②トイレの使い方(清掃中に無理に使おうとする、洗面台が汚れる等)③ランチカードの購入(金額不足時の対応)④昼食献立の偏り(少食、揚げ物に偏る等)⑤休みの連絡について事前にわかっている時に自分から言える人は限られている。また保護者からの連絡が多い。 課題 (実習終了後から翌実習開始まで) ① 交通機関の利用(決まった時刻の利用に限る) ②体調の変化・情緒の変化への対応③連絡事項の正しい理解 (日程、時間変更等が困難)、必要物品の準備不足④家族との連携 4 企業側から見た知的障害者雇用の難しさ   就労移行支援事業「ウィンド」チャレンジ班実習開始当初から、当法人と大分キヤノン株式会社は実務レベルでも管理職レベルでも常に話し合いの機会を持った。それは電話や同席しての会議で、時には、日に数回数時間に及ぶこともあった。そのような信頼関係の中で、知的障害者雇用の難しさに対し率直な議論を重ねた。 (1)知的障害者雇用、入口の課題  企業は知的障害者に何ができて、何ができないかが解らず仕事の創出が難しい。何かあった時の責任がもてない、自信がない。ノーマライゼーションはわかるけど・・・。職場全体の規律や雰囲気が変わるのではという漠然とした懸念(不安)がある。障害者雇用は自社員で行うべき、第三者に依存することへの抵抗感は大きい。 (2)知的障害者雇用の現実の課題は「持続性」  ①誰に仕事と業務の管理を委ねるか、会社(人事)も未知の経験②仕事を教える担当者はいても、責任と理解をもって支援できる担当者がいない。③適切な担当者がいても、その社員の内発的動機に一致しにくい。④内発的動機ある担当者がいても、専門家ではなく知識習得に時間がかかる。⑤専門家が育っても企業では3年で異動。次の交代要員に直面する。⑥交代要員が見つかっても、企業内に次の福祉キャリアパスは存在しない。⑦情緒不安定、突発的行動など予想外の展開に充分に職場で対応できず疲労感を生じる。⑧社内では、知的障害者の家庭、保護者との連携や協同は難しい。また対象となる家族のバックアップに温度差がある。⑨「よろしく預かってほしい」だけでは企業は大変困惑する。⑩雇用している知的障害者の今かかえている問題の見極めができない。この①→②→③→④→⑤→⑥→⑦→⑧→⑨→⑩の連鎖によってトラブルを発生し、雇用の継続が困難となり、積極的な知的障害者雇用が進まなかった。 これが、この「ウィンド」チャレンジ班の取り組みでは全て解決をみている。知的障害者雇用での本当の課題は「職場定着」。問題は採用後の継続した支援をどうするかである。 5 「キヤノンウィンド株式会社」設立とその仕組み  前項目で述べた知的障害者雇用の困難さを踏まえ、当法人と大分キヤノン株式会社の双方が『できること』を考えた。その結果、お互いの強みを生かした下図のような会社の仕組みが完成した。これにより、合弁会社設立(その後の特例子会社設立)に向けての取り組みが就労移行支援事業と並行して行われることとなった。  社会福祉法人が知的障害者の所得保障を考える 場合、特に困難を要するのことは継続して潤沢な 仕事量を確保することである。採算性、コストと の戦いも不得手な分野である。しかし企業、特に 大企業にとっては、最も得意とする強みである。 逆に、4の項目で述べたような課題に対する解決 は企業にとっては困難であるが、今回の暁雲福祉 会と大分キヤノン株式会社との協同においては、 当法人にとって強みとするところであった。双方 の強みを生かした会社は、大分キヤノン株式会社 800万円、暁雲福祉会200万円の共同出資の合弁会 社としてスタートした。 ・設立日  2008年10月1日(登記) ・操業日  2008年11月1日  ・所在地  大分キヤノン大分事業所内 ・会社形態 合弁会社       2009年5月22日特例子会社認可  代表取締役は本社取締役社長が兼務、大分キヤノン株式会社、暁雲福祉会の双方より取締役を各1名とし、役員は無報酬で会社の経営に全力をかけるとした。福祉専門職の出向社員は、知的障害者5名に対し1名の配置とし、障害者自立支援法の就労継続支援事業A型・B型の10名に対する1名より充分な配置基準である。3年後に知的障害者雇用30名の会社を目指し雇用計画を策定している。 6 現在の様子 2009年10月現在     キヤノンウィンド株式会社作業風景 ・役員 代表取締役 1名(大分キヤノンより)        取締役 1名(大分キヤノンより)        取締役 1名(暁雲福祉会より)  ・従業員数  16名   管理者   2名(大分キヤノン管理職兼務)   指導員   2名(暁雲福祉会より出向)         2名(大分キヤノンより出向)   障害者  10名(重度知的障害者8名) ・実習生受入 11名(チャレンジ班)  キヤノンウィンド株式会社は設立から1年で知的障害者雇用数10名(18ポイント)、就職を目指す実習生は11名となった。親会社である大分キヤノン株式会社は、今回の協同による知的障害者雇用について発見した驚きと事実を以下のように述べている。知的障害者の就業年齢には限界があり、重度知的障害者は、簡単な作業しかできず仕事をすることには不向きである等の思いこみが、実は正しくなかったこと。画一的な先入観は禁物である。それを、現場の毎日が証明をしていると。  今後は、本社の社員研修にもキャノンウィンド株式会社見学を取り込むことが予定されている。                                  7 考察  障害者自立支援法における就労移行支援事業に取り組む事業所の多くは、2年間という年限の壁に苦慮し、労働市場の充分な開示がないこともあり一般就労という結果を出しづらい状況がある。大分県障害福祉課が調査した2007年度の県内就労移行支援事業所24カ所の知的障害者雇用に結びついた件数は5名、その年度内の離職者は1名であり離職率は20%である。2008年度の一般就労移行者数は15名、年度内離職者は4名で離職率は26.6%であった。その年、キヤノンウィンド株式会社に就職した「ウィンド」チャレンジ班メンバー5名は現在も継続雇用されている。  平成15年度障害者雇用実態調査(厚生労働省)によると、知的障害者の年齢別雇用状況は20〜29歳層と40〜45歳層で23.8%と最も割合が高く、常用労働者と比較すると20代以下の層で割合が高く、45歳以上で低くなっている。また、事業所規模別では、従業員数5名〜29人で44.1%の知的障害者雇用に対して従業員数1000人以上では、わずか1%という。キヤノンウィンド株式会社では2009年の就職者を合わせると、50代後半2名、40代後半1名の重度知的障害者が勤務しているが、極めて希有のケースと言えるだろう。  これは、チャレンジ班の知的障害者自身が、それぞれの一人ひとりの日々が、同情ではなく企業の戦力になりうると受け入れられたこと、特に障害者自立支援法の大きな柱である障害者就労について設けられた就労移行支援事業を、法の目的に沿って一年間取り組み結果を出したことが評価され、生みだされたものだと考える。  キヤノンの企業理念は「共生」。共生は「文化、習慣、言語、民族などの違いを問わずに、すべての人類が末永く共に生き、共に働いて、幸せに暮らしていける社会」を目指すこと。共生の実践により、さまざまなインバランスの解消に積極的に取り組み、その実現に向けて努力を続けることを掲げている。(社福)暁雲福祉会の理念は「人間礼拝(たったひとつの尊いいのち、支えあって生きていきたい。)」であり、その障害者就労支援の福祉実践は、まさに「共に生きるということ」。この企業と社会福祉法人の出会いにより、障害者(主として知的障害者)の職業的自立と社会参加の場を創ることを実現するために、特例子会社キヤノンウィンド株式会社は設立され、ノーマライゼーションの理念に基づいた障害者雇用の場の創造を図ることが現実のものになった。  数パーセントの生まれる確率があるといわれる知的障害者に対して、従業員数1000名以上の企業が30人の重度障害者雇用が可能な会社を設立できるとすれば、それは企業の社会貢献として意義深いことと思う。また、働く意思と能力を有する障害者に、生きがいと働きがいのある職業生活の場・チャンスを与えることは、真のグローバル企業としての社会的使命であるとも言える。『社員となったみんなの願い』は、企業にとって必要とされる仕事を誠実に行いながら、企業の中で必要とされる人になっていくことである。1法人の取り組みではあるが、1法人だからできるフットワークを活かし、課題についての解決に取り組むことを担当したい。チームとして、さらなるハード面・ソフト面の構築に向かう。目の前の30人の知的障害者の就労に丁寧に取り組むことが、当法人にできる「ともに生きるということ」。今後の課題として、社会的スキームとなるまで実践と改善を重ねていくことをあげる。 8 おわりに  福祉は「実践」であり、暮らしそのものである。そして、この時代のこの時間を共に生きる人々への保障だと20年以上のかかわりの中で実感する。机上で考えていくことと両輪で実践を重ねることでしか、障害のある方々の日々をより良い方向へ変えていくことはできないと考える。現場に生かせる研究と、それを応用していく現場づくりが、今、求められている。知的障害者雇用がさまざまな現場で花ひらくことを願いたい。 (引用文献) 1)髙田美穂子他(2008年)第16回職業リハビリテーション研究発表会論文集より「知的障害者の就労継続を目的とした企業と支援機関の定着支援に関する研究−特例子会社を中心に−」p191 (参考文献) 丹羽和美(2000年)第3回大分大学福祉フォーラム報告書「私たちの福祉の創造〜自立・ネットワーキング〜」p39 障害者雇用を積極的に進める企業と連携の5年間 -施設外就労、企業のニーズ、仕事の切り出し、訓練から職場適応までの一貫性− 山田 輝之(社会福祉法人青い鳥福祉会 多機能型事業所よるべ 就労移行支援担当) 1 問題背景  「利用者と職員がユニットを組み、企業から請け負った作業を当該企業内で行う、いわゆる施設外就労(企業内就労)は、一般就労への移行や工賃(賃金)の引き上げを図るために有効であり」「一般就労への移行や工賃(賃金)の引き上げに資する施設外就労(企業内就労)を積極的に推進する」1)と国は「施設外就労」の一般就労への有効性を認め、積極的な推進を呼びかけている。  しかしながら、朝日ら2)は2002年「施設外授産についての実態や効果について構造的に検証する試みがなかった」として、実態調査を行なった。調査結果から施設外授産が施設にもたらす効果について、「一般就労に向けての利用者の動機付け、工賃の引き上げ」には6割を超える評価があるものの、「雇用の場の確保については、少し距離のある目標として位置づけられる」としている。また辰野ら3)は2003,2004年に当法人で実施した「施設外授産」事業の成果を、「対象者の変化、受け入れ企業の変化、関係機関との連携」とし、2004年の職業リハビリテーション研究発表会で実践発表した。  職業リハビリテーション学会誌や本研究集会報告を概観したとき、「施設外就労(施設外授産)」の有用性が強調されているにもかかわらず、「施設外就労」を軸として、企業と障害者施設との連携を経年的に把握した実践報告及び研究は筆者が見るかぎり見あたらない。   2 目的   本研究では、「施設外就労」を軸とした、企業と障害者施設との経年的な連携と相互関係の発展過程を明らかにするものとする。   3 方法  企業(生活協同組合 Sコープ)と障害者施設との連携の変化発展過程を、「障害者施設」「企業」「関係就労支援機関」「利用者」「就労支援の制度」の視点で、経年的に変化を追ってみた。   4 結果(表参照) 表 青い鳥福祉会と生活協同組合Sコープとの障害者雇用における連携の変遷 (1)第1期(萌芽期)  Sコープ障害者雇用は県内障害者団体との「障害者働く場づくり」協定(1988年)にさかのぼる。当初は物流部門が働く場。作業委託形式から障害者直接雇用となる。現在でも、50名弱が物流部門、大型店舗等で障害者社員として働いている。 イ 大型店舗での実習を通しての就職者−施設外授産活用による就職促進モデル事業−  2004年度よりSコープ大型店舗K店にて、実習生3名との職員つき実習がスタートした。店舗内の品だし、前陳列、駐車場内カート回収など。2年間の実習を経て、1名が実習先店舗に就職する。農産担当、野菜・果物の前準備、品だし。4年間継続雇用するが、本人の入院手術後、通勤が負担となり、2008年離職する。「休まず雇用継続している」「他のパート職員とも人間関係やコミュケーションが良好」など事業所内での評価は高かった。  Sコープとして、今までの物流部門ではなく、「本体業務での雇用であり、今後の事業拡大のなかで、大型店舗での障害者雇用へのモデルケース」(Sコープ人事担当者談)として「大きな一歩」となった。さらに、①一定期間の実習の経験を経たことで、本人への見きわめの時間が取れたこと。②受け止める事業所(大型店舗)側での受け入れ態勢作りにもなった点も評価された。③県、共同研究者、公的就労支援機関との連携したモデル事業でもあったため、Sコープの社会貢献活動としても大いに評価された。 ロ 「グループ就労訓練事業」の顛末  2005年、SコープA物流倉庫での「宅配用コンテナ」洗浄作業を請負う。法人内の就労希望者、法人が運営していた障害者委託訓練終了者が作業に参加する。「グループ就労訓練事業」が2006年度新規事業としてスタートするとの情報を得て2005年冬より申請準備を行なう。Sコープとの「請負契約書」づくり等に奔走する。しかし、生活協同組合のグループ再編の流れのなかで、請負作業がグループ内の別会社への移管。契約等変更手続きで、2006年の1年がかりとなる。  1年がかりの努力が実り、2007年5月認可が下りる。が、半年後12月に実績報告の手続きの際、不手際を起こしてしまい認可取り消しとなってしまう。 (2)第2期(模索期) イ 「障害者雇用モデル事業」企画と提案  2007年6月、当法人と生活協同組合Sコープとの「障害者雇用モデル事業にむけての企画」案を基にした打ち合わせがスタートした。  目的は、「Sコープ事業所等での障害者雇用を計画的、継続的進めるために、生活協同組合 Sコープと社会福祉法人 青い鳥福祉会とは共同して、Sコープ事業所等実習訓練を実施します」とした。 ロ 生活協組合事業グループでの業務再編のなかで−新たな職域への模索  Sコープでは、これまで「物流部門」での障害者雇用を中心に3%の雇用率を実現してきた。しかし、「物流部門」はグループ内企業への外注化が今後進み、物流部門での雇用拡大は望めない。Sコープ本体事業は、県内に17ヶ所ある共同購入センター(各家庭に商品を届ける拠点センター)事業と大型店舗事業となる。本体事業での職域開発の模索が続いた。  共同購入センターでは、配達後センターに戻ってきた配達担当職員にとって、各家庭から回収してきたリサイクル品を分別する作業がサービス残業となっていた。労働組合から残業解消の要求項目にもあげられていた。  新たな「施設外就労」での作業は「リサイクル分別作業」に決定する。実習先センターは、①青い鳥福祉会から通える範囲②共同購入センター内で分別作業へのニーズが高いところ…とS市内のSセンターとなる。1日の実習時間は10時から15時までの実質4時間。職員付で4名の実習生体制。実習生1名に時給750円。実際支給される工賃は、必要経費を引いて時給450円とした。 ハ 就労移行支援事業 施設外就労スタート       −「事業所」「実習生」変化が顕著に  就労移行支援事業(2007年5月 8名定員)のスタートから半年、11月。Sコープ 共同購入Kセンターでの施設外就労がスタートする。委託訓練修了者のうち、まだ就職が決まらない4名での「ほそぼそ」としたものだった。  スタートして変化はすぐ出た。①「事業所職員からの励まし」…配達担当、積み込み担当、事務担当が「リサイクル作業」現場の脇をいそがしく通っていく、「ありがとう」「たすかっている」「がんばっているね」と励ましの声がかかる。②「実習生のがんばり」…出勤時に「山」のようなリサイクル品が見る見る片付いていく。作業場周辺がきれいになっていく。③「工賃の上昇」…月1万円だった工賃が3万6千円へ。工賃の大幅アップが魅力「なかなか、いいよ」との声。  また、実習希望者募集を沿線の就労支援センターに積極的におこなう。「企業就職希望者や離職者が多いにもかかわらず、企業実習の場が少ないこと」現状。Kセンター見学や体験実習をへて、移行支援事業対象者として利用契約へとつながるケースが増えてくる。1年を経ると、1日利用人数は7名という日もあった。なによりも実習生のリサイクル品の求められる処理量、作業への着実さ、正確さがKセンターから大きな信頼をいただくまでになった。 ニ 「残業が少なくなり、他のセンターでも導入してほしい」との声  1年間実習でSコープ内部でも大きな変化が出てくる。Sコープの人事担当者が実態調査を実施。「Kセンターの配達担当職員6名の月あたりの残業時間、導入前と導入後で45時間少ないこと」「リサイクル分別作業を導入したKセンターとOセンターの配達担当職員の残業時間、7導入後は確実に減少していくこと」が明らかになる。  この調査報告が「労働組合の会議でも」「17ヶ所の共同購入センター長の集まりでも」話題となる。他のセンター長や労働組合からの「ぜひ導入センターを増やしてほしい」との声が上がってきた。 (3)第3期(充実・発展期) イ 障害者雇用の場としてのリサイクル事業−実習修了生3名雇用が実現−  2008年12月 共同購入Oセンターでの直接雇用(2名、2009年3月に1名)が実現する。  ①1年間の共同購入Kセンターでの実習成果が大きい。Sコープとして、本体事業(共同購入センターと大型店舗)での障害者雇用を本格的、計画的に推進する具体化の一歩となった。②施設外就労のメリット(企業)…実習先とほぼ同じ内容の作業で展開なので、作業能力等見きわめができ安心して採用できること。③施設外就労のメリット(実習生本人)…ほぼ同じ作業内容での採用であれば、安心して今まで実習で学んだことが生かせるという点もある。③施設外就労のメリット(施設)…実習生本人の能力の見きわめと就職にあたっての課題が明確になり、とれを一定期間訓練し向上できること。企業と採用に当たって大きな齟齬が生まれないこと。 ロ 事業規模拡大にあわせたひとまわり大きな展開を−障害者雇用促進法の改正にともなって−  Sコープの計画的な障害者雇用を推進していく上で、共同購入Kセンター1ヶ所(4名枠)の実習ではSコープの障害者雇用ニーズに応えきれないとして、2ヶ所での実習実施ができないか要望してきた。  ①Sコープとしては、障害者雇用促進法の改正(2010年度)で、従来の雇用率カウントとなる従業員総数が、従来の30時間以上から、20時間以上も含まれることにより、一挙に算定分母となる従業員総数が増えてしまうこと。それにともない現在の雇用率3%が法定雇用率を下回るとはないにしても、一定程度の低下(試算によると0.5%低下)することが明らかになったこと。  ②物流部門での障害者社員がグループ再編のなかでグループ会社への移籍となると法定雇用率1.8%を確保できるか。特例子会社設立かグループ適用となるかの研究や検討が必要なこと。  ③Sコープ職員からのリサイクル分別作業への要望が強いこと。    県北部地域での共同購入センター増設3ヶ所が計画中、新設センターでの障害者雇用が進めたいとの要望が提示された。最終的には、09年4月開所のHセンターは2ヶ所目の実習先(4名枠)として。9月開所のKuセンターは障害者雇用の場(3名規模)として位置づけることとなる。 ハ ハローワークをはじめ関係機関との連携密に  Kuセンターでのトライアル雇用に向けての準備のなかで、Sコープ人事担当者が管轄するハローワークへ指名求人として対応してくださる。  その際、「『雇用予約』にあたらないか」「施設外就労として訓練をしているわけだから、トライアル雇用が適用されるかどうか」との指摘を担当官よりうけた。  「同じSコープであるが、施設支援の一環としての『施設外就労』は短時間で、環境調整された中での訓練であること。トライアル雇用では、労働時間、支援体制も事業所であること」等を伝える。  「県内で『施設外就労』を実施している障害者施設もすくなく、実習先へ就職するケースも前例があまりない」とのこと。そうであればこそ、ハローワークをはじめとする関係機関との『施設外就労』にかかわる密接な連携があればこのような「問題」は起きなかったといえる。今後の大きな課題といえる。 ニ 施設外就労支援の実際—訓練から職場適応までの一貫性 【ケース1】 統合失調症 男性 40歳代。  高校卒業後、アルバイトや工場勤務を経験。大学受験に没頭し、体調崩し二度の入院。退院後は、アルバイトをするが長続きせず、母の勧めで06年10月より当法人の委託訓練3か月を受講。その後は企業実習を継続する。07年5月より就労移行支援契約、11月より共同購入Kセンターにて施設外就労。1年間のKセンターでの実習でも、安定していた。無遅刻、無欠勤、かぜで休んだ以外は皆勤。精神面でも、対人関係でも安定していた。ただ、06年に非開示、一般求人、倉庫作業に就職するが、ノルマが高く数日でやめてしまい、実習に戻った経験がある。そのため、年齢的なことや「作業ノルマが高いところだときびしい」との本人の認識があった。そのため、Sコープでの雇用を待ち望んでいた。  08年12月よりSコープ共同購入Oセンターにてトライアル雇用がスタートすることになった。しかし、Kセンターの実習は4時間のうえ、職員つきで十分に配慮した作業設定となっている。そのため、トライアル開始に当たり、就労支援担当、ジョブコーチ、事業所担当者と導入時が一番のポイントとして、1日の労働時間、1日の作業量、精神的な負担感等常に把握しながら進めた。3ヶ月間スムーズに終了して、09年3月雇用、9月現在継続雇用中。 【ケース2】 知的障害軽度、統合失調症 男性 40歳代  地元の小、中、1学期は普通学級。自分で希望して特殊学級卒業。福祉作業所、入所施設、地域の就労支援センターにて訓練後就労するが長続きせず。入所施設、グループホーム。利用時、昼夜逆転状態で、精神科通院、精神安定剤服用。言動から統合失調症との診断。と。現在もグループホーム利用。2004年施設外授産対象者、大型店舗実習を経験、その後も企業実習を経験するが短期間で人間関係等のトラブルで就労には至らない。  08年6月から移行支援対象者、Sコープ企業内実習。Kセンター。作業量及び丁寧さについては問題なし。自力でバス・電車の通勤も可能となる。ただ問題は、異性に対する関心の高さと対人関係のむずかしさ。実習のなかで、本人なりに抑制する術を身に付ける。09年4月より新設の共同購入Hセンターに異動。9月より共同購入Kuセンター開所にともない、候補者となる。Hセンターの実習は、職員つきで十分に配慮した作業設定となっている。トライアル開始に当たり、就労支援担当、ジョブコーチ、事業所担当者と導入時が一番のポイントとして、対人関係面、1日の労働時間、1日の作業量、精神的な負担感等常に把握しながらすすめることとする。1ヶ月がすぎ、元気に通勤し、作業している姿にひと安心。 5 考察及び課題 (1)企業との障害者雇用拡大に向けての粘り強い関係づくり。2004年の「施設外授産モデル事業」をSコープ、関係機関、研究者と連携して取り組み1名ではあるが就職者と出したことが「転換点」といえる。 (2)さいたまコープ(企業側)の障害者雇用のニーズにこたえる中身づくり。企業側の経営環境の変化、物流部門の再編・外注化。それにともない、本体事業の再構築、障害者の働く場の新規開拓の必要性(共同購入センター、大型店舗)と柔軟な対応。 (3)「施設外就労」でのリサイクル作業の実績とコープ職員の業務軽減。業務上過剰、残業対応を新たな仕事と して「切り出していく」ことの重要性。請負作業をしっかりと消化し、成果を挙げることで、障害者の能力開発、障害者への事業所現場職員の見方が変った。 (4)就労した実習終了者の雇用先でのスムーズな職場適応。対象者にとっては、ハードルが高くない。しかし、重要なのは、対象者の「見きわめ」が企業、支援者双方でできること、ジョブコーチを中心とした職場適応の具体的な進め方等について、関係者間で「共有化」ができること。そのことがスムーズな職場適応の条件といえる。 6 おわりに  事業主と障害者施設との連携の変化発展過程を、「障害者施設」「企業」「関係就労支援機関」「利用者」「就労支援の制度」の視点で、経年的に変化を追ってみた。①それぞれの関係が「制度」と「企業(経営環境の変化)」に大きな影響を受けつつ、柔軟に対応してきたこと。また、②「障害者施設」と「企業」の関係・連携の深化発展が一定度明らかになり、試行的に「第1期」「第2期」「第3期」と区分を試みた。今回のレポートはあくまで「試行的」なものにとどまっており、今後の検討が求められる。 文献 1)厚生労働省 社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課長:就労移行事業および就労継続(A型・B型)における留意事項について、(2009.3.31) 2)朝日雅也、丸山一郎:施設外授産活動と就労移行支援のあり方に関する考察、「日本職業リハビリテーション学会第34回大会後援予稿集」p.86-87,日本職業リハビリテーション学会(2006) 3)辰野新吾、朝日雅也:施設外授産の活用による就職促進モデル事業−知的障害の人生を体験学習の中で共に考える−、「第12回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」p.135-138,独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構(2004)  知的障がい者の退職後の支援 − まだまだイケル 定年・中途 退職者のその後 − 綿貫 好子(社会福祉法人廣望会 多機能型障がい者支援事業所アトリエCoCo 施設長) 1 はじめに  雇用状況が厳しい昨今、働く障がい者・中途退職者の高齢化が切実な課題となっている。いずれも10年以上勤勉に勤め上げたが故、定年・中途退職が訪れてもその後の生き生きとした人生を自らは描きづらい状況がある。そこで、私たちが関った事例を紹介し、「まだまだイケル」を実証しその人の人生の豊かさを、改めて考える機会としたい。 2 定年退職者への支援  対象者:S氏 64歳 知的障がいB1      勤続15年(社員寮にて生活)      山里に義姉がいるが高齢のため面倒見れないと断り有。      障がい基礎年金受給  60歳の定年を無事迎えたところ、もうそれ以上就労を継続する気力が無くなってしまった。入所型の知的障がい者の施設をとの周辺の声もあったが、まだまだイケルS氏に、会社勤務よりゆるやかに働く場「就労継続支援事業所アトリエCoCo」と生活の場「グループホーム」を見学してもらうと、一目見て気に入った。  それから4年、S氏は若い他の障がい者に仕事を教えたり、新しい仕事にチャレンジしたり、スポーツを楽しんだり・・・と日中を生き生きと過ごし(工賃はおよそ3万円 /月)、4名のグループホームでファミリー的な生活を営みつつ、休日には大好きな温泉へ行き大好きな生ビールを飲んで楽しんでいる。時には泊まりで。  「ここはいいねえ、いろんなイベントあるし、ご飯はおいしいし・・・若くてきれいな職員もいるし。」 まだまだイケル?   3 中途退職者への支援  対象者:M氏 45歳 知的障がいB2      勤続 26年(飲食店の雑役、閉店に伴い退職) 失業期間 1年半。 障がい基礎年金受給      母、くも膜下出血にて逝去。  飲食店閉店後、長らく職安に通うも職が見つからず、精神的にも不安定になり精神科を受診。母が突然逝去し、生活の場も危い状況となる。  「就労移行支援事業所アトリエCoCo」とグループホームを利用する。グループホームにて生活を整え、就労に向けて2年間様々な訓練を行い、自信をつけて面接へ。2年前に長年の希望であった再就職を果たした。当時43歳という高年齢で前職とは全くの異業種で、ブランクが長かったため、民間活用委託訓練、ジョブコーチ支援、トライアル雇用と、制度・人を繋いで時間を掛けてていねいな就労移行支援を行った。現在、大変会社に大切にされ、休むことなく安定した働きっぷりである。また、休日にはアトリエCoCoのイベントには必ず参加し、時には仕事の手伝いにも来たりして後輩や職員と会話も楽しんでいる。(悩み事相談も)  「もう就職は無理かと思ったけれど、本当に就職できて嬉しい。体を壊さないようにしてずーっと仕事を続けたい。相談できる人がいるから安心。弟と今度北海道へ旅行したい。」  まだまだイケル?  対象者:I氏 52歳 知的障がいB1      勤続 12年、6年(電子会社、家具製造)      失業期間 12年(在宅)      障がい基礎年金受給  離職と共に、生活が乱れ昼間からデパートの入り口周辺のたまり場で数名と飲酒をする日々を送っていた。また、人の良さを利用され飲酒等の支払いの多額のつけを負わされたりといった生活状況に家族よりSOSが発せられ、入所施設のショートステイを長期に渡り利用した。そこから「就労移行支援事業所アトリエCoCo」とグループホームを紹介をされ、生活の立て直しと再就職に向けた訓練を行う。本人は離職後の生活の乱れを反省し、自信を失い、就職に向けての意欲を持てずにいた。   が、昔のたまり場の友人らとの縁も切れ、生活が安定するとともに就労訓練の力がつき、自信を取り戻してきたところで、2年前に就職を果たした(50歳だった)。M氏と同じ職場に就職したが、M氏同様に時間を掛けて丁寧に就労移行支援を行った。「就労移行支援事業所アトリエCoCo」がグループホームのすぐ近くに在するため、I氏は毎日帰りに「ただいま」と顔を見せてくれる。また、M氏同様に休日には施設のイベントや週末のQOL活動に積極的に参加している。  「就職ができるなんて、真面目に元気に毎日通勤できるなんて、夢のよう・・・」家族談。 「仕事は楽しい。ずーっと仕事が出来るようにがんばりたい。結婚もしたい。」  まだまだイケル? 4 退職者を支えるしくみ作り ①「定年退職者」を受け止める  長らく勤め上げた会社を定年退職した後の  人生設計が立て難い知的障がいの方々を受け  止めるしくみが必要である。  S氏のように、まだまだ体力はあるものの精神力が落ちてしまって仕事の継続が困難になってしまった、あるいはその逆のパターンの方々にとっての退職後の豊かな生活とは、どんな生活なのだろうか。身寄りも無い状況も多々あるであろう。  頑張って働いた蓄えもある。これは、本人の大切な財産である。その財産も大切に使いながら、第二の人生を豊かに暮らして欲しい。  私たち「アトリエCoCo」では、就労継続B型事業にてS氏を受け止め、ゆるやかに「楽しく働く」を実践し、グループホームでS氏らしい生き甲斐のある生活を支えている。 ②「中高年齢の中途退職者」を受け止める  やはり、長らく勤め上げた会社が不況の風の中で倒産、リストラとなってしまった知的障がい者の場合、再就職先を見つけるのは大変困難である。長期に渡り無職で、ひたすらに職安に通い求職活動のみをしている方々の多くは、生活も乱れ、精神力も萎えてしまっている。そして、家族の高齢化の下、親が子を支えきれない状況もある。  M氏・I氏いずれも全くそのとおりの事例である。グループホームにて生活の立て直しを行い、「アトリエCoCo」の就労移行支援事業にて訓練をし、再就職を果たした。 5 まとめ  知的障がい者の雇用の促進が進められてきたが、その一つの良き時代に雇用されたみなさんが高齢化してきている。景気低迷の昨今、中高年齢の中途退職者が増えていることも、日々の支援の中で、痛切に感じる。職域があまり広くない知的障がい者にとって、新しい仕事を探すことは容易ではない。ましてや中高年齢となると、自力で就職活動を行うことは大変難しい。そこで、いま一度定年を迎えるまで無事に勤め上げることが出来る就職を目指すために、時間を掛けた丁寧な支援が必要である。また同じ辛い失業時代を迎えることの無きよう。  また、無事に定年退職を迎えようとも仕事のみの生活スタイルを継続してきた知的障がい者にとって、その後の生活設計など考えようも無いのである。黙々と働き続けた彼らの第二の豊かな人生設計をどう描くか・・・描くことが出来る支援のしくみを考えたい。  いずれも、「まだまだイケル」のである。  新規雇用に向けていくだけの支援ではなく、定年退職者や中高年齢の失業者の支援をも含んだ、障がい者の「働く支援のあり方」「働く障がい者の豊かな人生への支援」を再考する必要があると考える。 就労への挑戦こそ、自立への道 −福祉的手法の限界を超えてー 中村 正利(社会福祉法人円 まどか荒浜 施設長) 1 プロローグ (1)就労機能をプッシュした自立支援法  障害者自立支援法〜この法律ほど、福祉関係者の関心を呼び覚ましたものはないであろう。制度の大改正だから、光と影が現れるのは当然だが、影の部分だけが声高に論じられている反面、光の部分が静まり返っていることに、不思議な思いがする。             グランドデザインに「就労」の柱立てがなされたときは、いよいよ「就労」が福祉の主流に躍り出るという期待が膨らんだのではなかったか。そして、福祉制度充実の歴史は、利用者のニーズを満たすための道づくりに挑戦した先覚者の苦闘の軌跡ではなかったか。  政権交代、長妻大臣から同法の廃止が表明された。「全てを旧制度回帰に」を願う向きも多い。しかし、潮目の渦中から未来を見つめる視点なくして、福祉の前進は、幻花に終わってしまいかねない。ミネルバのふくろうよ、飛翔せよ。今日の福祉に課せられた大きな課題である。 (2)連綿と受け継がれた就労移行の取り組み  小生、嘗て別法人の常務理事兼施設長を務めたことがある。就労移行に取り組む一群の使徒達がいた。孤軍奮闘の中で、利用者の自立に賭けた情熱が、輝いていた。3年前、新社会福祉法人円理事長の知遇を得て、福祉にカムバック。直ちに着手したのが、就労移行支援事業の基盤づくりと就労系事業を柱とする新体系移行問題であった。本稿は、その試行錯誤の足取りの記録である。法人の沿革は、巻末に掲載。 (3)新体系構図提案(*参考までに掲載)  宮城県福祉協会長として、組織委員会で、新体系対応の部会・分科会の改組を提案。施設の抱える課題を深め合う分科会を活性化させようと考えた体系図。 図1 施設・事業体系概念図 [図の注記]   新事業体系の主要機能を概念化した。新体系から消された入所施設をプロットしたのは、有用論に組みすることで、24時間支援機能事業としてのメリットを生かす形での役割再生に期待するからである。 ♪  2 新体系移行を決断 (1)新体系移行の事情  多くの福祉施設が、移行をためらう中で、当法人は、早期移行に踏み切った。福祉改革の理念を掲げて打ち出した障害者自立支援法の目玉が、就労重視の新事業体系であるなら、まさに新しい事業にトライすることが、自立を求める利用者の未来を切り開くことにつながると確信したからである。早期移行は、歴史の浅い施設だからこそ、チャレンジの仕甲斐があり、新しい挑戦と検証を世に問うことをためらってはならないという自負心のなせる選択だった。 (2)就労移行支援事業を柱に  加えて、有期制、それも2年間限りというリスクを抱えながら、未経験の就労移行支援事業を選択した。就労こそ、利用者の自立にとっての究極の目標でありながら、社会的熟度が低きに失している情況との大きなギャップが、厚い壁として立ち塞がっていた。まして、就労エリアが仙台においても、企業集積の少ない東北地方だけに、なおさらである。しかし、当法人には、1法人1施設という弱みと、常にチャレンジャーであった強みも、就労移行支援事業絞込みの抵抗感を少なくしていたのかも知れない。保護者を初め、理事・評議員、更には職員への入念な説明、とりわけ、現状との違い、想定されるメリット・デメリット、どこに・どのような形での変化が予想されるか、など一緒に考える情報提供を、コマメに行った。 (3)就労関係機関の手厚い協力を得て。  利用者構成からみて、生活介護と就労継続支援B型を組み合わせた多機能型の選択か、リスクを抱えても、就労移行支援事業に乗り出すことが得策か、の激しい議論を越えての決断だっただけに、就労移行支援事業の先導的モデルを目指そうという気概に満ちていた。幸い、早期移行した事業所が珍しかったこともあり、ハローワーク、職業センター等労働関係機関の手厚い協力を得て、6ヶ月を経た時点で、3人の利用者を一般就労に送り出すことができた。欣喜雀躍の思いだった。 3 就労に結びつけるまでの道程 (1)リスクをバネに  省みて、就労移行支援事業を前面に打ち出す方針決断は、新体系移行と切り離しては考えられない。2年間限りの有期制であることが、重く圧し掛かったが、事実、一般就労の実効を挙げなければ、事業が消滅してしまいかねない危険な賭けでもあった。 (2)就労事業構築において重視すべきこと  さらに、現実の利用者構成は、一般就労への適性においても、バラツキが大きい。要は、就労移行支援事業の定員数を決定するに当たっては、現在の利用者構成をベースに考えるのではなく、どのような比率で構成すれば就労の柱が揺ぎないものになるか、という経営が成り立つ視点からの政策的判断に俟つべき性質のものであり、法人として、そのような考え方を、どれだけ共有できるか、に掛かっている。  就労移行事業が、未踏の領域だけに、定員の構成比率が低きに失すれば、現状踏襲の継続支援B型事業との競合関係に巻き込まれ、埋没してしまいかねない危険性を宿しているからである。それ故、当法人は、全体の75%に当たる30人としてスタートした。 (3)福祉事業と経営との調和律  このことは、未踏の事業の創成期に当たっては、既存事業に影響される余り、本来の活動が歪められ、埋没しないだけの一定量の事業規模の確保が必要であることを述べたのであり、決して、就労移行支援事業に組み込まれることを好まない利用者の選択の権利・意思を無視・蹂躙してまで、経営の論理を理由に、強引に就労移行支援事業に集約してしまうことを意図するものではない。それは、人権の冒涜であり、福祉の自己否定につながる危険な発想として、排除しなければならないことは、理の当然だからである。  図2の右図に示すように、「就労移行支援事業では、シンドイ。」、生活支援にウエイトをかけなければいけない利用者に対して、十分な支援を担保する人的体制を保証してこそ、成立するものであることを、付記したい。   図2 利用者支援機能基本構図 [説明]  ◇左図(基本構図):基底部に生活支援機能、上部に作業活動支援が位置づけられ、新しいエンジンとして就労支援事業と工賃倍増支援機能が自立への牽引力として働く。この機能は、単独で完結することなく、内部において循環し合い、好循環によって、自立への推進力が相乗効果として高められることを示した。 ◇右図:真横から見た左図に対して、真上から透視した図。利用者の抱える特性・課題等に応じた個々の支援形態の多様なイメージを示した。左線を底辺とする三角形は、生活支援機能重視型、右線を底辺とする三角形は、作業・就労移行支援機能重視型をパターン化した。                4 何が有効だったかの検証 (1)事業の特化を可能とするヒンターランド  就労移行支援事業に特化した選択は、他の施設・事業との棲み分けを可能とする条件下でしか成立しない。それだけに、他に先んじて就労へのノウハウと実績の積み上げが為し得るかどうか、これぞと言える人材の登用、その成否が勝敗の決め手となる。 (2)就労移行人材の登用基準  企業と差しで話し合える人材、利用者の意識を揺さぶる信頼感を身につけた人材を登用基準とし、銀行マンから福祉に転身したベテランに白羽の矢を立て、プロジェクトのチーフとし、スーパーモデルの世田谷区立就労支援センター“すきっぷ”から教えを乞うた。インキュベータさながらの取り組みと見事な成果に圧倒されながらも、就労移行支援機能の輪郭がつかめたことは、大きかった。先導役として、障害者職業センターでジョブコーチを務め、多くの企業に人脈をもつ、就労事情に明るい人材を登用した。 (3)専任体制で臨む  未踏の領域であり、一定の成果を収めるには、自らに課した自己改革と挑戦への本気度が鍵となる。就労専任体制とし、他の業務に就かせない。独立した室を与えた。敢えて、他業務との関係性を遮断する方策をとったのは、福祉の原点とも言える生活支援の業務に気が取られると、つい、本務が疎かになり、大業成就が叶わないことを危惧したからである。  就労先開拓のポンプアップ役としての就労移行支援担当と利用者の作業技術訓練、職場規律・対人関係習得の支援担当は、コインの表裏であり、相互協力が相俟って結実するものであるが、プロジェクトとしては、相互の独立性が担保されなければ、ドッチツカズに陥ってしまう危険性がある。なぜなら、就労先開拓は、社会環境が成熟しているとは言えず、中途半端な取り組み姿勢では、情況が開けないからである。 (4)就労への回路づくりを先行  利用者の職業準備性のレベルアップが先行すべきだとする常套的計画づくりよりも、目指すべきは、就労への回路づくり優先ということで、連日、企業回りに専念した。数多く足を運び、企業の雰囲気に馴染むことで、企業の雇用事情に通じ、違和感なく、企業的発想に親しむことが就労へ導く近道と考えたからである。6ヶ月間で、訪問企業は、300社に昇った。おぼろげながら、企業は、決して障害者の雇用を拒んではいない、むしろ、環境さえ満たされれば、雇用に舵を切ったことを選択肢として持っていることをヒシと感じた。 (5)利用者も苦しい胸の内  そこで、推薦に値する利用者の選考に入った。就労移行支援事業を選択したとしても、限られた選択肢であり、明確な就労動機とは異なる。「就労への夢」ゆえの志望動機で選択した利用者も少なくないことから、これぞと思えた利用者からは、企業面接を断られることもあった。就労への漠とした望みは、観念の世界における望みだけに、現実に直面した途端に現実に引き戻されてしまう。まだまだ、施設こそ安住の場との思いの強さを改めて想起させられた。 (6)噴水効果を期待して〜先ずは、実績を  しかし、一人の実績を作ることが、全体の意識喚起につながる。そこで、個別方式で臨んだ。幸いなことに、6ヶ月を経過したとき、地元資本の大型小売店舗から求人の情報を入手した。本人や保護者の了解に手間取っているうち、他に先んじられた。企業相手の場合は、リアルタイムでの応需体制が不可欠であることを教えてくれた。その教訓を生かし、10月に飛び込んできた2件の求人情報に対して、腹を据えて臨み、2人の就労を果たした。その後も、求人情報が入ってきたが、スンデのことで、大魚を逃してしまった。   5 21年度の取り組みと総仕上げ (1)全体の底上げに転換  個人単位にマッチングしていくには、限界がある。手段と目的の混同は、手痛い失策を招く。また、一本釣りには、平等性を求める声無き声もあり、チーフが別法人に転出した交替期を契機に、全体としての職業準備性・職業能力の底上げを図る正攻法でいこう、そのためのステップ・バイ・ステップを重視したカリキュラムを始め、総合的計画的積上方式に切り替えた。 (2)手近な実習先の開拓  同時並行して、職親を引き受けてくれる企業の開拓に切り替えた。職親からグループ就労へ。そこで目に止まり、評価が定まれば、トライアル雇用へ、が水の流れに似た上善の策と考えたからである。 (3)協力体制には人的ゆとりも必要  職親・グループ就労をタイムリーに運ぶには、職員の配置基準を超える一定の職員数の確保が必要である。施設外支援の機会が増えれば、現有職員数だけでは、不協和音が奏でられそう。将来を見据えた職員増の決断のときである。職員のモチベーションを最高度に発揮させるものは、管理者の「この事業に賭ける」本気度と職員満足重視を示す姿勢である。 (4)個別支援計画の精度アップ  また、就労移行支援の質を高めるには、個別支援計画の精度を高めなければならない。就労へ導くための道標であり、強みと弱みを見極め、総合力に高めるための処方箋だからである。支援目標の設定・目標をクリアするための視点を明確にした具体的な支援課題の設定、その効果判定と進行管理。大切なことは、支援点を見抜く眼力、それには職員の評価力量を高めることと、就労支援員と生活支援員との息の合ったチームプレイの質の向上が不可欠である。 6 工賃倍増計画に関して (1)工賃倍増計画の意義  工賃倍増計画が本格的に始動した感がある。利用者が労働者性を否認されていることが、基本的人権の法理に抵触しているのではないかとの疑問を捨て切れずにいたのが、ようやく、工賃問題に政策の焦点が当てられたことは喜ばしい。工賃問題は、生産性・効率性の論理が、オールマイティとされている社会の仕組みづくりへの警鐘でもある。同時に、工賃倍増の実現の仕組みについて、福祉関係者に突き付けられた課題も大きい。これまでの福祉の領域・手法を根底から変革してやまないインパクトを宿しているからだ。 (2)工賃倍増は福祉改革の一歩  工賃倍増の決め手は、売れる製品作りと販売力強化である。消費者が、買いたい衝動に駆られる製品作りは、誰もが期待する。しかし、それをどのようにして実現すればよいか、で壁に阻まれてしまう。当法人の場合、商業デザイナー並みの人材やマーケティングプランナーの導入、そして、仕事場の確保、また、販売のための発信力強化・営業力強化が全て整わなければ、絵に描いた餅である。そこに、これからの福祉の方向性なり、直面する課題がある。それへの挑戦を通して、福祉の体制・人的構成・組織管理がガラリと変革することと福祉の原点との調和ある展開をどのようにして担保するか。大きな課題である。就労移行支援事業は、トータルなウィング拡張を通してこそ、真の夜明けが始まる。 (3)ふるさと雇用再生事業のインパクト  ふるさと雇用再生は、干天の慈雨である。人件費に高率助成措置が講ぜられるだけでなく、福祉要員とは別枠であることから、福祉の弱みを補完するパイロット事業にとって、直接効果が期待できる。前述のデザイン関係、営業関係等。これらの業界は、離職者が多いので、良い人材に恵まれれば、利用者工賃の大幅アップも即戦力が期待できる。そこから、就労移行支援事業と並ぶ就労継続支援A型事業導入の可能性も大きく広がる。同時に、これまで福祉人材の牙城とされていた聖地に、福祉と関わりのなかった一般業種の人材が登用される道筋が切り開かれたことになり、福祉の殻が破られ、風通しの良い方向に変わっていく試金石として注目したい。 7 エピローグ (1)大切なのはプロセス  「就労」という目標は、自立への確かな道標ではあるが、同時に、「開かずの扉を押し開く道程」の厳しさも思い知らされた。挫けない心と着実で地道な取り組みによって、企業との間で、相互理解を積み上げるよう信頼関係の構築に向けて、焦らず正攻法で着実に地歩を固める活動に賭けている日常である。それは、アルプス登頂のベースキャンプに似ている。ベースキャンプなしには、登頂という快挙は成立しない。登頂へのチャレンジ〜いま、ベースキャンプの設営が緒についた大切な段階である。 (2)非定型的な業務ゆえの落とし穴  就労移行支援が福祉のなかで、主要な地位を占めるには、少し時間が掛かりそうだ。福祉の本流は、施設利用者の支援にあり、その日常的な形態は、施設という入れ物のなかで、お互いが顔を見せ合っての擬似家族的ケアの姿だ。だから、相互の結び合いが強い。これに対して、「就労移行支援」は、「施設」の外が舞台である。いつも、目に触れている筈の存在が、その視野から忽然と消えたとき、両者の関係性に、微妙な感情の渦が廻り始める。  また、就労移行支援は、非定型的なパターンである。知らず知らずのうちに、同じ行動様式に慣れきってしまうと、異なる動きに対して、不協和音が拡大する。そこに疎外感が忍び寄る。 (3)間断なき情報交流を  それだけに、就労移行支援の仕事には、経過や努力の軌跡が見え難いだけに、プロセス管理が大切になる。プロセスをシッカリと記録し、記録から課題を析出し、絶えず検証すること、この「見える化」の大切さは、組織の病理に翻弄された経験の無い人には、理解できないかもしれないが、前進につながるだけでなく、協力関係の綻びも修復も、組織としてのプロセス管理の成否と間断なき情報の交流に掛かっている。 [参考]:まどか荒浜の沿革 ・ 平成16年10月 社会福祉法人円認可 ・ 平成17年4月 知的障害者通所授産施設「まどか荒浜」を開設(利用者35人) *住所:仙台市若林区荒浜字一本杉北2−2 (島崎藤村若菜集「潮音」の舞台となった深沼海岸に程近く、松林を望む荒浜街道に面する。) *作業活動種目:職人の直接指導による和菓子・手漉き和紙・麺類の製造販売、喫茶・売店の営業 ・ 平成20年4月 同施設を新体系に移行 (多機能型事業所(就労移行支援事業30人、就労継続支援B型事業10人)) * 本稿では、語られるべくして語られていない空白領域に言及した。ご批判をお寄せ頂ければ幸甚です。 障がい者就労支援コーディネーター養成モデルカリキュラムの開発 −全学部生向け講座開設を目指しての諸問題− 堀川 悦夫(佐賀大学医学部認知神経心理学分野 教授)   1 生活支援教育から就労支援教育へ  佐賀大学では、「高齢者・障害者(児)の生活行動支援に関する学部間連携教育システムの開発」の事業が平成17から19年度の3年間に渡って行われ、現在も講義が継続されている。この教科は医・理工・文化教育等の各学部教員がオムニバス方式で全学部生に向けて、社会的弱者とされる人々への生活支援を講義するもので、我々が標榜する「医・工・福祉連携」を実現するための教養教育の一つでもある。この生活支援に関する教育研究活動を更に発展させるため、就労支援教育をテーマとした文科省への概算要求が採択され、その事業がH21〜24年度(予定)で開始された。 2 障がい者就労支援教育の目標設定  障がい者の就労支援を推進していくには人材の養成が必須であり、それは時代の要請といえるが、我が国には障がい者の就労支援を主テーマとする4年制大学の学科や専攻は存在していない。仮にその必要性が認識されても、就労支援教育を主とした学科、専攻等を新設することは、必要となる教育研究業績を有する教員の確保や大学の経営状況の困難さから容易ではないと思われる。  受講する学生側にとっても、障がい者就労支援を担当する国家資格がないため、この分野の理念や実践スキルを習得しても、社会で生かす機会も、学生本人の就職の支援となることも少なく、履修意欲は低いものであろう。  そこで、教員免許取得を参考として、各学部生の専攻に加えて、自由選択科目として就労支援コーディネーターのコースを受講して規定の単位を取得し、認定を得た学生には佐賀大学認定の「障がい者就労支援コーディネーター」を付与する計画を立案した。  限定的な認定資格ではあるが、取得した学生諸君は、本来の専門領域の知識を生かして就職先で活躍しながら、障がい者の就労支援する技能を有するという特技を生かし、当該企業で障がい者の就労を支援する推進者となることを期待している。例としては、理工系を専攻した学生が工場の生産ラインで勤務する中で、専門知識や経験を生かして、障がい者の就労支援をその現場で行うことで、障がいを有する人にもコーディネータ自身にもキャリアアップをしてもらうというものである。「障がい者就労支援コーディネーター」を採用する企業にとっても、本来の専門と障がい者就労支援の両方の教育を受けた学生は他の学生に比して付加価値を持ち、コーディネータ—の学生の就職に有利になることが期待される。  本事業により障がい者の就労支援を系統的に教育する全国初のカリキュラム開発となる。 3 コーディネーター養成事業の概要  「障がい者就労支援コーディネーター」に求められる能力としては、障がい者と就労先の間にあって、カウンセリング能力、コンサルティング能力、コーディネート能力が挙げられ、障がい者の潜在能力開発と人間的成長を目標において活動できる専門職者である。より具体的には、障がい者の就労能力の発見と評価、就労先の業務との関係の分析と調整、就労意欲の向上を図り、就労後も一定期間支援していく機能を有する専門家として位置づけられる。  その基礎教養として、また将来のチームアプローチのためにも、関連する学問領域の知識が必要となる。その分野としては、医学、心理学、教育学、社会福祉学、経済学、そして工学、農学領域との共同が考えられるが、佐賀大学にはこれらの領域の教員が所属しており、かつ生活支援教育に実績を有しているという特色がある。 【全体計画】   平成21年度に、①評価方法の検討、②基礎データ・支援事例データのデータベース化の開始、③実施体制の充実、④ベースとなる設備等を整備する準備期間にあて、平成22—24年度の3年間でカリキュラム開発を行いながら、講義を開講し検証していくというものである。  概算要求時点での開講科目案としては、①障がい者就労支援概論、②障がい者就労支援援助法、③障がい者テクノエイド概論、④継続して医療的ケアを必要とする障がい者の就労支援、⑤ジョブコーチ法概論、⑥高次脳機能障がい者の就労、⑦障がい者就労カウンセリング、⑧安全就労と事故防止、⑨現場・在宅、相談実習、⑩事例研究、などを候補とし、合計20単位程度を想定していたが、この科目案の短縮と詳細な講義内容の検討を行っている。 【全体的特色】   学部間連携教育体制を拡充する目的と併せて、医学部が深く関わるという特色を生かすために、従来からの就労支援分野に加え、①継続して医療的ケアを必要とする障がい者の就労支援、②発達障害や高次脳機能障害者の就労支援、③テクノエイドやコミュニケーションエイドの活用、④基礎データ及び就労支援事例データ集積を行うこととした。 【平成22〜24年度における事業展開】  ①主専攻における学習の進行度に合わせてコーディネーター養成講義を段階的に開講する。 ②エビデンスに基づいた就労支援を行うためのデータ収集や数量化作業とデータベース構築を図る。③米国との共同研究を継続し、カリキュラムや講義手法の改良を行う。  平成22年度入学生から履修が始まり、平成24年度末には佐賀大学認定就労支援コーディネーターが輩出される予定である。 4 これまでの過程で明らかになった問題点 ①エビデンスが必要  本事業の社会的意義や方法の妥当性を示す上で根拠となる数字が、意外と得られにくい。たとえば、障がい者で就労支援を求める人の人数や、就労支援コーディネーターが何人養成されて、どれほどの障がい者が就労でき、結果として就労率はどれほど上昇するのかの予測、等である。  就労支援の人材養成そしてその効果を主張できるようなエビデンスの集積が必要である。 ②大学全体の方針や組織との関連  佐賀大学の全学部生を対象とし、各学部の連携による教育を提案した計画であるが、全学的な教育を担保することが求められ、専門科目を含めて全学的な教育を行う組織の存在の有無が重要であり、且つ、大学の事業として盛り込まれている(例:中期目標計画)必要がある。 ③開講に関わる教員  全学部生を対象とした教育において、現有の各学部所属の教員で誰が担当するのか、また文科省経費で雇用予定の特任教員の所属先等において、大学の各種規定との照合や改訂が必要となった。 ④単位認定  各学部における卒業単位数はほぼ同数であるが、自由選択科目の取得可能単位数やその選択可能科目の範囲は各学部によって異なるため、卒業単位へ読替可能な科目やその単位数を各学部に認定してもらう手続きが必要である。  また、「障がい者就労支援コーディネーター」科目を学部を越えて単位認定し、更に、認定資格取得の認定をどの組織が行うのかの組織作りとその規定が必要である。 ⑤時間割  全学部生が受講できる科目という点では従来の教養科目に類似しているが、各学部のカリキュラムは時間的に空きが少なく、全学部生対象に8から10科目ほどの科目を新たに開講することは容易ではない。佐賀大学では教養科目群として「主題科目」という枠が設定され、その中で開講される予定だが、時間数が不足しており全科目を開講することは困難である。集中講義方式も検討中しているが、各学部共に集中講義の開講も多く、その中で、各学部に共通の集中講義科目を開講することはかなり困難である。 ⑥実践的スキル養成手法  講義形式が主となるが、実践能力の涵養には、事例研究、演習、そして実習などが必要である。特に実習には、実習先の確保、現地での指導体制、安全性の確保、そして評価学生へのフィードバックなどの要素が必要であるうえ、学生が実習に参加可能なレベルか否かの評価を行って実習に出す必要がある。  当該学生が実習可能であるか否かを審査することが必要で、知識の習得や履修状況などが重要な要素である。学生・教員の双方に大きな負担となるが、実習を行う方向で検討している。 ⑦文科省事業終了後の教員の確保  特任教員の任期終了後は、現有教員で特任教員担当科目を含めて講義を行うこととなる。教員定員削減や定年退職教員の不補充などの現状から、新たに担当教員を確保することや、現有教員の負担増をさける措置も必要である。当該事業中の各種評価が行われるが、本事業は、大学当局の理解や支援なくして継続は不可能である。 ⑧資格制度  米国のCRCのように我が国でも就労支援の資格が必要である。国家資格や業務独占にこだわることよりもまず、全国に通用し就労先に左右されない資格が早期に制定されることが望ましい。   5 まとめ  受講生確保に加え、本事業の評価は、作成されるモデルカリキュラムの内容と、輩出した学生が時代の要請に応え得るかにかかってくる。本学の取り組みをモデルケースの一つとして認識いただき、各方面からのご指導ご批判をいただきたい。   ?謝辞?  本事業の起案・実施において日本職業リハビリテーション学会の先生方のご指導ご協力を得ており、記して感謝申し上げます。 ?参考文献?  松為信雄、菊池恵美子(共編)職業リハビリテーション学 改訂第2版、共同医書出版社、2006。 「就労支援機関が就労支援を行う上でのニーズと課題等の聞取り調査」から① −実態報告(途中経過)− ○内木場 雅子(障害者職業総合センター社会的支援部門 研究員) 亀田 敦志 (障害者職業総合センター社会的支援部門) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門では、平成20〜21年度にかけ、「就労支援機関が就労支援を行うに当たっての課題等に関する研究」を実施している。これは、平成21年4月に「障害者の雇用の促進等に関する法律」(以下「障害者雇用促進法」という。)が改正されたことに伴い、地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)が、就労支援を行なう事業者に対して、職業リハビリテーションの専門的、技術的な援助、助言の基礎資料とするために実施しているものである。 ここでは、障害者就業・生活支援センター事業を行う事業者、障害者就労移行支援事業者、第1号職場適応援助者助成金認定法人になっている事業者を対象に聞取り調査を行なっている。 今回(当日)は、その現状(結果の概要)を報告し、就労支援を担う事業者が直面している現状と課題から真のニーズを考えていきたい。   2 目的 障害者自立支援法施行後、障害者の自己実現と社会参加のために、障害者の就労支援に取り組む事業者が多くみられるようになっている。しかし、現状は新体系に事業を移行している事業者や一部のみ事業を移行している事業者、これから移行を考えている事業者の何れかにかかわらず、多様な障害特性を十分理解していなかったり、就労支援の知識や技術が未熟な状態で支援を開始しているところもある等、事業者によって差がみられる。 そのような中で、就労支援の知識や人材育成等の背景となる各事業者が地域で直面している課題、取組んでいる状況等の実態と、事業者の考え(今後の方向性)等を把握することによって、どのような援助や助言が必要とされているのかをより的確に把握出来ると考えられる。 2 聞取り調査の概要 (1)調査の目的 「就労支援機関が就労支援を行うに当たっての課題等に関する研究」にて、地域センターが行う職業リハビリテーションの技術的援助、助言の資料とするために実施した。 (2)調査対象 就労支援を行なう事業者として、障害者就業・生活支援センター事業を行なう事業者、障害者就労移行支援事業者、第1号職場適応援助者助成金認定法人事業者の20ヶ所を調査対象とした。 (3)調査実施期間  平成20年12月〜平成21年8月までに実施した事業者等。 (4)調査実施項目 ①法人(事業者)概要 ア 法人形態   イ 運営形態 ・運営している事業、指定又は認定時期   ウ 運営規模 ・前年度の運営経費 エ 運営・経営上の課題    ・取組み    ・今後の見通し  ②法人(事業者)の利用者   ア 利用者内訳 ・利用経路 ・利用者数 ・就職者数   イ 利用してもらうための取組み  ③法人(事業者)の就労支援内容 ア 現在の就労支援内容 ・支援内容と頻度    ・就労支援での課題・取組み ④スタッフ・人材の育成と確保   ア 現状    ・採用時点での実務経験   イ スタッフ・人材の課題 ・募集・採用の課題 ・人材育成の課題 ・取組み    ・必要なノウハウと課題 ⑤連携 ア 地域センターの利用の現状   イ 就労支援機関の課題・取組み   ウ 関係機関との連携   エ 企業との関わり等 (5)調査方法 事前に(4)の調査実施項目について記入してもらった内容をもとに直接、聞取り調査をした。 【謝辞】 聞取り調査にご協力いただいた事業者の方々にお礼申し上げます。 高次脳機能障害者の支援ネットワーク形成における 各種資源充実度と地域センター利用実態 ○清水 亜也(障害者職業総合センター社会的支援部門 研究協力員)  田谷 勝夫(障害者職業総合センター社会的支援部門) 1 目的  高次脳機能障害者を取り巻く支援の状況は、『高次脳機能障害支援モデル事業(以下「モデル事業」という。)』(平成13〜17年度)や『高次脳機能障害者支援普及事業(以下「普及事業」という。)』(平成18年度〜)の実施を経て、社会復帰・生活等に対する地域支援の体制が、関係機関の連携の下に具体的に確立される方向へと進展している。  しかしながら、これら地域支援体制の整備状況に関しては、地域によって普及事業の開始時期が大きく異なったり、モデル事業や普及事業とは別に都道府県独自の支援事業を早期から実施している地域があったりするなど、その充実度という点において地域差が見られる。地域支援体制の充実度が高い地域では、各種社会資源との連携体制も整備され、それらの利用率も高いことが予想される。  本研究では、地域支援体制の充実度と各種社会資源の利用状況との対応状況を明確にすることにより、地域支援ネットワーク形成の要因を検討することを目的とした。地域支援体制の充実度の指標としてモデル事業及び普及事業の実施状況と家族会の設立状況に注目し、地域ごとの支援体制の充実度を分類し、この充実度と就労支援分野の社会資源の1つである地域障害者職業センターの利用率との対応から、有効な地域支援ネットワーク形成の過程及び課題について考察した。   2 方法 (1)地域支援体制の充実度  モデル事業及び普及事業の実施状況と家族会の設立状況の両側面から、各都道府県の地域支援体制の充実度を分類した。  まず、各都道府県のモデル事業及び普及事業の実施状況は、モデル事業及び普及事業の開始時期を基準に、各都道府県を「モデル事業に参加」「2006年、2007年に普及事業開始」「2008年、2009年に普及事業を開始」「普及事業未実施」の4つのカテゴリに分類した。普及事業開始時期は支援拠点機関が指定された時点を事業の開始と定義した。  次に、各都道府県の家族会設立状況は、脳外傷友の会の正会員団体及び準会員団体の設立年を基準に、各都道府県を「2000年以前」「2001〜2005年」「2006〜2009」「家族会なし」の4つのカテゴリに分類した。   (2)地域障害者職業センターの利用率  平成20年度の全利用者に占める高次脳機能障害者利用者の割合を都道府県ごとに算出し、高次脳機能障害者の利用率とした。利用者には新規と再扱の両方を含み、支所がある場合はその利用者数も合算した。   3 結果  各都道府県のモデル事業及び普及事業の実施状況と、家族会設立状況の分類結果を集計し、各カテゴリに該当する都道府県数を表1に示した。また、結果を以下の5つのカテゴリに再分類し、地域支援体制の充実度とした。 ① 事業、家族会ともに遅れ ② 事業、家族会ともに中程度 ③ 家族会先行 ④ 事業先行 ⑤ 事業、家族会ともに先行  ※番号は表1の塗り分けの番号と対応  モデル事業及び普及事業の実施状況と家族会設立状況から総合的に見た地域支援体制の状況として、事業の実施が極端に先行している地域(表1の④)や、家族会の設立が極端に先行している地域(表1の③)は少なく、両者の進捗状況が対応している地域(表1の①、②、⑤)が多く見られた。                            次に、各都道府県のモデル事業及び普及事業の実施状況と家族会設立状況の分類に対して、地域障害者職業センターの利用率を算出し表2に示した。事業の実施状況と家族会の設立状況をそれぞれ単独で見た場合、自治体の事業への取り組みが早いほど、地域障害者職業センターの利用率が高く、同様に家族会の設立が早いほど地域障害者職業センターの利用率が高い傾向が見られる。                                前述の地域支援体制の充実度の5つのカテゴリ(表2の①〜⑤)ごとに地域障害者職業センターの利用率を算出した結果を図1に示した。  カテゴリの②〜⑤においては、全体平均の2.51%程度かそれ以上の利用率となっているのに対し、①の事業、家族会ともに遅れている地域では1.23%と著しく利用率が低いことが明らかとなった。                                   4 考察  本研究の結果は、家族会が早期から活動をし、かつ行政が高次脳機能障害者支援に早期から取り組んでいる地域ほど、地域障害者職業センターの利用率が高いことを示している。すなわち、家族会の活動と行政の取り組みが早いほど、地域支援の体制も充実し、有用な社会資源への連携が円滑に行なわれることを示唆している。  また、家族会の活動と行政の取り組み(各事業への取り組み)のどちらが支援体制形成に大きく寄与しているかについては、本研究の結果からは判断できないが、脳外傷友の会の過去のセミナーやシンポジウムの資料1)2)により、家族会設立の経緯を調べると、“行政も対応してくれない、対応できる病院も少ないという現状を踏まえ、それならば自分たちで何とかしよう”という思いから設立に至ったケースが多いことがわかる。すなわち、まず家族会設立があり、そして、その活動の結果として行政の取り組みを進め、支援体制が整備されていくというパターンが、早期から家族会が設立されていた地域の実情であるといえる。  高次脳機能障害者の地域支援ネットワーク形成においては、医療機関の整備状況といった他の要因も考慮する必要はあるが、本研究の結果から、家族会の重要度が非常に高いことが示唆される。現在、高次脳機能障害者の支援が円滑に進んでいない地域においては、今一度、家族会の活動に注目し、まだ家族会がないのであれば、家族会を設立するところから支援体制作りを始めてみることも一つの方法であろう。     5 引用文献 1) 脳外傷シンポジウム実行委員会:脳外傷シンポジウム −報告書−,(1998). 2) 名古屋市総合リハビリテーション事業団,脳外傷友の会「みずほ」:脳外傷交流セミナー報告書,(2000).   障害者の雇用拡大を図るための関係者の「役割」についての一考察 −(株)薬王堂での取り組みから− ○伊藤 富士雄(岩手障害者職業センター 障害者職業カウンセラー)  中村 絢子・阿部 憲二・宮本 真実・高山 貴子・伊藤 政徳・盛合 純子(岩手障害者職業センター) 藤野 敬子(社会福祉法人平成会)・野崎 翔太(社会福祉法人若竹会)・ 中島 透(社会福祉法人岩手県社会福祉事業団) 1 目的                                               障害者の雇用の促進等に関する法律が改正され、平成22年7月からは、障害者雇用率制度において、実雇用率や法定雇用障害者数(障害者の雇用義務数)の算定の基礎となる常用労働者の総数に、短時間労働者(週所定労働時間20時間以上30時間未満)が加わることになった(*短時間労働者は0.5カウントで計算)。昨今の厳しい雇用情勢下ではあるが、今回の法改正により、取りわけ雇用労働者のうち、短時間労働者の占める比率が高い飲食店,宿泊業や卸売・小売業等で1)、今後、障害者の雇用機会が拡大することが期待される。  岩手障害者職業センター(以下、「当センター」という。)では、平成19年末から岩手県に本社がある(株)薬王堂(ドラッグストア、岩手県を中心に東北地方に店舗を展開、従業員は 1,200人以上)で、ジョブコーチ支援(以下「JC支援」、ジョブコーチは「JC」という。)や対象者のマッチング等を通して、障害者の雇用の拡大に協力している。 これ迄も事業所における障害者の雇用拡大に障害者職業センター等が協力した事例は報告されて  いるが2)3)4)、(株)薬王堂の場合、新規に雇用される障害者の障害種別は、精神障害者が多いことが特徴として挙げられる(平成211年9月1日現在、トライアル雇用中の者1人を含めて、7店舗で7人障害者を雇用。うち5人が精神障害者)。  本稿では、(株)薬王堂における障害者の雇用拡大を図るためのこれ迄の取り組みを整理し、事業所、公共職業安定所(以下「安定所」という。)、障害者職業カウンセラー、配置型JC、第1号JCの担うべき役割について考察することを目的とする。   2 方法                                               対象者のプロフィールや雇用の契機、就業時間、仕事の内容を表にまとめた。また、(株)薬王堂の人事担当者にヒアリング調査、同社で雇用されている精神障害者に対してアンケート調査を行った。   3 結果 (1)支援対象者の状況  対象者のプロフィール、雇用の契機等は表1のとおりである。     表1 支援対象者の状況 平成21年9月1日時点 *A〜Gは雇用された順である。 対象者 A 40代、女 B 30代、女 C 40代、男 D 30代、女 E 20代、男 F 20代、男 G 40代、男 障  害 精神 その他の 精神疾患 身体 両上肢 知的 精神 統合失調症 精神 統合失調症 精神 統合失調症 精神 気分障害 契  機 安定所からのJC支援利用勧奨 安定所からのJC支援利用勧奨 安定所からのJC支援利用勧奨 事業所からのJC支援利用依頼 事業所からのJC支援利用依頼 当センターからの受け入れ依頼 当センターからの受け入れ依頼 就業時間 実習 9〜12時  ↓ 現在 8〜12時 週20時間 実習 8〜13時  ↓ 現在 8〜12時 週20時間 実習 13時30分〜17時  ↓ 現在 8時30分〜16時30分 週35時間 実習 9〜15時  ↓ 現在 9〜13時 週20時間 実習 8〜12時  ↓ 現在 8〜12時 週20時間 実習 8〜12時  ↓ 現在 8〜15時 週30時間 実習 8〜12時  ↓ 現在 8〜13時 週25時間 仕事内容 ① 品出し ② 前出し ③ 清掃 ① 品出し ② 前出し ③ 清掃 ① 品出し ② 前出し ③ 清掃 ④ 部門管理(POP作り等) ① 品出し ② 前出し ③ 清掃 ① 品出し ② 前出し ③ 清掃 ① 品出し ② 前出し ③ 清掃 ① 品出し ② 前出し ③ 清掃   (株)薬王堂は岩手労働局等が主催した平成 19年度の障害者就職相談会に参加している。その際に雇用が考えられる候補者を4人(A〜D)選定した。当時、同社では障害者の雇用の進め方のノウハウがまだ未確立の時期であった。そこで、所管する安定所から当センターとJC支援について説明し、利用を勧奨した。同社と当センターとはそれ以来の協力関係にある。  最初の3人(A〜C)は安定所からのJC支援利用勧奨により、その後の2人(D〜E)は同社から当センターに直接、JC支援の利用依頼があり、当センターが策定する職業リハビリテーション計画及び事業主支援計画に基づきJC支援を開始した。JC支援を複数店舗で行うなかで、同社の仕事の内容や店舗の雰囲気、労働条件等に適合する対象者像をイメージすることが出来るようになってきた。  対象者Fは職業評価業務を行うなかで、担当カウンセラーが(株)薬王堂の仕事の内容や店舗の雰囲気、希望する労働条件等が適合すると思われたことから同社の人事担当者に受け入れの相談を行い、実習、トライアル雇用を経て、現在は常用雇用されている。対象者F以降、当センターでは、月1回、定例で開催しているJCミーティング(担当カウンセラー、障害者職業センターの職員である配置型JC、社会福祉法人等の職員である第1号JCが全員参加し、研修、情報共有を行う会合)において、(株)薬王堂が障害者雇用に前向きに取り組んでいることと同社の仕事の内容や店舗の雰囲気、労働条件等に適合するであろう対象者像について、担当カウンセラーから情報提供を行っている。  対象者Gは、過年度に当センターの職業評価を受け、第1号JCが所属する法人が運営する就業・生活支援センターの登録者であったが、JCミーティングに参加した第1号JCからの情報を受けて、同法人の就業・生活支援センターから当センターに連絡が入り、同社への受け入れ検討の要請があった。担当カウンセラーが対象者Gと面接を行なった後、(株)薬王堂の人事担当者との面接に繋ぎ、実習を行った。対象者Gは実習を行った後、現在、トライアル雇用を実施中である。  平成21年9月1日現在、A〜Gとは別に、トライアル雇用を目指して2店舗で2人(精神障害者1人、知的障害者1人)が実習中、さらに2人(精神障害者1人、知的障害者1人)について、受け入れを相談中である。  常用雇用に至る迄の進め方は、当センターの実習を約3週間行い、その後、3ヶ月間のトライアル雇用を行っている。JCは実習段階から支援している。JC支援は原則、1人の対象者を2人のJCが支援しているが、対象者A〜Dは配置型JCと配置型JCのペアで支援している。対象者E〜Gは、配置型JCと第1号JCがペアで支援している。  実習開始前、実習終了後、トライアル雇用終了後のそれぞれの時点で、(株)薬王堂、対象者、支援関係者を交えて、ケース会議を行っている。その中で就業時間を延長したり、短縮する等、変更がなされることがある。対象者によっては、実習開始から現在に至る迄、2回、就業時間を変更した者もいる。また、公休日の設定では、連休(例:日、月曜日が公休日)よりも途中で公休日を入れた方が働きやすい場合(例:月、木曜日を公休日)、見直しを行っている。  対象者の仕事の内容は①品出し、②前出し、③清掃から構成されるが、対象者Cは現在、④部門管理(POP作り等)も行うようになっている。  実習、トライアル雇用を経て、常用雇用に移行した者は、平成21年9月1日現在、6人いる。常用雇用に移行してからの在職期間は3ヶ月から1年7ヶ月の範囲内にあるが、現在迄、離職者は1人も出ていない。   (2)(株)薬王堂の人事担当者に対するヒアリング調査結果  (株)薬王堂では人事教育部長が障害者の雇用担当である。現人事教育部長の多大な尽力により、近年、同社における障害者の雇用が進展している。人事教育部長に対するヒアリング調査の結果は以下の通りである。 ・同社で精神障害者を雇用する契機については、紹介される障害者に精神障害者が多かったからであり、精神障害者を優先的に雇用している訳ではない。精神障害者の場合、身体的な制限がないこと、社会的な経験のある人が多いことから仕事を教えやすいという利点があると考えている。 ・これ迄、職場の同僚で在職後、精神疾患に罹患した人もいたことから精神障害者に対する抵抗感はなかった。 ・精神障害者が店舗にいることにより、周囲が優しくなったり、雇用管理のスキルが向上すること も期待している。 ・パート従業員の職務として、①品出し、②前出し、③清掃、④部門管理(POP作り等)、⑤レジ打ち、⑥商品発注がある。障害者の雇用の場合、負担軽減のため、①品出し、②前出し、③清掃を基本の職務に設定した。 ・パートは3種類(午前、午後、夕方)の勤務体系がある。午前の勤務時間帯は、品出し作業が多く、接客対応が比較的少ない。会社側のニーズと障害者の負担軽減のため、午前を基本の就業時間に設定した。 ・店舗あたりの人件費を含めた予算、定員は決められており、その中で各店舗は売り上げ目標を達成しなければならない。障害者の人件費は店舗ではなく本社の予算にしている。店舗によっては障害者が雇用されたことにより、1人定員増になる。あるいは定員と同人数であったとしても店舗の人件費は少なくなるので、(売り上げ−人件費を含めた予算=店舗の実績という観点から)障害者の受け入れ店舗に有利な仕組みを作っている。 ・障害者を雇用している店長からは、人件費が本社予算の上に仕事を行ってもらっているので助かるという意見と1店舗からは、雇用している精神障害者の出勤率が低く困るという意見が出ている。 (3)(株)薬王堂で雇用されている精神障害者に対するアンケート調査結果  現在、トライアル雇用中の者を含めて同社に雇用されている精神障害者5人にアンケート調査を行った。 ・現在の就業時間について、「丁度よい」が3人、「やや短い」が2人である。(5段階評価の3と2) ・現在の仕事の難易度について、5人共、「普通」と回答している。(5段階評価の3) ・現在の仕事が「自分に合っている」が1人、「やや合っている」が2人、「普通」が2人。(5段階評価の5、4、3) ・休憩時間のない1日4〜5時間の就業時間の者が4人いるが、休憩時間がないことについては、「かえって気が楽」と答えた者が1人、「どちらでもない」が3人。「さみしい、物足りない」はいなかった。「かえって気が楽」と答えた者は理由として、短い時間であれば会話ができるが、長い時間になると気まずいと思うと記述している。 4 考察  (株)薬王堂の障害者の雇用拡大を図るための取り組みを通して、事業所、安定所、障害者職業カウンセラー、配置型JC、第1号JCの担うべき役割として以下のことが考えられる。 (1)事業所の担うべき役割  事業所の担うべき役割として、「本社のリーダーシップ」と「パターン化」、「柔軟な就業時間の設定」が挙げられる。  小売業は同業他社や新規参入も多く、熾烈な競争を強いられている。各店舗は限られた予算、定員の中で売り上げ目標を達成しなければならないという使命があるため、パート社員であっても即戦力になる人材を求められることが少なくない。         パート社員の採用権限は本社ではなく、通常、 店舗にある。個々の店長に障害者の雇用に理解を求めていくという手法を用いる限り、店舗の定員が決められている以上、競争原理の中、障害者が雇用されることは容易ではない。(株)薬王堂では関係者が店長に障害者の受け入れの相談を行うのではなく、店長の上司である本社人事教育部長からの要請により、障害者の受け入れが行われている。このため、即戦力になる人材だけが雇用されている訳ではなく、育成のための時間が確保されている。  また、(株)薬王堂では仕事の内容、常用雇用に至る迄の進め方を徹底的に「パターン化」している。厚生労働省が行った調査によれば5)、事業所が障害者を雇用するにあたり最大の課題として挙げているのは、「会社内に適当な仕事があるか」である。実に約8割の事業所が挙げており、2位の「職場の安全面の配慮が適切にできるか」の約4割を大きく引き離している。同社では各店長が対象者に合った仕事を決めるのではなく、障害者がどのような仕事を行うのか、常用雇用に至る迄の進め方も決まっている。もし、店舗で障害者を受け入れること自体が「本社のリーダーシップ」により決まったとしても、仕事の内容等が「パターン化」されていなければ、店舗では、「会社内に適当な仕事があるか」不安に感じるかも知れない。  本社が設定した仕事の難易度は、雇用されている精神障害者に対するアンケート調査結果からも明らかなように、適切な設定であったことが窺われる。「パターン化」することは、短期間に障害者の雇用拡大を図る上で理に叶った方法と言える。障害者雇用の優良企業で知られる(株)ファーストリテイリングにおいても「本社のリーダーシップ」と「(仕事の内容等の)パターン化」は認められる。6)  その他、「柔軟な就業時間の設定」も見逃せない。(株)薬王堂では短時間勤務から開始することが多いが、疲労しやすく、環境に慣れることに時間を要する精神障害者の特性に適している。また、店舗や本人のニーズにより、就業時間が延長される可能性があることは、仕事ぶりが認められ、収入の増加が図られるということでもあり、対象者の向上心に繋がっている。 (2)安定所の担うべき役割  安定所の担うべき役割として、「専門機関へのコーディネート」が挙げられる。  安定所は高い知名度を持つ国の機関である。高い知名度は信用にも繋がる。特に障害者雇用率に該当するような事業所の場合、安定所が最初に接触することが多い。障害者の雇用のノウハウが未確立な時期には、今回の(株)薬王堂のように、安定所が障害者職業センターを紹介することにより、障害者の雇用拡大が図られる可能性は高い。特に店舗を各地に展開する小売業や飲食店の場合、各店舗に直接、障害者の雇用を依頼するよりも、「本社のリーダーシップ」により、障害者の雇用が拡大することが明らかなことから、本社を所管する安定所の担うべき役割は極めて重要であり、今回、(株)薬王堂の障害者の雇用拡大に果たした安定所の役割は非常に大きいと考えられる。 (3)専門機関の担うべき役割  障害者職業カウンセラーの担うべき役割として、「情報の集約」、「普及」、「言語化」が挙げられる。  情報を集約し、普及させることの重要性はこれ迄も述べているが7)、「普及」させるためには、集約した情報を「言語化」し、地域の中で情報を発信していく必要がある。タイムリーに情報を発信していくためには、常設の情報発信を行う場が必要である。当センターが月1回、開催しているJCミーティングは、常設の情報発信を行う場の役割も果たしている。  配置型JCの担うべき役割として、「事業所との信頼関係の樹立」、「担当カウンセラーへの的確な報告」、「第1号JCへの技術の移転」が挙げられる。  JCは最前線で障害者の就労支援を行う。JCの対応が事業所の障害者の雇用管理に強い影響力を与える。(株)薬王堂でJC支援を行う当初の契機は安定所からの利用勧奨であったが、次第に安定所を介さずに当センターに直接、JC支援の依頼がなされるようになった。このことは、JC支援の有用性に理解と信頼を得られることが出来たからと考えている。また、JCからの「的確な報告」が担当カウンセラーの「情報の集約」に繋がっている。  配置型JCが支援を通して得られた技術は、第1号JCとペアで支援を行った時の「技術の移転」としても活かされる。(株)薬王堂においても当初は配置型JCと配置型JCのペア支援から始まったが、途中から配置型JCと第1号JCのペア支援が中心になり、成果を挙げている。「技術の移転」を図るためには、観察的な視点と言語化が必要である。  第1号JCの担うべき役割として、「所属する社会福祉法人等への橋渡し」、「地域のネットワークへの橋渡し」、「機動力」が挙げられる。  福祉機関と労働機関では、組織の成り立ちや文化が異なるので、支援観が一致するとは限らない。第1号JCは福祉機関に所属しながら労働機関と常に一緒に仕事をし、情報を共有している。福祉と労働の双方の視点で支援を行うこと、両機関の「橋渡し」の役割が求められる。  地域内の福祉機関同士の横のつながり、仲間意識も見逃せない。(株)薬王堂で現在、トライアル雇用されている者だけではなく、実習中、受け入れの相談中の者の多くが担当カウンセラーが「言語化」し、第1号JCが「所属する社会福祉法人等への橋渡し」、「地域のネットワークへの橋渡し」を行ったことにより、対象者の確保に繋がっている。  また、当県のような面積の広い県では、移動に相当の時間を要する。効率的な業務運営のためにも県内を網羅する第1号JCの「機動力」は必要不可欠である。  以上述べたように、事業所、各機関、各職種が担うべき役割を果たしていくことにより、障害者の更なる雇用拡大が図られていくと考える。   5 終わりに  (株)薬王堂では、他県でも出店を加速化しており、今後、県を跨るネットワークの構築を検討していく必要がある。  また、(株)薬王堂の支援を通して得られた知見を他社でも実践し、障害者の雇用拡大に取り組んでいきたい。   参考文献 1) 厚生労働省:「平成19年就業形態の多様化に関する総合実態調査」 2) 園部恭子他:大型小売店舗及び関連事業所における知的障害者の雇用支援に関する一考察 —3所での支援事例から・職務分析法の活用を中心に—、第8回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集、p62-65,2000 3) 高瀬修一:株式会社万代における障害者雇用の取り組み②—施設における就労支援、地域障害者職業センターとの連携から—、第9回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集、p263-266,2001 4) 藤村真樹他:株式会社万代における障害者雇用の取り組み③—地域障害者職業センターにおける事業主支援の視点から—、第9回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集、p267-270,2001 5) 厚生労働省:平成15年度「障害者雇用実態調査」 6) 加賀信寛他:障害者雇用にかかる事業主ヒアリングの結果に関する考察、第14回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集、p130-131,2006 7) 伊藤富士雄他:支援ツールを用いた雇用経験の少ない事業所への支援—知的障害者への指導に関する支援事例から—、第15回職業リハビリテーション研究発表会論文集、p188-191,2007 ?? ?? ?? ?? 米国のカスタマイズ就業を活用した事業主支援について —㈱NTTソルコでの新たな取組みから— ○寺山 昇 (埼玉労働局ハローワーク浦和 統括職業指導官) ○内堀 武志(株式会社NTTソルコ 人事担当主査) ○岩佐 美樹(埼玉障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 カスタマイズ就業を活用した事業主支援 (1)発表の背景  カスタマイズ就業については、米国のハローワークであるワンストップキャリアセンターが2008年まで実証事業(Demonstration Program)として展開していた最新の就労支援策である。  現在ハローワークでは、障害者に対する関係機関と連携したチーム支援の制度はあるが、企業に対してのチーム支援はあまり例がないので、このカスタマイズ就業を活用した事業主支援を適用した㈱NTTソルコの障害者を中心とした新センターの立ち上げのケースを紹介して日本においての可能性を考察していきたい。   (2)カスタマイズ就業の戦術 カスタマイズ就業モデルの戦術とは、次の4つの実践をお互いに補完的、統合的に実施することである。①援助付き雇用モデル②個人中心の計画づくり(Person‐Centered Planning)③企業を顧客としたマーケティング④ワンストップ・アプローチである1)。 (3)企業向けのワンストップ・アプローチ  ハローワーク浦和では、2008年よりハローワークが中心となり管内にある埼玉障害者職業センター(以下「埼玉センター」という。)、埼玉県障害者雇用サポートセンターと連携を図り、企業のニーズを把握して、企業向けの戦略を立て、ハローワーク浦和がコーディネートをする企業向けの特例子会社設立支援チームを立ち上げている。 このような状況で、㈱NTTソルコ(主にコールセンター事業を展開している企業、従業員14,600名を有する)から2008年8月に新センター設置の情報を得て、会社として当所管内に開設すれば、企業向けのワンストップサービスの提供できる旨を話し、当所管内へのセンター誘致をお願いしたところであった。 (4)新センター開設へのプロセス  新センターでは、障害者がリーダーとして、新センターで働く障害者を教育、運営していく方針や社員研修の方法やあまり不採用者を出したくないといった企業ニーズをふまえて、リーダーについては8月から先行で雇用し、研修を埼玉センターに打診した。また採用については求人開発を行い、求人内容についてのコンサルティングも実施し、紹介については計画紹介や、ハローワークを面接会場とした管理選考の方式を採用した。また、開所式のニュースリリースについても県庁記者クラブにおける記者発表の方式についてのアドバイスを行った。  こうして、㈱NTTソルコは10月1日に障害者が働きやすいバリアフリーな職場環境をさいたま新都心に整備し、障害者を中心として運営を行う「さいたま新都心センター」を開設することになり、13名の障害者の雇用の場が確保できた。  また、10月20日のさいたまスーパーアリーナでの面接会、企業向け障害者雇用推進セミナーにも参加し、雇用機会の創出と雇用の拡大を図っている状況である。 (5)今後の展開  ハローワークが中心となって、企業に対するチーム支援を実施することは、今回のケースでも有効に機能したところであり、さらに4月〜8月までの就職件数は、埼玉県全体では前年比13.9%の減少であるが、ハローワーク浦和については、前年比14.6%の増加となっている。  また、ハローワークには、障害者雇用率制度に基づく企業への指導という機能を持っており、今後、指導と支援の一体となった企業へのチーム支援が必要と考える。 文献 1)春名由一郎・東明貴久子2007「米国のカスタマイズ就業の効果と我が国への導入可能性」PP3障害者職業総合センター調査研究報告書 2 埼玉センターにおける支援 (1)埼玉センターにおける職業準備支援  地域障害者職業センターにおける職業準備支援は、「対象者のより詳細な障害特性や課題の把握とその改善を図るための支援」「職業生活を送る上で必要な知識の習得及びスキルの向上」等を目的として実施している。  近年、職業準備支援の対象者の障害は、多様化かつ複雑化しており、また、関係機関単独では支援困難なケースの利用の増加により、専門的なアセスメントに基づく支援ノウハウの提供等による支援者支援を求められることが多くなっている。  一方、2006年2月に経済産業省が、職場や地域社会の中で多くの人と接触しながら仕事をしていくために必要な能力として「社会人基礎力」という指標を提唱している。こうした能力については、以前は成長の過程で自然と身につくものと考えられてきたが、社会の機能が相対的に低下してきていることから、大学等においては、その意識的な育成、活用、評価にむけて動き出しており、障害者の就労支援においても同様の取り組みの必要性を感じることが多い。  以上のような状況を踏まえ、埼玉センターにおいては、昨年9月より、アセスメント機能の充実・強化及び従来の「職業生活を送る上で必要な知識及びスキル」に加え、社会人基礎力の育成といったことを視野に入れ、職業準備支援のカリキュラム等の大幅な変更を行っている。スケジュールについては、4週1クール、2クールの受講で全てのカリキュラムが受講可能となるよう設定し、状況によっては、3週目での受け入れも行うことにより、利用者ニーズへの柔軟かつタイムリーな対応を目指している(表1参照)。    作業内容等の大きな変更ポイントは、3週目以降のユニット作業期及びチーム作業期にある。ある事業主(※)支援の際に実施した職務分析及びそれに基づく模擬的トレーニング作業課題をベースとし、これまでの事業主支援で実施してきた職務分析結果をもとに、数種の作業をユニット作業(図1参照)として作成。ユニット作業期においては、対象者の能力特性等を把握することを目的に、個人単位で実施。チーム作業期においては、チームリーダーや記録係等の役割分担を行い、作業実施からその進捗管理等の全てを受講者のみで実施。一連の作業終了後は、グループミーティングにて、より効果的・効率的な作業の実施方法等についての話し合いを行い、次の作業における目標・計画の設定→実行→検証→改善といった、企業や組織の管理手法の一つであるPDCAサイクルを循環的に継続することで、チームとしての作業の正確性、効率等の向上を図っている。なお、社会人基礎力を構成する主要な能力については、①「前に踏み出す力〜失敗しても粘り強く取り組む力〜 ②「考え抜く力」〜疑問を持ち、考え抜く力〜 ③「チームで働く力」〜多様な人とともに、目標に向けて協力する力〜 の3つに整理されているが、チーム作業をとおして、自然とこれらの力が育成されることも目的としている。 図1 ユニット作業(流れ図) (2)人材(リーダー)の推薦から研修計画の提案  ハローワーク浦和より、同社リーダー職種の求人情報の提供があった際、職業準備支援において、その周辺領域の職務への適性が確認されていた精神障害者1名の推薦を行う。同社においては、3障害全ての受け入れを視野に入れつつも、まずは身体障害者からとのお考えであったが、お話だけでもと相談させていただいたのが、今回の一連の取り組みのきっかけとなっている。相談の際、10月1日の事務所開設までの約1カ月半にわたるリーダー研修の計画策定、研修実施場所の確保への協力という事業主のニーズが把握される。職業準備支援におけるチーム作業が同社における業務遂行イメージと合致しており、また、チーム作業におけるリーダーの役割がまさに同社におけるリーダーのものと重なっていたため、ユニット作業期〜チーム作業期(前半2週間)の計4週間、職業準備支援のフィールドを活用した研修を提案、併せて、その前後の期間に、障害者チームのリーダーとして必要とされる知識・スキル等の習得のための講義や同社と同様の方針で障害者雇用を推進している事業所等の見学、職場実習のコーディネート等を提案し、快諾を得る。また、チーム作業の説明の際、当方より推薦した精神障害者がチームリーダー役を担っている場面を見学いただき、ご本人の能力、適性等に対する理解が得られたことにより、求人への応募についても承諾を得ることができ、書類選考、面接の結果、採用に至る。 (3)リーダー研修の実施  表2のとおり、職業準備支援というフィールドを活用したOJT形式の研修を中心に8月7日〜9月25日の期間実施。  まずは、障害者職業総合センターにて、8月7日〜8月9日に開催された職業リハビリテーション実践セミナーに参加していただいた後、埼玉センターにおける講義形式の学習に加え、これからの自分自身の役割に対するイメージを持ち、理解を深めていただくため、同様の形で先駆的に障害者雇用を推進している事業所の見学及び職場実習を実施。  8月19日から4週間の職業準備支援のフィールドを活用した研修については、「ケース(受講者)から学ぶ」ということをテーマとし、日々一緒に作業をしたり、行動をともにしたりする中で、まずは自分自身で、受講者の方々の障害特性等を把握し、支援の在り方を考えていただくこととした。  前半においては、知的障害を中心とした障害や支援技法等に対する知識・スキルの向上を目的とし、ユニット作業の体験、他の受講生の作業状況やスタッフの指導方法等に対する観察及び実際の作業指導を行っていただいている。後半においては、対象者の個別特性等にあわせた指導力やリーダーとしての資質向上を目的に、チーム作業におけるリーダー役の経験、障害特性や個人のエラーパターンに基づくステップシートの作成、社員研修をイメージした講座の講師を経験していただいている。その他、その時々の問題意識・疑問についての意見交換や質疑応答、翌日からの研修のポイントを確認するため、1週間に1度のグループミーティングを実施した。  9月16日〜9月25日については、リーダーの下で働く知的障害者スタッフの職場定着を支援するために予定されていたジョブコーチ支援への理解を深   表2 リーダー研修カリキュラム     めるための講義、また、支援機関との連携による就労支援という観点から就労支援機関・職業訓練機関の見学等を盛り込んで実施した。    (4)人材(スタッフ)の推薦から定着支援  10月1日採用のスタッフ(9名)の採用活動については、関係機関との連携のもと、従事職務内容等と人材のマッチングを事前に行い、ハローワークへの推薦を行うことにより支援。結果として、職業準備支援修了及び受講者計4名〔発達障害2名、知的障害1名、高次脳機能障害1名:所持手帳はそれぞれ療育手帳2名、身体障害者手帳1名、精神保健福祉手帳1名〕が採用となる。  また、雇用された知的障害者については、雇用と同時にジョブコーチ支援が実施されており、今後も引き続き、対象者支援をとおした事業主支援を実施していくことにより、職務へのマッチング、職場定着支援等を行っていく予定である。   (5)まとめ  職業準備支援というフィールドを活用した事業主支援という初めての取り組みであったため、試行錯誤の実施となり、反省し、学ぶべき点も多い。また、事業主の方からは、今回の支援に対する一定の評価をいただくことはできているものの、個別の内容等についてのエビデンスを得られるまでには至っていない。今後、より効果的な事業主支援の在り方を検討していくためには、十分なエビデンスの検証を行っていくことが必要と判断される。また、このような長期間にわたる研修形式の事業主支援を、地域障害者職業センターにて実施する機会は少ないと思われるが、本研修内容を、部分的に、今後の事業主支援に活かしていくことは可能と思われ、研修のユニット、パッケージ化といったことも検討していくことも有効かと思われる。  なお、本事業主支援については、まだ、始まったばかりという段階であり、今後も、関係機関との連携のもと、同社における障害者雇用の促進、職場定着の支援を行っていきたいと考えている。 ※ユニット作業の教材作成については、堀川産業株式会社様の多大なるご協力をいただきました。  また、本取り組みに対し、その主旨を理解し、快く協力してくださいました職業準備支援受講者、事業主及び関係機関の方々に、この場を持って感謝の言葉を述べさせていただきます。 就労に向けた障害認定制度における取り組み 石川 球子(障害者職業総合センター事業主支援部門 主任研究員) 1 目的  健康の問題により、労働者が労働市場を去る、あるいは労働能力の衰退した労働者が職に就くことが困難であるという社会的及び経済的な問題1)に対し、障害者の労働能力に応じた労働市場への統合推進の国内・外の取り組みがみられる。  本報告では、こうした取り組みの内、働ける能力がありながら、あるいは働きたいとの願いを持ちながらも職に就けない障害者に対する就労に向けた障害認定制度に焦点を置き、「職業生活における支援の必要性に応じた障害認定のあり方に関する研究」の調査結果を中心に報告する。 2 方法   障害認定制度に関する国内・外の文献調査と海外の障害認定機関及び政府の専門家に対する調査を実施した。 3 結果 (1)わが国における障害の捉え方  まず、障害認定制度を検討する上で重要となる障害の定義について国内の状況をまとめておく。  障害者基本法によれば、障害者とは「身体障害、知的障害又は精神障害(以下「障害」という。)があるため継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者をいう」(第2条)。  千葉県条例において「障害」とは「障害者基本法第2条に規定する身体障害、知的障害、精神障害、発達障害者支援法第2条1項に規定する発達障害者又は高次脳機能障害があることにより、継続的に日常生活又は社会生活において相当な制限を受ける状態をいう」(第2条)。  日本弁護士連合会の障害差別禁止法案概要2)において「(1)障がいとは、心身の状態が、疾病、変調、傷害その他の事情に伴い、その時々の社会的環境において求められる能力又は機能に達しないことにより、個人が日常生活又は社会生活において制限を受ける状態をいうものとする。(2)過去にかかる状態にあったこと、及び将来かかる状態になる蓋然性があることも、(1)の障がいに含めるものとする」。  以下において、就労に向けた障害認定制度の取り組みについて、調査結果にみられた障害の捉え方・定義及び障害認定制度に関する主要な4つの動向に関連づけつつ、その内容をまとめておく。 (2)社会保障制度の再検討と障害認定制度  イ 給付に関する評価制度の見直し  一般雇用への移行促進に関して、とりわけ精神障害者に効果的であろう1)とされる障害認定制度を以下にまとめておく。  障害や疾病により働けない場合、就労不能給付が支給されて来た英国では給付対象者数及び受給期間の長期化への対処と労働市場への統合を目指した福祉改革法が2007年に成立した。新制度では就労不能給付は所得補助と併せ、新たに設けられた雇用及び生活補助手当とされ、生活保障と就労支援の有機的連携の強化が図られている3)。  新しい手当に即した就業能力評価(Work Capacity Assessment,WCA) を実施するのは雇用年金省の管轄下にあり、雇用促進と福祉の機能を併せ持つジョブセンタープラスである。本評価は福祉改革の趣旨に沿い、対象者が「できない事」より「できる事」に焦点を置き判定業務を行う。  その特徴は第1に身体機能に関する評価について行動や機能がより良好に反映される内容としたこと、第2に精神機能に関する評価について認知障害や学習障害のある人の問題を反映するための拡充と身体機能の評価との整合性がとられていること、第3に就業に焦点を置いた健康関連評価等の新たな評価が追加されたことである3)。  ロ 就業促進の立法措置と認定制度  わが国と同様の雇用率制度を中心として障害者雇用対策を推進して来たオランダの就業促進及び障害認定に関する主な法律は就労能力に応じた労働及び所得に関した法律(Wet werk en inkomen naar arbeidsvermogen,WIA)と若年障害者支援法(Wet arbeidsongeschiktheidsvoorziening jonggehandicapten, WAJONG)である4)。  就労能力に基づく障害認定業務は社会・雇用省の管轄する労働者保険機構(Uitvoeringsinstituut Werknemersverzekeringen,UWV)が行い、そのプロセスには機能障害を査定する保険医と障害者が就業可能な仕事を確定する労働関係の専門家の双方が関わる。こうした障害認定に用いられるのが、機能評価リスト(Functionele MogelijkhedenLijst,FML)とデータベース(CBBS)である4)。  同じく雇用率制度を実施しているドイツでは、社会法典第9編において「ある人の身体的機能、知的能力又は精神状態が、6ヶ月以上にわたり、その年齢に典型的な状態とは異なる確率が高く、そのため社会生活への参画が侵害されているならば、障害があるという。侵害が見込まれている場合には、障害のおそれがあるという」(第2条(1) 5)。また、「ある人の障害度が50以上であり、かつその住所、通常の滞在所が又は職場での就業場所が、法に則り本法典の適用範囲内にあるならば、第2部の趣旨による重度障害者である」5)。  障害の認定及び証明(同編第2部重度障害者法第69条)は、障害者の職業への参画推進のための給付金や雇用率制度による保護の前提となる6)。  また、同編第2条3項において、その前項のその他の前提条件を満たし、その障害のために重度障害者との同等扱いが無ければ適切な職場を得る又は保持できない軽度(30以上50未満)の障害者に、重度障害者と同等な待遇を保障する規定6)があり、その判定は職業安定所が行う6)。重複障害や障害別の認定方法を「重度障害者法に基づく医学的鑑定業務のための手引き」6)に定めている。 (3)障害認定制度における生活機能面の評価  オランダの機能評価リスト(FML)(前述)は、個人の1日のフルタイム(最低8時間)の就業での総合的な機能評価を概観し、データベース(CBBS)はWHOのICFを取り入れている4)。  フランスでは、雇用分野では労働法典が、福祉全般の分野では社会福祉・家族法典が各種施策の根拠となっているが、障害認定制度についても両法典の関連条文で規定されている7)。まず、障害者の機能障害及び能力低下の評価のための指針」は、社会福祉・家族法典L114条で定義されている障害のある者に対する社会的優遇措置として法律を適用するために、WHOの提唱する障害概念である機能障害、能力低下、社会的不利の3水準、と病気の診断の4つの観点から障害を定義する7)。  「障害者の権利と機会の平等、参加及び市民権に関する2005年2月11日付け法律」(以下「2005年障害者権利法」という。)の8つの柱には障害者の必要の評価と権利の認定、市民権及び社会生活への参加が含まれる8)。本法に基づき最終的な障害認定を行うのは、県特殊教育委員会(CDES)と職業指導・職業再配置専門委員(COTOREP)を統合した障害者権利・自立委員会(Commission des droits et de l’autonomie des personnes handicap?es,CDAPH)である。さらに、評価のための指針(前述)による能力低下率等の判定は、新たに設置された県障害者センター(Maison d?partementale des personnes handicap?es,MDPH)が行い、多分野専門家チーム(?quipe pluridisciplinaire)の活動を統括する7)。  こうした動きの中で、障害の捉え方も以下のように変化している7)。これまでは、「障害労働者(travailleur handicap?)とは、1つ又は複数の、身体的、感覚的、知的、精神的機能が変化したために、雇用の獲得又は継続が実際に減少している全ての者をいう」(労働法典L323-10条第1項)(現L5213-1条)であった。  しかし、2005年障害者権利法により社会福祉・家族法典L114条に修正があり、「現行法の意味するところにおいて、障害(handicap)とは、身体、感覚、知能、認知又は精神機能のうち、1つ又は複数の機能の実質的(substantielle)、継続的(durable)、又は決定的な低下のほか、重複障害(polyhandicap)又は日常生活に支障をきたす健康障害のために自らの環境において被るあらゆる活動の制限又は社会生活への参加の制限を指す」。  さらに、2008年には新たなツール「障害者の補償の必要性を評価するための手引き」(Guide d’?valuation des besoins de compensation de lapersonne handicap?e,GEVA) 7)が公布され、個々の障害者の置かれた環境や障害の状況の多面的な評価結果を障害労働者の資格認定(後述)・各種制度の適用の可否の資料とし、生活設計及び法的措置に関する基準に照らし個別の必要性に応じた障害補償プランを提案する。障害者が表明する職業を含めた生活設計等の希望を把握し必要な支援を提案できるのも特徴の1つである。このような社会モデルを加えた多面的な評価により、最近のWHOの提唱するICFの概念を取り入れ、重複障害も含めて、障害認定制度の改変を行っている7)。 (4)職業リハビリテーションとの連携  障害認定制度と職業リハビリテーション関係機関との連携による障害者の統合を以下にまとめた。  フランスの場合、障害労働者の資格の認定(reconnaissance de la qualit? de travailleur handicap?,RQTH)を行うのは障害者権利・自立委員会(CDAPH)である(労働法典L5213-2条)7)。障害労働者は、この資格の認定により、職業生活に関する①障害者権利・自立委員会(CDAPH)による適合企業(Entreprise Adapt?e,EA)、労働支援機関・サービス(Etablissements ou services d’aide par le travail,ESAT)への進路指導、②職業訓練・研修、③Cap Emploi(企業と障害者に対する求職に関するサービス機関をネットワーク化した県の制度)、④民間及び公的機関の雇用義務の対象となる、⑤障害者職業編入基金(AGEFIPH)の助成金の権利を得る7)。障害者権利・自立委員会(CDAPH)による一般就労、職業再訓練センター利用指示も障害労働者資格認定に値する(労働法典L5213-2条)7)。  障害労働者の資格の認定(RQTH)は、2006年1月1日より、障害重度認定(reconnaissance de la lourdeur du handicap)となったが、この認定は職務への調整に対して、雇用主に(自営業の場合は本人)に行われる補償で使われる概念である7)。  ドイツの重度障害者法(前述)で規定される重度障害者を対象とした職業リハビリテーション関連サービスは、給付と促進、特に労働生活での随伴的援助等、雇用者と協力して行う専門家による相談やその他の支援、職場や事業所における重度障害者の利益代表、特別な解雇保護、一般労働市場への統合を意図した特別プロジェクトである9)。  さらに、障害の種類もしくは程度又はそれ以外の事情により、統合が困難な場合、法的及び経済的に独立した社会統合企業、公的な雇用主により経営される社会統合事務所/部門といった社会的企業による統合プロジェクトが規定されている(社会法典第9編第11章)5)10)。雇用率制度実施国イタリアの国法68/69では民間及び社会的協同組合において、従業員が15人以上では1人、50人以上では3人の障害者の雇用義務がある。本法によりB型社会的協同組合に所属した障害者への一般企業への移行保障が可能となっている10)。  米国では障害者の所得保障制度である社会保障障害保険(SSDI)及び補足的所得保障(SSI)の公正な運用を図るための障害認定は社会保障事務所が申請を受け、申請者の拠出用件や実質的収入活動の基準以上での就業などの基本的な受給条件の審査を行う。さらに、申請者の居住する各州の障害認定事務所(Disability Determination Services,DDS)において、申請者の障害状態が給付対象となるか否かを判断する11)。これらの所得保障制度の受給者に対して、就業機会獲得と労働奨励促進法(Ticket to Work and Work Incentives Improvement Act)12)により、就労支援サービスが提供されている。さらに、労働力投資法(Workforce Investment Act,WIA)により、個別訓練費の制度、障害者の誰もが就労に関する基本的サービスを受けることができる12)。  米国では、障害者の人権を保障すべきという観点から、1973年にリハビリテーション法が、1990年に障害をもつアメリカ人法(Americans with Disabilities Act,ADA)(以下「ADA」という。)が制定された。リハビリテーション法を基礎とし、差別禁止の観点を反映したこのADAの障害の定義は「主要な生活活動の1つ又は複数を実質的制限する身体的又は精神的な損傷(impairment)を有する。又はそのような損傷の経歴を有する。又はそのような損傷をもつとみなされる」(3条)12)。この定義は給付関係法の定義とは異なる。 (5)障害者差別禁止  社会保障等に関する障害の定義とは別に、統合に加えて、差別禁止を視野においた障害のとらえ方や定義を以下にまとめておく。  2008年に成立し、2009年1月に発効した米国のADA改正法(ADA Amendments Act 2008)により、ADAの障害の定義(前述)に関して1990年のADAの成立当初の議会の意図との整合性を取り、障害をより広く、より明確に定義するために変更がなされた。  ADA改正法では、裁判所が「障害の定義」を解釈する際の5つの原則を規定している13p.7)。第1に、「障害の定義」は本法の許容する最大限まで広範囲の者たちに資するように解釈する(§3(4)(A))。第2に、「実質的に制約する」という文言は、ADA改正法2条「事実確認と目的」にそくして解釈する(§3(4)(B))。第3に、「ある主要な生活活動を実質的に制約するインペアメント」を「障害」と認定するに当たり、そのインペアメントが「他の主要な生活活動」を制約している必要はない(§3(4)(C))。第4に、反復発作的に出現したり、一時的に沈静したりするインペアメントは、その症状の発生時に「主要な生活活動を実質的に制限する」ものであれば、「障害」と認定する(§3(4)(D))。第5に、主要な生活活動を実質的に制約するインペアメントであるか否かを認定するに際には、「軽減手段のもつ改善効果」を考慮に入れてはならない(§3(4)(E)(i))。  なお、軽減手段のうち通常の眼鏡又はコンタクトレンズのもつ改善効果は、インペアメントが主要な生活活動を実質的に制約するか否かを認定する際に考慮に入れる(§3(4)(E)(ii))。但し、ADA改正法5条(b)によれば、「義務主体は、裸眼視力に準拠した資格基準(qualification standards)、採用試験その他の選抜基準が職務に関連し、かつ事業上必要付可欠であることを明らかにしない限り、それらの基準を用いてはならない」。  さらに、主要な生活活動の定義が新たに定義されると共に、その定義に「主要な身体的諸機能」も加えられ、範囲が広げられた14)。また、ADA改正法では、1つ以上の主要な生活活動を実質的に制約する身体的又は精神的な損傷、又はそのような損傷の経歴があることは合理的配慮の対象となる。さらに、原告が「現実にある又は認識された心身のインペアメントを理由に」違法行為を被った旨を立証しさえすれば、そのようなインペアメントをもつとみなされる13)。  2009年4月より施行の韓国の障害者差別禁止及び権利救済に関する法律第6条では障害と過去の障害の経歴並びに障害があると推測されることを理由にした差別を禁止しており15)、本法の適用範囲を第2条に定義される障害者から実質的に広げている15)。  英国の障害者差別禁止法制の主柱である障害者差別禁止法(Disability Discrimination Act, DDA)では、第1条を対象となる障害、障害者の定義にあてている。その第1項で「『障害』とは、通常の日常生活を行う能力に対して相当程度のかつ長期的悪影響を及ぼす身体的又は精神的機能障害( impairment )のある状態をいう」、また続く第2項では「『障害者』とは、障害をもっている者をいう」。更に第2条の規定により、障害歴を持つ者にも同法(第1編〜第3編)が適用される3)。本法における障害者の定義は、個々の事案において、それが障害者に対する差別とみなされるかを判定する際に適用されるものである3)。 4 考察  障害者の労働能力に応じた労働市場への統合推進を目指す障害認定において、まず、増加傾向にある精神機能の障害の発生を視野に入れた、身体機能の評価との整合性のとれた制度が必要となる。また、生活のリズムの確立等が課題となりやすい、とりわけ発達障害、精神障害、高次脳機能障害をもつ人の特に就業に焦点を置いた健康関連の評価の充実が重要となる。立法措置との関連では、先天性の障害等をもつ若年層や重度障害者のみならず軽度障害者に対する制度を設けているオランダ及びドイツの制度は注目される。  重複障害者の障害の程度の捉え方や支援はわが国において課題となっている16)が、ドイツ6)やフランス7)の制度が参考となる。また、フランスはWHOの障害概念及びICFを取り入れた社会モデルを加えた多面的評価を取り入れている。  職業リハビリテーションや社会的企業との連携をとり、統合を図る制度が各国で構築されている。  差別禁止の視点から、ADA改正法における障害の定義を最大限広範な者に資するよう解釈したり、「軽減手段」を考慮に入れない障害の定義、障害の社会モデルの趣旨に則する等の立法府の姿勢は障害者差別禁止の視点で障害を捉えるうえで重要である。韓国障害者差別禁止法にも類似の姿勢が窺える。また、就労保障、主観的権利として個別対応の合理的配慮の整備にも重要と考えられる。なお、障害者の権利条約は、合理的配慮の実施を雇用の場に限定しておらず、同条約採択直前に可決された千葉県条例も同趣旨である17)。 文献 1)OECD:Sickness,Disability and Work: Breaking the Barriers. VOl.2(2007) 2)日本弁護士連合会:「『障がいを理由とする差別を禁止する法律』日弁連法案概要の提案」p1-p2(2007) 3)佐渡賢一:第6章「英国の障害認定制度」『欧米諸国における障害認定制度』資料シリーズNo.49 障害者職業総合センター(2009) 4)石川球子:第5章「オランダの障害認定制度」『欧米諸国における障害認定制度』資料シリーズNo.49 障害者職業総合センター(2009) 5)障害者職業総合センター:『諸外国における障害者雇用施策の現状と課題』資料シリーズNo.49 6)石川球子:第3章「ドイツの障害認定制度」『欧米諸国における障害認定制度』資料シリーズNo.49 障害者職業総合センター(2009) 7)石川球子:第2章「フランスの障害認定制度」『欧米諸国における障害認定制度』資料シリーズNo.49 障害者職業総合センター(2009) 8)大曽根寛:「フランスの新しい障害者所得保障政策-2005年法のシステム-」『ノーマライゼーション』4月号(2007.4) 9)春見静子:第1章「ドイツにおける障害者雇用施策の現状と課題」『諸外国における障害者雇用施策の現状と課題』資料シリーズNo.41 障害者職業総合センター(2008) 10)石川球子:第1章,第2章ドイツの社会的企業、『EU諸国における社会的企業による障害者雇用の拡大』資料シリーズNo.40 障害者職業総合センター(2008) 11)百瀬優:「アメリカ障害年金の形成過程と現状-日本への示唆を求めて」、『障害者の自立支援と「合理的配慮」に関する研究』 厚生科学費補助金障害保険福祉総合研究事業(2009) 12)石川球子:第3章「米国における障害者差別禁止と合理的配慮をめぐる動向」『障害者雇用にかかる「合理的配慮」に関する研究』調査研究報告書No.87 障害者職業総合センター(2008) 13)川島聡:「2008年ADA改正法の意義と日本への示唆-障害の社会モデルをてがかりに-」『海外社会保障研究』Spring No.66 (2009) 14)石川球子:第4章「米国の障害認定制度」『欧米諸国における障害認定制度』調査研究報告書No.87 障害者職業総合センター(2008) 15)崔栄繁:「韓国の障害者差別禁止法制-障害者差別禁止法を中心に-」小林昌之編『発展途上国の障害者と法:法的権利の確立の観点から』調査研究報告書アジア経済研究所(2009) 16)障害者職業総合センター:『重複障害者の職業リハビリテー及び就労をめぐる現状と課題に関する研究』調査研究報告書No.72(2006) 17)青柳幸一:「障碍をもつ人の憲法上の権利と「合理的配慮」」『筑波ロー・ジャーナル』4号(2008:9) 精神障害者職場復帰支援におけるMSFASを活用した取組みについて −「自分の状況を理解するシート」の試行− ○高島 修子(東京障害者職業センター リワークカウンセラー)  生川 奈津美・今若 惠里子・宮下 薫・永島 弥生(東京障害者職業センター) 1 はじめに  東京障害者職業センター(以下「東京センター」という。)では、2005年より「うつ病等により休職している精神障害者に対する職場復帰支援」に取り組んでいる。東京センターでの職場復帰支援では、インテークの段階で「幕張・ストレスアセスメントシート(以下「MSFAS」という。)」を全対象者に記入してもらっており、支援者がその後の支援を具体化する段階で、重要なツールとなっている。  今回、①対象者と支援者の問題共有、②新しい対処行動の獲得のための課題設定を、早期に容易にするための取組みとして、MSFASを1枚のシートにまとめてみる試行を開始したので、状況と今後の課題について報告する。   2 東京障害者職業センターにおける職場復帰通所カリキュラムについて  東京センターでの職場復帰支援の通所カリキュラムは下記のような構造になっている。  ◆利用期間:おおむね3ヶ月前後  ◆利用時間:9時30分〜16時30分  ◆プログラム内容 (1)個人カリキュラム:作業と講義・自主作業を組合わせ、担当カウンセラーと対象者が活動スケジュールを作る。 ① 作業項目(決められた作業を集中して行い、それを通じて体調への変化を認識するのが目的。)   ・数値チェック(トータルパッケージ版)   ・日報集計(トータルパッケージ版)   ・物品請求書(トータルパッケージ版)   ・計算ドリル  ・マス計算   ・スーパー折り紙 ② 講義項目(テーマに沿ってリワークカウンセラーによる講義を実施。講義を通しての情報提供、振り返り及び学習の糸口の提供が目的。)   ・ストレスマネジメント ・認知行動療法   ・睡眠について ・症状と対人場面   ・職場内コミュニケーション   ・職場復帰について考える  ・キャリアプラン再構築 ・リラクゼーション  ・薬について  ・アサーション ③ 検査等  ・東京大学式エゴグラム(TEG−Ⅱ)  ・厚生労働省編一般職業適性検査(GATB)  ・職業ストレス検査(OSI)  ・ベックの抑うつ尺度日本版(BDI-Ⅱ) (2)共同作業経験プログラム  8名から122名のグループワーク。期間は5日間。複数で協力して実務作業を実施するもの。 3 実施状況  MSFASは障害者職業総合センターで開発された職場適応促進のためのトータルパッケージの中のひとつで、「職場や作業場面でのストレスや疲労の現れ方を把握し、それらのマネジメント方法を検討するツールであるとされている。特にストレスや疲労に関する情報収集に主眼をおくのではなく、ストレス・疲労に関する自己理解の促進や、具体的な対処行動の提案とその確立に向けた支援につながるものを指向する1)」とある。シートは「利用者用シート」と「支援者用シート」の2部構成で、利用者用シートはAからFまでの6種、支援者用シートはGからMまでの7種がそれぞれ準備されている。 表1 MSFAS構成シート 〈利用者用シート〉 A 自分の生活習慣・健康状態をチェックする B ストレスや疲労の解消方法を考える C ソーシャルサポートを考える D これまでに携わった仕事について考える E 病気・障害に関する情報を整理する F ストレスや疲労が生じる状況について整理する 〈支援者用(相談用)シート) G 医療情報整理シート H ストレス・疲労に関する探索シート I 服薬/治療・リハビリの経過整理シート J 支援手続きの課題分析シート K 対処方法の検討シート L 支援計画立案シート M フェイスシート    今回当センターで試行している「自分の状況を理解するシート(以下「状況理解シート」という。)」は、①初回面談時、対象者本人がMSFAS(シートA〜F)を記入する。→②記入されたMSFASを基に状況理解シートに転記する。→③個別相談を行う、の手順で進められ、課題設定については、インテーク当日、もしくは2回目の面談で実施としている。  復職支援の利用を希望する対象者のほとんどが40分から60分ぐらいで、MSFASを自力で作成することができている。状況理解シートの作成は5分から10分程度で転記し終えることができる。細かい説明も必要とはせず、番号順(1・2・3、・・)に転記するだけである。番号はストレスを感じる場面をスタートにして、F→E→C→B→Aの順に追うと記入がしやすいように構成している。転記順にはこだわる必要はなく、転記する者が書きやすい方法で問題はないことは言い添えている。  転記が終了したら、「8(自分の対処方法)」の満足度と「6(意欲的に作業ができる場面)」の満足度を「パーセント」で記入することを依頼する。  状況理解シートの作成にあたっては、認知行動療法等で使用されている質問紙や認知再構成表などを参考にした。MSFASの基本的活用方法では、「対象者本人の心理的負担感を軽減するため、自分の状況を比較的負荷の低い周辺情報から課題に向き合い解決策を検討するといった本質的情報へと段階的に作成することにしている1)」とあるが、職場復帰支援の対象者の場合、復職までの期間が限られているという状況で、利用期間を3か月程度に設定していることもあり、対象者との課題共有も早い対応が必要となると考えている。よって、現状でインテークの段階での記入としている。  状況理解シートの番号の1から3までは、「状況」⇒「行動」⇒「結果」と、対象者がストレス状況と感じる場面とそれに対する行動、その結果という流れが一目できるようにしている。  4・5・7は、対象者本人が自覚している疲労のサインと、病気等によって現れてくる自覚症状、それが9に向かうと再発の危機的なサインとしてみる。疲労のサインに対して、対象者が選択している対処方法が8、対処行動が成功しているかどうかを満足度として%で記入してもらう。  9の「周囲の指摘」と10は、サポート資源として相談相手を転機、相談相手が家族の場合は「理解」の項目を追加して記入する。  11は日常生活行動の一部分となる。  6は仕事のスタイルとして対象者が充足や満足を感じている場面が転記される。   4 状況理解シートの使用状況  2009年8月から現時点で、対象者本人が転記したもの10名、支援者が転記したもの15名分の計25名分の結果について報告する。カウンセラーが転記した場合は、満足度については空白もしくは後日聞き取りした。  Fシート(ストレス・疲労に関する周辺状況)については、職場でのストレス状況について対象者の自覚が強く、容易に記入できているように思われる。仮にストレス状況について記入することができない場合でも、1枚のシートにしてみると、「記入できない(空白)」という状況が明らかとなり、疲労状態が意識できていないのではないか、と推察できる。また、ストレス状況やその中で対象者がどのような対処行動をとっているか、その満足度をパーセントにすることで、対象者は具体的に対処行動について意識でき、現状の対処法が「どうもうまく機能していないようだ」との気づきにつながってくる。また「対処法が十分か・適切か」といった問いかけとすることもできる。  「2、行動」では「我慢する」とあることが多く、適切な対処行動が見いだせていない状況が推察できる。「4、疲労のサイン」については「眠くなる・頭が重くなる・頭痛」「肩がこる・全身がだるくなる・手が震える」との記載が多い。まさにうつ病の特徴と一致しているが、病気の再発と関連づけられる対象者は少なく、改めて注目してもらうことで再発予防の意識付けを促すことができる。  また「能率が下がる」は気力の減退の表現と思われ、その結果パフォーマンス低下が意識され「周囲が気になる」という状況を招いていることが推察できる。 「10、サポート」の項目であるが、主な相談相手を家族としている場合でも、その家族が病気について「あまり理解していない・どちらともいえない」の場合は、実質的なサポート機能は不足していると考えられる。「11、たばこ・お酒」はリラクゼーションと考えている対象者も多く、特にお酒は「眠れないので睡眠薬代わり」「緊張を弛緩させる」などを目的としていると答える対象者もいる。睡眠障害がある一方で、「11、余暇・好きなこと」の欄に、ゲーム・パソコンと記載している対象者も多く、睡眠リズムの修正には、夜に興奮刺激を取り込むことを避ける必要があることなど、課題点が明確になる。このように、大体の傾向が容易に見渡せるようになっている。     自分の状況を理解するシート(MSFAS版) 数字の順番に従って記入してください 氏名       /   年  月  日                                      11、                    中には、MSFASへの記入そのものに非協力的であったり、記入そのものができないという対象者もいる。それらについてもカウンセラーが転記をしてみると、質問の意図が読み取れていないなど病気や障害に起因するためと推察されることや、対象者がそもそも支援利用を望んでいないことが読み取れたりする。 5 まとめ  この状況理解シートの使用感は対象者からも支援者からもMSFASから得られる情報の再整理と分析状況が目に見える形で示されるため「解りやすくなった」という感想が多い。  このシートはMSFASに記入された情報を再構成して、対象者が自己を客観的に見ることを促進するための補助具的な要素を持っている。状況理解シートを利用することで、MSFASで提供される情報を、対象者にとって解りやすい形でフィードバックができる。情報共有し、協同でアセスメントすることで、早期に目標設定することが可能になる。新たな対処行動獲得のための動機付けや、対象者の認知や構えに課題がある場合には、どのような心理教育プログラムが適当かを選択する手がかりにもなる。  状況理解シートからは、復職後に「職場でしてほしい配慮」も推察できるので、これらは職場復帰支援のコーディネイトの際には事業主との協議の項目とする必要がある。  MSFASの効果については、その報告書1)の中で、「情報提供を受けるだけではなく、より具体的な核心に近い話をすることができること」「短期間で対象者と支援者が目標を共有できること」、また過程のなかで『情報の収集→情報の整理→情報の共有→ストレス・疲労の機能分析→対処行動確立に向けた支援計画立案』という機能を果たしている」としている。  状況理解シートは本来のMSFASの機能を、部分的に抽出して単純化したともいえる。両者の活用方法をさらに整理し、効果・効率的な実施に結び付けていきたいと考えている。                     引用文献 1) 障害者職業総合センター 調査研究報告書No57「精神障害者等を中心とする職業リハビリテーション技法に関する総合的研究(最終報告書)」 参考文献  伊藤絵美:認知療法・認知行動療法カウンセリング、星和書店  坂野雄二:認知行動療法、日本評論社  岩本隆茂、大野裕、坂野雄二:認知行動療法の理論と実際                 新体系移行事業所からの一般雇用に向けての就労支援とライフプラン                       ○小原 淳子(社会福祉法人慈泉会 サンワーク六郷/秋田県南障害者就業・生活支援センター 所長)  山手 千美(社会福祉法人慈泉会 秋田県南障害者就業・生活支援センター)  本間 啓之(社会福祉法人慈泉会 指定障害福祉サービス就労移行支援事業所サンワーク六郷)  1 法人の概要説明  当社会福祉法人慈泉会は、秋田県の県南やや中央部に位置しており、大曲から東に向かって15分、美郷町を拠点に、身体と知的障害の複合施設で施設整備は美郷町が実施し、運営は当法人が行う公設民営の施設として知的障害者通所更生施設、身体障害者通所授産施設、身体障害者デイサービス事業を平成16年4月開設する。  平成18年10月には新体系に移行、障害福祉サービス事業所サンワーク六郷「生活訓練(定員6名)」「就労継続支援B(定員38名)」「就労移行支援(定員6名)」「生活介護(定員30名)」「グループホーム・ケアホーム(定員23名)」「居宅介護事業」美郷町委託事業として移動支援事業・相談支援事業・地域活動支援センター・日中一時支援事業を展開している。  これらの事業を行っている併設施設に障害者就業・生活支援センターと第1号職場適応援助事業を行っている。 2 法人の理念  あなたの「働く(はたらき)」・「生活(あんしん)する」・「自分の輝き」見つけてみませんか ① あなたが地域で自立した生活ができるようにお手伝いします ② あなたの気持ちを大切にします ③ あなたが「してほしい」サービスを選べるようにします。 ④ 地域との交流がもっとできるようにしていきます。 を理念にサービスの展開を実施している。 3 地域の実態 (1)障害者就業・生活支援センターの実施状況  障害者就業・生活支援センターにおける障害種別・就業状況別の支援対象者(登録者)は表1のとおり。  登録者のうち、知的障害者が全体の3分の2を占めている。また求職中の方の約40%が、福祉施設を利用し訓練している。 表1 (平成21年1月末現在) 区 分 身体 障害 知的 障害 精神 障害 その他 合 計 在職中 14 65 1 1 81 求職中 (うち施設利用) 14 65 12 5 96 (2) (33) (0) (0) (35) 手帳なし  15 15 0 0 30 合 計 43 145 13 6 207 ・その他は基礎訓練が必要な者など、就職に向けての準備段階の者。 ・「在職中」には、いわゆる福祉的就労は含めない。 ・「求職中」には、ハローワークへの求職登録、職場実習など、就職に向けた具体的な求職活動を行っている者。                            地域別にみると、美郷・大仙地区が全体の約4割を占めている。また地域ごとで、登録状況にバラつきが見られる(表2)。 表2 (平成21年1月末現在) 区 分 仙北市 大仙市 美郷町 横 手 市 湯 沢 市 羽 後 町 東 成 瀬 村 合 計 在職中 9 26 8 30 5 2 1 81 求職中 うち施設利用 8 21 17 32 10 6 2 96 2 10 8 9 4 1 1 35 その他 1 8 6 14 0 0 1 30 合 計 18 55 31 76 15 8 4 207 (2)施設利用の状況  サンワーク六郷通所者の年齢別・性別の状況は表3のとおり。   表3 (平成20年3月末現在)     20才未満 20〜29才 30〜39才 40〜49才 50〜59才 60〜69才 70才以上 計 生活訓練 男 2 2 1 5 女 2 3 1 6 計 4 3 2 1 1 11 生活介護 男 12 8 1 1 22 女 6 1 1 2 10 計 18 9 1 3 1 32 就労継続支援B 男 5 2 4 6 2 1 20 女 7 1 1 1 2 1 13 計 12 3 5 7 4 2 33 就労移行支援 男 3 3 女 1 3 1 5 計 1 6 1 8 男 2 20 12 5 7 3 1 50 女 3 19 2 3 4 2 1 34 計 5 39 14 8 11 5 2 84 4 研修のテーマ  サンワーク六郷の施設から一般雇用された障害者は10人。この経験から新体系に移行した就労移行支援事業所や就業・生活支援センター職員が障害者の一般雇用さらにはその方のライフスタイルの安定に向けた就労支援の取り組みとそこから見えてきた他機関の就労支援事業所や様々な事業所との連携の取り方での課題、利用者・家族の思いの狭間にたった就労支援及び生活支援について関係機関に繋いでいくケースの報告をする。   5 福祉的就労から一般雇用に向けてのプランの実施経過報告(平成18年10月より)  支援対象者にサービスを提供するにあたり支援事業所には個別支援計画を作成し、それに基づいて支援をしていくことが求められる。  個別支援計画の作成は利用者の方の意思及び人格を尊重し、個別のニーズに合った適切で効果的なサービスを提供するために、継続的に効果を評価しながら適切なサービス提供を行うことが必要とされる。  そこで、社会就労センターのモデル個別支援計画でアセスメントを行い、モニタリングを「就労支援のためのチェックリスト」(独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構)を参照に現場で役に立つツールとしてサンワークバージョンを作成する(以下「モニタリング表」という。)。  ①生活介護サンワークバージョン1  ②生活訓練サンワークバージョン2  ③就労継続支援サンワークバージョン3  ④就労移行支援サンワークバージョン4  このモニタリング表は事業所ごとにチェック項目の特徴がある。  支援計画と本人の状態とチェック項目と支援の考察で次のステップになるように活用して利用者のニーズに合わせて展開をする。    事業の再分化を図り本人本位の支援計画立案と事業所毎の目的を明確にするためにグループマネジャーを配置して職員の意識改革を行う。 6 職員の啓発及び意識の改革 ① 個別支援計画作成 ② 契約の仕方について ③ サービスのプロセス管理について ④ チェックリストの記入の仕方について ⑤ モニタリング表の管理の仕方等など  職員に周知や研修を行いながら事業を勧めたが、その中で、利用者の障害別と事業所毎の目的によって職員間で数々の問題点が浮き彫りなった。  事業所間での日課の違いや事業所の利用目的の違い行事の内容の違い新体系を理解できない。シートの記入が分からない。等の疑問や意見があり、再度、再分化した事業の目的についての再確認をする。 ・就業・生活支援センター  就業と生活の一体的支援の充実と職場定着支援を行う。 ・就労移行支援事業所  本人の働きたいという意志に基づき、的確なプログラム、パッケージを組んで一般就労に向けた支援を強化する。 ・就労継続B型  ⅰ、所得の確保、工賃倍増  ⅱ、生活の基盤となる収入の確保  ⅲ、働き続ける生きがい活動 ・生活訓練  エンパワーメントの視点とストレングス ・生活介護  ⅰ、ケアの必要な支援を行い安心安全な日常生活支援  ⅱ、創作活動、生産活動で利用者の生きがいにつなげる支援  ⅲ、自己役割の伸長 ・グループホーム・ケアホーム   安心できる住居生活を営むための生活 支援と環境整備 個々のニーズにあった住居の提案  職員間で意識の共有化を図りながら支援を行ったそのケース事例を紹介する   7 事例紹介  関わった関係機関は、市町村 養護学校 中央地区担当就業・生活支援センター グループホーム 就労移行支援事業所 当就業・生活支援センター 障害者職業センター 企業 ハローワーク 家族 と連携を図りながら一般就労に向けて支援を行う。ツールは、 (就労移行支援サンワークバージョン4)  現在も就業・生活支援センターで定着支援とジョブコーチのフォローアップ支援が継続されている。  現在、就労移行支援事業所にて基礎訓練を行っている。今後は職場実習や委託訓練を行いながら一般企業就職に向けて支援を展開予定。ツールは  (就労移行支援サンワークバージョン4) 8 結果  働くことは、障害の有無を問わず、「所得を得(て地域で自立した生活を送)る」、「働くことを通じ、地域で役割を持つ(社会参加)」「自分の夢や希望を達成する(自己実現)という意味があり、実際に施設から一般就労に結び繋いだ職員は、悩みや問題・課題を抱えながらも達成感を感じて次のステップ繋いでいる。   障害の有無を問わず、人生の中には入学、卒業、就職、離職(転職、定年、リタイア)など大きな分岐点があるが、進路を選択するためのメニューが豊富にあり選択できることである。  そのためには、今より充実した支援を受けながら生活することができるように支援の基盤を作ることがモニタリングのツールを活用しながら支援体制を今後も、より強化させて他の事業所との連携を図っていくことが不可欠になる。  そこで、地域支援マップを作成し県南地区の利用者がスムーズにサービスが受け入れられること。また、関係機関の連携をすることによって、選択できるサービスが豊富にあることの啓蒙活動をワーカーが担い活動を展開している状況である。    9 まとめ  障害者の就労支援を行うためには、雇用・福祉・教育などの各分野の連携が不可欠であり、各支援機関の役割分担のもとに、個々の障害者のニーズに対応した長期的な支援を総合的に行う必要があり、そのためにもネットワークを地域ごとに構築する定期的なケース会議を開催しながら、障害者の方のライフステージを適切な支援をどの機関を利用しても適切な支援に結びつく事ができるサービスの調整をすることが大事である。  また支援者にとっては各分野の強みを生かして効果的な役割分担ができ、障害者の方の支援に繋げながら、各支援機関が持つ目的や目標などはそれぞれ支援機関固有のものであるが、就労という同じ目的に対してはそれぞれ各支援機関が共通の認識を持ち方向性を揃えて取り組んでいく事が大事だと考えている。  ネットワークを築く為にも、顔と顔が見える関係を作っていかなければいけないと感じている。  そして「働きたい」という気持ちを実現する為には、大きな力が必要。その大きな力がネットワークチーム力であり、支援の輪を広げてこの大きな力を地域の中にうみだしていくためには個々の障害者に必要な支援をコーディネートする役割を就労移行支援事業所と連携を図り就職に向けての支援を強化していきたい。  障害者の方が一般就労できるよう、またその後のライフステージをフォローできるよう今後も検討しながら展開していく。 失語症者の復職に向けての支援 中城 みな子(医療法人新さっぽろ脳神経外科病院 言語聴覚士)   1 はじめに  失語症者の復職には大変な困難を伴う。言語能力が重要な職業では尚更であり、配置転換や業務内容の変更がかなわなければ退職を余儀なくされる。今回、2年8ヶ月の言語聴覚療法(以下「ST」という。)を経て高等学校の国語科教員に復職した症例を経験した。当初国語科ゆえに復職困難ではと予測していた症例だったが、職場の理解と協力を得てリハビリテーション出勤を経て復職に至った。復職までの過程をまとめたものに若干の考察を加えて報告する。 2 症例紹介  40歳代・男性。2005年2月14日脳ドックで巨大未破裂脳動脈瘤発見。翌週クリッピング術施行  後脳梗塞発症。右片麻痺、失語症を呈した。 職業:高等学校国語科教員、クラス担任のほか、進路指導部長、クラブ活動顧問などを担っていた。 家族:妻と子供3人(小学校低学年、高学年) 3 リハビリテーション(以下「リハ」という。)の実施期間  入院では理学療法(以下「PT」という。)・作業療法(以下「OT」という。)・STを約3か月実施、退院後はOTとSTのみ週5回外来フォローし、2006年からはSTのみ継続した。   4 ニード 本人:2005年秋、遅くとも年内に復職したい 妻:休職期間はリハ継続し、なるべく良くなって復職してほしい。 5 外来リハへ移行時の状態 (1)身体機能面 軽度右上下肢麻痺残存。歩行は杖なしで1.5〜2㎞可能。上肢動作テスト81点、手指巧緻性低下、動作スピードアップで屈筋痙性増強し易く、筋易疲労性あり。右手での書字は18mm×18mmマスに連続30分程度。ゆっくり可能。箸使用しての食事は1〜2皿程度。 (2)言語機能面 標準失語症検査では理解・表出とも軽度障害レベルに改善したが、喚語困難による淀み、錯語の出現、不自然な言い回しなどは残存しており、複雑な内容の伝達は聞き手の推測を一部要する状態。日常会話の理解はほぼ可能も、情報量が多い文章の聴き取りはまだ不十分。 6 障害受容  本症例は国語科教諭であることから、失語症や言語のリハビリをすることやその意味についての理解がなかなか進まなかった。主治医から2年はリハ継続が必要なこと、復職可能かは経過次第であることが説明されていた。しかし症例はその年の秋(発症8ヶ月頃)に復職をするつもりだと周囲に話していた。症例が障害を受容し、復職に向けて能動的かつ効果的に行動できるようになるまでに1年以上を要した。障害受容までの経過を以下に記す。 (1)発症〜5ヶ月(2005年3月〜同年7月)まで:  ST開始時はテストバッテリーの実施や訓練には協力的で意欲があった。発症3ヵ月後には標準失語症検査では軽度障害レベルに改善したが、喚語困難による淀み、錯語の出現、不自然な言い回しなどは残存しており、複雑な内容の伝達は聞き手の推測を一部要する状態であった。日常会話の理解はほぼ可能であった。この頃から「国語の力が上の自分になぜ国語の力を試すようなことをするのか」「教師の自分のほうがSTより言語の専門職なのに」という自負がSTとの会話の際徐々に感じられるようになった。またその時々の訓練課題に対しても「これをやると本当によくなるのですか。」このような質問がたびたびあり、幾度説明しても訓練効果を1〜2週間と短いスパンで期待しがちだった。外来通院に移行してからは、リハから提供した自主練習課題は終了までに2〜3時間要し、自分のやりたいことが出来ないとこぼすことがあり、復職の意思とは裏腹な発言が聞かれた。家庭と病院と間の限られた活動範囲の中で世間話程度のやり取りは可能であり、たまに会う人々には発症時に比べると言葉の改善を驚かれることのほうが多かったと思われる。それは結果的に残存する言語症状への気づきを遅らせた一因となった。 (2)発症6ヶ月〜12ヵ月(2005年8月〜2006年2月):  ある日の自分の説明が他者にうまく通じなかったという体験を通して、自分には思うより談話障害が残存しているということを改めて自覚したようだった。STにもこの体験を「国語の教師なのにこれではまずいと思った」と話された。リハに対するモチベーションは若干向上し、ST自体の受け止めは定着してきたが、心理的な浮沈は時々認めたため、その都度傾聴し助言を継続した。この頃は気持ちの建て直しは徐々に早くなっていたが、訓練効果への焦りは残存していた。また受傷前の自分と比較するために言語機能の改善点を認められず、喜びや自己の努力に対しての評価が得られ難くなっていた。そのため発症時や2ヶ月前、3ヶ月前の状態と現在との変化を説明するように意識して関わった。 (3)発症から13ヵ月〜15ヶ月(2006年3月〜同年5月)まで:  「教育とリハビリの違い、STを続けることの意義がようやく分かった」という発言が聞かれるようになり、現在の言語症状ではまだ復職は困難であることも理解された。それ以降の心理的安定性は日々向上し、リハビリに能動的に取り組めるようになった。STに対する抵抗感を気づかせるような発言もあまり聞かれなくなった。STが症例と同じ目標を共有できているという実感を得られたのはこの時期であった。 7 復職を見据えて (1)職務内容  復職後の職務内容は、以下のとおりである。教科(国語総合、古文、漢文)担当、教材研究・準備、試験問題作成・採点、補習授業の実施、クラス担任としての学級運営、全体的・個別的かつ臨機応変な生徒指導、成績評価・通知箋記載、保護者とのかかわり、問題が発生した場合の事態収拾、就職先・進学先との折衝、会議、分掌業務(部会、部活動顧問)など多岐に渡る。これらの業務を自立的に遂行するためには、全般的な言語機能とコミュニケーション能力、思考・判断の的確性・敏捷性、作業速度(および能率)、心理的な安定性・強さ、危機回避能力などの能力が必要とされる。後遺症のある状態での復職であり、本症例がどこまで可能か、今後環境調整や代償手段は必要か、それは何かの見極めが必要であった。病院の訓練室および家庭で出来ることには限界があり、学校という場を使っての練習が望まれた。 (2)復職までの事務手続き  長期休職者が復職するためには所管の教育委員会の健康判定審査に承認されなければならない。審査は月1回実施されていたが、休職中の代替要員手配の兼ね合いから、復職を希望する月の3ヶ月前に申請しなければならない。そのため、今後の改善を予測し、それを前提に受審のタイミングを決定しなければならない。通常各学期からの復職が通常で年3回の機会があることになるが、症例の勤務する高校は前・後期の二期制であり、復職の時期は4月からと10月からのいずれかであった。    (3)ためし出勤の提案  STは過去に休職中の教員が学校を訪問し会議や部活に参加するということを、学校側に許された経験があった。しかし模擬授業は実現したことがなく、どこまでの協力が得られるかは未知であった。STは通常授業がない夏休み期間ではどうかと考えていたが、症例と相談したところ、教職員の異動や新学期のあわただしさが落ち着く6月頃が時期として適当ではないかという発案があり、6月を調整開始時期と決定した。 イ リハビリテーション出勤に向けての布石  2006年4月から週1回数時間、学校へ出向いて同僚たちとの会話機会を持つことから開始した。一般の交通機関利用ではバスとJRの乗り継ぎがあり、待ち時間も長い為、妻の運転で通うことになった。症例に職場の雰囲気を思い出し、また家庭や病院とは異なった会話内容が出来る場で、新たな刺激を受けていただくことが目的であった。授業の合間に同僚や初対面の教員と会話をし、廊下まで聞こえる授業場面など学校の雰囲気に触れることは職場の感覚を呼び覚ますのには効果的であった。 ロ 学校との調整  6月に入り症例を通じて学校側にリハビリテーション出勤の件を打診していただいたところ、2006年6月13日、校長先生自らが保健室の養護教諭と看護師の資格を有する教員(以下「サポート役教員」という。)を伴って来院された。この教員は、過去に復職者のプログラム作成の経験があるということで選ばれたそうだ。この面談では、STから現在の言語症状とリハビリテーション出勤の趣旨を説明し、学校側からは全面的なバックアップが得られることが確認できた。2回目以降の面談は教頭先生とサポート役教員とSTの3者による段階的なリハビリテーション出勤の進め方を相談した。STからは、段階的な出勤日の増加と時間の延長、教職員との会話、会議等への同席、可能であれば電話対応、授業を想定した自主練習のため空き時間、空き教室提供、模擬授業の実施、可能であれば複数回、クラス人数を変えても試行したいことなどを依頼した。また、リハビリテーション出勤中は、復職を想定した視点での評価をして欲しいこと、定期的な情報交換の機会を持ちたいことも伝えた。  6月下旬には、来月からのリハビリテーション出勤に向けてサポート役教員から学校におけるスケジュールの提示があった。授業面では国語科だけではなくサポート役教員の担当する福祉科目も活用して構わないということだった。予定は夏季休業中の7月下旬から出勤開始と決まった。学校内の教職員周知のために必要とのことで、改めて病院からの依頼文書を提出した。 (4)リハビリテーション出勤(2006年7月から開始)  授業に関しては次のように行なわれた。 ・ 7月(夏季休業中)   医療福祉系 校外実習の礼状などの添削 ・ 8月・9月 週2回、2時間程度の出勤   国語科または医療福祉系での授業見学   STで模擬授業「羅生門」開始(50分×7回、板書+プリント作成) ・ 10〜12月 週2回、2〜4時間の出勤   医療福祉系 授業見学と一部授業実施 (「失語症について」)           10月19日公開授業実施    国語科 授業見学   11月6日 教頭先生・サポート役教諭に対して9日のプレ授業   11月9日 非公式な協力で練習授業     12月6日 リハビリ授業①     12月8日 リハビリ授業②  2006年12月中旬、出勤途中に追突事故に遭遇、幸い怪我なく済んだが、学校側の意向でそれ以降の出勤は冬期間中止となった。    リハビリテーション出勤中の情報交換は、サポート役教員とST間は適時電話やメールで行なった。また症例からは外来ST時に持参する日記の記載内容を元に話を聞き、また症例が自ら作成し授業のあと生徒・教員に自由に記載してもらった意見・感想アンケートのコピーを読ませていただいた。今後の方向性を検討するような局面においては、教頭先生を交えてサポート役教員と面談を行なった。教頭先生からSTに対し一度授業場面を見に来て欲しいとの要望があったが、結果的には見学する機会は得られずに終わった。 (5)復職時期の決定について  この年復職希望者が多く、翌年4月復職希望者に対する教育委員会の事前調査が行われた。その調査の締め切りのため、例年よりも半月ほど早期に復職時期の決断をしなければならなかった。症例は国語科でのリハビリ授業以降、2007年4月復帰も考え始めていた。理由は後述するが、結果的には追突事故が直接的なきっかけとなりリハビリテーション出勤が中止となった為、4月復職を断念した。  学校側との面談では、復職の条件として以下のことが挙げられた。 ・ 授業が出来ること:15時間/週、1日に2〜4時間連続授業になることもあり得る。復職してしまうと授業時間を減らすなどの極端な配慮は出来ない。 ・ 板書がしっかり出来ること。 ・ 分掌業務から外すことは出来ない。負担が少ない部へ配置する配慮は可能。 ・ 国語は主要3科目に入っており、講習や補修もある。他の教員に交代してもらうことは出来るが、その分通常の授業はこなせなければならない。 ・ 教科担任不在時は代行や自習監督など国語科内優先でカバーする必要があり、症例だけしなくてよいという配慮は出来ない。 ということであった。  リハビリ授業後、国語部会としては4月復帰でもよいのではないか、不十分な点はあるが、経験をつめば改善するのではないか、早く復職したほうが良いという評価であった。症例自身は迷っているものの、国語科の教員が認めてくれているので大丈夫ではないかと4月復帰を内心では期待している様子であった。当時の校長先生が年度末で定年退職する事や国語科の教員の中にも症例とは長年の同僚であり先輩である先生が、来年度前期で定年退職する事になっており、新体制の下で自分の処遇がどうなるのかという不安や信頼でき精神的な支えとなる先生が在職中に復職したいという焦りがあると思われた。  国語科の授業に関しては「国語総合」しかまだ試行しておらず、より説明が難しいという古典・漢文は未経験であった。また論説文の要約をする、テーマに沿った小論文を書くという受験する生徒にとっては欠かせない課題もまだ試みていなかった。リハ的な観点からも後期からの復職が望ましいとSTは考えていた。面談の際、教頭先生、サポート役教員も国語の授業以外の職務もあることを考慮すると時期尚早ではないかという意見であった。妻も同意見であることは症例を通じて聞いていた。  症例は2007年8月、健康判定審査を受け10月から復職を果たした。審査の為の書類にはSTからの報告書が添付されたが、「復職が可能となった場合は向こう1年位担任を持たずに、国語科の授業と分掌業務に留めていただけると、“失語症の教員”として創意工夫しながら業務に取り組め、自己の新しいスタイルを構築するものと思います、とのコメントを加え提出した。 8 考察  今回復職可能になった要因を整理する。第1に重要だったことは、障害受容ができ、リハに向き合うことが出来たことである。本症例は経験豊富な国語教師であったことが、言語リハの受け止めの阻害要因になったといえる。症例がそのことについて感情的になり、あからさまに疑念を言葉にしたわけではなかったが、会話の端緒から察することは出来た。セラピストを本当の意味で信頼し、訓練内容に納得するまでに結果的に時間を要した。自己の言語症状についての客観的な評価が不十分であり、自己の望む時期に復職できないことはその後の抑うつ的な感情を招いてしまった。手術したことを後悔したり、教員に戻れなかった時を考えたりして自殺を考えた時期もあったと復職後に語っている。当時ST場面では「手術したことは後悔していません」という言葉を何度か言っていたが、自らが決断したことであり、まして病院スタッフには嘆くことが出来ない気持ちが隠れていたのである。  第2に失語症以外の高次脳機能障害はなかったことが挙げられる。経過の中で思考の柔軟性低下や問題点の把握を困難、本来であれば得意であったはずの主体性や創意工夫する力の不足はあった。前頭葉の機能障害による遂行機能障害というよりは、障害受容の困難や抑うつ的な感情に影響された部分が多かったと考える。リハ出勤をしてからも授業の準備や教材研究など受け身的でこの試みの意義を取り違える場面はあったが、学校でリハすることの考え方を整理し助言したところ、それ以降は思考や行動の修正は可能であった。このことから見ても、障害はなかったか、たとえあっとしても軽微なものであったといってよい。それよりは心理面の影響が大きかったと捉えている。第3には学校側の全面的なバックアップ体制があったことである。STにとっても過去の症例では経験できなかった協力体制であり、理解と協力と本人の努力と熱意が今回のような試みを可能にすると知った。復職1ヶ月前という短期間ではなく、約半年間に及ぶ協力が得られた。なくここには問題点もあり休職中ということから、今回のように自己があった場合は労災適応にはならない為配慮が必要な事と、キーパーソンが他校へ異動したり、職務内容が大きく変化したりする事で、うまくリハ出勤が継続できない可能性があることが分かった。今回も冬期間は中止ということであったが、新年度からサポート役教員が担任を持った為多忙となり、実質的にフォローが困難になった為、病院でのリハビリ回数を増やした経過があった。しかし半年間のためし出勤の経験があったため授業や板書については自宅で練習を積むことが出来た。また病院では小論文の記述や論説文の要約をするなど学校で使う副読本を1冊やり終えた。また語想起の流暢性を高める為の課題や様々なテーマでの自由会話も十分行なうことができた。半年復帰を伸ばしたことは、ギリギリの状態での復帰ではなく、言語機能や能力をさらに向上させることが出来たことと、復職後のイメージを作る時間的、心理的余裕を持つことに寄与したことは間違いない。ST自身も教員という職業は失語症者にとっては厳しい職種であるところに、国語科の教師ということでさらに言葉の力について周囲の目が厳しく、要求水準も高いのではと危惧していたが、リハビリテーション出勤を経験し、生徒・教職員の意見・感想が好感触であったことで、確信を持って復職審査に望むことが出来たのである。 9 終わりに  今回、失語症が後遺した教員への復職支援を経験した。現役の教師が失語症を呈し、復職できるか否かという局面を支援することは臨床においてたびたびはない。今回は学校側の協力を得られ、その中で情熱を持って授業を行っていった症例の経過から具体的に多くを学ばせてもらった。今後、同様の失語症者に対して支援する際には、より具体的な提案が出来るだろうと考える。  また、話の意味が通じていればその人の表現力が以前よりどれだけ乏しいか、思った事のうちどれだけが言えたのかなど、失語症者が感じているジレンマはあまり周囲に関心をもたれていなかったのだという現実も目の当りにした。目に見えない障害の持つ難しさを痛感し、失語症者を取り巻く周囲の人々に対する啓発もまた重要な責務であると改めて認識したのである。 多様化する知的障害者のパソコンデータ入力業務 岡田 伸一(障害者職業総合センター事業主支援部門 研究員/全国障害者技能競技大会競技委員会 専門委員) 1 はじめに  筆者らは、職場のIT化が進む中で、知的障害者もパソコンを利用できれば、その職域を拡大できるのではないかと考え、知的障害者のためのパソコン利用支援マニュアル『仕事とパソコン』や、パソコンデータ入力トレーニングソフト「やってみよう!パソコンデータ入力」を開発してきた。さらに、同ソフトを活用して、平成17年度から高齢・障害者雇用支援機構主催のアビリンピック(全国障害者技能競技大会)において、知的障害者対象の技能競技「パソコンデータ入力」を実施している。同競技への参加都府県は年々増加し、17年度山口大会の12都府県が、21年度の茨城大会では21都府県となっている。  このように関係者の努力により、地域において知的障害者に対するパソコンデータ入力の能力開発の取り組みは進んでいるが、実際に知的障害者が企業等においてデータ入力業務に従事している事例は、まだ多くはないようである。これまでの「パソコンデータ入力」の全国大会の出場選手や、最近の地方大会出場選手の所属先を見ると、能力開発校や特別支援学校が多く、企業等の職場は少ない。ただ、優勝者をはじめ、上位入賞者は就業者(実務従事者)が多い。  このようなアビリンピックの状況を見ると、まだまだ多くの企業では、知的障害者がデータ入力業務で就業できるとは、考えもつかないのではないかと思われる。そこで、企業や障害者雇用の関係者の方々に、知的障害者がパソコンデータ入力業務で就業している事例を紹介し、知的障害者の中にも様々なパソコンデータ入力業務において就業可能な人たちが存在することを認識していただくことを目的に、現在、そのような事例の収集に取り組んでいる。以下は、その中間報告である。  なお、ここで取り上げている障害者は知的障害者とされているが、広汎性発達障害等の発達障害をもつ場合もある。 2 知的障害者のパソコンデータ業務の状況  事例の収集に当たっては、まず、今年度ないし昨年度開催されたアビリンピック地方大会のパソコンデータ入力競技出場選手の中から抽出を試みた。しかし、上に述べたように、企業等に勤務し、かつパソコンデータ入力実務に従事している選手はあまり多くはない。そこで、最近設立された特例子会社に電話で、パソコンデータ入力業務の有無を問い合わせてみた。最近設立の特例子会社では、知的障害者を雇用する例が多く、それだけ彼らによるパソコンデータ入力業務導入の可能性も高いと考えたからである。その結果、平成21年8月末時点で、合わせて9カ所の事業所を訪問し、その責任者の方からパソコンデータ入力業務の状況をヒアリングした。それら9事業所におけるパソコンデータ入力業務の概要は、本稿末尾の表1の通りである。  抽出事業所のほとんどが(大企業の)特例子会社である。それらにおけるパソコンデータ入力業務については、以下のようなタイプが見いだせる。 (1)名刺作成業務  名刺は、ビジネスの必需品であり、大企業では大量かつ安定した需要が見込める。また、作成のためにそれほど特殊な、あるいは高価な設備やソフトウェアは必要としない。このような点から、特例子会社では比較的名刺作成業務の導入例が多いのかもしれない。  ただ、細かく見ると、その作成方法は一様ではない。特に名刺の記載情報(依頼主の個人情報)は、メールで来る場合もあれば、FAXで来る場合もある。前者の場合は、ほとんどデータを手入力する必要はなく、カット・アンドペーストで済む。中には、パソコン画面の該当箇所に、データが自動的に取り込まれるシステムもある。後者の場合は、データは手入力される。  また、入力データのミスチェックも様々で、入力担当者が責任をもって確認する場合から、別のチェッカーが確認する場合、さらには依頼主に確認のメールが自動的に送られるシステムもある。また、名刺の印刷に関しても技術革新が見られる。以前は、1枚の用紙に10枚まとめて印刷し、裁断していたようだが、最近では1枚ずつ印刷するプリンターが市販されている。このプリンターの導入企業によれば、これにより作業手順が簡略化され、安全性も高まったという。 (2)数値データ中心のデータ入力業務  伝票入力に代表される数値データ中心の業務も比較的多い。例えば顧客からの受注データの入力や、商品・材料の入出庫伝票の入力業務である。入力データは数値ないし英数が中心であるが、ミスがあれば損失やトラブルにもつながりかねない。扱うデータは比較的単純であるが、事業所にとっては重要な業務といえる。C事業所では、受注データ入力業務を2名の社員が担当しており、見学時、先輩が後輩に作業手順をOJTで指導していた。また、E事業所では、4名の知的障害者が当該業務をローテーションで担当し、2名が入力、1名がチェック、残りの1名は他業務(誰かが休んだ場合の交代要員)の体制となっている。その処理件数は年間13万件を超え、1日平均500件程度となる。 (3)画像データ関連業務  書類(紙媒体)の電子データ化のために、スキャナーで画像データ(PDF)として取り込むPDF化業務に知的障害者が従事する事例は以前からもあった。そして、この画像データ関連業務が、進展ないし領域を広げているように思われる。銀行(I事業所)の印鑑登録業務や、地方自治体(H事業所)の土木図面のマイクロフィルムの電子データ化が、それである。  前者は、普通預金用や定期預金用など10種を超える各種印鑑登録用紙をスキャナーで取り込み、印鑑をはじめ、氏名、生年月日など必要項目だけマウスを使って切り取り、濃淡等の画像補正をした上で登録する。各項目(文字列)を過不足なく切り取ることがポイントという。このデータは、銀行の各支店窓口で顧客の印鑑照合の際のマスターデータとなる。また、このデータは、各支店で入力した顧客データと齟齬があってはならず、銀行からの出向者により入念なチェックが行われる。さらに、支店での顧客データの入力から時間が経過している場合は、別途そのデータの呼び出しが必要になったり、印鑑等の変更等もあり、この業務の手順は複雑である。  後者は、県庁に保管されている膨大な土木図面のマイクロフィルムの電子化で、現在知的障害者が当該部署に赴き、ほぼ専従で、この業務に当たっている。この作業のほとんどは、マウスとスキャナーの操作であるが、データ格納フォルダ作成など、一部キーボード操作もある。ポイントは、フィルムのスキャナーへの置き方とのことであった。 (4)赴援型パソコン事務処理業務  特例子会社であれば親会社、地方自治体(県庁)であれば庁舎内の種々の部署に赴いて、受託したパソコンによる事務処理を行う、いわば「赴援型」と言える事務補助業務の事例がいくつか見られる。B事業所では、2名の社員がこのような業務に従事している。一人は、親会社の購買部門に赴き、各種のパソコンによる事務処理業務を行っている。見学したときは、昨年度検収した物品について、8段階の価格帯に分類し、それぞれの件数と合計金額を集計していた。  Excelを使うことが多いようだが、時にはPowerpointを使いプレゼン原稿作成の手伝いもする。もう一人は、総務部門に赴き、社印等の押印申請に関わる業務に従事している。内容は、申請書記載事項のデータ入力やコピー機で申請書の写しをとる定型的な作業である。また、H事業所の画像データ関連業務(土木図面の電子化)は、このタイプにも含められる。  このような業務により、依頼部署では、雑務や周辺的な業務から開放され、自らのコア業務に専念できるメリットや、特例子会社や所属部署に、仕事(資料や機材)を持ち込むより、人が仕事の場所に行った方が、手間や時間を省けるメリットがあるようだ。さらに、セキュリティの確保というメリットもあるかもしれない。 (5)付随的なパソコン活用  生命保険の顧客に保険満期通知書を送付する業務は、通知書をチラシや景品と共に封入・封緘する作業がメインであるが、個々の通知書の印刷に当たっては10桁ほどの証券番号を入力しなければならない。この入力にミスがあってはならず、正確さにこだわりの強い社員が、入力及び出力後のチェックに従事している。  また、社内メールの宛先確認や、社内でのスナック類の販売に伴う事務処理にパソコンが活用されている。   3 今後の可能性  知的障害者のパソコンデータ入力業務の可能性等について、興味深かったヒアリング内容の一部を紹介しておきたい。 (1)赴援型パソコン事務処理業務について  B事業所である(株)トランスコスモス・アシスト(平成17年4月設立、同年8月特例子会社認定)の佐藤麻子氏に、赴援型パソコン事務処理業務の可能性についてうかがった。  これまでの実績が評価され、親会社では同社の赴援型業務へのニーズが高まっているという。  そこで、同社では、今後このような業務とその人材を増やしていきたいと考えている。まず、特別支援学校や能力開発校からの職場実習生の中から、有望な人材を見つけ、少なくとも半年程度は同社でパソコンスキルやビジネスマナーを身につけさせる。そこでは、報告・相談や要領を得た説明など、コミュニケーション能力を重視している。そのためか、見学時は、昨年新卒で入社した社員が、同社の概要を自作の資料を使って説明してくれ、また親会社では、赴援の社員が自分の業務を要領よく説明してくれた。  佐藤氏は言う。「彼らは、ある程度、パソコンスキル、そして理解力や判断力があれば、このような仕事が行えることを実証してくれた。ただ、発達障害のために、自分の意思がうまく他人に伝えられないという点があるので、その点には十分配慮する必要がある。彼らには、我々以上の入力能力があるので、その点を理解してもらえれば、特例子会社や大企業だけでなく、中小企業でも、大きな戦力となる。」と。 ※なお、佐藤氏は、本研究発表会2日目のワークショップⅡ「IT社会と障害者の就労支援」のコメンテーターのお一人である。 (2)印鑑登録業務について  I事業所であるちばぎんハートフル(株)(平成18年12月設立、翌年4月特例子会社認定)の取締役社長の岡本眞司氏から、印鑑登録業務等についてうかがった。  筆者が同社を訪問すると、岡本氏は、真っ先に「知的障害の社員たちが、こんな複雑な仕事をしてるんですよ。まあ、見てください。」と、現場に案内してくれた。担当する社員3名には、3ヶ月間、岡本氏らが、マン・ツー・マンで指導に当たった。当初考えたよりも、同業務は複雑で、社員が習得できるか心配したが、その心配は杞憂に終わり、7月からは、岡本氏らが付いていなくとも、業務を円滑に遂行しているという。  岡本氏は言う。「それらをすべて覚えた彼らはすごいと思う。知的障害の人は、こんなにできるのだなあ、とつくづく感心して見ている。できないだろうと思ったらかわいそうだ。」。  そして、来年度、新たなデータ入力業務を導入し、その担当者を特別支援学校から採用したいと考えているとのことであった。 4 おわりに  事業所数は9カ所と少ないが、それでも知的障害者のパソコンデータ入力業務の中身は、かなり多様なものになっている。その中でも注目されるのが、画像データ関連業務と赴援型パソコン事務処理業務である。図面やマイクロフィルムは、官公庁や企業に大量に蓄積されているだろうし、印鑑が身分証明に欠かせない日本では、膨大な印鑑登録が必要になるのではないだろうか。また、多くの方が、日頃の執務の中で、コア業務に付随する煩雑な作業などを代行してくれるアシスタントがいてくれたらと思う場面は少なくないだろう。このようなニーズを考えると、これらの業務の今後の展開が楽しみである。そのためにも、さらに事例を収集し、機会を捉えて、関係者への情報提供に努めたい。  その他にも、興味深い点があった。一つは、地方自治体(2県)で、雇用機会の提供や、他の企業・地方自治体への啓発等を目的に、知的障害者を有期雇用する例が見られることである。そこでは、事務補助業務が中心で、上述のようにパソコンデータ入力業務も重要な要素となっている。  もう一つは、清掃業務とパソコンデータ入力業務の共存である。両者は、知的障害者の業務あるいは職務として、対極的な存在と思われがちであったが、少なくとも特例子会社では、共存する場合が見られる。F事業所の場合など、知的障害を持つ社員全員が清掃業務に従事し、その中でパソコンデータ入力に優れた者が、随時アンケート入力にも従事している。このように、知的障害者の業務や職務の選択において、これらをより柔軟に組み合わせることも必要かもしれない。ちなみに、清掃は、本年度の第31回アビリンピック茨城大会から、「ビルクリーニング」競技として、技能競技種目に加えられた。 参考文献 岡田伸一, 知的障害者にとってのデータ入力業務の可能性, 職リハネットワーク, No.64, P.27-32, 2009年3月, 障害者職業総合センター. 【謝辞】  お忙しい中、快くヒアリングに応じてくださった上記9事業所の責任者の方々や、社員の皆さんに、お礼を申し上げるとともに、今後のますますのご発展をお祈りする次第です。 表 1 パソコンデータ入力業務の状況 事業所 事業内容等 従業員 障害者 知的障害者 知的障害者のパソコンデータ入力業務 A 人材総合商社の特例子会社 親会社本社と同一フロア。 親会社からの受託業務(右記の他、印刷業務)。スポットの外部受託業務(右記のマンガ本の電子化業務も)。 20名 19名 10名 親会社の総務・人事関係の入力業務 名刺作成(親会社およびグループ会社) 書類のPDF化 マンガ等の紙媒体のスキャナーによる画像データ化業務(キズ・ゴミの発見・除去に障害者が活躍)。 スナック・コーヒー等の販売管理(在庫や売り上げ管理) B IT関連企業(例えばITビジネス業務やコールセンター業務の受託代行)の特例子会社。親会社に近接。親会社から事務作業の受託(左記業務以外に書類のファイリング、郵便物の封入・発送、コピー・シュレッダー作業等)。 30名 26名 17名 データ入力業務 文書入力業務(テープ起こしを含む) 赴援型のパソコン事務処理業務(親会社に赴いてのパソコン業務(押印申請書の管理業務、パソコンによる各種事務処理業務) C 電機会社の特例子会社。 見学した本社は親会社の事業所(工場)の一角に所在。他に3カ所の事業所・分室あり。 本社の主要業務は、右記業務の他に、清掃、製本・印刷、ダイレクトメール発送、安全装器具類発送、製造支援等の業務。 90名 66名 63名 親会社の受注データ入力(注文はFAXで来る) 親会社社内メール便業務に伴う宛名検索(ネット上のDBから氏名・部署の確認) D 地方自治体(県庁知事部局)。平成20年度から「知的障害者就労ステップアップ支援事業」(最長3年の有期雇用)を実施。現在2名の障害者が、知事部局各課からの事務補助業務に従事(パソコン業務を除き、業務は依頼先で行うことが多い)。 3名 2名 2名 各課から依頼のあった文書の入力・修正、データ入力の業務。例えば、紙媒体の手引きや用紙の電子化(文書入力)に従事。 仕事ぶりが評価され、パソコンデータ入力業務の依頼が増加傾向にある。業務は所属部署(自席)で行う。 E 化学工業会社の特例子会社。親会社工場内に所在。 19名 17名 17名 親会社の入出庫伝票の入力業務 親会社の計測器評価データの入力 F 玩具・ゲーム機器関連グループ会社の特例子会社。グループ企業の本社ビル内に所在。親会社グループからの受託業務で、主要業務はビル清掃(3カ所)、他に景品の加工、カタログの封入、DVD等の梱包・発送、社用車の洗車等の業務。 34名 25名 24名 親会社の玩具修理に伴うお客様満足度アンケートはがきと、お客様相談サービスに関するアンケートはがきの入力業務等 G 生命保険会社の特例子会社。 親会社事業所の一角に所在。 親会社からの受託業務(右記以外に清掃、ランドリー、印刷、喫茶サービス、郵便物・社内メール配信等の業務)。 105名 66名 48名 名刺作成 保険契約者への保険満期通知書の作成、封入・封緘業務のうちの書類出力作業 H 地方自治体(県庁総務部)。平成19年度より県庁内での知的障害者の雇用の場の提供等の目的で、定員5名・雇用期間最長3年の「チャレンジトオフィス」を設置。業務は、各課からの文書収発・封入、コピー、県庁内の給茶器のメンテ等。 6名 5名 5名 依頼先に赴いての土木図面のマイクロフィルムの電子化業務。 I 銀行の特例子会社。親会社の支店と同じ建物に所在。親会社(銀行)からの受託業務(右記業務以外に手形・小切手帳、ゴム印等の作成等)。 23名 15名 7名 名刺作成業務 印鑑登録業務 従業員数は、役員やパートの取り扱いがまちまちで、正確な比較はできない。 障害当事者の職域拡大を目指して −作業療法士養成教育への継続参与の効果と課題− ○石本 馨(日本福祉大学健康科学部リハビリテーション学科 助教)  小嶌 健一・田原 美智子(日本福祉大学高浜専門学校)   辻 直哉(NPO法人チャレンジド)    1 はじめに  当事者参加型授業は多くの医療従事者養成校で実施されている。当事者が自身の障害について「語る」ことの意義については対学生・対当事者双方への効果が指摘されている(石田,2006ならびに水川,1999)が、その一方で、運動機能評価モデルや日常生活活動(以下「ADL」という。)のデモンストレーションなど心身機能程度が客観的に顕在化する授業についての当事者への影響は不明である。筆者らの所属する作業療法士養成校では1999年度より身体障害作業療法学科目で障害当事者がゲスト講師を務める授業を実施している。複数年講師経験者への聴き取り調査と授業記録分析から医療従事者養成教育(以下「養成教育」という。)への継続参与の効果と課題について知見を得たので報告する。 2 研究の目的  本学では1999年度より障害当事者がゲスト講師を務める授業を実施している。本研究は講師体験が障害当事者に与える影響を理解するとともに、当事者が養成教育に継続参与するための要件を明らかにすることを目的とする。 3 対象と方法  身体障害作業療法学演習の2008年度ゲスト講師6名(表1)。内訳は脳血管疾患(以下「CVA」という。)者3名、頚髄損傷者・関節リウマチ(以下「RA」という。)者・上腕切断者各1名で、受障後5年〜30年、全員が他校も含めて複数回の講師経験を有していたが、講師のみを生業としている者はいなかった。方法としては、授業に向けて事前に準備したもの・当初と比べて自身が変化した点・授業実施についての周囲の反応・当事者が養成教育に携わる意義・当事者が養成教育に携わる上で必要なこと、の各項目について半構成的面接を実施した。面接日は授業実施当日から2週間以内に設定した。また、面接中に複数の対象者から「当事者が養成教育に携わる上で必要と感じていること」が述べられたため、当該事項についても面接記録から抽出した。その他、授業の様子をVTR撮影し、過去の状況と比較した。なお、調査対象者には事前に研究目的を説明し、調査に関する同意を得た。 表1 対象者の属性 年齢 障害 受障歴 講師歴 A 60代 もやもや病 29年 1年 B 50代 CVA(Lt) 5年 2年 C 50代 CVA(Rt) 14年 5年 D 30代 C6頚髄損傷 13年 5年 E 30代 RA 20年 6年 F 60代 右上腕切断 30年 27年 4 授業概要  当該授業は作業療法学科2年生配当科目で、疾患に関する知識と日常生活の関連を理解し、障害を持って生活することを諸側面からイメージできることを学生の到達目標としている。講師選定ならびに依頼については、当初は教員が直接行っていたが、2002年以降は講師派遣事業を行うNPOへの委託を併用している。当事者による授業は全15回中4回で、1回につき1〜3名の当事者が参加した。内容は講義(受障時の様子や現在の生活等の体験談)、実演(日常生活動作、調理、自助具操作等)、検査モデル(触察、検査測定の被検者)で、180分の演習を昼休憩をはさんで実施した。実施に当たっては教員との事前打ち合わせ1回に加えて、学生から書面で演習時の要望を伝達した。初回参加者については交通手段や経路等を詳細に確認し、必要に応じて乗継駅までの送迎を手配したが、2回目以降は特別の要望がない限り講師自身の手配に任せた。実施後は教員が学生の様子や授業内容についてフィードバックするとともに、学生からレポート・御礼状を送付した。 5 結果 (1)面接結果(表2〜7参照 文末カッコ内は回答者) イ 事前準備  6名中5名が学校側から要請された準備の他に自身の判断で事前準備を実施していた。また、講師依頼を引き受けるにあたり、障害当事者向け講師養成講座を受講した者も3名いた(表2)。         表2 自己判断で準備したもの ・話しやすいようにPPTを作成(D,E) ・自身が出演した番組のVTR(D,E) ・自助具(E,F) ・MRI画像(D) ・下衣(依頼は上衣のみ)(C) ・話の流れを考えた時に見せたいと思ったり勉強の役に立つと思ったものを用意する(D,E,F) ・自分と比較して話せるように一般的な障害像を勉強した(B,E) ・障害者向け講師養成講座を受講した(B,D,E) ロ 自身の変化点  全員が何らかの形で変化があったと回答した。肯定的変化では心身機能・活動・参加の向上・拡大、心理面の変化、教授スキルの向上のみならず、社会的役割の意識向上と思われる意見も出た。否定的変化では身体機能・活動面についての変化が挙がった(表3ならびに表4、表中の分類・表題は筆者による)。 表3 自身の変化点(肯定的変化) 心身機能・活動・参加の向上・拡大 ・体力がついた(全員) ・スムーズに話せるようになった(全員) ・公共交通機関を使えるようになった(全員) ・気軽に外出できるようになった(全員) 性格の変化 ・自信がついた(人前で話せた、毎年呼んでもらえる、一人で来れた等から)(A,B,C,E) ・性格が変わった(積極的になった、気長になった)(F) ・自分の体を触らせることへの抵抗が減った(B,D) 教授スキルの向上 ・自分で話の構成を組み立てるようになった(D,E) ・相手の様子を見ながらできるようになった(B,C) ・自分から学生に質問できるようになった(B,C,D,E,F) ・授業の反省点を他の講座に反映させるようになった(D,E) 社会的役割の意識化 ・学生が真剣に聞いてくれることで、仕事として取り組むようになった(F) ・責任感が生まれた(A) 表4 自身の変化点(否定的又は変化無し) 心身機能・活動の狭少化 ・疲れやすくなった(D) ・長時間歩けなくなった、足がやせて装具が合わなくなった(C) ・トランスファーをやったらできなくなっていた(D) ・話しやすさは時と場合によって違うので、良くなったという実感はない(C) ハ 家族の反応  全員が当初の心配・反対から理解・応援へと変化したと答えた。理解・応援に変化した理由については、「学校に講師として複数回呼ばれたこと」の他に「学校まで公共交通機関を利用して行けたこと」等が挙がった(表5)。 表5 家族の反応 ・初めての遠出の時は家族が心配していたが、 帰ってきたら見直してくれた。(B) ・学校から講師として毎年呼んでもらえることを喜んでくれている。(E) ・初めは心配していたが、授業で何回も呼ばれたり、テレビに出たことで何も言わなくなった。(F) ・自分が授業をしていることを初めて親に話した時、「(自分のことを話すのが)仕事になるんだなあ」と驚かれた。(D) ニ 当事者が養成教育に携わる意義  当事者が養成教育に携わる意義については、学生への教育効果(表6)と、当事者自身の活動や参加機会の拡大(表7)が挙がった。 表6 養成教育に携わる意義(対学生) ・利用者の立場に立って考える作業療法士になってほしいから。(C,E) ・学生には社会的自立がないと障害者は社会で自立したことにならないことを理解してほしい。そのためにも当事者が話をしたり、生活している場面を見せることが必要。(D) ・脳卒中障害者の事を理解してもらうため。(A) ・当事者にしかわからない部分、気持ちなどを理解してもらうために必要だと思う。(B) 表7 養成教育に携わる意義(対当事者) ・障害を持つと外に出る場が少なくなるので、外出の機会として有効。(B,C,D,E,F) ・社会貢献と、自分たちの生きがい・やりがいになるから。(A) ・当事者の自分が話すことが、同じ障害者に信じてもらえると思う。(F) ・障害があっても助けがあれば何でもできるということを、当事者が積極的に言わなければならないと思う。(D) ・障害を隠していたら自分のことも障害のことも分かってもらえないと思うから。(B) ホ 養成教育参加に必要なこと  当事者が養成教育に参加するに当たって必要なこととして、当事者自身に関することとして障害についての知識・家族の理解・物理的環境の変化への構え等が挙がった。養成校側に関することでは教員の理解・学生の習熟度やリアクションなどが挙がり、物理的サポート等は挙がらなかった(表8、標柱の分類・表題は筆者による)。   表8 養成教育参加に必要なもの 家族の理解 ・同じ障害を持つ知人のうち、何人かは家族の反対でキャンセルしている。自分もはじめに家族の反対があったらやらなかったかもしれない。(F) 障害像全般についての知識 ・「自分の場合はこうだけど、同じ障害を持つ他の人も同じだとは限らない」ことをわかった上で話す必要があると思う(B,C,E) 障害者を取り巻く状況についての知識 ・自分の障害だけでなく、障害者全体のこともわかった上で話す必要があると思う(D,E) 事前の打ち合わせ ・学生がどれだけ理解しているかを事前に知っているほうがやりやすい(E,F) 学生からの反応 ・学生が熱心に聴いたり質問したりすると、自分も一生懸命に話そうという気になる(A,B,F) 教員の理解 ・障害や自立についてまず教員が理解することが当事者授業につながると思う(D) 環境要因に対する準備 ・初めて行く場所ではトイレが一番心配なので、事前に情報収集すると共に、介助者を必ず連れて行く。自分でできることがわかれば次回からは一人で行く。(E) ・必要なときはその場で学生に介助を頼む。普段からいろんなボランティア・ヘルパーを使っていると上手な頼み方ができるようになる(D) (2)授業記録(VTR)での変化点  本授業は2002年から授業の様子をVTR撮影しているが、今回の対象者のうち4名については、2002年当時の記録が残っていたため、本年度の撮影記録との比較を試みた(表9)。その結果、全員が話題の組み立て・学生との双方向のやりとりなどの授業スキル面での向上が認められた。(1)−ロ(自身の変化点)で否定的変化(または変化なし)と回答した2名についてはそれぞれ講義時の言語機能とADLデモンストレーションの様子を比較した。その結果、講師Cについては麻痺性講音障害評価尺度(福迫2007)による努力性・不自然な会話の途切れ・繰り返しの点で1〜3から2〜5へと改善が見られた。スピーチ全体の時間が延長したほか、感情失禁も減少していた。講師Dについては、下衣着脱や車椅子⇔プラットホーム間移乗に要する時間が2倍以上に増えていたが、普段の生活ではADLは全介助で、自身で行うのは授業でのデモンストレーションのみとのことであった。  また、2002年時点では講師が言葉に詰まったときに教員が話しやすいような質問をする、学生の質問内容をわかりやすい表現に言い換えて講師に問いかける、頻繁に休憩をはさむなどの対応をしていたが、今回の授業では上記のような対応はほとんど見られず、講師の仕切りに任せていた様子が見られた。 表9 授業の変化点(2002年時との比較) 全対象者  ・学生の反応を見て「語る」  ・教員を介しての応答から学生に直接話す 講師C  ・初発語所要時間 18秒⇒2秒(最長)  ・不自然な発話の途切れ (++)⇒(±)    ・繰り返し回数/文(Av.) 6回⇒1回弱  ・スピーチ時間の延長 10分⇒60分  ・感情失禁 (++)⇒(±)   講師D  ・下衣着脱所要時間 3分半⇒8分  ・移乗デモ所要時間 2分弱⇒5分強 6 考察 (1)“教える”活動の当事者への効果  今回の調査結果全体を概観すると、“教える”という活動が対象者自身の社会生活スキル全般や社会的役割意識の向上に寄与したことを当事者自身が実感していることが確認できたが、これは松為らの述べる「(働くという活動は)自己の存在意義を確認するという価値実現」であり、「働くことを通して自分が社会に役立っているという実感は、まさに自己の存在証明であり、自分の価値や自尊心、自己効力感につながる」1)ことを裏付けるものである。また、結果(1)−ハから家族の肯定的反応が自尊心や自己効力感にもつながることが確認できたが、これは“高等教育の場で医療従事者になる学生に教える”という環境的要因も付加価値として機能したものと考えられる。これらが「当事者でなければ伝えられないことを伝えたい」という当事者としての存在意義に基づく役割遂行意識につながり、更に継続実施や学生・教員からのフィードバックで促通されたものと思われる。  その一方で、結果(1)−ロならびに(2)から、検査モデルやADL等の実演は自身の障害を客観視する機会となることが理解できたが、これについても、継続的に実施することで心理的抵抗感が減少したり、上述の自己効力感が得られることで相殺されたものと思われる。養成校で教えるという活動は上記の一連の流れから社会活動における障害当事者の自己効力感向上に寄与し、かつ活動を継続することで促進されることが理解できた。これは教員側にとっても当事者の障害程度や教授スキルの把握が容易となる、授業全体の構成や講義中の介入程度を調整することで当事者に失敗感を与えることなくコーディネートすることが可能となる等の利点大である。 (2)養成教育への継続参与の課題  結果(1)−ニにも明らかなとおり、養成教育への参与は学生のみならず当事者にとっても意義深いことが確認されたが、その一方で「障害者なら誰でもいいという訳ではない」(講師F)の言葉に代表されるとおり、養成教育への参与には何らかの前提条件が必要と思われる。今回の調査結果(1)−ホ他が示唆する養成教育参与の要件を、当事者側と養成校側とに分けて以下に述べる。 イ 当事者側の要件  当事者側の要件としては、家族の理解・知識面の準備・環境要因への対応準備が挙げられた。  家族の理解については、対象者Fが述べたとおり、初めて取り組むときに家族の応援・容認が当事者を後押ししてくれることにつながると思われる。また、継続するうちに応援に回ってくれることが当事者の承認欲求を満たすことからも、家族の理解は参与の要件となると思われる。  知識面の準備については、教員の要請ではなく講師経験の積み重ねから必要と判断されたと考えられる。また、対象者が受障してから講師を引き受けるまでの年数が最短でも3年であったことから、受障後の回復過程や生活経験が自身の障害と向き合う姿勢を育んだものと推察される。知識獲得においては当事者同士のインターネット・情報交換のほか障害者向け講師養成講座の存在も大きいと思われる。  環境要因については環境設定を養成校側に求めるのではなく、逆に当事者自身が判断・準備することが必要と述べていることが興味深い。上記の考えに至った経緯は今回の調査結果からは不明であるが、対象者6名中5名は受障後10年以上経過し受障後の社会経験も豊富なことが、多少なりとも影響していると思われる。いずれにしても必要な環境設定がされるのを待つのではなく自分で構築するという姿勢が必要であると思われる。 ロ 養成校側の要件  養成校側の要件としては教員の準備と学生の反応が挙げられる。  当事者参加授業の学生への意義は「当事者にしか分からないことを当事者自身から学ぶことで、障害を持って生活することのイメージ作りを図る」ことであるが、それが成立するには講師と教員との間に信頼関係に基づいた役割分担が必要である。講師が教員に求めるものは教員自身の障害についての理解と学生についての情報共有であったことから、講師との信頼関係構築にはこれらが不可欠であることが示唆された。  学生の反応が回答に挙がったことについては、自己効力感を得る直接的な方法として学生のダイレクトな反応が有効であることを示唆するものと考えられる。学生が講師から充分に学ぶことができる準備が教員側には必要であることが理解できた。   7 まとめ  松為らは「職業リハビリテーションの活動は、単に障害者個人に活動の焦点を当てるばかりでなく、受け入れ側である企業等の様々な物理的・心理社会的な環境に対しても、活動を展開しなければならない」2)と述べている。今回の調査結果から、継続的な講師体験は当事者の自己効力感向上に寄与することが明らかになった。その一方で、継続実施にあたっては“自己の障害をさらす”ことに対する家族の理解、当事者の準備、教員の事前事後の支持的関与が必要であることが理解できた。それらに対して受入教員側が意識的に取り組むことや支援体制の確立が、講師体験の継続ひいては職域拡大につながるものと思われる。 引用文献 1)松為信雄他:「職業リハビリテーション学」、pp12、協同医書(2006) 2)同上:pp15 参考文献 石田京子:形態別介護技術演習(内部障害)における当事者参加型フィールド授業の教育効果について、「大阪健康福祉短期大学紀要」第4号、pp21-29(2006) 福迫他:麻痺性講音障害評価表、「作業療法技術ガイド第2版」、pp434、文光堂(2007) 水川喜文:障害当事者による介助実習教育の意義、「北星女子短大紀要」Vol.35、pp265-268、(1999) 視覚障害者15事例にみる雇用継続の実態 ○下堂薗 保(特定非営利活動法人タートル 理事長)  松坂 治男・篠島 永一・工藤 正一・吉泉 豊晴(特定非営利活動法人タートル)  1 はじめに  視覚障害者の就労は厳しい状況にある。そこで、今後の円滑な就労をめざすために、厚生労働省の平成20年度障害者自立支援調査研究プロジェクト「視覚障害者の就労の基盤となる事務処理技術及び医療・福祉・就労機関の連携による相談支援の在り方に関する研究」の結果から、以下の目的に絞って、その概要を報告する。なお、企業の同意が得られたものは実名で記している。 2 目的  現在企業に雇用されている視覚障害者の実態を調査し、視覚障害者の就労に必要なスキル、環境整備、各支援機関の連携の在り方について整理・分析する。 3 調査方法 (1)対象  視覚障害者雇用15事例(当事者15人、所属する事業所上司等15人) (2)方法  ①あらかじめ、本人と事業所担当者あて個別に調査票を送付。  ②調査担当者が事業所を訪問し、調査票に基づき視覚障害者本人と上司等から聴き取りした。  ③実施期間は、平成20年9月〜10月 (3)調査項目  ①障害の状況(程度・見え方、発症時期等)  ②働くに至った経緯と就労・復職当初の状況  ③仕事の状況(事業所の事業概要、職場における支援・配慮等)  ④支援機関とのつながり(関わった支援機関、医療的ケア・職業訓練等)  ⑤障害者就労に関する制度・施策への意見 4 結果 (1)15事例のカテゴリー別件数は、 【復職】:休職または病気欠勤後復職 事例1〜5の5人 【継続】:同じ事業所に継続して就労 事例6〜8の3人 【新規】:視覚障害者として新規に就職 事例9〜11の3人 【再就職】:退職後、別事業所に就職 事例12〜15の4人 (2)障害等級別にみると 1級:12人、2級:3人 (3)年齢別にみると 20代1人、30代4人、40代7人、50代3人 (4)A〜Fの項目は次のとおりである。   A→属性   B→経緯   C→パソコンスキル等   D→就労上の配慮   E→職場介助者の有無   F→関係機関との連携 【事例1 復職】 A:健康サービス業(マッサージ師)、男、50代、視覚障害1級(以下、等級のみ)、網膜色素変性症(以下、色変とする)白杖使用。 B:視覚障害の進行により、自動車関係の営業が困難となり、整備士→事務職→マッサージ師へと業務転換。グループ企業のマッサージルームへ出向し、4名のマッサージ師のリーダー。会社役員(常務)の理解により、マッサージ師の資格取得までの盲学校在学中は、有給による休職、研修扱い。 C:音声ソフトを使用し、ワード、エクセルで日常文書作成が可。 D:グループ企業内マッサージルームへの出向。資格取得までの3年間、有給による休職と研修扱い。出勤時間の配慮。 E:なし。必要なときは、事務職員や上司が対処。 F:糖尿病専門病院内の視覚障害リハビリ外来から支援団体(タートル)を紹介され、会社への提案、情報提供を得て、訓練を受け、職場復帰。 【事例2 復職】 A:金融業(海外出店相談業務)、男、40代、1級、視神経萎縮、白杖使用。 B:2003年、海外赴任先で脳腫瘍を発症し、視神経萎縮による視覚障害となり、帰国後、生活訓練施設で歩行訓練、点字等生活訓練、パソコンを中心に職業的訓練を受け、2008年4月から顧客サポート部署に復職。東南アジア勤務の経験を活かし、現地情報や、各企業の海外進出情報等をメールで配信するというサポート業務。社内評価は高い。 C:JAWSほか複数の音声ソフトを活用し、社内電子メール、ワード、エクセル、予定管理、名刺管理等。 D:復職に際し、会社のメールシステムの改良、音声ソフトの導入等パソコン環境の整備、サポートスタッフを配置し、勤務時間等に配慮。 E:サポートスタッフを配置(国の助成制度は活用せず) F:生活訓練施設から支援団体(タートル)の紹介。 【事例3 復職】 A:小売業(人事事務)、男、40代、1級、色変、白杖使用。 B:視覚障害の進行により、店内業務が困難となり、本社人事教育部へ転属。休職することなく、日本ライトハウスで歩行、職業訓練を受け、職場復帰。主な仕事は、エクセルで人事に関するデータ処理。社内評価は高く、社内の昇任試験にも合格。 C:JAWSほか複数の音声ソフトを活用し、ワード、エクセル、アクセス、パワーポイントなどのオフィスソフトを使用。 D:店舗から本社人事部に配属替え。公平な社内昇格試験。 E:なし F:患者団体から支援団体(タートル)を紹介され、地域障害者職業センターにも相談、日本ライトハウスで職業訓練を受け、復職。 【事例4 復職】 A:通信業(Webアクセシビリティ診断)、男、40代、2級、緑内障、白杖使用。 B:大手電気メーカーで、受注ソフトウェアの開発とプロジェクト管理に従事していた時、緑内障を発症。半年間仕事を休み、歩行・パソコン訓練後、職場復帰したが、前職には戻れなかった。しかし、視覚障害者となってからの社会貢献活動を認められ、社会貢献推進室長が特例子会社を設立した時、そこへ出向。系列会社のWebアクセシビリティチェックが主な業務。 C:職場にて独学で必要なスキルを習得し、JAWSほか複数の音声ソフトを活用。ワード、エクセル、Webアクセシビリティを診断するために各種ソフトを使用。本業の仕事の傍ら、会社公認で、パソコン支援団体で講師。 D:特例子会社へ出向。 E:なし F:通院先の患者から支援団体(タートル)を紹介。相談会→日本盲人職能開発センター(職業訓練)・障害者職業センター(職業講習)・盲人福祉団体(歩行訓練)→職場復帰。 【事例5 復職】 A:建設業・事務(購買業務)、男、30代、1級、両眼眼球破裂、白杖使用。 B:建設現場の労災事故で頭蓋骨骨折、両眼眼球破裂して失明。頭部外傷の治療終了後、眼科主治医によるロービジョンケア(視覚障害リハビリテーション)を開始。医師は支援団体とも連携し、障害受容を図りながら本人の復職の意思を確認し、会社に伝え、障害者職業センターに繋いだ。国立福岡視力障害センターで生活訓練、日本ライトハウスでJAWSの習得を中心にした職業訓練。職業訓練では、会社の協力の下、支店を活用した実地訓練で操作方法を習熟し、事故から3年で同じ支店に事務職で復職。 C:JAWSソフトを習熟し、ワード、エクセル、会社独自の特殊なイントラネットへのアクセス可。(音声ソフトとしてはJAWSのみ使用) D:建築現場から事務職へ配置換え。 E:なし F:リハビリテーション病院(眼科)が支援団体(タートル)の協力を得ながら、障害者職業センターに繋ぎ、同センターがコーディネート役となり、生活・職業訓練施設へと繋いだ。その間に視覚障害者の働く企業を人事担当者と本人に見学させ、復職直前には通勤ルートの歩行訓練→職場復帰。 【事例6 継続】 A:商社(在宅勤務、議事録翻訳、相談業務)、男、50代、1級、色変、白杖使用。 B:20年前発症し、失明。人事担当がハローワークに相談→日本盲人職能開発センターと支援団体(タートル)に繋がり、歩行やパソコン等、必要な訓練は1〜2週間の有給休暇で対処。仕事は在宅勤務。当初、翻訳業務が主であったが、生来の性格から、仕事は自分から提案し、外国人教育、議事録の翻訳、メンタルヘルスチームなどを企画・遂行。 C:音声ソフトを使用。ワード、エクセル、翻訳ソフトや電子辞書を使いこなす。 D:通勤に配慮し在宅勤務。パソコン、電話等必要な事務機は会社負担で整備。 E:なし F:ハローワークへの相談がきっかけで、日本盲人職能開発センターと支援団体に繋がり、国立障害者リハビリテーションセンター(ロービジョンクリニック)で歩行訓練、PCソフト会社でパソコン訓練。 【事例7 継続】 A:印刷業(商業用写真撮影コーディネータ)、男、40代、2級、緑内障、白杖必要時使用。 B:入社3年目で視力低下。上司の勧めでカメラマンから、撮影コーディネータに転進。商業用写真の撮影スケジュール、予算管理、スタッフ手配等が業務。弱視者には困難と思われる印刷業界で19年間勤続し、上級職に昇格。 C:特に職業訓練は受けず、タッチタイピングだけ練習。JAWSほか複数の音声ソフトと画面拡大ソフトを併用し、携帯型拡大読書器、ライト付きルーペ、単眼鏡、ICレコーダーを活用。 D:カメラマンから、撮影コーディネータへ配置換え。上司が仕事量の調整や仕事の振り分けにも配慮。要職にある。 E:なし(企画書等を読む介助者の必要を感じている) F:社内のキャリア相談室で相談→日本ライトハウス。 【事例8 継続】 A:小売業(庶務)、女、40代、1級、色変、白杖使用。 B:販売職の店長として勤務中、視覚障害が進行し、売り場営業職から事務職へ職種転換。退職を考えたが、支援団体の助言で、就労継続を決意。障害者職業センターにも相談。有給休暇利用し、生活・パソコン訓練を受け、帳票管理もできる。当初、会社側は仕事は無理だとして、障害者職業センターの支援も拒否。しかし、弁護士の調整と本人の努力する姿勢に会社側の姿勢が変化し、ジョブコーチや雇用管理サポートの協力も得て、雇用継続が可。業務は、パソコンによるOA事務、電話応対、店内放送等のほか、事業所内のレベルアップトレーナー、従業員教育等。 C:音声ソフトを利用し、エクセルを活用。その他、スキャナ、ラベルライタ等の道具を効果的に活用。点字使用。 D:店舗の販売職から事務職へ職種転換し、リーダーとして処遇。各種資料をテキストデータで提供。 E:なし F:当初、眼科医院、患者団体、盲学校、福祉施設等紹介され相談。しかし、不安は募るばかり。支援団体(タートル)に繋がり、今の職場で働き続けることを決意。障害者職業センターへの相談を勧められ、訓練。 【事例9 新規】 A:電気産業(人事事務)、女、20代、1級、先天性視覚障害(全盲)、白杖使用。 B:全盲で、大学4年から就職活動を開始し、ハローワークの就職相談や面接会で約100社に応募したが、書類選考のみ。大学卒業後、日本盲人職能開発センターで、パソコン・ビジネスマナー等の訓練を受け、今の会社で実習を通じて仕事ができることを証明する必要があると考え、2週間のインターンシップ実施後、通常の採用試験を受け、総合職で採用。人事部門の女性活用プロジェクトに所属。業務はデータ分析や各種資料作成。 C:JAWSほか、複数の音声ソフトを使用し、ワード、エクセル、点字テプラ、スキャナ、OCRソフト等を活用。 D:各種資料は事前にテキストデータで提供。職場のパソコンにJAWSがうまく乗らず、他のメーカーのPCを購入。機器整備には助成制度を活用。 E:なし F:日本盲人職能開発センターとハローワーク・学生職業総合支援センターとの連携。 【事例10 新規】 A:情報通信業(営業企画部事務)男、30代、1級、網膜剥離、白杖使用。 B:大学4年時、精力的に就職活動をしたが全て不採用。大学就職部の紹介で、1998年に入社。スポーツ観戦や落語など多彩な趣味が、採用の決め手だった。エクセルを用いた集計や、インターネットを駆使した調査作業が多い。10年勤続で、上司の信頼も厚い。 C:就職後、unix、C言語、dosコンピュータの設定方法のほか、Windowsを使用するための研修を受講(給与・交通費は会社負担)。 JAWSほか複数の音声ソフトと点字ピンディスプレイを利用し、ワード、エクセル、電子メール・インターネットを活用。 D:採用後、母校でパソコン研修を受講。座席位置を入口近くに配慮。 E:なし F:ハローワークからは有効な支援は得られず、大学の就職部と母校の盲学校と連携。 【事例11 新規】 A:建設業(データ処理等事務)、女、30代、2級、黄斑変性症、白杖使用(訓練中)。 B:就職面接では、画面拡大装置をインストールしたパソコンを用意して欲しいと文書でアピール。採用後、社内では、弱視を理由に仕事上の選別はなく、健常者と区別なく鍛えられた。仕事は、パソコンによる売り上げ基礎データの作成やキャンペーンの企画、カタログ作成等。入社後7年経過。 C:画面拡大装置と音声ソフトを併用し、ワード、エクセルを使用。拡大読書器使用。 D:視覚障害の進行により就労困難を解決するため、音声パソコン訓練と歩行訓練を社外研修として認め、費用は、交通費も含めて全て会社負担。 E:なし F:就職時は学生職業センター(大阪、東京)、視覚障害進行による訓練は日本ライトハウスの支援。 【事例12 再就職】 A:情報通信業(人事事務)、男、40代、1級、網膜剥離、白杖使用。 B:自動車部品メーカー勤務時、網膜剥離を発症し失明、退職。盲人福祉団体の訪問による点字と歩行指導を受けて、再就職活動を開始。面接では、視覚障害者がどのようにして業務が遂行できるかをまとめた資料でアピール。採用後、1年間は仕事を模索し、企画力、交渉力、明朗闊達な性格を見込まれ、パソコンを活用する採用業務に就いた。10年勤続で、信頼度は高い。 C:JAWS(使用は少ない)ほか複数の音声ソフトを使用し、社内イントラネットを活用。 D:当初は対応に戸惑っていたが、今では社内全体がナチュラルサポート。 E:なし F:盲人福祉団体の支援。 【事例13 再就職】 A:サービス業(マーケティング事務、在宅勤務)、男、50代、1級、網膜剥離、白杖使用。 B:1990年に失明。国立職業リハビリテーションセンターで訓練を受けた仲間から会社を紹介され、プログラム作成の課題をクリアし、採用。内勤を経て在宅勤務。今は、会社関係の最新情報をインターネットから収集、執筆し、社内ホームページやメールマガジンで配信。 C:JAWS(個人購入)、FocusTalk、など複数の音声ソフトを使用し、インターネットで情報を入手。ワード、エクセル、アクセスを使いこなす。 D:在宅勤務 E:なし F:国立身体障害者リハビリテーションセンター(当時)・国立職業リハビリテーションセンター 【事例14 再就職】 A:ソフト開発業(人事事務)、女、30代、1級、糖尿病性網膜症、白杖使用。 B:視覚障害となり、休職を経て退職。休職期間中は自ら視覚障害者の就労関係情報収集。退職後、生活・職業訓練を受講。障害者就職合同面接会では、現会社の面接に自己PR文を持参し、パソコン技術と明朗闊達が評価され、採用。業務は、会社の中途採用社員に関する調査、障害者雇用に関する人材紹介会社との調整、講演活動等。 C:音声ソフトはJAWSのみを使用し、マイクロソフト社ソフトウエアを活用。ICレコーダー、点字シールを使用。 D:上司・同僚の自然体のサポート、上司との定期的なミーティング。個人専用PCを購入。自席近くに誘導ブロックを敷設、自販機に点字シール。 E:なし F:支援団体(タートル)への相談から、訓練施設、ハローワーク等。 【事例15 再就職】 A:通信業(Webアクセシビリティ診断)、男、40代、1級、色変、白杖使用。 B:金融機関に15年間勤務後、色変で30代半ばで退職。退職前、支援団体に相談し、訓練施設等の情報を得て、生活・職業訓練。設立に向けて人材探索中の現会社に就職。応募動機が会社の方針に合っていたことやそれまでの社会人経験やリーダーとしての資質が評価され採用。業務は、Webアクセシビリティ診断、サイト製作、機器やサービスのコンサルティング等のほか、15名のグループメンバーの統括、メディア開発部Webサイトグループ担当課長代理。 C:ネットワーク・プログラミング技術を習得。音声ソフトはJAWSのみでワード、エクセルを使用。 D:年休等の申請書類のエクセル化。会議資料の原則ワード・エクセル使用。 E:なし F:支援団体(タートル)、ハローワーク 5 考察 (1)パソコンスキルについて  15事例中、高価で高度な操作性が求められるJAWSを導入していたのは11例、うちJAWSのみの導入は3例で、8例はそれ以外の何らかの音声ソフトを導入していた。このように、JAWSを導入しなければならないのは、社内イントラネットなどにアクセスするには今や不可欠となっているからといえる。しかし、事例のほとんどが複数の音声ソフトを使用しているのは、JAWSを使用しないで済むところは普段使い慣れている音声ソフトが能率的なためと考えられる。JAWSだけで対応するためには、まだまだJAWSの、教育訓練の場が少なく、対応できるジョブコーチも少ないといえる。一方、JAWS以外の音声ソフトが社内イントラネットなどにも対応できれば、多くの視覚障害者は使い慣れた音声ソフトで対応できる。JAWS以外の音声ソフトがJAWSに近づくよう研究開発が望まれる。何れにしても、社内イントラネットを使いこなすためには、音声ソフトの操作の面での難しさが考えられる。そのため、就労スキルの習得のための訓練・指導体制の充実が求められる。 (2)就労上の処遇・配慮について  ①人事面の処遇について、復職、継続、再就職の事例では、40代、50代が多く、それまでの経験やノウハウを活かし、要職に就かせている例もある。再就職の40代の事例は、どの仕事が適しているか、採用後一年間かけて最も能力の発揮できる適職を検討した事例である。また、新規就職の20代の事例は、インターンシップ終了後に通常の試験を受けさせて採用した例である。このようなことから、企業は単に雇用率達成のために雇用しているのではなく、人材の適正配置、有効活用に配慮しているといえる。  ②職場介助者制度は1、2級の重度視覚障害者に適用される制度であり、一般的に視覚障害者にとって最もニーズが高く、切実だといわれている。そのような中で、15事例全員が重度(1級12人、2級3人)であったにも拘わらず、職場介助者の配置は1例に過ぎず、それも会社独自のものであって、国の制度の活用は皆無であった。視覚障害者の職場介助者の配置を求めるニーズが高いと言われる中で、このように実績がないのは、企業にとって、この制度を活用する場合、手続きの煩雑さが考えられる。一方、ほとんどが職場の同僚などナチュラルサポートで対応していたが今後配置を希望したいとする1例があった。視覚障害の特性を考えると、いかなる機器開発やナチュラルサポートでもカバーしきれない面があると考えられる。  ③色変などのように進行性眼疾患で在職者の場合、在職中の訓練が必要となる。リハビリテーション休暇が制度化されていないため、訓練を受けたくても受けられない人が多い。平成21年度から「障害の態様に応じた多様な委託訓練」の中に在職障害者を対象とした訓練コースが新設されたが、視覚障害当事者が受講を望んでも職場の理解と協力がなければ受けることができない。このような中で、事例11は、職場に理解があり、研修扱いでリハビリテーションを受けてスキルアップを図った特筆すべき好事例といえる。 (3)関係機関の連携  相談箇所については、13ケ所を渡り歩いた事例8のように、様々なところに相談しているが、関係機関で有機的な連携が図られた例は少ない。そのような中にあって、事例5は、医療において早期にロービジョンケアを開始して、労働(障害者職業センター)に繋ぐとともに、同センターが生活・職業訓練に繋ぎ、職場復帰へ導いたものである。つまり、医療→労働→必要な訓練(労働で繋ぎ止めながら)の連携が成功したといえる。 これまでのように、医療→福祉→労働という段階論的に繋ぐだけでは職場復帰まで到達せず、退職を余儀なくされることも少なくない。 時間・労力・経済的損失を考えると、医療の段階からの支援の体系化が急がれる。 6 結論 (1)一般企業で働くためにはJAWSが必要である。そのスキルを習得するために、訓練・指導体制の充実が求められる。併せて、JAWS以外の音声ソフトがJAWSと同等の機能を有するよう研究開発が望まれる。 (2)人材の適正配置、有効活用に配慮している企業もあり、単に雇用率達成のために雇用しているのではない。 (3)在職中に訓練を受ける際に、職場の理解と協力が得られやすくすることが必要であり、そのためにも、リハビリテーション休暇の制度化が必要である。 (4)職場介助者制度はほとんど利用されていない。この制度を利用しやすくするため、手続きの簡素化とともに障害の特性に配慮した対策が望まれる。 (5)雇用継続にとってロービジョンケアと労働関係機関の連携が重要で、医療から労働に繋ぐ体系化が必要である。 施設外就労を活かした障害のある人たちの日本型雇用への取り組み ○峰野 和仁(社会福祉法人復泉会 くるみ共同作業所 業務主任/作業療法士)  永井 昭・野村 加織・飯尾 かおり・桑原 望(社会福祉法人復泉会 くるみ共同作業所) 1 はじめに  障害者自立支援法が施行後、障がいのある方の就労支援がクローズアップされている。障がいのある方にとって就労とは何だろうか?  産業の街「静岡県浜松市」においても、昨年のリーマンショックの影響により、障害のある方が真っ先に解雇となり、再就職もままならず福祉就労への移行を余儀なくされる相談が絶えない現状である。  この大不況の中、就労の厳しさは、「障害のある方だけでなく、健常な方も変わらない。」という声も聞かれるが、生まれながらに障がいを持ち、経験に乏しい彼らが、地域社会の障がい者就労が十分に進んでいない今の日本において、どのように暮らしていけばよいのだろうか。  足の不自由な方が地域社会へ出るときには、車椅子がある。しかし、知的障がいのある方が地域社会へ出ていけば車椅子なしで生活しなければならない。  このような現状の中、くるみ共同作業所では、施設外就労を取り入れた新たな日本型雇用について模索してきた。下記にその内容を作業療法士、ジョブコーチの立場から報告する。 2 障害者理解の現状  米国において、1990年7月に制定した「雇用」、「公的サービス」、「公共施設およびサービス」、「電気通信」 から構成されている障害のある人への差別を排除する明確で包括的な国家命令の制定を目的とした障害のあるアメリカ人法(Americans with Disabilities Act:ADA)が、2009年改正、施行された。また、日本においても、2007年千葉県において、「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」の施行、2009年に「北海道障がい者及び障がい児の権利擁護並びに障がい者及び障がい児が暮らしやすい地域づくりの推進に関する条例」の施行された。これらの条例等について、近年、改正、作成されているという段階であり、まだまだ、地域社会においての障害者を理解しているとは言えない現状である。  就労には、大きく「企業就労」と「福祉的就労」に分別され、比較すると、企業就労では報酬が多く、ストレスも多い。逆に福祉的就労においては、双方が少ないと表わされる。(表1参照。)就労をした場合、地域社会の障害理解が不十分であるために、障害のある方への負担が大きくなっている。  また、障がい者の雇用については、「障害者の雇用の促進等に関する法律」による障害者雇用(法定雇用)の現状をみても一般の民間企業1.8%のところ、全体の雇用率は1.59%(平成20年6月1日現在)で、達成企業が44%と未達成企業の割合の方が多いのが現状である。   表1 企業と福祉、施設外就労との違い 報酬 ストレス 企業就労 多 多 福祉的就労 少 少 施設外就労 中 中 3 施設外就労の経緯  障がい者理解がなかなか進まない中、障害者自立支援法が施行され、くるみ共同作業所では、障がいのある方の生活水準の向上のために、働くことで得ることのできる正当な対価を支払うことが基本であるが、内職や下請作業では限界であり、何とか対価を得る手段を模索していた。そんな中、弁当屋であるA社では、パートで働いている方より、確実に長期的にライン作業をキープする人材の確保を考えていた。これら双方のニーズを形にするため、企業と委託契約を結び、職業指導員の常駐、生活支援員(ジョブコーチ)の巡回というシステムを作り、施設外就労を実施することとなった。施設外就労を導入することで、コミュニケーションの苦手な障害のある方にとって、他の従業員と接する機会が増え、企業就労を体験できる機会の場でありながら、問題行動があった場合には、即時、職業指導員が対応することで、企業との信頼関係を培ってきた。  この施設外就労の利点として、材料、商品の輸送が省ける他、企業側にとっては、正式な企業の社員としての雇用と比べて、人件費の諸々の経費を削減でき、障がいのある方にとっては、内職や下請作業よりも、多くの対価を得ることができる。双方のニーズが一致したのである。  その結果、開始時期には、弁当屋の1社の工程を3名で実施していたが、工程数、人員も増え、弁当屋2社、4工程を13名の方が働くことができるまで拡大した。このような施設外就労を活用することで、一般企業への就労ではないが、障がいのある方にとっても、企業にとってもお互いに有益となり、障がいのある方も、従来よりも多くの報酬を得ることが出来る。結果、人生の質(Quality of Life:QOL)を高めることができる。企業と委託契約を結び、企業の「営利追求」の目標も忘れず、契約した持ち場については、確実に、且つ迅速にこなすことができるように支援していった。その為の環境として、作業療法士、第1号職場適応援助者(ジョブコーチ)を配置氏、個々に合った目標を設定した支援を行う一連の取り組みを実施した。 4 施設外就労の支援の実際  障がいのある方が、就労を目指す上で、物理的、人的、社会的環境を整備することが必要であることはいうまでもない。施設外就労においても、これらの環境整備が必要であり、支援を行ってきた。 (1)物理的環境  物理的環境では、場の工夫、ジグの活用や対象者の理解できる指示書の作成等、より効率的、正確な作業ができるような支援が求められてくる。実際に弁当箱を洗浄する機械の手順を数字で表したり、温度の設定方法を写真で表すことにより、一人で作業が可能となるよう環境を整備した。 (2)人的環境  人的環境においては、キーパーソンの理解からモデリングによる教示等、画一的な支援方法の確立が必要である。施設外就労においては、職業指導員が障がいのある方のことについて理解する必要性がある。また、施設外就労を契約している企業では、365日任されており、職業指導員ものほほんと休んでいる訳にはいかない。それなりの自営が必要である。そのため、                言語指示               Verbal instruction    ジェスチャー   Gesture     見本の提示              Modeling 手添え                      Physical prompts 図1 システマティック・インストラクション 表2 工程表(システマティック・インストラクションを 活用したチェック表)  氏名 10/1 着替え ①服をしっかりしまい服の中に帽子を入れる 5 ②服を着る 6 ③ズボンの裾を長靴の中に入れて履く 4 弁当箱後工程 ①ゴミを落す(叩く強さ、数) 4 ②ゴミが落ちているか確認 4 ③レーンに戻す 3 6…一人で可   5…声掛けで可   4…指差しで可   3…模倣で可   2…手渡し      1…手添え  0…出来ない 日によって、ローテーションを組むことで、支援方法が変わらないよう作業工程を細分化し、工程ごとシステマティック・インストラクション(図1参照。)を活用した進捗状況のチェック表(表2参照。)を作成することで、同一の支援ができるよう取り組んだ。 (3)社会的環境  地域社会における障害理解がなければ、障がいのある方の雇用に結びつくことはない。そのため、企業、障がいのある方、双方に対して有益な制度を活用することで社会的環境を整備していくことは言うまでもない。しかし、実際に「障がい」をどれだけの方が理解し、そして差別なく社会で扱われているのであろうか。前述したように現在の日本では、障がい理解はまだまだ充分とはいえない。そのため、助成金を出して、企業で働くということのみではなく、施設外就労による取り組みから、徐々に地域社会が受け入れていき、溶け込んでいく、「日本型雇用」と位置付けても良いのではないでしょうか。そして、施設外就労に満足することなく、障がい理解を進めるため、行事や自主製品の販売を通しての啓蒙活動、新たな雇用の場の創出、公共職業安定所(ハローワーク)や就労移行支援事業所等との連携等、引き続き社会的環境の整備を継続し、維持していく。 5 まとめ  現在の日本の情勢の中、障がいのある方を地域へ安易に移行するだけでは、障がいのある方を砂漠に放り出すことと同じである。そのため、障がいのある方が、地域で暮らすことのできるよう、くるみ共同作業所においては、施設外就労を「日本型雇用」と位置づけ、事業展開を図ってきた。この日本型雇用は、その人に合った環境を用意できるため、重度障がいといわれる方も働き、対価を得、人生の質を高めることができるのである。また、そのためには、3つの環境整備が必要であり、物理的、人的、社会的に、対象者に合わせた環境整備が必要である。3つの環境を整備するということは、今以上に、障がい理解を、もっともっと地域社会に広く知っていただく機会を創っていくことである。  こうして、環境を整備することで、障がいのある方の人生を支え、確かな道筋が確保され、その結果、人生の質が高まっていくのである。今後もその時代、その人に合った環境、「日本型雇用」を追求していく。 ハローワークにおける精神障害者の雇用支援とその具体的手法 −精神障害の特性に合わせた職場環境作り− ○北岡 祐子(医療法人尚生会 精神障害者通所授産施設 社会就労センター(創)シー・エー・シー       精神保健福祉士)  大西 貴子(ハローワーク姫路所長)・吉川 多佳子(ハローワーク姫路本庁舎)  足立 靖行・田中 敏則・淵上 博史・渋谷 雅也・横山 正彦(ハローワーク姫路大手前庁舎)  森田 眞弓・長田 悦子(障害者就業・生活支援センター 職業自立センターひめじ)  野澤 紀子(兵庫障害者職業センター)   1 はじめに  精神障害のある人の就業意欲の高まりや、自立・社会参加への希望に応えるため、法定雇用率2.1%と民間企業より高く課せられている公的機関が、これらの障害者雇用を民間企業に率先して推進することが今後重要であると考える。とりわけ現在の厳しい雇用情勢下において、障害者雇用率達成指導の業務を担うハローワークが、企業の範となる取り組みを実施することが求められているのではないだろうか。  この度、ハローワーク姫路において緊急雇用対策による非常勤職員の募集を通じ、精神障害のある方を採用した。しかし単に雇用するのみでなく、他の公的機関や民間企業が精神障害のある方の受け入れを円滑に進められるよう、雇用前に職場内へ周知する方法、事前に職場実習を取り入れることで、本人の特性や得意分野、配慮すべき点を多角的に把握し、本人に適した仕事の洗い出しや分析を行い、円滑な雇用に結びつける等の具体的手法を示すことも目的とした。  更には、障害者雇用率未達成企業に対する指導を行う雇用指導官等が中心となって、精神障害のある方への指導・支援を行うことにより、精神障害への特性を理解し、企業へのアプローチに向けた助言や、指導方法の向上につながることを期待した。 2 Aさんの、雇用に至るまでの経過  この度ハローワークの非常勤職員として雇用されたAさん(30歳、女性)は、精神障害に加え、主治医の見解ではベースに広汎性発達障害の要素も含んでいる方である。  幼少時からひとりで過ごすことが多く、人付き合いの苦手だったAさんは、高校生の時に精神疾患を発症し精神科クリニックを受診した。その後症状が軽減し卒業後に就職するが、職場に適応できず症状が再燃する。回復後は病院デイケアに通うも本人の「就職して働けるようになりたい」という希望から、(創)シー・エー・シーを利用し約2年かけて職業準備性を身につけ、並行して地元の就業・生活支援センター(以下「職業自立センターひめじ」という。)に登録し、就職活動を開始した。ハローワークでのジョブガイダンス事業に参加、また兵庫障害者職業センターでの職業評価を経て、本人や家族、ハローワークも含む各支援機関関係者で支援会議を行うなど、チーム支援を継続していた。その途上の就職活動で、Aさん自ら求人検索パソコンでハローワーク姫路の非常勤職員募集求人を見つけられる。専門援助部門の担当職員に応募の希望を伝え、担当職員の調整によりオープンでの就職面接を経て雇用へとつながった。 3 採用選考の実施  ハローワーク姫路では、Aさんの求人応募を受け、採用選考について次の点に留意した。  一般求人への応募であるため、これまでの支援の経緯等についての情報を求めず、本人単独で面接を受けてもらった。今までの経緯を知り、受入れについての不安や不要な先入観を有して本人と面談することは、他の一般応募者と比べた場合、均衡を失する可能性を感じたからである。  障害の特性や得意とする分野等は本人自身から聴取し、本人に適した職域の開発や提供を検討することとした。  Aさんとの面接後の選考結果による採否のポイントは、まず業務内容と本人の特性やスキルのマッチングがあったことによる。即ちパソコン入力作業を中心とした業務を提供することで本人のプラス面が活かせることが、十分期待できると考えた。また後方業務に従事させることにより、本人が障害により不得意とする、対人コミュニケーションを伴う業務を除いた業務の遂行が可能であると判断した。    更にAさんにはこれまで様々な支援機関とのつながりがあったため、支援機関等から本人への支援の経緯や特性、企業(ハローワーク)として配慮すべき事項等を情報収集し、受け入れに当たっての職場環境の整備と、職員等が障害特性を理解し、協力体制を得ることが可能であった。  結果採用としたが、その前に本人の作業状況や職場環境での特性、対人コミュニケーションスキル、健康管理等を把握するため、雇用前提とした職場実習を実施することになった。 4 雇用を前提とする職場実習の内容 (1) 趣旨・目的  実習に当たりAさんにかかわる各支援機関とケース会議を設け、Aさんのストレングスや障害特性と配慮の必要な側面についての理解を共有した。それによりAさんについて次の点が確認できた。①自己評価が低く失敗に対する落ち込みが大きい。②対人コミュニケーションが苦手であると自覚している。③曖昧な指示が理解できない。④複数の仕事を同時にすることが苦手である。⑤強い口調で叱責されると精神的なダメージが大きい、等の精神障害の特性を有し、この点についての配慮が求められた。  その一方で業務遂行について、一つのことに集中すると黙々と持続的に業務ができる、またパソコン入力等の定型的業務が得意、という長所を持ち、事業所担当の課・部門が配置されている大手前庁舎での実践を通じてその能力を発揮できることが十分期待できた。  雇用前の実習において、本人の特性や得意な分野、配慮すべき事項等を多角的に把握し、雇用開始までに本人に適した仕事の洗い出しや、分析を行い、円滑な雇用に結びつけることが重要である。さらには、雇用率未達成企業に対する指導を行う雇用指導官等が中心となって、当該精神障害のある人への指導・支援することにより、精神障害のある人の特性を理解し、企業へのアプローチの際、助言や指導手法の向上につながることを期待した。 (2) 実習受け入れ期間及び時間  実習期間:平成21年7月中の連続4日間  実習時間:9時45分〜16時15分  Aさんは今まで利用していた通所授産施設においても毎日通所し、9時〜15時30分のプログラムに安定して参加していたことから、求人票に記載されていた通りの勤務時間で実習することとなった。尚実習については有期雇用のため障害者職業センターのジョブコーチ制度が利用できないことから、職業自立センターひめじの『職場体験実習』制度を活用した。 (3)Aさんの実習受け入れに向けた準備 イ.業務の洗い出しと指示手順書の作成  実習受け入れまでに雇用指導官及び企画情報部門が、Aさんの業務内容を準備し必要なマニュアル作成を行った。 ロ.職場実習の予定業務 ①高年齢者、障害者雇用状況6−1報告の点検・補正作業 ②高年齢者、障害者雇用状況6−1報告関係書類の入力作業 ③求人情報誌等の印刷補助作業 ④求人関係書類の整理・補助作業 ⑤求人票の入力作業の補助等 ハ.実習期間中の支援機関等による介入  実習期間中は主に職業自立センターひめじの就労支援員が職場介入支援を行い、実習最終日には各支援機関と一緒に振り返りと今後の支援についてのケース会議を行うこととした。 5 部署内の職員及び非常勤職員への周知による意識啓発と支援・指導体制の形成  Aさんの受け入れに当たり、部署内の職員、非常勤職員への周知と理解及び協力依頼を行い、Aさんが働きやすい職場環境の整備に努めた。  方法としては、精神障害のある人が配置されるハローワーク姫路大手前庁舎の職員及び非常勤職員全員に、本人の障害特性や支援・指導及び休憩時間中の接し方等について理解を深めるための資料を配付し、『本人のプラス面を最大限活かせる職域の提供』と『本人の居場所となりうる職場環境の整備』に取り組んだ。 精神障害のある人の職場実習受け入れについて                        H21年6月○日 1 精神障害のある人の雇用を取り巻く背景 2 精神障害の雇用に向けた取り組み(ハローワークの) 3 雇用を前提とする職場実習の実施の趣旨・目的 4 実習受け入れ期間・業務内容 5 実習生の特性 6 支援機関の支援に入る日程 図1 精神障害への理解を職員に周知するための資料 及び内容の項目 6 Aさんの指導、支援にあたって留意した点   実際にAさんの実習が始まり、いくつかの業務を指導する上で配慮及び支援した点について述べる。 (1) 作業遂行について ①Aさんの担当職員を決めて業務指導を行い、マンツーマンで一貫したかかわりを心がけた。 ②作業手順書を作成し、これにより本人が自主的 に作業できるよう工夫した。 ③曖昧な指示を避け、具体的に作業の手順、方法を書類で示しながら口頭で指示し、本人の理解度をその都度確認し、指導を行った。 ④自分の行っている業務内容がよく理解できるよう「今作成している資料がどのように活用されどのように役立っているか」を具体的に説明した。また業務の重要性を認識させモチベーションを高めるよう配慮した。 ⑤Aさんはパソコン入力業務、特に数値の入力と該当企業名のスクロール検索の迅速さなどにおいて、長けた能力を有し、業務に集中する特性が見られたことから、この能力を活用できるよう日々、入力作業を中心とした業務に従事させた。 (2) 心理的支援について ①独り言を言う習癖を本人が気にしていたことから、独り言を言うことで仕事上困っている状況が理解(ヘルプ発信)でき、職員がすぐにフォローできるので気にせず独り言を言うように伝えた。 ②不安を残している作業や失敗(本人のこだわり)について、できる限りフォローし、前向きに意識が変わるよう言葉かけをするとともに、誉めることにより、本人のモチベーションを上げるよう努めた。 (3) 職場の人間関係形成への支援について  初めての職場において昼休みをどのように過ごすかは精神障害をもつ方にとって、特に不安を感じる要素である。  そこで実習前、職員及び非常勤職員の5名の女性職員に「本人が休憩時間を心地よく過ごせるよう自然体で接すること」「興味のない話題には入ろうとしない特性があることから、あえて意識的に本人に話しかける必要はないこと」等の助言を行い、昼休みはAさんと一緒に雑談しながら過ごすようにしてもらった。結果、その雰囲気が自然に形成できた。 (4) Aさんの状況把握について  Aさん自身で自分の業務遂行状況を意識できるようにすることと、職場として本人の思いや状況を把握するため、毎回業務終了時に業務日誌を作成してもらうようにした。  項目は①本日の業務目標、②当日の作業内容 ③ルールの遵守の程度、④ストレスの有無、⑤目標の達成及び感想・意見、をパソコン入力しその日の状況等について、職員との振り返りと翌日に向けた課題等を確認し合った。 (5) 支援機関との連携  Aさんの実習中は職業自立センターひめじの就労支援員が同行し、その日の状況を共有した。また必要に応じて各支援機関に情報提供し、助言を受けた。 7 職場実習を終えたAさんの感想  精神障害を持つAさんを受け入れるための職場環境整備、そして適性に合った業務遂行の結果、特に問題もなく終了し、引き続き雇用となった。その時の感想についてAさんは「職場の皆さんが親切に丁寧に教えてくれたので、ストレスを感じることもなく仕事ができました。楽しかったし少し自信がつきました。」と嬉しそうに述べていた。周囲の配慮を感じながら、安心して力を発揮することができたようである。この間体調が崩れることも全くなかった。   8 Aさんへの職場定着支援  順調に職場実習を経て雇用になったAさんだが、これからの職業生活を継続することが重要であり、新たなスタートとなる。本人のモチベーションを保ち業務に取り組んでもらうための工夫や、業務内容のスキルアップ、そして職場内の安心できる人間関係作りや健康管理などのマネジメントが求められる。これらについて工夫した点を述べる。 (1) 職場において安心できる人間関係の形成  当初は特定の職員がマンツーマン指導を行っていたが、指導・支援する職員を雇用指導官の他、その場面に応じて企画情報部門及び求人部門等に広げていくことで、Aさんと他の人との関わりが深まるようにした。更に当庁舎内でも周囲の職員が、適宜本人に声かけをすることにより、本人の存在感を認める姿勢を伝えるよう工夫した。  また職員の出張等により、指導する職員が不在となる日については、Aさんが出勤した際に「午後から○○さんと◎◎さんが、出張でいないので、△△さんの指示に従ってください」と事前に説明することにより、本人が安心して業務に従事できるよう配慮した。 (2) 業務内容のスキルアップと職域開発  実習を経て雇用に至った後は、業務の難易度を徐々に上げていき、指示する職員が「この仕事は無理だろう」と考えるのではなく、「この仕事ができた以上、次の仕事もできる可能性がある」「とにかくやってみてもらおう」と考え、様々な仕事を一つずつ指示している。現在Aさんが担当している主な業務は定期的報告書によるパソコンデータ入力だが、例えば企業セミナーや事業所への文書発送等がある場合には、あえて本人があまり得意としない校正・印刷・製本・資料セット等の業務に従事させ、本人のスキルアップに努めている。また、他の仕事も盛り込むことで、同じ業務による飽きを感じさせないような工夫も行っている。その結果、期待に十分応える能力の体得に結びついていることを実感している。 (3) Aさんのモチベーションを高める工夫  雇用後においても業務終了前に本人に作業日誌を作成させ、できたことへの評価と課題点を確認し、業務に反映させている。  また定期的な所長による当庁舎への来所の際は、できる限り本人との短時間の面談を実施することにより、『姫路所の一職員としての認識』を付与 するなど、様々な場面で本人のモチベーションの向上に努めるよう働きかけている。 (4) 支援機関との連携  本人の仕事振りや職員及び他の非常勤職員との関わりの状況、日々の変化、新たな発見等を支援機関のスタッフに情報提供し、専門的な視点からのアドバイスや助言等を受け、本人に合った働きかけを行っている。 9 精神障害のある方を雇用して  精神障害のある方の受け入れについては、応募希望の時点では、職員間で戸惑いや受入れに消極的な姿勢も一部見られた。しかし職場実習を終えた後、「今回の実習を経ての雇用は、ハローワーク姫路にとって大きな前進」との意見や感想に変わるなど、デメリットと思い当たる事項は皆無であった。またAさん自身の成長やスキルアップだけでなく、Aさんの存在が職員全体にいい影響を与え、相互交流による職場環境の改善も見られている。 (1) Aさんの変化と成長  Aさんは元来素直で真面目な性格であり、何事にも積極的に取り組む姿勢がある。この性質が職場でも遺憾なく発揮されている。またパソコン操作のスキルアップのため、勤務後にパソコン教室に通うことで、日々事務処理スピードと正確性が向上し、本人が目指す資格取得にもつながるなど、向上心をもって業務を遂行している。そのため雇用指導業務に係るパソコン入力において、ハローワークの不可欠な人材として成長しつつある。また、仕事を通して職場内での人間関係にも慣れ、他の職員をモデルとしつつ社会性が豊かになっていることを実感する。 (2) Aさんを受け入れた職場の変化  Aさんが職員に日々挨拶することを受け、以前は部門毎の関係のみだった職員・非常勤職員同志の挨拶や会話が励行されるようになった。また本人の頑張りや勤勉な執務振りを見て、職員が刺激を受け、本人の手本となるようより積極的に業務を遂行する姿勢が窺えるようになった。  加えて本人を支援・指導・育成する観点から、部門間や職員及び非常勤職員の間での連携及び協力体制が強化され、職場環境がより改善された。   10 今回の雇用事例を通じて思うこと  精神障害や知的障害のある人をはじめとした障害者雇用は、入り口の段階で「無理」「支援が大変」「できる仕事がない」等の先入観がある限り進展しないだろう。しかし障害のある人のプラス面を活かせる職域が必ずあることを認識し、その検討と洗い出しが重要であることをこのたびの雇用でより認識することができた。  障害のある人が就職し、賃金を得、業務を通じて作成した成果物が社会に貢献していることが、本人のモチベーションの向上につながるとともに、指示された業務を遂行する過程で、日々着実にスキルアップしていることを実感している。本人が遂行可能な業務は、模索していけば多数あり、職員が日常やり遂げることができない業務も、着実にこなせるようになった。このことから、障害の有無にかかわらず、人間の能力は、未経験や苦手意識から『できない』と決めつけていることも、チャレンジさせることにより『可能』『得意』に転じることもあり、その可能性は無限大であるとの認識が重要であると実感する。  職場は障害の有無に関係なく、誰にとっても居場所の要素をもっている。本人が『安心して時間を過ごせる居場所』となるように受け入れ準備や職場環境の整備を図ることが、他の職員にとっても働きやすい環境となり、職場全体にいい波及効果をもたらすことになる。故に本人と接する際は、特別視することなく自然に接することにより、同じ働く仲間としての意識が全体に形成されていく。  そして今回の雇用は、障害を開示したものであった。非開示であった場合、本人の特性の理解や支援の方法も見いだせず、職員等の理解を得ることも難しかっただろう。よって、精神障害のある人の雇用・職場定着は『障害を開示し、理解を得、支援体制を整備』することで、更なる効果を促進すると考える。 11 おわりに  精神障害は目に見えないため、障害とどのようにつきあえばいいのか、雇用事業所も戸惑う場合が多い。しかし支援機関と連携しながらその特性を知り、それに合わせた少しの配慮で本人のもっている力を仕事に活かすことができる。そして事業所は単に障害のある人を義務的に受け入れるのではなく、雇用することによって効率的な業務の見直しや、他の従業員に対しても働きやすい職場環境を考える機会が得られることを、我々は様々なケースから学んでいる。このたびの取り組みを、ぜひ多くの公的機関や民間企業に般化させるべく努力したい。 口頭発表 第2部 発達障害者への就労支援を効果的に進めるための一考察① —高機能自閉症・アスペルガー症候群への就労支援について— ○岩井 栄一郎(京都市発達障害者支援センターかがやき 就労支援員)  門 眞一郎 (京都市児童福祉センター/京都市発達障害者支援センターかがやき) 1 はじめに  発達障害者支援法の施行に伴い、就労支援機関や発達障害者支援センターにおいて、成人の就労相談が増えている。京都市発達障害者支援センターかがやき(以下「かがやき支援センター」という。)の就労支援メニューは、①社会資源の説明、同行支援、連携機関の調整、②就労準備プログラムの提供、③京都就労支援関係機関の自主勉強会を展開している。かがやき支援センターにも20歳前半から30歳代を中心に相談に来られ、直接支援をおこなっている。相談内容としては、「転職や離職の繰り返しでなかなか一つの仕事場に落ち着けない」「仕事はしたいが面接でうまくいかない」「いろんな支援機関に行ったが就労できる状態ではないと言われた」「何が自分に合っているのかよくわからない」などといった内容が多い。  また、相談内容とは別に相談者の実情として、次のようなタイプ(Ⅰ〜Ⅲ)に大別できる。タイプⅠは「就労の意欲やイメージがある、一定の自己理解があるなど」、タイプⅡは「(就労意欲はあるが)就労のイメージがない、アルバイトやインターンシップの経験が少ない、活かしにくいなど」、タイプⅢは「自宅以外に行くところがほとんどない、本人よりも周囲が焦っているなど」である。タイプⅠの方は、かがやき支援センターが関与しながらハローワーク、障害者職業相談室、障害者職業センターとの連携で明確に就労を目指して支援できることが多い。一方、タイプⅡ、Ⅲの方は、個人だけの力で就労支援機関を利用する際はかなりハードルが高く、結果として、どの機関とも繋がっていない方が多い。考えられる理由としては、ⅰ)自分の考えを言語化し相手に伝えることや相手の言っていることを順次に理解するといったことが苦手である。ⅱ)職業評価を受けることになっても、短期間の評価ではきちんと把握できない(理由としては初めての場面では緊張する、場面の見通しが持ちにくいなど)ことも多い。ⅲ)自分の立ち振る舞いを客観視することが難しく、現実との乖離があるなどが挙げられる。  確かに、できるだけ相手を短時間に把握してジョブマッチングしなければならないこともあり、中・長期的スパンでの評価や職場適性の判断は場合によって現状の障害者の就労場面では、現実的ではないかもしれない。  しかし、本来の発達障害の方の特性を知るためには、一定の時間をかけて丁寧に評価をし、評価に基づいたジョブマッチングをしていかなければ、無理のない継続した就労には結びつかないと考えられる。   2 かがやき支援センターの役割  発達障害者の特性や職業適性は、多様な活動や場面の様子を丁寧に評価(アセスメント)して理解できる。その評価に基づいて、得意なことを生かして,苦手な部分をサポートしていくという支援の基本に立ち戻ってみる必要がある。  この評価場面をかがやき支援センターが積極的に担うことで、本人に適した仕事を探す手がかりなり、また個人(特にタイプⅡ、Ⅲ)と就労支援機関の円滑な橋渡しをすることにもなると考える。   3 方法 (1)就労準備プログラムの実施:  目的は、かがやき支援センターに定期的に来所していただき、就労体験や就労イメージを作る活動を行い、同時に継続して評価を行い、支援の方法を構築していく。また居場所を提供し、規則正しい生活のリズム作り、精神的な安定をはかるというねらいもある。内容は、週1回、1〜2.5時間で事務、軽作業、掃除などを行い、専用スペース(作業エリアや休憩エリア)を用意する。スケジュール、ワークシステム、手順書、ジグなどの手がかりを個別に準備する。プログラムの個別化については、本人と家族と一緒に考え、経過を報告し、使いやすい支援のツールを考える。また社会性やコミュニケーションに関するトレーニング(あいさつ、電話の受け答え、面接のロールプレイなど)も行う。うまく就労につながれば支援方法を伝え、支援方法の移行をするが、その際は、支援マニュアルを作成し、単に「○○ができます」という内容ではなく「**があれば○○できます」という内容にしていく。  また実際に来所していただいても何も語らない方もおられる。その際は,とりあえず何かやっていただく,つまり作業を通して本人を知っていくプロセスをたどっていく。それ以外にも客観的なデータをもとに本人やご家族と現実に沿った話しをしていくためには,数値やチャート図は必須である。家以外のチャンネルとしてかがやき支援センターが機能(サロン、居場所など)していくこともある。 (2)他機関との連携(評価の共有,職場実習の確保):  一定期間,就労準備プログラムをおこなったあと,次のステップとして実際の職場実習をおこなう際には,京都府の引きこもり支援の一環として行っておられる職親制度を利用させていただいている。  従来のキャリアプランに欠けているものは,「どうやったら,どんな工夫があればできるようになったかという記述」「本人がこんな工夫(環境要因,支援方法,対人行動,コミュニケーションなど)があればできると分かった時,それを考える,試す場面」「ある人だけが本人のことをよく知っているという現状」「情報移行という文脈」などが考えられる。その中でも,いきなり就労の現場でもなく,蓄積された支援方法やツールを試す場としての中間的な職場体験は現実的フィードバックがかかりやすい貴重な場面である。しかし,とりあえず実習しようというものでは意味がなく,あくまで蓄積されたものを(支援者も利用者も)試し,丁寧にフィードバックすることが大切である。 4 結果と考察  就労準備プログラムを通して、蓄積された本人の評価データが共有できたため就労支援機関へのスムーズな移行や連携につながった。また評価の重要性を加味していただき、段階的に他機関で職業評価を何度も行うまでになり、Plan−Do−Seeのサイクルを作り上げられるようになった。本人にも様々な作業を実体験してもらい、そのデータを共有し客観的にフィードバックする機会をもつことで現実的な自己理解にもつながっていったと思える。  今後は、個人の行動レパートリーやスキルの獲得と拡大だけではなく、基本的な障害特性をきちんと確認することが必要で、現実の生活部分の整理も含め、特性に合った「本人ができる仕事」を選んでいく視点も必要であり,「瞬間的な“点”での就労支援」ではなく「継続的な就労(生活)支援」をおこなっていきたいと考える。 発達障害者への就労支援を効果的に進めるための一考察② −京都における新たな連携と融合− ○荒井 康平 (京都障害者職業センター 障害者職業カウンセラー)  新藤 崇代 (京都府発達障害者支援センター「はばたき」)  岩井 栄一郎(京都市発達障害者支援センター「かがやき」)  井上 敦子 (京都障害者職業センター) 1 はじめに  京都では、発達障害者支援法に基づき、平成17年11月に京都市が「京都市発達障害者支援センターかがやき」を、平成19年10月に京都府が「京都府発達障害者支援センターはばたき」を設置した。各支援センターとも地域事情に合わせて関係機関と連携して支援を進めているところである。  全国的な傾向とも重なるが、従前地域の中で支援が多かった知的障害を伴うケースや特別支援学校・福祉施設等の利用を続けてきたケースではない、障害者手帳を所持していなかったり、既存の福祉サービスの利用を希望されなかったりする発達障害者のケースが増えてきている1)。  他府県の中には、1箇所の発達障害者支援センター(以下「支援センター」という。)等が就労前のアセスメントから職業前訓練、職場開拓及びその後の職場定着にかかるまでワンストップサービスで対応されている地域もあるようだが、京都においては、職員配置を含めて限られた体制の中で、“できる支援”を持ち寄り相補しながら利用者ニーズに対応している状況である。  ここでは、就労にかかる相談を始める段階〜具体的に就職活動を始められるようになる段階までの就労支援にスポットをあて、連携を模索しながら取り組んできた事例を報告するとともに、機能的な連携のあり方について検討したい。 2 京都における発達障害者の就労支援状況 (1)「はばたき」エリアでの支援状況 〜チーム支援でネットワーク型〜 イ 「はばたき」概要  京都府からの委託を受けて設置されている。南北に長い京都府(京都市を除く人口:117万人)では各福祉圏域に発達障害者圏域支援センターも設置されており、「はばたき」はそれらのセンター機能的な役割を担っている。  職員体制は常勤5名(センター長は子ども発達支援センター兼務)。  平成20年度の利用者数は257名。利用者傾向は、19歳以上の成人が約6割。主訴は「就労」「健康・医療」に関する項目が高い。成人の半数ほどは未診断ケースである。 ロ 「はばたき」の利用者への支援スキーム  ①相談機能、②発達検査、③SST及び職業セミナー等。 ハ チーム支援の状況  就労支援において は、エリアにおける 就業・生活支援センタ ー、ハローワーク及 び京都障害者職業セ ンター(以下「職業 センター」という。) との密な連携が行わ れている(図1)。 基本的には「はばた き」にて実際に就労 支援を始める前段階 のアセスメントや相 談を行い(未診断ケ ースや障害認知があ まりないケースは少なからずおり、メンタル面や生活面の課題があるケースもいるため、まずは就労に向けて取り組める状態になるための支援)、それを受けて就業・生活支援センターや職業センター等が適宜支援していくという役割分担になっている(図2)。 (2)「かがやき」エリアでの支援状況 〜自前プログラムでアセスメント型〜 イ 「かがやき」概要  京都市の委託を受けて、同市在住(人口:146万人)のケースに対する支援や関係機関への助言・指導業務を行っている。  職員体制は常勤9名(内就労担当は3名)。他6名の職員も個別ケースの支援の中で就労部分も担当されている。非常勤2名。スーパーバイザー1名。  平成20年度の利用者数は591名。18歳以上の方が対象。利用者の主訴は、「情報提供」「家庭生活」「就労支援」に関する項目が高い。 ロ 「かがやき」の利用者への支援スキーム  ①相談機能、②就労準備プログラム、③ソーシャルクラブ・女性クラブ・当事者勉強会・野球等。 ハ 市内における連携状況              「かがやき」でのアセスメントをベースに、職業センターの職業評価や職業準備支援、京都府の職親制度等での場面評価を段階に合わせて実施していく(行 きつ戻りつしながら進めていくケースもある)(図3)。 (3)京都障害者職業センターの支援状況 イ 概要  JR京都駅の並びにあり、ハローワーク京都七条との合同庁舎(京都市内)。  職員体制は常勤9名、非常勤13名。  平成20年度の新規利用者数は320名で(総利用者数は599名)、発達障害者のみでは平成18年:11名→19年:17名→20年:40名と増加傾向にある。 ロ 就職を目指す利用者への支援スキーム  ①職業相談・ガイダンス、②職業評価、③職業準備支援、④ジョブコーチ支援等。 (4)支援センターと職業センターの連携状況                   職業セン                  ターの統計                  から、新規                  ケースにて                  両支援セン                  ターと連携                  している支援件数は年々増加傾向にあることが表れている(図4)。 3 京都における就労支援の流れ (1)従来の京都における就労支援の流れ  厚生労働省が示している図5のような流れと同様に、<①就職に向けての相談>の段階からハローワークでの相談や就業支援機関(就業・生活支援センターや職業センター)での相談やアセスメントを行ってきた。  一方で、体調面やメンタル面が日常生活を送るレベルでも安定していない・生活リズムが大きく崩れている・人がいる場面にいくこと自体のストレス度が過度に高い・基本的な生活スキル(身辺自立、移動、約束を守る等)を獲得できていない・就労意欲を持てていない・障害認知がほとんどできていない等の課題(以下「就労前課題」という。)がある場合は就労支援の前段階であり、生活支援や医療・福祉機関での支援が必要なことから、就労支援サイドとの役割分担を図ってきた。 (2)発達障害者への相談過程で見られた状況 イ 就労前課題と就職希望とのバランス  社会資源の少なさから、“最初の窓口”的な役割を各発達障害者支援センターが担っている現状があり、その中で上記のような就労前課題を抱えているケースの割合は少なくない。  従来の職リハ対象者の場合、ゆくゆくの一般就労の希望はあっても、医療・福祉機関や生活支援機関で課題改善・整理に取り組み、一定期間を経た次のステップとして就労準備(職業相談や職業準備訓練等)に移るという流れが多かった。  一方で、発達障害者の中には、一般高校や短大・大学への通学経験、健常者としての就業経験がある方も多く、福祉機関等を利用してのステップアップを希望しない方もいる。また、就労前課題があっても目下の就職希望が強く、生活管理や体調管理等の課題と就職が関連していることも実感しにくいため、就労前課題へのアプローチと並行させて、就職(=モチベーションや関心の高いところ)についても見通しを持てるようにするためのきっかけ作りが必要なケースがみられた。 ロ 現実場面を共有していくこと  発達障害者の多くはイメージしたりイメージを構成したりすることが苦手な傾向があり、実際に体験したことを振り返りながらの課題整理が必要な場合が多かった。  一方で、福祉利用等を希望されていないと、マンパワー的な課題等から「はばたき」や就業・生活支援センターでは体験的アセスメント機能を十分に持ちえていないため(「かがやき」は作業的側面のアセスメントができる独自のプログラムを持っている)、そうした体験場面がなかなか確保しにくい状況があり、課題整理についての相談が進みにくくなる場合もあった。 (3)平成20年度からの新しい就労支援の流れ  基本的な就労支援のプロセスは、図5に示した従来の流れをベースとしてある。  その上で、前項の状況が見られていたことを受けて、施設長レベルで実施している連絡会議とは別に、各発達障害者支援センターと各圏域にあるハローワーク及び職業センターにて(府南部については就業・生活支援センターも)、現場スタッフレベルでの情報交換及び具体的な役割分担や連携のあり方を検討する機会を平成20年度に設けた。  その中で、就労前課題があっても、就職希望が強く、その点の見通しも合わせて今後を検討していきたいケースや、イメージングや成功体験の少なさから就職への一歩が踏みにくかったり、自己課題に向き合いにくかったりするケースの場合は、必要に応じて就業支援機関による職業相談や職業評価等のアセスメントを行っていく方法も選択肢の一つであることを確認した(図6参照)。 (4)京都発達障害者就労支援勉強会  「かがやき」主催で、3〜4年前から地域の中のインフォーマルな勉強会が始まった。平成20年度からは「かがやき」の業務として位置づけられ、継続できる体制に整えられた。隔月の第3木曜日、18時半〜2時間程度で開催されている。  当初はハローワーク、職業センター、生活支援センターといった少人数の勉強会であったが、徐々に市内外の就業・生活支援センター、府内外の発達障害者支援センター、特別支援学校、就労移行支援事業所、NPO法人、大学キャリアセンター、障害者職業訓練校等へと輪が広がっていき、毎回15名前後の関係者が参加している。  内容は、各機関持ち回りで話題提供を行い、それをもとに意見交換を行うものである。発達障害者にかかる就労支援という枠組みの中で、異なる立場から支援課題についてテーマスタディを行ったり、新規事業が始まった機関から情報提供をしていただいたりして行っている。 (5)引きこもり支援との連携  「かがやき」が自施設内で行っている就労準備プログラムの次のステップとして実際の職場体験ができる場の確保を検討されていた折に、京都府が青少年の社会的引きこもり支援の一環として実施している職親制度に着目された。あくまでも引きこもりの方を対象につくられた制度ではあったが、引きこもり支援の対象者の中には思いのほか障害を抱えている方が多くいたことと、発達障害があるゆえに在宅生活が長引いているケースも広義の社会的引きこもりであるだろうとのことから、「かがやき」紹介でも制度利用可能という流れを確保された(平成20年度〜)。  現在、4名の発達障害者の利用実績があり、その内の1名は「かがやき」と職業センターでアセスメント場面を持ち合い、段階的に双方の評価場面を行き来しながら、働く意欲及び自己肯定感の向上が図られた。 4 従来とは異なる流れで連携した支援事例  府南部でのチーム支援事例〜就労前課題の相談段階から支援センターと職業センターが連携してケースマネジメントしていった事例〜 <○0 就労前課題の相談>            <はばたき;相談支援>  ・本人主訴:就労。本人に困った様子はなし。  ・自分をふり返る相談や発達検査の実施。 <職業センター;職業評価+職業ガイダンス> ・具体的な作業や場面を共有してのふり返りを  しながらでないと課題整理を進めにくかった  ため職業評価を実施。 <ケース会議;本人・母親・関係2機関> ・本人の自己認識;「臨機応変に対応できる」。 ・プラス面のフィードバックと合わせて、基本  的な対人対応面や決められていないことへの  対応が十分ではなかったことを共有した。 ・指摘を受けた瞬間は姿勢を正そうという意識  をもたれるが継続しにくい。  ・今まで通り一般求人に応募していく意向。 <はばたき;面接状況を踏まえた相談、SST> <職業センター;クローズの面接対策>  ・本人の自己認識;「障害者のふりをしていっ   てもなあ」と一般での仕事探しを希望。 ・継続しにくいが、短い相談の中では姿勢を正  さないとという意識を少し持たれ始める。 <医療機関での診断>  ・面接に通らない状況から診断を受けることに。 ・アスペルガー障害の診断。本人は「それほど  ショックではない」とのこと。 ・就業・生活支援センター、ハローワーク専門  相談部門への登録を行う。 <① 就職に向けた相談>             <ケース会議;本人・母親・関係4機関>  ・障害を伝える方向で就職活動を検討する。 ・当面は今までのふり返りから自分の長所短所  や向いている仕事を整理する作業をしていく。 ・その後、整理したことを実際の職場で確認す  る前に、模擬的就労場面で試して調整するこ とを目的に職業準備支援を実施する予定。 <はばたき;長所短所の整理にかかる相談> <就業・生活支援センター;適した仕事の検討>  ・職場見学なども織り交ぜながら相談していく。 <② 就職に向けての準備、訓練>        <ケース会議;本人・母親・関係4機関> ・本人の自己認識;「長所は素直、コツコツで  きるところ」と自他評価が近づいてきた。 ・母親;以前より注意したことも素直に受け入  れる姿勢ができてきた。  ・障害者手帳についても申請する方向になった。 <職業センター;職業準備支援>  ・以前に確認していた目的+支援体制づくり。 <③ 就職活動、雇用前・定着支援>        <ハローワーク;求職活動> <就業・生活支援センター;主たる相談窓口> ※現在、就職活動継続中。 5 連携のあり方についての考察  発達障害者の中には、認知特性が特異的であったり、興味・関心によりモチベーションの強さが大きく変わったりするケースも多く、また、障害者手帳の取得や福祉制度の利用を希望しないケースもある。  同様のケースにマッチした体系的な就労支援システムが地域にない中で、少しでも利用者ニーズにあった就労支援を行っていくことが必要となる。京都での取り組みから、関係機関同士が機能的な連携を図っていくにあたり、以下の3点のポイントがうかがわれた。 (1) 就労意向の出た段階が就労支援の始まり  〜ケースの状況に応じた柔軟な対応〜  至極当然のことではあるが、それぞれの地域で長らく行われている連携パターンや支援者サイドのイメージにより、本人が希望する支援を受けにくくしてしまっていることも少なからずある。  もちろん、日常生活を送っていくのに支障がない程度ならばよいが、最低限の生活管理や体調管理が十分でないのであれば、医療機関等による一定の課題整理があった上で就労に向けた相談を受けるように理解を求めていく方がいいので、必要に応じて就労前課題の段階から就業支援機関との連携が望まれるケースもあろう。 (2)各段階でしっかりアセスメントする  相談機能だけであっても、その段階(窓口)でできる限りきちっとした課題整理及びご本人との共有を図ることができれば、ちりも積もれば山となるように、行きつ戻りつしながらも自己認識が少しずつ変容していくケースもある。  加えて、発達障害者の場合は、できるだけ実際に本人がやってみて、そしてふり返るという現実場面をいかに提供していくかということがポイントとなる。その際、モチベーションや興味・関心という要素も大きな意味を持つ場合があるので大切にしたい。  さらに、次の段階(窓口)に移る場合、“できた経験”や“○○したらできた経験”も共有できたら望ましい。特に、後者の“○○したら”はゆくゆくの支援の求め方に直結しやすく、支援を受けるメリットを感じにくい状態のケースに対して、支援を受けるイメージづくりにもなりうる。 (3)機能的な情報交換会やケース会議の機会  個人情報の取扱いには十分留意した上で、個別ケースへの支援の中で、必要な情報交換を図っていくことが第一に求められるが、既存の流れや文化と相まって、定型的な連絡・相談だけではなかなか組織間の溝が埋められないこともある。  新規事業等を含めて組織に変化が生じた場合や、従来の連携のあり方ではケースマネジメントがとどこおり始めた段階においては、地域における役割分担や組織としての支援スタンスについてざっくばらんに情報交換や意見交換ができるような場を求めていくことも大切だということを実感した。 6 おわりに  各センターのできること、できないことを含めて、利用者ニーズに十分対応しきれているわけではないのが現状である。また、就労を希望していても就労前課題のあるケースが多く、発達障害者支援センターも尽力されているところである。  引き続き、他機関も含めてより機能的な連携が図れるように努めていきたいと思う。 <引用・参考文献> 1)日詰正文:発達障害者支援法施行後の状況、「職リハネットワークNo.62」、p.8、障害者職業総合センター(2008) 2)「就業支援ハンドブック」、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構(2009) 発達障害者への就労支援を効果的に進めるための一考察③ −京都障害者職業センターにおける雇い入れ支援の事例より− ○古野 素子(京都障害者職業センター 障害者職業カウンセラー)  芝岡 直美・堀 正志・荒井 康平(京都障害者職業センター) 1 はじめに  京都障害者職業センター(以下「京都センター」という。)では、近年発達障害者の利用者が増加している。平成19年では38人、平成20年では74人である。また、平成20年法律第96号の障害者の雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律の制定を受けて、平成21年4月から地域の就労支援機関に対する助言・援助等の業務が地域障害者職業センターの基幹業務の一つとして新たに位置づけられたことも契機に、関係機関からの研修講師や支援についての助言を求められる機会も増加している。その中で「発達障害者がどのような支援を受けて就職しているのか知りたい」との要望も複数寄せられている。今後、京都センターが増加傾向にある発達障害者や雇用主となる事業所及び地域の支援者である関係機関のニーズにあわせて有効な情報やサービスの提供を行っていくためには、就労支援の実践の中から経験やノウハウを蓄積するとともに、有効であった支援について整理・分析し把握しておく必要がある。  本稿では、京都センターにおいて相談・支援を行ったケースのうち、雇用につながった発達障害者の雇い入れ支援事例に注目し、どのような就労支援を行ったのか整理することを通して、効果的な支援について検討することを目的とする。   2 方法  対象は、平成20年度に京都センターを利用した発達障害者74名のうち雇用に至った13名の雇い入れ支援事例を対象とした。属性的特徴、実施した就労支援内容等について項目を設定し、支援を担当した障害者職業カウンセラー(以下「Co」という。)及びジョブコーチ(以下「JC」という。)が記入を行い、支援内容について整理し、傾向の把握を行った。  なお、今回の対象については、あくまでも「京都センターを利用した発達障害者」に限られることから、整理した結果みられる傾向は、全般的な発達障害者の雇用状況・支援状況を表すものではない点をふまえた上で結果を解釈する必要があると思われる。   3 対象事例の状況(属性的特徴) (1)本人側の状況  図1 平成20年度雇い入れ支援実施事例本人属性(計13名) 表1 過去の主な離職理由・不適応要因  対象とした13名についての属性的特徴は図1の通りである。対象に共通して見受けられる傾向としては、次の点があげられる。 ①一般校(高校〜大学)を卒業もしくは中退した方ばかりである(13名・100%)。 ②仕事上の課題もしくは対人関係等の課題により離職経験がある方がほとんどで(新卒者1名を除く12名全員・職歴のあるものの100%。表1参照。)離転職を繰り返している方が多い。 ③発達障害との診断を受けて向き合った上で就職  された方が多い(13名・100%)。そのうち学  校卒業後、職場での不適応経験から受診をし、  診断を受けた方も多い(10名・77%)。また、  二次障害(抑うつ・不眠・適応障害等)がある  方も半数近く(9名・69%)を占めている。診  断後も継続して定期通院している方が多い(11  名・85%)が、カウンセリング中心の方が多い。 ④就職された時点では、障害者手帳を有している方が多い(11名・85%)。そのうち京都センターでの相談開始後、手帳を取得した方も5名いる。 (2)事業所の状況  対象とした13名の雇い入れ支援を行った事業所13社についての属性的特徴は図2の通りである。   図2 平成20年度雇い入れ支援実施事例事業所属性(計13社)    発達障害者を雇い入れた事業所に、事業所規模や担当職務等に主だった傾向は特にみられなかった。  雇い入れされた本人属性との関係性から事業所の状況を見ると、手帳なしで就職された2名を雇い入れた事業所はいずれも55名以下の雇用率の対象とならない事業所であった。逆に手帳所持者11名を雇い入れ頂いた事業所のうち8社は雇用率の対象となる中〜大規模事業所であった。  また、13名のうち12名の方が発達障害について開示(オープン)にしての面接を希望したが、オープン希望の方の紹介は全てハローワーク専門相談部門の紹介により面接に至っている。ハローワークの求人票(一般求人3社含む)からの紹介が一番多いが、京都センターの事業主支援(障害者雇用の雇い入れ検討及び職務創出に係る相談助言)からマッチング・紹介に至ったケースも2社あった。   4 就労支援の状況 (1)京都センター利用に向けての相談状況  京都センターでの相談を開始するにあたっての来所経路に注目すると、13名すべてが関係機関での相談を重ねた上で利用されていることがわかる。3(1)項本人属性で前述したように、学校時代やこれまでの職歴の中では、サポートを受けるという経験のない方が多いことから、「障害者職業センターで相談する」ということに対しても関係機関での相談助言・支援が必要だった方が多いことが窺える。 (2)京都センター支援の活用状況  13名に対する京都センターにおける支援の活用状況は次の通りである(表2参照)。 ①職業評価を活用した個別のアセスメントを全て  の人に対して行っている(13名・100%)。 ②職業準備支援事業(模擬的な就労場面を活用した継続的な通所によるアセスメント)を活用しながら自身の得手・不得手や会社に得たい配慮事項を整理した人も多い(9名・85%)。また、今回の就職の際には障害特性をオープンにし、特性を伝え理解の得られる事業所に就職をした方が多い(12名・92%)。職業準備支援の活用を通し、特性を理解してもらって働く経験やサポート(配慮や助言)があればできた経験を積むことを通して求職活動の進め方の相談(オープンでいくのか、会社への伝え方をどうするのか、ジョブコーチ支援を活用するのか等)を支援した人がほとんである。 ③上記①、②のアセスメント結果をハローワークの専門相談部門担当者に伝達するケース会議をクローズ希望の1名を除く12名すべてに実施している。本人の希望(興味・関心)に加えて作業上の得手・不得手等の状況も加えたアセスメント結果をもとに仕事の選び方や求職活動に係る助言を行ったり、ハローワークでの相談や求人開拓に役立てていただいている。 ④オープン希望の12名のうち10名にCoが面接同行を実施(残り2名もハローワーク職員もしくは就業・生活支援センタースタッフが面接同行)。アセスメントを行った専門機関・客観的な立場から特性を伝達する支援を実施している。 ⑤ジョブコーチ支援事業を活用している人が多い (10名・77%)。本人及び事業所に対して行った支援内容は表2に記載の通りだが、支援の傾向としてみられた点は次の通りである。 (A)ケースの特性・発達障害の特性伝達(10件) 面接同行の際や、支援開始時点(仕事開始前) では「どこが障害かわからない」とほぼ全ての事業所から言われている。そのため、最初に特性を伝えた際には「大丈夫でしょう」との評価が多いが、いざ実際に働き始めてから、疑問に思われることや、同僚から障害特性や関わり方について改めて質問をうけることが多い。数ヶ月経過後やフォローアップに移行してからも、同僚や上司から本人の評価を伺い、負担や不安等の把握と相談を行いながら特性を伝えてようやくご本人の特性の捉え方が支援者と事業所と擦りあってくるというケースも多い。 (B)職務内容(ジョブマッチング)相談(10件)  作業への対応力は有しているが、対応できる範囲が狭い方が比較的多い。そのため「できる部分と求められる仕事のマッチング」が本人の作業適応や必要となる配慮・支援密度にも影響を及ぼすことが多いため、次のような支援を行っている。 ・CoもしくはJCが事前に事業所見学を行い「仕事のアセスメント」を実施し、特性と仕事についての助言を行う(10件全ケース)。 ・想定される職務を「試しにやってみる」ことを通してJCが支援状況を伝達しながら職務内容の変更や拡大について相談・助言を行う(8件)。 (C)環境調整(9件)  本人にとってわかりやすくするため、また変化への対応が苦手な特性をふまえた対応として、次のような環境調整を行っていることが多い。 ・人的環境調整(9件)。 …指示出しや報告・相談する方の固定等、キー    パーソンを決めていただく。 ・物理的な環境調整(3件)。 …配置を固定、刺激に対して反応しやすく注意がそれやすい特性をふまえて壁に向かった席に固定いただく等。 (D)作業支援(9件)  過去の職歴における離職理由・不適応要因に注目すると、対人・コミュニケーション面だけではなく、仕事への対応の難しさも多く見受けられる。作業が指示通り遂行できることを目指した支援としては次のような支援が多い。 ・指示内容の視覚化 (6件)。 …事業所の意図する手順や作業要領等がご本人に理解しやすくするために手順書やマニュアル等を作成する。 ・優先順位や手すき時の対応等の確認(6件)。 ・要求水準の調整(9件)。 …一見の印象や支援後しばらくフォローの間隔をあけてしまうと「障害者だということを忘れてしまう」と言われた事業所もあったが要求水準が特性や能力以上に上がりがちな面もある。本人の状況やしんどさ等を伝えながら要求水準調整を行う支援も多い。 (E)職場での過ごし方支援(7件)  空気を読むことや暗黙のルールを理解することが苦手な特性の方も多いことから、作業支援の他にも職場での望ましいとされる過ごし方に係る次のような支援を行っていることが多い。 ・職場の暗黙のルールを見える化(6件)。 …暗黙のルールを「職場のルール」と見える形にして示す、スケジュールとして示す等・休憩時間の過ごし方への助言(6件)。 …枠組みのないフリーな時間や会話が苦手な方も多く休憩時間の過ごし方を助言。 (F)職場のコミュニケーション支援(9件)  コミュニケーションが苦手という特性を持つ方も多いが事業所で行ったコミュニケーションに関する支援は次のようなものが多い。 ・報告や連絡の仕方について助言・支援(6件) …誰にどのようなタイミングでどう言えばよい  のかを具体的場面に応じて助言、職場外で  SSTを活用したマナー講座の実施等。  また、定型的な報告はできてもイレギュラー時への対応が苦手で困った時の対応等、どうしたらよいかわからない時にイライラしやすい特性の方も多く次のような支援も半数超の方にしている。 ・SOSの出し方や相談の仕方助言(6件) ・イライラへの対処への助言(6件) (G)不安軽減・自信の向上に係る支援(9件)  見通しが持てないと不安が大きくなりやすい特性や、過去の離職や失敗経験を積み重ねている方が多い背景もあり、不安が強く自信を持ちにくいケースが多い。不安軽減の方法として見通しやイメージが持ちやすいように次のような支援をしていることが多い。 ・事前見学の機会の設定やJCが事前に把握した情報を提供する(8件)。 ・実際の作業状況や上司の評価を確認した上でプラスのフィードバックをJCが行う(9件)。 ・事業所からプラスのフィードバックをして頂けるようお願いをする(8件)。 (H)捉え方の齟齬・ズレによる影響を未然に防ぐ支援(9件)  情報の受け取り方や捉え方が苦手な特性を持つ方に対しては、導入時の調整や集中支援を行えばフェーディングができる、慣れたらできるというタイプとは異なる支援が必要であり、捉え方の齟齬や影響を未然に防ぐために次のような方法や機会を活用して支援を行っている。 ・JCの定期相談(訪問時、来所相談)(9件) ・TEL相談、メール相談(5件) ・業務日誌・日報等メモやノートの活用(6件)  (自分の捉え方や不安等を事業所やJC等の支援者に知ってもらうツールとして活用) (3)安定を支える関係機関による支援状況  過去に失敗経験が多いことから自己肯定感に乏しい方が多く、前述(G)の不安軽減等に係る支援も容易にはいかず、客観的事実に基づくプラスのフィードバックを継続的に繰り返す必要のある方が多い。これらの機会はJCによるものだけでなく、通院の際にDrからのカウンセリング的助言もしくは、関係機関(発達障害者支援センターや就業・生活支援センター)への余暇活動への参加の機会や相談を活用し、自己肯定感を高める相談(事業所やJC等のサポートを受けて、適応的な行動ができていることの強化)を定期的かつ継続的にして安定を図っている方も多く(12名・92%)、安定就労を支える大事なポイントの1つになっていると思われる。  また、ささいな変化への対応に弱かったり捉え方に齟齬が生じやすい特性を持つ方が多いが、このような特性を持つ発達障害者の雇用継続・安定を支えるためには、そういった変化や課題にタイムリーに対応することが必要である。何かあった際に事業所から連絡が頂ける関係づくりが重要な支援になるのだが、併せて本人側からもこういった変化や課題のキャッチができるフォローの機会としても役立つと思われる。 5 考察  「雇用」に至った雇い入れ支援を行った事例を整理・振り返った結果、次のような点が発達障害者への就労支援を行う上で大事な点ではないかと考えられる。 ①サポートを受けて働くことの有効性 〜特にジョブコーチ支援の有効性  支援内容や方法は人それぞれだが、「雇用」された時点より6か月後も定着している方は12名で定着率は92%と高い。このことは自分にあった何らかのサポートを受けて就職することが有効であったと言えるのではないかと思われる。  特に障害をオープンにしてジョブコーチ支援を受けて就職・定着に至っている方が多いことも特徴的である。「どこが障害かわからない」と多くの事業所から言われたように、障害が一見、見えない点も発達障害の特性の一つである。そのことが、配慮の得られにくさや要求水準のあがりやすさ、誤解につながることが多く現れやすい。面接時などの一見の印象だけでなく、事業所にも「試しにやってみていただき、実際に関わってみていただく」中で、支援者も継続的に事業所の方と関わりを持ちつつ特性を伝え環境調整を行うことが実際は多くみられている。そのような支援が実際の職場で(On the Jobで)行うことのできる支援として、ジョブコーチ支援は有効ではないかと考える。 ②個別アセスメントの重要性  上記①で述べたジョブコーチ支援を始めとする個別のサポートを行うためには、それぞれに応じた個別の支援計画を立てることが必要である。そのような計画を立て、支援を行うことができたのは、興味・関心・得手・不得手・どのような配慮や対応があればできるのか等を個別にしっかりと把握する「アセスメント」が支援のベースになっている。関係機関や京都センターで行ってきた個別性の高いアセスメントが、事業所における支援においても非常に重要であると思われる。 ③関係機関と連動・連携した支援  前述した就労支援を行うためには、実は「就職する」という目標に向けて「アセスメント」という自分を知るステップ、このような「サポートを受けてやってみよう」とご本人が思えるまでに相談・助言・情報提供するステップが、医療機関や発達障害者支援センター等で積み重ねられて京都センターでの相談に至っているプロセスがあることにも注目しなければいけない。実はそこに丁寧且つ根気良く継続的な支援があったと思われるが、そのことが有効な職場での就労支援につながっているポイントにもなっていると思われる。  雇用支援(雇い入れ〜雇用後)を本人や事業主に行うことのできる専門機関である障害者職業センターとして、①サポートを受けて働くことができている発達障害の方を一人でも多く生み出す実践を行うこと、②事業所における就労支援の実践から得られる情報を、これから就職を目指して取り組む方や支援する方に役立つ情報として伝えること、が今後地域の関係機関と連携をしながら就労支援を効果的に進めるために、京都センターにできる役割として大事な点ではないかと考える。 発達障がいの特性を有する知的障がい者・精神障がい者の支援 ○宮田 智美(㈱かんでんエルハート総合営業課 主任/第2号職場適応援助者)        中井 志郎・有本 和歳・西本 敏・上林 康典・水嶋 美紀・福田 有里・大谷 和久 (㈱かんでんエルハート) 1 かんでんエルハートの概要  当社は、大阪府(24.5%)、大阪市(24.5%)、関西電力株式会社(51%)の共同出資により平成5年12月9日(障がい者の日)に設立した特例子会社で、特に雇用の遅れている重度身体障がい者、知的障がい者、精神障がい者を積極的に雇用している。現在の従業員数は161名。知的障がい者50名、肢体不自由者26名、聴覚障害者8名、視覚障がい者10名、内部障がい者5名、精神障がい者10名(トライヤル雇用6名を含む)、健常者52名(内関西電力出向者21名)が、花卉栽培・花壇保守、グラフィックデザイン・印刷、IT関連業務、商品箱詰め・包装、メールサービス(郵便物・社内連絡便の受発信業務)、ヘルスマッサージ、厚生施設受付業務にそれぞれ従事している。平成20年度の売上は16億7千8百万円である。 2 職場適応上の課題となりうる特性  当社の知的障がい者50名、精神障がい者4名の従業員の中には、自閉症・ADHD・広汎性発達障がい等の発達障がいの特性を有するものも多く(医師の診断をうけたわけではない)、就業生活をおくる上で、専門的なサポートを必要とするものも多い。  そこで、個々の特性を把握し的確なサポートがおこなえるように、下記の項目、(「広汎性発達障がい者の雇用支援のために、高齢・障害者雇用支援機構)に準拠して当社の第2号職場適応援助者が知的障がい者、精神障がい者の従業員を対象にアセスメントを行った。  ●社会性の問題 ① 指示されているルールは守れるが、職場の暗黙のルールに混乱してしまう。 ② 場の雰囲気を読むことが苦手で、つい適切でない 返事をしてしまう。 ③ 注意をされると、相手が自分を敵視しているように感じてしまう。 ④ つい、自己流で行動してしまう。 ⑤ 苦手な音や文字などの情報があると必要な事をうまく選択できない。 ●コミュニーケーションの問題 ⑥ 上司や同僚に対する接し方がうまくできない。 (誰にどう接して良いのかわからない) ⑦ 電話の対応がうまくできない。 ⑧ 指示がわからない時にタイミングよく質問できない。 ⑨ 突然興奮したり、怒り出す。               (緊張すると大声を出したりする。) ●こだわりの問題 ⑩ 複数のことを担当することになるとどれを優先するのかわからなくなる。 ⑪ 経験したことを担当することになると、どれを優先するのかわからなくなる。 ⑫ 時間や場所などの予定が変更になると不安になる。  (「広汎性発達障害者の雇用支援のために」高齢・障害者雇用支援機構)のパンフレットより  各項目毎に評価し、発達障害の「傾向が強い」場合はA、「傾向あるがが弱い」場合はB、「傾向がほとんどない」場合はCとした。(なお、この上記12項目は、アセスメントをおこなう際のチェックリストとして作成されたものではないだろうが、職業生活上の弱点を発見するのに非常にわかりやすいツールであるため、このような活用の仕方をしたものであり、チェックの結果を持って、発達障がいの有無を確認するものではない。)  さらに、情報処理力(前例を踏襲し、パターンを覚え、それを習熟する力)についてもアセスメントをした。平均的な健常者の情報処理力を100%とした時、39%以下の者をa、40〜69%の者をb、70〜99%の者をc、100%以上の者をdとした。その結果が図1である。                       図1 課題となりえる特性を各人ごとにしたアセスメント図    図2は図1の一覧を分布図に並べ替えたものである。Aが1項目でもある者をAグループ、AはないがBが1項目でもある者をBグループ、Cのみの者をCグループとした。このアセスメントがおおむね正しいとすると知的障がい・精神障がいのある従業員の内、実に46%の者が何らかの発達障がいの特性を有していると考えられることになる。   図2 発達障がいの特性を有する人の分布図  また、Aグループ26名の内、枠囲みをした9名はAが3ポイント以上ある者である。仮にこの9名をA´とする。「気に入らないことがあると職場でパニックを起こす」、「職場ルールが守れず職場秩序を乱す」、「周囲に理解されず職場になじめないためにイライラ感がつのる」など、特に特別なサポートを必要とする従業員に対しては、以前より第2号職場適応援助者が中心となって、専門的な集中支援をおこなってきているが、現在までにこのジョブコーチ支援の対象となった者12名の内、実にA´の9名全員がここに含まれていた。この事実から、特に発達障がいの特性を有する知的障がい・精神障がい者の職場定着・適応には、特別なサポートが必要な場合が多いと言える。   3 テクニカルスキルとヒューマンスキル  対象者54名を、テクニカルスキル(業務遂行能力、業績、成果に直接結びつくスキル)とヒューマンスキル(基本的労働習慣、社会生活能力、対人技能、日常生活管理、病状管理など「生きる力」に関するスキル)の2軸で評価し直し、散布図にしたものが図3である。      図3 ヒューマンスキルとテキニカルスキルの分布図  図2のAグループを○もしくは△で表しているが、そ の多くはヒューマンスキルが低いことがわかる。つまり、仕事はできるが生きる力が弱いために、職場適応上の課題を抱えている。実際、個々人の特性や能力に見合った仕事を用意(変える・集める・作る)することで、戦力化することはできているのだが、コミュニーケーションが上手くとれなかったり、外的刺激に弱い為に、感情コントロールができず、「パニックを起こして職場を離れる」、「欠勤が目立つ」など、労働力のクォリティーが保てない者が多い。 4 第2号職場適応援助者に求めるスキル  発達障がいの特性を有する知的障がい・精神障がい者のサポートにおいては、従来のKKD(勘・経験・度胸)による直感的支援の限界を感じるようになった。そこで平成17年度以降、科学的・戦略的且つ組織的なサポートに切り替えるために、本来業務に精通した監督職者を中心に第2号職場適応援助者の養成を始めた。現在6部署に12名の第2号職場適応援助者を配置し、ジョブコーチ支援を実施している。以下は当社が第2号職場適応援助者に求めるスキルである。            サポートスキル ・障がい特性に関する正しい知識を持っている。 ・職業リハビリテーションに関する様々な技法を身につけている。 ・「今ここにある課題」に気をとられるのでなく、その引き金となったきっかけや職場外の背景要因までをアセスメントできる視野を持っている。 ファシリテーション ・・KDD(勘・経験・度胸)に頼るばかりでなく、科学的分析に基づいた戦略的な改善策を立案する為の技法を身につけている。   ・ナチュラルサポートの主人公となる職場の所属員に対し、支援計画を理解させ必要な教育を行うためのプレゼンテーション能力を持っている。 ・支援のムードづくり(職場のエンパワメント)ができる。 労務管理 ・労務管理の責任者である所属長に信頼されており、対象障がい者の労務管理に対する様々な提案ができる立場にある。   ・対象障がい者の人権と労働者としての権利を擁護できる。 ・労働安全衛生に関するリスクアセスメントができる。 ・障がい者雇用におけるリスクマネジメントができる。 プロフェッショナル ・本来業務に精通したプロフェッショナルである。 ・対象障がい者一人当たりの労働生産性【生産量÷(労働量+支援量)】の評価ができる。 外部連携・情報収集 ・スーパーバイズいただける職業カウンセラーとの共通言語を持っている。 ・障がい者雇用や障がい者福祉に関する各種制度に詳しく、また最新情報を入手するアンテナを持っている。      図4 第2号職場適応援助者に求めるスキル 5 障害者職業カウンセラーとの連携  職場適応上の課題を抱える従業員のサポートをおこなう際、特に注意したいのが障がい特性に関するアセスメントである。その行為が「変えることのできない特性」であるのか「指導し矯正しなければいけない単なるわがまま」なのかを正しくつかむことができなかった場合、適切なサポートができないだけでなく、返って状況を悪化させる場合さえあるからである。しかし、実は第2号職場適応援助者にとって最も難しいのが、まさにこの部分、図4のスキルでいうと「サポートスキル」に関する部分である。発達障がいの特性を有する知的障がい・精神障がい者の場合は特に正確なアセスメントが困難であると感じている。しかし逆に言えば、この部分さえクリアできれば、第2号職場適応援助者を中心とする社内サポートチームで一気に解決もしくは改善させることが可能なケースも多い。  そのため当社では、特にアセスメントが困難なケースに関しては、大阪障害者職業センターの障害者職業カウンセラーに協力を求めるようにしている。  ここで、大阪障害者職業センターに協力をいただきサポートをおこなった事例を2ケース紹介する。 6 発達障がいを有しているであろう従業員の事例 (1)A氏 男性  39歳  療育手帳を取得(IQは高い) 入社15年目  強い自閉傾向が見られる。   職種は花卉栽培・花壇保守の仕事に従事してい    る。  服薬中 【アセスメント】  コミュニケーションが苦手で、こだわりも強い。特に時間には強いこだわりを持っている。  ジャストタイムにあわせて○○をしなくてはいけないなど、自己のルールに従って行動する自閉症の特性が見られる。自分の思いを通そうとする為、時間調整の行為が集団行動に支障となっている。  係りや当番などの遂行時は他者からの指摘や声かけを要する。自閉症特性の関心の狭さに因るものと考えられる。自閉傾向が顕著であり、過ごす環境やその時の状況等、様々な事にストレスを感じやすい特性がある。入社時よりいろいろな問題行動があり、業務遂行に支障が見られた。当社内でも指導を行ってきたが限界があった為職業センターでの訓練を行なった。 【改善点】 ① 水やりをするとき、好きなように行っていたが、天候・植物の状態関係なく同じ調子で行う。  ・注意点   花の状態を見て判断することができないので、パターンを決める。  (aは水たっぷり・bは3秒づつ・cは水やりなし)   パターン化ができたら「今日はaでお願い」と言 えばそのとおり行うようになって」きた。 ② 数名ごとのグループに集団指示をしても聞いていない。  ・注意点   自閉症の人は組織・チーム意識はまったくない(認識できない)ので、全体に指示するときは指示の節々に名前を呼び認識させる。 ③ 「前を見て歩け」と言ってもわからないので具体的な指示をだす。  ・注意点    「人がいたらよける。ものがあればよけて通る」 ④ 窓拭きの際、目の前の窓を拭き終わるとそのままま立っている。 ・注意点      最初にどこからどこまで拭くのかを指示する事     が大事。 【今後の支援】   環境の変化にスムーズに対応できないこともあるが、指導(注意)の仕方にも問題があった。   職業センターでの指導内容をもとに、会社での約束事を決め、指示を明確にする事により改善が見られた。 今後、本人が指導に納得し理解が出来るように明記したものを提示しながら説明するよう指導体制の統一が必要。要因を明らかにする場合は、家庭や関係者との協力の上、状況や条件等の把握と本人の反応を見ていく必要がある。同僚とのコミュニケーションも苦手だが、A氏しか出来ない得意分野をアピールし同僚に理解を求めるようにする。  まだまだ課題も多いが、以前に比べると改善されてきている。説明には時間はかかるが、間違った場合の修正の方がより困難を要するので、はじめにきちんと伝える方がよい結果となる。 (2)B氏 男性 33歳 精神障害者保健福祉手帳 2級 入社3年目  精神障がい(統合失調症)とアスペルガーの特性が見られる。   職種は一般事務(安全衛生、制服の管理、厚生行事の企画・運営、環境対策、事務機器の管理等)に従事している。 現在は服用により順調ではあるが、3週間に一度精神科を受診している。 【アセスメント】   身だしなみに無頓着で、自ら気がつかない。相手の気持ちが理解できず、不愉快な思いをさせていても気がつかない場合がある。  又、優先順位がつけれず、パニックに陥ったりする。言葉の選択が苦手で、何度も同じ事を質問する。応用が利かず、イレギュラーな仕事だと混乱し質問攻めとなるなど発達障がいの特性がみられる。 本人に障がい特性を職業センターのカンセラーより具体的に伝える事にした。 【改善点】 ① 敬語に限らず言葉選び方がおかしく、相手を不愉快にしてしまう。   ・注意点 言葉使いや話し方はその都度、具体的に説明し注意をする。 ② 優先順位がつけれない。(未処理の仕事があるときに新しい仕事をお願いすると、どの仕事も中途半端になる。) ・注意点 社員手帳の活用(手帳の使い方を説明し、習慣づけるようにし、ふせん等を使い毎朝仕事の内容を確認し優先順位に並べるようにした。) ③ 常識的な事まで確認し、質問の意味を理解できない場合がある。 ・注意点 YES・NOで答えられるような質問の仕方をする。(ことばの省略化は苦手) 付箋を使った手法 【今後の支援】  B氏のように理解力の高い人については、自らの特性を本人に理解させる事が対人関係など職業生活上トラブルを無くす為には有効と考えられる。本人が障がい特性を意識する事により、少しは改善された。まだまだ確認事項も多いが、自らふせん等を使って優先順位をつけれるようになってきている。仕事の仕上がりについても結果だけを求めると、自分なりの手法で作業も行う事ができるようになってきている。対応する側が特性を理解し、先の事までを把握できる支援が重要である。 精神的な部分では面談などで不調のサインを見逃さない事や、コントロール方法を見つけだし、自己の体調管理や又職場での気配りも必要である。  7 専門スタッフとのサポート体制  当社には、精神保健福祉士と臨床心理士がいる。 発達障がいを重複する従業員にはヒューマンスキルに課題を抱えている人が多い為、なかなか部下養成が難しい。発達障がいのメンタル部分でのより専門的な支援を補う為にも、就業・日常生活において広い労務管理が必要である。  家族・地域支援の連携などに関しても、ソーシャルワーカーの役目をしてもらえると考える。特性として状況に依存しやすい為、身近に臨床心理士等の専門家がいるのは心強い。今後ブラッシュアップ会議(ケース会議)等にも参加してもらい違った角度での支援も期待している。      8 最後に  障がい者を雇用する場合、労働力には限界がある。 その為、会社の仕事創出力が必要になってくる。仕事に人を当てはめるのではなく、人に仕事を用意をするという会社の支援力も大事な部分である。  今後は、第2号職場適応援助者が中心となりより専門的支援ができれば考える。  その為に、第2号職場適応援助者も、より高い知識・技術を身につける必要がある。   発達障害者に対する就労支援についての効果的地域連携の実践 − 課題と取組の可能性についてのレビュー − 田村 みつよ(障害者職業総合センター社会的支援部門 研究員) 1 はじめに  発達障害者支援法が施行されて5年が経過し、就労支援分野では、支援技法の開発と共に、成功事例が徐々に蓄積されつつあるものの、実際に顕著な雇用実績には結びついていない。また、発達障害者支援センターでは、知的な遅れのない青年期以降の就職相談が年々増加し、全体の相談件数に占める割合が高くなっているが、直接就労支援を行っているのは全体の2割程度1)とされる。  この当事者ニーズと支援体制のミスマッチは、障害特性の抱える課題に片付けられがちであるが、生態学的環境調整の観点から捉え直してみると、地域の分野を超えた専門職同士や機関相互の連携及び情報交換の難しさといった課題が見えてくる。そこで本研究では、地域連携の実践について、その課題と効果的な取組の可能性についてさまざまな状況を整理し、今後の支援のあり方についての検討に資するものとする事を目的とした。 2 方法  筆者が、障害者職業カウンセラー(就労支援担当者)として、複数の地域で、さまざまな支援機関と連携しながら、発達障害者の就労・継続支援のケースワークを通じて捉えた課題を、先行文献に依拠しながら整理した。  また、平成20年国立障害者リハビリテーションセンター内に、先駆的プロジェクト研究に基づく情報発信を行うために設置された発達障害情報センターにおける、先進的な実践2)(以下「所沢モデル」という。)についてのヒアリングを行なった。 3 結果 (1)発達障害者の就労支援の課題  発達障害者の就労支援においては、①発達障害についての医学的支援と生活ニーズのギャップ、②就労支援のあり方についての当事者や様々な関係者の間での相互理解の不足による不信感、③発達障害に起因する本人主体の支援の課題、④支援機関のコーディネイトの課題が整理できた。 ア 医学的支援と本人ニーズとのギャップ  発達障害者支援法において、本人の主体的支援ニーズに十分応えうる、ハード面の設置や人的配置だけでなく、ネットワークとして有効に機能しうるような、機関相互の有機的連携や地域としての機能上のバランスがとれた支援体制の社会的基盤の整備が必要となっている。所沢モデルでは発達障害の支援について、高次脳機能障害者への支援との共通点を挙げながら、特別留意する点を以下の表のように整理している3)。 表 発達障害者支援の留意事項 ① プログラム導入前のより周到な準備の必要性 ② パニックサインの早期把握と対応準備 ③ 支持方法の一貫性の確保 ④ 個別環境の整備 ⑤ 構造化    そもそも、LDやADHDといった診断名は、症候群としての概念にすぎない。障害が軽度で継続的な治療が不要な場合には、診断を受けただけで相談が終結してしまうケースが多い。そうすると診断を受ける側の主体的支援ニーズに結びつけられず、具体的問題解決は先送りにされてしまう。  2005年東京発達障害者支援センター4)では、未診断の就職相談利用者に対し、就労支援を開始する前の段階として、精神的安定と障害の受容の支援をする基準を設定して、就労支援機関との役割分担を明記している。就労支援が必要とされる人を限定する線引きをどこにするかという時、例えば昼夜逆転の生活が続いている等で就労準備がまだできていないと就労可能性を否認されてしまう人が生じていることが考えられる。しかし、働くことを望みながらハードルを抱える当事者の当然の権利として、直接の就職活動に入る前のいわゆる「社会性の遅ればせながらの発達」が補償されるべきである。 イ 関係者間の連携を妨げる不信  かつて筆者は、職場や特別支援学校の移行支援会議などに呼ばれて、慢性化している反社会的行動や対人トラブルに、即応して直接介入を依頼されることがあった。これまでの療育相談で取得していた“環境調整”という支援方針への家族のこだわりが強く、本人の課題解決に向けた支援開始のためのアセスメントに必要な情報がすぐさま得られにくく、十分な支援成果が挙げられない体験をした。そもそも問題発生要因の分析について、ケースカンファレンスが行えないほどに関係者への不信が募り、状況が逼迫していることが多い。長期に渡り本人に関わっている主治医は、本人からの訴えに応じて、本人が信頼を寄せていない機関に対しては適切な情報提供がなされず、かえってそこで現場の混乱や不適応が増していく。  仮に進学や就職の前に、本人や家族に提供された情報が、支援方針についての一般的情報にとどまらず、本人固有の認知的特性を踏まえた具体的な配慮事項や、二次障害に配慮した対応方針などについての個別情報となっていれば、就労支援者はそれに基づいて改めて支援計画を立て、学校や職場で、極力問題が発生しないよう予防的対処または実際の問題解決ができたはずである。 ウ 本人主体の支援での発達障害による課題  当事者主体で、多職種との交流を前提とした環境調整を基本理念とする自立支援法では、本人のセルフマネジメント力が問われるが、発達障害の特性を十分に考慮しなければ有効に機能しない。  元来、発達障害者に共通する認知機能上の問題として、メタ認知を活用して自己概念を形成したり、輻輳した情報を統合したり、柔軟に将来設計をしていくということの苦手さがある。また、発達障害のコミュニケーション上の現れ方が、社会場面において周囲を混乱に招くような事態に発展しやすい。そのため、キャリアの浅い関係者にとって、障害特性の羅列的説明では、当事者の抱える「生きづらさ」それこそが“障害なのだ”ということはわかっても、なかなか効果的な支援に至る理解は深まりにくい。  他の障害者にとっては当たり前の作業であるが、発達障害者の場合はいわゆる“合理的配慮”として、支援要請自体に、綿密なサポートが必須となってくる。 エ 関係機関の支援コーディネイトの課題  所沢モデルでは、自立生活支援と職業準備支援とサービスの併用の必要性が指摘されている。自立支援の設定期間中に意欲が十分に就労に結びつかなかったり、課題の改善が十分なされていない場合には、本人の居住圏域の就業・生活支援センターで、生活に密着したサービスの継続利用をコーディネイトしてもらうことが今後必要になってくることが指摘された。  長期に渡っての、地域に密着した就労継続支援については、知的障害を併せ持つ者でグループホームなどを活用した事例報告があるが、就業・生活支援センターが単独で取り組んでいる報告は少ない。そもそも発達障害者の生涯に渡る支援の受け皿は、既存の就業・生活支援センターに(機能強化を前提にするにしても)だけ頼っていればよいのか、発達障害の特化したコーディネイトのあり方について考察したい。  元来、関係性の障害とも言われるように、発達障害者にとって、複数の支援機関を自在に選択することが難しいだけでなく、支援領域が拡大した際、仮に旧来の支援者から他の機関を紹介されても、単独での利用開始は難しい。また、生活支援についても、知的障害を対象とした、入所施設での自活訓練や通勤寮などで一定期間の段階的生活機能訓練を経た後、障害に特化した専門職とは限らない世話人やヘルパーの支援を受けるという枠組みには馴染みにくい。医療機関への定期的利用のない発達障害者の場合には、一度作業環境に適応できれば、継続的支援は不要となる場合もある。ただ作業環境への安定した適応が図られるまでの間の支援は、集中的で、一定の専門性が大変必要である。  あるいは、これまでの学生時代や入職時期には大きなトラブルはなく、かえって本来の生真面目さなどで一定の評価を受けてきた発達障害の傾向をもった成人が、配置換えや昇進など環境の変化により、適応困難となって、抑鬱症状を呈したり、それが長引いて、復職が危ぶまれたりすることがある。 (2)発達障害者の就労支援の効果的取組  上述の就労支援の4つの課題に対して、効果を期待できる取組が見出されたので以下にまとめる。 ア 医学的支援と本人ニーズとのギャップに対する取組  所沢モデルとして、地域完結型で未診断の事例(引きこもり者が主)の就職前支援の取り組みを行っている。モデル事業としては途中であるが、利用期間が1クール終了した時点での課題を整理した。発達障害者では、生活訓練での支援課題として、身体障害者のADL改善のような段階的訓練は不要で、アセスメントを行っても身辺処理などでは大きな問題は検出されず、むしろ昼夜逆転した生活リズムを徐々に整えていったり、意欲を高めるなどの支援がメインとなるとされた。就労意欲の醸成のための環境設定としては、就労経験が豊富であったり、意欲の高いほかの障害者と訓練場面を共有することによって、集団訓練効果が見られた。さらに、発達障害という障害特性については、例えば、従来のADL尺度では満点に等しく、情報処理技能など既に高い能力を持っているにもかかわらず、排泄方法が社会的に未熟だったりするなど、能力の大きな偏り=アンバランスが大きい。つまり社会生活機能の偏りについては、診断場面で一次的にすべてが把握されるわけでなく、数ヶ月単位での集団場面での日常活動を通して検出されてくることが指摘された。医療機関との並存施設における働くための「社会の遅ればせながらの発達」が補償されたモデルである。  障害者職業総合センター5)では関係機関間での連携のあり方についての研究報告を行っており、診断名等の医学的なアプローチと、本人中心の生活モデルによるアプローチの総合的理解に基づく、共通認識形成のために、WHOのICF(国際生活機能分類)の活用が検討されている。  支援担当者を養成する際には、本人のコミュニケーション上の機能障害を「本人の性格や親のしつけが悪いからだ」等と、誤って帰結することがないよう、下図のようにICFを活用して、エコロジカルソーシャルワークの理念で分析整理する手法6)をまずは身に付けること。そしてさらにそこから全体をひとまとまり=パーソナリティとして捉える了解的理解、石井のいう7)“受容的交流”に進むことが大切だと思われる。                                図 ICFに基づくアセスメントシート   イ 関係者間の連携を妨げる不信に対する取組  就職や職場適応を支えるためには、本人を中心とした信頼関係が前提となる。それをつなげるのが支援関係者間の共通認識であり、具体的に明文化された支援計画書に基づくアドボカシーである。  その実用モデルとして、近年、脳卒中患者を対象とし、医療・介護福祉の現場で広く活用されているクリティカルパスを紹介したい。形態としてはクリアファイル形式で、順次必要情報を追加することができる。極力、専門用語を排した日常用語を用いて、時系列で生活機能について整理された情報が、急性期の医療処置から集中的リハビリテーション治療やその後の家庭生活場面や生活施設の各段階で付加されながらリレーされていく。またそれ自体、介護認定の指標ともなる。あるいは地域の社会資源一覧がついていることで、家族によるサービス選択のための案内図としても有用である。発達障害の臨床場面でも、都立梅ヶ丘病院では既にクリティカルパスの活用例が報告されており、地域連携のための実用的情報共有ツールとして有効利用が期待される。  また、当機構で開発したワークシステム・サポートプログラム8)におけるナビゲーションブックについても、同様の機能が期待される。ただ、その特徴は、あくまで本人が自主的に作成するもので、支援の配慮は伴うものの、それゆえ敢えて自由形式で、本人が活用しやすいスタイルとし、当然本人が実感として認識できている範囲の内容(障害特性とその対応方法)の記入となる。場合によっては、それに支援者のコメントなどを補うことで、事業所や他の支援機関へ提供する資料として活用しやすくなる。   また、医療機関との情報交換をする際の、個人情報の取り扱い方などについて研究報告8)がされているが、医療機関と支援現場との仲介的な役割を担う者が、本人の同意を得た上で、生活(就労)現場と医療場面との情報交換を積極的に行うことにより、医療と労働現場相互の理解が深まることが期待しうるところである。 ウ 本人主体の支援での発達障害による課題に対する取組  発達障害者にとって真に必要な人的支援とは「当事者を理解し、適切にその場での処し方や行き違いをきちんと説明してくれる通訳的な支援者が職場にいること」9)と言われるような身近なメンターなのであろう。こういった適確なメンター養成には、特別の資質や教育上の基礎知識は必要なく、ひとえに当事者の人となりを(障害として理解するのでなく)あるがままを了解できる対人態度があればよいと思う。実際の就労場面で、事業主に障害者雇用マニュアルで説明し理解を求めるより、数ヶ月に渡っての職場内での実習等を通じて自然に醸成されて来る、職場の同僚(働く仲間)としての了解や暖かい理解に出会える事態は、十分経験しうることである。  また、所沢モデルでは、対人交流に不安が強い事前状態からの訓練で、障害特性の核ともいえる強迫的・不安を生じやすい気質に対して、対人的動機付けが高まるという実証データが検出された。さらに、就労意欲の引き出し方として、就労経験のない引きこもり者の長期に渡る支援モデルとして、就労経験のない者の場合は、期間が限定されている自活訓練の中で、性急に意欲を引き出すことを目標にすることは困難さがある。家族や支援者の意図(思惑)とは別に、本人のペース、本人なりのこだわりを尊重すべきである。支援終了後のフォローとして、例えば医療機関等での継続的な関わりの中で、しばらくして本人からの意欲表出が把握されることもあると指摘された。 エ 関係機関の支援コーディネイトの課題に対する取組  所沢モデルでは、早期診断を受け、家庭内では完璧な構造化をされた生活を送ってきた青年の再社会化の例も紹介された。その例では、本人の成長過程において、すでに(潜在的ではあるが)ストレス耐性が獲得されてきていたのに、保護者が安定した現状=完璧な生活環境の構造化を崩すことについて、構造化する前のパニック状態に再び戻ってしまうのではとの懸念から、社会参加へのステップに進むことを躊躇していた事例に対し、自立訓練という専門家による支援によって、容易に再社会化つまりステップアップが達成された。それは構造化の同じ延長線上で、どの構造から一般化が可能かという綿密な見立てつまり支援計画に基づくもので、高度な専門的支援における慎重さを要するものである。  その一方で、現在発達障害者を取り巻く社会資源は専門の公共機関以外でも、教育研究機関やフリースクールやNPO法人など多岐に渡る。就労の形態も常用雇用に限定せず、自営やグループ就労といった形態なども想定される。地域によって利用できる資源の幅は限られてくるのであろうが、当事者の支援ニーズに際して、まず制度や法的根拠に基づく機関がありきではなく、どういった支援機能を有するかで選択されてくるかもしれない。場合によっては、その人的資源は家族であったり、会社の同僚や上司でも一向に差し支えない。ただ、急な交代を余儀なくされた時に、次の支援者に円滑に橋渡しができるような、個人支援情報=サポートブックを常に整備しておく必要があり、その整備(のためのサポート)は関わりのある支援者の責任ともいえる。 4 考察  発達障害のある人の就労支援のための地域連携には、診断(一時査定)から導かれるだけでなく、長期間に渡る介入から得られたアセスメント情報が不可欠である。発達障害者がこれまでの生活歴で身につけてこられなかった“遅ればせながらの社会発達”を保障する機能を教育現場に組みこむ動き(特別支援教育SNE)もあるが、所沢モデルでは、既に専門職が配置されている更生施設の活用が提唱されてきている。社会的適応課題を抱えた発達障害者を、専門医として数の限られた熱心な小児科医が成人後までサポートする現状から、少し福祉機能にシフトしていく考えだが、そのためには、専門職相互の理解がさらに進む必要がある。各分野担当者が「これくらいはわかっていて当たり前、やってくれて当然」と相手への暗黙の期待や無意識の依存関係によって円滑な連携が阻まれている。自立支援法制定後の就労支援では特に、本人主体のアドボカシーという支援要請の明文化が連携をつなげるキーワードとなるであろう。その作成作業を自己責任という用語で勝手に放置せず、まさに相手のニーズに応じて、丁寧にサポートしていくことが今後必要に思われる。   また、地域の関係機関の効果的連携のあり方としては、発達障害者の生涯に渡る支援を担う社会基盤は、既存の機関をそのまま援用するのでなく、場合によっては、全く異質の支援体制の再構築が必要とされているのかもしれない。医療機関や事業所の産業保健スタッフを通じて、地域障害者職業センターに設置している、リワークプログラムを利用するケースが増えてきている。大人になった発達障害者の診断については、未だ医療現場の混乱もあったり、産業医との新たな連携体制作りの課題もあるが、相談の窓口はやはり労働行政が端緒となって、産業保健や公衆衛生、労働基準行政といった、連携先とのチームアプローチも必要になってくるであろう。発達障害者支援センターが担っていた子供の養育のためのアセスメントやコーディネイトと同じ機能が、大人の社会適応、ことさら雇用継続のために初期相談と他機関への橋渡しが、職業リハビリテーションの窓口で円滑かつ効果的に行えるように、現在、アセスメントや支援技法を開発中である。 <引用文献> 1)近藤真司他:青年期・成人期の発達障害者に対する支援の現状把握と効果的なネットワーク支援についてのガイドライン作成に関する研究.厚生労働科学研究費補助金統括研究報告書;1−5,2008 2)深津玲子他:青年期発達障害者の円滑な地域生活移行への支援についての研究.厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究事業; 1−10,2008 3)江藤文夫:自立訓練及び就労移行支援に必要なリハビリテーションプログラムの開発・研究 就労支援について必要な行政的枠組みの研究.厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究事業;11−17,2008 4)神保育子:青年期高機能広汎性発達障害者への就労前支援について.第15回職業リハビリテーション研究発表会;136−139,2007 5)障害者職業総合センター:地域関係機関の就労支援を支える情報支援のあり方に関する研究.調査研究報告書No89,2009 6)長崎和則:精神障害者をもつ当事者支援へのICF活用—PSWへのスーパービジョンを通してみえてきた現状と課題—.発達障害研究;210−217,2007 7)石井哲夫:発達障害者への就労支援のあり方—高機能広汎性発達障害者(HPDD)を中心に.第13回職業リハビリテーション研究発表会特別講演 8)障害者職業総合センター職業センター支援マニュアルNo4「発達障害者のワークシステム・サポートプログラム」障害者支援マニュアルⅡ2009 9)障害者職業総合センター:地域における雇用と医療等との連携による障害者の職業生活支援ネットワークの形成に関する総合的研究.研究調査報告書No84 ,2009 謝辞:発達情報センターの深津所長には、貴重な情報提供していただいたこと感謝申し上げます。 高次脳機能障害における社会行動障害が家族に及ぼす影響 白山 靖彦(静岡英和学院大学人間社会学部 准教授) 1 はじめに 高次脳機能障害者家族の介護負担は一般に大きいとされている1)2)。本研究では、高次脳機能障害者家族の介護負担を客観的に捉えるために、主観的介護負担感、うつ、精神健康など標準的尺度を用いて明らかにし、高次脳機能障害者家族が当事者の社会的行動障害から受ける影響について検討したので報告する。 2 対象と方法  全国都道府県における高次脳機能障害者支援拠点機関など15ヶ所(表1)に属する支援コーディネーターに依頼し、直接面接を実施した180名(欠損値除外170名)の高次脳機能障害者の家族を対象とし、家族・当事者属性、ソーシャルサポートの有無、Zarit介護負担尺度日本語短縮版(J-ZBI_8)、自己評価式抑うつ尺度(SDS)、健康関連QOL尺度(SF-8)などを測定した3)4)5)。   表1 (調査期間:2009年1月〜6月) 3 結果と考察  家族については、男性21名女性149名平均年齢54.8(±11.6)であり、主介護者は、実母・妻が多かった。当事者については、男性141名女性29名平均年齢41.2(±17.0)であり、診断名は外傷性脳損傷がもっとも多く次いで脳血管障害であった。家族総数での得点は、J-ZBI_8=11.69(±6.70)、SDS=41.26(±9.64)、SF-8(下位尺度すべて偏差値50未満)であった。J-ZBI_8は、白山らが報告した要介護高齢者家族に比して1.6倍高く6)、SDS40点以上(中軽度以上)は全体の57.6%に見られた。両変数間の相関は、r=0.659(p<0.01)であった(図1)。また、当事者の社会行動障害有無((-)=84名、(+)=86名)の2群間において、J-ZBI_8、SDS、SF-8(MCS=精神的サマリースコア)の得点は、いずれも(+)が有意に高かった(表2)。その他介護期間(1年以上、1年未満)、ソーシャルサポートの有無、経済状況の良し悪しなどによる差は認められなかった。家族会加入の有無(加入=56、非加入=118)では、J-ZBI_8、SDSの得点が加入者の方が有意に高かった。 この結果については、通常家族会加入者はピアサポートを受けており、非加入者よりも精神的な介護負担が大きくなることは考えにくい。また、ソーシャルサポートの有無においても有意な差が認められなかったことにより、従来からうつ傾向が高く、介護負担感の大きい一群が家族会加入者として選別されたと推測できため、対象に偏りがあると判断した。 表2    介護負担の増大は、時としてうつを引き起こす要因となる。本研究の結果より、介護負担感の増大とうつ傾向の高さとに関連があることが分かった。町田ら(2006)7)は、在宅高齢者家族の約4人に1人にSDSによる軽度以上のうつ症状があったことを報告している。うつとは、気分障害の一症状であり、わが国におけるうつ病の生涯有病率は、7.5%であるとされている。現在、うつ病は自殺予防の上で注目すべき疾患とされており、社会的問題となっている。本研究では、SDS得点が40点以上の抑うつ者は、57.6%であり、一般と比較してその比率は相当高いと考えられる。実際にDSM-Ⅳ(米国の診断基準)やICD-10(WHO分類)で診断されたものではないが、特に中度以上抑うつとされる48点以上の者は通常精神科治療が必要とされる対象であり、早期に対応が望まれる。さらに当事者の社会的行動障害の有無と家族のうつ傾向との関連を詳細に検討した。その結果、軽度抑うつ者は、当事者の「社会的行動障害なし」の家族が40.4%であるのに対し、「社会的行動障害あり」の家族は27.9%であった。一方、中度以上の抑うつ者では、「社会的行動障害なし」の家族が16.7%であるのに対し、「社会的行動障害あり」の家族は30.2%であり、うつ症状の重度化が認められた(表3)。このことにより、当事者の社会的行動障害は、家族のうつ程度をより高める傾向があることが示唆された。 表3 4 まとめ  本研究は、診断基準に基づく高次脳機能障害者家族の介護負担を客観的に測定し、介護負担感の増大とうつ傾向の高さとの関連、およびその要因とされる社会的行動障害の影響について検討した。その結果、家族の約6割にうつ傾向が認められ、その程度が当事者の社会的行動障害に影響されることが導き出された。しかし、本研究における対象は、各都道府県15ヶ所の支援機関の支援コーディネーターが選別した家族であり、すでに支援の手が差し伸べられているといえる。実際には、潜在化している家族はこれ以上に多く、介護負担感もより高いことが推測され、当事者の社会的行動障害が家族に及ぼす影響の深刻さが伺える。  なお、本研究は2008年度「財団法人三菱財団」の研究費助成により、すべての調査対象者から同意を得た上で実施した。 文献 1)JonathanM.Silver et all :Textbook of Traumatic Brain Injury,533-558(2005) 2)JeffreyS.Kreutzer et all:Traumatic Brain Injury: Familly Responsed and Outcome,Arch Phys Med Rehabil 73,771-778(1992) 3)荒井由美子他:Zarit介護負担尺度日本語短縮版(J-ZBI_8)の作成;その信頼性と妥当性に関する検討,日本老年医学会40(5),497-503(2003) 4)村田和弘他:住民基本健診へのQOL調査及び簡易うつスケール導入の試み,地域医学22(2),106-115(2006) 5)福原俊一,鈴鴨よしみ:健康QOL尺度,医学のあゆみ213(2),133-136(2005) 6)白山靖彦他:志摩市における地域リハビリテーション介入,総合リハ35(5),495-499(2007) 7)町田いづみ・保坂隆:高齢化社会における介護者の現状と問題点『最新精神医学』11(3),261-270(2006) 高次脳機能障がい者に対する職場内リハビリテーション −その1 外傷性脳損傷者の復職者への取り組み− ○泉 忠彦(神奈川リハビリテーション病院職能科 職業指導員)  山本 和夫・今野 政美・千葉 純子・松元 健・岩本 綾乃(神奈川リハビリテーション病院職能科) 1 はじめに  高次脳機能障がいがある人への就職支援は障がいの理解、代償手段や環境調整の整備とその理解、職業スキルの向上、家族および職場の理解、社会保障制度の活用など、さまざまな要因が絡み合っている。松為1)は職場復帰の課題として①発病後の早期の治療と訓練の開始、②目標の再設定と動機付けの強化、③職場を活用した訓練の推進、④的確は職業能力の評価などを挙げており、特に高次脳機能障がいが実際の職務遂行に及ぼす影響の現実認識を深化させ、それに対応する補償行動を体得させるためのリアルフィードバックを重ねることが重要であると指摘している。また、先崎2)は職業生活全般についての個人の技能を向上できるように対応していくこと、職場側に対して、リハ出勤の時点で、個別性を持った障がい特性を伝え理解してもらうことなどの必要性、そして本人や家族がどう障がいを受け入れ、以前と違う能力でどのように再適応していくのか、職場の理解をどう得ていくのかという点がマネジメントで重要であると指摘している。  神奈川リハビリテーション病院(以下「当院」という。)職能科では、職場内リハビリテーション(以下「職場内リハ」という。)を実施している。これは実際の職場でリハビリテーションを行うものである。特に高次脳機能障がいがあるひとに対しては個々の障がい特性について①利用者本人の理解、②家族の理解、③職場の理解を目的としている。今回は平成16年度から開始してまだ実績は少ないが、外傷性脳損傷がある人への復職を目的として職場内リハの取り組みと課題を報告する。 2 職場内リハビリテーションまでの評価・訓練  職能科での訓練はリハビリテーション専門医の指示の基に開始される。特に外来患者の場合は次のような流れで支援を進めている。 (1)面接と初回評価  外来患者のほとんどは診察と神経心理学的検査を受け、その評価が出された段階で職能科の支援が開始される。当院の外来受診をはじめて受ける段階か ら高次脳機能障がい支援コーディネーターがすでに関わりを持っていることが多い。職能科では神経心理学的評価結果やコーディネーターが収集した情報を基に、面接と初回評価を進めていく。  面接には家族の方にも同席していただき、日々の生活の状況、職場の仕事や復職に関する事業所とのやり取りの情報、社会保障制度の活用状況などの聞き取りを行う。高次脳機能障がいについては日々の生活状況の中でのエピソード、困り感、代償手段の活用の有無、受傷前と受傷後の変化点などについて本人と家族に別々に聞き取りを行い、本人と家族が感じている高次脳機能障がいの捉え方などの違いなどについて情報を得るようにしている。  初回評価は簡単な器具を使用した作業テストや浜松式高次脳機能スケール、幕張式ワークサンプルなどを用いて、麻痺などの身体的状態の把握、高次脳機能障がいが作業に及ぼす影響などを簡単に評価する。 (2)訓練  訓練は職場内リハビリテーションを含めて大きく3つに分けられる。訓練は個別訓練から導入する。特に復職を希望する方は現職に復帰する方もいるが、事務作業などへ配置転換を含めて復帰する方が多い。この訓練では幕張式ワークサンプルを用いることが多い。幕張式ワークサンプルは高次脳機能障がいの影響をフィードバックしやすい利点が多く、利用者にとっても明確に示され、影響を容易に理解しやすいと考えている。  2つ目は、模擬職場の活用である。個別訓練から集団訓練に移行する。模擬職場は二つの場面がある。1つはセンター職員の名刺を作成する仕事である。営業、受注、作成、納品と一連の事務的作業を行う。もう1つは園芸、封筒作成、封筒への封入作業など実務的な作業である。  これらの訓練は個別支援計画の下に進められる。 そして3つ目が職場内リハビリテーションである。 3 職場内リハビリテーション  職場内リハは平成16年度から開始した。当初の目的は高次脳機能障がいについて①利用者本人の理解、リアルフィードバックを目的としたものであった。実績を重ねるごとにその手続きや目的も②家族の理解、③職場の理解を促すことも加え、現在の形になっている。 (1)手続きと流れ  職場内リハはリハビリテーション専門医をリーダーとしたリハスタッフで導入を検討し、実施される。簡単な流れは以下の通りである。 イ 提案と同意  利用者に対して目的や期間等の説明とともに職場内リハの提案を行う。事業所に対しても同様に説明し、作業種の選択、キーパーソンの準備などについて協議を行い、同意を得る。場合によっては利用者本人、家族、事業所、産業医に対して、リハビリテーション専門医が職場内リハビリテーソンについて説明を行い、同意を得る場合もある。 ロ 診断書の準備  利用者本人が事業所の中で職場内リハを実施できる身体状態なのか、また、実施する際の医学的な留意点等を事業所に理解を求めるために準備する。 ハ 依頼文の発送  当院の病院長から事業所に対して、職場内リハの実施依頼文を事業所の責任者に発送する。 ニ 傷害保険の加入  職場内リハは治療およびリハビリテーションの一環として事業所で実施されることから、労働災害の対象とはならない。実施期間中の万が一のケガや事業所側の物品等を壊した際の補償を準備する。 ホ 確認書の取り交わし  利用者本人、事業所、当院病院長との間で確認書3通に捺印し、それぞれが保管する。この確認書には目的、実施機関、作業種、補償や労働者としての従属関係にないことなどが明記されている。 へ 職場内リハの実施  利用者本人には実施期間中、毎回日誌を記入していただく。その日誌には事業所側のキーパーソンから簡単にコメントを記入していただく。また、一定の実施期間を経てから労働習慣等についての利用者本人の自己評価と、事業所側からの評価をつけていただく。 ト まとめ  職場内リハのまとめは個々利用者の実施期間に応じて数回行う。まとめには利用者本人、家族、事業者現場責任者、場合によっては事業所の人事担当者も同席する。 (2)実施実績  平成16年度から平成20年度までの就職支援の実績は196名で、その内新規就職は45名、復職は151名であった。新規就職と復職の障がい分類は表1・2に示す。  職能科は職業リハビリテーションの組織として病院に設置されていることから、復職者への支援が多くなっている。新規就職についてはハローワークや神奈川障害者職業センターとの連携による支援が多い。    平成16年度から平成20年度までに実施した職場内リハの人数は49名で、その障がい分類は表3に示す。      職場内リハを実施した利用者49名の内高次脳機能障がいがある人は42名であった。  外傷性脳損傷がある人の中で職場内リハ後に復職ができた人は22人中17名であった(表4)。22名中20名は当院の外来患者であった。残りの2名は神奈川県総合リハビリテーションセンターに設置されている身体障がい者の障害者支援施設の入所者であった。身体障がいについては車椅子使用者、麻痺などを強く持っている人はいなかった。    外傷性脳損傷以外の障がいで高次脳機能障がいがある人の職場内リハ後に復職できた人は15名中12名であった(表5)。    職場内リハを体験実習として位置づけその後新規就職した人数は高次脳機能障がいを有する人が5名、有しない人が1名であった。また高次脳機能障がいを有しない人で復職した人は5名、地域生活へ移行した人が1名であった。 (3)活用の仕方  職場内リハは職能科の所内訓練を実施後に活用する。また、事業所との調整の中で事業所が独自の復職プログラムを持っている場合にはそのプログラムを優先して活用できるように事業所と協議を行う。復職プログラムは復職した後に活用されることが多く、このプログラムを活用する時点で復職することになる。  しかし、復職プログラムが整備されている事業所は少なく、また、準備されていても段階的に8時間労働に戻していくまでの期間が1ヶ月〜2ヶ月間と短期間に行われることが多く、個々利用者の高次脳機能障がいの特性にマッチしないことも多い。    さらに、この復職プログラムは大部分が統合失調症やうつ病などの方に対して復職プログラムとして準備されていることが多く、事業所によっては高次脳機能障がい者への適用を許可しない所もある。  所内訓練を経て、事業所独自の復職プログラムの活用が難しく、実際の職場での体験が特に必要な場合に活用する。 4 外傷性脳損傷者の職場内リハビリテーション (1)利用者情報 イ 受傷年齢  外傷性脳損傷者(22名)の受傷年齢の平均は33.9±11.5歳(中央値29.6歳)であった。 ロ 職場内リハの実施期間   職場内リハに実施期間(職場内リハを実施した期間は実施日数ではなく、週に2日間でも職場内リハを開始して終了した期間)の平均は130.4±150.8日(中央値82.5日)であった。 ハ 実施回数  職場内リハの平均実施回数は2±1.4回であった。 ニ 受傷から職能科の訓練開始までの期間  受傷から職能科が関わりを持つまでの期間は平均157.9±49.3日(中央値151.5日)であった。 ホ 職能科の訓練開始時から職場内リハ開始までの期間  職場内リハ開始時までの平均期間は186.3±153.8日(中央値164.0日)であった。 へ 受傷から職場内リハ開始までの期間   職場内リハ開始時までの平均期間は327.2±160.7日(中央値295.5日)であった。 ト 復職者の受傷から復職までの期間  復職までの平均期間は505.3±256.7日(中央値435.0日)であった。 (2)実施の目的  職場内リハには次のような3つの目的がある。   ①利用者本人の理解   ②家族の理解   ③職場の理解  職能科職員が22名に対してどの効果を最重要課題として職場内リハを実施したのかを表6(重複回答)に示す。 (3)導入時の実施時間と頻度  職場内リハビリテーションの導入時の実施時間と頻度は表7・8に示す。8時間の職場内リハビリテーションを週5回行ったのは3名であった。 (4)実施状況 (イ) 利用者本人からの電話連絡が頻繁にあり、不安等を聞きながら進めた事例があった。 (ロ)日誌の記載には疲労感を挙げる方が多かった。会議への出席や営業先への同行などで疲れを感じた人がいた。利用者本人が疲労を感じていた日には、事業所のキーパーソンが利用者本人のイライラした状態を観察していた。 (ハ) 導入時に疲れて職場内リハビリテーションを休む人がいた。 (ニ) 導入時に事業所側が簡単な作業を準備してくれたところが多かった。 (ホ)事業所の就業規定には休職期間が規制されておらず、職場内リハビリテーションを支援者の示す通りに実施した事業所があった。 (ヘ)まとめの際には本人、家族、事業所担当者の他に産業医、主治医が参加して復職時時期等について検討した。 (ト) 休職期間が過ぎていても職場内リハビリテーションを受け入れて実施できた事業所があった。 5 考察  実施件数は49件であり、外傷性脳損傷、脳血管障がいなどにより高次脳機能障がいになった人への適用はまだ42件である。その中でも22名の外傷性脳損傷者への復職支援に絞り数少ない状態ではあるが、これまでの取り組みを検討した。 (1)実施までの準備  受傷してから職能科の訓練が始まる平均期間は157.9±49.3日であり、受傷してから職場内リハを実施するまでの平均期間は327.2±160.7日であった。職業リハ実施者のほとんどが外来患者である。医療から社会リハビリテーション、そして職業リハビリテーションへと当院の中で進められている。日常生活の中で行うリハビリテーション家庭での役割の遂行、家族の協力による補償行動の活用、また、交通機関の活用、社会保障制度等の手続きによる公的機関の活用など社会的接触を多く持つ。職能科で行われる訓練は個別訓練〜集団への訓練と移行していく。神経心理学的評価を元に高次脳機能障がいが仕事に与える影響をフィードバックするように進めている。また、集団の中では他者との比較することで認識を深める効果があると思われる。こうした準備が必要であり、現段階では事例も少なく実施者と実施しなかった違いを精査できないが、少なくとも障がいに対する認識を深めることが必要である。回復期病院を退院してすぐに職場内リハは実施できないと思われる。 (2)実施期間(開始から終了までの期間)  支援者の実施目的は職場への理解が20名と多く、実施後の報告書には「接し方が分からない」「一度指示したことを忘れる」などの事業所側の捉え方が記載されている。復職期限がある中で上司や同僚、人事担当者に障がい特性を理解していただくには充分な期間が必要だと思われた。平均期間が130.4±150.8日の長期間事業所への働きかけを行っているが、身体的には問題なく記憶や注意の問題などが理解されにくい状況、また高次脳機能障がいが職務に与える影響の理解には時間を要すものと思われる。 (3)導入方法  職場内リハは本人へのフィードバックも行われる。当院では職場内リハを実施する倍には当院のリハビリテーションスタッフでフィードバックする量や本人がフィードバックに耐えられるかどうかの検討を行っている。実施後の疲労感が多いことから、導入には時間を掛けている。時間を短く、日数を少なくする方法を用いて事業所と協議を行う。このように復職に向けて徐々に時間や回数を増やすことでフィードバックをコントロールすることが必要かと思われる。 (4)支援者の介入  職場内リハでは疲労や不安など本人の課題と、その影響が仕事や職場の人間関係に影響を与える。職場内リハを実施したほとんどの職場は高次脳機能障がい者を受け入れるのは初めての経験であった。このため本人と事業所で起こった問題点にすぐに介入できるメリットがある。職場のキーパーソンから見た利用者本人のイライラ感の解決方法、代償手段の活用の支援方法などすぐに事業所に介入できることで、フィードバックの量を調整したり、事業所の理解を促す結果となっているものと思われる。  外傷性脳損傷者の職場内リハ実施後の復職率は77.3%と高くなった。これは実施までの準備、長期の実施期間、導入の計画作成、支援者の介入などが有効的に作用したものと思われる。しかし、これは高次脳機能障がいの障がい特性だと思われるが、外傷性脳損傷以外の原因、脳血管障がい、脳疾患などによる高次脳機能障がいとの比較はこれからの課題である。 引用文献 1)松為信雄:外傷性脳損傷による高次脳機能障害の職業リハビリテーション、「リハビリテーション研究 No.116」、p.17-21,日本障害者リハビリテーション協会(2003年9月) 2)先崎章:就労支援に向けて、「高次脳機能障害 精神医学・心理的対応ポケットマニュアル」、p.107-117,医歯薬出版株式会社(2009)  高次脳機能障がい者に対する職場内リハビリテーション  −その2 復職に向けた職場内リハビリテーションについての一考察− ○山本 和夫(神奈川リハビリテーション病院職能科 職業指導員)  泉 忠彦・千葉 純子・今野 政美・松元 健・岩本 綾乃(神奈川リハビリテーション病院職能科) 1 はじめに  神奈川リハビリテーション病院(以下「当院」という。)での高次脳機能障がい者のリハビリテーションは、医学的リハビリテーション段階、地域生活での社会的リハビリテーション段階、そして職業リハビリテーション段階の各段階で松為1)2)による個人特性の階層における項目に準じて準備性を高めつつ、社会参加に向け支援を展開している。  受傷から社会復帰までの準備期間が短い高次脳機能障がい者の復職では、見えにくい障がいである高次脳機能障がいを、本人・家族・会社・支援者が理解し、準備性を高める過程を経る必要があり、職業生活における実際場面での障がいの検証や場の確保が充分できているとはいえない。  医学的・社会的リハビリテーション段階における医療的所見(神経心理学的検査結果や理学療法や作業療法等リハビリテーション評価に基づく医師の所見)や職能科で行う職業評価を元に、障がいの状況や行動特性を把握した後、個々の障がいと実際の職場環境との相互作用における影響に配慮し、課題点に対する代償手段や補償行動等の対策や環境設定等の具体的な調整をする中で、実際場面での作業等実施結果の検証・方針の検討を進める必要がある。  当院では復職へのアプローチとして、先崎3)による「就労支援と職場への望ましい対応」における会社での障がい影響の確認や職務・職場環境調整で、特に実際場面での支援が必要な方に職場内リハビリテーションを行ない、復職への支援を展開している。  今回、各リハビリテーション段階での高次脳機能障がいの理解や準備を経て、復職に向けて取り組んだ高次脳機能障がい者の職場内リハビリテーションの事例を取り上げ、支援方法や本人を支える要件、実施した効果についてまとめた。 2 事例  Aさん 女性 50代後半   10年間清掃業にて勤務。業務中フォークリフトと接触し受傷。業務労災。救急病院を経て2ヵ月後、神奈川リハビリテーション病院に入院し、高次脳機能障がいの評価・リハビリテーションを行う。 (1)支援の経過 ①医学的リハビリテーション段階  入院時の状況(受傷後2ヶ月後から3ヶ月間)  神経心理学的検査の結果、高次脳機能障がいは記憶障がい・情報処理速度低下・遂行機能障がいがあり、記憶障がいによりエピソードの混乱や人の名前が覚えられない、ワーキングメモリの低下により、複数の動作を忘れる等の影響があった。  又、身体機能面でも首・肩・頭に痛みが出る、疲れやすい等の影響が見られた。  こうした状況は作業へも影響し、課題が複雑になるとミスが出る。屈曲位での作業等負荷により体に痛みが出る状況が観察された。  この段階で本人は早期復職を希望。ポジティブな側面を捉えてフィードバックをし、地域生活で準備性を高める為、外来通院にてリハビリテーション訓練を行う事となった。 ②社会的リハビリテーション段階  外来時の状況(受傷後5ヶ月後から18ヶ月間)  地域生活での家事等体験を通じて日常生活動作の確認を行ない、交通機関を利用し通院する中、生活状況・作業能力・身体状況の確認・コンディションの維持・向上を目指す。  導入当初は家族の協力の下、交通機関の活用や調理時の火の取り扱い等、共に行動し安全確保をする中で生活行動範囲を広げ、徐々に家族の把握を外して自立度を高めた。  外来通院時、活動性は向上するが、自発的な行動は少なく、職能科での作業終了毎に次の作業指示が必要であった。身体的には肩・背中の痛みや屈曲時の痛みが残り、作業内容の設定に引き続き配慮を要した。  準備性を高める中で、復職に向けて、本人が感じている課題点を確認・整理した。 ①新たな作業の習得や作業時の判断。②対人関係の取り方や場面緊張。③感情の抑制に不安がある。等、地域での経験を通して、自ら障がいの影響に気づく。入院当初に比し、復職に向けて慎重な発言が増えた。  以上の状況から復職時に必要な配慮点として、作業量・内容の調整(重量物の取り扱いや屈曲位を避ける)で、痛み・疲れの対策をし、経時的な作業計画の設定(同時処理の設定をしない)の元、具体的でシンプルな指示を受け、焦らずゆっくり行動するという課題が挙がり、その実現には、職場適応を目指し、ナチュラルサポートを作り出すという要件が浮かび上がってきた。 ③職業リハビリテーション段階  地域生活を通じ、本人の障がい認識や障がいの影響への対策等、社会参加に向けての準備が整い、主治医の判断の元、復職に向けて支援を開始した。  本人の状況から身体的・精神的負荷が課題点となる可能性は大きく、復職前に本人・家族・会社が、本人の状況を確認する場として主治医が許可する範囲(週2日半日で2週間(計4回)程度の仕事量)で職場内リハビリテーションの実施を提案した。  本人・家族の了承後、会社にて復職前の状況確認として職場内リハビリテーションの実施を提案した。  会社より復職受け入れ体制は①元の職場は不可」②勤務時間:短時間でも可(2〜3時間からでも可)③徐々に身体を慣らしながら取り組んでもらえば良いと返事があり、新しい職場での職場内リハビリテーション実施の方向で進んだ。 (2)職場内リハビリテーションの状況 ①職場内リハビリテーション(一回目) イ 本人が持つ障がいの本人・家族・会社・支援者の共通理解の構築  当院にて本人・家族・会社同席の元、医師より高次能機能障がいと身体機能面・健康面の影響を説明し、現状を知識として認識して頂いた。  同時に家族から、家庭での状況、職能科より外来時の訓練状況と本人が抱えている不安(対人関係・環境になれる事が不安等)を説明した。  会社からは新しい職場で職場内リハビリテーションをする事が望ましいとの説明が改めて行われ、職能科からの新たな職場への通勤訓練を含めた時間・日数、作業量の調整によるリハビリテーションプログラム立案の提示も会社に了承された。 ロ 計画立案とフィードバック・見直しの方法  安定して取り組めるレベルを探り、状況把握・ステップアップの検討には可能な限り本人・家族・会社・職能科が参加。職業生活全般に支障がないか確認した。必要であればプログラムを調整していく方法を取った。  現状では本人に自信が無く、この段階で職場内リハビリテーションの効果を引き出すには、本人に過度な負荷がかからず、安定して取り組める状況を作り出す事が必要であり、達成が見込める計画を立てた。 ハ 実施の要件 (イ) 医師より週2日半日程度の指示 (ロ) 身体的負荷(疲れ・身体の痛み)と精神的負荷(対人関係・情報処理)に配慮 ニ 実施計画(図1) 図1 職場内リハビリテーション1回目日程 (イ) 導入当初は通勤時の交通機関の活用に慣れる事を考慮し、訓練時間は1日2時間 (ロ) 訓練日の間には2日〜3日休養日を設定 (ハ) 1日4時間を限度にステップアップ (ニ) 4週に渡り計8日の訓練日を設定・実施 (ホ) 職場内での訓練担当者を明確化 (ヘ) 適宜訓練状況を把握し、ステップアップは可否を検討後決定 (ト) まとめで本人・家族・会社・職能科が訓練状況把握・今後の方向性を検討 ホ 仕事への影響 (イ) 高次脳機能障がいの影響  処理速度が他者に比し遅いものの、訓練担当者に付いて仕事をこなす中では特に大きく問題となる場面は見られず、持ち場を担当しても取り組むことができた。 (ロ) 身体・健康面への影響  導入当初帰宅時や出勤時に背中が痛むが、短時間休憩を取ると、回復した。 (ハ) 対人関係への影響  当初訓練担当者より他社員とのコミュニケーションで、課題点の指摘があるが、本人の状況・対人関係で不安に思っている点を説明、障がいを理解して頂き、サポートを受けた。(訓練の大半を訓練担当者指示の元で作業をする)  特に対人関係で問題となることは無く、プログラム通りステップアップが可能となった。 ヘ 作業評価  会社・本人とも、復職に支障がないという良好な評価があり、家族も「生活の中で導入当初は身体の痛みが出たが、プログラムが進む中で落ち着いてきた」という現状の評価があった。  しかし、会社からは復職に当たり仕事の質・量共に高める必要性がある事も指摘され、 (イ) 団体で働く場合、他者のペースに合わせて作業できるか (ロ) サポートメンバーを外して一人で仕事ができるように成れば良い  等の課題点が出された。  以上の状況を踏まえ、更に職場内リハビリテーションを継続し、仕事量・質を高めるプログラムの中で、身体的・精神的負荷の影響を見極める事とした。 ②職場内リハビリテーション(二回目) イ 実施の要件  身体的負荷(疲れ・身体の痛み)や精神的負荷(対人関係・情報処理)に配慮し、前回のプログラムを発展させ、稼動可能な仕事量を探る ロ 実施計画(図2) (イ) 導入は前回の日数(週2日)で一週間設定 (ロ) 時間数は固定し、週5日を限度に休養日と訓練日を組み合わせ、連続して訓練する日数を徐々に増やし、ステップアップを計画 (ハ) 9週に渡り35日訓練日を設定・実施 (ニ) 職場内の訓練担当者を引き続き依頼 (ホ) 適宜訓練状況を把握し、ステップアップは可否を検討後決定 図2 職場内リハビリテーション2回目日程 (ヘ) まとめで本人・家族・会社・職能科が訓練状況把握・今後の方向性を検討 ハ 仕事への影響 (イ) 高次脳機能障がいの影響  複数の仕事を一度に伝えると、指示事項を忘れ、処理していない作業があった。作業終了時に次の仕事に自分から取り掛かれない。汚れに合わせて処理する等判断を要するものに取り組めていない等の課題点が挙がり、対策として口頭指示のみの提示では抜けることがあり、実践の中で具体的な手順を繰り返しで覚えていくことが効果的と判断。取り組む中で仕事の進め方を習得した。 (ロ) 身体・健康面への影響  連続した訓練日の設定に、当初疲れや作業に取り組む中で膝の痛みが出たことがあったが、休憩を取り入れ疲労につながることは無かった。  週5日連続した訓練日の設定も、「毎日取り組む事でリズムができ、安定感が出てきている」「動きが他者と変わらなくなってきた」と評価を得る。 (ハ) 対人関係への影響  職場の臨機応変な動きに合わせた行動についていけず、他職員に質問を繰り返す中で他職員より不満の声が挙がるが、訓練状況確認の際に課題点を整理し、質問等確認は訓練担当者に限定して行う本人の対処行動と、受けてもらう訓練担当者のサポートとで、特に問題となる事は無かった。 ニ 作業評価  会社は、勤務態度・単独での業務の対応等十分に環境整備に貢献できると評価した。  本人も、仕事に慣れ、身体の痛みに対応でき、困る事は無くなったと自信を持ち、就労に支障が無い状況であると自己評価した。  上記職場内リハビリテーションから復職時の要件は以下の通りであった。 (イ) 臨機応変な対応や複数の処理条件に合わせて作業をすることは苦手 (ロ) 複数の作業工程の提示は、口頭指示のみでなく、具体的な手順のモデリングに添って取り組む中で習得 (ハ) 疲れ・痛みの管理は、休憩時間の設定により行う (ニ) 作業時間は週5日・1日4時間程度の作業が可能 (ホ) 本人の障がい理解を会社に働きかけ、対人関係を含めた職場環境調整(対人接触が少なく、経時的で処理条件の少ない作業)   3 復職の状況  職場内リハビリテーションを把握していた管理者の下、本人の復職の要件に合わせた職場(職場内リハビリテーションで実施した日数・勤務時間で、対人接触が少なく、作業場所が限定された場所を経時的に清掃する職場)に復職する。  新しい職場への配置で、当初不安を感じていたが、対人接触の少なさと自分のペースで進められる仕事に落ち着いて取り組む事ができており、安定した就労を継続している。  現在当院では月1回の身体ケア(背中の痛み)と就労状況の確認を実施している。   4 考察  各リハビリテーション段階で高次脳機能障がいと環境の相互作用により、障がいの影響を確認し、障がい認識を高め、対策をしていく中で準備を進めてきた。復職に向けて取り組むに当たり、本人の高次脳機能障がいの認識は阿部4)による自己認識〜五つのレベルの内、「補償行動をとろうとする」段階の4レベルであったと考えられる。  本事例の場合、職場の受け入れは良好であったが、当初本人は新しい職場への復職に不安を抱いており、負荷の調整が無いフィードバックは阿部5)がいう職業上の課題を浮き彫りにする形で失敗経験を生み、自信の喪失に繋がる恐れがあった。  そこで、実際の職場環境で本人の現状に合わせて精神的・身体的負荷を調整し、職場内リハビリテーションを実施した。  達成しやすいプログラムを組む中で、本人の高次脳機能障がい・身体機能・対人関係の影響で起こる事象を捉えて検証・フィードバックをし、本人・家族・会社の障がい認識の向上・共有化にアプローチをした。  本事例の本人を支える作業上の要件を取り入れて組み立てた「安心して取り組める環境」において、共有した障がい認識の元、職場担当者と対応方法の対策を立て、復職に向けた支援を展開した。  本事例での職場内リハビリテーションプログラムの設定方法をまとめると以下の通り。 (イ) 障がい認識の向上・共有化 (ロ) 本人が働く上での要件の整理 (ハ) 要件を加味し、安心できる作業環境の構築 (ニ) 負荷を調整したステップアッププログラムの実施 (ホ) 復職要件の整理  こうした職能科の職場内リハビリテーションによる支援の結果、本人は達成感を持って取り組む事ができ、自信を高めながら会社が要求する復職の要件までステップアップする事ができた。  今回、本人の復職の要件を抽出し、職場環境を調整、プログラムを展開する事で、良い循環を生み出し復職に至った事が本事例の成果である。  又、本事例における職場内リハビリテーションは、高次脳機能障がいの影響を実践の場で負荷の調整により本人の不安を助長することなく、安全に確認して復職の要件を抽出し、方針の検討をする手段として有効であったと考える。   文献の引用 1)松為信雄:職業リハビリテーション学 キャリア発達と社会参加に向けた就労支援体系、p42-43,協同医書出版社(2001) 2)松為信雄:職業リハビリテーションの基礎知識−第6回職業リハビリテーション研究発表会報告書−、p52-54,日本障害者雇用促進協会 障害者職業総合センター(1999) 3)先崎 章:高次脳機能障害 精神医学・心理学対応ポケットマニュアル、p110-112,医歯薬出版株式会社(2009) 4)阿部順子:脳外傷者の社会生活を支援するリハビリテーション、p38,中央法規(1999) 5)阿部順子:職業リハビリテーション学 キャリア発達と社会 参加に向けた就労支援体系、p331-333,協同医書出版社(2001) 就労支援における医療機関の役割についての一考察 −当院における新たな就労支援の取り組みを通して− ○廣瀬 陽子(医療法人社団北原脳神経外科病院 作業療法士)  浜崎 千賀・飯沼 舞(医療法人社団北原脳神経外科病院) 1 はじめに  当院は、脳神経外科を主な診療科目とし、「救急・手術からリハビリ・在宅まで一貫した医療を提供する」という基本方針を掲げた病院である。当院では、平成18年より、脳卒中発症後、片麻痺や高次脳機能障害などを有する中途障害者に対し、「ボランティアサークルあしたば」と称して、院内でのボランティア活動を通した当院独自の就労支援活動を展開している。  障害者職業総合センターの調査研究報告1)によると、医療機関に対する障害者職業カウンセラーの要望の一つとして、医療機関としての役割の遂行が挙げられている。具体的には、「リハ計画策定」、「支援方法の明確化」、「きちんとした評価」、「認知リハの実践」、「代償手段の獲得訓練」、「障害受容の促進」などである。  そこで当院では、就労支援における医療機関としての役割を果たすべく、平成20年11月より、身体機能や作業遂行能力、神経心理学的検査などの各種評価の導入や、職場の業務に類似した作業を訓練課題に取り入れた作業療法訓練(以下「Jトレ」という。)を開始した。   今回の発表では、新たに開始した取り組みについて紹介するとともに、新たな取り組みの効果や就労支援における医療機関の役割について考察する。 2 新たな取り組みの紹介 (1)各種評価の導入について  当院では、必要に応じて以下の評価を実施している。 イ.評価項目 ・身体機能:SIAS      STEF      timed up and go test        ファンクショナルリーチテスト ・日常生活能力:FIM  ・作業遂行能力:AMPS  ・知的機能: WAIS-Ⅲ ・高次脳機能:TMT、三宅式記名力検査 など神経心理学的検査        ※実施項目は対象者の状況に応じて選択             ロ.運用方法 (イ)評価担当 ・作業療法士:身体機能       日常生活能力       作業遂行能力  ※原則として、ボランティアサークルあしたば担当作業療法士が実施 ・言語聴覚士:知的機能       高次脳機能 (ロ)評価介入期間 ・作業療法士担当項目:Jトレ時間帯に随時実施                40分×3〜4回程度 ・言語聴覚士担当項目:週1回           60分×4〜5回程度 (2)Jトレについて  Jトレとは、医師の指示のもとリハビリテーションが必要な方に対して、職場の業務内容に近い作業を訓練課題に取り入れた作業療法である。この訓練を通して、身体機能や認知機能の向上、また、自己認識の向上や病識獲得等の促進を目指している。  院内では、通常の作業療法と区別する為、「Jトレ」と称している。 イ.訓練開催頻度 2回/週 ロ.開催時間帯 9:00〜12:00   ・個別訓練時間:1人40分   ・10:00〜12:00の時間帯は、個別訓練と並行して、自主トレーニングの場を提供している。 ハ.訓練課題 ・パソコン課題 ・簡易電卓計算課題  ・書類の仕分け課題  ・ピッキング課題  ・物品申請課題  ・郵便物仕分け課題 ・ダンボール組立分解課題 ・箱詰め課題        など (約18種類) ※参考:ワークサンプル幕張版2) 特例子会社業務内容  など ニ.Jトレ実施時の配慮点 ・訓練課題は、職場の業務内容に近い作業を中心に展  開している。 ・自主トレ-ニングの時間を活用しながら、様々な課題を実施するように促し、課題毎に「得意、普通、不得意」など自己評価を行なう機会を提供している。 ・訓練日誌の作成や、課題実施に要する時間の測定などを通し、自身の能力について確認できる機会を提供している。 (3)評価結果、訓練内容のフィードバック方法  各種評価、訓練経過についてのフィードバックは、ボランティアサークルあしたば担当者の作業療法士が、面談の場を設けてまとめて実施している。その際、客観的な評価結果を伝えるだけでなく、ボランティアサークルあしたばやJトレなど、実際の作業・訓練場面で現れる状況と結び付けて、障害の影響などを説明している。また、客観的な評価結果からは、問題点だけでなく、「得意な部分」や「強み」についても説明している。 3 新たな取り組み開始に伴う参加者の変化について  新たな取り組みの開始に伴う変化について、ご本人の了解を得た上で、事例を通して紹介する。 (1)事例1 イ.事例紹介  30代 男性  脳内出血(発症:H19年9月)  ・右片麻痺(Br.stageⅢ-Ⅱ-Ⅳ)  ・移動能力:杖歩行(屋外見守り)  ・上肢機能:ほぼ廃用手  ・高次脳機能:失語症(運動性失語)   ロ.介入開始時の状況  ・介入前より、個別リハビリ(PT・OT・ST)を実施していたが、訓練全般的に受け身的である。  ・失語症の影響もあり、意思を表出する機会は乏しい。 ハ.介入内容(H20年11月〜)  Jトレにおける訓練について、H20年11月〜H21年3月頃は、課題を全般的に実施した。Jトレ訓練に対するモチベーションは良好であり、徐々に自分から「パソコン入力課題をしたい・・」「どんな訓練をしたらいいの?」など、Jトレの訓練課題に対して、本人の意思を示すようになる。その後、H21年4月以降は、パソコン課題(英数字入力)や名刺整理課題、ピッキング課題など、本人のニーズをもとに展開している。その他、他の参加者に対して挨拶をしたり、スタッフに自ら話し掛ける頻度が増えるなど、対人コミュニケーション能力も向上してきている。 (2)事例2  イ.事例紹介  40代 男性  脳内出血(発症:H19年3月)  ・右片麻痺(Br.stageⅣ〜Ⅴ-Ⅴ-Ⅳ)  ・移動能力:杖歩行自立  ・上肢機能:実用手不十分  ・高次脳機能:記憶障害、病識低下   ロ.介入開始時の状況(H20年11月)  ・立位バランスの低下や立位活動における耐久性の低下が目立つ。  ・麻痺側上肢は利き手としての実用性低下を認める。  ・高次脳機能障害に対する病識は乏しい。 ハ.介入経過  評価は、身体機能面や作業遂行能力の他、WAIS-Ⅲ・三宅式記銘力検査など、入院中より拒否されていた神経心理学的検査を実施した。Jトレにおける訓練は、上肢機能の改善や立位バランス・耐久性の向上等を目的に、パソコン課題(やってみよう!パソコンデータ入力3))やピッキング課題、郵便物仕分け課題などから開始した。その結果、麻痺側上肢機能は、STEF 79/100点(H21年1月)から93/100点(H21年5月)へ改善を認め、利き手としての実用性向上を認めているとともに、立位バランス・立位耐久性も向上し、ピッキング課題における屈み動作も安定して行なえるようになった。その後、障害認識の向上・代償手段の獲得を目的に、記憶障害に対する訓練や、代償手段(メモ)導入訓練を追加している。記憶障害は、三宅式記銘力検査において、有関係5-8-6 無関係0-0-1 (H21年1月)から、有関係5-7-8 無関係0-2-2(H21年9月)と少しずつ変化を認めている。障害認識については、三宅式記銘力検査の結果や、Jトレにおいて提示された課題内容を忘れてしまうなどの経験を通して、記憶障害の存在を自覚し始めており、最近では取り繕う様子も軽減してきている。また、メモをとる必要性を感じてきており、訓練中メモをとる場面も増えてきている。 (3)事例3  イ.事例紹介  50代 男性  脳梗塞(発症:H20年8月)  ・左片麻痺(Br.stageⅤ-Ⅴ-Ⅴ)  ・移動能力:独歩自立  ・上肢機能:実用手  ・高次脳機能:左半側空間無視           注意障害 ロ.介入開始時の状況(H20年12月) ・訓練中易疲労性が目立つ。 ・左側を見落とす場面が時々みられる。 ハ.介入経過  Jトレにおける訓練について、H20年12月〜H21年2月頃は課題を全般的に実施した。その後、耐久性の向上・左半側空間無視・情報処理能力の向上等を目的として、物品申請課題や伝票処理課題、ピッキング課題などを中心に実施した。また、本人の希望により、今まで殆んど実施したことがないパソコンの操作訓練も自宅で自主トレ-ニングとして実施した。訓練をすすめるにつれ、易疲労性は軽減し、左側の見落としも殆ど気にならない程度まで改善した。一方、Jトレ課題を全般的に実施したこと、また、機能改善に向けた訓練やパソコン操作など新たな学習が必要となる作業の経験を通して、「事務的な細かい仕事は苦手だな。」「清掃などのような体を動かすことの方が良いな。」と話されたり、「新しいことを覚えるたり、考えたりすることは大変。今出来ることで働いたほうが良いな。」と話されるなど、自身の得意なこと、苦手なことについて理解が進み、就職活動に専念したいとの希望があり、H21年7月に介入を終了した。 (4)変化のまとめ イ.訓練に対するモチベーションや集中力の向上 事例1の様に、Jトレの訓練課題は参加者の興味や関心を引き易く、訓練に対するモチベーションや集中力の向上を認める参加者が多い。 ロ.機能面の改善  事例2の様に、Jトレの訓練課題を通して、身体機能や高次脳機能等の症状が改善する参加者を認めている。 ハ.障害認識の向上・代償手段の導入  事例2の様に、評価結果やJトレでの活動を通して、障害認識の向上や代償手段の導入が促し易くなる場合を認めている。 ニ.就職活動における希望職務内容の具体化  事例3の様に、Jトレにおける様々な課題を通して、再就職に向けた職務内容の選択を具体化し易い場合を認めている。 4 考察 (1)新たな取り組みの効果について  今回、各種評価の導入やJトレを開始したことにより、機能面の改善や、障害認識の向上や代償手段の導入、また、就職活動における希望職務内容の具体化など、参加者の変化が得られている。  機能面の改善が得られた理由としては、各種評価の導入により、参加者の問題点を的確に評価した上でJトレの訓練課題を選択していること、また、Jトレにおける自主トレーニングの導入により訓練の機会が増加した事や、訓練に対するモチベーションや意欲の向上等が影響していると考える。  また、障害認識の向上や代償手段の導入に至った理由としては、各種評価による客観的な評価結果の提示や、Jトレにおける作業場面での経験を通して、障害の影響や問題点について認識し易くなったことが考えられる。また、それにより、代償手段導入の必要性について認識し易くなったことが挙げられる。障害者職業総合センター調査研究報告書4)によると、「職業リハビリテーションにおける本人の障害認識、家族の障害理解」に関する過程として、「知識として障害を知る」、「日常生活や作業で現れる状況を障害と結びつける」、「評価結果から当事者の課題を理解する」、「適切な補完手段を活用することができる」などを挙げており、新たな取り組みの開始により、本人の障害認識に対して効果を及ぼすことが可能になっていると考える。  また、就職活動における希望職務内容の具体化については、Jトレの訓練課題が職場の業務内容に近い内容であることが影響していると考える。今後、再就労における職務内容とのマッチング作業において、有効な情報となる様な活用を目指していくことが課題である。 (2)医療機関における役割について  今回、従来より行なっているボランティアサークルあしたばの取り組みに加え、新たな取り組みを開始した。これにより、障害者職業総合センターの調査研究報告1)で述べられている、「医療機関としての役割の遂行」に対する独自の取り組みをスタートすることがではないかと考える。  片麻痺や高次脳機能障害などを有する中途障害者の就労支援では、その障害の特性から、回復経過は一人一人異なり、回復までに長期間要す場合もある為、医学リハビリテーション・社会リハビリテーション・職業リハビリテーションを並行して支援する視点が求められている。今回開始したJトレにおいては、身体機能や認知機能など機能的な改善を目指すだけでなく、仕事をイメージし易い訓練課題や環境であることも特徴の一つである。こうした取り組みを医学リハビリテーションの時期から取り入れることにより、就労を目指す方に対して、より円滑な支援が行えるのではないだろうか。   5 おわりに  就労支援において、雇用対象となる障害像が拡大する今日、医療機関に求められる役割は日々大きくなっている。その一方、障害者職業総合センターの調査研究報告書5)によると、就業支援を行なっている医療機関、福祉機関等の状況として、「特に就業支援の技術・ノウハウについては不十分であり、大半が試行錯誤でやっている」とも報告されている。    医療機関における就労支援業務は、診療報酬等を背景に、具体的な体系化がされていない現状である。しかし、医療機関は就労支援の出発地点でもあると言え、医療機関における独自の就労支援に関するシステム構築が、より一層求められているのではないかと考える。   参考文献 1)障害者職業総合センター「調査研究報告書No.63」,pp41-42 2)障害者職業総合センター「ワークサンプル幕張版」 http://www.nivr.jeed.or.jp/research/kyouzai/21_2_MWS.html 3) 障害者職業総合センター「やってみよう!パソコンデータ入力」  http://www.nivr.jeed.or.jp/research/kyouzai/22_nyuryoku.html 4)障害者職業総合センター「調査研究報告書No.58」,pp21-22 5)障害者職業総合センター「調査研究報告書No.84」,pp27-35 こうして高次脳機能障がい者は働き出した! −就労継続支援事業A型レストランびすたーりの事例− 深野 せつ子(特定非営利活動法人「ほっぷの森」 副理事長)  2009年7月8日小さなコンサートが私たちのレストランびすた〜りで開催されました。在仙の若手テノール歌手松尾さんの歌声が120年前の古民家の高い天井に響き、黒光りしたがっしりと重々しい梁がその歌声をまるで教会の音楽堂にいるような優しさで共鳴してくれました。  50席に満たない観客は松尾さんの歌声と、べーゼンドルファーのピアノの伴奏に聞き入り、その贅沢な時間に酔いしれていました。松尾さんの傍らで、重度重複障がいを持つ大越桂さんが車イスの上で自分が作詞した歌を聴いて、その喜びをからだいっぱいで受け止めています。  やがて、音楽が一段落するとお店のスタッフがケーキを運び、コーヒーや紅茶をお客さんのご希望をうかがいながら、注いで廻っています。このスタッフがこの店で働く、障がいのある人たちなのです。  仙台市の中心部から地下鉄で南へ15分ほどの副都心、長町という古くからある商店街にレストラン「長町遊学庵びすた〜り」はあります。このレストランは就労支援継続支援事業(A型:雇用型)の施設で昨年2008年の8月23日にオープンしました。はじめにコンサートのイベントから話はじめて驚かれたかもしれませんが、実はこのコンサートの主催者である松尾さんがびすた〜りにべーゼンドルファーのピアノと大越桂さんをプレゼントしてくれたのです。  大越桂さんは24時間医療管理が必要な方でほとんど見えないし、話すこともできないので何もわかっていない子だと思われていました。ところが13歳ころから筆談でコミュニケーションができるようになりました。するとすばらしい感性で詩をつくり出したのです。  その詩に感動した松尾さんがその詩をいろんな方に歌っていただいたり、詩として朗読していただいたりできる桂ホールを創ろうという夢を持たれたのです。それがある日、突然べーゼンドルファーというピアノを入手することができました。  しかしまだホールをつくるには至っていないのでこのピアノを置く場所を探していたのです。それを聞きつけた方が「びすた〜り」を紹介してくださったわけですが、松尾さんは障がい者が働く「びすた〜り」の存在意味に共感して下さって当分はここにピアノを置かせてほしい、そしてここで演奏される方にこのピアノを使って下さいという、まるでべーゼンドルファーや桂さんたちが空から舞い降りてきてくださったかのような出会いがそこにできたのです。それが冒頭で話したミニコンサートのお話で、今は2か月に一度びすた〜りで定期コンサートをしていただいているわけです。    このようなベーゼンドルファー物語のようなことが、私たちの「NPO法人ほっぷの森」ではまるで神様が「ほっぷの森物語」を書いて下さっているのではないかと思うくらい設立時からさまざまなストーリーが誕生しているのです。  そして私たちはそのストーリーは実はほっぷの森に集う知的障がいを持つ方々や 高次脳機能障がいを持つ方々が生み出してくれているのだということに気付かされました。  まだ誕生して2年くらいの組織の私共が多くの専門家が集まる全国の会議にこのように発表させていただくのは大変おこがましいことかと思いますが、私はどうしても皆さんに聞いていただきたくて今回発表に応募致しました。   ●高次脳機能障がい者との出会い  「ほっぷの森」を設立した理事長は、知的障がい者にスポーツを提供してその社会参加と自立を目指している国際的ボランティア組織であるスペシャルオリンピックスに14年間関わってきた方で、障がい者の自立の為には、就労による社会参加を目指さなければならないと考えていました。  その為に就労支援センターと、働く場としてのレストランをつくりたいと考えていました。そこでスペシャルオリンピックスを一緒に活動していた私も手伝ってほしいと言われ、私も同じ思いがありましたので参加しました。  理事長はこれまで関わってきた知的障がい者を対象にはじめるつもりでした。しかし、これもまた天から舞い降りためぐりあわせで、高次脳機能障がい者を訓練されていた方と出会いました。  高次脳機能障がい者については理事長も私も全く知識がありませんでした。当時全国で13ヵ所の高次脳機能障がい者を対象とした拠点病院があり、宮城県にも東北厚生年金病院というところが、拠点病院になっていました。  しかし国の予算が3年で終了し、その病院に集まっていた高次脳機能障がい者の方々が集うところがなくなって困っているという話でした。  そしてその方々が社会復帰するための就労訓練をする場がほしいということだったのです。丁度これまたグットタイミングなことに、宮城障害者職業能力開発校から2カ月間の就労訓練講座を行ってほしいという申し出があり、それなら、高次脳機能障がい者を対象に行ってはどうか、ということになりました。参加を呼びかけたところ9名の方が面接を受け合格されて受講されました。  私は何も知らなかったのでこの流れを特に気にもせずに対応しておりましたが、実際に彼らがこうした訓練をたとえ2か月でも継続的に受講し続けられるかどうかわからないということを言われ、驚きました。これまで例がないというのです。  しかしこのセミナーは8割出席しなければ修了証は出せない厳しいものでした。しかも彼らには定期的な通院とかもあってその分休んだら、あとは全部出席しなければならないなんて本当にできるのだろうかと心配になりました。さらにこれまで彼らに関わって手伝いをされていた女性にお会いして、高次脳機能障がいの大変さをはじめて知りました。  その女性は佐々木さんといいますが、8年前にご主人が脳梗塞で倒れ、一命を取り留めたもののかなり重症な高次脳機能障がいという後遺症が残ってしまったのです。その時彼女は5歳の長女と2歳の次女、そして3人目の子供がお腹にいたそうです。出産の時は、夫の病院で一緒に入院させてもらって産んだそうです。  そして世間からは理解されない、対応してくれる施設もない、夫の実家や親せきからも見放され3人の子供を抱えてひとり8年間も頑張ってきた方でした。  しかし、理事長も私もこんな話を聞くうちに、これはやらなければならない、と思いはじめたのです。交通事故や脳梗塞、くも膜下出血など最近は医療技術の発達で命は助かるが逆に高次脳機能障がいという後遺症に悩む人たちはたくさんいるにちがいない。でもまだまだ知られていなくて、本人もご家族も苦しんでいる。そう思うと理事長も私も佐々木さんとの出会いは私たちに運命づけられたもののように思えました。  彼女は高次脳機能障がいのご主人がいらっしゃるわけですから、この障がいに関してはプロでした。  また高次脳機能障がいを家族に持つ方々に対してピアカウンセラーとしても家族の方々に役に立ちたいという熱い思いのある方でしたので、一緒に仕事をしていただくことになりました。  佐々木さんとの出会いもわたしたちにはありがたい天の助けの出会いでした。そしてこれらをすべてつないで下さった臨床心理士の吉田さんという女性を通じてロゴセラピーという心理療法を知ったこともその後の私たちの施設の重要なポイントとなりました。   ●就労支援センターほっぷのトレーニング  就労支援センターほっぷは、はじめに宮城障害者職業能力開発校の就労訓練セミナーからはじまりました。  そのカリキュラムは、講師として協力して下さったさまざまな分野のエキスパートの方々のボランティアで素晴らしい充実したものになりました。  プロのアナウンサーによる話し方講座、プロのコピーライターによる文章表現講座、経営者によるビジネスマナー講座、さらに心理学の元大学教授や、元特別支援学校の先生も参加して下さって、専門的な授業の他にTBIドリルやピッキングの作業等を行いました。  そして何より効果的だったのは、障がい者同士が話し合う、グループワークでした。彼らは苦しんでいるのは自分だけではない、という不思議な連帯感を持って、それぞれが自分が自分でなくなってしまったことに戸惑いを感じていることや、また家族の方々もどうしたらいいのかわからない状態であることや、何度も死を考えたということを自ら発表してくれました。  しかしそんな自分たちがもう一度、社会に出て、働くためにどうしたらいいかを懸命に話し合いました。また、以前の自分ではなくなり、記憶を失ったり、言葉を忘れたり、病気をする前はできたことができなくなっていることから自信を失っているので、できない自分ばかり見つめないように、自分のいいところ探しも行いました。  こうして通えないと言われていた彼らの講座は95.4%という出席率で終了することができたのです。   ●就労継続支援事業A型(雇用型)のレストラン「長町遊楽庵びすた〜り」  NPO法人「ほっぷの森」は就労移行支援事業所の「就労支援センターほっぷ」と就労継続支援事業A型のレストラン「びすた〜り」とがあります。そしてこの9月には就労継続支援事業B型の「びすた〜りフードマーケット」を設立しました。  冒頭に述べましたレストラン「びすた〜り」は当初からの計画で、福祉的就労であっても、一般のレストランのような店づくりをしたいと仙台市の中心部に場所を探していましたが、中々ありませんでした。障がい者には貸さないと言われたところも何件かありました。  そんな時、中心部から少しはなれた商店街に120年ほど前の古民家が、壊される寸前で存在していることがわかりました。  理事長も私も生れながらの仙台人なので、どうしてもこの古民家を残したいと思い、賛同者をつのってつくろうと計画しました。私たちは二人とも企業経営者だったので、助成金があるなんて考えてもいなかったのです。   しかしいろいろ勉強した結果、宮城県と高齢・障害者雇用支援機構の2か所から助成を受けることができました。もちろんそれだけでは足りませんでしたので、銀行からの借り入れもしました。  昨年の7月建物ができ、11名の障がいのある方々を採用しました。ほっぷでトレーニングをしていた方の中の4名がレストランで働くことを希望しましたので、他の7名は一般募集して採用した方々で6名は知的障がいの方、そして1名は聴覚障がいの方です。お店ができてオープンするまでの約半年間は「就労支援センターほっぷ」でトレーニングしました。また、「びすた〜り」の内装作業に参加して、漆喰をぬったり、入口やトイレの床をガラス玉で飾ったり、アプローチの通路に手書きのタイルを貼ったりと自分たちの店づくりを行いました。  「びすた〜り」とはネパール語でゆっくりという意味です。ヒマラヤのような世界の屋根に登るにも、決して急がず、ゆっくり、ゆっくり一歩づつ歩いていくことで、頂上をきわめることができるのだそうです。障がいのある方々も自分の目的に向かってゆっくりゆっくり確実に歩けば自分の頂上をきわめることができるという思いでこの名前をつけました。   ●びすた〜りファームも誕生  6カ月間のトレーニング中に、畑の草取りを手伝ってくれたら、レストランに野菜を提供しますよという友人がいて、早速手伝いに行きました。ところがそれが縁で使っていない畑を無料で貸して下さるというこれまたありがたい話となり、びすた〜りファームができたのです。そしてさらに、畑を一緒に手伝って下さるボランティアの方々も5名もきてくれています。畑はレストランで働く彼らにとってもすばらしい別の価値のあるものでした。  自分たちの作った野菜をお店でお料理として提供するということに誇りを持って働いてくれました。この9月にできた3つ目の施設「びすた〜りフードマーケット」はこの畑事業をさらに拡大して付加価値のあるフード事業を展開していこうという計画です。   ●利用者は「スタッフ」支援者は「パートナー」という関係  「ほっぷの森」全体で、現在13名の職員と2名のパート、そして今でも続けて下さっている7名の外部講師が働いております。ここでは利用者を「スタッフ」と呼び、支援者を「パートナー」と呼んでいます。それはトレーニングの場は会社と同じ場所と考え、そこで働く人として「スタッフ」なのです。そして支援者はそこに寄り添ってお手伝いをするパートナーなのです。パートナーはスタッフがどうなりたいか、どう生きたいかを自分で気づいて動き出すのを引き出す役目です。何のために働くのか、何のために今このトレーニングを行うのか目標がぶれないようにその意味を確認していきます。そこはまったく対等の関係で、共に、考えながら一緒に歩んでいく関係として互いに尊重しあうことを学びます。仕事でつまずくのは仕事そのものではなく、ほとんどはコミュニケーションがうまくできないことが原因と考え、ここでは自分の意思を伝えられるようにトレーニングします。  高次脳機能障がいの方は、すぐにトレーニングしたことを忘れてしまうので、メモリーノートを活用しています。  スタッフは、自分が尊重され安心できる関係ができると急に変化していくのがわかります。これはレストランにおいてもほぼ同じ仕組みです。レストランとして顧客満足を第一の、クオリティの高いサービスが提供できる店づくりをプロとしてやりながら、同時にパートナーとしてスタッフと向き合って、グループミーティングを行ったり、個別支援計画によって設定した目標にむかってサポートしています。  スタッフは自分の意思で行動できるようになった時、それは自分を信じる力となって独り立ちしていくということをパートナーはこの2年間で体験してきました。設立して2年、びすた〜りで働く4名の他に一般企業に5名が就職し、1名が元の会社に復職しました。また、ピアカウンセラーとして他の施設で働いている方もいます。  つい最近、ほっぷを就職されて卒業した皆さんが集まって先輩会を開きました。皆さんの仕事についた感想をうかがっていると、企業の方々がとても支えて下さっていることが汲み取れ、ありがたいことだなーと思いました。障がいがある方だからこそ持つ、特別なエネルギーを教えていただけてることと、世の中の人の温かさを知ることができるこの仕事をさせてもらっていることに感謝ししながら、パートナーみんなで障がいのある方々が一般社会で普通に暮らせる社会を目指して頑張っています。   中高年齢障害者の雇用安定と雇用促進の現状と課題 —雇用に関する事業所実態調査及び聴き取り調査から明らかになったこと— ○沖山 稚子(障害者職業総合センター事業主支援部門 主任研究員)  佐渡 賢一・澤山 正貴(障害者職業総合センター事業主支援部門)   1 はじめに  少子化・高齢化の進展に伴い、働く障害者や仕事を求める障害者の高齢化が目を惹く状況となっている。しかし中高年齢障害者の就業には就職・働き方・退職など種々の問題が伴っている。  報告者が地域センターのカウンセラーとして勤務した頃に、現場で得た問題意識は2点ある。一つは中高年齢障害者の就職の難しさ、もう一つは障害者雇用に関し事業所に求められる配慮の範囲はどこまでかというものである注1) 。  我が国の高齢化が一層進展することを考えると、障害のある高齢従業員の雇用問題について考えるべき機会が多くなると思われる。これまでにも、「知的障害者の加齢現象」のような特定の障害種類に焦点を当てた研究1)や、障害者の加齢と疲労の関係を取り扱った研究2)3)などの取り組みがみられるが、就業の現場である企業における中高年齢の障害のある従業員の雇用問題に焦点を当てた研究は少ない。  報告者は、その少数の例の1つである東京都労働研究所が約20年前に実施した「中高年障害者の就労と生活に関する調査4)を踏まえつつ、上記の視点から中高年齢障害者問題に関する研究を進めている。本報告ではその概略を紹介する。 2 調査の種類と概要  研究の中心は中高年齢障害者の雇用実態を知るために実施した2回にわたる郵送調査と訪問聴き取り調査である。 (1)事業所実態調査(第1回郵送調査)  障害者雇用に関する事業所の意識、姿勢を明らかにする目的で調査した。調査の概要は次のとおりである。 ①調査項目 *雇用が可能と思われる障害の種類、雇用が難しいと思われる障害の種類は何か。 *採用にあたり年齢を考慮するか。する場合その年齢は何歳くらいまでか。 *中高年齢障害者の採用を懸念する理由は何か。 *従業員の中高年齢化に対する配慮や対策は何か。 ②方法、時期  方法:調査票による郵送調査(無記名式)  調査時期:2008.9   回答負担を考慮して調査票はA3判裏表1枚におさめた。 ③調査対象事業所と回収率   宮城、東京、愛知、兵庫、広島、福岡の雇用開発協会の会員事業所合計約7,120社を対象とし、         2,178社(30.6%)の回答を得た。 (2)中高年齢障害者の就業実態(個別)調査(第2 回郵送調査)  障害のある中高年齢従業員の就業実態を明らかにするために、第2回の郵送調査を実施した。調査の概要は次のとおりである注2)。 ①調査項目 *受障の時期、性別、年齢、障害種類、生活状況 *採用経路、仕事内容、勤続年数、勤務形態、就業時間数、収入、その他の収入の有無、通勤方法、通勤に要する時間 *職業生活に対する配慮や工夫 ②方法、時期  方法:調査票による郵送調査(無記名式)  調査時期:2009.3  ③調査対象事業所と回収率  (1)の調査で訪問調査に応じると回答のあった607社を対象とし、375社(61.8%)の回答を得た。 (3)聴き取り調査  郵送調査での把握不足を補い、新たな問題意識を醸成するため、同意を得た事業所を訪問し、障害のある従業員と事業所担当者からの聴き取り調査を研究期間を通して実施した。 ①方法:事業所訪問による聴き取り調査 ②対象事業所数(目標)     40事例程度を目標に実施しており現在に至る。 3 調査の結果から (1)中高年齢障害者の採用に関する事業所の意識  第1回調査回答事業所の属性は次のとおりである(図1)。  採用にあたり事業所が困難と考える障害としては「視覚」、「精神」、「知的」と回答した事業所が約7割と、内部、下肢、上肢を大きく上回った(図2)。                                      事業所に対する第1回郵送調査において、雇用可能と回答された障害の種類と実際に雇用している障害の種類はほぼ同様の比率であった(図3)。                        採用時点での年齢への考慮について、時点間比較を比較可能な東京において行うと、20年前より緩和されたものの、まだ約3割が採用可能な年齢として「45歳まで」をあげた(図4)。また、中高年齢障害者を雇用した経験の有無による意識の差をみると、経験のない事業所は経験のある事業所に比して年齢を考慮する傾向が強く、25ポイントの差が認められた(図5)。  45歳以上の障害者を採用する(したい)理由では、職歴等から就業能力を見込みやすいこと、非障害者や若年者の求人が困難であること、処遇(賃金、嘱託採用、労働組合不加入など)の設定や、雇用調整が容易であることが事業所訪問による聴き取り調査等から窺われた。                                                             (2)雇用されている中高年齢障害者の実態  第2回郵送調査の回答に表れた中高年齢障害者の従業員は、採用前に受障した者が61.6%、男女比は3対1、平均年齢は54.3歳(年齢の範囲:45〜78歳)であり、障害種類は多い順に、内部、下肢、聴覚、知的、上肢となっていた。85%の者が家族と同居し、通勤時間は30分以内の者が50%と短時間通勤であった。82%の者が30時間以上勤務で、61%の者が400万円未満の税込み年収で、賃金以外他の収入(年金、生活保護等)がある者は75%あった。規模別、業種別の分布は表1のとおりである。  受障時期の採用前後別、および障害種類別にみると、処遇(税込み年収(図6)、勤務形態)や仕事内容、配慮事項に差異がみられた。   (3)中高年齢障害者を雇用している事業所の実態  中高年齢障害者の雇用促進にあたり事業所が要望することは、事業所規模により差異がみられ、301人以上では「雇用率上の優遇制度」、55人以下では「助成金の増額」「助成金手続きの簡素化」を要望する回答が上位であった(図7)。                  中高年齢化することで生じる問題は従業員全般と障害者で異なるのだろうか。この点について事業所に問うたところ、両者の差異はほとんどなく、「体力が低下する」「作業中の事故や怪我」「とくに問題は生じていない」とする回答がそれぞれ約3割であった。  中高年齢化に対する就業上の配慮事項においても両者の差異はなく「とくに配慮していない」が最も多く、従業員全般では「配置転換をする」(21%)が、障害者では「体力を要する作業を減らす」(21.9%)がこれに次いでいる。  中高年齢障害者を採用する時の懸念と障害者が中高年齢化することで生じる問題に注目して比較したのが次の図8である。採用時に「体力・健康面を心配する」が約7割と高かったことに比して、実際に採用されている中高年齢障害者の体力低下を問題とする回答は約3割と低かった。 (4)中高年齢障害者の加齢・退職を巡る課題  障害者が就職、職場定着し、働き続けることに伴い加齢により生じる問題に直面することになるが、その中には一般的な高齢化の問題としては扱えない、障害があるが故に発生・深刻化する問題もあるのではないか。更にその問題の所在が知られていない場合、特段の調整をせずにおくことで、安定雇用が危ぶまれる事態に陥る可能性も考えるべきではないか。この点につき、聴き取り調査等を通して得られた知見を交えて述べる。  聴き取り調査で日常生活の支援の状況を尋ねたところ、親、兄弟の支援があることが、多くの事例に共通していた。障害のある従業員の加齢に伴い、彼らの親たちの超高齢化や死去の可能性が高まり、兄弟の家族構造も変化すると危惧される。このような例が示すように、職場での作業に支障がなくとも日常生活の環境が大きく変わり就業中断に至る可能性は否定できない。周辺の支援者がいない状態で就業継続ができている場合はどういう工夫・配慮をしているのか、また円滑に退職した場合は何を留意したかなど、決定的なトラブルを回避するための情報について充実させる余地がある。  障害のある従業員の退職を巡り事業所との紛争が裁判に発展した例があったことも、研究活動の一環で参加した事業所研修で聞いている。極端な例は稀であるとしても、退職を巡る緊張は大なり小なりつきまとうだろうから、問題の所在と留意点に関する情報と事例の共有が進むことも有用と思われる。 4 まとめ  本研究では、様々なアプローチが可能な中高年齢障害者の雇用問題の中から、事業所における雇用問題の把握を試みた。特定の障害の種類に着目することはせず、全障害種類を視野に入れ、出生時から障害がある者の加齢に伴う問題と、中途で障害を受けた中高年齢者の問題の双方を対象とした。これまで述べた結果をまとめると次のとおりである。 (1)中高年齢障害者の就職の難しさ  東京の調査結果によると、20年前との時点間比較では採用時の年齢への考慮は緩和されており、意図的に中高年齢の障害者を採用する事業所があることも聴き取り調査から認められた。一方、3割強の事業所は採用可能な年齢を45歳までと回答した。中高年齢の障害者を雇用した経験のない事業所ではこの意識が強く、25ポイントの差があったことは見逃せない。 (2)中高年齢障害者は多種多様である  受障時期の採用前後別、および障害種類別の処遇(税込み年収、勤務形態)や仕事内容、配慮事項に差異がみられた。また、これらのカテゴリー内の多様性も認められた。例えば、知的障害者については加齢現象が早く現れるという知見が多いが、実際に会って聴き取りをした知的障害のある高齢従業員の何人かは、体型や肌艶などの外見から暦年齢より若々しくみえた。作業内容や生活環境、食生活によっては「知的障害者の加齢現象は早い」とする定説は不可避ではないことを示唆するものであった。 (3)高齢障害者を雇用する事業所に求められる配慮 郵送調査からは中高年齢障害者に対する配慮や負担について、目立った傾向は見出せなかったが、事業所聴き取りや専門家ヒアリングから少なくない事例を確認した。また、従業員が高齢化、または長期就業することで生じる変化に早めに対処すれば、円滑な職業生活の終了に至るのではないかと予感させる例もあった。確認できた例は少なく、なお事例と分析の蓄積を進める余地がある。 (4)新たな問題意識 ○経験の有無の影響  採用経験の有無が不安感や懸念に影響することが調査結果から示唆された。採用前の懸念と採用している従業員への懸念の間に差異がみられたこと、採用時の年齢に対する考慮が中高年齢障害者の雇用未経験事業所の方が強いことをみると、雇用経験の有無がこれらに与える影響は少なくないと思われる。 ○中高年齢の障害者を採用する(したい)理由  職歴等から就業能力を見込みやすいこと、非障害者や若年者の求人が困難であること、処遇(賃金、嘱託採用、労働組合不加入など)の設定や、雇用調整が容易であることが聴き取り調査等から明らかになった。   5 おわりに  中高年齢化することで生じる問題や対策に関し、従業員全般と障害者で事業所の回答状況に差異はほとんどなかった。他方、聴き取り調査においては無意識に対策を講じているケースが認められるとともに、障害の進行や二次障害の併発による体調不良と就業継続のジレンマ等を明かされるケースも経験した。後者については、必ずしも全体的な傾向として把握されない事項であっても、中高年齢障害者の雇用問題に関連する重要な問題が存在することを示唆するものと考えている。これらの点を通して、中高年齢障害者の雇用問題には高齢者問題全般としては扱えない部分が存在するとの感を強くしている。また、今回行った聴き取りでは退職、職業生活の終了に関する話題や課題にも接した。今後の高齢化の更なる進展に伴い、こうしたことに直面する可能性は少ないとはいえない。この段階を視野に含めた現状把握、事例の収集・検討も中高年齢障害者の雇用促進と雇用安定に大きく貢献するのではないかと考える。  中高年齢障害者の雇用問題は高齢者の雇用問題、障害者の雇用問題それぞれの方向からの研究から類推されるきらいがあるが、固有の問題が少なからず存在するものと思われる。今回はその一端を提示したにとどまるが、今後様々なアプローチからの取り組みを通して、その解明が進むことが期待される。   【注】 注1) 2点目の問題意識の元となったのは、事業主から聞い た話である。「家族が高齢化、死亡して身寄りがない障害従業員の死に水をとった」、「お墓を立てた」など、自社で雇用した障害者の一生を面倒みたという例や、障害者が高齢化して作業能力が低下し、以前のように作業処理できなくなったが、辞めてくれとは言えず困っているという例があった5)。 注2) 調査の対象は事業所。 【参考文献】 1)高齢・障害者雇用支援機構:調査研究報告書№31「障害者の加齢に伴う職業能力の変化に関する実態調査報告書」、1998 2)高齢・障害者雇用支援機構:資料シリーズ№7「障害者の高齢化と疲労に関する基礎研究」、1993 3)高齢・障害者雇用支援機構:研究調査報告書№74「障害者の作業と疲労」、1982 4)東京都労働研究所:「中高年障害者の就労と生活に関する調査」、1990 5)高齢・障害者雇用支援機構:「第16回職業リハビリテーション研究発表会論文集」、2008、p116 中小企業の雇用促進に向けた支援ツールの作成 ○秦 政(株式会社アドバンテッジリスクマネジメント 顧問)  遠藤 和夫(社団法人日本経済団体連合会)・佐藤 健志(日本商工会議所)・  藤田 顯(株式会社ビジネス・チャレンジド)・木幡 一哉(株式会社大洋メンテナス)・  比留間 誠一(青梅公共職業安定所)・山科 正寿(千葉障害者職業センター)・  小林 信(全国中小企業団体中央会)・佐藤 容右(社労士サトー診断所)・佐藤 珠己(厚生労働省) 1 はじめに  我が国の民間企業の障害者雇用は着実に進展してきているが、中小企業の雇用は依然低い水準で推移しており、特に100人〜299人規模の企業においては、平成20年6月の実雇用率が1.33%と最も低い水準にある。(従業員56人以上の民間企業全体の実雇用率1.59%)  加えて、平成20年12月の障害者雇用促進法の改正により、障害者の雇用義務がある事業主のうち、常用雇用労働者が300人以下の事業主も、平成22年7月以降、順次障害者雇用納付金の納付対象となるため、今後中小企業における障害者雇用をこれまで以上に推進していく必要が生じている。  さらに、昨年秋以降の経済の悪化により、障害者の雇用環境は厳しさを増しており、特に障害者雇用の経験のない(あるいは浅い)中小企業に対しては、障害者雇用の視点や体制、雇用環境整備等に対する認識を深めるためのアプローチを行うとともに、障害者雇用のためのノウハウを普及する支援を積極的に行う必要があると考えられる。  こうした状況を踏まえ、独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構は、委員会を設置し、中小企業の障害者雇用に対する負担感や不安感を軽減し、雇用に取り組むきっかけづくりとするツール、「企業用自己診断チェックシート(仮称)」、「中小企業における障害者雇用に係るQ&A集(仮称)」を現在作成しているところである。 2 企業用自己診断チェックシート(仮称)の概要 (1)目的  企業用自己診断チェックシート(仮称)(以下「チェックシート」という。)は、企業が障害者雇用を進めるにあたり、どのような認識を持っているか、どのような準備をしているかを自ら点検し、整理するためのものである。チエックシートの結果を一つの参考資料とし、その後さらに情報収集したり支援機関と相談するなど、より具体的な解決方法の検討に役立てることを目的としている。  作成にあたっては、事業主、支援機関担当者、行政担当者等で構成する開発部会で検討し、企業における試行を経ている。 (2)構成  チェックシートは、「Ⅰ障害者雇用への理解」、「Ⅱ障害者の職務の選定・労働条件の検討」、「Ⅲ障害者の募集・選考・採用」、「Ⅳ職場環境の見直し、社内の意識向上、障害者の職場定着」の四領域から構成され、合計30の質問が設定されている(表1参照)。   各領域の質問を「知識・認識」レベル、「方針・計画策定」レベル、「具体的行動」レベルの三段階に分け、チェック終了後は、どの領域のどのレベルに課題があるかわかるようにした(図1参照)。  手引きでは、後述の「Q&A集」の課題に応じた参考箇所を紹介し、チェックした結果が次のステップにつながるようになっている。 3 中小企業における障害者雇用に係るQ&A 集(仮称)の概要 (1)目的  障害者雇用の経験がない(あるいは経験の浅い)企業が障害者雇用に取り組もうとする場合、担当者から「何から手をつければよいのかわからない」、「障害者が従事できる仕事が思い浮かばない」、「社員の理解が得られるか心配である」など様々な疑問や不安の声が聞かれる。これらの企業において障害者雇用を進めていくためには、こ 表1 企業用自己診断チェックシート(仮称)の質問項目案(一部) Ⅰ 障害者雇用への理解 Q1 法律によって、障害者を社員の一定率以上雇用しなければならないことを知っている。 Q5   社員に対し、自社の障害者を雇用する方針を周知している。     Ⅱ 障害者の職務の選定・労働条件の検討 Q9 既存の職務では障害者の対応が困難と思える場合には、新たな職務を創り出す必要があることを理解している。 Q12 自社では、障害の状況によって、雇用形態や労働時間などを柔軟に設定することができる     Ⅲ 障害者の募集・選考・採用 Q17 障害者を募集・採用する際に公的機関からどのような助成(支援)が受けられるか理解している。 Q21 ハローワークに求人を出したり、ホームページに求人広告を掲載するなど募集活動をしている。     Ⅳ 職場環境の見直し、社内の意識向上、障害者の職場定着 Q25 障害者の職場定着のためには、障害者雇用を支援する機関と連携することも必要であることを理解している。 Q28 自社で雇用する障害者について、配置予定部署をはじめとした社内全体の理解を深める取り組みをしている。 図1 企業用自己診断チェックシート(仮称)採点表(案) れら担当者の持つ疑問や不安に対して具体的な解決方法を示していくことが必要と考えられる。  「中小企業における障害者雇用に係るQ&A集(仮称)」(以下「Q&A集」という。)は、障害者雇用の経験のない(あるいは経験の浅い)中小企業の事業主が障害者雇用に取り組む際に生じやすい課題などを解決できるよう、企業が抱きやすい疑問や不安と課題解決の具体的方策を示した企業担当者向けのQ&A方式の障害者雇用マニュアルとして作成している。  なお、作成にあたっては、事業主団体担当者、企業支援実務者、行政担当者で構成する作成委員会を設置し、全体構成、Q(質問)とA(回答)の内容等について検討した。 (2)Q&A集の構成  企業が障害者を雇用する際に取り組むべき事項を「取りかかり」、「受け入れのための準備」、「採用活動」、「職場定着のための雇用管理」というステップで捉え、次の7領域に区分して30のQ(質問)と回答(A)を設定した(表2参照)。 Ⅰ 障害者雇用の理解 Ⅱ 社内意識の向上 Ⅲ 職務の選定・開発 Ⅳ 職場改善 Ⅴ 労働条件の整備 Ⅵ 採用活動 Ⅶ 支援機関・支援制度の活用 Ⅷ その他 (3)Q&A集の特徴 イ 企業からの幅広い疑問に応える  雇用経験のない企業が準備もせず障害者を雇用しても上手くいかない場合が多い。社内啓発、受け入れ部署・従事する職務の選定、職場の改善、労働条件の決定、採用活動の方法等障害者雇用を進めていく際に企業が取り組むべき基本的事項を幅広く取り上げ、具体的対応策を示し、障害者雇用の取り組みの基本的流れを理解できるようになっている。   ロ 見やすく、分かりやすい   図表やイラストを多用すること、写真を用い具体的事例を掲載すること等で障害者雇用に馴染みのない企業担当者にも見やすく、分かり易い内容を心がけた。 ハ 具体的ノウハウを示す  障害者向け職務開発の方法、社内啓発の取り組み方法などについて課題解決に直結する具体的なノウハウを示した。 ニ 企業用自己診断チェックシートとの併用  前述の「チェックシート」において企業自らが障害者雇用に関する準備状況を把握した後、Q&A 集を用いて課題の改善が図られるよう、チェックシートの実施手引きにQ&A集の活用方法に関する説明を加えた。 4 おわりに  「チェックシート」、「Q&A集」については、今年度中に完成、配布できるように検討を進めている。これらのツールが中小企業の雇用促進の一助になれば幸いである。 表2 中小企業における障害者雇用に係るQ&A集(仮称)の全体構成案 「精神障害者雇用促進モデル事業」中間報告 −精神障がい者の雇用拡大に向けた職域開拓とサポート体制の整備− ○室木 謙司(㈱かんでんエルハート 高槻フラワーセンター 主任/第2号職場適応援助者)  中井 志郎・有本 和歳・西本 敏・由良 久仁彦(㈱かんでんエルハート) 1 かんでんエルハートの概要  当社は、大阪府(24.5%)、大阪市(24.5%)、関西電力株式会社(51%)の共同出資により平成5年12月9日(障害者の日)に設立した特例子会社である。現在の従業員数は161名。知的障がい者50名、肢体不自由者26名、視覚障がい者10名、聴覚障がい者8名、内部障がい者5名、精神障がい者10名、健常者52名(うち関西電力出向者21名)で、花卉栽培・花壇保守、グラフィックデザイン・印刷、IT関連業務、商品箱詰め・包装、メールサービス(郵便物・社内連絡便の受発信業務)、ヘルスマッサージ、厚生施設受付業務にそれぞれ従事している。 2 精神障害者雇用促進モデル事業の概要  当社では、平成21年5月1日より厚生労働省より「精神障害者雇用促進モデル事業」を受託した。これは就労の進んでいない精神障がい者雇用を実践・検証し、精神障がい者雇用についての適正なノウハウ等を習得して、精神障がい者雇用促進および定着化を図ることを目的としたプロジェクトである。当社においても今回のモデル事業を受託する以前では雇用4名(うち1名が休職中)と他の障がいと比較して雇用が進んでいなかったため、さらに雇用を拡大する意味も含めて今回のモデル事業の募集に応募し委託を受けることとなった。 (1)当社における事業の概要 ①事業実施期間 平成21年4月1日から平成23年3月31日 ②採用人数  平成21年9月末までに3名以上雇用  平成22年4月末までに3名以上雇用 ③雇用形態  採用後3ヶ月のトライアル雇用の後、本事業期間においては契約社員として雇用。契約期間は1年単位。 ④就業場所 採用後当面は大阪府高槻市上牧町にある、高槻フラワーセンターにて就業。なお本人の適性を見た上で、住之江ワークセンター(大阪市住之江区)、ビジネスアシストセンター(大阪市北区: 関電ビル18階)での就業も考慮する。 ⑤就業時間   本事業期間中においては、原則6時間/日とするが、個々の状態により勤務時間については4時間から7時間40分の間でそれぞれ決定する。 ⑥職務内容   採用後においては、主に農業(野菜等の栽培・加工および販売に関係する業務)部門に就業させ、生きる力、働く力のアセスメントを行う。またアセスメントの後、本人の適性を考慮した配置転換もある。 (2)職場におけるサポート体制の整備  当社においては今回のモデル事業を推進する以前から様々なサポート体制を整備してきた。特徴的なものとしては第2号職場適応援助者の大量配置である。12名の援助者を各職場に1名以上配置し、課題を抱える従業員に対し、集中支援の取り纏め役となって活躍している。また外部の精神科医にもサポートをお願いし、月1回のメンタルヘルス懇談会(所属長、第2号職場適応援助者などへの教育を目的とする)やメンタル面での問題をもつ従業員に対してのカウンセリングを実施している(図1)。 図1 従来のサポート体制  今回、精神障がい者を雇用するにあたりさらにサポート体制を強化する必要があった。従来の第2号職場適応援助者と所属長を中心とした支援体制では、当社の支援体制がボリュームあるとはいえ、それぞれ本来業務との兼務では継続的で安定したサポートが困難であると予想された。そのため今回、専門の知識を有する精神保健福祉士、臨床心理士を採用した。2名については精神障がい者の就業する高槻フラワーセンターに駐在とし、常時カウンセリングできる体制を構築した(図2)。           図2 今回のサポート体制 (3)精神障がい者の特性に応じた職域の開拓  今回のモデル事業を推進するにあたり当社では精神障がい者の就労、配属先については既存業務内での配置ではなく、新たにに事業を立ち上げその中でグループ就労をすることを決定した。モデル事業を受託する以前の4名の精神障がいを有する従業員については、4つの既存業務の各部門に1名ずつ配属としたが、職場内で同様の障がいを持つものがひとりしかいないという孤独感や、他の従業員とのトラブルが発生し、所属長や職場の第2号職場適応援助者による集中支援をおこなっても成果があまり上がらなかったという経験があり、他社への視察、調査からでもグループ就労が比較的安定しているとういう結果から当社においてもグループ就労を取り入れることとなった。  また、新規事業となる農業部門については、当社では園芸部門があり、花卉の栽培や花壇管理、貸し農園事業などを展開してきたこともあり、農業関係への進出については数年前より調査検討を重ねてきた懸案事項であった。さらに高槻フラワーセンターの地元高槻市からも遊休耕作地の利用についての依頼があり、農業関連への進出へ条件が整いつつあった。また農業関係を業務とする障がい者雇用企業への視察の結果、農業が精神障がい者にとって特性に合った業務であると再認識できたため、新規事業として立ち上げることとした。(用地の取得等交渉については別にプロジェクトチームを設置している)現段階では法律の関係で生産・販売まではできていないが小規模ながら畑を作り、野菜の作り方などを勉強、作業をしている。 3 実際の取組み状況について (1)採用選考から採用へ  今回の精神障がい者の採用については職安などを通じての公募による募集を行った。募集期間は7月6日から27日までの間。51名の応募があり8月5日の一次選考では適性評価・筆記試験・面接を行い、21日の2次選考では自己申告書記入・実習・面接を行った。選考の結果3名以上採用の公募に対して6名の内定を出した。採用の6名の内訳は男性4名、女性2名、症状は統合失調症4名、うつ病1名、広汎性発達障害1名、年齢は23歳から38歳となっている(詳細は表1参照)。高槻フラワーセンターから自宅が近い人がほとんどで遠い人でも1時間少しの通勤時間となっている。雇用形態は9月1日の採用開始から3ヶ月間についてはトライアル雇用としての採用。12月から本事業期間終了までは契約社員とする。勤務時間はトライアル雇用の間は8時50分から13時50分までの4時間勤務とし、契約社員となってからは個々の状況を考慮しつつ8時50分から15時50分の6時間勤務を目安とする。        表1  採用者6名について 年齢 性別 障がいの種類 Aさん 38 男性 統合失調症 Bさん 37 男性 うつ病 Cさん 31 女性 統合失調症 Dさん 30 男性 統合失調症 Eさん 29 女性 統合失調症 Fさん 23 男性 広汎性発達障害 (2)サポート体制の構築  8月から精神保健福祉士を採用。10月から臨床心理士を採用し、2名によるカウンセリング体制を構築し、今回の6名以外にも不調をきたす従業員に対してカウンセリングを実施。日常のサポートについては以下のとおりである。 ①朝の5分間面談・・・睡眠、食事、服薬、疲労度など ②個別カウンセリング・・・1回30分 1日1〜2名  ③メンタルヘルスケア・・・月1回、ストレスチェックや心の病について懇談 ④社会生活技能訓練・・・月1回、対人関係能力などの技術を身につける ⑤集団精神療法・・・月1回、自分や他者の経験や苦 悩を語り、聴くことにより相互により良い病気との付き合い方を考える。 ⑥ブラッシュアップ会議・・・月1回、各当事者の課題についてアセスメントし行い対応策などを検討する。  上記の日常のサポートの他に精神科産業医と面談(9月に2回実施)やヘルスキーパー(当社社員:視覚障がい者)によるマッサージも実施。農業関係の施設見学やパソコン研修など社内教育も合わせて実施。  さらに他の従業員向けに精神障がいへの理解促進を図るため研修リーフレットを2種類(①精神障がいと精神疾患について②精神障がい者とのコミュニケーションについて)作成し、10月より精神保健福祉士、臨床心理士を講師として社内教育を実施。なお理解が難しい知的障がいを有する従業員についてはさらに解かり易いリーフレットを作成。  また社外講師による精神障がいに関する講習会も実施する。年4回程度実施予定である。  社内だけでなく社外サポーターとして支援機関や主治医、家族との連携をはかり、スムーズでより肌理細やかな支援が行えるようネットワーク体制を構築していく。 (3)職場環境の整備  ①執務室の整備  従来の高槻フラワーセンターの執務室では手狭となったため会議室を改造し執務室とし、グループ就労できる環境を整備。 執務室 ②休憩室・カウンセリングルームの整備  高槻フラワーセンターの既存設備を改修し、休憩・カウンセリングの部屋として整備。 カウンセリングルーム  執務室やカウンセリングルームの床の色、レイアウトなどは精神保健福祉士の意見を取り入れて、暖かく落ち着いた雰囲気となるよう配慮した。  さらに充実した環境づくりとして五感を癒す配慮として、絵画(視覚)、BGM(聴覚)、アロマテラピー(臭覚)の設置を精神障がいのある従業員の意見を聞きながら実施した。 (4)作業について  9月1日からのトライアル雇用での平均的な作業スケジュールは、8時50分からラジオ体操、朝礼、5分間カウンセリングの後、農業実習(座学)と貸し農園「鵜殿の郷」・高槻フラワーセンター構内の除草などの整備作業がある。農業実習(座学)については、農業知識のある役職者が先生役となり土の構造、畝の立て方、鍬の使い方、野菜の栽培法など一からわかりやすく指導し、精神障がいのある従業員だけでなく、上司も一緒に農業実習を受けている。9月は冬野菜の栽培として、ダイコン、白菜、カブの栽培を始めている。作業の他に個別のカウンセリングが13時から30分程度あるので、午後は2名(当事者、カウンセラー)が作業から離れることとなる。またメンタルヘルスやソーシャルスキルストレーニングなどが週1回ほどあるのでフルに4時間作業というのは少ない。作業中もあまり無理をさせずしているので30分から40分毎に小休止をとることとしている。 (5)従業員の様子について  9月の入社当初は緊張した様子で、ある従業員などは緊張のあまり手が震えるなど症状があったが、すこしずつ慣れていき、表情が穏やかになってきた。休憩の時などはお互いに世間話などし、いい雰囲気である。上司やカウンセラーにも過度に気を使うことなくお互いが良い関係である。疲労度合いは、殆どが外での仕事なので汗をかき適度な疲労となり、逆にストレスなく睡眠、食事などがよく摂れていると思われる。個別のカウンセリングでも特に大きな問題は今のところ無い。「仲間が6人いるのが心強い」という従業員の意見もあった。 4 今後の課題 (1)業務内容について  当面は「農業業務」を中心に農作業の実習が業務となっている。休耕田などの用地が確保した後には実際に農業を業務として展開していくこととなるが、採算面や法律面で大きな課題が残っている。また既存の貸し農園「鵜殿の郷」の改善や貸し農園関係の拡大についての検討などが課題として挙げられている。これらの課題については、役職者だけでなく、精神障がいのある従業員にも意見を求める予定である。  また従業員個々人的には農業スキルの向上(栽培ができる、お客さまに指導ができる。などのスキル)が望まれる。将来的には他部門への配置転換を踏まえ、パソコンでの書類作成やプレゼンテーション力、リーダーシップ力などが求められる。   (2)サポート面の課題について  今回採用した6名については今のところ問題なく順調に推移しているが、今後、他の従業員とのトラブル、仲間や家庭などでのトラブルが起因となり心身に不調をきたし、出社できなくなる事が懸念される。そのために実際に精神障がいを有する従業員に接する社員のサポート力のさらなる向上が求められる。臨床心理士や精神保健福祉士の2名にも高槻フラワーセンターの精神障がい者6名のカウンセリングだけでなく全社的なカウンセリングが求められる。また他社での視察でよく出た課題がサポートする側が疲れ果てて潰れてしまうことだった。サポートする側がストレスを溜め込まないよう何らかの手法を検討する必要がある。また会社側が従業員に対して様々な業務スキル向上を次々に求めるのもあまり早急すぎると彼らのストレスとなりかねないので、あくまでゆっくりとしたスピードを心掛けたい。 5 まとめ  今回の「精神障害者雇用促進モデル事業」において当社では、今年度6名の精神障がい者を雇用し、既存業務での配属でなく、「農業」という新規事業を完全な形ではないが企画し、サポート面では外部の支援機関に全面的に頼ることなく、自前で臨床心理士と精神保健福祉士を採用し、常時カウンセリングできる体制を構築した。来年度も精神障がい者を数名雇用することが計画されている。  実質的には9月からスタートした関係で中間報告としては若干短いが今のところは彼らのアセスメントの時期として見守っている状況である。全体的には順調に推移している。今後も安定した就労に向けて、一丸となって事業を推進していく。 特例子会社㈱京急ウィズ職場支援担当としての職場改善実践について −指導員が持つ「初期情報」および職場内コミュニケーション活性化の重要性に着目して− 上村 勇夫(㈱京急ウィズ 職場支援担当/日本社会事業大学大学院社会福祉学研究科博士前期課程) 1 はじめに  ㈱京急ウィズは、京浜急行電鉄株式会社の特例子会社であり、2003年9月に鉄道業界初の特例子会社として設立された。知的障害のある社員が多く(精神障害、身体障害の方も若干名)、職域は駅清掃(川崎地区、横須賀地区)、福利厚生施設の清掃、クリーニング、ホテルでのバックヤード、スワンベーカリーなど多岐に渡っている。  筆者は今年の1月からほぼ全職場での実習を終えた上で、4月からは「職場支援担当」として、全職場を対象に横断的に職場改善のための仕組みづくりなどに取り組む業務委託契約を同社と締結した。現在第三者的な立場で同社の各職場と関わりつつ、全職場の指導員を対象にした指導員会の企画・実施や、駅清掃職場でのミーティング、安全会議の発足など、主に指導員のコミュニケーションの活性化を主眼に置いた職場改善業務に取り組んでいる。特に駅清掃職場の特徴として筆者は以下の3点に着目した。 ① 職業的困難度の低くない、障害のある社員が少なからず在籍しており、集団ゆえの問題が多発している。 ② にもかかわらず、指導員の指導機能が充分働いていない。 ③ その結果、事故などのトラブルや苦情のリスクが高い。  このような特徴を踏まえ職場改善を考える際に、筆者は特に指導員がキーポイントとなると考え、指導員同士のコミュニケーションの活性化に伴うボトムアップ型の改善を目指すようになった。なぜならば多角的経営により分散化した同社においては、トップダウンによる現業運営が難しくなっており、かつ各現業における職場改善のためには、指導員が持つ「初期情報」をうまく活用することが有効であると考えたからである。  そのような視点を持ちつつ、職場改善の業務に取り組んでいるが、本稿では指導員に関わる具体的な職場改善実践のうち以下の2点に絞り報告をする。 a. 「指導員会」の発足 b. 定期的なミーティングの開始  併せて上記実践のベースとなる考えである、指導員が持つ初期情報および職場内コミュニケーションの活性化の重要性について考察する。   2 「指導員会」の発足 (1) 指導員とは  現在同社では「指導員」の定義や要件は明確に規定されていないが、事実上障害者手帳を持たない社員が指導員と呼ばれており(例外あり)、親会社からの出向者やシニアスタッフ(再雇用者)、アルバイトで構成される。指導員の定義、要件、役割、「指導員」という呼称については同社内においても今後の検討事項となっているが、本稿においては同社の現状を踏まえて、ある特定の現業で障害のある社員とともに働き、何らかの支援をする役割を有する社員のことを「指導員」と記す。  なお、職場支援担当は管理部門に位置づけられており、実際に特定の現業において指導に専念することはないので指導員には含めない。また第一号職場適応援助者など外部の支援機関からの支援者も含めない。   (2) 「指導員会」とは  現業の最前線において様々な困難に直面している指導員のフォローのために指導員会を立ち上げた。「指導員会」とは同社内の職場を越えた指導員(約40名)同士の定期的な研鑽の場、交流の場である。同社においては障害のある社員への支援には既に力を注いでいるが、指導員へのフォロー体制に課題があった。そこで筆者がこの企画を提案し、定期的に(2〜3ヶ月に1回程度)実施することとなった。この会を立ち上げたねらいは、同じ立場の人たちが日々抱えている悩みや迷いを共有することにより、それぞれの共通点や相違点を見出し、自身の業務を広い視野で見つめなおすきっかけとなることである。つまりピアサポートやエンパワメントの場としての機能が期待される。なお、指導員に特化した企画にしたのは、あくまでも議論を深めるための運営上の工夫であり、今後は「指導員」の位置づけ等の検討を進めつつ、障害のある社員も含めたミーティングの立ち上げなども視野に入れている。 (3) 当面の運営方針  同社は事業内容が多岐にわたり勤務体制も様々なので、指導員全員が一堂に集まることは難しい。基本的には各職場の本来の業務優先で、都合のつく者が参加することとした。さらに基本的に職員は拠点の離れた各職場にそれぞれ固定的に配属され、人的な交流がほとんど無いため、職場が違う指導員同士の面識は浅い。そのような中、ただ会議形式の話し合いの場を設けたとしても、活発な意見交換や深い交流がなされるのは難しいことが想定された。そこで当面以下のように運営することとした。 (ア) 毎回ひとつの職場にターゲットを絞り、その職場の指導員同士の意見交換を中心にすえる。 (イ) 指導員会当日は、当該職場の通常営業をするとともに、他職場の指導員が当該職場の見学や体験をできるようにする。その後の意見交換会では当該職場の指導員の議論を聞きつつ、他職場の指導員にも見学や体験を踏まえた意見、感想を出してもらう。 (ウ) 事前に見学先職場の指導員にアンケート1)を実施。日々の問題意識や提案事項などを事前に整理して、当日の意見交換会に活かす。また実施後もアンケートをとり、職場にフィードバックする。さらに社内誌『指導員会通信』を発行し会の内容を全体で共有できるようにする。  つまり一つの職場の議論を深めることを核にして、見学に来た他職場の指導員も見学や体験、その職場内の議論を通して見学職場のリアリティを感じることができ、自分の職場との比較がより鮮明になり効果的な振り返りが可能になる。共通話題もできるので交流も深まりやすくなる。さらに見学先の職場の改善につながることも期待される。   (4) 第1回指導員会の概要  去る7月末に川崎地区駅清掃職場において第1回指導員会および見学会を実施した。 (ア) 事前アンケートの結果 ? 仕事へのモチベーションは低くなく、温かい職場と感じているが、悩みなどを本音で話し合うことができていないと感じている傾向がある。 ? 障害のある社員との関わりについての不安や疑問、また作業方法や職場ルールの統一の必要性、職場・会社への改善提案などが具体的に書かれていた。 ・職場内のコミュニケーションをより活性化する必要性があることが明らかになる。 (イ) 意見交換会および懇親会で出た意見 ? 障害特性、性格傾向、関わる際の注意など、情報が全く知らされていないため不安・迷いがある。情報提供や教育の充実が必要。 ? 今後もこのような話し合いを定期的に行い、作業方法や職場ルール、関わり方など足並みをそろえていくべき。 (ウ) 実施後アンケートの結果(図1参照) ? 普段あまり話したことがない人と意見交換ができ、その人の仕事に対する考え方や意外な一面を発見することができた。自分にとってはそれが一番の収穫。 ? 他の人も考えていると思った。ただ、なぜ注意したりしないのか(何人かいる)そこがわからなかったが、障害のある社員への注意の仕方がわからないことも判った。 ? 各職場の指導員が集まると良いと思います。各職場、各指導員の障害のある社員との関わり方、苦労話、悩み、など聞きたい。 ? (提案)定期的に会議を開催していき、改善すべきところを見直すべき。 ? (見学指導員)あることに悩んでいましたが、どこにもあるということを知り安心しました。 ? (見学指導員)毎月の職場の月間目標を設定する、というのは良いアイデアだと思いました。仕事に慣れてくるとどうしてもマンネリ化して、モチベーションも下がりがちですが、それを防いで仕事の質を維持するためにも有効なのではないかと思いました。 ? (見学指導員)今までは指導員個人の努力のみにゆだねられてきたのが実状だと思います。この会を通して、個人の「点」の努力を職場全体の「面」に広げ、職場環境の改善につなげられたらと思います。(でも、最初は例えば愚痴のこぼしあいでもいいのではないでしょうか。) 図1 第1回指導員会参加者の感想:「実施後アンケート」より一部抜粋    この指導員会をきっかけに、川崎地区駅清掃職場の中でコミュニケーションの活性化を通じて職場全体で問題を改善していこうという気運が高まったことが実感できた。これを受けて新たに定期的なミーティングや職場内指導員会を開始することになった。   (5) 第2回以降の予定  第2回は9月末にクリーニング職場、第3回は横須賀地区駅清掃職場での開催を予定しており、現在(2009年9月)準備中である。職場によっては見学が難しい事情もあるので、今後更なる工夫が必要となってくる。   3 定例的な指導員ミーティングの開始  上述のように川崎地区駅清掃職場においては、指導員会をきっかけに職場内コミュニケーション活性化のニーズが明らかになった。これを機に日々のミーティングの実施を提案したところ、終礼後に15分程度、毎日指導員ミーティングを実施するようになった。議題および記録する項目は以下のとおりである。 ・基礎条件(天候、指導員の担当配置、記入者) ・障害のある社員全員の担当配置と特記事項 ・職場全体の検討事項、提案・要望事項(作業方法や職場のルール、安全対策など)  主に下線部分の2点について各指導員が気づいたことをざっくばらんに発言してもらい、意見交換、対応方法の検討をしている。さらに上記の項目を記入できるフォーマットを作成し、記入者が重要な点のみ記入してファイリングし、後日担当者がパソコンに入力しデータベース化している。  今までやっていなかったミーティングを導入することについて、構成員の同意を得て実施に至るまでは容易なことではなかった。上述のやり方に落ち着く前には、指導員それぞれが障害のある社員の「良かった点」「課題点」などについて記録を記入したうえで話し合うことを提案したが同意は得られなかった。その理由は、業務の負担増や文字記録作成に対する拒否感ばかりでなく、ただでさえ障害のある社員との関わり方がわからない状態なのに、価値を伴うアセスメントや必要な情報の取捨選択を要求していたからと考えられる。最終的には上述のような大きく、かつシンプルな枠組みになった。このやり方のポイントは以下のようにまとめられる。  効率よく全員で情報を共有できるようにするため文字情報よりも話し合いを重視した。 ① 障害のある社員との関わりの中で迷ったこと、悩んだこと、気づいたこと、また職場全体の検討事項など、どんな些細なことでも話す。こういった「初期情報」(詳細は後述)の中に職場改善につながる重要な情報が潜んでいる可能性がある。 ② 話し合いの質、量については毎回完璧でなくてもいいので、毎日実施し情報が新鮮なうちに共有、記録する。  本稿提出時には開始して1ヶ月が経過するが、予想以上に積極的な発言が見られる。単独では気づかなかった意外な情報が共有されたり、問題解決のための対策が検討されたり、充実した話し合いが続けられている。  今後は日々のミーティングだけではなく、月1回程度「職場内指導員会」を実施する予定である。日々のミーティングで挙げられた検討事項を改めて討議する場であり、職場内の親睦の場とする予定である。   4 考察 (1) 特例子会社および指導員の現状  図2にあるように、特例子会社は事業の安定的な運営、障害者雇用の安定的な継続といったミッションを抱えており、限られた経営資源の中で運営していかなければならない。一般企業として事業を展開しつつ、複数の障害のある社員が集団で働く場において安定した運営を展開することは容易なことではない。そのような環境の下、指導員の役割が重要になってくるが、現実は障害のある社員と働く上で充分な経験、知識、さらには関心を有する人は少なく、突然の異動で業務につく場合や、ある程度の素養はあっても企業で一緒に働く難しさを目の当たりにして戸惑うケースがよく                                       図2 職場改善のイメージ     見られる。また指導員の教育体制、フォロー体制も充分とはいえない。  同社も例外ではない。指導員は様々な困難に直面する中で、迷いや悩みを抱えている。「どのように障害のある社員に注意したらいいだろうか?話しかける際の注意点は?こうした方が本人のためになるのでは?あの指導員の作業方法は不適切では?」など。中には職場改善につながる重要な気づきも含まれている。同社ではそれらの思いを共有する場が欠如していたため、支援の足並みが揃わず、不適切な関わりになる危険性があり、さらにせっかくの気づきが逸失され職場改善につながらず、あきらめや不満が蓄積されていった状況であったと考えられる。   (2) 介入のポイント:初期情報と職場内コミュニケーションの重要性  筆者は指導員が日々抱えている上記のような思いや気づきこそ職場改善につながる重要な「初期情報」であると考えた。なぜならば、それらの情報は日々の変化や改善すべき事項など、その職場の現状をリアルに反映した情報だからである。  ただし、それぞれが抱く初期情報には、誤解や偏りなども含まれる可能性があるため、それらを鵜呑みにすることはできない。しかし、指導員同士の有効なコミュニケーションが成立していればそのような情報は修正されることも考えられる。迷いや悩みといった初期情報も職場内の話し合いの中で肯定、修正、疑問の解消などを経て、職場全体の「生きた情報」として共有され、職場改善につながるのではないかと考えている。つまり指導員の持つ初期情報を収集・集約できるような有効なコミュニケーションの場を作ることが重要な介入のポイントとなる。上記にあるミーティングは初期情報を収集・集約するための有効なコミュニケーションの場になっていると考えられる。 (3) 「生きた情報」の活用にむけて  「生きた情報」とは、障害のある社員が安定して継続的に働けるように支援していく上で役に立ち、また職場改善に役に立つような情報であると考える。具体的には以下のように考えている。 ① 障害のある社員の個別基礎情報 (ア) 基本的な情報(年齢、住所、家族構成、履歴等) (イ) 障害特性などを含む生活機能 * 心身機能、身体構造 * 活動能力、参加状況(社会・周囲との関わり、過去の支援記録等) (ウ) 生活環境・家庭環境 (エ) それぞれの思い、主観 ② 障害のある社員の日々の変化 (オ) ①のうち変化する部分 (カ) 業務の遂行状況 (キ) 人間関係(職場内、家族、友達など) (ク) 目標の達成状況 (ケ) 仕事のモチベーションを保てているか? (コ) 健康状態     などなど・・・・。 ③ 職場全体の情報 (サ) 指導員の関わり方について (シ) 作業方法や職場のルールについて (ス) その他、改善提案事項  これらの情報が職場内で共有、活用されることにより生きた情報になる。①については比較的固定的な部分が多くまとめやすい情報であるので、ある時点においてきちんと整理されるべきである。②③は既述の「初期情報」に相当する。これらの情報が、効率よく収集・集約・共有され、さらに活用・更新される体制が整えば、支援体制の統一化、職場改善につながり、さらには指導員の教育などに活かすこともできるのではないだろうか。  今後も同社において職場内のコミュニケーションの活性化をより充実させつつ、生きた情報を活用できる体制の構築を目指していきたいと考えている。   5 結論  上記実践を通じて筆者は、①指導員が持つ初期情報を重視すること、②職場内のコミュニケーションを活性化することにより初期情報を共有し「生きた情報」にすることが重要であると実感できた。第1回指導員会の意見交換会において多くの指導員から情報提供や教育の充実を求める意見が上げられた。その際に必要な情報とは「生きた情報」のことであると筆者は考える。特に生きた情報の②③については、指導員の持つ「初期情報」と有効なコミュニケーションが重要な要素になることを考えれば、指導員にとって必要な「生きた情報」は指導員自らが職場のコミュニケーションを通じて作っていくものである。その点を強調しつつ、今後も指導員会などを通じて各職場におけるコミュニケーションの活性化を計っていきたいと考えている。なお、今後は指導員に特化した会のみならず、障害のある社員も含めたコミュニケーションのあり方も検討していきたい。 1)先行研究を参考にモチベーション、役割、職場の組織風土の尺度を用いた意識調査と、普段職場で考え、感じていることについて自由記載欄を設けたアンケートを、無記名で記入。参考文献:田尾雅夫『「会社人間」の研究 : 組織コミットメントの理論と実際』、京都大学学術出版会, 1997.2, ?? ?? ?? ?? 株式会社JR東日本グリーンパートナーズ開業までの取り組み −知的障がい者の継続的かつ安定した就労の実現を目指して− ○齋藤 順治(株式会社JR東日本グリーンパートナーズ 代表取締役社長)  浅子 和則(株式会社JR東日本グリーンパートナーズ) 1 会社設立の経緯  株式会社JR東日本グリーンパートナーズ(以下「GP社」という。)は、東日本旅客鉄道株式会社(以下「JR東日本」という。)の子会社で、JR東日本グループにおける障がい者雇用を促進し、障がい者にとって働きやすい環境の充実を通じた社会的責任のさらなる遂行を目的として、平成20年4月に設立された会社である。  JR東日本における障がい者雇用率は、これまで法定を上回る2%超の水準で推移していたが、他方で中期的な課題も存在していた。  一つ目は「除外率」引き下げへの対応である。現在、障がい者の就業が困難とされる職種に対しては、雇用率算定時に分母を縮小させて雇用義務の軽減を図る措置が講じられている(鉄道業は現時点で40%)が、近年、段階的に引き下げられつつあることから、これに見合う障がい者を確保する必要があった。  二つ目は知的障がい者の雇用確保である。JR東日本には現在、約600名の障がいを持つ社員が在籍しているが、安全が最優先される鉄道事業の性格上、これまで知的障がい者の雇用実績がなかった。  そこで、JR東日本本体における障がい者の採用規模をこれまで以上に拡大する一方で、新たに子会社を設立し、知的障がい者の雇用を中心に事業を計画しつつ、平成21年度中の早い時期に障害者雇用促進法に基づく特例子会社認定の取得を目指すこととなった。 2 事業スキームの構築  会社設立にあたっては、まず、職域の開発が課題となった。知的障がい者の職業特性に適合する職域としては、一般的に清掃・クリーニング、物流、オフィスサービス等が考えられる。また、雇用を安定的に維持するには、将来にわたり一定の業務量が見込まれる業態であることが望ましい。  検討を進める中で、鉄道事業で使用する制服の配給管理業務が有力候補となった。制服の需要は景気変動等の影響を受けにくい上に、これまで各地域の厚生担当部署に分散していた管理機能を一元化することで、業務量の確保と作業効率の向上が実現する。加えて使用済の制服の回収ルートを新たに整備し、これを分別・再利用することで、省資源やコストダウンが可能となる。  当時、東京駅にあった首都圏向けの制服倉庫の狭隘・老朽化が問題となっていたこともあり、新会社では、倉庫を新設した上で知的障がい者十数名によりJR東日本全域の制服の在庫管理を行なうこととした。また、倉庫内作業の単純化とデータ処理等の後方業務の省力化を目的として、既存の社内システムと連携する在庫管理システムを新規に開発することとした(図参照)。  次に、立地については、首都圏の中で特例子会社の比較的少ない埼玉・千葉両県を中心に用地選定を進める中で、埼玉県戸田市内の東北新幹線・埼京線の高架下にあった自社の未活用スペースに延べ床面積1,478㎡の社屋を建設することとなり、関係機関の協議の末、平成20年10月起工、翌年2月竣工というスケジュールが定まった。 3 スタッフの採用選考  継続的かつ安定した就労を実現するためには、採用にあたり障がい者本人と職場環境や業務内容との適合を十分に見極めることが不可欠である。そこで、①きめ細かな選考試験の実施と、②十分な見極め期間の確保をコンセプトとした採用計画を立案した。  まず、前者について、実際の募集に先立ち、平成20年10月に就労支援機関を対象とする会社説明会を実施した。これは、就労支援に関するノウハウの豊富なスタッフに、業務内容を踏まえて候補者を推薦してもらうことで、候補者を絞り込み、一人あたりに時間をかけて面接や実技試験を行うことを意図したものである。  なお、会社説明会の案内にあたっては、ハローワークの全面的な協力を得た。就労後の通勤に伴う本人への負荷を考慮し、案内対象を社屋予定地から1時間圏内の就労支援機関と定めたため、ちょうど東京都と埼玉県を跨ぐ形となったが、きめ細かく連絡を取り合っていただいた結果、対象地域内の関係機関を網羅することができた。  次に、後者については、トライアル雇用制度を活用するとともに、職業訓練機関の主催する委託訓練を組み合わせることで、約4箇月弱の見極め期間を確保することとした。こちらも、東京・埼玉の両都県の職業訓練機関に連携していただき、二つの委託訓練の並行実施が可能となった。  以上の枠組みを整えた上で、平成21年1月に、一人につき1時間程度の実技と面接からなる試験を実施し、54名の応募者の中から15名を選抜した。さらに3月初から2週間の委託訓練と3月23日から3ヶ月間のトライアル雇用を経て、最終的に13名を正式採用するに至った。幸いにも現在までに離職者は発生していない。  他方、指導体制について、本件では倉庫内のピッキング・検品・梱包を中心とする簡素な作業手順を確立したものの、作業指導が不可欠であることから、作業班長と統括担当として4名を新規に採用した。 4 就労支援体制の整備  就労の継続と生活の安定は表裏一体の関係にあるが、支援関係者は企業、支援機関、家庭と多岐にわたる。当社では、各関係者がそれぞれの機能や態様に応じて役割を分担することで、持続的な支援体制を確立すべきだと考えた。そこで、①就労支援機関連絡会と、②個人面談を柱とするサポート体制を構築した。  前者については、まず、社員の居住地の市区町村の就労支援センターまたは就業・生活支援センターへの登録を採用の前提条件とし、その上で常設の「就労支援機関連絡会」を組織した。  これは、恒常的な意思疎通や、全体調整が必要な場合における協議の円滑化を目的としたものである。  具体的な活動としては、毎月1回、連絡会議を開催して情報交換を行うほか、会議の前後で支援員が就労状況を見学し、また、社員と支援員が相談できる時間を設けている。とくに相談については、日常生活の中で社員が支援センターを訪問する機会が乏しくなりがちであることを踏まえ、積極的な活用を呼びかけている。  後者については、毎月一回、社長による個人面談の時間を設け、相談や個別指導を行いながらモチベーションの維持・涵養を図っている。 5 最後に  JR東日本として知的障がい者の雇用は初めてであり、経験不足に伴う不安もあったが、平成21年4月1日の営業開始以来、順調に推移している。また、当初の目標であった特例子会社認定も平成21年5月14日付で受けることができた。  本件では全過程を通じ、行政の支援が大いに役立った。まず、ハローワークからは、構想段階から一貫して有益なアドバイスを受けることができた。また、埼玉県内での開業が決まった後は、「埼玉県障害者雇用サポートセーター」に協力していただいた。見学や勉強会を通じた先行事例の研究は社内の各種制度の基礎となっている。  なお、今後は、グループ会社と連携した新規事業の展開により雇用拡大を図るともに、グループ各社に対する障がい者採用や職域開発を支援することで、JR東日本グループ全体を通じた障がい者雇用を促進し、さらなる社会的責任を遂行することとしたい。     図 制服の配給管理業務のフロー      ○ 参 考 会社概要   設 立: 平成20年4月15日   資本金: 1億円   所在地: 埼玉県戸田市新曽847-5        (埼京線戸田駅徒歩約6分)   代表者: 代表取締役社長 齋 藤 順 治   社員数: 29名(うち知的障がい者13名)     ※ 社員構成 年代 男性 女性 地域 人数 41〜 1 埼玉県 9 36〜40 1  南部 6 31〜35 1  西部 2 26〜30 2  東部 1 21〜25 4 2 東京都 4  〜20 1 1   若年性認知症者の就労の実態に関する研究 ○伊藤 信子(障害者職業総合センター社会的支援部門 研究協力員)  田谷 勝夫(障害者職業総合センター社会的支援部門) 1 はじめに  在職中に発症した若年性認知症者に対する雇用対策は喫緊の直接的、具体的な課題となっている。若年性認知症者に対する職業リハビリテーションにおいては、「認知障害」および「症状の進行性」等の障害特性による「就労の継続の困難さ」が焦点となる。しかし実態把握が困難なために、環境整備や具体的な支援も不十分であるのが現状である。  障害者職業総合センターでは平成20年度から「若年性認知症者の就労継続に関する研究」に取り組んでいる。その一環として、家族会の協力を得て、若年性認知症者の就労実態に関する調査を実施した。この結果に基づき、若年性認知症者の就労問題について概観し、また本調査の回答者による事例を参考として、取り組むべき課題について検討する。  なお、本研究では若年性認知症の原因疾患としては、「進行性」の疾患であることをその特徴とするため、おもに変性疾患を研究対象とする。 2 就労実態調査  若年性認知症家族会の協力を得て会員に回答を依頼し、「若年性認知症者の就労実態に関する調査」を実施した。回答のあった若年性認知症者男女81名(男性64名、女性17名、年齢平均61.53±5.29歳)のうち、平成21年3月末現在、65歳未満で就労により収入 を得ていた男女57名(男性45名、女性12名、年齢平均59.11±4.13歳)の分析結果を以下に示す。 (1) 発症後の経過  家族が本人の変調に気付いた時の本人の年齢平均は53.6±4.2歳、診断がついた時の年齢平均は55.2±4.3歳であった。57名のうち、すでに退職していた事例は38例(66.7%)であり、退職時の年齢平均は55.6±3.6歳であった。退職している事例のほとんどの事業所が定年退職年齢を60歳としていたが、発症から退職までの年数は概ね5年と推測された(図1)。    職業生活場面においては、家庭生活場面に比較して、作業内容や作業速度等において、より高い精度や速度が要求されるため、家族が気付く以前に、本人または職場の同僚等が変調を認識していたのではないかというケースも少なくない。本調査結果からは、発症から5年程度の時点で就労の継続が困難となる段階に至ると推察された。 (2) 退職理由 すでに退職した場合の退職理由としては、「希望退職」14名(24.6%)、「会社の勧めで早期退職」6名(10.5%)、「定年退職」8名(14.0%)、「解雇」10名(17.5%)であった(図2)。さらに退職理由別の家族が変調に気付いた時の年齢平均をみると、「希望退職」で は54.0±3.0歳、「会社の勧めで早期退職」では49.8±5.1歳、「定年退職」では56.4±3.8、「解雇」では53.6±3.0歳であり、「会社の勧めで早期退職」した場合と「定年退職」した場合とでは、年齢平均に6年程度の差がある。  年代別に事業所等における“立場”を推察すると、40歳代はこれまでの経験や知識をもとに実践的な職務を遂行することが考えられるが、ミスや判断の誤りが目立つようになると、就労継続は難しい状況とならざるをえない。一方50歳代で管理職であれば、“現場”から離れている場合もあり、仕事ぶりが業務全体に響く可能性も低くなることが考えられる。発症時の年齢が若年であるほど、退職を勧められる傾向にあり、発症年齢の数年の差が、事業所等の対応を左右するものと推察される。 (3) 就労の希望  「働きたい」という意思があったのは9名(15.8%)であり、全例が家族も本人の就労を希望していた。本人が「就労を希望しない」のは21名(36.8%)であった。事業所等や職場の同僚等に若年性認知症に対する理解や配慮がないため、働き続けるのが事実上無理であったという回答が散見された。変調が認識されると、職場   では就労継続には消極的なのが現状と推察される(図3)。  その21名のうち、本人の就労を家族が希望する理由として「本人の居場所確保」をあげているのは9名であり、報酬を直接の目的としない家族による本人の就労希望も散見された。世帯主である本人に代わって働くことを余儀なくされている家族、本人の高い身体機能により、在宅での対応方法に苦慮している家族等、背景はさまざまであった。全体としては本人の就労を希望する家族は30名(52.6%)、希望していない家族は27名(47.4%)であった(図4)。 (4) 経済状況  生活費にあてている収入等を、本人の年齢別に54歳まで(n=7、男性5名、女性2名)、55〜59歳(n=20、男性18名、女性2名)、60〜65歳(n=30、男性22名、女性8名)に分けてみてみると、54歳まででは「本人以外の家族の給与」が収入源になっているのは5名(71.4%)、55〜59歳では7名(35.0%)、60〜65歳では1名(3.3%)となっており、本人の年齢が若年であるほど家族が就労して生活費にあてている割合が高い。また54歳までの「本人以外の家族の給与」の家族とは、5名すべてが「配偶者」、55〜59歳では7名のうち3名は「子」である。60〜65歳では、本人と配偶者の両者が年金を受給、預貯金・不動産収入等を生活費にあてている等、60歳未満の場合よりも就労による収入の割合が低い。発症の年齢が若年であるほど、就労による収入に頼らざるを得ず、さらに子が学齢期であれば、経済的な困窮が顕著な傾向があると考えられる。 (5) 発症後の就労に関する支援や対応  若年性認知症の発症後、事業所等から支援や配慮等があったのは、11名(19.3%)と少なかった。具体的には、「勤続年数が長かった」「親しい上司が調整してくれた」「産業医・担当医が上司や同僚に説明し、調整に至った」等により、就労の継続や定年退職が可能となっていた。一方、就労継続のために支援や配慮が必要だったと感じていたのは22名(38.6%)であった(図5)。  具体的内容としては、多い順に「病気を理解してほしかった」「サポーター等の必要」「早期の確定診断」「変調を知らせてほしかった」等であった。「病気を理解してほしかった」に関しては、症状によるミスや失敗等によって降格させられたり、「会社が迷惑している」「自業自得」等の圧力をかける言動等により、退職や解雇に追い込まれたケースが複数みられた。「サポー ター等の必要」に関しては、発症の初期には誰にどのように相談したらよいのか、何が問題なのかも分からない状況で、アドバイスしてくれるサポーターがいてほしかったという回答が多数みられた。「早期の確定診断」に関しては、うつ状態と診断され、長期間うつ病の症状に対する対応を行っていたために、その間若年性認知症が進行し、すでに就労継続できる状態にはなかったケースもみられた。「変調を知らせてほしかった」に関しては、就労場面では症状の進行によりミスや失敗が目立っても、在宅時には大きな問題が起こらないために、家族が変調になかなか気付かないケースも散見された。そのため仕事上で大きな損失を発生させてしまい、即解雇に至ってしまったケースもみられた。この場合、事業所が意図的に家族に知らせなかったというよりも、事業所が病気に対する理解に至らず、状況を吟味せずに対応をとったことと、また在宅時よりも職務遂行中に症状が目立つという現実が理解されていないことによるものと推察される。 3 就労実態から検討する課題 (1) 業務内容の吟味—就労継続中の事例—  本研究における若年性認知症者の就労実態調査では、24.6%が「希望退職」である。退職を希望する理由は、「同僚等の理解不足」等の回答も多数みられるが、実際は症状の進行に伴い、これまでと同じ仕事を続けることが困難であるという極めて現実的な背景があると推察される。就労を継続させるためには、疾患により能力低下が進行すること、新規の学習が困難であること等をふまえ、簡潔で部分的な業務を検討する必要がある。  本調査では、「就労継続中」は10名(17.5%)であったが、9名が休職中であり、実際に事業所に通勤し、勤務しているのは1名であった。  この事例は現在の職場への配属になってから5年が経過しており、当初とほぼ同様の業務内容である。記憶障害はあるが、本人は就労への意欲を示しており、上司、同僚等の業務内容の吟味が就労継続を可能とさせている。  本事例の事業所は特例子会社等による障害者雇用の実績があり、知的障害、精神障害、聴覚障害等の雇用に積極的であり、またその雇用継続も可能としている。しかし若年性認知症者の場合は、これまでの対応方法では就労継続が難しかったために、本事例に限定した対応となった。  本事例の業務内容は、他部署から送られてきた伝票の仕分け→伝票番号の確認→再仕分け、という一連の作業を本来は一人の担当者がすべて担当するところを、伝票番号の確認と再仕分けのみを分担している。一連の作業を本事例のみで担当すると、段取りやどこまで作業が進んだのかが分からなくなってしまうため、同僚が作業の一部を本事例に分担させる、という流れとなり、5年間業務の大きな変更はなく継続となっている。また本事例が伝票番号の確認を済ませた時点でチェックし、再度同僚が確認できる体制をとっていた。このような業務内容を遂行しているのは、この事業所において本事例のみであり、上司、同僚等によるその他の配慮も職場の中で実践されていた。  上司によると、多くの業務は、マニュアル化が可能であるが、本事例の能力をふまえると、マニュアル化された業務の中には本事例に見合った内容がなかったため、上司や同僚の工夫によって現在の内容となった。ただし、本事例の場合は5年間、職業生活場面においては症状の顕著な進行が見られなかったために、就労継続が可能となったことが考えられる。 (2) 個別対応の必要性  障害者雇用の多くは、障害をすでに有することを前提に雇用に至るが、一般雇用されている者が中途で障害を有する場合は、その実態を把握されるまでに時間を要し、理解に至らない場合が少なくない。外見上顕著な変化等が見られない場合には、現状把握は困難である。事業所等としても顕著な能力低下は想定外であるため、個別の対応をとる前に、退職勧告せざるをえない事態となる。  本事例のように、就労の継続を実現するためには、個別の対応は不可避であり、現時点での能力評価が積極的に実施される必要がある。事業所等におけるさまざまな業務の一連の流れを吟味し、内容を細分化し、本人の負担を可能な限り軽減する一部分を担当する形態をとるのは、就労継続のための環境調整のひとつと考えられる。事業所等の業務内容の吟味は不可欠であり、この場合には地域障害者職業センターの事業主支援として、業務内容の吟味の支援が有効であると考えられる。   4 おわりに  本調査、本事例から示唆されたことのひとつは、身体障害等とは異なる顕在化しにくい中途障害に対しては、周囲の理解が進みにくいということである。発症以前の本人の勤務状況や事業所等への貢献が評価に値するほど、本人の変調は理解されがたいものであり、誤解や偏見に至るのが現実である。それゆえに本人も家族も病気であることが言い出せずに、適切な対応が遅れてしまう結果となる。  若年性認知症は脳の病気であり、記憶障害、認知障害等を発症すると理解されることは、急がれる課題である。その上で状況把握、本人の能力評価、事業所における対応の可能性を明らかにし、就労継続について判断したのであれば、本人や家族も、現実を受け入れる心構えができると思われる。十分に検討されることで「働ける」という選択肢も視野に入り、最善の選択がなされるのではないだろうか。  最善の選択がなされるためには、可能な限り発症初期の段階で病気を把握し、保たれている能力が発揮されるために現時点での能力評価が実施される必要がある。「今、できること」を本人が納得した上で仕事として遂行できて、はじめて働くことが何よりのリハビリになり、生きがいになると思われる。  早期の対応のためには、若年性認知症が正しく理解されるための啓発的な活動が、急がれる支援である。事業所等における健康診断や健康相談等の機会に、若年性認知症に関して相談できる体制が整備されることで、初期の段階で支援が進められる可能性も高くなると考えられる。  課題は山積しているが、若年性認知症の発症後の就労においては、進行状況をふまえて、次の段階に移行するにあたって、さまざまな対応を想定した多くの選択肢が用意されている支援体制構築が急務と考えられる。 参考資料  厚生労働省:「認知症の医療と生活の質を高める緊急プロジェクト」報告書、2008 http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/07/h0710-1.html 失語症者の就労に対する支援の検討 ○青林 唯 (障害者職業総合センター社会的支援部門 研究協力員)  田谷 勝夫 ・伊藤 信子(障害者職業総合センター社会的支援部門) 1 はじめに  日本高次脳機能障害学会による定期的な大規模調査1)によると、失語症をもつ人の就労率は概ね5 %から約10%で推移している。また、上記以外に失語症者の就労について検討した先行研究2)3)4)5)6)7)8)9)10) でも20%程度となっており、動作能力、コミュニケーション能力が就労に関わる要因と報告されている。こうした先行研究の結果は主に医療機関での調査であったが、就労支援においては就労支援機関での支援状況、また支援方法や事業所との連携情報といった要因が重要であると考えられる。  本研究は失語症者の就労支援の支援策を収集することを目的とし、本報告ではその基礎として就労支援機関における失語症者の就労実態を調査して就労・非就労に関わる要因を検討した。具体的には、地域障害者職業センター (以下「地域センター」という。) を利用した失語症者について就労・非就労の状況とともに、支援に関わる情報についても収集し、就労率との関係を検討した。 2 方法 (1) 質問項目  質問項目は過去10年の失語症をもつ利用者の数、また過去5年の利用者については性別、年齢の他、障害情報、職業情報、支援情報の3点から詳細情報を尋ねた。  利用者当事者基本情報として利用年度、年齢、性別、障害情報として所持している手帳とその等級、失語症の重症度、原因・疾患、失語症以外の高次脳機能障害 (記憶障害、注意障害、遂行機能障害、失行症、失認症、感情障害、病識欠如、社会行動障害、その他) 、失語症・高次脳機能障害以外の障害 (麻痺等の身体障害、精神機能障害等) であり、職業情報としては転帰、就労/復職時期、経過及び現在の状況、また支援情報として重点的に支援した点、ジョブコーチ支援利用の有無、医療との連携、事業所との連携、であった。質問項目を表1に示す。 (2) 調査方法  全国の地域障害者職業センターおよび支所52ヶ所に対し、電子メールによって質問表を送付し回答を求めた。   表1 調査項目 利用年度 年齢 (利用時) 性別 障害情報 手帳・等級 失語症の重症度 原因・疾患 失語症以外の高次脳機能障害 失語症・高次脳機能障害以外の障害 職業情報 転帰 就労/復職時期 経過及び現在の状況 支援情報 ジョブコーチ支援利用 医療機関との連携・協力内容 事業所との連携・協力内容 特記事項 3 結果 (1) 回収率と基本集計  2009年9月18日時点で42ヶ所から回答が得られ、回収率は81.8%であった。  回答された過去5年の失語症をもつ利用者は239名であった。転帰での回答から就労率を求めたところ就労率は34.7% (82/236) であった。転帰の回答詳細を文末の表2に示す。また、回答項目ごとに転帰 (就労・非就労・その他) 別の集計を行った結果を文末の表3に示す。 (2) カイ二乗検定  表3のクロス集計について、カイ二乗検定、Fisherの直接確率検定を行った (それぞれの検定結果は表3に付記) 。この結果を見ると、就労・非就労と特に大きな関連性が認められるのはジョブコーチ支援利用の有無 (χ2 (2) = 44.76, p < .001, Fisher's p < .001) 、事業所との連携 (χ2 (4) = 59.39, p < .001, Fisher's p < .001) であり、就労率をほぼ完全に説明していた。また、重点的に支援した点 (χ2 (14) = 28.18, p < .05, Fisher's p < .01) 、医療との連携 (χ2 (4) = 10.39, p < .05, Fisher's p < .05) についても関連があった。  また、所持している障害者手帳の種類、失語症の重症度、失語症以外の高次脳機能障害の有無、他の障害の有無等、障害特性についてはこれまでの高次脳機能障害についての研究11 ) と同じく就労・非就労との関連は認められなかった。 (3) ロジスティック回帰分析  ジョブコーチ支援利用、事業所との連携以外で、いずれの要因が就労率に関連するかを検討するため、これら2つの要因以外の要因と就労率についてロジスティック回帰分析を行った (ジョブコーチ支援利用変数、事業所との連携変数を投入したロジスティック回帰分析は擬似完全分割事態となる) 。具体的には、就労・非就労を従属変数とし、年齢 (連続変数) 、性別、手帳種類、失語症重症度、原因・疾患、失語症以外の高次脳機能障害、失語症・高次脳機能障害以外の障害、重点的に支援した点、医療との連携 (以上カテゴリカル変数) を独立変数とした。その結果、赤池情報量基準 (以下AIC) は149.49であり、尤度比検定の結果、独立変数の効果は認められなかった (p = .29)  この分析結果についてAICに基づきステップワイズ変数選択を行った結果、年齢、医療との連携の2変数が選択された (表4)。尤離度は116.69であり、尤度比検定の結果、独立変数の効果が認められた (p < .05) 。個々の偏回帰係数を見ると、年齢は高いほど就労率が高く、また医療との連携は「なし」よりも「あり」の方が就労率が高かった。 表4 ロジスティック回帰分析の結果 Nagelkerke's R2 = .105, AIC = 122.69。尤離度 = 116.7 (df = 87) , 尤離度 (null) = 124.1 (df = 89) . 4 考察  本研究では、地域センターに対して失語症者の利用者数とともに就労・非就労を含めた職業情報、そして支援情報としてジョブコーチ利用や連携情報を尋ねた。その結果、失語症者の就労に大きく関連する要因としてまずあげられるのはジョブコーチ支援の利用、そして事業所との連携の有無であった。また、ロジスティック回帰分析の結果によれば、年齢と医療との連携が重要な要因として挙げられる。  本調査での就労率は34.7%と他の先行研究等に比べて高い値となっている。この原因としては支援対象者の失語症の程度が一因として考えられる。表3-4にあるとおり、全体のなかで重症者は11名 (4.8%, 11/229) であり、調査対象者に中等度・軽度の人が多数を占めていたため、就労率が高かった可能性がある。一方で、ジョブコーチ支援利用や医療・事業所との連携が就労率に大きく関わっており、支援の内容が極めて大きな要因といえる。今後の支援策収集にあたって、ジョブコーチ支援、事業所との連携の内容をより詳細に把握し、さらに医療機関からみた失語症者の就労支援と連携について調べていく必要があるだろう。 5 文献 1) 高次脳機能障害全国実態調査委員会 (旧失語症 全国実態調査委員会) : 高次脳機能障害全国実態調査報告、「高次脳機能障害研究 (旧失語症研究) vol. 1, 2, 6, 9, 12, 15, 18, 22, 26」、日本高次脳機能障害学会 (1981-2006) 2) 笹沼澄子: 失語症者のリハビリテーション—職業復帰状況の結果にみられる問題点—、「音声言語学 vol. 13」、p. 26, (1972) 3) 羽根田知香子: 失語症患者のリハビリテーションに関する一考察—日常生活言語・意欲・社会復帰を中心に—、「大阪教育大学障害児教育研究紀要 vol. 4」、p. 59-71, (1981) 4) 福迫陽子・物井寿子・鈴木勉・沿道教子: 失語症患者の社会的予後—東京都老人医療センターで言語訓練を受けた303例について—、「リハビリテーション医学 vol. 23」、p. 219-227, (1986) 5) 佐藤ひとみ・遠藤尚志・保坂敏男・長谷川恒雄: 失語症者の職業復帰、「失語症研究 vol. 7」、p. 1-9, (1987) 6) 野田哲一: 失語症者の復職後、非復職者の問題点、「失語症研究 vol. 9」、p. 24, (1989) 7) 加藤正弘・佐野洋子・小嶋和幸: 失語症者の職業復帰、「日本災害医学会会誌 vol. 47」、p. 360-366, (1999) 8) 能登谷晶子・室野亜希子・山田由貴子・四十住縁: 失語症患者の実態報告—石川県失語症友の会実態報告—、「失語症研究 vol. 19」、p. 107-113, (1999) 9) 渡邉修・宮野佐年・大橋正洋・久保義郎: 失語症者の復職について、「リハビリテーション医学 vol. 37」、p. 517-522, (2000) 10) 上田正子: 高次脳機能障害者(主に失語症)の職業復帰についての検討—1990-1999年 10年間の実態調査—、「社会保険学雑誌 vol. 42」、p. 49-52, (2003) 11) 障害者職業総合センター: 高次脳機能障害者の就業の継続を可能とする要因に関する研究、「障害者職業総合センター研究報告書 No. 88」、障害者職業総合センター (2009) 表2 転帰の詳細 就労 非就労 その他 小計 就労   新規就職 39 - - 39 職場復帰    現職 10 - - 10    配置転換 14 - - 14    職種転換 19 - - 19 非就労   福祉就労 - 11 - 11   職業訓練 - 5 - 5   休職中 - 12 - 12   求職中 - 40 - 40   施設利用 - 18 - 18   在宅等 - 25 - 25 その他   その他 - - 12 12   不明 - - 31 31   計 82 111 43 236 ※ 未回答3名を除いている 表3 就労率と各項目の集計結果    表中右のグラフは□: 就労、□: 非就労、□: その他 表3-1 年代  就労 非就労 その他 小計   10代 1 3 0 4 10代   20代 9 15 3 27 20代   30代 10 25 10 45 30代   40代 25 27 14 66 40代   50代 37 36 15 88 50代   60代 0 4 1 5 60代   計 82 110 43 235 計 χ2 (10) = 11.85, p = .30, Fisher's p = .29 表3-2 性別  就労 非就労 その他 小計   女性 7 14 8 29 女性   男性 75 97 35 207 男性   計 82 111 43 236 計 χ2(2) = 2.67, p = .26, Fisher's p = .28 表3-3 手帳  就労 非就労 その他 小計     身体 44 72 25 141 身体   精神 14 15 6 35 精神   療育 0 2 1 3 療育   なし 14 8 7 29 なし   その他 4 10 3 17 その他   計 76 107 42 225 計 χ2 (8) = 8.60, p = .38, Fisher's p = .31 表3-4 失語症重症度 就労 非就労 その他 小計   重度 2 6 3 11 重度   中等度 24 40 6 70 中等度   軽度 29 37 14 80 軽度   程度不明 22 24 19 65 程度不明   その他 1 2 0 3 その他   計 78 109 42 229 計 χ2 (8) = 13.10, p = .11, Fisher's p = .08 表3-5 原因疾患 就労 非就労 その他 小計   頭部外傷 9 29 10 48 頭部外傷   脳血管         脳血管    脳出血 18 24 11 53  脳出血    脳梗塞 29 20 9 58  脳梗塞    クモ膜 9 9 3 21  クモ膜    他脳血管 11 21 6 38 他脳血管   脳腫瘍 2 2 1 5 脳腫瘍   神経変性 0 1 0 1 神経変性   その他 4 4 3 11 その他   計 82 110 43 235 計 χ2 (14) = 15.50, p = .34, Fisher's p = .25 表3-6失語症以外の高次脳機能障害 就労 非就労 その他 小計   記憶 38 53 19 110 記憶   注意 21 33 7 61 注意   遂行 20 23 6 49 遂行   失行 4 4 0 8 失行   失認 2 7 3 12 失認   感情 2 9 2 13 感情   病識 3 0 2 5 病識   社会 1 6 1 8 社会   その他 3 8 3 14 その他 χ2s < 4.63, ps > .10, Fishers’ps > .06. ※それぞれの障害 (記憶、注意等) のあり・なし x 就労状態のクロス集計の検定結果。紙面都合上「あり」の回答のみ記載 表3-7 失語・高次脳以外の障害 就労 非就労 その他 小計   右片麻痺 35 45 16 96 右片麻痺   左片麻痺 2 6 4 12 左片麻痺   麻痺他 3 7 2 12 麻痺他   てんかん 5 10 2 17 てんかん   音声言語 1 4 3 8 音声言語   その他 9 11 7 27 その他   不明 0 3 1 4 不明   なし 7 5 2 14 なし   計 62 91 37 190 計 χ2 (14) = 11.61, p = .64, Fisher's p = .65 表3-8 転帰身分 就労 非就労 その他 小計   正社員 8 1 0 9   契約嘱託 5 0 0 5   パート等 10 0 1 11   他・不明 59 0 0 59   計 82 1 1 84 ※ 就労者のみのためカイ二乗検定は行っていない。非就労、その他の回答は休職等。      表3-9現在の状況 就労 非就労 その他 小計   就労継続 40 8 6 54 就労継続   非就労 17 55 8 80 非就労   その他 4 3 2 9 その他   不明 4 3 10 17 不明   計 65 69 26 160 計 χ2 (6) = 70.46, p < .001, Fisher's p < .001 表3-10 重点的に支援した点 就労 非就労 その他 小計   職業評価 5 21 7 33 職業評価   作業習得 22 9 5 36 作業習得   自己理解 5 11 4 20 自己理解   労働習慣 9 6 2 17 労働習慣   求職支援 12 16 4 32 求職支援   コミュ 8 1 2 11 コミュ   事業所 2 2 2 6 事業所   その他 12 11 8 31 その他   計 75 77 34 186 計 χ2 (14) = 28.18, p < .05, Fisher's p < .01 表3-11 ジョブコーチ支援 就労 非就労 その他 小計   利用 33 0 4 37 利用   利用なし 48 79 31 158 利用なし   計 81 79 35 195 計 χ2 (2) = 44.76, p < .001, Fisher's p < .001 表3-12  医療との連携 就労 非就労 その他 小計   あり 49 41 15 105 あり   なし 24 39 18 81 なし   その他 0 0 1 1 その他   計 73 80 34 187 計 χ2 (4) = 10.39, p < .05, Fisher's p < .05 表3-13 事業所との連携 就労 非就労 その他 小計   あり 51 7 8 66 あり   なし 12 50 15 77 なし   その他 1 0 0 1 その他   計 64 57 23 144 計 χ2 (4) = 59.39, p < .001, Fisher's p < .001 軽度知的障害者が満足していた就労から 離職するに至った経緯の分析 ○野﨑 智仁(国際医療福祉大学大学院保健医療学専攻作業療法分野/上都賀総合病院リハビリテーション科)  荻原 喜茂(国際医療福祉大学) 1 はじめに  著者は、障害者の就労支援、特に知的障害者に対する支援や就労状況などに興味を持ち、様々な支援機関等において、各現場の知的障害者の就労の現状と課題について聴取した。  そこで得られた情報によると、知的障害者の就職件数は増加傾向にあり、ジョブコーチ支援やトライアル雇用等の雇用支援策の積極的活用や、特別支援学校における個別教育支援計画に基づく学校から就労への移行支援など、就職実現に向けた各種支援による効果が表れており、知的障害者の労働への意欲の高まりと着実な就職の実現を示している様相が把握できた。その反面、現場では一様に離職件数の増加に苦慮しており、離職への対策が重要な課題の一つであるとの報告も受けた。また離職していく要因としては、労働状況以外である生活面からの影響があり、それらは支援していく中で把握しきれず、対応に困難を来しているという現状も知ることとなった。  平成18年度厚生労働省障害者就労関係調査1)では、ハローワークを経由した障害者の就労件数は対前年度比13.1%増の43,987件で過去最高の就職件数となっている。本調査による知的障害者の新規求職申込件数は対前年度比6.2%増の21,607件、就職件数は対前年度比12.7%増の11,411件となっており、著者が各現場で聴取した報告と同様に、就職の増加傾向が窺える。一方、離職に注目した様々な調査も報告されているが、その多くは離職要因の分類に留まっており、知的障害者がどのような経緯を経て離職に至ってしまったかの分析・検討はされていないのが現状である。  知的障害者の就労を支援していく上で、就職実現に向けた支援のみではなく、就労の継続支援も重要な点であるが、どのような経緯により離職したかという経過の把握がなされることなしに、その支援策を講じることは極めて困難であると考える。それ故、本研究においては、事例を検討することによって、軽度知的障害者が離職する経緯の詳細を分析していった。 2 目的  本研究では、軽度知的障害者が仕事には満足していたものの、なぜ離職するに至ったかその経緯を、当時の支援記録情報をもとにして軽度知的障害者本人および支援者の語りを通して知ることにより、軽度知的障害者の就労継続の具体的支援を検討していく上での一助となることを目的とする。 3 方法 (1)研究デザイン  質的事例研究 (2)研究対象施設と研究対象者 イ.研究対象施設(記録情報収集) 知的障害者支援施設、 地域障害者就業・生活支援センター ロ.研究対象者(インタビュー調査)  過去に知的障害者支援施設に入所しており、一般就労へ移行、その後離職に至った軽度知的障害者2名(以下、事例A、事例Bと記す。)、その軽度知的障害者を支援していた施設職員1名。 【事例A】40歳代前半、女性、療育手帳等級B2  経歴:普通小学校普通学級卒業後、普通中学校特殊学級卒業。  X-12.4〜X-9.10 授産施設へ入所し、利用開始。  X-9.10〜X-7.4 他県の貝、海老養殖場にて実習。倒産のため終了。  X-7.5〜X-2.5 ゴムのバリ取り作業場へ住み込みながら、実習をする。  X-2.6〜X-1.10 個人の家庭へ住み込みながら、家事手伝いをする。  X-1.11.30〜X.4.1 てんかん発作をコントロールするため病院へ入院。 【事例B】30歳代前半、女性、療育手帳等級B2  経歴:普通小学校卒業後(4年生より特殊学級)、普通中学校特殊学級卒業。  Y-12 食品関係の工場作業にて一般就労開始。  Y-4 作業中、腕を挟まれ入院。離職。  Y-1.5 路上生活をしているところを、市の福祉事務所が保護。 (3)データ収集方法 イ.記録情報収集   情報を収集していく上での視点としては、経過において発生した出来事の把握を中心とした。 ロ.半構造化インタビュー 所要時間:1人につき30分〜1時間程度のインタビューを、1〜2回ずつ実施することを目処とした。 方法:支援記録情報をもとにして作成したインタビューガイドを用いつつ、施設入所時から離職までの期間、当時どのように考えていたかを語ってもらった。インタビューの内容は対象者の了承を得てICレコーダーに録音し、逐語録を作成した。 (4)データ分析方法 イ.シークエンス分析  本研究では、Flick2)が提唱するシークエンス分析の考えに基づき、データの時系列的な流れや文脈を読み取り、エピソードを再構成しつつ分析する方法を採用した。 ロ.トライアンギュレーション  本研究においては、事例毎に、支援記録情報、軽度知的障害者、支援者のシークエンスの3方向から統合分析を行い、各々の関係性を検討した。 4 結果 (1)支援記録情報  以下に、収集した支援記録情報の概要を記す。 イ.事例A 27歳 X.4.1 てんかん症状が安定したため施設入所。入所と同時に、農園作業も開始。農作業は一度教えただけで、理解可能。 X.5.17 他入所者の面倒をよく見る。 29歳 X+1.7.27 職場実習について話すと、「早く行きたい」と意欲的。 X+1.8.17 職場実習を始める。作業内容はテレビの部品組み立て、はんだ作業。 X+1.10.24 会社の親睦会に参加。ソフトボールやバーベキューなど。会社の人らと仲良い様子。 X+2.7.1 一般就労を始める。作業内容は実習と同様。8:30〜17:00、週5日勤務。通勤は自転車にて片道約10分。時給400円(月5〜6万円)。 アパートで同施設入所中であった者と、女性2人の共同生活を始める。施設職員が毎日訪問し、様子を確認する。 30歳 X+2.7.8 施設職員による訪問支援頻度を週1回、隔週土曜にする。 X+2.10.6 施設職員による訪問支援頻度を2週〜1か月に1回にする。 X+3.4 自由な生活に満足している様子。交際相手など異性の存在を支援者は認識。 31歳 X+3.9.16 同居人が結婚し、アパートから退去する。 X+3.9.18 事例Aもアパートから退所、施設へ再入所する。同時に就労も職場実習へ切り替える。 X+3.9.22 無断外泊。 X+3.11.11 無断外泊。 X+3.12.19 無断外出。 X+3.12.20 無断外出。小火騒ぎを起こし、警察による事情聴取を受ける。 X+4.1.9 職場としては就労継続も良いとの考えだが、生活面の安定を優先させ、離職となる。 ロ.事例B 26歳 Y.7.17 施設入所開始。 Y.7.19 農園作業を開始。 Y.7.22 施設生活に対して「楽しい」と話す。 Y.8.15 他入所者の手伝いをする等、世話を焼いている。 27歳 Y+1.3.6 職場実習を始める。作業内容は紙オムツやナプキン等の検品仕上げ、工場内軽作業。 28歳 Y+1.11.1 一般就労を始める。作業内容は実習と同様。9:00〜17:00、週5日勤務。時給750円(月約9万円)。 単身アパート暮らし開始。施設職員が毎日訪問し、様子を確認する。 Y+1.11.8 施設職員による訪問支援頻度を週2回にする。 30歳 Y+4.4 施設職員による訪問支援頻度を月2回にする。 31歳 Y+4.9.27 出勤時間がギリギリとなってきている。訪問すると「体調が悪い」と言う。携帯電話の使用料金が約9万円と高額になっており注意を繰り返す。 Y+4.10.5 会社から施設に電話。2、3日前から事例B宛に電話がかかってきているよう。本人に確認すると、「知り合いにお金を貸した」と言う。 Y+4.10.6 会社から施設に電話。事例Bが出勤していないと。施設職員が様子を見に行くと「具合が悪い」と言う。事情を詳しく確認すると、消費者金融からの借金、携帯電話の利用料金、DVDプレーヤーの購入、出会い系サイトの利用、訪問販売で布団購入等を話す。 Y+4.10.7 会社は、会社名が利用されているため、早急に解決したい。しかし解雇ではなく、一時休んでから再度出勤しても構わないとの考え。 Y+4.10.14 更に借金等が確認される。総合すると約100万円の負債。 Y+4.10.17 施設職員は、今後未だ確認できていない問題も表出する可能性があると判断し、施設入所させる。同時に仕事も辞めることとする。会社は退職に了承する。再就職の機会があれば、再度雇用の考えもある。 (2)インタビュー結果  インタビュー時間は、軽度知的障害者が語ったものは、事例Aが92分(2回)、事例Bが34分(1回)、支援者が語ったものは、事例Aに対して117分(2回)、事例Bに対して56分(1回)であった。  施設内作業から離職するまでを就労の形態に合わせて各時期に分け、以下に概要を記す。 イ.事例A (イ).施設内作業期  施設入所と同時に開始された農園作業は、職員と同様の仕事を任され、身体的にきつかった。 (ロ).職場実習期  入所してからずっと待っていた、待望の実習であった。過去に実践してきた実習も含めて、初めての会社勤めという響きが嬉しかった。実習内容自体も遣り甲斐があり、職員たちも状況に合わせ、工夫してくれていた。稼いだお金が自分のものになるという給料取得に対して期待があり、実習後は就職したいという気持ちがあった。 (ハ).一般就労期  就職するに当たり、労働条件に不満はなかった。またアパート生活に対しても不安はなく、支援に対しても不満はなかった。支援者とは、支援されているという固いことではなく、友達関係の様な印象であり、その関わりは楽しかった。 (ニ).職場実習期  職場実習に切り替えることになり、社員でなくなることに抵抗があり、嫌だと思った。またアパート生活も続けたかったが、支援者に説得され、取り敢えず納得して施設に再入所することにした。  施設生活を続ける中で起こした無断外泊や外出、小火騒ぎは、気分を晴らすためであり、悪いと思いながらも楽しさがあった。 (ホ).離職期  問題行動を起こさなければ仕事を辞めずに済んだかもしれないと思い、自らの行動に後悔した。 ロ.支援者(事例Aに対して) (イ).施設内作業期  入所当初より安定した生活を送っていたと感じていた。入所者の中でも能力的に高い印象だった。  農園作業では、細かい作業をきちんとこなし、職員の片腕のような存在で働いていた。施設生活も含め、利用者の中でリーダー的存在だった。 (ロ).職場実習期  作業内容に拒否や抵抗感はなく、意欲的であった。実習地での職員との関係も良好で、問題なく作業に従事していた。支援者としても就職に向け不安はなく、就職実現に向けて意欲を持っていた。 (ハ).一般就労期  職員に隠れて何をするか分からないというデメリットは予想していたが、それは覚悟してアパート生活を挑戦してみた。地域生活を維持させたく、失敗させたくないという思いから、支援者としては必死な指導中心のスタンスをとっていた。事例Aは支援者に対して、注意を繰り返されていることから、干渉されたがらないような様子だった。 (二).職場実習期  窮屈な施設生活に自暴自棄となっている様子だったが、生活に表面的な乱れはなかった。 (ホ).離職期  無断外泊や外出、小火騒ぎなどの私生活の乱れから、離職を決断した。支援者としては今までは受容的な態度をとっていたが、この時点で一切の生活を断ち切って、一からやり直そうと思った。 ハ.事例B (イ).施設内作業期  施設生活では、他入所者が騒いでおり、農園作業も含めて、楽しいという印象はなかった。 (ロ).職場実習期  念願の実習が開始された。就職して施設から退所したいという願望もあった。  実習の作業内容に対して不満はなく、会社職員や他実習生たちとも仲良く、楽しく実施していた。 (ハ).一般就労期  満足した労働状況で、仕事に対して不満はなかった。給料取得が一番の働く目的だった。アパート生活は楽しいと感じており、支援者に対しても不満はなく、調度良いと思っていた。何か困ったときに相談していた相手は支援者だった。  借金等の問題行動を起こしているとき、それが仕事へ影響することになるとは考えていなかった。 (ニ).離職期  仕事は続けたくて、支援者に継続を頼んだ。 また施設生活はうるさくて嫌だと思っていたので、戻りたくなかった。 ニ.支援者(事例Bに対して) (イ).施設内作業期  施設内作業には大きな問題はなく、指示されたことを実施していた。様々な仕事をしたり、他入所者の面倒を見たりと、施設の利用者の中ではリーダー的存在だった。 (ロ).職場実習期  実習にはよく頑張って取り組んでおり、会社からも評価されていた。支援者としても就職の実現を目指していた。 (ハ).一般就労期  会社職員とも仲が良くて、就労状況には大きな問題はなかった。しかし独居生活であったため、目を離したら何をするか分からず、助言ではなく指導が中心となっていた。事例Bは支援者に対して壁を作っていたと思った。あまり関わって欲しくなさそうな顔をしていた。 (ニ).離職期  借金などの問題が表出したことによって、初めて様々な問題を抱えていることが分かった。  会社に迷惑をかけていることや、欠勤を繰り返していることから、離職させ、施設へ再入所させることを決断した。 5 考察 (1)満足していた就労に影響した“離職に直結する事”として受け止められていない生活上の問題  事例A、事例Bとも施設入所時から職場実習を心待ちにしており、一般就労が開始されてからも労働条件に満足しており、働く喜びを感じていた。問題行動を起こし、離職することになった際には、両者とも後悔の念や、仕事の継続を希望していた思いを語った。以上の経緯などから、両者とも就労には満足していたと考えられる。  しかし事例Aにおいては無断外泊や外出、小火騒ぎ等、事例Bにおいては借金や異性関係等の問題行動を行っていた。これら問題行動を行っているときには、特別な思いから実施していたわけではなく、楽しさすら感じていたと述べた。つまりそれらが労働面へと影響すること、さらには社会的問題となる可能性や自らの立場が不利に繋がることへの考慮が、全くなかったことが考えられる。   (2)軽度知的障害者と支援者の思いの相違  施設生活に対して、事例Aは身体的にきつい作業、事例Bは他入所者がうるさく、農園作業も含めて楽しいという印象はなかったと述べた。一方、支援者は両者に対して、施設利用者の中ではリーダー的存在であり大きな問題もなかったと述べた。  また地域生活へと移行してからの支援内容に対して、事例Aは、不満はなく友達関係の様であったと述べ、事例Bは、不満はなく、調度良いと感じていたと述べた。それに比べ、支援者は両者に対して地域生活を失敗させたくない思いから、助言でなく指導中心の対応になっていたと、厳しかった支援に対して反省するような内容を述べている。  以上の内容を比較すると、施設生活・作業、地域生活での支援に対して、軽度知的障害者と支援者の思いに相違があることが窺える。その両者の思いの相違が終始平行線を辿り、軽度知的障害者は支援の意図を、支援者は軽度知的障害者の不満や楽観的すぎる思いを認識できず、離職に至ったと考える。 (3)軽度知的障害者の離職要因  本研究における事例の就労状況は、企業からも、支援者からも、その労働力を高く評価されており、離職時においても就労継続や再就職を企業側が期待するほどの人材であった。また軽度知的障害者自身も、仕事に満足していたことが窺える。  その中、他者を求めて問題行動を起こしてしまったという、労働面からではなく、生活面からの原因で離職に至る結果となった。  本研究は2事例という少数症例からの分析であるため、その離職要因を一般化することには限界があるが、著者が様々な障害者就労支援機関において本研究の離職要因と同様の報告を受けたことを考慮すると、軽度知的障害者の離職要因として2事例特有の要因に留まるものではないと考える。  以上の点から、軽度知的障害者、支援者ともに満足していた仕事を継続するには、互いの考えを共有できるような状況を作る必要があると考える。対人関係に対する価値観は、人により多種多様であり、支援者としての価値観を強制させることが、必ずしも正しいことであるとは考えられない。しかしながら本研究における事例は、異性を中心とした他者を求めていった結果、離職に至る経緯を辿ることとなった。その経緯における行動の中には、法的に問題のある行為があり、地域生活を送り続ける上では、防ぐ必要があったと考える。支援者としては、毎日の生活を送る中で他者を求める感情を理解し、どうしたら良好な異性関係を築けるか話し合うことや、他者と関われる余暇活動支援等の場面を提供するなどの場面設定をしながらの就労継続支援を行う必要があると考える。 文献・資料 1)厚生労働省 職業安定局 高齢・障害者雇用対策部 障害者雇用対策課:平成18年度における障害者の職業紹介状況,(2007) 2)Uwe Flick(著)/小田博志(訳):質的研究入門〈人間の科学〉のための方法論,p.245-283,春秋社(2008) 3)中井久夫:精神医学の経験 分裂病,p.115-118,岩崎学術出版社(1984) 4)桜井厚,小林多寿子:ライフヒストリー・インタビュー 質的研究入門,p.44-45,せりか書房(2005) 離職率ゼロを目指して!おしぼり会社の職場定着の取り組み −離職の危機は100日目からやってくる− ○植松 若菜(株式会社リースサンキュー 障がい者指導員/社会福祉士/精神保健福祉士) 佐藤 幸子(株式会社リースサンキュー) 1 株式会社リースサンキューの概要  弊社はおしぼりをはじめロールタオルや玄関マット等を扱うリース部門と、業務用消耗雑貨・洗剤などを扱う販売部門と、ユニフォームレンタル等を行うリネン部門からなる総合商社である。そして、おしぼりのレンタル業として知事認可の静岡県貸おしぼり協同組合を設立し、創立当時より14年間理事長を務めていた。  現在の従業員数は77名で、そのうち知的障がい者25名、身体障がい者1名、計26名(平成21年10月現在)、その指導にあたる障がい者指導員1名、業務遂行援助者3名である。昭和39年創立当初より今日まで障がい者雇用に力を入れてきた。   2 障がい者の職場定着への取り組み  私が弊社の障がい者指導員に配属されたのは平成19年4月で、当時は知的障がい者15名、身体障がい者1名の計16名が勤務していた。それから2年半の間に、障がい者の人数が10名増え、全社員数に対する障がい者数の割合が増し、障がい者への対応も大きく変化した。そこで、この2年半の間に10名を職場定着させることが出来た起因を3つ述べて、その後で定着成功例を1つ挙げる。 (1)従業員による連携と役割分担  障がい者の技術指導には、障がい者指導員、工場長、業務遂行援助者の数名で行う。  まず、障がい者指導員が障がい者の情報(生育歴・性格・技能など)から、①一つの仕事をコツコツやるタイプ(臨機応変な対応が不得手)、②コミュニケーション能力が高く臨機応変な対応が可能なタイプ(集中力が無く飽きっぽい)の2種類のタイプに振り分ける。①タイプはおしぼり製造に配属し、②タイプは出庫作業・洗い作業に配属する。おしぼり製造に配属した場合は業務遂行援助者の隣に配置し、出庫・洗い作業に配置した場合は工場長が中心に指導する。本来ならジョブコーチのように、障がい者指導員である私が付きっ切りで指導すべきであるが、すでに勤務している障がい者への指導が必要だったり、実習中の障がい者が複数いたりすると、障がい者指導員1人では不可能なのである。  実は、指導を分担することでメリットがある。障がい者は相手によって態度を変えることもある。障がい者一人に対して複数で関わり支援者同士で意見交換することで、支援の偏りを防ぎより客観的に評価できる。いろんな立場の従業員が障がい者を観察することで、いち早くその障がい者を理解することにつながるのである。 ポイント 数人で指導に携わり役割分担をする! (2)ハローワーク・施設・学校との連携  障がい者雇用の前には、本人からは履歴書、所属団体から生育歴や身上書などが送られてくる。しかし、書面だけではわかりづらい。例えば、特別支援学校からの情報は教員の障がい者への評価基準が企業側と異なる場合が多く、口頭での説明が必要である。採用に向けた実習を引き受ける場合には、その前に障がい者の担当者との協議の場を多く持つべきである。企業としては、障がい者の担当者が弊社の仕事内容や職場環境などを熟知していると安心して実習を受けられる。そのような担当者が推薦する障がい者は職場定着に成功する確率が高い。  時々、障がい者担当者が地理的条件や本人の意向だけで弊社へ送りこむことがある。この場合は、高確率で不採用になる。仕事の向き不向きがあり、不向きの仕事の場合障がい者に相当の負担を強いる結果になってしまう。実習前にある程度その仕事に向いているかを判断して送り出してくれる担当者との関係を良好にして連携を取れれば次の実習生の受け入れも数倍楽になる。 ポイント 理解ある担当者との信頼関係を築く! (3)障がい者の保護者(特に母親)の観察  在宅の障がい者は保護者(母親)との精神的なつながりが強い。母親の考えは、そのまま障がい者の意見となる。子供が就職することを保護者がどう思っているのか、子供が働くことに協力しようという意気込みがあるかを確認しておく必要がある。もし仮に保護者が会社に対して批判的であったとすると、障がい者もいずれ批判的になり、それが原因となって仕事へのモチベーションを下げることになりかねない。保護者(母親)が就労の良き協力者になってくれるかどうかを見極めなければならない。 ポイント 保護者が協力的かどうかをチェックする! (4)職場定着に成功した例  下記は、保護者が非協力的ではあったが施設担当者との協力体制がうまくいき職場定着につながった例である。 ○Yさん 男性 41歳 重度判定  入社日 平成21年2月26日  性 格:普段は温厚・生真面目・頑固     思い込みが強い・愚痴っぽい     おだてれば素直で従順  行 動:緩慢・臨機応変な対応は難しい  Yさんはリネン関連の仕事一筋だったので、再就職先も本人の強い希望によりリネン関連に限定した就職活動を展開して弊社に就職することになった。  実習当初は働ける喜びを感じていたが、次第に仕事内容への願望が出てきて、不本意な仕事に対して不満や愚痴を言うようになる。  仕事においては、第一段階の目標であるおしぼり製造1000本/時間をクリア出来ず、正規職員になってからも数字が伸び悩んだ。元々行動が緩慢のため、スピードを求める作業は不向きだと思われた。しかし、本人にやる気があったのでいろいろな策を講じて対応した。対応策として下記の4点をあげた。 ① 1時間ごとの数値目標を立て、見えるところに目標数字を貼った(9時半までに1000本!など) ② おしぼりを拾って開いて台に乗せる一連の動作を一定の速さで出来るように練習した ③ ベテラン社員の仕事ぶりを見ながらその人の見習いたい点を説明し、またテンポを覚えさせた ④ 製造の様子をビデオに撮り、無駄な動きがないかどうか一緒にチェックした  そのほかに、仕事中に励ましの声をかけ、常に目標を達成することを気にしながら仕事に取り組ませた。その結果、入社2ヶ月目に入った頃から目標達成した日が増え始め、3ヶ月目には毎日1100本/時間以上出来るようになった。時には1300本/時間を越える日もあった。  Yさんは、目標を達成できたことで自分に自信が持てるようになり仕事に対して積極的になった。その頑張りは他の社員や同僚からの評価も上がり、たまに見学に来る以前所属していた施設職員からも褒められた。Yさんはとても嬉しそうで、仕事への情熱も向上した。しかし、自分の評価が高くなったことで少し有頂天になってしまったのだろう。おしぼり製造の仕事にこだわり、他の仕事を嫌がるようになっていった。「ここでやる仕事全てがおしぼりの仕事」と厳しく指導すると、苦笑いしながら「ハイ」と返答することがたびたびあった。  入社4ヶ月目に入った6月15日、入社して110日目に問題は起こった。  この頃、おしぼり製造メンバーが1週間交代で別の場所での仕事をしていた。Yさんの当番の日になり、はじめは抵抗なく仕事に行った。しかし、初めての作業で出来ないことも多く、仕事が上手に出来ない苛立ち・慣れない環境・大変なことを押し付けられたという被害妄想という3拍子がそろい、大パニックを起こしてしまった。大声を上げ、寝転がって泣き叫び、プラスチックカゴを投げつける動作をして、男性社員に押さえつけられてその場は収まった。その後、Yさんは何故パニックになったのかは説明できたが、それが悪いことなのかを理解できなかった。パニックの直後に以前Yさんを担当していた施設職員に来社いただき話をしてもらって、保護者への説明や今後のYさんへの対応を施設職員にお願いした。  Yさんの保護者は、「障がいがあるのだからパニックを起こしても仕方がない。本人は悪くない」という認識で、当社と保護者の間に見解の相違が見られ、当社指導員だけではなく、施設通所時代の担当職員とハローワーク職員も話し合いに加わり保護者の理解を求めた。その間、弊社は施設職員と密に連絡を取り、施設職員にはYさんと非協力的な保護者の説得にあたってもらった。結局、Yさんの保護者と弊社とで今後の対応も含めて理解しあうまでに時間がかかってしまった。今回の話し合いは、弊社の力だけでは困難だったと思われる。  復帰後はYさんと、①不満を爆発させない ②人に危害を加えない ③穏やかに仕事をする ④仕事を選ばない、の4点を約束した。その後は仕事に集中し頑張ることが出来た。  ところが、8月上旬にまたパニックを起こしてしまった。一人の同僚から嫌がらせを受け続けたことが原因で、Yさんはその同僚のことを指導員に言ったら今度こそ仕事を失うと思い、我慢してしまったらしい。ただ今回は、他の従業員たちがYさんの正当性を見ていたことと、前回と違いパニック後に冷静な行動を取れたことで注意のみで終わった。  その後、Yさんは落ち着いて仕事に没頭している。この半年で少し成長したように思えた。 3 離職した障がい者の共通点は? (1)職場定着に至らなかった例  下記は、施設職員と連携を密にしたものの離職に至ってしまったケースである。 ○Sさん 女性 16歳 軽度判定  入社日 平成20年3月26日(トライアル雇用)  性 格:明るい・社交的・喜怒哀楽が激しい     コミュニケーション能力高い     カリスマ的な要素あり・我を通したがる   行 動:積極的・機敏・器用    職業訓練校から弊社に入社した。卒業後3ヶ月のトライアル雇用を経ての採用で、当初はどうして療育手帳を取得出来たのだろうと思えるくらい受け答えもしっかり出来ていた。理解力もあり一度の指示で行動できるため周囲からの評判も高かった。またSさんは明るく社交的で、従業員や同僚からも好かれていった。彼女が入社したことで職場の雰囲気も明るく活気付いているように感じていた。  後から判明したことだが、トライアル雇用期間中から周囲に少しずつ高圧的な態度をとるようになっていた。しかし、Sさんより強い障がい者や指導員や従業員の前で高圧的な態度を見せなかったので、指導員も従業員も問題に気づくのが遅れてしまった。周囲には、ただ元気の良い若い女の子としか映らなかった。実はちょうどその頃、Sさんが生活している寮でSさんをとりまく人間関係のトラブルが多発していて、精神的にも荒れ始めてきた。  3ヵ月後、正規雇用になると、おしぼりの製造本数が全く伸びなくなった。調子の良い時には1500本/時間を越えるくらいのペースで出来たが、この頃には1000本/時間も満たないペースに落ち込んでしまった。集中力も続かず、体調不良を訴える日も増え、今まで何年も治まっていた喘息の症状まで出て、全ての歯車が狂ってしまった状態だった。  指導方法の変更時期だろうということでSさんの担当者と頻繁に電話で話し合った。寮でも会社でも注意を受けることばかりだと、Sさんへの効果が薄いと判断し、寮と会社が協力してSさんへの注意のタイミングや指導内容を連携させ効果的な支援によってこの状況を打破しようと試みた。  Sさんは幼少の頃から両親から適切な愛情を受けず、Sさんを溺愛する祖父母に育てられた。寮生活をするまで全て自分の思い通りになり、パニックを起こして自我を通すことは日常茶飯事だった。Sさんは金銭関係もルーズで、お小遣いが無くなっても祖父からもらうとか、誰かに借りればいいという考えだった。しかし、寮生活になると寮の指導員から祖父母にはSさんに金銭を渡さないように注意しており、祖父に頼れなくなったので、寮生や会社の従業員に一人に付き300〜2000円くらいの範囲でお金を借りては小遣いが入ると返すということを繰り返していた。また、Sさんは借りる相手をしっかり選別し、心優しくおとなしい従業員(母親くらいの年齢の女性)に声を掛けていた。声を掛けられた従業員も「Sさんもかわいそうだし、少額だし、それほど問題になることでもないだろう」と判断して他言しなかった。その結果、また問題発覚が遅れてしまった。  入社してから立て続けに問題が発覚し、問題が生じる度に仕事へのモチベーションも降下し、自暴自棄になり、同僚に暴言を発したり殴ったりするようになってしまった。そのつど注意しても、ふてくされるだけで「どうせ私なんて…」と言い指導員の話も寮の職員の話も心に届かなくなってしまった。  そんな中でも、Sさんの仕事へのモチベーションを上げようと努力した。Sさんはお金への執着があったので「お金を稼ぐ」をキーワードにして仕事へのモチベーションをあげようと試みた。例えば、 ① 一人暮らしをするための資金を貯金する ② 大好きな携帯電話の代金を払うために働く ③ 洋服の衝動買いをやめて計画的に買う など、「自ら働いたお金で自分の好きなもの(こと)を買う(やる)」という目標を持たせて、そのために働くのだという気持ちにさせようとした。Sさん自身も頑張ろうとしたが、元々辛いことは避けて通る性格のため、モチベーション上がらなかった。  結局、Sさんと寮の職員が話し合い、これ以上弊社の仕事に携わるより、他の職種に挑戦してみたらどうかということになり、平成20年11月に退職することに至った。 (2)離職した障がい者の共通点  Sさんの場合、最初仕事面はとても順調で評価も高かったのに、精神面で問題が発覚し始めてから平行して仕事の能率が急激に落ちていき退職に至った。これはSさんのみならず、当社の全ての退職したケースに共通して言える。当社の仕事内容と障がい者の技能が合わない場合は実習の段階で不合格になるので、技術面だけの問題で退職に至るケースは皆無である。退職に至る原因は、全て障がい者の精神面で、当社に限って言えば、技術面が優れている障がい者ほど精神面が起因するトラブル発生率は高く、その結果退職に至ることも多い。他の共通点としては、①嘘をつく、②喜怒哀楽が激しい、③攻撃的な態度、④集中力がない、⑤持病やアレルギー体質、⑥保護者からの愛情不足、⑦異常なまでの過保護、⑧人なつっこい性格、などが挙げられる。  要するに、障がいがあっても家庭で適切なしつけや教育を受けてきた者は、問題があっても離職に至るようなトラブルに発展することは少ない。確かに弊社の障がい者も、障がいがない人よりも時間はかかるが、指導し続ければ習得できる可能性は大いにある。障がいがあるから仕方がない…と諦めるのではなく、適切な指導を行い続けることが障がいにとって重要なことなのである。 ポイント 保護者からの適切な愛情・教育が必要! ポイント 教育・指導し続けることが重要! (3)名演技も3ヶ月まで…?  障がい者はなかなかの役者である。実習やトライアル雇用中など、とても素直で一生懸命仕事を頑張っている。その健気な姿についだまされてしまうことがよくある。障がい者だって企業側によく思われたい!それゆえの必死の演技なのだ。  新しい環境、新しい仕事、新しい人間関係などで緊張もあるだろう。また、学校や施設で挨拶や礼儀など厳しく指導されていることもあって、初めのうちはきちんと出来ていて、障がい者の問題点を早期に発見することに苦労した。技術的な不出来は時間が解決してくれることが多いため、出来ないことがあってもそれほど重視しなかったが、不適切な性格や考え方、態度などは出来れば実習中かトライアル雇用中に見極めたい。しかし、今までに離職したケースを見てみても、離職に至りそうな問題が発生するのは、だいたい入社100日前後からなのである。それまで素直で従順だと思われていた障がい者の仮面が徐々にはがれ始める… ポイント 100日過ぎからの変化に要注意! 4 障がい者雇用成功の10か条  障がい者の就労支援は千差万別であり、一概にこれが正しい!と言うことは出来ない。しかし、「働きたい!」という障がい者の熱意が企業に伝わった時初めて良い就労支援が出来るのだと考えている。就職を安易に考える人ではなく、就職を真剣に考える障がい者を全力で支援していきたい。将来有望な障がい者に出会うための10か条を最後に述べる。 (1)障がい者観察はしっかりと! (2)早期に障がい者との信頼関係を築く! (3)信頼のおける施設職員や教員を作る! (4)生活面の問題は別の機関に任せる! (5)母親を見ればその子がわかる! (6)評価されることの喜びを障がい者に教える! (7)指導中は喜怒哀楽の喜怒を明確に! (8)「障がい者だから仕方ない」の意識を捨てる! (9)支援体制は複数で!一人で抱え込まない。 (10)即戦力になる障がい者を雇う時は慎重に! 5 おわりに…  (株式会社リースサンキュー取締役佐藤より)  弊社は45年前の創業当初より精神障がい者を社会復帰させるための自立支援をしてきた。長い年月の中で学んだことは、障がい者といえども適切な指導、周囲の理解と協力があれば障がいが無い者と同じ様に就労できるということである。  最近は知的障がい者を中心に雇用しているが、年齢も若く精神的に幼い者もいて、入社当初は仕事や社会生活についていけなかった。しかし、根気強く指導し周囲の協力も得て、徐々に仕事や職場に慣れ、働くことへの喜び、社会的な評価を得たことへの自信を認識し始め、一生懸命努力し1人前の仕事をこなせるようになった者も少なくない。  平成13年からは毎年障がい者を複数採用し、これまでの経験を生かしただけではなく、今まで育ててきた障がい者たちが手本となり新人を育てるといった構図も出来てきた。  今後も、障がい者は大きな戦力になると考え多数雇用していく予定である。そのために障がい者職場定着チームを構成し、一緒に働く従業員の理解も得て会社全体で障がい者雇用に取り組んでいく。そして、障がい者の職場定着だけではなく、社会的自立につながるよう、より一層努力していく所存である。 精神障害者と共に働いて 村田 昭夫(有限会社ムラタ 相談役) 1 はじめに  有限会社ムラタは島根県安来市伯太町で機械器具製造業を営んでおり、従業員数22名のうち重度障害者1名、精神障害者13名、健常者8名を雇用している。  町には大きな精神科の病院や、社会復帰施設も設置されており精神障害回復者の人達と毎日接している。  95年3月頃、ムラタで働いてみたいという10数人の人達が見学に来られ、うち4名の方が働きたいとの事でハローワークの意見書を持って来られた。それは、「精神障害回復者」、「一般就労が可能」という内容のもので、これが精神障害者雇用の始まりになった。  最初の印象は怖いのではないかと思っていたが、働いてもらうと真面目な方々だったのでびっくりした。4名は病院時代からお互いを知っていたため、職場で孤立感をもつことなく、働き心地がよかったのかすぐに仲間が増えた。  精神障害者の方は入院生活が長引くことがあるため50才代が多かった。勤務時間は午前8時〜午後5時(うち1時間は休憩)ということで、翌日より就労してもらった。我々の職場はいわゆる3K職場だったため働く人が集まらず困っていたので大変助かった。  その後、沢山の人から働きたいという依頼があり、障害者作業施設設置等助成金を受け、95年10月に現在地に移転した。  最高17名の精神障害者の方々が私共の会社に来た理由は、「作業所で1ヶ月働いても3,000円内外の収入にしかならないが、ムラタで働けば1日5,000円位になる。」という簡単な答えであった。  現在まで継続雇用が続き、13名が在籍している。最高齢者は68才で、「働けるうちはお願いします。」ということで週1日出勤している。 2 雇用についての問題点 (1)障害に対する知識  精神障害とは一つの病気であると考えていたために対処方法を間違えて再発を起こした事もあった。統合失調、てんかん、そう鬱、発達障害等、何に該当するかがわからず、ハローワークや社会復帰施設の担当者に聞いてもプライバシーの問題で言えないとの事であったため、対策として、私自身がキーマンとなり、毎日顔色を見て声かけを行いながらどんな障害であるか確認していく事にした。継続雇用する上では個人の情報を知らせる必要があると考えている。  また、精神障害者の中には、聴覚障害、発達障害、糖尿病など複数の障害や病気をもっている者もいる。聴覚障害者2名を雇用した時には、当人同士は手話を使うことで話し合えるのだが、1人が休んでしまうと周囲とのコミュニケーションがとれずイライラが目立ってくるので、私自身が1年かけて「手話奉仕員」の資格を取得し、手話で会話ができるようになったことで安定した。手話ができる人をどこへ依頼するのかもわからず自分で勉強するしかなかったのである。ぜひとも問題が発生した時の相談窓口がわかる様にしてほしいと思っている。  発達障害については、それ自体が1つの障害ではなく、自閉症、アスペルガー症候群、学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(AD/HD)などたくさんの種類があり、当社で雇用している発達障害者がどれに該当し、どう対応すべきか現在も勉強中である。  これまで、障害の特性がよくわからないまま雇用を続けるには経営者の方で常に障害者の日常生活を見守り、変化があれば本人と話し合いながら対応するしかなかった。結果として、再発したり疲労のため欠勤が続くといった問題が起こっていて、企業と本人だけでは解決できない事が多く、サポートしていただける機関との連携が必要であると感じている。 (2)関係機関との連携  事業所が責任を持てるのは、会社に来てから宿舎に帰るまでで、プライベートにはなかなかタッチできない。無断で欠勤したり困っていることも多く、企業、病院、福祉、地域の公共サービスなどの連携がうまくいかないと、企業は大変である。  年1回、地域生活支援センターで、事業主、ハローワーク、病院、本人とのミーティングが開かれていたが、新規の雇用もなくなり現在は行っていない。  また、精神障害の場合、季節によって体調が崩れる傾向があり、暑くなる時期や冬を迎える時期に注意を向けていないと再発が起こる人が多く、そうなると長期間に及ぶ入院、ケアが必要になり、病院との連携も重要になってくる。 (3)勤務体制  我社が精神障害者の新規雇用を続けた理由は、誰かが休むと他の人に負担がかかるためである。その結果、常時出勤しているのは10人程度で、他の人は入院中かリハビリ中である。雇用を始めた当時、我社は月間200時間の勤務体制だったために、継続勤務ができなかったのではないかと反省している。  「働く広場」(独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構,2008.3月号)の「精神障害者雇用は、今!」という座談会の記事の中で勤務時間の問題が取り上げられており、他の企業の雇用実態との比較ができ自分の未熟さを痛感するとともに、情報不足の問題があることも感じた。実際に障害者を雇用している会社にはこういった情報を提供してもらい、それを参考にして、障害者本人と話し合いながら改善点を勉強していくことが大切だと思う。   (4)作業の内容  精神障害者の作業は、判断力を伴わず、安全・単純・繰り返し作業がよいが、単純な繰返し作業はストレスがたまるようだったので、作業は腹八分目でよいと話し合った。社内検討会では、同一作業に対して「集中力が切れる」、「眠くなる」、「特定の部位が疲れる」という意見もあった(表1)。  また、ストレス解消のために作業中にタバコを吸う事を許可している。  しかし、現在の受注状況は繰り返し生産ができる品物がなく、小ロットの物ばかりになり、個人の判断で図面を見てプログラムを作成し、機械に入力しながら一個ずつ作らなければならないため、障害者では対応ができず、雇用継続について厳しい状況が続いている。作業が単純化され繰り返し生産ができるようになる事を願っている。 3 対策と今後期待すること (1)対策 ①同一施設の人を複数雇用する。  同じ施設にいた者同志の場合は、相手の事がわかっているので、コミュニケーションをとりやすく会社内で孤立することがないため、困っている事を相談しながら解決ができ、雇用維持につながっている。 ②キーマン的な担当者を作り、作業以外の相談を担当する。  作業遂行の指導とは別に、顔を見て声をかけるキーマン的な存在が大切である。出勤時、午前10時、昼食、午後3時、終業時に声かけをすること 表1 精神障害者が就業時に感じている点 項目 状態 要因 結果 体調 精神的な疲れ 上司の指導の仕方が悪い 相手のことを考えていない 作業量へのプレッシャー 量達成への思いが強く働く 作業上の相談をしたいと思っても 相談する相手がいない 肉体的な 疲れ 作業上の相談をしたら 叱られた 作業上の相談をしても 明快な指示がない   疲れ 長時間の立ち作業 足が痛くなる 同一作業の繰り返し 特定の部位の疲労   気分 作業が終了した後の達成感 気分が晴れる 睡眠不足 作業での不具合が発生する 過眠 〃 病状 気持ちが 落ち込む うつ状態 朝起きれない 〃 仕事、家庭が両立出来なくなる やたら元気になる そう状態 反動で大うつ状態になる 眠気が きつい 治療薬の作用による 集中力が欠如する 体が だるい 〃 〃 作業時間 週四十時間 勤務 障害者の勤務時間に対する関係 勤務時間について         40時間は疲れる 疲れの蓄積で休日は寝ていることが多い 趣味やリフレッシュする時間がない 日八時間 勤務 疲労する 集中力が途切れ不具合の発生、作業能率低下 眠くなる      〃 作業内容 長時間の 同一作業 集中力が切れる 不具合が発生する 目が疲れる 作業能率が低下する 作業量が多い 量の達成が精神的な圧迫となる 不具合が発生する 作業量が少ない やる作業が無くなり何をしていいか戸惑う 指示が無い 作業が 難しい 確認する箇所が多い 判断に迷い作業能率が上がらない              09'8月社内検討会資料より により、その日の健康状態、睡眠不足、病状等を早期に把握する事ができ、適切な指導ができる。私自身がキーマンとして現在も毎日行っている。 ③粘り強く、繰り返し対応する。  毎日同じ作業の繰り返しになるので、誰もが声をかけ、腹八分目位でよいと指導をすることにより働く意欲につながっている。 (2)今後期待すること ①精神障害の障害特性について、家族、施設、病院、行政のバックアップがない中で1人で勉強していくしかなかった。ぜひ必要な情報を受けられるような体制を作ってもらいたい。 ②当社の精神障害者雇用のうち、一番直近で雇用を行ったのは2005年であるが、その時にはジョブコーチ制度があり、症状、特性等を説明していただけたので、前より良くなったと感じた。半年間位訪問を受け、本人と私共の話を聞いてもらいながら助言を受けたが、期間が短く、フォローが足りなかった。最後までフォローできる体制を作ってもらえればと考える。 ③相談窓口が不明で、医療機関、精神保健福祉士、ハローワーク等のいろいろな方面へ連絡しなければならないので窓口を一本化できればと考える。 ④独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構が行っている助成金の大半は雇用後10年で支給が終了する。確かに長期の支給が必要でないものもあるが、一番困っている交通手段のない会社までの通勤問題については検討してほしいと考える。 ⑤上記機構の研究成果物等の送付など、精神障害者を雇用している会社に対して情報発信してもらえればと考える。 ⑥表2のような配慮を行いながら、実際に精神障害者を民間の企業で雇用するのは非常に困難であると考える。 表2 通常よく行われる精神障害者にかかる合理的配慮 課題 配慮 出勤 ・カウンセリングのための休暇 ・遅れた時間を補う ・出勤時間を遅らす 変更への対応 ・上司とのコミュニケーションのとりやすいようにする ・仕事関連での上司との定期的な話し合い 対人 ・社交あるいは仕事に関するやりとりについて、アドバイスをする人(同僚など)を提供する ・チーム活動への参加 時間管理 ・会合や締め切りを記す電子カレンダ— ・E-mailの活用 ・毎日あるいは各週のゴール設定 ・時間管理の指導者 仕事の管理 ・仕事を優先順位にこなすための指導 ・仕事のリストの定期的チェック ・多くの仕事の細分化する ・データ管理のための電子機器等 ストレス管理感情の安定 ・小休止 ・前向きなフィードバック ・支援への電話相談 集中 ・静かな場所・しきり・音楽を聞くヘッドフォン (US Dept. of Labor, 2007b) 調査研究報告書№87(障害者職業総合センター,2008.3)より 4 今後に向けて  私共は合理的配慮を行う以前に、障害について無知でかつプライバシーの関係で各人の障害内容が不明な中で雇用を続けてきたが、今、いろいろな資料を参考にして考えてみると、結果として、精神障害者にとって継続雇用を行ったことが良かったかと感じている。  今まで面接時に必ず伝えてきたことは、「我々の会社で仕事を覚え、自信がつけばもっと条件の良い会社へ行ってください。訓練の場としてください。」ということである。それは、精神障害者の中には大学卒の高学歴の人もたくさんいるのだから、もっと条件や環境の良い次の会社で働いてくれる事を願っているからである。  我々の会社は営利を目的とした企業であり、収支を考えなければ継続が難しい。福祉的な考えで障害者雇用をしているわけではないため、障害者の方に無理な事を要求したのではないかということを感じてきた。しかし、現実には金融機関から「社会的貢献はしているけれど、法人としては営業利益を上げないといけない。」と言われているところである。  今回の発表にあたって、中止していた職場ミーティングを市福祉課より精神保健福祉士を講師に迎え9月16日に開催した。現在リハビリ中の障害者3名と健常者を含めたものであった。現実に困っている事に関する質問がたくさんあった中、講師の回答はとても参考になり、有意義な会を持つことができた(表3、4)。やはり、外部の専門家の方を迎えてこのような会を開くことは必要だと考え、今後は家族を含めた会を年2回位行うように計画しているところである。  最後に、この発表が精神障害者の雇用拡大の一助となることを願って報告を終わりとしたい。 表3 精神保健福祉士に相談したい事 ・睡眠が上手に取れず作業中に眠くなる事が時々ある。そんな時の解消の仕方があれば教えて欲しい。 ・病的な関係が有るからなのか、作業中に集中力が途切れ易い。集中力を維持するための何か良い方法がありませんか。 ・気分がハイ状態になると後で大うつ状態になる。ハイ状態になりそうな前兆を感じた時に気分を落ち着かせる方法がありませんか。 ・ストレスが溜まった時の発散方法を教えて欲しい。           障害者の相談事項の資料より 表4 精神障害者の労働意識調査 1.勤めようとした動機 ・「あさひ」に入寮していた時に、いつかは勤めようと思っていたら職員に勧められた。 ・「あさひ」から自宅に帰り仕事を探そうと思っていた時、寮の所長にハローワークを通して紹介された。 ・10年前に職を失ってから作業所を転々としていたので、正規雇用の所で働きたかった。 2.勤め始めて感じた事 ・ずっと同じ体勢で同じ動作の繰り返しでの1日8時間作業は、長く感じられた。徐々に慣れていった。 ・すごく忙しい所だと思った。生産現場で働くのは初めてで余計にそのように感じた。 ・はじめての立ち作業で、最初の3日は辛かった。その後慣れてきた。 ・朝早く起きて8時間働くのを続けるのも大変だと思った。 3.勤め続けられている理由 ・送迎付きなので有難く、通勤に気を使わなくて良い。 ・前の職場では周囲に気を使ったが、ここではその様なことは無く、反対に色々と気を使ってもらっている。 ・自分の能力に応じた作業をさせて貰っている。 ・会長や社長の温かい励ましや、同僚との語らいがあったから。 4.勤めていて何を得られているか ・障害者としてはトップクラスの給料を頂いている。 ・ここに勤めることにより生き甲斐が出来た。 ・規則正しい生活のリズムが出来た。 ・自分が働くことによって家族に良い影響を与えている。 ・毎日規則正しい生活を身に付けられること。 ・同僚と切磋琢磨していられること。 5.勤めていて何か目標にしているか ・勤めることにより自分の体調を管理する。 ・毎月定額の積み立てで余暇の資金を確保して、リフレッシュする。 ・将来の為に少しずつ給料から預金をする。 ・毎日勤め続ける事はもちろん段々と作業数を上げたり寸法を測る等スキルアップしていきたい。 6.勤めていて良い事(良かった事)は ・送迎、社会保険などで待遇面で優遇して貰っていること。 ・定年を気にせず働けること。 ・送迎の時間が何時でも一定で助かっている。 ・今まで悩んでいた分いい職場がみつかり、人に聞かれても堂々と言える職業がある事。 7.勤めていて改善して欲しい事は ・送迎の時、送迎して貰う人に挨拶しても返事がない。               09'9月社内検討会資料より 特別支援学校(知的障害)における職業リハビリテーションの 考え方を取り入れた実践(7) −職業教育におけるトータルパッケージの活用− ○徳増 五郎(静岡大学教育学部附属特別支援学校 校務主任/小学部主事)  渡辺 明広(静岡大学教育学部) 1 テーマ設定の理由  労働や福祉分野では、障害者雇用適用範囲の拡大等を規定した、障害者雇用促進法の改正(2008)や障害者自立支援法の施行(2006)がなされ、障害者に対する就労支援は、これまでの制度と大きく変わることとなった。一方、特別支援学校小学部・中学部学習指導要領、高等部学習指導要領(以下「新学習指導要領等」という。)の改訂(2009)では、一人ひとりに応じた指導の充実や自立と社会参加に向けた職業教育の充実が示された。   社会情勢が変化する中で、本校高等部では、労働分野で行われている支援の理論を積極的に活用する必要があると考え、トータルパッケージ(以下「TP」という。)を進路学習に導入し、一定の成果を得た。よって、労働分野で提唱されている職業リハビリテーションの考え方を取り入れた実践が、教育分野ではどのような意義があるのかを確認・整理しながら考察する。 2 キャリア形成と職業教育  松為1)はキャリア発達の視点から、障害のある人の就労支援を考える場合、その個人特性の全体像を階層構造として捉えることを提唱している。そして、指導目標の階層性に着目した学童前期から青年後期にわたる個別移行計画を、就業に向けた系統的な教育や支援のあり方として示している。このことを踏まえ、知的障害を対象とした特別支援学校(以下「特別支援学校(知的障害)」という。)の職業教育について筆者は次のように捉えている。特別支援学校(知的障害)では、小学部低学年から、児童の実態に応じて、「学習の基礎的技能」や「適応の基礎的技能」、「地域社会への適応行動」の向上に関する指導を開始している。そして中学部からは作業学習を通して、「職業生活の準備性」を高めることを課題として積み上げ、高等部ともなれば「職業適合性」にも目をむけることとなる(図1)。            職業教育は、一般に特定の職業に就くために必要な知識・技能及び態度を身に付けることを目的とするが、知的障害のある生徒の教育においては、職業人としてだけではなく、社会人としても、必要で一般的な知識・技能及び態度を身に付けるようにすることを目的とするところに特徴がある。従前から、特別支援学校(知的障害)高等部段階の生徒に対する職業教育、すなわち進路指導は、作業学習や校内実習・産業現場等における実習(以下「現場実習」という。)等の実際的経験を大切にしてきた。作業学習では、作業活動を学習の中心にすえ、作業態度・習慣の形成や作業等に必要な知識・技能の習得に関する目標を設定し、「日常生活の遂行」「職業生活の遂行」に関わる諸能力を高めてきた。また、校内実習・現場実習を通して生徒の能力面・非能力面の特性から、希望職種への適性を見極め、技能の学習可能性効果的な支援方法を検討・評価し、「職務の遂行」ができるよう、円滑な移行を目指してきた。  そこで、労働分野で開発されたTPを教育分野に導入するにあたり、作業学習の意義と特徴を念頭におき授業づくりに生かそうと考えた。特別支援学校(知的障害)において、教科・領域を合わせた指導(以下「総合学習」という。)が効果的であると言われるのは、動機付けによる必然性がそこにあり、単なる訓練ではない授業の流れ-生活の文脈の中で身につけることが大切だからである。よって、働く場としての設定をし、その中で課題解決するための知識や技能、態度の育成を目指すことが重要であると考えた。 3 作業学習におけるTPの活用 (1)作業種目・題材としての価値  作業学習では、学校が計画する自主生産作業や事業所から請け負う委託作業が行われており、多様な作業種目が取り扱われる。この選定にあたっては、配慮すべき点があるが、以下の点でTPはその選定要件を満たしており、作業学習で取り扱う題材としての価値が高いといえる。 ・教育的価値の高い作業活動を含んでいる。 ・生徒の実態に応じた段階的な指導ができる。 ・障害の多様な生徒が取り組める活動を含んでいる。 ・共同で取り組める活動を設定できる。 ・作業に参加する喜びや完成の成就感が味わえる。 ・作業内容が安全で健康的である。 ・原材料の安定した入手について心配する必要がない。 ・作業形態を自由に設定できる。 (2)TPの活用に際しての目標設定  これまでの現場実習や就職後の生活における課題の一つが、適応力の弱さである。この原因を、生徒や卒業生の障害特性である記憶・判断・推測の困難さや環境整備不足も含めた作業遂行能力の欠如、自己認識の不十分さ、コミュニケーション能力の不足によるところが大きいと分析した。  そこで、本校では、作業学習を中心とした様々な指導場面において①働くための諸知識・技能・態度に相当する作業遂行能力の向上②自分の仕事を計画・実行し、自己評価するセルフマネージメントスキルの獲得③職業生活を送る上で必要なコミュニケーションスキルの向上を目標として設定した。 イ 作業遂行能力  この項目は、従前の職業教育でも大切にしてきた事項である。障害者職業総合センターから示された正確さや一定の能率、期限内に行うことの他に、仕事量や持続力、指示の理解、手順の理解、製品の丁寧な取り扱い等の向上を目指すこととし、生徒には「作業を行う力」として示した。 ロ セルフマネージメントスキル  この項目は、主体的な行動を形成する上でのキーポイントである。校内で実施した障害者職業総合センターによるレクチャーを基に、以下のように定義して教師間の共通理解を図り、生徒には「自分で作業を進める力」として示した。 (イ) セルフインストラクション  本人が自分の行う行動を宣言してから、目標となる行動を行う方法とする。 (ロ) セルフモニタリング  本人が自分の行った行動を確認しながら、目標となる行動を行う方法とする。 (ハ) セルフレインフォースメント  本人が自分の行った行動を結果にそって、自分の行動に対し報酬や罰を与える方法とする。 ハ コミュニケーションスキル  この項目も、従前の職業教育でも大切にしてきた事項である。障害者職業総合センターから示された報告や連絡、相談の他に、挨拶、返事、言葉遣い、協調性、指示の受け入れ等の向上を目指すこととし、生徒には「人とのやりとりの力」として示した。 (3)支援方法 イ 補完手段・補完行動  TPでは、対象者の認知障害の状況を把握するだけでなく、対象者がその障害を補完する手段を得ることができるよう支援することも目標にしている。そこで、本校では、うまくできなかった場合の対処方法について整理し、補完手段・補完行動を設定することによって、どのような支援が具体的で有効な対処方法となりうるかを検討することとした。補完手段・補完行動については、以下のように定義した。 (イ)補完手段  作業をスムーズにするために用いる補助具等の物品や環境設定のこと。 (ロ)補完行動  指さし、黙視、読み上げといった自分の行動により、作業をスムーズにすること。 ロ システマティックインストラクション  ①課題分析②指示の4階層③最小限の介入④距離⑤褒め方、修正の仕方という5つの基本ルールを取り入れ、生徒の自立と理解の度合いに合わせて、介入度が低く、最も効果的な支援方法を選択することとした。 (イ) 課題分析  動作や作業の手順を小さな行動単位に分けて、時系列に沿って並べたり仕事内容を具体化したりすることにより、工程を細分化することとした。この時、用具や場所だけでなく細分化した工程にも名前を付け、全工程における位置づけを明確にした。 (ロ) 指示の4階層  障害者職業総合センターから示された「言語指示」「ジェスチャー」「見本の提示」「手添え」の4段階に「視覚情報の提示」を加えることとした。 (ハ) 最小限の介入  生徒への指示は恣意的でなく、課題分析に基づきながら、必要最小限にすることによって、自立に導くことが大切である。しかし、効果的で最小限というのは、どのような頻度・強度なのか、最初から分かるわけではない。そこで、エラーレスラーニングの視点から生徒の自立度・教師の介入度を考え、プロンプトを減らしていくことを基本に置きつつ、臨機応変に対応することが課題である生徒には、トライアンドエラーの視点から生徒の自立度・教師の介入度を考え、プロンプトを増やしていくことにした(図2)。 (ニ) 距離(位置関係)  教師は生徒との位置関係に留意し、個別に指導する時には、利き手側に立つことを共通理解した。そして、生徒から教師の表情が見えて視線を合わせられる位置→生徒の視界から教師が離れてはいるがそばにいることは分かる位置→生徒の視界から教師が離れていて存在が分からない位置というように、徐々にその距離を離していき、生徒の自立度を高めることとした。 (ホ) 褒め方、修正の仕方  教師は、生徒が適正な行動ができた時には、正しくできていることをその場で評価し、生徒が間違った時には、すぐに制止して適切な方法を示した。誤りを制止する時には静かに止める程度に心がけ、端的に修正方法を示すことにより、セルフマネージメントの向上を目指した。 (4)TPを導入した成果  これまでの本校の実践では、以下のような成果を得た。 ①13種類の作業から構成されるワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)を実施する時には、課題分析を行い、補完手段や補完行動も含めた作業の手順を視覚的に提示した。セルフインストラクションやセルフモニタリング、セルフレインフォースメントを行うようにしたり、補完手段・補完行動を設定したりたりして、生徒自身が自分で作業を進める力を高めることをねらった。その結果、生徒たちは、様々な仕事を体験し、職種に対する理解を広げ、自分には得意・不得意な仕事があることを知ることができた。ある生徒は決められた手順や指示書に従って、自分で考えて作業を進めることができるようになった。また、ある生徒は、気持ちが不安定になった時に、自分の気持ちの状態を伝え、休憩をとる必要があるかどうか考えて行動することができるようになった。 ②校内作業におけるOA作業実施期間中に、ある生徒の到達度を「一人でもしくは補完行動・補完手段で通過」を2点、「インストラクション介入で通過」を1点、「支援を受けても難しい」を0点とし、集計結果をまとめた。(図3)その結果、数日間の作業の中で、補完行動や補完手段を取り入れながら、課題を達成していったことが分かった。 ③幕張ストレス・疲労アセスメントシート(以下「MSFAS」という。)をアレンジして活用し、生徒自身がストレスや疲労の認識とそれに伴う課題の把握や前兆となるサインの整理・気づきができるようになり、それらへの対処行動の確立の必要性について理解できた。そして、それらをマネージメントしていくことが、作業遂行能力や、様々な生活場面における人間関係の円滑化にも好影響を与えていることも理解できた。 ④M-メモリーノート(以下「MN」という。)や健康管理グラフ等、教師が個に応じたものを柔軟に選択し、生徒が活用することによって、生活管理、体重管理、運動管理についてのマネージメントを充実させることができた。この手法は、卒業後も家庭と進路先連携の下に継続され、健康の維持増進に対する効果を維持している。 ⑤「文書入力で分からない漢字があったので、漢字の勉強をしたいです。」と、他の教科にも意欲的に取り組みたいという姿勢をみせる生徒も見られた。  また、家庭や実習先との連携においては、以下のような成果を得た。 ⑥学校と家庭が、支援内容・方法を共通理解して指導にあたりやすく、本人の自己観察、自己評価、自己強化の機会を、段階的かつ繰り返し取り組むように設定できた。 ⑦学校と現場実習先が、できない場合の対処方法をあらかじめ決めていたので、実習担当者の差異が作業遂行能力に及ぼす影響が小さくて済んだ。 ⑧作業遂行能力が数値化できるので、学校と実習先との比較が容易だった。また、作業課題を変えずに実施することも可能で、場面間般化や支援者間般化ができたかどうかの評価が容易だった。 4 考察  本校高等部では、将来の生活を見据え、様々な職種を経験し、自分に適した職業を考えるために、現場実習を行っているが、一部の生徒に、学校生活ではできていたことが実習先ではできていないといったことが見られた。これは学校と実習先における支援者、取り扱う物、活動内容等の環境が異なること、活動自体の詳細な分析が不十分であったこと、支援者間で支援方法が異なること等が原因ではないかと考えられた。  よってこれに対応するためにTPを導入し、校内における目標の設定のあり方や支援の方法を工夫し、外部とどのように連携すれば円滑な移行ができるかを考えてきた。 (1)目標の設定  これまでの進路指導上の課題の一つとして、職場での不適応行動が上げられており、個人因子の向上と環境因子の整備という両側面からのアプローチが求められていた。  これに対して私たちは、課題に応じた補完方法や対処方法を獲得させ、セルフマネージメントスキルを向上させることに取り組んできた。そして生徒たちは、学校や家庭、実習先、進路先等の「場面」、教師や保護者、指導員、実習担当者等の「支援者」、教育活動における指導目標、実習先や勤務先における業務等の「課題」が変わっても、補完方法や対処方法を駆使しながら彼らの力を発揮させることができた。  例えば、ある現場実習先では、補完手段として使用できるホール清掃マニュアルを活用した。校内の指導で、言語指示ではなく視覚的な情報による指示書があれば、一人で作業を進められることが分かっていたからである。そして、現場実習当初は「どこまで指示すれば良いのか。やって見せた方が良いのか。」と話していた実習先担当者から、現場実習後半には「一人でどんどん進めている。」との評価をいただくことができた。このように、実習先が不安に感じる生徒たちの適応状況に対する支援方法を教師が具体的に提案し、現場で一緒に考えていくことが実習先担当者の安心感につながり、生徒が力を発揮することにつながった。  こうした活動後に得られた達成感は、自己肯定感や自己有能感につながり、その他の様々な場面においても主体性や意欲を向上させることとなった。このことは、生徒が主体的に社会参加し、自立を目指していく上で特に重視されるべき点であろう。  このように、個人因子と環境因子の相互作用の中で状態像を把握し、具体的な補完手段や補完行動及び対処方法を考えてきたことで、社会への移行期である高等部における目標の設定や支援の在り方に大きな示唆を得ることができた。 (2)支援の進め方  MWSやMNを活用した指導場面では、生徒個々の障害状況や作業能力を把握するだけでなく、作業や補完手段・補完行動等の学習可能性、ストレス・疲労への認識や対処行動についての学習可能性等についても評価してきた。また、MSFASの作成を通じて、生徒が感じるストレス・疲労の質的な特徴がどのようなものか、その脆弱性に対しどのような配慮をしながら指導・支援を行えば良いのか、フィードバックや相談の中で取り上げるべきトピックは何かといった情報を収集した。そして、ここで得られた情報をMWS やストレス・疲労のセルフマネージメントトレーニング、MNへの般化指導等に関連付けることができたので、多領域にわたって整合性のある指導を行ったり、支援者間で生徒の実態や指導経過、生徒の変容等について情報共有したりする上で有用であった。  本校では、こうして得られた知見を自主生産作業や委託加工作業にも取り入れた。普段の作業学習でも課題分析を行い、効果的な支援のあり方を考え、セルフマネージメントスキルを高めようと考えたのである。これにより生徒の成長が一層促されたことも重要だったが、経験則の違う教師集団としてこの考え方を共通理解できたことも、非常に有意義だった。 (3)外部との連携  さて、ある現場実習では、教師が事前に職務分析を行い、補完手段や補完行動、対処行動について検討した。事前打ち合わせ時には、生徒の特性と支援方法について実習先の担当者と話し合い、校内と同様の対応がとれるように共通理解を図った。具体的な支援方法はマニュアルに整理し、記録用紙も作成し、担当者が行えるよう共に準備した。その結果、学校で行ってきたことをほぼそのままの形で実習先である企業でも行うことができ、安定した作業成果をあげた。校内での補完手段・補完行動を「場面」と「支援者」を代えて実践でき、その有効性を確かめることができた。このことから、TPは、円滑な移行支援を目指す体制作りを効果的に促進するツールとしても機能する可能性があることがわかった。 5 まとめ  ここまで、総合学習を教育課程の中心にすえた特別支援学校(知的障害)高等部普通科における職業教育の一実践について述べてきた。在籍する生徒の実態や学校の規模、教育課程編成方針、地域性の違いがあるので、一概に論ずることは難しいが、渡辺2)が述べたように、特別支援学校(知的障害)では、作業学習や進路学習、それに現場実習を関連させた、新たな教育実践において、障害特性を踏まえた個に応じた具体的な支援の方法が求められている。  さて、就職試験に合格したT子は、本校を卒業し、企業就職を果たした。就職先では、読み上げやポインティング、指示書の活用といった補完行動が定着し、数値入力等の作業では、ほとんどミスの無い作業遂行が可能となった。課題であった情動のコントロールについても、社内における対処方法を確認したことで、早期に改善することができた。これも在学中の現場実習時から、TPに基づく指導の経緯や支援の在り方について情報共有しながら連携してきた成果である。  こうした結果から、筆者は、教育分野-特に特別支援学校(知的障害)におけるTPは、キャリア教育の推進における多面的なアプローチを可能にする包括的なシステム、ツールであり、今日的な教育の課題に対する一つの有効な方策であると考えている。よって、今後も実践を積み、検証を重ねることによって、生徒が職業生活に必要な理解を深めるとともに、様々な職業に関する能力を高め、将来の社会参加につながる力を伸ばすことを追求したい。   1) 松為信雄、菊池恵美子編:「職業リハビリテーション学[改訂第2版]キャリア発達と社会参加に向けた就労支援体系」p40-43 共同医書出版社(2006) 2) 渡辺明広:高等部の研究に寄せて「特別支援学校は今!〜一人一人の教育的ニーズに応じた授業づくりとセンター的機能の実際〜」p118 静岡大学教育学部附属特別支援学校(2008) ?? ?? ?? ?? 特別支援学校から企業への移行と連携についての考察 −トータルパッケージの体系的利用による成果− ○長谷川 浩志(株式会社メディアベース 専務取締役)  徳増 五郎・大畑 智里(静岡大学教育学部附属特別支援学校)  川口 直子(株式会社メディアベース) 1 はじめに  当社は、株式会社としての障害者雇用部分と、障害者福祉サービスとしての就労移行支援部分の両面を持ち合わせている。この中で、トータルパッケージを媒体とした特別支援学校(知的障害)との連携による移行の取り組みを昨年から行ってきた1)。今回は移行後の具体的な状況とともに、トータルパッケージの活用状況について発表する。 2 企業移行の経緯  第16回職業リハビリテーション研究発表で発表した、事例「T子」に関しての実習成果に関しては従前の報告のとおりである1)。その後年末になりT子担当教諭より、「T子が内定していた企業から、雇用状況悪化により内定取り消しになってしまった。御社で採用を検討して貰えないか?」の提案があった。従前の実習では「校内(特別支援学校)での技法が、企業実習でも有効であるか?」の検証であり、当社としても採用を前提に実施した訳ではなかった為、急な提案に戸惑った。しかし、T子の“業務に対する前向きな態度”“あらわれ”“有効な技法”を理解していた為、採用試験を兼ねた再度の実習で判断する旨を回答し、了解を得た。  今回は、前回の実習とは逆の方法を取ることとし、「実際の業務を事前に校内で学習し、その内容を企業内で般化出来るか?」「採用基準の課題を遂行できるか?」の2点に重点を置いた。      図1 課題の相互般化  図2 タイムカード転記     図3 封入作業 3 事前準備  採用を視野に入れた実習の実施にあたり、急遽業務分析を行った。まずは、当社の様々な業務を洗い出し、T子が出来そうなこと、難しいであろうことを精選し、その中から更にルーティンワーク度が高い業務、「タイムカード転記」「封入作業」「修正作業」「ラベル貼り作業」に特化して判断することとした。また事前に担当教諭にこれら業務のサンプルとポイントを集約した資料を渡し、校内学習が行い易いよう準備も行った。なお、校内での事前作業においては問題なく遂行出来ていた。 4 実習成果と採用  採用実習は2回に分け、以下の日程と目的を持って実施した。 (1)平成21年1月19日〜1月23日  目的:企業側の要求に合わせた作業遂行が可能か? (2)平成21年3月17日〜3月24日  目的:実習場所の般化並びに、実務+幕張ワークサンプル(以下「MWS」という。)のOAワークを組み合わせた、タイムスケジュールに沿った作業遂行が可能か?    注)事業所移転の為(1)と(2)の実習場所は異なる  (1)の実習では、過去に実習を経験した場所であると共に、事前の校内学習の成果もあり問題なく業務遂行は行えた。またT子の最大の課題である情動のコントロールについても、自分で対処する姿が目立った。以上のことから、最低基準は満たしているとの判断をし、内々定を下した。  (2)の実習では前述したとおり、事業所移転で業務遂行場所が新しくなったため場所般化を危惧していたが、実習3日前に母親と下見に来るなど     図4 修正テープを用いた修正作業   図5ラベル貼り作業 積極的な事前準備行動により、環境因子に起因する問題は起こらなかった。  実務課題に関しては、(1)の実習の流れを踏襲した上で、新たな課題「ファイル整理」「押印作業」「MWS・OAワーク」などを組み合わせ、T子が入社後に実行するタイムスケジュール並びに内容で実施した。結果、新たな課題に関しても、補完手段と得意な作業(前回の実習で行った)との組み合わせで問題なく遂行出来た。一度だけ情動のコントロールが効かなくなり別室に避難させたが、20分で自己復帰出来たことにより許容範囲と判断した。 なお、T子の卒業後及び春休み期間にも関わらず「学校からの実習依頼」として、担当教諭も待機して下さる等の支援は、本人並びに事業所にとって非常に心強かった。これがT子の頑張り、事業所の最終決定に大きく貢献したと考える。 5 MWSの企業現場での実践  以上の経緯を辿り、T子は当社に4月1日入社となった。  最初にT子の長期目標を設定した。 (1)確実な業務遂行 (2)事業社内でのセルフマネージメント確立 (3)様々な業務を習得する  次に月間目標を設定した。 図6 月間目標  更に週間スケジュールも掲示し、「今何を遂行すべきか?」を常に意識づけるような環境を整えた。 図7 補完手段(週間スケジュール)    また、T子の長期目標を遂行する為に、実業務の間にMWS・OAワーク数値入力、数値チェック、作業日報集計を週2回午前中2時間設定し、基礎能力向上を視野に入れたスケジュールとした。T子は学校で何度かMWSを体験しているが、最後に実施してから1年ほど経過していたため再度ベースライン取りから開始した。最初は手間取っていたが徐々に思い出し、予想以上に早い期間で通常通りの試行がおこなえた。なお、実施にあたっては速度よりも「正確さ」、「セルフマネージメントの強化」を重点目標とした。  どれも初月はミスが続いたが、システマティックインストラクションや補完手段により、OAワークについては2ヶ月目からは各回(レベル6−試行数6−BL10)で1ヶ月を通して1回ミスがあるか?の程度であり、数値チェック、作業日報集計は(レベル1、2−BL1,2)の段階だが、100%の正答率が続いている。この事から本人において「数値が絡む作業」に関して得意意識を持ち始め、補完行動である「読み上げ」「ポインティング」も身に付いたことが伺えた。  実作業面でも、数値を中心とした作業ではこれらの行動が実践され、殆どミスの無い作業遂行が可能となって来ている。元々実習時より続けていた数値絡みの作業であるが、ここまで正確に遂行出来るとは予想していなかったが、実務レベルでもMWSを活用することで、実務とMWSの相互作用によるレベルアップが可能な事が実証された。  またもう一つ大きな成果としては、「メモリーノートのカスタマイズ」が挙げられる。当然業務指示時には、ノートに手順や注意点を記録するよう指示しそれを行っていたが、その中から本人自身が更に精選した重要事項を、私物であるシステム手帳に自主的に記録するまでに成長した事は、MWSの実践と結果が動機付けとなり、自らに般化した証明と考える。   図8 メモリーノートの般化 6 T子のあらわれ(継続の重要性)  特別支援校からの実習〜採用と順調に移行した感がある本事例であるが、実は採用後約2週間程経過した時期に最大の特性発露が起こったことがあり、移行の難しさと手法の継続性の重要性を改めて強く認識した実例を述べる。  企業現場において、日々若しくは時間単位で業務が動いている事は当然の理であり、臨機応変に対処する能力も求められるものである。T子に関しても急務では無いが、様々な業務や業務パタンを少しずつ体験させるべく、ルーティンワークを中心としたプログラムの中にも、当初から作業系の課題も組み込んでいた。T子においては初めての作業であることから、事前の通知は勿論、補完手段を出来る限り用意し作業に望んだ。  最初の3日は大きな問題も無く進んでいるように思えたが、一度作業態度に関して注意されてから作業に対して苦手意識が芽生え、それでも与えられた業務を続けていたが、その2日後に完全に情動のコントロールが効かなくなり、別室に退避したが遂に終業まで復帰する事が出来なかった程の最大の発露であった。そこでその日の内にT子担当教諭に相談を持ちかけた。相談にあたっては入社以降の業務日誌を示した上で、事態について詳しく報告を行った。その中で指摘された事は、出社時及び作業直前の「セルフインストラクションの徹底」であった。  入社時より補完手段として「約束ごとの明示」「スケジュール及び作業内容の明示」は行って来た。しかし、本人の状態に大きく問題が無かった為、セルフインストラクションは敢えて行っていなかった。この事が“新しい仕事に対する不安”“苦手意識”となり、蓄積されたものが表出されてしまったようである。そこで早速セルフインストラクションの徹底をおこなうこととした。T子が在校時に行っていた「5つの約束」を出社時に、各作業開始時に業務に合わせたインストラクションを毎日行うこととした。 ?例1 苦手な作業時?  「○○作業(作業名)を行います。解らないことや困ったら相談します。」 ?例2 通常作業・MWS?  「集中して、正確に注意して行います。」  これにより、本人の「気を付けよう」と云う意識も高まり、作業中に止まる若しくはコントロールが効かない、と云う状態はほとんど表出しなくなった。   この件で学んだことは、「補完手段、補完行動のフェイディングの難しさ」である。インストラクションを意識的に抑えた訳では無かったが、T子が思った以上に早く環境及び基本業務に慣れた為に「出来るであろう」という先入観から、本来行うべき手順を踏まなかった部分があった。しかしT子側に立ってみれば、手順を踏むことは心の準備や仕事に向かう気持ちの切り替えとしての行動のため、手順を踏まないことは「出来るだけ良い状態」で仕事に臨んでいなかった事になり、大きく崩れてしまうことは予想された事であり、無理なフェイディングの結果であったと反省した。一見順調に遂行されていると思われるケースでも、その時は悪化せずとも、累積した中で発露される事例であろう。T子自身も手順を踏む重要さを再認識しセルフインストラクションを積極的に活用することにより、困った時の対処も自ら行えるようになり始め、何よりも「働く姿勢」の意識付けが成された点で大きな評価をしたい。 図9 T子の業務日報    本事例で重要な事は特別支援校(送り手側)との「継続的な連携体制が確立」されていたことである。特に企業就労では、障害者健常者関係なく初期段階の形成が重要であり、周囲の協力を得る意味でも当事者の積極的な取り組みはキィとなる。既に第三者であるにも関わらず、T子の経過を理解していると共に、共通の指導技法に立った分析により的確なアドバイスを貰えた事は、問題が発生した時の解決・指針として事業所にとっては非常に心強い対応であった。 7 トータルパッケージの体系的な利用  以上のような大きなあらわれの対処行動は勿論であるが、日々の業務の中で起こる事に対してもトータルパッケージは有効である。また、MWS・MSFAS・メモリーノート等の中から当事者の特性に合わせて利用する事が可能だが、これらを体系的に利用することで連続性となり、それぞれが相乗効果を生み出すことも実証できた。特に企業現場では実務処理が優先であり、ともすれば基本的な能力の向上を見過ごしてしまいがちになり、ルーティンワークの域を出なくなってしまうが、このトータルパッケージを業務の合間に差し込む事により、実務と能力向上のパラレル思考が可能になったと考える。  特に本事例のT子の場合においては、その相乗効果が顕著に表れたと考えている。以下の結果表(表1)を見て解るように、どの課題も回を重ねるごとに正確性が高まっている。また、主目標では無いが速度も安定してきており、これと呼応するように実業務面でも「実績表転記」をはじめ(数値)を扱う業務では、  ○声による読み上げ  ○ポインティング(定規など含む)  ○最低2回の見直し を自主的に行い、ケアレスミスが殆ど無くなっている。 表1 結果表  ただし、ここで重要なことはMWSと実務の目標を同じに設定することと、今回のようにMWSと実業務の遂行援助者が異なる場合、支援者間での事前の指示内容の統一が重要と考える。  また、“業務で結果を出せていること”はT子の自信や不安解消にも繋がったのだろうか、感情のコントロールの面でも非常に安定しており、入社当初と比べると業務中の集中力が確実に高まってきている。 8 まとめ  以上のように、特別支援学校からの移行〜事業所内での試行〜トータルパッケージの体系的な利用を変遷することで、T子のエンパワメントを少しずつだが引き出せてきている。これも前述したとおり、トータルパッケージと実務の相乗効果であると考える。  また、日々実践を通して学ぶことと、トータルパッケージなどを活用した基礎力のアップは企業内では非常に重要であるとの結果が得られた。特にエラーレスが基本のT子では、実践で失敗してしまうとそれが即悪いあらわれに繋がってしまう 図10 相乗効果 ため、本組み合わせが有効であることが実証された。確かに、何度か情動のコントロールが効かない場面や導入部分ではミスも多かったが、基本的に業務への大きな支障は出ず、逆に自己認知や体験といった自助部分や、「MWSと実務の融合」を目標とした中では予想以上の成果が出たと確信している。  ただし、このバランスや結果はそれぞれの業種、事業主基準により変化してくる部分であり、対象者の特性にも大きく関わってくると考える。  今回の実践で心がけたことは、  (1) 出来ること、得意な部分=伸ばす  (2) 出来ないこと、ニガテな部分=配慮 である。これは職業レディネス形成の上で必要な部分であるが、就労後でも重要であることが実証されたのではないだろうか。  今後も引き続き本取り組みをおこない、一歩ずつステージを上げ「セルフマネージメント」「情動のコントロール」に更なる磨きを掛けてゆき、職務範囲の拡大による賃金アップも目指してゆきたい。  このため既に、「T子リーダー計画」と名付け、彼女が習得した業務に限定した中でT子がリーダーとなり、他の利用者や事務実習者に手順説明するとともに、工程管理などを采配するプログラムを実施し始めたところである。 <文献> 1)長谷川浩志他「特別支援学校(知的障害)の職場実習の受け入れについての一考察」「第16回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集PP146−149(独)高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター 精神障害のある人の多様な働き方を実現するために −トータルパッケージ活用事例から見えてきたこと− ○香野 恵美子(社団法人やどかりの里 やどかりの里授産施設 施設長)  堤 若菜 (社団法人やどかりの里 労働支援プロジェクト) 1 はじめに  社団法人やどかりの里は、精神障害のある人の地域生活支援を柱に活動を展開している。やどかりの里労働支援プロジェクトは、2006(平成18)年、法人内の作業所等を利用するメンバー(精神障害があり、やどかりの里の何らかの資源を利用している人)からの、積極的に訓練して一般就労したい、という声を受けてスタートした。同時期に、障害者職業総合センターから研究協力の依頼を受け、職場適応のためのトータルパッケージ(以下「TP」という。)を試行的に導入し、3年が経過した。この間,集団プログラムや個別の支援のなかで、アセスメントや作業の傾向をつかみ補完手段の定着をはかる継続作業、セルフマネジメントの向上、などに使用してきた。また、法人内の作業所等でも一部使用を始めた。これらのTPが、本人や支援者にどのような影響をもたらしたのか、これまでの取り組みをまとめているところである。 2 本稿の目的  精神障害のある人の多様な働き方を実現するような環境づくりをすすめていくうえで、本稿においては、やどかりの里の労働支援の場でのTPの活用状況に着目し、実用の可能性と課題について整理したい。 3 視点  次に着目し成果と課題を明らかにする。 (1)やどかりの里の働く場でのTP導入の実際 (2)労働支援プロジェクトのTP導入の実際 (3)利用した側からの見たTPの実際 4 やどかりの里の働く場におけるTP導入の実際  やどかりの里では、地域小規模作業所5ヶ所、小規模通所授産施設、授産施設、福祉工場を運営している。各働く場において次のようにTPを部分利用している。 (1)MSFASを労働アセスメントシートにアレンジ ①導入状況  2008年度に、働く場共通のフェイスシートと労働アセスメントシートを作成した。主に働く場を希望するときに、その人の背景や周辺の状況を知る手立てとしている。労働アセスメントシートはM−ストレス・疲労アセスメントシート(以下「MSFAS」という。)をアレンジした。構成は次のとおり。  労働アセスメントシートは,原則対面で記述してもらっている。7−3シートなど必要に応じて使う場合もある。また、新規受け入れ時だけでなく、働き始めてからも生活リズムや疲労への対処など随時使用している。なお、福祉工場を希望する場合は労働支援プロジェクトが窓口になり、ワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)簡易版、ウィスコンシン・カードソーティングテスト(以下「WCST」という。)も用いてアセスメントしている。各働く場においては、体験・試験利用、実習を1〜3カ月程度行い、互いの協議で本利用(契約)となる。 ②活用して  小規模作業所や授産施設など事業規模や人員配置が異なるなか、また、生産活動を主とする働き場において限られた時間のなかで、職員の経験を問わず、ある程度一定の視点でその人の背景を知るツールとして機能していると思われる。  筆者も使用しているが、一方的に支援者が聞きとるのではなく、本人が記述することでその人らしさに触れる機会ともなっている。また初対面でも、例えば職歴を記述している場面で、「このあとに病気が悪くなっちゃってね…」と切り出されることがあり、記述にとどまらないお話を伺わせていただくきっかけにもなっている。  もちろん、働き始める際のアセスメントには、シートだけではなくその人がこの働き場を希望するに至った背景、今、そしてこれからへの思いを伺う。また、実際に働くなかで本人と相談しながら働く場とのマッチングを行い、支援計画に反映させていく。 (2)作業改善に向けたM−メモリーノート ①導入状況  M—メモリーノート(以下「MN」という。)は、現在、福祉工場では13名(職員1名含む)、小規模通所授産1名、授産施設6名が使用している。  使用目的はそれぞれ異なるが、①スケジュール管理、②行動管理、③作業工程の把握、④重要事項の把握、⑤家族や支援センターとの情報の共有、などに使用している。 ②活用して  MNを活用する人が多い福祉工場では、MNを持ち歩き仕事内容について自己点検をする姿が見られる。導入の際に、課題を指摘し改善するというよりも、「あなたと一緒によりよい仕事づくりをしていきたい。そのために効率化できるところは効率化を図り、仕事をよりよくしていけるといい」という期待とともに伝えており、そのこと自体が自己価値を高める機会になった人もいた。実際に取り組むなかで、その日自分が取り組んだことを確認でき自信が持てるようになった人や、記述することで仕事内容を覚えることがわかり、改めて自身の障害や病気に気付く人もいたようだ。 5 労働支援プロジェクトのTP導入の実際  労働支援プロジェクトは次の業務を担っている。  1 就労準備期におけるアセスメント  2 就職活動  3 就労期における定着支援,離職支援  4 集中プログラムの企画と実施  5 福祉工場利用希望者のアセスメント  6 福祉工場事業ピアサポート事業   (ピアサポート従事者の作業改善・定着支援)  7 福祉工場事業就業支援事業           (社会適応訓練事業窓口)  上記のうち次の場面でTPを利用している。 (1) アセスメント(短期) ①導入状況  次のいくつかを試行しつつ,面接相談のなかで整理する。 ア WCSTによる推測する力の見立て イ MWS簡易版の実施と評価 ウ MSFASの記入により周辺情報の整理 ②活用して  ア〜ウの一連の作業には、1回2時間程度、3日間ほど要する。これらにより作業の遂行性や周辺情報を把握する。さらにアセスメントには、これまでの経過をふまえ今後につなげる具体的な見通しを本人とともに見つけていくことが重要であろう。それには、本人情報だけでなく関係機関からの情報と重ね、また引き継いだりすることなど、他機関との連携が欠かせない。また、作業体験を継続することでしか見えてこない点もあるので、必要に応じて、作業改善や継続した作業下でのセルフマネジメントなどを見つけていくような、次の段階のアセスメントに取り組む。 (2)作業を通しての作業改善,セルフマネジメント ①導入状況  MWS訓練版を活用し、作業遂行上の傾向や課題の把握、補完手段の会得や職域の拡大をはかる。休憩時には休憩シートを用い、疲労の出方や休息の有効性を共有する。作業に関する留意事項や補完手段など、必要に応じMNに記入し確認する。 ②活用して  アセスメントを受けて、MWS訓練版(12〜13課題)に取り組む。1日2時間程度、週2〜3日取り組み、およそ3ヶ月程度で1クール終える感である。この間,他に希望職種に応じた具体作業をいくつか盛り込んでいく。  短期のアセスメントを終えて、もう少し就労準備の必要を感じる人にとって、MWS訓練版を活用できた。まずは,当面のプログラムとして取り組めることは、支援者側にとっても貴重な材料であろう。また、作業課題にいくつかのバリエーションがあることで得手不得手を本人と改めて確認し,視野を広げる機会を得た人もいた。そして、ある程度の作業量とレベルアップが用意され、作業傾向や補完手段の会得に取り組むことができた。 (3)集中プログラム ①導入状況  2006〜2008年度に行った集団プログラムのなかでTPの導入状況を(表1)にまとめた。このほかプログラムでは講義の間や1日の終わりにグループワークを組み込んだ。     ②活用して  プログラム開催にあたっては、障害者職業総合センターに全面的に協力いただいた。企画の検討から当日の講義、TPの実施、評価、個々への支援について、やどかりの里の職員も同席させてもらうなかで学ばせていただいた。  プログラム参加者の感想からは、ガイダンスと作業を組み合わせることで、一般就労が身近に感じたり、疲労度や作業傾向を客観視し、補完手段を検討したりする機会を得たようだった。また、他のメンバーの姿をみて、現実的な検討を始めた人もおり、グループワークの意味も伺えた。  支援者側(やどかりの里職員)は、作業所ではこれまで漠然と本人の得手不得手を判断していたことを省み、本人とともに機能的な障害や能力について客観的に把握し検討していく視野の広がりを得たようだ。  2008年度には、ほぼ労働支援プロジェクトが中心となってプログラムを企画するようになった。しかし、5〜10名の参加者でMWSを実施するには、支援者2〜3人の配置が必要であり、態勢の確保には法人内の作業所職員に協力を要請した。しかしながら,教示や評価についての習得には時間を要し関わる職員は限られている。また、障害者職業総合センターには随時アドバイスいただけるような環境を用意していただいている。 (4)関係機関との情報共有ツールとして  さいたま市では、埼玉障害者職業センターとさいたま市障害者総合支援センター就労支援部門にTPが導入されており、MWS結果など共通言語になりつつある。また、2008年度には、さいたま市障害者総合支援センターと共催でプログラムに取り組んだ。また、TPの結果のほか、アセスメントなどから見えてきたことを伝えるため、関係機関間で伝えられるようなシートの必要性を感じ、作成した。 5 利用した側から見たTPの実際  これまでの取り組みについて、労働支援プロジェクトを利用した人たちはどのように受け止めているか、数名にお話を伺う機会を持った。まだまとめる段階ではないのだが、いくつか紹介したい。 (1)労働支援プロジェクトを利用して  「仕事を探すにしても持っている資格を生かすことばかり考えていたが,視野が広がった」「集団プログラムや福祉工場、授産施設での実習を通して症状が軽快する働き方を見つけた」、という感想をいただいた。これまでの視野を広げたり、具体的な体験を通して体調等に応じた働き方を見つけたりする機会となったようだ。  また,「ひとりで抱えなくていい、誰かと一緒にハローワークに行ったり、そういうことがあっていいんだと思った」など、作業所等では集団で生産活動に携わる機会が多いが、そこから一歩踏み出そうとするとき,あるいはこれまでの働き方を変えようとするときに,より個別性高く集中的に関わる機関が重要であることが窺えた。 (2)TPを利用して  「MWSに取り組んでみて思ったよりもできた作業があった。選択肢が広がった。」「休憩の取り方について、1時間おきに休憩をとらないと後に響いてしまうこと、結果や集中力に影響が出てしまうことを知った。」、「テプラを覚えて使えるようになった。OAワークの『文書入力』には自信が持てた。」といった感想をいただいた。具体作業から得手不得手を客観視する。セルフマネジメントの力をつける、職域を広げる、といったことに有効であったことが窺える。 6 見えてきたこと (1)力を発揮できる場の開拓  やどかりの里において、その人が働こうと踏み出すとき、あるいは働き方を見直すときに集中的に関わる機関として労働支援プロジェクトが機能し始めている。そのなかでTPの有効性が確認されたが、一方で訓練の限界も感じており、より実践的な実習の場の開拓が課題になっている。  また、職場開拓には、現在さいたま市ではさいたま市総合支援センターが重要な役割を担っているが、ハローワークとともに障害者雇用をすすめる制度や土壌作りが大きな課題であろう。 (2)アクセスのしやすさ  あるメンバーは,「就労準備プログラムはもっと広がるといい。プログラムに出会って人生が変わった。」とまで語ってくれた。職業リハビリテーションの裾野を広げていくことは大きな課題であろう。それには,医療機関や市町村、ハローワークなど様々な窓口からアクセスでき、小規模な単位でも運営できる支援機関が整備されること、無償で利用できるといった条件のハードルが低いものであるなどがあげられる。 (3)多様な働き方を実現するために  本報告では、TPが支援機関の一定の条件整備に寄与したことがわかった。しかしながら、その人の職業人生からすればごく部分的な関わりであろう。より多くの人たちの多様な働き方を実現するには、所得保障や社会的な雇用のあり方といった大きな視座にたった社会保障があってこそである。そのことを自覚しながら,実践現場において活動をすすめていきたいと考える。 ※TPの導入経過は次を参照されたい. ・香野恵美子,堤若菜:やどかりの里労働支援プロジェクトの活動「第15回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」pp256−259 ・香野恵美子,堤若菜:精神障害のある人の多様な働き方を実現するために「第16回リハビリテーション研究発表会論文集」pp.152-155 ・堤若菜:トータルパッケージを活用した精神障害者の就労支援「職リハネットワーク №63」 職業能力開発校の精神障害者を対象とするコースにおける トータルパッケージの活用について ○下條 今日子(障害者職業総合センター障害者支援部門 研究員)  小池 磨美・中村 梨辺果・位上 典子・村山 奈美子・加地 雄一・加賀 信寛・望月 葉子・  川村 博子(障害者職業総合センター障害者支援部門) 1 はじめに  障害者職業総合センター障害者支援部門では平成19年度より「職場適応促進のためのトータルパッケージ」(以下「トータルパッケージ」という。)を主に精神障害者、発達障害者、高次脳機能障害者等に対する体系的な活用を目指して事例の蓄積を図っているところであり1)、精神障害者に対しては、福祉機関2)や医療機関にて試行を行っている。  今般、障害者職業能力開発校において、精神障害者を対象にして行ったワークサンプル(幕張版)(以下「MWS」という。)の試行状況について報告する。   2 目的  特定職種の知識や技能の付与を目的とした、職業能力開発校で行われている職業訓練プログラムにおいて行ったMWS試行の結果とその課題について明らかにする。 3 方法 (1)対象機関  今回の試行は、精神障害者を対象としたコースを擁している障害者職業能力開発校(以下「X能開校」という。)を対象とした。X能開校では、精神障害者を対象にオフィスビジネス系のOA事務コース(6ヶ月間)を設置している。  1ヶ月目から5ヶ月目までは校内で訓練を行う。6ヶ月目は校内訓練と並行して5日から10日の間で事業所にてインターンシップを行う。訓練の内容を表1に、訓練の構成を図1にそれぞれ示す。 表1 OA事務コースの内容 図1 訓練カリキュラムの構成と流れ (2)実施対象者  対象者は6名おり、全員男性である。年代は20〜30代である。 (3)実施方法 イ 実施体制  開始当初は本報告担当者が中心となりMWSを実施した。後半では、X能開校OA事務コーススタッフ(以下「能開校スタッフ」という。)も共に教示・指導等を行った。 ロ 実施内容  ワークサンプルの選定については対象者の希望を優先した上で、実施者の想定する作業可能領域を勘案し、随時決定した。さらに、実施に当たっては、作業における補完方法の確立と、疲労のセルフマネジメントスキルの向上を目指した。対象者の属性とMWSの実施内容を表2に示す。        表2 対象者の属性および実施内容等    MWS簡易版は訓練開始月に連続して2日間行った。訓練版については簡易版終了後約1ヶ月を経過した時点で開始し、1ヶ月の間に2〜3日の間隔を置きながら8日間実施した。実施後に個別にMWSの実施結果のフィードバックを行った。MWSの実施スケジュールについて表3に示す。   表3 MWS実施スケジュール 4 実施状況  6事例全てにおいて試行の効果は見られたが、本報告では特に効果が特徴的に表れた2事例について紹介する。   対象者 A  納品書と請求書の数値を照合する「数値チェック」において、行がズレないように定規を当てる補完方法を自発的に取り入れ、ミスを防止していた。  パソコンを使用する「文書入力」においては、入力後に目視での見直しを行ったが、エラーを防げなかった。そのため、補完方法として入力した文章にカーソルを当てて見直しすることを提案、実施したところ、エラーは消失した。しかしながら、全試行の入力後まとめて見直しすることがあり、難易度が上がると最後の6試行目のエラーを見つけられなかった。そのため、各試行の終了毎に見直しすることを提案し実施したところ、難易度の同じ課題についてはエラーが防げるようになった(図2参照)。   図2 対象者Aにおける実施状況(文書入力)    最終日のグループワークにおいて、対象者から「見直しをすることでミスが防げるようになった」との発言があり、補完方法の導入が作業の安定に繋がることを実感している様子であった。  他の訓練場面では入力課題の際に裏紙を原稿の該当箇所に当てて行っており、あわせて入力画面にカーソルを当てながら見直しを行うなど、自発的に補完方法を取り入れ、確実にエラーを防いでいた。  さらに、事業所におけるインターンシップでは、伝票の該当箇所に事務所にあった不要な封筒を当ててパソコンへの入力を行うと共に、パソコン画面の入力箇所にカーソルを当てながら、小さな単位に分けて見直しを行っていた。その結果、事業所から能開校スタッフに「丁寧に見直しをしている」という評価があった。   対象者 B   「文書入力」における入力ミスに対して、パソコンの入力画面にカーソルを当てて見直すことを提案した。対象者がこの方法を行ったところ、エラーは消失した。その後、パソコン操作に係るエラーが散発したため(図3参照)、入力ミスに対する補完方法としての見直しの位置づけが実感できず、補完方法の確立には至らなかった。 図3 対象者Bにおける実施状況(文書入力)  その後、パソコンの訓練においては、入力エラーの際に能開校スタッフが、MWS実施時に取り入れた補完方法を用いることを促した。例えば見直しがエラーの消失に繋がった時は、「MWSで毎回カーソル当てをして見直ししたら、ミスが減りましたね」とフィードバックを行った。結果、カーソル当てや指差しを行うことが定着し、エラーの訂正が可能となり、作業遂行力の向上が図られた。  インターンシップにおいて入力作業に従事した際には、自発的に指差し確認が出来ていた。事業所から能開校スタッフに、「丁寧に確認をしている」との評価があった。  「プラグ・タップ組立」において、実施回数を重ねて行くうちに疲労を感じさせる表情になり、姿勢が崩れ、部品を取り落とすため休憩を促した。実施初日は休憩中に机に突っ伏して眠り、休憩後も部品を取り落とす状況であった。2日目は、休憩後に部品の取り落としが消失した。休憩後は毎回対象者に休憩前後の疲れ具合に関する感想を求めた上で、姿勢や部品の取り落としの状況といった、対象者を観察する中で見られた変化をフィードバックした。その後再度対象者の感想を求めた。部品の取り落としが消失した前後の変化を聞いた際には「休憩をすることで部品を落とすことがなくなった」と述べ、休んだことで疲労が軽減したという休憩効果を実感していた(図4参照)。しかしながら、疲労のサインを勘案して自分で休憩を取るまでには至らなかった。 図4 対象者Bにおける実施状況(プラグ・タップ組立)  インターンシップでは、入力作業として課せられた伝票が束であったため、能開校スタッフが作成した「休憩カード」を伝票の束の中程に挟み込み、それが現れた時に休憩を取ることとした。それにより休憩のタイミングを測ることが出来、初日から事業所の社員に休憩を申し出ることが可能となった。 5 結果 (1)作業における補完方法の確立  事例A、BともにMWSで用いられた補完方法を他の授業やインターンシップにおいて、自発的に取り入れることができている。また、事例Aにおいてはツールについても、定規にこだわらず、現場にある裏紙や封筒を用いており、柔軟な対応が出来ている。このことは、MWSでの体験が場面や状況の変化に対応して汎化したと言える。 (2)疲労のセルフマネジメントスキルの向上  事例BではMWS実施時点では疲労度に応じて自ら休憩を取るには至らなかったが、休憩効果の実感を持てた。この経験を踏まえ、インターンシップにおいては休憩を取ることを受け入れ、伝票に挟んだ用紙という具体的な手がかりによって適切に休憩を取れるようになった。自らの疲労サインを受け止めて、休憩を取る段階には至っていないが、疲労の回復やミスの軽減に繋がる休憩の必要性を意識でき、行動可能になっていると言える。 6 考察 (1)MWS体験を定着させるための仕組み  MWS実施時は、対象者が補完方法の獲得やセルフマネジメントの習得の手がかりになるような経験をした際に、その意味について即時フィードバックを行うと共に、それに対する対象者の感想を共有した。このことにより、対象者が対処行動の習得を意識づけられるようにした。  また、MWS実施の最終日に感想文を課し、それを基にグループワークを行った。グループワークの前に感想文を課したのは、MWS実施時に意識づけられた体験を文章化することで整理を図り、グループワークの発言に繋がることを意図してのことである。グループワークはトータルパッケージの内容の1つとして位置づけられており3)、今回は他者の経験を聴くことで、対象者が自らの経験を言語化し内省することを意図した。MWS実施終了後に、少し期間をおいて結果のフィードバックを行った。時間を置いてMWS実施時のエピソードを振り返ることで体験をより深めること、他者から作業の状況やその特性について伝えられることで、自らの経験を客観的に捉えるのを可能にすることを意図した。対象者はMWSの試行において設定された、実施時間内の即時フィードバック、実施終了日に行った感想文とグループワーク、終了後に行った実施結果のフィードバックを段階的に経ることで、MWSにおける体験が意識付けされ、内省化され、経験を客観的に捉えることに繋がったと言える。対象者の感想文の記述内容やグループワークの発言には、「見直しをすることでミスが防げるようになった」「休憩時間に気持ちを切り替えると良かった。席から離れてソファに座ったり、人と話したりした。眠気を振り払うことも出来た」等があり、自らの経験とともに新たな気づきが言語化され、内省の深まりが窺える。   (2)MWS体験の展開を促進したスタッフの働きかけ  MWS終了後、校内授業においても、能開校スタッフは機会を捉えては「MWSでやりましたよね」ということを繰り返し訓練生に伝えている。例えば、事例Aでは他の訓練で補完方法を取り入れた際に、能開校スタッフは「MWSで上手くいったことを訓練に取り入れたことで、更に伸びが見られる」という正のフィードバックを与えていった。事例Bではパソコンの訓練でエラーが出た時に、「文書入力」での成功体験を想起させたことが対象者の補完方法の確立につながった。 (3)まとめ  これらの仕組みと働きかけを図1に当てはめたものが図5である。MWS体験では、補完方法や疲労のマネジメント方法を取り入れたことでもたらされた成功経験が、意識付け、内省化、客観化の過程を経て、他のカリキュラムに展開する足がかりが出来た。他のカリキュラムでは、能開校スタッフが繰り返しMWS体験の振り返りを行った結果、対象者がパソコンや簿記の授業で自発的に見直しを行う、作業中に中断して自らの疲労度に応じて休憩を取るなど、補完方法の取り入れや疲労のセルフマネジメントの習得に向けた行動が校内授業においても展開されていた。さらに、より就労に近いインターンシップ場面でも発展的に展開されており、対象者の作業遂行における自立度の段階的向上に寄与していると言える。 図5 MWS体験と他カリキュラムの関係の概念図 7 今後の課題  本報告ではX能開校のカリキュラムの中でMWSの試行結果を図式化し、概念化を図った。しかしながら、本稿の執筆時には対象者の帰趨状況は明らかになっていない。今後は帰趨を踏まえて対象者にヒアリングを行い、MWSで意図した補完方法の確立や疲労のセルフマネジメントスキルの向上が実際の就業場面に発展しているかを検証することが必要と考える。また、今回の報告では言及していない「病気や生活の自己管理」等のカリキュラムや、職業意識の変化とMWS体験との関係についても今後合わせて検証していきたい。 参考文献 1)加賀信寛:トータルパッケージの多様な視点について「第16回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」p.p.134-135,障害者職業総合センター(2008) 2)香野恵美子他:精神障害のある人の多様な働き方を実現するために−支援ツールとしてのトータルパッケージ活用の方向性−「第16回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」p.p.152-155,障害者職業総合センター(2008) 3)谷素子他:精神障害者等を中心とする職業リハビリテーション技法に関する総合的研究(最終報告書)「障害者職業総合センター調査研究報告書No.57」 障害者職業総合センター(2004) 地域若者サポートステーションにおける トータルパッケージの活用について ○小池 磨美(障害者職業総合センター障害者支援部門 研究員)  中村 梨辺果・位上 典子・村山 奈美子・下條 今日子・加賀 信寛・望月 葉子・川村 博子・  加地 雄一(障害者職業総合センター障害者支援部門) 1 背景と目的  地域若者サポートステーション(以下「サポステ」という。)は、地域における若者自立支援ネットワーク整備の拠点として全国92ヶ所(2009年度)に設置されており、若年無業者とその保護者を対象に、相談、各種プログラム、職場体験等様々な就労支援メニューを提供している施設である。  2007年に障害者職業総合センター(以下「当センター」という)が行った調査1)によると、対象となった2か所のサポステにおける調査期間中の利用者で、発達障害の診断のある者は9名、本人からの開示あるいは主訴とする者は7名、サポステが判断した者は26名、計42名となっており、同時期の利用者669名に対して、6.3%を占めている。同じく2007年に、サポステと同様に若年無業者への支援を行っている若者自立塾とサポステの利用者を対象にした(財)日本生産性本部(旧社会経済生産性本部)の行った調査2)において、過去に「精神科又は心療内科で治療を受けた」経験のある者は、49.5%を占めている。これらの調査結果は、若年無業者の就労を支援しているサポステにおける精神障害あるいは発達障害を有する(疑いを含む)者への支援の必要性を示している。  このような状況を踏まえ、サポステにおけるトータルパッケージの効果的な活用の可能性を明らかにするための試行状況について報告する。 2 方法 (1)対象施設  今回の試行では、2007年に設置されたX地域若者サポートステーション(以下「Xサポステ」という。)をその対象施設としている。Xサポステの昨年度の新規登録者は312名、うち、障害が確認されているあるいは利用者自身から申告のあった者は50%を超えている(表1参照)。    メニューとしては、「意欲向上プログラム」「キャリア開発プログラム」「グループカウンセリング」「保護者セミナー」といった集団プログラムだけでなく、相談員や臨床心理士による個別面接も行われている。   (2)対象者  Xサポステの相談員が、障害や疾病の確認ができている同施設の利用者5名を対象に幕張ワークサンプル(以下「MWS」という。)を実施した。うち1名は、本人の意向により、試行初日で中止した。その他4名の概要を表2に示す。 (3)試行の方法  ① 実施体制  試行に先立って、サポステの相談員に対して、トータルパッケージについての研修(講義及び演習)を実施した。  今回の試行は、サポステで行われている各種プログラムとは関連させることなく、本研究担当者が企画し、サポステの協力の下に実施した。  ② 実施時期   平成21年2月〜7月  ③ 実施の方法と内容  1日あたり2時間から4時間の範囲で、MWS訓練版(一部に簡易版)を中心に実施し、1人あたり8〜18日間を1〜2ヶ月の間に実施した(表3参照)。  実施に当たっては、作業特性の把握とともに、作業遂行力の向上を目指し、補完方法の導入と確立、疲労のセルフマネージメントの向上を図ることを目標とした。 また、MWS訓練版等を実施後、対象者とその家族に実施結果と職業リハビリテーション(以下「職リハ」という。)の観点から就職に向けた課題や具体的な対策を説明する機会を設けた。 3 MWS実施状況と経過  表2に示した4名について、MWSの実施状況とその後の経過について以下に示す。 <事例A> [実施状況]  開始当初、実施期間を2ヶ月間(実施日数は10日間)で行う予定であったが、欠席が多く、作業特性を十分に把握することができなかったため、5日間の追加実施を行った。  MWSはOA作業と事務作業を中心に実施した。指示理解については、一般的な口頭指示だけでは不十分なことも多く、理解の状態に応じて噛み砕いた説明を必要とした。また、作業への集中力や持続力は低く、作業耐性の不十分さが認められた。 ただし、「数値チェック」や「数値入力」等作業工程の単純な反復作業については、一般参考値の平均を上回る作業スピードを示している。また、作業理解が安定し、補完方法が確立することで、エラーの軽減・消失が図られ、意欲の喚起を積極的に図ることで、作業への集中や持続に意識を向けることが促進された。  対象者と家族へのフィードバックに当たっては、作業遂行に当たっての特徴とともに、社会的ルールの順守や作業耐性の向上に向けた専門的な働きかけの必要性を伝えた。 [その後の経過]  前半のフィードバックの際に、保護者から、サポステ以外の相談機関での相談経過が話され、療育手帳の取得が許可され、専門医療機関の利用を始めており、デイケアの利用を勧められ、検討していることが明らかになる。  後半のMWS実施後、デイケアの利用を正式に決め、現在、サポステの利用は中止し、発達障害者を対象としているデイケアに通所している。 <事例B> [実施状況]  作業理解については、例示あるいは介助的な指示を必要とし、理解の定着に向けて手順書を活用したり、練習を繰り返したりする必要があった。また、数処理など基礎的な学力の不足が見受けられ、作業の遂行に影響を及ぼした。  OA作業については、対象者の希望に基づき、体験的に実施した。作業内容の理解はできたものの、学習や経験が少ないためPCスキルは不十分であり、正確な作業は困難であった。事務作業の数値の照合については、作業工程に見直しを入れることで正確な作業になったものの作業スピードは遅かった。また、その他の事務作業については適切な理解が困難であった。実務作業の作業の内容については概ね理解可能であったが、手順の安定には時間を要し、作業スピードについては一般参考値(平均)の2倍程度を必要としていた。  また、障害者を対象とする就労支援について興味を示したため、具体的な情報を提供した。 [その後の経過]  MWS等の実施と並行して、就労支援の具体的な情報を提供し、相談を行ったが、職リハ機関の利用については、対象者は希望していない。実施後、半年近く経過した時期に、作業結果について母親と話し合う機会を持つこととなり、支援が続いている。 <事例C> [実施状況]  開始当初、実施期間は2ヶ月間、(実施日数は10日間)の予定だったが、本人からMWSの全ての作業を行いたいとの希望により、実施期間を延長し、最終的には4カ月間に18回、延べ34時間(WAISⅢを含む)実施した。  PCの入力作業、実務作業、簡易で定形的な事務作業についての指示理解は、一般的な口頭指示で概ね可能であり、エラーについても、見直しを必ず行う、メモを活用するなどの補完方法を確実に行うことで、概ね自己修正可能であった。しかしながら、簡易なレベルでのエラーの出現や作業ペースがゆっくりで、ラベル作成以外の作業においてはいずれも同世代の一般参考値(平均)に比較して同等かそれ以下の作業スピードであり、作業開始後に40〜50分程度で集中力の途切れる様子が見られるなど、実際の職場においては、配慮が必要になると考えられた。 [その後の経過]  MWS実施後、対象者及び保護者に実施状況と作業遂行上の特徴、今後の就労に向けた助言を行った。後日、保護者からの希望に基づき、改めて相談を実施、生育歴やそれまでの職業経験等について聴取するとともに、職業リハ機関についての情報提供を行った。  対象者と家族との話し合いの結果、職リハ機関の利用の申し出があったので、対象者の住居を管轄するY障害者職業センターに情報を提供した。その後、職業評価、職業準備支援と継続した支援を受けている。 <事例D> [実施状況]  定型的な反復作業における指示理解は、一般的な方法で可能と判断される。「数値チェック」「数値入力」「ピッキング」といった簡易な反復作業についてはエラーの少ない安定的な作業遂行が出来ている。作業工程や条件が複雑になる「文書入力」「物品請求書作成」は、レベルが上がるにつれて、指示理解が出来ていながらも、判断の曖昧さや条件の見落としなどが現れ、作業遂行上の負荷は高いと判断された。また、「重さ計測」では音声での指示を聞き取れないことがあり、メモを取りながらもエラーがなくならず、不安定な作業状況にある。  「見直し」を工程に採り入れることで、エラーの出現は減るものの、作業時間の一般参考値(平均)を下回る結果がさらに増えることになる。 [その後の経過]  MWS実施後、対象者本人に実施状況と作業遂行上の特性についてフィードバックを行った。具体的には、作業遂行の向上のためには、職務範囲の限定や補完方法の導入が必要であり、安定した就業には、習熟に向けての時間的猶予や要求水準の軽減などの配慮を事業所に求めることが必要になると伝えた。  今後、就労に向けた現実的な方策を建てるためには、疾病による職業や生活への影響の整理を図ることが必要であり、サポステの相談員と相談を重ねていくことになった。 4 結果 (1)対象者のてん末  実施対象者5名のうち、1名は中止、2名は終了後他機関に移行し、2名はサポステを継続利用している。表2で示した4名について、そのてん末を表4にまとめた。 (2)試行の結果  上述した4人のてん末を踏まえて、試行の結果について考察を進める。  ① 自己理解の促進   ア 作業特性の理解  いずれの対象者についても、実施するワークサンプルの選択に当たっては、対象者の希望を優先し、対象者自身の当該作業に対する達成感や困難さ等についての体験の共有を図った。未経験の作業については、実際に行った感触を得ることで、自分と当該作業との関係をイメージだけでなく体験としてもつなげられるように働きかけた。  また、実施した作業において、エラーが表出した場合には、エラーの軽減や消失に向けて、具体的な補完方法を提案し、実際に行い、その軽減や消失を図り、「工夫することで改善できた」という体験の共有を図った。  このような対象者の体験を踏まえて、MWSの実施結果を取りまとめ、対象者(保護者も含む)にフィードバックを行った。そこでは、上述した対象者の体験だけでなく、作業の正確性、作業時間といった作業遂行状況を数値で示すとともに、作業の実施状況を具体的なエピソードで示すことで、対象者の作業遂行上の特性を明らかにし、対象者と共有を図った(事例A・B・C・D)。   イ 経験の振り返り  MWS実施後のフィードバックの場面では、MWSの実施結果から導き出した対象者の作業特性と過去の職業経験とを関連づけて振り返ることができた(事例A・B・C・D)。  ② 進路選択の拡大   ア 社会資源についての情報提供  個別の作業特性を踏まえて、利用可能な社会資源についての情報を具体的に提供し、相談の進捗に応じて、それらを利用することのメリットとデメリットについても説明し、対象者と保護者が具体的かつ現実的な選択肢として検討を進めるための情報の提供を図った(事例B・C)。   イ 他機関への移行  MWSの実施結果を踏まえて、個別の作業特性を対象者と保護者に示すことで、これまでの生活上あるいは職業上の困難性に対する対処の方法を見直し、困難性に応じた支援機関の利用に向けた働きかけを行い、利用に向けて支援機関との連絡や調整を行った(事例A・C)。  ③ 作業特性を踏まえた相談  MWSの実施結果と作業体験の共有を踏まえることで、生活やこれまでの職業経験についてより具体的に振り返ることで疾病や障害についての理解や受容を図り、現実の状況に応じた具体策の提案・検討を進めることを個別相談の方針として位置づけた(事例D)。 5 まとめ  サポステを利用している発達障害者や精神障害者の多くは、職歴があり、経験を踏まえた職業観を持っている。併せて、作業上の不適応、職場での対人関係や就職活動における困難さを経験していることも多い。そこで、改めて就職に向けた活動を進めるにあたっては、それまでの経験から生じているネガティブな自己評価に基づく自己理解を、作業特性に基づいた自己理解に変えていく必要がある。  今回の試行においても、対象者の希望する作業を優先的に実施し、作業体験を共有することで、対象者自身が他の人たちとの比較ではない、自分自身の作業体験に基づいた自らの作業特性を把握できるように働きかけている。さらに、これまでとは質的に異なる自己イメージを受け入れるにあたっては、作業遂行上の困難性とともに、その改善に向けた具体的な体験がプラスのイメージとして受け入れられるように働きかけている。その上で、それまでの職業経験を振り返り、その困難性に対する対策について検討し、利用可能な社会資源についての情報を提供している。対象者によっては、このプロセスを経て、より専門的な機関への移行につながっている。  また、MWSを行うことで、個別の作業特性が明らかになり、疾病や障害の影響についても推測が可能になることで、相談員は個別の相談活動において、共有できる経験と具体的な提案の可能性を持てることになった。  これらは、これまでのサポステの支援内容では十分に対応できなかった利用者に対する個別支援の充実に向けた展開として捉えられる。  最後に、今後のXサポステでのMWSの本格的な実施に向けて課題を検討しておきたい。  まず、1つ目として実施体制の整備が挙げられる。サポステでは、相談員3名が、プログラムや相談活動の合間にMWSを実施することになるため、限られた時間と人員を踏まえた効率的な実施の枠組み(方法)を具体化することが求められている。  2つ目は、対象者の選定である。今回の試行に当たっては、対象者5名のうち、1名が試行1日で中止となっている。今後の本格的な実施の検討に当たっては、実施の目的と方法、実施体制に応じた対象者の選定についての留意点についても整理を図ることが必要だと考える。  3つ目は、技術移転である。今回は、本研究への協力の一環として試行を実施したため、本研究担当者がMWSを実施している。今後、具体的な実施方法に応じて、Xサポステのスタッフ(相談員)への速やかな技術移転を図る必要がある。  <文献> 1)(独)高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター資料シリーズNo.39「就職困難な若年者の就業支援の課題に関する研究」2008 2)(財)社会経済生産性本部「ニート状態にある若年者の実態及び支援策に関する調査研究」2007 PC業務遂行のための在学中からトータルパッケージを活用した 就労支援の事例について ○伊藤 英樹(静岡県立御殿場特別支援学校 教諭)  植松 隆洋・笹原 雄介(静岡県立御殿場特別支援学校) 1 はじめに  日本の産業界の構造が変化しており、現在「流通・サービス」「家政」「福祉」に関わる産業が増えてきている。これらの産業の中には、事務サービスに関わる仕事が多くある。特別支援学校の生徒の中には、実際に事務サービスに関わる就業体験をしたり、産業現場等における実習(以下「現場実習」という。)を体験したりして、その後就職している生徒もいる。事務サービスにかかわる業界では、この種のキャリアトレーニングを積んだ人材を求めている1)。また、民間企業で就職したいという本人・保護者のニーズの高まりを受けて、進路学習や職業教育をどのように進めていくかについては緊急の課題となっている2)。  木村らは、近年養護学校等における「特別支援教育」では、従来の特殊教育対象の障害だけではなく、「軽度発達障害」を含めた障害のある児童生徒の自立や社会参加に向け、一人一人の教育的ニーズに応じた教育や支援が求められているとし、その一つの方法として、職場適応のためのトータルパッケージ(以下「TP」という。)の活用について検討した3)。   本校でも重度の障害があり、円滑に作業に取り組めなかったり、コミュニケーションに著しく課題があり、職場の人間関係を適切に構築できなかったりする生徒たちに対して、就職に向けて支援するためには、高度な理論と方法が必要になるという考えに基づき、平成19年度よりTPを導入した2)。   本報告では、公的機関における障害者雇用の促進及び知的障害者の雇用を検討した結果、雇用に結びついた軽度の知的障害のある生徒のPC業務遂行のための就労支援について、在学中の現場実習やTP活用等の事例と就労後の様子について報告する。 2 概要 (1)就労者プロフィール  氏名:Aさん  年齢:19歳  障害種別:知的障害  障害程度:療育手帳B 学歴:中学校特別支援学級、特別支援学校高等部卒業  (2)就労先概要  就労先:B市役所  就労部署:環境課       市内2カ所在る関連事務所を期間(2〜3ヶ月)ごとに配属。  業務内容:廃棄物管理業務  作業内容 ① PCでのデータ(数値・文字)入力及び事務作業 ② 最終処理場での受付業務及び廃棄物の解体・分別作業  雇用形態:市臨時職員(6ヶ月毎に契約更新)  勤務時間:8:15〜17:00(月〜金曜日の勤務) 3 在学中の就労支援 (現場実習の経緯)  Aさんは、高等部2年生の現場実習からPC業務のある現場実習を体験し、3年生になるとPC業務のある事業所での就労を強く希望するようになった。 (1)1年時の現場実習  初めての現場実習では、3名の同級生と3日間のグループ実習を行った。自動車部品のバリ取り作業に取り組んだ。挨拶や指示理解、作業の正確さ、速さや集中力については高い評価を受けた。反面、休憩時にはどう過ごしてよいのか分からず、ただ立ちつくし、仲間の様子を窺う姿がみられた。休憩時の過ごし方が課題となった。  (2)2年時の現場実習 イ 衣料品の店舗内作業  2年生に進級し、1回目の現場実習では、障害者雇用を積極的に推進する衣料品メーカーでの店舗内作業に取り組んだ。衣服のハンガー掛け、サイズタグ付け、品出し陳列、値札貼り等々様々な作業に取り組んだ。10日間の実習においても、周囲の従業員に積極的に関わることができず、コミュニケーション面での課題はあったが、雇用の可能性があると評価を受けた。  現場実習や進路学習を進めると、進路希望が絞り込まれてきた。製造業や小売販売等の業種よりも、関心を持っていたPC業務を、実習先や就労希望先として強く希望するようになった。本校職員による職場開拓により、衣料品メーカーの物流会社において事務業務の実習が可能となった。 ロ 2年生時のPC業務での現場実習  2年生で2回目となる現場実習では、下記の事務作業を行った。 ① ブランド別の下げ札を選ぶ。 ② 店舗からの発注表から数値や文字を入力し、レイアウトチェック後プリントアウトする。 ③ 下げ札を発注分の衣服に機械で糸付けをする。  入力する数値や文字数が少ない下げ札ならば、実習の1週目は毎時間246〜345枚の出来高であった。実習後半には、毎時間500枚まで伸ばすことができた。この作業能率は、一般パート採用の従業員とほぼ同レベルであると評価を受けた。  勤務態度や礼儀正しさなどが好評であった、一方、前日までに習得した作業手順の中で細部を忘れてしまい、作業が滞る場面もみられた。また、生真面目な性格で、非常に緊張しながら作業を進めている様子が周囲の者からも感じ取れるようであった。  実習後の自己評価の中でも、周りの者との関係性についての不安感を抱いているようであった。作業における補完手段や補完行動、ストレスマネージメント、職場でのコミュニケーションの取り方などの課題が挙げられた。  その後、雇用の可能性があると評価を受けていた下げ札作成のPC業務が社内業務再編のため消失することとなった。そのため、卒業後の就労先の変更を余儀なくされた。 (3)3年生時の現場実習  青木4)によると、公的機関では事務など知的障害者に不適とされていた職域が比較的多く、生産や労務といった職域が少ないか、または外部に委託されていることがしばしばあり、知的障害者に適した職域の開発や働くための環境の整備が進んでこなかった理由と考えている。  Aさんが居住するB市で知的障害者の雇用について検討を進めていることを知り、検討の初期段階からPC業務についての要望を出すことができた。庁内での検討を経て、環境課での雇用を検討する目的での現場実習が可能となった。実習先とのPC業務の内容を検討する中で、数値入力、文章入力等が就労のための必要条件となった。実習前後に校内での指導場面で、TPのOAワークをとおして効率的な訓練や指導とともにストレス・疲労のセルフマネージメント・トレーニングを継続的に行うこととした。 イ B市役所での現場実習(1回目)  環境課廃棄物管理事務所の関連施設での実習を行った。廃棄物処分所では、ゴミ搬入車両の車番号や重量等の数値入力を行った。また、受付の窓口業務を担当し、搬入者へ伝票記入や搬入場所についての説明等も行った。また、ゴミの回収業務を行う職員が回収後に遂行するPC入力作業も試験的に代行した。日時、収集場所、種別、収集量等が記載された手書きの一覧表から定型の入力画面に数値や文字を入力した。  勤務態度や指示理解、作業の正確さなど高く評価された。職員から数値入力でのTABキー、Enterキーを効果的に活用することの助言を受け、定型の入力画面への入力スピードが上がった。数値入力以外の作業以外でも臨機応変に業務変更に対応できるかを次回の課題とした。また、WordやExcel等の機能をより理解して操作することも課題となった。一方、Aさんに、定型的あるいは専門技能を必要としない難易度の低い業務を職務の中心に据える等の職務内容の編成が職場内で行われた。職務再設計のための課題分析5)の実施がなされた。Aさんの状況に合わせた職務の実施方法や職務内容の変更により、安定した作業遂行が可能となった。そのことにより、事務所内の業務の効率化にも貢献することとなった。 ロ B市役所での現場実習(2回目)  2回目の実習では、次年度からの雇用を想定して、複数の業務を試験的に行い、課題を把握する目的とともに、課内で業務内容の調整を図ることとなった。そのため、事務作業に加えて、実務作業もあわせて行った。 ① 事務作業 ・ 苦情調査内容の要約入力 ・ ゴミ収集のデータ入力 ・ 環境測定値データベース入力 ・ 業務計画表の入力(word) ・ 地図への地点記入と照合作業 ・ コピー、印刷、封入等の作業 ② 実務作業 ・ 不燃ゴミの分別 ・ 廃棄物の回収補助 ・ 粗大ゴミの解体作業 ・ 地下水の水位測定  幅広い内容の作業であったが、分からぬことは周囲の職員に質問しながら正確に遂行した。他の職員とのコミュニケーションも取れるようになり、1回目にくらべ緊張も幾分解れたようで、明るい表情で作業に取り組んでいた。休憩中はストレッチをしたり、お茶を飲んだりしながら過ごすことができた。 4 PC業務に対する在学中の指導 (1)TPの活用  Aさんは3年生となり、PC業務での就労を強く希望するようになった。また、現場実習や就労後の作業内容を想定すると、2年生までの経験を踏まえて、PC業務遂行力を高めることをねらい、より効果的な訓練・指導が必要となった。  TPでは、実際の職場に近い作業を実施していく中で、作業毎のエラー内容、作業時の疲労・ストレスの現れ等、気づくことができるように支援を受けることになる。また、作業上の障害の現れに対してどのような適用方法があるのか、具体的な対処方法について学習することができる6)。  そこで、職場で想定される作業内容との類似性の高い、OAワークの中の数値入力を選定し、現場実習の事前や事後学習の時期を中心に、教科学習(数学)の中で継続的に取り組んだ。   図1 Aさんの数値入力の平均時間変化 イ OAワーク(数値入力)  Aさんの数値入力(レベル1、レベル2)の1課題における平均時間の変化を図1に示す。実施時期は、3年生進級後の5月、1回目の現場実習事前期間の6月、2回目の現場実習事前期間の9月、2回目の現場実習終了後の11月となる。レベル1では、5月は17.6秒であったが、2回の現場実習を経て、11月には13.4秒となった。また、レベル2では、5月が25.0秒であったが、11月には、平均時間が22.4秒で数値の入力作業ができるようになった。 ロ OAワークでの補完行動  Aさんが数値入力に取り組む中で、行ズレ(前後の設問と同じ答えになる)や見落とし(文字数が足りない、あるいは多い)などのエラー内容が目立った。そこで、現場のPC業務でも活用し易い補完行動について、具体的な内容と行うタイミングについて指導した。 ① 入力中と入力後には必ず目視で見直す。 ② 入力後にポインティングしながら見直す。  このような対応をした結果、特に2回目の現場実習以降は、目視、ポインティングもスムーズになった。数値入力課題の時間短縮や、エラー発生の頻度も低下した。補完行動を身につけ、作業遂行能力を高めていると思われる。実習中も、画面上のポインティングだけではなく、集計用紙に記載のされる数字と画面上の数字とを確認しあう姿が見られるようになった。2年生時の実習後の評価の中で「前日までに習得した作業手順の中で細部を忘れてしまい、作業が滞る場面がみられた」という指摘を受けた。手順を想起できず、作業が遅れることに対して、手のひらサイズのメモ帳の携行を勧めた。さらに、記入後に自分が読み返しても、思い出しやすい長さの語句で内容をまとめるように指導した。作業場面でのメモを活用し、手順を遵守する姿が見られるようになった。 ハ ストレス・疲労のセルフマネージメント  Aさんは、自分自身の疲労の状態を判断できにくく、適切な休憩の取り方が分からないようであった。現場実習や就労後の状況も鑑みて、本人が休憩方法や場所を選択して自主的に適切な休憩を取り、安定した作業遂行ができることを目指した。具体的な方法は、廊下に出てストレッチ体操を行う。給湯室に行き、お茶またはコーヒーを煎れて飲むこととした。決められた休憩時間の中で、自ら休憩方法を選択すること、作業を中断し作業場所から離れることで、疲労の蓄積による作業への影響を軽減することにつながった。   (2)PC業務遂行上課題となったことから  現場実習先からの要望や、実習での課題となったことに基づいて、OAワーク以外にもPC業務の向上につながる指導を行った。また、学校での指導以外にも、日々の家庭学習や長期の休業中の課題としても取り組んだ。 イ ホームポジションの練習  文書入力の際の効率化を図るため、ホームポジションを理解し、将来的には、ブラインドタッチでのキー操作の練習をした。継続的に家庭学習でタイピングの所用時間とミスタイプ数を記録した。図2に、Aさんのタッチタイピングの所用時間とミスタイプ数の推移を示した。初級レベルは、ホームポジションから横方向の運指が中心となる。文字入力となるが、入力中と入力後には必ず目視で見直す補完行動をとり、タイピングスピードは短縮されるようになった。 図2 Aさんのタッチタイピング所用時間とミスタイプ数の推移 ロ 文書の要約入力練習  苦情処理文章の要約入力は、環境課でのPC業務の中で比較的大きなウエイトを占めている。寄せられる苦情を定型のスペース(エクセルの表)に要約入力する。文章要約から要約文入力の流れを授業や家庭学習において練習をした。 表1 練習用苦情情報シート  表1のシート内の情報を表2へ入力する。苦情内容については要点をまとめ、文字数を考慮して要約し表2へ入力する。文章の要約力と共に、ワードやエクセルの操作技能の向上にも有効であった。 表2 練習用要約入力表 5 就労後の様子  Aさんは、各々の職場での業務遂行状況やコミュニケーションも良好であると、卒業後の職場定着指導の巡回訪問時に担当職員から聞くことができた。特に、PC業務では、課内の過去の資料をデータベース化する作業が中心となった。資料とPC画面とをポインティングしながら正確にデータを入力することを高く評価された。 6 まとめ  コミュニケーションや判断、文字や数の理解が要求される職域に従事する知的障害者は増加しており、彼らが職務を遂行するためのノウハウの蓄積や普及は確実に進んでいる。公的機関での知的障害者の雇用を拡大するにあたっては、従来の発想にとらわれずに職域を検討する必要がある4)。 Aさんも、2回の現場実習をとおして、雇用を想定した複数の業務を試験的に行うことにより、学校、就労先、家庭が、課題を共有することができた。また、課内で業務内容の調整を図ると共に、職員のAさんへの関わり方についても理解を深めることができた。Aさんの就労定着に必要なナチュラルサポートの形成が図られたと考えられる。  加賀ら7)の言う、TPの活用過程で用いられる支援技法は、企業ニーズに対応可能な職業教育カリキュラム作りにもつながることは、本報告においても実証できたと言える。 参考文献 1)全国特別支援学校知的障害教育校長会キャリアトレーニング編集委員会 編著「キャリアトレーニング事例集Ⅱ事務サービス編」、ジアース教育新社(2009) 2) 植松隆洋・伊藤英樹:特別支援学校におけるトータルパッケージの活用に関する一考察「第16回職業リハビリテーション研究発表論文集」、p.138-141、障害者職業総合センター(2008) 3) 木村彰孝・大石文男:養護学校におけるトータルパッケージの活用と展望—特別支援教育における一人一人の教育的ニーズに応じた対応を目指して—「第13回職業リハビリテーション研究発表論文集」、p.208-211、障害者職業総合センター(2005) 4) 青木律子:自治体における知的障害者雇用の課題と実践例「第16回職業リハビリテーション研究発表論文集」、p.130-133、障害者職業総合センター(2008) 5) 障害者職業総合センター 調査研究報告書No.64「精神障害者等を中心とする職業リハビリテーション技法に関する総合的研究」(活用編)、p.45-46 障害者職業総合センター(2004) 6) 障害者職業総合センター 調査研究報告書No.64「精神障害者等を中心とする職業リハビリテーション技法に関する総合的研究」(最終報告書)、p.16-17 障害者職業総合センター(2004) 7)加賀信寛、野口洋平、位上典子、小松まどか、村山奈美子、葉月洋子、川村博子:トータルパッケージの多様な活用の視点について「第16回職業リハビリテーション研究発表論文集」、p.134-135、障害者職業総合センター(2008)                               知的障害者の卒業後の雇用環境の推移と現状 −事例の法的考察を踏まえて− ○横田 滋(元東京都立青鳥養護学校 教諭)  徳田 暁(横浜あかつき法律事務所) 1 知的障害をもつ人の雇用は今益々深刻に (1)職場で続けて2度転び怪我をしたため退職勧告を受けているケースから 【A子 女子45歳】 1980年3月   T中学校特殊学級卒業。 1983年3月   都立F養護学校高等部卒業。 【職歴】 1983年4月   株式会社K設備サービス入社。        T市社会福祉会館の清掃作業に従事。 2008年     K設備サービスから25年勤続優良社員として表彰される。 2009年4月   K設備サービスがT市社会福祉会館の入札に落ちたため、職場がF市福祉会館にかわる。 【労災事故とその後の会社の対応】 2009年4月9日 清掃中視覚障害者用タイルの突起に躓いて転び、右ひざと手を怪我する。勤務終了後帰宅し母親が病院に連れて行く。全治一週間の診断書が出る。 2009年6月28日 朝出勤のため事業所内の歩道から建物の入り口に入るところで転倒、顔面を負傷。母親が外科病院に連れて行く。全治二週間の診断書が出る。2回とも労災の適用となる。 2009年7月   怪我も治り出勤しようとしたところ、会社から「2度も怪我をしているので、『就労継続可能』という医師の診断書をもらうように」と言われた。 2009年7月28日 知的障害者を長年診察してきた精神科医の診察を受け『精神遅滞はあるが検査の結果就労継続に支障はない』との診断書を会社に提出する。 2009年8月   両親が会社に呼ばれ「2度も続けて労災事故を起している。会社としては今後の安全が保障できない。進路を考えて欲しい」といわれる。 2009年8月27日 法律事務所に両親と元担任と一緒に行き相談する。 2009年9月  労働基準監督署に申立書を提出。 (2)T中学特殊学級卒業生の現状  横田は1960年から22年間、T中学校特殊学級の担任であった。その間118人の子どもを教え、12人を普通学級に戻し、89人の子どもを卒業させた。1962年から1980年の18年間に卒業した人たちの学校卒業時の状況と現在の状況を報告する。     イ 学校卒業時の状況(1962年−1980年) (イ)学校卒業時就労者 68人       正規     67人      非正規    1人(市役所)   (ロ)作業所・通所施設 12人 (ハ) 入所施設      5人 (ニ)家庭       4人     合計      89人    ※高校・高等部進学者は高校・高等部卒業時の状況 ※学力と知能指数が伸び普通学級に行った者11名は数に入っていないが、全員正規就労している。    ロ 現在の状況   正規就労  5人(男4人女1人)       製造業3人 清掃1人       タクシー運転手1人 非正規  11人 自営業   3人(建具、塗装、水道、工事) 作業所・通所施設 23人 入所施設  5人 結婚   19人(男5人 女14人) 死亡   10人(男4人 女 6人) 不明    2人(女2人)     卒業後正規就労した67人中、現在まで正規就労しているのは5人に過ぎない。しかも、そのうちの1人が現在退職勧告を受けている女性である。    ハ この20年間で卒業生の多くがクビを切られた  1980年代の後半から、卒業生の多くが次々と会社を辞めていった。会社の倒産、合併、地方移転等による退社ばかりでなく「いじめ」「いやがらせ」による「自己都合退職」が増えていった。退職勧告→労働基準監督局に相談→いじめ→退社    退職願いを書いた卒業生たちの声 (イ)あんなに優しかった課長さんがどうしてこんなに冷たくなったの (ロ)毎日がつらくてたまらない。もう我慢できない。 (ハ)前のような会社はないの (ニ)30回も面接を受けたけどまだ決まらない。     ニ 2000年には43歳男子の卒業生が労災事故で死亡する不幸な事故も  2000年3月にはおむつのクリーニング工場で働いていた43歳の男子卒業生Aが労働災害で死亡する、と言う不幸な事件が起こっている。洗濯物がシェーカー(洗濯物をほぐす直径1.6メートルの大型機械)に詰まって回転が停止した。Aがシェーカー内に入って洗濯物を取り除いたところシェーカーが自動的に運転を再開、Aは頭蓋骨骨折等の重傷を負い、四日後死亡。  事件後の民事訴訟の中で清水建夫弁護士による調査の結果、彼の工場での過酷な労働の実態が明らかになった。    Aの当時の給料  2000年2月 基本給108,000円 +職能手当35,000円 +残業代  ◇残業代 2000年1月 38,812円 (85,617円支給すべきところを大幅にカットされていた)  ※ 残業手当を含め月18万円程度  ※ 当時の最低賃金は137,850円(25日)であった。つまり、彼は就職してから27年間、昇給はほとんどなかったことになる。  ※ 当時の40歳—44歳中卒者の平均給与は月約422,000円であった。        Aの父親は心臓疾患で倒れ、寝たきりだった。母親は勤めをやめて介護に専念。生活が苦しくなり、しかも、自分の結婚の日も近づいていた。  彼は朝7時半から夜7時半まで、ほとんど毎日12時間働き続けていたのである。    (3)この20年で知的障害者の雇用は激変 イ 正規雇用から非正規雇用へ  1960年代から80年代初めまでは学卒の場合は正規雇用が原則であった。  1980年代の後半から新卒者の中からも非正規雇用での就職が出てきて、90年代に急増する。        卒業年・学校 就職者 正規 非正規 ———————————————————— T中特殊学級  1962年−   68人  67人  1人  1980年 (98.5%) ———————————————————— 知的障害養護学校高等部 1994年  236人 143人  93人       (56.8%)  1998年  162人  70人  92人       (43.2%)  2000年  222人  51人 171人       (23.0%) 2004年  221人 23人 198人       (10.4%) ※養護学校高等部の数字は都障害児学校教職員組合の進路実態調査から1)。2005年からは個人情報保護法に触れるということで調査が出来なくなる。                        ロ 就職先が中・小企業から大企業へ  卒業年    就職者 大企業 中小企業 ———————————————————— T中学特殊学級  1962年− 68人  1人  67人   1980年   養護学校高等部  1994年  268人 75人 153人            (31.8%)(66.0%)  1999年  205人 99人  97人          (48.3%)(47.3%)  2004年  221人 137人 72人            (62.0%) (32.5%)   ハ 職種の変化 【T中学特殊学級卒業生 1962-1980年卒】   卒業生89人中就職者68人  製造業52人(77.6%)塗装業3人、商店2人、養豚・建具・建設・スーパー・清掃各1 【B特別支援学校高等部卒業生 2009年3月卒】  卒業生60人中就職者30人  製造業0、調理補助7人、事務補助7人、清掃・クリーニング5人、配送5人、流通・販売3人 (4)厚労省の調査が示す知的障害者雇用状況激変の実態 イ 知的障害者は15人に1人しか常用労働者になれない    厚労省の2008年6月1日の調査で、知的障害の常用労働者は、わずか0.2%(41,767人)である。知的障害者の出現率を3%としても、15人に1人しか常用労働者になれないことになる2)。 ロ 知的障害をもつ常用労働者は1979年の7割に激減  27年前の1979年10月の労働省就業実態調査では精神薄弱者の常用労働者は0.29%だった。  2006年7月1日の厚労省就業実態調査では知的障害者の常用労働者は0.19%に激減している3)。              ハ 本当の障害者雇用率は 雇用率制度の義務化(1976年)以後増えていない    (年) (公表雇用率) (本当の雇用率)        (ダブルカウント) (ダブルカウントなし)   1961年       0.78%   1975年       1.36%   1992年  1.36%  1.08%   1993年  1.41%  1.09%   2000年  1.49%  1.10%    2005年  1.49%  1.19%   2006年  1.44%  1.10%   2007年  1.46%  1.06%   2008年  1.59%  1.14%             ※ダブルカウントにより見かけ上は増加 ※1993年 重度知的障害者ダブルカウント、身体障害・知的障害短期労働者をカウント ※2006年 精神障害が加わる。精神障害短期も0.5に ※1961年、1975年は発達障害白書50年史から4)、その他は厚労省6・1調査から計算5) ニ ハローワ−クの「障害者の就職件数過去最高」 が示すもの  「平成19年度、ハローワークにおける障害者の就職件数過去最高」という厚労省発表が昨年あった。障害者就職45,565件、そのうち知的障害は12,186件であった6)。  しかし、障害者雇用率は上昇していない。有業者数も増えず、無業者が増加している。とすると、障害者がたくさん会社を退職した、ということになるのではないか。    40歳を超えて会社を退職した知的障害をもつ人たちは現在、職安にいくら通っても、正規雇用につくことは絶望的である。週1−2日のパートさえなかなか紹介してもらえなくなっている現状は、どうしたら変えられるのであろうか。   2 事例の法的考察を踏まえた検討 (1)A子さんの退職勧告について  冒頭の1(1)の事例では、A子さんは、2009年8月に勤め先のK社から暗に退職を促された後、自宅待機を命じられているようである。  詳細な事情は定かではないが、一般論としは、労働者には、就労請求権はなく、賃金の支払いが継続されていれば、就業規則の定めの有無にかかわらず、使用者は自宅待機命令を発することができると解されている(ダイハツ工業事件・大阪地判52年3月24日等・労働判例273・24)。しかし、このような命令が、当該労働者に、事実上、多くの不利益、とりわけ心理的な圧力を与えることは否定できないのであり、その理由や期間によっては、人事権の濫用として違法性を帯びることになろう。  本件事例では、主治医の『就労継続に支障はない』との診断書も提出されており、不運にも2度の怪我が続いたということだけで、自宅療養が必要であるとか、障害による業務耐性の調査が必要である等とは言えないはずである。いずれにせよ、上記の事実関係の限りでは、解雇事由がない事は明らかであるところ、K社はA子に知的障害があることを承知しながら25年以上の雇用をし、優良社員として表彰もしているのであって、会社による退職勧奨の時期と近接して自宅待機命令が発せられたということで、仮にA子の退職や将来の整理解雇を企図しての自宅待機命令であるとすれば問題であり、違法と考えざるを得ない。 (2)企業就職後の定着状況について イ 卒業後10年間の状況  東京都社会福祉協議会及び東京都知的障害特別支援学校就業促進協議会が、平成15年3月から平成19年3月までの5年間の卒業生の状況について、東京都知的障害特別支援学校高等部進路指導担当者に対して行った調査によれば、卒業後5年のうちに離職をした企業就職者の割合は、25.6%となっている。また、平成10年3月から平成19年3月までの過去10年間に東京都内知的障害特別支援学校高等部を卒業した卒業生に対して行った調査によれば、卒業時企業就職者の26.7%に離職等の経験があり、その理由として「人間関係がうまくいかなかった」が40.9%であるほか、33.6%を占める「その他」の中には「言葉のいじめ」「どなられる。」等、そのきっかけと見られる内容のものも多い7)。 ロ 長期恒常的な就職定着状況調査の必要性  しかし、今回、上記以外には、知的障害者の就職定着状況を示す統計資料を見つけることが出来なかった。この点、本稿1(2)ロによれば、T中学校で1962年〜1980年の間に卒業後正規就労した67人中、現在まで正規就労しているのは5人であるから、長期的には、実に92.5%の就労者が離職等を強いられていることになる。このような長期的離職割合は、本稿1(4)ニにおける検討や、平成18年度の新規採用知的障害者数が370人であるのに対し、退職者数は135人であるとの調査結果からしても7)、ある程度裏付けられよう。そして、この原因の一つとして、本稿1(2)ハで指摘したとおり、実際には、統計資料のない就職後10年を経過した以降に(体力の衰えが見られる40歳を超えた頃から)、雇用者による「いやがらせ」による「自己都合退職」が増えていくという状況があるとすれば大きな問題であろう。ところが、現状は、何らの長期的かつ恒常的な信憑性のある就職定着状況調査がなされておらず、国もそのようなデータを持っていないため、このことを検証しようもなく、対策を講じようもないのである。 (3)今後の課題について イ 過去の裁判例  さて、裁判においては、中程度の知的障害等があり、養護学校卒業後、14年間勤務した会社で比較的軽い補助作業に従事していたが、解雇される1ヶ月前に、従来の仕事に加えて、両端圧接機の作業を命じられ、上手くできなかったことを理由に解雇されたという事例について、整理解雇の要件を満たさず、当該解雇は無効であるとしたものがある(前橋地判平成14年3月15日・労働判例842・83)。すなわち、人員整理の局面となると、特別の技能を持たず、技術発達の見込みも乏しい心身障害者が対象とされやすく、解雇に向けたいやがらせ的作業を押しつけられることがあることの一例である。しかし、これまで本稿で検討してきた離職状況からして、中に同様のいやがらせ的な解雇があるであろうことは、容易に想像できるにもかかわらず、こと知的障害者の解雇に関しては、他にめぼしい先例は見あたらない。 ロ 障害者雇用促進法の問題  その理由として考えられることは何か。一つは、障害者雇用促進法において、短時間労働の障害者についても、雇用義務算定の基礎に0.5カウントされること、厚労省による法の解釈において、非正規雇用である期間労働者、ひいては日雇い労働者であっても、一年以上継続して雇用する見込みがあると言いさえすれば、「常用労働者」として雇用義務算定の基礎にカウントされる運用がされていることが挙げられよう。障害がなくとも非正規雇用の増大が問題とされている中、このような法及び解釈下では、「ましてや障害のある者であれば尚更」ということになる。しかし、有期の雇用契約では、たとえ恣意的な理由で更新されず、或いは解雇されたとしても、これを争うことは難しい。必然、雇用者からの不当な「いじめ」や「いやがらせ」があったとしても、泣き寝入りを余儀なくされ、裁判に発展することも無く、そもそも、よほどの事がない限り、顕在化することすら少ないのである。  本稿1(3)イにあるように、近年の知的障害者の正規雇用率は極めて低い。上記の東京都知的障害特別支援学校高等部進路指導担当者に対する調査によれば、過去5年間の卒業時企業就職者の13.2%しか正社員はおらず、過去10年間の同卒業生に対する調査においても、就業経験者の28.6%しか正社員はいない7)。総務省統計局の労働力調査によれば、非正規雇用の増大が問題視されている現状においても、平成20年度平均の全体の非正規雇用者割合は34.1%であり、障害者のそれとは比ぶるべくもないのである。  従って、障害者を優遇するということではなく、せめて障害のない人と同様に非正規雇用を減らすべきであり、このような観点からの障害者雇用促進法の改正がなされる必要があるであろう。 ハ 法律家を含めた関係機関の総合的連携  もう一つ、より身近なこととしては、知的障害のある人にとっては、一般の人よりも増して、弁護士の存在が遠く、気軽に相談できる環境にないことが挙げられる。現行の制度を前提として、ジョブコーチや特別支援学校教員によるきめ細かい就労環境の調整・コミュニケーションサポート、福祉機関や支援者、家族による生活上の支援に加えて、まずは、例えば、多くの相談が寄せられる就労支援センター、就労支援事業者の窓口に弁護士を配置するなど、法律家を含めた関係者相互の総合的な連携を強化することが望ましい。 参考文献 1)東京都障害児学校教職員組合「障害児学校卒業生の進路実態と課題」1991年—2004年 2)厚生労働省「平成20年6月1日現在の障害者の雇用状況について」 3)厚生労働省「身体障害者、知的障害者及び精神障害者就業実態調査」1979年 2006年 4)日本精神薄弱者福祉連盟「発達障害白書」日本文化科学社 5)労働省、厚生労働省「6月1日現在における障害者の雇用状況」1992年—2008年 6)厚生労働省「ハローワークにおける障害者の就職件数過去最高に(平成19年度)」 7)東京都社会福祉協議会及び東京都知的障害特別支援学校就業促進協議会「福祉、教育、労働の連携による知的障害者の就業・生活支援」平成20年4月 8)総務省統計局「雇用形態別雇用者数—全国」長期時系列データ  学校と外部専門機関との連携 −支援主体の移行の取り組み− ○松尾 秀樹(佐世保工業高等専門学校一般科目 教授/特別支援教育コーディネーター)  鷹居 勝美(長崎障害者職業センター)  副島 悠紀・法澤 直子(長崎県発達障害者支援センター「しおさい」) 1 はじめに  一般就労が厳しいと判断される発達障害の学生の場合、在学中できるだけ早期から障害者職業センターや発達障害者支援センターなどの専門の機関と連携を取っておく必要があると言われている。本稿では、高等教育機関(高等専門学校)を卒業したが、卒業時には就労できなかった発達障害の学生の事例を通し、外部の専門機関と連携を図り、どのように学校から外部の専門機関へ支援主体の移行を行ったかに関して報告を行う。 2 事例対象者と学校での支援の概要 (1) 対象  本校研究生A。母親と妹の3人暮らし。本校入学直前に両親は離別。母親は特に仕事にはついていない。父親より養育費はもらっているが、経済的には厳しい状態。生活保護は受けていない。本人が18歳になるまでは児童扶養手当を受給。自宅通学。 (2) 行動特性  発達のアンバランスが見られ、幼い面がかなり見受けられる。身辺のことはすべて母親が行っているため、日常生活能力が低いと考えられる。人の言うことを字義通りに受け取ったり、相手の質問や指示を勝手に解釈していることがある。相手との関係に相応しい言葉の使い分けができない。学校の教科では、数学などは比較的得意であるが、体育や英語は苦手である。クイズ形式で答えが出せるタイプの問題は得意であるが、実験のレポート作成や記述式の問題など、頭の中で全体像を構築しないといけない問題形式は苦手である。携帯やパソコンでのゲームに没頭する傾向がある。勉強などで負荷がかかるとイライラや癇癪を起こし、自分でコントロールするのが苦手である。多動傾向もある。 (3) 経緯 イ 1年目(1年生)  地元の公立中学校を経て本校に入学。中学校より本人の在学中の様子などに関して申し送りは特になし。入学時の保健調査票にも記載は特になし。保護者も本人の特性(発達障害)に関しては全く気づいていなかった。1年次にクラス内でからかいやいじめの問題が発生。クラス担任や学生相談室で対応。地元の総合病院の精神科を受診。「自閉症」との診断を受ける。いじめやからかいがないように注意を払う。 ロ 2年目(2年生)  発達障害を診ることができる医師がいるということで、地元の別の病院を受診(筆者引率)。投薬治療も開始。担任も主治医に学校での対応について相談に行く。しかし、本人も保護者も受診の必要性をあまり認めず、また経済的な問題もあり、受診は継続しなかった。 ハ 3年目(3年生)  からかいなどがきっかけで、教室内でイライラや癇癪を起こすことがある。学外からきてもらっているスクールカウンセラーによるカウンセリング開始。母親もスクールカウンセラーと面談。学校側(筆者)は、対応について、外部専門機関への相談も行う。長崎県発達障害者支援センターより、係長が来校し、本人や母親と面談。心理担当者による知能検査等も受ける(IQは123であった)。  N病院を受診し(筆者、本人と母親引率)、「アスペルガー症候群」の診断を受ける。「アスペルガー症候群」の特性など、医師より本人や母親に説明がある。通院の距離などの関係で、投薬は地元の病院で受けるのが良いであろう、と助言を受けるが、結局、地元の病院では通院せず。  実験のレポートが出せない等でレポート提出日に保健室に来室したり、学校を欠席したり遅刻したりする傾向が多くなってくる。実験中におけるクラスメートとのトラブルも目立ってくる。クラス内で、イライラしたり、髪の毛をかきむしったり、癇癪(大声を出す、机や椅子を倒す、床に寝て手足をバタバタさせる、など)を起こしたりすることがあるため、Aと保護者に了解を取り、Aを外した形で、クラスメートに本人の特性を担任が説明する。クラスメートには刺激をしないように伝える。イライラしそうな時は保健室に行くために教室から出やすい位置(廊下側の一番前)に座席を固定する(以後、卒業まで)。  成績不振で、留年。3年次修了(高卒資格)は取得できるので、高卒資格を取得して退学する方がよいのでは、という担任などの助言もあったが、「もう一度やり直したい」と留年して3年次をやり直すことになる。 ニ 4年目(2度目の3年生)  学年当初に、本人を外した形で本人の特性をクラスメートに説明をする。クラスメート達が、1つ年上ということでAと距離を置き、からかい行為なども減る。また、学業も、1年間の貯金があったので、中の下ぐらいの成績でついていけた。クラスメートの中で、実験のレポート作成などをボランティアで手伝ってくれる学生がいて、保健室で修学支援を実施する(ボランティアの学生はこの年度修了後進路変更をしたために、その後はボランティアの学生による修学支援は実施できなかった)。スクールカウンセラーによるカウンセリングは継続。 ホ 5年目(4年生)  時間割上、実験のレポートの提出日と体育のある曜日が重なり(火曜日)、火曜日にイライラなど調子が悪くなることが多い。スクールカウンセラーによるカウンセリングは継続。11月に、「高専での特別支援教育推進事業」という名称で、文部科学省の大学改革推進事業「新たな社会的ニーズに対応した学生支援プログラム」(学生支援GP)に採択される(平成19年11月から平成21年3月まで)。財政的支援を得られたため、本校OBの教員を雇用し、実験レポートの指導や実験中のクラスメートとのトラブル回避のため、実験の指導にも入ってもらう。  学年末試験の2ヶ月程前より、進級に対するプレッシャーや実験のレポートが上手く書けない、進路に対する迷い、などで、イライラや癇癪が起こる頻度が増える。保健室で、泣きわめいたり、壁や机を叩いたりなどの行動が頻繁に起こるようになる。学年末試験は、頭を掻きむしったり、ため息をついたりする行為で、他の学生に迷惑をかけるため、ほとんどの教科で別室受験。5年には何とか進級。 へ 6年目(5年生)  イライラのコントロールが上手くできないため、O病院で受診を開始する(1ヶ月に1度の割合、毎回筆者が引率)。主治医より「アスペルガー症候群」の特徴について、Aと母親に説明がある。投薬によってイライラのコントロールができるようになる。勉強のプレッシャーがかかって調子が良くないときには、今までにはなかった、スクールカウンセラーに対してイライラをぶつける、という行為も出てきたりした。しかし、5年次になると、履修すべき教科数が減り卒業研究の時間が増え、また、卒業研究をするために1人で使える研究室を特別に与えられたこともあり、総じてイライラの頻度や程度は軽くなる。また、イライラや癇癪を出す場所も、保健室ではなく自宅の方が多くなる。  就労に向けての取り組みとして、夏休みに特別に10日間、本校図書館で蔵書点検のインターンシップを実施。意識付けが充分ではなかったため、「やらされている」という意識もあり、集中力が持続できない、日によって調子の波がある、等、問題点が浮かび上がってきた。  また、外部の専門家(作業療法士)に来てもらい、5回ほど面談をしてもらい、卒業後のことを見据えて、自己の特性の理解を深めたり、イライラのコントロールができるよう負の感情の処理ができるようにアプローチを試みてもらった。しかし、勉強の負荷などで本人の精神的な状況が良くないことも多かったので、中断をした。  進路については、担任の指導で公務員試験の受験をした。3つの公務員試験を受験。1つ目は、一次試験合格したが、二次で不合格。2つ目は、一次試験は合格したが、二次は本人と家族の意向で不受験。3つ目は、1次試験不合格。  クラスで数名しか合格しない難易度の高い「技術士」の一次試験(国家試験)に合格。しかし、卒業研究の内容は不充分であったので、卒業延期となり、論文を書き直し、3月末に卒業。その後、研究生として本校に残る。 ト 7年目(研究生)  本人が比較的得意とする数学系の講座と情報系の講座(どちらも専攻科1年生用授業)を聴講生として受講。単位はもらえない。研究室を特別に与えてもらうが、荷物置き程度として利用。本校の授業と外部の専門機関の支援の都合がうまくつかない場合は外部の専門機関での支援を優先させるよう伝える。O病院の受診は継続しているが、平成21年9月より自分1人で通院するようになる。週2日は学校に来ているが、残りの日は外部の専門機関に通っている状態。現在に至る。 (4) 変容  6年あまりの、AやAの母親との関わりを通じて、感じられる変容は以下の通りである。 ・1年生の最初の頃は、話していてもこちらの質問に答えなかったりすることがあったが、こちらが聞いた質問の意図を取り違えることはあるものの、相手の質問には答えようとする姿勢が身についてきた。 ・低学年の頃は、アニメのことなどを話し始めたら止まらないことが多かったが、アニメの話をすること自体は減ってきた。  ・苦手なところは事前に手助けをしてやるとできるようになってきた。 ・イライラを起こすことは少なくなり、また、イライラしそうな時でも、自分で薬を早めに飲むことができるようになった。そのため、イライラを起こしたり癇癪を起こしたりした後に起こる自己嫌悪の気持ちを持つことも少なくなった。 ・母親には、当初、いじめられている、学校は何も手助けをしてくれない、という被害者意識があったが、それは解消できたと思われる。 (5) 課題  Aの持っている特性自体の改善はなかなか難しい面があり、以下のような点が課題として残った。 ・進級や卒業をさせることなど目の前の課題に追われ、日常生活能力向上や就労に対する準備をさせることに手が回らなかった。 ・母親も、学業成績のみに意識が行き、Aの特性の理解もまだ不充分で、本人を自立させることに気が回っていない。 ・発達のアンバランス、幼さは依然残る。人前でのあくび、爪かみ、母親の手を握って第三者(筆者)と話をする、など、相手との関係や年齢に合った行動が取れない。 ・自己の特性の理解がなかなか進まなかった。「自分はアスペルガー症候群ではない」とか「いろんなトラブルは自分のせいではない」「社会が悪い」と考える傾向がある。また、母親も含め、支援を受けることを当然と考えている面がある。 ・就労に対する意識・意欲が充分ではないように思われる。 ・高専を卒業したのだから仕事は何とかあるのではないか、と考えたり、ハローワークで仕事を探したら一般就労が可能である、などと考えているところがある。資格取得(第三種電気主任技術者)にこだわるが、安全性の面でも、この資格がAの適性にあっているとは思えない。 ・医療機関での継続受診も含め、外部の専門機関へ、自らかかることは期待できない。都合が悪くなると経済的な理由を出す傾向があるが、これは、自分の特性や一般就労が難しい現実をちゃんと認識できていないことが大きく関係していると思われる。 3 外部関係機関との連携 (1) 学生支援GP事業の副産物  文部科学省の学生支援GPに採択されたおかげで、外部の多くの専門機関と連携が取れるようになった。長崎県発達障害者支援センター「しおさい」(以下「しおさい」という。)や長崎障害者職業センター(以下「職業センター」という。)にも、何度か訪問し、事業への協力依頼を行い、Aのような学生がいることを伝えていた。   (2) 外部の専門家との協議  Aが高専は卒業できたものの、就労できなかったことや、研究生で残すことになったことを受け、平成21年の3月末に、本校の特別支援教育のアドバイザー(外部の専門家)と「しおさい」の担当者(副島)と、今後の学校の支援の在り方や外部との連携の取り方について、協議を行った。「しおさい」が今後本格的に支援を行うことはできるが、本人がセンターまで来る必要があること、地元のサポートステーションなどとも連携を取ることが必要なのではないかということなど、助言を受けた。 (3) フレッシュワークやサポートステーション訪問  Aの就労支援を行ってくれる可能性のある機関として、地元のフレッシュワークとサポートステーションを訪問した(筆者)。両機関とも発達障害者を対象にしている機関ではないことはわかっていたが、Aの状況からして、サポートステーションの方がより適していると判断された。平成21年の4月のはじめにAを連れてサポートステーションを訪問し、協力を依頼した。その後、A本人だけで2回ほど訪問したようであるが、それ以降は訪問していないようである。 (4) 長崎県発達障害者支援センター「しおさい」  外部の主要な支援機関として考えていた「しおさい」を、平成21年の4月の上旬にAを連れて訪問した。「しおさい」は、佐世保よりJRで約1時間の距離にあり、本人や保護者に任せておくと、交通費のことを理由に行かない可能性が高かったので、その後2週連続で本人を車で引率した。「しおさい」側の指導のおかげもあり、4月下旬からはAは1人で通所できるようになり、その後、毎週約1回の割合で、自力で通っている。  また、「しおさい」からも、「職業センター」に連絡を取ってもらい、「職業センター」とも連携を取ることとなった。 (5) 長崎障害者職業センター  発達障害者の就労支援を行ってくれる機関として、「職業センター」との連携も必須だと考えたが、地理的には、「しおさい」より佐世保からはさらに遠く、長崎市にあるので、交通費や通所に要する時間にAが難色を示すのではないかということが懸念された。5月中旬に、車でAを引率し「職業センター」を訪問し、6月上旬には、JRに一緒に乗り「職業センター」を訪問した。6月中旬からは、A1人で訪問できるようになったのを機に、一対一の職業評価だけでなく、集団場面における対人コミュニケーションの取り方や感情面のコントロールの適応状況、作業特性などを把握するために「職業準備支援」を活用し、支援計画を立ててもらった。5回程度設定してもらったが、交通費を理由に行かない、とは言い出さなかった。その後、8月下旬から9月下旬まで本格的に職業準備支援の「職業準備講習と自立支援カリキュラム」を受講することとなり、自力で通うことができた。 4 支援主体となった外部の機関の取り組み (1) 長崎県発達障害者支援センター「しおさい」  「しおさい」では、「発達障害があっても社会の中で生きていけるように」するため、Aに対して、次のようなことを主眼に指導や支援を行ってもらった。 ・学校はいつまでも支援はできない、「しおさい」がこれからはAが頼るべき機関であるという認識を深める ・何か大事な判断をするときの相談相手は学校の担当者(筆者)ではなく、母親であること ・「職業センター」に通う必要性 ・障害の受容について ・イライラや負の感情のコントロール ・就労の場面でのマナーや就労に向けての心構えについて ・集団の中でのマナーについて  支援を継続して行ってもらっているおかげで、Aは、自分の特性の理解や障害の受容もかなり進んでいる模様である。 (2) 長崎障害者職業センター  「職業センター」では、「職業リハビリテーション計画」に沿って、職業準備支援を受講する中で、①自分自身の障害特性や作業特性の理解、②就職活動時の障害のオープン、クローズについて(精神保健福祉手帳取得も含め)、③職場でのマナー、対人コミュニケーションのスキルアップ、④就職活動に必要な知識の付与などを中心に支援を行ってもらっている。  結果的に、本人、家族が「障害者枠」でハローワークに求職登録をすることに同意し(精神保健福祉手帳取得も含め)、9月下旬に開催される障害者就職面接会にて、製造、事務補助などの業種で面接を受ける予定である。受け入れが進めば、Aの職場適応を円滑に進めるためにジョブコーチ支援を活用することを検討してもらっている。 (3) 外部の支援者への移行のプロセスと顛末  筆者の支援の比重を外部に移行するにあたって、①Aの社会的自立、職業的自立を促進するための外部の支援機関のネットワークを構築すること、②母親自身に生活管理面の支援の主体性を認識させ、適切な社会資源を活用できるようにすること、③A自身が、適切に社会資源を活用できるよう橋渡しを行うとともに、活用のスキルを体得させること等をポイントとして取り組んでいる。いずれにしても、Aや母親の障害の受容が進まなければ、構築したネットワークが意味をなさなくなることから「障害受容」を主眼においたアプローチを行い、成果がみられつつある。現時点で、感情面の安定の支援として医療機関、発達障害についての受容・自己理解に関しては「しおさい」、職業自立に関しては「職業センター」という役割分担でチーム支援を展開している。今後、職業自立を実現化させるには、ハローワークや障害者就業・生活支援センターとの連携も段階的に検討することが必要だと思われる。 (4) 関係者間の情報共有  Aの調子が悪かったりする時には、メールで関係者間での情報の共有をタイムリーに図り、支援や指導に生かすように努めている。 5 まとめ  学内では、Aに対する筆者の支援方法については、「それは、親の責任だろう」とか「やり過ぎでは」という批判もあった。しかし、集中的に外部の専門機関と連携を図り、支援を受けるレールを敷いてやらないと、外部の専門機関の支援からは一生縁遠い状態になってしまい、結局は、一家共倒れになるのではないか、という思いが強かった。幸い、「職業センター」の担当者と「しおさい」の担当者に、とても熱心にAの支援に乗り出してもらうことができ、結果的に、支援主体が学校から外部の機関に移行できた。  今後の課題として、支援者間のネットワーク構築は整備されつつあるが、Aや母親の社会資源の適切な活用という点では、まだ弱く、当面は各支援者からの働きかけと促しが必要と考えられる。 障害者就業・生活支援センターと 障害者職業能力開発プロモート事業との連携の効果 ○富永 英伸(北九州障害者しごとサポートセンター  就業支援ワーカー)   松野 康広・園木 純子(北九州市保健福祉局 障害福祉部障害福祉課)                   1 はじめに  北九州の地における障害者就業・生活支援センターは、市単事業の障害者就労支援センターと一体的に北九州障害者しごとサポートセンター(以下「当センター」という。)として運営している。福祉、特別支援教育の実施主体である政令指定都市の行政資源を有効活用して、障害者の職業訓練受講の促進を図り、障害者の一般企業への就職を促進するために国が政令指定都市に委託する形でプロモート事業が実施されている。北九州市ではその事業が当センターに再委託され、事業展開をすることになったことでどのような効果があったかを検証したい。 2 事業の趣旨  福祉から雇用・就業への流れが強化される中で、障害者の職業的自立を支援するためには、障害者の生活基盤のある地域レベルにおいて、教育、福祉、医療、保健等の支援から職業訓練へのアクセスを容易にし、企業及び障害者のニーズや障害者の一人一人の態様に対応した職業訓練を推進することが求められている。政令指定都市は、独自施策を含めて、障害者に対する福祉等の施策を展開しており、障害者の職業訓練ニーズの喚起等、職業訓練から雇用・就業への流れの形成について有効な行政環境を備えている。  このため、①教育・福祉・医療・保健機関、労働関係機関等が一体となった障害者職業能力開発推進基盤の形成、②障害者、その家族、支援機関及び企業等に対する職業訓練の周知・広報機能等の強化、③都道府県と連携した障害者の態様に応じた多様な委託訓練(以下「委託訓練事業」という。)、の効果的な推進を図るため、障害者職業能力開発プロモート事業を政令指定都市において実施する。  なお、北九州市では、障害者職業能力開発プロモート事業を『障害者職業訓練促進事業』(以下「プロモート事業」という。)との名称で実施している。 3 北九州市における実施方法  北九州市では、障害者職業能力開発プロモーターを雇用した上で、当センターに担当職員(障害者職業訓練促進員)を2名配置し、一体的に業務を進めている。 (1)障害者職業能力開発推進会議の開催  北九州市における障害者職業訓練に関連する諸機関が参集し、プロモート事業の年間全体計画等について協議・検討を行う目的で会議を開催。年2回実施した。   (2)障害者職業能力開発説明会の開催  市内の特別支援学校における進路指導主事、及び生徒・家族等を対象に、卒業後の進路として職業訓練に対する理解を深めるために説明会を開催した。年間3回実施し、地域における就職支援機関と就職支援内容、企業の雇用管理と求められる職業能力、求められる職業能力を開発・向上するための職業訓練と学校教育との連携、学校教育から就職への円滑な移行を支援するための職業訓練の実施状況などを内容とした。  支援者側から地域で行われている職業訓練や制度等の説明と障害者雇用をしている事業主から企業の求める人物についての講演を実施し、46名の参加があった。 障害者職業能力開発説明会の様子 (3)障害者職業能力開発見学会の開催  職業訓練現場等の見学を行うことで、職業訓練に対する理解を深める目的で実施。対象として市内特別支援学校高等部の生徒、及び保護者、進路指導主事を考え、年2回実施。実際に障害者雇用を行っている企業3社と福岡障害者職業能力開発校の見学を実施し、69名の参加があった。       障害者職業能力開発見学会の様子 (4)障害者職業能力開発体験会の開催  職業訓練現場を実際に体験することで、職業訓練に対する理解を深める目的で開催。対象として市内特別支援学校の高等部生徒(7名実施)で、市内3箇所の事業所で3日間実施した。なお、体験期間については、障害者職業訓練促進員が1ヵ所ずつ付添い、支援にあたった。                   障害者職業能力開発体験会の様子 (5)障害者職業能力開発セミナーの開催  職業技能等の習得により職業自立を図ることと、職業訓練に対する理解を深める目的で開催した。  市内の就労移行支援事業等のサービス利用者で就職を希望している方を対象に各事業所へ訪問し、5箇所開催。なお、職業訓練現場等見学会も1回実施し、合わせて64名の参加があった。 障害者職業能力開発セミナーの様子 (6)職業能力開発相談の実施・委託先機関の開拓  委託訓練受講生の募集や特別支援学校、福祉施設等を訪問し、委託訓練の受講により就職が見込める者に対して受講勧奨するとともに、関係機関の了解を得て、受講希望者に関する情報を障害者職業コーディネーター、委託訓練拠点校等に提供した。 4 実施スケジュール  先述のとおり、各取り組みに対して、(図1で)障害者職業能力開発推進会議で了承の上、実施した。  実施事業(日時) 概要等 第1回障害者 職業能力開発推進会議(平成20年9月30日) 場所:ウェルとばた 対象:障害者団体代表、経済団体代表、 障害者就職機関など 内容:プロモート事業概要説明等 第1回障害者 職業能力開発説明会 (平成20年11月26日) 場所:こども文化会館 対象:特別支援学校の進路指導主事、 及び生徒・家族など 内容:職業訓練に関する説明会等 第2回障害者 職業能力開発説明会 (平成20年11月27日) 場所:北九州市立八幡特別支援学校 対象:特別支援学校の進路指導主事、 及び生徒・家族など 内容:職業訓練に関する説明会等 第3回障害者 職業能力開発説明会 (平成20年11月28日) 場所:北九州市立小倉南特別支援学校 対象:特別支援学校の進路指導主事、及び生徒・家族など 内容:職業訓練に関する説明会等 第1回障害者 職業能力開発見学会 (平成20年12月18日) 場所:㈱サンアクアトートー、日本資源流通㈱福岡障害者職業能力開発校、 ㈲化成フロンティアサービス 対象:特別支援学校の生徒、職員など 内容:障害者の働く現場等の見学 第1回障害者 職業能力開発体験会 (平成21年1月28日〜 平成21年1月30日) 場所:㈲化成フロンティアサービス、 日明リサイクル工房 対象:特別支援学校の生徒など 内容:障害者の働く現場等の体験 第2回障害者 職業能力開発体験会 (平成21年2月4日〜 平成21年2月6日) 場所:本城リサイクル工房 対象:特別支援学校の生徒など 内容:障害者の働く現場等の体験 第1回障害者 職業能力開発セミナー (平成21年2月19日) 場所:春ヶ丘学園 対象:就労移行支援等のサービス利用者 内容:職業訓練に関する説明会等 第2回障害者 職業能力開発セミナー (平成21年2月20日) 場所:戸畑障害者地域活動センター 対象:就労移行支援等のサービス利用者 内容:職業訓練に関する説明会等 第3回障害者 職業能力開発セミナー (平成21年2月24日) 場所:創造館クリエイティブハウス 対象:就労移行支援等のサービス利用者 内容:職業訓練に関する説明会等 第4回障害者 職業能力開発セミナー (平成21年2月24日) 場所:ラベンダー雇用支援センター 対象:就労移行支援等のサービス利用者 内容:職業訓練に関する説明会等 第5回障害者 職業能力開発セミナー (平成21年2月26日) 場所:浅野社会復帰センター 対象:就労移行支援等のサービス利用者 内容:職業訓練に関する説明会等 障害者職業能力 開発セミナー見学会 (平成21年3月24日) 場所:日本資源流通㈱ 対象:就労移行支援等のサービス利用者 内容:障害者の働く現場等の見学 第2回障害者 職業能力開発推進会議 (平成21年3月26日) 場所:ウェルとばた 対象:障害者団体代表、経済団体代表、 障害者就職機関など 内容:プロモート事業報告等 図1 プロモート事業のスケジュール 5 実施効果等 (1)事業の効果①  今回のプロモート事業で行う障害者職業能力開発説明会(以下「説明会」という。)、障害者職業能力開発見学会(以下「見学会」という。)、障害者職業能力開発体験会(以下「体験会」という。)、障害者職業能力開発セミナー(以下「セミナー」という。)を通じて、参加した保護者から訓練校等の存在がわかり、具体的にとりたい資格があった等、参加して有意義だったという意見に加え、障害者自身の能力開発の必要性を感じたという声が寄せられた。また、今後もより多くの企業情報を提供してほしいとの要望もある等、参加者からの強い関心があることがわかった。  さらに、この説明会を通じて、北九州の地で行われている障害者就労支援や職業訓練等の仕組みがわかり、当センターの存在を知った保護者から、登録し支援の希望まであがる効果もあり、実際に支援に至ったケースもあった。  見学会に関して当初計画では、20名程度の見学希望者を想定して、特別支援学校に案内をしたところ、70名近くの参加希望があり、計画を変更し、全員を見学会に参加いただくことにした。また、保護者の中からも参加したいとの要望も寄せられた。障害者が実際に働く現場を見てみたいという希望は生徒、保護者ともに強いものであることが、改めて認識させられた。  また、体験会の募集定員4名に対し、9名の応募があり、学校側より多くの生徒を体験会に参加させたいこと、また期間も3日間は実施してほしいとの要望があったことから、当初計画より多い7名の生徒に3日間の職場体験をしてもらうことになった。  実際に、体験した生徒からは、「仕事の大変さや楽しさが分かった」、「勉強になり良い経験になった」等の感想が寄せられた。  今回の体験会により、参加した生徒が将来、当センターの支援を必要とした場合には、今回の体験を踏まえた、より希望に沿った支援が可能になると思われる。 (2)事業の効果②  上記の効果に加えて、さらに説明会で当センターの存在がわかった保護者から、登録の希望まであがり、職場実習からトライアル雇用までつながったケースもあった。以下、その事例を紹介したい。 (3)本人プロフィール  特別支援学校在学中の生徒。女性。18歳。知的障害B2 自閉傾向。本人・家族としては、一般企業への就労希望が強かったが、特別支援学校としての就労支援の方針として、就職は時期尚早ではないかとの見解で卒業後は就労継続支援A型の事業所にお願いしようと検討していた。 (4)本人の特性  障害受容をしておらず、これにより、自分自身は障害者ではない、別であるという、特別な意識・思いが見られた。また、場の雰囲気を考えない唐突な要求をしたり、見たままの言動・行動等が見受けられた。理解や判断力は高いが、良好な人間関係を築ける部分については、まだまだ支援・配慮のいる方であった。         本人の実習中の様子 (5)事業所の特徴  実習を行った企業は、北九州の関門海峡を臨む観光施設に、指定管理者制度で委託をうけて業務を行っている事業所だった。仕事の内容は、そこの観光施設を清掃するものであった。  この事業所自体では、本社(東京)での障害者雇用はあったが、北九州の営業所では初めての試みであり、担当者や現場で働く従業員にとって、障害の特性の理解・啓発等や業務の指導方法など本人支援はもちろん、事業主支援も手厚くする必要がある事業所であった。 (6)職場実習の詳細  上記事業所に職場実習を依頼。制度は障害者職業能力開発校の委託訓練事業の実践能力習得訓練コースを利用しての実施となった。  昨年度については、委託訓練事業について福岡県では、特別支援学校生徒の枠として試行的に1枠実施するようにとの通知があった点と、本人の職業能力からすると短時間での作業習得は困難だろうとの関係者の協議のもと、この制度を利用することになった。  実習期間については、1ヵ月ほど行い、その後トライアル雇用につながった。 (7)トライアル雇用後の課題  委託訓練事業を用いての職場実習期間中は、問題が目立たなかったが、本人が特別支援学校在学中にトライアル雇用ではあるが、就職を決めて、それから卒業したことの自信から、若干の緊張感が欠けていたことも背景として考えられ、特に、以下のような課題が顕著となってきた。  まずは、観光施設のため、多くの来訪者(観光客)が来て、見学している中を割って清掃して苦情になったこと、冗談と本気の区別がつかないこと、重たいものを動かそうとはしないこと、作業スピードが遅いこと、時間ばかり気にしていて仕事が出来ていないなどの課題が浮き彫りになり、一時はトライアル雇用で満了し、常用雇用に移行できないかもしれないところまで陥った。   (8)支援の立て直し  課題は何であるか、どこの目標まで達成すれば、合格とするか、明確なゴールと期限を設定し、厚みある支援を実施した。具体的には、支援者の訪問回数を増やし、業務内容の把握や見直し、作業の明確化、本人と従業員との接し方または流し方、本人の不適応な行動の部分については、来所によるフィードバックをし、改善を図った。加えて、家族や関係者にも協力を仰ぎ、当センターだけではなく、関係者も巻き込んだ、一体的な支援を試みた。  結果、トライアル雇用期間、終了間際には、課題となる部分の軽減が図られ、なんとか合格点を達成、採用となり、現在も継続して、就労は続いている。 6 考察  上記の委託訓練事業を用いた取り組みが、プロモート事業の中の説明会に参加していただいた保護者及び本人に職場実習という形で提案でき、さらに、採用まで至ったことは、この事業の意義や有意性の証明となるのではないだろうか。このことは内外問わず大きな反響を呼ぶ結果となった。  また、北九州市障害福祉課で雇用した障害者職業訓練促進員を2名、当センターに配置することで、マンパワーが増え、機動力が増した点や特別支援学校の進路担当者会議に参加できるようになった点、障害者職業能力開発校との連携強化にもつながっている効果が生まれている。さらに、当センターには北九州教育委員会から教員の社会体験研修として、特別支援学校の教諭もいることから、そのあたりの相乗効果も生まれたかと考えられる。 7 まとめと今後の課題  昨年より、当センターでは、プロモート事業の再委託を受け、実施した説明会・見学会・体験会では、予想に反して、多くの希望者の応募があった。当センターとしては、職業訓練等に対する潜在的なニーズがあると感じている。特に、障害者職業訓練現場の体験会の募集に対して、もっと多くの生徒に対して、体験させたいとの要望もいただいた。  体験枠に制限もあり、断らざるを得なくなった事態も起こった。また、委託訓練委託先機関の開拓についても、実践能力習得訓練コースの協力事業所以外には拡がらなかったことも課題の一つとして捉えている。  これら課題を踏まえつつ、今年度もこの事業を通じて、将来、就職を目指す方の選択肢として幅が広がればと願う。 引用・参考文献 北九州市障害者職業能力開発プロモート事業実施要領(2008年4月1日) 平成20年度 障害者職業訓練促進事業報告書(2009年3月15日) 重度視覚障害者のためのプログラミング環境の開発と その職業的活用の可能性 ○長岡 英司(筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター 教授)  宮城 愛美・福永 克己(筑波技術大学) 1 背景と目的  パーソナル・コンピュータ(以下「PC」という。)やインターネットの活用は、視覚障害者に新たな多くの可能性をもたらした1)。その結果、教育や職業をはじめとする様々な場面で生活の質的向上が実現している。だが、重度の視覚障害者がそれらの利用法の開発や利用環境の改善に主体的に取り組むのは難しい。その理由の一つに、視覚を用いないで汎用的なプログラミングを行う方法が整っていないことがある。こうした状況の改善を目的に、筆者らはメインストリーミング言語でのプログラミングを、触覚や聴覚を介して行えるようにする支援ソフトウェアを開発した。また、プログラミングの学習に用いる点字資料の製作など、その利用を進めるための環境の整備を図るとともに、それらを職業場面で活用する可能性を探る取り組みを始めた。  1980年代から90年代中盤にかけての時期には、全盲者などの重度の視覚障害者も汎用コンピュータやDOS PC上で幾つかの汎用言語を使ってプログラミングを行うことができた。それによって、情報処理分野が新たな職域となったほか、障害を補償するためのソフトウェアを視覚障害者が自らの手で開発して、大きな成果が得られた。ところが、1990年代半ば以後、Windowsの普及でGUI(Graphical User Interface)化が進展したのに伴って、視覚を使わずに利用できる開発環境がほとんどなくなった。同時に、ユーザ・インタフェースの作成が難しくなったことなどもあって、重度の視覚障害者による実用的なプログラミングは行われなくなった。しかしながら、ソフトウェア開発に関する知識や技能の習得は重度の視覚障害者にとって就労機会の確保や拡大に有用と考えられる2)。それゆえ、プログラミングの可能性の復活は、就労支援の一環としても意義があるといえる。   2 プログラミング支援ソフトウェアの開発  重度の視覚障害者によるプログラミングを可能にするための支援ソフトウェアの開発を、2005年度に開始した。 (1) Java言語への注目  それに先立って、筆者らはJava言語に注目していた。同言語は、CやC++などの利点を引き継ぎ、同時にそれらの難点のいくつかが解消された、比較的理解しやすく使い易い言語である。そして、注目の最大の理由は、Javaの開発環境JDK(Java Development Kit)が、旧来のコマンドライン方式を採っていることであった。キーボードからのコマンドの入力で、すべての操作ができるJDKは、視覚障害者による利用に適している。しかし、操作場面での画面表示の音声化や点字化を既存のスクリーンリーダで行うことができず、新たなソフトウェアの開発が必要なことが明らかになった。 (2) 開発の方向性  そこで、Java言語のコンパイラとインタプリタへのアクセスを可能にする支援ソフトウェアの開発に着手した。その開発に際しては、次のような方針を立てた。  (イ) 画面表示は原則として点字と音声の両方で   出力する  (ロ) 点字は、情報処理用記号で、ディスプレイ   端末に実時間で出力する  (ハ) 音声化には、既存のスクリーンリーダの機   能を活用する  (ニ) ソースコードの入力や編集を円滑かつ確実   に行えるようにするための機能を具備する  (ホ) その他、プログラミング作業の能率と確実   性を向上させる機能を検討し具備する  ソフトウェアの開発と更新の実務は、当初より、山本卓氏(2005年当時、電気通信大学学生)が担当した。 (3) Java用支援ソフトの完成  2006年度中に、Javaプログラミング用の支援ソフトウェアが開発され、重度の視覚障害者による試用実験で、その基本的な機能の有効性を確認することができた。 (4) C#への移行  Java言語で開発されたアプリケーションは、基本ソフトに非依存な中間言語コード形式であり、実行にはインタプリタを介さなければならない。そのために、アプリケーションのアクセシビリティの確保が煩雑になるなどの難点がある。そこで、対象言語を、新たにメインストリーム言語になりつつあったC#に変更することとした。同言語を選定した理由は次のとおりである。  (イ) コマンドライン方式の開発環境が整ってい   る  (ロ) Windowsを主たるプラットフォームとする   言語であることから、そこでのアクセシビリ   ティの確保が図りやすい  (ハ) Javaと同じオブジェクト指向言語であり、   文法上の類似点が多い  2007年度には、C#に対応するためのソフトウェアの改修が主に行われた。 (5) フィールドテストによる改良  2008年度には、点字使用者によるC#の学習に本支援ソフトウェアを用い、問題点等を洗い出して、機能の改良と向上を図った。また、それまでのWindows XPに加えてVistaにも対応できるよう版を更新した。   3 プログラミング支援ソフトウェア AiB Tools の概要  重度の視覚障害者によるC#プログラミングを可能にする支援ソフトウェアは「AiB Tools - the accessible programming tools in braille」と名付けられた。本ソフトウェアは、3種のアプリケーションからなる(図1)。そのいずれもが、点字ディスプレイ端末への出力機能を持つとともに、各スクリーンリーダで読み上げがなされるよう設計されている。点字への変換と点字ディスプレイ端末の制御にはニュー・ブレイル・システム株式会社のNBSエンジンを用いており、点字は完全な情報処理用記号で出力される。また、点字ディスプレイ端末のカーソルスイッチが各場面で有効である。  本ソフトウェアは、開発者のWebページから無償でダウンロードできる3)。ただし、NBSエンジンについては別途の購入が必要である。 (1) テキストエディタ AiB Edit  テキストの編集に必要な基本的な機能に加え、コンパイラと連携する機能、フォーカスの現在位置(行番号やメソッド名)を読み上げる機能、プログラムの構造の概要を表示する機能(アウトライン機能)などを備えている。 (2) 代替コマンドプロンプト AiB Terminal  コマンドライン方式での対話(コマンド等のキー入力と実行結果等の確認)を点字ディスプレイ出力と音声読み上げを介して行えるようにする。入力ウインドウと出力ウインドウとを有し、操作の流れに従って自動的にフォーカスが移動する。コンソールへの新たな出力があると、出力ウインドウ上でフォーカスがその内容の先頭の直前に置かれるようになっており、点字ディスプレイ端末で、すぐにそれを読み始めることができる。 (3) コンパイル補助用フロントプロセッサ _csc  C#のコンパイラcscを起動するとともに、AiB Editを連動させる。cscと同様にコマンドラインで操作すると、コンパイルを開始し、エラーが検出された場合は、その一覧表示のウインドウが開く。点字ディスプレイ端末上でエラーメッセージの一つを選択すると、AiB Editが起動してソースコードの当該エラー発生箇所にフォーカスが置かれ、同時にその部分が点字表示される。 図1 AiB Tools の操作画面 4 学習支援体制の整備  重度の視覚障害者によるC#プログラミングを普及させるには、AiB Toolsのような支援ソフトウェアの供給とともに、スキルの習得に関する支援が必要である。ここでは、その実例として点字版学習資料の製作と課題集の試作について記す。 (1) 点字版学習資料の製作  筑波技術大学 情報・理数点訳ネットワークは、文部科学省の特別教育研究経費による教材整備プロジェクトの一環で、2006年に開設された。同ネットは、不足が著しい情報系と理数系の点字図書を製作するための組織であり、2008年度末までに42タイトルの図書を点訳した。その中にはプログラミング関係の図書も含まれており、C#の学習に有用なものが3タイトルある(表1)。いずれも原本のすべての内容が点字化され、プログラムのサンプルなども情報処理用点字で正確に記されている4)。 表1 C#関連の点字版学習書 ・『猫でも分かるC#プログラミング』   (ソフトバンククリエイティブ)全13巻 1,066頁 ・『プログラミング C#』 (オライリー・ジャパン)全34巻 2,692頁 ・『プログラミング .NET Framework』 (日経BPソフトプレス)全40巻 3,124頁 (2) 課題集の試作  プログラミングのスキルの習得には実習が欠かせない。そこで、AiB Toolsを用いて実習を行えるようにするために課題集を試作した。その最初の10回分の課題のタイトルを、表2に示す。各回の課題は、3〜5題のプログラム作成問題からなり、タイトルに関連する基本的な事項の確実な習得を目標としている。   表2 C#プログラミング課題 課題1:コンソール出力(1) 課題2:データ型と変数の型 課題3:コンソール入力   課題4:制御文(1) 課題5:制御文(2)     課題6:配列 課題7:クラス(1)     課題8:クラス(2) 課題9:クラスの継承    課題10:デリゲート C#学習開始時の年齢:39歳 視覚障害の状況:全盲(4歳で失明) 点字使用歴:小学1年生から(約33年) プログラミング歴:職業訓練1年+勤務先での業務19年 これまでの職務内容:ダム制御プログラムの更新、公営競技用業務ソフトの開発、新入社員に対するプログラミング教育など 使用OS:Unix、Windows PCへのアクセス手段:スクリーンリーダ、点字ディスプレイ端末、点字プリンタ   5 活用の事例  AiB Toolsの活用は始まってまだ間もない。ここでは二つの事例を紹介する。 (1) 就職準備のための活用  情報分野での就職を目指す全盲の大学生Aが、2008年10月から2009年4月までの間、AiB Toolsを使ってC#でのプログラミングを学習した。Aのプロフィールを表3に示す。学習開始時、Aは情報系学科の3学年に在籍しており、C言語などでのプログラミングの経験を有していた。テキスト処理やゲームのソフトを開発するなど、プログラミングのスキルは比較的高く、就職後の可能性を考慮してオブジェクト指向言語に慣れておくために、この学習を始めた。  Aによる学習は、概ね週に2時間程度、前述の点字版学習資料と課題集を用いて、筆者らが指導する形で行われた。  毎回の内容は、  ・課題に対するAの回答(プログラム)の評価  ・サンプル・プログラムを用いての新規事項の学習  ・新規学習事項に関連するプログラミングの実習 である。4月末までに18回の学習を行い、オブジェクト指向の考え方を含め、C#プログラミングに関する基礎的な知識とスキルを一通り習得した。   表3 Aのプロフィール C#学習開始時の年齢:22歳 視覚障害の状況:全盲(14歳で失明) 点字使用歴:失明後から使用(約7年) PC使用歴:中学1年時から使用 PCへのアクセス手段:スクリーンリーダ(点字ディスプレイも一部使用) プログラミング経験:約2年半(主にC言語) (2) 就労継続のための活用  ソフトウェア会社での19年余の勤務経験を持つ全盲のBは、職務環境の変化に対応するためにC#でのプログラミングのスキルを習得することになった。Bのプロフィールを表4に示す。Bには、C言語でのソフトウェア開発の業務経験がある。  表4 Bのプロフィール    C#プログラミングの学習は、前述の点字版学習資料での自習から始まった。その直後の2009年4月にAiB Toolsの使用法を直接に指導し、以後、前述の課題とその回答や問い合わせを筆者とメールでやり取りする方法で学習が進められた。オブジェクト指向の概念に慣れるのに苦労があったものの、基本的なスキルは一通り習得できた。  今後さらにスキルの向上を図る予定であるが、その職業的な用途として、Bは、ソフトウェア(組み込み型や内的処理型)の開発実務や、社員に対するプログラミングの指導、社内のプログラミング支援体制の構築などを考えている。   6 考察  これらの事例から、重度の視覚障害者のためのプログラミング環境が、基盤部分のみではあるが、一定程度、実現できたと考えられる。事例を通じて把握できたいくつかの事項について略述する。 (1) 点字ディスプレイ出力の有用性  AiB Toolsでは、音声出力と点字ディスプレイ出力の両方を使用できる。慣れた作業や簡潔なソースコードの編集では、音声出力のみでの作業が主になる。しかし、プログラムの実行結果や複雑なソースコードの確認には点字ディスプレイ出力が使用されており、とくに書式や文字種、記号などの仔細な確認には有効である。また、ソースコードの編集時に、点字ディスプレイ端末のカーソルスイッチで、直接当該箇所にフォーカスを移せるのがたいへん便利との評価があった。 (2) 資料の利便性  プログラミングの学習や開発実務では、資料の利用が不可欠である。点字版学習資料は、ソースコードなどを確実に読み取れるという利点がある反面、大部なために利用しにくいとの評価もあった。また、ネット上にある膨大な参考資料へのアクセスが容易でないことも問題とされた。 (3) 職業場面での具体的な用途の必要性  AiB Toolsは、職業的な用途がまだ明確でない。前述の事例のBは、この支援ソフトウェアを使ってデータベースやWebを対象とするアプリケーションの開発ができれば、そのスキルは職業的に有用なものになると考えている。また、そのための一つの条件として、デバッグツールの整備を挙げている。職業的な用途が具体化すれば、事例のAの場合のような就職準備学習での本ソフトウェアの利用が意義を増すことになる。 7 今後の課題  この種のソフトウェアが職業的に有用なものに育つには、そのための取り組みが欠かせない。 (1) 具体的な用途の開発  ソフトウェア開発などの職業場面での実用のモデルを構築することが、まずは必要である。また、就労上の障害補償にプログラミングのスキルを活用する可能性を具体化することも肝要である。 (2) 利用事例の創出  上記(1)と並行して、それを具現化した好事例を生み出すことが重要である。 (3) 利用支援体制の整備  プログラミングのスキルを習得する学習モデルの構築、学習資料や参照資料の整備、プログラミングの学習や実務の支援ができる人材の確保などの、基盤作りも重要な課題といえる。   8 おわりに  AiB Toolsが重度の視覚障害者用のプログラミング支援ソフトウェアとして基本的に有用であることは確認できた。しかし、職業的な側面では、その程度がまだ明らかになっていない。職業場面での有用性を確実なものにするための多面的な取り組みが今後必要といえる。プログラミング環境の活用が重度の視覚障害者の職業的可能性を拡大する一助となるよう、願う次第である。   文献等 1)渡辺哲也・宮城愛美・南谷和範・長岡英司:視覚障害者のパソコン利用状況調査2007、「電子情報通信学会技術研究報告Vol.108 No.67」、pp.7-12、電子情報通信学会(2008) 2)長岡英司:重度視覚障害者のソフトウェア開発技能の職業的有用性、「職業リハビリテーションNo.16」、pp43-51、日本職業リハビリテーション学会(2003) 3)AiB Toolsのダウンロード用ページ: http://www.sgry.jp/aibtools/index.html 4)筑波技術大学 情報・理数点訳ネットワークのWebページ:http://www.ntut-braille-net.org   謝辞  ソフトウェア開発者の山本卓氏に心より感謝申し上げます。 頸髄、脊髄損傷者のキャリアチェンジの実態 −旧 せき髄損傷者職業センターの職業復帰者への調査を通して− ○大関和美(福岡障害者職業センター 上席障害者職業カウンセラー) Ⅰ.はじめに 「原点から未来への創造」「個人を尊重し活かしあう社会」がテーマの産業カウンセリング第39回全国研究大会(2009年)にて、(障害者、女性、青年等)「社会問題に関わるキャリアカウンセリングの現状と将来」の分科会1)が設定され多数参加する等、臨床心理や産業カウンセリング分野で障害者へのキャリア支援に関心が高まっている。  従来から、障害者職業センター等での職業リハビリテーションは、職業上の課題の克服や適応の問題に偏重し、因果関係や形成機序をアセスメントして、その結果に合わせて介入を試みる演繹的な「問題解決アプローチ」を主流としてきた。  一方、せき髄損傷者職業センター(以下「せき損職業センター」という。)は、専門医療機関の「総合せき損センター」に併設され、急性期治療から社会復帰までの一貫したシステムの中で、「解決構築アプローチ」を主とした医療期からのキャリア支援等の職業リハビリテーションに取組んでいたが、2009年3月31日で廃止となった。  しかし、2007年末の廃止決定から現在まで、組織は福岡センターを引継先としたのみで実績の把握さえなく、体系的な引継の検討やキャリアチェンジ等の支援実績の組織的活用を行なっていない。  しかしながら、発表者は頸髄損傷者(以下「頸損者」という。)、脊髄損傷者(以下「脊損者」という。)に対する職業復帰支援の継承の必要性を強く感じたので、まず第16回職業リハビリテーション研究発表会(2008年)にて状況分析を基に端緒的考察2)を行ない、医療期からの「解決構築アプローチ」型キャリア支援の必要を示唆した。  さらに、廃止後のフォロー対応を進める中で、クライアントの側からの視点が欠けていたことに思い至ったので、今回は職業復帰者の実態を調査した。それをもとに分析や考察を行ないたい。 Ⅱ.研究にあたって〜キャリアチェンジの定義  イバーラ3)は「キャリアチェンジは「数多くの可能性からなる」キャリアアイデンティティを修正すること」であり、「職業人の役割を果たす自分をどう見るか(中略)最終的には職業人生をどう生きるか」といった「自分を変えるのに等しいこと」をさすとしている。  発表者は、頸損、脊損者のキャリアチェンジについても、「『障害との共存(>受容)』を模索しながら、『今ある自分』をバネにし現実と向き合うエネルギーを得ていく」1) ことを含む生き方を含めた、キャリアについての探索と捉えている。  したがって、『新規就職』での計上者も、「何らかの進路決定が必要であるとの意識に基づき、多くが暫定的にアルバイト等に就労して」1) いたり、長期間キャリアアイデンティティを探索しているので、本発表では、職業復帰者とし、キャリアチェンジ者と定義する。 Ⅲ.研究目的  受障によりキャリアチェンジへの検討を行なう必要環境に置かれる頸損、脊損者の実態を把握・分析し、有効なキャリア支援の検討の資料を得る。  Ⅳ.対象と方法  1.対象  せき損職業センターにて2004年度から2008年度に新たに登録した総合せき損センター入・通院者で、職業復帰可能性のある頸損者と脊損者 (労災作業所、学生、入院中、重複者等を除く) 153名 (頸損80名、脊損76名)のうち、2009年9月までに職業復帰した98名<図1>を対象とした。   図1.頸髄、脊髄損傷の職業復帰者 <全 98名>    図2.頸損者、脊損者の年齢送別 職業復帰者<全 98名>受障した年齢層別の状況は図2の通りである。  その内、退院後に10回以上支援した55名(頸損27名、脊損28名)に調査ができた(調査率:56%)。  調査実施者の、受障 年齢層別の状況は、図3の通りで、ほぼ類似した構成で調査が行なえた。 図3.調査実施者の職業復帰状況<受障年齢層別:55名>  前回の帰すう調査2)と母年度が異なるが、退院後も継続し職業復帰に至るには、9割以上が過去5年以内にサービスを実施している傾向や、入院者中の障害比率やせき損職業センターの対応比率がほぼ同一なため、直近5年度を対象とした。  2.方法  本研は、キャリアチェンジの多様性や変化を把握するための質的調査であるので、面接法により3回以上の調査を行なった。  またより詳細な調査のために過去の面接も含めたが、調査への同意の確認と最新状況の調査のため、2009年1月〜9月の間に1度は面接を行なった。  初回面接は調査者の観点を極力排除し多様な情報を得るため、自由質問形式とした。  分析は、帰納法的アプローチで行ない、頸損−脊損ごとに主に受障した年齢層にて行なった。 Ⅴ.実態調査の状況  1.キャリアチェンジへのアプローチ  (1)キャリアチェンジのタイプ  まず、キャリアチェンジへのアプローチについて分析を行ない、キャリアカウンセリングの内容により、図4の5つのタイプに分類を行なった。  「アンカー確認型」は、シャイン4)の「アンカーと職業を一対一で結び付けない」形のアンカーに焦点化しじっくり振返り自信回復等を図る。  「棚卸・チャレンジ型」は泉5)の「自立型キャリア選択マトリックス」のように、スキルアップなど戦略的検討やチャレンジを重視する。中間に「キャリア模索型」を置いた。コンフリクト優勢型」は、生き方の葛藤へのカウンセリングがチェンジに必要なタイプを指す。状況は図5の通り。 図4.  キャリアチェンジタイプ 図5.調査実施者のキャリアタイプ<受障年齢層別:55名>  頸損者は、受障により身体状況が大きく変わるためか、キャリアの棚卸やスキルアップ等の戦略的なチャレンジを40歳代まで行なっている。  脊損者は、キャリアアイデンティティやキャリア模索、コンフリクトと内的な探索が主流である。  (2)キャリアチェンジの度合 図6.調査実施者のキャリアチェンジ度合 変化度合は図6のようになった。評定は図7のような尺度を設定して行なった。 ほぼ アンカー 1 職種 転換 2 転社 3 転職 4 就職 経験少 5 新規 就職 6 図7.調査実施者のキャリアチェンジ指数  職種等の内容と在籍母体に変化のなかったケース全員についても、何らかの配慮や処遇等の調整が行なわれていたので、「ほぼアンカー」とした。  2. 時期や期間に関わる状況<平均> 図8は以降で分析する平均時期や期間を示す。 復帰 時期 支援 開始 時期 支援 総月数 ブランク (最終) 開始期 ブランク 期間 ターニング ポイント 時期 50ヶ月 17ヶ月 33ヶ月 25ヶ月 17ヶ月 35ヶ月 図8.受障からの平均時期、かかった平均期間  3.受障から職業復帰までの期間  職業復帰期間は、図9のようになった。  頸損者は、入院が7ヶ月〜1年程度2)と治療やリハビリテーションの期間が長く必要であるが、上肢障害等のためさらにADL等の職業生活適応に向けての調整が必要な場合と、歩行が可能となる場合があり、2極化しているように思われる。  一方で、入院が4ヶ月程短く若年者が多い脊損者では、前回の研究で感覚的に把握していた「脊損者は、ある程度ADLの自立している頸損者よりも、「自己状態との共存」等をはじめとして職業復帰態勢の構築に係る課題が大きく残るように思われる」2)との傾向が指摘できるようである。  特に、①支援や入院仲間からの刺激や情報が集中的に得やすく現実から離れてじっくり内省等が行なえる入院期が短く、逆に②一般的に歩行等への回復期待が高くリハビリテーションにのみ注力する期間が長い等が影響しているように思われる。 図9.受障〜職業復帰までに要した期間 4.キャリア支援の実施期間 図10.支援を行なった期間  支援は単純平均で受障後17ヶ月<図8>時、開始までが5年超の4名(頸損1名、脊損3名)を除くと、平均8ヶ月時から開始している。図10のように、職業復帰の4年強のうち、平均3年の間支援を行なっている。 5.キャリアチェンジ対応のブランクについて  受障から職業復帰まで平均で4年2ヶ月間を要するため、キャリアチェンジに向け、人によっては何回か、状況確認程度のカウンセリングでの対応にとどまる等のブランクが生じている。  ブランクは、ある意味で、職業から少し距離を置き、生き方などに比重を置いた経験をして視野を広げたり、思考や方向性の転換を図ったり、転換後に充電し更に「経験のストーリー化」6)をするなどの役割を果たしているように思われる。  ブランクについては、クライアントの記憶が曖昧な場合があったので支援記録も確認し修正した。  (1)最終ブランク開始時期  短期職業復帰者でも、受障から支援開始までにもブランクがあるが明確に把握できないので除外した。最終ブランク開始時期は図11に示した。 図11.キャリアチェンジ対応ブランクの開始時期  (2)最終ブランク期間  最終のブランクの期間は図12の通りである。  図12.キャリアチェンジ対応ブランク<期間>  6.ターニングポイント  図13.キャリアチェンジのターニングポイント出現期間  キャリア支援を行なっていると、行動化の強度や頻度が高まり急激に到達点が近づく時期が存在する。これをターニングポイントとした。最終ポイント時期は、図13のようになった。  ターニングポイントとしては、①退院や休職、労災休業満了等の期限到来、②心的準備が充実してきた時期の患者仲間や職場上司等からの情報や誘い、自分や家族のライフイベント、③検定等の応用指導への誘導による達成経験等がある。  それまでの小さな成功体験等による自己充足体験が、田垣のいう「価値体系の変化」6)にも影響し、ブランク等で熟成され、①の期限等も含めた外的な刺激等で出現しているように思われる。 7.キャリアチェンジ支援内容  (1)チェンジに有効だったサービス  最後に支援内容を図14により分析した。   これらは調査対象者よりの回答に依った。 図14.キャリアチェンジに最も有効だったサービス  (2)作業指導(パソコン講習)の利用効果  作業指導を有効な支援としてあげても、パソコン技能を直接利用しない職業復帰が多かったので、効果の評価について調査したのが図14である。  作業指導を、技能習得とともに「体験的なカウンセリング」2)として位置づけて支援を行なってきたのが、クライアントの側からもある程度裏づけられたように思われる。 図14.作業指導がもたらした効果 Ⅵ 頸損、脊損者のキャリアチェンジへの考察   キャリアチェンジを 「キャリアアイデンティティの修正」3)としてとらえてきたが、E.H.エリクソン7)も「アイデンティティは安心感に似ている、ずっと維持しているわけではなく、終始失っては再び手に入れる」、「大人が成長する過程には疑問と決意が必要」と述べている。   平均50ヶ月間にも亘るキャリアチェンジへのチャレンジは、再び職業に復帰するための直接的な活動というよりは、受障により、イバーラ3)のいう「将来の自己像を探る」ために、「新旧のアイデンティティの間」から新しい活動や人間関係を築き将来の自己像を思い描いては試して、「大きな変化の基盤」を築き、「本質と行動を一致させる」ための連続的な探索・チャレンジといえるようである。   したがって、支援は行動・経験し試しながら「物語」の書換えを連続的に行なうクライアントのポテンシャルリソースに焦点化した支援となる。  特に、頸損、脊損者のキャリアチェンジは、受障を起点とするため、平田8)が指摘するように、「ネガティブなイメージが先行する」状態なので、「主にスキルに関する支援や、過去の体験、経験に基づき自己分析を行い、そのイメージ記憶から形成された自己概念を反映させる従来の支援プログラムでは、(中略)(支援を受ける側が:付記)未来を予想しづらい」と思われる。  また、「障害との共存」等の生き方を探りながらのキャリアチェンジであるので、前研2)で将来像を示した「ナラティブ・ベイスト・メディスン導入の潮流にある医療」と両輪となった、「解決構築アプローチ」による支援が有効と思われる。  上記の支援は、イメージや体験を共有しながらのサポートであるため、少なくとも探索・チャレンジの過程(ライフキャリアを含めた「物語」)を総合的に把握し、寄り添っていくような継続的で長期支援が必要であると思われる。  また、このような「物語」の修正への取組みの際には、①目的が明確で共有化しやすく小さな成功体験を積むことができる技能講習等の体験の場の設定、②同様の立場同士での情報交換がフォーマルに行なえるような場面を設け、メンター(先行者等)を活用したりできるフレキシブルなグループカウンセリングによる手がかり支援が有効と考え、せき損職業センターにて試みてきていた。  本研により、ライフも視野に入れた体験的カウンセリング等のキャリア支援が自己効力感等を醸成させ、職業対応ブランクをも活かしながらターニングポイントの発生やライフストーリーの書換えを促し、次の「物語」に繋がるという連続によりキャリアチェンジが図られることが確認できた。  今後はさらに、詳細に実態を分析し、本研で取組めなかった支援効果の検証等を行ない、キャリアチェンジとその支援について探っていきたい。 【参考・引用文献・資料】 1)大関和美:若年者の脊髄損傷者に対する体験的キャリア・カウンセリングの試み「産業カウンセリング第39回全国研究大会要録」日本産業カウンセラー協会(2009) 2)大関和美:脊髄、頸髄損傷者に対する医療期からの職業復帰支援についての考察−せき髄損傷者職業センターのとりくみを通して「第16回職業リハビリテーション研究会発表論文集」(2008) 3)ハーミニア・イバーラ:『ハーバード流キャリアチェンジ術』翔泳社,p.14-46,203-235(2003) 4)E.H.シャイン:『キャリア・サバイバル−職務と役割の戦略的プランニング』白桃書房(2003) 5)泉 洋太郎:『思いどおりのキャリアをつくる5つの成功法則』亜紀書房,p.42-62,(2004) 6)田垣正晋:『「障害受容」における生涯発達とライフストーリー観点の意義−日本の中途肢体障害者研究を中心に−』京都大学大学院教育学研究科紀要 第48号(2002) 7)Erik.H.Erikson,  ”Identity and the Life Cycle”,Psychological Issues 1 8)平田しのぶ「学生の自己および他者イメージが進路選択に対する自己効力感に及ぼす影響」『筑波大学大学院(健康スポーツマネジメント専攻)研究抄録』(2009) 国立職業リハビリテーションセンターにおける 発達障害者の職業訓練に関する取組みについて 野村 隆幸(国立職業リハビリテーションセンター職業訓練部 主任職業訓練指導員)  1 はじめに  国立職業リハビリテーションセンター(以下「職リハセンター」という。)では昨年度より発達障害者の受入れを開始し、昨年10月から12名が訓練を受講している。職リハセンターでは精神障害者・高次脳機能障害者、発達障害者等の「職業訓練上特別な支援を要する障害者」の積極的受入れを契機として、従来の訓練科のコース設定に変更を加え、柔軟な作業課題を設定できるコースを新設した。また、昨年8月入所の精神障害者からトータルパッケージ(ワークサンプル幕張版)を活用した導入訓練の取組みを開始し、①障害特性の把握、②環境適応や自己認識の促進、③障害に対する補完方法やストレス・疲労のマネジメント、④訓練コースの決定を目的とした、訓練生が適切な(納得性の高い)訓練科を探索して、職業訓練(本訓練)へのスムーズな移行及び指導や支援効果の一層の向上を図ることを目指している。 2 発達障害者への職業訓練の対象者像  職リハセンターでの訓練対象者は、原則として次のような要件を満たしているものとしている。 ①公共職業安定所(以下「ハローワーク」という。)において発達障害を有する求職者として求職登録をしている者 ②訓練受講及び就職に意欲があり、職業訓練を受講することにより職業的自立が見込める者 ③職リハセンターに通所が可能な者 また、募集定員は10名程度とし、入所希望者に対して事前に見学会を実施している。 3 入所までの流れ  ハローワークにおける職業相談や地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)における予備評価結果及び、当校における職業評価結果等に基づき、入所の可否を決定することとしている。 (1)予備評価  職リハセンターでの職業評価(入所選考)を適切かつ効果的に実施するためには先立って行われる予備評価が不可欠との考えから、知的障害者や精神障害者と同様に近隣地域センターにその実施を依頼することとしている。しかし、地域センターに職リハセンター入所のために評価希望者が殺到して他の業務に支障が生ずることのないようにするため、インテーク面接では障害者台帳のうちの①主訴、②障害名の確認、③障害の部位・状況、④障害に対する態度・職業に対する態度、⑤生活歴、⑥職歴、⑦学歴、⑧家族状況、⑨関係機関の意見・連絡等の記入について依頼した。また、地域センターで継続的に関わりを持っている者については、評価結果などの情報の提供について依頼をした。 (2)職業評価  職リハセンターにおける職業評価では、①初期評価、②作業評価及び③面接により構成することとしており、発達障害者に対する職業訓練における職業評価についてもこの考え方を踏襲するものとした。  20年度からの中期目標・中期計画において、職リハセンターは、広域障害者職業センターとして全国の広範な地域から職業的重度障害者を受け入れること、職業訓練上特別な支援を要する障害者を重点的に受け入れること、定員充足率を95%以上とすることなどが目標として設定されている。このため、19年度の入所者の状況に照らし、評価者数の増大にあらゆる努力をすることと同時に、訓練可能性のある者を適切に受け入れられる体制の整備により入校率を高めていくことが求められている。  これまで、職リハセンターにおいては技能面の習得や訓練受講上本人の適応面に課題が多く、より手厚い支援が必要な者は職域開発科において受入れを行っていた。  職域開発科では職業への適応性(作業耐性・労働習慣等)を整えながら適職探索し、緩やかな技能付与に併せ適応支援を実施している。  一方、職域開発科以外の一般訓練科では従来の訓練職種に応じた技能訓練を中心において、訓練継続をサポートする役割として適宜適応支援を組み入れている。このため一定の配慮を行えば技能付与ができる訓練生を対象としている点が職域開発科と異なる。  しかし、入校率を高めるという課題に対応するためには、精神障害者・高次脳機能障害者等に加えて発達障害者という職業訓練上特別の支援を要する障害者について後述する新たな導入訓練を含めた取組みを行うことで、適応課題の少ない者については出来る限り一般訓練科で受け入れられる体制を構築する必要があった。  また、発達障害者の受入を契機として、20年度における一般訓練科のコース設定に変更を加え、従来以上に柔軟な作業課題を設定できるコースとしてメカトロニクス系にテクニカルオペレーション科とOAビジネス系にオフィスワークコースを新設した。この新設コースを念頭にして、仮に第一志望の訓練科の作業評価結果が思わしくない場合にも適性の認められた訓練科コースでの受入を可能にしていくため、訓練科訓練コース毎に実施している作業評価に先立ち、事務系・製造業系に大別された共通作業評価を実施していくこととした。この共通作業評価の実施により事務系製造業系の一方のみでなく双方の評価を受けることにより、自らの適性を障害者自身が判断する機会を提供することとした。 ① 職業評価の流れと内容  具体的には、①初期評価(国語、算数・数学、GATB)、②共通作業評価(事務系作業、製造系作業)、③希望コース確認の面接(初期評価、共通作業評価の結果を踏まえて実施)、④希望訓練コースの作業評価、⑤指導員面接、⑥実働評価(ピックアップ、会場設営)、⑦作文、⑧職業評価課担当者との面接を行っている。 ② 共通作業評価の創設  これまで精神障害者、高次脳機能障害者は入所時の評価を受検する段階で職域開発科と一般訓練科の二者択一をせざるを得なかったことから、社会適応にはそれほど問題がない者でも、作業能力が低い場合は、限られた適性情報の中で職域開発科のコースを選ばざるを得ないという状況にあった。一方、職域開発科で適応課題を解決すべきことが適当と判断される者がこれを自覚できずに一般訓練科を希望することに固執し、適応面の問題から不合格となることも多かった。  この実態を踏まえて、適性確認の機会を拡大するため前述のように共通作業評価を実施することとした。 ③ 実施期間  8日間で実施している。 (3)入所決定と職業リハビリテーション計画  職業評価結果を基に入所決定会議において入所の可否を決定するとともに、適職種(訓練科)の方向性、職業上の課題、これを踏まえた訓練・支援方法等の検討を行って職業リハビリテーション計画を策定し、入所者への説明を行っている。 6 訓練の流れ (1)基本的な考え方  職リハセンターでは、図1に示すように導入訓練及び本訓練により職業訓練を構成し、訓練期間全般を通じて適応支援を実施している。 図1 訓練と適応支援の構成          (2)導入訓練   職域開発科の訓練生及び昨年度までの精神障害者に関しては入校時に訓練コースを選定して、①環境への適応(緩やかなスタート)、②個別の障害特性の把握、③本人の障害の理解度、④対人スキル等の状況を確認することを目的として職域開発科において導入訓練を実施してきた。発達障害者の受入れを機に今までの取り組みを再検討して、導入訓練のリニューアルについて検討を行った。検討ポイントは、①訓練生へのインフォームド・コンセントが得やす く、一定の客観性があること②導入コスト(職員育成、時間、経費、難易度等)が高すぎず、職員も含めて習得が可能なこと③各部署の職員間で使いやす く、情報共有し易いシステムにすることを念頭に置いた。  これらのことから昨年8月入所の精神障害者からトータルパッケージを活用しながら、職業訓練受講への適応可能性を向上させ、本訓練へのスムーズな移行を図れるよう①個々の障害特性を把握し、②自己認識を促進するとともに、③個々の障害特性に応じた補完方法やストレス・疲労のセルフマネージメント等の検討を行い、それらの活用に向けた支援策を確立すること、また、各訓練コースの体験を通して④本訓練の訓練コースを決定するシステムへと移行した。これにより本人に適切な(納得性の高い)訓練科を探索して、職業訓練(本訓練)へのスムーズな適応及び指導、支援効果の一層の向上を目指している。  導入訓練のカリキュラムを表1に示す。   表1 導入訓練のカリキュラム(発達障害者) (3)本訓練 本訓練では、職業に必要な知識・技能習得のための技能訓練のほか、職業への適応性の向上や就職活動等に係る適応支援をカリキュラムに組み入れて、訓練生それぞれの障害状況に応じた個別訓練カリキュラムを策定するとともに、職業リハビリテーション計画を策定し、訓練生の同意を得た上で本訓練を実施していく。  また、個別訓練カリキュラムを策定する際には、①導入訓練時の様子、②出席状況等の適応状態、③訓練内容の理解力、④障害の自己理解、⑤障害特性からくる技能付与の程度を踏まえ作成している。 (4)適応支援  適応支援の役割は、①訓練を安定した状況で受講できるよう支えていくこと、②職業生活への適応性の向上を図っていくこと、③職業意識の醸成、④就職活動、⑤支援機関等との連携である。  これらの役割を果たすために適応支援の構成は、訓練時期により異なる。訓練初期は「受講を支える支援」として、この期間に個々の適応力や配慮事項を確認し、安定したリズムで訓練受講が可能となるような支援を行う。具体的には、毎朝、体調・生活の自己管理を促す目的で「生活日誌」の記入を通じて睡眠の状況、現在の体調等の変化を把握したり、グループワークを活用して訓練・生活状況、本人が気になっていることを確認する。   訓練環境にも慣れ技能訓練が軌道に乗り始めた訓練中期には、自分にあった働き方や職業生活への適応性を整える等「社会生活支援」の要素を取り入れ、講義・演習を通して職場における作業面、対人面での解決法を検討して職業生活への適応性の向上を図っていく。また、訓練後半には就職へ向けた「就職活動支援」を中心に実施する。 7 訓練・指導上の配慮点  発達障害者は認知や行動特性面で特徴があり、同時にいろいろな情報や課題を処理したり、変化への対応、適切な見通しを持つことや視点を転換することが苦手であるという特徴を持っている。      職リハセンターに入所した発達障害者としては、アスペルガー症候群、高機能自閉症、ADHD(注意欠陥多動性障害)であるが、それぞれの症状には個人差があり、また特性が重なり合う場合あり、配慮の仕方や留意点も違う。しかしながら、障害特性が外見からはわかりにくい特徴があり、本人の能力によっても異なるが、比較的技能習得は図られ易いことからあまり問題が表面化していない場合には指導員側も油断してしまうことがあるので、日頃から訓練生の言動や行動には注意が必要である。  一般的に精神障害者の易疲労性は周知のことであるが、発達障害者に関してもパソコン画面や作業への過集中により疲労が蓄積し、一定時間を超えると集中力の持続が図れずミスを生じ易くなってしまう訓練生も多く見受けられた。  疲労によりあくびや顔色の変化、目の充血等により身体症状が出ているにもかかわらず、自覚できていない訓練生も少なくない。この場合、指導員側で休憩を促すことで回復を図ることが可能だが、必要以上に疲労し過ぎると回復は容易ではなく、そのまま疲労・ストレスの蓄積が続くと安定した訓練受講が困難になることも危惧され、ストレス・疲労のセルフマネージメントは重要と考えている。  その他、主な指導上の配慮点を以下に示す。 ・ 当面のスケジュールや訓練内容に関しては、週間予定表やスケジュールボード等で明確にしておく。また、予定の変更もあることを最初の時点に事前に理解させておく。 ・ 口頭指示で理解が困難な場合、作業手順書や視覚的にわかりやすい教材等の工夫をする。 ・ 相談内容や重要な指示はホワイトボード等に文書化しながら要点を整理して話すと、理解が得られ易い。(電子黒板が記録には便利) ・ 指導者側は職場における上司としての意識を持ち、日頃の訓練場面において仕事を遂行するために必要な行動パターンや振る舞い方に対してモデルを示したり、助言・指導を適宜行う。(自分ルールをそのまま見過ごさない) 8 まとめ  これまで入所段階で受講訓練科について決定していたが、入所段階で訓練生の障害受容、社会適応力の状況に見合った訓練科選択が出来ていたとは言い難い状況にあり、訓練科決定機能を持つ導入訓練を実施することになった。作業結果を客観的な形で本人にフィードバックすることにより、得意なこと苦手なことを自分なりに整理できるなどの自己認識の促進が図られるなどの効果も得られている。障害特性等により自己の能力・適性と訓練レベルに関して大きなギャップがあり、当初は希望する訓練のイメージが抽象的で漠然とした状況であったものが、導入訓練を実施することによってより具体性を増し、客観的に訓練コースを決定できるようになっていることも窺える。  トータルパッケージの活用には、予想以上にマンパワーが必要なこと、導入訓練段階では、活用スキルと分析スキルが、本訓練移行段階では、結果の伝達スキルと結果の解釈スキル等の習得が必要であり、一定のスキルレベルを維持するためにも継続的な研修システムの構築が課題となる。 認知行動療法を参考にした認知に障害のある方のための教材作成 − 電話伝言実習教材を題材として − 上田 典之(国立職業リハビリテーションセンター職業訓練部 主任職業訓練指導員) 1 はじめに  国立職業リハビリテーションセンター(以下「当センター」という。)の高次脳機能障害者や精神障害者、発達障害者などの認知に障害のある方は受け入れが進み職業実務科、職域開発科といった職域開発系訓練以外の、いわゆる一般科において、平成21年9月時点で155名定員中39名にも達した。今後も増加傾向が続くと思われる。当センターオフィスワーク科では、認知に障害のある方と認知の障害がない身体障害者を分けて訓練を実施するのではなく、混在した形で訓練を実施している。  この論文では、認知行動療法の考え方を取り入れて作成した「電話伝言実習教材」について、教材作成上の留意点や訓練結果を述べる。この教材は、事務系訓練として電話応対要領をやさしく教えていこうとする試みであり、同時に、身体障害者も認知に障害のある方も主体性をもちながら、お互いが互いの力で訓練しあう、いわゆるセルフヘルプに重きをおいた関係づくりも目指したものである。  なお、認知行動療法とは、「クライエントは、行動や情動の問題だけではなく、考え方や価値観、イメージなど、さまざまな認知的な問題を抱えている。行動や情動の問題に加え、認知的な問題をも治療の標的とし、治療アプローチとしてこれまで実証的にその効果が確認されている行動的技法と、認知的技法を効果的に組み合わせて用いることによって問題の改善を図ろうとする治療アプローチを認知行動療法という。」1)のことである。   2 課題 【代償手段の獲得】  高次脳機能障害者の特徴的な後遺症として記憶力や理解力が低下している、混乱しやすく対応に時間がかかってしまう、言葉が不自由であったり、注意力が低下していたりする。また、思い込みも顕在化する。これらは後遺症として広く知られているところだが、自らがこれらの後遺症をしっかりと認識して、適切な代償手段がとれるように指導する必要がある。 【失敗体験の回避】  当センターでの発達障害者は過度に集中してしまう「過集中」や「いらいら」、「自信のなさ」が顕著である。従来型の教材を渡して自学自習するには、訓練の停滞や強い疲労感が見られたり、勘違いが多くなったりと、失敗体験を蓄積してしまうなどが問題であった。このため、いかに失敗体験を回避するかが訓練実施の上で大変重要になることがわかっていた。 【セルフヘルプの意識】  発達障害者や精神障害者にはいろいろと不安を抱えてしまっている方がいる。このため、無理を強いることはできない。そこで、例示する、デモンストレーションするという「モデリング」をより多く行うことで技能の積み重ねを図り、次第に訓練に対する不安を軽減させる。具体的な行為を見せたり、考えさせたり、話し合ったりし、「自分でもできた」という体験をとおして、自分を力づけ苦手を克服していこうという意識を育てることが必要になる。 【疲労の軽減】  脳の機能低下の特徴として疲れやすさがある。この「易疲労性」は、高次脳機能障害者だけではなく、いろいろな背景があるとしても、精神障害者や発達障害者にも同様のことがいえる。このため、訓練は短時間で一区切りすることが有効で、本人が疲れをそれほど自覚していなくても、深呼吸などの息抜きをさせることが有効である。  このため、一つのセッションの時間は短めに10分とし休憩を入れる。連続して取り組む場合は息抜きとしてボーとさせるなど、小休憩をこまめに入れることが必要になる。   【スモールステップの手順】  発達障害者や精神障害者にはコミュニケーションの障害がある方もいる。これには、多くの話す経験が大切になるが、成功体験を多く積むには、クリアしやすいスモールステップでの訓練が効果的である。理解しやすく克服しやすい教材作りによる成功体験の積み重ねが必要になる。   3 教材  実際の訓練場面は、次のとおりである。 図1 作業机 (1)電話機、メモリーノート、伝言メモ、大きいメモ用紙が散乱している職場風景である。メモリーノートを代償手段の中心に自然な受け答えができ、電話メモが取れるように指導している。  このような場面で実際に訓練生が抱いていた電話への「不安」と「認知の歪み」をまとめると次のようになる。 表1 抱いている不安 1.求人に電話応対が多いが自分にはできない。 2.怒られたことがあり電話はプレッシャー。 3.何回も聞けない。 4.言葉がでない (2)このような不安感を受けとめながら、成功体験を積み重ねるという考え方に立って、セッションをできるだけわかりやすい内容にするため、スモールステップとし、進度に合わせられるように全部で100題を用意した。各プログラムを示す。 表2 スモールステップのプログラム 1.名前を復唱するプログラム 2.名前と所属を復唱するプログラム 3.折り返し連絡が必要か 4.用件を聞き取るプログラム 5.緊急性の有無 6.待たせた時の対処 7.電話番号をメモするプログラム 8.FAX番号をメモするプログラム 9.メールアドレスをメモするプログラム 10.応用 11.その他 (3)最初のステップ「1.名前を復唱するプログラム」の訓練手順は次のとおりである。  表3 名前を復唱するプログラム <開始> 訓練生A:「国立職業リハビリテーションセンターオフィスワーク科○○です。」と電話を受ける。 訓練生B:「業務部業務課の△△です」 A:「もう一度お願いします。」 B:「業務部業務課の△△です」 A:「△△さんですね。」と所属は書き取れなくても名前は復唱する。  メモする <おわり> 指導員:「もう一度お願いしますとしっかり言えたのがよかったですよ」とほめる (4)次のステップ「2.名前と所属を復唱するプログラム」の訓練手順は次の通りである。  表4 所属も復唱するプログラム <開始> A:「国立職業リハビリテーションセンターオフィスワーク科○○です。」と電話を受ける。 B:「業務部業務課の△△です」 A:名前をメモする 「もう一度お願いします。」 B:「業務部業務課の△△です」 A:所属をメモする 「業務課の△△さんですね。」 <おわり> 指導員:「声が出ていてよかった」とほめる   図2 カードNo.1(名前を復唱)      図3 カードNo.46(メールアドレスをメモ)   (5)従来の指導方法でも有効だったが、過集中や自信のなさなどの障害特性に配慮したより良い教材作りが必要であった。生活技能訓練(social skills training)にならい参加型の訓練にすることで、意思疎通がより円滑になり、さらに一体感が作れる。グループ内の訓練生の行動は、意識、無意識を問わず、他の訓練生の影響を受け、また、他の訓練生に影響を与えることとなる(グループダイナミックス)。このスパイラルな変化がグループという大きな力によってよい形で作用するので、この課題をクリアしたいという気持ちを大切にし、訓練生のモチベーションを育てることとした。 (6)モデリングとは他者の行動やその結果をモデルとして観察することにより、観察者の行動に変化が生じる現象であり、やって見せ、同じことを説明しながらやらせてみることが有効である。これは従来から職業能力開発の原理としていわれてきた「やってみせ、いって聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」と同じことにもなる。仲間と同じことをすることをとおして理解を促していくことは、他の訓練生への波及効果が大きく、認知に障害のある方にとっての不安の蓄積を防ぐことからも非常に重要である。  表5 訓練に入る前の説明 1.やりたい気持ちをはっきりさせる。できるようになると職域が広がることをイメージさせる。 2.不安や難しいなと思っている気持ちを明らかにする。自分では自信がなくても、一緒にみようみまねで訓練すれば自然と身についていくので心配ないと伝える。 3.メモリーノートに目標を書いてもらう。 4.メモ用紙には大きい紙を用意し、メモが取りやすいようにする。 5.速記できるように伝言を「伝」とするなどメモが取りやすいように工夫させる。 6.課題のカードをみせ、目標を再確認する。 表6 モデリングを意識した取り組みの指示 1. 「気分しらべ」で訓練ができるか確認する。気分がのらなかった場合はパスする事ができると説明する。 2.情報の発信と受信が双方向で行われることが重要と説明する。 3.発信するときは、復唱を自ら行い、メモが取れるように間合いをとる。 4.受信側は「○○様ですね」と復唱し、メモを試みる。 5.不安やミス、混乱を防ぐため声がけ(正のフィードバック)を必ずする。   (7)以上を踏まえ、電話伝言の訓練教材と作業マニュアルを作成した。訓練の流れを次に示す。  表7 訓練の流れ 1.やってみせる ↓ 2.不安を解消するように、ひとつひとつメモリーノートに書きとれる速度で説明する。 ↓ 3.志願者を募りやらせてみる。志願する者がいない場合は、指導側の説明不足ととらえ、再度やってみせる。 ↓ 4.即時の声がけ(正のフィードバック)。まず、できたこと(目標が達成したこと)を伝える。具体的に褒める。 ↓ 5.繰り返し練習するか決めてもらう。 ↓ 6.連続で訓練するのは10分までにし、息抜きを取り入れる。また、観察していて疲れがあるようなときは5分以上休みを取らせる。 ↓ 7.つぎの目標をみんなで考える。たとえば、名前がメモできるようになったら、会社名も取れるようにするなど、理想の目標を作るのではなく、必ず、「できそうな目標」を作らせる。  まずは、できたという事実、「目標を達成した」ことをきちんと分かりやすく伝える。モチベーションをいい方向に保つため行動した結果のフィードバックは即時に行う。「そうそう」「いいかんじ」「そのとおり」「いいぞ」「できてるよ」と「声がけ」する。  ミスした場合は目標を確認し、「こうやって」「こうやってみて」「もう一度やってみよう」など不安回避の「声がけ」をする。   4 評価 (1)訓練中は「よりよくしていくための意見」を募るようにしている。これは、否定的なだめだしではなく、より前向きに考えさせ、ちょっとしたアドバイスがないか訓練生に募る。コメントが飛びあった、訓練同士の声がけの例を次に示す。  表8 訓練生同士の声がけ ・「経験」だ ・場慣れは大事 ・大事な内容かもしれないから何回聞きなおしてもいい ・だいぶ自信がついた ・うまいですねー ・すごいですねー ・すごい記憶力! ・おつかれさま! ・電話が遠いのですがー (2)これらの他にも、うなずきや笑顔など表情のフィードバックがある。指導員から評価されるのと仲間からのフィードバックとでは、受け止め方にかなり違いがある。「電話が遠いのですが」と言われたらできるだけ大きな声を出そうと努力するし、「うまいですね」の一言でも、緊張していた顔がほころびる。不安を抱いていた訓練生が表情豊かになっている様子を見ると、仲間同士の言葉が持つ力の偉大さを痛感するものであった。 (3)不安を抱えやすかったり、コミュニケーションが苦手であったり、失語症で言葉が出にくくなっている訓練生らに、訓練を受けての評価として、「大変満足している」、「大変自信になった」を100点とし、「まったくだめ」を0点とし採点してもらった。その結果は、図4の通りである。5名中30点をつけた2名が認知に障害のある方である。この2名だけが低い点数を付けている。   (4)ことばの出かたや復唱が上手になるなど、さまざまな点での上達ぶりや最後まで何回もチャレンジしようとしていた訓練態度が見られたことから、全員に訓練効果があったと評価した。      図4 満足度と自信度   5 考察  認知に障害のある方の特徴として満足度と自信度の二つの評価点が乖離していることがわかった。これは、一歩ずつ着実に「できた」という経験を積んだことと、「不安」や「認知の歪み」との相互作用によるのではないかと思われる。もともと、訓練に対して不安があったことを考えると、低い満足度・自信度でも何か得るものがあったからこそ乖離したのではないかと考える。  認知に障害のある方と身体障害者が混在している当センターオフィスワーク科だが、訓練に参加しやすいような場面づくり、個別対応ではなく、同じ目標を持つグループとして訓練を行っていくことで、さまざまな喜びの笑みが出るようになった。お互いがおたがいに影響するスパイラルは、指導員の話し方のうまさとは違った意味での技術である。認知の障害の特徴として不安やコミュニケーションの苦手さ、言葉のやりとりができないもどかしさがあるものの、認知行動療法の考えを取り入れ、集団だからこそできる方法として、わかりやすく、まねあいっこ(モデリング)を通して、よりよい経験をつませることが、認知に障害のある方を囲い込むことなく訓練できるための指導上の技術といえるのではないかと考える。   引用文献  1)心理学辞典 (株)有斐閣、p.663中島義明他、(1999) 個別マネジメントシステムを用いて行う職業訓練・就労支援について ○合田 吉行(特定非営利活動法人 ワークステージ)  今西 智奈美・池田 泰将・藤井 麗子・岡本 忠雄・乾 伊津子(大阪市職業リハビリテーションセンター) 1 はじめに  大阪市職業リハビリテーションセンター(以下「当センター」という。)では、平成17年度より、厚生労働省職業能力開発局(以下「国」という。)が所管し都道府県(当センターの場合では大阪府)が実施する、“短期委託訓練:障害者の様態に応じた多様な委託訓練”に含まれるWebラーニングコース(以下「当コース」という。)において、身体、精神に障害のある人を対象に、企業・事業所での常勤雇用を訓練の受講条件とせず、受講開始時および受講中の本人の状態・状況に合わせた形態で、職業訓練・就労支援を実施している。  当コースでは、平成21年度までの5年間、先に述べた形態で実施する訓練プログラムが、職業訓練としての目的を果たすための、職業訓練・就労支援分野における支援技術として、独自の"個別マネジメントシステム"の研究・開発を続けており、それを用いた職業訓練・就労支援に取り組んできた。今回は、コース開設後5年が経過することを機会に、これまでの取り組みについて振り返り、当コースの有り様を整理・点検したまとめを報告する。 2 Webラーニングコースについて  当コースは、平成17年度に厚生労働省の「IT技能付与のためのe-ラーニングによる遠隔教育訓練モデル事業」として開設した。現在は、国の障害者委託訓練事業のe-ラーニングコースとなっており、当センターが行う短期委託訓練の1つとして実施している。国は、障害者委託訓練事業のe-ラーニングコースについて、「通所が困難な重度障害者等が在宅にてIT技能等を習得する訓練」と位置づけており、実施主体の大阪府は、「障害者の雇用・就業の促進に資するIT技能等の習得を図ることを目的として実施」と要領で説明している。加えて、当センターの「働きたいという本人の意思を尊重する」という基本理念に基づきコースを運営している。  当コースの運営については、訓練プログラムの実施によって確認した支援者側の課題、本人に対する援助の事柄、職業訓練についての様々な要素、事項を整理し、その都度、コース運営に反映することを続けてきた。それらのことについては、定期的にまとめを行い、本論文の末尾に示した引用文献・参考文献に示すようにカンファレンスや研究発表会等で報告を行っている。 3 コースの経過と個別マネジメントシステム (1)コース開設後の初期に確認した問題点と解決策  平成17年春に、国のモデル事業としての当コースの開設に合わせて、e-ラーニングシステムとオンラインミーティングのシステムをセンターに導入し、それを前提に、在宅での職業訓練を開始した。最初に確認したことは、当コースで在宅での訓練を希望した障害のある人は、これまでの職業訓練の受講条件を満たせないような制限、制約があり、その度合いも大きいことである。具体的には、心身の変調の差(体調の不安定さ)が大きいこと、生活の状態を保つために様々な援助を受ける時間が優先的に必要なことであった。そのため、当コースが設定した条件(訓練の時間割など)での受講が不可能なことが明らかになった。  同時に、支援者(指導員)の本人への対応についても課題が明らかになった。例えば、施設内での訓練であれば本人の状態を容易に把握でき、必要な環境を整えることや本人の状況に合わせた対応が可能である。しかし、在宅の訓練では本人の様子を直接確認することが不可能である。当コースでは、当初、本人との直接の顔合わせをせずに訓練を開始し、オンラインミーティングを中心に電話を補助手段として使用し意思疎通をしていたために、本人の把握が不十分で、適切に対応できていなかった。在宅を中心に(施設外で)訓練をする場合には、センター(施設内)での訓練であれば本人の様子によって認識し対応できる事柄であっても、本人の様子を確認する手段が非常に限られるために、支援者(指導員)として認識できず、援助の課題を見過ごしてしまうことが分かった。  それらのことについて以下のように考察し、その結果を実行した。「本人の制限、制約の度合いが大きく、これまでの職業訓練の受講条件を満たせないような場合には、訓練プログラムを本人の条件、状態に合わせて実施、対応」しなければならない。更に、「その人の条件に合わせて対応する選択肢として在宅で職業訓練を実施する場合には、あらかじめ、本人の生活や暮らしの様子を『感じとって』おき、場面々々で本人の様子を思いおこしながら、本人の状態に合わせて適切に対応し援助の課題を見過ごさない」ようにしなければならない。そして、その人の生活や暮らしの様子を「感じとる」ため、本人が日々すごす(暮らしの)場がある自宅の訪問なども必要である。  以上に説明したことをふまえてコースを運営した結果、初期の問題は解決できた。しかし、続けてコースを実施したことで、次に述べるような問題点を確認した。 (2)在宅での職業訓練における観察と把握(モニタリング)手段の問題点  当コースで行っている在宅での職業訓練では、通常、本人に学習(技能習得)の課題を提供し、訓練(学習あるいは作業)に取り組んでもらうことになる。つまり、本人を捉える手段は学習結果・作業結果の確認だけである。そのため、本人の受講時の能力、状態と提供した学習課題の差(ギャップ)や学習・作業の途中経過等について観察と把握(モニタリング)することが不可能である。  当コースでは、意思疎通の手段としてオンラインミーティングを導入していた。しかし、それを使用した場合は、Webカメラを通して写し出される限られた範囲の映像を確認しながら、本人と指導員(支援者)双方のPC画面を共有し会話する(音声を伝える)ので、指導員が認識できる範囲が限定されてしまい把握できる情報が部分的になるため、本人が取り組む様子の全体を捉えることが困難である。また、当コースは、一斉講義は行わず個々人の取り組みを中心に訓練プログラムを実施するので、本人(訓練生)が自分で試行錯誤した末に自ら解決出来ない点が残った時にオンラインミーティングを使い疑問点に応答することが多くコミュニケーション内容も偏ったため、本人の様子・状況を把握する場面が少なくなった。  その結果、個々人が既に有している能力、技能の程度やその人の制限、制約を指導に反映し難くなる。そのため、本人が思っている『訓練を受けている意図』と指導員の対応に『ずれ』が発生し、遠隔になる『訓練の場』を本人と指導員(支援者)が共有できないことで、その『ずれ』が修正できず、時間の経過とともに拡大していく。 (3)個別に対応する訓練プログラムでのカリキュラム設定の問題点  本人の条件に合わせて訓練プログラムを個別に対応すると、コースで定めたカリキュラム(学習内容)を完了する時期も個々人でそれぞれ違ってくる。当初は、e-ラーニングによる学習を中心に進めたこともあり、本人の心身状態及び受講状況とその人の能力の違いにより、定めたカリキュラムを見込みより少ない日数で完了し学習テーマを追加した人や、見込みの倍以上の日数を要した人がいた。また、コース開設1年目をモデル事業として実施したことで、事業としてのまとめ作業を行う必要があったために、修了生に受講後のアンケート調査を実施したところ、「(e-ラーニングを中心にした職業訓練では)パソコン教室の範囲を超えていなかった」という旨の回答があった。  以上のことを考慮し、訓練プログラムを個別に対応することで、コースが決めた枠組みではなく本人(受講者)の情況に即した運営を行うようになったことを受けて、"カリキュラム:学習課題(テーマ)と内容"についても個別に設定し訓練プログラムを試行した。その結果、更に、以下のような問題点を確認した。  まず、「その人に必要な訓練テーマ、カリキュラム(学習課題と内容)は何か?」を明らかにすることが容易ではなかった。当初は、本人が希望することを学習課題として決定し、その課題に合致した学習コンテンツ(内容)を提供して、それに取り組んでもうことも試みた。しかし、本人が希望したことを学習課題とするだけでは、その課題と本人の就業との関係を明確にできず、職業訓練としての目的を設定することが困難なために、訓練としての効果は限定的であることが明らかになった。つまり、当コースとして訓練のカリキュラム(学習課題と内容)を個別に設定するためには、本人のその時点での能力を土台(ベース)にして訓練テーマを設けなければならないことが分かった。 (4)カリキュラム設定も含めて個別に対応し在宅でも実施するための職業訓練に必要な枠組み:個別マネジメントシステム  「本人の制限、制約の度合いが大きく、これまでの職業訓練の受講条件を満たせないことにより、本人の条件、状態に合わせて訓練プログラムを実施し対応すること」、「訓練の効果が認められよう本人が既にもつ能力を土台(ベース)に、訓練のカリキュラムを個別に設定すること」、「その人の条件に合わせた選択肢として在宅で職業訓練を実施するために、本人の生活や暮らしの様子を『感じとって』おき、本人の状態に合わせて適切に対応し援助の課題を見過ごさないようにすること」、「遠隔での訓練によって生じる『本人の意図』と『支援者(指導員)の対応』の"ずれ"が拡大しないような本人との関係を確保すること」以上の4つの要点を含んで職業訓練を実施するために、当コースでは、独自の視点をもつ職業訓練の枠組みを考案し、それを実行するための支援技術として「個別マネジメントシステム」を開発した。  職業訓練の枠組みについては、当コースの開設後、3の(1)から(3)で説明したような経過の中で、「コースとして固定したカリキュラムを準備し、それについて指導員が学習内容を教え(指導し)、訓練生は習う(教わる)」のではなく、『指導員(支援者)は本人の理解、把握、本人の状態を整理した上で、その人が取り組むべき目標を明確にし、それに合致した取り組み(訓練、作業)の内容を提供する。一方、本人(訓練生)は自ら自己の職業能力の開発に取り組む。』という独自の視点をもつこととなった。  そして、その枠組みで職業訓練を実施するための支援技術が「個別マネジメントシステム」である。そのことについては、昨年の当研究発表会において報告・発表を行っており、引き続き開発を継続している。図1に「個別マネジメントシステム」のモデル構造を示す。   図1 個別マネジメントシステムのモデル構造    この個別マネジメントシステムは、訓練生の「訓練の取り組み状況」をマネジメントするものではなく、「指導員自身がどのように本人と関わっていくのか?ということ(指導員と本人との関わり合いそのもの)」が中心になる。 4 現在の当コースについて  現在の当コースは、3-(4)で述べたことを更に整理し『指導員は本人を理解、把握し受講目的を受け止めた上で、本人の職業的な発達に必要な内容の提供と調整を行い、訓練生に主体的に取り組んでもらう』ための、『訓練生自身による就業を目指した自己啓発としての職業訓練プログラム』であると考えている。したがって、当コースは、コースとしての訓練場面は特定していない(訓練フィールドをもっていない)。  更に、訓練内容については、受講開始時に本人と話し(懇談)を行い、本人の"「はたらく(仕事をする)」ことについての想い"をきいている。それを前提とし、本人にとってまず必要なこと、あるいは、試してみることを考えてから、当コースで用意できるもの、センターとして提供できる訓練内容を提示している。その提示内容に了解を得たうえで、訓練の取り組みを開始する。以上の過程については、本人と一緒に考えていくこともある。  また、訓練の中心が支援者(指導員)と本人との関わり合いになっているので、「職業訓練コースとして、事前に訓練生に提示する"カリキュラム" (訓練内容)は用意しない」ことを基本にしている。そのため、職業訓練としての技能習得・技術指導は、センター内の他科・他コースで実施している訓練コンテンツ(内容:講義、講座、作業実習)を活用し技能習得のカリキュラムを構築する場合がある。しかし、講義、講座、作業実習の利用が単なる参加で終わってしまい、訓練としての意義を無くさないように本人とコミュニケーションを行って、利用の意図を訓練の"ねらい"に合致させるため、利用目的の修正、利用方法の変更を行い、時には利用を中止することもある。 5 コースの運営を情報系訓練グループで行うメリット  当コースは、センター内では、身体に障害のある人を対象として1年あるいは2年の訓練期間があるIT関連の訓練コースと、知的に障害のある人を対象とした1年間の事務職分野の訓練コースで構成される情報系の訓練グループ内で運営し、ケース会議等もそれらの訓練コースを担当する5人の指導員で実施している。それぞれの指導員は、当コースの訓練生が技能習得・技術指導で利用する、他コースの講義、講座、作業実習を担当しているので、違う立場での異なる視点の意見からも検討して、本人に対する訓練指導や支援を行うことが可能になっている。  当コースは個別対応による訓練形式であるが、他の指導員が担当するコースは5名程度から十数名の集団形式による訓練である。情報系の訓練グループ内に異なる二つの訓練形式があることで、指導技法や対応(援助)の技術も含めて、個別対応と集団形式それぞれの特質を考えて整えた環境や状態で訓練を実施することが可能になっている。けれども、当コースは、集団から落伍して個別対応になるのではなく、集団やグループワークで成り立つ、例えば、「多面的に人と関わることで本人の中の働く意識が徐々に明確になっていくような」環境・状況を代替する状態が、個別マネジメントによる「(本人との)関わり合い」によって作り出せるようにしている。 6 相談部門(総合相談室)とのパートナーシップ  短期委託訓練では、その実施規定によって受講前面談を行うことが定められ、当センターでは、相談支援を担当する業務グループの「総合相談室」がその受講前面談を担当している。  4で説明したように、当コースは、職業訓練としては特有な形式なので、そのことが訓練を希望する人に十分に説明できるように、総合相談室と連携して措置を講じている。具体的には、総合相談室が行う受講前面談に同席、または、途中から加わり、受講希望者に「規定のカリキュラムや時間割が無いこと、訓練テーマや訓練方法については個別に設定すること、取り組んでもらう課題に対しても一律的に期限を設けないこと」など当コース特有な形式について説明している。  また、当センターの総合相談室は、障害のある人の職業訓練を含めた就労・就業全般にわたって相談支援を行っている。総合相談室との連携作業を通じて、センターの相談業務担当者がコースの特徴について熟知することができたので、当コースの受講前面談とは関係なく、センターを訪れた人の相談支援で、本人の状態から、就労・就業に向かう取り組みとして当コースの利用が適切であると判断されて、コースを受講することになった訓練生が増えている。 7 今後の方向  当コースの特徴を考えると、「職業訓練において個別の対応が求められるような制限、制約が大きい人」、「本人の生活や暮らしの実情を受け止めながら訓練の対応をしなければならない人」が受講の対象になる。そのような人たちは、「就労・就業に向けた支援の広がりが無くなってしまった人」、「就労・就業に向かって必要な支援が届かない状態にある人」という"在宅の状態"におかれた人たちである。そのような人たちの中には、その人にとって大きな制限、制約と、それによって受ける援助の度合いのために、主体性が小さくなっていることが確認できた。加えて、年齢や学歴等に関わらず、経験や体験が限られ、"自分が働く" (就労・就業する)ことについて実現可能な解決策を見つけ出せない状態にあることも分かった。  そのようなことに対応するために、支援者(指導員)は、本人の主体性が確立、回復するように関わっていかなければならない。同時に、"働く"ということについて、本人自ら答えを出していけるように、社会的、職業的の二つ点での発達を促し、それを達成するために、自ら学べる力が身につくよう、また、"自分が働く"ことについて主体的に問題の解決をしていくために、その人に強さが備わっていくよう、意図をもって本人にはたらきかける関わりをしていかなければならない。 8 まとめ  当コースのこれまで5年間の取り組みは、例えば受講条件という、職業訓練の枠組みそのものが制約となってしまい、働きたいという思いに反して、働くことについての援助・支援サービスが受けられないという状態にある障害のある人に対して、「どのようにしたらよいのか?」ということを、利用者への対応の失敗を反省し、議論しながら方策を考え、見つけ出した手段を試行し、成果を得た方法を実践してきた。  そのことを通じて当コースがこれまでに研究・開発してきた「個別マネジメントシステム」とは、本人が自ら学ぶ力(発達する力)を習得し、困難なことに立ち向かう「ちから(力強さ)」を獲得して、仕事に取り組む(就労・就業)場面で「自分自身への安心」が生まれるような経験のための道筋を探ることを目的にもった、本人との「関わり合い」の形(かたち)をとっている「支援技術」であると考える。そして、当コースでは、その支援技術を用いて、職業的な発達を中心にした本人の様々な発達を意図的に働きかける支援を、職業訓練プログラムの中で行っていることになる。  今後は、職業的な発達に必要な事柄の把握や促しとして適切(効果的)な方法・状況の設け方の技術水準(レベル)を向上する必要がある。また、7の後半部分で説明した、本人が「主体的に問題の解決をしていくこと」、「その人に強さが備わっていくこと」に対応した支援技術について、他のケアマネジメントでの手法を意識しながら研究・開発を行い、「個別マネジメントシステム」を深く掘り下げていくとともに、社会資源としての支援サービスの中で本人(訓練生)が自分の意識を能動的に変えるアプローチが必要になると考える。 引用文献、参考文献 1) 合田吉行・今西智奈美・池田泰将・藤井麗子・岡本忠雄:個別マネジメント用いた本人の心身及び生活の状況に合わせて行う職業訓練・就労支援について、第24回リハ工学カンファレンス論文集、p211-212、2009 2) 合田吉行・池田泰将・岡本忠雄:在宅などで個別に行う職業訓練・就労支援での個別マネジメントシステムについて、第16回職業リハビリテーション研究発表会、p240-243、2008 3) 合田吉行・池田泰将・岡本忠雄:職業訓練・就労支援のための個別マネジメントシステムについて-在宅などで個別に行う職業指導の取り組み-、第23回リハ工学カンファレンス論文集、p351-352、2008 4) 岡本忠雄・合田吉行:Webラーニングコースにおける個別マネジメントシステムの取り組みについて、大阪市心身障害者リハビリテーションセンター研究紀要 第22号、p61-65、2008 5) 合田吉行・池田泰将・岡本忠雄:「Webラーニングコースの職業訓練・就労支援について」、第22回リハ工学カンファレンス論文集、p209-210、2007 6)合田吉行・桒田大輔・池田泰将・岡本忠雄:「大阪市職業リハビリテーションセンターにおける職業訓練・就業支援①、②、③」、第21回リハ工学カンファレンス論文集、p81-86、2006 7) 独立行政法人 高齢者・障害者雇用支援機構:障害者就業支援におけるケアマネジメントと支援ネットワークの形成Ⅱ、平成14年度 研究調査報告書 通巻249号、2003年 8) 関宏之:障害者問題の認識とアプローチ、中央法規、1994年 指定就労継続支援(A型)事業の実践についての一事例 −多様な業務を通じた障害者の本当の自立に向けた取り組み− ○瀬山 和子(特定非営利活動法人日本園芸療法士協会 理事長) ○坂本 貴史(特定非営利活動法人日本園芸療法士協会 職業指導員) 1 はじめに  特定非営利活動法人日本園芸療法士協会(以下「当協会」という。)では、植物を利用して人間の心身の回復を図る「園芸療法」の実践・研究を行っており、「社会参加の園芸療法」をテーマに掲げ障害者自立支援法「指定就労継続支援(A型)事業」を活用した障害者に対する職業リハビリテーションを実践し、満3年が経過した。  本稿では、当協会の指定就労継続支援(A型)事業を通じた障害者の職業リハビリテーションの成果及び問題点を紹介し、職業リハビリテーションの考え方と方向性を示してみたい。   2 指定就労継続支援(A型)事業選択の理由  障害者自立支援法の数ある事業の中から指定就労継続支援(A型)事業を選択した理由は、利用者の必要性に応じたサービスを目的とした場合、利用者の立場はもちろんのこと、事業者の立場に立つならば、国の訓練等給付費を通じて利用者に対し一般就労に向けた適正なサービスとして提供することが必要と考えたからである。つまり障害者の本当の自立をめざすには、利用者の自己決定を尊重し利用者本位のサービスの提供を基本として「雇用契約」に基づく事業者との対等な関係を築く事が大切である考えに立ち本事業を選択した。  なお、雇用契約による社会的責任と就労意識の高揚を図るため、当協会では利用者を「従業員」と位置づけ業務を行っている。 3 就業内容  障害者の職業リハビリテーションを実践する就業内容は、植物を主軸とし「植物栽培」「商品集荷管理・配送」「製造」「販売」の有機的なシステムを確立している。  この他利用者のケアを目的として、心身の調子を崩した利用者については療法ガーデンにて園芸療法を行い、心身の回復を図っている(表1)。               表1 職業リハビリテーション実践の業務内容 社会性 就業項目   業務内容 高 低 店舗接客販売 ・札幌市営地下鉄沿線に展開した店舗接客販売 商品集荷管理・配送 ・商品の集荷及び仕入れ、商品管理、配送 食品製造 ・定食類製造 ・菓子類製造 ・豆腐製造 ・植物の二次加工製品 の製造 植物栽培 (ガーデン) ・植物園芸栽培 ・ガーデン管理 ・造園 (園芸療法ケア) 4 利用者の属性  当協会利用者数は4事業者合計195人で、それぞれの場所で就業している(表2)。        表2 当協会全体の利用者数 事業場所 人数 協会本部(北海道札幌市南区) 120人 札幌支部(北海道札幌市豊平区)  20人 関東支部(千葉県安房郡鋸南町)  15人 関西支部(兵庫県小野市)  40人 計 195人  ※平成21年9月15日現在    このうち協会本部を見ると、利用者の就業場所は70%以上が店舗であり、次にガーデン(植物栽培)、商品集荷管理・配送、食品製造の順になっている(表3)。各就業場所にはそれぞれ指導員を配置して利用者の訓練・指導を行っている。  利用者の3障害別については精神障害が67.5%と圧倒的に多く、平成19年12月時点の同42.1%と比較しても格段に高くなっており(表4)、精神障害者の一般就労の厳しい状況がうかがえる。      表3 利用者120名の就業場所(協会本部)  就業場所  人数  比率 店舗(店舗内製造含) 86人 71.7% 商品集荷管理 10人 8.3% 食品製造  3人 2.5% ガーデン(植物栽培) 21人 17.5%   表4 利用者120名の3障害別状況(協会本部)  障害  人数  比率 身体障害 25人 20.8% 精神障害 81人 67.5% 知的障害 14人 11.7% ※表3、表4 平成21年9月15日現在 5 利用者の雇用とサービス利用開始までの流れ  利用者の就労までの手順は、①ハローワークみどりの窓口から紹介状をもらい履歴書とともに持参し面接により決定、②就業場所は面接時の本人の希望や当協会が判断した適性等に応じ決定、③利用者が居住する管轄区役所に同行し事業者が申請書を提出、④管轄区役所が利用者に対し面接及び聞き取り調査を実施、⑤障害福祉サービス受給者証の交付、⑥雇用契約を締結し当事業所で就労となっている。なお受給者証の交付は申請から約3週間かかっている。  就労決定後は利用者に応じた個別支援計画を作成し、個別支援計画と就労実態を確認している。 6 勤務時間  利用者の勤務時間は、1日当たり3時間勤務のシフト制としている。これは障害者の体力が出勤1時間、就労3時間、帰宅1時間で計5時間程度が無理なく持続して働くことができる時間設定と考えられるためであり、一部の4時間以上の者を除き1日3時間、月22〜23日の勤務となっている。 7 就業場所における利用者の実態(地域札幌) (1)店舗接客販売  当協会本部の70%以上が勤務している店舗「ピアハーブ」は平成21年9月現在7店舗あり、人通りの多い札幌市営地下鉄駅沿線に展開し、より効果的な社会参加の実現に努めている(表5)。  主な業務内容は接客販売及び、おやき・たこやき・せんべい・定食等の食品製造を通して、お客様に良いサービスを提供していくことである。  店舗接客販売利用者を障害別に見ると86人中身体障害13人(15.1%)、精神障害64人(74.4%)、知的障害9人(10.5%)であり、多くの精神障害者で占められていることが大きな特徴である。  日々の業務では植物を中心とした商品を介して利用者とお客様とのコミュニケーションが発生し、健康な人々との触れ合いを通じて社会と直接関わることで、利用者の社会性を高める職業リハビリテーションを実施している。    表5 ピアハーブの場所と営業内容(地域札幌) 開設日 名称 駅名 営業内容 H18.6 1号店 真駒内 販売、一部製造 H19.7 南平岸店 南平岸 販売 H20.2 澄川店 澄川 販売、喫茶、製造 H21.2 5号店 真駒内 おやき製造、販売 H21.3 大通店 大通 販売 H21.8 6号店 真駒内 販売 H21.9 MAX 平岸店 南平岸 おやき・たこやき製造、販売、喫茶、金券、書類 ※駅はすべて札幌市営地下鉄南北線沿線 (2)商品集荷管理・配送  本就業場所は商品の仕入れ・在庫等の集中管理及び各店舗への配送を目的に開設した。  商品集荷管理・配送利用者の障害別は10名中身体障害3人(30.0%)、精神障害5人(50.0%)、知的障害2人(20.0%)となっている。  日々の業務では野菜等の袋詰めや秤でのグラム数チェック、仏花・切花づくり、食材や袋等の数量・在庫確認、各店舗への商品の配送等、多岐にわたる業務を通じて、数量の感覚や仕入れの知識を高める職業リハビリテーションを実施している。 (3)食品製造  食品製造所は南区常盤にあり、主に惣菜やホットサンドづくりを行っている。このほか、新商品の開発・研究も行っている。  食品製造利用者の障害別は3名中身体障害1人(33.3%)、知的障害2人(66.7%)となっている。  業務は食材の皮むきや洗い物、商品のパック詰め等、食材調理・加工に関する補助的な役割の業務による職業リハビリテーションを実施している。 (4)ガーデン  ガーデンは当協会事務所がある豊かな自然環境に囲まれた白川にあり、店舗で販売する野菜・ハーブ等の植物の栽培や、園芸療法ガーデンの整備・管理、しめ飾りの部材製作等多岐にわたる業務を行っている。また、札幌市の業務委託による近隣公園清掃業務や個人邸庭園管理業務等の造園業務を行い、地域に寄与する業務も実施している。  ガーデン利用者を障害別に見ると、21人中身体障害8人(38.1%)、精神障害12人(57.1%)、知的障害1人(4.8%)となっており、自然環境の中で精神病を改善したい方、労働により身体機能の改善を図りたい脳卒中患者が多いことが特徴といえよう。  また、店舗等で精神状態が悪化し接客ができなくなってしまう方、他の利用者との関係が悪化する症状が出た利用者に対しては、当協会事務局ケアセンター長と相談の上一時的に療法ガーデンに身を置き、植物に囲まれたゆったりした環境の中で、命が生長し季節が変化する様子を観察したり、当協会正園芸療法士による園芸療法の実施、当協会開発の五感行動観察システム機の利用により心身のデータと回復を図っている。   8 3障害者別の勤務の評価  個別支援計画の中に記載されている「4.計画に基づく評価結果(表6)」をもとに、利用者の勤務を総括すると、以下の通りであった。 (1)店舗接客販売 ・勤務身支度:3障害者とも達成度は80%以上と高いが、知的障害者が100%を達成している点が注目される。 ・開店・閉店準備:3障害者とも60〜70%以上と比較的高い達成度を示している。なお、身体障害者については手足の不自由な方が多く、商品を持つ等の準備作業ができないために、他の障害と比較して若干達成度が低くなっていると思われる。 ・接客態度:身体障害者は80%以上の利用者が丁寧な接客対応ができている。これに対し、精神障害者は人と接することで緊張・硬直してしまうことが多く達成度は30%程度にとどまっている。また知的障害者は50%の達成度であり、3障害により作業の達成度にバラツキが見られる。特に客が多く忙しくなる店舗においては、頭がパニック状態になり、精神・知的障害者はほとんど対応できない状況である。 ・商品説明:身体障害者であっても作業の達成度は30%程度にとどまっており、3障害者ともに商品についてお客様に説明できない利用者が多い。 ・商品管理: 3障害者ともに商品の数量・在庫等のチェックの作業達成度は20%未満であり、どの障害者であっても商品管理がほとんどできない。 ・金銭管理:商品の売値がほぼ50円、100円であるものの、身体障害者であっても作業の達成度は30%程度にとどまっており金銭の管理ができていない。特に知的障害者については計算能力がないために金銭の管理が全くできない。精神障害者は仕事の速さが要求されると、計算ミス、記入忘れ等が頻繁に起こる。 ・協調性:身体及び精神障害者が協調性に欠けるのに対し、知的障害者は他者とのコミュニケーションを積極的に図る傾向がうかがえる。 (2)商品集荷管理・配送 ・勤務身支度:3障害者とも達成度100%である。 ・商品管理: 3障害者ともに各店舗から送られてくるFAXをもとに商品の用意はできるが、身体障害者であっても商品保管場所を覚えられない。 ・協調性:身体障害で難聴の方は、他人とのコミュニケーションを図ることができず、時々暴力行為に走ることがある。また、腰が悪い方については多弁であり、他の利用者の集中力を途切れさせるなど、身体障害の利用者ほど協調性がない傾向がみられる。この2名については身体障害として申請しているものの、実際には知的障害の要素が複合的に合わさっているものと思われる。 (3)食品製造 ・勤務身支度:身体障害者1名、知的障害者2名とも100%達成できている。 ・調理の作業性: 身体障害の1名は股関節が悪いだけで一通りのことはできるが、知的障害の2名は指示より皮むき等の単純作業はできるが、新商品開発などの提案を要する作業はできない。 ・協調性:知的障害特有の傾向であるが、協調性は非常に高く、すぐに打ち解けられる傾向がある。 (4)ガーデン ・勤務身支度:3障害者とも達成度100%である。 ・作業性:種まき、移植、露地植え等の栽培作業を満足にできない利用者がほとんどである。知的障害者については量の感覚がないために必要以上に土をかけたり、一定間隔に種を撒けないなどの特徴が見られる。これに対し身体障害者については、身体機能は欠如しているものの、作業内容を理解し作業を達成できる者が多い。 ・協調性:3障害者とも良好な関係であることが大きな特徴である。これは他の就業場所と異なり、自然に囲まれ、ゆったりとした環境の中で行う作業が癒しの効果を生んでいるものと思われ、大きく精神状態を崩す利用者が皆無であることにもつながっていると考えられる。  表6 労働能力の評価(アセスメント)の実例 9 一般就労等実績と退職者(協会本部)  当協会本部の一般就労等を達成した利用者及び退職者は年別に以下の通り整理され(表7)、雇用者数は平成18年度の15人から平成21年度141人であり就労実績者数は増加している。この中で一般就労等を果たした者が毎年2名ずつおり、少しずつではあるが職業リハビリテーションの成果が出てきている。一方、退職者数は毎年20%前後で合計65名にもなっており、就労意識が薄く、また1日3時間シフトの勤務であっても心身の体力の継続が困難となっていることが明らかになった。     表7 一般就労等実績と退職者  単位:人 年度 雇用者数 一般就労等 退職者 平成18年  15 0(0.0%) 0(0.0%) 平成19年  79 2(2.5%) 17(21.5%) 平成20年 143 2(1.4%) 27(18.9%) 平成21年 141 2(1.4%) 21(14.9%) 計 6人 65人 10 成果と問題点の整理  指定就労継続支援(A型)事業の活用を通した職業リハビリテーションについて得られた成果と問題点は次の通り整理される。 (1)成果 〔身体状況〕 ・右手・左手の動きが早くなった。 ・首と肩が同じように動くようになった。 ・言語がはっきりとした発音になった。 〔精神状況〕 ・お客様(社会)とのコミュニケーションが図られ、表情がいきいきとしたものになった。 ・仕事への向上心と、前向きな気持ちが芽生えた。 ・人の中に入り孤独感が解消され「自分を認めてくれる場」として希望を見い出すことができた。 ・利用者同士のコミュニケーションが生まれ、連帯意識および相手を思いやる気持ちが芽生えた。 (2)問題点 ・客が多くなりパニックになると商品管理・金銭管理がほとんどできない。中には萎縮して何も話せなくなる利用者もいた。 ・利用者間でセクハラがあった。 ・シフトではない日に丸印をつける者がおり、これは訓練等給付費の請求に際して問題が発生するため事業所として注視しなければならない。 ・商品や金銭を盗む利用者がいた。 ・指導員や他の利用者に暴言や暴力行為を働く利用者がいた。こういった利用者については療法ガーデンで心身の回復を図る、就業場所を変えるなどにより対処している。 ・雇用契約をしていながら職業意識が薄く、勤務場所に来るだけで賃金がもらえるという意識が強い。従って「勤労」にはほど遠い現実がある。 11 まとめと今後の課題  本稿では指定就労継続支援(A型)事業を活用した障害者に対する職業リハビリテーションの結果を述べてきたが、各就業場所が利用者にとって「自分を認めてくれる場所」になっていることが一番意義深いことであった。ただし、職業人としての意識は低いのが実情である。  ただ、一般就労等を果たしたものが毎年2名ずつおり(計6名)、本事業の目的である職業人としての自立並びに一般就労に結びつけることに成果を得ることができたものと考える。  従って、引き続き本事業運営を通じて利用者の状況を注視し、障害を乗り越えた本当の自立及び、指導員の「1.セラピストである事、2.就労支援の能力開発 3.危機管理意識の徹底」を推し進めることが大切であると考える。事業者である当協会、指導員、利用者が一体となった事業運営の実現に向けて、今後も精力的に取り組んでいきたい。 小規模企業の損益を勘案した障害のある社員の担当業務の検討 −米国の取り組みから− 依田 隆男(障害者職業総合センター事業主支援部門  研究員) 1 はじめに  厚生労働省の調査結果によれば、従業員5人以上の事業所のうち、身体障害者については69.0%、知的障害者については73.5%、精神障害者については72.7%の事業所が、障害者雇用で解決が必要な課題や心配な事項があるとし、最も多くの事業所が選んだ事項は、いずれの障害種類についても「会社内に適当な仕事があるか」であった1)2)。  障害者職業総合センターの調査結果によれば、常用労働者30人以上の企業において、障害者を雇わない理由(又は障害者の採用が困難な理由)として最も多かった回答は「障害者に適した職務がない、新設できない」(65.1%)であった。逆に、同じ企業群に対して障害者を雇う理由を尋ねたところ、最も多かった回答は「企業の社会的責任だから」(74.3%)であったのに対し、「障害者に適した職場があるから」は10.9%、「障害者を雇用する環境が整ったから」は2.5%と少なかった3)。  障害者職業総合センターによる別の調査結果では、地域障害者職業センターや第1号職場適応援助者による支援の実施機関が「仕事や職務を分析し、障害があっても有意な仕事ができるような仕事の発見や開発を行う」場合、このような支援を受けたことがある事業所の82.7%が、当該支援の効果があったと答えた。また、逆にそのような支援を受けたことのない事業所の29.7%が、障害者雇用に際して当該支援は必要だったと答えた4)。  事業主が「障害者に適した職務がない」と述べている場合であっても、職業リハビリテーション機関等が当該事業所内の職務を検討することにより、支援対象となっている障害者に対応可能な職務を見つけることができる場合がある5)。そもそも日本の企業では、従業員の高齢化や身体障害等に対処するため、このような職務の再発見はもとより、「人に仕事を合わせる」と形容される職務再設計、職場環境改善等を行ってきた経緯があり、仕事の発見・開発自体は目新しいものではない6)。  だが、上述の調査結果等からわかるように、障害者雇用のための仕事の発見や開発は、その有効性が認められているにもかかわらず、必ずしも十分には行われていない。障害者と企業内の仕事との単純なマッチングによって取り組む静的な障害者雇用のあり方から、必要に応じて仕事の発見・開発を行う動的な障害者雇用のあり方へ、企業が一層の転換を図ることが、新たな障害者雇用の可能性を拓く一助となることが示唆される。その際、職業リハビリテーション機関等による事業主支援の中で仕事の発見や開発を推進することが、有効な方策となる可能性がある。  このため障害者職業総合センターでは、「障害者採用に係る職務等の開発に向けた事業主支援技法に関する研究」を実施し、その一環として大企業及び地域障害者職業センターに対する郵送調査により、仕事の発見、開発に係る実態について検討している。併せて、米国における障害者雇用のための職務開発(Job Development)の手法から日本への示唆を得るため、文献レビュー及び現地訪問調査を実施しているところである。  本稿では、これらのうち米国連邦政府の資金援助の下に支援機関が行う職務開発の取り組みについて調査、検討した結果を報告する。 2 小規模企業の支援ニーズ  本稿で報告する職務開発は、後述するジョブ・カービング(Job Carving)とジョブ・クリエーション(Job Creation)から成る。これらは、都市部から離れた遠隔地に居住するため、専門機関からの長期間で継続的な支援を受けることが困難な障害者と、同じく当該地域にあるため地理的にも資金的にも一般の公認会計士等からの経営コンサルテーションを受けることが容易でない遠隔地の小規模企業との双方に短期間で関わり、雇用管理のしくみ作りを支援することで、当該地域の障害者の雇用安定に資する点に特徴がある7)。障害者の就職と企業経営との双方のメリットの両立を図るという職業リハビリテーションの方法論は、カスタマイズ就業(Customized Employment)の中で、障害者と企業との「Win-Win関係の構築」と形容され、これまで日本へも紹介されてきた8)。  本稿で紹介する職務開発は、企業が障害者を受け入れる見返りとして、支援機関から経営コンサルテーションを受けるというものではない。以下に紹介するように、障害者が従事する職務を発見・開発する際、それが企業経営にメリットをもたらすものでもあるようにすることで、障害者雇用を持続させるしくみを企業内に構築する取り組みである。   3 経営者との関係構築とマーケティング・リサーチ  職務開発における求人探しは、当初は必ずしも特定の障害者に対しての支援を前提としない場合も多い。すなわち支援機関が経営者との信頼関係を構築し、事業主支援のニーズを探るため、地域単位、産業・業界単位の担当者を決め、経営者団体や業界団体の会合に参加したり、各企業を訪問したりして、いわゆる企業研究・業界研究が行われる。こうして事業所の経営者や従業員との良好な関係(Business Relation)を意識的に構築・維持しながら常に目を光らせ、求人ニーズが出てくるのを待つのである。  他方、支援対象となる障害者が決まった場合は、当該障害者に対し、キャリア・カウンセリングのノウハウを用いたアセスメント等が先ほどの事業主支援の担当者と同一のスタッフによって行われる。すなわちその障害者がどのような経験や興味を持ち、どのような配慮(Job Accommodation)のニーズを持っているかについて、支援者が理解を深め、それを障害者へ伝え返し、それによって障害者の自己理解を図る。当該障害者が若年である等により、社会経験や職業経験が少なく、コミュニケーション能力に制限がある等の場合は、介入度の高い「ディスカバリ」という方法が用いられ8)、そうでない場合は、より短時間で実施可能な”Person-centered Career Planning”という方法が用いられる9)。  なお、米国の職務開発では、障害者の配慮ニーズに関する事業主への説明は、第一義的には障害者自身が行うべきものと考えられている。このため、連邦政府の助成を受けて職務開発等の事業を実施している民間機関の中には、障害者自身がその求職活動において、事業主に対し障害特性や配慮ニーズを適切に説明(Disability Disclosure)できるようにするためのトレーニングコースを設けているものがある10)。  以上のような準備を経た上で、特定の企業で求人ニーズ(求人そのものではなく、いわば求人の萌芽)が発生した際には、そのチャンスを確実に生かすために即座に次の行動が開始される。以下では、米国南西部の人口約1万人の町で個人事業主1人だけが従事するガソリンスタンドにおいて、障害者雇用を成功させた事例を紹介しよう11)。  まず支援スタッフがこのガソリンスタンドを訪問し、店主の職務を調べた。その一方で、ガソリンと自動車部品のそれぞれの仕入先と、業界団体とにインタビューし、情報収集を行った。その結果、店主の職務は図1に示す15の職務に整理できた。  これら15の職務は、どれも店の経営を成り立たせる上で必要な業務ばかりであり、特に②の給油業務は、親会社とのフランチャイズ契約を維持する上で不可欠であった。また、店主の就業時間は1日8時間以上で、このうち修理サービスに4時間を費やしていた。車の修理や改造は、1時間当たり34ドルを稼ぐことができるのに対し、本業の給油では1ガロン当たり5セントしか稼ぐことができていなかった。店主にとって車の修理業務は生きがいであり、修理サービスの顧客ニーズがまだ他にあるにもかかわらず、修理より収益が低い他の職務をこなすために、修理の依頼をやむなく断っていたことも明らかとなった。   4 ジョブ・カービング  支援機関は、以上のような情報を基に、店主が修理業務に専念できるよう、15の職務から一部を削り取ることでその可能性を切り拓き(carve)、障害者の担当業務としてまとめ上げる提案を行うことにした。その際、新たに発生する人件費によって店の収益を下げるのではなく、店主と障害者とのそれぞれの職務範囲及び給料のバランスを調整して、むしろ以前よりも店の収益が上がるようなしくみを提案した。このような職務開発の方法を「ジョブ・カービング(Job Carving)」という。  ジョブ・カービングの方法を一般化すると、職場の中の1人又は複数の先輩社員の仕事の一部を削り取り、当該先輩社員がより生産性の高い職務に割く時間を増やし、それらの総額が、新たに雇う障害者の人件費を上回る収益となるように、職務範囲と人件費を調整することになる(図2)。  支援機関はジョブ・カービングの方法論に沿い、次のような検討を行った。まず、店主の年収は手取りでおよそ2万6,000ドルだった。もし1日8時間、店主が修理業務に専念できれば、その年収は今の倍の5万2,000ドルになる。今仮に、新たに雇う従業員の年収を1万2,000ドルと見積もったとする。これにより店主が受け取るはずの5万2,000ドルは4万ドルに下がることになるが、現在の手取り2万6,000ドルと比べれば著しく高い。この要領で、店主と新たな従業員とのそれぞれの年収と職務範囲とを調整し、折り合いをつけることに加え、ジョブコーチ支援等の計画を店主に示し、納得が得られるまで交渉した結果、雇用が実現した。  このような遠隔地の小規模企業の職務開発には、他にも図3のような実践例がある12)。    職務開発に関する事業主との交渉に際しては、その基盤として、その企業に関する基本的な知識、すなわち業界、取引先、顧客に関する情報を支援者が持つことが必要である。すなわち、事業主との間で信頼関係を構築するため、共通言語で話せるようにする。その際、基本的カウンセリング技法に含まれる関係構築等の手法が有効と考えられている13)。  ジョブ・カービングで新たに作られる職位が経営メリットを持つことを事業主に明確に示すため、上述のガソリンスタンドの収益のように、必要に応じ、可視化、数値化が可能な尺度を設定する。  これには図4のような尺度の事例がある。                     図4 経営メリットを図る尺度の事例    図4に示した例のうち、従業員、顧客、取引先の満足度については、調査員による簡易なインタビュー調査等により定量的な測定を行い、その結果を事業主へ示す方法が採られている。 5 ジョブ・クリエーション  前述のジョブ・カービングは、既存の仕事の中から、その一部を切り出して、障害者の仕事としてまとめ上げるものであった。米国の職務開発では、既存の仕事の中に適切な部分がどうしても見当たらない場合、必要に応じて、新たな仕事を作り出す方法も検討される。このような職務開発の方法を「ジョブ・クリエーション(Job Creation)」という(図5)。  ジョブ・クリエーションを行おうとする場合は、その前に必ず前述のジョブ・カービングが優先的に検討されなければならない。その企業の中に既にあった仕事であれば、他の従業員の仕事との関連がすでにできあがっており、同じ職場の仲間として迎え入れられ易いこと、同僚のロールモデルがあるため習得が容易であること、周囲の支援が得られ易くナチュラルサポートへ移行し易いからである。このため、既存の仕事の中に、支援対象となっている障害者に対応可能な部分があるならば、それらを障害者の仕事とすることの方が、より優れた方法と言える。  その上で、やはりジョブ・クリエーションを行おうとする場合は、経営ニーズをインタビューによって把握し、それを満たすために必要となる職務を創案するという手順を踏む。ジョブ・クリエーションは、障害者のための単なる「居場所作り」ではない。新たに設けられる職務は、何らかの経営メリットがあるものでなければならない。  そのためにはジョブ・カービング以上に丹念な経営ニーズの把握が不可欠である。だがその際、「どのような仕事が必要でしょうか」などと尋ねても、経営者は経営ニーズを説明できない。  新しい職務のニーズを明らかにするには、経営者へ向けて図6のような問いを発し、それに答えていただくプロセスを経る方法が採られる。                         図6 経営ニーズの言語化を促す質問法の例    また、ジョブ・クリエーションには図7のような事例がある12)。図7の職務開発の効果を事業主に示すため、必要に応じ、前述の図4の尺度が活用される。                                   図7 ジョブ・クリエーションの事例   6 まとめ  職務中心主義などと称される米国企業と対比し、日本企業は職務の概念が曖昧だと指摘されることがある。米国では、個別雇用契約のサインの場で、企業が作成した職務記述書(Job Description)が提示される慣習がある。日本ではこのようなことはあまり行われないため、本稿で紹介したような職務開発を日本で行う場合、職務を記述するという行為自体が既に新鮮であり、その効果からもたらされるインパクトも米国以上に強力なものになる可能性がある。また、日本企業で働く人たちにとって職務の範疇がそのように曖昧なものであるならば、冒頭に問題提起した、障害者に適した職務が無いとの企業からの指摘については、実は「無い」のではなく、「わからない」と言い直さねばならないはずである。ここに、事業主支援の意義が見出され、職務開発はその一助となることが期待される。     〔文献〕 1) 厚生労働省:平成15年度障害者雇用実態調査(2004) 2) 障害者職業総合センター:資料シリーズ№38 日本の障害者雇用の現状−平成15年度障害者雇用実態調査(厚生労働省)から−(2007) 3) 野中由彦:企業調査の分析結果について,「調査研究報告書№76の1 障害者雇用に係る需給の結合を促進するための方策に関する研究(その1)」,pp.144-191,障害者職業総合センター(2007) 4) 依田隆男:事業所内の支援体制と支援ニーズ,「調査研究報告書№86 ジョブコーチ等による事業主支援のニーズと実態に関する研究」pp.5-48,障害者職業総合センター(2008) 5) 佐藤伸司:企業へのアプローチの方法,「就業支援ハンドブック<2009年度版>」pp.87-101,独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター職業リハビリテーション部(2009) 6) 木村 周:障害者の職域開発の今後の方向と課題,「職リハネットワーク№64」pp.1-3,障害者職業総合センター(2009) 7) Griffin,C.:Rural Routes: Promising Supported Employment Practice. in Revell,G., Inge,K.J., Mank,D. & Wehman,P. (ed.) “The Impact of Supported Employment for People with Significant Disabilities: Preliminary Findings from the National Supported Employment Consortium Monograph.”, pp.161-178.(1999) 8) 春名由一郎,東明貴久子:調査研究報告書№80 米国のカスタマイズ就業の効果とわが国への導入可能性,障害者職業総合センター(2007) 9) Condon,C., Fichera,K. & Dreilinger,D.:More Than Just a Job: Person-centered Career Planning. ICI Professional Development Series. The Institute Brief Vol.12, No.1. Institute for Community Inclusion.(2003) 10) The 411 on Disability Disclosure Workbook. TranCen,Inc.(2005) 11) Griffin,C. & Targett,P.S.:Finding Jobs for Young People with Disabilities. in Paul Wehman (ed.). “Life Beyond the Classroom ? Transition Strategies for Young People with Disabilities ? (3rd ed.)”, pp.171-209, Paul H. Brooks Publishing,(2001) 12) Condon,C., Enein-Donvan,L., Gilmore,M. & Jordan,M.:When Existing Jobs Don’t Fit: a Guide to Job Creation. ICI Professional Development Series #2. The Institute Brief Issue No.17, Institute for Community Inclusion.(2004) 13) Targett,P.S. & Inge,K.:Q&A on Customized Employment: Employment Negotiations. by Traning and Technical Assistance for Providers. Virginia Commonwealth University & the Institute for Community Inclusion at the University of Mssachusets, Boston.(2005) 米国ノースカロライナ州での発達障害者に対する支援の取り組み 竹本 嗣康(新潟障害者職業センター 障害者職業カウンセラー)  1 はじめに 平成16年に発達障害者自立支援法が成立した。その後、平成17年に障害者職業総合センターにて発達障害者に対する「ワークシステム・サポートプログラム」を開始した。その成果を活用して、地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)における発達障害者専門的プログラムの試行実施として、平成19年度から東京センターと大阪センターで、平成20年度は新たに滋賀センターと沖縄センターを加えて支援が開始された。  発達障害者支援法が制定される以前から、筆者が勤務していた地域センターでは知的障害を伴わない発達障害者の相談は増える傾向にあった。そして、平成19年度に実施された高齢・障害者雇用支援機構(以下「当機構」という。)の調査では地域センターを利用した発達障害者は1248人で、全利用者の7.5%を占めた。そのうち知的障害を伴わないものは929人で74%にのぼり、発達障害者対する支援のニーズが高まっていることが窺える。  発達障害には、社会性の問題、コミュニケーションの問題、想像力の問題等の特徴がある。しかし、現実には一人一人違う課題を抱えており、これまでとは違ったアセスメントや支援方法を考える必要に迫られている。  このような中、昨年12月にアメリカ合衆国ノースカロライナ州にあるTEACCHの拠点の1つであるチャペルヒルTEACCHセンター(以下「TEACCHセンター」という。)に行く機会を得た。  TEACCHは自閉症が精神疾患と見られていた1970年代に脳の機能障害に着目して支援を行うことで大きな効果を得ている機関である。以下に実際のTEACCHセンター現場での取り組みについて紹介する。 2 TEACCHセンターの役割  現在、TEACCHの拠点はノースカロライナ州に9箇所ある。TEACCHセンターはノースカロライナ大学に所属している。本部機能を有しており、敷地は大学の中心部から3㎞離れた住宅街の近くにある。  TEACCHセンターではノースカロライナ大学の学部生への教育、カウンセリング、発達障害を持つ学生に対するカウンセラーの教育や、教育機関での構造化の助言、支援を行う家族・専門家へのトレーニングを行っている。併設されたクリニックでは診断等を行っている。TEACCHセンターはクリニックの医師への研修にも力を入れている。処方によっては自閉症の症状が悪化することがあるからだ。 3 カウンセリング場面での対応 (1)感情のコントロールについて  クライアントの多くは、職場において同僚が達成できることを自分が達成できないことに対して不安や焦りなどを感じ、抑うつ的になり相談来所することが多い。  視覚優位と言われる発達障害に対して、カウンセリング方法を工夫している。例えばカウンセリング場面にスケジュールを書いたものを用意して、クライアントが今日何を期待されているかをあらかじめ確認できるようにする。  発達障害者は今の自分の気分がどのくらいなのかを明確にすることが苦手であり、どうしても自分の気持ちを0か1かで捉えがちである、そのために温度計のチャートを使って今の気持ちを確認することもある。  また、混乱やパニックを避けるために、1日の中で休憩時間をこまめに取り入れる工夫が出来るように相談を重ねる。  休憩の取り方について、休憩を取るタイミングだけでなく、休憩の後にどうするかまで押さえておく必要がある。つまり休憩が逃げ場にならないようにきちんと仕事に戻るところまで考えるのである。  パニックは初期に気がつけば自分で対処することも可能になる。例えば"You look upset. Take a break?"(興奮しているように見えるよ。休んだら?)というカードをさりげなく提示して休憩を促すようなことをするうちに、徐々に自分で休憩が取れるようにする。  リラックス技法の1つとして深呼吸を教えることもあるが、これについても一工夫している。呼吸の方法を具体的に伝えるため、指導の際に図を使う。ティッシュを拭いて揺らせてみる、風船を膨らませる、文字で手順を書くなど視覚に訴えて教えていく。 (2)問題意識への取り組み  発達障害の特徴の1つとして「想像力の問題」が上げられる。これによって自分の課題や将来など解決像が描けない場合もある。知的障害を伴わない発達障害でも将来自分が何を求めているかをイメージすることは難しい。  カウンセリングでは「将来どんな生活をしたいか」と聞くよりも、「どんな仕事をしているのか?」「どれぐらいの収入があるのか?」「休みの日には何をして過ごしているのか?」というように具体的な質問を投げかける。  また、うまくいかなかったことについて何が問題か分からなかったり、何が起こったかを順序立てて話せなかったりすることがある。これに対してはその現場を見た家族や職場の上司から話を聞くなどして情報を集め、探偵のように推理することも重要である。  仕事や日常生活の中でうまくいかなかったことがあった場合に実際はどうだったか、他人の観点から見た場合にどう映るのか、次回はどうすればよいかなどを少しずつ明らかにするという取り組みを行っている。 4 職場での対応 (1)変化への対応について  職場において、急な変更や中止は発達障害者にとって大きなストレスの1つである。  それに対応するために、TEACCHセンターのスタッフは「ソーシャルストーリーTM」を使っている。ソーシャルストーリーTMは社会的ルールや他者の視点を発達障害者に分かり易く説明するための文章作成技術であり、日本でも各地で講習会が行われている。  研修期間中に訪問したいくつかの援助付き雇用の現場では、個々に用意された作業の工程表などと一緒にソーシャルストーリーTMによって職場での休憩のルールや出勤時間などを綴じ込んだファイルを持っていた。  実際にあった事例では休日出勤を命じられた対象者が「時間外勤務は自分の休日をつぶすための社長の意地悪だ」と強く感じたときに、「たまたまあなたが休日の時の人手として必要になった。いろいろ人選を考えて頼れる人として君の名が上がった」等とソーシャルストーリーTMを使って説明をしたところ、本人は自分が評価されていることを感じ、休日出勤をよろこんでこなすようになったとのことである。 (2)仕事探し  アメリカには日本の公共職業安定所の専門援助部門にあたるものがない。このため、ほとんどの発達障害者はジョブコーチとともに求人情報誌などを使って仕事を探している。事業所面接の際には援助付き雇用の説明書などを本人の履歴書に添付することもある。  TEACCHセンターのジョブコーチは「発達障害者は幅広い職種に適応することが出来る。出来ない部分は他の人にやってもらい、出来る部分を本人が受ける」というスタンスで職場開拓に臨んでいる。しかし、求人内容の90%は出来るのに、後の10%が出来ないために断られてしまうこともある。 (3)TTAP  就職活動をする上で威力を発揮するのがTTAPである。TTAPとはTEACCH Transition Assessment Profileの略で発達障害者に対して社会で必要とされるスキルを評価するものである。これはAAPEP(Adolescent and Adult Psycho-Eduational Profile:青年期・成人期心理教育診断評価法 )の改訂版で評価領域には「職業スキル」「職業行動」「自立機能」「余暇スキル」「機能的コミュニケーション」「対人行動」がそれぞれ12項目ずつある。それぞれの項目について「直接評価尺度」「学校・仕事尺度」があり、合計200項目以上の評価を行う。特に職業についての項目が80%近くもあり、知的障害を伴わない発達障害者にも対応できるようになっている。職業スキルの項目の中には「作業分類」「文書のファイリング」「騒音の中での集中」「タイピング」「カップとスプーンによる計量」「番号による分類」等があり、それぞれについて完成度やミスの度合いなどによって「合格」「芽生え反応」「不合格」の指標が定められている。例えば「騒音の中での集中」では、作業中に電話を鳴らしたり、内線電話で検査者を呼び出し、集中が途切れないか、途切れてもすぐに戻ることが出来れば「合格」、集中力がなくなったり、作業中に注意が必要であれば「芽生え反応」、極端に注意力がなくなり、注意なしには作業に戻れない場合は「不合格」と言った具合である。  この評価によって「合格」した項目の力を活かした仕事を考えたり、どうすれば「芽生え反応」となった力を伸ばすことができるかについて考える。  TTAPを実施する中で実際の職業能力を測る為に職場実習を行うことになっている。職場実習は概ね1箇所2〜8時間程度、平均2時間である。実習場所はTEACCHセンターのオフィスや、CLLC(TEACCHの入所施設)での造園パートを使うこともある。また、過去にTEACCHセンターの利用者を雇用した事業所など頼みやすいところにお願いすることも多い。職種としては食品、製造、流通などの受け入れ先を確保している。TTAPの検査期間は合計3ヶ月で、総時間数は20〜40時間である。利用者には3ヶ月という長期間になることについて事前に了解を取った上で実施するが、就職を焦って受けたがらない人もいる。しかし、TTAPを実施せずに就職すると就職成功率が20%程度しかない(この場合の成功率は1年間定着したものをいう。)ため、実施を強く勧めることもある。 (4)ジョブコーチ支援  利用者にはジョブコーチに介入して欲しくないという場合もあるが、発達障害の利用者の90%はジョブコーチが付いている。TEACCHセンターにおける援助付き雇用には次の3つがある。 ①「スタンダード」:企業に雇用された対象者一人にジョブコーチが一人付く。 ②「モービルクルー」:2〜3人の対象者とジョブコーチがいくつかの職場を回る。 ③「グループ共有支援システム」:企業に雇用された2〜4人の対象者にジョブコーチが付く。  TEACCHセンターのジョブコーチは12人で170〜200人を支援している。このうち2名のジョブコーチによって「スタンダード」利用者50名の支援を行っている。  就職後のサポートは通常3ヶ月に一回程度の相談を行っているが、支援を必要としない発達障害者についても、6ヶ月に一回程度は電話によって様子を確認している。  発達障害者との相談で気をつける点は、うまくいかなかったときに「発達障害者だから」と言わずに「こうした方がいいのでは」と提案することにある。例えば「人から話を聞いたときに、内容を紙に書いてもらった方が良く分かった経験はないか?」と尋ね、もしそのような経験があれば、「それでは相手からの情報の提示方法を変えてもらってはどうか」という提案をする。  また、提案を受け入れられない場合は「あなたの目標を達成するためにいくつかの方法がある。どの方法を選ぶか」というように選択肢を示し、繰り返し提案していくことも重要である。 (5)SSTについて  SST(Social Skills Training)は主に精神障害者の日常生活の対人スキルを身につけるのに有効なトレーニングとされており、また、発達障害者にも有効であるとして、当機構で行われている発達障害者支援プログラムの中にも組み入れられている。  TEACCHセンターでSSTがどのように使われているかを質問したところ、「学習プログラム」 という雰囲気を出してしまうとモチベーションが下がるため、フォーマルな場面では使わない。相談の流れの中でSST的な方法が必要である場合に限り使っているとのことであった。  例えば、ソーシャルグループ(TEACCHセンターの利用者が就職後定期的に近況を話し合う集まり)で、同僚から意地悪をされていると感じている利用者がいることについて、メンバーから色々なアイデアが出されるので、「それでは、SSTの方法を使ってアプローチの練習をしてみよう」と提案するのである。 5 おわりに  TEACCHセンターでは、いわゆるトレーニングを意識したプログラムの形式は取っていなかったり、一般雇用とは異なった働き方をしている利用者も多くいるなど、当機構とは異なった取り組みも多くあったが、「生活を豊かにするために、いかに方法を考えるか」という視点は共通していると考える。また、一つ一つの相談技法などについては、非常に参考になることが多かった。今回の視察を今後の業務に役立てていきたい。英国における知的障害を伴わない発達障害者への支援方法について 鈴木 秀一(東京障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 はじめに  東京障害者職業センターにおいては、平成19年度からの発達障害者に対する専門的支援の試行実施を契機として、知的障害を伴わないアスペルガー症候群等の発達障害者の利用が増加している。  このような発達障害者への支援においては、対象者個々の支援ニーズに対応した個別性の高い支援が必要であり、特に障害の自己理解や感情コントロール等の課題を改善するための支援、うつ症状等の二次障害に配慮した支援、これらの支援に係る関係機関との連携等を効果的に実施することが課題となっている。  英国においては、知的障害を伴わない発達障害者を対象に、障害の自己理解や感情コントロール等の支援をはじめ、求職活動・職場定着支援等を提供している就労支援施設や、医療・福祉・労働の各分野の専門家が連携して職業生活や雇用のための支援を提供している施設がある。  今般、知的障害を伴わない発達障害のうち、自閉症スペクトラム障害を有する者を対象に上記支援を実施している施設(表1)を、平成21年9月1日〜9月4日に訪問した。本稿では、各施設にて情報収集した各種支援方法について紹介する。   2 障害の自己理解・受容に係る助言  表1の施設の利用者のほとんどは、自閉症スペクトラム障害の診断を既に受けている。しかし、他者の勧めで来所する者の中には、施設の利用に積極的でない者もいる。このような者に対して、支援者は、これまでどのような仕事・生活をしてきたか、なぜ失敗・躓きが生じたか等を質問しながら、障害特性について自己理解が深まるよう助言を行いつつ、施設を活用するメリットを説明していく。  また、自身の障害を認めたくない者が来所する                     場合もある。このような者は、「自分が他者より劣っていると思いたくない」という気持ちを有していることが多く見られる。そのため、自閉症スペクトラム障害の強みを活かして就職した事例(例:数学の知識が豊富な者が、投資関係のヘッジファンド企業に就職し、優れた分析能力を発揮。このことを受け、同企業は、自閉症スペクトラム障害を有する者の雇用を更に進めることを検討)等を紹介し、障害を有していることが必ずしもハンディにならないことを説明している。あるいは、各施設で実施している支援プログラム(グループワーク等)を見学してもらうことにより、「自閉症スペクトラム障害を有している者が、決して能力が低い者として見られているわけではないこと」を認識してもらっている。 3 Person Centred Plan に基づく支援  訪問した自立生活支援施設のすべてにおいて、利用者のニーズに即したサービスを提供するために、施設内のスタッフや各分野の専門家がとるべき役割、支援方針等が記載されたPersonal Centred Plan が作成されており、それに基づく支援が行われていた。   (1) 支援実施上の基本姿勢  利用者は、施設のどの活動メニューを利用するか又は利用しないかについて、当該プランを踏まえつつ支援者と話し合いながら決定していくが、利用者が活動メニューを選択する際、支援者は決して強制しない。これは、「やりたくないものはやらなくてもよい」ということが認められる経験を利用者に付与する意味を持っている。ただし、支援者は強制こそしないが、各活動を通じてスキ ルをトレーニングすることが日常生活においてどのような重要性を持つかについて利用者に説明し、 各活動に取り組む意義の理解を促している。また、「いろいろなものをやってみてはどうか」と勧め、「やってみた結果、嫌いなことがわかった」という感想を持った利用者からは、その理由を確認し、当該プランに反映させている。   (2) プラン作成に当たってのアセスメント事項  利用者のニーズ把握等を行うに当たって、最初にアセスメントする事項は、コミュニケーションに関するもの、具体的には、1.言語的教示と非言語的教示(図等の視覚情報の活用)のどちらが理解されやすいか、2.利用者の非言語表現の特徴(視線、表情、ジェスチャー等)、3.利用者の不安を高める声かけの内容及び不安を低減させる対応方法等であった。これは、何を行うにしても言葉が必要となるためである。なお、Gorse Farm (表1の⑦)では、利用者のコミュニケーションの特徴を「コミュニケーション・パスポート」として取りまとめ、日々の支援で活用されていた。  コミュニケーション面に次いで、1.健康状態、2.できることとできないこと、3.好きなことと嫌いなこと、4.怒り等の感情の引き金になることとそれを抑える方法、5.一番大事なこと等についてアセスメントが行われていた。 4 感情コントロール等に関する支援 (1) 怒りをすぐに表出する者への支援   〜Milton Park Hospital(表1の④)での支援例より〜  怒りをすぐに表出する者に対しては、ソーシャル・ストーリー(Carol Gray)や認知行動療法(Aaron Beck)、ナラティブ・セラピー(Michael White)等の技法を適宜活用しながら、適切な感情表現に係る支援が実施されているが、いずれの支援技法を用いる場合でも、まずは「自分の感情を、自分の言葉又は自分なりに感じた色で説明すること」を目標とした支援が行われている。                                                    なお、支援の成果が出るまでの期間には個人差が見られているとのことであった(3か月〜3年)。   (2) フラッシュバックへの対応 イ 基本的な考え方  フラッシュバックについて取り上げる場合、利用者自身の非常に前向きな対応が求められる。また、自分がいつ、そのような状況になるかを理解することが重要となる。そのため、何がフラッシュバックの引き金になっているかを利用者自身に話してもらい、その上で、「引き金となった出来事は、今は起きていないので大丈夫」という確認を付与していく。引き金となった出来事を特定せずに避けてばかりいても、他の誰かがその話題を持ち出すおそれがあるため、本人に話をしてもらうことは重要となる。 ロ 留意点  フラッシュバックの問題に対処する際は、時間をかけて取り組むことが最も重要となる。次いで重要なことは、本人が安全・安心感を得られるスペースや関係性を作ることである。そうする中で、根本的な解決はできないかもしれないが、トラウマから抜け出すスキルを付与することが可能となり得る。  また、利用者が引き金となった出来事を「話したくない」と言う場合は、後日話をしてほしいことを伝える。ただし、フラッシュバックの引き金について話すことを繰り返し求められ過ぎると、強迫性障害が発症するおそれもあるため、引き金について話をしてもらう代わりに、ストレス解消法に焦点を当てて支援を進めることも適切である。 5 メンタルヘルスの問題を有する者に対する支援 〜The National Autistic Society(表1の①)におけるインタビューより〜  The National Autistic Societyが有する施設には、うつ病や不安障害等メンタルヘルスの問題も併せ持つ利用者が数多く来所している。当該機関からは、上記のような者に対して支援を行う際の留意点等として、以下の情報を得た。 (1) コミュニケーションの特徴を把握しておく重要性  自閉症スペクトラム障害を有している者は、非言語的な意思表示の困難さから、一見、メンタルヘルスの問題を抱えていないように見えることがあるため、本人が病気を発症してから初めて周囲が気付くという場合も少なくない。そのため、自閉症スペクトラム障害を有する者に対する支援を行う際には、精神疾患の兆候を早期に察知するためにも、その人の普段のコミュニケーションの特徴(言語的及び非言語的な意思表示の特徴)について、本人及び家族等から十分把握しておくことが重要となる。 (2) 症状別の対応方法 イ うつ病  Tantam(1991年)は、アスペルガー症候群を有する者のうつ病は、「同年代の人たちと自分の間には何か違いがある」、「社会活動にうまく参加できない」といった自身の障害への気付きの深まりに関係している可能性があると指摘している。  うつ病の治療には、一般的に薬物療法が用いられているが、自閉症スペクトラム障害とうつ病を併せ持つ者への支援を行う際には、自閉症スペクトラム障害の特徴も踏まえながら、個々人のうつ病の状態を詳細にアセスメントすることが重要である。  具体的には、1.まず、病気であることは、気分に関する言葉で表現されることがめったにないため、本人の認知、言語、ふるまい、活動に着目すること、2.次に、本人の生活歴の聴取を通じて、本人の普段の活動・興味のパターンを把握し、それらと現在見られている行動パターンとを比較すること、3.そして、これらを踏まえながら、本人の精神状態をアセスメントすることである。 ロ 不安  どのような社会的な行動にも、「活動・会話をどのようにして始め、持続し、終えるか」という要素が含まれるため、この点で困難さを抱えるアスペルガー症候群を有する者は不安を高めやすい。  不安への対処方法としては、1.興味のあるものに向かう、2.不安を感じる状況や、不安な時の仕草を自己認識してもらい、実際にそのような状況・仕草が発生した際に、リラクゼーションや気分を紛らわすもの等を実施する(例:好きなビデオを観る、静かな音楽を聴く、静かな部屋に行く、マッサージを受ける、アロマテラピー、深呼吸、ポジティブシンキングを行う、心地よさを感じる写真・ポストカード・絵を見る等)、3.体を動かす(ブランコ、トランポリン、長距離の散歩、掃除等の体を動かす日課)、4.服薬が挙げられる。なお、不安軽減のためにどのような方法をとるにしても、不安の原因を特定することが重要となる。 ハ 強迫性障害  アスペルガー症候群と強迫性障害との関連性を追究している文献はほとんどないが、アスペルガー症候群と強迫性障害はしばしば併存している。  一般的に用いられている行動療法により、アスペルガー症候群を有する者が抱える強迫性障害の症状が軽減する場合がある。しかし、このような効果は、自らが「強迫観念を止めたい」と望んでいる時しか得られない。  強迫性障害に伴う不安を軽減させるためには、薬物療法の活用も一つの選択肢である。 (3) 認知行動療法 Cognitive Behaviour Treatmentについて  認知行動療法は、様々なセラピーの中で最もポピュラーなものとなっており、ある行動を起こす理由について、利用者の自己理解を促す上で有効となっている。  HareとPaine(1997年)は、アスペルガー症候群を有する者に認知行動療法を適用するための留意点として、1.順番どおりに進める等の明確な構造を持つこと、2.セッションとセラピーは10〜15分の短時間であること、3.セラピーは解説的であってはならないこと、4.セラピーは不安を引き起こすようなものであってはならないこと、5.グループセラピーは使われるべきでないことを挙げている。  また、Attwood(1999年)は、アスペルガー症候群を有する者に対して認知行動療法を効果的に実施するために、以下のように実施方法を調整する必要性を指摘している。 6 最後に  今回の英国訪問を通じて、知的障害を伴わない発達障害者への支援方法に関する種々の有用な情報を得ることができたところだが、これらに加え、すべての訪問先で強調されていたこととして、「利用者と支援者との信頼関係」があった。支援方法には様々なものが存在するが、両者の信頼関係なくして支援効果は得られないというものである。  信頼関係構築の取り組みとして、利用者のニーズや障害特性等に関するきめ細かなアセスメントと、その結果に基づいて利用者とともに支援計画を作成し、支援内容・結果について振り返ることがあった。このことは、利用者の自信の向上にも通じる。Milton Park Hospitalで聴取した次の言葉がそれを言い表している。  「利用者が自信を高めていくためには、『外から助けてもらう』のではなく、『自分自身の中から答えを見つけ出し、自ら行動する』ことが重要である。そのため、支援者は、利用者から『楽しいこと、楽しくないことは何か』、『これからどうしたいか』を定期的に聴取し、まずは利用者が感じていることに沿って今後の方向性を一緒に検討している」。  文化や各種施策・制度等、支援の背景が日本と異なる部分は多々あるものの、上記の取り組みは、発達障害を有する者に対する支援を行う上での基本的な姿勢であると思われる。  今回の英国訪問で知り得た支援方法を支援現場に導入する方法については、別途検討を要するが、上記の基本姿勢を基盤に、効果的な支援の実施に努めたい。 視覚障害者のマッサージ業就業にかかる法的規制に関する国際比較 −韓国及び台湾における憲法判例を素材として− 指田 忠司(障害者職業総合センター事業主支援部門 研究員) 1 はじめに  わが国では、あん摩マッサージ指圧、はり、きゅう(以下「あはき業」という。)が視覚障害者の伝統的職業として認められているが、晴眼者がこれらの資格を取得するには直接的な法的制限は存在しない。しかし、大韓民国(以下「韓国」という。)や、中華民国(以下「台湾」という。)では、あん摩マッサージ指圧に相当する手技療法(以下「マッサージ業」という。)を視覚障害者の専業として規定する法律が存在する。  2008年10月末、韓国と台湾で、マッサージ業の視覚障害者専業を認めるこうした法律について、晴眼者の職業選択の自由、労働権保障との関係で、相反する内容の判決が下された。  本稿では、これら両国における憲法判例を素材として、マッサージ業就業に関する法的規制の在り方について、国際比較を行うとともに、わが国における課題との共通性、今後の視覚障害者の職業的自立に向けた方向性について検討してみたい。 2 韓国における憲法裁判所の判決 (1) 韓国の視覚障害者とマッサージ業  韓国では、1973年、保健社会部(現在の保健福祉部)が「看護補助員、医療類似業者及び按摩師に関する規則」を定め、視覚障害者の職業対策として按摩師資格制度を設けた)。これによって、第2次世界大戦後、駐屯軍政庁により西洋医学絶対視の観点から禁止されていた按摩業が資格制度として定着するとともに、視覚障害者のマッサージ業専業が確立した。  2000年現在、韓国には視覚障害者が18万4千人おり、うち全盲者が5万5千人とされている。その内、按摩師資格証の所持者が約6200人いるが、その内訳は全国に散在する盲学校高等部出身者が約4600人、按摩修練院(わが国の国立視力障害センターにあたる中途視覚障害者リハビリテーション施設)出身者が約1600人である。  韓国では、かつては多数の流し按摩がいたが、最近では、共同風呂場にサウナバス付きの按摩施術所(マッサージ・パーラー)が全国に約1千箇所あって、これらで働く按摩師が多くなった。また、按摩の医学的効果をねらって施術する小規模経営の治療院(按摩院)が全国に95箇所ある他、按摩と鍼(はり)治療を併用している鍼治療院が全国に600箇所余り存在し、いずれも視覚障害者が経営に携わっているという。 (2) 2006年の違憲判決  こうした背景のもと、2006年5月25日、憲法裁判所は、スポーツマッサージ師が按摩業への就業を求めた訴訟において、視覚障害者のマッサージ業専業を規定した上記規則を違憲とした。すなわち、①按摩業の資格に関して、視覚障害者の専業を定めることそのものについては違憲ではないが、②同規則が、その根拠法である医療法の委任範囲を超えて、視覚障害者の専業を定めている点は違憲であるとした。  しかし、この判決には、直後から関係者の激しい抗議運動が展開された。そこで、この問題については国会でも取り上げられ、その結果、同年8月末に、医療法が改正され、「按摩師は、(障害人福祉法に基づいた)視覚障害人のうち次のそれぞれのいずれかの一つに該当する者で、市、道知事の資格認定を受けなければならない」として、一定の専門教育を受けた視覚障害者に資格を与えることを規定し、従来あいまいであった業務範囲についても保健福祉部令で規定することとした。こうすることによって、憲法裁判所の指摘に応えたのである。 (3) 憲法裁判所の新たな判断  2008年10月30日、韓国憲法裁判所は「按摩師資格を視覚障害者に限定している現行法は憲法に違反しない」との判断を下した。この判決は、上述の2006年8月の法改正に対して、スポーツ・マッサージなどに従事する晴眼の業者が反発し、裁判官の構成が変化した憲法裁に改めて判断を求めていた事件について、裁判所の見解を示したものとして注目される。  なお、この判決では、9人中6人の裁判官が、憲法が定める職業選択の自由よりも、視覚障害者の社会的立場の保護を重視し、合憲判断を下している。韓国には、マッサージ業以外に視覚障害者が自立していく上で有効な仕事がないこと、また、社会保障についても不十分であることなどが、今回の合憲判断の実質的な理由をなしていると考えられる。 3 台湾における憲法判断 (1) 台湾の視覚障害者とマッサージ業  台湾では、1980年の障害者福祉法において、マッサージ業の視覚障害者専業が規定され、その後数度の法改正を経て同法が障害者保護法となった後も、この規定が維持されている。2008年時点では、同法46条にこの規定が位置付けられている。  2007年現在、台湾には、約4万5千人の視覚障害者がおり、うち労働年齢にある視覚障害者は1万6千人で、6千人が何らかの職業に就いているという。視覚障害者でマッサージ業に従事している者は、2400人おり、就業視覚障害者の40%に達している。 (2) 台湾司法院の判断  2008年10月31日、司法院(憲法裁判所)は、視覚障害者に専業を認める障害者保護法の規定が、中華民国憲法23条「法律を以て国民の基本的人権と自由(この場合には、晴眼者の労働権)を制限できる限度」を超えていると判断し、同法を違憲とした。この違憲判決は、2003年に、理髪店経営者が2人の晴眼者をマッサージ師として雇って、マッサージ施術を行わせていたことが、同法46条の規定に違反するとして罰金を科された事案に関するものである。 (3) 違憲判決の背景と新たな論点  この判決には台湾社会におけるマッサージに対する需要拡大の事実が反映されていると考えられる。なぜなら、判決では、視覚障害者だけにマッサージ業従事者を限定していると、増大した需要に対応できないことが指摘され、需要に応えるためには、視覚障害者以外の障害者を含む晴眼者にもその門戸を開放することが必要だ、としているからである。これまでの議論では、視覚障害者の専業を守るかどうか、つまり、視覚障害者をして晴眼業者との競争に立たせることの是非が論点とされてきたが、国民医療の向上の立場からは、晴眼業者との競争の是非の他に、適正な規模の市場ニーズにどのように応えるか、という新たな論点が付加されたことになる。  違憲判決に対しては、政府は、3年以内に、視覚障害者の就業対策を抜本的に見直して、新たな取り組みを展開することになるというが、まだその方向性は打ち出されていない。 4 国際比較の視点と課題  視覚障害者の職業的自立の手段として、マッサージ業は今後も注目される職業分野であり、特に、アジア地域では、日本、韓国、台湾、そして中華人民共和国で、関連法の整備が進み、視覚障害者の専業かどうかを別にすれば、いずれの国でも、法整備が図られており、養成カリキュラムも存在する。  韓国の合憲判決の背景にあるような、視覚障害者の就業機会の不十分さ、社会保障の不備などの問題は、今後長期的な視点から整備が必要と思われるが、他方で、マッサージに対する需要の拡大に対応するための人材供給という視点も新たな論点として注目する必要がある。わが国には、あはき業に関して、視覚障害者の専業を認める規定はないものの、あん摩マッサージ指圧師免許については、養成課程の設置等について、晴眼者の養成に一定の枠を以て規制する方策が採られている(あはき法19条)。しかし、1964年に制定されたこの規定についても、視覚障害者人口の減少等もあって、養成課程の定員は増えなくても、全就業者に占める視覚障害者の割合は今や25%を下回っており、視覚障害業者は厳しい競争にさらされているといえる。  このような状況を打開するためには、ヘルスキーパー等の雇用機会の拡大、自営業の支援、研修・教育の充実などの、総合的な対策が急務といえる。   <参考文献>  Chan Grace: General Overview, “Report on the 8th WBUAP (World Blind Union - Asia Pacific) Massage Seminar”, National Committee of Welfare for the Blind in Japan, pp.137-139 (2007)  Wu Debby: Blind masseurs get fashionable image, Taipei Times (Oct. 19, 2003)  (http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives)  Yueh Jean: Blind masseurs lose work monopoly, Taiwan Today (Nov. 07, 2008)   (http://www.taiwantoday.tw)  指田忠司・オー テミン: 韓国における視覚障害者按摩業専業違憲判決の意義と今後の課題—2006年5月の憲法裁判所判決の内容とその波紋—『第14回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集』,pp.276-279 (2006)  指田忠司: 韓国憲法裁の合憲判断『点字毎日活字版』№542,p.12(2008)  指田忠司: 韓国の合憲判決(続報)『点字毎日活字版』№544,p.7 (2008)  張有忠翻訳・監修: 中華民国憲法『中華民国六法全書』(http://www.taiwanembassy.org/jp) 障害者権利条約の批准と同時に国内法・行政・司法の基本改革が必要 清水 建夫(働く障害者の弁護団/NPO法人障害児・者人権ネットワーク 弁護士) 1. 1 障害による差別の撲滅に向けてのEUの先進的取組み  ADA(障害をもつアメリカ人法)の成立(1990年)はADAの衝撃として各国に影響を与え、数十の国に差別禁止法制をもたらした。1990年台後半からは、障害による差別の撲滅へのEUの取組みがめざましく先進的な役割を果たした。とりわけ、EU指令である雇用均等一般枠組み指令(2000年)はEU加盟国に法制定の整備を迫り、加盟各国は着実に法制化を進めた。EUは国連における障害者権利条約の内容についても積極的に参画し、合理的配慮の否定は差別であるとの条約の根幹を定める上での中心的役割を担った。EU加盟国の中にはフランス、ドイツのように日本と同じ割当雇用制度を採用している国が一定数あり、EUの新たな法制度は日本において障害者権利条約の国内法化を進めるにあたって重要な指針を指し示している。EUの先進的取組みについて障害者職業総合センター調査研究報告書No.81「EU諸国における障害者差別禁止法制の展開と障害者雇用施策の動向」(2007年3月)、同No.87「障害者雇用にかかる『合理的配慮』に関する研究−EU諸国及び米国の動向」(2008年3月)に詳しい。   2 EU雇用均等一般枠組み指令の概要  以下は上記研究報告書No81第Ⅰ部第1章引馬知子「EUの障害者の人権保障の法的取組みと雇用施策の現状」からの引用による。  「EUは、障害のある人々の社会的統合における施策や行動プログラムの積み重ねにより、アムステルダム欧州理事会(1997年)において、障害による差別の撲滅を可能とする措置をEU が執り得ることを、拘束力のある法として初めて謳った。2000年にはこれを具体化する指令(雇用均等一般枠組み指令及び人種・民族均等指令)が、EU と加盟国、市民社会、労使、欧州議会との協議の末に採択された。現在、全加盟国には、EU 指令が規定する最低限あるいはそれ以上の水準の均等法政策の実施が求められている。また、新しいEU条約となり得る欧州憲法条約(2004年合意)は、EUの標語を“多様性の中の統合”に求め(Ⅰ-8条)、その条文で障害のある人々の基本的権利及び政治的・市民的権利を提示するのである。」「全体として、1990 年代半ば以降EU は障害に関わる視点を、補償の受身の受給者から、均等な権利をもって積極的に社会に参加する者へと移し、障害のある人々のメインストリーム化を主眼とする諸施策を目指すようになった。それは、本章で述べるEU における福祉モデルから福祉モデルと市民権モデルの共存の方向性や、雇用における均等法の導入、社会の全側面におけるアクセスの向上への取り組みに現れる。」「雇用均等一般枠組み指令は、人種あるいは民族、宗教あるいは信条、障害、年齢あるいは性的志向による、直接的及び間接的な差別を禁止する。同指令は、差別の概念を、間接及び直接差別、ハラスメント(嫌がらせ)に分け、その詳細を定義した。適用範囲は、自営業をはじめとする全ての雇用分野における、職業訓練や職業へのアクセス、昇進、再訓練、解雇や賃金を含む雇用条件や労働条件等である。同指令の均等原則には、一定の範囲で例外が認められ(第三国民や無国籍者、軍隊への適用等)、また、障害に関しては特例として『合理的な配慮(reasonable accommodation)』の規定が設けられている(第5条)。これは、障害のある人々への均等な取り扱いの原則を遵守するために、使用者にとって不釣合いな負担にならない限り、障害者の雇用への参加や昇進、あるいは訓練へのアクセスを可能とする適切な措置を、使用者が執ることを謳う。さらに、加盟国には一定のポジティブ・アクション(積極的な行動/積極的差別是正措置)の採択が認められる。(中略)同指令は、EU の多くの指令に倣い、均等待遇原則の保護に有利な規定を加盟国が導入あるいは維持できるとしている(第8条1項)。また、権利の擁護(defence)として、均等待遇原則の適用される権利が侵害されたと考えるすべての者に、司法的又は行政的手続きをとる権利を定めた(第9条)。その立証責任は原則として被告にあり(第10条)、均等待遇原則への苦情や法的手続きに対する使用者の解雇や不利な扱いについて、個人を保護する措置の導入を規定する(第11条)。さらに労働の現場の監視や労働協約の締結、行動規範を通じた均等待遇を促進する労使対話の奨励(13 条)や、加盟国による適切なNGO との対話促進 (14 条)に触れている。」 3 「労働環境・労働条件の改造」を求める障害者権利条約と「障害者の改造」を求める国内法 (1) 法思想の本質が相違  障害者権利条約と障害者基本法・障害者雇用促進法は、障害者の権利についての法思想が本質的に異なっている。障害者権利条約27条は障害者が他の者と平等に労働する権利を明確にしており、「合理的配慮の否定」は差別だと明記している(2条)。一方障害者基本法は、障害者に対し、「職業相談,職業指導、職業訓練及び職業紹介の実施その他必要な施策を講じる」とし(15条1項)、障害者雇用促進法は障害者は「自ら進んで、その能力の開発及び向上を図り、有為な職業人として自立するように努めなければならない」としている(4条)。これら国内法は障害者のために働きやすい労働環境や労働条件をいかに整備、改造するかという考え方よりも、障害者を障害のない労働者にかぎりなく近く「改造」することを優先し、かつ障害者の自己責任を強調するものである。障害者基本法16条2項は、「事業主は、社会連帯の理念に基づき,障害者の雇用に関し、その有する能力を正当に評価し、適切な雇用の場を与えるとともに適正な雇用管理を行うことによりその雇用の安定を図るよう努めなければならない」としている。障害者雇用促進法5条も同一内容の規定とともに、「障害者である労働者が有為な職業人として自立しようとする努力に対し協力する責務」としている。「社会連帯の理念」「努力に対し協力する責務」というのは裏を返せば、善意・慈悲の世界で障害者を眺めるものであり、かつこれらはいずれも努力義務にすぎない。 (2) 障害者基本法の基底にあるのは障害者雇用は負という思想  障害者基本法の法思想は障害者雇用は事業主にとり経済的負担であるとの考えに基づいている(16条3項)。これは障害者雇用は事業主にとり負の存在(お荷物)であるという考え方が基底にあり、労働者としての障害者の尊厳を根本で否定するものである。 (3) 障害者雇用促進法の主体は事業主で、障害者は措置の対象にすぎない  障害者雇用促進法は事業主を主体とする法律で、障害者を権利の主体とする法律ではない。経済的負担となる障害者雇用について事業主相互が金銭で調整を図る法律で、障害者は措置の客体にすぎない。障害者雇用促進法の1条(目的)そのものに「措置」という障害者福祉の世界でははるか昔に、過去のものとなっている用語が3度も登場するのに驚かされる。同条の「雇用義務等に基づく雇用の促進等のための措置」は明らかに事業主の側から見た雇用の促進で、障害をもつ働く労働者の立場から見ていない。ましてや障害者を権利の主体とみなしていない。障害者雇用のための助成金も事業主に支給されるのみで(49条),障害者には支給されない。したがって例えば視覚障害者が音声転換のパソコン用ソフトや介助者を必要としても事業主が助成申請しないかぎり助成されないという不合理な制度となっている。   (4) 2009年3月13日日本弁護士連合会は「障害のある人の権利条約の批准と国内法整備に関する会長声明」を発表し、その中で、「政府は、今般の条約批准の承認と併せて、障害者基本法の中に、合理的配慮の否定を含むいくつかの差別の定義規定を設け、障害者基本法24条に定める中央障害者施策推進協議会に国内モニタリング機関の機能を持たせる改正を行おうとしている。しかし、障害者基本法は、元来国や自治体などの施策のあり方を定めるものであって、改正によっても、障がいのある人に対して、具体的な権利を認めるものとなっていない。また、中央障害者施策推進協議会は、恒常的な組織体制を持たないばかりか、人事及び予算の面からの独立性が担保されておらず、救済の権能も有していないなど、人権救済機関としての実態を有するものとはなっていない。国内法の整備がされないまま権利条約が批准されると、権利条約が求めている人権保障システムの確立が先送りされる結果だけをもたらさないかが強く懸念される。」ことを指摘している。   (5) 障害者権利条約の批准に伴う国内法整備を“障害者基本法の改正”ですませるやり方は、旧約聖書の“新しい葡萄酒を古い革袋に入れるな(新しい酒は新しい革袋に入れよ)”という警告が正に当てはまるであろう。障害者権利条約(新しい酒)を障害者基本法(古い皮袋)につめるべきではない。 4 厚生労働省の事業主に甘い運用が障害者の労働環境・労働条件を一層悪化させた (1) このようないびつな国内法の中で障害者の雇用環境を一層悪くしているのは厚生労働省をはじめとする行政の側の事業主に甘い運用である。厚生労働省は障害者雇用は非正規雇用でも障害者雇用促進法43条の規定する「常時雇用する労働者」に該当するとして、雇用率算定の分子としてカウントすることを認め、法定雇用率の対象としている。このため障害者の多くは契約社員か嘱託社員の不安定な低賃金労働で固定化されてきた。  厚生労働省が監修した事業主向けの「障害者雇用ガイドブック」には、旧労働省時代から一貫して1ヵ月、6ヵ月の有期契約でも、日々雇用される労働者でも「1年を超えて雇用されると見込まれる労働者」であれば「常時雇用する労働者」にカウントするという取り扱いを明記してきた。これは近年労働市場全般で非正規雇用が増大するはるか前からである。障害者雇用促進法の「常時雇用する労働者」というのは言葉の素直な解釈として正規雇用(期間の定めのない契約)を指していることは明白である。厚生労働省の扱いは国による明らかな障害者差別である。 (2) 有期契約の労働者は更新されるか否かの不安の中で働き、更新されてほっとするのが関の山である。昇給はほとんどなく、退職金もない。ほとんどの障害者は最低賃金すれすれのところで働かされている。最低賃金法7条に基づき最低賃金以下に減額されている労働者も少なくない。「障害者は働かせてもらえるだけまし」という考えが事業主のみならず厚生労働省、都道府県労働局、ハローワーク、地方自治体等の側の根底にある。政府は障害者雇用促進法を改正し,2010年7月より短時間労働者であっても常用労働者0.5人分にカウントすることとした。障害者の労働の質よりも数(雇用率)の充足ばかりが優先されている。 (3) 米国発の世界同時不況を理由に非正規雇用労働者の解雇が激増し、障害者解雇も激増した。厚生労働省の2009年5月15日発表によれば、2008年度に勤め先を解雇された障害者が前年度より82%増えて2774人に上った。ハローワークを通じて就職できた件数は44,463件で、2001年度以来7年ぶりに前年度を下回った。解雇されたのは上半期が787人(前年同期741人)に対し、下半期1987人(同782人)である。2008年秋以降、月ごとに増えており、月別では2008年11月の234人から2009年3月は541人に増えた。障害者の新規求職は11万9765件で、前年度より11%増えた。一方、就職できた件数が減少に転じたことで、就職率は前年度より5.1ポイント低下して37.1%となった。産業別では、就職した人の39%がサービス業で、製造業は前年度より4ポイント低下して20%にとどまった。 (4) 解雇が激増しても非正規雇用のため解雇された障害者は法的救済を自らあきらめ弁護士に相談に来る事もない。障害のない労働者の一般労働市場において非正規雇用の労働者が大量に職を失う事態が生じ、厚生労働省はあわてて非正規雇用の正規雇用化を進めようとしている。障害者についても障害者雇用促進法にいう「常時雇用する労働者」の本来の意味に立ち返り、法律の文言に忠実に、実雇用算定の対象となる労働者は正規労働者に限るべきである。 (5) 厚生労働省は2009年3月5日厚生労働省告示第55号により「障害者雇用対策基本方針」を発表した。同省は2003年度より2008年度までの「運営期間中においては、障害者の就労意欲の高まりに加え、CSR(企業の社会的責任)への関心の高まり等を背景として、積極的に障害者雇用に取り組む企業が増加する等により、障害者雇用は着実に進展してきた。」と企業を賞賛した。しかし、今回明白になったのは、企業業績が少し悪化しただけで簡単に解雇する企業の実態である。障害のある労働者を非正規雇用に固定する行政施策のもとでは、企業は目先の業績を重視し、厚生労働省の強調するCSRなどどこ吹く風である。 5 司法改革  障害をもった労働者の雇用や人権の侵害について、裁判所に申し立てる手続としては、訴訟、仮処分、調停、労働審判がある。裁判所以外のものとして、個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律に基づく都道府県労働局長へのあっせん申請がある。中途障害者の解雇事件の裁判を通じて、弁護士側が強く感じることは、日本の裁判官の多くは能力主義の中で育っており、判断にあたっても能力主義を当然と考えている。合理的配慮を直ちに理解してくれる裁判官はほとんどいないと思うべきであろう。労働審判は審判委員の姿勢が労働審判は話し合いによる解決(和解)を前提とした制度と位置付けている側面が強く、ことの正悪を明快な審判によって解決しようという考えが根底にない。結局合理的配慮の内容を明確にするためには訴訟によらざるを得ないことになるが、訴訟の場合には、時間と費用がかかるのが通常である。現制度より簡易で迅速な準司法制度を速やかに準備するべきである。 6 労働・雇用分野における障害者権利条約への対応の在り方に関する研究会(中間整理) (1) 中間整理の発表  厚生労働省は厚生労働大臣の諮問機関として2008年4月2日「労働・雇用分野における障害者権利条約への対応の在り方に関する研究会」を立ち上げ、同研究会は2009年7月8日中間整理を発表した。この中間整理は労働政策審議会障害者雇用分科会に引き継がれた。しかし、この中間整理は障害者権利条約を実質骨抜きにするもので、到底賛同できない。 (2) 合理的配慮の内容についての基本的な考え方   (中間整理)  「合理的配慮については、条約の規定上はそれを欠くことは障害を理由とする差別に当たることとされている(差別禁止の構成要件としての位置付け)が、これを実際に確保していくためには、関係者がコンセンサスを得ながら障害者の社会参加を促すことができるようにするために必要な配慮(社会参加を促進するための方法・アプローチとしての位置付け)として捉える必要があるとの意見が大勢であった。」  「『合理的配慮』は、個別の労働者の障害や職場の状況に応じて、使用者側と障害者側の話し合いにより適切な対応が図られるものであるので、本来的には、企業の十分な理解の上で自主的に解決されるべきものであるとの意見が大勢であった。」 (中間整理に対する筆者の意見)  中間整理は障害者権利条約が合理的配慮の否定を差別だとする意味を全く理解していない。法による強制力をもってこそ実効性があるが、コンセンサス、話し合いを前提とすることは合理的配慮の否定であり、差別の継続を容認するものといえる。 (3) 権利保護(紛争解決手続)の在り方 (中間整理) ① 企業内における紛争解決手段   「企業の提供する合理的配慮について障害者が不十分と考える場合に、それを直ちに外部の紛争解決に委ねるのではなく、企業内で、当事者による問題解決を促進する枠組みが必要との意見が大勢であった。」 ② 外部機関等による紛争解決手続  「障害者に対する差別や合理的配慮の否定があり、企業内で解決されない場合には、外部機関による紛争解決が必要となるが、訴訟によらなければ解決しないような仕組みは適切ではなく、簡易迅速に救済や是正が図られる仕組みが必要との意見が大勢であった。」   「紛争解決手続としては、差別があったか否か、合理的配慮が適切に提供されたか否かを、いわゆる準司法的手続(例えば行政委員会による命令)のような形で判定的に行うというよりはむしろ、どのような配慮がなされることが適当か、何らかの差別が生じていた場合にはどのような措置を講ずることが適当か等について、第3者が間に入って、あっせんや調停など、調整的に解決を図ることが適当ではないか、との意見が大勢であった。」 (中間整理に対する筆者の意見)  (2)において、合理的配慮の内容を定めるにあたって、話し合いを優先しているのと同様に、(3)において紛争解決手続についても話し合いの優先を強調している。しかし、わが国の企業環境の下で使用者と労働者が対等な立場で話し合いが成立する余地は皆無に等しい。ましてや障害をもって働く労働者は職場で肩身の狭い思いで働いているのが現実であり、当事者による問題解決を重視する中間整理は障害者権利条約の根幹を否定するに等しい。これは言わば実効性がある法整備の不実行宣言である。 (4) 障害者雇用率制度の位置付け (中間整理)   「差別禁止の枠組みと、現行の障害者雇用率制度との関係については、実際問題として雇用率制度は障害者の雇用の促進に有効であり、差別禁止の枠組みと矛盾しない、積極的差別是正措置(ポジティブアクション)に当たるとの意見が大勢であった。」  (中間整理に対する筆者の意見)  障害者雇用促進法は、実雇用率の算定の基本となる労働者を「常時雇用する労働者」に限定している。「常時雇用する労働者」を法の文言どおり素直に解釈すれば正規雇用労働者であり、それ以外はありえない。前述のとおり、厚生労働省は労働省時代から非正規雇用も実雇用率にカウントする方針をとってきた。その結果、障害をもつ労働者のほとんどは不安定な非正規雇用労働者の地位におかれている。これは国による違法な差別であり、この運用を継続するかぎり評価に値するポジティブアクションとは到底いえない。中間整理はわが国の割当雇用制度の欠陥に踏み込むことなく、通り一遍にポジティブアクションと位置付けており、客観的に検討する慎重さを欠いている。 7 労働政策審議会・在り方研究会の改組の必要  厚生労働大臣の諮問機関である労働政策審議会にしろ、在り方研究会にしろ、公益委員、使用者委員、労働者委員(障害者雇用分科会の場合は障害者委員)が選任され、一見公正・客観的な有識者の意見の体裁をとっている。しかし、このうち公益委員の人選は使用者側の意見を反映する学者等が選任され、常に労働者や障害者の権利を制限する諮問を答申してきた。労働の規制緩和と称し非正規雇用の拡大を答申したのも労働政策審議会である。労働政策審議会にしろ、在り方研究会にしろ、真に人権が守らなければならない人たちの立場を反映する人選がなされていない。民主党政権となり、民間有識者会議の廃止の機運がある。少なくとも現状の労働政策審議会のこれまでの答申はいずれもきわめて保守的であり、使用者側の意向を正当化するための諮問機関の役割しか担っていない。障害者雇用分科会の場合は障害をもって現に働いている人など真に働く権利の確保を必要としている人の代表も委員に選任するべきである。現在の労働法制審議会の廃止若しくは大幅な改組が必要である。 8 障害者自立支援法の廃止と立ち遅れた法制度の再構築 (1) 2005年10月に成立した障害者自立支援法は、法律の名称とは逆に、障害者の自立を阻害する法律であり、障害者への給付を削減する一方、応益負担の原則のもとに障害者の自己負担を求めるものであった。この法律は同法成立以前から世界の潮流より大きく遅れていたわが国の障害者施策をさらに数十年逆戻りさせたに等しかった。2009年9月自民党政権が崩壊し、民主党、社民党、国民新党は3党連立政権合意文書を交わした。文書上に「障害者自立支援法は廃止し、『制度の谷間』がなく、利用者の応能負担を基本とする総合的な制度をつくる」と明記している。また、9月19日新厚生労働大臣は障害者自立支援法の廃止を明言した。 (2) この数年間、この悪法が障害者や家族を痛め続けた現実を思うと廃止は一刻も早く行うべきである。しかし、わが国の障害者が自立支援法で苦しまされている間に、世界における障害者法制は大きく前進した。一人わが国のみが世界の潮流からさらに大きく立ち遅れる結果となった。この遅れを如何に取り戻すかが焦眉の課題であり、そのためには障害者権利条約を一言一言忠実に国内法に反映させていかなければならない。 ポスター発表 知的障害者への職場定着におけるメモリーノートの活用と効果 松田 光一郎(社会福祉法人北摂杉の子会 ジョブサイトひむろ 主任)     1 目的  これまで、Sohlberg&Mateer(1989)やSandler&Harris(1992)は、記憶障害や遂行機能障害の補完方法として、メモリーノートの活用が有効であること、また活用を促すには般化の為の支援が重要であること等を指摘している。また、刎田ら(2000)は、職場では障害の有無に関らず予定や指示内容を自己管理し、自発的に行動することが求められることから、スケジュール帳を基本としたメモリーノートが職場適応を促すための適切な形態であると指摘している。  そこで、本研究は記憶障害に限らず知的障害においても、スケジュールの自己管理を促進する有効な手段となりうるために、ノートを見て質問に答える課題を設定し、ノート参照の習慣を確立するSquiresら(1996)の訓練プログラムや青野ら(2000)のメモリーノートを代償手段とした訓練方法として、参照、構成、記入という段階的訓練の研究を参考に、対象者がメモリーノートの意義と機能を理解し、職場においてスケジュール等の管理を自己管理できるよう、情報整理の基礎となる書き分けの段階的な教授を行い、対象者がメモリーノートを使って、自らの行動を正確に評価・確認する、セルフ・マネージメントに必要な行動の生起と維持に繋がる方法を明らかにすると共に、支援過程における基礎訓練の共通化と、般化訓練における支援方法について検討する。   2 方法 (1)対象者  対象者(以下「Aさん」という。)は30歳前半の男性で、専修学校を卒業後、ヘルパー2級を取得し、特別養護老人ホームの介護職として雇用となるが、スタッフ間での対人関係に支障が生じて離職となった。その後、B就労移行支援事業所において再就職に向けた訓練が開始された。  性格は朗らかで活発であるが、好意を持った女性に一方的にアプローチするなど、対人面に課題があり、そのことについて指摘や改善を迫られると、緊張から意思伝達が困難となり勤務状態に影響が見られた。   (2)基礎訓練と般化訓練 ①基礎訓練 ⅰ)メモリーノートの様式  基礎訓練及び般化訓練で用いるメモリーノートの形式は、戸田ら(2003)のM-メモリーノート(Makuhari Memory Note)のリフィルと記入項目を参考に対象者の障害特性と実習作業に適合した使い分けを考慮して、スケジュール、作業内容、メモの3構成を、市販の手帳作成ソフトを使い用紙サイズを設定して作成した。用紙サイズは、記入量と訓練課題を勘案して、バイブルサイズ(バイブル版6穴)縦200㎜×横125㎜に合わせ、同サイズの6穴バインダーにバインディングして使用した。図Aにリフィル内容を示す。 スケジュール  月  日( ) 作業名 レ 場所 作業内容 メモ 図A メモリーノートのリフィル(200㎜×125㎜) ⅱ)基礎訓練概要 [基礎訓練日程とセッティング] 基礎訓練日:××年5月9日から5月11日 基礎訓練時間:9:00から9:50 基礎訓練場所:B就労移行支援事業所相談室 基礎訓練配置:訓練者及び記録者(筆者)、 参加者1名(Aさん) 基礎訓練記録方法:参加者の反応を記録用紙とビデオカメラで記録した。 [訓練目標] 参照訓練:実験者の指示により一日に何回かノートを見る習慣を付ける。 構成訓練:実験者が対面でノートの活用目的や構成を質問し、それに答えることでノートの構成等を学習する。 記入訓練:実験者から対面で課題を伝えられ、これをノートの適切な位置に適切な内容で記入する練習を行う。 ⅲ)評価・達成基準  基礎訓練の評価は、参照・構成・記入の各段階の「スケジュール」「作業内容」「メモ」の3種目を3試行ずつ、計9試行での平均正答率90%以上を達成基準とする。基準に至らない場合は再度訓練に戻り、基準に達した場合は次の段階に移行する。訓練では正誤のフィードバックを行うが、評価では正誤のフィードバックは行わない。 ⅳ)基礎訓練手順 [メモリーノートの基礎説明] 1.「スケジュール」について、作業日程(日付・時間)を記入して説明する。 2.「作業内容」について、今日の作業手順や具体的な方法を記入して説明する。 3.「メモ」について、作業に応じて必要な情報や気付いた点を記入して説明する。 [参照訓練の実施]  訓練者が記述内容を伝え、その内容のメモリーノートのページを開き、該当箇所を指さす。または、記入されている内容を読み上げる。既に内容が記載されたメモリーノートを渡す。口頭で、記入内容の一部を伝えメモリーノートを参照し内容を答えさせる。(例;4月1日は何をすることになっていますか?) [構成訓練の実施]  訓練者は記述内容を記したポスト・イットを渡し、その内容を記入すべきページ・箇所に添付する。空白の日付入りメモリーノートを渡す。訓練者は記述内容の書かれたポスト・イットを渡し、正しい記入箇所へ貼り付けるよう教示する。(例;この内容をどこに記入しますか?) [記入訓練の実施]  訓練者はメモリーノートの記入で必要な内容について口頭で教示し、その内容をメモリーノートの適切なページ・箇所に記入する。空白の日付入りメモリーノートを渡す。試行場面を説明した後、記述すべき内容について口頭で伝える。 ⅴ)基礎訓練課題  参照訓練の訓練課題では、既に内容が記載されているメモリーノートを用いて、Aさんは口頭で示された内容から検索し、その内容を指導者に報告するよう求められる。  構成訓練では、評価及び訓練を通して日付のみ記載された未記入のメモリーノートと課題内容の書かれたポスト・イットを用いる。訓練者はポスト・イットに書かれた内容を教示し、メモリーノートの適切な箇所へ貼り付けるように教示する。Aさんは、手渡されたポスト・イットを適切なメモリーノートのページ・箇所に貼り付ける。評価では正誤のフィードバックを行わないが、訓練では正誤のフィードバックを行い、誤っていた場合は再度試行を繰り返す。  記入訓練では、日付のみ記載された未記入のメモリーノートと筆記用具を用いる。活用訓練の評価及び訓練を通じて、訓練者は現在の日時を示した後、記入すべき内容を口頭で教授する。Aさんは、その内容を適切なページ・箇所に、記入する。記入訓練でも、構成訓練同様、評価では記入された箇所の正誤について一切フィードバックを行わないが、訓練では、正誤フィードバックを行い、誤っていた場合には再度同じ試行を繰り返す。  メモリーノートの書き分けを促進する補完手段として、書き分けに用いるキーワードを表紙や重要事項に記入し、指示に応じてこれを確認する。「作業内容」や「気付いたこと」といった類似した項目名での弁別が困難な場合は「予定ですること」や「忘れてはいけない重要なこと」といったタイトルを項目に付加する。これらの補完手段の活用は、個々の対象者の障害状況に合わせて活用訓練で教授を行う。   ②般化訓練概要 [雇用前実習日程] 実習期間:××年5月29日から6月16日 実習時間:10:00から15:30 実習場所:Cビジネスホテル 実習内容:客室清掃(ベットメイク等) [行動目標] 1.作業内容の指示などをノートに書きとめ、確認しながら作業を行う。 2.時間を意識して作業を行い、13時30分までに客室の掃除を完了する。 [援助設定と標的行動]  Cビジネスホテルでの雇用前実習では、メモリーノートを用いた作業ぺースの向上と自己管理の育成、さらに、作業状況に応じた作業量を計画的に管理し、作業の精度と早さを意識した行動の形成を標的に援助を行った。 [独立変数] 1.メモリーノートの活用による作業遂行について、介入前の自発記入・作業時間・作業達成率について記録を行った。 2.作業開始前のミーティングの設定により、昨日の記載情報をもとに訓練者の指示と合わせてメモリーノートにスケジュールを記入・参照する援助を行った。 3.作業開始前のミーティングと客室清掃における課題選択肢を導入し、毎日の作業と日替わりの作業の整理を行った上で、日替わりの作業の中から、作業を選択して実施することで、自ら選んだ強化で維持される課題選択行動の形成を図った。   3 結果 (1)基礎訓練結果  実習前に、50分間の基礎訓練を3日間、B就労移行支援事業所の相談室において実施した。  基礎訓練では、訓練者がオリエンテーションを行って目的及び日程等についての教示を行った。  参照訓練のベースライン(BL)では、誤反応が目立ったものの、参照についての教授を行ってからの訓練(TR)では、誤反応に対し項目の書き分けのためのキーワードを強調した教示や類似した質問を提示し、正反応に対して正の強化によるフィードバックを行ったところ正確な弁別が可能となった。同様に評価(PR)においても正確な反応が生起した(図1)ため、構成訓練へ移行した。   図1 基礎訓練の正答率 BL=訓練前の評価、TR=正誤フィードバック・ プロンプト呈示、 PR=訓練後の評価を示している。  構成訓練では、ポスト・イットを使うことに強い関心と意欲を示し、訓練(TR)と評価(PR)共に早期に正確な反応が生起した為、記入訓練へ移行した。  記入訓練の訓練(TR)では、作業場面のスケジュールに類似した質問を取り入れることで、質問に変化をもたせた複雑な転記による書き分けの弁別が可能となった。また、評価(PR)でも、項目に対応した書き分けが安定した為、メモリーノートの基礎訓練を終了した。 (2)般化訓練結果  5月29日から6月16日まで、Cビジネスホテルにおいて雇用前実習を行った。  般化訓練では、ミーティング時に昨日の作業別終了時刻と作業評価及び客室作業選択項目を連続的に記述することで、作業ペースと作業精度を意識的に確認する機会が設定され、書き分けにおける計画的な行動管理の生起が増加した。図2に客室清掃の作業遂行時間の推移を示す。  客室清掃の内、毎日作業のゴミ出し、掃除機かけと日替わり作業として、リネン類(シーツ等)の準備・回収、ベッドメイク等を選択することで、メモリーノートへの記入・参照が作業遂行上、必要不可欠な条件となり、機能的な利用価値に繋がった。図3に自発行動の変化を示し、図4に客室清掃の作業達成率の推移を示した。   BL=介入前の自発記入・参照数、ミーティングの設定=記入行動の機会、課題選択肢の導入=条件性弁別による記入・参照行動の機会を示している。 4 考察  般化訓練結果から、Aさんはメモリーノートを用いることで自発的な行動管理が形成され、作業量や作業時間の計画的な作業遂行が可能になったことで、作業ペースや作業精度の向上に繋がったと考える。これは、メモリーノートの段階的な基礎訓練が、記入・参照することを基本行動としており、基礎訓練における段階別での参照、構成、記入行動の習得は、メモリーノートを補完手段としたセルフ・マネージメントの形成に効率的かつ効果的であったと言えることから、自己行動管理の形成と、その支援方法について、本事例のような知的障害者においても、メモリーノートを使った参照、構成、記入の段階的訓練は有効であり、その継続活用により職場定着を困難にする障害が補完されうることが示唆された。この成果は、その他の障害を抱える対象者にとっても、職場定着に向けた効果を発揮する可能性が高く、ナチュラルサポートの形成においても重要な一側面を担うと考えられる。従って、知的や発達に障害を持つ対象者の特性や作業内容に合わせたメモリーノートの適用と、その他の障害に対して活用可能な方法や指導内容を精査して機能の充実を図って行く事が今後の課題である。 文献 Sandler,A.B., Harris,J.L. (1992) Use of external memory aids with a head-injured patient,American Journal of Occupational Therapy, 46(2),pp.163-166. Sohlberg,M.M.&Mateer,C.A.(1989)Training use of compensatory memory books a three stage behavioral approach,Journal of Clinical and Experimental Neuropsychology, 11, pp.871-891. Squircs,E.,J.,Hunkin,N.M.,Parkin,A.J.(1996) Memory notebook training in a case of severe amnesia:generalizing from paired associate learning to real life,Neuropsychological Rehabilitation, 6(1),55-65. 青野香代子・刎田文記・吉光清・中本敬子(2000)記憶障害を有する高次脳機能障害者へのメモリーノート訓練.第8回職業リハビリテーション研究発表会論文集、pp.126-129. 戸田ルナ他(2003)職場適応促進のためのトータルパッケージにおけるM-メモリーノート作業用リフィルの活用.第11回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集、pp.19-22. 刎田文記・青野香代子・吉水清(2000)高次脳機能障害への職業リハビリテーションにおけるメモリーノート訓練.日本行動分析学会第18回年次大会発表論文集、p.142 復職に対し不安を抱えた一症例に対する支援について −医学的リハから職場復帰への円滑な支援をめざして− ○工藤 摂子(化学療法研究所付属病院 作業療法士)  善田 督史・田中 敏恵(化学療法研究所付属病院) 1 はじめに  当院では急性期・療養病棟、通所リハビリテーション施設を有し、様々な疾患・障害を持つ方に急性期から維持期までの一貫したリハビリテーションを提供している。その中で単身赴任中に脳出血を発症し左片麻痺・高次脳機能障害を呈した男性の復職支援に関わる機会を得た。外来リハビリテーションにおいて生活能力の向上と発症一年後の職場復帰の実現を目指し、職場との話し合い・職場訪問での職務内容環境調査・実際の業務を想定した作業練習を実施した。  本例からはリハビリテーション実施経過において様々な不安の訴えがきかれた。今回の発表においては、事例に対する支援内容を中心に、不安を抱えながら復職を果たすまでに至った過程を報告する。 2 事例 36歳男性 右手利き   疾患名:脳出血(右被殻 08.1.5発症) 現病歴:平成20年1月5日単身赴任先の自宅にて発症。救急車にて搬送。頭部CTにて右被殻出血を認めた。1月7日血腫の増大の増強があり開頭血腫除去術施行。1月27日、回復期リハ病院へ転院。  5ヶ月間リハビリテーション実施し、6月28日自宅退院。7月2日当院、外来リハビリテーション(PT・OT・ST)開始。                                                                                                                  既往歴:高血圧 社会歴:都内高校卒業後、中央省庁に勤務。2年前より単身赴任。週末を自宅で過ごす生活に。 3.初回評価(08.7.2) (1)身体機能: 左片麻痺(Br.stage Ⅲ-Ⅱ-Ⅲ)   感覚:表在・深部とも重度鈍麻(左上下肢)   歩行:SHB装着、T-cane使用にて自立   10m歩行:24秒07(29 step) TUG:28秒73   上肢機能:左上肢は随意性低く、現状は廃用手 (2)神経心理学的所見  知的機能:軽度低下   MMSE:30/30     WAIS-Ⅲ:VIQ99、PIQ91、FIQ95      言語理解99、知覚統合103、作動記憶80、      処理速度72  注意:転導あり、配分・容量も低下している。  USN:慣れない場所では、左半身をぶつけることがある。机上課題では著明な低下を認めない。 記憶:視覚・動作的な記憶は比較的保たれている。 WMS-R:言語性124、視覚性101、一般記憶119、注意・集中108、遅延再生122   遂行機能:計画を立てて行動を実行する事や2動作を並行して行うことが難しい。    Trail Making Test:A42秒、B175秒    PASAT:41/60(68.3%) (3)ADL  B.I 95/100  FIM  112/126  入浴動作のみわずかに介助を要すがその他のセルフケアは自立。 (4)作業能力  一般的能力:作業中、キョロキョロと周囲を見回したり、妻に話しかけようとする様子が見られる。2つの作業を並行して行うことができるが、説明書の読みとばしが多い。  作業習慣:開始時間などの規則を守ることは可能  作業技能:思考・作業処理速度が遅く、手順が一貫しない。左上肢の随意性が低く、補助手としての使用は困難で、技能再獲得の必要あり。  作業態度:真面目に取り組む。(病前も職場で危険性の高い仕事を行っており、同僚からの信望も厚かった) 4 リハビリテーション経過 (1)身体機能面  Br.stage:Ⅲ-Ⅲ-Ⅳ 感覚:左上下肢中等度鈍麻  10m歩行:8秒90 (16 step) 上肢:廃用手レベル (2)高次脳機能面  注意・遂行機能の改善   WMS-R:言語性138、視覚性113、一般記憶135、注意・集中113、遅延再生130    Trail Making Test:A38秒、B138秒   PASAT:57/60(95.0%) (3)面談(事例の語りより抜粋)  ①自宅生活についての不安(7/20)   回復期病院を退院後すぐに当院外来リハ開始。   入浴動作練習をはじめて、自宅周囲を歩いたり、買い物、公共交通機関の利用にも挑戦することで徐々に自信を持つことができた。  ②将来に対する不安(9/6)   回復期病院では自宅退院を目標にリハを実施していた。自宅退院後は先の見えない生活に対する不安が大きくなった。病前とは全く違う身体機能の中、休職中の仕事に復帰できるとは考えられなかった。  ③復職に対する希望と不安(1/12)   春から何とか仕事を再開できないかと思うが、都心までの電車通勤が不安。仕事内容も単身赴任先ではなく、省庁での事務仕事になると思うので、業務をこなしていけるのか。  ④復職後の職場や人間関係での不安(5/9)   職場に復帰して同僚や上司には、手伝ってもらうことが多く申し訳ない。自分が足を引っ張っているように感じる。職場では、ただ座っていることもある。 (4)復職経過  ①注意・遂行機能の改善   注意・遂行機能の改善や日常生活能力の再獲得を目指し認知リハビリテーションを実施。注意機能の向上に伴い、ワーキングメモリーや情報処理速度の向上が認められた。    ②生活の自己管理練習   日常生活上のスケジュール管理やセルフケアIADL練習を実施。妻が仕事に出ているときには家事を積極的に行う。  ③外来リハビリでの目標設定  上記記載の語りより、生活や将来への不安が多く聞かれた。事例や妻の希望を引き出しながら目標を『復職』と設定。  ④職場(上司)との話し合い  本人・妻・職場上司・PT・OT・ST・MSWそろって復職へ向けての話し合いを実施。職場上司は復職に対しても好意的。話し合いでは、復職時期や配置転換、勤務形態などの調整を実施した。  ⑤職場訪問  OT・STが直接職場を訪問し、転属予定の職場環境の調査や具体的な業務内容についての調査・調整などを行った。職場環境や業務内容については、外来リハビリ時の練習内容として、パソコン入力練習や台帳管理練習などに反映させた。  ⑥公共交通機関の利用   復職への方向性が明確になって来た頃から、外来通院時以外の時間を利用して、自主的に公共交通機関を利用する練習を開始した。当初は、午後の比較的乗客の少ない時間の利用のみであったが、徐々に実際の勤務時間を想定しての練習も行うようになった。  ⑦復職  発症から1年4ヶ月、当院外来開始から9ヶ月で復職を果たした。職場は単身赴任先から都内へと変更され復職当初の勤務形態は、『11:00〜15:00までの一日4時間、週3日勤務』から開始し、現場での状況を見ながら上司と本人とで相談しながら少しずつ、勤務時間を延長していくこととなった。 5 考察  本例では本人の心身機能、ADL、作業能力などの評価に基づき発症後1年半を目途に復職を実現するというチームとしての目標を掲げた。その目標に向けて如何なるリハビリテーションの手段を用い、どのようなタイミングで支援を行い、復職を進めていくのか、本人・家族・職場関係者と熟慮を重ねた。35歳での脳出血の発症により、心身機能や周囲の環境が急激に変化し、自分や家族の将来についてなど不安は尽きない。その中で、問題や不安をどのように解決していくか、適切な支援のタイミングを模索した事例であった。  幸いにも職場は復職に対して好意的であり、関係するスタッフが一堂に会して相談を行ったり、幾度となく連絡を取り合い情報共有し、本人や職場へ医療面から見た提言を行うことができた。しかしながら、復職後の事例の語りの内容では、「実際に復職してみて改めて自分の障害というものを認識した」ともあり、復職支援に当たり、医療機関からの支援として職場への橋渡しの役割を十分に果たせているのかについて、再度検証していく必要があることが示唆されている。 【文献】 1)古澤一成,徳弘昭博:医学的リハビリテーションと職業リハビリテーションとの連携上の問題点.リハ医学;2005:42:24-29 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムにおける 職場対人技能トレーニング(JST)の検討 − 特性に応じたアプローチの工夫 − ○阿部 秀樹(障害者職業総合センター職業センター企画課 職業レディネス指導員)  加藤 ひと美・佐善 和江・渡辺 由美(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 はじめに  障害者職業総合センター職業センターでは、平成17年度から、知的障害を伴わない発達障害者を対象に「ワークシステム・サポートプログラム」(以下「プログラム」という。)を実施している。(詳細は、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構のホームページに掲載の実践報告書及び支援マニュアル(PDF版)を参照) (http://www.nivr.jeed.or.jp/center/center.html) 図1 プログラムにおけるJSTの位置づけ 図2 JSTの進め方とテーマ  職場対人技能トレーニング(Job related Skills Training:以下「JST」という。)は、職場における対人コミュニケーションスキルの付与を目的として、プログラム中で、就労セミナーのトレーニングのひとつに位置づけられている(図1)。  JSTは、5名程度のグループで行い、進め方とテーマは、発達障害者の特性を考慮し、図2の通りとなっている。  発達障害児・者の対人スキルトレーニングは、多くの機関や学校で様々な手法で実施され、一定の成果を上げてはいるものの、般化等、多くの課題を抱えているのが現状である。  JSTにおいても、効果のある受講者も多く見られるものの、テーマの理解そのものが困難である場合や、ロールプレイはうまくできるが、同じような場面での般化が困難である場合というように、効果があがりにくいケースも見られている。  本稿では、受講者がより様々な場面で対人コミュニケーションスキルを活かせるようなJSTを実施するため、アプローチに工夫を加え、その効果について検討することを目的とする。 2 方法 (1) 方法   JSTにおいて、①受講者に認められたJSTでの特性を整理し、②その特性に応じアプローチの工夫を行い、③その結果について考察を加える。 (2) 対象   平成17年度第1期から平成21年度第1期までのプログラム受講者(アスペルガー症候群、広汎性発達障害、注意欠陥多動性障害)83名(男性65名、女性18名)。なお、うつ病等の二次障害を有している者も含まれている。 3 結果・考察 (1) プログラム受講者に認められたJSTでの特性  JSTを実施した中で、プログラム受講者に認められた特性は、表1のように整理される。 特性のカテゴリー 具体的課題 ① テーマ 説明時 a 資料の説明に  集中できない ・他のことを空想していたり、テーマと関係のないことを記入している。 ・資料のどこを説明しているのかが分からなくなる。 ・資料を先読みしてしまう。 b 説明の内容が  理解できない ・内容が理解できない、薬が効きすぎてしまうことで、寝てしまったり、何もしゃべらなくなる。 ・テーマについて行けず、つまらないので、ふざけてしまう。 ・資料が理解できず、場にそぐわない質問や発言をする。 ・資料のページが進むと、初めのページで説明した「テーマのポイント」について質問しても、ページを振り返ってみることはなく、その場の思いつきで答えてしまう。 c 他の人の発言に  割り込んでしまう ・他の受講者が発言している時も、途中から割り込んで発言してしまう。 ② スタッフロールプレイ時 d スタッフロールプレイの場面設定や状況が理解できない ・スタッフのロールプレイは見ておらず、資料を目で追っている。 ・場面設定が理解できない。 ・セリフがないロールプレイでは、状況がわからない。セリフで判断している。 e スタッフロールプレイに対しての発言内容がずれてしまう ・注目してほしい人でなく、相手役の様子についてコメントする。 ・悪い見本での気付いた点を聞いている時に、良かった点をあげてしまう。 ③ 受講者ロールプレイ時 f 完璧なロールプレイを行おうと思う ・普段はテーマについての行動ができていない様子だが、ロールプレイは資料通り、完璧にできてしまう。 ・セリフをすべてメモしたり、手元の資料を完璧に覚えて、その通りにやろうとする。 ・ロールプレイを完璧にやりたがり、他の受講者にも完璧な内容を求める。 g 「こうしなければならない」という思い込みが強すぎる ・気をつけて行いたいポイントが、普段の様子と一致せず、あげられたポイント全部を目標としてしまう。 ・ロールプレイが丁寧すぎる。 ・深々とお辞儀をしなければならない、扉を何回ノックしなければならない等、細かな設定にこだわる。 ・良かった点を伝えられても、お世辞だと思ってしまう。 h ロールプレイ時に緊張が強すぎる ・緊張が強く、セリフが出なかったり、詰まってしまう。 i 他の受講者のロールプレイへの発言が  ずれてしまう ・他の受講者が行っているロールプレイを見ておらず、感想を聞いても、「特にない」「よかった」と答えてしまう。 ・良かった点をあげてもらうとき、工夫すると更に良くなる点をあげてしまう。 ・特におかしくないのに、工夫すると更に良くなる点をあげる。 j 他の受講者への  攻撃になってしまう ・工夫すると更に良くなる点の意見出しの際に、個人攻撃になってしまう。 ④ まとめ時 k フラッシュバックが  起きやすい ・過去に困った点を聴くと、そのときの状況を思い出し、気分が悪くなったり,パニックに陥ってしまう。 l 感想の発言内容が  ずれてしまう ・過去に困った点を聴いても「特にない」と答える。 ・感想を聞くと、「特にない」「とても役だっています」等、いつも決まった答えが返ってくる。 ・今回のテーマの感想でなく、JST全体の感想を発言する。 ⑤全般 m マイペースな  行動を行う ・勝手に席を離れて、鼻をかみにいく。 ・「やりたくない」等、ストレートな発言が多い。    受講者のタイプによって大きく異なるものの、特徴としては、①集中の困難さ(a,k,m)、②テーマの理解の困難さ(b,d)、③発言内容のズレ(c,e,i,j,l)、④ロールプレイ実施に関する思い込み(f,g,h)、⑤ロールプレイ結果の自己評価と他者評価との不一致(g)が考えられる。  これらの点は、発達障害者に対する対人技能トレーニング自体の難しさや、般化につながりにくいことの大きな要因となっていると考えられる。 (2) 特性に応じたアプローチの工夫  (1)での考察に基づき、特性に応じたアプローチの工夫について、イ.「テーマに関する自分・ 相手の気持ち、作業の状況についての意見交換」、ロ.「ロールプレイを見るポイントの掲示」、ハ.「ロールプレイで良いフィードバックを受けた時の気持ちの聴取」の3つの観点から、検討を加えていきたい。 イ. 「テーマに関する自分・相手の気持ち、作業の状況について」の意見交換  テーマ理解の困難さに対するアプローチの工夫として、「テーマに関する自分・相手の気持ち、作業の状況について」の整理を行った。テーマに沿っての行動をした場合としない場合で、自分・相手の気持ち、作業の状況等を図式化して整理しながら意見交換する方法である。この方法によって、テーマ行動の理解が深まり、般化につながりやすくなるのではないかと考えた。図3に配布資料例、図4に意見交換の板書例を示した。  実施結果として、「相手の気持ちを考えたことはなかったので、参考になった」「ミスを指摘する人も、嫌な思いをしていることが分かった」「素直に謝った方がいいと分かった」等の感想が得られた。また、「自分は実施しないことはないので、しないときの気持ちは分からない」といったコメントや相手の気持ちの捉え方についてのコメントから、思考傾向のアセスメントにもつなげていくことができた。  客観的に自分や他者の気持ちや状況を考えることが困難な受講者にとって、図式化し整理した形式で検討を加えることは、ある程度テーマ理解を深めることに有効であると考えられる。また、客観的に考えることは、コミュニケーションの“受信→判断・思考→送信”という流れにおいて、JSTが送信のスキル付与だけでなく、判断・思考過程においても、有効となると思われる。 図3 「テーマに関する自分・相手の気持ち、作業の状況について」の意見交換 配布資料例 図4 「テーマに関する自分・相手の気持ち、作業の状況について」の意見交換の板書例 ロ. ロールプレイを見るポイントの掲示  ロールプレイ実施の際の特性として、「他者のロールプレイへの注目」と「気づいた点をコメントすること」の困難さが見られたが、その対応策として「ロールプレイを見るポイントの掲示」を実施した。ポイント掲示の前は、口頭で「こちらを見るように」と伝えても、資料にメモを書き込んでいて注目されなかった。また、「ロールプレイのセリフがないと分かりません」といった発言もなされていた。視覚的にポイントが掲示されていることにより、注目すべきポイントが絞られ、発言も行われやすくなるものと考えた。ポイント掲示の例を、図5に示した。  実施結果として、①ロールプレイ実施の前に、見るポイントを視覚的に示すことによって、ロールプレイへの注目が促された。②気づいた点を発言してもらう際に、「特にありません」「良かったです」から、スタッフより「この点についてはどうだったですか?」と返すと、指し示したポイントについてコメントする発言が得られた。  ロールプレイ実施の際、注目していてもポイントが分からないことや、注目そのものが困難な場合も見られた。しかし、視覚的にポイントを示すことによって、場面の整理がしやすくなり、注目が促されることや、コメントが考えやすくなったことにつながったのではないかと思われる。 図5 ポイント掲示の例 ハ. ロールプレイで良いフィードバックを受けた   時の気持ちの聴取  ロールプレイ結果の自己と他者評価の不一致に関しては、ロールプレイを行った後、他者から「良かった点」のフィードバックを受けた時の気持ちを聴取する点を取り入れた。  実施結果として、ほめられて自己評価が上がっ たという感想の他に、「自分では緊張していたが、周りからはそれほど分からなかった」「早口になってしまったと思ったが、丁度いいと言われた」「丁寧すぎたと思ったが、良い印象だった」「良い評価は、本心からの言葉ではないのではないか」と、自己評価との違いがあらわれた。自己と他者の評価の違いから、「うまくできていると分かった」「他の人には緊張していることは分からない」というように、判断・思考の変化へとつながっている様子も見られた。 (3) アプローチの工夫による般化  今回のアプローチの工夫によって、相手の気持ちを図式化して考える受講者も一部に見られた。  前述の通り、JSTのみで般化へつなげていくことは困難であり、“なぜ大切なのか”を理解しつつ(判断・思考過程)、他の場面(作業や朝礼等)でフィードバックし、定着を図ることが大切であると思われる。 (4) まとめ イ. 特性に応じた工夫の重要性  JSTの中で見られた特性に基づいて、アプローチを工夫した結果、受講者の様子やコメントも大きく変化した。工夫したアプローチを加えたJSTの流れを図6に示した。受講者の特性に応じて、アプローチを選択しつつ実施していくことが重要となると思われる。 ロ. 視覚化の重要性(得意な受信特性の活用)  図や掲示物による視覚化が有効となる場合が多く見られた。口頭のみではイメージがわきにくく、発言もそれやすいが、得意な受信特性である視覚化の活用によって、テーマに注目しやすくなると考えられる。 ハ. 送信だけでなく判断・思考を意識したアプ   ローチ  一般に対人技能トレーニングでは、ロールプレイに重点が置かれ、送信手段の形成に重点が置かれがちだが、テーマを理解し、般化につなげていくためには、判断・思考過程を意識したアプローチが重要であると考えられる。 (5) 今後の課題  本稿では、JSTにおけるアプローチの工夫について取り上げたが、適切なアプローチを実施するにあたっては、特性のアセスメントが欠かせないと思われる。受講者より「内容が基本的すぎる」「もっとノウハウ的なものをやって欲しい」との意見もあり、JST開始初期におけるアセスメントの重要性が示唆される。  今後の課題として、①「JSTにおけるアセスメント方法の開発」が必要になると考えられる。また、アセスメントに基づき、②「より特性に応じたアプローチの工夫」、③「テーマの選択」、④「グループで行うか個別で行うかの選択」も重要であると思われる。 <文献> 1)障害者職業総合センター職業センター(2007):発達障害者のワークシステム・サポートプログラムとその支援事例.障害者職業総合センター職業センター実践報告書 No.19. 2)障害者職業総合センター職業センター(2008):発達障害者のワークシステム・サポートプログラム 障害者支援マニュアルⅠ.障害者職業総合センター職業センター支援マニュアル No.2. 3)障害者職業総合センター職業センター(2009):発達障害者のワークシステム・サポートプログラム 障害者支援マニュアルⅡ.障害者職業総合センター職業センター支援マニュアル No.4. 通常教育を選択した広汎性発達障害者の現状からみた就労支援の課題Ⅰ −「発達障害のある青年・成人に関する就業・生活実態調査」から− ○望月 葉子(障害者職業総合センター障害者支援部門 主任研究員) 神谷 直樹(障害者職業総合センター障害者支援部門) 1 はじめに  「発達障害のある青年・成人に関する就業・生活実態調査*1」は、18歳以上の発達障害のある青年・成人の現在の生活の実状を把握すること、並びに教育歴や利用した支援、学校卒業後の進路とその後の移行経路を踏まえ、支援ニーズをとりまとめることを目的として障害者職業総合センターにおいて企画・実施された(障害者職業総合センター調査研究報告書№88,2009)。分析対象者1078名の教育歴については、養護学校(現在の特別支援学校)の利用者が66%であり、療育手帳を所持している者が84%を占めていた。また、現在の状況では、「福祉施設利用」が70%(通所:43%、入所:22%、通所・入所の不明:5%)であり、「会社で常勤の仕事」12%、「自営業・自由業の仕事、アルバイト・非常勤等で短時間または短期の仕事、家業手伝い等で常勤以外の仕事をしている」4%、「専業主婦・主夫、無職等で在宅」6%、「在学中」5%であった。  ここでは、この調査の分析対象者の内で、通常教育に在籍した広汎性発達障害のある若者164名について、詳細に検討を試みる。 2 対象者の概要  表1に対象者の年齢段階を、また、表2に診断の状況を、それぞれ最終教育歴別に示した。年齢段階については義務教育終了後20年未満で9割弱を占めており、最終教育歴による違いは見出されない。また、診断については、自閉症が43%、高機能・アスペルガー症候群が37%であった。 診断について、最終教育歴による大きな違いは見出されないが、高等教育歴では高機能・アスペルガー症候群並びに広汎性発達障害の診断が半数を占める。これに対し、養護学校歴では自閉症が77%を占めている。  図1に、通常教育歴を有する者が最初に診断された時期を示す。就学前並びに在学中に診断されている者が多く、学校卒業後の診断は21%、診断のない者は4%であった。4人に3人が教育・訓練等終了前に診断を受けていたことになる。一方、養護学校を選択した者の場合、80%が就学前に診断されている 3 対象者の現状  図2に、対象者の現在の状況を示す。会社で常勤の仕事をしている者が26%で最も多く、常勤以外の仕事の9%とあわせると35%が会社等で仕事をしていた。次いで、在学中が23%、在宅が17%、通所が14%という順であった。通所・入所等で福祉施設を利用している者は16%であった。  一方、養護学校を選択した者の場合、79%が通所もしくは入所等の施設利用者である。会社等で常勤の仕事をしている者11%と常勤以外の仕事の3%をあわせると14%が会社等で仕事をしていた。  図3に、現在の状況別に障害者手帳の取得状況を示す。会社等で常勤または常勤以外で働いている者では、いずれも療育手帳(重度以外)や精神障害者保健福祉手帳、その他複数の手帳を取得している者はあわせて8割に上っていた。障害者手帳を取得せずに仕事をしている者は、2割であった。  障害者手帳の取得に関してみると、在宅の者では3人に1人が、在学中の者では4人に3人が障害者手帳を取得していなかった。これに対し、通所・入所等の施設利用の者で手帳を取得していない者は4%と極めて少ない。  福祉的な施設利用等をはじめとして、企業就労や企業就労への移行(在学中を除く)においては、障害者手帳による支援を利用している者が多い。 (1) 仕事をしている者の状況 表3-1に会社等で常勤の仕事に就いている44人の状況を示す。障害者雇用が59%、一般扱いの雇用が23%であった。ただし、一般扱いの内、ジョブコーチ支援の利用と会社への障害開示をあわせると18%であった。会社が特性を理解して雇用している形態は77%に及ぶとみることができる。  表3-2に常勤以外の働き方を選んだ14人の理由(複数回答)を示す。常勤の仕事を希望せず、短期・短時間の仕事を希望したという者は少なく、希望が実現しなかった者が50%、常勤の仕事を継続できなかった者が29%であった。 (2) 在学中・施設利用・在宅等の者の状況 表3-3に在学中の37人の進路希望を示す。常勤の仕事を希望している者が60%(内、障害者雇用を第一希望とする者は27%)であった。一方で、進学希望が24%であった。4人に1人は職業選択の場面が近い将来に想定されていないことになる。 また、表3-4に施設利用を選んだ27人の選択動機(複数回答)を示す。経験や知識・技能の習得等の選択動機が示される一方で、就職希望が実現しなかった者が33%、仕事を継続できなかった者が19%あった。進路希望の実現が困難となった結果としての選択は、通所施設の利用者に認められる傾向であることが示された。  さらに、表3-5に在宅の28人が在宅に至った契機(複数回答)を示す。就職希望が実現しなかった者が29%、仕事を継続できなかった者が32%で あった他、進学や施設利用等の希望がかなわなかった、継続できなかった等、様々な契機が示された。その他に、支援機関がない、本人が支援機関を利用する意志がなかった、支援機関を利用しても希望が実現しなかった等の問題も示された。  特性に即した雇用支援の利用に至らない背景についての検討が必要であることが示された。 4 学校卒業時の進路とその後の変更の状況 表4に最終在籍校卒業もしくは中退時の進路からの変更を現状別に示す(在学中を除く)。  高等学校卒業以降の教育歴を有する者の場合、現状が「会社で常勤」については、学校卒業後の進路からの変更による者が52%を占める。養護学校高等部から「会社で常勤」について、進路変更なく初職継続している者が71%であることとは対照的である。これは、進路変更を経て現状が「在宅」となっている者が多いこととあわせ、卒業時の進路選択並びに進路先における適応について、専門的な支援の必要性を示唆するものであるとみることができる。 5 まとめ  「発達障害のある青年・成人に関する就業・生活実態調査」は、当事者団体を中心とした関係者を対象として実施したものである。こうした対象者の中では、通常教育を卒業した者においても、 診断を受けている者が多いことが明らかとなった。ただし、当事者団体の外にいる者の状況を把握しているわけではない点に注意が必要である。  本考察の対象者においては、常勤で仕事をしている者の50%が療育手帳を、27%が精神障害者保健福祉手帳等を取得している一方で、21%は障害者手帳を取得していない現状もある。こうしたことからは、特性に即した雇用支援を選択して仕事に就いている者がいる一方で、支援の利用に至らない、もしくは十分な支援を得られない者の問題があることが明らかとなった。 一方、在学中の者の進路希望では常勤の仕事を希望している者が60%である一方で、24%については、近い将来に職業選択が想定されていないことも明らかとなった。さらに、施設利用や在宅の者の場合、就職を希望したが実現に至らない現状への対応の必要性が示唆された。  通常教育卒業後の社会で、特に、職場で適応・定着して自立いくために、どのような支援体制を構想すべきであるのかについては、教育のみならず医療や福祉における専門的支援と職業リハビリテーションの支援の連続性についても、十分な検討が必要である。  通常教育を選択した広汎性発達障害者の現状からみた就労支援の課題Ⅱ −ヒアリング調査の結果から− 望月 葉子(障害者職業総合センター障害者支援部門 主任研究員) 1 はじめに 知的発達に遅れが顕著ではない広汎性発達障害者の場合、障害児学級や特別支援学校における特別支援を選択せずに高等学校に進学することが多い。また、さらに高等教育に進学することもある。彼らの多くは、入職に際して必ずしも職業リハビリテーション・サービスを利用するわけではない現状がある。こうした広汎性発達障害のある若者に対する支援の在り方の問題が指摘されているが、彼らに対する支援の課題や方法が明らかになっているとは言い難い。通常教育を選択した広汎性発達障害者が職業生活に適応・定着する上で必要となる支援について、事例による検討を行う。 2 本考察の対象者  本考察では発達障害者の家族を対象として実施した「発達障害のある青年・成人に関する就業・生活実態調査」への回答に加え、本人(または家族)に対する面接・聞き取り(ヒアリング)調査に同意が得られたケースに基づき、個別事例を報告する。ここでは、成人の事例について、在学中から卒業後の就業に至る移行経路もしくは就業をめざす過程の分析を通し、就労支援の課題の検討に焦点をあてる。  分析対象者は、ヒアリング調査への同意が得られた回答の中から、次の条件を備えた16事例である。 ① 医療機関における確定診断において自閉症・アスペルガー症候群等、広汎性発達障害の診断がある(ただし、青年期以降の診断事例を含む) ② 知的障害を伴わない ③ 高等学校卒業以上の教育歴を有し、学校卒業時点の進路選択では職業リハビリテーション・サービスを利用していない  事例の抽出に際しては、現在の状況を考慮し、さらには、年齢並びに性を勘案して研究協力の依頼を行った。表1に示すように、在職している:8事例、失業状態にある:4事例、学卒無業の状態である:4事例により構成されている。  ヒアリング調査実施時期は、平成19年10月〜20年10月。 3 事例の概要  表2に学校卒業時点で「就職した」事例の概要を、また表3に学校卒業時点では「就職しなかった」事 表1 対象事例の概要 例の概要を示す。なお、この表は、発達障害者の家族を対象とした調査の回答とそれに基づいて行ったヒアリングの結果を整理したものである。 (1) 学校卒業時点で就職した事例について 学校卒業時に就職するという従来型の移行により入職した7事例(いずれも「一般扱い」)の初職入職後の経過をみると、初職を継続している事例は2事例(A・B)のみであった。ただし、結果的には初職を継続しているが、一時的に臨時雇用への変更があった事例(A)では、適応・定着に際し、親を中心とした“制度的ではない”情報提供や調整が企業に対して行われた結果、支援制度が未整備であった時代においても雇用が継続していたことが明らかとなった。したがって、メンタルヘルス不全休職から職場復帰した事例(B)とあわせ、初職継続には課題が大きかったことが明らかとなった。  その他の内訳は、離転職を経て現職を継続している事例が3事例(F・G・H)、初職離職により求職準備をしている事例(J)並びに在宅・無業の状況にある事例(I)である。なお、雇用を継続していない2事例は、いずれも20歳代の事例である。  適応状況に注目すると、初職においてメンタルヘルス不全による休職を経験した2事例(B・J)があった。また、離転職の経験を繰り返したことで深刻な状況に陥った2事例(F・I)の他、転職経験を有する事例2事例(G・H)があり、いずれも、適応・定着の問題に直面して離職に至った事例であることがわかる。  ここでは、メンタルヘルス不全による休職と離転職経験による挫折に焦点をあて、問題別に検討しておくことににする。 表2 学校卒業時点で就職した事例の概要           表3 学校卒業時点で就職しなかった事例の概要   ① メンタルヘルス不全休職について  初職においてメンタルヘルス不全で休職を経験した2事例(B・J)のうち、Bさんは会社側が勤務条件を変更して復職したことから、再度の休職を経験することなく初職継続をすることになった。一方で、Jさんは復職後も再度の休職となった。  年代や職種、地域の社会資源も異なる2人であるが、メンタルヘルス不全の背景となった職場不適応の状況からは、担当する業務の遂行可能性(適性)において負担が大きかった点を指摘しておかなければならない。希望する職種であり、加えて、資格を取得しての採用であるから、資格が業務遂行を保証すると考えることに疑問がなかったとはいうものの、当時、障害起因の特性については検討されていなかった。 ② 離転職経験による挫折について  初職の継続が困難となった後、繰り返しの離転職によりメンタルヘルス不全を経験した2事例(F・I)のうち、Fさんは16年に及ぶ一般扱いのさまざまな職種での勤務に適応できなかったこと、加えて離転職による不調を引き起こしたことから精神科を受診し、デイケアの就労支援を得て現職に入職した。採用前の体験的実習を通して慣れて不安が少ない作業工程においては、現職継続の意思が示されている。デイケアの支援者が企業に出向いて適応支援を実施しており、企業も障害者雇用の対象として採用して適応・定着がはかられ、職場における理解・啓発の促進の中で作業水準の向上が評価されるに至った。  一方で、Iさんは5年に及ぶ一般扱いの勤務と離転職による不調から受診、診断後に障害者職業センターの職業準備支援とジョブコーチ支援を利用することになった。しかし、企業の再編の中で対応可能な工程を失うことになって離職を余儀なくされたことなどから、それまで持ち続けてきた就職に対する強い意思と意欲を奮い立たせることができなくなって、在宅・無業の状況にある。 ③ 問題への対応について  メンタルヘルス不全事例については支援者は医師が中心となるが、それ以外は親が支援者であった。しかし、現職において専門機関が介入して企業への支援を行っている事例は、デイケアの支援を利用して現職に入職した事例(F)や職場における理解・啓発支援を親から依頼された事例(H)の他にはメンタルヘルス不全であるが、障害を非開示のまま初職を継続している事例(B)のみである。ただし、適応上の問題は、2事例(J・I)以外は、表2・3に示すように対策が講じられていた。 (2) 学校卒業時点で就職しなかった事例について  学校卒業時に就職するという従来型の移行をしなかった9事例は、遅れて移行した5事例と移行前の4事例に分けられる。ここでは、支援の選択に至る過程に焦点をあて、準備に時間を要した40歳代の事例(C・K・L)と若年者の事例(E・D・M・N・O・P)に分けて検討しておくこととする。 ① 準備に時間を要する事例について  遅れての移行をした40歳代の3事例では、初職を継続している事例(C)、と離転職を経て準備中の事例(K・L)とがある。22年の準備期間を経て入職した事例(C)も、通勤時の「不適切な問題行動」(K)や「仕事上の指示が理解できない」(L)などが指摘されて、問題とされる行動や指示への対処について、特性理解を踏まえた行動コントロールや指導の対象となっている事例も、問題が改善するまで、もしくは改善の見通しがもてるまで、きわめて長い時間が必要となった点で共通している。 ② 若年者の事例について  若年の6事例では、遅れての移行をしたが初職を継続している2事例(E・D)と移行前の4事例(M・N・O・P)の検討をしておく。  障害者雇用を選択して初職に入職した事例では、制度の利用がタイミング良く選択され、離転職を経験することなく一般扱いの雇用における求職活動から障害者雇用を利用した求職活動への方向転換が図られた。障害に対する拒否の強い事例(M)を含め、いずれも障害者手帳を取得して支援を利用する選択をしているが、効果的な支援のためには作業遂行上の問題を明らかにすること、適応・定着までの配慮事項を明らかにすることなどが求められる。 4 考察とまとめ  入職までに22年を準備にあてた事例、16年に及ぶ離転職の繰り返しが行われた事例のみならず、40歳代の今もなお準備のための活動をしている事例などは、広汎性発達障害の特性による行動変容の難しさを示唆する。しかし、同時に、専門的な支援の整備を充実させることにより、また、問題を受け容れて支援を利用する選択により、課題解決の方法を習得して生活設計を具体化する方向が提案されることも重要さが示されている。  支援に時間を要する背景として、行動様式の変更には介入を伴うものであるが、障害特性からみて、変化それ自体に順応しがたいという側面があることから、介入困難となって現在に至っている事例もあった。こうした事態を回避するうえで、在学中の教育課程に、例えば社会活動の経験として、模擬的場面であれ現実場面であれ、就業体験的学習を位置づけるなどを検討する必要があるといえるだろう。自閉症生徒の就労移行支援について −事業所との連携した環境設定と社会性の学習の観点から− ○宇川 浩之(高知大学教育学部附属特別支援学校 教諭)  矢野川 祥典(高知大学教育学部附属特別支援学校)・石山 貴章(九州ルーテル学院大学)・  田中 誠(就実大学/就実短期大学)   1 目的  自閉症とされる人が就労後、対人関係やコミュニケーションの面において課題が生じ、就労の継続が困難になるケースが少なくない。本稿では、一般企業への就労を目指す自閉症生徒が進路決定に向けて行っている現場実習の取り組みを紹介する。その中で、企業と連携して本人への接し方や環境設定を行っている様子に触れる。平行して、認知のゆがみと自己他者認知に関する改善を目的とした学習および、社会性の学習などについても述べる。これらを通して目前に迫っている卒業そして社会的自立に向けてどのようなことが必要であるか検証を行う。 2 方法  自閉症生徒1名の事例研究を行う。 (1)対象 生徒A (2)プロフィール  公立小学校から本校中学部に入学。療育手帳B2取得。本人の体調や気分により、友人の話し声などの聴覚刺激を極端に嫌がることがある。また、認知のゆがみ調査では全か無かの思考・他責思考・べき思考などの多くの項目で歪みが顕著に表れている。独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構「就労移行支援のためのチェックリスト」では「Ⅱ働く場での対人関係」のⅡ−5協調性やⅡ−6感情のコントロールについて課題が見られる。真面目で、これまでの学校生活で学んだことやソーシャルスキルはよく身につけている。A本人も家庭も、卒業後は企業に就労するということを望んでいる。 3 現場実習での取り組み (1)これまでの取り組みについて  本校では、表1のように中学部3年から現場実習を行っている。Aはこれまでに以下の実習を経験している。 表1 Aのこれまでの現場実習履歴 時期 期間 事業所 仕事の内容 中3−11月 3W Bクリーニング 貸しおしぼりの洗浄準備 高1−11月 3W Cリネン業 洗濯した浴衣を広げて重ねる 高2−5月 3W D高齢者施設 洗濯物のたたみと仕分け 高2−8月 2W E食品製造業 コンテナの機械洗浄と積み 高2−11月 4W   〃     〃 高2−12月 2W   〃     〃 高2−3月 2W   〃     〃 高3−5月 3W   〃     〃 高3−8月 2W F病院 洗濯たたみ、清掃、食事配膳の助手 高3−9月 4W   〃     〃 (2)実習を行う上での視点の変化 ①コミュニケーションスキル獲得に重点  高等部入学時には仕事の難易度や体調などによって、人とのやりとりや作業スピードに課題が生じることがあった。そこで、実際に多くの人との関わりを通して社会性のスキルを身につけていこうという目標を設定した。そして事業所C・Dにおいて少しでも従業員の方と直接関わることを通じ、スキルを身につけていけるように設定した。しかし、事業所Cでは浴衣のたたみが丁寧であるがため作業量が伸びず、Cよりやりとりの場面が多い事業所Dでは衣服たたみの方法が多種にわたり、作業理解が難しくスピードも要求されることもあり、従業員の方と2度ほど軽い衝突があった。 ②関わりを最小限に抑えた環境での実習  そこで、視点をかえ機械でのコンテナ洗浄を終日行う事業所Eでの実習を計画した。仕事は、簡単な機械操作でコンテナを洗い、それを決まった形に積むというものであった。同じ部署の従業員も本校の卒業生で、無口な性格であるので言葉によるやりとりがほとんどなく、単語や身振りでAに仕事を教えるといった状況であった。これが、Aに対しての不快な刺激がほとんどない、仕事の流れも理解しやすい環境となり、自信がつき、これまでのスピードや対人関係の課題がなくなって、事業所から高い評価をもらうようになった。表2の高知プラン(高知県教育委員会「精薄教育に於けるカリキュラムの研究(第一報)(高知県における精薄者の適職とその分析)1959(S34).3」)の項目に照らし合わせた作業分析を見ても、Aの特性にかなり合った仕事であったことがわかり、環境と仕事内容がAにマッチしたものであることを裏付けるものとなった。また、これによって本人の情緒も安定し、従業員とのやりとりも大きな問題なく続けることができていた。ただ、たとえば休憩室の長いすに座っていて、他の従業員が来たときには少しずれてスペースを作るなどは課題である。   表2 高知プランで見るAの主な作業分析 機械でコンテナを洗浄する 洗浄したコンテナを積む 機 敏 性 時間を意識し、てきぱきとした行動をとろうとする意識。 体 力 8時間休まず継続して清掃活動ができる。 季節を問わず安定して仕事ができる。 器 用 機械の正しい操作とコンテナの扱い 積み上げの際の角度調整 共 応 機械操作とコンテナの出し入れでの目と手 水気を切る、積み上げの際の持ち方 目 測 汚れている部分がわかる 積み上げの際の角度と高さの調節 形体知覚 機械投入でのコンテナの向きと汚れの確認 互い違いに積み上げる角度調節 解 別 力 汚れの度合いによって2度洗うなどの工夫 種類ごとの分別、整頓された置き方の工夫 リズム感 機械のリズムに合わせ、出し入れやラベルは賀詞ができる。 水気を切るコンテナのたたき方(早いリズム) 算 数 一度に洗えるコンテナの数の把握 積む高さの上限の把握、種類ごとの分別 国 語 機械操作の説明文が読める 理 科 機械や台車の正しい操作を知り、扱う 社 会 仕事に関することの質問や報告、事業所の人との挨拶や返事 ③ 卒業に向けて  E社での実習もAに対する高評価が続き、複数回実習を行いながら、将来に向けての話も出てきつつあったが、一連の経済状況悪化の影響で、高3の6月に雇用に向けた取り組みを断念することとなった。  そこで、8月に新たにF病院での実習を計画。ここでは洗濯物をたたむ仕事、さらには病棟の掃除などを担当することとなった。事業所Dの経験もあり、早い段階で仕事の内容を理解して取り組むことができた。また、病院の看護師・介護士さんとの関わりも、本人に精神的に余裕があるのと、事業所の方の理解がとてもあることから、大きな気持の波もなく実習を進められた。 ④課題と環境設定  9月になり、2度目の実習を実施。この実習は将来の雇用も視野に入れたものとなった。  2週目後半ごろ、巡回時に事業所から相談があった。内容は以下のとおり。  ①ここのところ仕事に対する覇気がない。 ②詰所で重要な話をしている際にも気に留めず休憩に入ってくる。  この件について担当の方と話をする。①については原因を探る中で日誌の評価を就労に向けてということで5段階の4(良い)から3(普通)にしたことではないかという説が浮かんだ。時期としても合うので、元に戻してみるようにまとまった。また、評価できる点はより意識してAに対して声をかける、しかし修正してほしいことも積極的に言う(言い方は配慮する)という方向性が確認された。  その取り組みをはじめて、すぐにAの姿が改善された。8月の実習で得た評価のレベルでその後打ち込むことができるようになっていった。  ②については、その場で声をかけてスキルとして覚えていくように取り組む方向性を決めた。  これらの話し合いで、Aの働く環境が向上したのは確かである。   4 社会性の学習  学校での学習においては、1年時より手帳の使用に取り組みはじめた。Aはその中のプロフィールのページ、「嫌いなもの」という項目にその日あった嫌な事などを記入し、毎日加筆と削除を繰り返すようになった。また、個別に行った自己他者認知の学習などにより、不快感情の対処のスキルが身につき、2年1学期に8日間で41回あった不快の訴えも、学年末には8日間で9回と激減している。また、日記の宿題での良かったことの記入などでも、他者に対する評価が増えた。これらの学習の積み重ね、実習での自信などが合わさって、Aの精神面がとても安定してきて、家庭でもその変化が分かり保護者も喜んでいる。 5 考察とまとめ  現場実習において、本人の課題にどう向き合った職場を設定していくかはとても大事なことである。また、特性に応じた環境設定も重要である。これは職場の方と連携し作り上げていくことが重要である。また、本人の情緒面においてもこれらの取り組みと並行して、不快時の対処や社会で必要なスキルの習得などに取り組んでいくことでより社会的自立に繋がっていくのではないだろうか。 職場環境が生徒の情緒や行動の問題に与える影響 −特別支援学校高等部の現場実習から− 長内 恒太(?杉並区障害者雇用支援事業団 就労支援・雇用開拓担当/元 明治学院大学大学院) 1 問題と目的  2007年度より始まった特別支援教育では、個別の移行支援計画を作成し、進路学習や産業現場等における実習(以下「現場実習」という。)、卒業後の定着や連携に関する計画を立て、学校から社会へのスムーズな移行を目指すようになった。その中で特に重要なものが現場実習である。障害者の就業等に関する政策評価書(総務省,2003)では、卒業後、ほとんどの生徒が現場実習先に進むことが示され、進路決定において重要な役割を担っている。  その現場実習中の生徒に情緒や行動の問題が生じたケースが報告され(尾形,1997;高畑,2004)、就労者においても情緒や行動の問題が就労の継続を阻害する要因となったことが報告されている(黒田,1993;真謝・中村,2002)。情緒や行動の問題は精神病理をもつ知的障害者に多く見受けられることから、その増加は健康が損なわれている状態と考えられる。スムーズな移行のためには進路を決定することも大切であるが、生徒が健康であることも大切であると考える。しかし、現場実習中の生徒の情緒や行動の問題がどの程度起きているかは明らかになっておらず、その実態を明らかにする必要がある。  情緒や行動の問題に影響を与える要因として、仕事の量や人間関係といった職場環境に関わる要因が指摘されている(杉山,1996)。障害者職業総合センター(2004)は職場環境の改善点を、仕事に関わる「作業遂行」、物理的な環境に関わる「職場環境」、配置や労働条件に関わる「人事・労務」に分類した。これらの職場環境が本人に合わないことが、情緒や行動の問題に影響を与えると考えられる。しかし、職場環境が情緒や行動の問題に与える影響は事例検討にとどまっており、全体でも同様の傾向が見られるかを検討する必要がある。  本研究では現場実習時に(1)情緒や行動の問題の増加がどの程度起きるのか、(2)職場環境が情緒や行動の問題の増加に影響を与えるのかを明らかにする。 2 方法 (1)教員の調査 調査対象:首都圏の特別支援学校高等部に在籍する生徒247名の担当教員に質問紙を配布し、182名について回答を得た(回収率73.7%)。生徒の性別は男性130名(71.4%)、女性52名(28.6%)、自閉症の傾向はあり70名(38.5%)、なし93名(51.1%)、不明19名(10.4%)、知的障害の程度は軽度105名(57.7%)、中度54名(29.7%)、重度22名(12.1%)、不明1名(0.5%)であった。 調査期間:2007年10月中旬から12月初旬 フェイスシート:性別、学年、自閉症の傾向、知的障害の程度、環境の変化に慣れるのが得意か、実習日数について回答を求めた。 情緒や行動の問題の増加:Einfeldら(2002)1)のDevelopmental Behaviour Checklist - Teacher Version(以下「DBC-T」という。)を参考に、DBC-Tの5因子(破壊的・反社会的行動、自己に没頭する行動、コミュニケーションの乱れ、不安、社会との関わりを断つ)について各1項目で作成し、普段の学校生活からどの程度増加したか回答を求めた(3件法)。 職場環境適合度尺度:障害者職業総合センター(2004)、上岡(2001)を参考に作成し、生徒の能力や障害特性に職場環境がどの程度合っていたか回答を求めた(4件法)。因子分析(主因子法、Promax回転)の結果、仕事のスピード、難易度などの「仕事のしやすさ:9項目」(α=.942)、休憩スペースや設備の使いやすさなどの「職場の過ごしやすさ:8項目」(α=.893)の2因子が抽出された。 (2)保護者の調査 調査対象:首都圏の特別支援学校高等部に在籍する生徒の保護者に231部の質問紙を配布し、回収は88部であった(回収率38.1%)。生徒の性別は男性61名(69.3%)、女性27名(30.7%)、自閉症の傾向はあり33名(37.5%)、なし46名(52.3%)、不明9名(10.2%)、知的障害の程度は軽度が53名(60.2%)、中度が18名(20.5%)、重度が12名(13.6%)、不明が5名(5.7%)であった。 調査期間:2007年10月中旬から12月初旬 フェイスシート:性別、学年、医師による診断名、手帳の有無と等級、通院の有無、服薬状況、現場実習の日数と欠席日数について回答を求めた。 情緒や行動の問題の増加:Taffe,R.et.al(2007) 2)が作成したDevelopmental Behavior Checklist-P24(以下「DBC-P24」という。)を用いた。また、DBC-P24で示された行動が、普段の学校生活と比べ、実習中にどの程度増加したか回答を求めた(3件法)。 3 結果 (1)情緒や行動の問題の増加  教員の調査では情緒や行動の問題が増加した生徒が16名(8.8%)、増加なしが165名(91.2%)であった。16名の知的障害の程度は軽度が3名、中度が6名、重度が7名であった。また、保護者の調査では増加した生徒が14名(17.5%)、増加なしが66名(82.5%)であった。14名の知的障害の程度は軽度が6名、中度が4名、重度が4名であった。  情緒や行動の問題の増加(あり・なし)と評価場所(現場実習先(教員)・家庭(保護者))でχ?検定を行ったところ、有意な連関がみられた(χ?(2)=.5.45,p<.05)。 (2)職場環境が情緒や行動の問題に及ぼす影響  教員の調査より、従属変数を情緒や行動の問題の増加(増加あり、なしの2値)、説明変数を「仕事のしやすさ」、「職場の過ごしやすさ」、統制変数を性別、学年、自閉症の傾向、知的障害の程度、環境の変化に慣れるのが得意か、実習日数とし、ロジスティック回帰分析(変数増加法)を行った(表1)。「職場の過ごしやすさ」、知的障害の程度が有意な影響を与え、「仕事のしやすさ」はモデルから除外された。   表1 情緒や行動の問題の増加を従属変数としたロジスティック 回帰分析の結果 4 考察 (1)情緒や行動の問題の増加  現場実習に参加した約1〜2割の生徒に情緒や行動の問題の増加が見られた。東京都教育委員会(2007)の専門学科の生徒は全体の6.9%であるのに対し、本研究の調査では教員23.1%、保護者の調査では30.7%であった。本研究は専門学科の生徒が多く、知的障害の程度が軽度の生徒に偏ったサンプリングであったと考えられる。本研究より知的障害の程度が重くなるほど情緒や行動の問題が増加する事から、現場実習中の情緒や行動の問題の増加は、本研究より高い割合で生じる可能性が考えられ、更なる調査が必要である。  現場実習先と比べ、家庭では情緒や行動の問題が増加した生徒の割合が多かった。その理由として、回答者、調査項目、回収率の違いなどの調査方法の影響も考えられるが、実習先で発現せず、家庭に帰ってから発現しているという可能性も考えられる。特に、軽度の生徒では実習先よりも家庭での情緒や行動の問題の増加した生徒の割合が多い。軽度の生徒は実習先で我慢し、家庭に帰ってから情緒や行動の問題として発現している可能性が考えられる。実習中は実習先だけではなく家庭での様子も確認する必要があると考える。 (2)職場環境が情緒や行動の問題に及ぼす影響  ロジスティック回帰分析の結果から、情緒や行動の問題を予防するためには、職場のスペースやレイアウト、休憩中の過ごし方などの、職場の過ごしやすさに注目した環境作りが重要であることが明らかとなった。  障害者職業総合センター(2004)によると、企業側が行った職場環境の改善点は「作業遂行」に関わるものは全体の55.4%、物理的な「職場環境」に関わるものは3.8%であった。また、教員は実習先に対し、生徒の能力の説明や作業手順の交渉などの働きかけを行っている(特殊教育総合研究所,2005;田中、2006)。このように、教員も企業も「仕事のしやすさ」に関わる環境調整を行ってきている。勿論、仕事をしやすい環境作りも必要であるが、情緒や行動の問題の予防のためには、過ごしやすい職場環境作りという視点で職場の環境調整に取り組む必要がある。  過ごしやすい環境を作るためには、生徒と職場環境のアセスメントが必要である。しかし、特殊教育総合研究所(2005)は教員は能力や好みなどの生徒のアセスメントは行っているが、職場の環境分析や、人的分析、仕事の工程分析などの職場環境のアセスメントはあまり行っていないことを指摘している。現場実習を行うにあたり、生徒のアセスメントに加え、過ごしやすい環境を作るための職場環境のアセスメントの取り組みが望まれる。 主要引用文献 1)Einfeld, S.L. & Tonge, B.T.:Manual for the Developmental Behaviour Checklist - Primary Carer Version and Teacher Version. University of New South Wales and Monash University (2002) 2)Taffe, J. R., Gray、 K. M., Einfeld、 S. L., Dekker, M. C., Koot, H. M., Emerson, E., et al.:Short form of the developmental behaviour checklist. p31-39 American Journal on Mental Retardation 112(1) (2007) 特別支援学校における就労状況に関する研究 −卒業生の一般就労及び産業別分類に着目して− ○矢野川 祥典(高知大学教育学部附属特別支援学校 進路指導主事)  宇川 浩之(高知大学教育学部附属特別支援学校)・田中 誠(就実大学/就実短期大学)・  石山 貴章(九州ルーテル学院大学) 1 目的  本校の教育目標では、児童・生徒が社会に巣立って豊かな生活を送れるよう育てるために、①社会的自立②自己実現、の2点を目標として掲げている。この目標を実現するために、高等部では心身の調和のとれた発達を目指し、生活力の向上と社会性を身につけていくための学習に力を入れて取り組んでいる。また、進路指導にも力を入れており、卒業生の過去10年間の進路状況を見た場合、平均で6割近くの者が一般就労している。現在においても高い就労率を維持しているが、長年の地域経済の低迷や昨年からの不況の影響等により、就職先にも変化が感じられる。  今回、これまでにまとめた10年間のデータからさらに産業別に統計を取ってみた。その結果、卒業後の進路先(産業種)がこの10年でどのように変化しているのか、検証を行っていく。 2 方法  調査対象は、高知大学教育学部附属特別支援学校における10年間の卒業生84名(H11〜20年度卒業生)である。この84名から一般就労している49名の卒業時の進路先について、H11〜15年度、H16〜20年度の5年毎の就職者数及び割合を記すと共に、産業別就職者数とその割合をまとめた。 3 結果  表1及び表2ともに、各年度で数値の差はあるが、5年単位でまとめた場合、H11〜20年度卒業生の就職者数が23/40、就職者割合が57.5%、これに対してH16〜20年度が26/44、59.1%と、さほどの違いはなかった。  次に、各年度の離職者及び再就職者数と割合を、10年間を通して記す(表3)。  10年間の就職者49名のうち離職者が18名で、4割近くが離職している。しかし9名が再就職を果たしており、最終的な離職率は2割未満に留まっている。また、最近3年間の離職者はいない。 表1 就労状況(H11〜20年度卒業生) 卒業年度 卒業者数 就職者数 就職者割合(%)  H11   8   4   50.0  H12   8   5   62.5  H13   7   2   17.1  H14   7   5   71.4  H15  10   7   70.0   計  40  23   57.5 表2 就労状況(H16〜20年度卒業生) 卒業年度 卒業者数 就職者数 就職者割合(%)  H16   9   4   44.4  H17   9   5   55.6  H18   8   6   75.0  H19   9   6   66.6  H20   9   5   55.6   計  44  26   59.1 表3 就労・離職及び再就職状況 年度 就職者 離職者(%)  再就職者(%) H11   4  2(50.0)   0(0.0) 12   5  3(60.0)   3(100) 13   2  1(50.0)   1(100) 14   5  4(80.0)   2(50.0) 15   7  3(42.8)   2(66.6) 16   4  3(75.0)   1(33.3) 17   5  2(40.0)   0(0.0) 18   6  0(0.0)   0(0.0) 19    6  0(0.0)   0(0.0) 20   5  0(0.0)   0(0.0)  計  49 18(36.7)   9(50.0)  ※最終的な離職者数9名、離職率18.3%   表4 産業別における分類(H11〜15年度) 年度 製造業 卸売・小売業 飲食店・宿泊業 サービス業 農林漁業 運輸業 建設業 その他 計 H11   4 4 H12   5 5 H13   1   1    2 H14   3   1 1 5 H15   4   1 2 7 計  17   2 0 1 1  0 2 0 23  ※他の分類 医療・福祉、教育・学習支援、鉱業、情報通信、金融・保険、複合サービス事業等 表5 産業別における分類(H16〜20年度) 年度 製造業 卸売・小売業 飲食店・宿泊業 サービス業 農林漁業 運輸業 建設業 その他 (大学雇用) 計 H16 1 2 1 4 H17 2 1 2 5 H18  2 1 1 1 1 6 H19 1  1 2 1 1 6 H20 1  3 1 5 計 5 6 2 6 3 1 1 2 26  次に、産業別における分類を記す。表4ではH11〜15年度までの産業別分類を、表5ではH16〜20年度までの産業別分類を記した。  まず表4では、就労者23名のうち17名と圧倒的多数が製造業(73.9%)を占め、その他の産業では建設業、卸売・小売業の2名の他、サービス業、農林漁業に1名ずつが就労している程度である。  表5では、就労者26名のうち製造業が5名と大幅に減少した変わりに、卸売・小売業とサービス業が表4の2名、1名からそれぞれ6名に増えた。  その他、飲食店・小売業が0名から2名、農林漁業が1名から3名、運輸業が0名から1名と増えた。また、その他の項目に記載した、新たな就労先として大学が挙げられる。高知大学における障害者雇用として、H18年度に本校生徒と卒業生の2名、19年度にも本校生徒と卒業生の2名を非常勤職員として採用した。18年度の2名は農学部で果樹手入れや環境整備等、19年度の2名は本校のある朝倉キャンパスにて環境整備等を行っている。今年度以降も雇用の可能性はあり、今後も大学事務局側との調整が行われる。   4 考察  これらの結果から見てみると、まず製造業の就労がH16年度から大幅に減少したことに注目したい。全国的には徐々に景気回復感があったこの時期においても、高知県の場合、全くといっていいほど地域経済の活性化はなかった。さらに昨年からのリーマンショックが追い討ちをかけたため、県下の製造業は不振を極めている。5年前からさらに遡ると県内の中小企業、いわゆる町工場に就労した卒業生も数多くいたが、これら不況が原因となり、現在は製造業関係への実習さえままならない状況である。  県内製造業関係に変わり、新たな就労の受け皿となっているのが、卸売・小売業、サービス業である。現在は県外大手資本のスーパーマーケットや販売店での実習が増え、就労にも繋がっている。この傾向はしばらく続くと思われる。今後も、どのような業種で雇用の可能性があるのか情報収集に努め、生徒の社会自立を後押ししていきたい。                       大学等における障害・疾患のある学生の就職活動支援 −大学・短期大学・高等専門学校の調査結果から− 依田 隆男(障害者職業総合センター事業主支援部門  研究員) 1 はじめに  近年、大学を中心とする高等教育機関(大学、短期大学、高等専門学校を意味する。以下「大学等」という。)への進学率の上昇に伴い、障害者基本法に基づく国の障害者基本計画や、学校教育法に基づく大学等に対する第三者評価等において、障害者の大学等への進学の一層の推進が図られている。具体的には、大学等における入学試験での配慮、入学後の障害者に対するノートテイク担当者の手配、座席配慮、支援担当部署の設置等の、いわゆる修学支援が行われている(独立行政法人日本学生支援機構1))。なお、障害者のためのノートテイク等については、従来から学生ボランティアによる支援が行われてきた経緯がある(日本障害者高等教育支援センター問題研究会2))。  関係者によるこのような努力もあって、障害学生が在籍する大学等の学校数は、独立行政法人日本学生支援機構1)3)4)による平成17〜19年度の3年間の調査に限られるが、増加傾向がみられた。ただし、同じ期間の学生に占める障害者の割合は0.17〜0.18%の範囲を横ばいで推移し、必ずしも増加傾向を示さなかった。この障害者割合は、直近の身体障害児・者実態調査5)の結果のうち大学等の学生の年齢に最も近い年齢区分である18〜29歳段階の推計値と、直近の国勢調査6)の18〜29歳の人口推計値を用いて算出できる障害者割合(0.35%)の約半数にあたる。身体障害以外の障害種別を加えればこの年齢層の本来の障害者割合はさらに高いはずである。  以上の結果からも、障害者の大学等へのさらなる進学が期待されるところである。これには、上に挙げた入学試験における配慮や、入学後の修学支援もさることながら、その後の就職活動への支援も重要であろう。これらの支援を第一義的に担うのは大学等であると考えられるが、就職活動支援の状況や支援上の課題、学外の専門機関との連携等の実態について、これまでの調査等では必ずしも明らかにされていない。  このため障害者職業総合センターでは、「高等教育機関等における障害者の職業指導の実態に関する研究」の一環として、大学等の就職担当者を対象とした調査を実施し、障害のある学生と継続的な通院を要する疾患のある学生(以下「障害学生等」という。)の就職活動における支援ニーズや、職業リハビリテーションとの連携ニーズを明らかにしようとした。  本稿では調査結果の概要を紹介する(詳細は障害者職業総合センター7)をご覧いただきたい)。   2 調査方法  平成20年5月現在のすべての大学等(1,246校)の就職担当者に対し調査票を郵送し、平成20年12月〜平成21年1月の期間に回答をお願いした。なお、郵送調査結果の解釈の補足のため、回答者のうち学校規模等の別により抽出した7校から同意を得て、訪問調査を実施した。   3 結果と考察  大学の65%(500校)、短期大学(部)の58%(241校)、高等専門学校の72%(46校)から回答があり、これらを合わせると787校になるが、うち69校は大学と短期大学(部)の学生を同一の就職担当部署(者)が所掌しているため、回答も一括して為されたことから、回答実数は718校(以下「全回答校」という。)であった。 (1) 障害学生等の在籍(図1)  全回答校のうち調査時点で障害学生等が在籍していた大学等(以下「障害者在籍校」という。)は66%(約2/3)であり、前年度に実施された先行調査4)の結果(58%)よりも高い値となった。        これは、先行調査の障害・疾患の範囲が、身体障害者手帳等の所持や健康診断等で確認できるものに限られていたのに対し、本調査の障害・疾患の範囲がそれよりも広く、診断書や障害者手帳等によって確認できるものの他、それらのいずれもが無い場合であって継続的な通院を要する難病・精神疾患等を含み、具体的には図2に示す障害・疾患を意味していたためと考えられる。 (2) 障害学生等からの就職相談  障害者在籍校の98%が、障害学生等の就職について相談を受けたことがあった。就職担当者へ相談をもちかけるのは学生本人だけとは限らない。複数回答による設問では、障害者在籍校の80%が障害学生等本人から、また、32%が学生の担当教員から、23%が学生の家族・親族から、相談を受けたと答えた。  また、全回答校の43%が、障害学生等の就職相談で対応に困ったり、必ずしも十分な対応ができなかったことがあると回答した。この割合は単年度の卒業者数からみた学校規模とほぼ比例し、200人未満規模では24%と少ないが、2000人以上規模では68%と多かった。  さらに、障害学生等の就職相談を、今後受ける可能性があると答えた大学等は全回答校の67%であった。なお、このように答えたのは必ずしも障害者在籍校であるとは限らず、障害者在籍校の84%、在籍していない大学等の26%、障害学生等の就職について相談を受けた経験を持つ大学等の86%、経験を持たない大学等の31%であった。   (3) 対応困難であった障害・疾患(図2)  障害学生等の就職相談で、就職担当者が対応に困ったり、必ずしも十分な対応ができなかったと感じた場合の、学生の障害や疾患の種類を問うた。その結果、最も多く選ばれたのは発達障害(全回答校の21%が選択)、次いで気分障害や不安障害(同18%)であった。発達障害と精神障害については、郵送調査の自由記述欄においても多数の意見が記述され、「相談できる機関がない」「対応するための専門性」等が課題として挙げられた。  このうち発達障害については、「学業成績が優秀であるため、それを生かしての就職を、本人や家族が望んでいる」等の自由記述がみられ、訪問調査においては、相談には来るが、話すのに夢中で就職活動について助言しても聞き入れない等のように、就職相談場面で苦慮した例が複数の大学等から聴かれた。このような実態には、発達障害特有の行動特性に加え、若年者として職業的発達の途上にあること等が重複して関わっていると考えられる。  ここで、大学等が取り組むべき今後の解決策を提案するならば、既に大学等の一部が一般の学生を対象として実施しているグループによるキャリア形成プログラム等を発展させ、発達障害者支援センターや地域障害者職業センター等の専門機関との連携を図るか、もしくはこれらのセンターで実施されている障害理解とトラブル回避・対処方法の習得を目的とするグループ・セッションを大学等自らが運営し、そこへの参加を促す等の方策を考えることができる。ただし、発達障害者のためのグループセッションは、個別相談との併用により効果を上げることができる側面を持ち、大規模校での対応には限界も予想されることから、専門機関との有効な連携を模索する必要があるだろう。                                                図2 就職活動支援で対応に困ったり、あるいは必ずしも十分な対応ができなかった学生の障害や疾患  (全回答校に占める割合、複数回答)       (4) 対応困難であった事項(図3)  障害学生等の就職相談で、どのようなことで対応に困ったり、必ずしも十分な対応ができなかったかを問うたところ、最も多かった回答は、「就職に必要な学生自身の行動力、生活習慣、姿勢」(全回答校の19%)及び「障害・疾患に応じた就職活動支援の方法がわからないこと」(同19%)、次いで「学生との関係構築、意思疎通」(同18%)、「学生の特性の把握(職業適性検査や職業興味検査の実施、障害(障がい)・疾患の確認etc.)」(同18%)などとなっていた。一方、これらと比べると、職業リハビリテーションで言う事業主支援に該当する「企業に対し障害(障がい)・疾患について説明したり、求職学生を紹介したりすること」(同13%)や、同じく家族支援に該当する「就職に関する家族との相談、意見の調整、家族向けの情報提供」(同14%)は少なかった。  このことは、一見、職業リハビリテーションの事業主支援や家族支援の方が、障害者支援よりも、大学等においては容易と捉えられているように見えるかもしれないが、実はそうではない。すなわち、大学等が事業主支援や家族支援を課題と考えないのは、それらの大学等では事業主支援や家族支援を自らの支援の範疇と考えていないからだと考えられるのである。  これには、大学等が学生の就職活動に対して持つ基本的姿勢が背景としてある。すなわち、郵送調査の自由記述や、訪問調査の結果を集約すると、多くの大学等では、学生の就職活動に際して学生自身の自主的かつ積極的な求人探しや求人開拓等が奨励され、これには障害学生等も含まれている。特に大学生や、短期大学から大学へ編入する学生、高等専門学校の本科から専攻科へ進学する学生等の場合、就職活動の段階では成人に達しており、又はまもなく成人に達する段階にあり、かつ高等教育を履修していることからも、相応の判断力や行動力を身につけているであろうこと、また企業としても当然にそのような能力を備えていることを期待して募集活動を行うのであろうこと等から、大学等において学生自身の自主的かつ積極的な求人探しや求人開拓等が奨励されるのは当然のことであろう。  このような背景の下に行われる大学等からの支援では、職業リハビリテーション機関が発達障害者や重度知的障害者の就職や職場定着を図るために実施するような、企業と障害者との間に入り、担当業務内容や配属先等を提案したり、職場の人間関係の調整を行ったりする支援のスタイルは、ほとんど見られないのは当然である。地域障害者職業センター等の職業リハビリテーション機関では、受け入れ先の企業の人事担当者はもとより、必要に応じ、職場の上司や同僚となる人たちとも接触してこのような調整を行う場合がある。                                    図3 就職活動支援で対応困難であった事項 (全回答校に占める割合、複数回答)        このような、大学等において事業主支援や家族支援が必ずしも重視されていないという結果は、前項の「対応困難であった障害・疾患」で発達障害が最多であった事実と表裏一体を為す。すなわち、職業リハビリテーションの実践から明らかなように、発達障害の就職活動支援に際しては、事業主支援や家族支援が不可欠で、かつ障害者支援と並んで困難な課題であるけれども、大学等においてはそのことを認識する以前に、障害者支援に着手することが当面の課題であると考えられるのである。  なお、「交通手段、就職後の通勤方法に関すること」が5%と少数であったことは、そのような支援ニーズを有する障害学生等が存在しないことを必ずしも意味しない。先行研究8)の結果に照らせば、就職に際し交通アクセシビリティの課題に直面する車椅子使用者等の学生があまり在籍していないか、又は在籍していたとしても就職担当者へ相談せずに解決している可能性を考えなければならない。 (5) 地方都市を中心とした求人の確保の課題  障害学生等の就職活動支援に限らないことなのかもしれないが、郵送調査の自由記述回答の中には、障害学生等に提供するための求人の確保に苦慮しているという意見が多数記載された。求人が大都市に集中していることから、地方の大学等は求人の確保に苦慮している。例えば、本社オフィスが大都市圏にあり、地方に大工場があって、大学卒業者については幹部候補者として本社オフィスでの採用を考えている大企業が、身体障害者手帳を有する障害学生等の採用を目指す場合、地方勤務を希望する障害学生等が当該企業に応募しても、企業側としては採用に至らないということがある。また、障害学生等について地方公共機関での採用拡大を望む意見がみられた。このような意見を含めて、地方での求人の一層の確保が求められている。  また、企業の一般的な求人情報だけでは、仕事や職場の詳しい状況がわからない。ところが、障害や疾患のある人がその企業で働くことができるかどうかを検討するには、仕事や職場のより詳しい情報が必要になる。そこで、大学等が求人者側からの訪問を受けた際、これらの情報を出来る限り聞くようにして、障害学生等が応募してもよいか否かを確認する必要性が出てくる。場合によっては、大学等の就職担当者が企業を訪問した際、会社見学やOB・OG 面接等のアプローチに加えて、自らの大学等に在籍する障害学生等がその職場で働いているイメージを描いてみたり、既に当該企業で障害者が働いているのであれば、どのような障害・疾患のある人が、どのような配慮を受けながら働いているかを確認する等のアプローチも必要になるだろう。   (6) 障害特性の把握について  郵送調査の自由記述回答の中には、学内の障害学生等の在籍状況について、就職担当者はこれを把握する立場にないという回答や、健康診断や学生生活相談等で把握された学生の個人情報は学内であっても目的外に使用できない等の回答、就職に影響するような障害・疾患であっても診断・判定を受けていなければ対応のしようがない等の回答がみられた。  前述の(4)に示したように、学生が自主的に求人を探し、大学等がこれに介入しないのであれば、就職担当者は個々の学生の障害・疾患を把握する必要はない。しかし就職に影響するほど重度の障害・疾患のある学生に個別の就職活動支援を行ったり、大学等が個別の障害学生の就職に関して企業へのアプローチを行うのであれば、その学生の障害・疾患を詳細に把握し、その企業で働く際に何が障害になり、どのようにすれば克服できるかについて、場合によっては通勤方法や休日の過ごし方まで含めた検討が必要になる場合がある。その際、障害・疾患があるという情報を提供するだけでは、企業にとっては、その障害学生等にどのような仕事ができるのかがわからない。たとえば、そのような障害・疾患があっても働くことができたアルバイト等の経験、又は同様の障害・疾患を持つ他の人の事例が説明できるとよいだろう。あるいは、企業が行うべき具体的な配慮や職業生活を続けるために本人が克服すべき課題等について、障害・疾患と関連付けて説明することも有効であろう。職業リハビリテーション機関が行う職業リハビリテーションの措置は必要に応じてこれらを含んだ支援を行う場合があることからも、大学等とこれらの機関との連携が期待される。   4 まとめ  近年、大学生に対する企業の採用選考活動が早期化・長期化している。医学・看護学・宗教学の単科大学を除く4年制大学に限られるが、独立行政法人労働政策研究・研修機構9)が2005年度に実施した調査によれば、この年度では大学生の過半数が3年生段階の10〜11月頃までに就職支援サイトに登録、翌年2月頃までに企業の担当者と直接会う等の接触を開始していた。つまりこうした中で就職活動と学業との調整に苦慮し、中退や失業へ至る学生が増加することが懸念されるのである。この問題解決の鍵のひとつは大学が備える相談機能の活用にある。すなわち当該調査では、多くの大学が就職指導・キャリア形成支援に関わる事務組織を設置していることが明らかになったが、そこで行われている履歴書・エントリーシートの書き方などの職業指導や、個別企業の情報・求人情報の提供について、半数以上の学生が役に立ったと回答した。さらに、正社員内定者は、未定者よりも、誰かに相談する行動が活発であり、相談相手として友人や家族に次いで大学の先生・職員・カウンセラー、その次に先輩が比較的高い頻度で選ばれていたことも明らかになった。  今回の調査で課題として挙げられた発達障害のある学生の就職活動を支援する場合は、このような基本的な支援だけでは不十分である。すなわち、発達障害の障害特性については本人や家族にとって理解することが容易ではなく、障害者向け専門支援を希望しない人も多いこと、また、コミュニケーションや対人関係に困難を抱えるため就職活動が一層長期化したり、採用されても離転職を繰り返したりして、ニートやひきこもりになる例があること等を踏まえる必要がある。このため、大学等や専門機関によるキャリア開発プログラムとの連携のもと、ハローワークが発達障害者やその類似の求職者を対象とし、一般求職者窓口での相談・求人紹介を行う「若年コミュニケーション能力要支援者就職プログラム」が、平成21年度に全国10都道府県で実施されている。  以上、大学等への障害学生等の進学が今後増加することを期待し、その前提となる大学等による支援のあり方を、就職活動への支援を切り口として考察し、そこでの課題について、既存のキャリア形成プログラム等の新たな展開や、学外の専門機関等との連携にその突破口を見出そうとした。大学等による今後の組織的対応が大いに期待される。   〔文献〕 1) 独立行政法人日本学生支援機構:平成19年度(2007年度)大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査結果報告書(2008) 2) 日本障害者高等教育支援センター問題研究会:大学における障害学生支援のあり方(2001) 3) 独立行政法人日本学生支援機構:大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査結果報告書(2006) 4) 独立行政法人日本学生支援機構:平成18年度(2006年度)大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査結果報告書(2007) 5) 厚生労働省:平成18年身体障害児・者実態調査 6) 総務省:平成17年国勢調査 7) 障害者職業総合センター:資料シリーズ№48 大学等における障害・疾患のある学生の就職活動支援(2009) 8) 障害者職業総合センター:資料シリーズNo.47 重度身体障害者のアクセシビリティ改善による雇用促進に関する研究(2009) 9) 独立行政法人労働政策研究・研修機構:調査シリーズNo.17 大学生の就職・募集採用活動等実態調査結果Ⅱ(2006) 知的障害者が継続して働いている企業の構造について −継続的なフィールドワーク調査に基づいた分析から見えてきたもの− ○石山 貴章(九州ルーテル学院大学 人文学部心理臨床学科 准教授)  田中 誠(就実大学/就実短期大学)  柳本 佳寿枝・土居 真一郎・矢野川 祥典・宇川 浩之(高知大学教育学部附属特別支援学校) 1 問題と目的  特別支援学校における生徒の進路先確保や保障の問題については課題が多く、就職を希望している子どもたちや親の願いなどを実現していくことに大きな壁が存在している。田中・石山(2005,2006,2007,2008)らは、就労支援のあり方に関する実践的研究を継続して行っており、実際に現場で事例と関わりながら、障害者の就労支援にとって必要とされる本質的なことがらについて浮上させていく試みを行っている。ひとつの事例や現場を深く追究していくことで、より現実に近いかたちでの問題提起を行っていくことができ、就労支援のあるべき姿を掘り起こしていくことができるのではないかと考えている。  現在、障害者に対する支援やサービスの質が問われている状況のなかで、実証的研究の必要性は増しており、現場においても、時間的な制約のもと、実践的判断のために問題を整理していく作業が求められている。学校現 場でも、卒業生の就職に向けた効果的な実践が繰り広げられており、障害者就労支援の核心に迫る実践と理論の構築に向けた実践研究やフィールドワーク調査が行われている。しかし、支援者側と雇用者側の接点をなかなか見出せないというジレンマに陥ることも多い。  そこで、お互いの接点を見出していくために、実際に障害者とともに日々働いている企業の雇用者は、なぜ、さまざまなリスクや問題を背負いながらも障害者を雇用しているのか(2008,石山)、また、雇用継続に必要とされる物的、人的な要因は何なのかを、現場目線で探っていくことが、結果的に、お互いの接点を見出す上で不可欠なものであると考えた。抽象的、一般論的な結果を得るためではなく、さらに一歩踏み込んだかたちで、より深く、相手側の懐に飛び込んで、問題を探っていくことが、今、求められている。  よって、本研究では、障害者が継続して働くことがで きている企業の要因を追究していくため、15の企業に対するフィールドワーク調査を実施し、その内的構造を明らかにしていくことを目的とした。 2 方法  2005年から継続して実施しているフィールドワーク調査を中心にしながら、現場で共に活動を行うことによって得られた情報や記録などをもとに分析を行った。 (1)インタビュー  あらかじめ、質問項目は決めておきながらも、より構造化された質問と緩やかに構造化された質問を混合させた半構造化インタビューを実施した。インタビュー時は、調査協力者のペースを考慮しながら、柔軟にインタビューを行った。また、普段のやりとりから聞き取ることができていた内容とも比較しながら、より本音を語ってくれる雰囲気づくりにも努めた。 (2)対象 表1  調査協力企業 No 企業名 作業内容 1 A製造 弁当容器製造  2(1) 2 B飲食 飲食業 24(8) 3 C食品 食品製造 48(2) 4 D菜果園 果樹生産・加工・販売  3(1) 5 E木工所 製材 材木加工  64(9) 6 F木工所 製材 材木加工 56(3) 7 G鋳工所 鋳物製造 59(2) 8 H食品 食品製造 54(1) 9 I商店 野菜製造・販売 29(1) 10 J商店 リサイクル 38(23) 11 K食品 食品製造 64(5) 12 L牧場 牧場 39(1) 13 M青果 青果加工・販売 27(1) 14 N製造業 自動車部品加工 15 O運輸 食品運送 (3)観察方法  研究者は、観察者と参加者の両方の役割を担いつつ、参与観察法によるデータ収集と状況把握を行うため、障害者とともに働きながら、周りの状況を感じ取っていくことを行ってきた。これにより、インタビューだけでは把握しきれない雰囲気やニュアンスを把握することができた。また、障害者本人が置かれている状況を感じ取ったり、本人の気持ちなども併せて聞き取ることができた。また、雇用者側が障害者就労の問題に対して、何を言わんとしているかは、共に働く中でこそ感じ取ることができるように思われた。そして、オリジナルな概念や理論を生成していく上でも、インタビューと参与観察の両データを用いる方がより有効であることが確認された。 (4)記録方法  参与観察やその他、関わった場面において、インタビューによって収集したナラティヴデータだけでは感じ取れない雰囲気や状況、研究協力者の様子などをメモに書き留めていった。今回の研究では、実際に働いている障害者の作業ポジションや周りとの関わりなども出来る限り記入するとともに、事実とその背景にある意味について解釈を行った。このメモを土台としてフィールドノーツを作成した。これは、本質的で理論的な直観や発想、洞察、所見を記録するために用いたものであり、研究の背景を捉える目的で使用した。 3 結果 (1)作業環境  作業環境については、障害者自身のポジション、やるべき仕事が明確化されており、キーパーソンの存在や周りの従業員のサポートが頻繁に行われていた。また、定期的に作業の確認などもなされており、複数の目でもって障害者をサポートしている環境が見出された。 (2)作業体制  企業内での連携、サポート体制が築かれており、何か問題が生じた場合には、本人→従業員→主任→管理職→学校・関係機関という一連の支援体制や流れが出来ていた。また、本人の作業確認とそれに対するフィードバックも行われており、そこで確認されたことが、学校や関係機関にも情報提供がなされていた。 (3)人的サポート  日々、共に働いている従業員については、互いの認識には差があるが、それぞれが、「働く様子」を意識しており、気になるところがあれば、即時に対応し、より具体的に本人に働きかけている場面が多く見られた。また、休み時間や昼食時などには、同じ場所で食事をし、会話が交わされている企業が多かった。 (4)積極的関与の姿勢  障害者本人だけではなく、それを日々サポートしている側(家族も含む)に対する問題意識の高さが認められた。サポート側とのかけひきや折衝、交渉の頻度が高く、ある意味、互いが緊張感をもって関わっているという構図が浮かび上がってきた。また、常に関係機関との接触や交渉も行われており、企業側からの積極的関与の姿勢が高かった。また、障害者雇用に関する情報収集や交換も頻繁に行っていた。 (5)ヒューマニズム  管理職に対するインタビューでは、雇用者としての「使命感」「責任感」「義理・人情」などが浮上してきた。このヒューマニズムが維持できる要因として、障害者雇用を支援していく側の動きや姿勢、企業との新密度が大きく関与していた。雇用者は、支援者側に「積極性」「真摯な姿勢」「熱意」「ギブアンドテイク」などを求めている傾向があった。 4 考察  障害者の雇用継続がなされている企業の構造として、最終的に7つのカテゴリーが浮上してきた。第1として【キーパーソン】の存在があった。雇用継続している企業には、必ず、内外の調整役としての窓口的な人物が存在しており、その人を介して、さまざまなやりとりが行われていた。立場的には、主任クラスが多かったが、管理職より指名を受けた従業員や自分から率先してその役割を引き受けている者もいた。第2として〈お互いの顔が直接見える〉親和的な関係の維持を重視する傾向【日常的な相互作用】が重視されていた。障害者本人との関わりはもちろん、支援者との密なやりとりが行われていた。互いに、感じたこと、疑問に思っていることをストレートに交わせる関係の構築がある。第3としては【環境調整】が挙げられる。雇用の過程で生じる、さまざまな問題に対して、様々な角度から検討し、作業内容や作業量、配置替え、パートナーなどの対策が講じられていた。第4として【直接対話の時間】が出てきた。障害者本人と直接対話する時間が設けられており、これを通じて、心理的側面のサポートや障害理解に繋がっていた。第5として、具体的な【アクション】を即時に起こしていることが浮上した。障害者本人の職場での様子を頻繁に確認しながら、学校や各関係機関と連絡を取り合い、適宜、具体的な問題解決方法や今後の支援方針などが迅速に立てられていた。また、第6として、個々の実態に応じた【バックアップ】体制が充実しており、職場、家庭(グループホーム)、関係機関などの輪が出来上がっており、それぞれが連絡を取り合いながら、有機的に動いて、問題の解決を図っていくという構図が出来上がっていた。最終的に障害者本人を中心とした【信頼関係の維持・強化】に繋がっており、雇用が継続されていることが確認された。  人間と人間が相互に関わって生きる社会の現実には、外からの「眺め」だけでは捉えることのできないさまざまな側面があり、活動している人間や日々変動している社会や文化をできるだけ現場の人間と同じ視線、視点から見つめていこうとする作業が必要とされている。現場で実際に生じている出来事の体験を共有し、そこから生み出されてくる現実的な問題に対して、真摯な姿勢で解決を図っていく。また、現場の流れに自然と触れながら、その時間枠に身を投じていくことによって初めて、現場社会とそこで動いている人間を丸ごと理解していくことができるのではないだろうか。  これからも、時々刻々と生起している様々な事象や問題、現場の声を拾い上げていく努力を積み重ねながら、支援者と雇用者、お互いの接点を見出すべく、障害者雇用の促進に向けて、実際の現場で必要とされている手立てや率直な意見を理論化し、現場にフィードバックできる実践的な研究と「経験的知識の再構築」に寄与できる研究を行っていきたい。 【文献】 石山貴章(2008) 知的障害者の就労に関する雇用者の問題意識の構造,質的心理学会,第5回大会,発表論文集,p84. 宇川浩之・矢野川祥典・土居真一郎・柳本佳寿枝・松原孝恵・嶋崎明美・石山貴章・田中誠(2008) 自閉症者(卒業生)の就労継続支援に関する一研究−関係機関との連携から−,高知大学教育実践研究,第22号,p51-58. 特別支援学校(肢体不自由・施設併設校)における就労支援のあり方 −草の実版デュアルシステムによる就労体験と社会生活プログラムの試み− 逵 直美(三重県立城山特別支援学校草の実分校 教諭) 1 はじめに  現在、社会変化が急激に加速している中、進路を巡る環境は大きく変化し、児童生徒の実態やニーズに即したキャリア教育の視点に立った人間としての在り方、生き方に結びつく進路指導・支援が求められている。  生徒の自立と社会参加を目指すには、関係機関との連携を深め支援することや、教育課程の工夫など新たな教育形態を進路指導に活かす取り組みが必要である。  従来の就労・自立支援に加え、「働きながら学ぶ、学びながら働く」という就労体験を通して職業観や勤労観を養い、障害のある生徒が積極的に地域社会に参加していくための就労支援体制の充実とそのシステムを構築し、生徒の生きる力を培いたい。  当校は、草の実リハビリテーションセンターに併設する肢体不自由の特別支援学校である。     高等部に在籍する生徒の多くは、長期の入所生活で生活経験・社会経験が少ないため、人との関わりや意思伝達が苦手であり、身につけた知識や技能の応用や場に応じた態度・行動が取りにくい。また経験不足から自信を持てないという課題をもっている。  それらの課題は、進路課題に直結している。この課題の解決に向け、キャリア教育の一環として導入した草の実版デュアルシステムでの就労体験や社会生活プログラムを導入した選択自立の授業の試みを報告する。 2 草の実版デュアルシステムの試み (1)デュアルシステムとは  ドイツを発祥とする教育と職業訓練を同時に進めるシステムである。日本版デュアルシステムは、厚生労働省が行っているものと文部科学省のモデル事業として行っているものがあり、文科省では、高校生の就職率の低下を受け、キャリア教育の必要性が認識されたことから始まった経緯がある。受入事業所と学校がパートナーシップを深め、共同して人材を育成していこうとするシステムである。 (2)目的  生徒は、学校で基礎基本を学ぶと同時に、長期間の受入事業所での実習指導を受けることで、職業観や就労観などが培われ、学習成果と進路選択及び就労意欲を高めることができる。 (3)対象  準ずる課程で学ぶ高等部3年生2名 (4)実施方法  事業所における就労体験を選択自立の教育課程に位置づけ、生徒に職業意識を定着させ、就労につなげる。 【実施期間】…2学期の2ヶ月間         毎週金曜日       8:30〜15:30 【教育課程】…選択自立の時間5時間を活用  選択自立の通称…「きゃちどり」の時間 「きゃちどり」とは、Catch・Dream…夢をつかむ時間とう意味で生徒が考えた選択自立(進路)の授業名  【受入先と作業内容】  ・財団法人事務所    事務補助:PC作業・本の整理等  ・NPO法人事務所    事務補助:PC作業・その他 (5)実習の日程(一例)   登校 学校からバス停へ    8:55 公共交通機関バス乗車    9:25 事務所到着     30 実習活動 12:00 昼食 13:00 実習活動 15:00 公共交通機関バス乗車 15:25 バス停からセンターへ 15:30 センター到着 (6)事前指導と事後指導  特活・総合的な学習の時間・自立活動などを利用し事前学習・事後学習を行う。 特に、実習後の月曜日1限目で振り返りができる体制があることは効果的である。  公共交通機関の手配や当日の必要な費用も自分で管理できるよう指導している。 (7)生徒の様子 ・公共交通機関を使用し一人で事業所に行くということは当初緊張も強かったが回を重ねる中で自信をもてるようになり、卒業後の生活を具体的にイメージできる機会でもある。 ・仕事内容を積極的に覚えようとする意欲もあり、その姿勢を評価してもらっている。ほめられるという成功体験が学習上での意欲向上につながっている。 ・色々な人とのふれあい、依頼の仕方などコミュニケーション力も向上してきた。 (8)ジョブコーチ派遣  教職員だけではなく、生徒の就労先の開拓や職場体験の充実を図るため 障害のある人に対して知識と理解のある教職経験者や地域の人材を実習先に派遣し、就労支援を強化している。またケース会議への参加で客観的な視点での指導助言を活かしている。 3 社会生活プログラムの試み (1)社会生活力とは  卒業後の生活では、様々な社会状況の中で生活していく力が求められる。私たちは、生徒が自ら可能な限りの豊かな社会参加を目指してほしいと願っている。そして、そのための力が社会生活力Social Functioning Ability)である。「社会生活力とは、様々な社会的な状況の中で自分のニーズを満たし、一人ひとりに可能な最も豊かな社会参加を実現する権利を行使する力を意味する」と定義されている。すなわち、障がいのある生徒が自分の障害を理解し、自分を見つめ、自分に自信をもち、自分らしく生きることや必要な社会資源やサービスを活用し、自分の人生を主体的に生き、社会参加していくために必要な力が培われると考え導入した。 (2)社会生活力プログラム イ 8つの理念  ・リハビリテーション・QOL生活の質・生活モデル・社会モデル・サポート・ノーマライゼーション・パートナーシップ・社会参加 ロ 25のモジュール ★「きゃちどり」で実践する内容★ ④時間管理⑤安全・危機管理⑥金銭管理⑦福祉用具⑨買い物⑩自己の認識⑪障害の理解⑫コミュニケーションと人間関係⑯情報⑰外出⑱働く⑲余暇⑳社会参加21障害者福祉制度22施設サービス23地域サービス24権利擁護25サポート ★「家庭科」で実践する内容★ ① 健康管理②食生活③セルフケア ⑬男女交際と性⑭結婚⑮育児 ハ 社会生活プログラムでつけたい力 【高等部のつけたい力】 ①自己を知ることができる ②他者と協力しチームワークを高める ③やりがいや生きがい、進路を考える ④多様な選択肢の中から、自己の意志と責任で主体的に活動し、進路決定できる力をつける ⑤将来の生活に必要な力を把握し、権利・義務・責任及び職業に就くための手続きや方法がわかる (3)実践方法  金曜日のCatch・Dream…夢をつかむ時間での社会生活プログラムを実践 (4)実践内容 イ)ワークシート →毎時間、授業の見通しと気づき・自己評価(アセスメント)を記入するワークシートを用意し ている。生徒は金曜日の授業終了後気づきと評価を記入し目標達成しノート「きゃちどり」とともに月曜に提出する。 ロ)目標達成ノート→1週間の日記。ノートをつけるメリットは、自分自身で自分をコーチすること(セルフ・コーチング)である。自分のやる気を引き出し、目標に向かって前向きに行動する。生徒は誰しも可能性をもち、課題について自分の中に答えをもっている。*サポートするツールを「きゃちどり」と呼称。  ねらい→①自己表現力②振り返り③目標達成するために何が必要か自分で考える④将来の夢への意欲をもつ⑤感謝の気持ちと精神の安定 ハ)月末の校外学習→毎月月末に公共交通機関を使用した校外学習を行っている。地域で社会参加をする際には、買い物・市町村役場での手続き、銀行・郵便局の利用、外食、医療機関の利用、余暇活動(映画館など)様々な場を実際に利用できることが求められる。前述した25のモジュールの学習と並行して、バスを利用して外出し、役場の仕事や銀行の利用など社会資源を社会資源を活用した体験学習の場とする。その延長線上にデュアルシステムの就労体験がある。  ねらい→①公共交通機関の利用②金銭管理③外出時の安全確認④コミュニケーション力—ション力⑤社会資源の利用⑥実際の場面での状況判断 (5)生徒の様子  社会生活プログラムの導入で、卒業後に必要な力をより意識することができた。また、仲間とのエンパワーメントで互いの悩みを相談しあうなど目標に向けてモチベーションを高めることができた。毎月の校外活動では、自分で計画を立て準備することに慣れ、実体験の繰り返しで自分の課題解決の見通しがもてるようになってきた。人・物・事との出会いの素晴らしさを実感し、失敗を恐れず、やればできるという達成感を持てるようになってきた。卒後の生活への不安はあるものの自分自身の成長に気づき、自信がもてるようになってきている。 4 おわりに  生徒の進路希望を実現させるためには、他機関との連携を深め、多くの人との関わりをもつことが必要である。たくさんの価値観に触れ、生徒の学びは倍増する。当校の試みははじまったばかりである。今後も生徒の「生きる力」を培い自己実現と社会参加に繋げていきたい。 カスタマイズ就業関連資料の紹介 −カスタマイズ就業への入門から発展まで− ○東明 貴久子(障害者職業総合センター社会的支援部門 研究協力員)  春名 由一郎(障害者職業総合センター社会的支援部門) 1 はじめに  カスタマイズ就業は、従来の労働市場中心の就職活動や、医療・福祉・教育等の支援から就労への移行に困難がある人のための、新たな就業支援のアプローチである。その取組は、個人の強みに焦点を当てた仕事とのマッチング(個別の職場開拓を含む)、及び個別の職業生活上の課題に対する職場と地域の個別的対応を特徴とする。従来の就労支援の範囲を超えて、本人のエンパワメント、職場の啓発やナチュラルサポート、医療・福祉・教育等の分野での生活自立支援を統合した大きな取組である。  わが国では、精神障害のある人に対する自立支援と就労支援の一体的取組として、IPS(Individual Placement and Support:個別職業紹介とサポート)1)が既に紹介されており、一部で実践されている。カスタマイズ就業は、IPSの基本的理念、支援手法、支援事例等と共通する内容も多いが、精神障害のある人の支援に限らず、複雑な生活上の課題のある人にも適用でき、さらに広範的かつ一般的な枠組である。  ジョブコーチ支援を推進しているバージニアコモンウェルス大学等で支援者へのカスタマイズ就業のセミナーが提供され、最新の就労支援手法として理解されつつあるが、わが国での紹介は未だ限られたものに止まっている。  そこで、本研究発表では、カスタマイズ就業に関して、これまで我々が収集・作成してきた資料を再整理し、わが国において推進されている自立支援と就労支援の一体的取組に携わる関係者が、カスタマイズ就業を初めて知ろうとする場合や、さらに取組を発展させていくために活用できると思われるものを紹介することを目的とした。 2 方法  障害者職業総合センター調査研究報告書No.80『米国のカスタマイズ就業の効果とわが国への導入可能性』2)及び資料シリーズNo.36『カスタマイズ就業マニュアル』3)の作成のために収集した米国の関連資料を、わが国での取組への有用性の観点から再整理した。  また、障害者職業総合センターがモデル事業として一部の難病相談・支援センターでの新たな就労支援モデルとしてカスタマイズ就業を導入する ために作成した各種資料を再整理した。  さらに、カスタマイズ就業の取組を発展させていくために参考となると考えられる資料として、カスタマイズ就業に直接関連する資料だけにとどまらず、個人の「強み」に関する評価方法、縦割りを越えた個別支援マネジメント、個別の職場開拓手法等についての関連書籍を調査し、整理した。   3 結果  カスタマイズ就業に関する資料について、わが国の関係者にとっての有用性という観点からは、第一に入門用として、専門家中心の医学モデルから、本人中心の生活モデルによる就労支援への基本的なコンセプトの転換を促すための資料が見出された。一方、カスタマイズ就業の具体的実践については、カスタマイズ就業関連資料を補う、様々な関連分野の資料を整理できた。当日の発表会場で、関係資料を紹介する。   (1)カスタマイズ就業への入門用資料  カスタマイズ就業の特徴である「カスタマイズ」には、職業人としての個性を中心とした仕事内容のカスタマイズと、職業生活上の個別ニーズ を中心とした支援のカスタマイズの2側面がある。 その2側面を総合的に実施する取組の全体的イメージを把握することが重要である。それらを可能にするための資料には、視聴覚資料や簡単なパンフレットがあった。  ①カスタマイズ就業入門ビデオ  テネシー州カスタマイズ就業パートナーシップ(TCEP)が作成した『Introduction to Customized Employment』4)(48分)は、カスタマイズ就業の幅広い取組を、事例紹介や、本人、家族、雇用主、支援者等の関係者のインタビューを交えて紹介している。その内容は、「Customizing the Employment Search(職探しをカスタマイズする)」「Partnerships with Employers(雇用主との パートナーシップ)」「Supports & Accommodations in the Workplace(職場での支援と配慮)」「The Role of One Stop Career Centers(ワンストップ・キャリアセンター注の役割)」「Customized Employment Wrap-Up(カスタマイズ就業のまとめ)」と、個別評価、職場との交渉や職場内支援、関係機関との連携の取組など全般に渡る。実際の計画ミーティングや、ステレオタイプにとらわれない職場で働く本人たちの様子を見ることができる。48分の内容を短くまとめた【6分版】と併せて、日本語字幕をつけ、映像資料を作成した。  ②カスタマイズ就業「Q&A」パンフレット  ODEPが作成した『Customized Employment Q and A』5)もまた、カスタマイズ就業の全体的コンセプトを紹介しているものであり、邦訳した。「カスタマイズ就業とは?」「どうやって雇用主候補をみつけるか?」等の基本的な質問に対し、例を交えて端的に回答が示されている。  ③「カスタマイズ就業支援の使命」シリーズ6)  難病のある人の就労支援のために、初めてカスタマイズ就業に取り組む支援者に向けて、障害者職業総合センター社会的支援部門において作成したパンフレットである。カスタマイズ就業の適合性尺度に基づき、従来の専門家中心の「医学モデル」的な支援に陥ることを避け、特徴的な実践を確実に実施するためのポイントを端的に説明するために活用されたものである。  ④カスタマイズ就業実践用パンフレット  ODEPにより、追加で作成された『CUSTOMIZED EMPLOYMENT Applying Practical Solutions for Employment Success Volume 2』7)は、米国におけるカスタマイズ就業の実践的取組を踏まえて、特に課題となった点について、詳細に解説したものである。具体的には、支援者から自立して、障害のある人が自らキャリアの方向性を理解し、雇用主と交渉に臨もうとする場合の支援のあり方、関係機関のチーム支援における縦割りを超えた予算の一体的な活用に関する手法 等が解説されている。ただし、米国の現実的課題を反映した内容なので、わが国での有益性は不明であるが、参考のために邦訳した。   (2)カスタマイズ就業の発展的資料  カスタマイズ就業は、援助付き雇用等の就労支援手法だけでなく、障害のある人の地域生活自立を支えるPerson-Centered Planning(個人を中心とした計画)や、Strength(強み)を重視したキャリア支援、ケースマネジメントによる多職種のチーム支援、労働市場研究など、様々な関連分野における最先端の支援手法を踏まえた取組である。したがって、カスタマイズ就業の取組を発展させていくためには、これら関連分野の情報が有益である。しかし、必ずしもこれらの関連分野の資料が邦訳されていない現状が認められた。  ①ディスカバリーマニュアル8)  従来の専門家中心の「医学モデル」に基づく就労支援では、障害状況や「できないこと」、職業的「課題」を把握することが中心になりがちである。カスタマイズ就業では、「本人の強みや個性、職業生活上の個別ニーズを把握する取組」を重視し、『ディスカバリー』あるいは『自己決定』と呼んでいる。この具体的な方法論を習得する機会が少ない支援者のために、障害者職業総合センター社会的支援部門でまとめた資料である。  ②「強み」に基づくキャリア支援の資料  1990年代から米国において、障害者支援に限らず、一般的な企業経営の観点から、仕事に個人を合わせ個人の弱点の改善を中心とした職業指導の限界が指摘され、むしろ、個人の「強み」や固有の「才能」を活かした仕事の組み立ての重要性が認識されるようになっている。これがカスタマイズ就業の大きな背景である。参考となる資料には、邦訳されてベストセラーとなっている一般書『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう—あなたの5つの強みを見出し、活かす』9)等がある。  ③個別の職場開拓手法についての資料  労働市場中心の一般的な求職活動ではなく、求職者と求人企業のマッチングを効果的に行う「創造的職場開拓」を重視することが、カスタマイズ就業の背景にある。キャリアの棚卸し、職務経歴書の活用、職場への飛び込み、人脈の活用等による求職活動を重視した書籍は、わが国でも利用できるものがある。書籍「Beyond Traditional Job Development」10)(未邦訳)は、カスタマイズ就業の支援者の重要な参考図書となっている。                                                                                                                                                                                                            ④障害種類別の取組のための資料  わが国では、精神障害を対象とした就労支援の取組であるIPSを効果的に実践するためのツールキット11)が刊行されている。これは、米国保健省薬物依存精神保健サービス部(SAMHSA)が作成しているEBS(Evidence-Based Practices:科学的根拠に基づく実践)実践のためのツールキットシリーズの一つが日本語版として出版されたものである。精神障害のある人の支援を、本人を含めた地域の関係者がチームで実践する方法がマニュアル化されている。  また、発達障害のある人についても、新たな就労支援の取組として、書籍「Autism and the Transition to Adulthood」 12) (未邦訳)が出版されている。   4 考察  カスタマイズ就業は、従来の就労支援の手法の限界の本質を見極め、抜本的な解決をもたらすことを意図しており、関連分野の最新の知見に基づくが、未完成であり、開発途上である。  カスタマイズ就業の最大の特徴は、基本的な取組の枠組の変更にある。多くの地域関係機関の支援者は、専門家中心の「医学モデル」による支援の枠組での専門的教育を受け、経験を積んでいる。しかし、現在、わが国でも各分野で共通して本人中心の「生活モデル」による支援が重視されるようになっている。カスタマイズ就業の入門用の効果的な資料を活用することで、全体像の把握自体は短時間に可能であると考えられる。  一方、カスタマイズ就業の具体的な実践を発展させるためには、現在、活用できる資料は限られている。精神保健分野を始め、様々な関係分野において、従来の取組に飽き足らず、限界を超える新しい手法が出現している。それら各分野の先端的知見や方法論を活用することによって、障害のある人の就労支援の従来の限界を克服しようという取組として、カスタマイズ就業を理解する必要があろう。そのため、障害者支援とは関係ない、一般の経営管理やマーケティング、労働問題として取り組まれてきた、「強み」を重視した人材活用、個別ニーズを中心とした個別化されたワンストップ支援を実現する地域ネットワーク、労働市場に依存しない創造的職場開拓等に積極的に取り組むことがカギとなる。   5 まとめ  障害のある人の職業生活や社会自立を支えるために、従来の専門分野別で障害を「治す」アプローチに限界を感じ、本人中心で職業人としての「強み」を活かした職業生活のあり方や、地域での縦割りを超えた本人中心の支援のあり方を模索している支援者には、カスタマイズ就業の入門用の資料は有益な「取組の方向性」を示すものとなると考えられる。  また、カスタマイズ就業を今後発展させていくためには、現在、利用できる資料は限られており、海外情報の活用、実践者同士の情報交換、関係分野の先端情報の活用等により、知見やノウハウ等を充実させていく必要がある。   6 文献 1)大島巌・松為信雄・伊藤順一郎監訳:「精神障害をもつ人のワーキングライフ」、金剛出版(2004) 2)障害者職業総合センター:米国のカスタマイズ就業の効果とわが国への導入可能性,障害者職業総合センター調査研究報告書No.80(2007) 3)障害者職業総合センター:カスタマイズ就業マニュアル,障害者職業総合センター資料シリーズNo.36(2007) 4)Tennessee Customized Employment Partnership (TCEP):Introduction to Customized Employment :Career opportunities for people with disabilities through One Stop partnerships 5)Office of Disability Employment Policy(ODEP):Customized Employment Q and A 6)障害者職業総合センター社会的支援部門:カスタマイズ就業支援の使命 7)National Center on Workforce and Disability/ Adult(NCWD):CUSTOMIZED EMPLOYMENT Applying Practical Solutions for Employment Success Volume2 http://www.dol.gov/odep/documents/3a71dce9_0f04_ 4e80_8533_aeda57aa48b0.pdf 8)障害者職業総合センター社会的支援部門:障害のある人たちの就業支援者のためのディスカバリーガイド 9)Marcus Buckingham & Donald O. Clifton :Now, Discover Your Strengths(2001),「さあ、才能(じぶん)に目覚めよう—あなたの5つの強みを見出し、活かす—」(田口俊樹訳),日本経済新聞出版社(2001) 10)Denise Bissonnette:「Beyond Traditional Job Development」,Milt Wright & Associates, Inc. (1994) 11)日本精神障害者リハビリテーション学会監訳:「IPS・援助付き雇用ツールキット:本編」、アメリカ連邦政府EBP実施・普及ツールキットシリーズ4-1,特定非営利活動法人地域精神保健福祉機構(2009) 12)Paul Wehman, Marcia Datlow Smith, & Carol Schall:「Autism and the Transition to Adulthood: Success Beyond the Classroom」,Paul H. Brookes Publishing Co.(2009) 注 わが国のハローワークに相当する機関 ?? ?? ?? ??            農 の 福 祉 力                 −農が及ぼす効果− ○田中 誠(就実大学/就実短期大学 教授)  石山 貴章(九州ルーテル学院大学)  宇川 浩之・矢野川 祥典(高知大学教育学部附属特別支援学校))   1 背景と目的  特別支援学校、障害者支援施設において農を主 体とした学習並びに仕事(作業)は旧来から実践 されていることは周知のことである。各学校・各施設では名称こそ多少異なるが、農耕作業・農産園芸・果樹・畜産・林産といった作業種がみられる。この作業種も他の作業種と同様に目標とするところは社会自立であり、職業自立を目指している。換言すると「人間としての健康のための農」といっても過言ではない。  現在はクローズアップ農といわれている時代ではあるが、継農が当たり前の時代では障害者は家族をはじめ、地域住民とともに働いていたことは言うまでもない。鎌・鍬・牛馬を器用に使いこなし、田畑の除草、庭の除草などを行い貴重な農家の担い手として大切な労働力とされていた。  「障害者が取り組む農」、「障害者が甦らせる農」として地域社会に、人間そのものに回復力を与え、見直されてきてはいる。この背景には、昨今の経済不況において農林水産業が見直されていることに合わせ、平成17年の障害者自立支援法の成立と平成18年の施行に伴い、農業分野への就労希望がみられてきた。特に高知県においてはフルーツ栽培、キノコ栽培、畜産農家、JA選果場への職場実習、正式雇用あるいは試行雇用が実現している。  ただ、経営農家に就労した場合は雇用があり、雇用の裏にはリストラというものが存在しお互いにリスクが生じることはいうまでもない。これまでの教育・研究において農への就労、農と教育、農と福祉との連携支援が実践研究・実践報告されてきた。その中でも、離職者への支援と地域との連携1)、農業を中心とした福祉活動2)、牧場で働く自閉症者への就労継続支援3)、農業を主体とする作業所の取組と地域からの支援4)、手を携える農と福祉5)、企業・教育機関が連携した作業所への支援6)、岐阜県T市における農業分野の障害者就労受入れの概況7)、ワークショップによる農業関係者と障害者福祉関係者の交流(片山ら,2009)によって農業分野への就労、そして農業関係者との連携、農と教育、農と福祉、福祉と企業との連携、過疎農家への地域貢献などが報告されてきた。  就労という大袈裟なものではなく、農に就く、農に取り組む、農との触れあいをどのように運営・実践しているか農業生産法人と社会福祉法人の二事例を紹介し考察する。 2 研究方法と研究対象の概要  本研究においては、農業生産法人を設立し障害者雇用を積極的に実践し、実績をあげている(有)岡山県農商(岡山市)と地域で農業福祉を実践している社会福祉法人「きてみいや」(高知県南国市)に筆者が数年かけて赴き、設立の動機、農に就く動機など直接聴き取りを行った。 (1)事例1 プロフィール  名称:農業生産法人(有)岡山県農商  (NPO法人 岡山自立支援センター)  代表者:板橋完樹  住所:岡山県岡山市北区中原497  設立:平成11年(NPO法人設立平成21年)  障害者雇用開始:平成11年  雇用障害者数:22名(身体障害者1名、精神障害者1名、知的障害者19名)  障害者雇用取組の経緯と概要:平成元年に家族のみで青ネギの生産を開始。  平成9年から地域に存在する知的障害者福祉施設の利用者と地域住民との農を通じた交流を深めることを目的から、さつまいもの生産を行う「平成いもの会」を立ち上げた。これを契機として、当事業所は10年間の個人営農を経て、農業生産法人(平成11年)設立、約300aの生産面積を有し知的障害者の雇用受入を開始した。さらに耕作地を岡山市中原地区、御津町国ヶ原・矢原地区に農業生産の活動拠点を設けている。  作業工程として、種蒔、草取り、ハウス設置、刈り取り、選別加工、出荷準備などである。  「平成いもの会」がきっかけで支援センターや福祉施設との繋がり及び連携が生まれ障害者(就職者)の職場定着が維持・継続されている。さらに、野菜洗浄機の導入、葱(根無し葱)の需要が高まるにつれ人手を要し、障害者雇用が拡大した。農が拡大され、障害者雇用が創出されていくところに特別支援学校からの職場実習申込みが増え、教育と福祉・企業との連携が生まれ、農に就くケースがみられている。 (2)事例2 プロフィール  名称:社会福祉法人「きてみいや」  代表者:濱口憲正  住所:高知県南国市元町3−1−6  発足:共同作業所「きてみいや」(平成15年)     NPO法人障害者支援センター南国設立  設立:平成18年  利用者数:18名(知的障害者)  作業内容:除草作業、農耕作業、四万十甘栗栽培等  連携機関:(株)四万十社中、(有)甲商事、ホームセンターゆうきち、(有)ビートホーム、(株)ケンショ—、NPO法人障害者支援センター南国、NPO法人み・ら・い  社会福祉法人「きてみいや」は施設長の濱口氏が銀行を早期退職し、共同作業所を発足させ現在に至っている。  当施設は、設立前から濱口氏の熱誠によって障害者の自立と社会経済運動への参加促進のため農作業を取り入れ、露地野菜(23a)、四万十甘栗(1000本)を栽培している。四万十甘栗は数年前に高知県内において品種改良したものであり、精度が高いことで知られている。農作業以外に地域との連携が生じ、庭園、墓地、病院の清掃作業に取り組んでいる。野菜栽培においては、昆虫の補食を防ぐために抑止効果があるとされるニームオイルを使用して、農薬を一切使用しない栽培方法に取り組み、収穫した野菜は南国市青果市場・近隣の食料品店へ出荷している。さらに、県内企業との契約農場として無農薬の人参2t生産している。農薬を使用しないということは作業をする上では労力のいる仕事であるが、農薬を使用して楽をするという考え方ではない。 3 考察  農が与える影響は、障害者自身にも、広くは地域にもプラスの影響を与えている。この二事例の事業所をみてもわかるように、第一に指導者が心を動かされたという点である。心を動かされたということは、彼らの素直な心を発見し、感動したことと推察され、さらに志を高くもっていたことである。第二に、ともに仕事をしていく中で、彼らを根気よく見守れば物事を達成していくことに気付いた。第三にふれ合ってみてはじめて彼らの能力に気付いた。第四に大地という自然との調和によって育まれている。第五に消費者あるいは地域農家・地域住民から見直され賞賛されている。第六に取り組みに対する地域からの評価として、社会福祉法人「きてみいや」では、専業農家の高齢化、後継者不足により耕地の維持管理ができない農家が増え、農家から土地の無償活用を依頼されるケースが増えていると言われている。  こうしたケースは農業の担い手不足、高齢化が叫ばれていない時代は、「障害者と農」、「農と福祉」の概念は存在していなかった。また、特別支援学校で農耕作業を経験し、企業型農業に就労したケースはみられるが、純粋農業に就農したケースは見あたらない。だが、この二事例においては、自前の土地あるいは無償委託され、障害者(従業員・利用者)が農に取り組み、農に励み、地域に貢献し、そして消費者から賞賛されている。  従業員・利用者は陽光と風をうけ大地という豊環境の下でのびのび働くことができていることがうかがえる。 4 むすびに  農業生産法人(有)岡山県農商が将来目指す方向として掲げていることは、10aの青葱の作付け、障害者の労働環境を考えた栽培ハウスの設置、さらに障害者雇用の促進、日本一の葱生産農家を目指し、障害者が就農して働きやすい環境設定を考えている。  社会福祉法人「きてみいや」は農地の拡大を進めていくと同時に利用者が笑顔で楽しく安心してでき、歓声のやまない農を目指している。さらに一方では、企業との結びつき、いわゆる「縁」である。「縁」により連携が生まれ、信頼が生まれ利用者が社会から賞賛されることを目指している。 文献 1) 宇川,矢野川,前田,田中(2006):離職者への支援と地域との連携.第14回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集,320-321. 2) 宇川,矢野川,柳本,田中,石山,土居(2007):農業を中心とした福祉活動.日本特殊教育学会第45回大会発表論文集,618. 3) 土居,宇川,矢野川,柳本,田中,石山(2007):牧場で働く自閉症者への就労継続支援.第15回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集,pp284-287. 4) 宇川,矢野川,前田,田中,石山(2007):農業を主体とする作業所の取組と地域からの支援,第15回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集,pp290-291. 5) 中四国農政局(2007):手を携える農と福祉.「クローズアップ農の福祉力」配布資料,25,87. 6) 田中,石山,宇川,柳本,矢野川,土居(2009):企業・教育機関が連携した作業所への支援.日本特殊教育学会第47回大会発表論文集,619. 7) 山下,片山,安中,片倉(2009):岐阜県T市における農業分野の障害者就労受入れの概況.日本職業リハビリテーション学会第37回大会プログラム抄録集,106-107.        ハローワークにおける障害者の就職支援の        工夫・取組事例の収集・分析について ○亀田 敦志(障害者職業総合センター社会的支援部門 統括研究員)  田谷 勝夫・春名 由一郎・三島 広和(障害者職業総合センター社会的支援部門) 1 目的及び調査研究の方法  公共職業安定所(以下「ハローワーク」という。)においては、障害者の有効求職者が約15万人と高い水準で推移し、特によりきめ細かな就職支援の必要な知的障害者や精神障害者が大きく増加してきているとともに、これまでの就職支援のノウハウでは十分な対応が難しい発達障害者等も増えつつある。  このため、ハローワークにおいては、障害者の就職に当たって、マッチングから職場適応まで一層的確な支援を行っていくことが強く求められており、そのためのノウハウの体系化及びその向上が不可欠となっている。  そこで、当センターにおいては、平成19、20年度において「障害特性等に応じたマッチング等、ハローワークにおける就職支援のノウハウ向上のための調査研究」1)を行った。  調査の方法としては、 ①ハローワークにおいて実際に行われている工  夫・取組事例の郵送による収集(郵送調査) ②工夫・取組事例の訪問による調査(訪問調査) ③利用者ニーズを把握するための当事者団体から   の推薦による専門家からの聞取り調査 を実施した。  また、各分野の専門家による研究委員会及び作業部会を設置し、上記について検討を行った  郵送調査についてはすでに三島2)より報告されているので、ここでは訪問調査とこれら事例における成功に導くポイントを中心に報告する。 2 工夫・取組事例の体系化  郵送調査による事例収集結果から、ハローワークにおける就職支援の工夫・取組が多岐にわたることから、その内容を分析することにより、全体像を分類整理し、体系化した。  分類の方法はケアマネジメントの支援の段階の考え方を用いた。この考えは、対人サービス業務における様々な場面で活用することができるものであり、ハローワークの職業紹介業務においても活用・応用することができる。図示すると図1のとおり。 図1 ハローワークの就職支援業務の流れ  また、収集事例の件数は述べ780件であり、その内訳は図2のとおり。 図2 支援の段階別取組み事例の件数 3 訪問調査  特に効果的取組であり、全国のハローワークにおいても参考となると考えられるものを選定して、直接担当者から取組状況の聞取りを行った。この聞取りは24箇所のハローワーク等を訪問して行った。  聴取した内容は、取組事例についての具体的内容(目的、時期、方法、対象等)、効果、これを成功に導くポイント等である。  以下に、取組事例の多かった4つの支援の段階から1例ずつ紹介する。●は成功に導くポイントである。 (1) 求人・求職受理前(普及啓発活動)の取組事例 【生徒も、保護者も、先生も!〜特別支援学校に対する就労支援セミナーの開催〜】 ●特別支援学校の生徒・保護者の就職への心構え  を身につけさせるには、  ・就労支援セミナーが有効である  ・ただし、ハローワーク職員の考えだけではな     く、特別支援学校側のニーズを把握して実施    することが重要 ●生徒・保護者に対して効果をあげるセミナーの  工夫として、次のようなことを工夫してみるの   もよい。  ・会場は学校ではなくハローワークで実施。 ・複数の特別支援学校を一緒に実施。  ・内容に応じて保護者と生徒で別々の進行も。 (2)情報収集、効果的な相談、ニーズ把握の取組事例 【事業所情報の活用〜雇用可能な職域の把握等のために〜】 ●事業所側の自覚・意識を変え、問題の改善を促   すためには  ・事業所情報(事業所の意識、設備、体制、可   能職域を問題点と合わせて詳細に整理して記   録)を整理して活用(事業所訪問担当者等障   害者担当者以外も詳細情報を把握できるよう    にする)。  ・事業所に理解しやすく提示するためのプレゼ   ンテーションとして、「可能職域のリスト   化」と「問題点のグラフ化」なども効果的。 ●事業所の詳細なニーズに対応するためには  ・求職者情報のデータベース作成。 (3)紹介あっせん(マッチング、事業主支援)の取組事例 【障害別に就職支援セミナーを実施】 ●就職面接会を効果的に実施するためには  ・障害別による就職支援セミナーが有効。 ●効果的な就職支援セミナーを実施するためには  ・面接の仕方のロールプレイにより「できるこ   と」「できないこと」を明確にし、事業所に    的確に伝えられるよう事前準備すること。  ・座学のみでなく、履歴書の作成等による具体   的アドバイスを実施すること。 (4)チーム支援(関係機関との連携)の取組事例 【障害者就業・生活支援センター等との連携による地域の就職支援ネットワーク】 ●関係機関との連携による地域の就職支援ネット  ワーク形成のためには  ・就職支援の段階で関係機関がお互いの機能・   役割を理解し、尊重すること。  ・視点のすり合わせ、指導内容等を考慮したそ   れぞれの役割分担を調整すること。 4 まとめ  事例収集を通じて、障害者自立支援法等による状況変化等今日の障害者雇用をめぐる環境の中で、ハローワークがさまざまな工夫・取組を行っていることが明らかになった。特に関係機関との連携(チーム支援)の事例が多かった。精神障害者、発達障害者に対する支援など障害の多様化、重度化のなかで、ハローワークが積極的に関わっていこうとする姿勢がみてとれ、今後の方向性を示すものといえる。  また、「資料シリーズ№46」1)には、支援の段階ごとに好事例について具体的な内容と成功に導くポイントをまとめたので、全国のハローワークの取組の参考となれば幸いである。 文献 1)障害者職業総合センター:資料シリーズNo.46「障害特性等に応じたマッチング等、ハローワークにおける就職支援のノウハウ向上のための調査研究」(2009) 2)障害者職業総合センター:第16回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集p.266-269 三島広和「ハローワークにおける障害者の就職支援の工夫・取組事例の収集・分析について」(2008) 当院における就労支援への取り組み −医療機関としての役割と効果的な連携のあり方についての検討− ○比嘉 聡子(医療法人ちゅうざん会 ちゅうざん病院 作業療法士)  前川 友希・新垣 美鈴・照屋 聡(医療法人ちゅうざん会 ちゅうざん病院)     1 はじめに  近年、障害者雇用についての社会的責任が強化されており、自立支援法の施行等により、障害を持った方の社会参加を促進する動きが活発になっている。    障害者雇用に対する支援が進む中、各地域において就労支援のネットワークを構築することが重要な課題となっている。  当院はリハビリテーション病院であり、年々若年層の患者も増えてきている。「生計のため」「役割を持った生活を送るため」など、就労を希望する声も高まっており、就労支援の必要性を感じている。障害の程度や生活背景など対象者のおかれた状況も様々であり、各々に適した支援の方法を模索している。  今回は、就労支援を行っていく基盤作りとして、沖縄県内における就労支援機関が持つ機能、連携関係等について実態調査を行い、医療機関としての役割・効果的な連携のあり方について検討した。   2 方法 (1)調査対象  地域の就労支援機関である、「ハローワーク」「障害者就業・生活支援センター」「地域障害者職業センター」「雇用開発協会」の4施設に対し聞き取り調査を実施した。 (2)調査内容・分析方法  聞き取り調査での質問内容として、主に①利用者の実態、②施設の機能、③主な連携機関、④支援を行う上でのポイント、⑤医療機関に求める事、⑥利用条件、についての聴取を行った。得られた回答の分析については、就労支援を行う上でのポイントを包括的に捉えたいと考え、KJ法を参考にカテゴリー分類を行った。   3 結果   結果は、以下の3つのカテゴリーに分類することができた。(1)医療機関に求められる事、 (2) 他機関と連携する上でのポイント、(3)就労支援を行っていく上でのポイント、である。さらに(1)では、①障害受容・自己能力の認識、②制度の案内・障害者手帳取得、③本人を取り巻く環境への対応、がキーワードとして挙げられた。  カテゴリー分類を行った結果は表1、表2、表3に示した通りである。   4 考察 (1)医療機関に求められる事 ① 障害受容・自己能力の認識について  就労を目指すにあたり、「自立した生活を送れること」が大前提となる。就労支援の現場では、「自己能力を把握していない」「補完手段が上手く使えない」などが原因で、各機関での支援が円滑に進まないことが窺えた。例えば、障害受容がなされていない場合、一般就労で上手く行かず転職を繰り返す事や、自己の能力について説明が出来ず、補完方法や適切な職場環境を得られないケースがある。これらは、医療機関での診断・予後説明などが十分になされていないという事が要因と考えられる。それに対しては、インフォームドコンセントを行い、障害受容の促進に働きかける事が重要である。特に高次脳機能障害などの様に、周囲の理解が得られにくいケースでは、「自己能力の認識」が重要であり、自己の得意・不得意、注意点などについて把握する事が自立した生活の第一歩となる。生活・作業場面の中で、補完方法が確立されていけば、それを応用させて行くことで、新しい作業の獲得がスムーズになるといえる。リハビリテーションプログラムにおいても、神経心理学的評価、本人へのフィードバックを行うことが医療機関で行うこととして重要なポイントであるということが言える。 ② 制度の案内・障害者手帳の取得について  就労支援については、手帳の有無に関係なく利用可能である。しかし、手帳を所持することは、就労移行支援などの幅広い支援を受ける事に繋がる。また、法定雇用率の要件が手帳の所持となっている為、実際に雇用されたり、職場環境調整の為の助成金を受けたりするには、手帳の取得が必須要件である。よって、医療機関においては、積極的な手帳取得に向けた取り組みを行っていく必要がある。  発症後に、早々と退職したり、解雇されたりという事が起こりやすいが、再就職支援やジョブコーチ支援など、復職と直結した支援もあり、状況に応じて家族・職場に対して休職手続きや経済的保証・適切な支援機関の案内を行う必要がある。 ③ 本人を取り巻く環境への対応  就労支援を行う上では、本人の病態や経過などの情報を客観的に伝達、または移動のサポート、手続きの代行が出来る支援者が必要である。  就労支援においては、長期的なサポートが必要であり、その基盤を作っていくことは医療機関から始まると言える。その為医療機関では、今後受けられる可能性のある支援・制度についての情報提供を通して、家族など支援者から相談を受ける関係性を構築する。そうする事で、今後の生活に対しての見通しをたて、心理的不安の軽減や障害受容の促進に繋げていく事が出来る。更に支援者に対して、本人が自立した生活を  送れるよう、サポートする為の指導や協働を行う。この事は、二次的に本人の心理的サポートになると考えられる。 (2)他機関と連携する上でのポイント  就労支援機関から求められる情報の内容には、各機関において違いがあった。それは、各機関が持つ機能や専門性によって、要求する情報が異なるからである。その為、提供する内容の吟味や、伝達手段に工夫を凝らす必要がある。  内容に関しては、地域障害者職業センターでは、より専門的なデータが重要視されるが、ハローワークでは、本人の性格・家庭環境・得意不得意・補完方法についてなどのより具体的な内容が求められる。医療機関から提供する情報としては、訓練場面に限局せず、就労を意識した内容でなくてはならない。例えば、生活管理能力や、職場での規範の遵守、労働力や運動負荷量といった点は、職業とのマッチングのポイントとなる。  伝達手段については、状況に応じて適切に選択する必要がある。書面・電話でのやりとりのみでなく、窓口に出向いたり、合同ケース会議を開いたりなど、顔の見える連携をとる事も必要である。 それは、利用者にとっては、環境の変化に対する不安を緩和することができ、支援者にとっては、協同する相手を知ることで、具体的な意見交換を行える事や、より柔軟な連携を図ることが出来る事に繋がる。更に、地域資源同士の関係が深まる事で、地域の支援体制のボトムアップが期待される。  また、機関間の連携においては、情報の錯綜を避けるため、各々のケースについては窓口を統一することが望ましい。   表1 表2 表3 (3)就労支援を行っていく上でのポイントについて  今回の調査は、就労支援を行う上での医療機関の役割を検討する為のものであった。医療機関に求められることは前述の通りであるが、その中には医療機関のみならず、その他の就労支援機関でも共有すべき支援のポイントが含まれている事がわかった。  その内容は以下の通りである。  ①心理的サポート・障害受容の促進  ②補完手段の訓練・獲得を促進 ③他者に対し、自己の得意・不得意などを説明し、必要な支援を求める事ができるようにする ④本人の状況や経過を適切に伝えることを支援する事が必要 ⑤情報の伝達・移動・手続きなどのサポートが出来る支援者が必要  ⑥他の機関へつなぐタイミングの見極めが必要  これらについては、就労支援が続く限り、継続して支援されるべきポイントであるといえる。 5 今後の課題  今後取り組んでいく課題として、支援のポイントを意識した評価・介入ができる事、制度や支援機関についての知識を持つ事、本人や家族の心理的側面に配慮し情報提供のタイミングを見極める事を、支援に関わるスタッフの共通認識とすることが重要と考えられる。病院全体で就労支援にむけた共通認識を作り出す環境作りは、今後の課題である。  また、当院はリハビリテーション専門病院であり、各病棟にスタッフが配置され、生活に即したリハビリテーションを実施している。今後、就労を前提とした患者への取り組みとして、内服や生活リズムなど自己管理を含めた生活の自立のみならず、社会生活スキル・復職を前提とした問題提起などについて、積極的にカンファレンス等で議論していく必要もあると考える。 6 まとめ  今回、当院における就労支援の基盤作りとして、沖縄県内における就労支援関連機関が持つ機能、連携機関等について実態調査を行い、医療機関に必要とされる事・効果的な連携のあり方について検討した。    医療機関に求められる事としては、障害受容の促進・補完手段の獲得などの「より専門性の高いリハビリテーション」の実施、また、本人・支援者をサポートしていく「医療ソーシャルワーク」、状況に応じた「適切な情報提供」を行っていく必要があることがわかった。  さらに、他機関と連携する上でのポイントや支援機関全体で共有したい就労支援を行っていく上でのポイントに分類できたことで、医療に特化された機能を知ることができた。 参考文献 1) 田谷勝夫:高次脳機能障害者の職業リハビリテーション、「リハビリテーション医学 VOL.42 No.1」、p.34‐39,(2005) 2) 高岡徹・伊藤利之:総合リハビリテーションセンターにおける地域・医療機関連携、「リハビリテーション医学 VOL.38 No.10」、p.818-821,(2001) 3) 谷村敦子,山田孝,京極真:我が国の精神障害をもつ当事者の精神保健福祉および生活上のニーズ、「日保学誌VOL.10 No.2」(2007) 4) KJ法について カード操作による発想法  http:www.crew.sfc.keio.ac.jp/lecture/kj/kj.html 5)「障害者の雇用支援のために」 独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構 6)「就業支援ハンドブック-障害者の就業支援に取り組む方のために-」 (2009) 独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構 当院における就労者と非就労者の比較 ○照屋 聡(医療法人ちゅうざん会 ちゅうざん病院 理学療法士)  矢頭 晶子・比嘉 聡子(医療法人ちゅうざん会 ちゅうざん病院) 1 はじめに  2006年、障害者自立支援法が10月より本格的に施行された。当院回復期リハビリテーション病棟は2病棟(84床)から5病棟(182床)へとなった。  回復期ということもあり退院後復職を希望される方を担当することも少なくない。しかし、当院での就労支援に対するサポートは、各担当セラピスト、MSW(Medical social worker:医療福祉相談員)による各々の対応で、統一されていない。今回、2006年度から2008年度における当院退院者の就労・非就労の結果を調査した。結果から就労に至らなかった原因を明確にし、就労支援のサポートの体制作りにつなげたいと考えた。今回は、調査結果と若干の考察を交え報告する。 2 対象と方法  2006年4月1日〜2008年3月31日の間に自宅へ退院した者で入院時に就労希望した者を対象とし、就労郡と非就労群の2群に分けた。対象者の年齢・在院日数・入院時機能的自立度評価(Functional independence measure;以下「FIM」という。)・退院時FIMを比較し、自宅復帰後就労・非就労が不明な就労希望者は担当したセラピストに聞き取り就労状況を調査した。検定には対応のないT検定を用いて比較した。有意水準は危険率5%以下とした。  また、就労群、非就労群とも疾患別(脳血管障害系:cerebrovascular accident;(以下「CVA」という。)、整形疾患、その他)に分け、CVAでは高次能機能障害の有無も分類した。 3 結果  2006年〜2008年の自宅復帰者は1380人(65歳以下の者308人)で就労希望者は81人であった。  就労群は21人(平均年齢51.67±8.36歳、平均在院日数47.76±41.04日、入院時平均FIM101.61±18.06、退院時平均FIM118.19±8.43)、就労先は、復職が20人、復職以外が1人であった。復職では、前就業時間より短い時間からの復職が4人であった。  非就労群は60人(平均年齢48.32±10.32歳、平均在院日数76.96±51.70日、入院時平均FIM94.27±22.90、退院時平均FIM118.11±8.40)であった。  2006年〜2008年全体における就労群、非就労群の年齢・在院日数・入院時FIM・退院時FIMの項目においても両群間に有意な差はなかった。  また、各年度における就労群、非就労群の年齢・在院日数・入院時FIM・退院時FIMの項目においても両群間に有意な差はなかった。                  表1 疾患別分類      (%) CVA 整形系 その他 就労群 61.9 38.1 0 非就労群 81.7 15 3.3  また、就労群・非就労群のCVA疾患で高次脳機能障害有無については、高次能機能障害有りが就労群で21人中7人、非就労群で60人中26人であった。 表2 高次脳機能障害の有無 高次脳機能障害  あり  なし 就労群(人) 7 14 非就労群(人) 26 34  非就労者の退院後の状況は就労目的で外来リハビリを利用した者が20人(そのうち通院中3人)、就労については自分で判断を行うという者が13人、訪問リハの利用後にハローワークへ行った者が1人、ケアマネージャーを通して就労支援を行った者が1人、その他が25人いたことが分かった。 表3 非就労群の状況 非就労群退院後就労に向けた状況      (人) 外来リハビリテーション利用 20  自己判断 13  訪問リハビリテーション後にハローワーク利用 1  ケアマネを通して就労 1  その他 25  4 考察・まとめ  今回の調査では2006〜2008年全体の就労群、非就労群の年齢・在院日数・入院時FIM・退院時FIMの項目で両群間に有意な差は得られなかった。  在院日数では就労群と非就労群の平均在院日数を見ると就労郡では約1ヵ月半、非就労群では約2ヵ月半で約1ヶ月の差があり、在院日数が短い者のほうが就労している傾向にあることが分かった。これは入院時FIM・退院時FIMともに就労群・非就労群で有意差はみられないが、就労群がFIMの点数が高い傾向にあり、在院日数が就労群で短い要因の一つと考えられた。  入院時FIM・退院時FIMの比較では、就労群・非就労群でCVAの割合を比較すると非就労群で多い傾向にあった。非就労群で人数が多いためCVAの割合が高くなり、高次脳機能障害の割合も高い傾向にあった。それにより病棟でのADL(Activities of daily living:日常生活動作)自立が難しくなる事も予測でき、FIMの点数差に繋がったと考えられた。  以上は、あくまでも推測であり、今回は非就労の原因を明確に出来なかったが、今後も継続して非就労の原因を明確化する事につなげたい。それによりケース毎に対応できる就労支援に対するサポートへとつなげたい。 「分の厚い支援連携」を目指して 常世田 千春(障害者就業・生活支援センター アイ-キャリア 就業・生活支援コーディネーター) 1 はじめに  障害者就業・生活支援センター アイ−キャリ アでは、就労を希望している障害者の支援を行っているが、個々のケースが抱える事情は様々であり、どうしても1機関で出来る支援は限られてしまう。そのため、他の関係機関との連携が重要となって来る。  そこで、今までの連携構築のための活動内容、その効果と課題、課題に対する考察について述べてみたい。 2 連携構築の活動 (1)連携・連絡会議の開催  関係機関との連絡調整の円滑化を進め、支援連携強化を図る事を目的として、年に4回、連携・連絡会議を開催している。  ここでは、各機関の活動報告、毎回設定するテーマに沿った講演・ディスカッション、企業との交流などを行っている。  講演のテーマは、支援の中で遭遇する問題の解決に向けたもの(例「発達障害とは」「若者サポートステーションの活動」)、新しい制度の理解(例「東京ジョブコーチについて」「精神障害者就職サポーターについて」)、障害者雇用に対する企業側の意見や疑問を聴くもの(例「障害者雇用に対する企業の本音とは」「定着支援」)などのように設定し、そこから得た情報を出席した関係機関で共有する事で支援者のネットワーク構築の一助としているものである。 (2)支援チームの結成  ケースとの面接・アセスメントの結果、必要と思われる関係機関へ連絡を取ったり、逆にアイ−キャリアを紹介してくれた関係機関と連携・情報交換する事で、複数の機関の担当者とチームを組み支援に当たっている。  上記のようにケースの状況に応じ、行政、ハローワーク、医療、福祉、障害者就業・生活支援センターといった機関のそれぞれの役割を考えコーディネートした上で、支援チームの結成を意識して活動に当たっている。   3 連携構築活動の効果と課題 (1)連携・連絡会議開催の効果 イ 効果  関係機関が一堂に会し、日頃なかなか顔を合わせる機会の少ない他の就労支援機関・企業の活動報告や、それに伴う疑問・悩みに接し、それらに対する他者のコメントに耳を傾けることができる。また、ここで得た情報を共有し検討を加えることにより、それぞれの支援の場で活用することができる。さらには、この場で交流を深めることにより、顔の見える支援・連携に結びついていることなどが、この会議の効果として挙げられると考えている。 ロ 課題  連携強化を目的とする会議開催ではあるが、定期的な開催で会議の開催時間にも制約が生じやすく、表面的な活動報告であったり、形式的なものになりがちである。 (2)支援チームの結成の効果と課題 イ 効果  複数の支援機関が関わる事で、異なる視点が持てる。各専門機関がそれぞれの機能により役割分担をして臨む事で何倍ものパワーが生まれ、支援の質の向上に寄与している。さらに1人で支援を抱え込む危険も回避出来る。これらが支援チーム結成の効果として挙げられると考える。 ロ 課題  昨今、自閉症・発達障害、高次脳機能障害等のケースが増加傾向にあり、生活面でも、いじめ、親との確執、引きこもり、路上生活、アルコール依存等到底ひとつの支援機関ではカバーしきれない問題が浮上して来ている。これらの事情を抱えながら就労活動をしているケースに対処するため、就労支援機関に留まらず様々な支援機関を巻き込む必要性が今まで以上に生じて来ている。 4 考察  就労支援とは、単に障害者の就職の支援に留まらず、仕事をしながら自立して生活したいという障害者の生き方への支援の一翼を担うものと考える。就労支援機関、医療・保健、行政などだけではなく、他の業界との連携を進めてゆく必要があるのではないだろうか。  例えば、都市工学研究者、福祉住環境コーディネーターなどの専門家、建設業界、公共交通機関等との連携である。これらの専門家から出される通勤経路や職場の環境整備についての提言や問題点の指摘を受け、行政や企業が改良を加えてゆくことで、今、就労支援の現場で日常的に起きている、就職を希望する企業の入り口に段差があるだけで応募を諦めざるを得ないといった事態が減少して、障害者の就労のチャンスの増加につながってゆくのではないかと考える。  また、補装具や補助具、義肢、車椅子などの専門家、介助犬・聴導犬養成の専門家にも加わってもらうことで、今まで職場のスペースやサポート体制の問題で障害者の受け入れに消極的だった企業の雇用にも、今後可能性が拡がるのではないだろうか。  更には、特別支援学校はもとより、広い意味での教育界との連携も重要であると考える。得てして特別支援学校のみが取り上げられがちな教育界と支援機関とのつながりであるが、裾野の広い教育界との連携は障害者雇用の将来を考える上で、有意義なことと考える。教育界と障害者の就労支援機関が10年先、20年先を見据えて連携すること、例えば、普通学級の児童・生徒と特別支援学校の児童・生徒との交流や、特別支援学校生が臨む実習への高校生の参加、特例子会社の見学会等などの機会を設け、障害者を知るチャンスを増やすことで、将来の企業などの職場で彼らが障害者雇用の推進力となることも可能と思われる。障害者就業・生活支援センターでは、上記のような企画を立案・コーディネートすることで、広義の教育界との連携をスタートできるのではないかと考えている。 5 まとめ  上記のように幾つかの例を挙げてみたが、幅広く機関・組織・業界等と共に定期的に連絡会議を開催し、永続的な関係性を保ちながら、必要に応じて連絡を取り合って支援を行えるような関係を構築する事で、より実用的なチーム結成を目指せるのではないだろうか。  現在定期的に開催している連携・連絡会議には、3ロで述べたような形式的内容に陥りがちな課題が見受けられるが、しかし、この会議を土台として4で提案したような広い分野との連携を積み上げてゆくことで、異なる業種や様々な年齢層、地域を巻き込んだ厚みのある支援連携を形作ることができると考える。 6 結び  障害者の就労には、未だ厚い壁が立ちはだかっているのが現実である。異業種や教育の場を巻き込んだ支援連携の構築には時間や根気が必要であろう。これは1機関で担えるようなものではないので、その第一歩として、現状の連携・連絡会議を行いつつ、他機関との連絡の上で、活発な意見交換や支援連携のアイディア創出を促すような会議を企画・開催して、分厚い支援連携を目指していきたい。                      障害者の円滑な就業の実現等にむけた長期継続調査(パネル調査)        −障害のある労働者の職業サイクルに関する第1回アンケート調査         (職業生活前期調査)結果報告− ○石黒 豊(障害者職業総合センター社会的支援部門 主任研究員)  亀田 敦志・田村 みつよ・清水 亜也・森山 葉子(障害者職業総合センター社会的支援部門) 1 背景と目的  厚生労働省の平成18年度の障害者就業実態調査1)によると、わが国の15歳以上64歳以下の障害者数(労働可能年齢人口)は205万人(身体障害者134万4千人、知的障害者35万5千人、精神障害者35万1千人)と推計されている。うち、全年齢層の平均就業率は、身体障害者43.0%、知的障害者52.6%、精神障害者17.3%である。また、5歳毎の年齢階層別に就業状況をみた場合、身体障害者では20〜54歳(特に30〜34歳、40〜44歳)、知的障害者では20〜34歳、精神障害者では15〜24歳の就業率が高くなっているが、就業者数では、身体障害者では45〜54歳、知的障害者では20〜39歳、精神障害者では30〜54歳の層が多くなっている。  また、同省の平成15年度の障害者雇用実態調査2)では、障害者が仕事を続けるために職場に求めることとして、身体障害者の場合は、「能力に応じた評価、昇進」と「コミュニケーション手段・体制の整備」など処遇やコミュニケーションに関することを挙げている。知的障害者の場合は、「今の仕事を続けたい」という希望が多いことから、現在の仕事を続けられるようにすることを挙げている。精神障害者の場合は、「調子の悪いときに休みを取りやすくする」など労働時間や医療上・生活上の配慮を挙げている。  こうした結果は、障害者の職業生活において生じるさまざまな問題が、障害ごと、年代ごとに異なると考えられる。これらの調査は、ある一時点における調査であり、これらも重要な資料であることには間違いないが、個々の障害者がどのような教育や技能訓練を身につけて就業したのか、その後の各ライフステージで就業継続のためどのような希望を抱いているのか、いつ何に困難を感じ離職・転職を考えたり、福祉施設の利用を考えたりするのかなどの、各年代や障害ごとの異なるニーズとそのニーズの変化を把握していくことが、障害のある労働者が安定した職業を得てこれを継続し、より良い職業生活を送って行くため、各職業生活のライフステージにおけるニーズに応じた雇用対策が是非とも必要であると考えた。  しかし、このことについての先行研究を調べたところ、障害者の就業実態等に関する横断調査、厚生労働省が実施している一般を対象とした縦断調査、労働政策研究・研修機構が実施した学卒者を対象とした追跡調査、大学等で実施した家計や女性問題などに関する継続調査は見られるものの、日本全国に居住している障害者とその職業をめぐる縦断調査はこれまで行われていない(注1)。  このため、本調査研究では、障害のある労働者の就職、就業の継続、職業生活の維持・向上等、就職してから職業生活を引退するまで、どのような職業生活を過ごしているかといった障害者の職業サイクルの全体像を明らかにするため、同一対象者に対し長期の継続調査(注2)を実施し、職業サイクルの現状と課題を把握して、障害者の円滑な就業の実現や企業における雇用管理の改善に関する、ライフステージに応じた今後のきめ細かい施策展開のための基礎資料を得るものとした。 2 調査の概要 (1)調査方法  調査方法としては、視覚・聴覚・肢体不自由・内部の身体障害、知的障害又は精神障害を有する労働者を対象として、同一対象者に定期的に同じ質問をするパネル調査の形式を用いて、郵送法にて実施することとした。   調査は、障害のある労働者個々人に対して、若年期を中心とする就職及びこれにつづく職業生活への適応の過程等を明らかにする調査−職業生活前期調査(15歳以上39歳以下対象)−と、一定の就業経験経過後の職業生活の維持・向上等の過程を明らかにする調査−職業生活後期調査(40歳以上概ね55歳以下対象)−を、平成20年度から平成35年度まで、毎年交互に各調査8回、計16回、パネル調査として実施することとした。   (2)調査対象障害者  当事者団体等に協力を依頼し、障害の種類(視覚・聴覚・肢体不自由・内部の身体障害、知的障害及び精神障害の6障害)、障害の程度、性別、居住地域等を配慮しつつ、前期・後期調査合わせて約1,000名の障害のある労働者に協力を依頼し同意を得た。   (3)アンケート質問項目  アンケート調査票(その構成は図1)においては、次の就業関連とその周辺情報を継続的に質問し、その変化の過程等のデータを収集する。 図1 アンケート調査票の構成 (4)調査において明らかにする事項  得られたデータを基に、図2に示す障害のある労働者のライフステージにおいて、ア〜キにかかげる事項の課題を中心に明らかにして行く(今回は第1回目であるので、変化については第2回目以降の調査において見ていくこととなる)。 ア 就職、職場内での異動、離職・退職、再就職、引退、福祉施設への入所等の職業を中心とした地位の変遷  イ 労働条件・労働環境  ウ 資格取得等のキャリア形成 エ 障害年金受給状況・所得の状況 オ 離職・退職の理由、再就職の時期と方法  カ 引退の時期、引退後の生活  キ 就労支援機関、就労支援者等とのかかわり                     等 図2 障害のある労働者のライフステージ   3 第1回アンケート調査(前期調査)結果  調査期間:2009年1月下旬〜2月20日            (1月1日現在で回答) 調査対象者:(調査同意者477名) 第1回目回答者402名(回収率84.3%)       表1 対象者の障害種類と回収率   (人) <基本情報> ○性別:全障害では、男女比はほぼ2対1で、男性が多い。ただし、聴覚障害では、男性が56%でやや多く、内部障害では男性が8割。 ○年齢:平均年齢29.3歳。聴覚障害・知的障害・肢体不自由は20代が多く、視覚障害・内部障害・精神障害は30代が多い。 ○障害程度:身体障害(視覚障害・聴覚障害・肢体不自由・内部障害)では、重度障害が過半数。知的障害9割・精神障害では全対象者が中軽度。 ○障害手帳:身体障害では身体障害者手帳を、知的障害では療育手帳をほとんどの人が所持している。精神障害では精神保健福祉手帳を89%が所持している。 手帳を所持していない人は、聴覚障害・知的障害で各1人。精神障害では5人とやや多い。 ○重複障害状況:91%が単一障害である。重複障害は約7%。3種の障害の重複も少数みられる。 ○受障時期:就職前が7割弱、就職後は約14%。 ○免許資格:視覚障害では、按摩マッサージ指圧師免許・鍼師免許・灸師免許所持者が67%でもっとも多く、次いで英語検定・教員免許。他の障害では、運転免許が最も多く、全対象者の51%が所持。次いで多いのが、情報処理系の免許資格で、聴覚障害38%、肢体不自由33%、内部障害・精神障害が各23%所持。簿記は、聴覚障害、肢体不自由及び内部障害に多い。 ○最終学歴(中退含む):高校・特別支援学校高等部が4割近く、専門学校・能開校は3割強、専攻科・短大・大学・大学院が2割強。 ○特別支援学校:「特別支援学校在学あり」は44%。視覚障害・知的障害は各7割前後、聴覚障害・肢体不自由は各4割弱。内部障害・精神障害は、ほとんどが「特別支援学校在学なし」。 <職業の状況> ○初職(最初に収入のある仕事についた)年齢: ※対象者の職業生活の始点で、「初職」と表記する。今後、      長期継続調査を実施していく上で、さまざまな分析の重要な要素となる。 視覚障害は23歳、聴覚障害は22歳、内部障害は20歳、肢体不自由、知的障害・精神障害は18歳が多い。 ○受障時期からみる初職、転職状況:    ・受障時期が0〜2歳=123人 現在も初職に継続して就業していたものは86人、他の仕事に転職をしていたものは33人。  ・受障時期が3歳以降=143人 現在も初職に継続して就業していたものは76人、他の仕事に転職をしていたものは60人。 ・受障時期が初職後=65人 現在も初職に継続して就業していたものは9人、障害発生前に転職をし、現在もその職に継続して就業していたものは2人、障害発生後に他の仕事に転職をしていたものは49人。 ○初職前の状況:全対象者の78%が初職前は学校に通っていた。特に、視覚障害は91%で最多。次いで、聴覚障害が87%。知的障害の15%、精神障害の11%は福祉工場や作業所で働いていた。内部障害の13%は病院に通院・入院していた。精神障害の9%は家で療養していた。 ○就業形態:全対象者の54%が正社員、パート・アルバイトは38%。視覚障害・聴覚障害・肢体不自由・内部障害は正社員が6〜7割で多く、知的障害・精神障害ではパート・アルバイトが過半数。 ○仕事内容:事務(35%)、ものづくり(25%)が多く、両者で6割。清掃、医療・福祉が各1割程度。ものづくりは聴覚障害・知的障害・精神障害で多く、事務は聴覚障害・肢体不自由・内部障害で多い。福祉・医療は視覚障害、清掃は知的障害で多い。 ○労働条件(平成20年12月で回答): ・1週間当たりの労働時間:週30時間以上がほぼ4人中3人。30時間未満は精神障害・知的障害で多い。 ・給与(月額・ボーナスを除く):全対象者では13〜25万円が42%で最多、次いで7〜13万円が39%。 障害別に見ると、身体障害では、13〜25万円が63%で過半数、次いで7〜13万円が23%。これに対し知的障害では、7〜13万円が66%で過半数、次いで7万円未満が22%。精神障害では、7〜13万円が50%、次いで7万円未満が36%である。 ○通勤手段:公共交通機関が半数近くで、次いで自動車が4分の1、徒歩・自転車が各1割弱。視覚障害・知的障害は公共交通機関が過半数。肢体不自由・内部障害は自動車が多い。 ○通勤時間(片道):「30分未満」、「30分以上1時間未満」が各約4割で、両者で8割を占める。「1時間以上1時間30分未満」が15%。「1時間30分以上」は少ない。 ○仕事の満足度:知的障害は全般的に満足度が高め、聴覚障害は全般的に満足度が低め。給与待遇面については知的障害・肢体不自由が高く、人間関係は内部障害・知的障害が高い。 ○働いていたい年齢:51〜60歳がほぼ45%と最多で知的障害・聴覚障害に多い。61〜65歳は24%。 ○現職継続意思:「今の仕事を続けたい」が64%、「別の仕事をしたい」が15%。知的障害のほぼ4人に3人が「今の仕事を続けたい」と希望。聴覚障害の4〜5人に1人が「別の仕事をしたい」としている。 ○仕事で困ったときの相談先:母親46%、父親25%、上司・同僚41%、知人・友人35%。公的機関では、就業・生活支援センターが15%、次いでハローワーク・病院や診療所が各13%、地域障害者職業センター9%。相談利用なしは13%。 <経済の状況> ○障害年金の受給:「受給している」が76%、「受給していない」が21%。聴覚障害は、「受給している」が89%と割合が高い。 ○生活の収入源:「年金と働いて得る収入」が40%でもっとも多い。「家族などの支援を受けている」は計4割弱。「働いて得る収入だけ」は17%。 ○経済的自立度(表2):生活の収入源の回答を経済的自立度という視点から再分類したところ、特に視覚障害と内部障害において高い。     表2 障害別に見た経済的自立度   (人、%)   高 中 低 視覚障害 35 ( 77.8 ) 8 ( 17.8 ) 0 ( 0.0 ) 聴覚障害 56 ( 68.3 ) 20 ( 24.4 ) 3 ( 3.7 ) 肢体不自由 39 ( 47.0 ) 35 ( 42.2 ) 7 ( 8.4 ) 内部障害 25 ( 80.6 ) 6 ( 19.4 ) 0 ( 0.0 ) 知的障害 54 ( 46.2 ) 46 ( 39.3 ) 10 ( 8.5 ) 精神障害 20 ( 45.5 ) 23 ( 52.3 ) 1 ( 2.3 ) 計 229 ( 57.0 ) 138 ( 34.3 ) 21 ( 5.2 ) <職業意識> ○作業上の配慮事項:知的障害・視覚障害が「作業手順をわかりやすくしたり、仕事をやりやすくすること」、聴覚障害が「まわりに仕事やコミュニケーションを援助してくれる人を配置すること」、内部障害・精神障害が「体力や体調に合わせて、勤務時間や休みを調整すること」が多い。肢体不自由では「作業手順をわかりやすくしたり、仕事をやりやすくすること」と「作業のスピードや仕事の量を障害に合わせること」が各5割前後と多い。 ○会社の配慮事項:対象者全体では、「ずっと働き続けることができるようにしてほしい」が54%ともっとも多い。次いで「障害や障害者のことを理解してほしい」が49%、「給与面を改善してほしい」は37%、「能力に応じた評価や、昇進・昇格をしてほしい」が33%。「ずっと働き続けることができるようにしてほしい」は知的障害及び精神障害で多い。「障害や障害者のことを理解してほしい」は聴覚障害及び精神障害で多い。「給与面を改善してほしい」は障害で差はあまりみられない。 ○近い将来(5年後まで)に実現したいこと: 対象者全体では、「結婚・出産、家庭、恋人」が最多で23%。次いで、「職業面向上(昇進、昇給等)」で19%、「趣味充実(スポーツ大会等での入賞等)」が13%、「自立(経済的自立、一人暮らし等)」10%、「 免許資格取得、留学、勉強」が8%。 ○生活満足度:「満足」・「どちらかといえば満足」を加えてみると、全体平均では「家族関係」が82%、「友人関係」75%、「体力健康」54%、「収入」47%。知的障害は全般的に平均より高く、精神障害が平均を下回っている。 4 まとめ  1回目の調査では、今後、継続して調査を行う対象者の調査時点までのキャリアの状況、調査時点における就業の状況を把握した。具体的には、現在の仕事に関する状況、調査開始時点までの学歴、初めての職業等、家族・住まい等生活についてのデータ等である。  本調査は、各当事者団体や企業を通じて、当事者から長期にわたるアンケート調査の協力について同意を得られた者を対象としている。通常の無記名の1回限りのアンケート調査とは異なり、個人を特定して15年間計8回の調査に回答協力を頂いて実施していくものである。今後も継続して、調査研究の趣旨に理解を頂き、協力を得ていくため、対象者の支援等に最大限の努力をしていく必要があると考えている。  現在、後期調査を実施中であり、今年度末には全対象者の第1回目の前期・後期調査の報告書がそろう予定である。来年度以降の調査において変化をとらえていくことになるが、これらの調査研究は、障害者の職業について日本で始めての全国規模のパネル調査であると考える。  この調査研究により、今まで漠然としていた各障害者の職業生活における課題が明確になってくるものと期待され、行政サイドのみならず、障害者支援に携わる支援者にとっても貴重な資料になるであろう。   【参考文献】 1)厚生労働省:平成18年度身体障害者、知的障害者及び精神障害者就業実態調査の調査結果について(2007) 2)高齢・障害者雇用支援機構:日本の障害者雇用の現状−平成15年度障害者雇用実態調査(厚生労働省)から−、資料シリーズNo38(2007) 3)嶋﨑尚子:社会調査データと分析(2003) (注1) 横断調査、縦断調査  事象の時間的変化についての把握をするための調査デザインは、大別すれば、横断調査と縦断調査に分けられる。 ・横断調査:ある一時点で時間の流れを切断して対象を測定する方法。 ・縦断調査:同一の対象を二時点以上で測定し、諸変数の変化を捉えようとする方法。             (日本大百科全書 小学館を参考) (注2) パネル調査  調査対象者を固定して繰り返し同一質問を行う方法。社会変動や人間発達を実証する上で、不可欠なデータを収集する調査法である。同一対象者に同じ質問をする場合には、とくに意識に関するものなどは前回調査の影響を受けやすく、また、反復ごとにサンプル数が減少してしまうといった問題もある。                      (日本大百科全書 小学館を参考)   ?? ?? ?? ?? 評価と訓練が手軽にできる「ボックス式作業」の紹介 後藤 英樹(足立区障がい福祉センター 就労促進訓練室 作業療法士) 1 はじめに  足立区障がい福祉センター就労促進訓練室は、障害者自立支援法による就労移行支援事業を行っている施設である(平成21年9月30日現在)。  利用者は主に知的障害者で、平成20年度は延べ29名が在籍した。そのうち、就労した者は12名で、就労までの平均在所期間は約6ヵ月であった。  当施設は、足立区の計画や他施設との関係により、年度途中での離職者が利用することが多い。また、近年では新規に知的障害者として認定された高学歴の利用者も多くなってきている。  すぐにでも就職したいと希望する利用者が多いため、能力や適性を短期間で把握する役割が求められている。  今回は、利用者の基礎的な作業能力の評価と訓練を効率的に行うことを目的に、当施設で行っている「ボックス式作業」を紹介し、その利点と課題について報告する。 2 ボックス式作業とは  当施設の作業プログラムは、①基礎能力の確認と訓練をする「アセスメントプログラム」、②しごとをイメージした作業体験をする「ワークプログラム」、③特定企業への就労に向けた訓練をする「オーダーメイドプログラム」の3つに分かれている。  「ボックス式作業」は、その中の「アセスメントプログラム」として行っている。  「ボックス式作業」とは、一つの作業を行うために必要な材料と道具、そしてできた量やかかった時間などの結果を記入する用紙を、一つの箱の中にまとめてセットしたものである。  箱の大きさはなるべく統一し、収納する場所も一ヵ所にまとめてある。     ボックス(例)      収納(例)                   ボックス式作業(例):名刺の仕分け ボックス式作業(例):衣類の取り扱い 3 ボックス式作業の導入経過  当施設のこれまでの作業プログラムは、実際のしごとをイメージした「ワークプログラム」や受注作業が中心であった。  利用者が職業選択をしやすくなることや、実際の職場で起こると予測される問題点を、事前に確認するためにはとても効果的であった。  しかし、これらの作業をしていると、環境や道具、人とのかかわりが発展していき、一つの「作業」がどんどん広がりを持っていく。そのため、基礎的な作業能力の把握がしづらいという課題があった。  実際に就職してみると、要求される能力は非常に多く、また、それが複雑に絡み合っているため、失敗があったときの要因を限定しづらいということもしばしばあった。  そこで、実際のしごとの環境にとらわれず、作業の広がりを抑え、基礎的な作業能力の評価と訓練をする必要性が検討された。  平成20年度の後半から「ボックス式作業」を試行し、平成21年4月から本格的に導入することにした。 ワークプログラムの様子 (左:調理補助、右:清掃) 4 ボックス式作業の利点 (1)用意されている作業を把握しやすい  「一箱一作業」としてコンパクトに収納することにより、一つひとつの作業をとらえやすくなる。  また、それらを一ヵ所にまとめて見渡せることにより、用意されているすべての作業を把握しやすくなる。  作業を同じ「一箱」という単位でイメージし、それぞれを比べやすくしてあるので、得意な作業や苦手な作業を把握しやすい。 (2)手軽さを感じられる  道具の準備や作業工程の説明、結果の測定などについて、一箱ですべて完了するため、手軽さを感じながら一つの作業を扱うことができる。  また、見た目がすべて統一されたボックスということから、どんな作業にも、先入観を待たずに取り組みやすい。 (3)どこでもできる  箱ごと運べるため、場所にとらわれることなく、どこでも作業ができる。  個室での個別的な作業にも使えるし、大きな部屋で何人かで作業するときにも使える。そしてそれがいつでも可能である。 (4)共有できる  他の部署、部門に貸し出しがしやすい。  障がい福祉センターでは、就労支援センターや身体障害者のリハビリ部門なども併設しており、実際に他部門に箱ごと貸し出しをしている。  就労移行支援事業を利用する知的障害者だけでなく、幅広いタイプの方にも利用してもらっており、結果も共有できている。  そして、他部門の意見も取り入れて作業内容の修正も随時行えている。 (5)自主的に行える  作業する者にとっては、手軽な箱の単位での把握ができるので、「あの作業はまだやっていないからやりたい」「次はあれをやってみたい」という自主性や意欲が喚起されやすい。  また、収納場所からの箱の出し入れや、結果の記入を自分で行うこともでき、自らチャレンジするという行動を起こしやすい。 (6)比較がしやすい  作業の広がりを抑えてあり、同じ作業を何回もチャレンジできることと、結果を記入する用紙も作業と一緒にボックスに収納してあることから、個人の経過を把握しやすい。  また、同じ理由で、他の人と比べることも容易である。 (7)個別対応がしやすい   評価にも訓練にも体験にも使えるという柔軟性があり、作業に人を合わせるのではなく、「人に作業のほうを合わせる」ということがしやすい。  たとえば、同じ作業に長時間取り組むこともできるし、短時間で何種類もの作業に取り組むこともできる。 (8)変更がしやすい  一つの作業を廃止するときも、新たに作業を準備しておくときも、独立した一箱ごとの見直しになるため、他の作業への影響が少ない。  ボックス式作業は、内容の変更がしやすく、常に進化し続けることができる。 5 課題 ・作業がこじんまりしてしまい、事務系の仕事に偏ってしまう。 ・作業の広がりを抑えてあるので、単純化し過ぎてしまう作業がある。 ・実際のしごとのような変化はないので、マンネリ化はしやすい。 ・「箱に無理やり詰め込む」場合があり、設定に無理があるセットになることもある。 ・扱う物を小型化する工夫に時間とエネルギーが必要。 6 まとめ  今回紹介した、評価と訓練が手軽にできる「ボックス式作業」は、基礎的な作業能力の評価と訓練においては、非常に利点が多い。  しかし、いくつかの課題もあり、今後も見直しや修正を続け、常によりよいものに更新していかなければならない。  また、「実際のしごとと同じ環境での作業」と「ボックス式作業」の併用による効果についても、検討をしていきたい。 国立職業リハビリテーションセンターにおける視覚障害を有する 訓練生のための就労支援・職業訓練の取り組み ○刎田 文記(国立職業リハビリテーションセンター職業指導部職業指導課 障害者職業カウンセラー)  小林 久美子・小林 正子・中山 秀之(国立職業リハビリテーションセンター職業指導部職業指導課)  大内 朋恵・長谷川 秀樹(国立職業リハビリテーションセンターOAシステム課視覚アクセスコース)  1 はじめに  国立職業リハビリテーションセンター(以下「職リハセンター」という。)では、平成18年度〜19年度にかけて、「視覚障害者受入拡充に関する検討プロジェクト」を実施し、職リハセンターにおける視覚障害者への職業リハビリテーションの現状や今後の課題について整理し、報告書1)にとりまとめている。この報告書では、職リハにおける今後の課題を、実務的な課題と制度的な課題に大別し、特に実務的な課題については、視覚障害者の受入拡大を図るために、就職先の選択肢を拡大する訓練コース設計のあり方や新たな訓練におけるマンパワーの確保・体制の整備、最新の支援機器の整備と情報保障の必要性が指摘されている。  職リハセンターでは、この課題に取り組むために、「重度視覚障害者の就職促進のためのワーキングチーム(以下「ワーキングチーム」という。)」を結成し、重度視覚障害者に対する就労支援と職業訓練の有機的連携を図り、就職の促進が図れるよう検討を行っている。  本稿では、このワーキングチームで検討している視覚障害者の職業訓練へのニーズや収集した就業事例、それらの情報に基づく訓練内容の拡充の現状とその効果等について、報告する。 2 目的  職リハセンターの「ワーキングチーム」による情報収集や訓練内容の拡充の現状等について整理し、その効果と今後の課題について検討する。 3 ワーキングチームの活動と実施状況  職リハセンターのワーキングチームでは、現状の課題について検討するため、職リハセンターに在籍していた視覚障害者から訓練に対するニーズを伺った。また、既に視覚障害者を雇用している企業3社を訪問し、企業内でご本人が従事している職務内容について、詳細な情報収集を行った。 (1)重度視覚障害者の訓練ニーズ  視覚障害訓練生から聴取した結果を基に、訓練ニーズの高い訓練内容を、実際の職務に近い訓練を行えるよう構造化を図ることを念頭に、段階的 に整理した。 表1 視覚障害者の訓練ニーズ PCスキル関連 ①テキスト入力 ②点字の習得・確認 ③e-mailの作成・仕様 ④Internetによる情報検索 ⑤墨字データのテキストデータ化 ⑥Excelによる作表・データ集計・報告等 ⑦Wordによる文書修正・差し込み印刷等 ⑧Homepageの修正・作成等 ⑨Accessによるデータベースの作成・修正 ⑩JAVA等のプログラミング作業 その他のスキル ①電話応対・メモ作成 ②コピー・ファイリング等のオフィスワーク ③メモ等による予定・情報・作業遂行管理   これらのニーズに対するワーキングチームの検討の中では、これらが全ての訓練生に到達可能なものではく、個々のスキルレベルに応じて実施される必要があること、個々の項目について、実際の職場で活かすことを念頭に実務的な訓練内容を取り入れることの必要性が指摘された。 (2)重度視覚障害者の職務内容(事例)  事務職として就労中の重度視覚障害者3名に対し、情報収集を行った結果について、概要・作業環境・職務内容等について以下に整理した。 ①人事部に所属するAさん 概要:ITセキュリティ関連企業の総務・人事部に所属するAさん(全盲)は、10年に渡って採用業務に従事している。 作業環境:ノートPC、Office2003、XP Reader、紙2001(メモ用)、企業内グループウェア(音声対応済み) 職務内容:人事部では部長以下数名で業務を行っている。Aさんは、採用業務に関する予算作成等から募集活動、面接、採用事務等まで幅広く従事しており、細かな事務処理は派遣スタッフがAさんの指示のもと行っている。詳細な職務内容を表2に示した。 表2 Aさんの職務内容一覧 No    作業名・作業内容 1   新卒採用 1-1 予算作成(採用方針案に基づく予算作成) 1-2 採用活動準備(採用活動に向けた準備) 1-3 募集作業(就職サイトの掲載) 1-4 就職サイト登録者の情報管理 1-5 DM(E-mail)の発送(セミナー告知等) 1-6 セミナー出欠電話確認 1-7 適正テストの実施・データ管理・判定 1-8 面接対象者への電話連絡・日程調整等 1-9 内定 1-10 内定者懇親会の計画・連絡・実施 2  キャリア採用 2-1 予算作成(採用方針案に基づく予算作成) 2-2 ハローワーク採用 2-2-1 ハローワーク求人票の作成・提出 2-2-2 応募者の受付・情報管理 2-3 社員紹介採用 2-4 転職サイト採用 2-4-1 転職サイト契約 2-4-2 転職サイト運営・会社説明会開催 2-5 人材紹介会社採用 2-5-1 人材紹介会社契約 2-5-2 応募者の受付・情報管理 2-6 書類選考・採用面接 2-6-1 書類選考・選考結果の通知 2-6-2 採用面接の調整・実施 2-7 内定 2-7-1 社内判断の確認 2-7-2 採用条件を応募者に通知、確認 2-7-3 稟議書作成(グループウェア)、稟議 2-7-4 合格者と交渉後、内定を通知 2-8  各種経費の支払い ②総務・人事グループに所属するBさん 概要:生活用品・医薬品・食品製造メーカーの総務・人事グループに所属するBさん(全盲)は、職リハセンターで訓練を受けた後。総務業務担当者として採用されまもなく2年目となる。 作業環境:デスクトップPC、Office2003、XP Reader、JAWS、DotView(点図ディスプレイ)、ブレイルメモ(点字ディスプレイ)、駅スパート 職務内容:Faxやコピー機、社内グループウェア等が視覚障害に対応していないため職務内容が限定されているが、PCスキルを必要とする作業を他のグループメンバーの作業から抽出し、Bさんの職務としている。詳細な職務内容を表3に示した。 表3 Bさんの職務内容一覧 No    作業名・作業内容 1  給与データの集計・統合(700名×20項目) 1-1 本部・2工場・8支店からデータ受信 1-2 データ抽出、項目別統合ファイルに統合 1-3 給与システムアップロード用シートに統合 2 組合費データの集計・仕分け・発送(Excel) 2-1 給与システムデータから組合費データ抽出 2-2 11支部/本部部署毎の集計データを作成 2-3 経理部へ集計データを送信 2-4 支部別データを印刷、社内便で発送 3 残業データの集計・グラフ作成(DotView) 3-1 給与システムデータから残業データを抽出 3-2 部署毎にデータを抽出、集計 3-3 部署別勤怠実態グラフを作成・報告 4 派遣社員残業データの集計/グラフ作成(〃) 4-1 派遣社員残業データ集計表にデータをコピー 4-2 部署毎にデータを抽出、集計 4-3 部署別勤怠実態グラフを作成・報告 5 電報発信(ベリーカード活用) 5-1 電報発信内容をエクセルシートで受付 5-2 ベリーカードに必要事項を入力・発信 6 新規入社、退社者の人事データベース更新 6-1 入退社者の発生連絡を口頭で受ける 6-2 通勤データの作成・確認(駅スパート) 6-3 人事データベースの更新(Access+Jaws) 7 電話応対 7-1 代表電話を受信/メモ(ブレイルメモ) 7-2 内線番号表を検索・確認・転送 8 宅配荷物の受け付け 8-1 宅配業者からの来社の連絡を受付 8-2 セキュリティドアの開放 8-3 宅配便の受け取り、受領印押印 9  郵便物の発送 9-1 住所タックシールの作成・印刷(Excel) 9-2 封筒へのタックシール貼付・発送 10 その他 10-1 新入社員への連絡文作成・封入・発送(Word) 10-2 半期・年度末決算期の給与データの集計 10-3 朝礼の司会 ③人事部に所属するCさん 概要:時計メーカーの総務・人事部に所属するCさん(全盲)は、職リハセンターで訓練を受けた後、採用業務担当者として採用され5年目となる。 作業環境:Office2003、ホームページ・リーダー、XPReader、JAWS(PDF読込)、e-Typist 職務内容:新規学卒・障害者採用を2名で担当し、応募者等の外部との連絡調整をCさんが行っている。職務は、採用から募集、問い合わせ対応、社内研修等まで多岐に渡っており、月10時間程度の残業も行っている。詳細な職務内容を表4に示した。 表4 Cさんの職務内容一覧 No    作業名・作業内容 1  新規学卒者採用(全業務量の6割) 1-1 募集活動(就職サイトの公開) 1-2 応募受付(10月開始、2万人) 1-3 応募者の情報管理・集計・分析 1-4 説明会準備・開催(2-5月、年間7-8回) 1-5 適性検査(業者委託の筆記試験、1万人) 1-6 面接;人事部→配属予定部門長→役員 2 問い合わせ対応(主担当) 2-1 メール対応(1日20件) 2-2 電話対応 2-3 OB訪問対応(日程調整、当日対応) 3  障害者採用(主に6〜9月頃) 3-1 採用の企画・提案 3-2 募集作業(ハローワークへの求人申込) 3-3 問い合わせ対応(メール・電話) 3-3 採用面接の調整・実施 3-4 結果の連絡(メール・電話) 4 中途採用 4-1 問い合わせ対応(メール・電話) 4-2 担当者へつなぐ 5 インターンシップ業務 5-1 企画作成・提案(H20年度からの新企画) 5-2 資料作成・案内送付(封入、発送) 5-3 希望者の受付(メール;約1000名) 5-4 受講者の選考(150 名) 5-5 インターンシップの実施   (理系学生50名/2日、文系学生100名/1日) 6 社内研修 6-1 企画作成・提案 6-2 資料作成・案内送付(封入、発送) 6-3 社内研修の実施(年間5〜6回)    (10/1内定式後の懇親会、夏祭り等) 7 リクルートマガジンの発行(メールで発行) 7-1 企画作成・提案(H20年度からの新企画) 7-2 取材の調整、実施 7-3 リクルートマガジンの作成・編集 7-4 発行(10-6月;週2回、7-9月;月1回) 8 資材の発注(月2回程度) 8-1 各部署より発注の受付 8-2 業者への発注書を作成・発注 8-3 商品を受領 8-4 経理担当者へ領収書等渡す 9 その他 9-1 出退勤の管理→各人のパソコン 9-2 出張伺い→各人のパソコン 9-3 回覧・添付ファイル等→読み上げを依頼 9-4 契約書類→代筆を依頼 9-5 メモ→メールで送信を依頼 4 視覚障害者に対する訓練カリキュラムの検討 (1)視覚障害の事務職務への適応可能性の検討  以上の3事例から、視覚障害者の事務職務を検討する上で、いくつかの共通の特徴が見いだされた。  まず、これらの事務職務では、表計算ソフトやメールソフト、インターネットを多用していた。また、3名の職務には電話やメールでのやりとりが多く、多様な方法でコミュニケーションを行っていた。さらに、口頭での指示や電話での応対、面接や会議での記録等にそれぞれ得意なツールを用いてメモをとっていた。  これらの事例では、様々な人事関連業務や総務関連業務の中から、これらの特徴を活かして実施可能な作業を徐々に拡大し、個々の作業を単独で特別な支援なく実行している。  これらの結果から、視覚障害者の事務職務への適応は墨字の取り扱いや、社内グループウェアの音声化等の課題・制限はあるものの、個人スキル(PCやコミュニケーション、メモ等)が一定以上のレベルに達していれば実施可能な作業を切り出しうるものと考えられる。また、3事例は全て全盲であったことから、墨字への対応が可能な弱視の場合には、ファイリング等のオフィスワークについても実施可能と考えられる。 (2)視覚障害者に求められるスキル  以上の検討結果から、事務職務を目指す視覚障害者に求められるスキルを、次のように整理した。 ①Excelでのデータ加工(関数、ピボット、グラフ等) ②ビジネスメールの習得(マナー、添付ファイル等) ③電話応対(対人スキル、調整・交渉等) ④メモ取り(墨字、点字、テキスト入力、音声メモ等) ⑤Accessでのデータ加工(データ検索、抽出、入力) ⑥インターネット検索 ⑦HTMLの基礎知識 ⑧ファイリング、データ入力等(弱視の場合)  これらのスキルは、視覚障害者からの訓練ニーズにもほぼ対応しており、これまでの訓練の中で取り組んできた内容も多い。しかし、これまでの訓練では、ソフトの操作等、新たな学習に重点がおかれており、実際の職務を想定した作業課題に、独力で取り組む機会が少なかった。 (3)カリキュラム・指導方法の見直し  就職後、(2)で整理したスキルを自律的に活用できるように訓練を実施するには、ソフトの操作の学習のステップだけでなく、実務的作業における習熟のステップへと段階的に移行するカリキュラムが必要である。また、マンツーマン指導から自律的な作業遂行を促す指導へと段階的に実施する指導方法を必要となる。さらに、これらのステップを有機的に構築するためには、本人が常に独力で振り返ることができる「教材」や、指導内容をメモできるスキルの習得が必須となる。  現在、職リハセンター視覚アクセスコースでは、これらのステップを念頭に、視覚障害者用の訓練教材(電子ファイル等)の整備や、実務的作業の作成・実施に順次取り組んでいる。 (4)新たなカリキュラムの実施事例  今年度終了した訓練生Dさん(弱視)は、訓練後半に入って新たなカリキュラムを導入した。カリキュラム例を図1に示した。Dさんは、事務職経験がなく訓練を受講する中で、どの程度自分が事務職務に適応できるスキルを身につけているか不安が大きかった。そこで、ファイリング作業や帳票へのデータ入力作業等を導入・習熟を促し、独力で実施できるよう訓練を行った。また、他者からの指示や助言を大きめの字でメモできるよう常にノートを携帯させ、活用するよう促した。その結果、事務作業に対し自信を持って取り組めるようになり、企業との面接の中でも、自分自身が実施可能な作業内容を具体的に伝えることができ、就職に至った。 5 今後の課題 (1)全盲者の支援への取り組み  現在、新たなカリキュラムにより就職に至った事例は弱視者に限られている。また、全盲者の職務については、ルーティンワークとして取り組むべきものを検討している段階である。収集した事例等を参考に、全盲者への就職支援・職業訓練を充実させることが大きな課題となっている。 (2)必要な訓練教材の整備・拡充  弱視者の訓練教材には、ファイリング等の作業を新たに導入してきたが、全盲者の訓練教材は、十分に整備された状態とはなっていない。個々のスキルに応じた段階的な訓練教材の整備・拡充が課題である。 (3)企業へのプレゼンテーション方法の検討 ①実施可能な職務の具体的提案  視覚障害者の就職支援では、職務の具体的なイメージが想定しにくいことが障壁となっている。個々の障害状況に応じた、具体的な職務の実施可能性を雇用事例、訓練状況等の情報提供から提案できるよう工夫する必要がある。 ②職場実習による実施可能性のアピール  職務の遂行可能性をアピールするために、職務内容の事前訓練を含めた「特注型の職場実習」の活用が可能となった。今後、新たな実習方法として、事業所と協力して実施できるよう取り組んでいきたい。 参考文献 1)「視覚障害者受入拡充に関する検討プロジェクト報告 書」.国立職業リハビリテーションセンター.H20.1. 2)「視覚障害者に対する効果的な職業訓練を実施するた めに〜指導・支援者のためのQ&A〜」.国立職業リハビリ テーションセンター.H20.1. 3) 「視覚障害者の就労の基盤となる事務処理技術及び医 療・福祉・就労機関の連携による相談支援の在り方に関 する研究報告書」.NPO法人タートル.H21.3. 図1 弱視者用の訓練カリキュラム例 一般企業に就職した視覚障害者の就職後の状況調査について ○石川 充英(東京都視覚障害者生活支援センター指導訓練課 主任生活支援員)  酒井 智子・山崎 智章・大石 史夫・長岡 雄一(東京都視覚障害者生活支援センター)   1 はじめに  近年の経済状況は雇用の悪化を生み、障害者の雇用は厳しい環境に直面している。視覚障害者の就労を支援する際、単独移動を可能にするための公共交通機関の利便性、職務内容などの職場環境を十分に考慮する必要がある。  視覚障害者の就労支援に関する先行研究では、復職や新たに就労する経過、および技術習得のプログラムに関する報告はある1)、2)、3)。さらなる視覚障害者の就労や雇用の定着化をはかるためには、個人に適した職場生活のQOLを高めるためのキャリア開発を目指すことは必須である。そのため現在就労している視覚障害者の職場生活の状況を把握することは、今後就労を支援するプログラム開発を検討する上でも大変重要である。そこで我々は、就労している視覚障害者の職場生活についての聞き取り調査を実施した。その結果について報告する。 2 研究方法 (1)研究対象者  視覚障害者の生活訓練施設で訓練を受けた後、職業訓練施設などに進み、パソコン技術、またはマッサージ技術を習得して一般企業などで就労している中途視覚障害者15名。 (2)研究方法  先行研究1、2)、および調査者らの実践経験を併せ、家庭生活や職場生活での困難場面や支援体制などを主に6調査項目を作成した。次に対象となる候補者にはメールか電話にて同意を得た上で、事前に調査項目を知らせる目的でメールにて送付した。面接による聞き取り調査は、2009年7〜8月にかけて実施した。分析方法は、調査項目に対する回答内容について質的記述分析を行った。 (3)倫理的配慮  対象者へのプライバシーの配慮から、個人を特定する表現は避け、データは研究以外には用いないことを対象者に伝え、了解を得た上で聞き取り調査を行うなどの倫理的配慮を行った。 3 結果と考察 (1)対象者の概要  対象者総数は15名、性別は男性10名、女性5名、平均年齢は45歳、居住地、勤務地は全員が東京都内であった。  障害の程度については、身体障害者手帳の障害程度等級1級が11名、2級が4名、優性の視力が手動弁以下11名、0.01または0.02が4名であった。なお、この4名は視野にも障害があった。  雇用形態では、正社員が9名、嘱託・契約職員が6名、職種は企業内マッサージが5名、一般事務、お客様相談、人材育成など、いわゆる事務職系が10名、そのうち5名は復職者であった。業務におけるパソコンの使用状況は、15名全員が使用していた。また、ソフトウエアは、スクリーンリーダーと電子メールが全員、ワード・エクセル・ブラウザは14名が使用していた。 (2)家庭生活での困難場面と支援体制  一人暮らし5名のうち4名は、郵便物の内容確認、掃除、買い物に困難を感じていた。このうち3名はホームヘルパーを利用していた。一方、家族と同居している10名のうち8名は困難を感じていなかった。これは家族による日常生活への支援が大きく影響していると考えられる。  転居や転職・転勤という環境が大きく変化した8名は、単独移動確立のために自宅周辺、通勤経路、会社建物内の環境認知や移動経路確認を歩行訓練士に依頼していた。単独移動の確立は、家族やホームヘルパーによる支援では難しいと判断したためと考えられる。このような移動確立のために実施する歩行訓練は、サービス提供施設側が費用を負担して対応していることが多いことから、提供施設側の都合により歩行訓練を受けることができなくこともあり得る。安心して歩行訓練を受けることができるよう、法的な整備が必要であると考える。 (3)職場生活での困難場面と支援体制  職場生活でサポートを依頼する場面として、①パソコンの操作やトラブル等のパソコン関連が8件、②回覧文書などの紙媒体の読み上げ5件、③社内や社外の一人で移動できない場所への誘導が4件であった(表1)。  支援の依頼は、職場の同僚が多かった。特にパソコンのトラブルやレイアウトの確認などパソコン関連は、即時的な解決方法として同僚への依頼は有効である。しかし、自らパソコンのトラブルなどに対応するための技術力をつけたい場合やソフトウエアの大きな変更・変化の時など、同僚に依頼しにくい場合は、訓練施設などに支援を依頼していた。このような形の支援は、サービス提供施設側が費用を負担して対応していることが多く、歩行訓練同様、大きな職場環境の変化に対応できるようなサービス提供が可能になるための法的な整備が必要であると考える。 (4)職場生活を円滑に送るための工夫 イ 仕事をする上で気をつけていること  『仕事をする上で気をつけていること』については、「職場でのコミュニケーションの取り方に関して」と回答した人が15人中7人であった。また、「ストレスを引きずらないようにしている」「同僚との仕事のバランス」という回答もあった(表2)。  これは、仕事をする上で、周囲から声をかけてもらえるような雰囲気作りを心がけるなど、コミュニケーションの重要性を意識し、腐心しながら職場生活を送っていることを示していると考える。 ロ コミュニケーションを円滑にするための心がけ  『コミュニケーションを円滑にするための心がけ』について、回答総数27件(複数回答)のうち、最も多かったのが「こちらから声をかけるなど、雰囲気作りをする」が6件、「あいさつをする」が5件、「自分の見え方やできることなどの状況を伝える」が3件であった。また、「お願いするときは一人に集中しない」「話に入り込むのに苦労する」などという回答もあった。  これは、支援依頼を考え、普段から良好な関係を築いておくことを心がけていること、また支援依頼に心的負担があることを示していると考える。 ハ 仕事以外での過ごし方  『仕事以外での過ごし方』については、回答総数31件(複数回答)のうち、最も多かったのが「家族や友人と過ごす」が6件、「運動」「映画」「テレビ」が各4件であった(表3)。仕事以外の趣味や余暇活動の充実は、仕事を円滑に進めていくためには重要である。職業リハビリテーション期間中に、趣味や余暇に関する情報提供を行う必要があると考えられる。特に、運動と映画館での音声解説付き映画については、情報を提供するだけではなく、実体験ができるような場の提供も重要であると考える。 4 今後の課題  今後、視覚障害者の就労支援では、職業の技術的な訓練を提供するだけではなく、就労後の職場生活の環境変化、視力低下などの視覚機能の変化、転居などの家庭生活の環境変化に対応できるサービス体制の充実、また心的負担を軽減するための相談体制の充実をはかる必要がある。さらに、趣味や余暇の充実、ストレスへの対処法などに関する情報提供を行う必要があると考えられる。  一方、障害者自立支援法に基づく就労移行支援サービスは、就労直後のサービス提供は認められているものの、一定期間を過ぎるとサービス提供ができないのが現状である。視覚障害者の就労や雇用の継続・定着化のためには、相談・情報提供・技術指導などのサポート体制が大変重要であると考えられるが、これらのサービスが社会福祉の法律に基づいた形でも提供できるように法整備を望むものである。 参考文献 1)日本盲人社会福祉施設協議会:在宅視覚障害者のIT化に伴う情報アクセシビリティに関する調査研究事業報告書、平成16年3月 2)NPO法人タートル:視覚障害者の就労の基盤となる事務処理技術及び医療・福祉・就労機関の連携による相談支援のあり方に関する研究報告書、平成21年3月 3)障害者職業総合センター:視覚障害者の雇用拡大のための支援施策に関する研究:、平成21年3月 表3 仕事以外での過ごし方 (複数回答、単位:件) 家族や友人と 運動 映画 テレビ 休養 趣味・サークル 音楽・朗読CD 家事 その他 6 4 4 4 3 3 3 2 2 表1 職場生活での困難場面     (複数回答、単位:件) 表2 仕事上で気をつけていること (単位:人) パソコン関連 紙媒体読み 移動 特になし コミュニケーション 仕事バランス ストレス管理 特になし その他 8 5 4 4   8 1 1 1 4 メンタルヘルス不全休職者の職場復帰過程における        トータルパッケージの活用状況と課題について ○加賀 信寛(障害者職業総合センター障害者支援部門 主任研究員)、 小池 磨美・位上 典子・中村 梨辺果・村山 奈美子・下條 今日子・望月 葉子・ 川村 博子(障害者職業総合センター障害者支援部門) 1 目的と背景  障害者職業総合センター障害者支援部門においては、「特別の配慮を必要とする障害者を対象とした、就労支援関係機関等から事業所への移行段階における就職・復職のための支援技法の開発に関する研究」(平成19〜21年度)の中で、医療、保健、福祉、就労支援機関、企業等を研究協力機関とし、各機関・企業における職場適応を促進するためのトータルパッケージ(以下「TP」という。)を活用した、メンタルヘルス不全休職者の職場復帰支援の方策について検討を行った。  本報告ではメンタルヘルス不全休職者の職場復帰過程における各機関・企業のTPの位置づけと活用状況を整理し、TPの体系的導入の視点と課題、今後の展望等について述べる。 2 研究協力機関  表1は、メンタルヘルス不全休職者の職場復帰過程でTPの構成ツールを活用している研究協力機関・施設及び企業の一覧である。TPを活用している機関等は13所(医療・保健機関〜4所、福祉機関〜1所、一般事業所〜6社、その他の機関〜2所)となっている。 表1 研究協力機関一覧 3 研究協力機関におけるTP活用の位置づけ (1)医療及び保健機関 ①精神科医療機関  デイケアに「復職支援プログラム」を組み入 れ、職場復帰支援を進めている精神科医療機関 (表1中の№4、13の医療機関)においては、 職場復帰に向けた準備性の向上(作業耐性の強 化、疲労に対するマネージメントスキルの習得 等)を図るためのツールとして、図1及び表2 の通りTPを位置づけて試行的に活用してい  る。 図1 №4(表1中)の医療機関におけるTPの位置づけ 表2 №13(表1中)の医療機関におけるTPの位置づけ *インテーク面接(MSFAS) スケジュール 月 〜 金 午 前 *オフィスワーク  MWS各課題  復職に役立つ自主課題等 午 後 *集団認知療法 *スポーツ *コミュニケーショントレーニング *自主活動 *復職支援ミーティング  また№3の医療機関においては、デイケア利 用者個々の状況やニーズに応じて、TPのツー ルを適用する者と適用しない者をスクリーニン グして活用している。 ②精神保健福祉機関  地域障害者職業センターにおいて実施されて いる「リワーク支援」を利用できない休職中の 公務員労働者を主な対象とし、研究協力精神保 健福祉機関(表1中の№12)のうつ病デイケア において、表3のような位置づけでTPの各ツールが活用されている。 表3 №12(表1中)の保健機関におけるTPの位置づけ *インテーク面接(MSFAS) *カウンセリング(M-メモリーノート) スケジュール 月・火・木・金 午前  〜   午後 *グループ活動  *料理/茶道/陶芸等 *認知行動療法 *復職プログラム(MWS各課題) *プログラムミーティング (2)福祉機関  福祉機関(表1中の№1)の「労働支援プロジェクト」において、図2に示すように利用者に対するアセスメントや集中研修プログラム、作業改善、就労・復職支援の中にTPの各ツールを位置づけ、さらに関係機関との情報交換ツールとしても活用している。職場復帰の希望者に対しては、地域障害者職業センターで実施しているリワーク支援への円滑な移行を意図し、実際の就業環境に近い条件を施設内に確保する工夫を加えている。 図2 第16回職業リハビリテーション研究発表会「精神障害のある人の多様な働き方を実現するために」−支援ツールとしてのトータルパッケージ活用の方向性−(香野他)より転載 (3)一般事業所  本調査研究の一環として、企業におけるメンタルヘルス不全休職者に対する職場復帰の取り組み状況について把握するため、ランダムサンプリングした一般企業4500社を対象とした、「メンタルヘルス不全による休職者の職場復帰に関するアンケート調査」を平成20年5月に実施し、886社から有効回答を得た。  図3は企業が円滑な職場復帰のために現在利用している方策と、今後、必要となる方策に関し項目選択方式によって得た回答を集計した結果である。 図3  本調査の結果から、メンタルヘルス不全休職者の円滑な職場復帰を進めていく上においては、①「対応可能な作業的負荷の水準の確認」、②「病前と病後の変化に対する気づきの促し」、③「注意や集中の持続、疲労時のマネージメント」等の課題を、メンタルヘルス不全休職者自身が客観的に吟味、検討し、補完方法と対処行動の獲得を支援できる具体的なツールに対するニーズがあることがわかった。  表1中の№2、5、6、7、10、11の研究協力企業は、こうした具体的なツールに対するニーズを有しており、各企業の実情に応じ、図4に示したような、①「活動回復期」、②「復職準備期」、③「復職後」の何れかの職場復帰ステージにおいてTPを活用している。  以下に、①〜③までの各ステージにおける、TPの活用状況を記す。 ①活動回復期  表1中の№6、7、10の企業においては、職場復帰の初歩的ステップを踏み出す際、無理のな い精神的負荷と作業意欲再生のための適切な刺 激を提供できるツールとして、TPをホームワークとして活用している。 ②復職準備期  表1中の№5の企業においては、リハビリ出 勤(試し出勤)を職場復帰前の準備段階として 位置づけており、支援対象者がMWSの中から 選択した作業課題や資格取得学習、レポート作 成等に取り組み、またメモリーノートやMSF ASを活用しながら体調管理にも心掛けること によって、無理のない職場復帰の計画と準備を 進めている。 ③復職後  表1中の№2、11の企業においては職場復帰 後、支援対象者を直ちに通常業務に従事させる のではなく、慣らし勤務のプロセスを設ける等、 ソフトランディングを図っている。慣らし勤務 期間中は、MWSの各作業課題や企業内で準備 できる軽作業を織り交ぜ、これらと併せて、MS FASも活用しながら、ストレス・疲労のセル フマネージメントを適切に行えるよう支援する ことにより、職場復帰後の定着を強化している。 図4 (4)その他の機関   ①産業保健推進センター  企業の産業保健スタッフや労務担当者を対象 とし、研究協力産業保健推進センター(表1中 の№9)が主催する研修会においてTP活用講 座を開催し、メンタルヘルス不全休職者の職場 復帰支援過程におけるTPの活用方法と、その 有用性について情報提供した。その結果、当該 地域においては企業のTPに対する関心が広ま り普及のきっかけを得た。 ②民間EAP機関(Employee Assistance Professions :労働者の健康のサポートを事業として展開する民間機関)  民間の研究協力EAP機関(表1中の№8)が実施している職場復帰支援の過程において、3ヶ月〜6ヶ月以上、連続して休職している支 援対象者が、TP活用によって得られた具体的で明確な成果を集団認知療法や再決断療法の場面で支援者からフィードバックされている。このことによって、今後の支援方針のエビデンスとして、支援対象者との合意形成が得易くなる効果があることが、同EAP機関から報告されている。併せて、同EAP機関のスタッフ間で、支援対象者の支援方針を検討する際の協働レベルを上げるコミュニケーションツールとしても機能しているとの報告を得ている。 3 今後の課題と展望 (1)体系的な導入の視点で活用する  TPの体系的な位置づけを念頭において活用している機関、施設及び企業がある一方、体系的な位置づけではなく、支援スタッフが個々の支援対象者の障害状況に応じて、その都度ツールの適用可否を判断しているところもある。  後者のような視点でTPを活用する場合の課題として、①個々の支援スタッフのTPに対する価値判断や経験値によって適用可否が左右され易く、スタッフ間で支援の方向性を検討する際の情報共有ソースになりにくい。②TPの各ツールが有する機能と個々の支援対象者の障害状況や活用場面を的確に照合し、ツールの適用可否をその都度、合理的に判断する必要性が生じる等があげられる。  これに対し、体系的な視点で活用する場合、支援スタッフのツール活用ノウハウについては一定程度、担保される必要があることは当然としても、職場復帰支援システムの一端を担うツールとして平準的に稼動していくため、支援スタッフ個々の恣意が介在しにくく、支援の方向性に対する支援者間の共通認識が形成され易くなり、より効果的な支援の方策に繋げていくことが可能になるものと考える。  しかしながら、TPの体系的な活用の視点に基いて職場復帰支援が行われた事例が少数であることから、今後、研究協力機関・企業等における、活用事例を蓄積していくことによって、体系的活用の効果に関する実証性を高めていく必要がある。    (2)地域における職場復帰支援モデルの構築  企業の産業保健または労務担当者と、職場復帰のための関係機関の連携を実現していくために、TPの活用が有効であるとの報告を研究協力機関から得ている。本研究においては複数の地域の医療、保健、福祉、就労支援機関、企業等に対し研究協力を依頼したが、これは地域における職場復帰支援モデルの構築に寄与できるTPの活用可能性に関する検討を意図したことによるものである。  先述したとおり、TPを活用した職場復帰事例が少数であることから、地域における職場復帰支援モデルを提案するまでには至っていないが、TPの普及と活用ノウハウの伝達を進め、活用事例が蓄積されることによって、地域の職場復帰支援モデルの構築に寄与していくことが重要な課題であると考えている。 (3)TP普及の展望  TPを構成するツールのうち、MWSとメモリーノートは市販されており、医療・福祉・就労支援機関及び企業における活用が進んでいる。また、当機構のホームページ上からダウンロードできるMSFASについても徐々に普及が進んでいくものと推測する。  今後も、職場復帰支援におけるTP適用の有用性に関する情報を積極的に発信することによって、TPの普及を継続的に進めていくこととしている。 4 まとめ  現下の厳しい経済情勢の下、企業の人員合理化に伴って、メンタルヘルス不全休職者の職場復帰が困難となることが憂慮される昨今、より質の高い職場復帰支援プログラムを提供していくことが、関係機関に求められている。  今後も、関係機関をバックアップしていくため、TPの活用事例を蓄積しながら、効果的な職場復帰支援の方策に関する調査研究を進め、成果の普及に努めていきたい。 <引用・参考文献> 1)障害者職業総合センター,調査研究報告書№75「精神障害者等を中心とする職業リハビリテーション技法に関する総合的研究」(最終報告書) 2)障害者職業総合センター,「トータルパッケージ活用のために」(2007) 3)障害者職業総合センター,「第16回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集(2008)」 P152〜155(香野他) ワークショップⅠ 就労移行支援の現状と課題  【コーディネーター】   小川 浩   (大妻女子大学人間関係学部 教授)    【コメンテーター】   前野 哲哉   (厚生労働省 社会・援護局 障害保健福祉部障害福祉課 就労支援専門官)   國島 弘   (障害者就業・生活支援センターあかね園 センター長)   大沢 恒雄   (株式会社アルペン 人事部長)   岩佐 純   (東京障害者職業センター多摩支所 支所長)    1 「働くこと」について  「働くこと」とは、本来的に「社会」と「個人」をつなぐもの(結束点)だと考えられます。この機能継続的な社会活動は、個性の発揮、自己実現(社会的役割の実現)、生計の維持などの成就でその成果を推し量ることができます。  一方、金銭収入を得ることを目的とするために「労働」は、「雇用されて組織のなかで9時〜5時という定時労働に象徴される賃労働」であり、目的を達成する手段としての労働と、組織としての労働に集約されます。  本来、産業労働では生成する製品の量・質に関する指標が「労働者」の資質に左右されます。さらに、労働市場においては一定のルールに基づいて使用者が雇用者に労働従事させ、その達成度に応じて賃金を支給します。この関係そのものは元来、労働市場の持つ性格である「競争原理」によって勝敗が分かれ、最終的に使用者間に「格差」が生じます。一般的に使用者はできるだけ資質の高い労働者を得ようとするので、前述の「個性の発揮」「自己実現」といった「目的志向的な活動」は、実際には幻想なのかもしれません。また、この「目的志向的な活動」は、職業が強いる様々な傾向を拡大解釈する基ともなり、労働市場を敬遠する動機にもなります。実は職業をめぐる理想と現実のギャップや数々の矛盾はそこを起因としているとも言えます。 2 「就労支援施策」について(行政の取り組み)  人はだれでも同様の労働環境や労働条件で働くべきです。ただし、労働そのものを支える産業状況は、雇用者に「労働の能力と意思」がありながらもその機会を得ることのできない状態を招くことがあり、一般的に「失業」と呼ばれる「職業に就けない」状態を引き起こすことがあります。このうち、「障害がある人」の中には、心身機能の損傷(impairments)や変調(disorder)により、他人と比較してできないこと(disability)があるために、就業上で求められている業務が遂行できなかったり、作業効率があがらないことが起きます。  従来より、厚生行政では福祉事務所・各種の福祉施設や施策を整備し、労働市場に参入できない障害者を「福祉的就労」に導き、それを発展させ、かつ産業化を図ることで、一部には雇用契約を含む福祉的労働環境まで整備を行ってきました。  また、労働行政では、「身体障害者雇用促進法(1955)」における1976年の改正によって,「雇用率制度」と「雇用納付金制度」が設けられ、未達成事業主から、ペナルティとして「納付金」を徴収し、それを原資に雇用率達成事業所に「調整金」の支給・設備整備・人的配置・特例子会社の整備などにかかる助成制度を設けました。  事実、厚生行政と労働行政の双方の利点を活かす視点で言えば、その細部には「福祉施策」と「労働施策」とが平行線のままな部分があることが否めず、根本的には就労支援施策全体で、当該事業の位置づけのみならず、新しく「福祉施策」と「労働施策」の整理が必要にもなってきています。  これについては、昨年度の社会保障審議会障害者部会でも、「福祉施策と雇用施策、及び教育施策との連携関係の整理」が必要であると指摘されています。 3 障害者自立支援法について  福祉サービスにおける就労支援施策の現状の課題は以下の通りです。 ① 施設を出て就職した者の割合が少ない ② 授産施設の工賃が低い ③ 離職した場合の再チャレンジの受け皿がなく就職を躊躇する傾向がある ④ 特別支援学校卒業者のうち約6割が福祉施設へ入所しており,就職者は約2割にとどまっている ⑤ 雇用施策,教育施策との連携が不十分  ILO第159号条約では、職業リハビリテーションの対象者は、「正当に認定された身体的又は精神的障害のため、適当な職業に就き、かつ、それを継続する見込みが相当に減退しているもの」としています。  また、我が国の福祉就労サービスに関して、労働主体の施策を着眼点に、ある程度の視野拡大を言及しており、現行の福祉サービスでは、訓練等給付による就労継続支援A型事業が唯一、原則として雇用契約を必要とするサービスですが、企業の多数参入により、福祉サービスとして、その価値の再確認が必要なことや、減額特例制度や施設外へのグループ就労支援策等において、他サービス(例えばB型事業)との相違点が見分けにくい等、ここ数年、盛んにサービスの在り方等における論点の中心になっています。 4  就労移行を促進するための3つの焦点  『障害者の福祉から就労への促進』という課題には、①一般就労への流れを促進するという観点と、②本人の能力と意欲を引き出していく、という2つの観点が考えられます。その上でいくつかの論点が導き出されます。  第1に特例子会社や一般企業での就労が可能な障害者が、就労継続支援事業等に留まっているのではないのだろうかという点です。  例えば、就労継続支援事業A型では雇用契約を結ぶことが原則になっていますが、現行では事業そのものは福祉サービスであり、こうした利用は福祉サービスから一般就労への移行の阻害と見られなくもありません。また、雇用契約が可能であることは、その上での最低賃金減額特例が一般的な企業同様行えることから、利用者の範囲である非雇用人員の存在と併せ、就労継続支援事業B型との役割と相違点が明確ではなくなる可能性を持っています。  第2の焦点としては、就労前の訓練や就労時の支援だけではなく、就労後の定着・生活支援について抜本的に充実させていくことが必要ではないかという点です。  将来的な展望に立てば、例えば、障害者就業・生活支援センター事業だけでの支援は、難しいと考えられ、各地域での支援体制を再検討する必要があるのではないかと言われています。定着支援そのものの支援形態を単一と見て、定着支援は単一の専門機関で一挙に行えるのではといった見方があるようですが、個別支援という側面から見れば、定着支援もまた個々の実情に合わせたものでなければならず、併せて企業自身による合理的配慮をどのくらいの範囲にするのか、また、同時にそれに呼応した労働施策面での支援策の充実、福祉サービスの入り口である相談支援事業やその他の福祉施策での支援などの役割分担を明確化し、地域全体で支える発想が必要と思われ、今後それをどのように考えるかが重要と考えています。  第3に、就労支援施策としての福祉施策は、基本的に福祉サービスであって、当然、利用者負担があります(就労継続支援A型では同時に原則、雇用契約が必要)。  一方、労働施策は福祉サービスではなく、労働基準法に基づく雇用−被雇用の関係の規定があるため、労働者の権利としての基準が明確であり、もちろんそこにはサービス利用者としての経済負担はありませんが、サービスのほとんどは有期限です。  将来的には生産活動を行う労働者の労働者性のあり方をどのように考えるかという課題があり、労働者として基本的に担保されるべき権利擁護(労働保険等)の側面からも、これを就労系の福祉サービスではどのように取り入れていくのかが重要な課題と思われます。  また、両施策を比較すると、労働施策では就労前の関わり、福祉施策では就労後の関わりについて、施策そのものの創設や強化が必要とも言われており、両施策が互いに補完し合うことによる効果を期待する声も根強くあります。 5  更に具体的な取り組みを実現するには  就労継続A型や一般就労に移行できる者が、就労継続B型に留まっているとの指摘に対し、「個別の労働能力や進路の判定のあり方」の判定基準が曖昧なのではないかという意見があります。更に個別能力評価の基準は、そもそも作成することが不可能ではないのかとさえ言われています。そのことが就労移行の妨げになっているというわけです。  また、もともと雇用は可能でも、個別には福祉サービスが必要な場合においては、就労継続支援A型事業がありますが、同事業に対しては、企業内での就労を支援するヒト(ジョブコーチ等)を充実させ、企業雇用されている障害者のサポートを行う外部の支援者が企業内に入り込んで創る支援体制と、そもそもどこがどう違うのかという意見があります。A型事業を福祉サービスから昇華させ、企業が中心に取り組む形態を側面から支援する取り組みも重要なのでは、と言うわけです。  そもそも、労働施策での支援(助成)では、運用期限最大10年間という規定があり、最終的には企業に自らの努力で受け入れてもらうとの名分があって、このことは福祉サービスが、基本的に一般財源を使用した半永久的なものであるということからすれば、有期限でも支援があれば一般就労へ移行できる障害者がいるのではないかという意見にもつながっていきます。  一方、就労移行支援事業については、その事業所として成果を上げているところとそうでないところとに二極化しているという調査結果があります。また、労働サービスの一部(公共職業訓練:特に委託訓練事業)と事業趣意が似ているのではという指摘があります。  また、就労移行支援事業者には就労させるまでの機能だけでなく、就労後の支援における役割についての更なる強化が必要ではないかという意見もありますが、一定以上の就労移行があることが前提とした場合、定着支援そのもののより、その前提となる就労移行の更なる促進が未だ未発達との見方もあり、これも慎重な判断が必要なところとなっています。  就労後の定着支援については、ハローワーク、職場適応援助者(ジョブコーチ)、障害者就業・生活支援センター等、その支援関係の者や機関は多く存在しますが、その役割分担が個々として充分に明確になっていないこともあり、関係組織の役割分担の再構築が必要と言われています。強化に際しては、企業自身の取組、労働施策での取組、福祉施策での取組、それぞれを平均的に強化していく必要があると考えられます。  また現状に於いて、すべての定着支援をその中核と言われる「障害者就業・生活支援センター」のみが行うことは困難であり、他の資源(就労移行支援事業者、相談支援事業者等)との役割分担と連携を図る必要があると考えられます。例えば、就労移行のキャパシティーに関して、地域によっては新規利用者の確保が段々困難となっていくことも踏まえれば、改めて就労移行支援事業者等に対するコーディネイト機能として位置付けることや、逆にこれらの事業者等を就業・生活支援センターの一部機能として再指定すること(委託費・補助金予算の確保が必要)等が考えられます。  今後、特に企業自身による合理的配慮と、企業による取組の支援方策について、併せて注目していく必要があり、積極的にその方向を探り、施策全体の整合性を図る必要があると思われます。 就労移行支援の現状と課題                       障害者就業・生活支援センターあかね園 センター長  國島  弘 ●あかね園が就労移行支援事業を始めるまでの経緯  あかね園は、昭和62年に知的障害者の授産施設としてスタートした。元々学校卒業後の働く場を作ることを目的としていた親たちが、働く場=工場と言う具体的な目標を掲げ、重度障害者多数雇用企業のダックスと、すぐに企業で働くには難しい人たちの訓練の場として、知的障害者授産施設のあかね園を同時に立ち上げた。  当園では初年度から、施設での訓練を通して企業に送り出す流れを作り、定着支援も同時に行い、これまでに送り出した就職者は200名を超える。  平成10年には、あっせん型の雇用支援センターの指定を受け、平成14年からは障害者就業・生活支援センターとして、本体施設と連携しながら活動を展開している。  当園の方針として、学校卒業後一旦訓練施設で、作業面も含めた日常生活に必要な基礎訓練を行い、心身共に十分な準備期間を経て就職をすることが必要だと考えている。その為、初年度から毎年卒業生を多数受け入れ、就職に向けた訓練を行ってきた。     一方、どうしても就職には結びつかない人や、離職して戻ってきた人たちの為に、所内作業の他に、複数箇所の近隣企業内でグループ作業(企業内授産)を行う等、様々な働く場の提供を模索してきた。 ①就労移行支援事業の取り組みの状況  ・平成18年10月に障害者自立支援法が施行されると同時に事業移行をし、30名定員の就労移行支援事業の他に18名定員の自立訓練事業と19名定員の就労継続B型支援事業を多機能型の事業所として行っている。  ・平成18年10月に事業移行したため、現在は2年年限を経過してなお就労に結びつかない方が数名、さらに1年間の延長をして3年目の最終期限を迎えようとしている。  ・施設内作業訓練の他に、施設外就労支援、職場実習、ハローワーク合同面接会への同行支援等を行い、これまでの3年間で29名(H21.09末現在)の就職者を送り出してきた。  ・新たな利用者の確保。  自立訓練事業からの契約変更。(ステップアップ)  障害者就業・生活支援センターからの準備訓練あっせん。      地域障害者職業センターやハローワーク、各市の障害福祉課等からの紹介。    ②工夫していることや見えてきた課題  ・障害者就業・生活支援センターとの連携  ・2年と言う年限内で、いかに就職に結びつけるかの具体的なプログラムの作成。  ・有期限である制度の仕組みを、本人や家族へ十分に説明し了解を得る為の工夫。  ・各市障害福祉課ケースワーカーを必ず参加させ、方向性の確認を行う。  ・2年年限では、就労に至らないケースをどうするか。 ・国の方針としては1人が一生涯で1回しか就労移行支援事業は利用できないとされている。仮に2年年限一杯で就職した場合、離職になって再就職を目指したい時には就労移行支援事業は利用できない。ただし、各市の裁量に任されている部分もあるようで、市によっては4年目の支給決定をしたところもある。  ・施設外就労支援に取り組み、企業内で働く環境を提供し、より企業就労を身近なものとして受け止めてもらえるよう作業環境を整えている。 ・年限があることは良い。しかし、期間が一律であること、また再就職に向けて訓練を希望しても改めての利用が出来ない点が問題。 ③課題解決のための提言  ・ケアマネジメント等の結果によって、それぞれの対象者の状況に応じた訓練期間や回数の設定ができるようになる等、柔軟に運用可能な制度構築が必要。 ・特別支援学校を始め、様々な就労支援機関と就労移行支援事業所が足並みを揃え、就労支援について各地域での総括的な取り組みが必要。 ●終わりに  政権交代により、現行の障害者自立支援法の今後が不透明な状況になってきている。  基本的な枠組みが急激に変わることはないと思うが、ここ数年の中で障害者自立支援法の新しい制度に沿った事業運営を軌道に乗せる為、どの事業所も非常に苦労していることから、大幅な見直しや後退がないことを望む。  一方あかね園では、障害者の就労支援に関する制度らしきものが何もない時代から、就労支援の取り組みを行ってきたが、その都度必要に迫られ施設独自の支援をしてきた為、逆に後発の制度に合わせることに苦労してきた経緯がある。  基本的に制度がどのように変わっても、障害者の就労支援の必要性は一貫していると考えれば、制度によって振り回される形だけの就労支援ではなく、障害者が地域で働き、暮らす為に必要な支援の在り様を再認識する機会と捉えたい。     障がい者雇用に関する取り組みと課題 株式会社アルペン 人事部長 大沢 恒雄 障がい者雇用の取り組みについて  平成16年より知的障がい者の雇用を開始しました。最初はユニクロの例で知識はあったのですが、当社では無理だと思っていました。 法定雇用率を達成するために就職説明会参加やWEB媒体掲載などをしていましたが、応募者が集まらず採用ができない状態が継続していました。 そのときにWEB媒体で問い合わせをしてきた就労支援施設の所長の情熱にうたれ知的障がい者の雇用に挑戦し始めました。所長の情熱に触れて私の心に変化が起こりました。無理という前にやってみないとわからないと。  それから就労支援施設、障害者職業センター、JOBコーチ、ハローワーク職員といままで知らなかった役割と素晴らしい人々に接することができました。この人々の力があったからこそ多くの店長たちの心も変えることができたのだと思います。しかし店長は業績で評価されるため社会貢献だけでは取り組みは長続きしません。そこで経営面(人件費)の考え方についても多く指導を行いました。我々は障がい者のために特別な仕事を創造したわけではありません。現実の仕事をまとめただけです。もちろん行う時間帯などの変更は行いました。  仕事のOJTについてはJOBコーチの力が大きいです。OJTだけでなくコミュニケーションのとり方などについても教えてもらいました。素晴らしい人々の縁で当社の障がい者雇用は成り立っていると思っています。 障がい者雇用の課題について  健常者と同じですが、経験を積むことで作業習得の種類は多くなります。最初はハンギングだけしかできなかったのが、サイズチップをつけることができたりするようになります。人事では作業習得についてはゆっくりと指示を出していますが、半年後にフォローへ行くと作業習得が増えている場合が多いです。人事で考えるより現場の判断のほうが正しいのかと思います。可能性は有限かもしれないが、これしかできないという決めつけが一番よくないなと思います。  課題は、どこまでできるのだろうという点です。個人ごとに異なると思いますが、継続的な課題です。 勤怠においては「慣れ」が1年経過後にでてきます。おしゃべりや手抜きが多くなる傾向があります。この「慣れ」が行動のだらしなさにつながりクレームになったケースもありました。この対応については支援センターおよびJOBコーチと連動して再教育を実施するということを行いました。 支援機関への提言  当社においては作業単元を動線でまとめて障がい者の方に担当してもらっています。就労支援施設の方はJOBコーチもされていると思いますが、その経験を活用して企業が気づかない作業の進め方やまとめ方を提案することで雇用に結びつけることができると思います。当社もJOBコーチの助言で気づいた部分は多々あります。 就労移行支援の現状と課題                           東京障害者職業センター多摩支所 支所長  岩佐 純 1 東京都の特徴  (1) 市区町村障害者就労支援センターの設置    東京都では単独事業として、市区町村障害者就労支援事業が導入。区部は全23区で、市部は26市中22市で障害者就労支援センターが設置され、障害者就業・生活支援センターとともにきめ細かい就業支援を展開。  (2) 企業の積極的な雇い入れ    障害者雇用率未達成企業を中心に、障害者の雇用意欲が旺盛で、定期的に企業連絡会やセミナーが開催され相互に情報や意見の交換がなされている。 2 障害者雇用率の達成に向けて   (東京都)      H17年度  H18年度  H19年度  H20年度   雇用障害者数      92,828   99,456 107,158 119,837.5   実 雇 用 率       1.40 1.44 1.46 1.51 3 地域障害者職業センターの役割  (1) 直接支援から間接支援へ  昨年12月の「障害者の雇用の促進等に関する法律」の改正に伴い、地域障害者職業センターの業務に「障害者就業・生活支援センターその他の関係機関に対する職業リハビリテーションに関する技術的事項についての助言その他の援助を行うこと」が追加。  (2) 対象者にとって身近な就労支援機関をバックアップし地域就業支援力の向上を図る   イ 助言・援助業務     今年度から障害者就業・生活支援センターをはじめとする関係機関に対して助言・援助を実施。多摩支所での試みとして就業支援者の日常の疑問や悩みの相談窓口として「ヘルプデスク」を設置しタイムリーに応えるとともに、そこに寄せられた情報を整理しノウハウの共有を図ろうとしている。   ロ 就業支援基礎研修     関係機関において就業支援を担当する職員の方を対象として、実務的研修を全国一律に実施。「就業支援のプロセスと支援内容」「就労支援機関の役割と連携」「障害特性と職業的課題」等の内容を講義、演習、意見交換及び見学の形式で実施。東京都では年間5回。 4 循環型社会の実現         IT社会と障害者の就労支援 −重度身体障害者の、在宅で「働く」を保障していくために− 社会福祉法人東京コロニー 職能開発室/東京都障害者IT地域支援センター 事務局長 堀込 真理子 ○障害者の在宅就労の現状 「在宅で働く」は大きく、下記の2つに分かれる。  社員として就職して働く在宅勤務と、フリーランスとして働くSOHO。通所通勤の困難な障害者には、いずれの形も大事な選択肢であり、実践者はここ数年増加の傾向にある。SOHOは労働時間、やりたい仕事など自由であり、自分の適性、能力にあった作業にこだわれる。しかし、仕事探しや納品は自己責任となるため、それが難しい場合は、在宅就業支援団体等に所属して仕事を受託している(現在全国に、厚労省に登録している在宅就業支援団体は16)。  一方、在宅勤務は、待遇は会社との契約で決まり安定するが、半面、作業時間の細かい配慮など臨機応変には難しい場合もある。重度障害者の在宅勤務は、週20時間〜30時間の短時間勤務者も多く、職安並びに民間職業紹介業者等を介してのマッチングが増えている。  SOHOも在宅雇用も、ITの発展とともに職域が多様化していることが注目である。また、世の中一般に、ワークライフバランス推進やウイルス対策等で、省庁を超えてテレワーク導入を叫んでいることも追い風であり、平成19年雇用保険適応において在宅雇用の対象者が拡大されたことも全体として在宅雇用の底上げとなった。 ○障害者の在宅就労支援に必要なもの(社会福祉法人東京コロニーの実践)  大枠では「教育」「雇用マッチング」「SOHOへの仕事のコーディネート」が必須の支援要因ではないか。コロニーでは、それらのサービスを下記の事業で行っている。  「教育」は、医療・介護が時に必要な方々も安心して受けられるよう遠隔教育を主とし、集合教育の良さを併せ持った方式で、モチベーションを下げないようプロによるものであること。  「雇用マッチング」は、求人求職のニーズのすり合わせはもとより、在宅雇用の何たるかを事業主にご理解いただき、一定の時間をかけて、労働契約、受け入れ側の社員教育、職域切り出し等々を丁寧に紡ぐ。これを省略すると「外注」と似たものになり、ディーセントワークからは遠いもので終わるケースもある。就職には適さない方の場合にはSOHOとしての働き方があるが、前述のように、「仕事のコーディネート」をする団体(機能)が必須。個々の障害や能力を理解し、責任を持って発注業務を継続できるかどうかが鍵となる。IT作業の場合は、団体による技術教育も外せない。  上枠内の4. IT地域支援センターは、マウス、キーボード、読み上げソフト等々、個々の障害をカバーする技術支援のサービス。働くための道具が一人ひとりに適したモノであり、環境設定が十分になされていることは最もベースの労働条件であり、誰しも保障されなければならない。IT作業では必須。 ○障害者の在宅就労の課題 【在宅雇用の視点】  在宅雇用が「雇用」であることを、十分理解しないでスタートしているケースが増えている。 通勤している者と同等の教育や待遇が基本であり、事業所側は、在宅勤務者の仕事人としての意識や責任感の醸成を大事にしなければならない。昨今、第三者の仲介事業者が、事業所と在宅勤務者の間で労務管理や相談役になっているケースも見られるが、こうした場合は「被雇用者性」に注意が必要。 【SOHOの視点】  在宅就業支援団体は、制度誕生から3年を迎えても数が増えていない。制度のメリットが少ないこと、団体運営の安定性の課題等が要因であろう。要支援度の高いワーカーに仕事を出し続けていく支援団体にこそ、一定の社会の下支えも必要ではないのか。  今回こうした点を探るため、東京コロニーでは、厚労省の障害者自立支援調査研究の助成をいただき、在宅就労支援をしている団体の全国調査を開始した。また、東京コロニー自身も、より責任ある支援団体たるために、就労継続支援事業(B型)の中で在宅就労を後押しするプロジェクトを進めている。   【教育の視点】  施策として、全国的に障害者のeラーニングの機会が増加している。このことが在宅就労の素地を作っていることは間違いない。今後は、就労希望者が多様であるように、内容、レベルも多様化が望まれる(例えばプログラミングをアルゴリズムから積み上げていくようなコースも増えてよいのでは)。また、技術だけでないメンタル面や労働の基礎知識等の教育もあとあと就労時に役立つ。 IT社会と障害者の就労支援 視覚障害者就労生涯学習支援センター 代表  井上 英子 1 視覚障害者のIT技能修得 ①電子文書の特性と期待される効果  「文書の電磁的保存等に関する検討委員会」の報告に、「ITは、全社的・組織横断的な連携や協業の手段、情報共有とコミュニケーションの強化による意思決定支援など全体最適へと向かいつつあり、その効果の一つとして社会参加の公平さの向上が期待されている。」とある。 ②視覚障害とIT支援技術の現状  画面読み上げソフトは、Windows、オフィスソフト、グループウェアなどに対応しており、漢字の詳細な説明、文字の位置、属性、書式など視覚的な情報を音声で提供することができる。しかし、企業が視覚障害者のために自社で開発した業務用ソフトを音声化が可能にすることはまれである。 ③視覚障害者就労生涯学習支援センターの講習  求職中(または休職中)の視覚障害者に対して、音声や画面拡大などの支援技術とともにアプリケーションソフトの利用法、就労に必要な経済・社会・法務などの基本的な知識を講習する。さらに技能発表会を通して、企業の関係者に支援機器の必要性や作業の方法を明確に説明できるようにする。 ④e-ラーニング  重複障害や地理的な条件で施設への通所が困難な視覚障害者に対して、メールとスクーリングによる講習を行う。受講後、在宅による復職や新規採用の事例があるが、メールマガジンの制作などの業務内容は企業の判断と個人の努力にゆだねられている。在宅勤務で求められる技術の講習が必要である。 ⑤在職視覚障害者向け講習  本年4月に厚生労働省から、在職視覚障害者(休職中の者を除く)に対して雇用継続に資する知識・技能を付与するための在職者訓練コースに関する通知が出された。これは障害の程度や職種に応じて期間を定め、企業などに専門家が赴いて訓練を行うことができる。早急な運用開始が望まれる。 ⑥生活訓練施設の就労支援サービス拡大  「就労移行支援事業」は、調理などの日常生活訓練や歩行訓練とともに、IT技能訓練、就職活動を一貫して提供する。IT訓練はコミュニケーション手段からビジネスに必要な技能まで行うことが可能となる。生活訓練施設と雇用・就労支援機関のさらなるネットワーク化が望まれる。 2 就労支援の現状と課題 ①事務職  企業は、視覚障害者が実務に就く前に職業訓練施設に業務データに類似したものを提供し、作業方法を検討する。机の配置、照明、点字表示などの作業環境の整備、さらに通勤ルート、社内オリエンテーションなども必要である。専門家の派遣による就職後の適応指導も大切である。 ②ヘルスキーパー  ヘルスキーパーを雇用する企業が増えている。ヘルスキーパーにはメールや従業員データベースなどの利用による予約やカルテ管理、ヘルスケア情報発信などIT関連の技能が必要とされる。理療教育機関とIT関連訓練施設の関係強化が望まれる。 ③雇用・就労支援機関のネットワーク化  企業に、視覚障害者のIT関連技術に関する講習内容や講習期間、ジョブコーチ派遣や支援機器貸出し制度の情報提供を行うとともに、ネットワーク化された支援機関から全般的な支援計画や積算費用などを提供して、視覚障害者の雇用に対する様々な不安を取り除く必要がある。 ④機材整備・環境整備  職場定着のためにジョブコーチの活用が望まれるが、画面読み上げや文字拡大によるIT活用の支援はまだ十分とは言えない。企業のシステム担当者には、セキュリティ管理や運用管理の中で、画面読み上げや文字拡大ソフトのインストール、情報読み上げの状況、キーボードによるアプリケーションソフトやホームページの操作性の確認などが望まれる。 ⑤視覚障害学生と中途視覚障害者  視覚障害の学生は、就職活動のときに大学の専攻と就職の関係、就労で必要なIT技能のレベルを知ることが多い。視覚障害の学生のIT授業やバリアフリー支援をIT関連訓練施設に委託し、高いレベルで行う必要がある。ITの発達と情報化社会の進展は、中途視覚障害者が継続就労、在宅就業を含む復職を可能にしている。今後はライフサイクルにあわせた適切な支援が必要である。 3 課題解決や雇用推進のための提言 ①セキュリティ対策・アクセスログ・バックアップなど  セキュリティ管理上、画面読み上げや文字拡大システムのインストールが難しいとされたり、データの保護やマクロによりデータが音声化されないことがある。業務遂行のため企業の理解が必要である。視覚障害者も電子メールによる社内決裁にはカーボンコピーの利用、ログの管理、他社との契約締結の際には電子文書の真正のチェックなど、高いリスク管理が求められる。 ②就労環境の整備と体調・心理カウンセリング  視覚障害者の就労には、人間関係、作業環境、仕事の適性、評価方法などのメンタルヘルスにかかわる部分を確認し、"心療眼科"を含む関係支援機関が具体的なサポートを行う必要がある。 IT社会と障害者の就労支援 株式会社トランスコスモス・アシスト 社会福祉士 佐藤 麻子 トランスコスモス アシスト 会社説明 トランスコスモス㈱ 会社概要 障がい者雇用の概念 トランスコスモス㈱の障がい者雇用 特例子会社設立の経緯  親会社はIT企業なので、特例子会社も何らかの関係を持つべきと考え、パソコンをつかった事務処理中心の事業内容とした。 労働条件と社員状況 雇用時考慮する点 ■ 身辺の自立ができているかどうか  ⇒ 公共の交通機関利用して通勤ができる。食事がひとりで取れる、など。 ■ 就労の意義を理解している、意欲がある   ⇒ 何のために仕事をするのかを、正しく理解している。 ■ 地域の就労支援機関に所属している   ⇒ 会社が直接、当事者の家庭と連絡を取らなくても済むように。     当事者を、会社は支援機関と共に協力してサポートしていくため。 ■ 現場実習は、最低でも2週間行う   ⇒ 初日から1週間程度は緊張しているため、素の様子は見られない。     2週目の慣れてきた時の行動を確認するため。 ■ すでに在籍しているメンバーとのバランス   ⇒ 既存メンバーのほとんどが自閉症または発達障がい。今後、ともに働く上で、     影響があるかどうかを見極める。 雇用後(業務中)配慮する点   ■ 個々の障がい特性や性格、得意不得意、理解や表現の特徴を分析し理解する      ⇒ 実習期間には見えなかった姿が、時間を追うごとに見えるようになってくる。個人の特徴      を正しく把握することが必要。      例)わかること、できること、人との接し方、興味関心、恐怖や嫌悪を与える苦手なこと等  ■ 家庭などの生活場面の状況も、できるだけ把握するようにする    ⇒ 本人の日常会話に耳を傾け、支援機関の担当ジョブコーチからも話を聞く。      家庭やその周辺での出来事は、本人の情緒変動に深く関係しているため。  ■ 少しの変化でも、スタッフ間で情報共有する    ⇒ 少しの変化でも、彼らにとっては大進歩だったり、生活のリズムが崩れてきている兆候      だったりするため。  ■ 「〜します」という肯定的で簡潔な表現を使う    ⇒  抽象的、曖昧な表現は、理解しにくい。また 「〜しないで」といった否定的な表現は       なるべく使わないようにする。 業務支援の方針と方法  ●基本方針●   1.対応力を身につける・・・どんな業務、状況にも対応できるように働きかける   2.自主性を身につける・・・報告・連絡・相談を徹底、自らが進んで取組める力をつける   3.協調性を身につける・・・覚えた仕事を他社員に教え、協力して仕事を行う力をつける  業務事例① 業務事例② IT社会と障害者の就労支援 −障害者全般のIT技術の能力開発及び就労支援の現状− 国立職業リハビリテーションセンター 主任職業訓練指導員   槌西 敏之 1 施設の概要  国立職業リハビリテーションセンター(以下「職リハ」という。)は、障害者の雇用の促進等に関する法律に基づく「中央広域障害者職業センター」と職業能力開発促進法に基づく「中央障害者職業能力開発校」の2つの側面をもっている。厚生労働省により昭和54年に設置され、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構が運営している。  隣接する国立障害者リハビリテーションセンターとの密接な連携のもとに、障害のある方々の自立に必要な職業指導や職業訓練などを体系的に提供する、我が国における職業リハビリテーションの先駆的実施機関である。 2 職リハの特長 (1) 障害者及び企業のニーズに合った訓練の実施   ①入所機会は年間約10回あり、年間を通して受け入れ、技能を身につけた訓練生を養成。   ②個々の障害の特性に合わせた訓練の実施。   ③訓練生毎に個別の訓練カリキュラムに沿って訓練を行い、企業で働ける技術力を習得。 ④全ての訓練生にIT基礎訓練の実施により、パソコンの基礎的操作(ワープロ、表計算、インターネット)の習得。 (2) 障害者の職業指導・就職支援と事業主への支援   ①職業訓練と並行して、訓練生が職業人として自立するための指導・助言を行う。   ②必要に応じて、企業の障害者採用計画、雇用管理等への助言を行う。   ③職リハ内で訓練生対象の会社説明会の実施。   ④就職内定企業のニーズに応じた訓練の実施や訓練修了日の設定が可能。   ⑤採用後も、地域障害者職業センターとの連携によるフォローアップの実施。 3 障害者の能力開発  訓練科目は4系9科あり、多様な職種に対応した職業に就くために必要な知識・技能の訓練を企業ニーズや障害のある方の障害状況等に応じて実施している。各訓練科の中に具体的な訓練職種である訓練コース(22コース)を設定している。訓練期間は原則1年であるが、このほかに6ヶ月で就職を目指す方を対象とした訓練コースや復職に向けた訓練コースも設定している。  また、IT技術の進展に伴い、在職している障害者の職業技能のレベルアップを図るため、能力開発セミナーを短期間(12H以上)で実施している。本訓練は在職している方の希望、企業の要望、障害状況等に応じてオーダーメイドで訓練内容、日程等を設定して実施している。  なお、就職が内定するなど、訓練の目的が達成されれば受講期間の途中で早期修了することができる等ニーズに応じた柔軟な対応が可能となっている。 (1) 訓練メニュー メカトロ系 機械技術科/電気・電子技術科/テクニカルオペレーション科 デザイン系 インテリアデザイン科 ビジネス情報系 情報技術科/ビジネスマネジメント科/メディアビジネス科 職域開発系 職域開発科/職業実務科 (2) IT技術を活用した訓練カリキュラム    ①イントラネットとインターネット環境の整備による全訓練生に対するIT基礎訓練    ②メカトロ系では ・機械設計で使用されている2次元CAD、3次元CADの訓練    ・電子回路設計で使用されているCADとロボット制御が習得できるFA機器の訓練    ③デザイン系では建築設計で使用されている2次元CAD、3次元CADの訓練    ④ビジネス情報系では ・各種のプログラム言語(Java、C言語等)を使用して、情報システムにおけるプログラムの設計と開発の訓練 ・パソコン等のOA機器を使用した事務データ処理及び税務会計ソフトを利用した会計処理の訓練 ・DTPシステムを活用して、チラシ、ポスター等の商業印刷物を制作するための訓練 ・ホームページとインターネットに関する基礎知識を基に、誰にでも使いやすく、集客力のあるWebサイトを構築するための訓練 4 障害特性に対応したIT技術を活用した訓練カリキュラム (1) 視覚障害者情報アクセスコース  視覚障害者用アクセス機器(拡大読書器・点字ディスプレイ・点図ディスプレイ等)及びアクセスソフト(音声化ソフト・画面拡大ソフト等)を活用して、パソコンを使用した事務処理技能の訓練。 (2) 知的障害者を対象としたオフィスワークコース  キーボード操作、ワープロ、エクセル、データベースへのデータ入力等、各種事業所でのパソコンによる入力業務や事務補助業務に関する訓練。 (3) 上肢に重度の機能障害を有する方への対応    両上肢切断、脳性マヒ、けい随損傷、筋ジストロフィーなど上肢に重度の障害を有する方は従来訓練や就職の困難性が高かった。しかし、IT技術の普及に伴い就職の可能性が飛躍的に高まり、キーボード、マウス、トラックボールなど個々の障害特性に応じた入力装置や環境を工夫することにより、どの訓練科においても受講が可能となっている。  また、就職時には事業所へパソコンの環境設定や自助具等の助言、支援も行っている。 ホームページについて   本発表論文集や、障害者職業総合センターの研究成果物については、一部を除いて、下記のホームページからPDFファイル等によりダウンロードできます。 【障害者職業総合センター研究部門ホームページ】 http://www.nivr.jeed.or.jp 著作権等について 視覚障害その他の理由で活字のままでこの本を利用できない方のために、営利を目的とする場合を除き、「録音図書」「点字図書」「拡大写本」等を作成することを認めます。その際は下記までご連絡下さい。 なお、視覚障害者の方等で本発表論文集のテキストファイル(文章のみ)を希望されるときも、ご連絡ください。 【連絡先】 障害者職業総合センター企画部企画調整室 電話  043−297−9067 FAX  043−297−9057 E-mail kikakubu@jeed.or.jp 第17回 職業リハビリテーション研究発表会 発表論文集 編集・発行 独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 障 害 者 職 業 総 合 セ ン タ ー 〒261-0014 千葉市美浜区若葉3−1−3 TEL 043−297−9067 FAX 043−297−9057 発行日 2009年11月 印刷・製本 株式会社ワーナー