第16回 職業リハビリテーション研究発表会 発 表 論 文 集 日時・開催場所 2008年12月4日(木)(財)海外職業訓練協会(OVTA) 12月5日(金)障害者職業総合センター 主催   独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 ご挨拶 「職業リハビリテーション研究発表会」は、障害者の職業リハビリテーションに関する調査研究や実践活動を通じて得られた多くの成果を発表し、ご参加いただいた皆様の間で意見交換、経験交流等を行っていただくことにより、広くその成果の普及を図り、職業リハビリテーションの発展に資することを目的として、毎年度開催しており、今年で16回目を迎えました。今回も全国から多数の皆様にご参加いただき、厚く御礼申し上げます。 現在、我が国では、障害者施策について雇用、福祉、医療、教育、生活等の各分野の連携の下に総合的・計画的な推進が図られております。こうした中、各地域において障害者の自立と社会参加を促進するための様々な取組みが精力的に展開されております。 当機構におきましては、障害者雇用の近年の動向を踏まえ、精神障害・発達障害・高次脳機能障害等に対する支援の強化を図るなど、ニーズに応じた専門的な就労支援サービスの実施に取り組んでおります。特に、職業リハビリテーションの専門的な人材の育成のための研修の充実・強化を進めるとともに、年々増加しているうつ病等による休職者の職場復帰支援(リワーク支援)プログラムの効果的な実施に努め、多くの人達の復職につなげています。また、昨年から東京と大阪の障害者職業センターにおいて試行的に開始した発達障害者に対する専門的支援につきまして、本年は4職業センターに拡大して取り組んでおります。 障害者の自立と社会参加を推進するためには、様々な分野の皆様が、互いに連携・協力し、必要な知識や情報を共有していくとともに、それらを現場で実践していくことが極めて重要であります。 今回の研究発表会では、障害者の雇用・就業をめぐる最近の状況や課題を踏まえ、様々な分野の皆様からの92題に及ぶ個別研究発表のほか、特別講演「共生社会をめざして」、パネルディスカッション「発達障害のある若者の就労支援」、ワークショップを行うこととしております。ワークショップでは福祉、教育、医療、労働等の関係者や事業主の方々のご参加をいただき、精神障害者の雇用を進める上で鍵となる地域における支援や、本格実施から3年を経過したジョブコーチ支援の課題や今後の展望などについて討議することとしています。また、研究発表につきましては「メンタルヘルス・復職支援」、「地域におけるネットワーク・連携」の分科会を新たに設けております。 この研究発表会が皆様の今後の業務を進めるうえで少しでもお役に立つことができ、また、調査研究や実践活動の成果が皆様の間での意見交換、経験交流等を通じて広く普及し、職業リハビリテーションの発展に資することとなりますことを念願しております。 最後になりましたが、今回の研究発表会にご参加いただきました皆様に重ねて厚く御礼申し上げますとともに、障害者、高齢者の雇用支援という当機構の業務運営に引き続き特段のご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げまして、ご挨拶といたします。 平成20年12月4日 独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構        理 事 長  戸 苅 利 和 プ ロ グ ラ ム 【第1日目】平成20年12月4日(木) 会場:財団法人海外職業訓練協会(OVTA) ○基礎講座 時 間 内 容 9:20 受 付 ※事前にお送りした「参加証」と引き換えに資料をお渡しします。 9:50〜11:40 基礎講座  Ⅰ「発達障害の基礎と職業問題」 会場:シンポジウムホール(本館4F) 講師:望月葉子(障害者職業総合センター 主任研究員) Ⅱ「高次脳機能障害の基礎と職業問題」 会場:渚(本館2F) 講師:田谷勝夫(障害者職業総合センター 主任研究員) Ⅲ「トータルパッケージの活用(基礎)」 会場:講堂(別館2F) 講師:加賀信寛(障害者職業総合センター 主任研究員) ○研究発表会 会場:シンポジウムホール(本館4F) 時 間 内 容 12:30 受 付 ※午前中に受付を済ませた方は結構です。午後から参加される方のみ受付してください。13:00 開会式 挨拶:戸苅利和(独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 理事長) 13:10〜14:30 特別講演 「共生社会をめざして」 講師:京極髙宣 氏(国立社会保障・人口問題研究所 所長/内閣府中央障害者施策推進協議会 会長) 14:45〜16:50 パネルディスカッション 「発達障害のある若者の就労支援」 司会者:佐藤宏 氏(元職業能力開発総合大学校福祉工学科 教授) パネリスト:望月葉子 氏(障害者職業総合センター 主任研究員) 内藤孝子 氏(全国LD親の会 会長) 朝倉達 氏(立川公共職業安定所 統括職業指導官) 関水実 氏(横浜市発達障害者支援センター センター長) 五十嵐意和保 氏(大阪障害者職業センター 次長) 【第2日目】平成20年12月5日(金) 会場:障害者職業総合センター 時間 内容 9:00 受 付 ※第1日目に受付を済ませた方は結構です。2日目から参加される方のみ受付してください。 9:30〜11:30 研究発表 口頭発表 第1部 第1分科会〜第7分科会 11:30〜13:00 ポスター発表・休憩 ポスター発表 11:45〜12:45 会場:アリーナ(2F) 発表者による説明、質疑応答を行います。 13:00〜14:40 研究発表 口頭発表 第2部 第8分科会〜第14分科会 15:00〜16:50 ワークショップ Ⅰ「地域で支える精神障害者の職業リハビリテーション」会場: アリーナ(2F) コーディネーター:相澤欽一 氏(障害者職業総合センター 主任研究員) コメンテータ:中原さとみ 氏(社会福祉法人桜ヶ丘社会事業協会桜ヶ丘記念病院 精神保健福祉士) 北岡祐 氏(医療法人尚生会社会就労センター(創)C.A.C 精神保健福祉士) 北山守典 氏(社会福祉法人やおき福祉会紀南障害者就業・生活支援センター 所長) 倉知延章 氏(九州産業大学国際文化学部臨床心理学科 教授) Ⅱ「ジョブコーチの現状と課題」会場: 講堂(2F) コーディネーター:松為信雄 氏(神奈川県立保健福祉大学社会福祉学科 教授) コメンテーター:小川浩 氏(大妻女子大学人間関係学部人間福祉学科 教授/NPO法人ジョブコーチ・ネットワーク代表) 黒田紀子 氏(有限会社トモニー 統括主任/第2号職場適応援助者) 中村正子 氏(障害者職業総合センター職業リハビリテーション部 次長) 依田隆男 氏(障害者職業総合センター 研究員) Ⅲ「トータルパッケージの活用(MWSの演習を中心に)」会場:大集団検査室・研究会議室(5F) 担当:障害者職業総合センター障害者支援部門 16:50 閉会 ※各会場ごとに閉会、解散 目次 【特別講演】 「共生社会をめざして」 講師:京極髙宣 国立社会保障・人口問題研究所/内閣府中央障害者施策推進協議会 2 【パネル・ディスカッション】 「発達障害のある若者の就労支援」 司会者:佐藤宏 元職業能力開発総合大学校福祉工学科 パネリスト:望月葉子 障害者職業総合センター 6 内藤孝子 国LD親の会 8 朝倉達 川公共職業安定所 10 関水実 浜市発達障害者支援センター 13 五十嵐意和保 阪障害者職業センター 15 【口頭発表 第1部】 第1分科会:身体障害・難病 会場:304会議室(3F) 1教育・訓練施設に在籍する視覚障害者の就職への意識 ○平川政利 障害者職業総合センター 20 指田忠司 障害者職業総合センター 河村恵子 障害者職業総合センター 沖山稚子 障害者職業総合センター 2視覚障害者の雇用拡大のための支援施策について−求職視覚障害者の実態と意識を中心に− ○河村恵子 障害者職業総合センター24 平川政利 障害者職業総合センター 指田忠司 障害者職業総合センター 沖山稚子 障害者職業総合センター 3重度視覚障害者に対する「合理的配慮」の提供と職場における支援システムの構築について −「合理的配慮」の内容と支援システムの関係を中心として− 指田忠司 障害者職業総合センター 4米国における視覚障害者雇用支援プログラムの最近の動向 −マッサージ師養成訓練課程の導入事例を中心として− ○指田忠司 障害者職業総合センター 30 藤井亮輔 筑波技術大学 5頸髄損傷者のキャリア形成を支える居住環境整備に関する研究 星加節夫 障害者職業総合センター 32 6難病のある人の「疾患管理と職業生活の両立」の自己効力感の支援 ○春名由一郎 障害者職業総合センター 36 三島広和 障害者職業総合センター 伊藤美千代 元障害者職業総合センター 第2分科会:精神障害 会場:301会議室(3F) 1精神障害者にかかる合理的配慮 石川球子 障害者職業総合センター 40 2精神障害者(統合失調症者)に対する就労支援過程に関する研究 −就労支援者の支援行動に関する分析− ○小池磨美 障害者職業総合センター 44 ○小松まどか 障害者職業総合センター  川村博子 障害者職業総合センター 3地域障害者職業センターと関係機関との連携による事業所への支援 −精神障害者を継続雇用している事業所への聞き取り調査− ○内木場雅子 障害者職業総合センター 50 亀田敦志 障害者職業総合センター 4精神疾患を持つ人々の就労支援と職業臨床的な関与について −就労現場と「企業と地域による精神疾患を持つ人々の就職促進 プログラム」の事例より− 佐織壽雄 富士ソフト企画株式会社 54 5コンビニエンスストアでの障害者雇用(精神障害者) −単独支援を通して− 岩本隆 社会福祉法人養和会 58 第3分科会:発達障害 会場:講堂(2F) 1発達障害者のワークシステム・サポートプログラムとその支援事例(3) −注意欠陥多動性障害を有する者へのプログラムの有効性と課題− ○豊川真貴子 障害者職業総合センター職業センター 62 小田訓 障害者職業総合センター職業センター 鈴木秀一 障害者職業総合センター職業センター 2「発達障害者に対する専門的支援」の試行実施の概要について −東京障害者職業センターにおける発達障害者に対する新たな 取り組み− ○中島純一 東京障害者職業センター 66 井上恭子 東京障害者職業センター 小山裕子 東京障害者職業センター 3高等専門学校での特別支援教育の実践 −就労支援の取組− ○松尾秀樹 佐世保工業高等専門学校 70 堂平良一 佐世保工業高等専門学校 松﨑俊明 釧路工業高等専門学校 三島利紀 釧路工業高等専門学校 南部幸久 佐世保工業高等専門学校 坂口彰浩 佐世保工業高等専門学校 本山美子 佐世保工業高等専門学校 4栃木県発達障害者支援センター〝ふぉーゆう〟における就労支援の取り組みの中から見えてきたもの 佐藤直久 栃木県発達障害者支援センター〝ふぉーゆう〟 74 5米国におけるADHDの就労支援に関する文献調査 −CHADDとADDAのホームページより− ○仲村信一郎 障害者職業総合センター 78 川村博子 障害者職業総合センター 相澤欽一 障害者職業総合センター 第4分科会:高次脳機能障害 会場:302会議室(3F) 1高次脳機能障害者の就業定着について −事業所調査による定着要因の検討− ○青林唯 障害者職業総合センター 80 田谷勝夫 障害者職業総合センター 伊藤信子 障害者職業総合センター 2医療機関で利用される心理検査と職業リハビリテーション現場に おけるその認知度 ○清水亜也 障害者職業総合センター 82 田谷勝夫 障害者職業総合センター 3高次脳機能障害者の集団クリーニング訓練における訓練システム について −位相化の微視的構造− ○若林耕司 国立障害者リハビリテーションセンター 86 南雲直二 国立障害者リハビリテーションセンター 平川政利 障害者職業総合センター 吉田喜三 元国立障害者リハビリテーションセンター 4高次脳機能障害者への職業訓練の一方法② −ピグマリオン効果の検証/箱作りをとおして− ○近藤和弘 国立障害者リハビリテーションセンター 88 南雲直二 国立障害者リハビリテーションセンター 若林耕司 国立障害者リハビリテーションセンター   平川政利 障害者職業総合センター  5障害者自立支援法における高次脳機能障害者への就労支援 −受傷後から社会復帰を支える三重の取り組みから− ○鈴木真 三重県身体障害者総合福祉センター 90 坂本匠子 三重県身体障害者総合福祉センター 田辺佐知子 三重県身体障害者総合福祉センター 中林千明 三重県身体障害者総合福祉センター 長谷川純子 三重県身体障害者総合福祉センター 濱口千代 三重県身体障害者総合福祉センター 増井克弘三重県身体障害者総合福祉センター 第5分科会:企業における雇用の取組 会場:アリーナ(2F) 1諸外国の障害者雇用率制度 −ドイツ、フランスにおける最近の動向− ○佐渡 賢一 障害者職業総合センター 94 杉田 史子 障害者職業総合センター 2企業における精神障害者の継続雇用 −リカバリーの4段階を活用した就労支援− ○原 健太郎 大東コーポレートサービス株式会社 98 山崎 亨 大東コーポレートサービス株式会社 村田 洋司 大東コーポレートサービス株式会社 3郵便室から元気を配達! −(郵便室設備改善・環境整備)企業と学校・支援機関との 連携プレー− ○小谷 直美 株式会社日立ゆうあんどあい 100 鈴木 満利 株式会社日立製作所 4ジョブコーチ支援で得た障害者雇用における取り組み −教育目標による発展、自立への歩み− ○江間 秀樹 株式会社レンティック中部 102 齊藤 三郎 株式会社レンティック中部 5職場適応援助における生活支援者との連携の必要性と問題点 ○福田 有里 株式会社かんでんエルハート 106 中井 志郎 株式会社かんでんエルハート 有本 和歳 株式会社かんでんエルハート 西本 敏 株式会社かんでんエルハート 上林 康典 株式会社かんでんエルハート 宮田 智美 株式会社かんでんエルハート 黒田 恭子 株式会社かんでんエルハート 渡辺 明子 株式会社かんでんエルハート 6障害者の地域就労を支援するネットワークづくりを企業側から… −障がい者ワークチャレンジ事業− ○渡辺 典子 障がい者ワークチャレンジ協議会 110 第6分科会:障害者の職域拡大 会場:CAI教室(3F) 1「支援者のためのディスカバリーガイド」の開発 −障害のある人たちの就職活動のノーマライゼーション− ○東明 貴久子 障害者職業総合センター 112 春名 由一郎 障害者職業総合センター 2中高年齢障害者の雇用実態の概観 −障害種類間の格差と年齢制限に注目して− ○沖山 稚子 障害者職業総合センター 116 佐渡 賢一 障害者職業総合センター 今野 圭障害者職業総合センター 3農業分野における障害者就労に関する支援方策の検討 −作業事例集づくりによる支援− ○山下 仁 (独)農業・食品産業技術総合研究機構農村工学研究所 120 片山 千栄 (独)農業・食品産業技術総合研究機構農村工学研究所  工藤 清光 (独)農業・食品産業技術総合研究機構農村工学研究所  安中 誠司 (独)農業・食品産業技術総合研究機構農村工学研究所  片倉 和人 NPO法人農と人とくらし研究センター 4障がい者の能力把握と適正配置による職域拡大 −IEとITによる改善が職域を広げ、その応用展開がさらに職域を 広げる− ○佐藤 光博 社会福祉法人太陽の家 122 池田 哲夫 オムロン京都太陽株式会社 5雇用の拡大に向けての新たなチャレンジ −国の機関等での知的障害者雇用事例を通して− ○中谷 智浩 世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ 126 6自治体における知的障害者雇用の課題と実践例 ○青木 律子 元明治大学 130 第7分科会:トータルパッケージの活用事例 会場:303会議室(3F) 1トータルパッケージの多様な活用の視点について ○加賀 信寛 障害者職業総合センター 134 小池 磨美 障害者職業総合センター 野口 洋平 障害者職業総合センター 位上 典子 障害者職業総合センター 小松 まどか 障害者職業総合センター 村山 奈美子 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 川村 博子 障害者職業総合センター 2特別支援学校高等部におけるトータルパッケージの活用に関する 一考察 ○植松 隆洋 静岡県立御殿場特別支援学校 138 伊藤 英樹 静岡県立御殿場特別支援学校 3特別支援学校(知的障害)における職業リハビリテーションの考え方を取り入れた実践(3) −トータルパッケージを活用した進路指導における事業所と学校の連携について− ○徳増 五郎 静岡大学教育学部附属特別支援学校 142 ○大畑 智里 静岡大学教育学部附属特別支援学校 渡辺 明広 静岡大学教育学部 長谷川 浩志 株式会社メディアベース 4特別支援学校(知的障害)の職場実習の受け入れについての一考察 −トータルパッケージを活用した事業所と学校の連携について− ○長谷川 浩志 株式会社メディアベース 146 徳増 五郎 静岡大学教育学部附属特別支援学校  大畑 智里 静岡大学教育学部附属特別支援学校  渡辺 明広 静岡大学教育学部 5OA作業による能力開発と職域拡大 −パソコンによる出勤簿入力業務の能力開発および職域拡大− ○遠藤 美紀 日総ぴゅあ株式会社  150 松井 優子 日総ぴゅあ株式会社  青木 功 日総ぴゅあ株式会社 6精神障害のある人の多様な働き方を実現するために −支援ツールとしてのトータルパッケージ活用の方向性− ○香野 恵美子 社団法人やどかりの里 152 堤 若菜 社団法人やどかりの里 【口頭発表 第2部】  第8分科会:身体障害 会場:CAI教室(3F) 1重度障害者のアクセシビリティ改善による雇用促進に関する研究 星加 節夫 障害者職業総合センター 158 2国立吉備高原職業リハビリテーションセンターにおける介助支援の 必要な障害者に対する職業訓練の実施結果報告 福島 正 国立吉備高原職業リハビリテーションセンター 162 3脊髄、頚髄損傷者等に対する医療期からの職業復帰支援についての 考察 −せき随損傷者職業センターのとりくみを通して− 大関 和美 せき髄損傷者職業センター 166 4脳血管障害患者を原職復帰に繋げるための回復期リハビリテーションの課題 ○榎 真奈美 倉敷リハビリテーション病院 170 林 司央子 倉敷リハビリテーション病院 藤沢 美由紀 倉敷リハビリテーション病院 5“ろう文化”の理解と聴覚障がい者の多様性に応じた支援 ○宮中 一成株式会社かんでんエルハート 174 中井 志郎 株式会社かんでんエルハート 有本 和歳 株式会社かんでんエルハート 西本 敏 株式会社かんでんエルハート 上林 康典 株式会社かんでんエルハート 岩崎 慶一 株式会社かんでんエルハート 第9分科会:知的障害 会場:302会議室(3F) 1一般就労に向けた指標づくりの試み −評価表作成における項目の抽出要因と支援の実際①− ○黒岩 直人 茨城障害者雇用支援センター 178 黒岩 美喜 独立行政法人産業技術総合研究所 森川 洋 東海学院大学短期大学部 2アビリンピック「パソコンデータ入力」がめざすもの −知的障害者の能力開発と雇用拡大の起爆剤に− ○岡田 伸一 障害者職業総合センター 182 向後 礼子 城西国際大学 槌西 敏之 国立職業リハビリテーションセンター 箕輪 優子 横河電機株式会社 3知的障害者の事務従事者の雇用の実態に関する調査 −事業所に対するアンケート調査の結果から− ○川村 宣輝 健康科学大学/財団法人雇用開発センター 186 木村 周 東京成徳大学院 小倉 修一郎 元日本障害者雇用促進協会 工藤 正 東海学園大学 畠山 千蔭 東京経営者協会 宮武 秀信 世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ(当時) 高橋 匡 財団法人雇用開発センター 荒井 直子 財団法人雇用開発センター 4知的障害者の就労継続を目的とした企業と支援機関の定着支援に 関する研究 −特例子会社を中心に− ○髙田 美穂子 東京都発達障害者支援センター 190 名川 勝 筑波大学大学院 八重田 淳 筑波大学大学院 5知的障害者が自分に適した就労を実現するために −転職を経験した3人の事例から− ○吉武 誠一 財団法人鉄道弘済会弘済学園アフターケアセンター 194 打越 理恵 財団法人鉄道弘済会弘済学園アフターケアセンター 稲田 はづき 財団法人鉄道弘済会弘済学園アフターケアセンター 小林 喜和子 財団法人鉄道弘済会弘済学園アフターケアセンター 冨澤 克佐 財団法人鉄道弘済会弘済学園アフターケアセンター 第10分科会:高次脳機能障害 会場:アリーナ(2F) 1高次脳機能障害者に対する職場復帰支援プログラムにおける 小集団場面を活用した支援について −グループワークを中心に− ○三隅 梨都子 障害者職業総合センター職業センター 196 井上 満佐美 障害者職業総合センター職業センター 安房 竜矢 障害者職業総合センター職業センター 野中 由彦 障害者職業総合センター職業センター 2再就職に不安を抱えた一症例に対する支援について −地域障害者職業センターでの職業評価および当院独自の就労支援活動を通して− ○廣瀬 陽子 医療法人社団北原脳神経外科病院 204 浜崎 千賀 医療法人社団北原脳神経外科病院 飯沼 舞 医療法人社団北原脳神経外科病院 3若年中途障がい者の復職に向けた支援について −当事者・家族への就労支援過程の分析と復職後のインタビューについて− ○浜崎 千賀 医療法人社団北原脳神経外科病院 200 飯沼 舞 医療法人社団北原脳神経外科病院 廣瀬 陽子 医療法人社団北原脳神経外科病院 4通所リハビリテーションにおける就労プログラムへの挑戦 −復職へと繋げる事が出来た脳梗塞によるてんかんと高次脳機能障害の一例− ○竹内 正人 帝京大学ちば総合医療センター 208 平野 雄三 医療法人社団三成会 春日リハビリテーション・ケアセンター 鈴木 堅二 東北福祉大学 5若年性認知症者に対するこれまでの取組み ○伊藤 信子 障害者職業総合センター 212 田谷 勝夫 障害者職業総合センター 第11分科会:メンタルヘルス・復職支援 会場:301会議室(3F) 1民間企業等におけるメンタルヘルス対策の動向について −事業所調査を実施するための文献調査から− 野口 洋平 障害者職業総合センター 216 2メンタルヘルス不全による休職者の職場復帰について(1) −メンタルヘルス対策を中心に− ○野口 洋平 障害者職業総合センター 220 位上 典子 障害者職業総合センター 小池 磨美 障害者職業総合センター 小松 まどか 障害者職業総合センター 村山 奈美子 障害者職業総合センター 加地 雄一 障害者職業総合センター 加賀 信寛 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 川村 博子 障害者職業総合センター 3メンタルヘルス不全による休職者の職場復帰について(2) −復職支援に対するニーズを中心に− ○位上 典子 障害者職業総合センター 224 野口 洋平 障害者職業総合センター 小池 磨美 障害者職業総合センター 小松 まどか 障害者職業総合センター 村山 奈美子 障害者職業総合センター 加地 雄一 障害者職業総合センター 加賀 信寛 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 川村 博子 障害者職業総合センター 4中途障害者の継続雇用に関する企業の対応 −精神障害を中心とする実態分析− ○佐藤 宏 元職業能力開発総合大学校 228 大森 八惠子 NPO法人みなと障がい者福祉事業団 栗林 正巳 日産自動車株式会社 秦 政 株式会社アドバンテッジリスクマネジメント 山本 晴義 横浜労災病院勤労者メンタルヘルスセンター 渡辺 哲也 国立特別支援教育総合研究所 5弁護士によるうつ病労働者の復職サポート事例からの考察 清水 建夫働くうつの人のための弁護団 232 /NPO法人障害児・者人権ネットワーク 第12分科会:障害者の雇用管理・キャリア形成・能力開発 会場:304会議室(3F) 障害者の円滑な就業の実現等にむけた長期追跡調査(パネル調査) −障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究− ○石黒 豊 障害者職業総合センター 236 亀田 敦志 障害者職業総合センター 三島 広和 障害者職業総合センター 清水 亜也 障害者職業総合センター 高橋 寛 障害者職業総合センター 国立職業リハビリテーションセンターにおける健康管理指導の取り組みについて ○栗原 房江 国立職業リハビリテーションセンター 238 小林 久美子 国立職業リハビリテーションセンター 小林 正子 国立職業リハビリテーションセンター 刎田 文記 国立職業リハビリテーションセンター 古沢 由紀代 国立職業リハビリテーションセンター 阿久澤 弓子 国立職業リハビリテーションセンター 在宅などで個別に行う職業訓練・就労支援での個別マネジメントシステムについて ○合田 吉行 特定非営利活動法人ワークステージ 240 池田 泰将 大阪市職業リハビリテーションセンター 岡本 忠雄 大阪市職業リハビリテーションセンター 労働災害にて両眼眼球破裂した男性の職場復帰に向けた職業訓練と職場定着支援 ○工藤 正一 特定非営利活動法人タートル 244 高橋 広 北九州市立総合医療センター 津田 諭 社会福祉法人日本ライトハウス視覚障害リハビリテーションセンター 聴覚障害者の労働生産性を高める取り組み−きこえる人と一緒に働くために必要なこと− 水澤 学 株式会社アモール 248 第13分科会:福祉的就労から一般雇用への移行 会場:講堂(2F) 1職場におけるトラブルを想定した準備性 −精神障がい者が職場で定着するためのツール− ○北野 容子  社会福祉法人親愛の里 250 ○近藤 周子 社会福祉法人親愛の里 2札幌市こぶし館の2年間 −授産施設においてどこまでIPSモデルに準拠できるのか− ○本多 俊紀 NPO法人コミュネット楽創札幌市こぶし館 254 大川 浩子 北海道文教大学 3就労移行支援施設における、「作業支援プログラム」の有効性の検討 −知的障害者を中心に− ○後藤 英樹 足立区障害福祉センターあしすと 258 山田 彌須子 足立区障害福祉センターあしすと 西藤 美惠子 足立区障害福祉センターあしすと 大内 梨江子 足立区障害福祉センターあしすと 小川 利奈 足立区障害福祉センターあしすと 4障害者雇用支援センターが残したもの −雇用の安定、継続雇用を目指して− ○吉川 隆義 福岡県障害者雇用支援センター 260 浜田 奈留美 福岡障害者職業センター 第14分科会:地域におけるネットワーク・連携 会場:303会議室(3F) 1就労支援のための密接な地域連携を支える情報共有のあり方 ○春名 由一郎 障害者職業総合センター 262 三島 広和 障害者職業総合センター 石黒 豊 障害者職業総合センター 亀田 敦志 障害者職業総合センター 2ハローワークにおける障害者の就職支援の工夫・取組事例の収集・ 分析について ○三島 広和 障害者職業総合センター 266 春名 由一郎 障害者職業総合センター 田谷 勝夫 障害者職業総合センター 亀田 敦志 障害者職業総合センター 3国立職業リハビリテーションセンターに対する事業所ニーズと支援 −連携強化の必要性− ○刎田 文記 国立職業リハビリテーションセンター 270 小林 久美子 国立職業リハビリテーションセンター 小林 正子 国立職業リハビリテーションセンター 古沢 由紀代 国立職業リハビリテーションセンター 4中野区における障害者雇用と就労支援に関する研究 −就労支援体制の再構築とLLP(有限責任事業組合)を採用する 事業体の創設について− ○鈴木 あゆみ中野区政策研究機構/中野区政策室調査研究分野 274 佐藤 充 中野区政策研究機構 【ポスター発表】 1国立職業リハビリテーションセンターにおける視覚障害者の訓練の実際 −視覚障害者アクセスコースにおける全盲者を対象とした訓練教材の作成法−  ○青木 しづ江 国立職業リハビリテーションセンター 280 槌西 敏之 国立職業リハビリテーションセンター 石田 透 国立職業リハビリテーションセンター 鈴木 快典 国立職業リハビリテーションセンター 2あなたも「やってみよう!パソコンデータ入力」 −当センター開発のデータ入力トレーニングソフトの体験・評価− 岡田 伸一 障害者職業総合センター 284 3精神障害者のキャリア形成支援 −地域の資源を活用しての就業・生活支援− ○朴 明生 障害者就業・生活支援センター アイ−キャリア 288 根本 真理子 障害者就業・生活支援センター アイ−キャリア 4就職までの移行経路からみた就労支援の課題 −広汎性発達障害成人を対象としたヒアリング調査から− 望月 葉子 障害者職業総合センター 290 5国立職業リハビリテーションセンターにおける発達障害者への職業訓練の取り組み −ワークサンプル幕張版(トータルパッケージ)を活用した導入訓練の取り組み− 野村 隆幸 国立職業リハビリテーションセンター 294 6自閉症卒業生Aくんへの就労継続支援Ⅱ −学校・家庭・事業所・障害者職業センターとの連携から− ○宇川 浩之 高知大学教育学部附属特別支援学校 298 矢野川 祥典 高知大学教育学部附属特別支援学校 土居 真一郎 高知大学教育学部附属特別支援学校 柳本 佳寿枝 高知大学教育学部附属特別支援学校 石山 貴章 九州ルーテル学院大学 田中 誠 就実大学/就実短期大学 松原 孝恵 東京障害者職業センター 嶋崎 明美 高知障害者職業センター 7リハビリテーションチームの復職に対する役割と連携 −高次脳機能障害者への支援を通じて− ○廣瀬 尚美 いちはら病院 302 唐澤 幹男 いちはら病院 倉持 佑佳 いちはら病院 木村 英人 いちはら病院 長岡 知子 いちはら病院 8左片麻痺・高次脳機能障害を呈した症例の復職に至るまで −回復期リハビリテーションの視点から− ○松尾 美沙 医療法人和仁会和仁会病院 304 沖 英一 医療法人和仁会和仁会病院 太田 雄一郎 医療法人和仁会和仁会病院 植田 加奈江 医療法人和仁会和仁会病院 9高次脳機能障害患者の長期的な就労状況 −症例を通じて− 並木 幸司 相澤病院総合リハビリテーションセンター 308 10失語症者へのキーボード学習プログラム(かなタイプシート) −失語症者へのPC入力のアプローチ− ○上田 典之 国立職業リハビリテーションセンター 312 櫻田 修久 国立職業リハビリテーションセンター 11国立大学法人における知的障害者雇用の事例 山田 達也 世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ 316 12国立大学法人における障害者雇用(4) −高知大学の雇用例を通して− ○矢野川 祥典 高知大学教育学部附属特別支援学校 318 宇川 浩之 高知大学教育学部附属特別支援学校 田中 誠 就実大学/就実短期大学 石山 貴章 九州ルーテル学院大学 13特別支援学校における就労移行支援の実際(Ⅰ) −リサイクル関連企業への就職過程に関する分析を通して− ○石山 貴章 九州ルーテル学院大学 320 田中 誠 就実大学/就実短期大学 柳本 佳寿枝 高知大学教育学部附属特別支援学校 土居 真一郎 高知大学教育学部附属特別支援学校 矢野川 祥典 高知大学教育学部附属特別支援学校 宇川 浩之 高知大学教育学部附属特別支援学校 14世田谷区就労支援ネットワークの取り組み −すきっぷ就労相談室の新たな挑戦 地域全体で就労障害者を 支えるネットワーク− 福田 隆志 世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ 322 15就労支援機関における支援体制等の実態 −平成19年10〜12月調査の結果から− 依田 隆男 障害者職業総合センター 324 16特別支援学校(知的障害)高等部の教科「流通・サービス」(「商品管理」「事務」)の学習内容の構築に向けての検討 −ワークサンプル幕張版(MWS)の活用− 渡辺 明広 静岡大学教育学部 328 17トータルパッケージの活用状況について(1) −広域・地域障害者職業センターにおける全体像について− ○村山 奈美子 障害者職業総合センター 332 小池 磨美 障害者職業総合センター 野口 洋平 障害者職業総合センター 位上 典子 障害者職業総合センター 小松 まどか障害者職業総合センター 加地 雄一 障害者職業総合センター 加賀 信寛 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 川村 博子 障害者職業総合センター 18トータルパッケージの活用状況について(2) −広域・地域障害者職業センターにおける活用状況の分析− ○小松 まどか 障害者職業総合センター 336 小池 磨美 障害者職業総合センター 野口 洋平 障害者職業総合センター 位上 典子 障害者職業総合センター 村山 奈美子 障害者職業総合センター 加地 雄一 障害者職業総合センター 加賀 信寛 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 川村 博子 障害者職業総合センター 19トータルパッケージの活用状況について(3) −高次脳機能障害者を対象とした医療機関・施設における活用状況の分析− ○加地 雄一 障害者職業総合センター 340 小池 磨美 障害者職業総合センター 野口 洋平 障害者職業総合センター 位上 典子 障害者職業総合センター 小松 まどか 障害者職業総合センター 村山 奈美子 障害者職業総合センター 加賀 信寛 障害者職業総合センター 望月 葉子 障害者職業総合センター 川村 博子 障害者職業総合センター 【ワークショップ】 Ⅰ地域で支える精神障害者の職業リハビリテーション 会場:アリーナ(2F) コーディネーター:相澤 欽一 障害者職業総合センター コメンテーター:中原 さとみ 社会福祉法人桜ヶ丘社会事業協会桜ヶ丘記念病院 346 北岡 祐子 医療法人尚生会社会就労センター(創)C.A.C  347 北山 守典 社会福祉法人やおき福祉会紀南障害者就業・生活支援センター  349 倉知 延章 九州産業大学国際文化学部臨床心理学科 350 Ⅱジョブコーチの現状と課題 会場:講堂(2F) コーディネーター:松為 信雄 神奈川県立保健福祉大学社会福祉学科 コメンテーター:小川 浩 大妻女子大学人間関係学部人間福祉学科/NPO法人ジョブコーチ・ネットワーク 354 黒田 紀子 有限会社トモニー 357 中村 正子 障害者職業総合センター職業リハビリテーション部 360 依田 隆男障害者職業総合センター 361 Ⅲトータルパッケージの活用(MWSの演習を中心に) 会場:大集団検査室・研究会議室(5F) 担当:障害者職業総合センター障害者支援部門 366 特別講演 共生社会をめざして 国立社会保障・人口問題研究所 所長 内閣府中央障害者施策推進協議会 会長 京 極  髙 宣 共生社会をめざして 国立社会保障・人口問題研究所 所長 内閣府中央障害者施策推進協議会 会長 京 極 髙 宣 1 「共生社会」とは?  ・障害者基本計画→障害者自立支援法 2 重点施策実施5カ年計画の進捗状況  ・各数値目標の実績ベース(平成18年度) 3 障害者自立支援法の意義と内容  ・法そのものと法施行の相違 4 障害者自立支援法の課題  ・自立支援法見直しの現段階 5 障害者の就労支援の現状と今後  ・ハローワークと障害者雇用 むすびにかえて—積極的社会政策の確立を— (参考文献) 1. 拙著『障害者自立支援法の課題』中央法規出版、2008年 2. 同上『最新・障害者自立支援法—逐条解説』新日本法規出版、2008年 3. 中村・伊藤・京極・三沢編『リハビリテーション事典』中央法規出版、2008年 パネルディスカッション 発達障害のある若者の就労支援 【司会者】 佐藤 宏 (元職業能力開発総合大学校福祉工学科 教授) 【パネリスト】 望月 葉子 (障害者職業総合センター 主任研究員) 内藤 孝子 (全国LD親の会 会長) 朝倉 達 (立川公共職業安定所 統括職業指導官) 関水 実 (横浜市発達障害者支援センター センター長) 五十嵐 意和保(大阪障害者職業センター 次長) 発達障害のある若者の就労支援 − 就業への移行の現状と課題 −        障害者職業総合センター 主任研究員 望月 葉子 1. 発達障害のある対象者の現状をどのように理解するか (1)対象者は自らの障害をどのように受けとめているのか 診断や相談の経歴を有する者ばかりではない     ◆ 発達障害の診断を有する者     ◆ 発達障害の判断を有する者      ◆ 発達障害(疑)の者      ◆ 発達障害を主訴とする者 ↓     職業選択もしくは職場適応の場面で「障害に向きあう」ことになる場合の問題 立ちすくみ、先送り、挫折…… 職場不適応、失業、喪失…… ↓      「生活設計の変更」を余儀なくされる ↓   障害特性に即した「支援」が用意されているか/選択されているか/適切に機能しているか (2) 成人期における支援者が留意すべき課題とは…… 学校卒業までにどのような支援を受けたかによって、青年期の状態像が大きく変化する ↓     ◆ 就職に「特別な支援」を必要としない者     ◆ 療育手帳・精神障害者保健福祉手帳の対象となる者(二次的な障害を含む)     ◆ 就職にあたって特別な支援が必要と考えられるが、現状では手帳の対象外の者 (3)就労支援は、どのように構想されるのか     ◆ 教育における支援:特別支援学校                高等学校、専修学校、大学・短大等……     ◆ 一般扱いにおける就業支援:ハローワーク、ジョブカフェ、ヤングジョブスポット、                 若者サポートステーション……       障害者雇用における就業支援:ハローワーク、広域・地域障害者職業センター……     ◆ 障害者支援機関における支援:発達障害者支援センター、障害者就業・生活支援センター……     ◆ 医療その他における支援:デイケア、心理臨床相談……     ◆ その他…… 2. サービスを選択するための支援の課題をどのように理解するか (1)職業リハビリテーション・サービスの対象であるにもかかわらず、      様々な事情からサービスを 選択していない発達障害のある若者の現状について   「高校や大学等を卒業した」ために     ◆ 職業リハビリテーションという選択肢がない     ◆ 職業リハビリテーションを知らない    ◆ 選択肢があったとしても(知っていたとしても)職業リハビリテーションを選択しない (2)職業リハビリテーション・サービスを選択した               発達障害のある若者に対する支援の課題について   「働いて自立する」ために     ◆ サービスを選択する「意志決定」を支援する     ◆「障害受容」を支援する    ◆ 職場適応のために「達成すべき課題の理解」を支援する     ◆「具体的な準備」を支援する ① 作業遂行の特性(必要な配慮)を知る       ② 職場のルールに関する知識・理解並びに行動上の特性(必要な配慮)を知る  3. 今後の議論のために (1) 問題の把握と支援策の検討は、             「いつ」「どこで」「誰が」「どのように」行うことが最適か   職場に適応するうえでの問題の把握 ↓     ◆ 作業条件の配慮     ◆ 指示理解に関する配慮     ◆ 環境整備に関する配慮     ◆ その他の課題に関する配慮    問題を先送りする条件が様々ある中で効果的に職リハサービスを利用する条件は何か    移行支援機関の連携の課題は何か (2)職業リハビリテーション・サービスの利用可能性を高める要件は何か     ◆ 診断体制の整備     ◆ 本人への教育的支援のみならず、早期からの保護者への支援体制の整備     ◆ 職業リハビリテーションの利用可能性を高める施策       学校在学中に求められる施策と卒業後に利用する機関に求められる施策     ◆ 職業リハビリテーション機関における支援の整備 発達障害のある若者の就労支援 − 親の会のとりくみからの展開 − 全国LD親の会 会長 内藤 孝子 発達障害のある若者の就労支援 − 若年コミュニケーション能力要支援者就職プログラムの実際とハローワークでの就労支援 −                              立川公共職業安定所 統括職業指導官 朝倉 達 1 若年コミュニケーション能力要支援者就職プログラムの実際 (1)19年4月に「若年コミュニケーション能力要支援者就職プログラム」を実施するため、一般の職業相談窓口に就職チューターが配置された。         ○このプログラムは、「発達障害」に起因すると思われる、コミュニケーションや対人関係に困難を抱え、採用にいたらない、離転職を繰り返す若者に対して、発達障害やコミュニケーション能力等に配慮した支援/適職の選択をおこない就職可能性を高めるなど、障害特性に配慮した個別支援、適切な専門支援機関への誘導をその事業の内容としている。 (2)相談体制と案内 ○ハローワークの一般職業相談窓口で就職相談を行っている。(障害者の職業相談窓口ではなく、当所の「ヤングコーナー」の一角にある) ○この窓口の案内(別添チラシ参照、一般向け) ○就職チューターにはキャリアカウンセラーの資格をもち、若年者の職業相談の実績のある者を配置している。(高齢・障害者雇用支援機構主催「発達障害者支援センター就労支援担当者研修」など各種研修を受講) ○予約による相談を実施、希望する人には継続支援を実施している。 ○相談の内容は、職業経験の棚卸、アピールポイントの整理、得意なこと、苦手なこと、適職検討、求人の検討、履歴書、職務経歴書、自己紹介書の書き方、面接対策(想定問答、模擬面接)となっているが、各々の特性に応じて実施している。 ○相談者は、一般の職業相談窓口からの紹介がメインであるが、たちかわ若者サポートステーション、東京障害者職業センター多摩支所、東京都発達障害者支援センター(TOSCA)からの紹介もある。 ○相談実績は19年度〜20年度上半期126人(実人員,1回の相談で終わる人も含む)である。相談件数はのべ982件にのぼっている(表1)。 126人のうち、85人が広い意味で特別の支援が必要と考えられ、そのうち43人が発達障害と診断を受けた者、その疑いのある者、知的障害の有る者、ボーダーラインの者等(以下「要支援者」という。)となっている。 ○43人の支援対象者に対しては上記の相談を通じ、就職に至る場合もあるが、専門支援機関へも誘導されている。 誘導は障害者の職業相談担当部門、障害者職業センター、TOSCAなど専門支援機関に対するとともに、若者サポートステーションとも連携をとり、当ステーションのプログラムへの参加などをも勧めたりしてもしている。     表1 19年度〜20年度上半期の相談状況 全体 「要支援者」 相談対象者(実人員) 126人 43人 相談件数(のべ) 982件 専門支援機関への誘導        10件 関係機関への誘導 (若者サポートステーション)         9件 *就職者も出ているが、臨時的なもの、就職してもすぐに離職をするなど、 必ずしも、安定的な就職ができているものばかりではない。 具体的なケース  【ケース①】 30代男。窓口から紹介。最大4ヶ月の在職期間。面接不調等もあり。就職支援、就職後の定着支援を行うも、就職5ヶ月で自主退職。若者サポートステーションのカウンセラーと連携をとっていたが、現在は一人で就職活動中。高機能自閉症が疑われる。 【ケース②】 20代女。若者サポートステーションから紹介。中学時代から引きこもり。20代に入り若者サポートステーションを利用後、当所から事務系パートで就職するもトラブルは続いたが、相談しながら継続。ADHDの疑いあり。TOSCAでも相談。 【ケース③】 30代男。TOSCAから紹介。就労経験あるも親の縁故。アスペルガーの診断あり。一般での就労にこだわりあり。就職チューター支援の下、自選求人に挑戦。面接で失敗。障害者枠を念頭においた支援に向けてケース会議。手帳申請。専門援助から地元の就労移行支援事業所での就労移行プログラムへ移行。 (3)成果    ○一般の職業相談、障害者に対する個別相談など区分けされた制度の狭間にある者に対する支援ができた事。   ○個別の支援も就職チューター単独だけではなく、ネットワークによる支援がなされていること。 ○いきなり、障害者の窓口ではなく、就職支援をうけての見極め。納得ずくの窓口誘導ができていること。 (4)課題   ○一般窓口での見極めの難しさ。発達障害についての理解の必要性。   ○障害者を支援するネットワークは豊富だが、ボーダーラインの人たちが利用できる社会資源はどこにある。   ○誘導の難しさ(家族の支援の必要性) 3 専門援助部門での就職支援について (1)就職実績(19年度) ○東京労働局における就職実績     20件(うち何らかの障害者手帳を所持している者 13件)   ○ハローワーク立川 3件(いずれも手帳所持者)     事務職、運転手、清掃。現在も定着中。      (事務職(20代男)については障害者求人を活用して就職) (2)専門援助部門での職業紹介 ○新規求職の際には、本人理解のため、障害者職業センターの職業評価、準備支援などを活用している。 ○今年度から始めた国立職業リハビリテーションセンターの「発達障害者」の職業訓練は3名受講している。 ○障害者向け求人及び一般求人を活用して、原則として障害をオープンにして紹介をしている身体障害者、知的障害者、精神障害者の職業紹介と同様である。   ○上記の専門支援機関のみならず、障害者就業・生活支援センター、市の障害者就労支援センター(東京都の単独事業)とも連携し、就労、定着支援を実施している。       コミュニケーションや対人関係が苦手で ・ 就職活動をどうしていいかわからない ・ 就職がなかなか決まらない ・ 就職しても続かない ・ 就職に関していろいろ悩んでいる 等の悩みや不安をお持ちの若年者の皆様(おおむね35歳未満の方)への支援サービスです。 ・ 自分を知り仕事を知ること、自分にあった仕事を探すこと、求人情報の探索、応募書類の作成、面接対策等就職活動でのすべての面での相談が可能です。又、就職された後も相談においで頂くことができます。 ・ 専任の職業相談員(キャリアカウンセラー)とマンツーマンで就職を目指すことができます。 ・ 原則として、1回約50分で、継続してご利用いただけます。    (例:週1回とか10日に1回等) ・ 原則的に予約制ですが、予約が入っていないときは随時受付け可能です。   お申込は担当窓口まで ハローワーク立川  職業相談第二部門                                               042−525−8616    発達障害のある若者の就労支援 −発達障害者支援センターの実践から− 横浜市発達障害者支援センター センター長 関水 実 発達障害のある若者の就労支援 大阪障害者職業センター 次長 五十嵐 意和保 口頭発表 第1部 教育・訓練施設に在籍する視覚障害者の就職への意識 ○平川 政利(障害者職業総合センター事業主支援部門 主任研究員) 指田 忠司・河村 恵子・沖山 稚子 (障害者職業総合センター事業主支援部門) 1 はじめに 視覚障害者の雇用の場としては、伝統的な「あはき業(あんまマッサージ指圧、はり、きゅう)」が最も多く、わが国の視覚障害者雇用の中心的な役割を果たしてきた。しかし、近年ではあはき業への晴眼者の進出がある一方で、他の職域の開拓が進んでいないことから、視覚障害者の就職は厳しい状況にある。今後は、あはき業を活かした職種や、情報技術の進展等を反映した新たな分野での雇用機会の拡大が期待されている。 こうした状況を踏まえ、当センターでは、「視覚障害者の雇用拡大のための支援施策に関する研究」に取り組んでいる。この研究の一環として、視覚障害者の雇用機会の拡大に向けた基礎資料を得るために、これから就職しようとする視覚障害者の就職に対する意識調査を行った。本報告ではこの調査結果を中心に教育・訓練施設に在籍する視覚障害者の希望する職種や働き方を把握し、支援の方法、及び今後の課題について検討する。 2 方法 (1)対象者 教育・訓練施設で学んでいる視覚障害者でこれから就職しようとする者を対象とした。教育・訓練施設は①盲学校高等部、②視力障害センター、③職業能力開発施設、④授産施設等である。ただし、①、②の施設は、教育・訓練期間が複数年に渡るため、最終学年に在籍する者のみとした。 (2)手順 視覚障害者が在籍している教育・訓練施設に調査票を郵送し、回答済みの調査票を返信用封筒で回収した。なお、調査票は拡大文字と点字の2種類を用意し、対象者の要望に応じてどちらかを選択して回答するようにした。 (3)実施期間  平成19年10月〜11月 (4)調査内容  イ プロフィール   :属性、障害状況、学習歴、既得資格等 ロ 基本的生活状況   :移動能力、コミュニケーション媒体、健康管理、収入の有無とその金額等 ハ 教育・訓練の実施状況 :教育・訓練内容、資格、入校(所)理由、仕事経験 ニ 就職への希望   :希望職種とその理由、希望労働条件、就労支援への希望、職場での配慮事項への希望、就労支援機関に望むこと等 3 調査結果 (1)回収率  アンケート調査票を全国の教育・訓練施設に在籍する1,085人に送付し、470人から回答を得た。全体の回収率は43.3%であるが、施設別の回収率は、盲学校が45.3%、視力障害センターが61.4%、職業能力開発施設が61.0%、授産施設等が22.1%であった。 (2)属性 イ 性別及び年齢  回答者総数470人のうち、男性が319人(67.9%)、女性が147人(31.3%)である(無回答は4人(0.9%))。 年代は10代から60歳以上と広範囲に渡っている。この中で20代、30代が22%台、10代、40代、50代が15〜16%となっており、これらで9割以上を占めている。また、60歳以上の高齢者もわずかながらいるが5.5%と少ない。  表1 教育・訓練施設別の年齢分布  教育・訓練施設別の年齢分布をみると、盲学校は比較的若い年代が多い。特に普通科は10代が9割以上で最も若い。普通科以外では20代から30代が中心である。次に、視力障害センターと職業能力開発施設は、30代から40代が中心である。授産施設は50代以上が多く年齢構成が最も高くなっている。この結果から、盲学校から視力障害センター、職業能力開発施設、授産施設を経て就労というキャリアの流れが見える。ただし、授産施設の年齢が高いことは、授産から一般就労への移行が少なく施設での滞留という現状を反映しているように思われる。 ロ 障害状況 障害状況を等級別にみると、1級180人(41.4%)と2級149人(34.3%)が多く、2つを合わせた重度障害が8割近くにもなっている。次いで5級44人(10.1%)、3級26人(6.0%)の順になっている。 次に現在の視力(メガネなどによる矯正後の視力:全盲の場合は0)についてみると、表2のようになる。全盲(光覚、手動弁、指数弁を含む)の者は114人(24.3%)で全体の約1/4を占めている。弱視等の者は、0.01〜0.3未満が256人(54.5%)と最も多く、次いで0.3〜0.7未満が67人(14.3%)、0.7〜1.0未満が17人 (3.6%)、1.0以上が6人(1.3%)である。全体的には、盲学校の対象となる0.3未満の者が8割近くでほとんどを占めている。 表2 現在の視力 最後に視覚障害になった時期がはっきりしている者393人について調査時の年齢と受障時期を比較し、年代別の傾向を表3に示す。 表3 調査時の年齢と受障時期 10代、20代の若い年代では先天性障害(0歳)が多く、中途障害の2から3倍になっている。しかし、30代以降になると先天性障害(62人)と中途障害(30+47+96=173人)の比率は逆転して中途障害が3倍ほど多くなっている。中でも、現在年齢30代以上で受障害時期が30代以上の者が96人(24.4%)と最も多いことが注目される。この結果から、近年、社会人になってから中途視覚障害になる者が増加しているという傾向をうかがうことができる。 (3)教育・訓練の実施状況 現在学んでいる教育・訓練は、あはき関係が最多の292人(62.1%)であり、パソコン・ワープロ関係は47人(10.0%)、福祉関係7人(1.5%)、会計事務処理関係6人(1.3%)、情報処理関係5人(1.1%)、あはき以外の医療関係3人(0.6%)、秘書・語学関係2人(0.4%)の順である。 また、教育・訓練施設別にみると、施設毎に特徴的な内容が見受けられる(表4)。盲学校は、普通科とそれ以外の科とで大きな違いがある。普通科は専門的ではない「その他」が80%以上であるが、普通科以外は、あはき関係に集中している。視力障害センターもほぼ100%があはき関係の内容である。 これに対して職業能力開発施設は、あはき以外の内容である。パソコン・ワープロ関係が7割以上で最も多く、以下、会計事務処理、情報処理関係の順になっている。 表4 教育・訓練施設と教育・訓練内容 (4)就職への希望 教育・訓練施設に在籍する者の就職への希望は、あはき関係の職種が主流である。調査対象者の多くがあはき関係の教育・訓練施設に在籍する者なので当然といえる。反面、事務関係職種、教職、福祉関係、生産工程・労務、公務員など、あはき業以外の職種を希望する者がわずかずつでもいることが確認できる。ここでは、あはき関係職種とそれ以外の職種に分けて、現在受講している教育・訓練内容との比較から就職に対する希望を表5に示す。 先ず、あはき関係職種について検討する。盲学校及び視力障害者センター等であはき関係の教育・訓練を受けている者は、その9割以上があはき業を希望している。あはき師の資格を取って安定した職業・収入を得たいと考える視覚障害者が多いと感じる。これらの中で、従来からの治療院、病院勤務、及び自営が75.4%と最も多いが、あはき資格を活かした職種(ヘルスキーパや介護施設の機能訓練指導員など)への希望も16.8%あり、あはき業における新たな職域への希望として注目される。 表5 教育・訓練内容と希望職種 次に、あはき関係以外についてである。あはき関係以外の教育・訓練内容別に希望職種をみると、会計事務処理関係と情報処理関係を受講している者は6割以上が事務系職種を希望し、次に情報処理技術者が2割程度である。パソコン・ワープロ関係の受講者も、事務系職種が中心であるが、その割合は3割程度に止まっており、他の職種全般に渡っている。こうしたことから、あはき業以外の職種として、最も希望が高いのは事務系職種であることがわかる。また、職種全般に渡ってパソコン・ワープロ関係が関わっていることは、どの分野の職種もICTを活用した業務内容が浸透しており、希望職種にもその影響が反映されていると考える。 最後に、福祉的就労及びその他を選択した分野についてである。その他を選択した者は「まだ考えていない、わからない」という職種像が曖昧な場合が多く、一般就労とは異なる職種として捉えられる。このような状況を踏まえると、一般就労が難しい、または一般就労になじまない者も相当数おり、これに向けた対応の必要があると考える。 4 考察  視覚障害者の就労を困難にしている要因として、①移動能力、②情報処理能力、③健康管理などが挙げられる。これらの中でも②は視覚障害者の職業上の課題(職種、労働条件、職場環境整備など)として最も大きいと考える。そこで、本報告では②と職業上の課題を中心に障害特性に即した支援の方法について検討する。 (1)障害状況と文字情報の処理 視覚障害は文字情報、いわゆる墨字に関する理解度が職業上に大きな影響を及ぼすと考えられるため、本調査における障害状況と文字情報の処理との関係を表6に示す。障害状況には、受障時期として先天性か中途障害か、視力として全盲か弱視かという4つの要素で検討していく。 表6 障害状況と文字情報の処理 弱視者は、先天性障害、中途障害にかかわらず墨字(ルーペ使用を含む)使用が最も多い。拡大文字や拡大読書器を含めると8割近くにもなり、墨字関係の処理がほとんである。 一方、全盲者は、先天性と中途障害とで大きな違いがある。すなわち、先天性の者は6割以上と点字使用が主流であるが、中途障害の者は点字の他に読み上げソフトや録音媒体の使用も多い。先天性障害の場合は就学期から盲学校等で特別支援を受けていたことが、点字主流の文字情報処理になっていると考える。これに対して中途障害の多くは就学期を過ぎてからの失明であり、触読という全く異なる感覚の習得に限界がある。このようなことから、中途失明者の点字使用は少ないと考える。反面、中途失明者の点字に変わる代償手段として、パソコンを利用した読み上げソフトの利用が増えている。また、高齢で中途失明した者は、パソコンの使用にも抵抗があり、より身近で利用しやすい録音媒体(テープレコーダ、CD、MDなど)に依っていると思われる。 (2)個々の事情に応じた配慮・改善  視覚障害者の就労上の条件整備として、文字情報の処理について検討したところ全盲者と弱視者で大きな違いがあった。そこで、視覚障害者の就労上の配慮や改善について、全盲と弱視という視点から検討する。  先ず、就労に当たって希望する配慮・改善についてはっきりと回答した者357人について、視力(全盲、弱視)別に整理したものを表7に示す。 表7 視力と希望する配慮・改善   全盲も弱視も仕事の効率をよくするために支援機器の配備や人的支援などの職場環境整備に関する要望が最も高く、4割以上である。両者に共通の要望事項ではあっても、職場環境の整備には、前述の(1)文字情報の処理にあるように、それぞれの特性に合った配慮・改善が必要である。 また、視力別で特徴的な要望もある。全盲は、通勤に関する要望が多く歩行訓練や誘導設備に改善を求めており、移動能力の困難性が表れている。一方、弱視は医療上の配慮が多く、通院時間の確保や短時間勤務の配慮を求めている。これは社会経験のある中途障害者の多いことが影響しているように思われる。すなわち、弱視の状態は様々であるが視力が悪化しても申し出ず、状態が悪化してから周囲の指摘で判明する場合が多いという。このような状態を回避するには、視力を維持する医療上の配慮をし、適切な職業リハビリテーションの対応が必要と考える。 (3)就労に向けての支援策 就労に当たって希望する支援策について明確に回答した者384人について、視力(全盲、弱視)別に整理したものを表8に示す。 表8 視力と希望する支援策 視力にかかわらずあはき師資格を活かした職場開拓が多い。この背景には次のようなことが考えられる。近年、診療報酬改定によりマッサージ師の施術に対する保険点数が引き下げられ、マッサージ師を雇うメリットが減少していることから、病院への就職が減少傾向にある。また、ボディー・ケアや足裏マッサージ、リラクゼーションなど無資格業者の増加により、治療院経営の圧迫も影響していると思われる。これらの実状を把握した上で、今後の方策について検討することが必要と考える。 視力別にみた希望する支援策の特徴を挙げると、全盲においては作業所や授産施設の充実が多いことである。この背景には、重度視覚障害者の中には知的障害の要素を併せもっている者もおり1)、一般就労への難しさがあると思われる。こうした福祉的就労の充実を考えると、「障害者自立支援法」の「就労支援」や「就労移行支援」との関係も見据えた対応が求められる。 弱視においては、企業に対しての雇用の啓発、視覚障害者の実際に働く事例などの情報提供を求めるものが多い。弱視は多様な障害状況を有しており、障害への理解が難しいことから、障害に対する企業側の理解の推進が挙がっていると思われる。 5 まとめ  視覚障害者の就職への意識調査をまとめると以下のようになる。 教育・訓練の受講者は、10代から60代までの広範囲に渡っており、中でも30代以降の社会人になってから受障した中途障害者が最も多くなっている。また、障害状況は重度者(1,2級)が8割近くを占めており、全盲と弱視の比率は、全盲1に対して弱視4である。 視覚障害者の就労に大きな影響を及ぼす文字情報の処理では、全盲か弱視か、先天性障害か中途障害かで処理方法が異なり、それぞれの実情に沿った支援が必要である。 就労に向けて希望する職種は、あはき関係が主流であるが、従来の医療関係の他に、あはき資格を活かした新たな職種への希望もみられる。あはき関係以外では、事務系職種の希望が最も多い。また、一般就労とは異なる福祉的就労の要望もある。 以上のような状況を受け、これから就職しようとする視覚障害者への配慮・改善には、個々の事情に応じた職場環境の整備が必要である。また、企業に対しての雇用の啓発、視覚障害者の実際に働く事例などの情報提供も必要である。 今後の課題としては、調査結果を基に、視覚障害のある在職者や企業の受入実態を踏まえ、より多面的な分析を通して視覚障害者の雇用の拡大、雇用の安定を図るための効果的な支援策を検討していくことである。 参考文献 1) 全国盲学校長会編:視覚障害者児教育の現状と課題,NO46,全国盲学校長会(2007) 視覚障害者の雇用拡大のための支援施策について −求職視覚障害者の実態と意識を中心に− ○河村 恵子(障害者職業総合センター事業主支援部門 研究員) 平川 政利・指田 忠司・沖山 稚子(障害者職業総合センター事業主支援部門) 1 はじめに  平成19年度のハローワークにおける視覚障害者の職業別就職件数については1)、専門的・技術的職業(あん摩・鍼・灸・マッサージ(以下「あはき業」という。)、ヘルスキーパー、機能訓練指導員、理学療法士等)が55.5%を占め(重度では75.9%)、かつその大部分が「あはき業」への就職となっている。一方、事務的職業への就職率は15.2%を占め、視覚障害者の情報処理能力に対する支援技術の開発に伴い、今後事務系職種を中心とした新たな職域の可能性も期待されるところである。  こうした状況を踏まえ、当センターでは、「視覚障害者の雇用拡大のための支援施策に関する研究」に取り組んでいる。本報告では、この研究の一環として行った、ハローワークにおける求職視覚障害者の求職活動実態や就職に対する意識調査をとおし、視覚障害者の雇用拡大に係る課題を見出し、具体的な支援方策について検討を行う。 2 方法 (1)調査対象者  全国のハローワークの職業相談・職業紹介窓口に訪れた求職視覚障害者に対し、ハローワーク担当者より、調査の趣旨説明及び協力依頼を行っていただき、承諾が得られた方を調査対象者とした。 (2)手順 調査協力へ承諾が得られた方について、ハローワーク担当者より、研究担当者へ電話にて紹介いただいた。おって研究担当者より対象者へ連絡をし、調査日時の調整、その後電話による聴き取り調査を実施した(所要時間平均20〜30分程度)。調査実施後は、ハローワーク担当者へ調査終了の報告を行った。 (3)実施期間  ハローワークによる調査協力者募集期間は、平成20年4月1日〜4月30日、研究担当者による調査期間は、同年4月1日〜5月中旬までとした。 (4)調査内容 イ プロフィール 属性、障害状況、学習歴、既得資格等 ロ 基本的生活状況 移動能力、コミュニケーション媒体、健康管理、収入の有無とその金額等 ハ ハローワーク利用状況と就職に対する希望 求職登録時期、紹介事業所件数、仕事経験、希望職種とその理由、希望労働条件、就労支援への希望、職場での配慮事項への希望、就労支援機関に望むこと(自由回答)等 3 結果及び考察 (1)実施状況と対象者の属性  全国のハローワーク担当者に窓口で働きかけていただいた人数は464名、そのうち承諾が得られた人数は193名、電話によるアンケート調査を実施したのは173名であった(実施率37.3%)。 属性については以下のとおりである。 イ 性別及び年齢 全対象者のうち、男性は117名(67.6%)、女性は56名(32.4%)であった。 年齢構成は、60歳以上が33名 (19.1%)、50代50名 (28.9%)、40代37名(21.4%)、30代29名(16.8%)、20代22名(12.7%)、19歳以下は2名(1.2%)となっている。 ロ 障害状況 等級別には、1級48名(27.7%)、2級66名(38.2%)、3級13名(7.5%)、4級15名(8.7%)、5級23名(13.3%)、6級8名(4.6%)であった。生活上の視力(左右の視力のうち高い方)別には、0〜0.01未満30名(17.3%)、0.01〜0.3未満104名(60.1%)、0.3〜0.7未満27名(15.6%)、0.7〜1.0未満6名(3.5%)、1.0以上5名(2.9%)であった(無回答1名)。そのうち、全盲者(視力0及び光覚、手動弁、指数弁を含む)30名(17.3%)、弱視者142名(82.1%)となっている(無回答1名)。 ハ 資格の保有 あはき関係の資格のみある者は65名(37.6%)、あはき関係の資格とそれ以外の資格がある者は13名(7.5%)、あはき関係以外の資格のみある者は43名(24.9%)、資格のない者は43名(24.9%)であった。 ニ 文字情報の処理方法 最もよく用いる文字情報の処理方法別にみると、墨字関係の処理を行う者(墨字(ルーペ使用を含む)、拡大文字、拡大読書器)は125名(72.3%)と大半を占めていた。以下、テープ・MD・CD等の録音媒体14人(8.1%)、読み上げソフト13人(7.5%)、点字12人(6.9%)の順となった。なお、約半数の視覚障害者にと 表1 見え方の程度と希望職種との関係 表中単位は%(人)、以下同様 表2 資格の有無と希望職種との関係 っては拡大読書器を含め機器の活用が必要な状況であった。 (2)雇用機会の拡大に向けて イ 希望職種の傾向から まずは、全盲と弱視との違いにより結果の整理を行ったところ(表1)、全盲者の希望職種については、「あはき業として治療院や病院に勤務」が12名(40.0%)、「あはき資格を活かした職種」が4名(13.3%)となっており、あはき業での就職希望者が全体の半数以上を占めている。また、「事務系職種」を希望する者が4名(13.3%)おり、視覚障害者のための情報処理技術の発達に伴い、事務系職種での就職ニーズが高まりをみせている状況が窺える。弱視者の場合は、「あはき業として治療院や病院に勤務」が34名(23.9%)、「あはき資格を活かした職種」が20名(14.1%)と、やはりあはき業での就職希望者が最も多いが、割合は全盲者を下回った。次いで多いのは、「事務系職種」(13名、9.2%)、その他、「サービス関係職種」及び「生産工程・労務」が共に11名(7.7%)を占め、全盲者に比して職種の散らばりが目立つ。 次に、あはき資格の有無による希望職種の違いを表2に示す。あはき関係の資格を有している者については、「あはき業として治療院や病院に勤務」、「あはき業として自営業」、「あはき資格を活かした職種」の希望者が合わせて68名(87.2%)と大半を占めている。あはき関係以外の資格を有している者はあはき関係資格を有している者に比して「事務系職種(10名、19.2%)」、「サービス関係職種(7名、13.5%)」を希望する者が多く、いずれの資格も持たない者については「生産工程・労務」が7名(16.3%)と最も多い結果であった。 なお、障害程度と資格の有無の関係をみると全盲者の場合、あはき関係の資格取得者が22名(73.4%)、 弱視者の場合あはき関係の資格未取得者が86名(60.6%)(そのうち何の資格も取得していない者は38名(26.8%))という結果であり、あはき資格を有さない弱視者の多い実態が窺える(表3)。 表3 資格の有無と見え方の関係 次に、文字処理方法の違いによる希望職種の傾向についてみてみると(表4)、点字、録音媒体、読み上げソフト等、文字処理において機器を用いる場合、「あはき業として治療院や病院に勤務」への希望が最も多く(それぞれ順に72.7%、30.8%、42.9%)、それ以外でも「あはき資格を活かした職種」を希望する者が多い。一方、墨字及び拡大文字による処理を行う者の場合はあはき業以外にも、「事務系職種」、「サービス関係職種」、「生産工程・労務」等を選択する者が多い。拡大読書器を使用する者は、あはき業を希望する者と事務系職種を希望する者とに概ね二分化される結果となった。 晴眼者のあはき業への進出は年々増加してきており、視覚障害者の職域を圧迫してきている状況が問題視されている。本調査においてもあはき業での就職を希望する者は多く、こうした分野での雇用の場の確保及び拡大は今後の重要な課題となるであろう。また、事務系職種への実際の就職件数が増加傾向にあることからも、こうした分野における雇用事例の蓄積は今後さらに重要になってくるのではないだろうか。その他、 本調査で見られた傾向として、専門的スキルを必要としない職種を希望する者の多さや、どの職種にも属さない「その他の職種」の中でも特に「できることなら何でもよい」という回答者の多さが目立った。弱視者やあはき資格を有していない視覚障害者の就職においては、障害状況等を十分把握した上で、多様な職域において就労の可能性を探っていく必要もあるのではないだろうか。 表4 文字処理方法と希望職種との関係 ロ 希望条件について ここで、ハローワークを訪れる求職視覚障害者の就職希望条件(身分や賃金等)について整理したい。働く際の身分については、正社員を希望する者は97名(56.1%)、嘱託または契約社員(パートタイムを含む)を希望する者は53名(30.6%)であった。身分にかかわらず、勤務時間については122名(70.5%)が30時間以上の通常勤務を希望し、最低月収は94名(54.3%)が10万〜20万円未満という結果であった。一方、平成15年度の障害者雇用実態調査2)の結果では、週30時間以上勤務する者の身体障害者の平均月収は26万7千円であり、在職者と求職者のギャップや視覚障害者の就職活動の厳しさを感じさせる結果と言える。 (3)就労支援を展開するにあたって イ 企業に対する障害特性についての理解促進 本調査において、どのような支援があれば就職しやすくなると思うかを尋ねたところ、最も多かったのは「会社に対する視覚障害者雇用の啓発」及び「視覚障害者の働く事例などの情報提供」であった(共に28人(16.2%))(図1)。 図1 就職に向けての支援ニーズ 後者については、本調査において、更なる雇用機会の拡大が求められていることが明らかとなったが、そ のための取り組みをとおして求職視覚障害者に対する適切な情報提供へつなげていくことが重要な課題となろう。 しかし、障害者雇用は当事者への支援のみで進むものではなく、受け入れ側の企業に対するアプローチも重要となってくる。企業側には視覚障害についての情報不足、更にそこから生じる誤解や偏見等も大いにあると推測される。これらの解消のためには、視覚障害についての正確な知識と具体的対応方法等について助言していくことが重要である。一例として、視覚障害者を雇用するにあたっての懸念事項のひとつに、通勤や安全面への不安が挙げられることが多い3)。本調査では、日常生活における主な移動手段及び就職後に最も必要とする配慮事項について聞き取りを行ったが、移動手段については「白杖や盲導犬を使わず、介助者なしで単独歩行」72名(41.6%)、「白杖や盲導犬を利用」42名(24.3%)、「単独歩行の他に自転車も利用」38名(22.0%)、「介助者の付き添い」19名(11.0%)と、移動能力の高い者が多い傾向が確認された。また、最も希望する配慮事項としては、いずれの移動手段をとる場合も、「通勤のための歩行訓練」を挙げた者はわずかであった(全調査対象者中8名(4.6%))。白杖や盲導犬を主たる移動手段としている場合に限っても42名中2名にとどまり、当事者としては通勤に対する不安は企業側ほど感じていないことが推測される。実際の雇用事例から、当初企業側は安全面への不安を抱いていたが、実際の本人の行動場面をみることで不安は払拭されているケースも多々聞かれている。 ロ 訓練機会の充実 就職に向けての支援ニーズを聞き取る中では、様々な訓練機会(「いろいろな職種に関する教育・訓練」、「より高度な教育・訓練」、「復職や職種転換のための教育・訓練」)の充実を求める意見も多く挙げられている(表5)。特に20〜30歳代の視覚障害者においてこうしたニーズが高い傾向にあった。障害の進行に伴う重度化や中途視覚障害者の増加により、新たなスキルの習得により再就職や継続就労を望む者も増加することが推測される。あはき資格の取得のための訓練はもちろん、昨今の雇用状況の傾向及び視覚障害者への情報処理能力に対する支援技術の開発を踏まえ、ICT関係のスキル習得のための訓練の重要性はさらに高まるであろう。しかし、現時点でこうした訓練を受けられる機会は十分とは言えない状況である。障害者委託訓練の場を拡充する等、視覚障害者が受講できる訓練機会の充実に向け取り組むとともに、各教育・訓練施設においてこうしたスキルを学べる機会を増やす等の工夫も必要ではないだろうか。また、自由回答においては、こうした訓練においてはスキル習得だけでなく、ビジネスマナーや対人対応スキルについて学べる機会も必要であるとの声も聞かれた。訓練機会の拡大と併せて、訓練内容について工夫の余地がないかという視点も大切になってくると思われる。 表5 年齢別の就職に向けてのニーズ ハ 支援機器の充実  就職時に希望する配慮や改善について聞き取りを行ったところ、「仕事の効率を良くするための人的支援」が25名(14.5%)と最も多く、次に「仕事の効率を良くするための支援機器の配備」が23名(13.3%)であった(図2)。 図2 就職時に求める配慮事項 ここで、支援機器の配備の必要性について検討するため、文字情報の処理方法別に職場での希望する配慮事項を整理したところ、特に、点字、録音媒体、読み上げソフト利用者の場合、「仕事の効率を良くするための支援機器の配備」に対するニーズが高い傾向がみられる(表6)。特に、全盲者が就職し職場定着を図るため、情報保障やコミュニケーションの手段として機器の整備は重要であり、就職の際には、就労支援関係者から、こうした点について企業へ理解が得られるよう各種助成金等の支援制度の活用を含めて情報提供及びアプローチを行う必要があると思われる。 表6 文字情報処理別の就職時に求める配慮事項 4 今後の課題 (1)雇用事例の蓄積 視覚障害者の希望職種等に対するニーズの多様性と昨今の雇用状況の変化等を踏まえ、職域確保に向けた対策の検討とともに、職域拡大のための積極的な職場開拓が必要であることが明らかとなった。これを踏まえ、求職視覚障害者及び企業への効果的な情報提供が行えるよう、今後更なる雇用事例の蓄積を図る必要があると考える。 (2)支援機関の専門性の充実  本調査では、障害特性及び職場適応のための企業へのアプローチの重要性が見出されたが、一方で、“就労支援機関に望むこと”について自由回答を求めると、就労支援関係者の障害特性についての理解が不十分であること、視覚障害者の就労についての情報が不足していることについて多くの指摘があった。視覚障害を対象とした支援機関が少ない現状も踏まえ、既存の就労支援機関において、更なる専門性の向上が望まれるのではないだろうか。 【引用・参考文献】 1) 厚生労働省:視覚障害者の職業紹介状況(平成19年度) 2) 厚生労働省:平成15年度障害者雇用実態調査 3) 労働省・日本障害者雇用促進協会:視覚障害者の職場定着方策に関する調査研究Ⅱ、「職域拡大等調査研究報告書No.201」(1993) 重度視覚障害者に対する「合理的配慮」の提供と 職場における支援システムの構築について −「合理的配慮」の内容と支援システムの関係を中心として− 指田 忠司(障害者職業総合センター事業主支援部門 研究員) 1 はじめに 国際連合における障害者権利条約の採択を契機として、雇用分野における「合理的配慮」に関する議論が注目されている。 従来の研究では、比較法的アプローチに主眼が置かれ、欧米諸国における法制度にみられる「合理的配慮」(reasonable accommodation)、或いは「合理的調整」(reasonable adjustment)について、主として文理解釈の方法によって、その内容を確定しようとしてきた。しかし米国では、この概念を導入したADA(障害をもつアメリカ人法)を巡ってさまざまな判例が積み重ねられ、それが制定法解釈の基準となる雇用機会均等委員会(以下「EEOC」という。)の施行規則や解釈指針に反映されるようになってきた。また英国でも、各種の紛争解決システムにおける判断を通じて、その具体的内容が定まりつつあるようにみえる1)。 一方、わが国に目を転じると、一部の地方公共団体の条例を除けば、「合理的配慮」についてこれを具体的に規定した制定法はまだ存在しない。しかし、従来から、例えば、重度視覚障害者が職場で働く際には、パソコンなどを音声で使えるようにしたり、同僚が人的な支援にあたるなど、それを「合理的配慮」と意識するかどうかは別として、現実には、さまざまな支援を組み合わせて個別具体的な支援システムが構築されてきたところである。 そこで、本稿では、重度視覚障害者が働く職場における各種支援の取り組みや、その他の配慮という現実的な視点から、「合理的配慮」の内容を具体的に検討し、各種支援の取り組みとの関係について考察してみたい。 2 合理的配慮の意義 障害者権利条約第2条によれば、「合理的配慮」とは、障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。 これは「合理的配慮」の一般的な定義ともいえるものだが、そこから、①実質的な平等を実現するために必要かつ適当な変更または調整、②個別具体的なもの、③不釣り合いまたは過度な負担を伴わないもの、という要件が導かれる。 EEOCの規則によれば、「合理的配慮」とは、障害者が公平な雇用機会を享受できるよう、就労環境の変更または個々の状況に適合する改変をいい、上述の要件のうち、①及び②に言及する。 また、EEOCによれば、雇用場面では、次の3種類の合理的配慮があるとされる。すなわち、①求職過程における変更・調整、②就労環境の変更・調整、③障害のある従業員が、同様の状況にある障害をもたないその他の従業員と同等の公平な雇用上の便宜・権利を享受するための変更・調整である。これは、雇用関係に入る前と後を区別して、それぞれの場面で実質的な平等実現のための変更・調整が行われることを意味している2)。 3 職場における就労支援システムの意義と特徴 では、視覚障害者の職場における就労支援システムとはどのようなものであろうか。視覚障害の特性を考慮に入れて、その特質を考えてみる3)。 ①視覚障害者の場合、視覚情報を入手する点に困難がある。ここでいう情報の中には、比較的扱いやすい文字情報だけでなく、地図や図面などの図形情報、さらに、歩行の際に必要となる位置確認のための情報なども含まれる。 ②次に、入手した情報を、視覚障害者が必要に応じて加工する場合にも困難が認められる。自分で管理しやすい形態(たとえば、点字、音声、電子データ)に変換することが必要である。 ③そして、視覚障害者が有している情報を他者(多くの場合晴眼の同僚や上司)に対して伝達する上でも困難がある。当該情報を晴眼者が知り得る形態(例:文書)に変換して伝えなければならない。そのためには、管理している情報を漢字かな混じり文で書かれた文書に変換することが必要となる。 このように、視覚障害者が働く場合には、職場における情報の入手、加工及び伝達の場面で困難に直面することになる。したがって、視覚障害者に対する就労支援システムの中核をなすのは、このような各種の情報を取り扱う際に生ずる困難を軽減・除去するための支援サービスということになる。 また、このような情報処理の困難とともに、移動面での困難が指摘されるが、これは主として、通勤、外出や出張の場面で問題となる。基本的には視覚障害者本人の歩行訓練とともに、交通安全対策の問題が背景にある。したがって、ここでの支援の課題は、雇用前後の各段階で訓練機会の提供や人的支援の配置などの形で対応することになる。 4 就労支援システムの分類 (1)障害程度による分類 視覚障害者の職場における就労支援システムを考える場合にも、障害の程度によって支援内容の違いを分ける必要がある。その基準と支援の内容は概ね次のようになるであろう。 ①弱視者: 何らかの障害補償機器を用いることによって直接墨字文書の処理が可能な程度の弱視者の場合には、文字を拡大する装置を使ったり、採光や照明に配慮が必要となる。ただ、障害程度には個人差があるので、どのような装置を使って、どのような環境にするかについては一律に決定することはできない。 ②全盲者: いかなる障害補償機器を使っても墨字文書を直接扱うことのできない重度視覚障害者の場合には、上記で指摘したように、とりわけ情報の入手と伝達の面で困難がある。支援サ−ビスとして、文字情報を必要に応じて、効率的に点字や音声に変換する装置や備品を配備するとともに、他者への伝達のために墨字文書を作成できるように、音声パソコンなどを配備する必要が出てくる。さらに、このような技術的援助だけでなく、職場介助者などの人的支援サービスも必要になる場合もある。 (2)支援方法の違いによる分類 もう一つの分類基準は、支援の方法であり、支援サービスの性質によってこれを次の二つに分けることができる。 ①技術的援助: これは、視覚障害者が職場で使う各種の機器を賃借・購入して備え付けたり、あるいは既存の機器を視覚障害者が使えるように調整したりすることによって、視覚障害者がこれらの機器を利用して職場で必要となる情報の入手・加工・伝達を自立的に、しかも効率的に行えるようにするための支援である。 ②人的支援: これは、職場介助者を配置することによって、主として視覚障害者が直面する文字情報の入手・加工・伝達の面での困難を軽減・除去しようとする支援である。 これら2つの支援方法は、互いに排他的なものではなく、それぞれの性質と限界を踏まえた上でこれらを組み合わせて利用することが期待されている。 (3)職務の違いによる分類 視覚障害者が従事する伝統的職種として、あはき業(あんまマッサージ指圧・はり・きゅう)があるが、この職種については、健康保険等の請求や保健所での手続を別とすれば、日常業務で大量の文書を処理することは少ない。これに対して、視覚障害者が事務職で働く場合には、日常的に大量の文書の読み書きを必要とする。このように視覚障害者が従事する職種・職務の性質によって必要な支援の種類と程度が異なってくる。 (4)分類についてのまとめ このように、視覚障害者の就労支援システムを複数の基準で分類することによって、現在提供されているさまざまな支援サービスを体系的に把握することができる。そして、そのことを通じて視覚障害者が働くそれぞれの職場における就労支援システムが抱えている問題点や将来への課題を見出すことができるようになると思われる。 5 合理的配慮との関係について 以上、合理的配慮と就労支援システムのそれぞれについて考察してきたが、両者の関係はどのように考えればよいのであろうか。 合理的配慮も就労支援システムも、視覚障害者の個々の状況に合わせて提供されることは上述のとおりであり、その意味では重なり合っている。しかし、合理的配慮の内容には、勤務時間の短縮、職務内容の再設計など、上でみたような技術的援助でも人的支援でもない別個の領域が存在する。障害者に対する受容的態度の形成などを含めた障害理解や、それを支える各種制度と併せてこれを「心的支援」と呼ぶ例もみられるが4)、さらに内容を詰めて再分類を試みる必要があると考える。 <参考文献> 1)障害者職業総合センター:障害者雇用にかかる「合理的配慮」に関する研究—EU諸国及び米国の動向—(調査研究報告書№87) (2008) 2)障害者職業総合センター:米国における障害者雇用への社会的支援の動向に関する資料(資料シリーズ№34),(2005) 3)指田忠司:視覚障害者の職場における就労支援システム,第1回職業リハビリテーション研究発表会プログラム・発表論文集,pp.49-52(1993) 4)栗川 治:教育現場での障碍者雇用を阻むもの,全国視覚障害教師の会2008年度研修会配布資料(2008) 米国における視覚障害者雇用支援プログラムの最近の動向 −マッサージ師養成訓練課程の導入事例を中心として− ○指田 忠司(障害者職業総合センター事業主支援部門 研究員)  藤井 亮輔(筑波技術大学保健科学部) 1 はじめに 米国における視覚障害者の雇用対策としては、1930年代から実施されている2つの伝統的なプログラムがある。1つは、ジェーヴィッツ・ワグナー・オデイ法に基づくもので、視覚障害者が働く作業所の製品を連邦政府が買い上げる制度である。もう1つは、ランドルフ・シェパード法に基づくもので、視覚障害者に対して、公共施設における売店経営を優先的に行わせるプログラムである。 これらのプログラムの下で、8,000〜9,000人の視覚障害者が就労していることから、両プログラムは、現在でも米国の視覚障害者に有力な就労機会を提供しているといえる1)。しかし前者については、最低賃金の保障を含めた労働条件の改善と、施設滞留者の増加の問題が、また後者については、公共施設の利用場面での規制緩和(民間企業の参入)との調整の必要性が指摘されている。 こうした中、米国アーカンソー州の視覚障害リハビリテーション施設、ライオンズ・ワールド・サービス・フォア・ザ・ブラインド(Lions World Services for the Blind: 以下「LWSB」という。)では、職業訓練の一環としてマッサージ師(massage therapist)の訓練課程を設置し、視覚障害者のマッサージ師養成を行っている。 本発表では、この訓練課程のカリキュラム等の検討を通じて、米国における視覚障害者のための職域開拓の新たな方向性について考察するとともに、わが国における視覚障害者の職域開拓に関する課題との比較を試みたい。 2 LWSBにおける訓練プログラム (1)施設の沿革 LWSBは、1947年に米国初の民間主導のリハビリテーション施設として設立されたアーカンソー盲人事業団(Arkansas Enterprises for the Blind)を前身とする団体である。開設当初から、ランドルフ・シェパード法による売店経営に向けた訓練の分野では、ワシントン特別区にある施設と並んで先駆的な取組みで知られていた。その後、連邦政府からの委託を受けて職業訓練を行ったり、徴税関係事務分野での視覚障害者雇用のための訓練、コンピュータ・プログラマの新たな訓練技法の開発などの面でも先駆的な取り組みを行ってきた。 (2)マッサージ師養成カリキュラム マッサージ師養成のための訓練課程は、他の職業訓練課程(例:事務系職種など)と並列に設置されているが、その特徴は、アメリカン・ヒーリング・アーツ大学(American University of Healing Arts: 以下「AUHA」という。)との提携によってプログラムが運営されていることである。 AUHAにおけるマッサージ師養成のためのカリキュラムは後述のとおり、合計502時間の講義と実習から構成されているが、LWSBの場合には、AUHAのカリキュラムを基礎にしつつ、訓練生の視覚障害を考慮して、700時間(9ヶ月)のカリキュラムが組まれている2)。 AUHAにおけるカリキュラム3) 履修科目 時間数 (1時間=50分) 解剖学・生理学 120 触察解剖学・生理学、運動学 16 病理学(禁忌を含む) 40 衛生学 25 経営関連法規 24 疼痛管理 16 職業倫理 8 カルテ管理 4 臨床準備講習 4 スウェーデン式マッサージ 114 臨床実習 50 水治療法、スパセラピー 25 リフレクソロジー 16 アジア伝統療法 8 医療マッサージ 8 スポーツ・マッサージ 8 アロマテラピー 4 チェア・マッサージ 4 周産期の母体マッサージ、乳児マッサージ 4 セルフ・ケア 4 計 502 (3) LWSBにおける訓練の特徴 訓練生は、高校卒業後の視覚障害者であるが、訓練を受けられるのは、墨字資料が分速100語以上読める視力のある者とされている。 ・学科については、訓練性の視力を考慮して、アクセシブルな教科書・教材が提供される。 ・実習は、LWSBを離れて、アーカンソー・ヒーリング・アーツ・センターで行われる。 ・訓練課程修了者には、アーカンソー州が行うマッサージ・整体師免許試験(Massage and Bodywork License Examination)の受験資格4)が付与される他、多くの州が採用する全国認定試験である全米マッサージ師資格試験(National Certificate Examination for Therapeutic Massage: 以下「NCETM」という。)または全米マッサージ・整体師資格試験(National Certificate Examination for Therapeutic Massage and Bodywork: 以下「NCETMB」という。)の受験資格も付与される。 ・また、この他に、心肺蘇生(Cardiopulmonary Resuscitation)と、救急手当(First Aid)を行う資格が付与される。 3 わが国のあはき師養成カリキュラムとの比較 わが国では、視覚障害者の伝統的職業としてあはき業(あんまマッサージ指圧、はり、きゅう)が定着しており、盲学校(視覚特別支援学校)やリハビリテーション施設における職業教育においても、あはき師養成のための理療科が設置されており、視覚障害者の職業問題の多くがあはき業の問題との関係で議論されている。 盲学校専攻科には、3年間であんまマッサージ指圧師免許試験の受験資格が得られる保健理療科と、あんまマッサージ指圧師の他に、はり師、きゅう師の免許試験の受験資格を得られる理療科とがある。ここでは、前者のカリキュラムを参考にするが、わが国の場合には、基礎科目、専門基礎科目、臨床実習を含む専門科目を合わせて77単位(授業時間数に換算すると、約2,300時間)の履修が必要である5)。 このようなカリキュラムと比較すると、前述のNCETMやNCETMBの資格試験の前提となる認定マッサージ学校における履修時間数が500時間以上であることからみても、米国におけるマッサージ師免許の位置付けはわが国のあんまマッサージ指圧師免許と比べてかなり異なったものということができる。 米国には、本稿で紹介したマッサージ師やマッサージ・整体師の他に、理学療法士(Physical Therapist)や、カイロプラクティック医師(Chiropractic Doctor)など、さらに高学歴を必要とする医療関係資格があることからすれば、こうした位置付けも首肯しうるところである。 4 今後の展望 (1) 資格免許制度に関する情報収集 米国では、マッサージ師などの医療関係資格が州法によって規定されていることから、全国的状況をみる場合には、各州の担当機関に照会するだけでなく、認定学校協会や、州の試験委員会の連合体などの資料も活用して、多面的に実態を把握することが必要となる。 とりわけ、視覚障害者が教育・訓練課程に参加するためには、学校や資格免許試験のアクセシビリティーに関する情報が重要となるので、単に既存の関連調査だけでなく、個別的に情報を収集することも必要である。 (2)個別事例の収集 本稿では、米国アーカンソー州における1養成施設のカリキュラムを素材としてわが国との比較を試みたが、視覚障害者のマッサージ業への就労の可能性について比較していくためには、実際にマッサージ師として働いている視覚障害者に対する調査を実施するなど、就労の実態に迫る試みが必要である。最後に、その一例を挙げることにする。 2004年8月、筆者は、米国ニューメキシコ州の視覚障害の女性マッサージ師から問い合わせを受け、わが国の養成カリキュラムに関する情報を提供したことがある。今般、このマッサージ師(視力は指数弁、実務経験5年)に電話インタビューを試みたところ、以下のような実態がわかった。 ・マッサージ師の資格はニューメキシコ州で取得したが、学校には2年通い、合計700時間以上の講義と実習を履修した。 ・施術所は、カイロプラクティック医師の診療所の1室にあるが、部屋を賃借しているだけで、経営は独立している。 ・週5日働いており、毎日5〜7人に施術している。1回あたりの施術時間は1時間、料金は50ドルである。 ・患者の多くは先住民(ナバホ・インディアン)で、炭鉱で働いており、医療保険の被保険者である。 ・カルテ管理などは、パソコンを使っており、画面読み上げソフトを用いて音声を頼りに操作している。特に問題は感じていない。 <参考文献> 1)指田忠司:米国における視覚障害者雇用プログラムの動向,職リハネットワーク№46,PP.34-39 (1999) 2)http://www.lwsb.org/massage_therapy.asp 3)http://www.academyhealingarts.com/school/courses/curriculum.htm 4)http://www.arkansasmassagetherapy.com 5)時任基清:理療の現状,日本の視覚障害者(第2版),日本盲人福祉委員会,pp.67-72(2005) 頸髄損傷者のキャリア形成を支える居住環境整備に関する研究 星加 節夫(障害者職業総合センター事業主支援部門 研究員) 1 はじめに リハビリテーションの目標は日常生活動作(Activities of Daily Living以下「ADL」という。)の確立とともに職業的自立や社会参加することでQOLを向上させ、自己実現していくことにある。ADL確立に関わるのが作業療法士・理学療法士あるいは医療ソーシャルワーカー等であり、生活の質(Quality of Life 以下「QOL」という。)の向上に関わるのが建築士やバリアフリー(Barrier Free以下「BF」と言う。)の専門家である。2006年には「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」通称「バリアフリー新法」が制定され、建築物単体のBF化から“移動の面的な広がり”を配慮した総合的なBF化の推進が図られることとなってきた。一方で、同年「住生活基本法」が制定され、障害のある人をはじめとする多様な人々が地域において安全・安心で快適な住生活が営めるよう住宅のBF化の促進、公的賃貸住宅と福祉施設との一体的整備推進が図られることとなってきた。ノーマライゼーションが北欧で提唱されほぼ50年が経過し、高齢社会を背景に誰もが自立して暮らせる生活環境とQOLとの関係性が改めて焦点化されてきている状況である。 重度の身体障害者の居住環境改善には障害受容の状況や残存能力に応じた細かな配慮が必要である。脊髄損傷者は胸部以下、頸髄損傷者は頸部以下の機能が大幅に制限され、排尿排便、褥瘡防止、低温熱傷等、配慮すべき共通した留意事項1)もあり、整備にあたり、費用対効果に関して個別性と共用性について、家族との十分な調整も必要である。生活環境整備は移動問題も含めた、活動範囲を限定しない社会との関係性を通した “自分を活かせる環境づくり”として捉える必要がある。 大川はリハビリテーションについて「できる活動」「している活動」から参加レベルの活動へ向け、今後の「しようとする活動」に対する目標設定の重要性2)を述べている。しかしながら、居住環境整備とADL確立との関係性の研究や分野ごとの研究は見られるものの、障害当事者の視点で居住環境から雇用環境へ至る一連の流れを一体的に捉えた研究は少ない。障害者自立支援法施行後においても頸髄損傷者の職業的自立による社会参加への選択の幅は狭く、福祉と雇用の狭間に取り残された状態である。職業生活の質(Quality of Work Life 以下「QWL」という。)の向上やQOLと生活環境の関係性が焦点化されることは少ない。ADL確立と平行してQOLの向上への連続性のある生活環境整備が望まれている。 上田によればQOLは理念として使われ、現実との乖離や客観的な領域、主観的な領域が関係するため、明確な定義はない3)と述べているが、本研究ではQOL を“生きていることの充実感”と定義し、また “生活環境”とは日常生活や職業生活、社会参加を含めた“暮らしの連続した環境”と定義し論述する。 2 研究の目的と方法 損傷部位により、頸髄損傷者のADLと可動域は 大きく変わる。損傷レベル頸髄C-5以上は排泄、入浴、移乗等が全介助になることが多い。またC-7以下は自立した行動が比較的可能になる場合が多く、C-6は年齢や障害受容や意欲等により個別差が大きく生じ、リハビリテーションのあり方や居住環境整備のありようにより社会復帰の状況は大きく変わる。 本研究は、頸髄損傷者(C-6レベルの損傷)の生活環境整備の観点からQOLとキャリア形成に影響する諸要因とその相互関連性を分析することを目的とした。自立した暮らしをしている頸髄損傷者の職業生活の状況を把握するため、2008年に自宅並びに職場を訪問して、以下の3つの視点から聴き取り調査を実施した。 (1)属性(年齢、性別、家族構成、障害等級、発生時期、居住地、住宅構造、就業形態、通勤方法)  (2)リハビリテーションと居住環境整備 (3)職業生活の状況 3 結果 頸髄損傷者のQOLと生活環境改善の効果との関係性を整理し、リハビリテーションからキャリア形成まで5事例の職業生活を通して関係性を以下に論述する。 表1 対象者の居住環境、家族構成、就業形態業種 居住形態 家族構成 就業形態業種 A グループホーム(賃貸) 単身 在宅勤務 B 公営共同住宅(賃貸) 単身 建設業社員 C 分譲共同住宅(所有) 夫婦子供2人 在宅起業 D 木造2階建て(所有) 夫婦子供2人 特例子会社勤務 E 木造2階建て(所有) 夫婦子供2人 不動産業経営 【事例A(グループホーム居住のケース)】 (1)属性 年齢・性別・家族構成:30歳代・男性・単身 障害等級・発生時期 :1種1級・20歳代前半 居住地・住宅構造  :宮城県・ RC*2階建1階 就業形態・通勤方法 :在宅就労・福祉タクシー(週1〜2回出社のために利用) (2)リハビリテーションと居住環境 交通事故により頸髄損傷になり、排泄等のADLが自立したのは、事故後6年程度が経過していた。テクニカルエイドを使用し、パソコン入力、CAD入力の技能習得を通して就業の可能性を模索した。ADL の確立を優先し、社会福祉法人が運営するグループホームに居を定めた。居室は、車イスから移乗しやすいよう、図面及び写真①に示すように床座を便座の高さにあわせる簡易な改善をした。ホームは10畳程度のワンルームの板張り洋間で、簡単な調理が出来るようキッチンがあり冷蔵庫やレンジ等がアレンジされている。   事例A グループホーム 平面図 18㎡ 作業室 18㎡ ①トイレの改修 ②データ入力の作業環境 (3)職業生活とキャリア形成 毎日の通勤は困難なため、グループホームで入力業務に従事するために、図面及び写真②に示すように、居住スペースとは別にCAD入力の作業場を一部屋借りて、仕事をしている。勤務年数は4年になるが、週1〜2回は福祉タクシーを利用して出社し、図面の打ち合わせとチェック等の指導を直接受け、技術の向上を図っている。会社にはエレベーターの設備はなく、BF環境は未整備で、階段昇降も社員の介助に支えられている。 【事例B(公営共同住宅居住のケース)】 (1)属性 年齢・性別・家族構成:30歳代・男性・単身 障害等級・発生時期 :1種1級・20歳代前半 居住地・住宅構造  :東京・ RC2階建て1階 就業形態・通勤方法 :正社員・自家用車通勤 (2)リハビリテーションと居住環境 建築物の解体作業中に事故に巻き込まれ、頸髄損傷になった事例である。 当初、ADL確立を当面の目標としてリハビリ訓練に励むも、明るい展望を描けない時期もあったが、CAD入力や事務系の技能訓練により、徐々に自信がつき、生活設計の展望が持てるようになった。訓練終了後の自立生活のために公営の障害者向け住宅に何度も応募し、ようやく入居が決まった。この住戸は各棟の一階に配置されており、公営住宅は多くの障害者が使えるようにスロープの設置や身体状況や利用状況に応じて改善ができるよう、基本的な設備が配慮されている。図面及び写真示すように①駐車場から玄関口までのアプローチは近く、雨よけの屋根が設置されている。②移乗しやすい風呂や ③褥瘡防止のためのソフト座面のトイレの設置等ユニバーサルデザイン(以下「UD」という。)仕様である。   事例B 障害者用公営共同住宅平面図1F60㎡ ①玄関スロープ ②風呂   ③トイレ (3)職業生活とキャリア形成 2級建築士に合格したことや仕事への意欲と前向きな姿勢が買われて、住宅メーカーに就職した。業務内容は住宅リフォーム館での障害者や高齢者に対する住宅CAD設計や住宅改修の相談業務が主なものである。BF住宅は一軒ごとに客の求めるニーズが異なり、その把握は設計者の経験に頼ることの多い仕事で、障害特性が活かされた業務でもある。健常な社員とほぼ同じ条件で採用され6年が経過している。現在、更なるキャリアアップを目指し、1級建築士並びに福祉住環境コーディネーター検定1級の取得を目指し、勉強中である。 【事例C(分譲共同住宅居住のケース)】 (1)属性 年齢・性別・家族構成:30歳代・男性 ・夫婦子供2人 障害等級・発生時期 :1種1級・10歳代後半 居住地・住宅構造  :東京・RC10階建10階 就業形態・通勤方法 :自営・在宅 (2)リハビリテーションと居住環境 10歳代で交通事故にあい頸髄損傷者になり、体位の保持も難しい状態であった。心の整理がつくまでには2年の時間を要とした。機能回復訓練センターでADLを確立し、その後、技能訓練を進めた。車の運転免許を取得したことは移動の範囲を広げ、活動性や意欲を高めた。テクニカルエイドに鉛筆や筆を挟みながらスケッチや水彩による絵図を描くことは上肢の機能回復訓練にもプラスであった。 マンションを購入して在宅就業の環境を整備した。トイレのドアは車椅子で利用するには狭過ぎるため寝室との壁を取り払い、図面及び写真①に示すように引き戸を設置し、寝室から車イスでアプローチできるよう簡便な改造を施した。改修経費はトイレの引き戸の設置と風呂とテラスのスノコの設置程度の簡便な改修で、施工段階でのBF仕様への契約であったため低コストであった。 事例C ホームオフィスがある居住平面図 76㎡                              ①トイレの改修    ②ホームオフィス (3)職業生活キャリア形成 図面及び写真 ②が示すように洋室をホームオフィスとして使用し、会社とはFAXと電話で打ち合わせを行い、図面の修正等を行っている。在宅就労(障害者雇用ということではなく、図面の請負業として)を14年継続しており、安定した仕事をこなしている。通勤から解放され、健康状態を維持することができ、家族とも一緒にいられることのメリットは大きい。 【事例D(増改築した木造戸建て居住のケース)】 (1)属性  年齢・性別・家族構成:50歳代・男性 ・夫婦子供2人 障害等級・発生時期 :1種1級・30歳代前半 居住地・住宅構造  :愛知県・木造2階建て 就業形態・通勤方法 :正社員・自家用車 (2)リハビリテーションと居住環境 交通事故により、頸髄損傷になった事例である。重度障害者更生施設に入所し、ADL確立のため、機能回復訓練に励み、その傍ら自宅の増改築をおこなった。庭に多少スペース的なゆとり(容積率、建ぺい率)があったことから、裏玄関からリビングに直接アプローチできるようにするために、図面及び写真①〜⑤の改修を行った。①駐車場からのスロープ、②リフトを設置、③ホームエレベーターを設置、④1階に風呂のリフターを設置した。 ⑤2階手洗いとの間仕切りを撤去して、トイレを広めに改修した。増改築は障害による身体的負担を軽減するよう必ずしも経済的ではなかったが、自宅で暮らせるようになったことの意味は大きい。    事例D 1階平面図105㎡ 2階平面図 85㎡ ①スロープ     ②リフト ③ホームEV        ④リフター      ⑤トイレ (3)職業生活とキャリア形成 1年間、CAD入力やデータ入力の技能習得に励み、訓練終了後は、在宅就労から就労を開始したが、その後10数年が経過し現在は、自宅から車で通勤できる距離にある大手銀行の特例子会社に転職し、伝票の整理や版の確認、電話による入金チェック等の事務入力の業務についている。すでに子供は大学生になり、健康を維持しながら安定した職業生活をしている。近所の人の目も理解のある見方に変わり、状況は好転していった。 【事例E(UD仕様の木造戸建て居住のケース)】 (1)属性  年齢・性別・家族構成:50歳代・男性 ・夫婦子供2人 障害等級・発生時期 :1種1級・30歳代前半 居住地・住宅構造  :愛知県・木造2階建て 就業形態・通勤方法 :自営・在宅 (2)リハビリテーションと居住環境 建設現場での落下事故による事例である。更生訓練施設で機能回復訓練に励み、 大工としての経験を踏まえ、住宅設計の仕事を目指し、1年間の技能訓練に入った。 2級建築士の資格を取得したことは仕事への大きな弾みになった。翌年、自宅前の作業場を建築士事務所として登録し、設計事務所を開設した。その後10数年が経過し、階建ての事務所ビル兼自宅を新築した。高齢化による動作性の低下も視野に入れて、①に示すようにホームエレベーターを設置し、1階事務所から2階居宅に行き来しやすくした。 事例E 1階平面図 95㎡  2階平面図  93㎡ ①ホームEVの設置   ②設計事務室 (3)職業生活とキャリア形成 2級建築士の取得後に不動産販売及び注文住宅の企画設計会社を設立したが、現在は宅地建物取扱主任者の資格も取得している。業務内容は住宅宅地販売と住宅設計や相談が主なものである。自宅がモデルハウスとして、住宅設計や改築の参考になるメリットは大きく、13年の努力の積み重ねが、確かな施工実績として地域の信頼感を得ることにつながり、また業務の中に緊張感や自身を持つことがQOWの向上並びにキャリア形成に大きくつながっていることである。 4 考察 事例の5人は事故により頸髄損傷者になり、 ADLを確立した車イス使用者である。移動に伴う体力の消耗を極力抑えるために、在宅就労形態をとっているのが事例A、C、Eであり、会社に自家用車で通勤しているのが事例B、Dである。事例A、Bは単身居住の賃貸住宅である。簡易なBF改修によりADLを確立し、安定した職業生活を送っている。事例Cは民間分譲マンションをBFに改修した事例である。事例Dは受傷以前からの住宅を増築しBF化したものである。戸建て住宅の経験を経た後にUD仕様で新築したのが事例Eである。 全ケースを通して共通的にいえることは、 ①本人の経験を活かした簡便な手法により、生活環境整備をしていること、②社会との接点を持つことで更なる目標に向かって、日々努力が払われていることである。活動範囲を広げる生活リズムづくりの基盤となるものが生活環境整備であり、それにより社会との関係性と生きる目標設定が生まれてきていることである。継続して社会との関係性のある人は自己肯定感が高いこと、障害を意識する様子が少ないことや生きていることの充実感がよりいっそう強く感じられる。 生活環境整備によりADLは確立するが、さらなるQOLの向上を実感するには、社会との関係性や家族との共感性においてである。BF相談や職業生活を通し ③障害特性を活かすことがQOLの向上さらにはキャリア形成につながり、人間としての存在感が増している様子が窺えた。QOLの向上は①〜③により、強く実感されていることが明らかになった。障害を意識しない普通の生活リズムづくりがノーマライゼーションであり、普通の生活リズムを支える合理的配慮や程よいワークライフバランスの環境づくりにより継続的な職業生活並びにキャリア形成がもたらされている。 * RC:鉄筋コンクリート造(Reinforced Concrete RCという。) 引用文献 1)上田敏 大川弥生:リハビリテーションとQOL、リハ研究、98、(1999) 2)大川弥生:新しいリハビリテーション、 p90、講談社現代新書(2004) 3)上田敏:リハビリテーションを考える、p45、青木書店(2003) 難病のある人の「疾患管理と職業生活の両立」の 自己効力感の支援 ○春名 由一郎(障害者職業総合センター社会的支援部門 研究員) 三島 広和 (障害者職業総合センター社会的支援部門) 伊藤 美千代(元障害者職業総合センター社会的支援部門) 1 はじめに 医療の進歩により、自己管理を含む適切で継続的な疾患管理によって、多くの難病のある人たちが通常の生活が可能となり、就業を希望する人も増えている。社会的にも、難病のある人の就業支援は大きな課題となっている。 しかし、多くの難病のある人たちや支援者が病気の悪化の不安から就業を困難と考え、あるいは、実際に就職に成功しても就職後の体調の悪化により就業継続が困難となり退職している1)。難病のある人たちが、各々に適した就業のあり方や疾患管理の方法を見出し、疾患管理と職業生活の両立に自信をもてるようにする(自己効力感を向上させる)支援はこれまで医療側からも労働側からも十分に提供されてこなかった。 そこで、障害者職業総合センターでは、難病就業支援モデル事業を地域で1年間実施した2)。本研究では、各地域での就業支援の内容とそれぞれの成果についてのデータを分析し、難病のある人が「疾患管理と職業生活の両立」のための自信をもてるような就業支援のあり方を明らかにすることを目的とした。 2 方法 (1)難病就業支援モデル事業  難病就業支援のノウハウは確立していないため、全国の先駆的な難病就業支援の実績のある地域の難病相談・支援センターと協力し、平成18年12月から1年間、有望な就業支援方法の実施とその成果の検証を行うモデル事業を実施した。  実施地域は、全国難病センター研究会の事務局を通して募集し、就業支援モデル事業の趣旨と就業支援員の配置、地域での就業支援協議会等の取組、「難病のある人の雇用管理・就業支援ガイドライン」の活用等の要件に同意を得た機関から実施可能性を考慮し3地域を選定した。 (2)就業支援モデル  有望な就業支援モデルとして、①従来から各地域で実施されてきた支援(従来型支援)、②障害者職業総合センターから提案し、特別に就業支援員を難病相談・支援センターに置いて実施するカスタマイズ就業3)支援(以下「カスタマイズ就業支援」という。)、③難病相談・支援センターでは生活支援としてハローワーク等へあっせん・紹介する支援(あっせん・紹介型)を設定した。  特に、②のカスタマイズ就業支援では、各難病相談・支援センターに配置した就業支援員に対して、障害者職業総合センターで事前の2日間の研修、中間時点での2日間のミーティングを実施し、各地への実地訪問調査と継続的に電話や情報保護されたネットワークでの情報交換によって、継続的に課題を把握しつつ、支援内容の継続的改善と各地の支援内容の底上げを図った。 (3)無作為化コホート試験  これらの支援モデルの検証のため、無作為化コホート試験の研究デザインにより、各地域において各支援に無作為に10名ずつ参加者を割り当て、3ヶ月毎に1年間、支援の実施状況と成果を追跡することとした。ただし、「あっせん・紹介型」は就業支援への難病相談・支援センターの関与が少なく他の2つよりも参加者にとって不利な印象を与える可能性があるため、前半6ヶ月のみ「あっせん・紹介型」とし、後半6ヶ月以降のカスタマイズ就業支援の導入を待機するという、複合型の支援コース(待機型支援)とした。  従来型支援、カスタマイズ就業支援、待機型支援の3つのコースへの割当は、各地での参加者の登録を受けて、障害者職業総合センターにおいて無作為化を行い、その結果を各地域に連絡した。 (4)参加者の募集  就業支援モデル事業への参加条件は、21歳以上65歳未満で一般就労意欲があり、当該難病相談・支援センターから片道1時間未満の居住者とし、病気の種類や障害程度は条件としなかった。  参加者の募集は、難病相談・支援センターの利用者に対するパンフレット等の配布や声かけに加え、新聞などへの広報により行った。参加希望者には、数人単位での説明会を開き、就業支援モデル事業の説明と質疑応答の後に書面で同意を得た。  本モデル事業にかかる研究実施計画は、障害者職業総合センター研究主幹の委嘱による「雇用と医療等の連携による支援ネットワークの形成に関する総合研究委員会」による倫理審査を受け、承認された。 (5)調査項目  参加者全員について、モデル事業への参加登録時(コース割当前)と、その後3ヶ月毎に1年間、計5回の調査票への回答を依頼した。5回の調査の共通質問項目として、健康や生活の質(症状、生活状況の自己評価、通院や入院、自己効力感)、就業状況(就業許可、就業専門機関への相談、職業的課題、開示、就業支援サービスの利用、就業意欲、就職活動の状況、キャリア探索等)、精神状態(不安・抑うつ尺度、ストレス後成長(PTG))、就業支援コースの評価(満足度、支援モデル適合性尺度)、職場状況(仕事の形態、仕事内容、開示、障害者雇用率制度、職業的課題、職場内配慮、仕事への意欲、給与等)を調査した。加えて、初回登録時のみ年齢、発症年齢、発症からの経過年数、就業経験、学歴、主生計者、病気や職業的課題への対処方法に対する個人の性格傾向として首尾一貫性感覚(SOC)を調査した。  特に自己効力感は次の18項目、6領域での質問とし、「全く違う」から「その通り」の5段階評価とした。 ア 日常生活への対処 u症状や痛みがあってもやりたいことは実行できる u日常生活でのいろいろな課題に対応できる イ 働くことへの一般的自信 u自分は仕事を通して社会に貢献できる u仕事内容によっては自分は企業のニーズに応えられる u1日8時間、週休2日の仕事を無理なくできる ウ 就職活動や職業準備への自信 u主治医からの、仕事への協力を取り付けることができる u新しい仕事を探して面接するなどの就職活動に自信がある u自分が出来ること、得意なことをアピールできる エ 健康管理への自信 u仕事に就いても体調管理を行うことができる u症状が悪化しても、うまく対処することができる u自己管理について医師等の指示や注意を守ることができる オ 職場への働きかけの自信 u自分の病気のことを他人に誤解されないように伝えることができる u職場の人に対して病気について正しく理解してもらうことができる u必要な配慮を受けられるように職場に働きかけることができる カ 社会的状況への対処 u世の中のいろんな支援制度やサービスを有効に活用できる u自分の希望について周囲を説得して意思を通すことができる u前例のないことに積極的にチャレンジできる u病気があっても仕事が出来るように、周囲に働きかけることができる (6)分析方法  参加前の参加者の属性の比較は一元配置分散分析により、自己効力感や生活の質等に対する調査時期、地域、支援コース、さらには、就業状況、年齢、首尾一貫性感覚(SOC)、年齢の複合的影響については、線形混合モデルにより検定した。また、コースと地域による支援内容の特徴を明らかにするためには判別分析を用いた。さらに、自己効力感を効果的に予測する支援内容を明らかにするために、各自己効力感の分野等を従属変数として、支援の個別内容を独立変数としてステップワイズの重回帰分析を行った。統計にはSPSS12.0日本語版を用いた。統計的な有意性としてp<0.05を基準とした。 3 結果 (1)モデル事業への参加者  就業支援モデル事業開始時に参加者は63人であったが、調査開始6ヶ月後の時点で4人、9ヵ月後時点で1人の合計5人が不参加となった。不参加の理由は、精神科疾患による入院の延長、転居、職探しを急いでいるが就業支援員と考えが合わなかったため(2名)、家族の介護のためであった。  最終的な参加者58人の疾患種類は、わが国で患者数の多い全身性エリテマトーデス(12人)とクローン病(11人)、潰瘍性大腸炎(6人)を中心に、他は各疾患1〜2人で28疾患に及んだ。平均年齢は、41.2±10.48歳、男女比は1:1、婚姻率は56.1%、本人が主生計者である割合は29.8%であった。 参加登録時には、無作為割当されたコース間のみならず地域別にも、参加者の属性には、唯一、地域別に地域Aの参加者の年齢と発症年齢がやや高かった以外に有意差がなく、性別、婚姻状態、主生計者、収入レベル/年間、現在の症状の程度、症状の変化、1年間の入院の有無、身体障害者手帳等級、就労状況、就労経験の有無、抑うつ度、不安度、ストレス後成長、首尾一貫感覚(SOC)などは、地域やコースにかかわらずほぼ同レベルであった。 (2)職業上の課題の発生状況  参加者の3ヵ月毎の1年間の就業状況、自己効力感、支援の利用状況等の追跡データを、コース別、地域別に線形混合モデルにより分析した結果、参加者はモデル事業参加直後から体調面で無理のない仕事に取り組んだ状況、当初は常勤や正規の仕事の紹介も多く関係機関の利用も増えたが、その後選択肢が少なくなりアルバイトや派遣も増えた状況が明らかとなった。また、首尾一貫性感覚の個人差の影響を見ると、SOCの弱い人では抑うつが6ヶ月目に高くなり、SOCの強い人でも就業支援自己効力感の有意な低下が見られた。また、一般就業に成功した人は不安が少なく、仕事への意欲が強く、一方福祉的就労中の人は自己評価での生活の質が高かった。  地域により支援内容に有意な差があり、地域Aでは他の2地域に比べて、就業支援関係機関の活用が多く、年齢の影響を補正しても、健康管理、日常生活、社会参加、職場への働きかけの自己効力感が強く、自己評価での生活の質が高く、一方、抑うつ、不安が低かった。一方、地域Cは就業関係機関の利用が少なく、病気の企業への開示が多かった。 (3)コースの特徴  判別分析によって、3つの支援コースで実際に行われた支援内容の特徴的な傾向が明らかになった。 ア 従来型支援  従来型支援コースは福祉的な生活の質や生きがいの向上を基本とした、生活面を含めた継続的な支援という特徴があった。また、就業支援関係機関等に対して本人の立場から強く働きかけることはなく、就業支援の専門性の不足が感じられ、本人への仕事の紹介は限定されたものになりがちであり、本人が困った時への助けも十分にできていなかった。 イ カスタマイズ就業支援  カスタマイズ就業支援コースでは、本人が一番関心をもっていることを中心として、仕事を通して社会に貢献できる能力が十分にあることを気付かせ、好みや長所を活かせる職探しを行い、一人ひとりに合った様々な種類の仕事や職場の選択肢が提供されるという特徴があった。また、支援者が本人の立場に立って代理人となり、職探しや就業継続で直面する問題解決を助け、本人が支援方法の選択ができるような選択肢を提供し、就職の失敗も一つの経験として活かせるようにしていた。 ウ 待機型(外部あっせん/その後カスタマイズ就業)  待機型では、面談相談が中心で、本人の障害等よりも本人の関心を重視して、とにかく就職させることが重視され、障害が重度であると就業支援の対象となりにくく、就職後の支援は特にないという特徴があった。 (4)地域の特徴  判別分析によって、3つの地域で実際に行われた支援内容の特徴的な傾向が明らかになった。 ア 地域A  地域Aの就業支援員は、常に本人の立場に立つ代理人として、地域訪問、企業や関係機関回り等、外回りの活動が多いという特徴があった。また、本人が仕事を通して社会に貢献できる能力が十分あることを気付かせることができており、9ヶ月目以降本人の好みや長所を活かせる職探しを行い、実際の職業生活で課題を把握しようとし、権利や個人情報保護にも配慮し、支援方法についても本人の選択を重視していた。その一方で、支援時間が限られ、支援者が本人の支援に割く時間が不足し、支援員に相談しにくいという印象を与え、やや支援が支援員主導であると評価されていた。また、6ヶ月目以降では、紹介する職場の選択肢が減少し、本人の希望や意見が治療方針等に反映されにくくなり、及び、就職後の継続支援の不十分さも指摘されるようになった。 イ 地域B  地域Bの就業支援は、施設内での面談や電話での相談が中心であるが、本人のために十分な時間を確保し、本人が一番関心のあることを気にかけ、就業支援について本人の選択を尊重し、治療や疾患管理の方針にも本人の意見を反映し、常勤や正規雇用への紹介が比較的多く、就職の失敗も一つの経験として活かしているという特徴があった。しかし、参加者が、支援によって十分に貢献できる仕事に就ける可能性について気付かされる程度は他地域に比べて少なかった。また、最初は様々な仕事の選択肢があったが選択肢が少なくなり、9ヶ月目には一時的に、希望とは関係のない求人のある仕事や適職を勧められ、支援方法の選択肢もなくなる傾向になった。 ウ 地域C  地域Cの就業支援は、本人が会いたいときに支援員が喜んで会い、評価から職探し、職場支援、継続支援までを全面的に行うものであるが、就業支援員の専門性が不十分であることや、支援のために十分な時間がやや不足していることが指摘された。最初から一生の仕事として職探しを行い、失敗を避けようとする傾向があるが、職業の選択肢が少なく、常勤や正規雇用の紹介はほとんどなく、アルバイトや派遣等が多くなっていた。また、支援方法の選択肢が9ヶ月目に一時低下した。さらに、本人が関心を持つことや、治療や疾患管理の方針に対して本人の意見が十分に反映されていないと評価されていた。 (5)効果的な支援のあり方  地域、コース、調査時期の全てのデータを一括し、支援内容と、自己効力感等の個々の内容との関係を重回帰分析したところ、自己効力感等の高低を予測できる支援内容の傾向が明らかとなった。  健康管理及び社会的状況への対処への自己効力感、ならびに、本人が自己評価する生活の質が高くなる支援内容は、支援機関へのアクセスのしやすさと、本人を孤立させず退屈させない支援員と本人の良好な関係があること、であった。  就業に取り組むことにより高まる不安の軽減、自己評価の生活の質の高さ、就職活動や職業準備や社会的状況への対処への自己効力感の高さにつながる支援内容は、就業支援者が就業支援に集中し、素早い職探しに取り組むことであった。  就職活動や職業準備や社会的状況への対処への自信、働くことへの一般的自信、本人が職場に働きかけることの自信という多面的な自己効力感を向上させ、本人が病気の経験をプラスに考えられるようになる支援内容は、就業支援や疾患管理で就業支援者や医療関係者が本人の希望や意向を尊重することであった。  また、本人が病気の経験をプラスに考えられるようになるためには、就業支援の内容が、就職を一生ものと考えず、失敗してもそれから学べばよいというスタンスであることが重要であることが示された。さらに、多くの参加者で高まった抑うつについても、本人が就業や病気の問題がある時に適切に助けてくれる人がいることが、その抑制の重要な要因となっていた。 4 考察 難病就業支援モデル事業では、体調面で無理のない仕事のあり方を個別的に見出すことを重要な課題としたが、前例のない取り組みであり、各地域の組織母体の性格、人員構成、就業支援の活動等により、各地域の就業支援の内容は多様なものとなった。そのような多様性にかかわらず、全体として共通する難病就業支援の大きな課題として、自己効力感の低下と不安・抑うつのリスクがあることが明らかとなった。これは、個人の心理的資質である首尾一貫感覚の強さ・弱さにかかわらず生じていたが、職場や地域の支援のあり方により影響される可能性も明らかになった。 就業による自己効力感の低下、不安・抑うつの増加のリスクに対して有望さが示唆される支援内容として、実際の職業生活に一歩を踏み出せるように職探しに早期に取り組む一方で、就業支援も医師等の医療支援も、本人の希望や意見をよく聞き、困った時にいつでも気軽に相談でき、問題解決を助けられる柔軟な支援体制の重要性が示された。それに対して、一般的な就職活動の支援、あるいは逆に、福祉や医療の延長で、生活面や無理のない仕事の提供と支援だけでは、本人の疾患管理と職業生活の両立に向けた自信や抑うつや不安の解消にはつながっていなかった。これら、一般就業を重視した素早い職探しの実施や、医療的支援と援助付き雇用支援の統合、就職後の継続的な支援、本人主体の支援などの特徴は、米国を中心に精神障害のある人の就業支援で検証されてきた「根拠に基づく支援」の内容と多く重なるものである。 本研究では、厳密に支援内容が定義された支援コースの成果を無作為化コホート試験で検証することも当初想定したが、モデル事業の開始に伴い支援内容の継続的改善が不可欠であることが明らかになり、多くの支援内容は支援経過の中で継続的に開発された。したがって、地域によっても時期によっても内容が一定しておらず、支援コースの効果や優劣を無作為化コホート試験で検証する段階には至っていない。本研究の経験を踏まえ、より体系化された支援モデルについて、今後の成果の検証が必要である。 難病のある人たちの自立生活支援として、地域の支援機関が、労働、医療、福祉等の縦割りを超えて連携する取組が増えている。本研究の結果からは、その際、本人の意思を重視し、実際の職業生活での具体的課題に焦点をあて、職探しや職場内支援等の労働支援と、医療面での治療や疾患管理への継続的支援が統合的に行われることが、支援の成功に向けて、現時点で最も効果的と考えられる取組内容であると言える。 文献 1)難病の雇用管理のための調査・研究会:「難病の雇用管理のための調査・研究会報告書」,社団法人雇用問題研究会(2007) 2)障害者職業総合センター調査研究報告書No.84「地域における雇用と医療等との連携による障害者の職業生活支援ネットワークの形成に関する総合的研究」(2008) 3)障害者職業総合センター調査研究報告書No.80:「米国のカスタマイズ就業の効果とわが国への導入可能性」,障害者職業総合センター(2007)  精神障害者にかかる合理的配慮 石川 球子(障害者職業総合センター事業主支援部門 主任研究員) 1 はじめに 「合理的配慮」(reasonable accommodation)の母国である米国の雇用機会均等委員会(EEOC)は、合理的配慮は事業主と従業員相互作用のプロセスである1)としている。このプロセスに含まれるものの中に、事業主による仕事の本質的機能(essential function)の決定、これらの本質的機能に対する障害による制限及び必要な合理的配慮に関する従業員及び応募者の要求の把握がある。しかし、合理的配慮要求のすべての実施を事業主に義務付けるものではなく、合理的配慮として要求されたとしても、コスト、要求の性質、会社の財源を検討して不合理と判断されるものも存在する。 こうした合理的配慮は米国内において推進され、合理的配慮にかかるコストは低いが、利益は高いという結果である2)。また、合理的配慮を行う事業主に対する税制優遇を連邦政府が行っている。  本報告では、こうした合理的配慮に関する動向と精神障害者にかかる合理的配慮に焦点をあて報告する。 2 合理的配慮とは 合理的配慮は、1990年の障害をもつアメリカ人法(Americans with Disabilities Act;以下「ADA」という。)の101条(9)[42U.S.C.§1211(9)]に規定されており、応募に関する配慮、作業環境への配慮、福利・厚生に関するものの3種類に大別される。 ADAは、障害をもつ及びもつとみなされる「有資格者」に適用される(42 U.S.C.1211(8);29 C.F.R.§16 30.2(m))。有資格者とは、合理的配慮により、あるいは合理的配慮のない状態で、その仕事の本質的な機能(essential function)を果たす能力のある者である3)。     したがって、事業主は、あらかじめ本質的機能とそれ以外が何であるかを決め、対象者が、「合理的配慮があれば、あるいは、合理的配慮なしに本質的機能を果たすことができるのか否か」を判断する [EEOC規定§1630.2(n)]。合理的配慮のプロセスは、表1に示す4段階4)である。 表1 合理的配慮のプロセス 1 本質的機能の確定 2 障害による本質的機能への妨げについての判断 3 制限を取り除くための合理的配慮の決定、合理的配慮の効果と可能性の検討 4 事業主が障害をもつ従業員の好みを考慮し、事業主と従業員双方に適切な合理的配慮を選択              (Goldman他4)を参考に筆者作成) このプロセスにおいて、雇用機会均等委員会規定§1630.9(d)では、事業主は有資格者に対して、職務遂行上必要でない配慮を強要しないこととしている。  合理的配慮を行う事業主がその義務を負わなくてもよいのは、変更や改変が事業主にとって過度の負担 (undue hardship)となる場合である。 図1は合理的配慮のプロセス5)を示したものである。  (Spechler,19965)をもとに筆者作成) 図1 合理的配慮のプロセス 3 ADA改正法2008における障害の定義の改正 2008年9月に成立したADA改正法2008(ADA Amendments Act 2008)では、1990年のADA成立当初の議会の意図と整合性を取り、合理的配慮の対象となる障害をより広く、より明確に定義している。本法の精神障害を含む障害の定義について、ADA改正法2008前の障害の定義との相違点に焦点をあて、合理的配慮への影響について以下にまとめた。本法は2009年1月1日に施行となる。 検討の参考として、ADA改正法2008前のADA規定における「障害の定義(definition of disability)」(42U.S.C.§12102)を表2に示した6)。 表2 ADA改正法2008前における障害の定義 1 主要な生活活動(major life activities)の1つまたは複数を実質的に(substantially)制限する身体的または精神的な損傷(impairment) 2 又はそのような損傷の経歴を有する 3 又はそのような損傷をもつとみなされる        (Goldman他6)を参考に筆者作成) (1)主要な生活活動(major life activity) 「主要な生活活動」は、ADAよりも広く定義され、「主要な身体的諸機能(major body function)」という全般的なものが新たに加えられた7)。 この他、身辺処理、操作、見る、聞く、食事、睡眠、歩く、立つ、持ち上げる、屈む、話す、呼吸、学習、読む、集中、コミュニケーション、労働が挙げられているが、これらに限らないことが明記されている8)。 また、主要な生活活動の「実質的制限」は、わずかな制限(nominal restriction)以上で、厳しい制限(severe restriction)ではない9)としている。改正法以前の「妨げとなる(prevent)又は厳しい(severe)制限」よりも緩やかなものである10)。 (2)損傷(impairment) 損傷については以下の点が明確化されている。 損傷は、主要な生活活動の1つを実質的に制限するが、それ以外に主要な生活活動を制限する必要はない7) 11)。 さらに、損傷が一時的(episodic)あるいはおさまっていても(in remission )、進行(active)時に主要な生活活動の実質的制限となる場合は障害である7) 11)。但し、損傷が非常に軽い (minor)又は一時的(transitory)であり、実際の又は予想される継続期間が6ヶ月及びそれ以下の場合、ADA改正法2008は適用されない9)。 (3)緩和手段(mitigation measures) 緩和手段による改善とは関係なく、損傷が主要な生活活動の実質的制限であるのかを判断する必要がある7) 11)。判断において考慮される場合がある緩和手段は眼鏡とコンタクトレンズである9)。こうした改正により、合理的配慮の適用対象範囲が広がることが予想される9)。 (4)障害を根拠とした雇用差別の禁止 ADA(42U.S.C.§1211(a))では「有資格者の有する障害に対する雇用差別を禁止する」と規定されていた。しかし、ADA改正法2008では、「有資格者に対する障害を根拠とする雇用差別を禁止する」と規定され12)、明確な相違がみられる。 ADA(42U.S.C.§12113)に「適用事業体が用いる基準、試験、その他の選考基準がポストに関連しており、事業体の必要性と整合性が取れていない限り、裸眼の視力による資格基準、入社試験、その他の選考基準を禁止する」13)とされた。 (5)障害をもつとみなされた場合 「障害をもつとみなされた場合」、「損傷による主要な生活活動の制限」あるいは「制限していると認められること」を本人が立証する必要はない7)。 4 合理的配慮に関する米国法の特徴  合理的配慮に関するEUの雇用均等一般枠組み指令(Council Directive on establishing a general framework for equal treatment in employment and occupation (2000/78/EC))の第5条では合理的配慮を正当な理由なしに行わなかった場合、差別となるとは明確にされていない14)が、ADAでは合理的配慮が差別禁止の中心に位置づけられている11)ことが特徴である。 5 精神障害者にかかる合理的配慮の義務  ADA規定では「神経システム、精神的及び心理的疾患」を含め障害を広く定義している(29C.F.R§1630.2(h))15)。また、ADA改正法2008の「主要な生活活動」の中にも思考、他者と関わる、集中といった精神及び感情のプロセスが含まれている。このように精神障害はADA規定及びADA改正法2008の双方において適用対象の障害であるが、精神障害の診断の全てについて、事業主が合理的配慮の義務を負うわけではない15)。 リハビリテーション法第29章1613.07条においても合理的配慮は表3のように規定されている16)。 表3 リハビリテーション法による合理的配慮規定 A 合理的配慮が事業主に対して過度の負担とならない場合、有資格の応募者あるいは従業員である身体障害者及び精神障害者に対して事業所は合理的配慮実施を義務付けられる。 B 合理的配慮は2種類に大別されるが、これらのみに限定するわけではない。 ・ アクセス可能、利用可能な環境 ・ 職務再設計、パートタイムや勤務スケジュールの調整、道具等の獲得と改修、試験における調整及び配慮(通訳等)の実施 C 上記Aにおいて合理的配慮が事業主に対して、非常な困難となるあるいは多大な出費となるといった過度の負担の判断について、以下のことがらを考慮する。 ・ 従業員数、事業所数と種類、予算額 ・ 業務の運営、従業員の構成等、配慮内容とコスト (資料出所:U.S.General Services Administration16)) 6 判例の動向 精神障害にかかる合理的配慮について、判例による検討結果をADA改正法2008を踏まえつつ、以下にまとめた。 (1)合理的配慮の要求  事業主に合理的配慮を切り出す義務はなく、要求があった場合に従業員に対して希望する合理的配慮を書面で提出してもらうことができる。  また、精神障害の開示後に、合理的配慮の要求がなかった場合、事業主は合理的配慮の実施義務はない(Clouatre v. Runyon (2003))。 (2)実質的制限の立証 集中や優先順位を考慮した仕事の進め方は標準的な障害をもたない従業員も同様に実践すべきことであり、また服薬による障害管理が可能であることから、実質的制限はないとした思考力や集中力に問題がない注意欠陥多動性障害の判例もみられる(Collins v. Prudential Investment and Retirement Services(2005))。 しかし、ADA改正法2008により、実質的制限について、緩和手段の影響を考慮しないこと、判断基準が緩められたことにより(「3 ADA改正法2008における障害の定義の改正」参照)、実質的制限を立証しやすくなる可能性が考えられる。 (3)有資格の判断  精神障害による能力の損失や低下が明らかに存在する場合、発症前の能力を合理的配慮なしの状態で有資格であることの立証根拠とはできない(Land v. Washington County (2001))。  事業主は本質的機能を決定する義務があるが、有資格については従業員に立証義務がある( Hamilton v. Township of Flint(1999)) 。 さらに、従業員は合理的配慮実施後に有資格であることを示すことが必要である(Bombard v. Fort Wayne Newspapers, Inc.(1996))。 (4)合理的配慮の必要性の可否の決定 合理的配慮の要求がありその必要性が明確でない場合、事業主は即合理的配慮を決定せず、精神障害による主要な生活活動への制限、本質的機能の制限を検討するための情報を得てから決定する。精神障害者の合理的配慮については職業リハビリテーション・カウンセラーの助言が有効である17)。 Doebele v. Sprint (2003)では、雇用機会均等委員会のガイドラインにもかかわらず、「集中すること」は、主要な生活活動ではないとの裁判所の判断であった。人間関係が作りづらい(Steele V. Thiokol Corp. (2001))や好ましくない上司や不快な職務によるストレスによるもの(Dewitt v. New Carsten (1996))は、いずれもADA適用対象の主要な生活活動の制限ではないとしている。 しかし、単なる人間関係の作りづらさは、主要な生活活動の制限ではないが、引きこもり、敵対、コミュニケーションが全く取れないという重い精神疾患による課題は、主要な生活活動の制限であるとした判例もみられる(Caraccuiki v. Bell Atlantic Pennsylvania (2005))。精神障害による能力低下が即主要な生活活動の制限とはならない(Tornton v. McClatchy Newspapers,Inc. (2002))との判断もある。しかし、今後合理的配慮の必要性の可否についてADA改正法2008における主要な生活活動の制限の改正を反映した裁判所の判断となるものと考えられ、注目される。また、こうした課題に起因する問題を未然に防ぐための援助者の存在の確保は合理的配慮の対象となるか否かとは別に重要なことであると考えられる。 7 合理的配慮の内容  通常よく行われる精神障害者にかかる合理的配慮18)をまとめたものが表4である。 表4 通常よく行われる精神障害者にかかる合理的配慮   課題      合理的配慮 出勤 ・カウンセリングのための休暇 ・遅れた時間を補う ・出勤時間を遅らす 変更への対応 ・上司とのコミュニケーションの円滑化 ・仕事関連での上司との定期的な話合い 対人 ・社交や仕事でのやりとりのアドバイス提供者 ・チーム活動への参加 時間管理 ・会合や締め切りを記す電子カレンダー ・E-mailの活用 ・毎日及び各週のゴール設定 ・時間管理の指導者 仕事の管理 ・仕事を優先順位にこなす指導 ・仕事のリストの定期的チェック ・多くの仕事の細分化 ・データ管理のための電子機器 ストレス管理感情の安定 ・小休止 ・前向きなフィードバック ・支援への電話相談 集中 ・静かな場所・しきり・ヘッドフォン (U.S. Dept. of Labor(2007) 18)を参考に筆者作成) 8 今後の課題 ADA改正法2008はADA成立当初の議会の意図と整合性を取り、合理的配慮の対象となる障害をより広く、より明確に定義していることから、合理的配慮の必要性を立証しやすくなるものと予想される。  さらに、本法において、障害を根拠とした雇用差別の禁止を明確に規定しており、障害者の障害の状態よりも、障害差別であるか否かが裁判所の判断基準であり、裁判所がADAを公明正大に議会が意図したように解釈することを目指すものである。さらに「合理的配慮の否定」が障害差別であるとする障害者権利条約とも整合性のあるものであり、本法の今後の動向が注目される。  日本国内の精神障害者雇用事業所を対象とした調査を行ったところ、定着状況良好群において本人の希望にそったパートタイムなどの配慮がなされていた19) 20)。また、2007年に日本政府が署名した障害者権利条約の労働及び雇用に関する第27条に合理的配慮が規定されている21)。こうした状況の中で、障害者権利条約の批准に向けてADA改正法2008の今後の動向は参考となると考えられる。 [判例] Dewitt v. Carsten,941 F. Supp.1232(N.D.Ga 1996)  Bombard v. Fort Wayne Newspapers, Inc.,92 F.3d 560(7th Cir. 1996) Hamilton v. Township of Flint, 165 F.3d 426 (6th Cir.1999) Land v. Washington County,243 F.3d1093(8th Cir.2001) Steele v. Thiokol Corp.,241 F.3d 1248(10th Cir.2001) Thornton v. McClatchy Newspapers,Inc. ,292 F. 3d 1045 (9th Cir,2002) Doebele v. Sprint,342 F. 3d 1117 (10Cir.2003) Clouatre v. Runyon,2003 U.S.App.LEXIS25148 (5th Cir. 2003) Caraccuiki v. Bell Atlantic−Pennsylvania2005 ,U.S. App.LEXIS 3698(3d. Cir,2005) Collins v. Prudential Investment andRetirement Services, 2005 U.S. App. LEXIS 148 (3d Cir. 2005) [引用文献] 1)Runkel,R.:Reasonable Accommodation of Disability#27 http://www.lawmemo.com/101/2006/01/ reasonable_acco.html 2)National Council on Disability : The Impactof Americans with Disabilities Act:Assessingthe Progress Toward Achieving the Goal ofADA (2007) 3)スタイン, M.:ADA15年〜雇用と合理的配慮から, JDF・条約推進議員連盟セミナー「障害者の権利保障〜権利条約とアメリカ障害者法」(2005) http://www.dinf.ne.jp/ doc/japanese/rights/050307/stein.htm 4)Goldman,C.,Esq.,Anderson,B.,Esq.,LIoyd,R. Ardinger,R.:ADA Compliance Guide, Thompson Publishing Group,Inc. (1991) 5)Spechler, J. W.:A Ten-Step Process for Implementing the Americans with Disabilities Act Criteria, Reasonable Accommodation  Profitable Compliance with the Americans with Disabilities Act, pp.11-16, St. Lucie Press(1996) 6)Goldman,C.,Esq.,Anderson,B.,Esq.,LIoyd,R.,Ardinger,R.:ADAComplianceGuide,Thompson Publishing Group,Inc. (1992) 7)Porterwright:House Overwhelmingly Approves ADA Amendments Act (July,2008) 8)Govtracku.s. : Text of H.R. 3195:ADA Amendments Act of 2008 http: //www.govtrackus/congress/billtext.xpd?bill=h110-3195 9)Hale,T.:ADA Amendment Act of 2008 http://www.insidearizonabusiness.com/ default.asp 10)National Council on Independent Living :Major Progress on ADA Restration:A Potential Deal with Business Community http://www.ncil.org/news/ADARDea12.html 11)Committee on Education and Labor:House of Representative Approves Bill to Protect Americans with Disabilities from Discrimination (6/25/2008) 12)Washington Watch: S.3406,The ADA Amendments Act of 2008 13)Library of Congress: ADA Amendments Act of 2008. 110th Congress 2d Session S.3406 14)Waddington,L.:Implementing and Interpreting the Reasonable Accommdation Provision of the Framework Employment Directive:Learning from Experience and Achieving Best Practice.(2004) 15)Hafen,J.O:How Employers Can AddressMental Illness Claims under ADA. IP LawReview (11/17/2006) 16)U.S. General Services Administration: Code of Federal Regulation on Reasonable Accommodation. http://www.gsa.gov/Portal/ gsa/ep/contentView.do?contentType=GSA_BASIC&contentId=8799 &noc=T 17)石川球子:第3章「米国における障害差別禁止と合理的配慮をめぐる動向」 「障害者雇用にかかる合理的配慮に関する研究」調査研究報告書No.87, pp.90,独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構(2008) 18)U.S. Department of Labor:Entering the World of Work: What Youth with Mental Health Needs should know about Accommodations (2007) http:// www.dol. gov/odep/pubs/fact/transitioning.htm 19)石川球子:An Investigation of Workplace Accommodations for Workers withPsychiatric Disabilities. World Congress ofWorld Association for Social Psychiatry 13(2),pp232,日本社会精神医学会(2004) 20)石川球子:「サービス産業を中心とした未開拓職域における就労支援に関する研究」 調査研究報告書No.61 pp.96-pp.107,独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構(2004) 21)石川球子 佐渡賢一 指田忠司:「労働分野にお ける権利条約の意義」 第15回職業リハビリテー ション研究発表会発表論文集pp.196-pp.199,独 立行政法人高齢・障害者雇用支援機構(2007) 精神障害者(統合失調症者)に対する就労支援過程に関する研究 −就労支援者の支援行動に関する分析− ○小池 磨美 (障害者職業総合センター障害者支援部門 研究員) ○小松 まどか(障害者職業総合センター障害者支援部門 研究員) 川村 博子 (障害者職業総合センター障害者支援部門) 1 はじめに  現在、精神障害者の就労支援は、職業リハビリテーション機関や一部の医療機関・社会福祉施設などそれぞれの法的根拠や背景となる考え方のもとに、就職活動・職業生活等に関する知識等の提供・演習、職業準備性向上のための訓練、技能訓練、就職活動支援、職場体験や実習、グループ就労、ジョブコーチ、就労継続のための支援などを機関・施設が独自に構成し、「就労支援プログラム」として展開している。 これらの具体的な取り組みについては、多くの先行研究で示されている。例えば、医療・保健分野においては、大山(2006)1)はX市精神科リハビリテーションの精神科デイケアと就労支援プログラムを利用した2事例について、その過程を4段階に分けた上で、回復過程に応じた段階的な支援のあり方や有効性について述べている。社会福祉分野においては、八木原他(2006)2)が、社会福祉施設における就労支援の取り組みとして、障害者就業・生活支援センターでのジョブコーチの実施状況について言及する中で、「認知のずれを修正し、職業人として等身大の自分自身を受け入れる」重要性を指摘するとともに、当事者の主体性に基づいた変更の繰り返しを続けながらの就労支援の展開を提示している。この他にも様々な施設が、就労支援プロセスと就労支援技法とともに、当事者の就労に向けたプロセスにおける心理・行動面での特徴も明らかにしている。 2 背景と目的 精神障害者については、「障害者の雇用の促進等に関する法律」の改正により平成18年4月から障害者雇用率への算定が行われ、求職者や就職者は一層増加の傾向にあるが、未だ事業所側にその雇用管理について十分な対応力は備わっていない状況にある。また、「障害者自立支援法」の施行に伴い医療・社会福祉領域等において就労移行支援が積極的に行われ、新たに就労支援を実施する機関も増加している。 このような転換期にあって、本研究においては、精神障害者の就労支援の構造とその過程における当事者のニーズや行動の変化に応じた支援者の判断・行動について分析する。 3 方法 本研究においては、分析に当たって、「人間の行動の説明と予測に有効であって、同時に、研究者にあってその意義が明確に確認されている研究テーマによって限定された範囲内における説明力に優れた理論」の生成に有効とされているグラウンデッド・セオリー・アプローチに実践的な活用を視野に入れ開発された「修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ」(以下「M-GTA」という。)を用いることとした。(木下2003)3) (1)対象者 独自の『就労支援プログラム』に基づき、統合失調症圏の人たちの就労支援を実施している機関・施設において、一定年数以上の就労支援経験を持っている支援者とする(平均経験年数11.5年:(範囲3年〜25年))。 (2)データの収集方法と範囲 データ収集方法:調査は、平成19年6月から平成20年1月までの間に、精神障害者の就労支援に携わっている支援者17名を対象に、インタビューを実施した。インタビューは、各施設に研究員が訪問し、支援者に対して各1時間半程度、半構造化面接を実施した。インタビューでは、はじめに「統合失調症者の就労支援で、いつもどんなふうにされていますか?」という質問を行い、具体的な事例等を交えながら自由に話をしてもらった。インタビューを録音し、逐語録として起こしたものをデータとした。 範囲:インタビュー対象者の所属する施設等は、以下の3種類である。 a.地域障害者職業センターにおける職業準備支援事業のような基礎的な労働習慣等の習得等を目的とするトレーニングなど就職活動以前に施設内でのトレーニングやプログラムを実施しているところ b.施設内でのトレーニングやプログラムではなく過渡的雇用のようなオンザジョブトレーニングを実施しているところ c.IPSモデル4)のような支援を実施しているところ (3)分析方法 ①分析焦点者と分析テーマ M-GTAにおいて、データとの距離を一定にするために設定することとされている「分析焦点者」と「分析テーマ」については、分析焦点者を前述の「対象者」とし、分析テーマを「統合失調症者に対する就労支援における支援者の支援行動のプロセスについて」と定めた。なお、前述したとおり、本研究においては、特定のプログラムでの就労支援のプロセスではなく、就労支援における多種のプログラムにおけるプロセスを網羅的に明らかにすることを目的としており、分析テーマ、分析焦点者ともに比較的緩やかな限定のもとに設定している。 ②分析手順 分析焦点者と分析テーマの2つをもとに概念の生成を図る。概念の生成に当たっては、思考の道具として、ワークシートを用いる(図1参照)。ワークシートには、データの具体的な記述を抜き出した「バリエーション」と抜き出したバリエーションをもとに意味づけをした「定義」とそれに命名した「概念名」をもって、概念の生成に当たる。概念の生成に当たっては、類似例及び対極例とそれぞれのつながりを常に念頭に置き、概念同士の関係性の強いものをカテゴリーとしてまとめ、命名する。また、その思考の過程を理論メモとして、記録に残すとともに、分析途中において、個々の概念に当てはまらないアイデアや分析全体についての思考経過などを理論的メモ・ノートとして作成する。 このような作業をインタビューデータ一つひとつに積み重ね、生成した概念一つひとつを説明可能な概念として立ち上げ、それぞれの関係性を「プロセス」として図式化を図った(図2)。 図1 ワークシートの一例 4 結果および考察 分析に当たっては、従来から示されている職業リハビリテーションのプロセスから離れ、時間的経過や支援場所、支援方法に限定されることなく、就労支援として支援者が行っている行動や活動の動き(プロセス)に焦点を当てて分析を行った。 支援者の支援行動のプロセスは大きく2種類の動きとして捉えた。一つは、「支援者の判断と当事者の意思決定を踏まえた方針決定のプロセス」、もう一つは、「支援者が当事者および事業所に対して、具体的に実施する支援活動のプロセス」として説明する。 以下、《 》内はカテゴリーを、<>内は概念を示すこととする。 (1)支援者の判断と当事者の意思決定を踏まえた方針決定のプロセス 「支援者の判断と当事者の意思決定を踏まえた方針決定のプロセス」は、《当事者を知る》《アプローチを検討する》《話し合う》《見計らい、働きかける》ことから成り立っている。(図2における塗りつぶし部分参照。) ①《当事者を知る》 支援の開始は、《当事者を知る》ことから始まる。支援者は、面接を通じ、当事者の<ニーズを把握>し、<希望や意思を把握する>。職場実習や職業評価等を通じて<特性を把握する>とともに家族や関係機関等からそれまでの<当事者の情報を得る>。この4つの行動は、相互に補完し合い、支援者が適切な当事者像を作り出すもとになっている。また、それらに付随して、支援者が支援者自身の感覚を通じて、<当事者の状況を把握する>こともあり、《当事者を知る》ための重要な行動といえる。 ②《アプローチを検討する》 当事者についての現状を把握した上で、支援者は支援活動の展開に向けて、《アプローチを検討する》ことになる。《当事者を知る》プロセスを踏まえ、その時点で<当事者を捉え直す>と同時に、それまでの支援者自身の就労支援経験や事業所の《採用活動を支援し》た経験をもとに得た職業や職務、障害者の雇用状況などについての知識を踏まえ、当事者の就業への可能性や条件、具体的な職種・職務、事業所との<マッチングを検討>している。この<マッチングを検討する>ことは、具体的な支援の実施あるいは支援の検討以前、すなわち、《当事者を知る》時点から支援者は念頭に置いており、マッチングの可能性は、十分な条件を備えているものから、環境の調整や社会資源の活用、当事者の成長等の条件付きのものまで、幅広く想定されており、その後の就労支援プロセスにおいても、必要に応じて、変更され、様々な局面において、常に検討材料とし 図2 支援者の支援行動の て具体的な形で保たれている。支援者は、当事者の課題と可能性について具体的な形で整え、<支援の方法や内容を検討する>ことを進めている。③《話し合う》 支援者は、暫定的ではあっても、支援の方法や内容を具体化した上で、当事者と《話し合う》機会をもつ。話し合いの中では、支援者は当事者の<自己決定を支える>立場を保ちつつ、両者の相互関係の中で、<提案をし>たり、当事者の状況を<振り返っ>たり、適切な<目標を立てる>手助けをしたりして、当事者の<希望や考えの現実化を図>り、実施可能な支援の方法や内容の決定を図る。このような《話し合う》ことは最初の方針決定では必ず行われ、支援者の支援行動の決定に際してもっとも基本的で、もっとも多くの機会に用いられるプロセスだといえる。 最初の方針決定以降の継続的な支援のプロセスにおいては、その内容や当事者の状況によって、支援者の判断に基づく支援の方法や内容の検討(《アプローチを検討する》)が、直接実際の支援活動につながっていく場合もある(図2における《アプローチを検討する》から破線で示した5つのプロセスのこと)。また、<支援方法や内容を検討し>た結果として、<就労支援を行わない>場合もある。 ④《見計らい、働きかける》 《話し合う》ことは当事者の自己決定のために重要なプロセスであり、それだけに、話し合った結果として、即、就労支援の実際の活動につながらない場合もある。例えば、当事者の意思と支援者の判断にギャップがある場合には、支援者としては、当事者の意思を尊重し、その行動を<見守る プロセス(結果図) >ことが求められる。当事者の意思にそった行動による当事者自身の意思の変更、当事者を巡る状況の変化、あるいは、病状の変化等を見守り、変化に応じて、臨機応変に<当事者に積極的に働きかける>ことが具体的な支援活動につなげる重要なプロセスとなっている。また、<見守る>状況が長期に渡る場合には、再び当事者との《話し合う》プロセスに移行することもある。 その他に、《話し合った》結果として、新たに<当事者の状況を把握する>ことやその他の《当事者を知る》プロセスへと移行する場合もある。 「支援者の判断と当事者の意思決定を踏まえた方針決定」のプロセスは、当事者の主体性を重んじた支援者と当事者の相互関係の中で展開される。 また、このプロセスは、後述する具体的な就労支援活動のプロセスの前段として機能すると共に、実際の支援活動のプロセスから生じた結果を踏まえての新たな検討・決定につながる。これにより、「支援者の判断と当事者の意思決定を踏まえた方針決定のプロセス」と「支援者が当事者および事業所に対して、具体的に実施する支援活動のプロセス」とが循環を前提とした関係性として、捉えられる。 (2)支援者が当事者および事業所に対して、具体的に実施する支援活動のプロセス 支援者の具体的な就労支援活動として、次のようなプロセスが展開されている。当事者を対象とした支援活動として、《準備性を育てる》《作業遂行力の向上を図る》《就職活動を支援する》《働くことを支援する》、事業所と当事者との調整活動として《事業所と当事者の折り合いをつける》、事業所に対する支援活動として《採用活動を支援する》を設定した(図2において2重線で囲んだ四角部分)。 当事者を対象として行われる《準備性を育てる》《作業遂行力の向上を図る》《就職活動を支援する》《働くことを支援する》支援活動は、通常、時間的な流れを踏まえ、段階的な支援として説明されることが多いが、ここでは、その支援における支援者の行動特徴に視点を置き、そこから導き出される支援行動のプロセスを明らかにしていく。 ①《準備性を育てる》 《準備性を育てる》における支援行動は、次の4つを目指している。1つ目は<働く意欲を育む>こと、2つ目は<自信を育てる>こと、3つ目は<耐性を育てる>こと、4つ目は、<障害の受け入れを支える>ことである。これらは、次に示すようなプロセスで育まれる。 集団で行われている就労準備プログラムのような<就職に関する学習の機会を提供する>ことと共に医療機関や生活支援機関との連携を踏まえ、当事者の障害についての理解や受け止め方に応じて<医療や障害に関する知識や情報を提供する>ことを行い、<対人スキルの習得を図る><コミュニケーションスキルの向上を図る><相談スキルの習得を図る>という3つのプロセスの相互作用を意図した働きかけと、生活習慣、服薬や病状管理を意図した<生活や疾病の自己管理の向上を図る>働きかけを行い、当事者自身の《自己管理能力の向上を図る》ことにつなげられていく。 また、当事者の自己管理能力の向上と当事者の言動や認識について、作業や当事者間のやりとりなど実際の状況を共有し、「できる・できない」や「適切かどうか」など、支援者が適切な理解を促進するようにフィードバックを行うこと(<当事者の気づきや行動を適切にフィードバックする>)の相互作用及び、<苦手なことにも取り組めるように支える>ことと<得意な分野を伸ばすように働きかける>ことを重要視した働きかけを《作業遂行力の向上を図る》ための活動に向けて実施することでの、<当事者の気づきや行動を適切にフィードバックする>ことの相互作用が可能になり、<自主性を育てる>ことや<自己理解を促す>ことと<現実検討を進める>相互作用に発展する。 これら一連の働きかけの特徴は、実際の当事者の行動を支援者と当事者が感情や認識を共有する中で、行われるものであり、単に面接場面だけを共有するような関係からは展開できないものだと言える。 また、これらの働きかけは、支援者側からの押しつけが功を奏す訳ではなく、当事者の経験や気づきが重要な鍵になる。そのため、《アプローチを検討する》際に当事者の<課題として見極められ>ていたとしても、あるいは、<話し合>いの席で、当事者と共に<振り返り>をしていたとしても、即、働きかけられる訳ではなく、当事者の課題やその受け止め方、働きかける場面の質に応じて、<タイミングを重視して働きかける>あるいは、当事者の<限界を見据えて働きかける>といった《見計らい、働きかける》ことが求められる。 ②《作業遂行力の向上を図る》 実際の就労支援において、《作業遂行力の向上を図る》ための活動は、施設内でのトレーニングとともに職場実習や過渡的雇用、ジョブコーチ(雇用前)といった就労に向けた支援活動だけでなく、ジョブコーチ(雇用後)、トライアル雇用期間中や就職後にも行われており、作業遂行の向上に向けた<作業指導をする>ことは、時期を問わず、作業場面であれば行われている。作業効率や正確性といった直接的な作業遂行力の向上を図るものではないが、作業の実施に当たって求められる要領の良さや柔軟性、作業集団内でのスムーズな作業実施に当たって求められる配慮などについても<要領よく作業できるように働きかける>ことや<周囲に気を配れるように働きかける>ことで、統合失調症の障害特性に向けた働きかけがなされている。また、職場や実習先などの事業所において、作業遂行力の向上を図るために行われている支援としては、<職務を分析する>ことがあげられる。 ③《就職活動を支援する》 就職活動の支援は、就労支援を段階的に捉えるならば、職業評価→職業前訓練と連なる次の段階に位置づけられることが多い。しかしながら、IPSのように原則として就労前訓練や職場実習を行わないプログラムにおいては、方針決定後、早い時期に行われることが一般的である。 今回の分析における《準備性を育てる》支援は、施設内トレーニングの場面のみで展開されているわけではなく、《就職活動を支援する》あるいは《働くことを支援する》場合においても、対人スキル、生活や疾病の自己管理に関する働きかけは、具体的・現実的な判断の伴う場面において、相互に影響しながら、輻輳的・反復的に展開されている。 《就職活動を支援する》においては、採用面接の練習や求人検索の方法、履歴書の書き方など<求職活動のためのスキルの習得を図る>とともに、当事者個人の状況や希望等に基づいた具体的・個別的な情報の提供を行う(<就職についての情報を提供する>)。このような当事者に向けた支援と並行して、事業所や求人を当事者の要件に応じて、ハローワークや新聞広告、これまでに関係のある事業所等から、職場実習や就業先として探すことになる。<事業所や求人を探す>活動には、支援者が日常的に行っている、事業所に向けた支援やこれまでの就労支援の経験から得ることのできた情報や知識が有効に働いているといえる。《就職活動を支援する》に当たって、重要な分岐点としてあげられるのが障害の取り扱い方である。当事者の意思や障害に対する考え・受け止め方を背景に、障害を開示するメリット・デメリットと開示しないメリット・デメリットの比較対照を進め、いずれかの方法での就職活動を支援することになる。特に<非開示での活動を支える>ことは、当事者の求職活動を側面的に支援することであり、当事者とのコミュニケーションの的確さや環境調整の必要性への判断が求められる。 <開示での活動を支える>ことは、当時者への支援とともに事業所への支援の両方を行う前提となるものであり、また、同様に<非開示での活動を支える>場合には、事業所における環境調整が難しくなるだけでなく、当事者への支援についても限定せざるをえない状況を生むことになり、その後の支援活動の方針に大きく影響を与える事になる。 すなわち、《働くことを支援する》<事業所と当事者の折り合いを付ける>の双方に大きな影響を与えることになるために、就職活動を始めるに当たって、あるいはその継続的支援の最中においても、繰り返し行われている《アプローチを検討する》際に、当事者の状況と共に事業所をはじめとする当事者を取り巻く環境との調整を含めた多面的な想定と検討が求められることになる(<マッチングを検討する>)。 ④《働くことを支援する》 《働くことを支援する》というのは、前述したとおり職場実習先や就労場面での当事者に向けた支援を想定しているが、その動きを考えると、その多くは、《準備性を育てる》や《見計らい、働きかける》と重なると考えられる。働くこととは仕事(作業)をすることであり、いかにスムーズに作業を遂行できるかだと捉えるならば、ここでの固有のプロセスは<職務を分析し>当事者の《作業遂行力の向上を図り》、<職場や作業の不適応の改善を図る>ことだといえる。 ⑤《事業所と当事者の折り合いをつける》 就労支援が、事業所と当事者の両方に働きかけるものであり、双方の利害が必ずしも一致しないことがある以上、《事業所と当事者の折り合いをつける》役割が支援者に求められるのは、当然のことと言える。この活動が《就職活動を支援する》ことと相互に関係し合うことを先に述べたが、同様に、働く場での当事者に向けた支援活動(《働くことを支援する》)とともに《職場適応を図る》活動とも関係づけられると言える。 また、事業所の要求水準等を知ることは、支援者の判断行動、具体的には《アプローチを検討する》際の有用な情報を得ることにつながると考えられる。 ⑥《職場適応を図る》 《職場適応を図る》活動は、事業所や職場実習先などでの当事者に向けた活動である《働くことを支援する》と事業所と当事者間の調整を行う《事業所と当事者の折り合いをつける》との両方につながって、当事者の職業や職場への適応を図るプロセスとして位置づけた。 《職場適応を図る》活動は、<職場や作業の不適応の改善を図る>と<職場の環境を整える>と<雇用条件を調整する>という3つの動きの相互関係の中でバランスを保つことが求められ、<事業所の要求水準と当事者の要件とのバランスを探り>、<事業所に当事者の理解を図る>ことで事業所・当事者の双方が折り合えるポイントを見いだすことが《職場適応を図る》ためのバランスに対しての要因として働いている。 このような、《職場適応を図る》ための動きに対して、《職場適応を図る》活動を踏まえても、なお、働き続けることができないもしくは辞めた方が当事者にとって良いと判断される場合もあり、この場合には就労支援のプログラムの<中止や離職に向けて支援・調整する>こととなる。 ⑦《採用活動を支援する》 「支援者の判断と当事者の意思決定を踏まえた方針決定のプロセス」における《アプローチを検討する》について述べた時に、事業所の《採用活動を支援すること》が<マッチングを検討する>際に重要な影響を及ぼしていることを指摘した。この支援は、障害者雇用を進めようと考えている事業所が、障害者雇用についての理解を深めるために、あるいは求職者の情報を得るために就労支援者(組織)に働きかけるものではあるが、反面、就労支援者にとっては、事業所の実際、本音を知るための有用な機会にもなり得、障害者への支援に直接・間接的に還元可能な関係性を持ってつながっているといえる。 (3)その他 《関係機関とともに支援する》 就労支援が、当事者の医療や生活に大きく支えられていることは言うまでもなく、就労支援のプロセスにおいて、関係機関との関係性は、<関係機関と協力関係を結ぶ>関係構築とともに、<関係機関と協同で支援する>相互協力関係で支えられている。このような関係性は、支援者の判断と当事者の意思決定を踏まえた方針決定のプロセスにおいても、具体的な支援活動においても、それを支える役割を担っているといえる。 5 今後の課題 統合失調症者に対する就労支援における支援者の支援行動のプロセスを図式化し、その全体像における特徴を示すことを目的としてきたが、その分析については、事業所に対する支援と当事者に対する支援との関係性等について、概念生成に不十分さが認められ、より一層丁寧な理論飽和化を目指しての分析が必要だと考えられる。 また、M-GTAにおいては、分析結果の実践的活用が求められており、分析結果の就労支援経験者によるヒアリングと分析結果の活用に向けた試みを進める必要がある。 <引用・参考文献> 1)大山努(2006) 「精神障害者リハビリテーションにおける回復過程と支援のあり方−精神科デイケアを利用し就労した2事例を通しての考察」職業リハビリテーション20巻1号pp23-31 2)八木原他(2006)「ジョブコーチ支援の実際」職リハネットワーク59号pp33-37 3)木下康仁(2003) 「グラウンデッド・セオリー・アプローチの実践−質的研究への誘い」弘文堂 4)大島他(2005)「IPSモデルを用いた個別就労支援−ACT−Jの取り組みから」 「精神認知とOT」2巻5号 地域障害者職業センターと関係機関との連携による事業所への支援 −精神障害者を継続雇用している事業所への聞き取り調査− ○内木場 雅子 (障害者職業総合センター社会的支援部門 研究員) 亀田 敦志 (障害者職業総合センター社会的支援部門)                         1 はじめに  精神障害者の雇用については、障害者雇用促進法の改正(平成18年4月施行)によって、精神障害者にも新たに雇用率制度の適用が行われることとなり、企業等での受入れが進み始めたところである。特に、精神障害者の受入れは、生活や医療の継続的な支援と事業所とが一体となった就労支援が不可欠である。  今回は、地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)が、地域の就労支援機関と連携した支援によって事業所が精神障害者を受入れ、継続雇用をしている事例を紹介し、雇用を継続するための有効な支援について考察したい。                       2 目的と方法  本調査では、地域センターが関係機関等と連携した支援により、精神障害者を受入れ、雇用継続している事業所を5ヶ所訪問し、直接、聞き取り調査をした。  なお、調査期間は平成19年7月〜10月である。 3 結果(事例紹介) (1)事例A ①事例の概要  この事例は、本人が地域センターの職場適応援助者による支援事業(以下「JC支援」という。)を受けていたが、職場でのトラブル等から出勤出来なくなった。しかし、これに対応する過程で、事業所、地域センター、障害者就業・生活支援センター(以下「支援センター」という。)の三者による支援体制を確立したものである。 ②事例の特徴  この事例の特徴は、本人の休職を契機として、事業所の上層部における本人の特性と雇用継続の理解、キーパーソンを確保した体制の確立が進み、本人の職場復帰に繋がったことである。 ③機関連携と事業所とのかかわり  地域センターがJC支援を開始したが、本人が休職した。地域センターは、それに伴って生活の相談等を支援センターに引き継いでいる。  支援センターに引継いだことで、職場復帰の際には、働き方の工夫がなされ、本人は、継続した就労支援と生活支援を受けている。また、本人が支援センターを利用したことで、支援センターが直接、事業所に医療情報を提供する(本人の同意を得て)等、事業所からの理解、三者による話し合いと情報共有が出来るようになった。 ④事業所の取組み・工夫  職場環境や働き方について事業所は、本人の職場復帰に際し、始業時間を午前から午後にシフトしたり、部署を交代し、キーパーソンを確保することで、本人が落ち着いて仕事に取り組めるようにした。 ⑤事業所からの支援への評価(結果)  JC支援で、本人がスムースに職場へ入れたが、医療情報が不十分で、危機管理マニュアルがほしいと考えている。                       (2)事例B ①事例の概要  この事例は、支援センターが地域のケア会議に参加し、職業紹介に協力するとともに、本人が求職に至るまでに利用した支援機関及びサービスの経過を把握し、地域センターとともにJC支援をしているものである。 ②事例の特徴  この事例の特徴は、事業所全体で、障害者雇用への理解と周知を図ることで、業務指揮の経路を一本化し、管理面では職場適応援助者(以下「JC」という。)の助言と勤務経験豊かな年配の従業員の助けを得ていることである。 ③機関連携と事業所とのかかわり  求職段階では、ハローワークでのケア会議に、地域センター、支援センター、本人とその利用機関が出席した。 また、支援センターは、本人の特性とのマッチングを兼ね、事業所の具体的な仕事内容を把握した。 地域センターと支援センターのJC支援の開始後は、職場情報と支援技法を両センターが共有しつつ、医療的な情報等を会社に伝える(本人の同意を得て)ことが出来ている。  フォローアップの段階では、地域センターから支援センターとその同一法人である就労支援センター(以下「就労センター」という。)に支援を移行し継続した支援をしている。 ④事業所の取組み・工夫  本人が職場に溶け込めるよう、入社前から朝礼等を通じ入社時期等を従業員に伝えている。入社後は、年配の従業員がさりげなく本人をフォローしてくれるようにするために、JCからの助言(本人との接し方、気をつけること等)を必要に応じて従業員に伝えたり、本人の日常生活の様子について従業員から把握している。  職場環境や働き方について事業所は、本人のストレスや不安、体力の消耗を減らすよう心がけている。具体的には作業はやれる範囲で慌てず取組むよう伝えたり、本人の希望を聞きながら段階的に働く時間を延ばし、無理なく、働けるようにしている。         また、本人は、周囲の人が替わることに敏感な面があるため、人事異動時に事業所は本人に気を配っている。             ⑤事業所からの支援への評価(結果)  JC支援の利用で、本人は職場に適応しているが、医療情報が不十分で、危機管理マニュアルがほしいと考えている。                       (3)事例C                ①事例の概要  この事例は、支援センターが本人と事業所との適合性を見極め、地域センターとJC支援をし、就職後は、生活相談にも関わっている。また、事業所が本人の受入れに社内調整をしているものである。            ②事例の特徴  この事例の特徴は、事業所が医療機関であり、自ら精神障害の知識、経験を持ち、主治医からの情報を得、雇用に取り掛かれている。    また、受入れには、事業所内の方針の理解と周知がされ、採用方針が確立していることである。 ③機関連携と事業所とのかかわり  事業所は、支援センターから職務に合う精神障害者の情報と医療情報の提供(本人の同意を得て)を受け、地域センターと支援センターのJCが支援を開始している。        本人の習熟に伴い、事業所は、支援センターから仕事の組立に提案を受け、仕事の幅を増やす必要性を把握している。          また、支援センターが本人の生活相談にのることで、事業所は、必要に応じ本人の情報を支援センターと共有している。 ④事業所の取組み・工夫  職場環境と働き方について事業所は、本人の特性と仕事をマッチングさせるために所内全体の業務を洗い出し、他部所で負担となっていた作業の集約化を図り、業務量や作業手順を明確化した。 作業現場では、総務担当者が1ヶ月、キーパーソン的役割を担い、本人からの作業遂行上の確認を可能にしながら、以後、周囲の従業員によるナチュラルサポートに移行した。     また、本人との意思疎通を重視し、普段からコミュニケーションを図るとともに、適性業務や労働条件等を面接を通じて、直接、本人の希望を聞いたり、本人に伝えている。 ⑤事業所からの支援への評価(結果)  事業所が医療機関であり、元々障害の知識はあったが、本人の個性と会社の職務の特性を結びつけるところで、就労支援の専門家としての存在が重要であると考えている。 (4)事例D ①事例の概要                 この事例は、地域センター、支援センター、就労センターの各JCの支援を受け、事業所が本人の職業適性とニーズ、状態像に合わせた雇用管理を行うとともに、支援機関における本人の生活相談等に同席して、早期の問題把握と解決、本人との関係作りに努めているものである。 ②事例の特徴  この事例の特徴は、JC支援を活用しながら、そこから精神障害者への対応力を事業所自らが学ぼうとし、将来的には支援者を要しない信頼関係作りを目指していることである。 ③機関連携と事業所とのかかわり  事業所は、就労センターから本人の具体的症状、主治医の連絡先、服薬管理について把握(本人の同意を得て)し、受入れを開始している。 受入れ後は、本人の職務と働き方に対する支援と助言をJCから得る他、勤務時間内に月1回、本人が支援センターで相談出来るようにし、3ヶ月に1回、事業所も同センターでの相談に同席し、本人との意思疎通、雇用管理に努めている。 ④事業所の取組み・工夫  職場環境と働き方について事業所は、週1度、本人の抱えるストレスや不安、働き方の希望の把握に努める他、気持ちと時間の区切りを習慣化させ、モチベーションを下げない接し方をしている。 本人の仕事は、既存の仕事を本人の適性に合わせ再編しているが、今後の働き方(仕事の幅を広げるか、他の障害者の指導役を担うか)は本人と相談している。    ⑤事業所からの支援への評価(結果)  JC支援への評価は高いが、本人の精神的な支えだけでなく、仕事の内容まで支援を希望している。 (5)事例E ①事例の概要  この事例は、地域センターのJC支援と医療機関のスタッフの見守りを受けながら、事業所が本人の作業上の配慮をしているものである。 ②事例の特徴  この事例の特徴は、事業所が精神障害者も一般的な障害者として雇用に配慮すればいいと考えており、特に医療情報を求めていないことである。 ③機関連携と事業所とのかかわり 地域センターのJC支援とフォローアップとともに、医療機関の職員による事業所訪問(不定期)にて、本人の状態を把握する等、事業所は本人の医療、生活の後方支援を得ている。 ④事業所の取組み・工夫  職場環境と働き方について事業所は、担当者が本人の相談役となり、職務の見直しや新しい職務に、作業マニュアルやチェックリストを作成したり、作業内容を変更する際の再度のJC支援や、引継ぎの期間と時間を取る等、必要な手立てをしている。 ⑤事業所からの支援への評価(結果)  本人のJCへの信頼が高く、心の支えになっていると事業所は考えており、フォローアップの継続を希望している。            4 考察  これらの事例で事業所は、ハローワークや地域センターをきっかけに、精神障害者の受入れを開始している。そして、そのほとんどが、支援センターや就労センター等に引継がれ、それらの機関から支援を受けている。  何れの事業所でも、JC支援制度や複数の支援機関を有効に活用し、精神障害者を受け入れた後もJCや支援機関の助言や提案を積極的に取り入れている。特に、雇用管理では、周囲の従業員に本人の特性の理解やサポートを求め、得ることで、本人と周囲との関係を良好にし、本人の安定した職務遂行や向上に繋げている。  しかし、ほとんどの事業所がJC支援制度の有効性を認めているものの、支援の内容に対する評価は必ずしも高くない。  これらに共通していることは、事業所の障害者雇用に対する目標や価値観、事業所の現状等による考え方の違いや変化に支援の内容が合っていないことである。従業員としてその能力を育成、活用していこうとする事業所と障害者雇用率の達成を第一義と考える事業所とでは、当然、支援の内容は違っている。また、変化していく事業所の状況やニーズに、支援者や支援機関が合わせていくためには、事業所の情報を適宜把握し、アセスメントする能力が求められる。  これらのことを実現するには、地域の就労支援機関、就労支援者個々の知識や能力、支援レベル等の向上と、新たに発生する課題に応じたケースマネジメント力を身につけた人材を育成していくことであり、それらは、地域センターに求められている役割といえる。 5 おわりに  今回は就労支援における関係機関の連携をテーマとし、精神障害者を受入れて継続雇用している事業所へ聞き取り調査を行ったが、今後は、支援者、支援機関の就労支援におけるケースマネジメントの視点で、精神障害者の支援と雇用継続について調査したいと考える。               【謝辞】  聞き取り調査にご協力くださった事業所の方々に御礼を申し上げます。                 精神疾患を持つ人々の就労支援と職業臨床的な関与について −就労現場と「企業と地域による精神疾患を持つ人々の就職促進プログラム」の事例より− Keywords :職業臨床 心理社会的アイデンティティー 自己 再構成 統合 佐織 壽雄(富士ソフト企画株式会社カウンセリング室 室長) 1 はじめに 現在筆者の所属する特例子会社には60名の精神の障害を持つ社員(採用前精神障害者)が在籍しており、筆者が室長を務めるカウンセリング室が彼らの心理的サポートを行っている。さらに筆者は精神疾患を持つ人々の就職促進プロジェクトと称して、2004年度より精神障害者に特化した就業(復職)のための職業リハビリテーションプログラムを開発し、年間で60名前後の精神疾患を持つ人々の就労に関わっている。(就職率8割以上) このような職業臨床の現場から、本稿のテーマである“精神障害者の就労について”いくつかの事例をもとに考察を加えてみたい。 2 就業可能性と継続に関する見通しについて 【事例A】 主治医から統合失調症という診断を受けており当時32歳の彼は2005年に入社したが、その後しばらくして朝通勤する頃不安感があり、家は出るものの会社に行くことが出来ずに町の公共施設などで数時間過ごした後帰宅するというようなことが続いていた。その後数ヶ月して朝の不安は解消し仕事に集中できるようになり、数年経過して業務上現場の監督者のような立場で活躍するようになった。 最近になって今度は彼と同じく統合失調症であり男性で29歳の新入社員Nが彼と同じ部門に入社することになった。Nもまた入社後一ヶ月くらいしてやはり不安感から出社が困難になってしまったのである。現在の彼は当時を振り返って次のように話した。「N君は多分僕と似ているんだと思うんですよね。人と人との関係が安定してないのに最初から大丈夫だと思って張り切りすぎて結局無理しちゃうんですよ。上司とか周囲との信頼関係みたいなものがしっかりできてくるまでは結構きついと思いますよ。いい意味でN君も慣れて肩の力が抜ければ仕事にも余裕が出来るんでしょうね。適正な緩み方というか遊びというか…」 私の統合失調症の社員の就業適性と継続に関する見通しについては彼の所感と同じような見解をもっている。うまくいけば会社を休まずに職場に適応できる場合も多いが、消耗期から回復期に至ったところですぐに就職してしまった場合や、職場環境からの反応として不必要な緊張感が見られる場合等は、カウンセリングを継続して行い上司との関係や職場の調整も行って、医療とも連携し適宜休暇もとるようにしていくと、一年後くらい後に見違えるようになって職場で活躍できるようになる場合が少なくないのである。このようなケースでは業務において負荷をかけること、勤怠を評価することは避け、本人に対しては「最初はみんなそうなんだよね」というくらいの寛容さが必要であるように思う。 3 職場適応と適正な負荷(ストレス)について 次に私の職業リハビリテーションプログラムの参加者の約半数を占めるのではないかと思われる、いわゆる心因性、あるいは神経症関連の精神疾患の人々について考えてみたい。彼らの場合は多くの点で統合失調症や気分障害のなかでも大うつ病(Major Depressive Disorder)の社員とは職業上の適正なストレスに関する見通しも変わってくる場合が多い。 冒頭で紹介した職業リハビリテーションプログラムでは模擬的な職場の中で社会的関係性を触発するトレーニングを行い社会的な自己意識の再生を促すものである。次に紹介するのはこのプログラム内で起こったケースである。 【事例B】 本プログラムに参加した31歳の女性は20才の頃当事の主治医から境界性人格障害(Borderline Personality Disorder)という診断を受け、そのうち次の医師には社会不安障害(Social Anxiety Disorder)といわれ、最近では回避性人格障害(Avoidant Personality Disorder)と診断されていた。彼女は幼少期に両親との間に心的外傷体験があり、対人、対社会的に引きこもりのような状態を数年間継続させていた。そして本人は重篤ではなかったというが専門家であれば推察するであろう摂食障害らしき既往歴もあった。 本プログラムでは課題によって参加者の自己意識に心理社会的な触発を加えることにより、自己の発達を促すことを企図するのだが、彼女にとってはこのような介入は心理的には大きな負担であり、相当困難を伴うものだったにもかかわらず、本人は、内心では、今回の本プログラムに賭ける思いがあり積極的に課題に取り組んでいた。ところがプログラムの中盤にさしかかって比較的に長期にわたるグループプロセスのグループ編成を行った際、彼女はついに耐え切れなくなって感情のコントロールを失う状況に陥ったのである。 彼女の心の中では多くのものの判断は白であるか黒であるかの両極であり、そのような信条に由来する般化(generalization)も顕著であった。したがってそれは人に対する好悪にも投影されており、彼女にとっては(本人も根拠は定かではないようだが)“この人はだめ”であればその人との関わりは感情の破綻をきたす決定的な要因に他ならなかったのである。 このような出来事が現実に起こるということは、それを乗り越えることがまさに彼女にとっての重要な課題ではあったのだが、これまでのプログラムで彼女が乗り越えてきた実績を信頼し、私は彼女の意に反さないであろうメンバーに再編成して提供してみることにした。なぜならば彼女がある特定の人物を嫌う理由が、ある意味では過去のトラウマティックな出来事から類推されたある程度表面的な思い込みによるものであったためであり、それならば現在彼女の意に反さない人々とのグループプロセスでも関係が深まれば深まるほどさらに深刻さを増した同様の課題に彼女が直面せざるを得なくなるのは必定だったからである。このときのカウンセリングは私ではないもう一人のカウンセラーが対応したのだが、彼女は取り乱してしまった自分の行動に対し深い後悔の念を抱いていたようである。 しかしその後の彼女は徐々にではあるが日々違った人になっていくような印象を周囲に与え続けていた。彼女を混乱に陥れたプログラムは彼女にとって非常に良好な結果をもって終了し、その後のクリエイティブな課題に際して彼女は過去にさかのぼってこれまでの自己を振り返り、現在に至るまでの軌跡を確認するように自己に関する物語のシナリオを編集する作業を始めていた。そしてそれは対集団表現技法の課題で多くの聴衆の前でプレゼンテーションとして発表され、聞き手の深い共感と高い評価を得るに至った。 このようなケースでは職場適応の見通しと適正な負荷(ストレス)に関していえば、対象者が至っている段階に応じてある程度負荷を与えていくことも必要である。しかしそれは、本人がクリアできる範囲であり、パーソナリ ティーの発展を期しての負荷でなくてはならず、それらを与える側に必要なのは月並みではあるが本人に対する信頼と愛情、そして同僚や仲間たちからのサポートである。 4 社会的な関係性による自己意識の再構成につい て 【事例C】 あるスポーツで国体に出場するなどしてプロリーグに加入することも考えていた彼は大学卒業後生活の安定を優先させ社会人リーグを選択しある企業の営業職に就いた。 ところが彼の活動に理解の無かった上司との関係から超過勤務を余儀なくされそして家庭内の複雑な問題等でも葛藤し、別の会社に営業職として転職することになった。しかし営利主義が特徴であったその会社の社員に対する非人間的な処遇により、彼は入社後まもなく大うつ病を発症してしまったのである。その後再発を経験しながら、数年後に彼は地域の就労生活支援センターの紹介で私のプログラムを受けることになった。当時29才であった彼はプログラムで定期的に行われているカウンセリングの中で次のように語った。「このプログラムを受けることになった経緯を考えてみても、プログラムが始まってから楽しくて充実している感覚があって、落ち込みもなく調子は悪くないしこれって本当かなっていうような疑わしいような感じがしてそれがかえって心配です。まだ病気が回復してから日が浅いし、でも日を追ってよくなっている感じはあるんですけど・・・以前ではちょっとしたことで再発っていうかすぐ元に戻って落ち込んだりしたんですけど、まあ嬉しいことなんですけれど・・・」 メランコリー親和型といわれる大うつ病を発症しやすい人々の長所ともいえる、人の気持ちに対する気遣いを忘れずに明るく闊達に人と関わろうとする彼は、多少過剰適応的な要素はあるにしても温和な人柄とユーモアのある会話でグループプロセスの中でもチームのファシリテータとして中心的な役割を担っていた。そしてプログラムの後半のホームページの作成とそのプレゼンテーションで彼はこれまでの自分の付き合ってきた彼女(恋人)との遍歴をテーマに多くの聴衆の前にして発表を行った。このプレゼンテーションは、発病前に付き合って仲がよかった彼女から始まって、その次は発病によって分かれてしまった彼女とのエピソード、そしてその後病院で出会って現在も付き合っている彼女を含め数人の女性との関係を、過去を振り返って楽しみながら発表するというユーモアの溢れるものであった。 その後私は彼にプレゼンテーションのコンセプトについて質問すると次のようなほぼ私が予想していた通りの答えが返ってきた。 「そうですね。あれは僕がこれまでやってきた軌跡を振り返ってみて、このプログラムで仲間が出来て、今の自分があるのを確認してみたいという動機からあのような発表をしてみたくなったんです。今の自分が本当かどうかしっかり確認したいという気持ちです。」 彼の場合就職した会社において最初の会社ではスポーツで目立っていた彼への上司らの妬み等で人間関係がうまくいかなかったり、次の会社では社内の風土があまりにもエキセントリックであったため、心理社会的アイデンティティーが獲得できなかったのはいうまでもなく、プログラムが始まった頃のカウンセリングでは彼の社会的な自己意識はひどく傷ついているのが窺われた。本プログラムでは「組織と人間関係」というセッションによって、これまで参加者が経験した組織・社会、つまり一筋縄ではいかない社会や組織のアンビバレンスをグループカウンセリング的に進めるセッションを行っているが、彼のようなケースでは、このようなプロセスとカウンセリングで少しずつ温めていくような介入が効果的である。 プログラム終了後、就職の面接でいくつかの企業に内定をもらった彼は、家庭を経済的に援助したいという希望もあり、高額な所得を提示した情報サービス会社にするか、IT系で多少給与は低いが社内でカウンセリングサービスが受けられ、安定した人間関係が見込まれる職場にするかどうか葛藤したが、家族や彼女の助言もあって健康を優先し後者の企業を選択して現在に至るまで再発することなく充実した職業生活を送っている。 5 就労と自己意識に関する考察 精神疾患を持つ人々にとって就労とは我々が思うより当事者にとってははるかに重要な問題となっているようである。筑波大学大学院で行った研究「精神障害者の就労に対する意識とQOLの比較研究(佐織・笠井,2005)」では「就労に対し肯定的であって、現在就労している人」は最もQOLが高く、「就労に対し肯定的だが現在就労していない人」のQOLは最も低いという結果が得ることができた。本研究の紹介としては多少端的ではあるが、就労は精神疾患を持つ人々のQOLにとっても重要な要因であることは言うまでもなく、したがって彼らの就業可能性についての自己査定動機(Toroe,1983)も高い傾向が予想される。 私は精神疾患を持つ人々の就職(復職)には、彼らの自己意識が社会的なものによって触発されて活性化し、社会的自己意識つまり心理社会的アイデンティティー(Erikson,E.H.1967)として再構成されることが必要なのではないかという仮説をもっている。つまり個人的な自己意識「自己アイデンティティー(self-identity)」が心理社会的に触発され、社会的な自己意識「心理社会的アイデンティティー(psychosocial-identity)」として発達し、そしてそれが自己概念の全体性へ統合されることが、就業レディネスにとって最も重要と考えられる自己効力感(Bandura,A.1986)の獲得につながっていくのではないかと考えているからである。ここでいう心理社会的アイデンティティーとは集団社会を構成する本人にとって重要な他者からも是認される“心理社会的な自己意識”ということであり、これは精神疾患をもつ人々に限らず職場環境での適応の際には最も重要な概念に他ならない。 先に述べた事例A〜Cもこの概念の重要性が示されていると思う。 事例Aでは「上司とか周囲との信頼関係みたいなものがしっかりできてくるまでは結構きついと思いますよ。」といった文脈に現れているように本人の職場における心理社会的アイデンティティーが未だ確立できていないことが示唆されている。 事例Bではグループプロセスのダイナミクスによって彼女は参加者とのピアサポート関係の中で、重要な他者からの是認されている新しい社会的な自分という自他ともに是認する確信(心理社会的アイデンティティー)を獲得できており、新たなより高次な自己(パーソナリティー)の発達に成功している例といえるであろう。 事例Cは組織や社会との関係(人間関係)が原因となって大うつ病を発症してしまった例だが、それをトリートメントしたのも社会的関係性であり、社会的な自己意識の再構成が促された結果、新たな心理社会的アイデンティティーを確認して社会復帰が実現した例である。 6 個性化の過程とナラティブの効果について ところで事例Bと事例Cの共通点を摘出してみると、両者とも自らをさかのぼって確認し、それを“物語ること”によって新たな概念(心理社会的アイデンティティー)を再構成して自己に統合している様子を窺うことができる。パーソナリティーが発達の機を得て高次の自己への統合が行われる時、創造的な作業(絵画療法における絵画や箱庭療法における箱庭等)を行うことによってそれを成就させるようなプロセスがみられる場合が多いが、これはC.G.Jungのいう個性化の過程(Individuality Process)[個人に内在する可能性を実現し,その自我を高次の全体性へと志向せしめる努力の過程を,ユングは個性化の過程,あるいは自己実現(self-realization)の過程とよび,人生の究極の目的と考えた(河合,1967)]といっていいと思う。 さらに社会構成主義的に解釈を加えれば、トリシャ・グリーンハルとブライアン・ハーウィッツ(Trisha Greenhalgh & Brian Hurwitz)の著書“Narrative Based Medicine”の中で、アンナドナルドは物語に意味について次のように説明している。「人生の意味はそれについて語られる物語に全面的に依拠している。これはもちろん「語られるもののみが意味を持つ」という文字通りの意味において正しい。しかし、さらに語るという行為(narration)は、行為と出来事を描写する外向的な行動であると同時に、自己反省と自己理解を可能にする内省的な行為でもある(それゆえに物語ることは人生に意味を与えうる)という意味においても真実なのである。(Annna Donald)」 つまり事例BとCにおけるナレーションは、C.G.Jungのいう個性化の過程で起こった出来事であり、ナレーションの編集という行為に創造的な神秘性が関与して高次の自己への統合が実現したと考えることができる。 さらに彼らは同著の中で、「また物語りはその人の置かれている状況を意味づけ、文脈を明らかにし、展望をもたらす。物語りは、その人がどのように、どんな理由で、どんなふうに病んでいるのかを明らかにする。物語は、手短に言えば、他の手段によっては決して到達し得ない理解への可能性を提供する。 それゆえに、医師と心理療法家はともにしばしば自身の役割を『その人自身にとって意味を持つ新たな物語りへの書き換えを促進すること』とみなすのである。事実、ジェレミー・ホームズ(Jeremy Holmes)はさらに論を進めて、『心理療法家の役割とは、その人自身の無意識においてすでに半ば書きかけられている個人的な物語を、その人自身が徐々に再構築していく作業を援助することである』と示唆している。」と述べている。 ここで私の捉え方としての自己概念とナラティブ、そして心理社会的アイデンティティーと個性化の過程(Individuality Process)について説明すると、私は自己意識が社会的な関係性の中で触発され集団社会において自らも重要な他者からも是認されて活性化している自己意識の状態が、心理社会的アイデンティティーであり、その概念(自己概念)を構成する(あるいは編成する)材料と方法がナラティブであって、そのプロセスに創造的な神秘性が関与(participation mystique)して自己の統合が実現すると考えている。 ところで今回の二つの事例の場合プレゼンテーションの資料作成とその発表が創造的な作業のプロセスとして機能したが、本プログラム後半にこのような課題が位置付けられているのは合理的といえるのかもしれない。 7 治療とリハビリテーションについて 精神疾患を持つ人々にとって、このような心理社会的なアイデンティティーの再構成は、発病が学生時であったためまだ社会的な自己意識の確立に至っていなかったか、あるいは精神病を患っている間に病前のその感覚を忘れてしまっているか(病後には病後の再構成が必要なのかもしれない)、あるいは職場でのトラブル等で精神病を発症してしまいその感覚が著しく傷ついているかのいずれかと考えられる。 人間は社会的な生物である性質上、発達課題(Havighurst,R.J.1953)的にも家庭や地域社会での立場とか役割があることによって、そして青年期以降は就職あるいは職場復帰をすることで社会的な関係性(心理社会的アイデンティティー)を再構成して、はじめて拠り所にすべき自己の実存的な感覚、つまり自己の存在の意味や価値を実感できるのであって、疾病により心理社会的アイデンティティーを喪失して自尊感情や自己概念に不全感を抱いている場合には、そこにすべからく臨床的に介入することが、治療とリハビリテーションにとって合理的で有効な方法といえるであろう。 いずれにおいてもこのような介入に暖かさときめの細かい配慮があれば心理社会的アイデンティティーのリハビリテーションは、薬物療法との併用で治療に大きな効果を発揮すると考えられる。そしてこのメゾシステムレベルで確立された心理社会的アイデンティティーはさらに追って漸次的に発達するであろうマクロシステムレベルの天職意識的(Vocational)なアイデンティティーの確立へと発展していくであろうと思われるのである。 【参考文献】 1)C.G.jung:個性化とマンダラ みすず書房 1991 2)C.G.jung:心理学と宗教 人文書院 1989 3)C.G.jung:無意識の心理 人文書院 1977 4)江口重幸,斎藤清二,野村直樹(編):ナラティブと医療 金剛出版 2006 5)Erik H. Erikson.: Identity:Youth and Crisis W.W. Norton & Co., Inc.1967 6)Keneth J.Gergen 社会構成主義の理論と実践 永田素彦・深尾誠(訳) ナカニシヤ出版 2004 7)中川伸俊,北澤毅,土井隆義(編):社会構築主義のスペクトラム パースペクティブの現在と可能性 ナカニシヤ出版 2001 8)高橋三郎,大野裕,染谷俊幸(訳):DSM-IV-TR 医学書院 2002 9)トリシャ・グリーンハル,ブライアン・ハーウィッツ:ナラティブ・ベイスト・メディスン(Narrative Based Medicine)金剛出版 2001 〔他略〕 コンビニエンスストアでの障害者雇用(精神障害者) −単独支援を通して− 岩本 隆(社会福祉法人養和会 第1号職場適応援助者) 1 はじめに 平成18年に厚生労働省が発表した全国の障害者雇用状況では28万4千人の障害者雇用のうち精神障害者雇用は2千人とされていた。鳥取県内での近年の精神障害者雇用状況は表1、表2のようになっており、人口が61万人程度(全国都道府県最低人口)の鳥取県ではあるが、精神障害者雇用の割合としては比較的多くなっていることがわかる。 表1 鳥取県障害者雇用数   全件数 うち 知的障害 うち 精神障害 平成16年度 242 57 34 平成17年度 262 57 64 平成18年度 284 61 79 平成19年度 333 78 88 表2 鳥取県障害別雇用数 そういった現状の中、鳥取県内精神障害者雇用のうち平成19年度に行った第1号職場適応援助者(以下「法人ジョブコーチ」という。)での単独支援と、鳥取障害者職業センタージョブコーチ(以下「センタージョブコーチ」という。)とのペア支援を同時に行った事例紹介をするとともに、今後コンビニエンスストア(以下「コンビニ」という。)での障害者雇用が考えられる要素を幾つか紹介したいと思う。 2 事業所概要 鳥取県米子市にある医療法人・社会福祉法人を母体とする養和会グループの一部として、障害者雇用を目的としたコンビニエンスストア“ファミリーマート”の設立を計画。車イスでもレジ操作ができる高さと広さ。店内通路やウォークイン(冷蔵室・飲料などの保管や補充するスペース)も広く車イスでも作業が出来る広さを持ち、障害を問わず雇用のできる店舗として考えられた。こういった店舗を作るのはファミリーマートとしても全国で始めてのケースであった。 一般の求人と同時に障害者への求人と県内で行われた障害者の合同面接会で、計3名の方の雇用を決めた。障害の種別は特にこだわることはなかったが、3名とも精神障害を持つ方の採用となった(希望された中には高次脳機能障害や知的障害、身体障害の方もおられた)。 3 対象者概要・準備 ・A氏、30代後半、女性、問題点:コミュニケーション ・B氏、40代後半、女性、問題点:オペレーション対応 ・C氏、20代後半、女性、問題点:コミュニケーション A氏、B氏、C氏のうち、A氏B氏の2名は単独支援にて私を含む法人ジョブコーチ3名での支援、C氏についてはセンタージョブコーチ2名と私の3名での支援を行った。 単独支援というのは初めてだったこともあり、支援計画の作成やその準備には戸惑いも含め、充分な準備が出来ていたとは言えなかったが、鳥取障害者職業センター(以下「鳥取センター」という。)との連携を充分とること、また事業所である(有)エムシーエス、ファミリーマート養和病院前店の男性店長・女性マネージャー(以下「店長・マネージャー」という。)との事前の打ち合わせや情報共有を行い、支援計画の作成を含め、できる限りの準備を行った。 4 支援開始 支援開始は、オープン同時雇用ということで、オープン前のスタッフ研修からの支援になった。スタッフ研修は1週間程度あり、一般の方を含め15名の雇用をされるため、ほぼ全員での研修をすることになった(研修から雇用開始となる)。 オープン(10月31日)の9日前より研修が始まり、この研修ではファミリーマート店舗オープン用にトレーニング専門の研修担当スタッフが2名来られ、その2名の方が中心になって教えられた。時間は13:00〜16:00の3時間で、すべての研修が店内で行われた。挨拶の練習から、店の基本的なマニュアルを覚えること、身だしなみや姿勢など身体に身に付けること、またレジ操作など、ぎっしりと内容の詰まった研修であった。研修担当の方が直接教えられることもあって、この研修での私たちの支援は店のマニュアルや基本項目を確実に習得できているかの確認、他の人とのコミュニケーションが取れているかなどを中心に行っていった。 身だしなみや挨拶、接客時の基本姿勢など特に問題なく3名の方々は進んでおられましたが、レジ操作方法に入ってからは3名の方の進捗状況が少しずつ変化していった。コンビニのレジ操作は、ただバーコードを通してお金の受け渡しをするだけではなく、ゆうパックの受付や宅急便の受付、代行収納の受付や、チケット等の取り扱い、またカードの種類も多くあり、その操作方法に戸惑いも見られるようになった。 喫茶店のレジはしたことがあっても、こういった多機能なレジを使いこなすことへの不安が大きくなったのがB氏であった。A氏・C氏は一般の方と同じくらいのペースでオペレーションを吸収していかれたこともあって、研修の間での休憩や研修後の確認の中で「なかなか覚えることができない・・・」と焦りも見えていた。これは店長・マネージャーと事前に支援計画の中で考えられる問題点として挙げていたことでもあり、「難しい操作は順を追って覚えましょう」と店長・マネージャーから話してもらえ、“焦らなくてもいい”といった店側の対応と法人ジョブコーチ支援の充分な共通理解のもと、B氏に対して支援していけたのではないかと思う。 店がオープンし、スタッフ全体が店に慣れ落ち着きかけた頃、最大の課題が“コミュニケーション”だったA氏に少しずつ問題点が挙がってきた。A氏は周りが見えにくく“自分が受け持った仕事は自分がする”という気持ちが強く、仕事をこなすことをとにかく一生懸命にされていた。ただ、周りから見るとそれが「自分勝手」「一人で仕事を抱えて業務がまわらない」などという見方になり、“協調性に欠ける”というような声になっていった。この問題点は周りから見れば“わがまま”というふうにとられてしまい“阻害”されてしまう可能性もあり、この件については現在も全く無いわけではないが、厳しく言える店長、フォローするマネージャーといったような関係性を作ってもらえたこと、また周りのスタッフからの提案もあり、仕事を均等に分ける“その日の担当表”を作成し、一人が仕事を抱えないようにするといったように“分担制”にできたことでA氏の特性を少し緩和できているように感じている。 C氏はオペレーション全般に対し呑み込みも早く、何をやっても“できる”方で、“気が付く”ことができ、店側からの信頼を早くから受け、また独身だったということもあり、当初は予定していなかったが、「朝6時から12時までのシフトに入ってもらうと助かる」と店側からの要望でC氏本人も喜んで早朝からのシフトに入られた。当初、問題点に挙げていた“コミュニケーション”も一般の方を含めた他のスタッフとアドレスを交換してコミュニケーションをとったり、店長・マネージャーとの会話も多く、特に問題なく勤務をされていた。しかし、欠勤も少なかったC氏であったが、問題になったのは仕事以外の問題(生活面)で、その問題で出勤することができなくなり、数日間休まれることがあった。その間は本人へ電話連絡をとり、出勤する気持ちの確認をしながら傾聴すること。また問題点が生活面ということもあり、鳥取センターとの連携を充分にとった上で女性のセンタージョブコーチからの支援、他の機関(支援センター)への依頼などもできるよう体制を作った。朝早くからのシフトということで、休まれると他のスタッフへの影響が大きく、そのあたりの対応について当初は店長・マネージャーも慌てて出勤したり他の人へ頼んだりと精神的に余裕がなかったが、最近はそれも想定内になり、そういった急な休みの対応として常に考えられるようになっている。 表3 実働勤務日数 勤務状況 A氏 B氏 C氏 勤 務 欠 勤 勤 務 欠 勤 勤 務 欠 勤 H19 10月 9 0 9 0 9 0 11月 19 1 17 0 16 2 12月 16 5 16 0 19 0 H20 1月 14 4 15 0 19 2 2月 17 2 16 0 17 2 3月 16 4 15 0 20 1 4月 15 6 15 1 15 6 5月 16 3 12 6 13 6 6月 17 5 17 0 14 7 7月 16 5 15 2 20 2 8月 16 2 18 0 17 5 ※表内の数字はその日数 表4 A氏勤務(欠勤)状況 A氏は研修期間の10月を除くと欠勤のない月がない。この背景には子供さんが小さいことやその子供さんが病弱なこともあり(通常は保育園に通園)、休まれる機会が多い。 表5 B氏勤務(欠勤)状況 B氏は欠勤数が少なく、5月に欠勤が多いがこれは本人の病気(風邪)と子供さんの受診付き添い等が重なったため。欠勤がないことには店側からの信頼も厚く、評価も高い。 表6 C氏勤務(欠勤)状況 C氏は雇用開始当初、欠勤も少なかったが、生活面(身辺的な問題)からくる精神的ストレスから半年を過ぎた頃から欠勤数が増えている。 ※表3〜6の〔勤務数〕+〔欠勤数〕=〔出勤予定数〕  また、欠勤数には当日欠勤以外(子供の病気、家庭の事情など)も含む。 5 結果 同時に雇用された3名の方とも今年8月で10ヶ月が過ぎた。出勤率に個人差はあるが、当日欠勤というのは少なく、店側も「シフトの対応はできるので大丈夫」とその欠勤の対応に関しては問題ないと話されている。 また最近では、他のスタッフ(障害者雇用以外)のシフトの代理として急遽土曜日や祝日に出勤したり、勤務時間を少し延長したりと店長・マネージャーは「助かっている」と喜んでおられる。他に、業務外の面でも、B氏の持っている雰囲気に対してマネージャーは「癒されている」と言われ、当初オペレーション習得が問題になっていたB氏であったが、現在は全体を通して見れば一番安定感のある方と言える。 三者三様にその人の特性はあるが、業務としては1人前にこなされている。支援を開始して8ヶ月を過ぎる頃からこの3名だけで昼のシフトをされる場面も多く見られるようになり、現在のフォローアップ支援時にも店側と本人達の前向きな姿勢を窺うことができる。 6 考察 まず、今回のコンビニでのジョブコーチ支援を通して感じたことは、精神障害を持つ方に働く場所としてコンビニは向いているのではないかということである。昨今コンビニエンスストアで働いておられる方(パート・アルバイトを問わず)も結構入れ替わりの頻度が多いと聞いている。今回の3名のうち、2名は1年以内に他の職場で働いておられたこと、もう1名は一般就労の経験はあるが、10年以上も一般雇用から遠ざかっていたこともあり、そういった背景からも今の職場に入られ1年が近づいているが、3名の方とも順調にこられたことは、適応しやすい職場なのではないかと感じている。 精神障害を持つ方のコンビニでの就労は実際どのくらい進んでいるのかはわからないが、今後もっと伸展していく要素があることを感じた。精神障害を持つ方によく言われる課題として〔①就労勤務時間数はあまり長くない。②急な欠勤が多い。③コミュニケーションが苦手。〕と、この3点は就労するにあたって大きな壁となるケースが多い。しかし、〔①に関しては本人の働ける時間数で対応できる。②については店側が想定内の範囲であれば可能。③については作業内容を振り分けることで、明確な指示が伝わりやすく、スタッフ間での問題発生の防止になる。〕ということである。勿論、この背景には事業所や支援に関わる人の協力があってのことだと考える。 また、米国で研究・実践されているIPS(Individual Placement and Support)“個別職業紹介とサポート”が近年日本でも取り上げられている。このIPSでは“多職種チーム(各専門のスペシャリストを揃えたチーム)によるアプローチ”で、現在私たちの行っている支援とは違う方法や考え方ではあるが、松為氏は『対象となる精神障害をもつ人の症状や障害に対して、どの程度まで常時に把握して迅速な対応をすることが必要かによって異なるだろう。その意味では、「疾患」と「障害」の個別性に応じて、現在のジョブコーチ制度とIPSによる就労支援プログラムの使い分けができるような体制が望ましいだろう。』と述べている。このことからも、いかに私たち支援者が常に対象者への関わりについて“個別的”に考えられるかだと思う。支援の方法は違うが、ゴール(目的)は同じである。幾つかある支援方法をその個人に対してどの支援が必要なのかを見極めるかは重要だと思うが、あまり枠に拘らず個人に何が必要かを柔軟に考えることが大切なことではないかと考える。 7 終わりに ファミリーマートでもこういった障害者雇用を行う店としての取り組みをしている店舗は全国でもまだこの1店舗のみということである(平成20年9月11日現在)。しかし、こういった車イスでもレジが打てたり、バックヤードやウォークインに車イスで入ることができたりする店舗を構えていくには壮大な計画が必要とされる。現在は残念ながら、車イスでの雇用というのは実現していない。しかし、職場体験では車イスの必要な方が商品陳列を行い、また一部のレジ操作などもされ、実際にこの店舗で働ける可能性は充分にあると考えられる。 今回、ジョブコーチ支援を通してこういった取り組みをされた事業所の現場に立ち会えることができ、コンビニでの障害者雇用が支援する側の取り組み方により、特に精神障害を持つ方の就労は現行のコンビニでも充分に可能性を秘めているように感じた。今後、精神障害を持つ方のコンビニ雇用に関われる役割があれば、この経験を生かし進めていきたいと思う。 【資料・情報協力】 1)鳥取労働局 2)株式会社 ファミリーマート 中国ディストリクト 松江エリア 3)有限会社 エムシーエス ファミリーマート養和病院前店 【引用文献】 1)著者:デボラ・R・ベッカー/ロバート・E・ドレイク/監訳:大島 巌/松為信雄/伊藤順一郎/訳者代表:堀 宏隆「精神障害をもつ人たちのワーキングライフ,IPS:チームアプローチに基づく援助付き雇用ガイド」(2004) 発達障害者のワークシステム・サポートプログラムとその支援事例(3) −注意欠陥多動性障害を有する者へのプログラムの有効性と課題− ○豊川 真貴子 (障害者職業総合センター職業センター企画課 障害者職業カウンセラー) 小田 訓・鈴木 秀一(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「センター」という。)では、平成17年度から、知的障害を伴わない発達障害者を対象に「ワークシステム・サポートプログラム」(以下「プログラム」という。)を実施している(プログラムの詳細は、当機構のホームページに掲載されている報告書(PDF版)を参照(http://www.nivr.jeed.or.jp/center/report/practice19.html))。 注意欠陥多動性障害を有する者のアセスメント技法の開発については、昨年度までの取り組みから、①作業・生活両場面でのアセスメントとその結果に基づくスキル付与支援の必要性が確認され、また、②プログラムの課題として、模擬的就労場面における多様な作業環境(作業課題、実施方法、支援者の指示の出し方等)の設定と、それを通じた職業的課題に関するより詳細なアセスメント等の必要性が指摘されている1)。 本稿では、②の課題に関する取り組みを紹介するとともに、①の視点を踏まえて行った支援事例の分析を通して、支援方法及びプログラムの今後の課題について検討する。 2 プログラム受講者の状況等 (1) プログラム受講者の状況 平成17年度から平成20年度第1期までのプログラム受講者数は、計60名(男性46名、女性14名)である。このうち、注意欠陥多動性障害を有する者は9名である。なお、自閉症、アスペルガー症候群、広汎性発達障害を有する者は51名(アスペルガー症候群又は広汎性発達障害と注意欠陥多動性障害を重複している者4名を含む)であった。 (2) 注意欠陥多動性害を有する受講者に認められた特性等 注意欠陥多動性障害を有する受講者に認められた特性等は、表1のとおりである。 なお、注意欠陥多動性障害を有する受講者の多くが、表1の特性等に併せてうつ病等の二次障害を有しており、通院・服薬を継続していた。また、プログラム受講開始後、相談場面において、過去の辛い経験や不全感を少しずつ語ってくれる者も見受けられた(「できないために人に頼らざるを得ない部分がたくさんあるが、その部分を『甘えている』、『依存している』と言われ、とても悔しい思いをした」、「苦手なことで行き詰まりを感じると深く考え込むが、考える内容はネガティブなものばかりで改善策が思いつかない」等)。支援を行う上では、表1の特性等に加え、これらの自己効力感の低下等についても配慮しながら、個々人の課題に対する具体的な解決策を見出していくことの必要性が示唆される。 また、自分にとって作業の意義が十分見出せない状態では、作業に取り組むモチベーションが高まらないという受講者もしばしば見られた。そのため、支援者が、各作業の開始に当たって、受講者の職業的課題と関連づけて各作業で求められる作業遂行スキルを紹介し、作業を通じて必要な対処方法(補完手段)を検討していくこと等が目的であることを説明し、受講者の理解を得ることとした。  3 多様な障害特性のアセスメントを行うための環境設定 従来の作業環境では、主に、作業手順が定型的な課題を一種類ずつ、支援者が計画した作業スケジュールに沿って遂行するものであった。この作業環境では、受講者自らが作業の段取り(何を、いつまでに、どのように完成させるか等)を決めることはなく、また、実際の就業先として想定される「複数の工程がある作業を同時並行的に行う環境」を体験したりすることができない状況にあった。そのため、表1の②、③、⑤、⑧に関する課題に係るアセスメント等は、過去の状況を聴取し、それに基づき対処方法の仮説を立てるにとどまっていた。 そこで、受講者個々人が自らの注意・集中力等の特徴を即時に支援者と共有し、その理解を深めながら対処方法の検討及び効果検証が行えるよう、次の作業環境を新たに設定し、支援を実施することとした。 ・ 作業手順が非定型的で、完成までに数日要し、その間の段取りや進捗状況管理を自ら行う必要がある作業課題(①模擬喫茶店の看板・広告作成、②自分の特徴等に関するプレゼンテーション資料作成)。 ・ 受講者がある作業に取り組んでいるところに、支援者が別な作業の実施について追加指示する。この際、追加指示する作業種の数や納期(①至急、②本日○時まで、③○日の○時まで等)についても変化を持たせる。 4 支援事例 (1) 注意の特徴について理解を深め、対処方法の獲得及び適性作業のイメージ形成を図った事例 Aさんは、販売員、営業事務等での職歴を有しているが、職場では、同じミスを繰り返す、気になることがあると他のことがうまくできなくなる等の課題が見られており、「自分に何ができるかわからない」と述べる状況にあった。 センター来所の目的として、自身の注意の特徴を詳細に把握した上で、対処方法を検討することをあげていた。 イ アセスメントの実施 (イ) 注意の向け方と情報の性質  作業ミスについて、Aさんは、「作業結果を何度も見直すが、どうしてもミスが残ってしまう」と述べ、単純に見直しの徹底を求められても改善が困難であり、逆に不全感をより高めてしまうことが懸念された。  そのため、アセスメントの方針として、「特に見直しをしなくてもミスが出現しにくい状況を探ること」をAさんと共有した上で、データ入力、ピッキング等の作業を実施した。  その結果、ミスが出現しにくい状況として、①一度に扱う情報量(文字数等)が少ない作業、②一度に注意を向ける箇所が少ない作業(例:照合箇所が2箇所程度)、③漢字よりも数字を扱う作業が確認された。 (ロ) 段取り、優先順位づけ  Aさんにとって未経験の作業であった「模擬喫茶店の看板作成」については、当初、支援者から納期と検討事項(文字の大きさ・色・配置等)について説明を受けたが、作業開始早々、興味のある部分(文字色の設定)にのみ注意が向き、多くの時間を費やす様子が見られた。  一方、既に経験したことのある定型的な作業については、複数組み合わせて指示されても自ら適切に時間配分等の段取りを決め、実施することができていた。これらより、Aさんが未経験作業について段取りを決めやすくするポイントとして、①全体の流れが明確にイメージできること、②各作業・工程の所要時間の見通しが立つことが考えられた。  他方、生活場面において、「洗髪と買い物と読書のどれから始めたらよいか」、「靴を買おうとしたが、値段・色に迷い、選びきれなかった」というように、選択・判断の基準(重要度、興味、メリット・デメリット等)が多岐にわたると、それらを独力で整理して優先順位をつけることができず、ストレスを高めたり自信を低下させたりする様子が見られた。 ロ 支援経過  (イ) 正確さが高まる作業環境の体験 アセスメントの結果から、Aさんの注意の特徴として、「注意を向ける対象が少ないほど、正確さが高まる傾向」が推察された。このことを踏まえ、模擬的就労場面では、1〜7桁程度の数字(アンケート回答番号、郵便番号等)を入力する作業を実施し、「自分の注意の特徴に即して対応できること」の体験を通じて、適性作業のイメージ形成を図るための支援を行った。 また、上記の注意の特徴に即して、「入力する列のみ色で塗りつぶし、注意を向けやすくする(Excel画面)」、「見直しを行う箇所以外は下敷き等で隠す」等の対処方法をAさんとともに検討し、実際に活用する中で効果を確認していった。 (ロ) 段取り、優先順位づけについて 模擬的就労場面において、経験したことのある定型的な作業を複数並行して行う環境を設定し、自ら段取りを決めて円滑に対応できた場合には正のフィードバックを行った。 一方、未経験の非定型的な作業である「自分の特徴を資料にまとめる作業」については、上記イの(ロ)に記載したポイントを踏まえ、まず、支援者が記載項目の概要と時間配分を書面で具体的に提示した。 また、生活場面での優先順位づけについては、随時相談に応じる体制をとり、①項目(購入予定の商品や自分の行動等)の洗い出し、②各項目についての関心の度合い、興味、所要時間等の確認、③実施順序等の整理を行うことにより、Aさんが予定等を円滑に実行し、ストレス軽減を図ることができるよう支援した。 ハ 支援結果  適性作業のイメージ形成については、上記ロの(イ)の取り組みを経て、「自分にできることがわかった」との感想を持つに至った。その後の職場実習の実施に当たっても、自身の注意の特徴を踏まえた作業種を選定し(電光表示に基づいて商品をピッキングする作業。一度に表示される情報は三つ程度の数字)、実際に円滑に作業を行うことができていた。また、入力作業時に活用した対処方法については、ミスが軽減する効果が得られ、獲得につながっている。  段取り及び優先順位づけについては、他者のサポートを得ることにより円滑な対応が可能となり、実際に就職を目指す際にも、自分が力を発揮するための要因として理解するに至った。 (2) 集中力の特徴を踏まえ、力を発揮しやすい作業環境について理解を深めた事例 Bさんは、CAD操作や事務作業、倉庫内作業等での職歴を通じて、「急に集中力が低下してミスが増える」等の課題を感じていたが、対処方法を有していなかった。  センターには、自身の集中力の特徴について、多様な作業環境での体験を通じて客観的に振り返り、上記課題への対処方法を獲得することを目的として来所した。 イ アセスメントの実施 〜集中力の特徴について〜 集中力の特徴を詳細に把握するために、まず、多様な作業環境を設定してアセスメントを行った。具体的には、「連続して作業に取り組む時間」や「注意を向ける箇所数」等に変化を持たせながら、「経験したことのある作業種(ピッキング作業等)と未経験の作業種(模擬喫茶店での接客対応等)」、「身体動作を伴う作業と座位中心の作業」等を一種類ずつ又は同時並行的に取り組んでもらい、集中力の低下等を感じる状況について支援者とともに振り返りを行った。 その結果、①未経験の作業、多方面への気遣いや臨機応変さを要する作業に長時間取り組んだ時、②休憩時間の前後、③座位作業のみを長時間行っている時に集中力が低下し、円滑な作業遂行が難しいこと、④ 複数に注意を向ける環境(納期を意識しながら作業に集中する、やりかけの作業がある状態で別の作業に集中する等)では集中力を消耗しやすいことが確認された。これらを通じ、Bさんからは、「このような環境では、頭が“フル回転状態”になる。また、回転数には限界があり、限界を過ぎると集中力が極端に落ちる。集中力低下の原因がわかった気がする」との発言も見られた。 他方、生活場面に関する聴き取りを行う中で、「休日に何もせず自宅で過ごすと、休日明けの作業開始時に集中力がなかなか高まらない」との話があり、職場でも休憩時間いっぱい脳と体を休ませると、休憩終了後に集中力が低下する可能性が示唆された。 ロ 支援経過 アセスメントの結果を踏まえ、Bさんは、集中力が持続しやすい作業環境として「一度経験した作業(注意を向ける対象が少ない作業)を、一種類ずつ、適宜休憩しながら行える環境」と整理し、模擬的就労場面における同環境下での作業を継続することにより、効果を実感するに至った。ただし、効果的な休憩時間の取り方(タイミング、過ごし方)に関する具体的なイメージはまだできていなかった。 そこで、アセスメントで把握されたBさんの集中力の特徴を示しつつ、①作業開始時から集中力が限界に達する前までの時間を具体的に計測し、それを参考に休憩をとること、②休憩中には軽運動(ストレッチ、階段昇降等)も取り入れることを提案し、模擬的就労場面においてその効果を確認していった。  なお、休憩をとる時間にも注意を向けることで作業に集中しきれなくなる事態を回避するために、アラーム機能付きのタイマーを活用しながら、時間の経過に自分で気付けるようにした。 ハ 支援結果 休憩をとるタイミングとしては、作業開始30〜40分後が適切であることがわかり、また、休憩中は「前半は脳も体も休め、後半は脳だけ休めて体を動かす(軽運動の実施)」という過ごし方を実施したところ、集中力の低下の回避及び休憩時間後の円滑な作業開始に一定の効果が見られた。 その後の職場実習の実施に当たって、Bさんは、作業に集中しやすい環境として、進捗管理等を随時指導者が行ってくれる事業所(指導者とペアで清掃を行う環境)を選定した。職場実習期間中は未経験の作業が続き、集中力の低下と疲れを訴えることもあったが、既に経験した作業内容に切り替えてもらうことによって対処できた。Bさんは、これらの体験を通じて、「今後の就職先での不安が軽減した」との感想を持つに至った。 5 考察 〜注意欠陥多動性障害を有する者のアセスメント技法について〜 前記2の(2)において、注意欠陥多動性障害を有する受講者については、作業・生活両場面で課題が認められ、自ら効果的な解決策を見出そうとするものの、なかなか結実せず、自己効力感を低下させている傾向が示唆された。 このことから、プログラムにおいては、注意欠陥多動性障害を有する受講者が、自身の課題への対処方法を獲得し、就職に向けた自信を高めることができるよう、以下のポイントを踏まえて支援を行った。 (1) 作業環境の構成要素を適宜組み合わせ、多角的にアセスメントを実施  作業場面でのアセスメントの実施に当たって、支援者は、作業環境の構成要素、すなわち、①作業課題(実務課題、事務課題、自ら段取りを決める必要性の有無等)、②実施方法(連続して作業に取り組む時間等)、③支援者の指示の出し方(納期の有無、同時並行的に複数の作業課題に取り組むか否か等)等に変化を持たせ、これらを受講者個々人の障害特性や職業的課題に応じて適宜組み合わせて(カスタマイズ)、多様な作業環境を設定した。併せて、設定した環境下ではどのような障害特性等のアセスメントが可能かについて、適宜受講者に説明を行った。  これにより、Aさん、Bさんともに自身の注意や集中力等の特徴を詳細に把握でき、また、課題遂行のモチベーションを維持し、かつ自身の職業的課題の背景にある障害特性について気付きを深める結果に至った。 (2)「無理なくできる部分」を見出すために、細部にわたるアセスメントを実施  職業的課題への対処方法がまだ見出せていない受講者が多く見られたこと、また、Aさんのように、「見直しを徹底することでミスを減らす」といった精神的負荷を伴う手法では、逆に不全感を高めることが懸念されたこと等を踏まえ、上記(1)の多様な作業環境下でのアセスメントにおいて、支援者は、「受講者が自身の特徴を基に無理なくできる部分」を見出していくこととした。  具体的には、Aさんの場合は、一度に的確に把握できる情報の量・範囲・種類等の観点から、ミスが出現しにくい状況を明確にしていった。また、Bさんの場合は、その作業の経験の有無、注意を向ける範囲・数、連続して作業に取り組む時間、休憩の前後等の観点から、集中力を持続しやすい作業環境を見出していった。  これにより、いたずらに精神的な負荷を高めることなく、職業的課題への対処方法の検討及び獲得に向けた準備を整えることができていったものと推察される。 (3)「無理なくできる部分」を基盤とした対処方法の構築と、その有用性を体験する機会の提供 上記(1)及び(2)の結果を踏まえ、職業的課題への対処方法(自ら取り組むもの及び周囲の協力を得るもの)を構築し、また、力を発揮しやすい作業環境を明確にしていった。そして、模擬的就労場面において、当該対処方法を試用し、効果を体験する機会を設けた。  以上の取り組みの結果、Aさん、Bさんともに自身の障害特性に即した職業的課題への対処方法を獲得することができた。また、職場実習の実施に当たって、力を発揮できる作業環境を自ら選定し、円滑な作業遂行を通じて就職に向けた自信を一定向上させるに至った。 このことから、注意欠陥多動性障害を有する者に対するアセスメント及びその結果を踏まえた支援の実施において、上記(1)〜(3)の視点が重要な要素になることが確認できたと言えよう。  他方、注意欠陥多動性障害を有する受講者については、プログラム修了後の求職活動場面(面接に必要な書類を忘れる、面接会場内で書類を置き忘れる等)や余暇の過ごし方(何を、どのような順序で行えばよいか等余暇活動の段取りを決めることが難しい等)等において課題を抱えている者も見られている。今後、プログラム受講中から、修了後の職業生活場面で発生し得る課題を想定し、対処方法(地域の社会資源等の支援を得て課題解決を図ることを含む)について検討していく必要があると考えられる。 今後とも、注意欠陥多動性障害を有する者に対する支援事例を蓄積し、アセスメント技法の開発等を進めていきたい。 【参考】 1)鈴木秀一他:発達障害者のワークシステム・サポートプログラムとその支援事例(2)−事例報告を通したプログラムの有効性と今後の課題−、「第15回職業リハビリテーション研究発表会論文集」p.132-135(2007) 「発達障害者に対する専門的支援」の試行実施の概要について −東京障害者職業センターにおける発達障害者に対する新たな取り組み− ○中島 純一(東京障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 井上 恭子(東京障害者職業センター) 小山 裕子(東京障害者職業センター) 1 はじめに 東京障害者職業センター(以下「東京センター」という。)及び大阪障害者職業センターにおいては、平成19年度より(滋賀、沖縄障害者職業センターにおいては平成20年度より)、職業準備支援の一環として、「発達障害者に対する専門的支援」(以下「専門的支援」という。)を試行実施している。本稿では、東京センターにおける専門的支援の概要を報告するとともに、発達障害者に対する東京センターのサービスの現状と課題を考察する。 2 専門的支援の概要 専門的支援は、障害者職業総合センターで実施されている「発達障害者に対するワークシステム・サポートプログラム」(以下「WSSP」という。)の開発成果1)2)をもとに、知的障害を伴わない自閉症、アスペルガー症候群を有する者を対象に実施している。 (1)東京センターの来所者の傾向 東京センターに来所する発達障害者のニーズは多様であるが、次の4点に大別される。平成19年度4月から10月末時点の発達障害を有する可能性のあるインテーク実施者44名については、①大学、専門学校等を卒業もしくは在籍中で、今後の就職活動に不安がある者(14名、32%)、②対人的なトラブル等により離転職を繰り返し、定着支援が必要な者(24名、55%)、さらに③メディア等により来所者自らが発達障害を自覚し来所し、診断からスタートすることが必要な者(6名、13%)であった。なお、①、②の対象者はともに最近診断を受けた者が大半であり、③の対象者については、本人の希望を元に専門医の診断を薦めている(図1)。 図1 東京センターの来所者の傾向 また、④在職中の発達障害者についても、対人面のトラブル等、職場適応上の諸問題にかかる企業側からの相談が急増している状況にある。 (2)専門的支援の対象者 以上の状況を踏まえ、平成19年度の対象者については、①と②の今後の職リハサービスに移行が想定される求職者のうち、既存の支援のみでは今後の円滑な職場適応がより困難な対象者を選定した。①、②の求職者を、就職経験が少ない若年層の対象者と、就職経験のある中高年層の2グループに分け、それぞれ3名程度のグループを設定し、6名程度の年間定員で実施するとともに、④の在職者についても、支援課題を整理した。 平成20年度については、昨年度の成果をもとに、①、②の求職者が同時期に通所が可能となるように、プログラムの設定や実施期間等に配慮するとともに、④の在職者に対する支援も5名程度の定員枠を別途設定し、開始している。   選定にあたっては、次に述べるグループワークの運営を考慮し、一定の概念理解や論理的な思考が可能である者、二次障害が重篤でない者を基本的な要件とした。 (3)実施方針 専門的支援は、高次脳機能障害者や精神障害者等、様々な障害特性に対する支援を展開している既存の職業準備支援と同様に、障害特性に配慮した基本的労働習慣の体得を目的に、12週間の期間設定を基本に実施している。 その支援方針は、WSSPと同様、①障害特性に配慮した支援、②アセスメントとスキル付与支援、③個別・集団双方の場面を活用した支援の3つを基本に支援を展開している。 (4)実施内容 以上の支援方針に則り、専門的支援は、「発達障害者就労支援カリキュラム」、「模擬的就労場面を活用した作業支援」、「個別相談」の3つのプログラムから構成されている。このうち、「発達障害者就労支援カリキュラム」は、自閉症、アスペルガー症候群の社会性、コミュニケーション、イマジネーションのいわゆる3つ組みの障害特性に配慮した、グループワークによる技能付与講座(問題解決技能、対人技能、リラクゼーション技能、作業マニュアル作成技能)と事業所を活用した体験実習から成っている(図2)。   図2 職業準備支援における発達障害者に対する専門的支援の施行実施の流れ ①発達障害者就労支援カリキュラム イ 技能付与講座の設定  個々の対象者の概念理解や言語を介したコミュニケーションに配慮し、基本的な概念を平易に説明しつつ、問題解決、対人技能、リラクゼーション技能、作業マニュアル作成技能の4技能の付与を、グループワークにより実施している。  4技能を中心とした多様な場面設定を行う中で、対象者個々の障害特性にかかる自己理解を促すきっかけ作りとしつつ、視覚・聴覚情報の受け取りや、行動傾向、感情や思考の特徴について、支援者側がアセスメントを実施する機会として活用している。 ロ 事業所体験実習の設定 現実的な職業イメージが抱きにくい障害特性を踏まえ、プログラムの後半で、希望・適性職務を踏まえた業種から対象者1人につき2社選定し、それぞれ1週間程度の期間設定で実習を実施している。これにより、希望職種を比較検討し、プログラムで体得したスキルを事業所において活用するとともに、スタッフが日々事業所に同行し支援することで、修了後のジョブコーチ支援を疑似体験する機会として活用している。 また、疲労感が顕著であったり、二次障害の発現が懸念される対象者については、ストレスに考慮し、無理のない事業所選定や勤務時間の設定に配慮した。 ②模擬的就労場面を活用した作業支援 既存の職業準備支援における作業支援を活用し、個別・集団双方の作業場面での、作業遂行力、作業種に応じた疲労度、対人対応力、騒音等の感覚特性等をアセスメントしつつ、休憩の取り方、段取りの組み方、注意障害に配慮した補完手段の検討等を実施している。 ③個別相談 個別相談では、グループワークで発言しきれなかった内容を聴き取るとともに、終盤では、障害特性と対処方法を自ら記載するナビゲーションブックを作成する機会として活用している。 ④在職者に対する支援 在職者に対する支援は、事前に企業の人事担当者、対象者のニーズを踏まえ、2週に1度の頻度で上記の技能付与講座を主体に、別途グループを構成し平成19年度より実施している。また、適宜事業所を訪問し、プログラムの成果を事業所で活用されているか否かを検証する取組みも試行している。 (5)実施体制    実施体制としては、担当カウンセラー2名と、就労支援アシスタント1名を配置し、支援を展開している。また障害者職業総合センターにおいて、専門的支援の試行実施センター担当スタッフ等からなるプロジェクト委員会が設置されており、効果的な支援技法の検証を行っている。 (6)修了後の状況    昨年度修了した求職者6名を中心に、修了後の状況を以下に述べる(表1)。 6名のうち、就職者が5名(就職予定者1名)で、そのうちの4名が事務補助業務、1名が商品管理業務に従事し、ジョブコーチ支援事業を4名が活用している。他に、体験利用・期間評価の取組を5名(求職者3名、在職者2名)の対象者に対して実施しており、修了後、3名が平成20年度の専門的支援を受講(うち2名が在職者に対する支援を受講)、1名が福祉機関でのコーディネイトのもと、職業訓練を受講予定、1名が模擬的就労場面を活用した作業支援を受講した。 表1 19年度修了者の状況 平成20年度9月末時点 性別 年齢 修了後の状況 1 男 25 ジョブコーチ支援事業利用後、大手家電販売業本社に就職。事務補助業務を担当。 2 男 24 ジョブコーチ支援事業利用後、物流業営業所に就職。商品管理業務を担当。 3 男 28 ジョブコーチ支援事業利用後、派遣業本社に就職。事務補助業務を担当。 4 男 41 環境整備業本社に就職。事務補助業務を担当。 5 男 36 ソフトウエア開発業本社で、平成20年度10月より、トライアル雇用を予定。事務補助業務を担当予定。 6 男 36 ジョブコーチ支援事業利用後、服飾配送業本社に就職。事務補助業務を担当。 (7)事例報告     平成19年度の修了者6名のうち、2名の受講状況を次に報告する。 ①事例A:コミュニケーションスキルに対する認識に課題のある事例 イ 受講に至る経緯  男性、28歳。アルバイトの経験はあるが、コミュニケーションのすれ違い等により、離職。精神科にて「特定不能の広汎性発達障害」と診断、精神保健福祉手帳を取得。東京センターにおける職業評価を経て、コミュニケーションにかかる特徴のアセスメント、適切な自己認識の促進、及び必要なスキルの体得を主な目標として、専門的支援を受講。 ロ 受講状況 コミュニケーションの特徴を把握するため、本人の情報の受け取りの特徴を把握した。個別作業での指導状況や、マニュアル作成技能での支援において、会話などの聴覚刺激よりも、文字や図等の視覚刺激の優位性が窺われた。 また、障害特性や性格傾向から、発言内容や発言するタイミングが、相手への配慮に欠けた独特な発言内容・ペースであることが多かった。 ハ 課題に対する支援と成果 視覚刺激が優位なため、初期の支援として、指示理解・定着の方法としてメモの取り方を指導するとともに、日々目標等を確認するふりかえりシート等を活用し、情報を書字で整理する方向で、進めていった。 スタッフは、本人の考えや思いを、本人が記載した書面を主体に把握するとともに、職場で適応するために必要な事項について本人と整理し、あらゆるプログラム場面でタイムリーで簡潔な指摘を心掛け実施した。その際に必ず、相手に気持ちや考えを補足し、障害特性等から納得が出来にくい場合は、書面や、平易な比喩の提示や、視点の転換を図る声がけ等の配慮を行った。 その結果、相手への配慮の必要性を認識する発言が中盤以降増加し、ふりかえりシートの記載が明確になり、ビジネスマナーの獲得を主としたプログラムでの目標設定が具体化した。体験実習でも事業所側から常に高い評価を得た。以上の成果をナビゲーションブックにまとめ、ジョブコーチ支援が決定した事業所の人事担当者に説明したところ、「障害特性に対する配慮事項が明確に理解できた」とのコメントを得、求職活動を円滑に進めることができた。修了後、派遣業本社において、ジョブコーチ支援を経て、現在は契約社員として、データ入力等の事務補助業務に携わり、安定した適応状況を示している。 ②事例B:ラポールの形成に配慮し、障害特性の自己理解について個別支援を展開した事例 イ 受講に至る経緯 男性、41歳。大学卒業後10年程度、外資系コンピュータ会社での企画営業販売での勤務経験あり。対人緊張から、吐き気や疲労感に悩まされる等の体調不良の訴えや、対人関係の構築に課題あり。障害特性を踏まえ無理なく働くスタイルを検討するために、専門的支援を受講。 ロ 受講状況 プログラムでの発言や行動の特徴から、障害に関する知識はあるものの、実感を伴った理解や納得は得られていない状況が窺われた。例えば対人技能等のグループワークでは、ビジネスマナーの意義自体は把握しているものの、相手の立場に配慮を欠いた発言や、プログラムのテーマに関する表面的なやりとりに終始してしまうため、グループワークのみでは、障害特性であるコミュニケーション上の課題に対する認識が深められない状況があった。また、支援者の説明や提示を、強制と受け止めて過剰な防衛反応を示すなど、ラポールの形成にも課題が見られた。 ハ 課題に対する支援と成果 以上を踏まえ、プログラムを1ヶ月延長し、障害の特徴について理解を深められるよう、障害特徴と対処法、事業所側に配慮を依頼する事項をまとめたナビゲーションブックの作成を個別に支援し、これをもとに事業所体験実習の実際場面で確認・修正する取組を行うことで、障害特性にかかる理解を促した。この際、支援者との表面上の言葉の行き違いを避けるため、直接的な対話に加えホワイトボードなど視覚的なツールを用いるとともに、支援者の発言に対する受け止め方の特徴を考慮し、選択肢の設定等本人が関与しやすい手法を設け、本人の主体性を引き出す支援に配慮した。   また、ハローワークの専門援助部門と求職活動の方針を打ち合わせ、ナビゲーションブックをもとに、事業所に説明する障害特性について、平易な説明を記載した応募書類を作成した。これは、一般的な障害特性について参考資料3)をベースに説明に加え、ナビゲーションブックから本人の特徴を記した資料を作成し、人物像や障害特性をより正確に伝えることを目的とし、応募段階において、障害の説明を比較的円滑に進めることができた。  現在は、企業の経理部門に、1日4時間の短時間勤務、環境整備業での事務補助を主体とした業務に従事している。職場適応指導において、ナビゲーションブックを基にしたチェックリストを作成し、これを媒介に職場適応状況を本人と支援者が共有している。 (8)配慮事項 ①対象者の自己効力感・自己理解の促進 診断されてから日の浅い対象者が多く、これまでに障害特性に起因する思考や行動の特徴が深く形成されており、障害特性を踏まえた対処法の検討に辿り着くまでに非常に時間を要することが多かった。そのため、対象者がその障害特性について理解を掴むためのきっかけを与え、改善に向けた取組みを支えるために、個別支援の期間設定や、それぞれの対象者が理解可能で肯定的な支援方法を工夫し、状況の変化や自信が低下した状況を見逃さず改善することを粘り強く行った。 ②スタッフ間・家族との情報共有   支援に対する対象者の行動や発言は、日々如実な変化を見せることが多い。このため、スタッフ間の情報共有については、模擬的就労場面における作業支援への参加やジョブコーチ支援事業への移行も考慮し、関係スタッフとの情報共有に努めた。また、生活面に課題を抱える対象者やその家族に対してより正確な障害特性にかかる理解を促すために、支援場面の見学やケース会議の設定を行った。 ③既存の地域センターのサービスとの連動  発達障害者に対する職業評価については、事前の情報収集に資するため、東京センターではWSSPで開発された情報収集シート等も活用しながら職業評価を実施している。併せて、職業評価の段階から担当カウンセラーも相談等に同席し、受講希望の整理や、プログラム内容を検討する等、専門的支援との連動を双補的に実施している。 以上のように、専門的支援を核とし一貫したサービスを継続的に実施することを心掛けている。 ④関係機関との連携 事例Bのように体調不良が見られるケースについては、医療情報の詳細を事前に得ることに加え、対象者の変化を捉え、適宜医療機関と連携できる体制作りを行った結果、対象者のストレスを低減させ、支援の継続が可能となった。 しかし、服薬治療が必要ないケースや精神科デイケアを受講していないケースは、医療機関も継続的に対象者の情報を把握しておらず、適切な助言が得られない場合もあった。このようなケースについても、本人の了解を得て可能な限り医療スタッフと支援の状況を伝達し、助言を得つつ支援を実施することに努めた。 また、専門的支援の実施に際して、職業安定機関、発達障害者支援センター、医療機関や精神保健福祉センターとの連携を通じて、支援ネットワークの形成に配慮している。 3 今後の課題 以上のとおり、専門的支援の概要を中心に、東京センターの発達障害者に対するサービスを概観した。 発達障害者支援法施行後、成人以降に初めて診断を受け、障害特性の理解に長期的な支援が必要な対象者が少なくない。これらの対象者について、今後の職業リハビリテーションサービスへの円滑な移行を図るためには、専門的支援受講に至る前段階において、対象者の障害特性の自己理解や自己効力感の回復がなされるよう、福祉機関や教育機関での更なるサービスの充実やネットワークの構築が望まれる。 また、発達障害者の雇用促進、雇用管理については、ノウハウの蓄積が少なく、職業安定機関や他の就労支援機関も採用する企業側へのアプローチ方法等、事業所開拓に苦慮している状況がある。さらに、在職中の発達障害者の雇用管理にかかる対策の必要性も精神科産業医を中心に指摘されており、現在の在職者に対する当センターの支援成果も踏まえ、就職後の定着支援のあり方も検討が必要である。 今後も専門的支援の試行実施を通じ、以上の様々な課題について迅速に対応すべく、的確な支援に努めてまいりたい。 参考文献 1)障害者職業総合センター職業センター:発達障害者のワークシステム・サポートプログラムとその支援事例、障害者職業総合センター実践報告書NO.19,障害者職業総合センター(2007) 2)障害者職業総合センター職業センター:「発達障害者のワークシステム・サポートプログラム」障害者支援マニュアルⅠ、障害者職業総合センター支援マニュアルNO.2、障害者職業総合センター(2008) 3)障害者職業総合センター職業センター:アスペルガー症候群の人を雇用するために〜英国自閉症協会による実践ガイド〜、障害者職業総合センター支援マニュアルNO.3、障害者職業総合センター(2008) 高等専門学校での特別支援教育の実践 −就労支援の取組− ○松尾 秀樹(佐世保工業高等専門学校 一般科目 教授/事業責任者) 堂平 良一(佐世保工業高等専門学校) 松﨑 俊明(釧路工業高等専門学校) 三島 利紀(釧路工業高等専門学校) 南部 幸久(佐世保工業高等専門学校) 坂口 彰浩(佐世保工業高等専門学校) 本山 美子(佐世保工業高等専門学校) 1 はじめに 文部科学省の調査では,普通学級に在籍している児童・生徒のうちでも、6.3%が発達障害を持っていて、支援を要することがわかっている1)。日本学生支援機構が実施した調査結果(平成20年6月公表)では、全国の高等教育機関に在籍する発達障害のある学生数は、178名となっている(医師の診断書がある者)2)。さらに、診断のない者を含めると潜在的にはより多くの発達障害のある学生が大学・高等専門学校(以下、高専)に在籍している可能性がある。178名のうち、35名は高専生で、また、発達障害の学生が1人でも在籍する高専の数は18校で、3校に1校の割合で発達障害の学生がいることがわかっている。 そのような状況の中、文部科学省が公募した平成19年度大学改革推進事業「新たな社会的ニーズに対応した学生支援プログラム」(学生支援GP)に、佐世保高専と釧路高専とで共同申請していた「高専での特別支援教育推進事業」が採択され、平成19年度の11月から平成21年3月までの予定で、特別支援教育事業を展開している。特別支援教育推進事業では、「修学支援」「生活支援」「就労支援」の3つを大きな柱にして、図1のような外部の専門機関と連携を図り事業を展開している。 図1外部協力機関 本発表では、先行事例がほとんどなく困難な分野だと言われている「就労支援」に関して、事業の取組の報告を行う。 2 発達障害と就労支援 (1) 発達障害者を取り巻く情勢 発達障害については、平成17年4月に発達障害者支援法が施行され、昨今のマスコミの報道などからも関心が高まりつつあるが、いまだ社会的認知は十分とは言えず、特に就労に関しては、障害者雇用率の対象とならないため大変厳しい状況が続いている。 高専において、発達障害の学生は成績不振のため途中で退学していくケースが多く、その場合、就職先を見つけることは非常に困難である。学校で支援を行って5年生まで進級しても、就職面接がうまくいかず就職できないケースもある。さらには、就職しても、コミュニケーション上のトラブル等から、早期離職してしまうケースもある。 このように、発達障害の学生は人と上手くコミュニケーションが取れない等の障害を持っていることが原因で、就労ができない、就労しても続かない、その結果、社会的な自立ができない、という社会の大きな壁にぶつかるという現状がある。 (2) 平成19年度の取組 高専に在籍する発達障害の学生はもともと知的能力は高く、適正な職業訓練やスキルトレーニングなどを行い、仕事内容の考慮や環境の調整等の就労に対する支援体制が整えば、就労には充分耐えうると考えられる。発達障害学生を就労に繋げるためには、ハローワークや県の障害者支援センターなどとの連携や、企業側にもアプローチをしていく必要がある。  佐世保高専では、就労支援の取組として、ハローワークや県の障害者職業センター、市役所などを訪問し、本事業に対する理解を求めた。また、近隣の企業6社も訪問し、『アスペルガー症候群を知っていますか?』(自閉症協会東京都支部)のような、企業の担当者にもわかりやすいリーフレットを持参して、発達障害に対する企業の理解を求めた。 また、釧路高専では、就労支援への知見を深めるために、平成20年3月11日(火)に、宇都宮大学教育学部教授・梅永雄二教授を招いて「発達障害者の就労支援」という演題で、発達障害の典型例である自閉症、アスペルガー症候群、LD、ADHDに関する説明や、発達障害者の就労時の困難さについて具体的な事例も含めて講演をしていただいた。梅永氏は、発達障害に関する著書も多数で、発達障害を持った方の就労・生活支援の第一人者として活躍されている。この講演は、FD注)研修として、また、地域の学校関係者や就労関係者にも案内し、特別教育への理解を深めてもらう目的で実施され、70名程が参加した。 講演の中で梅永氏は発達障害者の就労には、本人と家族が地域の支援機関の情報を知り、就労支援者の協力により企業の理解を得ることが必要であり、障害者手帳(精神障害者保健福祉手帳)や判定書を取得することも重要であると述べた。 さらに、講演とは別に、発達障害を抱える釧路高専の学生に対する梅永氏による「就労適性カウンセリング」も実施して頂いた。 平成19年度の就労支援に関する取組については、『論文集「高専教育」第32号』(平成21年3月発行予定)に詳述する予定であるが、企業訪問等でわかってきたことを簡単にまとめると以下の通りである。 イ 適した職種(部署)があるかどうか。 ロ 雇用してもらえるレベルまでスキルアップさせておく。 ハ 会社側に面接前に事前に打診しておく場合もあり。 ニ 本人、保護者の障害の認知の必要性。 ホ 継続雇用のため就労後も学校と企業が連携を取る。 ヘ モデルケースの積み重ね。 ト 障害者手帳や判定書の取得も視野にいれること。   3 平成20年度の就労支援の取組 (1) 発達障害者の雇用に関するアンケートの実施 障害者雇用の実態を把握するとともに、発達障害者の雇用の可能性を探ることを目的として、企業を対象にアンケートを実施した。また、学校長名の「発達障害者に対する雇用推進に関するお願い」の文書をアンケート用紙に添えることによって、発達障害者に対する社会の動向を各企業や公的機関に理解してもらい、発達障害者雇用の促進を要請した。 アンケート調査は、質問紙法(郵送法)によって行った。平成20年4月付で依頼文書を作成し、佐世保高専学生課作成のインターンシップ受入れ要請用紙・承諾用紙と一緒に、依頼文書とアンケート用紙を、267社(公的機関も含む)に、送付した。アンケートに対する回答数は83社(31.5%)であった。 アンケートの結果より、障害者雇用に関しては、従業員が200人以上の企業でないと厳しい現状があることがわかった。また、現状では、「発達障害」という障害の枠がなく、発達障害者が取得できる精神障害者保健福祉手帳を持っている障害者の採用となると、1000人以上の大企業でないと対応が難しいこともわかった。  昨今のマスコミの報道などからも発達障害に対する関心が高まりつつあるとはいえ、「障害者雇用率の対象とならない」、「発達障害者の受け入れの実績がなく対応の仕方がわからない」などの理由で、発達障害者の雇用に関しては厳しい現実があるということもアンケートの結果から浮き彫りになった。  しかし、企業の中には、社会の情勢に対応できるよう発達障害者の雇用に対して関心を示してくれる企業もあり、アンケートの実施の成果もあったのではないかと考える。 アンケートの詳しい結果については、『佐世保高専研究報告書第45号』(平成21年3月発行予定)に詳述する予定であるため割愛させて頂く。 (2) 就労後支援について  T社(伊万里市)は、佐世保高専において、特別支援教育の支援対象にしている元学生Aが勤務している船舶の配電盤・ブレーカー類の製造メーカーである。特別支援教育の対象にした元学生Aは、本事業開始後、平成19年11月に地元のハローワークの求人よりT社に応募し、一般採用試験を経て雇用された。  Aが所属していた佐世保高専の学科長とこの会社には繋がりがあったことも採用に繋がった要因であった。就労後、学科長が挨拶を兼ねて、社長にAの事情を電話で説明し、会社側の要請もあって、平成19年12月末に学科長と本事業責任者がT社を訪ねた。T社社長に、高機能自閉症スペクトラム等、発達障害者の一般的な特性や本人の特性などを説明し、「大事な指示は紙に書いてほしい」、「3つの用事を同時にこなすことはできないと思うので配慮して欲しい」などのお願いをした。  社長によると、「大人しくてコミュニケーションが苦手そうだということは面接や検査でわかったが、そういう事情だとは知らなかった」、「会社として知っておくのがいいのか知らないのがいいのか判断に迷うが、状況からして人間関係のトラブルが生じるおそれがあるので知っておく必要があると思う」、「今度は直属の上司がいる時にもう一度説明に来て欲しい」との要請があった。  本人を採用してもらったポイントを尋ねると、「とにかく電気の試験がダントツにできたことと、パソコンが得意であったこと」だったそうである。「配属部署が、ソフトの設計をパソコンでやるところで人と接することがあまりないので、コミュニケーションが苦手でもやれるのではないか」とのことで採用したとのことであった。  このAに関しては、「就労支援」から「就労後支援」に切り替え、就労後3ヶ月経った平成20年2月に、再度、T会社を訪問し、直属の課長に、本人の特性をもう一度説明し、その後の会社での様子を尋ねた。大事な指示は紙に書くなどの配慮のもと、特に問題なくまじめに働いてもらっている、との評価を頂いた。会社としては、強電系よりソフトの設計などが本人の特性にあっていると判断し、配置部署は考えている、とのことであった。  その後、平成20年5月に社長から学科長にAの勤務態度に関する相談があり、学科長と本事業責任者が再びT社を訪ね、社長、部長、課長と話し合いをした。会社でAとも面談をした。後日、Aは会社から休暇をもらい、佐世保高専に来て、本特別支援教育事業のアドバイザーの先生と面談をして、勤務態度改善のための助言を受けた。その後、勤務状態の改善に努め、現在(平成20年9月末時点)も何とか就労は継続できている。 (3) 校内インターンシップについて  高専にはインターンシップという制度があり、4年生次の夏休みに2週間ほど、企業で実習を行う。しかし、佐世保高専で特別支援教育事業の支援対象にしている5年生のBにとっては、2週間ほどの就業体験は、就労に対する心構えを植え付けるには必ずしも充分ではなく、さらなるインターンシップが必要だと考えられていた。 そこで、就業体験の一環として、Bに夏休み10日間の特別の校内インターンシップを計画した。 佐世保高専の図書館は、8万5千冊の蔵書数があり、学生、教職員のみならず、学外者にも開放された図書館になっている。特に、工業高専ということで、市立図書館など近隣の図書館にはない工学系の貴重な専門書も揃っており、地元のエンジニアの方が利用されることがある。 佐世保高専図書館では、紛失図書がないかどうか定期的に蔵書点検を行わないといけないが、限られた職員では、手が回らない状態であった。そこでBに、図書館の蔵書についているバーコードを、機械で読み取る作業をさせることとした。Bのクラス担任が中心になって計画を立て、図書館の担当者と連絡調整を行い、校内インターンシップに対する心構えや注意事項を理解させた上で、平成20年7月下旬から8月中旬まで10日間実施した。 また、職業評価的なものも織り込むため、「就労移行支援のためのチェックリスト」(独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター)を参考に以下のようなチェックリスト(表1)を作成し、図書館の担当者による評価を行った。また、学生本人にも日誌を毎日書かせた。 表1職業評価チェックリスト   項目 第6回   平成20年8月5日 1 あいさつ ① 2 3 4 5 2 言葉遣い ① 2 3 4 5 3 感情のコントロール ① 2 3 4 5 4 意思表示 ① 2 3 4 5 5 作業意欲 1 ② 3 4 5 6 就労能力の自覚 1 ② 3 4 5 7 働く場のルールの理解 ① 2 3 4 5 8 仕事の報告 1 ② 3 4 5 9 欠勤等の連絡 ① 2 3 4 5 10 作業に取り組む態度 1 ② 3 4 5 11 持続力 1 ② 3 4 5 12 作業速度 ① 2 3 4 5 13 作業能率の向上 1 ② 3 4 5 14 指示内容の理解 1 ② 3 4 5 15 作業の正確性 1 ② 3 4 5 16 作業環境の変化への対応 1 ② 3 4 5 その他、気づかれましたことがありましたらご記入下さい。 休憩の回数は多いが、処理する冊数は先週 800件だったのが900件になった。作業の効率は、良くなったのではないか。 (評価は数が少ない程上位) 体調不良で1日休んだ以外は、1日3時間ほどの作業に取り組んだ(写真)。日を重ねる毎に作業効率も良くなり、1日900冊ほどの蔵書の読み取り作業ができるようになった。9日間での読み取り冊数は約5,700冊で、1日平均630冊ほどの蔵書の読み取りができたことになる。図書館担当者の職業評価も高かった。 図書館でのインターンシップの様子 休憩は区切りが良いときに取るなど、学生本人のペースで作業を行わせたが、本人の感想を聞くと、「時間にしばられている感じがする」との感想を漏らしていた。また、無報酬で、自分だけ特別にインターンシップをさせられていることに対する抵抗感も見られたため、作業終了後、僅かばかりの報酬(図書券)を事業責任者が渡したところ、喜んでいた。 今回の校内インターンシップについては、Bがもし就労が出来ない場合に備え、卒業後、蔵書点検のための臨時職員として図書館で雇用することも視野に入れての取組である。 (4) 企業関係者との勉強会に参加   J社は長崎県内のある大手企業である。J社のメンタルヘルス室のカウンセラーには、佐世保高専の教職員のための講演を行ってもらったことがあり学校とルートがあったが、本学生支援GP事業についてカウンセラーが大変興味を持たれていることを知り、J社に出向き、関係者の勉強会に参加した。勉強会の参加者は、J社のカウンセラー(常勤)、J社の精神科医(非常勤・長崎県内私大教授)、長崎障害者職業センター障害者職業カウンセラー2名、佐世保高専カウンセラー(非常勤)、本事業責任者の6名であった。  本事業責任者から事業の説明をした後、企業での発達障害者に対する取組などを教えて頂いた。企業の内部事情に関することなので詳しく述べることはできないが、企業毎に文化があり、J社に関しては保守的な考えが主流なので、採用前に発達障害であることがわかっている場合は採用に繋がる可能性は低いであろう、という厳しい見方を教えて頂いた。企業にとって、安全性の問題がある場合や指示が通らず事故に繋がった場合は、操業停止という事態も起こりかねない等で、発達障害者の雇用に踏み切れない厳しい現実があることも知った。  障害者雇用率にカウントされたり、先進的な取組などと公的な機関から表彰を受けマスメディアで取り上げられたりするなど、企業にメリットがなるようなことがないと企業は発達障害者雇用に対しては動きにくい面があるようである。 4 まとめ 様々な能力や特性を持った人々が共生できる社会の形成のため、発達障害を持つ学生の就労支援は重要な課題であると考えられる。昨年11月からの取組ではあるが、こちらが動けば、社会も少しずつ動くという手応えは感じられ、文部科学省の事業という「看板」の効果はあるように思える。今後も、発達障害を持つ学生の就労支援の取組を展開していきたいと考える。 参考文献 1)文部科学省,「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒の全国実態調査」, (2002) 2)独立行政法人日本学生支援機構,「平成19年(2007年度)大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査結果報告書」,(2008) 栃木県発達障害者支援センター〝ふぉーゆう〟における    就労支援の取り組みの中から見えてきたもの 佐藤 直久(栃木県発達障害者支援センター〝ふぉーゆう〟 就労支援担当) 1 はじめに  栃木県発達障害者支援センター〝ふぉーゆう〟は、発達障害者支援法に基づき、平成17年4月に「とちぎリハビリテーションセンター」内に設置された発達障害者支援のための中核的拠点機関(県直営)であり、各種の相談に応じるほか、発達や就労に関する支援、普及・啓発活動などを行っている(平成17年7月から相談業務を開始し、4年目を迎えた)。今回は、3年間の就労支援の取り組みの報告と、その中で見えてきた課題を整理し、試行的に対応してきた実践報告を踏まえながら、今後の就労支援のあり方について考察する。 2 就労支援の取り組み (1)はじめに  発達障害者が、自立と社会参加をするためには、就労できることが非常に重要である。しかし、他者とのコミュニケーションに困難さがあるなどの障害を有する発達障害者の方は、就労が困難である場合も少なくない。そこで、発達障害者の就労支援に必要な措置を講じるため、「発達障害者支援法」の中にも、以下のような内容で規定されている。 (就労の支援)  第10条 都道府県は、発達障害者の就労を支援するため必要な体制の整備に努めるとともに、公共職業安定所、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター、社会福祉協議会、教育委員会その他の関係機関及び民間団体相互の連携を確保しつつ、発達障害者の特性に応じた適切な就労の機会の確保に努めなければならない。  また、「障害者の雇用の促進等に関する法律」が改正され、発達障害者の中には、療育手帳や精神障害者保健福祉手帳の交付を受け、障害者雇用支援施策(雇用率制度・助成金制度・職業リハビリテーションサービス等)を活用する方も少なくないが、どちらの手帳もない方についても、「長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難」であると認められた場合には、職業リハビリテーション等の一部の障害者雇用支援施策の対象となった。職場適応援助者(ジョブコーチ)支援や障害者試行雇用(トライアル雇用)だけでなく、ハローワークにおける職業相談、職業紹介等や、地域障害者職業センターによる職業評価、職業準備支援等、また、障害者就業・生活支援センターによる就業面と生活面との一体的な支援なども受けることが可能になっている(但し、障害者雇用率には手帳がないと算定されない)。 (2)栃木県発達障害者支援センターにおける就労  支援の取り組み  17年度の初年度は、まさに0(ゼロ)からのスタートで、相談を受けながら、一緒に考えていくというスタイルで、共に歩みながら前に進み、見えてきた課題に対して、事業を企画・実施してきた。試行錯誤の連続であったが、そこで生まれたのが、「SST(ソーシャルスキルトレーニング)」と「就労準備支援」であった。  2年目に入り、就労相談から就労支援への流れは整いつつあり、3年目ともなると就労支援機関との連携も深まり、「顔の見える関係」が出来てきたと言える。  就労支援に関する主な取り組みは以下のとおりである。 イ 就労相談(電話・来所)  初来所時は、インテークは原則臨床心理士が行い、必要に応じて知能検査などを実施。  相談内容の把握・課題の整理、発達経過や状況のききとり、本人の行動観察などを行う。 ロ 就労準備支援  17年度は、来所相談時に、ふぉーゆうの事務補助(郵送物のラベル貼り・資料袋詰め・封印、会議・研修資料の製本・パソコン入力等)を通しての就労体験。  18年度からは、働くイメージ作りのため作業体験や企業見学・実習を計画、派遣会社の研修施設の利用や工場見学などを実施した。  関係機関の事業活用も進み、障害者就業体験事業(県単事業)の利用や、若年者地域連携事業(高校生対象)の職場見学会への同行参加、若年者キャリア形成事業の合同開催など、関係機関との連携によるところも多かった。  19年度には、自分に合う仕事探しの参考のため、パソコンによる職業適性診断(キャリア・インサイト)なども、実施するようになった。 ハ 就労支援事業  地域障害者職業センターや障害者就業・生活支援センター、ハローワークなどの就労支援機関につないだり、直接的な支援(求職登録や企業面接・実習などへの同行など)を試行的に行っている。 ニ 就労支援ネットワーク事業・普及啓発事業 (イ)就労支援ネットワーク会議  就労支援機関との連携の中で、発達障害者の特性に応じた適切な就労支援方法の確立や社会資源の開拓を目指していくことを目的に、17年度から開催している。特に19年度は、栃木障害者職業センターの「地域職業リハビリテーション推進フォーラム」との合同開催により「発達障害を持つ人の就労支援〜その現状と課題〜」というテーマで、105名の参加(労働・教育・保健福祉関係者)の中、講演の他、パネルディスカッションを実施(ハローワーク・地域障害者職業センター・発達障害者支援センター・とちぎ若者サポートステーション)した。 (ロ)就労支援検討会  就労支援機関実務担当者との事例検討会。  就労支援のスーパーバイザーである宇都宮大学教授の梅永雄二先生の指導・助言を頂いた。 (ハ)就労講演 3 取り組みの成果 (1)相談状況  17年7月から20年3月(約3カ年)までの来所相談者は478人(表1)で、そのうち、就労を主訴とする相談者は116名であった。学校在籍中の方や保護者のみで本人が来所されないケースもあったが、継続的な就労相談や就労準備支援、SSTへの参加の他に、地域障害者職業センターや障害者就業・生活支援センター、ハローワークなどの就労支援機関につないだり、直接的な支援(求職登録や企業面接・実習などへの同行など)を行った方は、66名(就労中の相談者含む)であった。  相談内容については、就労相談だけにとどまらず、将来に向けた就労準備や診断などの医療面、自立を目指した生活面など多岐にわたり様々で、支援ニーズや課題についても個別性が高く、複雑であった。また、就労に向けて実際に動き出すまでには、時間がかかるケースが多い。  特別支援教育や福祉サービスの利用経験者は少なく、高校、専門学校、大学生からの相談がかなりの割合を占める。相談後、何らかの手帳を取得した方も少なくない。 表1 相談者 (2)就労実績  ハローワーク、栃木障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター等の就労支援機関の協力により、27名が企業に就労(表2)。 表2 就労実績    27名のうち、障害者枠の14名の内訳は療育手帳B2:9名、精神障害者保健福祉手帳:3名、知的障害者判定:2名であり、うち10名は、来所相談以降に何らかの手帳を取得。  27名の全てをふぉーゆうで支援できた訳ではなく、就労支援機関との合同によるチーム支援をしたケースや、就労支援機関に引継ぎ、引継ぎ先で主に支援したケースや、家族や本人が自らハローワークに出向き就職できたケースもあり、27名全て異なる支援方法だったと言える。  障害者雇用枠での就労者の多くは、栃木障害者職業センターによる職業評価、職業準備支援を受け、ハローワークにおいて障害者の求職登録を行い、職業紹介を経て面接を行い、職場実習やトライアル雇用、ジョブコーチ支援を活用した。障害者向け職業訓練を受講し、事業主委託訓練や、障害者就業・生活支援センターによる支援を受けた方もいる。 4 取り組みの中から見えてきた課題と対応 (1)現状  発達障害者支援法が施行され、この3年間で20を超える事業が、厚生労働省や文部科学省で新しく実施されている。発達障害に対する就労支援に関しても、マニュアルやガイドブック作成、職業訓練、相談支援体制整備等、各方面で発達障害に特化した取り組みが始まってきた。しかし、これらの取り組みは、モデル事業的な地域限定のものや研究段階のものが多く、広く一般化され、全て栃木県で実施されるまでには、まだ時間がかかると思われる。  そこで、実際にやってみて見えてきた多くの課題(でもまだまだ氷山の一角)と、制度や体制を整えることなく走り出したわずかな対応を報告する。 (2)就労支援機関へのつなぎまでの支援 イ SST(ソーシャルスキルトレーニング)  相談者の多くは、在宅のみの生活を過ごしている方が多く、就労の前準備として、人と関わるきっかけづくりや円満な関係づくりなど対人関係の基本スキルの習得が必要であった。また、日中活動の場・居場所が少ないという現実もわかり、月1回実施してきた。これまで3カ年で31名(⑰8名・⑱9名・⑲14名)が参加、年次継続者もおり、実際には18人が参加。レクリエーションや軽スポーツ、食事会、パン作り、企業見学(表3・4)などを行い、8名が一般就労やアルバイト、3名が福祉就労、1名が進学、在宅者でも派遣会社に登録し数日働いた人は3名、福祉施設のボランティアが1名いる。仲間と一緒に過ごすことで、生活の安定、対人スキルの習得、コミュニケーションスキルの向上が図れた。グループ活動的な内容が主だが、今後、より身近な地域での実施を目指す。 表3 17年度プログラム 表4 19年度プログラム ロ 栃木県独自の取り組み (イ)障害者就業体験事業(県単独事業)  障害者の雇用と就労の促進を図ることを目的に、18年度から実施。障害者の方に2週間程度の就労を体験する機会を提供し、働くことの体験から就労意欲の向上へつなげる。手帳の有無に拘わらず、発達障害者の方も利用可能である。 (ロ)障害者の態様に応じた多様な委託訓練事業(知能・技能習得訓練コース)  今年度新規で発達障害者(手帳所持の有無に関わらず)を対象に、就労準備科の訓練を開始する(11月開始予定)。 (3)高等学校・高等専門学校・大学生への支援  高等学校や高等専門学校、大学等では、特別支援学校の職業教育に比べると、就労に向けた作業・生活能力の訓練や、職場体験等の移行支援や個々の特性に合わせた進路指導等は、あまり聞かれず、教育から就労に向けた移行の段階で苦労されているケースが多い。  文部科学省では19年度から高等学校における発達障害のある生徒に対して、具体的な支援の在り方についてのモデル的な研究を開始した(高等学校における発達障害支援モデル事業)。   また、大学等においても、障害のある学生に適切な教育的支援を提供することが、緊急の課題となっており、発達障害に対して大学等の関係者の理解を促し、その特性に応じた支援体制を整備することが求められている。  本県においては、高等学校における特別支援教育コーディネーター研修が始まったばかりであるが、就労支援担当として、講話の時間を頂いた。また、大学の学生相談室の方々との意見交換や校内職員研修講師、高校生を対象にしたボランティア研修などの取り組みも少しずつではあるが始まった。高校生・大学生を対象に、夏休みを利用して、就労準備支援事業の一環として、表5の取り組みも実施している。  さらに、試行的ではあるが、昨年、農業高校2年生(高機能自閉症)のインターンシップをサポート(企業現場立会・作業支援)した。 表5 就労準備支援 (4)手帳のない方への支援  手帳の有無に拘わらず発達障害者も職業リハビリテーション等の障害者雇用支援施策が対象となったが、雇用率は手帳がないと適用されず、職業的なハンディキャップがありながら、雇用機会が限定され、また障害者として配慮された労働環境が得られにくく、現時点では、手帳の有無は就労に大きな影響を及ぼしている。  3名の方が、手帳を持たずに、企業などに障害を伝えた上で就労しているが、障害を伝えるとなると、多くの方が、手帳を所持しているか、相談後に取得している。しかしながら、精神障害者保健福祉手帳は、一般的に、統合失調症・うつ病・てんかんを中心にしたイメージが強く、いわゆる精神障害と発達障害の相違について、適切に理解されるよう十分な説明が必要である。発達障害者支援センターにおいても、医療機関や企業などへの同行支援時に、その点に関しての説明を十分行っているが、発達障害者手帳や発達障害者判定などの新たな制度・仕組みの創設を望むところである。  反面、その方の特性を十分我々が理解し、セールスポイントを探しだし、仕事の内容とマッチングさせることができれば、手帳の有無に拘わらず、就労を目指せるのではないかという思いもある。そこには、企業の理解も欠かせない。 (5)ニート対策支援機関との連携        相互の会議への参加、事例検討会の開催、職場めぐりの合同実施などの具体的な取り組みが始まっている。 5 終わりに  厚生労働省では、障害者自立支援法、発達障害者支援法等の見直し作業が始まっている。障害者自立支援法では、発達障害を障害者の定義に含めることの適否が論点の一つになっている。また、発達障害者支援法については、8月に発達障害者施策検討会で、発達障害者支援法施行後の諸施策の評価を踏まえ、今後必要な支援施策について検討を行い、「発達障害者支援の推進に係る検討会報告書」が提出された。今後の方向性を決める大切な年と言っても過言ではない。  栃木県発達障害者支援センターにおける就労支援も、これまでの3年間はいわば、課題探しの時期であり、試行錯誤の段階であったとも言える。特に実績が何もない中での取り組みは、苦労もあったが、既成概念に捕らわれることなく、逆に挑戦しやすい状況であったかも知れない。  今年度は、これまでの試行的取り組みを評価・整理して、継続・安定的な取り組みにどう着地させていくか、あるいは修正を加えたり、新たな取り組みをどう生み出すかなどの調整が求められる。次のステップへの橋渡しが使命とも言える。  担当として、全ての就労支援を直接行っていては、マンパワーの不足は明らかであり、今後は間接支援(相談・コーディネート)が軸になってくる。関係機関との連携も3年間で〝点〟の関係から〝線〟となり、今では〝面〟となり、確実に深まっている。今後は、相互の役割分担を明確にしていくことが必要であろう。  また、特別支援学校や福祉施設には進路指導や就労支援員など、その方に寄り添うサポーターがいるが、在宅や高校、大学生には、残念ながら家族以外のサポーターが見えず、その養成も急務である。さらに、現在のジョブコーチ制度が活用できない事業主委託訓練、障害者就業体験事業、インターンシップなどへ派遣できるジョブサポーター(仮)などの県独自での取り組みに期待したい。 米国におけるADHDの就労支援に関する文献調査 —CHADDとADDAのホームページより— ○仲村 信一郎(障害者職業総合センター障害者支援部門 研究員) 川村 博子・相澤 欽一(障害者職業総合センター障害者支援部門) 1 はじめに 発達障害者の就労支援は、多様な障害特性にきめ細かく対応することが必要であるが、特にADHDについては、実践現場でも支援方法が確立していないという現状がある。 現在、当研究部門では、海外(主として米国)におけるADHDの就労支援に関する情報を収集しているが、今回は、米国におけるADHDの当事者団体(専門家を含む)のCHADD1)とADDA2)のホームページから就労支援に関する情報について簡単に紹介する。 2 CHADD(Children and Adults with Attention -Deficit/Hyperactivity Disorder)          (1)組織紹介 CHADDは1987年に設立されたADHDのある人とその家族のための全米で一番大きな非営利団体である。CHADDは、米国で200箇所の地方支部に16,000人以上の会員がいる。地方支部では、本人、両親、教師、専門家等を対象に相談・支援をしている。CHADDは会員制の組織で、隔月に会員のためのマガジン「Attention!」を発刊している。 (2)就労支援関連文献  CHADDのホームページで就労支援に直接関連するものとして、“Succeeding in the workplace “という資料が検索できた。 “Succeeding in the workplace “は、ADHDの障害概念や育児、薬物管理等ADHDに関連する各種の知見をCHADDがまとめた What We Know sheets”という全20編からなる資料集の中の1編で、職業カウンセラー向けに書かれた、成人のADHDが職場で成功するためのガイドラインである。 “Succeeding in the workplace “には、①職業能力を改善するためのコツ〔ADHDの多くの症状や障害に対処するための提案:注意散漫、衝動性、多動性、弱い記憶力、退屈の防止、時間管理困難性、遅延、長期プログラム管理困難性、文書業務、対人的スキルの問題についての対処方法〕、②障害者差別禁止法とリハビリテーション法に基づく個人の権利〔障害開示をして法的保護サービスを受ける場合や、非開示の場合の対処方法〕、③職業選択のガイドライン〔職業選択を考える際には、興味(職業と余暇)、技術(精神的・対人的・身体的)、性格、価値(仕事と余暇)、適性(言語・数的・抽象推理・事務的速度と正確さ・機械的・空間的・綴りと言語)、エネルギーのパターン、職場での習慣(期待されることVs我々がかなえること)、過去の完全な職歴の情報を収集すること等を提案〕について記載されている。 このうち、職業能力の改善のコツとしては、例えば、多動性のある人の場合、セールスのような動き回る仕事により適性があるが、もし座作業のような仕事についた場合には、コピーをしにいく、給水機まで水を飲みに行く等、断続的な休憩を取る、会議中の落ち着きのなさを防ぐためにメモを取る、階段を走って昇降する、昼食を持ってくる(昼食の時間が短縮され昼休みに運動できる)等の対応策を紹介している。 3 ADDA(Attention Deficit Disorder Association) (1)組織紹介 ADDAは、ADHDのある成人と彼らを支援する専門家に対して情報を提供するために1989年に設立された非営利団体で、季刊誌FOCUSや書籍、ビデオの発刊等を行っている。また、年1回、当事者と専門家の交流、専門家同士の討論等を行うカンファレンスを行っている。 (2)就労支援関連文献 ADDAのホームページからは、今のところ17編の就労支援に関連する文献が検索できたが、今回は、その中から、3編について簡単に紹介する。 イ Making ADD-Friendly Career Choices ADHDのある人に合う職業を一般化するのは難しいこと。ADHDのある人に適した職業選択を考える際には、本人の関心事、性格、価値観、課題点、職場定着するために必要な工夫、必要なサポート等に関する計20の質問を行い、個別的に支援する必要があることを指摘している(著者:Wilma R. Fellman)。 ロ Top Ten Traps in the Work Place この論文も、ADHDのある人の職業選択においては、ADHDの障害特性から特定の職業の向き不向きを考えるよりも、まずはADHDのある個々人の長所などを把握することが重要であり、興味、性格、長所、短所、職業経歴等を整理すべきとしている。 そのうえで、ADHDとして職場で問題となる行動で困らないための本人側のコツと環境調整の仕方を示している。 例えば、注意散漫を防ぐ職場環境の調整として、周囲の雑音を消す「ホワイトノイズ」イヤホンの使用や、通路に面していない所に机を移動すること、一定時間静かな個人の事務室や会議を使用すること、一部家で作業をする許可やフレックスタイムの要請、をあげている(著者Kathleen G. Nadeau)。 ハ “ADHD in the Work Place”a survey of adults in 14 Common proffessions 2006年に、ADDAが行った就業実態調査である。教師や法律家等計14職種で就業中の8,000人を対象に実施した調査結果を報告している論文である。 回答者数は1,463人で、回答者中、成人自己報告尺度質問調査注意)によるADHDの可能性の高い者が219名(15%)で、その219名中159名がADHDの診断の有無について回答し、19名がADHDの診断を受けていた(表1)。 ADHDの診断を受けている19名が、どんなときにADHDの症状を自覚するか尋ねたところ、家事をしているときが17人、就業中が13人、授業中が13人、配偶者といるときが12人、社交中が9人、運転中が7人、子育て中が6人、親交中が4人であ 4 まとめ ADHDに関する就労支援の文献では、仕事上で本人が留意するコツや職場環境をADHDに適合(ADHD-Friendly)にするという視点のものが複数見られ、そのうちのいくつかを紹介したが、成人のADHDに関する情報が豊富な米国においても、就労支援に関する文献は必ずしも多いとは言えない状況にあるようである。 <注:ADHDの表記について> ADHDに関する原文表記はADHD,AD/HD,ADDと様々であるが、本論文ではADHD の表記で統一している。Peacock3)によれば、上記の3つは同じものであり、アメリカ精神医学協会が定めた正式名称はAD/HDで、これは不注意に多動を伴う場合も、伴わない場合もあるということを示しているとしている。 注)①整理整頓が苦手、②開始を避け、遅らせる、③周囲の動きや騒音で注意散漫になる、④会議中に席を離れる、⑤落ち着かずいらいらを感じる、⑥順番が来るまで待つのが苦手、の6つの質問から構成されている。 文献 1) CHADD:http://www.chadd.org/ 2) ADDA:http://www.add.org/index.html 3) Peacock,J:ADD and ADHD,「ADDとADHD」,上田勢子訳,汐見稔幸・田中千穂子監訳,大月出版(2002,邦訳2005) 高次脳機能障害者の就業定着について −事業所調査による定着要因の検討− ○青林 唯 (障害者職業総合センター社会的支援部門 研究協力員) 田谷 勝夫・伊藤 信子(障害者職業総合センター社会的支援部門) 1 はじめに 平成6〜19年度に障害者職業総合センター職業センターを利用した脳損傷による高次脳機能障害者の就業状況調査結果 (以下「平成19年度調査」1)という。) によると、その就業率は71.9%であった。この結果から、通院状況・障害特性・手帳種類といった当事者個人の要因と就業率の間に関連性は認められなかった。 そこで本研究では平成19年度調査回答者のうち、現在就業中である者に焦点をあて、その勤務する事業所での雇用形態や配慮を調査し、職場定着の要因について検討する。 2 方法 (1)調査の経緯と対象者 平成19年度調査回答者の中で調査時点に就業中と回答した者84名と、平成19年度調査に回答がなかった者についてその後49名に電話連絡を行い就業中であると回答した24名、計108名を対象者とした。なお、職業センター利用者ではないが自ら調査協力の申し出があった高次脳機能障害者1名を加え、最終的に109名に事業所調査の同意書を送付した。 その結果調査に同意の得られた46名の勤務する46事業所に調査票を送付し、平成20年9月22日時点で24事業所から回答を得た。本抄録ではこの24事業所の結果について報告する (発表会当日では9月23日以降の回答を追加し、最新のデータを用いて報告を行う) 。 (2)調査項目  調査項目(24項目)の中から当事者の雇用形態・雇用条件等 (問2-5) 、事業所としての取り組み (問6-17) 、地域障害者職業センター (以下「地域センター」という。) との関わり (問18-21) 、ジョブコーチ(JC)支援等について分析・検討する。 3 結果 (1)雇用形態・雇用条件  回答者のうち、新規就職者は12名、職場復帰者は11名、不明1名であった。このうち、新規就職者はパート・アルバイトといった雇用形態が多く、復職者では正社員または嘱託社員が多かった。雇用形態の内訳を表1に示す。 表1 当事者の雇用形態 (人数) (2)事業所としての取り組み  当事者についての評価を見ると、事業所としては当事者の働きぶりについて「かなり満足」、「やや満足」という回答が23事業所中17と多かった。また「不満」に属する回答は1のみと、現状についての評価はかなり高いといえるだろう (表2) 。 表2 当事者の働きぶりの評価 (回答事業所数)  こうした当事者の働きに関して、事業所側が行っている配慮としては「声かけ・励まし」といった回答が最も多く、次いで事象所内職員の「障害理解の促進を実施している」という回答が多かった (表3) 。また、回答の中には、作業遂行上の配慮や健康管理、相談支援体制についても触れられていることがわかる。 表3 事業所側の配慮 (回答数) 注) 複数回答設問  また、雇用前では高次脳機能障害に見られる多くの問題を想定していたにもかかわらず、現時点では問題がない、という回答が優越すること (表4) 、また表2に示した高い働きぶりの評価からも、本調査対象の事業所では種々の配慮が効果的に働き、定着を促進していることが示唆される。 表4 それぞれの問題の想定と現状 (回答数) 注) 複数回答設問 (3)地域センターとの関わりとジョブコーチ支 援  業務内容の決定について、どのような情報を参考にしたか、という項目では、地域センターの評価・訓練、またジョブコーチの助言といった回答が多く見られた (表5) 。 表5 業務内容と参考情報 (回答数) 注) 複数回答設問  地域センターから提供された情報が「参考になった」、という事業所は有効回答20中10事業所 (「どちらともいえない」9、「参考にならなかった」1) であった。またジョブコーチ支援の利用については、1度以上利用した事業所が有効回答22中10事業所 (「利用していない」12) であった。 しかし、ジョブコーチの利用とその効果、および支援体制の確立の関係を見てみると、1度以上利用した場合ではほとんどの事業所が効果があり、また支援体制が確立したと回答している (表6) 。 また、地域センター以外の支援機関の利用は本調査回答者中では1事業所のみであった。これらから地域センター、ジョブコーチの情報や支援が効果的に働いているといえるだろう。   表6 ジョブコーチ支援の効果と支援体制 (回答事業所数) 4 考察  本研究では、高次脳機能障害をもつ人を雇用している事業所に対してその配慮や取り組みなどについての調査を行った。その結果、多くの事業所で当事者の働きぶりに一定の評価を行っており、またこうした事業所では声かけ・励まし、あるいは事業所内障害理解の促進といった取り組みを行っていることが明らかとなった。地域センターやジョブコーチに関する項目から、これらの機関や専門家からの情報を有効に活用しているということなどが示唆される。  ただし、本研究にはいくつかの問題点と課題がある。2 方法 (1) 調査経緯・対象者の節で述べたように本調査の対象者はその経緯によって限定されている。従って、現在就業場面に適応しており、また地域センターとの関わりも良好であった人のみが回答した結果であるともいえる。職場の定着要因を明らかにするためには、調査に非回答であった人を追跡調査し、そしてなかでも現在就業中ではない人、離職した人の要因をより詳しく調査し、本調査結果と比較していくことが必要である。 引用・参考文献 ) 青林唯・田谷勝夫・清水亜也:高次脳機能障害の就業定着について−障害者職業総合センター職業センター利用者の追跡調査−、「第15回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集、p.154-157、障害者職業総合センター (2007) 医療機関で利用される心理検査と 職業リハビリテーション現場におけるその認知度 ○清水 亜也(障害者職業総合センター社会的支援部門 研究協力員) 田谷 勝夫(障害者職業総合センター社会的支援部門) 1 目的 高次脳機能障害者の就労支援において、関係機関の連携は非常に重要な要因である。Malec (2000)は、「脳外傷によって発生した問題点についての正確な評価や診断が就労場面に伝わらないこと」を脳外傷者の就労阻害要因の一つとしてあげ、就労支援機関と医療機関とが連携することにより、効果的にまた受傷早期から効率的に就労支援を実施できるというメリットを示している1)。一方、国内の現状は、田谷(2007)が指摘するように、比較的リハビリテーション専門職が充実している医療機関においてさえ、地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)との連携が必ずしも十分ではない現状があり2)、高次脳機能障害者支援における関係機関の連携において、各関係機関がその求められる役割を十分に発揮することが求められている。 以上のような状況に鑑み、昨年度、医療機関を対象として「高次脳機能障害者支援状況および関係機関との連携の現状と課題に関する実態調査」(以下「高次脳実態調査」という。)を実施した。その結果、高次脳機能障害者の就労支援における連携の課題として、地域センターの積極的な広報・情報発信および情報交換といった点が示された。そこで本研究では、高次脳機能障害者の就労支援における地域センターと医療機関との情報共有上の課題として、医療機関から提供されるケース情報の理解という点に注目し、医療機関において使用頻度の高い心理検査と職業リハビリテーション分野で認知度の高い心理検査とを比較し、関係機関間での円滑な情報共有のあり方について考察を行った。 2 方法 (1)心理検査使用頻度(医療機関) 昨年度実施した高次脳実態調査のデータから、「高次脳機能障害の診断・評価において、使用している検査、評価ツール」に関する回答を集計して使用した。同設問の選択肢の詳細は表1に掲載した。 同調査の調査対象は、高次脳機能障害者の「診断・評価および訓練は実施しているが就労支援は実施してない」と回答した医療機関218ヶ所(回答101件、回収率47.7%)であり、その施設基準は、ほとんどが脳血管疾患等リハビリテーション(Ⅰ)、運動器リハビリテーション(Ⅰ)、呼吸器リハビリテーション(Ⅰ)となっている。高次脳実態調査の詳細については障害者職業総合センターの調査研究報告書No.84を参照されたい。 表1 高次脳実態調査の検査・評価ツール選択肢 回答にあたっては、カテゴリ名は表記せず、日本語表記と英語表記を並列して表記し、使用している検査全てに○を付してもらう形式とした。 欄外の * は、モデル事業参加13拠点施設が行った検査であることを示す。 (2)心理検査認知度(障害者職業カウンセラー) イ.対象者 平成17〜19年度に障害者職業総合センターにて実施した研修等に参加した障害者職業カウンセラー90名を対象とした。障害者職業カウンセラーとしてのキャリアは約1年:23名、約3年:36名、約5年:31名であった。 ロ.調査項目 「対応ケース中の高次脳機能障害者数」 「対応ケースの高次脳機能障害種類」 「医療機関からのケース情報の理解しやすさ」 「心理検査等の認知度」 の4項目であった。各設問は記号選択式とした。 「心理検査等の認知度」については、医療機関から提供される情報において、検査の名称をアルファベット略称で表記することを考慮し、検査の名称はアルファベット略称もしくは英語表記(適切な略称がない場合)とした。提示した検査の種類には、リハ関連評価法一覧3)等を参考に72種類の検査を選定し提示した(表2)。その各検査名に対しての認知度の評定は、「全く知らない」、「名前は知っている」、「使用したことがある」、「頻繁に使用している」の4段階での回答とした。 3 結果 (1)心理検査使用頻度(医療機関) 「高次脳機能障害の診断・評価において、使用している検査、評価ツール」の数について、回答のあった医療機関1件当たりの平均回答数は10.7(SD 3.9)であった。また、図1に示した回答数の分布状況が10項目以上に偏っていることからもわかるように、多くの医療機関が高次脳機能障害の診断・評価に複数の検査を使用している現状が確認できる。 検査ごとの使用率を見ると(図2)、知能、記憶、注意の検査の使用率は概ね60%以上と高い傾向にあるが、遂行機能障害の検査の使用率は、「ウィスコンシン・カードソーティングテスト(WCST)」が56%、「遂行機能障害症候群の行動評価(BADS)」が46.5%と若干低い傾向が見られた。言語機能の検査の使用率は、「標準失語症検査(SLTA)」が94%と高かったのに比して、「WAB失語症検査(WAB)」は51%と低い使用率であった。 (2)心理検査認知度(障害者職業カウンセラー) 検査に対する各回答は、4段階の評定のうち「名前は知っている」「使用したことがある」「頻繁に使用している」の回答を「知っている」とし、「全く知らない」の回答を「知らない」として処理し、「知っている」の割合を各検査の認知度とした。 全72項目の認知度の結果から、高次脳実態調査で使用した検査名と対応する項目のみを抜粋して図2に示した。「ウェクスラー成人知能検査(WAIS-R)」および、「ウィスコンシン・カードソーティングテスト(WCST)」に対する認知度は顕著に高いものの、他の検査は概ね20〜30%以下と低い認知度であった。 また、「心理検査認知度」以外の設問について、「対応ケース中の高次脳機能障害者数」の回答結果を表3に示した。障害者職業90名中79名(87.8%)が人数に差はあるものの、高次脳機能障害のケースを担当した経験を有していた。キャリア年数によりケース数の差が見られるが、概ねキャリア年数が長ければ受け持つケース数も増加するといった一般的な傾向といえる。 表4には「医療機関からのケース情報の理解しやすさ」の回答結果を示した。表中の④の25件の回答に見られるように、医療機関から提供されるケース情報を理解できるとする回答もあったが、②、③に見られるように、ケース情報の理解について検査自体理解できない場合や、結果の解釈が困難である場合が多い(全体の約70%)ことが示された。 4 考察 医療リハビリテーションでの心理検査の使用率については、平成13年より実施された『高次脳機能障害支援モデル事業(以下「モデル事業」という。)』の影響により、病院ごとに統一されていなかった神経心理学的検査等が、ある程度統一されつつあるため、今後はそれらの検査に対する使用率が高まることが予測される。本研究の設問に挙げた心理検査とモデル事業において拠点施設が使用した検査との対応については表1を参照されたい。 医療機関における心理検査の使用率と障害者職業カウンセラーの心理検査の認知度の比較(図2)から、医療リハビリテーションの現場においては、職業リハビリテーションの現場で認知度の低い心理検査を多数使用している現状が明らかとなった。表4に見られるような、医療分野と職業リハビリテーション分野との情報共有時に見られるギャップ発生の一因はこの非対応であることが示唆される。 職業リハビリテーション分野においては、医療リハビリテーションの現状に即した基礎知識の拡充、研修が今後必要であり、現在すでに職業リハビリテーションカウンセラーの研修においては、「医療機関における高次脳機能障害者に対する障害特性評価の実施と結果の解釈」という科目が取り入れられ、円滑な情報共有のための取組が進められている。 では、実際に医療機関から提供されるケース情報とはどのような内容となっているのか、参考として「高次脳機能障害ハンドブック −診断・評価から自立支援まで」4)に掲載されている評価表を表5に示した。 この評価表には、診断、病歴、画像所見、社会的背景、機能障害、能力低下、神経心理学的検査、職業適性検査、訓練内容等が掲載されているが、能力低下と神経心理学的検査に記載されている内容を抜粋した。神経心理学的検査の欄にあるように、検査はそのほとんどが略称で記載され、検査の結果も数値のみで、その評価は記載されていない。また、能力低下の欄には、記憶、注意障害、欲求・感情コントロール低下などが記載されているが、どの検査結果の評価からこれら能力低下が判定されているのかは明確ではない。もちろん、他の欄にまとめなどが記載され、詳細な説明がされる場合もあるかもしれないが、基本的には書き手と読み手が共通の“言語”を有していることを前提にした作りとなっている。 しかしながら、この評価表に見られる意識のズレは、おそらく情報共有に際して関係機関間で共有可能な共通書式が活用されていないことも一因となっていよう。実際、国立身体障害者リハビリテーションセンターが提供している高次脳機能障害支援普及事業の「高次脳機能障害者支援の手引き」5)を見ると、本文中においてはモデル事業を通じて重点的に実施された神経心理学的検査(表1参照)について十分に解説しているものの、資料として掲載されている「医師診断書」「ケースカード」においては、神経心理学的検査および機能評価に関して「ウェクスラー成人知能検査(WAIS-R)」や「長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)」、「バーセル・インデックス」等が掲載されるのみで、モデル事業を通じて重点的に実施された神経心理学的検査はほとんど反映されていない。 平成13年より実施されたモデル事業や、平成18年から実施されている高次脳機能障害支援普及事業を通じて、診断基準、訓練プログラム等の支援の形が整備されつつあるが、情報共有に関わる共通書式の問題は未解決の課題といえ、各事業の成果を踏まえた共通書式の作成が必要と考える。 本研究の結果は、職業リハビリテーション側が神経心理学的検査について知識が乏しいことを問題視するものではなく、医療機関側がそれを知らないあるいは知らされていないことが問題なのであり、関係機関の意思疎通、意識の共有といった連携強化の作業の必要性を示唆するものである。したがって、職業リハビリテーション側が神経心理学的検査についての必要最低限の知識を有することも必要ではあるが、医療機関側に職業リハビリテーション側がどのような知識を有していて、ケースに関してどのような情報を必要としているのかを知ってもらう努力も必要となろう。また、その意思疎通を可能にするため、関係機関間で共有可能なケース情報の共通書式(診断書、ケースカード等)の作成も必要な課題であると考える。 5 引用文献 1) Malec, JF et al:A medical / vocational case coordination system for persons with brain injury : an evaluation of employment outcomes. Arch Phys Med Rehabil 81, p1007-1015, (2000). 2) 田谷勝夫:高次脳機能障害者の雇用促進等に対する支援のあり方に関する研究 −ジョブコーチ支援の現状、医療との連携の課題−, 「障害者職業総合センター調査研究報告書 No.79」, (2007). 3) 吉川ひろみ:EBOT時代の評価法厳選25 付表2 リハ関連評価法一覧,「作業療法ジャーナル, 38(7)増刊号」, p714-732,(2004). 4) 長岡正範:標準的訓練プログラム,「高次脳機能障害ハンドブック −診断・評価から自立支援まで」,p71-106, 医学書院(2006). 5) 国立身体障害者リハビリテーションセンター:高次脳機能障害支援普及事業「高次脳機能障害者支援の手引き」, http://www.rehab.go.jp/ri/brain_fukyu/kunrenprogram.html,(2006). 高次脳機能障害者の集団クリーニング訓練における 訓練システムについて −位相化の微視的構造− ○若林 耕司(国立障害者リハビリテーションセンター 主任職業指導専門職) 南雲 直二(国立障害者リハビリテーションセンター) 平川 政利(障害者職業総合センター) 吉田 喜三(元国立障害者リハビリテーションセンター)    1 背景 我々は、国立障害者リハビリテーションセンター(以下「国立リハセンター」という。)で行っている集団クリーニング訓練が「実践の共同体」の特徴を備えていることを明らかにし(併設の病院から白衣、ズボン、シーツ等を教材として提供してもらい、集配、洗濯、プレス、アイロン仕上げ、包装等と一連の流れのもと年間58,000点ほど処理しており、民間のクリーニング工場のような環境のもとで訓練している)1)、この集団クリーニング訓練への参加形態の変化(周辺参加から十全参加)が動機付けや機能回復に及ぼす効果について事例を通じて検証してきた2)。 2 目的 集団クリーニング訓練への参加の手続きを我々は位相化と呼んでいる。位相化には2つあり、その1つは、クリーニング訓練に多少関心をもった周辺参加の段階である。この手続きを位相化1という。もう1つはクリーニング訓練に本気で取り組むようになった十全参加の段階である。これを位相化2という。 今回、位相化1と位相化2の例数が増えてそれぞれの手続きの詳細が明らかになったので報告する。 3 対象者 (1)事例:MA氏 46才、男性、大卒後事務系の管理職としと在職中に脳出血となる。 現症:右片麻痺、失語症、記憶障害、遂行機能障 害、知的障害、不安傾向が強い。 性格:指示に対する怒りや反発を出しやすい。気 持ちが落ち込みやすい。 (2)事例:YB氏 45才、男性、高卒後転職を繰り返す。自宅にて脳出血となる。 現症:右片麻痺、失語症、記憶障害、注意障害、遂行機能障害。 性格:日頃は穏やかであるが、先々の不安を強くもっている人である。 4 手続き (1)訓練の段階 表1に示したように訓練は3段階からなる。国立リハセンターでは、訓練期間は最長2年である。そのため、各訓練段階はおおよそ6ヶ月間を見込んでいる。 表1 訓練段階(訓練内容とそのねらい) 段 階 訓練内容 ね ら い 第1段階 洗い場 (集配も) たたみ シーツプレス 環境に慣れる 行動観察 流れを覚える 興味を引出す 第2段階 白衣プレス(1) 白衣プレス(2) 自分の役割の自覚を促す 指導員の密な指導 第3段階 アイロン仕上げ 雇用に向けて仕上げ段階 (2)分析方法 イ 問題行動の発現件数 座り込み、反発、不安の訴えなどを問題行動とし、1日1回以上問題行動が生じた場合に1件とカウントして1月分の総計を出した。問題行動はあってはならないもので、雇用の最低基準となる合格ラインは0である。 ロ 作業成績 手順と仕上がりの2つから評価を行った。手順は3段階(不合格、やや正しい、正しい)とし、それぞれに0点、5点、10点を与え、仕上がりは4段階(不合格、取り組み姿勢の変化、もう少しで合格、合格)とし、それぞれ0点、3点、9点、12点を与えた。いずれも高得点ほど良好な作業成績である。88点を指数100として換算した。雇用の最低基準となる合格ラインは指数100である。 5 結果と考察 (1)位相化1:MA氏の結果 MA氏は第2段階(白衣プレス(1)(2))まで実施した。 イ 問題行動の発現件数 図1は、MA氏の問題行動(座り込み、反抗的な態度など)の発現件数の推移を表したものである。縦軸は問題行動の発現件数を表し、横軸は訓練の全過程をあらわしている(X1は訓練開始月でX17は17ヶ月後まで訓練をしたことをあらわしている)。問題行動は多発傾向を示し、訓練経過につれて大きな変化は見られなかった。 ロ 作業成績 図2は、MA氏の作業成績の経過を表したグラフである。縦軸は作業得点、横軸は経過を表している。訓練開始後6ヶ月目までは作業成績の向上はみられなかった。6ヶ月以降は作業成績の向上が見られたが、11ヶ月目からは頭打ちになってしまい、合格レベルに達することはなかった。 ハ MA氏のまとめ ① 作業成績の経過から約半年後に位相化1に移行したものと推測した。 ② MA氏は自己の障害に向き合わず、やる気のない態度や反発を繰り返したが、人の言う事に聞く耳をもちはじめた。ひとりの利用者と関わりをもちはじめ、特定の指導員の指導に対しても割合素直に受け入れはじめた。 (2)位相化2:YB氏の結果 YB氏は第3段階(アイロン仕上げ)まで実施した。 イ 問題行動の発現件数 図3は、YB氏の問題行動の発現件数の推移を表したものである。問題行動は不安の訴えなどである。問題行動の発現件数は訓練の全過程に渡って少なかった。1年以降に合格レベルに達する月が見られるようになった。  ロ 作業成績 図4は、YB氏の作業成績の経過を表したグラフである。訓練開始後の3ヶ月目から作業成績の向上がみられ、14ヶ月目以降には合格レベルに達した。 ハ YB氏のまとめ ① 訓練開始後、約1年後に位相化2(十全参加)に達していたものと推測した。 ② YB氏は、当初より自己の障害に目を向けることができていたが、手順の違いを指摘されると「記憶障害・・」と言って障害を隠れ蓑とするところがあった。しかし除々にそうした逃げも少なくなり成績も向上した。また訓練以外の時間に自発的な努力をしていた。最終的にクリーニングでの就職希望を言って来た。 6 まとめ(新たな仮説)  MA氏とYB氏の差異は2点ほどあげることが できる。第1点は知的障害の有無である。第2点 は障害の自覚の有無である。我々は第2の自覚の 深まりの程度によって変わると考えている。  つまり、利用者の障害の自覚の程度と指導員の 関わり方の程度によって決まると思われる。 引用文献 1)若林耕司、南雲直二、平川政利、吉田喜三:高次脳機能障害者のクリーニング訓練の特徴.国リハ研究紀要 23:29-33,2002. 2)若林耕司、南雲直二、平川政利、吉田喜三:高次脳機能障害者のクリーニング訓練の特徴.国リハ研究紀要 27:31-34,2005 高次脳機能障害者への職業訓練の一方法② −ピグマリオン効果の検証/箱作りをとおして− ○近藤 和弘(国立障害者リハビリテーションセンター更生訓練所 職業指導専門職) 南雲 直二(国立障害者リハビリテーションセンター) 若林 耕司(国立障害者リハビリテーションセンター) 平川 政利 (障害者職業総合センター) 1 背景 一般的に教師が生徒に期待をかけるとその生徒の学業成績が向上することが知られている。これを心理学用語でピグマリオン効果という1)。 われわれは、職業的重度な高次脳機能障害への職業訓練の方法論として、 ① 期待と作業成績との関連 ② 期待と機能回復との関連 について、実際の訓練を通して検討してきた2〜3)。ここでいう「期待」とは、職業訓練指導員(以下「指導員」という。)が一方的に訓練生に単に寄せればよいというものではない。相互の人間関係の深まり具合により形成されるものであると考えている。 2 目的 今回は、期待と機能回復との関連に焦点を当てたもので、構成失行をもつ1例の高次脳機能障害者の事例研究である。具体的な目的は次の2点である。 ①指導員が訓練生に寄せる「期待」が構成失行(高次脳機能障害)の機能回復に及ぼす効果を検証する。 ②「期待形成チェックリスト」の試案作り。 3 事例 (1)プロフィール 19歳。男性。高校2年次に交通事故にて脳挫傷。意識消失4週間。受傷後に養護学校高等部に編入して、卒業後に国立障害者リハビリテーションセンター更生訓練所(以下「当センター」という。)を利用。 (2)障害特性 イ 構成失行(高次脳機能障害) 医学的診断には明記されていなかったが、実際の訓練場面で次のことから明らかになった。 (イ)漢字の模写 苦手な漢字については、傍に手本を置いておいても、正しく模写することが難しかった(図1参照)。 (ロ)ドリルの模写 ドリルの模写は図2からわかるように全体の形を捉えることが難しかった。この絵を見た誰もが正解を答えることはできなかった。 図1 漢字の模写 図2 ドリルの模写 ロ その他の障害 医学的診断(高次脳機能障害)   記憶障害・注意障害・社会的行動障害・病識欠落・遂行機能障害・左半側空間無視     ハ 身体障害(1級)  運動機能系障害(左片麻痺。車椅子使用) 4 方法 (1)訓練内容と訓練経過  訓練当初は、本事例が希望する電気・電子コースの課題を実施した。ところが、基本課題が出来ないためにいくつかの簡易作業を実施した。簡易作業を行う内に指導員と訓練生との期待が形成されたので、再び基本課題を実施した。(昨年度発表3))その後、進路先が授産施設に決まり、作業内容に箱作りがあり、準備性を高めるために類似した課題「箱作り」を行った。 (2)手続き 期待形成以前の課題と期待形成後の課題との比較検討を行う。 イ 期待形成前の課題「紙飛行機作り」  一般的な紙飛行機を折る。訓練開始からおよそ3カ月後に実施した課題である。当センターの文化祭準備の一環で行った。①訓練生は、課題説明時から作業意欲が無かった。②手順書を提示した。③実演した。④実際にやったが出来なかった。 ロ 期待形成後の課題「箱作り」 訓練開始からおよそ10ヶ月後に実施した課題である。①訓練生には作業意欲が強く窺えた。②手順書を提示した。説明文を訓練生が理解できる言葉で置き換えた。③実演した。手順書の段階にそった見本を提示した。④訓練の最初は、3日間付きっきりで実演、手添えをして説明した。手順書は11工程からなっている(図3参照)。 図3 「箱作り」手順書 (3)「期待」の形成度合いの見方 指導員と訓練生との「期待」の形成度合いを、次の項目を観点として「ある」「なし」でチェックを行った。 項目1:目と目があったあいさつが交わされる。項目2:訓練生が理解できる、言葉で説明できる。 項目3:(表情の観察)「お願いします」という顔つきである。 項目4:(表情の観察)訓練生の目が「らんらん」としている。 項目5:作業に対する課題や障害に対して真剣に話し合える。 項目6:指導員が利用者の情動のコントロールができる。 5 結果と考察 (1)作業成績 「紙飛行機作り」は出来なかった。訓練生の継続の意欲も弱く、指導員も強く継続を勧めるまでの気持ちが無く、1日でやめとした。一方、「箱作り」については、訓練生は自ら一日中取り組み、作業意欲と集中力が強く窺えた。約1ヶ月間毎日実施したところ、声かけやヒントなしで出来た。時間は約20分を要した。 「箱作り」における訓練生の積極的な取り組みや、手順書を理解できる言葉に置き換える、手添えをして実演することなどは、両者に充分な「期待」が形成されているために出来たことと考える。 (2)期待の形成度合い 「紙飛行機作り」ではチェックリストの2項目が該当し「箱作り」は6項目すべてが該当していた。 図4 完成品 6 まとめ 従来の高次脳機能障害者への職業訓練は、様々な症状を把握して、機能障害を代償する手段を見つけ出してきて、その方法を習得する方法(機能代償法)で行われてきた。 われわれは、様々な機能障害に焦点をあてるのではなく、人間関係を重視した方法をとっている。 例えば、指導員と訓練生、あるいは訓練生同士の関係を調整することに重点を置いたものである。とりわけ、両者の人間関係の深まり具合による「期待」の形成が重要と考えている。この方法は特に職業的に重度な高次脳機能障害者にとっては効果的な方法と考えられるので今後も例数を増やして訓練方法として確立していきたい。 引用文献 1)國分康孝:ピグマリオン効果、「カウンセリング辞典」、p.469,誠信書房(1990) 2)近藤和弘・若林耕司・南雲直二・平川政利:高次脳機能障害者への職業訓練の一方法、「研究紀要27号」、p.23-29,国立身体障害者リハビリテーションセンター(2005) 3)近藤和弘・若林耕司・南雲直二・平川政利:実践の共同体と動機付けとの関連(2)、「第15回職業リハビリテーション研究発表会 発表論文集」、p.50-53,独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター(2007) 障害者自立支援法における高次脳機能障害者への就労支援 −受傷後から社会復帰を支える三重の取り組みから− ○鈴木 真(三重県身体障害者総合福祉センター 相談支援専門員) 坂本 匠子・田辺 佐知子・中林 千明・長谷川 純子・濱口 千代・増井 克弘 (三重県身体障害者総合福祉センター) 1 はじめに 2001年から厚生労働省による高次脳機能障害支援モデル事業(以下「モデル事業」という。)が開始され、当時より三重県身体障害者総合福祉センター(以下「当センター」という。)はこの事業に参画してきた。2008年9月現在は、高次脳機能障害支援普及事業において、相談支援及び訓練機関として三重県の中心的役割を担っている。その間、福祉を取り巻く現状は大きく変容し、2006年10月から障害者自立支援法が完全施行され、同時に当センターは身体障害者更生施設から新体系事業に移行している(表1)。 今回は、2001年10月から2008年3月(モデル事業開始から19年度)までに当センターを通過した高次脳機能障害者の事例123名の支援結果を踏まえ、受傷後から社会復帰までの支援システム及び新法で言う自立訓練事業及び就労移行支援事業での就労支援の在り方を中心に検討したい。 表1 身体障害者更生施設 定員(1993.4〜2006.9) 1993.4 2001.10 2006.4  更生施設 入所  高次脳機能障害 入所 50名 ━ 50名 5名 35名 5名  更生施設 通所  高次脳機能障害 通所 10名 ━ 10名 5名 10名 5名  療護施設B型 通所 ━ 4名 4名  計 60名 74名 59名 新体系移行後 定員(2006.10〜) ・日中活動 ・施設入所支援  自立訓練(機能訓練)  自立訓練(生活訓練)  就労移行支援 40名 6名 7名 日中活動の中で 40名の方が入所  生活介護 6名 なし  計 59名 ※40名 ※生活介護以外の53名中40名が入所 2 施設利用までの流れ (1)医療と福祉、福祉と福祉の連携 1999年から当センターは入所率95%前後を維持している。市町村から身体障害者更生相談所経由で施設入所依頼を待つシステムでは50%を切っていたが、地域の医療機関と積極的に連携するようになってからは解消された。この医療から福祉へのシステムはそのままモデル事業にも引き継がれ、今日も医療機関を経由して施設利用に至るケースが圧倒的に多い。中でも回復期リハビリテーション病院との連携には力を入れており、平成19年度は年間50日程度訪問面談を実施している。なお、施設利用については介護保険の第2号被保険者及び脊椎損傷者等の相談支援も行っており、副次的な機能を発揮しながら高次脳機能障害者も加えて支援している。あえて高次脳機能障害者のために特殊なネットワークを形成しているわけではない。このように、医療とのネットワークは比較的スムーズに構築できるが、福祉行政とのネットワーク形成については人事異動が活発なため、中々進まない状況である。2001年以降については、障害者相談支援事業所が徐々に増えてきており、これらを通じて福祉のネットワークを構築することに期待が高まっている。 (2)早期介入 受傷後、支援機関へ相談するまでの期間については年々短縮し、また相談経由機関については高次脳機能障害の拠点病院(松阪中央総合病院・藤田保健衛生大学七栗サナトリウム)以上に他の医療機関からの方が多くなっている(図1)。これは、入院期間の短縮化という医療制度改革がもたらした影響と、モデル事業事態が三重県内において周知されてきた結果であると考えられる。いずれにせよ、支援機関として早期介入ができるようになったことで、わかりにくい障害を持ちつつわからないまま時間が経過し、問題が拡大した後に支援機関の介入が始まるというケースは、確実に減少したものと思われる。 図1 相談経由機関(3つの機関のみ抜粋) (3)利用手続き 当センターで訓練を行う手続きは、以下のように進めている。利用前に各医療機関が神経心理学的検査を実施し、当センター医師がその結果を診療情報として受け取る。当センター医師の診察と看護師の聴き取りを経由し、その後施設内の入所受託会議にて利用が決まり契約するというシステムをとっている。つまり、医療アセスメントは当センター医師・看護師が行い、ニーズアセスメントと総合的な取りまとめは相談支援専門員(当センターの場合、ケースワーカーと高次脳機能障害支援コーディネーター「以下、支援コーディネーター」)が行う。わかりにくい障害であるためアセスメントにはこの4名がかかわっている。 これとは別に、市町村にて障害者自立支援法の支給決定を受けなければならない。当センターの実施する自立訓練事業と就労移行支援事業については、1次判定による障害程度区分認定後、施設利用が開始される。市町村との連携も重要であり、わかりにくい障害については、医療アセスメント等の情報を記入した相談記録表を郵送し、情報の共有化を図っている。こういった手続きに時間をかけず、なるべく早期に訓練ができるよう、これら一連の手続きを同時進行させているのが現状である。 3 職業リハビリテーションの実施 (1)自立訓練事業と就労移行支援事業の違い  施設利用は自立訓練事業及び就労移行支援事業で訓練が開始される。当センターは多機能型事業所であるため縦割りではなく、利用者に対して必要なプログラムを柔軟に提供できるようになっている(表2)。例えば、自立訓練事業の対象者でも、医学リハビリテーションを行いながら社会リハビリテーション及び職業リハビリテーションも選択できるようになっている。回数などを調節しながら、集中的に職業リハビリテーションを行うことも可能であり、わざわざ事業種別を変えなくても就労支援を行うことができる。ただし、事業により利用料金が違うことから、一定のルールを設けて事業を実施している。就労移行支援事業では、3つのタイプに分けており以下に箇条書きすると、 ①事務訓練型(1日2単位提供可能)+その他リハ ②作業訓練型(1日4単位提供可能)+その他リハ ③事務+作業訓練型(事務1日1単位 作業1日2単位可能)+その他リハ である。自立訓練事業対象者は原則として事務訓練は受けられず、社会リハビリテーションで実施する情報処理訓練(週2単位提供可能)の対象としている。作業訓練については集団訓練のメリットを活かすため、自立訓練事業と就労移行支援事業の利用者が一緒に訓練を受けている。当初、作業訓練については工賃の追求を検討したが、利用者のおかれている状況(会社を休職しているため各制度から休業補償を受けている場合が多い)から、会計処理の基準の対応等不明な点も多く、導入については中止した。  自立訓練事業で職業リハビリテーションを受ける場合の標準的なプログラム例として、理学療法1単位+作業療法1単位+情報処理訓練1単位+作業訓練1単位の計4単位を実施。就労移行支援事業の標準的なプログラム例として、作業訓練2単位+事務訓練1単位+スポーツ訓練1単位の計4単位を実施する。両事業ともに、これらのプログラムのみではなく、空き時間を利用した自主トレーニング等自助努力も重要である。 (2)事務訓練と作業訓練の内容 職業リハビリテーションの内容について説明すると、事務訓練と作業訓練の2種類を実施しており、事務訓練については個別訓練であり、作業訓練については集団訓練である。個別訓練は幕張版ワークサンプルの実施及びオフィスソフトの習熟が中心となる。集団訓練は受注作業、創作的作業、屋外作業等幅広く取り入れており、作業能力の向上だけではなく、対人関係修復に重点をおいたコミュニケーションの場としても機能している。できにくいことに視点を定めると意欲が減退し施設利用の継続事態が困難となるため、本人のできることを伸ばす視点が重要である。しかし、時として「自分にはこの訓練に意味はない」と拒否的になる者も存在し、このような傾向は事務訓練より作業訓練で確認することが多い。 表2 訓練プログラム ・大項目 ・中項目 医学リハ 理学療法、作業療法、言語聴覚療法、心理療法 生活リハ 生活リズムの確立、服薬管理、金銭管理、スケジュール管理等 社会リハ 外出、家事、自動車、スポーツ、情報処理、創作、グループワーク 職業リハ 事務訓練、作業訓練 多機能型事業所であるため、個々の障害の状況や退所後想定される生活によって、上記の訓練を個別に組み合わせて実施。訓練の単位は1日4単位(1単位40分)を標準にしている。 4 復職及び新規就労への支援 訓練の後期にさしかかると、いよいよ退所に向けた支援を具体化させる時期になる。これまでの訓練状況を踏まえ、本人の能力に応じた帰結先を定めることになる。123名の退所者の内、職業リハビリテーションを受けた者は88名おり、その帰結先は①復職②新規就労③進学復学④福祉的就労⑤生活介護系⑥その他に分けられる(図2)。 図2 (1)帰結状況-復職- ①の復職については、37名が希望し27名は復職したが、残り10名は会社の就業規則上の理由で自己都合退職となった。復職の時期については、医療的な状況と会社の就業規則により決まるのだが、明らかに復職が困難な場合は社会保障を優先し、経済基盤を確保する視点が重要になってくる。例えば、政府管掌健康保険加入のサラリーマンが会社を休んで治療を受けようとする時に、傷病手当金という社会保障制度がある。傷病手当金は、サラリーマンや公務員が「業務外」のケガや病気が原因で会社を休まなければならない場合に医療保険から給付される。仕事を休んで4日目から1年6ヶ月の範囲内で受けられ、その間に会社を退職しても給付は続く。ただしその場合は、退職前に傷病手当金を受けはじめていることと、1年以上継続して健康保険に加入していることが条件になる。つまり1年以上継続加入していない事例については、会社を退職したとたんに傷病手当金が受けられなくなる。こういった事態に陥らないように支援することも重要である。会社の就業規則を把握し、実際に休める期間を知ることにより、最適な復職時期が決められると思われる。 (2)帰結状況-新規就労- ②の新規就労については16名だった。その内、復職を試みたが上手くいかず退職し、その後の就職活動により新規就労した者は5名いた。また、後の11名については、ハローワークを通じて就労先を見つけた事例が9名、知り合いによる斡旋が2名であった。新規就労の時期については、医療的な状況で決まるのだが、ADLが自立した高次脳機能障害者の場合、早く働きたいという傾向が強く、障害受容が進まないまま新規就労が決まった事例が2名あった。その内1名は早期にドロップアウトし、1名は就労を継続できている。 (3)ファイナンシャルな視点 復職及び新規就労を果たすことは、豊かに暮らしたいというニーズから経済的活動の再開を望む行動のあらわれであるが、時期としての目安は、①高次脳機能障害の認識をある程度もっている②代償手段の必要性を理解している③通勤が可能である④生活リズムの安定が図られている⑤労働に耐えられる体力が整っていることが1~ 理想である。そして、労災事故や交通事故及び障害年金の受給者については、経済保障がどれだけ得られるかを知り、どの程度稼げば豊かな生活が可能になるのかというファイナンシャルな視点も必要である。こういった事情から、本人の能力が向上し就労移行への準備が整った時期に必ずしも復職、新規就労を果たすわけではない。これは、特別支援学校の生徒に実施する就労移行支援の個別支援計画とは違い、社会保障制度に絡んだ調整事項も含まれるため、利用者が不利益にならないように注意しなければならない。このような視点は、ケースワーカー及び支援コーディネーターといった相談支援専門員が持つべきであり、当センターが力を入れている部分である。 5 他機関との連携 (1)拠点病院との連携 近年、自己完結型の施設ではなく、それぞれ特徴を持った機関同士がネットワーク化を図り、住み慣れた地域で障害者を支えるという流れになってきている。三重の場合、モデル事業開始時には総合リハビリテーションセンターをもたないローカルなモデルとして、当センターと2箇所の拠点病院がネットワークを形成した。それぞれのステージで訓練や支援が受けられる包括的リハビリテーションシステムを「三重モデル」2~ と呼び、現在も機能している。拠点病院の松阪中央総合病院については、他病院で難しかった高次脳機能障害の診断(画像・神経心理学的検査)を実施する。主に展開期から社会復帰後のフォローまでかかわっており、施設を利用しない高次脳機能障害者に対する就労支援のアドバイスも行っている。拠点病院の藤田保健衛生大学七栗サナトリウムについては、回復期リハビリテーション病院であり週7日のフィットプログラムが有名である。若い高次脳機能障害者が県内から集まってくる傾向にあり、退院後当センターで引き続きリハビリテーションを受けることが多いが、就労支援に直接関与することは少ない。 (2)障害者職業センターとの連携 高次脳機能障害者はもとより就労支援に欠かせない機関として、障害者職業センターがあげられる。今回障害者職業センターが関与した事例は7名であり、2007年度に5名と集中している。件数的には少ないのだが、理由としては復職や新規就労支援は当センターの機能でほとんど完結できたことがあげられる。一方で支援コーディネーターとの連携は常にあり、比較的軽度と思われた高次脳機能障害者については当センターでの訓練を経由せず、直接障害者職業センターに就労支援を依頼している。2007年度から件数が増えた理由としては、新規就労を希望する当センター利用者について、なるべく障害者職業センターで評価を受けてもらい、ドロップアウトした際も再支援が得られやすいように配慮したことがあげられる。自立訓練事業及び就労移行支援事業の再利用の可否については明確な記載がなく、あいまいなシステムになっている。就労移行支援事業についてはその限りではないようだが3~ 、当センターの場合訓練の要素が強い事業であるため、旧授産施設が担う福祉的就労で工賃を得ながら再就職を目指すような就労移行支援事業が実施できない状況である。そのため、障害者職業センターの機能が再チャレンジには最もふさわしいと考えており、障害者就業・生活支援センターとの連携した支援が重要になってくると思われる。 (3)その他就労支援機関との連携  障害者就業・生活支援センターについて、三重県には2007年までは2か所しかなかったが、2008年から6か所に増えている。今後はハード的に各地域でフォローが受けやすくなるため、相互に利用できるようネットワーク化を図る必要性がある。また、ハローワークについては、新規就労希望者が就職活動を行う際には、必ず本人の特性を担当者に伝えるようにしており、精度の高い就労支援が得られるよう連携が必要である。  福祉的就労を行う施設は、旧授産施設及び就労継続支援B型事業があげられる。当センターを退所後福祉的就労し、そこからステップアップした事例が8名いた。地道に就労経験を重ねることで一般就労が可能になるまでに至ったのだが、福祉的就労施設が積極的に関与して、順調にステップアップした者は1名であり、支援コーディネーター及び家族等の支援の下で一般就労した者が7名だった。福祉的就労から一般就労への取り組みはまだ始まったばかりという感がある。 6 まとめ 就労を希望する高次脳機能障害者を、障害者自立支援法で支えることは可能と思われる。急性期と回復期については医療が主となるが、退院後から社会復帰に向けた時期については、訓練等給付の自立訓練事業と就労移行支援事業で対応できる。但し、高次脳機能障害の特性を知った事業所が対応することと、医療から福祉につながるネットワークを維持していることが条件となる。  課題として感じていることは、旧授産施設系の就労移行支援事業及び就労継続支援事業B型の各事業所が、積極的に利用者を一般就労に移行させながら施設経営が維持できるのかという点である。また、就労を継続させるための支援方法やドロップアウト時の対応の仕組み作りも重要と思われる。 〈引用・参考文献〉 1)泉忠彦・他:高次脳機能障害者に対する医療機関と職業リハビリテーション機関との連携による就労支援の取り組みその2「第15回職業リハビリテーション」p61(2007) 2)白山靖彦:三重県・モデル事業の取り組み「ノーマライゼーション4月号」、p21(2005) 3)障害者白書平成18年版、p71(2006) 諸外国の障害者雇用率制度 −ドイツ、フランスにおける最近の動向− ○佐渡 賢一(障害者職業総合センター事業主支援部門 統括研究員) 杉田 史子(障害者職業総合センター事業主支援部門) 1 はじめに  ドイツ、フランスはEUの主要国であるが、わが国と同様に一定割合の障害者雇用を義務付ける雇用率制度が存在する。 EUではここ数年、雇用における差別禁止の原則への取り組みが進められている。アムステルダム条約(1997年採択、99年発効)で差別禁止の原則が打ち出され、「雇用均等一般枠組み指令」(2000年)のもと雇用の分野への差別禁止原則の浸透が図られてきた。その方向性は、従来の「福祉モデル」からそれと「市民権モデル」との共存へ、などと捉えられているが、その過程について総合センター1)では主要加盟国の取り組みも視野においた研究を行ってきており、両国は当然その対象となっている。  では、こうしたEU全域で進められている、差別禁止の原則を前面に出した大きな枠組み整備の中で、1970年代に整備された両国の障害者雇用率制度はどのように位置づけられ、機能しているだろうか。今回はこうした問題意識を念頭に置きつつ、ドイツ及びフランスにおける雇用率制度について分析してきたこと2)を整理し、報告する。なお報告に当たっては、雇用率制度において、未達成雇用主が支払う賦課金や同趣旨の拠出金を通した障害者雇用促進策の側面があることにも注意した。 2 ドイツの重度障害者雇用率制度 (1) 雇用率制度の動向  近年の制度改正については先行の資料3)で触れているが、ごく簡単に振り返ると、次の2点に集約される。 ① 2000年の改正で法定雇用率(6%から5%に)、対象雇用主の職場数(16以上から20以上に)及び雇用率未達成の場合の調整賦課金が変更され、現在に至っている。 ② 2004年の改正で、障害のある若者の雇用促進に資することをねらって、訓練中の障害のある若者等も雇用率の対象に含める等の変更が加えられた。 (2) 最近の達成状況 雇用率制度の有効性を疑問視する見解では、その理由の1つとして「実雇用率が目標雇用率を下回る水準で低迷し、達成の気配がみられない」ことがよくあげられる。ドイツについてもそうした状況であるとする認識が広がっており、前述の改正を行った後も、なお改善していないとするのが、一般的な理解であった。 しかし近年の状況は、そのような通念と異なっている。2002年は前年と同水準の3.8%であったが、2003年は4.0%と4%台に到達し、その後も各年0.1ポイントずつの上昇を続け、2006年には4.3%となった(表1)。5%との差でみても、2002年の1.2ポイントから2006年は0.7ポイントにまで縮小している。 ドイツは一般均等待遇法(2002年)を初めとする差別禁止原則に基づく法整備を進め、他方「障壁なき仕事(Jobs ohne Barrieren)」イニシアティブ、ジョブ4000プログラムといった障害者の就労促進策を相次いで打ち出すなど、多面的な取り組みを行ってきた。雇用率の改善は基本的には、そうした政策努力の表れとみることができる。 敢えて今回の増加について注目した点をあげるとすれば、次の2点であろう。 第1は上記のような雇用率の改善が、分母である義務職場数が減少する中で進んでいる点である。ドイツの雇用者全体の状況は全体で見ても増加は示しておらず、横ばい気味に推移しているが、義務職場数ははっきりした減少傾向を示している。2002 年の1,976万に対し2006年は1,892万となり、4.2%の減少を示している。 表1 雇用率制度関係指標の最近の動向 年 2002 2003 2004 2005 2006 雇用主数 151,865 132,091 123,972 119,162 113,485 総職場数 19,756,335 19,747,393 19,268,707 19,035,748 18,921,061 重度障害者等により充足された職場数 748,435 793,617 794,833 800,429 811,931  内 重度障害者 617,670 650,617 648,451 648,946 661,080  内 同等とみなされる障害者 87.646 98,348 104,666 111,142 116,138 実雇用率 (%) 3.8 4.0 4.1 4.2 4.3 未充足の職場数 309,591 283,372 264,871 255,029 247,834 (参考) 調整賦課金徴収額(百万ユーロ) 588.19 573.19 525.78 489.71 466.33 資料出所: Bundesagentur fur Arbeit Bundesarbeitgemeinschaft der Integrationsamter und Hauptfursorgestellen もう一つの特徴は充足職場数の増加の中で「重度障害者に準ずる者」による増加がかなりのウエイトを占めていることである。例えば在職している障害者が「準ずる者」としての認定を職業安定所より得られれば、その職場は「充足された職場」とみなされる。上記の結果は最近の増加に上述のような形態によるものが一定の比重を占めていることを示唆するものである。 (3) 負担調整賦課金とその使途 重度障害者を雇用しない、あるいはその雇用が5%に満たない雇用主には負担調整賦課金が課される。2000年の改正で、その金額は実雇用率に応じて段階的に定められており、例えば実雇用率2%〜3%未満の雇用主に対しては1職場当たり月額180ユーロとなる。2005年において未充足職場数は 255,029で、翌2006年に徴収された負担調整賦課金は4億6,633万ユーロであった。以下ではその用途の概要を概説しよう。 負担調整賦課金の徴収は社会統合事務所が担当するが、徴収した金額のうち一定割合は連邦政府の管轄下にある「負担調整基金(Ausgleichsfonds)」に送金される。従来この割合は45%とされていたが、改正を経て現在は30%となっている4)。 表2 調整賦課金による給付額の内訳(2006年) (百万ユーロ) 給付総額 393.13  労働市場プログラム 14.51 重度障害者への給付 26.14 技術的な作業補助 5.98 職場への通勤 3.44 雇用補助者への費用 9.77 雇用主への給付 156.69 職場・職業訓練場所の設置 32.41 職場・職業訓練場所の重度障害者向け整備 27.41 重度障害者雇用に伴う法外な負担 96.45 統合プロジェクトへの給付 46.85 重度障害者雇用に伴う法外な負担 15.83 社会統合専門機関への給付 68.28 施設への補助 70.68 資料出所: Bundesarbeitgemeinschaft der Integrationsamter und Hauptfursorgestellen この送金分を除いた金額が各社会統合事務所により支出されている。給付の対象や支出の内容は社会法典第9編で規定されており(第102条3項)、2006年における支出総額は 3億9,313万 ユーロであった。その内訳をみると、1億5700万ユーロが雇用主への給付であり、他の項目である重度障害者への給付、社会統合専門機関への給付、施設への補助、統合プロジェクトへの給付に比べ大きな割合を占めている(表2)。雇用主に支払われる給付金の内訳としては重度障害者にあわせた職場・職業訓練所の整備・改善、 重度障害者の雇用により法外な負担が発生する場合の給付5)、職業訓練期間中の少年・若い青年に向けた奨励金・補助金等が助成の対象となる。 一方、連邦政府管轄下の負担調整基金についてみると、かつては重度障害者の雇用主に対する賃金補助が大きな割合を占めたが、労働市場近代化法と名づけられた数次の改正法を経て、この補助金は統合助成金として高齢者の雇用促進にかかる助成等とあわせ、一括して扱われるようになった。2006年における統合助成金の障害者関連の項目における支出額は1億6,800万ユーロである。この統合助成金の財源拠出について、関連規定の規定によれば負担調整基金より、一定割合の拠出がなされるべきことといった大枠の規定が設けられている。従って、依然関連性は保たれているが、かつてのような直接的な関係は薄らいでいる。 これに代わって、障害者雇用推進のための施策に対しても負担調整基金の資金が用いられて、基金の機動的な活用が図られている。前述のジョブ4000プログラムに対して3,125万ユーロが用いられ、2004年から実施されている「障壁なき仕事」イニシアティブも、2006年までに150万ユーロがこの基金から拠出されている(他に欧州社会基金から100万ユーロの拠出を受けている)。 以上のように負担調整賦課金により構成される資金は、障害者雇用に関する多様な用途に充当されており、雇用率制度は財源の面からみても障害者雇用施策推進のための不可欠な構成要素をなしているといえる。 3  フランスの障害者雇用率制度  フランスにおいては、「障害のある人々の権利と機会の平等、参加及び市民権に関する法律」いわゆる2005年法による改正においてどのような制度変更が示されたかにより、障害者施策の方向性を見定めることができる。同法は2005年2月に公布され、その実体は労働法典、家族及び社会扶助法典等の各種法令の障害者に関する条項の改正法である。労働法典における雇用率制度に関する条項も、当然改正の対象となっている。その改正の内容は第14回研究発表会(2006年)において同法を扱った際に述べた6)とおりであり、主な点をあげると、20名以上規模の雇用主に対し6%以上の雇用を義務付けるという原則は変わらないなか、不履行時の負担を強化(拠出金単価の増額等)し罰則としての色彩を強化する一方で、雇用率算出時の特例(重複カウント等)が廃止された。雇用主にとって厳しい方向への改正となっており、その面に注目すれば雇用率制度は「強化」されたといえる。  改正法実施後における制度運用状況の統計情報は、最近になって一部が発表されたという状況で、それまで理念のみで語られてきた制度改正がようやく実態についても把握できる段階に移ろうとしている。そうした現状を念頭におきつつ、雇用率制度の状況を概観すると以下のとおりである。 (1) 実雇用率の動向 実雇用率の最新の統計は2007年末に発表された2005年の数値であり、残念ながらこの数値に2005年法の影響は及んでいない。従来の制度においては障害の程度等により、1以上の加算が行われる場合があるため、2005年の実雇用率もユニット・ベースと実人員ベースの2通りで発表されている。ユニット・ベース、実人員ベースのいずれでみても、ここ数年の緩やかな上昇傾向を受けて前年を上回っている。しかし、水準に注目すると両者の間にはかなりの開きがあり、ユニット・ベースが33万9千ユニット、雇用率4.49%であるのに対し、実人員ベースでは22万人、2.73%となっている。実人員で算出した率は法定値の6%の半数に達していないことになる。 表3  障害者雇用率の推移 (%) 年 2002 2003 2004 2005 ユニットベース 4.17 4.22 4.38 4.49 実人員ベース 2.56 2.60 2.67 2.73 資料出所: Ministere du travail, des relations sociales et de la solidarite (2)  障害者職業編入基金(AGEFIPH)拠出金の動向 雇用率を達成できない民間雇用主にとって、その義務履行の一つの手段が障害者職業編入基金(AGEFIPH)への拠出金支払いである。2005年法改正においては上記のとおり雇用主に厳しい制度改正が行われており、障害者の雇用状況が同じであれば、拠出金負担が増額される、あるいは新たに拠出金支払いの義務が生じる。雇用主は、制度改正の本来の趣旨に沿って障害者雇用を拡大するか、拠出金を増やすか、単純に言えばその選択を迫られることになり、実際に雇用主が取った選択がどちらかが注目される。またデクレのレベルでは、拠出金算定に当たっては従来の重複カウントの同種の効果を持つ減額措置も織り込まれており、それが拠出金の増額をどの程度減殺するかも関心事である。 2008年4月公表されたAGEFIPHの年次報告には制度変更の影響が及んだ2007年の拠出金徴収額が掲載された。割当雇用制度関連数値で初めて制度変更の影響が及んだものと報告者は考えるが、その結果を見ると2007年の拠出金徴収額はそれまでを大幅に上回る6億400万ユーロとなり前年(4億2,500万ユーロ)に対し4割以上の増額となった(表4)。少なくとも拠出金に対しては大きな影響が生じたことになる。障害者雇用実績への影響がどのような結果となるか、公表が待たれる。 表4 拠出金徴収額の推移 (百万ユーロ) 2004 2005 2006 2007 402 425 425 604 資料出所:AGEFIPH Rapport annuel 2007 徴収された拠出金は障害者の雇用促進のための諸事業に活用され、2007年に使用された支出額は4億6,520万ユーロであった。前2006年は4億1080万ユーロであったから10%以上の増額とはなっているが、前述した拠出額の大幅な増加を反映しているとはいえない。この余剰分は政府とAGEFIPHの協定により設定された2008〜10年3ヵ年に及ぶ障害者雇用に関する目標実現のための予算(総額4億5500万ユーロ)に充当される。 2007年の支出額に戻り、その内訳をみると、「職場への参入・雇用の維持」が1億2400万ユーロで26%を、「訓練」が1億300万ユーロで28%を占め、この2項目に支出額の半分以上が割かれている。他に「経済界への情報提供等」、「障害の補償」などに関する支援にも支出されている(表5)。 これらの支援の対象となった障害者は2007年で25万2千人である。同年の障害を持つ就業者はAGEFIPHの推計によると72万5千人であるから、その3分の1弱強の件数の支援が行われたことになる。内訳をみると「訓練」が14万4000人で57%と支出額でみる以上に大きな割合を占め最も対象者が多い。これに次いで「職場への参入・雇用の維持」が8万3000人で33%を占めている。支出額の割合でみたのと同様、この2項目がAGEFIPHによる支援の中で中核をなしているといえる。 表5 拠出金による支援事業(2007年) (百万ユーロ) 計 465.2  経済界への情報提供等 20.1 訓練 132.4 訓練の支援 95.8 実習・専門化の支援 21.4 障害の補償 58.0 特定機関による支援 21.0 作業環境のアクセシビリティ改善 17.2 職場への参入・雇用の維持 123.8 同化・就職斡旋ネットワーク 50.8 雇用維持のための機器 17.5 事業開始のための支援 25.2 雇用補助金 47.9 障害をもつ労働者の資源保証金(GRTH) 40.1 資料出所:AGEFIPH Rapport annuel 2007 (3) 公務職における障害者雇用促進 2005年法の一環として、民間部門及び競争部門の公的機関に適用される障害者雇用促進策を公務職にも及ぼすことがあげられていた。この趣旨から、民間のAGEFIPHに相当する「公務職における雇用を促進するための基金(FIPHFP)」が新たに設けられたが、2006年に同基金に関する初めての活動報告が議会に提出され、官庁における雇用促進の進展状況が明らかになった。  この基金が対象とするのは、省庁、地方自治体、公共病院の3部門である。すでにAGEFIPHの対象となっている公的機関は原則として含まれないが、郵政公社(La Poste)は従来のAGEFIPHからFIPHFPへ移行している。FIPHFPの発足は2006年1月で、発足後の数ヶ月は対象となる公的雇用主を特定する作業が行われ、1,026の国及びその行政機関、49,000の地方自治体、2,845の病院・福祉、医療福祉機関の計53,000近くの公共機関の雇用主が調査された。この結果を踏まえ2006年5月から、13,861機関に対し2005年1月現在の雇用義務履行の状況を申告することが求められ、同年10月時点でうち12,266件から申告が行われている。この申告によれば、2005年1月1日現在報酬を受けている424万人の労働者に対して、雇用され報酬を受けている雇用義務対象者は156,552人で、雇用率は3.69%となっている。7)  なお、雇用義務を満たしていない機関に対する第1回の拠出金支払いが2007年4月末を期限に課されている。  FIPHFPの対象となった3部門においても障害者雇用義務はあったが制裁がなかったこともあり、1年または2年毎の報告書の提出も励行されているとはいえなかった。今般FIPHFPの発足に伴い、報告の励行、未達成雇用主の拠出金支払いにむけての進展が明らかになったが、今後こうした取り組みが軌道に乗れば、割り当て雇用制度の趣旨が公的部門全体に及ぶこととなる。今回FIPHFPが把握した規模は雇用者数で見て424万人と、民間・競争部門(すなわちAGEFIPHの対象)805万人の半数に及んでおり、その影響は大きい(表6)。先に民間・競争部門における制度変更を割り当て雇用制度の「強化」と形容したが、その語法に沿えば、ここで触れた公務職における動きは、割り当て雇用制度の「徹底」と考えることができそうである。 表6 障害者雇用状況(2005) 民間 (ユニット) 民間 (実人数) 官庁 雇用者数 7,567.4千 8,059.2千 4,243.4千 障害者数 339.4千 220.4千 156.5千 実雇用率 4.49% 2.73% 3.69% 5 考察とまとめ  以上近年の動向に関する説明を踏まえ、ドイツ、フランスの雇用率制度の雇用率制度に関し考察の一端を述べる。  ドイツ、フランスともに近年雇用率制度の見直しを行っているが、雇用主の負担の軽減(法定雇用率の引き下げ等)を図りつつ、未達成雇用主に対する負担調整賦課金に罰則的な要素を強め、目標の実現性を高めたドイツ、雇用率算出における特例廃止、公務職への適用強化等、2005年法の一環として障害者雇用促進策としての趣旨徹底、強化を図ったフランスと、いずれも障害者雇用促進策の大きな柱として雇用率制度を位置付けた見直しとなっている。  また、制度を通して徴収される負担調整賦課金あるいは拠出金は障害者雇用促進のための不可欠な資金としての役割を負っており、制度を見直すに当たっては、他の制度との関連にも配慮しつつ、より効果的・機動的な運用が図られている。  こうした見直しも交えた制度運営のもと、ドイツ、フランスとも実雇用率は近年上昇の傾向にある。 冒頭注記したような「市民権モデル」の発想が本格的に組み入れられる中で、「福祉モデル」の考えに立つと評される雇用率制度は、ここまで述べてきたような状況にある。こうした現状は差別禁止の発想が目を惹く障害者権利条約への取り組みを検討中のわが国にも、一定の示唆を提供するものと考える。 注・文献 1) 障害者職業総合センター:EU諸国における障害者差別禁止法制の展開と障害者雇用施策の動向,調査研究報告書 No.81(2007) 同 :障害者雇用にかかる「合理的配慮」に関する研究,調査研究報告書 No.87(2008) 2) 別の観点も加味して以下にとりまとめた。 障害者職業総合センター:欧米諸国における障害者権利条約批准に向けた取り組み,資料シリーズ No. 42(2008) 第Ⅱ部第2章 3) 障害者職業総合センター:諸外国における障害者雇用施策の現状と課題,資料シリーズ No. 41 (2008) 4) それまで社会法典第9編第77条6項において負担調整賦課金徴収額の45%を負担調整基金に送金すべき旨規定されていたが、2004年の法改正でこれが「法規命令の中で定められた割合」とされ、同時期に関連規定において送金割合が30%と定められた。 5) 上記1)にあげた障害者職業総合センター(2008)中p.138〜9にて説明されている給付はこれに相当する。なお後出の統合助成金も同報告書p.140で「統合補助金」として言及されている。 6) 指田忠司他:フランスにおける障害者差別禁止法の動向と割当雇用制度の改革、第14回研究発表会発表論文集(2006) なお、2005年法については上記 3) 第Ⅰ部第2章も参照。 7) その後次の数値が2006年時点の公務職の雇用情況として公表されている(雇用者数461万人、うち障害者16万3,676千人、雇用率3.55%)。 企業における精神障害者の継続雇用 −リカバリーの4段階を活用した就労支援− ○原 健太郎(大東コーポレートサービス㈱サービス4課 生活相談員/精神保健福祉士) 山崎  亨(大東コーポレートサービス㈱)   村田 洋司(大東コーポレートサービス㈱) 1 はじめに  大東コーポレートサービス株式会社(「以下「コーポレート」という。)は、親会社である大東建託株式会社の100%出資による、障害者雇用を目的とした特例子会社である。  2005年5月、知的障害者4名、身体障害者1名、生活相談員(以下「相談員」という。)3名の計8名からスタートした組織は、親会社や関連会社の事務作業を受託して職域を拡げてきた。  主な業務は、シュレッダー処理、各種物品の配送作業、給与明細書の仕分け、名刺作成、文書のスキャン作業、アンケート入力、アパートの鍵注文書管理、建物のペーパークラフト(模型)づくりなど、現在400種類以上の業務ができる体制である。  2008年5月には北九州支店を開設し、印刷事業に取り組みはじめ、社員数は全体で51名の事業所へと成長した。現在、そのうち7名が精神障害者(以下「社員」という。)である。 表1 雇用状況 身体 障害者 知的 障害者 精神 障害者 本社 出向社員 生活 相談員 健常者 サービス 1課 0 12 0 0 3 0 サービス 2課 4 2 0 0 (1) 0 サービス 3課 3 0 0 0 (1) 3 サービス 4課 1 0 6 0 1 1 業務課 0 0 0 0 0 2 北九州 0 5 1 0 4 1 本社 出向社員 0 0 0 2 0 0               ※(1 )は、身体障害者が相談員を兼任   2007年5月より、社員の就労をサポートする相談員として入社した筆者は、サービス4課に所属し、社員のリカバリーにつながる就労支援をしてきた。その実践経験を踏まえ、継続雇用の現状と課題を報告したい。 表2 組織図 サービス1課(軽作業・事務業務) シュレッダー、各種物品等の発送作業、給与明細の仕訳・支店発送、請求書折り・封入等。 サービス2課(名刺作成業務) 大東建託やその他関連会社の名刺作成。 1日600ケース以上(1ケース100枚)の生産量。 サービス3課(文書管理業務) 長期保存が必要な文書等をスキャナーを使用し、PDF等のデータへ転換、ファイルへ登録・保存。  社 長  サービス4課(その他、データ入力等) パソコンを使用したデータ入力や大東建託が顧客へ提示する資料・物品・建物のペーパークラフト等の作成。 業務課 大東コーポレートサービスの総務・人事・経理・新規事業等。 北九州(オンデマンド印刷・製本と発送) 大東建物管理より『建物定期報告書』(大東建託お客様宛報告書)の受注・印刷・仕訳・発送作業。 2 リカバリーの4段階を活用した就労支援  「体調管理に気をつけて、長く働きたい」、「収入を得て、単身生活にチャレンジしたい」、「毎日仕事に通えるようになって、自立したい」、「結婚して家庭を築きたい」、「対人関係を練習して、自分の生活の幅を拡げたい」。  社員が伝えてくれる声には、希望が詰まっている。そして、一人ひとりが将来を真剣に考え、自分の目標に向かって挑戦しながら人生を歩みはじめていることが垣間見える。  このリカバリーの過程こそ、希望を持ちながら継続して働くことを可能とする。リカバリーには4つの段階があり、ここでは各ステージにおける就労支援を以下に記す。 ①第1段階:希望  コーポレートでは社員の入社基準として、症状の重さ、病名、能力などで判断するようなアセスメントはせず、本人が「働きたい」という希望を尊重する。これは社長の山崎が採用を決定する際の基準でもあり、障害による壁を低くしている。  採用後は相談員と話し合い、個々の状況に合う業務の仕組みづくりを徹底する。またケアレスミスの防止にも力を注ぎ、精度の高い仕事を目指す。さらに必要であればサポートする人材も配置して、安心して働ける環境を整備する。  その例として、パソコンがほとんど使えない社員を不採用と判断するのではなく、働きたいという思いを重視し、操作が得意な社員から教える仕組みづくりをしたり、入力の練習を業務に盛り込む。そして少しずつ入力できるようになったら、社員同士で再チェックをしてミスのない仕事を完成させる。  このような環境を採用時から提供することにより、本人の働きたいという希望が、その人のものだけではなく、可能性を信じる周囲の思いを巻き込み、チームワークの形成につながる。 ②第2段階:エンパワメント  コーポレートの社員は、まず3時間労働のパート社員からスタートし、最終目標の7時間10分まで延して正社員となる。時間を延長する過程で常に必要なのは、社員をエンパワメントしていくことである。  エンパワメントとは、社員に様々な不足があっても、あきらめずに新しいことに挑戦するよう励まし、本人の取り組みを支援することである。  その例として、社員から「職場でのコミュニケーションがもっと上手になりたい」という希望がある場合、その課題を具体化し、ひとりSST(ソーシャルスキルズ トレーニング)を実施する。  そしてセッションの中で、社員が悩んだり考えている内容を解決できるようステップ バイ ステップ方式で練習していく。  練習を積み重ね成功体験を経験することで、自分への自信を取り戻す。また似ている課題でも、繰り返し練習を続けることで、コミュニケーション・スキルを身に付けていくのである。 ③第3段階:自己責任  サービス4課では、月1回全体ミーティングを開催している。そこでは今後の業務予定の確認をはじめ、仕事における改善点や疑問点などを話し合っている。  ミーティングは月1回の情報共有の場でもあるが、それ以上に重要なのは、社員全員が持ち回りでミーティングを担当し、司会や書記に挑戦することである。そして必要であれば、相談員がサポートをしつつ、話し合いを運営してもらう。  役割を持つことにより、自分が働く職場が今よりもっと良くなるよう真剣に考えてもらえる。サービス4課の発足当初は、相談員一人で体制づくりを考えてきた反省点からも、現在ではこれを社員の責務として捉えてもらっている。  主体的なミーティングを進めていくと、活発な意見が出るようになり、議題が事前に挙がらなくても、思いや考えが飛び交うようになる。また皆で検討することにより、良いアイデアも豊富に出てくる。さらにお互いがどのような意見を持っているかを知ることで、社員同士の距離も縮まり、業務上でも相手を思いやる気持ちが芽生える。      ④第4段階:生活の中での有意義な役割  コーポレートの事業所は、品川駅港南口から徒歩5分の本社ビル22階にある。親会社と同じフロアにあり、1人ひとりにデスクとパソコンが準備される。いわば「普通」のオフィスで派遣社員の事務仕事を毎日こなしている感覚である。  病気や障害とは関係なく、「普通」の仕事をし、本社社員やコーポレートの知的障害者や身体障害者と関わりを広く持てる環境を整備することにより、有意義な役割を持つことができる。また役割を果たしていくことにより、仕事も生きがいであることに気づいてもらえる。   3 まとめと課題  サービス4課は、社員の紹介者である他機関の福祉関係者の皆様をはじめ、社内では社長、次長、そして他課の力を借りながら、手探りで業務を丁寧に仕上げてきた。そして社員が少しでも希望を持ち、前向きに人生を歩んでいけるよう、特に就労の面で支援してきた。  その成果もあり、1年半の取り組みではあるが、この間に退職した社員はいない。  今後も希望や夢を持って働けるよう、より一層の業務内容の充実や、やりがいのある仕事を見つけていくことが、継続雇用の重要なポイントであると考える。  そしていつか皆に「この職場で働けて良かった」と思っていただけるような環境をさらに整えていきたい。 〔参考文献〕 マーク・レーガン著 前田ケイ監訳:ビレッジから学ぶリカバリーへの道 精神の病から立ち直ることを支援する、金剛出版、2005年 郵便室から元気を配達! −(郵便室設備改善・環境整備)企業と学校・支援機関との連携プレー− ○小谷 直美(株式会社日立ゆうあんどあい 営業/支援課長・第2号職場適応援助者) 鈴木 満利(株式会社日立製作所 機械研究所) 1 はじめに “神奈川に本社を構える特例子会社が茨城進出をした” 今回の発表は、特別支援学校の実習生2名を雇用に繋げるため、企業としての取り組みを紹介する。 2 会社概要  社 名:株式会社日立ゆうあんどあい (以下「(ゆうあい)」という。) 設 立:1999年10月1日 社員数:114名 【内訳】 知的障がい者(73名) 職場指導員 (32名) 管理スタッフ( 9名) 拠点数:30拠点 【内訳】 茨城地区 (1事業所, 1拠点) 東京地区 (5事業所,11拠点) 川崎地区 (2事業所, 5拠点) 横浜・湘南地区(5事業所,13拠点) 業務内容:社内郵便集配/独身寮・オフィス内外の清掃/シュレッダー・リサイクル回収・解体分別/庶務補助/パソコン補助/食堂補助 3 拠点の展開 (1)きっかけ 弊社の親会社である(株)日立製作所の各事業所から業務委託を受け、横浜/湘南・川崎・東京に拠点を広げてきたが、日立製作所の発祥地である茨城地区への展開は、ヒューマンケアの不安などから立上げには至ってなかった。 しかし、前社長の茨城県での講演をきっかけに、企業と地域のニーズに合致する方向が見えはじめ、(株)日立製作所 機械研究所(以下「(機械研究所)」という。)と、茨城大学教育学部附属特別支援学校(以下「(茨大特)」という。)と、障がい者雇用に実績のある (ゆうあい)との3者間で、知的障がい者による郵便業務を展開し、CSR精神のもと、各種課題解消への対策を進めるために、2007年9月1日から実習の受入れをした。2008年4月1日、(茨大特)卒の生徒2名を雇用し、現在(ゆうあい)社員として元気で働いている。 雇用後は、1回/月社員集合に出席するために横浜戸塚にある本社へ出張する。主に安全教育・健康指導など、社会人一般教育を実施しており、社員のモチベーションアップとコミュニケーションを図っている。 (2)インターンシップ(制度の活用) 雇用まで至る道のりは、これまでの採用計画とは少し異なった取り組みであった。 従来は3ケ月のトライアル雇用で判断をしていたものを、このケースは[7ヶ月間の実習]を実施した。その間、知的障がい者の[社会性を育てる]ことを中心に取組んだ。職場受入れのための就労支援のノウハウを最大限発揮して働きやすい職場作りを種々工夫した。現場の指導員による改善をここに紹介する。 4 改善事例 (1)環境改善 イ 従前は、各フロアーの庶務担当が行っていた郵便集配を、(ゆうあい)社員が行うことになるため、(機械研究所)総務から全職場宛に「郵便業務に関する件」の通知を出し、社内への理解と協力を要請した。 ロ 当初、郵便室の設置場所については(機械研究所)は別フロアーの部屋を考えていたが、(機械研究所)社員との出会い、関わり合いがあまりない。一般社員とゆうあい社員の融和を図り、社会的な接点・成長を望むために、職場が隣接する2Fフロアーに郵便室を設置することにした。 (2)郵便室のレイアウト及び備品改善 イ 仕分け棚/宛名表示 誰もが使いやすく、ミスをしない工夫を施した。   ロ 運搬台車 発信郵便と受信郵便をはっきりと区別するために、2段台車を用意。また、台車の使い勝手の改善を図った。廃棄文書回収にも利用。 ハ 休憩室&更衣室 パーテーションを設置し、作業室と休憩室の区別化。電気器具の安全対策。 ニ シュレッダーの安全・環境対策 ホ 郵便室内の備品、配達職場を含めた仕掛け作り 5 学生と社会人 この実習〜就労を通した11ヶ月の中で、社会性が身に付いてきた。また、自立意識が上がったことをいくつか紹介する。 誰もが、学生から社会人に切り替わる時には大きな変化がある。 企業で働くと、多くの事が著しく成長し、新たな可能性や能力が発揮されることを保護者・学校関係者にお伝えしたい。 企業は受入れの対応を十分に図っていくことに努力をしているが、半面「企業では甘えは通じない」ことも多々ある。本人達はその厳しさを感じているようである。いつまでも元気で働き続けるために、今回(茨大特)に社会的教育に関しては絶大なるご協力を頂いた。 (1)健康管理意識  栄養のバランスや好き嫌いを克服するために、食糧不足や環境問題など、感謝の精神の会話をし、本人納得のもとで自宅からの持込み弁当から会社の弁当を注文する方式にした。 その他、水分補給/手洗い.うがい/炭酸飲料/着替え/ウォーキング等 (2)挨拶の励行 約1年間の繰返し練習で、挨拶ができるようになった。また、緊張による言葉のたどたどしさも解消できた。世間話もできるようになってきた。 (3)就労意欲 シュレッダー作業の目標を与え、自己管理させたことで、作業効率が向上し、達成感を養うことができた。 (4)職業生活力向上 指導員と本人達の努力によって、下記に挙げる、職場における生活力が向上した。 職場清掃/安全対策/売店購入方法/対人関係/シャープペンシルの持ち方/日誌の書き方/食事マナー/体臭対策/ほうれんそう 6 関係機関との連携 (1)トラブルなどの対応については、拠点が遠方ということもあり、本来(ゆうあい)⇔(茨大特)が連絡を取り合うケースを、直接(機械研究所)⇔(茨大特)という円滑な連絡体制を敷き、迅速な対応を図った。 (2)長期の実習計画を3者で企画し、就労実習をしながらも学校の行事には積極的に参加できる配慮をした。 (3)学校/家庭での状況を把握するために、(茨大特)と随時連絡を取り合い、就労に向けての生活改善や、モチベーションアップを時間をかけて行った。 (4)職場指導者の悩みケアのため、職業センターとの意思疎通を図った。また、社員の生活面、メンタル面に関するケアのため就業・生活支援センターとの連携を構築した。 ジョブコーチ支援で得た障害者雇用における取り組み −教育目標による発展、自立への歩み− ○江間 秀樹(㈱レンテック中部 浜松事業所 布団工場 工場責任者) 齊藤 三郎(㈱レンテック中部 本社総務部) 自立を目指して生み出された取り組み 1 障害者と仕事を始めて 私の担当する布団工場で、知的障害者2名、聴覚障害者2名を同時に雇用し始めたのが、昨年の3月の事だった。それまでは、すべてを心得た派遣社員を主力にした、少数精鋭のラインによる生産体制をとっていたのである。上部から派遣社員を削減する指示が出され、それに従って補充されたのが彼ら4名の障害者であった。一般社員の募集を掛けたのだが、職種柄なかなか求職者がなかったために、彼ら障害者の採用に踏み切ったのだ。 これまで、仕事を心得ていた派遣社員の代わりを彼らに求めても難しいことは解っていたが、仕事を稼動させるためには、個々への負担は増えても、この道を選ぶ以外に手段がなかったのである。1週間の採用研修で、何とかひとつの仕事を覚えるぐらいは出来るだろうと考え、採用したのだが、考えが甘かったとすぐに後悔することになったのだ。私には障害者を教育・指導するには、余りにも経験も知識もなさ過ぎたのである。 様々なトラブルが起こった。作業中の理解不足によるトラブルは無論のこと、中でも厳しかったのが、業務面よりも環境面の維持であった。トイレを綺麗に清掃し、片付けても何故かすぐに散らかされ、嵐の中で窓を開けっ放しにしたかのように、水浸しになっているといった状況が続いたのだ。調べてみると一障害者のマナーの欠如と特性による問題行動の被害だったのである。これを指導し正そうと試みたのだが、マナーについてはまったく理解されず、私は彼にとって「怖い・口うるさい」だけの存在になってしまったのである。こんなことが続き、彼は出社を拒否するようになってしまったのだが、親御さんの希望もあって、ジョブコーチの支援を受けることになったのである。 ジョブコーチの指導は、健常者への教育とは違い、「観察・分析・対策・改善・教育・修正・再教育」の順で行われるとてもきめ細やかな教育であった。その成果を目の当たりにし、こうした指導をすることで、障害者の作業能力を向上させることが出来ること、そして、使用者が職場環境の改善をすることで、障害者の能力を向上させる事が出来ることを学んだのである。 今日では、ジョブコーチの助言を得ながら障害者の働きやすい環境を整え、職業リハビリテーション指導による効果を上げ、障害者達の作業レベルは、健常者と比べてもさほどの差のあるものではなくなっている。この論文は、ジョブコーチの力を借りながら、彼らの能力を引き上げる為に作り上げてきた、今迄の取り組みについてまとめたものである。 2 コミュニケーション手段の開発 彼ら障害者に対する取り組みとして、先ず考えなければならなかったのが、コミュニケーション手段の開発であった。業務内容や指示を理解させるためにはどうしたら良いのか?それ以前に聴覚障害者2名には彼らがこちらを向かない限り指示を伝えようがなく、ライン生産の流れ作業の中で、主戦力として作業に参加させることは非常に困難なことだったのだ。 支援期間中に、ジョブコーチが工夫してくれたものは、日常使われるこちらからの「指示」や相手からの「修理の依頼」「質問」をマグネットカードにしたもの。簡単な注意点の図示、機械使用時の製品のセット位置に線を引くなどの工夫と、「トイレ内の水道を使わない」「線から先は上履きに履き替える」などの約束事であった。そして、それにもまして役立ったのは、障害における特性などの知識を学べたことであった。これを学んだことにより、私が指導していた内容が障害者に正確に伝わっていなかったことが理解出来た事である。聴覚障害者の「わかった」という答えは、「理解した」という意味ではなく、「聞こえました」程の感覚でしかなかったことを知った。支援前から朝礼や草刈りなどで社員教育を試み、「遅刻をしない」などは徹底することが出来、他の障害者には効果を上げていたのだが、一人の聴覚障害者にはその教育が通用しなかったのである。「彼があなたの方を見るときは、いつも叱られる時、優しいときには見ていないのですよ。きっと、彼の中ではすごく怖い人というイメージしかないのです・・・。」というジョブコーチの助言は、私の心に突き刺さるものであった。 これを、切掛けに私は先ず次のことに取り組んでみたのである。 今まで口頭で行ってきた朝礼を、プリントで配布するようにし、理解を深めるように努力してみたのである。これに総務部長宛の報告書も添えて、朝礼時に障害者の一人に朗読させることによって、自分に対する評価が、どのように上司に伝えられているのかも解かるようにし、評価を上げさせるための努力を引き出したのである。 漢字が解らないという意見もあり、電子辞書を使えるようにテーブルに置き、使い方を指導したり、プリントがその場だけのものにならないようにラミネーターを購入し、資料としての保存にも工夫したりもしたのである。 また、聴覚障害者の二人が他の者とうちとけやすくするために手話の勉強をし、挨拶をはじめ、「開始」「停止」「解りましたか」「頑張ろう」「大丈夫ですか」といった簡単なものから、合図として手話を使うように手話辞典を購入し、みんなで使うことを心掛けさせ、こうした努力を重ねることで徐々にではあるが、問題の聴覚障害者もこちらを向き始めたのである。 仕事に対する興味や責任感を植えつけるために、機械の整備を教育し、各自に点検を行なわせ、印鑑で確認表へ捺印させるような指導も試みた。これは整備点検表を作り、整備や修理した内容によって機械の番号と内容を示した数字を書き込み捺印するということによって、機械に対する正確な知識とメンテナンスを心掛けさせる勤勉性を引き出すための教育として成果をあげたのである。 作業マニュアルをテーブルへ配置し、勉強しやすくはしたものの、文章ばかりでは理解しづらいだろうと考え、新たに「画像」と「ふき出し」を使うことで、漫画のような形で解りやすい機械操作マニュアルを作成し、それぞれの機械にも掲示することで覚えやすくし、機械の操作を学習させたのである。 3 二度目の危機 理解不足を実感する出来事 様々な工夫をすることで、業務は障害者でもなんとか行えるようになってきたのだが、このとき大きな問題が生じた。製品への「異物混入」が心配される大変な事態が起きたのである。 この工場では全員がそれぞれの作業で握りバサミを使うのだが、これを作業員一人ひとりに番号をつけた握りバサミを持たせホルダーで管理していたのである。 必ず、所定の場所で管理し、紛失を防ぐために使用した後に戻しておくことを指導して管理をしていたのだが、ある日、就業時に確認していると、やはり同じ聴覚障害者の握りバサミが、返却されていなかったのである。 次の朝、本人に持ち帰ってないかを尋ねると「なくなったので買ってきた」と二本の握りバサミを見せたのだ。私が「失くしたではすまないのだ・・・。」とみんなで探し始めさせ、彼にはどこでなくしたのかを考えさせようとしたのだが、まもなく、ゴミ箱の中から握りバサミが発見され事なきを得たのである。その後、異物混入について障害者を集め、再度、教育して理解した内容を作文にして書いてくるように指示したのだが、彼は切れて、家へ帰ってしまったのである。前日には、ジョブコーチから支援時に決められていた、トイレの使い方の約束や土足禁止が守られていなかったことや、シャワー室への汚物の放置を指導したばかりであったことも重なり、私は文を書かせることで教育した内容が理解できているかを確かめたく、「反省文」という厳しい指導を指示したのである。後から知ったのだが、家庭でのトラブルが原因で苛立っていたところへ私の指導が重なり、また、出社拒否が始まってしまったのである。今度は私からジョブコーチに連絡して支援に入って頂いた。 この時、ジョブコーチへは私に「失くした」と言っていた握りバサミは「切れなくなったから捨てた」というのが事実で、「二本も自分で買って来たのに何でしかられなければならないのか」ということで、切れて帰ったと説明したのだそうだ。 私としては「異物混入」について常に説明し、理解させていたつもりであったのだが、平気で「失くした」という態度に、その重要性については、まったく、理解されていなかったことが解かったのである。 この事への対応としてはジョブコーチから私に、指導が厳しすぎたことを反省している文章を書いてもらえないかということ言われ、親御さんへの詫び状と本人への詫びながらも諭すための文章を書き、翌朝、ジョブコーチに手渡し、彼を説得しに行ってもらったのである。一度目の支援以降、度々、様子を見に寄ってくださっていたこと、私もアドバイスを受けながら親しくさせて頂いていたために、何のためらいもなく要請に従い、早急な対処が出来たのである。手紙を渡したとき、ジョブコーチは熱いまなざしで「後は私の仕事です。任せてください。」と出掛けていった姿が今も頭の中に焼き付いている。後にメールで私にこの詫び状を書いてもらうことを言うのに迷ったこと。そして、私が即応して、早い対処をしたことと内容に感動した旨のメールが届き、私にとってもジョブコーチは、信頼する大きな支えとなっていったのである。この時の彼に対するジョブコーチの指導から、彼の理解度や考えを理解するためにはしっかりと筆談をしなければならない事の重要性を強く学んだのである。 また、この支援で障害者一人に健常者一人の担当者をつけ二人で日報をつけるなどの取り組みを始めた。私からの指導にワンクッションおく体制を作っていただいたことで、私にも少しの余裕が生まれたのである。後に、再度、担当者と彼の間にもめ事とが起こったことから、担当者の負担を軽減し体制を維持するために、月に一回以上の支援会議を行うようにし、問題点を話し合い、今後の教育の方針を決める機会を設けた。これがその後の、障害者の教育に非常に役立つ場となっていったのである。 4 作業力を向上させるための取り組み 先ず、私たちが支援会議のテーマとして取り上げたのが、「定着性の波を伸ばすこと」であった。アスペルガーだろうと言われている知的障害者と、いつも問題となる聴覚障害の二名には覚えたはずの仕事を、しばらくするとまた出来なくなってしまうという共通点があったのである。 原因を探っていくと、教えた通りの行動が出来ていない。横着になり動作や仕事を省き、作業手順を守らないために、機械のトラブルを引き起こしてしまっていたのである。 この工場の機械は完全にオートメーション化されたものではなく、人の操作を必要とするために、いい加減な扱い方をするとすぐにトラブルの原因となってしまうのだ。正確な動作を教え、それを維持させない限り、仕事を順調に運ぶことが出来ないのである。 ジョブコーチに相談すると知的障害者には、定着性の波があることについて、説明をして頂いたのである。 この対策として、行動を迷わずに行なわせるために、「範囲」や「順序」を定めることにより対応出来ることを学んだ。 また、私たちは以前に聴覚障害者には「9歳の壁」という精神発達の壁があることを学んでいたが、これは「定着性の波」とは違うはず、なぜ彼にこの症状が出るのかを調べてもらったところ、彼は聴覚障害という身体障害だけでなく、知的障害も認定された重複障害者であることがわかったのである。就職時に聴覚障害しか報告されていなかったために問題になったのだが、このままこの部署で雇う判断をし、指導の方法を考えたのである。 まず、工場内における作業について、担当を決め、順序と作業範囲を決めることで基本の行動と範囲を徹底的に教え込むことにしたのである。 このとき、トイレの清掃についても、それまでのものは、「便器に黄ばみはないか」「小便器の周りの床に小便が飛び散って汚れていないか」—などというチェック項目が書かれていたのだが、「1.洗面所のマットを通路へ出す」「2.床をほうきではき、チリトリでゴミ箱へ捨てる」—順番と作業、使う雑巾も場所によって色分けするなどの解りやすいマニュアルに変更した。工場内にラインを引き作業範囲を徹底して守らせる、機械にもラインを引き作業を解り易くし、基本行動を部署ごとに定める改善を進めたのである。 5 能力の向上を目指し取り組み方を進化 しばらくして、支援会議の中で議題として、「仕事を担当制にしているために、体力的に厳しい担当部署と、そうではない部署との差がありすぎるので、改善するべきだ・・・。」という意見が出された。これを改善するためには、一定の時間で担当場所をローテーションすることで労働における負担を平均化させることしかないのだが、これを障害者に行なっていいものか、障害者も含めたメンバー全員で考えたのである。 出された答えは、一時は苦しくなっても彼等の能力を高め、自立を促すためであるなら、出来そうなことから、担当を換えることで全員の能力を高め、いずれはローテーションの形が取れるようにしようということであった。 しかし、担当部署を換えても、確立された基本操作を教えることは、仕事を覚え始めた当初よりも難しいことではなかったのである。作業者に合わせた工夫を増やすことで意外と簡単に行うことが出来たのだ。 この時、「仕事の基本をしっかりと覚え行えるようにする」という目的を明確にしたのである。現在は、この目的を持った行動を指導することにより、工場内の生産に関する仕事は、ほとんどのことを誰もが行えるようになり、一番難しい機械である口縫いミシンの担当部署も練習でこなせるようになり始めているのである。 この仕事ぶりをジョブコーチによって様々な方面へ話題として広げていただいたことにより、学校や施設からの工場見学や官庁関係からの視察、ジョブコーチ認定や支援サポーター養成などの研修などが開かれるようになり、私も今までの取り組みを講演させていただくなどという機会も生まれるようになってきた。 企業としても名ばかりになっていた「障害者職業生活相談員」や「職場改善チーム」を確実に機能出来るものに改善するために様々な努力を始めたのである。これらの職場改善を陰で支えてくれているのがジョブコーチの存在だ。 現在、障害者たちだけでなく布団工場の全員が自信を持って仕事に取り組んでいる。現在も「物事の理解を深める」ことをテーマに様々な工夫や訓練を繰り返しているのである。 6 自立を目指した理入と行入 これまでの、取り組み方と成果を検証してみた結果として、彼らの能力を上げてきたものは、朝礼による毎日の反省と取り組み方の確認を、しっかりと教育し、物事への考え方をしっかりと刷り込んできたということ、これをせずに工夫をして作業をしているだけでは、ここまでの成果は得ることが出来なかっただろう。この教育により理を説くことを理入(りにゅう)。そして、作業の中で、生み出された工夫や手順を行入(ぎょうにゅう)と考えた行念一致した教育が大切なのである。 理入は毎日、資料を作りそれを形に残す工夫と総務部長への報告書を読ませることで、自分の評価を高く伝えてもらおうという努力を引き出せたこと。 行入は取り組んできた中から気が付いた8つのポイントを心得た指導をすることである。 先ず、第1番目に、仕事に目的を持たせるということ、自立するという大きな目標だけではなく、その日の作業工程や生産数まで理解させ目標を持った取り組みをさせること。 第2番目は、順序や範囲をしっかりと教え、迷わせない指導をすること。 第3番目は、基本の行動をしっかりと身に付けさせ、決められたことをしっかりと守らせ怠らせない指導をすること。 第4番目は、理屈を覚え、動作を理解させることで間違った行動をさせない指導をすること。 第5番目は、数を掛けて仕事に熟練させることによって、手先の器用さを引き出すだけではなく、自分だけでも「こういう時には、こうするように言われていたな」と判断が出来るようになる経験知を高めるような指導をすること。 第6番目は、片寄った仕事をさせるのではなく、総合力を高める取り組みをさせ、何においても「質を高める」ための指導をすること。 第7番目は、体力を付けさせ、病気による欠勤をしないように、自己管理することの重要性を指導すること。 第8番目はこれらの取り組みは、終わりがあるものではなく、常に進化させる工夫を植えつけるための教育でなくてはならないということである。 以上の8つのポイントの何処が欠けても、よい教育とはならないというのが、これまで取り組んできたことへの私の実感である。 この工場を見学に来られた方の感想の中に次のようなものがあったので紹介する。 「この布団工場見学させていただき、先ず、障害者の方に場内を案内して頂き驚いた。ここでは、障害者も他の社員も分け隔てなく同僚として一緒に存在している。1ラインに5名を必要としている現場の中で、障害者が5プラス1の補助として仕事に加わっているのではなく、5人の中の1人として仕事をしている。そして、その5人の内、4人が違う特性を抱えた障害者でも出来るようになっていると知ったときは、こんなことが出来るものなのかと驚いた。 次に更に、次々に担当場所を換わって見せられ、4人がすべての仕事を教えられ出来るようになっていることに教育のレベルの高さに驚かされたのである。まだまだ、驚かされたのはミシンの部署で下糸のボビンが空になって取り替えているのを、他の担当者が空いた時間を使って糸巻きにセットしたりする手伝いをしている。見ているとそれぞれの部署で担当者が助け合っているのがよくわかった。こんなことが出来る教育を1年で身に付けさせた奇跡に、これからの障害者の教育で目指すべき道を見せていただけたと感激しています。」というものであった。 こうした成果を生み出すために布団工場の教育は「出来るようになる」ことからはじめ「人間としての質を高める」教育へと、変換していくことに「教育の目的」があると教えている。惰性や怠りを許さず、常に「気が付く」こと、「行動に移す」ことを学ばせるのである。「出来る」ことを増やしていけば、自信を与え、勇気を育てることが出来る。そうした自信に、「気付く」教育を加えることで、行動力を生み出すことが出来るのである。 障害者が自信を持って「自立への道」を選択していけるように教育し続けることが目標であり、そのために、私たちの教育は「諦めない」こと、「決め付けない」こと、「相談して工夫する」ことを信念にして、これからも改善し、進化し続ける現場であることを心掛けていきたい。 現在、我社では総務部長を中心に形だけで機能していなかった部分を改善させるために、実際に機能する人材作りと体系づくりを進めている。布団工場をケースとして他の部署へも改善を普及させ、より良い形で障害者の能力が引き出せ、安心して働ける場を作ることを目指して努力しているのである。こうした、取り組みを引き出したジョブコーチ事業に敬意を払うと同時に、事業の安定と拡大を願うものである。 職場適応援助における生活支援者との連携の必要性と問題点 ○福田 有里(㈱かんでんエルハート ビジネスアシストセンター 副主任/ 第2号職場適応援助者) 中井 志郎・有本 和歳・西本 敏・上林 康典・宮田 智美・黒田 恭子・渡辺 明子 (㈱かんでんエルハート) 1 かんでんエルハートの概要 当社は、大阪府、大阪市、関西電力株式会社の共同出資により平成5年12月9日(障害者の日)に設立した特例子会社である。現在の従業員数は142名。視覚障がい者10名、聴覚障がい者8名、肢体不自由者25名、内部障がい者4名、知的障がい者48名、精神障がい者4名、健常者43名(内関西電力出向者20名)で、花卉栽培・花壇保守、グラフィックデザイン・印刷、IT関連業務、商品箱詰め・包装、メールサービス(郵便物・社内連絡便の受発信業務)、ヘルスマッサージ、厚生施設受付業務にそれぞれ従事している。 2 ヒューマンスキルとテクニカルスキル 図1は、障がいの有無に関わらず人が就業する上で必要とされる事柄をその優先順位で並べたピラミッドである。企業人として就業生活をおくる上では、それら5項目を必要とするが、そのいずれかが崩れるとそれを基盤としている上の部分も崩れ、就業が困難になると考えている。 当社では、障がいのある従業員一人ひとりに対し、どの部分に弱点があるのかを把握し、支援すべき項目を明らかにするため、全社員をこのピラミッド5項目ごとに6段階評価をしている。これはあくまでも、支援の必要性を明らかにするためのものであるため、ここではプラス面の評価は行っていない。よって以下の評価基準とした。 ●特に問題はない・・・・・・・・5ポイント ●若干物足りなさがある・・・・・4ポイント ●一部で支援が必要・・・・・・・3ポイント ●常に特別な支援が必要・・・・・2ポイント ●適当な支援策が見つからず 手をこまねいている・・・・・・1ポイント ●就業できる状態ではない・・・・0ポイント (ピラミッドの①から③の項目については、自分自身では不十分であったとしてもご家族やグループホーム、支援機関、医療機関等地域資源による支援を受けている場合、支援を受けた結果の状態で評価することとしている。) これらピラミッドの5項目は、さらに大きく①から④までをヒューマンスキル、⑤をテクニカルスキルと2つの要素に分けて考えることが出来る。テクニカルスキルとは、業務遂行能力・業績・成果に直接結びつくスキルであり、その多くは雇用後職場の上司や先輩社員からの教育・指導を受けて獲得していくものである。そしてヒューマンスキルは、業務遂行能力・業績・成果に大きく影響を与える背景となる「生きる力」に関するスキルであり、本来雇用以前に教育機関や就業支援機関を通じて身につけておくべきものであると言えるだろう。 そしてテクニカルスキルをX軸、ヒューマンスキルをY軸とし散布図にしたものが図2である。ここでは特に特別な支援を必要とする場合が多い知的障がい者48名と精神障がい者4名の計52名だけを対象としている。(ヒューマンスキルは4つの項目から成り立っているが、合計点や平均点ではなく、4項目中最も低い点を採用することとしている。) 図2 ヒューマンスキルとテクニカルスキルの散布図 3 5つのゾーンと支援策 当社では5項目全てで100点を求めてはいない。しかしそれぞれ60点以上は欲しいと感じている。いずれか1項目でも60点を下回ると、常に特別な支援を要することとなり、場合によってはその人の労働生産性よりも、サポートにかかるコストの方が上回り、経済合理性が保てなくなる場合があるからである。そこで散布図に60%のラインを引き、AからEの5つのゾーンに分けた。  当社ではこの5つのゾーンごとに支援の骨子・ガイドラインを作成している。Aゾーンは職場の上司の教育・指導のもとで戦力となっているグループであり、さらなるステップアップを目指し支援を行っているところである。またBゾーンは、現在業務遂行能力が低く、戦力となりえていないとの評価であるが、これは本人の適性を十分につかめていないために、その人の能力に合った質と量の仕事が提供できていないだけであると考えている。経理一筋20年の経理マンに営業をさせるとこのような状況になるのと同じであり、あくまで本人の課題というより、「部下の使い方の問題」、つまり職場の上司の課題であると考えている。とんでEゾーンは、就業のスタートラインに立てていないために雇用が不可能な状態、または職場不適応行動が著しく、職場に悪影響を及ぼし職場秩序が保てない状態である。 そして今回特に注目したいのが残るC・Dゾーンである。彼らはヒューマンスキルが低いために職場不適応の状態にあり、常に特別な支援を必要としている。彼らの特徴としてADHDや自閉症スペクトラム等発達障がいを重複していたり、精神疾患を抱えたりしている者が多い。また職場内では気付きにくい日常生活や社会生活上での何らかの課題を抱えている者が多く、企業内ではその支援に限界を感じている。 4 ヒューマンスキルに課題を抱えるAさんの事例 図3は、広汎性発達障がいの特性を有する知的障がい者の男性Aさんの特性要因図である。作業スピードは早く、仕上がりのクォリティーは高いが、集中力が低く作業ミスが多い。本来テクニカルスキルは高い社員であるが、ヒューマンスキルが著しく低く、それが生産性にも影響を及ぼしているというCゾーンの一人である。 具体的には、 ① 休憩時間や終業時間に、キリのいい数量で作業を終えたいので時間が気になる。 ② 数量調整をするために勝手に倉庫から材料を取り出す。 ③ 作業服の下に、アニメのプリント柄のTシャツや女性用の下着を着て来るが、透けて見えているため、周囲からジロジロ見られ、人の目が気になる。 ④ 深夜に通販のTV番組を見るため睡眠不足。 ⑤ 通販で多数の商品を購入する癖がある。 ⑥ 携帯電話の使用料が月7万円を超えている。 ⑦ 金銭感覚に乏しく財産管理ができないため、すぐにお金がなくなり支払いが滞って不安になる。 ⑧ 通販で注文した商品の納期が気になり、勤務時間中に何度も席を外して確認の電話をかけにいく。 といった状態である。 ①〜③と⑧は、作業ミスにつながる直接的な原因であり、全て職場内で起こっていることである。これらの課題に対しては、第2号職場適応援助者が中心となり、多様な支援の手を打つことができている。そして残る④〜⑦は、全て日常生活場面で起こっていることであり、本人を不安定にさせ、集中力を欠かせる背景要因となっている事項である。これらの課題を解決しないことには本質的な改善は期待できない。しかし企業内部では日常生活に関する課題に対し直接的に介入・支援を行うことが困難もしくは不可能なのである。 5 ご家族との連携  そうした日常生活・社会生活の課題を解決するためには、ご家族との連携が極めて重要となる。そのため当社では開業当初から、年に2回ご家族と懇談をする機会を設け、いつでも連携が図れるように関係性を高めている。また幸いにして開業初期の頃から、知的障がい者のご家族らが集まり、「自立を支援する会」を組織し自主運営する動きもあった。会では、両親が先だった後も、自立した日常生活が送れるようにと、「各種社会福祉制度について」、「グループホームの設立について」、「成年後見人制度について」などを調査・学習するなどの活動を続けられている。会社にとっても非常にありがたく頼もしい存在である。 6 家庭環境の変化と家庭内におけるサポート力の低下 しかし、開業から14年がたった現在では、ご家族も随分高齢となってきている。70歳を超えるご家族も増えてきた。若かった頃には「この子よりも1日だけ永く生きるんだ」と、自らの全人生をかけて子供の自立に尽くしてこられたご家族も、さすがに齢には勝てず、対応に疲れだしているのである。すでに他界された親も複数人出てきている。また親子間における力関係もいつの間にか完全に逆転し、もはや親が子をコントロールするどころか、子供のわがままに振り回され、逃げ惑っている状態の親もいる。 このような家庭環境の変化や、家庭内におけるサポート力の低下が、新たな不安定要素となって、知的障がい者の職業生活に悪影響を及ぼすケースも増えてきた。 本来、日常生活場面での支援を期待したかったご家族であるが、そうはいかなくなってきているのである。逆にご家族に対し救済措置が必要ではと感じるケースさえ出てきているのが実際である。 Aさんのケースに戻る。 Aさんの課題を解決するためには、携帯電話の使用やお小遣いの管理など、財産管理を十分に行う必要がある。但し、そうした場面には会社が介入することができないため、ケース会議で母親にそれを提案していた。 しかし一向に改善される様子がなかったので、よくよく話を聞いてみると、 ●母親はご高齢で、携帯料金の明細票の見方がわからなかった。 ●携帯電話の使用制限や料金プラン等について、よくわかっていなかった。 ●Aさんが「もっとお小遣いをくれ」と大暴れするので、怖くなって渡してしまっていた。 ということがわかった。Aさんの父親は2年前に他界しており、母親は高齢で入退院を繰り返している。Aさんの対応に疲れてきていた。いつしか親子間の力関係が逆転し、家庭内のサポート力が低下してしまっているケースである。 7 生活支援者との連携  家庭内に十分なサポート力がないとなると、地域資源である生活支援者との連携が重要となってくる。グループホームに入居しているなど生活支援者を持っている従業員の場合は、本人やご家族の了解のもと、グループホームの職員にもケース会議に出席いただくようにしている。   Aさんの場合も、グループホームの職員にケース会議に出席していただくこととした。 その後、本人とご家族、グループホームの三者の合意により、お小遣いの管理や携帯電話の使用ルール、睡眠時間の管理などはグループホームが中心となって行うということになった。そうして、時間はかかったが、当初の課題は徐々に解決されていったのである。    Aさんの日常生活に関する課題がなくなって数ヶ月がたった頃、今度はAさんに強迫行為が現れだした。 ●ロッカーの鍵が気になり帰れない。 ●通勤途上で、路上に落ちているゴミを見つけると、不条理に感じながらも拾わずにおれず、結果遅刻する。 ●トイレでいつまでも手を洗っていて職場に戻らない。 といった具合である。  Aさんに何が起こっているのかをアセスメントしだして、気づいたことだが、どうやらグループホームがAさんに対し、数多くの約束事を作り、厳しく指導しすぎるあまり、ストレスがたまっていたのではないか。またAさんにとってストレス解消となっていたアイドルのコンサート鑑賞や、アニメグッズの購入など、趣味の多くに制約を作られていたため、ストレス解消策を失っていたのではないかということが推測できた。  金銭管理の問題がなくなり喜んでいたものの、逆に新たな課題を生み出す結果となったことを大いに反省し、新たな支援に乗り出すことになったのである。   グループホーム側も、「少し厳しくやりすぎた」と反省するものの、強迫行為についてはあまり深刻に捉えず、「もともとこだわりの多い人。ストレスから少しこだわりが強くなっただけ」と楽観視されているようであった。またケース会議で「精神科に診てもらってはどうか」との提案に対しても、「彼は単にさみしいだけ。もっと愛情を持って接してあげれば解決するだろうから、そこまでしなくても」といった主張を繰り返すばかりである。結局精神科に診ていただいたが、「強迫神経症・うつ病」の診断が出た後も、「医師は数回会っただけ。彼のことを本当にわかっているのは我々の方。ここで休ますと甘えが出るから、今は心を鬼にしてでも会社に行かせた方が・・・」と、精神医療に関してあまり理解がなく、情緒的・温情主義的な姿勢を変えなかった。 8 生活支援者懇談会の開催 この事例は生活支援者との文化の違いを思い知った出来事であった。とはいえ生活支援者の協力なくして、職場適応・定着の支援はかなわないものである。今後、生活支援者とのよりよい連携を図っていくためにも、問題が発生する以前から、従業員の持っている生活支援者らとの関係性を向上する必要がある。また会社側が生活支援者(主に社会福祉事業者)の考え方やスタイルを理解すると同時に、生活支援者にも会社が考えていることを理解していただくことが重要であるとの考えから、年に1回生活支援者懇談会を開催することとした。 9 医療機関との連携  Aさんの様に、うつや強迫神経症など精神病を抱える知的障がい者や統合失調者の方の中に、特に支援が困難なケースが多い。一般的に「主治医との連携が重要」と聞くが、実際には会社のために十分な時間を作ってくれる主治医は少ない。また本人の承諾が得られないと面談すらかなわないものである。 そこで、当社では関西電力病院の精神科のドクターと産業医契約を行っている。主治医(治療医)に対しては産業医より連絡を取っていただき、情報交換を行ってもらっている。さらに本人が産業医に診察していただく際は、所属長か第2号職場適応援助者のどちらかが同行し、産業医より労務管理上の助言をいただくこととしている。 10 企業と生活支援者それぞれの限界  再びAさんのケースに戻る。 残念ながらAさんの症状は深刻になり、会社にもグループホームにも出て来られなくなった。産業医の助言を受け、長期欠勤し自宅で療養することとなったのである。  会社を欠勤し4か月がたった頃、Aさんの療養がグループホームの経営を圧迫しだした。グループホームの利用がない間は、若干の手当は出るものの、補助金の給付がなくなるためこれ以上は待てないということである。グループホーム側も可能な限り融通を利かせてはくれていたが、制度目的に縛られているがため、本人を支援する強い思いがあっても限界があるのが実状である。Aさんは最も生活支援者の支援が必要な時期に、それをなくしてしまうこととなった。   企業にとって対象障がい者は労働者である。企業の存続と労働者の雇用を守るために、経営の自由が保障されているが、一方で個別労働契約の範囲を超えて労働者の個人的生活に干渉することはできない。  また生活支援者にとって対象障がい者はクライアントである。個人の権利と利益を守るため、生活の質を維持・向上させるためのサービスを提供する責務を持つが、(特に事業予算の大半を国や自治体からの補助金に頼っている事業者は)その活動の範囲が制度目的の縛りの中で制約を受ける場合があるのである。 11 最後に  Aさんの支援に対し、生活場面でのキーパーソンとなっていただくため、お姉さんにご協力をお願いすることとした。お姉さんは、夫と2人の子どもを持ち、他県で暮らされておられるにもかかわらず、夫の理解も深く、「そろそろ母と世代交代する時期と考えていた」とAさんの成年後見人となってその人生を支えていく決意を示された。会社にとってもAさんの職場定着を支える良きパートナーができた思いである。 しかし、そもそも本来は、どのようなケースにおいても、網の目からこぼれることなく、障がい者の日常生活・社会生活を支えていく社会システムが必要ではないだろうか。「就労」とは安定した日常生活・社会生活の上に成り立つ社会活動である。社会福祉の充実こそが、障がい者雇用の拡大につながるのだと確信している。 障害者の地域就労を支援するネットワークづくりを企業側から… −障がい者ワークチャレンジ事業− 渡辺 典子(障がい者ワークチャレンジ協議会 事務局長/精神保健福祉士)  1 障害者ワークチャレンジ協議会とは 障がい者ワークチャレンジ協議会は、就労を目指し就労体験を希望する障害者と、その受け入れに賛同する企業や事業所を仲介する組織として2007年から苫小牧ロータリークラブを母体に準備を始め、2008年2月苫小牧市・ハローワーク苫小牧・障害福祉サービス事業所・心身障害者職親会・当事者団体等を構成メンバーとして発足した。その狙いは、第1に障害者本人の体調や回復に合わせて働けるような場所の開拓を視野に入れ就労体験を行うこと、第2に企業側には社会貢献の一環としての取組み意義や障害に対する理解を深めてもらうこと、第3に地域として地域全体で障害者の生活や就業を考える機会を創出することであり、障がい者の地域就労を支援するネットワークづくりの一端を担いたいと願っている。   2 ワークチャレンジ事業連携活動 就労体験を希望する障害者の利用登録・受入企業の登録及び就労体験に至る各関係機関との連携は次のとおりである。 一人一人の課題に応じて、本人の個性・希望と職種をいかにマッチングさせるかを相談の中から把握し、個人に合わせたネットワークを構築するように心がけている。実施期間中は、ボランティアや協議会職員が引率し、障害者の不安や受入先の負担を減らすようにし、現在多数の企業から受入れの了承を得ている。受入企業と就労体験経過を表1、表2に示す。 表1 受入企業と希望者数(平成20年9月現在) 受入企業 15社 希 望 者 20名(うち1名トライアル雇用中) 表2 活動経過 2007年9月 実行委員会準備打合せ 2008年2月 協議会設立 2008年2月 第1回ワークチャレンジ体験者2名 2008年3月 第1回就労支援セミナー開催 2008年5月 第2回ワークチャレンジ1名 2日間体験 2008年6月 第3〜5回ワークチャレンジ3名 1〜9日間体験 2008年7月 第6回ワークチャレンジ1名 2日間体験 2008年8月 第7回ワークチャレンジ1名 2日間体験 2008年10月 第8回ワークチャレンジ2名 3日間体験 第1回ワークチャレンジの風景 第1回就労支援セミナー 3 就労体験者の感想と受入企業の評価 (1)ケースA 精神障害、統合失調症、55歳男性。 過去警備員、清掃作業員として勤務していた。現在は就労継続支援A型事業に登録している。 体験内容は、海岸清掃、事務処理作業。受入企業では精神障害者に初めて接するということで不安もあった。 【体験の感想】  早朝から、初めての大企業の一日体験でどきどきしましたが、総務課副長さんの親切な説明・案内で、気分も落ち着いて頑張れました。 午前はふるさと海岸での海浜清掃で、今まで経験したことのない仕事と環境問題に少しでも役立つことができたことがうれしかったです。 また、機会があれば、ぜひ参加したいと思っています。午後からの事務の仕事もスムーズにできて、ゆったりのんびりとした気持ちになりました。一日中、良い天気に恵まれ、いい思い出になりました。またよろしくお願いいたします。 【受入企業の評価】  Aさんは、最初緊張されていたようでしたが、すぐに職場の雰囲気にも慣れたようでした。海岸清掃の他、軽作業が主でしたが、指示どおりに行動し、楽しく仕事をされるとともに、会社の事業内容について質問されるなど、好奇心旺盛な面も見受けられました。 (2)ケースB 知的障害、療育手帳B、47歳男性。 アルバイトをスポットでやったりしているが10数年働いていない。今迄障害があることを隠してきており人間関係で躓いてきている。 体験内容は、ゴミ収集作業。受入企業では初めての経験だが積極的に取り組みたいとの意向であった(現在トライアル雇用中)。 【体験の感想】  久しぶりに仕事について、始めは不安もありました。ゴミの分別を教えてもらい、燃えないゴミは少し難しいと思いました。全体的な仕事の内容は、とても分かりやすく教えていただいたのでよく理解できました。  僕は体を動かすのが好きなので、この仕事がとても気に入っています。これからもずっと働いていきたいです。どうぞよろしくお願いします。 【受入企業の評価】 受け入れは手探りでしたが、仕事ぶりは真面目でよく働いてくれています。 (3)ケースC 精神障害、うつ病、48歳男性。 現在就労継続支援B型事業に登録。アパート入退去時の清掃業務に従事しているが、契約が来年で切れるので一般就労を考えている。 体験内容は、清掃作業。受入企業は以前に障害者を雇用していてとてもよく働いてくれたので是非いい人がいれば雇用したいとの意向で受入。 【体験の感想】  ディーラーの大きなショーウインドゥの掃除と床のワックスがけです。何メートルもあるショーウインドゥの掃除です。スタッフの方が大きな脚立に乗って大きな釣り竿のような棒に器具を取り付け、上の部分を掃除して残った下の部分を私が掃除しましたが、とても暑くビニールハウスで仕事をしているようで汗をびっしょりかき、タオルを絞れるほどでグッタリしました。スタッフの手際の良さ、無駄のない動きに掃除のプロを感じました。 【受入企業の評価】  初めての職場と現場で不安な気持ちでいたと思います。作業するときはお互いに信頼しないと前に進むことはできないと思い、一人でしてもらいました。最後に確認しましたが大丈夫でした。自信のない時は何度でも聞いた方が良いです。動きは良かったです。短い間でお役に立てたかわかりませんがありがとうございました。 いろいろとお話ができて楽しかったです。 Cさんのワークチャレンジ体験風景 4 今後の課題  利用者登録も増え体験を重ねていく中で、就労体験の結果を適切にフィードバックし、本人の課題や長所・短所などを含め共に認識していくアセスメントの重要性を感じている。どこに相談したらよいかわからない人も多く、就業以外の支援者等相談支援機関にいかに繋げていくかということも課題である。 「支援者のためのディスカバリーガイド」の開発 −障害のある人たちの就職活動のノーマライゼーション− ○東明 貴久子(障害者職業総合センター社会的支援部門 研究協力員) 春名 由一郎(障害者職業総合センター社会的支援部門) 1 はじめに 近年、従来の障害の改善や訓練のアプローチだけでなく、一人ひとりの障害のある人が実際の職業生活で直面する課題に対して、個別支援を提供することが重視されるようになっている。職業準備や就職活動もまた、それらを行おうとする際に直面する課題を中心として、支援を組み立て直す必要があると考えられる。 障害のある人を「障害」や「できないこと」のレッテルを超えて、一人の求職者、職業人として全体的に理解するための方法論として「ディスカバリー1)」がある。これは、「カスタマイズ就業1)」の特徴の一つである。我が国において、障害のある人が一般的な就職活動に取り組む際に直面する課題を明らかにし、それら課題を解決するために、ディスカバリーの方法論を整理する必要がある。 2 目的 本研究は、障害のある求職者が一般的な就職活動に取り組む際に生じる課題を整理すると共に、「ディスカバリー」を適用するために、支援者のためのガイドを開発することを目的とする。 3 方法 はじめに、障害のある人が一般的な就職活動の内容である「就業希望の確認」「支援体制の調整」「職探し/求人への応募」に取り組む際に生じる我が国の課題を検討した。次に、その対策として、「ディスカバリー」での取組で効果が期待できるものを取り上げ、一連の流れにまとめた。 4 結果 就職活動の取組で生じる課題が明らかになり、課題への対策として取り組むことができる支援がディスカバリーに多くあったので、以下に示す。 (1) 就職活動の課題に対する解決策 イ 「就業希望の確認」の課題への対応 求職者の就業希望は、従来からも本人に聞かれてきたが、その際、職業につながる強みが全くない、本人は意思表示ができない、あるいは希望が現実的でないということで、就職活動に活用されるものとなっていないことが多い。ディスカバリーでは、就業希望の確認のために、本人に関する情報を十分に集め、本人のことをよく知り、本人が示す言外の意味も理解していた。 (イ) 何気ないことからの発見 本人が話をできない、意思を上手く伝えられないといった状況にある場合にも、本人を知る有効な方法は、日常生活の観察である。 日常での行動、他者とのやりとり、特定場面での作業遂行の観察は、本人の好み・興味や強みを知る手がかりとなる。本人や家族の許可を得て、自宅、買い物、友人・知人との交流の場など、一日数時間を本人と共に行動する。自宅での観察では、家事をこなす様子、整理整頓の程度、室内の様子から、できることや趣味嗜好がわかる。買い物への同伴では、食べ物の嗜好、金銭感覚、商品を選ぶ基準、時間のかけ方がわかる。他者との交流の場では、会話の量、他者と共有する話題、コミュニケーションの取り方などの情報を得られる。 本人の行動以外にも、服装や持ち物の観察から、身だしなみ、好きな色やデザイン、几帳面さ、欠かさず持っているものなどを知ることができる。 (ロ) 第三者の視点による発見 その人の性格や癖、優れたところに気づいているのは、本人よりも第三者であることが多い。そこで、親、兄弟、配偶者、子供といった本人の家族、親類、友人・知人、近隣の人々、福祉、医療、教育機関や就業支援機関の関係者から聴き取りを行う。聞き取りの対象者からは、本人に関する直接的な情報だけでなく、共に経験・体験したことといった間接的な話も聞く。「本人はどういった人ですか」のような曖昧な質問は避け、「先週、一緒にご飯を食べに行ったそうですね。どこのお店に行ったのですか」など、会話を広げるきっかけを作る。 本人を含めた関係者が一堂に会し、本人について話し合う「ディスカバリーミーティング」を開き、本人のニーズ、能力、魅力を確認する。 (ハ) 本人と家族への十分な情報提供 障害のある人たちは、経験や情報獲得の機会が制限されがちであるゆえ、非現実的な夢や希望を示すことがある。まず大いに夢を語ってもらう。 どんな発言でも必ず耳を傾け、人は様々な経験と知識を積み重ねる中で夢や希望が変化することに留意し、その中に隠れている意思表示を見逃さないようにする。障害のある人の中には、実際にどんな仕事/働き方があるのか十分に知らないために、働くイメージが湧かない人もいる。支援者は書籍、新聞、インターネットといった各種媒体から就業に関する情報を集める一方、実際に働いている様々な分野の人たちから本人と一緒に話を聞く機会を設けると、より働くイメージを得やすい。 (ニ) 「障害」について 支援者は、障害で制約があることだけでなく、それぞれの置かれた状況で、どのように障害の影響を少なくし、様々な日常活動、移動、コミュニケーションなどを行っているかを明らかにする。そして、その人がどういった支援や配慮があれば働けるのかを明らかにし、「障害」と共に職業生活を送ることをイメージできるように、本人と一緒に考える。 ロ 職探し  障害のある人たちは、労働市場が制限されていたり、職探しに必要な情報収集や、具体的な就職活動の困難に直面している人が多い。このような単独での職探しの限界を克服するため、ディスカバリーでは、本人と就職活動に役立つ関係者が一 堂に会し「職探しミーティング」を実施する方法 があった。 (イ) 家族・関係者の人脈の活用  職探しミーティングでは、参加者の中に企業経 営者、人事部に勤める人、企業経営者とつながりの強い人の知り合いがいないかどうか確認し、公開求人だけでなく、「隠れた求人」の発見に努める。本人ニーズを満たす仕事の候補と、実際に連絡を取る雇用主候補を検討する。本人の好み・関心と一致する仕事は全てリストアップする。その際、具体的な職種を挙げることは避け、作業内容を重視する。  本人の就業に、家族が反対する場合、就業に関する十分な情報を提供し、家族が抱く不安や心配ごとを全て取り除く。まずは家族の話を聞くことに徹し、次に疑問や不明点に一つひとつ回答する。また、就業生活の獲得に成功した人と求職者・家族が交流する場を設け、成功事例を聞かせる以上に働くイメージを湧きやすくする。成功体験者のツテがない場合は、知り合いの支援者から紹介してもらうなど、自らのあらゆる人脈を駆使する。 (ロ) 「起業・自営」という選択肢の活用  本人の強みと好みに一致するのであれば、働き方の選択肢として起業・自営を検討する。起業にあたって検討すべきことには、販売する商品/サービスとその販売方法、起業する場所、運営資金の確保などがある。企業に際してかかる費用は、扱う商品/サービスの内容と種類、企業場所、販売・宣伝方法などによって決まる。自己資金が十分でない場合は、国・地域・民間団体による企業融資制度を利用する手がある。 自営のメリットは、その人の強みを最大限に活かして収入を得られること、働き方に柔軟性をもたせられること、家族や知人など身近な人たちから支援を受けられることがある。一方、経営・運営に関する全ての責任を本人が負うこと、ある程度の運営資金が必要といった課題もある。本人を社長とした経営チームを発足させると支援を得やすく、安定した会社運営を行える。 ハ 支援体制の調整 障害のある人が就職することは、日常生活、地域生活、医療や教育等の様々な側面での変化を伴い、就職活動、就職、就業継続のために支援を必要とすることが多い。だが、実際には関係機関間の支援調整は難しく、求職者は縦割りの支援に翻弄される。ディスカバリーでは、様々な社会資源を組合せ、各分野で必要な支援を提供していた。  障害のある人は、仕事に就かなければ障害年金だけで生活していくことは難しく、難病のある人の中には障害者認定を受けられない人も多い。主たる給付や年金以外にも利用できる社会資源がないか、「社会資源の組み合わせ」を検討する。市町村によっては、「障害者福祉手当」「難病者福祉手当」など、独自の給付制度を設けているので、各担当窓口に問い合わせる。  金銭の支給制度以外に、諸税の控除、日常生活用具や補装具の支給・貸与、有料道路や交通機関、携帯電話の割引サービスなどがある。このような制度は仕事の獲得に直接的な効果を発揮するものではないが、就業生活を維持する上で欠かせない。  職業紹介については、ハローワークによるサービスだけでなく、民間企業による人材紹介サービスを併せて利用すると、いっそう職探しの幅が広がる。 (2) 就職活動全体を支えるツール イ 関係者間の情報共有 関係者の専門分野が多種に渡る場合、専門分野以外の本人ニーズや希望に関する情報を十分に認識できないことが多い。関係者が連携した支援を提供するにあたって、本人についての専門分野を超えた共通認識を構築するため、集めた全ての情報を一つの書式に整理し、「情報共有ツール」として活用する方法があった。 (イ) 情報の効果的な見せ方 本人の情報の箇条書きではなく、物語調の文体にすると、個々の情報がつながり、内容を吸収しやすくなる。配慮が必要なことについては、「長時間立っていられない」という表現でなく、「短い時間であれば立ち仕事もこなしている」というように前向きな表現を使って「できること」を強調する。「絵が得意」ならば実際の作品や写真を添付するなど、具体的に示すと本人に対するイメージが湧きやすい。また、関係者による推薦書やコメントといった客観的な視点を活用し、本人の魅力を強調する。 写真、イラスト、カラー印刷といった視覚的アピールを加えると読みやすくなるほか、写真、絵、手作り作品などをアルバム形式にまとめると、気軽に手に取れるメリットがある。CDやDVDなどメディア媒体を使う場合、市販のCD・DVDの歌詞カードのような冊子を作り、挨拶文と求職者の簡単な紹介をつけると、視聴前の参考材料になる。 (ロ) ツール作成の留意事項 本人の強みや魅力を語る際、「○○なところがすばらしい」といった漠然とした表現は避け、具体的なエピソードを入れる。 文章が長くなるほどアピールしたい点が埋もれてしまうので、相手の読む気が失せるような分厚い書類にならないよう、A4用紙2〜3枚程度にまとめる。小見出しをつけたり、余白を十分に取ったりと文字の詰め込みすぎに注意し、見やすいレイアウトを本人と共に決定する。特に、表紙は最初に目に入る箇所なので、原色を使う、文字を大きくするなど目立たせ、きちんと製本すると見栄えがよい。  CDやDVDなどメディア媒体では、長くても20分程度に収める。 ロ 雇用する側との情報共有 支援者が就業支援でもっとも頭を悩ませるのは、本人の魅力や能力を十分に理解していても、企業が本人を雇用するメリットを説明できないことである。だが、本人のたった一つの「できること」が企業ニーズと一致すれば仕事として成立する。ディスカバリーでは、雇用主・人事担当者との最初のコミュニケーションツールとなる「履歴書・職務経歴書」で本人を最大限アピールしていた。 (イ) 本人を売り込む記述  応募する職種と関係のある経験や成功体験を詳しく記述する。経験がなくても、本人の性格を活かした記述でアピールする。たとえば、「人懐っこい」「几帳面」な性格は、「社交的で、顧客とコミュニケーションをうまく取れる」「作業の一つひとつを何度も確認し、ミスなく丁寧に仕事をする」と表現する。スキルアップや資格の取得に向けて勉強していることがあれば、「○○取得に向けて現在勉強中」と積極的にアピールする。  複数回の転職や離職といった一般的に好ましくないと受け取られる経歴があったとしても、ネガティブな表現は避ける。転職を繰り返していても、経験した職種が基本的に「接客業」であれば、その「キャリアの一貫性」を強調する。働いた経験がない場合は、ボランティアや地域での活動で得た知識、スキル、貢献したことを応募する職種に結びつけ、アピールポイントにする。 (ロ) 障害に伴う配慮・留意事項の記述  企業の「負担・トラブル・高コスト」という不安要素を一蹴し、仕事で貢献できる人材であることを示すには、仕事をする上で効果的な配慮や支援を的確に示す。定期的な通院や労働時間の制限などの配慮に関する記述では、「定期的な通院が必要なため、○曜日は勤務できない」とはせず、「健康状態を良好に保つため、毎週○曜日に通院している。それ以外の曜日は、休日を含め勤務できる」という具体的な働き方のイメージが湧きやすいものにする。 障害が業務に全く支障をきたさない場合は、あえて開示する必要はない。 (ハ) 読みやすさを追求した記述  一般的に販売されている履歴書には、職歴欄が広いもの、資格・特技といった自己アピール欄が多いものなど、いくつか書式がある。また、用紙サイズがA3かB4かによっても、記入する量が変わる。求職者の強みに合う適切な書式を選択する。 職務経歴書の書式は、現在に至るまでの経歴を年代順に並べる「編年体式」、経験した業務ごとに内容と実績をまとめ、アピールしたい点を強調する「キャリア式」、編年体式とキャリア式を組み合わせる「自由形式」の3つが代表的である。  履歴書・職務経歴書は誰が読んでも理解できるよう、福祉用語に限らず、専門用語の使用は避ける。スキルに関する記述では、「パソコンを使った文書作成」のような曖昧な表現ではなく、「ソフト名(文書作成、表・グラフの挿入)」「データ入力速度(○字/分)」と具体的に表記する。 5 考察 ディスカバリーは、障害のある人の就職活動支援自体を支援するための方法として、我が国の課題に対応できる実践が多く含まれていた。病気や障害による「できないこと」を直接改善しようとするのではなく、実際の職業生活上の課題に着目し、病気や障害はそのままであっても「生活機能」を改善しようとすることは、現在のジョブコーチ支援等の基本的な考え方である。ディスカバリーは、ジョブコーチ支援の発展系であり、実際の職場での課題に対する支援に止まらず、就職活動の実際の課題に着目して、よりよい就職活動ができるようにする支援と位置付けられる。また、「就職活動のノーマライゼーション」に着目すると、障害のある人たちが職業準備や就職活動上の課題に直面しているのは、福祉、教育、医療等の場面である。したがって、ハローワークや障害者職業センターといった就業支援機関だけでなく、施設や医療機関などの分野でも、就業に結びつく支援としてディスカバリーは重要である。就労への移行を支えるために、就業支援機関の担当者よりも、実際には施設で支援している人の方が本人についてよく理解していることが多い。このメリットをディスカバリーの実施によって就業支援へとうまくつなげることで、障害のある人たちが一般的な就職活動を当たり前のように行うことが期待される。 6 結論 障害のある人が一般的な就職活動に取り組む際には、就業希望を明確化する段階から、職探し、地域資源の活用まで、多くの具体的な課題に直面しており、現状では、それらへの支援は必ずしも行われていないことも示された。障害のある人の就職活動支援自体を支援するための方法として、ディスカバリーの実践は我が国でも適用できる様々な有望な実践を含んでいる。 7 引用文献 1)障害者職業総合センター:カスタマイズ就業マニュアル,障害者職業総合センター資料シリーズNo.36(2007) 中高年齢障害者の雇用実態の概観 −障害種類間の格差と年齢制限に注目して− ○沖山 稚子(障害者職業総合センター事業主支援部門 主任研究員) 佐渡 賢一(障害者職業総合センター事業主支援部門)  今野 圭 (障害者職業総合センター事業主支援部門) 1 はじめに 少子・高齢化の進展に伴い、働く障害者や仕事を求める障害者の高齢化が目を惹く状況となっている。しかしその実情を示す資料は、20年前に実施された事業所の中高年齢障害者に対する厳しい姿勢を示唆する先行研究等にとどまり、現状は必ずしも明らかとはなっていない。そこで、上記の先行研究を踏まえ、在職中高年齢障害者の就労実態に関する聴き取り等、最近の状況を調査した結果を報告する。 2 問題意識 (1)高齢障害者を雇用する事業所の負担  報告者が地域障害者職業センターの障害者職業カウンセラーとして勤務していた時に、障害者を雇用している事業主から「家族が高齢化、死亡して身寄りがない障害者の死に水をとった」「お墓を立てた」など、自社で雇用した障害者の一生を面倒見る事例があることや、「障害者が高齢化して作業能力が低下し、以前のように作業処理ができなくなるが、昇給させなくてはならない。辞めてくれとは言えず困った」という話を聞いたことがある。  上記のような負担を想定すると、事業主は障害者の雇用に消極的になるのではないかと考えられる。 (2)中高年齢障害者の就職率の低さ  「職業的困難度からみた障害程度の評価に関する研究」ではハローワークにおける障害者職業紹介統計をもとに就職困難度の程度を分析している。その中で45歳を境にして就職率の比較を行っているが、44歳以下の者に比べ45歳以上の障害者の就職率は、それぞれ46.8%に対し36.0%と10ポイントも低い状況であった。 (3)多種多様な中高年齢障害者 「中高年齢障害者」と一括りに言っても、障害の種類、作業の内容、雇用されている事業所の規模や業種などにより状況は様々である。さらに先天的障害のある従業員の加齢問題と、中途で障害を受けた中高年齢従業員では注目すべき点が異なるであろう。 一括りに論ずるのが難しい中高年齢障害者であるのだが、理由らしい理由もないままに、中高年齢障害者の雇用継続や新規採用は難しいとされ、雇用の場から排除されてはいないか。 (4)求人における年齢制限の禁止  平成19年10月に施行された改正雇用対策法によって、求人における年齢制限が禁止されているが、そのことも厄介な要因をもたらしている。募集時の求人票は年齢制限を設けていないとしても、採用するかしないかは事業所任せである。法律は中高年齢者を不採用とすることまでは禁止していないし、不調理由が求職者に正確に示されることはほとんどないので、問題点は従来以上に不鮮明になることが懸念される。  上記4点の問題意識をもとに、中高年齢障害者の雇用実態を知り、傾向を分析し、戦略をたてることで、理由が明らかにならないままに中高年齢障害者が雇用の場から排除されるのを防ぎたいと考えた。「働きたいという意欲」があり、「働くことができる」中高年齢障害者が一人でも多く就職できるために、障害者本人、事業所、支援者はそれぞれどうすべきか、何ができるのかを提案するのがこの研究のねらいである。 3 先行研究 (1)参考にした研究   東京都労働研究所が行った研究1)には報告者が注目した重要な視点がいくつかあり、今回の研究推進にあたって有力な先行研究となった。この調査は1988年10月に東京都心身障害者雇用促進協会の会員事業所2,100社に対して調査を実施し、823社(有効回答率39.2%)から得られた回答を集計・分析したものである。20年前、しかも東京都に限定した資料であるが、当時の回答事業所の本音が鮮明に顕れている点がそれを補って余りある。例えば、「雇用に向く障害種類」(表1)に関する設問があり、多い順に「下肢障害」(56.4%)「上肢障害」(36.3%)「聴覚障害」(36.2%)と の回答が得られ、一方同様に「雇用に向かない障害種類」(表2)についても、「精神障害」(82.0%)「視覚障害」(78.4%)「知的障害」(66.2%)という回答状況が明らかになっている。 表1 「 雇用に向く障害種類 」(表1)(複数回答:MA、上段社、下段%) 表2 「 雇用に向かない障害種類 」(表2)(MA、上段社、下段%) 「障害者を採用する時の限度年齢」(表3)は、40歳までとする事業所が67%に及ぶ、中高年齢障害者を忌避する理由はという問いに対して、体力・健康面が心配430(52.5%)、40歳以上は採用しない328(39.9%)、覚えるのに時間がかかる316(38.4%)、作業能率が悪い245(29.8%)などが多い回答となっている(表4)。 表3「 障害者を採用する時の限度年齢」(表3) (上段社、下段%) 表4「 中高年齢障害者を採用しない理由」(表4)    (MA、上段社、下段%)  20年を経た今、同様の設問に対する事業主の意識がどのように変化しているのかを把握できれば今後の戦略を考える上で有効な資料となり、東京都の回答との史的な比較の観点からもこの設問への回答状況が注目される。  (2)障害者の加齢現象に焦点を当てた研究 障害者職業総合センター研究部門では、障害者の加齢について5年間にわたり研究した。2)。 高齢化する知的障害者の職業能力はどのように変化し、各年齢段階で職務遂行能力に無理のない健康な職業生活を継続させるための作業管理、健康管理等はどのようにあるべきか、求められる支援・助成等対策は何かを検討した。  今後の研究課題は「一定年齢に達した障害者を雇用している場合にダブルカウントする制度や生産性の低下に対して最低賃金との差額を助成する制度等諸外国の制度の我が国への導入可能性について検討することも必要であろう。」と提案した。  国立精神・神経センター精神保健研究所(知的障害部)は、平成16年度から3年間にわたり、全国の知的障害関連入所施設や通所施設における生活機能評価(25項目)を行い、知的障害者における機能退行は一概に言えないことを示した3)。退行現象が多く顕れるのがダウン症、知的障害、自閉症の順であり、退行が始まった年齢は自閉症、ダウン症、知的障害の順であると報告している。    (3)障害者の加齢と疲労に関する研究  タイトルに興味を惹かれる研究としては、当機構の研究部門4)と当機構の雇用開発推進部(当時開発相談部)が労働科学研究所に委託した研究5)がある。  しかし前者は目次から分かるように、「疲労」「疲労と体力」「疲労と加齢」についての記述はあるが、必ずしも障害者の疲労や加齢には焦点を当てるには至っていない。障害者に関連する記述は序章(障害者数を示しているのみ)と「疲労と加齢」の章のごく一部(p70:知的障害者の体格と体力に触れているのみ)にとどまっている。  後者は、重度障害者多数雇用事業所の5事業所に就労する身体障害者に対して、①フリッカー検査、②自覚症状調べ、③蓄積的疲労徴候調査、④生活状況アンケートの疲労調査を実施した。いずれの項目でも障害者と健常者の間にはっきりした差を見いだす結果とはなっておらず、むしろ障害者の方が疲労を訴えることが低いものもあったとある。この主題の研究を再度試みるには仮説の再構築等、相当の作業と専門性が要求されることを示唆するものとなっている。 こうした成果物の内容に鑑み、報告者が取り組む中高年齢障害者の研究では、これらの視点やアプローチの優先度は低くならざるを得なかった。 4 調査の結果から  本研究の中心は中高年齢障害者の雇用実態を知るために実施する郵送調査「中高年齢障害者の雇用に関する事業所実態調査」(2008.9)(以下、「事業所実態調査」という。)と訪問聴き取り等であるが、現段階での実施・計画状況をもとにその一部を紹介する。 (1)事業所実態調査 事業所実態調査により明らかにしたいと考える主な項目は次のとおりである。 *事業所の規模別、業種別、障害者雇用の経験の有無により雇用可能性のある障害種類と雇用が困難な障害種類は何かについて違いはあるか。 *採用にあたり年齢制限する場合その年齢はいくつか。 *中高年齢障害者の採用を懸念する理由は何か。  こうした問題意識に則り調査票を設計し、以下の要領で実施した。なお、回答負担をかけないよう、考慮した。 ①方法、時期  方法:調査票による郵送調査(無記名式)  調査時期:2008年9月  ②調査対象事業所  宮城、東京、愛知、兵庫、広島、福岡の雇用開発協会の会員事業所合計約7,000件を対象とした。 (2)聴き取り調査  郵送調査による情報収集の限界を補うため、事業所訪問による聴き取り調査を予定している。当機構の出先施設や関係者の紹介により、調査協力者を募り、障害の種類や従事する職種、先天的障害か中途障害かなどに留意し、広範囲に事例収集しているところである。 ①研究テーマが孕む難しさ  聴き取り調査は本研究で非常に重要な位置を占めるが、他方研究のテーマゆえの難しさも有している。既にプレ調査として実施した聴き取り(50代男性の数名が対象)を通した体験をもとに、その課題について報告する。 聴き取り対象とした中高年齢障害者は全てが問題無く職場定着しているとは限らない。聴き取りを通して雇用上の困難さや支障などの問題点を確認する結果となり、その人の「雇用継続」に支障をきたすようなことにならないかという懸念がある。事業所側が「その方の雇用上の問題を知らないでいることによる善意」に基づく雇用が、「問題を知り知識を得ることで生じる心配や懸念」に変化する場合もある(いわゆる「寝た子を起こす」現象)。そのことで「雇用継続への不安」「(次回の)契約更新見合わせ」「リストラ」に繋がることまでが充分に予想される。それは、中高年齢障害者の雇用安定と雇用促進をめざすこの研究の一環として行った活動がその趣旨に反する結果をもたらすことでもある。聴き取り調査を進めるにあたっては、そうしたジレンマに充分配慮して慎重に実施すべきであると考えている。 ②技術的な難しさ  調査項目を考える時には「××の問題がある」だから「○○の工夫や配慮をしている」という一対の回答が得られるものと期待したが、現実はそうならない。「とくに問題がない」という回答の時には「ⅰ真に問題がない」場合と「ⅱ問題が不明で分からない(問題があるのだが自覚されていないものも含まれる)」場合がある。だから、工夫や配慮も成されていないことがある。工夫や配慮をしている場合でも、事業所がそのことをもはや意識していない(ナチュラルサポート状態)ときには、「とくに何も配慮していない」と回答することがある。そこで、質問の仕方を工夫することで、回答者が当たり前と思っている無自覚な状態の中にある自然な配慮や工夫を聴き取る技術が必要になってくる。 中高年齢障害者の雇用継続や新規就職に対して障害や支障となっていることは何か?そして解決するためにどういう工夫や配慮がされているか?というテーマの核心に近づくためには、既存の調査における方法の工夫や、新たなアプローチが必要ではないかと考えている。  5 まとめ 日本は超高齢社会である。働く意欲と能力のある高齢者や高齢障害者は多い。しかし、はっきりした理由もないままに、高齢者たちが一括りに雇用の場から排除されてはいないか。中高年齢障害者の雇用実態を知り、傾向を分析し、戦略をたてることで、「働きたいという意欲」があり、「働くことができる」中高年齢障害者が一人でも多く就職できるために、障害者本人、事業所、支援者はそれぞれどうすべきかを明らかにしたい思いで取りかかった研究である。 この研究では、障害の種類別のアプローチはせず全障害種類を視野に入れている。また、先天性障害がある者の加齢に伴う問題と、中途障害を受けた中高年齢者の問題を分けずに対象としている。障害者採用を想定した時の可能性や忌避について障害種類間の格差はどうであるのか、年齢制限はどうか。中高年齢障害者の採用が躊躇される理由は何かなどについても把握しようとしている。 この研究は研究委員会方式で進めているので、社会調査や参与観察に長年の実績をもつ各委員からの助言を得て、実態に迫る新たな切り口や方法上の工夫などを加えて研究を進めることとしている。 研究委員会では既に「事業所実態調査」の設計と実施を終え、回答結果の分析を始めている。発表会の場では同調査を単純集計したものの概要をお示ししたい。          【補足】 6 参考文献 1)東京都労働研究所:「中高年障害者の就労と生活に関する調査」、1990 2)高齢・障害者雇用新機構:№31「障害者の加齢に伴う職業能力の変化に関する実態調査報告書」、1998 3)国立精神・神経センター精神保健研究所(知的障害部):「知的障害のあるひとの機能退行を防ぐために」、2007 4)高齢・障害者雇用新機構:№7「障害者の高齢化と疲労に関する基礎研究」、1993(注;障害者職業総合センターウェブページへのアクセス数が多いことからも、本テーマへの関心の高さが窺える) 5)高齢・障害者雇用支援機構:「障害者の作業と疲労」、1982 「2008年事業所実態調査:東京都の結果」(抜粋) (注:回収の締め切り20.9.25の結果をもとに中間集計したものを暫定的に示す。締め切り後に到着した結果を含む最終報告の数字とは異なる。) 「雇用に向く障害種類 」(表5)(MA、上段社、下段%) 「雇用に向かない障害種類 」(表6) (MA、上段社、下段%) 「障害者を採用する時の限度年齢 」(表7) (上段社、下段%) (上段社、下段%) 「中高年齢障害者を採用しない理由」(表8) (MA、上段社、下段%)(MA上段社、下段%) 参考文献 1)東京都労働研究所:「中高年障害者の就労と生活に関する調査」、1990 2)障害者職業総合センター 調査研究報告書 №31「障害者の加齢に伴う職業能力の変化に関する実態調査報告書」、1998 3)国立精神・神経センター精神保健研究所(知的障害部):「知的障害のあるひとの機能退行を防ぐために」、2007 4)障害者職業総合センター 資料シリーズ №7「障害者の高齢化と疲労に関する基礎研究」、1993 5)日本障害者雇用促進協会 研究調査報告書 №74「障害者の作業と疲労」、1982        農業分野における障害者就労に関する支援方策の検討 −作業事例集づくりによる支援− ○山下  仁(独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所 特別研究員) 片山 千栄(独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所) 工藤 清光(独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所) 安中 誠司(独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所) 片倉 和人(NPO法人 農と人とくらし研究センター) 1 はじめに  近年、農業分野で障害者の就労を受入れ、障害者の能力を農業生産に積極的に活かす事例が増えてきている。その一方で、まだ農業分野での受入れが十分とは言えず、その一因として、障害者と農業者およびその支援者相互の接点が少なく、情報が限られていることや季節や天候に左右される農作業への障害者の受入れ方法が確立されていないこと等があげられる。  障害者が行う農作業事例を解説したマニュアルについては、日本障害者雇用促進協会(現独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構)が1993年にまとめた「精神薄弱者の能力開発−農業・畜産業を中心として−」1)等一部のものに限定され、多様な作業内容を解説したものはまた少ない。  そこで本研究では、農業分野における障害者就労に関する支援方策の検討の一環として、農業経営への障害者就労の受入れにおいて、障害者が行う農作業の作業内容や障害への配慮・指導方法のポイントを整理した作業事例集づくりによる支援について検討する※1。  研究の方法として、農業分野における障害者就労の受入れ事例を選定し、障害者の行う農作業に関し、作業内容と作業を覚える際の障害への配慮や指導方法のポイント等について、農園の担当者(経営主や従業員等)への聞き取り調査と観察調査を実施した。調査対象に関しては、障害者については、障害の種類や程度は特定せず、現状での農業分野での受入れ実態に合わせた。一方、就労の受入れ先については、販売を目的に農業生産を行っている農業経営体(一部授産施設を含む)と、それらの農業経営体と協力しあいながら就労体験訓練を行っている就業支援機関とした。調査概要を表1に示す。 表1 調査概要 表2 抽出した農作業事例 2 農作業事例の抽出  はじめに、事例調査によって得られた農作業事例と作業概要を表2に示す。就労体験訓練での農作業を含めた作目の特徴をみると、野菜関係が7事例(うち施設野菜6事例、露地野菜1事例)、果樹類が2事例、花やきのこ類が5事例(すべて施設栽培)、畜産が4事例、畑作業が4事例、その他1事例の計23事例が得られ、施設園芸と畜産関係がやや多かった。  作業内容をみると、出荷調整が5事例、収穫作業(手伝いを含む)が3事例、草刈りが2事例、給餌作業が2事例、畜舎の清掃が2事例となり、出荷調整作業がやや多く、障害者の参加しやすい作業の1つとなっている。 3 農作業事例における障害への配慮・指導方  法のポイント  次に、障害者の受入れ先の農園経営主や指導担当者からの聞き取りで得られた作業事例における障害への配慮や指導方法のポイントについて整理したものが表3である。  障害への配慮ならびに指導方法のポイントの内 表3 農作業事例における障害への配慮・指導方法のポイント(抜粋) 容をみると、「専用機械を使用する担当者は決まっている」「障害者は集める作業のみを行う」等、障害者の担当能力に関するものが8例、「心理的な圧迫感や作業に追われる仕事が苦手であり、周囲の評価に敏感であるので指示の際に注意する」等、障害への配慮に関するものが8例、「倒れないようにダンボールで作ったタワーで支える等の工夫をしている」等、作業の工夫に関するものが7例、その他1例であった。  農業経営への障害者の就労参加における障害者の職域拡大の特徴として、比較的小規模な作業現場に健常者である農園経営者や従業員が一緒にいることにより、①健常者と障害者との組作業による作業分担が行えることで、どの作業でも障害者が参加出来る作業を創り出している(作業分解で対応可能)。②障害者が作業に困ったり、気分が悪くなる等、不都合が生じた際にも周りの健常者がすぐに気づきサポートする体制が出来ている(ナチュラルサポートが行われている)。③水耕野菜の収穫の際、カッターが上手に扱えない障害者のために、専用カッター台を作ることでその障害者にも作業が可能になった(補助器具による作業領域の拡大)等がみられた(写真)。 写真 工夫したカッターを用いた葉菜の根切り 4 まとめ  本研究を通じて、①農家(農場主)や共同作業者(従業員等)によるナチュラルサポートが期待でき、彼らの能力を上手に引き出すことが1つのポイントとなる、②補助器具の使用により障害者が出来る作業領域が広がることが予想され、現場での補助器具のさらなる開発が望まれる、ことが明らかになった。さらに調査全体を通じて、③農業分野の支援には、対障害者の支援とともに、対農業者(対農家経営)への支援の視点が不可欠である、④同じ作目でも、農作業内容や方法は事業所(農家)毎に異なり、作目毎の一律的な作業モデルを創ることは困難である、ことが明らかになった。今後の課題として、農業分野での障害者就労の受入事例がまだ少なく、今後の開拓の余地が広い分野と考えられる。 ※1 本研究は、農研機構農村工学研究所が農林水産省経営局より受託した「平成19年度農村生活総合調査研究事業」の一部である。 参考文献 1)日本障害者雇用促進協会、障害者雇用マニュアル  53「精神薄弱者の能力開発−農業・畜産業を中心と  して−」、日本障害者雇用促進協会(1993) 2)山下仁:Ⅱ 作業方法に関する手引書作成による  支援、「農業分野における障害者就労の支援方策の  検討(平成19年度農村生活総合調査研究事業報告書  ④)」、p.4-8、農村工学研究所(2008) 3)山下仁:Ⅱ章 障害者の農作業事例、「農業分野  における障害者就労の手引き−作業事例編−」、農  村工学研究所(2008) 障がい者の能力把握と適正配置による職域拡大 −IEとITによる改善が職域を広げ、その応用展開が更に職域を広げる− ○佐藤 光博(社会福祉法人太陽の家 京都事業本部 福祉工場課課長) 池田 哲夫(オムロン京都太陽株式会社) 1 はじめに  今から22年前の1986年4月1日に、障がい者雇用を目的とし、オムロン株式会社と太陽の家との共同出資会社として、オムロン京都太陽株式会社を設立した。また、太陽の家は京都事業本部として、身体障害者福祉工場(定員100名)と身体障害者授産施設(定員50名)の2つの施設を設立した。これら各施設は、同一サイトの中で一体的な事業運営を行っている。 当サイトの現在の従業員数は175名(08.9.1現在)であり、そのうち117名(全体の68.9%)が障がい者である。重度障害者は79名であり、障がい者の67.5%を占める。 事業の仕組みは、太陽の家がオムロン京都太陽から生産委託を受け、オムロン京都太陽は生産管理、生産技術、商品技術、品質保証などの業務を行っている。太陽の家は、生産活動及び生産に関する作業指導・能力開発をすると共に生活相談業務、医務業務、栄養管理など障がい者の生活面のフォローも合わせて行っている。 今回は我々の「障がい者が働きやすい環境づくり」として取組んできた、個人能力の把握やLCIA化などの作業改善及び最適なライン配置について説明する。障がい者雇用に取組んでおられる各企業のご参考となれば幸いである。 2 障がい者用ラインづくりの考え方  創業以来、身体障がい者の保有する能力を最大限に発揮するため、LCIA化、自動化、適正配置を行いながら、品質つくり込みと生産性の向上を目指し、「障がい者が働きやすい環境づくり」に取り組んできた。障がい者117名のうち42名(35.9%)が車イスの方であるため、ラインづくりは座り作業を前提とした構成となる。   図1に示す各基準は、これまでの過去の経験から、多くの車イス作業者が作業をし易い寸法として設計したものである。車イスは個人の身体のサイズに合わせたオーダーメイドであるため高さが異なるが、作業台の高さは一定にしてもほとんどの場合対応可能であり、作業者のライン移動に支障はない。しかし、極端に合わない人については車イス用の昇降台を設置している。この外、通路幅は大通りが1,800mm、棚の高さは重いものは900mmなど、作業場内の環境基準として設けている。 我々のラインづくりは、ハード面の環境整備をしていくだけではなく、作業者の個人個人の能力を把握し、作業要素との組み合わせを行っている。その際、治具や設備による作業補完状態も重要となる。如何に人と機械を上手く組み合わせることが出来るかがポイントである。そして、何よりも作業者自身の技能・知識のレベルアップが基本であり、人材育成も兼ねてのトータル的なラインづくりを目指している。 図2のように、我々の考える「障がい者が働けるライン」は様々な改善の中で成り立っており、一番基礎となる部分は、作業者の「ものづくり意識の向上」と考えている。いろいろな改善を行っても、使いこなすのは作業者であり、新規投資して製作した機械・治具でも、作業者にとって使いにくければ改善としては失敗なのである。良い改善に導くには作業者の声、現場の情報が一番だと考え、作業者にも改善の楽しさ、知識を身につけて貰うため、ものづくりの基本として、「徹底3S活動」「ILUO知識研修」「技能認定」を行うことで改善活動の基盤づくりをしている。このような基盤があって、生産性、品質の向上を継続的に推進する「障がい者が働けるラインづくり」となる。 3 人材育成  「ものづくり意識の向上」の中でも一番の基本となるのが「徹底3S活動」である。これは工場に限らず、仕事をする上での基本的なことであり、施設職員(看護師、栄養士含む)を含めた全員活動として実施している。現在全サイトを14チームに分け、小集団的な活動を行っており、毎月活動報告会を実施している。そのためリーダーは報告会用の資料作りにパソコンを活用することでパソコン技能の向上にも繋がっている。事実、これまでパソコンを使ったことの無い障がい者も半年もすればパワーポイントのアニメーションを駆使したプレゼンテーション資料ができあがっている。リーダーも毎年改選することで、10年後には作業者全員がリーダーを経験し、全員がパソコン技能を取得しているような構想になる。また、図3のような「3S新聞」を毎月発行し、サイト内に改善事例を紹介することで、職場改善意識の向上に繋げている。そして年度末には年間を通じた成果報告会を実施し、その報告会には「徹底3S活動」を通じて交流を深めている企業の方々を招待している。これらの企業の皆様には工場見学を通じて、障がい者雇用について理解を深めていただき、我々も一般の工場を見学する機会を得ることで、広く他業界の知識吸収に繋がっている。 「ILUO知識研修」のカリキュラムは、ものづくりの知識である組立・品質・生産管理はもちろんのこと、就業規則や環境なども含めた内容となっている。この研修のテキストは我々の手作りであり、研修の最後には理解度テストを実施している。参加する障がい者も自分の知識ランクが上がっていくのを楽しみにしている。Oランクの研修は実践型の改善研修となり、改善実績のみではなく、プレゼンテーション力も評価の対象となっている。  「技能認定」には「はんだ付け技能」「検査技能」の二つがある。オムロンのものづくりのポイントとなる工程には、認定試験に合格した者のみが従事でき、この技能を取得することで職域も拡大できるのである。「はんだ付け技能認定」は、オムロン・グループ統一の認定基準であり、オムロンの他工場でも通用するものとなっている。検査認定についてもオムロン・グループの基準が盛り込まれた講義、試験となっている。  このような個人個人のレベルアップは、品質や生産性向上を図るための基盤であり、次期リーダー育成へのプログラムにもなる。 4 作業能力把握  障がい者の能力把握は「ILUO知識研修」や「技能認定」でも一部応用はできるが、我々の工場ではIE(Industrial Engineering)の中にもある「レイティング」を活用している。  図4のように、「単純レイティング」と「複合レイティング」を実施し、標準作業時間に対してどのくらいの時間で出来たかを計測することで、手腕と指先の機能を定量化している。2人ペアで実施し、1人が実施している時にもう1人は相手のやり方を観察、終了後に観察していた人は実施者に対して、より早い方法をアドバイスする。アドバイスを受けた実施者は、そのアドバイスを実践で取り入れていくのである。それを5回繰り返した後、最終計測となる。そのため、我々の工場では「レイティング計測」ではなく、「レイティング訓練」と呼んでいる。この「レイティング訓練」を福祉工場と授産場で隔年度で交互に実施している。  図5は07年度の実績を散布図にしたものである。サンプル数が少ないが健常者のデータもこの散布図に加えてみた。おおよそ他の大多数の工場ではこの健常者の散布図のところに集中していると考えられる。我々の工場では障がい者のレイティング値範囲のように、健常者の範囲から0%に近い方へと長い散布図となっている。健常者の散布範囲から0%の方向へ外れている人に対し、治具を提供し、作業の補完を図っていくのである。  我々の工場では、このデータを作業者のライン編成替えや作業改善に活用すると共に、2年に1回のデータを個人ファイルに記録することで、個々の障がい者の方の能力変化を把握し、加齢による職能的重度化対応へのデータとしている。 5 作業要素分析  作業者の能力把握をすると同時に、全ラインの各作業内容についても分析を実施している。この分析の方法については独自の基準を設け、「巧緻性」「正確・信頼性」の2つの観点から図6のような表を作成した。我々の主管商品である「Pソケットライン」を例に説明したい。 独自の基準書を基に、工程毎に作業内容を分析し、「巧緻性」「正確信頼性」の点数を記入していく。この表には各作業を完遂するために必要なレイティング値を記入しているが、必要な資格、必要な機能など、その工程に必要項目を追加しても構わない。次に「巧緻性」「正確信頼性」の数値から図7のようなグラフを作成することで、そのラインの必要な作業ランクがひと目で確認できるようになる。 このような表とグラフを活用し、Aランク作業をBランク作業へ、Bランク作業をCランク作業へ作業改善することでランクを変換させていくことは、職能的重度障がい者にとって、より職域拡大に繋がることになる。ただ 1つの工程を1人で受け持つのではなく、多工程を受け持つのが最近の流れであり、図6のようにどうのように作業が組み合わさっているのかを確認しなければ、たとえBランク作業をCランク作業へと改善しても、1人の受け持ち作業の中にBランク作業があればBランクのままとなってしまう。しかし、その一つひとつの改善の積み重ねが、最終的にはCランク作業へと繋がるのである。IE改善の中にもあるが、作業の組み合わせを変えるだけでもBランク作業からCランク作業へと変えることも可能である。 我々は、この表とグラフをまだ完全に活用できている訳ではないが、この表を「作業要素分析表」と呼ぶこととし、全18ラインの「作業要素分析表」を完備した。そして、何処を改善するかの着眼ポイントを容易に探すことができるようになったことで、計画的な改善を行えるようになり、当年はもちろん、次年度の作業改善実行計画へも反映できるようになった。 6 作業改善と生産性変化  今まで紹介した「レイティング値」と「作業工程分析表」そして「IE改善活動」などを含めた改善事例を次に紹介する。  今回の事例は「Gソケットライン」が05年度から07年度にかけて実施したものである。このラインは障がい者2人、健常者2人で構成されたラインであった。 図8の示すとおり、この「Gソケットライン」は確実に生産性を向上させており、大きな課題も無いように見えるが、その年度年度の中で大きく生産性を上下させながら向上しているのである。 05年度から06年度にかけての生産性はわずか2.8%の向上である。06年度当初にナット挿入治具の老朽化による急激な生産性の悪化があり、06年8月には、工数が1.41(分)から1.62(分)へと14.9%もダウンしてしまった。5月より4ヶ月間の時間をかけて、旧ナット挿入治具に改良を加えたものを新規に製作し、下期より導入したことで1.23(分)にまでアップしたのである。その後、3S改善を行ったが、06年度は上期の悪化が響き、平均で1.37(分)となった。 07年度はIE改善の実施を計画し、健常者から障がい者への入れ替えを条件としていた。このラインでは先頭の工程と、最後の検査工程に健常者を配置していた。先ずは最後の検査工程に障がい者と健常者の入れ替えをすることとした。そこで大きくラインバランスを壊さないように、「作業要素分析表」を基に、複合レイティング値95%の障がい者と健常者の入れ替えを実施した。(健常者はレイティング100%とする。)このときの条件ではレイティング値のみでなく、立位で移動できることも組み入れている。 勿論、検査工程であるからには、検査技能を取得した者と言う条件も入ってくる。この結果、工数は図9のように1.28(分)と 4.1%のダウンとなった。 次に生産性を大きく向上させようということで、IE手法を使って1人省人に取り組んだ。この1名省人の対象は先頭工程の健常者である。1人省人するため、作業の組み合わせを大きく変える必要がある。そこには障がい者が作業しづらかった箇所を、より容易にするための治具改善や移動距離を短くするための作業台の短縮、部品の手元化など37件の改善を実施した結果、図10のように健常者のラインオフに成功し、工数の方は、1.28(分)から1.05(分)へと18%の生産性向上となった。 その後、他ラインから作業者変更の要請もあり、検査者を同じ障がい者ではあるが、歩行が若干困難であり、複合レイティング値が95%から81%へと多少重度な障がい者へと入れ替えを実施した。このため 図11のように工数は1.25 (分)と19%もダウンしてしまった。 このように年度で見れば確実に工数改善はされている様に見えるが、人であったり、設備であったり、いわゆる4M変動で実工数はいつも上下に変動しているのである。08年度は「作業要素分析表」から見るとCランク作業ではあるが、ラインのピッチタイムとなっている先頭工程の治具を改良し、ムダを排除して行くことで、1.15(分)の工数実現を目指して取組んでいる。 7 まとめ  「障害者自立支援法」で障がい者を取り巻く環境が変わっていく中、我々の工場も変わらなければならない状況にある。これまでは身体障がい者中心の工場であったが、これからは知的障がい者、精神障がい者の職域を確保するための改善が必要になってきた。現在は知的障がい者5名を雇用し、2名が授産場に通所している。そのような状況で、今までやってきた改善が全て役立つわけではない。当サイトの基本活動としている3S改善などは、知的障がい者にも有効である。  障がい者に適した職場とは、我々スタッフだけがその場づくりのため、改善を進めて職域を広げるだけではなく、障がい者自身も自ら技能を身につけ、自らがスキルアップする意欲を持ち行動することで職域はもっともっと拡大していくと確信している。何事にもチャレンジしていくことが大切である。 No Charity but a Chance!(太陽の家 理念) 雇用の拡大に向けての新たなチャレンジ −国の機関等での知的障害者雇用事例を通して− 中谷 智浩(世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ 支援員) 1 国における障害者の就労支援施策 (1)「福祉から雇用へ」 平成19年2月に政府が取りまとめた成長力底上げ戦略(基本構想)に基づき、平成19年度を初年度とする「福祉から雇用へ」推進5か年計画2)が策定された。この計画の目的は、「障害者、生活保護世帯、母子家庭世帯等公的扶助を受ける者等について、セーフティネットを確保しつつ、可能な限り就労による自立・生活の向上を図る」というものである。計画の目標期間は、平成23年度までの5年間とされており、関係各所が連携を図りつつ計画を実施していくこととなっている。 (2)国の機関における知的障害者の雇用状況 約30万人の職員が働く国の機関では、何名の知的障害者が働いているかご存知だろうか。答えは19名。対職員数比にするとわずか0.006%である1)。現行の公務員制度の下では、常勤採用の為には競争試験が必要となる為、そのほとんどが非常勤職員での採用となっている。現在の国の機関における障害者の実雇用率は2.17%であり、全ての機関で法定雇用率は達成している1)。国の機関等における障害者の雇用促進は早くから取り組まれてきたが、障害種別在職者数を見てみると、身体障害者5670人、知的障害者19人、精神障害者42人となっており、障害者雇用の中心は身体障害者であったと言えるだろう。知的障害者の雇用義務化が定められたのは平成9年、精神障害者が雇用率算定対象になったのが平成18年となっており、現在全国的に公務部門における障害者の雇用・実習受け入れは進んできているものの3)、身体障害者に比べ知的障害者、精神障害者の雇用対策が遅れているのが現状で、つまりこれからの段階にあると言えるだろう。このような現状の中、「福祉から雇用へ」推進5か年計画が打ち出された訳であるが、この計画の内、障害者の就労支援戦略に関する具体的な推進方策として、各省庁・自治体における「チャレンジ雇用」の推進・拡大が盛り込まれており、平成19年度から21年度の3年間に集中的に取り組みを強化する1)とある。 (3)チャレンジ雇用 チャレンジ雇用とは、民間企業への雇用促進を狙いとして、各省庁・自治体において、3年間を上限とする非常勤職員として雇用し、一般雇用に向けて経験を積むというものである。実施に当たっては、支援機関やハローワーク等と協力しながら進めていく。 平成19年度より、厚生労働省は各省庁に先駆け、チャレンジ雇用に取り組むこととなった。平成19年度厚生労働省「チャレンジ雇用」プラン1)では、本省各局1名以上雇用【約20名】、地方支部分部局においては、各都道府県労働局(ハローワーク)で1名以上雇用【約70名】、その他機関においても積極的に取り組む【約10名】とあり、合計約100名のチャレンジ雇用を実施する内容となっている。そして、次年度以降、各省庁・自治体においても推進・拡大していく計画である。なお、平成19年度厚生労働省「チャレンジ雇用」プランの実績数は、表1の通りである。 表1 平成19年度厚生労働省チャレンジ雇用実績 本省 (協力支援機関15機関) 19名 地方支部分部局 84名 合計 103名 2 事例紹介  世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ(以下「すきっぷ」という。)では、平成19年度のチャレンジ雇用の本格実施以前より現在に至るまで、計7名(実習のみ場合を含めると8名)の利用者を国の機関等へ送り出している。その中から、4事例を紹介する。※平成20年10月1日現在 紹介する事例の契約形態は、全て非常勤職員としての採用である。また、事例1〜3では「日々雇用」という契約となっている。これは、基本的には1日単位の日々の契約であるが、特段通知がなければ、特定の期間内(事例では半年間)で契約を日々更新していくというものであり、官公庁での非常勤職員の雇用形態としては一般的なものとなっている。 (1)事例1:定着ケース Aさん 女性 21歳 知的障害 就労先:厚生労働省 障害程度:東京都療育手帳4度(最軽度) すきっぷ通所訓練期間:約1年間 業務内容:メール仕分け、郵便物の処理業務、 PC入力等 勤務時間:8:30〜17:15 勤続年数:約1年半(現在継続中) Aさん 郵便物の処理作業 事例1は、チャレンジ雇用の本格実施以前のケースである。Aさんは普通高校卒業後にすきっぷに入所した。作業能力は全般に高く、特にPC作業を好んだ。入所当初は、就労に対するイメージが曖昧であったが、体験実習や訓練を通して、事務系の作業、具体的には図書館や大学での就労を希望するようになる。しかし、当時は大学や図書館での求人が少なく、本人の希望に合った就労先が中々見つからなかった。そのような状況の中、チャレンジ雇用に巡り合った。本人・家庭に対して情報提供を行い、話し合った結果、「厚労省でスキルアップしながら希望の就職先を探したい」との本人の希望をサポートすることとなった。実習当初は慣れない作業に戸惑う場面もあったが、まじめな勤務態度や作業能力の高さが評価されて採用に至った。今では重要な戦力の一員として、日々業務にあたっている。連絡や状況確認等は、定期的な職場訪問だけでなく、携帯電話やPCを使いこなすAさんに合わせ、メールを活用している。 (2)事例2:定着に至らなかったケース Bさん 女性 21歳 知的障害 自閉症 就労先:厚生労働省 障害程度:東京都療育手帳4度(最軽度) すきっぷ通所訓練期間:約2年半(現在訓練中) 業務内容:郵便物の仕分け・配布、コピー用紙補充、クリップの仕分け等 勤務時間:9:00〜17:45 勤続年数:約3ヶ月間 2週間の実習を経て採用に至るが、採用直後に大幅な人事異動があり、人間関係や業務の進め方等、職場環境が大きく変化してしまった。当初は問題なく適応できていたかに見えたが、徐々に遅刻が多くなり、態度面を中心に乱れる場面が増え、作業面でもマイナス面(雑さ、手順忘れ等)が多く指摘される様になり、現場からは雇用継続を危ぶむ声も聞かれるようになった。作業面に関する指摘事項については、リマインダー(図1)の掲示、携行サイズの業務マニュアル(図2)やスケジュール表(図3)等の補助具を作成し、本人もそれを活用することで改善が見られた。しかし、遅刻や夜更かし、勤務態度に関する課題については依然として改善が見られず、家庭でも不安定であることが多くなってきた。その為、対応策を検討する為のケース会議を提案し、今後についての話し合いの場をもつこととなった。会議には、職場の担当者、医師、福祉事務所のケースワーカー、保護者、支援機関職員が参加し、それぞれの立場から見解のすり合わせをすることで、現状の正確な把握と今後の最善策の検討を行った。会議の結果、継続は本人・家庭・職場それぞれにとってストレス状態が続き、マイナス面の方が大きくなるとのことで一致し、離職が決定した。もっと早い段階でこのような会議の場をもつことができれば、また違った対応が可能ではなかったかと悔やまれる。Bさんは、再びすきっぷに戻ることとなったが、しばらくは自信を失った様子で、落ち込んだ日が続いたが、現在は元気を取り戻し、就職を目指すべく再訓練に取り組んでいる。 図1 リマインダー 図2 業務マニュアル 図3 スケジュール表 (3)事例3:立法機関での雇用ケース Cさん 女性 27歳 知的障害 自閉症 就労先:参議院事務局 障害程度:東京都療育手帳4度(最軽度) すきっぷ通所訓練期間:約2年2ヶ月 業務内容:郵便物の回収・配布、文房具類の補充、PC入力、シュレッダー、スタンプ押し等 勤務時間:8:30〜16:00 勤続年数:8ヶ月 参議院での実習は、雇用に関する相談を初めて受けた時から半年以上の時間がかかっている。一見スピード感に欠けると思われるかもしれないが、この準備期間が現在の安定した雇用にとって非常に重要であったのではないかと思う。例えば、雇用を進める上で最も重要なこととして、業務の切出しと再構築の作業があるが、業務スケジュールの構築にあたっては、まず参議院人事課が事前に他部局に対しても広くヒアリングを行い、従事可能と思われる業務の集約をした。その上で、すきっぷがCさんの特性に合った業務を中心に業務スケジュールの構築を行い、参議院側と協力しながら業務内容とスケジュールを作り上げた。その他にも、参議院職員によるすきっぷの見学や情報交換を適宜行うことで、雇用に対する不安の軽減に努めながら、支援を進めていった。実習中から採用に至るまで、特に大きな問題等はなく、スムーズに進み、Cさんは現在も理解ある環境の中で元気に仕事に取り組んでいる。 Cさん 官報の配布作業 (4)事例4:一般就労への移行ケース Dさん 男性 38歳 知的障害 就労先:ハローワーク→特例子会社 障害程度:東京都療育手帳4度(最軽度) すきっぷ通所訓練期間:約7ヶ月 業務内容:スタンプ押し、丁合い、ホチキス留め、PC入力等 勤務時間:9:00〜17:00 勤続年数:2年3ヶ月 Dさんは、すきっぷでの訓練後、清掃業務で就職(約2年8ヶ月間)をした。その後、約2年3ヶ月間のハローワークでのチャレンジ雇用を経て、現在は特例子会社でシュレッダーやシール貼り等の事務補助の仕事をしている。清掃業務から事務補助作業と、業務内容はかなり異なっているが、これは本人の「新しい仕事にチャレンジしたい」との希望によるものである。ハローワークでの作業は、異業種からの転職ということもあり、初めは不慣れな場面も多くみられたが、慣れと共に正確性・スピードともに向上し、作業の幅も広がり、PC入力やイベントの受付をこなせるまでにスキルアップした。そして、チャレンジ雇用での経験を活かし、特例子会社に就職を果たした。現在Dさんはグループホームを利用しながら、安定した就労生活を送っている。また、生活支援センターのサポートも受けながら、充実した余暇活動も楽しんでいる。 3 まとめ、「3つのC」 国の機関等での雇用事例を4つ紹介したが、それぞれのケースに、今後のよりよい支援につながるヒントやエッセンスがあった様に思う。 事例1では、職場開拓と並行しながらチャレンジ雇用でのスキルアップを図るという本人のニーズに合わせた支援を組み立てた。事例2では、残念ながら定着には至らなかったが、ケース会議を通して、情報共有の重要性を再認識することができた。事例3では、受け入れ先とのコミュニケーション・協力関係がスムーズな雇用につながった。事例4では、チャレンジ雇用がスキルアップを支えたと同時に、生活面をグループホーム、生活支援センターが協力しながらサポートした。新しく始まったチャレンジ雇用をより充実したものとするべく、最後に、チャレンジ(challenge)の頭文字「C」をキーワードに、まとめとしたいと思う。 (1)Cooperation:協力 障害者の就労支援にあたっては、それぞれの特性に合わせた個別支援が必要不可欠であり、本人・家庭・企業のニーズを正確に捉え、お互いが協力しながら進めていく必要がある。その為にも、定期的に事例2の様なケース会議の場を持ち、現状や目標、課題等を、本人・家庭・職場・支援機関が共有し、協力関係を築きながら対応していくことが重要であろう。 (2)Career up:自己実現の為に チャレンジ雇用という新しいキャリアアップの場が出来たことは、歓迎すべきことである。しかし、チャレンジ雇用により経験を積み、一般企業への就職を果たした場合でも、就職=ゴールではない。あくまでもスタートとして捉えるべきであり、より充実した人生をおくるためのステップの一つとして考えるべきである。有期限の雇用であるチャレンジ雇用の効果を最大限に活かす為にも、皆で支え合い、協力しながら、常に自分自身を成長させるべく挑戦を続けることが、生活の質を高め、自己実現にもつながっていくのではないだろうか。 (3)Challenge:挑戦  チャレンジ雇用は、国にとっても、支援機関にとっても、そして本人や家庭にとっても新しい挑戦であった。手探り状態で始まったチャレンジ雇用を、効果的且つ充実した就労支援策として定着させる為には、今後まだしばらく時間がかかり、改善すべき点も多く出てくるであろう。しかし、働く場や訓練機会が増えたことは間違いなく、その意味では国の新たな取り組みは評価できる。新しい試みの中でも、中心となるのが本人達のチャレンジだろう。本人達の「働きたい」という強い気持ちと努力が、100名を越えるチャレンジ雇用の実績数に表われているのではないかと思う。しかし、形だけの雇用や、数字の上だけの達成では意味はないのである。大切なものは中身であり、本当に「使える」制度にできるかは、関わる全ての人たちの今後の取り組みにかかっている。新しいチャレンジを、より充実した、意味のあるものとする為にも、常に前向きに挑戦し続ける姿勢が求められるのである。チャレンジ雇用を利用し、一般就労に移行した後の就労生活が、本人にとって安定し満足したものであるかどうかという点に、この制度の真の評価が表われてくるのではないだろうか。 参考・引用文献  1)厚生労働省:障害者の自立の促進に向けた雇用・就労支援「チャレンジ雇用」の推進と拡大(2007)、 http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/d6/ s2.pdf 2)厚生労働省:「福祉から雇用へ」推進5か年計画(2007)、 http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/02/dl/s0204-7d.pdf 3)内閣府政策統括官(共生社会政策担当):平成19年度公務部門における障害者の雇用・実習受入状況について(2007)、 http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/h19jigyo/koyojissyu.html 4)厚生労働省 職業安定局 高齢・障害者雇用対策部 南 孝徳、厚生労働省 社会・援護局 障害保健福祉部 古山 順:地域における障害者の「福祉から雇用へ」の実現に向けて、「自治体チャンネル+ 平成19年8月号」、p14-17、三菱総合研究所(2007) 5)特定非営利活動法人 WEL’S新木場:「2007 公務部門における知的障害者の職場体験実習事業実施報告書」p.59(2007) 自治体における知的障害者雇用の課題と実践例 青木 律子(元明治大学 非常勤講師) 1 公的機関における障害者の在職状況 「障害者の雇用の促進等に関する法律」に基づき、国、都道府県、市町村の機関は職員の2.1%、都道府県等の教育委員会は職員の2.0%の身体障害者又は知的障害者を雇用しなければならないとされている。精神障害者は雇用義務の対象ではないが、2006(平成18)年4月1日より障害者雇用率に算入できるようになった。2007(平成19)年6月1日現在の、公的機関における障害者の在職状況は、表1の通りである。 国、都道府県、市町村の機関における実雇用率ならびに法定雇用率達成機関の割合は、概ね良好といえる。しかし障害種別の在職状況は、表2が示すように、身体障害者が圧倒的多数を占めているのが現状である。1998(平成10)年7月1日より知的障害者の雇用が義務化されて約10年が経過するにもかかわらず、公的機関に在職する知的障害者は極めて少ない。 2 知的障害者の採用が進まない背景 (1)制度 公的機関に在職する知的障害者が少ない現状について、厚生労働省は「現行の公務員制度のもとでは、知的障害者を常勤職員として採用するのは困難な状況にあり、ほとんどが非常勤職員としての採用である」としている注1)。 公務員制度の建前として、公務への就任機会は資格を有する者に対して平等に保障されており、(国家公務員法(以下「国公法」という。)27条、地方公務員法(以下「地公法」という。)13条)、国公法38条、地公法16条に規定する欠格条項に該当しない限り、知的障害の有無は問題にならない。 職員の任用すなわち採用、昇任、転任及び降任は受験成績、勤務成績その他の能力の実証に基づいて行われ(国公法33条、地公法15条、20条)、採用及び昇任は競争試験によることを原則としている(国公法36条、37条、地公法17条、18条)。このような規定は、職員の任用の基準を能力のみに求めることによって公務の中立性を実現しようとするものである1)3)。 職に欠員が生じた場合は採用、昇任、転任、降任のいずれか一つの方法により、職員を任命することができる(国公法35条、地公法17条)。公務員法は、特定の職に特定の人を従事させるという、いわば職中心の人事管理を想定している2)3)。 このように公務員制度は本来知的障害者を排除するものではないが、実態として採用の段階から知的障害者にとって不利が生じており、事実上門戸が閉ざされたものとなっている。職員の新規採用は主として新規学卒者など若年者を対象に、職務に関連した能力の判定というより、むしろ一般的・抽象的な能力の判定という性格の強い試験を通じて行われる2)3)。このような試験は、文字や数、抽象概念の理解が不得手な知的障害者にとって不利なものといえる注2)。仮に試験に合格して採用されたとしても、障害特性が職務遂行に影響したり、その結果として勤務評定や昇任の際に不利な扱いを受けたりすることも懸念される。結局のところ、知的障害者は公務員法の適用を全面的に受けず、職務内容や処遇が正規職員とは大きく異なる有期雇用の非正規職員として採用されることが多くなると考えられる。 前述のように厚生労働省は知的障害者の採用が少ない背景を公務員制度に求めているが、問題は制度そのものよりむしろ制度と実態の乖離にあるとする見方もできなくないだろう。 (2)職域  知的障害者は一般的に文字や数の理解、コミュニケーション、学習、判断等が不得手なことから、生産や労務などに見られるように単純で繰り返しの多い作業が適するとされていた。しかし公的機関では、事務など知的障害者に不適とされていた職域が比較的多く、生産や労務といった職域が少ないか、または外部に委託されていることがしばしばあり、知的障害者に適した職域の開発や、働くための環境の整備が進んでこなかった。この点も、公的機関で知的障害者の採用が進まなかった理由の一つといえるだろう。 とはいえ昨今の産業構造の変化や障害者の就労意欲の高まりなどから、対人サービスや事務といった、従来不向きとされていた職業に従事する知的障害者が増加している。  ハローワークにおける2007年度の知的障害者の就職件数は12,186件であった。これを職業別にみていくと、「生産工程・労務の職業」への就職が最も多く8,894件、次いで「サービスの職業」(1,218件)、「販売の職業」(747件)、「事務的職業」(617件)、「専門的・技術的職業」(349件)となっている。前年同期と比較すると「事務的職業」への就職の伸びが最も高く37.4%増、次いで「運輸・通信の職業」(36.8%増)、「専門的・技術的職業」(20.3%増)、「農林漁業の職業」(18.8%増)、「販売の職業」(12.3%増)となっている。このような結果から、生産工程・労務など従来から知的障害者に適するとされていた職業に加えて、サービス、販売、事務といった、従来は知的障害者に適さないとされた職業への就職も増加していることがわかる。しかも事務的職業をはじめ、知的障害者が従事することが少なかった職業への就職の伸び率が高くなっている。  また、知的障害者が働くための環境整備は、さまざまな職域で進んでいる。高齢・障害者雇用支援機構「平成19年度障害者雇用職場改善好事例」には、生産工程、労務、事務、サービス、介護等さまざまな職域で75の事業所から応募があり、知的障害者を事務職として雇用する企業が最優秀賞を受賞した。  このような結果から、コミュニケーションや判断、文字や数の理解が要求される職域に従事する知的障害者は増加しており、彼らが職務を遂行するためのノウハウの蓄積や普及は確実に進んでいるといえよう。公的機関でも、後掲の表3が示すように、知的障害者の職務内容にはさまざまなものがある。公的機関で知的障害者の雇用を拡大するにあたっては、従来の発想にとらわれずに職域を検討する必要があるだろう。 (3)採用に向けた取り組み 国の機関における知的障害者の採用に向けた取り組みとしては、まず2005(平成17)年度に総務省が実施した「知的障害者の職場実習体験事業」があげられる。これは内閣府、総務省、文部科学省、厚生労働省及び人事院で知的障害者の職場実習を受け入れるものであった。また厚生労働省は2006年1月より本省及び都道府県労働局(ハローワーク)で知的障害者を採用している。業務内容は郵便物の発受と仕分け、不要書類のシュレッダー処理、パソコンでのデータ入力、資料のセット等事務作業である。同年4月には厚生労働大臣名で「障害者雇用の一層の推進に関する要請書」が出され、公的機関に対して知的障害者の職場実習の受け入れ等採用に向けた具体的な取り組みの実施が求められた。更に厚生労働省は、2007年2月に取りまとめられた「成長力底上げ戦略(基本構想)」において「『福祉から雇用へ』推進5か年計画」を策定し、その一環として「チャレンジ雇用」を2007(平成19)年度より開始した。「チャレンジ雇用」とは、各府省、各自治体において障害者を非常勤職員として雇用するもので、そこでの1〜3年の業務経験を踏まえ、ハローワーク等を通じて一般企業等へ就職することを目指すものである。  このような国の施策に加えて、地方独自の取り組みもある。主なものを表3にあげる。 3 実践例 次に、A市及びB県における知的障害者雇用の実践を取り上げる。この二つを選定した理由として、知的障害者が期限付き任用の非正規職員であり、事務職に従事しているという共通点がある一方で、選考過程や採用後の配置に相違が見られ、両者を比較検討することが公的機関、特に自治体における知的障害者雇用の課題を検討する上で有用と考えられるからである。 (1)A市 A市は2007年10月1日付で知的障害者1名を非常勤嘱託員として採用した。当該職員は福祉関係の部署に所属し、職務内容は庁内資料のコピー、庁内メールの仕分け、パソコン入力、古紙のシュレッダー処理、電話応対等である。 A市は従来から身体障害者を雇用していたが、知的障害者を職員として雇用するのは初めてである。同市は2003年度より知的障害者の職場実習を受け入れており、その実績を踏まえ、知的障害者を事務職として雇用することとした。 採用は公募により行った。2007年8月下旬から9月上旬にかけて市役所、市ホームページ、ハローワーク等を通じて募集を行った。その後、第一次選考として作文及び6種類の実技試験を行った。次に第一次選考の合格者を対象に第二次選考として面接を行い、採用を決定した。 同市は2008年10月1日付で、知的障害者をもう1名採用することとしている。  (2)B県 B県は2007年6月1日付で知的障害者5名と管理者1名から成るグループを組織化し、業務を開始した。知的障害者は全員非常勤職員で、県内の就労支援機関からの推薦と必要なアセスメントを受け、ジョブコーチの援助の付いた実習を経て採用された。職務内容は文書の収発、入力作業、古紙のシュレッダー処理、コピー、封入作業、給茶器の清掃等で、本庁各課より業務依頼を受けて行っている。 B県は2004年度に2名、2005年度に1名、2006年度に1名の知的障害者を非常勤職員として雇用した。また2006年度には県庁内でモデル就労を実施し、22名の障害者が実際に就労を体験した。その効果や課題を踏まえて、前述したような形で知的障害者を雇用することとなった。 同県は知的障害者の雇用期間を3年で一区切りと考えており、その後は民間企業等への再就職を促すこととしている。 4 考察 A市及びB県における知的障害者雇用の主な共通点としては、知的障害者が期限付き任用の非正規職員として採用され、事務職に従事していることに加えて、定型的あるいは難易度の低い業務を知的障害者に任せることにより、業務の効率化を図れたことがあげられる。また知的障害者を正式に採用する前に、職場実習など試行的な取り組みを行ったことも共通点といえる。 他方でA市とB県では採用及び配置の方法が大きく異なる。A市は知的障害者を対象とした公開平等の競争試験によって採用したのに対し、B県は就労支援機関の推薦と必要なアセスメントを受けた者に対してジョブコーチの援助が付いた実習を行い、その結果採用を決定している。採用後の配置については、A市では知的障害者が一般の職員に交じって職務を遂行しているのに対し、B県では複数の知的障害者が同一の部署に配置されて職務を遂行している。 A市が実施したような、公開平等の競争試験による採用は、正規職員の採用に類似した方法であり、情実を排除して公正に採用できることから優れた方法といえる。試験内容は正職員の採用試験のような一般的・抽象的な能力の測定というより、むしろ実技を多く取り入れ、職務遂行能力を直接測定する性格の強いものである。このような試験は、一般的に読み書きや計算、抽象概念の理解が不得手とされる知的障害の特性を考慮した、公正な方法といえるだろう。 またA市では知的障害者が一般の職員に交じって職務を遂行しており、これはノーマライゼーションやインクルージョンの観点から好ましい配置といえる。一般職員が知的障害に対する誤解や偏見を是正し、障害特性の理解を深めるという点においても有用だろう。 このようにA市における採用及び配置の方法はさまざまな面で優れているといえるが、重度知的障害者などきめ細かな支援を要する者や、障害者同士の集団で働くことを好む者には、必ずしも適するとは限らない。そのような者に対しては、むしろB県のような採用や配置が適しているだろう。 B県のような、特定の就労支援機関との緊密な連携の下での採用は、きめ細かな支援を要する障害者、あるいは知的障害者を雇用した経験の少ない職場にとっては有効な方法といえる。しかしこのような方法は、公務への就任機会の均等や公正な採用という点から見ると、問題がないわけではない。可能な改善策としては、例えば東京都における知的障害者・精神障害者の短期雇用のように、一定地域内の就労支援機関に登録している者を対象に募集・採用する注3)といった方法が考えられる。 B県のように複数の知的障害者を同一の部署に配置するという方法は、障害特性に配慮した職場環境を整備しやすい、障害者が孤立せずに働ける、といったメリットがある。他方でこのような配置を行うと、他の部署で知的障害者の雇用に対する当事者意識が低下するという懸念も生じかねない。B県が実践しているように、知的障害者の所属する部署が他のさまざまな部署と業務上の関係を持つことは、このようなデメリットを克服する方法の一つといえる。 A市、B県はともに知的障害者を期限付き任用の非正規職員として雇用しているが、この点は両自治体だけでなく、公的機関全般における知的障害者雇用の重要な課題といえるだろう。知的障害者を期限付き任用の非正規職員として雇用する主なメリットとしては、障害特性を考慮した労働条件や処遇を設定できることがあげられる。他方で主なデメリットとしては、障害者の中長期的な職務遂行能力の向上が期待できず、業務の効率化や職域の拡大にも限界が生じかねないことがあげられる。また障害者が期限付き任用であることに加えて他の職員も通常数年ごとに異動することから、職務遂行や環境整備などのノウハウが蓄積されにくくなる、といったことも考えられる。 中長期的な課題としては、まず知的障害者の正規職員としての任用をどう考えるか、ということがあげられる。公務員制度の運用の現状から、知的障害者にさまざまな不利が生じることが想定される。とはいえ表3が示すように、知的障害者を正規職員として採用する自治体もある。そうした自治体の実践から、正規職員としての任用の可能性や、新たに検討すべき課題が見えてくるだろう。処遇やキャリア形成のあり方を健闘することも、中長期的な課題に含まれる。 公的機関における知的障害者の雇用はまだ緒に就いたばかりで、A市及びB県の実践はある意味で先駆的な試みといえる。国だけでなく地方も実情に応じて独自のさまざまな取り組みを行うことによって、雇用の更なる促進が期待される。 参考・引用文献 1)橋本勇:「入門 地方公務員法」、学陽書房 (2003) 2)川田琢之:公務員制度における非典型労働力の活用に関する法律問題(1)、「法学協会雑誌」第116巻9号、pp. 1401-1488 (1999) 3)下井康史:公務員法と労働法の距離、「日本労働研究雑誌」No. 509、pp. 21-30 (2002) トータルパッケージの多様な活用の視点について ○加賀 信寛(障害者職業総合センター障害者支援部門 主任研究員) 小池 磨美・野口 洋平・位上 典子・小松 まどか・村山 奈美子・望月 葉子・川村 博子 (障害者職業総合センター障害者支援部門) 1 目的と背景 障害者職業総合センター障害者支援部門においては、「精神障害者等を中心とする職業リハビリテーション技法に関する総合的研究」(平成11〜15年度)の中で、職場適応を促進していくための支援ツールとして、「トータルパッケージ」(表1参照)を開発した。 また、「事業主、家族等との連携による職業リハビリテーション技法に関する総合的研究」(平成16〜18年度)の中で、教育、医療、福祉、就労支援の各機関・施設、企業等におけるトータルパッケージの試行的な活用を通じ、その有用性を報告した。 しかしながら、これらの研究においては個別事例検討が中心となっており、トータルパッケージが各機関・施設における通常の支援プログラムや企業の雇用管理システムの中に体系的に組み入れられ、就職及び復職支援に生かされている事例の蓄積については、今後の課題として位置づけられたところである。 そこで、「特別の配慮を必要とする障害者を対象とした、就労支援関係機関等から事業所への移行段階における就職・復職のための支援技法の開発に関する研究」(平成19〜21年度)においては、トータルパッケージが体系的な支援ツールとして有効に機能していくため、必要に応じて改良や補完を加えながら、教育、医療、福祉、就労支援機関・施設及び企業が行う、発達障害者、精神障害者、高次脳機能障害者等に対する就労支援技法の開発を行っているところである。 本報告においては、本研究に協力している機関・施設及び企業において、多様な視点でトータルパッケージが活用されている現状について総括的に触れ、トータルパッケージの普及にかかる今後の課題について整理することとする。 2 トータルパッケージの活用の視点 表2は、トータルパッケージの活用がなされている研究協力機関・施設及び企業の一覧である。内訳は、教育機関4校、医療機関4所、福祉・就労支援機関・施設5所、企業7社となっている。 以下に、各機関・施設及び企業における活用の視点と活用状況の概要を記す。 (1)教育機関における活用 MWS(ワークサンプル幕張版)やメモリーノートを特別支援学校高等部の職業教育カリキュラムの中に導入したことによって、発達障害を有する生徒の職業的発達が効果的に促進されている。 また、セルフマネージメントスキル(自己の健康や作業行動の管理)や補完手段・補完行動の獲得支援、システマティック・インストラクション等、トータルパッケージの活用過程で用いられている支援技法は、効果的な職業教育を可能ならしめることへの認識が担当教員間で共有され、企業ニーズに対応可能な職業教育カリキュラム作りにもつながっている。 (2)医療機関における活用 高次脳機能障害者に対するリハビリテーションを進めている医療機関において、記憶障害の補完ツールとしてのメモリーノートや、自己の高次脳機能障害に対する気づきの促しに効果的なMSFAS(幕張ストレス疲労アセスメント)、自己の職業適性に対する認識の深化を図るための作業体験ができるMWS等を導入したことによって、医療機関利用者の生活管理、作業行動の自律性が向上し、就労支援機関や復職先企業への円滑な移行につながっている。 また、精神科医療機関のデイケアにおいても、トータルパッケージの導入を契機に、デイケア利用者の職業リハビリテーションに対する取り組み意欲が喚起されているのと併せ、復職のためのリハビリ出勤に備えているデイケア利用者の作業耐性の強化や、疲労に対するマネージメントスキルの向上も見られ、復職先企業への移行を、より検討しやすい状況が作られつつある。 (3)福祉及び就労支援機関・施設における活用 福祉及び就労支援機関・施設において、従前、進められてきた職業評価や施設内訓練指導プログラムを、トータルパッケージの基底をなす応用行動分析理論に沿って構造化したことにより、利用者の職業準備性が効果的に促進されている。特に、MWSの活用によって、障害の補完手段や対処方法が効率よく獲得されており、企業への円滑な移行を可能にしている。 また、就労支援機関にトータルパッケージが導入されたことにより、機関連携の共通ツールとしても役立てられている。 (4)企業における活用 メンタル不全休職者の職場復帰を職業リハビリテーションの一環として位置づけている企業が、リハビリ出勤の過程において、MWSやメモリーノート、MSFASを体系的に組み入れており、自社独自で進めることのできる復職支援システムの構築につなげている。 また、メンタル不全休職者が復職に向けた初歩的ステップを踏み出す際、自宅や図書館等において自学自習できるMWSの作業課題は、適度な精神的負荷と緊張を提供できる有効なツールとして機能しているとの評価を、企業の担当者から得ている。 さらに、就労移行支援事業所や特例子会社において、MWSやメモリーノートが体系的に組み入れられており、利用者や従業員の作業遂行力の向上や、職場内の自律的な作業行動の促進が図られている。 3 今後の課題 (1)体系化と汎用化のために トータルパッケージの体系的活用と汎用性を広げていくためには、障害の種別と活用場面に応じて適用できるよう、支援技法の検討を行う必要がある。このため、トータルパッケージのユーザー向けマニュアルや、利用者用シート(MSFAS等)の提案を視野に入れた試行を行っているところである。 (2)復職支援モデル構築のために 平成20年度においては、企業の産業保健または労務担当者を対象とし、本研究に協力している産業保健推進センターと当部門が共同で、トータルパッケージ活用講習会を開催した。 今後も、産業保健推進センター等が主催するメンタルヘルス関連講習会と絡めて、参加者に対し復職支援過程におけるトータルパッケージの活用方法と、その有用性について情報提供し、産業保健推進センターと連携した、トータルパッケージの普及と復職支援モデルを構築していくことが重要な課題であると考えている。 (3)普及を進めていくために トータルパッケージの体系的な活用を促進していくためには、各機関・施設や企業の担当者が、ツールの活用法や結果の分析等に関し習得することが求められる。 しかしながら、担当者単独で習得を目指していくことは、時間的、精神的な負担が少なくないとの感想が寄せられている。この点は、トータルパッケージの普及を検討していく上で、十分に留意しなければならない事項である。 このため、トータルパッケージの導入を予定しているか、もしくは導入して間もない各機関・施設や企業の担当者に対し、活用方法と分析方法を伝達していくための機会を、できるだけ豊富に提供していく必要がある。 4 おわりに 今後もトータルパッケージの体系的な活用事例を蓄積し、機関連携を強化していくための共通ツールとしての普及を図ることにより、支援対象者に対する、機関・施設から事業所への円滑な移行を促進していくための支援と、職場適応及びキャリアアップの促進に寄与していけるものと考えている。 <参考文献> 1) 障害者職業総合センター 調査研究報告書№57「精神障害者等を中心とする職業リハビリテーション技法に関する総合的研究」(最終報告書) 2) 障害者職業総合センター 調査研究報告書№75「事業主、家族等との連携による職業リハビリテーション技法に関する総合的研究」(関係機関等の連携による支援編) 3) 障害者職業総合センター 「トータルパッケージの活用のために」(2007) 4) 障害者職業総合センター「ワークサンプル幕張版実施マニュアル-理論編-」(2007) 特別支援学校高等部におけるトータルパッケージの 活用に関する一考察 ○植松 隆洋(静岡県立御殿場特別支援学校 教諭)  伊藤 英樹(静岡県立御殿場特別支援学校) 1 はじめに  本県では、本年度より「養護学校」から「特別支援学校」に名称を改め、特別支援教育の理念の具現化に向けて教育内容の充実に努めている。 さて、数年来、障害者自立支援法や障害者雇用促進法が次々と改正される中、民間企業等で就職したいという本人・保護者のニーズの高まりを受けて、今後、特別支援学校高等部における進路指導や職業教育をどのように進めていくかについては、緊急の課題として日々模索しているのが現状である。重度の障害があり、円滑に作業に取り組めなかったり、コミュニケーションに著しく課題があり、職場の人間関係を適切に構築できなかったりする生徒たちを、就職に向けて支援するためには、高度な理論と方法が必要になる。  そのような考えにたち、本校では平成19年度より、障害者職業総合センターの御協力をいただき、職場適応のためのトータルパッケージ(以下「TP」という。)の導入を行った。県内外の先進校の研究を参考にし、まだまだ不十分な実践であるが、今後の方向性をまとめていきたい。 2 教職員に対するアンケート結果  本校高等部の教職員26名を対象にTPの活用についてのアンケートを実施し、現状の把握と活用上の課題を探ることにした。なお、回答者数は24名(92.3%)であった。 (1)教職員のTP活用状況 昨年度よりTPを導入し、高等部職員に利用の仕方について説明を行った。本年度、人事異動等により職員の入れ替わりがあるが、約半数近い職員が、教材として活用した経験があるという回答であった(図1)。 図1 TPの活用経験の状況 (2)TPの活用の理由 表1はTP活用した理由を回答した結果である。①職業教育や作業学習等、授業場面で直接教材として活用ができること、②指導者としての専門性の向上に期待すること等の理由により、利用に対する関心が高まったと思われる。 表1 TPを活用した理由 表2は活用していない理由の結果である。一番多かった回答は、「担当する生徒にどのように活用してよいかわからない」であった。在籍する生徒の障害種別が多様であり、担当する生徒によっては、活用が困難な場合もあるが、職業リハビリテーションの基本的な理論やTPの活用の仕方等、職員に対する研修や情報提供の在り方が課題となると考えられる。また、校内での実践事例の情報交換等も今後重要になると思われる。 表2 TPを活用していない理由 (3)活用したツールについて 表3は、これまでに授業等で活用したツールである。MWSの実務作業やOA作業、ホームワーク版の事務課題等の利用が目立つ。知的障害のある生徒たちが取り組みやすく、職種について体験的に学んだり、金銭管理や健康管理等、卒業後の生活に結びつけたりするために活用するケースが多い。 表3 活用したツール 表4は、今後活用してみたいツールの結果である。どのツールについても、利用してみたいという希望があるが、中でも実務作業やホームワーク版についての希望が多かった。実務作業については、実際に産業現場等における実習(以下「現場実習」という。)等で取り組む可能性が高い作業であるため、職業に関する学習では、有効な教材になると思われる。ホームワーク版については、単に就職を意識した学習に止まらず、生活面の自立を促す教材としての価値が高いと思われる。 表4 今後活用してみたいツール (4)TPを活用した場面 表5は、TPを活用した場面である。職業科やその他の教科・領域(国語・数学・生活単元学習)、進路学習等での活用が多かった。本校では、他校のように作業学習での活用はなく、教科学習で活用する機会が多いのが特徴であった。教科学習は、作業学習に比べて、少人数で取り組むことが多く、TPを教材として導入しやすいことがあげられる。自己選択・自己決定を中心に進める高等部の進路指導において、職種の理解は1つの柱になるが、ワークサンプルはそのことについて学習を深めるためには有効な教材になると思われる。 表5 TPを活用した場面 表6は、今後TPを活用していきたい場面である。前述のとおり、本校では作業学習よりも職業科でのニーズが高い傾向がある。また、校内実習の中で活用したいという希望も多く上がった。 利用経験のない教職員からも、今後、職業科や進路学習、校内実習等で活用していきたいという希望が上げられた。 表6 今後TPを活用していきたい場面 (5)TPを活用したケース 表7は、TPを活用したケースの結果である。在籍者数の多い単一の知的障害のある生徒への活用が多かった。 表7 TPを活用したケース 表8は、今後TPを活用したいケースである。様々な障害種別への活用の可能性があげられている。個々の特性に応じた活用実践を増やしていく必要がある。 表8 今後TPを活用したいケース (6)TPの活用の利点と困難であった点 表9は、TP活用の利点の結果である。実際の職場にある作業課題を行うことで、生徒にとってイメージが持ちやすく、且つ標準化された数値により、作業能力を把握できる利点をあげている。 表9 TP活用の利点 表10は、TP活用が困難であった点である。継続的に実施できる時間を確保するのが難しい点を指摘する教職員が多かった。また、活用のための準備や研修の時間が十分に確保できない点も、利用する職員が増えない原因と思われる。しかし、諸条件が整えば、教材として活用したいというニーズも多いため、今後、高等部内の研修の進め方と併せて検討していきたいと考えている。 表10 TP活用が困難であった点 3 調査結果のまとめ  TP導入から約1年が経過し、少しずつであるが授業場面での活用が見られるようになった。しかし、アンケートの調査結果からもわかるようにニーズがあるにもかかわらず、活用しにくい状況があることも把握できた。そこで、具体的な生徒の指導をとおして、どのように学校現場でTPを活用するのが有効であるのかを検討するために事例研究に取り組むことにした。 4 事例研究  本年度より、2年計画でTPを活用したA男の事例研究に取り組む。研究の概要を以下にまとめる。 (1)テーマ  軽度の知的障害がある生徒のPC業務遂行のための就労支援 (2)事例の概要  A男は現在、高等部3年生である。2年生のときに、衣料品を取り扱う企業で、PCでタグを作成する業務を体験した。10日間で新入社員の7割程度の作業量をこなすことができ、PC業務に対する自信を深めた。3年生になってから、PC業務のある場所で就職したいという希望から7月に市の廃棄物管理事務所関連施設で現場実習を行った。一般市民が自家用車でゴミを持ち込む収集所では、車番号や重量等の数値入力を行った。また、事務所内では、ゴミを回収する職員が定期的に遂行する業務である収集場所ごとの量や種類等の入力も試験的に行った。初めての実習であったため、本人の能力を見極めることが先方のねらいであったが、多少、時間がかかるが、正確に作業ができるという評価であった。 (3)研究の目的及び概要 生徒たちのPC業務に対するニーズはあるものの就業事例が増えていないのが現状である。本事例の研究をとおして、授業でPC操作について、どのように学習を進めるのが有効であるか検討していく。 ・タッチタイプ 文字の入力を早く行うためには、ホームポジションを覚えることが重要であるため、フリーソフト等を活用して練習していく。 ・ワード、エクセル PC業務を遂行する上で、ワードやエクセルの習得が必要になるため、基本的な機能について練習していく。 ・MWS簡易版及び訓練版 OAWorkのそれぞれの課題を取り組む中で、必要なスキルを高めていく。また、事務課題や実務課題等の中からも就職先に必要と思われる作業を選定し、可能性を広げていきたい。 以上のように、A男の事例研究を進めていく中で、特別支援学校高等部におけるTP活用の有効性を検討していきたいと考えている。 参考文献 木村彰孝・大石文男:養護学校におけるトータルパッケージの活用と展望−特別支援教育における一人一人の教育的ニーズに応じた対応を目指して 「第13回職業リハビリテーション研究発表論文集」pp.208-211,障害者職業総合センター(2005) 特別支援学校(知的障害)における 職業リハビリテーションの考え方を取り入れた実践(3) −トータルパッケージを活用した進路指導における事業所と学校の連携について− ○徳増  五郎(静岡大学教育学部附属特別支援学校 校務主任兼高等部主事) ○大畑  智里(静岡大学教育学部附属特別支援学校 高等部教諭) 渡辺  明広(静岡大学教育学部) 長谷川 浩志(株式会社メディアベース) 1 はじめに 高等部は、学校生活から社会への移行期なので、補完手段・補完行動といったセルフマネージメントスキルの形成と定着が重要視される。本校では昨年度から、作業学習に障害者職業総合センターで開発された職場適応のためのトータルパッケージ(以下、「TP」という。)を取り入れた。そして、生徒のスキルアップだけでなく、本人の自発的な行動を促進する指導を充実させやすいことが分かった。1)そこで、職場実習先との連携・協力を円滑に行うことができるように、場面間般化や支援者間般化に対する指導を行い、その有効性を検証することとした。 2 個別移行支援計画について 高等部における個の教育的ニーズは、個別移行支援計画等の作成を通して把握する。2)年度始めの家庭訪問や面談で、本人及び保護者の思いを聞いたり、中学校での生徒の実態や医師の診断等を確認したりする中で、本人、保護者、教師間で、個の教育的ニーズを決定していく。この個の教育的ニーズは就労・生活支援等の各学習場面の目標に反映され、教師はその目標を達成するために職業リハビリテーションの考え方に基づき、具体的な支援方法を考えていく。そして、その後の指導や実習の評価・反省の中で繰り返しニーズの確認を行い、支援の方向性を定めていくものである。 図1 個別の移行支援計画の位置づけ 高等部で活用している個別移行支援計画では、卒業後の就労・生活支援への円滑な移行についての具体的な見通しを持ち、在学中から関係機関と連携をして、一人一人に応じた支援を計画していく。本校では個別移行支援計画(1)を1年時末に作成し、これを改訂しつつ、個別移行支援計画(2)を3年時の年度末に作成する。卒業後に行われる移行支援会議にも活用され、本人の詳細な情報や校内での支援方法を関係諸機関と共通理解を図るようにしている(図1、2)。 図2 個別移行支援計画に基づく授業づくり 3 事例生徒「T子」と注意欠陥多動性障害(以下「ADHD」という。) T子 特別支援学校高等部 知的障害 ADHD 尾崎ら3)によると、ADHDは「自分の行動の結果を予測し、そこから自分の行動を調整する脳の働き」が障害を起こし、それによって学校や家庭で不適応を起こしているとされている。 T子も「感情抑制の難しさ」「“できない自分”への不安」「注意集中の弱さ」「相手や場面の理解の難しさ」「大人への依存心の強さ」といった課題が挙げられており、これをどのように解消していくかが教育的ニーズとしてあげられていた。  職業リハビリテーションにおいても、ストレス・疲労のマネージメントは職業生活の遂行において、非常に重要とされ、TPの中でも大きく扱われている。ストレスや疲労をマネージメントしていくことは個人の作業能力を職業生活の中で発揮するために必要不可欠のものである。それらは単に作業能力のことだけではなく、生活の質自体の向上にも役立ち、より良い職業生活につなげるために必須の力なのである。こうした障害を持った生徒たちには、自己の持つ特性やストレス・疲労の影響による傾向を理解しておく必要があり、それらの状態に対応する対処行動や支援方法を校内で獲得しておくことが重要と考えられた。 ゆえに、T子の支援においてもこうした気持ちのコントロール「アンガーマネージメント」を個別の中心課題として位置づけ、実践を進めていくこととした。 4 指導の実際 入学以来、T子の指導にあたっては、アンガーマネージメントと実習先への般化をリンクさせながら取り組んできた(表1)。 表1 指導経過 (1)1年時の指導 まず、校内でアンガーマネージメントと作業遂行能力の向上について指導を開始した。4)補完手段や補完行動を導入したことで、作業遂行能力は向上したものの、アンガーマネージメントに対しては課題が残った。T子とはまず作業学習の場面を利用して、トラブルの起きた場所を離れて休憩をとることを確認し、休憩場所を用意する等の環境の整備をはじめた。しかしながら、休憩をとる必要性を理解していてもなかなか休憩をとりたがらず、教師が手をとっても暴れて嫌がることが頻発した。この頃のT子にとっては「休憩をとること=失敗」であり、「できない自分」「ダメな自分」という自己否定感を高めるネガティブな循環にしか繋がらなかったようである。その後、幾度となく本人と面談を行い、特性の理解と休憩の意味を確認し、一年間、取り組んだ結果、休憩をとろうとする姿が時折見られるようになってきた。しかし落ち着くまでに要する時間は長く、1時間から30分程度と、実習先への移行としては困難な状況であった。 (2)2年時の指導 2年に進級した4月、入学後一年間の経緯をT子と振り返り、トラブルはあっても感情の高ぶりを抑えていく「特性と上手につきあう方法」があることを伝え、一つずつ約束事を整理しながら話し合った。そして、T子の気持ちの段階を整理した5段階表や内省用の日記による指導を続け、次第にスムーズに休憩がとれるようになっていった。 イ IT企業における職場実習(短期実習)5) 7月には、IT企業における職場実習を行い、一定の成果を得ることができた。 ロ ホームヘルパー養成研修への参加 この実習の後、T子は「知的障害者ホームヘルパー養成研修(3級)」へ参加した。ここでも事前に、教師が研修先に伺い、支援方法を伝え共通理解を図るという 体制を組んだ(表2)。 表2 ヘルパー研修事前打ち合わせの一部 T子にもこうした準備体制を伝え、「場所」と「人」を変えても同様に行ってくることが課題であると確認して、研修を開始した。その結果、週に1回程度、3ヶ月にわたる長期間の研修も、校内同様の成果を発揮し、やり遂げることができた。 ハ ストレス・疲労のマネージメントの実施 それから、校内でストレス・疲労のマネージメント(以下、MSFAS)を実施した。T子は自己の特性を振り返り、自分の状況を次のように語っている。「苦手なことは『うまくできないこと』『はじめての仕事』『慣れない環境』」「対応方法は『休憩をとること』『飲み物を飲むこと』『まぁ、いいかと思うこと』」等と記述できるようになった。支援開始1年半を経て、私たち教師は、T子の内省の深まりを実感することができた。 ニ アンガーマネージメント 5段階表での安定をもとに、実習先での使いやすさに着目し、ツールの新たな方式をT子と共に検討した。段階は5段階から2段階へ、記録は日記シートからチェックシートへと、簡易なものを作成した(図3)。これは2週間にわたる本実習直前の校内集中作業期間に使用し、職場実習に備えた。 図3 2段階表と内省用チェックシート ホ 配送センターにおける職場実習(本実習) この実習では商品の袋詰めや値札シール貼り等の配送準備作業を行った。打ち合わせ時に実習先に2段階表を持参し、共通理解を図った。しかし、短期実習時と比較すると、事前情報のやり取りの薄さや大きな会社組織における担当部署の複雑さがあり、学校が考えるように条件整備が進みにくい印象のまま実習が開始された。 実習中、T子は大きく感情の抑制がきかなくなる状態は数回にとどめたが、少し不安定になった状態が続く小さなパニックが何日も続き、それは長時間におよぶことがあった。実習終了後、担当者から「大丈夫かなと思って、気にかけていなければならないことが少し負担に思いました。あまり声をかけすぎても、そばに居すぎても嫌みたいなところがありました。」とのコメントをいただいた。 ヘ 校内における指導 アンガーマネージメント自体は2段階表をそのままに利用し、支援する教師を多くの人間で関わることに重きを置いた。そして、先の実習で見られた不安定な状態が続く小さなパニックに対応するために、MSFASのトレーニングシートをT子用に改良してスキルアップシートとした(図4)。これを使い、感情が高ぶる直接のトラブル内容だけでなく、その背景にある要因、不安定な気持ちのつながり等をも整理して記入できるようにした。その結果、不安定さを長引かせずにエピソードとエピソードがつながっており、ある時点で断ち切ることが重要であると考えられるようになった。 図4 スキルアップシート (3)3年時の指導 T子は、就職試験となる3年時の職場実習(本実習)をレストランで行うこととなった。学校とは「場所」「人」「場面」といった環境因子はすべて異なるが、「補完手段・補完行動」と「個別の中心課題(アンガーマネージメント)の支援方法」においては移行できると考えた。そこで、学校としても、実習先と徐々に関係をとり、事前から実習中、事後へと連携をとれる体制を築いていくことを大事にしながら取り組んできた。 イ アンガーマネージメント 事前にT子の特性と支援方法の移行について実習先担当者(店長)と話し合うことができた。初日にはマニュアル等(図5)を持参し、担当者(店長)だけでなく、実際に作業する現場の担当者2名にも説明をし、支援のツールをフロアの2ヶ所に設置することができた。T子は校内同様、いやそれ以上の成果で落ち着いて2週間をやり遂げることができた。 図5 独り言に対応する為のマニュアルとカード、記録表 ロ 働くためのスキル この実習では、レストランのホールと厨房と大きく2つの作業に分かれる。それぞれに担当者が違い、作業内容も異なり、T子の特性への理解の進み方も違う。初日の朝には、現場担当者から「どこまで指示すればいいのか。」「何ができるのか。」「やって見せた方が良いのか。」     「自分(担当者)は仕事をしていても良いのか。」等率直な意見を聞くことができた。そこで、T子が補完手段として使用できるホール清掃マニュアルを作成して対応をした(図6)。 T子はマニュアルに従い、ホール清掃を丁寧に行うことができ、実習後半の巡回時には「一人でどんどん進めている。」との評価もいただくことができた。実習先としては不安に感じる、生徒たちの事前情報や特性も「こうすれば大丈夫」といった支援方法を教師が具体的に提案し、現場と一緒に考えていくことで担当者の安心感につながったと考える(表3)。 図6 清掃マニュアル 表3 3年時の職場実習事前打ち合わせの一部 ハ 家庭の協力 これら2年半の実践の背景には、家庭の理解と支えがある。5段階表と記録日記を作り、支援が軌道に乗ってきた頃には家庭にも同じツールを持ち帰り、同様の方法を意識して取り組んでいただいている。個別面談の折に、母親からは「本人が自分で記録を書いていました。」「落ち着くまでにかかる時間が短くなりました。」「休憩をとろうと、部屋を変えようとする姿が見られるようになりました。」との報告も受けている。そして、感情抑制のために医療機関と服薬の調整を行ったり、生理時における情動の安定のために常備薬の使用や適切な処置にも取り組んだりしていただいている。 5 考察  刎田6)が述べた、作業場面における休憩の取り方等に関する具体的な支援段階と組み合わせた指導・支援により障害の受容やストレス・疲労の現れ方についての認識等を高めるアプローチという視点から、ここまでの実践を振り返る。 まず、校内でOAワークを実施したことにより、T子の障害状況、すなわち障害特性からくる不適応行動の問題を明らかにした。それから、MSFASやメモリーノートの機能を持たせた内省用のチェックシートや気持ちの段階表等をT子用に作成・活用し、指導にあたった。 ストレス疲労の認識を高める指導においては、それに関する認識と課題の把握、前兆となるサインの整理・気づきができるようになり、それらへの対処行動を確立する必要性と、自己のサインや有効と思われる対処方法について本人と共に検討、実践することができた。また、作業場面における具体的な支援を実施した指導では、ストレス・疲労のサインが見られた際に、教師がT子へはたらきかけて状態を確認させた上で、自己の状態に応じて対処行動である休憩の取得を自己統制することができるようになってきた。そしてT子自身が、ストレスや疲労をマネージメントしていくことが、作業遂行能力や、様々な生活場面における人間関係の向上にも好影響を与えていることを実感することができた。 この実践において、教育的ニーズをもとに具体的なツールを作り上げてきたことや一人でできることの本当の姿を見極め移行支援について検討したことにより、今後の高等部の進路学習のあり方に大きな示唆を得ることができたと考える。職業リハビリテーションの考え方にもとづき、少しでも多くのナチュラルサポートを作り出していくためには、生徒本人のスキルの定着だけでなく、支援者である私たち教師の関わりが大きく問われている。今後も校内で有効だった支援方法を実習先や家庭と共有し、生徒の力が充分に発揮できるような支援体制を整えていきたい。 参考文献 1)静岡大学教育学部附属特別支援学校「特別支援学校は今!」p84-119、静岡大学教育学部附属特別支援学校(2008) 2)静岡大学教育学部附属特別支援学校高等部:個別移行支援計画に基づく授業づくり〜職業リハビリテーションの考え方を取り入れた実践〜、「研究集録18 特別支援学校としての充実と発展をめざして〜教育的ニーズに応じた指導・支援と地域支援〜」、p107、静岡大学教育学部附属特別支援学校(2007) 3)尾崎洋一郎、池田英俊、錦戸恵子、草野和子「ADHD及びその周辺の子どもたち—特性に対する対応を考える—」、p4-8、同成社(2001) 4)徳増五郎、渡辺明広:個別移行支援計画に基づく授業づくり−特別支援学校(知的障害)における、職業リハビリテーションの考え方を取り入れた実践(1)−「第15回職業リハビリテーション研究発表会論文集」 p260-263、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター(2007) 5)長谷川浩志、徳増五郎、大畑智里:特別支援学校 (知的障害)の職場実習の受け入れについての一考察−トータルパッケージを活用した事業所と学校の連携について−「第16回職業リハビリテーション研究発表会論文集」 、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター(2008) 6〉 谷 素子、刎田文記、吉光 清、伊藤菜穂子、岩崎容子「精神障害者等を中心とする職業リハビリテーション技法に関する総合的研究(最終報告書)」調査研究報告書NO57 p179-183、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター(2003) 特別支援学校(知的障害)の職場実習の受け入れについての一考察 −トータルパッケージを活用した事業所と学校の連携について− ○長谷川 浩志(株式会社メディアベース 専務取締役) 徳増 五郎 (静岡大学教育学部附属特別支援学校) 大畑 智里 (静岡大学教育学部附属特別支援学校) 渡辺 明広 (静岡大学教育学部) 1 はじめに 当社は障害者自立支援法に基づく、IT技術に特化した就労移行支援事業所「スキルアップスクールSES」を経営する民間企業である。平成19年4月に静岡市に開校し、現在は浜松市と三島市と合わせ、県内三地区で就労移行支援事業を行っている。 本稿では、昨年7月に実施した、特別支援学校(知的障害)高等部の職場実習における、障害者職業総合センターで開発された職場適応のためのトータルパッケージ(以下「TP」という。)を活用した学校との連携について報告する。 2 職場実習の概要 (1) 実習期間 平成19年7月30日〜8月1日の3日間 (2) 目的  学校とは「場所」「人」という環境因子が異なる当社で、①校内と同様に作業遂行ができる。 ②アンガーマネージメントを行う。 (3) 仕事内容 事務作業  ①Excel入力 ②OAワーク ③封筒作り・封筒づめ (4) 指導方法 ① 学校で実施した作業を持ち込み、 ②学校で成果を得た補完手段・補完行動を実施し、 ③アンガーマネージメント(T子さんの中心課題)に対し同じ支援方法を行う。 3 受け入れ生徒の実態〜学校から T子さん 特別支援学校高等部2年生 知的障害 ADHD (1) 全体的な所見 T子さんは何事にも一所懸命に取り組む明るい性格で、周囲の友だちとも良好な関係を築くことができる。しかし、本人にとって「わからないこと」「予想と違うこと」などへの対処には難しいところがある。落ち着いている時には会話によるやりとりでも充分解決できることが、感情の抑制がきかなくなると急に大きな声を出したり、物や体にあたったりとの行為におよび、本人自身の力では解決ができなくなってしまうことがある。「感情抑制の難しさ」「できない自分への不安」「注意集中の弱さ」「相手や場面の理解の難しさ」「大人への依存心の強さ」といったことが教育的ニーズとしてあげられている。 (2) 具体的なあらわれ ・入学当初は「間違えること」「周囲から指摘を受けること」等が起こると、突発的に感情の抑制がきかなくなり、大きな声で叫び始めていた。「ダメだ。」「できない。」と自分を責め、落ち着くまでに1時間前後かかることが多く、物や体にあたるとそれ以上長引くこともあった。 ・作業学習では、トラブルの起きた場所を離れて休憩をとることを指導した。1年間取り組んだ結果、休憩をとろうとする姿が時折見られるようになってきた。しかし落ち着くまでに要する時間は長く、30分から1時間程度と、実習先への移行としては困難な状況である。一方、様々な職種を経験することで理解を深め、働くために必要なスキルを身につけてきた。 4 当社と学校との連携 表1 当社と学校との連携 事前打ち 合わせ① 当社担当・担任にて実習概要の打ち合わせを行う。T子さんの特性、作業内容・場所等の検討。 事前 あいさつ 本人・保護者・当社担当・担任が参加。勤務時間や服装・持ち物等の打ち合わせと、OA作業の基本スキルチェックを実施する。 事前打ち 合わせ② 当社担当と担任で再度詳細の打ち合わせ。具体的な作業内容、指示の出し方、T子さんへの対応方法等、共通理解を図る 実習 初日 担任が指示の仕方など、開始1時間のみフォローし、その後、午後の開始まで見届けのみ行う。夕方、当社担当より様子を学校へ報告。 実習 中日 担任が作業開始までの準備時間15分の見届けを行い、その後は、当社担当が引き受ける。夕方、当社担当より様子を学校へ報告。 実習 最終日 担任は朝、電話にて確認をし、終業近くに片付けとあいさつのために訪問するのみで、当社担当が終日引き受ける。終業時、本人・保護者・当社担当・担任にてまとめを行う。夕方、当社担当より様子を学校へ報告。 実習後 その後も、生徒のあらわれの詳細や作業の結果等、当社担当と担任間で、メールでやりとりを続け、情報交換を行った。 実習前からT子さんの特性や支援方法について共通理解を図った(表1)。具体的な支援方法はマニュアルに整理し、記録用紙等の準備は両者で行った。 5 当社における実習の様子 (1) OAワーク(数値入力)  OAワークの数値入力は出題された課題に従ってパソコンに数値を入力する作業である。 イ 学校での指導 学校では1)、作業学習の中では様々な職種を経験することで理解を深め、働くために必要なスキルを身につけてきたようである。T子さんが各作業工程を確実に遂行できるために、環境や補完手段を整えることにより、補完行動を獲得させ、作業遂行における力を高めているとのことであった(表2)。 表2 学校での進路学習(高等部1年〜2年) 班別作業(自主生産) 陶芸班、染色縫製班 集中作業 製造(空き缶つぶし)  事務(封筒作り・封筒づめ) 事務(OAワーク)  製造(箱折り・箱づめ) 事務(印押し・切抜き等) 事務(Excel入力) 職場見学 製造(お茶の製造)  製造・サービス(授産所) 物流(ピッキング)  事務(OA作業) 職場実習 製造・サービス(授産所) OAワークでは、以下のような補完手段・補完行動を考えて指導していた(図1)。 ・ T子さん用の指示書を用意し、チェックボックスをチェックしたり、赤丸を付けたりしながら作業を進める。 ・ この時、指示内容の部分は画面をポインティングして確認する。 ・ 使用する用具には名前をつけ、置き場にも明示する。 ・ 用語の理解ができるように、ヒント集を傍らに置いておく。 ・ 休憩用のスペースをあらかじめ決めておき、所定の手続きを経て、休憩をとることとする。 ・ 図1 学校における補完手段・補完行動の例 ロ 当社における実習時の様子 そこで、当社でも、事前打ち合わせで確認したとおりに、学校と同様の補完手段・補完行動を導入した(図2)。 図2 当社における補完手段・補完行動の例 このような対応をした結果、T子さんは指示書やヘルプカードの使用、ポインティングやレ点でチェック、と自分から進んで行うことができていた。次々と作業を進めていく姿は、それぞれの補完行動を身につけ、作業遂行能力を確実に獲得していることを示していたと思われる。 図3 T子さんの数値入力(レベル1)の 1課題における平均作業時間の変化 T子さんの数値入力(レベル1)の1課題における平均作業時間は、1年の作業時には平均7.6秒であった。それから10ヶ月ほどのブランクを挟んでの当社における実習となる。初日には9.5秒、最終日には5.0秒で作業を行うことができるようになっており、1年時からの変化は図3のとおりである。 (2) アンガーマネージメント アンガーマネージメントとは、自分の感情に気付き、自らの意思でコントロールできる自分らしい表現方法を身につけること2)であり、怒りという感情そのものを押さえ込むものではない。怒りによって何か言ってしまったり、何かしてしまったりすることや、それに起因する対人関係の悪化に目をむけて、健全な対処方法を身につけることを目指している。 イ 学校での指導 学校では、アンガーマネージメントに際して、「気持ちの変化」「本人がとる行動」「周囲の友だちの気持ち」などの項目にT子さんの気持ちの段階を整理していた。そして、それらの起きた状況に対し、「どのようにすべきか」という対応方法をまとめることで、気持ちと行動のコントロールができるように、そのルールを視覚的に5段階の表(図4)にあらわすこととした。 図4 気持ちと行動の5段階表 この5段階表作成以前、T子さんは感情の抑制が効かなくなることに対して、「とにかく大きな声で叫びたくなる。物にあたりたくなる。でも、そうしていても楽にならない。休憩を取らなくちゃいけない。」と話していた。ゆえに本人と、トラブルはあっても感情の高ぶりを抑えていく「特性と上手につきあう方法」があること伝え、一つずつ約束事(図5)を整理しながら話し合ったとのことであった。 図5 T子さんとの約束事カード 日常生活の中ではこの5段階表の簡易版(小型版)と約束事カードを教師が持ち歩いており、T子さんの感情抑制が効かなくなった状況で、気持ちの表出をカードの指さしによって行っている。そうすることで、意思表示の後、作業を継続するか、場を離れて一定時間の休憩をとるかを選択するのである。休憩をとった場合には落ち着いた後で、トラブル内容や対処方法、感じたことを日記(図6)に記述することで気持ちの“言語化”“書記化”を続けていったとのことであった。 そして、とるべき対処方法を視覚的に示したカードと約束事、日記の効果により、T子さんの内省は進み、しだいにスムーズに休憩がとれるようになったようである。 本人も「カードを見るようになりました。去年よりイライラが少なくなりました。休憩はとれるようになりました。これからもカードを見ることと休憩をとりたいです。」と記すことができるようになったとのことだったので、当社でも同様の設定・対応をすることとした。 図6 内省用の日記 ロ 当社における実習時の様子 表3 実習期間中の情動のコントロール T子さんが実習期間中に、イライラした時にどのように対処したかを示したのが表3である。不安定となる場面もあったが、休憩を入れることで落ち着き、再開することができた。また、イライラが高くなる前に担当者へとヘルプを出せる回数も増えた。そして、内省用の日記には「カードを見て落ち着きました。」「また同じようなことがあっても気をつけたいです。」などと話しており、家庭でもその日起きたことを、保護者へ進んで伝えることができた。 6 まとめ T子さんの学校では、TPを総合的に使うことにより、作業を遂行する上で影響を与える幾つかの要因を把握し、具体的にアプローチする手段を試行してきた。具体的には、T子さんが、当社に近い環境下でOAワークを実施し、作業ごとのエラー内容、作業時の疲労やストレスの現れ等、職場の中で生じるであろう障害の現れ方を体験し、気づくことができるよう支援し、その障害を補完する手段を提供しながら、職業生活全般についてのセルフマネージメントスキルを向上できるよう指導されてきた。情動のコントロールについては、ストレス疲労の認識を高める段階と作業場面における具体的な支援段階を経て、対処行動の獲得まで指導をされてきた3)。場所と支援者が違う当社で、対処行動を主体的に行うことにより、作業遂行レベルを維持することができていたのか考えたい。  T子さんの数値入力(レベル1)の1課題における平均作業時間の変化を見ると、補完手段や補完行動の導入により、学校と当社での差はほとんど認められず、場面間般化していると考えられる。また、実習期間中の情動のコントロールについては、3日間で10回、自ら担当者のところへ出向き、ツールを使って自分の内面を相手に伝え、相談しながら解決方法を自分で決定する場面があった。最終日に休憩をとるのを嫌がった場面が1回あったものの、その他の場面では、作業続行・その場で休憩・決められたスペースへ移動して休憩のいずれかを、選択・決定することができており、場面間般化、支援者間般化していると考えられる。  職場実習の目的が、職業準備訓練であれ、職務の適合であれ、利用者が普段生活している学校や職能訓練施設と当社のような実際に働く現場とは、環境が違う。それだけに、移行支援体制作りが重要なのは言うまでもないが、どれだけ事前の話し合いをしても、普段の様子を見学しても、その全てを知ることは難しい。だから、職場実習受け入れにあたって、留意しなければならないことがあることは理解できるが、それを具現化することは非常に困難であり、また、その職場実習の評価についても、相対的に考えることが難しい。その課題について、MWSが、ある可能性を示唆しているように感じている。 MWSでは、各作業を用いて個々の障害者への支援を効率的に行えるよう、作業の実施手順や作業上必要なスキル、補完方法等の環境整備について課題分析を行っている。また、補完方法の整理については、補完行動、補完手段、他者による指導・支援の3種と先行条件、行動支援、後続条件に分類し整理している。3)今回、当社ではOAワークを実施した。これは、学校でこの考えに基づき、T子さんの学習状況に応じて、指導・支援の方法を考えてきたものである。このことは、彼女の普段の生活や学習の状況を知り得ない当社にとって、非常に大きなメリットがあったと考える。具体的には、 ・ 作業内容や手順が明確で、現場の担当者は実習生に何をさせれば良いか理解しやすい。 ・ できない場合の対処方法があらかじめ決められていたので、担当者の差異が作業遂行能力に及ぼす影響が小さくてすむ。 ・ 作業遂行能力が数値化されているので、学校と当社との比較が容易である。 ・ 作業課題が変わらないので、場面間般化や人般化ができたかどうかの判断ができる。 といったことがあげられる。  そして、当社にとってのメリットは、とりもなおさず、T子さんの職場実習という学習における指導効果の向上につながることであったと考える。 参考文献  1)静岡大学教育学部附属特別支援学校高等部:個別移行支援計画に基づく授業づくり〜職業リハビリテーションの考え方を取り入れた実践〜、「研究集録18 特別支援学校としての充実と発展をめざして〜教育的ニーズに応じた指導・支援と地域支援〜」、p133-139,静岡大学教育学部附属特別支援学校(2007) 2)本田恵子「キレやすい子へのソーシャルスキル教育」、p9,ほんの森出版(2007) 3)徳増五郎、大畑智里、渡辺明広、長谷川浩志:特別支援学校(知的障害)における職業リハビリテーションの考え方を取り入れた実践(3)−トータルパッケージを活用した進路指導における事業所と学校の連携について−「第16回職業リハビリテーション研究発表会論文集」 、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター(2008) 4)独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター:「トータルパッケージの活用のために」、p6-9,独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター(2007) OA作業による能力開発と職域拡大 −パソコンによる出勤簿入力業務の能力開発および職域拡大− ○遠藤 美紀(日総ぴゅあ株式会社 第1事業部) 松井 優子(日総ぴゅあ株式会社 第1事業部) 青木  功(日総ぴゅあ株式会社 第1事業部) 1 はじめに 2007年4月2日、日総工産株式会社の特例子会社として設立された日総ぴゅあ株式会社は、同年9月26日に特例認定をうけた。2008年9月現在、32名の障がい者を雇用している。 親会社である日総工産株式会社は、総合人材ビジネス(製造系人材サービス業)を事業としており、現在、日総ぴゅあ株式会社の事業は事務代行を主に行っている第1事業部と、軽作業を主に行っている第2事業部とに分かれている。 常用雇用労働者数はいるものの、第1事業部においては事務的業務が中心となっているため業務の切り出しが厳しい状況である。 日々親会社の業務に貢献しつつ、障がい者雇用拡大がもとめられている中で、第1事業部の中にパソコンを使った業務で活躍できる社員がでてきた。パソコンという情報機器を使えることで、障がい者の可能性は広がるのである。 業務は人材サービス業である親会社本社へと依頼された出勤簿(タイムシート)の入力業務で、出勤、退勤、休息時間、遅刻、早退、残業等をデータベースへ入力するものである。入力は数字のみの比較的定型なものであるが、直接給与に反映する重要な業務である。 パソコンを使った業務には需要が見込まれることもあり、社員のスキルアップに力を注いでいる。 2 目的 ①パソコンを使った仕事をする社員のスキルをOA作業で検証し、レベルを数値で表す。 ②上記検証によって表された数値を目標基準値とし、パソコンを使っていない社員が、業務レベルに達するために必要な訓練メニュー等の環境を構築する。 ③パソコンを使った業務に対する明確な目標を提 示し、社員のスキル、モチベーションの向上を目指す。 3 方法 (1)対象者及び指導者 イ データ対象者:1名(知的)出勤簿入力業務を中心に行ない10ヶ月経過。 ロ 検証対象者:3名(知的1名、精神2名)パソコン業務未経験者。 ハ 指導者:筆者 (2)期間 2008年7月17日より9月末日までを第1期実施期間と設定した。 (3)実施内容 イ 目標基準値のためのデータ収集 OA作業の数値入力と検索修正を用い、現在既に出勤簿入力に従事している社員1名にテスト課題(「ハ テスト課題の実施」を参照)を実施、データ収集し、そのデータを業務達成に必要な目標基準値とする。7月17日にデータ対象者にテスト課題を実施した。 ロ 検証対象者に対する訓練 事務所内にOA作業用のパソコン、テンキーを固定し、業務スケジュールの中へ組み込まれたOA作業訓練を手順書、指示書を見ながら行う(図1、2参照)。 OA 手順書       検索修正ファイルレベル3・4の自分が今日使うものを用意します。 ①PCは「ぴゅあ4」「テンキー」を準備する   ②デスクトップからOAワークを選ぶ   ③訓練者選択で自分を選択   ④訓練開始を選択   ⑤数値入力・トレーニングモード・レベルを選択   ⑥試行数・ブロックを選択   ⑦訓練開始   ⑧検索修正・トレーニングモード・レベルを選択   ⑨試行数・ブロックを選択   ⑩訓練開始   ⑪終了 次の人へ連絡する   ※「ぴゅあ4」は、OA作業用固定パソコン   図1 手順書 OA指示書       8月18日 数値入力:レベル6 試行数6 ブロック数10    検索修正:試行数6 レベル3 ブロック数1   8月19日 数値入力:レベル6 試行数6 ブロック数10    検索修正:試行数6 レベル3 ブロック数1   8月20日 数値入力:レベル6 試行数6 ブロック数10    検索修正:試行数6 レベル3 ブロック数1   8月21日 数値入力:レベル6 試行数6 ブロック数10    検索修正:試行数6 レベル3 ブロック数1   8月22日 数値入力:レベル6 試行数6 ブロック数10    検索修正:試行数6 レベル3 ブロック数1   8月25日 数値入力:レベル6 試行数6 ブロック数10    検索修正:試行数6 レベル3 ブロック数1   8月26日 数値入力:レベル6 試行数6 ブロック数10    検索修正:試行数6 レベル3 ブロック数1           図2 指示書 検証対象者3名が同じ条件で指導者のもと、1日30分間、数値入力と検索修正の訓練を実施した。OA作業の訓練は毎日行った。 ハ テスト課題の実施 テスト時間は50分間とし、会議室にて検証対象者全員がやはり、同じ条件で日常の訓練メニューよりボリュームのある数値入力6レベル、試行数6、ブロック数10、検索修正3レベル、試行数6、ブロック数3、のテストを行う。検証対象者3名には、2週間ごと(訓練前、訓練中3回、訓練後)にテスト課題を実施した(7月22日、8月8日、8月29日、9月12日、9月26日の5回実施)。 OA作業で数値化されたテスト結果データや訓練結果データはグラフで説明する。 ニ 結果のフィードバックの実施 指導者から各自に対して個別に、テスト結果と日常訓練での正答率、作業時間等について話し合い、モチベーションの変化を考察する。9月12日のテスト課題実施後、時間は15分間程度でフィードバックを行った。 4 結果 7月17日に行なわれた目標基準値にあたるデータ対象者のテスト結果は、数値入力では平均作業時間51秒、正答率96%、検索修正では平均作業時間10分58秒、正答率は90%であった。 一方、検証対象者に対して9月26日までに行なわれたテスト結果は次の通りである(表1,2,3参照)。 表1 テスト結果① 検証対象者① 7/22 8/8 8/29 9/12 9/26 数値入力 作業時間 00:31 00:29 00:26 00:24 00:33 正答率 95% 98% 98% 97% 100% 検索修正 作業時間 08:49 07:43 05:36 06:05 08:07 正答率 100% 94% 83% 94% 100% 表2 テスト結果② 検証対象者② 7/22 8/8 8/29 9/12 9/26 数値入力 作業時間 00:45 00:43 00:32 00:41 00:35 正答率 100% 97% 98% 97% 100% 検索修正 作業時間 10:40 10:42 06:25 08:42 06:03 正答率 50% 78% 89% 76% 94% 表3 テスト結果③ 検証対象者③ 7/22 8/8 8/29 9/12 9/26 数値入力 作業時間 00:50 00:53 00:46 00:41 00:53 正答率 95% 96% 98% 96% 91% 検索修正 作業時間 11:47 10:27 08:04 07:09 07:13 正答率 78% 67% 61% 89% 94% テスト結果において一部補足しておくと、訓練期間の予定を2008年7月17日からとしていたが、実際に毎日訓練が行なえるようになったのは、8月18日以降であったため7月22日、8月8日のテスト結果に訓練成果は反映されていない。 テスト結果全体を観ると7月22日のテストでは、2名が正答率100%と高い出だしであったが、その後のテストでは作業時間を意識したためか、正答率は下がる傾向にあった。 テストは回を重ねるごとに作業時間が早くなっているものの、正答率も下がっている事に問題点を見出し、検証対象者個別にフィードバックを行い話し合った。 1)正答率の重要性。 2)正答率を上げることで確実な入力ができ作業時間も早くなる。 3)各自、自分に合った確認方法で確認しながら正確な入力を行う。 フィードバックにより、3名のパソコンに対する姿勢にも変化が表れ9月26日のテストでは再び、2名が正答率 100%に到達した。 OA作業から、実務である出勤簿入力業務へ移行できるレベルの判断基準は、データ対象者の目標基準値を、検証対象者の訓練、テスト結果が、継続的に超え維持できた時とし、到達レベルとする。 5 考察及び今後の課題 OA作業を用いたことによるメリットとして、検証対象者はもとより指導者にとっても実務では計り知れないミスの分析やメンタル面でのストレス対策をデータとして読み取れ、効率的な訓練、指導を行うことができる。 デメリットは、訓練開始が1ヶ月遅れとなった理由でもある日常の業務化が難しい事にある。訓練時間を業務スケジュールの中に組み込むものの、日々の業務に追われなかなか実施することができず、実施開始後においても、訓練に対してのフィードバックの時間が取れなかったということも今後の課題である。 6 おわりに これからは、未だ出勤簿入力業務を親会社本社へ依頼されていない地方事業所、営業所への新規職域エリアの拡大、エリアの拡大にともない適性ある人材開拓、個人能力の開発等が必要となるであろう。 具体的には、本社以外の地方事業所、営業所への出勤簿入力の業務切り出しを図り、OA作業によってパソコンスキルを検証された社員による出勤簿入力の正確性、安定性を活かし、出勤簿入力業務が第1事業部の主流業務となって行くよう引き続き社員のスキルアップに力を注いでゆく。 そのためにも、9月以降も訓練とテストを行い、第2期実施期間とし考察を行っていく。 精神障害のある人の多様な働き方を実現するために −支援ツールとしてのトータルパッケージ活用の方向性− ○香野 恵美子(社団法人やどかりの里 やどかりの里授産施設 施設長) 堤 若菜 (社団法人やどかりの里 労働支援プロジェクト) 1 はじめに 社団法人やどかりの里は、さいたま市を拠点に、精神障害のある人の地域生活支援を柱に、相談支援事業、地域活動支援センター、グループホーム、生活訓練施設、居宅介護事業の他、地域小規模作業所や授産施設等の働く場を運営している。また、福祉工場における印刷・出版・研究・研修事業を中心に精神保健福祉の啓発普及活動に取り組んでいる。これらの支援に何らかの形で登録している精神障害のあるメンバーは280名程度、うち働く場に登録するメンバーは90名ほどである。 やどかりの里では、障害者自立支援法成立を機に、改めて働く場に登録するメンバーのニーズを掴むため聞き取り調査を行った。約1割の方が「積極的に訓練して一般就労したい」という思いを抱いていたことを受け、2006(平成18)年度に労働支援プロジェクトを発足、活動を開始した。同時期に障害者職業総合センター(以下「職業総合センター」という。)より職場適応のためのトータルパッケージ(以下「TP」という。)研究協力の依頼を受け試行的に導入、技術協力いただきながら活動を展開している。こうした技術や支援ツールが労働支援プロジェクトを中心に導入され、作業所等において活かされつつある。本報告では、労働支援プロジェクトの取り組みを中心にしながら、労働支援の場でのTP活用の実際を明らかにし、さらに連携ツールとしての可能性と課題について報告する。 2 研究の目的 精神障害のある方の個々の障害特性を把握しながら、多様な働き方を実現するための支援を行なうなかでのTP活用の可能性と課題について明らかにする。 3 研究の方法  次の実際に着目し成果と課題を明らかにする。 (1)やどかりの里の労働支援の場におけるTP導入の実際 (2)労働支援プロジェクトのTP活用の実際 (3)個別事例からみるTP活用の実際 4 やどかりの里の労働支援の場におけるTP導入の実際 (1)支援にあたっての基本的な考え  精神障害のある人の「働きたい」という思いに向き合い、多様な働き方を支えていく。事業所においては、個々が働きやすく、また得手を生かせるような環境整備に取り組みつつ、民主的で地域に開かれた事業所づくりをめざしている。  労働支援の場(作業所5ヶ所、小規模通所授産施設、授産施設、福祉工場、労働支援プロジェクト)全体として、月1回程度連絡会を開き、事業所間の情報共有や学習、ケース検討を行っている。 (2)TP導入の実際 労働支援プロジェクトの取り組みを中心に、事業所においてTPを活用し始めている(図1)。 ア 作業改善  労働支援プロジェクトの支援を受けながら、M−メモリーノート(以下「MN」という。)を導入し、作業の自立性を図っている。  利用者の障害状況により、MNを活用するまでに継続した段階的な支援が必要で、支援者側の力量やマンパワーに左右される課題がある。 イ 労働アセスメントシートの作成 今年度、各事業所において独自に行っていた利用から退所までの手続きや支援の流れについて見直し、各事業所の独自性を大切にしつつ、フェイスシート、アセスメントシートなど統一した書式を整えた。このなかで、M−ストレス・疲労アセスメントシート(以下「MSFAS」という。)をアレンジしアセスメントシートに盛り込んだ。実際に使用しながら変更していく予定である。 5 労働支援プロジェクトのTP導入の実際 (1)支援にあたっての基本的な考え 一般就労だけを目標とするのではなく、精神障害のある人が自分に合った仕事を選択できるよう、個別相談を中心に据えながら関係機関と協力して支援していく。 (2)内容とTP導入の実際 ア 労働アセスメント  就労に向けて、得手不得手やストレスや疲労の出方を本人とともに把握し評価を行う。事業所側の要請と本人の状況に合わせ、次のいくつかを試行しつつ、面接相談のなかで整理する。 ①ウィスコンシンカードソーティングテスト(以下「WCST」という。)による推測する力の見立て ②ワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)の簡易版により作業傾向の見立て ③M−ストレス・疲労アセスメントシート(以下「MSFAS」という。)の記入により周辺情報の整理  今年度は、特に法人内の福祉工場(雇用を前提とする障害者施設)から、ここの就労希望者や実習生に対し、客観的な見立てを得るために依頼を受けた。事業所と労働者双方にとってマッチングのためのアセスメントは重要である。 課題としては、作業体験を継続することでしか見えてこない点もあること、実際には事業所での仕事とのマッチングが重要であることから、これらを考慮したフィードバックの仕方が要される。 イ 作業改善  個々の継続した就労や事業所において集団での職務遂行性を高めるための支援を行う。 ①MNやMWS、MSFAS活用により、作業遂行上の傾向や課題の把握、補完手段の会得や職域の拡大をはかる。 集中的にこれらのツールを用いながら自分と向き合うことで、新たな気付きを得る利用者が多い。その気づきを働く場につなぐことが重要で、本人の傾向やその対処法の許容や、環境の整備等、働く場との協力関係が不可欠である。 ②作業遂行向上のためのMNの集団利用 事業所において作業指示の周知、各人の業務把握などにMNを導入。導入の際は労働支援プロジェクトがアドバイスを行う。個々の課題に応じて工夫し、例えば安定した出勤率を図るために睡眠・服薬の記録、気分調べなど生活状況の把握に用いたり、コミュニケーションに課題のある方については、その日の仕事内容や気分や思いを記入し、支援者や家族と共有するコミュニケーションツールにしたりするなどの活用が始まっている。 ウ 集中研修プログラム 職業ガイダンスと作業体験集中プログラムをセットにした集団プログラムを実施。集団プログラムは、精神科デイケアや生活支援センター、就労支援センター、ハローワークや職業能力開発センターなど関係機関と連携する機会にもなっている。  本年度は、障害者委託訓練事業の受託を受けて実施。図2にあるように、アセスメントや作業訓練にTPを活用している。 エ 就労・復職支援  障害者地域生活支援センターや働く場からの紹介、集団プログラム修了後に就労支援を希望した方などが利用。現在、相談を軸にMWSの作業体験や就労先の職種を意識した学習(月・水・金の10:00〜15:00)、障害や病気の捉え方・疲労とストレスについて学ぶ機会(不定期)、就職活動支援(随時)をニーズや課題に合わせて連動させ、実感の伴った体験や気付きができるよう意識している。個別の継続支援には次の要素を組み立てている。 ①アセスメント ②作業傾向の把握、補完手段の会得、技術向上 ③疲労マネジメント、行動管理 ④対人関係づくりの傾向の把握、行動修正 これらをTPを活用しながら探り、就労可能な仕事の量や質を整理し、就職活動に生かす。 ⑤TP結果を用いた関係機関との情報共有 就職・復職活動、定着、就職後の支援に向け、本人を中心に医療や福祉機関、事業所、労働支援機関との連携が重要となる。さいたま市では埼玉障害者職業センターとさいたま市障害者総合支援センター就労支援部門にTPが導入されており、MWS結果など、共通言語になりつつある。しかし、個別支援から見えてきたことを多様な機関で有効にするためには、アセスメントのポイントを明らかにし、関係機関間で伝えられるようなシート等の開発が必要である。 5 個別事例からみるTP活用の実際 (例1)TPを活用して現実検討をはかる 法人外の生活支援センター登録者で精神疾患と軽度の知的障害を併せ持ち、職場での被害感から転職を繰り返す。委託訓練事業によりやどかりの里の集団プログラムを知り参加。プログラム中のMSFASやMWS、グループワークを経て、例えば被害感を感じたときに相手方に確認するなど現実検討する手段を得たり、「疲労が募るとイライラが出る」などセルフマネジメントする力をつけていく。プログラム終了後、ハローワークで仕事を見つけトライアル雇用開始。定着具合を見て契約の見通し。 (例2)多機関でささえる  精神疾患を持ち、再発のため休職。法人内生活支援センターの要請により復職支援を行う。MNを用いた行動管理、MWSにより作業傾向や補完手段、疲労マネジメント力をつける。障害者職業センターのリワーク事業にシフトし、より実践的な作業環境を確保。ジョブコーチ支援を活用し復職めざす。出勤直前に再発、入院。生活支援センターが相談の軸になりながら、退院後のリハビリ計画を立てる。本人は、リハビリしながら体力の回復を待って引き続き復職支援を希望している。 6 まとめと課題 (1)多様な働き方をささえるために 労働支援プロジェクトの取り組みを中心に、アセスメントやセルフマネジメントの力量形成など様々な場面でTP活用が確認された。一般事業所への就労支援のみならず、福祉施設においても作業の自立性などに活かされる。このとき基軸となるのが、本人の願いに添うこと、ともに状態を掴み、今後の歩みを見つけていくことにあろう。 (2)多機関でささえる 関係機関との共通基盤を築くうえで、TPが活用されつつあるが、実際の取り組みをわかりやすく各分野に伝え、その後の支援に活かせるよう工夫していくことが当面の課題であろう。 (3)社会の側のリハビリテーションを視野に 今回の報告は、事業所や個々への支援に着目してきた。しかし、障害の発生を考えると、障害者の権利条約にある合理的配慮といった社会的リハビリテーションの視野を持つことも欠かせない。こうしたことが具体施策に盛り込まれていくことが一人一人の職業人生の大きな支えになろう。 <引用> ※小池磨美他:精神障害者を対象とする社会福祉施設におけるトータルパッケージの試行について「第15回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」pp252-255の「図2 試行の概要」に加筆 <参考> 堤若菜:トータルパッケージを活用した精神障害者の就労支援「職リハネットワーク №63」 口頭発表 第2部 重度障害者のアクセシビリティ改善による雇用促進に関する研究 星加 節夫(障害者職業総合センター事業主支援部門 研究員) 1 はじめに 身体障害者の総数は348万人(平成18年度身体障害児・者実態調査:厚生労働省)と推定されているが、中でも下肢・上肢に障害のある肢体不自由者の数が最も多く、主な原因は脳血管障害、骨関節疾患、リウマチ、脊髄・頸髄損傷、脳性まひ等である。障害レベルにもよるが、その多くの人は移動に困難を伴う人たちである。バリアフリー環境改善に向け、日本では90年代半ばから2000年にかけ、通称「ハートビル法」、「交通バリアフリー法」が順次制定された。2006年にはその2つが一本化され、「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」(通称バリアフリー新法)が制定され、建築物単体のバリアフリー化から“移動の面的な広がり”を配慮した一体的、総合的なバリアフリー化の推進が図られることとなってきた。 しかしながら、2006年、障害者自立支援法が施行され、その後の重度身体障害者の職業的自立は福祉と雇用の狭間におかれ、職業選択の幅は広くはなく、通勤に公共交通機関を利用できないという理由で、雇用に至らないケースや雇用継続が困難になるケースは決して少なくなく、ここに問題の所在がある。 2 目的 移動困難な重度の障害のある人の通勤や就業の現状を把握し、重度身体障害者の通勤や移動に伴う阻害要因を明らかにすることによって、アクセシビィティ改善による雇用促進に資することを本稿の目的としている。 3 結果 上記のような背景から、重度身体障害者の通勤や移動に伴う阻害要因と現状を把握するため、①質問紙調査、②支援者からの聞き取り調査、③雇用者、被雇用者からの聴き取り調査を実施した。その結果について概要を述べる。 (1)質問紙調査「車イス使用者等の通勤方法に関するする意識調査」から 全国の障害者職業能力開校に在籍中の移動に困難のある重度身体障害者の求職者を対象に、通勤に関する質問紙調査を実施した。調査期間は平成19年9月〜10月で、調査票は299通を郵送、217通を回収し、回収率は73%であった。回答者の性別では77.9%が男性、22.1%が女性である。年齢構成では67.8%が40歳未満である。障害等級では1級、2級の重度障害者が84.3%になる。障害別では脊髄損傷が最も多く30.4%、次に脳性まひ16.6%、頚髄損傷者12.4%が続く(図1)。車イス使用者は74.2%、杖使用者は23.0%で、杖と車イスの併用者は若干名である。 図1 障害の種類 電車等の公共交通機関を利用している人は75.1%で、利用しない人は24.4%である。「公共交通機関を利用している」と回答した163人のうち、その利用頻度は「月に数回」利用が39.9%、「年に数回」利用が39.3%で、毎日利用する人が20.9%であるが、利用頻度には地域差も見られる。 図2 公共交通機関を利用しない理由 (複数回答) 公共交通機関を利用しないと回答した53名のうち、利用しない理由では(図2)「車で十分」とした回答が67.9%と多く、「設備が不十分」が34.0%、「トイレや体調が不安」が22.6%と続いている。 回答者全員のうち、公共トイレの利用の有無では82.9%の人が利用したことがあると回答し、14.7%の人が利用したことがないと回答している。 図3 公共トイレを利用しない理由 (複数回答) 「公共トイレを利用しない」と回答した32名のうち、利用しない理由では(図3)「車イスで利用可能な広めのトイレがないから」という理由が38.5%と最も多く、「その他」が30.8%、「段差があるから」が、20.5%で、「人の手を借りるのがいや」が10.3%である。利用しない「その他」の理由としては「移動は車で、外出前に家でトイレを済ませている」、「もし急にもよおした場合は車の中で済ませる」、「必要時はデパートで済ませる。」、「公共のトイレは洋式が少なく、汚れていることが多いから」、「水がまかれていたり、清潔な良いイメージがないから」等があげられている。 採用条件に公共交通で通勤が可能な方という条件があった場合には、回答者全員のうち、(図4)「ラッシュを避けて公共交通機関で時差通勤する」という回答が31.3%と最も多く、続いて「職住近接の住居を確保する」が17.5%、「入社をあきらめる」が17.1%である。 図4 通勤の配慮 (複数回答) 公共交通機関により通勤ができることを採用の条件とする求人に対して「通勤が困難なため入社をあきらめる」と回答した37人のうち35人までが車イス使用者であるが、公共交通での通勤の困難さが窺える。通勤が困難なために入社をあきらめるとする主な理由が(図5)である。 図5 通勤が困難な主な理由 (複数回答) 通勤が困難な理由では「乗換えが大変だから」が62.2%と多く、「バリアフリーの環境の未整備」51.4%、「トイレの不安」48.6%、「自宅から駅やバス停が遠いから」48.6%、「混雑が怖いから」45.9%の順となっている。 回答者全員のうち就職に対する不安では(図6)「通勤」(55.3%)と最も高く、次に「職場の設備等の改善」(38.2%)、「収入」(35.0%)「健康管理」(33.6%)、「職場の人間関係」(32.8%)を不安要因として掲げている。 図6 就職に対する不安 (複数回答) 通勤や職場環境等のバリアフリー等に関するハード面に大きな不安を感じている様子が窺える。本件調査は「移動に困難のある重度身体障害者」を対象としたものである。公共交通機関を利用している人は75.1%でありながら公共交通機関利用での通勤に関しては大きな不安のある様子が窺われ、重度の身体障害者にとってアクセシビリティ改善問題は雇用促進に向けた大きな課題であることがあらためて確認される結果となった。 (2)被雇用者及び雇用担当者への聴き取りから 被雇用者及び雇用担当者についての聴き取り調査は平成20年4月以降に20事例に対して実施した。重度身体障害者の就業を可能にしている方法として A-電車等の公共交通機関利用によるケース B-在宅勤務のケース C-職住近接の居宅を構えて、そこから自走で通勤するケース D-自家用車通勤によるケース の4つのパターンに関して重度障害者のある代表性のある雇用事例を通してアクセシビリティ改善の試行錯誤と「就労」のあり方を検討する。 ①A-公共交通機関利用ケース 【事例A-1(頸髄損傷(C-5レベル)1種1級)】 本人:駅舎にエレベーター設備がなく、そのため線路脇のフェンスから直接軌道敷きをまたぎ、ホームにアプローチする。(写真1)駅員に連絡してフェンス扉を開けてももらわなければならない。ホームと電車の間にも段差があり駅 員の介助を必要としている。自由に利用できるように早くエレベーターを設置して欲しい。 写真1 エレベーターのない駅舎 雇用担当者:特例子会社なので社内環境はフルフラットである。通勤には、駅員の介助に全面的にたよっているので毎日挨拶やお礼を忘れず言って欲しい。 筆者所感:フェンスの入り口は上りと下りの2箇所あり、駅正面玄関から離れたホームの端である。しかも、車イスで乗る車両は最前列か最後部である。長いスロープを上がった後もアプローチは長く、下肢だけでなく上肢にも障害がある状況では困難を伴い、雨の日はなお大変である。一日も早いエレベーターの設置を願わずにはいられない。 【事例A-2(脳性まひ1種2級)】 本人:自宅から会社まで約2時間の通勤時間であるが、自宅最寄り駅から1回の乗換えで都心まで行ける鉄道を利用している。到着駅から職場へは15分程度、車イスを自走する。(写真2)駅員の介助が必要で混むと電車から降りられないこともあるので、ラッシュを避け、朝早く出勤している。 写真2 長い横断歩道を渡る 雇用担当者:車イス使用、2時間の通勤時間を考慮し、会社近辺に借り上げアパートを準備する予定であったが、年齢や体調管理等を勘案し、自宅から通勤することとした。通勤は、乗換え回数が一番少ない経路を選択した。就業時間の変更等も検討したが、本人の希望により、健常者と同一の就業形態で、現在、順調な職業生活をしている。 筆者所感:通勤2時間は重度の障害のある人には大変である。体力を消耗しないよう乗り換えの少ない路線を利用しているのは賢明である。 【事例A-3(脳性まひ1種1級)】 本人:自宅から、バスを2本乗り継ぎ通勤しているが通勤時間は1時間半程度である。 バスの乗車時は一般乗車席に座っている人の席を譲ってもらい、そこのイス席を折りたたみ、車椅子スペースを作らなければならない。運転手には手間をかけるため混む時間の利用を避けている。 雇用担当者:職場環境では通路幅はせまいが、バリアフリー化されていて、多機能トイレも設置している。電話応対等の気を使うサービス業なので、通勤に体力を消耗していないか心配である。 筆者所感:手の力が弱いので電動車イスを使用し、移動には公共交通機関を利用している。バスの乗り降りは、 (写真3) 電車と違い運転手に手間をかけ、また周囲の乗客にも協力を得なければならない。バスを2回乗り継ぐ通勤では、運転手と乗客に気を使い身体的、精神的な疲労感が大きいのではないかと思われた。 写真3 バスの乗車介助 ②B-在宅勤務のケース 【事例B-1(頸髄損傷(C-6レベル)1種1級)】 本人:グループホームで、図面のデータ入力業務をしている。在宅就労であるが、週に1〜2回程度は技能向上のため福祉タクシーを利用し、出社している。(写真4)会社にはエレベーター設備がなく階段昇降は会社の人の介助に頼っている。 写真4 人手による階段昇降 雇用担当者:業務への意欲があるので人手をかけて階段昇降することには負担は感じていない。小さい会社だからバリアフリー設備への投資はできないが、在宅就労の環境を整えることと両面で雇用継続を支援している。 筆者所感:在宅就労により体力の保持を図り、技能の向上のための週1〜2回程度出社し、図面のチェックや指導を受けているが、階段昇降は3人掛りで、社員の人的介助や支援により支えられている。就労継続において本人の仕事への意欲や向上心を支える社員の協力は職場環境の整備と同等以上に大きな力であると思われた。 【事例B-2(筋萎縮性疾患1種1級)】 本人達:兄弟が同じ障害になり、小学校時より車イスを使用し、上肢にも障害がある。兄は養護学校を卒業し、作業所で働いていた。弟は養護学校卒業時に、「働きたい」という意欲を示した。 写真5 在宅勤務の作業環境 進路指導の先生の勧めにより、兄弟一緒に1年間技能習得の訓練を受講した。製図に関する技能を習得し、在宅就労として就職した。9時と15時にメールをいれ、勤務報告をしている。(写真5)出勤は月1回程度、母親の運転する車で出社し、そこで図面を印刷してチェックを受けている。 雇用担当者:仕事への意欲があるので、その意欲を持続するよう配慮していきたい。 筆者所感:重度の進行性の障害がある兄弟2人が、在宅就労に至るまでには支援者の熱意がある。「ずっと働き続けたい。」という彼らからは言葉だけでなく、表情や態度からもその姿勢が感じられた。 ③C-職住近接のケース 【事例C-1(頸髄損傷(C-4レベル)1種1級)】 本人:職住近接の単身居住で、四肢まひのため、出勤から帰宅までヘルパーのほぼ完全介護である。電動車イスを自走して、雨風の時はカッパを付けてもらい出勤している。職場でも昼休みは褥瘡防止のため横になり徐圧を図っている。 雇用担当者:大学の学務課で障害学生支援業務に 従事している。(写真6)マウススティックでパソコンを操作し、情報提供する業務を行っている。障害は重度であるが学内の環境改善にも取り組んでいる。 写真6 マウススティックでパソコン操作 筆者所感:身体的可動域は頸部より上部である。そのため、電動車イスやPCは顎や口の動きで操作している。支援業務をこなす傍ら、学内のバリアフリー環境整備や研究活動にも意欲的で、表情や声からは重度障害を感じさせない。 【事例C-2(脳性麻痺者1種2級)】 本人:雨の日は大変だけど5分程なので河童をつけて通勤している。(写真7)会社の人に介助してもらうこともある。週1回はヘルパーさんに来てもらい、風呂や部屋の掃除をしてもらっている。 写真7 小雨の中の通勤 雇用担当者:1年間の職業訓練の終了を待たず、早期に就職した。人事課に所属し、宅配等の郵便物に関する仕分け作業や事務入力等の補助的業務に従事している。車イスで使用できるようにするため、バリアフリー化をした。「障害者作業施設設置等助成金制度」の手続きや、図面の調整等は煩雑であったが、しかし、工事費の過半を補助してもらえることのメリットは大きかった。 筆者所感:居室内は手すりの設置やスノコの設置等、簡易な改修をし、居宅から職場環境まで、大きな問題なく、順調に職業生活のリズムが整いつつあるように思われた。 ④D-自家用車通勤のケース 【事例D (脊髄損傷 1種2級)】 本人:公営住宅から会社までは自家用車で20分程度の通勤時間である。会社の玄関先で、(写真8)階段昇降機に乗り換え、2階で、また仕事用の車イスに乗り換えている。仕事にはやりがいがある。     写真8 階段昇降機で2階事務所へ 雇用担当者:階段昇降機と障害者用トイレの設置は「助成金制度」による補助があり助かった。就業支援は職場環境のアクセスに関してだけで、設計業務の戦力になっている。             筆者所感:階段昇降機の設置により、職場環境をバリアフリー化した事例である。「助成金制度」を活用した職場改善は車イス使用者等の身体障害者の雇用促進には有効な方法であると思われた。 4 まとめ  移動に困難のある重度の身体障害者にとって、アクセシビリティの改善はQOL向上と社会参加に直結した課題である。公共交通機関を通勤に利用することには大きな不安感を感じている様子が窺われたが、事例からは、周りの協力と配慮を得ながら、自らの工夫と努力で就労し、職業生活のリズムを形成している様子や施設設備が未整備でありながらも人的支援等によって通勤を可能にし、継続的な就労を可能にしていることも窺われた。 アクセシビリティの整備には施設設備等バリアフリー化を基本にしながらも、個々の工夫の収集整理による情報の共有化並びに人的支援等に関するソフト面の重要性も確認することができた。「教育・訓練、福祉・医療等の支援機関による連携」並びに「利用当事者の意見を反映する仕組みづくり」を整えることにより、アクセシビリティの整備改善はより効果的に整備が進むものと思われる。 ※事例紹介、写真掲載にあたり本人の了解を得ていることを付記する。 国立吉備高原職業リハビリテーションセンターにおける 介助支援の必要な障害者に対する職業訓練の実施結果報告 福島 正(国立吉備高原職業リハビリテーションセンター 主任職業訓練指導員) 1 受入れの経緯 国立吉備高原職業リハビリテーションセンター(以下「当センター」という。)では、従来様々な障害者を受け入れ、職業訓練をはじめとした職業リハビリテーションサービスを実施してきたところである。過去の対象者の中には一部身辺介助を要する訓練生も含まれていた。 平成18年3月に厚生労働省職業能力開発局より発出された「障害者職業能力開発の推進について」の中で、「一定の介助支援が必要なより重度の身体障害者に関する職業訓練についてモデル的に取り組む」旨が盛り込まれたことを受け、高齢・障害者雇用支援機構では、「医療行為を伴わない介助支援が必要な重度の身体障害者」を受け入れ、訓練指導員等が介助支援を行いながら職業訓練を実施することとした。 受け入れに際し、当センターでは過去の実績を踏まえつつ、それまでに受け入れた経験のない障害程度の訓練生の受け入れを行うこととした。 2 対象者の概要 平成18年度に受け入れた対象者は2名であり、障害状況もほぼ同様であった。以下に対象者の概要を示す。 (1) 障害名 進行性筋ジストロフィー症による両上・下肢の機能全廃及び体幹の機能障害 (2) 等級 1級 (3) 具体的障害状況 【上肢】   両腕共持ち上げることができない。自力での姿勢保持、修正が困難。手首・指は動くためペンを渡す等の介助があれば書字は可能(実用レベル)。 【下肢】   自立位、歩行は不可。長時間の座位姿勢が続くと腰痛が出ることがある。 (4) 補装具 電動車いす(テーブル及びリクライニング機能付き) (5) センター内で実施した介助支援例(訓練以外) 【食事】   配膳・下膳、食器の位置換え、食べ物が大きい場合の刻み、手及び口の清拭等。1名は口へ運ぶ介助が必要な場合がある。 【排泄】   小便は尿瓶を使用し、準備・排泄介助・排泄後の処置・尿瓶洗浄等、大便はズボン及び下着の着脱・便器への移乗・排泄後の処置等が必要。 【その他】     姿勢の変更、エレベータ利用時のボタン押し、水分補給等。 3 職業訓練実施状況 (1) 入所から修了・就職までの流れ 今回の対象者については、当センターにとっても初めての障害状況であったため、受け入れに際し万全を期す必要があったことから、事前に入校体験を行い対象者の状況把握等を行うこととした。 その後、入所選考を経て入所、職業評価(3週間)、職業訓練、就職支援を行い、修了・就職に至った。 (2) 入校体験 入校体験については、主に訓練期間中に必要となる介助の内容・方法の把握、現行訓練機器使用時の問題点等の把握、自宅からの通所方法・所要時間等の確認、体力的に訓練受講に耐えうることの確認等を目的として2日間にわたり実施した。 具体的な作業内容は、2次元CADによる簡易図面作成、EXCELによるデータ入力作業、パソコンによる文字入力、簡単なホームページ作成、電卓操作を行った。 これらの作業を通じて、パソコン作業はマウスではなく大きめのトラックボールの方が効率的であること、教材やトラックボールのテーブル上への配置、筆記用具の受け渡し、テキストのページめくり、パソコンの電源投入等常に側についての介助が必要であることが確認できた。 また、職員による介助体験を行った結果、食事介助、排泄介助については方法を習得することで職員による対応が可能であること、施設の改善は不要であることが確認できた。 (3) 職業訓練カリキュラム 職業評価の結果、パソコンを用いた作業において技能習得の可能性が見出せたことから、各種アプリケーションの利用に関するカリキュラムを中心とすることとした。また、訓練科は電子機器科とするが、就職の可能性を拡げるため機械製図やホームページ作成の訓練も盛り込むこととした。 (4) 職業訓練・介助支援等状況 職業訓練の実施に際し、電動車いすに付属している専用テーブルへの機器・教材等の配置、テーブルへの両腕の持ち上げ、テキストのページめくり、パソコンの電源投入、ログインに際してのID及びパスワードの入力等の介助を行う必要があった。 パソコン起動後については、操作は全て本人がトラックボールを使用して行えた(図1)。文字入力に際しては、スクリーンキーボードを使用した(図2)。 図1 トラックボールの使用 図2 スクリーンキーボード また、技能指導以外では、排泄や食事、水分補給、体位変換等の介助が必要であった。介助に際しては極力本人の自己申告により行うことをルールとすることにより自主性の向上に努めることとした。 4 就職支援 (1) 就職先の選定及び具体的技能指導 就労先の選定に際しては、在宅勤務又は自宅からの通勤が可能であること、障害者の雇用実績と理解があること、パソコンを利用した作業であることを前提とした。その結果、過去に修了生が採用されており、また在職者訓練生を当センターで受け入れた実績のある事業所が候補となった。 候補先事業所では、EXCELの作図機能を利用しての電気図面等の製図が行われており、当該作業は対象者にとっても対応可能と思われた。 対象者は動作制限が大きいため、就労に必要な技能の習得に際しては可能な限り実際に近い作業を体験する必要があったことから、候補先事業所に協力を依頼した結果、サンプル図面の提供を受けることができた。 この図面を基に職業訓練指導員(以下「指導員」という。)による効率的な作図方法の検討を行った後、対象者に対し指導を実施した。作業に際しては、所要時間を記録し、後の就職依頼の際に活用することとした。 (2) 職場実習 候補先事業所における他の社員の作図時間と対象者の作図時間を比較した結果、技能が一定のレベルに達したと判断されたことから職場実習を実施することとした。 通常、職場実習は先方事業所内において実施しているが、今回については事業所内に2名を受け入れるスペースの確保が困難であること、実習期間中においても常に介助支援が必要であること、在宅就労を検討する必要があること等から実施方法そのものを根本から見直す必要があった。 当センター内で検討の結果、期間は2週間とし、1週目は主に当センターにおいて、2週目は在宅により職場実習を行うこととした。また、実習に際しては実際の就労時間に近い形で行うこととし、2週目の在宅実習に必要となる機材については当センターより貸与することにより対応した。自宅のパソコン環境等の設定に関しては、指導員が訪問し、実施した。 以下に職場実習の具体的な実施方法を示す。  イ 1週目  【月曜】 自宅より定時に出社し、打ち合わせ及び課題図面の受け取りを行った(指導員同席)。 打ち合わせ終了後、対象者の自宅に移動し、自宅環境の確認及び作図作業を行った。作図に際しては、指導員が適宜指導を実施した。 作業終了時に本人より事業所宛電話連絡を行った。  【火曜〜木曜】 自宅から当センターに通所し、勤務時間に合わせて作業を実施した。作業に際しては、指導員が適宜指導を行うと共に、作業時間を記録した。また、作業終了時に本人より事業所宛電話連絡を行った。  【金曜】 自宅にて作業を行った後(図4)、15時に出社し、課題提出及び作業報告、翌週の段取り確認を行った(指導員同席)。   図4 自宅での作業風景 ロ 2週目  【月曜】 自宅から定時に出社し、打ち合わせ及び課題図面の受け取りを行った(指導員同席)。 打ち合わせ終了後、対象者の自宅に移動し、作図作業を行った。作図に際しては、指導員が適宜指導を実施した。 作業終了時に本人より事業所宛電話連絡を行った。  【火曜〜木曜】 自宅において就業時間に合わせて作業を行った。作業開始時及び終了時には本人より事業所宛電話連絡を行った。 2週目に関しては指導員は側についての指導は行わず、自力での作業とした。  【金曜】 自宅にて作業を行った後、15時に出社し、課題提出及び作業報告を行った後、事業所担当者による評価を受けた(指導員同席)。 (3) 就職 職場実習を行った結果、作業速度及び精度とも問題ないとの評価を受けることができた。 採用に関する調整の結果、人事担当者より外注による業務委託を打診された。これは本人が自営または在宅就労支援団体等に登録した上で、業務繁忙期において作図作業を対象者に依頼し、歩合制により謝金が支払われるものである。 しかしながら外注による業務委託では、業務量が一定せず、結果として収入も不安定となること、作業方法に関する指導を受けにくいこと等の問題点が想定されたことから、再度当センターより事業所に対し再考を依頼した。その結果、在宅による嘱託採用に至った。 採用に当たっては、職場実習期間中に実施した1日あたり7時間の訓練は、本人にとって体力的に負担が大きかったことから、勤務時間は1日あたり実働5時間、週5日間の勤務とされた。 また本人の希望も有り、当面の間週1回出社し、指示・指導を受けることとなった。 (4) フォローアップ 修了・就職後、不定期ではあるが何度か対象者、家族及び事業所担当者と面談する機会を得た。家族によると、就労後は生活リズムも安定し、充実した毎日を過ごしているとのことであった。入社後1年を経過した時点では、両名とも順調に業務をこなしており、事業所からも好評価を得ているところである。 本人の言によると、「就職が夢であり、実現して本当によかった。今後の目標は今の仕事を長く続けること。」とのことであった。 嘱託採用ではあるが、2年目以降も契約更新される見込みである。 5 まとめ 今回の取組みでは、従来当センターにおける職業訓練の対象者像として考えていなかった障害レベルの者に対し、様々な検討・工夫を重ねることで、職業訓練を実施し、更に就労に結びつけることが出来た。 適切な職業リハビリテーション計画及び職業訓練カリキュラムを策定するに当たり、事前に把握しておくべき事項としては、対象者の障害の詳細な状況、作業面・生活面で必要となる介助の内容及び方法、通所の方法、基礎学力、職業適性、通勤による就労及び在宅就労の可能性、就労を想定できる具体的な作業内容、本人及び家族の希望等が挙げられる。 受け入れに際し、懸念の大きかった身辺介助については、入校体験により実際の方法を職員が学ぶことで、スムースに対応することができた。結果としては、訓練実施上は大きな障壁とはならなかった。 カリキュラム構成については特に今回のような場合、作業可能な範囲が限定されること等から、「広く浅く」訓練を行うという方法では就職に結びつきにくい。訓練開始後できるだけ早期に就職の目処をつけることにより、無駄のない効率的な訓練を実施することができる。 今回のケースが就職に結びついた大きなポイントのひとつには、職場実習の実施方法の工夫が挙げられる。「職場実習は事業所内で行うもの」という固定観念を捨て、本人の就労のために最も効果的と思われる方法を模索した。その結果、「当センター及び自宅での職場実習」という形にたどり着き、就労に結びつけることができた。 今後においてもこの柔軟な発想を常に持つことにより、対象者にとって最も必要かつ効果的な職業リハビリテーションサービスを実施していきたい。 s脊髄、頸髄損傷者に対する医療期からの職業復帰支援についての考察 −せき髄損傷者職業センターのとりくみを通して− 大関 和美(せき髄損傷者職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 はじめに せき髄損傷者職業センター(以下「当職業センター」という。)が併設されている「総合せき損センター」(以下「病院」という。)は、労災病院として、脊髄損傷者等に対し、急性期治療から、当センターの行なう職業リハビリテーションも含め、社会復帰までの一貫したリハビリテーションシステムを備えたわが国唯一の専門施設である。 当職業センターは、1979年に独立行政法人労働者健康福祉機構の運営する病院の設立とともに、医療リハビリテーションと相互に連携を図りながら、職業リハビリテーションを実施してきた。 当職業センターは職業リハビリテーション専門施設としては、医療機関に併設され医療期から一貫したサービスを行なう施設でもある。 そこで、これまでの当職業センターの行なってきた支援について把握・分析しながら、脊髄損傷者及び頸髄損傷者に対する医療期からの職業復帰支援について考察を行なっていきたい。 2 当職業センターの職業復帰支援状況 (1)職業復帰の状況 当職業センターのサービスの対象の母集団である、併設する病院の入院患者のうち、頸髄損傷者は年間100名弱で総入院数の約10%を、脊髄損傷者は60名弱で約60%を占める。 図1はそのうち2002年度から2007年度までの過去5年間に当職業センターでサービスを実施した153名の頸髄損傷者と脊髄損傷者(労災リハビリテーション作業所よりの依頼者等を除く)の支援後の帰すう状況である。退院後は転院や労災で一時的に復職の形をとるケースもあるが、最終的な帰すうについて計上している(2008年4月現在)。 153名の内訳は、頸髄損傷76名(入院64名、通院12名)脊髄損傷77名(入院58名、通院19名)である。 まず復職者については、一般的な休職の期限が1年半から2年程度であることと、症状固定のおおよその目安も同様の期間であることから、ほぼこの期間内に復職への態勢を整えることが望まれる。 さらに職業アイデンティティに係る支援を必要とする若年の脊髄損傷者や、再度キャリアチェンジの必要が生じた等の比較的長期的に支援を必要とする場合でも、過去10年間の勤務を通しての分析では、退院後にも継続的に職業リハビリテーションサービスを提供し、新規就職及び職業復帰に至る場合には、9割以上が過去5年以内にサービスを行っており、ほぼ傾向が把握できるものと思われる。    図1 せき髄損傷者職業センターで支援した頸髄損傷者及び脊髄損傷者の最終帰すう状況 脊髄損傷者のリハビリテーション治療の社会的アウトカム(退院時)の調査としては、徳弘1)による「全国脊髄損傷者データベース」がある(図2)。 図2 リハビリテーション治療の結果   2006年のリハビリテーション医療診療報酬の改定前ではあるが、調査からは、「急性期病院の入院期間の短縮が図られたことにより、職業復帰が減少している」こと、一方で「職業復帰(復学・職業リハビリテーション(※隣接する国立吉備高原職業リハビリテーションセンター等での職業訓練を指す)移行を含む)者の在院日数は平均で1997年度と2004年度では183日から206日と増加している」等の長期的・社会的アプローチが必要でありながら、病院や吉備高原医療リハビリテーションセンターを除くと、難しくなっていることが指摘されている。  住田1)によると、年間約5000名近くの新たな脊髄損傷者の出現があるが、脊髄損傷者への社会復帰システムはまだ充分といえない状況にあると述べている。  母集団や絶対数の違いはあるが、図1で示した集計のうち当職業センターの脊髄損傷者77名の帰すう状況は、図3のようになっている。脊髄損傷者は、むしろある程度ADLの自立している頸髄損傷者よりも、「自己状態との共存」等をはじめとして復帰態勢の構築に係る課題が大きく残るように思われるものの、医療体制も含めた長期的・有機的な支援の有効性は認められるように思われる。 図3 せき髄損傷者職業センターで支援した脊髄損傷者の最終帰すう状況 (2)当職業センターのサービスの状況 当職業センターは職業評価、職業指導、作業指導の3種のサービスを行なっている。 作業指導は、パソコンの指導を通して、「職業に対する意欲や自信を喚起し、就職、復職のために必要な職業的技能を習得し、職業復帰及び職業生活における自立を促進する」ことを目的とするサービスである。 職業訓練との違いは、篠田2)らが分析したようにコンピュータの使用能力が復職の重要な因子であることから、①「技能習得も目的とするものの」、職業指導・相談と並行しながらの啓発的な経験を通して、体調面や今後のキャリアチェンジについて検討を行なったり意欲の醸成を行なうといった②「体験的なカウンセリング」としての意味づけや、グループワーク等をはじめとして、その後の③「職業リハビリテーションカウンセリングへの活用の意味づけ」が大きいように思われる。 キャリアカウンセリング的な視点からの職業指導等の流れは図4のようにまとめられる。 図4 せき髄損傷者職業センターのサービス 脊髄、頸髄損傷とも下肢障害、体幹麻痺、呼吸障害、膀胱・直腸機能障害、自立神経障害等の全身の随伴障害を示す。頸髄損傷者はさらに上肢障害や血栓、貧血、痙性等の後遺症状を伴うことも多い。 当職業センターへは合併症予防等の治療が落ち着き、リハビリテーション治療が主体となり、起立性低血圧等がある程度安定した状態になった時、主治医から職業リハビリテーションサービスの依頼がなされることが多い。また入院後1ヶ月半を目途に、職業リハビリテーションについての勧奨を行なうので、受障後2、3ヶ月以降での開始が多い。しかし、病院は、河野3)によると「半数以上が受傷後2日以内で入院(1979年〜2003年)し」、植田4)によると「遅くとも2、3日以内に運動療法を開始するので、手術翌日には座位を開始し、1〜2週間で車いす乗車」のペースでリハビリテーションを行なうため、受障後2ヶ月以下での開始者もある。 入院期間が頸髄損傷者で7ヶ月〜1年弱(19年度は労災で平均約220日)、脊髄損傷で3〜6ヶ月弱(同平均約150日)であるので、早期にサービスが開始されれば、頸髄損傷者で最低でも4、5ヶ月間、脊髄損傷者では2、3ヶ月間はラポール構築後の職業相談が可能となる。 特に若年のクライエントに対しては、医療と並行し連携をしながらの家族支援を行ないつつ、入院している時期に集中的に職業的な関わりをもち、ラポールを構築しながら、古澤1)のいう「全人的なものの見方でキャリア形成過程の目標の設定や目標設定のための行動計画の策定までの段階に進めるように援助を行なうこと」が、退院後の「詰め」を行なう上で重要と考える。 しかしながら、短期化する入院期間の中では、セルフケアやモビリティ等のADLの自立に向けてのリハビリテーション治療が優先されるため、退院後の社会復帰、特に職業復帰に向けて準備を行なえるだけの態勢がなかなかとれないといった状況も生じており、作業指導の10日以内の受講者が49%(平成19年度)となっている職業指導は、入院中は体験的なカウンセリングである作業指導と並行して行なわれる。退院後も事業所等も含めた「継続的・機能的なアプローチ」が可能となった事例が増えつつある。  職業評価は、受障から日が浅く心身状態が変化する状況で行うことになるので、初期の段階にはいわゆるアセスメントによる問題解決的な「演繹的アプローチ」は行なわず、リハビリテーション等の状況や、現在の時点での心身の状況の把握にとどめ、内的資源の把握等へのアプローチをとることが多い。   (3)リハビリテーションと職業復帰 病院では、植田4)によると、頸髄損傷者の麻痺高位評価で、72時間時にC4、C5レベルでも、半年後にはそれぞれ約20%、70%がC6の手根伸筋評価以上となり、自立境界レベルながらも移乗や食事、更衣等の職業生活の自立にもつながるADL自立の見通しがもてるレベルとなる。 以下、リハビリテーション科の賀好OTの指導を得て、高位評価がC6程度の頸髄損傷者の当職業センターでの状況を表1にまとめてみた。 うち8名は、早期からサービスを開始し、受障後半年間の心身ともに変化の大きな時期に関係構築を行なった。9名とも退院後も職業復帰支援を継続的に行なっている。 しかし、ADL自立の境界レベルのため、退院後も体調調整やリハビリテーションの継続を要し、職業復帰活動を本格的に開始するまでには、短くとも半年程度ブランクがある。 表1 C6、C7レベルの頸損傷者の職業復帰状況 損傷 部位 入院 退院 サービス 開始 改良 Frankel Zancolli 高位 評価 復帰 活動 C6 <学災> 127 →127 127 A C6B1 C6B 200〜203 リハ施設→訓練→就職 C6.C7 <交通> 当日 →12 3 A C6B3 C6B 離農(入院時) 22〜27就職 C6 <交通> 5 →18 7 A C6B3 C6B 23〜30 在職訓練→復職 C5.C6 <スポーツ> 1 →22 4 B3 C7A/ C7B C7B 31〜34 仮復職 →復職 C5 <スポーツ> 2 →16 2 A C6B3 C6B 離職(入院時) 27〜40 →リハ施設→在宅自営 C5 <交通> 8 →18 15 A C6B3/C7A C6B/ C7A 34〜37 仮復職→不調 C6 <転落> 2日後 →13 4 A C6B3 C6B 離職(入院時) 45〜51 →リハ施設→訓練→就職断念 C5 <飛込 公災> 12 →33 13 B2 — C7A 37〜訓練待機(休職中) C5 <飛込 公災> 2 →14 4 B3 C7A C7A/ C7B 離職31〜39就職断念 注1)単独の数字は、受障後の経過月数をさす。 注2)サービスとは、当職業センターのサービスを表す。   このブランク期は、表1のクライエントの内、8名が自動車運転が可能となる等、心身ともに復帰への最終準備期として位置づけられる。 ブランク期でも、遠隔地のクライアントにも病院の定期検診や、訪問を通じ、支援の継続を図っている。リハ施設入所者は、施設に連携を働きかけたが不調で、結果的に退所後に部分的に支援を継続することとなり、こうした支援の断裂が具体的な「詰め」の部分に影響してしまったように思われる。 退院後の半年間は、当事者へのヒアリングによると「退院後は出来ないことややれないことに直面し、無力感を感じる時期。その気持ちとどう付き合うかで進むかやめるかが決まる」という第2の分岐点であるので、継続的に関われる入院期までに、目標の設定や行動計画の策定まで進めておくことが、退院後にも途切れることなく「詰め」を行なう上で重要と考える。 3 頸髄損傷者、脊髄損傷者支援の特徴 (1)「みえる」 頸髄損傷、脊髄損傷は、受傷起点が明確な場合がほとんどで、運動知覚麻痺等の「機能障害」、歩行障害やADL障害等の「活動の制約」等の一部については他者からも「みえる」部分がある。 しかしながら「みえる」部分の制限にのみとらわれてしまい、全体的・全人的に把握して対することを難しくしている面があるように思われる。 職業リハビリテーションサービスを行なう場合でも、こうしたみえない部分や、心の部分に目を向けないでしまっていることがある。 病院の機能分担や在院日数の短縮化が進んでいるものの、全体的な医療期が長く、一貫して高度で専門的な治療が必要である頸髄損傷・脊髄損傷は、本人を通してのみならず、ソーシャルワーカー等の社会復帰の担当スタッフをはじめ、治療やリハビリテーション、看護等の医療の状況を「流れ」としてふまえながら、見落としている部分の「みえる化」を図っておくことが「詰め」部分の支援を分担する際に、多面的なサービスを行なう上で必要と思われる。 しかし、脊髄損傷者の社会復帰のための総合的な支援の専門施設である病院に併設されながら、当職業センターも医療以外の施設であることから、「脊損検討会」」等を除くと医療の状況を把握する機会は限られ、その限定的な機会も実際に支援に携わるカウンセラーの参加機会がもたれるようになったのはここ1、2年のことで、機会の活用が充分なされてこなかった。 (2)「回復」 頸髄損傷、脊髄損傷は、急性期では時単位で、亜急性期や回復期においてもめざましい「回復」がみられることが第2の特徴である。  それがゆえに、徳弘1)によると、医療では、「チームアプローチによって多面的な障害に、目的志向的・時間限定的で、しかも統一的・効率的に対応して、社会参加が可能な状態での社会復帰」を目指すとしている。  症状の固定の一般的な目安は1年半である。頸髄損傷者はその3分の2近くが入院期間となる。  一方で、特に職業復帰は、休職や傷病手当等の期限の関係等から、1年半や2年程度の期間までに、アプローチを図っていくことが必要となる。  しかも、回復や変化が大きい入院期と、退院後のブランク期が内包されるので、退院後に職業復帰を行なうような態勢となって支援機関を訪れるのは復帰期限の数ヶ月前ということになりかねない。また、変化に寄り添うことがなく、途中参加となるので、共感や共有といった作業が円滑にいかないうちに期限を迎えることになりかねない。 (3)自己状態との共存  頸髄損傷、脊髄損傷への支援を考える上で、受障とその後の状態をクライエントがどのようにとらえていくかの問題は避けられない。 「障害受容」と表現されることが多いが、先の当事者のヒアリングでもあったようにクライエントそれぞれにその答えがあるものと思われる。  受障によるショックや生活の中で制限を感じ無力感等を感じる一方で、前述のように変化していく状況も存在することから、受傷時の麻痺の状態から予後について医師からの告知はあるものの、「期待感」と「無力感」が混在する心理状態の中で、職業復帰についても検討していかなければならないこととなる。   4 今後の頸髄損傷者、脊髄損傷者に対する職業リハビリテーション支援への考察  最近の障害者職業センターが行なう職業リハビリテーションカウンセリングは、問題の因果関係や症状の形成機序をアセスメントして、その結果に合わせて心理学的な介入を試みる演繹的な「問題解決アプローチ」が主流となっている。  しかし、当職業センターが対象とする頸髄損傷者、脊髄損傷者においては、こうした問題(制限)や原因に焦点をあてることは、科学的な医療行為でないかぎり有効なアプローチとはいえないと考える。今後の職業復帰に向けては、クライエントのもつ可能性等に焦点をあてて、実現志向や自己回復など創造的な解決方法の構築を志向する「解決構築アプローチ」、すなわち個々の面接事例における効果を観察して、その都度利用していこうとするカウンセリングが有効と考える。  原因を的確に診て(視て)適切な対処法を効果的・効率よく行なっていく科学的な医学アプローチ(プチゴールがある展開の早い自己強化ループシステム)からみると、当職業センターの行なう「解決構築アプローチ」は、効果に時間的な遅れがでるシステム(二重線の「自己強化」または「バランスシステム」)であり、その成果についてもカウンセリングという業務の性格上、クライエントの変容の形をとるが、病院が入院期のみを対象とするのに対し、より長期的に職業生活を支援していくためには「解決構築アプローチ」が有効と思われる。 医療においても、ナラティブ・ベイスト・メディスンの潮流もあるので、頸髄損傷者、脊髄損傷者に対し、医療期から双方のアプローチが両輪として機能し、真の「総合」支援となっていくことを期待したい。 【参考・引用文献】 1)住田幹夫、徳弘明博、真鍋彰、古澤一成編著:脊髄損傷者の社会復帰<総論1>「脊髄損傷者社会参加マニュアル」、p.2-31, NPO法人 日本せきずい基金(2008) 2)篠田雄一他:脊髄損傷患者の復職に関わる因子の検討「第15回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」p.128-129,(2007) 3)河野 修:脊損センターの現況と今後の改善点「関西医科大学における脊髄再生の臨床試験計画に関する懇談会」p.18-22,(2005) 4)芝 啓一郎 編集 :麻痺の評価と予後「脊椎脊髄損傷アドバンス」、p.62-86,(2006) 脳血管障害患者を原職復帰に繋げるための 回復期リハビリテーションの課題 ○榎 真奈美(倉敷リハビリテーション病院 作業療法士) 林 司央子(倉敷リハビリテーション病院) 藤沢美由紀(倉敷リハビリテーション病院) 1 目的 脳卒中後の復職はきわめて個別性が高く、多くの要因が関与している。 我々は平成19年に、脳血管障害患者が原職復帰を果たす要因を把握するため調査をおこなった。その結果、下肢の随意性がBrunnstrom recovery stageⅢ以上であり、日常生活動作(以下「ADL」という。)・歩行が自立していること、失行や失語症状が軽度であること、というこれらの条件が原職復帰しやすい傾向を認めた。これらは佐伯ら1)の報告にもあてはまる内容であった。 これらの条件を達成するために、回復期リハビリテーションを担う我々は、適切な評価と細やかな情報収集、残存機能を把握し代償手段を含めて検討することが求められていると考えた。 今回、我々はこの課題に際し脳血管障害患者の声をもっと反映させたいという思いから、より具体的な調査をおこなう必要性を感じ、アンケートを実施した。その結果に若干の知見を加え報告する。 2 方法 (1)調査対象 平成12年6月〜平成19年5月に当院でリハビリテーションを施行した、発症時60歳以下で就業しており、退院時に歩行自立、ADL自立を達成していた脳血管障害患者82名。 (2)調査方法 対象者に、アンケートを郵送し、調査を実施した(平成19年11月)。 内容は現在のADL、歩行、作業耐久性、障害受容についての質問、現在の就業状況、復帰までに要した期間、職種、仕事内容の変更、復帰にあたって勤務先から受けた配慮、通勤手段、復帰するまでに困ったこと、復帰してから困ったこと、当院スタッフから勤務先への病状説明をおこなう希望の有無について質問した。 3 結果および考察 調査の結果、52名から回答を得た。回収率は63.4%。そのうち就業者は29名、非就業者は23名(以下「非復職群」という。)であった。就業者29名のうち、原職復帰した者は9名(以下「原職復帰群」という。)、配置転換や勤務先の変更を要した者は20名(以下「復職群」という。)であった。回答を以下に示す。 (1)ADL・歩行・作業耐久性・障害受容について2)イ.日常生活で身の回りのことが自分でできているか。 「できている」原職復帰群100%、復職群100%、非復職群91.3% ロ.ひとりで300m以上歩くことができるか。 「できる」原職復帰群100%、復職群100%、非復職群91.3% ハ.15秒以上、作業に集中することができるか。「できる」原職復帰群100%、復職群100%、非復職群91.3% ニ.障害のことを受け入れることができていると感じるか。 「できている」原職復帰群100%、復職群75%(図1)、非復職群65.2%、非復職群では「できていない」が4例(17%)あった(図2)。 原職復帰群においては、Melamedら2)による復職成功に結びつく4条件に沿う結果となった。我々はADL・歩行の自立、作業耐久性の向上を図り、それらが障害受容に繋がるようにサポートしていかなければならないと考える。 (2)職業復帰についての考え 「たとえ仕事内容が変わっても仕事がしたい」という回答が多かった(表1)。 表1 職業復帰についての考え   原職復帰群 復職群 非復職群 原職でなければ復帰したくない 1   1 内容が変わっても仕事がしたい 8 16 11 仕事自体したくない   1 1 その他     8 無回答   3 2 (単位:人) たとえ、原職でなくても就業することに対する意欲の高さがうかがえた。原職はもちろんのこと、対象者がどのような仕事が可能か、機能・能力を評価し検討することも我々の課題であると考える。 その他の回答として「体の状態から仕事がしたくてもできない」という回答が非復職群から7例挙がっていた。 (3)退院から就業までに要した期間 退院から3ヶ月以内の就業は原職復帰群では77.8%、復職群では25%。復職群は就業までの期間が延長する傾向にあった(表2)。 表2 復帰までに要した期間   原職復帰群 復職群 3ヶ月以内 7 5 3ヶ月〜6ヶ月以内 1 3 6ヶ月〜1年以内 1 4 1〜2年   4 2年以上   3 無回答   1 (単位:人) その背景には、障害受容の問題や体力の問題、復職群においては勤務先の変更(転職など)、勤務先の配慮により時間を要したのではないか、と予測される。 我々は入院中から実用的なプログラムを導入し、退院後も体力を維持・向上させるよう指導していかなければならないと考える。 (4)職種 復職群では事務職が多い傾向にあった(表3)。 表3 職種   原職復帰群 復職群 専門技術職 1 2 管理職 3 2 事務職 4 9 サービス職 1 3 保安職   1 生産労務職   3 (単位:人) これは勤務先の変更や配置転換により事務職へ転換する例が多いことを示している。 (5)仕事内容の変更 復職群において部署及び仕事内容も変更した例は65%、勤務先を変更した例は35%であった。事務職への変更は45%を占めた(表4)。 表4 仕事内容の変更  変更前 変更後   専門技術職 事務職 2 専門技術職(外勤) 専門技術職(内勤) 1 管理職 事務職 2 管理職 サービス業 1 管理職 生産労務職 1 事務職(外勤) 事務職(内勤) 4 事務職 生産労務職 1 サービス職 事務職 1 (単位:人) 事務職は移動することをあまり要さない、身体的負担の少ないという特性から選択されるのではないかと考える。 (6)復帰するにあたっての勤務先から配慮されたこと(複数回答) 復職群では、何らかの配慮がなされていることがわかった(表5)。就業するには勤務先の配慮が必要であることを示唆している。 表5 勤務先からの配慮内容 (複数回答)   原職復帰群 復職群 勤務時間の縮小   5 仕事内容の制限 2 16 環境面の調整 2 5 (単位:件) 対象者の機能・能力そして必要な環境設定を評価することができる我々が、適切な情報提供をおこなうことによって、快適な就業に繋げることができるのではないかと考える。 原職復帰群では、自営業のため自ら調整が可能という回答もあった。 (7)通勤手段 自分で車を運転して通勤している例が多かった(表6)。 表6 通勤手段   原職復帰群 復職群 自分で運転 7 10 家族が運転 1 4 公共交通機関を利用   5 徒歩 1 1 (単位:人) 車の運転は就業者にとって欠かせない重要な手段であることがわかった。家族の協力や公共交通機関を利用できない場合、就業の可否を大きく左右することが予測される。 また、高次脳機能障害が認められると、車の運転は見合わせることが多い。よって、高次脳機能障害が就業に与える影響が大きいこともうかがえる。 (8)復帰するまでに困ったこと(自由記載) ◎は両群、★は復職群から挙がったこと ◎ 体力の低下 ◎ 車の運転ができない ◎ 利き手が使えない ★ 電話が取れない ★ 環境の変化 ★ 徒歩での通勤が不安 (9)復帰してから困ったこと(自由記載) ◎は両群、☆は原職復帰群、★は復職群から挙がったこと ◎ 作業に時間がかかる ◎ 車の運転ができない ◎ 字が書けない ☆ 公共交通機関を利用しにくい ☆ 洋式トイレが少ない ★ 電話の応対ができない ★ 麻痺側の痙性 ★ 周囲に気を遣われる ★ やりがいの問題 この結果を得て、これまで就業を目標に上記の問題を想定して、対象者に応じた訓練を実施してきたが、それらが十分なものであったか、顧みる機会となった。 少しでも支障なく就業に繋げていくためにも、対象者が困ることを最小限にしなくてはならない。 我々は、体力の向上、麻痺側の機能訓練もしくは利き手交換訓練、書字訓練、電話の応対練習、自分で行える痙性を緩める方法の指導、公共交通機関の利用訓練など、対象者が今後必要になる内容を予測し聴取しながら、より詳細に実施していく必要があると考えさせられた。 (10)当院スタッフから勤務先に病状などについて説明の希望 原職復帰群「希望する」22.2%、「希望しない」77.8%。復職群「希望する」15%、「希望しない」55%、無回答30%であった。 希望しない理由として、「自分で説明できるから」の回答が多かった。中には、「仕事の制限をつけられると、昇進などに影響するから」という回答もあった。 対象者の必要に応じて、相談をしながら、慎重に情報提供をおこなっていくことが望ましいと考える。 4 まとめ ①脳血管障害患者を原職復帰に繋げるための回復期リハビリテーションが担う課題は、就業に対する高い意欲を汲み取り、ADL・歩行自立、作業耐久性の向上、高次脳機能障害の改善を図り、障害受容に繋がるようにサポートしていくこと。②原職についてはもちろんのこと、対象者がどのような仕事が可能であるか、機能・能力を評価し検討すること。また、③就業場面を想定した体力の向上、機能訓練、書字や電話の応対、公共交通機関の利用の訓練などを個々の対象者に応じてより詳細に実施していくこと。④勤務先への情報提供については、対象者の身体機能や能力、認知機能、環境調整の必要性など提供したい情報は多々あるが、必要に応じて対象者と相談しながら、慎重に進めていくこと。 これらが我々の課題ではないかとの考えに至ることができた。 5 おわりに 今回、調査の結果より我々の課題が明確になり退院後も追跡して調査することの重要性を強く感じた。 対象者から「たとえ就業できても、周囲から気を遣われるたびに、烙印を押されているような気持ちになる。」「みんなの迷惑にならないようにいつも気を張って仕事をしている。すごく疲れる。」「仕事で失敗することも多く、職場にも迷惑をかけるし、本当は辞めたほうがいいのかもしれないが、生活がかかっているから辞められない。」など貴重な意見もうかがうことができた。我々の課題はまだまだ山積していることを感じている。 <引用・参考文献> 1) 佐伯 覚:脳卒中後の職業復帰予後予測、「総合リハ」、p875-880(2000) 2) Melamed S、Ring H、Najenson T:Prediction of functional outcome in hemiplegic patients、「ScandJ Rehabil Med12(suppl)p129-133(1995) “ろう文化”の理解と聴覚障がい者の多様性に応じた支援 ○宮中 一成(㈱かんでんエルハート 印刷課 副主任/第2号職場適応援助者) 中井 志郎・有本 和歳・西本 敏・上林 康典・岩崎 慶一(㈱かんでんエルハート) 1 かんでんエルハートの概要 当社は、大阪府(24.5%)、大阪市(24.5%)、関西電力株式会社(51%)の共同出資により平成5年12月9日(障害者の日)に設立した特例子会社で、特に雇用の遅れている重度身体障がい者、知的障がい者、精神障がい者を積極的に雇用している。現在の従業員数は142名。視覚障がい者10名、聴覚障がい者8名、肢体不自由者25名、内部障がい者4名、知的障がい者48名、精神障がい者4名、健常者43名(内関西電力出向者20名)で、花卉栽培・花壇保守、グラフィックデザイン・印刷、IT関連業務、商品箱詰め・包装、メールサービス(郵便物・社内連絡便の受発信業務)、ヘルスマッサージ、厚生施設受付業務にそれぞれ従事している。平成19年度の売上は1,530百万円である。 2 聴覚障がい者の多様性について 一口に聴覚障がい者といっても、その障がい特性や個々人が抱える特別なニーズは実に様々である。これは聴覚障がい者にかかわらず、他の身体障がいの場合でも当然同じことが言えるものである。ところが障がいの種類が同じであれば、その障がいの程度や特性の違いがあったとしても、求めるサポートの内容は似ていることが多い。しかし聴覚障がい者の場合、これが実に多様なのである。 「聞こえない」と「聞こえにくい」では、実に大きな違いがある。また「先天性」であるか「中途失聴」であるかも大きな差異を生じさせる。他にも「第一言語を日本語とする」のか「日本手話とする」のか。「手話ができる」のか「できない」のか。使用する手話は「日本手話」なのか「シンコム(日本語対応手話)」なのか、あるいはその両方の「バイリンガル」なのか。「ろう教育」を受けて育ったのか「普通教育」なのか・・・。健聴者からすると一見たいした違いに見えないことかも知れないが、こうした違いは聴覚障がい者と共に働きサポートしていく上での配慮に、いくらかの差異が生ずるのである。そして何より他の障がい者と大きく異なる点は、先天性の“ろう”であり、“ろう教育”を受けて育った聴覚障がい者に、特有の誇りと文化、つまりは特有のアイデンティティーを持った方々が多いと言うことだろう。“ろう者”はこれを「ろう文化」、「デフ・コミュニティー」と呼び、強い同朋意識でつながっている。つまりこうしたデフ・コミュニティーに属する「Deaf(キャピタルデフ)」であるか、そうではない「deaf(スモールデフ)」であるかも、聴覚障がい者従業員一人ひとりの個性・特性を把握する上では理解しておきたい項目となる。  表1は、これらの特性の違いを表にしたものである。実に36のタイプに分かれる。(但し、表内にグレーで示した部分は極めて少数であるため、23のタイプと言った方がいいかもしれない)8名の聴覚障がい者従業員を「聴覚障がい者」とひとまとめにしてしまうのではなく、個々人の個性・特性にあったサポートを行うためにも、それぞれのニーズを把握しやすいように、当事者の協力と同意のもと作成したものである。 表1「聴覚障がい者の特性把握によるタイプ別分類」 聴覚障がい者の多様性はこれだけではない。「伝音性難聴」であるのか「感音性難聴」であるのか、あるいは「混合性難聴」なのか。「口話法ができる」のか「できないのか」。「発語ができる」のか「できないのか」など、“違い”はまだまだ挙げられる。しかしこの表1は、健聴者が理解しにくく誤解しがちな特徴を、把握するためのものであるから、職場で必要となるサポート方法の違いに、直接大きな影響を与えない“違い”や、気づきやすい “違い”については省くこととした。 3 “ろう文化”の理解 (1)手話教室の開催と失敗 開業年度から平成15年度までの9年間に在籍していた聴覚障がい者を、表1の分類によるタイプに当てはめると、B-Ⅰが4名、B-Ⅲが1名というように、全員がろう者であった。 当時の役職者(全員が健聴者)は、「聴覚障がい者は単に言葉によるコミュニケーションが困難なだけ」、「手話さえ体得できれば全てが解決できる」と考えていたため、早期に手話を体得し言葉によるコミュニケーションの課題を解消したいとの思いから、聴覚障がい者にそのことを訴え、手話教育の開催を求めた。そして週に1回、終業後に有志による手話教室がスタートした。しかしそれから半年もしない内に、どういうわけか聴覚障がい者と健聴者との関係に、言葉で説明しにくい、ぎくしゃくした雰囲気を感じるようになりだした。それも特に手話習得レベルが比較的高く、聴覚障がい者の相談役となっていた近い距離にあった者との間で顕著であった。やがて各自の仕事の忙しさもあいまって、手話教室の参加者は1人減り2人減りしてゆき、自然消滅してしまった。 さらに、廊下ですれ違っても目も合わないといった状況へと発展していった。誰の目にも明るさがなくなっていたし、完全に聴覚障がい者だけが孤立してしまっていて、職場には不穏な空気が漂っていた。しかし、決して彼らの業務態度が悪くなったわけではなかった。仕事はまじめにそつなくこなすし、日に日に技能を伸ばし、なくてはならない頼もしい技術者へと育っていった。それゆえに何故こんな関係になってしまったのか残念でならなかった。そして原因も分からずただ手をこまねいているだけの時期が長く続いたのである。 (2)“ろう文化”との出会い この状況を修復するために、「もっと聴覚障がい者のことを理解しなければならない」との思いから、はじめて「手話」とは違う角度から聴覚障がい者のことを知ろうと動き出した。そして聴覚障がい者の当事者団体が主催するシンポジウムや講演会の案内を見つけては参加したり、聴覚障がい者に関する本をあさったりしている時、「ろう文化」と出会うことになったのである。 これは『ろう文化宣言−言語的少数者としてのろう者』1)の冒頭の一節である。 「ろう者とは、日本手話という、日本語とは異なる言語を話す、言語的少数者である。」————これが、私たちの「ろう者」の定義である。 これは、「ろう者」=「耳の聞こえない者」、つまり「障害者」という病理的視点から、「ろう者」=「日本手話を日常言語として用いる者」、つまり「言語的少数者」という社会的文化的視点への転換である。このような視点の転換は、ろう者の用いる手話が、音声言語と比べて遜色のない、“完全な”言語であるとの認識のもとに、初めて可能になったものだ。 つまり手話は音声言語を使うことのできない人のための「不完全」な代用品ではないということだ。ろう者は手話という独自のコミュニケーション・ツールを用いる誇り高き人々で、その手話を用いて世界を認識し、思考し、コミュニケーションしてきた。ろう文化は、デフ・コミュニティーの内部に対しては自文化への誇りと関心を喚起し、健聴者の社会に対しては言語としての手話の独自性をてこに、「障がい者」というマイナスのラベルを返上し、自分たちを文化的マイノリティーとして定義しなおすことを求めた。これはろう者当事者の立場からの主張であった。 「ろう文化」との出会いは非常に衝撃的であり、また全てのもやもやが晴れた瞬間でもあった。同時に大いに反省し、何も知らずにいたことを恥ずかしく感じる瞬間であった。聴覚障がい者に手話教室の開催を打診する度、「聴覚障がい者イコール手話ではない。手話だけでなくろう者自身の理解を広めてほしい。」と訴えてきていた意味がやっとわかった。しかし我々は「そんなことは十分わかっている。それよりみんなに手話を教えてやってくれ」と言い続けていた。また手話教室の講師役となる聴覚障がい者は、それぞれ出身のろう学校も違えば居住する地域も違う。そこで「誰がどの地域の手話を教えるのだ」といった内容で悩んでいると、「どうせみんな手話を学ぶのははじめてなのだからどこの地域の手話でもいい。いっそのこと毎週講師を交代してそれぞれの地域の手話を教えてはどうか」などトンチンカンな助言をしていた。他にも「もっと手話を覚えやすいように、難しい単語は当社独自の新語に変えてしまってはどうか」など、聴覚障がい者にとっては到底受け入れがたいような提案ばかりをしていたことに気がついた。 ろう者にとって手話とは自文化を象徴する「誇り」であり「伝統」である。地域によって手話表現が異なるのも、手話コミュニケーションが混乱しないように、変に侵食されてしまわないようにということから最小単位の地域性にこだわっているのである。また健聴者に無遠慮に踏み込まれたくない、手話を健聴者のアクセサリーにされたくないという思いも強いようである。そのため自分たちの“言語”が間違って伝わることを恐れ、健聴者が中心となり、独自に手話教室を実施することにも強い抵抗感があったのである。そういったことを聴覚障がい者は我々に何度となく伝えようとしていたのだが、当時のお互いのコミュニケーション力では限界があった。またその時点では、「ろう文化」のことを聞かされてもおそらく理解できなかったであろう。 今考えると、辛い時期ではあったが、我々が真に「ろう文化」を理解するためには、必要な失敗だった。今となっては当社の財産ともいえるエピソードである。 (3)ろう文化理解の教育 その後、社外から講師を招き「手話教育」ではなく「ろう文化理解」を目的とした社員教育を開催することとした。「ろう者は理解できていなくても『分かった』と言ってしまう事が多い。」といった様なきわどい話を講師がずばずば口にするのを、ろう者自身が笑って聞いている。自分たちの文化に理解の深い人が語っているから笑っていられるのである。全員がろう文化のことを理解したわけではないけれど、何人かの従業員にはしっかり伝わったようである。ろう文化の理解が、健聴者の態度や話の端々に出るようになったのか、その日を境に両者の関係は好転するようになった。随分職場の居心地が変わったようであった。 4 聴覚障がい者の多様性に応じた支援 障がい者雇用率の除外率10%撤廃に対応すべく、採用人員を増やした平成16年度には、新たに5名の聴覚障がい者を雇用したが、その内訳は、B-Ⅰが2名、D-Ⅳが1名、F-Ⅳが1名、F-Ⅵが1名であった。それ以降も聴覚障がい者の雇用を拡大してきているが、それぞれE-Ⅳが1名、F-Ⅲが1名、F-Ⅳが1名と、平成16年度以降、これまでとは違うタイプの聴覚障がい者(難聴者・中途失聴者)が仲間入りしてきた。 平成15年度以前の聴覚障がい者のニーズは、イコールろう者のニーズであった。しかし、平成16年度以降、難聴者や中途失聴者が増えたことにより、新たなニーズが生まれ、当社に用意のなかった新たなサポートが必要になりだした。 (1)各種会議や教育でのコミュニケーション 企業規模の拡大に伴い部門間を跨いだ各種会議体が増えた。教育においてもOJT中心のスタイルから、外部から専門家を招いての集合教育へとスタイルを変えている。そうなると、これまでのように毎回手話習得レベルの比較的高い社員にばかり頼っている訳にもいかなくなってくる。かといって隣の者に筆談してもらうにしても、外部講師による教育の場合、筆談のスピードに進行を合わせていただく訳にもいかず、筆談をしている者自身がついていけなくなって結局両者が不十分な状態になるということも多かった。 また、役職者である宮中(B−Ⅰ)は、毎月開催される役職者会議への出席を求められるが、この会議では時に機密情報も飛び交うことがあり、社外の手話通訳者に同席していただくわけにはいかない等の課題があった。 そのため、聴覚障がい者が参加する各種会議や教育プログラムを実施する際には、その聴覚障がい者のタイプや、会議・教育の様態に応じて、必ず以下のいずれか、もしくは複数のサポートを組み合わせて実施することとしている。 ①パワーポイントによるプレゼンテーション (有効対象:A-Ⅰ〜F-Ⅵ) ・口頭による説明だけでなく、パワーポイントなど視覚的手がかりをうまく活用したプレゼンテーションを行う。 ・全ての聴覚障がい者に有効であるが、あくまで理解の補助をするためのものであり、これだけでは不十分である。 ②外部手話通訳の委嘱(有効対象:A-Ⅰ〜E-Ⅵ) ・「手話通訳担当者の委嘱助成金」を活用し、手話通訳を委嘱する。 ・機密情報が飛び出す可能性のある会議には向かない。 ・A・Bタイプの者には日本手話による通訳が適当なのだが、日本手話ができる通訳者があまりいない。 ・手話通訳者(健聴者)は日本語を第一言語とする為、聴覚障がい者(ろう者)の日本手話を音声言語に逆通訳する際、本人の意図することを正確に伝えられない場合がある。 ③音声入力ソフトの活用 (有効対象:C-Ⅰ〜F-Ⅵ) ・専用のマイクを通して話すと、リアルタイムでテキストがモニターに表示される。 ・滑舌が悪いとうまく変換しないが、手話をマスターすることを思えば、滑舌の良い話し方を訓練するほうが断然早い。 ・要約ではなく話した言葉すべてが表示される為、日本語の長文が苦手なA・Bタイプの聴覚障がい者には向かない。 ④要約筆記ボランティアの活用 (有効対象:A-Ⅰ〜F-Ⅵ) ・全ての聴覚障がい者にとって有効。 ・助成金の制度がなく、団体数も少ない。 ・機密情報が飛び出す可能性のある会議には向かない。 ⑤要約筆記ソフトの発案と活用 (有効対象:A-Ⅰ〜F-Ⅵ) ・手話ができない中途失調者(F-Ⅵ)が、自ら開発した要約筆記ソフト。 ・発言者の氏名と発言内容の履歴が第1モニターに映し出される。また入力する文章が長いと、第1モニターに映し出されるまでにタイムラグが生じるため、第2モニターに入力中の文字が表示される。 ・1台のパソコンで同時に20人分まで入力が可能。一人で会議全体の要約筆記を行うこともできるが、要約筆記をする者を2〜3人配置し入力を分担することや、全メンバーが自らのパソコンを持ち込み、発言と同時に自ら入力するというように、チャットの要領で会議を進めることもできる。 ・自分が意図することを正確に発言できるが、要約のスキルが求められる。 ・パソコンが苦手な方には向かない。 (2)その他の支援(社内情報周知用モニター) 本人に必要な情報は、所属長から連絡をしているが、聴覚障がい者の場合、「小耳にはさむ」ことができないため、直接自分に関係のない情報が入りにくいことが多く、健聴者に比べ、今会社で何が起こっているのかなど、会社全体の動きを把握しにくいという課題があった。本人に直接関係のない情報であるので、一見たいした課題でないと思われるが、多くの健聴者がもっている情報が入手できないと、どうしても情報格差が生まれ、疎外感を感じることが多々あるとのことである。 そのため、社屋内の最も社員に目のつきやすい位置に、TVモニターを設置し、「全社内の月間予定」、「会議・教育等の周知」、「社内行事の案内」、「ハットヒヤリ事例・安全衛生標語等の募集」、「トピックス速報」など、様々な会社情報をスライドショーで表示させることとした。    5 今後の方向性について 聴覚障がい者には、どうしても言語コミュニケーション上に課題が生じる場合があり、特にそれは会議・教育の場面において顕著に現れる。前述したように、当社では、現在考えられる様々なサポート手段を用意し、本人に選択できるようしたが、それでも会議・教育の内容が100%理解できるようになったわけではない。 在籍する聴覚障がい者の内3名が、勤続10年を超えており、内1名は既に役職者となっている。今後も聴覚障がい者の中から役職者を登用していきたいと考えているが、そのためにはキャリアアップのためのリーダーシップや労務管理、問題解決力や意思決定力に関するスキルの向上が求められる。出席を求められる会議も、社内報や厚生行事の企画会議から、労務管理や営業戦略など経営管理に関する会議へと変化していくため、言語コミュニケーション上の課題は、聴覚障がい者をより戦力化し、企業力を高めるための重点実施項目として捉え、今後益々の改善を図っていきたいと考えている。   参考文献 1)木村晴美・市田泰弘:ろう文化宣言−言語的少数者としてのろう者、「現代思想 第23巻 第3号」、p.354-362,青土社(1996) 一般就労に向けた指標づくりの試み −評価表作成における項目の抽出要因と支援の実際①− ○黒岩 直人(茨城障害者雇用支援センター 就労支援員/産業カウンセラー) 黒岩 美喜(独立行政法人産業技術総合研究所 能力開発部門バリアフリー推進室) 森川  洋(東海学院大学短期大学部) 1 はじめに 茨城障害者雇用支援センター(社団法人茨城県雇用開発協会:前茨城県南部障害者雇用支援センター)は、平成20年4月1日より就労移行支援事業及び障害者就業・支援センターかすみを併設して職業準備訓練及び相談支援機関の両面から障害者の自立支援に取り組んでいる。一般就労は、賃金や社会保険など様々な社会的保障を受けることになる。また、経済活動の一端を担い、その活躍と責任が伴ってくることから、一般就労における社会参加は、社会秩序への適応における多くの制約と責任を負うことになる。こうした複雑困難な社会生活を営むには、単に保護や支援を受けるだけでは成立しない。これまで筆者が当事者の就労支援に従事する中で、就労を継続するためには、特定の社会集団に属するための基本的な生活様式を身につけておく必要性を強く感じている。障害者は、行動障害1)を有することが一つの特性であるが、当センターにおいて一つひとつ基本的な生活様式を獲得し、成長する訓練生は少なくない。従って基本的な生活様式は、社会との関係性の中で段階的に発達していくことから、その獲得状況についての評価、分析は具体的な支援策を講じる上でも重要である。 今回の報告は、就労移行支援事業における個別支援のツールのひとつとして作成した『主体性及び社会性に関する評価表』2)の26項目の抽出に至るその要因について、身辺処理及び意志表示の各項目に関する事例をもとに考察する。また、その項目により抽出された課題点についての具体的な支援とその経過についても報告する。 2 方法 (1)対象及び抽出方法  対象者は、平成11年9月1日から平成18年8月31日までの訓練生138名で、およそ9割が知的障害者である。調査時点では茨城県南部障害者雇用支援センターにおける入所者である。就職者及び退所者の訓練状況や、定着指導における報告書の検討及び文献考証により主体性及び社会性に関する評価尺度を抽出し、分類用語として評価項目を設定した。各項目及び尺度は、所長、事務員、指導員と全職員にて協議、検討した。 (2)評価項目作成の背景  評価項目の配列については、実際の職業準備訓練において、生活支援に関する内容から就労支援に関する内容へと、生活の自立面から社会の自立面へと社会性の要素が高くなるように設定した。このように発達段階に準じて評価項目を並べた理論的背景は、A.マズローの欲求階層説3)並びにK.ビューラーの機能の喜び4)を参考にした。従って当センターでは、成長の可能性として『一般就労を継続し社会生活を営む上での障害者への支援は、単なる保護環境的な視点のみならず、意欲的に取り組むための主体性の確立といった視点も不可欠』2)というセルフ・マネージメント5)の獲得という立場に立つ。 表1 主体性及び社会性に関する評価表 氏   名 障 害 名・ 程 度 入 所 日 性  別 評  価 主体性及び社会性項目・尺度 5点 4点 3点 2点 1点 所見など 身辺自立 排泄 身だしなみ 移動 作業準備性 意志交 換 挨拶・返事 傾聴態度 報告・連絡・相談 集団参加 積極性 柔軟性 他社の受容 自己統制 自他の区別 注意力・集中力 謙虚さ 情緒安定性 責任感・決断力 対人関係能力 素直さ 適応性 ルールの遵守 行動抑制 協調姿勢 共感性 認知能力 障害の認知・受容 自己理解・認識 他者の理解 役割行動(社会認知) 問題処理能力 小  計 合  計   (3)評価方法について 表1の「主体性及び社会性に関する評価表」は5件法で評価する。5段階の内、5点が「自立している」として最も評価が高く、続いて4点「場合によって注意を要する」、3点が「常に注意を要する」、2点が「自覚しているが遂行できない」、1点が「自覚がなく、長期的な支援を要する」とした。 評価は、指導員それぞれが行い、それを持ち寄って協議する。協議した評価が最終評価となる。1回目の評価は、入所後2週間目に実施する。その後3ヶ月に1回の評価を行い、その推移をみる。 (4)各項目について 生育歴及び家庭環境並びに面接による主観性と併せて分析する。 イ 身辺自立…社会生活を営むための最も基本的な主体的行動とし、評価項目は4つに分類した。 (イ) 排泄…生理的欲求として最も基本的な自立活動の一つとして考える。 (ロ) 身だしなみ…衣類の着脱や整髪などの整容が行えること。着衣は、自らの体温調整を図る手段であり、整髪、歯磨き、衣類の着脱・交換、入浴習慣などは、自らの快、不快の感覚及び周囲への配慮として主体性及び社会性の基礎的要素と考える。 (ハ) 移動…行動しようとする意識があり、行き先を決定し自力で移動する能力である。自力通所が可能で公共交通機関などの利用が可能かどうかを評価する。 (ニ) 作業準備性…自らのことは自ら行うという就労における基本的な態度のことである。学習後という前提で作業における準備物などは、自主的に対応しようとする意識及び行動力が不可欠である。 ロ 意志交換…基本的な挨拶にはじまり、自らの意向や思いを伝える社会生活上必要なコミュニケーション能力として3項目に分類する。 (イ) 挨拶・返事…自分以外の存在認知、相互交流的な働きかけなど基本的な社会的相互作用である。 (ロ) 傾聴態度…指示、注意や他者の言葉を受容しようとする態度があること。 (ハ) 報告・連絡・相談…報告、連絡をすることは、協調的関係性を築き、相談においては、身勝手な判断をしないという謙虚な姿勢及びヒューマンエラーを防止する意味でも組織運営には不可欠な要素であり、3者のバランスによって成立する。 3 結果 (1)項目別にみる訓練生傾向 イ 身辺自立 (イ) 排泄…訓練生における排泄の問題として、便器の中へ正確に用便ができない、衣類を汚す、疾患でなく用便が頻繁などである。生理的欲求が適切にコントロール出来ていないため、依存心及び不安が強い傾向がみられる。また、意識の低さ及び周囲の認識に欠けるケースが殆どである。 (ロ) 身だしなみ…身だしなみが自立していないケースにおいては、依存傾向が強く、周囲の認識にも欠ける。また、精神的に落ち込むなど情緒変化で身だしなみが乱れることが多いことからも、社会生活力6)は低い。 (ハ) 移動…当センターにおいて特に保護者による送迎がされているケースにおいては、欠勤や遅刻が多く様々な場面での依存性が高い。基本的な協調姿勢にも欠け就労意欲も低いケースが多くみられる。 (ニ) 作業準備性…常に依存し自ら行おうとしない者においては就労意識が低く、よって訓練にも持続力がない者が多い。 ロ 意志交換 (イ) 挨拶・返事…実施できないケースにおいては、周囲を意識するという感覚に乏しく又協調性に欠け、他者との関係性も築きにくい。 (ロ) 傾聴態度…他者の意見や指示に対して受容的態度を示せない場合は、自己防衛的反応が強く、学習姿勢に乏しいため成長の機会に恵まれず、他者との関係性を構築する上でも障害となる。 (ハ) 報告・連絡・相談…訓練生のケースにおいても身勝手な判断による間違いや常に指示を待っている状況などがみられ、作業能率の低さや成長度合いが低い傾向がある。 (2)項目別支援例 以下の内容は、支援センター内での対応である。家庭での対応についてモニタリングし、可能なものについては本人主体で行動するように家庭との連携を図る。 イ 身辺自立 (イ) 排泄…状況について保護者に伝え、疾患であるか否かを確認する。必要に応じて医学的措置を促すが、基本的には就業前及び休憩中に用便を済ませるよう基本的なルールを設定、離席による問題点について説明、課題の認識を促す。 (ロ) 身だしなみ…一斉支援として「身だしなみチェック表」を作成し、鏡を見ながら11項目について自らチェック後、担当指導員と1項目ずつ確認しながら評価し、整容に関する意識の向上を図る。衣類の着脱など家庭で支援を受けている場合は、自力で行う方向性でその習慣化を図るよう連携を取り、支援にあたる。 (ハ) 移動…入所条件として原則的に自力にて通所する約束及び履行を促す。自力による通所が困難な場合は、センター支援による通所訓練を実施する。 (ニ) 作業準備性…作業開始時は、準備物として明記した作業マニュアル、更に口頭指示、モデリングを経て試行、実行へと経験的に学習させる。以降の支援は原則として経過の確認のみであり、訓練生にはマニュアルをもとに自己処理するように促す。 ロ 意志交換 (イ) 挨拶・返事…出退勤時の挨拶の励行。丁寧な返事を心がけるように適宜指導する。また朝礼、夕礼の実施時は「職場のことば」として皆の前に出て独唱し、基本的な挨拶習慣の獲得を図る。 (ロ) 傾聴態度…相手の話を聞くことを求める前に、指導側が意識的に対象者の話をよく聞くことを徹底する。信頼関係及び相互主体的な関係構築を図る。 (ハ) 報告・連絡・相談…遅刻、早退、欠勤は、所定の様式に記入して提出してもらう。また当日の場合、本人から電話を入れるように指導する。相談に関しては、前述したように常に相談できる関係性を持ち定着を促す。評価、指導の視点として、相談・報告は、依存性の要素及び責任感、連絡することは協調性の要素が存在し、その内容や頻度を適切に分析して業務上適切な習慣化を図る。 4 考察  就労するという社会的視点において、組織の在り方を無視することはできない。産業・組織心理学の観点から正田7)は、「組織とは共同の目標を達成するため、構成員各人が責任を分担し、個々の業務を遂行するグループが有機的に連繋し合っている社会的集団」とし、その社会的集団内では「組織の統制と個人の自由との相剋」が生まれるとして、組織における個人の関わり方を示している。 職業リハビリテーションの焦点から松為8)は、個人側のニーズに限定した職業リハビリテーション活動は適切でないとして「社会生活を基盤としている社会的な存在としての個人は、家族や職場や学校などの社会集団を維持することが求められることから『個人のニーズ』のみならず、これらの社会集団そのものを維持するための『集団ニーズ』もあることを認めなければならない」としている。従って、生産性の向上が優先される社会においては、自己コントロール能力が重要になってくる。また、松為9)は、発達障害の人の職場定着が阻害されて離転職に至る原因の一つとして、「仕事に必要な特定の技能の不足ではなくて、仕事に就く以前の最も基礎的な『日常生活の遂行』や、職場での役割を果たすのに必要な基礎的な『職業生活の遂行』などの面に問題があることが指摘されている」としており、「職業人」としての役割を果たすのに必要な条件が準備されていないと問題視している。そして、「職業生活の遂行」や「日常生活の遂行」の能力の育成の必要性を指摘し、「仕事に就く年齢までにその育成が間に合わなければ就職後の企業にその育成や維持をまかせるのではなくて、他の支援機関がそれを支えるためのバックアップを行い、企業の過重な負担を軽減する体制が必要である」としている。 前述したように社会生活をスムーズに営む能力が課題であることは否めない。そうした状況と社会的存在としての振る舞いには大きな隔たりがあり、事実、障害者の就労を困難にしているものでもある。障害特性としての行動障害・問題行動・不適応行動について、藤村10)は、「多くの場合、障害に起因するストレスや不安の結果生ずる」として、その行動の背景理解の重要性を強調する。 一般就労をするには、上記の行動障害・問題及び不適応行動について、集団のニーズを充足する程度の適応性の獲得が不可欠になる。障害理解としての支援及び対応の他、理解の上に立って主体的に学習するための支援が重要になってくる。つまり、本人及び周囲の歩み寄りのバランスが大切になる。支援者側は、課題点の把握とその原因について分析し理解に努め、本人が主体的にその課題を解決できるようなコーディネートをする。つまり本人は、課題を克服することによって得られた自己効力感を通じて積極的に自己実現を図っていく行動習慣を獲得するといった支援が重要であると感じている。当センターの利用者において、特定の社会集団や狭い範囲での社会生活を送ってきたことから、社会経験に乏しく自己理解および個人のニーズが定まらないケースが多くみられる。こうしたことは障害者において顕著にみられるが我々も決して例外ではない。自我や主体性を他者との関係性の中で確立していくように、客観的な評価は自己理解と社会性の学習機会を与えてくれる。それは、成長段階を知り、その度合いに応じた発達課題を知る重要なツールであり、その課題を達成していくことの重要性も意味するのではないか。松為9)は「指導目標の階層性と個別支援計画」の中で、日常生活の遂行という生活技能や健康管理などの基礎的な発達課題の獲得が働く場面に参入する以前に十分に育成しておくことが必要であるとしている。 よって、客観的な評価により、状況を把握することで就労移行からのアプローチが必要なのか、生活支援からのアプローチが必要なのかなど、対象者が無理の無いように段階的にステップアップしていく対応策を講じることができる。従って、各関係機関との連携も必須であるが、個人情報の問題など課題が多いのも事実である。また、具体的な支援方法については、個人の生育や個性などから千差万別であり、一定の方向性をもった柔軟性、そして生活支援の要素が高い項目においては、家庭及び保護機関との連携及び共通認識が必要不可欠である。更に行動の定着において、本人が主体的行動に移った場合、その行動を評価する適切なフィードバックは欠かせない。 以上のように主体性の確立を原則として評価表やステップアップ方式の訓練計画、運動指導そしてデータの整理分析など対象者のセルフ・マネージメントに向けた指導で取り組んでいる。 5 今後の課題 「主体性及び社会性に関する評価表」の項目は、前述したように26項目から構成される。従って各項目についても順次報告していきたい。今後更にデータを収集し、最終的には評価表の妥当性など統計的な分析を行い、障害者の就労支援におけるツールとしての有効性の向上を目指していきたい。 文献 1) 笹野京子ら:「行動障害への医学的アプローチ」,日本知的障害者福祉協会編、『行動障害の基礎知識』、p.16-17,日本知的障害者福祉協会(2007) 2) 黒岩直人・森川洋:一般就労に向けた指標づくりの試み〜各訓練生の行動特性の把握と個別支援について、「発表論文集(第14回職業リハビリテーション研究発表会)」、p.58-61(2006) 3) Abraham H. Maslow:Motivation And Personality,(1954)(小口忠彦監訳:「人間性の心理学」、p.57-289,産業能率短期大学出版部(1971)より引用) 4) Buhler Karl:Abriss der geistigen Entwicklung des Kleinkindes, (1929)(原田茂訳:「幼児の精神発達」、p.43-69,195-196,協同出版(1973)より引用) 5) King-Sears Margaret E & Carpenter Stephanie L:Teaching self‐management to elementary students with developmental disabilities,(1997)(三田地真美訳:「ステップ式で考えるセルフ・マネージメントの指導」、p.10-23,学苑社(2005)より引用) 6) 日本職業リハビリテーション学会職リハ用語研究検討委員会編:「職リハ用語集第2版」、p.41,(2002) 7) 正田亘:「産業・組織心理学」、p.119-120,恒星社厚生閣(1992) 8) 松為信雄:「職業リハビリテーションの視点」、松為信雄・菊池恵美子編『職業リハビリテーション学〜キャリア発達と社会参加に向けた就労支援体系』、p.14-15,株式会社協同医書出版社(2001) 9) 松為信雄:「知的障害の人の就労の意義と今後の課題」、世田谷区立知的障害者就労支援センターすきっぷ編、『こうすれば働ける!新しい就労支援システムへの挑戦』、p.224,エンパワメント研究所(2005) 10) 藤村出:「行動障害と社会参加」、日本知的障害者福祉協会編、『行動障害の基礎知識』、p.126-127,日本知的障害者福祉協会(2007) 付記  本研究は、文部科学省による平成20年度科学研究費補助金(若手研究B)「知的障害者の一般就労の定着を支援するためのプログラムの開発」の一部として行った。 アビリンピック「パソコンデータ入力」がめざすもの − 知的障害者の能力開発と雇用拡大の起爆剤に − ○岡田 伸一(障害者職業総合センター 研究員)  向後 礼子(城西国際大学) 槌西 敏之(国立職業リハビリテーションセンター)  箕輪 優子(横河電機株式会社) 1 はじめに  アビリンピック(全国障害者技能競技大会)は、障害者の職業能力の向上とその社会への周知を図り、障害者の雇用促進と地位向上に資することを目的に、国際アビリンピック1)開催年度を除き、原則として毎年開催されている。その第1回は昭和47年度にさかのぼり、今年度の千葉大会で30回を数える。それに比べ、我々が同大会競技委員会専門委員として実施を担当する知的障害者対象の「パソコンデータ入力」競技は、平成17年度の第28回山口大会から導入された新しい競技である。そのため、昨年11月に静岡市で開催された第7回国際アビリンピック「データベース基礎」競技(パソコンデータ入力競技の英語版)において日本代表の3選手が、金・銀・銅の3賞を独占しNHK総合テレビ「クローズアップ現代」等2)で取り上げられたとはいえ、まだ多くの方にとっては、なじみの薄い存在ではないか、と思う。そこで、我々の本競技に対する思いや期待を述べたコラムも織り交ぜ、本競技の内容や選手の参加状況、そして今回の開催県千葉県の事業所や能力開発校等の状況なども紹介して、知的障害者の職業能力の周知の機会とさせていただきたい。 【岡田】  平成17年当初、知的障害者の職域拡大を目的に、職場でのパソコン利用に内容を絞ったマニュアル『仕事とパソコン』を開発し、引き続き実務に即したデータ入力のトレーニングソフト「やってみよう!パソコンデータ入力」3)の開発に着手しようという矢先に、アビリンピック事務局から、新しい競技種目の実施担当者(主査)就任の依頼がありました。開発するソフトの一部変更により競技課題を作成できること、同ソフトの入力ミスの自動検出・集計機能により選手が多数であっても採点作業が容易であること、そして何よりも研究の成果が直ちに実用に供することができることから、新競技の主査を引き受けることにしました。その背景には、長年の視覚障害者の就労支援機器・ソフトの研究開発の経験から、パソコンは障害者の味方であり、また味方にしなければならないという思いがありました。すなわち、広く職場に普及したパソコンが使えれば雇用機会が拡大しますし、加えて画面読み上げソフトのようにパソコン自体が就労支援機器になります。同様に知的障害者の場合も、ソフト的にデータを処理しやすいようにアレンジしたり、入力画面をわかりやすく変更することで、パソコンが味方になるのです。 2 競技の概要  パソコンデータ入力競技の内容は以下の3課題からなる。 課題1:アンケートはがき入力課題(30分)  データ入力業務の中では、各種アンケート結果の入力作業が多い。本課題では、図書の読者アンケートを想定して、読者の個人情報、感想等(選択式)をキーボードとマウスを使って入力する。いかに素早く正確に入力できるかがポイントとなる。 課題2:顧客伝票修正課題(30分)  データ入力業務では、ミスチェックが必須である。多くの職場では、入力データを入力担当者とは別の者が再度ミスチェックして、高い品質のデータに仕上げている。本課題では、データ入力の定番の一つ(顧客)伝票を取り上げ、その入力済みデータのミスを発見し修正する。いかにミスを見逃さず、かつ正確に修正できるかがポイントとなる。 課題3:帳票作成課題(30分)  職場では、表計算ソフトExcelを使って、定型的な見積書や請求書等の帳票が作成されている。本課題では、あらかじめ指示された記載項目、その書式(フォントのタイプやサイズ)、配置(セル位置)、計算式により帳票のひな形を作成し、その上で具体的なデータを入力して、帳票を1通印刷する。Excelの確実な知識と、細部にわたる指示を忠実に実行できる注意深さがポイントとなる。  これら3課題の採点のポイントは、正確さである。職場では、作業速度と正確さが求められるが、その中でも正確さがより強く求められる。いくら作業が速くても、ミスが多ければ、その修正に時間がかかるし、最悪ミスが残る危険も高い。そこで、本競技では正確さに比重を置いた配点としている。 【箕輪】 知的障害のある方の中には、障害の特性による "強いこだわり"が日常生活の中でマイナスとなる場面があるかもしれません。しかし、その"強いこだわり"は、パソコンを活用したデータ入力の仕事においては、正確な仕事をすることにつながり、企業で活躍している方が大勢います。  職種を問わず、手仕事からパソコンを活用するように改善されることで、誰にとってもわかり易く、効率的で、ミスも起こりにくい環境が整備されます。また、入力業務には曖昧さが無いため、業務の指示を出す側にとっては指示し易く、指示を受ける側にとっても理解し易い仕事の1つと言えます。しかし、残念ながら「知的障害のある方がパソコンを使う仕事に就くのは難しいのではないか」という誤解をしている企業の方がいらっしゃるのも事実です。  今後、ますますIT化が進んでいく社会において、知的障害のある方の雇用促進と職域拡大のためにも、アビリンピックにおいて、「パソコンを活用することで、障害の特性が強みとなり、企業で戦力となる」ということをひろく伝えていく必要があると思います。 3 選手の参加状況  パソコンデータ入力競技は、上記内容で第28回山口大会(平成17年10月)から実施された。山口大会には、10都府県から16名の選手が参加し、東京都代表の橋本良弘さん(横河ファウンドリー(株)勤務)が金賞となった。続く第29回香川大会(平成18年10月)では、16都府県から17名の選手が参加し、やはり東京都代表の豊川和弥さん((株)東京リーガルマインド勤務)が金賞となった。  そして、平成19年11月に静岡市で第7回国際アビリンピックが開催され、その「データベース基礎」競技4)において、上記豊川さんが金、橋本さんが銀、そして香川大会銀賞の秋田拓也さん((株)ニッセイニュークリエーション勤務)が銅と、日本選手が金・銀・銅を独占したことは、上に述べたとおりである。  そして、今年度の第30回千葉大会には、18都府県から各1名全18名の選手が参加する予定である。これら3回の国内大会をみると、参加選手数では1名ずつ、都府県数では10, 16, 18と、緩やかな増加を示す。地域別の参加状況では、関東圏と関西圏が多く、意外にも中京圏からの参加がない(表1)。  なお、アビリンピックの選手参加資格は、身体障害者、知的障害者、精神障害者のいずれかで15歳以上の者となっており、大会初期の「職歴2年以上7年以下で30歳以下の者」に比べると、門戸はずい分広くなっている。また、地方大会の金賞受賞者が、原則として各都道府県の代表となる。ただし、山口大会は初めての実施ということで例外的に1都府県から複数の選手が参加した。また、香川大会では開催県のみ2名の選手が参加した。 第28回山口大会パソコンデータ入力競技風景 表1 都府県別選手参加状況 都府県 山口大会 香川大会 千葉大会 宮城 1 1 1 茨城 − 1 1 埼玉 1 1 1 千葉 − 1 1 東京 3 1 1 神奈川 1 1 1 富山 − − 1 静岡 1 1 1 滋賀 − − 1 京都 − 1 1 大阪 1 1 1 兵庫 1 1 1 和歌山 1 1 1 岡山 − 1 1 山口 2 1 1 徳島 2 1 1 香川 1 2 1 熊本 1 1 1 計 16 17 18 4 千葉県の状況  これまでの本競技(国内アビリンピック)の開催地は山口市、高松市と、我々にとっては遠隔地であった。そのため、現地のデータ入力業務に関する雇用や能力開発の状況は分からず、ただ競技を実施して帰ってくるだけであった。しかし、今回は千葉市幕張メッセでの地元開催となる。そこで、競技の実施だけでなく、障害者の職業能力の社会への周知の一環として、競技会場に設置される競技説明パネルにおいて、当該技能に関しては、地元千葉では、どのような職場があり、またどのようなところで訓練や必要な支援サービスを受けられるか、情報提供することを考えた。より全般的な情報は、別会場で呈示されることになっているが、目の前で選手たちが真剣に取り組んでいる競技職種について、その場で呈示される身近な情報は、障害当事者やその関係者、そして一般来場者にとっても、よりインパクトの強い情報になるのではないかと考えたからである。  以下は、そのための情報収集として行った企業、能力開発校、障害者就業・生活支援センターの関係者からのヒアリングの要旨である。 (1)職業能力開発校 千葉県では、2校の職業能力開発校で知的障害者に対する訓練の一部として、データ入力をはじめパソコンの訓練を行っている。 イ.県立障害者高等技術専門校 基礎実務科(千葉市)  同科は、平成17年度に設置された知的障害者対象の物流、清掃、事務補助等の実務作業を訓練する期間1年のコースである。加えて、訓練生は、木工・縫製のいずれかを選択しなければならない。このように広角に訓練を行い、訓練生の就職の可能性を高めている。  定員は20名。今年度の訓練生は14名で、特別支援学校高等部出身者が大半で、全員就労経験はない。  パソコン訓練は、Word, Excelが中心で、ワープロ、表計算の検定試験も受験している。データ入力に絞った訓練はあまりしていない。  昨年度の就職率は90%。物流関係が最も多く、続いて清掃関係で、事務関係はまだ少なく、毎年2,3人程度という。  企業の中には単純にデータを入力する仕事もあり、そのような仕事なら同科の訓練生は正確に行えると売り込むのだが、企業は消極的で、結局身体障害者がそのような仕事に就いてしまうという。 ロ.県立我孫子高等技術専門校 事務実務科(我孫子市)  同科は、一般の高等技術専門校に併設されている知的障害者対象の訓練コースである。パソコンを中心に事務関連業務を個々の訓練生のレベルに合わせて指導している。  定員10名、期間1年。平成16年4月に開設され、これまでに、39名が修了し、うち28名が就職し、そのうち20名が事務関連職務で就職している。その内容は、データ入力やパソコン業務に専従している事例は少なく、多くは雑事務で就職し、その一部としてパソコン業務に従事している。  「判断力」がないので、知的障害者にはデータ入力は任せられないと、採用を断る企業が少なくないという。この企業側の「判断力」バリアを打破することが難しい。現在は、入力の正確性をアピールして、就職に結びつけるよう努力している。そのため、訓練においてはミスのない正確な作業を指導しているとのこと。 【槌西】   知的障害を持った訓練生と1年間という限られた時間の中で、事業所で働くことができる能力の開発と、知的障害者にマッチする職域の開発を行ってきました。その中で特に自閉的傾向は強いが、暗記力の高さやミスを許さないこだわり等のデータ入力業務に欠かせない特性を持った訓練生がいることに気づきました。また、パソコンが好きでパソコンの訓練を多く受けたいと熱望する者もいました。ワードやエクセルの検定試験にも挑戦し、受験するほとんどの訓練生が3級は合格し、中には日商ワープロ2級に見事に合格する者もいました。しかしながら、就職活動で面接会等に参加しても知的障害者に対する事務職やデータ入力の仕事はなく、資格等でアピールしても、厚い壁は打開できませんでした。そんな時、アビリンピックに「パソコンデータ入力」の競技が新設されることとなり、知的障害を持った方でも健常者以上の仕事ができることを証明できたことの意義は大きいと思います。今や、アビリンピックは訓練生の大きな目標となっています。 (2)SMBCグリーンサービス(株)東京本社(習志野市)  同社は三井住友銀行の特例子会社で、その前身は、平成2年3月設立の住友銀行の特例子会社泉サービス(株)である。  東京本社の人員は46名、うち障害者が30名で、知的障害者は8名。現在データ入力業務に従事している知的障害者は5名。その業務の中心は、マイクロフィルム化された各種依頼文書の管理データの入力作業。同社では、親銀行の全国店舗の顧客からの各種依頼文書をマイクロフイルム化(撮影)及び(永久)保管している。この膨大なデータを迅速に検索・参照できるように、顧客名、住所、コード等の個人情報をデータベース化している。その入力作業を5名の知的障害者が一手に引き受けている。  入力項目は決まっているが、書類が異なると、項目の記載位置も異なるという。  上記2校の能力開発校で指摘のあった「判断力」について尋ねてみたところ、業務内容を定式化し、かつきちんと指導すれば、全く問題ない(十分採算がとれる)とのことであった。ちなみに、このデータ入力業務には、機密保持の点からジョブコーチは付けないようにしている。また、社員に対しては、個人情報の取り扱いについては、特に気を付けるように指導しているとのこと。 (3)障害者就業・生活支援センター ビック・ハート(柏市)  障害者の可能性は全方位で見なければならないと、知的障害者のアセスメントにおいても、「やってみよう!パソコンデータ入力」を利用してパソコン利用の可能性を必ずチェックしているという。組織母体である社会福祉法人実のりの会の訓練科目の中に、情報技術科が設けられ、知的障害者もパソコンの訓練を受けている。そして、アビリンピックは、訓練生の大きな刺激になっている。アビリンピックの地方大会に参加してからは(成績はともかく)、訓練生のモチベーションが上がり、訓練に取り組む姿勢ががらりと変わったそうだ。  また、企業の障害者の募集・採用を支援することも少なくないという。企業の業務内容や候補となる知的障害者によっては、データ入力やパソコン利用も提案する。そのような場合、すでに知的障害者がデータ入力業務に活躍している企業(例えばSMBCグリーンサービス(株))の状況をつぶさに見てもらうと、案外問題の「判断力」バリアが解消するという。ただ、比較的小規模な企業では、企業側で、知的障害者に合わせて業務や業務用ソフトのアレンジは難しい。ビック・ハートの場合は、実のりの会の情報技術科にはパソコンによる事務処理に強い人材が存在するが、今後、比較的規模の小さい企業においてもデータ入力やパソコンを利用した事務処理に知的障害者が採用されるためには、そのような知識・技術を備えた支援者の存在が重要となるという。 そして、千葉県では、これら関係機関が着実に連携を強めている。今後に大いに期待したい。 【向後】 仕事において、「作業を速く、正確に行うこと」の必要性を学校時代に学ぶことの意味は大きいと思います。とりわけ、企業においては、「作業の正確さ」が重要とされることも少なくありません。この点に関して、データ入力業務のように曖昧さが少なく、速度やミスがわかりやすい課題は、教育現場でも導入を考慮すべきです。もちろん、課題の導入は、個々の生徒の特性を把握した上で行われることが必要です。たとえば、視知覚認知に困難が大きい場合は、自らが入力したデータの確認・訂正作業などにおいて困難が予想されるからです。一方で、アルファベットや漢字等が正確に読めない場合であっても、正誤を正確に識別できる場合には、可能性は広がります。  現在、パソコンは職場のみならず、日常生活の中でも一般的なものとなっています。実際、インターネットを利用したり、金銭管理に利用したりしている知的障害のある人もいます。しかしながら、企業においては、知的障害があるということで、パソコンは使えないものと一様に判断されている例が少なくありません。アビリンピックに新設された「パソコンデータ入力」の競技における選手の活躍が、そして彼らが企業の中で働く様子が広く知られることで、知的障害のある人の雇用促進と職域拡大につながることを期待しています。 5 おわりに  今回の千葉大会では、第30回を記念して、上記の国際アビリンピックのメダリスト3人が、データ入力作業のデモンストレーションを行い、また来場者と短時間の模擬競技を行うイベントが予定されている。これは、知的障害者の職業能力を広く来場者にアピールし、また、これから仕事に就こうとする後輩たちのモチベーションを高める格好の機会となろう。  もちろん、このようなメダリストの活躍は、本人自身の努力の賜物ではあるが、併せて、雇用企業の理解と支援があって、初めて実現するものである。現在も、全国各地で、障害者自身が、企業が、そして能力開発機関や就労支援機関が、知的障害者のデータ入力業務、あるいはパソコンも利用した事務業務による雇用機会の拡大あるいは職場定着をめざして、日々努力を続けておられる。本研究発表会での発表からも、そのような取り組みの成果が報告されている。現場の地道な取り組みを支援する意味でも、「判断力」バリアを打破して、メダリストに続く多くの職業人を輩出できるアビリンピック「パソコンデータ入力」でありたいと願っている。 【注】 1)国際アビリンピックは、障害者の職業的自立意識と社会の理解の増進を目的とした国際技能競技大会で、昭和56年(1981年)の国際障害者年を記念して第1回大会が東京で開催された。その後、ほぼ4年おきに、世界各地で開催され、第7回は、再び日本で開催された。次回第8回は、2011年韓国ソウルで開催予定である。 2)平成20年1月10日放送のNHK総合テレビの番組「ゆうどきネットワーク」の中で「知的障害者のメダリスト」として紹介され、さらに2月20日には同じくNHKのテレビ番組「クローズアップ現代」で、「秘められた能力を引き出せ〜広がる知的障害者の雇用〜」として、3選手の活躍ぶりなどが詳しく報道された。 3)同ソフトは障害者職業総合センターの下記ホームページから無償ダウンロードできる。 http://www.nivr.jeed.or.jp/research/kyouzai/22_nyuryoku.html なお、障害者職業総合センターのトップページ(http://www.nivr.jeed.or.jp/)から、「最新情報履歴」→「「やってみよう!パソコンデータ入力」のご案内と進むと、上のページとなる。 4)「データベース基礎(Data Processing-Basic Course)」競技は、国内アビリンピック「パソコンデータ入力」の課題1と課題2の英語版といってよい。ただ、時間は各60分と2倍となり、より持続力・耐久力を求めるタフな競技であった。   なお、選手の障害種別に規定がなく、海外からは知的障害のほか、身体障害や精神障害の選手も参加していた。 【参考】 下のグラフは、上記メダリスト(選手1〜3)と、データ入力の実務従事者(人材派遣会社のデータ入力業務登録者でいずれも健常者)3名のアビリンピック「パソコンデータ入力」競技の課題1(30分)と課題2(30分)の結果を合計して、その作業枚数(速さ)と正解率(正確さ)を示したものである。なお、実務従事者については、10名に競技を行い、上位3名の結果を示している。 知的障害者の事務従事者の雇用の実態に関する調査 −事業所に対するアンケート調査の結果から− ○川村 宣輝(健康科学大学 准教授/財団法人雇用開発センター「知的障害者の事務従事者の雇用の 実態に関する調査研究委員会」委員) 木村  周(東京成徳大学院) 小倉修一郎(元日本障害者雇用促進協会) 工藤  正(東海学園大学) 畠山 千蔭(東京経営者協会) 宮武 秀信(世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ(当時)) 高橋  匡・荒井 直子(財団法人雇用開発センター) 1 目的  平成19年5月に厚生労働省から発表された「平成18年度における障害者の職業紹介状況」によると、ハローワークにおける障害者の就職件数が初めて4万件を超え、過去最高となった。中でも、知的障害者の就職件数は、年々著しく増加する傾向が見られている。  しかしながら、知的障害者の職業別就職状況を見ると、生産工程・労務の職業、サービスの職業及び販売の職業が大半を占めており、知的障害者の事務的職業の就職件数は、近年増加傾向は見られるものの、その数はまだ極めて少ない状況にある。  企業の障害者雇用を推進していくためには、知的障害者の雇用の促進が不可欠であり、知的障害者の就職の現状を踏まえれば、事務的職業への雇用を促進することにより、知的障害者の雇用が大きく伸びることが期待される。  そこで、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構の委託により財団法人雇用開発センターが行っている本調査研究では、事業所に対するアンケート調査を実施することにより、知的障害者の事務的職業への雇用の実態を明らかにし、それを基に雇用事例を収集・整理し、知的障害者の雇用の促進に資することを目的とした。 2 方法 (1)調査対象、調査方法  アンケート調査の対象事業所は、特例子会社及びび障害者雇用優良事業所等の中から選定した2,000社で、その内1,222社(回答率61.1%)から回答が得られた。調査の時期は平成19年7月で、アンケート調査票を郵送にて送付・回収を行った。  また、併せて平成20年度に予定している事業所へのヒアリング訪問調査の予備調査として、アンケート調査の回答のあった事業所の中から知的障害者を事務的職務に就労させている3事業所を選定し、ヒアリング訪問調査を行った。 (2)調査票  調査票は、「事業所の業種」、「従業員数」、「知的障害者の雇用者数」、「知的障害者が従事している職種」、「知的障害者を事務的職務に従事させた契機」、「具体的な事務的職務の内容」、「知的障害者を事務的職務に従事させるにあたっての配慮・工夫事項」、「知的障害者の事務的職務の就労状況」、「知的障害者を事務的職務に従事させることについての今後の採用方針」等の11問と、「知的障害者の事務的職務への職域拡大についての考えや要望事項」の自由記述の全12問で構成される。 3 結果 (1)回答事業所の属性  回答のあった事業所(1,222社)を業種別でみると、「製造業」40.8%、「サービス業」26.9%、の2業種で全体の7割近くを占めている。次に「医療・福祉・教育」8.9%、「卸・小売」8.6%、「運輸・情報通信業」5.6%と続いている。  事業所の従業員規模別では、「301人以上」34.1%、「56〜300人」33.3%、「21〜55人」20.5%、「20人以下」11.9%となっている。 (2)知的障害者の雇用状況  回答のあった事業所1,222社の形態別では、特例子会社156社、社会福祉法人72社、一般会社924社、その他(協同組合、医療法人等)70社となっている。 回答のあった事業所のうち、知的障害者を「雇用している」事業所は739社(60.5%)、「雇用していない」事業所は483社(39.5%)である。  事業所形態別に知的障害者を雇用している割合をみると、「特例子会社」では84.6%と多く、「社会福祉法人」62.5%、「一般会社」57.1%、「その他」48.6%となっている(表1)。  知的障害者を雇用していると回答した事業所739社における知的障害者の雇用数は、全体で9,136人となり1社平均すると12.4人を雇用していることになる。  雇用されている知的障害者9,136人について、その従事している職種をみると、「技能工・労務作業者」が最も多く480社で5,204人(57.0%)と過半数を占め、次に「サービス職業従事者」が190社で2,453人(26.8%)、「事務従事者」が137社で672人(7.4%)、「販売従事者」が36社で448人(4.9%)、「農林漁業職業従事者」が18社で249人(2.7%)と続いている(表2)。 (3)事務的職業に従事する知的障害者の雇用状況  事務的職業に従事する知的障害者を雇用する事業所におけるその雇用数は、全体で672人であり、1社あたりの平均雇用数は4.9人となっている。また、最多の雇用数は47人であった。  事務従事者である知的障害者672人について、その雇用する事業所の形態をみると、「特例子会社」が454人(67.6%)と7割近くを占め、次いで「一般会社」201人(29.1%)、「その他(協同組合等)」15人(2.2%)などとなっている。          これを業種別にみると、「サービス業」が429人(63.8%)と全体の6割以上を占め、次いで「製造業」99人(14.7%)、「運輸・情報通信業」60人(8.9%)、「卸・小売業」56人(8.3%)等となっている(図1)。 (4)知的障害者を事務的職務に従事させた時期とそのきっかけについて  知的障害者を事務従事者として雇用している137社について、その雇用を始めた時期をみると、「ここ5年以内前から」が71社(51.8%)と過半数を占め、次に「5〜10年くらい前から」38社(27.7%)、「10〜20年くらい前から」20社(14.6%)となっており、「20年以上前から」はわずか6社(4.4%)だけであった(図2)。  こうした結果から、知的障害者の事務的職業への雇用は、ここ数年のうちに急速に進んできたことがわかる。  また、知的障害者を事務従事者として雇用したきっかけについては、「ハローワーク、障害者職業センター、就労支援センター等の機関からすすめられて」が54社(39.4%)で最も多く、次に「職場実習、トライアル雇用などで雇用に自信が持てたから」41社(29.9%)、「会社の方針が知的障害者の雇用促進であったから」37社(27.0%)、「特別支援学校(養護学校)からすすめられて」18社(13.1%)などとなっている。 (5)知的障害者が従事している事務的職務の内容  知的障害者を事務従事者として雇用している137社に対して、知的障害者が従事している具体的な事務的職務(作業)内容について尋ねたところ、「メール仕分け」65社(47.4%)、「データ入力」63社(46.0%)、「封入・封緘」61社(44.5%)の職務は、全体の約半数の事業所において従事している。次に多い職務としては、「シュレッダー」54社(39.4%)、「郵便物発送」53社(38.7%)、「物品整理」51社(37.2%)、「各種発送業務」48社(35.0%)、 「コピー」37社(27.0%)、「ファイリング」34社(24.8%)、「ハンコ押し」34社(24.8%)等 となっている(図3)。  このように、知的障害者の場合は事務的職務の中でも、簡易作業や定型作業を中心とする職務に配属され従事していることがわかる。 (6)知的障害者を事務的職務に配置する際の配慮・工夫  知的障害者を事務的職務に就労させるにあたり、事業所として配慮・工夫したこととしては、「職務内容を定型化し、仕事をやり易いようにした」95社(69.3%)、「専任の指導者などを配置し仕事のやり方を教えた」91社(66.4%)とした事業所がそれぞれ約7割と圧倒的に多かった。  次に「業務の流れを図示、視覚化し職務内容をわかり易くした」51社(37.2%)、「パソコン操作等の技能訓練や研修を実施した」28社(20.4%)、「賃金・労働時間・雇用形態など労働条件を見直した」20社(14.6%)などとなっている。 「特に配慮・工夫を行わなかった」というところは、わずか6社(4.4%)に留まっており、ほとんどの事業所では知的障害者を事務的職務に就労させるにあたり、何らかの配慮・工夫を行っていることがわかる(図4)。 (7) 事務的職務に従事する知的障害者の就労状況  事務的職務で雇用されている知的障害者の就労状況の評価について、事業所(137社)に尋ねたところ、「安心して仕事が任せられるので満足している」とした事業所が95社(69.3%)と約7割を占めている。「時には補助者の手助けを必要とする場合がある」が53社(38.7%)、「補助者の手助けがないと安心して仕事を任せられない」が17社(12.4%)となっている。 (8)知的障害者を事務的職務に従事させることについての今後の方針  知的障害者を事務従事者として雇用している137社に対し、知的障害者を事務的職務に従事させることについて、事業所として今後どのように考えるかを尋ねたところ、「今後増員していきたい」65社(47.4%)、「現在の人員で適当である」63社(46.0%)とした事業所がそれぞれ約半数を占めており、「多少減らしたい」という事業所は3社(2.2%)にすぎなかった。  この結果から、知的障害者の事務的職務への職域拡大については、今後期待が持てるものと思われる(図5)。 (9)知的障害者の雇用促進、事務的職務への職域拡大についての意見・要望等(自由記述)  知的障害者の雇用促進や事務的職務への職域拡大についての意見・要望及び今後の職域拡大に向けての具体的方法、支援内容についての意見等を求めたところ、アンケート調査に回答があった1,222社のうち719社(58.8%)から自由記述として多くの意見・要望等が寄せられた。 このことは、今回のアンケート調査に関する事業所側の関心が高かったことの表れと思われる。 自由記述の概要は、「事務的職務への職域拡大」に関するものが588社、「意見要望」75社、「その他」56社であった。  「事務的職務への職域拡大」の自由記述の概要を内容別に分類し、まとめたものが表3である。    表3 事務的職務への職域拡大に関する 自由記述の概要 自  由  記  述  内  容  概  要 事業所数 割 合 1 事務的職務で雇用を予定している(求人活動をしている) 39 6.6% 2 事務的職務での雇用は可能だと思う(まだ求人活動をしていない) 156 26.5% 3 知的障害者雇用は可能だが、事務的職務はどちらともいえない 58 9.9% 4 知的障害者雇用は可能だが、事務的職務は不可能 88 15.0% 5 知的障害者雇用も事務的職務もどちらともいえない 115 19.6% 6 知的障害者雇用は考えていない 132 22.4% 合          計 588 100.0%   4 まとめ  今回のアンケート調査の結果から、知的障害者の事務的職業への雇用がここ数年以内に行われたとしている事業所が半数以上を占め、事務的職務への職域拡大が近年着実に進んでいることが示されている。また、従事している事務的職務についても様々であることなど、知的障害者の事務従事者の雇用実態が明らかになった。  アンケート調査の対象となった事業所が特例子会社や社会福祉法人等の割合が高いこともあるが、事業所の知的障害者の職域拡大に対する関心の高さが窺われた。  本調査研究については、2ヵ年計画で実施する予定としており、今回のアンケート調査結果はその中間報告である。平成19年度において事業所に対するアンケート調査を実施し、その調査結果を基に積極的に事務的職業に知的障害者を雇用している事業所を選定し、平成20年度においてヒアリング訪問調査を行うこととしている。  今回のアンケート調査結果を踏まえて、今年度に計画されている事業所へのヒアリング訪問調査において知的障害者の雇用実態を具体的に分析し、事務的職務への職域拡大に係る現状と課題について今後さらに検討していく予定である。 知的障害者の就労継続を目的とした企業と支援機関の 定着支援に関する研究 —特例子会社を中心に— ○髙田美穂子(東京都発達障害者支援センター 就労支援担当) 名川  勝(筑波大学大学院人間総合科学研究科) 八重田 淳(筑波大学大学院人間総合科学研究科) 1 問題と目的 2003年から2012年の10年間に講ずべき障害者施策の基本方向として雇用の場の拡大が大手企業を中心に推し進められている1)。  しかし、企業就労を果たした知的障害者の入社3年以内の早期退職が報告されており2)、必ずしも雇用率イコール職場定着を物語っているものではないことが窺える。 就労継続を目的とした定着支援の研究は職務満足度3)、職業準備性指導課題4)、職場の障害理解5)、支援者側の地域支援ネットワーク体制の必要性6)等が挙げられるが、企業の雇用環境側から定着を扱った研究は、筆者の知る限り殆ど見当たらない。就労継続への課題はもはや本人や支援者だけの問題だけではなく、企業側の施策として具体的に取り組んでいかねばならない7)。 そこで本研究では、障害者雇用事業モデルである特例子会社を中心に定着支援の実態と支援ニーズ調査を行い、今後の企業と支援機関の係わりについて検討する事を目的とした。 2 研究1 (1)目的 特例子会社に勤務する知的障害者への定着支援の実態を、障害程度、勤務状況別に調査し、退職者が最も多い群が必要とする定着支援ニーズについて明らかにする。 (2)方法 イ 対象 全国特例子会社の約50%が所在する東京・神奈川において、知的障害者の雇用を始め3年以上経過した特例子会社47社を対象とした。 ロ 手続き (イ)調査内容 職場及び支援機関の訪問による聞き取りを中心とした予備調査から、障害の程度により必要とされる支援と雇用継続状況に差異が見られると考えられたため、障害程度 (重度・非重度)、勤務状況 (継続・退職) の2×2の調査計画による質問紙を作成し本調査に用いた。質問項目は以下の通りである。 基本属性として、業種、雇用経験年数、知的障害者社員数、指導者数、連携支援機関、支援内容として障害者就労支援事業に基づいた支援項目、支援項目を細分化した具体的支援内容、就労支援事業の支援内容に対する企業評価を含め15項目であった。 (ロ)調査期間 2007年5月-8月。 (ハ)調査方法 事前に書面もしくは電話連絡にて許諾を得た企業に、郵送または手渡しによる質問紙法を用いた。 (ニ)分析 Java Script-STAR, SPSS Version 12.0の心理統計分析による群間の比較検討を行った。 (ホ)倫理的配慮 情報漏洩への配慮から、個人情報取り扱い事項を書面にて事前に通知した。 (ヘ)妥当性検討 調査票作成時に特例子会社、就労支援機関の人事権のある管理職に質問項目の評価を依頼し、加筆・修正を行った。 (3)結果と考察 イ 回収率 47社中43社より回答を得た。回収率は91.5% (有効回答率61.7%)であった。この内62% が区市町村の就労支援事業者から定着支援を受けていた。 ロ 基本属性 業種は、サービス業41%、製造業10%、複合サービス業21%、その他28%と、サービス業が6割を超えていた。雇用経験年数は、5年未満が41%、5年以上10年未満が45%、10年以上が14%と5年以上の企業が約6割を占めていた。知的障害者の社員数は10人未満が31%、10名以上20人未満が41%、20人以上が28%であった。指導者数は5人未満が31%、10人未満が41%、10名以上15名未満が14%、15人以上が14%であった。 ハ 勤務状況 回答企業の退職者95名のうち、退職者数に有意な偏りがみられ (χ2(1)=9.22, p<.01)、残差分析の結果、非重度知的障害者の6か月以上3年未満の退職者が有意に多いと考えられた。 ニ 支援内容 区市町村の就労支援事業の、事業基準である金銭管理、健康管理、自立生活支援、余暇指導、定期訪問、対人関係調整、権利擁護、日常生活支援、作業指導、家庭連絡調整のうち、雇用契約管理 (χ2(3)=21.00, p<.01)、金銭管理 (χ2(3)=17.39, p<.01)、日常生活支援 (χ2(24)=103.77, p<.01)、定期訪問 (χ2(9)=46.04, p<.01) において群間に有意な偏りがみられた。重度知的障害者継続群では、多重債務や不当契約に係わる権利擁護、身だしなみ指導、自立に向けたグループホームや通勤寮等の住居探し、非重度知的障害者継続群では、雇用契約を中心とした期間延長や処遇に係る企業との交渉、企業や障害者本人の不安や悩みへの相談、重度知的障害者退職群では、年金管理へのアドバイス、過食、拒食、偏食を含む健康管理を基本とした食生活指導、医療機関の受診への同行と関係者への結果説明、企業内や家庭内の近況把握、非重度知的障害者退職群では、契約期間の延長に向けた企業との交渉、家族と企業のつなぎ役としての連絡調整、職場の作業や人間関係の環境調整に支援が有意に多く提供されていた。 ホ 支援内容に対する企業の評価 就労支援事業者の支援実態と企業が期待していた支援内容の比較では、全群において有意な偏りがみられた(χ2(6)=36.37, p<.01)。残差分析を行ったところ、重度知的障害者継続群では、金銭管理**、非重度知的障害者継続群では、日常生活*、重度知的障害者退職群では、定期訪問**、非重度知的障害者退職群では、日常生活の支援**に多くの支援の期待が寄せられていた(*p<.05,**p<.01)。図1は企業が雇用継続にあたり就労支援機関に比重を置いて支援して欲しいと考えている項目を示した。     *単位(%) 図1 企業が雇用継続に向けて比重を置いてほしい 定着支援 (n=26) 以上から、退職者が最も多い非重度知的障害者群では、金銭管理を含むきめ細かな日常生活支援が企業で最も期待されていることが明らかになった。 これらから、日常生活支援体制の充実が非重度知的障害者の就労継続に影響を与えていると考えられた。 3 研究2 (1)目的 知的障害者の雇用安定企業群と早期退職者多数企業群では、どのような日常生活支援体制に違いが見られるのか、非重度知的障害者の雇用事例を通じ、企業と支援機関の今後の係わり方を比較検討することを目的とした。 (2)方法 イ 対象 研究1から回答を得た企業から、非重度知的障害者の退職者が3名以下の企業及び10名以上の企業を抽出し、インタビューによる質的調査の許諾を得た計4社(A, B, C, D社)を対象とした。 対象企業の属性は以下の通りである。 【A社】 雇用経験5年以上10年未満の製造業。知的障害者社員は22名。指導員は8名。非重度知的障害者の3年未満の退職者は3名であった。地域にある同一の就労支援機関から定着支援を受けていた。 【B社】  雇用経験5年以上10年未満のサービス業。知的障害者社員は26名。指導員は8名。非重度知的障害者3年未満の退職者は10名。一時的な就労支援機関との係わりはあったが継続した就労支援機関との係わりはなかった。 【C社】  雇用経験3年以上5年未満の事務処理請負業。知的障害者社員は15名。指導員は3名。非重度知的障害者3年未満の退職者は0名。地域にある同一の就労支援機関からの定着支援を受けていた。 【D社】  雇用経験10年以上のサービス業。知的障害者社員は16名。指導員は4名。非重度知的障害者3年未満の退職者は6名、3年以上の退職者は4名、計10名であった。地域にある様々な支援機関(者)との一時的な係わりをもっていた。 ロ 手続き (イ)調査内容 基本属性として組織体制、非重度知的障害者の担当業務、採用プロセス、指導員構成、公的支援機関との関係、指導員の職責、訓練制度、非重度知的障害者社員の日常生活支援を中心とした定着支援事例について(対象者の基本属性、定着支援が必要となった出来事、企業が行った内部支援、支援機関(者)が行った定着支援の係わりを中心に聞き取りを行った。 (ロ)調査期間 2007年10月-12月。 (ハ)調査方法 半構造化面接により録音したインタビューの逐語録を作成、一度企業に戻し内容確認後、企業就労経験のある大学院生3名が研究1の具体的支援項目の表に基づきコード化し、一致率を求めた。一致率は、一致数/一致数+不一致×100で、協議前の一致率は78.5%であった。 (ニ)分析 コード化した支援内容を基に、企業と支援者の定着支援の係わりを企業毎に行い、その後、雇用安定企業(A,C社)と早期退職者多数企業 (B,D社) の企業間比較を行った。 (ホ)倫理的配慮 個人情報保護の観点から入手した情報の開示方法、取扱いについて書面で事前に承認を得た。 (ヘ)妥当性検討 逐語録及び企業分析内容はすべて企業の被面接者に戻し、解釈上の間違いがないか確認を得た。 (3) 結果と考察 企業、支援機関双方の係わりに以下の特徴が見受けられた。 イ 雇用安定企業群  (イ)企業の係わりでは、①ジョブコーチ、契約カウンセラー、社内看護師、産業医を含む社内アセスメント機能を構築し、焦点化した課題の外部への情報発信、②支援関係者間の情報共有を目的とした支援ネットワークへの早期着手、③中長期的雇用に向けた日常生活訓練を含む社外社会資源の活用が見受けられた。 (ロ)支援機関の係わりでは、①情報共有のための企業、家庭、その他の社会資源とのネットワーク構築への取り組み、②訓練制度をはじめとする社会資源の活用に関する企業への情報提供と実践であった。 図2 雇用安定企業A社に見られる支援体制 図3 雇用安定企業C社に見られる支援体制 ロ 早期退職者多数企業群 (イ)企業の係わりでは、①社内指導者単独の判断による個別支援、②企業内で対応不可能な課題の一時的な支援依頼、③一極集中もしくは分散型の情報管理が見受けられた。 (ロ)支援機関の係わりでは、①企業の要請に合わせた一時的な情報共有、②社会資源の活用に関する情報の未開示、③企業の要請に合わせたスポット的指導が見受けられた。 これらから、両群において相互の協力体制と情報の取り扱いに大きな違いがあると考えられた。 図4 早期退職者多数企業B社に見られる支援体制 図5 早期退職者多数企業D社に見られる支援体制 4 総合考察 早期退職者が最も多い非重度知的障害者への定着支援は、より充実した日常生活支援体制の構築が現場で求められ、知的な障害が軽くとも、丁寧な評価に基づく配慮された支援8)、を効果的に実現するために、①専門家を交えた企業内アセスメント機能の充実、②支援機関による日常生活訓練を含む社会資源の情報発信と実践、③支援関係者間の情報共有と協力体制の構築が就労継続を目的とした定着支援の重要な鍵であることが示唆された。 これら3つの視点を総合すると、図6が示す様に、企業自ら集約した情報を能動的に支援関係者に向けて発信し、あらゆる社会資源とのネットワーク形成をしている就労支援機関が、ハブとして最大限にその機能が発揮できるよう協働していくことが、今後企業に求められていると考えられる。 5 今後の課題 本研究は、大手企業の本社機構が所在する首都圏域を中心とした調査研究であり、今後は広域を対象とし、雇用経験3年未満の特例子会社や、一般企業も含めた定着支援の実態を調査し、支援関係者との係わりを検討していくことが必要であろう。 図6 知的障害者の定着支援に向けた関係者の係わり 文献 1)厚生労働省 職業安定局高齢・障害者雇用対策部 障害者雇用対策課:今後の障害者雇用施策の充実強化について-障害者の雇用拡大に向けて-、p.9,  (2007) 2)神奈川能力開発センター:神奈川能力開発センター退職者の勤続年数一覧 (2006) 3)若林功:働く障害者の職業上の希望実現度と職務満足度が離職意図に及ぼす効果、「職業リハビリテーションvol. 21(1)」、p. 2-15,(2007) 4)向後礼子・望月葉子:知的障害者の就労の実現と継続に関する指導の課題—事業所・学校・保護者の意見の比較から—、「日本障害者雇用促進協会障害者職業総合センター調査研究報告書vol. 34」、p. 69-119,日本障害者雇用促進協会障害者職業総合センター(1999) 5)Morgan, R. L., & Alexander, M. The employer’s perception: Employment of individuals with developmental disabilities「Journal of Vocational Rehablitation vol.23」、p. 39-49, (2005) 6)崎濱秀政・堀江美里・小林茂夫・松為信雄 松為信雄・菊池恵美子編:第9章支援ネットワーク「職業リハビリテーション学」、p.272-290, 協同医書 (2006)  7)社団法人 日本経済団体連合会:特例子会社の経営に関するアンケート調査結果報告書、(2004) 8)三宅篤子:成人期の発達支援、「別冊特別支援教育における (発達) 臨床発達心理学的アプローチ」、p. 241-248, ミネルヴァ書房 (2006) 知的障害者が自分に適した就労を実現するために −転職を経験した3人の事例から− ○吉武 誠一(62鉄道弘済会 弘済学園アフターケアセンター 職員) 打越 理恵・稲田 はづき・小林 喜和子・冨澤 克佐(62鉄道弘済会 弘済学園アフターケアセンター) 1 はじめに A通勤寮は知的障害のある人への一貫した支援を意図したK学園の一部である。就労支援を継続する時に必然的に出会うのが転職である。転職の問題は避けることが出来ない。転職を経験した3人の事例から、知的障害者が自分に適した就労を実現するための要件を整理、確認していきたい。 ■ A通勤寮の概要 【寮内15 人、アパート7 人の利用者】 社会・職場・家庭が知的障害や自閉症者を正しく理解、 受容できるように働きかけ、就労と社会生活をスムーズ にするために以下のような支援を実施。 *職場領域に関する支援:職場開拓、職場実習、通勤支援 *生活領域に関する支援:日常生活支援、経済生活支援 *余暇活動:利用者の自治会活動支援 *家族への支援・連携:家族の会の開催・卒寮生家族ヘの支援 *卒寮生へのアフターケア:来寮宿泊・電話による支援 アパート生活者への支援 2 対象と方法  A通勤寮を利用して転職した3つの事例を対象とする。養護学校高等部を卒業後に就労、転職を実現させたSさん。児童施設の入所を経て、A通勤寮を利用し就労の継続をしたHさん。養護学校高等部を卒業後に転職を繰り返し、福祉的な支援が欠かせないIさんである。方法は、日々の支援と記録を整理し、支援の経過をまとめ、考察する。 3 事例  (1)事例1  Sさん 26歳の女性。障害程度は、愛の手帳4度。家族構成は父・継母・本人・弟の4人家族。平成13年3月に養護学校高等部卒業後、就労と同時にA通勤寮の利用を4月から開始し、平成18年5月まで厨房業務のT社で就労した。平成18年6月に転職し、M社で社内メールの業務に就き現在に至る。 〈支援の経過〉  当初は体調が崩れやすく、T社(厨房業務)を頻回に休んだ。残業や早番が続くと疲れが見え始めた。足や腰、首の痛みの訴えが頻繁にあった。  入寮2年目になると、残業や早番で生活リズムがつかめず、体調不良で早退があった。しかし、「給料が低いため、転職したい。」と訴えてくる。希望を受け止めて合同面接で三社(清掃・軽作業・事務)受けるが、不採用となる。それ以降は、携帯電話への関心が強くなり、些細なことで機嫌を悪くしていた。職場では、「忙しいときも落ち着いてできるようになった。」と評価された。  入寮5年目、「ハローワークに登録したい」と要望があり、話し合った。自立へのステップアップの為、給与待遇の良いところを探す方向で支援を進め、社内メールの業務で求人があったM社面接を受けて、採用となる。  M社にとって障害者雇用は初めてなので、Sさんの障害特性や苦手な部分を予め説明して、ジョブコーチ支援の受け入れの了解をとった。Sさんに対する接し方・支援方法で社員の協力が得られた。社員が図式化された設定を用意し、ジョブコーチの役割を担っている。現在、職場訪問は203ヶ月に1回程度で継続している。本社屋内の異動に伴うメール便の変更があり、電話対応など仕事も増えているが、社員の協力を得ながら継続されている。体調面がすぐに顔に出るので周囲には心配をかけるが、そのことにも会社の理解がある。 〈考察〉  Sさんが本人に適した職場に転職ができた要件として、5年間という就労実績経験があり、生活面の安定がある。さらに、会社にあらかじめSさんの障害特性・苦手なことについて理解が得られていたことがあげられる。  適した職場と出会うには、生活・情緒面の安定とともに、本人が納得して気持ちよく働ける環境を整えるジョブコーチとしての役割は大きい。生活と情緒面の安定とともに、仕事面の技術は自ずと後からついてくるものであることをSさんの支援からから学んだ。 (2)事例2  Hさん 23歳の男性。障害程度は、愛の手帳4度。家族構成は父・母・姉・兄・本人の5人家族。普通学級で6年生まで過ごす。ストレスから家で暴れ、在宅生活が困難でK学園で7年間過ごす。平成16年2月からA通勤寮の利用を開始し、S社(清掃業務・メール)に就労、D作業所で半年間の通所を経て、平成18年4月に転職し、特例子会社Y社で清掃業務に就き現在に至る。 〈支援経過〉  K学園では、Hさんは自信がなく集団になじめなかった。達成可能な課題から導入し、失敗させない配慮が大切であった。そこで、他の利用者と違う作業をやることで褒められ、自信に繋がった。授産では、労働で得た給料をモチベートに、社会を意識できるようにしていった。ADLの自立化、情緒の安定、集団行動で協調性が芽生え、安定した取り組みが可能になり、就労条件を満たした。 A通勤寮の入寮当初は立ったままで、もじもじしている姿が見受けられた。会社で必要となるボタン留めや靴紐結びなどを、職員と繰り返し練習し、苦手意識を克服した。  特例子会社S社の清掃業務で雇用となり、職場での安定が評価され、3ヶ月後に清掃業務からメール業務へ異動となった。約1年を経過する頃に仕事での精神的ストレスから休憩になるとトイレへこもる、手の甲のかき壊しが顕著に見られるなど、職場で不適応と判断され清掃業務へ再度異動となった。しかし、本人の精神的ストレスの状態は変わらず、ロッカーに便の失敗を隠していたことが分かり、本人と話し合う機会を持った。この精神状態のままでは、就労継続は困難であると判断し、退職の手続きをとった。  退職後はS区内のD作業所(クリーニング作業)で福祉的就労し、意欲的に取り組む姿が評価されたが、手の甲のかき壊しやコミュニケーションの弱さは引き続きみられた。 D作業所での約半年の就労後、状態の落ち着きに伴い、特例子会社Y社(清掃業務)への就労が決まった。就労当初は、休憩時間になるとトイレにこもる、手の甲のかき壊しが見られる、メガネをじっと眺める等が見られた。服に便が付いていることが何度かあり、排便の促しと確認を行ったが、改善は見られなかった。寮で排便を済ませたので職場ではトイレに行かないこと、紙パンツ着用を半年近く継続するなどして、職場での課題でも改善が見られた。しかし、仕事の雑さ、コミュニケーションの弱さなどが指摘されるようになり、「人がいなくても一生懸命頑張ること」、「作業能率のアップ」などの目標を掲げ支援した。週末には職場と連絡ノートでのやりとりをする、職場訪問では本人の状況について職場と同じ視点に立つなどして支援を継続している。 〈考察〉  本人に適した職場に転職ができた要件として、まず、D作業所で自信を取り戻せたことがあげられる。特例子会社Y社では、ストレスを感じるHさんが無理せず、達成可能で失敗させない配慮があり、出来る仕事があることで自信をつけることに繋がった。現在では、繰り返し取り組んできた作業はより丁寧になり、作業後の点検もするようになった。また、通勤寮の自治会では自ら会長に立候補し、積極的な姿も見られるようになり、将来のことを考える余裕も出てきている。 (3)事例3  Iさん 44歳の男性。障害程度は、愛の手帳4度。分裂病型障害。家族構成は両親・本人・双子の弟2人の5人家族。S養護学校高等部卒業後、T食品会社、N社(食肉品箱詰)、S作業所(クリーニング)、S作業所(軽作業)、H会社(清掃)、M区就労支援センターの支援、S区就労支援センターの訓練コースで実習、トライアル雇用を経てP特定非営利活動法人(売店業務)で勤務を始める等、転々と職を変えて現在に至る。 〈支援経過〉  平成15年4月、会社(構内清掃)から退職の打診があった。頻回なトイレ通い、指示を受け止められない頑なさ、仕事に差し支えるこだわりが理由であった。次の職場が見つかるまで就労継続をお願いし、会社に迷惑をかけないために、1週間に203日のペースで、職場訪問を実施し支援を行っていた。平成15年12月、こだわりが顕著で作業が滞ったことで怒られ、殴られ「来なくてよい」と言われる。保護者に本人の現状を伝え、職場と本人の双方が限界に達していること、手厚い支えと理解がなければ企業就労は困難で再就職しても同じ状況になることを話し、今後は福祉的就労を考えていく必要を伝えた。12月末日付けで退職し、1月からM区就労支援センターを利用し、マンツーマンで支援が必要となる様では企業就労は難しいと判断された。  平成16年3月、M区就労支援センターよりS作業所の紹介を受けるが、保護者は一般就労をあきらめられない。S作業所での実習の様子を再度話し、本人が快適に過ごせる場であることが大切なことを伝え、最後は福祉作業所で納得する。  平成16年4月からS作業所を利用し、本人は「この仕事が好きです。」と話していたが、1年半後に保護者より「まだ40歳になったばかり。もう一度、一般就労にチャレンジさせたい」との申し出があり、平成19年1月からS区就労支援センターの訓練コースで実習、P特定非営利活動法人(売店業務)の実習を経て、3ヶ月のトライアル雇用となる。通勤寮の職員が定期的に職場訪問を行い、正式採用となる。採用後も職場訪問を続け、現在も就労継続をしている。 〈考察〉  本人に適した職場に就職するための要件として、本人・保護者・支援者が理解を共にして、同じ視点に立つことは必須である。Iさんのような障害特性がある方にとっては、本人がどのような就労形態であれば快適に過ごせるのかが、就労先を決めるときには重要なことである。現在、Iさんは職場の理解を得、支援を受けながら就労継続している。この姿は保護者の安心に繋がっているのではないだろうか。 3 おわりに  今回、3つの事例で転職を取り上げた。転職がよいかということではなく、支援はどのような時も支援を受けようとする人に合ったものでなければならないと思う。通勤寮は生活と就労の大きな二本の柱を支えており、双方の状況がわかる。通勤寮の果たす役割は、依然としてそこにあり、利用者の生活をトータルにみて支援していくことが重要なのだと思う。 高次脳機能障害者に対する職場復帰支援プログラムにおける 小集団場面を活用した支援について  −グループワークを中心に−    ○三隅 梨都子(障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー) 井上 満佐美・安房 竜矢・野中 由彦(障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センターでは、平成11年度より休職中の高次脳機能障害者の職場復帰に係る支援技法の開発を目的に職場復帰支援プログラムを開始し、平成17年度からは求職者を対象としたプログラムを開始した。平成19年度からは、休職者及び求職者に対するプログラムを一本化して実施している。 プログラムの主な目的は、高次脳機能障害についての自己理解の促進と補完手段の獲得及び復職・就職の準備を進めることであるが、平成15年度からは集団の効果に注目したグループワークにも重点を置いて取り組んでいる。ここでは、モジュール化して実施している現在のグループワークの取り組みと課題について報告する。 2 職場復帰支援プログラムの概要 受け入れは随時とし、受講期間は16週間(求職者は13週間)を標準として、個別に対応している。 カリキュラムは、図1のとおり、「作業課題」、「個別相談」、「グループワーク」を三つの柱として構成し、各々を関連付けながら支援を行っている。集団で行う「グループワーク」に対し、「作業課題」及び「個別相談」は、各受講者の状況(復職先職務、就職希望職種、障害状況等)に応じて個別に行っている。 図1 プログラム構成要素 3 グループワークの実際 (1)グループワークの目的 集団場面を活用した支援の効果は、これまでに職業センター実践報告書や研究発表で報告されているように、ピアモデルとの意見交換により障害認識を進め、補完手段の活用が強化されること、互いに支え、励ましあうことにより精神的な安定を得られること、各受講者がプログラム中に得た障害認識や補完手段等を他の受講者に説明することにより、自己の障害認識をより深めることができることなどがある。さらに、障害認識の異なる他者に自分の経験を伝えることにより、自己効力感の向上につながることも考えられる。 こうしたことから、個別で行う「作業課題」、「個別相談」と併せて、集団で行う「グループワーク」を設定し、集団の効果をより引き出すことを目指している。 グループワークの目的は表1のようにまとめられる。 表1 グループワークの目的 なお、「グループワーク」には、広義には朝・夕のミーティング等も含まれるが、本発表では、カリキュラムとして特に設定したものについて述べる。 (2)グループワークのテーマと実施方法の整理経過 平成15年度から18年度にかけて、図2の障害認識の過程に沿って、グループワークのテーマと実施方法を整理してきた。 図2 障害認識の過程 しかし、平成19年度に、高次脳機能障害者に対する支援プログラムが職場復帰支援プログラムに一本化されてからは、随時開始のみとなり、一定の流れに沿った実施が難しくなった。また、受講開始時における障害認識の個人差が大きいことから、受講者の状況に応じて自由にテーマ設定できるようモジュール化を検討し、整理した。 さらに、職業生活半ばで障害を受け、職業意識の変容を求められることから、障害に関する自己理解のみならず、復職・就職に関する側面から自己理解を進めるためのテーマも設定した。 各モジュールは、個別相談等を通じて把握された受講者のニーズをもとに構成した。さらに、支援者のスムースな支援展開に資するため、選択が容易になるよう焦点を絞った内容とすることを目指した。 (3)グループワークの構成 各モジュールを、主に高次脳機能障害に焦点を当てた「障害関連領域」と、復職・就職に焦点を当てた「職業関連領域」のユニットに整理した。各モジュールは、1回1時間程度で実施できる内容を設定している。 「障害関連領域」のモジュールは、半知識付与形式で、支援者が障害に関する解説を行いながら、受講者同士の意見交換を求める形態としている。 「職業関連領域」のモジュールは、復職・就職に向けて、過去・現在・未来の自分の職業生活についての考えを整理・分析することにより、より円滑に復職・就職し、職業生活を送れることを目指す内容としている。 特に求職者に対しては、「就労セミナー」として、求職スキルを付与するテーマも設定している。 また、現在のモジュールにないテーマの設定が効果的と考えられる対象者がいる場合には、新たなモジュールを検討することとしている。 表3 モジュールシート例 グループワークのモジュールの構成、目的、主な内容は、表2のとおりである。なお、随時開始・随時終了としているため、導入とまとめは個別に行うことを基本としている。 (4)グループワークの実施方法 各モジュールは表3の例のようにシートに整理しており、基本的にはこれに沿って進めている。 受講者の疲労の少ない午前中の1時間を1単位とし、週2単位を基本として実施している。時間は、脳疲労に配慮して1時間を超えないよう注意している。 グループワークの参加人数は3〜5名で、基本的にはプログラム受講者全員が参加できるよう日程やテーマを選定している。受講者の都合やテーマによっては、2名で実施する場合もある。必要なテーマについてグループワークとして実施できない場合には、個別相談で対応している。 なお、集団については、障害特性や認識の程度、職業経験等が異なっていても、それらが異なる者同士が意見交換することの効果があるため、同質・同程度である必要はないと考えている。 グループワークの実施にあたっては、よりポジティブな効果を引き出すために、一定のルールを決め、導入時に説明をしている(表4)。 表4 グループワークのルール テーマについては、そのときの受講者の障害特性、障害認識の程度、職業経験等によって適切なモジュールを選択している。 モジュールの実施順序については、「障害関連領域」のテーマは順序立てて実施し、「職業関連領域」のテーマは順序にかかわらず必要なタイミングで実施することを原則としている。特に障害認識に関するテーマは、各受講者の「障害認識の過程」に沿って受講できるよう配慮し、場合によっては個別相談で事前解説をするなどして補いながら進めている。他にも、障害特性やテーマ内容に応じて、事前にワークシートの記入やテーマに関する解説を行うなど、スムースに取り組むことができるよう配慮している。 モジュールの選択にあたっては、そのときの受講者、グループに必要な内容、効果的な内容を選択し、必ずしも全モジュールを実施する必要はないと考えている。受講者の障害認識やテーマ内容についての理解の状況により、同じテーマを繰り返す、一つのテーマを複数回に分ける、同じテーマでも回によってウェイトを変えるなど、柔軟に実施している。一つのテーマを2回に分けて実施する場合は、前回の内容を十分振り返ってから2回目の内容に繋げることを意識して行っている。 なお、実施中は、メモなどの筆記の負担を軽減し、解説や意見交換への集中を促すために、コピーボードやプリントを活用して、後で解説内容や意見を受講者の手元に配付するなどの配慮をしている。 4 考察と課題 各回のグループワーク実施後、受講者に自由記述及び口頭で感想を求めた。表5はその感想の抜粋である。知識付与を目的とした解説や他の受講者の意見を聞いたことにより、自己理解を深められたという意見が確認できる。 (1)モジュール化の効果 モジュール化したことにより、開始時期が異なる受講者に対しても比較的容易にグループワークを行うことが可能となった。また、1回の実施では理解が進まない受講者に対する複数回の設定がしやすくなった。 他のプログラム構成要素との関連付けもしやすくなり、個別相談で行っている事前解説やグループワーク終了後の理解状況の確認の際にも、焦点を絞って相談を行うことができ、受講者の理解も進みやすいと考えられる。 (2)小集団の効果 3〜5名という小集団のため、発言機会が多く、また、受講者同士が互いの人柄や障害特性をある程度知って一定の関係を築きやすいため、率直な意見が出しやすい。さらに、グループワークでの発言をきっかけに、作業場面やプログラム場面以外での情報交換が活発になる様子も見られた。 (3)今後の課題 現行の実施方法で一定の効果は得られているが、今後、より一層の充実を図りたいと考えている。三つの構成要素を関連付けてプログラムを実施しているため、グループワークのみの効果を計ることは難しいが、各モジュールごとの到達目標を設定するなどして、より効果的なテーマや方法、組み合わせを検討し、効果を検証することが必要であると考えている。 他のプログラム構成要素との関連付けに関しては、「障害関連領域」のテーマの場合は、受講者の関心が向きやすく、作業場面での具体的な活用ができるため、関連付けがしやすい。しかし、「職業関連領域」のテーマについては、プログラム場面での活用に結びつきにくいため、関連付けは部分的にとどまっている。今後、「職業関連領域」のユニットをより効果的に機能させるための工夫が必要と考えている。 5 おわりに 職場復帰支援プログラムでは高次脳機能障害者を対象としてグループワークを実施してきたが、中途で障害を負った者にとってその効果は大きく、各地域の就労支援機関等においても高次脳機能障害者に対するグループワークの実施が期待される。障害種類や人数等、当センターと同様の集団を構成することは難しい場合もあると思われるが、当センターで整理した実施方法が、他機関での実施の参考となれば幸いである。 6 引用文献・参考文献 1) 高次脳機能障害者に対する職場復帰支援〜実践事例集〜, 障害者職業総合センター職業センター実践報告書,No.16, 2005 2) 高次脳機能障害者に対する支援プログラム〜利用者支援、事 業主支援の視点から〜,障害者職業総合センター職業センタ ー実践報告書,No.18,2006 3) 「職場適応促進のためのトータルパッケージ」にけるグループワ ークの機能と効果,齋藤友美枝他,第11回職業リハビリテーショ ン研究発表会発表論文集,15-18,2003 4) 高次脳機能障害者に対する職場復帰支援プログラムにおける トータルパッケージの実践的活用方法について,須田香織他, 第11回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集,31-34, 2003 5) 求職中の高次脳機能障害者に対する障害受容及び代償手段 (補完手段)促進のためのグループワークのシステム構築につ いて,岡田雅人他,第11回職業リハビリテーション研究発表会 発表論文集,161-164,2003 6) 高次脳機能障害者の就労に向けた障害認識を進めるアプロー チ-職業準備訓練での取り組みと課題-,水沼真弓他,第15回 職業リハビリテーション研究発表会発表論文集,210-213,2006 再就職に不安を抱えた一症例に対する支援について −地域障害者職業センターでの職業評価および当院独自の就労支援活動を通して− ○廣瀬 陽子(医療法人社団北原脳神経外科病院 作業療法士) 浜崎 千賀(医療法人社団北原脳神経外科病院) 飯沼  舞(医療法人社団北原脳神経外科病院) 1 はじめに  今回、軽度失語症・症候性てんかん発作を呈する30代男性の就労支援(再就職)に携わる機会を得た。症例は、支援開始当初、「障がいを職場へ伝えるべきか…」「てんかん発作がまた起きてしまうのではないか…」等、再就職に対する不安や悩みを抱えていたが、地域障害者職業センターでの職業評価や、当院独自の就労支援活動を通して、不安や悩みを解消し、ハローワークでの求職活動に至った。 今回の発表では、症例に対する支援内容を中心に報告するとともに、支援内容の効果および地域障害者職業センターとの連携について考察する。 2 当院独自の就労支援活動の紹介 当院、北原脳神経外科病院では、「救急・手術からリハビリ・在宅まで一貫した医療を提供する」という基本方針のもと、平成18年2月より、退院した脳卒中患者に対し、『ボランティアサークルあしたば(以下「あしたば」という。)』と称して、院内でのボランティア活動を通して、担当スタッフのフォローのもと、社会参加や再就労等を目指す当院独自の支援活動を行っている。 (1)対象者 イ 就労(復職・再就職)を希望する方 ロ 再就労を希望するも後遺症等により難しい方 ハ 原則として65歳以下の方 ニ 移動、排泄が自立レベルの方 ホ 自力または家族等の協力により来院可能な方 (2)活動頻度・活動時間 2日/週(月曜日・木曜日)、9:00〜12:00 (3)担当スタッフ 作業療法士2名、医療ソーシャルワーカー1名 (4)院内ボランティア活動の内容 入院パンフレットの作成、各種資料の封筒詰め、病棟クラーク用カルテ作り、検査報告書作り、消耗品の補充、車いす清掃、パソコン作業(数値入力、データー処理等) 等 (5)再就労に向けた支援内容  イ ボランティア活動におけるリハビリテーションを考慮した関わり  ロ 面談(相談)の実施  ハ 関連機関との連携 (6)利用者情報(H18年2月〜H20年9月末現在) 利用者総数:24名(H20年9月末現在:11名) 再就労希望者:18名(H20年9月末現在:7名) ※以下再就労希望者について イ 平均年齢:46.8歳 ロ 性別:男性16名 女性2名 ハ 疾患別内訳: 脳内出血11名 脳梗塞3名  くも膜下出血2名 脳腫瘍1名  聴神経腫瘍1名  ニ 障害別内訳: 身体障害(片麻痺)5名  高次脳機能障害6名     身体障害(片麻痺)+高次脳機能障害6名     聴覚障害1名 (7)活動成果(終了者状況) イ 再就職:2名 ロ 復職:2名 ハ 就労移行支援事業:1名 ニ 国立職業リハビリテーションセンター通所:1名 ホ 職業能力開発校入校:2名 へ その他:3名 3 症例紹介 30代 男性 (身体障害者手帳7級) (1)支援開始までの経過 大学卒業後、九州の食品工場へ就職し、単身生活を送っていたが、平成18年4月、脳内出血を発症し右片麻痺を認めた為、緊急入院となる。検査にて脳動脈奇形を認め、開頭術を施行するが、術後、痙攣発作を認め失語症が出現する。入院加療・リハビリテーションを行い、同年7月、軽度右片麻痺・失語症が残存するも、独歩・ADL自立にて自宅退院となり、10月には職場復帰をされる。しかし、平成19年7月、職場にて痙攣発作を認め、数日間再入院。退院後1週間程度で復職するが、抗けいれん薬の副作用による眠気・だるさを感じていたこと、また、職場内で症例に任される仕事量が増えている状況等を考慮し、平成19年12月に退職し、実家へ戻る。平成20年1月、てんかん発作に対する服薬管理を目的に、当院外来受診を開始。また、再就職の希望があり、あしたば担当の作業療法士が、外来での作業療法を開始する。 (2)評価 意識レベルはClear。知的機能は保持。(WAIS−R FIQ99・VIQ109・PIQ87)身体機能面については、軽度の右片麻痺(Br.stage上肢Ⅴ手指Ⅴ下肢Ⅴ)が残存するが、移動能力は、独歩可能で階段昇降も可能。上肢機能は、右上肢に関して麻痺及び既往の手指の外傷の影響により、検査上巧緻性低下を認めるが、生活場面においては両上肢ともに実用手レベル(STEF 右91/100点・左100/100点)。高次脳機能障害は、軽度運動性失語を認め、理解面では日常会話程度であれば特に問題を認めないが、表出面では、軽度の換語困難を認め、低頻度語については言葉が出るまでに時間を要す。また、服薬の影響もあり、歩行速度の遅さ・動作を開始するまでに時間を要すなど、動作全般的に、緩慢さが目立ち、家族も同居後、同様の印象を受ける。日常生活能力は、ADL自立・公共交通機関の利用は可能。現状理解(病識)については、麻痺についての発言はあるが、失語症を中心とした高次脳機能障害についての発言は少ない。再就職に対する症例の気持ち(考え)については、就職の時に、「障がいを隠した方が良いのか・隠さない方が良いのか・・」、職場で痙攣発作を起した為、「痙攣発作がまた起きたらどうしよう・・と不安に感じている」こと、今後は、体への負担が少ない事務職を検討しているが、「今の自分にどんな仕事が合うのかわからない・・」等、再就職に向けて、様々な不安や悩みについての発言が目立つ。 (3)評価のまとめ  症例は、知的機能は保持され、麻痺や高次脳機能障害などの後遺症は比較的軽度であったが、再就職に向けた様々な不安や悩みを抱えており、再就職に向け、具体的な行動に踏み出すことが困難な状況であった。そこで、本人の抱えている不安や悩みを解消し、求職活動を開始することを目標として、地域障害者職業センターでの職業評価、及び、あしたばへの参加を提案し、具体的な支援を開始することとした。 4 地域障害者職業センタ−での支援について 平成20年3月上旬、ケース会議(1回目)を実施。再就職に向け、当院で行った評価結果や、ご本人が抱えている不安や悩みについて、担当の障害者職業カウンセラーへ情報提供を行い、職業評価を開始する。 (1)実施評価内容 イ 職業興味テスト ロ 一般職業適性検査 ハ 性格検査 (2)評価結果(ケース会議2回目より) イ 職業興味テスト 興味の領域:実務的・研究的職域が高値   興味の型:技術的・計算的職務が高値   興味の水準:低値 ロ 一般職業適性検査 知的機能面では大きな問題はなかったが、「空間・形態・供応・手腕」の動作性課題での成績低下が目立つ。   知的機能と動作性機能とで能力差が目立つ。 ハ 性格検査 AG(柔軟さ・周りの期待に答えようとする性格)・NP(母親的性格。世話好き・思いやりがある)が高値。特に、AGがとても高く、仕事場面では周囲の期待に答えようと頑張り過ぎてしまい、ストレスを感じ易い傾向にある。 (3)まとめ(ケース会議2回目より) 担当の障害者職業カウンセラーより、「てんかん発作を呈していること」「知的機能と動作性機能とで能力差を認めていること」「仕事に対してがんばりすぎてしまう性格傾向にあること」を考慮すると、「障がい者雇用の方が望ましい」ことが症例に伝えられる。また、「トライアル雇用制度」などを活用し、自分に出来る仕事かどうか、てんかん発作が再発するかどうかなどを評価し、就職に繋げていくことも良いのではないかとの提案がある。また、今後の課題としては、動作性機能の低下を認めること、また、自身の障害について、自分で説明出来る様になることが挙げられる。 5 あしたばでの支援内容について 地域障害者職業センターでの職業評価や担当の障害者職業カウンセラーからのアドバイスを受け、「障害を隠すかどうかの悩み」については、本人の納得が得られ、解決へ至った。しかし、「てんかん発作に対する不安」や「今の自分にどんな仕事が合うのか分からないこと」については、まだ解決出来ていない状況であった為、これら2点について支援をすること、また、地域障害者職業センターで提示された課題に対して支援をすることを目的に、平成20年4月より、あしたばへ参加となる。 (1)あしたば利用目的 イ てんかん発作再発の評価 てんかん発作を誘発し易い原因とされる、環境変化・疲労(肉体的・精神的)・光刺激等の影響による、てんかん発作再発の有無を評価。また、てんかん発作を誘発し易い原因に対する対処方法の検討。 ロ 後遺症の影響についての評価、及び必要に応じた訓練 ハ 現状(障がい)理解の促進 ニ 仕事内容についての検討 (2)目標 求職活動の開始・障害者雇用での再就職 (3)支援経過 イ 評価期(平成20年4月〜5月) (イ)目標 ・活動に慣れる   ・てんかん発作再発の評価(環境変化・疲労) ・活動中における後遺症の影響の評価 (ロ)実施したボランティア活動 ・入院パンフレットの作成  ・職員ユニホームの整理   ・車いす清掃    など (ハ)症例の様子 週2回ほぼ毎回参加。てんかん発作なし。 活動中は、慣れない影響もあるが、疲労の訴えが目立ち、適宜休憩をしながら活動に参加。作業中、麻痺の影響は殆ど認められないが、テプラのシールを剥がすなど、細かい作業にはやや時間を要す。作業場面における指示内容の理解は、特に問題を認めないが、スタッフへ報告する時など、失語症の影響から言葉が出るまでに時間がかかる場面が度々認められる。また、動作スピードは、全体的に「ゆっくりしている」印象を受ける。特に歩行や階段昇降など、易疲労の影響もあり、健常者との違いが目立つ。現状理解については、易疲労性であること、動作スピードの遅さについての実感が得られているが、発話時における失語症の影響についての実感はあまり得られていない。 ロ 訓練導入期(H20年6月〜7月) (イ)目標 ・てんかん発作再発の評価(疲労・光刺激)   ・耐久性の向上   ・疲労の自己コントロール能力の獲得 疲労のサインを自分で把握し、必要に応じて休憩をとることができる   ・失語症についての理解の促進 (ロ)実施したボランティア活動 ・入院パンフレットの作成(印刷物の運搬含む) ・車いす清掃(他利用者への指導含む) ・パソコン作業    など (ハ)症例の様子 週2回ほぼ毎回参加。てんかん発作なし。 パソコン作業は1時間〜1時間30分程度継続して利用可能。活動や作業自体に慣れてくると、疲労の訴えは少なくなり、作業に対する耐久性は向上するが、依然適宜休憩が必要。疲労の自己コンロトール能力については、「疲れてくると顔が赤くなる」「頭がガンガンしてくる」等、疲労の程度が判断できるサインを自身で見つけることができ、その結果、自身で休憩の必要性を判断し対応することが定着し始める。また、体を使う・使わないにかかわらず、「新しい仕事をする時に疲労し易い」という疲労し易い状況の傾向をつかむことができる。一方、失語症の影響は、コミュニケーションの機会を増やすが、本人の認識に目立った変化は認めず、適宜担当スタッフよりフィードバックを行う。動作スピードは、仕事内容に慣れることで多少の改善は得られるが、依然「動作のゆっくりさ」は認められる。 (4)面談  平成20年7月下旬、本人の抱える不安や悩み、障害者職業センターで提示された課題について、確認をする。 イ てんかん発作に対する不安について   てんかん発作が再発していないことや、てんか ん発作を誘発し易い原因の一つである、「疲労」に ついて、自己コントロールができるようになって きたことで、少し不安が解消されてきたと話す。 ロ 後遺症の影響について   麻痺の影響により、巧緻性を必要とする課題では時間がかかる場合もあるが、症例が希望する事務の仕事であれば大きな支障は認めないこと、また、失語症については、理解面ではほぼ問題はないが、自分の言葉で報告することや他者へ説明する時など、言葉の出難さを認めていること、また、易疲労性であり、動作全般的にスピードが遅いこと等について、症例と担当スタッフの間で確認作業を行った。 ハ 現状(障害)理解について 「てんかん発作を再発するリスクがある」「他の人と比べて疲れ易い」「他の人と比べて動作が遅い」「話をする時、言葉がでるまでに時間がかかる」等、高次脳機能障害の影響を含め、仕事をする上で課題や支障となるであろう自身の現状について、説明することが出来るようになった。 ニ 仕事内容について   具体的な職種内容の検討は困難であったが、「電話対応や誰かに説明することが多い仕事は避ける」「期日に迫られる様な急がしい仕事・職場は避ける」「仕事内容が日々変わるような仕事・職場は避ける」等、現状を考慮し、避けた方が良い仕事や職場環境について、具体的な検討作業を行った。 その後、症例より、「少し配慮してもらえれば、働けそう…」「トライアル雇用制度を利用して就職したい」等、再就職に対し前向きな発言や、「求職活動を開始したい」との申し出があった為、平成20年8月ハローワークへ登録し、就職活動を開始する。 6 考察  今回、再就職に向けて、様々な不安や悩みを抱える症例に対し、地域障害者職業センターとあしたばの2つの機関が就職活動開始までの支援に携わった。   今回、地域障害者職業センターにおいて、専門家としての評価やアドバイス、就職の際に活用できる制度の紹介等が適切にあったこと、また、あしたばにおいて、実際の作業場面を通して、てんかん発作に対する対処方法の獲得や、自分自身の現状について理解できたこと、また、それにより自分自身の働き方が具体的となったこと等が、症例の抱える不安や悩みを解消するきっかけとなり、就職活動開始へと繋がったのではないかと考える。また、どちらか一つの機関のみでは、症例の抱える全ての不安や悩みは解消出来なかったと考えられ、関連機関で連携することの効果が果たされたのではないかと考える。更に、ケース会議を通して、症例の抱える不安や悩み、また、今後の課題等について、2つの支援機関が共通の認識として捉えることが出来ていたこと、また、症例に関して「地域障害者職業センタ−は評価機関」として、「あしたばは活動や訓練の場」として、役割分担や立場を明確にしながら連携が出来たこと等が、今回の円滑な支援に繋がったのではないかと考える。 7 おわりに 医療機関は、病気や障害を伴った方が、その人自身が望む生活へと踏み出す為の、スタート地点になりうると考える。障害者の自立が求められる今日において、就労支援では、そのニーズを確認し、その後の支援体制構築の為の足掛りとなるような機能を果たすことが、医療機関における重要な役割の一つではないだろうか。 今後も、当院では、関連機関と連携を図りながら、医療と社会・地域とをつなぐ「架け橋」となる様、『あしたば』を展開していきたいと考える。 若年中途障がい者の復職に向けた支援について −当事者・家族への就労支援過程の分析と復職後のインタビューについて− ○浜崎 千賀(医療法人社団北原脳神経外科病院 医療ソーシャルワーカー) 飯沼 舞 (医療法人社団北原脳神経外科病院) 廣瀬 陽子(医療法人社団北原脳神経外科病院) 1 はじめに 2007年の障害者職業総合センターの就業支援実施についての調査で、医療機関においては、「就業支援は公式な業務として明文化している」という回答が9.7%、「例外的に実施」「就業支援は全く行っていない」という回答がそれぞれ31.5%、28.0%であった。しかし、一方で障害のある人の就業に関する意見では、「前向きに就業支援を検討すべき」との回答が80.2%にも及んでおり、医療機関担当者も、就労支援を体系化できない現状の中で、何らかの就労支援をすべき必要性を感じていることが分かる。発症から回復期、慢性期にわたり、一貫してリハビリテーション支援を担っていく医療機関において、社会生活再構築を目標にした場合に就労支援を無視することは出来ない。就労に向けた重要な準備期を、医療機関の支援の下で当事者・家族は過ごすのである。 当院における独自の就労支援活動ボランティアサークル「あしたば」(以下「あしたば」という。)では、①ボランティアを媒体として就業前訓練②本人及び家族への定期面接(フィードバック、目標設定など)の2本柱で支援を実践している。あしたばでの独自の支援を開始してから2年半を経過し、これまで様々な支援ケースにおける支援効果の考察を行ってきた。しかし、定期面接での相談支援を繰り返すことでの効果判定はこれまで行えていなかった。  またあしたばでは、当院が脳血管疾患患者を中心に受け入れていることもあり中途障がいの参加者が多いが、10代から20代の若年中途障がい者を支援した経験はこれまでなかった。今回、20代前半の中途障がい者を支援する機会を得たため、若年中途障がい者を題材として、復職支援における相談支援の有効性、かかわりのあり方について考察したいと考えた。 2 目的  本就労支援活動における、若年の中途障がい者への一支援事例の分析をとおして、若年中途障がい者及び家族への医療機関が持つべき支援の視点を考察する。また、支援過程や復職後のインタビュー内容を分析することで、当事者及び家族の心理的変化を探り、支援者としてのかかわりのあり方を見出していく。 3 事例紹介 Aさん 女性 20代前半 (1)診断 脳腫瘍 水頭症 (2007年1月発症) (2)障害名 左片麻痺、高次脳機能障害 (注意障害、遂行機能障害、記憶障害 左同名性半盲) (3)家族 両親と妹と4人暮らし (4)職業歴 高等学校(商業科)卒業後、商社の一般事務として正社員で就職。就職後1年経過せずに、初年度1月に発症、休職にいたる。仕事内容としては、営業事務でパソコンでの書類作成や電話受付、資料作りなどであった。会社は、自宅からバスと電車を利用して1時間程度の距離。 会社の休職期間としては、傷病手当金受給終了の2008年8月までと提示されていた。あしたばでの支援開始をした2008年3月の段階で、会社の上司からは、復職に対して前向きな返答をもらっており、配置転換をしての復職を当初からの目標としていた。 4 方法 (1)ボランティアサークル「あしたば」での支援内容  Aはあしたばの活動参加を2008年3月に開始。週2回(開始後1ヶ月と復職達成後は週1回)の院内ボランティア活動に参加される。ボランティア活動を通して、作業療法士による作業評価を行い、Aへフィードバックを行う。また、併せて月1回の頻度でA及び母親との定期面接を行い、活動のフィードバック、復職に向けた意思確認・課題整理などを行った。  活動参加直後に、地域障害者職業センターでのカンファレンスを実施。その後は、障害者職業カウンセラーによる会社への情報提供、仕事内容についての相談を行いながら、復職支援を進めていくこととなる。全2回の会社でのカンファレンスを経て、2008年8月よりリハビリ出社開始。週2回、短時間勤務から復職となる。復職後も、就業状況のフォロー目的で週1回の活動参加を継続している。 (2)分析方法 イ 支援過程分析 A及び家族に対する「あしたば」での支援過程を、主に定期面接におけるAや母親の「語り」に焦点をあて分析を行う。「語り」の変化を考察していくことで、支援過程における支援者のかかわりのあり方を探る。 ロ インタビュー分析  復職を果たした後のA、母親へ個別に半構造化インタビューを実施。インタビューにあたっては、研究の目的を十分に説明した上で、支障のないことのみ話せばよいこと、不都合なこと、話したくないことがあれば話さなくてもよいことを予め説明し、研究協力に同意を得た。インタビューはそれぞれ1回実施。所用時間はAが55分、母親が50分であった。インタビューは院内の個室の応接室で実施された。  インタビューでは、以下の項目に沿って半構造的に質問を行い、制限を設けず自由に語っていただいた。 (イ)受傷から就労に向けた支援を受けるまでの経緯について (ロ)「あしたば」での支援について (ハ)復職を達成できた要因について  二人のインタビュー内容は、逐語記録にし、分析にあたっては、A・母親を比較分析するため、それぞれを別々にし、質的分析を試みた。逐語記録を意味のうえの単位に区切っていき、コーディングを行う。コーディングしたものに対しカテゴリー分けを行い、それぞれの特徴を考察した。 5 結果 (1)支援過程分析結果(当事者の「語り」の変化に焦点をあてて) 表1 Aおよび母親の「語り」の変化 ※【 】内は、目立った発言がないAの観察内容 A 母親 2月 開始前初回面接 (あしたば活動について)「一人で黙々と出来ると思うからあまり気にならない」 「(Aは)障害もあるが、病気をしてから何を考えているか分からなくなった」「女の人がいないし、同じような年齢の人もいないから・・・」 3月上旬 体験活動後 「楽しかった」「嫌な作業ではなかったから続けたい」 「本人が希望しているなら・・・」「身体機能の部分で相談する窓口が欲しい」 3月下旬 職業センター介入後 【活動中分からなくてもスタッフに声をかけられず、解決するのに時間がかかり涙される場面あり】 「専門の人に入ってもらえるのはよかった」 5月中旬 定期面接 「慣れてきました」 「(あしたば開始後より)表情が良くなった」「やはり家にいるときとは違う」 「仕事に向けてどう動いていけば良いか、不安」 5月下旬 第1回事業所訪問 6月 定期面接(会社への通勤練習開始) 【自ら声をかけられるようになってきている】 「ボランティアでもいいからリハビリ出社を始めたい。」「(職業カウンセラーへ)直接相談してもいいですか」 7月 第2回事業所訪問後 「心配はない」「知っている人もたくさんいる部署だから大丈夫そう」 「本当に会社に戻っていいのか・・・」「リハビリ出社なのに賃金が支払われることでプレッシャーが生じてしまわないか不安」 8月〜 短期就業開始 8月上旬 定期面接 「楽しかった。トレーナー(若い女性)と一緒に話しながら出来る から。同期とも会えたけど、仕事中だから話せなかった。」 「問題はなかったみたい」「私は外にいるからどうだったかは本人しかわからないから本人に聞いて欲しい」 8月下旬 定期面接 「間違えたりはしないけど、時間がかかる。」 「仕事が増えたというか種類が増えたみたい。まだ週2日2時間だから・・・。」 (2)インタビュー分析結果 イ A本人  コーディングされたものをカテゴリー分けした結果、22の小カテゴリー、9の中カテゴリーに分類することが出来た。それを以下4つの大カテゴリーに分類した。 (イ)「よく分からない」から「前みたいに戻る」ことへの想いの変化 (ロ)医療リハとは違う「あしたば」という「学校」 (ハ)「普通の会社」と「ファミリー的な今の会社」のギャップ (ニ)周囲の人への感謝 ロ 母親  同じくコーディングされたものをカテゴリー分けを行った結果、21の小カテゴリー、10の中カテゴリーが出来た。それを以下4つのカテゴリーに分類することが出来た。 (イ)復職は最終的目標 (ロ)「小さな社会」であるあしたばの専門的サポート (ハ)障害者職業カウンセラーのサポートの大切さ (ニ)会社にとってのA,Aにとっての会社の存在の意味 6 考察 (1)支援過程分析における考察  支援過程におけるAの語りをまとめていくと、初めて参加したあしたばの作業について「楽しかった」「嫌な作業ではないから続けたい」と前向きに話すだけでなく、復職が決まったときにも、不安の訴えはなく「心配はない」「大丈夫そう」と話されており、Aが本来持つポジティブさがよい効果を生んでいるように考察される。経過からは、あしたば開始当初より自ら話すタイプではなく、そのために問題解決に時間がかかっていたが、場に「慣れてきた」ことにより、自らスタッフに声をかけることが出来るようになっていることも知ることが出来た。また、復職後も「楽しかった」と話される反面、「間違えたりしないけど時間がかかる」と自身の能力を分析できていることもわかる。  次に母親の語りの変化を考察する。母親は当初あしたばについて、女性や同年代がいないことへの不安を話し、「本人が希望しているなら」と消極的ながらも了承される。しかし、障害者職業センターでのカンファレンス後「専門の人に入ってもらえるのはよかった」と話し、あしたばを『専門的な支援が受けられる場』として意義を見出されている。その後、第1回の事業所訪問を経て、復職に向けてリハビリ出社という具体的に希望を出されただけでなく、あしたばスタッフへ任せていた障害者職業カウンセラーへの相談を自ら行うことを希望され、専門スタッフに頼らずに前に進もうとする姿勢が見られた。また、これまではあまり自分から語ろうとしないAの代わりに母親が話すことが多かったのだが、リハビリ出社開始後より「本人に聞いて欲しい」などと言われ、本人の意見を尊重する姿勢に変化があったのが分かる。それは、リハビリ出社開始後の本人の変化(自己能力の分析が可能となる等)にも比例されているように考察される。 (2)インタビュー分析における考察  インタビューにより、Aや母親にとっての目標やあしたばの存在、会社の存在についての認識を分析することが出来た。  Aにとっての目標は「前みたいに戻ること」であり、母親にとっては、復職が最終目標であった。また、あしたばの存在について、Aは「学校」と表現し、母親は「小さな社会」と表現された。A・母親ともに、メンバーとの相互作用についても話されており、あしたばというコミュニティの中での作用を感じていたと考えられる。そして、Aによる「ファミリー的」な会社について、母親は「Aにとって会社、会社にとってAはどんな存在なのか」と疑問や不安を感じていることが考察される。 また、両者とも、障害者職業カウンセラーや会社社員、家族など周囲の人の存在の大きさを感じ、感謝の想いでいることを知ることができた。 (3)(1)支援過程分析(2)インタビュー分析をとおした考察  各分析を考察すると、A及び母親にとってのあしたばが大切なコミュニティのような場と認識されており、メンバーとの相互作用によりAや母親に変化を及ぼしたことがわかる。また、会社についてもAは「ファミリー的」な会社をとてもよく思っている一方で、その「ファミリー的」な会社の存在に母親は不安を感じていることが考察できる。  今回の分析をとおして、A及び母親の語りの変化は、「あしたば」や「仕事」「会社」そして「自分自身」に対する認識の変化によるものが要因としては大きいのではないかと考察した。そのため、当事者や家族がどのような認識をもって、どのような存在と考えているかを支援者も共有することで、支援各期におけるかかわりのあり方が見えてくると考えられる。  特に、本症例のように若年中途障がい者においては、支援者が持っている認識と同じような「仕事」や「会社」の認識ではないことが考えられる。また、若年者の場合、家族の考えやニーズも非常に重要な視点となることは言うまでもない。そのため、支援者は当事者及び家族の支援そのものや働くことに対する認識(フレームとも言える)を共有するために、当事者の語りに十分耳を傾ける必要があるだろう。 7 おわりに  今回の一症例による支援過程並びにインタビューによる語りの分析により、支援者として当事者や家族に対する新たな発見をすることが出来た。 安達4)は「ストーリー(物語)ないしは、ある人の語り(telling)とは、人が現実をどのようなものとして受け止め描いているかの道筋であるといえる」と述べている。援助者の専門性は、そのような新しいストーリーがうまれてくる会話を、いかにクライエントとの共同で実現できるかということの力量に関連してくるのであろう。 また、就労準備期は、当事者及び家族が自身の障がいや考え方と向き合っていく時期でもある。そこにおける支援は言うまでもなく、作業支援だけでなく支援者との相互作用による「新たなるストーリー」の形成がポイントになってくる。今後も当院独自の就労支援をとおして、支援者として当事者及び家族の新たなる「ストーリー」をつくるサポートをしていきたいと考えている。  先にも述べたが、障がい者は就労に向けた大事な準備期を、医療機関の支援の下で過ごすのである。就労支援における医療機関の使命を果たすため、私たち支援者が成すべき支援のあり方を検証し続けることが必要だろう。今回は当事者及び家族の「語り」に焦点を当てた新たな方法で分析を試みたが、一症例の分析に留まり、また復職後のフォローアップまで含めた長期的な支援経過を追うことが出来てはいない。今後は、一症例の長期的な支援経過を分析していくこと、他の参加者も同様の方法で検証しデータを蓄積していくことで更なる検証が出来ると考えている。 【参考・引用文献】 1)障害者職業総合センター:継続して医療的ケアを必要とする人の就業を支える地域支援システムの課題に関する調査、「資料シリーズ №37」、障害者職業総合センター(2007) 2)平岡一雅:高次脳機能障害患者のリハビリテーションプログラムとソーシャルワーク、武蔵野大学現代社会学部紀要第7号、P143-157(2005) 3)障害者職業総合センター:地域における雇用と医療等との連携による障害者の職業生活支援ネットワーク痙性に関する総合的研究、「調査研究報告書」、障害者職業総合センター(2008) 4)安達映子:家族ソーシャルワークにおける“語り”の活用、共栄学園短期大学研究紀要、p99-107(2001)  通所リハビリテーションにおける就労プログラムへの挑戦 −復職へと繋げる事が出来た脳梗塞によるてんかんと高次脳機能障害の一例− ○竹内 正人(帝京大学ちば総合医療センターリハビリテーション科 医師) 平野 雄三(医療法人社団三成会 春日リハビリテーション・ケアセンター 老健通所リハ) 鈴木 堅二(東北福祉大学リハビリテーション学科) 1 はじめに 通所リハビリテーション(以下「通所リハ」という。)は、本来地域ケアの中核的役割を担うものであるが、実態は、機能訓練、レクリエーションや通うことが目的になっていることが多い。自宅での生活や、家族との関わりなどは配慮されていないことが多いのではないだろうか。 現在、急性期病院の入院期間の短縮、疾患別リハビリテーション(以下「リハ」という。)の施行と訓練期間の縛りなどにより、地域では「疾患未治療」、「リハ放置」といってもよいようなケースが散見されるのが、現場での実感である。 特に、リハ領域では、脳損傷、脳血管疾患あるいは低酸素脳症などによる「高次脳機能障害」は、本人だけではなくて家族も含めた社会生活上の大きな問題となっている。そこでは高次脳機能障害に対する十分な取り組みがなされておらず、本人・家族のニーズを発見し、プログラム自体を組むことができないのが実情である。 2 ブラッシュアップ・プログラム 発表者は、保健・医療・福祉の連携を図り、包括的な関わりを促すQOL向上のためのプログラムとして、「ブラッシュアップ・プログラム」を開発し、展開している。ブラッシュアップとは、「さらによくする」という意味である。 基本的骨格として、先ず「情報の質と効率性」を重視し、①ICF(国際生活機能分類)×時間(過去・現在・未来)の枠組みでQOL向上のプログラムを考えながら情報を取り、②悪循環を明確化してニーズを創造し、③対話によるアコモデーション(思いを共有した上で個人の異なった世界観の同居)にて基本方針を決定する。次に、「治療的な環境の創出」を狙い、悪循環を断ち切るために、④心理・行動・環境の視点でのチームアプローチを、⑤本人へのアプローチだけでなく環境へのアプローチも重視して行い、⑥良循環への転換を図るという「一連の学習・成長プロセス」から構成されるものである。 今回通所リハにおける就労プログラムとして、ブラッシュアップ・プログラムを適用させ、良好な結果を得たので報告する。 3 通所リハでの就労プログラム (1)背景 私が教育を目的に月に2回関わっている通所リハである。当初「通所リハで復職を目指せるのではないか」とスタッフが楽観視していたが、様々な問題が浮上してきて「これはどうしようもない。太刀打ちできないのでは…」という閉塞感と、「自分達スタッフが一体何ができるのか」という不安があるということで(スタッフの)教育カンファレンスに、発症後7か月を過ぎた07年3月に選ばれた。 以下はプレゼンテーションの内容である。 症例:41歳男性 Bさん 公務員 経過:06年8月、脳梗塞による左片麻痺にて、自宅で倒れ入院。06年12月リハ病院を経て自宅退院。ADLは自立するも麻痺は残存。 07年1月、復職の見通しが立たないまま医療リハは終了した。 07年2月、当通所リハ利用が開始された。 イ ICF×時間の枠組みでQOL向上のための情報 【健康状態】 ①脳梗塞(右中大脳動脈前方病変)06年8月発症 ②てんかん発作頻発(6回)。生活の乱れや病識の低下による状況不安の増大と相関。 【心身機能・構造】 ①左片麻痺(Brunstrome stage上肢・手指Ⅲ/Ⅵ、下肢Ⅳ/Ⅵ) ②高次脳機能障害 ・病識の低下「体以外は問題ない」「直ぐにでも復職できる」 ・注意力障害:TMT−A検査136秒(延長)、多弁、注意散漫 ・STAI検査:状況不安5/5(今の状況に不安)、特性不安1/5(元来不安はない)。 ・構成力障害:Kohs検査 IQ40点 【活動】 ①バーセルインデックス95点/100点 ②短下肢装具とT字杖にて公共交通機関の利用可能 【参加】 ①仕事:役場職員 ②現在、通所リハ以外は、自宅に閉じこもった状態 【環境因子】 ①(元)妻、子供3人(10歳、4歳、1歳)の5人暮らし。 ②最近、別居していることが判明。原因として子供に対する以前からの家庭内暴力や暴言がさらに悪化した様子で、妻は公的な機関への相談も行い、妻自身がうつ状態で通院中〔ケアマネージャー(以下「CM」という。)に対して妻から内密に相談あり〕。 ③現在、実家の両親と暮らしている。嫁への怒りが強い。今まで本人の病状説明は全て嫁任せにしており、本人からは何の説明も受けていない。「お風呂が1人で無理…」「可愛そうだ」「本人の頑張り次第だ」という両親の過介助と本人の依存の悪循環を形成していた。 【心理】 ①エゴグラム(性格行動パターン検査):逆N型。客観的で理論的なA(大人)は20/20、NP(養育的親)低値8/20、AC(適応する子供)低値4/20。誤った認識が強く、人への思いやりはなく人の言うことを聞くことはない孤高の人タイプ。 ②解釈モデル:「早く仕事をしたい。仕事はできる方だった。俺の生き甲斐だ」「思いっきり酒を飲んでみたい。早く○○に遊びに行きたい。東京にも行きたい」「ストレスは溜まっていない。もともとストレスには強い方だから」 【個人因子】 ①夜遅く、朝は昼頃まで寝ているなど生活が不規則で、不眠が強く、飲酒量も増えていた。 ②通所リハも休みがちとなってきている。 ロ 悪循環の明確化によるニーズの創造 【誤った認識】 ①本人:「病識の欠如」により身体以外問題ないと思い、直ぐにでも復職が出来ると認識している。通所の意味を理解せず、仕事をしていない不安(STAI状況不安5/5)があり、注意力も悪い(TMT−A136秒)。 ②両親:高次脳機能障害を知らず、現状の能力を知らず、関わり方を知らないで、「ストレッチの仕方を教えて欲しい」「本人の頑張り次第だ」と、感情的な判断と親心のみである。 ③スタッフ:てんかん発作や家庭内状況の悪化など「どうしようもない」 【不適切な行動】 ①本人:不眠、酒量の増加など生活の乱れがある。子供への暴力や家族への暴言が増えた。能力に関して楽観的で、復職への行動は何も起こしてはいない。 ②両親:過介助となっている。本人への努力を口で何度も促すが、無効のまま過ぎている。 ③スタッフ:本人への注意を促すも無効で、返って本人が通所リハを休みがちとなりつつある。 【マイナスの結果】 ①本人:てんかん発作が頻発するようになってきた。てんかんと高次脳機能障害による能力的問題で、復職が難しくなっている。家庭内崩壊となり、別居離婚し、両親と同居することとなった。 ②両親:今度同居予定。妻との離婚協定など、裁判でも不利な状況にあり、父親の酒量が増えた。 ③スタッフ:復職への道が遠くなり、関わりも疎遠となりつつある。 ※ 以上、「誤った認識→不適切な行動→マイナスの結果」の悪循環が形成されていた。 てんかん発作に対する心理・社会的アプローチの欠如、高次脳機能障害に対するチームアプローチの欠如、復職に対する心理・環境を含めた包括的アプローチが欠如していることが、ニーズとして創造され、明らかとなった。 ハ 対話によるアコモデーションにて基本方針決定 プレゼンテーションが終わり、早速(戦略的な)家族面接を、両親、ケアマネ、通所スタッフ、相談員、見学者などを交えて行った。両親から嫁への気持が噴出したが、傾聴した。 今までの解釈モデル、両親が行おうと思っている今後の関わりを聞き、家族の思いと現実とのギャップを診断した後に、本人も同席させて、説明を私が行った。 画像を見せながら、前頭葉病変で病識の欠如が今後も一番の問題であること、対応としては、できないことを本人が納得できる形で時間を置かずにフィードバックしていくことが重要なこと、車の運転は難しく、復職も配置転換や工夫や代償が必要であることを説明した。本人には、頭部CTや検査所見やエゴグラムなど、できるだけ客観的な情報を示しながら、説明した。本人は、納得までにはいかないものの一定の病識付けの効果があり、両親が始めて「自分達も治療の一員である」ことの自覚が出た様子であった。 皆で「思いの共有」をして、基本方針を決定した。 先ずは、外堀を埋めるために、家族が治療的環境としての関わりができることを目指し、本人の病識付けを行いながら歩行量増加や規則正しい生活ができるようにして、てんかんの頻度を落すことを狙う。07年5月以降は、仕事に必要な能力が付くであろうから、会社の方との面談を行い、リハ復職の可能性を探る。リハ復職では、会社側が治療的環境としての関わりができるようにして、本人自ら決して仕事を辞めさせないように留意させ、周囲の人の配慮も含めてトレーニングしながら進める。そうして、早くて07年10月以降、妥当な時期として08年4月以降、人事異動時に本復職に入れるようにする。 ニ 心理・行動・環境の視点でのチームアプローチ ホ 本人と環境へのアプローチ 【心理面】 ①病識付けに対するアプローチ エゴグラムによる性格・行動パターン分析結果を参考にした。つまり、高いA(大人の自我)の論理性・客観性を逆利用して、客観的証拠を基に誤った事実をその場で指摘するようにした。 例えば、エクセルの表計算をさせた。最初本人は「こんなの簡単にできる」と言っていたが、結果を提示すると「…」となるのである。 ②本人へのアプローチ 先ず、通所リハスタッフにて行い、これを家庭や職場でもできるようにした。絶えず、本人の解釈モデルを先ずは聞くこと、そうして他人の思いとの違いの事実を本人が納得できるように工夫して提示するように、環境を設定した。 当初、「内面はボロ雑巾…」など、他者批判自己肯定の姿勢や態度であった。徐々に、病識が付いて行った。一貫して「決して自ら会社を辞めない」ことは、事前に留意させた。 ③環境へのアプローチ 通所スタッフには、どうしても優しさが優先してしまい治療の害になっていることを常に注意して、関わり方をトレーニングした。それは、経過と共に、両親や会社の人達へと移行した。 父親は、途中酒量が増えてしまい、父親自体へのメンタルヘルスマネージメントが必要であった。母親も、眠剤や安定剤などが一時必要となったが、どうにか治療的環境として作用した。 その後、リハ復職の時期には、どうしても指摘できないだけでなく、むやみに褒めてしまう状況となったが、徐々に本人のストレスと病識付けとのバランスが取れたアプローチができるようになった。 【行動面】 病識付けに合わせ、規則正しい生活ができ、自己管理ができるようにさせた。リハ復職時には、15時以降落ち着かなくなり、ミスも多く、本人に許されていない範囲であるにも関わらず、部下を他罰的に注意したりしていた。 当初は、日常生活、次に会社での対人トラブルに対して、適切な(認識と)行動ができるようにアプローチした。 【環境面】 ①適宜、(戦略的な)家族面接を行った。 ②(戦略的)会社面接 07年5月(戦略的な)会社面接を、直属の上司、衛生管理士、総務部課長を交えて行い、リハ復職を設定し実行した。 07年6月からリハ復職を開始した。会社の衛生管理者が直属の上司と職場での状況確認をしたり、通所リハとの対応方法の確認を行うようにした。家族は送迎を担当し、ケアマネとの交流を図って貰い、家族への心理的ケアをサポートした。 適宜、(戦略的な)会社面接を行った。 (2)結果 −良循環への転換− 【正しい認識】 ①本人:「昔に比べ、集中できなくなった」。不適切な不安がなくなり(STAI状況不安3/5と正常)、注意力も向上した(TMT−A62秒)。 ②両親:「当初は、家庭崩壊しそうだったが、こんなに良くなるとは思わなかった。皆様には、心から感謝しています(涙)」。母親は嫁への批判も減少し、本人への治療的環境となることへの重要さの認識ができた。 ③スタッフ:「情報のための情報となっていて、組み立て方や活かし方ができていなかった。過去を踏まえた未来へ向けての関わりの大切さ、生活や人生レベルで予後を見据えてタイムスケジュールを作り、一連のプロセスを戦略的に動かして行くことで、プログラムの質自体が向上すると感じた」「問題点にばかり目が行き、プラスの面に気付かなかった」「エゴグラムを利用して、病識の低下にアプローチできた。心理と行動の関係を知ることで、誤った認識→不適切な行動→マイナスの結果という悪循環の把握をして、心理・行動・環境の視点でアプローチして、それを良循環にするポイントを掴むことができた」「今まで優しさを履き違えていた」「通所リハでは、本人への関わりが強過ぎて、家族、職場、社会環境などに目が向いていなかった。外堀を埋めて、良い環境創りをすることの効果の大きさが特に印象に残った」 【適切な行動】 ①本人:飲酒量が減り、運動量が増えた。規則的な睡眠時間の確保ができた。ミスは目立つものの、以前に比べ自己修正できるようになった。無遅刻・無欠勤の勤務態度となった。 ②スタッフ・両親・会社:高次脳機能障害に対する関わり方が適切となった。 【プラスの結果】 ①07年10月、本復職となった。肩書きはあるも、対人トラブルが少ない部下のいない職場。給料は多少下がったが、本人の能力内でやれることを見つけて長期でやれるところへの配置転換となった。 ②本人は、仕事に満足している。仕事による生活意欲の向上と、精神的余裕もでき、規則的な生活へと改善した。 ③てんかん発作も、抗てんかん薬を増やすことなく頻度が減り、復職後は0回となった。 ※ 以上、正しい認識→適切な行動→プラスの結果の良循環に転換された。 てんかん発作に対する心理・社会的アプローチにより発作の回数を減ずることができた、対人トラブルは続くもできない部分に対する病識がついた、復職に対する心理・環境を含めた包括的アプローチが奏功し発症後14か月目に正式に復職ができ、その後も継続できている。 4 考察 今回通所リハにおける就労プログラムとして、ブラッシュアップ・プログラムを適用させ、良好な結果を得た。 特に、リハの全期間を通して、大きな阻害因子となることは衆目の一致するところであり、またそのリハの方法論も明確ではない病識の低下1)について考察することにする。 (1)前頭葉症候群としての病識の低下 この症例は、前頭葉症候群としての病識の低下である。前頭葉症候群による病識の低下は、前頭葉に局在する脳活動の最高次としての自己認識(self awareness)の崩壊として理解される1)。 さらにGoldbergらは、一般的に病識低下をもたらすメカニズムを3種の脳内機構から提案している。すなわち、①自己の内的表象(こうあるべきだと自己が描くプラン)、②結果的な自己の能力に関する情報の入手と解釈、③両者の比較照合である。そして前頭葉症候群では、特に内的表象に障害があると指摘している2)。 今回自己認識の内容として本人の解釈モデルを聞いたが、上記①の内的表象に障害を強く認め、前頭葉症候群の特徴を示していた。アプローチとして、エゴグラムでの客観性・論理性が高いことを逆利用した。 これは上記②の結果的な自己の能力に関する情報の入手と解釈に有効に作用し、③の比較照合に役立てられたと考えられる。このように、「前頭葉症候群による病識の低下の特徴」を考慮して、アプローチすることも重要である。 (2)病識の低下への対応 PCRC(Patient Competency Rating Scale)は、30項目からなる患者の能力(ADL、認知、対人関係、情緒)の質問表で、本人と家族が5段階で評価し、自己認識のギャップを測定する神経心理学的検査である3)。 高次脳機能障害支援モデル事業の結果作成された高次脳機能障害ハンドブックによれば、病識欠落に対しての評価は、面接もしくはPCRSを行うとあり、訓練あるいは対応としては、「プライドに配慮しながら、不適切な行動や間違いを指摘・修正する。病識が出てきた場合には、自信をなくさないよう逆に配慮が必要」「自己採点、成績を図示して本人がわかるように工夫する」「グループ活動の中で、他人の失敗をみて自らの障害を理解するように図る」とある4)。 今回、PCRCによる評価や、グループ活動によるアプローチは敢えて用いなかった。個別性に欠けた質問項目とアプローチであり、限られた通所リハにおける評価とアプローチとしては、効率が悪く、効果が薄いと考えたからである。勿論、本人のストレスと病識付けのバランスを配慮したが、実際の成績や結果を本人がわかるように工夫しても難しかった。本ケースでは、心理・行動・環境の視点で評価し、アプローチしたことが有効であったと考えられた。 Leathemらは、PCRCを脳外傷患者53人と健常者131人に行い、家族などの第三者の評価との差を比較した。その結果、ADL、認知、対人関係、情緒の各項目の中で、対人関係に関わる行動や情緒・感情のコントロールに対し、患者は自己の能力を過大評価しやすいことを報告している5)。名古屋市総合リハセンター実態調査では、受傷後の就労状況で、「仕事に行ったが辞めた」61名の退職理由として最も多かったのは「適切な判断が困難」21名(34.5%)、次いで「対人関係のトラブル」16名(26.2%)、「仕事が遅い」7名(11.2%)などとなっている6)。 今回、本人とスタッフの関係から介入し、次に家族、最後に会社との関係へと段階的に、対人関係に関わる心理面と行動面にアプローチした。心理・行動面に着目したことと、「外堀を埋める」という形で「治療的環境」を創っていくなど、環境面へのアプローチを戦略的に行ったことが大変有効であったと考えられる。特に、単なるネットワークを作ったり、チームを組んだりするのではなく、よりよいチームワーク創りを目指して、関わる人自身だけでなくチーム自体が学習し成長するように、「ブラッシュアップしていくプログラム」が、奏功したのではないかと思う。 参考文献 1)渡邉修、米本恭三:基本概念と研究の進歩 症候編 病識の低下.Journal of Clinical Rehabilitation別冊高次脳機能障害のリハビリテーションVer.2:88-94、2004. 2)Goldberg E, Barr WB(中村隆一監訳):欠損の無意識性について考えられる3種の機構 脳損傷後の欠損についての意識性−臨床的・理論的論点−(Prigatano GP, Schacter DL eds)、医歯薬出版、1996、135−156. 3)Prigatano GP,Fordyce DJ:Cognitive dysfunction and psychosocial adjustment after brain injury.In:Neuropsychological rehabilitation after brain injury, Prigatano GP,Fordyce DJ(eds),Johns Hopkins University Press, Baltimore,1986,96-118. 4)中島八十一、寺島彰編集:標準的訓練プログラム(第5章)、高次脳機能障害ハンドブック、医学書院、71-106、2006. 5)Leathem JM, Murpry LJ et al:Self-and informant-ratings on the patient competency rating scale in patients with traumatic brain injury.J Clin Exp Neuropsychol 20(5):694‐705,1998. 6)名古屋市総合リハビリテーションセンター脳外傷リハビリテーション研究会:頭部外傷後の高次脳機能障害者の実態調査報告書.名古屋市総合リハビリテーションセンター、1999. 若年性認知症者に対するこれまでの取組み ○伊藤 信子(障害者職業総合センター社会的支援部門 研究協力員) 田谷 勝夫(障害者職業総合センター社会的支援部門) 1 若年性認知症に対する就労支援の必要性 我が国では、急速な人口の高齢化に伴い、認知症への対応も含めて、高齢者を対象とした保健福祉サービス等の基盤整備が進められてきた。しかし若年期での認知症者はその対象とならず、また在職中に発症した場合の雇用対策は喫緊の課題となっている。本研究では、今後若年性認知症者の就労継続支援の課題を明らかにすることを目的とし、専門家による若年性認知症へのこれまでの取組みや現状への提言等をふまえ報告する。 2 若年性認知症とは 若年性認知症とは、若年期認知症(18歳〜39歳)と初老期認知症(40歳〜64歳)の両群の通称である。本研究においては、対象者は原因疾患が進行性の変性疾患であることとし、主にアルツハイマー病、脳血管性障害、前頭側頭葉変性症(ピック病等を含む)、レビー小体病等とする。 3 これまでの実態調査等  若年性認知症は発症率の低さ等により、実態の把握が困難であるが、家族会の実態調査等を端緒に疫学調査等が実施された(表1)。 我が国で初めて実施された実態調査は、1991年の「呆け老人をかかえる家族の会」(現:「(社)認知症の人と家族の会」)による「初老期(65歳未満)痴呆介護実態調査」である。家族の要望として「在宅介護の保障整備」、「経済的保障」、「若年発症に対する理解の啓発活動」等があげられている。 1997年には我が国初の疫学調査「若年痴呆の実態に関する研究」、1998年には「若年痴呆の福祉的支援及び医療の確保に関する研究」が実施され、2007年には「若年性認知症の実態と対応の基盤整備に関する研究」が実施された。1997年の疫学調査からは認知症者は若年期2,607人、初老期23,006人の計25,613人が存在すると推計された。疾患は多い順に「脳血管性痴呆」(44.2%)、「アルツハイマー病」(16.7%)、「頭部外傷」(10.6%)、「アルコール性痴呆」(4.2%)等であった。2007年の調査では概ね3万人の若年性認知症者が存在するとされた。原因疾患としては最多のアルツハイマー病が50%以上、次に前頭側頭葉変性症10%前後、次いで脳血管性障害があげられている。1997年から2007年の間に、原因疾患の種類と割合が変化しているが、成人病予防等の効果、診断技術の向上等がその要因と推察されている(宮永ほか1)、1998)。 1988 柄澤昭秀 アルツハイマー病等初老期痴呆の出現率に関する研究 昭和62年度厚生科学研究費補助授業 1991 呆け老人をかかえる家族の会 初老期(65歳未満)痴呆介護実態調査報告 1992 柄澤昭秀 初老期痴呆の有病率 1993 宮永和夫・米村公江ほか・ 若年性痴呆についての疫学調査報告 1994 大城等 鳥取県における初老期の痴呆の有病率 厚生省厚生科学研究費補助金 長寿科学総合研究 平成5年度研究報告 Vol.5・痴呆疾患 1994 大城等ほか 鳥取県における初老期の痴呆の有病率  1994 厚生省保健医療局精神保健課(監) 我が国の痴呆疾患対策の現状と展望 1997 柄澤昭秀 若年/初老期痴呆の現状と社会的支援の問題点 1997 一ノ渡尚道(主任研究者) 厚生労働科学研究費補助金(精神保健医療研究事業)若年痴呆の実態に関する研究 平成8年度研究報告書 1997 宮永和夫・米村公江ほか 日本における若年期および初老期の痴呆性疾患の実態について 1998 一ノ渡尚道(主任研究者) 厚生労働科学研究費補助金(障害者等保健福祉統合研究事業)若年痴呆の福祉的支援及び医療の確保に関する研究 平成9年度研究報告書 1998 一ノ渡尚道 若年期の痴呆—総論— 1998 宮永和夫 若年期の痴呆の疫学 2007 朝田隆・田邉敬貴・宮永和夫 厚生労働科学研究費補助金長寿科学総合研究事業 若年性認知症の実態と対応の基盤整備に関する研究 平成18年度総括・分担研究報告書 2008 朝田隆 若年性認知症という残された課題 4 若年性認知症者の現状と課題 (1)家族会の役割  支援制度が整備されていない若年性認知症者と家族にとっては、家族会が「患者と家族を見守る大切な組織」である。メディアで紹介される機会等もあり、変調に気づいたときに、まず家族会に相談するという事例も増加傾向にある。また医療機関を受診し、診断の確定後、利用できるサービスが地域にないために、家族会に対応の相談をするケースは多い。そのため、家族会からサポートセンター、社会参加支援センター等が派生したという経緯もある。 (2)専門家による現状の把握  本研究では先駆的に取り組んできた専門家によるヒアリングを実施し、現状の把握を進めた。 イ A氏(物忘れ外来担当医師) —「障害」として考える— 知的、身体障害も含めて、レベルの高いところから低いところまで、質の内容に関しても幅広く考え、皆が社会の中に参加して、自立できるようにするのがよいのではないか(図1参照)。若年性認知症者を「障害者」ととらえるようになってきている。 デイケア利用者は認知症の進行が緩やかな場合があり、今まで診たケースで20年近くゆっくり進んできたケースもある。急に進行する場合は治療の対象となる(「病気」としてとらえる)が、ゆっくり進んで変化がない場合は家で生活を続けていけるものであり、疾病ではなく、記憶や判断力が少し低下した「障害」としてみて、それに対するサポートにより、社会の中で生活していけると思う。 本人が働くことを希望しているのであればサポートするのが流れとしてふさわしいのではないか。 —病気の進行とその判断について— 進行具合を判断するならば、一年程度の期間をあけて二点法で変化をみる。10年くらいはこのままだろうとか、早く進むだろうとある程度予測可能である。ただしその間の環境が左右するので、薬よりも環境がよければ進みにくい。予防的効果があるのはデイケア・サービスであり、グループの中で過ごした人は進みにくい。生活のしかたによって病気の進行を妨げられる。長谷川式知能検査やMMSE(Mini-Mental State Examination=認知機能検査)は低下しても社会性が上がる人がいる。瞬間的によく過ごしている人はトータルでよい生活となる。極論だが高次脳機能障害は訓練を少し離れても能力的には大きな変化はない。ただし認知症は進行するので対応に緊張感はある。認知症は生活全体を見るべきと言われていたが、高次脳機能障害と同様、部分的にみることも重要である。認知症にも高次脳機能障害のようなアプローチは効果があると思われる。進行はするので、能力的な低下が見られたら、その都度対応すべきである。   ロ B氏(若年性認知症支援センター責任者、作業療法士) —「うつ病」と「若年性認知症」— 症状は部分的であったり、断続的であったりするので、理解されにくい。仕事上の能力低下のみでなく、感情のコントロールが困難になるという症状もある。実際に若年性認知症の60〜80%はうつ症状から始まるとも言われており、うつ状態と混同される場合も多い。実は若年性認知症であったが、「うつ病」と診断されて 長く経過したため、その間認知症が進行してしまった例もある。「うつ病」と診断されて、なかなか治らず本当に「うつ病」なのかと思いつつも、かかりつけの医師を変更するのは本人にも家族にも大変なことである。 —相談システムの重要性— 40〜50歳代後半は症状が顕著になる。ところがそれ以前に、本人は症状に気づいて悩んでおり、仕事を工夫していた期間が5〜6年経過している場合がある。40歳代後半頃に、相談できるシステムがあれば、就労の継続の可能性も考えられる。 発症年齢は仕事でも大事な時期であり、新たなプロジェクトを立ち上げたり、役職に就いたりと不定形な仕事をしている場合が多いので、症状がつかみにくく、上司にも部下にも言い出せない場合が多い。このような場合に企業の中に、周囲に内容が漏れずに相談できるシステムがあるといいと思う。「症状の個別性」と言われるように苦手な部分を補充すべきか、それとも得意な部分を生かすべきかを検討する必要がある。例えば作業療法士等が企業にいれば職務内容を検討し、評価や調整ができるのではないかと思われる。 ハ C氏(若年性認知症と高次脳機能障害のためのデイサービスセンター所長、作業療法士) —高次脳機能障害と比較して— 高次脳機能障害の場合は、訓練として伝票計算等を実施しているが、同じ作業を認知症者がすると、作業中に何をしているのかが分からなくなってしまい、やればやるほど分からなくなる状態となった。高次脳機能障害者は、当初一人で通所はできなくても、繰り返し同じ道順で通所されると、道順を憶えている場合もある。ただし認知症者の場合は、繰り返しても憶えられない。 —デイサービスについて— 介護保険制度を利用しての若年性認知症者のデイサービスを実施しているところは、当センターが全国初で、全国で唯一である。通所の介助に介護保険が適用されれば、活動参加の機会も増えるが、現在は通所が困難で利用できないというケースも少なくない。デイサービス開始当初は症状の軽度のケースを対象とし、それぞれが役割をもって活動することを考えていた。ところが実際はデイサービスを必要としているのは中等度より重いケースが多い。 ニ D氏(精神科「若年性アルツハイマー病」専門外来担当医師) —発症初期の就労について— 軽度の人が仕事を失った場合、医療としてのリハビリはなかなか難しい。軽度の人には、お年寄りのデイサービス等はなじめない。居場所がなくなってしまう。医療として手薄な部分となる。 「毎日通勤すること」がリハビリになり、とてもいい。これは男性の場合であるが、仕事内容が簡単なことでも、続けられるのはとても重要である。女性で主婦の場合は、家事を上手く利用するとよいリハビリになる。ところが家族の理解が悪いと、病気であることを忘れて「何やってもできない」等と言ってしまい、逆に家事等が負担になってしまう。男性は仕事を辞めて在宅生活になることでストレスが大きくならなくても、リハビリをどのようにしたらよいのかが問題になる。これに関する問題は非常に多い。 —言語能力について— 言語能力が残っている人はその場その場で対応できる。この違いは大きい。人付き合いに影響する。男性の方が言語能力は低下しやすい。一般的に女性の方が言語能力は高く、病気になっても女性の方が言語に関しては巧みである。ことばの能力は集団生活で影響される部分である。 —若年性認知症の進行について— 就労の継続は、本人にとってのリハビリになると同時に、3年継続できればその間、家族はこれから先の準備ができる。専門外来でのキーワードは、若年性アルツハイマー病になっても「人生は20年続く」。 Ⅰ期、Ⅱ期、Ⅲ期と分けて、5年、8年、8年と考えている(図2)。Ⅱ期の後半からは自立した生活は送れないが、最初の5年は自立できる。20年の生活について家族を含めて、QOLをどうやっていくかがテーマとなる。家族も無理してはもたないし、家族が犠牲にならないように、患者さん自身も家族の幸せを考えているから、どうやって病気を受け入れて20年を過ごすか、そのスタートが最初の5年ということになる。発症で一気に崩れるのではなく、仕事の継続を含めて、今までの生活が続けられる余裕が持てると、その後の過ごし方が違う。例えば奥さんが仕事に出て行かなければならなくなると、ご主人のことでパニックになっても仕事には行かなければならないような状況となる。最初に余裕を持って過ごせることで全く違ってくる。家族支援に力を入れるのはそのような理由による。 医療では「早期発見、早期治療」と言って、早く見つけて薬を出しているだけでは十分ではない。家族への支援もし、本人にも指導する。しかし初期の段階のリハビリには、仕事ができればそれが一番いい。病気の進行により機能低下への対応は難しいが、最初の3年で仕事ができれば、家族へのインパクトも違ってくる。 ホ E氏 (若年性認知症家族会代表) —家族会への参加までの経過— 診断が確定する時期は人によって異なる。2,3年前は家族が発症に気がついた時点から家族会の入口に来るまでに3〜5年かかっていた。家族の性格によっても方向性が異なるところだが、最近は早い段階で家族会に問い合わせるケースが増えている。最初に気づいたのは家族のほか、職場の人である場合も多い。 —若年性認知症者の精神状態— 自分が病気だということになると、本人は職場にも、家族にも気を遣っている。始終一緒にいると本人は監視されているように感じ、また家族も休まらない。自論だが、離れて過ごすことによって、進行の度合いがゆるくなるのではないかと思う。もちろんその本人と家族との‘関係’にもよるが。家族も一生懸命なので、第三者がこうするべきだと言えない。あえて家族と離れて過ごすことが進行を防ぐ効果があるのではないかと思う。本人が何らかの活動に参加して帰宅すると、いい意味でいつもと様子が違っていたと報告する家族が多数いる。 —若年性認知症者の就労と社会参加—  当家族会の認知症本人会員約190名の中で、就労継続中の人は1名のみ。これだけの会員がいて、継続中がたった1名ということは、ほとんどの人が休職、その後退職しているのが現状である。 今の技術では早い段階で診断がつくので、診断の確定後は、仕事の継続が何よりのリハビリになることを考えて対応してほしい。ジョブコーチ(以下「JC」という。)は支援から離れざるを得ないので、可能であるならば、最後まで付き添って支援するサポーターやボランティアがいれば、就労継続が可能になると思われる。その後会社での継続が困難になったときに、家族会から派生した若年性認知症社会参加支援センターにくればよいのではないかと思う。さらに症状が進行した場合には、家族会から派生した若年性認知症サポートセンターによるミニデイサービス事業に参加するとよいと思う。在宅から施設に移行する前にも、在宅時に段階を踏んでサポートすることが可能と考えている(図1)。 実際は当事者が働く場所がないという現実があるので、できれば当事者数名に一人サポーターがつく就労継続支援事業等を立ち上げ、地域の行政にも協力してもらいたい。 —モデル事業について—  就労継続に関するモデル事業を実施してほしい。例えば、就労継続が困難な理由のひとつに、通勤が困難になったとき、同行者がいたら、継続可能だったかもしれないというケースがあった。モデル事業として通勤の同行者をつけた場合に、就労継続によってどのような効果がえられるのか見てみることは重要であると思う。またモデル事業としてそのほかのサポート体制を試行した際の問題点等も浮かび上がると思うので、またそこから対策を検討してほしい。 ヘ F氏(認知症家族会事務局長) —就労支援の困難— 入会するまでに本人も家族も認知症であることを認めたがらず、時間が経過してしまい、退職させられた後で家族会に相談されるため、初期の支援になかなか入れない。時間が経過してしまうと症状も進行し、就労支援の段階ではなく、経済的な支援が必要な段階になっている。  すでに退職したケースから、どの段階でどのような支援が必要であったかを検討するために、本人と就職していた事業所に調査しようとすると、円満に退職したケースがほとんどないため、本人にも事業所にも「この件では、かかわりたくない」と断られてしまい、調査も難しい。 (3)就労継続に必要な支援として考えられること  ヒアリング調査から異口同音に言及されたことは、若年性認知症軽度の初期の段階で、就労継続が何よりのリハビリになるという点である。そのために必要な支援として、相談窓口があれば、その時点の能力に応じた職務内容・配属への変更が検討されることが可能となる。また本人の変調に最初に気づくのは職場の上司・同僚である場合も多いため、関係者の相談できる体制が整っていることも重要である。さらに医療機関での確定診断に至っていない場合は、相談窓口より専門の医療機関と連携することで、症状の進行等にも対応できることが考えられる。また就労継続が困難なケースの多くは、単独での通勤が困難なため、就労をあきらめざるを得ないというのが実際のところである。通勤に同行することは就労継続のための現実的な支援のひとつであることが考えられる(図1)。 5 今後の研究計画  今後は、「地域障害者職業センター利用実態アンケート調査」および「当事者家族会利用者実態調査」を実施し、本人や家族の就労への要望等を明らかにし、詳細な現状の把握を進める。さらには現在就労を継続している若年性認知症者とその事業所によるヒアリング調査を行い、就労継続のための支援内容を検討する。 6 参考・引用文献 1)宮永和夫:若年期の痴呆の疫学、「老年精神医学雑誌 第9巻第12号 1998.12、P1439〜1449 民間企業等におけるメンタルヘルス対策の動向について −事業所調査を実施するための文献調査から− 野口 洋平(障害者職業総合センター障害者支援部門 研究員) 1 はじめに  民間企業等におけるメンタルヘルス対策は、2000年に労働省(当時)が示した「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」1)(以下「指針」という。)以降、具体的な対策を講じる企業が増えている。中でも、職場復帰支援(以下「復職支援」という。)については、2004年に「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」2)(以下「手引き」という。)によって一定のガイドラインが示された後、企業自らが取り組む支援策に留まらず、事業場外資源によるケアも拡大しつつある。  そこで、本稿では、指針以降の民間企業におけるメンタルヘルス対策に関し、①企業自らが取り組む対策の動向、に加え、②医療機関等の事業場外資源によるケアの動向を概観し、今日的な課題とその対応について検討する。 2 <調査1>企業におけるメンタルヘルス対策の動向 (1)目的  民間企業におけるメンタルヘルス対策に関し、特に2004年の手引き前後の動向について着目し、今日的な課題を取りまとめる。 (2)方法  民間企業のメンタルヘルス対策について、2001年1月から2007年12月までの間に好事例として発表された文献(『産業精神保健』14編,『労政時報』18編)、及び国立情報学研究所の文献検索システム(論文情報ナビゲーター)により“メンタルヘルス”を KeyWordとし検索した民間企業におけるメンタルヘ 図1 メンタルヘルスに係る担当者の状況 ルス対策に関する好事例(2001〜2007年,19編)、計51編(51社)を対象とした。発表年でみると、2003年以前23社,2004年以降28社であった。  取り上げた項目は、企業規模,メンタルヘルス対策導入の経緯と目的,産業保健スタッフの体制,1〜3次予防の取り組み状況,4つのケア(セルフケア、ラインケア、産業保健スタッフによるケア、事業場外資源によるケア)の取り組み状況,相談体制,スクリーニングテストの実施状況,過重労働対策,メンタルヘルス対策導入の効果、及び今後の課題とした。 (3)結果 イ 対象企業について  企業規模は、従業員数1万人以上(連結を含む)が22社、1000人以上1万人未満が25社、1000人未満が4社であった。ただし、1000人未満の規模であっても親会社と関連する企業等であり、基本的に大規模企業の好事例である。 ロ メンタルヘルス対策の導入について  メンタルヘルス対策導入の目的については、主に次の3つに大別された。(a)企業のリスクマネジメントと生産性向上:27社,(b)従業員のQOLを高めることで企業発展に繋げる:15社,(c)安全配慮義務の遵守:12社であった(複数回答を含む)。  メンタルヘルス対策の導入経緯に関して、29社(57%)が、「メンタルヘルス対策推進指針」等の全社的なプログラムを策定していた。また、12社は経営者のトップダウンによる施策の推進が記載されていた。 図2 メンタルヘルスに係る外部機関の活用状況  メンタルヘルスに係る担当者及び外部機関の活用状況をそれぞれ、図1、図2に示す。社内体制について、産業医及び産業医以外の顧問医を含めた精神科医、保健師、臨床心理士、カウンセラー等の専門職の活用が一定程度見られた。特に2004年以降は、保健師の活用が増えていた。外部機関については、特に2004年以降の事例にEAP(従業員支援プログラム)機関、医療機関の活用が増え、記載ないものが減っていた。  メンタルヘルス対策の状況を図3に示す。1次予防、2次予防については、具体的な記載のなかった企業を除けば、何らかの対策が講じられていた。3次予防(復職支援)については、2004年以降の事例に多く認められた。  セルフケア、ラインケアへの取り組みは2003年以前から取り組まれていたが、2004年以降の事例では、実施率がさらに高くなっていた。ラインケアについて、全51社中46社の企業で管理職を対象とした研修が行われ、このうち16社は積極的傾聴法をカリキュラムに加えていた。この他、事例検討の実施や研修後の習熟度テストを行う企業も見られた。  産業保健スタッフによるケアについては、相談対応の他、特に2004年以降の事例では、3次予防へ関与があり、全28社中、復職プログラム等が整備された21社において、産業医による復職可否の判断・意見や保健師面接などが定められていた。  外部機関によるケアについて、外部EAP機関との契約が、特に2004年以降の事例で増加していた。ケアの内容については、従業員の相談・カウンセリング対応が21社、研修の委託が5社、復職支援に関する支援が3社だった。  スクリーニングテストについては、職業性ストレス簡易調査票(厚生労働省編),労働者の疲労蓄積度自 図3 メンタルヘルス対策の状況 己診断チェックリスト(厚生労働省編),東大式自記健康調査,Y-G性格検査,JMI健康調査,TEG,GHQ,日本版POMS,M.I.N.I.,MIRROR,SDS等のほか、企業が独自に作成したテストが使用されていた。  長時間労働等の過重労働への対策については、全51社中の19社(37%)に取り組みの記載があった。 ハ メンタルヘルス対策による効果について  メンタルヘルス対策による効果を図4に示す。51社中36社(2003年以前15社、2004年以降21社)に具体的な記載があった。2004年以降の事例では、“管理職・従業員のメンタルヘルスに関する理解や協力の促進”が増加し、リハビリ出勤等の利用が増加傾向にあったが、その一方で“病欠・休職者の減少”の効果は大きく減った。また、メンタルヘルス不全者が早期に発見されるため、ケアの対象者数は増加傾向にある企業も見られた(複数回答を含む)。  今後の課題について、19社の記載があり、“教育・研修の充実”が11社、“地方の支社等において本社と同等のケアの整備”が8社、“ラインケアの充実”が6社、“スクリーニングテストの見直し”が4社などであった(複数回答を含む)。 (4)まとめ  好事例企業におけるメンタルヘルス対策は、2004年の手引き以降、3次予防への取り組みが本格化した。産業保健スタッフの担う役割が重視され、従業員や管理職の意識も変化してきた。同時に、事業場外資源についても、相談窓口や研修等の機能として委託が増えており、多職種のスタッフや外部機関の活用が進んでいると言える。  他方、疾病の早期発見(2次予防)等によりケア対象者や休職者が増えているという現状も窺われ、1次予防、復職支援の充実が課題である。 図4 メンタルヘルス対策の効果 3 <調査2>事業場外資源による復職支援の動向 (1)目的  調査1の結果を踏まえ、近年、リワーク支援等での成果が報告されている事業場外資源(医療機関・公的機関)について、復職支援の取り組み状況を明らかにし、今日的な課題を取りまとめる。 (2)方法  調査対象は、2007年4月から2008年3月までの間に『精神医学』,『精神科』,『産業精神保健』,『精神科臨床サービス』及び『日本精神科病院協会雑誌』に発表された精神保健領域におけるメンタルヘルス不全者の復職支援に関する文献とした。 (3)結果  対象となる文献は8件(当該施設をA〜Hとする)であった。表1に復職支援のプログラムを示す。医療機関による支援が6件(A,C,D,E,G,H)、公的機関による支援が2件(B,F)であった。8件中、通所訓練(週5日程度)を課して模擬的な就業体験を組み入れたもの(以下「就業期体験型施設」という。)が4件(A,B,C,D)、週1日程度のプログラムが中心の4件のうち作業療法・精神療法等を中心としたものが2件(E,F)、作業課題を設定しないものが2件(G,H)であった。  日常生活指導、認知行動療法等の精神療法は、概ねすべての施設で実施されていた。職能回復訓練は、すべての就業期体験型施設で取り組まれており、より負荷の低い活動は作業療法を行う4施設(A,D,E,F)で取り組まれていた。 表1 各施設における支援プログラム 表2に各施設(A〜F)の作業課題を示す。就業期体験型施設ではパソコン課題が組み込まれていた。施設B,Cは低下した能力回復のためには、課題分析に基づく段階的な課題の設定が必要であると指摘していた。 表2 A〜Fの各施設における作業課題 表3に各施設における復職支援時の課題を示す。すべての施設で“認知の問題”が課題とされた。またF以外の施設で“能力の低下”が課題とされた。この他、半数以上の施設で、復職にかかる客観的指標が必要としていた。 表3 各施設における復職支援時の課題  “認知の問題”については、うつ病等気分障害の特性として、すべての施設において重視され、認知行動療法等の取り組みが報告されていた。  他方、“能力の低下”については、就業期体験型施設において共通した課題となっていた。施設Aは『具体的には、思考力、自己抑制力、コミュニケーション能力、集中力、意志・決意力、記憶力が挙げられる。こうした能力は、前頭葉の前頭前野で司どられる』とし、前頭葉を賦活するため多種の作業課題を準備していた。施設Bは、『作業時間と仕事量を設定したプログラムを実施し、集中力と思考力の実践的な能力の確認を行った』との記載があり、プログラムの利用者に厚生労働省編一般職業適性検査を実施し、復職定着群と復職不調群では知的(G)、言語(V)、書記(Q)の各要素で有意差があることを示した。施設Cは、『業務を遂行するためには、集中持続力、ストレス耐性、問題解決能力、柔軟性などさまざまな能力が必要とされる』とし、『復職を目指している患者では、ほとんどの場合、作業能力に対する参加者自身の評価と、実際の作業能力にギャップがある』と指摘した。  これに加えて、“能力の低下”がどの程度回復しているのか指標が必要という指摘が見られた。『業務遂行能力の回復の程度を評価する方法も確立されていないのが実情である』(施設E)、『復職可能性の判断にばらつきが大きい理由の一つとして、復職準備性についてのコンセンサスが得られた評価尺度がない』(施設B)などである。その一方で、施設Cは一定の信頼性、妥当性の得られた復職のための評価表を示していた。 (4)まとめ  外部機関によるメンタルヘルス不全休職者の復職支援では、認知や能力低下の問題が復職上の課題となっていた。特に、復職のための模擬的な施設である就業期体験型施設では、能力の低下が共通した課題となっており、能力回復の指標が求められていた。  休職者の能力回復について、就業期体験型施設ではストレスコーピング、課題分析に基づく作業課題等のプログラムがみられたが、成果に結びつき難い現状と対応していると考えられる。 4 総合考察  調査1及び調査2の結果から、民間企業がメンタルヘルス対策に着手し、2004年以降の事例では、復職支援(3次予防)にも取り組む状況が見られた。また、2004年以降の事例では、保健師等の専門職によって企業内の産業保健スタッフ体制が強化され、事業場外資源も積極的に活用されていた。  また、医療機関や公的機関等の事業場外資源では復職支援の取り組みが展開され始めているが、認知や能力低下の問題が支援上の共通した課題となっていた。認知の問題については、認知療法を行動療法と組み合わせた精神療法(認知行動療法)のプログラムがあり、医療機関等を中心に効果的な治療手続きに関する知見が蓄積されてきている。  その一方で、能力低下の問題について、この問題に対するリハビリテーションのプログラムは、当部門で文献調査を行った限りでは、本稿で取り上げた復職支援に関するものを除いて先行研究を見つけることはできなかった。このことから、能力低下の問題は、メンタルヘルス不全による休職者の増大と復職不調者の存在、それらに対する復職支援プログラムの開発の過程で顕在化してきた新たな課題とも言えるだろう。本稿で取り上げた就業期体験型施設では、この問題へのアプローチとして、それぞれ独自に作業課題を用意し、休職者の能力回復を試みる状況が見られた。しかし、このような事業場外資源を利用して復職を目指す者は未だ全体の一部に留まっており、休職期間を終えた後、直接事業場に復帰する者が大部分を占めるのが実態である。このような復職者については、能力低下の問題が復帰先の事業場において再現されることが容易に予測される。  さらに、復職支援に焦点を当てた支援を行なっている施設において、新たな問題となっているのが、“復職指標の作成”であった。日常生活指導、精神療法、そして職能回復訓練等を実施した後、どの程度のレベルまで回復すれば復職可能な準備性を獲得したと言えるのか、複数の外部機関が直面する課題であった。  能力回復の判断について、調査1から近年産業医等大企業の産業保健スタッフがその役割の一部を担っていた。しかし、未だに主治医となる専門医の復職可否の判断が重要視される実情もある。この問題について、柏木ら5)6)は企業担当者(産業保健スタッフ、人事労務担当者等543名が回答)及び事業場外主治医(精神科医、心療内科医等846名が回答)に対して調査を行っている。  それによると、復職判定に際して最も重視するのは、「主治医の診断書」と回答した企業担当者が最も多く(68.6%)、「産業医」の判断(16.0%)の4倍以上であった。主治医の判断については、メンタルヘルス不全に関する定量的基準がないために「主治医の主観的判断に依らざるを得ない」と主治医の66.2%が回答しており、この主観的判断も「患者の意向に添う傾向があり、患者に甘くなる」と主治医の85.8%が回答した。主治医の判断が「患者の意向に添う傾向」は、企業担当者の85.8%も同様に感じていた。また、「復職可。但し、軽作業が望ましい」と記載した経験のある主治医は96.0%あり、軽作業の示す内容については、「ケース・バイ・ケース」(43.8%)、「超過勤務がない」(29%)、「従来業務に比して50〜60%程度」(24.5%)の順で、柏木らは『具体的にどのような業務内容が「軽作業」であるのかという指示は、事業場の実情を熟知していない主治医からは出来ない』と指摘している。  柏木らの調査結果からも、主治医が職務を想定しがたい場合、復職への準備性を評価することは難しく、復職指標が存在しないことが示唆される。  その一方で、柏木らの調査では、復職の条件として、完全治癒でなくとも寛解状態であればよいと回答した主治医は96.2%、企業担当者は87.8%であり、メンタルヘルス不全者は段階的に回復し、社会復帰するということについて一定程度のコンセンサスは得られていることがわかる。問題となるのは、事業場に段階的に復帰する際に、どのような「軽作業」によって能力の回復を図るのかということであろう。 5 結語  復職支援を中心に、企業におけるメンタルヘルス対策の動向を概観した。今後の課題として、①効果的な職能回復訓練の実施方法、及び②復職指標の検討が挙げられる。①については、事業場内外のそれぞれの場に応じた検証が必要であり、②については、既に妥当性のある調査票等も発表されているが、作業能力の回復に焦点を当てたツールが必要である。これらの復職支援ツールについて、そのニーズを把握することが求められていると言えよう。 【参考文献】 1)厚生労働省:事業場における労働者の心の健康づくりのための指針 (2000) 2)厚生労働省:心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手 引きについて(2004) 3)野口洋平:民間企業におけるメンタルヘルス対策に関する文献研究,第36回 職業リハビリテーション学会発表論文集,pp46〜47(2008) 4)野口洋平:メンタルヘルス不全休職者の復職支援における課題につい て,日本精神障害者リハビリテーション学会第16回大会抄録集(2008) 5)柏木他:メンタルヘルス不全者の職場復帰支援に関する調査研 究(第1報)事業場外資源(精神科医・心療内科医など)への質問 紙調査,日本職業・災害医学会会誌 Vol.53 No.3,pp153〜160 (2005) 6)柏木他:特別企画1-2 メンタルヘルス不全者の職場復帰支援に 関する調査研究--事業場内・外関係者双方への質問紙調査結 果,日本職業・災害医学会会誌 Vol.54 No.3,pp113〜118(2006) メンタルヘルス不全による休職者の職場復帰について(1) −メンタルヘルス対策を中心に− ○野口 洋平(障害者職業総合センター障害者支援部門 研究員) 位上 典子・小池 磨美・小松 まどか・村山 奈美子・加地 雄一・加賀 信寛・望月 葉子・川村 博子 (障害者職業総合センター障害者支援部門) 1 はじめに  障害者職業総合センター障害者支援部門では、平成19年度から「特別の配慮を必要とする障害者を対象とした、就労支援機関等から事業所への移行段階における就職・復職のための支援技法の開発に関する研究」を進めている。この研究の中で、メンタルヘルス不全による休職者の職場復帰支援(以下「復職支援」という。)についても、施設、医療機関等と事業所との双方で利用できる支援技法の開発を行っている。  本発表では、この研究活動の一環として行った「メンタルヘルス不全による休職者の職場復帰に関するアンケート」の結果についてまとめ、その概要について報告する。 2 手続き (1)調査対象の選定 県別(47都道府県)・産業別(総務省が定める日本標準産業分類に準拠)に企業の分布状況を勘案し、企業規模(300人未満/300〜999人/1000人以上)別に各々1500社を目安として、計4500社を企業データベースから抽出した。 (2)調査票 「企業及び事業所(支社及び工場等)のプロフィール」、「メンタルヘルスに関わる取り組み」、「メンタルヘルス不全による休職者の復職に対する取り組み」、「メンタルヘルス不全による休職者への対応」、「職場復帰に関する考え方」により構成した。 (3)調査の実施 平成20年5月、郵送により調査を依頼した。調査依頼は企業本社に発送し、企業において任意の事業所1ヶ所を選定して当該事業所から回答を得ることとした。同年8月末までに886事業所から有効回答を得た。 3 結果  上記2の(2)調査票のうち、本稿では「企業及び事業所のプロフィール」,「メンタルヘルスに関わる取り組み」、「メンタルヘルス不全による休職者の復職に対する取り組み」について報告する。 (1)調査対象企業の概要 イ 企業規模  企業規模について回答のあった879社の内訳は、300人未満が21.3%、300〜999人が40.5%、1000人以上が38.2%であった(7社は企業規模不明)。 ロ 事業所規模  事業所規模について回答のあった846事業所の内訳は、56人未満が26.5%、56〜299人が33.9%、300〜999人が28.5%、1000人以上が11.1%であった(40社は事業所規模不明)。 ハ 回答事業所の属性  調査に回答した事業所の90.5%は本社組織に該当し、本社以外の事業所は5.2%であった。 (2)メンタルヘルス対策の概要 〜企業規模による分析〜  復職支援プログラムの策定、病気欠勤・休職期間の定め、リハビリ出勤導入の有無等について、事業所の属する企業規模の影響が予測されることから、企業規模別に結果を分析した。 イ 復職支援プログラムの策定の状況  表1のとおり復職支援プログラムを策定している企業は2割弱であり、企業規模が小さくなるにつれて策定している企業の割合は減少した。また、プログラムを持つ企業のうち81%は当該プログラムが支社・工場等の各事業所で利用可能と回答した。 表1 復職支援プログラムの策定状況(n=879) ロ 地域障害者職業センターが行っているリワーク 支援注)の認知・利用度  表2のとおり地域障害者職業センターが行っているリワーク支援の認知度は高く、半数以上の企業が制度を知っていた。リワーク支援を利用した経験のある企業は、1000人以上規模で最も高く、制度を知っていて利用経験がない企業は、1000人以上、300〜999人規模で概ね同率であった。 表2 リワーク支援の企業規模別の認知・利用度(n=879) ハ メンタルヘルス対策の主管部署  表3のとおり、1000人以上規模では、人事部門がメンタルヘルス対策を主管する企業が半数を超え、安全衛生部門,健康管理室も一定の割合を占めた。 1000人未満規模では、総務部門が主管する傾向で、300人未満規模の約6割は担当する部署が定められていなかった。 表3 メンタルヘルス対策の主管部署(n=879) ニ 産業保健スタッフの状況  表4のとおり、1000人以上規模では、1/3以上が産業医を常勤として雇用し、産業医以外に顧問医の活用がみられた。保健師や看護師は3割程度が常勤での雇用であった。1000人未満では産業医(非常勤)が多く、次いで兼任衛生管理者が多かった。  このうち、企業内のメンタルヘルス対策で中心的な役割を果たす者について、全体的に産業医(常勤7.3%,非常勤16.7%)、衛生管理者(専任2.4%,兼任8.3%)の割合が高かった。 注)平成17年10月から全国の地域障害者職業センターが実施する「精神障害 者総合雇用支援」に含まれる職場復帰のための支援。雇用事業主に対して 職場復帰受け入れに関する職務内容の設定等の助言・援助を行うとともに、 支援対象者に対して生活リズムの確立、作業遂行能力の向上、対人技能の 習得等の支援を行う。標準の支援期間は、12〜16週間である。 表4 産業保健スタッフの体制(n=879,複数回答) ホ メンタルヘルス対策の実施状況  メンタルヘルス対策の実施率の平均は26.5%で、企業規模1000人以上が39.9%、300〜999人が23.0%、 300人未満が8.9%であった。なお、具体的な対策の実施率は表5のとおりである。 ヘ 病気欠勤及び休職制度の状況  表6のとおり、メンタルヘルス不全に関する病気欠勤及び休職期間の定めは、企業規模が大きいほど定めがあった。表6で期間の定めのあったものについて、表7に病気欠勤・休職の期間を示す。病気欠勤、休職期間ともに企業規模が大きいほど、期間が長くなっていた。全体では、病気欠勤が3〜6ヶ月、休職は12ヶ月を越える割合が多かった。 表5 メンタルヘルス対策の実施状況(n=879) 表6 病欠・休職期間の定めの有無(n=879) 表7 病気欠勤・休職の期間(n=556) (3)復職の実際 〜事業所規模による分析〜  復職可否の判断者、復職者の勤務の形態や業務の内容については、事業所単位の回答を得ていることから、事業所規模により結果をまとめた。 イ 主治医との連携と復職可否の判断  病気欠勤・休職中における外部医療機関主治医に対する事業所の連携窓口について、事業所規模が大きくなるほど産業医を含む産業保健スタッフの割合(1000人以上規模50%)が増しており、事業所規模が小さくなるほど、人事・総務担当(56人未満規模46.4%)や直属上司(56人未満規模23.2%)が担う傾向にあった。  表8のとおり、1000人以上の規模では、産業医の意見を尊重して最終的に総務・人事が判断するという回答を併せると7割を超えた。事業所規模が小さくなるほど、総務・人事や直属上司の判断が中心となり、産業医の関与は減った。 表8 復職可否の中心的判断者(n=846) ロ 復職者の勤務や業務内容  復職者の勤務のあり方について、全体では、隔日勤務(10.3%)や半日勤務(43.6%)といった軽減勤務を併せた割合と、通常勤務の「残業あり」(12.9%)、「残業なし」(45.7%)を併せた割合がほぼ同程度であった。また、「その他」(22.3%)では、「ケースに応じて個別に決める」という記載が見られた。  復職者に従事させる業務内容については、すべての規模で「業務量を減らす」(全体54.3%)が最も多かった。「直接生産的な業務はしない」は、事業所規模が小さくなるほど低くなっていた。 (4)試し出勤制度について イ 企業の取り組み  試し出勤等(リハビリ出勤等を含む、以下「試し出勤」という。)について、表9のとおり、制度が「既に導入されている」は1000人以上規模でも2割弱であった。しかし、1000人以上規模,300〜999人規模では、運用上の扱い、将来的な導入を含めて、試し出勤制度の導入を考える企業は8割程度であった。300人未満規模では4割が今後も導入を考えておらず、300人以上規模との差が大きかった。 ロ 試し出勤制度を有する事業所の状況  試し出勤制度について、事業所における状況は、運用上での扱いも含めて「ある」と回答した380事業所を対象とした。事業所規模にかかわらず、2週間〜1ヶ月未満の期間が最も多い。中でも56人未満規模では、約3割が1ヶ月未満であって、3ヶ月以上の期間の設定はなかった(表10)。  また、規模が大きいほど、試し出勤で、段階的な時間設定を行う事業所は多かった(表11)。  試し出勤時に従事する内容について、「出社練習のみ」は事業所規模が大きいほど、実施率も高かった。56人以上規模では、「出社して、業務外の作業に従事」が7割以上であった。56人未満規模では、無回答が3割を越えた(表12)。 表9 試し出勤制度の導入状況(n=879) 表10 試し出勤の実施期間(n=380) 表11 試し出勤の段階的時間設定(n=380) 表12 試し出勤時に従事する内容(n=380,複数回答) 4 考察  復職プログラムが策定されているのは、全体で 17.9%、1000人以上規模の企業でも34.2%に留まった。多くの企業では標準化された手続きのない状態で、メンタルヘルス不全による休職者を復職させていることがわかる。この傾向は、特に企業規模が小さくなるほど顕著であった。  メンタルヘルス不全による休職者への対策については、企業規模が大きいほど対応する部署が定まっており、専門職が配置されていたが、小規模企業では対応する部署が定められておらず、専門職の配置も少なかった。また、メンタルヘルス対策についても大企業ほど実施率が高くなっていた。同様に、病気欠勤・休職期間についても、企業規模が大きいほど、期間の定めがあり、その期間は規模が大きいほど長くなる傾向であった。  企業規模が大きいほどメンタルヘルス対策が進んでいることについて、大企業ほどこの問題に対する対策を講じられるだけの経営上のゆとりがあることも示唆される。しかし、大企業ほどより多くのメンタルヘルス不全者が存在し、復職支援が経営上の課題となっていることも指摘1)されている。試し出勤制度の導入が大企業ほど進んでいることも、精神科等主治医の「復職可」という診断に基づいて復職させた結果、再発する事例が少なからず存在することへの対応として導入されたという指摘2)もある。試し出勤の制度化は1000人以上規模では他と比べて高いが、運用上で同様の取り扱いをする企業と制度の導入を検討中の企業を合わせると、300〜999人規模の企業でも8割程度の企業がこの勤務のあり方に関心を抱いており、1000以上規模企業と同等の比率となっている。つまり、対策の必要性については、1000人以上規模、300〜999人規模ともに認識されており、大企業では先行して対策が講じられてきたとも言えよう。  事業所規模別にみると、規模の大きい事業所では、メンタルヘルス対策に関する専門の知識と技能を有する産業医等の産業保健スタッフが配置され、メンタルヘルス不全者の特性に応じた能力回復のためのプログラムが整備されつつある。また、産業保健スタッフと人事・総務等労務管理部門が連携して対応していた。他方、小規模事業所では、直属の上司や総務・人事の担当者といった非専門職が単独で対応しており、復職への取り組みについても、メンタルヘルス不全者が段階的に能力を回復するといった特性に対し、十分対応できているとは言い難い状況にある。このように企業規模だけでなく、事業所規模によって、復職支援にかかるニーズが異なると思われ、規模に応じたニーズの把握が今後の課題といえる。 5 まとめ  当部門が調査した事業場外資源における職場復帰支援3)では、低下した作業能力の向上が共通した課題であった。また、復職支援施設では課題分析に基づく作業課題が能力回復に必要と指摘されていた。当部門では、課題分析に基づいた作業課題を開発し、高次脳機能障害、統合失調症等特別の配慮を必要とする障害者に対して、職場適応のための能力開発を検証してきた4) 5)。今回の事業所調査の結果からは、試し出勤制度を導入した企業のうちの7割が、試し出勤において「業務外の作業に従事」させており、この場面において当部門の作業課題を援用することにより、メンタルヘルス不全休職者の能力回復に資することが期待できる。この場合、産業保健スタッフが充実している大規模事業所での適用と、人事や直属上司が中心となる中小規模の事業所の場合では、事業所ニーズに応じてより効果的な利用方法を検討することが必要であると言えよう。  なお、復職支援に関する具体的な支援ツールのニーズについては、『メンタルヘルス不全による休職者の職場復帰について(2) 』にて報告する。 【参考文献】 1)社会経済生産性本部:「メンタルヘルスの取り組み」に関する企業 アンケート調査(2006) 2)五十嵐良雄:うつ病、不安障害を対象としたメンタルクリニックにお ける職場復帰支援,「医学のあゆみ」,Vol219 No.13,pp1002 〜1006(2006) 3)野口洋平:メンタルヘルス不全休職者の復職支援における課題 について,日本精神障害者リハビリテーション学会第16回大会抄録集 (2008) 4)障害者職業総合センター調査研究報告書:事業主、家族等と の連携による職業リハビリテーション技法に関する総合的 研究(第1分冊 事業主支援編),No.74(2007) 5)障害者職業総合センター調査研究報告書:事業主、家族等と の連携による職業リハビリテーション技法に関する総合的 研究(第1分冊 関係機関等の連携による支援編), No.75(2007) メンタルヘルス不全による休職者の職場復帰について(2) −復職支援に対するニーズを中心に− ○位上 典子(障害者職業総合センター障害者支援部門 研究員) 野口 洋平・小池 磨美・小松 まどか・村山 奈美子・加地 雄一・加賀 信寛・望月 葉子・川村 博子 (障害者職業総合センター障害者支援部門) 1 はじめに 本発表では、先に発表した「メンタルヘルス不全による休職者の職場復帰について(1)」の中から、休職者への対応及び復職支援に対するニーズを中心に報告する。 2 手続き 「メンタルヘルス不全による休職者の職場復帰について(1)」に同じである。 3 結果 (1)休職者への対応 イ 休職者の有無 886事業所のうち、過去にメンタルヘルス不全による休職者がいたのは607事業所(68.5%)であった。図1に、事業所規模別のメンタルヘルス不全による休職者の有無について示す。規模が大きくなるにつれ、「過去に休職者がいた」という回答が増え、1000人以上の事業所になると97.9%が該当した。また、1人以上精神保健福祉手帳取得を確認している事業所は、607事業所中66事業所で、確認されている精神保健福祉手帳取得者は91名であった。 図1 メンタルヘルス不全による休職者の有無(事業所規模別) さらに、過去3年間に休職者に対して復職への対策を講じたことがある事業所は442事業所であり、そのうち、対策を講じた休職者と復職者の人数について回答が得られた357事業所の平均復職率は、67.3%(SD=33.1)であった。図2に、復職率の内訳を示す。復職率100%の事業所が131事業所(36.7%)ある一方で、復職率が60%に満たない事業所も133事業所(37.3%)あった。復職率0% と回答した事業所は、全て999人までの事業所規模であった。 図2 復職率(n=357) ロ 休職期間中の連絡頻度及び連絡内容 表1に、休職期間中の連絡頻度について示す(事業所規模別、複数回答)。全ての規模で「随時」が最も多かった。その一方で、56人以上規模では「ほとんど連絡を取らない」と回答した事業所が10%近くあった。 表1 休職期間中の連絡頻度(事業所規模別、複数回答) 表2に、休職期間中の連絡内容について示す(事業所規模別、複数回答)。全ての規模で「本人の健康状態の把握」が最も多く、会社に関する情報を提供すると回答した事業所は規模が小さくなるにつれ少なくなる傾向にあった。 表2 休職期間中の連絡内容(事業所規模別、複数回答) ハ 疾病再発・再燃予防への取り組み 図3に、事業所が行った復職にあたって、もしくは復職後、疾病再発・再燃予防のための取り組みについて示す。 (イ)取り組んでいるもの:「(A)実際に取り組んでいる、もしくはこれから取り組む」と回答した事業所が多かったのは「②従事する業務の内容について、本人と関係者で協議する」、「④復帰先の上司や同僚に対して、復職について理解と協力を求める」、「①復帰先の部署について、関係者で協議する」、「③復職者が従事する業務の軽減方法について、関係者で協議する」といった「復職前の取り組み」であった。「⑫遅刻や欠勤が生じた場合、相談などにより状況の把握を行う」や「⑪仕事の処理能力を把握し、内容や勤務時間等の調整を行う」といった「労務管理」や、「⑤本人に体調や治療の状況、服薬管理等を確認する」といった「体調管理」も実際に取り組んでいるか、これから取り組もうとしている事業所が多かった。 (ロ)取り組みの予定が明確でないもの:「(B)取り組みたいと思っているが、現状では対応できていない」と回答した事業所が多かったのは、「⑩ストレス調査票などによって、本人の状態を確認する」、「⑥主治医と休職者との情報を共有する」や「⑦家族に生活リズム等を確認する」、「⑮従業員全体に対するメンタルヘルス教育の実施」であった。 (2)職場復帰に関する考え イ 職場復帰について困っていること 図4に、事業所が職場復帰について困っている内容を示す。困っている内容として最も多かったのは、「⑥復職の可否を判断するのが難しい」であった。次いで、「⑪病状がわかりづらい」、「①復職者の上司が本人とどう接したらよいか悩む」が続いた。そのうち、最も対応が困難な内容は、「⑥復職の可否を判断するのが難しい」が最も多かった。次いで、「⑪病状がわかりづらい」、「⑭復帰しても再休職になることがある」が続いた。 図3 再発・再燃予防の取り組み(n=886) 図4 職場復帰について困っていること(n=886) 事業所規模別に見た傾向の中で、特徴的であった項目を図5に示す。「⑪病状がわかりづらい」に関しては、1000人以上規模の事業所は他の規模の事業所より「最も対応が困難」と回答した事業所が少なく、「⑭復帰しても再休職になることがある」に関しては、1000人以上規模の事業所は他の規模の事業所より「困っている」「最も対応が困難」と回答した事業所が多かった。 ロ 円滑な職場復帰に必要な方策について  図6に、円滑な職場復帰のために利用している方策、及び今後必要と考えている方策について示す。  「利用している方策」で最も多かったのは、「④復職の際の配置や業務軽減などの方法を具体的に示したテキスト」であった。次いで、「⑧外部EAP機関による支援」、「⑥事業所・産業保健スタッフと復職者との間で、情報共有するための様式」が続いた。 また、「今後、必要な方策」で最も多かったのは、「⑤復職者への適切な接し方を知るための読本(上司や同僚向け)」であった。次いで、「①復職者自身が病気の特徴を理解して、自己管理するための読本」、「③復職者が服薬や睡眠などの生活リズムを自己管理するための健康記録票」、「⑥事業所・産業保健スタッフと復職者との間で、情報共有するための様式」が続いた。 表3に事業所規模別の割合を示す。 図5 職場復帰について困っていること(抜粋) 図6 円滑な職場復帰のために利用している方策及び今後必要な方策(n=886) 表3 事業所規模別に見た円滑な職場復帰のために利用している方策及び今後必要な方策 「利用している方策」は、事業所規模が大きいほど多かった(表中網掛け)。 また、「今後、必要な方策」では、「⑤復職者への適切な接し方を知るための読本(上司や同僚向け)」及び「⑥事業所・産業保健スタッフと復職者との間で、情報共有するための様式」は、56〜299人規模の事業所が最も必要としていた。1000人以上規模では「①復職者自身が病気の特徴を理解して、自己管理するための読本」及び「②復職者が気分の起伏を理解し、自身で安定させるための気分管理票」を必要とした事業所が多かった(表中太字)。 4 考察 (1)休職者への対応について 過去に休職者が「いる」と回答した事業所は、事業所規模が大きくなるにつれ多くなった。これは、病欠・休職期間の定めについて、企業規模が大きくなるほど「ある」と回答した事業所が多く、メンタルヘルス不全になっても一定期間休むことができる環境が整っている(野口1))ことと関連すると思われる。休職期間中、事業所は休職者と連絡を取り、健康状態や医療情報の把握に努め、再発・再燃予防にも一定程度取り組んでいることがわかった。しかし、メンタルヘルス対策の課題の1つに「復職の見極めと復職後の支援体制」が指摘されている(労務行政研究所2))ように、本調査でも、職場復帰にあたっては、復職可否判断の難しさや人間関係、病状のわかりづらさ、再休職者の存在に苦慮している様子がうかがえる結果であった。このような判断や情報収集の困難さから、必要な方策の1つとして「事業所・産業保健スタッフと復職者との間で、情報共有するための様式」をあげた事業所が多かったのではないかと推測される。今後、どのような様式で情報を整理し、把握することが、休職者と事業所双方にとってよりよい職場復帰につなげることができるのか、検討していく必要があろう。   (2)試し出勤のプログラムについて 試し出勤制度がある事業所は394事業所だったが(野口1))、図4に示した「職場復帰について困っていること」の中に「試し出勤の際にどのようなプログラムを組んだらよいか悩む」と回答した事業所は約30%あった。試し出勤で休職者が従事する作業内容は、労働者性の問題とも絡み、復職支援を進める上での課題の1つと言えよう。これは、職場復帰のために必要な方策において、約40%の事業所から「慣らし勤務のための軽作業をパッケージしたもの」が「今後、必要である」との回答と対応している(図6及び表3参照)。筆者らが既に行った事業所へのヒアリング調査でも、事業所担当者から同様の内容が指摘されており、試し出勤での作業課題に関する潜在的なニーズがあるものと思われる。 (3)復職支援に求められるニーズについて 「今後、必要な方策」を回答した事業所は56〜299人規模、300〜999人規模に多かった。これらの事業所規模では、職場復帰で困っていることに「症状が分からない」が多かった。産業保健スタッフの体制は規模が小さいほど少なく(野口1))、事業所内の支援体制に限界があるため、職場復帰に必要な方策をより多く求めていると言えよう。 対照的に、産業保健スタッフの体制は比較的充実し、様々な支援体制が整っていると思われる1000人以上規模の事業所であっても、「再休職者」への対応に苦慮していることが明らかとなった。そのため、事業所内での職場復帰に関する取り組みだけでなく、「復職者自身が病気の特徴を理解して、自己管理するための読本」や「復職者が気分の起伏を理解し、自身で安定させるための気分管理票」といった復職者自身の自己管理に対するニーズに繋がっているのではないかと思われる。 5 まとめ  本調査の結果から、休職者と事業所双方での情報共有のあり方や試し出勤プログラムにおける潜在的ニーズが把握できた。こうしたニーズに対応するべく、本研究では当支援部門で開発したトータルパッケージのツールの事業所における活用事例の蓄積を始めている。また、事業所の規模により必要とされているニーズに違いがあることが推察されるが、この点については引き続き本調査で協力を得られた事業所へのヒアリング調査を通じ、整理していきたいと考えている。 参考・引用文献 1) 野口洋平:メンタルヘルス不全による休職者の職場復帰について(1)、第16回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集(2008). 2) 労務行政研究所研修部:最新メンタルヘルス対策、労政時報第3652号(2005)、pp.2-23 中途障害者の継続雇用に関する企業の対応 −精神障害を中心とする実態分析− ○佐藤 宏  (元職業能力開発総合大学校福祉工学科 教授) 大森 八重子八惠子(NPO法人みなと障がい者福祉事業団) 栗林 正巳 (日産自動車株式会社) 秦 政   ((株)株式会社アドバンテッジリスクマネジメント) 山本 晴義 (横浜労災病院勤労者メンタルヘルスセンター) 渡辺 哲也 (国立特別支援教育総合研究所) 1 研究の目的  在職中の発症等による中途障害者の継続雇用は企業及び本人はもとより、障害者の雇用対策の観点からみて重要な課題である。とくに、近年、職場において精神疾患による業務上疾病が増加していることなどに示されるように、在職中に精神疾患に罹患した従業員の円滑な復職を通じた雇用継続対策は企業にとって切実な問題となっている1)。こうした観点から、本研究では、精神障害に焦点を当て、在職中に精神的な問題により休業休職を余儀なくされた従業員の職場復帰に関する企業の対応について、その実態や問題点を把握するためのアンケート調査を行った。本稿では、この調査に基づく分析結果を報告する2)。    2 調査の概要  本研究では、平成19年度にアンケート調査、20年度にヒアリング調査を行った。アンケート調査は、常用雇用労働者数300人以上の企業10,727社を母集団とし、このうち、常用雇用労働者数300人〜999人に該当する企業8,518社から4分の1、1,000人以上の企業2,209社から2分の1を無作為抽出した合計3,233社を対象とする平成19年11月1日現在についての郵送による通信調査である。有効回答企業数は456社であり、調査対象企業に対する回収率は14.1%であった。  なお、本稿で用いた調査結果は抽出率に基づく復元を行っていないので、結果の値は1,000人以上の大企業にやや傾いていることに留意されたい。  また、ヒアリング調査は、アンケート調査の回答企業から一部を選定し、訪問による聞き取り調査を行った。その結果は、20年度末20年度末の最終報告書で取り扱う予定である。 3 調査結果の分析 (1)病気休業休職者の職場復帰までの一般的なプロセス  アンケート調査の設計に当たっては、何らかの疾病やけがにより休業職を余儀なくされた従業員が職場に復帰するまでの一般的なプロセスを次のように想定した。 ①発症  →②病気欠勤 →③長期病気休職  →④職場復帰に向けての支援 →⑤復職可否に関する判定  →⑥職場復帰・配置に当たっての配慮    →⑦職場復帰の帰結 分析結果は概ねこのプロセスを念頭において記述する。なお、業務上災害にともなう休業については労働法規上の規制が優先するので、本研究の対象とする休職制度等はもっぱら私傷病を想定している。また、メンタルヘルス対策の観点からは、「発症」以前の対策がむしろ重要であるが、本研究は、発症によって休業を余儀なくされた従業員の職場復帰過程に焦点を当てている。 (2)精神障害による職場復帰支援の対象者  調査対象企業456社において、過去33年間に疾病等による長期休業休職者で職場復帰支援の対象となった従業員が「いる」と回答した企業は174社(38.2%)である。このうち、「精神障害」を理由とする休業者がいたと回答した企業は89.7%に上る(表1)。また、職場復帰支援の対象となった従業員数は1.,303名(有効回答企業163社の合計。なお、同じ期間に長期休業したがとくに支援の必要なく職場復帰したし従業員は1,074名である)であるが、このうち、障害種類(疾病名)の回答のあった1.,170名についてみると、「精神障害」を休業理由に挙げている従業員数は883名と約4分の3に達する3)。  ここで、表1の「精神障害」883名のうち、疾患名(疾患分野)について回答のあった769名についてその内訳をみると、約90%がうつ病圏に属する(図1)。統合失調症圏に入ると見られるのは、約55%である。 表1 職場復帰支援を必要とした対象者数   回答 企業数 割合 (%) 実数 (人) 構成比 (%) 合計 174 100.0 1170 100.0 うち 精神障害 156 89.7 883 75.5 (注1)この表における「精神障害者」は、精神障害者保健福祉手帳の有無を問わず、「精神疾患・メンタル上の理由による休業者」全てを含んでいる。 (注2)障害種類について回答のあった者の数である。障害種類についての回答の無かったものを含めると職場復帰支援対象者数は1.,303名となっている。           図1 精神疾患等による休業者の疾病別内訳        (n=769) (3) 病気欠勤制度及び病気休職制度 従業員が長期間の治療を要する疾病にかかった場合、多くの場合は、企業の(長期)病気休職制度を利用することになる。調査対象企業の病気休職制度の設置状況をみると、当該制度が「ある」企業は94.3%であり、「ない」する企業が5.5%と少数である。ちなみに、病気休職制度が「ない」企業では、短期の欠勤を対象とする「病気欠勤制度」をこれに代えているところもあると見られる。しかしながら、「病気欠勤制度」(設置率(60.3%)の最大上限日数の平均値は180.9日(最頻値180180日)であり、「病気休職制度」の場合の平均21.6ヶ月(最頻値2424ヶ月)に比べ、かなり短いことに留意する必要がある。 なお、病気休職制度を有する企業の約3分の2(67.2%)は、「病気欠勤制度」利用期間中に職場復帰できなかった場合に、「(長期)病気休職制度」の適用に移るなどの一定のステップを取り入れている。 (長期)病気休職期間中の所得保障をしている企業は、当該制度導入企業の59.8%であり、無給の企業が約4割を占める。さらに、所得保障をしている企業でも所定内給与全額を支給している企業は4.74.7%4.7%とごく一部であり、所定内給与の一定割合で減額するとする企業が30.0%である。それ以外では、一定額の特別傷病給付、共済会・互助会からの補助金を支給したり、健康保険の傷病手当金のみとするところも多い。 長期休職中の労働者にとって生活の基盤となる所得をいかに確保するかは大きな問題であろう。 (4) 職場復帰に向けての支援体制 病気休業中の従業員に対する職場復帰に向けての支援・相談体制が「ある」とする企業の割合は、調査対象企業456社中195社(42.8%)に過ぎない(表2)。支援体制「あり」と回答した企業のうち最も多いのが「サポートのためのスタッフを配置している」(67.2%)であるが、その多くは、常勤または非常勤の産業医と回答している。常勤の産業保健スタッフを置いているところは29.0%にとどまっている。 表2 病気休業期間中における職場復帰に 向けての支援・相談体制の有無   支援・相談体制   合計 ある とくに ない 無回答 合計 456 195 258 3 構成比(%) 100.0 42.8 56.6 0.7 さらに、精神障害者の職場復帰支援対象者がいたと回答した156社について、精神障害者の職場復帰の支援を行ったスタッフとしてどのような人が担当しているかを見ると、「直属の上司」が87.2%、「人事担当者」が60.3%であり、次いで「産業医」とする企業が49.4%、「保健師、臨床心理士等の産業保健スタッフ」33.3%となっているが、こうしたことから、産業医を除き、多くの企業では必ずしも精神疾患の専門家とはいえない職場の直属上司等が支援に当たっている状況が窺われる伺われる(図2)。   図2 精神障害者の職場復帰支援スタッフ        (M.A)  こうした企業体制の現状を反映して、精神障害者の職場復帰に当たっての問題点として、「精神障害者の雇用管理のノウハウが十分にいない」と回答する企業が最も多くなっている(図3)。   図3 精神障害者の職場復帰に当たっての問題点(M.A)   (5)復職判定の手続き  精神疾患等による休職者の職場復帰で企業が悩む問題の一つは、いつ、だれが、どのような基準により、復職を認めるかである。精神疾患等による長期休業者の職場復帰手順を全社または事業所単位で定めている企業は456社中40社と1割に満たない。約8割の企業は、「特に定めていないのでその都度対応」と回答している。なお、精神障害者の職場復帰支援対象者がいた企業について、復職判定の最終決定者を見ると、「主治医」とする企業が42.9%、産業医38.5%である。次いで本社の人事担当者20.5%、現場の上司12.2%となっており、復職判定委員会などの組織的な対応をしている企業はわずか7.1%にすぎない。  また、復職の際の判断基準については、「特に定めていない」とする企業が44.9%と約半数近くを占めており、「1日又は週当たり勤務可能な労働時間を勘案」(26.9%)、「作業能力を勘案」(21.8%)となっているが、その具体的内容を見ると、職場及び本人の状況に応じて極めて多様であり、とくに勤務可能な労働時間については1日8時間勤務を可能とするかどうかを基準にする例から、1〜2時間程度の短時間労働から復帰させる例、残業のみ規制している例など様々である。 (6)精神疾患等による職場復帰・配置に当たっての問題点  精神障害による休業休職者の職場復帰に当たって企業が対応上の問題点としてあげている事項を見ると、前述(図3)の通り、最も多いのが「雇用管理上のノウハウが不十分」(48.7%)とするものであるが、これに次いで「職場復帰する精神障害者に適した職務がない」(41.7%)、「安全面での不安」及び「人的支援体制の不備」(各31.4%)となっている。他方、精神障害者の復職支援に関して利用した外部機関・サービスについては、クリニック、病院等の医療機関を挙げる企業が156社中66社(42.3%)あることを除くと、どの機関に関しても利用率は大変低く、無回答企業が多いことと併せて企業が利用可能な外部機関が大変乏しいことを示している(図4)。    図4 精神障害者の職場復帰に利用した期間機関・ サービスと今後の方針(M.A)   (7)職場復帰後の状況  精神障害による休業から職場復帰した従業員の復帰後の配置先を見ると、「元の職場に職員、職位に戻した」企業は、精神障害による職場復帰支援対象者のいる企業156社中27社(17.3%)に過ぎない。多くの場合、「休業前とは異なる職場に配置した」、あるいは「元の職場に戻したが業務量や職務内容を変えた」としている。また、いわゆる「リハビリ出社」期間をおいている企業は31.4%であった(図5)。    図5 職場復帰した精神障害者の復帰後の配置状況(M.A) 4.  考察  イ 疾病等による長期休業者の約8割近く(企業数では約9割)が何らかの精神的理由によるものであり、企業におけるメンタルヘルス対策及びその職場復帰が極めて重要な課題となっていることを示している。また、休業中の精神障害者の約9割はうつ、そううつなど気分障害圏に属していることが明らかとなった。こうした点を踏まえて、病院、福祉施設等から企業への就労移行支援対策とは異なる職場復帰プロセスに即した対応策の構築が必要と思われる。  ロ 在職中に発症した精神障害者に対する企業の体制は、ノウハウ、人的資源、組織体制のいずれの面でも到底十分とはいえない。精神障害者の復職についての判定は主治医や産業医の意見を聞くにしても、復職後の日常的な支援体制や支援上のノウハウを有している企業は多くない。支援担当者の多くは直属上司や人事担当者であり、必ずしも精神障害についての専門的知識を有しているとは限らない。企業内で精神障害者への支援に当たるスタッフの育成と外部専門家・専門機関による企業への支援体制の確立が急務である。  ハ 企業に雇用されている精神障害者のうち、雇用率の対象となる精神障害者保健福祉手帳を有する者はまだごく一部であるが、今後、企業内での手帳取得者がどのような傾向をたどるかは、さらに推移を見守る必要があるとともに、休業期間中に治癒にいたらず、退職を余儀なくされた従業員のフォローアップが今後の大きな検討課題である。 <注> 1) 精神障害を理由とする労災補償請求件数は、精神障害等にかかる厚生労働省の業務上外判断改訂指針(平成1111年99月1414日)策定直後の平成1212年度212212件でから平成1919年度952952件へと急増している。また、厚生労働省「労働者健康状況調査」では職業生活での「強い不安、悩み、ストレス」持つ労働者は全体の61.561.5%(平成1414年調査)にのぼり、(財)社会経済生産性本部・メンタル・ヘルス研究所「メンタルヘルスの取り組みに関する企業アンケート調査」(平成2020年88月)では、上場企業269269社中「こころの病」が増加傾向にある回答した企業は56.156.1%に達する。さらに、厚生労働省「患者調査」では、うつ病の推定患者数は昭和5959年の11.011.0千人(うち外来6.06.0千人)から平成1717年は66.666.6千人(うち外来52.252.2千人)と急増している。 2) 本稿は、(独))高齢・障害者雇用支援機構雇用開発推進部の委託により、(社財)雇用問題研究会内に設置した「中途障害者の継続雇用に関する実態調査研究会」において実施した調査結果の中間報告(平成1919年度)に基づくものであり、今後予定している研究会最終報告書の結論を先取りするものではない。 3)ここでいう「精神障害」は、企業における現状を考慮し、表1の注にあるように幅広くとらえている。今回の調査では、精神障害者保健福祉手帳を有する法定上の「精神障害者」を雇用している企業は、456社中63社、手帳を保持する雇用精神障害者数は120120名であった。このように、現段階では、法定雇用率の対象となる精神障害者の雇用は精神疾患等を理由とする休職者の一部にとどまっている。 <主要参考文献> 厚生労働省:労働者の心の健康の保持増進のための指針(平成18年3月31日公示3号)、厚生労働省(2006) 厚生労働省:心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き、厚生労働省(2004) 厚生労働省:脳・心臓疾患及び精神障害等に係る労災補償状況(平成19年度)について、厚生労働省(2008) 鷲沢博:中途障害者の継続雇用問題に関する課題—中途障害者の継続雇用・解雇問題を労働判例から考える、「JIYUGAOKA SANNO College Bulletin no.39」、pp.19-36. (2006) (独)労働政策研究・研修機構:メンタルヘルスケアに関する調査(第8第8回ビジネス・レーバー・モニター企業調査)」(独)労働政策研究・研修機構(2005) 山本晴義監修:職場のメンタルヘルス・セルフチェック、ぎょうせい(2007) 弁護士によるうつ病労働者の復職サポート事例からの考察 清水 建夫(働くうつの人のための弁護団/NPO法人障害児・者人権ネットワーク 弁護士) 1 弁護士サポートの実際 05年10月に働くうつの人のための弁護団を結成して3年が経過した。弁護団に依頼する手順は次のとおりである。①相談者はメール・ファックス等によって事前に相談内容を記載して申し込む。 ②これを見て弁護士がまず電話でアドバイスする(1回目の電話相談は無料)。 ③電話相談で解決できない事案については面接相談。④面接相談の結果、弁護士が代理人として事業主との交渉や法的手続(労働審判、訴訟等)を行う方が良い事案について事件解決の委任を受ける。弁護団が相談を受ける事案は事業主が復職を認めない、退職を迫る、解雇された等、相談者の労働契約上の地位が危機的状況にある場合がほとんどである。 これまでの弁護士の仕事のスタイルは、解雇や死亡(過労死・自殺)という結果が発生したのちに法的手続(解雇無効の仮処分や訴訟、死亡の場合の損害賠償請求訴訟)をとるのがほとんどであった。従来はこのような最悪の結果を回避するための交渉の担い手は本人や労働組合であった。しかし、うつ状態で苦しむ労働者には、これでもかこれでもかと当該労働者のマイナス要因を突きつける人事担当者や上司と対等に交渉する元気はない。弁護士サポートをしたこの3年の間にうつ病に苦しむ労働者の立場に立って事業主と渡り合ってくれた労働組合は、残念ながら零であった。 弁護士サポートによって仮に復職できたとしても、職場での人間関係がぎくしゃくしてうまくいかないのではないかという意見があった。しかし、放っておけば当該労働者は退職に追い込まれるのであり、他に手段がないとすれば労働者としての地位を守るには弁護士サポート(法的サポート)しか選択肢がない。法的裏付けのもとでのサポートだけに、勝ち目が無いと悟ると大企業その他の民間組織の人事担当者は復職を受け入れる方向に驚くほどあっさりと方向転換をすることがある。うつ病労働者並びに弁護団と正面から法的闘争を繰り広げることは企業にとっても人事担当者本人にとっても傷がつくことを恐れるからである。そして一旦復職させた以上、組織の一員として有効に活用した方が組織にとっても得という民間の経済合理性が働き、復職後のいじめは言われるほど多くはない。弁護団の無言の監視の目も意識していると思われる。むしろ意外であったのは、公正・公平と思っていた公務員の世界で復職後の仕返し(リベンジ)、いじめが目立った。 2 復職し、うつ病が全快した大手学校法人職員Eさん(女性・43歳)からのメッセージ (1)弁護団に依頼するまでの経緯 全国展開している、教職員4000人規模の大手学校法人に勤務して20年。民間企業勤務の夫と、12歳、9歳の娘がいる。「均等法第一期生:総合職」として採用になる。一貫して学校法人本部で経営側に近い立場での仕事をしてきた。 4年前の異動で、当時認可されたばかりの法科大学院勤務となり、未整備な学校に抗議する社会人学生への対応、上長のパワハラ、大学院教員のセクハラ、加重労働、学生の抗議が暴力的になり、身の危険を感じる被害に遭いそうになったことなどが2ヵ月のうちに重なった。ある日突然「バッタン」と気を失ってしまい、しばらく口がきけなくなって、そのまま休職した。重症の「抑うつ・適応障害」と診断され、半年休養の上、1年後、高校以下の付属学校を管轄する部署で復職した。しかし、業務は主として約8ヵ月にわたる地下倉庫整理であった。翌年学校法人の都合により関連会社に出向。出向先の事務所はワンルームマンションで、男女一緒のトイレとロッカー、一日中の喫煙に悩まされ、また、業務は20年以上昔の機械を使った伝票処理と段ボールや廃物処理などの肉体労働が主となった。産廃物の処理や、一日中煙るタバコにアレルギー症状がでる。原因不明の全身発疹がでて、外出できなくなった。出勤不可能になり、うつ病が再発した。病状が軽快し、復帰しようとしていた矢先、出向元の学校法人より呼び出しがあり、「出向先の子会社の就業規則により2ヵ月後には休職期間満了で自動退職になる」と言われた。「相手にも迷惑をかけるから、早く円満退職を決心した方が経歴に傷が付かない。そもそも『休職制度』は復職を前提としているのだが、現実問題としてまた再発し、半年以上労務提供が出来ていない。先方は契約違反であなたにコミュニケーション能力なしと大変不快に感じている。お子さんもいるし、療養に専念してはどうか」と言われた。 (2)弁護団サポートと復職 弁護団宛に相談メールが届く。休職期間が2ヵ月しか残っていないとのことで、メール受信後直ちにEさんに連絡。診断書、就業規則等必要書類の送付を受け、4日後にEさんと面談。面談の結果、休職期間については出向先ではなく学校法人の就業規則の適用があり、1年以上残されていることが明らかとなる。学校法人理事長宛にうつ病は業務に起因するものであること、休職期間は1年以上残されていることを内容証明郵便で通知、あわせて今後のことについて面談を申し入れる。数日後秘書課を通じて人事課長と面談。うつ病が学校法人側の業務に起因するものであり、労働基準法19条により解雇や退職扱いはできないことを強調。人事課長は一転して4月1日からのEさんの復職に向けての話し合いに態度を変え、Eさんは復職した。復職後1年でうつ病は全快し、主治医から抗うつ剤の投与はもう必要がないと告げられた。全快したEさんからのメッセージはうつ病労働者の苦境を理解する上で重要と思われるので、次に紹介する。 (3)うつ病が全快したEさんからのメッセージ ①「再発の怖さとの闘い」 「昨年4月1日に復職いたしました。復職はじめは通勤電車のすさまじさに圧倒され、『できるだけ人にぶつかられたり、怪我をさせられないようにしよう』と、以前の私では考えられないほど『省エネモード』で対処するように心がけています。 『ふたたび同じ状態に戻る』ということは、いつも頭や心のどこかにひっかかっていて、すごく恐ろしい気持ちです。病気になった人は多かれ少なかれ、この『再発の怖さとの闘い』に自分を対峙させなければなりません。当事者でなければとても共感し得ない感情と思います。」 弁護士サポートをする中で感じたのは、うつ病を経験した労働者に共通するのがこの再発への恐怖感である。パワハラを受けたときの光景が蘇って職場の入り口で立ちすくむ労働者は少なくない。 ②「駆け込み寺」としての役割を果たす産業医 「この時いろいろとお世話になったのが、主治医のほか、職場の産業医でした。『駆け込み寺』的な場所として産業医が職場にいることは、精神的にありがたかったです。産業医はメンタル専門の人がベターですが、やはりドクターの人柄に拠るところが大きいです。のんびりした性格のドクターで、中立的な立場をとりつつも、病状の再発については注意を喚起してくれるような人であれば理想的です。」  Eさんの所属する学校法人の産業医は女性で、Eさんの立場を理解し、同情さえしてくれていた。Eさんは産業医に恵まれた。従来管理者サイドに立つ産業医が多かったが、産業医の目線は少しずつうつ病労働者のサイドに移ってきたと感じるが、その中でもEさんの産業医は特別優れている。 ③何で自分はこんなにヘンになってしまったのか」と自信喪失。「一人・孤独」 「復職までの道のりは、大変に長かったです。最終的には弁護士さんにお願いをして、解決をしていただきましたが、弁護士さんにお願いするきっかけも、都の労働相談窓口でのアドバイスによるもので、そこにたどり着くまではたった一人でじたばたとしていました。 どの人も同じと思いますが、『好きで病気になった』という人は一人も居るはずがなく、それまでに長い勤務実績があれば『辞めてください』といわれることなど考えてもいないはずです。 病気になると、途端に『一人・孤独』」な立場に追いやられます。体力的にも精神的にも外出をすることが難しくなり、極端に人を信用できなくなり、電車に乗るのも難しい状態なのと、『何で自分はこんなにヘン(思考がまとまらないので)になってしまったのか』という思いで、自分にも自信がなくなると『相談しても相手にされないのでは・・・』とか『相談内容を理解してもらえるのか』という不安ばかりが先に立ちます。」 Eさんが弁護団に相談するにあたり、「相手にされないのでは・・・」という不安をいだいていたことなど私たちは思いもよらなかった。 ④怒りをバネに 「それでも復職できたのは、私の場合は一番最初に倒れた原因がセクシャル/パワー・ハラスメントだったことでその間、組織は聞く姿勢を示さなかったこと、一度目の復職後の仕事は地下倉庫で約8ヶ月も廃棄物の分別と処理だったこと、それでも休まずに頑張って勤め上げたのに、『余分人員』として出向させられたこと・・・とても書ききれませんが、これら諸々への『反発・悔しさ・怒り』の強さです。 この『怒り』を私は『自分の存在意義への否定』と受取り、それをバネにしました。平たく言えば『これ以上、泣き寝入りしない』ということです。『怒り』で行動するには大変なエネルギーが要りますが、それでもアクションを起こせたのは今でも良かったと思います。  また、思い切って行動にしたことで、自分の話を聞いてくださり、さらに援助してくれる人たちがいることもわかり、その後の人生への支えも得たのだ、と今では考えています。」  弁護士サポートを選択する人のエネルギーの源泉はEさんのような怒り、不正義を許さないという正義感・使命感にあると思われる。 ⑤主治医「なんだ、もう治っているね!」 「『病気の全快』の診断は突然のことでした。春先にひいた風邪をこじらせ、強い抗生物質をとらねばならず、『今飲んでいる薬はストップしてください』と処方時に言われたので、そのとき服用していた抑うつ剤(最低量ではありました)をやめました。1週間ほどしてまた服用を再開しましたが、次の主治医との面談時にこの話しをすると、『なんだ、もう、治ってるね!』と言われたのでした。抑うつ剤は急にやめると副作用が出ることが多いというのですが、私はそれもなく、いつもと同じでしたので、『治りました』と診断された次第です。  初めて通院してから丸4年経っての回復宣言でしたが、長く薬を飲んでいたので、止めてから1ヵ月くらいは不安でした。いつの間にか薬を『すがり杖』のようにしていたのですね。」  Eさんは主治医にも恵まれている。開業医の中には「再発予防のため」という名目で患者への投薬を続け、患者を囲い続ける医師も少なくない。 ⑥「女性」「子持ち」で何重にもバッシング  「最後になりますが、私は2児のいる『ワーキング・マザー』でもあります。倒れたときは子供たちが幼少で、ヒステリーになったり、沈み込んだり、寝たきりになった時の影響は、やはり未だに残っています。  ワーキング・マザーとして復職を果たした人の『ロールモデル』が欲しく、主治医にも産業医にも『そういう例を知らないか』と何度も聞いたのですが、数千人の患者を診ているドクターであっても『今までにフルタイムで復職を果たした女性を、まだ見たことがない』ということでした。 メンタルな病ということでいろいろなバッシングに遭いますが、それプラス『女性』『子持ち』ということで、そのバッシングがさらに増えること等、女性ならではの問題もきっと、声が上がらないまま潜在していることと考えます。」 3 コンプライアンスの確立していない公務員の世界 −地方公務員 交通労働者B氏(男性,37歳)の事例から− (1)弁護士に依頼するまでの経緯 01年うつ病と診断され、7ヶ月間病気休暇ののち、3カ月間職場復帰訓練を受けて復職した。その後1年余り支障なく普通に勤務。勤務先にもB氏にも互いに何の不満もなかった。ところが、B氏が労働組合の支部長に立候補し当選したのを捉え、04年1月所属長が抗うつ薬を飲んでいるから病気が治癒していないとして産業医(内科医、女性)に強引に面接させた。産業医による保健指導という名目のもとに翌日より出勤停止が命じられた。精神科医の主治医は就業可能との診断をしており、弁護団に依頼。 (2) 弁護団サポートにより復職 出勤停止措置は地方公務員法上根拠がなく、撤回を求めるとともに、産業医との面接を希望したが実現せず、逆にB氏に無断で所属長と産業医が主治医に会い、診断の変更を求めた。さらにB氏に対し、弁護士抜きでの話し合いを求め、詫び状を出させるなど管理者としての支配的地位を利用して事態をごまかそうとした。最終的には所属長もあきらめ、7ヵ月後にようやく復職させた。(06年12月の職業リハビリテーション研究発表会での発表事例) (3)職場復帰後の報復人事 ①ゴミ収集作業に配置転換  04年8月に復職。職務内容の変更について説明もないまま、当日出勤したB氏に「作業着」一式が渡され、軍手をはめて外での「ごみ収集作業」を命じられた。前回の職場復帰の職務は「事務作業」であるが、今回は明らかに報復とされる内容であった。この年は記録的な暑さもあり、外での作業は体力面からもB氏は相当にダメージを受けた。真冬についても同様であった。 ②深夜勤務への異動発令 翌年4月に異動命令。今度は、「隔日勤務」つまり「深夜勤務」を伴う作業である。B氏は、「深夜勤務や長時間勤務は禁忌である」旨の記載ある診断書を「保健指導」時には毎回提出していたにもかかわらず、これを一切無視した異動発令であり、B氏の症状を配慮するどころか、報復人事の更なる徹底である。  この仕事場は、わずか2畳足らずの小さな部屋に朝の8時10分から21時15分までいなければならず、その間入れ替わり立ち代り、休憩に訪れる他の職員が煙草を吸っていく。22:00から23:45までは、本店に帰り、現金の収集作業をし深夜0時ごろから翌朝5時まで仮眠する。5時から7時まで本店で作業があるが、B氏はいつもボーっとしていた。時折上司から注意される。そして、7時から8時10分までまた出先の小さな部屋に行く。そして交代し、本店に戻り8時30分からの朝礼を迎えてから、その隔日勤務は終了する。  当然のこととして2ヵ月もすると、B氏の体調に影響が出始めた。「のどが痛む」「目がかすむ」「皮膚がただれる」。そして、持病となった「睡眠障害」は隔日勤務のローテーションに慣れないため最悪の状況となった。精神科主治医は、「隔日勤務において服薬治療が困難になること、このことにより、うつの症状が悪化する原因にもなること」と診断書に記載した。また、職場環境から、非常に狭い部屋での煙草による「副流煙」での体調不良から、K大学研究所病院・アレルギー科は、「シックハウス症候群」(化学物質過敏症)と診断した。 (4)コンプライアンスが確立していない公務員の職場 ①パワハラをする側にも身分保障  公務員は身分保障がされており、意に反する降任・免職・休職を行いうるのは法律が規定する事由に限定される(国家公務員法78条・79条、地方公務員法28条)。分限手続も厳格である。休職期間は通例3年であり、民間と比べ長期である。そんなことからうつ病で苦しむ公務員からの相談については相談を受ける私たち弁護団の側に“どうせクビになることはない”と高をくくったところがあった。ところが、身分保障がされているのはうつ病で苦しむ労働者の側だけでなく、うつ病の労働者をパワハラで苦しめる上司(中間管理職)も身分保障がされている、ということを私たちは看過していた。 ②中間管理職の違法行為に対する歯止めがない B氏に対する出勤停止命令は法的根拠のない違法命令である。そのことをB氏の所属長や本局の労働課に訴えたが、改善する気配がなく、やむなく知事、交通局長以下関連する責任者に内容証明郵便でもって訴えた。それでも態度を改めず、逆に所属長は知事以下に訴えたことを逆恨みした。所属長は出勤停止の勧告をしたとする産業医とともにB氏の精神科主治医と面談し、診断の変更を求めるという新たな違法行為を行った。法的根拠がない旨の弁護団の指摘に不承不承復職させたが、復職させたのちは報復人事を重ねた。その結果、B氏の症状は悪化したが、このことについて誰も責任を問われていない。所属長はB氏に弁護士抜きの話し合いを執拗に求め、B氏は辛抱強い人物で報復人事を一人で耐えていた。 ③治外法権  公務員の世界では自己の権限内の行為については、裁量という名の一種の治外法権が成立し、例え上司であれ、口を挟むことはない。そのため、中間管理職がやりたい放題をした事例があった。B氏は地方公務員であるが、国家公務員の世界でも中間管理職がやりたい放題をした事例があった。公務員の世界での中間管理職に対する徹底した監視が必要であり、油断できないことを改めて知らされた。今後は違法行為を行う管理職やこれを補佐する産業医の責任追及のための法的手続も視野に入れていく必要がある。 4 医師との連携と精神医学会への要望  弁護士サポートにおいても医師との連携は重要である。精神科の主治医は患者の復職に向けて協力的である。問題は産業医である。Eさんの産業医はEさんを支え、Eさんの駆け込み寺の役割を果たしたが、B氏の産業医は法律を無視する所属長と一体となって違法行為を重ねた。報復人事を止めることもせず、B氏の症状の悪化についての産業医の責任は重い。管理職側に立つことに永年慣れてきた産業医の中に、時にこのような医師が登場する。しかし、メンタルヘルス対策の重要性が叫ばれる中で、産業医の目線が少しずつ変化してきたことも事実である。逆に開業する精神科医の中に患者の囲い込み的な傾向がないとは言えない。Eさんの主治医のように完治を宣言する医師はまれで、再発予防という目的で投薬を続けることによって患者を囲い込む傾向があるように思われる。うつ病が社会的に認知され、かつてのようにうつ病を隠して生きるほどではなくなった。うつ病患者は毎年増えており、根本的理由は職場等におけるストレス増加にあるが、うつ病患者の社会復帰は投薬だけでは実現できない。病院や診療所の中には社会復帰プログラムを掲げられているものの実際には患者に投薬するだけというところも少なくない。うつ病患者の社会復帰について、医師の側に患者を囲い込む傾向がないか精神医学会において総合的でかつ慎重な検討を要望したい。 障害者の円滑な就業の実現等にむけた長期追跡調査(パネル調査) −障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究− ○石黒 豊(障害者職業総合センター社会的支援部門 主任研究員) 亀田 敦志・三島 広和・清水 亜也・高橋 寛(障害者職業総合センター社会的支援部門) 1 背景と目的 厚生労働省の平成18年度の障害者就業実態調査1)によると、わが国の15歳以上64歳以下の障害者数(労働可能年齢人口)は205万人(身体障害者134万4千人、知的障害者35万5千人、精神障害者35万1千人)と推計されている。うち、全年齢層の平均就業率は、身体障害者43.0%、知的障害者52.6%、精神障害者17.3%である。また、5歳毎の年齢階層別に就業状況をみた場合、身体障害者では20〜54歳(特に30〜34歳、40〜44歳)、知的障害者では20〜34歳、精神障害者では15〜24歳の就業率が高くなっているが、就業者数では、身体障害者では45〜54歳、知的障害者では20〜39歳、精神障害者では30〜54歳の層が多くなっている。 また、同省の平成15年度の障害者雇用実態調査2)では、障害者が仕事を続けるために職場に求めることとして、身体障害者の場合は「能力に応じた評価、昇進」と「コミュニケーション手段・体制の整備」など処遇やコミュニケーションに関すること、知的障害者の場合は、「今の仕事を続けたい」という希望が多いことから、現在の仕事を続けられるようにすること、精神障害者の場合は「調子の悪いときに休みを取りやすくする」など労働時間や医療上・生活上の配慮を挙げている。 こうした結果は、それぞれの障害によりライフステージに応じてニーズや就業に対する考え方が異なることを示したものであると考えられる。このように、障害のある労働者が安定した職業を得てこれを継続し、より良い職業生活を送って行くためには、それぞれの障害、そしてライフステージに応じたニーズがあると想定され、ニーズに応じたきめ細かな雇用対策が必要であると考えられる。 しかしながら、障害者がどのような教育や技能訓練を受けて就業したのか、その後の各ライフステージで就業継続のためどのような希望を抱いているのか、また、いつ何に困難を感じ離職や転職を考えたり、福祉施設の利用を考えたりするのかなど、障害者とその職業をめぐる長期的な追跡調査はこれまで行われていない。 このため、本調査研究では、障害のある労働者の就職、就業の継続、職業生活の維持・向上等、就職してから職業生活を引退するまでどのような職業生活を過ごしているか、職業サイクルの全体像を明らかにするための長期追跡調査を実施し、職業サイクルの現状と課題を把握し、企業における雇用管理の改善や障害者の円滑な就業の実現に関する、ライフステージに応じた今後のきめ細かい施策展開のための基礎資料を得るものとした。 2 調査の概要 (1)調査方法 調査方法としては、身体障害、知的障害又は精神障害を有する労働者個々人に対して、就職及びこれにつづく職業生活への適応の過程等を明らかにする調査(以下「A調査」という。)と、一定の就業経験経過後の職業生活の維持・向上等の過程を明らかにする調査(以下「B調査」という。)を、2年ごとに交互に8回ずつ、追跡調査として郵送調査で実施することとした(平成35年度まで)。A・Bに分けて実施するのは、約40年にわたる職業生活全体をその半分程度の年数による調査で把握したいと考えたためである。 (2)調査対象障害者 障害者団体等に協力を依頼し、障害の種別(視覚・聴覚・肢体不自由・内部の別の身体障害、知的障害及び精神障害の6障害種類)、程度、年齢等を考慮しつつ、各障害について次に掲げる統計処理が可能な程度の人数を目標として障害労働者に協力を依頼し、同一の対象者を追跡するパネル調査として実施する。 (3)アンケート質問項目  アンケート調査票においては、次のような質問を継続的に行い、その変化の過程等のデータを収集する。 ア 基本情報 [障害・家族・住居・同居者・資格・学歴] イ 仕事について(仕事に「就いている」「就いていない」に分けて) [現在の仕事・就業経験・就業希望の有無] ウ 仕事や生活について [仕事に関する相談・生活するための収入] エ 仕事や生活に対する考え方について [仕事における重要度・配慮・満足度] (4)調査において明らかにしようとする事項  前項の「アンケート質問項目」により得たデータを基に、次のような事項(ニーズ含む)を明らかにする予定である。 ア 就職、職場内での異動、離職・退職、再就職、引退、福祉施設への入所等の職業を中心とした地位の変遷 イ 労働条件・労働環境、キャリア形成等 ウ 障害年金受給状況・生活のための所得状況 エ 離職・退職の理由、再就職の時期と方法 オ 引退の時期、引退後の生活等 3 調査研究の経過と課題 (1)調査基本設計の検討 本調査研究は、長期追跡調査(縦断的社会調査のうちのパネル調査注1)として実施することし、文献調査注2)およびパネル調査の経験がある専門家に対してヒアリングを行い、その結果に基いて委員会を設置して検討を行った。 個人情報を扱うことになるため、調査実施に際しては個人が特定できないようなID番号を工夫したり、インターネット等の回線から切り離してデータを管理するなど、セキュリティー面での管理体制等には万全を期している。 注1)同一調査対象に、一定の間隔を置いて、同じ質問をする調査法。社会変動や人間発達を実証する上で、不可欠なデータを収集する調査法である(主観的、且つ、客観的情報が得られる。)。 しかし、デメリットとしては、時間がかかる、対象者の確保が難しい(逓減の問題)、コストがかかるなどがある。 注2)これまでに日本で行われたパネル調査には、例えば次のようなものがある。一般、特に子供・学卒者・女性に関する調査などがあるが、障害者に関するものはなかった。 ○21世紀出生児縦断調査、21世紀成年者縦断調査、中高年縦断調査(厚労省) ○中卒10年追跡調査、高卒キャリア調査、大卒キャリア調査、高卒後の職業生活調査(労働政策研究・研修機構) ○働き方とライフスタイルに関する調査(東京大学社会科学研究所) ○体・心・つながりの発達研究(早大) ○中年女性のライフスタイルと危機的移行(御茶ノ水女子大) ○中高年ライフコース研究(ニッセイ基礎研究所) ○消費生活に関するパネル調査(家計研) ○全国高齢者パネル調査(東京都老人総合研究所、ミシガン大学) (2)調査対象者の確保と同意書  2−(2)で述べたように調査対象となる障害者については、当事者団体等に依頼し、調査の概略を記した本人用リーフレットを作成し、本人の調査協力の内諾を取り付け、さらに障害者職業総合センター(以下「総合センター」という。)からの正式依頼として、調査実施説明書を確認の上「調査協力同意書」を提出してもらう手順をとった。  当初、長期の調査となるため内諾を取れた対象者は計画よりもかなり少ない状況であった。このため対象者を確保するため当事者団体等に対して、再度調査協力者の確保を依頼するとともに、新たな団体等に対しても依頼することとした。各団体等に対し、訪問して協力を依頼し、各団体においても地方組織等に対して対象者の協力の呼びかけ等をしていただいた。  調査協力を依頼するに当たっては、この調査結果が障害のある人がより良い職業生活を送って行くに当たっての施策で検討するため、役立てることができるものであることを丁寧に説明することを心掛けた。 4 まとめ  本調査研究は、障害者の職業について、おそらく日本では始めての全国規模のパネル調査であると思われる。この調査研究により、今まで漠然としていた各障害者の職業生活における課題がはっきりと見えてくるものと期待される。その意味で、行政サイドのみならず、障害者支援に携わる支援者にとって貴重な資料になるであろう。 【参考引用文献】 1)厚生労働省:平成18年度身体障害者、知的障害者及び精神障害者就業実態調査の調査結果について(平成20年1月発表) 2)厚生労働省:平成15年度障害者雇用実態調査(平成16年10月発表) 嶋﨑尚子:社会調査データと分析(平成16年3月) 国立職業リハビリテーションセンターにおける 健康管理指導の取り組みについて ○栗原 房江(国立職業リハビリテーションセンター職業指導部職業指導課 健康管理員)  小林 久美子・小林 正子・刎田 文記・古沢 由紀代・阿久澤 弓子 (国立職業リハビリテーションセンター職業指導部職業指導課) 1 はじめに 国立職業リハビリテーションセンター(以下「当センター」という。)健康管理室は、平成18年度より職業指導部職業指導課に属し、広域センター業務運営手引きにある「健康管理員の設置に関する件」に基づいた活動を行っている。「健康管理員の設置に関する件」に示される業務とは、「入所者の健康及び保健に係る相談・指導に関すること」、「入所者の健康状態等に係る定期的把握に関すること」、「入所者に係る緊急時の看護に関すること」、「全各号に掲げる業務に付随する業務に関すること」である。これらを基として、2008年度は「社会人として健康増進に関するセルフケアができるよう個々を尊重しながら支援する」ことを掲げ、健康管理に関する能力を体得できるよう指導を行っている。 本研究は、健康管理室の現状についてまとめ、2008年4月に施行された特定健診・特定保健指導に基づく生活習慣病予防に関する健康管理指導の取り組みについて報告する。なお、健康管理指導のうちには、産業医、安全衛生委員会、衛生委員会との連携も含まれてくるが、今回は、生活習慣病予防に関する健康管理指導の取り組みに焦点をあてた。 2 健康管理室における業務 健康管理室においては、以下の業務を行っている。 (1)定期活動 入所直後および2ヶ月毎に血圧・体重・受診歴・生活習慣の聴取、保健指導の実施。 2ヶ月毎程度のペースで「健康管理室だより」の発刊。 (2)疾病の対応 突発的な症状は、小さな傷や捻挫であり、消毒および傷の保護を行っている。広範囲の感染徴候(赤みや腫れ、熱感)や、出血の多い場合は、応急処置を行い、速やかに医療機関受診を促している。意識消失などの緊急時は、救急車を依頼する。突発的な疾病に加え、主たる障害以外に心身不調を呈する者もあり、該当医療機関の受診を励行する。 (3)相談と報告 自ら体重増加に気付き、好ましい食生活や運動方法、自己導尿方法などの身体のセルフケアに関する相談・指導を行う。訓練生の中には、人間関係や就職活動のストレスなどで精神的に不安定となる者、うつやひきこもりなどメンタル面の課題をもつ者も多く、相談に応じている。また、入所者の大半は、定期的な医療機関受診を必要とし、受診結果の報告に伴う相談を受けることもある。相談・報告時は、個人情報保護の観点より、プライバシーに配慮の上、実施している。 (4)所内外の連携 円滑な訓練生活のために、入所者の情報を当センター内の職員間にて共有することは必須である。共有方法として、日報を個人情報に配慮しながら記載している。また、国立障害者リハビリテーションセンターの寮を利用して訓練受講する者も多いことより、寮の入所者診療室との情報共有も欠かせない。 3 健康管理室の支援件数  健康管理室の支援件数は、処置・疾病の対処、健康相談・報告、保健指導をまとめた健康管理室利用、入所時または隔月の血圧・体重測定、ケース会議などをまとめた医療支援に分類され、現状を表1に示す。 表1 健康管理室の支援件数(2008年4〜9月) 4 生活習慣病予防に関する健康管理指導 本研究の分析にあたり、0から3次予防に分類される疾病予防の概念を用いた。はじめに、疾病予防の概念と対応する例を表2に示す。 表2 疾病予防の概念と対応する例 次に、生活習慣病予防に関する健康管理指導の実際を前述の概念に照合し、分析した結果を以下に示す。 (1)0次予防 本年2月より「健康管理室だより」発刊(偶数月) 取り上げる内容は、主に感染予防と生活習慣病予防である。2008年4月は特定保健指導開始月のため、メタボリックシンドローム、メンタルヘルスを取り上げた。 (2)1次予防 隔月の血圧・体重測定、問診を実施 隔月にて血圧・体重測定を実施し、自身の健康状態に気付けるよう介入している。その中でも体重増加への指導が多い。指導時は食事の回数や量、嗜好の有無など、食生活状況を把握し、介入している。 イ.指導例1 訓練生:「就寝前のお菓子をやめられない。」 看護師:「おかしをやめることは理想。まずは量を減らすこと、または低カロリーなものにかえてゆくこと。」 また、多量の習慣的飲酒による体重増加の者もあり、生活習慣病の主な誘因となっていることも多い。指導時は、酒類のカロリーや適切な飲酒量を提示している。 ロ.指導例2 訓練生:「ビールの量が抑えられない。」 看護師:「ビールは高カロリー。麦焼酎へ変更する。」 食生活と同様、よりよい睡眠を確保することの難しい者もおり、睡眠パターンや寝前の活動状況を把握し指導を実施している。また、睡眠薬を常用している者へは、眠りの質や残眠の程度について情報を聴取する。 ハ.指導例3 訓練生:「夜、よく眠れない。」 看護師:「眠前に暖かいノンカフェインの飲み物を摂取して身体を暖めることで眠気を誘う。携帯電話、パソコンの画面は刺激になるため控える。」 訓練生活において、心身のストレスを抱える者も多い。心のストレスが身体へと転化され、食欲や睡眠に影響することもある。また、訓練時の集中力へ影響することも度々あり、早期の介入を心がけている。その反面、ストレスに伴う身体症状を呈する者は、まず安静を促し、その後、本人の気持ちを整理できるよう関わる。運動などのストレス解消法をアドバイスすることもある。 (3)2次予防 隔月の血圧・体重測定時の問診 隔月の血圧・体重測定時は、前回(2ヶ月前)測定以後の体調変化に関する問診を行う。その際、高血圧等による頭痛や肥満による脂質異常が疑われる場合は、早期受診を励行している。 (4)3次予防 受診状況の把握と対処 生活習慣病を発症し、医療機関を受診中の者もある。受診の結果報告は個々の申し出によることを原則とし、情報を聴取している。医師による内服薬の処方を申し出た者のうち、本人の希望時に服薬指導を行うことや、医師および薬剤師に指導された内服上の注意点を記憶しているか、確認することもある。 また、入所者が入院した際は、障害者職業カウンセラーと共に病床訪問を行い、退院後の訓練上で必要な配慮を事前に把握できるよう努めている。 3次予防の状況を呈する者においても、個々により心身および障害の状況は異なる。そのため、基本的には、生活習慣病予防に関して0から2次予防に値する状況を呈する者について、対応する部分の指導を実施している。 5 考察 (1)疾病予防の概念理論を用いた分析結果 以上の分析により、当センター健康管理室においては、0から3次予防全ての活動を行っていることが明らかとなった。その中でも、とりわけ1次予防に関する活動が多く、これは「健康管理員の設置に関する件」の規定に基づく活動といえる。だが、これは医療や薬に頼らなくとも、0から1次予防に該当する公衆衛生の側面より生活習慣病予防行動を遂行できるよう指導できていることを証明している。これは、特定保健指導の意図するところと一致する。それゆえ、健康管理室の役割は、「健康管理員の設置に関する件」を基本に据え、0から1次予防に値する健康管理指導の実践と先に述べた「定期活動」、「疾病の対応」、「相談と報告」、「職種および機関間の連携」に集約されよう。 (2)健康管理指導の拡充 生活習慣病予防に関する健康管理指導は、今後も隔月の血圧・体重測定と同時に実施し、継続することが望ましい。また、0から1次予防行動を励行するためにも、隔月の血圧・体重測定以外の活動を主体的に計画また実施することも必要である。具体例として、健康教室を企画し、食生活、睡眠、余暇の過ごし方など、日常生活習慣の好例を広めてゆくことがあげられる。その際、入所者の障害特性に応じて指導方法を工夫することや、個々のニーズに応じてゆくことも必要である。訓練期間中に入所者がより健康的な生活行動を身につけ、就職後も実践できるよう指導および支援をしてゆきたいと考えている。 (3)健康管理指導に関する方法の共有に向けて 特定保健指導においては、国民個々に生涯を通じて健康を維持することへの自覚を求めている。そのため、職業訓練期間中、関連する職種により、生活習慣病予防に関する健康管理指導を実施することは、必要不可欠な活動であるといえる。そして、それらの具体例をまとめた方法論は、冊子などの紙面媒体により、職種間および周囲の訓練校において共有できることが望ましいと考えている。 参考文献 1)健康日本21 実践の手引き(2008年4月改訂版) http://www.kenkounippon21.gr.jp/kenkounippon21/jissen/index.html 2)津下一代:図解 相手の心に届く保健指導のコツ 行動変容につながる生活習慣改善支援10のポイント,p131,東京法規出版,(2007). 3)津村智恵子:三訂 地域看護学,p478,中央法規,(2008). 在宅などで個別に行う職業訓練・就労支援での 個別マネジメントシステムについて ○合田 吉行(特定非営利活動法人ワークステージ)  池田 泰将(大阪市職業リハビリテーションセンター)  岡本 忠雄(大阪市職業リハビリテーションセンター) 1 はじめに 大阪市職業リハビリテーションセンター(以下「当センター」という。)では、障害のある人に対する職業訓練プログラムの一つとして、在宅など職業訓練施設以外の場所でも受講が可能な「Webラーニングコース」(以下「当コース」という。)を行っている。 当コースは、厚生労働省が主導し大阪府が主催する“短期委託訓練:障害者の様態に応じた多様な委託訓練”の1コースとして、平成17年度から実施している。(初年度のみ、国の「IT技能付与のためのe‐ラーニングによる遠隔教育訓練モデル事業」として実施)。当コースでは、平成17年度から現在までの3年間に、職業訓練としての目的を果たすために在宅で行う訓練プログラムで意識しなければならない、従来の職業訓練とは異なる事項の整理を続けてきた。合わせて、当コースが職業訓練としての目的を果たすための支援技術として「在宅などで個別に行う職業訓練・就労支援での“個別マネジメントシステム”」の研究、開発を行っている。今回は、その支援技術のモデルと構成する技術要素等についてまとめたものを報告する。 2 当センターにおける情報技術(IT)に関連した職業訓練と当コースのこれまでの取り組み 当センターでは、身体、知的、精神のそれぞれの障害のある人に対して、訓練期間が2ヶ月〜2年にわたる複数の科及びコースを設置し、職業訓練及び就労支援を行っている。それらの中で、情報処理技術(以下、ITという)に関連した職業訓練として、身体に障害のある人を対象に、ITの専門技能の習得を目標にした情報処理科(訓練期間が1年又は、2年)や、三障害の全てを対象に、パーソナルコンピュータ(以下、PCという)を使用した事務的業務の知識習得を目標とするビジネス実務コース(訓練期間が2ヶ月)がある。また、当センターでは、平成4年度から平成18年度まで、大阪市の委託を受けた「パソコン通信による情報処理訓練事業」において、大阪市内に居住している在宅の身体に障害がある人を対象とした職業訓練(訓練期間が2年)も実施してきた。 これらの職業訓練のノウハウをもとに、新しい取り組みとして開始したのが当コースである。その職業訓練では、PCや一般事務で使用するコンピュータソフトの標準的な操作手法の習得だけではなく、情報処理技術(IT)を土台に、企業等で業務を行うために必要な知識や経験などを習得することや、専門分野での技術的な能力(技能)を向上させること、あるいは、自身の就労を維持する必要な条件を自ら整えていくための経験を積み重ねていくこと、が目的である。 平成20年9月現在、当コースは、在宅(自宅)で受講できる形態の職業訓練として、年に5回の募集を行っている。また、1回の訓練期間を3ヶ月としており、平成20年9月迄に、延べ47名の身体あるいは精神に障害のある人が受講している。そして、当コースの訓練生が取り組んだ訓練内容は、「e-ラーニング教材を利用したWord,Excelの操作の学習、ビジネス業務に即したITに関する資格取得や検定合格を目標にしての学習と課題練習、事務処理にPCを使用するための知識習得、デザイン実務の作業、医療事務について専門知識の講習、建築CAD業務の実務講習」などである。 3 当コースの役割 (1) 在宅状態の障害のある人 “在宅(自宅)で受講可能な職業訓練”である当コースの実施と運営では、「在宅」という言葉の意味が重要となる。当コースの対象となる障害のある人は「在宅(の)状態」にある人が多い。その「在宅(の)状態」になってしまうのは、一般的には、障害のある人本人に必要な屋外での移動手段が完備していないことや、公共交通機関の環境が十分でないことが理由として挙げられる場合が多い。 もちろん、それらは大きな理由である。しかし、筆者は、「在宅(の)状態」が続いてしまうのは、「屋外での移動手段が整備されていないことや、電車やバスといった公共交通機関を利用した移動の負担が大きいこと」だけではないと考えている。独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構が発行した「障害者就業支援におけるケアマネジメントと支援ネットワークの形成Ⅱ」1)で、その執筆者は『何らかの<支援のとぎれ>により在宅生活を余儀なくされている人々』と記述している。このことから、筆者は「『社会資源としての“支援”の繋がり』が止まってしまった状態にある、心身の機能に何らかの変調がある人」あるいは、「社会からの“支援”が届かない状態にある、心身の機能に何らかの変調がある人」が、「『在宅(の)状態』の障害のある人」と考える。 更に、就労<雇用>支援という視点では、「就労に向けての支援の広がりが止まってしまった、心身の機能に何らかの変調がある人」も「在宅(の)状態」にある障害のある人、であると判断している。具体的には、日常生活に不便を感じず生活行動、社会活動は自立をしているが、就労に関する支援が届いていないために在宅の状態にある人や、業務遂行能力とは関係なく生活行動や社会活動の一部に第三者の援助が必要なために就労が実現できていない人である。 そのため、“在宅(自宅)で受講可能な職業訓練”である当コースは、既に説明したような“在宅の状態”に置かれている障害のある人にも応じなければならない。 (2) 職業訓練の受講条件と就労<雇用>の条件 一方、これまでの職業訓練は、常勤で企業に雇用されることを想定して受講条件が設定されてきた。それらは、月曜日〜金曜日にわたる昼間の時間帯での1日7〜8時間の訓練の受講である。加えて、自己の身辺処理が可能で、通勤といった就労行動が既に自立していること等も受講の条件になっている。しかし、現実には、職業訓練の受講開始時にそれらの条件を満たしていなくても就労を実現することは可能である。 例えば、就労の条件を次第に満たしていけるように、訓練での取り組みを適時変更させることも出来る。また、就職活動における応募企業とのやりとりの中で勤務時間や勤務日数について調整が可能である。更には、当センターの修了生の中で、事業所が行う就労環境の整備として、自己の身辺処理にヘルパー介助を得ながら就労している実例がある。 以上のことを考えると、「平日に週40時間程度の訓練の受講、身辺の自己処理が出来ていること」という職業訓練の受講条件は、就労の実現に必須の条件とはならない。つまり、当コースは、就労が実現すると見込まれる事柄も取り入れて対応をしなければならない。 (3) 受講の形態を障害のあるひと本人に合わせることの必要性 加えて、実際に当コースで訓練プログラムを実施した結果、障害のある人の中には、生活支援サービスや医療サービスを受けることで時間が大きく制限されるために、月曜日〜金曜日の日中に7〜8時間の連続した時間で受講するという、これまでの職業訓練の受講条件を満たすことが難しい人や、障害の原因である疾病の病状による心身の変調や不安定さにその人の職業訓練の形式を合わせなければならない人たちが実在することを確認した。 したがって、当コースでは、これまでの職業訓練の受講条件を満たしていない状態であっても就労が実現する可能性が存在することを前提として、個々に合わせて職業訓練が受講できるように対処しなければならない。 (4) 当コースの設定 平成17年度から訓練プログラムを実施したことにより、3-1から3-3で述べたように、当コースでは、先に説明したような実態にある在宅の状態に置かれた障害のある人や、就労を実現するための職業訓練の受講に対して制約が生じてしまう障害のある人の存在を認識した。そして、そのような人たちの就労の可能性を生み出して行くために、平成20年9月現在、当コースは、受講条件を出来るだけ限定せず本人の心身及び生活の状態に合わせた形態で実施する「個別対応の職業訓練・就労支援プログラム」となっている。つまり、当コースの意図は、例えば、IT分野におけるプログラマやシステムエンジニアといった、訓練コースとして設定する特定の職業技能について技能習得を図るような職業訓練プログラムとは異なっている。 また、当センターまでの移動距離だけを受講決定の要因にしていない。受講を希望した理由が“移動距離が長くセンターに通うのが大変である”ということだけであれば、当コースを利用してもらうのではなく、その人が受講可能な職業訓練のコースや技能習得の講座といった、他の社会資源の情報を提供しその活用を斡旋している。もちろん、当コース以外の職業訓練の受講条件を満たせるにもかかわらず“自宅で勉強するのは楽であるから”といった本人勝手な理由についても、同様である。 つまり、当センターと本人の自宅との距離や公共交通機関を利用する際の負担の度合いを、本人が自身の主観で示すだけで受講を決定することはない。 4 当コースの職業訓練プログラムに必要なこと これまでの訓練プログラムの実施によって、3で説明した当コースの役割を果たせるような在宅(自宅)で受講できる職業訓練プログラムには、従来の職業訓練にはない対応や支援が必要であることが分かった。 例えば、職業訓練が訓練生(本人)の自宅で実施されるために、生活・居住空間に訓練・作業の環境を整える支援。あるいは、訓練生(本人)と指導員が離れている状態で相互の理解を深め、訓練生の状態を把握するための対応や支援である。 並びに、当コースでは、本人の心身及び生活の状態に合わせ、個別に対応して職業訓練・就労支援を実施するので、訓練プログラムとして講義時間を設定し割り振っていく時間割による訓練形式が成り立たない。更に、受講している訓練生の心身の状態、生活の状態は一人ひとり全て異なるので、複数の訓練生に対して同時(一斉)に講義することも困難である。そのため、職業訓練プログラムを個別に対応させることについては、コースとして標準のカリキュラム内容を設けて、それを修正、変更するのではなく、訓練形態、訓練目標、訓練内容、訓練期間など職業訓練を構成する全ての要素を個別に決めていく必要がある。 5 訓練前支援の実施 受講を希望した人の中には、当コースの職業訓練が必要であると判断するものの、本人の話の様子から生活の規則性など生活状態が整っていないことが明らかになる場合もある。その状態では、訓練を実施しても得られる効果は少ない。そのような場合、受講開始前に、自分なりに規則性を保って生活していくようにお願いし、近況の連絡をしてもらうなど、訓練に繋がっていけるように対応している。そのために、他の支援機関に協力をしてもらうこともある。 また、当センターでは総合相談室という専ら相談の支援のみを行うグループがある。そのため、そこでの相談支援を受けて、当コースの受講に至ることも多い。しかし、当コースの募集時期は年に5回しかないので、相談支援を受けた時期と受講申込の時期がずれてしまう。そこで、相談から職業訓練に円滑に繋がるように、総合相談室の相談支援の段階で受講希望者と面談を行い、当コースの職業訓練が必要であると判断した人に対しては、募集時期にかかわらず、訓練プログラムに準じて職業訓練の取り組みを開始することもある。 以上のように、当コースでは受講申込前の段階であっても、訓練希望者に必要であれば、「訓練前支援」として職業訓練・就労支援を実施している。 6 当コースの枠組み このようなことから、筆者は、4と5で説明した内容を取り込んで職業訓練・就労支援の目的を果たすためには、従来とは異なる職業訓練の枠組みが必要である、と考えた。 すなわち、これまでの職業訓練の「業務知識と技能の習得のために特定の目標について、講義や演習を軸として、訓練生が教わり(習い)、指導員が教える(指導する)」という枠組みではなく、「指導員は、訓練生本人を理解し把握し続け、本人の状態を整理した上で、本人が取り組むべき目標、課題を明確にする。その上で、それらに合致した取り組み(訓練、作業)の内容を提供する。あるいは、本人が克服、自己調整しなければいけない課題について、本人自身が認識し、それに取り組むような状況を作り出す。一方、訓練生は自ら自己の職業能力の開発、あるいは、就労に向けての課題の克服、自己調整に取り組む。」という枠組みである。 そして、このような枠組みで職業訓練を実施する当コースでは、従来の職業指導の方法とは異なる“職業訓練・就労支援のための個別マネジメントシステム(支援技術、支援技法)”が必要であると考え、その開発を続けてきた。 7 職業訓練・就労支援のための個別マネジメントシステム 以下に、当コースでこれまでに開発した個別マネジメントシステムを構成する要素、事項をモデルとして説明する。最初に、モデルの全体を示し、次に、個々の要素、事項について説明する。その後で、モデルの構造を図で表す。なお、第16回職業リハビリテーション研究発表会では、本稿に事例を交えて説明、報告する。 (1) モデル(全体) イ-1. 本人を知る イ-2. 本人と現実の生活、社会状態とのギャップを確認する ロ. “就労に向けた支援の広がり”に取り組む ハ-1. 本人がめざす方向を決めて訓練の条件を整える ハ-2. 本人の“踏み出し”を用意する ハ-3. 本人が取り組む ハ-4. 振り返りをする ハ-5. 次の取り組みを図り、「踏み出し」を整える ニ. 関与の度合い(支援の密度)を調整する ホ. 取り組みによる本人変化に合わせて対応する (2) モデル(個々の事項・要素) イ−1.本人を知る これについては「本人の思い、願い(生きにくさ、暮らしづらさ、これからの夢や希望)」、「本人の心身状態、生活状態、社会活動の状態(制限、制約、可処分時間、体調の変動について)」、「本人の家庭と生活の環境(家族(同居している人)、親・兄弟・姉妹、身近な人)」、「地域生活と社会生活の環境(本人の身近でその人の暮らしを支えてくれる人、他の機関の支援者、利用中の支援サービスや社会福祉制度)」、「本人が今まで生きた軌跡」などを知ることになる。 イ−2.本人と現実の生活、社会状態とのギャップを確認する 本人の思い、願いを受け止めるだけでは就労が実現されるような個別マネジメントは行えない。本人の思い、願いと現実の生活、社会状態の差として生じるギャップ(すきま、ずれ)を把握し、そのギャップが生じている理由、原因を明確にしておかなければ就労が実現する個別マネジメントは行えないことになる。 ロ.“就労に向けた支援の広がり”に取り組む 当センターで担える役割の領域や、訓練生の生活・就労圏地域がセンターの所在地と一致しないことで地域実状を感じられる度合いに差が生まれること、そして、訓練生との物理的な距離によって、当コースで実施する就労支援だけでは支援の範囲に限界があるために就労を実現する可能性も限られてしまうことになる。就労を実現する可能性を拡大するためには、他の機関の支援者と一緒に訓練生を支援し、在宅の状態にある訓練生の支援が広がっていくようにしなければならない。 ハ−1.本人がめざす方向を決めて訓練条件を整える これは、本人の自己実現の方向性を訓練生と一緒に見つけていくことになる。そして、その一緒に見つけた“方向”に沿って、本人の生活、心身状態に応じた環境の整備、取り組みの体制を構築しなければならない。 ハ−2.本人の“踏み出し”を用意する 訓練生が取り組む(訓練、作業)内容を考案し、具体的な理由も出来るだけ明らかにして提示する。その際、複数の選択肢が提示出来ると良い。ただし、提示する範囲については本人の状態によって異なってくると考える。最後に、提示したものを本人に選択(実行するかどうか決定)してもらうことになる。 ハ−3.本人が取り組む 当コースでは、どのような場合、状態であっても“やる(取り組む)のは本人自身”になる。そのため、訓練生の取り組み(訓練)によって自己解決できなかった事項について、その問題を解決するための情報提供や技能指導といった学習支援を行うのが指導員である。その支援については、全ての訓練生に対して同一内容を同じ手法で行うのではなく、“本人の生活・心身状態に合わせる”ということに加えて、その訓練生についての個別マネジメントの全体を捉え、その時期、その状態で最も適切と考えられる方法で学習支援を行わなければならない。 ハ−4.振り返りをする 訓練プログラムには目標が設定されるので、一定の期間に特定の目標に取り組んだ結果として“どうであったか”について、本人とともに振り返る機会を設ける必要がある。 ハ−5.次の段階の取り組みを図り、その“踏み出し”を整える “振り返り”を機会にして、先に説明した“ギャップ”について本人に感じてもらうことも含め、本人に考えてもらいながら取り組みの内容を見直していく。見直しによって新しく決まっていく次の“方向性”に合わせた本人の“踏み出し”を再び整えていくことになる。 ニ.関与の度合い(支援の密度)を調整する 本人が今まで生きた軌跡と経験、生活環境と社会環境に対して自身がもつ調整能力、自己管理能力の状態などに合わせて、訓練生への関与の度合いを調整しなければならない。 ホ.取り組みによる本人の変化に合わせて対応する 訓練に取り組むことによる本人の進展を認識し、進展にともなった「考え、おもい」の変化を確認するとともに、「心身の状態」の移り変わりも把握しなければならない。その変化や移り変わりに合わせて訓練プログラムの要素を修正し、常に目標に向かうように個別マネジメントを適時調整する必要がある。 本モデルでは、例えば、“本人を知る”という項目では、説明にあるような“本人の思い”という細かい要素、事項を含むことになる。 (3) モデルの個々の要素がもつ属性 また、モデルで説明した個々の細かい要素は、支援の関係を示すような属性をもつと考える。その属性については「当事者要素」、「職業(就労)要素」、「社会的な調整要素」である。具体的に「当事者要素」は本人の障害(疾病)、本人の思い等、「職業(就労)要素」は本人の仕事をする力など、「社会的な調整要素」は就労のための支援制度、就労現場での配慮などである。 (4) モデルの構造 以下に説明したモデルを構造図として示す。 図 2 モデル構造図 (5) モデルが目指すもの この個別マネジメントシステムを構成するのは「指導員」、「訓練生(本人)」そして、その両者の間で発生する「関わり合い」である。その“関わり合い”には「(指導員の)訓練生に対する行動(本人への対応)」、「(指導員が行う)訓練生とのコミュニケーション」、「訓練生(本人)からの反応」が含まれる。つまり、指導員は、訓練生(本人)が取り組む訓練の進捗状況や訓練に対するモチベーション(意欲)をマネジメント(管理)するのではない。 当コースの“個別マネジメントシステム”では、指導員は「指導員(自分)と訓練生(本人)の“関わり合い”」、具体的には、訓練生に対する自らの行動や訓練生とのコミュニケーションをマネジメントすることになる。それに基づいて訓練生と関わり合うことで、訓練生が、自ら自己の職業能力の開発、あるいは、就労に向けての課題の克服、自己調整に取り組むこと、を意図していくものである。 8 まとめ(課題と今後の取り組み) 当コースでは、これまでに“在宅などで個別に行う職業訓練・就労支援での個別マネジメントシステム”を開発し、モデル構造を示すことができた。当コースの個別マネジメントシステムのモデルは、障害者ケアマネジメントなど他の支援マネジメント、支援技術の構成と関連する部分があり、今後は、それらを念頭におきながら、当コースの個別マネジメントシステムに必要な事項、要素、個々の支援技術について、より深く掘り下げていかなければならない。また、図1の「モデル構造図」から、個別マネジメントシステムでの支援技術として、コミュニケーションが要になるといえる。そのため、指導員(支援者)は訓練生(本人)との“関わり合い”の技術レベルを向上しなければいけないとともに、社会資源としての支援に対する訓練生(本人)のコミュニケーション力を高めるアプローチが必要になると考える。 引用文献、参考文献 1) 独立行政法人 高齢者・障害者雇用支援機構:障害者就業支援におけるケアマネジメントと支援ネットワークの形成Ⅱ、平成14年度 研究調査報告書 通巻249号、p156、2003年(平成16年) 2) 合田吉行・池田泰将・岡本忠雄:職業訓練・就労支援のための個別マネジメントシステムについて-在宅などで個 別に行う職業指導の取り組み-、第23回リハ工学カンファレンス論文集、p351-352、2008 3) 岡本忠雄・合田吉行:Webラーニングコースにおける個別マネジメントシステムの取り組みについて、大阪市心身障害者リハビリテーションセンター研究紀要 第22号、2008 4) 合田吉行・池田泰将・岡本忠雄:「Webラーニングコースの職業訓練・就労支援について」、第22回リハ工学カンファレンス論文集、p209-210、2007 5)合田吉行・桒田大輔・池田泰将・岡本忠雄:「大阪市職業リハビリテーションセンターにおける職業訓練・就業支援②」、第21回リハ工学カンファレンス論文集、p81-82、2006 6) 関宏之:障害者問題の認識とアプローチ、中央法規、1994 労働災害にて両眼眼球破裂した男性の職場復帰に向けた 職業訓練と職場定着支援 ○工藤 正一(特定非営利活動法人タートル 理事)  高橋 広 (北九州市立総合療育センター眼科) 津田 諭 ((社福)日本ライトハウス視覚障害リハビリテーションセンター職業訓練部) 1 はじめに  本事例に関して、障害受容と生活訓練に至ったまでについては、第13回の本研究発表会において高橋らが発表している 1) 。ここではその後の職場復帰に向けた職業訓練と職場定着支援について報告する。なお、本事例は2007年4月職場復帰を果たし、同年11月、本事例に関わった関係者が一堂に会して、職場復帰までの経過を検証した 2) 。 2 事例  30歳代の男性。2004年5月、作業中に鉄パイプが落下し、頭蓋骨骨折、脳挫傷を負い、両眼も失明した。同年7月柳川リハビリテーション病院に転院した時点では、 全てが全面介助であった。理学・作業・言語聴覚療法を行い、視覚障害者のための日常生活動作訓練も実施した。そして、NPO法人タートルや障害者職業センターなどとも連携し、視覚障害者も生活や仕事ができることを実感できるようにし、障害受容を図り、会社にも支援を要請した。2005年3月に退院した後、生活訓練を更生施設で行い、日本ライトハウスで職業リハビリテーションを受け、2007年4月職場復帰を果たした。 3 経過 (1)生活訓練  退院後、両眼に義眼を入れ、表情もさらに豊かになり、2005年5月から翌年2月まで、職場復帰の新たな一歩を踏み出すため、更生施設に入所した。そこで点字、パソコンや白杖歩行など視覚障害者が仕事をする上で必要な基礎的技術の獲得に努力した。夏には、障害者職業センターの紹介で、当事者夫婦は会社の上司とともに視覚障害者が働いている企業見学にも行き、会社側の不安の軽減も図った。白杖歩行の基礎訓練は秋に終了し、冬休み頃には単独で帰宅できるようになった。そして点字やパソコンも日常生活では困らない程度まで上達し、日本ライトハウスの職業リハビリテーションへ進んだ。 (2)職業リハビリテーション  訓練期間:2006年5月〜2007年3月  訓練開始時の状況:訓練は全て、本人が購入したJAWS for Windows ver.4.5を、会社から貸与されたノート型パソコンにインストールして行うことを希望した。会社から訓練用のパソコンを貸与されていたことと、最初からJAWSに絞って訓練を希望された点は稀有なことであった。本人はこのパソコンの操作に習熟されており、希望通り行うこととした。  訓練目標:当初、会社側の状況がわからなかったので、一般的な復職に向けた訓練目標に沿って、次のイ、ロ、ハを掲げ、会社側からの情報が得られれば、内容を修正していくという方針で訓練を開始した。   イ Wordによるビジネス文書作成   ロ Excelによる表作成とデータ加工   ハ 会社側のグループウェアまたはイントラネットへのアクセス 訓練時間:週3時間の訓練を11ヶ月間、トータルで約130時間。特に、2007年1月〜3月は週1回の割合で、会社の支店において約3時間にわたって、会社独自のイントラネットへのアクセス訓練を行った。  訓練内容:以下(イ)から(ト)のとおり。 (イ)Wordによるビジネス文書の作成(訓練時間15時間) ①ビジネス文書作成 ②Wordによる表作成 ③Excelデータの差込印刷 (ロ)Outlook Expressの操作方法(訓練時間3時間) (ハ)Excelによる表作成とデータ加工(訓練時間60時間)   ①スクリーンリーダ上での表作成法   ②vlookup関数による表検索   ③グラフ作成方法   ④if関数の使い方とエラー抑制   ⑤データ加工の手法(並べ替え、フィルタ、集計、ピボット)   ⑥複数ページの印刷法(ページヘッダ、行タイトル、改ページ)   ⑦ワークシートの保護   ⑧テキストファイルの読み込みとCSVファイルへの変換 (ニ)Excelでのマクロ・VBAプログラミング(訓練時間10時間)   ①マクロ記録とVBAプログラミング   ②ワークシート上のボタン作成とJAWSでの操作方法 (ホ)会社のイントラネットでのアクセス(訓練時間20時間)   ①掲示板、社内メール、共有文書へのアクセス   ②アクセスするためのJAWSスクリプトの作成 (ヘ)PDF文書の読み上げ(訓練時間4時間)   ①Adobe Reader上でのJAWSでの読み上げ   ②らくらくリーダによるPDF文書の読み上げ (ト)その他(訓練時間8時間)   ①JAWS for Windowsの操作法   ②インターネット・エクスプローラでのホームページの読み上げ  訓練結果:復職後の担当業務が明確ではなかったが、Excelによる表操作やデータ加工が仕事の中心スキルとなることを想定して、訓練を開始した。復職後、建築部に配属され、資機材の購買業務に当たっており、その中心技術はExcelであり、訓練内容は十分に活かされた。  また、訓練の途中で、社内でイントラネットによる新しい情報共有システムが稼動していることがわかり、そのアクセス訓練が課題となった。そこで、会社側の配慮で、同社支店内へノート型パソコンを持ち込んでアクセス訓練ができることになった。しかし、インターネット・エクスプローラ上で作りこまれた画面のため、単純なホームページ閲覧操作ではアクセスできないことが判明した。そこで、掲示板、社内メール、共有文書等へのアクセスを、JAWSカーソル操作を元にしたJAWSスクリプトを個別に作成して行った。これ以外、アクセスする方法はなかった。  職場訪問・職場定着:職場復帰した地が九州であったため、職場定着指導は電話でサポートするぐらいで、十分にできなかった。その分、本人は独力でソフトメーカーに問い合わせるなど、苦労をしたようである。このような中、「平成20年度障害者保健福祉推進事業」(厚生労働省)の一環として、2008年9月、職場訪問をし、定着指導に役立てるためヒアリングを行った。  この訪問調査で確認できたことは、会社で実際に使われている購買システムのワークシート上に、ボタンが複数用意されており、それを本人がJAWSカーソルによって操作していた。これは、JAWS以外のスクリーンリーダでは不可能であった。  また、Excelのマクロ・VBAは復職後の仕事に直接は必要なかったが、VBAプログラムを実行するために作った、ワークシート上のボタンに対するJAWSカーソルによるアクセスの方法は役に立った。 4 結果および結論  視覚障害者の職場復帰には、本人の復帰に対する強い意思と事業主の理解、関係者の連携と協力が欠かせない 3) 。加えて、パソコンスキルは必須である 4) 。  今や社内におけるイントラネットは社員一人一人の仕事の基盤であり、JAWSを使ってアクセスできたことは復職に役立った。さらに、本事例の場合もそうであったが、復職してから担当業務が決まることが多く、見込みで訓練を開始せざるを得なかったが、JAWSスクリプト作成法を本人がマスターしたことが、購買業務の中で本社の決済システムにアクセスするのにも役立っていた。  ワークシート上のボタンにアクセスし、複雑なイントラネットにアクセスしなければならなかったことを考えると、スクリーンリーダはJAWS for Windowsでなければならなかった。この意味で、JAWS for Windowsの使用を最初から選択したことで、無駄な訓練を行わなくて済んだといえる。 5 おわりに  厚生労働省は全国の労働局に対し、「視覚障害者に対する的確な雇用支援の実施について」(2007年4月17日付、障害者雇用対策課長通知)を発し、眼科医や視覚障害者団体と連携・協力してチーム支援を行うよう指示した。また、当事者の支援団体でもあるNPO法人タートルは、眼科医をはじめ労働関係機関との連携のために、「視覚障害者の雇用継続支援実用マニュアル 〜連携と協力、的確なコーディネートのために〜」(2007年)を作成し、ハローワークなどの労働関係機関や、日本眼科医会など眼科医療関係団体にも配付した。  一方、眼科医療におけるロービジョンケア(視覚リハビリテーション)の重要性が認識されてきているが、ロービジョンケアだけでは雇用継続は難しい。このような中、本事例はロービジョンケアと関係者の連携で職場復帰が実現した。まさにこの通知に沿った取り組みをすれば、決して希有な事例ではないことを示している。  しかし、視覚障害者に対する職業訓練の場が少ないことや、ロービジョンケアを行う医療施設が少ないなどの課題もある。視覚障害者が仕事をする上での技術、特にコンピュータ技術を教えることができる者は全国でも数名で、その指導員の増加と職場定着のためのジョブコーチの育成が急務である。  最後に、福岡障害者職業センターの果たした役割が大きかったことに改めて感謝する。 【文献】 1) 高橋広.久保恵子.室岡明美:労働災害にて両眼眼球破裂した男性の障害の受容と職場復帰への道、「第13回職業リハビリテーション研究発表会論文集」、p.218-219、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター(2005) 2) 高橋広.他.編:07九州ロービジョンフォーラムin福岡・北九州『働く』〜医療・福祉・労働の連携の在り方を探る〜、「九州ロービジョンフォーラムEleventh Report 2007」、p.1-85、九州ロービジョンフォーラム(2008) 3) 高橋広.山田信也.工藤正一.他:柳川リハビリテーション病院におけるロービジョンケア第11報.労働災害にて両眼を失明した患者へのロービジョンケア、「眼紀57」、p.531-534、日本眼科紀要会(2006) 4) 津田諭:視覚障害者の就労の課題〜現状認識と今後〜、「眼紀58」、p.265-268、日本眼科紀要会(2007) 【参考1】 ロービジョンケアを行っている眼科情報 ①日本眼科医会ホームページ(ロービジョンケア施設) http://www.gankaikai.or.jp ②日本ロービジョン学会ホームページ(ロービジョン対応医療機関) http://www.jslrr.org ③視覚障害リソース・ネットワーク(Low Vision Clinicのある病院) http://www.cis.twcu.ac.jp/~k-oda/VIRN/ ④北九州市立総合療育センター眼科ホームページ http://members3.jcom.home.ne.jp/src-ganka/ 【参考2】 ロービジョンケアの実際(内容と関係者) 聴覚障害者の労働生産性を高める取り組み −きこえる人と一緒に働くために必要なこと− 水澤 学(株式会社アモール 代表取締役) 1 はじめに  聴覚障害者の雇用をきっかけに、聴覚障害者の就労実態や福祉的就労から一般雇用への移行といった流れを知った。  聴覚障害者の場合、「働きやすい職場にするための創意工夫」から「能力開発、職域拡大といったキャリアアップ」へと期待がされている。  職業別専門手話や職場定着の研究によれば、 コミュニケーション環境のよりよい発展、スキルアップにおける情報保障、キャリアアップといった問題などがある。  以下、(株)アモールで2008年3月より行っている聴覚障害者のためのビジネスマナー講座について述べる。 2 聴覚障害者のためのビジネスマナー講座  コミュニケーション環境を改善することによって、多くの問題が顕在化してきたため、マナー講座の必要性を感じるようになった。  しかし、聴覚障害者のためのマナー講座はハローワークが開催しているものや、各地の聴覚障害者協会や聾学校などが開いているものがあるが、一般的な内容がほとんどである。  そこで、まずは職場での事例をもとに、聞こえない立場から内容を検討した。  そして、聴覚障害者である自身が中心となり、手話通訳士、障害者職業生活相談員と協力をし、聴覚障害者のためのマナー講座を行うことにした。 3 特色  基本的に講座は手話で進めている。  聴覚障害者も多様であることをふまえて、パワーポイントの活用、資料にはルビをふるなどして、理解しやすいようにしている。    現在取り上げているテーマは以下の通りである。  私生活と仕事、協調意識、安全意識、顧客意識、コスト意識、目標意識、改善意識など。  これらは「社会性」やコミュニケーション能力を高める上で欠かせない要素である。  身だしなみや受講態度もチェックして、本人に伝えるなどしている。  これは、周囲からどのように見られているかに気付き、自身を客観的に見る力を養うことがねらいである。 4 実施状況  2008年3月から全7回実施。  総受講者数は56名。  講座は基本的には休日の昼間に行っている。  ただし、団体での申込みがあれば、出張して開講する場合もある。 5 受講後の感想  理解度を見るために、講座終了後は感想を書いてもらっている。  その中で次のような感想があった。  リズムとねぶそくとふきそくがかぜかんけいない思ったけどちがう かんけいある ぼく今まで思えない(第一回)  気にしてるをつかれてけどたのしかった(第二回)  会社の物を私物化事はんせい今まできづかない(第三回)  いろいろべんきょうもらう すこし成長(第四回)   6 考察  この講座は聴覚障害者が理解しやすいようテーマや流れを組み立て、きめ細かい指導を基本としている。  マナー講座を受けた後、手が空いた時に自分から仕事を探すようになったり、顔つきや態度に変化が現れる社員もいた。  その一方で、先述したように、手話を用いるなどして、コミュニケーション環境の保障を前提としているが、それだけでは解決できない新たな問題が浮上してきた。  具体的には、集中力や継続力がないなどであり、これらは能力評価に関わってくる。  聴覚障害者本人のスキルアップ、キャリアアップを図っていくためにも、能力評価は適切になされなければならない。  これまで聴覚障害者はコミュニケーションや情報の不足もあって、能力評価の基準がわかりづらいという面があり、今後はいかに適切な能力評価を行うかが課題となる。  また、感想からも分かるように、日本語力の向上についても今後の課題としたい。 7 まとめ  聴覚障害者本人も仕事内容や意義がわからないまま仕事をするとモチベーションが上がらず、他の社員との輪も乱れる。  きこえる人の考え方や社会人としてのルールを知ることによってチームワークをとれるようになり、仕事の内容や意義を理解することでモチベーションも上がり、生産性の高まりに結びつくと思われる。 参考文献  独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 平成17年度研究調査報告書No.261重度障害者(聴覚障害者)の職域開発に関する研究Ⅲ 職場におけるトラブルを想定した準備性 − 精神障がい者が職場で定着するためのツール − ○北野 容子(社会福祉法人親愛の里 名古屋支援事業所就労支援課ジョブサポートフォルテ 就労支援専門員)      ○近藤 周子(社会福祉法人親愛の里 名古屋支援事業所就労支援課ジョブサポートフォルテ 職業指導員) 1 はじめに (1)施設紹介 社会福祉法人親愛の里は平成13年4月に小規模作業所を開所し、その後利用者数の増加と利用目的の多様化のため「就労支援」と「日中活動の場」の機能分化をはかり第二作業所を開所した。障害者自立支援法の施行に伴い、平成18年10月に2つの作業所を合併させ『就労移行支援』『就労継続支援B型』『自立訓練(生活訓練)』の多機能型事業所(定員30名)へ移行をし、現在3年目に入っている。対象者は精神障がい者が大半であり、高次脳機能障害、発達障害、知的障害の利用もある。 就労支援は作業活動を中心に行っている。作業は5社から請負い、単純作業から複数の工程からなるものまであり、それぞれのペースや能力に応じて自分たちで選択できるようにしている。一般就労へのステップとしてグループ就労にも積極的に取り組んでおり、現在リサイクルステーションでの資源ごみの回収、飲食店の食器洗いや店舗清掃、マンション清掃など6社で行っている。平成18年の移行後、2年間で6名が一般企業に就労をし、現在も安定した職業生活を送っている。施設の利用希望者は多く定員30名に対して利用は35名、待機者は6名となっている。このことからも分かるように地域の精神障がい者の就労に対するニーズは強く、施設に寄せられる期待は高い。 (2)就労支援に対する考え方の変換 就労支援開始当初はどうすれば就労できるか、どうして就労できないのかの視点から課題を拾い上げ、優先順位をつけ訓練を行っていた。その結果「○○が出来たら次は△△」という様に次から次に課題をたて就労に対するハードルを高くしていた感がある。利用者は「いったいいつになったら就職できるのか」という就労までの長い道のりにあきらめたり意欲をなくしたりしていた。同時に私達はどの時点で就職に進めればいいのか分からなくなっていた。時代はフリーターや派遣という新しい働き方で就労する人も増え、「働く」イメージは随分変わってきた。障害を持っている人だからといって本当にこれだけの準備や訓練がいるのだろうかという素朴な疑問が、今回の取り組みのスタートである。就労支援のどこにポイントを置き効果的に進めるのかを考えプログラムの見直しを行った。具体的なイメージ作り、就労までのロードマップの作成(個別支援計画)、グループ就労や実習での体験など様々な取り組みの中で、今回はツールを活用した支援について発表したい。 2 働くイメージを具体化するツール (1)イメージを具体化するために 就労を希望する対象者は自分たちに合った働き方が曖昧な人が多い。例えば、本人たちが持ってくる求人票や求人雑誌の切り抜きが本人の能力や実生活とかけ離れていたり、内容を理解出来ていないことがよくある。また、就職に向けての不安や心配を尋ねても「人間関係」「コミュニケーション」という言葉だけで表され具体性に乏しい。そのため、ロールプレイやSSTを行うにもテーマの設定が難しく、よって効果も薄い。そこで自分がどのように働きたいかを具体的にイメージし、そのために何を訓練するか、どの制度を活用するかなどを考え、日々の職業準備訓練(以下「準備訓練」という)に活かす必要があると考えた。そこで、視野や考え方を広げ具体化することに有効なツールが何かないかを探し、N2法を取り入れることにした。 (2)N2法について 物事を論理的に考えていくための技術であり、抽象的なものを具体的にする訓練の方法として考えをまとめる思考法である。多くの企業や講義でも取り入れられている技法であり、一枚のシート上に展開していくため、今何のどんなテーマに対して話し、考え合われているのかといった全体像を一目でつかむことができる。そのため、考えがあちこちになってしまう特徴のある人も非常に分かりやすい方法である。 まず中心の六角形にテーマ(課題や整理すべき事等)を書き込む。そのテーマに対しキーワードを6つ周囲に記入する。さらにキーワードを実施するための6つの要素を考え埋めていく技法である。 (3)N2法の実施 就労を希望する対象者5名でグループを作り週一回行った。テーマは就労に向けての不安や課題を取り上げ実施した。その中で「求人票の見方」「働くために必要なこと」「コミュニケーション」について紹介をする。図1、図2に実際に実施したシートをあげている。 図1 テーマ:「求人票の見方」 図2 テーマ:「働くために必要なこと」 (4)結果とグループワークの利点 N2法を用いたグループワークにより、①自分の持つ自己のイメージと現実にずれがあること ②「やりたいこと」「やれること」ではなく、「やらなければいけないこと」を重要視した就労を組み立てようとしているという2点に気付くことができた。また、「コミュニケーション方法」からは思っていることを人に伝える、表現するということに苦手意識が強く、不安を抱えていることも強く結果として表れた。そのことが就労への一歩を躊躇したり、職種や職場を選ぶ基準の中で大きな障がいになり選択の幅が狭くなっていたということを認識した人もいる。 一つの情報を読み取る視野が狭いといわれる対象者が、一人で6つのカテゴリを埋めることは難しい。重要なことは、グループで色々と考えて、6つを埋めるために違う視点から考えたり、発想の逆転を行いイメージを広げていくことである。イメージを広げ膨らませることでより具体化させることができると考える。 中には「具体化させるという意味では、ロールプレイやSSTでも同じなのではないか?」という考え方を持つ人もいるであろう。実際にその場を想定して場面を作り、グループでプラスの評価を出し合い実演することはイメージを広げにくい精神障がい者にも有効であると考える。しかし、テーマに上げた課題を実演し、考えることは解決方法の一つではあるが、対象者が何を不安に思い、出来ないと思っているのかという部分まで踏み込むことは難しいのである。そのため、ロールプレイやSSTを行う前にN2法を取り入れるとより具体性が増すと考えられる。さらに、課題に対して具体的な行動指針を出した後、すぐに日々の準備訓練に導入し実践できるため効果が期待できる。一人では明確にすることが難しかった就労に対するイメージを図式化し、全体像をグループで整理していくことで、具体化されたイメージになる。支援者が「○○してみたらどうだろう」「△△をした方がいい」と言うのではなく、自分たちで“何がどうしてできないのか”“どうしたらできるのか”をグループで話し合うことで、自分には無かった発想の展開に気づくことに意義があると考えている。 発病前に経験した仕事に固執し現実とかけ離れた就労希望を持つ人、反対に「何もできなくなってしまった今の状態では就職なんてできない」と思っている人が多い。また、発病したため就労経験がなく、「働く」そのもののイメージが無い人も多くいるのが現状である。「やれること」を伸ばし、広げながら「やりたいこと」に近づけていくために具体的な取り組みを明確にできるため、職業準備性の“仕事のマッチング”に必要なツールとして非常に有効であると考える。 3 定着に必要なツール (1)精神障がい者はなぜ職場定着が難しいのか  仕事のマッチングがうまくいけば就職をし、次は安定した就労を目指すことになる。しかし精神障がい者雇用の実績を見ると、定着率が低いのが現状である。そこで私たちは、なぜ精神障がい者の職場定着が進まないのかを考えてみた。 その理由の一つとして、障がい特性による不適応を考えた。人間関係の難しさ、能力の不安定さ、段取りの悪さなど、多くの事があげられる。そこで今回は、仕事を行う上でよく見られる対象者の、 ①仕事を全部覚えようとして、何度も同じ事を確認する,②注意力が散漫になり手順や決められたチェックポイントが抜ける,③いろんな人から複数指示を受けて混乱する,といったところに注目をして考えた。 (2)定着するためには何が必要か 前述した行動に対して事業主からは、「さっきも言ったのに。」「何度言っても分からんやつだ。」「昨日できたことが何でできないんだ」などと言われてしまい、対象者は働くことに対して不安になる。結果、マッチングがうまくいったとしても継続して働くことが困難となり、定着に結びつかないことが多い。障がい者が安定して就労するためには、安心して働くということが、何よりも必要なのではないだろうか。そこから私たちは、対象者が自信をもって仕事に取り組める支援を考えた。その一つが、職場で定着するために必要なツールの作成である。 身体障がい者には、機能を補うための様々な福祉器具が発達してきた。知的障がい者には、絵や記号を使った作業指示や仕事の簡素化が有効であると言われている。精神障がい者が働く上で活用できる補助具として、作業手順書が有効であると私たちは実践の中から感じている。実際に対象者から、「仕事を覚えなくても仕事ができるようになった」「仕事の仕上がりを自分で確認できるようになった」「誰からの指示でも同じ指示で統一されるようになった」といった声があがっている。 (3)実際の作業手順書  私たちが作成している作業手順書とは、作業工程を分析しチェックポイントなどを整理した、指示書である。一連の流れ作業を記載したもの、写真や実物を利用したもの、必要な工程部分だけを取り上げて詳しく記載したものなど、様々である。曖昧さが苦手であったり、手順を省いてしまったり、チェックポイントが分からなくなるなどといった、対象者が苦手とする部分を本人と考えた上で作成している。準備訓練の中だからこそできる重要な過程である。図3、図4、図5に実際に利用しているものをあげている。 図3 一連の流れ作業を記載した手順書 図4 写真を利用した手順書 図5 最後の工程だけを詳しく取り上げた手順書 (4)作業手順書を活用した準備訓練の実際とその効果 準備訓練において、普段の支援の中で作業手順書をどのように使っているか、またそれが対象者にとってどのような効果を出しているのかをあげる。 ① 作業説明は普段から手順書を使う → 手順書を使って仕事をするということに慣れる。 ② 誰が指示をするときも手順書を使い指示を統一する → 手順の指示や間違いの指摘を受けるときも手順書を使うことで、複数指示の混乱を避ける。 ③ セルフチェックのために手順書を利用する → 仕事が分からなくなったときに、手順書で確認をして何度も聞くということを避ける。 → 完成または終了したとき、正しく仕上がっているかを自分で確認できる。 → 指示された仕事を達成することにより自信につながる。 といった効果が現れている。 (5)準備訓練の段階から取り組む必要性 準備訓練の段階から上記のように、取り組んできた理由の一つに、以前現場でよく起こっていたことがあげられる。雇用開始の段階で仕事の手順やチェックポイントを本人が把握できるよう、支援者が事業主の許可を得て手順書を作成し仕事場に掲示したのだが、本人がどのような時に手順書を見ていいのかがわからなかったり、手順書を見ることを忘れて何度も事業主に確認に行ったということがおこった。つまり、支援としてツールを作成したのだが本人が使いこなせなかったということである。高次脳機能障がい者の支援でも、メモをとるといった手段はよく使われているが、実際に仕事中に分からなくなったとき、そのメモを見て確認することができなければ意味がないということと同じである。 手順書を活用しながら仕事をするということは、現場に入って急に出来るということではなく、習慣化されていないとできない、またツールはあっても使いこなせない可能性があるという現実を受けて、当施設では準備訓練の段階から取り組むことの必要性を感じた。 (6)現場における作業手順書の有効性 手順書を利用するということにより、応用が利くかなくなったり、マニュアル通りにしか出来なくなるといった不安や心配が出てくることは予想できる。たしかに、臨機応変さが苦手な精神障がい者が、手順書以外のことを言われると、混乱してしまうということもあると思う。  ジョブコーチ支援でいう集中支援期は、対象者が職場に慣れて自分の仕事を確保する大事な時期である。その時期に手順書を活用してセルフチェックをすることが、本人の安心と自信につながる。さらに手順書を使う目的として、周囲へ安心感を与えるということもあげられる。現場支援に入ったとき、「どのように接したらいいのか。」「間違いをどのように注意したらよいか。」といった現場からの不安の声もあがってくるのではないだろうか。そういった声に対し支援者が、手順書を利用して支援をするというモデルを見せることは、周囲も対象者への指示方法を統一できる有効な手段であると考える。いずれ支援に入らなくなることを見越して、周囲に対しても安心感を与えることは重要な過程である。 また、対象者は自信や安心を得ることにより、徐々に手順書がなくても応用が利くようになってくるのである。その為、導入期の最初の定着をする部分には非常に有効であると考える。 4 まとめ  現在の職業リハビリテーションにおいて、施設内での職業準備訓練に重きを置くよりも、実際の企業での実習を通して雇用に結び付けていくほうが効果的であるといった声をよく聞く。その背景は、就労支援に対する考え方が、レディネスモデルからジョブコーチモデルへと変遷してきたという事実である。その為当施設でも施設外就労といった形で、企業により近い場所での就労の機会をつくる事にも力を入れてきた。しかし今回、精神障がい者の職場定着の難しさを考えたときに、改めて職業準備訓練の必要性と方向性を確認できた。それは、次々と順番に課題を遂行していくといったゴールのなかなか見えない準備訓練ではなく、職場定着を見越したより実効性のある準備訓練だからこそ、必要であると考える。 札幌市こぶし館の2年間 −授産施設においてどこまでIPSモデルに準拠できるのか− ○本多 俊紀(NPO法人コミュネット楽創 札幌市こぶし館 主任指導員)  大川 浩子(北海道文教大学人間科学部作業療法学科)  1 はじめに 札幌市こぶし館(以下「こぶし館」という。)は、平成8年に札幌市により精神障害者通所授産施設として設置され、平成18年4月より札幌市の指定管理制度導入に伴い、NPO法人コミュネット楽創が運営を行っている。当法人で運営を行うにあたってIPS(Individual Place and Support)モデルに準拠した就労支援を計画し、導入した。この経緯と経過(授産施設という枠組みにおいてどこまでIPSモデルに準拠し、また、異なる形で実施しているか)に、この2年間の結果を加えて報告する。 2 IPSモデルとは IPSとは、日本語で「個別職業紹介とサポート」と訳される、重度の精神障害者に対する就労支援の手法である。アメリカでは10前後の無作為化比較試験研究で、対照群に比べて有意に就労率を高めることや、就労期間を延長させることが実証されている、科学的根拠に基づく実践プログラムのひとつである1)。IPSモデルでは従来の職業支援サービスと異なり、リカバリーモデルに依拠し、希望する当事者が全て就労支援の対象となる。IPSの特徴と基本原則について表1、2に示した。 表1 IPSモデルの従来モデルと異なる特徴2)   IPSモデル 依拠するモデル リカバリーモデル 一般就労への見方 リカバリーの重要な要素 成果への期待 楽観主義的(きっとうまくいく・・・・・) 対象者の除外基準 除外基準はない(希望すればすべて対象となる) アセスメント 職場で必要とされるスキルのアセスメント アセスメントの視点 「できること」に着目 トレーニング Place-then-Train(就労してからの訓練)モデル 職場開拓 利用者の好みに合わせたオーダーメイド 表2 IPSの基本原則2) 3 NPO法人コミュネット楽創と札幌市こぶし館 NPO法人コミュネット楽創は、平成15年に設立された障害者福祉を中心に活動している団体である。現在こぶし館以外に地域活動支援センターホワイト ストーンの運営、生活支援・就労支援・地域ネットワーク委員会の事業所をもたない活動も行っている。 こぶし館は、平成8年に札幌市が精神障害者の通所授産施設として設置し、財団法人北海道精神保健推進協会が平成18年3月まで運営を行っていた。札幌市の指定管理制度導入に伴い、平成18年4月から当法人にて運営することとなり現在に至っている。こぶし館の定員は現在30名で、職員体制は常勤指導員5名、非常勤職員2名の体制であり、授産活動(下請けの軽作業が主)以外に、求職活動、トレーニングプログラム(SST、パソコン教室など)、継続就労支援を行っている。また、平成20年4月より職場適応援助者事業を2名(現在3名)のジョブコーチで実施している。 4 なぜIPSモデルを導入したのか 当法人が札幌市の指定管理者募集に応募するにあたり、こぶし館の管理業務計画について法人内で数回の話し合いをもった。その際、基本方針として据えたのは「当事者の希望に基づいた就労支援」であった。そこで、着目したのがIPSモデルである。既に、当法人では障害者の就労支援を研究する「就労支援委員会」において障害当事者の意見を反映した就労支援の研究を平成17年より始めており、その活動の中でIPSモデルの考え方に出会っていた。管理業務計画の策定委員からも「たとえ短時間や限られた期間の仕事であっても、できるだけ速やかに、一般就労の機会を提供する」というIPSモデルの内容に多くの者が感銘を受けたことが導入のきっかけとなった。 しかし、厳密な意味でのIPSモデルを導入するためには他の精神保健・医療的な基盤整備が整わないことや、授産施設という形態などの限界があった。そこで、IPSモデルが依拠するリカバリーモデルを尊重した、IPS的支援の導入を検討し、計画した。 こぶし館において、IPSモデルに準拠していない点を表3に示す。 表3 IPSモデルとの違い IPSモデル こぶし館 準備訓練なしに速やかな一般就労を目指す Place-then-Train 授産作業(就労前訓練)と同時進行 就労支援・医療保健それぞれの専門家による多職種チーム 医療機関を持たないため、医療と連携を図るが、多職種チームとはいえない ケースマネージャー(CM)と就労支援スペシャリスト(ES)が役割分担し、それぞれを担当 ケースマネージャー(CM)と就労支援スペシャリスト(ES)の役割分担ができないので、スタッフが就労支援のみに専念できない 精神障害者の就労支援モデル 知的障害者の支援も行われている IPSコーディネーターがIPSユニットにいる IPSコーディネーターはおかれていない 訪問(アウトリーチ)による支援を提供し、就労支援以外については、他のサービスを利用 授産施設という場があるため、ドロップイン機能を独自に持ち、利用者同士のピアの力を自然に利用できるが、施設の運営に人員をさかれてしまう 5 こぶし館における就労支援 こぶし館ではIPSモデル同様に利用者本人の職業選択、好みを重視して、それぞれの可能性を信じた支援を大切にしている。それらを達成するために工夫している具体的な支援方法について以下に示す。 (1)支援体制 常勤スタッフ5名が、各々の利用者1名につき主担当と副担当を兼任しあい、支援を行っている。利用者個別の状況については毎朝の打ち合わせや記録、毎週の職員会議などで共有化され、個別ケースの把握のほか全体の支援の質の均一化と向上がはかられている。 (2)アセスメントと個別支援計画 現状と将来の目標について具体的にし、実際の行動計画を立てている。このとき中長期の目標を具体的にすることを心がけている。中長期の目標が具体的になることで、今行うことをはっきりさせることができる。この時点で、まだ自分の就きたい仕事のイメージをもてない利用者には、将来の仕事がイメージしていけるように情報提供や職場実習の提案、他のプログラムの利用などを勧め支援を行っている。 (3)迅速な就労支援 就労へのモチベーションの高まりを敏感にキャッチし、希望の就労にむけた、迅速な就職活動の支援を行っている。就労準備訓練についてはTrain-then-Placeとして授産活動を利用する方もいるが、基本的にはPlace-then-Trainを大切にし、必要なスキルは、その職業に就いてから手に入れることが効率的かつ現実的と考え、授産などの訓練よりも就職活動を優先し実施している。就職活動では主にハローワークを利用し、個々人の希望を重視した仕事を探している。就職活動に伴い書類作成や面接練習、他の支援機関などとの調整も行っている。 (4)その他 就職前後では労働環境や生活支援機関との調整などの就労後のサポート体制の確立、職場訪問、就労者の会などを行っている。平成20年度より第一号職場適応援助者による職場定着支援も行っている。 6 こぶし館におけるIPS的支援導入の経過 従来のこぶし館では、木工や下請け作業などを中心とした生産活動を主とした授産を行い、一般就労への移行支援については少数であった。 しかし、平成18年4月の運営法人の交代によりIPSの理念を基本とした就労支援を行う授産施設として大きく方向転換した。職員が全員入れ替わったこともあり、多少なりとも利用者にも混乱が生じる場面も見られ、その配慮として、旧プログラムからIPS的支援への移行には2ヶ月間をかけ、平成18年6月から本格的に開始された。 移行当初は以前の授産活動中心の支援から一般就労を目的とした支援への変化に対応できなかった利用者も多数いたが、当法人による運営開始以降に利用を始めた方には、明確に「就労」という目標を持って利用開始した方が多く、その中から就職者が出たことをきっかけに、多くの利用者が就職へのモチベーションを高めていった。 現在までのこぶし館の就労支援の実績としては、平成18年4月〜平成20年9月末までの約30ヶ月間で、利用者の就職件数は51件となり、その間に利用者が得た給与所得の総計は概算で約3700万円となっている。 7 こぶし館におけるIPS的支援の例 市原さん(仮名)はコンピューターエンジニアの経験がある抑うつ症を有する40代の男性である。大学卒業後より機械開発の仕事を経験し、こぶし館の利用を開始する7年前に仕事上のストレスから発症し退職。その後、いくつかの企業・業種に就職するも憂鬱感と孤独感などの感覚や自己否定感が強くなり、数日で退社するということを繰り返していた。家族構成は妻と小学生の息子であり、利用開始当初の経済的基盤は、貯金と妻のパート収入であった。 (1)こぶし館利用開始当初の経過 市原さん自身に自己否定感が強く、すぐに求職活動を開始しても過去の職歴(自己否定感が強くなり数日で退職)と同じように繰り返し離職するのではないかという不安が市原さん自身に強くあり、自分の希望する仕事であることよりも職種を問わず「できる(就職し続けられる)」仕事に就きたいと話していた。その一方で、就く職種について一緒に考える手伝いをしてほしいとも話していた。 担当指導員のかかわり:まず、自身に対する認知を肯定的方向に変えていくかかわりを行った。また、平行して、自分の希望する仕事を見つけるために、日中活動の様子、過去の職歴や経験、興味・嗜好を含めた仕事に関する話し合いを2週に1回程度行うこととした。 結果:話し合いの中で、福祉職、配送運転手、コンピューターのスキルをいかせる事務職が希望職種としてあげられるようになったため、利用開始3ヵ月後より、求職活動を開始した。 (2)求職活動の経過 主に事務職で、障害を開示し、家族と生活することが可能な程度の収入確保という条件に絞り求職活動を行った。求職活動は約7ヶ月間にわたり、応募した企業は20社にのぼった。求職活動が長期化する中で、落ち込むことも多く、こぶし館の活動にも集中できず悩む一方、他の利用者と互いの求職活動について話し、励ましあう姿も見られた。 担当指導員のかかわり:倍率の高い求人への応募が多かったため、採否が確定する前から次の求人を探し、モチベーションを維持したまま継続的に求職活動しできるようにかかわった。 現在:障害者雇用で一般(事務職)に採用され、現在まで10ヶ月間就労を継続している。また、こぶし館は仕事の休日に息抜きや仲間と話をするために利用し、最近では、担当指導員とともに、他施設で自分の仕事の体験を話すチャレンジも行っている。 8 こぶし館における今後の展望と課題 (1)就労継続支援 現在、第一号職場適応援助者事業を行ってはいるが、いまだ就労開始期の方・継続中の方への支援が十分とはいえず、職場定着・継続就労にむけた支援に多くの改善が必要である。また、就労している当事者への精神的支援として職員主導で「就労者の会」をもっているが、今後はピアサポートやセルフヘルプグループにつなげていきたいと考えている。 これらの就職後の支援については今後、障害者自立支援法下でどのように行っていくかも大きな課題である。 (2)職場開拓 職場開拓は、現在のこぶし館ではほとんど行っておらず、求人情報の大半をハローワークに頼っている。利用者の多様な希望にこたえるためにも新たな雇用の掘起こしや、企業への雇用提案などの必要性も考えている。 (3)マンパワー 先の課題を取り組むにも、従来の授産施設の機能にIPS的就労支援を上乗せしているため、慢性的なマンパワー不足がある。また、職員配置からも多職種チームの形成が難しく、職員が就労支援のみを担当することが難しい状況である。さらには、施設内でIPSコーディネーターが配置されていないため、就労支援に関するスーパーバイズを受ける環境が現在保障されておらず、宇和島における実践3)のようにスーパーバイザーを活用していくことも今後の課題であるといえる。 9 考察:IPSモデルに準拠しないことを強みに変える工夫と限界 授産施設という建物を有し、且つ、NPO法人という医療ではない背景を持つ団体が運営するというメリットとデメリットを持つ中で、こぶし館はIPS的支援の導入をはかった。その結果、約30ヶ月間で、利用者の就職件数は51件という実績を出している。これは、「リカバリー」という基本理念を中心に据え、その現場の実情に合わせた工夫をしていくことでIPS的支援の構築の可能性を示しているのではないかと考える。 既に表3で示したとおり、こぶし館でIPS的支援を導入するにあたり、多くの点でIPSモデルに準拠できていない部分がある。しかし、そこでIPSモデルの導入をあきらめるのではなく、IPSモデルが依拠するリカバリーモデルを尊重した、IPS的支援のあり方を検討し、現在も模索し続けている。そして、我々の工夫として準拠できない部分をデメリットからストレングスとして活用する発想の転換が生まれた。たとえば、授産施設というドロップイン機能を有する施設を持つことで、利用者は同じような苦労をもつ仲間と出会い、語れる場を得ることができたということである。こぶし館を利用することで、利用者同士が互いに励ましあうだけではなく、就労に関する経験や情報の交換、就労者としてのモデルの構築など、ピアの力を自然に利用できる場を提供できていたと思われる。事例で紹介した市原さんの求職活動においても、求職活動を継続するために仲間の果たした役割は大きい。リカバリーにはピアサポートの存在が欠かせないといわれており4)、結果としてこぶし館はIPSモデルに準拠していない点も利用してリカバリーを大切にした支援を行うことができていたと考えられる。 一方、限界としては、まず、先に述べた3点の課題がある。ひとつはACTという包括的な地域生活支援と医療というサポートシステムも、多職種・超職種のチームもないという部分は非常に大きいと感じている。また、障害者自立支援法などの現行制度における課題でもあるが、就職後の継続的なサポートについて現状では限界がある。ジョブコーチや就業・生活支援センターなどの支援制度はあるものの、就労前から就労後までの継続的な一貫した支援ということを考えると、それだけでは不足という感もある。そして、こぶし館が授産施設という形態での運営をすることが可能な期間はわずかしか残っていない。これらを勘案すると、今後のシステム作りも大きな課題であるといえる。 10 まとめ IPS的支援を導入する中で痛感したことは、利用者の可能性を「信じる」ということである。仮にリカバリーが、「その人らしいより良い人生を目指すプロセス」であるならば、対象となる人の可能性を信じ、その方の希望を大切にしていくことが、支援者にとって一番重要な原則であろう。 IPSを導入するということは、どこまでその人の未来や希望を信じられるか、そして、信じ続けられるか、ということを私たち支援者が試されるとことではないかと思う。 <文献> 1) Becker DR, et al(大島巌,他訳):精神障害をもつ人たちのワーキングライフ.金剛出版,2004 2) 香田真希子:ACTとIPS.松為信雄,他編,職業リハビリテーション学−キャリア発達と社会参加に向けた就労支援体系.協同医書出版,2006 3) 山内洋治,他:精神障害者に対する訪問型個別就労支援の実践とその効果.第14回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集.2006 4) 野中猛:病や障害からのリカバリー.OTジャーナル33:594-600,1999 就労移行支援施設における、「作業支援プログラム」の有効性の検討 −知的障害者を中心に− ○後藤 英樹(足立区障害福祉センターあしすと 就労促進訓練室 作業療法士) 山田 彌須子・西藤 美惠子・大内 梨江子・小川 利奈(足立区障害福祉センターあしすと 就労促進訓練室) 1 はじめに 足立区障害福祉センター就労促進訓練室は、障害者自立支援法による就労移行支援施設である。 当施設の支援は、「就職」「作業」「生活」「健康」の4つを柱としている。 その中でも、「作業支援」の訓練プログラムについては、平成15年度に開設してからの5年間、特に力を入れ、試行錯誤を繰り返してきた。  今回は、その「作業支援プログラム」の有効性について、検討をする。   2 方法 新規利用者が通所を開始する前に、「プログラムの興味・関心チェックリスト」の記入を行ってもらっている(表1)。 このチェックリストを、9月1日現在登録している利用者に、再度行ってもらった。 訓練前の印象と、実際に訓練を行った後でのそれぞれのプログラムへの興味・関心の変化をみることにした。 このチェックリストの問いは、「とてもやりたい」「少しやりたい」「ふつう」「あまりやりたくない」「やりたくない」「わからない」の6項目になっている。 表2のように、訓練後のチェックが、「やりたい」の方へ一段階でも移っていれば、それを興味・関心が「向上」したととらえることにした。 逆に「やりたくない」の方向へ移っていれば、実際にやってみて興味・関心が「低下」したととらえることにした。 また、訓練の前、後にかかわらず、「わからない」を選択した場合には、評価はしないで、そのまま「わからない」としてカウントすることにした。 実際に訓練を行った後の興味・関心の変化を、「向上」「変化なし」「低下」の3段階で評価した。 作業支援プログラムを行う目的は、利用者それぞれ異なるが、「働くことの意味がよく理解できていない」「意欲がない」という人が多い中、仕事と同じような作業への興味・関心を向上していくことは、ひとつの大きな目標となる。 作業への興味・関心の変化を見ることにより、そのプログラムが有効であったかどうかを評価することとし、当施設の「作業支援プログラム」の有効性について、考察する。 表1 チェックリスト                   プログラム名 内 容 とても やりたい 少し やりたい ふつう あまり やりたくない やりたくない わからない オフィス ・・・・ ストア ・・・・ OA ・・・・ 調理補助 ・・・・ アパレル ・・・・ 清掃 ・・・・ 印刷 ・・・・ ・・・・・・ ・・・・ ・・・・・・ ・・・・ 表2 「向上」の例 プログラム名 内 容 とても やりたい 少し やりたい ふつう あまり やりたくない やりたくない わからない オフィス ・・・・ ● ○ ストア ・・・・ ● ○ OA ・・・・ ● ○ 3 対象 平成20年9月1日現在、登録している利用者のうち、長期欠席や企業実習中の利用者などを除いた、知的障害者14名(男性9名、女性は5名)とした。 平均通所期間は7ヶ月であり、最長は1年3ヵ月、最短は1ヵ月であった。 平均年齢は31歳であり、最高は53歳、最低は19歳であった。 4 結果 訓練後の興味・関心の変化は、図1のとおりである。 訓練後、興味・関心が向上した人の割合は、作業支援プログラムの方が、その他の支援プログラムよりも多かった。 訓練後、興味・関心が低下した人の割合は、作業支援プログラムの方が、その他の支援プログラムよりも少なかった。 各プログラムごとの結果は、図2、図3のとおりである。 プログラムによって、興味・関心の変化に差があった。ミーティング方式でプログラムごとの感想を聞いたが、利用者の声からは、特別な理由が見出せなかった。 図1 訓練後の興味・関心の変化 図2 作業支援プログラム内訳      図3 その他の支援プログラム内訳    5 考察 訓練後に興味・関心が向上する割合が高く、低下する割合が低かった「作業支援プログラム」は、他のプログラムと比べれば、実際に訓練を行う効果は大きいと言える。 このことから、表3のような取り組みに力を入れ、試行錯誤を繰り返してきた当施設の現在の「作業支援プログラム」は、就労を目指す知的障害者にとっては有効である、と言えるであろう。 表3 当施設の作業支援プログラムの特徴 特 徴 例 個別性の重視 ・希望職種、適正職種のプログラムを開発 ・個別スケジュール マンネリ化防止 ・実際の仕事と訓練の混合 ・施設外での訓練 実際の仕事に近い ・施設内業務の受託 ・道具や材料の開発 6 まとめ 今回は、「実際に訓練を体験した後の意欲の変化」を基準に検討したが、今後は、さらに違う視点からの検討や、作業ごとの分析も必要である。 また、作業支援プログラム以外のその他のプログラムについても、同じような工夫が必要であると感じた。 少ない人数ではあったが、アンケート形式で「利用者の声」を検討の材料にできたことは、大きな意味があったと考える。 結果そのものよりも、このような試みをしていくことが、利用者主体の支援に大きな影響を与えていくのではないかと考える。 障害者雇用支援センターが残したもの −雇用の安定、継続雇用を目指して− ○吉川 隆義 (福岡県障害者雇用支援センター 事務長)  浜田 奈留美(福岡障害者職業センター) 1 定着支援の重要性と継続性    平成7年度「障害者雇用促進法」の改正により設置された障害者雇用支援センターは、全国で14箇所が指定され、その後あっせん型の雇用支援センターへ変わり、更に改正され現在厚生労働省が進めている「障害者就業・生活支援センター」全国400箇所設置目標へと変遷してきた。そして、障害者雇用支援センターの運営も、平成23年度末を目処に、自立支援法の規定による「福祉サービス事業者」から「就労移行支援事業者」等への移行が検討されていて、当雇用支援センターにおいても、平成21年4月を目標に就労移行支援事業者への移行の準備をしているところである。 さて、平成8年度に開設し、第1期生から平成19年度・12期生まで、12年間で259名を訓練生として受け入れ、200名が就職することができた。 平成20年3月末現在では116名が在職中、いわゆる定着率は58%で、最近3年間の定着率をみると78%となっている。 最近のマスコミや出版物における障害者の方々に関する言葉の使い方で、個人的な感想であるが、かつては、「バリアフリー」、「ノーマライゼーション」、「社会参加の推進」などの言葉が数多く使用されていたが、最近は至るところで「福祉的就労から一般雇用へ」・「就業支援」に始まって「職場実習支援」から「定着支援」「ジョブコーチ」支援等々「○○支援」という言葉が目立っているところである。当雇用支援センターでは、これまで障害者の雇用対策の一環である職業準備訓練を業務として取り組み、公平・公正そして訓練生の目標達成を目指してきた。 一般就労を希望される障害のある方達の目標を実現する上で、就職することがゴールではなく、就職してからがスタートと位置づけて、雇用の安定と継続雇用へ向けての定着支援に最大限の努力を傾けてきた。もちろん雇用の安定のためには、当事者の努力も必要であるし、準備訓練の段階から数多くの職場実習を経験したうえで、本人の仕事に対する適応力、関心度、事業主から人材としての期待や理解等を総合して就職の実現を目指してきた。 したがって、就職後の定着支援に関わる活動は、  在籍する当年度訓練生の準備訓練や実習支援と日程調整を行ないながら進めてきた。  定着支援は就職後一定期間実施すれば目的が達成されるというものではないし、極論すると大部分の人が就職後、長期間にわたって支援の継続が必要であると言えるのではないだろうか。  また、当雇用支援センターによる定着支援だけで解決できるものではなく、福岡障害者職業センターのカウンセラーやジョブコーチの指導や助言を受けながら、試行錯誤しながら進める定着支援もある。これまで取り組んできた経過から、必然的または長期的な定着支援を必要とするいくつか特徴的な事例を挙げてみる。 ・遅刻が続いたり、無断欠勤がある。 遅刻の原因を把握する事から始め、家庭でのメールのやり取り、長時間にわたるテレビ・パソコンへの熱中等が原因であれば生活改善を指導する。 ・職場の上司の指示が聞けない、伝わらない。 ・仕事の進め方が指示された方法と異なる。 上司の職場の意向と本人の現状を出来る限り把握して、日常の対応(本人と現場の上司との間でのチェックリスト等の導入を検討)の中で修正を加えていく事で改善を図る。 ・新しい仕事の分担に対応が出来ない。 ・担当する仕事の成果が低下している。 職業センターと相談して、ジョブコーチの導入等により職場環境や作業手順の改善について事業主と相談する。 ・感情の起伏が大きい人は支援が長期化しやすい。 一方、定着支援を特に必要としないケースでの共通事項を挙げてみる。 ・仕事以外に、休みの時間を自分で過ごすことができる。 ・職場内で困った時に、相談できる上司・同僚がいる。 ・困った時に、保護者・支援者へ相談できる。 2 おわりに 就業支援という言葉には、準備訓練を通して当事者の個性を知る事から始まり、就職に向けた職場実習の開拓と実習先での支援により、職種毎の適性や個性・特徴を見つけ、安定的な雇用を目指して就職支援を行うことが必要である。 そして、雇用の継続を図るためには、長期的な視野の下に幅広い定着支援が必要であることを痛切に感じている。 就労支援のための密接な地域連携を支える情報共有のあり方 ○春名 由一郎(障害者職業総合センター社会的支援部門 研究員) 三島 広和・石黒 豊・亀田 敦志(障害者職業総合センター社会的支援部門) 1 はじめに 近年、障害・疾患のある人たちの自立と就労支援を促進するため、雇用、福祉、教育等の分野の関係機関が、役割分担の下、各地域において就労支援のネットワークを構築することが重要になっている1)。 しかし、従来、就労支援への取組が少なかった機関を含め、専門分野の壁を超えて効果的に連携するためには、個人情報保護法への対応を含め、効果的な情報共有の課題への対応が必要である。 そこで本研究では、現在、障害・疾患のある人たちの自立と就業ニーズを地域で支えている様々な関係機関の地域における連携と情報共有の現状と課題を郵送調査により把握し、今後の効果的な情報支援のあり方を明らかにすることを目的とした。 2 方法 (1)調査対象  調査対象は障害・疾患のある人の地域自立生活や就業を支える保健・医療、福祉、教育等の機関・施設や各種団体の関係部署6,117所における就業ニーズへの対応への主担当者を第一として、該当がない場合は生活自立支援の主担当者とした。調査は2008年6〜7月に行った。調査対象機関は、施設の重複を除いて無作為サンプリングした。  ・障害者障害者障害者就業・生活支援センター 202(サンプル率100%)  ・就労移行支援機関(上以外) 913 (100%)  ・特別支援学校(高等部以上)  814 (100%)  ・難病相談支援センター 61 (100%)  ・発達障害者支援センター 56 (100%)  ・精神障害者地域生活支援センター(上以外)186 (100%)  ・医療機関、当事者団体等(上以外) 1,208 (60%)  ・就労継続&授産施設(上以外) 1,445 (45%)  ・精神障害者授産施設(上以外) 377 (100%)  ・相談支援機関(上以外) 855 (45%) (2)調査内容  地域連携と情報共有の現状、自立と就業を支える支援に必要な情報、情報共有の課題と具体的な取組、情報支援の現状と今後のニーズ等について選択式回答を中心とした郵送アンケートにより調査した。 (3)分析方法  機関種類別にクロス集計し、カイ二乗検定を行った。統計的な有意性としてp<0.05を基準とした。 3 結果 (1)回答状況  回収率は、全体では33%で、回収率が高かったのは、発達障害支援センター55%、障害者就業・生活支援センターと難病相談支援センター52%、特別支援学校40%で、一方、回収率が低かったのは、精神障害者授産施設23%、精神障害者地域生活支援センター27%、保健医療機関と就労継続&授産施設29%であった。  障害者就業・生活支援センターはもちろん、就労移行支援機関や特別支援学校の大多数には日常的に就労支援担当がおり、精神障害者授産施設と発達障害者支援センターにも半数以上就労支援担当がいた。一方、保健医療機関や難病相談支援センター、相談支援機関には就労支援担当がいない方が多かった。 (2)地域連携と情報共有の現状 ア 障害者就業・生活支援センター  障害者就業・生活支援センターは、就労継続支援事業との関係が強く、また、大部分が地域障害者職業センターのケース会議や就労移行支援事業、ハローワークのチーム支援等に参画していた。専任の支援者の他3分の1にはジョブコーチがおり、大部分でハローワーク、地域障害者職業センター、特別支援学校、行政、企業、医師等との連携が行われていた。半数近くが地域関係機関との「顔の見える関係づくり」に成功しているが、依然連携の課題は多く、特に自立と就業を一体的に支援する体制の構築が一番の課題とされた。関係機関との個人情報の共有場面は多く、担当者間の日常的コミュニケーションとケース会議が中心であった。 イ 就労移行支援事業者  就労移行支援事業者は、同時に就労継続支援事業を行っているものが半数程度あり、障害者就業・生活支援センターや地域の協議会、ハローワークのチーム支援への参画が半数強という状況であった。サービス管理責任者と支援員がおり、半数程度には社会福祉士が配置され、4分の3程度がハローワークや行政担当者、障害者就業・生活支援センターと連携し、特別支援学校や地域障害者職業センターとの連携も半数を超えていた。地域関係機関との「顔の見える関係づくり」に成功しているのは3分の1未満で、連携の課題は多く、特に自立と就業を一体的に支援する体制の構築と縦割を超えた取組を必要としながら実施できていない機関が40%近くあった。関係機関との個人情報の共有の場面があるのは半数以下で、担当者間の日常的コミュニケーションとケース会議が中心であり、文書等の共有は実施していない機関が多かった。 ウ 特別支援学校  特別支援学校は個別の教育支援計画を中心に取り組み、障害者就業・生活支援センターや就労移行支援事業、ハローワークのチーム支援、地域の協議会への参画も多かった。担任教諭、進路指導担当、特別支援教育コーディネーターがおり、大部分がハローワークと連携し、障害者就業・生活支援センター、企業、地域障害者職業センター、医師、行政、ジョブコーチ等と幅広い連携を行っていた。半数は地域関係機関との「顔の見える関係づくり」に成功しており、縦割を超えた取組には半数近くが課題を持ちながらも取り組んでいた。一方、自立と就業の一体的支援体制の構築には40%近くが必要を感じながらも実施ができていなかった。半数以上で、関係機関との個人情報の共有の場面をもっており、担当者間の日常的コミュニケーションとケース会議が中心であり、文書等の共有には課題があり実施していない機関が多かった。 エ 精神障害者授産施設  精神障害者授産施設の4分の1程度は就労継続支援事業も実施していた。障害者就業・生活支援センターや地域協議会と半数程度が連携し、ハローワークのチーム支援とは3分の1程度が連携していた。支援員、精神科ソーシャルワーカー、サービス管理責任者が60%に配置され、行政担当者やハローワーク、障害者就業・生活支援センター、地域障害者職業センターとの連携が多かった。地域との「顔の見える関係づくり」の取組は多いが課題を抱えている機関の方が多く、また、縦割を超えた取組の推進や自立と就業の一体的支援体制の構築も必要性はあるが実施できていない機関が半数近かった。関係機関との情報共有場面は担当者間の日常的コミュニケーションが多いが、文書共有を実施しない機関が比較的多かった。 オ 発達障害者支援センター  発達障害者支援センターは、全般的に地域での就労支援の取組の枠組との関与が弱かったが、障害者就業・生活支援センターとは80%弱が連携していた。職員配置は社会福祉士、臨床心理士、パラメディカル、医師などのタイプがあり、ほぼ全てが地域障害者職業センター及びハローワークと連携し、特別支援学校や障害者就業・生活支援センターとの連携も多かった。地域関係機関との「顔の見える関係づくり」に大部分が取り組んでいるが成功しているのは全体の25%であり課題を抱えている機関が多く、また、自立と就業の一体的支援体制の構築は大部分ができないでおり、縦割を超えた取組にも多くの課題を抱えていた。ケース会議等で関係機関との個人情報の共有に成功している機関が60%近く、情報共有の課題も少なかったが、文書の共有は実施していない機関が比較的多かった。 カ 就労継続機関&授産施設  就労継続機関&授産施設では、半数程度が就労継続支援事業を実施しており、障害者就業・生活支援センターとの関わりが多いが、地域との連携は半数未満で、地域協議会やハローワークのチーム支援に参画していたのは3分の1程度であった。支援員とサービス管理責任者だけでなく、医療関係者の配置もあり、60%で行政担当者やハローワークとの連携があり、半数程度で障害者就業・生活支援センター、医師、特別支援学校との連携があった。地域との「顔の見える関係づくり」の取組は多いが課題を抱えている機関の方が多く、縦割を超えた取組の推進や自立と就業の一体的支援体制の構築は必要性があっても実施できていない機関が半数近かった。関係機関との情報共有場面は担当者間の日常的コミュニケーションが中心であるが課題も多く、文書共有を実施しない機関も多かった。 キ 精神障害者地域生活支援センター  精神障害者地域生活支援センターは、半数強が障害者就業・生活支援センター、協議会、就労継続/移行支援事業に参画していた。サービス管理責任者、精神科ソーシャルワーカー、支援員、社会福祉士等が適宜配置され、多くがハローワークや行政担当者と連携し、障害者就業・生活支援センターや地域障害者職業センター、臨床心理士や医師等との連携も半数以上あった。地域関係機関との「顔の見える関係づくり」が3分の1で成功していたが、課題も多かった。関係機関との個人情報の共有の場面は半数程度であり、担当者間の日常的コミュニケーションとケース会議が中心であり、文書等の共有は実施していない機関が多かった。 ク 難病相談支援センター  難病相談・支援センターは、地域での就労支援の取組の枠組との関与が弱く、障害者就業・生活支援センターと40%弱が連携しているに止まっていた。職員配置は保健師、医師、社会福祉士、ピアサポーターなどのタイプに分かれ、多くがハローワークと連携し、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター、行政担当者との連携は半数程度であった。全般的に連携の取組は必要性はあっても実施できない状況(50〜75%)で、問題なくできている機関は10〜20%未満であった。関係機関との個人情報の共有を実施しているのは4分の1程度であり、大多数は必要性はあっても実施できていなかった。 ケ 保健・医療機関  保健・医療機関が就労支援で地域連携に取り組んでいるのは3分の1程度であり、地域協議会、就労継続/移行支援事業、障害者就業・生活支援センターへの参画が主であった。医療関係者がおり、半数程度が福祉関係者や行政担当者、障害者就業・生活支援センター等と連携していた。地域との「顔の見える関係づくり」の取組は多いが課題を抱えている機関の方が多く、縦割を超えた取組の推進や自立と就業の一体的支援体制の構築は実施したいができていない機関が半数近かった。関係機関との情報共有は、担当者間の日常的コミュニケーションとケース会議で半数弱が成功しているが、本人保有の情報の活用や文書の共有は実施していない機関が多く、他機関からの情報請求への対応にも課題が多かった。 コ 相談支援機関  相談支援機関は、地域との連携は半数程度であり、就労継続/移行支援機関と障害者就業・生活支援センターとの協力であった。サービス管理責任者、支援員、社会福祉士等が配置され、行政担当者、ハローワーク、医師、障害者就業・生活支援センター、医療ソーシャルワーカー、地域障害者職業センターとの連携があった。全般的に、地域連携に取り組んでいるものの、課題が多い機関が比較的多かった。関係機関との情報共有場面はケース会議等と担当者間の日常的コミュニケーションで半数以上が成功していたが、文書共有は行わない機関が比較的多かった。 (3)自立と就業を支える支援に必要な情報 ア 障害者就業・生活支援センター  障害者就業・生活支援センターは、本人側よりも社会側に働きかける就労支援を中心としていた。必要な就労支援とその効果、就業可能な職種や働き方は自機関で判断し、労働サービス・制度の利用可能性は連携機関が判断していた。就業希望確認や希望の就業条件は独自に確実に把握し、障害種類・程度や診断名等は外部情報を参照し、医学的情報のニーズも比較的多かった。 イ 就労移行支援事業者  就労移行支援機関は、本人側の能力開発と社会側への働きかけの両面での就労支援を併用していたが、職業訓練は行わず、マネジメントの取組が比較的少なかった。一般就業の可能性、就業可能な職種や働き方は自機関で判断し、労働サービス・制度の利用可能性は連携機関が判断していた。ほとんどの機関は、就業希望や希望就業条件だけでなく、キャリア支援に関する情報、職業準備や就職活動の課題も独自で把握しており、一方、障害種類・程度や診断、学歴・職歴、病歴等、医療や福祉の支援状況や注意事項は連携機関の情報を参照し、就労支援の社会資源の情報のニーズが比較的高かった。 ウ 特別支援学校  特別支援学校の進路指導における就労支援の取組は本人側の能力開発が中心で、マネジメントの取組は少なかった。一般就業の可能性、就業可能な職種や働き方は自機関で判断し、労働サービス・制度の利用可能性、地域の生活支援の利用の可能性は連携機関が判断していた。大部分の学校で、強みの把握や就業希望理由、キャリア支援だけでなく、地域の職場の可能性の検討、学歴・職歴、就職活動での課題も独自で把握し、診断名や障害種類・程度、注意事項、医療や福祉の支援状況は連携機関から情報を得ていた。 エ 精神障害者授産施設  精神障害者授産施設の就労支援は本人側の能力開発を主としており、労働サービス・制度の利用可能性は連携機関が判断していた。就業希望や希望就業条件の確認、強みやキャリアの方向性はほぼ確実に独自に把握しており、障害種類・程度や診断名、注意事項等についても外部から情報を確実に得ていたが、様々な就労支援関係の情報ニーズがあった。 オ 発達障害者支援センター  発達障害者支援センターでは職業訓練の取組は少なく、自機関で地域の生活支援の利用の可能性を判断していた。情報ニーズとしては社会資源の活用やキャリアアップや職場内配慮、職場開拓に関することがあった。 カ 就労継続機関&授産施設  就労移行支援機関は、本人側の能力開発と社会側への働きかけの両面での就労支援を併用していたが、職業訓練は行わず、マネジメントの取組が少なかった。一般就業の可能性は自機関で判断し、労働サービス・制度の利用可能性は連携機関が判断していた。必要に応じて就業希望確認、強みや希望の勤務条件、キャリアの方向性、健康状況を独自に把握していたが、障害種類・程度・診断名や学歴・職歴、就業希望、支援状況等は外部からの情報を参照しており、就労支援関連の情報ニーズが高かった。 キ 精神障害者地域生活支援センター  精神障害者地域生活支援センターの就労支援はやや少ないが全般的に行われ、自機関で地域の生活支援の利用の可能性を判断していた。ほぼ必ず、就業希望や強み、キャリアの方向性に関する情報を把握しており、キャリアアップや職場内配慮、社会資源活用に関する情報ニーズがあった。 ク 難病相談支援センター  難病相談支援センターでは全般的に就労支援の取組は少なく、就業可能性や就労支援に関する判断ができていなかった。必要に応じて就業希望と健康状況の確認を行っていたが、外部情報の参照が少なく、就職後の職場内配慮やキャリアアップの見通しについての情報ニーズが高かった。 ケ 保健・医療機関  保健・医療機関の就労支援は本人の能力開発中心であり、職業訓練は少なかった。自機関では、地域の生活支援の利用の可能性を判断していた。必要に応じて健康状態や就業希望、注意事項、強みや希望の勤務条件やキャリアの方向性等を独自に把握、障害種類・程度や診断名は独自把握あるいは参照しており、情報ニーズとしては企業内の配慮の状況や教育や労働の支援状況、社会資源活用、職業生活全般での課題や対応状況等、幅広かった。 コ 相談支援機関  相談支援機関の就労支援は本人と社会側の両面に対するものだが、職業訓練は少なかった。自機関で地域の生活支援の利用可能性を判断し、労働サービス・制度の利用可能性は連携機関が判断していた。必要に応じて就業希望や就業希望条件、強みやキャリアの方向性、職歴・学歴、健康状態や注意事項を独自に把握し、障害種類・程度や診断名、病歴や治療状況、注意事項は外部情報を参照し、様々な社会資源に関する情報ニーズがあった。 (4)情報共有の課題と具体的な取組  機関を超えた個人情報の共有の課題については、全般的に個人情報保護法の手続き、個人情報の保管については3分の1程度の機関が取組に成功し、3分の1が取り組んでいるが課題があった。縦割を超え、多分野の情報を有機的に理解することには課題はあったが取り組めてないところが3分の1強あった。  また、情報共有のために半数程度で成功している取組としては、情報共有を顔の見える範囲に限定すること、本人から連携を前提として情報共有することの包括的同意を取得すること、守秘義務のある範囲に情報共有を限定すること、支援目的が確認できる場合に情報共有を限定することがあった。一方、支援や配慮を具体的に示すことや、本人のマイナス情報だけでなくアピール点等の情報も全体的に示すことについては、必要性はあるが成功例は少なかった。 4 考察 現在、全国の各地域において、障害者の自立支援と就労支援に向けて、様々な分野で様々な事業が行われている。本調査から、それらの取組が各地において密接に関連し合い、医療、福祉、教育、労働の多岐にわたる情報が枠を超えて情報共有され、効果的な自立支援と就労支援の連携のあり方が目指されている状況や具体的な課題が多く明らかになった。 障害者就業・生活支援センター、特別支援学校、就労移行支援事業所は、他の関係機関との日常的コミュニケーションやケース会議等での「顔の見える関係」を基礎としての情報共有が活発であった。これにより、地域連携の取組が依然として少ない多くの機関との関係づくりが促進され、ハローワークや地域障害者職業センターと共に地域で就労支援と自立支援の中核として重要な役割を果たしていた。 また、個人情報保護法への対応として、地域連携を前提として本人から包括的同意を取得する取組の成功例が多くあった。ただし、同じ情報を地域で複数の機関が重複して独自に取得している状況や、依然多くの機関では地域連携体制の構築や情報共有には課題を抱えたり、必要性がありながら実施できなかったりという状況も示唆され、今後、地域連携や情報共有の好事例を普及し、安全かつ効果的な個人情報保護や本人の自己情報コントロール権を確保するための検討が必要である。さらに、多くの機関では様々な入手可能な情報を就労支援のために効果的に活用することへの課題も多く、就労支援のあり方の全体像の理解を促進する情報支援も重要である。 文献 1.福祉、教育等との連携による障害者の就労支援の推進に関する研究会報告書-ネットワークの構築と就労支援の充実を目指して-(2007) ハローワークにおける障害者の就職支援の 工夫・取組事例の収集・分析について ○三島 広和(障害者職業総合センター社会的支援部門 研究員) 春名 由一郎・田谷 勝夫・亀田 敦志(障害者職業総合センター社会的支援部門) 1 はじめに 公共職業安定所(以下「ハローワーク」という。)においては、障害者の有効求職者が約15万人と高い水準で推移し、特によりきめ細かな就職支援の必要な知的障害者や精神障害者が大きく増加してきているとともに、これまでの就職支援のノウハウでは十分な対応が難しい発達障害者等も増えつつある。 また、「障害者自立支援法」の施行に伴い福祉から一般雇用への移行が進められる中で、地域の関係機関とも連携を図りつつ、企業に対し、これら障害者の一般雇用への理解を促し、具体的な就職と職場定着に向けてより一層計画的かつきめ細かな支援を行っていくことが求められている。 さらに、各種助成金、障害者の試行雇用(トライアル雇用)、障害者の委託訓練、職場適応援助者(ジョブコーチ)による支援等各種支援メニューが充実・整備されてきており、こうした支援メニューを有機的に組み合わせた対応を行うことも必要となっている。 すなわち、ハローワークにおいては、これらを踏まえて、障害者のマッチングから職場適応まで一層的確な支援を行っていくことが強く求められており、そのためのノウハウの体系化及びその向上が不可欠となっている。 2 目的 ハローワークにおいて、地域関係機関との連携を図りつつ、計画的かつきめ細かな障害者の就職支援を実施すべく、様々な工夫・取組が行われているものの、必ずしも十分理解・認識されていない新しい取組を含め、これらの工夫・取組について、広く全国のハローワークで共有して、活用、応用し全体のノウハウの向上につなげるため、事例収集及び分析を行った。 3 事例収集の方法 (1)収集時期  平成19年10月〜11月 (2)収集対象 事例情報の提供者は、全国のハローワークにおける専門援助部門、事業主指導部門等の指導官等をはじめ、障害者専門支援員、職業相談員等を含む障害者関係業務に従事する全てのハローワークの職員とした。また、労働局で把握しているハローワークの工夫・取組の情報がある場合、労働局の職員が情報を提供することも可能とした。 なお、本研究の実施に当たっては、学識経験者、事業主及び地域における就業支援実施者等により構成された研究委員会及び作業部会を設置していることから、作業部会委員に対しても同様に事例情報の提供を依頼した。 (3)収集方法 ハローワークからの事例の収集については、障害者職業総合センターから、各都道府県労働局を通じて全国のハローワークに実施要項等を送付し、担当者が指定様式に事例情報を記入し、回答することとした。回答は、各ハローワークから直接、または各労働局を通じて電子メール、FAX、又は郵送にて障害者職業総合センターあて返送されることとした。 作業部会委員からの事例の収集については、障害者職業総合センターから、作業部会委員に実施要項等を送付し、作業部会委員が指定様式に事例情報を記入し、回答することとした。回答は、直接電子メール、FAX、又は郵送にて障害者職業総合センターあて返送されることとした。 (4)収集内容 ハローワークにおける工夫・取組の情報提供に当たっては、所内で正式に定められているかどうかといったことや、担当者の判断で行っているか全所的にオーソライズされているかものかといったことにかかわらず、幅広に取り上げることとした。その際、当該工夫・取組を行うこととなった背景や、当該工夫・取組が効果を発揮する段階になるまでの経過についても可能な限り、記入するよう依頼した。また、関係機関の連携については、様式における記述は簡潔でよいものとし、多くの機関との連携状況について幅広に取り上げるよう依頼した。 なお、収集した事例については、ケアマネジメント1)の手法に即したハローワークにおける職業紹介業務の流れに沿ってまとめることとした。 ケアマネジメントにおける支援の段階の考え方は、対人サービス業務従事者、特に医療・保健・福祉・労働・教育などの各領域の専門職にとって、様々な場面で活用することができるものであり、ハローワークの職業紹介業務においても活用・応用することができるものである。 ケアマネジメントにおける支援の特徴としては、順序良く段階を追う点にある。各段階としては、利用候補者との出会いであるインテークに始まり、本人と環境との見立てであるアセスメント、チームで立てた支援計画という手立てであるプランニング、実際に働きかけるインターベンション、事態の変化を追って実行計画を見直すモニタリング、支援終了の直前に行う振り返りであるエバリュエーションを経て、新たな支援の必要があれば再度アセスメントをするという流れとなる。 そこで、ハローワークにおける職業紹介業務の流れについて、その支援をケアマネジメントの段階で追っていくと、図1のように整理することができる。 図1 ケアマネジメントにおける支援の段階とハローワークにおける職業紹介業務の流れ ・普及・啓発活動(求職・求人受理前の取組)   特定の障害者や事業主を想定しない、一般的な障害者や事業主の就業支援。 ・求職・求人受理時の取組 特定の障害者の求職、又は、事業主の求人への対応。 ・情報収集、効果的な相談、ニーズ把握 就職支援に向けた準備としての、支援対象の障害者や事業主からの情報収集等。 ・紹介あっせん(マッチング、事業主支援)   実際の就職に向けた支援。 ・定着支援   就職後の障害者と事業主のフォローアップや就業継続の支援。 また、提出された事例の中でも、特に支援の段階を限らず、また、直接の支援の準備段階となる、所内業務や地域関係機関との連携の体制整備に関する業務については、次の2つに整理した。 ・職員研修等 ハローワークのサービスを行うための、所内の体制整備や人材育成等。 ・チーム支援(関係機関との連携) 2007年から全国のハローワークで実施しているチーム支援の実施のための地域の関係機関との連携体制の構築に関すること。 ケアマネジメントにおける支援の段階とハローワーク業務全体の流れを図2に示す。 図2 ケアマネジメントにおける支援の段階とハローワーク業務全体の流れ 4 結果 ハローワーク、出張所、分室、労働局及び専門部会委員を合わせて合計636件の事例が提出された。これら事例報告結果を取りまとめ、ハローワーク業務全体の流れに沿って再分類して集計したものを表1に示す。(事例は内容によって複数カウントされている。) (1)普及・啓発活動(求職・求人受理前の取組) 求職・求人の受理前の事業主、障害者、関係                                                                           機関への普及・啓発活動については、報告事 例において、207件と最も多く報告されていた。地域における障害者自立支援法の取組等によって、現在のハローワークにおいては、事業主、求職前の地域の障害者に対して、地域の福祉、 教育、医療等の関係機関による自立支援や就労支援と連携した取組の増加が示された。   職業紹介業務 チーム支援(関係機関との連携) 職員研修等 事業主支援 障害者支援 1 普及・啓発活動(求職・求人受理前の取組) ・障害者雇用が少ない事業所への情報提供<52> ・見学会<13> ・雇用率達成指導に合わせた啓発やチェック<12> ・啓発パンフレット<7> ・地域関係機関と連携した職場開拓<67> ・障害者就職支援セミナー<29> ・障害者雇用企業、施設、学校等の見学会<21> ・個別職業相談 <6> ・顔の見える関係での関係機関との情報交換<82> ・地域の協議会等への参画<44> ・地域の関係機関での役割分担の明確化<31> ・支援内容の記録と所内での共有<8> ・ハローワークの職場実習の場としての提供<7> ・職員への障害についての研修<6> ・職員への業務研修、マニュアル<3> 2 求職・求人受理時の取組 ・企業からの求人を障害者窓口で受理する<1> ・障害者向けの就職支援メニューの分かりやすい提供 <6> ・就労移行元機関からの情報収集 <1> 3 情報収集、効果的な相談、ニーズ把握 ・雇用可能な職域等に関する個別調査 <11> ・求職者を事業主にアピールするためのPR票の作成<17> ・所内で求職者情報を共有する共通フォームの使用 <7> ・個別のケース会議<37> 4 紹介あっせん(マッチング、事業主支援) ・事業主部門と専門援助部門での求人・求職情報の共有<6> ・地域の支援者との同行紹介<42> ・求人情報をタイムリーに障害者に提供する<38> ・求職者の実際をイメージしやすい情報の提供<24> ・求職者リストを示しての職場開拓<17> ・障害説明資料<12> ・面接会に先立つ就職支援セミナー<18> ・事前の職場見学<10> ・求人内容を個別に調査して求職者に示す<11> 5 定着支援 ・就職後のフォローアップ<7> ・地域の連携による就業継続支援<23>   ハローワーク独自の事業主への雇用率達成指導は重要な取組であるが、報告事例ではその機会を利用した事業主の啓発も行われていた。特に報告が多かった取組として、障害者・就業生活支援センター、福祉施設、特別支援学校等との連携による職場開拓があった。また、地域の障害者自立支援法による取組と関連して、障害者就職支援セミナーや事業所や支援機関の見学会等を地域の関係機関と共同で行う事例が多く 報告された。 (2)求職・求人受理時の取組 障害者からの求職、事業主からの求人の受理の際の取組の報告は23件と比較的少なかった。それでも、報告事例において、障害者からの求職を単に受理するだけでなく、その際に、ハローワークや地域の関係機関から提供される支援メニュー等の分かりやすい説明を行うようにする等、利用者へのサービスの改善への取組が比較的多くみられた。また、事業主からの求人の受理においては、障害者求人を促進するために、一般求人に来所した事業主についても、障害者窓口で受付することによって、障害者求人への転換の可能性を検討できるようにする等の取組も見られた。また、関係機関の就労支援からの移行等の場合では、求職受理時に移行元の機関からの情報提供をスムーズにするための取組も報告されていた。 (3)情報収集、効果的な相談、ニーズ把握 情報収集、効果的な相談、ニーズ把握の取組については72件であり、最も報告事例が多かったものは、障害者就業・生活支援センター、自治体、福祉施設、特別支援学校等の関係機関とのケース会議等によって、個別の障害者の状況等や支援方針を共同で検討するという取組であった。求職者の障害の重度化や複雑化が進み、地域の就労支援の取組が高まる中で、ハローワーク単独での職業相談の限界を克服する方法として、ケース会議が重要となっている。 (4)紹介あっせん(マッチング、事業主支援) 紹介あっせん(マッチング、事業主支援)の取組・工夫は、183件と事例報告数が多かったものの一つである。事業主からの求人情報と、障害者からの求職情報を統合的に活用してマッチングを効果的に行うことを中心としながら、地域の関係機関との連携により、障害理解や支援体制の整備により雇用可能性を高めたり、福祉施設の利用者等を効果的に就職に結びつけたりするために、ここでも地域関係機関との連携の取組が最も多く報告されていた。 (5)定着支援 定着支援に関する事例報告についても、ハローワーク単独の就職後のフォローアップよりも、地域関係機関との連携による就業継続支援の取組の報告が多くあった。就労移行支援事業者による就職後の生活支援と一体の継続支援、特別支援学校卒業者の学校による継続的な支援体制の整備、あるいは、精神障害者の就職後の医療機関を含む継続的な支援体制の整備についての事例の報告もあった。 (6)いずれの支援の段階にも通じる取組 チーム支援(関係機関との連携)に関する取組は180件あり、地域の関係機関との密接な関係づくり、いわゆる「顔の見える関係」における機関を超えた情報交換の取組が最も多く、同様に、障害者自立支援法等による自治体や特別支援学校が主導する地域の協議会への参画についての報告が多くあった。そのような中で、関係機関の役割分担についての報告も見られた。 職員研修等の取組は24件であり、支援の記録を共有しサービスの改善につなげるケースマネジメント的な取組、ハローワーク内で障害者の職場実習を受け入れることによりハローワーク自体の障害者雇用への理解を進める取組、その他研修の取組が報告された。 5 考察 就職支援の取組・工夫として全国のハローワーク等から報告された事例を全体としてみると、障害者自立支援法による地域の就労支援の取組の拡大及びチーム支援の開始によって、職業紹介業務に関連する取組の中でもチーム支援とも関連した取組の報告が多く見られた。このことからも、全ての支援の段階において関係機関との連携が急速に拡大した様子が明らかに見て取ることができた。さらに、そのような地域関係機関の間で、事業主への啓発や職場開拓や障害者向けの就労支援等によって、事業主と障害者の効果的なマッチングを中心とした役割を打ち出している様子も明らかである。 今回の工夫・取組事例報告は、ハローワーク等から収集した、障害者の職業紹介業務についての先進的な取組や工夫の報告をまとめたものである。提出された工夫・取組について、全国の全てのハローワークに共通して活用できるといったものとは限らないが、今後のハローワークの取組の方向性を示すものとして、全国のハローワークが参考にできるものである。 また、事例報告は、現在、ハローワークが直面している地域における就労支援の取組との連携やチーム支援と、それに伴うハローワークにおける障害者の職業紹介業務に直結するものが大部分であるといってもよい。 今後、ハローワークが地域関係機関との連携を図りつつ、一層計画的かつきめ細かな支援が行えるよう、収集した事例については、事例ごとに、事例の概要(端緒、取組等)や効果の分析のほか、さらに詳細な取組内容については、訪問調査等によって把握される必要がある。 これらにより情報収集した事例について、そのポイントを抽出し、これらポイントの全体を取りまとめることにより、それぞれの地域のハローワークにおける新たな工夫・取組に資するための参考となるものとしたい。 参考・引用文献 1)野中猛:「図説ケアマネジメント」、pp28-29(1997) 国立職業リハビリテーションセンターに対する事業所ニーズと支援 − 連携強化の必要性 − ○刎田 文記(国立職業リハビリテーションセンター職業指導部職業指導課 障害者職業カウンセラー) 小林 久美子・小林 正子・古沢 由紀代(国立職業リハビリテーションセンター職業指導部職業指導課)  1 はじめに  国立職業リハビリテーションセンター(以下「職リハセンター」という。)では、職業指導部職業指導課を中心として、様々な事業主支援業務を行ってきている。一方で、最近ではコンプライアンス遵守を重要テーマとし、CSR(企業の社会的責任)を果たそうとする動きの中で、障害者雇用についても積極的に取り組む企業が現れ始めている。  また、職リハセンターでは、全国の地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)と同様に、身体障害者、知的障害者だけでなく高次脳機能障害者や精神障害者、発達障害者等について受け入れを行うようになった。このような多様な障害の受け入れは、雇用する側の企業には十分に浸透しているとは言い難く、特に、精神障害や高次脳機能障害、発達障害、視覚障害等については、雇用労働者としての可能性をどのように伝えていくのかが大きなテーマとなっている。 2 目的  職リハセンターにおける事業主支援の現状を、事例を含めて整理し、障害者の職業リハビリテーションにおける職リハセンターの事業主支援の役割について検討する。 3 事業主支援業務の概要と実施状況  職リハセンターでは、障害者雇用に関する様々な事業主相談、事業所への啓発等、面接・見学等のマネージメント、職場実習や在職者/休職者向け職業訓練等、多様な事業主支援を行っている。  以下に、各業務の概要と実施状況をまとめた。 (1)事業主相談  来所・出張による事業主相談は、ほぼ毎日のように複数の事業主に対し行っている。平成19年度の事業主相談の実施状況を表1に示した。  事業主相談では、これから障害者雇用を始めようとする事業主や、さらに積極的に障害者雇用に取り組もうとする事業主が、ハローワーク(以下HWという)等からの紹介を受け職リハセンターに来所される。その多くは、職リハセンターの見学や説明等から障害者雇用の現状を把握することを主なニーズとされている。また、実際に障害者雇用を行う際の労働条件の設定や障害状況に合わせた職務内容・雇用管理等についての相談を希望する事業主も多い。これらのニーズに対し、職リハセンターでは職リハセンターの見学や業務概要・障害者の労働市場等についての説明、様々な内容の個別の相談・助言等を行っている。 表1 事業主相談実施状況 │事業主等相談・方法  │H19 │実数│ │事業主相談(来所) │234 │292 │ │事業主相談(出張訪問)│124 │ │ │関係機関(来所) │27 │32 │ │関係機関(出張訪問) │32 │ │ │計 │417 │324 │ │内容 │ │ │ │①雇い入れ支援 │241 │ │ │②定着支援 │15 │ │ │③情報提供 │127 │ │ │④情報収集 │20 │ │ │⑤ケース相談 │9 │ │ │⑥その他 │5 │ │ │計 │417 │ │ (2)会社見学会の実施  職リハセンターでは、訓練生への職業情報の提供と事業所と訓練生の出会いの機会の一つとして、会社見学会を実施している。表2に、職リハセンター主催の会社見学会の実施状況を示した。  会社見学会は、訓練生の見学を受け入れて頂ける事業所と調整し、事業所の業務の説明や見学、障害者従業員からの職場・職務の紹介、事業主との面談等の多様な内容で実施しており、開催事業所へ興味を持つ訓練生へのPRの場として活用される事業所も多い。会社見学会は、その後の面接等へと繋がり、採用へと繋がったケースも3事業所で6名見られている。 表2 会社見学会の実施状況 │年度 │ H19│ │実施回数 │9 │ │参加者数 │59 │ │見学事業所数 │8 │ │採用数 │6 │ (3)会社説明会の実施  表3に職リハセンター主催の会社説明会の実施状況について示した。  職リハセンター内で開催する会社説明会では、あらかじめ説明会への参加を希望する訓練生を募り、会社から業務内容や福利厚生等についてPRして頂く。さらに、個別面談を希望する訓練生と事業所の間で情報交換の機会を設けることで、訓練生が正式に応募するかどうかを、より詳細な情報から検討できる機会として設定している。  このような会社説明会では、参加した訓練生の多くが面談を行い、平成19年度にはその内約1割が参加事業所へ採用されている。 表3 会社説明会の実施状況 │年度 │H18 │H19 │ │実施回数 │11 │21 │ │参加者数 │93 │111 │ │参加事業所数 │11 │21 │ │面談数 │66 │87 │ │採用数 │5 │10 │ (4)HW主催の面接会への参加 ①合同面接会への参加  職リハセンターは、南関東地区(東京・埼玉・神奈川・千葉)で定期的に開催されるHW主催の合同面接会に参加している。表4にその参加状況を示した。これに加えて地元への就職を希望する訓練生は、各自の地元の面接会に参加している。  平成19年度には採用数が半減してはいるものの、合同面接会は、訓練生にとって重要な企業との出会いの機会となっている。 表4 合同面接会への参加状況 │年度 │H18 │H19 │ │参加回数 │22 │24 │ │参加者数 │314 │231 │ │採用数 │47 │21 │ ②ミニ面接会への参加  ミニ面接会は、HW品川や飯田橋を中心に平成18年度から随時行われている。表5に、ミニ面接会への職リハセンターの参加状況を示した。  ミニ面接会は、合同面接会とは異なり、数社から十数社規模で行われる面接会であるが、大企業の企業グループ単位で開催される等、合同面接会にはない特徴を有していることも多い。また、平成19年度には都内のHWが個々に開催することも多く、職リハセンターからの参加者は徐々に増加し、採用数も平成19年度で8名となっている。 表5 ミニ面接会への参加実施状況 │年度 │H18 │H19 │ │周知回数 │55 │62 │ │参加回数 │28 │29 │ │参加者数 │75 │96 │ │採用数 │4 │8 │ (5)求職情報のHP(ホームページ)での公開とリクエスト  表6に、HP上の訓練生の求職情報に対する事業所からのリクエストの状況について示した。  職リハセンターの訓練生は、訓練期間中盤から就職活動に力を入れ始める。この時期に、求職情報の公開を希望する訓練生の求職情報を、職リハセンターHP上に掲載している。この情報は月2回更新され、企業はこの情報を見て個々の訓練生に応募を促すことができる。  このシステムを活用されている事業所は年間60社程度あり、概ね250件のリクエストが寄せられている。採用数は6〜8名となっているが、これらのリクエストは、訓練生の就職活動への意欲を高め、求人内容を精査する機会と繋がっており、訓練生の職場選びに対する積極的な姿勢を養う重要な機会となっている。 表6 HP求職情報へのリクエスト等実施状況 │ │H18 │H19 │ │ │ 実│延べ│応│採│ 実│延べ│応│採│ │ │ 数│人数│募│用│ 数│人数│募│用│ │対象者│99 │279│65│8 │83 │249│60│6 │ │事業所│60 │84 │ │ │58 │85 │ │ │ (6)職場実習  表7に、職リハセンターから事業所へ委託して行った職場実習の実施状況を示した。職場実習は、数日から2週間程度の期間を事業所に委託して、実施後の採用や職場体験を目的に実施する。  職場実習は、知的障害や精神障害、高次脳機能障害を有する訓練生の場合は、ほぼ全員実施しており、事業主に雇用管理方法等の確認と実践を行っていただく場となっている。  また、職場実習後採用に結びつくケースも年間50名前後と数多く、事業所と訓練生の相互理解を深める重要な機会となっている。 表7 職場実習の実施状況 │職場実習 │H18 │H19 │ │ │計 │一般│職域*│計 │一般│職域│ │実施数(実数) │59 │10 │49 │70 │11 │59 │ │実施日数(延べ数)│716│78 │638│544 │68 │476│ │実施者数(延べ数)│83 │10 │73 │62 │10 │52 │ │事業所数(実数)│88 │9 │57 │61 │11 │50 │ │採用数 │51 │9 │42 │45 │11 │34 │ (7)受入れ準備講座の開催    *職域=職域開発課  表8に、受入れ準備講座の実施状況を示した。  受け入れ準備講座は、障害者雇用の促進を計画している事業主を対象に、年1回開催している講座である。この講座では、障害特性に応じた配慮や理解のポイントを障害者自身が説明する講座や、障害者雇用の全社的な展開や精神障害者の雇用管理等の先進事例を企業の方からご報告頂く講座など、年度毎に企画し実施している。  この講座への参加希望は高く、参加事業所数は年々増加している。平成19年度には会場の限界となる104事業所128名のご参加を頂いた。  また、受入れ準備講座に参加された企業から、面接等の機会を頂き、就職に繋がったケースもあり、採用への第一歩としても効果を上げている。 表8 受入れ準備講座の実施状況 │年度 │H18 │H19 │ │参加事業所数 │61 │104 │ │参加者数 │85 │128 │ (8)能力開発セミナー  表9に、能力開発セミナーの実施状況を示した。  能力開発セミナーは、既に事業所に勤務されている在職中の障害者を対象に、新たな職務等への拡大に必要な諸技能の習得を図るために開講している。個々のセミナーは数日から2週間程度と、その内容等により期間は異なっている。  能力開発セミナーは様々な事業所のニーズに対応できるよう豊富なメニューを揃えると共に、必要に応じて個々の事業所のニーズに応じたオリジナルのカリキュラムの設定にも可能な範囲で対応している。  セミナーの開講は、年間60回弱となっており、概ね50社程度から100名を超える方々が参加されている。最近では、より重度な障害者へのセミナーやオーダーメイド型のカリキュラム等へのニーズが増えてきている。また、一部外資系企業等からは、個々の職員へのキャリアアップ研修の一つとして位置づけられ、毎年のように参加されるケースも見られる。 表9 能力開発セミナーの実施状況 │年度 │H18 │H19 │ │セミナー開講数 │58 │59 │ │参加者数 │103 │116 │ │利用企業数 │53 │49 │ (9)身体障害・高次脳機能障害への職場復帰支援  今年度から、これまで行っていた高次脳機能障害者の復職支援をリニューアルし、身体障害・高次脳機能障害者への職場復帰支援のための短期職業訓練をスタートした。  職場復帰の際の職務内容の変更等に必要な技能の習得や、障害状況に応じた補完方法の習得などを主な目的としている。今年度後半の新たな事業主支援の展開として、職域開発科を中心に随時受け入れが始まっている。 4 事業主支援実施の具体的事例 (1)企業グループでの雇用促進を計画的に推進したA社  最近の一つの傾向として、障害者雇用の拡大を、企業単体での雇用促進から、企業グループ単位の雇用促進へと展開を図る大企業が見られる。その一例として、大手電機メーカーA社では、単体での障害者の法定雇用率の達成に留まらず、グループ企業全体の雇用促進を図るため、A社が先頭に立ってグループ各社を啓発し、各社の雇用を促進させている。  特に、平成19年度には、職リハセンターを十分に活用するために、職リハセンターとA社の担当者間で年度当初に打ち合わせ、「職リハセンター見学・事業主相談」によるグループ会社の啓発に始まり、A社グループの「会社説明会」の開催、さらにA社グループの「ミニ面接会」へと展開し、相当数の雇用を実現された。 (2)管理職の啓発から幅広い求人を実現したB社  単独の部署だけではなく、社全体として職務を創出し障害者雇用を実現しようとする企業も現れている。 その一例として、ネットバンクを運営するB社は、職リハセンターでの事業主相談をきっかけに、社内各部の管理者への啓発に職リハセンターを活用され、幅広い求人の創出を実現されている。B社人事部は、事業主相談の際に、特定の部署で集中的に障害者を雇用するのではなく、全ての部署で職務を創出し障害者雇用に取り組むことを計画されていた。その実現のステップの一つとして、2日間に分けて数十名の各部の管理職の方々に対し、職リハセンター見学・障害者雇用の配慮等について、当センターと連携し説明会を行った。その結果、社内の多くの部署から障害者求人を掘り起こし、現在求人活動を行っておられる。 (3)視覚障害者の職務創出を実現したC社  視覚障害者の事務職での就労は、徐々に拡大傾向にはあるものの、十分とは言えない状況にある。  保険商品を取り扱っているC社では、保険契約の確認業務で在宅雇用を行っているが、この業務を視覚障害者に適応するため職リハセンターの事業主支援を活用された。この業務では、正しい保険商品の知識や電話での適切な対人対応、PCを用いた本社への報告等が必要となる。C社は、職リハセンターと協力し、これらの業務の基本となる知識・技能を視覚障害者が習得できるよう、研修に関する打ち合わせを行った。さらに、各種研修教材を電子化し、電話応対技能習得のために能力開発セミナーを協力して実施し、現在1名の採用に至っている。C社はこの業務に新たなシステムを導入され、将来的に当該業務の全国展開を計画されており、この担い手として障害者雇用の拡大を検討されている。 (4)視覚障害者の職場適応を促進するD社  事務職として複数の視覚障害者を雇用しているD社は、スキルレベルの異なる障害者に一定のスキルの確立を図るため、能力開発セミナーの活用を希望された。D社のニーズに対応するため、職リハセンターのカリキュラムに含まれる人事・総務の実務に関する内容をブラッシュアップし、知識と実習を組み合わせた短期間でのセミナーを開催した。このセミナーには、他社に採用されている視覚障害者も参加され、研修後すぐに役立つセミナーであったと評価されている。 (5)その他の事業主支援の例  これらの例以外にも、記憶障害・失語症を主障害とする高次脳機能障害者への職場実習を行う際に、本人の障害特性に合わせた職務のマニュアルを作成したいとのニーズを受け、課題分析の技法を応用して相談・支援した事例がある。また、新たに創出した職務への適応を図るため、作業の進捗を管理する様式について課題分析を応用して整理し、能力開発セミナーの中で作成支援を行った事例など、より事業主ニーズに踏み込んだ事業主支援の事例が見られている。 5 考察 (1)職リハセンターに対する事業主のニーズ  職リハセンターにおける事業主支援の状況と、支援事例から、事業主のニーズを以下のように整理した。 ①各社の求人に適した障害者の育成、紹介 ②様々な障害者の現状と配慮方法等の情報・提案 ③障害者の労働市場等についての情報提供と対策 ④障害者雇用を実現するための労働条件・職務創出 ⑤障害者の職場適応・キャリアアップの促進 (2)職リハセンターにおける事業主支援業務の役割  (1)で整理したニーズに基づき、職リハセンターにおける事業主支援業務の役割を検討した。 ①訓練生とのマッチングに向けた事業主相談  事業主から寄せられる求人は、必ずしも職リハセンターの訓練生の現状にマッチしているとは限らない。求人内容を精査し、マッチングに向けて各社が対応可能な範囲で調整することにより、事業主と障害者の両者のニーズに応える。 ②企業への障害者情報の提供  職リハセンターには、雇用労働者としての力を蓄えている様々な障害を持つ訓練生が在籍している。様々な障害状況への配慮の具体的な内容・方法を、多角的な視点から提供できる、いわばアンテナショップのような機能を果たすことが必要とされている。 ③企業の障害者雇用戦略実現への支援  企業の本社機能が集中している都市部では、障害者への求人は多く、それに応えられる人材は不足している。事業主は、この実状に対し全社的雇用や求人の全国展開等を行うことで障害者雇用の充実を図る取り組みをされている。これらの対策を実現するための、事例や情報、具体的な全国規模での支援が求められている。 ④企業の職務創出等への支援  ③のような対策を実現するには、様々な職務に障害者が従事できるよう十分な環境整備が不可欠となる。個々の障害状況に応じた環境整備について、助言や支援が必要とされている。 ⑤企業への職場定着・キャリアアップのための支援  企業の維持・成長の過程では、企業自体も変化することが求められる。その結果、雇用されている障害者にも変化・向上が必要となるが、障害状況に応じた研修等のキャリアアップ対策は企業にとって大きな負担となる。この課題に対する具体的な支援も職リハセンターの役割の一つである。 (3)連携強化の必要性  以上のように職リハセンターに求められる事業主支援での役割は多岐に亘っている。しかし。これらの役割を単独で実行することは困難であり、地域センター等との連携は必須であろう。特に、企業の雇用戦略への協力や職務創出への支援は、ジョブコーチ等のノウハウの応用可能性が高い。  このような連携強化のためには、職リハセンターは、他の職リハ機関にとってのアンテナショップとして、重要な役割を担っていると言えよう。 6 おわりに  職リハセンターに求められる事業主支援は、単なる情報提供ではなく、具体的、かつ計画的に障害者雇用を実現するための多様な支援である。  連携強化に向けた具体的な手法については、現在検討中である。 中野区における障害者雇用と就労支援に関する研究 −就労支援体制の再構築とLLP(有限責任事業組合)を採用する事業体の創設について− ○鈴木 あゆみ(中野区政策研究機構 研究員/中野区政策室調査研究分野 主査) 佐藤 充 (中野区政策研究機構) 1 はじめに 障害者の雇用促進及び就労支援は、中野区政の長年にわたる重要課題であり、中野区(以下「区」という。)ではさまざまな施策を推進してきた。しかし、生活を支えるに足る収入を得ている障害者はきわめて少なく、手当や給付等の福祉制度に頼らざるをえない状況にある。 本研究は障害者の地域における一般雇用を促進させるために、障害者の新たな雇用形態の開発、雇用先となる事業体創設の方策、雇用創出策など、障害者・事業者双方にインセンティブがある政策を提示することを目的とする。 2 中野区の障害者雇用及び就労を取り巻く現状と課題、問題点  中野区に居住する障害者について、所得や就労の状況、就労意識、区内企業の障害者雇用状況、現在の就労支援と雇用促進の取り組みについてのヒアリング調査等に基づき分析検証した。下記に現状及び問題点、課題について述べる。 (1) 政策を創案する上で踏まえておくべき現状 ・ 身体障害者、知的障害者、精神障害者それぞれ増加している。身体障害者は高齢化、重度化の傾向が強い。精神障害者の増加傾向は著しい。 ・ 身体障害者は、課税対象者は37%、非課税は35%、「収入なし」は27.4%であった。 ・ 知的障害者の年間勤労所得は8割以上が「10万円未満」、納税者は1割未満である。 ・ 区の調査1)では、常勤の会社員・公務員・団体職員は、身体・知的障害者は11.2%、精神障害者は1.5%であった。 ・ 就職件数は、身体障害者が圧倒的に多く、知的障害者、精神障害者はわずかである。企業は身体障害者を率先して採用していることがうかがえる。 ・ 障害者の「働きたい」という意欲が高まっている。 ・ 就労支援の対象者の大半が知的障害者である。 ・ 授産施設や小規模作業所でも一般就労へ後押ししようとする姿勢が見えてきた。 ・ 企業への就職を希望する知的障害者の保護者が多くなってきた。知的障害者自身も就職には前向きな意識があり、就職に積極的な姿勢が見られる。 ・ 仕事に対し、「やる気」や協調性があり意欲的な障害者は仕事が長続きする。 (2) 明らかになった問題点 ○就労支援体制について ・ 特別支援学校の就労支援体制(進路指導)の充実により、就職率の向上が見込まれることから、定着支援・生活支援の体制をさらに拡充する必要がある。 ・ 就職者が増えるに伴い、定着支援と生活支援の対象者が増えている。障害者福祉事業団(区の就労支援事業委託先)の業務が増大し、限られた体制での支援は年々厳しくなってきている。 ○就労の継続について ・ 再就職したいと考えていても、具体的な求職活動をしていない障害者が多い。 ・ 同じ会社に長く勤め続けられる障害者は少ない。 ○働く場について ・ 可能であれば働きたいが「自分に合った仕事がない」と感じている障害者が多い。 ・ 仕事をこなす能力があっても、職業生活に適応が困難な障害者が多く存在する。 ・ 就労スキルがあっても、40代、50代になると就職が困難である。 ・ 知的障害者への求人内容が、能力、経験等の要件に合わないケースが多い。 ・ 福祉作業所の1人あたりの工賃は年々低下し、提供する仕事自体が減っている。 ・ 作業能力が高くても一般的な会社に順応できないため就労が困難な障害者がいる。 ○中小企業の障害者雇用について ・ 中小企業の障害者雇用が進んでいない。 ・ 身近な地域で就職する障害者は少なく、区の支援による就職者数が区内事業所の障害者雇用数に反映されていない。 ・ 障害者雇用率を満たさない企業に対する雇用納付金適用の規模が、2009年度から201人(最終的には101人)以上に拡大される。障害者雇用について、今まで念頭になかった課題が中小企業経営者に突きつけられている。 ・ 中小企業にとって障害者が担当する十分な仕事量を単独で確保することは難しい。 ・ 現行の国の制度を中心とした支援策は、中小企業にとって「使い勝手」がよくない制度である。 (3)解決すべき課題 ○就職した障害者の雇用を長く継続させるために定着支援・生活支援を拡充 ・ 就職してもすぐに離職しないよう、定着支援・生活支援を手厚くする必要がある。 ・ 長く勤続している障害者を評価し、「やる気」を継続させるための支援をする。 ・ 福祉的就労に従事する障害者に対し、就職へチャレンジするための後押しとなる支援ツールを創設する。 ○離職した障害者が再チャレンジするために各機関が機能的に支援 ・ 障害者はどうしても就職先とのミスマッチが生じやすい。したがって離職に至ったらきちんとケアし、再就職に向けてチャレンジする支援を充実させる。 ・ 就労状況を見守り、就労先でのトラブルや失敗を次のチャレンジに活かし、障害者の就労と雇用に関係する機関が共有できる工夫が必要である。 ○「働きたい」障害者に対する仕事の場を創設 ・ 「働きたい」障害者へ仕事を提供し、工賃ではない給料を払える事業に取り組む。 ・ 作業能力が高いにもかかわらず、一般的な会社ではどうしても馴染むことが難しい障害者に対して、一般雇用する事業を構築する。 ・ 障害者が意欲的に取り組むことができ、仕事を通して区民と関われる仕事を提供する。 ○中小企業の障害者雇用を促進 ・ 中小企業の立場に基づく利用しやすい支援策を準備する。 ・ 中小企業が障害者雇用に取り組むためのインセンティブとなる支援を用意する。 ・ 経営者に対し、障害者雇用にあたっての職務分析や雇用環境整備、意識啓発が必要である。 ○障害者を雇用するために中小企業が共同で取り組める事業を創設 ・ 区内の中小企業が共同して、障害者が担当する十分な仕事量を提供する。 ・ 障害者を一般雇用する「特例子会社」と同じ性格を持つ事業体をつくる。 ・ 中小企業が法定雇用率を達成する。 ○「障害者雇用」を旗印とする就労支援機関、企業等が参画するネットワークを構築 ・ 雇用する側と支援する側が、課題を共有し解決に向けて協議する場—企業と経営者団体、就労支援機関が参画するネットワークを構築する。 ・ 障害者雇用の経験がない企業に対し、意識を啓発し情報や課題を共有する場を創る。 3 政策案について 上述した課題を踏まえて、中小企業への雇用促進というこれまでにない課題に取り組まなければならない。したがって、障害者を雇用する事業を起こすとともに、「就労支援」、「生活支援」、「定着支援」、「雇用支援」の機能をもつ機関が連携できるような体制を築くことが必要である。これらが一体的に機能することによって、障害者の雇用を促進させることが可能となる。この体制を具現するためには中小企業への雇用促進を目的とした事業体を創設し、従前の就労支援体制を再構築することが必要である。図1はこれを概念図にしたものである。政策案として、中野区障害者雇用支援センター(図2参照)の創設、新たな雇用支援・就労支援体制と取組み(図3参照)について述べる。 (1) (仮称)中野区障害者雇用支援センターの創設 ①事業体の選択 事業体として、LLP(有限責任事業組合)の組織形態を選択する。その理由として、①営利性がある事業に取り組めること、②自由な事業活動が可能、③事業者の経営参画が容易な点、④ネットワーク構築に適している組織、⑤対等な立場で組織運営を臨めること、が挙げられる。 図1 政策案構築に向けた仮題の概念図 ②LLP「中野区障害者雇用支援センター」(以下「LLP」という。)のコンセプト LLPは中小企業の障害者雇用の促進を目的として、障害者の雇用と就労をテーマとした様々な関係団体が課題や情報を共有する場である。このLLPのコンセプトは、下記の2点とする。 ・ 事業者が障害者雇用を促進する主体となり障害者の社会生活を支える一翼となる → 加入した事業者のコンプライアンス(法的遵守)とCSR(社会的貢献)を推進する。 ・ 障害者が安心して働き続けることができる → コミュニケーションの問題などで会社での雇用が難しいが、作業能力がある障害者に対し、障害に応じた働く場を提供する。 ③加入対象とする構成員 区内中小企業(常用雇用者300人未満の区内事業所)、経営者団体(経営者団体が加入することにより、それに所属する事業者は障害者の雇用支援を受ける)、障害者福祉事業団(事業団は定着支援のノウハウを提供すするとともに、LLPと緊密に連携をはかる)、その他(本事業に賛同する社会福祉法人、個人等)が加入対象として想定される。 ④障害者を雇用する事業に取り組む 障害者を雇用して「工賃」ではない「給料」を支払える事業に取り組む。雇用する障害者の種別は問わないが、求職のニーズが高い、知的障害者や精神障害者の雇用を念頭とする。また、LLPでは業務の請負も可能である。障害者は基本的には一般雇用とするが、障害に応じて短時間雇用やグループ就労も可能とする 。また、コミュニケーションの問題など一般の会社では順応しにくい障害者でも、作業能力が高ければ雇用できる 。 ⑤区内中小企業の障害者雇用を支援する 「雇用促進コーディネーター」(仮称)を設置し、独自に障害者を雇用しようとする区内事業所に対する支援を行う。障害者雇用を進めるための事業所の体制や環境づくりのための支援や、多岐にわたり細かい要件が伴う助成金・融資、税制上の優遇措置等について利用するための支援を行う。あわせて雇用する企業の側に立った職場開拓や障害者雇用の啓発など雇用を進めるための活動を行う。また、これまで障害者福祉事業団が担っていた定着支援を行う。事業者と障害者のパイプ役となり区内事業者に雇用された障害者の定着支援を行う。 ⑥加入事業者の障害者雇用率適用 ここで雇用した障害者数を、加入した事業者の障害者雇用率として適用させることが必要となってくる。 (2) 新たな雇用支援・就労支援体制と取組み 全面的に障害者福祉事業団に委託していた「中野区障害者雇用促進事業」を事業団とLLPの2つの機関に機能を分化させて委託する。就労支援、生活支援は障害者福祉事業団が担当し、定着支援と雇用支援はLLPが担当するという、両機関が連携した支援体制を築く。また、新たな支援体制は離職しても再就職を支援する、就労可能な障害者を継続的に見守っていくセーフティネットとしての役割を担う、長期的かつ循環型支援である。 ①就労支援と生活支援の充実 障害者福祉事業団は、これまで障害者の就労に関するあらゆる支援を担ってきた。障害者を就職させるための就労支援と、職業生活をサポートする生活支援に重点を置く体制へシフトすることになる。ハローワークと密接に連携し 、一層の就職者数向上を図っていく。また、生活支援をきめ細かく行い、就労している障害者を日常的なレベルで見守ることで定着率向上につなげる。 ②勤続表彰制度の創設 一般就労している障害者の就労への志気を高め応援する機会を設ける。就労した障害者に対し、勤続年数1年、5年、10年等の節目に表彰する制度を創設する。 ③就労支援カルテの作成 就労しようとする障害者個人毎に就労支援の内容を作成し、ネットワークを構成する機関で共有する媒体である。障害者福祉事業団が就労支援の段階で作成し、就職した後は、定着支援を行うLLPに移管し、離職したら障害者福祉事業団に移管する。カルテに記載された当事者の経験やトラブル等を再チャレンジ支援に活用する。 ④障害者雇用支援金の創設 LLPに加入しない区内中小企業に対し、障害を持つ区民を雇用するための助成金を支給する。導入するにあたっては障害者雇用のインセンティブとなりうる金額でなくてはならず、雇用率適用となる短時間雇用(週20時間〜30時間未満)も助成金支給の対象とすることが望ましい。 ⑤福祉的就労従事者への「職場実習通勤費」「就職準備金」の助成 授産施設や作業所などに入所している福祉的就労に従事している障害者に対して就職へのチャレンジを後押しする支援である。「職場実習通勤費」は、職場実習に臨む際に通勤費を支給する。さらに就職が決まった場合に職業生活に必要なものをそろえるために「就職準備金」を支給する。 5 今後の課題 今回の政策案の主軸となるLLPの実行可能性、採算性についてさらなる調査が必要である。また、ここで雇用する障害者数を加入組合員となる企業への障害者雇用率制度に適用させるための法的整備が必要である。今年3月に閣議決定され、衆議院で審議中(9月30日現在)の「障害者雇用促進法」改正案には、事業協同組合等における障害者雇用率を加入する企業に適用させる内容が盛り込まれている。LLPは事業協同組合とは法的背景は異にするものの、共同事業性が担保された組織である。このため、法改正での表現には「協同組合等」となっていることから、解釈の中で厚生労働省の認定を受ける可能性は高いと考える。さらに、認定されなかったとしても法改正の趣旨(中小企業の雇用促進)と同様のため、構造改革特区として認定される可能性も高いものと見なすことができる。 1)中野区「保健福祉サービス意向調査—身体知的障害者調査/精神障害者調査」2005年 ポスター発表 国立職業リハビリテーションセンターにおける 視覚障害者の訓練の実際 −視覚障害者アクセスコースにおける全盲者を対象とした訓練教材の作成法− ○青木 しづ江(国立職業リハビリテーションセンター 職業訓練指導員) 槌西 敏之・石田 透・鈴木 快典(国立職業リハビリテーションセンター) 1 はじめに  国立職業リハビリテーションセンター(以下「職リハ」という。)では、昭和54年開所当時から視覚障害者の職業訓練を行ってきた。当初は、電子計算機科における汎用機のプログラマー養成訓練、電話交換科における電話交換手の養成訓練でスタートした。  電子計算機科は、情報技術(IT)の発展に伴い、SEやソフトウェア開発、システムアドミニストレーター等、幅広い訓練に移行し、今日に至っている。また、電話交換科は、ダイヤルインなどの普及により、電話交換手としての求人が少なくなるなどの産業界の変化もあり、平成14年度より、電話交換科に変わる新しい科として、OA事務科に事務系職種への就職を目指す「視覚障害者アクセスコース」が新設された。  IT技術の発展により視覚障害者のための支援機器が普及し充実してきたこともあり、事務職を目指した入所希望者は年々増加し、そのニーズに応えるため、平成19年度からは、視覚障害者アクセスコースの受入定員の拡大を図り、定員を5名から10名に増員して訓練を行っている。 「視覚障害者アクセスコース」では、事務職での就職を目指す視覚障害者の期待に応えるため、効率のよい訓練の進行と、訓練生の技能習得・向上が図られるよう、現場の訓練生の状況に合わせた教材の作成と、視覚で捉える部分を補うための補助教材の工夫に取組んでいる。 この発表では、「視覚障害者アクセスコース」で作成してきた全盲者用の教材の紹介と、教材作成に対する考え方、工夫点、教材作成のための機器などの現状を報告する。 2 視覚障害者アクセスコース訓練の概要  視覚障害者アクセスコースでは、各種の視覚障害者用支援機器の操作技能の習得を基に、支援機器を活用しながら、パソコンによるビジネスソフトを利用した事務処理技能の習得を中心に訓練をしている。また、関連知識として、簿記・給与計算・社会保険等の知識習得を図り、重度視覚障害者には困難とされていた事務職での就職を目指し訓練を行っている。 (1)訓練内容  訓練内容は次に示すイ〜ハの項目に分けられる。 イ 視覚障害者支援機器の使用法  ロ パソコンによる事務処理実習  ハ 事務の基礎知識の習得 (2)訓練の流れ  1年間の訓練の流れは表1のようになっている。 表1 Ⅰ 導入期(入所1〜2ヶ月程度) 訓練内容 事務の基礎知識  漢字の知識  計算実務  書字作業 パソコン関連知識  Windowsの基礎  インターネットの利用 キーボードタイピングの習熟 Ⅱ 基礎期(入所3〜6ヶ月程度) 訓練内容 簿記入門 ワープロソフト基本実習  日本語入力  ビジネス文書作成・作表 表計算基本実習  データ入力  表作成・グラフ作成  基本的な関数の利用 Ⅲ 応用期(入所7〜12ヶ月程度) 訓練内容 事務実務  商業簿記  社会保険概論・給与計算 表計算ソフト応用実習  様々な関数の利用  データベース機能  マクロ機能 データベースソフト実習 HTML実習 インターネットとメール実習 プレゼンテーション実習 (3)視覚障害者用支援機器  視覚障害者用の支援機器は、視覚障害の程度により使用する機器が異なる。それぞれの障害状況別支援機器の利用状況は、全盲者用・弱視者用・教材作成用と大きく分けられる。 主な支援機器と利用状況を表2で示す。  支援機器には、視覚障害者自身が日常の訓練で使用する機器と、訓練指導者が教材作成および訓練指導時に使用するものがある。 前者(表中●印)は視覚障害者自身が操作に必要な機能や手順を根気強く短期間で覚える必要がある。しかし、特に全盲者の場合、個人差はあるが、支援機器の一つひとつを要領よく使いこなせるようになるまでには、訓練実習と並行しながら、かなりの時間を必要とする。 後者(表中★印)は、訓練指導の中で、本来ならば視覚によって理解できる図形情報や物の形、レイアウトなどを、視覚で捉えることが困難な全盲者の場合、それらを立体化し触って観察することで、イメージをつかみ理解を深めるための補助教材作成機器として使用する。 表2 支援機器支援ソフトの利用区分 支援機器・支援ソフト名 利用区分 全盲 弱視 教材 支援機器 拡大読書器 ● 点字ディスプレイ ● 点図ディスプレイ ● 録音再生機 ● ● 立体コピー機 ★2 レーズライター ★1 音声電卓 ● ● 点字プリンタ ★3 支援ソフト 画面読上げソフト ● ● ホームページ閲覧ソフト ● ● 画面拡大ソフト ● 点訳ソフト ★ OCRソフト ● ★ ★1 レーズライター  ペンで書いたところが浮き上がる。図形情報や物の形、レイアウトなどの状況把握のため、指導中、必要な時に使用し、触って確認する。手軽に利用できるところが利点。 ★2 立体コピー機と立体コピー (A)立体コピー専用の用紙にコピーができるコピー機。 (B)専用の用紙にコピーした書類の印刷された部分を熱で浮き出させる。 (A)→(B)の順番で使用する。 立体コピーで作成した補助教材は、図やレイアウトなどをわかりやすくするために文字情報は最低限にとどめ、説明は点字で別に作成し必要な箇所に貼り付けるなどの工夫をする。 [立体コピーした補助教材例] ①ビジネス文書のレイアウト確認の補助教材  黒で書かれた文字や枠を浮き立たせ、その上に点字テプラで作成した説明を張ってある。 ②データ処理の流れ図の確認のための補助教材  EXCELなどの論理関数(IF関数など)の考え方などの理解のために利用する。 ③図形処理後の確認のための補助教材  EXCELで作成したグラフの形や凡例の位置、データラベル、数値軸、項目軸などを触って確認することで、全体的なレイアウトのイメージがつかめ、より理解が深まる。 ★3 点字プリンタ  パソコンや点字ディスプレイからの点字データを点字で出力する。印字する時の音が大きいので特殊な箱に入っていて、蓋をして出力する。 3 視覚障害者アクセスコース訓練教材 (1)訓練教材の提供   障害程度および状況によって教材の提供は、大きく次のように分類される。 イ 弱視者の場合  A.墨字対応で訓練ができる対象者 拡大読書器と画面拡大ソフトの利用で、プリント教材を使用し訓練効果が上がる対象者については、テキスト等は墨字対応(通常のプリント)。必要であれば原稿をA4→B4程度に拡大コピーし配布。  B.視野狭窄等のため、墨字の読み取りが困難な対象者 拡大読書器や画面拡大ソフトの利用で文字を拡大することで、文字の読み取りが難しい対象者については、テキスト等は電子ファイル化。墨字(通常のプリント)での提供も行い、確認チェック時に必要に応じて眼鏡、単眼鏡などで対応。状況によっては拡大読書器を設置。 ロ 全盲者の場合  A 点字が利用できる対象者 点字の読み書きがスムースにできる対象者については、テキスト等は電子ファイル化したものを提供。課題によっては音訳テープ教材、点字教材を使用。  B 点字が利用できない対象者 中途失明者で点字の読み書きが困難な対象者については、テキスト等は電子ファイル化したものを提供。課題によっては音訳テープ教材を使用  以上のように、教材は訓練生の見えの状態に合わせ提供する必要がある。全盲者はもとより弱視者にとっても、一目で物の形や図解などを捉えることができないため、市販の教科書や参考書等をそのまま使用することは少ない。簡潔で要領よく視覚障害者が理解しやすい形で教材を作成していく必要がある。 (2)訓練教材の種類と特徴  イ 電子ファイル   テキストファイル、WORDファイルなどで作成された教材を電子ファイルという。   訓練では、電子ファイルをパソコン上で開き、文字を音声ソフトで読上げて使用する。また、点字ディスプレイや拡大ソフトで確認することもできる。電子ファイルは教材全般に利用できるが、特に、WORD・EXCELをはじめとするパソコンを使用したカリキュラムの教材に適している。  作成上のポイントと注意点については、以下のとおりである。 ①文章での表現はできるだけ短い文で区切るようにすることを心掛ける必要がある。長い文章になると、内容のすべてを1回で理解することが難しい。箇条書きにするなどの工夫が必要である。 ②図解、図表、フローチャート等は、わかりやすい文章で表現し、必要に応じて説明を加える。さらに、立体コピーなどの補助教材を提供することにより、理解は深まる。 ③視覚障害者はマウスによる操作が困難なため、パソコンを使用する訓練教材については、マウス操作に変わるキー操作での手順に置き換えて、説明することが絶対条件になる。 ④電子ファイルを作成するにあたっては、課題ごとに表現を統一し、一定のルールを決めておき、そのルールに従った書き方をすることが必須である。 ⑤電子ファイルは左に詰めて書くようにする。 作成者はレイアウトを気にして、字下げなどの機能を使用してしまうが、画面読上げソフトではスムースに読めないこともある。行頭が左にあることで、カーソル移動キー(上下矢印キー)の操作で読み飛ばすことがなくなる。  ロ 音訳教材   カセットテープ、CD,ICメモリーなどに録音された教材を音訳教材という。   教材全般には適さないが、データ入力・文章入力課題およびパソコン操作教材以外の参考書等の図書の読上げに適している。   作成上のポイントと注意点については、以下のとおりである。 ①入力課題は使われている漢字の説明を加えながら、読上げる。特に人名・地名、ひらがな・カタカナ表記、英字の大文字・小文字の区別、数字の表記、全角・半角の区別等必要最小限に説明を加える。文章全体に関することは、最初に注意事項として述べておくと良い。 ②図書の読上げは、文章についてはそのまま読上げて良いが、図解、図表等は、わかりやすい表現で文章に置き換えて、説明を加えることが必要である。 ③録音は雑音が入らないような環境で行い、読み手は明瞭な発音で読上げることを心掛ける。  ハ 点字教材   点字で印刷された教材を点字教材という。  点字を活用できる対象者には非常に有効な教材である。文章の表現はもとより、簡単な図解なども点で表現することにより、触って理解することができる。また、晴眼者が必要な部分へ読み飛ばすことができるように、全盲者も部分的に読みながら必要な部分へ読み飛ばすことができる利点がある。   また、画面読上げソフトで読上げられた聴き取りにくい英数字や単語、熟語など、使用されている文字を正確に把握することができる。   作成上のポイントと注意点については、以下のとおりである。 ①点字編集ソフト等を利用し、点字化することは出来るが、点字についての知識が必要である。点字編集ソフトにより点字化した後、対象者が読みやすいように修正を加えたり、レイアウトを整えたりすることが必要で、専門的な知識が求められる。 ②簡単な図解や表などは点字編集ソフトで作成することができるが、複雑な図解や表、大きな図解や表などは困難であるため、立体コピーなどの別の補助教材を作成することが望ましい。また、大きなものに関しては、表を分割し作成することもある。 ③点字教材の作成は、専門的知識が必要であるため、教材によっては、経験豊な点訳者に依頼することが望ましい。 全盲者の支援機器および支援ソフトを使用した訓練風景 4 おわりに  視覚障害者の訓練教材は、これまで述べてきたように多くの工夫と細かい配慮が必要である。  見えないというハンディを補い、パソコンによる事務処理技能を身につけるためには、パソコン操作の習熟と支援機器(点字ディスプレイ・点図ディスプレイ)および支援ソフト(画面読上げソフトなど)の機能を十分に使いこなすことが重要である。その上で、技能の習得につながる効果的な訓練教材を使用することで、技能の向上が図られ、目標とした就職に結びつくことが期待できる。  基礎から応用まで、教科書・テキスト・問題集の作成、視覚で捉える部分を補う効果的な補助教材の作成など、整備したい訓練教材は限りない。  それぞれの教材に対して、電子ファイル・音訳・点字など対象者に合わせた教材の準備が必要であり、課題の作成には多くの時間を要する。はじめから完全なものを作成することは不可能で、実際に訓練で使ってみながら、改良していくと良い。何よりも大事なことは、作成した課題を検証し、より良いものに作り上げることである。 あなたも「やってみよう!パソコンデータ入力」 − 当センター開発のデータ入力トレーニングソフトの体験・評価 − 岡田 伸一(障害者職業総合センター 研究員) 1 はじめに 知的障害者の職域拡大を目的に、データ入力のトレーニングソフト「やってみよう!パソコンデータ入力」を開発した(平成19年3月)。しかし、必ずしも関係者にその存在は知られていない。また、取扱説明書が大部で、その機能や操作がよく理解されていないようでもある。そこで、本ポスターセッションでは、関係者の方々に本ソフトの特徴を紹介し、かつ実際に操作していただき、知的障害者のアセスメントやトレーニングのツールとしての利用可能性について、ご意見をいただく機会としたい。 本稿は、本ソフトの試用者を対象に、その概要や基本操作を簡便に説明したものである。 2 ソフトの概要 (1)特徴 lアンケートカードの入力及び顧客伝票のミス修正を作業課題として、データ入力作業を段階的に習得できるよう、基礎トレーニング(導入)、レベルアップトレーニング(習熟)、実力テスト(診断)の3コースを設けている。 lユーザーの特性や指導環境に応じて、作業時間、進捗状況の提示、結果のフィードバック等の試行条件をきめ細かく設定可能。 lパソコンが自動的に入力・修正結果を解析し、指定した形式でフィードバックする。指導者が視認で採点・集計する必要はない。 (2)課題 具体的なデータ入力作業として、本ソフトには次の3課題が用意されている。 【アンケート入力】 読者アンケートカードの記載データを1枚ずつパソコン画面上の入力フォームに入力する。 【顧客伝票修正】 顧客伝票とパソコン画面上の入力済みデータとを1枚ずつ照合して画面上の入力ミスを修正する。 【顧客伝票ミスチェック】 上の顧客伝票修正の画面で、ミスを修正するのではなく、ミスをマウスでポイントする。(職場ではミスチェックのみの「ミスチェッカー」の仕事がある。) (3)コース 上の各課題の下には、さらに次の3コースが用意されている。 【基礎トレーニング】 1枚のアンケートカードや顧客伝票について、繰り返し何回でも入力画面からエラー確認できる。(他の2コースより入力データの難易度を低くしている。) 【レベルアップトレーニング】 入力作業の習熟を目的とする。試行にあたり、作業速度と正確さのそれぞれに達成目標を設定して、速度と正確さのバランスのとれた作業パフォーマンスの獲得を図っている。 【実力テスト】 ユーザーの当該時点の実力(ベースライン)を把握する。基礎トレーニングやレベルアップトレーニングの成果が確認できる。 3 準備 (1)ダウンロード ソフトの入手は、障害者職業総合センターの下記ウェブサイトからダウンロードする(無償)。 http://www.nivr.jeed.or.jp/research/kyouzai/22_nyuryoku.html なお、障害者職業総合センターのトップページ(http://www.nivr.jeed.or.jp/)から、[最新情報履歴」][やってみよう!パソコンデータ入力」のご案内]と進むと、上のページとなる。 ※Windows Vista版とWindows XP, 2000,対応版の2種類があるので注意。 (2)インストール ダウンロードのリンクをクリックすると、インストールの確認のあと、直ちにインストールが始まる(HDD等への保存も可能)。 ソフトをインストールしたら、引き続き「はじめにお読みください」と「指導者用ユーティリティ」のメニュー画面が表示される。 (3)ユーザー名の登録 本ソフトを使うためには、まずユーザー名を登録しておかねばならない。手順は次のとおり。 ①指導者用ユーティリティのメニュー画面から[3.ユーザー名の登録・編集・削除]をクリック。 ※このメニュー画面を開くには、[スタートメニュー][すべてのプログラム][やってみよう!パソコンデータ入力Ver2][指導者用ユーティリティ]と進む。 図1 指導者ユーティリティのメニュー画面 ②ユーザー名の登録・編集・削除画面で、[新規作成]をクリック。 ③ユーザー登録名の入力画面で指導者の姓と名及びフリガナを入力。 そして[OK]をクリック。 図2 ユーザー登録名の入力画面 ④[閉じる]をクリックして、指導者用ユーティリティのメニュー画面に戻る。 ※登録ユーザー名で、本ソフトはデータを管理しているので、登録ユーザー名は変更しないことが望ましい。 ※本ソフトには複数のユーザー名を登録でき、1台のパソコンで複数のユーザーが(時分割で)共用できる。 (3)試行条件の設定 本ソフトをとりあえず試用するのに必要な試行条件の設定を行う。その手順は次のとおり。 ①上記指導者用ユーティリティのメニュー画面で[1.試行条件の設定]をクリック。 ②試行条件設定画面で、下のように設定する。 「呈示方法」 番号順 「開始NO設定」 前回の続き 「入力画面の設定」の「アンケートカード・顧客伝票の印刷物イメージを表示する」 チェック 「表示位置」 左(右でもよい) 「郵便番号検索を有効にする」 チェック そして[OK]をクリック。 ※とりあえず他の項目は初期設定のままでよい。 図3 試行条件の設定画面 ③試行条件の設定の変更の確認画面が表示されるので、[はい]をクリック。 ④メニュー画面に戻り[7.終了]をクリック。 4 ソフトの操作 (1)ソフト操作の基本的な流れ  本ソフトにおいて、入力・修正作業に伴う操作の基本的な流れは次のとおりである。 ①ソフトの起動 ②ユーザー名の選択 ③課題の選択 ④コースの選択 ⑤試行条件・目標の設定 ⑥スタート確認 ⑦データ入力作業(またはデータ修正作業) (2)入力データの仕様の確認 入力データの文字の書式やスペース挿入等を指示する「データの仕様」を確認する。本ソフトでは、これらの間違いは、すべてエラーとしてカウントされる。 表1 アンケート入力のデータ仕様 項目 入力規則 フリガナ 全角カタカナ。姓と名の間に全角スペース 1個。 名前 全角。姓と名の間に全角スペース1個。 〒 半角の数字と-(ハイフン)。 住所 郵便番号[検索]ボタンで入力。都道府県、市町村は全角。番地は半角数字と-(ハイフン)。 電話番号 半角数字と-(ハイフン)。 メールアドレス 半角。 問1 プルダウンメニューから該当項目を選択。記載がない場合は「回答なし」。 問2 プルダウンメニューから該当項目を選択。記載がない場合は「回答なし」。 問3 該当項目をチェック。記載がない場合はチェックせずスキップ。 (3)アンケート入力の基礎トレーニング  基礎トレーニングは、アンケート入力の仕方を確実に習得するための導入コースである。その操作手順は次のとおり。 ①デスクトップの[やってみよう!パソコンデータ入力Ver2]アイコンをクリック。 ②ユーザー名選択の画面でユーザー名を選択して、[次へ]をクリック。 ③課題選択画面で[1.アンケート入力]をクリック。 図4 課題選択画面 ④コース選択画面で[基礎トレーニング]をクリック。 図5 コース選択画面 ⑤試行条件・目標の設定画面で、以下のように設定する。 「終了時間」 15分 ※15分経過すると自動的に課題画面は閉じ、入力結果は自動保存される。 「フィードバックの選択」の「エラーチェック結果のフィードバック」 図形(○×) 「色」 緑 ※チェックをして、ミスがないと選択色(緑)で○を、ミスがあると黒で×が表示される。 そして、[次へ]をクリック。 図6 試行条件・目標の設定画面 ⑥スタート確認画面で[スタート]をクリック。 ※時間計測が始まる。 図7 スタート確認画面 ⑦アンケート入力画面で、左側のデータを右側の入力フォームに入力する。 そして[チェック]をクリック。 図8 アンケート入力画面(左のデータを右のフォームに入力) ⑧エラーチェック結果がフィードバックされる(エラーがなければ緑の○、エラーがあると黒の×)。 そして[OK]をクリック。 図9 エラーチェックのフィードバック画面 ⑨アンケート入力画面に戻る。 エラーがなければ[次へ]をクリック。 エラーがあれば、赤字の項目名の入力データを修正して、[次へ]をクリック(再チェックの場合は[チェック]をクリック)。 ⑩15分が経過すると、結果の表示画面になる。 すでにチェックしているので、直ちに[メニューに戻る]をクリックして、課題選択画面に戻る。 (4)アンケート入力の実力テスト 実力テストは、基礎トレーニングやレベルアップトレーニングの成果を確認、すなわち当該時点での実力を把握するためのコースである。 基本的には、コース選択画面で[基礎トレーニング]のかわりに[実力テスト]をクリックする以外は、上の基礎トレーニングの操作手順と同じである。 ただし、アンケート入力画面には逐次(カード1枚ごと)入力の正誤を確認できる[チェック]のボタンはない。このコースは、設定時間内の間、入力作業に集中する。 ①デスクトップの[やってみよう!パソコンデータ入力Ver2]アイコンをクリック。 ②ユーザー名選択の画面でユーザー名を選択して、[次へ]をクリック。 ③課題選択画面で[1.アンケート入力]をクリック。 ④コース選択画面で[実力テスト]をクリック。 ⑤試行条件・目標の設定画面で、「終了時間」 15分に設定(他の項目は設定不可)。 そして、[次へ]をクリック。 ⑥スタート確認画面で[スタート]をクリック。 ※実際にテストが始まる。 ⑦アンケート入力画面で、左側のデータを右側の入力フォームに入力する。 そして[次へ]をクリック。 ※実力テストのアンケート入力画面には[チェック]がない。 ⑧15分が経過すると、課題選択画面に戻る。 5 結果の確認 実力テストの結果は、以下の手順で確認する。 ①[スタートメニュー][すべてのプログラム][やってみよう!パソコンデータ入力Ver2][指導者用ユーティリティ]と進む。 ②指導者用ユーティリティのメニュー画面から[1.解析結果の出力]をクリック。 ③ユーザー名選択画面で、ユーザー(ここでは試用者)を選択。 そして[次へ]をクリック。 ④試行履歴の選択画面で、次のように選択。 「課題」 アンケート入力 「試行実時間」 15分 「コース」 実力テスト/レベルアップトレーニング そして確認したい試行回を選択して、[試行一覧表示]をクリック。 ※この画面で、当該テスト全体の作業枚数(作業量)、正解枚数、正解率がわかる。 図10 試行履歴の選択画面 ⑤試行結果一覧画面で、各カードの各項目の正誤を確認する。 そして、さらに詳細に確認したい場合は、当該カード(ここでは5枚目)を選択して[正解と入力の比較]をクリック。 図11 解析結果一覧画面 ⑥正解と入力の比較画面で、各項目について正解(上)とユーザー入力(下)を比較する。エラー箇所は赤字となる。(ここでは住所の番地がエラー)。 図12 正解と入力の比較画面 ⑦確認が終わったら、順次各画面の[閉じる]をクリックして、メニュー画面に戻る。 そして[7.終了]をクリック。 ※結果確認の操作手順は、他の2コースの結果確認と共通である。ただ、他の2コースには、試行直後に結果をユーザーにフィードバックする機能がある。 6 おわりに  以上、アンケート入力課題と、その下での基礎トレーニングと実力テストの2コースについて、基本的な操作や機能を説明した。しかし、紙幅の制約から、顧客伝票修正課題や、レベルアップトレーニングコースについては、説明を割愛した。これらについては、ソフト添付の取扱説明書([スタートメニュー][すべてのプログラム][やってみよう!パソコンデータ入力Ver2][取扱説明書]と進む。)をご覧いただきたい。  また、本ソフトの基本コンセプトや、開発の経緯については、障害者職業総合センター調査研究報告書No.77『「やってみよう!パソコンデータ入力」の開発−知的障害者のパソコン利用支援ツールの開発に関する研究−』をご参照いただきたい。  なお、本稿は指導者向けの本ソフトの導入説明であるが、同じく障害者職業総合センター調査研究報告書No.83『軽度発達障害者のための就労支援プログラムに関する研究−ワーク・チャレンジ・プログラム(試案)の開発−』では、その一環として、障害者(主に発達障害者)向けの本ソフトの導入教材を作成しているので、これも併せてご活用いただきたい。 精神障害者のキャリア形成支援 −地域の資源を活用しての就業・生活支援− ○朴 明生  (障害者就業・生活支援センターアイ-キャリア 就業・生活支援コーディネーター)  根本 真理子(障害者就業・生活支援センターアイ-キャリア) 1 はじめに 障害者就業・生活支援センターアイ-キャリア(以下「アイ-キャリア」という。)では、法人内に訓練施設及び訓練機関がなく通所や作業を通じての課題及び状況把握をすることが困難である。このため、地域の資源を活用しての就業・生活支援を行っている。登録者の状況は、日常の生活リズムを身につけるなどの自己管理といった生活面での支援が必要とされる方や仕事の準備性が整っていない方、且つ他機関に所属していない方が多い傾向にある。したがって、相談過程において移行支援事業所や継続支援事業所への通所や訓練の必要性が感じられる登録者は多い。しかし、福祉事業所への通所や訓練の必要性についての相談を行うも「自分には必要ない、今すぐにでも働ける自信がある、自分は働ける」というような返答が返ってくることが少なくない。 今般発表では、アイ-キャリアの上記特徴を踏まえた観点から、精神障害者の支援を報告することにより、支援におけるキャリア形成の視点について考察したい。 2 概略 (1)対象者の概略 【対象者:A氏 40歳 統合失調症 入院歴あり】  専門学校中退後、パート職を転々としている最中に通院を開始する。その後、Bスーパーの商品管理部門にて7年間パートリーダーとして従事するが、病状悪化により入院となる。1年間の入院を経て、退院後は同病院内のデイケアに7ヶ月間通所し、障害者の態様に応じた多様な委託訓練(以下「委託訓練」という。)を受講する。  生活面については、入院まではA氏の収入で母と二人の生計を維持していたが、退院後は生活保護を受給しながらの生活を送っている。 (2)アイ-キャリア登録の経緯  フルタイムで且つパートリーダーとして働いていた経験を活かし、委託訓練受講終了後に即求職活動を開始し、障害を開示しての短時間勤務からフルタイム、契約社員へとステップアップしながらの就労を希望していた。委託訓練受講生に、求職活動をするなら就労支援機関へ登録した方がいいと言われ、アイ-キャリアを紹介され、登録に至った。 3 相談及び支援の経過  相談や支援の経過において、A氏と策定した支援計画を時系列で表1に示す。 表1  支援計画の策定 支援計画1 『障害を開示しての短時間勤務(週20時間未満)での求職活動』 職種:事務補助業務 ①履歴書・職務経歴書の作成支援 ②パソコンスキルの維持 ③生活リズムや体力の向上 支援計画2 『定着支援』 ①勤務1ヶ月目は、週1日の定着訪問  その後は、作業遂行状況により訪問頻度を再度考える ②生活リズムの再構築 ③作業遂行能力の確認及び把握 支援計画3 『職場体験実習による職業前訓練』 ①週1日/3ヶ月間定期的に通勤可能か否かの把握 ②作業遂行能力の把握 ③理解力・認知力の把握 支援計画4 『小規模通所授産施設通所による職業前訓練』 ①日頃の作業を通じ、現在の自分の状況を把握し、障害を理由にして逃げないよう努力をする ②全体的体力を身につける ③生活リズムを身につける (1)支援計画1【求職活動】  登録後、A氏と面談を重ね今後の方向性についての話し合いが行われた。当初は、「自分はフルタイムでの就労が問題なく可能である」と豪語していたA氏であった。しかし、デイケアの通所や委託訓練が終了したと同時に、障害者求人を2社応募するが採用に至らず、【どこかに出向く、通う、何かを定期的にする】ということがなくなり、次第に就寝時間や起床時間等生活リズムが不規則となり体力も衰えていった。結果、フルタイムでの就労は困難ということになり、表1の支援計画1の通りの計画を策定した。 支援計画に基づき、求職活動等を行うが不採用が続いていた最中、小規模通所授産施設C作業所(以下「C作業所」という。)より、Dスーパーにて、開店前のバックヤードとフロア清掃の短時間勤務(午前8時から10時の2時間勤務)の求人の情報を受け、A氏へ情報提供する。A氏より、「この位の仕事は自分なら簡単にできる」と応募し採用となる。 (2)支援計画2【定着支援】 採用後は、現在の体力や自分自身のスキルの確認及び働きながらの生活リズムの再構築の確認の為、計画を表1の支援計画2の通り策定した。 勤務開始初日より、仕事がうまくいかずマニュアルを見ながら作業を行っており、定着支援を行うも、仕事内容が理解できず作業遂行は難航していた。結果、午前8時からの勤務が自分自身にはきつい、清掃は向いていないとの理由で、A氏の希望により勤務開始3週間で退職となった。 (3)支援計画3【職業前訓練】策定の過程 退職後A氏より『体力がなかった・就労はまだ早かった』との意見がなされ、前職についての振り返りを行う。その中で、①作業能力や理解力が以前より低下傾向にあることや、②生活リズムの構築、③体力の向上、④家族の意見に左右されず自分自身で考えて行動すること等が今後の課題として話し合われ、上記課題遂行が就業にあたっては必要であるという共通認識をA氏と得た。表1支援計画3の計画策定経過を下記に示す。 a小規模通所授産施設(C作業所)の提案 課題を踏まえた上で、今は定期的に通うことや賃金を得て働くことは困難であるという結論に達し、上記の課題遂行を目的にDスーパー勤務時に面識のあるC作業所への通所を提案する。しかし、「自分には意味のないところ、行く必要性がない、施設へ通所している人はレベルが低い、自分とは合わない」等施設への通所を拒否する。 今後については、A氏が以前通所していた法人内のパソコン教室を訓練の場として活用する方向性となった。 bパソコン教室 当面の間は、先述のパソコン教室にて職業前訓練として週2日通うと同時に、上記②③④の課題遂行に努めることとなった。しかし、開始2週間で遅刻や欠席が続き、1ヵ月後にはパソコン教室への通所が困難となり、無断欠席が1ヶ月以上続いた。職業前訓練が必要なのではというご自身の認識は進んだものの、パソコン教室という場では難しく訓練は中止となった。そこで、事業所にて職業前訓練を行うことを提案し、週1日13:00〜15:00の3ヶ月間の職場体験実習(居酒屋開店前清掃)を開始することとなり、A氏と表1の支援計画3の通り計画を策定した。 c職場体験実習  マニュアルを基に作業を行うが、Dスーパー勤務時同様に①作業内容が覚えられない②動作の緩慢さ③出勤日当日に休む等が見られた。当初は開店前清掃での実習内容であったが、事業主の配慮で座位での単純作業(お絞りを袋から出す、お通しを盛り付ける)へと変更になった。  実習最終日には事業主を含め振り返りを行い、事業主より、①作業を覚える努力が足りなかった②自分に対して厳しい目を持つこと等指摘を受けた。 4 今後の方針 支援計画4【小規模通所授産施設通所による前訓練】  週1日2時間の単純作業がスムーズにいかなかったことや、体を2時間動かす体力がなかったこと、動作が緩慢であることに加え、今後は障害、自分自身と向き合うことが必要なのではという点で相談を継続した。相談継続の中で自覚が深まり、C作業所へ通所することとなり、A氏と表1の支援計画4の通り計画を策定した。現在、A氏はC作業所に週3日通所している。 5 考察  障害受容が出来ていない場合や、障害を受け入れようとするが怖くて目を背けてしまう、また、自分はできる、周囲とは違うなどの認識を持っている精神障害の方は多数いると考える。本報告においては、Dスーパーでの勤務を契機に職業前訓練が必要であることをご本人へ認識していただくこと、またパソコン教室や職場体験実習を通じ、自分自身の現状を理解していただくことを視野に入れた就業と生活の支援、すなわち、自分自身と直面化する機会の提供であったと考える。 さらにこの過程を通じ、支援者がご本人の課題を把握し、その課題についてご本人が認識し理解をしていけるよう促していくことが重要であると感じた。支援者のみで今後のあり様を考えその旨を伝えるのではなく、ご本人と一緒にどうしていくことが今の自分自身にとっていいのかを考えていくこと、いいかえればパートナーシップの姿勢が、就業・生活支援には必要であろうと考えている。 今後、就労支援機関の認知度がさらに高まっていくことが予想される中で、就労を希望しているが仕事の準備性が整っていない方や自分自身と直面化できていない方の相談も増えてくるであろう。そのような中で、どのような人生を送りたいのか等、ご本人の将来像、すなわちライフキャリア像を確認しつつ、その為にはどのような支援が必要なのかということをご本人と一緒に考えていくことが大切である。就職支援といえば「就職」という認識が強いが、就労するということのみを重点的に支援するのではなく、ライフキャリアを踏まえた支援、すなわちキャリア形成の視点を持ち続けながら支援を行うことが大切であると考える。 就職までの移行経路からみた就労支援の課題 −広汎性発達障害成人を対象としたヒアリング調査から− 望月 葉子(障害者職業総合センター障害者支援部門 主任研究員) 1 はじめに 知的発達に遅れが顕著ではない広汎性発達障害者の場合、障害児学級や特別支援学校における特別支援を選択せずに高等学校に進学することが多い。また、さらに高等教育に進学することもある。そして、彼らの多くは、入職に際して必ずしも職業リハビリテーションサービスを利用するわけではない現状がある。近年、こうした広汎性発達障害のある若者に対する支援の在り方の問題が指摘されるようになってきているが、彼らに対する支援の課題や方法が明らかになっているとは言い難い。通常教育を選択した広汎性発達障害者がどのような過程を経て職業生活に適応・定着したのかについて、40歳代の事例を通して検討する。 2 本考察の対象者  本考察の対象者は、医療機関における確定診断において自閉症・アスペルガー症候群等、広汎性発達障害の診断のある者。概ね18歳未満に発現するとされるが、診断時期については成人期である場合を含む。 ここでとりあげた4事例は、通常の教育歴を持ち、40歳代の現在、職業生活において適応・定着している事例である。したがって、現行の特別支援教育とは無縁の学校生活を経由して就職した。  診断時期についてみると、早期に診断が確定した2事例(A・B)と成人期になって診断が確定した2事例(C・D)にわけられる。  これを、就職時期についてみると、学校卒業時に就職して初職を継続している2事例(B・D)と長期に及ぶ多様な経験を通して現職に就職し、適応・定着している2事例(A・C)となる。  また、支援制度の利用と障害開示についてみると、B・D事例は、一般枠で雇用されており、障害者手帳は所持していない。ただし、B事例は企業に障害を開示しており、D事例はメンタルヘルス不全休職における支援の必要性を伝えている。これに対し、A・C事例は障害者枠で雇用された。 3 事例の概要  表1・2に事例の概要を示す。なお、この表は、発達障害者の家族を対象とした調査*1の回答とそれに基づいて行ったヒアリングの結果を整理したものである。  以下では、診断時期による障害の受けとめ方並びに支援の利用に関する特徴についてまとめる。 (1) 早期に診断が確定した事例(A・B)  2事例とも小学校入学前に診断が確定している。当時、専門医の診断を受けることが困難な地域医療の体制があったが、A事例については児童相談所の医師に、B事例については他県の総合病院の医師に、それぞれ診断を求めた結果である。いずれの事例の親も、居住地域の自閉症の親の会の活動の中核的なメンバーとして、情報収集並びに普及・啓発の活動に携わっている点で共通している。 イ 職業選択と障害の受容  親の障害理解並びに受容が子に先行して進み、本人の障害理解並びに受容を支えることになった。いずれの事例も、親が選択した教育支援や就労支援を本人も選択して努力した点で共通しており、早期の診断後、親の教育方針が明確であったことが本人の進路選択(職業選択)にも反映されたとみることができる。 ロ 利用した支援の概要 選択した教育の場は、A・B事例ともに通常教育であったが、A事例については心障学級の課程が子の特性にあわないと考えた(在学中に開設された通級学級は利用した)など、教育環境の整備状況と関連が深く、義務教育終了後は高等学校を選択した。B事例については知的発達からみて通常学級を選択し、義務教育終了後は高等学校・短期大学と進学した。しかし、いずれも学校卒業時に、親が学校紹介の就職支援を利用するには準備不足であると判断していた。  このため、A事例はさらに20年に及ぶ準備の課程を作業場面で経験した後に障害者雇用の支援(ハローワーク、地域障害者職業センター、発達障害者支援センター等)を利用して就職し、現在に至る。一方、B事例は、「学歴が職業能力を保証しているわけではない」という親の判断のもと、自己開拓により高卒現業職を選択し、親自身が企業に障害の理解を求め、職場定着を実現して現在に至る。         表1   事例の概要 (早期に診断が確定した事例) ┌─────────┬─────────────────────────┬─────────────────────────┐  │事例 │A 事例(男性) │B 事例(女性) │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │医療機関の診断歴 │自閉症(3歳) │ 小児分裂病→小児自閉症(5歳) │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │相談歴 │児童相談所 / 自閉症専門医 │児童相談所  │ │ │身体障害者通所授産施設 / 発達障害者支援センター │自閉症専門医 (アスペルガータイプについて説明) │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │障害者手帳の取得 │療育手帳(35歳) │なし │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │障害基礎年金 │父親の死亡を期に年金申請(30歳) │なし │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │ 障害の説明 │ 本人が理解できなくても、説明する義務があると考 │ 自閉症親の会の活動を家族全員で担っていたため、本│ │ │え、「できないことは発達障害のため」と親が説明した│人にも担当があり、あらためて告知の必要はなかった。│ │ │(20歳頃)。 │ 本人は、自閉症・アスペルガーについて、新聞やテレ│ │ │ │ビ、書物で調べていた(18歳頃.)。 │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │ │ 私立高校卒業 │私立高校卒業 │ │ │ (中学校は普通学級/通級:ことば・情緒障害) │ (中学校は普通学級) │ │    教育歴 │ 在学中にいじめの経験有り │短期大学(食物調理)卒業 │ │ │ 学業・生活支援のため家庭教師をつけた │ 私立高校普通科から、系列の短大に進学した。 │ │ │ 高校在学中から陶芸教室に通う │ │ │ │ ↓ │ ただし、親は「学歴で職業能力がついたわけではな │ │ │ 専門学校(陶芸科2年の課程)修了 │い」と受けとめ、高卒求人への応募を選択した │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │ │ ① 作陶修業(20年) 週6日 常勤(無給) │① 新規学卒就職をしたが、当初、会社が特性把握のた │ │ │   美術展に出展して認められた(就職準備段階)。│ めに1週間毎、6カ所の業務を担当させたために、 │ │ │ ただし、本人に就職準備の認識はない。 │  本人が混乱した。また、丁寧すぎで遅いとの連絡が │ │ 学校卒業後の状況│ │ あり、家庭では、作業の練習をさせるとともに、特性│ │ │ ② 障害者職業センターの職業準備訓練(2ヶ月) │ 理解を会社に求めた。 │ │ │    ↓ │ │ │ │ ジョブコーチ支援により就職(40歳) │② 会社は、いったん解雇し、嘱託として試し雇用に切 │ │ │ │ り替え、その間に特性への対応を検討した。作業遂行│ │ │ ③ 採用日までの間、利用施設で支援者の助手 │ に習熟し、再雇用となった。ただし、職場の変更はな│ │ │    身体障害者通所授産施設(半月) │ く、本人に解雇や従業上の地位の変更の認識はない。│ │ │    発達障害者支援センター(1ヶ月半) │ │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │ │ 商品の在庫管理補助  9:00〜17:00 │ 縫製工場のアイロンかけ  9:00〜17:00 │ │   現 職 │   月額11万円(22日勤務)繁忙期は残業あり │  月額15万円(20日勤務) 繁忙期は残業/休日  │ │ │   定年まで勤続希望(週休2日) │  出勤あり  定年まで勤続希望(週休2日) │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │就職のタイミング │ 親は、日常生活の自立に必要な、挨拶、謝罪、報告、│ 親は、知的障害生徒(中学生)の進路指導(就職指導)│ │   と支援 │相談等を、作陶修業を通して獲得させ、定型的な仕事へ│を担当した経験から、IQ×0.8で子の進路を考えた。 │ │ │の従事可能性に自信を深めた。 │ │ │ │ │ 短大卒は伏せて就職をした。学歴は邪魔になる │ │ │ 父親の死亡を期に、将来のために年金申請並びに有給│技能職は、当時、中卒・高卒のみであった。 │ │ │の仕事につく準備を本格化 │ ハローワークと相談し、人間関係の少ない、機械相手の│ │ │ ↓ │仕事が良いと考えた。 │ │ │   ハローワーク経由で 職業センターを利用  │ │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │ │ ① 勤務態度は良好。 │ ① こだわりは強いが、勤務態度に関しては肯定的な │ │ │ ② 定型的業務を担当しており、指示に従って確実に │ こだわりもある。 │ │ 現職継続の要件 │ 遂行できる。作業遂行上の困難は特に認められない。│  例:仕事には行くものである(風邪を引いたら迷惑│ │ │ ③ 発語がとつとつとしており、ぶっきらぼうになる │    になる→すぐに医者に行く) │ │ │ ことがある。また、口ごもることがあり、ゆっくり │ ② 作業には習熟し、ラインを任されている。 │ │ │ ではあるが、会話は、待てば返答がある。読むこと │ ③ 苦手な音や言い方、こだわりについては、コントロ │ │ │ に困難はない。 │ ールや相談の方法が明確になっている。 │ │ │ │ ④ 職場には、学歴を話題にしてはいけないというルー │ │ │ │ ルがあり、学歴を伏せた職場定着に好都合となった。│ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │ │ 親の方針のもとに経験を積んで育ったが、本人の障害│ 学校卒業後は、働くことが当たり前のこととして就職│ │ その他 │理解・職業生活設計に明確な意思はない。 │を選択した。 │ │ │ │ │ │ │ 同様の特性を有する年下のきょうだいが、高校卒業後│ 両親が共に教員であり、両親には心障学級の担任とし│ │ │に就職し、その就職先で勧められて、同時期に障害者手│て知的障害のある生徒の就職指導の経験があった。この│ │ │帳を取得した。このため、採用時に既に手帳を有してい│ため、特性理解と職場との調整に関して、専門職の視点│ │ │た。 │と親の視点の双方が機能していた。 │ └─────────┴─────────────────────────┴─────────────────────────┘           表2  事例の概要 (成人期に診断が確定した事例) ┌─────────┬─────────────────────────┬─────────────────────────┐  │事例 │C 事例(男性) │ D事例(男性) │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │医療機関の診断歴 │高機能自閉症(38歳) │広汎性発達障害(40歳) │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │相談歴 │ 親は自閉症を疑っていたが、就学時相談では、普通学│ 親は保育園の時から、行動を気にしていたが、障害保健│ │ │級を指示された/中学進学にあたり、障害児学級を希望│センター/児童福祉センターにおける相談では、問題を│ │ │したが、普通学級を指示された。 │指摘されなかった。 │ │ │ 成人期における本人の利用機関:精神科専門医/ デ│ 診断後の利用機関:精神科専門医/発達障害者支援セン│ │ │イケア/発達障害者支援センター │ター、生活支援センター │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │障害者手帳の取得 │ 精神障害者保健福祉手帳(38歳) │なし │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │障害基礎年金 │      あり(38歳) │なし │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │ 障害の説明 │離転職の繰り返しに対し、親が、障害者雇用を勧める │ 40歳まで発達障害だとわからなかったが、診断時に医 │ │ │  「失業するとパニックがよくおきた」 │師が説明した │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │    教育歴 │ 4年制大学卒業(高等学校 普通科卒業) │ 高等学校 農業科卒業 (中学校は普通学級) │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │ │ ① 一般の正社員として働いていたが長続きせず20 │① 学校紹介就職/勤続して現在に至る │ │ │ 社以上離転職 │   学校推薦の理由:会話が少なくても可能な作業 │ │ │  退職の理由:強く「こう」といわれると、100% │           態度が真面目である  │ │ 学校卒業後の状況│   敵意に取ってしまう │           成績に問題がない │ │ │  仕事が覚えられないまま、出社拒否 │ 勤務時間:(1) 8:00〜17:00 │ │ │   「でかい声を張り上げて、暴れて、それで辞め  │       (2) 16:30〜0:30  │ │ │ たんです……暴れてものを投げたり……」 │        (3) 0:00〜8:00  の3交替制 │ │ │  「今の会社以外に、3年以上勤めたことはない」 │    (週単位) │ │ │  会社でうまくいかなくなったとき、親が会社に本 │ │ │ │人の理解を求めて説明に行ったこともある │② 入職10年目に鬱病を発病/精神科を受診 │ │ │  配慮付きであったことには「やむなし」と思うが、│  ・7ヶ月休職 │ │ │ 一方で、そういう状態からの脱却を目標にする │ ・復帰後、16:30〜0:30の勤務に固定 │ │ │ │   休日出勤もある(12時間勤務)が、前日を休む │ │ │ ② 離転職の間に失業保険で2回職業訓練校に在籍 │ ・服薬により復職後10年以上継続 │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │   現 職 │ 配送事務(仕分け等)/ 8:00〜16:00 │ プラスチック射出成形のバリ取り │ │ │   月額13万円(20日勤務)/残業 月10時間   │     16:30〜0:30 │ │ │ 半年更新の契約社員を4年以上継続 │   月額22万円(20日勤務)残業なし │ │ │ シフトが自由であり、通院日にシフトをはずせる │ │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │就職のタイミング │ 精神科デイケアの就労支援により、トライアル雇用 │ 学校紹介(18歳) │ │   と支援 │(障害者雇用:38歳) │  高校在学中に学校の勧めで神経科を受診したが、│ │ │    │ 特性理解にはつながらなかった │ │ │ 採用後 8ヶ月で、一般社員の時給額に昇給する │ 応答に時間がかかるため、急がせると作業遂行 │ │ │ これまでの会社では、親が配慮を求めたことを、現職│   並びにコミュニケーションの評価は低かったが、 │ │ │ではデイケアが肩代わりしたと考えており、一般扱いの│  学校は成績や真面目な態度を高く評価して推薦し、 │ │ │雇用を目標にする │  採用となったと考えられる │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │ │ 本人が問題視する行動のコントロールに自信が持てる│ 復職後は、ストレスへの対処方法を自覚できるようにな│ │ │ようになった(「脳トレ」をやり通して見えてきたこと)│った │ │ 現職継続の要件 │  ① 考え事をしなくなる→マイナスに考えなくなる │ ① 勤務時間が固定されて、生活時間が安定した。 │ │ │     暴れなくなった/会社に行きたくないと │ (早起きが苦手であり、8:00の出勤は生活リズムに │ │ │     言わなくなった/長続きした │  あわない/3交替制でさらに生活リズムが崩れた) │ │ │  ② 作業が速くなる/人の視線が気にならなくなる │ ② 気分が低迷して、継続不安があると、支援センター│ │ │ ③ 指示を聞くときには、ワンフレーズずつ聞いて │  に相談し、会社に伝えてもらっている。 │ │ │  自分でつなげる │ ③ 会社には発達障害を開示していない(本人の意思)│ │ │ ④ 視線をあわせることができる → 一方的に物事 │  が、診断後も継続して医療機関を利用している。 │ │ │ をしゃべらなくなる/相手の反応が見える │ ④ 気晴らしの活動(山歩き)がある。 │ ├─────────┼─────────────────────────┼─────────────────────────┤  │ │ 学校卒業後は、働くことが当たり前のこととして育っ│ 事例は、学校卒業後は、働くことが当たり前のことと│ │ その他 │た。このため、再就職を繰り返した。 │して就職を選択した。 │ │ │ │ │ │ │ 自信がついたら、転職をしてみたいと考えている。 │ 現職でも不安がないわけではないが、転職した結果、│ │ │ ・推進要因:苦手の一部は克服し/自信もついた │対人関係のストレスで、鬱を引き起こすのは避けたい。│ │ │   職業訓練校に行けば、一般扱いで就職できる可能│ ・不安要因:仕事を休むことには抵抗が強いため、疲労│ │ │   性がある │   がでたときに、自分では伝えることができない/│ │ │ ・躊躇要因:人の言ったことを敵意ととらえる傾向が│    二回目の休職に対して、漠然とした不安がある。│ │ │   ある/人間関係でハードな職場だと後悔する/ │ ・継続要因:正社員である/ │ │ │   雇用保険が出るまでの失業状態は、経済的に困る│   今の職場は慣れた環境である    │ └─────────┴─────────────────────────┴─────────────────────────┘  (2) 成人期に診断が確定した事例(C・D) イ 職業選択と障害の受容  C・D事例とも確定診断は成人期である。本人は在学中に障害との関連で学校適応上の課題を検討したことがなく、職業生活適応の困難を背景として受診した精神科において診断された点が共通している。ただし、C事例の親は幼少期から自閉症を想定して相談を重ねていた。一方、D事例の親は子が休職に至るまで障害を想定しなかった。 したがって、本人の進路選択(職業選択)には障害特性の理解並びに特性に即した支援の利用は検討されなかった。 ロ 利用した支援の概要 選択した教育の場はC・D事例ともに高等学校まで通常教育であり、C事例はさらに大学に進学したが、いずれも学業面での問題なく卒業した。したがって、C事例は通常の就職活動により、D事例は高等学校紹介により、新規学卒就職をした。  しかし、C事例は離転職を繰り返した結果、また、D事例は抑うつによる休暇を繰り返した時点で、いずれも職業生活適応上の問題を抱えたことから精神科を受診することになった。ただし、離職中のC事例は精神科診療、デイケアにおける就労支援を利用した他に発達障害者支援センターも利用することになったが、在職中のD事例は精神科診療並びに生活支援の利用にとどまっている。 (3) 確定診断の時期について とりあげた4事例は、高等教育を選択した事例を含め、いずれも通常教育を卒業した。しかし、診断時期が早期であることにより、障害特性の理解並びに教育支援の課題の理解が早期に明確化することの重要性が示唆された(A・B事例)。  一方、親が気づいていても、本人が困難の自覚なく生活している場合(C事例)は本人の困難の自覚が明確化するまで診断は先送りされること、また、親子ともに困難の自覚なく生活している場合(D事例)は親子の困難の自覚が明確化するまで診断は先送りされること、が示唆された。 4 考察とまとめ   …… 現職適応・定着の要件……  いずれの事例も、現職継続の見通しは良好である。適応上の問題となる行動が解消したわけではないが、適切にコントロールされている。また、定型的業務を担当しており、指示に従って確実に遂行できる点についても共通している。したがって、作業遂行上の困難は特に認められていない。  職場内・外にかかわらず、困ったときに本人の相談相手はいずれも明確となっており、家族もまた、外部支援機関における相談を継続している。 (1) 職業選択で重視する要因について    ……「できる仕事」を選ぶ……  A・B事例は親が情報収集の上で、また、C事例は離転職の経験とデイケアの勧めで試行した上で、さらにD事例は学校から示されて、それぞれ現職を選択した。したがって、いずれの事例も、選択の要件を検討する際には、支援の専門家や家族の意見を踏まえていたことになる。 4事例ともに、現職の選択で重視したことは、「対人関係が複雑でない現業の仕事」であった。一定の作業手順に従うこと、作業に変更が少ないこと、習熟することで自信が持てること、などであるが、何よりも重要なことは、本人が自分に「できる仕事」であると認識することであった  ここでは、障害特性と職業選択の要件を本人が理解すること、さらには両者を関連づけて受け容れるタイミングを図ること、が検討課題となろう。 (2) 職場で求められる行動様式について   ……「安定した精神状態」を維持する……   4事例ともに「働いて自立をする」を当然のこととして育った。ただし、A事例は、親が就職までに長期にわたる準備段階を設定して、B事例は採用後に親の指導で自宅での練習を重ねて、また、C事例は離転職の間に自ら試行錯誤を繰り返して、いずれも職場で求められる行動様式の学習に多大な時間を要することになった。これに対し、学校紹介で採用されたD事例は、抑うつを発症して休職から復職に至る過程で、障害理解と環境調整が行われた。  離転職を繰り返した事例や抑うつを発症した事例では「働いて自立をする」が再就職や職場復帰に本人を駆り立てることになっていた。しかし、自らの障害特性と職場で求められる行動様式を十分に理解する場面がなかったこと、したがって、問題が深刻になってはじめて診断を求めたこと、などを背景として精神的不安定が増悪したといえる。C・D事例はともに、学校時代には想定しなかった職場適応困難によって「障害」に向きあうことになった。C事例の「世間で渡っていける精神状態にしてから学校を出してほしい」という主張は、障害受容と職業準備性の獲得の両面について、課題を指摘するものとして傾聴に値する。  ここでは、障害特性からみた職場適応の要件を本人が理解すること、さらには入職前に適応上の問題となる行動特性やストレスへの対処方法を支援すること、が検討課題となろう。 (3) 今後の課題  支援の課題を詳細に検討する上で、年齢層を拡大すること、並びに就業をめざしている事例を加えた分析をしていくこと、などが必要となる。 国立職業リハビリテーションセンターにおける 発達障害者への職業訓練の取り組み −ワークサンプル幕張版(トータルパッケージ)を活用した導入訓練の取り組み− 野村 隆幸(国立職業リハビリテーションセンター職域開発課 主任職業訓練指導員) 1 はじめに  国立職業リハビリテーションセンター(以下「職リハセンター」という。)においては平成19年度から「発達障害者受入等検討プロジェクト」(以下「プロジェクト」という。)を設置し、発達障害者に対する職業訓練についての検討を行っている。当報告では、プロジェクトでの検討結果をまじえながら、先行して実施している精神障害者への成果と現状での取り組み状況について紹介する。 2 プロジェクトでの検討事項  今年度の発達障害者に対する職業訓練開始に向けて、①関係機関との連携方策、②受け入れ方式、③職業評価方法、④社会生活指導・職業指導方法、⑤職業訓練方法及び⑥関係各課の業務実施体制・連携体制などについて検討した。 3 関係機関との連携方策 (1)地域障害者職業センターとの連絡会議  近隣の東京、多摩支所、埼玉、千葉、神奈川の各地域障害者職業センター(以下「近隣地域センター」という。)と従来から実施していた知的障害・精神障害の評価に係る内容に加え、発達障害者の受け入れ方針・スケジュール案、近隣地域センターへ依頼を希望する予備評価内容など発達障害者の受入れについての計画案を示し、入所者確保、就職支援への協力を依頼した。 (2)近隣地域センターとの情報交換に係るケース会議  連絡会議開催後、近隣地域センターを訪問し、推薦候補者に係る情報交換を行った。 (3)首都圏職業リハビリテーション業務打合せ会議  職リハセンターに通所可能な地域のハローワークとの連絡会議を開催し、平成20年度の業務計画及び身体・知的・精神・高次脳機能・発達障害者の受入れ計画、国立障害者リハビリテーションセンターへの施設入所支援を示し、入所者の確保について協力を依頼した。 4 発達障害者への職業訓練の対象者像  プロジェクトでの検討及び前述の関係機関との連絡会議での意見をもとにして、職リハセンターでの訓練対象者は、原則として次のような要件を満たしているものとした。 ①ハローワークにおいて発達障害を有する求職者として求職登録をしている者 ②訓練受講及び就職に意欲があり、職業訓練を受講することにより職業的自立が見込める者 ③職リハセンターに通所が可能な者 また、募集定員は10名とし、入所希望者に対して事前に見学会を実施した。 5 職業評価  ハローワークにおける職業相談や近隣地域センターにおける予備評価結果及び、職リハセンターにおける職業評価結果等に基づき、入所の可否を決定することとした。 (1)予備評価  職リハセンターでの評価を適切かつ効果的に実施するためには先立って行われる予備評価が不可欠との考えから、知的障害・精神障害についてと同様に近隣地域センターにその実施を依頼することとした。  しかし、近隣地域センターに職リハセンター入所のためだけの評価希望者が殺到して他の業務に支障が生ずることのないようにするため、インテーク面接により障害者台帳のうちの①主訴、②障害名の確認、③障害の部位・状況、④障害に対する態度・職業に対する態度、⑤生活歴、⑥職歴、⑦学歴、⑧家族状況、⑨関係機関の意見・連絡等に記入について依頼した。 また、近隣地域センターで継続的に関わりを持っている者については、評価結果などの情報の提供について依頼をした。 (2)職リハセンターで行う職業評価  職リハセンターにおける職業評価は、①初期評価、②作業評価及び③面接により構成することとなっており、発達障害者に対する職業訓練における職業評価についてもこの考え方を踏襲するものとした。  20年度からの当機構の中期目標・中期計画において、職リハセンターは、広域障害者職業センターとして全国の広範な地域から職業的重度障害者を受け入れること、職業訓練上特別な支援を要する障害者を重点的に受け入れること、定員充足率を95%以上とすることなどが目標として設定されている。このため、19年度の入所者の状況に照らし、評価者数の増大にあらゆる努力をすることと同時に、訓練可能性のある者を適切に受け入れられる体制の整備により入所率を高めていくことが求められている。  しかし、入所率を高めるという課題に対応するためには、職域開発科の限られた体制の中で、精神障害・高次脳障害者に加えて発達障害者という職業訓練上特別の支援が必要な障害者について後述の新たな導入訓練を含め常時協同型チームティーチングを適切に実施し、適応課題の少ない者については出来る限り一般科で受け入れられる体制を構築する必要がある。  このことから、発達障害者の受入を契機として、20年度における一般科のコース設定に変更を加え、昨年度以上に柔軟な作業課題を設定できるコースとしてテクニカルオペレーション科とオフィスワークコースを新設した。  この新設コースを念頭にして、仮に第一志望の訓練科の作業評価結果が思わしくない場合にも適性の認められた一般科のコースでの受入を可能にしていくため、各訓練科訓練コースごとに実施している作業評価に先立ち、事務系・製造業系に大別された共通作業評価を実施していくこととした。この共通作業評価では事務系製造業系の一方のみでなく双方の評価を受けることにより、自らの適性を評価受検した障害者自身が判断する機会を提供することとした。 ①職業評価の流れと内容  具体的には、①初期評価(国語、算数・数学、GATB)、②共通作業評価(事務系作業、製造系作業)、③希望コース確認の面接(初期評価、基礎作業評価の結果を踏まえて実施)、④希望訓練コースの作業評価、⑤指導員面接、⑥実働評価(ピックアップ、会場設営)、⑦作文、⑧評価課担当者面接とした。 ②共通作業評価の創設  これまで精神障害者、高次脳機能障害者は入所時の評価を受検する段階で職域開発科と職域開発科以外の一般訓練科の二者択一をせざるを得なかったことから、社会適応にはそれほど問題がない者でも、作業能力が低い場合は、限られた適性情報の中で職域開発科のオフィスワークか組立ワークといったコースを選ばざるを得ないという状況にあった。一方、職域開発科で適応課題を解決すべきことが適当と判断される者がこれを自覚できずに一般訓練科を希望に固執し、適応面の問題から入所否となることも多かった。  この実態を踏まえて、適性確認の機会を拡大するため前述のように共通作業評価を実施することとした。 ③実施期間   8日間とする。 (3)入所決定と職業リハビリテーション計画  職業評価結果を基に入所決定会議において入所の可否を決定するとともに、適職種(訓練科)の方向性、職業上の課題、これを踏まえた訓練・支援方法等の検討を行って職業リハビリテーション計画を策定し、入所者への説明し同意を得ることとした。 6 訓練の流れ (1)基本的な考え方  職リハセンターでは、図1に示すように導入訓練及び本訓練により職業訓練を構成し、訓練期間全般を通じて適応支援を実施している。 (2)導入訓練   これまで導入訓練は職域開発科が担当してきたところである。しかし、昨年度までは入校時に訓練コースを選定して、①環境への適応(緩やかなスター 図1 訓練と適応支援の構成 ト)、②個別の障害特性の把握、③本人の障害の理解度、④対人スキル等の状況を確認することを目的として実施してきた。今年度の発達障害者の受入れを機にプロジェクトにおいて今までの取り組みを再検討して、導入訓練のリニューアルについて検討を行った。検討ポイントは、①訓練生へのインフォームド・コンセントが得やすく、一定の客観性があること②導入コスト(職員育成、時間、経費、難易度等)が高すぎず、職員も含めて習得が可能なこと③指導部・訓練部双方の職員が使いやすく、情報共有し易いシステムにすることを念頭に置いた。  これらのことから8月入所の精神障害者からワークサンプル幕張版(トータルパッケージ)を活用しながら、職業訓練受講への適応可能性を向上させ、本 訓練へのスムーズな移行を図れるよう①個々の障害特性を把握し、②自己認識を促進するとともに、③個々の障害特性に応じた補完方法やストレス・疲労のセルフマネージメント等の検討を行い、それらの活用に向けた支援策を確立すること、また、各訓練コースの体験を通して④本訓練の訓練コースを決定するシステムへと移行した。これにより本人に適切な(納得性の高い)訓練科を探索して、職業訓練(本訓練)へのスムーズな適応及び指導、支援効果の一層の向上を目指した。10月に入所する発達障害者に関しても同様な実施を考えている。  導入訓練のカリキュラム例(精神)を表1に示す。 (3)本訓練 本訓練では、職業に必要な知識・技能習得のための技能訓練のほか、職業への適応性の向上や就職活動等に係る適応支援をカリキュラムに組み入れて、入所者それぞれの障害状況に応じた個別訓練カリキュラムを策定して訓練を実施する。  個別訓練カリキュラムを策定する場合は、①導入訓練時の様子、②出席状況等の適応状態、③訓練内容の理解力、④障害の自己理解、⑤障害特性からくる技能付与の程度を踏まえ作成する。 (4)適応支援  適応支援の役割は、①一時的な病状の変化が職業訓練の中止につながらないよう安定した受講を支えること、②職業への適応性の向上、③職業意識の醸成、④就職活動、⑤支援機関等との連携である。  これらの役割を果たすために適応支援の構成は、訓練時期により異なる。訓練初期は「受講を支える支援」として、この期間に個々の適応力や配慮事項を確認し、安定したリズムで訓練受講が可能となるような支援を行う。具体的には、毎朝、体調・生活の自己管理として睡眠の状況、現在の気分を確認したり、グループワークでディスカッションを活用したりして1週間の訓練・生活状況、気になることを確認する。 同じ障害を有するという立場で共有し、意見交換することで、自己理解を深め、不安や心配を軽減することができ、以降の訓練指導、適応支援を有効に実施するためにも重要な期間である。 訓練環境に慣れて技能訓練が軌道に乗り始めた訓練中期には自分にあった働き方や職業への適応性を整える等の「社会生活支援」の要素を取り入れ、訓練後半には就職へ向けた「就職活動支援」を中心に実施する。 表1 導入訓練のカリキュラム例  適応支援の具体的な内容としては、①週1回ホームルーム及び個別相談、②隔週1回社会生活支援、③月1回医療情報助言者によるグループワーク、④就職活動支援である。  適応支援は基本的な「集団支援」と個別的で柔軟な「個別支援」を計画的に相互補完的に組み合わせて実施する。特に個別支援は、個別相談として担当カウンセラーが定期的に実施し、入所者の状況に応じて適宜行っていく。 7 精神障害者に対する導入訓練からの教訓 8月入所した精神障害者から、トータルパッケージを活用した導入訓練の取り組みを開始したところであり、申請時から評価時点において約半数の者が、さらにはトータルパッケージ実施後、約半数の者が希望訓練コースの変更を行っている現状である。これらのことを勘案すれば、障害特性等により自己の能力・適性と訓練内容に関して大きなギャップがあったり、当初は訓練内容のイメージが抽象的で漠然とした状況であったものが導入訓練を実施することによって具体性を増し、客観的に訓練コースを決定できるようになっていることが窺える。10月からの発達障害者の導入訓練では精神障害者で実施した状況を踏まえながら、若干のアレンジを加えて、より本人に適切な(満足度の高い)サービスを提供していきたいと考えている。  今後の課題として、トータルパッケージを実施するに当たっては予想以上にマンパワー(人的コスト)が必要であることが挙げられる。 自閉症卒業生Aくんへの就労継続支援Ⅱ −学校・家庭・事業所・障害者職業センターとの連携から− ○宇川 浩之(高知大学教育学部附属特別支援学校 教諭) 矢野川 祥典・土居 真一郎・柳本 佳寿枝(高知大学教育学部附属特別支援学校) 石山 貴章(九州ルーテル学院大学)    田中 誠 (就実大学/就実短期大学) 松原 孝恵(東京障害者職業センター)  嶋崎 明美(高知障害者職業センター) 1 目的 自閉症の人にとって、一般企業に就労した際、職場での適応や対人関係、コミュニケーションの面において課題が生じ、就労の継続を断念する場合が本校でも少なくない。本稿でも、企業に就労した卒業生のケースをとりあげる。本事例は就労後、上述したような課題が現れ、本校のアフターケアに加え障害者職業センターのジョブコーチ制度を活用しつつ、家庭と事業所、学校が連携しながら就労継続に向けた取り組みを行ったが、残念ながら離職となった。その後3ヵ月間障害者職業センターの訓練を受け、現在は地域の作業所を利用、終日の労働経験を積みながら次の進路先を模索している。このケースに関して本校の高等部時の担任や進路担当によるアフターケア、事業所や関係機関との連携を継続的に行ってきた取り組みを振り返りながら、今後の自閉症生徒の就労継続支援や、在校生の社会的自立に向けた取り組みについてどのようなことが必要であるか検証を行う。 2 方法 本校自閉症卒業生1名の事例研究を行う。 (1)対象 卒業生A (2)プロフィール  地元公立小学校、中学校を経て本校高等部に入学。WISC-Ⅲでは、知覚統合・処理速度の項目で特に課題が見られた。会話は好きで、言葉でのやりとりもよくできるが、自分の興味にまかせて話をすることが多い。Aのかかわる対象はほとんどが教員などの大人である。A本人も家庭も、卒業後は企業に就労するということを望んでいた。 3 これまでの実践 (1)在学中の取り組みと移行支援計画  本校高等部では、学習活動や学校生活全般を通じて、働くことも含めた基本的生活習慣の確立と社会的自立を目標に日々取り組んでいる。また現場実習は、Aは高等部3年間で計7回、製造業を中心に経験した(表1)。その中で、出てきた課題に対して本人の自覚を促し、家庭と連携を取るべく家庭訪問や個別懇談を定期的に取り共通した認識をもって進路決定に臨んでいった(表2)。 表1 Aの現場実習の記録 時期 期間 事業所 仕事内容 高1秋 3W 生姜加工業 段ボール箱組立 高2春 3W 青果出荷業 コンテナ積みと運搬 高2秋 4W 解体業 資材の仕分け 高3春 3W 総菜加工業 調理補助、荷物の積み下ろし 高3夏 2W 弁当蓋製造業 段ボール箱組立 高3秋 4W 木箱組立業 木箱の組み立て 高3冬 週3 畜産業 施設内の清掃 表2 Aの実習・進路に関する主な懇談の記録 実施回数 主な内容 実習前懇談 各実習前7回 実習に向けての心構えなど 個人懇談(定期) 各学期9回 実習・今後の課題について 学級懇談(定期) 各学期9回 福祉の現状、卒業生の実情 その他 必要時 進路決定に向けて  これらの実習期間では特に、①近くに指導してくれる従業員がいなくなり、単独で作業を行う場面では手が止まるなど作業量がかなり落ちる、②慣れてくると気さくに従業員とコミュニケーションをとることができるが、仕事の場面になってもそれが続くことがありメリハリがない、という点が課題として出されるケースが多かった。 これを受けてその都度これらの話を直接本人と話し、家庭とも懇談をし、意識を高めていく取り組みをしていった。学年があがるにつれ、徐々に本人の意識も高くなり、努力がうかがえるようになってきたが、それでも「雇用」のレベルとなるとまだまだ大きな課題となっている状況であった。 これらの取り組みを通じて、移行支援計画として①終日働ける体力の向上と生活リズムづくり、②集中の持続、特に単独での活動における活動量のムラをなくす、③場面ごとの気持ちの切り替えを早くする、ということを重点課題として設定し、支援を行っていった(表3)。 表3 移行支援計画での重点課題 重点課題 課題に対する支援 終日作業をするうえで必要な体力と身体作りを目指す。 本人も家庭も、一般企業への就労を希望している。そのため卒業までに、終日(8時間)働ける体力をつける必要がある。よって、体育や作業などの学習を継続して行うと同時に、必要に応じて午後5時まで活動を行う経験も取り入れて、体力づくりに加えて、働くという観点からの生活リズム作りと意識の向上を図る。 作業を遂行するにあたっての集中力の持続 作業をするという意識は持っているが、気持ちの持続に課題がある。特に、単独での活動になるとそれが顕著である。活動の上で、Aさんに対する仕事量を設定し、時間内にそれを意識して活動を最後まで遂行する経験をつむ。 仕事と休憩など、場面が変わる際の素早い気持ちの切り替え 環境に慣れてくると、多くの人に自分の趣味のことなど気さくに話をすることができるが、学習活動が始まった場合でもそれが続くことが多い。活動場所の変化や、周囲の雰囲気の変化など本人の切り替えができやすい場を設定し、徐々にその設定を小さくしていく。 (2)就労へ Aが高3の秋の時点では、依然として就職の道が見えていない厳しい状況であった。そこへ、これまでにも本校の農耕作業や学級農園に肥料をいただくなどお世話になっていたB畜産業から、牧舎周辺の環境整備として雇用の可能性があるという話があった。 Aの通勤可能な距離であることと、主な仕事内容が掃除であるので、実習や学校生活の中での取り組みができ力をつけることができる、本人の意識もあるということなどから、12月(冬休み)より実習をお願いすることとなった。  まずは、担任・進路担当が一緒に施設内の掃除を行いながら、ほうきの掃き方や、ごみの集め方などを、ひとつひとつ確認した。さらに、作業量を事業所が求める量まで増やしていくことと、その日行った場所を記録しておくことから施設内の配置図を作成し、掃除区域を11に割り振り、清掃区域の番号の欄に日付を本人が記録していく形をとった。これらを基本に、必要に応じて教員がジョブコーチに入り、家庭も仕事の様子を見に行くなどし、就職に向けて本人のスキルアップと企業に対しての理解を目指していった。  ここで浮上したAの課題は、①作業スピードの向上、②単独での気持ちの持続(単独で行うと手が止まることが多い)であった。特に②については移行支援計画で課題としてあげていた部分であったので、さらに巡回指導の場と学校での活動の場双方において、意識を高めていくよう支援を行っていった。  そして、最終的に前向きにB畜産業で頑張っていきたいという本人・家庭の意思を確認。3月、企業・職業安定所・進路担当・担任・母親・本人を交え、その旨を伝え、週5日×4時間の条件で就職の契約を結んだ。まずは3ヶ月間トライアル雇用という形をとり、さらなるレベルアップを図った。 写真1 清掃の様子 (3)就労から離職へ Aは就労先で、職場周りの清掃作業を担当することになった。在学中から進路担当や担任が事業所に赴き、教員ジョブコーチとしてひとつひとつ仕事の手順を確認し、技術的なスキルアップを図った。 しかし、活動の持続などの心配されていた課題が見られ、また、職場の方との仕事上のやり取りの中で行き違いが生じるなどし、A本人も事業所も困っていった。 1年目の冬、ハローワークの巡回時に事業所から仕事の効率とやり取りの面での課題が明らかになり、これを受けて家庭と懇談。また、ハローワークから提案があったジョブコーチ制度の活用を検討。家庭、本人、事業所も前向きに受け入れを決定した。 職業センターのジョブコーチ制度では、3か月で計24回の指導を受けた。学校、家庭、事業所、センターとの連携を行いながら、月に1回定期的に4者で事業所にてケース会議を開きながらAの就労継続に関しての支援を話し合った。 ジョブコーチの視点からの課題やAの伸び、学校時代からの実態と課題、家庭の思い、事業所としての要求など、それぞれが出し合いながらAにとってのよりよい方向性を話し合っていき、お互いの連携を深めていった。 しかしそれから1年半後、働く意欲の持続や職場の方とのやり取りの難しさなどから、離職するという形となった。 さて、Aの就労継続支援ということで取り組んできたが、ここでAの仕事そのものに関する「作業分析」を行ってみた。本稿では高知県教育委員会「精薄教育に於けるカリキュラムの研究(第一報)(高知県における精薄者の適職とその分析)1959(S34).3」(高知プラン)に掲載された表を用いて分析を行った(表4)。 表4 高知プランで見るAの主な作業分析 ほうきで掃く ゴミを一輪車に積む 機 敏 性 時間を意識し、てきぱきとした行動をとろうとする意識。 体 力 4時間休まず継続して清掃活動ができる。 季節を問わず安定して仕事ができる。 器 用 地面や天候の状態によって掃く向きや角度を調整する。 角スコップをちりとりとして使える。 共 応 ごみを見て両手でほうきをしっかり掃ける目と手。 ちりとり(スコップ)にほうきでごみを掃ける目と手の共応。 目 測 牧舎の広さ、掃いた場所とそうでない場所の区別。 特に汚れのひどいところがわかる。 一度にスコップに掃き取れるごみの量。 一輪車に入れられ、安定して運べるごみの量の理解。 形体知覚 建物の隅の部分の汚れがわかる。 ちりとりとして使う角スコップの角度調節。 解 別 力 汚れの度合いによって、掃く力を変える。 リズム感 ほうきで掃くにあたってリズムよく掃く。汚れのひどいところは速いリズムで。 算 数 時計が読める。 国 語 理 科 社 会 仕事に関することの質問や報告、事業所の人との挨拶や返事 (4)離職の背景 これまでの経緯と、作業分析を踏まえて考えると、掃除という仕事は、Aにとっては学校や家庭でやってきたことを活かして取り組みやすいものであると予測したが敷地は広く、清掃区域も広範囲ということで、目測や形態知覚などが必要である。また、掃除をする場所も毎日変わり、場所や天候、その日の汚れによって多少の手順も変わる。これらを判断することはAにとっては大変であった。事業所の方も自分たちの仕事をしながら、その合間を縫ってAに対応していて、常時確認ができず清掃の状況を見て指導することになり、Aが混乱してしまうという状況になっていた。 つまり、本人の実態と、実際の仕事が求める能力のズレ、また職場の方との人間関係構築の上でのズレによって、結果的に離職となってしまったのである。 (5)職業センターでの訓練  この時点で家庭と懇談を実施。本人も家庭も今後できれば企業に再就労したいという希望があった。ここで、もう一度改めて働くということについての意識をもつということ、社会性に関する学習・理解ができるということで、3ヶ月間の職業センターでの訓練を行うことにした。本校ではアフターケアとして校内で実習を行うケースもあるが、①Aにとって違う環境の中で、これらのスキルをつけ高めていくのが必要、②校内での作業ではA自身の緊張感の持続と意識の向上に限界がある、などの点から判断した。  この期間に、多様な作業経験を積みながら、技術的にも向上が見られたが、途中1度作業効率が上がらないことを指摘され、不適応行動を起こしたことがあった。しかし、その後は意欲的に活動をし、3か月の研修を修了した。この間、数度学校からも研修の様子を見に行き、現状を聞いた上で家庭にも連絡。その後のことも視野に入れながら、方向性を探っていった(表5)。 表5 Aのセンターでの職業準備支援(抜粋) 支援内容 支援結果など 指示されたとおりにミスなく作業をする。 工程数が少なく、指先の巧緻性を求められない作業では、1ヶ月ほどで手順を体得しミスなくできた。チェック項目が多いものではミスなくできるまでに至っていない。 注意されたり怒られたりしても、落ち着いて自分の作業をする。 開始後1ヶ月はよそみ、空笑い、独語、歌を歌うなどがあったが、環境・仕事に慣れるに従い改善。苦手な内容や、屋外での刺激の多い内容のものではよそ見や私語が多い。 作業終了後のチェック 製品の向きや並べ方など、分かりやすい項目は自らチェックできた。複雑なものになるとその都度指示が必要であった。 準備講習の状況 履歴書の記入は時間を要するが自力記入できた。面接では、実際に行う前に再度振り返りを行う必要がある、欠勤時の電話連絡については、要点を簡潔に伝えることができていた。 (6)作業所での日中活動へ 3か月の職業センターでの研修を終え、ハローワークなどで再雇用を目指したが、なかなか実現には難しく、ひとまず地域のC作業所を利用すると決断した。  C作業所では、地域のトマト栽培の農家に赴き、ビニールハウスの中で収穫や剪定などの手伝いを行っている。Aにとって、①B畜産業では4時間の勤務であったが、通勤も含めると8時間労働に近い生活リズムを組むことができ、今後の再雇用を目指した取り組みができる、②C作業所が行っているトマトハウスは一般の農業経営者からの請負であるため、今後の再雇用を目指すには環境も適している、③作業所での支援員からの指導を通し、本人の課題をより明確にしつつ方向性を設定していける、などの利点があり、現在も意欲的に通勤している。夏の暑い時期は、Aは体力的にも精神的にも弱いが、何とか乗り切って、毎日自転車で約1時間かけて通勤をしている。 4 考察とまとめ  アフターケアを通じて、A自身の仕事に対する理解、会社としてのAに対する評価の内容がかみあわなくなり、お互いに負担を感じている時期があったことがわかった。作業のスピードが上がらない、注意されると不安定になるということにはそれなりの要因があったのである。  また、ジョブコーチ制度を活用し、ケース会議を重ねる中で、支援者がそれぞれの角度からいろいろな話をした意義は大きかった。意見の違いもあったが、会社が求めるレベル、Aの実態、学校や家庭、関係機関の取り組みをお互いが知ることによって連携の体制は深まった。これによって、共通認識をもってAを支援できるようになった。その後、結果として離職をし、次の進路決定に向けて歩みだしたAであるが、卒業から離職までの経験は、本人にとっても家庭にとっても、いい経験となったと保護者は振り返っている。  今回のケースから、Aの課題への対応だけでなく、働く環境をより本人が働きやすいように企業とともに設定していくことの大切さを実感した。もちろん学校生活でも同じである。特に自閉症の生徒については仕事内容への適応だけでなく、対人関係や意思伝達の面でも課題がある。また、個々の実態をより把握し、作業分析も行った上で、支援者は本人が不安なく毎日会社で過ごし、仕事にも打ち込める環境づくりを企業とともに工夫改善していくことが必要であるといえる。 参考文献 1)宇川浩之・矢野川祥典・土居真一郎・柳本佳寿枝・田中誠・石山貴章,「自閉症卒業生の就労継続支援〜関係機関との連携とアフターケアを通して〜」,日本特殊教育学会第46回大会発表論文集,p.458(2008) 2)高知大学教育学部附属特別支援学校 ,研究紀要19「個々の実態に即応した教育課程の研究と実践(その19)」(2008) 3)宇川浩之・矢野川祥典・土居真一郎・柳本佳寿枝・松原孝恵・嶋崎明美・石山貴章・田中 誠, 「自閉症卒業生の就労継続支援に関する一考察−関係機関との連携から−」,高知大学教育実践研究第22号,p.51-58(2008) 4) 土居真一郎・宇川浩之・矢野川祥典・柳本佳寿枝・石山貴章・田中誠・松原孝恵・嶋崎明美「牧場で働く自閉症者A君への就労継続支援〜学校、障害者職業センターによる連携ジョブコーチ〜」第15回職業リハビリテーション研究発表会ポスター発表(2007) 5) 高知県教育委員会「精薄教育に於けるカリキュラムの研究(第一報)(高知県における精薄者の適職とその分析)」(1959.3) リハビリテーションチームの復職に対する役割と連携 − 高次脳機能障害者への支援を通じて − ○廣瀬 尚美(いちはら病院 作業療法士) 唐澤 幹男・倉持佑佳・木村 英人・長岡 知子(いちはら病院) 1 はじめに  右片麻痺・高次脳機能障害を呈する45歳男性の復職支援に関わる機会を得た。ハローワークでの求職から始まり、市役所職員との進路相談面接、障害者雇用支援センターの見学・通所に向けた具体的アプローチを行った。交通手段等の問題により、退院後、スムーズに障害者雇用支援センターに引き継ぐまでには至らなかったが、今回の経験からリハビリテーションチーム(以下、「リハチーム」という。)の復職支援に対する役割と連携の重要性に焦点を当て、今後の課題を考察した。 2 症例紹介 45歳男性。右手利き。 【疾患名】 左被殻出血(H19.12.31発症) 【現病歴】自宅にて休養中、左被殻出血を発症。リハビリ目的にてH20.2.17に当院転院。 【既往歴】高血圧症、狭心症 【社会歴】病前は派遣社員として部品の組立作業などを行い、会社を転々としていた。病前当初は求職中であり、ハローワークにも足を運んでいた。 【家族構成】3人兄弟の長男で母親と二人暮らし。次男・三男はともに家を出て独立。次男・三男は定期的に面会に訪れ協力的。 【経済状況】生活保護受給中。 3 初期評価(H20.4.12引継ぎ時) 身体機能:Br.stage上肢Ⅳ 手指Ⅴ 下肢Ⅴ。 右肩関節屈曲・外転・外旋可動域制限あり。 基本動作・ADL:すべて自立だが、耐久性の低下あり。 言語評価:SLTA 聞く:短文理解7/10、口頭命令2/10、 話す:呼称17/20、復唱2/5、 読む:短文理解9/10、書字命令9/10 書く:仮名・単語書字4/5、漢字・単語書取3/5、短文書取4/5 高次脳機能障害: 【注意】持続・転換・分配性の低下あり。 Cancellation Test:平仮名6分41秒(見落とし1つ)、数字5分15秒(見落としなし) HOPE:「今は仕事をする気はないが、身体が良くなったら仕事がしたい。」 家族HOPE:「何か仕事に就いてほしい。」 4 問題点 ♯1退院後の就労先がない ♯2本症例・家族の 復職に対する情報不足 ♯3高次脳機能障害 ♯4身体的耐久性の低下 ♯5復職に対する意識低下 ♯6退院後の交通手段がない 5 目標 身体能力・高次脳機能障害の改善を図り、復職することができる。 6 リハビリテーション経過(H20.4.13〜7.5) (1)身体能力・高次脳機能障害に対するアプローチ 右手の機能回復訓練に加えて、両手使用での仕事も視野に入れ、両手動作練習を実施。また、注意力の改善を図るため、机上での間違い探し課題を実施。当初は集中力の低下が見られていたが、徐々に長時間での課題にも対応できるようになってきた。PTでは歩行の耐久性を高めるために長時間の屋外歩行を実施。STでは失語に対するアプローチを中心に実施した。 (2)本症例の意識に対するアプローチ 復職に対する不安や悩みの相談に乗り、関心や自信を持たせた。最初は復職に関してあまり関心がなかった本症例に徐々に前向きな姿勢が見られた。 (3)復職に関する問題点の抽出と評価 車の運転が困難なため、バス乗車評価を実施。歩行で疲労が見られたが、一人での乗車は第三者が何度か付き添うことで可能になると思われた。また、金銭の管理ができるかどうかみるため買い物評価を実施。問題なく可能であった。 (4)求職方法の模索 イ.ハローワークでの求職(H20.5.28)  本症例と弟で訪問。本症例の状況を書いた資料をPT・OT・STにて作成し、持参。障害者枠の就職先は無かったため一般枠で求職した。2件の求人票をもらったが、高次脳機能障害や体力的な問題により家族・リハチームで話し合った結果、本症例の同意を得て困難であると判断。 ロ.A市市役所職員との連携  一般枠で退院後すぐに復職することは難しいため、何か社会的資源を利用できないかと考え、情報収集を行った。本症例の住むA市市役所社会福祉課職員と連絡を取り、病院にて市役所職員と進路相談の面接実施(H20.6.18)。本症例、PT・OT・STが参加。復職に関する相談機関や障害者雇用支援センターの紹介を受ける。 ハ.障害者雇用支援センター見学(H20.6.25)  本症例、弟、A市役所職員、PT・OT・STも同行し、施設担当者から施設の概要の説明や作業訓練場面の見学を行う。本症例・家族共に通所に前向きな姿勢がみられる。 ニ.障害者雇用支援センター通所に向けて 作業訓練内容(おしぼりたたみ、ボルトナット組み立て・分解作業)を模擬的に実施し耐久性・集中力を高めた。具体的な作業訓練を行うことで、本症例の意識が変化し、障害者雇用支援センター通所が期待された。しかし、入院期限が真近に迫っていたため、交通手段の調整や本症例が一人でセンターに通うことに対して家族に不安があったため入院期間に引き継ぐまでは至らなかった。 7 考察  今回の復職支援でのリハチームの大きな役割の一つは、復職への問題点や身体能力を評価し、他者に説明・伝達をしたことである。私たちが本症例の能力を理解しているため、復職が可能かどうかやハローワークから受け取った求人票の内容が本症例に適切かどうかのアドバイスが行えた。もう一つの役割として家族と市役所職員との中間役として働き、連携を図ったことが挙げられる。障害者が復職するためには外部との連携が絶対的に必要であるため、社会資源について具体的知識を持つ市役所職員と密接に連携を図ることによって視野が広がり、復職を目指すにあたって様々な方向性を見出すことができた。 また、復職支援を必要とする症例に対してどこまでリハスタッフが関与すればいいのか、ソーシャルワーカーの職域まで踏み込んでよいのか、今回の関わりの中で常に抵抗や戸惑いがあった。しかしながら、患者様の復職の可能性を見極め、一つのチームとしての方向性を示すことや適切に引き継ぎを行うことも私たちの役割であると考え、求職先の模索を行ったことは意味のあることだと思われる。 反省点として、本症例では退院後に復職が必要と判断するまでに時間を要してしまった。本症例の能力的な回復を見通せず、復職が必要になるということが早期に想定できなかった。さらに復職に対する適確な知識や情報を持って対応することができず、最終的には引き継ぎを行うまでに至らなかった。早い段階から患者様や家族の復職に対する希望などを情報収集しておき方向性を決め、退院後の生活を予想し、その上で就職先を探したり、様々な社会資源を利用するなどの手段を考えていれば、退院後スムーズに雇用支援センター通所に移行できる環境を整えることができたと考えられる。また復職支援に関わる施設や相談機関が多数あり、最初にどの機関に相談したらよいか分かりにくかった。私たちは事業内容や特色を理解し、患者様や家族に情報を提供できる様にしておく必要がある。 制度においてはハローワークで求職した段階で障害者雇用支援センターを紹介するような体制が整っていればよりスムーズな引き継ぎが可能だったかもしれない。今後の課題として、施設間での連携について今後見直しが求められ、障害者が退院後円滑に就職するための環境作りが望まれる。 8 まとめ 高次脳機能障害者への復職支援は、復職に至るまで計画的なリハが必要である。リハチームで連携を図って早期から患者様の能力的な回復を見通して目標を定め、それに向かって就職先を検討し、計画的に支援をしていくことが必要である。そのためには、職種に捉われずリハチームの各々が相談機関や施設等の知識を持ち、関係機関と情報の共有を積極的に行っていくことが必要である。そうすることによって障害者の自立が図られていくと考えられる。 左片麻痺・高次脳機能障害を呈した症例の復職に至るまで —回復期リハビリテーションの視点から— ○松尾 美沙 (医療法人和仁会 和仁会病院 リハビリテーション科 作業療法士) 沖 英一 (医療法人和仁会 和仁会病院 リハビリテーション科) 太田 雄一郎(医療法人和仁会 和仁会病院 リハビリテーション科) 植田 加奈江(医療法人和仁会 和仁会病院 リハビリテーション科) 1 はじめに  現在、回復期リハビリテーション病棟は診療報酬改定に伴い在院日数を短縮化する傾向にある1)。このような傾向の中で、在宅復帰は可能であるが、復職に至らない症例も多く、職業リハビリテーションが優位に置かれていないのではと感じる。 そこで今回、事例を通じて職業リハビリテーションの重要性や、チームアプローチでの作業療法士(以下「OT」という。)の専門性を再確認し、いくつかの知見を得た。  本事例は比較的早期に障害受容し、その事が復職への第一要因であったと考える。これに関する考察を含め報告する。 2 事例紹介 50代 男性 会社員 診断名:脳梗塞 障害名:左片麻痺、高次脳機能障害 現病歴:単身赴任中、出張先で発症し、緊急入院。2ヵ月後リハビリテーションを目的に当院へ転院。 デマンド:復職。(単身赴任したい) ニード:歩けるようになりたい。 ・ 入院より3ヵ月後に要介護2を取得。 ・ 入院期間:5ヶ月 3 回復期リハビリテーション 初期評価 (1)身体機能評価 運動障害:左上肢 重度麻痺       下肢 中等度麻痺 感覚障害:左下肢 深部感覚鈍麻 疼痛:左肩に安静時・動作時痛あり 音声・発話障害:構音障害あるも、会話は可能。 基本動作能力:起居動作自立。坐位保持〜要介助。 (2)高次脳機能評価 ・注意選択性・持続性低下あり。 ・構成障害あり。 (3)日常生活動作(以下「ADL」という。)評価 FIM(機能的自立度評価法)第3版:80/126 減点項目:入浴、更衣、トイレ動作、移乗、移動 4 入院時の介入内容 (1)体力・全身耐久性の向上  入院当初、予後や復職、他者へのストレスが強く神経質であり、易疲労性のため離床も困難であった。そこで、短時間で介入し離床を促した。徐々にモチベーション・耐久性が向上し、積極的リハビリテーションへと移行した。 (2)障害認識  入院から2ヶ月後、車椅子での外出機会を得た。その際公共交通機関を利用し、タクシーや電車への乗車、その間の車椅子での移動など、事例の予想以上に困難であった。帰院時、事例の身体的負担に加え、家族の介護量負担も大きかった。この経験から事例は客観的に自己評価し、リハビリテーションの認識が変わり意欲が向上したと考える。更に、障害に対する興味も向上し、自らの障害について本を読むなど、障害認識に繋がった。 (3)高次脳機能の向上(PC操作能力の獲得)  高次脳機能障害に対し、机上課題を実施するが消極的であり、機能向上に至らなかった。そこで、職場で使用していたPC操作に着目し、起動・パズルゲーム・シャットダウンと、簡単な内容を片手操作で行った。本人には復職リハビリテーションと位置付けし、モチベーション向上を図った。  開始当初は、注意持続性低下のため短時間しか行えず、パズルゲームでは注意選択性低下や構成障害のためミスが多かった。しかし、ミスの度に注意力・構成力低下のフィードバックとなっており、高次脳機能障害の認識を促した。徐々に時間を延長し、毎日1時間の自主トレーニングに取り組んだ。退院時、文章入力やグラフ作成が、時間を要するも正確に実施可能となった事より、高次脳機能障害が改善傾向にあったと考える。 (4)ADL向上  身体機能向上に伴い更衣・整容において片手での動作能力は向上したが、高次脳機能障害が妨げとなり自立困難であった。また、活動性の向上に伴い左肩の疼痛が増悪し、睡眠を阻害していた。環境設定や習慣化に加え、活動量を調整しながら、動作の自立へと移行した。その他の入浴や移動を含め、退院時にはほぼ自立に至った。 (5)身体機能の向上  左上肢・下肢共に、退院まで麻痺の程度は変わらなかった。上肢においては、終始肩に疼痛が生じ、ストレスの原因となった。下肢においては感覚鈍麻のため、なかなか動作獲得に至らなかったが、代償として上肢は非麻痺側での片手操作を、下肢は短下肢装具を用い、歩行能力・ADLを獲得した。 (6)歩行能力の獲得  本人のニードである、実用性歩行能力の獲得へ向け、理学療法士(以下「PT」という。)を中心に介入した。介入当初は身体機能に変化は見られなかったが、徐々に基本動作やバランス能力が向上し、歩行能力を獲得しつつあった。しかしADL同様、高次脳機能障害が妨げとなり自立困難であった。監視にてT字杖使用での屋内歩行能力を獲得後、自宅や職場での階段・屋外を想定し応用歩行へ介入した。また、実用性を図る為に短下肢装具(Gait Solution-Design)を提案し用いた。この装具は、事例に適した機能をもち軽量でデザイン性がよく、スムーズに導入出来た。また、この装具の特徴として、靴の種類を選ばずに着用できる事があり、通勤時の革靴を想定して提案した。 実際に装具と革靴を着用しての屋外歩行練習は、さらに事例の意欲を向上させるものであった。  退院時、屋内歩行のみ自立し、屋外歩行や階段昇降は監視を要した。 (7)家屋改修 退院前、OT・PT・ソーシャルワーカーが同行し、家屋調査を実施し、階段や玄関、浴室、寝室の環境調整(主に手すり設置・福祉用具の提供)を行った。退院後は入浴や階段昇降、夜間の排泄といった不安定な動作に関して、妻が見守る生活を想定した。 (8)退院前外泊・施設見学  退院前に試験外泊を行い、自宅環境に慣れることとした。家族の協力もあり、夜間の排泄や入浴に同伴して頂きながら各動作を実施した。試験外泊を行う事で、本人の退院に対する不安感も軽減し、自信を獲得する事が出来た。  退院後のサービス利用として、当院の通所介護と長崎市障害福祉センターの見学をPT・OTが同行し実施した。通所介護は生活リズムの維持や、体力の維持向上を図り生活を安定する事を、また障害福祉センターでは公共交通機関の利用や、他者とのコミュニケーションでの社会生活能力の向上を目的とした。 5 退院後 通所介護利用 (1)退院翌週より  要介護2 (週3回利用)  当院通所介護では、PTおよび健康運動実践指導者が個々の利用者を担当し、介入している。 事例の担当スタッフは復職をより具体的にするためにも、目標を「実用性歩行能力向上による活動範囲の拡大」と設定した。ここでは主に屋内歩行のスピード強化、T字杖での階段昇降動作の獲得、屋外歩行の30分耐久性獲得を目指した。 介入後、上記の動作を獲得し、さらには入浴動作や夜間の排泄動作の安定性へと繋がり、ADLが自立した。 (2)2ヵ月後  要支援2 (週2回利用) 身体機能・ADL向上に伴い、要介護2から要支援2へと区分変更となった。 プログラムとして、通所介護以外でも、散歩や歩行浴と自主トレーニングへ積極的に取り組んだことで、体力向上に繋がった。 また、活動範囲拡大の手段として車の運転講習に通い、免許を更新した。 (3)4ヵ月後 障害福祉センターとの併用開始   障害福祉センターは市街地にあり、公共交通機関を利用する為、常に妻が同伴した。障害福祉センターでは機能訓練事業に参加し、他者と関わる機会を得た。この頃より屋内歩行・応用歩行共に、装具とT字杖は不要となった。 また、事例と会社との交渉にて、4ヵ月後の復職が決定した。 (4)8ヵ月後  利用終了  通所介護の最終的な取り組みとして通勤シミュレーションを実施した。職場は自宅より公共交通機関を乗り継ぎ、約1時間を要する所にある。シミュレーションは、職場までの交通手段や時間帯を事例が設定しスタッフが同行する方法であり、より実践に近い環境で行った。問題なく終了するが、家族からは一人での利用に対し不安の声があった。 6 家族  妻は入院当初より頻回に面会し、本人のストレス解消や不安の緩和、障害受容など心理的支持となった。動作面でも、退院当初は入浴や外出は常に妻が寄り添い危険防止に努めた。妻は事例への過剰な期待もなく、一番の理解者であった。 7 職場の理解  入院時より面会し、本人の状態把握や予後について理解を深める機会をもった。病前の役職もあって、会社との交渉は全て事例が行い、OTは身体・高次脳機能について助言する程度だった。交渉はスムーズであり、より目標が具体的となった。 勤務体制も短時間(10時〜15時)から開始し、徐々に時間を延長する方法に理解を得、最終的にフルタイム勤務する事を目標とした。 8 復職後  復職後は短時間の勤務であったため、継続して障害福祉センターの利用が可能であった。通勤時は妻が付き添い、公共交通機関を利用した。事例は、今後一人での公共交通機関の利用は困難だと判断し、職場近隣に住宅を購入。そこから通勤する事となった。その後徐々に勤務時間を延長し、フルタイムでの勤務を実現。障害福祉センターの利用を終了した。 9 考察  本事例は、左片麻痺・高次脳機能障害を呈したが、退院後早期に復職に至った。その要因として、 ①障害認識 ②活動性・意欲が高い ③実用性移動手段の獲得 ④コミュニケーション能力の獲得 ⑤家族の協力が得られた ⑥職場の理解が得られた ⑦通所介護と障害福祉センターの併用 を挙げ、その考察を以下に述べる。 ①毎日の介入にて身体・高次脳機能のフィードバックを密に行い、外出時に、客観的に自己評価する機会を得た。後に自身の障害に対する興味が芽生え、障害認識に至った。「宮原ら2)は脳損傷者において、障害認識が不十分であることが日常生活場面のみならず、就労などの社会場面でも大きな妨げとなっているという報告は多い」としている。このように、事例は自己評価し、障害認識に至ったからこそ、高度な目標設定はなく、現実を見据えた日々の努力が可能であったと思われる。 ②事例のモチベーションが高い事が、リハビリテーションや運転免許更新、PC操作等へプラスに働いた。患者を取り巻く復職の諸条件の中にも、「復職に対する意欲と熱意」が挙げられており、本事例が復職に至るまでの意欲が事例を取り巻くコ・メディカルの刺激ともなった。 ③PTと共に実用性移動手段の獲得を目指し介入したが、高次脳機能障害のためスムーズに進行しなかった。そこで在宅や職場を想定した環境を設定し、本人の注意・集中力を引き出した。さらに装具を提案し安定性・耐久性を補った。このような環境下での練習により実用性を獲得したと考える。 ④事例は、構音障害が軽度であったため、早期にコミュニケーション能力を獲得した。この事で日常会話だけでなく、会社との交渉がスムーズに行えたと考える。 ⑤入院時より、妻が頻回に面会し、二人三脚で闘病生活を送っていた。特に妻は心理的支持の存在であり、就労後も生活のフォローのみならず、職場内で問題が生じた場合の相談役としても、大きい存在である。また、通勤に付き添うなど、精神面だけでなく、身体面での協力も、復職における大きな要因であった。 ⑥「渡辺4)によると、会社は職務能力や会社の設備などから、幅広く障害者の受け入れに関し不安を感じている。また、会社の業績が不調な時期に障害者雇用をするからには、より良い人材を確保したいと考えている。これは障害者雇用のみに言える事でなく、雇用者情勢全般に言えることである。」 としている。本事例は長年に渡り会社に勤務しており、役職も得ている事から、関係は良好で交渉もスムーズであった。特に勤務体制においては、自らどの程度配慮が必要であるかを説明することで、会社側の不安が軽減し理解を得る事が出来たと考える。 ⑦復職以前の問題である在宅生活や地域社会での生活の安定に関しては、両サービスの利用が有効であったと考える。通所介護では安定した在宅生活を獲得し、障害福祉センターでは公共交通機関の利用等、社会生活の安定を獲得した。  「竹下ら5)は、障害者の職業復帰は、本人の身体能力や知的能力ばかりでなく、復職に対する強い意志があるか、その障害者に適した職種であるか、会社側は障害者雇用の意思があるか、障害に対する知識や理解があるか、社会情勢や経済状況が良好かなど、多くの要因が複雑に関係している」としており、事例も上記のように多くの要因を有していたからこそ、早期に復職に至ったと考える。 今後の勤務の継続性においてだが、再就労者の継続性と離職について長谷川6)によると、「この差は、一つには『職場の受け入れ状況』によると考えられ、本人の障害状態をある程度理解している場合には継続しやすい。もう一つは、本人の『障害認識の程度』によると考える。」としている。事例は障害を認識している事から、職場でのトラブルに対応が可能である事を推察する。また職場の理解が良好である事からも、継続して就労生活を過ごす事が可能であると考える。  事例は病前より仕事を“生きがい”としており、復職、さらにはその継続に対しての満足度は高い。今後、継続していく為には健康管理(再発の予防)が新たな課題となってくる。間嶋7)は、「脳卒中患者の体力増強が、これまでの日常生活に必要とされる動作の遂行能力を改善することに寄与するのみならず、脳卒中の二次予防といったこれまでとは全く異なった局面でも大きく貢献する事が期待される」としている。事例は退院後、復職に向けての体力強化を積極的に行い、その結果として再発予防へと繋がっていた。 私たち病棟に勤務するOTは、定期的な受診や服薬管理、生活指導等に加え、退院後の体力強化等を見越して介入する必要があると考える。 10 おわりに 武本ら8)は、職場復帰に関するアンケートを実施し、その中で、復職に関するリハビリテーションを実施していない理由として、「『概念や方法が確立していないから』『スタッフや設備の不足』『対象者が少ない』『知識不足』などの回答が得られた」としている。  実際の回復期病棟で働くOTは、主に職業リハビリテーションのベースとなる医学的・神経心理学等の知識は有しているものの、職業リハビリテーションサービスの知識が少なく、職業評価や職業訓練、就労支援について、対応や判断、また方法のバリエーションに欠けるのが現状であると感じる。また、模擬職場訓練も、環境設定や時間的要因より実際には困難である事が多い。 この点に関しては、職場訪問や職場とOTの連携強化によって、職務を行う上での基礎知識・基礎能力の把握や、より職務に近い課題を提供する事で補う必要があると考える。更には長崎障害者職業センターでの、職業相談や職業評価、更にはジョブコーチ支援等、積極的にサービスを利用出来る様に連携を図りたい。 OTは、最も職業リハビリテーションに関わる職種であるからこそ、その専門性として職業リハビリテーションの知識の向上に努め、対象者のあらゆる可能性を引き出し、幅広く対応していきたい。 参考文献 1)リハビリテーションからみた診療報酬・介護報酬改定:OTジャーナル・vol40・no.12・2006年11月 2)福井圀彦:脳卒中最前線 第3版、「脳卒中の職業復帰」、p.408-411,医歯薬出版株式会社(2004) 3)宮原智子:ある記憶障害者の障害認識獲得過程.作業療法・27巻3号・2008年6月 4)渡邊崇子:就労の現状と問題点.総合リハ・30巻9号・811〜816・2002年9月 5)竹下博雅:職業復帰の問題点.総合リハ・23巻6号・471〜475・1995年6月 6)長谷川真也:高次脳機能障害.総合リハ・30巻9号・823〜828・2002年9月 7)間嶋満:脳卒中患者.総合リハ・31巻8号・725〜728・2003年8月 8)武本暁生:職業復帰に関する評価と訓練の現状.総合リハ・23巻6号・465〜470・1995年6月 高次脳機能障害患者の長期的な就労状況 −症例を通じて− 並木 幸司(相澤病院総合リハビリテーションセンター 作業療法士) 1 はじめに 高次脳機能障害に対する就労支援は昨今多くの医療機関、就労支援機関において行われ、その活動結果が多く報告されるようになった。当院においても平成14年以降、急性期から慢性期の頭部外傷・脳血管障害患者による高次脳機能障害患者に対しての就労・復職支援を開始してから約6年が経過し、一定の成果を得ている。 今回は、当院での就労・復職支援を経て4年間以上の就労を獲得している4名の症例において、その経過や現状での問題点から、高次脳機能障害患者における長期的な就労をサポートする要因について若干の考察を加えて報告する。 2 症例紹介 症例は以下の4名(男性3名・女性1名;年齢28〜56歳、頭部外傷1名・脳血管障害3名)である。 (1)症例1 男性・53歳。くも膜下出血術後の脳梗塞(左頭頂葉)。食品会社の営業関係・管理職。 ① 病歴:平成14年、くも膜下出血を発症し、術後血管攣縮により脳梗塞、右片麻痺、失語症、gerstmann症候群を呈した。発症1ヶ月後より当院にてリハビリテーションを2ヶ月間実施し、ADL自立となり自宅退院。Gerstmann症候群、失語症・失行は残存しており、外来リハビリにて高次脳機能障害の改善、復職に向けてのアプローチが継続された。 ② 経過:障害の特徴はGerstmann症候群及び軽度の失語症によるコミュニケーション能力、書字・計算能力、空間イメージ構成力の低下であったが、外来リハビリにより、各高次脳機能検査結果の改善を認め、発症約1年後に障害者職業センターとの復職連携支援が開始。3ヶ月間の復職支援プログラムの実施を修了し現職復帰。その後1ヶ月程度のジョブコーチ支援を受け、現在まで約5年間の就労を継続している。 表1 症例1の就労直前の高次脳機能評価結果 WAIS-R FIQ 79、VIQ 80、PIQ 80 WMS-R 一般記憶74、言語性記憶73、視覚性記憶84、注意/集中72、遅延再生84 RBMT 標準プロフィール15/24 三宅式記銘 有関係2-5-7、無関係0-0-1 TMT A 181秒 B 662秒  KWCST CA 4、PEN 17、DMS 0 KOHS Test IQ 124 (2)症例2 男性・56歳。くも膜下出血(前交通動脈)。運送会社勤務・長距離トラック運転手。 ① 病歴:平成14年、くも膜下出血を発症し、術後に記憶障害が出現した。発症5ヶ月後、リハビリテーション目的に当院を受診され入院加療となった。 ② 経過:障害の特徴は記憶障害であった。記憶障害による日常生活の困難さは重度であったが、病態理解は当初より保たれており、外的補助獲得はスムーズに行なわれ、1ヶ月間後にADLは自立し自宅復帰となった。復職支援に向けた外来リハビリを実施する中で、記憶障害の改善、外的補助使用によるIADLの拡大が見られたため、障害者職業センターとの復職連携支援を進めていく方針であったが、本人の意向・職場の受け入れ難渋といった問題があり、事業所に対して本人及び家族、当院リハスタッフ・MSWからの情報提供を行ない、徐々に就労を開始。職務内容に一部変更があったが就労状況は軌道にのり、受傷後8ヶ月の時点で復職を獲得し、その後現在まで約5年間の就労を継続している。 表2 症例2の就労直前の高次脳機能評価結果 WAIS-R FIQ 92、VIQ 81、PIQ 107 WMS-R 一般記憶72、言語性記憶71、視覚性記憶87、注意/集中69、遅延再生61 RBMT 標準プロフィール10/24 三宅式記銘 有関係0-5-4、無関係0-3-4 TMT A 90秒 B 202秒  KWCST CA 1、PEN 3、DMS 10 KOHS Test IQ 111 (3)症例3 女性・28歳。脳挫傷。受傷時は短大生。 ① 病歴:平成11年、交通事故にて脳挫傷受傷。その後他院にてリハビリ実施し2ヶ月後に自宅退院。受傷約1年後に事務職に新規就労。業務では記憶障害が顕著であり、心理的ストレスから一日3時間の就労が限界であり、自宅では易怒的な行動異常などを認めたため、受傷後1年2ヶ月経過した時点で当院を受診し、外来リハビリを開始した。 ② 経過:障害の特徴は記憶障害を中心とした全般的認知機能低下と軽度の左上下肢の失調症であった。外来リハビリでの高次脳機能障害に対する評価・訓練を実施し、障害に対する理解・受容が促進されたが、依然、継続的な就労は難しく退職。その後、外的補助具の使用獲得中心のリハビリを継続し、アルバイト中心の就労を2度トライするが周囲との人間関係の問題があり継続就労出来ず。受傷後4年8ヶ月経過した時点で、障害者職業センターで就労支援のためのプログラムを受講し、運輸会社事務職へパート就労し、ジョブコーチ支援を受け、現在まで約4年の就労を継続している。 表3 症例3の就労直前の高次脳機能評価結果 WAIS-R FIQ 87、VIQ 89、PIQ 88 WMS-R 一般記憶69、言語性記憶73、視覚性記憶80、注意/集中87、遅延再生78 RBMT 標準プロフィール15/24 三宅式記銘 有関係8-8-10、無関係3-6-10 TMT A 150秒 B 270秒  KWCST CA 6、PEN 0、DMS 0 KOHS Test IQ 124 (4)症例4 男性・49歳。脳動静脈奇形に対する術後の高次脳機能障害。スポーツインストラクター。 ① 病歴:平成11年、脳動静脈奇形に対する術後に高次脳機能障害が出現。受症後2年8ヶ月経過した時点で当院を受診し、外来リハビリを開始した。当院受診時には離職しており、本人は強い就労希望をもっていた。 ②経過:障害の特徴は、体幹失調に加え、注意障害と遂行機能障害、病態理解困難さを認めた。2週間の短期入院加療にて、高次脳機能障害特性評価・対応方法の指導中心に支援。その後外来リハビリに移行した。外来リハビリを10ヶ月間継続した時点で、能力にそぐわない就労希望が依然として聞かれており、障害者職業センターでの適性検査を受けることとなった。評価の結果から、希望していた事務職への就労は難しいとのことであった。その後、知人から介護職への就労の誘いがあり、ジョブコーチ支援を利用しての就労が開始された。当初は介護職員としての就労を予定していたが、実務の困難さがあり、業務補助員としてパート採用され、現在で約4年経過している。 表4 症例4の就労直前の高次脳機能評価結果 WAIS-R FIQ 82、VIQ 88、PIQ 77 WMS-R 一般記憶93、言語性記憶97、視覚性記憶87、注意/集中101、遅延再生96 RBMT 標準プロフィール23/24 三宅式記銘 有関係8-9-9、無関係1-3-6 TMT A 121秒 B 380秒  KWCST CA 2、PEN 14、DMS 4 KOHS Test IQ 111 3 各症例の現状での就労状況および問題点 (1)症例1 食品会社の営業職への復職を果たし、約3ヶ月間のジョブコーチ支援を受ける。その後、経営企画関連の部署へ移動。管理職としての業務を行なっている。復職当初は、漢字が書けない、思っていることが直ぐに言葉で出てこない、1日の業務内容やスケジュールが把握・イメージできないなどの問題を呈していたが、メモリーノートへの記入、電子手帳の利用、事前に伝えたい会話や伝達内容を書き出し、復唱を繰り返すなどの対応を行なっていた。部署内には高次脳機能障害への対応を熟知したスタッフは少ないが、上司及び同僚が症例の高次脳機能障害の特性を理解しており、部署が違っていても適時サポートを受けることができる状況を維持している。 表5 症例1の現在の高次脳機能評価結果 WAIS-Ⅲ FIQ 100、VIQ 101、PIQ 98 WMS-R 一般記憶106、言語性記憶107、視覚性記憶108、注意/集中105、遅延再生112 RBMT 標準プロフィール23/24 三宅式記銘 有関係6-8-8、無関係1-7-8 TMT A 97秒 B 190秒  KWCST CA 6、PEN 0、DMS 0 (2)症例2  本人・事業所の希望から、就労支援を得ない状態での復職が開始され、初期は1〜2時間の勤務で、出来る業務内容を確認することが行なわれるなど、段階的な就労場面への参加が得られた。病前の業務内容の実施は、危険が伴うと判断され、一部職務内容を変更しての継続就労が行なわれている。職場での指示内容・業務手順などは、適時に事細かくメモをとり、忘れないように努力する場面が多く見受けられ、職場上司からも信頼を得ている状態。仕事上でのミスもなく、徐々に業務内容が増えていく状況を認めている。疲労感が強いためか、休日は寝て過ごすことが多く、その面で家族は心配している。 表6 症例2の現在の高次脳機能評価結果 WAIS-Ⅲ FIQ 98、VIQ 95、PIQ 102 WMS-R 一般記憶84、言語性記憶72、視覚性記憶115、注意/集中95、遅延再生86 RBMT 標準プロフィール10/24 三宅式記銘 有関係2-4-7、無関係0-0-1 TMT A 90秒 B 112秒  KWCST CA 6、PEN 1、DMS 0 (3)症例3 3ヶ月間のジョブコーチ支援を経て就労が定着。ジョブコーチ支援期間中に、職場での業務内容・量、職場への障害説明などが実施されたが、ジョブコーチ支援終了後から徐々に仕事量が増加し、また、同僚が障害を理解していないと本人が感じることでの心理的ストレスが生じ、再度ジョブコーチによる支援が実施された。その後も職場上司の異動、職場内人間関係の難しさが続き、外来リハビリ時には体調不良・不満の吐露があり、またジョブコーチに電話連絡を入れて悩みを話す、対応方法を聞くなどが度々行なわれた。 その後、理解ある職場上司の薦めで部署移動が行なわれ、新規部署ではその上司から特定の事務業務を命じられ、その業務に集中しての就労が継続された。徐々に業務量が増える、他の業務が生じるなどの変更があったが、その都度上司と共同で「作業マニュアル」を作成し、症例にしか出来ない業務内容として位置づけられ、実施された。 当初は5時間/日のパート勤務であったが、徐々に業務時間も延長され7〜8時間勤務となった。給与面・パート勤務に関しての不満が度々聞かれたが、結婚を機に退職された。 表7 症例3の現在の高次脳機能評価結果 WAIS-Ⅲ FIQ 89、VIQ 91、PIQ 90 RBMT 標準プロフィール19/24 三宅式記銘 有関係9-10-10、無関係2-6-10 TMT A 133秒 B 200秒  (4)症例4 介護施設への業務補助員としての3ヶ月間のジョブコーチ支援を受けながらトライアル期間を経て正規採用となる。その後の3ヶ月間の実務でのジョブコーチ支援が行なわれ、仕事に対して積極性がやや欠ける面、メモリーノートの記入・参照が不足する面などがあったが、順調に就労が継続された。 就労後、1年3ヶ月経過した時点で、給料面や業務内容への不満から転職への希望が起こり、その後も何度か自らハローワークに出向き転職相談をするなどの行動をおこすようになった。主治医からその都度、ジョブコーチとの相談を進めるようにとの指示で連絡をとり、現職に踏みとどまっている状態である。家族からは、今の給料で十分であり同事業所での継続就労の希望が聞かれる。 表8 症例4の現在の高次脳機能評価結果 WAIS-Ⅲ FIQ 92、VIQ 100、PIQ 83 WMS-R 一般記憶97、言語性記憶103、視覚性記憶90、注意/集中125、遅延再生94 RBMT 標準プロフィール23/24 三宅式記銘 有関係9-9-10、無関係1-6-4 TMT A 121秒 B 380秒  KWCST CA 2、PEN 14、DMS 4 KOHS Test IQ 111 4 考察  各症例の4年間の就労継続経過から、高次脳機能障害患者の長期的な就労を可能にする高次脳機能障害の特徴や環境面、医療機関と就労支援機関との連携について考察する。 ①高次脳機能障害の特徴から 各症例の高次脳機能障害の特徴は様々であり、就労を獲得するための必要と思われる機能検査結果・点数の関連は見いだされなかった。しかし、長期的就労を比較的スムーズに獲得している症例は病態認識の面が向上している印象にあった。病態認識の向上は検査数値では表現されにくいが、リハビリ実施時に、外的補助手段の使用状況、困ったことがある場合の援助の求め方、自己能力を説明させたときの内容などから判断は可能である。また、これらの能力は、職務内容と自己能力との適切な関係を把握し、仕事上でミスをおこさず、求められた業務を遂行するために必須な能力であり、就労には不可欠な要素となる。症例4のように病態認識に低下が窺える場合などは、適切な自己能力・業務遂行状況などが認識されにくく、就労継続に対する様々な面での不満・ストレスが生じやすいことが考えられた。 ②職場環境から 高次脳機能障害の就労には、患者自身の努力だけでなく、受入れ先の事業所の理解・援助が不可欠となる。そのため、ジョブコーチ支援などで実際の業務場面での対応・環境面、心理的な側面での指導が重要であり、十分に環境が整備された事業所では、患者自身も働きやすくなる。今回の症例で、客観的に職場環境に恵まれたと感じられた症例1・2・3においては、職場上司からの理解・適切な援助が得られている。業務内容・量などの調整や患者自身にしかできない特定の仕事を与えるなど、職務内容を復職(就労)開始時期から一定のままで留めるのではなく、能力特性を理解した上でフレキシブルに業務指示・サポートが提供されるかどうかが、長期的な就労を可能にする1つの要因と思われた。 ③医療機関と就労支援機関との連携から 高次脳機能障害患者に対して医療機関では、機能面の向上を図る関わりを取る場合が多い。就労を目標にする時期においては、その関わりで問題はなく、機能的改善、特に病態理解面の向上を図ることを強く行なうべきである。しかし、長期的な就労を支援していく場合は単に機能評価を実施するだけでなく、評価結果と環境面の変化の有無やその関係の検討、対応策の指導などを行なわなければならない。長期間、就労継続された今回の症例を通じ、就労は高次脳機能面を改善させる大きな刺激・活動であると強く感じられたが、また一方で就労環境の変化が高次脳機能面や心理面に大きく変動を与えるものであると感じられた。 当院の高次脳機能障害患者の外来リハビリは、就労が定着しても、3-4ヶ月に一度の受診を進めるなどして介入を継続している。それは症例の環境面の変化を適宜に確認し、適切な対応方法を指導し生活や就労を継続させようとするための取り組みの1つである。可能であれば就労環境の変化があった場合に適時受診をしていただくようにすれば良いのだが、なかなか職場環境変化の情報は本人では捉えにくく、また医療機関に伝わりにくいといった問題があるように感じられる。また就労も長期的になるとジョブコーチ支援は終了しており、就労支援機関を通じての情報も入りにくくなってくる。 高次脳機能障害患者の機能面や心理面、加えて就労上の環境は経過の中で大きく変容する。その変容を適切に捉えて、適切な指導・調整を行なっていくことが、長期的な就労を可能にする要因であると思われる。高次脳機能障害患者の就労支援では、復職および就労開始時だけの連携ではなく、患者が就労を続ける限り継続的に医療機関と事業所との情報交換が行なわれ、また就労支援機関の支援が重要になると思われた。 参考文献 1) 青木唯、田谷勝夫、清水亜也:高次脳機能障害者の就業定着について −障害者職業総合センター職業センター利用者の追跡調査−:第15回職業リハビリテーション研究発表論文集(2007) 2) 百川晃、丸山正治、近藤啓太 他:高次脳機能障害者の就労支援における環境因子:第15回職業リハビリテーション研究発表論文集(2007) 3) 百川晃、丸山正治、川原薫:高次脳機能障害者の就労支援への具体的な取り組み:臨床作業療法Vol. 5 No1 2008 失語症者へのキーボード学習プログラム(かなタイプシート) −失語症者へのPC入力のアプローチ− ○上田 典之(国立職業リハビリテーションセンター 主任職業訓練指導員) 櫻田 修久(国立職業リハビリテーションセンター) 1 作品の概要 国立職業リハビリテーションセンター(以下「職リハセンター」という。)職域開発科では、高次脳機能障害や精神障害などを抱えながら、就労を目指している方が全国から集まっている。 本教材は,高次脳機能障害でも失語症者へのパソコン(以下「PC」という。)入力訓練においての新たな試みとして作成した教材「かなタイプシート」および、これを使った学習プログラムを紹介する。 2 使用目的 A氏の主な障害は失語症であり、これは「脳損傷により、言語シンボルの理解と表出に障害をきたした状態を失語症といいますが、損傷部位や損傷の大きさにより、症状や程度が異なります。一般的には言語中枢は左半球にあり、前方が損傷されると主に表出の障害が、後方が損傷されると主に理解の障害が出現します。これは口頭言語(話す、聴く)だけでなく、書字言語(書く、読む)にも当てはまります。」1)という障害である。このようにA氏は言葉の能力に障害が残っており、文字が読めなくなったり、言葉によって言い表すことができず、コミュニケーションが取りづらくなったりしていた。このため、A氏のコンピュータ利用は困難が多くあった。 一方で、訓練目標は就労であり、どのような職種を選んだとしてもPCの利用は避けられない。このため、最低限入力作業ができる技能を付与することが必要であった。 しかし、障害により言葉が出ない、ひらがなを含めて文字が読めない、記憶の障害がある等、学習の積み重ねは難しい。 このため、A氏にはほぼマンツーマンでの指導が必要であった。しかし、特定の訓練生に指導を集中できるほどマンパワーが整っていないなど訓練運営上の課題があった。 以上より、少ない指導で効率的に訓練するプログラムの開発が必要であった。 3 先行研究について (1)先行研究 株式会社シマダ製作所による「言語くん自立編」は携帯情報端末(PDA,Personal Digital Assistants)を用いて「日常生活に必要な会話文を話者に代わって音声で伝え、書く・話すといった言語訓練がいつでもどこでも行える携帯型の「コミュニケーション&言語訓練ツール」」2)として開発されている。これは会話の補助や、言語訓練、録音機能が備わっている。 (2)本教材との違い  「言語くん自立編」はPDAを用いたツールでありPCのフルキーボードの利用は想定していない。就労場面で想定するフルキーボード配列での訓練とは異なっていた。 4 創意工夫の範囲 (1)訓練生の状況  A氏は47歳の男性で、障害は脳梗塞による音声・言語機能障害4級。  WAIS−3の結果は図1、表1のとおり。数値を見る限りでは、全般的にかなり能力が低下している。特に動作性に比べ言語性の低下が著しい状態であった。 職リハセンターに来るまでの20数年間は職人として専門的な技術に特化した仕事に就かれており、PCにふれる機会がなかった。このため、受障前、受障後ともにPCを使った経験はなかった。 図1 WAIS"3の結果 表1 WAIS"3のプロフィール (2)訓練場面での問題点と訓練状況 訓練場面では,表2のような問題があった。 表2 訓練場面での問題 (3)指導の重点  A氏はひらがなでも文字を読んだり書くことが困難だったりで、漢字かな交じり文での訓練は、「わからない」、「かけない」ために混乱が生じた。このため、わかりやすく、成功体験を積みやすくするために、スモールステップの目標決めを行った。具体的には「あ段だけの訓練」、これが混乱なく行えるようになったら、次のステップとして、「あ段」に「か段」をプラスしレベルを上げていくよう工夫した。 (4)指導の特色  A氏が混乱してしまうたびに「ここが「か」ですよ」等の指導が必要になり、これを避け、混乱しないようにマンパワーで補助するようにした。 また、集中して取り組むため疲れやすくなった。このようなことから、20分程度の短時間の訓練とした。これにより、結果としてつきっきりの指導が短時間で済むこととなった。 (5)自己決定と目標づくり  訓練を効果的に実施する上では、モチベーションを高めることが効果的である。  このため、目標作りはスモールステップを基本とした。 訓練をどのレベルで行うか自己決定してもらい、目標時間を定めてもらうように工夫した。また、モチベーションの高さを持続させるために結果のフィードバックは即時に行うようにした。 (6)「ローマ字入力」か「かな入力」かの選択  PCの入力方法を「ローマ字入力」にするか「かな入力」にするかは、本人に最も適していると思われる方法で行った。このために、ローマ字で50音を書くことができるか、「かな」で書くことができるかのテストを実施した。この結果ではローマ字で「あ段」を書くことも難しく、「か、さ、た、な、、、」などの子音についてはできなかった。「かな」もスムーズな想記はできなかったが、「あ、い、う、え、お」「か、き、く、け、こ」と連続してなら書くことができた。  このことを踏まえ、本人と相談した結果から、「かな入力」で行うことに決まった。 (7)かなタイプシートの製作  「かなタイプシート」はキーボードの写真と回数、所要時間、実施日、チェック欄とした。  地理など社会科の授業での教材として白地図(ブランクマップ)があるが、これは、国や都道府県といった最小単位のシルエットだけを残し、他の情報は除去されている地図である。  キーの場所とキーボード全体における形態知覚に対する刺激を強化するために、この白地図にヒントを得て、キーボードの写真の部分は、図2のようなキーボードのキー上に刻印されている「かな」の部分を図3のように画像処理で消して、数字とアルファベットのみにした。 図2 通常のキーボードの拡大写真 図3 「かなタイプシート」の拡大写真 (画像処理により「かな」の部分を消した) (8)記憶を補う工夫  ひらがなであってもスムーズに書くことができない状態であった。このため、見本としてキーボードを「かなタイプシート」の前面に配置した。これで、戸惑ったときにキーボードを見て確認できるようにし、つまずきがないようにした。 (9)訓練手法について  準備するものは以下のとおりとした。  1.かなタイプシート(今回の作品)  2.キーボード  3.赤ペン  4.ストップウォッチ  実施状況を図4に示す。 図4 実施状況 実施の手順は表3のとおりとした。 表3 訓練手順 この8手順を1セットとし、10セット行う。  1セットが1分以内のタイムになったときを段を進ませる基準とした。  「かなタイプシート」は約100枚綴りで一式。図5のように持ち運べるようにした。 図5 「かなタイプシート」つづり 実際に記入した例を図6に示す。 図6 実施結果 5 訓練における使用効果 (1)「かなタイプシート」の訓練状況 全部で105回実施した。あ段の5文字から開始し、50回目の実施のあたりから、50音全部となっていた。 「かなタイプシート」での訓練状況を図7に示す。近似線はEXCELによるもの。  一文字を記入するのにかかった時間を算出た結果、当初は近似値で約2.8秒かかっていたが、105回目には近似値で、1.0秒と2.8倍の速度となった。これは、文字を探すのに迷いの時間がなくなったためと思われる。 図7 かな記入の推移 (2)「かなタイプシート」の成果  職域開発科の訓練生(失語症がなく、手指にマヒがない場合)の多くは、コンピュータサービス技能評価試験ワープロ部門(以下「CS検定」という。)3級受験レベルの速度を目標にしている。CS検定3級の課題1は350文字を約10分で入力する。  職域開発科でのPC入力訓練は、「あ、い、う、、、」などの五十音を入力する段階。漢字かな混じり文を速度は気にせず、タッチタイプ技能習得を主眼とする段階。タッチタイプの正確性を高める段階。そして、CS検定3級課題など、正確性とスピードを上げていく段階にした。 表4に入力したデータの例と、CS検定3級課題1(350字/10分)を100%としたときの達成率(平均値より算出)を示す。 表4 PC入力結果と、CS検定3級課題    1レベルを100%としたときの達成率 このことから、「あ段」だけの繰り返しであっても、CS検定3級課題1レベルと比べると、49%と半分の速度しか出せていないことがわかる。しかし、かなタイプシート訓練を実施した後の「漢字かな混じり文」では同比で34%と多少落ちこみはしたものの大きな落ちこみとはなっていない。 図8にPC入力の訓練状況を示す。グラフのY軸はCS検定3級課題1(350字/10分)レベルである0.583秒を最大値に設定した。 図8 PC入力結果の推移  図8のうち、7月付近のデータは6月中旬のデータと比べ、かなり上昇していることがわかる。これは、キーを探す時間がほとんどなくなったことが理由として考えられる。失語症のため、漢字の読みとりや変換には時間はかかるが、キーを探す時間は確実に短縮した。この結果、3月の「あ段」だけの入力と比べても速度が一部上回りつつあることがわかる。 A氏の場合、訓練のはじめの段階である、「あ、い、う、、、」のレベルから躓く傾向があった。一方、かなタイプシート訓練を実施したことにより、キーの位置の把握ができるようになったため、時間はかかるものの一人で文字入力ができるようになった。  以上のことから、かなタイプシートの成果を表5に示す。 表5 成果 (3)実施しての感想 訓練生の感想を表6、指導を担当した指導員の感想を表7に示す。 いずれも肯定的であった。 表6 「かなタイプシート」の感想(本人) 表7「かなタイプシート」の感想(職業訓練指導員) 6 謝辞 成果をこのようにまとめられたのは,A氏の意志と努力、本発表に関しての快い承諾が得られたからである。 7 訓練修了後 A氏はパソコン、eメールなどの訓練を終え、B銀行に就職し、店舗内の補助業務に就いている。また、PCを購入し、インターネットも開通しており、当センターとはeメールで連絡を取り合っている。 8 引用文献 1)障害者職業生活相談員資格認定講座・障害者 雇用推進者講習テキスト平成18年版、p.295-296 高齢・障害者雇用支援機構 (2006) 2)株式会社シマダ製作所 http://www.gengokun.com/gengokun.html 国立大学法人における知的障害者雇用の事例 山田 達也(世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ 支援員) 1 はじめに 2004年4月以降、国立大学はその法人化に伴い、障害者の雇用率が2.1%に引き上げられた。しかし、2007年6月1日時点で雇用率を達成していない国立大学法人は全体の56.0%1)という状況であり、今後一層、国立大学法人における障害者雇用の促進が望まれるところである。 そのような中、2005年から首都圏のある国立大学法人で働いている知的障害者の事例を取り上げる。高等学校卒業後、世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ(以下「すきっぷ」という。)を利用し、約1年半後に就職に至った事例である。 本報告は、事例を紹介することにより、国立大学法人における知的障害者の雇用について、より多くの方々の目に触れる機会を作り、結果、大学における知的障害者雇用が促進されることを期待するものである。 今回は、業務内容だけではなく、就労後の課題やそれに対する取り組みも含めている。これは、大学個々によって運営方法や学科の特色が異なるため、本事例と同様の業務内容が他の大学、学科においても存在するとは限らない(実際、農学部での作業補助や、大学構内の清掃業務に取り組む事例もある)からである。また、就労後の課題について取り上げた理由は、どの大学においても知的障害者を雇い入れた場合には類似した課題が出てくる可能性が十分に考えられたからである。 2 概要 (1)就労者プロフィール 氏名:Aさん 年齢:22歳(2008年9月1日現在) 障害種別:知的障害 自閉症 障害程度:愛の手帳(東京都 療育手帳)4度 学歴:中学校(特殊学級) 高等専修学校(自閉症児の受け入れを積極的に行っている)  (2)すきっぷ概要  施設種別:知的障害者通所授産施設(Aさん利用当時)  定員:40名  作業:クリーニング作業(リネン、タオル類の クリーニング)、印刷作業(封筒、名刺印刷)  利用期限:2年(1年延長可) (3)就労先概要  就労先:首都圏のある国立大学法人 就労部署:経済学部に附属する研究支援室(論文や資料の印刷、物品の貸し出し、ホームページ等を管理する)  スタッフ:Aさんを除き4名(全て健常者) 業務内容:論文、資料の印刷業務や入力業務  勤務時間:10:00〜16:45(実働6時間) 3 就労に至るまで  Aさんはすきっぷ利用開始後、主にクリーニング作業に従事した。作業訓練や施設外の職場体験実習を通して、PC入力業務だけではなく、郵便の配達や、資料のファイリング、コピーなども含めた事務補助的な職種の就労を希望するようになった。すきっぷも、Aさんの作業能力、作業態度を考慮、検討した上でそのような就労先が適切と判断し、利用開始後1年を経過した頃から本格的な求職活動を始めた。 一方、ある大学で知的障害者の雇用を進める動きがあるという情報を得、雇用に向けた本格的な取り組みが進められた。知的障害、就労支援センターについて大学関係者に理解を深めてもらうための説明会や、就労を目指す知的障害者のイメージをより具体的にしてもらうために大学関係者のすきっぷ見学会などを行った。 こうしてAさんの希望と大学の意向が一致し、Aさんは大学での雇用前提実習を行うことになった。約2週間の実習では概ね業務を覚えることができ、あいさつや言葉づかいなどの態度面も評価された。実習終了後、本人、家族、大学、すきっぷそれぞれ合意の下、2005年11月より就労がスタートした。 4 就労後の課題等  就労後、3ヶ月を経過したあたりから、いくつかの課題が出てくるようになった。 (1)人へのこだわり  Aさんは、自分が親しみを覚えた人物に対して過剰に話しかける特性があったが、このような人物へのこだわりが次第にエスカレートするようになった。具体的には、Aさんの受け入れに当たって窓口となり、実習時よりAさんの勤務先である研究支援室を訪れて、声をかけたり、話を聞いてくれたりしていた経済学部の教授に対してであった。  Aさんは勤務中も教授のことが気になり、教授が研究支援室を訪れると業務に支障がでてしまい、教授の研究室に電話をかける、昼休みや勤務後に訪問するなどの執拗な行動を繰り返すようになった。 (2)社会人としてのルール、マナー  昼休みに外食し、勤務開始時間に遅れる、昼食後の歯磨きの際に洗面台を汚してしまう、休憩時に共用のお菓子を食べ過ぎてしまう、など社会人として職場で求められるルール、マナーの不十分な点が見られるようになった。 (3)精神面での不安定  自分の思いどおりにいかないことや、納得のいかないことがあると、職場や職場以外の場所において反発的な態度をとる、物を投げるなどの行為が見られるようになった。  逆に、受け答え等の反応が極端に鈍くなることもあり精神的に不安定な様子が見られるようになった。 (4)職場スタッフのストレス 上記(1)〜(3)に挙げたようなAさんの行動は、知的障害者と一緒に働くことが初めてであった職場スタッフにとって理解とその対応が困難なものであり、次第にストレスとなっていった。更には、Aさんへの不信感の発言も出てくるようになった。 (5)生活の広がり  就労以前は、自宅とすきっぷの往復という生活が中心であったが、社会に出て様々な人と出会い、話を聞く中で、あるいは新しいことを経験する中で、行動や興味の範囲が大きく広がっていった。  勤務終了後に、スポーツジムに通ったり、野球観戦に行ったり、飲食店に立ち寄ったりする機会が増えた。また、休日も野球チームに入団するなど生活の広がりが出てきた。これらの事柄自体は、余暇の活用という意味でもむしろ望ましいことと言えるが、出かけた先で特定の人物へのこだわりが出てしまう等トラブルに発展することもあった。 5 課題に対する取り組み  このような課題に対し、大学、家庭、すきっぷ間で、情報を共有しながら改善方法について検討・実践を行った。 具体的には、こだわりの対象となっていた教授に依頼してAさんと距離をとってもらえるようにした。またAさん自身に対しても約束事を決め、教授へのアプローチを制限した。  業務面での課題については、日誌の使用を開始し、その日の振返りを行うことによって適度な緊張感やモチベーションを維持できるよう図った。  職場スタッフに対しては、スタッフのAさんに対する見方や思いを聞いた上で、自閉症の障害特性やAさんの特性を改めて伝える機会を設けた。  これまで精神科の定期受診は行っていなかったが、ご家庭の希望により大学に近い精神科の定期受診を開始した。  Aさんが外出先で大きなトラブルを起こしてしまったことをきっかけに、職場スタッフと相談の上で、謹慎扱いとし、その間すきっぷに通所してもらい職場でのマナーや社会人としてのマナーを理解してもらうべく、プログラムに取り組んだ。 その他、生活支援センターの利用を開始した。週1回程度の割合で、Aさんが生活支援センターを訪れ、職場を含めた生活全般について相談をし、センターからアドバイスをしてもらえるようにした。すきっぷで行ったプログラムの内容をセンターであらためてAさんと確認してもらえるよう、センターに依頼するなどの連携も必要に応じて行った。  Aさんの行動の見守りと公共施設における適切な楽しみ方、適切な人間関係の取り方、周囲との関わり方などを学ぶという意味でガイドヘルパーも活用し始めた。 現在、課題に対する取り組みを通じて、その全てが改善されている訳ではなく、また、一時的には改善に向かったものの、時間経過とともに再び同じ課題がでてきたりと、必ずしも落ち着いているとは言えない。そのような中でもより安定した就労に向け、Aさんと関係者の取り組みが現在も続いている。 6 今後に向けて  本事例で取り上げた課題の中で、職場スタッフのストレスについては、スタッフとすきっぷとの間で知的障害やAさんについての情報提供、意見交換を通してその軽減を図った。この時、Aさんに関わる周囲のスタッフに対してのカウンセラー配置を大学側に望みたいという意見があがった。雇い入れた学部や部署が孤立しないような大学側の体制作りが、現在既に雇用を開始している大学でも、これから雇用に取り組む大学でも必要とされる。  また、雇用期限の問題もある。Aさんは非常勤職員として採用された。現在の特殊法人では制度上、非常勤職員は期限付き雇用という条件での採用にならざるを得ない。しかし、新しい環境や業務に慣れるまでに時間を要し、自力での転職が困難な場合が多い知的障害者にとって、このような現行の制度が適切かどうかには疑問が伴う。  本報告が事例紹介により、大学における知的障害者雇用の認知度を高めることをねらいとしている点は最初に述べたとおりである。今後、様々な大学での多様な雇用の事例を実績として、それらを踏まえて制度面の改善につながることに期待したい。 引用文献  1)朝日新聞(2007.11.10.) 国立大学法人における障害者雇用(4) −高知大学の雇用例を通して− ○矢野川 祥典(高知大学教育学部附属特別支援学校 教諭)   宇川 浩之 (高知大学教育学部附属特別支援学校) 田中 誠 (就実大学/就実短期大学)  石山 貴章 (九州ルーテル学院大学) 1 目的 先の研究で発表したように、高知大学では昨年度(H19度)、附属特別支援学校卒業生2名を非常勤職員として採用した。さらに20年度、新たに2名の本校卒業生を非常勤職員として採用した。昨年度採用の2名は農学部でハウスや田畑での農作業を行い、今年度採用の2名は本校所在地の朝倉キャンパスでの清掃・美化活動を行っている。19年度の雇用に至るまでには、H18年8月より本校教諭及び大学教官との間で準備委員会を立ち上げ、先例の東京大学の障害者雇用をモデルケースとして資料を取り寄せ、学習会を開き準備を進める等してきた。国立大学から国立大学法人へと移行し、附属学校の存続のため特色ある学校づくりの一案として、大学における障害者雇用の促進及び高等部卒業後の専攻課の設置等を検討した結果、雇用実現に結びついた。これまでの研究において、20年度及び19年度採用者計4名の雇用に至った経緯について、関係機関との連携を交えて記してきた。 本研究では、主に20年度採用者のこれまでの経緯を踏まえて、その後の課題と共に本校のアフターケアの取り組みについて記していく。また、大学生協で1名の雇用が今年度実現しており、民間企業も併せた大学内での雇用の可能性と今後の展望及び課題についても記す。 2 方法 (1)対象者:今年度(H20年度)の大学雇用者2名 ①Aさん 18歳 知的障害  本校中学部から入学し、H20年3月本校卒業。昨年12月末の時点では両親の強い希望もあり企業就労への挑戦が続いた。これまでの実習で常に指摘を受けていた点として、作業全般において時間がかかりすぎる、指導者がいない時さらに作業能率が低下する、等が上げられた。本人と改善点を話し合い、時間を意識して行動するために時計を身につけ、チェックシートに記入する等、努力を重ね本人の自覚も強まったが雇用には至らなかった。そこで、昨年12月25日に受け入れ示唆があった大学雇用へのチャレンジに切り替え、今年1月9日からの実習に臨むこととなった。 写真1(Aさん) ②Bさん 23歳 知的障害  本校高等部から在籍し、H14年3月本校卒業。卒業後、自動車部品製造会社に就労するが、会社の人員削減により1年後解雇される。その後、青果会社に就職。勤務態度は一定の評価を受け、安定した就労状況に思えたが、ここでも会社の人員削減により昨年5月で解雇となる。約1ヶ月後、スーパーの青果部門でトライアル雇用となるが、正式に雇用契約を結ぶには至らなかった。その後、病院食を作る会社の面接を受け、採用内定を得るものの3ヶ月待った後の12月、内定が取り消された。理由は、食品原材料や燃料費の高騰により会社事情が変わり採用が難しくなった、とのことだった。度重なる不遇に本人の落胆も大きく、精神的に不安定な状態になることもあった。家庭の事情によりグループホームを利用しているが、施設職員や管理人に対して不満や苛立ちをぶつけることもあった。内定取り消し以前から施設側と連絡を取り合い、心身共に健全な状態が保てるように学校に再三本人を招く等、アフターケアを続けた。時期的には企業での雇用がさらに難しい状況となり、Aさんに次いで大学雇用に一縷の望みを託した。  写真2(Bさん) 3 結果  昨年12月25日、来年度の障害者雇用の用意が有る旨を大学事務局人事課より示唆され、27日に実習についての打ち合わせを行い、年明け1月9日より2週間の実習を実施した。作業は本校所在地の朝倉キャンパスでの清掃・美化活動を用務員の助手として行った。また、Bさんは2月4日から同じ場所と内容で、2週間の実習を行った。この際、障害者職業センター及びハローワークと連携し、同センターの制度である職務試行法を用い、ジョブコーチ制度も活用した。2名を直接指導する用務員の話では、双方とも作業の速さは十分ではないが、手を休めることなく真面目にこつこつと取り組むことができる、その点を評価したい、との事だった。2名の実習終了を受け、学校、ハローワーク及び障害者職業センターが参加し、2月20日に人事課との交渉を行う。現場の意見を尊重する形で用務員及び人事課担当者等と意見交換を行い、双方ともに十分適性があることを確認。その席で、人事課から2名を雇用する意向を示唆された。3月26日には保護者及び施設職員が会議に参加、雇用が決定。4月1日、正式に大学非常勤職員となり、用務員の指示のもと、意欲的に大学の清掃・美化活動に努めている。こうして昨年度の2名に続き、今年度も2名の雇用に至った。    4 考察  H19年度の2名の雇用者は、農学部での1年間の勤務態度に関して一定の評価を得ている。欠勤はほとんど無く、任された作業に関して一定量をこなし、職場の一員として和の中に入ることができている。1年毎の契約のため2年目の契約更新が叶った先の卒業生の評価は当然、今年の採用にも少なからず影響があったと思われる。公的機関において障害者雇用を求められている現状が追い風となっているのも事実である。また、障害者職業センターからは熱心なジョブコーチ支援があり、ハローワークとも常に情報交換を行っている。 H19、20年度雇用の4名のうち、卒業してそれぞれ2年、5年が経過した卒業生が1名ずついる。彼らは、働く意欲は強く持っていても希望が叶わず就労を断念しかけたり、会社の諸事情や仕事の厳しさから離職したものの一念発起し、再就職先を探していたりした。仕事を欲して懸命に頑張り、その努力が報われ大学雇用に至ったことは大変意義深い。 また、本校の卒業生に対するアフターケアは特に期限を設けておらず、本人及び家庭、関係機関から相談があれば、卒業後何年が経過しようとも支援を続けている。そのため、過去10年の離職者16名のうち7名、約4割の者が再雇用を果たしている。本校独自の支援体制は、卒業生の社会自立を助け心の拠り所になっていると自負している。今後も変わることなくアフターケアを充実させていきたい。 今後の課題としては、非常勤職員として3年の雇用期間が経過した後の対応である。大学の就業規則では、非常勤職員の雇用期間は最長3年と定められており、現在のところ障害者雇用に対する特例措置などはない。したがって、その後の継続雇用は極めて難しいのが現状である。国立大学から国立大学法人へと移行し、雇用率達成義務が発生している観点から考えると、何らかの手立てがほしいところである。この点に関して、人事課との就労支援会議の中で話題提供を行い3年後の配置換え等の提案もしたが、いずれにせよ任期を終えて再度の契約となるため、困難との見解を示されている。19年度採用者が3年を経過した時点から年度毎に解雇・新規雇用を繰り返さねばならず、今後どう対応していくか、大学・学校双方の課題となっている。 また、今年度雇用が実現した大学生協はじめ委託業者への実習をさらに推し進めたい。今年5月には別地区にある医学部内での実習が実現した。これは委託業者での実習で、医学部事務局と連絡を取り業者の紹介を受けた結果、3社での実習が実現した。3社とも障害者の実習受け入れは初めてであり当初は難色を示したが、実習後は高い評価を得た。実習の職種を挙げると・医学部の外来食堂で調理補助や食器洗い・医学部内での洗濯業務・本校所在地である朝倉キャンパスの建物内の清掃業務・医学内の花壇の管理等、である。これらの実習先で評価を得て、大学内における雇用の可能性がさらに広がれば、と期待している。 参考文献 1)矢野川祥典・柳本佳寿枝・土居真一郎・宇川浩之・田中誠・石山貴章,「国立大学法人における障害者雇用(その2)−高知大学の雇用例を通して−」,日本特殊教育学会第46回大会発表論文集P315(2008) 2)矢野川祥典・田中誠・石山貴章,「国立大学法人における障害者雇用(その3)−高知大学の雇用例を通して−」,日本職業リハビリテーション学会第36回大会ポスター発表(2008) 特別支援学校における就労移行支援の実際(Ⅰ) −リサイクル関連企業への就職過程に関する分析を通して− ○石山 貴章(九州ルーテル学院大学心理臨床学科 准教授)  田中 誠 (就実大学/就実短期大学)  柳本 佳寿枝・土居 真一郎・矢野川 祥典・宇川 浩之(高知大学教育学部附属特別支援学校) 1 問題と目的  特別支援学校における生徒の進路先確保や保障の問題については課題が多く、就職を希望している子どもたちや親の願いなどを実現していくことに大きな壁が存在している。田中・石山(2005,2006,2007,2008)らは、就労支援のあり方に関する事例研究を継続して行っており、一事例に対する支援の積み重ねから、障害者の就労支援にとって必要とされる本質的なことがらについて浮上させていく試みを行っている。ひとつの事例を深く追究していくことで、より現場に近いかたちでの問題提起を行っていくことができ、就労支援のあるべき姿を掘り起こしていくことができるのではないかと考えている。 よって、本研究でも、初めて障害者雇用問題に関係したリサイクル関連企業に対する就労支援過程の分析を試み、障害者を受け入れるまでの企業側とのやりとりに着目した検討を行った。 2 方法  フィールドワーク調査を中心にしながら、現場で共に活動を行うことによって得られた情報や記録などをもとに分析を行った。  期間:200X年5月〜200X+1年3月 場所:リサイクル関連企業(有限会社) 事例:特別支援学校に高等部から入学してきた男子生徒。自宅から約1時間あまりかけてJRで通学を行う。 療育手帳判定B2。学校生活の様子は、やや控えめであり、自分から積極的に他者に関わっていくタイプではなかった。係り活動や作業などに対しては、内容をすぐに把握し、こつこつと取り組む力をもっていた。また、高等部3年時に普通自動車免許を取得する。  3 結果と考察 (1)現場実習の依頼  自宅から約20分あまりの場所に立地しているリサイクル関連企業に現場実習を依頼した。飛び込みで事務所を訪問したにもかかわらず、社長がこちらの話をじっくりと聞いてくれ、後日、現場実習の了承の返事を得ることができた。最初の話の中では、「一人で便所に行ったり、弁当を食べたりすることができる生徒か?」「話はできるのか?」「ここまで、ひとりで来れるのか?」などの質問が出た。社長自身の身内に身体障害者がいるということが、障害者=身体障害者という関係でつながっており、まずは、「知的障害児」についての基本的な説明を時間をかけて行った。後日、本人を連れて、会社を再訪問し、実習に関する具体的な話を行った。 (2)仕事内容 地元では有名なリサイクル企業であり、環境問題の高まりにも乗って、事業も拡大しつつあるところであった。現場実習における生徒の仕事は、回収ビンの仕分けや整理が主であった。雨天の場合には、回収した古紙の分別作業などを行った。今回の実習で要求された力としては、①ビンの分別が的確にできること、②長時間の立位体制での持久力、③安全面の確保が自分で行えることであった。一人での作業時間が多く、特に、安全面を自分で確保しながら、正確な作業が求められた。 (3)本人の様子 作業内容はすぐに理解し、ビンの分別も大きな間違いもなく処理することができていた。また、白、茶、緑などの色によって分別したり、その他、ビンの種類(化粧水、ラムネなど)によって、細かい判断力が求められたが、しっかりと対応することができていた。最初のうちは、においや汚れに対して若干の拒否反応を示していたが、次第にそれにも慣れ、時間いっぱいを使って作業に従事することができていた。それにより、周りの従業員の評価や対応も少しずつ変化が見られだし、いろいろな仕事を覚えることができるよう働きかけてくれるようになっていった。 (4)教員ジョブコーチとしてのあり方 最初は、学校教員も共に会社に付き添って、生徒と一緒に働いた。同じ場所で、同じ仕事に従事することによって、初めて、その仕事内容の難しさや周りの状況、会社の雰囲気などがつかめてくる。それを、生徒に分かりやすく伝えながら、仕事の段取りや方法、問題が生じた時の対応などを伝えていった。また、会社としても、養護学校(特別支援学校)の生徒であり、なおかつ、聞きなれない「知的障害」という言葉に最初は戸惑う様子が見られたが、本人の働く様子や姿勢、教員の仲介などがあって、徐々に、その構えを崩していったといえる。 (5)保護者との話し合い 保護者は、最初、リサイクル会社と聞いて、難色を示していた。きつい、汚いという一般的なイメージを払拭できずに、自分の子どもはそういうところでは働けない、働かせたくないという親の素朴な感情が垣間見られた。実際に、現場に足を何度も運んでもらい、仕事場の状況や雰囲気、従業員や社長の人柄を知るにつれて、少しずつ、今回の現場実習に関しても前向きな姿勢をもつようになってきた。また、学校においても、懇談を何度も持ちながら、担任と進路担当を中心に、納得のいくまでの話し合いが行われた。 (6)会社とのかけ引き 通常の現場実習期間はもとより、学校の長期休業中を利用して、何度も会社に現場実習を依頼した。その都度、会社側からも快く引き受けていただきながら、就職を視野に入れたかけひきが始まった。とにかく本人の力を十分見てもらうことが目的であり、会社の仕事をこなしていくだけの力を持っていることを証明していくためにも、数回の実習挑戦が必要であった。高等部3年になると、障害者職業センターやハローワークとも連携しながら、徐々に具体的な就職に関する話し合いにもっていった。卒業後の雇用関係の話になると、社長は渋い表情を示し、「実習だけにしてくれ」といわんばかりの話を繰り返していた。何度も話し合いを行うたびに、少しずつ障害者雇用に対する社長の素朴な疑問や懸念が浮上してくるようになってきた。その内容についての記録の一部を下記に示す。 ・給料はどれっぱあ払うたらえいがやろう、他の会社はどうしゆう・・・。 ・もし、雇うた後で、何か問題が起こったら、わしらあは、どこへ相談に行ったらえいがぜ・・・? ・こんな会社じゃ、親が嫌がっちょりはせんかえ。もっと楽な会社に就職させちゃりたいろう。 ・先生らあは、よう会社に足を運んでくれて、生徒と一緒に働いてくれた。けんど、それが、逆に、わしらあを不安にさせることもあるがぜ。そんなに頻繁に先生らあが来んと、この子は仕事ができんがやろうかとも思う従業員もおるがぜ。 ・夏の暑い日や冬の寒い時にも、毎日、仕事ができるろうか? ・先生らあが、無理にこの子をここへ来させゆうがやないかえ・・・。 ・こんなきつい仕事を障害者にさせてもええがやろうか? なんか、むごいような気がする。 ・ひとり障害者を雇うたら、次から次へと雇うてくれってきやせんか・・・。 ・事故やけがが出たら、会社がすごい非難を浴びるがやないろうか?  ほんの一部ではあるが、一般企業が抱いている素朴な疑問や不安が社長のコメントから出ていると思われる。障害者本人やそれをとりまく支援者に対するイメージも不十分な認識であり、我々が当然知っているであろう、分かってくれているはずだということを、もう一度見直して、丁寧に企業側に伝えていくことが求められている。また、教員ジョブコーチとしての役割が、会社によっては、マイナスに出てくる可能性も考えながら、ジョブコーチとしての頻度の問題やフェイドアウトのタイミングを考えなくてはならないことを教えてもらった。 しかし、その後のやりとりの中で、社長自身の会社設立時の様子や思いが出るようになり、それに関連した形で、障害者雇用に前向きな話も聞かれるようになってきた。 ・ここの会社は、最初、わしが一人でリヤカー引きながら古新聞を回収することから始まったんや。みんなあ、俺のことを変な目で見よったぜ。 ・障害があっても、こんなに、わしらあと変わらんくらいに続けて仕事ができるということがよくわかった。 ・ほかの若いもんはすんぐに辞めていくけんど、この子は本当によう頑張りゆうと思う。 ・この前、ハローワークかどっかの職員に、雇用条件でいろいろ言われたけど、うちやち、何の理由もなしでやめさせたがと違うで。それを、ここ半年間でクビにした従業員はおらんか・・・?って聞かれて、「おる」いうたら、それじゃ、雇用制度みたいなの?、助成金?使えんって言われても、俺らあはなんか納得いかん。制度もなにも使えん言われたら、こっちも、ほんなら、「この子はよう雇わんぜよ」っていうしかないろう。別に、助成金ほしいき、この子を雇うがやないき。わかるろう・・・。 ・来年には、また、新しゆう機械を入れて、この子にもできる仕事が増える。そこのポジションはどうやろうかと考えゆう。 ・先生らあは、何で、そんなに一生懸命になってこの子らあの面倒をみゆうが・・・?そこまでしてでも、この子らあを就職させたいがかえ。 地道な話し合いを続けていく過程においては、少しのことで、双方に食い違いで出てくることも多い。しかし、その僅かな話を大切にしていかないと、それまで、積み上げてきた就職に至るまでの本人や保護者の努力はもちろんのこと、学校と会社の信頼関係さえもが砕けてしまう可能性は十分にある。特に、障害者雇用に関する諸制度の話を行う時には、ただ、機械的、パターン的な話し合いではなく、慎重に話をもっていく必要性があろう。 【文献】 石山貴章・田中 誠・矢野川祥典・宇川浩之・是永かな子(2005) 各関係機関との連携における「生活・就労支援」の在り方−知的障害養護学校卒業生の追跡支援を通して−,第13回職業リハビリテーション研究会,発表論文集,p256-257. 宇川浩之・矢野川祥典・土居真一郎・柳本佳寿枝・松原孝恵・嶋崎明美・石山貴章・田中誠(2008) 自閉症者(卒業生)の就労継続支援に関する一研究−関係機関との連携から−,高知大学教育実践研究,第22号,p51-58. 田中 誠・石山貴章(2006) 知的障害養護学校の現場実習(職場実習)に関する一考察−現場実習の実際と事例検討を通して−,高知大学教育実践研究,第20号p13-21. 矢野川祥典・柳本佳寿枝・土居真一郎・宇川浩之・田中誠・石山貴章(2007) 高知大学における障害者雇用について−本校卒業生の事例を通して−,第15回職業リハビリテーション研究発表会,発表論文集,p288-289. 世田谷区就労支援ネットワークの取り組み −すきっぷ就労相談室の新たな挑戦 地域全体で就労障害者を支えるネットワーク− 福田 隆志(世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ就労相談室 就労支援コーディネーター) 1 はじめに 世田谷区立障害者就労支援センターすきっぷ(以下「すきっぷ」という。)は平成10年に開設され、今年で11年目を迎えた。時代の流れが大きく変化していく中、世田谷区においても障害者自立支援法の施行に伴い、平成20年度より本格的に新体系への移行が始まった。  世田谷区の特徴としては、国の掲げる就労支援の促進という観点から区立施設はその殆どにおいて就労移行支援事業が必須となった。その為就労継続B型もしくは生活介護との多機能型の施設体系が主流となっている。このことにより就労支援を専門としない施設・職員にも就労支援に関わる機会が増える事となる。  さまざまな不安や課題を抱える新体系移行に備えて世田谷区では平成19年度よりすきっぷがセンター的機能を担い、就労移行支援に取り組む区内施設の職員向けに研修等を行い、ネットワークの構築とバックアップ体制を図った。新体系に移行した今年度については、利用者向け研修を中心に、家族にも目を向け、幅広く就労支援への取り組みを行っている。 次項では、すきっぷの説明を行い、その後従来から築いてきたネットワークの取り組み、そして最後に昨年度から始まったすきっぷ就労相談室の新たな事業を紹介する。 2 世田谷区立すきっぷとは・・・ (1)就労移行支援事業(通所部門) 開設当初(平成10年)から生産活動(作業)と就労支援の2つの機能を組み合わせた形で就労支援を行っている。これは国の就労移行支援事業のモデルとなっている。支援対象者は、世田谷区在住の療育手帳を保持している方であり、2年間利用(1年延長可能)の通過型施設である。 4ヶ月に1度個別目標支援プログラム会議を行い、精密評価及び評価に基づく目標設定を行っている。日々のトレーニング(職業準備訓練)は、生産活動(作業)を中心に社会生活技能訓練・運動プログラム(毎週水曜日)を行っている。さらに施設外においては体験実習を積極的に取り入れている。この実習は利用者にとっては就労意欲の向上に繋がり、また同時に利用者・職員双方にとって課題の把握や職業適性を探るよい機会となっている。  すきっぷの就労支援は、職業準備訓練(所内)⇒体験実習⇒就労前提実習⇒就職というステップアップで構成されている。 (2)就労相談事業  すきっぷでは、就労に関する相談・支援を行う、いわゆる「外来相談」を行っている。支援対象者は世田谷区在住で療育手帳を保持している方に加え、発達障害や高次脳機能障害の方(手帳なし可)等もその対象である。就労支援に関しては、通所部門と同じく面接支援から通勤支援、ジョブコーチ、アフターケア等を行っている。また、昨年度よりネットワークの構築と他施設のバックアップという新たな事業が加わった。 3 世田谷区就労支援ネットワーク (1)世田谷区障害者雇用促進協議会  世田谷区が主導となり、広域型のネットワークとして平成15年に発足した。区をはじめ、福祉施設、学校、関係団体等が参加し、地域レベルでの障害者の雇用促進および就労支援を目的としている。 (2)生活支援センター・生活支援施設との連携 イ.就労障害者生活支援センタークローバーとの連携 安定した就労生活を維持していく為には、安定した生活が欠かせない。そこで平成12年に発足したのが「就労障害者生活支援センタークローバー(以下「クローバー」という。)」である。登録は任意であるが、すきっぷから就職した多くの利用者が登録している。就労面のサポートはすきっぷ、生活面のサポートはクローバーと棲み分けを行い、相互に連携を密に取りながら働く障害者を支えている。 ロ.グループホーム等との連携 東京都では地域生活支援の中心的な施策としてグループホームは位置づけられている。しかし、世田谷区には現在5ヶ所しかなく、ニーズに対して不足しており、待機者が多くいる状況である。  すきっぷ利用者による利用も年々増えている為、寮との連携・情報交換を密に行っている。本人を支援するにあたり、就職者に対しては寮職員の職場訪問への同行、またすきっぷ通所者に対しては個別ケース会議への参加の依頼を行う等、生活面と就労面を一体化し、連携を取りながらサポートを行っている。 (3)特別支援学校との連携 すきっぷの利用に関しては、特別支援学校を卒業しすきっぷに通所する者、卒業後就職し、要定着支援ですきっぷ就労相談に登録する者などが主である。学校側からは卒業時に個別移行支援計画を提供してもらい、互いに連携を図り、進めている。就職者に対しては、学校と連携して職場訪問を行うなど、スムーズな地域支援への移行に向け、連携を図っている。 4 新たなネットワークの構築を目指して (1)就労相談室の新事業 昨年度は世田谷区内施設に対して、職員向け研修(全14回のネットワーク研修)、現状把握のための各施設訪問を実施し、平成20年度の新体系移行に備えてバックアップ体制を築いてきた。  今年度は本格的な移行に伴い、各施設職員の就労支援スキルの習得も視野に入れながら、積極的にネットワークの強化を図っている。求人情報や就労支援研修の情報提供や各施設職員間の定例会(会社見学含む)の企画・実施を行っている。  また、各施設の就労移行支援対象利用者・家族が就労について具体的なイメージが持てるよう、利用者向けプログラムを実施し、より実践的な研修を取り入れている。  (2)ネットワークを構成する事業所 知的障害・身体障害等を主な対象者とする区立の移行支援事業所(10施設すきっぷ及び予定事業所含)とネットワークを組み、就労支援の促進を行う。 ※ 精神障害のネットワークは「しごとねっと」が中心    図1 ネットワーク事業所 (利用者Yさん作成) (3)ネットワークで期待されるすきっぷの役割 ■就労支援に関するバックアップ体制の確立 ■他施設職員へのOJT(職場開拓、ジョブコーチ等) ■求人情報の提供、就労支援研修等の情報提供 ■会社見学、職場訪問、職場開拓等への同行 (4)平成19年度の取り組み 職員向け研修(全14回)は表1のとおりである。 (5)平成20年度の取り組み イ.就労支援ネットワーク定例会  毎月1回、ネットワーク定例会(就労支援担当者会議)を行っている。会場となる施設を各月で変えて実施することで作業見学も行え、他施設を知るよい機会となっている。定例会の内容は主に、①近況報告②求人情報の提供③作業見学等であるが、毎回テーマを決めた研修(事例報告等)や利用者プログラムの内容の話し合い等も行っている。  ※具体的内容はポスター参照 ロ.利用者向け就職準備プログラム  就労移行支援の利用者に就労に向けた研修を行う。一から就職を目指す者もいれば、積極的に就職活動を行っている者など、その施設や利用者によりニーズはさ 表1 職員向け研修(全14回) 研修テーマ 1 世田谷区の就労支援ネットワーク 2 授産施設における職業準備訓練 3 授産施設における職能評価と個別支援プログラム 4 支援者のビジネスマナー 5 就労支援の実際 就労準備と体験実習 6 職業リハビリテーションの基礎講座 7 企業とのミニ面接会 8 雇用する企業から就労支援機関に望むもの 9 職場実習とジョブコーチの実際 10 求職活動支援と職場開拓 11 企業担当者との接し方(業務切り出し方法など) 12 各施設訪問報告とすきっぷ就労相談室の活用 13 ハローワークの職業紹介・雇用指導 14 就労障害者生活支援センタークローバーとの連携 まざまなため、2コース(初級・中級)に分けたプログラムを実施している。また、今年度は各プログラムを前期・後期の2度に分けて研修を行う。  すきっぷが中心となり、各施設の就労支援担当者と協力し、利用者向け研修を計画・実施している。また、研修を通じ各施設の利用者同士が交流を図れるようにしている。 ※プログラムの内容はポスター参照 ハ.家族向け研修  就職に対して不安を抱いている家族向けに研修を行う。同じ不安を抱えつつも就労に繋がり定着しているケースの家族の話や重度障害者が働く職場を実際に見学する機会などを設け、少しでも就職に対して前向きになれるようなきっかけ作りを行うことを目的とする。 (6)今後の方向性 この世田谷区のネットワークは、職員間の連携だけではなく、研修をとおし各施設の就労移行支援対象の利用者同士が交流を図る点にひとつの大きな特徴がある。就労という同じ目標に向かっている仲間が他施設にもいることは彼らにとっては心強いといえる。 利用者も含め、各施設が連携を取り合い、世田谷区全体で就労支援ネットワークの活性化・促進を図っていく。今年度は就職に向けた取り組み(研修)を主に行っているが、今後就職者の増加に伴い、状況に応じた柔軟な対応・サポート体制がネットワークに求められ、就労生活を支えていくシステム作りが必要となっていく。 5 おわりに 障害者が安心して暮らせ、安心して就職を目指せる社会を考えると、ネットワークの役割は重要である。利用者が作成した図1は、各施設・利用者が手を取り合い、「就労」を目指している絵である。今後世田谷区では、この図のように柔軟で且つ信頼関係の強いネットワークを目指していきたい。 就労支援機関における支援体制等の実態 −平成19年10〜12月調査の結果から− 依田 隆男(障害者職業総合センター事業主支援部門 研究員) 1 目的 平成18年施行の障害者自立支援法に基づき、福祉施設等から一般就労への移行を進めるための就労移行支援事業等が始まっている。これらの実施に際しては、ジョブコーチ等の職業リハビリテーションの措置とネットワークを組んで取り組む等により効果的な就労支援を行うこととされた。だが就労支援サービスの専門性や役割分担等については、これまで必ずしも十分に検討されてこなかった。 本稿では、障害者職業総合センターの「職場適応援助者による支援の現状と支援終了後の雇用継続に向けた支援体制のあり方に関する研究」1)の一環として実施した企業ニーズ調査、地域障害者職業センター及びその他の就労支援機関の実態調査のうち、再集計を含むその他の就労支援機関に係る調査結果から、就労支援の今後の課題について考察する。 2 調査対象及び回収状況 障害者就業・生活支援センター、障害者雇用支援センター、第1号職場適応援助者事業の援助の実施機関、就労移行支援事業所、就労継続支援(A型・B型)事業所の機能を有するすべての機関のうち複数の機能を併せ持つ機関の重複分を除く1,484機関を対象とし、平成19年10〜12月に郵送調査を実施した結果、637機関(43%)から回答が得られた。 各機関の機能のうち最も多かったのは就労継続支援(B型)事業所(56%)だった(図1)。機能の組み合わせで最も多かったのは就労継続支援(B型)事業所単独(26%)、次いで就労継続支援(B型)事業所と就労移行支援事業所との多機能型(13%)だった。 3 結果 (1) 「就労(就業)」という言葉の意味 「就労(就業)」の意味範囲について最も多かった回答は、請負や福祉施設・作業所での活動を含まない、一般企業での雇用(39%)であった(図2)。 (2) 就労(就業)支援に係る従事者の配置 就労(就業)支援の従事者を配置している機関は83%だった(図3)。100%でなかった理由のひとつとして、前述のように就労(就業)の語義が多様に捉えられていたことが挙げられる。 図3中、1号ジョブコーチ(第1号職場適応援助者。図5において同じ。)を配置している30%の機関のうち、常勤の第1号職場適応援助者を配置している機関は90%、専従の第1号職場適応援助者を配置している機関は74%だった(図4)。 (3) 就労支援従事者等の配置人数 従事者は1機関当たり3人をピークに2〜4人の機関が最も多かった。専従者は1〜2人の機関、第1号職場適応援助者は1名の機関がそれぞれ最も多かった(図5)。第1号職場適応援助者の専従者は1機関当たり1名=65%(≒2/3)、2名=23%、3名=10%、4名=1%で、4名を超えて配置する機関は無かった。 (4) 利用者の主たる障害 身体障害、知的障害、精神障害、発達障害、高次脳機能障害、難病の6種類の障害のうち、過去1年間に就労支援を実施したことがある障害で最も多かったのは知的障害(71%)、又、知的障害者の就労支援で地域障害者職業センターと関わった機関は32%だった(図6)。各機関で過去1年間に支援したことがある障害が何種類に及んだかについてみてみると、1種類だけ(33%)という機関が最も多かった(図7)。 (5) 障害者支援及び家族支援 就労(就業)に係る障害者支援計画を策定する機関は73%、施設内の作業場面を活用した障害者への指導・訓練を行う機関は84%、障害者支援のために家族に協力を求めたり家族の問題解決を個別に支援したりする機関は65%だった(図8)。 (6) 事業所(企業)支援、求人開拓 事業所支援計画を作成する機関は17%、職場実習を依頼する機関は48%、求人開拓を行う機関は47%だった(図9)。 (7) 障害者支援のケースロードサイズ 過去1年間に就労支援を実施した障害者の実人数を、就労支援の従事者(常勤+非常勤)の人数で割り、スタッフ1人当たりの障害者数(ケースロードサイズ)を算出すると、3人の機関が最も多く、10人未満の機関が76%、5人未満が47%を占めた(図10)。自由記述欄の回答によれば、障害者自立支援法施行後新たに就労支援を開始した機関も散見されたことから、この傾向は今後大きく変化するかも知れない。 (8) 機関・組織内の協力と人材育成 支援の計画、途中経過等について同僚スタッフ同士で情報を共有する機関は80%、同じく同僚スタッフ同士で、個々の支援に係る検討会議(ケースカンファレンス、所内ケース会議etc.)を開く機関は57%だった(図11)。 (9) 他機関との連携 他機関が主催する研修・研究会へスタッフをよく参加させる機関は65%(図12)、他機関のスタッフからスーパービジョンをよく受ける機関は7%(図13)、他機関主催のケース会議へスタッフを出席させる機関は40%(図14)、他機関を招いてのケース会議をよく主催する機関は12%だった(図15)。 (10) 他の機関への支援 複数の機関の役割分担の調整、マネジメント、複数の機関の利用計画の策定をよく行う機関は9%、他機関の参加を募っての就労支援に関するセミナー・勉強会・研修会等をよく開催する機関は7%、他機関のスタッフへのスーパービジョンまたはコンサルテーションをよく行う機関は4%だった(図16)。 今回調査 全国データ (総務省 平成18年事業所・企業統計調査) 従業員数 支援対象 事業所数(a) % 〔(a)/(b)〕×100 従業者数 民営 事業所数(b) % 1〜55人 2,023 50.6% 0.04% 1〜49人 5,567,126 97.4% 56〜100人 726 18.1% 0.78% 50〜99人 93,121 1.6% 101〜300人 525 13.1% 1.15% 100〜299人 45,769 0.8% 301〜500人 209 5.2% 3.32% 300〜499人 6,301 0.11% 501〜999人 129 3.2% 3.95% 500〜999人 3,265 0.06% 1,000人以上 389 9.7% 31.68% 1,000人以上 1,228 0.02% 小計 4,001 100% 小計 5,716,810 100% わからない 364 派遣・下請従業者のみ 5,749 計 4,365 計 5,722,559 図17 過去1年間に支援を実施した事業所(企業)の従業員数と同時期の全国データとの比較 (11) 支援対象事業所(企業)の従業員規模 一般に、事業所(企業)は従業員規模が小さいほど数が多く、調査時点では従業員50人未満で97%を占めていた(図17の右欄)。全国の地域で暮らす障害者にとっての通勤可能圏域の事業所の多くは小規模であるはずである。これに対し実際に支援を受けた確率は、大規模ほど高かった(同中欄)。 4 考察と提言 (1) 圏域ごとの研修ネットワークの構築(支援者支援) 就労支援では、同じ障害名や同じ業種・業態の事業所でも、事例によって多様な課題に突き当たることは、本研究発表会でこれまで発表されてきた実践家の知見からも明らかである。調査では従事者の年間ケースロードサイズ5人未満の機関が47%を占めていた。このようにケースロードサイズが小さい程、支援に時間を割く上では有利である一方、実践から経験知を得る機会が少なくなることは否めない。 また、個別の事例における問題整理、連携関係の構築等には、機関内や複数機関のケース検討会が有効であるし、就労支援の専門家ならではの技術、問題意識、知識等については、同分野の専門家によるスーパービジョンが有効である。だが、第1号職場適応援助者を配置する機関のうち第1号職場適応援助者の配置数が1名の機関が2/3を占める等、機関内や地域内でそのような機会に恵まれない、いわば専門性の世界で孤立し易い境遇に置かれた支援者もいた。 他方、他機関の参加を募っての就労支援に関する勉強会等を開催する機関や、他機関の支援者へのスーパービジョン等を行う機関も、わずかながら存在した。第1号職場適応援助者や、障害者自立支援法に基づく就労移行支援事業の制度が登場する以前から就労支援に取り組んできた機関などが、これらに該当する可能性がある。 個別事例の障害者支援に係る支援機関の連携についてはよく言われるが、機関を越えて支援者を支える組織的な取り組み(支援者支援)については、これまであまり議論されてこなかった。研修会の開催、就労支援の専門性を明らかにする専門家組織の主宰等を行う地域のリーダーや「研修ネットワーク」が、各圏域ごとに必要ではないだろうか。 (2) 障害者が暮らす地域等での雇用され易さの評価 事業所規模が大きいほど支援を受ける確率が高かったという実態を、どのように捉えればよいだろうか。 第一の解釈は、大企業が持つ様々な可能性、すなわち求人数が多い可能性、多様な職位や持ち場が存在する可能性、事業所がその立地の基盤を成す地域に受け入れられる代償としてその地域の雇用を引き受けようとする意識が大企業ほど高い可能性等である。通勤可能域の事業所数が限られている地域や、大企業が存在しない多くの地域では、遠隔地の大規模事業所への就職が目指されている可能性もある。 第二の解釈は、障害特性に対し医学的、心理学的な尺度を当てることができるのと同様、それぞれの事業所(企業)が備える「雇用力」、その障害者の通勤可能圏域の事業所(企業)数、交通機関や道路状況等にも、困難さの程度があると考えるものである。もしこれを地域や事業所(企業)が持つ障害者雇用の困難さの程度と呼ぶことが許されるなら、その軽重の評価と、軽重に応じた支援サービスを検討することを提案したい。具体的な施策等については今後の課題としたい。 文献 1) 依田隆男:支援機関の人的支援の実態,in 障害者職業総合センター調査研究報告書№86『ジョブコーチ等による事業主支援のニーズと実態に関する研究』pp.73-109,(2008) 特別支援学校(知的障害)高等部の教科「流通・サービス」 (「商品管理」「事務」)の学習内容の構築に向けての検討 −ワークサンプル幕張版(MWS)の活用− 渡辺 明広(静岡大学教育学部 教授) 1 問題と目的 現行の盲学校、聾学校及び養護学校高等部学習指導要領(2003年度実施。以下「学習指導要領」という。)において、知的障害養護学校(現在は特別支援学校)の専門教育に関する教科(選択教科)として「流通・サービス」が新設されて、5年が経過した6)。 これは、近年、卒業後の進路として、第3次産業を選ぶ生徒が増加していることに対応するものである。 筆者は、全国の軽度知的障害の生徒を対象とする高 等特別支援学校、および職業学科や普通科に職業コースを設置している特別支援学校高等部、計70校を対象に、教育課程における教科「流通・サービス」の設置や、領域や教科を合わせた作業学習の中での「流通・サービス」の実施状況についてのアンケート調査を行った(実施期間は2007年8月〜9月上旬。58校が回答。回収率は82.9%)。この結果によると、「流通・サービス」の分野のうち「販売」を実施している学校は回答校の66.6%で、「清掃」は60.3%であったが、「商品管理」を実施する学校は回答校の17.2%、「事務」も26.3%に留まっている。 この調査結果では、「流通・サービス」をあまり実施していない理由について、多くの学校は「職業教育(作業学習)の中心が(従来の)製作や生産などの作業活動であること」、「必要な施設、設備、備品が備わっていないこと」、「まだ、教育課程の編成時に、教員間であまり話題になっていないこと」等が明らかになっている。学習指導要領やその解説には、「流通・サービス」科の目標が設定され、この教科の内容が4つの観点で示され、各分野の学習活動の例示がされているものの6)7)、「商品管理」や「事務」については学習活動の選定や年間計画の作成に準拠するものが少ないこと、また、知的障害のある生徒には、これまでに学習機会が少なかった分野であったからではないかと予想される。 そうした中で注目されるのは、2005年度から3校の特別支援学校において、学級指導や数学、自立活動、作業学習(校内実習を含む)などで、障害者職業総合センター(障害者支援部門)による高次脳機能障害や精神障害に対する評価・支援技法の開発を目的とした「職場適応促進のためのトータルパッケージ」を、同じく認知の障害である軽度発達障害や知的障害の生徒へ適用し、その活用可能性が実証されていることである。トータルパッケージの主要な入力系ツールであるワークサンプル幕張版(Makuhari Work Sample ; 以下「MWS」という。)は、OA作業5課題、事務作業4課題、実務作業4課題の全13課題によって構成されているが、「流通・サービス」の「商品管理」や「事務」の学習活動としても活用が期待できる。3校の職業教育(作業学習)では、MWSを中心に作業遂行力等の向上を目指した実習が試行的になされてきた。3)4)5)8)9) そこで本稿では、3校の教育実践についての報告等をもとに、MWSを活用した、特別支援学校(知的障害)高等部の教科「職業」や作業学習における「流通・サービス」(「商品管理」、「事務」)の学習内容(課題)を抽出、精選することを試み、教科の学習内容の構築に向けて検討することを目的とする。このことによって、学習内容の程度を高め、年間指導計画(基本カリキュラム)のもとに継続的、発展的に職業教育が展開されるであろう。 2 方法 職業教育(作業学習)の中でトータルパッケージ(MWS)を活用している特別支援学校3校による、各種の研究実践報告の蒐集と、当該学校の担当教諭(1〜2名)から関連事項についての聞き取り調査を行う。聞き取りは、調査項目を記述した質問用紙を事前に郵送しておき、これらを中心に回答を依頼する方法(半構造化面接法)による。面接に要する時間は2時間程度であった。 3 教科「流通・サービス」の目標と内容 学習指導要領には、流通・サービス科の目標は、次の3つから構成されている。6)7) 「流通やサービスに関する基礎的・基本的な知識と技術の習得を図り、それらの意義と役割の理解を深めるとともに、流通やサービスに関する職業に必要な能力と実践的な態度を育てる。」 この目標を達成するための学習内容については、生産から販売に至る商品の流通に関する産業やサービスに関する産業への興味・関心を高め、意欲的に実習に参加すること(「実習への参加」)、流通やサービスに関する基礎的・基本的な知識と技術を習得し、適切に接客、応対する態度を身に付けること(「知識と技術の習得」)、コンピュータなどの事務機器、機械や道具の操作に必要な知識と技術を習得し、安全に実習すること(「機器や機会等の操作」)の3つの観点で示している。6) さらに、学習指導要領解説書で「流通・サービスに関する各分野」(「商品管理」「販売」「清掃」「事務」)の観点から、学習活動の例示をしているが、各学校においては、地域の状況や生徒の実態等に応じて、適宜、選択し履修する必要があることが記述されている。7) 4 特別支援学校3校におけるトータルパッケージ(MWS等)の活用状況−職業科や作業学習(校内学習) 各種の論文や実践報告、関連資料の閲覧、及び聞き取りから、特別支援学校3校(A校、B校、C校)におけるトータルパッケージ(MWS等)の活用状況について、以下にまとめる。3)4)5)8)9) 【活用の目的】  境界線域の軽度知的障害、発達障害等への対応が求められている、特別支援学校の今日的課題に対して、一人一人の教育的ニーズに基づく対応を行うことと、教育課程や学習内容、授業の見直しを模索するために試行的に行われた(A校、B校)。その授業づくりの実践研究のために、作業学習(校内実習・進路学習)に職業リハビリテーション技法の考え方を取り入れてきた(C校)。 【対象の生徒】  知的障害、肢体不自由、自閉症(知的障害を伴う)が主で、一部LD、ADHD・高機能自閉症等も含まれる(A校、B校)。B校の産業科の生徒は、軽度知的障害、自閉症(知的障害を伴う)が主である。C校には肢体不自由の生徒はいないが、知的障害、自閉症(知的障害を伴う)が主で、LD、ADHD・高機能自閉症の生徒もいる。 次に、3校の教科「職業」や作業学習(校内実習を含む)におけるトータルパッケージ(MWS等)の活用状況をまとめる。 【活用場面】  3校とも、年間2回の校内実習(各2週間程度)のツール(教材)として活用している。 C校は1年次の校内実習(集中作業・進路学習)の単元「働く人になるために〜OA作業をとおして〜」(2006年度)と、次年度に2年次の単元「働く人になるために〜職場のしくみを知ろう〜」の ツールとして活用した。この他、A校では普段の作業学習、B校の産業科では教科「職業」の作業種目「就労実務」のツールとして活用している。 【学習内容(課題)と題材】  A校で主に活用しているのはMWSで、一部、M−メモリーノートやWisconsin Card Sorting Test(WCST)を実施している。MWS訓練版のOA作業<5課題>(数値入力、文書入力、コピー&ペースト、ファイル整理、検索修正)、事務作業の数値チェックとMWSホームワーク版から事務課題の宛名書き、それに、実務作業のナプキン折りとMWSホームワーク版から実務課題の洗濯物たたみを組み合わせて行っている。B校の教科「職業」の作業種目「就労実務」と校内実習の「実務課オフィス班」はMWSのOA課題、事務作業、実務作業の全13課題である。C校の校内実習の目標は「働くために必要なスキル」のセルフマネージメントスキル、コミュニケーションスキル、作業遂行能力の3つを挙げ、1年次の実習ではMWSのOA作業(5課題)、事務課題(4課題)、2年次の実習ではOA作業、事務作業、実務作業の13課題である。 【実施上の工夫】  A校は、課題を複数組み合わせることで、生徒がより取り組みやすくなるように工夫した。課題内容は対象者に合わせてカスタマイズし、練習モードで作業結果が即座にフィードバックされるようにした。また、前回の校内実習の記録を生徒自身で集計・分析し、実習目標を設定する。さらに、操作マニュアル、漢字の読み仮名シート、ファイル整理ヒントシートの活用により、できるだけ生徒自身で課題の解決が図られるような環境を準備した。B校の「就労実務」では、まず、簡易版によりMWS全課題(13種類)に取り組み、適性や努力点を自己認識し、課題を自己選択することを原則とした。「実務課オフィス班」では、1日目はMWS簡易版13種類すべてのワークサンプルを中心に課題全般の内容を知らせ、2日目にMWS訓練版から自己選択により取り組む課題を決めた。この班は、事務作業やOA作業の基礎練習を行うとともに、校内の事務補助(物品購入や弁当注文)の実務経験を実施した。トータルパッケージだけではサンプル不足で、ペーパーフラワーの製作や、洗濯、アイロンがけなどの作業内容(作業種)を入れた。C校では、作業内容や指示書レベルを個人の実態に合わせ、スキルアップとともに徐々に指示書の情報を減らし作業レベルを上げていき、自分でできる部分を増やしていった。同時に、作業進度チェックができる指示書、カード式の指示書等を数種類用意し、自分の力で進めることができるようになる働きかけを段階的に与えていき、どのような関わりが有効なのかを考えた。また、作業終了後はプリントアウトした作業結果をもとに正答数・誤答数、作業時間、作業量について作業日報にまとめることで自分の作業の内容を振り返り、ミーティングでの意見交換によって次時へ活かすことができた(グループワークの実施)。 【MWS訓練版−各課題の実施状況(2006・2007年度)】  A校でのOA課題(5課題)については、ワープロや表計算といった数値入力、文書入力に対して生徒の関心が高かった。数値入力については多くの生徒が実施でき、ほとんどがLevel5、Level6であった。文書入力、コピー&ペーストは半数の生徒ができたが、文書入力はLevel3までであり、コピー&ペーストの到達レベルは様々であった。検索修正とファイル整理は実施できる生徒は限られたが、知的障害のある生徒に対して、検索修正等も有効であるという結果も得られた。実務作業のナプキン折りは半数の生徒が実施できたが、ピッキング、重さ計測、プラグ&タップ組立は実施できる者は限られた。B校(06年度産業科2、3年・19人)のOA作業の数値入力、文書入力、コピー&ペースト、検索修正は多くの生徒が実施できた。数値入力はLevel4以上の者が多い。検索修正は目的が分かりやすい課題で、自閉性障害の几帳面さが発揮されることが多い。文章入力は知的障害のほとんどの生徒が振り仮名カードを必要とした。ファイル整理は実施できた者が少なかった。事務作業の数値チェック、物品請求書作成、作業日報集計は実施できた生徒は限られたが、数値チェックのLevel6が実施できた生徒も2名いた。物品請求書作成はかなりの個人差があり、作業日報集計は指示書のみで作業を遂行できる者は数名であった。ラベル作成は半数ぐらいの生徒が実施できたが、特殊機能を説明書から読み取ることができる生徒はごく少数に限られる。実務作業のプラグ&タップ組立は多くの生徒が実施でき、Level3以 上の生徒が多い。ナプキン折りは半数の生徒が実施できたが、達成レベルはかなりの個人差が見られた。ピッキングも半数の者が実施できた。作業手順が把握できると自閉性障害の生徒の几帳面さが発揮され易いが、加算を要する課題ではほぼ全員に指示の追加が必要である。重さ計測は実施できる生徒は限られた。C校(06年度高1・8名、07年度高2・10名)では、OA作業の数値入力は多くの生徒が実施できた。文章入力はルビを振ったヒント集が必要だが、ほぼ半数は実施できた。レベルが上がると、全角半角などの細かな操作方法で難しさがあった。コピー&ペーストと検索修正はかなり個人差があった。基本的なパソコン操作のヘルプ集などが必要である。ファイル整理も実施できた者は限られた。事務作業の数値チェックは補完手段を追加することで、多くの生徒に実施できた。物品請求書作成とラベル作成はかなりの個人差がある。作業日報集計は用語が難解で、実施できる者は限られた。実務作業のナプキン折りは、ほぼ全ての生徒が実施可能であった。静止画像での指示書を必要とする生徒もある。ピッキングと重さ計測は補完手段の追加によって半数の生徒ができた。プラグ&タップ組立は多くの生徒が比較的スムーズにできた。 以上、3校のMWS訓練版の活用と生徒の実施状況を表1にまとめた。 【評価と今後の方向】  A校では、作業遂行力の向上や補完行動・補完手段の必要性理解等に成果が出てきていると評価している。継続的な取り組みを行っていけば、生徒の職域拡大の可能性を示唆していると考えられている。一方、トータルパッケージ本来の目的である、セルフマネージメントスキルの構築まで使いこなされてい,ない点など、今後に課題を残している。学校と家庭の連携により、MWS訓練版とホームワーク版を組み合わせた有機的な活用をすることで、さらに就労を意識させた取り組みができないかについて、検討がなされている。B校は生徒の課題意識や達成感、技能的側面を考慮し、ニーズに応じた作業課題の追加により、さらに効果的な学習が進むと考える。動機づけのためにものづくりを取り入れることが必要であり、より達成感が得られ易い課題を付加していく方向を探っている。ホームワーク版の活用については、家庭−学校の連携の媒介としての意義も含め検討中である。C校はMWSを利用することで、事務作業、実務作業、OA作業等の職種の基礎的な理解を養ったり、それぞれの作業分野における作業遂行能力やコミュニケーションスキル、セルフマネージメントスキルを身につけたりすることができた。パソコンを使用した事務系の仕事は使用者に合わせた定型フォームを使用することにより、パターン化された繰り返しの仕事ができ、作業学習として利用価値が高いものであると考える。 5 「商品管理」「事務」の学習内容の構築に向けての検討 <学習領域(内容)の選定、作業レベルの段階的設定>  知的障害や知的障害を伴う発達障害では、MWS訓練版の実務作業や簡易なOA作業等に作業領域を限定して考えることが望ましい場合も多いと考えられている。2) 3校の校内実習を中心とした取り組みもこれに沿って実践されていると思われる。また、MWSには多くの対象者の障害状況に対応できるように作業分類及びワークサンプル内に難易度(レベル)を設定し、柔軟に組み合わせたり、段階的に実施できるよう工夫されている。2) 一人ひとりの個別の指導計画による目標設定に基づき、ワークサンプルを選択することで、「商品管理」や「事務」の学習内容(課題)が継続的、系統的に提供できるであろう。 <バラエティーな実務課題>  ワークサンプルはより実際の作業に近い形態をもっているが、特に知的障害のある生徒にとっては、実務課題による実習が必要である。B校の実践にもあるように、ものづくりの作業活動も含めて、包装・梱包、袋詰め、商品陳列、印刷機・シュレッダーの使い方など多様な実務経験が必要であり、地域の産業に合わせて題材の工夫が求められる。従来、実施している製作、生産の作業種における作業活動と「商品管理」や「事務」の学習活動との関連を図った単元学習を展開することは、職業観・勤労観を育てるキャリア教育にかかわっても必要であろう。 <指導計画の作成>  「商品管理」「事務」の専門的、発展的な学習を進めるには、指導段階(学年)別に指導目標を設定し、精選された作業課題が掲示され、その配列(内容の組織化と系列化)、標準的な時間配当等を示した指導計画(基本カリキュラム)の作成が必要である。生徒の実態把握と学習過程でのつまずきへの対応に基づき、学習内容の質的検証やその順序性、理解・体得のために必要な学習量についての検討が必要である。 <MWSホームワーク版の活用>  家庭で実施できるMWSを活用することは、学校と家庭が生徒の職業能力についての共通認識を図ることができるとともに、職業生活の支援と一体化した生活支援を検討することに役立つと考えられる。 6 まとめ 「流通・サービス」(「商品管理」「事務」)の学習内容の構築に向けての標準化されたワークサンプルの活用や、その指導(支援)にあたっての職業リハビリテーション技法の導入は、特別支援学校における職業教育(作業学習)を活性化させ、学習内容の選定や改善、「セルフマネージメントスキル」を目指した支援のあり方に大きな示唆を与えると思われる。 文献 1) 独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター 事業主、家族等との連携による職業リハビリテーション技法に関する総合的研究(第2分冊 関係機関等の連携による支援編)、調査研究報告書No.75 176ページ,(2007) 2) 独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター 職場適応促進のためのトータルパッケージワークサンプル幕張版 実施マニュアル−理論編−、32ページ,エスコアール(2008) 3) 木村彰孝・大石文男 養護学校におけるトータルパッケージの活用と展望−特別支援教育における一人一人の教育的ニーズに応じた対応をめざして−、第13回職業リハビリテーション研究発表会論文集 pp.208-211, (2005) 4) 木村彰孝 養護学校におけるトータルパッケージの活用と展望(2)−教育現場における可能性をさぐる−、日本職業リハビリテーション学会第34回大会講演予稿集 pp.102-103,(2006) 5) 木村彰孝・菅宣義 養護学校におけるトータルパッケージの活用と展望(3)−ホームワーク版を含めた活用の実際−、第14回職業リハビリテーション大会発表論文集 pp.236-239,(2006) 6) 文部科学省 盲学校、聾学校及び養護学校教育要領・学習指導要領、高98-101,国立印刷局 (1999) 7) 文部科学省 盲学校、聾学校及び養護学校教育要領・学習指導要領(平成11年3月)解説−各教科、道徳及び特別活動編−、pp.603-608,東洋館出版社 (2000) 8) 元永幸雄、菅 宣義他 知的障害養護学校におけるトータルパッケージの活用〜2006年度最終報告〜、16ページ,(2007) 9) 静岡大学教育学部附属特別支援学校 研究集録18 特別支援学校としての充実と発展をめざして〜教育的ニーズに応じた指導・支援と地域支援〜、pp.102-154,(2007) トータルパッケージの活用状況について(1) −広域・地域障害者職業センターにおける全体像について− ○村山 奈美子(障害者職業総合センター障害者支援部門 研究員) 小池 磨美・野口 洋平・位上 典子・小松 まどか・加地 雄一・加賀 信寛・望月 葉子・川村 博子(障害者職業総合センター障害者支援部門) 1 はじめに 障害者職業総合センター障害者支援部門(以下「当部門」という。)では、「職場適応促進のためのトータルパッケージ」(以下「トータルパッケージ」という。)を開発した。 現在、当部門においては、福祉・教育・医療機関及び事業所等において、トータルパッケージが体系的に活用されることにより、支援対象者の就職・復職が円滑に進んでいくことを目指して、研究を進めている。 2 目的 広域障害者職業センター及び地域障害者職業センター(以下「センター」という。)におけるトータルパッケージの活用状況を調査し、活用方法について情報収集することにより、体系的な活用ならびに普及のための基礎資料とする。 3 方法等 (1)調査対象:55センター。 ※平成15年度にすべてのセンターにトータルパッケージを配布済。 (2)調査時期:平成20年1月〜2月末。 (3)調査方法:調査票をメールで送信し、メール返信による回答を求めた。 (4)調査内容(回答形式) ①トータルパッケージの活用状況について(MSFAS*については、利用者用シートと相談者用シートから、障害別に活用頻度の高いシートをそれぞれ3種類まで選択。WCST*、M-MN*、MWS*、幕張ワークサンプルホームワーク版*(以下「HW版」という。)については、各作業課題について、障害別に「必ず使った」、「(対象者によって)使うことが多かった」、「あまり使わなかった」、「全く使わなかった」から1つを選択。) ②トータルパッケージの有効な活用方法や改善案・要望等について(自由記述) ③就職・復職のための活用事例 (5)調査回収状況:54センターからの回答が得られた(回収率:98.2%)。 (6)分析対象:有効回答が得られた53センターについて分析を行った。 4 結果 (1)センターにおけるトータルパッケージの活用状況 イ MSFASの活用状況(図1) MSFASについて、円グラフで示した「活用あり」の割合が高い順に見ると、精神障害が48ヶ所(90.6%)、高次脳機能障害が28ヶ所(52.8%)、その他の障害が27ヶ所(50.9%)、知的障害が16ヶ所(30.2%)、身体障害が12ヶ所(22.6%)である。 棒グラフで示した、それぞれの障害についての各シートの活用状況を見ると、MSFASが最も活用されている精神障害については、利用者用シートの内「F ストレス状況」が38ヶ所(71.7%)、「B ストレス解消」が34ヶ所(64.2%)、「E 病気の整理」が32ヶ所(64.2%)、「A 生活習慣」が26ヶ所(49.1%)で、多用されている。高次脳機能障害、その他の障害でも、精神障害と同様の4種類のシートが活用されている。また、身体障害、知的障害では、「A 生活習慣」と「D 職歴」が他のシートに比して活用頻度が高い。 相談者用シートは、利用者用シートの3割程度の活用状況だが、何れの障害も「K 対処方法」と「H ストレス探索」が他に比して活用頻度が高く、知的障害では「J 支援手続き」、身体障害では 「G 医療情報」の活用頻度が高い。 ロ MWS、WCST、M-MN、HW版の活用状況(図2) MWS、WCST、M-MN、HW版の各ツールについては、円グラフで示したように、精神障害で45ヶ所(84.9%)、高次脳機能障害で43ヶ所(81.1%)、その他の障害で38ヶ所(71.7%)、知的障害で32ヶ所(60.4%)、身体障害で27ヶ所(50.9%)が「活用あり」となっている。以下に、各ツールごとの結果を示す。 図1 MSFASの活用状況 図2 MWS、WCST、M-MN、HW版の活用状況 (イ)MWSの活用状況 MWSでは、すべての障害で、OA作業の「文書入力」と「数値入力」、事務作業の「数値チェック」「物品請求書作成」「作業日報集計」、実務作業の「ピッキング」の活用頻度が高い。MWSを活用しているとした回答の内、これら6課題に対する回答が、高次脳機能障害で86.5%、身体障害で83.7%、その他の障害で80.3%、精神障害で78.0%、知的障害で75.5%と大部分を占めている。この中で、知的障害については、「ピッキング」の活用が最も多く、「プラグタップ」「重さ計測」といった実務作業の活用も比較的多い点で、他の障害とは異なる傾向を示している。 (ロ)WCSTの活用状況 高次脳機能障害で28ヶ所(52.8%)、精神障害で12ヶ所(22.6%)、その他の障害で11ヶ所(20.8%)が活用している。 (ハ)M-MNの活用状況 高次脳機能障害で22ヶ所(41.5%)、精神障害 で16ヶ所(30.2%)が活用している。 (ニ)HW版の活用状況 活用実績はわずかではあるが、精神障害、高次 脳機能障害、その他の障害で導入され始めている。 (2)センターにおけるトータルパッケージの有効な活用方法や改善案・要望等 表1は、自由記述から得られたトータルパッケージの有効な活用方法を、ツール別に整理し、代表的な意見を示したものである。 MSFASは主に、情報収集・情報整理、自己理解の促進に有効に活用されている。加えて、業務の効率化、グループワーク材料に有効とされている。MWSは、作業能力把握、作業課題に特に有効に活用されている。HW版は、リワーク支援(地域センターで実施しているうつ病等により休職している者を対象にした復職支援)のリハビリ出勤時の作業課題として有効との意見が得られた。 表2は、自由記述の中で、トータルパッケージに独自の工夫を加えて有効に活用している事例を示した。様式をアレンジする、マニュアルを作成 する、作業内容を充実させる、手掛かりを追加する等の工夫がなされていることが明らかとなった。 自由記述の内、改善案・要望の主なものでは、WCSTやMWSのOA作業の結果画面や入力設定の改善等「利便性の向上」、MSFASのシートを増やす、MWSの課題レベル向上、問題数増加などの「内容の充実」を望む意見が多かった。 また、十分な活用に至っていない理由として挙げられた主なものは、MWS、WCST、M-MNについては支援者のスキルの不足や、実施時間の確保が難しいこと等による「実施機会の提供困難」、MSFASについては障害者台帳や独自の用紙を作成するため使用しないといった「トータルパッケージ以外のツールとの重複」、MWSについては「作業量が少ない」ため実用的でない、用紙のコピーなどの「実施コストが高い」、そして「パソコン台数の不足」等であった。 5 考察 MSFASは、認知の障害とストレス・疲労が生じやすい精神障害者と高次脳機能障害者に特に有効なツールとして開発された。今回の調査で、精神障害で9割以上、高次脳機能障害でも5割以上のセンターにおいてMSFASが活用されており、その有効性が支持された。また、その他の障害でも5割以上のセンターで活用されていた。その他の障害には、発達障害が一定程度含まれると考えられることから、発達障害に対するMSFAS活用の有効性も示唆された。知的障害や身体障害で活用されるシートは、他の障害で活用されるシートと傾向が異なった。このことは、対象者の特性やニーズによって使うシートを選択できるMSFASの利点を表しているだろう。今後は、センターからの改善案・要望にもあるように、シートのバリエーションを充実させることで、障害特性やニーズにより細やかに対応できると考える。 MWSについては、作業課題間で活用状況の差異が明確となったが、自由記述で得られた情報により、今後のさらなる活用を促すための示唆が得られた。活用頻度の高いOA作業の「文書入力」「数値入力」には、プロフェッショナルモードの設定や、任意の課題ファイルの作成という機能が備わっており、対象者のレベルやニーズに応じた課題を提示することができるが、現状では活用頻度はそれほど高くないと推測される。「内容の充実」への要望や「作業量が少ない」ために利用に至らない状況に対し、これらの既存機能を使いこなすことで、ある程度の対応が可能と期待できる。また、オリジナルの状態ではあまり活用されていない作業課題を、独自の工夫を加えて有効に活用している事例が報告された。MWSの活用を促すためには、既存の機能を十分に活用するためのマニュアルや、他センターにおける活用好事例集等を作成して周知を図ることが有効と考えられる。 WCSTについては、結果の分析及び解釈が難解で、フィードバックも難しいため活用につながりにくい状況が窺われたことから、解説マニュアルを作成することも必要と考える。 M-MNについては、高次脳機能障害に限らず、精神障害においても活用が進んでいる実態が認められた。このことは、M-MNがスケジュール管理や行動記録といった記憶の補完ツールとしての役割のみに留まらず、認知面の整理や振り返り、情報共有のためのツールとしても効果的であるという認識が高まってきた結果と考えられる。 HW版については、他のツールに遅れて開発、配布したこともあり、まだ普及の途上にあると考えられるが、リワークのリハビリ出勤時の作業課題として有効に活用されるなど、新たな活用可能性が認められた。具体的な活用方法について周知するため、活用事例の蓄積と紹介によって、普及を図っていくことが望ましいと考える。 6 まとめ  本調査を通して、センターにおけるトータルパッケージの活用状況について明らかにできた。また、各センターより、独自の活用方法や改善案・要望などが挙げられ、今後、より有効なツールとして提案していくための貴重な情報を収集することができた。 今後は、本調査から得られた情報をもとに普及活動を進め、各機関、施設、及び企業において、トータルパッケージが体系的に活用されるよう、汎用化に向け取り組みたい。 <参考文献> 戸田ルナ他:家族支援に関するニーズ調査−地域・広域障害者職業センターを対象とした調査と家族会等へのヒアリングから−、「第13回職業リハビリテーション研究発表会論文集」、p272−275(2005) トータルパッケージの活用状況について(2) −広域・地域障害者職業センターにおける活用状況の分析− ○小松 まどか(障害者職業総合センター障害者支援部門 研究員) 小池 磨美・野口 洋平・位上 典子・村山 奈美子・加治 雄一・加賀 信寛・望月 葉子・川村 博子 (障害者職業総合センター障害者支援部門) 1 目的 本報告では、先に発表したトータルパッケージの活用状況について(1)(以下「活用状況(1)」という。)を踏まえ、就職、または復職に向けたトータルパッケージの活用例を通して、活用の実態を明らかにすることを目的とする。 2 方法 本報告では、活用状況(1)の調査内容のうち、就職・復職のための活用事例に関する情報について分析する。 3 結果と考察 トータルパッケージを用いて行った支援のうち、就職(新規求職)と復職(同一企業への復帰)のそれぞれについて、以下の項目に沿って回答してもらった(複数回答)。回答項目は、障害種別、事業場面(「相談・評価」「準備支援」「自立支援」「ジョブコーチ」「リワーク」「職業訓練」)、目的(「作業遂行能力向上」「行動の適正化」「自己認知の促進」「障害の自己受容」「その他」)、ツール(WCST*、M-MN*、MSFAS*、MWS*、ホームワーク版*(以下「HW版という。」)、連携先(医療、福祉、事業所、教育、家庭、連携なし)、及び活用状況の自由記述である。 得られた回答を基に、就職群(118例)と復職群(81例)に分け、項目における活用状況の違いを検討した。併せて、それぞれの群について、主な障害別による分析も行った。主な障害とは、「発達障害」、「知的障害」、「統合失調症」、「うつ」、「高次脳機能障害」である。また、障害別の活用割合とは、主な障害種別ごとの総事例数を活用事例数で割り、百分率で示したものである。ただし、復職群の「発達障害」及び「知的障害」の活用例は、ほとんど見られなかったことから、グラフには反映させていない。 (1)選択項目に対する分析 イ 障害種別の内訳 表1は、就職群、復職群における障害種別の内訳を示している。 ロ 事業場面別活用状況について 就職群、復職群において、各事業場面の活用割合を分析したところ、「相談・評価」は両群ともで活用されていたが、「準備支援」、「自立支援」、「ジョブコーチ」においては就職群、「リワーク」においては復職群の方で、多く活用されていた。 図1は、事業場面別活用割合を障害別の積み上げグラフで示したものである。障害別で見ると、「準備支援」において、就職群の知的障害(90.0%)に対する活用が多かった。また、「リワーク」においては、復職群の統合失調症(87.5%)及びうつ(89.1%)に対する活用が多かった。「相談・評価」においては、高次脳機能障害(両群ともに約70%)に対する活用が多かった。 ハ 目的別活用状況について  就職群、復職群において、各目的の活用割合を分析したところ、就職群では、「自己認知の促進」、「作業遂行能力向上」の順で、復職群では、「作業遂行能力向上」、「自己理解の促進」の順で多く活用されていた。 図2は、目的別活用割合を障害別の積み上げグラフで示したものである。障害別で見ると、「障害の自己受容」については就職群の知的障害者への活用は見られなかったが、その他の目的については、障害による違いはあまり見られなかった。 ニ ツール別活用状況について  就職群、復職群において、各ツールの活用割合を分析したところ、ツールの中では、両群ともMWSの活用が多かったが、特に、就職群で多く活用されていた。 図3は、ツール別活用割合を障害別の積み上げグラフで示したものである。障害別で見ると、両群とも高次脳機能障害に対して「WCST」(就職:33.3%、復職:35.0%)「M-MN」(就職:54.5%、復職:55.0%)の活用が多かった。「MSFAS」については、統合失調症(就職:56.3%、復職:75.0%)及びうつ(就職:70.0%、復職:73.9%)への活用が多かった。 ホ ツールを介在した連携先について 就職群、復職群において、連携の活用割合を分析したところ、「家庭」や「福祉機関」では就職群の方が、「事業所」や「医療機関」では復職の方が、多く連携が図られていた。 図4は、連携先別活用割合を障害別の積み上げグラフで示したものである。障害別に見ると、「事業所」に対して復職群の統合失調症の活用が多かった(62.5%)。教育機関との連携はほとんど見られなかった。 以上のことから、事業場面については、就職・復職といった支援の方向性や障害によって活用する場面が異なるが、目的やツールの活用状況及び連携先については、就職や復職といった支援の方向性による違いはあまり見られず、個々の障害や当事者の状況によって活用されていることが分かった。連携先については、福祉機関や教育機関との連携はあまり図られていなかったが、今後、多様な就労支援の展開が期待されることを考えると、福祉機関や教育機関との効果的な連携の方法も考えていく必要があると思われる。 (2)自由記述に対する分析 イ 効果があった内容及び活用方法について  就職群及び復職群において、効果が見られた活用例について取り上げ、整理、分析を行った。効果ありと記述された就職群は46例、復職群は38例だった。効果の内容を整理したところ、9つの項目に分類できた(「作業特性の把握」「作業遂行能力の向上」「自己理解促進」「補完方法の検討・獲得」「行動の適正化」「自信の回復」「情報整理・共有」「支援者側の評価や検討」「達成感の獲得」)。全体的に最も多かった効果は、「自己理解促進」だった。 図5は、両群における効果数の割合の違いを示している。「作業特性の把握」では就職群21.7%、復職群10.5%で、就職群の方が多く、一方、「自己理解促進」では就職群32.6%、復職群50.0%、「自信の回復」では就職群4.3%、復職群18.4%であり、復職群の方が多かった。 表2、表3では、効果の見られた活用方法とその活用によって得られた結果(効果)を活用例ごとに整理している。 効果の内容については、特に「自己理解促進」に効果的だったという内容が多かったが、その他にも、両群ともに、「作業遂行能力の向上」や「行動の適正化」、「情報整理・共有」にも効果があるとされている。また、復職群では、「自己理解促進」の他にも「自信の回復」という記述が多く見られたことから、これは、自信を持ちづらい状況に置かれている復職ケースにおいて、トータルパッケージの成功体験の明確化が自信の回復に影響していると考えられる。 また、表2、表3における効果的な活用方法を見ると、「ミスなどをフィードバックする」「できたことのフィードバックやアドバイスを促す」「結果の整理、共有化を行った」といった記述があるように、結果や取り組み状況に対するフィードバックや情報整理が実践されていることから、結果を振り返り、当事者の自己理解や特性に対する認識を促すための働きかけが重要と考えられている現れと思われる。また、復職群における活用方法では、「自分で計画し実行する」「主治医やセンターの意見を、MNを活用しながら伝える」「MSFASを定期的につけることを提案」といった記述があるように、当事者が主体的に作業や結果に向かうよう働きかけている例が見られたが、これは、職場復帰を念頭に置いたことによる自主性を重んじる支援を行っている現れではないかと考えられる。 ロ 効果が見られなかった内容について  効果が見られなかったと記述された活用例は11例だった。主な内容としては、「支援者側の育成が不十分で十分な効果が上げられていない」「補完手段の定着は不十分だった」「自己理解、自己認知までの促進には至らなかった」「家族等への認識まで至っていない」という記述があった。 ハ ツールを介在した連携の内容について  連携について記述された活用例は、49例だった。表4は、自由記述によって得られた連携の内容とその件数を示している。 ほとんどの活用例が関係機関に対する情報提供や情報共有による連携であったが、情報共有等で共通認識を持つことで、事業所や関係機関等との役割分担や職務の検討といった具体的な支援につなげることが出来たという活用例も見られた。また、積極的に連携を図っている記述も見られた。「協力した取り組み」に関しては、「事業所や家族と情報を共有し、実際の就職の場面でもそれらが見られるかを確認している。」といった内容があり、就労支援機関内に留まらない取り組みがなされていることがわかった。また、「ツールを活用」「移行」した連携としては、「M-MNの活用方法や活用状況について関係機関に理解を図り、協力して活用している」「関係機関において相談の中で活用されている」といった意見があり、ツールを次の移行段階においても活用している状況が明らかとなった。復職群では、M-MNを活用した事業所等との連携を行っているという記述が多く、特に、復職における高次脳機能障害者に対する連携のほとんどが、ツールを活用した連携や協力した取り組み、移行など、情報提供・共有よりも一歩踏み込んだ連携がなされていた。 刎田(2006)1)は、トータルパッケージを共通のツールとして関係機関同士が連携することによって、より効果的、効率的な就労支援が展開されると指摘していたが、今回の調査によって、その事例が確認された。ただし、連携は特に行っていないケースも多かったことを考えると、今後は、連携を効果的、効率的に図っていくためのマニュアル等の開発や研修の実施等が必要と考える。 5 まとめ 本報告では、広域・地域障害者職業センター(以下「センター」という。)で行われている就職または復職に向けた支援において、トータルパッケージを活用した支援の実態を明らかにすることができた。また、トータルパッケージの活用による支援が、センターにおいてかなり定着してきていることも窺われた。これは、ツールのそれぞれの特徴を生かした活用によって、支援の幅が広がるだけでなく、得られる情報も多岐にわたることで、当事者への深い関わり方にも影響していると考える。 今回、センターに対するトータルパッケージの活用状況調査を通して、センター独自の活用方法などを取り入れながらも、就労支援を行う上での有効なツールとして活用されていることを把握することができたと思われる。また、活用状況の偏りや改善等の要望、連携の不十分さなども明らかになったことから、今後は、トータルパッケージのさらなる改良を行いながら、福祉・教育・医療機関及び事業所等においても、共通ツールとして活用できるよう、これらの分野の協力機関において、試行実施やヒアリングを重ね、トータルパッケージを活用した体系的・汎用的な就労支援技法を開発できるよう、研究を進めていきたい。 <参考文献> 1)刎田文記他:トータルパッケージを活用した関係機関の連携の在り方について、「第14回職業リハビリテーション研究発表会論文集」、p220−223(2006) トータルパッケージの活用状況について(3) −高次脳機能障害者を対象とした医療機関・施設における活用状況の分析− ○加地 雄一(障害者職業総合センター障害者支援部門 研究協力員) 小池 磨美・野口 洋平・位上 典子・小松 まどか・村山 奈美子・加賀 信寛・望月 葉子・川村 博子(障害者職業総合センター障害者支援部門) 1 目的 「職場適応促進のためのトータルパッケージ」(以下「トータルパッケージ」という。)は、その開発当初から他の障害に先駆けて、高次脳機能障害者に対して医療機関等で実施されてきた(障害者職業総合センター、2004)1)。こうした経緯を踏まえ、トータルパッケージを比較的長期間にわたって実施している医療機関・施設における高次脳機能障害者へのトータルパッケージの活用状況を明らかにすることを目的として、実態調査を行った。 2 方法 (1)調査対象 リハビリテーション病院1所、リハビリテーションセンター(更生施設、病院外来で構成されている)1所、病院1所に対して実施した。 (2)調査時期 平成20年4月から6月末。 (3)調査方法 質問紙をメールで送信し、メール返信による回答を求めた。 (4)調査内容 平成18〜19年度にトータルパッケージの活用を開始し、平成19年度末までに終了した高次脳機能障害者に対する活用状況について調査した。質問紙の内容は、(1)トータルパッケージの活用状況、(2)トータルパッケージの個別実施状況、(3)活用事例等であった。 3 結果と考察 トータルパッケージの実施状況を以下に示す。 (1)トータルパッケージの活用状況 イ 使用者  Aリハビリテーション病院では職業指導員、Bリハビリテーションセンター更生施設では作業療法士、就労支援員、Bリハビリテーションセンター病院外来では作業療法士、臨床心理士、C病院では作業療法士がトータルパッケージの実施者であった。 ロ 具体的な活用状況 Aリハビリテーション病院では、職業指導員がトータルパッケージを高次脳機能障害者の作業性や障害特性に応じて創意工夫しながら活用している。例えば、「亜急性期において職能評価開始から1ヶ月以内に、1単位20分、1日2単位、週2〜3回実施」あるいは、「回復期の職業リハビリテーションにおいて1単位20分として、利用者の必要度に応じて実施」されている。 Bリハビリテーションセンターは医療機関と福祉施設の複合施設であり、更生施設と病院外来でトータルパッケージが活用されている。更生施設では、①通所プログラムにおいて記憶障害者の補完手段獲得支援として毎朝M—メモリーノート*の活用のためのグループミーティングが行われ、②復職・一般就労を目標とした対象者への職業前訓練として週5日3時間程度MWS*を実施している。病院外来では、①就労・復学・社会参加を目標に週1回2時間、②復職・就労を目標に月3回1時間トータルパッケージが活用されている。 C病院では、入院中の急性期から回復期、外来リハビリや他機関からの紹介による短期入院においても高次脳機能障害の評価を目的に活用されている。これらの対象者に対し、1単位(20分)もしくは3単位を枠として、個人の実施計画に基づいて作業療法士によりトータルパッケージが実施されている。 ハ 活用目的 各機関・施設がトータルパッケージを活用するにあたっての目的は、「評価」が一番多く、続いて「リハビリテーション」、「相談」の順となっている。 (2)トータルパッケージの個別実施状況 イ 対象者の属性等 トータルパッケージの対象者の人数は174名(男性147名、女性27名)であった。対象者の受障年齢の平均は38.8歳で、トータルパッケージ活用時期の平均年齢は40.6歳であった。年齢分布(図1)では、30歳前後、50歳前後をピークとする2峰性の分布が確認された。年齢と原疾患について分析したところ、30歳前後のピークには外傷性脳損傷患者が比較的多く、50歳前後のピークには脳血管障害患者が比較的多かった。 対象者の原疾患については外傷性脳損傷と脳血管障害で、全体の83.9%を占めている(表1)。 表1 対象者の原疾患 原疾患 人数 % 外傷性脳損傷 89 51.1 脳血管障害 57 32.8 他の脳疾患 22 12.6 その他 5 2.9 無回答 1 0.6 対象者の高次脳機能障害の状況を主たるものから順に3種類まで回答してもらったところ、1種類の者は41名、2種類の障害を併せ持っている者は47名、3種類の障害を併せ持っている者は81名、無回答が5名であった。 対象者の主たる高次脳機能障害を表2に示した。 表2 対象者の主たる高次脳機能障害 障害 第一回答 複数回答 人数 % 人数 % 注意障害 72 41.4 117 67.2 記憶障害 53 30.5 98 56.3 失語症 25 14.4 36 20.7 行動と情緒の障害 11 6.3 49 28.2 半側空間無視 6 3.4 15 8.6 遂行機能障害 2 1.1 45 25.9 その他 0 0 15 8.6 無回答 5 2.9 5 2.9 複数回答で人数の多かった上位4つの障害(注意障害、記憶障害、行動と情緒の障害、遂行機能障害)について、どの組み合わせ(2つ)が多いかカウントし、その結果を表3に示した。次に障害の3つの組み合わせで多かったものを表4に示す。他の組み合わせは全て5人以下であった。このような複合的な障害を持つことが高次脳機能障害の特徴として挙げられる。 表3 障害の組み合わせ(2つ)による 対象者の人数(重複あり) 障害の組み合わせ 人数 記憶障害 注意障害 58 行動と情緒の障害 32 遂行機能障害 31 注意障害 行動と情緒の障害 30 遂行機能障害 27 遂行機能障害 行動と情緒の障害 8 表4 障害の組み合わせ(3つ)による 対象者の人数(重複あり) 障害の組み合わせ 人数 記憶障害 注意障害 行動と情緒の障害 16 遂行機能障害 15 失語症 11 ロ トータルパッケージの活用状況 (イ)活用目的  トータルパッケージの個別対象者ごとの活用目的を図2に示した。この図から、トータルパッケージは「評価」(76.4%)を目的として活用されることが一番多く、その次に「作業遂行能力向上」(51.7%)といった訓練や、「自己認知の促進」(50.0%)、「障害の自己受容」(36.2%)といった自己理解を目的として活用され ていることが示唆される。 (ロ)活用状況  図3にトータルパッケージの活用状況としてワークサンプルごとの人数を示した。OA作業では数値入力、文書入力が多く、事務作業では数値チェック、物品請求書作成、作業日報集計が多く、実務作業ではピッキング、プラグ・タップ組立が多く用いられていた。 (ハ)障害別活用状況  表2で複数回答された障害別にトータルパッケージの活用状況を検討したところ、次のような特徴が見られた。 【注意障害】注意障害のある人とない人でワークサンプルの利用率を比較したところ、数値入力(障害あり43%、障害なし37%)と文書入力(障害あり44%、障害なし35%)では注意障害がある人の方が利用率が高かった。反対に、数値チェック(障害あり40%、障害なし44%)、物品請求書作成(障害あり49%、障害なし56%)、作業日報集計(障害あり29%、障害なし.33%)では注意障害がない人の方が利用率が高かった。工程数が比較的少ない数値入力と文書入力のような課題が、注意障害のある人にとって取り組みやすかったと考えられる。 【行動と情緒障害】行動と情緒障害のある人とない人で比較したところ、ナプキン折り(障害あり20%、障害なし3%)やプラグ・タップ組立(障害あり33%、障害なし6%)で障害がある方が利用率が高かった。行動と情緒障害は第一回答として挙げられることは比較的少ないが、第二回答以降で挙げられることが多い(表2)。障害像の多様さが実務作業への適応へと結びついたと考えられる。 【遂行機能障害】遂行機能障害がある人とない人で比較したところ、事務作業で障害がある方が利用される割合が多かった。特に、数値チェック(障害あり69%、障害なし32%)、物品請求書作成(障害あり64%、障害なし47%)で利用される割合が高かった。 【失語症】失語症がある人は多種類のワークサンプルで障害がない人よりも利用率が高かった。 (ニ)結果・効果(自由記述)  活用の結果・効果について回答があった151人分の自由記述をカテゴリー化したところ、次のように分類できた。①「自信の獲得」7人(例:自信がついた、落ち込みが解消されたなど)、②「障害・疲労の理解向上」46人(例:ミスや易疲労性の自覚など)、③「作業遂行の改善・向上」33人(例:ミスの低下や作業速度の向上など)、④「補完手段の獲得」10人(例:メモや確認行動の習慣化など)、⑤「障害のアセスメント」30人(例:作業能力の把握、復職先の理解を得たなど)、⑥「その他」46人(①〜⑤に当てはまらないもの)であった。(複数回答可)。組み合わせで最も多かったのは、②「障害・疲労の理解向上」と③「作業遂行の改善・向上」の組み合わせ13人であり、他の組み合わせは全て3人以下であった。 (3)活用事例等  トータルパッケージの活用事例について回答があった中から、特徴的なものを次に記す。 イ MWSとM—メモリーノートの組み合わせが有効であった事例 職リハプログラムの開始ミーティングでは、当日実施するMWSの内容(どのレベルかなど)と目標(ミスを減らす、次のレベルにあがるなど)を自己申告し、終了ミーティングでは結果の報告をしてもらっている。そのため、M—メモリーノートを始め、全員がノートを記載する必要がある状況をつくっている。M—メモリーノートをMWSの訓練中に記載し忘れ、ミーティングで報告に時間がかかることが続くと、M—メモリーノートの記載の必要性が徐々に認識された。スタッフの介入もあり活用の習慣化につながった。開始ミーティングでは、M—メモリーノートの参照の習慣化にもつながった(Bリハビリテーションセンター更生施設)。 ロ MWSの各課題を通して自己理解が深まると同時に自信がついた事例  いろいろな課題に取り組んで自分に何ができるか模索したいとの意向があり、MWSの各ワークサンプルを実施した。その結果、苦手な部分、できる部分などを認識することができ、今後の社会生活への視野が広がった。また、繰り返し行うことで、自信がついた(Aリハビリテーション病院)。 ハ 関連機関との連携においてトータルパッケージが有効であった事例 就労支援の際、関連機関との連携において、トータルパッケージを共通の評価として利用できた。病識欠落の症例において家族および本人の就労能力の理解に役立つため、能力に合った支援への受け入れが円滑に行われた(C病院)。 ニ トータルパッケージ活用に際して、工夫した使い方がなされた事例 本人の能力を適切に判断し、必要なものから提供していった。自主訓練に利用することで遂行機能障害へのアプローチにつなげるようにした。作業耐久性向上、注意障害の改善のために時間を少しずつ伸ばしていくように努めた(C病院)。 ホ その他、感想など ・ OAワークへの取り組みが良好な利用者には、就労準備訓練の作業課題として有効と思われる。 ・ トータルパッケージの特徴は利用者自身が自己の障害認識を深めることが出来ることであると思う。また、それができてこそ、補完手段や対処行動など職場適応できる力がついていくと思う。同時にスタッフの介入の仕方とグループでの取り組みが重要と感じる。 ・ 病識が欠落している症例に対して、障害の気づきに大変役立つと思われる。 ・ リハ訓練を受け入れない症例でもトータルパッケージを拒否する症例は大変少ないと感じた。 ・ 発症後間もない症例に対して今後の支援を検討するうえで大変有効であると感じた。 ・ 高次脳機能障害は男性の症例が多い傾向があり、職務経験を持っていることから、他の作業療法で用いられる教材などに比べ、受け入れが非常に良いと感じた。  4 まとめ及び今後の課題  トータルパッケージは、評価や作業遂行能力、自己理解向上を目的として実施されることが多く、トータルパッケージ内の各ツールを組み合わせて用いることにより、その目的を達成しようとする試みがなされている。活用状況の分析などから、対象者の障害や目的に合わせ、柔軟にトータルパッケージが活用されていることが示された。 MWSは様々なワークサンプルから構成されているため、多様な障害やニーズに対応することが可能である。また、「その他、感想など」からは、MWSは実際の作業をイメージしやすく、対象者に受け入れられやすい職業リハビリテーションツールとして受け止められていることが示唆された。  なお、今回は調査項目に帰趨状況(就職・復職・進学など)も含まれていたが、その分析は今後の課題としたい。 引用・参考文献 1) 障害者職業総合センター:精神障害者等を中心とする職業リハビリテーション技法に関する総合的研究(最終報告書)、「調査研究報告書№.57」(2004) 小倉由紀:高次脳機能障害を有する二分脊椎者への就労支援、「第15回職業リハビリテーション研究発表会発表論文集」、p.224-227(2007) 小倉由紀:千葉県千葉リハビリテーションセンターにおけるトータルパッケージの活用状況について、「障害者職業総合センター平成19年度第2回就職・職場適応専門部会配布資料№2-2」(2007) 障害者職業総合センター:事業主、家族等との連携による職業リハビリテーション技法に関する総合的研究(第2分冊 関係機関等の連携による支援編)、「調査研究報告書№.75」(2007) ワークショップⅠ 地域で支える精神障害者の 職業リハビリテーション 【コーディネーター】 相澤 欽一 (障害者職業総合センター 主任研究員) 【コメンテーター】 中原 さとみ (社会福祉法人桜ヶ丘社会事業協会桜ヶ丘記念病院 精神保健福祉士) 北岡 祐子 (医療法人尚生会社会就労センター(創)C.A.C 精神保健福祉士) 北山 守典 (社会福祉法人やおき福祉会紀南障害者就業・生活支援センター 所長) 倉知 延章 (九州産業大学国際文化学部臨床心理科 教授) 地域で支える精神障害者の職業リハビリテーション − 一人ひとりのリカバリーを目指した地域密着連携型の就労支援 −    社会福祉法人桜ケ丘社会事業協会桜ケ丘記念病院 精神保健福祉士 中原さとみ 今日、就労支援の効果的な方法として最も注目されているのが個別職業紹介とサポート(Individual placement and support:IPS )である。IPSは、1990年代前半にアメリカで開発された就労支援モデルであり、これまでに多くの無作為化比較対象試験により、その有効性が報告されてきた。その結果、現在では、エビデンスに基づいた実践(Evidence-Based Practice :EBP)の一つとされ、北アメリカ、EUや我が国においても重症精神障害者に対する有効性が報告されている。 IPSは,自分のリカバリーを追及できる方法の一つである。自立度が高まるにしたがって、自己効力感が高まり、症状への対処術が向上し、生活全般に満足感を覚えるようになる。また、地域社会とつながることで精神保健機関が提供するサービスへの依存が少なくなり、一般の方と一緒の職場で共に働くことでスティグマを軽減できるとされている。 本発表では、桜ケ丘記念病院における就労支援IPSモデルの実践、そして、医療と就労の統合、継続的なサポートを中心に地域で効果的なサービスを提供していくため工夫を紹介する。 医療と就労支援の統合ならびに連携 IPSの支援では医療との統合が重要であるが、当院では、就労支援担当者が主治医やデイケアスタッフ、PSW等チームメンバーと小まめにコミュニケーションを取り、支援内容をカルテに記載することで情報共有がスムーズになり、結果として、例えば就労状況に合わせたより良い薬物療法が可能となっている。ケースによっては個人情報保護法や拡大守秘義務の規定に配慮しながらハローワークや地域の関係機関と連携していく。地域にはそれぞれのネットワークと人脈があり、それらがIPSによる支援をサポートしてくれる。リカバリーやIPSの原則を共通言語とすることでアイディアを共有しながら柔軟な発想を持って支援していくことができ、また常に当事者の目指すものは何かという原点に立ち戻り、方針を修正していくことが可能となる。 継続的なサポート 就労支援担当者はご本人、ご家族、企業スタッフに対して、精神的なサポート、対人関係、症状/薬の自己管理、生活習慣、ストレス対処法、元気回復行動プラン、認知機能障害への対処法に関する支援を面接、訪問、電話対応により行っている。時間の経過とともに支援の形と量は変化するが、一般従業員によるナチュラルサポートが形成された後も、必要に応じて長期的なフォローアップとサポートは欠かせない。また、就労のための勉強やスキルアップにもサポートを与える。 IPSモデルの基本原則 1 就労支援対象について除外基準なし 2 就労支援と医療保健の専門家が統合 3 職探しは本人の強みや興味に基づく 4 短期間・短時間でも一般就労を目指す 5 経済的側面の支援を提供する 6 迅速に職場開拓を実施する 7 就職後のサポートは継続的に行う 地域で支える精神障害者の職業リハビリテーション − 職業生活を継続するための支援 − 医療法人尚生会社会就労センター(創)C.A.C 精神保健福祉士 北岡 祐子 1.施設概要 当施設は平成15年に設立された精神障害者通所授産施設である(将来的には障害者自立支援法の就労移行支援事業に移行予定)。活動内容は、一般就労を希望する精神障害のある方を対象に、職業リハビリテーションサービスを提供している。施設は神戸市の中心部に位置し、JRや市営地下鉄、私鉄の各駅から徒歩10分圏内、ハローワークも徒歩圏内にあるため利便性も高く、就労支援に適した立地条件となっている。 2.施設における職業リハビリテーションサービス 当施設が提供している職業リハビリテーションプログラムの内容は①基本的な労働習慣作りと職業適性を知る(施設内実習・事業所実習)、②職場での対人技能及び対処技能の習得(SST・ビジネスマナー等就労セミナー)、③疾病障害管理のための心理教育(障害や服薬についての学習会・ストレス対処)、④社会人マナーの習得と社会体験の再構築(食事会やレクリェーションを通して)、⑤仕事探しのプログラム(就職面接の仕方や履歴書の書き方、オープン、クローズの働き方)など職業準備性を高める内容が中心となっている。各プログラムでは、就労への意欲や動機付けを高め維持したり、ピアサポートの力を促進する要素(グループワーク)を取り入れている。メンバーの家族には定期的に家族の会を開催し、心理教育や情報交換、相談支援を行っている。 以上のプログラム参加を経て、職業準備性が向上したメンバーから就職活動に入り、ハローワークや障害者職業センターと連携し、就労支援制度等を利用しながら就職をめざしていく。そしてメンバーが就職した後も、相談や職場介入などを含めた就労継続支援を行っている。 3.就職実績 平成15年1月から平成20年3月末までに退所したメンバーの就職率は約54%となっている。オープンで就職した方は就職者全体の約61%、クローズで就職した方は約39%となっている。離職者は就職者全体の19%である。職種は様々であり、製造業からサービス業、事務等多岐に渡っている。 就職者が職場定着している大きな要因のひとつにマッチングがある。本人の職業準備性が身についている、あるいは非常に就職への強い意欲を持続していたことを前提としながらも、オープンクローズにかかわらず、仕事内容や労働条件及び環境が本人に合っていたことが継続につながっている。そして、就労継続のもうひとつの要因はソーシャルサポートにある。仕事について相談したり気軽に話せる人間関係をもっていること(施設のスタッフ、友人、その他)が精神的支えになると同時に、相談しながら対処スキルを身につけ、般化ができていると考えられる。 4.就職後の支援内容  就職はゴールではなく新たなスタートである。障害の有無にかかわらず、就業生活を維持するにはさまざまな工夫と努力が必要である。さらに精神障害をもちながら働くには、精神障害の特性に合わせた対処技能が要求される。特に就職したばかりの頃は、緊張や不安により感受性が敏感になっているので、職場導入期の支援は特に重要であろう。また就業生活を送る中では、職場での課題(人間関係や仕事内容)も当然出てくるが、同時に各年代にみられるライフイベントやさまざまな日常の出来事など、生活面での課題も生じる。 当施設では、メンバーが就職した後も継続して支援を行ってきた。表1は就職者からよくある相談内容の例と、それらに対する支援内容である。 表1.就職後(オープン、クローズ双方)の相談内容の例と、それに対する支援 相 談 項 目 相 談 内 容 支 援 内 容 職場の人間関係 ・仕事のことで注意をされ落ち込んだ ・上司から冗談を言われたがうまく返せなかった ・他の社員と気軽に雑談したいがうまくできない ・人によって指示の内容が違う、どうしたらいいか ・上司が替わったが自分を理解してくれるか心配 電話相談・個別SST 来所相談・職場訪問 必要に応じてハローワーク・障害者職業センター・医療機関と連携 作業遂行等 ・もっと速くしてと言われたがどうしたらいいか ・仕事で失敗してしまった ・手順がなかなか覚えられない ・新しい仕事が増え、緊張している ・時間内に担当の仕事が終わらない 来所及び電話相談・個別SST 職場訪問・ジョブコーチ支援 仕事のマニュアル作成 必要に応じてハローワーク・障害者職業センター・医療機関と連携 社会保険等 ・社会保険がついたが、障害年金はどうなるのか ・所得税控除の手続きはどうするのか 来所相談・電話相談 情報交換・交流 ・精神障害をもちながら働いている人と話したい ・仕事を続ける秘訣について知りたい ・他の人のいろいろな対処法を知りたい 就職者の茶話会を月1回開催 →(関係機関支援者も参加) 転職相談 ・職場を変わりたい ・職場が移転することになったが遠くて通えない 転職支援・ハローワークと連携 障害者職業センターと連携 生活・その他 ・家族が病気で入院し、不安 ・休日の過ごし方 ・体調について主治医にうまく伝えられない ・友人との関係で悩んでいる 電話相談・来所相談 個別SST・施設行事に参加 受診に同行・医療機関と連携 5.まとめ  表1にある相談内容の一例をみてわかるように、職業生活を維持するためには、様々な出来事や不安、悩みに対しての迅速な支援と対処が求められる。支援者は、個々の障害特性や生活、労働条件、職場の特徴をよくアセスメントし、諸事情を把握した上での介入が必要である。それには単に本人の話を聴くだけではなく、内容に応じた支援技術(SSTや心理教育、ストレス対処法、作業工程及び作業動作分析による評価等)が求められている。ただ支援者はややもすると、本人の障害や能力、対処法の改善ばかりに注目してしまいがちだが、実際には労働条件や医療サービスが合っていない、支援者の介入方法が間違っている、家族に問題を抱えているなど、本人をとりまく環境の見直しが必要なことも多い。相談内容によっては、相談を受けた機関だけで解決しようとするのではなく、事業所やハローワーク、医療機関等とも連携しながら改善点を検討し、本人がより前向きに取り組めるような環境調整も大切であると考える。 地域で支える精神障害者の職業リハビリテーション 社会福祉法人やおき福祉会紀南障害者就業・生活支援センター 所長 北山 守典 ◎福祉圏域における精神障害者の就労支援の取り組み 平成10年、法人自主事業として精神障害者雇用支援センター設立(以下「雇用センター」という。)。当時、精神障害者の就労は社会的に認知されておらず、啓発・啓蒙を中心とした時代であった。社会福祉施設についても小規模作業所が比較的多く、地域の事業所から内職的に仕事を回して貰っている程度で、作業と言えるものではなかった。 また、精神障害者の就労支援についての支援ノウハウもなく、研修会・就労支援施設など学ぶところも極端に少ない状況であった。あるのは医療機関・保健所のデイケアー位でとても就労支援の参考になるものではなかった。 雇用センターでは、就労支援ノウハウを少しでも身に着けていくため、既に精神障害者を雇用されている数社の企業に飛び込み、職場担当者から直接指導を受けることから始めた。 こうして、一歩ずつ基盤をつくり企業との接点を大事にしながら、精神障害者の支援のあり方を企業現場の中で着実に収得することができた。 ◎施設内作業訓練の重要性 障害の開示について 障害特性と生活背景の把握 服薬状況と家族関係について 作業能力と継続性 ◎職場実習について 体験型職場実習の組み立て 職場実習における能力評価 施設外請負い事業について ◎職場定着支援について 就労・生活支援の一体化した支援 ペア・グループ就労の推進 点から線への組織的支援 支援員・ジョブコーチのタイムリーな支援 地域で支える精神障害者の職業リハビリテーション 九州産業大学国際文化学部臨床心理学科 教授 倉知 延章 ワークショップⅡ ジョブコーチの現状と課題 【コーディネーター】 松為 信雄 (神奈川県立保健福祉大学社会福祉学科 教授) 【コメンテーター】 小川  浩 (大妻女子大学人間関係学部人間福祉学科 教授 /NPO法人ジョブコーチ・ネットワーク 代表) 黒田 紀子 (有限会社トモニー 統括主任/第2号職場適応援助者) 中村 正子 (障害者職業総合センター職業リハビリテーション部 次長) 依田 隆男 (障害者職業総合センター 研究員) ジョブコーチの現状と課題 大妻女子大学人間関係学部人間福祉学科 教授 NPO法人ジョブコーチ・ネットワーク 代表 小川 浩 ジョブコーチの現状と課題 − 重度障害者多数雇用事業所におけるジョブコーチの現状と課題 −                  有限会社トモニー 統括主任/第2号職場適応援助者 黒田 紀子 1 はじめに 当社は、従業員74名のうち30名の障害者を雇用している。30名の障害者の内訳は、知的25名、身体4名、精神障害が1名、男女の比率は、2対1、うち、25名(83%)が重度障害者である。他に関連会社として、自立支援法に基づく就労継続支援A型事業所 株式会社トモニー・きずながあり13名(知的11名 身体1名 精神1名)の障害者が働いている。 筆者は会社創業時より勤務し22年になり有限会社トモニーでは、第2号職場適応援助者(以下「2号ジョブコーチ」という。)として、株式会社トモニー・きずなでは、障害者職業生活相談員を兼務している。これらの経験野中から、以下に4事例を報告する。 2 ケース①:重度の知的障害者の加齢に伴う能力低下についての取り組み(ジョブコーチ支援から) (1)属性 45歳 女性 知的障害(重度)  (2)経緯 長年清掃と飲食サービス業務の補助をおこなう。清掃については能力の低下が著しくなり、業務に支障が出始める。また同僚との人間関係がうまく取れなくなり、そのことが本来の飲食サービス業務にも影響がでてトラブルが多くなる。生活においては、グループホームで利用者同士のトラブルが多発する。 (3)対応 様々な支援(グループホーム世話人との面談や施設職員とのケース会議)を重ねることで、①グループホームでは相性の悪い人と同室だったこと、②家族関係において父親の病気と退職など本人の意思では解決できない悩みを抱えていたことがわかる。 家族、施設の支援機関とのケース会議の結果、家族とすべての機関が雇用継続を希望し、本人は飲食業務の食堂だけの仕事を強く望んだため、管理者や現場指導者と職場定着会議を持ち、①業務の見直し、②本人の意思を尊重し、業務を1部分にしぼること、③誇りを取り戻す業務にすることの確認をする。「料理の源はお出汁から」を合言葉に出汁をとる業務を確実に教え、今では同僚や後輩の障害者、指導者からも信頼され、自信をもって生き生きと働いている。 (4)所感等 加齢により作業能力は低下したが、職場環境を変え、職務内容を単純化し責任を持たせたことにより、誇りを持って仕事ができるようになる。生活支援者との連携をとり問題を共有化したことで、職場定着が図られたケースと考える。様々な角度から見直すこと、誇りと自信を持たせることによって人はまた成長することを教えられ、支援をする者にとっても初心に戻ることができた事例である。 3 ケース②:統合失調症者のトラブル解決と就労 (1)属性 31歳 男性 精神障害(統合失調症) (2)経緯 精神病院のグループホームより委託訓練の希望があり面談をする。平成18年3月から精神障害者社会適応訓練事業を1年半実施し、その後、障害者委託訓練を経て、トライアル雇用で平成19年12月から採用する。 18歳で精神病院に入院。その後病院内のグループホームに在籍するが、家族との連携連絡はなし。雇用に至るまでに、男性指導者に対しての暴力、同僚知的障害者への暴力等がある。特徴として、トラブル発生後、落ち込み、出勤できなくなるが、担当の精神保健福祉士が彼の代弁をしにくる。職場復帰できるようグループホーム内での支援を約束して帰るということの繰り返しが何度もある。 (3)対応 設立50年来の精神病院において、初めての社会自立者となる夢が本人はもちろん関係者に強くあったため、関係機関(保健所、就業・生活支援センター、病院のケースワーカー)と連携して、ケース会議を持ち就労の支援を行った。特に、指導者に対する暴力のときには、職場復帰の整備に困難をきたし、指導者に対する統合失調症の特徴の周知理解を図るため、何回もケース会議をおこなったが、約3〜4か月ごとに暴力問題は繰り返された。 衛生面に対する指導も困難を極めたが、就労するためには乗り越えなければならないことを、根気強く指導した結果、本人の努力もあり約6カ月で課題は改善されてきた。このことにより、職場における人間関係のトラブルが減少した。 献身的な精神保健福祉士の職場訪問があり、常に連携をとりながら問題解決にあたってきた。このことにより本人が、自分がだれよりも大事にされているという感情が芽生えたと考える。どうしても会社で働きたい希望が強く、ハローワーク、グループホーム世話人、精神保健福祉士、保健師、就業・生活支援センターワーカーで職場就労会議を開き、雇用を決定した。ちなみに、保健所の担当保健師にとっては、初めての就労支援であった。 (4)所感等 以降10か月の間、多少の不安定さはあるが特に大きな問題はなく、引き続き勤務している。家族関係においては、10年以上の空白が埋まりつつある。初めての社会生活においての戸惑いや 働くことの厳しさを乗り越えられたのは、彼を支える全ての人の思いがひとつだったことにほかならない。 4 ケース③:重度知的障害者(自閉症) の就労継続、生活支援について  (1)属性  男性 35歳 知的障害(重度)・自閉症・てんかん (2)経緯                   平成8年通所授産施設を経て23歳で入社する。入社3年目あたりからてんかん発作が頻発する。言葉はオウム返しであり、本人に病気や症状の理解は無理であった。家族は精神障害の父親と祖父母であったが支援は高齢の祖父が行っている。 (3)対応 近所の精神病院では、症状が安定しなかったため、当社が専門医療機関を紹介した。平成13年からは数カ月に1回の発作に減少し平成18年頃からは安定している。 職場では職務内容の変更を行い、直接関わる人たちには自閉症の特徴やてんかん発作時の対応についてのケース会議を行った。その後職場内でも彼の特性の理解が進み、良好な職場環境が構築され、現在に至っている。 (4)所感等 現在は理解者である高齢の祖父と定期的に連絡をとることで、生活面、体調面での安定がはかられているが、てんかん発作や今後の家族からの支援等将来に不安を残す。 現在している洗濯物の運搬助手以外での仕事は無理と思われるので、現在の業務を続けることを職員に周知徹底し理解を求める。医療においては日々注意深く観察し医療機関との連携をとり、生活においての新たな支援者を模索する場合は福祉機関との連携をとる必要があると思われる。 5 ケース④:健常者として入社した精神障害者への就労支援 (1)属性  男性 59歳 精神障害(躁うつ病・てんかん) (2)経緯及び対応  平成17年5月、57歳で健常者として入社。当初は周囲も健常者として対応しており、仕事上と対人関係のトラブルが頻発した。平成18年4月精神保健福祉手帳2級を取得、同年8月、障害者基礎年金2級を取得する。 手帳を取得したことにより、同僚からの理解も得られ、なおかつ1人で出来る部署に配属したためトラブルは減ってきた。 平成18年に家族から離れ一人暮らしをはじめ、1年前より将来を不安視し自宅の鍵を会社に預けるようになる。 今年7月頃より暑さと発作のため体調を崩し欠勤状態が続いた。その間度々医療機関や本人と連絡をとり病状を確認する。本人によると体調もかなりもどり1、2週間後ぐらいには職場復帰したいとの申し出があったが、1週間後突然の訃報を聞くこととなる。 (3)所感等 葬儀の後、遺族から「会社に勤められて大変ありがたかった」との言葉に少しは役にたったのかと感じている。働くことが生きがいであり、また誇りでもあったことを強く教えられた。この経験をより一層活かすべく、精神障害者の雇用と職場定着を図っていきたい。 上司からはこの経験を糧にして同じ環境にある人をあと2〜3人は雇用しようと慰められたが、大変複雑な心境である。 6 おわりに 企業における2号ジョブコーチはまだまだ少ないと聞く。2号ジョブコーチが企業の中でどのような支援をしているのか意見交換をする機会があればと思う。障害者の就労支援について、まだまだ勉強しなければならないことが沢山あると感じている。 ジョブコーチの現状と課題 — 高齢・障害者雇用支援機構における職場適応援助者(ジョブコーチ) による支援事業の現状と課題、今後の展望 — 障害者職業総合センター職業リハビリテーション部 次長 中村 正子 1. ジョブコーチ支援の状況 (1) 地域障害者職業センターにおけるジョブコーチ支援の状況 ・ 就職等の困難性の高い障害者に対する支援への積極的対応 ・ 事業主支援としての位置付けの定着:事業主ニーズに基づく支援 (2) ジョブコーチの人材育成 ・ 第1号、第2号ジョブコーチの養成:障害者職業総合センターでの集合研修、各地域障害者職業センターでの実習等による地域密着型の研修 ・ 第1号、第2号ジョブコーチへのフォローアップ:①ペア支援を通じた支援スキルの移転、②ケーススタディ、新しい知識、技能等の付与のための講習の実施(ジョブコーチ支援事業推進協議会) 2. ジョブコーチ支援をめぐる課題 (1) 支援対象者像の変化への対応 ・ 支援スキルの向上の必要性 (2) 人材育成に関する要請の高まり ・ 人材育成ニーズの多様化 3. 今後の展望 (1) ジョブコーチ支援について ・ 支援対象の重点化 (2) 人材育成について:障害者雇用促進法改正法案による地域障害者職業センターの業務の追加 ・ さまざまなニーズに応える研修機会の提供 ・ 連携等を通じて、支援に関する助言、援助を随時提供 ジョブコーチの現状と課題 障害者職業総合センター 研究員 依田 隆男 ワークショップⅢ トータルパッケージの活用 (MWSの演習を中心に) 担当:障害者職業総合センター障害者支援部門 トータルパッケージの活用(MWSの演習を中心に) 担当:障害者職業総合センター障害者支援部門 1 趣旨   特別支援学校等の教育機関、医療機関、福祉及び就労支援機関における訓練・指導、企業における雇用管理等の内にトータルパッケージが体系的に取り入れられ、発達障害を有する生徒の職業的発達や、精神障害者、高次脳機能障害者の職業準備性が効果的に促進されている事例が蓄積されつつある。 そこで、今後、トータルパッケージの導入を予定しているか、もしくは導入して間もない各機関や企業の担当者に対し、今回は主に幕張ワークサンプル(MWS)の具体的な活用方法に関し、実際の演習を通じて伝達することにより、円滑な訓練・指導、雇用管理に資することを目的とする。 2 演習の構成  (1)オリエンテーション  (2)MWS課題別演習 ・OA作業(数値入力、文書入力、コピー&ペースト、検索修正、ファイル整理)   ・事務作業(数値チェック、物品請求書作成、作業日報集計、ラベル作成) ・実務作業(ナプキン折り、ピッキング、重さ計測、プラグ・タップ組立)  (3)演習の進め方   参加者を3グループに分け、MWSの各課題に関する具体的な実施法について演習を行う。実施方法の詳細に関する質問は、参加者が演習中に担当研究員に対し、適宜行うことができる。   各課題の演習及び質疑終了後、順次、解散。   *Aグループ OA作業(5階大集団検査室)⇒事務作業(5階プロジェクト研究室1班)⇒実務作業(5階プロジェクト研究室2班) *Bグループ 事務作業(5階プロジェクト研究室1版)⇒実務作業(5階プロジェクト研究室2班)⇒OA作業(5階大集団検査室) *Cグループ 実務作業(5階プロジェクト研究室2班)⇒OA作業(5階大集団検査室)⇒事務作業(5階プロジェクト研究室1班) 第16回 職業リハビリテーション研究発表会 発表論文集 編集・発行 独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 障 害 者 職 業 総 合 セ ン タ ー 〒261-0014 千葉市美浜区若葉3−1−3 TEL 043−297−9067 FAX 043−297−9057 発行日 2008年11月 印刷・製本 アサヒビジネス株式会社