第33回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 開催日 令和7年11月12日(水)・13日(木) 会場 東京ビッグサイト 会議棟 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 「第33回職業リハビリテーション研究・実践発表会」の開催にあたって JEEDでは、職業リハビリテーションサービスの基盤整備と質的向上を図るため、平成5年から「職業リハビリテーション研究・実践発表会」を開催し、職業リハビリテーションに関する調査研究や実践活動から得られた多くの成果を発表いただく機会を設けるとともに、会場に集まっていただいた方々の意見交換や経験交流等を通じて、研究、実践の成果の普及に努めてまいりました。 第33回を迎える今回の職業リハビリテーション研究・実践発表会においても多くの研究・実践者の方々に発表いただくとともに、様々な方々にご参加いただきますことに対しまして、心より感謝申し上げます。 特別講演では、オリンパスサポートメイト株式会社がグループ全体で取り組む「インクルージョン」の考え方を基盤に、障害を特性のひとつと捉え、誰もが誇りを持って働ける環境と人づくりとして進めてきた取組と得られた成果・学びをご紹介いただきます。 また、パネルディスカッションは、2つのテーマについて意見交換を行います。 1つ目は、労働力人口の高齢化に伴い、企業で働く障害者の高齢化に関する企業の関心が高まっていることから、加齢に伴う影響をふまえた企業における取組や支援の現状を共有し、今後のよりよい支援や工夫等について意見交換を行います。 2つ目は、定着・活躍・成長につながる障害者雇用に着目し、企業における障害者雇用の質の向上に向けた取組や支援の充実・強化について共有し、今後あるとよい支援や工夫等について意見交換を行います。 さらに、企業や就労支援機関等における研究や実践の発表として、口頭発表80題、ポスター発表37題を予定しております。 近年の障害者雇用を巡る状況を見ると、民間企業での障害者雇用者数は21年連続で過去最高となり(令和6年6月1日)、着実な進展が見られています。一方で、障害者雇用促進法の改正(令和4年12月)により、雇用の質の向上に向けて職業能力の開発及び向上に関する措置が事業主の責務として追加され、職場定着や個々の力が発揮できる環境づくりにつながる課題解決、障害者本人のモチベーションの維持・向上等に向けた取組を行うことが求められています。 このような中で開催する今回の研究・実践発表会の内容が、ご参加いただく皆様にとって新たな取組のヒントとなり、地域や企業等において活用いただくことにより、種々の課題解決の糸口として障害者雇用の促進と職業リハビリテーションサービスの推進に貢献できる機会となれば幸いです。 最後になりますが、お忙しい中にもかかわらず、特別講演の講師及びパネルディスカッションのパネリストを快くお引き受けいただいた皆様、さらには変わらぬ情熱で研究・実践発表にご応募いただいた皆様に心より感謝を申し上げます。 令和7年11月 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 輪島 忍 プログラム ○ 研究・実践発表会 【第1日目】 令和7年11月12日(水) 12:30 受付 13:00~14:40 開会挨拶~特別講演 挨 拶:輪島 忍 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 特別講演 「誰もが力を発揮できる職場づくり ~一人ひとりが生き生きと成長し、能力を発揮できる組織へ~」 講 師 :龍田 久美 氏 オリンパスサポートメイト株式会社 代表取締役社長 休憩 15:00~16:40 パネルディスカッションⅠ 「“働き続けたい”を支える ~高齢化する障害者雇用の今とこれから~」 コーディネーター:宮澤 史穂 障害者職業総合センター 上席研究員 パネリスト:(話題提供順) 佐伯 覚 氏 産業医科大学 リハビリテーション医学講座 教授 福岡 宏水 氏 株式会社堀場製作所 管理本部グローバル人財センターグループ人事部人財サポート・DE&I推進チーム サブリーダー 加藤 幹太郎 氏 株式会社新陽ランドリー 専務取締役 佐野 和明 氏 社会福祉法人愛育会 障碍者就業・生活支援センターわーくわく主任就業支援ワーカー 【第2日目】 令和7年11月13日(木) 9:00 受付 研究・実践発表  9:30~11:20 口頭発表 第1部 (第1分科会~第8分科会) 分科会形式で8つの会場に分かれて同時に行います。 11:30~12:30 ポスター発表 発表者による説明、質疑応答を行います。※ポスターは11時30分から15時10分まで展示しています。 13:00~14:50 口頭発表 第2部 (第9分科会~第16分科会) 分科会形式で8つの会場に分かれて同時に行います。 休憩 15:10~16:50 パネルディスカッションⅡ  「“定着・活躍・成長”につながる障害者雇用×雇用の質を高めるための支援を考える」 コーディネーター:佐々木 直人 障害者職業総合センター 職業リハビリテーション部 調査役 パネリスト:(話題提供順) 武田 直明 氏 グリコチャネルクリエイト株式会社 総務人事部 部長 中田 恭子氏 公益財団法人大原記念倉敷中央医療機構 倉敷中央病院 人事部 障害者雇用促進室・チャレンジドステーション 佐藤 伸司 大阪障害者職業センター南大阪支所 支所長 中山 奈緒子 障害者職業総合センター 上席研究員 閉会 ○基礎講座・支援技法普及講習   令和7年11月12日(水) ※ 上記の研究・実践発表会に先だち、下記の基礎講座及び支援技法普及講習を行います(4つの会場に分かれて同時に行います)。 10:00 受付 10:30~12:00 基礎講座  Ⅰ 「精神障害の基礎と職業的課題」 講師:永岡 靖子 (障害者職業総合センター 主任研究員) Ⅱ 「『就労支援のためのアセスメントシート』を活用したアセスメント」 講師:大竹 祐貴 (障害者職業総合センター 上席研究員) 支援技法普及講習 Ⅰ 「高次脳機能障害者の就労に役立つ視聴覚教材」 講師:狩 野 眞 (障害者職業総合センター職業センター 上席障害者職業カウンセラー) Ⅱ 「発達障害者の強みを活かすための支援」 講師:上村 美雪 (障害者職業総合センター職業センター 障害者職業カウンセラー) 目次 p.2 【特別講演】 「誰もが力を発揮できる職場づくり ~一人ひとりが生き生きと成長し、能力を発揮できる組織へ~」 講師:龍田 久美 オリンパスサポートメイト株式会社 p.6 【パネルディスカッションⅠ】 「“働き続けたい”を支える ~高齢化する障害者雇用の今とこれから~」 コーディネーター:宮澤 史穂 障害者職業総合センター パネリスト:佐伯 覚 産業医科大学 リハビリテーション医学講座 福岡 宏水 株式会社堀場製作所 管理本部グローバル人財センターグループ人事部 人財サポート・DE&I推進チーム 加藤 幹太郎 株式会社新陽ランドリー 佐野 和明 社会福祉法人愛育会 障碍者就業・生活支援センターわーくわく p.10 【パネルディスカッションⅡ】 「“定着・活躍・成長”につながる障害者雇用×雇用の質を高めるための支援を考える」 コーディネーター :佐々木 直人 障害者職業総合センター 職業リハビリテーション部  パネリスト :武田 直明 グリコチャネルクリエイト株式会社 総務人事部 中田 恭子 公益財団法人大原記念倉敷中央医療機構 倉敷中央病院 人事部 障害者雇用促進室・チャレンジドステーション 佐藤 伸司 大阪障害者職業センター南大阪支所 中山 奈緒子 障害者職業総合センター 【研究・実践発表 -口頭発表 第1部-】※発表者には名前の横に○がついています。 第1分科会:企業における採用、配置の取組 p.14 1 PC業務拡大に向けた業務適性把握課題・社内実習の取り組み  ○志村 恵 日総ぴゅあ株式会社 市川 洋子 日総ぴゅあ株式会社 p.16 2 続 GP企業内cafe。価値ある雇用と精神障害者の活躍実現に向けて ~朝日生命様(1月)と前川製作所様(6月)の現在地~ ○工藤 賢治 株式会社ゼネラルパートナーズ ○長尾 悟 株式会社JBSファシリティーズ p.18 3 精神障害・発達障害のある大学生採用:効果的な採用の考え方とプロセス ○八重樫 祐子 株式会社LIXIL Advanced Showroom ココロラボ  ○小川 健 株式会社エンカレッジ 山本 愛子 株式会社エンカレッジ 廣田 みのり 株式会社エンカレッジ p.20 4 障害のある従業員の能力把握と職域開発 ○湊 美和 株式会社リクルートオフィスサポート  奥本 英宏 株式会社インディードリクルートパートナー 石川 ルチア 株式会社インディードリクルートパートナー p.22 5 たのしいおしごとにっき ~Power Platformによる日報管理システムの構築とデータ活用 episode 0~ ○原 真波 三井金属株式会社  ○馬場崎 洋貴 三井金属株式会社 第2分科会:企業における職域拡大、キャリア支援 p.24 1 パラアスリートの雇用と現状について ○矢嶋 志穂 株式会社ゼネラルパートナーズ  p.26 2 個々の挑戦から全体の進化へ ○星 希望 あおぞら銀行  p.28 3 特例子会社における障がい者社員のキャリアアップ推進活動 ○大﨑 慎一 日総ぴゅあ株式会社  市川 洋子 日総ぴゅあ株式会社 p.30 4 障害のある社員によるグループ内外の事業者に対する障害理解セミナーの開催事例 ○前角 達彦 株式会社JTBデータサービス  p.32 5 電子化作業における効率化のための治具作成 ○平井 深雪 げんねんワークサポート株式会社 ○斎藤 翔 げんねんワークサポート株式会社 ○岩谷 和樹 げんねんワークサポート株式会社 ○成田 邦義 げんねんワークサポート株式会社 第3分科会:就労支援に携わる人材育成 p.34 1 企業協働会議での議論を通した支援者の意識変容と職場戦力化への支援 -協働視点への気づきと職場での実効性を高める取り組み- ○伊藤 真由美 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ札幌  持永 恒弘 特定非営利活動法人クロスジョブ 濱田 和秀 特定非営利活動法人クロスジョブ p.36 2 一般就労を支援する就労支援機関管理者が感じている課題 -障害者就業・生活支援センターと就労移行支援事業での比較- ○大川 浩子 北海道文教大学/NPO法人コミュネット楽創  本多 俊紀 NPO法人コミュネット楽創 宮本 有紀 東京大学大学院 p.38 3 障害者雇用におけるPCスキルの実態とSAKURAセンターの訓練との連動性 ○金井 優紀 株式会社綜合キャリアトラスト SAKURA杉並センター  ○瀧澤 文子 株式会社綜合キャリアトラスト SAKURA杉並センター 笹井 雄司 株式会社綜合キャリアトラスト SAKURA富山センター p.40 4 組織変遷に伴うProsocialの再設計と展開 -心理的安全性を軸とした30名規模組織での実践- ○金 貴珍 株式会社スタートライン サービス推進ユニット ○福島 ひとみ 株式会社スタートライン メンバーサポート東日本ディビジョン 刎田 文記 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 p.42 5 就労支援実務者の専門性と支援力に資する知識・スキル等に関する研究 -効果的な就労支援に必要な知識・スキル等リストの作成- ○大竹 祐貴 障害者職業総合センター  藤本 優 障害障害者総合センター 稲田 祐子 障害障害者総合センター 堀 宏隆 障害障害者総合センター 竹内 大祐 元障害者職業総合センター 唐沢 武 元障害者職業総合センター 春名 由一郎 元障害者職業総合センター 野口 洋平 元障害者職業総合センター 第4分科会:職業評価・アセスメント p.44 1 就労移行支援事業所における発達障害の利用者様がキャリア構成インタビューによりどのように自己理解を考えられるか考える ○荒木 美里 就労移行支援事業所ウェルビー株式会社 本村 綾 就労移行支援事業所ウェルビー株式会社 白幡 洵 就労移行支援事業所ウェルビー株式会社 橋本 五月 就労移行支援事業所ウェルビー町田市役所前センター p.46 2 特例子会社における障がいのある社員に対する個別支援計画の実施 -「働く態度の階層構造」理論に基づく社員育成 ○小笠原 拓 株式会社ドコモ・プラスハーティ 菅野 敦 東京学芸大学 p.48 3 部分的なマイノリティ性と就労上の課題の関連性について ○藤本 英理子 町田市障がい者就労・生活支援センターりんく ○田中 昭考 町田市障がい者就労・生活支援センターりんく ○竹村 恵子 町田市障がい者就労・生活支援センターりんく p.50 4 「在職中又は休職中の発達障害者に対する作業管理支援」の改良 ~汎用性を高めるための試み~ ○小松 成美 障害者職業総合センター職業センター 上村 美雪 障害者職業総合センター職業センター p.52 5 施設の特徴を生かしたライフスキル向上の実践 ~職業センター宿泊棟セルフマネジメントセミナーについて~ ○小沼 香織 障害者職業総合センター職業センター 土井 徳子 障害者職業総合センター職業センター 坂本 佐紀子 障害者職業総合センター職業センター 吉川 俊彦 障害者職業総合センター職業センター 鴨井 はるみ 障害者職業総合センター職業センター 第5分科会:地域における連携・就業生活支援 p.54 1 千葉県における難病患者就労支援の地域的課題 ~千葉県総合難病相談支援センター研修会でのSWOT分析を通して~ ○横内 宣敬 千葉大学医学部附属病院 尾方 穂乃香 千葉大学医学部附属病院 藤井 桃子 千葉大学医学部附属病院 馬場 由美子 千葉大学医学部附属病院 市原 章子 千葉大学医学部附属病院 p.56 2 ポリテクセンターと地域障害者職業センターが連携した障害のある訓練生に対する支援事例 ○近藤 正規 栃木障害者職業センター 正木 敦也 ポリテクセンター栃木 p.58 3 家族との関係に着目した発達障害者に対する就労支援 ~家族に対するアプローチを含めた包括的な支援について~ ○鈴木 靖子 宇都宮公共職業安定所 ○金田 則子 宇都宮公共職業安定所 p.60 4 企業がインクルーシブな障害者雇用を進める為に障害者雇用相談援助事業ができること ○片桐 さおり 特定非営利活動法人コミュネット楽創 北川 十一 特定非営利活動法人コミュネット楽創 p.62 5 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究 結果報告 -第8期調査最終期 経時的変化の分析結果から- ○稲田 祐子 障害者職業総合センター 武澤 友広 障害者職業総合センター 堀 宏隆 障害者職業総合センター 田川 史朗 障害者職業総合センター 野口 洋平 元障害者職業総合センター 第6分科会:精神障害/諸外国の取組 p.64 1 人の成長と可能性を信じ、働き続けたいと感じる職場作りを目指したチーム運営 ○小林 勲 ボッシュ株式会社 ○江口 浩 ボッシュ株式会社 p.66 2 就労移行支援事業所における当事者研究の実践 ~ワクワク当事者研究プレゼン大会~ ○池田 貴弥 一般社団法人キャリカ ○田中 庸介 一般社団法人キャリカ 松岡 広樹 一般社団法人キャリカ p.68 3 特例子会社で働く精神障がい者が語る“働き続けたい職場” -働きやすさを支える職場環境の要因とは- ○福間 隆康 高知県立大学 p.70 4 精神疾患や高次脳機能障害により休職し、職場復帰支援を利用し復職した社員のキャリアに対する考え方の変化 ○八木 繁美 障害者職業総合センター 齋藤 友美枝 元障害者職業総合センター 知名 青子 障害者職業総合センター 近藤 光徳 障害者職業総合センター 宮澤 史穂 障害者職業総合センター 浅賀 英彦 障害者職業総合センター 堂井 康宏 障害者職業総合センター p.72 5 日本と諸外国の雇用支援の対象となる障害者の範囲等の整理・比較 ○下條 今日子 障害者職業総合センター 武澤 友広 障害者職業総合センター 堀 宏隆 障害者職業総合センター 藤本 優 障害者職業総合センター 小林 五雄 障害者職業総合センター 佐藤 雅文 障害者職業総合センター 春名 由一郎 元障害者職業総合センター 第7分科会:難病/身体障害 p.74 1 雇用施策との連携による重度障害者等就労支援特別事業の視覚障害者の活用状況調査 ○吉泉 豊晴 社会福祉法人日本視覚障害者団体連合 工藤 正一 社会福祉法人日本視覚障害者団体連合 p.76 2 スタッフサービス・クラウドワークでの取組 その1 ~重度身体障がい者の在宅就労を支える医療職の役割 ○佐藤 史子 株式会社スタッフサービス・クラウドワーク 宮下 歩 株式会社スタッフサービス・クラウドワーク 山口 桜 株式会社スタッフサービス・クラウドワーク 倉富 由美子 株式会社スタッフサービス・クラウドワーク 林 百合恵 株式会社スタッフサービス・クラウドワーク 永岡 隆 株式会社スタッフサービス・クラウドワーク p.78 3 スタッフサービス・クラウドワークでの取組 その2 ~難病のある在宅従業員の復職支援事例 ○宮下 歩 株式会社スタッフサービス・クラウドワーク 佐藤 史子 株式会社スタッフサービス・クラウドワーク 永岡 隆 株式会社スタッフサービス・クラウドワーク p.80 4 福岡県における難病患者の就労支援 ~独自ツール『難病のある人のための就労ハンドブック』の活用~ ○金子 麻理 福岡県難病相談支援センター/福岡市難病相談支援センター 磯部 紀子 九州大学大学院 青木 惇 福岡県難病相談支援センター/福岡市難病相談支援センター 中園 なおみ 福岡県難病相談支援センター 北九州センター p.82 5 見えにくさ、語りにくさの中で、‘働く‘を伴走する ~脊髄小脳変性症の方への支援から見えた課題と可能性 ○中金 竜次 就労支援ネットワークONE 第8分科会:発達障害 p.84 1 発達障害者の就労支援における専門性の検討 -就労アセスメントを中心に ○梅永 雄二 早稲田大学 教育・総合科学学術院 p.86 2 放課後等デイサービスにおける職業準備支援の効果検証 -BWAP2を用いたシングルケーススタディ- ○こういちい 株式会社Kaien 梅永 雄二 早稲田大学 教育・総合科学学術院 p.88 3 知的・発達障害者への農作業支援における運動プログラムの導入と効果 ○天田 武志 NPO法人ユメソダテ 外山 純 NPO法人ユメソダテ/よむかくはじく有限責任事業組合 前川 哲弥 NPO法人ユメソダテ/株式会社夢育て p.90 4 40代発達障害女性のキャリア形成 -障害者雇用10年の自己省察- ○川口 麻里 株式会社セレブリックス/筑波大学大学院 宇野 京子 一般社団法人職業リハビリテーション協会 八重田 淳 筑波大学 p.92 5 ヒアリング調査から考察される「障害者手帳を所持していない精神障害者・発達障害者の就労実態等」について ○髙木 啓太 障害者職業総合センター 根本 友之 障害者職業総合センター 大石 甲 障害者職業総合センター 布施 薫 障害者職業総合センター 佐藤 涼矢 障害者職業総合センター 桃井 竜介 障害者職業総合センター 【研究・実践発表 -口頭発表 第2部-】 第9分科会:企業における戦力化、職場定着の取組 p.96 1 1年定着率100%を支える継続的な定着支援体制の仕組みと成果 ○前田 有香 オイシックス・ラ・大地株式会社 ○石井 一也 オイシックス・ラ・大地株式会社 ○原 美幸 オイシックス・ラ・大地株式会社 p.98 2 障がい者雇用における業務定量化の実践 ~戦力化に向けた成果の見える化~ ○吉野 正利 株式会社マイナビパートナーズ ○小幡 尚史 株式会社マイナビパートナーズ 佐藤 桃子 株式会社マイナビパートナーズ 安藤 舞 株式会社マイナビパートナーズ 迎 沙梨葵 株式会社マイナビパートナーズ 新倉 正之 株式会社マイナビパートナーズ p.100 3 「事務サポートセンター」の障がい者が男性育児休業職場を支援する「みなチャレ」を起点に、3拠点新設・7拠点80人体制に拡大 ○小谷 彰彦 あいおいニッセイ同和損害保険株式会社 p.102 4 特例子会社における休職/離職対策の取り組み ○廣司 美幸 SOMPOチャレンジド株式会社 ○伊部 臣一朗 SOMPOチャレンジド株式会社 浅野 登紀子 SOMPOチャレンジド株式会社 浅利 美賀子 SOMPOチャレンジド株式会社 宇野 明光 SOMPOチャレンジド株式会社 栃原 恵子 SOMPOチャレンジド株式会社 北浦 麻衣子 SOMPOビジネスサービス株式会社 p.104 5 関係フレームスキル訓練オンラインシステム「Enable360」の有効性:支援スタッフへの導入事例から ○香川 紘子 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 刎田 文記 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 第10分科会:障害者のキャリア形成、能力開発 p.106 1 障害者の職域拡大 ~生活介護の利用者が働くために、当事業所が取り組んでいる3年目の報告~ ○岩﨑 宇宣 相模原市社会福祉事業団 障害者支援センター多機能型事業所 ○杉之尾 勝己 相模原市社会福祉事業団 障害者支援センター多機能型事業所 p.108 2 企業と就労支援機関のコラボレーションを通した大学支援者、ご家族に向けた障害学生・若者のキャリア形成支援 ○渡辺 明日香 株式会社エンカレッジ エンカレッジ早稲田駅前 ○玉井 龍斗 株式会社エンカレッジ エンカレッジ早稲田駅前 p.110 3 キャリア支援とAIの協働による新しい職業リハビリテーションの可能性② -経営者、支援者、障害のある従業員の調査結果から- ○宇野 京子 一般社団法人職業リハビリテーション協会 p.112 4 キャリア支援とAIの協働による新しい職業リハビリテーションの可能性③ -AI雇用支援ツールの実践報告- ○宇野 京子 一般社団法人職業リハビリテーション協会  ○佐藤 陽 富士通株式会社 富士通研究所 ○吉本 潤史 株式会社レイ 織田 靖史 県立広島大学 湯田 麻子 一般社団法人職業リハビリテーション協会 松為 信雄 一般社団法人職業リハビリテーション協会 p.114 5 職業訓練における体調等の自己管理支援ツールについて ~生活チェックシートのオンライン化~ ○成田 賢司 国立職業リハビリテーションセンター ○隅本 祐樹 国立職業リハビリテーションセンター 第11分科会:企業における人材育成 p.116 1 障害者雇用における障害者の戦力化を目指す教育・指導のモデリングについて ○西岡 克也 株式会社SYSホールディングス ○天野 和哉 株式会社エスワイシステム p.118 2 「自立可能な循環式特例子会社を目指して」受け手から担い手へ、現場で育む自立プログラム ○飯尾 洋子 ヤマハモーターMIRAI株式会社 ○松下 諒平 ヤマハモーターMIRAI株式会社 p.120 3 特例子会社によるグループ会社への障害者雇用支援の取り組み~研修・相談窓口の提供を中心として~ ○新山 佳奈 SOMPOチャレンジド株式会社 ○友宗 弥和 SOMPOチャレンジド株式会社 p.122 4 職業リハビリテーションにおける危機介入の実践と教育的支援の試み ○豊崎 美樹 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 ○ウォーラー 美緒 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 ○刎田 文記 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 p.124 5 中小企業における障害者雇用の段階に応じた取組に関する調査研究 ~障害者雇用事例リファレンスサービスの事例より~ ○山科 正寿 障害者職業総合センター 大石 甲 障害者職業総合センター 生田 邦紘 障害者職業総合センター 伊藤 丈人 障害者職業総合センター 桃井 竜介 障害者職業総合センター 第12分科会:障害者を取り巻く状況に関する調査・考察 p.126 1 職場における情報共有の課題に関する研究① -障害者の情報共有における困難を予測する要因- ○大石 甲 障害者職業総合センター ○伊藤 丈人 障害者職業総合センター 永登 大和 障害者職業総合センター 布施 薫 障害者職業総合センター p.128 2 職場における情報共有の課題に関する研究② -企業及び障害者へのヒアリング結果報告- ○伊藤 丈人 障害者職業総合センター ○大石 甲 障害者職業総合センター 永登 大和 障害者職業総合センター 布施 薫 障害者職業総合センター p.130 3 知的及び知的+発達障害の方が職場適応と就労継続する上で、企業側指導者が実践すべき事項 ○伊東 一郎 元法政大学大学院中小企業研究所 p.132 4 中高年齢障害者の経年的変化に伴う職業的課題への対応に関する検討(その1) -事業所調査の結果から- ○宮澤 史穂 障害者職業総合センター 武澤 友広 障害者職業総合センター 中野 善文 障害者職業総合センター 稲田 祐子 障害者職業総合センター 堀 宏隆 障害者職業総合センター 山口 春夫 障害者職業総合センター 田中 規子 障害者職業総合センター p.134 5 中高年齢障害者の経年的変化に伴う職業的課題への対応に関する検討(その2) -障害者調査の結果から- ○武澤 友広 障害者職業総合センター 宮澤 史穂 障害者職業総合センター 中野 善文 障害者職業総合センター 山口 春夫 障害者職業総合センター 稲田 祐子 障害者職業総合センター 堀 宏隆 障害者職業総合センター 田中 規子 障害者職業総合センター 第13分科会:福祉的就労・学校から一般雇用への移行 p.136 1 当事者の自己理解と体調安定による就労準備性の向上 -キモチプラス導入による現場の変化と成果 ○武田 吉正 ネクストワン合同会社 筒井 佳朋 株式会社seed 松本 滉平 株式会社Rewarding p.138 2 統合失調症で退職後、5年の空白期間に就労支援を組み合わせて活用し再就職したケースについて ○黒木 順平 たまフレ! p.140 3 雇用の質を高める好循環型就労支援コミュニティの構築 -企業と支援機関のパートナーシップが生み出すこれからの障害者雇用- ○橋本 一豊 特定非営利活動法人WEL’S  p.142 4 一般就労への一歩を踏み出すまで ~本人・家族・関係機関・支援者・企業の協働から見えた成長~ ○谷猪 幸司 株式会社ヴィストコンサルティング p.144 5 中学校特別支援学級在籍生徒を対象とした就労支援講座の実践の経緯と展望 -南アルプス市における支援モデルの構築に向けて- ○小田切 めぐみ 南アルプス市役所 こども応援部こども家庭センター 第14分科会:復職支援 p.146 1 脳出血を呈した患者の回復期リハビリ病棟での復職支援 ~入院中における評価・訓練と職場との連携、職場復帰後の課題について~ ○高田 文香 脳神経筋センターよしみず病院 柴田 美鈴 脳神経筋センターよしみず病院 田川 美範 脳神経筋センターよしみず病院 出口 歩実 脳神経筋センターよしみず病院 p.148 2 リハビリテーション病院におけるリワークプログラムの開発 ○上杉 治 社会福祉法人聖隷福祉事業団 浜松市リハビリテーション病院 p.150 3 リワーク支援における利用者とのかかわりについて ○角 智宏 社会福祉法人清流苑 p.152 4 再発予防から就労継続へ -リワーク支援における構造的グループ・ダイナミクスの活用- ○松石 勝則 p.154 5 休職からの復職率75%以上、復職半年後の定着率90%以上にむけた取り組みについて ~未経験者でもできる仕組み化~ ○原 沙織 株式会社SHIFT 第15分科会:高次脳機能障害 p.156 1 重度高次脳機能障害のある方が、10時間の短時間雇用で活躍できる要因についての分析 -企業と就労移行支援事業所の視点から- ○萩原 敦 NPO法人クロスジョブ クロスジョブ福岡 川嶋 由紀 医療法人福岡桜十字 桜十字福岡病院 p.158 2 受傷・発症から長期間(最長41年)経過し、自律的に社会生活を送る当事者への今後の支援のあり方について ○川原 薫 福山リハビリテーション病院 橋本 優花里 長崎県立大学 地域創造学部/教育開発センター p.160 3 高次脳機能障害を有する就労移行支援事業所通所者に対する刺激等価性理論に基づいた訓練の実施とその効果 ○岩村 賢 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 齋藤 祥子 株式会社スタートライン FITIME渋谷 刎田 文記 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 p.162 4 在職中の高次脳機能障害者の職場再適応に向けた支援技法の開発 ○熊谷 舞佳 障害者職業総合センター職業センター 狩野 眞 障害者職業総合センター職業センター p.164 5 就業中の高次脳機能障害者に対する効果的な支援に関する一考察 ~医療機関や障害者職業総合センター職業センターとの連携事例~ ○西山 充洋 千葉障害者職業センター 狩野 眞 障害者職業総合センター職業センター 第16分科会:知的障害 p.166 1 自閉症スペクトラムのある方の短時間雇用に向けた支援実践 -構造化支援と企業連携の実践報告- ○濱田 侑希 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺 濱田 和秀 特定非営利活動法人クロスジョブ p.168 2 芸術(音楽)領域における知的障がい者の職業リハビリテーションに関する実践報告 ○佐々木 浩則 株式会社ヤマハアイワークス p.170 3 障害者×スポーツ体験=無限大 ~スポーツから広げる多様性文化の創造~ ○井上 渉 就労移行支援事業所INCOP京都九条 ○境 浩史 株式会社島津製作所 p.172 4 知的障害者を対象とした農的活動等を組合せた学習プログラムの持続的改善プロセスのデザイン ○前川 哲弥 NPO法人ユメソダテ/株式会社夢育て 外山 純 NPO法人ユメソダテ 天田 武志 NPO法人ユメソダテ p.174 5 体操・座学・畑作業などを組合わせた学習プログラムが知的障がいのある青年の認知発達に与える影響 -3年間の取り組みを通して- ○外山 純 NPO法人ユメソダテ/よむかくはじく有限責任事業組合 前川 哲弥 NPO法人ユメソダテ/株式会社夢育て 天田 武志 NPO法人ユメソダテ 【研究・実践発表 -ポスター発表-】 p.178 1 社内インターンシップから見える双方の安心感とキャリアアップ ~誰もが活躍できる未来へ~ ○間中 美穂 神奈川トヨタ自動車株式会社  ※ 本発表は、発表者の都合により取り下げとなりました。 p.180 2 キャリア支援とAIの協働による新しい職業リハビリテーションの可能性① -AI雇用支援ツールの構築についてー ○佐藤 陽 富士通株式会社 富士通研究所 織田 靖史 県立広島大学 湯田 麻子 一般社団法人職業リハビリテーション協会 宇野 京子 一般社団法人職業リハビリテーション協会 松為 信雄 一般社団法人職業リハビリテーション協会 p.182 3 「雇用の質」向上を目指した、当社版「個別支援計画」の取り組み ○清水 大雄 株式会社ベネッセビジネスメイト ○髙梨 佳子 株式会社ベネッセビジネスメイト p.184 4 ヴァーチャルリアリティを用いてソーシャルスキルトレーニングを行った就労移行支援事業所での取組み ○兵庫 ひろみ 大塚製薬株式会社 鹿島 早織 株式会社ゼネラルパートナーズ 森 康之 ノウドー株式会社 p.186 5 特例子会社におけるWRAPワークショップの導入-安心して話せる場所づくりを通して実施する定着支援への取り組み- ○明石 幸子 株式会社DNPビジネスパートナーズ ○居山 小春 大日本印刷株式会社 國行 淳 株式会社DNPビジネスパートナーズ p.188 6 特例子会社におけるキャリア教育の推進 ~自社研修と出張授業の取り組み~ ○梶野 耕平 第一生命チャレンジド株式会社 齊藤 朋実 第一生命チャレンジド株式会社 越後 和子 第一生命チャレンジド株式会社 p.190 7 加齢に伴う知的障がいのある社員の就労への配慮とモチベーションアップによる定着支援 -設立30年を迎える特例子会社の事例- ○小林 達也 株式会社テルベ p.192 8 雇用管理場面における職場適応を促進するための相談技法 ~自社社員への活用に向けて~ ○森田 愛 障害者職業総合センター職業センター ○小松 人美 障害者職業総合センター職業センター p.194 9 精神障害のある労働者における就業上の課題と配慮・措置実施の有効性 ○渋谷 友紀 障害者職業総合センター 浅賀 英彦 障害者職業総合センター 田中 規子 障害者職業総合センター 五十嵐 意和保 障害者職業総合センター 堂井 康宏 障害者職業総合センター p.196 10 精神障害のある人の就業行動の分析:主な疾患別の比較を中心として ○田中 規子 障害者職業総合センター 浅賀 英彦 障害者職業総合センター 渋谷 友紀 障害者職業総合センター 五十嵐 意和保 障害者職業総合センター 堂井 康宏 障害者職業総合センター p.198 11 【ライフストーリー調査】精神障害のある大学生Aさんの就職活動 ~新卒入社~職場活躍まで ○山本 愛子 株式会社エンカレッジ  ○廣田 みのり 株式会社エンカレッジ 八重樫 祐子 株式会社LIXIL Advanced Showroom 小川 健 株式会社エンカレッジ p.200 12 職場復帰プログラムにゲーミフィケーションを活用して ~有効性の検証報告および考案したスライドパズルゲームの事例紹介~ ○花澤 智子 群馬産業保健総合支援センター p.202 13 〈アプリを併用した就労アセスメントの専門性向上のための研修の開発についての研究〉アセスメント研修の評価 ○丸谷 美紀 国立保健医療科学院 武澤 友広 障害者職業総合センター p.204 14 発達障害のある子どものキャリア発達支援に向けた家庭教育プログラム ○清野 絵 国立障害者リハビリテーションセンター 榎本 容子 国立特別支援教育総合研究所 p.206 15 中学校特別支援学級在籍生徒を対象とした就労支援講座の実践報告 -市の福祉部門と学校との連携によるキャリア発達支援の試み- ○榎本 容子 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 ○小田切 めぐみ 南アルプス市役所 こども応援部こども家庭センター 石本 直巳 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 北村 拓也 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 相田 泰宏 横浜市教育委員会事務局 p.208 16 発達障害のある人のキャリア発達と職業生活の課題に関する文献的検討 ○知名 青子 障害者職業総合センター 田中 規子 障害者職業総合センター 五十嵐 意和保 障害者職業総合センター 八木 繁美 障害者職業総合センター 近藤 光徳 障害者職業総合センター 永岡 靖子 障害者職業総合センター 堂井 康宏 障害者職業総合センター p.210 17 特別支援学校高等部における生徒のキャリア形成支援を目的とした教員研修プログラムの開発 ○今井 彩 明星大学通信制大学院 p.212 18 障害者×スポーツ体験=無限大 ~スポーツから広げる多様性文化の創造~ ○井上 渉 就労移行支援事業所INCOP京都九条 p.214 19 「やってみよう!」を本人の中に位置づける ~経験学習理論をもとにキャリア発達を促す自己サイクルの根を~ ○森 玲央名 就労移行支援事業所INCOP京都九条 ○日下部 隆則 就労移行支援事業所INCOP京都九条 p.216 20 持続可能な就労継続支援A型事業モデルについて ○樋口 周平 特定非営利活動法人社会的就労支援センター 京都フラワー 堀田 正基 特定非営利活動法人社会的就労支援センター 京都フラワー p.218 21 特別支援学校(聴覚障害)高等部専攻科と就労支援 -高等部専攻科ビジネス情報科における実践報告- ○内野 智仁 筑波大学附属聴覚特別支援学校 p.220 22 視覚障害者の就労におけるICT環境と課題 -アンケートによる実態調査から見えてきたこと- ○山田 尚文 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) ○伊藤 裕美 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 大橋 正彦 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 神田 信 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 熊懐 敬 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 高原 健 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 松坂 治男 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 吉泉 豊春 認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) p.222 23 職場定着サポートのための支援技術向上を目的とした段階的な社内研修の取り組み ○小倉 玄 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 志賀 由里 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 菊池 ゆう子 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 刎田 文記 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 p.224 24 難病(脊髄小脳変性症)の方に対するオンライン就労支援の実践報告 ○村上 想詞 静岡障害者職業センター 菊地 美沙 静岡障害者職業センター p.226 25 当院の回復期リハビリテーション病棟での就労支援での取り組みと現状 ○藪田 雛子 社会医療法人若弘会 わかくさ竜間リハビリテーション病院 朝川 弘章 社会医療法人若弘会 わかくさ竜間リハビリテーション病院 永井 信洋 社会医療法人若弘会 わかくさ竜間リハビリテーション病院 p.228 26 福岡市近郊における就労を目論む高次脳機能障害者の現状 ~クロスジョブ福岡開設からの動向を辿る~ ○古瀬 大久真 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ福岡 萩原 敦 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ福岡 濱田 和秀 特定非営利活動法人クロスジョブ p.230 27 2024年度Process-based Therapyワーキンググループについての効果検証 ○三國 史佳 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 ○豊崎 美樹 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 菊池 ゆう子 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 下山 佳奈 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 刎田 文記 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 p.232 28 就労系社会福祉法人における組織改革・人事育成取り組み ○スカルディノ・エバン 社会福祉法人ぷろぼの 武内 博資 社会福祉法人ぷろぼの p.234 29 就労移行支援事業所の集団プログラムへの参加が難しい方々に対する個別性を大切にした支援とその効果について ○後藤 耕士 社会福祉法人武蔵野 ジョブアシストいんくる ○渡辺 江美 社会福祉法人武蔵野 ジョブアシストいんくる ○濱田 紗希 社会福祉法人武蔵野 ジョブアシストいんくる ○阿部 理良偉 社会福祉法人武蔵野 ジョブアシストいんくる 梅本 佳奈子 社会福祉法人武蔵野 ジョブアシストいんくる 松村 佳子 社会福祉法人武蔵野 ジョブアシストいんくる p.236 30 多機能型事業所の就労への取組について ○長峯 彰子 新宿区勤労者・仕事支援センター わーくす ここ・から p.238 31 一般ボランティアを活用した障がい者就労定着の効果と課題 ○新里 学 那覇市障がい者ジョブサポーター派遣等事業 p.240 32 障害者職業能力開発校における技術革新の影響と対応に関する現状分析 ○大場 麗 職業能力開発総合大学校  原 圭吾 職業能力開発総合大学校 p.242 33 就労支援における生成AI活用の現状と期待 -就労系事業所の支援者と利用者の調査結果から- ○山口 明乙香 高松大学 ○市本 真澄 アクセンチュア株式会社 六車 浩 SCC Group 堺 勝信 アクセンチュア株式会社 楠 智裕 アクセンチュア株式会社 奥山 友理映 アクセンチュア株式会社 陸 君彦 アクセンチュア株式会社 中尾 文香 NPO法人ディーセントワーク・ラボ p.244 34 就労支援における支援者・利用者が生成AIに求める機能と役割 ○市本 真澄 アクセンチュア株式会社 ○山口 明乙香 高松大学 六車 浩 SCC Group 堺 勝信 アクセンチュア株式会社 楠 智裕 アクセンチュア株式会社 奥山 友理映 アクセンチュア株式会社 陸 君彦 アクセンチュア株式会社 中尾 文香 NPO法人ディーセントワーク・ラボ p.246 35 東日本大震災・新型コロナウイルス感染症拡大が障害者の就業・生活に与えた影響についての分析 ○堀 宏隆 障害者職業総合センター 野口 洋平 元障害者職業総合センター 稲田 祐子 障害者職業総合センター 武澤 友広 障害者職業総合センター 田川 史朗 障害者職業総合センター p.248 36 障害者就業・生活支援センターにおける雇用勧奨の状況と課題 ○平江 由紀 くまもと障がい者ワーク・ライフサポートセンター「縁」 p.250 37 ソーシャルファームの推進 ~障害者の労働権を満たす社会の構築を目指して~ ○吉崎 未希子 有限会社人財教育社 ○堀井 はな 就労移行支援事業所ベルーフ p.252 38 関係フレーム理論の新たな展開と可能性 -関係フレーム理論から見た「自己」と「臨床対話」での活用について- ○刎田 文記 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 ※ 研究・実践発表(口頭発表・ポスター発表)の発表論文は、発表者から提出していただいた内容を掲載しています。 なお、当機構以外の研究・実践発表については、当機構としての見解を示すものではありません。 【障害者職業総合センター研究員による発表論文に関するお問合せ窓口】 障害者職業総合センター研究企画部企画調整室   Tel:043-297-9067 / e-mail:vrsr@jeed.go.jp p.1 特別講演 誰もが力を発揮できる職場づくり ~一人ひとりが生き生きと成長し、能力を発揮できる組織へ~ オリンパスサポートメイト株式会社 代表取締役社長 龍田 久美 p.2 特別講演 誰もが力を発揮できる職場づくり ~一人ひとりが生き生きと成長し、能力を発揮できる組織へ~ 龍田 久美(オリンパスサポートメイト株式会社 代表取締役社長) 企業文化と障害者活躍の位置づけ 本講演では、グループ全体で取り組む「インクルージョン」の考え方を基盤に、障害のある社員一人ひとりが、自身の存在をみとめられ、尊重され、能力を最大限に発揮できるインクルーシブな職場環境づくりへの取り組みをご紹介します。 オリンパスグループでは、経営理念を実現するために「健やかな組織文化」の構築に力を入れています。これは、多様なすべての社員の可能性を最大限に引き出す企業文化を創造・維持するという当社のビジョンを体現するものです。この組織文化の重要な要素の一つが、「インクルージョン」であり、多様な視点を取り入れ、イノベーションを促進し、グローバル全体でのガバナンスを強化する基盤となるこの考え方は、企業の持続的な成長に欠かせないものです。 私たちは、どのようにすれば障害のある社員が活躍できるのかを知恵と工夫で実現することを「イノベーション」と考えています。例えば、障害の特性を観察・理解することに加え、業務プロセスを理解し、障害のある社員が実行できるように細かく分析・分解し、無駄を省いてプロセスを再構築することで、業務マニュアルや説明資料に反映しやすい形に整理します。このような取り組みは、業務プロセスの見直しを促進し、結果として生産性の向上につながります。また、“障害特性”という新たな視点を取り入れることで、誰が作業しても間違いの起きにくい作業プロセスの構築が可能となり、さらに業務品質の向上にも寄与します。 このように、生産性と品質の向上を通じてお客様の満足度を高め事業に貢献することは、障害の有無を問わず、すべての社員に共通する経営目標だと考えています。私たちが目指す「インクルージョン」は、一方向から包括するものではなく、全員が智恵を出し合い、共通の目標に向かって協働するなかで築かれる、双方向かつ能動的に実現していく文化だと思っています。 インクルージョンを実現するための取り組み 健やかな組織文化を実現するためには、「尊重」、「可能性の引き出し」、「安定的な能力の発揮」という3つの要素をいかに実践していくかが課題です。 1.尊重 すべてのグループ社員が、障害や障害のある社員の想い・活躍について理解し、共感を深めることを目的とした取り組みを進めています。また、障害のある社員自身も、グループの経営戦略や p.3 大事にしている価値観を学び、自らの行動に落とし込むことで、社員としての誇りをもち尊重される準備を整えています。 2.可能性の引き出し まず、私たちは社員の可能性を信じてやらせてみるということを大事にしています。そして、個々の成長を支えるため、細やかな教育プログラムを用意しています。具体的には、短時間の研修のほか、目標設定や面談を通じた対話、業務能力検定への挑戦、そして、「やってみたい」という本人の意欲を尊重した新業務へのチャレンジ機会の提供など、多様なアプローチで能力開発を支援しています。 3.安定的な能力の発揮 業務日報を活用した振り返りや複数の指導員による定着支援を行い、継続的な成長と業務成果の安定化を図っています。同時に、「事業を共に成長させていく仲間」であるという意識を社員全体に醸成し、グループ各社を含む職場全体で一体感のある文化づくりを推進しています。 さらに、すべての社員が活躍するということは、障害のある社員をサポートする「指導員」も含みます。お互いの価値観を知り尊重する風土づくりや、指導員同士の交流と学びの場の提供、自己啓発の仕組みなど、キャリア形成と人材開発にも注力しています。  また、育児や介護といったライフイベントとキャリア形成の両立を支援するため、法定を上回る期間の労働時間短縮をはじめとする各種制度を導入。両立支援ガイドブックの配布や、休暇中も互いに支え合える職場づくりにも取り組んでいます。 グループ全体で取り組む障害者雇用の意義 これらの取り組みは、障害のある社員の活躍支援にとどまらず、グループすべての社員のインクルーシブなマインドの醸成にもつながっています。 実際、各事業場のそこかしこで、障害のある社員がグループ社員の目に自然と触れる形で日常業務に関わっており、多くの社員から「いつも元気な挨拶に励まされます」、「建物だけでなく、心まできれいにしてくれてありがとう」といったたくさんの感謝の言葉が寄せられています。こうした私たちの存在は、事業場に活力をもたらし、事業活動の一部を担う重要な役割を果たすようになってきています。 今年度は、さらなるステップとして、互いの尊厳を認め合う「賞賛・奨励」の取り組みを強化しています。私たちは今後も、多くの笑顔と共に、「ずっとここで働きたいと思える会社」を目指し、歩みを進めてまいります。 p.4 p.5 パネルディスカッションⅠ “働き続けたい”を支える ~高齢化する障害者雇用の今とこれから~ 【コーディネーター】 宮澤 史穂 (障害者職業総合センター 上席研究員) 【パネリスト(話題提供順)】 佐伯 覚 (産業医科大学 リハビリテーション医学講座 教授) 福岡 宏水 (株式会社堀場製作所 管理本部グローバル人財センターグループ人事部 人財サポート・DE&I推進チーム サブリーダー) 加藤 幹太郎 (株式会社新陽ランドリー 専務取締役) 佐野 和明 (社会福祉法人愛育会 障碍者就業・生活支援センターわーくわく 主任就業支援ワーカー) p.6 パネルディスカッションⅠ “働き続けたい”を支える ~高齢化する障害者雇用の今とこれから~ 労働力人口の高齢化に伴い、企業で働く障害者の高齢化に関する企業の関心が高まっています。中高年齢障害者の職場での活躍と職業生活の継続のための雇用管理については、障害者と事業主双方への支援の充実が望まれ、職業リハビリテーションの重要な課題となっています。 このような状況を背景に、本パネルディスカッションにおいては、加齢に伴う影響をふまえた企業における取組や支援の現状を共有するとともに、今後のよりよい支援や工夫等について意見交換を行います。 コーディネーター 宮澤 史穂 障害者職業総合センター 上席研究員 p.7 パネリスト 佐伯 覚 氏 産業医科大学 リハビリテーション医学講座 教授 (福岡県北九州市) 産業医学の立場から、加齢に伴う影響や企業の中でとりうる加齢対応について解説いただき、中高年齢障害者の職場での活躍と職業生活の継続に向けた雇用管理のために重要な視点について、お話しいただきます。 パネリスト 福岡 宏水 氏 株式会社堀場製作所 管理本部グローバル人財センターグループ人事部 人財サポート・DE&I推進チーム (京都府京都市) キャリアデザインワークショップやライフプランニング研修など中高年齢者にも目を向けられた取組や加齢に伴う変化があっても働き続けられるしくみや環境づくり等、社内外の様々な資源や情報とつながり、ダイバーシティを推進されている取組について、お話しいただきます。 パネリスト 加藤 幹太郎 氏 株式会社新陽ランドリー 専務取締役 (宮城県仙台市) 障害者を長期雇用する中で、加齢による身体機能の変化や就労意欲の維持等の課題に対して、体力・筋力・視力・注意力の変化に対応した機器の導入や、関係会社が運営するグループホームと連携し就業面と生活面を一体的に支援する相談体制の整備等の取組について、お話しいただきます。 パネリスト 佐野 和明 氏 社会福祉法人愛育会 障碍者就業・生活支援センターわーくわく 主任就業支援ワーカー (徳島県板野郡松茂町) 就業・生活の両面を継続してサポートする支援者の立場から、中高年齢の障害者の雇用継続や、再就職に向けた日ごろの取組や支援を通じて感じられる課題、年を重ねても豊かに働く生活を支えるために大事なこと等について、事例を交えてお話しいただきます。 p.8 p.9 パネルディスカッションⅡ “定着・活躍・成長”につながる障害者雇用×雇用の質を高めるための支援を考える 【コーディネーター】 佐々木 直人 (障害者職業総合センター 職業リハビリテーション部 調査役) 【パネリスト(話題提供順)】 武田 直明 (グリコチャネルクリエイト株式会社 総務人事部 部長) 中田 恭子 (公益財団法人大原記念倉敷中央医療機構 倉敷中央病院 人事部 障害者雇用促進室・チャレンジドステーション) 佐藤 伸司 (大阪障害者職業センター南大阪支所 支所長) 中山 奈緒子 (障害者職業総合センター 上席研究員) p.10 パネルディスカッションⅡ “定着・活躍・成長”につながる障害者雇用×雇用の質を高めるための支援を考える 民間企業での障害者雇用数は21年連続で過去最高となり(令和6年6月1日)、着実な進展が見られています。一方で、障害者雇用促進法の改正(令和4年12月)により、雇用の質の向上に向けて職業能力の開発及び向上に関する措置が事業主の責務として追加され、職場定着や個々の力が発揮できる環境づくりにつながる課題解決や障害者本人のモチベーションの維持・向上等に向けた取組を行うことが求められています。 このような背景をふまえて、本パネルディスカッションにおいては、企業における障害者雇用の質の向上に向けた企業の取組や企業に対する支援の充実・強化について共有し、今後あるとよい支援や工夫について意見交換を行います。 コーディネーター 佐々木 直人 障害者職業総合センター 職業リハビリテーション部 調査役 p.11 パネリスト 武田 直明 氏 グリコチャネルクリエイト株式会社 総務人事部 部長 (大阪府大阪市) グリコチャネルクリエイト株式会社における働く人それぞれの思いや特性を理解し、それに基づく創意工夫を凝らした取組や、働く人の意欲向上・できることの幅を広げるための機会づくりについてお話しいただきます。また、多様な人財が適材適所で活躍できる場の提供、その過程での試行錯誤などについてもご紹介いただきます。 パネリスト 中田 恭子 氏 公益財団法人大原記念倉敷中央医療機構 倉敷中央病院 人事部障害者雇用促進室・チャレンジドステーション (岡山県倉敷市) 病院内で、障害のある社員が様々な仕事を担い、活躍されている取組や、その背景にある体系化や丁寧なサポート等、看護職等の専門職をサポートし病院に貢献できる障害者雇用を実現されている障害者雇用促進室・チャレンジドステーションの取組について、お話しいただきます。 パネリスト 佐藤 伸司 氏 大阪障害者職業センター南大阪支所 支所長 (大阪府堺市) “定着・活躍”につながる障害者雇用の実現に向けて、新たな”雇い入れ”に向けたイメージづくり、職務設定、職務創出・再設計、職場環境づくりから雇用管理への助言・支援に至るまで、雇用の質を高める事業主の取組の後押しとなるような日頃の支援や工夫について、事例を交えてご紹介いただきます。 パネリスト 中山 奈緒子 氏 障害者職業総合センター 上席研究員 (千葉県千葉市) 「企業における障害者雇用の質の向上に向けた取組の現状と課題」について調査・研究に取り組む中で把握できた、「障害者雇用の質」を高める取組の現状からみられる傾向、取組の効果等について報告いただきます。 p.12 p.13 研究・実践発表 ~口頭発表 第1部~ p.14 PC業務拡大に向けた業務適性把握課題・社内実習の取り組み ○志村 恵(日総ぴゅあ株式会社 企業在籍型職場適応援助者) 市川 洋子(日総ぴゅあ株式会社) 1 はじめに (1) 会社概要 日総ぴゅあ株式会社(以下「当社」という。)は、日総工産株式会社の特例子会社として2007年に設立された。主な業務は事務・PC業務、軽作業、清掃、菓子訪問販売となっている。神奈川県内に事業所があり、新横浜事業所・仲町台事業所・幸浦事業所・ESR事業所の4拠点となっている。2025年6月時点の従業員数は211名で、185名が障害者社員である(知的161名、精神18名、身体6名)。 (2) 本研究の背景と目的 近年の産業構造の変化や業務IT化を受け、当社でもIT系業務(アノテーション、キッティング等)の受注が増加している。当社は2024年度からIT系業務に従事できる人材の育成を強化しており、これまで事務・PC以外の業務に従事していた社員の業務配置転換を進めている。 2024年度職業リハビリテーション研究・実践発表会にて、OCR(Optical Character Reader)データを活用した文字の入力課題(以下「OCR課題」という。)と5日間のPC業務実習を組み合わせて業務適性を把握し、業務配置転換を行う取り組みについて報告した。今年度は業務適性把握の精度を上げるため、新たな課題を組み合わせて実施した。本研究ではその取り組みについて報告する。 2 方法 (1) 課題の概要 2024年度に実施したOCR手書き・PC課題(志村1)を参照)でPC業務適性がある見込みの社員を対象に、3種類の課題を実施した。課題実施期間は2025年2月から6月までであった。 ア OCR(PC入力)課題 見本の文字(英数漢字・平仮名・片仮名・記号)を枠内に入力する課題を実施した。3シートで構成され、1シートの平均時間が15分以内・1シート内のミスが5個以内を合格とした。 イ 項目入力課題 見本の表を見ながらデータ(日付・部門名・氏名など)を入力する課題で、制限時間を30分とした。入力数とミスをした数をカウントし、正答率を出した。複数の項目を目で追うことができるか(必要であれば入力した行にチェックを入れるなどの工夫ができるかどうか)を確認することができる。また、氏名の項目では読み方を予測したり、IMEパッドを使用して文字を調べたりすることができるか、集中力が持続するかを確認した。 ウ 電卓課題 電卓を使用して計算をする課題で、1枚30問のシートを3枚用意し、制限時間30分以内で実施した。計算した問題数とミス数をカウントし、正答率を出した。PCのテンキー操作の動きを想定し、手の使い方や目線の動かし方を確認した。 (2) PC実習 課題の遂行状況から業務適性が高いと判断した社員を対象に、IT部門でのPC実習を実施した。期間は5日間で、IT部門の社員が実際に従事している業務のトレーニング版(7項目)を実施した。トレーニングに合格した後は本番を行い、トレーニングで習得した内容を実際に活用できるか把握した。PC実習終了後、トレーニング・本番業務の遂行状況と行動観察を記録した。 3 結果 (1) 課題による業務適性把握 課題実施人数は30名(仲町台事業所27名・幸浦事業所3名)であった。男女比・障害種別を表1に示した。OCR(PC入力)課題を合格したのが22名(以下「合格群」という。)、課題不合格者が8名(以下「不合格群」という。)だった。2025年7月時点でPC実習を実施したのが18名であった。 表1 男女比・障害種別 課題合格群と課題不合格群の課題実施結果の平均値を表2に示した。合格群と不合格群の各課題実施結果の平均値の差の検定を行った。その結果、OCR課題実施時間と項目入力課題入力数において、5%水準で有意な差が見られた。その他については有意な差は見られなかったが、全ての課題で合格群の方がミス数は少なかった。一方、電卓課題計算数については不合格群の方が平均値が高かった。 p.15 表2 各課題実施結果の平均値 (2) PC実習 PC実習実施者18名中、トレーニング7項目全て合格したのが11名、6項目合格者が4名、5項目合格者が1名、4項目合格者が2名であった。さらにこの内4名(7項目合格者3名、4項目合格者1名)が、IT部門へ業務配置転換の対象となった(2025年8月時点)。 実習中の行動観察について表3に示した。 表3 PC実習行動観察 トレーニング内容は様々な情報・パターンの中から必要な情報を抜き出す作業で、論理的思考が求められる。業務配置転換対象者は不明点を積極的に質問したりマニュアルを参照したりしながら、自分が知りたい情報を抜き出してメモに取ることができていた。また、トレーニング中のミスとそれに対するフィードバックを前向きに受け止め、トライアンドエラーを繰り返しながら精度を高めようとする柔軟性も共通して見られた。 4 考察 本研究では、3種類の課題とPC実習を通して業務適性を把握し、業務配置転換へつなげる取り組みを行った。分析の結果、OCR課題の実施時間及び項目入力課題の入力数は合格群と不合格群で統計的に有意な差が見られた。この結果から、合格群はPCによる課題遂行速度や情報処理速度が速い傾向があると言える。不合格群の中には、普段の業務(お菓子の箱折りなど軽作業)での作業遂行速度は速いが、課題遂行速度は遅い社員もいた。PC操作はマウス・キーボード・画面など複数の操作を同時に行うことや、指先での操作から画面上の動きを予測する必要がある点が軽作業とは異なると推察される。 一方、電卓課題については不合格群の方が計算数が多い(速度が速い)結果となった。しかし個別のデータを見ると、計算数が多かった人はミス数も多い傾向が見られた。電卓課題以外でもミス数が多く、指先の動きの速さに対して数字・文字の見間違いが発生しやすかった。画面・紙面上の情報を正確に処理できることは、PC業務適性の1つであろう。 課題を実施することで、基本的なPC業務適性の把握できたと言える。実習からは、様々な情報から自分に必要なことを選択して取り入れる力や、ミスに対してフィードバックを取り入れ、工夫や調整を繰り返し、改善しようとする前向きさ・柔軟性も、実際の業務に従事する上で重要であることが示唆された。 5 まとめと今後の課題 本研究では3種類の課題と実習を通してPC業務適性を把握し、業務配置転換につなげることができた。今後の課題として、業務のDX化やAIの発展が急速に進み単純入力作業は減少すると言われている。障害者社員がどのような業務を担っていくのかを見極めつつ、新しい情報や技術を自ら取り入れられるようにサポートする方法・社内体制を整えていくことが必要だと考える。 社会全体としてリスキリングやキャリアチェンジという考え方が浸透しつつある中、障害者社員のキャリアについても広い視点に立って自ら組み立てていくことが求められる。本研究がその一助となれば幸いである。 【参考文献】 1) 志村恵『OCRデータ転記・PC入力課題による業務適性把握と業務配置転換への活用』,「第32回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集」,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構,p.88-89 【連絡先】 志村 恵 日総ぴゅあ株式会社 人財戦略室 e-mail:k-shimura@nisso.co.jp p.16 続 GP企業内cafe。価値ある雇用と精神障害者の活躍実現に向けて ~朝日生命様(1月)と前川製作所様(6月)の現在地~ ○工藤 賢治(株式会社ゼネラルパートナーズ 事業サポートグループ シニアコンサルタント) ○長尾 悟(株式会社JBSファシリティーズ ダイバーシティ・マネジメント事業部 部長) 1 はじめに (1) ゼネラルパートナーズ会社概要 株式会社ゼネラルパートナーズ(以下「GP」という。)は、障害者雇用支援サービスのパイオニアとして22年以上にわたるサポート実績を生かし企業様の障害者雇用における幅広いサービスを提供。自社でも多数の障害者を雇用し、2025年6月の障害者雇用率は14.09%(社員数317名)。 事業内容:障害者雇用の総合コンサルティング事業、求人情報事業(atGP)、就労移行支援事業(ジョブトレ、ジョブトレIT・Web)、就労継続支援A型事業(しいたけ生産事業 アスタネ) (2) JBSファシリティーズ会社概要 株式会社JBSファシリティーズは、オフィスビルや商業施設の総合管理事業を基盤とし、多様な人材が活躍できる社会の実現を目指してダイバーシティ・マネジメント事業部を設立した。当事業部では、障害者雇用の促進と職場定着支援を中心に、企業と働く人双方にとって持続可能な就労環境の構築を行っている。障害者雇用の促進と職場定着支援を軸に、多様な人材が活躍できる環境づくりを進めている。主な取り組みとして、健康経営と障害者雇用を融合した企業内Cafe運営支援、就労継続支援B型事業所「かいとCafe」での軽作業・接客訓練、多機能型事業所「かいと行徳」での就労移行・B型・定着支援を展開している。企業運営力と福祉的支援力を活かし、地域や企業との連携を通じて持続可能な障害者雇用創出を目指している。 2 障害者雇用における課題~企業が直面する現実~ 障害者雇用は法定雇用率の段階的引き上げに伴い、短期間で2.7%へ上昇、今後さらに拡大が予定されている。 しかし現場では次の3つの壁が存在する。 ①採用の壁:応募者不足、特に精神障害者は応募自体をためらうケースが多い。 ②配属の壁:適した業務がなく、現場側も受け入れに不安を持つ。 ③定着の壁:サポート不足や職場理解の不十分さから、早期離職が発生。 加えて、精神障害者雇用では「就業不安が強く、環境適応に時間を要する」という特性があり、即戦力として迎えにくいと考える企業が多い現状である。特に精神障害者の雇用は、就業不安や環境適応に時間がかかるケースが多く、「即戦力」として迎えにくいという理由で採用を見送る企業も少なくない。 3 GP企業内Cafeモデル:~企業が直面する現実~ (1) 解決策 これらの課題を解決するため、私たちは企業内Cafeを提案・運営している。これは単なる福利厚生施設ではなく、障害者が安心して働きながら成長できるステップアップ型の職場である。 (2) 特徴 ア 段階的育成の“場“ 初期は短時間・軽作業から始め、徐々に接客や調理補助へ拡大。無理のない成長を支援。 イ 社内交流拡大の“場” 日常的な交流を通じて社員のエンゲージメントを高め、(店員)障害者と接することで、個人の特性や強みを理解。 ウ ノーマライゼーションへの接続 障害者雇用Cafeにて報連相、チームワーク、顧客対応力を養い、将来の現場配属や事務職就労に繋げる。 現場:企業内Cafeでの接客を通し、雇用障害者を知る 人事:現場で雇用できるかの人選が可能 本人:短時間、且つ簡単な接客から始められ、無理なく ステップアップが可能。現場配属の自信を得られる。 4 導入事例と成果 (1) 朝日生命保険相互会社(多摩本社) ・開設:2025年2月  ・雇用障害者:6名(兼務含む) ・導入理由:インクルージョン推進と社内文化変革 社内のインクルージョンを進める方策として、一緒に様々な検討を行ってきた。 これらの取り組みは、健常者との融合が進む良い機会となる可能性を秘めていると感じた。 【成果】 ・配属1か月で業務に積極性が見られた ・社員が気軽に声をかける雰囲気が醸成した ・定着率100%(7月末時点) (2) 株式会社前川製作所(本社ビル) ・開設:2025年7月 ・雇用障害者:3名 ・導入理由:福利厚生+将来の事務職配属を見据えた育成 p.17 「インクルージョンを実現する」という当社のビジョンに沿い、福利厚生とコミュニケーションの場としてのカフェ開設にとどまらず、将来的に本社内の事務職として働くことを目指す取り組みに魅力を感じた。また仕組み作りから採用、定着まで関わってもらえることが安心につながった。 【成果】 ・ビジョンに共感した人材4名を採用 ・既存メンバーの職域拡大 ・社内コミュニケーションの活性化 ・支援者との連携で安定勤務を実現 5 現場からの声 (1) 企業担当者 ・仕事がシンプルで分かりやすいせいか、自ら積極的に業務に取り組む方が多く、嬉しい想定外であった。1年後くらいを目処に現場へのステップアップを目指すという仕組みも、現在の仕事に取り組むためのモチベーション向上に一役かっているように感じる。(朝日生命保険相互会社) ・当社としても新しい取り組みであり、希望者が集まるか不安であったが、将来的な現場配属を目指す方を4名採用する事ができた。Cafeで働きながらそれぞれの課題に向き合い、自信をつけて現場に接続できればと考えている。精神障害者の方が無理なく働けるよう、勤務時間やサポート体制などを工夫している。(株式会社前川製作所) (2) 支援者 ・不安が強く、新しい環境に慣れるのに半年ほどかかる者の就業先に困っていたところ、工藤氏から求人のご紹介をいただき、まさにこの求人だと感じた。無事採用もしていただき、本人も安心して仕事ができている。 ・実際に雇用された状態でステップアップが目指せる環境は非常にありがたい。支援体制も手厚く、安心して就業できている。 ・タイミングが合わず今回は応募できなかったが、ぜひ3社目、4社目と導入する企業を増やしてもらいたい。 ・他の地域(関西)でもGP企業内Cafeを始めてほしい。 (3) 障害当事者 ・カフェで働くことがとても楽しい。現場での就業を目指し、全ての仕事ができるようになりたい。1ヶ月ほど経った頃、よく来てくれる常連さんに名前を尋ねられて、とても嬉しかった。(ASD) ・相談がしやすい環境であるため、安心して就業できている。新しいメニューもみんなで考えて、お客様に喜んでもらいたいと思って働いている。 ・始めたばかりの頃は短時間の雇用で、体調を安定させて働くことに精一杯であった。しかし、長く続けて将来的には雇用時間を延長し、事務職などへのキャリアアップに繋げたいと思うようになってきた。今ではそれがモチベーションの一つになっている。 6 成功要因の分析 ①無理のない業務設計:小さな成功体験を積み重ねることで自己効力感を高める。 ②日常的な交流の場:偏見を和らげ、社内の心理的ハードルを下げる。 ③三者連携:企業・支援者・本人の密な情報共有。 7 今後の展望 ①導入企業の拡大:支援者から「求人を増やしてほしい」という要望多数。 ②ステップアップの可視化:継続勤務期間、配属率、顧客満足度を数値で示す予定。 ③地域展開:関東圏だけでなく、関西圏など全国への拡大も視野に。 8 おわりに Cafeの開設はスタートラインに過ぎない。この取り組みが真に成功したと言えるのは、Cafe業務を通じてコミュニケーション能力や主体性、チャレンジ精神を育んだメンバーが、自信を持って一般就労へとステップアップできた時であると考えている。「採用しやすい」「定着しやすい」「社内理解が進む」という3つのメリットを同時に実現し、来年の発表では、その具体的な成果をご報告できるよう、尽力していく。 また、支援者の皆様からは、GP企業内Cafeの求人数を増やしてほしいという要望を多くいただいている。活躍する意欲がありながらも、必要な配慮が得られないために就労機会を逃している人々の雇用先をさらに増やし、誰もが生き生きと働ける社会の実現に貢献していきたい。 私が障害者雇用に携わり15年が経ち、一貫して精神障害者の雇用促進に邁進してきた。今後も精神保健福祉士として、さらに多くのチャレンジを続け、無理解や偏見のない社会の実現を目指していく。 【連絡先】 工藤 賢治(株式会社ゼネラルパートナーズ) e-mail:kudo@generalpartners.co.jp 携帯電話:080-4294-6065 企業HP:http://www.generalpartners.co.jp/ 長尾 悟(株式会社JBSファシリディーズ) e-mail:nagao@jbs-f.co.jp 携帯電話:080-4385-8774 企業HP:https://www.jbs-f.co.jp/index.html p.18 精神障害・発達障害のある大学生採用:効果的な採用の考え方とプロセス ○八重樫 祐子(株式会社LIXIL Advanced Showroom ココロラボ 室長) ○小川 健(株式会社エンカレッジ 大学支援事業部) 山本 愛子(株式会社エンカレッジ 大学支援事業部) 廣田 みのり(株式会社エンカレッジ 大学支援事業部) 1 はじめに 日本学生支援機構の調査によると現在障害のある学生は全学年計55,510名、内訳は精神障害が35%、発達障害が21.5%を占めている。大学在籍者の就職率を見ると最高年次学生10,616人中、就職者が4,286人と約40%、精神障害・発達障害の場合、最高年次学生6,890人中、就職者が2,417人と約35%という数字が出ており、肢体不自由学生の就職率約60%と比較をすると課題がある。 本発表では現在までに障害のある大学生を計7名採用し、各部署(社内SE、人事、広報、接客)で活躍している株式会社LIXIL Advanced Showroom(以下「LAS」という。)と障害のある大学生の就職支援を実施している株式会社エンカレッジの連携事例をもとに、近年増加している精神・発達障害のある大学生の就職について、マッチングプロセスを中心に報告する。 2 障害学生の就職準備のステップと現状 (1) 学生のよくある悩みと機会不足の課題 障害のある大学生は、診断時期の違いにより自己理解・自己受容度は様々である。また就職活動時の進路選択においても選択肢が多い。障害をオープンにするかクローズにするか、障害者雇用枠の中でも部門配属型と集約型、また特例子会社という選択肢もある。そして雇用形態、業界、職種の違い等、多様な選択肢から意思決定を行う必要に迫られる。しかし、現状では障害者雇用について知る機会は非常に乏しい状況がある。また障害名だけで判断され会わずに落ちる等の構造的な課題も見られる。 (2) 家でも就活オンラインのステップと関わり 株式会社エンカレッジは2013年に設立し、10年以上障害のある大学生支援や就労移行支援事業所を運営している。また自主事業として、障害のある大学生に特化した就職支援サービス「家でも就活オンライン」(以下「家就」という。)を2020年より運営している。 家就は障害のある大学生を対象に準備~マッチングまでの機会提供を実施している。利用学生は毎年400人近く、主に就活時期の3~4年生が活用し、障害種別は精神障害・発達障害・身体障害と多様である。 学生のよくある悩みと機会不足の課題状況を踏まえ、準備期では「自己分析講座」「個別面談」等、準備支援を行っている。特に「障害のある内定者の話」や「障害者雇用で就職した先輩社員の話」は毎年好評を得ており、卒業生が登壇者として後輩に経験を還元するサイクルが生まれつつある。またエントリー・選考期には配慮事項の作り方講座やエントリーシートの作成サポート、オンライン合同説明会や求人紹介を実施している。 図1 学生の困りと家就の関わり 3 企業側の取り組み (1) 障害者雇用状況 LASでは2016年から障害者雇用を開始し、現在障害のある従業員が35名(雇用率3.3%)在籍している。そのうち精神障害者保健福祉手帳所持者が80%となっており、各部署に配属され業務に従事している。 2019年までは就労移行支援事業所からの採用を中心に実施していたが社内SEでの採用ニーズが出てきたことから専門性のある障害のある求職者採用を検討し、大学生採用に関心を持った。その際に家就と出会い、現在は就労移行支援事業所からの採用と大学生採用の2軸になっている。 (2) 障害のある大学生採用ポジション 実際に取り組んでみると働く動機や障害受容の準備が進んでいる大学生との出会いが生まれている。結果、弊社では障害のある大学生採用として入社した精神障害・発達障害の人材が社内SE、人事、広報、オンライン接客等、各部署で活躍をしている(表1)。障害者雇用では従来は事務業務での募集が多く、上記の職種は障害のある大学生採用を進める中で新たに挑戦をした業務である。 (3) 障害のある大学生採用に至るまでのポイント 障害のある大学生採用を進めるには様々な壁があった。 p.19 表1 精神障害・発達障害のある大学生採用例(一部) まず、雇用形態である。従来障害者雇用の場合契約社員スタートでの採用を軸としていたが、大学生は正社員希望が一般的なため協議を進めた。しかし結果的には従来の障害者雇用ポリシーをもとに大学生採用も実施することに決定したため、契約社員スタートで採用をし、2年目以降に正社員登用制度に基づいて正社員化している。 次に大きな課題となったのが支援者の有無である。大学生は支援機関を使っている方は稀である。そこで大切にしたのがマッチングの質である。就労移行支援事業所からの採用と同じく業務体験を組み込んだ方法で、相互理解の機会を大切にした。また、弊社では大学生採用の際、家就が独自提供する就職後サポートを一部お願いしている。 (4) 中途採用との比較 従来の採用と比較をすると大学生採用の特徴、違いも存在した(図2)。 図2 中途採用と大学生の比較 (5) マッチングプロセスの構造 ア 採用の考え LASでは、はたらき続けられる人財を求め、成長や自立、はたらく意欲等を大切にしている。そのため採用の際には就労に関する価値観の見極め及びミッション・ビジョン・バリューへの共感を大切にしており、障害名や障害者手帳の等級では判断をしていない。 イ 障害のある大学生採用の採用プロセス 障害のある大学生採用の場合はプロセス図のように辿っている(図3)。 (ア) 学生との最初の接点 障害のある大学生向けのイベントへの参加を中心にし、まずは弊社を認知してもらう。この際に弊社の採用の考え方をしっかり伝えるようにしている。 (イ) 面談の実施 興味を持っていただいた学生には選考に進んでいただき、面談においてご本人の興味や働く意欲等を聞いている。 (ウ) 業務体験の実施 面談後、希望があった際は配属を予定する業務、部署での業務体験に参加頂いている。5日程度で実施をしており、授業との関係からスケジュールは柔軟に調整をしている。 (エ) 最終面接の実施 業務体験後、就業を希望していただいた際には配属部署の上長と人事部長が参加をする最終面接に進む。 (オ) 内定 入社前までに障害者雇用担当者との面談で配慮事項等の確認を行っている。またタイミングが合えば内定式等に参加し、一般採用の新卒同期との交流を深めてもらっている。 図3 障害のある大学生採用の採用プロセス 4 まとめ 精神障害、発達障害者の大学生採用の仕組みについて整理をした。その中で①学生への準備機会提供の仕組みの存在、②企業で活躍をしている事例の存在、③活躍に向けた採用プロセスの仕組みの存在を明示した。そして、従来の障害者雇用の考え方やプロセスを活かしながら、大学生採用においても仕組みを作ることで一歩前進し、結果、多くの活躍事例が生まれてきた。この事例から短期的には法定雇用率の引き上げへの対応があるが、中長期的には障害のある大学生採用も含む、多様な人財を活躍させる仕組み作りが企業経営にとっても重要になってくると感じている。 【参考文献】 1) 日本学生支援機構『令和6年度 大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査報告書』,p.6-8,p.78-79 【連絡先】 八重樫 祐子 株式会社LIXIL Advanced Showroom e-mail:yuko1.yaegashi@lixil.com p.20 障害のある従業員の能力把握と職域開発 ○湊 美和(株式会社リクルートオフィスサポート 事業支援部 部長) 奥本 英宏(株式会社インディードリクルートパートナー リクルートワークス研究所) 石川 ルチア(株式会社インディードリクルートパートナー リクルートワークス研究所) 1 労働供給制約社会の到来 多様な人材の活用を 日本の労働市場では労働需要が供給を上回る状況が続いている。帝国データバンク1)によると人手不足を理由とする倒産は2024年に累計342件と過去最多を更新した。また、リクルートワークス研究所2)の予測では、対策を講じなければ2040年までに1,000万人以上の労働力が不足するとされている。 持続的に事業を運営していくためには、従来とは異なる人材活用の工夫が不可欠だ。すでに多くの企業が女性、高齢者、外国人などの多様な人材の活用を進めているが、障がい者に関しては取り組みが十分に進んでいない。厚生労働省3)によると、中小企業において法定雇用率(2.5%)を達成している割合は44.3%〜49.1%にとどまり、半数に満たない。また、雇用されている障がい者の多くは職場内での役割が固定化しており、個人の強みを活かしきれていない。 本研究では、障がい者の雇用を持続的成長や経営戦略として捉えている企業の取り組みを通じて、障がい者の戦力化に必要な制度や支援のあり方を明らかにする。 2 能力発揮と成長支援のためのモデル 本研究では、障がい者雇用で先行する事業者13社と就労支援機関への聞き取り調査、ならびに障がい者雇用の有識者との対話を行った。その結果、障がい者の職場における能力発揮と成長支援には、3つのプロセスと2つの組織的支援が欠かせないことがわかった(図1)。 図1 3つのプロセスと2つの組織的支援 3つのプロセスとは、募集から入社後までの「1.採用における能力把握」、個人の強みや働き方の志向に応じて行う「2.多様な個性に合わせた仕事のデザイン」、本人の意思や成長段階に応じて進める「3.仕事の段階的な拡大」である。2つの組織的支援とは、個人に対する「4.日常的な活動のフォロー体制」と、組織レベルで行う「5.組織の仕組み・運営の整備」である。以下に、それぞれの要素について詳述する。 3 採用における能力把握 障がい者の能力を把握するには、従来の書類選考・面接・適性試験だけでは不十分である。同じ障害であっても特性や困難の度合いは異なり、本人が自らの適性を認識していない場合も多いからだ。 有効な手法のひとつが「実習」だ。就労支援施設や特別支援学校から広く募り、5日~2週間程度の実習を複数回実施する。通常業務のなかから未経験者でもできる比較的簡単な業務を任せて、表1に示した確認ポイントで適性や能力を把握する。長期にわたる実習は手間がかかると思われがちだが、ミスマッチ防止や外部支援者との関係構築につながり、定着率を高める安全かつ確実な方法である。 表1 採用プロセスにおける確認ポイント 4 多様な個性に合わせた仕事のデザイン 個人が能力を最大限に発揮するためには、障害の特性だけでなく、本人の適性、関心、希望する働き方などを総合的に考慮した業務アサインが重要である。ここでは、「仕事の進め方(状況判断力×手順遵守力)」「他者との関わり方(自己完結×チーム連携)」の2軸から、先進企業に見られる業務の特徴を整理した(図2)。 図2 仕事の進め方×他者との関わり方から見た適合業務 p.21 A. 個人裁量業務:完成形や納期が明確に定められており、業務の手順やスケジュールを含め、本人の裁量で遂行する業務である。求められるスキルはある程度限定されるが、技術や知識の習熟に伴い専門性が高まる。 B. 専門職補助業務:専門職の補助的な役割として、チーム体制の中で遂行する業務である。一定の品質や正確性が求められるため、訓練を通じたスキルの習得が必要となる。 C. 個人定型業務:マニュアル化・標準化された業務であり、未経験者でも取り組みやすい。初期段階の業務として適している。 D. チーム協働業務:共通の目標に向かって、他の社員と協働して遂行する業務である。業務全体の工程の理解、ルールの遵守に加え、自身の状況を他者に適切に伝える能力が求められる。 5 仕事の段階的な拡大 仕事を拡大するにあたっては、段階的に仕事の裁量を高めリーダー的役割を目指す「スモールステップアップ」と、1つの業務の習熟度を深めて近接する業務に広げる「スモールエクスパンション」の2つの方向性がある(図3)。どちらにおいても①本人の能力と希望を踏まえること、②無理のない範囲から段階的に進めること、③困難が生じた場合には元の業務へ柔軟に戻すことが重要である。障がい者は成長ペースの個人差が大きく、苦手な作業が障壁となる場合もあるが、伝え方の工夫、工程の見直し、機械化などにより解消できることも多い。先進企業では、こうした取り組みを通じて、多様な人材が働きやすい職場環境の整備を進めている。 図3 段階的な仕事の拡大モデル 6 日常的な活動のフォロー体制 配属先では特定の関係者に任せるのではなく、上司や同僚に加えて、生活面や就職活動を支えてきた社外の支援者、社内の中立的な支援機能の3者で支えることが重要である。中立的な支援機能は、配属先の職場と障がい者との間に立つクッション役として機能し、外部機関との連携も担う。継続的な支援が可能なため、中長期的な能力開発やキャリア形成にも関与することができる。3者が連携することで、特定の関係者に負担や情報が集中することなく、安定的かつ持続可能な障がい者雇用体制の構築が可能となる。 7 組織の仕組み・運営の整備 障がい者が能力を発揮し、成長しながら働き続けるためには、組織全体で働きやすい環境を整えていくことが必要だ。先進企業に共通する4つの工夫を紹介する。 ①柔軟な働き方の導入:テレワーク、フレックスタイム、短時間勤務など、個々の事情に応じた勤務形態の提供。 ②業務の共有・分担体制の整備:主担当・副担当の設定、作業手順書の作成、進捗の記録・共有による業務の可視化と協働促進。 ③ICTツールの活用:体力や言語能力にかかわらず業務が遂行できるよう、ICTを活用した環境整備。 ④段階的な評価制度の導入:3カ月や半年ごとの達成評価、キャリアの志向に応じた基準設定などにより、個人が成長を実感しやすい制度設計。 8 障がい者雇用を契機に全従業員が活躍できる環境を 誰もが働きにくさを感じる場面があるなかで、障がい者が力を発揮できる環境を整えることは、すべての働く人にとっての快適な職場づくりに通じる。今後はテクノロジーの進化も追い風となるだろう。近年は、デジタルツインやパーソナライズされた大規模言語モデルの活用により、個々のスキルや意思決定傾向を可視化し、より適切な業務設計が可能となっている。障害の有無を問わず、その人の力を引き出す働き方の実現に向けて、制度・技術の両面からのアプローチが求められる。 障がい者の戦力化には、職場全体に応用できる普遍的なヒントが多数ある。本研究が障がい者雇用に不安を抱える企業が一歩を踏み出す一助となり、多様な人材の活躍につながることを期待する。 【参考文献】 1) 帝国データバンク(2024年10月)「人手不足に対する企業の動向調査」鈴木若葉『千葉における障害者雇用の現状と課題』, 2) リクルートワークス研究所(2023)「未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる」 3) 厚生労働省(2024)「令和6年 障害者雇用状況の集計結果」 【連絡先】 湊 美和 株式会社リクルートオフィスサポート e-mail:mminato@r.recruit.co.jp p.22 たのしいおしごとにっき ~Power Platformによる日報管理システムの構築とデータ活用 episode 0~ ○原 真波(三井金属株式会社 経営企画本部 人事部 労政室 ステップ&サポートセンター) ○馬場﨑 洋貴(三井金属株式会社 経営企画本部 人事部 労政室 ステップ&サポートセンター 主査) 1 前回の振り返り 第31回の論文であるが、Power Platformを活用した日報管理システムについて紹介した。このシステムは、日報のデータをオンラインで保存することにより、社員が記入した日報やそれに対するフィードバックを支援者間で即時共有できるものである。また、Power BIによるデータの自動処理によって、業務の稼働だけでなく、体調や疲れ、睡眠時間といったデータが可視化されるようになった(図1)。こうした日報のデータと、社員個人の障がいやその配慮事項などのデータを一元管理したPersonal Fileの構築を目指している。 図1 睡眠時間グラフ 2 Personal File導入に向けたアップデート (1) 分析用データの追加 社員の障がい特性だけでなく、性格や興味などをより詳しく知るため、以下4つの検査を実施し、その検査結果をデータとして追加した。 ① GATB(厚生労働省編 一般職業適性検査) ・基礎的な能力(適性)を測定するためのテスト ・認知能力・職業適性の測定ができる ② KN式クレペリン検査 ・基礎的な能力(適性)を測定するためのテスト ・認知能力・職業適性の測定ができる ③ BWAP2(Backer Work Adjustment Profile) ・就労支援の現場で使用される職業適性検査 ・作業能力・作業適性の把握ができる ④ VRT(職業レディネステスト) ・働くために必要な基本的態度や行動が備わっているかを評価する心理検査 ・働くための心構え、行動傾向の評価ができる 検査結果から指導計画を立て、社員の能力開発や業務、配属部署のマッチングに活かせないかと考えている。 (2) 指導・フィードバック記録の蓄積 日々の業務や年初に立てた年間目標に対し、支援者からはフィードバックが記録される。このフィードバックは「注意」「警告」「いいね」といった項目で分類することができ、社員の成長がグラフとして可視化されている(図2)。 図2 フィードバック記録 3 実習生向け実習記録表の構築 Personal Fileの構築のためにアップデートされた日報システムを、弊社に来ている実習生へのフィードバックとして活用できないかと考え、実習記録表を作成した。 実習記録表に取り入れたデータは以下のものとなる。 (1) 稼働入力 実習生がどのような業務を実施したのか、その内容と実習生本人の感想を記入できる(図3)。 図3 実習生用日報入力画面 p.23 (2) 支援者からのフィードバック 各業務それぞれについて、支援者からのフィードバックが入力される。フィードバックの内容は、良かった点や改善点、翌日の目標などが記入される(図4)。 図4 フィードバック用紙 (3) 各種検査結果 実習の日数や本人の希望にもよるが、社員に向け実施している検査を行い、その結果を記録する(図5)。実習が終了してからも、この検査結果をもとに自身の能力開発に活用してもらえたらと考えている。 図5 実習生用検査結果シート 4 今後について 現在は5日を超える実習生に向け検査を実施し、実習記録表としてお渡ししている。今後は特別支援学校の生徒向けにも展開し、検査結果を使用した能力開発やキャリア研修等を実施することで、一人でも多くの障がい者が自分のキャリアを考えられるよう貢献していきたいと考えている。 【連絡先】 馬場﨑 洋貴 三井金属株式会社 経営企画本部 人事部 労政室 ステップ&サポートセンター 主査 Tel:070-2253-2438 e-mail:mss_ssc@mitsui-kinzoku.com p.24 パラアスリートの雇用と現状について ○矢嶋 志穂(株式会社ゼネラルパートナーズ 企業在籍型ジョブコーチ/スポーツ・コンプライアンス・オフィサー) 1 はじめに (1) 株式会社ゼネラルパートナーズについて 株式会社ゼネラルパートナーズ(以下「GP」という。)は、障害者雇用支援サービスのパイオニアとして20年以上にわたるサポート実績と企業様へ障害者雇用における幅広いサービスを提供。「社会問題の解決」を起点に事業を創造している。自社でも多数の障害者を雇用し、2025年6月1日の障害者雇用率は14.09%。前向きで意欲がありながらこれまでチャンスを得られなかった人が、持てる能力を発揮し、活躍できる機会を創り出している。社員数は317名(2025年6月1日付)。 (2) 転職エージェントとは 転職エージェントは厚生労働大臣の認可を受けた民間の職業紹介会社であり、転職エージェントサービスは転職希望者と採用企業との間にコンサルタントが介在し、転職の実現を支援することである。一人ひとりに担当のキャリアアドバイザーが付き、さまざまな相談に乗ってくれるのが特徴である。現在、インターネットを検索すると約75社の障がい者を扱うエージェントサービスがあがってくる。 パラアスリートを対象とした転職サポートを行っている転職エージェントは3社~5社となっている。 2 パラアスリートとは パラアスリートとは、障がいがありながらスポーツに取り組み、国内外の大会で活躍するアスリートのことを指す。 (1) 対象となる障がいについて 身体障がい:切断障がい(上肢・下肢切断)や脊髄損傷による車いす利用者、脳性まひによる運動機能障がい・視覚障がい・聴覚障がい・知的障がい。 精神障がいについては、ソーシャルサッカー等の独自の組織・世界大会等があるがGPではアスリートとしての内定・決定の前例が無いので割愛とする。 (2) パラアスリートのレベル感について ア トップレベル パラリンピックや世界選手権に出場する代表選手。国際的な舞台でメダルを狙う層。強化指定選手。代表候補として強化される層。 大会例:パラリンピック・アジアパラリンピック・デフリンピック・Virtus世界選手権。 デフリンピック:聴覚障がい者のパラリンピック。4年に1度開催される。2025年、初めて日本で開催される。 Virtus世界選手権:知的障がい者のパラリンピックとも呼ばれる。4年に1回開催されトップレベルのアスリートが参加。パラリンピックの知的障がい者が参加可能な競技は、水泳・卓球・陸上の3競技のみ。 イ 地域・国内レベル 地方大会や企業チームで活躍。仕事や学業と両立しながら競技を続ける。 大会例:各連盟が開催する地域大会・日本選手権・国民体育大会。 国民体育大会:国体については政令指定都市・地域の選考大会にて記録・出場履歴等で選抜される。 3 登録時から決定まで なぜアスリート採用なのか。アスリート活動には多くの競技活動費がかかる。そのため競技活動を継続するために企業からの競技活動費の支援により活動できる環境が整う。 (1) 登録について アスリートの登録については通常と同じ流れで行われる。 その際に多いのがアスリート本人のレベルと企業側の求めるレベル感の違いが課題となる。 例:アスリートの実績不足。 国際経験が全くない/強化・育成選手レベルではない/国内レベルでも実績が足りない。目標レベルが実績と乖離しすぎている。 (2) 登録後の応募から面接 面談についてはキャリアアドバイザーが行うが、GPについてはスポーツ・コンプライアンス・オフィサーが在籍しているため随時アスリートやキャリアアドバイザーからの質問・不安点に対応が可能となっている。 基本的には全国規模となるため、居住地が関西、本社が関東ということも珍しくない。多くの企業がオンライン面接にて選考を行っている。 面接時のポイントは以下のとおり。 ①アスリート活動だけではなく、事務作業、広報活動、社内イベントなど、アスリートが持つコミュニケーション力や発信力を活かせる業務を企業に提案。 ②競技活動費の明確化:国内遠征費・1回の合宿にかかる費用・コーチに支払う謝礼・競技消耗品(シューズ・プロテインなど)。 ③今後の自分自身の目標について:パラリンピック出場。それに伴いどのような練習をしているのか。 p.25 ④セカンドキャリアについて:3年後・5年後。アスリートとして、このような活動をしたい。 4 内定から就業後について (1) 内定後に行う事:個人競技の場合 ・移籍手続きを連盟に行う。 ・企業でのユニフォーム作成:ロゴの大きさ・個数・場所などが細かく決まっているのでGPからレクチャーが可能。 ・出社日がある場合はいつ、何をするか確認。 (2) 就業後にアスリートに出る問題点 ・練習中・競技試合中の怪我の対応について。 ・怪我・病気で長期間に及び練習・試合出場が出来ない時について。 5 企業がパラアスリートを雇用するメリット ・CSR(社会的責任)やD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の観点で評価が高まる。 ・社員や顧客に向けたインスピレーションやモチベーションになる。 ・障がい者雇用率の達成に直結する。 ・広報・ブランディング面で「社会貢献企業」としてのイメージアップ。 6 現状とセカンドキャリアについて (1) パラアスリートの現状 身体障がい者の雇用が中心となっている。弊社からの紹介については競技専念型が多くアスリートが目標に向かって競技活動が出来る環境を提供している。パラリンピック以外の競技での採用実績もあり、パラサーフィン、2028年ロサンゼルスパラリンピック大会から追加競技となったパラクライミングなどがある。 (2) セカンドキャリアについて アスリート採用に見られるのが期間限定契約。延長・企業での社員雇用は無い。このような条件がある。 アスリートの多くは移籍をするが、満足な条件で移籍が出来ない。またアスリートを引退した際に就業が困難となる場合がある。 7 パラアスリートの採用事例 パラアスリートの採用事例について、これまでGPで紹介した事例を紹介する。 パラアスリートは身体障がい者だと思われるが、GPでは知的障がい者の内定事例も出でいる。 (1)事例1:Aさん 20代 女性 療育手帳B2 パラリンピック出場を目標に高校は通信制を選択、卒業後は官公庁のチャレンジ雇用にて就業していたが練習時間の確保と競技活動費の不足にてアスリート採用を希望。競技専念型にて就業は出来たが練習環境のスケジュールや活動費の使い方など、入社当時はコーチを含め確認をしながら環境を整えていき現在はアジアパラリンピックに向けて練習に励む日々。企業担当者がパラアスリートであることで専門的アドバイスが出来スムーズな環境整備ができた。 (2) 事例2:Bさん 20代 男性 愛の手帳4度 特別支援学校卒業後、就労移行支援事業所通所。幼少期から球技スポーツを行っていた。特別支援学校卒業後も継続し日本代表候補に選出。障がい者雇用で通常勤務を行いながらアスリート活動を進めたがシフト制勤務のため練習・試合に出場することが困難となり再度相談となった。いくつかの企業に打診した結果、競技専念型でアスリート採用の内定をもらうことが出来た。内定後は競技活動費の使い方を計算し、1日の過ごし方など細かい点までサポートすることで競技に専念する環境を整えることが出来た。 (3) 事例3:Cさん 20代 女性 視覚障がい 大学卒業後、アルバイトをしていたが自身の競技レベルの向上と目標の明確化で、アスリート採用・競技専念型を希望。初めての就職活動となった。面接はスムーズに進み内定となったが視覚障がい者については、介助者・コーチの付帯が必須となる。海外遠征となると自己負担の費用は2人分となり支出面で逼迫されてしまうことが多い。その後、競技活動費の面で相談となり移籍を踏まえながら企業に交渉したが結果的に移籍となり競技活動費は増額となった。 8 まとめ アスリート採用については企業側の取り組み1つで行うことが出来、メリットが多数あり、2028年に開催されるロサンゼルスパラリンピックに向けて1社でも多くの企業がアスリート採用について検討し、一人でも多くのパラアスリートが諦めることなく世界の舞台で活躍できる姿を応援している。 【連絡先】 矢嶋 志穂(株式会社ゼネラルパートナーズ) e-mail: yajima@generalpartners.co.jp スポーツ・コンプライアンス・オフィサー 企業在籍型ジョブコーチ p.26 個々の挑戦から全体の進化へ ○星 希望(あおぞら銀行 人事部 主任調査役 精神保健福祉士/2級キャリアコンサルティング技能士) 1 はじめに 当行グループでは障がいの状況や年代に関わらず様々な行員が活躍しており、銀行特有の部署で活躍している者もいれば、一般的な企業・業種においても見られる事務や営業、情報システムなどの部門で力を発揮している者もいる。これまでの歩みの中で、様々なバッググラウンドのある多様な人々が共に働く環境が醸成され、自然な流れでかねてより障がいがある方も一緒に働いてきている。 2 一人ひとりのチャレンジを後押し (1) 仕事面 目標設定や評価なども障がいのあるなしに関わらず同じとしているため、期初に個々で目標を設定しているが、目標の一部に自己啓発や行内外での活動の内容を含めている行員も少なくない。障がいの状況によりできないことは配慮するが、障がいがあるからと諦めたり、可能性を狭めてしまったりということがないよう、キャリア構築プログラムの機会も均等で、多くの行員の利用実績がある。行員が主体的にキャリアを形成できるよう自らの経験領域を拡げられるよう、希望者には社内公募制度のジョブポスティング、所属している部署にそのまま在籍しながらも並行して別の業務を経験できる、社内副業的な制度であるジョブサポート制度、他部署での短期トレーニー制度などの機会がある。例えばジョブコーチが一緒に参加してサポートするケースや、上司が参加先と相談して必要な機器を揃えたり、配慮について事前に情報共有したりするなど、本人のチャレンジを応援し少しでも安心して取り組めるよう環境を整えている(図1)。 図1 チャレンジを応援する環境づくりの例 (2) 活動面 日常業務とは別で障がいのある行員の有志が行内で取り組んでいる活動が多く存在する。元々はコロナ禍をきっかけに聴覚障がいのある行員が当時マスク着用やパーテーション設置、オンラインでの研修・ミーティングなどが広まったことによりコミュニケーションが取りづらくなったため、環境整備と困りごとへの認知を拡げるため様々な活動を開始したのがきっかけである。 多種多様な活動のうち、特に疑似体験については、聴覚障がい以外の障がいへの展開があり、視覚障がいの擬似体験、そして電動車いすの体験会への実施へと繋がっている(図2)。 図2 多様な障がいの理解を深める体験 「疑似体験」「体験会」の名前の通り、座学や知識の詰め込みよりも、実際に体験を通して参加者一人ひとりが感じたことや気づきを大切にしている。また自身以外の参加者それぞれがどのように感じ、どのような気づきを得たのかというところから新たな学びもあるため、参加者同士の共有の時間も設けている。障がいの状況に関わらず、疑似体験を含む活動は障がいのある行員が企画立案から実施までを主体的に行っているが、活動の根底として自身のことや困りごとをわかってほしいというより、障がいのある行員が自身の状況を1つのモデルケースとして、世の中にはいろいろな状況下に置かれている方がいらっしゃることを知ってほしいという想いで進めている。 こうした取り組みを通じて、障がいのある行員が多様な参加者と関わることはもちろんのこと、企画立案~実行を業務以外で経験するのもチャレンジの1つとなっている。 p.27 3 活動の波及効果 障がいのある行員が講師を務める勉強会、手話講座、行内イントラネットでの発信などの活動を通して、障がいのある行員自身も、受け手となる行員にも双方に新たな気づきや学びがある。 障がいのある行員は自身の状況をあらためて振り返る機会となり、その上で伝え方やプログラム内容を工夫し、実施後の参加者からのアンケートが励みの1つになっている。また新たに活動に参加する者も出てきている。 受け手や参加者となる行員にとっては、当行行員を通じて障がいへの理解を深め、街中で見かける障がいのある方に対して何か自分にできることはないかと考えるきっかけにもなっている。 特に聴覚障がいの疑似体験、視覚障がいの擬似体験、そして電動車いすの体験会実施後は、参加者が体験内容を各部署に持ち帰り、弊行をご利用いただいているお客さまにも還元できたらと、各店に「電子メモパッド」と「サインガイド」が導入されることとなった(図3)。 図3 疑似体験の効果と展開について 実際の活用事例も報告されており、障がいのある行員のこうした取り組みは、お客さまにとって安心して当行をご利用いただける環境づくりの一助にもなっている。 4 新たな取り組み 障がいの擬似体験のバリエーションが広がったことの他にも、複数の新たな取り組みを進めている。 聴覚特別支援学校の教員含む高校2年生約25名を対象に職場見学会を実施した。聴覚障がいのある行員が主体となり、実施内容や障がいに配慮した情報保障を考え、銀行業務について学びの場を提供することはもちろん、「聴覚障がいがありながら働くこと」について考えを深められるようなプログラム、当行の聴覚障がいのある行員との交流の機会も設けた。 さらにこれまで部門単位で展開してきた手話講座を発展させ、普段は各部門でそれぞれ活躍している聴覚障がいのある行員による部門横断プロジェクト「手話レッスンことのは」を発足して全行展開、定期的に対面およびオンラインにてレッスンを開催している。これまで開催してきた中での参加者からの意見も積極的に取り入れ、当日参加が難しかった方、参加はしたが後日おさらいしたい方向けにイントラネット上に資料や動画をまとめたページを作成、公開もしている。 またこれまで毎年参画してきた統合報告書作成に関しても、異なる部門で働く障がいのある行員がチームとなり、意見を出し合いながら関係部門との調整やミーティングもチームで主体的に進めていった(図4)。 図4 新たな取り組み 5 おわりに 仕事やキャリア面での個々の挑戦と並行して、様々な活動や取り組みを推進することで障がいのある行員が自らのチャレンジを実現している。新たな取り組みにおいては部門を跨いで様々な関係者とのやり取りが発生するため、柔軟な対応や調整力や必要となるので、プロジェクトとしてPDCAをまわしながら推進していくことも自然と学んでいく。周囲もそうした姿勢から新たな気づきや学びを得ており、お客さまや社会に還元していく動きも出てきている。 個々の努力や挑戦に留まらず、皆で相互理解を深め尊重し合うことが全体の進化に繋がっている。これからも障がいのある行員がより活躍できるよう共に歩んでいきたい。 【連絡先】 星 希望 あおぞら銀行 人事部 人事グループ Tel:050-3138-7211 e-mail:n.hoshi@aozorabank.co.jp p.28 特例子会社における障がい者社員のキャリアアップ推進活動 ○大﨑 慎一(日総ぴゅあ株式会社 取締役事業本部長) 市川 洋子(日総ぴゅあ株式会社) 1 はじめに (1) 会社概要 日総ぴゅあ株式会社(以下「当社」という。)は、日総工産株式会社の特例子会社として2007年4月に設立した。  当社は日総HDグループの創業理念である「人を育て 人を活かす」を障害者雇用の領域で実践するという企業理念と、「CS社員の幸せな未来を創る」をありたい姿とした企業ビジョンを掲げ、障害者社員(以下「CS社員」という。)が広く社会で活躍できるよう、能力開発や人材育成に力を入れている。 2025年6月現在、185名のCS社員が在籍しており、主な事業は事務請負や施設清掃など親会社からの社内受託事業とモノづくり軽作業、物流支援、IT業務など一般企業からの社外受託事業の2つの軸で構成している。 また支援学校向けの訪問菓子販売や最近では生徒や保護者向けにCS社員を講師としたセミナーに挑戦している。 (2) 活動の背景と目的 ア 背景 活動を推進してきた背景は主に以下の4つとなる。 ・障害者雇用の社会の期待は雇用から活躍に拡がっている。 ・CS社員の成長が順調であり、在籍も拡大している。 ・企業に一定の理解や配慮があれば健常者と何ら変わらぬ活躍が期待できるCS社員の可能性を引き出したい。 ・一般企業転職を希望し、自らの判断で早計に退職する社員が毎年発生、多くの者が結果として失敗している。 イ 目的 活動の主たる目的は以下の2つとなる。 ・CS社員の能力や強みに応じた活躍機会を拡げる。 ・職域を社内に限定せず、広く社会で活躍してもらう。 2 活動概要 (1) 現状把握(制度のブラッシュアップ) 従来のリーダー制度は業務進捗や作業指導、品質確認などを担うチーフリーダー(以下「CL」という。)、CLの補佐を担うリーダー(以下「L」という。)、Lへの訓練を行うサブリーダー(以下「SL」という。)の3つの職責で構成し、CS社員にとってのキャリア目標でもあった。 他方、2021年度の振返りでは、1(2) アの背景を踏まえ、社外の変化として主に以下の3つを取り上げた。 ・法定雇用率の上昇。 ・障害者の活躍を期待する社会のニーズ。 ・障害者ビジネスの台頭。 また、社内課題の中で、CS社員の人事制度は主に以下の2つを重点課題とした。 ・CS社員のキャリアアップはCLが頭打ちであること。 ・在籍増加とともにCS社員の制度維持が難しくなること。 これらの課題から更なるステップアップを目指せ、一人ひとりの特性や能力を活かせるキャリアルートの拡充が必要という結論に至った。 (2) 計画立案 前年の振返りを踏まえ、2022年度中期経営計画では、以下の2つをゴールとしたCS社員人事制度改革を打ち出し、2023年度から段階的に運用を開始する計画を立案した。 ・CS社員から正社員の指導員(以下「SS社員」という。) を目指せる新たなキャリアアップ制度の構築。 ・能力が高く、希望するCS社員は一般企業就労にチャレンジできる仕組みの構築。 (3) 主な施策 図1 キャリアルート体系イメージ ア 階層の整備 ・従来は別々だったSS社員とCS社員の人事制度を一本化、またSS社員とCS社員の間に準社員の職域を加え、その職責をアシスタントスタッフ(以下「AS」という。)とした。なお、テクニカルコース(後述)の同職責はエキスパートスタッフ(以下「ES」という。)(図1参照) イ キャリアルートの層別 ・CS社員の特性や強みに応じたキャリアを選択できるようマネジメントとテクニカルの2コースを創設。 ・マネジメントコースはコミュニケーションが得意で人や職場などチームマネジメントのスキルを高めていく。 ・テクニカルコースは作業能力や作業指導が得意で自らの技能、技術など自身の業務スキルを高めていく。 p.29 ・テクニカルコース創設により技術専門職のSSを設定。 ウ 社外キャリアルートの仕組みづくり ・一定スキルを身につけ、希望すればグループ内各企業へ段階的に正社員として転籍できる仕組みを構築した。 ・さらに具体的なキャリアビジョンを考えることで一般企業へチャレンジできる制度を構築した。 エ 要件の設定 ・各コースの階層、職位に求められる25項目の職能要件を設定した習熟管理チャート(図2)の運用を始めた。 ・CS社員の年間目標をキャリアビジョンに連動させ、進捗や育成計画を習熟管理チャートで可視化した。 ・ASはチャレンジシート(目標管理シート)にSSを目指すために必要な要件を明示したものへ改修した。 オ その他の関連活動 ・当社OCR課題を活用した業務適正把握により、IT部門への業務転換からPCスキル向上をキャリアアップに繋げる活動の推進を強化した。 ・グループ会社の職場における実習を取り入れることで、よりピンポイントな事前の適正把握が可能になった。 ・有料職業紹介や派遣免許を取得、段階的に一般企業へステップアップできる仕組みを構築した。 図2 習熟管理チャート(部分抜粋) 3 具体的な成果 (1) ASの登用 2023年度に当社初の準社員登用として、AS4名(知的1名、精神2名、知的身体1名)の昇格を実施、以降も2024年度1名、2025年度1名の知的2名がASに昇格した。 (2) 新たなリーダーの輩出 2023年度のAS昇格により、次点に控えていたL4名がCLへ昇格、SL2名がLへ昇格し、以降も計3名のLがCL昇格、SLも複数名昇格している。 (3) 指導員(正社員)の登用 2025年度、IT部門のAS1名(知的B2)を正社員となるSS社員登用を行った。この事例も創業来初であり、キャリアアップを目指すCS社員の新たな目標となった。 (4) 転籍による一般企業就労 構内請負幸浦事業所のAS(精神2級)に対し、お取引先より正社員として採用したいとの評価を頂いた。 本人と保護者へ経緯や処遇などの説明を行い、最終的に 転籍を希望したため、当該お取引先企業の正社員として2025年度5月に一般企業正社員就労を果たすことができた。 (5) 相乗効果 ア キャリア意識の向上 キャリアアップの仕組みが広がったことで多くのCS社員に目標設定や就業態度など意欲向上が顕著に表れた。 イ 転職希望による退職抑制 キャリアアップのロールモデルができたことで自らの判断で転職を希望する早計な退職を抑制できている。 4 今後の課題 (1) 重度知的障害者向けの制度構築 キャリアアップが、容易ではない重度知的障害のCS社員にとって現実的な制度とはいえない。 (2) 保護者の理解 本人に能力があっても家庭事情から保護者の理解が得られないケースが想定される。 (3) 転籍先となる一般企業の確保 一般企業の就労先候補として新規企業開拓が必要となる。 5 さいごに 今回のキャリアアップ推進活動を推し進めた最初の切っ掛けは、あるCS社員との面談だった。 「将来の夢は何かありますか?」という問いかけに対し、「いつか正社員として働いてみたい」という思いを聴いたことが、その後の活動を推進する原動力となった。 ちなみに、そのCS社員は現在、お取引先企業の正社員として頑張っている。 引き続き、残る課題の解決を進めながら、今後も一人でも多くのCS社員の成長や活躍機会の拡充からキャリアアップの実現、そして当社ビジョンである「CS社員の幸せな未来を創る」を目指していきたい。 【連絡先】 大﨑 慎一 日総ぴゅあ株式会社 事業本部 e-mail:s-ohsaki@nisso.co.jp p.30 障害のある社員によるグループ内外の事業者に対する障害理解セミナーの開催事例 ○前角 達彦(株式会社JTBデータサービス) 1 はじめに (1) 背景 株式会社JTBデータサービス(以下「弊社」という。)は、株式会社JTB(以下「JTB」という。)の特例子会社であり1992年に設立された。弊社の主要事業はJTBやグループ各社から委託されたサポート業務であるが、近年のコロナ禍やDX推進により従来の業務は減少傾向にあり、新たな業務創出・職域拡大が課題となっている。 一方で社会の動向としては、障害者差別解消法の改正により令和6年(2024年)4月より事業者による障害者への合理的配慮の提供が義務化された。また、2025年(令和7年)11月には日本初となる東京2025デフリンピック(以下「デフリンピック」という。)が開催される。これらの背景もあり、JTBやグループ各社のみならず各社の主要な取引相手である観光事業者や施設運営者にとっても障害(者)や合理的配慮等に対する正しい理解が求められている。 (2) 目的 本研究では、弊社がJTBの各営業部門やグループ各社、および観光事業者・施設運営者を対象に開催したセミナー事例を紹介する。これらのセミナーでは弊社の障害のある社員がセミナー内容の構成や講師としての登壇等に関わった。また、開催実績やアンケート結果をもとに行った事例の効果や今後の課題について考察する。 2 事例紹介 (1) 事例1:観光事業者を対象としたセミナー ア 概要 2025年1月に(一社)愛媛県観光物産協会からの委託事業の「車いすユーザーフレンドリー事業 こころのバリアフリーセミナー実施業務」として愛媛県内の観光事業者を対象としたセミナーを実施した。セミナーでは、合理的配慮やこころのバリアフリーの説明、障害の基礎知識や車いすユーザーをはじめとする障害のある方への接客方法等について講演した。講師は視覚・聴覚障害のある社員が務め、自身の観光体験をもとに嬉しかった配慮や困ったことをセミナーに盛り込んだ。 イ 実績・アンケート結果 2日間でのべ42名がセミナーに参加し、34名からアンケート回答を得た(回答率81.0%)。アンケートでは「講義・資料のわかりやすさ」では33名(97.1%)が「満足」「やや満足」、「「こころのバリアフリー」に対する理解」については34名全員が「深まった」「やや深まった」、「車いすユーザーの受け入れへの自信」では27名(79.4%)が「自信がついた」「やや自信がついた」と回答した。自由記述では、「当事者の方の経験がためになった」「障害のある方といろいろなことに注意してコミュニケーションを取っていきたい」という前向きな意見や「合理的配慮として要求されるレベルがわからない」「一般のお客様の理解を得るのが難しい」という事業者の課題が寄せられた。 (2) 事例2:施設運営者を対象とした接遇セミナー ア 概要 2024年9月にJTBグループの株式会社JTBコミュニケーションデザインが運営する公共・文化施設を対象に「障害者接遇合同研修」としてセミナーを開催した。セミナーでは障害者差別解消法の改正点の概要を中心に不当な差別的取り扱いや合理的配慮について説明した。また、セミナー内では弊社で作成した障害のある方のサポート方法を解説した動画の再生や、障害を体験するロールプレイの時間を設けた。 講師は障害のある社員(発達障害・視覚障害・聴覚障害)を含む社員が務め、講演やロールプレイのファシリテーションを行った。 イ 実績・アンケート結果 2回の開催でのべ約100名がセミナーに参加(対面参加約40名、オンライン参加約60名)し、93名からアンケート回答を得た。アンケートでは「内容の理解度」では5点満点で平均4.41点、「総合的な満足度」では平均4.51点の評価を得た。自由記述では、「ロールプレイが参考になった」「自身の対応が間違っていた・いなかった」など普段の対応を省みる記述や、「精神・発達障害のある方への対応についてもっと知りたい」等の意見があった。 (3) 事例3:JTB社員を対象とした手話セミナー ア 概要 2024年度に全4回のJTBのデフリンピックプロジェクト主催の手話セミナーをJTB社員を対象に開催した。このセミナーはデフリンピック開催を踏まえて、聴覚障害者への理解や手話でのコミュニケーションについて知ってもらうことを目的として開催された。内容は回によって異なる。 講師は手話講師の資格を持つ聴覚障害のある社員が務め、通訳は手話通訳士の資格を持つ社員が行った。セミナーで p.31 は日常会話やデフリンピックに関連する手話表現を用いて参加者と交流を行った。また、JTBに勤務する聴覚障害のある社員もサポーターとしてセミナーに参加した。 イ 実績・アンケート結果 4回のセミナーでのべ58名がセミナーに参加し、実施後のアンケートでは平均18.3名から回答を得た。「講師の説明のわかりやすさ」では平均91.4%、「手話表現が実践できたか」では平均70.0%が肯定的な回答をした。一方で、セミナーについては、「回が進むにつれ、参加者ごとの手話の習熟度に開きが見られた」等の意見も寄せられた。 3 考察 (1) セミナーの効果ならびに障害のある社員が講師をすることについて 本研究で紹介した事例は、いずれも障害のある社員が講師やロールプレイのファシリテーションを行い、障害に関する一般的な知識だけでなく自身の体験やこれまでの職務経験をもとに講演を行ったものである。 評価については、事例により評価項目や測定方法は異なるため単純な比較はできないが、いずれも回答者の7割以上から肯定的な評価を得られた。このことは事例として取り上げたセミナーが参加者の障害(者)や合理的配慮等の理解に一定の成果を上げたと考えられる。 加えて、アンケートでは、「当事者の経験がためになった」「ロールプレイが役に立った」という声も聞かれた。このことは、講師と参加者という立場ではあるものの、障害のある社員が当事者として登壇することで参加者が障害のある社員と関わることとなり、障害(者)について直接知る機会を提供していたことが示唆される。 一方で、「合理的配慮として要求されるレベルがわからない」「精神・発達障害のある方への対応についてもっと知りたい」「回が進むにつれ、参加者ごとの手話の習熟度に開きが見られた」などの回答も見られた。このことは、当事者が登壇していても参加者にとって障害(者)や合理的配慮について必要な情報を伝えきれている訳ではなく、よりわかりやすく具体的な説明が求められていること、セミナー内容に改善の余地があることを示している。これらは今後セミナーを継続するうえでの課題であるといえる。 (2) 講師以外の役割について 本研究で紹介した事例において、セミナー内容および資料作成は主として講師となった社員が行った。しかし、社員の特性によっては資料の細部のデザインや進捗管理に対してサポートが必要な場面もあった。このような場面では、障害のある社員を含む別の社員が資料のデザインや専門知識に関する箇所のチェック、チーム内での進捗管理を行った。講師以外の役割においても障害のある社員がそれぞれの得意分野の業務を行い協力することで成果を上げることにつながり、この点でも新たな職務創出・職域拡大につながったと考えられる。 (3) 本社やグループ各社との連携について 本研究で紹介した事例は、弊社単独ではなくJTBやJTBコミュニケーションデザインなどのグループ各社および各社の取引相手がいて成立するものである。今回の成果は、社会的背景もあり各社が障害のあるお客様への対応等に課題を感じており、弊社がそのニーズをヒアリングし、障害に関する特性や必要な配慮等、障害者雇用におけるノウハウを活用することで達成できたものである。現にこれらの事例では今年度も継続して行っているものもあり、弊社の業務創出・職域拡大だけでなくJTBグループにおける障害者雇用の認知拡大にも効果をもたらしたと考えられる。また、グループ各社の障害のある社員と協働してセミナーを開催したこともグループ各社との連携強化に効果があったと考えられる。 弊社は特例子会社であり、グループの障害者雇用を進めていくことがミッションである。しかしながら、今後の法定雇用率の上昇をはじめとする現在の障害者雇用を取り巻く状況を考慮すると、グループ全体で障害者雇用を進めていくためには弊社の障害のある社員の採用・定着支援だけでは不十分であり、親会社やグループ各社に勤務する障害のある社員の採用・定着支援も重要な課題となっている。この課題を解決するためには各社との連携が不可欠であるが、セミナーの開催を通じてグループ内での障害(者)に対する理解を深めることおよび障害者雇用を牽引している弊社の認知度を高めていくことも、障害者雇用の推進に効果があったことが示唆される。 4 結論 今回の事例から、JTBグループ内外の事業者に対してセミナーを実施したことは、従来のサポート業務だけでない弊社の業務創出・職域拡大につながった。また、それに留まらず、各社との間に課題解決への貢献を通じて新たなコミュニケーションが生まれるという効果もあった。今後グループ全体の障害者雇用を推進していくための基盤を築くという点でも有効であったといえる。 【連絡先】 前角 達彦 株式会社 JTBデータサービス 営業部HR課 e-mail:tatsuhiko_maezumi@jtb-jds.co.jp p.32 電子化作業における効率化のための治具作成 ○平井 深雪(げんねんワークサポート株式会社 業務課 課長) ○斎藤 翔 (げんねんワークサポート株式会社 業務課 副長) ○岩谷 和樹(げんねんワークサポート株式会社 業務課) ○成田 邦義(げんねんワークサポート株式会社 業務課) 1 はじめに げんねんワークサポート株式会社(以下「当社」という。)は、青森県六ヶ所村にある日本原燃株式会社(以下「日本原燃」という。)の特例子会社として2019年に設立され、6名(知的障害4名、精神障害2名)の障がいのあるスタッフから始まった。2025年8月現在30名が在籍しており、そのうち精神障害が16名と過半数を超えている。(身体障害4名、知的障害10名、精神障害16名) 当社の取り組みとして、「良いところを評価する」「自立性を育てる」を大切に、スタッフの障がい特性や業務への適性を考慮した業務を付与している。併せて、障がいのあるスタッフに対する関わり方として指導員は、①できない理由を探すのではなく、どうやったらできるようになるかの視点でスタッフと向き合う。②各自の業務目標を達成するためには何が足りないのか、どのような育成をすべきか検討する。③障がいがあっても品質は妥協しない。の3点を常に意識している。 2 業務内容 電子化(紙の文書を電子データに変換)、清掃(執務室や会議室等の清掃・ゴミ回収等)、事務補助(郵便物集配、シュレッダー、アンケート入力、事務用品補充他)、パソコンのデータ消去等(ハードディスクを破壊)、印刷(名刺、封筒、カレンダー、ポスター等)等の業務を行っている。 3 電子化業務について 親会社である日本原燃から依頼されている2025年度の電子化目標数は250万枚であり、この目標を達成するには、1ヵ月当たり約21万枚の納品を目標としている。電子化する文書はサイズ等が様々で、A0サイズの図面や60mの長尺書類(チャート紙)など時間を要するものもあり、毎月の目標達成に苦戦している。そのため日々の処理枚数を表で提示したり、納品枚数をグラフにする等見える化し、進捗状況を共有している。 電子化業務はスキャン、照合、検品の3工程に分かれている。スキャンは、A4~A3サイズの書類はメインスキャナーを利用、パンフレットや製本書類はフラットベッドスキャナー、図面やチャート紙は大型のスキャナーと、3種類のスキャナーを使い分けている。今回は、大型スキャナーのスキャン作業において、スタッフが自ら治具を作成した業務効率化の改善事例を紹介する。 4 困難事例と工夫 その1 (1) チャート紙 長尺の書類(チャート紙)のスキャン後、書類を蛇腹に折り畳むため2人体制で作業していた。1つのスキャン作業に2人が従事しており、作業効率が悪いことから、スキャン担当スタッフが「人の手を使わずに折り目に合わせて蛇腹に畳むことができると、1人で作業できるのではないか」と考えた。 (2) 治具作成(1号機) スキャン担当スタッフはもともとモノづくりが得意であり、段ボールを使ってスキャン後のチャート紙を蛇腹に畳む受け皿(1号機)を作成した。 写真:1号機 受け皿 (3) 結果 書類がきれいに畳めるようになったことで、作業効率がアップした。時々人の手による畳み直しが必要になったものの、1人体制でできるようになり、電子化作業全体の効率化に繋がった。 (4) 作業時間の変化 作成前はスキャン6分27秒・畳み4分57秒で11分24秒要していたが、治具作成後、畳みが1分37秒となり、3分20秒作業時間が短縮された。特に、スキャン後の書類を畳む時間が削減され、効率化に繋がった(6mのチャート紙を使用し比較)。 p.33 5 困難事例と工夫 その2 (1) うまく畳めない・書類が曲がっていく・畳み直す手間  1号機を活用していたが、更に長く大量の長尺書類のスキャン作業をした時に、蛇腹に折り畳めない事象があり、畳み直すことが度々発生した。また、スキャンの途中から、書類が曲がって取り込まれる問題も出てきた。 (2) 治具作成(2号機) ①蛇腹になるよう紐を利用した装置を作成。②段ボールで壁を作成し、紙送りのズレ防止のためストッパーを設置。 ③テーブル上に蛇腹に収まるよう、段ボールの高さを修正。           写真①2号機 紐 写真②2号機 ストッパー 写真③2号機 壁 (3) 結果 紐を最初に手前に引くことで自然に蛇腹ができるようになり、畳み直す作業が不要となった。ストッパーを付けたことで書類が一切ずれることがなくなり、誰がやってもずれず、再スキャンで取り直すことが減少した。 (4) 作業時間の変化 1号機では畳みに1分37秒要していたが、2号機作成後53秒となり、44秒作業効率が上がった。畳みの時間が軽減しただけでなく、書類のずれがなくなり再スキャンが減少したため、電子化作業全体では更に効率化に繋がり、併せてスタッフのストレス軽減にも繋がった。 表1 作業時間の変化(治具なし~2号機作成) ※トータル=スキャン6分27秒を含む (5) 感想 ●1号機作成スタッフの感想 ・どうすれば1人でできるか考え、うまく受け皿を作ることができ嬉しかった。 ・自分だけではなく、他のスタッフも利用し高評価を得たので自信に繋がった。 ・他の業務でもどうすれば良くなるかを考え工夫を図った。 ・自分が治具を作ったことがきっかけとなり、他のスタッフが2号機を作る手本となったことでアイディアを出し合いより良いものが出来上がった。 ●2号機作成スタッフの感想 ・どうすれば効率化できるか考え、業務を見直すきっかけとなった。 ・他のスタッフとアイディアを出し合うことで、より良いものが出来た。 ・誰がやっても一切ずれない・蛇腹に畳める治具を作ることができたことで、自分の業務に誇りを持ち、自信にも 繋がった。 6 社内表彰制度 当社の表彰制度にもとづき、1号機、2号機を作成したスタッフに対し、業務の効率化や勤労意欲の高揚と職場の活性化に繋がったことを讃え、業務改善表彰した。 7 まとめ 今回の治具作成は、スタッフ自らが作業の効率化や品質向上のためにはどうすればいいかを自分ごととして捉え、考え行動している。1号機を作成したことで、自分も作ってみようと波及効果があり2号機作成へと繋がった。仲間と意見を出し合い、改善もできている。 今後も良いところを評価し、スタッフの自立性を尊重し、成長し続けられるようサポートしていきたい。 【連絡先】 平井 深雪 げんねんワークサポート株式会社 e-mail:miyuki.hirai@gensup.co.jp p.34 企業協働会議での議論を通した支援者の意識変容と職場戦力化への支援 -協働視点への気づきと職場での実効性を高める取り組み- ○伊藤 真由美(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 所長) 持永 恒弘・濱田 和秀(特定非営利活動法人クロスジョブ) 1 はじめに 近年、障害のある方に対する就労支援のあり方は、大きな転換期を迎えている。かつては、支援機関が主体となり、障害のある方を「支援される側」として捉え、「障害のある方をいかに企業に受け入れてもらうか」という課題に焦点を当て、職場へ送り出すことが主な役割だった。しかし、障害者雇用促進法の改正や、企業におけるダイバーシティ&インクルージョンの推進など、就労支援を取り巻く社会的な要請は日々変化している。 本報告では特定非営利活動法人クロスジョブ(以下「本法人」という。)独自の『企業協働会議』を通して、参加した支援者の意識変容とその実践事例をまとめ、就労支援の質を高めるための人材育成のあり方について考察する。 2 企業協働会議の概要 (1) 参加者 2024年度は4回開催し、新たに4企業、5機関20名の方が初参加となり昨年以上により活発な意見交換ができた。法人支援員以外の参加者は以下の通りである(表1)。 表1 2024年度 参加者内訳 (2) 昨年度のテーマと議論内容 共通テーマを「活躍して働き続けるために」とし、雇用事例を基に以下のテーマで企業と支援者が多角的な視点から積極的な意見交換を行った(表2)。 表2 2024年度 企業協働会議のテーマ 3 「企業協働会議」支援員アンケートの実施結果 (1) 目的 企業協働会議を立ち上げ5年が経過し、日々の支援においても会議での議論を反映した意見交換が行えるようになってきた。そういった中で、今年度会議に参加した支援員に対しアンケートを実施、会議後の意識や支援の変化について調査した。 (2) 本法人における経験年数 内訳としては、1~2年19%、3~6年37%、7年以上44%の割合となり、就労支援・定着支援の経験の多い支援員からの回答が多くなった。 (3) 会議への参加回数 内訳としては、1回13%、2~5回31%、6~10回25%、11回以上31%となり、連続的に参加している割合が高い。 (4) アンケート結果 ※各項目、複数回答可 ア 利用開始~訓練期における変化 意識が変化したこととして、「生産性の意識や配慮ありきではない企業視点の導入」「利用者の働く理由などの内面的な動機やニーズの整理」が挙げられた(図1)。 具体的な取り組みとしては、グループワークに企業視点を取り入れ、利用者が企業で働く意味を理解する機会を増やし、いかに日々の訓練につなげていくか工夫しながら取り組んだ事業所もあった。また、安定通所が困難な利用者に対しては、服薬等の医療的アプローチや生活支援など、社会資源を活用し特性や課題に対し、早期に整理・対処法を検討する議論が増えた事業所もあった。 今後の課題としては、「利用者の意欲を引き出す支援」「働く動機や自己理解に向けた継続的な支援と情報収集」などが挙げられた。 図1 利用開始~訓練期で意識が変わったこと イ 実習期における変化 意識が変化したこととして、「実習後の企業評価を有効 p.35 活用するための企業連携」「本人の強みを発掘する実習へのシフト」「障害者雇用に対する考えなど企業アセスメント項目の拡大」などが挙げられた(図2)。 具体的な取り組みとしては、実習前に企業と目的や意図を詳細に共有することで、利用者にとって有益なフィードバックを得られる関係性を築くことができた。また、自己評価と企業評価のズレを丁寧に話し合うことで、より深い自己理解への促しが可能となった。 今後の課題としては、「実習機会の創出」「必要なフィードバックをいただける企業とのより強固な関係構築」「利用者の動機づけへのアプローチ」「スタッフ間の力量を埋めるチーム支援の視点」などが挙げられた。 図2 実習期で意識が変わったこと ウ 就職活動期における変化 意識が変化したこととして、「マッチングの視点の深化」「情報開示への積極性」「強みと適応力の重視」「応募先の見学・実習の重要性の再認識」が挙げられた(図3)。 具体的な取り組みとしては、マッチングが不十分な企業に対しては辞退も検討するようになるなど選定基準の見直しが図られた。また、不安要素も含めた企業との具体的な情報共有などをより重視した就職活動に取り組む事業所が増えた。 今後の課題としては、「企業への情報伝達の工夫」「就職前の企業アセスメントでの見極め精度の向上」「一歩踏み込んだ企業アプローチ」などが挙げられた。 図3 就職活動期で意識が変わったこと エ フォローアップ期(就職後6か月間)における変化 意識が変化したこととして、「支援スタンスの明確化」「フェードアウトに向けた企業の雇用管理体制の構築支援」「多機関連携の必要性」が挙げられた(図4)。 特に長期的な定着のためには、就労移行支援段階から安定した医療・生活面の基盤づくりの必要性を再認識し、利用者支援だけではなく雇用管理に向けた企業支援の必要性を感じた支援員が多かった。 具体的な取り組みとしては、支援開始時に就職後は企業側の雇用管理となることについて伝え、三者面談の定期開催を提案した支援員が多かった。また、支援側と企業側の考え方にギャップが生じないよう情報共有を密にし、難しさを感じつつもフェードアウトに向けた社内での管理体制へのアプローチにもチャレンジしている報告があった。 今後の課題としては、「企業の雇用管理体制への支援」「ナチュラルサポートの形成」などが挙げられた。 図4 フォローアップ期で意識が変わったこと 4 結論 今回のアンケート結果から『企業協働会議』が支援員の意識変容と支援の質の向上に大きく貢献していることが明らかとなった。「障害のある方と企業のかけ橋」となるには、利用者が職場で活躍できる人材となるよう支援し、企業側の戦力化というメリットにつなげることが求められる。そのための支援者育成には以下の3つが重要である。 (1) 企業ニーズを深く理解する「ビジネス視点」 単に法定雇用率を達成することだけが目標ではなく、多様な人材を企業の成長に活かす意識を持つこと。そのために利用者のスキルと企業ニーズをより精密にマッチングさせ、企業に貢献できる人材を育成する視点での支援。 (2) 利用者の多様な働き方を支援する「柔軟な対応力」 短時間雇用(週10時間の法定雇用率算定)や在宅勤務など従来の働き方にとらわれず、一人ひとりに合わせたキャリアプランをともに描き、利用者や企業に対し、柔軟な働き方を提案・支援する能力。 (3) 最新の情報を学び続ける「向上心」 障害者雇用を取り巻く制度や企業の動向は常に変化しており、支援員は常に最新の情報を収集し、先駆的な実践事例などを学ぶ必要がある。この知識のアップデートを怠らない向上心が利用者への的確で有益な情報提供と質の高い支援につながる。 【連絡先】 伊藤真由美 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 e-mail:ito@crossjob.or.jp p.36 一般就労を支援する就労支援機関管理者が感じている課題 -障害者就業・生活支援センターと就労移行支援事業での比較- ○大川 浩子(北海道文教大学 教授/NPO法人コミュネット楽創) 本多 俊紀(NPO法人コミュネット楽創)、宮本 有紀(東京大学大学院医学系研究科精神看護学分野) 1 はじめに 障害のある人の一般就労は年々増加し、令和6年度にハローワークを経由した就職件数は過去最高となり1)、一般就労への支援に対する期待が高まっている。しかし、その支援を担う機関の管理者や運営する組織に関する検討は、不十分であると思われる。例えば、障害者就業・生活支援センター(以下「就業・生活支援センター」という。)と就労移行支援事業所は、一般就労を支援する点では共通するが、役割が異なるため、管理者の役割や課題が異なると考えられる。また、近年、リハビリテーション専門職が対象の研究2)において、組織風土が職務満足度や職業性ストレスと関連することが示されており、就労支援機関を運営する組織を検討する上でも示唆に富む知見と言える。 そこで、今回、我々は就業・生活支援センターと就労移行支援事業所の管理者を対象に郵送調査を実施し、就労支援の課題及び人材育成の課題について、組織風土にも注目して検討を行ったので、報告する。 2 方法 (1) 調査対象と期間・倫理的配慮 対象は全国の就業・生活支援センター及び就労移行支援事業所の管理者とし、就労移行支援事業所はWAMNETの障害福祉サービス等情報公表システム(2023年9月末時点のオープンデータ)を参照し、全事業所数(3,280カ所)の約20%である660カ所を都道府県ごとの割合に考慮して無作為に抽出した。また、就業・生活支援センターは厚労省のリストにある全337カ所を対象とした。これらの機関に依頼文書及び調査票を郵送し、調査期間は2023年12月から2024年2月までとした。 なお、倫理的配慮として、本研究は本学の倫理審査委員会の承認を得て(承認番号:05012)実施し、調査票の返送をもって本研究に同意したものとみなした。 (2) 調査内容 調査項目は所属機関及び管理者の基本情報、所属機関における就労支援・人材育成の課題に加え、組織風土尺度3)を含めた。組織風土尺度は「組織環境性尺度」(10項目)と「伝統性尺度」(10項目)の全20項目で構成され、組織環境性尺度は得点が高いほどマネジメントがいきとどいている状況を、伝統性尺度は得点が高いほど指導者中心型組織で、組織構成員の参加度が低い状況と仮定している3)。評定は1(全くそう思わない)から5点(強くそう思う)で、2つの尺度の得点で4類型に分類される3)。本研究では先行研究2)に従い、表1の通り分類した。 表1 組織風土尺度における4類型 (3) 分析方法 就業・生活支援センターと就労移行支援事業所の2群について、就労支援の課題、人材育成の課題、組織風土の4類型の割合についてPearsonのχ2検定で比較した。なお、統計解析にはIBM SPSS ver.30を使用した(p<0.05)。 3 結果 (1) 回答機関の属性 宛先に郵送が届かないためで回答できなかった機関や無効回答の19カ所を除き、回収率は30.9%(302カ所)であった。内訳は就労移行支援事業所195カ所、就業・生活支援センターは107カ所であり、属性は表2のとおりである。 表2 回答機関の属性 (2) 回答者(管理者)の属性(表3) 回答者の性別は男性180名(59.6%)、女性119名(39.4%)、無回答・無記入3名(1.0%)であり、年代別では40代121名(40.1%)、50代89名(29.5%)を占めた。また、就労支援の経験年数は5~10年未満が78名(26.0%)、管理職の経験年数は3年未満の者が101名(33.4%)と多かった。 p.37 表3 回答者の属性 (3) 組織風土の類型 就業・生活支援センター及び就労移行支援事業所(欠損を除いた295カ所)における組織風土の類型の割合は表4のとおりであり、有意差は認められなかった。 表4 組織風土の類型の割合 (4) 所属機関における就労支援及び人材育成の課題(表5) 管理者の認識している所属機関の就労支援の課題では経営面の課題、組織の課題が、人材育成の課題では職員の処遇面の課題が、就業・生活支援センターにおいて該当する割合が有意に高かった。 表5 就労支援及び人材育成の課題の比較 4 考察 今回、就業・生活支援センターの管理者は就労移行支援事業所と比較し、所属機関の就労支援の課題で経営面の課題と組織の課題が該当すると認識する割合が有意に高かった。この経営面の課題については、就労移行支援事業所は訓練等給付で、利用した件数の出来高で支払われることに対し、就業・生活支援センターは国の委託事業として運営費が出るため、利用件数で費用が変わらないことが一因と考えられる。この点は、人材育成の課題において職員の処遇面での課題が就業・生活支援センターで該当する割合が高かった点とも一致し、就業・生活支援センターで職員の処遇を改善することが構造的に難しい状況にあることを示していると思われる。また、組織の課題については、従来、就業・生活支援センターは、大規模な社会福祉法人で運営されていることが多く4)、法人内で一般就労を担う部門が小規模となり、結果、事業の多くを生活支援部門が占めるため組織内の理解が得られにくいと感じる管理者が多いことが考えられる。さらに、2機関の組織風土の類型割合に有意差は認められなかった。この結果は、課題の違いが組織風土よりも、事業の性質や運営法人による違いであることを示唆していると思われる。 そして、組織風土の類型割合はいずれも、イキイキ型、バラバラ型、シブシブ型、イヤイヤ型の順で多く、リハビリテーション専門職の先行研究2)と同様の傾向であった。また、イキイキ型が全体の約70%近くを占めていることから、多くの管理者が所属機関に関してマネジメントが行き届き、強制的な雰囲気が少ない3)と感じていると考えられた。一方、約20%を占めるバラバラ型は、組織構成員の参加度は低くはないが、マネジメントが行き届いていないと感じているタイプとされている3)。つまり、機関の職員各自が組織からのサポートが希薄と感じながら動いていることが考えられるため、管理者に対し、職員のサポートや教育のスキルが求められると思われた。 5 結語 本研究では、管理者が認識する就労支援・人材育成の課題を組織風土の類型を含め、検討を行った。しかし、横断的に2つの就労支援機関を比較したのみであり、般化できるものではないと思われる。今後、他のストレス尺度や質的なデータを用い、管理者の負担や求められるスキルについても検討を行う必要があると思われた。なお、本研究はJSPS科研費JP19K02163の助成を受けて実施した。 【参考文献】 1)厚生労働省:令和6年障害者雇用条項の集計結果.https:// www.mhlw.go.jp/content/11704000/001357856.pdf 2)西郡亨,他『病院に勤務するリハビリテーション専門職に認知する組織風土と職務満足度、職業ストレスの関連』「理学療法科学36」,(2021),p.53-58 3)外島裕,他『組織風土の認知とモラール、職務満足、精神的健康との関連に関する研究‐病院勤務職員を対象とした調査に基づいて‐』「商学集誌84」,(2015),p.17-48, 4)小塩靖崇・他『障害者就業・生活支援センターにおける精神障害者の就労支援に関する実態調査』「日本社会精神医学会雑誌28」,(2019),p.246-254 【連絡先】 大川 浩子 北海道文教大学 e-mail:ohkawa@do-bunkyodai.ac.jp p.38 障害者雇用におけるPCスキルの実態とSAKURAセンターの訓練との連動性 ○金井 優紀(株式会社綜合キャリアトラスト SAKURA杉並センター 支援員/社会福祉士) ○瀧澤 文子(株式会社綜合キャリアトラスト SAKURA杉並センター サービス管理責任者/ 公認心理士/精神保健福祉士) 笹井 雄司(株式会社綜合キャリアトラスト SAKURA富山センター) 1 研究の目的・背景 近年AI等の新技術の参入による業務のIT化に伴い、障害者雇用においても基本的なPC操作だけでなく、応用的・専門的スキルが求められてきている1)。本研究ではPC系事務職で障害者を雇用している企業を対象に業務上必要なITスキルについて調査し、その実態を明らかにする。そして、SAKURAセンターで提供しているPC訓練内容との連動性を検証し、今後取り入れるべき訓練についても検討していく。 2 SAKURAセンターのPC訓練 当社が運営する就労移行支援事業所「SAKURAセンター」におけるPC訓練の実践を報告する。 SAKURAセンターのカリキュラムは、利用者がITスキルを段階的に修得できるよう体系化されている(表1)。 表1 SAKURAセンターのPC研修 また地域特性に応じた最適化も大きな特徴である。IT人材需要の高い東京都に所在するSAKURA杉並センターでは高度なスキル習得のカリキュラムを提供しており、富山県に所在するSAKURA富山センターでは地域の求人像に合わせ、データ入力や一般事務に必要な基礎操作の確実な定着を重視している。 このように、各センターは地場産業の雇用実態と整合する訓練を提供することで、習得スキルと就職先ニーズのミスマッチを最小化している。 さらに近年、障害者雇用現場で高まるIT関連業務への対応として、SAKURA池袋センターに「事務職スキルアップ ~AI活用コース~ 」を新設し、AIやノーコードツールを用いた書類作成・データ管理研修を実施しており、SAKURA新宿・蒲田センターではTechBowlとの連携により、オンラインプログラミング講座「TechBloomコース」を導入し、エンジニア志向の利用者に対する専門的学習機会を提供している。 以上より、SAKURAセンターのPC訓練は、障害者雇用の実態、地域産業の特性、IT技術の進展を総合的に踏まえた柔軟なプログラムとして機能し、利用者の就労可能性を最大化することを目的としている。 3 調査方法 (1) 調査対象者 PC業務で障害者雇用をしている企業担当者 18件 (2) 調査時期及び手続き 2025年7月~2025年8月にかけて調査を行った。 質問紙調査かウェブアンケートを選択できる形式を取り、ウェブアンケート調査票への誘導をするQRコードを記載した依頼文を送付した。ウェブアンケートの作成は、Microsoft Formsを使用した。 (3) 調査票について 今回調査票の作成を行うにあたり、FOM出版2)が提供するPC教材に記載された実務向けスキル項目や、日商PC検定3)(文書作成・データ活用・プレゼン資料作成)における出題範囲を参考にした。また、SAKURAのPC指導員2名、PC業務に従事する当社のジョブサポーター2名により調査票の内容を精査した。 調査票は採用時に必要としているPCスキルについて質問しており、調査領域は、「キーボード操作」「基本・エクスプローラーの操作」「Word」「Excel」「PowerPoint」といった「Access」「ビジネスメール」「その他のソフト(Googleソフトやビデオ会議システム等)」で、各領域に基礎から応用までのチェック項目を備えている。またジョブサポーターより「PCスキルの習得だけでなく、適切な判断力や情報の取り扱いに関する理解も求められている」との意見があったことから、「情報リテラシー」や「ソフト以外」の領域を加えた。さらに、各領域には自由記述欄を設けた。 4 調査結果 得られた回答数は全18件であり、回答者の業務内容としては「一般事務・IT系専門職」(以下「事務・IT」という。)66.7%、「PC入力系事務(データ入力)」(以下 p.39 「PC入力」という。)33.3%であった。 各スキル項目の回答率を集計した結果、50%以上の回答率を示した項目は以下の通りであった(表2)。 表2 調査結果 各領域の結果より、「キーボード操作」においては、特に一般・事務において、両手入力のスキルを求められる結果が見られた。 「基本・エクスプローラーの操作」においては、全体で全般的な操作スキルを求められていた。 「Word」では全体で文書入力、一般・事務において、ビジネス文章の作成までのスキルが求められており、「Excel」では全体で基本操作、一般・事務において、表の作成までの操作スキルが求められていることが分かった。 「メール」では「社内向けのビジネスメールの作成」はPC入力では50%、事務・ITは92%となっている。事務・ITでは「CC、BCCを理解し、使える」までのスキルが求められている傾向が見られた。 「その他のソフト」においては「チャットツールを使い、適切に報連相ができる」は全体で50%となっており、「ビデオ会議システムが使用できる(ZOOMやTeams等)」は50%には満たなかったものの44%であった。これらの結果から、現代の多様な働き方に合わせて必要性が求められてきていると考えられる。 また、「情報リテラシー」ではどの業務内容でも80%以上と高い割合を示し、時代とともにより高いセキュリティ意識の定着が採用時に求められていると考えられる。 「ソフト以外のスキル」では、やはりどの業務内容でも全般的に高い必要性が見られた。 今回の調査では応用的なスキルについては50%以下ではあったものの、「図や写真を挿入することができる」33%、「Googleツール(ドキュメント、スプレッドシート、スライド)を使用できる」22.2%、発展的なスキルについては「AIを活用し、業務へ活かせる」5.6%と低い回答率であったが、事務・ITの中には必要性が見られている。 最後に、各領域に設定した自由記述欄について整理する。 「Excel」領域では、ソフトを理解した上でスキルを活用できることが求められる回答があった。また、「ソフト以外」の領域では周囲とのコミュニケーション(適切な距離、素直に指摘を受け入れられる)勤怠の安定(体調管理、メンタル管理)自己解決能力(進行状況、イレギュラーやトラブルをタイムリーに報告し解決できる)との回答があった。さらに自由記述欄の各領域において、「入社時にはできなくても大丈夫です・指導します」との回答もあり、研修体制が整っている企業も一定数存在することが明らかになった。 5 今後について 今回の調査結果から、基本的なPCスキルについては全企業担当者が重視しており、実務の土台となっていることが分かった。一方、将来的にはリモートワークや業務の効率化の流れとともに、発展的なスキルの必要性が高まってくる傾向が見られた。SAKURAのPC訓練はまさに基本的なExcel、Wordのスキルの習得を目指しつつ、実践的なコミュニケーションツールの活用法をPC研修で提供している。 また、ソフトスキルに関しては、マナー研修や日々の支援の中で対人スキルや適切なコミュニケーション、自己管理についての向上を図っている。そして、一部のコースではAIやプログラムの学習提供も行っていることから障害者雇用におけるスキルの実態との連動性が見られた。 今後は、こうした体系化されたPC研修の強みを活かしつつ、時代の変化や企業ニーズの多様化に即した新たな研修内容を柔軟に取り入れ、より実践的かつ効果的な研修提供を目指していく。 【参考文献】 1) 調査研究報告書№177『AI等の技術進展に伴う障害者の職域変化等に関する調査研究』障害者職業総合センター(2024) 2)『よくわかるマスター MOS Word・Excel365&2019 対策テキスト&問題集』,FOM出版(2020) 3)『よくわかるマスター 日商PC検定試験 文書作成3級 公式テキスト&問題集』,FOM出版(2021) p.40 組織変遷に伴うProsocialの再設計と展開 -心理的安全性を軸とした30名規模組織での実践- ○金 貴珍(株式会社スタートライン サービス推進ユニット CS促進チーム サブマネージャー) ○福島 ひとみ(株式会社スタートライン メンバーサポート東日本ディビジョンメンバーサポート東日本第3エリア 主任) 刎田 文記 (株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 Prosocial導入背景・目的 刎田1)によると「Prosocialは、進化論・文脈的行動科学・経済学を融合した組織的活動の画期的な実践方法である。」とされている。さらに、「グループや組織が最も重要な目標を追求する際に、グループや組織内の帰属意識や効力感を高めることができるような、結束力を産み出す機能を開発するための具体的な戦略を提供」することに有効な実践方法であると述べられている(アトキンスほか2), 2023, p.8)。 また、金3)の報告では、2022年に実施されたコンサルティングサービスチーム(以下「CST」という。)を対象とした小規模なProsocialアプローチの導入において、対話の質の向上、行動指針の策定、チームとしての一体感の醸成など、一定の成果が得られたとの報告がある。特に、個人マトリックスを活用した価値の可視化と対話を通じて、心理的柔軟性の向上および協働行動の促進が確認され、小規模組織におけるProsocialの有効性が示唆された。こうした背景を踏まえ、株式会社スタートラインでは、組織における心理的安全性の確保や協働関係の強化を目的として「Prosocialアプローチ」を導入し、組織変遷に伴うチームビルディングを実施している。 本発表では、2024年の組織改編により、CSTを含む3部門が1つのエリアとして結合し、約30名のチームとなった。新たなチームにおいて実施したProsocialアプローチの導入・展開プロセス、およびその効果について報告する。 2 実施方法 Prosocialアプローチの中心にあるのが、CDP(Core Design Principles;コアデザイン原則)である。これはエリノア・オストロムの研究に基づき、持続可能な協力関係を築くためにまとめられた8つの原則であり、さまざまな組織やチームにも応用可能な枠組みである。本施策では、6か月にわたり異なるサービスのメンバーがグループに分かれて対話を重ねた。最初に、個人マトリックスを用いて価値を共有し、さらに、各グループで議論された「大事にすべきこと・目指す姿」をCDP1として整理・言語化した。 図1 Prosocialアプローチ実施方法 3 結果 (1) CDP1の決定と共通認識の形成 全グループで価値の共有が行われ、「安心」「尊重」「成長」「顧客への価値提供」などがキーワードとして抽出された。これらを踏まえ、グループ代表による話し合いの結果、次のようなチームとしてのCDP1方針が策定された。 「サービス・役割・立場の垣根を越えて協力と共感を行い、安心して働ける環境を作るとともに自己成長を続ける」 このプロセスを通じて、組織内に存在していた無意識の分断が可視化され、異なる視点や価値観に触れる中で新たな共通言語が生まれた。特に「誰かと同じ価値を大切にしている」という実感が、メンバーの心理的安全性と一体感を高める大きな要素となった。 (2) CDPスポークダイアグラムの結果 CDP1の導入により、組織に対する当事者意識(帰属意識)の向上が確認された。特に「チームとして大事にしたいこと」に関する共通認識の形成においてはProsocialの活用が効果的であり、その定着はCDPスポークダイアグラムの数値にも表れている。施策導入前後を比較すると、全体的に数値は上昇し、とりわけCDP1に関する理解と共通認識の強化が顕著であった。一方、CDP2以降については、理解や実践の深度に個人差があり、行動変容の度合い 図2 CDPスポークダイアグラムの結果 p.41 にもばらつきが見られたことから、CDP1のような明確な数値の伸びは確認されなかった。 (3) 対立・紛争とMPFIの関連性 9月および3月に実施したMPFI(Multidimensional Psychological Flexibility Inventory)の結果では、数値上の大きな変化は見られなかった。しかし、Prosocialの実践においては、個人の価値を開示し、率直に意見を共有する場面が多く設けられたことにより、これまで表面化していなかった価値の相違や意見の対立、時には葛藤が顕在化する場面も一部で見られた。これらの事象から、Prosocialを推進するうえでは、多様な価値を尊重しながら建設的な対話を進めていくことの重要性、および個人レベルにおける「心理的柔軟性」の必要性が、今回の実践を通じて明らかになった。 図3 MPFIの結果 (4) 施策終了後のアンケート結果 施策終了後のアンケート結果から、Prosocialアプローチは参加者の考え方の変化や相互理解の促進に一定の効果をもたらしたことが確認された。具体的には、他サービスの業務や個々人の価値を知ることで自身の業務への理解が深まり、チーム全体を俯瞰する視点が育まれたとの回答が多く見られた。また、立場の異なる他者との対話を通じて、自身の認知の偏りに気づいた、との記述も複数確認された。これは、心理的柔軟性の向上にも寄与したと考えられる。さらに、「目指す姿」が明文化されたことで、判断や行動の指針が明確になった、とする意見も見られた。 一方で、通常業務との両立や作業負担の大きさに関する指摘もあり、Prosocialアプローチの活動継続に向けた運用設計上の工夫や負荷調整が、今後の課題として挙げられる。 4 考察 本取り組みにおいて、Prosocialは異なる組織文化や役割をもつメンバーを「共通の目的」に基づいて結びつける、有効なフレームワークとして機能した。中でもCDP1の策定を通じて、「知る・知らせる・知ってもらう」というプロセスが活性化し、チーム内における心理的柔軟性および心理的安全性の基盤が構築された。このような基盤の醸成は、単に理念の共有にとどまらず、組織としての一体感や協働性を高めるうえでも重要な意義を有する。一方で、グループ内の対立や紛争が著しく表面化し、建設的な議論が進まない場面も一部に見られた。そのような場合には、個別の状況に応じたヒアリング等の柔軟な対応を視野に入れながら、丁寧に関わっていくことが求められる。 また、CDP2以降のプロセスについては、理解や実践にばらつきが見られ、個人の行動変容に直結させるには一定の課題が残った。これは、抽象的な概念を具体的な行動レベルに落とし込むプロセスが不十分であったこと、さらに、継続的な振り返りや進捗確認の機会が不足していたことが要因として挙げられる。金3)よれば、CSTにおけるProsocialの実践でも、定期的なCDPスポークダイアグラムやMPFIを通じた振り返りが、共通認識と行動指針の定着に有効であったとされている。これらの工夫により、繁忙期においても協働的な行動が維持され、心理的柔軟性が保たれたことが報告されていた。 この知見は、今回の取り組みにおいても再現性のある示唆として捉えることができる。したがって、今後Prosocialを実効性のある組織文化として定着させていくためには、個人およびチーム双方における行動変容を促進する仕組みの整備と、定期的なモニタリングを組み合わせた継続的なサイクルの構築が不可欠である。 5 今後の展望 これらの取り組みを通じて得られた知見や課題を踏まえ、本アプローチを本チームの枠内にとどめることなく、他チームや他部門への水平展開を進めるとともに、外部組織との連携やモデル検証、知見の社外共有を視野に入れた応用モデルとして、発展させていくことも目指したい。 今後は多様な環境においても機能するProsocialモデルの設計・実装を推進し、持続可能な組織文化の醸成を図るべく、中長期的な課題として取り組んでいく。 【参考文献】 1)『日本の障害者雇用の課題へのPROSOCIALアプローチの活用に向けて』,「第30回職業リハビリテーション研究・実践発表会」(2022). 2)アトキンス, P. W. B., ウィルソン, D. S., ヘイズ, S. C. 著, 小倉 玄, 伊部 臣一郎, 岩村 賢 訳, 刎田 文記 監訳, 久留宮 由貴江 監修(2023),『PROSOCIAL:進化科学を使って、生産的で衡平で協働性のあるグループを作る』,北大路書房. 3)『チーム活性化に役立つPROSOCIALアプローチについて事例発表』,「第31回職業リハビリテーション研究・実践発表会」(2023). p.42 就労支援実務者の専門性と支援力に資する知識・スキル等に関する研究 -効果的な就労支援に必要な知識・スキル等リストの作成- ○大竹 祐貴(障害者職業総合センター 上席研究員) 藤本 優・稲田 祐子・堀 宏隆(障害者職業総合センター) 竹内 大祐・唐沢 武・春名 由一郎・野口 洋平(元障害者職業総合センター) 1 背景と目的 地域の障害者就労支援の成果には、幅広い知識・スキル等の習得や組織の人材育成の取組が関連しており、それらは従来、必ずしも雇用と福祉にわたる関係者の共通認識として言語化・体系化されてこなかった。そのため、研修実施機関が研修内容を検討したり、就労支援機関に所属する人材育成担当者が就労支援実務者と共通認識をもって専門性の向上に取り組むために必要で具体的な内容が十分に収集できていない。 本調査研究では、研修等の効果的な内容の検討に資することや、就労支援実務者と人材育成担当者が共通認識をもって専門性の向上に取り組むことができるよう、就労支援機関における多様な就労支援実務者が効果的な支援を実施するために必要な知識・スキル等の内容を明らかにすることを目的とした。そして、効果的な就労支援に必要な知識・スキル等を具体的に言語化し、体系的なリストとしてまとめることとした。 2 方法 (1) 文献調査の実施 効果的な就労支援に必要な知識・スキル等の内容は、社会の変化や支援技術の発展等により日々更新されていくことを考慮し、文献調査にあたっては、2003年から2023年に発刊されたものに限定し、知識・スキル等に関する情報を抽出した。国内文献については、論文検索データベースを用いて、以下のキーワードで検索した(就労支援 or 職業リハビリテーション or 就業支援 or 就労移行支援 or 就労定着支援 & 知識 or スキル or コンピテンシー or 専門性)。また、海外文献についても、論文検索データベースを用いて、以下のキーワードで検索した(vocational rehabilitation or employment support or rehabilitation counseling or employment specialist or employment service & knowledge or skill or competencies)。 これにより収集した知識・スキル等の具体的内容について、内容の同一性や類似性により整理・分類するとともに、用語の統一や意味内容の理解しやすさの観点から、必要に応じて複数の文章を一つにまとめ推敲を行い、知識・スキル等リスト(網羅的リスト)として整理した。 (2) 有識者ヒアリングの実施 上記により整理した網羅的リストについて、就労支援分野の有識者(学識者及び障害者就業・生活支援センター、就労移行/定着支援事業所、地域障害者職業センターの管理者)10名に、内容の明確化、不適切な内容の修正、不足している情報の追加の観点からヒアリングを実施し、その意見を踏まえ、知識・スキル等リスト(草案)を作成した。 (3) 地域の就労支援機関からの意見集約 知識・スキル等リスト(草案)について、前述の有識者や全国の地域障害者職業センター(支所を含む)からの情報提供により、地域で効果的な就労支援を実施している支援機関(障害者就業・生活支援センター、就労移行/定着支援事業所)154機関の経験豊富な支援実務者へ、ウェブフォームによるアンケート調査を依頼し、各知識・スキル等の重要度(「重要度がとても高い」「重要度が高い」「どちらとも言えない」「重要度はあまり高くない」「重要度は低い」の5件法)や適切性の評定(「適切」あるいは「要修正」の2件法)、修正が必要な場合はその理由や修正案、不足している情報の追加等についての意見を集約した。 3 結果 (1) 文献調査による知識・スキル等の網羅的整理 文献調査により、網羅的リストとして、大見出し11項目、中見出し22項目、小見出し49項目からなる知識・スキル等が整理された。障害者就労支援に関する理念、基本姿勢、障害者就労支援の全ての場面で必要な知識、相談・記録・伝達、アセスメント、プランニング、自己理解・決定、社会的行動、就職活動、職場適応、企業支援、関係機関連携を網羅する幅広い内容となった。 (2) 有識者へのヒアリングによる知識・スキル等リスト(草案)の作成 10名の有識者からは、知識・スキル等リスト(網羅的リスト)について多くの意見を得ることができた。国内外の文献等から作成した網羅的リストの内容で不必要とされる項目はほとんどなかったが、全般的に障害者就労支援の現実の課題を踏まえ、特に以下の知識・スキル等についての明確化や強調が必要であることが示唆された。 障害者本人の労働の権利、労働関係法規・雇用管理 p.43 の知識 合理的配慮を含めた障害者本人と事業主双方への支援 個別支援ニーズに対応できる地域関係機関等との連携スキル 障害者本人の自己決定支援 就職活動から職場適応、生活支援まで一貫した支援 有識者からの意見に基づいて不適切な内容の修正や不足している情報の追加等を行い、大見出し16項目、中見出し64項目、具体的内容は200項目から構成される知識・スキル等リスト(草案)を作成した。 (3) 地域の就労支援機関からの意見を踏まえた知識・スキル等の明確化 知識・スキル等リスト(草案)に対する調査を、154機関の就労支援実務者へ依頼し、111機関の就労支援実務者から回答が得られた(回収率72.1%)。 回答者からの意見に基づいた知識・スキル等リスト(草案)の修正方針等は以下のとおりである。 大見出しについて、一部見出し名の変更等をしながら、幅広い知識・スキル等を16領域にまとめた。 中見出しについて、65項目中64項目で重要度は高い(5点満点で4点以上)との回答であった。重要度が低くなった1項目は、他の項目と統合した。 具体的内容200項目について、150項目は回答者の90%以上が適切であると評定された。適切と評定された回答が90%未満の50項目については、支援の実態や必要性を踏まえた修正、よりわかりやすい内容・表現への修正等を実施した。 以上の手続きを経て、効果的な就労支援に必要な知識・スキル等の具体的な内容は、16の領域に渡る幅広いものであることが明らかになり、これをさらに65項目に分け、それらの具体的説明について201の詳細項目を明確化することで、「効果的な就労支援に必要な知識・スキル等リスト(完全版及び要点版)」を作成した。以下に効果的な就労支援に必要な知識・スキル等の16領域を示す。 1.障害者の就労支援の意義 2.就労支援における支援者の基本的姿勢 3.障害者就労支援に関する法令・制度・サービス 4.企業経営と雇用管理 5.様々な相手(障害者・事業主・関係機関・家族等)との相談・説明 6.支援者間の記録・伝達 7.障害者の自己理解・自己選択・自己決定の支援 8.就労支援における障害者のアセスメント 9.就労支援のプランニング 10.職業生活に必要なスキル習得に向けた支援 11.仕事の選択・求職活動や職場への移行の支援 12.職場(実習中含む)への適応支援 13.職業生活を充実させるための体調管理や生活の支援 14.障害者雇用に取り組む企業のアセスメントと支援 15.関係機関や家族との連携 16.障害者雇用の啓発と支援人材の育成 4 考察 従来から障害者就労支援を実施している関係者においては、必ずしも言語化されていない「共通基盤」があることが示唆されてきた。今回、効果的な就労支援に必要な知識・スキル等の具体的内容の言語化・体系化を目指した調査研究の実施により、その具体的内容が近年の就労支援の大きな枠組みの変化を反映した多岐にわたるものであることを明らかにすることができた。このことは、今後本格化する雇用と福祉の分野横断的な基礎的知識・スキルを付与する研修(障害者の就労支援に関する基礎的研修。以下「基礎的研修」という。)等の各種研修や地域障害者職業センター等の助言・援助の効果的な実施等に向けた重要な成果と考える。 上記の方法により完成した効果的な就労支援に必要な知識・スキル等リストについては、就労支援実務者や人材育成担当者が共通認識をもって専門性や支援力の向上に取り組むために活用することが期待される。一方で、今後の課題としては、①知識・スキル等の習得等の優先度に関する機関や地域等の多様な要因の検討、②制度・サービスの発展を踏まえた知識・スキル等の内容の見直し、③作成した知識・スキル等リストの活用状況等の把握、④就労支援実務者のキャリアパス(それぞれの知識・スキル等について、いつまでに・どの程度の水準まで習得することが望まれるのか等)の明確化、⑤研修・OJT・情報交換等の人材育成の取組の実施状況や効果の検証、といったことが挙げられ、引き続き検証していくこと必要がある。 なお、本調査研究の成果を活用し、障害者職業総合センター職業リハビリテーション部において、「まなびピット」1)が開発されている。「まなびピット」は、現在の知識と経験の状況、学習を希望する内容を視覚的に把握できるツールとして、基礎的研修修了者を中心に今後一層活用されることが望まれる。 【参考】 1) 就労支援機関等に対する就労支援ノウハウの提供、職リハ専門人材の育成支援(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構ホームページより) https://www.jeed.go.jp/disability/supporter/supporter06.html p.44 就労移行支援事業所における発達障害の利用者様がキャリア構成インタビューによりどのように自己理解を考えられるか考える ○荒木 美里(就労移行支援事業所ウェルビー株式会社 事業開発部アライアンス課 課長代理) 本村 綾(就労移行支援事業所ウェルビー株式会社 事業開発部アライアンス課) 白幡 洵(就労移行支援事業所ウェルビー株式会社 事業開発部アライアンス課) 橋本 五月(就労移行支援事業所ウェルビー町田市役所前センター) 1 はじめに 発達障害のある人への支援は教示型・アセスメント中心になりがちだが、「話を聴いてほしい」との当事者の声も根強くあり、近年「語りの支援」の重要性が増している。 2025年10月に始まる『就労選択支援』制度では、本人中心の語りを出発点として、語りによって明らかになった本人の価値観や希望を多職種で共有し、それに基づいた意思決定支援を行うことが求められており、その実践が急がれている。 2 目的 本研究は、就労移行支援事業所においてキャリア構成インタビュー(CCI)を実施し、発達障害のある人の語りが自己理解や職業的意思決定に与える影響を検証することを目的とする。ここで言う「語り」とは、「経験の断片を“自分の物語”として意味づける行為」と定義したい。語りとは、単なる情報伝達ではなく、「私は誰で、何を大切にしてきたか」を整理するプロセスである。発達障害のある人にとっては、「正解を探す習慣」から、「主体的な職業観」を発見するプロセスとなる。 本研究では、CCIに加え、ワークサンプル幕張版(MWS)、発達障害者専用アセスメントシート、他者視点ワークといった既存の取り組みを併用し、語りの支援が就労選択支援にどのように役立てられるかを検討する。 3 研究方法 本研究では、就労移行支援事業所ウェルビー町田市役所前センター(発達障害専門)に通所する20代の発達障害のある利用者4名を対象に、キャリア構成インタビュー(CCI)を1回60分×2回実施した。CCIは、子ども時代の思い出や憧れの人物、好きなストーリーなどをテーマに対話を重ねながら、自分の価値観や大切にしてきたことに気づいていくインタビュー手法である。面談の前後にはアンケートによる定量評価と自由記述による定性評価を行い、語りの内容をもとにライフポートレート(支援員と利用者が対話を重ねて共に作り上げる、“自己理解と職業的願望を力強く言語化した個人の声明文”)を作成・提示した。また、MWSによる作業能力の把握、発達アセスメントシートによる特性の整理、他者視点ワークによる相互フィードバックも併用し、語りの支援との相乗効果を検討した。さらに、担当職員へのヒアリングも実施し、本人の行動や意識の変化を多角的に評価した。なお、調査はすべて本人の同意を得て、倫理的配慮のもとで行っている。 4 結果 (1) 定量的変化(アンケートスコア) CCI実施により、全参加者の自己理解・キャリア意識に関するアンケートスコアが平均して5ポイント上昇した(最小+2、最大+7)。一部項目で低下が見られたケースもあったが、適性の再発見による不安の表出と解釈でき、内省の深化を示す兆候といえる。 図1 CCI実施前後のスコア変化(詳細) 図2 CCI実施前後のスコア変化(個人+全体) (2) 定性的変化(語りの展開) 抽象的な問いへの抵抗を示していた参加者Aは、家族との記憶や好きな物語を語る中で語りが展開し、MWSアセスメントでは気づかなかった自身の職業興味・適性に気づくことができた。多趣味で自己の統合に悩んでいた参加者 p.45 Bは、趣味を行う前後の行動を語ることにより、行動の背景にある動機に気づき、自己変容につながった。また、物事を推進する力がある一方で、抑制する内的会話がないことへの気づきも得られることで、MWS訓練の中で疲労コントロールを意識することができ、作業パフォーマンスが向上した。質問の多くに正解を求め、「わからない」と戸惑っていた参加者Cは、回を重ねることで語りが安定し、自己理解が深まった。参加者Dは、自由に語ることにより、自責的な語りから解放され、新たな希望を語り出す変化も見られた。 (3) グループインタビュー(相互承認と共感) CCIの最終段階として実施したグループインタビューでは、他者の語りに触れることで自己理解がさらに深まった。参加者からは「自分の話をこんなに深く聞いてもらえた経験はなかった」「一人では見つけられなかった意味に気づけた」などの声が聞かれ、語りを通じた共感と相互承認の空間が生まれた。 (4) 職員ヒアリング(外部視点での変化) 担当職員からは「以前より、面談場面で率直に話すようになった」「集団の中でも、自信を持って語るようになった」「見たことのない一面を知れた」などの変化が報告された。語りの支援は、自己理解の深化にとどまらず、対人関係や自己表現の向上にもつながることが示された。 (5) 既存プログラム受講に与える影響 MWSでは、職業適性への理解の深まりが動機づけとなり、得意な作業、不得意な作業が顕在化した。またCCIで内的会話が明らかになることにより、疲労コントロールへの意識が深まり、結果、作業パフォーマンスが向上した。アセスメントシートでは配慮事項の言語化が促された。他者視点ワークでは、他者からのフィードバックを受けた際、過剰に落ち込むことなく、自分の特性を客観的に再認識する様子が見られた。 5 考察 本研究では、発達障害のある若年者4名に対してキャリア構成インタビュー(CCI)を実施し、語りを通じた自己理解と職業的意思決定への影響を検証した。結果として、定量的スコアの上昇や自由記述・職員所見からも肯定的な変化が確認され、CCIの有効性が裏づけられた。 CCIはマーク・サビカスが提唱する「物語としての自己理解」を支える対話手法であり、語ること自体が自己を再構成する営みである。参加者は断片的な経験に意味づけを与える中で、自身の価値観や職業的関心に気づき、これまでとは異なる視点で自分を捉えるようになった。たとえば、Bさんは趣味を超えて本質的な動機に気づき、Dさんは自責的な語りから「希望を語る自己」へと変化した。 発達障害の特性を持つ参加者にとっては、抽象的な問いかけに対する抵抗や不安がある一方で、具体的なエピソードから語りを展開することで語りの場が成立しやすくなる。第三者(職員)からのフィードバックや面談の回数を重ねることが、自己理解の深化につながることも確認された。 また、語りによる変化は内面だけでなく、対人関係や自己表現にも波及していた。職員からの所見やグループインタビューにおいて、参加者が他者と自分の語りを共有することで、自身への理解や受容が進む様子が見られた。これは語りの支援が「わかってもらえない感覚」からの回復手段となり、社会的自己の再構築を助けることを示唆している。 6 まとめと今後の展望 本研究の知見は、サビカスのキャリア構成理論や、発達障害者支援におけるナラティブ的アプローチの実践的意義と一致する。また、2025年10月より制度化される「就労選択支援」においても、本人の語りを起点とする支援が重視されることから、本研究はその実践モデルとして意義深いものである。 一方で、少人数・短期間での調査であるため、結果の一般化には限界があり、面談者の力量や関係性が成果に影響を与える可能性もある。今後は、家族や職場を含めた多職種による語り支援モデルの構築と、職業定着など長期的な視点での検証が求められる。 支援者である筆者自身も、本研究を通じて「支援の質」を見直す契機となった。一人ひとりの語りを丁寧に聴く時間は、筆者の支援観や姿勢を深め、支援者自身の成長にもつながった。変化の芽は小さくとも、語りを起点にした支援の継続が、当事者の未来に実質的な意味をもたらすことを信じ、今後も実践を重ねていきたい。 【参考文献】 1) 水野修二郎「『仕事に満足していますか?あなたの適職・転職・転機がわかるライフデザイン・ワークブック」,福村出版(2021) 【連絡先】 荒木美里 ウェルビー株式会社 事業開発部アライアンス課 e-mail:misato.araki@welbe.co.jp p.46 特例子会社における障がいのある社員に対する個別支援計画の実施 -「働く態度の階層構造」理論に基づく社員育成 ○小笠原 拓(株式会社ドコモ・プラスハーティ 担当社員) 菅野 敦(東京学芸大学) 1 はじめに (1) 就労支援の意義 菅野1)は障がい者就労支援の意義として、『賃金の提供や、生活する力を高めることで、社会的な自立をめざしている』と指摘し、社会的な自立をめざすために、知識や技能に加えて、社会生活に必要な実践的な態度の形成に向けた支援の必要性を述べている。 態度とは、『ある対象に対して個人が反応や行動を決めるための精神的な準備状態のこと』と定義されている。社会生活をおくるうえでは、様々なひと・もの・ことがらに向き合い、自らの行動を適切に選択していく必要がある。社会生活における「態度」とは、変化の激しい現代社会において、自律的かつ多様な環境にも適応・順応しながら、課題を解決するための「生きていくための力」としてとらえることができる。 一方で、障がいのある人(特に重度の障がいがある人)のなかには、これまでの生活経験のなかで、うまく適応できなかったり、または周囲に依存しやすいことから、課題解決に向けた「態度」が形成されづらい傾向がある。 働く場では様々なひと・もの・ことがらに対する課題解決の場面に直面し、それに向かい続ける「態度」が求められる。障がい者の就労支援の意義とは、働く機会の提供や所得保障にとどまらず、「働くこと(働くなかで自ら課題を解決する経験をすること)」を通じた実践的な態度の形成を促すことも重要であると考えられる。 (2) 「態度の階層構造」理論 菅野1)は学校教育の分野から、知的障がいのある生徒に対する職業教育において育成が求められている「態度」を階層構造として整理している。 具体的には、人に向かい・働きかけに応じる姿である「①感受性・応答性」を基礎とし、感情や行動をコントロールし活動に取り組もうとする「②自律性」、自ら肯定的・能動的に活動に取り組もうとする「③積極性」、目標の達成に向けて役割を果たそうとする「④責任性」、目的の達成に向けて自らするべきことを見出しより良く取り組もうとする「⑤柔軟性・多様性」、目的の達成に向けて仲間と判断・責任を共有して取り組もうとする「⑥協調・協力」の順番に6階層で構成されている(図1)。 この「態度の階層構造」では、社会参加・社会的自立に必要である、課題解決に向けた「態度」に関して、「支援 図1 態度の階層構造(菅野2015をもとに作成) 者とともに課題解決をする」段階から、「主体的に課題解決をする」段階、さらには「自ら他者に働きかけ、ともに課題解決をする」といった段階までが体系的に整理・提示されており、支援者が対象者の状況に応じた段階的な支援を行っていくうえで有用な視座を与えることが期待される。 2 「態度の階層構造」理論に基づく社員育成の体系化 (1) 「働く態度」の形成に向けた取り組みのリスト化 「態度」はあくまで『精神的な準備状態』であり、直接的な指導・支援によって、態度の形成・変容を促すことは難しいと考えられている。 菅野1)は『態度とは知識・技能の定着と般化・応用というとらえ方もできる(中略)わかること・できることの繰り返しにより、達成の楽しみを経験し、この積み重ねによって、常にわかること・できることで反応するようになる。この状態像、「(いつも)している」が態度の形成と考える』と述べている。 つまり、態度形成は活動や作業の場における具体的な取り組み(あるいは、そうした取り組みに必要な知識・技能習得のためのトレーニング)を通じて、達成感を得ることが重要であると考えられる(図2)。 そのため、態度の形成に向けて、支援者は意図的な場面設定をする必要がある。 例えば、同じ作業内容であっても、「自律性」の態度の p.47 図2 態度形成に向けた取り組み 形成を促すためには「支援者の指示・説明に従って取り組む」場面が必要なのに対して、「積極性」の態度の形成は「(支援者があえて距離を取ることで)自ら能動的に活動に取り組む」場面を設定する必要がある。さらに「責任性」については、対象者に役割を持たせ、それを遂行する機会(経験)が必要であり、「柔軟性・多様性」は、ルーチンの活動・作業だけではなく、ある程度イレギュラーな事象が起こるなかで、自分で考え、臨機応変に対応したり、自己改善を図るような機会を設定する必要がある。 (2) 態度の階層に応じた育成・支援方法の検討 態度の形成に向けては、障がいのある社員個々の業務内容・業務目標を設定するだけでなく、その取り組みのなかで支援者(ジョブコーチ)が「何を・どのように育成・支援をするのか」を明確にする必要がある。 活動・作業の方法や手順を理解するだけでは自立的に取り組むことはできない。活動・作業の量や時間といった見通しを持たせ、始まりから終わりまでの一連の動き(工程間の準備・片付けなども含む)を理解することで初めて、活動・作業に対する「積極性」を促すことができるのである。また、「責任性」の態度の形成に向けては、活動・作業における対象者の役割を明確にしたうえで、その進捗管理の方法を理解することが必要であったり、「柔軟性・多様性」の態度形成に向けては、活動・作業の優先度を理解し、原因と結果の分析をするといった高度な思考力・判断力が求められる。 一方で、上述のように「自律性」と「積極性」の態度の形成に向けては同じ作業内容であっても、支援者の関わり方・距離の取り方が変わってくる。当然、その上位階層である「責任性」「柔軟性・多様性」「協調・協力」の態度形成に向けては、支援者の対象者への関わり方はより限定的になっていくが、ポイントを押さえたフォローやフィードバックは必要である。このように支援者は対象者の態度の形成段階に応じて、本人との関わり方(取り組み場面における介入度)を意図的に調整することが求められるのである。 そのため、当社では「態度」の階層と、それに向けた「具体的な取り組み」に対応する、ジョブコーチの「指導内容」「支援方法(介入度)」についても整理した。 (3) 個々の障がい特性の理解に基づく支援 障がいのある人に対する「働く態度」の形成に向けて、もう一つ重要なのが対象者個々の“障がい特性”の理解である。ジョブコーチが知的障がいや発達障がいといった認知・理解に偏りがある人に対して、本人の障がい特性を配慮しないまま、育成・支援を行うなかで、「教えたのにその通りにできないのは本人が不真面目だからだ」といった判断をしてしまうことがある。 しかし、実際には上述のとおり、活動・作業に取り組むためには、それを支える理解力・判断力も向上させていく必要がある。このときに、対象者個々の認知・理解の特性を考慮し、その人に合った指導方法や作業環境づくりを検討することが重要である。 3 障がいのある社員の個別支援計画の実施と今後の課題 (1) 個別支援計画の実施 当社ではこれまで述べてきた、「働く態度」の形成に向けた育成・支援方法を整理・体系化し、社員個々の状況に応じた育成・支援を計画的に行うための個別支援計画を作成・実施している。 この支援計画に基づき、ジョブコーチは対象者個々の育成段階(態度の形成段階)と障がい特性に応じた、指導内容・方法、作業環境作りを行い、社員個々に対して、定期的な目標設定・進捗面談と、日々の業務の振り返りを行うことで、本人に対する意識づけ・動機づけを行っている。 (2) 支援計画の一元管理の仕組みづくり 個別支援計画の作成・進捗を一元管理するための専用の社内イントラシステムを構築している。上述の社員個々の目標設定や振り返りを行うための機能のほか、ジョブコーチが支援の実施状況に関して記録・報告を行える機能も搭載している。 一方で、支援計画の進捗状況を視覚化し共有したり、育成・支援のノウハウを蓄積・整理するといった、アウトプットの仕組みづくりについては課題となっている。生成AIの活用も含め、今後、検討していきたいと考えている。 【参考文献】 1) 菅野敦『障害者支援の基本的な考え方』,「改訂 社会就労センター ハンドブック」,全国社会福祉協議会(2015),p83-104 p.48 部分的なマイノリティ性と就労上の課題の関連性について ○藤本 英理子(町田市障がい者就労・生活支援センターりんく センター長) ○田中 昭考(町田市障がい者就労・生活支援センターりんく 主任) ○竹村 恵子(町田市障がい者就労・生活支援センターりんく 就労支援コーディネーター) 1 問題と目的 障がい者の就労の定着については、継続して課題が報告されてきた。例えば、障害者職業総合センター(2017)によると、一般企業における就職後1年時点の定着率は、58.4%であったことが報告されている。梅永(2017)は、発達障がい者の離職の要因として、仕事そのものの能力であるハードスキルだけでなく、職業生活遂行能力と呼ばれるソフトスキルの問題を指摘しており、同様の問題が弊所の発達障害以外の障がい当事者においても発生している。 弊所は町田市からの委託を受け、社会福祉法人つるかわ学園が運営する就労・生活支援センターである。対象は知的障がいおよび身体障がいのある方で、登録者の約8割は愛の手帳を所持する知的障がいのある方である。2024年度から、新規就労時のミスマッチや定着支援における情報不足を課題と捉え、作業アセスメントを導入した。JEED開発のアセスメントシート、ESPIDDを活用し、「作業検査(フォーマルアセスメント)」と「聴取(インフォーマルアセスメント)」の実施を徹底している。更に、就労におけるソフトスキル面のアセスメントが可能であるBWAP2も導入した。本研究は、深刻な就労課題が見られた身体障害者手帳のみを所持する方の事例において、BWAP2及び聴取の内容について整理を行い、支援の在り方を検討することを目的とする。 図1 登録者状況 2 方法 (1) BWAP2を活用したアセスメントの概要 弊所では、BWAP2を就職前のアセスメントに加え、就職後の定着支援にも有効に活用している。具体的には、弊所職員による評価に加え、日常的に対象者と接している企業の上司にもBWAP2による評価を依頼し、マネジメント者としての評価を数値化し、最終的にこれらのデータを取りまとめ、グラフ化によって「見える化」を行い、本人・ご家族・企業に対してフィードバックを実施している。 (2) 対象 近年、身体障害者手帳のみを所持する方からの相談が増加しているが、BWAP2導入後に対応した深刻な就労課題を抱える20件のうち7件がそれに該当していた。この7名に共通する特徴は以下のとおりである。 ①病弱児として成育(脳性まひ2名、排泄障がい⦅小児がん/脊髄損傷⦆2名、良性脳腫瘍2名、臓器移植2名)、 ②特別支援学校や院内学級に所属、③採用選考に実地検査が含まれていない、④採用決定後に弊所に登録 ⑤健常者の中に単独で配属。 (3) 手続き 深刻な就労課題が見られた事例について実施したBWAP2の結果及び、企業の担当者への聴取について整理を行った。 (4) 倫理的配慮 情報の取り扱いにおいては、事前に個人情報の取り扱い同意書を得たうえ、BWAP2及び聴取の実施前に、当該アセスメントの目的など説明を行い実施している。 3 結果 (1) BWAP2と聴取の結果について 共通の課題は企業からの「コミュニケーションが困難」との相談であり、いずれの事例においてもBWAP2における対人関係領域のスコアが著しく低かった。 就労前の段階では企業側は支援について、物理的環境への合理的配慮(バリアフリー化など)で十分と判断していた。しかし、実際には就労後1か月ほどで人間関係の不調が表面化し、3か月程度で支援要請となった。企業からは「発達障がいの可能性」を理由に心理検査や受診を求められることもあったが、本人や家族が強い拒否感を示すことが多く、企業との関係が悪化することも少なくなかった。受診に至っても、主治医が発達障がいの可能性を強く否定し、企業側の理解不足を指摘したことで、医療機関との連携が困難になるケースもあった。 (2) アセスメントに基づく介入について 一方で、BWAP2を活用し、課題の可視化を通じて「職 p.49 場ルールの明示」や「キーパーソンの設置」などの支援を導入することで、状況が改善したケースもあった。また、転職後に「非常に優秀な人材」として高く評価されたケースも見られた。こうした職場に共通していた特徴は以下のとおりであった。①障害のある従業員が複数配置されている、②雑談の機会が構造化されている、③報告・連絡・相談の手段が多様で特定の方法に限定されていない(対面面談、日誌、チャットなど)、④年間行事が実施されている(バーベキュー、スポーツ大会など) 4 考察 本研究の対象者は身体障がいのある方であり、共通点として、病弱児として特別支援学校や院内学級に所属していた経験を有する。そのため、集団の中での対人関係の機会が限られていた教育環境による経験の不足が予想された。 BWAP2導入時に翻訳を担当した高橋幾氏に結果の解釈について「対人関係の評価が極端に低い身体障がい者については、教育環境の影響を受けた社会経験の不足に起因するマイノリティ性への配慮が必要なことがある」との助言を得ている。病弱児の中には、日常生活において様々な制限や管理が継続的に必要なことがあり、その結果として、学業の遅れ、自己肯定感の低下等の問題が生じる可能性が報告されている(小野他、2011)。継続的な制限や管理にさらされる中で、他者との関わりにおける経験が不足することは何ら特別なことではなく、起こりやすいこととして適切に支援していくことが重要であろう。また、星加(2003)は「誰もがマイノリティ性を秘めており、それが表出する状況は環境によって変化する」と述べている。マイノリティ性は環境との相互作用によって困難となるのであり、環境ごとの実態把握が必要と考える。 石田(2023)は、小児がん経験者にみられる晩期合併症について以下のように述べている。「小児がん治療の進歩により長期生存が可能となった一方、晩期合併症のリスクが明らかになり、長期フォローアップや成人移行支援の重要性が増している」。「成長・発達への影響:身長、骨格・筋・軟部組織、知能・認知、心理的・社会的成熟、性的成熟」。これらのことは、他の疾患でも共通していえることであり、長期的な支援及び発達に合わせた移行期における支援の視点も重要であると考える。 さらに、身体障がいのある弊所登録者は全体の約13%にとどまっている。加えて、ハローワークの令和6年度統計によれば、新規求職者数は154名であり、そのうち就職者は54名である。弊所における令和6年度の身体障がいのある新規登録者は9名(全体の14%)であり、特別支援学校の新卒者においては、2020年以降、肢体不自由のみの方の登録は無い状態である。これらの事実を踏まえると、支援につながらないままソフトスキルの課題に直面し、苦労している本人や企業が、相当数存在していると想定される。 以上により、本研究では以下の2つの支援の視点の重要性が明らかになった。 まず、ソフトスキルへの支援の視点である。身体障がい者で背景要因が疾患である場合に、就労における合理的配慮は、物理的環境だけでなく、コミュニケーション面等のソフトスキルへの支援がより優先される場合がある。 次に、長期的な支援及び発達に合わせた移行期の支援の視点の必要性である。合理的配慮を検討する際は、マイノリティ性と環境との相互作用によって困難がどこで顕在化するかを予測できないという前提を持つことが重要であり、そのために環境ごとの実態把握が重要であると考える。支援者は、診断名や手帳の種別など形式的な情報にとどまらず、作業観察を通して対象者のコミュニケーション支援ニーズを丁寧にアセスメントし、本人の自己評価と照らし合わせながら就職活動のステップを進めていくことが求められる。堀込(2012)によれば、「脳が受けた障害範囲が広いと合併障害も見られる場合があり、知覚や認知の機能障害などが現れるケースもある」、「面接などでは本人の障害特性とコミュニケーションについて事前に事業主に紙面で伝えておくのも一手である」とあるように、企業においても障害種別によらず、実際の業務の疑似体験を行う機会の提供や選考時の実地検査を行うことでミスマッチを防ぐ有効な手段となり得るのではないか。 弊所で導入している「BWAP2」は、支援ニーズを可視化できる有効なツールであり、支援者と本人の共通理解を促進する手段として使用していきたい。また、登録者及び企業との共通支援目標を設定するうえでも今後も活用を継続していこうと考えている。 【参考文献】 1)星加良司“障害の社会モデル再考―ディスアビリティの解消という戦略の規範性について”、「ソシオロゴス」、ソシオロゴス編集委員会編(27)、54-70、2003 2)石田雅美“小児がん経験者の長期フォローアップ外来における成人移行支援”、「育療」、一般社団法人日本育療学会(72)、48-54、2023 3)梅永雄二(監訳)『発達障害の人の就労アセスメントツール』、合同出版、2020 4)小野次朗・西牧謙吾・榊原洋一(2011)特別支援教育に生かす病弱児の生理・病理・心理 ミネルヴァ書房 5)高瀬健一・大石甲・西原和世(2017)障害者の就業状況等に関する調査研究(調査研究報告書 No.137)サマリー 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター. 6)障害者業務取扱状況(R7.8.5 障害者雇用連絡会議資料)ハローワーク町田 専門援助部門 7)堀込真理子(2012)職業リハビリーテーションの基礎と実践 障害のある人の就労支援のために 日本職業リハビリテーション学会中央法規出版株式会社 2012年9月15日 p278-279 p.50 「在職中又は休職中の発達障害者に対する作業管理支援」の改良 ~汎用性を高めるための試み~ ○小松 成美(障害者職業総合センター職業センター 上席障害者職業カウンセラー) 上村 美雪(障害者職業総合センター職業センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)では、知的障害を伴わない発達障害者を対象としたワークシステム・サポートプログラム(以下「WSSP」という。)の実施を通じて発達障害者に対する各種支援技法の開発・改良を行っている。本発表では令和6年度から取り組んでいる「在職中又は休職中の発達障害者に対する作業管理支援」の改良について中間報告を行う。 2 WSSPの概要 WSSPでは、受講者個々の特性、職業上の課題などについて詳細なアセスメントに基づき、職場で適応するためのスキル付与のため、「就労セミナー」「作業」「個別相談」を連動させた13週間のプログラムを実施している。 就労セミナーで得た知識やスキルを作業場面で試行し、その結果を個別相談で振り返り、より効果的なスキルの実行方法等に関する気づきや考察を経て、再度、作業場面で試行するといったサイクルを基本としている。 3 作業管理支援とは 障害者の職場定着においては環境調整や職場の配慮が重要であるが、多少のマルチタスクは避けられないことが多く、本人の作業管理能力の向上を目指す取組が必要となる。このため、令和3年度に職業センターにおいて、発達障害者の作業管理能力を実行機能の側面からアセスメントし、個々の特徴に応じたマルチタスクなどの対処方法を検討するための支援技法として、作業管理支援を開発した。 本支援技法では、「指示を受ける」「期限内の作業完了に向けた計画を立てる」「作業を実施する」「作業後の結果を確認する」「指示者へ結果を報告・相談する」といった一連の工程を的確に処理しながら、与えられたタスクを実施することを「作業管理」と定義している。また、適用対象者としては、就職後にマルチタスクへの対処能力の低さなどに起因して発達障害の診断を受けた場合など、現に発達障害者自らが困り感を抱えており、職場への適応上の課題を軽減するうえでの緊要度を鑑み、在職中又は休職中の者を主な対象として開発された経緯がある。 作業管理支援の工程には3つのフェイズを設定しており、フェイズ1を準備段階とし、フェイズ2及びフェイズ3において「作業管理課題」を実施する。なお、フェイズ1の詳細は後述の「5 作業管理支援の改良のポイント」に記載する。 ここでの作業管理課題は、ワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)などを活用し、完成形や完成形に至る手順を自ら見出す力が要求される課題を組み合わせた最大7種の課題で構成されており、これを5日間かけて実施するものである。対象者は課題ごとに設定された締切り日時までに、すべての課題を完了することが求められている。 また、フェイズ2で明らかになった改善が望まれる事項について、その対処方法を検討のうえフェイズ3を実施し、その効果を検証するという取組が行えるようにしている。 さらに、フェイズ2及びフェイズ3の実施過程において、支援者が使用する「行動観察シート」と対象者が使用する「ふりかえりシート」の2種類のシートを作成し、これらのシートを活用して作業管理課題の取組状況を支援者とともに振り返り、作業管理上の強みや改善事項の整理、対処方法の検討などにつなげていく。 WSSPにて作業管理支援を実施した受講者からは、「メモをとったり、作業を見直したりすることは身についていると感じた」など自身の強みや習得の状況を実感できたり、「苦手な計画立ての際には、タイマーやふせんなどを使った工程表の使用が有効だった」など苦手なことへの対処方法の検討ができたといった声が聞かれている。 4 改良の背景 令和6年度、地域障害者職業センター及び広域障害者職業センター(以下「地域センター等」という。)を対象に、作業管理支援を実施しているかアンケートを行ったところ、図1のような結果であった。 図1 地域センター等アンケート結果 作業管理支援を実施したことのある地域センター等からは、「会社にわかりやすく配慮事項を整理して伝えることができた」「実行機能のどの点に課題があり、どのような対処方法が考えられるか、具体的な相談ができるようになった」などの効果を感じられる内容が確認できた。また、 p.51 「発達障害者以外にも、実行機能に課題がある対象者へ実施したい」などの改良を期待する声もあった。 一方で、実施に至っていない地域センター等からは「スタッフ間で実施手順や実行機能の下位概念について理解するなど、実施のための十分な準備ができていない」といった意見が散見された。そのほか、「短期間やスポット的な利用者の場合、作業管理支援を規定のスケジュールどおり実施することが難しい」との声もあり、これらの地域センター等からの意見をふまえ、改良に取り組むこととした。 5 作業管理支援の改良のポイント (1) 適用対象者の拡大 作業管理支援は前述のとおり、在職中又は休職中の発達障害者を対象として開発したが、マルチタスクへの対処能力など実行機能の側面から作業管理能力を把握するとともに対処方法の習得は、精神障害者や高次脳機能障害などの認知機能の障害のある者に共通する課題であり、また、在職者のみならず、課題が大きく顕在化していない新規求職者においても職場での適応力を高めるうえで効果的な取組みであると考えられる。このため、今回の改良においては、作業管理支援の対象を発達障害者に限定せず、また、求職者から在職者まで広く活用できることを目指している。 適用対象者の拡大を検討するうえで特に注目したのは、フェイズ1の実施方法である。作業管理課題を取り組む前の準備段階であるフェイズ1は、作業管理に関する基礎的な知識・スキルの習得を図る期間としている。これにより、フェイズ2以降の課題にまったく対応できないという失敗体験やモチベーションの低下につながるような事態を回避する目的がある。 実践報告書1)ではフェイズ1について、作業管理に関する基礎的な知識・スキルについて、MWSの実施方法の習得のほか「質問、確認、メモとり、情報の補完などに関する知識やスキルの習得」としているが、取組方法の詳細にまでふれられていない。このため、例えば、精神障害者やうつ傾向のある高次脳機能障害者に作業管理支援を実施する場合、フェイズ2以降で過度な負荷とならないようにするための留意事項や逆に高負荷の課題に臨むにあたって気分や体調の崩れが生じることがないよう、生活リズムの構築やリラクゼーションに関する知識などを付与する機会とすることも必要と考える。また、就労経験がない求職者の場合、実際の就労場面をイメージしづらく、作業管理課題の実施に意義を見出しにくいことも想定されるため、丁寧なオリエンテーションを通じて目的意識をもって作業管理課題を行えるようにすることが必要と考える。 こういった作業管理支援の適用対象者の拡大を図るためのフェイズ1における取組のポイントについて、整理することとした。 (2) 実用性の向上 また、地域センター等において、実際に作業管理支援を実施することへのハードルを下げるとともに、活用の幅を広げるための検討を行っている。 作業管理支援を実施する主目的は、実行機能の視点を用いたアセスメントと対処方法の獲得にある。そのための仕組みの一つとして、対象者と支援者、それぞれの見立てについてすり合わせを行うことで、行動の強化や課題により即した対処方法の習得につながるよう行動観察シート及びふりかえりシートを活用した相談を行う構成としている。 この相談の過程においては、対象者が自らの行動や思考を振り返り、自身の強みや課題への対処方法を主体的に検討・実践できるような支援者のかかわりが重要である。振返りの仕方によっては、対象者が「できないことばかりだった」など、ネガティブな感想に終始してしまう可能性も考えられる。このような結果を防ぎ、できたことに目を向けるとともに、「どのようにすればできたか」という気づきを促し、対処方法の検討に結びつけやすくすることを目指し、行動観察シート及びふりかえりシートの改良に取り組むこととした。あわせて、対象者自身が自己効用感を感じられるよう振返りの進め方についても改良を加えることとしている。 その他、作業管理支援の部分的実施、ジョブコーチ支援における行動観察シートの活用など、規定の作業管理支援に限定されない柔軟な取組について、事例をもとにその実施方法や留意点などについても整理し、紹介することとしている。   6 おわりに マルチタスクの遂行など作業管理上の困難さは、業務の抱え込みによる疲弊や職場内の人間関係の悪化などに波及し、うつ病などの二次障害の発症につながる可能性もあり、職場定着を目指すにあたって重要な視点であると考える。このため、作業管理支援の汎用性を高め、必要な方に広く実施していけるよう、今後も改良を進めて参りたい。なお、現在の改良の取組については実践報告書にとりまとめ、令和7年3月に発行する予定である。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター職業センター『在職中又は休職中の発達障害者に対する作業管理支援』,「実践報告書No.39」,(2022) 【連絡先】 障害者職業総合センター職業センター企画課 e-mail:csgrp@jeed.or.jp  Tel:043-297-9042 p.52 施設の特徴を生かしたライフスキル向上の実践 ~職業センター宿泊棟セルフマネジメントセミナーについて~ ○小沼 香織(障害者職業総合センター職業センター 上席障害者職業カウンセラー) 土井 徳子・坂本 佐紀子・吉川 俊彦・鴨井 はるみ(障害者職業総合センター職業センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)では、各種支援プログラムの実施を通して先駆的な職業リハビリテーション技法の開発・普及を実施している。職業センターの支援プログラムは全国の地域障害者職業センター等から受講者を募集しており、遠方の方や、体力や認知機能の低下、経済的な事情等により日々の自宅からの通所が困難な方等でもプログラムの利用ができるように宿泊棟を併設している。 宿泊棟は、生活指導員、看護師資格を有するナイトケアワーカー等の職員が常駐し、日中に行っている支援プログラムと並行して、健康で安定した職業生活を送るためのきめ細かな生活支援を実施している。その中で、「食事」「運動」「睡眠」をはじめとした生活習慣の改善や、ストレス・疲労への対処方法の習得等、ライフスキルの向上が必要な利用者が確認された。そのため、令和3年度より従来の日常生活支援に加えて「宿泊棟セルフマネジメントセミナー」(以下「セミナー」という。)を実施し、支援の拡充を図ることとした。本発表ではセミナーの概要、事例等について報告する。 2 セミナーの概要 (1) 目的 宿泊棟利用者が就職または復職後に自分自身の気分や体調の安定を図るために、その基盤となるライフスキルを向上させることを目的とする。 (2) 対象者 宿泊棟利用者及び通所のプログラム受講者のうち、支援計画においてセミナーを実施することが適当だと判断され、本人も受講を希望した者。 (3) 支援者の体制 生活指導員による進行役1名、板書・進行補助役1名の計2名体制で実施。 (4) セミナーの構成 セミナーは、職業センターが発行している支援マニュアル№20「気分障害等の精神疾患で休職中の方のための日常生活基礎力形成支援~心の健康を保つための生活習慣~」及び支援マニュアル№26「職場適応を促進するための相談技法の開発~ジョブコーチ支援における活用に向けて~」で開発したツールを基に、一部改変したものである。表1に示したとおり、オリエンテーション、講座Ⅰ~Ⅴ及び習慣化ミーティングによって構成する。 講座Ⅰ~Ⅴではテーマに沿った知識付与を行い、講座Ⅴ「習慣化のコツ」の中で、受講者は自分にとって適当と思われる行動目標について考え、設定する。その後、週に1回実施する習慣化ミーティングで行動目標の取組状況について、受講者同士で意見交換を行う。また、セミナーの最後にリラクゼーション演習を行い、講座Ⅳ「セルフケアについて」で紹介するアロマテラピーやマインドフルネスなどの様々なリラクゼーション法を体験する機会としている。 表1 セミナーの構成 3 セミナー終了後のアンケート調査の結果 (1) アンケート調査の対象者 令和4~6年度にセミナーを受講した25名(高次脳機能障害者11名、発達障害者14名、回答率100%) (2) アンケート調査の内容 アンケート調査の項目は、表2のとおりである。 表2 アンケートの項目 (3) アンケート調査の結果 ア 受講者全体の傾向 図1に示したとおり、アンケート項目1では約半数の受講者が行動目標で「運動」を選択した。アンケート項目2では、約90%の方が生活習慣や気分・体調の改善に効果を感じていることがわかった。また、アンケート項目3、4では、80%以上の参加者が取組について「習慣化した」と感じており、今後も取組を「続けたい」と回答した。 p.53 図1 受講者アンケートの結果 イ 障害群による傾向 各アンケート項目における回答について、障害群(発達障害又は高次脳機能障害)との間に関連が見られるかどうか検討するため、χ2検定を実施したところ、項目1(行動目標:運動か運動以外(食事、睡眠又はセルフケア))において有意となった(χ2(1)=5.026 p<.05 φ=0.448)。さらに、残差分析の結果、運動については高次脳機能障害が有意に多いこと、及び運動以外については発達障害が有意に多いことが示された(表3)。 表3 障害群と行動目標 4 セミナーの実施事例 発達障害者及び高次脳機能障害者のセミナーの実施事例について、表4及び表5のとおり示す。 表4 セルフケアの習慣化を図った発達障害者の事例 表5 運動の習慣化を図った高次脳機能障害者の事例 5 まとめ 受講者アンケートの結果や講座及び習慣化ミーティングの実施状況から、受講者の中にはセミナーの受講により生活習慣が改善したと感じたほか、自律的に生活を整えていく意識が育まれ、今後も取組を継続したいと感想を述べる方が多数いた。セミナーで自ら考えた行動目標を実行し、他者からフィードバックを得て自ら行動目標を見直すという一連のプロセスを繰り返し行い、目標を達成する経験を重ねることで、自己効力感が高まり、受講者の主体的な行動の促進に一定の効果があったものと考える。また、事例のようにセミナーと併せて、障害特性等、必要に応じてきめ細かな目標設定に係るフォローや実施状況のフィードバック等を行うことが、受講者のモチベーションを維持する上で重要であると考える。今後は、より多くの受講者を対象としたセミナーの実施を通じて、知見の蓄積を図るとともに効果的な実施方法について検討を重ねていきたい。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター職業センター『気分障害等の精神疾患で休職中の方のための日常生活基礎力形成支援~心の健康を保つための生活習慣~』,「支援マニュアルNo.20」,(2020) 2) 障害者職業総合センター職業センター『職場適応を促進するための相談技法の開発~ジョブコーチ支援における活用に向けて~』,「支援マニュアルNo.26」,(2024) 【連絡先】 障害者職業総合センター職業センター開発課 e-mail:cjgrp@jeed.go.jp Tel:043-297-9112 p.54 千葉県における難病患者就労支援の地域的課題 ~千葉県総合難病相談支援センター研修会でのSWOT分析を通して~ ○横内 宣敬(千葉大学医学部附属病院 患者支援部 ソーシャルワーカー) 尾方 穂乃香・藤井 桃子・馬場 由美子・市原 章子(千葉大学医学部附属病院 患者支援部) 1 はじめに 千葉県における難病相談支援センターの体制は、2次医療圏に一か所、地域の難病診療の拠点となる病院に設置されており、該当する医療圏の難病患者の相談支援に対応している。千葉県全体では9か所の難病相談支援センターがあり、千葉県総合難病相談支援センター(以下「当センター」という。)は各地域の相談支援センターをサポートする位置づけで設置されている。 当センターは、2014年度から就労支援の取り組みを開始し、各地域の相談支援センターの相談員や保健所の難病担当保健師に対し、就労に関する研修会を開催してきた。就労支援の研修会開催を通じて、千葉県内でも各地域の現状が大きく異なり、抱える課題も異なることが明らかになってきた。 難病患者の就労支援に関しては、退職・転職にかかる規定因子を分析した大原賢了ら(2020)1)や難病患者の就労困難性を研究した春名由一郎ら(2021)2)3)があるが、地域差に関する言及は少ない。一方、就労に関する地域間格差を論じた研究は、就業機会の地域間格差を論じた阿部宏史(1997)4)や若年雇用問題に焦点を当てた太田聰一(2005)5)、経済のサービス化と雇用創出の地域差を論じた阿部宏史(2005)6)などが確認できる。難病患者の就労状況の地域間格差の存在は容易に想定され、臨床現場の就労支援においても地域の特性や実情を踏まえた対応が求められる。 本稿では、当センターが2024年に研修会で行った各地域のSWOT分析と参加者へのアンケート調査を通じて、千葉県における難病患者就労支援の地域的課題を明らかにすることを目的とする。 2 方法 (1) 参加者 千葉県内の2次医療圏に該当する9地域において、難病患者の就労支援に携わる難病相談支援センター相談員および保健師、障害者就業・生活支援センター相談員、就労移行支援事業所相談員、計27名が本分析に参加した。参加者は、日頃の業務を通じて難病患者やその家族、関連機関との連携に深く関わっている者を中心に選定した。 (2) 実施時期・実施内容 本SWOT分析は、2024年10月17日に千葉大学医学部において、対面のワークショップ形式で実施した。また、実施後に参加者に対して、アンケート調査を行った。 (3) 分析方法 ワークショップは、参加者を都市機能や所属地域に応じて、「東葛北部」「東葛南部」「千葉地域」「印旛山武」「過疎地域」の5つのグループに分け、以下の手順でSWOT分析を実施した。 ①SWOT分析の説明 ワークを開始する前に、SWOT分析について説明を行い、分析のフレームワークについて共通認識を形成した。 ②SWOT要素の抽出 各グループで担当地域における就労支援の現状について自由に意見を出し合い、地域における要素を、「強み」「弱み」「機会」「脅威」の4つの視点から、ブレインストーミング形式で抽出し、付箋に書き出した。 ③SWOT分析の実施 抽出された各要素について、SWOTの各4領域に関連項目毎にプロットし、各地域の特性を踏まえたSWOT分析を行った。 ④全体共有と議論 各グループで抽出された要素とSWOT分析の結果を全体で共有し、地域間の共通点や相違点、今後の支援の方向性について議論を行った。 ファシリテーターは難病担当のMSWおよび看護師が担当し、分析が円滑に進むよう支援した。 アンケート調査は、ワークショップ実施後にWEB形式で所属機関、職種、「多機関・多職種連携において、連携を妨げる要因」「疾患を抱える患者の就労支援において大切だと思うこと」について質問し、25名から回答を得た。 3 結果 (1) SWOT分析の結果 各グループで作成されたSWOT分析の結果をみると、医療・福祉資源、地域社会との連携と情報共有、交通・地理的特性、雇用環境と就労ニーズの4点で特徴がみられた。 ①医療・福祉資源に関わる言及 東葛北部、東葛南部、千葉地域、印旛山武では、医療や福祉など社会資源の豊富さが「強み」として挙げられていたが、一方で、過疎地域では社会資源の少なさが「弱み」として挙げられた。また、都市部では社会資源が多すぎる p.55 がゆえに「選択の難しさ」や「責任回避」といった課題も指摘された。 ②地域社会との連携と情報共有 東葛北部、千葉地域では、「地域内の繋がりが希薄、近隣住民の交流が少ない地域がある」ことが「弱み」として挙げられていた。一方で、過疎地域では「親族が近くに住んでいる、顔の見える関係がある。地元企業がの協力的」という点が「強み」として挙げられていた。また印旛山武では「支援機関は多くないが、自治体と医療機関で連携が取れている」といった記載がみられた。 東葛北部、東葛南部では「強み」として「ピアサポートの存在」に関する記載がみられ、人口と患者数の多さに由来するメリットが示唆された。 ③交通・地理的特性 公共交通機関に関しては、全ての地域で言及があり、移動手段の確保は、特に難病患者にとって重要な課題として認識されていた。これは都市近郊に位置する地域でも地域内で格差があることが挙げられており、過疎地域だけの問題ではない点が明らかになった。 都心に近い地域では、就業機会の確保に関しては「強み」として認識されていたが、就業先が他地域にあることにより、就業先へのアプローチがしづらいことが課題として挙げられた。過疎地域では「就労場所・生活場所・医療機関が近い」ことが「機会」として捉えられており、伝統的な地域社会の繋がりの強さが、可能性として挙げられていた。 ④雇用環境と就労ニーズに関する言及 都心は雇用需要が旺盛であり、工業地帯においても人手不足の状況であることが「機会」として挙げられていたが、過疎地域では地元企業の少なさや働き手不足が深刻であることが「脅威」として挙げられていた。 また「難病患者は障害者雇用率に算定されない」という制度上の課題や、多様な働き方への理解不足という点が「脅威」として挙げられていた。また印旛山武では「外国人が多く、技能実習生がいる」といった記載がみられ「脅威」として挙げられていた。 東葛北部、東葛南部といった人口が増加している地域では、家庭を支える担い手として就業している患者も多く、収入の確保と働き方の両立に課題を抱えているといった記載もみられた。 (2) アンケート調査結果 「多機関・多職種連携において、連携を妨げる要因」について質問したところ、「専門性の相互理解の不足・役割分担が不明確」が16件、「コミュニケーション機会の不足・顔の見える関係構築の機会不足」が16件と同数で最も多く、続いて「相談窓口が不明瞭、連携のための手続き・手順がわからない」が10件となった。 「疾患を抱える患者の就労支援において大切だと思うものは何か」という質問に対しては、「企業の理解・柔軟な働き方、休暇制度の充実」が18件、「自身の病状に関する理解」が11件、「周囲への情報開示と患者の説明能力」と「医療機関と企業との連携・情報共有」が同数で10件の回答を得た。 4 考察 本稿のSWOT分析から、千葉県内における難病患者の就労支援課題は、都市部と過疎地域で相違があることが明らかになった。東葛地域や千葉地域といった都市部では、医療・福祉資源や雇用機会が豊富であるという「強み」を持つ一方、資源の多さがかえって選択の困難さや相談のたらい回しを招き、地域社会の繋がりの希薄さが「弱み」として認識されていた。対照的に、過疎地域では資源や雇用の絶対数の少なさが「弱み」であるものの、「顔の見える関係」に代表される地域社会の伝統的な結束力が「強み」となり、医・職・住の近接性が「機会」として捉えられていた。このことは、画一的な就労支援ではなく、都市部では多機関の連携を密にし、個のニーズに対応する支援力の強化が、過疎地域では地域の繋がりという内在的資源を活かした支援体制の構築が求められることを示唆する。 次に、地域特性の違いが確認できた一方で、地域を問わない共通の課題として「連携」の重要性が示された。この「連携」は、支援機関同士の連携にとどまらず、患者を取り巻く雇用主や医療機関をも巻き込んだ重層的な連携体制の構築が有効であることを示すものと考えられる。 以上の結果から、難病患者の就労支援においては、地域の特性を踏まえつつも、「顔の見える関係」を構築する機会を継続的に地域で設け、各支援機関の相互理解の促進や役割分担の明確化を進めると同時に、患者を取り巻く包括的な支援を展開することが重要であると考えられる。 【参考文献】 1) 大原 賢了他「指定難病を理由とした退職・転職にかかる規定因子の検討」産業衛生学雑誌(2021),63(5),143-153 2) 障害者職業総合センター「難病患者の就労困難性に関する調査研究」調査研究報告書No.172,(2024) 3) 春名由一郎「難病患者の就労支援ニーズと制度・サービスの多分野連携の課題」保健医療科学(2021),Vol.70 No.5,p.477-487 4) 阿部宏史「就業機会の地域間格差と地域間人口移動」地域学研究 (1997), 28 巻1号 p.45-60 5) 太田 聰一「地域の中の若年雇用問題」日本労働研究雑誌(2005)47 (6), p.17-33 6) 阿部 宏史他「経済のサービス化と雇用創出の地域間格差~ 地域産業連関表に基づく分析」地域学研究(2005)35 巻1 号 p.17-35 p.56 ポリテクセンターと地域障害者職業センターが連携した障害のある訓練生に対する支援事例 ○近藤 正規(栃木障害者職業センター 主任障害者職業カウンセラー) 正木 敦也(ポリテクセンター栃木) 1 はじめに 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構は、全国に地域障害者職業センターと職業能力開発施設を設置している。組織全体の一体化、活性化を図るため、これらの地方組織における業務連携は非常に重要な取り組みとして位置付けられている。 栃木障害者職業センター(以下「栃木センター」という。)とポリテクセンター栃木(以下「ポリテク栃木」という。)は宇都宮市内にあり、物理的に近接しており(距離は3km程度)、令和8年3月には栃木センターのポリテク栃木及び栃木支部の敷地内への移転を予定している。栃木センターの主な業務として、障害のある方の就労支援、復職支援、職場定着に向けた支援、障害者の雇用を検討あるいは雇用している事業主への支援、そして地域の関係機関への支援がある。障害者に対する支援には、職業評価、職業準備支援、面接同行、職場訪問型のジョブコーチ支援等を行っている。 本発表では、令和6年度に栃木センターとポリテク栃木が障害のある訓練生に対し協同して支援を行った事例を振り返り、両施設の連携した支援による本人に対する効果と、そのような連携を可能にするために必要と思われる事項を考察することで、各地域におけるポリテクセンターと障害者職業センターの専門性を最大限に活かした支援連携をより効果的に実践するための一助となることを期待したい。 2 ポリテク栃木と栃木センターによる就職支援の連携 支援対象者である訓練生及びポリテク栃木の職業訓練受講状況は表1のとおりである。 表1の経過を経て、栃木センターでは職業評価を実施した。その後A氏の同意を得て、職業評価結果と支援方針を関係機関と共有し、チームで支援を行うことになった。栃木センターでの支援の状況は表2のとおりである。 職業評価の結果を踏まえ、ハローワークでは、担当官からA氏が通勤可能なエリアでのCADオペレーターの求人に関する情報提供があった。また、障害者就職面接会(以下「面接会」という。)が予定されており、障害者手帳を所持するA氏は参加が可能であるという説明を受けた。 面接会の求人一覧公開時には、A氏、カウンセラー、指導員の三者で求人情報の検討・選定に関する相談を実施した。指導員からは、A氏の訓練内容と求人情報に記載され 表1 支援対象者の職業訓練受講・栃木センター支援に至る状況 表2 栃木センターで実施した職業評価~チーム支援に至る状況 ているCADスキル、使用するソフトウェアとの適合性について助言を得た。また、A氏とカウンセラーで、応募企 p.57 業に伝える自身の障害特性や必要な配慮事項を整理し、書面化するため相談を実施した。 面接会にはカウンセラーと指導員が同行した。A氏は、事前に作成した自身の障害特性と必要な配慮事項を記載した書面を面接官に手交したことで、面接官からは事業所内の移動や利用可能なトイレ設備等に関する配慮事項について「具体的に確認できてありがたい」とのフィードバックが得られた。また、指導員の同席により、専門的な視点でA氏のCADスキルを面接官に説明することができた。この面接会で採用には至らなかったものの、面接にカウンセラーと指導員が同席することをA氏は「心強い」と話し、連携支援を受けることのメリットを実感する機会となった。 その後、障害者就業・生活支援センターから、CADオペレーターとして障害者雇用を検討している企業があるとの情報提供を受けた。A氏の意向を確認した上で、カウンセラーと障害者就業・生活支援センターの担当者が同行し職場見学を実施した。ここでは建物内のアクセシビリティ、事業内容、業務で使用するCADソフトウェア等を確認した。また、本人と事業所担当者との意見交換の場では、カウンセラーがA氏の障害について補足説明した。 A氏がこの企業への就職を希望したため、障害者就業・生活支援センターの実習制度を活用した職場実習を行うことになった。実習の結果、企業からは一定の評価が得られ、その後の面接を経て、A氏は無事採用に至った。 3 考察 (1) 訓練生本人への効果 ポリテク栃木と栃木センターの連携による支援の効果の一つとして、職業訓練での技能習得と、自身の障害特性および必要な配慮事項に関する理解により、A氏が希望する職務、職場環境での就職を実現できたことが挙げられる。ポリテク栃木の職業訓練は技能付与に特化しており、個別の障害特性に合わせたプログラムではない。一方で、栃木センターでは、個々の障害特性を踏まえて働き方や事業所に求める配慮事項を検討する等、個別性に主眼を置いた支援を行っている。面接会でA氏が書面を面接官に手交し、障害に関する具体的な質問が可能となったことで、面接官はA氏の状況をより的確に理解することができたと推察される。また、「障害がどのように仕事に影響し、どのような配慮があれば力を発揮できるか」を具体的に伝えることは、ミスマッチのリスクの低減に繋がると考えられる。 障害者雇用において、企業は応募者の業務遂行能力についても把握したいニーズがある。A氏のCADスキルについて、専門家であるポリテク栃木の指導員が補足説明を行うことで、A氏の習得した技能を客観的に面接官に示すことができたことも後押しになったと思われる。 (2) 効果的な連携に必要な事項 ア 丁寧なニーズ確認と合意形成 指導員は、A氏が自身の障害に関して就職活動における悩みを抱えていることを把握した際、一方的に栃木センターの利用を勧めるのではなく、訓練生の意思を尊重しながら丁寧に合意形成を図った。そして、A氏が「まずは説明を聞いた上で相談したい」という明確な意思を確認した上でカウンセラーと情報共有を行ったことで栃木センターでの円滑な支援の実施に繋がったと考えられる。  イ 支援への継続的な関与 指導員はA氏の栃木センター来所に同行しただけでなく、職業評価の振り返りにも参加した。これにより、指導員はA氏の障害特性や栃木センターでの評価内容について理解を深めることに繋がった。さらに、栃木センター、ハローワーク、障害者就業・生活支援センターのチーム支援に、面接会への指導員の同席という形でポリテク栃木の専門性が加わることで技能面の説得力に厚みが増し、障害者の就職支援においても有益なものであったと考えられる。単に訓練生を他機関に繋ぐだけでなく、ポリテク栃木の指導員が支援連携の中で自身の専門知識をどのように活かせるかという視点で関与したことも、連携の効果を高めた一要因であると思われる。 ウ 「顔の見える関係」の重要性 本事例の連携が実現した背景要因として、栃木センターとポリテク栃木との担当者間で、日頃から「顔の見える関係」が築かれていたことも挙げられる。 カウンセラーは、研修等でポリテク栃木の施設を利用することがあるが、そのような機会に指導員と顔を合わせ、お互いの業務について言葉を交わす中で、指導員とカウンセラーが互いに「どのような専門性を持つ人間であるか」を認識し、一定の信頼関係を構築できていたことが、A氏のケースにおいても互いに具体的な連携イメージを持って支援を開始できた一因であると考えられる。 4 まとめ 栃木センターとポリテク栃木の両施設が連携することで、障害のある方が、職業訓練で習得した技能を最大限に活かし、安定した職業生活を送るための支援の効果を高める可能性が示唆された。そして、効果的かつ円滑な連携のためには、利用者本位の丁寧な合意形成、支援への継続的な関与、そして日頃からの担当者間の関係構築が重要である。一方で、全てのケースに画一的な連携のガイドラインを適用することは困難であるからこそ、本事例のような経験を共有し、担当者一人ひとりが能動的に連携に取り組むことで、多様な背景を持つ、就職を希望する方々の雇用支援の質の向上をもたらすものと考える。 p.58 家族との関係に着目した発達障害者に対する就労支援 ~家族に対するアプローチを含めた包括的な支援について~ ○鈴木 靖子(宇都宮公共職業安定所 精神・発達障害者雇用サポーター) ○金田 則子(宇都宮公共職業安定所) 1 はじめに 宇都宮公共職業安定所・専門援助部門では、精神・発達障害者雇用サポーター(以下「SP」という。)が配置され、精神障害や発達障害のある求職者に対し、障害特性を踏まえた相談・職業紹介の他、必要に応じて医療機関、各支援機関と連携し、アセスメント、職場開拓、職場実習、雇用後の定着支援といった一連の就労支援を行っている。 発達障害を抱える方々は、その特性故に短期離転職を繰り返すことが一つの課題であるが、その背景に家族関係、特に親からの影響が否定できないケースもある。 本報告では、家族との関係性が本人の就労適応に与える影響と、他機関と連携しながら本人と家族の相互理解を得るために行った支援の事例を紹介する。 2 発達障害者と家族関係についてのアンケート調査 今回、発達障害者から見た家族関係を確認するために、日頃より連携している医療機関Xの協力を得て、発達障害者に対し、家族関係に関するアンケート調査を行った。 「家族関係が良くない(悪い)」と回答した方は全体のおよそ3分の1にあたる32%。その内訳で「親」を挙げた割合は82%であった。その理由として「態度・過剰な関わり・兄弟との差別」といった関わり方を挙げた方は70%(図1)。そう感じ始めた時期に対する質問で「幼少時から」と回答した方は62%と半数以上に及んだ。更に就職活動・就労に関して「相談しにくい、相談しようと思わない」との回答は51%であり、その理由として日常的な関わりが影響していることを示すものであった(図2)。 図1 家族の関係がよくない(悪い)と感じる理由 図2 就職活動・就労について相談しにくい理由 アンケート結果は、当事者の就労支援において、家族関係も考慮する必要性を再認識するものとなった。 3 ケース概要と初期経緯 Aさん:30歳代 男性 自閉スペクトラム症(以下「ASD」という。) 両親と同居 独り子 Aさんは、専修学校卒業後、障害クローズにて金属加工会社へ正社員として就職。しかし、現場の仕事にうまく適応できず、部署異動を繰り返す。「自分はダメな人間だ」と落ち込む度に、周囲からは「気持ちの問題」「もっと頑張れ」と言われ、さらに自信を失っていった。 しかし、親に知られると「叱られる」「見捨てられる」との思いから、その状況を一切話すことができなかった。 やがて出勤前には、締め付けられるような胸の痛み、手足の痺れ、運転中の見当識の異変が現れるようになった。就労の継続に不安を感じ、当所への相談に至る。 就労中だったため、当初は電話相談にて対応していたが、入電はほぼ毎日と頻繁になり、内容も緊迫性を帯びてきたため、電話対応に限界を感じ来所を勧める。 初回面談では「辛い」「このまま消えたい」と繰り返している状態。危機介入の必要性を感じ、本人の了承を得て母親に連絡し状況を説明。医療機関Yへ繋いだ。受診の結果、うつ病と診断され休職となるが、Aさんは頻繁に来所しては「苦しい」「親に見捨てられる」と繰り返す状況であった。「求人を持って帰れば親に何も言われないかもしれない。」と求人票を持ち帰る状況が続いた。 4 親に対するアプローチの必要性について Aさんとの面談を進めるに従い、状況悪化の背景に、親の関わり方が影響しているのではないかと思われた。 実際、今回のメンタル不調、休職・離職に関しては、「怠けている」「粗大ごみ」「働かないなら出ていけ」等の発言や、「無職の人に出す食事はない」と家族団らんの場面から排除する言動もあったという。 また、ASDの診断については、「うまくやれないことへの言い訳だ」と言われ続けていると悩んでいた。 このような状況から、Aさんの安定した生活、就労を支援するためには、Aさんのみならず両親に対しても相互理解を求める必要があると考えた。Aさんの現状を適切に理解し、お互いの関わり方に対する課題の気づきを促すことを目的とし、医療機関Y、各支援機関と連携しながら親に p.59 対するアプローチを含めた支援を展開するに至った。 5 親に対するAさんの課題と就労に対する影響 Aさんとの面談、医療機関Yとの情報共有により、親との関係性について次の点が主な課題として浮彫になった。 ①「親の価値観」を最優先し自己決定できない。 ②失敗は「親の期待を裏切ること」という歪んだ認知。 ③家庭に安心できる環境がなく不安状態に陥りやすい。 ④自分の気持ちや考えを整理して伝えることが苦手。 ASDの障害特性と相まって、これらのことが、「親に本音を伝えることができない」という、最も重要な課題を生じ、就労の安定を損なうことに繋がっていると思われた。 6 支援経過とAさんおよび両親の変化 (1) 親の意見を最優先に行動する時期 ・Aさんの経過:休職→復職→再休職→転職(特例子会社) ・親:療養が必要な状態に対する理解がない。主治医の意見に反論してでも復帰・転職を急がせる。 ・Aさん:「家に居場所がない」と頻繁に来所する。「本当は家で休養したい」と言えず、親に従って復職・転職する。結果として体調の悪化を繰り返す。 ・SP:両親と面談。仕事のミスマッチが心身不調の一要因であること、十分な療養が必要であること等説明するも、理解を得ることはできなかった。 ・連携:「栃木障害者職業センター」職業評価の実施。結果説明に母親出席。障害者職業カウンセラーより障害特性と職業適性について説明。母親は、その内容には納得していたが、特性に適した就労を考えるという理解には至らなかった。 「医療機関Y」ケース会議実施。両親出席。主治医と連携し、安心して療養できる家庭環境の必要性と重要性について理解を求める。 ・結果:母親は徐々に状況を理解する。父親は変わらず。 (2) 自己主張ができるようになった時期 ・Aさんの経過:退職→療養→デイケア利用 ・親:母親は療養に理解を示すようになる。父親も「いつ働くのか」と言いつつ、以前ほど批判はしないとのこと。 ・Aさん:「家にいやすくなった」と心身は徐々に安定。しかし、父の言動に「元気になってきたのに家にいて申し訳ない。でもまた失敗するのが怖くて働けない」と自責と葛藤が生じる状況。辛くなるとハローワークに相談来所。 ・SP:自分の気持ちや考えを自ら親に伝えられるよう支援。また、社会復帰への不安軽減目的に、デイケアの利用を主治医に相談してみるよう促す。 ・連携:「医療機関Y」ケース会議実施。両親出席。主治医、医療スタッフと連携し、スモールステップの重要性とデイケア利用の必要性について理解を求める。 ・結果:父親は「動ける状態なら働くべき」と反論したが、Aさんは「今の僕には準備期間が必要」と両親にデイケアを利用したいと主張。話し合いの中で、父親は「親の期待が破綻して、息子が置かれている現実を突き付けられた気がした」と述べていた。 (3) 自ら意思決定し自立する時期 ・Aさんの経過:就労継続支援B型事業所→就労継続支援A型事業所(以下「A型」という。)→グループホーム入居。 ・親:母親は、A型やグループホームの見学に同行する等Aさんを支援するようになっていった。父親は離職状態に不満が募り、「働かないなら出ていけ」と言い始める。 ・Aさん:周囲と相談しながら自発的に行動することができるようになる。母親との関係に安心感を得て体調は安定を維持。自己理解も進み、自分の状態に合わせ就労へのステップを踏んでいくことができるようになる。 ・SP:Aさんの自己決定に向けた相談支援、後押し。 ・連携:「医療機関Y」主治医、医療スタッフとの情報共有。就労支援の方向性についての意見交換。 「障害者就業生活・支援センター」生活と就労について一体的なサポートを得るために連携を開始。情報共有。 ・結果:Aさんは母親と良好な関係を継続できており、SPから親に対するアプローチは必要がなくなっていった。 A型就労は2年目となり安定。グループホームへの入居を自分の意思で決定し、親からの自立という自己実現を果す。実家での居心地も良いと語り、今得られている安心感が就労も含む生活全般の安定に繋がっていると考える。 7 まとめ 当初は、Aさんに対する親の関わり方は一方的であり、理解を求めることは困難に思えた。しかし、私たちの介入を拒否しない様子に変容の可能性を感じ、アプローチを続けていった。そして、Aさんの「転機」を捉えて親への介入を図り、状況に応じて必要な機関と連携しアプローチを重ねた結果、段階的に相互理解が進むことに繋がった。 長い年月をかけ形成された家族関係に介入することはとても難しく、この事例のように、双方の変容に合わせた粘り強い支援が必要であると考える。 医療機関Yおよび今回本報告を行うにあたり家族関係のアンケート調査に協力いただいたXの医師は、ともに「生きづらさを抱える発達障害者にとって、安心できる場所(家庭)があることは、自分が存在してよいという認知に繋がる。安定した社会生活の基盤として、本人と同じ目線で一緒に考えてくれる家族の存在がとても大切である」と述べており、発達障害者が安心して相談し、就労の安定を継続していくためにも、家族関係を視野に入れた支援はとても重要であると考える。 p.60 企業がインクルーシブな障害者雇用を進める為に障害者雇用相談援助事業ができること ○片桐 さおり(特定非営利活動法人コミュネット楽創 障害者雇用相談援助事業担当) 北川 十一(特定非営利活動法人コミュネット楽創) 1 はじめに 特定非営利活動法人コミュネット楽創(以下「コミュネット楽創」という。)は働く希望を持っていれば障害種別を問わずすべて支援対象とし、IPSモデルに準拠した就労移行支援事業所を2か所と札幌市の委託を受けた「就業・生活相談支援事業」(市単独のナカポツ)を運営している北海道札幌市で20年以上活動している特定非営利活動法人である。 2024年に新設された障害者雇用相談援助事業(以下「相談援助事業」という。)の認定事業者として北海道労働局より認定を受け、これまで行ってきた職場開拓とは異なる、障害者雇用を行う企業を支援する事業を開始した。 今回、長く、障害者の「仕事のある人生」を応援してきたコミュネット楽創が企業のインクルーシブな障害者雇用を手助けするために、相談援助事業に取り組んだ背景と実施状況を報告し考察する。 2 障害者雇用相談援助事業に取り組んだ背景 (1) コミュネット楽創 コミュネット楽創は、設立経緯もあり精神障害者、発達障害者の利用が多数を占めるが知的障害者の利用も多く、障害種別を問わず支援を行っている。IPSモデルに準拠した個別の希望に合わせた就労支援のため、障害者求人、一般求人にこだわらず、興味、関心のある求人にアプローチする求職活動支援、職場開拓を行い、就職者の約50%が障害者求人以外の求人に障害オープンで就職している。 また、就職前の準備訓練よりも働く中で必要な知識や経験をどのように身につけていくかの支援を重視し、実際の仕事の中で業務能力を確立していくように、就職直後から障害者のみならず可能な限り雇用した企業との関係づくりを行っている。そのため、普段から職場開拓を含め一般企業とのやり取りは頻繁に行っている。 (2) インクルーシブな障害者雇用をめざして 障害者雇用率の上昇もあり2024年度の障害者雇用は22年連続で増加し、実雇用率も2.41%となっている1)。働く障害者が増える中で特例子会社等、障害者だけの職場、活躍しやすい職場など仕組みも増え、最近では障害者雇用代行ビジネスの話題やSNSの広告を目にすることも多い。しかしこれらは、資金や資源が潤沢な大企業などの活用が多く、リソースが限られる中小企業には活用しにくいことは想像に難くない。 実際に、企業と話をすると「単純作業」「業務の切り出し」という言葉が頻繁にきかれ、障害者雇用には「障害者だけの特別な仕事や枠」を準備することは中小企業では難しいとの声があがる。しかし、障害者が能力的にすべて健常者に対し不利なわけでもなく、場合によっては健常者以上の力を発揮する者もいる。また、すべての障害者がそのような特別な環境や仕事を求めているわけでもない。 この相談援助事業は特例子会社等の持つ障害者雇用のノウハウを中小企業等へ活用させるために創設された事業である。その意義を考えると、CSRとしての障害者雇用だけではなく「人材戦略」として、共に働く人を求めている企業と、自身の力を発揮して働きたい障害者を結ぶインクルーシブな障害者雇用が重要であろう。 3 コミュネット楽創での相談援助事業の実施状況 2024年6月21日北海道労働局より認定を受け、同年7月1日より札幌市および札幌近郊を対象エリアに事業を開始したが、エリア外の企業の希望から2カ月後には全道に拡大した。事業実施者として当法人の就労移行支援事業所で最も職場開拓に精通した職員を異動・配置した。 当初は、事業初年度ということもあり、事業・制度認知が低くハローワークにおいても知っていたのは一部に限られ、障害者や企業との接点が多い窓口の職員は全く知らないというような状況で、協力が得られないことも多かった。また、企業の障害者雇用状況の情報が入手できず、企業へのアプローチは、雇用率達成状況などの確認も含め、手当たり次第に架電することから始めた。次に札幌市内で頻繁に行われていた一般の合同企業説明会へ行き、主催者の許可を得て出展企業に説明の機会創出を依頼した。その結果、対面で採用担当者と話せることもあり企業訪問と詳細説明の機会が格段に増えた。一方で北海道労働局の後援等があるイベントであっても主催者から入場を断られることも多く、事業の認知の低さが障壁となった。 また、厚労省や労働局のHPを見ても、認定事業者への説明資料はあっても、利用企業に対して説明資料はほとんどなく、企業への説明に苦慮したため、独自にフライヤー(図1)を企業への説明および周知広報のため作成し、ハローワーク等各所へ配架した。 p.61 それらの結果、2024年度は230社に事業を説明し、詳細説明や訪問に至ったのは102社。内9社が事業利用を希望し、求人発行は1社であった。 図1 障害者雇用相談援助事業フライヤー すべてが手探りの中、企業へ接触を図り事業説明を行う際には障害者雇用の現状にとどまらず、人材採用や育成、経営の困りごとを伺うなど信頼関係の構築に努めた。利用に至っていない中でも、すでに雇用している障害者について相談や情報を求められることもあった。 手続きに時間がかかる中で、事業利用を希望していたが繁忙期を避けて再度接触したところ企業の担当者が異動や休職などで連絡不能となり後任者への引継ぎもなく、事業利用そのものがなくなることもあった。また、担当者と合意できても、障害者雇用や事業利用を承認、決裁をする本社機能が北海道外や、道内でも200km以上離れているなど北海道ならではの地理的事情により事業利用に至らないこともあった。中には、相談援助を行う中で、その企業の現在の求人・雇用関係の手続きに法的な問題があることを指摘したことで障害者求人の作成を中止した企業もあった。 4 考察 手探りでの挑戦ではあったが、事前に想定した以上に受給資格認定や助成金の支給決定に苦慮した。相談援助事業の活用しにくさは個別事案ではないと思われ、実際に認定事業主となったものの障害者雇用相談援助事業計画書の策定や受給資格認定書の提出に至ったのは4割に満たず、さらに受給資格認定を得たものの、助成金の支給決定にまで至った数は1/5程度にとどまっている2)。 これらの件を踏まえ相談支援事業について考察する。 (1) 制度の課題 本事業の対象は障害者雇用ゼロ企業を含めた法定雇用率未達成企業であり、多くは中小企業である。そしてその中小企業は「人手不足」にあえいでいるが、障害者雇用が進まない理由も人員管理、体制管理をする「人手不足」であることが多い。 そのため、事業説明で障害者をいずれ企業で活躍する人材として雇用すること、そのための相談援助であることを伝えると前向きになる企業は多かった。しかし相談援助事業は、ヒアリング・計画策定から承認を得て相談援助が可能になるまで最短でも1カ月以上かかり、そこから求人票を作成し、採用活動を経て雇用するまで含めると企業の求めるスピード感とずれていると考えられた。人材確保は企業規模が小さいほど急務となる事が想像され、実際に計画の承認がおりる前に必要に迫られ求人を提出した企業もあった。 (2) 事業の構造上の課題 相談援助事業では、利用契約締結前にかなり踏み込んだ企業情報をヒアリングする必要があり、責任所在の不明確さと警戒感から、利用を控えることが考えられる。 同様に、認定事業者が採用6カ月経過後の助成金申請をする際には、障害者の雇用契約書、雇用保険被保険者番号、6カ月間の出勤簿などの取得と提出が求められる。本来、従業員のこれらの情報は、企業が管理する個人情報にあたり、雇用主が自社従業員の書類を提出するのとは違い、認定事業者が雇用関係にない個人の書類を扱うこととなっている。これはともすると「障害者雇用」の偏見を助長するリスクにもならないだろうか。 2点とも障害者雇用をするための事業でありながら、相談援助を行う認定事業者が申請する助成金事業という構造から生じたものであろうが、昨今の社会状況を考えると改善していく必要があるのではないかと思われる。 5 まとめ 相談援助事業は始まったばかりであり、課題には事業初年度ならではの認知の低さや整備不足があった。当法人の実践でも、前触れなく申請書類の書式が変更されるなど対応に苦慮している。しかし中小企業こそインクルーシブな障害者雇用を進める必要があり、本事業が有効な手立てとなりうるよう進めていきたい。 【参考文献】 1) 令和7年版障害者白書.内閣府HP,P64 https://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/r07hakusho/zenbun/pdf/s3-2.pdf 2) 第5回今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究,P14 https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/001484940.pdf p.62 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究 結果報告 -第8期調査最終期 経時的変化の分析結果から- ○稲田 祐子(障害者職業総合センター 主任研究員) 武澤 友広・堀 宏隆・田川 史朗(障害者職業総合センター) 野口 洋平(元障害者職業総合センター) 1 背景と目的 障害のある労働者は、年齢を重ねることで、就業・生活の実態がどのように変化するのだろうか。 本調査研究は、2008年度から2023年度までの16年間、2年ごとの8期にわたって多様な障害者を対象に長期縦断調査(パネル調査)を実施したものである。単純集計等により職業サイクルの全過程にわたる状況を把握し、企業における雇用管理の改善や障害者の円滑な就業の実現に関する今後の施策展開のための基礎資料を得ることを目的としている。 なお、本調査研究における「職業サイクル」とは、誕生から死亡に至るまでの「ライフサイクル」になぞらえ、職業人生における労働者の就職、就業の継続、休職や復職、離職や再就職、キャリア形成、そして最終的な職業人生からの引退に至る多くの労働者に共通する経験の全体を捉えた造語である。 2 調査研究の方法 (1) 本調査研究の対象 本調査研究の調査対象者は、視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、内部障害、知的障害、精神障害のいずれか、またはこれらの重複障害があり、調査開始時点での年齢は、下限を義務教育終了後の15歳、上限を概ね55歳とし、企業や自営業で週20時間以上就労している者とした。当事者団体等、障害者を多数雇用する事業所、職業リハビリテーション機関の協力を得て募集を行い、調査開始時に登録した1,026人に第3期に241人を加えた1,267人が対象者である。 この調査対象者を、職業人生の開始から年月の浅い若年期の者(調査開始時点で40歳未満)への「職業生活前期調査」と、一定の就業経験を持つ壮年・中年期の者(調査開始時点で40歳以上)への「職業生活後期調査」に分け、それぞれ2年ごとに職業サイクルを把握することを目指した。 なお、登録者は、離職しても、その後のキャリア形成の状況を確認するため、継続的に調査対象とした。 (2) 調査の内容及び実施方法 障害のある労働者の職業サイクルについて、就業状態や職種等の外的な状況だけでなく、内面的な職業の意義や満足度からも捉えるとともに、合理的配慮の提供や地域支援の状況、また、結婚や子どもの誕生、家族状況の変化等のライフサイクル、さらに、社会情勢の大きな変化等との密接な関係によるものと捉え、総合的な調査内容とした。原則として第1期から第8期まで共通の内容を調査したが、一部、隔回の質問項目があり、また、法制度や問題意識の変化等による項目や選択肢の変更・追加も行った。 3 調査研究の内容 (1) 障害のある労働者の職業サイクル全般の単純集計 本調査が、パネル調査であることの大きな利点は、一人一人の障害のある労働者の職業生活が年齢や時代とともにどう変化してきたのかを追跡して俯瞰することができることである。 また、一般に労働者の職業サイクルは、年齢による一般的な傾向だけでなく、出生年代による特徴を有することから、個々人を超えた一定の傾向を明らかにするため、調査回答者を出生年代(以下「世代」という。)に分けて、それぞれの世代(①1983~1992年度生まれ、②1973~1982年度生まれ、③1963~1972年度生まれ、④1946~1962年度生まれ)の経時的変化を追跡することにより、世代別の職業サイクルの特徴を明らかにする分析を実施した。 4 結果 (1) 世代別、障害種類別の職業サイクルの特徴 職業生活の様々な局面における障害者の状況を分析したところ、以下の傾向がみられた。 就労率は、どの世代も男女で顕著な違いはなかったが、1946~1962年度生まれにおいては、就労率が低下傾向に変わる節目が、男性が第5期、女性が第7期と差があった。これを障害種類別で見ると、1973~1992年度生まれは、精神障害だけで第3期や第7期から第8期にかけて就労率が低下しており、1946~1972年度生まれは、特に肢体不自由と精神障害について、低下の程度が顕著であった。就業形態は、 1963~1972年度生まれは他の世代よりも正社員が多く、給与が高いなど世代間の違いも認められた。 職種は、視覚障害では「医療や福祉に関わる仕事」の割合が5~6割、肢体不自由及び内部障害では「事務の仕事」の割合が青壮年期で6~8割、知的障害では「清掃やクリーニングなどのサービス業」や「ものを作る仕事」の割合がそれぞれ3~4割と、比較的高かった。 p.63 図1 4世代を重ね合わせた就労率の経時的変化(グラフ横軸は年齢範囲の中央値を示す) (2) 障害者にとっての職業の意義 障害者にとっての職業の意義を分析したところ、 働いていたい年齢が調査期を経るごとに上昇する傾向が見られた。また、 仕事をする理由として当てはまる度合いが調査項目の中で最も高かったのは「収入を得るため」であり、その傾向は世代や年齢によって変わらなかった。一方、仕事の満足度は「給料や待遇」が調査項目の中で最も低かった。 (3) 職場での理解や配慮 2016年に「合理的配慮」の提供義務化等を内容とする改正障害者雇用促進法が施行されたことの影響を見ると、法律施行前の第4期に職場において「理解や配慮がない」と回答した割合は22%であったが、施行後の第5期においては、そのうちの約半数となる12%は新たに何らかの「理解や配慮がある」と回答した。 (4) 職業生活と関連するライフイベント ライフイベントとの関連を見ると、世代別では1973~1992年度生まれは結婚している者の割合がゆるやかに上昇しているが、障害種類別では知的障害者は結婚している者や子供がいる者の割合が低かった。また、いずれの世代、障害種別においても、誰かと一緒に暮らしている者の割合が高くなっていた。 5 考察 今回の調査で明確になったのは、障害のある労働者における就職、職場定着、合理的配慮の提供といった職場環境の変化、ライフイベントといった職業人生における経験の具体的な状況である。このような「障害者の職業人生」における変化への適応を支えることの重要性を示すことができたことが、本調査結果の意義と考える。 一方、今回の結果はあくまで単純集計による結果であり、職業生活の状況と職場や地域の状況との相互作用についての分析を行っていないことに特に注意が必要である。障害者の様々な状況は職場や地域の状況との相互作用によるものであり、大きな幅があるものである。障害者を取り巻く職場や家庭その他の状況は、今後の就労支援の整備によりますます改善されるべきもので、今回の結果は、今後の改善に向けた課題を示すものにすぎない。今後、これらの各要素の相互作用を詳しく分析することにより、障害種類や年齢、世代等の固定的な要因に限定されず、障害のある労働者が多様な仕事や働き方で活躍し、職業生活の希望を実現し、職業生活の質を上げるための方策を明らかにすることが重要である。 p.64 人の成長と可能性を信じ、働き続けたいと感じる職場作りを目指したチーム運営 ○小林 勲(ボッシュ株式会社 人事部門業務サポートセンター マネージャー) ○江口 浩(ボッシュ株式会社 人事部門業務サポートセンター) 1 はじめに (1) 業務サポートセンターの組織について ボッシュ株式会社は、主に自動車の様々な部品とシステムを開発・製造している会社である。その中で我々業務サポートセンター(以下「BSC」という。)は、2017年に人事部門のひとつの課として設立された障害者雇用専任チームである。採用は発達障害を含む精神障害者に特化しており、現在は埼玉県と神奈川県に4チーム、計38名の障害者が働いている。仕事は社内の色々な部署から委託された業務を行っている。私、小林は家族の精神疾患をきっかけに2019年、ブレーキ開発部門からBSCへ異動、2021年からマネージャーとしてBSCのマネジメントを行っている。 図1 BSCの理念と方針 (2) 課題と働くことの意味 BSCで働く従業員は年齢もバックグラウンドも様々であるが、ある割合の人たちに似ている部分があることを感じていた。「自己肯定感が低い」「ミスを怖がるあまり完璧を追求する」「会社での自分の居場所を常に探す」。真面目に仕事をしているので「良く出来たね、ありがとう」と伝えても、「自分はまだダメだ」「周りに認めてもらえるような成果が出せていない」「自分はBSCにいないほうがいいのか」というネガティブな思考に陥る人がいる。仕事とは収入を得ることだけでなく社会に貢献することであり、周りの人たちとお互いの存在を認め合い共に生きる力を共有する活動である。 仲間と一緒に達成感を味わってほしい、働くことに対してやりがいを感じてほしい、そして共に成長してほしい、とBSCに来た当初から考えていた。そんな時、ITスキルとリーダーシップを持っている江口と出会い、江口と組めば実現できるかもしれないと考えた。本日の発表は江口と小林が実践の場でチャレンジしているチーム運営の発表である。 2 Automation業務チームでの育成実践 (1) 自主勉強会からスタート Automation業務チームの出発点は2022年に立ち上げた「Automation自主勉強会」である。BSC内でITスキルを身に着けたい有志を募り、月1回のペースで開催している。内容はExcel関数・マクロ・RPA(Robotic Process Automation)などを取り上げている。近年は生成AIも対象としたことで、参加者のすそ野が広がり、リスキリング・アップスキリングの場として活性化している。この自主勉強会では先生・生徒という関係を作らず、参加者同士が対等な立場で知識や学んだ事を共有し合う場とした。それぞれの得意分野や経験を持ちより、リスペクトしながら学ぶ関係性を意識して運営している。約2年が経過し、参加メンバーのスキルが確実に向上してきたことを受け、継続的な学びの成果をBSC内外の業務効率化や業務品質向上に貢献すべく「Automation業務チーム」を正式に立ち上げることにした。 (2) チームの育成方針と運用 Automation業務チームの目的のひとつはチームメンバーの人材育成である。メンバー一人ひとりが組織の中で戦力として成長することを目指した人材育成に取り組んでいる。 図2 チームの目標 図2に示す通り、キーワードは「挑戦」「自律」「歓働(かんどう)」の3つである。「挑戦」は新たな技術や難易度の高いタスクへの前向きな姿勢、「自律」は主体的に考えて動く力、「歓働」は“働くことで感動と歓びを得る”という価値観を表したBSCの造語である。 p.65 この育成方針は、1年単位のPDCAサイクルで構成している。年初に各メンバーは具体的な年間目標を自主的に設定し、6月に中間見直し、11月に成果の発表と振り返りを行う。目標は個々の関心や強みに合わせて自由に設定でき、必要に応じて支援を行いながら、自律的な行動を尊重している。11月に開催するAutomation業務チーム成果発表会では、各自が取り組んだ開発や活動、学びの成果を15分程度で発表する。発表を通して自己の成長を振り返るとともに、チームメンバー同士の理解や、チームワークを再認識する機会にもなっている。 (3) 業務改善プロジェクトにおける育成 Automation業務チームのもう一つの柱は「BSC業務改善プロジェクトの推進」である。これはAutomation勉強会で向上したスキルを活用し、マクロ・VBA・Power Automateなどで自動化ツールを開発し、BSC全体の業務品質と業務効率の向上を狙った活動である。下の図3はBSC内の業務に対するツール開発件数とBSC以外の部署(事業部)から依頼されたツール開発件数である。 図3 ツール開発実績 このプロジェクト活動においても人材育成的な観点を重視して活動している。プロジェクト開始時に「チームワーク」「達成感」「プロジェクト経験」「コミュニケーション」「自己発信」などの期待効果を明確にしてメンバーに共有した。そして各開発工程で、期待効果を意識した声掛けとサポートを継続した。その結果、BSCの通常業務では得がたい「チームで1つの目的に向けて協働すること」や「それぞれの役割を果たしながらプロジェクトを推進すること」の経験になり、仕事としての目的意識をしっかり持ちながら、自らの成長をも実感できる活動となった。 このように業務改善という実務的な問題解決と、メンバーの人材育成を両立させるチーム設計は、企業における職業リハビリテーション実践のひとつであると考えている。 (4) 活動成果 内面の変化が大切 ツール開発や業務支援依頼がBSCの内外から寄せられるようになり、チームの信頼感と存在感が高まってきている。更に注目すべきはメンバーの内面的な変化である。以下はメンバーの声である。 •自分の作ったツールが実際に使われているのが嬉しい •わからないことを素直に相談できる環境が安心 •仲間と支え合いながら取り組むことにやりがいと達成感を感じる •最初は不安だったが、日々の業務を通じて技術やマネジメント、対人面でも成長を実感する •人前で話すのは苦手だったが、初めて自分の言葉で成果を伝えられた これらの声は、育成と支援の取り組みがメンバーの実感を伴う形で成果に繋がっていることを示しており、業務経験を通じた多面的な変化がうかがえる。自分の仕事に対し誇りや自信を感じる機会が増え、自分の仕事が役に立っているという実感を持ち、チームの一員としての所属感や働く意義への理解が深まっている。 単にスキルを伸ばすだけでなく、自身の存在価値を意識し、キャリア意識を育てていくことにもつながっている。これはまさに、職業リハビリテーションの本質「働きながら育ち、活躍の場を広げていく」ことに通じると考えている。 3 まとめと今後の課題 私たちの取り組みは、障害のある従業員を戦力として育成し、活躍の場を広げていくという職業リハビリテーションの実践の一例だと考えている。従業員一人ひとりの強みや可能性を活かす仕組みを整えることで、仕事への意欲や働きがいが生まれてくる。自ら目標を設定し、学んだことを業務に活かし、その成果を発信できるようなプロセスを積み重ねることで、結果的に自らの力で居場所を作り、自己効力感を育て、就労の安定にもつながると感じている。 今後の課題は、ITが苦手な人たち、IT以外の仕事をしている多様な人たちにチーム活動でのやりがいと達成感を感じてもらえるような横展、新たな仕組み作りである。支援者として手を差し伸べるだけでなく、共に並んで進むという関係性を大切にしながらこれからも取り組みを続けていきたい。 p.66 就労移行支援事業所における当事者研究の実践 ~ワクワク当事者研究プレゼン大会~ ○池田 貴弥(一般社団法人キャリカ 職業指導員) ○田中 庸介(一般社団法人キャリカ) 松岡 広樹(一般社団法人キャリカ) 1 背景と目的 当事者研究は、精神障害がありながら暮らす中での生きづらさや体験(いわゆる問題や苦労、成功体験)を持ち寄り、それを当事者自身が研究テーマにする。生きづらさの背景にある経験、意味等を再構成し、ユニークな発想で、仲間や関係者と一緒になってその人に合った自分の助け方や理解を見出していこうとする研究活動としてはじまった1)。当事者である熊谷2)はその当事者研究を「人に理解されない病気の苦労を長年抱えてきた仲間」「専門家による描写や言説をいったん脇に置き、他者にわかるように自分の体験を内側から語る作業を続けている仲間」と表現している。 令和6年障害者雇用状況の集計結果3)によると民間企業における雇用障害者数は過去最高の約67.7万人と報告されており、全ての障害区分における雇用率が増加している。この背景には、就労系福祉サービスから一般企業への就職者数の年々増加がある。平成15年度は1,288人が福祉サービスを経て一般就労しており、令和5年度にはその20.6倍である約2.7万人が一般就労への移行を実現している。 しかしながら、多くの障害者が一般就労を果たす一方で、精神障害者の離職率の高さが報告されている。主な離職理由としては「労働条件があわない」「業務遂行上の課題あり」「障害・病気のため」が上位に挙がっている4)。 このような現状においてキャリカ草加(以下「当事業所」という。)では、離職の要因が障害受容とリカバリーが関係していると想定し、当事者研究を導入している。利用者が一般就労を目指すという共通目的のもとで当事者研究に参加し、取り組む過程の中でリカバリー、障害受容が促進されることで、自分らしい働き方、生き方を模索できるよう支援している。なおリカバリーとは回復と訳されるが、ここでは精神障害者が以下を回復するプロセスを意味する5)。①他者とのつながり、②将来への希望と楽観、③気づき・自分らしさ、④生活の意義・人生の意味、⑤エンパワメント。 当事業所の当事者研究では、生活上の困りごとや繰り返しがちなパターンに対して、「研究」の視点から仲間とともに見つめ直し、時には専門職と連携しながら自己理解と対処法の発見に取り組む。特徴として、「苦労の分かち合い」を大切にしながら、ユニークな自己表現をするスタイルを重視している。個別の課題を「いつも繰り返してしまうパターン」と捉え、参加者同士がチームを組んで演劇や朗読、手拍子などを通して表現する。そうすることで参加者一人一人が主人公として自らの経験を他者と共有し、共感と笑いの中で障害受容とリカバリーの実感が育まれていく。 また、当事者研究で重要とされる「ひと」と「こと」の切り離しや、「自己病名」を付ける手法も取り入れている。自己病名をキャラクター化することで、それを自分の一部と外在化し共存しつつも、少し距離を取って冷静に見つめ直すことが可能となる。 本実践では成果よりも過程に注目しており、当事者同士の経験の共有から生まれる小さな「わかってもらえた」「繋がれた」というリカバリーの実感やユニークな対処法や意味づけを重視している。このような分かち合いを通してひとりひとりの前向きな変化となる。 本発表の目的は、当事業所における「当事者研究」の実践で得られた気づきや学びを調査し、就労移行支援事業所で実施する当事者研究の可能性を提案する。 2 方法 (1) 研究対象について 本研究対象者は当事業所を利用している自立訓練利用者7名、就労移行支援利用者9名、計16名を対象とした。 年齢層は20~30代 8名、30~40代 0名、40~50代 4名、50~60代 4名。障害種別は精神疾患10名、発達障害4名、知的障害2名。調査時期は2025年6月~現在進行中となっている。 (2) 当事者研究のグループ分けについて グループ分けについては、診断名、本人が持つ困り感を基に支援者間で検討し、1グループあたり5名程度の構成とした。 (3) 当事者研究プログラムについて 当事者研究のプログラムでは、参加者の心理的安全性を高める事から始める。毎講座開始時には緊張をほぐし参加者が打ち解けるきっかけを作ることを目的とし、軽い気持ちで参加でき自己表現を行いやすくする意図のもとアイスブレイクを30分程度実施している(表1)。 プログラムでは、べてるの家の当事者研究の理念を毎講座にて1つずつ事例を基に紹介し、理念、概要を深めたの p.67 ちに当事者研究ワークシートを通して自身の経験を振り返り、整理する時間を設ける。 毎回のプログラムは個別ワーク→ペアワーク→グループワークの流れで実施され、最終的には共に地域に暮らす人たちも参加可能なワクワク当事者研究プレゼン大会を開催し、「人づくり」だけでなく「地域づくり」も意図した構成となっている。 表1 実践記録・内容 図1 地域コミュニティーセンターでのワクワク当事者研究プレゼン大会発表の様子 図2 事業所内における当事者研究風景 3 プログラムの評価方法・尺度 本研究では、回復の主観的側面を評価するために、RAS(Recovery Assessment Scale)の日本語版24項目版6)を使用した。回答は5段階リッカート尺度(1=まったくそう思わない ~ 5=とてもそう思う)。また、当事者研究参加者へのインタビューやアンケート調査も実施している。 4 今後について 本原稿作成時は調査結果が出ていない状況であるが、発表当日には一定の成果が出ている。当日の発表では当事者研究参加者のリカバリー、障害受容における変化を質的、量的に報告し、就労移行支援事業所で実施する当事者研究の可能性を提案したい。 【参考文献】 1)綾屋紗月, 熊谷晋一郎『つながりの作法』,NHK出版生活人白書(2010) 2)熊谷晋一朗,綾屋紗月,上岡陽江,松﨑丈『当事者研究をはじめよう(臨床心理学 増刊第11号)』,金剛出版 (2019) 3)厚生労働省『令和6年 障害者雇用状況の集計結果』(2024) 4)障害者職業総合センター『障害者の就業状況等に関する調査研究』「調査研究報告書 NO.137」 (2017) p.34 5)国立精神・神経医療研究センター『地域精神保健・法認定研究部リカバリー(Recovery)第4回改訂版』(2021) 6)千葉理恵,宮本有紀,川上憲人『地域で生活する精神疾患をもつ人の, ピアサポート経験の有無によるリカバリーの比較』「精神科看護 38(2)」(2011)p.48-54 【連絡先】 池田 貴弥 一般社団法人キャリカ キャリカ草加 ikeda@careco.or.jp p.68 特例子会社で働く精神障がい者が語る“働き続けたい職場” -働きやすさを支える職場環境の要因とは- ○福間 隆康(高知県立大学 准教授) 1 はじめに 2024年6月1日現在、精神障がい者の雇用者数は前年対比15.7%増と伸び、特例子会社も614社・雇用者50、290人に拡大している1)。就労機会は広がる一方、精神障がいのある従業員については勤続の短さや離職のしやすさが指摘されており、依然として重要な課題である。 離職の背景には、健康状態、対人関係、業務遂行、労働条件など複数要因が絡み合っている2)。雇用継続には合理的配慮に加え、ナチュラルサポート(職場の同僚や上司が日常的に行う自然な援助や配慮)が欠かせない3)。さらに、上司の支援は従業員の組織コミットメントを媒介して定着を促すとされる4)。 本稿では組織コミットメント(organizational commitment)を個人と特定組織との継続的関係に関わる心理的状態と定義する。三成分は、情緒的コミットメント(Affective Commitment; AC)=「組織にいたい」、存続的コミットメント(Continuance Commitment; CC)=「いなければならない」、規範的コミットメント(Normative Commitment; NC)=「いるべきだ」と捉える5)。 本研究の目的は、特例子会社で働く精神障がいのある従業員が職場経験や人間関係をどう意味づけ、三成分の組織コミットメントを形成・変容させるかを質的インタビューで明らかにすることである。特に定着と関連の強いACに焦点を置き、三成分(AC/CC/NC)の相互推移や併存も検討する。研究課題(RQ)は以下のとおりである。 RQ1 職場支援および職務経験は、当事者の意味づけにどのようなパターンをもたらすか。 RQ2 その意味づけは、ACの醸成・変容にどのように寄与するか。 RQ3 三成分(AC/CC/NC)は、どのような職場環境・関係性・出来事のもとで相互に推移・共存するか。 本研究の意義は三点である。第一に、三成分モデルに基づく語り指標を整理し、従業員が職場をどのように受け止め、定着につながる気持ち(組織コミットメント)をどのように変化させていくのかを理解する手がかりを示す。第二に、特例子会社という制度・文化的背景の中で、配慮や人間関係が、働き続けたいという気持ちにどう影響するかを当事者の声から明らかにする。第三に、オンボーディング(入社初期の導入支援)、メンタリング(先輩や上司による継続的な支援)、柔軟勤務といった施策と三成分の関係を整理し、現場でそのまま活用できる実務的示唆を提示する。 2 調査対象・方法 対象は特例子会社5社に勤務する精神障がいのある従業員8名である。全員が精神保健福祉手帳を所持し、診断名・等級・職歴・雇用形態・年齢は多様であった(20〜50代、勤続1〜9年)。 企業選定は「障害者雇用事例リファレンスサービス」掲載事例を基盤に意図的サンプリングを行った。所在地、事業内容、障がい者数や精神障がい者比率、親会社の業種が分散するよう配慮した。これにより、組織文化や職務特性の違いがコミットメント形成に及ぼす影響を多面的に捉える構成とした。 調査は2018年3〜6月、各社応接室等で実施した。手法は半構造化インタビューで、1回40〜60分、研究代表者が対面で行った。質問領域は①個人属性、②就業継続、③離転職、④組織コミットメントである。④では、勤続年数とACの関係をタイムライン図(横軸=入社から現在、縦軸=AC 0–10)に記入してもらい、各転換点の出来事・関与者・配慮/制度/職務要因を深掘りした。加えてCCは犠牲感(損得勘定)と選択肢の少なさ、NCは義務感・責任感を確認した。本研究は高知県立大学社会福祉研究倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:社研倫17-72号)。 3 結果 本研究で明らかになったACの時系列的変化は、五つの型に整理された。すなわち、①Uカーブ型(初期に高水準→中期に低下→後期に再上昇)、②Jカーブ型=上昇型(初期に低水準→継続的に上昇)、③逆Jカーブ型(初期に高水準→低下)、④下降型(L型)(高水準で開始→持続的に低下)、⑤上昇安定型(初期に低水準→上昇→高位で安定)である。 対象8名の内訳は以下のとおりである。 ・Jカーブ型(4名:B、C、D、H):役割の拡大、対人関係の充実、適所への配属を契機にACが上昇した。 ・Uカーブ型(1名:A):自己受容の進展や生活基盤の安定がACの再上昇を支えた。 ・逆Jカーブ型(1名:E):承認経験により高まったACが、評価基準の不透明さや契約更新への不安で揺らいだ。 ・下降型(1名:F):業務ミスマッチや負荷の増大により、ACは持続的に低下した。 p.69 ・上昇安定型(1名:G):正社員化や承認経験の蓄積によって、ACは上昇し安定した。 さらに、ACだけでなく三成分(AC/CC/NC)は多くのケースで同時に作用していた。ACが上昇する局面では、CC(雇用の安定・転職コスト認知)やNC(役割遂行・恩義意識)が補完的に強化され、就業継続を後押しした。一方、Fの事例のようにAC・NCが弱まりCCのみが残る場合には、防衛的な就業継続にとどまる傾向が確認された。 以上より、職場支援や役割経験に基づく肯定的な意味づけが、ACの醸成・変容に直接的に関与し、その過程で三成分が状況に応じて推移・共存することが明らかになった。 4 考察 本研究では、ACの推移型ごとに、効果的な施策と関連理論、期待される効果を整理した。以下に各型の特徴と対応を示す。 U型(回復型) 初期の不安を和らげるためには、同僚との共通点の共有、非形式的な交流機会の設計、対話可能な上司関係の構築が有効である。これらは、心理的安全性(psychological safety:誰に対しても安心して意見や考えを発言できる状態)やLeader–Member Exchange(LMX:上司と部下の双方向的な信頼関係の質)を高め、早期にACの基盤を形成する。 J型(上昇型) 業務ミスマッチを早期に発見し、Job Crafting(従業員が主体的にタスクや人間関係を再設計する取り組み)やP-J Fit(個人の能力と職務要件の適合度)を踏まえた再設計・再配置を行うことが重要である。これにより、適合性が回復し、低下したACの再構築が可能となる。 逆J型(上昇後下降型) 初期の成功や承認でACは上昇するが、役割拡大や評価の不透明さによって資源不足に陥りやすい。この場合、計画的オンボーディングを軸に、JD-Rモデル(仕事要求と資源のバランス枠組み)、自己効力感(self-efficacy:自ら行動を遂行できるという確信)、Perceived Organizational Support(POS:組織からの評価・配慮の認知)に基づき、学習機会や裁量の付与など資源を補充することで、離職リスクを低減できる。 L型(下降持続型) 持続的なAC低下を防ぐためには、評価基準の明確化と一貫したフィードバック、および社内外の相談資源の活用が求められる。ここでは、組織的公正(organizational justice:資源配分・意思決定プロセス・対人関係での敬意・情報提供の公正さに関する認知)や社会的支援(social support:困難時に得られる情緒的・実践的支援)の観点が重要であり、CC依存の消極的定着からAC主導の主体的定着への転換を促す。 上昇安定型 サブリーダーといった役割付与や、定期的な承認メッセージの発信が有効である。これにより、自己決定理論(Self-Determination Theory:自律性・有能感・関係性という基本的欲求の充足が内発的動機づけを高める)に基づき、ACの長期的維持とNCによる貢献志向の強化が期待できる。 5 結論 本研究は、特例子会社に勤務する精神障がいのある従業員の語りから、組織コミットメントの推移型を明らかにした。実務的には以下の点が重要である。 ・オンボーディング:入社初期に不安を軽減し、早期に安心感と適応を確立するため、計画的導入と継続的な伴走支援が有効である。 ・メンタリング:評価権限を持たない先輩社員等によるキャリア・心理的サポートを制度化し、職場内で信頼できる相談相手を確保することが推奨される。 ・職務適合と柔軟な再配置:業務ミスマッチを早期に把握し、Job Craftingや適所再配置を通じて、やりがいと成長感を回復させることが定着に直結する。 ・評価運用の透明化:評価基準や契約更新プロセスを明示し、公正で予見可能な制度運用を徹底することが、消極的継続から主体的定着への転換を促す。 付記 本研究は、JSPS科研費(課題番号:18K12999)の助成を受けて実施した。なお、本研究に関連して、開示すべき利益相反(COI)は存在しない。 【参考文献】 1)厚生労働省『令和6年 障害者雇用状況の集計結果』,(2024) 2)障害者職業総合センター『障害のある求職者の実態等に関する調査研究』,「調査研究報告書No.153」,(2020). 3)Corbière, M., Villotti, P., Lecomte, T., Bond, G.R., Lesage, A., & Goldner, E.M., Work accommodations and natural supports for maintaining employment, Psychiatric Rehabilitation Journal, 37(2),(2020),p.90–98. 4)Cakir, F.S., Kucukoglu, I., & Adıguzel, Z., Examination of the relationship of depression and leader support within organizational commitment and culture, International Journal of Organizational Analysis, 32(9),(2023),p.1597–1614. 5)Meyer, J.P., & Allen, N.J., A three-component conceptualization of organizational commitment, Human Resource Management Review, 1(1),(1991),p.61–89. p.70 精神疾患や高次脳機能障害により休職し、職場復帰支援を利用し復職した社員のキャリアに対する考え方の変化 ○八木 繁美(障害者職業総合センター 上席研究員) 齋藤 友美枝(元障害者職業総合センター) 知名 青子・近藤 光徳・宮澤 史穂・浅賀 英彦・堂井康宏(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 障害者職業総合センターでは、令和5年度より「職場復帰支援におけるキャリア再形成に関する調査研究」を実施している。 企業や事業所、支援機関によるキャリア形成を支える取組を、当事者のニーズに合った実効性を伴うものにするためには、当該当事者が、自身のキャリアについてどのように考え、また、企業や事業所、支援機関による取組について、どのように感じたかを明らかにすることが重要である。 そこで、以下の3点を明らかにすることを目的とし、復職した社員へのインタビュー調査を実施した。 ①精神疾患あるいは高次脳機能障害により休職し、職場復帰支援を経て復職した社員のキャリアに対する考え方はどのように変化したか。②どのような要因が復職した社員のキャリアに対する考え方に影響を与えたか。③企業や事業所、支援機関によるキャリア形成を支える取組について、復職した社員はどのように受け止めているか。 本発表では、①②について得られた結果を報告する。 2 方法 (1) 対象者の選定 地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)及び高次脳機能障害者に対する復職支援を実施している支援機関(以下「支援機関」という。)に協力を依頼し、以下の3つの要件を充たす社員が勤務する企業の紹介を依頼した。 ・精神疾患または高次脳機能障害により休職した方 ・当該機関の復職支援を活用し復職した方 ・復職後一定期間安定して就労している方(業務遂行可能で、突発的な欠勤や早退、遅刻が1か月間に複数回ない方) 次いで、地域センター等より紹介された企業に対し、調査担当者より、「企業アンケート調査」への協力及びインタビュー調査に協力いただける社員の紹介を依頼した。 (2) 調査期間 2024年9月から2025年2月にかけて実施した。 (3) データ収集方法 インタビュー開始前に、対象者に対し、研究の目的と方法、調査への協力の任意性、データの匿名化について文書と口頭で説明し、書面による同意を得た。調査方法は訪問またはオンラインによる個別面接で、面接回数は一人1回、1時間とした。インタビュー方法は半構造化面接法とし、調査者用にインタビューガイドを作成した。質問項目には、直接的にキャリアに対する考え方や影響を受けた事柄について尋ねる質問のほか、キャリアに対する考え方に影響すると考えられた項目(例、職歴、転職や休職に至った経緯)を加えた。インタビューの内容はICレコーダーで録音し、逐語録を作成した。その際に、名前や場所などの固有名詞を匿名化した。 (4) 分析方法 事例として報告することとし、逐語録の中から、目的に掲げた3つの視点に結び付く記述を抽出し、可能な限り発言者の言葉を残しながら、事例ごとに項目別にまとめた。 3 結果 (1) 対象者の概要 精神疾患により休職した人が9名、高次脳機能障害により休職した人が3名だった。インタビュー時点での対象者の年齢は、精神疾患が20代1名、30代1名、40代4名、50代3名、高次脳機能障害が30代2名、50代1名だった。精神疾患により休職した人9名のうち4名は、休職回数が2回以上だった。直近の休職までの勤続年数の平均は、精神疾患が19.8年、高次脳機能障害が14.2年だった。復職からインタビュー時点までの勤務月数の平均は、精神疾患が34.0か月、高次脳機能障害が14.7か月だった。 (2) 事例のまとめ  ア キャリアに対する考え方の変化 キャリアに対する考え方の変化を問う質問に対し、仕事上のキャリアについて語った人、生き方を含めたキャリアについて語った人など様々であったが、それぞれが変化について語っていた。 (ア) 精神疾患による休職者 人間関係・コミュニケーションを重視した働き方・生き方への変化に言及した人が4名、健康を優先する働き方への変化に言及した人が3名、等身大の自分の受け入れに言及した人が2名であった。1名(20代の事例)は、「お金を稼ぐためには仕方がないというやらされ感」から、「仕事に関する知識や技術を身につけたい」という考えへ変化をしていた。 p.71 9名のうち7名は、キャリアに対する考え方について変わらない側面があった。それは、入社の動機や仕事のやりがいにつながっていた価値観、仕事に対する責任感であった。 (イ) 高次脳機能障害による休職者 3名ともに、退院後、すぐに復職することを考えていたが、休職期間を経て仕事から健康や家族を優先する価値観に変化していた。一方、会社に貢献したいという思いは変化をしていなかった。 イ キャリアに対する考え方の変化に影響を与えたもの (ア) 精神疾患による休職者  9名のうち6名がリワーク支援による影響を挙げていた。影響を受けた支援内容について言及していた人は4名(重複あり)であり、キャリア講習が3名、アサーションが2名であった。9名のうち2名は、休職期間中の、リワーク支援を含めた様々な経験や人との関わりを挙げていた。 9名のうち1名(20代の事例)は、部署の異動と上司等による助言やフィードバックが影響を与えていた。 (イ) 高次脳機能障害による休職者 3名ともに、疾病をきっかけに自身が考えたことや家族の言葉が影響していた。また1名は、リハビリを受けていたメンバーとの交流により、自社以外の「自分の知らない世界に気づいたこと」を挙げていた。 4 考察 (1) 精神疾患による休職者 気分障害等の精神疾患は、その再発率の高さ等から、症状を抱えながら生きることを学ぶ必要があり1)2)、働き続けるには、健康な自分から、病気と共に働き生活をする自分へとアイデンティティを再構築することが必要だと言われている2) 事例の語りからは、リワーク支援における様々なプログラムを通じて、それぞれが休職に至る経過を振り返り、疾病に対する知識や自身に対する気づきを得、再発防止策を検討する中で、自分がどう働き、生きていきたいかという考えが影響を受けたのではないかと推察された。 また、9名のうち3名は、リワーク支援での経験を活かし、後輩をサポートするという役割を担っていた。3名のうち1名は、講習で学び、かつメンバーの考えを聴いたことで「昇進だけがすべてではないと思うようになった」と述べていた。これらの語りからは、リワーク支援でのメンバーとの関わりにより気づきを得た体験が「同じ疾患を持つ人の助けとなるような行動」につながっているのではないかと考えられた。 一方、本調査における複数の事例が、価値観の変化を語りつつも、変化をしていない側面に言及をしていた。 野田3)は、精神疾患により休職し復職をした個人が、病を通して自身の職業との関わり方を見直し、多様な自己を抱えながら、キャリア再構築の過程で自問を繰り返す様子を明らかにしている。 事例において「変わっていない」と語られていた内容は、入社の動機や仕事のやりがいにつながっていた価値観、仕事に対する責任感であり、思いの強さは変わっても中核にある考え方は容易に変わらないのでないかと推察された。 (2) 精神疾患により休職した若年者 20代の事例では、部署の異動により、職務への興味・関心が醸成されていた。本人が「自分にあっていたのだと思う」と述べたように、生産に追われる部署から、焦らず落ちついて作業ができる部署に異動したことが、本人の特性にあっていたものと考えられた。また、事例の語りからは、面談時の上司や課長のフィードバックが、本人に「間違ってなかったんだ」という自信を与え、「資格を取りたい」「貢献したい」というモチベーションに繋がったことがうかがわれた。 (3) 高次脳機能障害による休職者 脳損傷者を対象とし、働くことの意味の変化に焦点をあてた先行研究4)では、新たな働き方や生き方を模索する中で、働くことの意味や価値が変化することや、それらの変化は、働くこと以外の人生にも影響を与えていることが報告されている。また、そのような変化が生じた理由として、仕事と脳損傷の発症の関係、再発のリスク、人生の意味を再考し、よい人生を送るには仕事以外に重要なことがあることに気づいたこと等が報告されている。本調査の結果は、この先行研究の結果と一致するものであった。 なお、事例の語りからは、それぞれが支援機関での様々な取組を通じて、自身の疾病や障害について理解を深めており、そのことも復職後の働き方・生き方を考える上でのきっかけの一つになったのではないかと推察された。 【参考文献】 1) Camille Roberge, et al.『The Role of Work in Recovery from Anxiety or Mood Disorders: An Integrative Model Based on Empirical Data』,「Journal of Psychosocial Rehabilitation Mental Health 9」,p.263-273(2022) 2) Hideaki Arima, et al.『Resilience building for mood disorders: Theoretical introduction and the achievements of the Re-Work program in Japan』,「Asian Journal of Psychiatry vol.58)」,(2021) 3) 野田実希『「働くわたし」を失うとき―病休の語りを聴く臨床心理学』,京都大学学術出版会(2021) 4) Ulla Johansson, Kerstin Tham『The Meaning of Work After Acquired Brain Injury』,「American Journal of Occupational Therapy vol.60(1)」,p.60-69(2006) p.72 日本と諸外国の雇用支援の対象となる障害者の範囲等の整理・比較 ○下條 今日子(障害者職業総合センター 上席研究員) 武澤 友広・堀 宏隆・藤本 優・小林 五雄・佐藤 雅文(障害者職業総合センター) 春名 由一郎(元障害者職業総合センター) 1 背景と目的 日本の障害者雇用施策は、20世紀から21世紀にかけて継続的に発展してきた。支援の対象となる障害の範囲が身体障害から知的障害、精神障害へと広がり、雇用される障害者数も増加している。そして、障害者の権利に関する条約の批准に伴い、障害者は労働・雇用の権利の主体として位置づけられ、合理的配慮提供や差別禁止等の人権保障の対象とすることとなった。 障害者職業総合センター(以下「当センター」という。)では、諸外国の障害者雇用施策に関する状況を比較し、日本の強みを明確にするとともに、諸外国に共通する制度等の情報を把握することを目的に、令和6~7年度の2年計画で「諸外国における障害者雇用施策の現状と課題に関する研究」を進めている。本発表では、日本と諸外国では、障害の定義や範囲等が異なることに留意しつつ、整理と比較を行うとともに、諸外国の職業リハビリテーション(以下「職業リハ」という。)の地域体制についても紹介する。 2 方法 日本のほか、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスにについて、各国の公的機関のWebサイト、日本国内の先行研究、当センターにおける過去の調査研究報告書及び資料などの文献から情報収集を行う。その際は、当センターの研究担当者だけではなく、本研究のため、諸外国の障害者関連施策の有識者で構成する研究委員会を設置し、委員にも情報収集活動を依頼したほか、いただいた助言を踏まえて、とりまとめを行った。 3 結果 文献を元に、各国における雇用支援の対象となる障害者の範囲および、諸外国における職業リハの地域体制について以下にまとめる。 (1) 日本 障害者雇用促進法第2条において、障害者とは「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)、その他の心身の機能の障害があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な者をいう」とされている。雇用支援の対象となる者であることの把握・確認は、身体障害者、知的障害者、精神障害者は、原則、障害者手帳により、障害者手帳を所持していない発達障害者、高次脳機能障害者、難病患者は、主治医の意見書により行われている。手帳所持者を対象とした雇用率制度や納付金制度のほか、助成制度や就労支援機関などにより、手帳所持者以外の障害者も含めて、比較的手厚い支援を実施しているほか、一般就業が困難な障害者については、福祉的就労の場が整備されている。 (2) アメリカ 障害を持つアメリカ人法(Americans with Disabilities Act)第3条によると、障害者とは「①主要な生活活動の一つまたは複数を実質的に制約する身体的又は精神的機能障害を有する者、②そのような機能障害の記録を有する者、及び③そのような機能障害を有すると見なされる者」とされ、そのうち、障害者差別禁止や合理的配慮提供の対象となる障害者は、就労等に相当の支障のある者とされている。合理的配慮を必要とする場合は、障害者本人が勤務先に自己申告する形となる。広範な障害者を対象に差別禁止と合理的配慮の提供を基本としており、労働契約のない福祉的就労は存在せず、政府が主導して障害者が自己申告をしやすくするための環境を整えたり、税制を優遇したりするなど、一般就業を基本とする政策が推進されている1)。 アメリカの職業リハの地域体制は、アメリカンジョブセンターが公共職業紹介での障害者と事業主双方への支援と多様な制度・サービスの連携等の中核となっている。また、州職業リハビリテーション局も専門性を活かした障害者と事業主双方への支援を展開している。 (3) イギリス 2010年平等法(Equality Act)第6条1項によると、障害者は「身体的又は精神的な障害、または長期的な健康不調状態のために、通常の日常生活を営む能力に実質的かつ長期的(12ヶ月以上)に悪影響を及ぼしている者」とされている。雇用主は、同法に基づき、障害のある社員の自己申告に基づいて合理的調整(Reasonable adjustments,合理的配慮に相当)を提供する必要がある。雇用支援を受けるためには、障害者本人がジョブセンター・プラス(日本のハローワークに相当)に相談し、必要な助成金や雇用支援プログラムにアクセスする。障害のある従業員の仕事の継続のために行う雇用主が行う調整に係る費用への助成金や障害者向けの各種就業プログラムを施策の柱として、一般就業を促進している。 イギリスの職業リハの地域体制は、ジョブセンター・プ p.73 ラスが公共職業紹介と給付金受給者の支援を担い、障害者雇用アドバイザー(DEA)やワーク・コーチなどのアドバイザーが「Access to Work」プログラム(労働年金省(DWP)によって管理される)など、障害者就業支援プログラムのガイダンスと紹介(リファー)を行う。これらプログラムの多くは専門請負業者に外注されている。 (4) ドイツ 社会法典(Sozialgesetzbuch)第9篇第2条によると、障害者は、「身体的、知的、精神的あるいは感覚的な機能障害があり、態度や環境による障壁との間の相互作用により、他の者と同等の社会参加が6か月を超えて妨げられる高度の蓋然性がある者」とされている。また、雇用支援の対象となる障害者については、社会法典第9篇第3部に定められており、具体的には、①障害度50以上の者および、②援護局(戦争被害者の援護に関する法律である「連邦援護法」の実施を担う行政機関)が認定した障害度30-40の者のうち、雇用エージェンシー(日本のハローワークに相当)が就職又は就業継続のために支援が必要であると判断し、障害度50以上と同等の障害であると認定(同等認定)した者が該当する。支援を受ける場合は本人からの申請に基づき、援護局が医学的基準により認定しており、労働能力も含めた社会生活への影響(外出困難など)も考慮されている2)。雇用率制度や納付金・助成金制度、就労支援機関による支援のほか、比較的軽度である障害者も「同等認定」により支援を受けることが可能であるなど、幅広い層に対する支援が実施されている。 ドイツの職業リハの地域体制は、雇用エージェンシーが公共職業紹介と職業リハサービスを担っている。また、主に統合局の委託に基づき、統合専門サービスが、障害者と事業主双方に対して、就職及び定着に向けた支援を行っている。 (5) フランス 社会福祉・家族法典(Code de l’action sociale et des familles)に「障害」の定義があるほか、労働法典(Code du Travail)L.5213-1条にて、「障害労働者」とは、「身体、感覚器官、知能、精神の機能の一つ又は複数の変化により、雇用を得る又は維持する可能性が実質的に縮小されている全ての人」とされている。障害や疾病により支援が必要な者は、県障害者センター(MDPH)に申請し、医師と就労支援者等の共同作業により、医学的な障害の確認と、就職や就業継続の困難性のアセスメントを行う。この結果を踏まえて、MDPH内に設置された障害者権利自立委員会により障害労働者認定(RQTH)が行われており、軽度障害であっても就労支援ニーズがあれば認定される。雇用率制度や納付金・助成金制度のほか、福祉的就労でも一般就業でも障害者が一定の所得が確保できるように、工賃・給与、賃金補填等が総合的に調整される制度があるなど、幅広い層に手厚い支援が実施されている。 フランスの職業リハの地域体制は、公共職業紹介はフランス・トラヴァイユ(France travail、一般職業紹介機関)とキャップ・アンプロワ(障害者の雇用に向けた準備、支援、継続的なフォローアップを専門的に担う職業斡旋機関)の連携が進められている。キャップ・アンプロワは、障害者の就職支援だけでなく、雇用維持を担ってきたSamethと業務統合されている。キャップ・アンプロワは事業主支援等も行う。 4 考察 諸外国の障害者認定に関して、障害認定制度を有するドイツ、フランスでは、個人の機能障害の程度などの医学的な基準による判定を基本としつつも、それに加えて、就職及び就業困難度などの個人の状況に応じた障害認定が行われていることが確認された。一方、アメリカやイギリスのように障害者雇用率制度がない国では、支援ニーズがある障害者による自己申告が起点となり雇用支援が運用されていた。アメリカにおいては、多くの場合、合理的配慮があれば障害者は問題なく働けるという基本的認識があると考えられ、合理的配慮提供を推進するような制度がみられる。また、イギリスにおいては、合理的配慮があれば他の人と遜色なく働ける人が、働けなくならないようにするという考え方に基づき、助成金が活用されている。 諸外国においても、「職業場面での障害」には、単純に「個人の機能障害」だけでなく、「個別の仕事内容」や「合理的配慮の確保状況も踏まえた就職や就業継続の困難状況」が関係するものとして、社会モデルになっていることが確認された。 また、職業リハの地域体制について、関係機関の連携や業務の統合等により、障害者や事業主の多様な支援ニーズに対応する能力を高めている。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター『諸外国の職業リハビリテーション制度・サービスの動向に関する調査研究』,「調査研究報告書No.169」 2) 高橋賢司,小澤真,大曽根寛「ドイツ・フランス・日本の障害者雇用と福祉」,大阪公立大学出版会(2025) p.74 雇用施策との連携による重度障害者等就労支援特別事業の視覚障害者の活用状況調査 ○吉泉 豊晴(社会福祉法人日本視覚障害者団体連合 情報部 部長) 工藤 正一(社会福祉法人日本視覚障害者団体連合 総合相談室) 1 はじめに 雇用施策との連携による重度障害者等就労支援特別事業(以下「連携事業」という。)は、通勤や職場での読み書きにかかわる支援が可能となり、視覚障害者の就労促進にとっても効果があると期待される。そこで、自治体にアンケート調査を実施し、また、当該事業を利用している視覚障害者に聞き取り調査を行った。それらにより把握した現状と課題を報告する。 2 背景 障害福祉サービスの同行援護等は就労にかかわる分野では利用できないとされており、そのため通勤や業務上の移動にガイドヘルパーの支援を受けることができず、また、自営業者が仕事上の事務処理等を依頼するためには自費により支援者を確保する必要があった。こうした制約は、社会参加の重要な側面である就労を阻むものとして、従来より雇用と福祉の連携を求める声があったが、2020年10月より地域生活支援促進事業として連携事業が実施されることとなった。 3 自治体に対するアンケート調査 (1) 調査対象等 2023年9月〜10月に、政令市(20件)、中核市(62件)、東京23区(23件)、そのほか厚生労働省の2022年度調査における実施市町村(32件)の合計137件に調査票を配布し、129件の回答を得た(回収率94.2%)。 (2) 連携事業を実施する自治体の数 連携事業を実施する自治体(「実施に向けて準備中」を含む)は70件で、有効回答129件の54.3%だった。そのうち視覚障害者向けに連携事業を実施する自治体は66件で、実施自治体70件の94%を占めた。 (3) 視覚障害者向けの支援内容 視覚障害者向けに連携事業を実施する自治体66件の支援内容をみると(複数回答)、割合が高いのは、自営業者の通勤支援(74.2%)、民間で雇用されている人の通勤支援(66.7%)。一方、職場における支援は、自営業者(59.1%)、民間で雇用されている人(42.4%)で、どちらも通勤支援の方が高い割合になっている。 (4) 連携事業の報酬単価 視覚障害者向けに連携事業を実施する66件のうち、同行援護と同じ報酬単価が55件(83%)、同行援護よりも低いところが4件(政令市1件、市町村3件)、同行援護よりも高いところは1件(中核市)であった。早朝の通勤支援や業務にかかわる専門的支援を求められる連携事業においては、なお一層、支援者の確保の観点から報酬単価の引き上げが望まれる。 (5) 視覚障害者向けに連携事業を行う上での課題 有効回答の129自治体に対し、複数回答で視覚障害者向けに連携事業を行う上での課題を尋ねたところ、多い順に「事業所の確保」(72件、56%)、「財源・予算の確保」(57件、44%)、「利用者のニーズの把握」(56件、43%)などとなった。 4 連携事業の利用事例 (1) 利用事例の把握方法 2025年2月~3月、日本視覚障害者団体連合の加盟団体(60団体:都道府県47件、政令市13件)に連携事業の利用事例の提供を求め、12名の利用事例を得た。そのうち聞き取り調査の承諾が得られた8名にインタビューを行い詳細を把握した。 (2) 利用者の職業、支援内容、効果 ・職業:インタビューに応じた8名の利用者の職業は、鍼灸マッサージが6名(いずれも自営業)、事務職1名(民間企業の雇用)、音楽演奏家1名(自営業)。 ・移動支援:鍼灸マッサージ師の多くが訪問による施術も行っており、通勤時のほかに訪問時の移動支援も受けていた。 事務職の利用者は基本が在宅勤務であり、週1日、会社への通勤支援を受けていた。音楽演奏家は、演奏会場や講座会場への移動の支援を受けていた。 ・読み書き支援:鍼灸マッサージ師と音楽演奏家のいずれも必要書類の読み書きや楽譜読みの支援を受けていた。事務職の利用者は通勤支援のみ。 ・支援の効果:安全・安心な移動、移動にかかる時間の短縮、訪問施術への業務の拡大、読み書き支援による事務処理の効率化、自費による支援者確保に要していたコストの削減。 p.75 (3) 連携事業にまつわる課題 ・手続きの複雑さ:雇用されている障害者は、まず障害者雇用納付金による助成制度を利用し(3ヶ月の通勤支援等がある)、それで十分でなければ連携事業を利用。そのため手続きが複雑になるとの指摘があった。 ・申請書類のアクセシビリティ:支援計画書等の申請書類が視覚障害者には読み書き困難。改善が必要。 ・ヘルパーの専門性:仕事にかかわる書類は、その内容を理解した上でないと効率的な読み書きが難しい。ヘルパーにはICTの技能を含む一定の専門性が求められる。 ・支援事業所・ヘルパーの不足:地域によって同行援護事業所等が少なく、そこに所属するヘルパーも少数。結果、必要なだけの支援を受けられないこととなる。報酬単価の引き上げなどの対応策が必要。 ・制度的な制約: ①1回の利用が3時間以上になると報酬が下がってしまう仕組みになっているため、支援事業所から時間短縮を求められることがある。 ②車の利用時、ヘルパーが運転している時間は報酬の対象にならないため、車の利用が抑制されがち。 ③通勤の帰宅時に買い物してはいけないとの制約が課されて不便。 5 まとめ 自治体へのアンケート調査および利用者の聞き取りから把握できたことを踏まえて、連携事業の改善に必要と考えられる事柄を列記する。 ・連携事業を実施する自治体がまだ少ない。政令市や中核市等の規模の大きい市を中心とする今回のアンケート調査では、有効回答129件の半数強が実施していたが、厚生労働省の調査では連携事業の内示自治体(2024年7月31日時点)は合計102件だった。1,700を超える市町村に占める割合はわずかといえる。 ・自治体が課題として上げた「事業所の確保」や「財源・予算の確保」に対処するためには、市町村単位よりも広域の地域圏での取り組みが必要。そのためには広域の移動を可能とする車の利用および長い時間の利用を抑制する規制の撤廃が求められる。これらは利用者の要望でもある。 ・ヘルパーの不足や専門性の確保に対処するためには、報酬単価の引き上げ、連携事業を念頭に置いた研修機会の提供が必要。 ・雇用支援策の後で連携事業を利用できるという流れを改め、一体化して利用しやすくすることが求められる。 日本視覚障害者団体連合としては連携事業の利用事例を取りまとめて広報するとともに、より利用しやすい制度となるよう改善を求めていく。 p.76 スタッフサービス・クラウドワークでの取組 その1 ~重度身体障がい者の在宅就労を支える医療職の役割 ○佐藤 史子(株式会社スタッフサービス・クラウドワーク 健康管理室 産業保健グループ 保健師) 宮下 歩・山口 桜・倉富 由美子・林 百合恵・永岡 隆(株式会社スタッフサービス・クラウドワーク) 1 はじめに 株式会社スタッフサービス・クラウドワーク(以下「SSCW」という。)は、株式会社スタッフサービス・ホールディングスの完全在宅型障がい者雇用の会社であり、2015年に事業を開始、2020年に分社化により創設された。 従業員608名全員(2025年8月現在)が重度身体障がい者で構成され、様々な障がいのある従業員がチームを構成してスタッフサービスグループ内の簡易事務業務と外部受託業を行っている。 図1 障がい別従業員構成(2025年7月) SSCWにおいて障がい者従業員が継続して就労するためには、会社が従業員の障がい特性を理解し、個々の配慮の検討が必要であり、上長・人事・産業保健職の連携は不可欠である。その中で保健師は『採用選考時のヒアリングと就労可否の判断』、『入社後の定着に向けたサポート体制の構築』、『従業員の心身面における安心・安定就労へ向けた支援』の3つの役割を担っている。それぞれの内容について報告する。 2 採用選考時のヒアリングと就労可否の判断 (1) 活動状況 SSCWは従業員を日本全国から雇用しており、採用面接は2次まで行っている。2次面接時には、面接官が就労場所となる自宅を訪問し、職場環境の確認も行う。保健師は2次面接時の面接官としてオンラインで参加している。 (2) 面接官としての保健師の役割 保健師は、在宅就労の必然性・定着性の観点から ・就労可否の検討(週30時間勤務と就労による体調悪化の可能性) ・就業上の配慮事項確認(就業時間、休憩時間、就業姿勢、PC付属品等) ・継続就労に向けたサポート体制 について可能な範囲で確認し、人事に見解を伝えている。 採用内定者については面接時の情報を踏まえ、合理的配慮について人事や上長に助言を行う。 3 入社後の定着に向けたサポート体制の構築 (1) 入社式に参加 入社者とは採用面接時にオンライン上で面識はあるが、入社式は、直接対面することで新入社員との関係構築を促進し、体調面などの確認も含めた重要なコミュニケーションの機会となる。 (2) 面談にて定着度の確認 入社1ヶ月後に初回面談を実施して心身面のヒアリングから定着度を確認し、必要時には上長と連携して職場環境を整える。また、健診事後、従業員自身からの相談、上長からの依頼等で面談を実施し、就労について課題があれば人事や上長と連携しながら解決を目指している。 (3) 長期欠勤、復職支援 長期欠勤となった従業員については無理のない復職となる様に支援している。長期欠勤が決まった際には、従業員及び状況によって主治医に対してリハビリ勤務制度等を説明、復帰に向け目指すべき状況を共通理解が進むよう努めている。復帰前に保健師がヒアリングを実施し、産業医面談で得た産業医の見解を人事に伝えるとともに、上長と連携しながら職場環境の調整を図る。 (4) 職場環境の調整 職場環境起因で働き難さが生じた際には、産業医や上長と連携して改善を目指す。 4 従業員の心身面における安心・安定就労へ向けた支援 (1) 対面であう機会 入社式や年1回の集合型ミーティングに参加し、従業員と直接言葉を交わすことで、安心できる相談窓口となれるよう努めている。 (2) 体調変化への対応、相談窓口として機能 適時体調確認を行い、安全に就業が出来る状況か確認を行っている。進行性疾患等体調の変化が起こり易い従業員については、適宜職場環境の調整や、外部支援機関との連携を図っている。 p.77 (3) 連携 従業員を取りまく就業環境として、社内では人事、上長、チームメンバーがそれぞれの立場から従業員と関わり、保健師はその全てと連携しながら支援を行っている。 従業員は重度身体障がい者であるとともに広域に居住していることから、入社時には各地域の外部支援機関への登録を必須としている。支援機関は就労に関する心身面・生活面の課題について対応しているが、会社が連携することで従業員の安定就労に繋がっている。 図2 従業員を取りまく就業環境 5 まとめ SSCWにおける保健師の活動は、定着率と難病従業員割合の高さに少なからず影響していると考える。 (1) 入社1年後定着率98.3% SSCWの入社1年後定着率は98.3%で、一般企業の60.8%と比較すると高い定着率を保っている。理由として一番に挙げられるのは、障がい者従業員同士が支え合って業務を進める組織風土である。様々な障がいのある従業員が一つのチームを組み教え合い、チームに体調不良者がいれば他のメンバーが業務を補い進めている。 またイベントを開催するなど従業員が主体となる機会も多く、これらを支えるためには、人事・上長・保健師・支援機関のスムーズな連携は欠かせない。その中で、保健師の役割は心身面の支援に留まらず、「誰に相談してよいか分からない」悩みの最初の窓口としても期待されている。 2024年下期従業員エンゲージメント調査では、『SSCWが好きか』80.7%、『上司・事務所・リーダーに相談しやすい環境か』87.3%、『職場の雰囲気は良いか』87.8%であり、定着率の高さを裏付けている。 (2) 業員割合21% 図3 難病割合(2024年10月) SSCW従業員のうち難病を有する者は21%で、難病の数は50種以上にわたる。難病従業員が継続して就労できる要因として、従業員自身の自己管理意識が高いこと、SSCWが従業員の体調に配慮した検討を重ねていること、従業員自身が助け合い就業していることが挙げられる。 保健師はそれぞれの難病について熟知しているとは言い難いが、選考時には対象疾患の特性や就業上の懸念事項など情報を収集した上で、受け入れ部門や人事にインプットし検討することで採用の可能性を広げている。併せていかに働きやすい環境を整えられるかの視点で、時には主治医の見解を確認しつつ、産業医と連携して従業員のサポートを行っている。 6 今後の課題と展望 従業員数は今後も拡大していく想定で、現状の定着率とエンゲージメントの高さを維持していくためには今後も心理的安全性の高い職場作りが求められる。 従業員の疾患や障がいが多様に広がる中、保健師には適切なアセスメントと判断、多職種連携が必要となってくる。これまで培ったノウハウを生かしながら引き続き産業保健活動を推進していきたい。 難病従業員の就労支援については、「共通性」「多様性」「個別性」に留意しつつ、心身面に寄り添いながら長期継続就労を目指して伴走するとともに、積み重ねた知見を活かし、さらなる就労の可能性を広げていきたい。 【参考文献】 1) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 調査研究報告書№137 障害者の就業状況等に関する調査研究(2017) 2) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 難病のある人の雇用管理マニュアル(2023) 【連絡先】 佐藤 史子(吉田 史子) ㈱スタッフサービス・クラウドワーク e-mail:yshdf53@staffservice.ne.jp 企業HP:https://www.biz-support.co.jp/cloudwork/ p.78 スタッフサービス・クラウドワークでの取組 その2 ~難病のある在宅従業員の復職支援事例 ○宮下 歩(株式会社スタッフサービス・クラウドワーク 健康管理室 産業保健グループ 保健師) 佐藤 史子・永岡 隆(株式会社スタッフサービス・クラウドワーク 健康管理室 産業保健グループ) 1 はじめに スタッフサービス・クラウドワーク(以下「SSCW」という。)は人材総合サービスのスタッフサービスグループに属している在宅型雇用の会社で、従業員全員が重度身体障がい者である。難病のある従業員も多く所属しており、従業員600名のうち21%の従業員に難病がある。今回の発表では進行性の疾患である脊髄小脳変性症を有する従業員Aさんの復職に向けた支援について報告する。 SSCWの労働条件としては以下のとおりである。 所定労働時間は週30時間の勤務。9時から19時の時間帯の中で、始業時刻および終業時刻を定め、休憩時間を60分から240分の間の30分単位で選択して勤務することができる。 リハビリ勤務は1週3日以上かつ1日3時間以上の勤務。始業時間は9時から12時の間。 ※勤務時間が4時間未満/日の場合は休憩なし。Aさんの場合、1年間のリハビリ勤務取得が可能。 2 経過 (1)入社時の状況 Aさん(40代女性)、2019年3月、SSCW入社。 入社時の状況:自宅では歩行器もしくは伝い歩き、外出時は車椅子自走。動作緩慢だが上肢の動き制限なく、PC操作可能。日によって差はあるがスムーズに会話できており、自己にて常食の摂取可能。入社後2年間は体調安定。 (2)入社後の経過 2021年6月頃より夏バテ、腰痛、身体が重く動けない等の理由で欠勤が増える。体調安定しないため、産業保健師(以下「保健師」という。)よりリハビリ勤務を提案し、同年8月頃より9-12時の時短勤務開始。体調に合わせ、段階的に時間延長。腰痛予防のため休憩時間を90分に延長することで2022年5月2日より実働6時間の確保が可能となった。しかし、5月末にトイレで転倒し欠勤が続く。常食の摂取がしにくくなる、喋りにくさが増す、ミーティングで発言することが難しくなるなど疾患の進行も見られた。 (3)休職に至るまでの経緯 2022年7月29日より、頭痛、肩こり、体重減少などが原因で勤怠不良。2022年8月22日より食事摂取が難しくなったことでるい痩が進み、座位保持が厳しい状態。2022年9月1日より長期欠勤・休職。 (4)休職中の経過 2022年11月末、休職期間中に胃瘻作成。 2023年1月 本人、支援機関職員 、部署上長、チーム担当事務所スタッフ、保健師参加で復職に向けた会議を実施。本人は2月からの復帰を希望したが、座位保持困難な状況は変わらず、ベッド上での就業を検討し、環境調整を行うこととなった。 2023年2月 職場復帰診断書の提出あり。事務所スタッフが自宅訪問し、保健師はリモートにて就業環境が整ったかの確認を行った。経管栄養実施するようになり、34.2kgまで体重増え、座位保持も短時間なら可能となった。座位保持可能になったことでベッド上での就業ではなく、マットレス+ローテーブル+ゲーミングチェアでの就業を検討。復職に向けて、実際に3時間座位保持できるかの確認と練習をするよう保健師から指導。 2023年5月 下痢が続き体重2kg減。仕事部屋に電動ベッドを搬入し、やはりベッド上での就業を検討したいと連絡あり。就業環境確認のため、自宅訪問予定だったが環境の調整が間に合わず延期。 2023年7月 症状進行し白米で咽こむようになった。まだベッド搬入できておらず、自宅訪問延期。 2023年8月 ベッドの搬入は出来たが、夏バテと下痢で体調優れない。暑さが落ち着いてからの復職を希望される。 2023年10月3日 保健師、事務所スタッフ自宅訪問。ケアマネージャー、支援機関職員同席。 食事:経口摂取の希望強く、経管栄養の量を増やせていない。体重を増やすためには経管栄養の増量が必須に思えるがQOLの観点から、安易に判断できない。 排泄:介助無しでトイレに行く場合30分程かかる。頻度は2~4時間に1回。介助有りでトイレに行くことが多い。 環境:居間にベッド設置しており、そこに座って就業予定。モニター設置予定のオーバーテーブルはがたつくため、落下のリスクあり。 体調:働くというより生きることで精いっぱいの状況に思える。ゆっくりとなら立ち上がること可能だが、るい痩(体重31kg)の状況から、就業による褥瘡発生リスクあり。体力面からも1日3時間の座位保持可能なのか疑問が残る。 課題:引き続き就業環境の調整が必要。介護サービスを多く利用しており、1日のスケジュール的に3時間の就業 p.79 時間確保が難しい。体力面も懸念あり。 2023年10月12日 復職に向けて、ケアマネージャー、支援機関職員、事務所スタッフ2名、保健師2名にてリモート会議実施。会社側から1日3時間×週3日の勤務が可能となるようサービスの調整を依頼。休職満了日についても改めて支援者に周知。サービスの時間調整が難しく、本人と認識を擦り合わせる必要もあり、同日ケアマネージャー、支援機関職員で自宅訪問。リモートで事務所スタッフも参加し、サービスの時間調整。 2023年10月25日 オンラインにて産業医面談。10月26日より火、水、木 就業時間 9時-13時(休憩10時-11時)で復帰。本来、3時間の勤務の場合は休憩を挟まないが、人事課に1ヶ月だけ特例で休憩を挟む許可を得て復帰となった。 (5)復帰後の経過 2023年 11月27日 産業医面談 11月28日より火、水、木 9時-12時(休憩なし)に就業時間変更。産業医より、食事量を増やしていけると良いとアドバイスあり。 2024年1月31日 産業医面談 昼夜逆転気味だったが、復帰してから生活リズムが整った。2月2日より火曜~金曜 9-12時勤務に時間延長 2024年3月27日 産業医面談 4月1日より月~金9-12時に時間延長 2024年5月29日 産業医面談 6月1日より月~金9-14時(休憩12-13時)に時間延長 2024年10月23日 産業医面談 10月25日より 月 9-12時 13-14時半 17-19時(6.5時間) 火 9-12時 13-14時半(4.5時間) 水 9-12時 13-15時(5時間) 木、金 9-12時 13時-15時 17-19時(7時間×2=14時間) 上記に変更。リハビリ勤務満了前に所定労働時間(週30時間の勤務)の確保が可能となった。 2024年11月27日 事務所スタッフより相談あったため、事務所スタッフと保健師、産業医で面談実施。  相談内容:体調不良で画面をオフにする日がある。同僚からAさんの体調が悪そうだと報告を受けることがある。健診データ、労務の提供面からは、就業を控えるべきと判断できるようなデータはない。 産業医より「本人と家族に安全配慮義務上の懸念が大きいことを伝えておくべきだ」とアドバイスあり。 2024年12月11日 産業医面談  産業医より、安全配慮義務上の懸念が大きいこと本人に説明。家族には保健師から説明を行った。その後大きく体調崩さず就業できている。 3 産業保健スタッフの役割と支援 進行性疾患がある従業員の体調は日々変化している。そのため復職支援時は、定期的に従業員や支援者と連絡を取り状況を把握、適切なタイミングで産業医につなげるなど、保健師がコーディネーター役を担う必要がある。 産業保健スタッフは従業員と所属が異なり、本人の人事評価に直接影響する評価を下すことはない。真摯に対応を続けることで信頼関係を構築し、従業員が隠し立てすることなく、自身の体調について素直に相談できる存在でいることも重要である。産業保健スタッフには、就業規則や労働安全衛生法などの法律を遵守しながら、本人の就労に対する思いを汲み取って、時には代弁し伴走することが求められている。 4 まとめ 難病の雇用管理のための調査、研究会報告書1)によれば、難病のある人全体で仕事に就きたいと考え医師からも仕事を禁止されていない人の就業率は70%程度にとどまっており、なかでも脊髄小脳変性症の就職困難度はさらに高く、就業希望者の就業率は50~60%にすぎない。 また、難病の中でも中途で発病する疾患では、病気にかかわらず就業継続している例と、病気が原因で退職している例が両者とも30%程度と同程度になっている。退職後には、無職となっている人が多く、脊髄小脳変性症では特にその割合が高い。 上記より、難病の中でも脊髄小脳変性症のある人の就業と就業継続は大きな課題の1つだと言える。今回の事例では、部署上長、事務所スタッフ、産業保健スタッフ、支援機関職員、ケアマネージャーなど多職種が関り復職を支援した。復帰から1年半、通常勤務に時間延長後半年経過しているが、サービスをうまく活用し、休憩時間にケアを受けることで現在も週30時間の労働時間を確保できている。 職場復帰後は就業を再開したことで生活リズムが整い、体調も安定し始めた。Aさんのケースは病状が進行しても、就業環境を見直し整えることで、就労継続が可能となった事例である。 SSCWには脊髄小脳変性症のある従業員が15名在籍している。進行速度はそれぞれ異なるが、今回の事例が脊髄小脳変性症のある従業員だけでなく、他の進行性疾患のある従業員にとっても、今後の指標となることを期待する。 【参考文献】 1) 難病の雇用管理のための調査、研究会『難病の雇用管理のための調査、研究会 報告書』,4-5 p.80 福岡県における難病患者の就労支援 ~独自ツール『難病のある人のための就労ハンドブック』の活用~ ○金子 麻理(福岡県難病相談支援センター/福岡市難病相談支援センター 難病相談支援員) 磯部 紀子(九州大学大学院 医学研究院 神経内科学分野) 青木 惇(福岡県難病相談支援センター/福岡市難病相談支援センター) 中園 なおみ(福岡県難病相談支援センター 北九州センター) 1 はじめに 2023年度の特定医療費(指定難病)受給者証所持者は全国で約108万人、このうち4割超が20~59歳の“現役世代”である1)。難病法で難病相談支援センターはハローワークの難病患者就職サポーターと連携して難病患者への就労支援を行うとされ2)、福岡県難病相談支援センター(以下「当センター」という。)も年間約300件の就労相談に対応している。中でも発症間もない患者は初めて聞く病名に動揺し、現職の継続や就職・転職、これから生計維持していけるのかといった不安で混乱していることが珍しくない。また疾患特有の症状や機能障害だけでなく「病気があることが外見から分からない」「痛みや易疲労感など客観的なデータに表れにくいが仕事に影響を及ぼす症状がある」「体調変動や病状進行する場合がある」といった分かりづらさ、伝えにくさも内包していることが多い。一方で障害者手帳を所持する難病患者は全体の1/3程度にとどまっており3.4)、大半の難病患者が既存制度の狭間で何らかの就労困難性を抱えている。治療と仕事の両立を目指す支援ツールはあるが、当センターでは各種制度の紹介や地域の情報を一元的に集約し、簡便に使える独自ツール「難病のある人のための就労ハンドブック」を2019年に発行し、今年新たな項目を加えて改訂版を発行した。 2 就労ハンドブックの概要 ハンドブックは職業人生の場面別に4つの章と資料で構成し、勤務の継続や休職からの復職、転職や再就職、新卒者の就職まで一貫して活用できる形式とした。 (1) 「Ⅰ 治療と両立できる仕事や働き方を考える」 難病は多様で個別性が高く、まずは本人が自身の病状を正しく理解することがその後の就労の方向性を検討するスタートラインになる。第1章は新規就職・復職・転職すべての場面の土台と位置づけ、現在の病状や主治医の意見、休職や退職を経験した場合はその結果に至った原因を振り返って整理するほか、働くうえで自身が重視したい条件や働く理由、家計状況のチェック等を通じて現状を多角的に把握し、病状に応じた働きやすい職場環境や労働条件を具体化しながら、自身にとっての『適職』を検討できるように工夫した(図1)。 図1 就労ハンドブック「Ⅰ 治療と両立できる仕事や働き方を考える」 (2) 「Ⅱ 就職活動」 就職活動において求職者が企業側の考えを理解することは重要である。当センターでは2020~21年に福岡県内の企業1,000社に難病患者の就労に関する意識調査を行い、企業は難病患者の就労を理解したいとの意思がある一方、具体的な対応に苦慮している実態を把握した5)。改正障害者総合支援法(2016)により雇用主は合理的配慮の提供を義務付けられたが、医学的知識のない企業側はどのような配慮が必要か分からないだけでなく、どのような仕事ならば特に問題なくできるのかの判断も難しい。第2章では患者の側から配慮の希望だけでなく病気があっても可能な業務についても具体的に提案し、自身が安定的に働き続けるための『取扱説明書』を考えるとともに、限られた面接時間で病気の説明と職業能力のアピールを有効に行う時間配分を練るなど、戦略的な準備で企業側の前向きな採用につなげられるよう考慮した(図2)。 p.81 図2 就労ハンドブック「Ⅱ 就職活動」 (3) 「Ⅲ 働き続ける」 治療と仕事の両立が困難な場合、課題は患者自身の現状理解、職場の理解、経済的問題などが複雑に入り組んでいることが多いが、支援機関は課題ごとに異なる。第3章は課題別の主な相談窓口のほか適切な専門機関への総合案内としての難病相談支援センターの役割を紹介した(図3)。 (4) 「Ⅳ 退職と再就職に向けて」 当センターへの相談は経済問題が年々増加し、2023年度以降は相談内容別の最多を占めている6)。現職を継続困難とした転職相談ではほとんどが今後の生計確保の不安と表裏一体である。そのため計画的な退職で傷病手当金や特定理由離職による失業給付の受給、障害年金申請を組み合わせた収入確保の形を例示し、不安軽減を図った(図4)。 図3 就労ハンドブック「Ⅲ 働き続ける」 図4 就労ハンドブック「Ⅳ 退職と再就職に向けて」 3 ピア・サポートを通じたロールモデルの提示 患者数の少ない難病患者にとって、身近に治療と仕事を両立させているロールモデルを見つけられないことは、将来設計の不安を増幅させる要因になりやすい。当センターでは37疾患72名(2025年3月現在)の難病ピア・サポーターの協力を得、2019年から患者同士の支え合いの場である「ふくおか難病ピアサロン」を対面もしくはオンライン形式で毎月開催している。同一疾患でなくても「病気があることが見た目で分からない」など共通する課題を抱えて働き続けている難病ピア・サポ―ターの体験に直接触れることで、就労をあきらめかけていた人が再就職した、これまでどおりの職務遂行が困難になっても自分なりの職場への貢献方法を探して復職した、など働き方のヒントを見つける例は多くある。また参加者を大学生・大学院生に限定した「難病のある学生交流会」も毎年開催している。難病を抱えつつ内定を得た上級生が、大学の垣根を越えて就職活動の体験を伝え、下級生がその試行錯誤を参考に職業選択や面接対策を考える好循環が生まれている。 4 今後の展望 難病相談支援センターは仕事の斡旋はできないことから、当センターが担う就労支援は「患者が自身の病状に合った職業や働き方を理解し、その人なりに安定して働き続けられる仕事を見つける土台づくり」と位置づけている。就労ハンドブックやピア・サポートは、発症や症状悪化などに伴う状況の変化により時に混乱している患者に対し、即応した情報やロールモデルとの出会いを通じ、冷静に必要とする配慮の検討や職場との話し合いに向けた道筋を見出してもらうための、いわば足がかりである。患者自身が適切な選択や判断を行うための基盤を持つことができれば、その後の職業人生で無理な働き方を重ねて離職を繰り返したり、就労そのものをあきらめてしまったりといった悪循環に陥ることも予防でき得る。当センターでは今後もこの2つを就労支援の両輪として、一人一人の患者がその人に合った適職を見つけられるよう支援に努めていきたい。 【参考文献】 1)厚生労働省 令和5年度「衛生行政報告例」 2)厚生労働省健康局通知 療養生活環境整備事業実施要綱の一部改正について(2016) 3)障害者職業総合センター 調査研究報告書 No.126「難病の症状の程度に応じた就労困難性の実態及び就労支援のあり方に関する研究」(2015) 4)障害者職業総合センター 調査研究報告書 No.103「難病のある人の雇用管理の課題と雇用支援のあり方に関する研究」(2011) 5)福岡県難病相談支援センター/福岡市難病相談支援センター「難病の治療と仕事の両立に関する実態調査 報告書」(2021) 6)福岡県難病医療連絡協議会 令和6年度報告書(2025) p.82 見えにくさ、語りにくさの中で、‘働く‘を伴走する ~脊髄小脳変性症の方への支援から見えた課題と可能性 ○中金 竜次(就労支援ネットワークONE 就労支援ネットワークコーディネーター) 1 はじめに 脊髄小脳変性症(Spinocerebellar Ataxia:SCA、以下「SCA」という。)は、小脳の神経細胞が変性し、ふらつき・複視・協調運動の困難・言語の不明瞭化など、多様な運動失調症状が徐々に進行する神経難病である1)。進行性であり、日常生活・就労の両面において長期的な支援が求められる。本稿では、40代女性のSCA当事者の事例を対象に、一般雇用から障害者雇用へ移行する過程における心理的迷いや不安に伴走した支援実践を報告する。当該事例では、医療リハビリテーションを就労に関わる情報として活用し、支援資源の効果や情報共有の在り方を検討することができた。その結果、当事者が抱える「語りにくさ」や「見えにくさ」に伴走する過程で、支援の中から新たな課題と可能性が見出された。さらに、本事例は遺伝性かつ進行性の疾患であり、当事者は発症前に遺伝子検査による発症前診断でSCA3の変異が確認されていた。その後、発症を経て相談に至ったが、キャリア形成の過程では、発症前・発症後・症状進行期という各段階で「キャリア・トランジション」を経験されていた(図1)。 図1 支援経過のタイムラインと、取り組みについて 将来展望に大きな迷いを抱えていた。また、疾患名が家族因子や遺伝性情報と結びつくことで、個人の就労課題にとどまらず、家族や社会的環境と複雑に関わる側面が浮かび上がった。現行の労働・雇用環境では、遺伝情報を含む個人情報の取り扱いや整備が十分ではなく、当事者の不安が顕著に表れていたことも重要な課題である。 2 対象者概要・方法 (1) 疾患 SCAの一型であるSCA3 40代 女性 (2) 支援実施期間 2022年3月~2025年8月 (3) 職歴 一般雇用(福祉支援職)から障害者雇用(医療事務)へのキャリアチェンジ。 (4) 現在の状況 発症後の症状変化に伴い、非開示での一般雇用(ケアワーカー)継続に不安を感じ、障害者手帳を取得し、障害者雇用(医療事務)で就労、約1年勤務後に退職。就労移行支援事業所、および医療リハビリテーションに通い、今後の準備をしながら、働き方を検討。 (5) 支援手段・内容 オンライン面談を週1回~2週間に1回(60~90分/回)実施し、以下の支援を行った。 ①今後の働き方の整理(対話形式・書類活用による整理) ②必要な合理的配慮や希望事項の言語化(書類作成のサポート) ③活用可能な資源・支援情報・SCA当事者および、多様な難病者の就労事例等の提供 (6) 発症前診断 家族歴も踏まえ、発症リスクのある未発症者として、発症前診断・遺伝カウンセリングにより疾患を自認。発症後は、障害者雇用での就職の際は、脊髄小脳変性症という病名は伝えているが、SCA3(遺伝学的に定義された型)については非開示とした。   (7) 当事者アンケートによる支援課題の把握 実際の相談・支援の実践、および、支援効果や課題を把握するためにアンケート形式(Google form)を使用。 記述と選択設問の併用)で意見を聴取した。得られた回答の一部を抜粋し、事例発表に活用した。これにより、伴走支援の過程で明らかになった心理的迷いや支援ニーズを確認することができた(表1)。 表1 アンケート形式で意見を聴取(抜粋) p.83 3 倫理的配慮 本報告にあたり、対象者の個人情報の保護に十分留意し、匿名性を確保した。口頭およびメールにて報告の趣旨を説明し、事前に執筆した文章を対象者に提示して確認を得た上で、同意をいただいた。 4 地域支援機関との関わりの課題 (1) 障害者就業・生活センター 相談頻度が少なく、連絡・返信の遅れにより、タイムリーな課題対応が困難。 (2) ハローワーク(専門援助部門) 同一職員への継続相談希望があったが、担当制でないため、連続した相談が困難。 5 社会資源の活用 (1) 就労移行支援事業所 地域での障害者雇用に向けた準備や職業訓練を実施。 (2) 医療リハビリテーション 就労移行支援事業所通所と並行して医療リハビリテーションを受ける。OT(作業療法士)・PT(理学療法士)と就労準備の目的を共有し、評価・アセスメント結果を職業リハビリに活用。 6 まとめ 課題と支援の可能性 (1) SCAの特性と生活者としての心理 SCAは進行性かつ変動性の神経難病であり、運動機能や協調運動の低下などの症状が変化する。これらの症状は外見上把握しづらく、本人が日常生活や職場で感じる心理的負担や迷いは理解されにくい。特に症状が「見えにくく」「語りにくい」ことは、本人の意思決定や支援利用をためらわせる要因となる。支援者は疾患特性に基づく心理的理解を踏まえ、当事者の自己効力感や安心感を支える伴走型支援は有効であると考える。 (2) 医療・福祉・労働の連携による支援の可能性 医療リハビリテーションで得られた評価やアセスメントを職業リハビリテーションに応用することで、身体機能や運動能力を活かした就労準備や働き方の調整が可能となる。SCAにおける短期集中リハビリテーションが小脳性運動失調や歩行障害を改善することが示唆されている2)、医療・福祉・労働が連携した包括的支援は、疾患進行に伴う個人の変化にも柔軟に対応できる体制として有である。 (3) 遺伝性・進行性疾患に伴うキャリア支援の課題 発症前診断や遺伝情報を含む自己分析は、キャリア選択や働き方の調整に有効である一方、情報開示や社会的リスクへの不安は心理的負荷となる。発症前・発症後・症状進行期におけるキャリア・トランジションに伴う心理的迷いや将来展望の不確実性、さらに遺伝情報に関連する社会的・家族的影響は、当事者個人に大きな負担を与える。現状、ゲノム医療推進法3)は制定されたが、労働・雇用分野の制度整備は不十分であり、個人が法的・社会的環境の影響を受けやすい状況にある(図2)。  図2 遺伝性・進行性がある疾患と情報リスクによる伝えにくさの構造図(発言抑制・心理的抑制)  7 総括:課題と可能性 進行性・遺伝性疾患であるSCAの当事者への就労支援においては、疾患のタイプや進行速度による個人差を踏まえた配慮が重要となる。また、発症前診断や遺伝情報を含む個人情報の取り扱いをめぐる心理的負荷に対応するため、法律や制度を通じて心理的に安全な環境を社会的に整備することが必要である。労働・雇用の場でも、制度的・社会的責任の下で、人と遺伝に関する情報の管理において、安心して働ける環境を保証することが求められる。 一方で、地域におけるチーム支援は限定的であり、医療・福祉・労働の包括的な連携が実際には困難な状況が存在する。症状特性に応じた合理的配慮の整備により、当事者の現有能力や保持能力の最大活用、柔軟な働き方の調整が可能である。これらの課題と可能性を踏まえ、SCA当事者の就労維持・キャリア形成やQOLに向けた支援は、個別ニーズへの適応、心理的安全の確保、地域資源・制度との連携を包括的に組み合わせることが肝要である。 【参考文献】 1) 難病情報センター「脊髄小脳変性症」 https://www.nanbyou.or.jp/entry/86 (2025年8月閲覧) 2) 運動失調症の医療基盤に関する調査研究班. 「脊髄小脳変性症に対する反復集中リハビリテーションの転帰」. 厚生労働科学研究成果データベース, 2016. 3) 厚生労働省. ゲノム医療推進法に基づく基本計画の概要.厚生労働省医政局研究開発政策課, 令和7(2025)年3月. p.84 発達障害者の就労支援における専門性の検討 -就労アセスメントを中心に ○梅永 雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授) 1 発達障害者の就労における課題 (1) 発達障害者側の課題 発達障害とは、文部科学省1)によれば「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの」と定義されている(文部科学省、2004)。 しかしながら、広汎性発達障害(以下「ASD」という。)、学習障害(以下「SLD」という。)、注意欠陥多動性障害(以下「ADHD」という。)の特性はそれぞれ異なるため、その障害特性に応じた就労支援が必要である。 ア ハードスキルの側面 ハードスキルとは、梅永2)によると仕事そのものの能力のことで、教育や訓練を受けて得た知識を使いこなせる能力であり、技術的な能力によく使われている。具体的には、コンピュータのプログラミングや営業におけるマーケティング、デザインや設計、英語が喋れる語学力などが該当する(梅永、2025)。 (ア) ASD者の課題 ASD者はコミュニケーションや対人行動に困難を示し、独特のこわだりがあるため職場の同僚上司との人間関係が課題となる。 (イ) SLD者の課題 発達障害者支援法では学習障害と明記されているSLD(限局性学習症)者は、読むこと、書くこと、計算すること等主に学習面が課題となる。 (ウ) ADHD者の課題 ADHD者は、不注意・多動・衝動性で定義されており、仕事の面では注意力不足から生じる物忘れやうっかりミスが課題となる。 イ ソフトスキルの課題 ソフトスキルとは、コミュニケーションや時間管理、余暇の過ごし方、対人関係などの能力が含まれており、仕事そのものの能力ではないものの、仕事に間接的に影響を与える職業生活を遂行していくための能力である。ソフトスキルは測定することが難しく英語では「People Skills」といわれることがある。 発達障害者は、このソフトスキルに課題をかかえていることが多い。 (2) 企業側の課題 企業側の課題として最も大きいのは、発達障害の特性に関する認識が十分ではないことである。そのため、発達障害者を雇用した企業からは、表1に示すような問題が報告されている。 表1からは、ソフトスキルの課題が多いことがわかる。 表1 企業側から見た発達障害者の就労上の課題 (3) 就労支援者側の課題 発達障害者の就労支援においては、従来型の伝統的職業リハビリテーションといわれる支援では対処できない課題が数多く存在している。にもかかわらず発達障害者に特化した就労支援がなされているとはいえない。具体的には、時間管理や身だしなみ、昼休みの過ごし方などソフトスキルへの問題は企業が対処に困難を示しているにもかかわらず、就労支援者側の支援が十分に機能しているとはいえない。 2 発達障害者に対する具体的支援 (1) 発達障害者の特性理解 企業においては、まず発達障害の特性理解が必要であるが、その役割を果たすのが就労支援者であると考える。しかしながら、発達障害の特性は説明できても、発達障害者に特化した専門的合理的配慮の提言ができているとはいえない。 (2) 発達障害者に特化した就労支援アセスメント 企業に対して発達障害者が抱える問題に対する効果的な支援を行うためには、発達障害者に特化した職業リハビリテーションサービスを行う必要がある。 とりわけ、具体的支援内容を把握するためには、発達障害者の就労上の課題を把握するためのアセスメントを実施することが重要である。 米国ノースカロライナ大学医学部精神科で実施されてい p.85 るASD児者の包括的支援プログラムであるTEACCH Autism Programでは、学校から就労への移行アセスメントとしてTTAPが使用されている。また、知的障害のないASD者の大学から就労や職業トレーニング機関への移行ではBWAP2というアセスメントが使用されている。 さらに、Bissonnette3)によると、高機能ASDに特化した就労支援プログラムで使用されている職場実習チェックシートにもソフトスキルの項目が多数導入されている。 3 TTAP、ESPIDD、BWAP2 (1) TTAP TTAPは、TEACCH Transition Assessment Profileというもので、検査道具を使って直接ASD生徒に行うアセスメント以外に、家庭や学校/事業所等での状況をヒアリングしながら実施する「家庭尺度」、「学校/事業所尺度」がある。TTAPでは、表2に示すようにハードスキルである「職業スキル」以外に「職業行動」「自立機能」「余暇」「機能的コミュニケーション」「対人行動」「移動」「環境要因」などのソフトスキルの項目が多数含まれている。 表2 TTAPにおけるソフトスキルのアセスメント (2) ESPIDD ESPIDD(Employment Support Program for Individuals with Developmental Difference)では、表3に示すように働いている様子を行動観察しながら行うアセスメントで、ソフトスキルの項目が多数盛り込まれている。 表3 ESPIDDで使用される職場実習シート (3) BWAP2 BWAP2は、高機能ASD者の就労移行プログラムT-STEP(TEACCH School Transition to Employment and Postsecondary-education) で使用されているアセスメントで、主に大学から就労への移行プログラムで実施されている。 このアセスメントの特徴も表4に示されるように多数のソフトスキルの項目が導入されていることがわかる。 表4 BWAP2で使用される対人関係アセスメントシート 4 発達障害者の就労支援者に対する専門性の研修 発達障害者の就労上の課題にハードスキルよりもソフトスキルが多いことが分かったが、わが国ではソフトスキルに絞った就労アセスメントが少ないため、TTAPやESPIDD、BWAP2といったアセスメントの研修を実施すべきであると考える。 研修を受講すべき機関としては、就労移行支援事業所、障害者就業・生活支援センター、発達障害者支援センターおよび地域障害者職業センター等のスタッフといった就労支援機関が考えられるが、企業においても「企業在籍型職場適応援助者」や発達障害者と共に働く同僚上司等にも研修を行うことによって、発達障害者に特化した合理的配慮を実施することができるようになる。 また、ソフトスキルのベースとなるスキルとしては、「コミュニケーション」や「時間管理」、「余暇の過ごし方」など小さい時から身に着けておくべきライフスキルと重なるものも多い。そのため、小さい時からライフスキルアセスメントを行うことにより、「現段階で獲得しているスキル」、「まだ未獲得のスキル」などを把握することができ、就労へのスムーズな移行がなされるものと考える。 【参考文献】 1) 文部科学省『特別支援教育について』,発達障害者支援法(2004) 2) 梅永雄二『成人期の自立に必要な発達障害の子のライフスキル支援』,金子書房(2025) 3) Bissonnette,B.『Helping Adults with Asperger's Syndrome Get & Stay Hired: Career Coaching Strategies for Professionals and Parents of Adults on the Autism』,JKP(2014) 【連絡先】 梅永 雄二 早稲田大学 教育・総合科学学術院 e-mail:umenaga@waseda.jp p.86 放課後等デイサービスにおける職業準備支援の効果検証 -BWAP2を用いたシングルケーススタディ- ○こういちい(株式会社Kaien 児童指導員、公認心理師) 梅永 雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院) 1 はじめに:研究の背景と意義及び本研究の目的 日本は近年障害者雇用促進法の改正で雇用率が上昇しているが、発達障害者の就職率や職場参加率は低い現状が報告されている(厚生労働省,2023)。その原因として、学校教育がアカデミックスキルに偏重し、就労に必要なキャリア形成、ライフスキル(日常生活や対人関係において自立して生きていくために必要なスキル)が不足している点が挙げられる(梅永,2017; 全国PTA連絡協議会, 2024)。このような状況から、放課後等デイサービス(以下「放デイ」という。)での早期からのキャリア教育やライフスキル指導の必要性が高まっている。放デイに通う発達障害児を対象とした調査研究では、児童生徒は知的スキルをある程度獲得しているものの、企業に求められるライフスキルが不足していることを明らかにした(康, 2023)。 本研究では、職場適応プロフィールBWAP2を用い、発達障害のある高校生1名に対する2年間の支援がもたらした成長をシングルケーススタディとして検証する。 2 対象と方法 (1) 対象者 本研究の対象者は、放課後等デイサービスティーンズを利用していた発達障害のある高等専修学校に所属していた高校生1名、ユウタさん(仮名)である。保護者から同意を得て、16歳時及び18歳時に2回BWAP2を実施した。 (2) 評価ツール 評価には、発達障害者の職場適応を評価するツールであるBWAP2(Becker Work Adjustment Profile 2)を用いた。このツールでは、仕事の習慣態度(HA)、対人関係(IR)、認知能力(CO)、仕事の遂行能力(WP)の4領域、全63項目を0~4点の5段階で評価される。評価結果は、「情緒障害」の換算表を使用し、Tスコアとワークプレイスメントレベルで示される。2年の指導経過を比較し、4領域それぞれの変化に加え、下位項目ごとの得点変化についても詳細な比較検証を行った。 (3) 介入内容 ティーンズにおける支援の内容は、ユウタさんの特性とニーズに基づいて継続的に実施された。平日セッションでは計画立て(スタッフとの面談)、個別活動、振り返り面談を行っている。週末「お仕事体験」のプログラムでは、擬似職場で様々な職業(接客、クリエイティブ、事務など)を試着することで、就労準備性の向上、ライフスキルの獲得、および自己理解・自立性の促進を主な目的としている。 ①半年に1回実施する保護者面談、及びご本人とのマンツーマンによって、内容が見直されていた個別支援計画に基づく目標設定と支援を実施した。 ②BWAP2の課題項目に合わせた指導をした。マニュアル、モデリング、フィードバックも活用し、就労に必要なライフスキル獲得を支援した。 ③個別面談と日々の記録を通じ、支援者はユウタさんの活動状況や変化を継続的に把握。職場実習や就職活動の進捗に応じ支援目標と対応を柔軟に調整し、スモールステップでスキル習得を支援した。 3 結果 (1)BWAP2の2年間における変化 「総合的職場適応能力(BWA)」Tスコアは、16歳当時の51から18歳には57へ上昇し、ワークプレイスメントが福祉就労(高)レベルに到達している。各領域では、HAが48から53へ、IRが46から49へ改善。COは57から63へ大幅に上昇し、WPも51から56へと向上した(図1)。 図1 BWAP2 Tスコアの推移 (2) 各領域下位項目におけるスコアの変化及び介入(図2) ア 仕事の習慣/態度(HA) この領域での成長は、意欲の改善に顕著に表れている。お仕事体験で様々な職業を体験しつつ、高校3年時の職場実習のタイミングに合わせ、目標設定と振り返りで達成したことと課題点についての面談を設定した。その結果、自分から追加業務に取り組むなど主体的な行動が増え、モチベーションが明確に向上した。支援により、身だしなみを整える習慣(2→3)や時間順守(2→3)に加え、信頼 p.87 性(1→2)も改善された。 図2 変化があった下位項目の得点 イ 対人関係(IR) 事前事後2回ともに福祉就労(低)レベルに留まったものの、スモールステップでの支援により改善が見られた。本人の人とのつながりへの拒否感がない特性を活かし、チームでのやり取りをモデリングや声かけで支援した。敬語やクッション言葉の使用を段階的に練習した結果、同僚や上司への対応(2→3)が改善。また、「イライラのトリセツ」といった動画教材及び面談により、感情の安定(1→2)にもつながった。これらの支援は、対人関係スキルの着実な向上を示唆している。 ウ 認知能力(CO) 自分の状況を伝えるコミュニケーション能力の改善に重点を置いた。「お仕事体験」では、クローズドクエスチョンからオープンクエスチョンへと支援を移行させ、自分から状況を伝えられるようになった。これにより、必要な要求伝達(2→3)や言語指示に従う能力(2→3)、コミュニケーション能力(2→3)が向上した、ユウタさんの強みとしてさらなる向上が見られた。 エ 仕事の遂行能力(WP) 自立的な作業遂行に向け、可視化されたマニュアルやスケジュールの提供に重点を置いた。(図3)その結果、仕事の取り掛かり(1→3)や自立機能(1→2)、必要な援助(2→3)、問題の報告(1→2)といった項目で改善が見られた。特に職場実習で明らかになった「わからないのに質問できない」という課題に対し、問題発生時の報連相を練習させたことで、ハードスキルだけでなく職場定着に必要なソフトスキルの着実な向上に繋がった。 4 考察 (1) BWAP2の変化から示唆されるユウタさんの成長 BWAP2の結果から、ユウタさんの就労準備性とライフスキルの向上が見られた。IRとHAも改善が見られ、身だしなみやモチベーションといった項目で成長が確認された。また、コミュニケーションスキルが向上したことで、COやWPでは、ハードスキルだけでなく、問題報告、援助要求といったソフトスキルの確立も示唆される。 図3 お仕事体験で使われているホワイトボード (2) 指導・支援と成長の関連 これらの変化は、ティーンズでの個別支援と実体験を通じた学習が密接に関わっている。HA領域のモチベーション向上は、職場実習と「お仕事体験」の組み合わせが寄与。IR領域では、スモールステップの課題設定、教材と実践の組み合わせ、コミュニケーションと感情コントロールに焦点を当てた支援が効果的だった。COとWPの向上は、可視化されたマニュアルやスケジュールを用いた構造化が、自立機能や時間に合わせた行動に大きく貢献した。しかし、新規場面での対応や問題解決能力など、一部の課題は依然として残されている。 (3) シングルケーススタディとしての意義と今後の示唆 本研究は発達障害のある個人に対する長期的な支援の有効性と個別性を詳細に示すことができた実践研究である。BWAP2のような客観的評価ツールを継続活用することで、支援効果を可視化できる点に大きな意義がある。今後のライフスキル指導においては、アセスメントを通じて個々の強みと課題を明確にし、実体験と結びつけた支援を継続していくことの重要性が示唆される。 【参考文献】 1) 一般社団法人 全国PTA連絡協議会(2024),“キャリア教育における課題保護者・地域としての理解とサポート”(参照2024-08-01) 2) 厚生労働省「令和5年度障害者雇用実態調査の結果」,(2024) 3) 梅永雄二(2017).発達障害者の就労上の困難性と具体的対策:ASD 者を中心に.日本労働研究雑誌, 2017年, 685号 【連絡先】 こういちい 株式会社Kaien 教育事業部放課後等デイサービスティーンズ e-mail:ciko@teensmoon.com p.88 知的・発達障害者への農作業支援における運動プログラムの導入と効果 ○天田 武志(NPO法人ユメソダテ 理事) 外山 純 (NPO法人ユメソダテ/よむかくはじく有限責任事業組合) 前川 哲弥(NPO法人ユメソダテ/株式会社夢育て) 1 はじめに 我々は、農作業が自然環境の中で感覚・運動・認知を総合的に活用する活動であり、知的・発達障害のある人々にとって心身の発達を支える実践的な学習の場となり得ることを報告した1)。 農作業には、土を耕す、苗を植える、収穫物を切る・摘む、運ぶなど、多様な身体動作が含まれ、粗大運動と微細運動の双方が求められる。これらの運動は全身の協調性や姿勢保持、バランス感覚の向上に寄与し、さらに感覚統合を促進して「身体図式」の形成にも関与している。 身体機能の発達は認知発達の基盤とされ、運動経験は注意力・記憶力・実行機能などの基礎的認知機能を高めることが知られている。この事から、農作業は発達障害や知的障害のある人々への有効な支援手段と位置づけられる。 一方、知的・発達障害のある人の中には、発達期に十分な基礎運動経験を積めず、動作の模倣、しゃがむ、立ち上がる、バランスを取る、両手の協調使用といった身体操作が未発達なまま成人期を迎える者も少なくない。加えて、学校卒業後は体育や体操の機会がなくなり、日常生活でこれらの動作を意識的に訓練する場はほとんど失われる。その結果、基礎的な身体操作の未熟さが農作業に必要な動作習得の妨げとなり、「農作業を通じた成長支援」が十分に行えない可能性がある。従って、農作業導入の前段階または並行して基礎的運動能力の向上を図ることが重要であると考えている。 図1 農作業を通じた成長の流れ そこで我々は、基礎的な身体の使い方のトレーニングとして、ブレインジム(Brain Gym®)の手法と、それを取り入れた独自の運動プログラムを考案した。 ブレインジムは米国の教育学者ポール・デニソンが提唱した教育的運動プログラムで、左右の身体協調、視覚と運動の連携、注意力・集中力の向上などを目的とした一連のエクササイズから構成される2)。 本研究では、この運動プログラムの効果を、農作業における基本動作である「しゃがむ」「鋏を使用する」「鍬を振る」の3項目を対象に検討した。 なお、ブレインジムの詳細は日本教育キネシオロジー協会のウェブサイトを参照されたい3)。 2 方法と結果 本活動は、夢育て農園・人を育てる畑コース1)として週に1回、約2時間半、屋内での座学および屋外での農作業を中心に実施したものである。 対象者(受講生)は10代後半から20代の知的・発達障害を持つ若者で、それぞれに運動面での発達課題(例:しゃがめない、手指巧緻性の低さ、姿勢保持困難、運動協調の不全など)を有していた。 (1) 「しゃがむ」という動作について ア 目的 農作業における「しゃがむ」動作は、作物の植え付け、除草、収穫など地表近くで行う作業に不可欠である。理想的な姿勢は、足幅を肩幅程度に開き、つま先をやや外側に向けて安定性を確保し、踵を地面につける。膝はつま先と同じ方向に曲げ、背中を丸めずに軽く前傾し、体幹を安定させることで腰部への負担を軽減できる。本研究ではこの姿勢の安定性向上を目的として運動プログラムを導入した。 イ エクササイズ内容 (ア) カーフ・ポンプ:ふくらはぎを伸ばし、足首の柔軟性を高めて踵を地面につけやすくする。 (イ) アーム・アクティベーション:肩甲骨を安定させる前鋸筋を伸ばし、しゃがんだ時の前傾姿勢を保つ。 (ウ) クロス・クロール:左右の手足を交互に動かし、身体の左右連携と体幹の安定性を強化する。 ウ 結果 しゃがむことができず、膝当てを使い両膝立ちで作業していた受講生がしゃがめるようになった。足首の可動域の拡大、体幹の安定性向上、左右連携の改善によるものだと考えられる。しゃがんだ時にバランスを崩していた受講生もいたが、安定性が向上し、播種、収穫などの農作業の習得が円滑になった。 p.89 (2) 鋏を使用することについて ア 目的 農作業では、鋏を用いて葉や茎の間に隠れた収穫物を切り取るため、図と地を分ける視知覚的能力が求められる。しかし、知的・発達障害のある人ではこの能力が未発達な場合が多く、対象者も収穫物の発見に時間を要し、視線が定まらない様子が見られた。そのため作物を端から順序よく探すために追従性眼球運動を、また手指の巧緻性は収穫作業の効率化や安全性にも関わるため、特に指先の分離運動を促す活動を取り入れた。 イ エクササイズ内容 (ア)レイジー・エイト:横に寝かせた8の字(∞)を指で描きながら目で追う運動。眼球運動の滑らかさ、焦点調整、目と手の協応の向上のため。 (イ)片手で紙を丸める:片手のみを使い紙を丸めるというエクササイズ(注:これはブレインジムのエクササイズではない)。紙の大きさや厚みを変えて負荷を調整する。 ウ 結果 エクササイズの実施により、地と図の区別が可能となり、収穫物を見つけることが容易となった。手と目の協応や手指の巧緻性も向上し、鋏を使う際の手の動きも正確になり、作業中の集中度が高まった。また、身体的安定が感覚の過剰な反応を抑え、周囲を見る・話を聞く、作物の大きさを定規で比較するなどの認知的行動にも良い影響が見られる受講生もいた。 (3) 鍬を振ることについて ア 目的 鍬振りは、畝を立てる、土をほぐす、雑草を取り除くなど、農作業の中でも基盤づくりに直結する重要な動作である。この動作には、足幅の保持や膝・股関節の屈伸による下半身の安定性、腰から肩にかけての回旋による体幹の姿勢制御、両手の動きを協調させる左右協応性が求められる。また、鍬を振り下ろす際には視覚情報と運動タイミングの一致が必要であり、集中力や動作予測(自分が次にどう動くかを前もって考える)や作業計画(作業の手順や順番をあらかじめ決めて効率よく動く)といった実行機能も同時に働く。つまり、鍬振りは筋力・バランス・身体の協調性・認知を総合的に使う複合的な運動課題であるといえる。 その中でも今回は、腰から肩にかけての回旋動作時の体幹姿勢の維持、両手の動きを連携させる身体の左右協調性の向上、さらに鍬を振り下ろして後方に引く際に生じる体重移動を容易にすることを目的とし、エクササイズに取り組んだ。 イ エクササイズ内容 (ア) クロス・クロール:左右交互の手足運動により、身体の左右の連携、体幹の安定化を促す。 (イ) アーム・アクティベーション:肩甲帯の安定と可動域の確保により、鍬振り時の上半身動作をスムーズにする。 (ウ) カーフ・ポンプ:ふくらはぎと足首の柔軟性を高め、下半身の踏ん張り、体重移動を向上させる。 ウ 結果 受講生全員に鍬振り動作の正確性と作業効率の向上が認められた。加えて、鍬を振りながらの後退時にも、真っ直ぐ移動できるようになった。これらの改善により、自力で畝立てができるまでに成長した。 3 まとめ 運動プログラムの導入は、農作業に必要な身体能力や注意力、視知覚の向上に直結し、作業の安定性や効率の改善に貢献した。特にブレインジムのエクササイズは、特別な場所や道具を必要とせず、安全かつ簡便に実施できるため、限られた環境や時間の中でも継続が可能であり、農作業前のウォーミングアップとして有効性が高い。 しかしながら、すべての受講生が同様の効果を示したわけではなく、中には身体機能の改善が限定的であった者もいた。この背景には、個別の発達段階や既存の運動経験、支援環境の違いなど多様な要因が影響していると考えられる。今後は、対象者の身体・認知機能の変化を丁寧に観察し、適切な運動を組み合わせた支援の継続と、運動と認知の相互作用に注目した研究や支援方法の体系化を進めていきたい。 【参考文献】 1)前川哲弥『体操、座学、畑作業を組合せた学習プログラムの概要と知的障がいのある青年の行動変化及び生涯学習法としての活用可能性について』高齢・障害・求職者雇用支援機構第32回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集(2024) 2)Piaget,J.The Dennison, P. E., & Dennison, G. E. Brain Gym:Teacher’s Edition. Edu-Kinesthetics, Inc. (1994). 3)NPO法人日本教育キネシオロジー協会:エクササイズの紹介https://braingym.jp/exercise 【連絡先】 天田武志 e-mail:amada@yume-sodate.com p.90 40代発達障害女性のキャリア形成 -障害者雇用10年の自己省察- ○川口 麻里(株式会社セレブリックス ディレクター/筑波大学大学院 人間総合科学学術院博士前期2年) 宇野 京子(一般社団法人職業リハビリテーション協会)、八重田 淳(筑波大学人間系) 1 背景と目的 障害者雇用の質は未だ不十分であり、発達障害者の短い勤続年数や低い給与水準もその現状を示している。企業が発達障害者を戦力として十分に活用できているとは言い難い状況である1)。発達障害者が上司のサポートでキャリアアップする先行研究は存在するものの、当事者自身の視点からの研究は不足している2)。一般雇用から障害者雇用へ移行する発達障害者が増加する中、彼らが職場で直面する課題や、自らがキャリアを築く過程が示された具体的な知見は少ないのが現状である。 このような背景から、本研究は、当事者である筆者自身の経験を深く掘り下げる必要があると考えた。本研究は、40代の発達障害女性(以下「K」という。)のキャリア形成における転機と、それに伴う自己の変化を分析する質的研究である。4回の対話を通じて、Kの幼少期から現在に至るまでのライフキャリアを深く掘り下げ、特に障害者雇用における10年間の経験に焦点を当てた。障害を持つ人のキャリア形成を支援する上で、当事者の主体的経験が重要であることを明らかにし、その知見を社会全体に還元することを目的とする。 2 方法 本研究は、筆者自身であるKを対象とした「オートエスノグラフィー」という手法を使った研究の中間報告である3)。オートエスノグラフィーとは、自分自身が研究対象となり、個人的な経験を深く掘り下げて分析する質的研究法である。過去10年間の障害者雇用におけるKのキャリア形成の経験を、以下のデータを用いて振り返り、分析した。 また、本研究は、障害者雇用のコンサルテーションに従事する専門家(以下「研究協力者」という。)との4回の対話データを分析した。 (1) 研究対象者(筆者自身であるK) 診断前は看護師や医療相談員として離転職をくり返し、30歳で発達障害の診断を受けた。診断後は障害者雇用に切り替えて働き始め、現在は在宅勤務の正社員として、障害のある社員の育成、労務管理、採用を担当している。 (2) 研究協力者 障害者雇用支援歴10年 (3) データ収集方法及び分析方法 ア 対話データ 研究協力者とのオンライン対話を4回実施。対話内容は、研究協力者の承諾のもと録画し、逐語録を作成した(表1)。 イ ライフラインチャート(図1) 10年間のキャリアの棚卸しと、その間の自己肯定感や幸福感の変遷を可視化するために作成し、対話に使用した。 表1 対話のテーマおよび実施日、実施時間 実施日 実施時間 1障害者雇用10年のキャリアの棚卸しを、ライフラインチャートを共有しながら行う 2025 5/10 1:54:20 2ライフラインチャートで可視化したキャリアの転換点や課題について深掘りする 5/25 1:59:03 3発達障害の特性がキャリアに与えた影響や、自己理解の変化について考察する 6/7 2:13:03 4今後のキャリアプランや、障害者雇用の質の向上に向けた提言について議論する 6/21 2:56:01 図1 ライフラインチャート (4) 倫理的配慮 所属大学の研究倫理委員会の承認を得て対話を実施した(第東24‐101号)。また、発表と掲載について、研究協力者の承諾を書面にて得た。 3 結果 Kのキャリア形成において、特に重要な転機は以下の3つに集約された。 (1) 大人の発達障害を知り、自己理解を深めたこと 専門学校で初めて「大人の発達障害」の存在を知り、自分に当てはまると感じた。関連書籍を読み漁り、当時の主治医に知能検査を依頼した結果、30歳で発達障害の診断を受けた。これにより、過去の生きづらさが「自分だけのせいではなかった」と安堵した。当事者会や研究協力への参加は、自己を客観的に理解する上で大きな支えとなった。 (2) A社での経験とPowerPointとの出会い 障害者雇用1社目は、外資系企業であるA社に採用された。ここで初めてPowerPointを使い、自身の能力を伸ばせる楽しさに没入した。この経験を通じて、情報整理の苦手さや読み書き障害という弱みが、分かりやすい資料作りという強みへと転換した。このスキルは、その後のキャリアにおいて大きな武器となった。 (3) ロールモデルとの出会い Kのキャリア形成には、4人の重要なロールモデルの存 p.91 在があった。当事者カフェを立ち上げたMKさんの奉仕的な姿勢、当事者研究を主導したAさんによる自己理解の促進、前職の上司であったYさんからの人材育成の示唆、そして医師の中村哲さんから得た「自分のできることをしよう」というメッセージ。これらの出会いが、Kのキャリア形成の方向性を決定づけた。 4 考察 Kのキャリア形成は、劣等感や無力感をバネに、好奇心と主体性を持って道を切り拓いてきた過程であった。この軌跡は、いくつかのキャリア理論によって考察することができる。 (1) プロティアンキャリアとプランドハップンスタンス理論4)5) Kのキャリア形成は、変化する環境に自律的に適応し、再構築していくプロティアンキャリアの典型例である。発達障害診断前の15社にわたる転職や、障害者雇用への転向は、環境の変化に柔軟に対応するKの姿勢を明確に示している。また、偶然の出来事をチャンスと捉え、主体的にキャリアを形成していくプランドハップンスタンス理論もKの経験に当てはまる。A社への入社は、イベントで得た偶然の情報を活かし、「とりあえず飛び込む」という行動を起こした。これは、ADHD特性による強い好奇心と結びついており、同理論が提唱する「好奇心」や「リスクテイク」に相当する。Kのキャリアは、衝動性だけでなく、逆境に立ち向かう粘り強さによっても支えられた。 (2) Work As Calling(天職)の理論6) Kが現在、障害のある社員の採用・育成を担うディレクターの仕事にやりがいを感じ、「天職」であると認識していることは、Work As Callingの概念と深く結びついている。この理論は、仕事が単なる収入源ではなく、個人の人生の目的や社会貢献と深く結びついている状態を指す。Kは、過去に経験した「悪しき障害者雇用」への憤りや、人間扱いされないような差別的な対応、偏見に苦しんだ負の経験を、他の当事者が味わわないように支援したいという使命感へと昇華させた。Kがロールモデルである中村哲さんの「自分のできることをしよう」というメッセージに感銘を受けたことも、奉仕や社会貢献といった価値観が、Kの仕事へのモチベーションの根底にあることを示唆している。 (3) ロールモデルと自己肯定感の向上 Kのキャリア形成は、ロールモデルとの出会いを通じて方向づけられた。MK氏、A氏、Y氏、そして中村哲氏という4名の「尊敬できる」「憧れの対象」は、Kの自己肯定感を高める上で大きな役割を果たした。Kは現在、障害のある社員の成長を間近で見ることや、他の社員を助けることに大きなやりがいを感じている。この「仕事が楽しい」という感覚を通じて、Kは自己効力感と自己肯定感を高めている。これは、ロールモデルから得た示唆をKが自身の支援活動として実践し、自己実現を体現している状態である。 5 結論 本研究は、Kのキャリア形成の過程を、自己省察と専門家との対話を通じて深く掘り下げることで、発達障害を持つ人々のキャリア支援における重要な示唆を導き出した。 提言 (1) 企業への提言 雇用の質を向上させるため、単なる法定雇用率の達成に留まらず、当事者の「やりたい」「できた」という意欲や実体験を尊重し、能力を活かせる「戦力」として育成する姿勢が求められる。 (2) 支援機関への提言 支援機関は、当事者の主体性を尊重する「伴走型支援」へと転換し、支援者としての専門性と倫理観を向上させる必要がある。 (3) 当事者への提言 自身の強みを能動的に発信してキャリアを切り拓くことが重要である。過去の困難な経験を未来の力となるよう「意味づけ」することが、充実した職業人生につながる。 Kのキャリアは、ロールモデルとの出会いを通じて多様な人的資源を獲得し、変化する環境に主体的に適応する力(プロティアンキャリア、キャリアアダプタビリティ)を体現した。現在の職場で障害のある社員と管理者の「橋渡し役」として独自のアイデンティティを見出したKは、仕事に没頭できる「天職」と出会い、自己肯定感を高めることに成功した。これらは、Kのキャリア形成において重要な節目を迎え、充実した職業人生を歩んでいることを示している。 6 限界 本研究は、研究者自身であるK1人のキャリア経験を分析するオートエスノグラフィーという質的研究法を用いるため、一般化可能性の低さ、客観性の確保の難しさ、事例の限定性という限界がある。これらの限界を踏まえ、今後はより多様な背景を持つ発達障害者への支援事例を収集し、知見をさらに深めていくことが今後の課題である。 【参考文献】 1) 厚生労働省 (2024).令和5年度障害者雇用実態調査. https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_39062.html 2) 宇野京子,前原和明 (2022).自閉スペクトラム症特性のある青年のキャリアアップの動機と行動変容に関する事例研究―10年間の振り返りと転機における支援―. Total Rehabilitation Research, 10, 52-66. 3) トニー・E・アダムス,ステイシー・ホルマン・ジョーンズ,キャロリン・エリス (2022).オートエスノグラフィー 質的研究を再考し、表現するための実践ガイド.新曜社. 4) Mitchell, K. E., Levin, S. A., & Krumboltz, J. D. (1999). Planned Happenstance: Constructing Unexpected Career Opportunities. Journal of Counseling & Development, 77(2), 115-124. 5) 松為信雄 (2024). キャリア支援に基づく職業リハビリテーション学. ジアース教育新社 6) Duffy, R. D., Douglass, R. P., England, J. W., & Velez, B. L. (2018). Work as a calling: A theoretical model. Journal of Counseling Psychology, 65(4), 423-439. p.92 ヒアリング調査から考察される「障害者手帳を所持していない精神障害者・発達障害者の就労実態等」について ○髙木 啓太(障害者職業総合センター 上席研究員) 根本 友之・大石 甲・布施 薫・佐藤 涼矢・桃井 竜介(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 障害者雇用率制度における障害者の範囲については、労働政策審議会障害者雇用分科会意見書(令和4年6月17日)において、「手帳を所持していない者に係る就労の困難性の判断の在り方にかかわる調査・研究等を進め、それらの結果等も参考に、引き続きその取扱いを検討することが適当である」とされた。このような状況を踏まえ、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センターでは2024年度から2025年度にかけ、「障害者手帳を所持していない精神障害者、発達障害者の就労・支援実態等に関する調査研究」を行っている。 この調査研究は、精神障害又は発達障害の診断を受けているが障害者手帳(以下「手帳」という。)を所持していない者(以下「手帳を所持していない者」という。)について、アンケート調査及びヒアリング調査により、就労支援機関における就労支援の状況、就労上の課題、支援事例等について把握を行い、手帳を所持していない者に対する就労支援機関における効果的な支援方法や課題への対処等の検討に資することを目的としている。 本発表は、ヒアリング調査を実施した際に把握した就労・支援実態等について取りまとめた結果を報告する。 2 ヒアリング調査方法 就労支援機関アンケート調査において、ヒアリング調査への協力可能と回答し、手帳を所持していない者の就労支援に取り組んでいる就労支援機関(公共職業安定所、新卒応援ハローワーク、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター、就労移行支援事業所、地域若者サポートステーション、発達障害者支援センター)のうち、16の就労支援機関に対して、訪問又はWebによりヒアリング調査を実施した。 ヒアリング調査では、支援事例を中心に、手帳を取得しない理由、就労上の課題、支援の具体的内容、効果的であった支援内容、課題解決に当たって困難を感じた点、必要と考える支援策等について具体的に把握を行った。また、手帳所持・非所持による就労支援の違いをどのように考えるか等についても把握を行った。 3 結果と考察 (1) 手帳を取得しない理由 手帳を取得しない理由の主なものは表1のとおりである。 ・家族の反対を理由とするもの(A1、I2) ・「障害者」というレッテルを貼られることや「障害者」という名称への抵抗感を理由とするもの(E1、E2、K1) ・障害を隠したかった、診断当時は障害を認めたくない気持ちがあったといった障害受容が進んでいないことを理由とするもの(B1、F2、G1、O2、P1) 表1 手帳を取得しない理由 p.93 ・一般雇用を希望している、一般雇用で就労中であることを理由とするもの(F2、M1、N1、O1、P1、P2) ・利用開始時は手帳について知らなかった、といった手帳に対する知識不足を理由とするもの(F1) ・手帳を取得するほど障害は重くないと認識していたため、うつ病は治るので手帳は必要ないと認識していたためといった自分の障害の程度を適切に認識できていないことを理由とするもの(C2、K2) ・主治医が手帳に非該当と判断したことにより、本人の困り感はあるものの医師により手帳の範囲に該当しないとみなされたもの(B2) 上記のように、手帳を取得しない理由は様々であるが、本人が望む就労のあり方に向けての合理的な選択を行うことができるように、その理由に応じた支援を行うことが就労支援機関には求められるだろう。 (2) 手帳非所持の場合の支援と課題 手帳所持・非所持による就労支援機関における就労支援の違いについて、主なものは表2のとおりである。 ・手帳を所持していない者は、情報にアクセスしにくいこと、相談できる機関や利用できる福祉サービスが限られること(A、E、M、N、P) ・手帳を所持していない者は、障害非開示での就労が多く、就労支援機関による就職活動や職場定着の支援の実施が難しいことや配慮が受けられないこと(B、C、I、J) ・企業にとって、手帳の有無が配慮提供に影響をすること(H、O) また、表1の26事例のうち14事例が就労支援機関による支援開始後に手帳を取得(申請中を含む)しており、手帳を所持していない者にとって手帳の取得や障害の開示についての考え方は固定的なものでなく、状況の変化や時間の経過により、変化しうるものであることが明らかになった。手帳や障害者雇用に関する情報提供については、タイミングや本人が腑に落ちる形での提供などが重要であることがうかがえる。 多くの就労支援機関において、支援者は手帳を所持していない者に対して、手帳や障害者雇用についてのメリット・デメリット等の情報提供はしつつも、本人の自己決定を尊重しながら、伴走的な支援を行っている様子がうかがわれた。就労支援機関にあっては、本人の考え方を固定的に受け止めることなく、状況の変化に応じ支援を展開していくことが重要であると言えるのではないだろうか。 (3) 手帳非所持で職場定着している場合 就労支援機関への相談後も手帳を取得せずに障害を開示して一般就労していた事例も表1のうち7事例(うち1事例は離職)あった。手帳を所持していなくても、合理的配慮を受けられている事例がある一方で、障害を開示しても合理的配慮を十分に受けることができていない事例もあった。障害を開示した場合、手帳を所持していなくても、十分な合理的配慮が提供されるように、企業に対して、手帳を所持していなくても合理的配慮提供義務の対象であることの周知を進めることが必要であると考える。 また、手帳を所持していない者が相談できる機関や受けられる福祉サービスの増加が望まれる。 今後は、さらに分析を進め、手帳を所持していない者の就労・支援実態等について明らかにしていく予定である。 表2 手帳所持・非所持による就労支援の違い p.94 p.95 研究・実践発表 ~口頭発表 第2部~ p.96 1年定着率100%を支える継続的な定着支援体制の仕組みと成果 ○前田 有香(オイシックス・ラ・大地株式会社 DE&I委員会 事務局・障がい者部会) ○石井 一也(オイシックス・ラ・大地株式会社 DE&I委員会 障がい者部会 部会長) ○原 美幸(オイシックス・ラ・大地株式会社 DE&I委員会 障がい者部会) 1 はじめに オイシックス・ラ・大地株式会社(以下「当社」という。)は、ウェブサイトやカタログを通じて有機野菜、無添加加工食品などを販売する小売業を主たる事業としており、2025年3月31日現在、全従業員数2,021名、そのうち障害者数は54名、実雇用率3.00%となっている。当社はこれまで、障害の有無や国籍にかかわらず、すべての社員が能力を発揮し、安心して長く働ける職場づくりを推進してきた。その結果、通算3年定着率は72.2%という実績を上げており、特に2024年4月以降に入社した社員(試用期間終了者に限る)の1年定着率は100%を達成している。本稿では、この高い定着率を支える当社の継続的な定着支援体制の具体的な仕組みと、その取り組みがもたらす成果について報告する。 2 障害者雇用の全体像と定着率の現状 当社の障害者雇用は、雇用率達成に関わらず継続的な採用と定着支援、活躍機会の創造を目的としている。特に、ロジスティクス拠点(習志野)では、障害者雇用率が拠点単体で15%に達している。障害区分別では、精神障害が45.3%、知的障害が35.8%、身体障害が18.9%を占めている。また、重度障害者も10名在籍しており、全員が無期雇用で、平均勤続年数は12.22年、最長勤続年数は24年と、安定した長期雇用を実現している(図1)。 図1 重度障害の雇用者の在籍年数 職務内容は、各拠点の特性に応じて設計されている。本社総務部では清掃や他部門から受託した業務を、発達障害および聴覚障害のある社員が担当。海老名拠点では多様な障害のある社員が庫内業務に従事し、管理システム導入で作業ミス防止を図っている。習志野拠点では障害のある社員専用のチームが、カタログの丁合・ラッピング・封入業務を担っている。これらの取り組みの結果、全社的な通算3年定着率は72.2%に達し、2024年4月以降入社の社員の1年定着率は100%を達成している(表1、表2)。 表1 全社定着率(令和7年5月1日時点) 表2 障害別定着率(令和7年5月1日時点) 3 ダブルミッションで運営する障がい者部会の仕組み 当社の定着支援体制の核となるのが、DE&I委員会内に設置された「障がい者部会」である。この部会は、専門職に依存しすぎない現場主導型の支援を実現するため、雇用担当者だけでなく障害領域に関心を持つ多様な社員が「ダブルミッション」として業務時間の20%未満で運営にあたっている。2023年9名でスタートし、2024年には14名に拡大するなど、社内の関心も高まっている。 この部会の主な役割は、以下の3点である。 (1) 部会による現場支援と第三者視点の導入 拠点での日常的な支援に加え、部会メンバーが「定着支援」として現場を訪問し、本人との面談を実施している。この客観的な視点により、現場統括者に直接伝えづらい課題や、拠点内だけでは気づきにくい変化を拾い上げることが可能となり、早期対応や制度改善につながっている。支援を受けた障害のある社員からは、「本社の人が話を聞いてくれるのは安心できる」という声も寄せられている(図2)。 p.97 図2 障がい者部会による支援体制 (2) 現場統括者の孤立防止とスキル向上 従来の現場担当者は横のつながりを持ちにくい環境にあったが、部会活動を通じて他拠点との交流や定着面談を経験することで、知見の共有が進み、心理的負担の軽減やスキル向上にもつながっている。 (3) 支援の質の向上 専門的な知識やバックグラウンドを持たないメンバーも多く在籍しているが、精神・発達障害者しごとサポーター養成講座や障害者生活相談員研修を積極的に受講し、支援の質を高めている。 このように、ダブルミッション体制で運営される障がい者部会は、現場と本社が連携して課題解決に取り組む仕組みを構築し、高い定着率を支える重要な基盤となっている。 4 定着を促す多様な配慮と評価制度 当社の定着支援は、障がい者部会による組織的なサポートに加え、個々の社員に合わせた多様な配慮と成長を促す人事制度によって実現されている。 (1) 特性に応じた職務設計と職場環境の整備 聴覚障害のある社員が在籍する拠点では、朝礼時にホワイトボードにスケジュールやノルマを明示し、情報を視覚化している。連絡事項はSlackチャンネルを通じて共有され、口頭でのやりとりが苦手なメンバーにとっても安心できる情報取得手段となっている。 本社では、封入作業スペースを壁側に設けることで、周囲の動きによる注意散漫を防ぐ工夫を行っている。 また、習志野拠点では、作業中に発声を伴う特性をもつ社員のために、他部署に影響を与えない倉庫内の専用スペースを作業場として確保している。 (2) 成長とキャリアアップを促す評価制度 海老名拠点では、障害の有無や国籍にかかわらず、すべての社員に同一の給与水準とスキル連動型の昇格制度を適用している。 評価制度は「生産管理」「教育」「労務管理」の3つの観点で構成されており、各等級に必要なスキル要件が明確に定められている。 この評価制度により、自身の成長ポイントが可視化され、障害のある社員からも昇格者が生まれている。 等級は帽子の色で視覚的に示されており、赤帽や青帽といった上位等級がモチベーション向上につながっている。 定着面談では、現状維持か昇給かを本人の意思を確認し、どちらの道を選んでも大切な存在であることを伝えることで、社員の安心感と意欲を支えている。 5 成果と今後の展望 一連の定着支援体制の結果、当社は顕著な成果を上げている。通算3年定着率は72.2%に達し、特に2024年4月以降の入社者(試用期間終了者)においては1年定着率100%を達成した。障害種別に見ても、精神障害者の1年定着率は93.8%、3年定着率は71.4%と安定している。また、障害のある社員からもリーダー層への昇格者を輩出し、その意欲を醸成している。 これらの取り組みは、安定性・継続性も見込める。当社はAI活用が進むオフィス業務のDX化が進む一方で、人が介在する意義のある製造・ロジスティクス業務に注目し、障害者の活躍機会を拡大していく予定である。採用段階から「業務遂行可能性」と「長期的な安定就労」の両方を重視し、ケア体制を通じて安心して業務に取り組めるよう支援している。また、1年定着率だけでなく3年定着率もKPIとして設定し、短期的な成果にとどまらない支援の継続を社内全体で共有している。 今後の課題としては、障害のある社員の活躍への期待が高まる中で、個々の成長と障害特性をいかに両立させるかが挙げられる。今後は、障害のある社員にとっての「働きがい」のさらなる創出にも注力し、より安定的で前向きな雇用継続を実現していく。 【連絡先】 前田 有香 オイシックス・ラ・大地株式会社 DE&I委員会 e-mail:maeda_yuka@oisixradaichi.co.jp p.98 障がい者雇用における業務定量化の実践 ~戦力化に向けた成果の見える化~ ○吉野 正利(株式会社マイナビパートナーズ オフィスセンター事業本部 事業部長) ○小幡 尚史(株式会社マイナビパートナーズ オフィスセンター事業本部 オフィスセンター事業部) 佐藤 桃子(株式会社マイナビパートナーズ オフィスセンター事業本部 オフィスセンター事業部) 安藤 舞(株式会社マイナビパートナーズ オフィスセンター事業本部 オフィスセンター事業部) 迎 沙梨葵(株式会社マイナビパートナーズ オフィスセンター事業本部 オフィスセンター事業部) 新倉 正之(株式会社マイナビパートナーズ オフィスセンター事業本部 オフィスセンター事業部) 1 はじめに 株式会社マイナビパートナーズ(以下「弊社」という。)は、障がい者作業メンバーが事務作業を行う部署を母体として2016年に特例子会社として分社化され、現在は200名以上の障がい当事者社員が勤務している。弊社では「誰もが活躍するための道を拓き、未来への道標となる。」というミッションを掲げ、ミッション達成のためには「業務請負力の向上」とそれを支える「人材の戦力化」が重要な課題と位置付けている。 しかしながら、これまでは弊社の人材の実力を客観的に把握する手段が存在せず、戦力化の達成度を測ることが困難であった。その要因としては、以下の2点が挙げられる。 課題①:「戦力化」という概念の定義が明確にされていなかったこと 課題②:弊社が毎月対応する業務の種類が1,500種類(郵便・軽作業・PC業務・デザイン・ライティング等)以上に及び、業務内容が多岐に渡るため、共通の指標を設定することが困難であったこと これらの課題を解決する手段として、今回弊社では業務の定量化に取り組んだ。 2 定量化プロジェクトの具体的な取り組み (1) 取り組みの概要について 課題の2点に対して、以下の取り組みを行った。 課題①:戦力化の定義 戦力化の定義を、「その作業の習熟者(≒依頼者)が対応した場合の作業時間を上回ること」とした。 課題②:業務内容が多岐に渡ることによる共通の指標を設定することの困難さ この課題に対し、共通指標として「生産量(時間)」と「難易度」と2つの指標を設定し、全ての依頼業務をこの軸で可視化する仕組みを導入した。これらにより、障がい者作業メンバーが対応した業務の成果を数値化で測ることが可能になった。 (2) 定量化をする項目 ア 生産量(時間)について 業務量の可視化を目的として、以下の3つの項目を設定した。 業務指標時間 該当業務に習熟した者(≒依頼者)が、その作業を遂行する際に要する1件あたりの標準的な作業時間 直接生産量 実施した作業件数を業務指標時間に基づいて時間に換算したもの(業務指標時間×作業件数) 生産比 直接生産量と実際の作業時間との比率(直接生産量÷実際の作業時間) 計算方法と具体例は、以下の通りである。 例)依頼者が行った場合に1件当たり30分を要する業務を、実際には1件40分で完了した場合 ・業務指標時間:30分 ・直接生産量 :30分(業務指標時間×件数) ・生産比   :30(分)÷40(分)=0.75 実際の作業における業務指標時間の合計を「直接生産量」と定義し、実作業の業務量を時間として可視化した。 生産比が1の場合は依頼者と同等の生産量、1未満なら生産量が低く、1より大きければ高いことを示す。 イ 作業難易度について 業務の難易度を可視化するため、以下の項目を設定した。 作業難易度 業務の複雑性や専門性を考慮し、1~5の段階で評価をする。数値が高いほど、作業の難易度が高いことを示す (3) 評価における平等性を担保する為の仕組み 業務遂行においては、実作業以外にも、マニュアル作成や業務の取りまとめ、進捗管理など、周辺業務を担う者の貢献も不可欠である。こうした役割に対する業務量も評価をする「評価における平等性」を担保するために、以下の2つの項目を導入した。 p.99 間接生産量 依頼業務に付随する周辺業務による生産量の合計(他作業者へのレクチャー、マニュアル作成、依頼者との打ち合わせ等) 間接生産量は、要した実作業時間をそのまま加算する 案件管理難易度 各案件における責任者が担う管理業務(マニュアル作成、進捗管理等)の難易度を1~5段階で評価 数値が高いほど、業務の専門性や判断力が求められることを指す (4) 運用の手順  以下の手順で受注業務の定量化を行い、定量化の精度を担保している。 ①案件受注時、総合職管理スタッフにて業務指標時間、難易度を設定 ②業務開始時、障がい者作業メンバーが作業にかかった時間を記録(図1) ③業務終了 ④障がい者作業メンバーの個別及び所属部署の直接生産量、間接生産量、生産比などを月次でチェック 図1 実際に記録をする画面 3 定量化の成果 (1) 定量的な目標設定 業務の成果を数値化することにより、定量的な目標を掲げることが可能となった。また共通した指標を用いているため、個人・課単位での成果の比較ができるようになった。 (2) 障がい者作業メンバーの意識と行動の変化 成果の定量化により、障がい者作業メンバーの意識と行動に以下の変化が見られた。 ①効率的に業務を進めるため工夫するなど、成果を意識した会話が増えた。 ②他者比較がしやすくなり、自分の現在地が分かることでモチベーションが向上した。 ③苦手な業務が可視化され、得意な者にコツを聞くなどの改善行動が生まれた。 ④目標を立てることで、自分の仕事への関わり方を見直し総合職管理スタッフに相談できるようになった。 (3) 総合職管理スタッフによる指導・育成への活用 定量化により客観性が高いデータを基に指導・育成を行えるようになり、以下の効果を感じられた。 ①障がい者作業メンバーの得意・不得意を把握し、業務アサインに役立てられた。 ②客観的データを用いて障がい者作業メンバーと課題認識を合わせやすくなった。 ③障がい者作業メンバーの生産量の変化を案件ごとに比較することで、個人の育成プランが立てやすくなった。 4 取り組みにおける課題 (1) 業務指標時間のばらつき 業務指標時間の設定に関して、設定する総合職管理スタッフごとに基準が異なり、業務指標時間のレベルが全国で揃えられていない点がある。そこで以下2点の対策を実施した。 対策①PC業務:業務指標時間の基準となる障がい者作業メンバー(基準メンバー)を選出。基準メンバーの業務量を基準とした業務指標時間を設定する事で偏りを減らしている。 対策②軽作業:作業ごとの業務指標時間を全国で統一。作業準備や片付けの時間も全国一律の業務指標時間を設けるなどして、ばらつきをなくしている。 (2)サポートコスト 通常業務に加え、入力面のサポートにコストがかかっていた。特に導入当初については、業務指標時間や件数単位の設定に時間がかかった。現在は、入力方法のマニュアル化や動画による説明などにより、サポートコストの軽減に取り組んでいる。 5 今後の展望 定量化プロジェクトの実施により、当初の目的であった「戦力化の定義付け」「1,500種類以上の多岐に渡る業務の共通指標の設定」に関しては一定の成果を得ることができた。今後は生産量(時間)の向上だけでなく作業難易度の高い業務を請け負える組織にすることで業務請負力を向上させていきたい。 【連絡先】 吉野 正利・小幡 尚史 株式会社マイナビパートナーズ mpt-research@mynavi.jp p.100 「事務サポートセンター」の障がい者が男性育児休業職場を支援する「みなチャレ」を起点に、3拠点新設・7拠点80人体制に拡大 ○小谷 彰彦(あいおいニッセイ同和損害保険株式会社 人事部ダイバーシティ推進室 推進役) 1 当社(AD)における障がい者雇用者数・雇用率推移 (1)精神・知的が占める割合を40%に引上げ 2015年に精神・知的割合を40%に引上げる計画を立て、2020年以降順調に増加し、2025年4月達成(表1・図1)。社内の集中職場である事務サポートセンター(以下「JSC」という。)を核に2025年4月、仙台、広島、福岡の3拠点を新設、計7拠点約80人体制に発展し活躍領域を拡大。 表1 障がい者雇用率・実人数(障がい種類別)推移 図1 障がい者雇用率・在籍者数推移 (2) 事務サポートセンターを3拠点新設し計7拠点に ア 既存の4JSCも設立時の倍の人数規模に 2017~22年新設の恵比寿、日本橋、大阪、名古屋JSCは、設立時から段階的に採用を増やし倍の人数規模に拡大成長。 退職者数は累計▲3人と定着率も高く活躍領域も拡大。 表2 事務サポートセンター在籍障がい者数(種類別内訳) イ 2017年4月に事務サポートセンターを開設した背景 2013~14年、初めて精神障がい者を30人採用し本社各部に1人ずつ配属したが、1年以内に半数が退職。一旦精神障がい者の新規採用を凍結し他社事例研究・見学等で当社に相応しい雇用を模索し、特例子会社の良さを本体会社内に取り入れた「事務サポートセンター」を2017年に創設。 ウ 2025年4月に3拠点同時にJSCを増新設した背景・経緯 2022年に名古屋JSCを新設し、既存の3JSCを含め引受け業務拡大による採用増の好循環を持続する中で、2024年、男性育児休業職場への遠隔業務支援「みなチャレ」・社内DX推進部署とタイアップした「ニューロダイバーシティ推進」、近隣部署への派遣・駐在型業務支援と活躍領域を一気に拡大したため、より身近な場所でのJSC開設要望もあり、2024年上期に社内決裁後、10月から開設準備を行い、2025年4月に仙台、広島、福岡に3JSCを開設に至った。 また、既存4JSCも業務引受け拡大・新規採用による増員に備えられるよう、執務スペース拡大・移転も実施した。 2 事務サポートセンターの特徴・メリット ~“誰もが、楽しく、誇りをもって”働く~ 7JSC合計で、事務チーム(主に精神・発達障がい)46人・オフィスチーム(主に知的障がい)27人が安心して働くことができる職場環境のもとで、定着・活躍。 (1) 社内にあることで業務の請負・受発注・支援が容易 特例子会社等の別会社へアウトソーシングする場合には、業務請負に伴う費用負担・情報漏洩リスク回避・契約書等の形式要件の整備が必要なため、大量・定型・単純業務が主となりがちであるが、社内組織であるため予期せぬ業務や急に人が辞めた時など、隣の部署に手伝ってもらえないかの感覚で、業務の依頼・受注が容易に行える環境にある。 この仕組みを発展・応用する形で、男性育児休業・介護休業職場への支援「みなチャレ」も2024年にスタート。 (2) 業務の高度化とメンバーのスキルアップの好循環 保険本業に関わる業務が多いため、JSCメンバーの遣り甲斐やエンゲージメント向上に資するとともに、業務の高度化が進む中で、自ずとスキルアップ意欲向上の好循環にも繋がっている。高度化対応のPCスキルは、本社DX推進部とタイアップし、JSC横断で「ニューロダイバーシティ推進チーム」の発足・稼働にも発展。 ※MOSエキスパート等のPCスキル資格取得者が多数在籍。 p.101 (3) 専任の管理者配置による心理的安全性担保 専用スペース確保、JSC専任管理者の複数配置、朝礼、業務日誌、定期面談、支援機関との三者面談等を実施し、安心して働ける職場環境整備と心理的安全性を担保。 ※ジョブコーチ・障害者職業生活相談員資格を取得 (4) JSCから一般職場への派遣・駐在型の展開 2024年よりJSCから一般職場へ送り出す仕組みを開始。将来のキャリアアップ・異動を見据え、当面は籍をJSCに残し受入れ先職場に常駐して業務を行う派遣駐在型を展開。現在まで4人を派遣し、内1人が異動・正社員登用を実現。 図2 JSCからの派遣・駐在型イメージ (5) 専任管理者によるJSC以外の職場への支援・展開 専任の管理者はJSC以外の一般職場在籍の障がいのある社員や所属長の相談窓口機能も発揮。社内の障がい理解の醸成にも寄与し、面での拡大展開の一翼を担っている。 JSC専任管理者が社内にいることで、真のダイバーシティ経営・インクルーシブな会社の実現に向け、JSC以外の一般職場への精神・知的障がい社員の採用・定着・相談・支援等の活躍推進のキーマンとなり得る。 次世代専任管理者育成は、社内公募(ポストチャレンジ)制度活用による手上げ社員から選任するのと並行して、2024年募集開始の一般職場在籍の「障がい者サポーター」に「障害者職業生活相談員」等の資格取得支援を行い、次代を担う管理者の発掘・育成、社内理解の促進・醸成にも寄与できる取組みに発展させることを目指している。 3 男性育児休業取得職場支援「みなチャレ」の効果効用 障がいのあるメンバーで構成する組織のJSCが、支援を受ける側でなく他の部署を支援する側に回る逆転の発想で社内に貢献する仕組みを構築。将来的にはJSC利用使途を男性育休に限定しないで拡大・解放すれば、困った時の社内の強力な“お助けチーム(支援部隊)”として、いつでも臨機応変に業務支援を行い得る組織として、活躍の場が拡げられることを想定し受け皿を用意すべく、2025年に3JSCを新設した経緯にある。社内DX推進・業務の高度化の担い手としても十分に通用する精鋭部隊として今後益々の活躍、役割発揮が期待されている。 4 「みなチャレ」実施実績(2025年8月現在)と発展 支援実施8拠点・打合せ相談受中2拠点。 今後、より一層男性育児・介護休業を取得しやすい企業風土を醸成するとともに、障がい者雇用社員の活躍を推進していくことで、Win‐Winの関係での発展が期待できる。 図3 「みなチャレ」とは 図4 「みなチャレ」の目指すところ 5 「みなチャレ」等のチャレンジを通じた展望 「みなチャレ」「ニューロダイバーシティ推進」等の進展に伴い、計7拠点になったJSCの更なる拡大・発展を図り、JSC管理者による派遣駐在型を含めた一般職場支援を通じて、面での障がい者雇用・活躍の全国展開を加速する。 障がい者を含む全ての持てる能力を最大限に発揮できる働きやすい環境を作り活躍を推進することで、障がいの有無にかかわらず一緒に働き、ともに成長できる会社、社会の一員の企業として当たり前の姿の実現を目指していく。当社は1年半後の合併を控え、加速度的に変革する種々業務に対応できるレジリエントな組織作りと、多様な人財が総活躍できる会社、「誰もが、楽しく、誇りをもって」働くことができる企業の実現に取り組んでいく。 【参考】 当社ニュースリリース(2024年3月19日) 障がい者雇用社員の活躍を通じて育児休業・介護休業取得を推進 https://www.aioinissaydowa.co.jp/corporate/about/news/pdf/2024/news_2024031901284.pdf 【連絡先】 小谷 彰彦 あいおいニッセイ同和損害保険(株)人事部ダイバーシティ推進室 e-mail:akihiko.kotani@aioinissydowa.co.jp p.102 特例子会社における休職/離職対策の取り組み ○廣司 美幸(SOMPOチャレンジド株式会社 サポーター) ○伊部 臣一朗(SOMPOチャレンジド株式会社 サポーター) 浅野 登紀子・浅利 美賀子・宇野 明光・栃原 恵子(SOMPOチャレンジド株式会社) 北浦 麻衣子(SOMPOビジネスサービス株式会社) 1 はじめに SOMPOチャレンジド株式会社(以下「CHA」という。)は、SOMPOホールディングス株式会社を親会社とする特例子会社として2018年4月に設立された。今年度、設立8年目を迎え、障害者社員(以下「メンバー」という。)は170名を超えている。障害種別では精神障害、発達障害で手帳を取得している方が7割を超える環境において、メンバーの休職や離職についての課題が顕在化してきた。 そのため、2023年度に事業計画として、「休職・離職対策ワーキンググループ(以下「WG」という。)を立ち上げ、検討をおこなった。 その結果を「就労困難性(職業準備性と就労困難性)の評価に関する調査研究」(2023年、調査研究報告書№.168)で述べられている就労困難性に基づいて整理したところ、以下の4つのカテゴリーに分類できた。 ① 業務や職場環境(人事制度、評価制度含む)への適応に関わる問題。 ② 体調、疲労・ストレス、不安、感情のコントロール等に関わる問題。 ③ 職場内での人間関係に関わる問題。 ④ 医療、支援機関、家族、友人等といった外部リソースとの関係性や社内サポート体制に関わる問題。 そこから更に細分化するため、メンバーの所属するグループの管理者であるグループリーダー(以下「GL」という。)やグループリーダーの管下で直接メンバーへの教育、育成、業務運営のフォロー等を行うジョブインストラクター(以下「JI」という。)を追加で招集し、課題の分析と対策の検討を実施した。その結果、対策を「業務への対応」「研修」「ツールの整備」の3つに集約した。 今回の発表では、WGでの検討、対策の結果と現状の取り組み、今後の展望について述べる。 2 小WGでの取り組みとその結果 休職・離職に関する弊社の課題から分類できた4つのカテゴリーに対して、それぞれに小ワーキンググループ(以下「小WG」という。)を立ち上げて行った取り組みとその結果を紹介する。 小WGは1グループあたり6~7人で、GLやJI、メンバーへの相談対応やJIの育成等を担当する専門職であるサポーター(以下「SP」という。)など異なる役割の構成員がほぼ等配分になるよう構成した。これは障害者社員の支援に関わる様々な人員が参加することで意見の偏りを防ぐ目的と、全社的な共通認識として休職・離職の課題に取り組むためであった。また、他のグループ会社からの出向社員に加えて、SOMPOグループ以外で障害者雇用等に関わってきた2024年度入社のプロパー社員にも参加してもらうことで、より多様な視点からの意見も反映させられることを意図した。 小WGでの検討は、KJ法に基づくディスカッションと情報整理法を採用した。これは現在の職場環境や業務内容といった枠組みにとらわれない自由な意見の創出を促しつつ、その中に共通する要素を見出すことを目的としたためであった。各小WGでの打合せは、9月中旬~10月末までの期間で実施し、打合せ回数は3~4回であった。各小WGではまず1回目の打合せにおいて、グループ構成員がテーマとなっているカテゴリーに基づいた現状の課題についての意見を複数挙げ、それぞれを分類して4~5個の課題に集約させた。2回目以降の打合せでは集約させた課題をテーマとして、その課題における対策案をグループ成員が複数挙げて共通要素で分類していく作業をすべての課題で行った。各小WGで挙がった休職・離職に関わる課題とその対策案について、表1に示す。課題と対策案については社内で発表会を設けて、各小WGの代表者から経営層への共有を行った。 3 検討結果を参考とした社内環境の整備 各小WGで挙がった休職・離職の対策案について、さらにそこから共通要素での分類をWGの成員で行った。その結果、休職・離職の対策案は「業務への対応」、「研修の整備」、「支援ツールの整備」の3つに分類できた。そこでWGでは分類の結果に基づいて、あらためて業務工程や難易度の検証、他社での研修事例と既存の社内研修との比較検証、他社で活用されている支援ツールと社内の支援ツールを比較分類しての検証などを行い、結果を報告書にまとめた。 その後WGでまとめた報告書も検討材料のひとつとして、障害者社員の定着推進や不調予防のための環境整備が社内で行われた。弊社で取り組んだ環境整備に関して、表2に示す。 p.103 表1 小WGで分類した課題と対策案の一覧 表2 社内で取り組んだ環境整備 4 今後の展望 WGの取り組みを通じて、弊社が抱えている課題の明確化に繋がり、スムーズに具体的なツールの整備や研修内容のアップデートに取り組むことができた。 ただし、3で述べた対策についても効果検証ができるのは数年後であることと、今後もメンバーの増員は続いていくため、更なる取り組みの強化は必要と考える。 例えば、 ・トライアルでの見極めのポイントの明確化 ・ジョブローテーションの積極的な活用 ・自己理解の促進 ・他者理解の取り組み ・個々のメンバーの適性をふまえた業務の割り振り ・働くモチベーションの向上への取り組み ・既存業務にとらわれない新規業務の拡充 ・業務外活動の選択肢の拡充 ・各種ツールの更なるアップデート がメンバー対策としては挙げられる。 また、メンバーを管理、育成、指導する役割のGL、JIに対しては、 ・受託業務の業務レベルと要求されるスキルの整理 ・メンバーの不調の兆しに気付くポイントの洗い出し ・指摘事項、評価面談での伝え方 ・強み、長所の引き出し方 ・面談スキル向上 ・支援者とのより適切な連携方法 等をOJTや研修を通して伝え、職員自身の対応スキルの底上げが求められる。 これからもメンバーにとって働きやすい環境、働き続けたい会社であるために、メンバー自身の声を聴きながら、経営・支援・現場が一体となり、定着や活躍のあり方については検討し続けていきたい。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター『就労困難性(職業準備性と就労困難性)の評価に関する調査研究-「就労支援のためのアセスメントシート」の開発-』,調査研究報告書№.168(2023) 【連絡先】 廣司 美幸 SOMPOチャレンジド株式会社 e-mail:mhiroshi@sompo-japan.co.jp 伊部 臣一朗 SOMPOチャレンジド株式会社 e-mail:sibe@sompo-japan.co.jp p.104 関係フレームスキル訓練オンラインシステム「Enable360」の有効性:支援スタッフへの導入事例から 〇香川 紘子(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 研究員) 刎田 文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 背景と目的 関係フレームスキル(以下「RFS」という。)は、言語の生成性を促進する基盤と考えられており、知的能力や認知機能と相関することが示されている。また、多くの例題で構成された体系的な見本合わせ訓練を実施することで、対象者のRFSが向上することも示唆されている1)。そこで、(株)スタートラインでは、業務遂行に困難を抱える就労者への支援に、RFS訓練が有効であると考え、弊社のオンライン雇用支援サポートシステム「Enable360」上で、数百種類のRFS訓練をPC上で簡便に実施できる訓練を開発した。本研究では、X社の支援スタッフに対し、オンライン雇用支援サポートシステム「Enable360」を導入し、定期的にRFS訓練を実施した際の効果について、訓練の実施状況やスタッフの変化等から、RFS訓練の有効性と実用性を検討することを目的とした。 2 方法 (1) Enable360上のRFS訓練 「Enable360」は雇用支援サポートで用いる、様々なコンテンツを実行できるオンラインシステムである。RFS訓練に関連するコンテンツでは、オンライン上の見本合わせ課題で、より効率的に訓練を提供できる(図1)。また、様々なレベルの課題が搭載されており、対象者のレベルにあった訓練が可能である。本システムには、基礎学習となる見本合わせ課題が20種類、等価性を体系的に訓練できる課題が106種類、6種類の関係フレームをフレーム毎に訓練できる課題が72種類、合計198種類の課題が搭載されている(表1)。 (2) 参加者 参加者は、X社の支援スタッフ1名であった。参加者は、業務で不明なことや不安なことがあっても、周りにうまく伝えることができない、未習得スキルに対して回避的になり習得を諦めてしまう、という課題があった。 (3) 評価 ア RFSアセスメントテスト(以下「RFSA」という。) 弊社研究所で開発したRFSの評価シートであるRFSAを訓練の実施前後に行った。RFSAは、8種類の関係フレーム毎のスキルと複数のフレームを組み合わせるスキルについて評価できる計9枚のシートで構成されており、それぞれに6つの設問が設定されている。設問は、刺激の数と問われる等価関係の構造により6段階の難易度となっている(図2、図3)。 イ 行動の記録 月に1回、参加者及びその上司とMTGを行い、訓練結果の確認やフィードバック、日常業務に関する様子等を聴取し記録した。 図1 「Enable360」で実施できる見本合わせ課題の例 表1 「Enable360」で実施できる訓練課題の概要 (4) 訓練 訓練実施期間は約8カ月であり、訓練課題は、表1に示した刺激等価性(等位)を行った。参加者は、週2回程度、PC上で訓練を行った。正答率が低い課題があった場合、その課題に合った補完方法を参加者に呈示し、参加者は補完方法を用いてそれらの課題を復習し、正答が100%になるまで課題を繰り返した。 3 結果 (1) 訓練の実施状況 参加者が、訓練に取り組んだ総日数は51日間であり、1日当たりの平均実施時間は、9.14分であった。 p.105 (2) 評価 ア RFSA 図2と図3に、訓練前後に実施したRFSAの結果を示した。訓練前のRFSAの総得点は35点、訓練後は36点であった。得点の内訳を見ると、回答の傾向に訓練前後で質的な変化が見られた。関係フレーム別(図2)にみると、訓練前のRFSAでは、等位、区別、比較、反対といった基本的な関係フレームについての得点が低かったが、訓練後は等位、区別、比較の得点が上昇した。また、時間の関係フレームの得点にも上昇が見られた。一方で、反対や視点取得、階層といった項目の得点は減少していた。課題の構造別(図3)にみると訓練後の対称律の得点が上昇した。 図2 RFSAの得点変化:関係フレーム別の得点 図3 RFSAの得点変化:設問構造の難易度別の得点 イ 行動変化 MTGで記録された参加者及び上司の発言内容の要点を抽出し、概要を作成した。 (ア) 参加者の行動の変化・発言のまとめ 課題対応力の向上:訓練の初期には、課題の意図がつかめず混乱も見られたが、徐々にメモの取り方や考え方を工夫し、課題への理解が向上し、課題のつながりや意図を考えられるようになった。 気持ちの言語化と気づき:感情の弁別が難しく、業務の中で感情的になる様子がみられたが、訓練を通じて少しずつ感情を言語化できるようになった。さらに、自分の状態や他者の意図を考える視点が育ってきた。 業務面での成長:RFS訓練の後半になって、報告書の整理や面談の進め方(聞くポイントを絞るなど)に工夫が見られ、改善が図られた。支援に対する理解も深まり、自信がついてきたと、本人は語っている。 行動の変化:訓練開始当初は、回避傾向や焦りが強くみられたが、自己ルール(自分でやらなくちゃいけない)を見直し、周りに助けを求め、無理のないペースで取り組む姿勢が見られるようになった。支援技術の習得にも、前向きに取り組むようになった。 (イ) 参加者の上司の発言のまとめ 認知・言語面の変化:初期は気持ちを言葉で伝えられず、涙してしまうことが多かったが、言語化力や感情表現が向上し、徐々に言葉で自分の気持ちを伝えるようになった。自信がつき、前向きな発言が増えてきた。 業務遂行力の向上:報告書の質が向上し、修正が減少した。メモの取り方や面談トピックの整理も上達した。支援技術への理解と実践意欲が見られるようになった。 積極性・主体性の向上:自ら訓練の継続を希望するなど、新しいことに挑戦する姿勢や、支援技術への学びについても、積極性が見られるようになった。 課題と改善点:タスクの優先順位づけ、整理力に課題はあるものの、少しずつ改善している。課題点については引き続き、一緒に取り組んでいく。 4 考察 本研究では、「Enable360」を用いたRFS訓練の効果を検討した。参加者の訓練前後でのRFSに質的な変化が見られただけでなく、心理面および業務遂行面において肯定的な変化が報告された。RFSAの合計得点は、訓練後に1点の上昇のみが確認された。今回、参加者は「等価性(等位)」に関する訓練のみを実施した。そのため、等位以外のRFSに関する得点は安定せず、得点上昇が限定的であった可能性がある。今後は、等価性以外のRFS訓練を実施し、RFSAの得点にどのような変化が生じるかを観察していく予定である。一方、訓練後に参加者の心理面および業務遂行面で肯定的な変化が報告されたが、この変化がRFS訓練の直接的な効果のみによるものであるとは断定できない。しかし、等価性の訓練を通じて、参加者は恣意的な関係反応を派生しやすくなっており、業務場面においても既知の情報と未知の情報を結び付けるなど、新規の学習が促進され業務遂行が以前より容易になった可能性は考えられる。今後は、訓練で獲得されたRFSが、日常生活や業務において、どの程度効果があるかを評価する方法の確立が求められる。そして、本訓練の実践的有効性をより厳密に検討していきたい。 【参考文献】 1)Gibbs AR, Tullis CA, Conine DE, Fulton AA『A Systematic Review of Derived Relational Responding Beyond Coordination in Individuals with Autism and Intellectual and Developmental Disabilities』,「J Dev Phys Disabil Vol.36 No.1」,(2023), p.1-36 p.106 障害者の職域拡大 ~生活介護の利用者が働くために、当事業所が取り組んでいる3年目の報告~ ○岩﨑 宇宣 (相模原市社会福祉事業団 障害者支援センター多機能型事業所 職員) ○杉之尾 勝己(相模原市社会福祉事業団 障害者支援センター多機能型事業所 利用者) 1 はじめに (1) 発表者の紹介 発表者の岩﨑は社会福祉法人相模原市社会福祉事業団(以下「事業団」という。)障害者支援センター多機能型事業所(以下「多機能型事業所」という。)の職員、杉之尾は生活介護②に通う利用者である。 (2) 障害者支援センター多機能型事業所の概要 当事業所は、生活介護①(医療的ケアを含む重症心身障害者)、生活介護②(自身のペースで働きたいと望む、身体障害のある中途障害者等)、自立訓練事業(軽度の知的障害者)、就労移行支援事業(軽度の知的障害者が主)、就労継続支援B型事業(知的障害と身体障害のある中途障害者)、就労定着支援事業を運営している。  (3) 第31、32回職業リハビリテーション研究・実践発表会 第31回職業リハビリテーション研究・実践発表会で、福祉職員だった杉之尾が脳出血の後遺症で、当事者となり過ごす中で、「障害者の権利を守り自身で選択し生活や仕事が当たり前にできるような社会を目指したい」という思いと、その思いをサポートする多機能型事業所での取り組みを発表した。第32回職業リハビリテーション研究・実践発表会では、杉之尾など中途障害者が多く所属する生活介護②の利用者が、重症心身障害者が所属する生活介護①の作業をサポートする業務の中で、仕事に対する新たな可能性ややりがいを持ち、社会での役割を感じるだけでなく、生活介護①の意思決定支援を促進する取り組みを発表した。今回はその後の経過と新たな取り組みの内容を報告する。 図1 生活介護①と生活介護②の関係図 2 利用者が主体となる取り組みの設定 (1) 作業支援会議 生活介護①利用者が作業をどのように思っているか意思を明確にすること、生活介護②利用者が主体的に関わり自身の役割を明確にすることを目的に、作業支援会議という生活介護②利用者と職員が検討する場を新たに設置した。 (2) 生活介護②利用者懇談会  生活介護②の取り組みの一つである、月1度開催している利用者懇談会という利用者が主体となり活動や日々の事を話し合う場で、生活介護①利用者の作業の様子を共有し検討した。その際、名前と顔が一致しにくい利用者のために、利用者の顔写真カードを用意したり、生活介護①の担当職員も出席し日々の様子を共有した。話し合われた内容は作業支援会議で杉之尾が報告しさらに検討を深めた。 3 作業に対する意思の考察 (1) 作業記録① 作業に対する意思を考察するため、作業記録をつけることとした。CD・DVDの分解枚数を記載する項目以外は、生活介護②の利用者から多面的な考察がでることを目的に、選択式でなく記述式(図2)を主とし、自由な分析や感想を募った。また比較的表出がくみ取りやすいと思われる生活介護①利用者2名を記録対象者で選出し、2週間記録し振り返ることとした。生活介護②利用者が自身の役割を意識すること、生活介護①利用者が特定の支援者に対し日々どのような表出になるか把握することを目的に、支援する生活介護②の利用者は固定で担当制とした。 2週間後に振り返った結果、分解した枚数からは大きな変化なく、作業意欲を考察するには至らなかった。要因として提供する枚数や提供方法などに関し統一的な対応ができなかったことが考えられた。記述部は「一生懸命やっていた」「楽しそうだった」等の自由な感想があるが、生活介護②利用者から詳細な分析や感想を記述することが難しいとの意見があり項目を見直した。 図2 作業記録① (2) 作業記録② 前回の振り返りを踏まえ、“こえかけ”“○○さんのよ p.107 うす”という項目を追加し、内容を対象者ごとに変え個人の表出に合わせた項目に変更した(図3)。また生活介護②の利用者は該当部に〇をつけ、該当しない部分は職員が補助し記述することとした。生活介護②利用者から、自身の考察を反映しやすいと新たな書式に対し感想があった。 図3 作業記録② 4 リーダー職を担う利用者の気づき 生活介護②は、大きく分け4つの取り組みを中心に行っており、1つ目は受注作業、2つ目は他利用者のサポート、3つ目は来客者や外部へ自分たちの活動の紹介、4つ目は娯楽活動に取り組んでいる。その中で杉之尾は利用者リーダー職を担っており、他利用者のサポートの一環で、生活介護①の利用者が作業しやすいよう職員と共に考えてきた。しかしリーダー職とそれ以外の利用者とでは、生活介護①のサポートに対する温度差があり、この取り組みに対し理解を得るにはどうしたらよいかリーダー職として課題を感じていた。 しかし今年度から始まった作業支援会議や作業記録などを通し、消極的だった生活介護②の利用者が、対象者がくると自身から周りに声をかけサポートを促したり、対象者の好きなアイドルCDやDVDを用意したり、作業支援会議や利用者懇談会で発言があったりと変化が生まれた。また対象者のことを知れて嬉しい、喜んだ笑顔が見られて嬉しいといった感想があり、取り組みの意義を少し感じてきた様子がうかがえた。 5 生活介護①重症心身障害者の変化 対象者2名の内、1名は発語がなく口鳴があり、指差しや首の頷きなどでコミュニケーションをとる生活介護①利用者Aさんと、単語での発語はあるが乏しく、時折内容と気持ちに相違がある生活介護①利用者Bさんという2名を対象とした。両名共にCD・DVDを入れる箱を用意し、初めは1枚箱に入れ、追加の際は再度箱に職員が入れる事とした。Aさんは、作業への参加の意思を聞くと頷いたり、手をあげ参加の意思を示していた。開始当初は興味のあるCD・DVDを分解せず、分解をしても仕分箱に入れず自身で持っていた。取り組みを進めていく内に、分解した物を仕分け、追加の際は自身で箱を持って追加するよう要望するなど変化がみられた。家族からは、本人が仕事しお金をもらえるとは思っていなかった。この仕事は本人にとって天職だと思うと感想があった。しかし作業期間中、体調の悪化で入院となり予定した期間の作業はできなかった。Bさんは、作業時楽しそうな反応が多いと記録に上がるが、楽しそうとはどのような反応か具体的に考察したところ、表情での反応が多く笑顔が楽しい反応のようだという考察に至った。また作業で関ることが多い、生活介護②担当利用者の時は、笑顔が多く楽しそうだという意見があり、関りの中で「いいですね」「ありがとうございます」などの声をかけていることが要因の一つではないかと意見があった。そのことからBさんは他者との関りは嫌いではなく、関りの中で賞賛の声などプラスの声をもとめているのではないかと考察があがった。しかし考察内容は実際の作業を通したものではなく、他の要因も考えられることから、今後は作業に対する反応か作業に対しどのように思っているか記録することとした。 今回記録対象ではなかった生活介護①の利用者にも変化があり、作業室に入ることを拒否していた利用者が、作業回数を重ねることで分解や仕分け作業を自身から取り組み始める様子がうかがえ、その様子から片付けが好きだと言う事前情報と繋がり、本人の作業する役割を明確にしていくことでより意欲的に繋がっていくのではないかという考察や、実際に作業を体験していくことが理解に繋がるという新たな気づきがあった。 6 今後の課題 生活介護①重症心身障害者の作業に対する意思を明確にするにあたり、支援者が提案し伝える上で、実際に体験してもらうことが理解に繋がったこと、意志の表出は1人1人異なっていることなどの気づきがあった。今後は表出が実際の作業に対する反応かを深めていくことが、その先の意思決定に繋がるのではないかと考えた。 生活介護②中途障害者はこの取り組みを通し、他者をサポートするという役割にやりがいを感じ始めている様子がうかがえた。今後生活介護②の利用者がより主体的に関わることができるよう多機能型事業所して取り組みを進めていく。 p.108 企業と就労支援機関のコラボレーションを通した大学支援者、ご家族に向けた障害学生・若者のキャリア形成支援 ○渡辺 明日香(株式会社エンカレッジ エンカレッジ早稲田駅前 所長) ○玉井 龍斗 (株式会社エンカレッジ エンカレッジ早稲田駅前) 1 はじめに:取り組み背景と課題意識 株式会社エンカレッジ(以下「エンカレッジ」という。)は発達障害のある学生や若者を中心に、就職という社会への橋渡しをコンセプトに複数のサービスを展開している。関西・関東の就労移行支援事業所を拠点に、大学生向けの就職準備プログラムを実施しており、大学生と社会の接点を重視して取り組んでいる。 その一環で、ある企業と障害者雇用についての考えを深めていく中で、多様性を受け入れて尊重するインクルーシブな文化やイキイキと働ける社会に向けて、私たちができることは何か話し合いを重ねた。その中で、大学との意見交換や障害のある学生の実態から、以下のような困りや課題に直面してきた。 <大学の実態や困り> ・障害のある学生の働くイメージや働き方の選択肢、選択方法がわからないため、適切な学生支援ができない ・ご家族への情報提供が困難 ・大勢の学生に対する支援のリソースや個別対応の限界が生じている <学生の実態や困り> ・偏見やスティグマを避けたいために障害の開示をせずに就職を選択することがある ・家族のアドバイスや期待に応えるための就活となる ・自分に合った働き方の選択の難しさから二次障害となるケース ・内定を得て入社したものの、業務内容や環境が合わず短期間での離職となるケース これらの背景には情報不足や偏見、ステレオタイプ的な考えによる就活の在り方が優先され、多様なキャリア選択に障壁があることに着眼した。企業と私たち就労支援機関ができることとして、障害のある学生を取り巻く大学支援者やご家族に対して、障害のある方のキャリアの事例、企業側の採用についての考え方や取り組み、障害福祉サービスの活用や一人ひとりにあった進路選択について情報発信をすることで、学生を支える周囲から学生へと情報が届けられ、幅広い職業・キャリア選択に繋がるのではないかと考えた。 2021年のコロナ禍に大学支援者・ご家族向けに初回のオンラインセミナーを実施し、コロナ終息後の2023年よりセミナーを再スタートさせ、本年で4回目を迎える。今回は、主に2024年6月に実施したセミナーを振り返ることで、企業と就労支援機関が協同して取り組むことの意義や価値、実践効果について紹介し、今後の課題と展望を深めたい。 2 情報発信とプラットホームづくりの実践 (1)参加者ニーズと情報発信の内容 セミナーで発信する内容については、参加者のニーズを汲み取りながら構成を考えている。セミナー申し込み時のアンケートから、何を知りたいか集計したところ大きく分けて以下のテーマが挙がった。 ・障害者雇用で働く社員の声や部署、仕事内容、職場環境、配慮事項などどのように働いているかを具体的に知りたい ・他大学の取り組みなどが知りたい ・企業人事の声が聴きたい ・ひとりでの支援には限界があるため、支援機関や他大学の教員と繋がりをつくりたい ・就職の情報と実際の色々なケースについて知りたい  これらのニーズに沿って、セミナーの開催は企業のオフィスで実施し、企業人事担当者の話、障害のある社員の話、エンカレッジの就労支援の話、オフィスツアー、業務体験、意見交換会・交流会のセッションで構成をした。企業の人事担当者や当事者社員、そして就労支援機関の立場から、障害のある方の様々な働き方やキャリアについての話題提供を展開した。特に強調して伝えたのは「自分でやりたいことを決めて納得して行動することで、結果がどのようなものでも本人の経験となる」というメッセージである。情報不足や偏見、ステレオタイプ的な考え、障害があることを理由にして、選択肢を狭めずに多様な選択肢を知り可能性を広げていって欲しいと願いを込めて伝えた。 (2) プラットホームづくりの実践 プラットホームづくりにおいては、大学支援者やご家族は日々孤立した中で悩み考え、課題に向き合っていることが多いことから、セミナーという機会をつくることでどのような立場でもフラットに相談や意見交換ができる場となることを目的に、運営に工夫を凝らした。参加者が主体となって行う意見交換のセッションと、セミナー後に自由参加の交流会を設けて参加者同士が関わり、相互に理解しあう時間を設定した。 p.109 意見交換のセッションでは、企業、大学支援者、ご家族がそれぞれの立場や観点で意見交換ができるように偏りなくグループに配置し、別のセッションではグループを変えて意見交換を数回実施する等、企業の方と打ち合わせを重ねて最善の方法を模索した。 セミナー終了後の交流会では、企業の他部署から有志の社員も参加し、エンカレッジの社員も含めて、障害の有無やセミナーのテーマに限らず、自由な交流ができる時間となった。 3 実践の結果・効果 (1) セミナーのアンケート結果について セミナー当日は、大学支援者14名、ご家族9名、企業4名、オンライン参加者19名であった。参加者のアンケートで、「本日のプログラムはお子様・生徒様のキャリアイメージの参考になりましたでしょうか?今後ご家庭・学校・部署内で話し合いたいと思うことをご記入ください。」の設問において以下のような感想があった。 ・学内の連携強化について話し合いたい。(大学支援者) ・大学にいるとサポートのことばかり考えてしまうが、自分で情報をつかむこと、ここで働きたいと本気で思うことなど学生の自主性がなければ難しいと感じた。学生が自身のために自主的に動けるようにするにはどうすればいいのか、どこまでサポートしてしまっていいのかなど今後の課題だ。(大学支援者) ・学生にあった環境をどのように探していくのかを模索していきたい。(大学支援者) ・子どもや親が直接、企業のイベントやエンカレッジのような支援先に足を運び、話し合うことが重要だと思った。(ご家族) ・自分の中の固定概念にも気づかされた。本人にあった仕事をしっかり探せるように、本当のダイバーシティとは何かということをもっと学んでいきたい。色々なことを考える良い機会になった。(ご家族) ・改めて、就職先や仕事を選ぶ考え方を考えることができた。(ご家族) このような参加者の声から、大学支援者にとっては今後どのように支援をしていくか思考を深めるきっかけとなったことが示唆されている。また、ご家族にとっては、考え方への気づきや情報を得ることの重要性を感じていただけるものとなった。 (2) プラットホームづくりの結果と効果 参加者アンケートの「意見交換会の感想をご記入ください。」の設問において以下のような感想があった。 ・色々な立場の方の意見を聞くことができて勉強になった、新鮮だった。(ご家族、大学支援者) ・企業やご家族の方の本音ベースでのお話が聴けて今後支援していく上で大変参考になった。(大学支援者) ・企業の話を聞くという気持ちできましたが、それと同じぐらい大学の支援者とお話ができ、貴重な話を聞くことができた。一石二鳥だった。(大学支援者) ・他の家族も皆さん同じ悩みをお持ちだということがわかった。(ご家族) それぞれの立場での意見交換によって、相互理解や共感の場となったことが伺える。しかし、継続的な関係性やプラットホームづくりという点では充分ではないため、今後の継続的な機会づくりが必要である。 (3) 企業と就労支援機関が協同する意義と効果 取り組みを通じて、企業と就労支援機関が協同する意義は、2つあると考えられる。 1つ目に双方の強みを活かして効果的に情報を伝えられる点である。企業からは当事者社員の体験談、働き方や職場環境といった就労支援機関では伝えられないリアルな情報がある。就労支援機関からは、支援事例についての情報提供をすることで、企業や就活へのアクセシビリティが高まることを知ってもらえる機会となる。 2つ目に多様な情報提供によって、対話や意見交換が活発になる点である。視点がどちらか一方に偏ることなく、企業が持つ情報と就労支援機関が持つ情報が組み合わさることで多様な事例提供が可能となり、情報の幅を広げて伝えられることから、大学支援者・ご家族・企業・就労支援機関の4者間においての対話が生まれやすく、活発な意見交換にも繋がったのではないかと考える。 4 課題と今後の展望 今後への課題として、プラットホームとして認知されるように定期的に開催をし、対話を深めていく必要がある。  また、アンケート結果のみならず、障害のある学生への支援やキャリア選択において、実際にどのように役立ったのか、難しさはどのように解決していくことができるのかについても引き続き、意見交換していきたい。 今後も時代の変化と共に変わりゆくキャリア選択や働き方について、リアルな情報発信をしていきたい。 【参考文献】 1) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター 調査研究報告書№166『発達障害のある学生に対する大学等と就労支援機関との連携による就労支援の現状と課題に対する調査研究』(2023) 【連絡先】 渡辺 明日香 株式会社エンカレッジ エンカレッジ早稲田駅前 e-mail:wasedaekimae@en-c.jp p.110 キャリア支援とAIの協働による新しい職業リハビリテーションの可能性②  -経営者、支援者、障害のある従業員の調査結果から- ○宇野 京子(一般社団法人職業リハビリテーション協会 理事) 1 はじめに 日本の99.7%を占める中小企業では、障害者雇用における「雇用の質」に向けて「労働力としての障害者を理解する」「地域の支援機関との接点をもつ」「キーパーソンを定めて全社的なコンセンサスを形成する」「障害者との接触機会を確保する」などが重視される。一方、その課題として、①企業の自己解決力を高めるための人材の育成、②都市部における企業と支援機関の量的不均衡が明らかになっている1)。 近年、生成AIの急速な普及が進んでいる。2024年、AI研究者からの働きかけにより、当協会の代表者と雇用支援を行う実践者、精神領域の作業療法の研究者によりAI雇用支援ツールの研究開発を開始した。実践的有効性を検討するための介入研究(シングルケースデザイン)の協力企業の実態調査の結果と今後の取り組みについて報告する。 2 研究方法 (1) 調査対象者 政令指定都市にあるA社の代表取締役社長(以下「経営者」という。)、障害者雇用担当者(以下「組織内支援者」という。)、障害者のある従業員の3人である。詳細は表1のとおりである。 表1 企業概要と調査対象者 (2) 調査方法 従業員個人の価値と企業側の価値とを合致させる概念として「はたらく人の幸せ」に着目し、組織内支援者と障害のある従業員に、主観的幸福感因子尺度/主観的不幸感因子尺度2)を測定した。その後、経営者含む調査対象者3人に半構造化面接による障害のある従業員のキャリア支援に関するインタビューとアンケート調査を行った。 (3) 調査期間 2024年11月X日~2025年6月X日 (4) 倫理的配慮 調査対象者へ研究の目的と方法、自由意志による協力と辞退、プライバシーの保護、データ管理の厳守について書面と口頭で説明し、承諾を得てから調査を実施した。開示すべき利益相反はない。 3 結果 (1) 経営者 H氏 ア 障害者雇用に対する高い関心と制度的理解 H氏は、グローバルホテルの管理部門での勤務経験から多様な従業員の働き方にも関心が高く、障碍者雇用事業部(実際の組織名)の立ち上げにも深く関わっていた。「障害特性への配慮が結果として職場全体の改善につながっている」と認識し、「業務のバックアップ体制」や「職場全体の環境改善」に関しても高い実践意欲が示された。従業員同士の対話が多い社風であると語り、障害者雇用に関する研修会の実施や情報交換を通じた社内のコミュニケーション向上を感じている。組織内支援者であるY氏が、他の従業員との間で配置拡大や障害特性から生じる誤解から軋轢を抱える可能性もあることを把握していた。 イ 今後にむけての期待 障害のある従業員の雇用において、ワークキャリア支援に留まらずライフキャリアの充実から社会人として経済的自立ができる給与体系の構築が課題と捉えていた。Y氏へは、障害者雇用の中長期ビジョンの作成、就業機会の創出 (仕事の切り出し) など戦略的パートナーとしての役割を期待していた。また、ハローワークやジョブコーチ等の外部の支援者 (以下「組織外支援者」という。) による障害のある従業員の就労現場へのリアルな介入・知識・技術的な伝達も必要だと感じていた。AI雇用支援ツールの開発は、「障害者雇用に関して少しずつ道が開けてきたものの、Y氏の考えでもある「誰もが輝ける職場」を促進するための一助にしていきたい。」との回答が得られた。 (2) 組織内支援者 Y氏 Y氏の主観的幸福感因子尺度では、幸福感の総合得点は62.1点と全国平均(44点)よりも高く、「はたらく人の幸せ」を構成する7つの因子(自己成長、リフレッシュ、チームワーク、他者承認、他者貢献、自己裁量、役割認識)中では、特に「他者貢献(誰かのため)」の因子が最も高かった。 ア 障害者雇用のきっかけと支援の姿勢 A社は、特別支援学校の実習受入を通じて生徒のひたむきな姿に従業員らが感銘を受けたことから、採用ルートを特別支援学校に限定している。これは単なる法定雇用率の達成ではなく、採用責任者であるY氏の採用の見極めとCSR企業 p.111 パーパスに基づくものであり、「多様な人材を採用する、同じ職場の仲間として関わる」という対等性を重視する社風が強調されていた。Y氏は障害のある従業員が配置される現場管理者やH氏との対話を通じて、障害者雇用推進には受け入れ部署の本業務への影響や、心理的成熟度、実習生を雇用した場合の支援体制があるかなどを視野に入れたマネジメントを行うなど中核的機能を果たしていた。加えて、障害のある従業員との定期面談では「就労パスポート」の作成・更新作業を行い、成長過程を視覚化し且つ共通認識できるように工夫をしていた。アンケートでは「相手の表情の変化に敏感」「第三者的視点を持って支援している」などの回答があり心理的安全性への配慮が読み取れた。 イ 組織文化と支援 Y氏は「障害のある従業員も、同じ職場の仲間である」という姿勢を強調しており、企業パーパスに沿った企業文化の形成に努めていた。抱えている課題や不安として、今後精神障害者の受入を考えた際に「支援者として専門性の知識不足が課題となる」と述べていた。また、Bさんとの関係性においては「距離が近くなりすぎてしまう為、言葉遣いや社会人としての態度などの指導が疎かになっている」と振り返っていた。今後、組織外支援者へは継続的な伴走支援、定期的な企業への連絡や訪問をして貰えるとタイミングごとに発生する悩みを相談したい」というニーズが明らかになった。AI雇用支援ツールついては、助成金申請などの業務効率化に加えて「支援の質」を担保するために思案した時に相談できるものを期待していた。 (3) 障害のある従業員 Bさん Bさんの主観的幸福感因子尺度では、幸福感の総合得点は63.6点と全国平均(44点)よりも高く、「はたらく人の幸せ」を構成する7つの因子の中では特に「自己成長(新たな学び)」因子が最も高く自らの成長や新たな知識・スキルの習得を働く意義として重視している傾向がみられた。 ア 困り感の構造と支援ニーズ 特別支援学校から就職したBさんは、小学生の頃から対人関係における誤解が「困り感」として頻繁に現れたと語った。抽象的な質問の心理的負担から「人の話を取り違える」「ワーっと言われたら分からなくなる」「感情的な人が苦手」といった表現から音声情報の処理負荷や情動の過敏さといった特性が示され、コミュニケーション場面での脆弱性がうかがえた。これらの困り感に対して、中学生の頃から対処法を模索しており「紙に書いて整理する」「Yahoo! 知恵袋で似た悩みを検索する」といった、自己流の対応策を構築してきた。これらの戦略は形式的な支援よりも「自分に合った情報へのアクセス」が鍵であることを示し、支援のパーソナライズ性が重要であることが示唆された。また、Y氏に対して信頼を寄せており「なんでも話せる人」「人間関係で困った時、指示をする人を変えてくれたから(今も仕事を)続けられている」と語った。その一方で、過去には別の相談者を「正論しか言わない人」と感じた体験から、他者へ相談するという行為に対して抵抗感も見受けられた。これは相談の文脈において「理解される」という実感が重要であることを示していた。AI雇用支援ツールについては、自分を助けるものとして「わかりやすい」情報提供によりコミュニケーションを助けるものとして使ってみたいと語っていた。 イ キャリア意識 将来の目標を「いつか(仕事を)教える立場になりたい」と語っており、現在を肯定的に受け止めていた。「自分は(一年で)成長した」「お客さんの“きれい”という声を聞いた時は嬉しかった」という語りから、自己効力感の向上や職務に対する満足感からキャリア発達の過程が見て取れた。成長実感が伴っており、内発的動機付けとなる「次の役割を目指す」というキャリア志向を明確に言語化できている点にキャリア支援の成果が感じられた。 4 考察と今後の展開 本調査で明らかになった、Bさんの仕事で成長したいというキャリア思考、Y氏の障害者雇用推進者として組織全体への働きかけ、H氏の自組織の制度やマネジメントの在り方の検討など、A社での障害のある従業員へのキャリア形成の取り組みは、松為が示す「三位一体の支援モデル」3)と一致していた。それは、働く意義の行きつく先にある「生活の質」の向上、Well-Beingの増大というキャリア発達は、障害者の努力の積み上げだけではなく、企業として制度的支援と組織的環境の補完が不可欠であるという点でも合致していた。 A社のある地域では、組織外支援者の人材不足などからタイムリーに企業訪問をして、組織内支援者の相談に対応していくのが難しい現実もある。それらを踏まえ、A社の協力のもとAI雇用支援ツール「TSUMUGI-CHAN」の開発を行っている4)5)。現在、職業リハビリテーション学の理論と情報工学を統合する観点から実用可能性の調査と支援効果を高めるためのシステム改良と、複数の中小企業での検証が今後の課題である4)。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター.『職業リハビリテーション場面における自己理解を促進するための支援に関する研究』「調査研究報告書№140」(2018) 2) パーソル総合研究所.はたらく人の幸せ不幸せ診断https:// prtimes.jp/main/html/rd/p/000000381.000016451.html (2023) 3) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構.「働く広場」.2025年新春号.pp22-27. (2025) 4) 佐藤陽ら.「第33回職業リハビリテーション研究・実践発表会」.キャリア支援とAIの協働による新しい職業リハビリテーションの可能性①-AI雇用支援ツールの構築について- (投稿中). 5) 宇野京子.日本職業リハビリテーション学会第52回兵庫大会.自主シンポジウム抄録(投稿中). (2025) p.112 キャリア支援とAIの協働による新しい職業リハビリテーションの可能性③ -AI雇用支援ツールの実践報告- ○宇野 京子(一般社団法人職業リハビリテーション協会 理事) ○佐藤 陽(富士通株式会社 富士通研究所 データ&セキュリティ研究所) ○吉本 潤史(株式会社レイ 障碍者雇用事業部) 織田 靖史(県立広島大学 保健福祉学部保健福祉学科作業療法学コース) 湯田 麻子(一般社団法人職業リハビリテーション協会)  松為 信雄(一般社団法人職業リハビリテーション協会)  1 はじめに 「第33回職業リハビリテーション研究・実践発表会」における同タイトルのポスターと口頭発表の経過報告である。 障害者雇用支援の現場において実装されたAI雇用支援ツール「TSUMUGI-CHAN」(以下「本ツール」という。)に関する実践的検証を通じて、その理念、効果、課題、将来的展望を包括的に評価することを目的とした。 分析の軸として、職業リハビリテーションの新たな定義、ダイバーシティ経営の深化、そして生成AIの社会実装の動向が交差する場における実験的取り組みとしての意義を明らかにする点にある。 本取り組みの本質は、人間中心・共創型の支援構造を設計し直すものであり、従来の一方向的な「支援する側/される側」の関係を超えた三位一体モデルの実践と、実践においてAIを対話の媒介者、意味生成の促進者として機能させる可能性について探究するという野心的な挑戦である。 2 AI協働支援の理念と実践の多角的様相 (1) 理念:共創パートナーとしてのAI 本ツールは、単なる業務支援ツールを超えた「共創パートナー」としてのAIを目指して設計された。その根底には、支援者と被支援者の間にある非対称性、すなわち支援の権力構造を再構築し、より対話的で水平的な関係性を創出するという明確な意図が存在していた。開発は新たなイノベーションを起こす手段として、注目されているDesign-Based Research(DBR)手法によって進められ、現場でのフィードバックと設計の反復的往還が重視された。これにより、支援者の実践に即した「ふり返りノート」や「意味の再構成」など、ユーザー中心の機能が実装され、理論と実践の統合的なツール設計が可能となった。 (2) 実践におけるAIの三つの役割 研究に参加した企業の支援者 (以下「組織内支援者」という。) の第一の役割は、「思考の壁打ち相手」である。支援者は複雑な問題や判断の場面でAIとの対話を通じて論点を整理し、仮説を立てるようになった。 第二の役割は、「業務の効率化エンジン」である。マニュアルや記録の要約、非構造化データの整理によって、記録作業の負担が軽減され、従業員の成長の可視化などの効果が現れてきた。 第三の役割は、支援者の孤独や感情的負担を軽減するウェルビーイング・バッファとしての機能である。AIは感情的な偏りを持たず、24時間いつでも応答できる「聞き手」として、支援者の内省や自己整理を促してきた。 (3) 理念と実践の統合的評価実践 これらの機能は、理念と実践が相互に支え合う構造を形成しており、AIが感情・思考・業務の全レイヤーにおいて支援者と共創関係を築いていることを示す。この相互補完性こそが、本ツールの本質的価値である。 3 三者の視座から見る期待と葛藤 (1) 支援者の視点:即時的効用と課題の不在 支援者は、AIツールの有効性を即時的問題解決に見出していた。特に問題が生じた際の論点整理や記録処理においては高い評価を与えている。また、支援対象者が安定している期間にどうすべきか迷う場面もあり、新しい使い方を模索できる可能性も示された。 (2) 経営者の視点:成長と組織開発への期待 経営者の視点はより戦略的であり、ツールを従業員のキャリア開発、長期的な能力可視化、報酬体系の客観化といった経営戦略と結びつけていた。また、ツール活用の主体を支援者のみに限定せず、現場全体へ拡張し、インクルーシブな文化の醸成を目指す構想を持っていた。 (3) 支援対象者の視点:自律性とアクセシビリティのジレンマ 障害のある従業員 (以下「支援対象者」という。) は、AIを「自分でも使ってみたい」と述べ、自律性への強い欲求を示した。現状の出力形式はやや難解なテキスト中心であり、理解や解釈に工夫が必要な場面もあるが、今後は音声情報、映像情報、触覚情報など、複数の情報媒体を使用して、より自然な対話を目指すインタフェースの導入や p.113 批判的AIリテラシーの向上によって、より直感的で安心して活用できる環境が実現されることが期待される。 (4) 三者間のズレと「支援者のパラドックス」 支援者が短期的な安定を実現することと、経営者が描く長期的な成長目標とが、これまで必ずしも自然に結びついていなかった。しかし、組織外の職業リハビリテーションの知識を有する支援者 (以下「組織外支援者」という。) が介在する対話により、今後はこの関係性がツールの可能性を引き出すという戦略的な活用をすることで両立可能となり、短期の安定がそのまま企業としての長期的成長への着実なステップとなる好循環を生み出すことが期待できた。 4 実践から浮き彫りになった核心的課題 (1) データソースの限界 本ツールの出力の質は、入力データの質に依存しており、企業内部の面談記録や業務評価に偏った情報では限界がある。本人の生活背景、教育歴、外部機関の記録など、多様な視点を統合するデータ基盤が不可欠である。 (2) 能動的対話機能とUXの課題 本ツールは、支援者の問いに受動的に応答する設計であるが、支援者は「導き出したい結果がわからない」段階での対話的ナビゲーションを実施することになる。加えて、業界用語の難解さも課題であり、出力内容の視認性を高めるビジュアル要素の導入が求められている。 (3) 誤解と分析麻痺のリスク AIは「深い思考」を促す一方で、「考えすぎて動けない」という分析麻痺を招くリスクを併せ持つ。また、支援者が出力を誤解した場合には、誤った意思決定や心理的混乱につながりかねない。したがって、導入時にはAI開発者や外部支援者の伴走者によるサポート体制が重要であることが明らかになった。 5 課題解決と未来展望への戦略的提言 (1)二層式データアーキテクチャの提案 AIの出力の妥当性を担保するには、以下の二層構造が望ましい。PKB(パーソナル・ナレッジベース):本人に紐づいた情報(雇用契約、就労パスポートのデータ、面談記録、医療情報や家族関係、地域特性や経験に根差した実践ナラティブ)と、GKB(ジェネラル・ナレッジベース):に基づいた職業リハビリテーション学などの知識(法律、研究知見、支援技法)である。この二層を使い分けることで、個別性と客観性を兼ね備えた支援提案が可能となる。 (2)「信頼の三位一体」導入モデル AI開発者参加のもと、本ツールに慣れながら導入する以下のステップが有効と思われる。まず支援者がAIを業務効率化やデータ整理に活用し、その使用状況をAI開発者・外部支援者と共有して必要な情報を加え改善につなげる。次に支援者・支援対象者・開発者が進捗や目標を共有し、現場に即した機能やUIを改良する。最後に支援対象者が自律的にAIを活用し、その成果を開発者が分析して最適化や新機能提供に反映させ、成長サイクルを形成する。 6 おわりに 本ツールの実践は、AIが障害者雇用支援の現場において単なる業務補助ではなく、支援者・支援対象者・経営者、組織外支援者、そして開発者を結ぶ共創的パートナーとなりうることを示した。短期的な課題対応における即効性と、長期的な成長促進の両立にはAIが障害者雇用の現場に与える意味を戦略的に再設計し、雇用現場と開発の双方向的な学びの循環を育むことが不可欠である。 未来に向けては、AIが能動的に支援対象者の成長機会や合理的配慮を提案し、支援者が自社の企業パーパスに即した中長期的な戦略の提案者へと進化することで、問題対応型からキャリア形成の創造型へ質的転換を遂げるだろう。そこには、人間の共感と倫理的判断、AIの分析力と即応性が補完し合う新しい時代のエコシステムを期待している。 【参考文献】 1) 松為信雄. 『キャリア支援に基づく職業リハビリテーション学―雇用・就労支援の基盤-』ジアース教育新社. (2024) 2) Harnad, S. “The Symbol Grounding Problem.” Physica D: Nonlinear Phenomena, 42(1-3), pp. 335–346. (1990) 3) UNESCO. Futures Literacy: A Strategic Capability for 21st Century Challenges. UNESCO Publishing. (2020) 4) 野中郁次郎, 紺野登. 『構想力の方法論』日本経済新聞出版. (2021) 5) International Federation of Social Workers (IFSW). Global Social Work Statement of Ethical Principles. (2018) p.114 職業訓練における体調等の自己管理支援ツールについて ~生活チェックシートのオンライン化~ ○成田 賢司(国立職業リハビリテーションセンター 上席職業訓練指導員) ○隅本 祐樹(国立職業リハビリテーションセンター 上席職業訓練指導員) 1 はじめに 教育現場では、不登校になる小中学生が11年連続で増加している。不登校になる理由として、生活リズムの乱れや学校生活への不安などが挙げられている。職業訓練においても、生活リズムの乱れから遅刻・欠席が多い受講生や技能習得・就職活動への不安感から訓練の継続が難しくなる受講生が見受けられている。そうした受講生へ配慮しながら訓練を行うことが急務となっているが、対応方法の一律化が難しいことやマンパワーの不足が課題となっている。国立職業リハビリテーションセンター(以下「当センター」という。)は、障害のある方に対する専門的な職業訓練と職業指導を一体的に行う施設として40年以上の歴史をもつ。現在では、職業訓練上特別な配慮を要する障害のある方(特別支援障害者)の入所割合が半数以上となっており、そういった方へ向けて先導的な職業訓練を実施するとともにその成果を基に職業訓練実践マニュアルにとりまとめている。また障害のある方の職業訓練に携わる職業能力開発施設等に対し効果的な訓練指導技法の普及を目的とした指導技法体験プログラムや特別な配慮が必要な受講者を受け入れるために必要とされるノウハウ提供を目的とした専門訓練コース設置・運営サポート事業などを実施している。本発表では、安定した訓練受講への取り組みとして当センターで実施している生活チェックシートについて説明するとともにGoogle社が提供するグループウェア Google Workspaceを活用した生活チェックシートのオンライン化についても紹介する。 2 生活チェックシートついて 職業訓練を安定して受講するためには、自身の体調や気持ち、生活リズムなどの変化に気づき、それに対処するといった管理能力が重要である。そこで受講生自身が睡眠や服薬等の状況を記録し、体調や生活リズムを自己管理できるよう支援するためのツールとして生活チェックシート(図1)1、2)を活用している。受講生は朝礼後に、睡眠の時間、睡眠の質、服薬の状況(頓服も含む)、体調(気分)の状況等をシートに記録する。職員はシートを確認するとともに、受講生が体調・生活リズムを自己管理できるよう促していく。生活チェックシートの取り組みを継続して行うことで、受講生は自身の体調を客観的に見ることができるようになっていく。 図1 生活チェックシート また体調変化の要因が何か気づくことで生活リズムを改善する一助となる。不調になった場合には、生活チェックシートを用いて体調が安定している時と比べて何が違っているのかを確認することで不調のサイン(頭痛、集中できない、あくびが出る、イライラする、眠くなる等)を発見できるようになる。そして①受講生自身が不調のサインがわかるようになる、②不調のサインが出た時の対応が自身でできる、③不調のサインが出る前にその傾向を感じ取り、自身で気持ちや行動をコントロールできるようになる、を段階的に実践していくことで体調が崩れる前に対処でき、体調・生活の自己管理能力の習得につながっていく。なお、記録する項目については、受講生それぞれ課題に応じた確認項目を設定し、カスタマイズして活用することを勧めている。また相談の有無もシート内に含め相談希望しやすいよう工夫している。緊急的な相談でなければ、相談する内容をシートに書き込むことにより相談内容が整理されるとともに、受講生にとっては相談してもらえるという安心感が生まれ、落ち着いた気持ちで訓練に取り組めることが期待できる。このことは受講生にとって、訓練に行けば話を聞いてもらえるといった安心感や、自分のことを理解してくれているという信頼感にもつながっていく。なお、実際の相談にあたっては、受講生との事実誤認を防ぐため職員二人での対応としているが、やむを得ず、一人で対応する場合には他の職員と情報を共有する旨を受講生に伝えている。このことは対応した p.115 職員を孤立させることなくチームで支援することを重視しているためでもある。 3 生活チェックシートのオンライン化 これまでは紙に記入する方法で実施してきた生活チェックシートであるが、職員一人で10人以上の受講生のシートを確認、把握することは負担が大きく、不調の受講生の状況を他の職員と情報共有するためには日々のデータを入力する必要がある。近年では新型コロナウイルス感染症拡大に伴うオンライン訓練の実施により対面ではないやり取りの方法についても対策に迫られていた。そこで当センターのDTP・Web技術科においてGoogle社が提供するグループウェアGoogle Workspace for Educationを利用して生活チェックシートのオンライン化を試みた。具体的には受講生のGoogleアカウントから生活チェックシートのサイトへアクセスし、Googleフォームの機能を利用し各質問項目へ入力または選択することとした。朝礼時の質問項目は、メールアドレス(ユーザー)の確認、日付、出席状況、就寝時刻、起床時刻、定期服薬、その他の服薬、睡眠の質、目覚めた感じ、体調、訓練開始前の気分、訓練開始前の体調(元気度)、相談希望、相談内容とし、終礼時の質問項目は、メールアドレス(ユーザー)の確認、日付、良かった点、より良くしたい点、明日の目標、感想、訓練終了時の気分、訓練終了時の体調、各限目の訓練内容とした。図2は、Googleフォームでの入力画面である。これまでの生活チェックシートの項目に加え、各限目の訓練内容を追加し訓練状況の振り返りもできる仕様とした。入力されたデータはスプレッドシートで作成された生活チェックシートへ反映される。図3は、フォームから入力された生活チェックシートの画面である。基本的に従来の生活チェックシートをもとに作成しているため、職員は違和感なくこれまで通り確認することができる。またクラウドサービスを利用しているため職員用アカウントで対象となる受講生の生活チェックシートへアクセスすればどこにいても状況を確認することができる。さらに就寝、起床については任意の期間で選択することでグラフ化することができる。紙の生活チェックシートの場合、数値を入力しグラフを作成する必要があったが、オンライン化することによりグラフ化も容易に可能となった。相談希望については、緊急での対応を要する場合もあるため別シートで確認できるようにしている。内容について受講生が事前に入力しているため、職員は入力内容を把握したうえで相談でき、事前に対応方法等を検討することができる。また入力したデータは記録として残るため職員間での情報共有に活用することができる。生活チェックシートをオンライン化することにより機能的な利点は増えたが、受講生との繋がりが軽薄なること     図2 フォームでの入力画面     図3 生活チェックシート画面 が危惧されるため、従来から大切にしてきた相談にのってもらえる、話を聞いてもらえる、自分のことを理解してくれているといった安心感・信頼感を受講生が感じられるよう心掛けて対応している。 4 おわりに 本発表では、職業訓練を安定して受講するための取り組みとして生活チェックシートについて説明し、クラウドサービスを利用した生活チェックシートのオンライン化について紹介した。今回の取り組みは障害者職業訓練における基本的な生活習慣やメンタルケアに課題を抱える受講生への対応方法として有用されている生活チェックシートやその考え方が今後より活用されるよう期待される現状に一石を投じるものである。また生活チェックシートのオンライン化に取り組んだことは、職員の負担軽減やマンパワー不足の解消等につながったとともに指導員自身の技術的な成長にもつながったと感じる。今後もクラウドサービスの活用やオンライン訓練に対応した教材の作成など社会の変化や受講生のニーズに合わせた訓練やサービスを提供できるように研鑚していきたい。 【参考文献】 1)国立職業リハビリテーションセンター『職業訓練実践マニュアル 訓練生個々の特性に応じた効果的な訓練実施に向けた取組み ~基礎編~』,(2021),p.5-8 2)国立職業リハビリテーションセンター『職業訓練実践マニュアル 訓練生個々の特性に応じた効果的な訓練実施に向けた取組み ~実践編~』,(2022),p.13-22 p.116 障害者雇用における障害者の戦力化を目指す教育・指導のモデリングについて ○西岡 克也(株式会社SYSホールディングス 障害者雇用担当責任者) ○天野 和哉(株式会社エスワイシステム) 1 はじめに 障害者雇用は「労働したい障がい者を健常者と分け隔てず雇用すること」であり、現在、SYSホールディングスグループ(全19社)(以下「当グループ」という。)では、障害者雇用の基本的な考え方として、障害者雇用の基本理念である「全ての国民が障がいの有無によって分け隔てることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現」を基に、雇用率にのみ囚われることのない障がい者が活躍できる障害者雇用を目指し、当グループの基本事業戦略として『本気』の障害者雇用と称し取り組んでいる。 2 『本気』の障害者雇用の導入 当グループの中核を担う株式会社エスワイシステムでは2022年2月にようやく障害者雇用の法定雇用率を達成した(図1)。 以前は、理想的な幻想を抱き、開発や管理部門で実務登用出来る方も雇用したが、それは現場を疲弊させ、障がい者も疲弊させる残念な結果にしかならなかった。また、身体障がいなどの労働に適した障がい者は大企業が積極採用していること、昨今急増している精神障がい者の雇用に対する体制や配慮が確立されていなかったこと等、当グループの障害者雇用の課題があり、成り立たせることが出来なかった。そこで、障害者雇用の本来目指すべき「健常者、障がい者を分け隔てない」という、理念を基にした『本気』の障害者雇用に取り組みはじめた。現在では、障がい者社員を管理本部業務支援チームのサポート班とし、間接部門をサポートする業務を担っていただき、重要な役割を果たしてもらっている。また、同様に当グループに参画している事業会社にも『本気』の障害者雇用を導入し、安定した障害者雇用を実現している。 図1 障害者雇用推移(2021年4月~2024年6月) 3 『本気』の障害者雇用の取り組み体制づくり 『本気』の障害者雇用をはじめるにあたり、先ずは、洗い出した課題から推進体制構築に着手した。企業在籍型職場適応援助者を障害者雇用推進の専任担当として採用し、障害者雇用の採用計画策定、職場環境の再整備、業務の洗い出しを行った。 一つ目に、株式会社エスワイシステムは未経験採用に取り組んでおり、全社員がIT業未経験者の採用で、採用後、社内の教育・研修をもってプロフェッショナル化させている。このノウハウを活かし、障害者雇用に於いても、採用後、社内研修・教育制度を活用し、障がい特性に関わらず出来ることを増やし、障がいのある人でも様々な業務で活躍できる職場環境づくりを行った。 二つ目に、上記の教育・研修のある職場環境づくりによって、障がい者用の業務の切り出しをする必要がなくなった。それにより、健常者社員の業務を洗い出し、その業務のサポート(補佐)を行って頂いている。従来の障がい者専用の業務から脱却し、健常者と同じ業務に携わって頂くことにより、健常者と同様の業務やその業務のサポートがスムーズに行える様になった。 さらに、障害者雇用推進業務そのものにも携わって頂き、障害者雇用業務を通じて自身の障がいについても知り、自身の得意なこと、苦手なことを発見するきっかけとした。それにより、障がい者の業務の幅を広げ、多数の業務対応ができる様になった。 4 『本気』の障害者雇用システム改革 従来は、健常者社員が本来の職務を行いつつ、庶務業務などを行う障がい者社員の管理、指導、サポートなどを行ってきた。この従来の雇用管理では、健常者社員が複数の業務を兼任することから負担が大きくなり、管理・指導が行き届かず、障がい者の長期雇用が安定しない。その従来の方法の課題を踏まえて、新しく構築した体制が、『本気』の障害者雇用のチームシステムだ。健常者社員と障がい者社員の間にジョブコーチがパイプ役として入り、健常者社員が行ってきた管理、指導、サポートをジョブコーチが担うことで負担を軽減した。更に、新しい取り組みとして、障がい者社員のジョブコーチを養成し、障がい者社員の管理・指導を担って頂き、各部署ごとに配属された障がい者社員をサポート班としてチーム化した。チームで業務 p.117 にあたることで責任負担を分散し、障がい者社員が働き易い環境へと改善した(図2)。 図2 『本気』の障害者雇用システム 5 『本気』の障害者雇用の障がいに対する考え方 『本気』の障害者雇用では、障がいの特性が業務の遂行能力には、ほぼ関わることはないと考えている。 例えば物忘れが激しいと言われる発達障害の方についても、健常者が物忘れをしないわけではなく、忘れてしまっても思い出せるように手帳にメモをして対処をする。このように障がいの特性が弱点であっても、対処することが肝要である。これができないのは、経験がないからである。 よって経験を積ませることによって、多くの障がいの特性はカバーできるのである。 図3 障害に対する考え方 6 2030年構想 ~グループ30社3,000名を見据えて~ 当グループでは、2030年までの目標としてグループ全体で30社、3,000名規模への成長を掲げている。また2030年までに法定雇用率が3.0%になると言われている。その場合、単純計算で約90名の障害者雇用が必要となる。現在は各事業会社で障害者雇用を行っているが、今後は特例子会社を設立し、グループの障害者雇用を一元管理する体制を整えていく。 特例子会社として親会社の委託業務だけではなく、特例子会社独自で運用する事業として「コンサルティング事業」と「就労支援・促進事業」の二つを構想している。 7 障害者雇用事業の今後の展開について まず「就労支援・促進事業」として、障がい者本人を対象に労働の意欲、意識、企業の知識などを高めるための就労訓練を実施する訓練コースを設立をした。 こちらは現在「エスワイ・JOBカレッジ」と称して、限りなく実務に近い実践的な実習だけでなく、一般常識、ビジネスマナー、障がいを持ちながら一般就労で働く上で必要となる考え方や、「障がい」そのものの知識等を学び、障がい者の「社会人」としての自立を促し、長期的な就労生活を目指した支援を先輩社会人である障がい枠社員中心に行っている。 また現在は事業会社のみに展開している『本気』の障害者雇用をパッケージ化し、障害者雇用促進に取り組む企業や、未達の企業に対して実地で行うコンサルティング事業を構想している。このコンサルティング事業の中核も障害者雇用をしっかりと学んだ障がい者当人が執り行うことを計画している。 8 最後に 障害者雇用は企業の社会的責任を果たす上でも、目を背むけてはならない重要な課題である。格好付けずに、真正面から取り組む方法で、グループ全体の障がい者の雇用義務を果たす、特例子会社などの障がい者専門の会社を設立したい。 また上述の以前に諦めた開発や管理部門での登用は、管理本部業務支援チームのサポート班として、実現出来ると考えている。雇用マネージャーと障がい者リーダーが各部署からの業務を請け負い、主に精神障がい者と身体障がい者のチームで構成する事で可能となり、内部監査・システムのレビュー・テスト等で進めて行く。更には、この事業形態をお客様に提案しコンサル事業として進化させる。 現在、農業栽培等で障がい者を大量に雇用して、企業に高額で出向させて稼ぐ業者が続発しているが、ここに本来、企業が果たすべき障害者雇用義務に一石を投じていきたい。 【連絡先】 西岡 克也 管理本部 経営企画グループ e-mail:nishioka.katsuya@sysystem.co.jp p.118 「自立可能な循環式特例子会社を目指して」受け手から担い手へ、現場で育む自立プログラム ○飯尾 洋子(ヤマハモーターMIRAI株式会社 リサイクルクリーン課 クリーンプラスグループ グループ長) ○松下 諒平(ヤマハモーターMIRAI株式会社) 1 はじめに ヤマハモーターMIRAI株式会社(以下「MIRAI」という。)は、ヤマハ発動機株式会社の特例子会社として2015年に設立され、2025年10月に創立10周年を迎える。当社には、57名の障がいのある社員(以下「スタッフ」という。)が在籍し、クリーンプラス(清掃)・PCリユース・オフィスサポート・社内メール便の4つの事業を展開している。従来の特例子会社は「健常者は支える側、障がい者は支えられる側」というイメージだが、一方、MIRAIは合理的配慮をいかしつつも、それぞれが才能と実力を活かし、役割分担ができる、先進的な特例子会社を目指している。 クリーンプラスグループ(以下「グループ」という。)も10年目を迎え、現在15名のスタッフで構成されている。グループは「考える清掃」を目標におき、更に「一人で働く」をビジョンに掲げ、障害のある社員が清掃業務を単独で遂行できるようになること、また障がい者が障がい者を支える自立に向けた取り組みを行っている。 2 「一人で働く」ビジョンを掲げた経緯 設立当初、障害のある社員をサポートする支援者は2名(現在3名)。この少人数体制において、清掃業務の品質保持、清掃エリアの拡大、そして業務内容の多様化に対応するには、2名体制では物理的な限界があった。限られた支援者リソースを最大限に活かし、事業としての自立と持続的な成長を実現するためには、スタッフ一人ひとりが自立し、単独で業務を遂行できる力を身に着けることが不可欠だった。この「少ない支援者」という制約を、スタッフ自身の自立を促す大きな原動力と捉え、個々の能力を最大限に引き出すことで、会社の強みに転換していくことを目指した。 3 課題  「一人で働く」ビジョンの実現に向け、日々の清掃作業状況から、スタッフの自立に向けて具体的な業務の洗い出しを行い、以下の課題が見えた。 (1) 作業品質の均一化と効率化 ・個々の特性や能力、経験での品質のばらつき ・時間管理への意識 (2) 単独作業での安全確保 ・スタッフが単独作業を行う清掃現場での安全意識の徹底 (3) チーム連携強化と情報共有 ・状況に応じたチーム連携と迅速な報連相 4 取り組み (1) 徹底した作業手順の標準化 細部にまでこだわった「作業基本手順書」「作業マニュアル」を作成し作業ルールも明確にした。同時に、使用する清掃道具の見直しと最適化も行った。安全性が高く、扱いやすいだけでなく、作業時間の短縮と労力軽減に繋がる最新の道具を積極的に導入した。これにより、どの建屋の清掃を担当することになっても、標準化された手順と最適化された道具があれば問題なく作業ができる基盤つくりができた。この標準化された手順の定着により、もし間違った作業をした場合にはスタッフ自身が違和感を覚え、自ら間違いに気づき修正できるようになった。また、周囲のスタッフも標準とのずれに気づき、互いにサポートし合える環境が生まれた(図1、2)。 図1 作業手順マニュアル 図2 作業基本手順書 p.119 (2) 「考える清掃」による安全意識の徹底とリスク管理 安全への意識をもって自ら危険を察知し、安全に行動できる『考える清掃』を目指した。そのために、危険予知トレーニング、洗剤の規定量や使用方法に関する定期的な勉強会を実施し、単なる「やり方」だけでなく、「なぜそうするのか」という理由や気付きについても話し合い、理解を深める機会を増やした。また、新型清掃機器の導入時には、スタッフが主体となり機種の選定を行い、メーカーから直接、正しい操作方法やメンテナンスについて学ぶ機会を設けた。これにより、スタッフは道具の特性、危険性を正しく認識し、安全かつ大切に扱う意識を持てるようにした。状況判断に迷う際には、速やかに支援者に連絡することを徹底した。 (3) チーム連携と円滑な情報共有 チーム連携を強化するため意識的な「声掛け・返事」の実施。作業開始・終了時、作業場所や内容変更の時など、業務の節目ごとに意図的に「声掛け」と「返事」を交わすことを習慣化した。これにより、各スタッフの状況を把握しやすくなり、互いの関心を高めるとともに、コミュニケーションをとるようにした。また、作業終了後には日報に作業進捗状況を記入し、口頭での情報共有に加えて、互いの状況を「見える化」することで、サポート業務の調整ができるようにした。また、この日報は業務契約している建屋責任者に提出することにした。 定期的なミーティングはスタッフ自身が運営を担当。また、グループワークも積極的に取り入れ、「MIRAI版SST」や「MIRAIあるあるKYT」など、グループに関連する具体的テーマを通じて意見交換を行った。こうした取り組みを通して、お互いの気持ちや行動を理解し合う機会を作り、コミュニケーション活性化とグループの一体感の向上を図った(写真)。 写真:月次ミーティング グループワークの様子 5 結果 一連の取り組みを通じて、「一人で働く」スタッフが増加した。これにより、清掃エリアを10ヶ所までに拡大し、その内の9ヶ所ではスタッフのみで作業を完遂している。支援員、スタッフリーダーの巡回は継続しているが、大きなトラブルもなく安定している。 作業手順が標準化されスタッフの品質管理が定着した結果、清掃品質とマナーともに安定した。実際に、昨年親会社が実施した日常清掃満足度調査では、当グループの評価は5点満点中4.4点と高評価を獲得した。 作業手順が確立されたことで、作業担当者が変更された場合にも、スタッフ同士でスムーズに作業の引き継ぎを行えるようになった。さらに、新入社員や、時には支援者にもスタッフから直接指導することも増えている。これらの成功体験を通して、スタッフは自分たちがグループを運営し実際に動かしているという当事者意識と誇りを持つようになった。「やりがいがある」「この仕事が自分に向いている」と口にするスタッフも増え、これによりモチベーションは大きく向上し、一人ひとりの士気が高まるとともに、グループ全体に活気が生まれた。 6 まとめ今後の課題 これまでの取り組みを通じて、「一人で働く」というビジョンは確実に現実へと近づき、スタッフ一人ひとりの能力向上と、グループの成長を実感している。この成果は、「現場で育む自立プログラム」が機能していることであり、『自立可能な循環式特例子会社』への大きな一歩となった。 今後、さらなる発展に向けての課題は以下の3点である。 ・個々の能力を最大限に活かすスタッフの組み合わせと配置が重要。今後はスキルアップ評価表などを活用し、バランスの取れた配置を進める。 ・来るべき「加齢」に備え、年齢を重ねても安心して働き続けられるよう、柔軟な働き方の検討。 ・清掃業務の管理・運営全体を段階的にスタッフに任せ「支援の卒業」を目指す。 これからも、「考える清掃」を目標に真の自立に向け挑戦を続けていきたい。 【連絡先】 飯尾 洋子 ヤマハモーターMIRAI(株) e-mail:iioyou@yamaha₋motor.co.jp p.120 特例子会社によるグループ会社への障害者雇用支援の取り組み ~研修・相談窓口の提供を中心として~ ○新山 佳奈(SOMPOチャレンジド株式会社 サポーター) ○友宗 弥和(SOMPOチャレンジド株式会社 サポーター) 1 はじめに (1) 会社概要 SOMPOグループは、SOMPOホールディングス株式会社を持ち株会社とする、損害保険を中核事業とするグループであり、2025年4月1日時点で約1,400名(雇用率 2.61%)の障害のある社員が勤務している。 SOMPOチャレンジド株式会社(以下「SOMPOチャレンジド」という。)はSOMPOグループの特例子会社であり、SOMPOグループより主に損害保険関係の事務系業務(データ入力、PDF化等)やオフィスサービス系業務(メールセンター、書類デリバリー等)を受託している。2025年4月1日時点で170名の障害のある社員が働いている。 なお、SOMPOグループでは「障害の社会モデル」の考え方に準拠し、「障害」と表記している。 (2) グループ会社への障害者雇用支援について ア 障害者雇用支援の目的とメニューについて SOMPOグループでは、DEI推進の方針、および法定雇用率引き上げへの対応のため、特例子会社だけでなくグループ各社においても障害者雇用を積極的に推進している。グループ各社の障害者雇用推進を支援するため、障害者雇用のノウハウを持つSOMPOチャレンジドがSOMPOホールディングスより障害者雇用支援事業を受託して実施している。 主な支援内容は、障害者雇用に関する相談窓口(以下「個別相談窓口」という。)、障害者雇用に関する研修(以下「障害者雇用・活躍研修」という。)、採用に関する支援、グループ各社の経営層の特例子会社見学である。支援の主な対象は、グループ各社の人事採用担当者や、障害のある社員の上司、同僚などであり、障害のある社員からの相談などは各社で主体的に対応することとしている。 イ 障害者雇用支援の体制について 上記の支援内容のうち、個別相談窓口は2020年度より一部の会社に限定して提供されていた。2023年10月にSOMPOチャレンジド内に「グループ障害者活躍支援室」が設置され、2024年4月より本格的な支援が開始されている。グループ障害者活躍支援室には、「採用グループ」と「教育・定着支援グループ」の2つのグループがある。「教育・定着支援グループ」には、2025年4月現在で6名の福祉・心理系の国家資格をもつ専門職が在籍しており、特例子会社内の障害のある社員の支援と並行してグループ会社の障害者雇用支援にあたっている。 (3) 本発表の目的 今回は、上記の支援メニューのうち、個別相談窓口と障害者雇用・活躍研修について、2024年度の実施内容と結果について報告する。そのうえで、障害者雇用の支援を特例子会社が行うことの意義について考察を行う。 2 障害者雇用・活躍研修について (1) 研修メニューおよび提供方法について 研修はオンライン研修6種、対面式の研修2種の研修を含む形で、のべ14回実施した。研修の資料作成および講師については、対面での研修1種類を除いて、SOMPOチャレンジドの専門職が作成・実施した。 ア オンライン研修について オンライン研修は、Web会議アプリを使用して、リアルタイムで配信を行った。内容は次の通りであった。 ・障害者雇用の意義や合理的配慮に関する基本的な研修(4回実施) ・身体障害と知的障害についての説明と代表的な合理的配慮に関する研修(2回実施) ・精神障害と発達障害についての説明と代表的な合理的配慮に関する研修(2回実施) ・障害のある社員との面談方法に関する研修(2回実施) ・研修のアンケートで把握された職場でよく起きる悩みやトラブルに対する対応の研修(2種、1回ずつ実施) イ 対面での研修について 対面での研修は、次のような内容であった。対面での研修は、オンライン研修と比較して応用的な内容であった。また、グループディスカッションも実施した。 ・障害のある社員の採用プロセスについての研修 ・支援機関の活用や連携に関する研修(支援機関の方を講師として招いて実施) (2) 参加者について 参加者の募集にあたっては、グループ共通のポータルサイトやグループチャット、各社の障害者雇用担当者を通して広報を行った。参加にあたっては、各研修の主な対象者は示していたものの、厳格な基準は設けていなかった。 2024年度に実施した計14回の研修にグループ内23社からの p.121 べ927名が参加した。また、14回以外に各社から個別に依頼を受けた研修を合わせるとのべ1,190名の参加があった。参加者は、人事担当者や障害のある社員の上司や業務指導にあたっている社員に加え、障害のある社員の同僚、障害のある社員本人、グループ会社の社長や幹部、職場に障害のある社員はいないが興味を持った社員など幅広い層にわたった。 (3) アンケートと回答への対応について 研修ごとに、研修後、参加者に対してアンケートの回答を依頼した。アンケートはGoogleフォームを用いて行った。 ア 各回の研修に関する回答について 研修の満足度は、全体で約97%であった。特に役に立った内容として、具体的な障害についての解説や具体的な配慮内容が多く挙げられた。 イ 質問への対応について 質問のうち、複数に共通している内容については、年度後半の研修で取り上げた。また、質問のうち、具体的な助言が必要と判断された内容については、後述する個別相談窓口への連絡を提案した。 3 個別相談窓口について (1) 相談方法について 相談についてはGoogleフォームにて受付を行った。相談内容に応じて、メールへの回答やWeb会議アプリを用いた面談などで対応した。 (2) 相談件数について 先述の通り、個別相談窓口については2020年度より実施していた。各年度の相談件数は表1の通りであった。2024年度にSOMPOチャレンジドによる障害者雇用支援が本格化して以降、相談件数が大幅に増加した。 表1 個別相談窓口の相談件数 (3) 相談内容について 相談内容は表2の通りであった。2024年度は、障害者雇用支援の一環として採用の支援が開始されたことにより、採用に関する相談が増加した。業務運営・切り出し、日常対応、合理的配慮などに関する相談が多くあった。 相談に対しては、障害のある社員への直接的な対や支援機関の活用等の助言を行った。 表2 個別相談窓口の相談内容(のべ件数) 4 特例子会社がグループ会社の支援を行うことの意義 グループ内での障害者雇用支援を本格的に開始し、2024年度は研修にのべ1,190名、個別相談には61件の相談があった。1年間、障害者雇用支援の研修、および個別相談窓口を運営して、特例子会社がグループ会社に対して支援を行うことの意義であると考える点を以下に述べる。 (1) ノウハウの共有 特例子会社であるSOMPOチャレンジドの受託業務は親会社の業務との関係が深く、共通しているものも見られる。業務内容や職場環境についても類似している部分も多く、SOMPOチャレンジドでのノウハウを活用しやすい。また、対面の研修では同じく共通点の多いグループ会社間でのネットワークも形成することができた。 (2) グループ会社からのアクセスの容易さ 研修や個別相談窓口の広報について、社内ポータルやチャットなど、多くの社員の目に留まる場所を活用することができた。また、社内での研修であったため、申し込みや受講に関する手続きが容易であったと考えられる。そのため、人事担当者など以外の上司や同僚など幅広い層からの利用があったと考えられる。 5 今後の展開 各社でより安定して障害者雇用を推進するため、2025年度は、①グループ共通のオンデマンド研修システムを活用して既存の研修をいつでも視聴できるよう整備、②グループ内のネットワーク形成を目的とした好事例の共有およびディスカッションを含む研修の開催、③障害者雇用に関する情報をまとめたグループ内のポータルサイトの開設、を予定している。今後も特例子会社のノウハウおよび専門性を活かした支援を展開していきたい。 p.122 職業リハビリテーションにおける危機介入の実践と教育的支援の試み ○豊崎 美樹(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 マネージャー) ○ウォーラー 美緒(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 研究員) ○刎田 文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 主幹主任研究員) 1 はじめに 職業リハビリテーションの現場では、自殺念慮や自傷行為などの様々な危機的状況に直面することがあり、支援職は職業倫理および専門職の倫理原則を遵守しつつ、迅速かつ適切な対応が求められる。 しかし、我が国の心理職の専門職集団に関する課題について、慶野は「欧米のそれと比べると具体的な行動基準がない、あるいは少ないものが多く、具体的な倫理的問題においては、個々の心理職が判断しなければならない部分が大きい」1)と指摘している。 弊社(株式会社スタートライン)には、2025年8月現在、対人援助職に従事する社員が337名在籍しているが、その全員が専門的知識を有して入社するわけではなく、公認心理師や精神保健福祉士などの有資格者も限られている。そのため、すでに菊池(2022)により一部報告されているように2)、入社後に対人援助に関する体系的な教育を実施する必要がある。本報告では、危機介入に関連した弊社の取り組みについて詳細を共有する。 2 危機介入の背景と課題 Caplan(1964)は、危機介入(crisis intervention)について「危機状態にある個人に対して短期的・集中的な援助を行い、心理的均衡を回復させ、機能低下や二次的被害を防止するための支援である3)」と定義している。 職業リハビリテーションの現場においても、就労支援過程で精神的負荷や生活上の困難から、希死念慮や自傷行為に至る事例は少なくない。 慶野(2022)の調査では、臨床心理士の倫理的問題経験のうち「秘密保持に関わる問題」が41.6%と最多であり、その中でも特に「自殺・自傷他害の恐れ」に関する事例が最も多く報告されている。これは、危機介入において支援職が直面するジレンマ、すなわち秘密保持義務と生命の安全確保の間に生じる葛藤を示している。また同研究では、「臨床心理士の多くは十分な職業倫理教育を受けておらず、判断に必要な知識や経験が不十分であった可能性」1)を指摘している。 さらに、高井(2018)は、自殺未遂者支援において臨床心理士に求められる知識として、医学的知識、自殺リスク評価、臨床心理的援助、社会資源の活用を挙げており、これらに基づくスキルの習得が、不可欠であると報告している4)。 このように、職業リハビリテーションを含む対人援助の支援現場では、危機介入を必要とする状況が現実的に発生しているにもかかわらず、教育や組織的対応の整備不足が課題であり、現場の支援職が高い倫理的・心理的負荷に晒されている現状は明らかである。 3 目的 弊社では、障害者および事業主の双方に対し、職業リハビリテーションの視点から包括的な支援を提供しており、支援対象者数は2025年8月現在で約2,500名にのぼる。その中には、精神的負荷の高まりから希死念慮や自傷行為に至るケースも一定数含まれており、現場の支援職には危機的状況への即時的かつ適切な対応が求められている。 また、支援職の多くが、心理・医療専門職以外のバックグラウンドから入職しているという組織的特性もあり、入社後の教育体制および危機対応時の支援体制の整備は、弊社にとって喫緊の課題であった。 本報告では、こうした背景のもと弊社が構築してきた、危機介入に関連する教育的取り組みおよび組織的支援体制の実際を報告し、現場支援職の対応力向上と心理的負担軽減を目的とした実践の内容を明らかにする。 4 方法(弊社の取り組み) 弊社では社内にCBSヒューマンサポート研究所(以下「研究所」という。)を設置し、公認心理師・臨床心理士資格を有する研究員が、社内における対人援助スキル向上のための教育を行なう中心的役割を担っている。危機介入に関しては、以下が社内における主要な取り組みである。なお、取り組みの詳細は、口頭発表にて共有するものとしたい。 (1) 予防的な観点 ①ケースフォーミュレーションに必要な情報整理ツールの開発と社内活用 ②社内支援職を対象とした支援技術研修(支援職倫理、危機介入、ケース分析の科目含む) ③定期的な個別ケース会議によるスーパーバイズ (2) 危機介入時 ①緊急対応発生時の一次対応マニュアルの整備(企業、支援機関、医療、家族との連携含む) ②緊急対応発生時のエスカレーションフローの整備 p.123 ③臨時的な個別ケース会議によるスーパーバイズ ④法務部門、人事部門、研究所と現場との連携 ⑤医療・法的観点からの外部コンサルテーション実施 5 結果 (1) 予防的な観点からの取り組み結果 導入された各種ツールにより、現場の支援職がケース情報を多角的に収集し、一定レベルでケースフォーミュレーションを実施できるようになったことが、主な成果として確認されている。また、リスクの早期把握が可能となり、危機的状況に至る前に施策を導入できたケースも多い。 (2) 危機介入時の取り組み結果 危機的事象が発生した際の基本的な対応は統一されており、拠点や支援職ごとの対応のばらつきが少ないことが確認されている。また、複数部署で協議する体制が整っていることにより、支援職が個人で案件を抱え込む心理的負荷が軽減されていると考えられる。 6 課題と展望 本報告では、職業リハビリテーションの現場における危機介入の現状と、弊社における教育的支援体制について述べてきた。しかし、依然として複数の課題も存在する。 (1) 予防的な観点からの課題 第一に、経験の浅い支援職が、リスクを早期かつ一貫して把握できるようにするための教育手法の確立が、課題として挙げられる。危機的状況への対応は、経験豊富な心理職だけでなく、入社間もない支援職や専門資格を持たないスタッフが担う場合も少なくない。高井(2018)が示すように、自殺未遂者支援においては医学的知識やリスク評価スキルを含む幅広い知識が求められるが4)、短期間で基礎的なリスク感知力を育成するカリキュラムの構築は、現実的には困難である。 本課題に対応するため、今年度より「教育文脈に基づくケース会議によるスーパービジョン」を開始した。これは、経験の浅い社員が実践の場で支援技術を活用できるよう、詳細な解説を交えたケース検討の機会である。あわせて、緊急案件の定義をより詳細に設定し、報告の有無が個々の判断に依存せず、システマティックに行われるよう整備した。これらの取り組みが課題にどの程度寄与するかについては、年度末以降に効果の分析を予定している。 (2) 危機介入時の対応における課題 弊社では、事業規模の急速な拡大に伴い、現場で一次的なリスクレベルの判定や施策判断を担うマネジメント職・専門職の配置が必要であり、そのための育成が課題として挙げられる。危機的状況では、初動段階での判断の正確さが安全確保に直結するが、拠点が増えるにつれて判断のばらつきや情報伝達の遅延が生じやすくなる。茶屋道(2014)が指摘するように、現場の調整役がリスクを適切に評価し、迅速に意思決定できる体制は、組織的な危機管理の要であると考えられる5)。 本課題に対しては、リスクレベルの判定やケースフォーミュレーションを精緻に行える人材を育成するべく、「マスター」と呼ばれる社内資格を設置し、すでに対象者には専門プログラムによる教育を開始している。また、危機介入には多職種・多機関との連携が不可欠であるため、「マスター」プログラム内にはそのスキルを高めるための科目も設置している。「マスター」資格を取得した支援職が、現場でマネジメント職とともにケース検討を行うことで、よりリスクレベルに即した対応を、迅速に決定できることを期待している。本取り組みは現在、試行段階にあり、次年度以降、制度の確立および効果検証を計画している。 危機介入の問題は、すべての対人援助場面で生じうるものであり、簡単に答えを出せるようなものではない。弊社では、すべての働く人が安全で、安心して働くことができる環境を創造していくために、今後もこの問題について、一つ一つの事例についての効果検証も行いながら、真摯かつ継続的に取り組んでいきたい。 【参考文献】 1)慶野 健『我が国の心理職の倫理的態度に関する研究』,「東京大学大学院教育学研究科附属心理教育相談室紀要」, 東京大学(2022), pp.1 7. 2)菊池ゆう子・板藤真衣・刎田文記『社内支援スタッフの支援技術向上に係る人材育成の取組みについて―スタッフの職責に応じた階層別集合型研修の開発―』,「第31回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集」,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(2023年) 3)Caplan, G.『Principles of Preventive Psychiatry』,「Basic Books」, New York(1964), pp.53 4)高井 祐介『臨床心理士による自殺未遂者支援に資する知識とスキルの検討』,「九州大学心理臨床紀要」, 九州大学(2018), pp.1 10. 5)茶屋道 直也『精神保健福祉士の抱えるディレンマと社会的責務に関する研究』,「社会福祉学」, 日本社会福祉学会(2014), pp.23 35. p.124 中小企業における障害者雇用の段階に応じた取組に関する調査研究 ~障害者雇用事例リファレンスサービスの事例より~ ○山科 正寿(障害者職業総合センター 主任研究員) 大石 甲・生田 邦紘・伊藤 丈人・桃井 竜介(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者雇用の実雇用率は10年以上上昇を続けているが、中小企業の実雇用率は全体平均を下回っており、中小企業に対する支援は重要な課題となっている。障害者職業総合センターでは、中小企業における障害者雇用の推進や支援機関による事業主支援等の参考となるように中小企業における障害者雇用の段階(事前準備、採用活動、雇用定着・戦力化等)に応じた取組に関する調査研究(以下「本調査研究」という。)を2025年度から2026年度にかけて実施している。 2 障害者雇用事例リファレンスサービスの事例調査 (1) 調査目的 今回の調査は当機構の障害者雇用事例リファレンスサービス(以下「リファレンスサービス」という。)の登録事例の中で、特に中小企業が行った障害者雇用のモデル的取組事例について、その各項目の記載内容を再整理することで、今後の本調査研究の参考となる情報を把握することを目的として実施する。 (2) 調査対象 「令和6年障害者雇用状況の集計結果」1)において、企業規模別実雇用率をみると、従業員数が40.0人~100人未満規模が1.96%と最も低くなっている。この企業規模に近い中小企業のモデル的な取組事例として、リファレンスサービスで近似の従業員数51人〜100人の事例の中から、調査対象として事例企業100社(以下「事例企業」という。)を選定するために、2025年の事例からさかのぼって2012年の事例まで把握した。 事例の選定の基準としては、下記(3)の5項目について記載がある企業とし、①特例子会社、②第3セクター企業、③就労継続支援A型事業所は除外した。 (3) 調査方法 対象事例について、①業種、②障害別の従業員数、③障害別の従事業務、④従事業務を決めるプロセス、⑤障害者雇用の効果、以上の5項目について、記載されている内容を整理し、単純集計することで全体的な傾向を把握する。 3 調査結果 (1) 事例企業の概況 ①業種 事例企業の業種は、「製造業」が36社と最も多く、次いで「医療・福祉業」が22社であった(図1)。 図1 業種 ②障害別の従業員数 障害別の従業員数は、「知的障害」が359名と最も多く、次いで「精神障害」が102名であった(図2)。 図2 障害別の従業員数 ③障害別の従事業務 知的障害のある従業員の従事業務は、「清掃・洗浄作業」が24社で最も多く、次いで「製造・組立業務」が22社であった(図3)。 精神障害のある従業員の従事業務は、「清掃関連」が22社で最も多く、次いで「物流・仕分け作業」が18社であった(図4)。 図3 障害別の従事業務(知的障害) p.125 図4 障害別の従事業務(精神障害) (2) 従事業務を決めるプロセス 事例企業が従事業務を決めるプロセスを調査するため、リファレンスサービスの「障害者の従事業務と職場配置」の欄の記載から、従事業務を決めるプロセスに関する内容を要約したうえで、カテゴリー化して集計した。 なお、事例の要約については生成AIのCopilotを使用し、要約内容を調査者が確認し、適宜修正したうえで集計した。 分類した結果が表1である。最も多いものは「本人の特性・適性重視」であり、本人の特性や適性を把握したうえで、適切な業務に配置するため、特性把握を目的とした支援機関との連携や、ジョブコーチ支援の活用など、外部からの情報を効果的に収集している事例企業である。 次に多い「試行・実習の結果重視」は、実習やトライアル雇用等で、本人の職務遂行能力に着目して、常用雇用の判断、適性に応じた配置を確定している事例企業である。特別支援学校との協力体制を構築して在学時から複数の職場実習を計画的に実施する場合もある。 その次に多い「採用後の育成重視」は、社内の協力・育成体制が確立されており、加えて支援機関等の協力により自社にマッチする人材の採用システムができている雇用実績の豊富な事例企業である。 一方で、「従事業務重視」は、例えば介護業務等で採用することを決めて、適性のある者を採用する事例企業である。多数を雇用するものではなく、採用条件も基準をクリアする必要がある。採用後は他の従業員と同様の労働条件として採用を行う事例企業もある。これらの事例企業の中では、先行企業への相談や、事例情報の収集等の事前情報を効果的に収集している事例企業もあった。 「業務の切り出し」は業務を細分化したうえで、採用するための新たな業務を作り出す事例企業である。業務を切り出す際に、支援機関に助言を得る等、支援機関との連携を効果的に行う事例企業もある。「従事業務重視」や「業務の切り出し」は業務内容に着目する点が共通している。 以上のように従事業務を決めるプロセスにおいて事例企業は多様な取組を行なっているが、①支援機関との連携体制を構築する、②社内の協力体制を構築する、③情報収集を行う等の取組も、障害者雇用の各段階で実施している。 表1 従事業務を決めるプロセス (3) 障害者雇用の効果 障害者雇用の効果の項目について記載されている効果を図5の16カテゴリーに分類した。「定着率・長期雇用の向上」が12件で最も多く、次いで「生産性向上」と「社内理解・協力体制強化」が10件であった(図5)。 図5 障害者雇用の効果 4 考察 今回の調査では、モデル的な取組事例において、従事業務を決める際に多様な取組を行うとともに、支援機関との連携、社内の協力体制の構築、障害者雇用に関する情報収集等を行っていることが明らかになった。本調査研究において実施する予定の企業アンケートの調査票設計にこの結果を生かし、調査研究を進めていく。 【参考文献】 1) 厚生労働省職業安定局障害者雇用対策課(2024) 令和6年障害者雇用状況の集計結果 p.126 職場における情報共有の課題に関する研究① -障害者の情報共有における困難を予測する要因- ○大石 甲(障害者職業総合センター 上席研究員) ○伊藤 丈人(障害者職業総合センター 上席研究員) 永登 大和・布施 薫(障害者職業総合センター) 1 問題の所在と目的 職場における情報のやり取りに、障害に起因する課題を抱える者は少なくない。職場で共有される情報には、業務に関するフォーマルなものだけでなく、職業生活に不可欠なインフォーマルなものも含まれるが、インフォーマルな情報も含めた職場での情報共有のあり方は変化してきている。このような変化の状況を踏まえ、改めて障害者が情報のやり取りについてどのような課題に直面し、どのような配慮を必要としているのか明らかにするとともに、課題解消に向けた取組事例についても把握を試みた。 具体的な調査方法としては、企業及びそこで働く障害者の双方に対してアンケート調査及びヒアリング調査を実施することで、業務指示をはじめとした職場の情報を障害者に共有する際の課題、事業主が行っている配慮、本人が行っている工夫等を明らかにした1)。 本発表では企業及び障害者へのアンケート調査により取得した結果のうち、障害者が業務指示の内容を把握し理解する際の困難(以下「業務指示の把握における困難」という。)を予測する要因について報告する。 2 方法 厚生労働省から提供を受けた令和4年障害者雇用状況報告(令和4年6月1日)の企業データのうち障害者を1人以上雇用していた75,349社を母集団に10,000社を層化抽出して対象企業とし、2023年10月から11月に調査実施した。 企業アンケート調査として、対象企業の人事・労務管理担当者宛に依頼文を郵送し、障害のある社員の人事・労務担当者又は上司などの、障害のある社員と日常的にコミュニケーションを取っている者又は障害のある社員とのコミュニケーションの状況を把握している者へ回答を求め、Webフォームにより回収した。併せて、障害者アンケート調査として、対象企業への依頼文に障害のある社員へのアンケート協力依頼を同封し、対象企業において働く障害のある社員最大5人への配布により回答を求め、Webフォームにより回収した。 調査内容は両調査とも基本属性、業務指示の伝達状況、業務指示以外の情報の提供状況等とした。 両調査とも回答は任意とし、協力の拒否や回答内容により不利益は生じないことを依頼文に記載した。 3 結果 (1) 回収状況 郵便不着により最終的な対象企業は9,964社となった。企業アンケート調査の有効回答数は1,217社(回答率12.2%)、障害者アンケート調査の有効回答数は721人だった。 (2) 基本属性 企業アンケート調査(n=1,217)の回答企業の産業分類は「医療、福祉」が24.5%で最も多く、次は「製造業」が22.1%だった。常用雇用労働者数は「100~299.5人」が47.8%で最も多く、次は「43.5~99.5人」が29.2%だった。雇用障害者数は「2~3人」が36.1%で最も多く、「4~10人」が26.4%、「1人」が25.4%と続いた。情報伝達の状況を回答する障害者の障害種別は「知的障害」が26.9%で最も多く、「肢体不自由」が23.3%、「精神障害」が18.1%、「内部障害」が14.3%と続いた。 障害者アンケート調査(n=721)の回答者の性別は「男」が65.3%、「女」が32.6%だった。年齢は「50~59歳」が25.0%で最も多く、「40~49歳」が20.8%、「20~29歳」が19.0%、「30~39歳」が18.2%と続いた。障害種別は「肢体不自由」が24.0%で最も多く、「精神障害」が19.6%、「内部障害」が18.7%、「知的障害」が17.2%、「発達障害」が11.1%と続いた。 (3) 業務指示の把握における困難を予測する要因の分析 業務指示の把握における困難を予測する要因を検討するため、障害者アンケート調査の結果を用いて数量化2類による分析を行った。対象の標本数は目的変数及び各説明変数に回答のあった689人だった。 目的変数は「業務指示の内容を把握し理解する際に困難を感じること(頻度)」(4件法のうち「頻繁にある」、「ときどきある」を「1:困難あり」、「ほとんどない」、「まったくない」を「0:困難なし」とした二値変数)、説明変数は「性別」、「年齢」、「障害種別」、「業務指示の内容を把握し理解する際に困難を感じる状況」、「業務指示の内容を把握し理解する際の課題を解消するために行っている工夫」、「業務指示以外に職場でやり取りされる情報の取得に困難を感じること(頻度)」(4件法のうち「頻繁にある」、「ときどきある」を「1:困難あり」、「ほとんどない」、「まったくない」を「0:困難なし」とした二値変数)を設定した。 p.127 表1 業務指示の把握における困難(頻度)に関する数量化2類分析の結果 分析モデルの相関比 (η2)は0.374、「困難あり」、「困難なし」のサンプルスコア (予測値)の平均値はそれぞれ0.861、-0.434だった。サンプルスコア(予測値)の判別的中率は79.8%だった。 偏相関係数が有意だった項目とそのカテゴリスコアは、障害種別のうち「肢体不自由」は負の値(業務指示の把握における困難が小さい)であった。「発達障害」は正の値(業務指示の把握における困難が大きい)であり、業務指示以外の困難の頻度が「ときどきある/頻繁にある」、業務指示の内容を把握し理解する際に困難を感じる状況のうち「指示で使われる言葉が難しく、理解できないことがある」及び「指示内容が図や絵を用いて示されない」、業務指示の内容を把握し理解する際の課題を解消するために行っている工夫のうち「指示内容で分からないことがあれば、その場で質問するようにしている」はそれぞれ正の値を示していた(表1)。 4 考察 発達障害があること、指示で使われる言葉が難しいこと、別々の人から異なった指示があること、指示内容が図や絵を用いて示されないこと、指示内容で分からないことはその場で質問すること、業務指示以外に職場でやり取りされる情報の取得に困難を感じること(頻度)の増加が、業務指示の把握における困難の認識の増加と有意に関連し、肢体不自由があることは、業務指示の把握における困難の認識の減少と有意に関連していた。 発達障害では、業務指示の把握における困難の認識が有意に高かったことから、業務指示の伝達において障害特性に応じた配慮を行い業務指示を的確に伝達することで、発達障害者の能力をより発揮できるようになる、と考えられた。なお、肢体不自由では業務指示の把握における困難の認識が有意に低かったことから、業務指示の伝達において支障となる事柄の発生の頻度は少ないと考えられた。 また、指示で使われる言葉が難しい、別々の人から異なった指示がある、指示内容が図や絵を用いて示されない、という状況が業務指示の伝達において発生していたり、本人が指示内容で分からないことについてその場で質問して確認する必要がある場合に、業務指示の把握における困難の認識が有意に増加していた。このことから、企業は障害者に対して業務指示を把握する際に困っていることがないか折に触れて確認するとともに、障害者側も業務指示の把握が難しい場合は申し出るなど、企業と障害者が話合いの機会を持ち、業務指示の把握において支障となる事柄を整理して解消することが有効と考えられた。 業務指示以外に職場でやり取りされる情報の取得における困難の認識の増加が、業務指示の把握における困難の認識の増加と有意に関連していた。これは、業務指示の把握における困難が生じている場合は、業務指示以外に職場でやり取りされる情報の取得においても同様に困難が生じている場合が多いことを示している。業務指示の情報、業務指示以外の情報と個別に考えるのではなく、職場の情報共有という大きな枠組の中で企業と障害者のコミュニケーションを捉えていくことが肝要といえるだろう。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター(2025) 職場における情報共有の課題に関する研究,調査研究報告書 No.179. p.128 職場における情報共有の課題に関する研究② -企業及び障害者へのヒアリング結果報告- ○伊藤 丈人(障害者職業総合センター 上席研究員) ○大石 甲(障害者職業総合センター 上席研究員) 永登 大和・布施 薫(障害者職業総合センター) 1 問題の所在と目的 職場における情報のやり取りについて、障害に起因する課題を抱える者は少なくない。職場で共有される情報には、業務に関するフォーマルなものだけでなく、職業生活に不可欠なインフォーマルなものも含まれる。インフォーマルなものも含めた職場での情報のやり取りを全体的に捉えようとする調査は、職業リハビリテーションの分野では少なかったように思われる。障害者職業総合センターでは、改めて障害者が情報のやり取りについてどのような課題に直面し、どのような配慮を必要としているのか明らかにするとともに、課題解消に向けた取組事例を把握するための調査研究を実施した。具体的な調査方法として、障害者を雇用する企業とそこで働く障害者の双方に対してアンケート調査とヒアリング調査を実施した1)。 本発表では、情報共有に関する職場での取組について、より詳細に把握するために実施したヒアリング調査結果のうち、社員(職員)間のインフォーマルな交流も含んだ、業務指示以外の情報のやり取りに関する内容について報告する。なお、アンケート調査の方法と結果の一部については、連続発表である「職場における情報共有の課題に関する研究① -障害者の情報共有における困難を予測する要因-」を参照されたい。 2 方法 前述した企業へのアンケート調査において、ヒアリングへ協力可能と回答し、また、障害者との情報共有に関する具体的な取組を記載していた企業を優先してヒアリング対象企業を選定した。また、聴取対象となる事例の障害種別に多様性を確保し、アンケート調査で情報共有の課題に関する回答頻度が高かった障害種別(視覚障害、聴覚障害、知的障害、精神障害、発達障害)については、それぞれ複数企業にヒアリングを実施した。 ヒアリング対象者は、企業の人事・労務担当者又は障害のある社員の上司(企業ヒアリング)及び対象企業に在籍する障害のある社員(障害者ヒアリング)とした。ヒアリングを実施した14企業のうち10企業については企業ヒアリングと障害者ヒアリングを実施し、4企業については企業ヒアリングのみを実施した。実施時期は、2024年2月から6月であった。調査協力は任意であり、途中で協力を拒否 する等の場合でも対象者に不利益とならないことを説明し、調査を開始した。 表1 ヒアリング対象企業及び障害者の属性 3 結果 (1) ヒアリング対象企業及び障害者の属性 ヒアリング対象企業の業種、障害者の属性等は、表1のとおりである。ヒアリング対象となった障害者(障害者ヒアリングは行わず企業ヒアリングのみ行った場合に言及されていた障害者を含む)の障害種別は、聴覚障害、知的障害、発達障害が各3人、視覚障害、精神障害、高次脳機能障害が各2人、肢体不自由が1人の計16人であった。 (2) 業務指示以外の情報のやり取りに関する取組 職場での情報のやり取りは、業務指示に関するものと、業務指示以外の内容を含むものに大別できる。このうち、障害者への業務指示伝達の困難とそれらを解消するための取組については、これまでの調査研究でも言及されることが多かったように思われる。本調査研究の一つの特徴とし p.129 て、業務指示以外の情報のやり取りについても大きく取り上げている。以下は、業務指示以外の情報のやり取りに関する配慮や工夫として、ヒアリングで聴取した内容の一部である。 なお、コミュニケーションについて課題が指摘される障害種別の中では、感覚機能に障害のある障害種別(視覚障害、聴覚障害)と、認知機能に障害のある障害種別(知的障害、精神障害、発達障害、高次脳機能障害)で、それぞれ取組内容に共通性が見られた。そこで、感覚機能に障害のある障害種別と認知機能に障害のある障害種別に対する取組を整理し、それぞれの特徴を記述する。 ア 感覚機能に障害のある障害種別 職場においては、業務指示以外にも様々な通知、情報提供などが行われ、それらについても障害者が把握し、理解することが必要とされる。感覚機能に障害のある障害種別においては、業務指示についての対応と同様に、障害者が情報を把握しやすい媒体・方法で伝えることが重要となる。例えば聴覚障害のある社員が勤務するD社(製造業)では、オンデマンドで配信される研修について、字幕を付けたりスクリプトを添付したりするなど、聴覚障害者への情報保障を行っているという。 職場で働く際に重要な情報には、施設や建物の状況、特に通勤ルートや障害者の動線に関する通知が含まれる。視覚障害者にとってこうした情報の把握は特に重要となる。視覚障害のある職員が勤務するB法人(医療、福祉)では、運営する病院の建物が新しくなり、建物に入ってから更衣室に至るまでの動線が変更となったため、視覚障害のある職員と上司が一緒に歩いて安全性を確認したという。 障害者が意思や意見を発信する際に直面するバリアもある。聴覚障害のある社員が勤務するD社の社員食堂において、声での注文に加え、メニューが書かれたカードを見せるという注文方法も可能にしているのは、発信する際のバリアをなくす試みといえよう。 職場では、同僚同士で昼休憩や勤務終了後に食事を共にするなど、様々な交流の機会がある。聴覚障害者にとっては、そうした場に参加した際のコミュニケーションについて配慮や工夫が必要となることがある。例えばC法人(医療、福祉)の聴覚障害のある職員は、歓送迎会や新年会のような場では相手の左側に座り、聞きやすい右耳で相手の話を聞けるようにしている。 イ 認知機能に障害のある障害種別 認知機能に障害のある障害種別では、業務以外のお知らせなどについても、情報の確認や対応を促す配慮が行われていた。例えば知的障害のある社員が勤務するF社(建設業)では、イントラネットの掲示板に重要な連絡事項が掲載されたときには、上司が当該社員にイントラネットを確認するよう促しているという。また高次脳機能障害のある社員が勤務するM社(建設業)の人事担当者は、当該社員に社会保険等の書類の提出を求める際、電話のみでは障害特性上メモを取りそびれるかもしれないため、電話とメールの両方で連絡するようにしているという。 職場では、上司や同僚との間で雑談も交わされる。そうした雑談には、上司が障害者の様子を把握できたり、障害者自身の気分転換の機会となったりするなどのメリットがあるようだった。発達障害のある社員が勤務するK社では、人事部門のマネージャーが障害のある社員との接点を持つ機会として、休憩時間に各自に声をかけるようにしており、そうした際に、各自の様子を把握することができると述べていた。 また障害者からの声として、社内のイベントや行事に積極的に参加して他の社員や関係者と交流を深めることの楽しさ、充実感を複数のヒアリング対象者から聞き取ることができた。ボーリング大会や清掃活動といった会社のイベントには積極的に参加するというF社の知的障害のある社員は、イベント等の場で自身の趣味についても話題にするなどして多くの社員と交流を深めている。知的障害や精神障害のある社員(職員)が勤務するH社(製造業)やI法人(医療、福祉)でも、歓送迎会、忘年会等の交流行事に障害者も積極的に参加し、周囲と良好な関係を築いている。こうした行事参加に関しては、職場からの特段の配慮があるという指摘はなされておらず、障害者の参加が自然に受け入れられている様子がうかがわれた。 一方で、K社(不動産業)の人事部門のマネージャーは、障害特性により休憩時間を一人で過ごすことを望む障害のある社員には、「雑談を無理強いすることはなく、良い意味で放っておく環境を作るようにしている」と話しており、障害のある社員の希望に応じて対応が変えられていることが分かる。 4 まとめ ヒアリング対象の各企業では、業務指示以外の多様な通知等が障害者に届くための情報保障と、情報を理解し対応できるような配慮を行っていることが分かった。また雑談やイベント等の交流の機会に障害者も迎え入れ、(一人の時間を大切にするという配慮を含め)さりげなくサポートしていることが分かった。こうした取組について、アイデア集2)を作成したため、参考としていただきたい。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター(2025) 職場における情報共有の課題に関する研究,調査研究報告書 No.179. 2) 障害者職業総合センター(2025) 障害者の働く職場のコミュニケーションに関するアイデア集. p.130 知的及び知的+発達障害の方が職場適応と就労継続する上で、企業側指導者が実践すべき事項     ○伊東 一郎(元 法政大学大学院中小企業研究所 特任研究員) 1 はじめに 企業の人手不足は深刻化しており、帝国データバンクの「人手不足に対する企業の動向調査」によると、2025年4月時点で正社員の不足は51.4%、非正社員では30.0%と、どちらも高止まりが続いている。この調査で対象となっている企業のうち84.9%が中小企業であることから人手不足を感じている企業の大部分が、中小企業であることが分かる。   一方、R5年1月の第123回労働政策審議会障害者雇用分科会での議論を経て、R6年から40人以上の企業が障害者雇用対象となり、R8年7月から37.5人以上の企業に障害者雇用が義務付けられることになった。そんな中、就労移行支援事業所からお願いされたケースや、人手不足の解消として地元の就労支援機関にお願いして障害者を雇用した中小企業の中に、単純作業ではなく、精神的な負担の大きい業務を知的や発達障害のある方が担っている例も報告されている1)。 知的や知的+発達の重複障害を持つ方が、企業で職場に適応し、継続的に就労するためには、企業内の支援のあり方が極めて重要となる。本稿では、障害特性を踏まえた職場での適応と定着を実現するうえで、企業側の担当者(指導者)がどのような姿勢と対応を求められるかについて、質的分析の結果をもとに報告する。     知的障害者の就労上の課題として、職場の人間関係や同僚とのコミュニケーション、キーパーソン(上司や同僚)の離職・転属更には、雇用先の障害に対する理解不足2)が挙げられている。更にコミュニケーション能力に起因する横断的研究3)や縦断的研究として就労先での「人間関係・コミュニケーション」と「仕事の指示理解・対処能力」4)などが挙げられている。そうした研究の蓄積により、就労継続の阻害要因として、職場の人間関係・コミュニケーション、キーパーソンの離職・転属や職場の障害への理解不足といった点は明らかにされてはいるが、そうした課題を解決する具体的方策は、十分にはなされていない。 2 方法 本報告では、企業就労する知的や知的+発達障害もある重複障害の方が、就労継続する上で、先行研究で問題とされる人間関係・コミュニケーションの問題に対して指導者は、日頃どのような対応を行っていけば良いのか、次のリサーチクエスチョン(RQ)を設定して調べた。そのために実際に企業で障害者を指導している企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ)3名と精神保健福祉士の資格をお持ちの方1名を対象に、一人あたり約50分の面談を行いSCAT(Steps for Coding and Theorization)5)による質的分析を行った。    RQ:知的障害者が就労継続する上で、指導者に求められることは何か(知的障害者とは上記重複障害者も含む)。  SCATは、意味のまとまりごとに発話を切片化し、注目すべき語句の抽出、言い換え、背景概念の導出を通してテーマを形成し、ストーリーラインと理論記述へと収束させる分析手法である(表1)。 3 結果  SCAT分析の結果、4人の指導者の発話データから87のテーマが抽出され、それを13のサブカテゴリーに整理し、さらに3つのカテゴリー【指導者としての姿勢】【自立に向けた対応】【環境対応】に統合した。 カテゴリー【指導者としての姿勢】では、指導者が本気で障害者と向き合い、個々の特性に応じた具体的な指示や説明を行い、愛情と厳しさをもって育成することの重要性が確認された。さらに丁寧な傾聴姿勢と肯定的な働きかけにより、障害者本人の自己効力感や信頼関係の醸成が促進される。【自立に向けた対応】では、知的障害者を「社会人として育てる」視点での支援が重視され、未経験業務や役割を意図的に経験させ、誰とでも関係を築ける社会性や、「経験を積ませる」「頑張って乗り越える」など、成長の機会を与えることが就労継続につながる要因として示唆された。また、チーム作業を通じて連携や責任感を育てる工夫も指摘された。【環境対応】では、安心して働ける「安全な場所」を提供し、活躍できる「場を作る」ことで、障害者が能力を発揮しやすくなることも示唆された。また、行動や気持ちを丁寧に観察し、必要に応じて早期介入や適切なフォローができる環境整備も重要とされた。これらの要素は相互に関係し合いながら、就労の継続を支えており、指導者の過剰な配慮を避けた関わり方が障害者の成長と定着に大きく影響していることが明らかになった。以上を「知的障害者の就労指導者役割モデル」として図1に示す。 p.131 表1 SCATによる分析プロセス(調査者の語りの一部とストーリーライン、理論記述) 図1 知的障害者の就労指導者役割モデル 4 結論  本報告は、企業で採用した知的障害、知的と発達の重複障害の方の職場適応と就労継続を行うために、図1で示した通り、実効性のある指導の在り方を示唆するものであり、戦力として長期雇用を促す上で企業にとって有効な人材活用戦略の一環となる可能性を提示している。更に2023年の障害者雇用促進法改正により、職業能力の開発・向上が事業主の責務として明確化されたことから単一作業の習熟にとどまらず、今後は、職業能力の開発に向けた実践的知見の蓄積が必要となる。 【参考文献】 1) 小高由起子(2024)「製造業中小企業の職場における障害者の役割と位置づけに関する一考察 担う業務と雇用形態に着目して」経済学論纂(中央大学)第65巻第1号,pp.239-255 2) 伊藤修毅・越野和之(2009)「高等部単置型知的障害特別支援学校の現状と意義」『奈良教育大学紀要』8(1),pp.79-99 3) 栗林睦美・野﨑美保・和田充紀 (2018)「特別支援学校校卒業後における知的障害者の就労・生活・余暇に関する現状と課題 保護者を対象とした質問紙調査から」『富山大学人間発達科学部紀要』12(2),pp.35-149. 4) 榊慶太郎・今林俊一(2019)「特別支援学校 (知的障害者) における就労支援に関する研究(4)就労継続力の観点から」『鹿児島大学教育学部教育実践研究紀要』第28巻, pp.151-160. 5) 大谷尚『質的研究の考え方』,名古屋大学出版会 (2022),pp.270-335 【連絡先】 伊東一郎 E-mail:ANA79262@nifty.com p.132 中高年齢障害者の経年的変化に伴う職業的課題への対応に関する検討(その1) -事業所調査の結果から- ○宮澤 史穂(障害者職業総合センター 上席研究員) 武澤 友広・中野 善文・稲田 祐子・堀 宏隆・山口 春夫・田中 規子(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 令和5年度障害者雇用実態調査¹によれば、企業に雇用されている障害者のうち、35歳以上の割合は、身体障害者で約7割、知的障害者で約3割、精神障害者で約6割となっており、35歳以上の層が相当程度を占めている。また、平均勤続年数については、全ての障害種類で平成30年度の同調査よりも増加している。これらのことから、企業において年齢を重ねながら働き続ける障害者が増えていることが窺える。 一方で、長く働くことにより身体的・精神的な変化が生じる可能性があり、障害の種類や程度に関わらず新たな課題が生じることが想定される。これらの課題は、若年層の障害者とは異なる支援や配慮を必要とする可能性があり、企業にとっても対応が難しいと考えられる。 本調査研究では、経年的変化による課題がみられる35歳以上の障害者に対して、企業がどのような支援や配慮を行っているのか、またその支援の効果や課題について、事業所調査を通じて明らかにすることを目的とする。 2 方法 (1) 調査期間及び調査対象 調査は2024年4月から5月にかけて実施した。調査の対象事業所は以下の手続きで選定した。令和5年障害者雇用状況報告(2023年6月1日時点)より、障害者を1名以上雇用している企業(規模と業種により層化抽出した9,402社)及び特例子会社(全数598社)の計1万社にWeb調査の概要及びURLが記載された調査協力依頼書を郵便により送付した。各企業には、35歳以上の障害者を最も多く雇用している1事業所を選定の上、当該事業所の障害者の雇用管理業務の担当者を回答者とし、アンケート回答フォームへの入力もしくは紙の調査票によって回答するように依頼した。 (2) 調査項目  本発表で報告する調査項目は以下の通りである。 ・回答事業所の状況(業種、規模、形態) ・経年的な変化により課題がみられ、支援や配慮を実施した従業員の在籍状況、支援状況等 (主な障害種類、年齢、支援や配慮が必要となった年齢、担当業務、経年的な変化によって生じた課題、経年的な変化によって生じた課題の背景、課題に対応するために実施した支援や配慮、支援や配慮に対する負担感、支援機関との連携、支援の結果) 3 結果 (1) 回収状況 948件の回答を得た(回収率 9.5%)。 (2) 回答事業所の状況 ア 業種 主たる事業の産業分類は「製造業」(33.8%)の選択率が最も高く、「サービス業(他に分類されないもの)」(14.5%)、「医療・福祉」(11.8%)と続いた。 イ 規模 企業全体は「100~299人」(28.5%)、事業所単体は「40~99人」(33.5%)の選択率が最も高かった。 ウ 形態 「一般の事業所」(87.7%)の選択率が最も高く、「特例子会社」(9.2%)、「就労継続支援A型事業所」(0.4%)と続いた。 (3) 経年的な変化により課題がみられ、支援や配慮を実施した従業員の在籍状況 35歳以上の障害者で、経年的な変化により今までできていたことができなくなったために何らかの支援や配慮を実施した従業員の在籍状況は、「現在、在籍している」(23.0%)、「過去に在籍していた」(8.7%)、「現在も過去5年間にもいない」(69.8%)であった。 (4) 経年的な変化により課題がみられる従業員の支援状況 35歳以上の障害者で、経年的な変化により従来できていたことができなくなった従業員を1名想定してもらい、当該従業員に関する設問への回答を求めた。回答は最大3名まで可能とし、290事例の回答を得た。 ア 主な障害種類 「肢体不自由」(25.5%)の選択率が最も高く、「精神障害」(20.0%)、「内部障害」(19.7%)と続いた(図1)。 イ 年齢 平均53.7歳(±9.5)、最頻値60歳、最大値75歳、最小値35歳、中央値54歳であった。 p.133 図1 主な障害種類 ウ 当該従業員が支援や配慮が必要となった年齢 平均51.1歳(±8.7)、最頻値50歳、最大値72歳、最小値34歳、中央値50歳であった。 エ 担当業務 「事務」(32.4%)の選択率が最も高く、「運搬・清掃・包装選別等」(16.2%)、「製造・修理・塗装・製図等」(15.5%)と続いた。 オ 経年的な変化によって生じた課題 「健康管理」(49.0%)の選択率が最も高く、「労働能力・生産性」(47.2%)、「労働条件」(30.3%)と続いた(図2)(複数回答)。 図2 経年的な変化によって生じた課題(複数回答) カ 経年的な変化によって生じた課題の背景 「疾病や障害の進行や不調を繰り返すなどの問題が生じるようになった」(43.8%)の選択率が最も高く、「体力や運動能力などの問題が生じるようになった」(40.0%)、「疲れやすくなった」(29.0%)と続いた(複数回答)。 キ 課題に対応するために実施した支援や配慮 「健康管理に関する配慮」(44.1%)の選択率が最も高く、「就業時間や柔軟な休暇の取得に関する配慮」(43.4%)、「同じ部署内での業務内容の見直し」(40.0%)と続いた(複数回答)。 ク 支援や配慮に対する負担感 「負担に感じる」(10.7%)、「やや負担に感じる」(30.3%)「あまり負担に感じない」(39.7%)、「負担に感じない」(18.3%)、「無回答」(1.0%)であった。 ケ 支援機関との連携 「職員、専門家、支援機関の支援を受けていない」(44.8%)の選択率が最も高かった。支援を受けている中では、「職場の産業医、看護師、保健師などの産業保健スタッフ」(12.8%)の選択率が最も高く、「障害者就業・生活支援センター」(12.1%)、「医療機関」(11.4%)と続いた(複数回答)。 コ 支援の結果 「課題が解決した」(33.8%)、「課題が一部解決した」(34.1%)、「課題は解決しなかった」(17.9%)、「無回答」(14.1%)であった。 4 考察 本調査研究の結果から、回答事業所の約3割において、35歳以上の障害者で経年的な変化により課題がみられる従業員に対して、何らかの支援や配慮を実施した経験があることが示された。 企業が実施している支援や配慮の内容は、「健康管理に関する配慮」や「就業時間や柔軟な休暇の取得に関する配慮」が多かった。これらの支援の実施において、約4割の事例では支援機関等の支援を受けていなかった。支援を受けている場合においても、最も多く選択されていたのは産業保健スタッフであり、外部の支援機関との連携が十分に行われていない状況がうかがえる。 また、回答事業所で実施される支援や配慮に対して、負担感があったり、支援の結果として課題が十分に解決されなかった事例も一定数確認された。このような状況に対応するため、事業所の負担感を軽減し、課題の解決を促進するための方法の検討が急がれる。 【引用文献】 1) 厚生労働省 (2024) 『令和5年度 障害者雇用実態調査結果報告書』 p.134 中高年齢障害者の経年的変化に伴う職業的課題への対応に関する検討(その2) -障害者調査の結果から- ○武澤 友広(障害者職業総合センター 主任研究員) 宮澤 史穂・中野 善文・山口 春夫・稲田 祐子・堀 宏隆・田中 規子(障害者職業総合センター) 1 背景及び目的 厚生労働省が民営事業所のうち無作為に抽出した約9,400事業所を対象に2023年に実施した「障害者の雇用の実態等に関する調査」1)によると、回答のあった事業所に雇用されている障害者のうち45歳以上の者が占める割合は、身体障害で74.3%、知的障害で18.7%、精神障害で37.0%であった。労働力人口の高齢化に伴い、中高年齢層の障害者が職場や地域社会で活躍し続けることができるための障害者と事業主双方への専門的支援のあり方の検討が急務となっている。 我が国における中高年齢層の障害者への就労支援に関する課題を特定した文献研究2)によると、雇用継続支援については、加齢による心身機能の低下に対応した職務や働き方の調整だけでなく、ライフステージや職場・家庭での役割の変化に応じた適応支援を行っている企業がみられた。障害者の経年的変化に伴う職業的課題への対応のあり方を考える際には、このように加齢に伴う機能低下だけでなく、職場や家庭環境等の変化といった時間の流れに伴って生じた変化への対応も併せて検討する必要がある。 本発表では、そのような経年的変化に伴って生じる職業的課題への対応の実態に関する35歳以上の障害者を対象とした調査の結果を報告する。 2 方法 (1) 調査時期と調査対象 調査は2024年4月から5月にかけて実施した。調査対象は2024年4月1日時点で 35 歳以上の障害のある者で、事業所調査(本発表論文集の「中高年齢障害者の経年的変化に伴う職業的課題への対応に関する検討(その1)」を参照)の対象事業所に雇用されている者(事業所からの紹介者)もしくは障害者就業・生活支援センター又は就労定着支援事業所を利用しており、かつ、雇用されている者(支援機関からの紹介者)とした。 (2) 調査項目 本調査はWeb調査で、希望があった場合は紙筆での回答も可とした。本発表に関する項目は以下のとおりである。 ア 経年的変化に伴い生じた職業的課題への対応状況 経年的変化に伴い職業的課題が生じた経験のある回答者について、その課題への対応状況を尋ねた。 まず「あなたが年を取ってから、体調が悪くなったり、体力が落ちたり、家庭環境が変わることにより、以前と比べて仕事ができなくなったこと(ミスが増えた、能率が低下したなど)はありますか。」という質問に対し「以前と比べて仕事ができなくなったことは一度もなかった」と「以前と比べて仕事ができなくなったことがあった」の中から択一式で回答を求めた。その上で「以前と比べて仕事ができなくなったことがあった」を選んだ回答者について、以下の(ア)~(イ)の項目について回答を求め、パフォーマンスの低下が起きた際の対応内容を把握した。 (ア) パフォーマンス低下時の本人の対応 以前と比べて仕事ができなくなったことに自分でどのように対応したのかについて「仕事をやりやすくする道具をつかって仕事ができるようにした」等の8つの選択肢からあてはまるものを全て選ぶよう求めた。 (イ) パフォーマンス低下時の職場の対応 以前と比べて仕事ができなくなったことに職場はどのように対応したのかについて「担当する仕事の内容を取り組むことができるものに変えた」等の12の選択肢からあてはまるものを全て選ぶよう求めた。 イ 職場のソーシャル・キャピタル(以下「SC」という。) 経年的変化に伴い職業的課題が発生した際に、周囲の協力をお願いしやすい職場環境で働いているかどうかが迅速かつ効果的な対応につながるかどうかを左右するであろう。そこで、本研究では職場における人と人とのつながりを示す概念であるSCに着目した。SCはグループ内またはグループ間での協力を容易にする共通の規範や価値観、理解を伴ったネットワークのことである。回答者の職場がこのようなネットワークにどのくらい該当するかを日本版SC尺度4) (6項目、4件法)を用いて測定した。 3 結果 (1) パフォーマンス低下時の本人の対応 回答者総数1,232人中「以前と比べて仕事ができなくなったことは一度もなかった」と回答したのは595人、「以前と比べて仕事ができなくなったことがあった」は623人(以下「パフォーマンス低下経験者」という。)、無回答は14人であった。 パフォーマンス低下経験者の総数を分母、パフォーマン p.135 ス低下時の本人の対応に関する選択肢別の件数を分子とした割合を算出した。その結果、「しっかり寝る、休みを十分取るようにした」が45.7%と最も多く、次いで「職場の上司や同僚、産業医、看護師、保健師などに相談した」が32.7%、「職場以外の専門家(就労支援機関の職員や病院の主治医など)に相談した」が30.3%であった。 (2) SCとパフォーマンス低下時の職場の対応との関連 分析にあたって、まず、日本版SC尺度の各項目に対する各回答者の回答を得点化した(「ちがう」:1点~「そうだ」:4点)。次に、全6項目の得点を合計した得点を各回答者のSC得点とした。ただし、1問でも無回答であった44件は分析対象から除いた。そして、分析対象者(n=1,188)間におけるSC得点の平均値及び標準偏差を算出し、平均値(18.4)と標準偏差(4.1)の合計(22.5)よりもSC得点が上回った回答者をSC高群(n=241)、平均値から標準偏差を引いた値(14.3)よりもSC得点が下回った回答者をSC低群(n=196)とした。 SC高群と低群のうち、それぞれパフォーマンス低下経験者の総数を分母、パフォーマンスの低下時の職場の対応に関する選択肢別の件数を分子とした割合を図1に示した。SC高群と低群の割合の差が20%ポイント以上あった項目は「一緒に働く上司や同僚に、あなたの状況を説明し、サポートするよう理解を求めた」「仕事に取り組みやすい環境、設備を整えた」「特に対応はなかった」の3項目であった。「一緒に働く上司や同僚に、あなたの状況を説明し、サポートするよう理解を求めた」「仕事に取り組みやすい環境、設備を整えた」はSC高群の方が、「特に対応はなかった」はSC低群の方が、それぞれ割合が高かった。 図1 SC高群/低群別のパフォーマンス低下時の職場の対応 4 考察 経年的変化に伴うパフォーマンスの低下時に、本人の対応として最も多かったのは「しっかり寝る、休みを十分に取るようにした」であり、約半数の回答者が実行していた。この結果は、自身の健康維持や疲労回復により生産性の維持を図るセルフマネジメントを実施している障害者が一定数いることを表している。 パフォーマンス低下時の職場の対応に強く関与していたのが職場のSCである。分析の結果、SC高群は低群よりも、上司や同僚への理解促進、職務内容の見直し、作業環境・設備の整備、休憩時間や通院のための休暇の確保といった具体的な対応が職場から講じられる割合が高かった。さらに、「特に対応はなかった」という回答はSC高群では少数にとどまり、職場のSCがパフォーマンス低下時の対応を促進する重要な要因であることが確認された。 【参考文献】 1) 厚生労働省 (2024) 令和5年度障害者雇用実態調査結果報告書. , <2024年6月26日アクセス> 2) 武澤ら (2023) 中高年齢障害者の雇用継続支援及びキャリア形成支援に関する文献検討. , <2024年3月25日アクセス> 3) 武澤ら (2024) 中高年齢障害者の雇用管理・キャリア形成支援に関する検討(その1)-障害者就業・生活支援センター調査の結果から-. , <2025年7月7日アクセス> 4) Eguchi et al. (2017) Psychometric assessment of a scale to measure bonding workplace social capital. PLoS ONE 12(6): e0179461. p.136 当事者の自己理解と体調安定による就労準備性の向上 -キモチプラス導入による現場の変化と成果 ○武田 吉正(ネクストワン合同会社 代表) 筒井 佳朋(株式会社seed) 松本 滉平(株式会社Rewarding) 1 就労支援現場の課題と本研究の目的 (1) 就労支援現場における構造的課題 就労支援の現場では、利用者・支援者それぞれの立場に応じた課題が散見される。 利用者側では、自身の特性や体調の傾向に関する理解や整理が十分に進んでおらず、ストレス要因や小さな不調に気づかないまま体調を崩すケースがみられる。こうした状況は、安定的な通所や体調管理の継続を難しくする一因となる。支援者側では、利用者の状態を的確に把握するうえで、経験や観察に基づく対応は不可欠であり、現場の実践を支える重要な要素となっている。一方で、こうした手法に加えて、情報の可視化や共有を補助する仕組みが十分に整っていない場合には、支援方針のすり合わせや一貫した対応の継続が難しくなる場面もある。 このような状況では、利用者の自己理解や体調の安定が十分に得られず、支援者にとっても支援の方向性を共有・調整することが難しくなり、結果として就労準備性の向上が妨げられる可能性がある。 (2) 研究目的 本研究の目的は、ICTを活用したセルフケアツール「キモチプラス」(以下「キモチプラス」という。)の導入によって、こうした現場課題がどのように改善されたかを明らかにすることである。特に、利用者自身による日々の記録と情報の可視化・共有という仕組みが、自己理解、体調安定、支援の質や効率化にどのように結びついたかを、就労継続支援A型およびB型事業所での実践から検証する。 2 キモチプラスの概要 (1) セルフケア機能 体調・メンタル・睡眠状態などを日々記録することで、好不調などの自身の傾向を把握し、状態に応じたセルフケアを自ら選択・実践することができる。これらは自分の状態を整える意識の定着を促し、自己管理能力の向上と安定通所を支える一助となる(図1)。 (2) 自己理解促進機能 障害のある方の就労に関する1万件以上の体験談を障害別にデータベース化。利用者が困りごとや対策、配慮事項の選択肢を選ぶと、A4一枚のシートに整理され、自己理解を深める資料が作成される。支援者や企業にとっても特性理解の助けとなり、支援方針の検討に役立つ。業務負担の軽減にもつながり、導入前と比べて特性整理の工数が3分の1になった例もある。 (3) 情報共有によるサポート強化機能 利用者の記録はリアルタイムで共有され、異変があればアラートで通知されるため、支援者は小さな変化にも早期に対応できる。面談でも事前に状況を把握することで対話の焦点が明確になり、時間あたりの支援の密度が高まったという声も多い。この機能は、チームで支える体制を構築するだけでなく、利用者にも安心感のある支援環境を提供する。 図1 キモチプラスのセルフケア機能 3 キモチプラスの導入経緯 本研究では、キモチプラスの導入が就労準備性に与える影響を検証するため、就労継続支援A型事業所を運営する株式会社seed(以下「seed」という。)と、B型事業所を運営する株式会社Rewarding(以下「Rewarding」という。)の2法人を対象とした。 seedでは、利用者数の増加により支援方針が不明確となり利用者の離脱者も増加。情報共有の強化と利用者データに基づく支援を実現する手段として導入が決定された。Rewardingでは、出勤率の低迷や体調管理の難しさに加え、支援のばらつきが課題となっていた。利用者の状態を可視化・共有できるツールとして、導入が進められた。 両事業所に共通していたのは、体調安定や特性理解、支援の統一といった就労準備性にかかわる課題であり、その解決に向けてキモチプラスが活用された。 4 キモチプラス導入による成果とその背景 (1) 出勤率の向上 seedの『クリエイティブビジョン』では、導入から3 p.137 か月で出勤率が20%以上向上した。Rewardingの『リハスワーク摂津』でも、導入から6か月で87%から93%へ改善している。この改善にはセルフケア機能の活用が大きく貢献した。利用者は日々の記録を通じて体調の変化に気づき、休息や生活リズムの見直しなど、自身に合ったセルフケアを選択・実践することで早期の自己調整が可能となった。支援者も変化を即時に把握でき、声かけや環境調整のタイミングが適切となり、通所の安定化に結びついた。 (2) 就職者数の増加 seedでは導入から3か月で、『トレンドクリエイツ』『クリエイティブビジョン』『デザインラボ』の就職者数が前年同時期比で200%以上に増加。Rewardingの『リハスワーク摂津』でも内々定者が2名、A型事業所へのステップアップが1名確認された。この背景には、自己分析を通じて特性や課題、必要な配慮事項を言語化し明確化できるようになったこと、さらに日々の記録を活用してセルフケアを継続的に実践する利用者が増えたことがある。具体的には、これまで体調に無関心だった層が記録を続ける中で変化に気づき、自らの状態に目を向けるようになった。そして、セルフケアを試すことで、自分で対処できるという実感を得て、行動変容の契機となった。 このように、キモチプラスの活用は、自身の体調や特性に関心を持つきっかけとなり、気づきや行動の変化を促す支援として、就労準備性の向上に貢献している。 5 利用者の変化 (1) 体調の気づきと安定通所 seedのある利用者は、「なんとなく調子が悪いと感じ、とりあえずケアする程度だったが、今では不調の兆候がわかり対処法も大幅に増えた。キモチプラスで記録を始めてから、体調を自分で管理する意識が芽生えるようになった」と語っている。利用者は日々の記録を通じて自分の状態に目を向け、早期に不調を察知できるようになり、キモチプラスに備わったセルフケアの例を参考に、対処法も多様化した。これらの変化は、安定通所だけでなく、就労への足掛かりにもなっている。 (2) 特性把握とキャリア選択 Rewardingのある利用者は、当初コミュニケーションに漠然とした苦手意識を持っていたが、キモチプラスを活用した面談により苦手意識の背景や傾向を整理した結果、同世代との会話には不安があるが、高齢者とは落ち着いて話せることがわかった。このことをきっかけにコミュニケーションに自信をつけ、実習ではコミュニケーションについて高評価をもらうまでに成長した。現在は介護職を目指して、初任者研修に参加している。苦手を整理・可視化し、深堀りをしていく中で思い込みや曖昧な感覚が整理され、利用者の可能性が広がった好事例である。 6 支援の変化 (1) 支援スタイルの変化 Rewardingでは以前、困りごとに対して支援者が解決策を提示する解決型支援が主流だった。キモチプラス導入後は、「なぜそう感じたのか」「どうすれば改善できるか」といった内省を促す問いかけが増えた。これは、利用者の状態や特性が日々記録され整理されているため、それを基にした対話が可能となったからである。 キモチプラスは、最初の段階で自分の状態に関心をもつことを自然に促す。記録を続ける中で状態の変化が見えてくると、支援者はそれぞれのステージに応じた関わりをタイムリーに行うことができ、利用者の変化に伴走する支援が行えるようになった。 (2) 支援者の意識変化 seedでは、これまで支援者の経験や観察に基づいて行われていた支援の土台に、客観的なデータを活用する視点が加わった。一例としては、体調やメンタルの変化、作業上のつまずきを把握することで、適切な声かけや環境調整が実現した。かつては「辞めたい」という申し出があってから、初めて環境への不満が明らかになることもあったが、記録から不満の深刻度を早期に把握し、席替えなどの対応に結びつけることで離職リスクの軽減にもつながっている。  また、誰もが同じデータを見て対応できる体制が整い、支援のばらつきが減少した。情報整理工数も削減され、残業ゼロの運営が実現している。業務負担軽減と支援力向上の両立が進んだ。 7 考察 キモチプラスの導入は、自己理解の促進や体調の安定にとどまらず、支援の質の向上や支援者の意識変化にもつながり、就労準備性の全体的な底上げに寄与した。利用者は日々の記録を通じて自分の状態に気づき、適切なセルフケアや就職活動に主体的に取り組む力を育んだ。支援者も可視化された共通のデータをもとに、タイムリーな声かけや環境調整が可能となり、連携や支援体制の整備も進んだ。 本研究は、ICTを活用した就労支援において、記録と共有の仕組みが、利用者と支援者の双方に具体的な行動変化を促す効果を持つことを示したものであり、今後の支援実践においても有効な手法となりうる。 【連絡先】 武田 吉正 ネクストワン合同会社 e-mail:info@kimochi-p.com p.138 統合失調症で退職後、5年の空白期間に就労支援を組み合わせて活用し再就職したケースについて ○黒木 順平(たまフレ! 施設長) 1 たまフレ!とは? 障がい者就労支援たまフレ!(以下「たまフレ!」という。)は、神奈川県川崎市多摩区に所在する、多機能型の就労支援施設である。たまふれあいグループ傘下の医療法人メディカルクラスタが運営し、就労移行支援(以下「就労移行」という。)、自立訓練(生活訓練)、就労継続支援B型(以下「B型」という。)の3つのサービスを展開している。 図1 たまフレ! 利用者の障がい種別 利用者は、特別支援学校を卒業した知的障がいの方が約7割、近隣の精神科病院から紹介を受けた精神障がいの方が約2.5割である。加えて、身体障がい者手帳を所持している方や介護保険を利用せずにB型を継続している70代の利用者など、多様な背景を持つ方が在籍しており、地域に根差した幅広いニーズに対応する就労支援を行っている。 施設内では軽作業を中心とした活動を行うほか、近隣の商店会に加入し店舗の開店前作業を受託するなど地域と連携した取り組みも実施している。また、ふれあいグループの関連会社での洗車・洗濯業務など、施設外での実践的な作業機会の提供も特徴である。毎年6、7名が近隣の企業へ就職し、半年以上の定着率は9割を超えている。 図2 たまフレ! 就職者数と定着率 2 ケース概要~基本情報~ Aさんは川崎市内に住む30代前半の男性で、両親との3人暮らしである。父は会社員、母は専業主婦で家庭の経済状況は比較的安定している。家族仲は良好である。 診断は統合失調症であり、発症当初は自分を責めるような幻聴(「お前はダメな人間だ」「周りに迷惑をかけている」等)の陽性症状があったが、服薬により軽減した。むしろ陰性症状が顕著で、生活全般への意欲が著しく低下し、日常生活が困難な状態となっていた。定期通院を継続しながら、精神科デイケアとたまフレ!の就労支援を併用し、徐々に症状が安定、地元の企業Dの障がい者雇用枠にて社内SEとして再就職を果たしている。 3 生育歴と進路 Aさんは小・中学校を公立で過ごし、成績優秀かつ友人関係にも恵まれた一般的な少年期であった。スポーツも球技を中心に取り組み心身ともに健康であった。 両親の高い期待もあり高校進学後は学業に励み、東京都内の私立大学Bに進学。サークル活動にも積極的に参加し単位も計画的に取得、順調な学生生活を送った。就職活動には多少苦戦したものの、IT系企業への入社が決まり、ここまで大きなつまずきのない安定した進路を歩んできた。 4 ITエンジニアの落とし穴 ITエンジニアは専門性が高く将来性のある職業のイメージが強い。大学B卒の経歴からもAさんには順調なキャリアが期待されていた。実際、Aさんは地頭の良さもありプログラミング言語を独学で習得、入社前から業務スキルを高める努力をしていた。 しかし現実は異なっていた。入社後の研修を経て客先常駐の業務が割り当てられ、多くの新卒エンジニアが思い描く自社開発の職場ではなく、下請け構造の末端に近い小規模プロジェクトに配属された。慢性的な人手不足と納期遅延で過重労働が常態化、指導役の上司は高圧的で業務説明も不十分であった。 Aさんは謙虚で責任感が強く、途中で投げ出すことなく懸命に業務に取り組んだ。しかし環境は厳しく、上司からの抽象的指示と報告・相談のタイミングが取れない中、努力して成果を出しても否定される理不尽な状況が続いた。 p.139 5 忍び寄る病魔 勤務から3か月、業務に慣れ即戦力として評価されていたが、慢性的ストレスと睡眠不足から疲労が蓄積し集中力や判断力が低下した。ある時期から「お前はダメな人間だ」「周りに迷惑をかけている」などの声が頭に聞こえ戸惑いを覚えた。気分の落ち込みが激しくなり朝起きられず出勤困難に。無力感と無気力感に襲われ医師の診断で3か月の休職、その後精神科病院Cに入院した。 6 入院と治療 精神科病院C入院中、薬物療法で幻聴などの陽性症状は改善したものの、「社会に戻る」というプレッシャーから自信を失い、外出もままならない日々が続いた。職場復帰を模索したが、主治医と家族との相談の結果、退職を決断。入院から半年後、自宅に戻った。 7 社会復帰への一歩 リハビリテーション 自宅療養中は両親の期待を感じつつも、負担に思うこともあった。様々な葛藤を抱えながらも、医師の勧めを受けて意を決し、C病院のデイケアに参加。書道や茶道、陶芸などの創作活動に取り組み、徐々に気力を取り戻していった。 ものづくりの楽しさの中でかつてのプログラミングへの情熱や創造性が蘇った。しかしデイケアは社会復帰訓練として限界があり次のステップを模索した。 8 たまフレ! との出会い~訓練の日々~ その後デイケアの紹介で「たまフレ!」を知る。プログラミングはなかったが、清掃や軽作業など社会に近い活動に可能性を感じた。まずB型を利用し、準備が整えば就労移行を受ける計画を立てた。 利用者は就職を目指し、規律や責任感が強い。知的障がいのある利用者とのやりとりでは、わかりやすく伝える工夫を学び、報告・相談力を高めた。スタッフから肯定的な評価を受け、職場コミュニケーションに自信を得た。 その後デイケア週2日、B型週3日を利用し、生活リズムと自信を取り戻した。ただ陰性症状は安定せず、通院・服薬を継続しながら気分の落ち込みもあった。気づけば5年が経過していた。 9 伴走型の就職活動 本人・家族・支援者とも再就職に触れなくなり、淡々とした生活が続いていた。そんな中、新任施設長の黒木は職歴やスキルに注目し、年単位の就労経験やB大学での実績から能力を見込んで、福祉事業者リサーチを課題として与えた。 エンジニア職ではなくマーケティング的な課題ではあったが、要件定義のセンスや主体的な相談を通じて仕事の感覚を取り戻した。報告・相談を重ねる中で精度の高いリストを作成し、PCスキルと即戦力性を示した。これを根拠に就労移行スタッフとともに応募準備を進めた。 10 障がい者枠での「お試し就労」 家族の心配をよそにAさんの再就職意欲は高まり、精神保健福祉手帳を取得し障がい者枠で合理的配慮を受けることになった。重視したのは「報告・相談時間の確保」「コンプライアンス」「安定した環境」であり、実習先は自然にこれを満たしていた。 お試し就労で高評価を得て1か月で内定を獲得。休憩を取りつつ働け、上司との報連相も円滑だった。就労移行による定着支援を受けながら短時間から始め、正社員を目指すキャリアプランも描けた。 11 定着支援 実際に働き始めてからも、上司とは良好な関係を築き、信頼を得ている。社内システム構築やデータ入力業務に従事している。気分の落ち込みはあるものの、上司から具体的なアドバイスがあり、移行支援スタッフもこまめに連絡を取り不安解消に努めている。以前とは異なり、報告・相談は「より良い成果を残すため」という明確な目的を持って行われるため、上司も時間を割いて対応している。少し神経質な面はあるが、細やかな気配りができるAさんを上司は頼りにしているようだ。 順調にステップを踏んでおり、定期通院時には主治医に就労状況を報告し、継続を後押ししてもらっている。今後は仕事を安定的に続け、フルタイムや正社員を目指す計画である。 あとがき 現代社会は多様なストレスが存在し回避困難である。しかしコンプライアンス重視や組織ガバナンスを強化する企業は業績向上と離職率低下を実現している。そのような職場を見極め、障がいに応じた対策と適切な治療、周囲の支援を組み合わせることで本人の力が発揮される。支援者には根拠に基づく後押しと環境整備能力が求められるが、本ケースではチームとして良好に機能した。今後も一人でも多くの統合失調症患者が症状と共に働ける支援を目指す。 【連絡先】 黒木 順平 障がい者就労支援 たまフレ! e-mail:tamafure@tama-fc.com p.140 雇用の質を高める好循環型就労支援コミュニティの構築 -企業と支援機関のパートナーシップが生み出すこれからの障害者雇用- ○橋本 一豊(特定非営利活動法人WEL’S 理事長) 1 背景と目的 我が国の障害者雇用数は年々増加しているものの、企業規模や職種による雇用促進や、就労定着率が低いといった課題がある。特にこれまで障害者雇用をしたことがない企業における雇用促進と就労定着を両立するには、企業と就労支援機関(以下「支援機関」という。)との連携が不可欠であり、先行研究においても、江本1)Michnaら2)が、支援機関による雇用支援の重要性を示している。しかし現場では、支援機関と企業との間でコミュニケーションの齟齬が生じやすく、それが適切なジョブマッチングの妨げとなる事例も少なくない。また、雇用支援を行う際の具体的かつ実践的な支援手法は体系化されておらず、実践につながっていない実情がある。 そこで当法人では、雇用促進と就労定着がうまくいっている企業と支援機関の共同プロセスに着目し調査を行った。その知見をもとに、今後の障害者雇用における「雇用の質」を向上させるための仕組みづくりを目的に実践研究を行っている。 2 雇用支援プロセスの整理 先行研究では、障害者職業総合センター3)、PwCコンサルティング合同会社4)及び、就業支援ハンドブック5)において雇用支援プロセスが整理されている。また、影山6)は、具体的な実践として、環境整備等によるジョブマッチングを図ることが職場定着には重要であることを示している。これらの先行知見を踏まえ、前述の調査から得た情報を統合し、雇用支援プロセスを体系化した(図1)。 また、雇用支援で影響を与える共同プロセスでの重要な視点は企業と支援機関における「信頼関係の構築」と「パートナーシップの形成」であると整理した。そして、障害者雇用の好事例は、循環型プロセスによって形成されるものであり、障害者雇用にかかわる人と環境と社会の中で、人の感情も含めた循環プロセスが機能しており、人と環境と社会、それぞれの領域での土壌づくりがジョブマッチングで重要な視点であると結論づけた(図2)。 3 属人的支援から仕組み化へ 障害者雇用は義務であると同時に、企業にとっての人材確保という側面でも注目を集めている。調査対象とした企業の「好事例」からも、障害者雇用が人材不足の解消に貢献し得ることが示された。一方で、雇用促進と職場定着に 図1 雇用支援プロセス体系図 図2 循環型プロセス概念図 向けては、支援機関と企業がパートナーシップに基づいて協働することが不可欠である。しかし、現場においては相 p.141 互理解のために相当な知識や経験が求められる一方、人材育成が追いついておらず、支援が属人的になってしまうという課題も根強い。こうした課題に対し、当法人では雇用支援の質を標準化し、誰もが一定の支援ができるようにするために「ジョブマッチングツール」を開発した。このツールは、企業との情報共有や支援ニーズの把握を補い、コミュニケーションの円滑化に寄与することを目指している。 さらに、障害者の「福祉から一般就労」への移行が進む現状をふまえ、オンラインプラットフォーム「WEL'SON(ウェルズオン)」を立ち上げ、支援機関向けに、アニメーション動画を活用した訓練用のデジタル教材等のコンテンツを提供している。これにより、現場における支援の仕組み化と持続的な運用の実現に向けた取り組みを、試行的・実践的の両面から進めている。 4 今後の展開  昨今、官民含めた就労支援サービスは多様化・複雑化しており、障害者雇用を検討する企業にとっての「見えにくさ」を生んでいる。こうした状況下で、単に障害者雇用数を増やすだけでなく、「雇用の質」すなわち、障害のある人の能力を活かしたジョブマッチングを図り労働力を強化することがこれからの就労支援には求められる。そのために、まず支援機関自身の目的と役割を明確にし、外部からの「見えにくさ」を解消することが重要である。類似した就労支援サービスでも名称や役割が異なる支援機関が、どのようなスタンスで支援を行っているのか、どのような価値を企業に提供できるのかを、企業側が選択・判断できる形で可視化する取り組みが求められる。 当法人が開発した「ジョブマッチングツール」や、オンラインプラットフォーム「WEL’SON」は、その一助となる可能性があり、今後はこうしたツールやデジタルコンテンツを通じて、情報の“量”だけでなく“質”を高め、企業の不安を軽減し、支援機関との出会いのハードルを下げる環境を整えていくことが必要である。 そして、もう一つの鍵は、職業リハビリテーションの理念に基づく、同じ価値観・スタンスで就労支援に取り組む機関同士または実践者同士がつながり、学び合い、発信し合う「支援コミュニティ」の形成である。属人的な支援を超えて、共通の基準やツールを用いながら、事例の共有や意見交換をする場が増えていくことで、「雇用の質」に重きをおいた障害者雇用の好循環が地域社会に根づいていく。こうした好循環型の支援コミュニティが広がり、障害者雇用情報を支援機関同士がリアルタイムで共有できる環境が整えば、支援機関間の連携によって、よりスムーズなマッチングが実現される。 パートナーシップによる支援の仕組み化は、企業も支援機関も、そして障害のある本人にとっても、持続可能な未来を生み出す循環の起点となる。今後はこの動きを地域単位・業界単位へと広げ、支援の“連携”を超えて“共創”のステージへと進めていきたい。 【参考文献】 1) 江本純子(2014).中小企業における障害者雇用の現状分析と政策課題.人間と科学(県立広島大学保健福祉学部誌),14(1),68-74. 2) Michna, A. Kmieciak, R., Burzynska Ptaszek, K. (2017). Job preferences and expectations of disabled people and small and medium-sized enterprises in Poland: Implications for disabled people'sprofessional development, Human Resource Development Quarterly 28 (3), 299-336. 3) 障害者職業総合センター(2015).障害者雇用に係る事業主支援の標準的な実施方法に関する研究,109. 4) PwCコンサルティング合同会社(2019).「就労移行支援事業所における効果的な支援と就労定着支援の実施及び課題にかかわる調査研究事業報告」,78-87. 5) 障害者職業総合センター職業リハビリテーション部(2020)令和2年度版就業支援ハンドブック3,42-60,170-171. 6) 影山摩子弥(2013).「なぜ障がい者を雇う中小企業は業績を上げ続けるのか?」,中央法規 【連絡先】 特定非営利活動法人WEL’S 〒121-0831 東京都足立区舎人4-9-13 Tel/fax:03-5837-4495 Email:hashimoto@wels.jp p.142 一般就労への一歩を踏み出すまで ~本人・家族・関係機関・支援者・企業の協働から見えた成長~ ○谷猪 幸司(株式会社ヴィストコンサルティング センター長/就労支援員) 1 はじめに 本論文では、知的障害のあるAさん(29歳男性)が、就労移行支援事業所、チャレンジ雇用(I県の実習制度)、A型事業所での経験を経て、一般就労へと踏み出した事例について報告する。特に、A型事業所での7年間の支援の中で、Aさん本人の内的変化、家族・関係機関との連携、そして支援者としての関わり方の変遷を振り返りながら、支援の要点と今後の支援の在り方について考察する。 2 Aさんの背景と特性 Aさんは、特別支援学校卒業後、多機能型の就労移行支援事業所を利用し、和菓子の小箱の作成および和菓子を詰める作業の体験を行われていた。その作業体験を通して巧緻性が求められる作業は難しいということを理解するに至った。その後、1年間、就職活動を行うもなかなか決まらなかったことから障害者就業・生活支援センターより紹介された地方機関でのチャレンジ雇用にて3年間、シュレッダー処理や郵便物の仕分けなどの事務作業に携わり、一定の勤務実績を積み上げた。 チャレンジ雇用終了後は、現在の就労継続支援A型事業所に入所。およそ7年間、段ボールの出荷作業や梱包作業に携わった。Aさんは比較的おとなしく、人前で話すことや新しい作業への取り組みに消極的な面が見られた。当初は作業現場でも意欲が低く、商品の影に隠れてしまうような様子が見受けられた。 3 支援の経過 (1) 作業への動機づけ Aさんに対しては、日々の面談を通して、任せられた作業の意味や、自分の役割が作業全体の中でどう位置づけられているかを丁寧に説明した。また、将来に向けたキャリア形成の重要性や、今できることを積み重ねる意味を根気強く伝え続けた。 意欲の向上を目的に、作業の結果を「見える化」することに取り組んだ。具体的には、1日あたりの出荷個数、作業の正確さ、1個あたりに要する作業時間などをデータとして記録し、Aさん本人と一緒に振り返る機会を設けた。データを通して、自身の成長を実感できるように工夫したことが、作業への取り組み姿勢を前向きにする要因となった。 (2) 成長の兆し 最初は、指示がなければ動けず、単調な作業に飽きやすかったAさんであったが、データによる可視化と肯定的なフィードバックにより、自ら「昨日より早くできるようにしたい」「間違えずにできた」と振り返る場面が増えていった。特に、1個あたりの作成時間が短縮されたことや、ミスが月ごとに減っていく様子を見て、「仕事ができている実感」が芽生えた。 また、業務日報にひとことコメントを記載する取り組みでは、「今日は最後まで集中できた」「〇〇さんと協力できた」など、内面的な変化が見えるようになった。自己評価の視点を持ち始めたことが、次第に自信へとつながっていった。 表1 ピッキング時間表 (3) 働きやすい環境 取り組みを継続していく中で、周りの人間関係についても大きな要素として左右されることが見えてきた。 Aさんの中で学生時代から就労継続支援A型に至るまで、周りから怒られることが多かったと相談支援専門員やAさんからアセスメントを通して伺うことがあった。 作業の生産性や精度を高めていくことによって人から褒められることや認められることが増えていき、その結果、仕事についても意欲的に取り組むことができるようになっていく傾向が見られた。Aさんの表情からも笑顔が増えていき、「誰かに頼られること」=「人から認められる環境」が就労する上で大きな要素を締めていることが判明した。 4 家族・関係機関との連携 Aさんの成長に伴い一般就労を目指していくことになったことから、本人だけでなく家族や関係機関との連携も密になった。日々の様子を家族に共有し、家庭でもAさんの p.143 変化を支えていただけるよう、情報共有を重視した。特に兄弟・姉妹との関係が深く、定期的な面談にも同席していただいたことで、支援の方向性を統一することができた。 当初はA型事業所に残り続けたら良いという想いであった家族も本人の成長と日々の変化に対して肯定的に感じていただき、就職活動に対して応援いただけるような体制を整えていくことができた。 また、相談支援専門員とも連携し、「将来的に一般就労を目指したい」というAさんの思いを共有。就職に向けた準備を段階的に進めることとなった。 相談支援専門員にも職場実習の機会が得られたことを積極的に共有し、職場実習にも同行いただくことができ、Aさんの作業意欲の変化を一緒に確認することができ、配慮が必要な箇所やAさんに頑張ってもらう必要があることを本人と同じ目線で一緒に確認することができた。 5 就職活動と実習の経過 (1) 多様な職場実習の経験 一般就労に向けた活動として、複数の職場見学・実習を行った。スーパーマーケットでの品出し作業、牧草加工業務、家電量販店での商品整理及び清掃、品出し作業など、様々な環境での実践を通して、自身の得意・不得意を明確にしていった。 実習を重ねる中で、Aさんが「人と関わりながら体を動かす作業」にやりがいを感じていることが判明した。ただし実習を重ねたことでデメリットも出てくる結果となった。Aさんの住まいにおいて、交通手段が限られていたことから、通勤可能な就労先候補もどんどん減っていくこととなった。 (2) 介護施設で実習の機会 その後、根気強く就職活動を続けていき、徒歩圏内で介護施設での職場見学の機会を創出することができた。見学先で、支援員と一緒に見学を行っていた際に、ご高齢の利用者への配慮や気遣いを行うことができており、Aさんの優しい一面と業務内容がマッチしているのではないか?と可能性が見えてきた。そこでAさんと話し合いを行い、業務体験へと進むこととなった。業務体験では利用者への挨拶や清掃業務に対しても丁寧に取り組む姿が見られた。 清掃業務では、ポータブルトイレの清掃を任せられることとなった。Aさんの中では、匂いや汚れへの抵抗感について一定の不快感は感じているものの、嫌ではあるが、できないことはないという感想を得た。 指揮命令者からの評価としてはAさんに任せたことで、以前よりも奇麗になっていると複数の職員から声が上がっており、大変助かっていると評価を得た。また指示通りに動き、手順通りの仕事ができており、状況に応じた判断もできている、という評価を得られた。 この評価に対して、Aさんとしては照れくさそうに笑顔を見せられ「この仕事なら続けられると思う」といった前向きな言葉が出るようになった。 6 就職の決定と今後の展望 こうした一連の取り組みの末、Aさんは地域の介護施設に清掃作業員として採用されることとなった。Aさんが自ら「働いていきたい」と声にしたこと、家族や支援者の後押しがあったことが、就労への一歩を支えた。 今後も、定着支援を通して継続的なフォローを行うと同時に、企業側とも連携を取りながら、Aさんが安心して働き続けられるような支援体制を構築していく必要がある。 7 考察 本事例を通して明らかになったことは、Aさんの成長の背景には、「関係性の積み重ね」「見える成果」「共通の目標設定」が不可欠であるということである。支援者だけではなく、家族・関係機関・企業が連携し、それぞれの立場からAさんを理解し、支え合ったことが、最終的な一般就労の実現につながった。 また、A型事業所において、短期間での就職を目指す支援だけでなく、長期にわたってAさんのペースで成長を支える姿勢が重要であることが示唆された。単なる「訓練の場」としてではなく、「居場所」や「役割意識を育てる場」としての機能を持つことが、本人の主体性を育むうえで大きな意義を持つ。 8 今後の課題 本事例から、一般就労に至るまでの過程では、長期的な支援と関係機関との連携が重要な役割を果たすことが明らかとなった。一方で、新たな職場環境への適応には時間を要することが多く、安定した就労の確保に加えて、業務範囲の拡大を可能とするスキル向上支援が不可欠であり、長期的なキャリア形成を見据えた計画的かつ段階的な支援体制の構築が今後の課題として挙げられる。 p.144 中学校特別支援学級在籍生徒を対象とした就労支援講座の実践の経緯と展望 -南アルプス市における支援モデルの構築に向けて- ○小田切 めぐみ(南アルプス市役所 こども応援部こども家庭センター 途切れのない支援担当) 1 はじめに 当市では、障害のある中学生が将来の就労を見据え、仕事や自己への理解を深める機会を提供するため、市の福祉部門と学校が連携し、「就労支援ワーク」という事業を実施している。本事業は、山梨県立こころの発達総合支援センターが平成26年度から27年度に、厚生労働省から委託を受けて実施した「発達障害者の思春期就労準備支援事業」の「思春期将来展望形成プログラム」を土台としている。平成27年度には、モデル事業として「南アルプス市発達障害者の思春期就労準備支援事業」が実施され、市内中学校の生徒を対象にプログラム内容の展開が行われた。その後、委託事業の終了に伴い、市の事業として引き継がれた。 令和3年度までは障がい福祉課が主に運営を担ってきたが、令和4年4月にこども家庭相談課(現・こども家庭センター)が創設され、発達支援の体制づくりや人材育成を担う「途切れのない支援担当」に運営が引き継がれた。 本稿では、事業の持続的かつ効果的な実施を目指し、「途切れのない支援担当」として検討を重ねてきた、中学校の特別支援学級に在籍する生徒を対象とした就労支援ワークの実践について、その経緯と展望を報告する。 2 就労支援ワークの概要 本事業は、こども家庭センターの「途切れのない支援担当」が中心となり、市内の関係機関と連携して実施している。本センター職員と中学校の教員からなる実行委員会を年に3回開催し、連携体制のもと進められている。対象は市内中学校の自閉症・情緒障害特別支援学級に在籍する生徒で、学校の教育課程では「自立活動」として参加している。年に一度の開催をとおして、生徒が将来の就労について考え、働くことのイメージを持つこと、自己への理解を深める機会を提供することを目的としている。 3 就労支援ワークの実践内容及び経緯(表1) (1) 令和4年度(参加者数:6校・28名) 「働くとは何か」を考える事前講座と、市内の事業所での就労体験を実施した。本取組では、事前学習と就労体験のそれぞれに、成果と課題が見られた。成果としては、事前学習では生徒同士で声を掛け合ってグループワークに取り組む様子がみられ、仕事をするうえで大切なことは何かを考えるきっかけを提供できていたと考えられる。就労体験では、作業内容について簡単すぎず難しすぎない内容で、生徒が成功体験を積むことができたという意見もあった。一方で課題も明らかになった。事業終了後、各校で感想を伺ったが、事前講座の内容は抽象的であり理解までにいたらなかったのではないかという意見や、就労体験に対する生徒の感想が「楽しかった」にとどまり、事前講座の内容と就労体験を関連付けて考えられていない様子が見受けられた。このことから、単に就労体験の機会を提供するだけでは、生徒が仕事の本質的な理解に至ることは難しく、自らの将来展望と結びつけて考えることにも限界があるという課題が把握された。 (2) 令和5年度(参加者数:6校・27名) 前年度の反省を踏まえ、思春期の発達段階を改めて考察した。この時期は、ピアジェの認知発達段階説において、仮説演繹的な推論が可能となる形式的操作期にあたり、抽象的な思考力が発達する。また、エリクソンのライフサイクル理論では「自己同一性の獲得」が重要な課題とされており、「自分とは何か」を深く考える時期でもある。発達がゆっくりである生徒の場合、このような自己を理解する過程には、特別な配慮が必要であると判断した。 このため、事前講座の講師に、障害のある生徒のキャリア教育に関する有識者(国立特別支援教育総合研究所研究員)を迎え、障害のある生徒に必要な自己理解について検討を行った。その際、参考としたのは、「社会の中で自分の役割を果たしながら自分らしい生き方を実現していく過程」を意味するキャリア発達の考え方である。検討の結果、社会で自分の役割を果たすうえでは「どのような仕事をするうえでも重要となる基本的な力」について、自分らしい生き方を実現するうえでは「苦手なことへの配慮要請を含めた多角的な自己理解」について、分かりやすい学びが必要であるとの結論に至った。 さらに、学校教育との接続についても検討を進めた。生徒が将来働くうえで必要となる力と、現在の学校生活における学びとがどのように関連しているかをイメージしやすくするため、ポイントについて分かりやすい表現で整理した。この整理にあたっては、まず、本事業で扱う自己理解のポイントとして、「自分ができる・意義を感じる・やってみたい活動への気付き」「苦手なことへの工夫や配慮要 p.145 請の必要性への気付き」に焦点を当てることとした。また、事業所での体験が仕事や自己への気付きと結びつきやすくなるよう、前年度までの取組において協力を得た市内の事業所に対し、仕事をする際に重要となるポイントを聴取し、そこから抽出された共通点を、「仕事をするうえで重要となる基本的な力(以下「仕事をするうえでのポイント」という。)」として6つに整理した。 これらのポイントに基づき、事前講座ではスライド資料を用い、就労体験の事前説明に加え、仕事理解と自己理解について分かりやすく説明した。また、「自己発見ワーク」を通じて、生徒の自己への気付きを促した。就労体験時には、教員や事業所職員に対し、これらのポイントと関連付けたフィードバックや振り返りを生徒に行うよう依頼した。 取組の成果として、事前講座では学習ポイントを分かりやすく伝えることができた点が挙げられる。また、就労体験では、多くの生徒が事後アンケートにおいて「できた」と回答しており、自己肯定感を育む一助となったことが確認された。一方、課題も明らかになった。事前講座は座学中心の構成であったため、生徒の集中力に課題が見られた。就労体験においても、事前に学んだ内容を意識して活動に取り組み、自らの行動を適切に自己評価することの難しさがうかがえた。さらに、事前講座と就労体験が別日程で実施されることから、学校や事業所との密接な連携体制を構築しなければ、指導の一貫性が保たれず、十分な学習効果が得られないという課題も認識された。 (3) 令和6年度(参加者数:3校・17名) 前年度の反省を踏まえ、事前講座の講師を交えて検討を行った結果、就労体験に先立ち、仕事に取り組むうえでのポイント理解を促す導入体験として、「就労支援講座」を実施する必要があると判断した。これを受け、従来の事業所での就労体験を、構造化された環境での模擬体験に置き換えるとともに、本取組について以下の改善を行った。 第一に、活動の対象を、原則として中学1年生とし、これから進路について情報を得ていく生徒に焦点を合わせた形で活動内容を構成した。 第二に、より直感的にポイントを理解できるよう、前年度作成したポイントを「①話を集中してよく聞き、仕事内容を理解する」「②集中して正確かつ丁寧に取り組む」「③わからない時は質問、困った時は相談、終わったら報告をする」「④気持ちの良い態度で人と関わる」「⑤たすけあう」の5点に再整理した。  第三に、生徒の集中力及び学習への動機づけを考慮し、講師の講話内容を動画教材に置き換えた。動画では、「仕事博士」というキャラが登場し、仕事理解や自己理解の重要性と交えて、ポイントについて解説した。その後、体験前の「自己発見ワーク」に取り組んだ。 第四に、事業所での就労体験に替えて導入した模擬体験では、「①グループで行うピッキング体験」「②請求書と納品書の数値チェック」「③プラグタップの組み立て」を実施し、生徒はこの中から2つの作業を体験した。なお、②③については障害者職業総合センターのワークサンプル幕張版を活用した。模擬体験時は、講師が活動を主導し、教員とスタッフがポイントに基づく声かけを行った。また、「ヘルプカード」を用意し、困ったときは援助を求められるよう促した。模擬体験の終了後は、口頭での振り返りと内容の共有を行った後、体験を経て自分自身について改めて考えるための「自己再発見ワーク」に取り組んだ。 取組の成果としては、生徒が動画視聴や模擬体験に集中して取り組んでいたことに加え、一部の生徒においては、自分の苦手なことにも目を向ける姿勢が見られた点が挙げられる。教員からも、生徒が自分の進路や得意・不得意について考えるきっかけになったとの意見が得られた。また、教員自身にとっても、就労を見据えた学校段階からの取組の重要性や、学校における支援の可能性について理解を深める機会となった。一方で、生徒が自分の行動を適切に自己評価することの困難さは、本年度も課題として残された。この背景には、支援方針に関する関係者間での共通理解の不足があると考えられる。その結果、生徒の失敗を避けることを優先した過剰な声かけや、学習ポイントと関連付けた適切な支援が十分に行われていない場面が見られた。 表1 就労支援ワークの内容 4 今後の展望 今後は、関係者間で連携しながら、生徒が自己評価を適切に行えるよう支援を行うとともに、学校教育との接続を強化する方策を検討していく必要がある。また、当市の地域資源を活用し、講座を継続的に実施できる仕組みの整備も重要である。そのうえで、事業所での就労体験の機会の提供について、地域全体で協議を重ね、現実的かつ効果的な実施方法を検討していく必要がある。 p.146 脳出血を呈した患者の回復期リハビリ病棟での復職支援 ~入院中における評価・訓練と職場との連携、職場復帰後の課題について~ ○高田 文香(脳神経筋センターよしみず病院 リハビリテーション部 理学療法士) 柴田 美鈴(脳神経筋センターよしみず病院 リハビリテーション部) 田川 美範(脳神経筋センターよしみず病院 リハビリテーション部) 出口 歩実(脳神経筋センターよしみず病院 リハビリテーション部) 1 はじめに 回復期リハビリテーション病棟を退院する患者において、社会参加は重要な課題であり、特に若年脳卒中患者の職場復帰は経済的側面だけでなく患者のQOLの向上にも繋がるため重要である。しかし、脳卒中患者は身体障害や高次脳機能障害を呈することが多く職業復帰には多くの課題が挙げられる。職業復帰に必要な能力として通勤手段の獲得や作業遂行能力等が必要となる。また医療機関と職場の連携も重要である。 今回、職業復帰を目標とした脳卒中患者に関わる機会があった。自動車運転を含めた通勤手段再獲得の流れと職業復帰までの職場との連携、職業復帰後の課題について報告する。 2 症例 50歳代男性、前交通動脈瘤によるくも膜下出血、入院時身体機能:ブルンストロームステージ(以下「BRS」という。):上肢Ⅵ、手指Ⅵ、下肢Ⅳ、ADL:機能的自立度評価表58点、明らかな高次脳機能障害なし、職業:工務店の事務職 発表にあたり、患者と職場の個人情報とプライバシー保護に配慮し同意を得た。 3 治療経過 自宅にて意識レベルの低下があったため救急搬送され、前交通動脈瘤破裂によるくも膜下出血の診断で急性期病院へ入院、コイル塞栓術となる。発症から約1カ月後、職場復帰に向けたリハビリテーション目的にて当院へ転院となる。 入院当初は覚醒良好で、上肢手指の麻痺は認めず下肢のみに麻痺を認めた。BRSは右Ⅳ左Ⅵであった。右下肢は足関節背屈運動の動きがなく下垂足状態であった。下垂足に伴い右足関節背屈可動域制限を認めた。左下肢の麻痺は回復しており廃用による筋力低下のみ認めた。 高次脳機能評価の結果は以下の通りであった。HDS-R:24/30点、TMT-J:PartA40秒「正常」、PartB136秒「異常」、BADS:98点(平均)、CAT:SDMT正答率42%(実年齢平均値±2標準偏差内)。明らかな高次脳機能障害は認めず、1カ月後の再評価としてTMT-Jのみ行った。結果としては、PartA・Bともに「正常」と注意機能の向上を認めた。 各部門で麻痺の回復促進、ADLの獲得、自宅退院、職場復帰に向けたアプローチを行った。 入院の経過において、廃用による下肢筋力低下の回復は見られたが、右下肢麻痺は残存したためオルトップ装具を作成した。装具着用し屋内独歩自立となったが、階段昇降は降段時に右踵の引っ掛かりが見られ手すりが必要であった。 4 自動車運転再開支援 病前は勤務地まで自動車通勤をしており、公用車にて外勤をすることもあった。本症例は通勤手段として運転再開を希望していたため、入院1カ月後簡易自動車運転シミュレーター(以下「SiDS」という。)と高次脳機能評価を実施した。右下肢麻痺を生じていたためオルトップ装具着用でのSiDSの評価では、操作の遅延が多く適性なしとの判定となった。アクセル・ブレーキの位置を調整し左下肢にて評価を実施したところ、操作に不慣れな点もあるが、操作の遅延が減少し適性ありの判定となった。 入院1カ月後に主治医とのカンファレンスにて、SiDSでの結果をもとに左下肢での操作が安全であるため、自家用車の改造が必要であることを本人と家族に説明した。入院2カ月後に自家用車の改造が完成し、家族面会時に車両の確認を行った。 入院2カ月後SiDSの結果をもとに総合交通センターと警察署へ運転再開の相談を行い、身体機能検査と主治医診断書を提出し運転再開可能となった。自動車学校の繁忙期のため入院中に運転評価を行うことが困難であったため、退院後に自動車学校へペーパードライバー講習に行くように助言をした。 5 職場復帰までの職場との連携 当院入院1カ月後に主治医、看護師、リハビリスタッフ、医療相談員にてリハビリカンファレンスを実施した。現状の身体機能と病棟内でのADL能力を説明し自宅退院は可 p.147 能と判断したため、職場復帰に対するリハビリを進めていくこととした。 本人からの事前情報によると職場にエレベーターがなく勤務場所が2階であったため、職場内の環境調整が必要と考えられた。 当院入院1カ月半後に医療相談員が勤務先上司と連絡を取り、身体状況の報告と職場内環境、業務内容、雇用形態の確認を行うため当院スタッフと本人、上司を含めて面談を行った。 今後もオルトップ装具を着用した歩行状態となること、職場内の環境調整が必要となる可能性があることを説明した。また本人とリハビリスタッフが勤務先へ訪問し動作確認を行う許可を得た。今後の業務内容については事務作業を中心とし外勤する場合は他のスタッフが同行する方向となった。雇用形態については、病前と同じ雇用形態とし復帰後に通院等可能となるように有給休暇日数を最大限に調整した。 当院入院2カ月後に退院日が決まり職場復帰時期が確定したため、自宅から勤務先までの移動の確認と勤務先での動作確認を行った。退院後の通勤手段は自動車学校でペーパードライバー講習に行くことを助言し、運転に慣れるまでは公共交通機関を使用することとした。自宅から勤務先までの移動と職場内の移動はオルトップ装具着用下で問題なく行えた。職場内の階段昇降は降段時に右踵の引っ掛かりが見られた。勤務先が工務店であったことから手すりの設置が可能であり、勤務先上司とリハビリスタッフにて手すり設置位置を決めた。 当院入院3カ月半後に自宅退院し、訪問リハビリにて通勤練習を行い、当院入院4カ月後に職場復帰した。 6 職場復帰後の課題 職場復帰3カ月後、当院リハビリスタッフで勤務先へ訪問した。本人と勤務先上司を含めて、職場復帰後の動作確認や課題について話す機会を得た。 身体機能面は入院時に比べて右足関節可動域制限を認めた。歩行や手すりを使用した階段昇降は安全に行えていた。復帰後は事務作業だけでなく可能な範囲で雑務作業を行っており、荷物を運ぶ作業やしゃがみ動作に不安を感じていた。高次脳機能面は電話をしながらメモを取る際に字が小さくなることや画数の多い漢字の書きづらさを感じていた。自動車運転は左足でのアクセルやブレーキ操作に不安を感じており自動車運転を再開していなかった。通勤は妻の送迎、外勤は他のスタッフが同行していた。 職場側からは病名だけでは重症度が判断できないため当院入院時に身体状況を把握したかったと意見が挙がった。本人家族を仲介して情報収集をするため聞きづらい内容もあったとのこと。また階段の手すり設置に時間を要したため動作練習の時期がもう少し早い段階だと余裕を持って準備ができたと意見が挙がった。   7 考察 脳卒中患者の障害像は多様であり、環境因子に左右される事も多いため復職支援において予後予測は難しい。脳卒中患者の復職条件として①日常生活動作遂行能力が高い。②疲労感無しに少なくとも300mの距離が歩行できる。③作業の質を低下させず精神的負荷を維持できる。④障害の受容が出来ている。の4点が挙げられる1)。これらの条件に本症例を当てはめると退院時点においてはどの項目も満たしていた。本症例は退院後すぐに復職は可能な状態にあったが、復職後に身体的機能面や高次脳機能面、自動車運転再開の課題が挙げられた。また職場側から身体状況や動作確認の時期についての意見も挙がった。身体機能面は雑務作業の内容を把握していなかったことから、ダンボールを把持した移動やしゃがみ動作等の応用的な動作練習を実施していなかったことが課題となった。高次脳機能面は入院時より評価上に大きな問題が見受けられなかったため、パソコン操作練習のみ実施し書字動作や二重課題を重要視していなかったことが課題となった。また自動車運転は運転再開時期の基準を明らかに示したものはないが、脳卒中患者の運転再開時期を調査した結果、運転再開までの期間は平均7.6±6.4カ月であったと報告している2)。本症例において退院後のサービスとして訪問リハビリを利用したことから、退院後に継続的なSiDSや実車教習に行くことができなかった。そのため、入院中から退院後のサービス調整を慎重に行うべきだと考える。 退院時に復職条件を満たしている患者においても復職後に様々な課題が挙がる。転院や退院等で病院や主治医が変わるタイミングは脳卒中患者本人と事業者が情報共有する機会として有用である3)。本症例では全ての仕事内容を本人から聴取できていなかったことによる課題も挙がっているため、職場との面談時期や動作確認時期を検討する必要があったと思われる。   【参考文献】 1)Merlamed S, RingH,, NajjensonT:Prediction of functional out-come in hemiplegic patients.Scand J Rehabil Med 12:129-133,1985 2)井上拓也,大場秀樹,平野正仁,武原格,一杉正仁:脳卒中患者における早期の自動車運転再開の実態と背景について.日職災医誌67:521-525(2019) 3)厚生労働省:脳卒中に関する留意事項.事業所における治療  と職業生活の両立支援のためのガイドライン.厚生労働省,東京,2016:27-31 p.148 リハビリテーション病院におけるリワークプログラムの開発 ○上杉 治(社会福祉法人聖隷福祉事業団 浜松市リハビリテーション病院 作業療法士) 1 背景 本邦において障害者の雇用は、毎年過去最大を更新し続けており1)、障害を負った方の就労支援は国をあげた関心事となっている。がんを患いながら就労を継続できるよう「仕事と治療の両立支援」が医療保険で算定できるなど、この流れは医療機関においても求められてきている。 さらに2019年から疾患が拡大され、脳卒中の方もこの「両立支援」で算定される事となった2)。これらは国をあげて、病気や障害を負っても、働ける環境を創っていこうという動きがある事を意味する。また今後も疾患の種別は拡大していくことが予測され、就労を支援するという取り組みはリハビリテーション病院で益々重要視される事になっていくものと思われる。 一方現場の医療機関でどのような支援が行われているかという報告は少なく、多くの報告は横断調査研究により神経心理学検査の就労基準値を扱ったもの3)4)5)や福祉の領域で支援を行った報告6)など、医療機関の介入に関する知見は乏しい状況である。 本発表は、事例を通じて地域リハビリテーション病院に起こっている就労支援の課題を提示し、その対策として当院で行っているリワークプログラムの取り組みを報告する。 2 事例報告 事例は脳梗塞発症後、麻痺はないが高次脳機能障害のある40代男性。職業は中学校の体育教師であり、病前は生徒指導や部活動の顧問など多忙であった。発症から21日当院亜急性期病棟入院、落ち着かず離院され、退院となった。発症51日より外来作業療法開始。外来作業療法では高次脳機能評価、通勤のための運転評価をし、内省を深めさせ行動変容を促した。また会社との調整を行った。発症235日段階的に復帰し、289日完全復帰した。 事例は授業のみうけもつ形で復職した。復帰半年経過後も問題なく働けている。神経心理学検査は発症後250日までは改善したが、その後は変化していない。ICFコードでは職業準備性の改善が見られたが、代償戦略の実行には課題が見られた。 3 問題の所在 (1) リハビリテーション病院の治療構造的問題 Crosson(1989)7)は、高次脳機能障害者にはawareness(気づき)が重要であると述べており、awarenessには知的awareness、体験的awareness、予測的awarenessの段階があるとしている。リハビリテーション病院の訓練は、1対1が基本であり障害に対する知識を提供するといった知的awarenessには介入しやすい構造といえるが、体験的awareness、予測的awarenessへの介入は構造的に困難性が強く、模擬的就労環境のような、新たな治療環境を構築する必要があると考える(図1)。 図1 リハビリ病院における治療構造的問題 (2) 社会制度的問題 障害福祉サービスにおける就労移行支援等は、新規就労者を対象としている。リハビリテーション病院で対応することの多い現職復帰に向けた患者は、医学的診断が求められ支援には必ずしも適合しない部分もある。また市町村によっては現職場に所属しながら、障害福祉サービスを利用するという事に否定的なところがある。 4 取り組み (1) これまでの経緯  このような中、当院では2010年より院内ボランティアという形をとり、対象患者に対しメモ用紙作成、アンケート入力、封入作業といった作業訓練を提供してきた。 2019年これまで行ってきた就労ボランティアを、院内に広く広報し、各職場から作業を切り出すなど仕組みを整えてきた。また名称もリワーク「momo」とし、現職復帰者向けのプログラム化を検討してきた。2020年から2023年まではCovid19の影響で頓挫したが、2023年後半~現在にいたるまでこの取り組みを進めている。 p.149 (2) 構造 目的は復職するために職業準備性を整えること、また同質の体験をした患者同士の共同的作業を通じピアグループをつくることである。 対象は当院通院患者とし自力で作業療法室に来られるケースとしている。 時間は9:00~12:00までの午前クールと13:00~15:00の午後クールを設けている。 内容は院内から切り出した軽作業の実施、また希望者には症状教育を中心としたグループ訓練を行っている。これとは別に1対1の作業療法訓練を行うことで、awarenessに介入している。 momoの作業指導者は、当院の元入院患者でその後外来での支援、ボランティアの体験を通じて障害者雇用をしている職員が担当している。 (3) 連携 momoを行いながら担当作業療法士は随時企業・主治医などと連携をとり、復職のタイミングなどを調整している。主治医の診察にて医師、作業療法士、看護師、企業担当者が集まり、今後の復職までのプランを共有する事が一般的である。 また復職が難しいという判断になった際には、MSWを通じ相談支援事業所などと連携し新規就労を目指すため就労移行支援事業所などへ繋ぐこともある。 介護保険を申請している第2号被保険者のケースはケアマネジャーと連携しながら、今後の方向性を模索することになる。なお当院は病院内にみなしの通所リハビリを運営しているため、通所リハビリに来所しつつmomoを利用するケースも増えてきており、この場合はケアマネジャーとは緊密に連携をとることになる。 (4) 障害者雇用 momoでの支援を行いながら、復職が難しいという判断がなされたケースなどは、当院または事業団内の障害者雇用求人を紹介することもある。R8.7~雇用率が上昇することもあり、この流れを構築する事は喫緊の課題である。 5 Outcomes 2023年は11名利用し4名が復職、2024年は13名利用し4名が復職した。また2024年度院内における経済効果を表1に示す。計算式は作業時間×0.6人工×静岡県の最低賃金で算出した。 6 考察 当院に与える影響というミクロな視点で考えれば、この取り組みは、患者の復職支援における1つのモデルとなり得ると思われる。1対1の個別訓練の限界を乗り越えられ 表1 リワークプログラム経済効果 る可能性が考えられる。また病院経営という視点でみれば、看護・介護人材の不足をはじめとした労働者不足を解決する可能性を秘めている。 国内全体のマクロな視点でみると、市町村を含めた公的な行政サービスの経済的限界を補完し、永続性のある支援体制を構築できる可能性が考えられる。 今後はこの取り組みの治療効果をどう提示するかといった研究デザインなどを検討していく事が求められると思われた。 【参考文献】 1) 厚生労働省職業安定局雇用開発部障害者雇用対策課:今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会報告書. https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/000341830.pdf 2) 独立行政法人 労働者健康安全機構:脳卒中に罹患した労働者に対する治療と就労の両立支援マニュアル. https://www.johas.go.jp/Portals/0/data0/kinrosyashien/pdf/ bwt-manual_stroke.pdf 3) 澤田梢,橋本優花里,近藤啓太,丸石正治:高次脳機能障害の就労と神経心理学検査成績との関係―判別分析を用いた検討―.高次脳機能研究30(3):439-447,2010. 4) 小川圭太,稲垣侑士,角井由佳,吉田奈美,堀亨一,他:高次脳機能障害者における就労能力判断基準の検討.国立大学リハビリテーション療法士学術大会誌36:17-19,2015. 5) 赤嶺洋司,平安良次,上田幸彦:高次脳機能障害者の就労と神経心理学的検査成績との関係.総合リハ43(7):653-659,2015. 6) 柳沢君夫:自立訓練を利用する高次脳機能障害が疑われた男性の就労への取り組み.社会福祉学, 2008, 49.2: 163-175. 7) Cosson,B et al:Awareness and compensation in postacute head injury rehabilitation.Journal of Head Trauma Rehabilitation,4,46-54,1989. 【連絡先】 上杉 治 社会福祉法人聖隷福祉事業団 浜松市リハビリテーション病院 e-mail:osamu.uesugi.hbf@sis.seirei.or.jp p.150 リワーク支援における利用者とのかかわりについて ○角 智宏(社会福祉法人清流苑 本部長) 1 はじめに 私は福祉の現場に入り10年目を迎えたが、昨年、法人内で精神疾患を発症した利用者の方と向き合う機会を得た。  これまでかかわってきた皆さんは、一時的に復職できても、再発したり、休みが多くなり、退職される方がほとんどであった。今回のケースは現在のところまで、安定して出勤ができており、その原因と対応策について再考察してみた。 2 精神疾患を発症した利用者支援の在り方に対する考察 (1) Aさんについて Aさん(25歳 男性 知的障害 療育手帳B1) 特別支援学校の産業現場等における実習を経て、高等部卒業後、当法人(就労継続支援A型)へ入職し、同時にグループホームでの集団生活も始めた。 Aさんは普段から物静かで、意思表示も少ないタイプでありながら、自ら私たち支援者にかかわり、コミュニケーションを取ろうとする一面もある。 入職後、しばらくは作業も順調であったが、作業が変わり、対応できない場面が多くなり、一時はB型へのサービスの変更も検討していた。 そんなAさんが自身の能力を最大限に生かすことができる施設外作業先Bの企業と出会ったのは令和3年のころだった。 大手半導体企業の下請け先で、部品を並べる作業(物詰め)であったが、これがAさんの能力を十分に発揮できる作業であった。時間が経つにつれ、企業側からも「Aさんはいなくては困る人材」と言っていただけるようになり、私たち支援者も嬉しい限りであった。 生活面においてはグループホームに入所し、生活を行っているが、自分のペースで生活できる一方で、集団生活の中での活動も問題なく行うことができていた。 図1 Aさんの作業の様子 (2) Aさんの変化と精神疾患の発症について Aさんはこれまでの約6年間、大きな問題もなく仕事も生活もできていた。ただ、これまでも時期によってはうまく意思疎通ができないケースがあったり、ぼーっとしていて手が止まるケース、話をよく聞いていないケースなどもあったため、現場の職員とは逐一情報共有をしていた。 そんなAさんが、体調を崩したきっかけというのはいくつかあると思うが、昨年の秋に祖母が亡くなったことがきっかけだったのではないかと推測される。 一時期は元気がなかったが、落ち着きも取り戻し、乗り越えたかと思った矢先に、まずはグループホーム内での行動に以下のような変化が現れた。 ・大声で叫ぶ ・仲間の部屋に入り、ベッドで横になる ・トイレに入っている人を閉じ込める ・洗面台で水浸しになりながら髪や顔を洗う ・部屋のドアや、壁を叩く  などの行動が現れ、当初は私が行くと落ち着いていたが、だんだんとそれも効かなくなっていった。そのため、まずはAさんと話し合い、心療内科を受診することにした。 心療内科では、カウンセリングや気持ちを落ち着ける漢方薬が処方され、数日間は落ち着いたように見えた。しかし、夜中に騒いだり、他人に迷惑行為をするような状況が続いたため、再度受診をしたところ、先生からは「精神科を受診するように」勧められた。 地元には2ヵ所の精神科病院があるが、2ヵ所とも満床かつ定期受診していないと、原則緊急的な対応をしてもらえず、普段地元の精神科にかかっていないAさんは、なかなか対応してもらえない時間が続いた。 私たちが勤務を終え、帰宅した後も奇声を上げたり、外に出て自転車のタイヤの空気を抜いたり、グループホームの他の利用者も限界に近付いていた。 (3) 措置入院と関係機関など周囲への対応 県が設置している、精神科救急医療電話相談窓口にすがる思いで電話をし、数時間後、県立の精神科病院に対応をお願いすることができた。 Aさんの家族は父親だけであり、夜勤のお仕事もされているため、なかなか連絡が取れなかった。医療保護入院は家族の同意が必要なため、ここに時間がかかってしまった。 ようやく同意を頂き、21時過ぎに事業所を出発し、1時 p.151 間半ほどかけて病院へ到着。そのまま入院となった。 遠方という事もあり、家族と連携しながら本人のサポートを行っていくために、退院を見据えてネットワーク構築を始めることにした。 Aさんを中心として、家族、福祉(A型事業所、グループホーム、相談支援事業所等)や医療(精神科病院、医師、地域医療連携室等)、地域資源(訪問看護、行政、自立支援協議会等)思いつく機関には一通り協力を要請した。 図2 精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築について(厚労省HPより) 合わせて取り組んできたのが、グループホームの他の利用者の受け入れ態勢も一緒に考えることが必要だった。そのためAさんの一時退院に合わせて、数回にわたり外出支援を行い、一緒に食事をしたり、活動することで現状のAさんの様子を知ってもらい、不安を取り除くことを意識した。そのため、退院後もスムーズに受け入れることができていた。 Aさんは退院後、現在まで比較的安定して仕事や生活を送ることができている。その背景には、Aさんが退院した後を見込んで、事前にいろいろな準備をしてきたことが上手くいっている部分と、医療機関との連携を密にしていた点がある。 退院間際に担当の先生から「苦しくなったらいつでも連絡して、来ていいからね」とアドバイスをもらったAさんは、どんなに心強かっただろうか。私たち支援者もこの言葉が、これからAさんとかかわっていくうえで、どんなに心強かっただろうか。 (4) リワークに向けて 退院が決まり、Aさんの希望は一日でも早く、施設外先Bの企業へ復職したいとのことだった。担当医からは「まずは半日程度から」というアドバイスをいただき、同時に訪問看護で服薬管理等も行っていった。 まずは慌てずに、できる範囲でよいと企業の方がAさんに声をかけてくださり、毎日、仕事終わりにはその日の実績や、体調や気分を聞きながら、3週間かけて元の時間に戻すことができた。ここにはAさんの「復職したい」という強い思いと、サポートし、待っていてくださった施設外先の企業Bの配慮が、うまくいった背景にあると考えている。 (5) メンタルヘルス・ファーストエイドの重要性 精神疾患を発症したと考えられる際に、適切な専門的支援を受けるか、あるいは危機的状況が解決するまで、私たち支援者はどのように対応していくべきか、悩むことも多かった。専門家の支援が提供される前にどのような支援を提供すべきか、どのように行動すべきか、という対応法を身につけるものがメンタルヘルス・ファーストエイドである。 私の職場には、看護師の方や精神保健福祉士が在籍しているが、実質的には業務としてカウンセリングをしたり、疾患の対応にあたることは「まれ」である。 今回の経験を経て、メンタルヘルス・ファーストエイドの書籍と出会った。読み進めるうちに自分で解決しようとすることの危険性や、日ごろからどこに専門家がいて、社会資源として何があるかを知っておく必要があり、ネットワークの構築に取り組んでおくと、スムーズにつなぐことができると改めて感じた。 3 さいごに 10年目で初めて「発症→治療→復職」の流れがスムーズにいったケースで、これまでどうしてうまくいかなかったのか、再考察するうえで以下の結論に達した。 ①医師の指示する治療や服薬が正しく行えていたか ②単に「調子が悪い」と解釈していなかったか ③変化に気づくことができていたか ④関係機関と連携が取れていたか このように、①に関しては医療機関等との連携、②以下については、支援者の「スキルの向上」が求められる部分である。福祉の現場では日頃から精神疾患を抱えた方と向き合う機会も多いため、どのようにかかわっていくか学び続ける必要がある。 私自身もさらに幅を広げ、Aさんのように復職し、1人でも多く、これまでと同じような生活が送ることができる方を増やしていきたいと考えている。 【参考文献等】 「専門家に相談する前のメンタルヘルス・ファーストエイド(心の応急処置マニュアル)」(創元社、2012) 【連絡先】 角 智宏(すみ ともひろ) 社会福祉法人清流苑 出水事業所 e-mail:seiryuen-honbu@outlook.jp p.152 再発予防から就労継続へ -リワーク支援における構造的グループ・ダイナミクスの活用- ○松石 勝則(キャリアコンサルタント2級技能士、公認心理師、社会福祉士、精神保健福祉士) 1 はじめに うつ病の再発率は、再発を繰り返すほど高くなり、2回目の再発率は約70%、3回目以降は90%にも達することがあると示唆されている1)。そのため、職場復帰、いわゆるリワーク支援の重要性が高まっている。 2024年度の報酬改定以降、福祉事業所がリワーク支援分野に参入するケースが増えている。しかし、医療機関が実施する医療リワークが医療モデルに基づく包括的な介入を行う一方、福祉リワークでは就労支援や生活支援が中心となり、プログラムの質的な格差が指摘されている。 リワークは単に職場に戻るということを越えた、ライフキャリアを全うするための支援であるとされており2)、再発予防を目指すだけでなく、復職後の就労継続を支援する視点が不可欠である。 特に、就労継続において対人関係能力・主体性・働く意味の再構築を欠かせない要素として、本稿では福祉リワークにおけるグループ・ダイナミクスの活用について焦点を当てる。 2 グループ・ダイナミクスを活用した実践モデル レヴィン(Lewin,1947)によると、グループ・ダイナミクス(Group Dynamics)とは、集団内における相互作用の過程や構造、成員間の関係性の変化を研究する心理学的概念とされている。 アージリス(Argyris,1957)は、人間の成長過程を「未成熟」から「成熟」への連続的発達として捉えた。 メンタル不調者は休職時において受動的・依存的な未成熟状態にあり、復職後には自律的かつ主体的なキャリア形成力が求められる。集団の場は、成長を促進する装置として機能することが望まれる。 リワーク支援においてグループ・ダイナミクスを導入する意義は、①職場という社会的集団への再適応、②自己有用感の再構築、③対人ストレスへのレジリエンス向上、の3点と考える(表1)。 自己有用感とは、「他者や集団から役に立った」、「喜んでもらえた」、「必要とされた」と感じる感情であり、相手の存在なしには生まれない感情である(文部科学省国立教育政策研究所,2015)。特に、リワーク支援においてはグループ活動や役割遂行を通して自己有用感を高め、それが自尊心を支えるという相互促進的な関係が重要となる。 表1 グループ・ダイナミクスの機能 3 利用者の成長プロセスにおける活用モデル リワーク支援において利用者の成長を促す為のプログラムについては、再発予防と就労継続の2つのフェーズに分けて考えられる。 ・再発予防フェーズ:個別面談や通院、自己理解支援が中心。生活リズムの安定化や自己肯定感の回復を目指す。 ・就労継続フェーズ:集団プログラムの参加。グループワークを通じて役割意識や貢献感を育む。職場模擬体験で対人関係能力を高める。 4 スタッフ育成モデル 福祉リワークでは、医療機関のように精神科医や臨床心理士といった臨床経験豊富な専門職が常駐するケースが少ないため、うつ病・適応障害など精神疾患の再発予防や心理的変化の兆候把握に関して、気づきづらい場合があると考えられる。 経験不足のスタッフは「マニュアル通りの対応」や「表面的な励まし」に偏りやすく、本質的な課題に働きかけられず、利用者が職場復帰後に直面する複雑な対人関係や役割変化への耐性が養われにくくなる。 アージリス(Argyris,1957)は、組織の管理方式が成員の成熟を阻害すると、依存的・防衛的行動が固定化され、潜在能力が発揮されないと指摘した。アージリスによる二重ループ学習理論によれば、行動の誤りを修正する一重ループ学習だけでは、環境変化や新たな課題に柔軟に対応することは難しいとされている。 特に利用者は、過去の働き方や価値観、職務上の前提条件が自身のストレス反応や対人関係の問題に影響していた可能性があり、これらを再検討することが就労継続の鍵となる。 さらに、リワーク支援においては利用者を支援するスタッフ自身が支援について単なるスキル習得(一重ループ p.153 学習)に留まらず、「支援とは何か」、「利用者の主体性とは何か」といった前提を問い直す事(二重ループ学習)が必要であり、定型化(防衛的ルーチン)したものではなく、利用者の主体性回復を軸とした支援を提供する必要があると考える(図1)。 「未成熟-成熟理論」と、組織学習理論における二重ループ学習を統合した枠組みが本稿でのスタッフ育成モデルである。 図1 スタッフ育成モデル(未成熟×二重ループ) スタッフ育成における二重ループ学習のプロセスは以下のとおり。 ・ステップ1:自身の支援行動に対するフィードバックを受ける。 ・ステップ2:準拠枠(前提・価値観)を客観的に把握する。 ・ステップ3:支援目的や価値観を問い直す。 ・ステップ4:新しい支援アプローチを設計・実施。 ・ステップ5:利用者との相互作用の中で主体性を向上させる。 5 考察とまとめ グループ・ダイナミクスは、利用者の社会的適応力を高めるだけでなく、支援者の二重ループ学習を促進し、プログラムの持続的改善に資すると考えられる。 図2 リワーク支援における成長構造と支援環境の関係モデル これらの取り組みにより、リワーク支援は単なる再発予防に留まらず、利用者自身が主体的なキャリアを再構築し、社会復帰するための重要な基盤となると考える。 【参考文献】 1) 地域におけるうつ対策検討会報告書 厚生労働省より(2024) 2) リワークプログラム標準化の取り組みとリワークの効果研究(2020) 3) 文部科学省 (2015). 生徒指導リーフ「自尊感情」?それとも「自己有用感」?, 生徒指導・進路指導研究センター 4) Lewin, K. (1947). Frontiers in group dynamics. 5) Argyris, C. (1957). Personality and Organization. Harper and Row. 6) Argyris, C., & Schön, D. (1974). Theory in Practice 【連絡先】 松石 勝則 e-mail:matsu_knri86@max.odn.ne.jp p.154 休職からの復職率75%以上、復職半年後の定着率90%以上にむけた取り組みについて ~未経験者でもできる仕組み化~ ○原 沙織(株式会社SHIFT 人事本部 ビジネスサポート部) 1 株式会社SHIFTの取り組みについて 株式会社SHIFTはソフトウェアの品質保証・テストの強みを軸に、ITの総合ソリューションを提供している。従業員数は2025年5月末時点で単体7,815人、連結14,726人、グループ会社は2025年7月時点で40社となっている。障がい者雇用を推進する人事本部ビジネスサポート部(以下「ビジサポ」という。)は『日本一才能と能力を活かせる会社を目指す』ことをミッションに2025年6月1日時点で計182名(内、障がい社員158名)が所属し、実雇用率2.69%、定着率86.9%1)となっている。主にSHIFTグループのBPO機能として、定期業務381件、スポット業務561件、計942件以上の多様な業務を担っている。障がい種別は精神障害の割合が約88%となっている。 2 ビジサポの休職者・復職者状況 直近3年間でビジサポの休職者の休職要因はメンタル不調77.7%、身体的不調14.6%、家族の看護・介護2.9%、その他となっている。メンタル不調の主な内訳は環境変化や業務負荷37.9%、障がい状況の悪化20.4%、人間関係10.7%、プライベート7.8%である。また、休職期間は平均2ヶ月で、復職率は78%、復職後6ヶ月の定着率は93%となっている。なお、一般社員のデータではあるが、J-ECOHスタディ2)によると休職者の休職要因はメンタル不調52%、がん12%、外傷メンタル不調による休職者において、休職期間3ヶ月までの復職率は35%である。また、主治医と産業医の連携に関する有効な手法の提案に関する研究3)によると復職6ヶ月後の再休職率は19.3%である。 ビジサポではSHIFTの休職制度を上手く活用し、体調が悪化し過ぎる前に早めに休養して短期間で復帰できる状態を目指し、休職・復職後のフォロー体制を仕組み化した。それにより復職後は、休職前よりも自己理解が深まり、安定した勤務を維持している。また、仕組み化によりメンタルヘルス領域の未経験者でも対応できる体制となっている。 3 休職対応以外のメンタルヘルス対応の施策 ビジサポでは健康経営の観点でメンタルヘルス対応の施策を行っている。組織を横断するメンタルヘルス担当者を設け、メンタルヘルス担当者と全25チームの各管理者であるアシスタントマネージャー(以下「AMG」という。)の役割と連携方法について標準化した。 (1) 1次予防(セルフケア) 日々の体調安定に向けたセルフコントロールを行う。 ア 毎朝のヘルスチェック 出勤時に前日からの服薬状況、睡眠、食事、身だしなみ、体調などの項目を入力し、日々の細かな変化に合わせた業務や体調の調整を行い、早めに回復・解決へ繋げる。 イ AMGとの雑談・相談(ざっそう) 業務、体調、人間関係、プライベートなどについて定期的に雑談・相談する機会を設けている。 ウ メンタルヘルス担当者などとの雑談・相談(ざっそう) 直属のAMG以外の管理者、メンタルヘルス担当者など、誰にでも相談できることを周知し、適時対応・連携する。 エ 自己認知向上研修(内部研修) ストレス対処や生活リズム、医療機関との関わり、コミュニケーションなど月1回、計12回行い、安定した社会生活を行う上で必要な知識・観点を主体的に学ぶ。 (2) 2次予防(ラインケア) 不調の際は早期発見・改善に向けた対応を行う。 ア 勤怠不良者への早期介入 毎週勤怠不良者に対して、不調の原因と対策、その後の改善状況を把握し、悪化しないように対策する。 イ 産業医面談の積極活用 健康相談や、不調が続いている方、不調になるリスクが高い方など、会社としての対応・配慮などを確認する。 ウ 労務との連携 ビジサポだけでは決められない複雑な対応など、適時確認・連携する。 4 3次予防(ラインケア) 1~2次予防で体調の安定や体調悪化時の早期対応をしていても体調の回復が難しいこともあるため、その場合は積極的に休職を活用している。休職前・休職中・復職後とそれぞれの段階におけるAMG、休職担当者、メンタルヘルス担当者の役割やフローを標準化した。 (1) 休職前 勤怠不良者への対応で業務調整や一時的な在宅勤務の増加で回復に繋げることもあるが、選択肢の1つに休職がある場合は、AMGがSHIFTの休職制度やビジサポのフォ p.155 ロー体制について説明する。休職をポジティブに捉えられるように伝え、休職に入ったら休職担当者へ引き継ぐ。 (2) 休職中 ア 体調ヒアリング 月1回体調の経過を伺い、回復度合いを確認する。睡眠時間、中途覚醒や仮眠の有無、食事などの生活リズム、日中の過ごし方、通院状況、メンタル面など多面的に見る。思うように回復していない時はその原因になりそうな事象や考え方の傾向、特性などを整理して対策をお伝えし、休職期間をより有効に過ごせるよう認識合わせを行う。また、復職の判断をする通院前にも本人の意向と現在の体調を確認する。回復途上で焦って復職する可能性がある場合は現在の状態を客観的に整理して休養の必要性を伝えるなど、適切な休職延長、復職に繋げられるようサポートする。休職中の過ごし方は復職率に大きく影響するためメンタルヘルス担当者も同席し、専門的な観点からも確認する。 イ 産業医面談 休職中の回復具合を見て復職後も不調になる可能性がある場合は実施する。会社として復職にあたり本人とすり合わせている働き方で問題ないか、他に必要な配慮や留意事項がないか産業医に助言をもらい、連携する。 ウ 復職前面談 復職時は負荷の少ない業務から始め、復職6ヶ月後には休職前と同等まで回復できる状態を目指している。そのため、着実に取り組むためのツールとして職場復帰チェックリストと職場復帰支援プランを作成した。復職者、AMG、休職担当者が復職前、復職後6ヶ月間、毎月振り返り面談を行う。また、合理的配慮として主治医や産業医の意見、本人の希望があれば、6ヶ月間は雇用形態を変更せず以下の配慮を行い、段階的に元の勤務形態に戻している。 ① 時短勤務(6時間勤務以上) ② 休憩時間の増加 ③ 在宅勤務の増加 上記以外にも不調のきっかけになった事象や回復具合を見て業務や人との関わりなど必要な調整を行い、安心して復職できる働き方をすり合わせて、職場復帰支援プランに記載する。 (3) 復職後(毎月の振り返り面談) ア 職場復帰チェックリスト 主に生活習慣や体調管理、業務遂行に関する内容についてAMGからヒアリングする。復職前は18項目だが、回復期間に合わせた必要な観点を追記して6ヶ月後には34項目となっている。各項目の遂行度合いを4段階で評価し、チェック項目のなかで特に重要視している項目を抽出した重要項目と、それらを含めた全項目、それぞれ平均3.0以上を復職の目安としている。復職者は1ヶ月間の状態と過去に安定して勤務していた時の状態の2項目を評価する。数値が低い項目でも安定していた時と変わらない場合や良くなっている場合もあるため、回復状況を相対的に判断する。また、自己評価は性格や特性で過小・過大評価となる場合もあるため、職場評価も記載する。差があれば現在の状態を適切に理解し、次の1ヶ月に向けた状態像の認識合わせをして無理なく着実に遂行できるようサポートする。 イ 職場復帰支援プラン 休職担当者が確認する。職場復帰チェックリストの内容から勤怠実績や平均点、できていることや留意点を抜粋してまとめる。それを踏まえて次の1ヶ月の業務内容や配慮事項、意識することなど無理なく取り組めるよう認識合わせを行う。 入社前に支援機関に通所して自己理解や対処法を学んでいても環境が変わることで適応が難しいことも多い。休職を期にこれらの仕組みを通して不調になった原因を振り返り、不調のサインや傾向、自身の課題の対処法を学び、自己理解が深まる。そしてセルフコントロールができるようになることで、よりその方に合った働き方となり、休職前よりも安定した勤務へと繋がっている。また、確認項目や必要な観点を可視化したことでメンタルヘルス領域の未経験者でも対応できる体制となり、面談を通して必要な観点を体得し、日々のマネジメントに生かしている。 5 今後の展望 現在のメンタルヘルス施策は、休職・復職者の対応に限らず障がい者雇用が進み、組織が拡大し続けるなかで生じた様々な事象や課題から教訓を得て仕組み化を行ってきた。まだまだ課題も多くある。企業として休職に至らないような環境作りや働き方ができることが前提ではあるが、精神障害の社員が多いなか、様々な要因で調子を崩す方も多い。休職制度を有効に活用して、キャリアブレイクという観点で時には休んで自身を振り返ることで、長く働き続けられるようポジティブに捉えて取り組んでいきたい。 【注釈】 1) 2024年8月31日時点 2) 民間企業における長期疾病休業の発生率、復職率、退職率の記述疫学研究:J-ECOH スタディ https://www.zsisz.or.jp/investigation/179178c10a7c0fac551cc788f9745d921520b636.pdf 3) 主治医と産業医の連携に関する有効な手法の提案に関する研究 https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/rousai/hojokin/dl/28_14010101-02.pdf p.156 重度高次脳機能障害のある方が、10時間の短時間雇用で活躍できる要因についての分析 -企業と就労移行支援事業所の視点から- ○萩原 敦(NPO法人クロスジョブ クロスジョブ福岡 管理者兼サービス管理責任者) 川嶋 由紀(医療法人福岡桜十字 桜十字福岡病院 環境整備室) 1 はじめに 今回、外傷性脳挫傷により重度の高次脳機能障害を呈した事例を就労移行支援事業所で担当した。企業のキーパーソン(以下「KP」という。)との面談を通して本人が奮起し、雇用前実習を経て週10時間での就労が実現した。環境や業務のマッチング、職場のサポートなどを考察し、企業と就労移行支援事業所の連携について発表する。 2 事例紹介 (1) ケース紹介 A氏、30代男性、診断名:脳挫傷、高次脳機能障害、性格は素直、社交的。怒りを感じにくい。「前職の営業に戻りたい。清掃は雑用。」 (2) 受傷~就労移行支援事業所利用までの経過 ・X-2年 大学卒業後、IT系の企業で営業職に就職 ・X年 交通外傷により脳挫傷を受傷、医療機関で治療 ・X+1~X+3.5年 リハセン入所~退所、自宅退院 ・X+3.5~7年 自立訓練利用、就労継続支援B型事業所 通所/地域活動支援センター併用 ・X+7年 CJ利用開始 (3) 企業紹介 S病院 約20名の障害者雇用経験あり。清掃を内製化しており、病棟やトイレ、屋外など様々な業務を実施。ご本人も回復期病棟に入院歴あり、当時のリハビリ状況を知る職員が多く在籍していた。 3 利用開始時の状況 (1) 社会生活状況 公共交通機関やスマートフォンの使用は自立。電車内での通話、前職の社長宛に突然メッセージを送信する等あり。 (2) 心身機能面 ・身体:四肢不全麻痺、体幹失調 独歩自立 ・高次脳:易疲労性、脱抑制、記憶・注意障害、病識低下 ・手帳:身体障害者手帳3級、精神保健福祉手帳1級 (3) 検査結果 ア Wais-Ⅲ(X+6年) 全IQ:64 言語性IQ:75 動作性IQ:59 言語性理解:84 知覚統合:70 作動記憶:94 処理速度:59(平均値は100) イ リバーミード行動記憶検査 標準プロフィール点:17点(軽度~中等度の記憶障害) 4 強みと課題の整理 ① 強み:「CJが最後の砦です」と強い就労意欲で休みなく通所。手続き記憶は定着しやすい。 ② 時間管理:通所途中、突発的に寄り道し遅刻する。 ③ 社会的マナー、ルールの順守:道端での唾の吐捨や信号無視。誰にでもすぐに年齢や結婚の有無、住所を聞くなど物理的心理的な対人距離が近い。 ④ 易疲労性:A氏の希望するパソコン訓練で頻回に入眠する。学習効果も得られにくい。 ⑤ 自己理解:今日伝えたことを翌日覚えていないなど注意や記憶の影響により日々の出来事が定着しづらく自己理解にも繋がりにくい。 ⑥ 対応:①④では、ピッキング等の立作業、仕切りを隔てた刺激の少ない環境では集中しやすいことが分かり、作業系の業務中心に就職活動を展開した。②③では、それぞれの場面で適切な行動とその理由を提示し、習慣化できるよう毎日繰り返し記録や書面を見せて伝え続けた。⑤では、自己理解の一助として一冊のテキスト1)を用いて継続的に学習を行った。 ⑦ 変化:②③では、習慣化により一部ルールを守って行動できるようになった。⑤では知的気づきに繋がった。 5 前職場での雇用検討実習 A氏と家族は以前のIT系の企業に再就職することを強く希望しており、折に触れて会社と連絡を取っていた。そこで、筆者から企業に協力を依頼し雇用検討実習が実現した。営業業務は難しいとの判断で、直接お客様に関わらない業務を切り出していただいたが、A氏が作業する前の業務準備は会社負担が多く、業務遂行スピードや正確性が企業水準に到達できなかった。また、衝動性にかられ上司にその日の実習の出来を確認するメッセージを送るなどしたため、総合的に判断して再就職の受入れは困難となった。 6 S病院との出会い S病院には、過去にCJから一名の障害者雇用が実現しており、関わりを通してKPがCJに来所する機会が複数回あり、その過程でKPがA氏のことを認知していた。 前述の再就職の実現が叶わず、作業系での就職へと舵を切ったが、ご本人の「清掃は雑用」という概念の修正が難しかったため、KPに働くとはどういうことか、必要なこ p.157 とは何かを話してほしいと無理を承知で依頼し、「面談だけなら」という条件で、お話をいただけることとなった。 (1) 企業からお話いただいた内容 ・仕事に上も下もない。今この瞬間を生きて。やりたい仕事ではなく、できる仕事をするのが大事。 ・スーツを着てパソコンをしても、中身が空っぽでは意味がない。どんな仕事でも一生懸命やる姿が格好良い。 ・あなたは今までたくさんの人にお世話になってきた。生かされた命で、今度はあなたが恩返しする番。 (2) ご本人の反応 ・約1時間の面談中、非常に集中して話を聞いた。 ・次々とメモを取り、意欲的な姿勢がみられた。 ・面談が終わる頃には「生き方を変えたくなりました」と発言するほどやる気になっていた。 (3) 企業からの評価 面談の中で変わっていくA氏の顔つきや態度を感じ取り、素直で一生懸命な姿勢から、実習を提案してくださった。 7 実習準備~企業実習 実習前の準備:用具をお借りし、モップ清掃や雑巾での拭き掃除練習を反復実施し、実習に備えた。 実習の状況は以下のとおり。 ・期間 8:40~10:40の1日2時間、計 8日間。 ・業務内容 社員食堂のモップ清掃業務。約100席の座席を出し入れし、机の下を清潔に保つ。 ・実習中の様子 業務に懸命に取り組む姿を評価いただいた。ご家族との面談の機会もいただき、両親はA氏の意思を尊重し、就労に賛成した。 8 就職後 通勤はCJが支援し、企業内での業務はS病院が担った。 (1) 業務内容のサポート ア 出勤 従業員通用口の定着 イ 勤怠 電子端末での打刻 ウ 更衣~用具の準備 エ 台車でのエレベーター移動 オ 清掃業務 椅子を引く→モップをかける→椅子を戻す、一連の動作で掃除した箇所がわかるよう、清掃が終わった座席の上にペットボトルキャップを置くチェック工程を加えると自己完結できるようになった。 (2) 業務以外のサポート ・他部署の人に話しかける ・業務遂行上、必要ないことを質問する 上記2点に関して、実習段階で予測できていた。企業による具体的で明確なフィードバックによりA氏は「良くないことをした」と理解しやすく、一定期間は同じ過ちをしないよう心がけることができるが、衝動性や記憶の低下から約1か月ごとに同様の症状がみられた。「高次脳機能障害は治るものではない。個性として受け入れています。」との言葉どおり企業も辛抱強く教示し、職員間での報告経路を整備するなど見事なナチュラルサポート体制が整っている。しかし、現在も症状は継続しているため、新たな手立てを模索している。 9 生活状況 ・就労時間:「もっと長時間働きたい」希望があったが、易疲労性の影響や雇用管理体制等を総合的に鑑み、現状の労働時間が適正だと判断している。 ・就労後の時間:CJ利用前に通所していた地域活動支援センターへの通所を再開した。生活リズムが確立した。 ・生活環境:両親と3人暮らし。将来のことを考えてグループホームへの体験入所も計画中。企業の後押しあり。 10 結果と考察 CJ利用開始から1年6カ月後に1日2時間、週10時間雇用が実現した。1年就労継続し、実業務は自己完結して行えているが、業務外場面での課題は継続している。今回の就業継続において重要であったと思われる要因として、 ① 企業による障害特性の理解と管理体制(人的、物的環境調整及び業務提供) ② 企業による細やかな業務サポート体制 ③ 本人の努力と反復動作による手続き記憶の定着 の3つが挙げられる。また、週所定労働時間10時間以上20時間未満で働く重度障害者や精神障害者の実雇用率への算定が法定雇用率上可能になったことの後押しも大きかった。 就職とその後の就労定着を安定していくためには企業の雇用管理に加え、就労移行支援事業所と企業が双方向で情報共有をし続ける関係性の構築も大切であり、今回もそのような関係性を築くことができたことは有難く、就労継続の一要因であったことが示唆された。 【参考文献】 1) 橋本圭司(監),朝日新聞厚生文化事業団(編):なるほど高次脳機能障害-だれにもおきる見えない障害.クリエイツかもがわ,2013年 【連絡先】 萩原敦 クロスジョブ福岡 TEL:092-753-6861 E-mail:hagihara@crossjob.or.jp p.158 受傷・発症から長期間(最長41年)経過し、自律的に社会生活を送る当事者への今後の支援のあり方について ○川原 薫(福山リハビリテーション病院 作業療法士) 橋本 優花里(長崎県立大学 地域創造学部/教育開発センター) 1 はじめに 我が国における高次脳機能障害者への支援は2001年にはじまった高次脳機能障害支援モデル事業により大きく飛躍した。しかし、2025年3月には、高次脳機能障害者への支援を拡充するための法律案(議員立法)の骨子に関する報道がなされ、社会参加という観点からは、高次脳機能障害の支援には多くの課題があることがわかる。 国立障害者リハビリテーションセンターが2007年4月に公開した「高次脳機能障害者の障害状況についての長期的追跡調査に関する研究」では、高次脳機能障害者が医学的訓練を終了した後の就労状況を調査するために、100名の追跡調査を実施した。その結果、就労者群では50歳代が多く、事務職、専門技術職に従事している者が多かった。一方で非就労者群については4割以上が再就労を望んでいたものの、退職後再就職できた者に比べ利用している相談機関やサービスは少ない傾向にあることが示され、高次脳機能障害者の就労に関する問題が浮き彫りになっている。 筆者の地域における支援活動においては、モデル事業当時関わった当事者で、現在地域で生活する方々から、個別やグループのつながりを求めて個人的な問い合わせが未だにある。このことは、当事者の継続的支援のニーズをあらわすものと考える。 以上のような状況を踏まえ、筆者らは受傷・発症から長期間経過した当事者たちがどのような状況に置かれ何を求めているかを明らかにして、今後の支援のあり方について検討したいと考えた。そこで、本報告は、自律的に社会生活を送る高次脳機能障害当事者に調査を実施し、現在の生活や仕事の状況、本人が残存すると感じる症状や困りごと及びあったらよいと思われる支援について個別に回答を求めた。そして、この調査結果から長期間経過後の当事者の置かれている状況と今後の支援のあり方について検討した。 2 当事者の現在置かれている状況についての調査 (1) 調査の方法 ア 調査対象 筆者が連絡可能な受傷・発症から長期経過した自律して社会生活を送る高次脳機能障害者23名。ここでいう「自律」とは、「就労をしている」および「就労はしていないが生活のために一人で行動できる」と捉えた。 イ 調査方法 個別に直接調査用紙を配布し自筆回答を求めた。自筆回答が困難な場合については、調査者が回答を聴き取り、代筆した。直接配布できない場合については、メールに調査用紙を添付し、回答の返信を求めた。 ウ 調査期間 2025年5月~7月 エ 倫理的配慮 本調査の実施に関しては、せいわ会福山リハビリテーション病院の倫理委員会の承認を得た(2025年5月)。同意書を作成し、調査の初めに調査の目的を説明し協力を依頼するとともに、同意しない場合には記入する必要はないことを伝えた。 オ 調査項目 ①個人属性として年齢、受傷発症からの期間、同居家族、障害者手帳の取得状況と種別と等級、就労状況について ②高次脳機能障害と思われる現在の症状の状況:記憶障害、注意障害、遂行機能障害、感情コントロール低下、欲求コントロール低下、対人関係の取りにくさ、言語理解や表出の難しさについて該当する項目に〇を付けて回答する形にし、最後にその他として自由記載欄を設けた。 ③今の生活のしづらさについて:特になし、仕事についての問題、経済的問題、家族的問題、孤立感について該当する項目に〇を付けて回答する形にし、最後にその他として自由記載欄を設けた。 ④今、あったらよいと思われる支援について:特になし、仕事についての相談窓口、生活についてのサポート、当事者の会、支援者とのつながりについて該当する項目に〇を付けて回答する形にし、最後にその他として自由記載欄を設けた。 (2) 結果 調査を依頼した23名全てから回答を得た。 年齢は30歳代が57%(13名)、40歳代が30%(7名)、50歳代が9%(2名)、60歳代が4%(1名)であった。受傷・発症からの期間は、10年以下が13%(3名)、11年から19年が43%(10人)、20年以上が43%(10名)で、最長は41年経過していた。生活の状況は、一人暮らしが17%(4名)、家族と同居が83%(19名)であった。同居家族の内訳は、親とのみが12名、親と兄弟が1名、配偶者のみが1名、配偶者と子供が3名、親と配偶者と子供が2名であった。障害者手帳の取得状況は、取得して更新しているのが87%(20名)、更新していないのが4%(1名)、取得していないのが9%(2名)であった。内訳は、精神1 p.159 級が3名、精神2級が7名、精神3級が6名であり、16名が精神保健福祉手帳のみの取得で、それ以外の5名は精神と身体のどちらも手帳を取得していた。日中の過ごし方は、96%(22名)が仕事で、4%(1名)がその他であった。 仕事をしている者の内訳は、一般雇用での正職員6名、一般雇用での正職員以外3名、障害者雇用での正職員が1名、障害者雇用での正職員以外6名、就労継続B型2名、自営業1名・一般雇用で正職員以外と自営業のダブルワーク1名、就労継続A型1名、芸術関係1名であった。また仕事をしている22名のうち、4名が復職で就労継続、11名が新規就労支援後に就労した会社に継続して働いており、7名が支援後、転職していた。 高次脳機能障害の症状として残っていると思われるものは、重複回答で上位から記憶障害83%(19名)・注意障害57%(13名)と感情コントロール低下が52%(12名)であり、対人関係の取りにくさと言語理解や表出の難しさが43%(10名)、特になしとの回答も9%(2名)いた。 今の生活のしづらさについては、重複回答で仕事に関しての問題が39%(9名)で最も多かったが、特にないと回答した者は次に多い35%(8名)だった。次に経済的問題が22%(5名)、家族的問題と孤立感二つに言及した者が17%(4名)だった。その他は13%(3名)で、自由記載には、先のことが考えられない、普通の人として生きられなくなった、障害者雇用ではなく正職員として雇われているがゆえ職場環境が厳しい、仕事がもらえないつらさ、脱抑制により人間関係が破綻すること、一家の大黒柱として出来ているのか不安、等が述べられており、逆に以前は理解してもらえなくて大変だったが上司が変わって働きやすくなったとの記載もあった。 今あったらよいと思われる支援については、重複回答で支援者とのつながりが35%(8名)、仕事に関しての相談窓口が30%(7名)、特になしが30%(7名)で、当事者の会が26%(6名)、生活についてのサポートが22%(5名)であった。その他13%(3名)については、受傷時に無年金であったために障害年金の受給がないことから、経済的支援を求めているもの、家族も含め障害を受け入れていくサポート、移動手段など福祉的サポートの充実があげられていた。 (3) まとめ 本調査の回答者は、年齢は30歳-40歳代が多く、受傷発症からの期間は11年以上が多かった。家族については親との同居が多く、配偶者がいる割合は2割6分、約4分の1であった。障害者手帳は取得して更新している者が多く、そのうち全員が精神の手帳を取得していた。日中活動は仕事がほとんどで、一般雇用が4割、障害者雇用が3割だった。高次脳機能障害の後遺症としては、記憶障害が最も多く、注意障害、感情コントロール低下が次に多かった。今の生活のしづらさは仕事の問題が最も多く、あったらよいと思える支援は支援者とのつながりが最も多かった。 3 調査結果についての考察 今回の対象者は高次脳モデル支援事業当時10代~20代の若者を中心として支援した当事者たちで、そのまま20年経過した状況を中心に調査した。親との同居が多いのは、経済的・精神的・食事の用意などに親を頼りにしていることがうかがえた。大半が精神障害者保健福祉手帳の更新を行っていて、制度の支援を必要としていた。 高次脳機能障害の後遺症としての症状については長期経過した今も多く抱えている様子がうかがえる。いずれの当事者も受傷・発症当初より多く表現することが可能となっている印象があり、これは社会経験を積んだ結果かと思われる。遂行機能障害に関しては意味が分からないという理由でチェックしない者もいたことから、症状に対する理解不足によって割合が低くなっている可能性も考えられる。生活のしづらさに関しては、特にない者と多くの悩みを抱えている者とに二分されており、生活のしづらさを抱えている65%(15名)の群には、相談や職場介入などの支援が必要と思われた。また、支援は必要ないという30%(7名)の群についても二分されており、安定した生活を送っているので支援は必要ないという4名と、現在支援を受けていて不自由がないため、特に支援はいらないという3名に分かれていた。後者には継続した支援が必要と思われる。 必要とされる支援として、支援者とのつながりや仕事に関しての相談先、当事者との交流や生活のサポートを求めていることがわかった。長期期間を経過しても周囲にわかってもらえない、生活や仕事のしづらさについての悩みを共有できないストレスを抱えていると思われた。各々の経験を語ることで自分だけではないこと、うまくいった対策などを知ることは、活力につながると思われる。ただ、当事者同士での交流の場などの運営は、計画的に行うことが難しく、その場を支える支援者の介入は必要である。こうした場をそれぞれの地域で実践するためにはピア・サポーターや支援者の養成が必要で、継続のためには組織的なボランティア活動に繋げていくことが必要ではないかと考える。 4 結語 本研究では、自律的に社会生活を送っている高次脳機能障害者を対象に、当事者本人の置かれている状況について、検討した。その結果、制度の利用や非利用はありつつ、当事者同士、社会生活を支援してくれた支援者との継続的交流を望んでいるということが明らかになった。 【参考文献】 1) 中島 八十一『高次脳機能障害者の障害状況と支援方法についての長期的追跡調査に関する研究』,厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 障害保健福祉総合研究2004-2006 【連絡先】 川原 薫  福山リハビリテーション病院 e-mail:kawahara@hiroshima-ota.jp p.160 高次脳機能障害を有する就労移行支援事業所通所者に対する刺激等価性理論に基づいた訓練の実施とその効果 ○岩村 賢 (株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 研究員) 齋藤 祥子(株式会社スタートライン FITIME渋谷) 刎田 文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 背景と目的 刺激等価性理論に基づく訓練は、障害児・者が言語・認知機能を獲得・形成する際に、有効な手段として利用されはじめている。また、刺激等価性スキルは、業務上のコミュニケーションや作業等、様々な職業場面での活用が必須であるスキルであると考えられる。 障害者リハビリテーション分野においては、刺激等価性スキルの獲得が不十分である、またはそれが後天的に失われてしまうことで、業務上の課題が生じてしまう場合も多くあると考えられる。私たちは、後天的に失われたと考えられる刺激等価性スキルでも、刺激等価性訓練を実施することで訓練できるのではないかと考えた。そこで、本研究では高次脳機能障害を有する成人を対象に、PC上で実施できる刺激等価性訓練の効果について検討することを目的とした。 2 方法 (1) 参加者 就労移行支援事業所に通所している、高次脳機能障害を有する50代の男性、Aさん。 (2) 訓練実施前における就労移行支援事業所での課題 対象者が通所する就労移行支援事業所の支援員から、就労に向けた課題点がいくつか挙げられた。 ア 口頭による指示理解の難しさ 口頭での指示の場合、指示全体の内容の理解が難しかった。口頭による指示では、最初か最後の一言のみで判断し、作業を進めてしまうケースが見られた。また、支援員が複数の用語を用いて口頭による指示を行うと、本人は「わかりません」と回答した。加えて、指示の理解があいまいであった場合には、次にとるべき行動がわからず、スマホを触るなどの不適切と判断されがちな行動が見られた。 イ 自身の状態や感情の表出の難しさ 自身の現在の体調や訓練の感想などを他者へ適切に表出することが難しく、支援員から具体的な質問を行っても「わかりません」と回答していた。 ウ メモ活用の難しさ 支援員からメモの活用を促された際にメモを取ることはできるが、その後に、メモした内容から必要な情報を検索・取得することはできなかった。 (3) 評価 訓練実施前後に対面で以下の評価を行った。 ア PCA PCAは言語・認知能力を評価するツール1)であり、刺激等価性/関係フレームスキルの訓練パッケージであるPEAK2)を基に開発されたアセスメントツールである。PCAは、D(直接体験学習)、G(般化)、E(刺激等価性)、T(関係フレーム)の4つのモジュールに分類されている。さらに、Tには、図版を見て正解を選択する形式の「理解」、音声の読み上げに対して音声表出で回答する「表出」の二つの評価モジュールが用意されている。本研究では、E、T理解とT表出の3つを用いて評価を行った。 (4) 訓練 ア 訓練実施期間 X年9月~X+1年11月までの15ヶ月間訓練を行った。 イ 訓練課題 PC上で実施できる刺激等価性理論に基づいた、見本合わせ訓練を実施した。課題は、PEAKの訓練パッケージを参考に作成した刺激等価性課題を用いた(図1)。 図1 PC上の訓練イメージ ウ 実施方法 Aさんは、平均して週に1回、1回30分から60分程度、PCを用いて訓練を実施した。基本的には参加者は単独で訓練を実施したが、正答が難しい課題については支援者が補完手段やプロンプトを呈示しながら訓練を実施した。 3 結果 (1) 訓練の詳細 Aさんは、累計で82課題に取り組み、平均正答率は89.3%であった。正答率が100%にならなかった課題については、支援者の解説や補完手段を用いて、テストで100%になるまで訓練を続けた。 p.161 表1 実施課題の詳細 (2) PCA結果 図2 刺激等価性スキルの変化 図3 関係フレームスキル(理解)の変化 図4 関係フレームスキル(表出)の変化 PCAの結果を図2~4に示した。モジュールEでは、推移律の得点が向上した。Tの理解は等位、階層を除き向上した。Tの表出は視点取得の得点は低下したものの、比較、区別、階層の得点は向上した。 (3) 訓練後の行動変化 課題点に関して支援員から以下の報告があった。 ア 口頭指示理解の難しさ 「わかりません」と以前回答していた内容に関しても、「どうやるんですか」と質問することができるようになった。また、指示の流れが理解でき、スマホを触るなどの行動はなくなった。 イ 自身の状態や感情の表出の難しさ 訓練中のグループワークでの感想を支援員に伝えるようになった他、使用する語彙が通所初期と比較して増加した。 ウ メモ活用の難しさ メモを利用することで刺激同士のつながりを理解し、必要な情報を検索できるようになり、それを他の課題でも活かすことができるようになった。 4 考察 (1) PCA-Eモジュールでの推移律の得点の向上 メモ等を活用する中で、複数の指示のつながりを理解し、衝動的に「わかりません」と回答するのではなく、考えたうえで回答できるようになった可能性が示された。結果として、自発的な質問ができるようになったと示唆される。 (2) 未訓練のTモジュールの向上 本研究では、刺激等価性訓練のみを実施したが、フレームごとの変化に差異が見られたものの、未訓練の関係フレームスキルにも向上が認められた。刺激等価性スキルの訓練により、障害受傷以前に獲得していた関係フレームスキルが、様々な派生的関係反応として引き出された可能性が考えられる。つまり、刺激等価性スキル訓練が関係フレームスキルの再獲得を促したことが示唆される。 5 本研究の課題点 就労に向けた面接において、準備をしていない質問について、うまく回答することができない、という課題が見られた。これは、相手がどのような意図で質問をしているのか、という視点取得の関係フレームの弱さに起因しているものと考えられる。刺激等価性の訓練を、より精緻に積み上げ、関係フレームに関する訓練の導入が必要であろう。 また、本研究では刺激等価性スキル訓練が関係フレームスキルの再獲得を促したと考察したが、再獲得のメカニズムの評価手法について検討を行っていきたい。 【参考文献】 1) Dixon, M. R. PEAK comprehensive assessment. Shawnee Scientific Press. 2019 2) Dixon, M. R. The PEAK relational training system. Carbondale: Shawnee 2014-2016 p.162 在職中の高次脳機能障害者の職場再適応に向けた支援技法の開発 ○熊谷 舞佳(障害者職業総合センター職業センター 障害者職業カウンセラー) 狩野 眞(障害者職業総合センター職業センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)では、高次脳機能障害者を対象とした支援プログラム(以下「プログラム」という。)の実施を通じて、高次脳機能障害者の就職、復職等に向けた支援技法の開発、改良及び普及に取り組んでいる。 本発表では、令和6(2024)年度から取り組んでいる「在職中の高次脳機能障害者の職場再適応に向けた支援」に関する技法開発について中間報告を行う。 なお、本技法開発における「在職者」とは、休職中の者を除く現に就業中の者を指す。 2 開発の背景 (1) 職業センターの支援技法開発に対するニーズ調査 職業センターでは、これまで主に求職者や休職者を対象としてプログラムを実施してきた。しかし、近年、地域障害者職業センターから「在職者にプログラムの利用を勧めたい」との問い合わせが度々寄せられるようになった。 このような状況の中、令和6(2024)年4~5月にかけて、地域障害者職業センター及び広域職業リハビリテーションセンター(以下「地域センター等」という。)を対象に、在職者への支援ニーズ動向を把握するためアンケートを実施したところ、「就職や復職の支援と比べ、在職中の支援のほうが難しい点がある」と回答した地域センター等が86%を占めた。 この結果を踏まえ、地域センター等及び専門機関へのヒアリングを行い、在職中の高次脳機能障害者への支援技法の検討を行うこととした。 (2) ヒアリングの実施 ア 地域センター等へのヒアリング 令和6(2024)年6~9月にかけて、28か所の地域センター等に対しオンライン形式でヒアリングを実施した。ヒアリングでは、在職者の支援に係る課題等について尋ねた。 イ 専門機関へのヒアリング 令和6(2024)年5月~令和7(2025)年5月にかけて、就労移行支援事業所、高次脳機能障害支援センター、医療機関等計7か所に対し、訪問またはオンライン形式でヒアリングを行った。ヒアリングでは、在職中の高次脳機能障害者の相談事例、在職中の高次脳機能障害者にあるとよいと思われる支援、高次脳機能障害に係る医療情報が判然としない事例への対応状況等について尋ねた。 (3) ヒアリング結果のまとめ 地域センター等及び専門機関へのヒアリング内容について、適応上の問題による「改善が望まれると思われる状況」と、この状況を改善するための支援が必要と思われるものの「支援介入の難しさ」にカテゴリー化し、以下のとおり取りまとめた。 表1 改善が望まれると思われる状況 表2 支援介入の難しさ 【支援端緒の掴みづらさ】 3 技法の開発と実施状況 ヒアリングを通して、本人・事業所が障害特性とこれに応じた対処方法をよく理解できていないまま仕事を開始したことで、業務遂行に問題が生じ、本人自身、職場も様々な努力をするものの有効性に乏しく、こういった状況が改 p.163 善されないまま、本人、上司や同僚を含む職場環境にも影響を及ぼす可能性がうかがわれた。また、このような支援が必要な状況にあっても、支援に対する本人の抵抗感、医療的側面からの高次脳機能障害に係る再評価の取得と情報共有、就業期間中にプログラムを受講することの社内規程上の取扱い等、本人、事業主が歩調を合わせて相談から支援者の介入に至るまでの過程においても様々な難しさがうかがえた。 そこで、在職中の支援においては、まず支援へつなげるきっかけを作ること、そして、事業主や本人が利用しやすい柔軟な支援体制等について検討することが必要と考え、今回の技法開発に取り組むこととした。 (1) 支援につなげる方策 事業所が高次脳機能障害のある従業員の状況を把握するツールとして、「相談シート:職場でこんなことに困っています」を作成した。このシートは、職業センターにおいて発達障害者向けに開発した支援ツール1)を参考に、1日の流れに沿って、高次脳機能障害者が職場で直面しやすい具体的なエピソードを取り上げている。 また、各場面に対する対処の工夫例なども記載し、「できない」と言いたくない本人との相談でも使用できる構成としている。本人が同じような困りごとの事例を知ることで、地域センター等の支援に対して前向きに捉えるきっかけとなるほか、ここで得た情報をもとに事業主が地域センター等と相談するといった活用もできる。 (2) 支援方法の検討に向けた現状の可視化 地域センター等とつながった後、本人と事業主及び支援者の三者が職務内容や職場環境について互いに齟齬なく情報共有ができるようにするツールとして、「職務内容と配慮事項の共有シート(仮)」を作成した。このツールを活用して、本人が取り組んでいる工夫、事業主が行っている配慮等の現状を可視化し支援の方向性について検討することができる。 (3) 支援の柔軟な実施 在職中の支援において、一定期間職場を離れて地域センター等へ本人が通所することの取扱いについて、就業規則等の社内規程との整合、本人の経済的な不利益を避ける配慮等から、現実的に選択されにくい状況があると思われる。在職者の職場適応に係る支援としては、支援者が職場を訪問して、職務遂行上の課題を分析し現場で支援を行うジョブコーチ支援が実用的だが、先の地域センター等へのヒアリングでは、通常業務と並行して、高次脳機能障害に係る補完手段や代替手段等集中的なトレーニングには限界があるとの意見もあった。 一方、職場から離れた環境で実施されるプログラムは、本人の特性を丁寧にアセスメントするとともに効果的な対策をじっくり講じることが可能である。このような環境では、本人も失敗を恐れず安心して試行錯誤を繰り返すことができる。 そこで、両支援のメリットを活かし、働きながらプログラムをスポット利用し、プログラム内で検討した対策を、職場でジョブコーチがフォローするというハイブリットな支援の試みを行っている。 (4) 本人の動機づけの向上 プログラムを受講した高次脳機能障害者からは、「自分と同様の状況にある当事者の取組を聞いてみたい」といったニーズが多く寄せられる。いざ仕事を開始すると、日々の葛藤や不安が生じても、それに対する他者の体験的知識やロールモデルを得る機会は少ない。専門機関のヒアリングにおいても、当事者交流の機会は、プログラム終了後に働き始めた人へのフォローアップ支援として、また、支援に対して抵抗感がある人を支援につなげる手段としても期待できる支援策であるとの意見があった。職業センターでは、在職者を対象としたグループミーティングを試行している。 4 まとめ 令和4年生活のしづらさなどに関する調査(在宅障害児・者等実態調査)2)によると、日中の過ごし方について回答した19~64歳の高次脳機能障害者14万1千人のうち、一般企業で働いている(障害者雇用を含む正社員・正社員以外)と回答した者が3万3千人(23.4%)であった。雇用分野における障害者に対する合理的配慮の提供義務、障害者の法定雇用率の引上げに加え、65歳までの雇用確保措置の義務化、70歳までの就業確保措置の努力義務化といった法律に基づき事業主に様々な対応が求められている中、高次脳機能障害者に占める中高年層が好発年齢である脳血管障害の後遺障害等としての高次脳機能障害がありながら働き続ける者の比率も増えていくことが考えられる。高次脳機能の障害は、実際に職場で働いてみないと判然としないことも多い。問題が把握されたとき、職場や本人・家族だけで抱え込むことなく、適切な支援に繋げることができることが重要である。 本取組に係る成果物は、令和8年3月に発行する予定である。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センー職業センター『発達障害を理解するために2~就労支援者のためのハンドブック~』,「支援マニュアルNo.7」付属リーフレット 「発達障害について理解するために ~事業主の方へ~」(2012) 2) 厚生労働省統計「令和4年生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等実態調査)」 【連絡先】 障害者職業総合センター職業センター開発課 e-mail:cjgrp@jeed.go.jp Tel:043-297-9044 p.164 就業中の高次脳機能障害者に対する効果的な支援に関する一考察 ~医療機関や障害者職業総合センター職業センターとの連携事例~ ○西山 充洋(千葉障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 狩野 眞(障害者職業総合センター職業センター) 1 はじめに 地域障害者職業センターでは、あらゆる障害のある方や事業主に対して、就職や職場復帰・職場定着を目指した支援を行っている。 本発表では、支援者が職場に介入し、環境調整を試みた就業中の高次脳機能障害者に対する効果的な支援について報告する。職場の理解を得るために、千葉障害者職業センター(以下「千葉センター」という。)のジョブコーチ支援(以下「JC支援」という。)と並行して障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)の高次脳機能障害者の支援プログラムも活用しながら、医療機関を含む専門機関と連携して本人が職場で取りうる対処や職場への特性の伝達等に係る支援を行った内容を振り返り、効果的な支援のあり方について考察したい。 2 支援事例の概要 対象者及び千葉センターの支援に至る経過及び当初実施した支援内容は表1のとおりである。 支援のニーズとして、現状の把握・分析を行うこととあわせて、勤務時間の延長についても希望していたが、時間延長による負荷を上げた際の疲労の確認やその対処検討等については、職場内での試行錯誤による影響を最小限にとどめるため職業センターの活用についても提案を行った。 表1 支援対象者及び千葉センターの支援の概要 3 職業センターと連携した支援について (1) 職場内での支援 ~千葉センターのJC支援の活用~ JC支援では、Aさんが日常的に記録している業務日報をもとに、職場で実際に従事している業務内容(種類、量)、所要時間、体調や疲労の変化、業務をする中で気づいたことについて情報収集を行った。これらの情報収集を通じて、業務量・業務時間と疲労の関係性、曜日や時間帯による体調の変化等を振り返り、Aさん自身の気づきをまとめ、その結果をAさん、Z社の担当者と共有した。実状に応じたさらなる対処の検討については、今後の課題として残ったため、職業センターの支援プログラム及びJC支援フォローアップを活用して検討することとした。 (2) 職場外での支援      ~職業センターの支援プログラムの活用~ 勤務時間を延長して収入を増やしたいというAさんの希望があり、時間延長に伴う体力や脳疲労の状態把握や、易疲労への対応策が検討できるとよいと思われた。そこで、働きながら表2に示す職業センターの支援プログラムを利用する計画を、Aさん及びZ社に提案し、両者から同意が得られた。 表2 提案した職業センター支援プログラムの支援計画 p.165 支援プログラムを受講し、午前から午後にかけて作業に取り組むことは可能だったが、午前中に取り組んだ作業内容が思い出せない等、短時間の作業の中では見られない疲労のサインが現れた。一方、グループミーティングや個別相談等、人と話をする時間は疲労の感じ方が異なり、「すっきりする感じがする、とても楽しい」と話されていた。Aさんにとって、安心して人と話せる場は、仕事と生活の両立のために効果的であるという可能性が確認された。 また、グループミーティングで、職場に対し障害について説明したという他の受講者の話を聞き、Aさんから「事業所にも高次脳機能障害について知ってほしい、ちゃんと伝えたい」という思いも聞かれた。そこで、職業センターと千葉センターが協同で、ナビゲーションブック(自己紹介シート)の作成と事業所へ伝える支援を行うこととした。支援終了時、ナビゲーションブックに基づき障害について説明を受けたZ社からは「しっかりAさんの特性がまとめられていて、このような機会があったのはよかった」と感想が述べられた。支援プログラムを終えたAさんは「プログラムを復職前に受けられたらよかったなと思う、参加できてとてもよかった」と感想を述べていた。 (3) 自立した生活を目指した支援の検討 Aさんの「自立したい」という思いをより具体的に実現できるような支援として、職場に対する働きかけや調整だけでなく、職場外で当事者同士が交流できるグループ活動での情報交換・福祉サービスの利用や日常生活(住まい、金銭管理等)に関する相談ができる地域の支援機関についてAさんに情報提供を行った。具体的には、市区町村の基幹相談支援事業所等の提案、相談や登録への同行を通じて、Aさんの今後の働き方や希望する職業生活に近づけるよう調整を行った。 4 考察 職業センターや地域の支援機関と連携して就業中の高次脳機能障害者に対して支援を行った事例を振り返り、効果的だったと思われる支援のポイントは以下の通りである。 ①職場内支援+職場外支援の有効性 職場に訪問して支援を行うJC支援を活用することで、実際の職場環境や職務の遂行状況、疲労具合等、多角度から客観的な情報を得て状況把握や課題について分析することに役立った。職業センターを活用した職場外での支援では、職場では試しづらい負荷(時間)や様々な職務、設定を試行する中で生じる作業への影響や疲労具合を確認し、対応方法を試すことができた。安心して試し、確認を行うこと、対応可能な職務内容や対処、環境について検討できること、その結果、有効だったことやできたことを確認できた経験はAさんにとっての自信になるとともに、Aさん、事業所双方にとっての安心感の向上や今後の働き方を検討する現実的な材料提供の機会として有効と思われる。 ②個別支援だけでなくグループワーク(講座等)を実施することによる「グループの力」の活用 Aさんは、他の高次脳機能障害者と交流し、話をする機会がこれまでにはなかった。グループワークを通じて、近い境遇、同じ高次脳機能障害者の困り感や、工夫されている対処、得ているサポート等を聞くことは、Aさんにとって、自身の特性や取り組んでみたい対処等、気づきを得ることのできる重要な役割を果たしたと思われる。 ③ナビゲーションブックの作成と活用 Aさんの「事業所にも高次脳機能障害について伝えたい」という思いをもとに「ナビゲーションブック」の作成に取り組んだ。取り組む過程では、各種支援を通じてAさん、支援者が気づいたことを共に貯めて共有することができた。また、「誰に、何を知っておいてほしいか」というAさんの思いに基づき、Aさんの言葉で自身の特性について言語化し、会社にあらためて伝えることができるコミュニケーションツールとしても、「ナビゲーションブック」の活用は有効だと思われる。 ④地域の関係機関との連携による支援 医療機関からつながる復職ケース等と異なり、復職もしくは就職後何年か経っている在職中ケースの場合は、医療情報等を得ることが難しいことがしばしばある。医療機関と連携することは、多角度からの情報を集め、高次脳機能障害者を理解することに役立った。また、課題によっては、職場に向けたアプローチだけでは解決できないこともあり、様々な地域の関係機関、家族等との連携が必要なこともあるが、これらの情報、地域資源をつなぐことも千葉センターにできる役割の一つであると考えられる。 これらの職業リハビリテーションサービスの強みを地域の医療機関等に知ってもらい、今後の支援に活かしていくことが、就業中の高次脳機能障害者に対して効果的な支援を行うためには大切だと考える。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター職業センター『高次脳機能障害者の自己理解を進めるための支援技法の開発』,「実践報告書No.42」,(2025) p.166 自閉症スペクトラムのある方の短時間雇用に向けた支援実践 -構造化支援と企業連携の実践報告- ○濱田 侑希(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺 職業指導員) 濱田 和秀(特定非営利活動法人クロスジョブ) 1 はじめに 本報告は、療育手帳A判定で、意思疎通や行動面に特性があり、日常的に継続的な支援を必要とする方が一般企業での就職を実現した支援事例である。厚生労働省の令和5年度調査1)では、知的障害者の雇用者のうち重度に該当するのは11.8%に過ぎず、療育手帳A判定交付者全体2)に占める就労率も推計15〜16%程度に留まっている。 このように「一般就労が難しい」とみられがちな対象者への支援において、支援機関と企業がどのように連携し、就労移行支援の取り組みを通じて形成されていった対象者の「働きたい気持ち」に寄り添い、就労の実現へとつなげたのか、その実践内容を報告する。 また本事例では、家庭療育・構造化支援・短時間就労制度など、さまざまな資源が連携・活用された。障害特性により制限されるのではなく、特性に応じた支援環境を構築することが、就労という社会参加を可能にする道であることを示したい。 2 方法 (1) 対象者 タロウさん(仮名)、20代、男性。自閉症スペクトラムを伴う知的障害があり、療育手帳A判定を所持している。発語は限られ、意思疎通は絵カードやクローズドクエスチョンを用いる。視覚的情報を通じて理解しやすく、終わりの見える作業に安定して取り組める特性がある。 2歳になっても発語が見られず、2歳6か月で健診を受診。3歳1か月時に自閉症スペクトラムの診断を受け、家族は支援機関で対応を学び始めた。地域の専門機関において1年間の療育的支援を受けた後、家族が継続的な専門支援の必要性を感じ、合同会社「オフィスぼん」の専門家から月1回の指導を受け、幼少期から高校卒業まで継続的に支援を受けた。 また、家庭でも視覚的構造化を取り入れ、本人が「理解できる環境」の構築を行い、「できることがある」と実感できるよう支援が積み重ねられてきた。その結果、高い自己肯定感が形成されて挑戦する姿勢が本人の中で育まれた。 (2) 準備期のアプローチ 就労移行支援事業所では、まず20種類以上の作業を試し、対象者の得意・不得意を把握した。 特に混乱の要因であった「見通しのなさ」や、周囲の環境刺激による集中の困難さに注目し、作業環境の構造化を実施した。具体的には、視覚や音などの刺激が少ない個室を用意し、静かな環境で安心して取り組めるよう配慮した。 作業内容についても、自閉症の学習スタイルに合わせた視覚的構造化を行った。たとえば、カラーボックスの上段から下段へ順番に作業を進めることで、完了の見通しが立ちやすくなるよう工夫した。また、1日の活動内容はカードで視覚的に提示し、「次に何をするのか」「どこで終わるのか」が理解できるように支援した。 このように、対象者が「これならできる」「自分にも役割がある」と感じられるよう、安心して取り組める環境整備と見通しのある支援を丁寧に重ねていった。 また、生活面では信号の待ち方や渡り方の支援、対人面では人に突然触れてしまう行動への対応支援を行うなど、日常生活での安定した行動を目指した取り組みも並行して実施した。 写真:作業環境の構造化 (3) 企業開拓 企業開拓は、ハローワークの求人情報に加え、対象者が通勤可能な範囲(電車の複雑な乗り換えが不要なエリア)にある企業を中心に、電話でのアプローチや訪問を行った。合計で約130社に対して開拓活動を実施した。 その過程で感じたのは、「言葉によるやり取りが難しい」という特性への受け入れ姿勢をもつ企業が極めて限られているという現実であった。それでも、対象者に合った実習先を探し、3社の企業実習を実現した。 (4) 職場調整 就職先企業に対しては、対象者の「言葉によるやり取りが p.167 難しい」という特性に対し、不安の声があった。そこで、視覚的な支援ツールの活用や、作業工程の細分化、短時間勤務の設定など、具体的な支援方法を説明した。また、勤務形態として「1日2時間の短時間勤務」「業務の切り出し」「支援者の同行」を提案し、実習へのハードルを下げた。 実習期間中は、対象者の行動や支援内容、安定状況を日報形式で毎日企業に報告。こうした情報共有が企業内での安心感につながり、人事部からは「支援があれば任せられる」との評価を得ることができた。実習を通じて、企業としては雇用に前向きな判断が進められていた。 一方で、最終的な雇用判断を担う店舗の店長からは、実習後の面談において「店舗業務は忙しく、本人に丁寧に関わることができない。そういった部分で、他の企業の方が本人にとって良いのではないか」といった善意からくる助言があった。この発言の背景には、対象者の特性への不安や、丁寧に対応できないことへの配慮の気持ちがあったと考えられる。 これに対しては、「そうした配慮が保護的な思考となり、結果的に本人の可能性を狭めてしまうこともある」と丁寧に説明し、就職後の支援体制についても具体的に提案した。   その結果、店長も理解を深め、企業全体として挑戦の場をともに築いていく姿勢が固まり、就労移行支援事業所利用30か月で雇用が実現した。 3 成果 雇用後11か月経過した現在、対象者は週5日・1日2時間の短時間勤務で、公共交通機関を利用して1人で通勤している。勤務先では、業務工程を視覚的に提示することで、ほぼ支援なしで安定して作業に取り組むことができるようになった。さらに、定着支援としてジョブコーチを導入し、企業との定期的な情報共有や課題の整理を行うことで、本人が安定して働ける環境を維持している。 企業側からは「毎日変わらず出勤し、着実に仕事をこなす姿が社内の雰囲気にも良い影響を与えている」との評価を得ている。 当初は「支援があれば任せられる」と考えていた企業においても、実際の勤務を重ねる中で、本人が自立して作業を遂行できることが明確になり、「本人自身の力で業務を担っている」という認識へと変化していった。 そのような企業評価の変化と呼応するように、就労の継続を通じて、対象者自身にも内面的な変化が表れた。 ある日、店舗で朝礼の開始が遅れた際、対象者は落ち着いた様子でチーフに「朝礼、ない?」と自ら声をかけた。これまで、場面に応じた質問をするようなコミュニケーションはほとんど見られなかったが、この日は状況を適切に捉え、自ら確認するという行動をとった。チーフは「本人とコミュニケーションがとれていることに感動した」と語り、本人の成長を実感する出来事として共有された。 こうした変化の背景には、日々の通勤や勤務を継続する中で、「自分の役割を果たしている」という実感が積み重なっていったことがあると考えられる。まさに、就労という経験が対象者の内面に肯定的な影響を与え、「意欲が能力を引き上げる」ことを体現するエピソードであった。さらに、就労を通じて対象者の生活面にも肯定的な変化が生じている。「ありがとう」「ごめん」といった言葉のやりとりが増えたほか、時間やお金に対する意識の向上、身だしなみやルール遵守といった社会的スキルの獲得も見られるようになった。毎日決まった時間に通勤し、自分の役割を果たす経験が、対象者にとっての達成感や自己肯定感の向上にもつながっている。 4 考察 療育手帳A判定で、意思疎通や行動面に特性があり、日常的に継続的な支援を必要とする方においても、特性理解に基づく支援環境の構築や、家庭療育、企業との丁寧な対話と連携を通じて、安定した就労は十分に可能であることが本事例から明らかになった。 就労の可否を「できないこと」から判断するのではなく、「できること」「できそうなこと」を丁寧に見極め、環境や支援の工夫によってその可能性を広げていくことが、支援者の重要な役割である。 また、企業側が抱える不安や固定観念に対して、支援者が根気強く働きかけ、本人の可能性を信じ続けることは、就労に向けた大きな推進力となる。支援機関・家庭・企業が三位一体となって歩むことで、「特性があっても働ける」から、企業が「特性が職場に良い影響を与える」存在として捉えるようになる支援を重ねることは、社会全体が「特性=欠点ではない」と理解する基盤にもなる。 本事例は、「誰にでも働ける可能性がある」という理念を、具体的実践をもって示すものであり、今後の障害者雇用のあり方を考える一助となることを願う。 発表を通じて、障害の重さだけで可能性を判断せず、一人ひとりの持つ力を信じて支援を重ねていくことの大切さを、広く社会に問いかけたい。 【参考文献】 1)厚生労働省『令和5年度障害者雇用実態調査結果の概要』(2024) 2)厚生労働省『療育手帳所持者数(全国)』(2023) 【連絡先】 濱田 侑希 就労移行支援事業所 クロスジョブ堺 e-mail:y.hamada@crossjob.or.jp p.168 芸術(音楽)領域における知的障がい者の職業リハビリテーションに関する実践報告 ○佐々木 浩則(株式会社ヤマハアイワークス 専任ジョブコーチ) 1 はじめに 本報告は、知的障がいのある個人(以下「本人」という。)の音楽活動が、いかにして天職へと育まれたか、その具体的プロセスを振り返るものである。本人の主体性と父親の伴走支援が相乗効果を生み共働・共生へと昇華した結果、ピアノ即興演奏は本人にとって「生きることそのもの」となり、「自分のピアノカフェを持つ」夢を実現した。この実践を通じて、音楽活動における職業リハビリテーションの意義と可能性の一端を明らかにしたい。 ※本報告は、本人の同意を得て公表するものである。 2 音楽を通じた初期発達と自己肯定感の醸成 (1) ピアノの手ほどき(小学1年生~) 教師との連弾形式の教材を用いることで、本人は簡単な音を弾くだけで豊かな音楽体験を享受できた。このポジティブな学習体験は、音楽と協働作業への興味・関心・意欲を高め、達成感、自己効力感、継続的な学習意欲、他者への信頼感や感受性を育む基盤となった。 (2) 即興演奏遊び(小学2年生~) 即興演奏は、本人と父親による「音と言葉のキャッチボール」として始まった。本人が自由に音を鳴らし、父親がその音から浮かんだイメージを言葉で伝えることで、イメージの言語化を苦手とする本人と父親の間に豊かな音楽世界が創造されていった。本人は今もなお、ただ無心に演奏し、聴く人が心に様々なイメージを浮かべる。その共同作業を大切にしている。 この活動は、練習や指導のない「安心できる本番」の連続であり、常に自己表現が受容される環境を提供した。その結果、本人は緊張することなく集中して伸び伸びと演奏し交流する姿勢を身につけた。この姿勢は音楽活動に留まらず日常生活にも影響を与え、非認知能力が内発的な動機付けと自己表現の喜びを通じて育まれた。これらが将来的な演奏活動の基盤となり、天職(特に生きがいと自己実現の側面)へと繋がった。 (3) 鑑賞活動を通じた自己選択能力の育成(小学3年生~) 音楽CDを一緒に聴き、多様なコンサートに親子で参加する中で、音楽をどのように表現し、共有し、心を動かすかを無意識に体験する機会が増えた。徐々に本人が単独でコンサートに参加するようになり、また音楽関連の映画やDVD鑑賞を通じて「人と音楽の関わり」への理解を深めた。最終的には鑑賞する音楽や映像を本人が自ら選択するようになり、多様な興味・関心、社会性、適応能力、そして自己選択・自己決定能力が育まれた。 3 社会的交流と専門性向上のための活動 (1) セッション参加と演奏交流(中学2年生~) 様々な音楽ジャンルのセッションに参加してアンサンブルの楽しさを経験した。その中で簡単なコードでの演奏方法を習得し、先輩の演奏を模倣することで表現の幅を広げた。美術・演劇などとのジャンルを越えたコラボレーションや地域を越えた活動は、ニュージーランドにおけるワーキングホリデー中のストリート演奏や現地イベント出演にまで広がった。オリジナリティ溢れるピアノ即興演奏は、見知らぬ土地での長期滞在交流の大きな支えとなった。 (2) 全人的アプローチによる人間力の醸成(小学5年生~) 剣道やフットサルは、体力や集中力だけでなくチームワークやレジリエンスを育み、これらが音楽のダイナミズム、他者との協調、困難な状況でのパフォーマンス維持に繋がった。 旅や社会交流活動を含めて父親は多くの場に一緒に参加して体験を共有し伴走支援した。これらが音楽活動の質を高め、また多様な場で役割を担うことで、演奏活動は天職として社会とつながる手段となった。以上の「全人的アプローチ」による「総合的職業準備」により、共働力や人間力といった音楽活動全体の土台となる能力が培われた。 (3)専門的な音楽学習(小学6年生~) 専門的な初歩指導を受け、音楽専門学校高校科への進学後も多様なジャンルの音楽を積極的に学んだ。進学以前の活動により興味・関心・意欲・態度が育っていたため、高校進学後の厳しいレッスンにも意欲的に取り組み、高い学習意欲、困難への適応力、多様な学習方法への対応力、協調性が育まれた。以上により、これまでの活動で培われた基礎能力が、より専門的かつ実用的なスキルへと発展し天職の基盤となった。 4 職業的アイデンティティの確立とキャリア形成 (1) 父子共演を通じた実践的職業能力向上(中学3年生~) 父子共演を、被災地を含む様々な場で行った。その中でも特に「葉っぱのフレディ(朗読とピアノ)」を生涯にわたる活動演目と位置づけた。朗読とピアノを重ねず交互に演じることでピアノの自由度を確保し、後に本人が朗読と演奏の両方を担当することも可能にした。この物語から p.169 「父が亡くなっても独りではない。いのちは永遠につながっている」と本人が実感することを願っている。これらの活動は、これまでの個別の成長を集大成し、共働・共生の実践的な職業能力と職業人生観、社会貢献意識を育む機会となった。 (2) プロフェッショナル基盤の構築(高校2年生~) 多様な演奏を様々な場で楽しむ経験を経て、リサイタルを定期的に開催するようになった。初回は即興ソロ演奏とバンド演奏の二部構成であったが、回を重ねるごとに本人が選曲やMCも担当し、ソロリサイタルもできるようになった。多様な形式(ソロ/コラボ、オンサイト/オンライン、有料/無料など)で継続している。以上により、これまでの音楽活動で培われた能力を総合的に活用し、プロフェッショナルとしての基盤を築いた。 (3) 作品制作を通じた自己再構築と職業的アイデンティティの確立(23歳~) 知的障がい診断を受容できずパニックになり入退院を繰り返した経験から、父親は「このままでは息子の人生が終わってしまう。始めないと始まらない」とレコーディング/CD制作を決意した。精神的な危機の中で、心に嵐が吹き荒れるワンパターンな即興演奏では作品にならないためジャズを中心とした選曲を行い、内向的なエネルギーに満ち研ぎ澄まされた演奏が生まれた。またレコーディング前日にリサイタルを行うことで演奏の完成度を高めた。その後は即興演奏を中心に、回復過程の生き様を記録するオリジナルなアルバム制作を続けている。 即興演奏は本人の主体的世界であり他者からの指導やアドバイスを必要としない。この活動は、精神的な危機からの回復を目指す自己再構築の過程で、創造性、プロフェッショナル意識、目標達成能力、そして自己の生き様を表現する職業的アイデンティティを確立するために重要な役割を果たした。回復してからではなく「回復途上にあっても、音楽と心は深まる」ことを実感して支援を続けている。 (4) ピアノカフェとインターネット配信による持続可能なキャリア形成(28歳~) パニック症により外出が不自由な状況で本人自身が考えた「自分のピアノカフェを持ちたい」という夢をきっかけに、既存のカフェを引き継ぐことになった。但しこれは、本人の夢を深掘りし、健康状態と生活状況を考慮した結果、一般的なカフェ営業ではなく、プライベートスタジオとして友人との交流や演奏を行う場となった。 父親の「自由にピアノカフェを続けるためにも、今こそ働こう」という言葉が本人の就職を後押しし、パニックでバスに乗れない本人は「自動車が運転できれば安心して通勤でき働ける」と意欲を高めて免許を取得し就職した。現在では定職を持ちながらカフェからピアノ演奏をネット配信し、グローバルな交流を目指している。この活動は、これまでの経験を統合し、自身の夢を起点に現実的な状況と摺り合わせながら就労を実現し、さらにデジタル技術を活用して自己表現と社会参加の場をグローバルに拡大していく、持続可能なキャリア形成の新たな形を創出している。 5 結び 本報告で示したプロセスは「生きづらさを抱えるわが子を、音楽の力で幸せにしたい。一緒に幸せになりたい」という父親の強い思いが、都度の選択と積み重ねを生み出したものである。その中で、本人のピアノ即興表現が聴く人の心に「働きかけ」、その価値が明らかになるにつれて活動が広がり、対価や報酬が発生した。 「仕事の価値は相手が決めるもの、報酬は金銭に限らない」という考えのもと、無料から有料までご縁に応じて活動を続けている。より高次の普遍的な目標である「幸せにしたい、一緒に幸せになりたい」という共働・共生・ウェルビーイングの追求が、多様で継続的な活動を生み出した結果として、音楽が本人の天職となった。 この実践は、個人の「幸せ」と「生きがい」を追求するプロセスにおいて、芸術活動がその強力なツールとなり得ることを示している。そして、共働・共生・ウェルビーイングを目指すことが、知的障がいのある人の持続可能なキャリア形成と豊かな社会参加を実現するための鍵となることを実証した。 以上の成長の大半は、本人も周囲も知的障がいを認知・意識しないリスキーかつインクルーシブな環境で実現した。その後17歳で受けた障がい診断を受容できず2次障がいとしてパニック症を発症した。「息子と同じ世界で生きたい」とジョブコーチになった父親をはじめとする医療・福祉・雇用の専門支援チームをもってしても回復の道は成長と比べて遥かに険しい。自尊心と社会への信頼を回復し、ピアノカフェを、地域に根差すと同時にグローバルな活動・発信拠点として安心して暮らすためにも、共生社会の実現を目指したいと考えている。 【連絡先】 e-mail: hironori.sasaki@music.yamaha.com 【演奏映像】 http://www.youtube.com/@yupa2025 p.170 障害者×スポーツ体験=無限大 ~スポーツから広げる多様性文化の創造~ ○井上 渉(就労移行支援事業所INCOP京都九条 代表) ○境 浩史(株式会社島津製作所 人事部 シニアエキスパート) 1 概要 就労移行支援事業所INCOP京都九条(以下「“INCOP”」という。)は、京都駅から徒歩10分に位置している。弊社は、井上の京都市立支援学校での進路指導主事としての経験を活かし2023年2月に開所した事業所である。社訓に「やってみよう!」を掲げ、生の経験・体験の機会を重視した「超実践型トレーニング」を利用者に提供している。また、就労だけでなく、生活、余暇を含めた「WorkとLifeのINCOP」を目指し、日々サポートしている。知的障害や発達障害のある利用者が多く在籍している。 その中で、2023年9月より株式会社島津製作所ラグビー部「SHIMADZU Breakers」(以下「“Breakers”」という。)との連携を開始し、「スポーツを通した就労支援」に取り組んできた。“Breakers”は社会人チームとしてトップウエストAリーグにて活躍しているラグビー部である。”Breakers”との関わりを中心にしながら、活動の広がり、利用者の学びや成長について紹介したい。 2 「SHIMADZU Brakers」との連携のきっかけ 株式会社島津製作所とは、代表が特別支援学校勤務時からつながりがあり、実習、雇用と連携していた。また、島津製作所が主催した障害者向けのテニス教室実施でも連携をしていた。 “Breakers”では、スタッフが少ないため控えの選手が試合会場の準備や試合中の水分補充をしていて、ウォーミングアップが十分できていない状態の中、途中交代で試合に入るような状態であった。 “Breakers”のニーズ ・選手が試合に集中したい ・ホームゲームの運営を充実したい “INCOP”のニーズ ・利用者の体験の場を増やしたい ・スポーツで見識を広げたい “Breakers”と“INCOP”のニーズを組み合わせ、まずは、ホームゲームの準備、片付け、また試合中の選手の水分の補充といった試合中のサポートを“INCOP”とともにやってみようとスタートした。 3 活動の軌跡 2023年秋シーズンからの連携で、2シーズンを経過し、2025年11月は3シーズン目を迎える。印象的な事例を紹介する。 (1) エピソードとのその含意 ア 理解を深める 連携することは決まったものの“Breakers”の選手・コーチ陣は、障害理解が十分でないということもあり、「何ができるのか」「どこまで頼んでいいのか」と不安があった。事前に打ち合わせはするものの、はじめは当日、現場でチーム、利用者、支援者で都度相談しながら活動を進めていった。しかし、未知からくる不安は、関わりをもつことで既知になり、できること、難しいことも自然と洗練されていき、役割の定着につながった。さらに役割を果たすことで、信頼につながり、初めは依頼されていなかった受付での業務や試合写真の撮影、花道や円陣への参加といった役割の拡大にもつながっていった。 イ 作業を改善する 試合中の水分補充で、水とスポーツドリンクの2種類のタンクから黒い目印で判別しながらボトルに入れていく、という工程がある。「目印がある方がスポーツドリンク」を間違う、判別に時間がかかる利用者が多かった。ある利用者から、「スポーツドリンクの補充のタンクに同じ印をつけたらわかりやすくなるのでは」と提案があった。その意見を“Breakers”側に伝えるとすぐに対応していただけた。すると、利用者の作業効率が格段に上がり、スムーズに水分補充できた。このことが、利用者の自信につながったことはもちろんであるが、“Breakers”にも「ちょっとした工夫をすれば色々なことができる人たち」と認識してもらう大きなきっかけになった。 写真:目印の工夫 ウ 連携作業を学ぶ 作業の多くは、複数名でないとできないため、声を掛け合って動く必要性が生まれる。また、“Breakers”の選手・コーチ・スタッフとも連携する必要があり、報告・連絡・相談などを瞬時におこなう場面も多く存在する。そのことが、声を掛け合う習慣を身につけ、協力する力を養う場にもなっている。普段はおとなしい方が、まわりに声をかけながら活動を支えている場面が見られたり、少しずつ声を出そうと頑張ったりという成長が見えている。 p.171 エ 視野を広げる 利用者のほとんどはラグビーのルールを知らない状態で活動をスタートしている。はじめは、いつ点が入るのか、どういった状態なのかもあまりわからないまま活動していることも多かった。活動を重ねることで、試合の動きが分かるようになり、見通しを持って活動できるようになるだけでなく、ナイスプレーに歓声をあげられるようになり、水分補充を忘れて試合観戦に集中する利用者もいるほど、チームを「支える人」そして「応援する人」に「成長していく」様があった。 オ 誇りを感じる “INCOP”の利用者は“Breakers”のチームカラーにちなんで「レッズ」という愛称をもらって、チームの一員として位置付けられている(今年度から公式資料にも明記していただいている)。「レッズ」としてチームの一員としての位置づけが、利用者の帰属意識を高め、一種の誇りを感じている方もいて、そのことが一層の自己効力感を得ることにつながっている。 カ 関係を深める 当初は、活動の取りまとめとなるコーチ陣との連携がほぼであったが、回数を重ねることで、他のスタッフ、選手から直接声をかけられる事が増えた。ちょっとした「こっち手伝って」を気兼ねなく声をかけてもらえることは、互いの信頼関係、“INCOP”の利用者への理解が高まったからであると感じている。 また、過去2回、京都で開催される田んぼラグビーにも“Breakers”と“INCOP”共同で出場した。その場でも選手、コーチと利用者が一緒にプレーし、泥にまみれて、関係も深める機会になった。 キ 就労につながる この活動を通して、「“INCOP”の利用者ならこんなこともできるのでは?」と島津製作所グループ内で障害者雇用の職域が広がり、実際に“INCOP”の利用者も就労している。“Breakers”の選手も職場の上司として在籍し、ラグビーを通して培った信頼関係が新しい職域、職場にもつながっている。 (2) 現在の活動 主に準備・片付けと試合中の活動に分けられる <準備・片付け> ・選手・関係者用のテントの設営(撤収) ・応援席の設営(撤収) ・キッズエリア(キックターゲット等)の設営(撤収) ・受付の設営(撤収)、受付業務(選手名簿、応援旗等の配布) ・ゴールポストガード、得点版、タッチフラッグの設置(撤収) <試合中(アップ時含む)> ・選手用ドリンクの準備 ・スコアボード管理 ・広報用写真撮影 写真:試合準備 写真:活動の様子受付準備 写真:水分補充   上記の活動は、“Breakers”のスタッフ数名と一緒に準備していて、細かな指示が無くても“INCOP”がある程度自立して準備できることも増えている。今までの経験の中で、“INCOP”利用者も手順、方法が見通せるようになり、“Breakers”も「こう言ったら、こうやってもらえる」といった指示や準備の要点がつかめてきたことが大きい。また、受付業務をはじめとしたチームの顔となる業務を任せていただいていることも、お互いの信頼の高まりを象徴している。 4 今後について 障害者の地域社会参加という言葉は使い古されたほどよく使われるが、実際にまだまだ参加の社会へ広がる余地があるように感じている。今回、「ラグビー」というスポーツを通して、「プレーする人」「支える人」「応援する人」が障害を越えて連携し、勝利を目指し、共有していく姿は、障害者の社会参加にとどまらず「多様性文化の創造」がそこにあった。多様な人が、1つの目的を共有し、それぞれの立場で役割を果たす、という文化がここにある。スポーツ体験には、この文化を色々な場所に広げて、大きくしていく力、可能性があることを実証している。スポーツの持つ無限の可能性を信じ、我々は他の場所でもスポーツを通した障害理解に努めている。以下は現在“INCOP”が取り組んでいる活動の一例である。 ・京都マラソンにおけるボランティア ・京都ハンナリーズ(B.LEAGUE所属プロバスケットボールチーム)におけるボランティア ・滋賀国スポ・障スポにおけるボランティア ともに働く力を高めるために重要な場と位置付け、効果的に活用している。さらに、「応援する人」としての可能性をもとに、利用者とスポーツを余暇としてつなぐ取り組みにも注力している。 これらの取り組みがきっかけとなり、スポーツを通した新たな文化が無限に広がっていくことを切に願っている。 【連絡先】 井上 渉 就労移行支援事業所INCOP京都九条 e-mail:incop.inoue@gmail.com p.172 知的障害者を対象とした農的活動等を組合せた学習プログラムの持続的改善プロセスのデザイン ○前川 哲弥(NPO法人ユメソダテ 理事長/株式会社夢育て 代表取締役) 外山 純・天田 武志(NPO法人ユメソダテ) 1 夢育てメソッド 夢育ては、2022年10月から東京世田谷の夢育て農園において、知的障害のある成人青年受講生に週1回2時間半の学習機会を提供し成長を促す “人を育てる畑コース“に取り組んでいる。同コースで提供しているプログラムは、受講生をリラックスさせるとともに心身を活性化し1)、認知発達を促すことを報告した2)。その後も、認知的成長を継続的に測定し3)4)、認知的成長が心理的安定を生み、次に行動の変化につながり、家族がその変化を感じていることも確認した5)。この夢育てメソッド5)は、身体発達を促す体操と、認知発達を促す座学、主体性を育てる夢語り6)と、農的活動から構成されており、前川他はこれらの成果を論文にまとめた7)。 他方、今後、同メソッドを、福祉事業所や障害者雇用企業に導入することを想定して、夢育てメソッドの継続的改善方法の導入と、夢育てアライアンスという緩やかな連携組織の立ち上げを進めている。 2 淡路式農作業分析表の導入による夢育てメソッドの持続的改善 人を育てる畑コース開講当初から、毎週木曜日のコース直後に講師が集まって開催している振り返りの会と毎週月曜日にその週の木曜日のプログラムの内容を話し合うプログラムを計画する会を開催している。 前者は、個々の受講生がその日のプログラムをどの程度理解し、どんな困難を抱えているかといった課題を確認する場である。そして後者は、前週の木曜日に明らかになった個々人の課題に対して、次の木曜日にどんな学習を用意し、どのように媒介する(学びを促す)のかについて話し合ってきた。これらの議論の場で、体操と座学といった基礎的な学びと農作業における応用的な学びの間の結びつきについてより客観的な評価を行うことを目指してきた。 そこで、2025年6月より、淡路式農作業分析表を用いた農作業分析を導入した。この分析表は、豊田ら(2016)8)が開発したもので、一つ一つの農作業について、①パターン化の有無、②必要な動作、③作業姿勢、④作業負担度、⑤両手の使用方法、⑥巧緻性、⑦作業中の主な注意の対象、⑧最多注意配分数、⑨危険度、⑩作業形態、⑪工程数、⑫条件数、⑬リスク管理上の注意点、⑭正確に作業を行うためのポイント、⑮作業速度を上げるためのポイントという15項目にわたり細かく記述しつつ、分析を行う。 ある農作業を難なくできる人にとって、知的に障害のある人が作業のどの部分で躓いているのかを見極めることは容易ではない。手や足の巧緻性の問題なのか、作業中に注意を向けるべき箇所の理解や、収穫のように基準となる色や大きさとの比較といった認知上の問題なのかを理解するには、作業を分析して、どこで躓いているのかを明らかにすることが求められる。そこで、農作業分析を事前に行い、受講生が躓きそうな場面を事前に想定する作業を始めた。 例えばピーマンの収穫作業の分析では、以下のように受講生が躓きそうな箇所が明らかになった。 ①作業姿勢:しゃがむ力(上手く植物体の上から下に順序良く収穫対象を見いだすために必要) ②作業中のおもな注意の対象:緑色の植物体の中から緑色の実を順序良く見つける力=地と図の分離とsystematic searchの課題 ③作業中のおもな注意の対象及び条件数:基準と比較する力(例えば長さ10cm以上の実を選ぶ力)spontaneous comparative behavior ④両手の使用、巧緻性、及び作業中のおもな注意の対象:柄に的確にハサミをあてる力=認知的な参照点の理解、身体的な的確にハサミをあてる巧緻性 これらを踏まえて、足の柔軟性や手の巧緻性を高める体操をしたり9)、比較や点繋ぎの課題(点群の組織化)や図形の分解とくみ上げ(図形の部分を組合わせて全体を再構成すること)の課題(分析的知覚)10)をしたりすることで基礎的な力を準備することができる。これらに加えてピーマンの植物体の枝の伸び方や実のつき方の全体像についても事前に学んだ。更に、畑での作業にはマンツーマンで指導者がつき、一つ一つの作業を一人一人の認知身体機能に合わせて媒介することで、受講生に“できる”という成功体験をしてもらい、できる作業を増やしていっている。 またジャガイモ掘りについても同様に作業分析を行った。この作業は、認知的には、作業中の主な注意の対象:畝を崩すことをイメージできること(Orientation in space)、端から順序良く掘ること(Systematic search)、土の中から的確に芋を見つけること(Clear perception)が特に大切で、運動機能的には、しゃがめること、及びそのまま横に移動できることが大切である。 これらを踏まえ、空間認知や端から順序よく作業するこ p.173 とを促す座学を行い、体操では足の柔軟性の向上を重点的に行うことで、今春のジャガイモほりでは受講生が昨年よりも深く広く土を掘り、上手くジャガイモを見つけていた。 本稿執筆時点で淡路式農作業分析表を導入してから2カ月ほどが経過したが、緑の植物体から緑色のピーマンの実を見つけられなかった受講生が見つけられるようになり、ピーマンの主幹を切ってしまっていた受講生が的確にピーマンの実の柄を切ることができるようになる等受講生の農作業能力の向上に手ごたえを感じている。今後も、淡路式農作業分析表を用いて、基礎的な体操・座学と応用的な農作業との間に有機的でシステマティックな繋がりを一層高めていき(図1)、夢育てメソッドの継続的改善を続けていきたいと考えており、その成果は改めて報告する。    図1 夢育てメソッドの継続的改善プロセス 3 夢育てアライアンス 夢育ては、知的に障害があっても、成人していても、環境を整え、やり方を工夫すれば成長し続けることができることを、実例をもって示してきた。しかし、夢育てだけでは、成人知的障害者の学びの機会を社会に拡げることはできない。そこで、夢育てで用いている方法を夢育てワークショップを通じて、関心を持って下さる方々にお伝えするとともに、障害のある方にその方法を用いる際に伴走を行う“わかるをひろげる”事業を展開している。こうして学んだ方々は既に54名に達している。 そのうち特に意欲のある福祉事業所や障害者雇用企業、農家等と2024年10月夢育てアライアンス(図2)を結成した11)。「成長の喜びと夢のある人生を全ての人に」との理念の下、各メンバーは、その利用者や従業員に成長の機会を提供し始めている。本年8月~9月にかけて、その最初の取組みとして、千葉県内の福祉事業所1カ所と、障害者雇用をしている企業1社で、知的障害当事者の現在の認知機能を測るアセスメントを実施する予定である。その後、夢育てメソッドの全部又は一部を導入し、1年程度後に再度アセスメントを実施することで、彼らの認知的成長を測るとともに、彼らができる仕事の幅が広がる等の効果が得られるのかどうか検証していきたい。 これらの事例で成果をあげることができれば、知的に障害があっても成人していても、生涯にわたる学習に取り組むことの意義を広く理解してもらえるのではないかと期待している。そして私たちは、この方法を農業以外の職場や作業所にも適用できるものと考えている。 図2 夢育てアライアンス 【参考文献】 1)前川、千葉、岡元、吉廣『畑作業と体操、座学を通じた学習が、知的障がいのある青年のストレスや心身の状態に与える影響について』JEED第31回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集(2023),p.60-61 2)外山、前川『畑作業と体操、座学を通じた学習が、知的障がいのある青年の認知発達に与える影響について』JEED第31回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集(2023),p.62-63 3)外山、前川『体操、座学、畑作業を組合わせた学習プログラムが知的障がいのある青年の認知発達に与える影響についての継続的な研究』JEED第32回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集(2024),p.128-129 4)外山、前川、天田『体操・座学・畑作業などを組み合わせた学習プログラムが知的障がいのある青年の認知発達に与える影響―3年間の取り組みを通してー』JEED第33回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表予定(2025) 5)前川、外山『体操、座学、畑作業を組合わせた学習プログラムの概要と知的障がいのある青年の行動変化及び生涯学習法としての活用可能性について』JEED第32回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集(2024), p.130-131 6)前川哲弥『夢を育て認知機能の伸びしろを評価・共有することを通じ、知的障害者の主体性を育て、積極的な職場文化を作る試み』JEED第29回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集(2021),p.54-55 7)前川、外山、天田、竹下、前川、豊田、山田、町田『知的障害者を対象とした農的活動を組み込んだ学習プログラムの開発と効果の検証』「食農と環境」No.40(2025年10月発行予定) 8)豊田 正博,金子 みどり,横田 優子,浅井 志穂,札埜 高志,& 城山 豊『知的障害者就労支援における農作業 分析と難易評価法の開発』人間 ・ 植物関係学会雑誌15(2)1-10 2016 年 3 月 31 日 9)天田、外山、前川『知的・発達障凱者への農作業支援における運動プログラムの導入と効果』JEED第33回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表予定(2025) 10)Feuerstein, R., Feuerstein, S., Falik, L & Rand, Y. (1979; 2002). Dynamic assessments of cognitive modifiability. ICELP Press, Jerusalem: Israel. 11)『障がい者の成長を信じる「夢育てアライアンス」が全国に拡大#1夢育て農園のいま』ノウフクマガジン#164 https://noufuku.jp/magazine/post-20250726/ 【連絡先】 前川 哲弥 株式会社夢育て、NPO法人ユメソダテ e-mail:maekawa@yume-sodate.com p.174 体操・座学・畑作業などを組合わせた学習プログラムが知的障がいのある青年の認知発達に与える影響 -3年間の取り組みを通して- ○外山 純(NPO法人ユメソダテ 理事/よむかくはじく有限責任事業組合 代表) 前川 哲弥(NPO法人ユメソダテ/株式会社夢育て) 天田 武志(NPO法人ユメソダテ) 1 本論文の目的 夢育ては2022年から知的障がいのある青年を対象に体操・座学・畑作業を組合せて認知身体機能の発達を促すプログラムを開講している。過去2回の職業リハビリテーション研究・実践発表会(以下「職リハ」という。)それぞれにおいて、当プログラム受講生の認知機能の発達をプリとポストの2回のテストで考察した2),3)。今回は、過去2論文を踏まえつつ、さらなる受講生の認知発達を2024秋冬に実施したプリテスト(以下「Pre」という。)と2025春夏に実施したポストテスト(以下「Post」という。)の比較を通じて報告する。 本論文の目的は、繰り返し学習における被験者の学習効率性を探ることである。その目的のために採用した検査はポジショナルラーニングテスト(以下「PLT」という。)である。過去2回の論文で使ったテストはいずれもひとつの問題に対して被験者は回答を1回与えるのみで、それが成績となった。今回は同じ問題を繰り返すことで、被験者がいかに自発的に自分の解答を修正して正解に近づけていくかを分析することである。受講生のなかには知的水準が十分高くない者もおり、受講者の中で今回のアセスメントが成立する3人が今回の対象である。 なお、人を育てる畑コースの概要と我々が取り組んだ新たなプログラムについては、前川他第33回職リハ論文「知的障害者を対象とした農的活動等を組合せた学習プログラムの持続的改善プロセスのデザイン」を、身体の発達については天田他第33回職リハ論文「知的・発達障害者への農作業支援における運動プログラムの導入と効果」を参照されたい。 本論文の中では随所でフォイヤーシュタイン1)が提唱した認知機能について言及されるが、その概要は前々回の論文に書かれている。本論文で言及された認知機能にはその段階と番号を丸括弧の中に示した。 2 アセスメントの手法と結果 PLT (1) 概要と検査手順 フォイヤーシュタインメソッドのアセスメントであるLPADの一つ1)である同名のテストをアレンジしたものである。5×5の枠の中の5つの升の位置を記憶する課題が7問あり、徐々にパターンが複雑になっていく。例として図1にパターン7を示す。どのパターンにおいても縦の1列に記憶すべき升がひとつずつあるように配置されている。 図1 PLT パターン7 検査者は空欄の5×5の枠を被験者の前に置き、一番左から順に検査者がペンの先で記憶すべき升を示していく。10秒のレイテンシをおいて被験者は覚えた升に印をつけていく。被験者が3回連続して正答するまで同じパターンを繰り返す。もし10回の試行までに被験者が連続3回正答できた場合は成功、できなかった場合は不成功として次のパターンに移る。 (2) 認知機能の観点からの分析 この検査は特に精緻化の段階の認知機能が要求される。繰り返しの学習の中でパターンを記憶する(精緻化7番)課題であり、そのために被験者は指し示された5つの場所の位置関係に注意し(入力4番)、位置の比較をもとに(精緻化3番)それらを互いに関連付けて帰納的推論をし、パターンを見いだす(精緻化5番)。その認知戦略により、より多くの情報を記憶することができる(精緻化4番)。これは一種のワーキングメモリーと言える。例えば図1のパターン7は左から右へ振幅が減衰していく波としてとらえると格段に記憶しやすくなる。 (3) 評価方法 被験者の解答を1列ごとにみて、印のついた場所が正しければその列に1点を与える。よって1パターンにつき満点は5点である。複数の印がつけられたか、何も印がつけられなかった列は0点とする。 被験者の学習効率性を測るという目的のため、被験者にとって多数の試行を要した問題のみ分析対象とする。具体的には、PreまたはPostで不成功または成功までに7回以上の試行を要したパターンを対象とする。 分析方法として回帰直線の考え方を使う。横軸に試行回 p.175 数、縦軸に点数をとり、その平面上にテスト結果をプロットする。その散布図に対して回帰直線を引き、その傾きを表計算ソフトのSLOPE関数を使って計算する。例えばある被験者のあるパターンでの成績散布図とその回帰直線の例(図2)では、試行を重ねるにつれて、得点は上がったり下がったりしつつも緩やかに上昇する傾向が見て取れる。 図2 成績の散布図とその回帰直線の例 回帰直線の傾きは1回の試行につき何点の得点上昇が得られたかを表している。当然傾きが高いほど学習の効率性が高い。これはいわば学習速度といえるので、以下そのように呼ぶ。 (4) 結果 被験者AはPre、Postともパターン1〜4、6で成功、BはPreで1〜4が成功であったが、Postではそれに加えて6に成功した。被験者CはPre、Postとも7つ全て成功した。先述の条件から、被験者Aのパターン5と7、Bのパターン5〜7、Cのパターン7の計5サンプルが分析対象となった。学習速度のPreとPostの比較は次の表の通りである(表1)。 表1 PLT学習速度 全ての被験者でプラスの変化が見られた。被験者AはPreでは学習速度が0.003とほぼ0であったが、Postでは0.021と0.018の上昇が見られ、Preに比べて7.000倍速くなった。被験者Bは学習速度が0.117から0.432に0.315ポイント上昇し、3.689倍速くなり、被験者Cは0.700から0.900へ0.200ポイント上昇、1.285倍速くなった。被験者平均では0.273が0.451と0.178ポイント上昇し、1.650倍速くなった。 3 考察 受動的な学習者から能動的な学習者へ Preでは毎回同じ間違いを繰り返して10回の試行を終えてしまい、学習速度がほとんど0というケースが散見された。これは思考の受動性を表す。しかしPostではそのようなケースが減り、一種のワーキングメモリーである精緻化4番の認知機能を含めて前述の認知機能を積極的に働かせたことが数値として現れている。パターンを発見するという帰納的思考には比較が基礎となる。今回のアセスメントでの伸びが特に見られた被験者Bは比較課題を重視して取り組んだのであった。 4 3年間の取り組みを通して  過去2回の論文では図形、絵、言語のモダリティでの受講者の認知的な成長を数値化し特に図形と言語のモダリティでの大きな成長を確認することが出来たのだった。2023年の論文では、被験者が複雑な図形を全体と部分との関係で分析し基本構造を見出すことで、ある種のワーキングメモリーが育った可能性を示した。今回も同様の結論を得ることができたと言えよう。2024年の論文では言語のモダリティの検査での成績の上昇を数値で確認した。抽象的思考に不可欠である内言が彼らに育っており、それが多くの認知機能を組み合わせた複雑な思考をする助けになったのであろう。 今回の論文では認知的な介入が繰り返し学習の効率を高めることを数値的に確認した。知的障がい者の教育・訓練では繰り返すことが大事だとされている。しかし単に繰り返すだけでは不十分で、被験者AのPreのように学習速度が0である場合も特別支援学校や福祉作業所では多いのではなかろうか。学習者の認知機能を高め、より能動的に働かせることが必要だ。3年間の取り組みを通して、夢育ては知的障がい者の認知機能を高めるノウハウを蓄積してきており、それを広く社会に提供する用意がある。 【参考文献】 1)Feuerstein, R., Feuerstein, S., Falik, L & Rand, Y. (1979;2002). Dynamic assessments of cognitive modifiability. ICELP Press, Jerusalem: Israel. 2)外山、前川『畑作業と体操、座学を通じた学習が、知的障がいのある青年の認知発達に与える影響について』JEED第31回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集(2023), p.62-63 3)外山、前川『体操、座学、畑作業を組合せた学習プログラムが知的障がいのある青年の認知発達に与える影響についての継続的な研究』JEED第32回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集(2024),p.128-129 【連絡先】 NPO法人ユメソダテ 前川 哲弥(maekawa@yume-sodate.com)または 外山 純(toyama@yume-sodate.com) p.176 p.177 研究・実践発表 ~ポスター発表~ p.178 社内インターンシップから見える双方の安心感とキャリアアップ ~誰もが活躍できる未来へ~ ○間中 美穂(神奈川トヨタ自動車株式会社 人事部業務サポート室 心療カウンセラー ) ※本発表は、発表者の都合により取り下げとなりました。 p.179 p.180 キャリア支援とAIの協働による新しい職業リハビリテーションの可能性①  -AI雇用支援ツールの構築について- ○佐藤 陽(富士通株式会社 富士通研究所 データ&セキュリティ研究所) 織田 靖史(県立広島大学 保健福祉学部保健福祉学科作業療法学コース) 湯田 麻子(一般社団法人職業リハビリテーション協会) 宇野 京子(一般社団法人職業リハビリテーション協会) 松為 信雄(一般社団法人職業リハビリテーション協会)  1 はじめに 現代社会は、労働力不足、働き方の多様化、そしてAIをはじめとした破壊的技術の進展という不可逆的な構造変化に直面している。特に障害のある人々の就労支援の現場では、従来の枠組みが限界を迎えつつあり、制度や実践の再構築が急務となっている。 このような状況を背景に、AIを活用した雇用支援ツールの開発は、「単なる効率化」の枠を超えて、制度や価値観の変革を内包する大きな挑戦となっている。本稿では、松為信雄氏が提唱する「三位一体支援モデル」を哲学的基盤とし、その実装形態として「CAT(Collaborative Autopoietic Technology = 協働的自己組織化技術)」を据え、AIを含めた雇用支援システム全体の設計図を描いていく。 2 支援哲学の革新 ― 三位一体支援モデルとは何か (1) 職業リハビリテーションの現代的再定義 松為は、従来の職業リハビリテーション定義がもはや時代にそぐわないことを指摘し、「生物・心理・社会的障害をもつ人が、主体的に選んだ仕事役割を継続することで生活の質を向上させ、社会への統合を多面的に支援する総合的活動」と再定義している。 この定義には3つの重要なポイントが含まれている。 ①生物・心理・社会モデルの採用:心身の障害のみならず、環境との相互作用に注目するICF的視点を全面的に取り入れている ②主体的な選択と自己決定:「適職」を押しつけるのではなく、本人の意思によるキャリア形成が重視されている ③生活の質(QOL)とウェルビーイングの重視:就職そのものではなく、仕事を通じた自己実現が最終的な目標 (2) 対等な三者構造 三位一体支援モデルは、当事者・支援者・事業所の三者を対等な存在とし、それぞれが独立して支援の質を高めながら、相互連携を通じて全体最適を目指すものである。支援関係をピラミッド型から三角形型の動的ネットワークへと転換することで、共創的な変容が可能になる。 (3) 三つの「質」の向上 ①雇用の質:職場環境の改善、ジョブカスタマイゼーション、働きがいの確保 ②支援の質:支援記録の自動化、ナレッジアクセス、倫理的専門性の強化 ③キャリア意識の質:自己理解、目標設定、成功体験の可視化とフィードバック (4) 共創的キャリアの形成 支援の究極的な目的は、「共創的キャリア形成」にある。これは、支援される側と支援する側、そして職場環境が共にキャリアの意味を問う社会構成主義的プロセスであり、 AIはその媒介者・プラットフォームとして機能すべき存在である。 3 CAT ― 支援を支える技術的ビジョン (1) CATの定義 CATとは、単一のアプリケーションではなく、三者の関係性のなかから自己組織的に支援秩序を生成する社会技術的エコシステムである。外部からの指令ではなく、内発的な相互作用によって進化する支援システムを支える概念である。 (2) 三段階の進化モデル CATの進化は三段階からなる。第一段階の「情報拡張」では、AIは個々の利用者に信頼性の高い情報を提供し、意思決定支援を行う。第二段階の「相互作用」では、三者の共有スペースを通じてコミュニケーションの可視化と合意形成を支援する。第三段階の「自己組織化」では、AIが対話や行動のパターンを分析し、三者の関係性をメタ認知的に反省・進化させる。ステージが進むにつれ、技術的信頼だけでなく、関係性としての信頼深化が必要になる。 4 AI雇用支援ツール「TSUMUGI-CHAN」の運用設計 これまで述べた哲学的基盤と技術的ビジョンを元に試行中のプロトタイプ「TSUGUMI-CHAN」について述べる。 (1) クローズド・ワールドモデル AIの信頼性を担保する鍵は、回答の出所を特定できる p.181 ことにあると考え「クローズド・ワールドモデル」を採用した。ユーザーが提供した資料にのみ基づいて応答を生成するため、ハルシネーションを抑制し、説明責任を果たすうえで有効である。 (2) データソース分類 TSUMUGI-CHAN では、以下の6種の情報源を想定した。 表1 情報源 (3) ハイブリッド型運用アプローチ TSUGUMI-CHAN では、「信頼を醸成しながら段階的に協働関係を築いていく」というCATの構想を現時点で実践するため、「活用可能な部分は最大限に活かし、不足部分はAI開発者や支援者が責任をもって補完する」というハイブリッド運用を行っている。具体的には、 ①既存のAI活用:ベースとなる大規模言語モデルおよびAIノートブックサービスを流用し、低コストかつ迅速なプロトタイピングが可能となった。 ②支援領域に特化したナレッジ接続:クローズドな支援文書や専門データベース(支援記録、法制度、実践事例など)をナレッジベースとして追加し、TSUMUGI-CHANの回答精度を高める設計とした。 ③補完・監視体制の構築:既存AIでは対応困難なケース(倫理的判断、判断根拠の説明、微細な文脈理解など)については、AI開発者が必要に応じて人手による監修・修正を加える運用を導入した。 ④責任の明確化:最終的な判断・提示内容については、AIが「助言者」ではなく「補助者」として機能するよう設計し、常に運用管理者が最終責任を持つという原則を明文化した。 5 おわりに 本稿では、三位一体支援モデルを基盤とし、AIを協働的自己組織化技術(CAT)として発展させる構想を提示した。その過程で、試作的取り組みであるTSUMUGI-CHANの運用から得られた知見は、今後の設計における重要な指針となることが明らかとなった。 具体的には、業務効率化による支援者の時間創出、対話を通じた当事者の自己理解促進、クローズド・ワールドモデルによる信頼性向上、そしてAI利用の透明性確保が挙げられる。また、深い心理的支援や複雑な文脈理解には人間支援者の介入が不可欠であることが再確認された。回答品質やナレッジ更新体制の強化も課題として残されている。 こうした知見を踏まえ、三位一体支援モデル全体の関係性を可視化し、対話と共創を促す技術基盤として進化させる必要がある。その実現には、既存AIの適切な活用と不足機能の補完、ナレッジベースの多層化、倫理的ガバナンス、そして長期的な評価指標の整備が不可欠である。AIはあくまで人間の判断を支える補助者であり、最終的な責任は人間が負うという原則を堅持することで、信頼と安心の下に技術を活用できる環境が整う。 就労(雇用)支援の未来は、AI技術そのものにではなく、AI技術を媒介として形成される人間同士の協働関係にかかっている。TSUMUGI-CHANで得られた現場の声と運用経験を礎に、持続可能で包摂的な職業リハビリテーションでの実現を目指したい。 【参考文献】 1)松為信雄. 「キャリア支援に基づく 職業リハビリテーション学―雇用・就労支援の基盤-」ジアース教育新社. (2024) 2)世界保健機関(WHO). "International Classification of Functioning, Disability and Health (ICF)". 3)厚生労働省.「将来を見据えたハローワークにおけるAI活用について」 (2025) 4)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構.「働く広場」.2025年新春号.pp22-27. (2025) 5)佐藤 陽, #215 🎧️アロポイエーシスの檻からオートポイエーシスの地平へ – LinkedIn. (2025) p.182 「雇用の質」向上を目指した、当社版「個別支援計画」の取り組み ○清水 大雄(株式会社ベネッセビジネスメイト 事業推進本部 本部長) ○髙梨 佳子(株式会社ベネッセビジネスメイト 経営推進本部 人事・定着推進課 定着グループ) 1 発表趣旨 法定雇用率の上昇を象徴として活性化している障がい者雇用に対して、「雇用の質」が謳われて久しい。当社では約2年前から、指導員と定着担当が連携して当社版の個別支援計画を作成・運用することを始め、「雇用の質」の向上を目指してきた。今回は、その概要と中間成果ならびに課題をお伝えし、皆様と意見交換を行うことで、取り組みの一層の充実をはかりたい。 2 背景・課題認識 (1)それまでの当社の状況 特例子会社が障がい者雇用を実現するにあたって、その重要な要素として、メンバーが安定して快適に働いていくことが含まれるのは言うまでもない。当社でも、メンバーのやりがいや成長実感、貢献感などを掲げて、人財育成の各種施策を充実させ、社内外へのアンケートで定量化もはかっていた。 ただし、様々な施策への認識や、メンバー一人ひとりに対する目線を可視化しきれておらず、ともすれば関わる指導員の力量によって実現できているという理解に留まり、「あの人だからできること」というような思い込みに関係者の理解を閉じ込めがちであった。それゆえ、狙いに対して何をどこまで達成できているかが曖昧あったことは否めない状態にあった。 (2)着目した観点 「雇用の質」を体現・深化させるにあたって、キーパーソンは各現場で障がい者メンバーを支援している指導員だと考えた。そこに、現場とは違う立ち位置で見守って支援している定着担当との協働の在り方をバージョンアップさせることで、突破口を開こうとした。 当時、当社では指導員の役割や求められるスキルを、①障がい特性を理解して、担当メンバーの体調変化を注視し、安定的・快適に仕事ができるようにすること(そのために上長や定着担当など関係各署と連携を図れること)、②自部門/課における障がい特性を念頭において担当業務を分解/構築して展開できることとしていた。それに向けた研修プログラムの充実をはかっていたが、その先の姿として、継続的な視点でメンバーを観ることができる人財・体制・連携の在り方をカタチにすることを目指すこととした。加齢問題などによる突発の体調不良者も頻発していたため、基軸になる支援に「個別支援計画」を据えることを決め、取り組みを開始した。 3 本施策の目的 目的として、大きく3つを設定した。 ①体調不良/変化を早期に把握し、後追いでなく予防的な支援に転換して、メンバーの安定した働き方に繋げていくこと。 ②活動を通じた指導員の育成。 ③これらを通じて、メンバーならびに指導員一人ひとりの特性・強み・希望にあわせた成長を引き出し、「雇用の質」を向上させていく。 4 本施策の概要 図1 活動の概要図 (1)アセスメント情報の整理・共有 多岐に渡る業務を大まかな難易度別に整理した上で、指導員がメンバー一人ひとりの習熟度を可視化する。並行して、定着担当は本人の生活状況を含めた業務外の情報を整理する。これらを通じてプロフィール情報ができていく。 (2)日常の活動記録 メンバー本人の日報、指導員の観察や気づきの記録、定着担当が掴んだ情報を一元化していく。この蓄積が、活動の源泉となっていく。 (3)指導員会 実施する課が複数になって、各課の活動リズムに応じた会の開き方になっているが、指導員会を部課長ならびに定着担当も同席のもとで毎週実施する。個別支援計画の立案や修正を行うとともに、障がい者メンバー全員分の進捗報告も行うので、他の指導員の観察眼やアプローチ方法を学ぶ場にもなっている。何より、担当外のメンバーのこともここで知ることができ、担当指導員とメンバーに留まらな p.183 い「多対多」の関係性ができてくる。 (4)個別支援計画 立案は、指導員それぞれに対してオブザーバー(部課長・定着担当・他の指導員が入れ替わり)がつき、対話型で内容を深めていく。それは決して意見の調整のためでなく、関わり方や業務量の調整、方向性の決定に向けた対話である。設定する目標は多くて2つで、それを支援の軸として成長を引き出していく。 図2 活動の構想図 なお、本活動は指導員と定着担当を基軸に進めているが、障がい者メンバー一人ひとりを中心に据えていることは改めて強調しておきたい。社外関係者のお力添えをいただく際にも、あくまでメンバーの活躍のためであり、それを図2のように整理して関係者には共有している。活動することが決して目的化してはならない。 5 本施策の中間成果・課題 本施策は、当社としても初の試みであったため、まずは特定の課から開始した。その課において、障がい者メンバーが30名もいるにも関わらず、1年間の活動を通じて退職者を0にできたことは、後追いでなく予見的な支援に転換でき始めている成果の一端とも言えよう。 また、次に展開を始めた課において、指導員からは次のような声があがっている。 ・過去から現在までを改めて振り返り、成長しているメンバーもいれば、問題が明るみになったり、今はよくても潜在的な問題を発見することもできた。 ・支援機関との連携の在り方やご家族の協力の引き出し方を考えるようになった。 ・他の指導員の見方を通じて、自分なりの仮説をつくったり、「だからこうなのか」と事象の理解が深まった。 ・「なぜ?」と根本的なところを考えるきっかけになった。メンバーの将来を深く考えるようになった。 ・あるメンバーの加齢に伴う変化には数年前から気づいていたが、見て見ぬふりをしていたのかもしれない。難局はあれど、メンバーのハッピーのために進んでいるんだという覚悟をもって向き合えるようになった。 これらの実感こそが、「支援の質」を上げていく源泉であり、それが「雇用の質」を向上させるには不可欠な要素であると痛感している。 他方、新しい取り組みを始めるにあたっては、それなりの負荷をかけたことも事実である。先行して実践している課では、活動の土台もできてきたので、効率化・省力化がはかれる部分ではそれも実践していきたい。 また、課によって仕事のリズムが違うのも確かであり、ここまでに築いてきた手法をすべて適用しようとすると、逆効果を生む可能性はある。活動の本質をずらすことなく、課に応じた方法がとれる箇所を特定し、柔軟に構えるべきところと絶対ブラさないところを一層明確にしていきたい。 6 さいごに 本施策は、まだまだ発展途上にある。当社ではまだ着手しきれていないことを、既に進めておられる会社も多々あられるはずで、様々学ばせていただきたいと切に願っている。人が人を支援するアプローチには、決して完成形はないのだろうが、「雇用の質」を向上させ、メンバー一人ひとりの活躍機会をつくり続けていきたい。 【連絡先】 清水 大雄 株式会社ベネッセビジネスメイト 事業推進本部 e-mail:t-shimizu@benesse-bizmate.jp p.184 ヴァーチャルリアリティを用いてソーシャルスキルトレーニングを行った就労移行支援事業所での取組み ○兵庫 ひろみ(大塚製薬株式会社 CNSデジタルソリューション推進PJ) 鹿島 早織(株式会社ゼネラルパートナーズ) 森 康之(ノウドー株式会社) 1 はじめに (1) 精神障がい者が就労する上での課題について 障がい者雇用を取り巻く環境として、法定雇用率が早いペースで上昇しており、2026年には2.7%となることが決定している。今後、就労準備性が低い状態で事業所に通い始める人が増えることが予想され、支援者の支援力向上が求められている。 2024年4月大塚製薬とノウドーは、精神障害者を雇用している特例子会社・障害者採用担当者を対象とした雇用に関するアンケートを実施した。精神障害者の採用で重視している項目についての質問では、「コミュニケーションや意思疎通が円滑にできる」との回答が最も多く、「症状の安定」、「障害受容ができている」、「外部支援機関と繋がりがある」が次に続いた。また、精神障害者の雇用で発生している問題についての質問では、「上司・同僚との人間関係のトラブル」の回答が最も多く、「症状や体調が安定しない・悪化した」の回答が次に多いという結果であった。採用で重視している点、および雇用で発生している問題として、職場での対人コミュニケーションスキルが共通していることが分かった(図1、2)。 図1 精神障がい者の採用で重視している項目 図2 精神障がい者の雇用で発生している問題 (2) ソーシャルスキルトレーニングVRについて ソーシャルスキルトレーニング(以下「SST」という。)は、人との接し方、挨拶の仕方、自分の気持ちの伝え方など、社会生活を円滑に送る際に必要となる対人スキルのトレーニングである。対人コミュニケーションを苦手とする精神障がい者に対してSSTの必要性が高く、生活支援・就労支援を行う医療機関や就労移行支援事業所における支援プログラムに取り入れるニーズは大きい。一方で、SSTを提供できる支援者の不足、提供するための準備の工数が多い、参加者の認知機能の影響などにより実施率は低い。 大塚製薬とジョリーグッドで開発した「FACEDUO(フェイスデュオ)」は、 バーチャルリアリティ技術を用い、社会生活のさまざまな場面を教材化した、SST普及協会および精神科専門医監修のSST支援プログラム(以下SST-VR)である。プログラムはSSTを実践し易いよう構造化されたオールインワン・パッケージであるため、支援者の負担を減らし、経験の少ないスタッフも実施できるよう開発された。スキル学習のコンテンツは70以上の場面が設定されており、疾病理解や医療機関のスタッフとのコミュニケーションの場面、友人や家族、通所者同士のコミュニケーションの場面、職場の同僚・上司とのコミュニケーションの場面、面接場面の大きく4段階に分けられている。利用者はそれぞれの場面を自分が主人公になったかのようなリアルな体験を通して対人スキルを学ぶことができる。VRならではの特徴として、集中して学ぶことができ、且つ認識のずれなく課題を共有しやすい(図3)。支援者は支援者用ガイドに記載されているプロセスで進行することでSSTセッションを実践できるため、SST初学者でもスムーズに対応可能である。 図3 VRでコミュニケーション上困った状況を体験 p.185 VRゴーグルの映像は、モニター投影することができるため、参加者全員にゴーグルを用意する必要はない。 2 取り組み報告 (1) 全体 ゼネラルパートナーズが運営している就労移行支援事業所atGPジョブトレでは、自身の障害を理解し、困りごとへ対処できるよう、障害別のコース制を採用し、障害に対応したプログラムを提供している。障害特化型であるため、就職後も自身の障害とうまく付き合いながら「働き続ける」ためのスキルを身につけることが期待できる。しかしSSTにおいては、2024年11月時点で1年ほど取り組むことができていなかった。SSTが得意な職員に依存する属人的な状態となっていた背景から、職員の異動をきっかけにSSTを行うことができない状態が続いていた。また、SSTを実施する上でのテーマ決めに時間が掛かることや、グループワーク毎にスタッフを配置できないといったマンパワーの問題があった。 そこで、今回SST-VRが精神障がい者の就労支援、個別支援に活用可能であるかの検証を目的に、atGPジョブトレ「統合失調症」コースの職業プログラムにSST-VRを導入し、支援者のリソースへの影響調査、および利用者の反応や、定期通所につながったかを軸にアンケートを実施した。検証期間は2024年10月~2025年4月の6か月間とした。 (2) 結果 プログラムの効率化により支援者の負担において、幾つかの改善が見られた。オンライン会議システム内でSST-VRを利用することで、支援員1人のSSTリーダーに対し、多い時で在宅利用者4名、通所利用者10名の双方のグループに同時にSSTプログラムを提供することができた。支援員の工数は1人で、事前準備としては、機材の接続確認とテーマ決めのみであった。また、利用者の変化として、月1回の実施を100%継続でき、機器個別利用者の通所率が1.5倍となった。定期通所が不安定な利用者には、以前であれば自習や面談を理由に通所を促していたが、SST-VRの個別トレーニングにより、苦手な他者との関わりを少なくしながらもコミュニケーションのトレーニングや就労先のイメージをつかんでもらうことが可能なことから、集団プログラムへのステップとして活用することで通所率が伸びた利用者が2名いたことによる。そのほか、事業所見学者1名がSST-VRプログラムの参加体験直後に通所を決めるなど、事業所の特徴として印象深いプログラムになっている。 利用者アンケートから、「是非続けたい」が33.3%、「できれば続けたい」が66.7%と全員が続けたいとの意向を示した(図4)。アンケートのフリーコメントでは、自分が就職したときのイメージができた、主人公に共感できる内容だった、トラブル解決方法の工夫は実生活や今後の就労先で応用できそうだという意見があり、ディスカッションやロールプレイの取り組みに高い反応を示した。 図4 参加者のアンケート結果 3 まとめ 精神障がい者が就労後に必ず直面する職場特有の人間関係を円滑にするためのプログラムとしてSSTは必要であるが、それには支援者のマンパワーやスキル、個別支援が求められる。SST-VRは就労移行支援事業所が実施する就労プログラムを個別・集団と利用者の特性・状況に併せて効率的に実施可能であることから、マンパワーの限られる就労支援事業所においても、利用者にとって満足度が高いプログラムの提供が期待できる。 【参考情報】 FACEDUO 公式ホームページ https://www.faceduo.jp/sst/ 【連絡先】 大塚製薬株式会社 CNSデジタルソリューション推進PJ e-mail:cs_cns_faceduo@otsuka.jp p.186 特例子会社におけるWRAPワークショップの導入 -安心して話せる場所づくりを通して実施する定着支援への取り組み- ○明石 幸子(株式会社DNPビジネスパートナーズ 事業開発部) ○居山 小春(大日本印刷株式会社 Lifeデザイン事業部 兼 株式会社DNPビジネスパートナーズ) 國行 淳(株式会社DNPビジネスパートナーズ 事業開発部 部長/精神保健福祉士) 1 はじめに 特例子会社である株式会社DNPビジネスパートナーズ(以下「DBP」という。)は、2024年に社員研修の一環として就業時間内に社内施設にてWellness Recovery Action Plan®を含むメンタルヘルスのリカバリー(以下「WRAP」という。)のワークショップを実施する取り組みを開始した。本稿では、その導入経緯、参加社員からのアンケート結果、及び1対1の面談を通じて得られた気付きを報告する。 2 企業の定着支援の施策 (1) DBPについて DBPは、2019年に設立され大日本印刷株式会社の特例子会社として認定されている。従業員数は115名、うち約7割が障がいのある当事者である(2025年4月1日現在)。 (2) DBPの定着支援の施策 DBPの定着支援施策には、個別支援、社内の勉強会、障がい理解のための社外講座の受講奨励、及びWRAPワークショップが含まれる。WRAPは、社員が自らのリカバリーのためのプランを作成するプログラムであり、2024年より実施される。 3 WRAP導入までの経緯 (1)専門知識の強化 DBPでは、事業開発部部長の國行をはじめとする数名の社員が、2022年度中に精神保健福祉士や社会福祉士などの専門資格を取得し、WRAPを導入する契機となった。 (2)職場の課題把握 2022年度中に全管理職とリーダークラスの社員から職場内の課題感についてヒアリングを行った結果、勤怠の安定性、報告・連絡・相談、業務への向き合い方、日常生活管理、社員間のコミュニケーション不足、管理職の障がい理解の差などの課題が明らかになった。 (3)WRAPファシリテーターの養成 担当社員である明石が2022年に社外のWRAPワークショップの定期クラスに参加し、自分のWRAPを作成・使用した。2023年にはWRAPファシリテーター養成研修を受講し、自分のWRAPクラスを持つ資格を得た。 (4) 骨子づくり 対象者や実施方法など骨子づくりをおこなう。 - 対象者はDBP社員 障がいの有無・特性は問わない - 会社の研修として就業時間・社内の会議室で実施 - クローズドで実施(ワークショップ内での参加者の発言内容を職場に報告しない) - 修了証をDBP社長名で発行、授与式で社長から渡す (5) 年間カリキュラムを作成(図1) 図1 2024年度のカリキュラム (6) サポーターを迎える 社内でWRAPファシリテーターが明石のみのため、サポーター(書記とコ・ファシリテーターの役割を含む)として、DBPの兼務者である居山を迎える。 (7) 社内での周知活動 2024年4月にDBPの社長・管理職向けの説明会を実施。その後、DBP全社員を対象にWRAPについての説明会を行う。同年5月の参加者募集前に「お試しクラス」として年間参加を検討する社員のためのクラスを2回実施する。  4 2024年度のDBPのWRAPワークショップ (1) WRAPとWRAPワークショップ Advocates for Human Potential, Inc.1)によると、WRAPは1997年にアメリカでMary Ellen Copeland氏がメンタルヘルスに困難を抱える当事者と共に体系化したリカバリーとセルフケアのためのプログラムである。 WRAPワークショップでは、その日のテーマについて参加者とファシリテーターが相互に自分の体験や工夫を通して学びあう。自己決定の原則が重視され、それぞれの意志で「自分の取扱説明書」であるWRAPを書いていく。 (2) WRAP導入への期待 DBPにWRAPを導入することで、特に職場の課題である社員の安定就労や定着支援への効果が期待される。 p.187 (3) DBPのワークショップの内容 ア テーマ ワークショップは、コープランドセンター2002年版のWRAP公式スライド(日本語訳)2)に基づきキーコンセプト、元気に役立つ道具箱、及びWRAPの6つに場面分けしたサインと対応プランをテーマに実施する。 イ ガイドラインとルール 参加者が話し合いにより、ワークショップのガイドライン「安心のための合意」を作成した。ただし、会社の施設にて就業時間内で実施するため、会社の規則を守ること、業務都合を含めワークショップを遅刻・早退・欠席する場合は上長とファシリテーターに連絡するといったグラウンドルールを設けた。 (4) 参加者 2024年度は7名のDBP社員が参加し、年齢は30~50歳代、男女比は5:2であった。参加者の所属や業務はそれぞれ異なる。うち、6名の社員がワークショップを修了した。 (5) 年度途中の変更を含むフィードバック ワークショップ終了後には参加者にアンケートを実施し、その記載内容に応じて内容を修正した。年度途中の変更点(図2)については管理職に報告した。 図2 変更点 報告内容 (6) 参加した社員との1対1の面談の実施 年間のワークショップ終了後、ファシリテーターは参加者との個別面談を実施した。この面談の目的は、①会社の研修としての効果があったかどうか、②参加した社員が実際にメリットを感じているか、③内容のフォローアップやその他の支援が必要かどうかを把握することである。 5 参加した社員からのフィードバック アンケートや1対1の面談では、ワークショップ内のディスカッションに関する意見が多く寄せられた。WRAPのテーマを通じてサポートや権利擁護について考える機会を得たと述べた参加者もいる。 (1) ディスカッションに関する意見(抜粋) ア 自分について話せる場であった - WRAPのテーマをきっかけに、自分の病気や障害のことを話せる場所が会社にあってよかった - 仕事の場ではできない話ができたと感じている イ 他の人の話を聞ける場であった - 他の人がDBPに入る前の話を聞けた。皆、大変だった - 他の人が実践している行動や思考から気付きを得られた ウ 一緒に参加した仲間との関係性ができた - 「職場の同僚」という関係性から「障がいのある同志」「WRAPを一緒につくった同志」に変わっていった 6 考察と課題 (1) ディスカッションへの言及 ディスカッションへの言及が多い理由として、参加者間で関係性や信頼が生まれたこと、WRAPのテーマを中心に扱うことでリカバリーに焦点を置いたディスカッションができたことが考えられる。 (2) 職場づくりとWRAPワークショップが果たす役割 ア 安全に話す場所と関係性づくり WRAPワークショップは、参加者が関係性を構築し、障がいや病気について安全に話す場所としての役割を果たした。参加者間の挨拶が盛んになるという変化もあった。 イ グループダイナミクス 他の参加者の話を聞くことで、お互いにテーマについての理解を深めることにつながった。 (3) 課題 参加者が作成したWRAPを活用し、安定就労や定着支援につながるかを引き続き観察する必要がある。また、管理職の理解を得ながら進めることが重要であり、今後もフィードバックを通じて管理職の理解を深めることが求められる。 7 今後の施策 2025年度もWRAPワークショップを継続して実施。参加者が異なる場合も場の雰囲気を大切にしつつ、試行錯誤を重ねている。2024年度の参加者には、希望者を対象に新しいテーマでのWRAPワークショップを実施している。 【参考文献】 1)Advocates for Human Potential, Inc. 引用年2025 WRAP‐Wellness Recovery Action Plan (英文サイト) https://www.wellnessrecoveryactionplan.com 2)Copeland M.E.「ファシリテーター研修マニュアル 元気回復行動プラン(WRAP®)を含むメンタルヘルスのリカバリー」August2002 久野恵理 訳 p2-1,2-2,2-3 【連絡先】 明石 幸子 株式会社DNPビジネスパートナーズ e-mail: Akashi-K@mail.dnp.co.jp p.188 特例子会社におけるキャリア教育の推進 ~自社研修と出張授業の取り組み~ ○梶野 耕平(第一生命チャレンジド株式会社 人財育成部 次長) 齊藤 朋実・越後 和子(第一生命チャレンジド株式会社) 1 はじめに 当社では、設立以来、障がいがある社員(以下「社員」という。)が主体的に業務へ取り組めるよう、業務の見える化や仕組みづくりに注力してきた。これにより、社員が主体的に行動できる環境が整備されてきた。しかし、近年、若年層の転職希望による離職や、設立当初から勤務している高齢な社員の意欲・能力の低下に起因すると思われる離職が散見されるようになってきた。離職者の増加は、組織の持続的成長に対する深刻な課題となる。 離職者の傾向を見ると、それぞれ離職理由は異なるものの、特に18~34歳の若年層の社員(以下「若年層社員」という。)は「将来のキャリアイメージを持てていない」という課題が浮かび上がる。このことから、特例子会社においても、健常者と同様に「将来どのような仕事をしたいか」「どのような働き方をしたいか」といった勤労観・職業観を育むキャリア教育とキャリア形成支援の必要性が高まっている。 キャリア形成とは、個人が職業生活を通じて自己の能力や価値観を発展させ、社会的・職業的自立を目指すプロセスである。一方、キャリア教育はその基盤を支えるものであり、「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育1)」と定義される。特例子会社も、従来の職場定着に主眼をおいた人財育成から、社員一人ひとりが仕事を通じて自己実現を目指す「キャリア形成」に重点を置いた人財育成への比重を高めていく事が求められている。 2 キャリア教育の取り組み (1)離職傾向の分析 当社の2019~2024年度の離職者数を見ると、一定の割合で社員が離職していることが確認される(図1)。また離職者48名中、13名が転職を理由にしており(図2)、体調不良・勤怠悪化を理由にしている26名の中でも個別に見ていくと、体調不良に至る前段階で、業務におけるモチベーションの低下やキャリアの問題を抱えている例が見られた。 さらに勤続年数が短い若年層社員の離職が48名中37名と多い。彼らは業務遂行能力に課題があるわけではなく、むしろ高い成果を上げていたが、自身の能力と業務難易度との間に乖離を感じており「現在の業務が簡単すぎる」「現職では十分なやりがいが得られないのではないか」といった認識から転職を希望していた。 また、近年では体力や認知機能の低下、モチベーションの低下など、高齢化に起因すると思われる離職も散見されているが、それが高齢化による問題かどうか、また潜在的に高齢化による職場不適応が起こりそうなケースがあるのか、今後社内の実態を把握していく必要がある。 図1 退職者数の推移 図2 退職者の状況 (2)数値化の取り組み 全ての社内研修は共通のアンケートを実施する事で数値化を図り、各研修へのニーズや満足度を比較・検証できるようにしており、その後の研修方針や運営に反映している。 また今年度より、障がいがある社員・トレーナーを対象に、全社共通で必要なスキルをチェックする取り組みを開始した(図3)。今後、本スキルチェックにより、社員の成長を数値化し、現状で当社社員に備わっているスキル及び不足しているスキルを明確にしたり、スキルの変化を踏まえた上で、研修体系を作成することを目指している。 図3 スキルチェックについて p.189 (3)社内研修の体系化と運営 ア 研修体系の整備と年次別研修の強化 従来は必要に応じて実施していた社内研修を体系化し、特に若年層社員の離職傾向を踏まえ、入社から3年目までの年次別研修を手厚くした(図4)。さらに、セカンドキャリアを考える機会として、55歳以上の社員を対象とした「New Sailing研修」を新設し、キャリアの再設計を支援している。現時点では入社から3年目までの社員を対象に研修を行っているが、今後は年齢別の研修も拡大し、若年層社員のキャリア形成をより手厚くしていく必要がある。 図4 研修体系 イ 横のつながりと体験学習を意識した運営 研修は企業理念を軸に設計されており、協働を促すグループワークを通じて、社員同士の部署を超えた横のつながりを重視している。自社講師や先輩社員が自身の成長過程を語ることで、企業理念を実践的に理解し、社員のロールモデルとして将来像形成を促進している。 ウ 自社運営のメリット 研修は自社で設計・運営し、講師も社内人財が担当している。前提として、キャリア教育という観点では研修をタイムリーにかつ継続的に行う必要があるが、外部機関の研修は柔軟な対応が難しいという問題がある。当社の研修では、社員ひとりひとりの理解度が異なるため、座学部分も自身の経験からイメージできるような内容に工夫をしている。また講師が自社のマネジメント層社員であることで、受講者の特性に応じた対応やアンケートの結果をタイムリーに研修内容へ反映できる点も大きな利点である。 エ 出張授業の活用 当社では、外部機関からの依頼を受けて、障がいを「生活のしづらさ」という視点で捉えることの大切さについて参加型の出張授業を展開している。啓発のための活動だが、授業で社員に自らの体験を語ってもらうことで、自社研修で考えたことを振り返り、アウトプットする機会となっている。また、聞き手からフィードバックがある貴重な機会となっており、登壇した社員からは「役に立ててうれしい」「楽しかった」といった声が聞かれる。この活動は社員のモチベーションにつながっており、自社研修と出張授業、両方の機会があることで、高い相乗効果を得ている。 オ 社内トレーニー制度 当社では、社員が他部署の業務や役割を知る機会が限られていた。そのため、最大5日間の他部署勤務を経験できる「社内トレーニー制度」を導入している。この制度は、社員が自部署以外の業務を体験することで視野を広げ、将来のキャリア選択に対する理解を深めることを目的としている。導入当初は限られた人数での運用であったが、制度の有用性が社内で認知されるにつれ、制度利用の希望も徐々に増えていった。今年度からはトレーニーの受け入れ期間の拡大と人数制限の撤廃を行い、制度の運用を大幅に拡充した。その結果、前年に比べて利用者数が増加し、社員のキャリア意識の高まりがみられる。 (4)キャリア形成支援の担い手育成 キャリア形成支援の担い手は、①キャリア教育の目的と意義を正しく理解し、②対象となる社員の自己理解を促す支援ができること、③自社研修の企画・運営・講師としての役割を担えることが求められ、これらスキルを備えた人財の質の確保が課題となっている。加えて、キャリア形成支援の拡充に伴い、それを支えるマネジメント層社員の人数確保という量的な課題も浮上している。これらの課題に対しては、既存の研修体系のさらなる充実や、キャリア教育にかかわりたいというニーズの把握と育成対象者の選定・配置に関する戦略的な取り組みが求められる。 3 結論 当社では、人事調査表の内容をもとに、上司との面談を通じてキャリアについて対話する制度を実施している。人事調査表に将来志向の項目が追加された2019年度は、148名の社員のうち、異動を希望したのはわずか7名(4.7%)であり、異動に対して消極的な姿勢が見られた。一方、2024年度は230名中24名(10.7%)が異動を希望しており、制度開始当初の約2倍に増加した。これはキャリア形成を前向きに捉える社員の意識変化を示すものである。 特例子会社においては、社員の障がいの種別や程度が多様であるため、画一的なキャリア形成支援では十分とは言えない。多様性を尊重し社員一人ひとりが自律的にキャリアを考え続けられるよう、本論で述べた取り組みをさらに強化していく。これらは①研修機会=「キャリア意識の醸成」、②人事制度運営=「キャリアの実現」の両輪があってこそ成り立つものであり、研修運営の強化と共に、一人ひとりのキャリアプラン設定や人事異動・人事評価といった人事制度運営の強化をセットで検討する必要がある。 【参考文献】 1)文部科学省 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/career/ p.190 加齢に伴う知的障がいのある社員の就労への配慮とモチベーションアップによる定着支援 -設立30年を迎える特例子会社の事例- ○小林 達也(株式会社テルベ 総務部マネジャー 障害者職業生活相談員) 1 はじめに (1) 報告する事業所について 株式会社テルベ(以下「当社」という。)は、平成6年に株式会社イトーヨーカ堂が障害者雇用の促進と高齢者の受入れを目的に北海道北見市に設立した特例子会社で、椎茸事業と印刷事業を展開。平成18年に親会社が持株会社へ移行したことに伴い、株式会社セブン&アイ・ホールディングスの特例子会社として再認定された事業所である。 (2) 障害種別毎の従業員数の変化 当社は、平成7年(1995年)9月に障害者の雇用を開始。雇用開始時は、下肢不自由7名、聴覚障害者2名、内部障害者1名、知的障害者7名の計17名で、令和7年(2025年)6月1日現在、下肢不自由1名、聴覚障害者4名、内部障害者1名、知的障害者14名の計20名を雇用している。 表1 障害種別毎の従業員数の変化 (3) 従業員の中高年齢化による欠勤や退職 当社は、設立から30年を迎え、設立時に20代後半で雇用した身体及び知的障害者が50代に入り、加齢による変化が顕著に表れた。具体的には、既往症の悪化や体調不良による欠勤日数の増加。また、身体が元気なうちに老後を楽しみたいと60歳定年を期に再雇用を選択せずに退職するケースや介護等のため離職するというケースも発生した。 2 知的障害者の加齢変化 (1) 体調、健康面 五味他1)によれば、加齢による障害者の身体・認知機能の変化は速く、筆者の体感においても、30代に入り、急に白髪が増え、通院回数や投薬量が増加。40代後半になると聴覚や視力の低下が顕著になり、50代に入ると認知機能の低下とともに経験と勘で物事を判断しがちになる。また、自身で身体の不調を的確に伝えることが難しく、救急搬送の後、具体的な病名が不明のまま入院となって安静が必要になるといった場面も発生した。 (2) 業務面 入社から勤続20年以上が経過すると、同じ作業の繰り返しの中で惰性となり、働くモチベーションが低下。 (3) 生活面 聴覚機能の低下により、グループホームの世話人から大きな声で話しかけられることが怒られているという気持ちになり、世話人との関係が嫌悪になる問題等が発生。 3 就労への配慮(個人への対応) (1)出勤日数の配慮 週5日から週4日勤務へ変更。これにより、休養日が確保できるだけでなく、通院日に充てることも可能となった。 (2) 他部門への応援 ア 応援の背景 令和元年末から流行した新型コロナウイルスの感染拡大防止のためオンライン化が進み、印刷物の需要が急減。それに代わり、椎茸事業において事業拡大のため生産量が伸長。それに伴う出荷作業へ対応するため、印刷部門から人員の応援体制を図った。 イ 応援の内容 主に椎茸商品の出荷作業を担当。商品を箱に入れる他、宅配業者へ引き渡すための箱の整理や冷蔵庫内の整理整頓を行い、また、不定期で規格外品の椎茸を乾燥するためにきのこの軸足を切除する作業等の応援業務を行った。 加えて、応援に入る指導員も他部門からの応援という形を取ることで、専属ではなく、「応援している」という空気感が貢献したい気力を生み出すことにつながった。 ウ 応援の工夫 作業が完了した際には、報告を求めると同時に感謝を伝えることで、やりがいを生み、褒めることで、次回も頑張ろうという気持ちの醸成を図った。 エ 応援の効果 二人三脚のOJTにより、箱に決まった個数の商品を並べるという簡単な作業から順次、イレギュラーな個数を入れる場合、イレギュラーやスポット対応など数カ月かけて p.191 段階を追って教育を行い、半年後には障害者が一人で対応できるまでに成長した。これにより、指導員が不在の場合であっても一人で業務を完結できるまでに至った。 4 関係者を巻き込んだ情報共有(全社での対応) (1) 関係者面談(4者面談)の開催 当社では、半年毎に事業所の所長、指導員、ジョブコーチ及びグループホームを運営する障害福祉サービス事業所の支援者、障害者の親あるいは親族が一堂に会する関係者面談を実施。面談の後半に障害者本人が参加し、仕事や生活上の悩み、会社やグループホームへの要望の聞き取り、また、仕事や生活面における目標設定を行っている。 この面談を通して、仕事・生活両面における半年単位での変化や留意すべき事柄、また、職場環境に対するハード、ソフト両面における要望とそれに対する合理的配慮の実施に向けた具体的な協議を行うことが実践できている。 (2) 安全衛生委員会の開催 当社は従業員が50人未満の事業所であり、開催義務はないが、製造業であること及び多くの障害者と高齢者が働き、労働安全への配慮や環境改善を図るため、毎月開催。 また、参加者は管理職に加えて、東京に常駐する社長及び親会社の障害者雇用担当部長がオンラインで参加。 安全衛生委員会では、労働安全や衛生、労働災害事故の防止に関わる議事に限らず、従業員側が日頃感じている会社に対する意見や要望、困っていることを伝達し、経営側が会社としての対応方針を回答する対話の場となっている。 (3) 定着会議の開催 安全衛生委員会と同日に、障害者一人一人の1カ月間の仕事面、体調面、生活面に関わるトラブルや課題に関する情報共有を行う定着会議を開催。社長を含む管理職全員が参加し、4-(1)関係者面談よりも細かい頻度で開催することでモニタリングができ、日々の環境変化から発生する課題に対して、議論と方針を設定することができている。     図1 関係者面談   図2 安全衛生委員会、定着会議 5 今後の課題 (1)福祉への移行 加齢の対応と配慮をするとは言え、一般就労である以上、会社に対して労役の提供(作業スピード、作業をこなすことができる量、勤怠等)が一定レベルを下回るのであれば、就労継続支援事業所、または、生活介護等の障害福祉サービス利用への移行を求めたいが、その基準やタイミングの問題。また、労働者の権利として退職(解雇)は制限されるため、行政を巻き込んだ業界全体での議論が求められる。 (2) 若年齢層の将来的な加齢対応 当社は設立時に一斉採用を行い、その後、約20年間に渡り、中途採用を控え、約10年前から特別支援学校の卒業生を継続的に雇用。その結果、年齢層が50代と20~30代に二極化し、将来、後者の加齢対応が迫られる課題がある。 (3) ライフステージへの対応 従来、当社は「親なきあと」への対応として、食事や通院を含めた健康管理や金銭管理ができるグループホームの利用を推奨。しかし、ここ数年は自動車運転免許を取得し、一人暮らしを希望する知的障害者が増加傾向にある。一人暮らしは会社としても応援したいが、プライベートに踏み込めない場面も出てくるため、配慮が必要な状況を察知するため、より密なコミュニケーションの関係が求められる。 6 さいごに 障害者雇用は「雇用率」から「雇用の質」へと叫ばれる中、当社は幸いにも、設立時から雇用率の達成のためではなく、障害者の立場に立ち、障害者が最も働きやすい環境の構築を第一としたノーマライゼーション理念の実践を経営の軸に事業を継続することができた。 このため、多くの特例子会社とは状況が異なる場面もあるが、本報告がナチュラルサポートの下、障害者一人一人の配慮を通して最適解を導くことに専念するという障害者雇用の本質を目指す取組みへの参考になれば幸いである。 【謝辞】 社会福祉法人北陽会様には、当社の事業に多大なご理解とご協力に加え、日頃から利用者に関わる情報共有を密に取ることのできる関係を構築頂き、深く感謝申し上げる。 【参考文献】 1) 五味洋一、志賀利一、大村美保、村岡美幸、相馬大祐、木下大生『障害者支援施設における65歳以上の知的障害者の実態に関する研究』,「国立のぞみの園研究紀要」第6号(2012),p.14-24 2) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構『職場ルポ-地域に根ざした事業と連携でノーマライゼーションを実践 株式会社テルベ』,「働く広場」2022年11月(2022),p.3-7 【連絡先】 小林 達也 株式会社テルベ Tel:0157-33-2211 e-mail:somu@terube.jp p.192 雇用管理場面における職場適応を促進するための相談技法 ~自社社員への活用に向けて~ ○森田 愛(障害者職業総合センター職業センター 上席障害者職業カウンセラー) ○小松 人美(障害者職業総合センター職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 はじめに 令和4年障害者雇用促進法の改正により、事業主の責務について、適当な雇用の場の提供、適正な雇用管理等に加え、職業能力の開発及び向上に関する措置が含まれることが明示された。令和5年4月同法施行から、事業主は、障害者に対する雇用機会の確保及び必要な合理的配慮を行うとともに、障害者が企業の成長、発展にとって無くてはならない人材として活躍し続けることができる環境づくりを一層進めることが求められている。 このような中、障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)では、事業主が、障害のある自社社員が能力をより有効に発揮できる環境を作れるよう、雇用管理場面において活用するための支援技法等の開発に取り組んでいる。本発表では、その開発状況や今後の方向性等について報告する。 2 現状と課題 (1) ニーズ等調査の実施 職業センターで令和6年に全国の地域障害者職業センター及び同支所並びに広域障害者職業センター(以下「地域センター等」という。)を対象に「技法開発のニーズ等に関するヒアリング調査」を実施したところ、地域センター等のうち「事業主から職場適応を促進するための面接・相談の仕方について、相談を受けたことがあるか」との問いに対して、87.5%が「ある」と回答した。その中で「雇用管理担当者と障害のある社員とが円滑なコミュニケーションを図れるような相談支援ツールがあると良い」といった声が散見されたこと等から、地域センター等及び事業主に対して、企業における障害のある社員との面接・相談等の状況についてヒアリングを行った。 ア 地域センター等へのヒアリング 令和6年度及び令和7年度に地域センター等(27か所)に対してヒアリングを実施した。地域センター等が把握している企業の意見として、次のようなものがあった。 ・雇用管理担当者のバックグラウンドによって、障害のある社員への対応が違う等スキルにばらつきがある。 ・障害者支援の専門家ではないという気持ちから、支援ツールの活用において不安を感じ、躊躇している。 ・多くの業務を抱えており、障害者の雇用管理に関する情報収集が十分にできない。 ・体調が不安定、怒りの表出が強いといった社員とどう面接してよいのか困っている。 ・睡眠等生活習慣が課題だった場合、どこまで触れてよい内容なのか迷っている。 ・本人を傷つけてしまうのではと不安があり、フィードバックに躊躇している。 ・指導的、一方的に話をしてしまいがちで、社員の話をうまく引き出せていないという思いがある。 イ 事業主へのヒアリング 令和6年度及び令和7年度に企業において障害のある社員の雇用管理を行う担当者(5社)に対してヒアリングを実施した。主なものとして、次のような意見があった。 ・障害者の雇用が進む一方で、企業内での支援人員は増えていない。その中でどのように管理者側の人材育成をしたらよいのか困っている。 ・生活面の課題は基本的に踏み込まないようにしているが、安定勤務を目指した場合に生活面の課題は切り離せないことがあり、どこまで踏み込むべきか迷っている。 ・課題改善へ向けた単発的な取組はできているが、習慣化していくことが難しい。 ・立場上の上下関係によって指導的な関わりになりやすいところや、障害のある社員が「指導されている」という受け止めをする可能性もあるため、助言すべき内容であっても躊躇してしまう。 ・困っていること等を話してもらえるような相談の仕方を教えて欲しい。 (2) ニーズ等調査のまとめ 地域センター等及び事業主へのヒアリングにおいて把握した面接・相談における課題について、表1のとおりカテゴリー化を行った。 表1 ニーズ等調査結果 p.193 3 相談技法(相談支援ツール及び活用方法)の開発 (1) 開発のポイント ヒアリングの結果から、面接・相談における課題の多くは、障害のある社員との距離感の取り方や率直な意見交換ができていない等コミュニケーション形成に係るものであると推察された。そこで、雇用管理担当者と障害のある社員との相互理解のための手段として、両者が同等の立場で「ともに学ぶ」形式の相談支援ツール(視聴覚教材)を開発し、双方向のコミュニケーションを図るきっかけづくり(関係性づくり)を目指すこととした。併せて、相談支援ツールを活用した表1のカテゴリーごとの課題を踏まえた留意事項等を含む相談方法について、検討・整理することとした。 (2) 視聴覚教材の構成と内容 視聴覚教材として、職業センターで開発した支援マニュアルNo.26別冊「職場適応を促進するための相談支援ツール集」をもとに、資料の改良、音声や字幕付きの動画を作成している。テーマとしては、誰もが心当たりのある、雇用管理担当者と障害のある社員との間で共通の話題としやすいもの、かつ相互理解に有効と思われるものを重視し、「睡眠」「食事」「運動」「習慣化」を選定した。 また、事業主から「職業センターの支援マニュアルNo.26別冊の中から『怒り』をテーマに取り上げたところ、本人の怒りの理由がわかり、課題背景の把握や問題解決がしやすくなった」といった意見や地域センター等から「怒りのコントロールが課題の在職者に対する相談に利用しやすいツールがあるとよい」といった意見があったこと等を踏まえ、「怒り」についてもテーマに加えることとした。 開発中の視聴覚教材の概要は、表2のとおりである。 表2 相談支援ツール視聴覚教材の概要 視聴覚教材の視聴にあたっては、動画を一時停止して自分自身の状況等を振り返ってチェックするパートを設けている。その時間を含めると、各テーマの所要時間としては、視聴時間に加えて5~10分程度の余裕を設けることが望ましい。 (3) 視聴覚教材を活用した相談 視聴覚教材は、障害のある社員と雇用管理者が一緒に視聴し、同じ情報を共有した上で振返り相談等を実施することを想定しているが、個々人で視聴する場面や社員研修等複数名で同時に視聴し意見交換を行う等、様々な方法での活用が考えられる。 視聴覚教材の視聴形態やその内容をもとに面接・相談を行う際に、地域センター等や事業主へのヒアリングにおいて把握した事項等を踏まえ、双方向のコミュニケーションが図れるよう、ポイントや留意事項等について整理するとともに活用事例等も収集している。 4 さいごに 相談支援ツール(視聴覚教材・試行版)の企業及び地域センター等における試行等を踏まえ、相談支援ツールの改良、相談支援ツールを活用した相談の実施方法、留意事項及び活用事例等を取りまとめ、令和8年3月に実践報告書として発行する予定である。 【参考文献】 1)「障害者が活躍できる職場環境づくりのための望ましい取組のポイント(リーフレット)」(厚生労働省) (https://www.mhlw.go.jp/content/001120324.pdf) 2) 障害者職業総合センター『職場における情報共有の課題に関する研究―オンラインコミュニケーションの広がりなど職場環境の変化を踏まえて―』,「調査研究報告書No.179」(2025) 3) 障害者職業総合センター職業センター『職場適応を促進するための相談技法の開発~ジョブコーチ支援における活用に向けて~』,「支援マニュアルNo.26」(2024) 4) 障害者職業総合センター職業センター『職場適応を促進するための相談支援ツール集』,「支援マニュアルNo.26別冊」(2024) 【連絡先】 障害者職業総合センター職業センター開発課 e-mail:cjgrp@jeed.go.jp Tel:043-297-9112 p.194 精神障害のある労働者における就業上の課題と配慮・措置実施の有効性 ○渋谷 友紀(障害者職業総合センター 上席研究員) 浅賀 英彦・田中 規子・五十嵐 意和保・堂井 康宏(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 精神障害者の雇用の促進等を図る上で、事業主にとっての雇用管理上の負担の程度等の把握が重要であることから、障害者職業総合センター(2025)において、精神障害のある労働者(対象者)の精神障害者保健福祉手帳の等級及び主な疾患と、雇用管理上の負担の程度を踏まえた就業実態や就労上の課題との関連をその他の要因の影響も考慮しつつ、一般化線形モデル(GLM)を用いて検討した1)。 その結果、特定の就業上の課題の大きさが、配慮・措置の実施を促進または抑制する可能性が示唆された。それらの配慮・措置を実施されている対象者に限ると、いくつかの就業上の課題は、その程度が大きいほど、配慮・措置実施の有効性を低下させる可能性があることも示唆された。しかし、配慮・措置が実施されている対象者では、いずれの配慮・措置項目でも8割以上のケースで有効と判断されていたことから、有効性を低下させる効果はわずかなものである可能性が考えられた。 こうした結果を踏まえ、本研究では、GLMによって得られた知見の妥当性や解釈可能性を高めることを目的として、配慮・措置実施の有効性と就業上の課題との関係について、改めて相関係数を用いた検討を行った。 2 方法 (1) 分析の対象とした者 事業所の担当者に対して、個別の対象者に関する雇用状況等を回答することを求めた。調査票は対象者を雇用する10,000社に対し郵送し、1社につき最大6名までとした。その結果、3,638人の対象者に関する回答が得られた。 (2) 分析に用いた変数 個別の対象者に対して実施した配慮・措置の内容を表1に、個別の対象者の就業上の課題の内容を表2に示した。 表1 対象者に対する事業所の配慮・措置(略記※) 表2 対象者の就業上の課題 実施された配慮・措置の有効性は項目ごとに「1=有効である」から「5=有効でない」の5段階で、就業上の課題は項目ごとに「1=課題はない」から「5=課題あり」の5段階でそれぞれ評価することを求めた。 (3) 分析方法 まず、各項目について基本的な集計結果を要約的に示した。その上で、各項目は5段階評価の回答を得ていることから連続変数とみなし、両者の相関の大きさを定量的に評価するため、就業上の課題ごとに、課題の程度と配慮・措置の有効性との間のピアソンの積率相関係数を求めた。 (4) 倫理的配慮 なお、本研究は、障害者職業総合センター倫理審査委員会の審査の結果、妥当と認められた上で調査を実施した。 3 結果 (1) 集計結果 就労上の課題は、各項目の標本サイズに対し、課題があると認識された対象者(課題あり+やや課題あり)の割合(課題認識率)を算出した(図1)。 図1 課題認識率 p.195 図2 配慮・措置の実施者数と有効率 次に、配慮・措置の実施された対象者数(実施者数)と、実施者数に占める有効(有効+やや有効)と回答された対象者数の割合(有効率)を示した(図2)。 課題認識率は「とっさの判断力」が特に大きかった(37%)。実施者数は、配慮・措置項目で差があるが、「業務設定」(2,775人)、「体調変化」(2,667人)、「担当者」(2,445人)などが多かった。有効率は、すべての配慮・措置項目で80%を超えていた。 (2) 分析結果 相関係数は、直感的なわかりやすさを考慮し、有効性の評価値を、「有効である」が5、「有効でない」が1となるよう調査票の値とは逆転させて計算した。そのため、課題の程度が大きくなるにつれて有効性が高くなる場合は相関係数が正の値を示し、逆に有効性が低くなる場合は相関係数が負の値を示す。結果を表3に示した。 算出されたすべての相関係数は負の値を示した。課題-配慮・措置の組み合わせが2-21、4-18、6-2、6-6、6-17、6-21、7-21、8-17、8-21、8-22の場合を除き、すべて5%水準で有意であった。しかし、いずれの相関係数も、絶対値が0.3未満であり、小さな値であった。表3では、その中でも、絶対値が0.2以上の、相対的に大きな相関係数の欄を灰色で塗りつぶした。これらの組み合わせでは、他の組み合わせと比べ、就労上の課題の程度が大きくなると有効性を感じにくくなる可能性がある。 表3 就業上の課題と配慮・措置実施の有効性の相関係数 4 考察 本研究では、精神障害のある労働者に対する配慮・措置の有効性と就業上の課題との関係を相関係数により検討した。事業所が配慮・措置を実施している対象者についてその配慮・措置が有効と評価する割合は8割以上となっており、一定の効果が示唆された。ただし、そうした配慮・措置は事業所が必要性を認識した上で実施しているケースが多いと考えられることから、有効と感じられやすい傾向となっている可能性に留意する必要がある。 一方、相関係数の分析からは、課題の程度が大きいほど有効性が低く評価される傾向も見られた。これは、対象者の就業上の課題の深刻さが、配慮・措置の効果を感じにくくするという影響をもたらしている可能性を示唆する。しかし、相関係数はすべて絶対値0.3未満であり、その影響は限定的と考えられる。 本研究における配慮・措置の有効性は事業所の担当者による回答であることを踏まえれば、対象者の就業上の課題が大きいと認識される場合は特に、より効果的な配慮・措置の内容や実施方法を工夫する上で、そうしたものがどの程度有効であるか、対象者本人の視点を含めた多面的な評価を行うことも必要になってくるものと考えられる。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター(2025)「精神障害者の等級・疾患と就業状況との関連に関する調査研究」,『調査研究報告書』, No.182 p.196 精神障害のある人の就業行動の分析:主な疾患別の比較を中心として ○田中 規子(障害者職業総合センター 研究員) 浅賀 英彦・渋谷 友紀・五十嵐 意和保・堂井 康宏(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 障害者職業総合センター(2025)は、精神障害者保健福祉手帳を所持する精神障害のある当事者(以下「対象者」という。)の手帳の等級及び主な疾患と就業状況との関連に関する調査研究を実施した¹)。その結果、対象者に対する調査では、手帳等級、主な疾患は共に一部の就業状況との関連が考えられた。しかし、統計的な分析は行っておらず、実証的に関連があると言えるかどうか明らかになっていない。 本発表では、精神障害者の職場定着の支援に資することを目的として、精神障害者の職場定着を促進する際に重要と思われる前職の離職理由、現職の就職理由及び現職で受けている配慮・措置について取り上げ、疾患別の回答傾向を統計的に検討する。 2 方法 (1) データ 令和4年障害者雇用状況報告(2022年6月1日現在)を基に、精神障害者を雇用する企業等の中から、地域・産業・規模別に層化無作為抽出した10,000社に対し、原則としてその雇用する全ての精神障害者(ただし上限6名)に回答を求めるよう依頼し、2,601件の有効回答を得た対象者調査のデータを使用した。 (2) 分析方法 本発表では、精神障害者の就業行動(退職や就職)に関連すると考えられる調査項目、①前の仕事を辞めた理由(以下「退職理由」という。)、②現在の会社・事業所に就職を決めた理由(以下「就職理由」という。)及び③現在、職場で会社から受けている配慮・措置の中で役に立っていると思う配慮・措置(以下「役立つ配慮・措置」という。)を取り上げ、これらの回答傾向が主な疾患の種別によって異なるのか検討する。なお、各項目は、①は14個、②は10個、③は23個の変数があり、すべて選択/未選択の2値である。 具体的には、①~③の各変数と主な疾患(9カテゴリー)の関連を検討するため、χ2検定を用いた独立性の検討を実施した。次に関連が有意であった組み合わせに対しては、いずれの疾患で回答数が有意に多いか少ないか明らかにするために残差分析を行った。 (3) 分析で用いる変数 主な疾患は、統合失調症、気分障害、てんかん、高次脳機能障害、ASD、ADHD、LD、その他の発達障害、その他の精神障害の9カテゴリーであった。 退職理由は、現在の仕事につく前に別の仕事をしていたことがある2,030人に対し、以下の14変数について当てはまるものを選択することを求めた。各変数は、(1)仕事内容が合わなかった(仕事内容)、(2)職場の雰囲気、人間関係(職場の人間関係)、(3)賃金・労働条件に不満(賃金・労働条件)、(4)会社の障害への配慮が不十分(職場の配慮)、(5)障害・病気のため働けなくなった(障害・病気)(6)疲れやすく体力、意欲が続かなかった(体力・意欲)、(7)作業、能率面で適応できなかった(作業・能率)、(8)症状が悪化(再発)した(悪化・再発)、(9)将来への不安(将来不安)、(10)キャリアアップのため(キャリアアップ)、(11)会社側の都合(倒産、整理解雇など)(会社都合)、(12)契約期間の満了、定年(契約満了・定年)、(13)家庭の事情(結婚、出産、育児、介護、家業など)(家庭の事情)、(14)その他であった。 就職理由は、(1)職種・仕事の内容(職種・仕事内容)、(2)賃金、(3)労働時間、(4)勤務日数、(5)正社員であること(正社員雇用)、(6)通勤時間・通勤手段、(7)障害への理解・配慮、(8)特例子会社であること、(9)就労継続支援A型事業所であること、(10)その他であった。 役立つ配慮・措置は、(1)業務遂行の支援や本人・周囲に助言する者等の配置(援助者)、(2)業務指導や相談に関して担当者を決める(担当者)、(3)上司や人事などによる定期的な面談(定期面談)、(4)仕事に集中できる場所の確保(就業環境)、(5)静かな休憩スペースの確保(休憩場所)、(6)感覚過敏等への配慮として、照明や室内の音などの物理的環境について対応する(照明等)、(7)能力が発揮できる仕事・部署への配慮(業務設定)、(8)業務実施方法についてのわかりやすい指示(マニュアル等)、(9)業務内容の簡略化などの配慮(作業内容等)、(10)作業を容易にする設備・機器の整備(機器提供)、(11)通院時間の確保、服薬管理など雇用管理上の配慮(通院・服薬)、(12)症状や体調に応じた仕事量の調整(体調変化)、(13)短時間勤務など労働時間の配慮(労働時間)、(14)調子の悪い時に休みを取りやすくする(休暇制度)、(15)短時間勤務からの勤務時間の延長(勤務時間の延長)、(16)職場でのコミュニケーション、人間関係への配慮(コミュニケーション課題)、(17)職場内の他の労働者に障害の内容や必要な配慮等を説明する(配慮説明)、(18)教育訓練・研修の充実(教育訓練)、(19)能力に応じた評価、 p.197 昇進、昇格(目標決定)、(20)症状や私生活面で困ったときに相談できる(職場外課題)、(21)上司などによる主治医との相談内容の共有(情報共有)、(22)外部の支援機関との連携体制の確保(連携体制の確保)、(23)その他であった。 3 結果 (1) 退職理由 χ2検定で有意だった退職理由について残差分析を実施した結果、有意な差が見られたものは表1のとおり。 表1 疾患と退職理由における残差分析結果 (2) 就職理由 χ2検定で有意だった就職理由について残差分析を実施した結果、有意な差が見られたものは表2のとおり。 (3) 役立つ配慮・措置 χ2検定で有意だった役立つ配慮・措置について残差分析を実施した結果、有意な差が見られたものは表3のとおり。 表2 疾患別×就職理由における残差分析結果 表3 疾患別×役立つ配慮・措置における残差分析結果 4 考察 各要素の回答別の残差分析の結果は3で示したとおりであるが、これを疾患別に整理してみると、退職理由においては統合失調症で「障害・病気」の観測値が期待値より有意に大きかった。このことから、統合失調症では障害等を退職理由に挙げる人が多い傾向が示唆された。ASDでは「作業・能率」「仕事内容」「契約満了・定年」など、ADHDでは「職場の人間関係」「作業・能率」「仕事内容」「賃金・労働条件」などの観測値が期待値より有意に大きかった。気分障害では、「障害・病気」「悪化・再発」「体力・意欲」「家庭の事情」の観測値が期待値より有意に大きかった。 就職理由においては、統合失調症では「労働時間」の観測値が期待値より有意に大きかったことから、労働時間を就職理由に挙げる人が多い傾向が示唆された。ADHDやてんかんでは「正社員雇用」の観測値が期待値より有意に大きかった。 役立つ配慮・措置においては、ASDでは「業務設定」「労働時間」「マニュアル等」の観測値が期待値より有意に大きく、これらを役立つ配慮・措置に挙げる人が多い傾向が示唆された。気分障害では「連携体制の確保」の観測値が期待値より有意に大きかった。 こうした傾向が示唆されたことも踏まえつつ、個々の対象者の希望やニーズに沿った支援を検討することが求められる。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター(2025)「精神障害者の等級・疾患と就業状況との関連に関する調査研究」,『調査研究報告書』, No.182 p.198 【ライフストーリー調査】精神障害のある大学生Aさんの就職活動 ~新卒入社~職場活躍まで ○山本 愛子(株式会社エンカレッジ 大学支援事業部 リーダー) ○廣田 みのり(株式会社エンカレッジ 大学支援事業部 コーディネーター) 八重樫 祐子(株式会社LIXIL Advanced Showroom) 小川 健(株式会社エンカレッジ 大学支援事業部 企業担当) 1 はじめに 法定雇用率の引上げや身体障害者の高齢化を背景に、障害者雇用への関心は高まっている。一方で、採用ニーズの高い身体障害や中途の精神・発達障害者の採用は難化している。本稿では、採用が難しいとされてきた「新卒×精神障害者」の若者が企業で活躍している事例を通じ、雇用の見方を拡張することを目的とする。 2 新卒一般採用と新卒障害者採用 マイナビ(2025)1)によると、新卒一般採用は約7割の企業で母集団形成に苦戦し、約3割の人事担当者がマンパワー不足を感じている。少子高齢化に伴う若年労働力の不足と新卒一括採用への根強い需要が背景にあると考えられている。オンボーディングや定着にも課題があり、Z世代は「承認欲求の強さ」「プライベート重視」等の特性に合わせたオーダーメイド型育成と承認に基づくマネジメントを求める(尾形(2024)2))。成果だけでなく「プロセス」を見て承認することが、安心感と上司への信頼を生み、パフォーマンスや成長、組織貢献に影響する。 これらは障害者雇用と本質的に重なる。個性を尊重した育成と包括的かつ長期的な定着支援は障害者雇用でも不可欠である。ゆえに“新卒一般採用”と“障害者雇用”を分断せずにシームレスに捉えることで、新卒障害者雇用に新たな価値を見出せると考える。本稿ではその視点から、一事例のライフストーリー調査で検討した。 3 Aさんのライフストーリー:診断を受けるまで 株式会社LIXIL Advanced Showroom(以下「LAS」という。)に所属するAさんはオンラインショールームでコーディネーターとして対人接客業務に従事し、上司・同僚から将来を嘱望される優秀な社員と評価されている。だが、彼の歩みは順風満帆ではない。むしろ「世の中の流れにうまく乗れなかった」「やりたいことも特になかった」という。では、彼が「職場で活躍する社員」となるまでには、どのような道のりがあったのだろうか。  Aさんは自身を「意志が弱い」「気が弱い」としきりに評する。小学生の頃から教員など「大人」と関わるのが苦手で、将来像を描くことにも抵抗感があった。大学進学も、「一次試験の結果に合わせて選ぶ」など、積極的理由よりは失敗回避の消極的理由を優先する傾向にあった。大学3年で周囲が当たり前にインターンへ参加するなか「王道ルートは自分とは合わない」と思いながらも就職活動を始めた。エントリーシートが書けない、やりたいことが分からない、受けたい企業が定まらないと悩み、眠れない日が続いた。決定打は大学キャリアセンターでの適性検査だった。「適性度をはかるグラフがあって、…そのグラフが小さかったんですよ。みんなどこか伸びるらしいんですけど、どこも伸びず。一個伸びていたところがやっと周りの平均くらい」。画一化されたグラフによって「就職できない」ことが示された後、就職活動を原因として適応障害と診断され、大学を2年半休学した。 4 Aさんのライフストーリーから:就職に至るまで 復学後、Aさんは障害のある学生を対象とした就活サービス「家でも就活オンライン」(以下「家就」という。)を利用し再始動した。もっとも、当初から障害をオープンにして働くことにこだわっていたわけではない。「障害については結果としてオープンにした感じです。障害のオープン・クローズというより、自分にとって就活がしやすければなんでもよかったというか。家就のシステムが自分に馴染んだという感じです」。家就は次のステップをスタッフが提示→Aさんが実行→面談で振り返る、という小さなPDCAを回す運用で、これが彼にマッチした。家就の担当者は、面談での宿題を必ず実行する姿勢を高く評価し、本人のリズムに合わせた支援を継続した。また、自己理解促進と体調の客観的視のため、ジャーナリングアプリの利用をすすめた。Aさんは「自分を見ることはできるけど、就活での自己分析は違ったというか。プラスな面を見つけたり、面接官に評価されたりするための自己分析はそこまで…という感覚がありました。自分にとっての自己分析はできないことを見つけていく感じでした」と語る。一方、Aさんが提出した履歴書を見た担当者は、アウトプットの質の高さに驚いたという。この点から「内側というか自己に考えが向いている気質」と自己分析するAさんの志向性は、高い内省力に結びついていたということがわかる。  その後、Aさんは家就の紹介でLASと出会う。当初、 p.199 「土日休み必須」「実家から通える範囲のみ」と条件を固定していた彼にとってLASの求人は条件に合わなかった。しかし、内省を重ねる中で「しっかり休める」「在宅勤務可」など、より本質的条件を抽出できた。接客業についても、飲食店ホールのアルバイト経験から苦手意識があったが、LASの職場実習で“プロフェッショナルな顧客対応は性質が異なる”と理解し転じた。選考での質問に人事が率直・真摯に回答したことも納得感を高め、Aさんは大学4年6月、LASの内定を得た。 入社後、Aさんは「転んでも何とかなる」という感触を覚えた。日報を介した上長との継続的なコミュニケーションは、Aさんの高い内省力との相性が良く、安心感の醸成に一役を買っている。「ネガティブで不安が強い」と自己評価は、顧客対応における丁寧かつ慎重な姿勢や些細な不明点も必ず質問する習慣として現れ、上長からの信頼に繋がっている。また、上長はAさんのメンタルが安定しているタイミングを見計らい、改善点を限定してフィードバックを行う方針を取っている。これは、自ら考え工夫する力や内省力の高さを認められているからこそ可能な育成アプローチであり、Aさんが安定して成長できる土台となっている。新卒障害者雇用で就職して3年、Aさんはこのように語る。「元々は働ければいいや、と思っていたけど徐々に欲が出てきました。よりよい生活のために昇給がしたくて。そのためには実績が必要で。なんだかんだ、結果的に今は前のめりに仕事に取り組んでいます。10年選手の社員と比べればまだ狭い範囲しかできていないので、これから頑張っていきたいです」。 5 結論 本稿で取り上げたAさんの事例は「障害者雇用=戦力化が難しい」という固定観念を覆すものである。Aさんは自分のペースに合うサポートを活用し、内省力や慎重な姿勢といった強みを発揮して高い評価を得ている。特筆すべき点は、この活躍が新卒採用という枠組みの中で本人の特性に合う環境を求めた結果、「障害者雇用」の上で実現したという点である。現在、多くの企業が新卒一般採用においても早期離職やマネジメント工数の増大などのリスクに直面している。Z世代の価値観に合わせて多様な働き方の承認、結果のみではないプロセスの承認、個性を尊重した対話型マネジメントが必要とされるが、これは障害者雇用におけるマネジメントと本質的に同じ方向性である。Z世代マネジメントの延長線上に、障害者雇用マネジメントがあると捉えれば、両者を切り離す必然性はない。 しかし、現状では中途の障害者雇用を行う一方で新卒の障害者雇用は「経験がない」「支援者がついていない」などの理由から足踏みする企業が多い。一歩引いてみれば、Z世代新卒全般も定着率やマネジメント面で相応のリスクを抱えており、新卒障害者雇用だけが過剰にリスキーであるとみなすのは合理的とはいえない。新卒一般採用と新卒障害者雇用を全く別の枠組みで把握するのではなく、新卒採用下位カテゴリ―として両者を位置づけ、広いグラデーションで人材を捉える視点が必要ではないだろうか。Aさんの事例は、新卒障害者雇用が優秀な人材を確保し育成するための戦略的手段の一つであることを示唆している。採用難が進む今こそ、「障害」という属性ではなく、学生の強みや職務・環境とのマッチングを重視した発想の転換が求められるのではないだろうか。「障害」ではなく「個」を見る。その上で、共に働きたいと思える人物かを判断する企業が増えることを切に願う。 【参考文献】 1) 株式会社マイナビ「マイナビ 2026年卒 企業新卒採用活動調査を発表」(2025) https://www.mynavi.jp/news/2025/07/post_49642.html 2) 尾形真実哉「新卒採用者のオンボーディング プログラムのデザインとコンテンツ」,甲南経営研究,巻65, 第1・2 号(2024), p.57-97 【連絡先】 山本 愛子 株式会社エンカレッジ 大学支援事業部 e-mail:univsg@en-c.jp p.200 職場復帰プログラムにゲーミフィケーションを活用して ~有効性の検証報告および考案したスライドパズルゲームの事例紹介~ ○花澤 智子(群馬産業保健総合支援センター 労働衛生専門職/両立支援) 1 はじめに 2025年日本は、団塊の世代のすべてが75歳以上となり超高齢化社会を迎えた。 生産年齢人口の減少が急激加速し、人材採用や人員定着がより困難になることが予測される中、職業生活において強い不安、ストレス等を感じる労働者は約68.3%を数え、また、メンタルヘルス不調により過去1年間に連続1か月以上休業した労働者の割合は12.8%となっており、心の健康問題により休業する労働者への対応は、事業場にとって大きな課題となっている。 2 背景と目的 (1) 試み 職場復帰支援は、メンタルヘルス不調により休業した労働者が円滑に職業復帰し、早期再発や休業を繰り返さず、就業を継続できるようにするため、大変重要な支援である。 休業した労働者の多くの場合、職場復帰をするということは病気を発症した環境に戻るということなので、それまでに「こころのリハビリ」で、ストレスと上手に付き合っていく自分なりの対処法を見つけておく必要がある。そのためには、休職までの経緯を丁寧に振り返り、自己分析をし、自分の課題に気づき、自分の中で整理しなければならない。しかし、この一連の作業は、メンタルヘルス不調により休業した労働者にとって、決して容易なことではない。 そこで、「こころのリハビリ」を少しでも楽しく積極的に取り組めるよう、職場復帰プログラムにゲーミフィケーションの活用を試みた。 (2) 挑戦 ゲーミフィケーションとは、本来、ゲームではないものにゲームの要素を組み込むことで、利用者の意欲や関心を高め、目標達成を促すことを目的とすることである。 以前より臨床心理の現場では様々なトレーニングに、パズルやカードまたは映像などゲームと親和性の高いものを用いてきたが、今、それらを利用し、不安の低減やバランスのとれた考え方を獲得することを目的としたゲームに「仕立てる取り組み」が各国ですすんでいる。 今回「仕立てる取り組み」にも挑戦し、日本の伝統的な木製パズルゲーム「箱入り娘」をベースに、意識向上スライドパズルゲームを考案した。 3 意識向上スライドパズルゲーム このゲームは、自分の目標達成や問題解決のためのゲームである。 (1) 方法 一番大きなピース①をゲートから出し、ゴール(⑪または⑫)を目指す脱出型スライドパズルゲーム、つまり、ゲートから出せるのはピース①だけである。 ピース①以外のピース小が増えれば難易度が下がり、ピース中が増えれば難易度が上がる、Level1とLevel2を用意(図1)したが、事例紹介ではLevel2を使用した。 課題(目的)「何を(が)どうする」が決まったら、一番大きなピース①とゴール(⑪または⑫)に文字入力(記載)する。その他のピース中には課題(目的)を達成するための目標やピース小には具体的な行動や物など文字入力(記載)する。全てのピースに文字入力(記載)できなくても良い。後から入力や変更をしても良い。文字でなく絵でも良い。ルール以外、基本、入力などは自由である。 図1 意識向上スライドパズルゲーム (2) 効果・工夫 ア 世界に一つだけ、自分だけのゲーム 愛着と付加価値をつけ、より意識や意欲が高まる。 イ やるべき行動や施策の明確化・可視化 目的達成までのプロセスを確立できる。 ウ 疑似体験と成功体験から得る達成感・自己肯定感 適度な難易度があり、あらゆる想像力を働かせ、挑戦と失敗を繰り返し、楽しみながら、課題(目的)と目標と具体的な行動の意識付けや問題解決意欲が高まる。 p.201 4 事例紹介 (1) 事例1(図2) A様、37歳、男性、うつ病で休職中6か月医療リワーク通所し、復職する。 ア ゲームタイトル:自分の理想 イ 感想: ゲームを作る事を通し、今、自分に必要な物を見つめられた。ただ考える(内省する)だけでなく、何かを作る過程で色々と考えられる。解き方は1つじゃない、ぐるぐる回ってもいい、見方を変えてみればいい、そして、自分の理想に近付けたらいいと思えた。 (2) 事例2(図3) B様、28歳、女性、うつ病で休職中6か月医療リワーク通所し、復職する。 ア ゲームタイトル:復職するために必要なこと イ 感想: ゲーム作成は集中して作成することができた。復職するために必要な目標を可視化、明確化することができた。見方を変え視野を広げていきたい。ストレスをためないように発想の転換をしていきたい。仕事を長く続けられるように、強い気持ち、自信を持って、自分を信じていきたい。 (3) 事例3(図4) C様、25歳、男性、うつ症状で休職中8か月医療リワーク通所し、復職する。 ア ゲームタイトル:私の入眠 イ 感想: 復職に向け、今一番必要なことを可視化、明確化することで、何をすればいいのか具体的な行動ができ、それを継続することができた。復職後も心身の健康維持のため継続していきたい。 (4) 事例その他(図5) 3名、アンケートなし。 5 考察と課題 ゲーミフィケーションを成功させるための6つの要素(能動的な参加、称賛演出、成長の可視化、達成可能な目標設定、即時フィードバック、自己実現)を組み合わせることで、ユーザーのモチベーションを高め、目標達成を促すことができるという。今回の事例3名の感想からは、①ゲーミフィケーションの活用の試みと、②考案したスライドパズルゲーム「仕立てる取り組み」の挑戦に、有効性が認められた。このゲームは、個人プログラムの集中力や作業能力の向上に役立ち、集団プログラムでは共同作業や発表による称賛演出で対人スキルの向上やモチベーションを高める効果がある。また、思考に集中することは脳の活性化・認知機能の向上のほかに、負の感情から逃れられない人々の行動をより良い方向へ導く効果も期待できる。 より多くの方へ利用して頂くために、次の課題はゲームのデジタル化だと考えている。 図2 理想の自分(左図・しかけ有/右図・正位置) 図3 復職するために必要なこと  図4 私の入眠 図5 事例その他 【参考文献】 1) 厚生労働省 独立行政法人労働者健康安全機構「~メンタルヘルス対策における職場復帰支援~ 改訂 心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き 2) 日本うつ病リワーク協会理事長 東京リワーク研究所所長 医療法人雄仁会理事長 五十嵐義男(監修)「リワーク手帳 こころの病気のリハビリテーション 休職から復帰まで」 3) 一般社団法人 日本ゲーミフィケーション協会「ゲーミフィケーションの6要素」 p.202 〈アプリを併用した就労アセスメントの専門性向上のための研修の開発についての研究〉アセスメント研修の評価 ○丸谷 美紀(国立保健医療科学院 特任研究官) 武澤 友広(障害者職業総合センター) 1 目的 2025年10月から始まる就労選択支援を見据えて、有識者と共に作成した〈研修カリキュラムとシラバス〉案に基づいて[就労アセスメント研修](文末の表2参照)を試行した結果のうち、次の2点について報告する1)。 [本研修全体を通じた受講前後の自己評価の変化の検討] 本研修全体を通じて「一般目標(GIO)、到達目標(SBOs)、アセスメントスキル」の3項目について、研修受講前後の自己評価の変化を検討する。 [演習の種類による自己評価の差の検討] 講義は受講者全員が同一のオンデマンド動画を視聴したが、アセスメント演習は、1回目はロールプレイ、2回目はデモンストレーション視聴とした。ロールプレイは、社会福祉や看護教育で用いられ2)、有効な学習方法とされる3)。デモンストレーションは技能の学習では具体的で理解しやすいといわれる4)。ロールプレイに参加した受講者群とデモンストレーションに参加した受講者群の間で、「GIO、SBOs、アセスメントスキル、研修理解度、研修満足度」の5項目の研修修了時の自己評価の差を検討する。 2 方法 (1) データ収集 ア 研修受講前 オンデマンド動画視聴前に質問票をWeb配信し「GIO(1項目)、SBOs(4項目)、アセスメントスキル(36項目)」について自己評価を調査した。自己評価は「1.十分にできる、2.概ねできる、3.少しはできる、4.できない」の4件法で回答を求めた。 イ 全研修受講後 オンデマンド動画と集合研修の全研修プログラム終了後に「GIO、SBOs、アセスメントスキル、研修理解度(13項目)、研修満足度(13項目)」について質問票をWeb配信し自己評価を調査した。「研修内容の理解度」の評価基準は「1.よく理解できた、2.だいたい理解できた、3.あまり理解できなかった、4.全く理解できなかった」の4件法で、「研修内容の満足度」は「1.とても良かった、2.概ね良かった、3.どちらかというと良かった、4.良くなかった」の4件法で回答を求めた。 (2) 分析方法 [本研修全体を通じた受講前後の自己評価の変化の検討] 全回答者44名(表1参照)中、受講前後の突合ができた14名について、「GIO、SBOs、アセスメントスキル」の各回答を1.十分にできる=4点、2.概ねできる=3点、3.少しはできる=2点、4.できない=1点と点数化し、統計分析用ソフトウェアRを用いて、研修受講前後の自己評価の差を符号検定で分析した。 表1 回答者の属性 [演習の種類による自己評価の差の検討] ロールプレイ受講者群とデモンストレーション受講者群の2群間で「GIO、SBOs、アセスメントスキル、研修理解度、研修満足度」の各回答を点数化し、統計分析用ソフトウェアRで群間の自己評価の差をWilcoxon順位和検定で分析した。研修内容の理解度は1.よく理解できた=4点、2.だいたい理解できた=3点、3.あまり理解できなかった=2点、4.全く理解できなかった=1点のように点数化した。研修内容の満足度は1.とても良かった=4点、2.概ね良かった=3点、3.どちらかというと良かった=2点、4.良くなかった=1点のように点数化した。 (倫理面への配慮)国立保健医療科学院倫理委員会の承認を得ている。承認番号【NIPH-IBRA#24027】 3 結果 (1) [本研修全体を通じた受講前後の自己評価の変化] GIO、SBOsは全体に正の変化が見られ、SBOsの「障害者雇用・就労支援の理念、目的を述べることができる」以外は1%水準で有意差が認められた。アセスメントスキルは全体に正の変化が見られ「自己と仕事の折り合いの程度」「本人が希望する就労に必要なソフトスキルの習熟度」「地域の障害者雇用の種類や仕事内容の多様さ」について5%水準で有意差が認められた。 (2) [演習の種類による自己評価の差の検討] GIO、SBOsは群間に有意差はなかった。アセスメントスキルは「自組織を超えて連携した支援の必要性」のみデモンストレーション群が5%水準で有意に高かった。「就労選択支援の5つの場面を想定した演習」についての研修理解度は有意傾向であったが、デモンストレーション群の p.203 方が高かった。研修満足度は群間に有意差はなかった。 4 考察 (1) [本研修全体を通じた受講前後の自己評価の変化] 全体に正の変化が見られたことは、演習が功を奏したとも考え得る。「地域の障害者雇用の種類や仕事内容の多様さ」のアセスメント自己評価が高かったことは、令和5年度の調査5)で地域特性への関心が高かったことと関連があると考えられる。 (2) [演習の種類による自己評価の差の検討] 単純集計ではデモンストレーション群の理解度と満足度がロールプレイ群よりも高かったが、有意差が確認できなかった。原因としてn数の少なさや、受講前の自己評価が同一でなかった可能性がある。ロールプレイもデモンストレーションも有効な方法であり、両者を組み合わせた演習も考えられる。 表2 研修概要 5 結論 令和5年度の研修ニーズ調査結果を踏まえ、[就労アセスメント研修]を試行した。[本研修全体を通じた受講前後の自己評価の変化][演習の種類による自己評価の差]の検討を行った結果、全体に改善が見られたが、有意差が見られた項目は少なかった。ロールプレイもデモンストレーションも有効な方法であり、両者を組み合わせた演習も考えられる。 【参考文献】 1)丸谷美紀 武澤友広『〈アプリを併用した就労アセスメントの専門性向上のための研修の開発についての研究〉アセスメント研修の評価』,「令和6年度 厚生労働科学研究費補助金(障害者政策総合研究事業)分担研究報告書」https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/20241703A-4.pdf 2)石川瞭子『おもしろ社 会福祉─ロールプレイとゲーミング・シュミレーション』八千代出版(2010),p.15-17. 3)小山聡子『ソーシャルワーク演習教育における演劇/ドラマの手法の役割-コミュニ ケーションをテーマとする集中授業の結果分析を通して─』,「社会福祉 学(61)」(2020),p.104-117. 4)橋本美保『改訂版教職用語辞典』,一藝社(2019),p.36 5)丸谷美紀 他『〈アプリを併用した就労アセスメントの専門性向上のための研修の開発についての研究〉アセスメントスキルの必要性や実施状況に関するアンケート調査研究』,「R5年度厚生労働科学研究費補助金(障害者政策総合研究事業)分担研究報告書」https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202317031A-buntani4.pdf (accessed 2025 07.05) p.204 発達障害のある子どものキャリア発達支援に向けた家庭教育プログラム ○清野 絵(国立障害者リハビリテーションセンター 室長) 榎本 容子(国立特別支援教育総合研究所) 1 背景 近年、発達障害のある人の就労問題への関心が高まっている。発達障害のある人の就労選択肢は、一般雇用と障害者雇用があり、障害者雇用で障害特性に即した配慮を受けることができれば、安定して働き続けられることが示唆されている1)。しかし、一般雇用での挫折を経て初めて障害者雇用につながる実態がある。この理由として、特別支援教育体制は整備されてきたが、キャリア発達支援は発展途上にあり、職業準備性の不足や、自己理解が不足したまま、キャリア選択に至る状況が考えられる。また、本人の課題と共に家族との連携に関する課題も指摘されている2)。この背景には、職業準備性の土台となる、家庭での生活面の支援の不足や、わが子が障害者雇用を選択することへの親の抵抗感があると考えられる。 これまで、家族との連携は、ペアレントトレーニングという形で、行政的にも、研究的にも取り組まれてきたが、発達障害のある人の就労問題の解決に向けては、こうしたアプローチのみでは十分とは言えない。今後は、家族が、①家庭生活における「今」の学びが「将来」の就労にどうつながるかを理解した上で、②就労準備に向けた学びの機会を充実させたり、③就労する上での本人の障害特性や必要となる配慮を、体験的かつ段階的に理解できたりするよう、本人の支援に関わる教育(学校)と福祉(放課後等デイサービス)が連携し支えていく枠組の構築が必要である。 2 研究目的 本研究は、発達障害のある子どもの就労を見据え、教育や福祉との連携のもとで、学齢期から家庭で取り組めるキャリア発達支援プログラムを開発することを目的とする。 プログラムの開発過程についてはこれまでに報告してきたが3)、本報告では、一連の開発が完了したことを受け、その全体を改めて整理し、開発された成果物及び今後の課題について報告する。 3 研究方法 次の手順で教材を作成した。①過去に企業や就労支援機関等に対して実施したヒアリング記録15件の再分析を行い、家庭に期待される事項の抽出を行った。②文献調査を行い、家庭教育の内容及び家庭との連携に関する知見を整理した。③保護者1名が、家庭教育で重視して取り組んできた内容を把握した。④「保護者」、その子どもである就労中の「発達障害当事者」、当事者の元学級担任である「小学校教諭」、「就労支援者」との意見交換をし、実践的知見を整理した。⑤既存の就労及びキャリア教育に関わる指標(「就労移行支援のためのチェックリスト」(障害者職業総合センター, 2007)、「学校段階別に見た職業的(進路)発達課題」(国立教育政策研究所生徒指導研究センター, 2002)等)を整理し、「就労を見据え育みたい力」(冊子教材において、就労を見据え重要となるポイントとして提示。以下「ポイント項目」という。)として取りまとめた。また、「自立生活サポートチェック表Ⅰ・Ⅱ」(東京LD親の会 , 2017・2018)などの家庭教育に関する資料を参考に、「ポイント項目」に基づく発達段階別の家庭での取組内容表を作成した。さらに、これらの家庭での取組を効果的に進めるために、学校や放課後等デイサービスとの連携の在り方についても検討を行った。⑥作成した冊子教材について、保護者2名による評価を行った。評価の視点は、「就労を見据えた家庭教育内容としての妥当性(内容妥当性)」「内容の過不足」「使いやすさ」とし、それらの結果を踏まえて、冊子教材を改良した。⑦地域ニーズを踏まえるため、地域の発達障害のある子どもの保護者が置かれている状況や、家庭と放課後等デイサービス等の関係機関との連携について情報収集した。⑧得られた情報を踏まえ、冊子教材の利用対象者像とコンセプトを明確化し、冊子教材を改良した。⑨家族会に所属する・または所属していた保護者13名及び、放課後等デイサービス2か所に対し、冊子教材の内容に対する意見を得た。併せて、これまでプログラム開発に関与してこなかった保護者1名に内容に対する評価を依頼し、その結果を踏まえて冊子教材を改良した。また、冊子教材を提示する前の導入資料として、リーフレット教材を開発した。⑩就労中の発達障害当事者の保護者のうち、家庭での取組経験がある者213名(自己申告)に対してWEB上での質問紙調査を実施し、リーフレット教材に対する評価を自由記述で得た。⑪家族会に所属する・または所属していた保護者9名及び、放課後等デイサービス3か所への意見を得て、今後のリーフレット教材及び冊子教材を活用した家族支援の在り方の展望を整理した。 調査の実施に当たっては、独立行政法人国立特別支援教育総合研究所の倫理審査部会で承認を得た(2024-53・2024-54)。 p.205 4 結果 (1) 開発した冊子教材、リーフレット教材 表1の内容から構成される冊子教材「家庭と学校と放デイで支える自立へのステップ発達障害等のある子どものキャリア発達を促すヒント集」(図1)とリーフレット教材「発達障害等の子どもの未来を拓く家庭の力~自立への道を一緒に歩もう!~」(図2)を作成した。 表1 開発した冊子教材の概要 (2) 質問紙調査による教材の評価 調査の結果、リーフレット教材に対する肯定的な意見は137 件であり、「子どもに達成感や意欲を持たせる手立てが詳細に書かれており、非常に参考になる」といった意見があった。一方で、否定的な意見に留まる回答も11件あり、「わかっていても現実にはなかなかうまくいかない」といった教材活用の難しさや不安も示され、導入時の支援体制の工夫が今後の課題として示唆された。 図1 開発した冊子教材(A4・74頁)の表紙等 図2 開発したリーフレット教材(A4・8頁)の表紙等 5 考察・結論 発達障害のある子どもの就労を見据え、教育や福祉との連携のもと、学齢期から家庭で取り組むための家庭教育プログラムとして冊子とリーフレットを開発した。今後は、本教材が学校や福祉の支援のもと、導入時の負担に配慮しながら、家庭で無理なく活用されることが期待される。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター(2017)障害者の就業状況等に関する調査研究,調査研究報告書.137. 2) 榎本容子, 清野絵, 木口恵美子(2018)大学キャリアセンターの発達障害学生に対する就労支援上の困り感とは?-質問紙調査の自由記述及びインタビュー調査結果の分析から-,福祉社会開発研究,10,pp.33-46. 3) 新堀和子, 大蔵佐智子, 榎本容子, 清野絵(2023)家庭と連携した発達障害のある子どものキャリア発達支援の課題と今後の展望:家庭向けキャリア教育の手引きの作成過程から.第31回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集,pp.160-161. p.206 中学校特別支援学級在籍生徒を対象とした就労支援講座の実践報告 -市の福祉部門と学校との連携によるキャリア発達支援の試み- ○榎本 容子(独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 主任研究員) ○小田切 めぐみ(南アルプス市役所 こども応援部こども家庭センター 途切れのない支援担当) 石本 直巳(独立行政法人国立特別支援教育総合研究所) 北村 拓也(独立行政法人国立特別支援教育総合研究所) 相田 泰宏(横浜市教育委員会事務局) 1 はじめに 障害のある若者の中には、学校卒業後に進学や就労を果たしながらも、進路先の環境に適応できずに中退や離職に至り、社会的に孤立するケースがある。その背景には、仕事をするうえで重要となる力や、職場のルール等に対する理解(仕事理解)の困難さや、自分の特性や得意なこと・苦手なこと、自分に必要な配慮等に対する理解(自己理解)が十分に育っていないことなどが考えられる。こうした課題に対応するためには、学校段階から将来の社会的・職業的自立を見据え、発達段階に応じて段階的にキャリア発達を支援する取組が求められる。キャリア発達とは、「社会の中で自分の役割を果たしながら、自分らしい生き方を実現していく過程」を意味し、仕事理解や自己理解を段階的に深めていくことが重要となる。 このような取組を進めるうえでは、生徒一人ひとりの発達段階や障害特性に応じた多様な学びの機会を用意するとともに、職業体験や地域での体験活動を通じて、仕事に対する具体的なイメージを育むことが重要である。また、仕事をするうえで共通して求められる基本的な力や姿勢は、学校や地域での学びの中でも育むことができるため、これらと関連付けながら気付きを促す視点が求められる。さらに、自分らしく働くために必要な配慮について考える機会を意図的に設定することも重要である。特に中学校段階は、「現実的探索と暫定的選択の時期」とされ、将来の職業や進路に対する見通しを持ち始める重要な時期である。そのため、体験的な活動を通し、仕事や自己について考える機会を意図的に設けることが重要である。 しかし、中学校の特別支援学級においては、特別支援学校と比較して限られた時間や人的体制の中で実践を進める必要があるため、障害特性に応じた体験的なキャリア教育を継続的かつ計画的に提供することは容易ではない。 本稿では、こうした課題の解決に向けた参考事例として、南アルプス市における「就労支援ワーク」の取組を紹介する。この取組は、市の福祉部門と学校が連携し、自閉症・情緒障害特別支援学級に在籍する中学生を対象に実施されている。年に一度の開催を通じて、生徒が将来の就労について考えるとともに、仕事や自己への理解を深める機会を提供することを目的としている。 これまでの活動では、市内の事業所(消防署、市のリサイクル事業部、コンビニエンスストア、カーディーラー等)における就労体験を中心に展開されてきた。生徒が実際の職場に身を置くことにより、仕事に対する具体的なイメージを深めたり、関心を高めたりするうえで、重要な学びの機会となっていた。一方で、体験を通し、先に述べた仕事理解や自己理解を深めたり、また、それを学校での学びと関連付けたりすることについては課題が残されていた。 このような背景の中、令和5年度から6年度にかけて、研究機関が参画し、仕事理解及び自己理解に関する学習上の課題を踏まえた就労支援講座の内容案を、市の福祉部門及び学校と連携して検討した。 本稿では、令和6年度に、障害のある中学生を対象に検討された、①仕事の意義やポイントを伝える動画教材、②ピッキング、数値チェック、組立作業による模擬的な仕事体験、③学習・体験前後に実施する「自己発見ワーク」等による、仕事理解と自己理解を促す学習の内容を紹介するとともに、地域資源を活用したキャリア発達支援の今後の課題について述べる。 2 検討された活動及び教材の内容 (1) 学習のねらい 動画教材や仕事の模擬体験を通して、①自分に合った仕事や、②そのための進路について考える機会をもち、さらに、仕事をするうえで大切なポイントを知ることを通じて、③自分の得意なことや苦手なことに関心を深め、仕事理解や自己理解を促すことをねらいとした。 (2) 動画教材 「仕事博士」というキャラクターが登場し、生徒が将来の就労について考えるための「秘伝の技」を授けるというストーリーで展開される。内容は、「仕事を知る」と「自分を知る」の2部構成である。 「仕事を知る」パートでは、「働く」とは社会の中で自分の力を発揮し、他者や社会に貢献することであると説明した。また、「はたらく=人が動くことで、はた(周囲)も楽になる」といった言葉を用いて、働くことの本質を伝 p.207 えた。さらに、パン屋、農家、物流スタッフなど多様な職業を取り上げ、社会に存在するさまざまな仕事への理解を促した。そのうえで、「仕事をするうえでの5つのポイント(①話を集中してよく聞き、仕事内容を理解する/②集中して正確かつ丁寧に取り組む/③わからない時は質問、困った時は相談、終わったら報告をする/④気持ちの良い態度で人と関わる/⑤たすけあう)」を示した。 「自分を知る」パートでは、適職を見つけるためには、仕事理解と自己理解の重なりを意識することが重要であると説明した。そのうえで、自己理解に必要な視点として、「好きなこと・得意なことを見つけること」と「苦手なことを把握し、工夫や配慮で対応すること」の2点を示した。 全体としては、キャラクターや図・イラストなどの視覚的要素を活用し、学習への興味を高める工夫を施した。さらに、学習内容を「5つのポイント」と整理することで、生徒が要点を理解しやすくなるよう配慮した(図1)。 図1 動画教材(一例) (3) 仕事の模擬体験 模擬体験は、「チームでのピッキング体験」と「個人作業体験」の2つで構成した。 ①チームでのピッキング体験 「協力して仕事をやり遂げよう!~チームでピッキング体験~」と題し、役割に分かれて文具や雑貨のピッキングから梱包、報告までの作業を協力して行う内容とした。各生徒は、リーダー、文具・雑貨のピッキング担当と検品係、梱包担当、梱包確認・報告係のいずれかの役割を担い、工程ごとに連携しながら作業を進めた。 ②個人作業体験(障害者職業総合センターのワークサンプル幕張版を活用) 「集中して仕事をやり遂げよう~個人作業体験~」と題し、生徒が自分の特性や興味に応じて、以下の個別作業のどちらかを選択し、集中して取り組む内容とした。 ・数値チェック:請求書と納品書を照合し、誤りを修正する作業。注意深さが求められる。 ・プラグ・タップ組立:作業指示書をもとに部品を組み立てる作業。手順理解と手先の操作が求められる。 なお、①及び②の活動時には、「仕事をするうえでの5つのポイント」を意識して取り組むよう生徒に伝えるとともに、教員や市の職員が声かけを行った。あわせて、「ヘルプカード」を用意し、困ったときには自ら援助を求められるよう促した。 (4) 自己発見ワーク・自己再発見ワーク 「自己発見ワーク」は模擬体験の前に実施し、「仕事をするうえでの5つのポイント」について、自分がどの程度実践できそうかを事前に考える形式とした。これにより、自分の得意なこと・苦手なことを意識化する機会とした。また、「自己再発見ワーク」は模擬体験の後に実施し、5つのポイントの実践状況や、自分に必要な配慮について考える機会とした。なお、本ワークは、苦手なことを自覚し、相談したり配慮を求めたりすることの重要性を、生徒に伝えることを意図して構成した。 (5) 学校での学びとの関連付けの工夫 就労支援ワークへの参加は、学校では「自立活動」の時間として位置付けられている。このため、教員と共有する活動展開案においては、キャリア教育の視点のほか、「自立活動」における自己理解に関する内容との関連を示した。具体的には、「健康の保持(障害の特性の理解と生活環境の調整)」及び「人間関係の形成(自己の理解と行動の調整)」との関連を示し、模擬体験や振り返りを通じて、自分の特性が作業遂行に及ぼす影響や、集団内での行動調整を体験的に学ぶ機会となることを示した。 3 成果と今後の課題 生徒は、動画教材と模擬体験を組み合わせた学習を通して、抽象的な概念としての「働くこと」を自分ごととして捉え直す機会を得た。また、教員にとっても、本取組は学校教育との接続を意識する契機となった。一方で、その客観的評価や効果的な方策の検討においては、なお課題が残されている。 今後は、こうした課題の改善を図りつつ、地域資源を活用し、持続可能な形で本取組を継続していくことが求められる。その一環として、令和7年度の実践では、特別な機具を用いずに実施できる模擬体験へと内容を調整するとともに、講座終了後に学校で活用できる振り返り教材を整備し、学校での学びへと還元するための方策について検討を進めているところである。 p.208 発達障害のある人のキャリア発達と職業生活の課題に関する文献的検討 ○知名 青子(障害者職業総合センター 上席研究員) 田中 規子・五十嵐 意和保・八木 繁美・近藤 光徳・永岡 靖子・堂井 康宏(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 近年の障害者雇用施策の進展に伴い、民間企業で雇用される発達障害者の数は著しく増加している1)。また、発達障害者支援センターや障害者就業・生活支援センター、地域障害者職業センターといった支援機関の利用も増加傾向にある2)3)4)。加えて、支援対象者の年齢層は学齢期から成人期へと大きく広がり、就労支援に求められるニーズも変化している。かつては就職活動や入社初期の定着が主な焦点であったが、職業生活の長期化に伴い、昇進や役割変化といったキャリア形成、結婚や育児などのライフイベントへの対応といった、より長期的かつ複雑な課題が顕在化していると考えられる。 発達障害のある成人の職業生活は、職場環境と本人の特性との相互作用の中で、多岐にわたる困難に直面する。これら発達障害のある成人特有の課題を的確に捉えるためには、個別一時点の事象だけでなく、ライフステージの移行期(トランジション)を含めた長期的な視点からの分析が不可欠である。また、本人のキャリア形成や職業的アイデンティティの構築に影響を与える要因を、発達的・環境的観点から明らかにすることも重要である。 そこで本稿では、国内外の学術論文におけるシステマティックレビューやメタ分析、長期コホート調査等から、発達障害のある成人のライフキャリアや職業生活上の課題に関する最新の重要な知見を紹介する。 2 方法 発達障害のある成人の職業生活上の課題に関する文献について、2020年以降の研究で、対象集団として成人期の発達障害者を扱っていること、職業生活等の機能的アウトカムを扱っていること、研究のエビデンスレベルⅠ(システマティックレビュー及びメタ分析)、レベルⅡ(介入研究・RCT)、レベルⅢ(コホート)に該当する論文であることを条件に検索を行った中から、職業上の課題と密接不可分な関係にある「長期的なキャリア」及び「職業生活面」に関する4本の研究を取り上げ、その概要を紹介する。 表1 各研究の概要 3 論文概要 (1) 論文1:競争的雇用における自閉症スペクトラム症成人の中年期後半までの軌跡5) 本研究は、自閉スペクトラム症(ASD)の成人が就労継続に課題を抱えることが多いにもかかわらず、人生の後半にかけての一般就労(競争的雇用)のパターンについてはほとんど知られていないことを背景に、自閉スペクトラム症の成人を対象に、22年間にわたる競争的雇用時間の変化を調査した希少な縦断研究である。 調査目的は、①競争的雇用のパターンを詳細に分析すること、②年齢に関連した変化があるかを明らかにすること、③知的障害(以下「ID」という。)の有無によって変化の軌跡が異なるかを検証すること、の3点であった。 加速縦断的デザインを用いて、コミュニティベースのコホート(n=341、観察数=1327)における若年成人期から中年後期までの競争的雇用時間の軌跡を推定した結果、年齢に関連した競争的雇用時間の変化には有意な曲線軌跡が見られ、IDの有無によって違いがあった。IDのない人々では、若年成人期から中年初期にかけて競争的雇用時間が増加し、その後は横ばいとなり、中年後期には減少した。一方、IDのある人々では、競争的雇用への関与は一貫して低かった。 これらの結果から、筆者らは、競争的雇用は職業的関与の選択肢の一つにすぎないが、一般労働市場への参入を望む自閉スペクトラム症の成人がしばしば目標としていることや、成人期を通じた彼らの競争的雇用への関与の程度を p.209 明らかにしたとしている。 (2) 論文2:自閉スペクトラム症者の雇用プロファイル:8年間の縦断研究6) 本研究は、「自閉症の人々がどのような雇用の軌跡をたどるのか」「安定した雇用を予測する要因のより深い理解」を、8年間のデータをもとに明らかにすることを目的としている。参加者はオランダ自閉症登録(Netherlands Autism Register)を通じて募集された2,449人の自閉症成人(男性1,077人、女性1,352人、ノンバイナリー20人、平均年齢42.25歳、標準偏差14.24)であった。8年間にわたる雇用状況のデータを用いて潜在クラス分析を行い、縦断的な雇用プロファイルを特定したところ、適合指標と結果の解釈可能性から、4クラスモデルが最も適していると判断された。また、以下のようなプロファイルが示された:①固定化された失業群(n=1,189)、②安定した雇用群(n = 801)、③初期は失業だが雇用の可能性が増加群(n = 183)、④高い雇用可能性から時間とともに低下群(n = 134)。多項分析の結果、「①固定化された失業群」と比較して「②安定した雇用群」に属することを予測する要因は、「自閉症特性が少ない」、「年齢が若い」、「男性であること」、「高学歴」、「診断年齢が高い」、「併存する疾患が少ないこと」と特定された。また、「高学歴」は③と④を、「若年齢」、「併存疾患の少なさ」は③をそれぞれ予測する要因であった。これらの結果は、自閉症成人が雇用を維持する上で直面する長期的課題を理解するために、個別性を重視したアプローチの有用性を示すとともに、支援が求められる主要な領域を明らかにしたとしている。 (3) 論文3:職場におけるADHD成人を支援するための介入に関するシステマティックレビュー7) 本研究は、職場におけるADHDを持つ成人を支援するための介入に係る研究を対象とした、効果的な支援のメカニズムを明らかにするためのシステマティックレビューである。著者らは、専門家パネルを設置して、医学、心理学、経営学など10の学術データベースから143件の研究を抽出し、リアリスト評価(介入研究において「何が、誰に対して、どのような状況で、なぜ効果を発揮するのか」を明らかにするための理論的枠組み)とCIMO(文脈・介入・メカニズム・成果分類)モデルを用いて分析を行った。 その結果、既存研究の多くが薬理学的介入(例:服薬治療)に偏っており、職場での実践に直接応用できる研究は限られていることが明らかになった。一方で、心理社会的介入においては、グループ療法、ADHD者の周囲の人々の関与、支援者との信頼関係といった要素が、職場支援における有効性の主要メカニズムとして特定された。 なお、143件の研究のうち、実際の職場で実施された介入研究はほとんど見られず、職場における支援のエビデンスは極めて乏しいことも指摘している。 専門家パネルは、職場支援に関し、ADHD者が職場へ開示することが困難であり、その困難さが支援へのアクセスを妨げていること、また、開示のためには心理教育と自己理解が重要であるとした。今後の研究と実践では、職場に特化した介入研究の実施、心理教育などの有効なメカニズムの活用、職場成果の測定を評価、環境調整(合理的配慮)の実践、開示に伴う心理的・制度的障壁の緩和等への対応等が不可欠としている。 (4) 論文4:ADHDのある成人の学業と職業的成果:成功予測因子と効果的な学習支援戦略8) 本研究は、注意欠如・多動症(ADHD)を持つ成人の学業および職業的成果に関する既存の文献をレビューし、成功予測因子と効果的な学習支援戦略を明らかにすることを目的としたナラティブレビューである。 特に、成人期のADHDの影響に注目し、臨床的・神経心理学的プロフィールを整理した上で、ADHD成人が効果的に学習するための具体的なニーズを分析している。さらに、学業および職業上の成果に寄与する薬物療法、教育、リハビリテーションといった要因を批判的に検討した。 また、実行機能、メタ認知、情動調整といった認知的・情動的側面に関する分析を拡張することで、ADHD成人の学習過程を改善できる戦略に焦点をあてている。 ADHD成人の学業・職業的成果は、早期の薬物治療、教育支援、神経心理学的介入、そして生涯学習のための的を絞った戦略など、複数の要因が複雑に絡み合うことで形成されるものとして本研究では概念化している。 4 まとめ 発達障害者の長期的キャリアについては知見が蓄積し始めたところである。今後はこれら知見を整理し、国内の発達障害者の実態についてさらに調査を進めていきたい。 【参考文献】 1) 厚生労働省. (2024). 令和5年 障害者雇用実態調査結果. 2) 国立障害者リハビリテーションセンター 発達障害情報・支援センター. 発達障害者支援センターにおける支援実績. 3) 日本知的障害者福祉協会 障害者就業・生活支援センター事業実態調査(平成25年度~令和4年度). 4) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構. 令和6年度 業績評価説明資料 (https://www.jeed.go.jp/jeed/disclosure/) 5) Hickey, E. J. et al. (2024). Trajectories of Competitive Employment of Autistic Adults through Late Midlife. Healthcare (Basel), 12(2), 265. 6) Bury, S. M. et al. (2024). Employment profiles of autistic people: An 8-year longitudinal study. Autism. Vol28 (9), 2322-2333. 7) Lauder, K., McDowall, A., & Tenenbaum, H. R. (2022).A systematic review of interventions to support adults with ADHD at work. Frontiers in Psychology, 13, 893469. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2022.893469 8) Varrasi, S., De Caro, F., & De Caro, W. (2023).Schooling and Occupational Outcomes in Adults with ADHD: Predictors of Success and Support Strategies for Effective Learning.Education Sciences, 13(1), 37. https://doi.org/10.3390/educsci13010037 p.210 特別支援学校高等部における生徒のキャリア形成支援を目的とした教員研修プログラムの開発 ○今井 彩(明星大学通信制大学院 博士後期課程) 1 目的 特別支援学校学習指導要領総則(高等部)では、キャリア教育を推進する観点から、産業現場等における実習(以下「現場実習」という。)を取り入れるなど、就業体験機会を積極的に設けることや、自己の在り方生き方や進路について考察する学習を積極的に取り入れていくことを求めている。現場実習は、知的障害のある生徒が主体的に進路選択、進路決定をするために、自己の将来を見据え、多様な生き方に関する取捨選択を行いながら、自らのキャリアを形成していく重要な学習機会となっている。しかし、知的障害のある生徒のキャリア形成支援については、指導上の困り感を感じている教員が多い。今井・前原(2024)は、この解決に向け、特別支援学校の高等部教員による現場実習をとおした指導実践についての調査結果をまとめ、教員が有効だと考える指導・支援方法について整理した「リフレクションガイド」を開発した1)。このリフレクションガイドは、生徒のキャリア形成を支援するために、現場実習をより有用な教育活動にするための教員支援ツールであり、高等部教員の活用実践において、その有用性が確認されている2)。しかし、この有用性を実証していくためには、より多くの教員を対象とした量的な調査の実施が必要だと考えられた。そこで本研究では、知的障害のある生徒のキャリア形成支援における教員の指導力向上を目的として、リフレクションガイドを活用した研修プログラムを開発し、その有用性を量的に検証する。 2 方法 (1) 調査時期及び対象者 調査は202X年7月~12月に実施した。調査対象校は、所属長の許可を受けて研究協力を得ることができたA県の特別支援学校(知的障害)7校(分校1校含む)とした。調査対象者は、各校の高等部教員のうち、研修受講を希望した109名と、研修は受講せず、質問紙調査への協力に同意した62名の計171名とした。 (2) 調査方法 研修受講を希望した高等部教員に対し、202X年7月~8月の間に各校で研修を実施した。研修受講者は、研修の前後に質問紙調査に回答した。研修受講者の研修受講前後の指導の意識変容を比較できるよう、研修後の質問紙調査は12月に実施した。また、研修による意識変容を確認する調査として、同時期(12月)に研修未受講者に対して質問紙調査を実施した。 (3) 調査項目 質問紙調査の項目は、国立教育政策研究所生徒指導・進路指導研究センターが令和元年7月から10月に実施した学級・ホームルーム担任のキャリア教育に関する意識調査(高等学校学級・ホームルーム担任調査)問9「学級あるいは学年でキャリア教育を行う上での15項目に関する指導の程度」を一部改変して用いた。各項目への回答は「まったく指導していない」を1点、「あまり指導していない」を2点、「ある程度指導している」を3点、「よく指導している」を4点とし、もっとも当てはまるものを1つ選ぶよう回答を求めた。 (4) 研修プログラムの内容 研修は、リフレクションガイドに示された「①キャリア形成段階に応じた現場実習」、「②現場実習のフィードバックのプロセス」、「③実習先からの評価の活用」の3つの内容で構成した。 研修では、事前にリフレクションガイドとワークシートを配付し、各内容について、研究者による5分間の講義と、受講者による10分間のワークショップを実施した。ワークショップでは、学年や学級ごとに2~4人のグループをつくり、対象生徒を1名決め、リフレクションガイドに示す内容に沿って、対象生徒への指導・支援の方法ついて考えてもらった。最後に研修のまとめを行い、各グループから今後取り組みたいと考える指導・支援の概要について発表してもらい、各グループの意見を共有した。 (5) 分析方法 質問紙の分析は、オープンソースの統計ソフトウェア jamovi(Version 2.4.5)を用いて実施した(The jamovi project, 2021)。 (6) 研究倫理 質問紙調査においては無記名で個人情報を扱わないこと、未協力の場合や同意の撤回における不利益はないこと、ならびに研究の目的と内容を紙面上で説明し、調査協力の同意は質問紙への回答によって得ることとした。なお、本調査は明星大学研究倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号2024012)。 3 結果 (1) 研修受講者の研修前後の比較 研修受講者109名のうち、研修前後両方で回答が得られ p.211 たのは85名であった(回答率78%)。対応のある平均値の比較において順位尺度を扱うため、ウィルコクソンの符号順位検定を行った。この結果を表1に示す。結果は、研修前よりも研修後のほうがすべての項目において得点が高かった。有意差が見られたのは「①様々な立場や考えの相手に対して、その意見を聴き理解しようとすること」、「⑩学ぶことや働くことの意義について理解し、学校での学習と自分の将来をつなげて考えること」、「⑫自分の将来の目標の実現に向かって具体的に行動したり、その方法を工夫・改善したりすること」、「⑭『就職したい職場』『働く力をつけたい事業所』『進学したい学校』を選び、その実現のために努力すること」の4つの項目であり、いずれも p <.05、d >0.3であった。 表1 研修受講前後の平均値の変化 (2) 研修受講者と研修未受講者の比較 研修受講者と研修未受講者の比較にはマン=ホイットニーのU検定を用いた。結果は、研修未受講者よりも研修受講者のほうが⑧⑨⑮を除いた項目で得点が高かった。有意差が見られたのは「⑩学ぶことや働くことの意義について理解し、学校での学習と自分の将来をつなげて考えること」、「⑭『就職したい職場』『働く力をつけたい事業所』『進学したい学校』を選び、その実現のために努力すること」の2つの項目であり、いずれも p <.05であった。 表2 研修受講有無による平均値の違い 4 考察 本研究における研修プログラムでは、研修を受講した教員の指導意識の変容を確認できた。これは、研修をとおして他の教員と共通理解を図ったことや、リフレクションガイドによって自分のこれまでの指導の意味や意義を再確認したことによって、各項目において教員が「指導している」と確信できた結果だと考えられる。有意差が見られた項目には、「学ぶことや働くことの意義」、「学校での学習と将来とのつながり」、「自己実現に向けた努力」について記載されている。このことからも、現場実習を通して、生徒が自分の将来を見据え、自発的・自律的に行動していけるような指導への意識が高まったと考えられる。以上より、本研究で開発した研修プログラムは、生徒のキャリア形成を支援する教員の指導意識を高めるうえで、有用であることが示唆された。今後は、研修内容のさらなる改善や、教員の継続的な支援体制の構築が求められる。 【参考文献】 1) 今井彩・前原和明『特別支援学校の現場実習における教員の指導・支援に寄与するガイドラインの開発-デルファイ法を用いた合意形成を通して-』,「Journal of Inclusive Education, 13」,(2024),p.22-34 2) 今井彩・前原和明『特別支援学校生徒のキャリア形成を支援する教員が指導力の向上を図っていくプロセスから検討するリフレクションガイドの有用性』,「キャリア発達支援研究vol.11」,(2025),p.88-98 p.212 障害者×スポーツ体験=無限大 ~スポーツから広げる多様性文化の創造~ ○井上 渉(就労移行支援事業所INCOP京都九条 代表) 1 概要 就労移行支援事業所INCOP京都九条(以下「“INCOP”」という。)は、京都駅から徒歩10分に位置している。“INCOP”は、私の京都市立支援学校での進路指導主事としての経験を活かし2023年2月に開所した事業所である。社訓に「やってみよう!」を掲げ、生の経験・体験の機会を重視した「超実践型トレーニング」を利用者に提供している。また、就労だけでなく、生活、余暇を含めた「WorkとLifeのINCOP」を目指し、日々サポートしている。知的障害や発達障害のある利用者が多く在籍している。その中で、株式会社島津製作所ラグビー部「SHIMADZU Breakers」(以下「“Breakers”」という。)との連携をはじめとした「スポーツを通した就労支援」としてスポーツ体験にも力を入れている。今回はそのスポーツ活動の事例を通して活動の広がり、利用者の学びや成長について紹介したい。 2 事例 (1) チームとの連携 ア SHIMADZU Breakers(トップウエストAリーグ所属) 株式会社島津製作所とは、私が特別支援学校勤務時からつながりがあり、実習、雇用と連携していた。また、島津製作所が主催した障害者向けのテニス教室実施でも連携をしていた。 “Breakers”では、スタッフが少ないため控えの選手が試合会場の準備や試合中の水分補充をしていて、ウォーミングアップが十分できていない状態の中で、途中交代で試合に入るような状態があった。 “Breakers”のニーズ ・選手が試合に集中したい ・ホームゲームの運営を充実したい “INCOP”のニーズ ・利用者の体験の場を増やしたい ・スポーツで見識を広げたい “Breakers”と“INCOP”のニーズを組み合わせ、まずは、ホームゲームの準備、片付け、また試合中の選手の水分の補充といった試合中のサポートを“INCOP”とともにやってみようとスタートした。 2023年秋シーズンからの連携で、2シーズンを経過し、2025年11月は3シーズン目を迎える。役割は、試合会場の設営・撤収と試合中の選手の水分補充であった。はじめは“Breakers”の選手・コーチ陣は、障害理解が十分でないということもあり、「何ができるのか」「どこまで頼んでいいのか」と不安があったが、回数を重ねることで、他のスタッフ、選手から直接声をかけられる事が増えた。未知からくる不安は、関わりをもつことで既知になり、できること、難しいことも自然と洗練されていき、ちょっとした「こっち手伝って」を気兼ねなく声をかけてもらえることは、互いの信頼関係、“INCOP”の利用者への理解が高まったからであると感じている。さらに役割を果たすことで、信頼につながり、初めは依頼されていなかった受付での業務や試合写真の撮影、花道や円陣への参加といった役割の拡大にもつながっていった。 “INCOP”の利用者は“Breakers”のチームカラーにちなんで「レッズ」という愛称をもらって、チームの一員として位置付けられている(今年度から公式資料にも明記していただいている)。「レッズ」としてチームの一員としての位置づけが、利用者の帰属意識を高め、一種の誇りを感じている方もいて、そのことが一層の自己効力感を得ることにつながっている。 利用者のほとんどはラグビーのルールを知らない状態で活動をスタートしたので、はじめは、いつ点が入るのか、どういった状態なのかもあまりわからないまま活動していることも多かった。活動を重ねることで、試合の動きが分かるようになり、見通しを持って活動できるようになるだけでなく、ナイスプレーに歓声をあげられるようになり、水分補充を忘れて試合観戦に集中する利用者もいるほど、チームを「支える人」そして「応援する人」に「成長していく」様があった。 また、過去2回、京都で開催される田んぼラグビーにも“Breakers”と“INCOP”共同で出場した。その場でも選手、コーチと利用者が一緒にプレーし、泥にまみれて、関係も深める機会になった。 この活動を通して、「“INCOP”の利用者ならこんなこともできるのでは?」と島津製作所グループ内で障害者雇用の職域が広がり、実際に“INCOP”の利用者も就労している。“Breakers”の選手も職場の上司として在籍し、ラグビーを通して培った信頼関係が新しい職域、職場にもつながっている。 写真:試合準備 写真:活動の様子 受付準備 写真:水分補充 p.213 イ 京都ハンナリーズ(B.LEAGUE所属プロバスケットボールチーム) 2024-2025年シーズンから京都ハンナリーズのホームゲームのボランティアとして活動をはじめた。こちらは“Breakers”と違って、他のボランティアの方々も活動しながら、一員として役割を担っている。役割は、会場準備片付け、会場の座席案内や再入場対応等である。 京都ハンナリーズでは、他のボランティアさんとの協働となり、一層の連携や報告連絡相談といった働くうえで必要なことが求められる機会が多い。さらに、プロスポーツということもあり、チームのファンと接する機会も多く、おもてなしをし、人と接する経験を積む機会になっている。 京都の色々な場面でハンナリーズの名を目にする機会がある。そういったチームに関われているという事実が「チームのチラシや広告を見ると誇らしいんです」という利用者の言葉に裏打ちされているように、自己効力感を高めることにつながっている。 さらには、「働きだしたら自分でチケットを買って応援に行きます!」と余暇の拡大、働くモチベーションにもつながっている。 写真:ハンナリーズの活動の様子 (2) 各種スポーツ大会への参加 各種のスポーツ大会への参加も積極的に行っている。陸上大会やボッチャ、卓球、卓球バレーなどの競技に“INCOP”からチームや個人で出場している。これらの大会には、“INCOP”の在籍中の利用者だけでなく“INCOP”を利用し就労して働いている元利用者にも声をかけ参加している。 利用者が、いま、運動機会を確保する、ということはもちろんであるが、就労している元利用者が、一緒に参加することで以下の効果があるように感じている。 ①働きながら余暇が充実する場の提供 ②働きながら運動する姿のモデルを利用者が学ぶ機会 ③アフターケア 特にアフターケアについては定期的な訪問、聞き取りはおこなっているが、スポーツを一緒にやりながら、であればさらに何気ないことまで話しやすい雰囲気になったり、そもそも「われわれは皆さんを支えていますよ」ということが会うことでより伝わったり、何かあった時に頼ってもらいやすくなったりするのではと考えている。 写真:陸上大会 写真:ボッチャ大会 写真:田んぼラグビー (3) 地域スポーツ大会でのボランティア 2024年、2025年の京都マラソンのボランティアにも参加している。選手配布物の帳合やランナーの受付、当日は給水所の設営、運営等を担っている。地域での大きなイベントで役割を担って活躍し、ランナーにも「ありがとう」と言ってもらい、そのことが利用者の「地域の役に立っている」という自己効力感につながっている。 今後は滋賀県で行われる「わたSHIGA輝く 国スポ・障スポ2025」においてもボランティア活動をする予定である。 写真:京都マラソンのボランティアの様子 3 取り組みを通して 障害者の地域社会参加という言葉は使い古されたほどよく使われるが、実際にまだまだ参加の社会へ広がる余地があるように感じている。今回、スポーツを通して「プレーする人」「支える人」「応援する人」が障害を越えて連携し、勝利を目指し、共有していく姿は、障害者の社会参加にとどまらない「多様性文化の創造」がそこにあった。多様な人が、1つの目的を共有し、それぞれの立場で役割を果たす、という文化がここにある。スポーツ体験には、この文化を色々な場所に広げて、大きくしていく力や可能性があることを実証している。我々はスポーツの持つ無限の可能性を信じ、様々な場所でスポーツを通した障害理解に努めている。 スポーツをともに働く力を高めるために重要な場と位置付け、効果的に活用している。さらに、「応援する人」としての可能性をもとに、利用者とスポーツを余暇としてつなぐ取り組みにも注力している。 今後もこれらの取り組みにより、スポーツを通した新たな多様な文化の無限の広がりに貢献したい。 【連絡先】 井上 渉 就労移行支援事業所INCOP京都九条 e-mail:incop.inoue@gmail.com p.214 「やってみよう!」を本人の中に位置づける ~経験学習理論をもとにキャリア発達を促す自己サイクルの根を~ ○森 玲央名 (就労移行支援事業所INCOP京都九条) ○日下部 隆則(就労移行支援事業所INCOP京都九条) 1 概要 就労移行支援事業所INCOP京都九条(以下「“INCOP”」という。)は、「やってみよう」を合言葉に、超実践型なカリキュラムで障害のある方の就労を支援してきた。特に『ミニ実習』と名付けた地域企業での雇用を前提としない“体験としての企業・地域実習”を支援の柱としている。2023年の開所から2年以上経過し、協力いただいている企業・地域団体も増え、超実践型という標榜に恥じない体験・経験を利用者へ提供している。 この“実経験を基にした就労支援”をさらに効果的なものにするため、David A.Kolbの経験学習理論をベースに『ミニ実習』での支援を見直してみた。これまでも、個別の対話を基本とした振り返りを実施していたが、そこに経験学習理論を取り入れることでさらなる利用者の自己理解を促し、また、内省の習慣を身につけることでより一層のキャリア発達を見込めるのではないかと考えた。 2 経験学習サイクル -内省の充実- (1) ミニ実習と経験学習サイクル 経験学習理論において経験学習サイクルがある1)(図1)。このサイクルをもとに整理すると、『ミニ実習』が『経験』にあたり、その『経験』を実習の振り返りという『内省』によって、『教訓』に昇華し『実践』へつなげ、新たな『ミニ実習』=『経験』というスパイラルを回していくこととなる。『経験』『実践』について、“INCOP”は民間企業だけでなく地域団体、スポーツ団体等での多様な『経験』『実践』を提供している。また、あわせて、このサイクルの中で“社会の中での自分との関係”“自分の理解”“いま、そしてこれからの計画”に『気づく』キャリア発達の支援を踏まえて、今回は『内省』の充実から『教訓』への昇華に着目する。 図1 経験学習サイクル (2) 経験学習サイクルへの支援 ア KPT法を応用した『内省支援紙』 『内省』に取り組みやすくするための支援としてKPT法を取り入れた『内省支援紙』を作成した(図2)。知的障害の方も書きやすいようK(Keep)P(Problem)T(Try)の前段階としてr(気づきrealize)とf(気持ちfeeling)を追加し、書き出したrf-KPTをもとに対話をおこない『経験』を深く『内省』し、『教訓』や次のハードル・目標を導くことを目的としている。 イ 『経験』を本人の夢・希望とつなぐ『将来航路図』 一つ一つの経験学習サイクルを本人の「就職したい」などの夢や希望に関連付けていくために、本人中心アプローチの一つであるPATH(-Planning Alternative Tomorrow with Hopes,「よりよい未来のための計画」)を簡略化した『将来航路図』を作成した(図3)(PATHでは本人の願い=幸せの一番星を中心に障害のある人本人と、関係のある多くの人が一堂に会して、障害のある人の夢や希望に基づき、一番星達成のための作戦を立てる2))。この『将来航路図』は本人と対話しながら夢・希望と今の実態をつなぐ支援紙として活用している。特に実態については『内省支援紙』との共通項目KPがあり、また、就労意向については別紙で定期的に記入している用紙、個別支援計画と項目をそろえている。 図2 内省支援紙 図3 将来航路図 3 活用事例 (1) 実習の自己理解を発信 利用者Aは知的障害があり支援学校卒業後すぐに“INCOP”を利用している。周りをよく見て動け、気が利く反面、人と話すことが苦手であり、質問や報告等もしり込みしてしまう様子が見られた。利用して2ヶ月経過した頃に個別の実習を設定し、座位での製品の組み立ての作業に取り組んだ。あいさつ、返事などの実習態度等はよい評価だったが、肝心の作業面では厳しい評価だった。そこで、実習での経験を『内省支援紙』で整理し、自己理解を促した(図4)。 p.215 その後、就労移行支援事業所説明会に当事者として説明する実践の機会を設定した。そこで来場者からの「“INCOP”でどのようなことを学んだのか?」という問いに、「自己理解ができた。自分の得意なことと苦手なことが整理できている。前回の実習では細かい作業は苦手だと分かった。これからそれ以外の作業がどうなのか試していきたい」と答えることができた。10人前後の人が聞いている前で堂々と、そして自分のことを語っている姿に経験学習サイクルからの学び・成長を感じた。今後、多様な経験を重ねることでさらに自己理解が深まることを確信できたエピソードである。 図4 Aが記入した内容を転記した内省支援紙 (2) いま自分のやるべきことがわかり行動の変容に 利用者Bは、知的障害があり、がんこな面があり、ルールの順守、あいさつ等、その場で注意するだけではなかなか改善が見られないことがあった。そこで、『将来設計図』を先に用い、自分が目指す姿、そしてどのような力が必要か明確にした。 その後、『内省支援紙』を用いて、いまの実習の状況を振り返り、『将来設計図』を作成した(図5左側)。全体的にポジティブなことは書けるが、Problemが具体的には記述が難しかった。その中でも気持ちに「反省している」と書くことはできた。また「ルールを守る」「最後までやりきる」「すぐに謝る」等のすべきことを共有した。 すると、特に実習場面ではそのことを最後までやりきったり、すぐに謝れたりする場面が見られた。そこで、一定期間のちに同様に『内省支援紙』『将来設計図』を作成した(図5右側)。『内省支援紙』への記述がより具体的になり、そのことが『将来設計図』のすべきことがより具体的になることにつながった。また、この『将来設計図』で書いたことを意識していることも伺え、そのことへのポジティブな評価も共有でき、次に向かう意欲もはぐくむことができている。 今後も定期的に活用しながら経験学習サイクルを実施することで、良い姿、にもっと焦点を当て、さらに本人の望む就労へとつなげていきたい。 図5 Bが記入した内容を転記した用紙 4 今後の展望 経験学習モデル、経験学習サイクルを意識することで、“INCOP”の“やってみよう”の効果がさらに広がる手ごたえを感じている。そのためには『経験』『実践』とともに、そこでどのような自己理解を得ているのか、またそこからどのような『将来設計』をしているのかを言語化を通して把握していくことが大変重要になる。 利用者の願いや実態を把握しながら、個々の特性や性格などに応じて、効果的なタイミングで『内省』と『将来設計』に取り組み、『いま、なんのために、“INCOP”に来ているのか』をしっかりと共有しながら、主体的に就労に向かって行動できるような支援を今後も心掛けていきたい。 【参考文献】 1) 松尾 睦『職場が生きる人が育つ「経験学習」入門』,ダイヤモンド社(2011) 2) 涌井 恵『国立特別支援教育総合研究所 教育相談年報 第30号 本人中心アプローチによる障害のある子どもの支援の輪作りに関する事例報告』(2009) 【連絡先】 森 玲央名 就労移行支援事業所INCOP京都九条 e-mail:incop.mori@gmail.com p.216 持続可能な就労継続支援A型事業モデルについて ○樋口 周平(特定非営利活動法人社会的就労支援センター 京都フラワー 事務長) 堀田 正基(特定非営利活動法人社会的就労支援センター 京都フラワー) 1 就労継続支援A型事業所の現状 就労継続支援A型事業所(以下「A型事業所」という。)は、障害者と雇用契約に基づき、最低賃金以上で労働に従事する社会的インフラである。令和3年度に導入されたスコア制は、加点・減点方式により「労働時間」と「生産活動収支が利用者への賃金総額を上回ること」を重視する仕組みである。福祉新聞(2024)1)は、厚生労働省は、就労継続支援A型事業所で働く障害者が3月から7月の5カ月間で4,279人解雇されたとの集計結果を公表した。経営難で事業所が閉鎖したためとみられる。同期間に一般企業なども含めて解雇された障害者は4,884人。昨年度1年間の2,407人と比べると、半分以下の期間で倍増したと報道している。このような状況を踏まえると、A型事業所にとって、利用者への最低賃金以上での給与支給と労働時間確保のための体制整備は不可欠である。加えて、スコア制で高得点を得るためには、企業との連携が重要となる。たとえ企業からの内職作業を受託しても、最低賃金以上を確保するのは難しいのが現状である。そのため、企業と連携した施設外就労への期待が高まっている。本稿では、施設外就労の意義、獲得手法、企業連携の事例、制度的課題、営利企業の参入動向を多角的に検討し、A型事業所の持続可能性について考察する。 2 なぜ施設外就労は求められているのか A型事業所の運営には、収益事業の採算性の確保が求められている。これを実現するには、民間の協力企業と業務契約を結び、収益性のある「本物の仕事」を提供する必要がある。たとえば、収益性の高い内作作業を安定的に展開し、高品質な製品を製造・販売するには、本格的な設備投資が不可欠である。しかし、初期費用に加え、維持管理にも多大なコストがかかる点は大きな課題である。この点について、リネン事業を実施する社会福祉法人天竜厚生会 天竜福祉工場の磯貝(2009)2)は、景気の変動や重油価格の変動など、常にコスト意識を含めた企業的な経営感覚が求められており、営業専任職員による顧客確保の強化や、同業種の企業との連携によるコスト削減を図る必要性を指摘している。A型事業所は、利用者に、就労機会の提供を行うサービスである。その上、「生産活動収支が利用者への賃金総額を上回ること」という条件を満たさなければならない。内作作業に偏った運営では持続的経営は難易度が増している。令和3年度の報酬改定、厚生労働大臣の定める事項及び評価方法(令和3年厚生労働省告示第88号)には、収益性・実務性・社会性を備えた働き方として、施設外就労が位置づけされており、「地域連携活動」の項目に具体的に記述されている。A型事業所が実施する施設外就労は、内作作業よりも最低賃金での時給を確保しやすく、労働時間の安定にも寄与する。さらに、作業効率の向上は就労移行支援にもつながり、就労移行支援事業所との差別化を図るA型事業所の強みとなっている。 3 施設外就労の獲得方法 施設外就労を獲得するためには、戦略的な営業活動が不可欠である。以下は、特定非営利活動法人 社会的就労支援センター 京都フラワー(以下「京都フラワー」という。)の取り組みである。 ①市場調査:人手不足の業界(ホテルベッドメイク、一般清掃、物流など)をターゲットに、業種ごとのニーズと障害特性のマッチングを分析する。 ②営業資料の整備:過去の実績、支援体制、安全衛生指導体制などを可視化した提案書を作成する。 ③初回接触:Eメール、電話、紹介など複数チャネルを活用し、初回面談の獲得。 ④業務設計:作業手順書やマニュアルを企業向けに準備し、OJT体制も整備。 協力企業の確保が必ずしも即時に実現するとは限らない。企業側の業務内容やニーズに応じて柔軟に提案内容を調整しながら、信頼関係を構築していくプロセスが、結果として持続可能なパートナーシップ形成へとつながる。 4 多様な企業との連携が生む持続可能性 施設外就労を特定の協力企業に依存しすぎることは、当該企業の経営状況や契約内容の変化によって、就労機会の喪失や収益の急減といったA型事業所の経営上の大きなリスクに結びつき得る。そのため、特定の業種や企業に偏らず、異業種や多業種との連携を意識した多角的な運営体制の構築が極めて重要である。多くの連携を資源の混合と捉えた場合、米澤(2009)3)は、複数の資源が重層的に組み合わさり、障害者雇用の改善を図るという社会的目的と継続的な経営を図るという経済的目的の達成が図られていると提示している。つまり、多元的資源の統合によって、社会的価値と経済的持続性の両立を意味し、複数の協力企 p.217 業との連携の優位性も捉えたものである。 また、協力企業が施設外就労の枠組みを活用し、一部業務をA型事業所に外部委託することは、企業側にとっても、人手不足、さらに、人件費や社会保険料、雇用保険料の最適化の面で大きなメリットがある。このような連携により、A型事業所は継続が可能となる実践的な就労の場を確保し、連携によるWin-Winの構造が形成される。 5 事例を通じて京都フラワーの取り組み 京都フラワーでは、青果袋詰め、ホテルでのベッドメイク、病院清掃など、さまざまな企業と連携し、利用者の特性に応じた就労マッチングを実現している。現在、3社と連携し、4ヵ所で施設外就労を実施している。利用者の平均給与は、毎月9万円以上で支給し、企業から直接雇用に至った利用者は2名、一般就労へは毎年1名以上の利用者が移行しており、支援の成果が数値として示されている。 6 制度的課題 令和3年度の報酬制度改定によりスコア制が導入され、事業所運営は大きな転換期を迎えた。スコア制は、事業の成果や質を数値化し報酬に反映させる仕組みであり、透明性と公正性の観点から一定の意義があるとは考える。一方で、A型事業所について、福祉新聞(2023)4)は、厚生労働省は2024年度の障害報酬改定に関連し、就労系サービスは利用者に支払う賃金や工賃が高い事業所ほど高い報酬を得る「成果主義」を強化する方針を固めたと報道した。利用者の稼ぐ力を成果で示せないA型事業所に対しては、訓練等給付金が減額されることとなった。 一方で、利用者に対する、施設外支援の実施、質の高いモニタリングや面談、職場見学等の支援は数値化しにくく、配置基準以上に職員を配置してもスコアに反映されない。スコア制の本質的な問題は、「成果が出なければ報酬が削減される」という設計にある。とりわけ、人的・財務的資源に限りがある小規模事業所にとっては、一定水準以上のスコアを維持すること自体が困難である。そのため、廃業・倒産のリスクが高まる。成果が見えにくい支援や、利用者へのさまざまな配慮、地理的な制約を抱える小規模事業所は、制度の圧力によって淘汰されかねない状況にある。 7 営利企業参入のリスク 多くの民間企業がA型事業に参入した理由として、橋川ほか(2019)5)によれば、事業収益が十分でなくても利用者数によって国から支給される給付費や助成金によって経営が可能であるとして、参入を後押しするコンサルタント会社の存在を指摘している。訓練等給付金や特定求職者雇用開発助成金、報奨金などの収益が見込めない中、専門性を欠いたまま運営していた一部民間企業では、事業継続が困難となり、突然の閉鎖や倒産が発生。利用者の生活基盤を奪い、自治体にも混乱を招いていた。また、営利追求の先行により、支援の質の低下も懸念される。A型事業所は、「障害者の社会参加を促進する場」という本質を見失うことなく、営利を主目的としない運営を堅持すべきである。 8 持続可能な事業体として 持続可能なA型事業所運営は、施設外就労の実践が重要である。そのためには、以下の視点が必要と考える。 ①公共・民間問わず、幅広い業種と連携した施設外就労の確立。 ②地域課題(人材不足、高齢化等)との接続。 ③中小企業家同友会や地域の信用金庫等の交流会への継続参加。 ④利用者の個別性に基づいた多様な業務の開拓。 京都フラワーには、比較的障害の重い利用者が通所しており、実践的なスキルが身につくベッドメイクや清掃業務に取り組んできた。これは、利用者が手に職を付け、就職を見据えたキャリア形成を目指す取り組みである。その実現手段として、施設外就労は重要な役割を果たしている。障害の有無を越えて人々が共に働き、支え合う共生社会を実現する営みであり、A型事業所の社会的価値と持続可能性を支える柱でもある。最低賃金の上昇や社会保険要件の拡大といった制度的課題がある中でも、京都フラワーは理念と現実のバランスを保ちながら、地域に根差した運営を続けていく方針である。 【参考文献】 1)福祉新聞編集部(2024).A型事業所、5カ月で障害者4279人解雇 厚労省集計、経営難などが影響. 福祉新聞 WEB, https://fukushishimbun.com/jinzai/37928 (情報取得2025/6/9) 2)磯貝公隆(2009). 就労継続支援A型事業所としての現状及び就労支援への取り組みについて. 職リハネットワーク 9, 65, 30. 3)米澤旦(2009). 労働統合型社会的企業における資源の混合-共同連を事例として. ソシオロゴス33号, 113. 4)福祉新聞編集部(2023).障害報酬改定で就労系は「成果主義」強化 A型の5指標見直し. 福祉新聞 WEB, https://fukushishimbun.com/series06/31705 (情報取得2025/6/9) 5)橋川ほか(2019). 就労継続支援事業A型事業所と地域社会との関わりに関する研究. 関西学院大学人間福祉学部研究会, Human Welfare第11巻, 第1号, 181. p.218 特別支援学校(聴覚障害)高等部専攻科と就労支援 -高等部専攻科ビジネス情報科における実践報告- 〇内野 智仁(筑波大学附属聴覚特別支援学校 教諭) 1 背景 特別支援学校高等部専攻科は、学びたい者がいつでも職業に必要な能力を身に付けられること、高等学校・特別支援学校高等部を卒業した後も職業教育を継続して受けられること、職業に関する資格を取得できる機会を提供していくことなどが期待されている(中央教育審議会,2011)。 特別支援学校高等部における専攻科の設置については、学校教育法(昭和22年法律第26号)第58条第2項及び第82条に規定されている。 ○ 第6章 高等学校 第58条 高等学校には、専攻科及び別科を置くことができる。 2 高等学校の専攻科は、高等学校若しくはこれに準ずる学校若しくは中等教育学校を卒業した者又は文部科学大臣の定めるところにより、これと同等以上の学力があると認められた者に対して、精深な程度において、特別の事項を教授し、その研究を指導することを目的とし、その修業年限は、1年以上とする。 ○ 第8章 特別支援教育 第82条 第26条、第27条、第31条(第49条及び第62条において読み替えて準用する場合を含む。)、第32条、第34条(第49条及び第62条において準用する場合を含む。)、第36条、第37条(第28条、第49条及び第62条において準用する場合を含む。)、第42条から第44条まで、第47条及び第56条から第60条までの規定は特別支援学校に、第84条の規定は特別支援学校の高等部に、それぞれ準用する。 特別支援学校(聴覚障害)の統計情報が掲載されている特別支援教育資料(文部科学省,2018~2023)によると、特別支援学校(聴覚障害)の設置校数・学部数については、2018年から2022年にかけて、同数程度の状況であった。 幼稚部から高等部までの各学部の在籍者数については、2018年から2022年にかけて、すべての学部で人数に減少が見られた。 特別支援学校(聴覚障害)高等部本科の卒業者の状況については、2018年から2023年にかけて、就職者数と専攻科への進学者数が減少していた。また、特別支援学校(聴覚障害)高等部本科の就職者の職業については、2018年から2023年にかけて、すべての年度で製造加工が最も多く、次いで事務、機械組立が多かった。 そして、2016年3月までは、高等教育機関において特別支援学校高等部の専攻科の学修を単位として認定することはできず、特別支援学校高等部の専攻科の修了者が、高等教育機関に編入学できない状況であった。 そこで、学校教育法等の一部を改正する法律(平成27年法律第46号)が施行されて、2016年4月から、一定の基準を満たす高等学校の専攻科及び特別支援学校高等部専攻科の課程を修了した者の大学への編入学が可能になった。 2 研究目的 特別支援学校(聴覚障害)高等部本科の卒業者の中には、すぐに一般就労・高等教育に移行できる者もいれば、時間をかけて着実に力を身に付けることで、それらに移行できる者もいる。後者のような聴覚障害者の進路の多様性は限定的であり、高等部専攻科の意義や役割を再確認し、必要な支援機会を充実させていくことが求められている。 本稿では、特別支援学校(聴覚障害)高等部専攻科の一般就労に向けた指導・支援の一例について示したい。具体的には、筑波大学附属聴覚特別支援学校高等部専攻科ビジネス情報科の概要と、指導・支援の実践について報告する。 3 実践報告 (1) 高等部専攻科ビジネス情報科の概要 筑波大学附属聴覚特別支援学校高等部専攻科ビジネス情報科(2年課程)は、専門分野の学習を通じて、生徒の個性を十分に伸長させ、現代社会に適応して自立できる人間の育成を目指す学科である。重点事項として、生徒の可能性と適性に合わせた学習方法と内容の研究・実践を行うこと、専門学習を通じて、職業に関する基本的な知識・技能を伸長すると共に、各種検定試験などによる資格取得に努めること、職業観の育成を図り、適切な職業選択の実現に努めることを掲げている。具体的には、以下の3項目「確かな知識と技術を育む」「学びを深める様々な活動」「丁寧な自己実現サポート」を学科の特色として、教育活動を展開している。 (2) 確かな知識と技術を育む 本学科では「確かな知識と技術を育む」として、商業教育、情報教育、一般教養を重点的に学んでもらい、将来の自己実現につながる知識・技術の幅を広げてもらっている。 商業教育では、簿記、計算実務などの科目の学習、日商簿記検定などの関連する資格試験に挑戦できる機会を設けている。それらを通して、企業のお金、記録、計算方法、 p.219 整理方法、企業の仕組みなどについて、具体的かつ達成度を感じやすい工夫をしながら教育活動を展開している。例えば、専門科目「簿記」では、1年間の記録から経営成績と財政状態の「報告書」を作成することが企業での仕事にあり、そのための専門知識を学ぶ。2年間で、各自の希望に応じた検定合格を目標にして、動機付けを高めながら取り組めるように工夫している。なお、実際の職場環境に近付けるために、会計ソフトを用いた活動も実施している。 情報教育では、情報処理、情報コンテンツ実習などの科目の学習、MOS試験やITパスポート試験などの関連する資格試験への挑戦を通して、就職先で役に立つ問題発見力、問題解決能力などを身に付けてもらう。例えば、専門科目「情報コンテンツ実習」では、オリジナル映像作品、オリジナルマガジンなどの各種デジタルコンテンツの制作を通して、専門的な情報処理能力を習得する。本学科の在籍期間で、将来の職場で頼られる「パソコンの専門家(パソコンのお医者さん)になろう」という目標も示しながら、教育活動を展開している。 一般教養では、国語・英語などの教養系の学習、敬語日記・ビジネスマナー講座などの教養の幅を広げたり、深めたりできるイベントを通して、一人暮らしや、就職後の人生などを見据えた自らの基盤の強化を促す教育活動を実施している。 その他、専攻科の他学科の生徒と一緒に履修し、相互の学科の幅広い教養・専門性を身に付けるための共通教育科目の設定も行っている。 近年の入学生の成果として、入学前から商業教育や情報教育に関する専門学習を続けてきた生徒たちは、本学科を修了するまでに、日商簿記検定2級を取得したり、ITパスポート試験に合格したりするなどの成果を残している。 他方、これまで専門学習の経験がなかった生徒たちは「ビジネス情報科で学び、東京の企業で、事務職として働きたい」などの自らの希望を叶えるために、専門的な知識・技術を習得し、資格取得の実績を重ねて、自らの目標の実現につなげている。 個々の状況に合わせて、過去に専門学習の経験があってもなくても、どちらでも安心して学ぶことができるのが、本学科の大きな特徴の一つである。 (3) 学びを深める様々な活動 本学科では「学びを深める様々な活動」として、社会貢献、企業と連携した活動、交流活動の実施を通して、生徒たちの経験値や実践力の幅を広げてもらうねらいがある。 例えば、社会貢献としては、本校専攻科の生徒たちの専門技術を知った団体から「ホームページをつくってもらえないか」という依頼があり、生徒たちが協力して制作し、更新活動を続けてきた実績などがある。企業連携としては、企業による「所有施設に関して、世の中に認知してもらうお手伝いをしてほしい」という依頼に基づいて「キャッチコピー」「CM動画」の試作や提案を行った。交流活動としては、様々な学校及び企業などとの対面・オンラインの交流を行ってきた。 (4) 丁寧な自己実現サポート 本学科では「丁寧な自己実現サポート」として、生徒との個別面談を大切にしながら、個々の自己実現に最大限の支援ができるよう努めてきた。就労に向けた視野を広げるための「企業見学」や「職場実習」、生徒の心情に寄り添った「個に応じた対応」、それらを通して、修了生は様々な進路先に歩みを進めている。 例えば、ある生徒は、最終的にA社の就職に挑戦したい、という意思を固めるに至った。その過程では、個別面談を重ねながら、入学後から1年で、A社からG社までの計7社の企業について、実習や見学の機会を設けた。企業の業種は様々で、事務職に関する実習から、製造業に近い部品管理系の実習、サーバ管理に関する専門的企業の見学などを通して、生徒が自らの目と肌で、たくさんの情報を得られる機会を設けた。「視野を広げながら、安心して働くことのできる企業と出会いたい」という生徒の気持ちに寄り添った支援に努めた結果、当該生徒は、複数の候補先の具体的な情報をもとに、比較検討できるようになった。 (5) 就労支援に関する方針 本学科では、自らの希望や特性に合った仕事内容なのか、障害理解のある環境なのか、一人暮らししていくために支えてくれる制度はあるのかなどの比較検討を通して、最終的に生徒自ら「運命の職場と出会えた」という判断をしてもらえる活動の実現に努めている。 近年では、事務職・デスクワークとして就労する修了生の割合が多い状況であるが、事務職や製造業などの職種にとらわれることなく、また「東京で働きたい」「地元で働きたい」のどちらの希望についても、個に応じた支援に努めている。今後も丁寧な面談と自己実現に向けたサポートを行うことを通して、生徒たちが長く安心して働きたいと思える「運命の職場」と出会える支援の充実に努めていきたい。筑波大学附属聴覚特別支援学校高等部専攻科ビジネス情報科は、入学者と実社会をつなぐ「就職への架け橋」になれるように、個に応じた就労支援を行っている。 【参考文献】 1)文部科学省『特別支援教育資料(平成30年度~令和5年度)』, https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/1343888.htm(参照:2025年8月1日)(2018~2023) 2)中央教育審議会『今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について』, https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2011/02/01/1301878_1_1.pdf(参照:2025年8月1日)(2011) p.220 視覚障害者の就労におけるICT環境と課題 -アンケートによる実態調査から見えてきたこと- ○山田 尚文(認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 理事) ○伊藤 裕美(認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 理事) 大橋 正彦・神田 信・熊懐 敬・高原 健・松坂 治男・吉泉 豊春(認定NPO法人視覚障害者の就労を支援する会(タートル)) 1 はじめに 認定NPO 法人視覚障害者の就労を支援する会(通称:タートル、以下「タートル」という。)は、1995年の発足以来、30 年にわたり、視覚障害者の就労支援に特化した当事者団体として活動を展開してきた。事務局は東京都内に置いているが、スタッフや会員は全国に点在しており、全国組織として活動している。 本発表では、2020年に視覚障害者の就労におけるICT(Information and Telecommunication Technology)環境の課題解決のために立ち上げたICTサポートプロジェクトの活動を紹介するとともに、プロジェクトで実施したアンケート調査から見えてきた職場のICT環境の実態と課題について報告する。 2 背景 近年、視覚障害者の就労環境は大きく変化してきている。従来、視覚障害者の就労といえば、あはき(あんまマッサージ・鍼・灸)がイメージされることが多かったが、職場の事務仕事の多くが紙の書類からパソコン作業に置き換わり、スクリーンリーダー(画面読み上げソフト)などの支援機能の活用で多くの事務作業が音声で対応できるようになったことで視覚障害者の職域は確実に広がっている。 一方で近年の職場のICT環境はクラウドの導入やセキュリティ強化、さまざまな業務システムの導入など複雑化するとともに変化が激しく、こうした環境の変化への対応は働く視覚障害者へのストレスともなっており、こうした実態を職場や支援団体に知っていただくとともに、新しい環境に対応した合理的配慮や支援が必要となっている。 3 タートルICTサポートプロジェクトの活動 タートルでは、視覚に障害があっても当たり前に働けるICT環境の実現を目指して2020年にICTサポートプロジェクトを立ち上げた。この時期は新型コロナ禍でリモートワークの広がりなど働き方に大きな変化が生じた時期である。スクリーンリーダーを用いて音声でパソコンを利用している多くの視覚障害者は、こうした環境への対応ができず苦労したケースも多かった。2020年12月に実施したアンケート調査では、84.6%の視覚障害者が職場のICT環境に困りごとがあると回答した。 プロジェクトでは、こうした職場のICT環境の課題を参加者同士で支えあい解決を目指すというコンセプトで、グループメールによる情報交換の場の提供や、ICTサロン(オンラインの講演会や相談会)、アンケート等による実態調査、ポータルサイトによる情報発信などを行っている。 4 職場における視覚障害者のICT環境 ICTサポートプロジェクトでは、活動5年目にあたり、職場における視覚障害者のICT環境実態調査を実施した。アンケートは、2025年4月にタートル及び他の当事者団体で告知し、オンラインフォームで回答を集めた。回答総数は74件、回答者の職種は、事務系:37人(50%)、技術系:20人(27%)、専門職:10人(14%)、理療系:8人(11%)、営業・販売・サービス:6人(8%)、教員:3人 (4%)、その他:4人(5%)であった。また、回答者の見え方については、目では全く文字を読めない方(全盲):30人(40%)、拡大読書器やルーペなどの補助具を使えば文字が読める方が一文字ずつなら読める方と文章として読める方の合計(弱視):39人(53%)、補助具なしで読める方:5人(7%)であった。 (1)勤務スタイル 在宅勤務の利用状況等勤務スタイルに関する質問への回答結果を図1に示す。 図1 勤務スタイル p.221 前節で述べたようにプロジェクト立ち上げ時は、職場のシステムのセキュリティ制限やアクセシビリティ不足により、在宅勤務への移行から取り残される視覚障害者も少なくなかったが、現在は約半数の方が何らかの形で在宅勤務を活用していることがわかった。 (2)職場で使用しているICT機器 表1に示すように、ほとんどの方がWindowsパソコンを使用している他、約半数の方がiPhoneを使用しており、iPadも18%の方が使用している。近年業務においてもスマホやタブレットなどの活用が進んできており、とりわけスクリーンリーダー(VoiceOver)や画面拡大・画面調整等のアクセシビリティ機能が標準装備されているiPhone/iPadの活用が拡がってきていると思われる。 表1 業務で使用しているICT機器 (3)使用している視覚支援機能や補助具 使用している視覚支援機能や補助具は、スクリーンリーダーの利用が82%と最も多く、画面拡大・画面調整:51%、拡大読書器:28%、点字ディスプレイ:20%と続いている。これらを見え方別に分析すると、弱視の方の8割がスクリーンリーダーを、9割の方が画面拡大・画面調整を利用しており音声と拡大等を併用している方が多いことがわかる。一方で拡大読書器の利用率は5割にとどまっている。全盲の方については、約半数の方が音声と点字ディスプレイを併用していることがわかった。 表2 使用している視覚支援機能や補助具 5 職場のICTで困っていること アンケートでは職場のICT環境に加えて、困りごとについて回答してもらった。表3は、その結果である。 近年、デジタル化の進展でさまざまな業務システムが導入されてきているが、こうした業務システムがスクリーンリーダーで使えない等で苦労している方が半数以上に上る。また、職場の文書のアクセシビリティが考慮されていないPDFや画像データで作成されており、スクリーンリーダーで読めないことで困っている方も各々半数超えている。他にOfficeやGoogleアプリに関するものや職場のセキュリティの影響、リモート環境に関するものも少なくない。 表3 職場のICTで困っていること 6 まとめ 職場環境のデジタル化が進むにつれて、視覚障害者の就労にはスクリーンリーダーなど支援機能を使ったパソコン操作などの訓練と支援が欠かせない。また、職場や業務特有の業務アプリなどへの対応は、視覚障害者のパソコン操作に精通したジョブコーチ等専門の支援が必要であるが、こうした専門的支援には、制度面の課題や人材不足、地域格差等課題も多い。また、視覚障害者のパソコン操作方法等が一般に知られていないため、スクリーンリーダーで読めない文書やデータが就労の妨げになっている場合も多い。 今回のアンケート結果よりさまざまな課題が見えてきており、タートルICTサポートプロジェクトでは、今後も定期的に実態把握を行うとともに、支援機関・関連団体とも連携して課題解決に取り組んでいきたいと考えている。 【連絡先】 認定NPO法人 視覚障害者の就労を支援する会(タートル) 電話:03-3351-3208 メール:soudan@turtle.gr.jp タートルホームページ:https://www.turtle.gr.jp/ ICTポータルサイト:https://www.turtle.gr.jp/ict/ p.222 職場定着サポートのための支援技術向上を目的とした段階的な社内研修の取り組み ○小倉 玄(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 所長) 志賀 由里(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 菊池 ゆう子(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 刎田 文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 はじめに 当社は、障害を持つ方々が社会で活躍するための職業リハビリテーションサービスを事業主と連携しながら提供しており、その基盤には応用行動分析および文脈的行動科学といった専門性の高い知識・技術がある。これらの専門的な支援を高品質に提供し続けるためには、社内のサポート職社員に対する継続的な教育が不可欠である。そこで、サポート職社員の支援技術向上を目的として、段階的な社内研修を実施した。本発表では、研修プログラムの概要と実施結果について報告する。 2 背景・目的 2022年に開催された厚生労働省〔第113回労働政策審議会障害者雇用分科会〕において、「障害者就労を支える人材の育成・確保」について、福祉と雇用の切れ目のない支援を可能とするため、障害者本人と企業双方に対して必要な支援ができる専門人材の確保・育成を目指し、雇用・福祉の分野を横断する基礎的知識・スキルを付与する研修を確立することが必要であるとの方向性が示されている1)。当社でも、安定的な人材育成および支援サービスの質の向上を図るため、厚生労働省の方針を参考に、職責に応じた集合型研修の構造化やコンテンツの再構築を検討した2)。再構築した新たな研修を実施し、研修の効果について検証を行ったので、実施結果について報告する。 3 研修について 実施した研修の概要を表1に示す。各研修は対面、オンライン、後日動画視聴など多様な形式で実施した。各研修は支援者の職責(グレード1~3)に対応した内容となっている。 表1 研修の対象者と時間 (1) 初期研修 研修内容は多岐にわたり、社会モデルの視点での差別、職業リハビリテーションの概要、障害者雇用関連法令、障害特性と雇用上のポイント、危機介入の基本知識、行動分析学の基礎、応用行動分析に基づく支援技法、アクセプタンス&コミットメント・セラピー(以下「ACT」という。)、関係フレーム理論(以下「RFT」という。)、プロセス・ベースド・セラピーの基礎などが含まれる。 (2) 階層別研修 階層別研修は、社員の職責に対応して以下の4つの研修から構成されていた。 【フォローアップ研修】 初期研修で習得した支援技術を体験的に深めることを目的として、機能分析に基づく行動変容のアプローチを実践し、個人だけでなく集団に対するアプローチであるProsocialも実施した。 【スキルアップ研修Ⅰ】 機能分析、課題分析、職業リハビリテーション専門職の倫理、企業におけるリスク管理、ACTの活用、ソーシャルサポートの実際、の全6科目が実施された。 【スキルアップ研修Ⅱ】 RFTに基づくケースフォーミュレーション、カウンセリング技法、文脈的行動科学に基づくアプローチ、医療機関との連携の全4科目が実施された。 【スーパービジョン研修】 危機介入アプローチ、RFTに基づくケースフォーミュレーション、スーパービジョンの全3科目が実施された。【全体研修】 「危機介入の基本知識」に焦点が当てられ、希死念慮、自殺念慮、自傷行為などのキーワードの理解、その背景や機能の把握、一次対応、未然に防ぐためのポイントなどが含まれた。 4 効果検証の方法 各研修の効果を確認するために、研修に関するアンケート調査を行った。併せて、心理的柔軟性を測る尺度(MPFI:Multidimensional Psychological Flexibility Inventory)を用いて、受講者の心理面の変化についても検証を行った(表2)。 p.223 表2 各研修の効果検証 5 結果 2024年4月から2025年3月の期間に実施した各研修の実施回数および受講人数の結果を表3に示す。受講者の延べ人数は467名であった。 表3 各研修の実施結果 (1) 初期研修 研修レベルは「少し高すぎる」が48%、「適切」が47%と意見が分かれ、専門用語が難しいとの意見が多く挙げられた。 内容理解度は 「どちらとも言えない」が49%と最も多く、「ほとんど理解できた」が37%、「理解できた」が9%であった。知識としては理解できたが、実践には不安が残るとの意見もあった。 (2) フォローアップ研修 MPFIの結果は、柔軟性、非柔軟性ともにすべての項目で数値が上がる傾向がみられたが、統計的有意差はみられなかった。ロールプレイングやディスカッションなど実践的要素が評価された一方、Prosocialの理論の説明部分が難しいとの意見があった。 (3) スキルアップ研修Ⅰ 実施された全6科目において、受講者の理解度の向上が確認された。 特に「ソーシャルサポートの実際」の理解度が顕著に向上した。研修全体として、グループワークなどを通して自ら考える機会が多く、非常に勉強になったという感想が多く挙がった。 (4) スキルアップ研修Ⅱ 実施された全4科目において、受講者の理解度が向上したことが確認された。特に「医療機関との連携」科目の理解度が大きく向上した。全体として、実践形式の演習が学びにつながったという意見が挙がった。 (5) スーパービジョン研修 理解度は向上したものの、スキルアップ研修と比較すると向上度は低く、研修内容のレベルが高い可能性が示唆された。 (6) 全体研修 各質問紙において受講者の95%以上が「理解できた」と回答し、支援スキル向上に役立ったかという質問には97%が「はい」と回答した。 6 考察 職責に応じた段階的かつ体系的な研修プログラムを設計して、計画的に実施した。受講者の延べ人数は467名となり、多くの社員が専門知識・スキルの習得に取り組んだ。各研修のアンケート結果からは理解度の向上が確認された。特に「危機介入の基本知識」研修は、非常に有用であると評価された。一方で、初期研修における専門用語に対する障壁や内容理解度の課題、スキルアップ・スーパービジョン研修における理論の実践への適用の難しさなど改善すべき点も明確になった。 7 今後 今回の実施結果を踏まえて、専門用語を解説する補完ツールの作成、研修の理解度を定量的に測るための理解度テストの導入、年間を通じた研修スケジュールの平準化が必要であると考える。これらの継続的な改善努力により、社員の専門性が一層向上し、当社が提供する応用行動分析および文脈的行動科学に基づく職業リハビリテーションサービスの質がさらに高まることが期待される。 【参考文献】 1) 厚生労働省(2022)第113回労働政策審議会障害者雇用分科会 資料1 2) 菊池ゆう子 「社内支援スタッフの支援技術向上に係る人材育成の取組みについて」第32回職業リハビリテーション研究・実践発表会 (2024) p.224 難病(脊髄小脳変性症)の方に対するオンライン就労支援の実践報告 ○村上 想詞(静岡障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 菊地 美沙(静岡障害者職業センター) 1 はじめに 脊髄小脳変性症は、歩行時のふらつきや、手の震え、呂律が回らない等を症状とし、動かすことはできるものの、上手に動かすことができない運動失調症が生じる進行性の指定難病である1)。就労面では、運動失調症により手が上手く使えなくなる外、歩行時の転倒リスクから、外出時に介助を要するなど、作業だけでなく、自力通勤が困難となることで、就職及び職場定着に影響が生じることがある。 一方で、令和2年初頭からの新型コロナウイルス感染症の拡大やそれに伴う緊急事態宣言の発令を契機に、障害者も含めてテレワークの導入が急速に広がったことから2)、障害特性に合わせた多様な働き方の選択肢が増えている。 静岡障害者職業センター(以下「当センター」という。)では、ハローワーク静岡の難病患者就職サポーターとの連携により、脊髄小脳変性症やパーキンソン病等の難病患者の支援件数が増加しているが、症状に応じて自力通所が難しい対象者が一定数存在している。そこで、令和6年度よりテレワークによる再就職を見据えたオンライン支援を実施してきたことから、その実践事例を報告する。 2 事例概要 (1) 一般情報 A(40代 男性) 妻との二人暮らし(近隣に母親が居住) (2) 医療情報 診断名:脊髄小脳変性症(身体障害者手帳2級) 症状:運動失調に伴う歩行時のふらつき、眼振など 通院:リハビリテーション病院 週1回(木曜日) (3) 経過 高校卒業後、ニュージーランドの大学に入学。卒業後は同国で観光業等に従事。10年程度経過後、父親の脊髄小脳変性症の症状が悪化し、母親の介護を助けるために帰国。帰国後、製造系の会社でライン作業等に従事。 4年程前から歩行時のふらつきが強くなり、脊髄小脳変性症と診断される。徐々に症状が悪化して退職。ハローワークからの紹介で当センターに繋がる。 (4) 状況 ア 移動能力 運動失調により、屋内では伝い歩き、屋外では両杖歩行で見守りが必要であった。また、郊外の環境から外出時には車による送迎が必須であった。 イ 作業能力 手の震えから巧緻動作は困難であったが、キーボード入力は可能であった。一方、事務作業の経験が乏しくパソコン操作が不慣れであることに加えて、眼振によりパソコン画面を長時間見ると疲労感が生じる状況であった。 ウ 意思伝達 発話への影響は少なく、物腰の柔らかいコミュニケーションは長所であった。一方、困った時の質問など自発的な発信が少ないことや、海外生活が長く、難しい漢字や単語の意味が分からないこと等が見られた。 3 支援内容 (1) 支援方針 対象者の希望、移動能力、住環境及び経済的状況等を踏まえて、テレワークでの就労を目標とした。 相談を通して応募先事業所が決定し、選考に進んでいたものの、「テレワークの基礎知識」「コミュニケーション」「自己管理」「自己理解」など、テレワークに求められる基礎的な対応力2)に課題が見られた。そのため、障害者職業総合センター職業センターが開発したテレワークプログラム2)を参考に当センターの職業準備支援を活用して、オンラインによる就労支援を実施した。 (2) 支援の流れ 支援開始当初は応募先事業所を想定した作業や面接対策を中心に取り組み、中盤以降は、実際に見られた課題を踏まえて、講座を実施した(図1)。 図1 オンライン支援の流れ (3) 支援内容 ア 作業遂行及び作業管理に関する支援 応募先事業所から頂いた作業のサンプル課題、当センターで用意したデータ入力やExcel課題に取り組み、一日の作業スケジュールと実施課題の報告を求めることで、作 p.225 業管理及び進捗管理の意識付けを行った。 また、初めてのテレワークとなるため、「自宅等においてテレワークを行う際の作業環境を確認するためのチェックリスト【労働者用】」2)を基に必要な環境整備に取り組んでもらった。 イ 体調管理に関する支援 眼振に伴う疲労から、9時から12時までの3時間から作業を開始し、応募求人の条件である一日6時間の就業に向け、段階的に作業時間を延長することとした。また、作業スケジュール等の報告と併せて、睡眠時間、休憩のタイミング及び頻度、作業終了後の疲労度の報告を求めた。当該報告を基に休憩の頻度や方法について個別相談による助言を行った。加えて、対象者に適した休憩方法を検討できるよう呼吸法やストレッチ、マッサージ等のリラクゼーション講座を実施した。 ウ コミュニケーション(自己発信力)に関する支援 出社勤務と異なり、テレワークでは自分から発信しない限り、周囲が困っている状況を気付くことはないため、自己発信の重要性を説明した。また、Eメール・チャット・Web会議システム等のコミュニケーションツールの使い分けや、要点をまとめて箇条書きにする等のコミュニケーション上のポイントについて講座を実施し、学んだ内容を作業で実践してもらうことで経験に基づく理解に繋げた。 エ 自己理解に関する支援 講座や実践による経験的な理解を踏まえて、「ナビゲーションブックに入れる項目例~テレワークでの就職や復職を検討する場合~」2)を基に、就職後の職場定着に必要な対象者自身の取組、事業所に求める配慮、並びにサポート体制等を整理することで、自己理解の深化を促した。 4 結果 応募先事業所から頂いたサンプル課題やデータ入力、Excel課題は、不明点を自分で調べることで単独の作業実施が可能であった。一方、自己判断で作業スケジュールを変更するなど、作業管理には課題が見られた。テレワークでは周りの目がないため、業務管理や進捗管理を含む自己管理が重要であることを助言し、課題に応じた講座を実施することで改善を促した。 テレワークに必要な環境整備については、対象者と家族で必要な備品を揃えることはできていたものの、居間で作業を行っていたことから、仕事とプライベートの切り分けが難しくなることが想定されたため、仕事部屋を準備するよう助言を行った。また、就業場所が自宅であることから、心身に不調を来した際にすぐに対応できるよう、地域の障害者就業・生活支援センターに登録するなど、支援体制を含めた環境整備を行った。 体調管理については、1時間毎に10分の小休憩及び1時間の昼休憩を取得することで、一日4時間の作業が可能となった。以降は一日5時間程度作業できる日もあったが、ふらつきが強く生じるなど症状が安定せず、一定した作業時間の確保が難しい状況が続いていた。そこで、対象者と相談のもと、休憩時間の見直しや筋肉の緊張を和らげるための温度設定等により6時間の確保が可能となった。 コミュニケーションについては、始業時間までに開始報告が間に合わないことが見られた。テレワークでは自分自身をコントロールする「自律」が重要であること3)を助言し、改善を促した。一方、応募先事業所の採用面接は「自発的な発信に不安が残る」との理由から不調であった。 その後、別事業所のオンライン説明会に参加するなど、就職活動を行っていたが、新型コロナウイルス感染症に罹患して以降、体調不良が続き支援を中断している。 5 考察 当該事例を通して、テレワークでは出社勤務より更に高い水準での自己発信力、並びに業務管理、進捗管理及び体調管理を含む自己管理力が求められることを感じた。それは、青木3)による「自立」と「自律」そのものであり、オンライン支援早期にテレワークにおける「自立」と「自律」の重要性について理解を促した上で、自発的な発信、業務管理及び進捗管理等がより必要となる作業場面を設定するなど、知識的な理解を経験に基づく理解に落とし込む工夫が必要であったと考えられる。 一方、必要な助言や介入を行う上で、支援者と対象者の信頼関係は必須であるものの、対面での支援と異なりオンラインでの支援は、表情や抑揚等の非言語的コミュニケーションが伝わりにくく、関係構築までに時間を要した。そのため、支援期間前期では、助言や介入を行うことに支援者側が心理的抵抗を感じることがあった。支援期間前期では対象者と面談の機会を多く設けるなど、各段階に応じた計画的な支援が重要になると考えられる。 また、難病の特性上、支援期間中にも症状の変動があり、作業時間延長の取組が大きな課題となったことから、作業時の環境整備や負担の少ない姿勢制御など、医療機関等との連携による支援が重要だと感じられた。 現在、支援を中断しているが、対象者の希望や体調等を踏まえ、引き続き必要な支援を行っていきたい。 【参考文献】 1)難病情報センターホームページ『脊髄小脳変性症(多系統萎縮症を除く)』 2)障害者職業総合センター『テレワークにおける職場適応のための支援技法の開発』,「支援マニュアルNo.25」,(2024) 3)青木英『実務から見た障害者テレワーク~15年の経験から得たこと~』,「第31回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集」,(2023),p.96-97 p.226 当院の回復期リハビリテーション病棟での就労支援での取り組みと現状 ○藪田 雛子(社会医療法人若弘会 わかくさ竜間リハビリテーション病院 作業療法士) 朝川 弘章・永井 信洋(社会医療法人若弘会 わかくさ竜間リハビリテーション病院) 1 はじめに 回復期リハビリテーション病棟(以下「回リハ病棟」という。)では入院患者の病前生活への復帰を支援しており、入院患者に対して現職への復帰や新規の就労、福祉的就労をニーズとしてリハビリテーションを行う場合もある。回リハ病棟協会の報告1)によると、全国の回リハ病棟入院患者のうち、発症前に就労していた患者が16.2%、退院後就労につく予定のある患者は15.2%と報告されているが、回リハ病棟で行われている就労支援の内容についての報告は少ない。 今回、わかくさ竜間リハビリテーション病院(以下「当院」という。)回リハ病棟において、これらの復職・就労支援を行った患者の属性や後遺障害の状況、提供した支援内容、退院後の就労の可否などの結果から、当院の支援形態や支援内容について若干の考察を交え、報告する。 2 方法・対象 方法は後ろ向き観察研究。対象は2023年4月1日~2024年3月31日に当院回リハ病棟から自宅退院した全患者338名中、データ欠損を除く140名とした。平均年齢は76.7±11.3歳で、男性68名、女性72名であった。 (1) 全患者と当院入院中に就労支援を行った患者の特徴 当院入院中に就労支援を行った患者の平均年齢、性差、疾患について特徴を確認し、全患者と就労支援を行った患者の在棟日数、入院時・退院時のFIM(運動時項目、認知項目)、退院時のMMSEを比較した。 (2) 当院入院中に就労支援を行った患者の内訳 退院後、現職復帰した患者を現職復帰群、職場変更や仕事内容・雇用形態の調整を行い就労した患者を調整群、就職に至らなかった患者を非就労群に分け、状況を確認した。 (3) 現職復帰群、調整群、非就労群での比較 現職復帰群、調整群、非就労群において在棟日数、入院時・退院時のFIM(運動項目、認知項目)、退院時のMMSE、就労前後の職務内容、実施した支援形態・支援内容を比較し、各々の特徴を確認した。 3 結果 (1) 全患者と就労支援を行った患者の比較 対象とした140名中、就労支援を行った患者は23名であり、男性19名、女性4名、平均年齢57.0±13.1歳と、男性が多く、全患者と比較し年齢は低い傾向にあった。疾患の内訳としては脳血管疾患20名、運動器疾患1名、廃用症候群は2名と脳血管疾患が多い結果となった。 対象となる140名と就労支援を行った患者23名の在棟日数の比較を図1に示す。就労支援を行った患者は全患者と比較し在棟日数が長い傾向が明らかとなった。 図1 在棟日数 図2、図3で示すFIMの特性においても、就労支援を行った患者でFIMの運動項目、認知項目ともに点数が高い傾向であった。    図2 FIM運動項目 図3 FIM認知項目      認知機能の状況として、図4に示す。就労支援を行った患者23名(失語症のため2名は実施困難)のMMSEは全患者と比較し点数が高い傾向であった。 図4 退院時MMSE (2) 就労支援を行った患者の内訳 就労支援を行った患者23名の内訳を図5に示す。現職復帰群10名、調整群8名、非就労群5名であり、退院後の就労状況は23名中18名であった。 図5 就労支援患者の内訳 (3) 現職復帰群、調整群、非就労群での比較 就労支援を行った患者の内訳に基づき現職復帰群、調整群、非就労群において在棟日数や入院・退院時のFIM、退院時の認知機能を比較した。在棟 p.227 日数においては、図6に示すように現職復帰群・非就労群と比較し調整群で日数が長い傾向であった。図7、図8より非就労群において入院時のFIM運動項目が低いことに対し、調整群では入院時のFIM認知項目が低い傾向であった。退院時のFIM認知項目は現職復帰群と比較し調整群・非就労群で低い傾向であった。 図6 在棟日数 図7 FIM運動項目 図8 FIM認知項目 就労支援を行った患者において退院時の認知機能の状況を図9に示す。MMSEの点数は現職復帰群と比較し調整群と非就労群でわずかに低い傾向であった。 図9 退院時MMSE 現職復帰群、調整群、非就労群においての就労支援の形態を図10に示す。現職復帰群や非就労群は入院中の評価のみ実施する場合が多い傾向であるが、調整群は入院中の評価・支援や退院後の外来継続がなされている場合が多い状況であった。図11に示す支援内容としては、家族や職場、医療機関などへの情報提供は3群とも実施されているが、調整群では活動性向上や模擬動作、ワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)を実施する患者が多い傾向にあり、就労に向けて具体的な支援を行っていることが明らかとなった。調整群において、病前・退院後の仕事内容や雇用形態の比較を図12、図13で示す。仕事内容の変更が1名であるのに対し、雇用形態の変更は7名と雇用形態を変更する場合が多い傾向にあった。 図10 支援形態 図11 支援内容 図12 職務内容 図13 雇用形態 4 考察 今回、当院で実施される回リハ病棟での就労支援は、その対象となる患者によって、様々な特徴があることが明らかとなった。 就労支援を行った患者の内訳において、現職復帰群と 調整群の比較から現職復帰には認知機能が重要な特性であることが示唆された。今回、就労支援を実施した患者の多くは脳血管疾患患者であり、高次脳機能障害の有無やその程度が現職復帰の可否に影響を与えていると考えられる。 調整群について、在棟日数が長く、さらに入院中の評価・支援に加えて外来での継続支援を行う場合があることから、長期間の支援が必要であることが考えられる。支援内容として調整群では模擬動作、MWSなど就労に向けた具体的な支援を行っている傾向があった。先行研究においては、当事者が適切に障害を理解する事や当事者の強みを活かすためのリハビリテーションの必要性2)、模擬的就労訓練の有用性3)などが述べられている。調整群は何らかの障害を抱えている状況での就労が多い。その特性に応じた具体的な支援内容が展開されていくことが、障害の理解を促す期間としても活用されていることが推察される。 また、調整群は仕事内容に比べ雇用形態の変更を必要としていることから、勤務日数や勤務時間には活動性の高さが影響を与えるものと考えられ、活動性向上の支援を提供することも重要である。 回リハ病棟では障害特性や具体的な支援、障害理解への働きかけ、活動性の向上など、多岐にわたるに役割が求められると考える。 【参考文献】 1)回復期リハビリテーション病棟協会『回復期リハビリテーション病棟の現状と課題に関する調査報告書』(2024)p.42 2)岡崎哲也『高次脳機能障害者の就労支援を考える』,「The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine 57巻4号」(2020),p.329-333 3)木田聖吾『回復期リハビリテーション病棟での模擬的就労訓練と定着支援を経て復職を達成した脳卒中後高次脳機能障害者の事例』,「作業療法42巻5号」(2023)p.647-654 p.228 福岡市近郊における就労を目論む高次脳機能障害者の現状 ~クロスジョブ福岡開設からの動向を辿る~ ○古瀬 大久真(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ福岡 作業療法士) 萩原 敦(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ福岡) 濱田 和秀(特定非営利活動法人クロスジョブ) 1 はじめに 昨今、障害者雇用に関わる雇用率は増加しており、来年には現状の2.5%から2.7%に引き上げられ、除外率の引き下げも決まっている。障害者雇用が進んでいく中、高次脳機能障害は他の障害と比べると未だ認知度は低いと感じる。 2023年3月に福岡市中央区にてクロスジョブ福岡(以下「本事業所」という。)を開設し、約2年半の高次脳機能障害者の支援を通して、見えてきた福岡県福岡市近郊の現状と課題がある。 高次脳機能障害は、脳損傷後に注意・記憶・遂行機能・感情の制御などに障害が生じ、外見上は健常に見えることから「見えにくい障害」とされる。そのため、社会的な理解が進まず、当事者自身の苦しさが周囲に伝わらないまま孤立してしまう事例が多く存在する。特に就労の場面では、同僚や上司からの理解不足、業務の特性とのミスマッチ、再発症への不安などが障壁となりやすい。 福岡市を含む九州地域では、高次脳機能障害の就労支援資源は限られており、医療から地域生活への移行過程で十分な支援が提供されていない現状がある。そこで本報告では、2023年に福岡市中央区に新たに開設した本事業所の取り組みと、そこに通所した高次脳機能障害者の支援の軌跡を通して、支援体制の課題と今後の可能性について明らかにすることを目的とする。 2 方法 本事業所は、高次脳機能障害支援拠点機関や医療機関との連携を重視し、利用前からの情報共有を行っている。 利用対象は原則18歳以上65歳未満で、主に障害者手帳や医師の診断書により支援対象が決定される。高次脳機能障害のある利用者に対しては、初期面談の段階から本人のニーズや医療情報・家族の観察情報を取り入れた上で、支援計画を利用者本人と共に構築している。 今回の報告では、2023年3月〜2025年8月までに通所した43名の利用者のうち、診断上高次脳機能障害が確認された24名を対象に、その障害特性・支援内容・就労成果を分析した。24名のうち、計10名の高次脳機能障害者が開設からこれまでに就職に至っている。 定着支援の中で企業や家族と交わされた意見やフィードバック、本人の振り返り等も質的に分析し、得られた知見を整理した。 図1 利用者年齢層(利用開始時時点) 図2 高次脳機能障害発症要因疾患 図3 就職者の利用月数 3 結果 高次脳機能障害を持つ利用者の年齢層は50代が最も多かったが、30代から60代と年齢層は幅広く、発症原因は脳出血、脳梗塞、外傷性脳損傷の順で多かった。前職は営業、事務、製造業など多岐にわたり、発症前はフルタイムで勤 p.229 務していた者がほとんどであった。 就職に要した期間は平均11.8か月と約1年を要し延長申請が必要となる利用者も複数確認された。 通所開始当初は、自身の障害特性を自覚できていないケースも多く、記憶力や注意力の低下を「年齢のせい」や「リハビリ不足」と捉えていた。 支援初期では、事業所内での日々の訓練を通して、生活リズムの再構築と自己理解の促進を中心に取り組み、施設外就労訓練やグループワーク、業務日誌(ケース記録)を活用して日々の変化を見える化した。社会的行動障害(脱抑制、感情コントロールの困難など)に対しては、認知行動療法的アプローチや他者との関わりの振り返りを支援者と共有することで、徐々に自覚と調整力を身につけていった。 就職に向けた就活期には、本人と企業双方への情報提供と職場実習を通して、業務内容・勤務時間の調整、職場内での役割設定を行った。企業開拓においては、高次脳機能障害者の雇用の難しさを持つ企業も多かった。また、片麻痺等の身体障害も後遺症として残存している利用者も多く、より雇用のイメージがしにくかったようだ。そのため、自己紹介シートなどを用いて、高次脳機能障害についての説明や「出来る事」「出来ない事」を伝えること、過去の成功事例をベースにした説明を行い、障害特性に応じた雇用モデルを提示することで、受け入れのハードルを下げた。 最終的に就職に至った10名のうち8名は半年以上定着し、その中には継続して就労定着支援を受けながら勤務時間の拡大や業務量拡大を図った事例も含まれる。企業側の不安に対しては、支援者の月1回程度の定期訪問から本人との2者面談、企業との2者面談、3者面談を行い、双方の認識のズレや双方が求めることのすり合わせを早期に行うことが効果的であった。 4 考察 本事業所の事例から得られた知見として、高次脳機能障害者の就労には以下の観点が重要と考えられる。 第一に、本人の障害受容のプロセスと職業的アイデンティティの再構築には時間と支援が必要であり、本人にも支援者にも短期的な結果を求めすぎない支援姿勢が求められる。 障害の受容は一生涯に渡って時間がかかるものと考えるが、病気の発症をきっかけにできなくなったことを理解し、残された残存機能で活躍できることを見つけるために必要な期間として、本事業所では約1年の時間は必要であると考える。 第二に、企業への情報提供と具体的な雇用モデルの提示によって、受け入れの心理的ハードルを下げることができる。 第三に、家族との協働による生活全体の安定が、就労支援のベースとなることも明らかとなった。家庭内の役割変化や経済的不安に対応するため、福祉サービスの紹介や相談支援専門員との連携も欠かせない要素である。また、傷病手当、失業保険、障害年金の紹介を行うことで、就労移行利用中の金銭的デメリットを軽減することも重要である。 第四に、行政や医療との継続的連携を通じた「地域全体での見守り支援」の体制構築が必要であり、医療機関からの情報提供と就労支援機関の継続支援の間に明確な橋渡しが求められる。医療保険分野と介護保険分野は密接な関係が構築できているが、障害福祉分野との関係は未だ稀薄であり包括的な支援のためには連携は必須となってくる。 5 おわりに(結論・展望) 高次脳機能障害を有する者の就労支援は、単に雇用を実現することにとどまらず、地域における役割の再獲得や自己肯定感の回復といった広義の「社会参加」を実現する取り組みでもある。今後は、本人・家族・企業・医療・福祉の各領域が対話を深め、本人の人生の再構築をともに支える体制が不可欠である。 また、事業所単位での支援に限らず、地域包括ケアシステムの中で障害者雇用をどのように位置づけるか、高次脳機能障害者特有の支援モデルを確立するための実践の蓄積が求められる。今後は、より早期からの介入体制を強化するため、医療機関から地域福祉へのスムーズな橋渡しや当事者、当事者家族に福祉サービスについての選択肢も明示することが不可欠であると考える。また、発症直後から、予後予測の範囲内で本人と家族に対して将来的な就労を見据えた情報提供を行い、リハビリ中から就労支援者が関わる体制を検討していく必要がある。企業側への支援も単発的な就職支援にとどまらず、障害特性に応じた長期的視点での考え方を普及させていくことが重要である。 こうした取り組みを通じて、高次脳機能障害を持つ人々が、自らの可能性を信じ、再び地域の一員として役割を持ち、働くことの喜びを実感できる社会の実現を目指したい。 【参考文献】 1) 橋本圭司『高次脳機能障害 どのように対応するか』,PHP研究所(2006) 【連絡先】 古瀬 大久真 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ福岡 e-mail:kose@crossjob.or.jp p.230 2024年度Process-based Therapyワーキンググループについての効果検証 ○三國 史佳(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 研究員) ○豊崎 美樹(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 マネージャー) 菊池 ゆう子・下山 佳奈・刎田 文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 はじめに 近年、Process-based Therapy(以下「PBT」という。)という「診断名・病理名ではなく当事者個人に対して多層的かつ多面的にアプローチする新たなモデル」が、Steven C. Hayes や Stefan G. Hofmannらによって提唱された1)。株式会社スタートラインCBSヒューマンサポート研究所では、科学的な根拠に基づく支援の全社的な展開をめざして、障害者雇用の支援現場でPBTを活用できる従業員を増やす試みの一つとして、PBTワーキンググループ(以下「WG」という。)を発足し研修・演習を行っている。 2 目的 WGの取り組み内容が、心理的柔軟性やワークエンゲージメント、バーンアウト等にどのような影響を与えたかについて、調査・検証することを目的とした。 3 方法 (1) 対象者 ・WG:職業リハビリテーション領域で就労するサポーターのうち、WGの参加者、約20名。 ・WG以外:職業リハビリテーション領域で就労するサポーターのうち、WGの非参加者、約60名。 (2) 対象者の募集方法 ・WG:WGの目的や役割、年間工数などを説明する説明会を設けたうえで、任意で希望者を募った。研究開始前に、対象者には本研究の概要を伝え、説明書の内容を説明し、同意を得られた方から同意書を取得した。 ・WG以外:研究開始前に本研究の概要を説明し、同意を得られた方から同意書を取得した。 (3) 手続き 本研究では、WGの効果検証のため、WG参加者とWG非参加者双方へ、研修前後に複数の質問紙を配布し、回答結果を比較する群間比較を行った。 (4) WGプログラム内容 PBTに関する研修、演習、実践発表会を実施した。WG参加者は、自身のEEMMグリッドを作成し傾向を把握したうえで、他者に対してもEEMMグリッド面談を実施した。加えて、実践発表会では実践した事例を社内で発表した。一方で、WG以外の対象者は、PBTに関する研修、演習には参加しなかったが、実践発表会は任意で聴講できた。 (5) 効果測定 効果指標として、以下四つの評価尺度を使用した。 ・MPFI-24(多次元心理的柔軟性インベントリー短縮版) ・DUWAS(ワーカホリズム尺度) ・UWES(ユトレヒト・ワーク・エンゲージメント尺度) ・BAT-J(日本語版バーンアウト・アセスメント尺度) これらの質問紙について、WG開始前(8月)および終了後(3月)の2回にわたり回答を収集し、データを集計した。 4 結果 (1) MPFI(図1) WG、WG以外ともに大項目には有意差はなかった。小項目を確認すると、心理的柔軟性はWGにて「文脈としての自己」が有意に増加し(pre:M=3.22、post:M=3.67、p<0.05)、WG以外にて有意差はなかった。心理的非柔軟性はWGにて有意差はなかったが、WG以外にて「フュージョン」の有意な増加が見られた(pre:M=2.60、post:M=2.87、p<0.05)。 図1 MPFI (2) DUWAS(図2) ワーカホリズムの項目「働き過ぎ」はWGにて有意差はなく、WG以外にて有意な増加が見られた(pre:M=2.25、post:M=2.39、*p<0.05)。また、項目「強迫的な働き方」はWG・WG以外ともに有意差はなかった。 図2 DUWAS p.231 (3) UWES(図3) 総合得点の結果の比較では、WGでは前後の結果に有意差は見られなかったが、WG以外では有意な低下が見られた(pre:M=3.05、post:M=2.76、*p<0.05)。 小項目については、WGは「活力」の項目で有意な低下が(pre:M=3.74、post:M=3.31、p<0.05)、WG以外では「活力」「熱意」の項目で有意な低下が見られた(活力 pre:M=2.98、post:M=2.68、p<0.05;熱意 pre:M=3.49、post:M=3.19、p<0.01)。 図3 UWES (4) BAT-J(図4) 大項目の「中核症状」と「二次症状」では、どちらもWGでは有意差はなく、WG以外で有意な増加が見られた(中核症状 pre:M=2.52、post:M=2.64、*p<0.05;二次症状 pre:M=2.42、post:M=2.52、**p<0.01)。小項目においても、WGでは有意差はなく、WG以外の6項目のうち以下の3項目について有意な増加が見られた(疲弊感 pre:M=3.04、post:M=3.27、p<0.01;心理的苦痛 pre:M=2.43、post:M=2.65、p<0.05;心身の不調 pre:M=2.40、post:M=2.59、p<0.05)。 図4 BAT-J 5 考察 (1) MPFI ・心理的柔軟性:結果から、WG以外はすべての項目で有意差がなかったが、WGでは「文脈としての自己」の項目で有意に増加し、心理的柔軟性の向上が見られた。WGへの参加は「自分を客観的に捉える力」が高まり、不適応な状態に抗うのではなく共存することで困難な状況に対する適応力が向上した可能性が示唆された。 ・心理的非柔軟性:WGではすべての項目で有意差がなかったが、WG以外で「フュージョン」の項目で有意に増加し、心理的非柔軟性の低下が見られた。WGへの参加や取り組みが、心理的非柔軟性の低下抑制に影響を及ぼしている可能性がある。 (2) DUWAS 結果から、「働き過ぎ」の項目にてWGで増加傾向があり、WG以外では有意な増加が見られた。これは取得時期とも関連し、年度末に向け会社全体の業務量が増えたためと推察されるが、自己を分析するスキルが増加したことにより「働き過ぎ」を抑制させた可能性もある。 (3) UWES WGは「活力」の項目で有意な低下が、WG以外では「活力」「熱意」の項目で有意な低下が見られた。post取得が年度末であり時期的な業務量が影響しているとも推察されるが、WG参加による仕事量増加は「熱意」を低下させなかった。WG参加により、目的や方向性が同じメンバーとともに学びを深めることが「熱意」低下を抑制させた可能性が示唆される。 (4) BAT-J 結果から、WGではすべての項目で有意差がなかったが、WG以外では「疲弊感」「心理的苦痛」「心身の不調」の項目で有意な増加が見られた。WG参加による業務量の増加はこれらの項目に影響しなかったため、WGは心理的な支えや関係性の場として機能している可能性がある。 6 総括/今後の展望 今回の検証はWGに所属することによって、適応的な効果が期待できるかを検討したものである。総合的な結果としては、WGに所属することによって「心理的柔軟性が向上」し、「バーンアウト進行が緩やか」になる等の状態で期末を終えたことが明らかとなった。時期的な影響(年度末に会社全体が繁忙期となる)で、一部指標に全体として低下が見られたものの、WGプログラムへの参加により高度なスキルを得て、自身に対し活用・分析できるようになったためと推測される。今後はWGのどのような要素がスキルの強化を達成しているのかを解明し、支援の質や組織状態の改善に役立てていきたい。 【参考文献】 1) Hofmann, S. G., Hayes, S. C., & Lorscheid, D. N.「Learning process-based therapy: A skills training manual for targeting the core processes of psychological change in clinical practice」New Harbinger Publications. (2021) p.232 就労系社会福祉法人における組織改革・人事育成取り組み 〇スカルディノ・エバン(社会福祉法人ぷろぼの CX推進室) 武内 博資(社会福祉法人ぷろぼの 事務局統括) 1 はじめに 社会福祉法人ぷろぼのでは、各事業所と各職員が責任を持って、自発的に法人の改善戦略を企画して、実施する法人運営モデルを目指している。 計画的にかつエビデンスベースで考えるきっかけを日々の業務の中で提供する目的で、「成長促進イニシアチブプラン」を設計した。この取り組みによって、職員のモチベーション上昇、法人組織への理解、自主的な動きの推進を期待した。   2 成長推進イニシアチブプラン 業務を記録するために、弊社の職員は毎日業務日報を書いている。この業務日報を「成長推進イニシアチブプラン」の柱にし、「職員日報」のアップデート/開発をすすめてきた。 企画は令和6年4月に開始され、令和7年2月に本運用になった。 図1 新職員日報入力画面 この取り組みの内容は、種類である「大項目」と作業内容である「小項目」で構成されている。その日行われた各種業務に対しどれくらいの時間を使ったか、15分単位に記録される。 データの蓄積後、レポート機能により、AIからの分析とコメントも取得可能としている。AIの特徴として、前向きに書くことがあり、それが職員の励ましになると思う一方で、客観的で完全な事実として受け入れてはいけないと、社内教育で教えている。 半年に一度、各職員は「第三者委員会」と面談を行い、その半年のパフォーマンス(個人単位・事業所単位両方)を振り返り、その期間の目標達成度を計って、新しい期間 図2 日報レポート一例 の目標を設定する。この面談の結果によって昇給昇格も決まる。 現時点では、職員日報だけが実施済みであるが、職員の日々の業務分析に役立っている。 3 職員意識調査 目指している組織構想の実現度を計るために職員の意識調査を行った。各職員・事業所の改善・成長を職員は意識されていないことが課題であると考察し、この成長推進イニシアチブプランで解消したく思っている。 成長推進イニシアチブプランを法人管理者層に公開する直前、1回目の調査(令和6年調査)を実施し、職員37人から回答をもらった。2回目の調査(令和7年調査)は本運用から3か月経った時点で実施し、職員44人から回答をもらった。 令和7年の調査と令和6年の調査を比較したところ、全体30項目のうち、23の項目の回答が改善傾向にあると見える。目立ったのは、項目1「日々の業務でモチベーションを感じながら働いている」、項目2「自分のキャリアアップを考えている」、項目3「職員日報を毎日書くのは大事である」、項目4「他事業所のやり方を学びたい」、項目5「自分の個人としての成長は日々の業務と結びついている」という項目に対して肯定的に答えた職員の数・割合増加が特に大きかったことである。 表1 職員意識調査結果 p.233 項目1「日々の業務でモチベーションを感じながら働いている」は一番大きな増加があって、肯定的に答えた職員は去年5.4%で、今年35.7%に上った。やや肯定の回答を入れると、合わせて62.2%から69%に増した。全体的にモチベーションを感じている職員が増加した中で、既に一定のモチベーションを感じていた職員のモチベーションアップ率が特に高かったと推測できる。 図3 「日々の業務でモチベーションを感じながら働いている」 この調査は無記名で行われたため、職員一人一人の回答がどう進化したかは見えないが、全体的に思考が前向きになってきていると言える。 4 職員とのインタビュー 調査で見た結果と成長推進イニシアチブプランの実施との関連性を確かめるべく、2回目の調査の実施期間後、職員3人(以下「職員A、職員B、職員C」という。)とインタビューを実施した。調査の手法と違って、インタビューでは日報・成長推進イニシアチブプランの効果と、職員が参加することで思ったことを直接聞いた。 表2 インタビュー対象職員 職員Aの感想の中で大きかったのは、職員日報で業務を分類し、所用時間を書き出すことで、業務での時間管理ができるようになってきたということだった。その変化で自分の成長とそれによる業務の効率化を実感しているとのことだった。 職員Bは日報を書くことで、業務改善に時間をかけられていないことに気づき、もっと業務改善に努力することにしたとのことだった。課題を認識して、解決することにあたり職員日報が大きく働き方を変えていると話した。 職員Cは管理者(事業所長)であって、日報が部下の成長と感情を図るためのツールになっていると述べ、毎日書くことによって、業務のいいことを振り返るようになり、自分の業務に誇りを持つようになったと話した。日報を書くことがモチベーション向上に直結していると言えるでしょう。 各個人が感じている日報のメリットは違うものの、どなたもメリットを感じるという結果である。個人的な成長、業務改善への働き、業務のプライドと事業所内相互理解など様々な分野で職員日報の導入により改善が職員に感じられている。これこそが、意識調査で見られた改善傾向の本質であると考えている。 5 倫理的配慮 本研究において、調査を行う際に趣旨と目的を文書で伝えて、自由意思による同意の上、無記名で行った。回答した職員の氏名も連絡先も無記入にて作成して頂いた。職員インタビューに関しては、文書・口頭にて、研究の趣旨と目標を説明した上でご本人の同意を得て、インタビューを行った。回答者の特定を防ぐべく、ランダムに英文字記号を付与して、報告をまとめた。 6 まとめ 弊社で成長推進イニシアチブプランの第一歩として職員日報を実施する前後、業務へのモチベーションやキャリアアップの意識など、様々な面で職員の考え方の改善傾向が調査によって見えてきた。職員とのインタビューでその傾向と日報を書くことの関連性を確認することができた。今後はプランとシステムの開発を続け、更なる職員の働き方と意識の向上を目指す。   【連絡先】 スカルディノ エバン ウイリアムズ 社会福祉法人ぷろぼの CX推進室 Tel:0742-81-7032 e-mail:s.evan@vport.org p.234 就労移行支援事業所の集団プログラムへの参加が難しい方々に対する個別性を大切にした支援とその効果について ○後藤 耕士(社会福祉法人武蔵野 ジョブアシストいんくる 管理者) ○渡辺 江美(社会福祉法人武蔵野 ジョブアシストいんくる 生活支援員) ○濱田 紗希(社会福祉法人武蔵野 ジョブアシストいんくる 就労支援員) ○阿部 理良偉(社会福祉法人武蔵野 ジョブアシストいんくる 生活支援員) 梅本 佳奈子・松村 佳子(社会福祉法人武蔵野 ジョブアシストいんくる) 1 はじめに (1) ジョブアシストいんくるについて 就労移行支援事業所ジョブアシストいんくる(以下「いんくる」という。)は平成25年6月に定員20名の就労移行支援単機能事業所として開設された。開設からの12年間で就職者は121名、定着率は3年以上で78%である。 主に自閉症スペクトラム等の診断を受けた発達障害のある方、知的障害のある方の支援を中心に展開してきた。 活動は図1の通り、主に三つの柱を掲げている。一つ目の「就活プログラム」は、外部講師を招いてのビジネスマナーやパソコンの講座、JST(Job Skills Training)などのグループワークを実施している。二つ目の「就労トレーニング」では、ワークサンプル幕張版を使用した職業訓練をはじめ、いんくる外での実習として当法人の他の就労継続支援B型事業所への実習、市内3カ所の図書館の作業を受託し、提供している。三つめの「パーソナルアシスト」は、必ず担当職員がつき、月に2回の面談や参加するプログラムの相談などマンツーマンでの対応を行っている。 図1 ジョブアシストいんくる 支援における3本の柱 (2) 活動する上での課題 職員の入れ替わりもあり、誰でも支援できるよう活動の運営方法を標準化して6、7年経過する中で、途中で通えなくなり、退所される方が増えてしまった。特に令和2年度から4年度までの3年間は利用終了者45名のうち14名が途中退所と、30%を超えた。退所希望の申し出をいただいた方との面談から、①落ち着いて活動に参加できないほど体調や生活が不安定だったこと、②表出される言葉や態度から、支援者が一面的に「就労意欲が低い」と判断してしまい、ご利用者の思いとすれ違ってしまったこと、③活動内容が自身の就職にどう役立つか分からずモチベーションを維持できなかったことが挙げられた。 ①では、体験や利用開始当初は安定して活動に参加していたものの、ストレスがかかる状況になると身体症状に現れ、次第に通所が不安定になり、活動内容の変更などで対応しようとするも、他の生活課題等の影響でストレスの軽減が難しく、通えなくなって退所となってしまったことがあった。 ②では、将来的に就職を目指したい気持ちはありながらも、「それほど忙しく働きたくない」「話し相手が欲しい」と具体的な就職への思いを表現することが難しく、活動にも積極的に参加できず、他のご利用者や職員とトラブルになるご利用者に対し、就労意欲が低いと判断してしまい、「積極的な参加が難しければ就職は難しい」とお伝えしたところ、退所となってしまったことがあった。 また、③では、就職への意欲は高いものの、できるだけ早く就職したいという気持ちが強く、そのために役立つ活動であることを説明した上でその方が希望する身体を動かす活動への参加を促すも、一緒に活動する他のご利用者の中に障害の重い方がいたことについて、「障害の重い人たちと一緒に活動することで就職が目指せるとは思えない。それならアルバイトをしてお金を稼いだ方が良い。ここでの活動は自分に合わない」と言い、退所となってしまった。 これらの結果について職員間で議論し、現在行っているアセスメントでは足りていないのではないかと考えた。具体的に職業準備性ピラミッド(図2参照)の生活リズムや体調管理など下の部分が整っていない状態で就労に向けた職業適性の部分にフォーカスしてしまっていたこと、マンツーマンでのパーソナルアシストという中で、ご利用者と担当職員間だけのアセスメントにとどまってしまったこと、関係機関などとの連携が少なかったことが挙げられ、職員個人の思いがある一方でいんくるとして方向性が一致していなかったのではないかという結論に達したため、下記のように支援を工夫することとした。 p.235 図2 職業準備性ピラミッド 2 個別性を大切にした支援の工夫 (1) 多角的なアセスメント 月に2回の面談の他にご利用者の希望があれば都度面談を実施し、その際は共感的な態度で傾聴を行うことを徹底した。また、月に1度ケース検討会議を実施し、ご利用者の現状を共有して、必要な支援について職員全員で検討した。 さらに日々の活動で行動観察をし、その詳しい内容をレポートに記入して職員全員で回覧することでタイムリーにアセスメントを共有した。  このようなアセスメントを継続して行う中で、「活動ありきの運営」という意識から「ご利用者を見る」意識に変遷し、ストレングスの視点で出来ることを少しずつ増やしていくと良いのではないかと考えるようになった。また、集団活動への参加が難しいご利用者がいれば、ケース担当と相談し個別作業に変更した。 (2) 個別的な支援 上述の「就労トレーニング」に記載のある図書館での受託作業や当法人の他の就労継続支援B型事業所での作業といった外部実習への参加に加え、いんくるの既存の活動で合うものが少ない方向けに、その活動が行われている部屋でプログラミングの練習や司書課程の勉強、清掃活動などの個別活動を新規に実施した。そして、ご利用者の得意なことを探すことに重きをおいて作業を細分化した。さらに、来所する時間を半日からスタートする、週5日から3日にするなどの時間の調整、座る席を固定するなどの環境調整も図った。 スモールステップを図ったことでご利用者の作業への達成感や自己肯定感の向上につながり、さらに経験できる職種が多いことでご利用者がやりたいことを見つけることやミスマッチを防ぐことにもつながった。 (3) 関係機関・ご家族との連携 いんくる内でのアセスメント実施に留まらず、地域の就労支援センターとこまめに連携し、適宜関係者会議を実施した。また、通院同行を必要に応じて行い、ご利用者の現状と医療側の認識に齟齬がないように支援をした。さらに、主に知的障害の方に向けてご家族にお話を伺い、生育歴から前職での経験などを伺うことで様々な視点から丁寧にご利用者を見ることが出来るようになった。 3 結果 アセスメントを詳細に行うことで、その方にあった支援を提供することが出来た。  その結果、表1の通り途中退所者が大幅に減り、活動に参加できる方が増えた。 また、アセスメントの量が増えることで職場とのマッチングにも大きく作用し、表2の通り就職率も大幅に上がった。 表1 ジョブアシストいんくるの途中退所者の状況 表2 ジョブアシストいんくるの就職者の状況   4 まとめ (1) 考察 詳細で多角的なアセスメントを行うことで、集団活動にうまく参加できない方を職員全員で把握することができ、且つその方の支援の方向性についていんくる全体で共有することが出来た。集団活動に参加すること、スキルアップを目指すことに固執せず、それぞれに合った支援を行うことでいんくるを継続して利用し、就職に結びつくことが分かった。 また、日々の面談に加えて個別支援などの対応でのやり取りの中でご利用者との関係性も増し、職員の支援力向上にもつながった。 (2) まとめ 作業を遂行することを目的とするのではなく、自分ができることを実感できることでそれが内発的動機となり、就職率や定着率の向上の一助になっている。障害者雇用率の上昇が続く現代において、今後も福祉的視点が多く必要になる方々の受け入れが続くことが見込まれる。社会福祉法人として、多角的な視点を持ったアセスメントを重視し、個別での作業教示を行う柔軟性をもって引き続き支援に取り組んでいきたい。 【参考文献】 1) 山田文典『令和2年度版就業支援ハンドブック』,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(2020),p.16 【連絡先】 後藤 耕士 社会福祉法人武蔵野 ジョブアシストいんくる e-mail:goto-koji@fuku-musashino.or.jp p.236 多機能型事業所の就労への取組について ○長峯 彰子(新宿区勤労者・仕事支援センター わーくす ここ・から サービス管理責任者) 1 はじめに 本稿では、多機能型事業所の就労支援の試みと成功事例について論じていく。当事業所『わーくす ここ・から』は、新宿区の外郭団体である『公益財団法人新宿区勤労者・仕事支援センター』が運営する指定障害福祉サービス事業所である。就労移行支援事業所「エール」、就労継続支援B型事業所「スマイル」、就労定着支援事業所を併せ持っている多機能型事業所である。財団のミッションには『「働きたい」「社会に貢献したい」という思いをかなえ、「働き続ける」ことを応援します。』1)を掲げており、当事業所も働きたい気持ちの実現に尽力している事業所である。 昨今、移行支援事業所の問題点として、移行実績の低い事業所が一定数存在していること、アセスメントや支援の質が確保されていないこと、一般就労への移行後に離職してしまう利用者が多いといったことが挙げられている。当事業所は定着支援事業所も併設している事業所ではあるが、就労定着率を9割以上に保持するために、様々な試みを実施している。他方、就労継続支援B型の就労への問題点としては、事業所のサービス内容と一般就労へのギャップ、そして利用者のスキル不足等が挙げられる。この点に関しても当事業所は清掃と軽作業の受託作業を主軸に、財団内の他部署と連携することにより解消している。 双方に通う就職希望の利用者は、働きたい気持ちはあるが、障害種別はもちろん、そのニーズや特性も一律でない中、どのように就労への道筋をつけていくのか。利用時のアセスメントから就労訓練に繋げ、最後は就職に結びつけていくまでの過程の紹介とその成功事例の報告である。 2 わーくす ここ・からの概要 (1) 就労移行支援事業所「エール」 障害のある人が就労を通じて、自立的かつ充実した社会生活を送れるよう、その人の状況や特性に応じた職業適性を見出し、職場探し等も行っている。 現在定員は10名。主な作業は、清掃作業、軽作業、パソコン作業である。全員が就労を希望している。令和7年度6月時点での障害種別割合は知的障害が6割強、身体障害が2.5割、精神障害が1割強となっている。 (2) 就労継続支援B型事業所「スマイル」 一般企業への就職が困難な障害のある者に、雇用契約を結ばずに、就労機会を提供すると共に、生産活動を通じて、その知識と能力の向上に必要な訓練などを実施している。 現在、定員は30名。様々な障害や難病を持つ人が通う事業所である。主な作業は、清掃作業と軽作業である。スマイルに通所している利用者のうち、約2割が就労を希望している。令和7年度6月時点での障害種別割合は、知的障害が4割、精神障害と身体障害の方達が3割ずつとなっている。 (3) 就労定着支援事業 就職後半年間は、それまで利用していた、事業所による職場定着支援が行われる。 その後の最大3年間が、就労定着支援事業で支援できる期間である。こちらの障害種別割合は知的障害が6割弱、精神障害の方が2割弱、身体障害の方が2割強である。 3 わーくす ここ・からの就労支援 (1) わーくす ここ・からでのアセスメント 当事業所を利用希望により、実習前面談を経て、およそ10日間の実習を行うことが多い。特別支援学校からの実習が5日ということを考えるとかなり長い日数と言える。これは2年間で就職まで道筋をつけていけるのか、それ以上かかるのかの見極めの為と持続力があるかを見極める為である。当事業所は新宿区の外郭団体という性質上、他の事業所からの移籍や困難ケースの受け入れも多く、支援はより多様化している。対象も精神・知的・身体・発達障害・難病の方と幅広い。このことから、就職を目指す時、本人の意向とそれに向かう気力があるかは大事なことである。 (2) 移行支援事業所「エール」でのプログラム 当事業所のプログラムは清掃作業・軽作業・パソコン作業の3つである。この作業選定は当事業所の受託している作業による。プログラムは定型になるが、利用者の障害特性、適性に合わせた作業遂行を実現している。具体的には、清掃作業ではどの指示形態ならその利用者が受け取りやすいのかをアセスメントし、どの指示形態まで修得できるのかを訓練する。その後は、一つの指示で複数工程の作業ができるように訓練していく。軽作業においては巧緻性や緻密さの把握から、訓練によってどこまで精度やスピードを上げていけるかを訓練していく。パソコン作業においては、レシートにあるデータをExcelに転記する作業から学ぶが、書字も乏しい利用者の場合は、文字を形として認識するところから始めていき、最終的には入力ができるところを目指す。その他、就労してから問題視されがちな、報告・連絡・相談に関しても作業の目標時間の設定により自ずと報告する場面を作り、これにより、利用者が習得していける p.237 ように組み立てている。 (3) 就労継続支援B型「スマイル」での支援 スマイルでのプログラムも受託作業を主軸に組み立てられているが、清掃・軽作業が主軸となるため、パソコン作業を習得した方が就職への道筋がつきやすい場合、財団内にあるIT就労訓練を活用し、施設外就労の形で学びに行くことができる。また、人慣れすることが就職へのプラスになる場合はコミュニティ事業課の店舗での実習を、やはり施設外就労として学び、経験を積むことができる。このように、利用者の一般就労へのギャップを埋め、スキル不足を補い就労への道筋をつけている。そして、更なる訓練によって能力の向上が見込める場合には、エールへの移籍も柔軟に行い、多種多様な就労訓練を可能にしている。 (4) 企業との連携強化 当事業所は就職に際して、企業にて実習をお願いしている。それは利用者の特性から、指示の出し方によっては作業に取り掛かれない、理解ができない場合があり、個別の支援が必要だからだ。当事業所は就職に結びつける時に、その点を企業に細かく伝え、利用者が就労した後も企業が困らないようにコーディネートしている。その為に障害や疾病によっては実習期間を長くとってもらう事もある。その細やかさが、企業の雇用への不安を払拭していると言えよう。また、利用者においては実際の職場の雰囲気を肌で感じることができ、就職後のミスマッチを防ぐ効果が期待できる。また、企業側にも障害者雇用の理解を深めてもらうための啓発活動も行っている。 4 就労後の支援について (1) 就職後のフォローアップ体制の構築 当事業所としては少しでも長く就労生活を過ごしてほしいと思っている。就職後の定着率向上を目指し、最初のうちは、利用者と企業双方に対する訪問や面談を実施している。これにより、就職後に生じる課題(人間関係、業務内容の理解不足など)を早期に発見し、解決策を共に考えることが可能となる。このフォローアップは、就職後6カ月間を対象とし、必要に応じて柔軟な運用を行っている。 (2) 定着支援 就職後6カ月を超えての支援が必要となれば、当事業所の定着支援事業所との契約を結び、その後3年の定着支援が可能になる。 (3) 就職者を孤立させない行事作り その他に、当事業所卒業後、就労生活を継続していれば参加できる『卒業生の集い』と言った行事もあり、そこでちょっとした悩みも話すことができ、また卒業年度が違っていても、卒業生同士が知り合う場となっており、卒業生が就職しても見捨てられ感を持たず、帰属意識を保てる行事となっている。 5 成功事例報告 (1) 対象者データ Aさんは引きこもり期間が長く、保健センターからの紹介で通所に繋がった20代のケース。通所開始時点では手帳取得も悩んでいる状況で、本人は自分の病識をうつ病であると認識していたが、そもそもは完璧主義なところが邪魔をしていて、自分の欠点やできない面が露呈すると、すべてが嫌になってしまうという側面を持つ。 (2) 支援方法 Aさんは就労面では就職希望を持っており、まずは休まず通所することから目標設定を始め、途中作業面や考え方の面で指摘を受けたり、不安要素が多くなってきたりすると休んでしまう事はあった。しかし、指摘に関しては次にできた時の強化をすること、不安要素が大きくなった時は不安の根源が何なのかを職員と突き詰めることで、休む比率が減ってきた。その上で本人の得意な面も探ってみた。 (3) 支援結果 Aさんの場合は打たれ弱さや成功体験の少なさが躓きの原因になっていたが、アート的なことが得意な面や仕事に対してまじめに取り組む面なども評価が高かった。就職先には得意な面が行かせるような職場を選定し、就職に結びつけた。就職した現在でも、何か要因があると休みがちになる面があるが、その都度職員が寄り添い支援していることで就労は継続できている。 6 考察と分析 事業所として、就職者を輩出していくためには、これまで述べたようなことが必要だと考えている。また、就職した後も企業と就職者には支援が必要である。事業所はこういったことを細やかに、また自分達が支援をできなくなった場合はその支援の担い手に繋いでいくことが必要であろう。 【参考文献】 1) 公益財団法人 新宿区勤労者・仕事支援センター 事業案内(令和4年3月),p.1,p.7 2) 障害者職業総合センター「精神障害者に対する就労支援過程における当事者のニーズと行動の変化に応じた支援技術の開発に関する研究」(調査研究報告書No.90) 【連絡先】 長峯 彰子 公益財団法人 新宿区勤労者・仕事支援センター わーくす ここ・から e-mail:shoko.nagamine@sksc.or.jp p.238 一般ボランティアを活用した障がい者就労定着の効果と課題 ○新里 学(那覇市障がい者ジョブサポーター派遣等事業 コーディネーター) 1 那覇市が独自に行ってきた就労支援者サポート事業 平成18年度施行の障害者自立支援法により、それまで「働ける障がい者と福祉事業で作業する障がい者」と線引きされていた考え方は「社会は障がい者が活躍できる場」であるという考え方にシフト、それによって障がい者の就労支援サービスは「福祉的」なものから「社会に送り出す」立場へと変化した。 那覇市にある一般社団法人那覇市身体障害者福祉協会(以下「身協」という。)は、その変化を受け、新たに就労移行支援事業として障害者就労支援センターさわやか(現・就労支援センターさわやか、以下「さわやか」という。)を新設した。那覇市障がい者ジョブサポーター派遣等事業(以下「ジョブサポ事業」という。)は、身協が那覇市から受託しさわやかが運営する事業として平成19年11月にスタートした。ジョブサポ事業の名称を聞きなれない方が多いのは、那覇市が独自に行う委託事業であるためだ。 このジョブサポ事業は、一般就労を目指す障がい者の就職サポート、一般企業で働く障がい者が長く働き続けるための定着サポートを目的としている。つまりジョブサポ事業は、平成30年にスタートした就労定着支援事業より10年以上前から続く就労支援者サポートというわけだ。 2 ボランティアに支えられるジョブサポ事業 ジョブサポ事業の活動形態は、他の就労支援事業とは大きく異なる点がいくつかある。その中でもっとも特徴的なのが、現場で活動するジョブサポーターが専門職員ではなく、一般の方々によるボランティアだということだろう。 障がい者の就労支援には多くの知識と経験を要するいわば専門職に近い側面がある。それをボランティアであるジョブサポーターに一任することは、就労支援を経験した方であれば無謀に感じるかもしれない。しかし実際にジョブサポ事業は15年以上運営してきた実績がある。つまりジョブサポーターによる障がい者の就労サポートは、決して不可能なことではないということである。 ご想像通り、ジョブサポーターによる就労定着サポートを事業として運営していくのは難しい。しかし逆を言うと、ジョブサポ事務局はその課題を乗り越え、ノウハウとして蓄積してきたということだ。ここでは一部ではあるが、ボランティアの方々に活動していただくことによる効果と課題をお伝えしたい。 3 支援者のジレンマ 障害者自立支援法が施行された当時、障がい者就労支援を担う支援機関などの支援者(以下「支援者」という。)最大の目的は「障がい者を一般就労させる」ことであったが、現在はそこから考え方を一歩進め、「就労した障がい者を労働者として定着させること」へと変化している。しかし、一般企業に就職した障がい者を離職させないように支援していくことは困難だ。その要因は様々で、勤務先での合理的配慮の欠如、受け入れ企業の障がいに対する知識不足、障がい特性による業務不履行など、その事例は枚挙にいとまがない。中でも特に多い問題の1つとして挙げられるのが、職場の人々と障がい者のコミュニケーション不足による人間関係の悪化である。 障がい者には、理解力の乏しい方や特殊な環境で育ってきたために社会的な「暗黙の了解」が理解できない方も多く、それが人間関係悪化の引き金となってトラブルに発展した経験を持つ方も多い。そしてそのような経験が積み重なっていくことで、指導と叱責の区別ができなくなり、障がい者は「分かったふりをする」「本音を隠す」「嘘をつく」という手法を身に付けることとなる。だがその判断は悪手でしかなく、新たなトラブルを生んでいってしまう。しかし逆を言えば、障がい者から本音を聴くことができれば、このような負の連鎖を断ち切ることができるということでもある。つまり「傾聴」というスキルの活用だ。しかし皮肉なことに、障がい者の本音を聴き取ろうとしても「支援者」という立場が邪魔をすることがある。 当然ながら支援者は、様々な情報を元に職場環境を改善や障がい者への助言をする。だが先ほども書いた通り、障がい者の中には、指導されることを叱責と受け止める方もいる。つまり支援者がいるにも関わらず、本音を言うことができないまま、最悪のケースとして離職につながってしまうこともあるということだ。じつはここにジョブサポーターを活用する意義を見出すことができる。 4 ボランティアであるという制限を逆手に取る 一般の方々にジョブサポーターとして活動していただくために、ジョブサポ事務局はいくつかの条件を設けている。その中で特に重要なのが障がい者就労支援に関する研修を受講していただき、ジョブサポ事務局にジョブサポーターとして登録していただくことだ。 繰り返しとなるが、障がい者の就労支援は専門性が高い側面がある。そこに関わっていただくためには、ボラン p.239 ティアであっても最低限の知識やスキルが必要であり、研修を通じて学習していただく必要がある。現在、ジョブサポーターとして活動を希望し、登録していただいている方は、そうした1時間から2時間の講義を20コマ近く受けていただいた方々だ。しかしそれでも、就労支援の基礎を学んでいただいただけに過ぎない。だからジョブサポ事務局ではジョブサポーターの方々に対し制限を設けている。それは「指導やアドバイスをしない」というものだ。ボランティアなのだから、この制限は仕方がない、と思われるかもしれないが、じつはこの制限は支援者にはない大きな力を発揮する。それは障がい者の方々に「ジョブサポーターは本音を言っても怒られずに聞いてもらえる」と認識していただけるということだ。つまりジョブサポーターは「傾聴」に特化して活動し、就労支援者のサポートをするから「就労支援者サポート事業」というわけだ。 ジョブサポーターは、こうした活動で得た情報を事務局に報告し、事務局は支援者の観点から不足している情報はないか、緊急性がある情報は含まれていないかをチェックし、その障がい者を直接支援する支援者に提供している。そしてその情報を元に、支援者に適切な支援方針を決めていただいている。 5 事業であることのアドバンテージ これまではジョブサポーターというボランティアに焦点を当てて記述してきたが、ジョブサポ事業を運営する那覇市障がい者ジョブサポーター派遣等事業事務局(以下「ジョブサポ事務局」という。)にも強みがある。それは事業であることで、行政サービスのような制約を受けることがない、ということだ。 就労移行支援や就労定着支援などの福祉サービスは「サービス受給者証」が必要であり、サービスによっては期間や回数などの利用が制限される仕組みとなっている。しかしジョブサポ事業はそうしたサービスとは違うため、期限や回数の制限を受けない。つまり障がい者の方ご自身や支援者がジョブサポ事業の利用中断の希望があった場合、やむを得ない事情が発生した場合でない限り、無期限でジョブサポ事業を利用し続けることができるということだ。実際、ジョブサポ事業を10年以上継続して利用し続けている方、つまり長期で雇用されている方が多いことが、ジョブサポ事業の有用性を示していると考えている。またジョブサポ事業は他のサービスと併用することも可能だ。そしてこれは、障がい者の方にとって大きな利益となるポイントにもなっている。 例えば特別支援学校を卒業して就労移行を経由し就職し、後にその支援者が就労定着支援、そして就業・生活支援センターへ移管していったとする。当然、前任の支援者は後任の支援者に支援に必要な情報を引き継いでいくわけだが、どうしても情報の引継ぎには欠損する部分が生じやすい。しかしこの障がい者がジョブサポーターを利用していれば、欠損していた情報をジョブサポ事業で補填できる。実際、支援者の移管がうまくいかず支援期間に空白が発生してしまったこともあったが、その期間もジョブサポ事業によって情報を集め続け、小さなトラブルを後任の支援者に引き継ぐことができたという実績もある。 6 ジョブサポ事業の課題 平成19年から18年にわたり運営を続け、多くのハードルを越えてきたジョブサポ事業だが、それで課題がなくなったのかと言えば、それは否である。特に事業継続以降、いまだに解決されない課題として挙げられるのが、ジョブサポ事業を利用していただいている障がい者の方の居住地だ。 これまでも記述してきたとおり、ジョブサポ事業の委託元は「那覇市」である。つまり那覇市の税金によって運営されている事業であるということだ。当然ながら那覇市の税金は那覇市民のために活用されなければならない。つまり、那覇市民でない障がい者の方はジョブサポ事業を利用できないということだ。そしてこれは、那覇市外に転居された方にも適用される。先ほどジョブサポ事業の終了理由に「やむを得ない事情」と記述したのは、こうした課題が残されているためだ。 7 課題解決の展望 ジョブサポ事業が那覇市の税金で運営されている以上、居住地で利用が制限されるのは当然のことであり、残念ながらこの制限を撤廃することは難しい。しかし解決策がないわけではない。それは各自治体で那覇市と同じく、ジョブサポ事業、あるいはそれに準じた事業を発足、運営していただくことだ。 ジョブサポ事業は18年に及ぶ事業運営の実績があり、そのためのノウハウを蓄積してきたという自負がある。そしてそれを他の市町村で生かしていただくことにも抵抗はない。むしろ全国にこのジョブサポ事業を広め、連携していきたいと考えている。そのためにジョブサポ事務局はジョブサポ事業の有用性を広め続けていきたい。 【連絡先】 新里 学 就労支援センターさわやか 内 那覇市障がい者ジョブサポーター派遣等事業 e-mail:sawayakajs007@gmail.com p.240 障害者職業能力開発校における技術革新の影響と対応に関する現状分析 ○大場 麗(職業能力開発総合大学校 能力開発院) 原 圭吾(職業能力開発総合大学校 能力開発院) 1 問題と目的 近年、AIをはじめとする技術革新が急速に進展しており、その影響は障害を抱える人の雇用環境にも変化を及ぼしている。実際に、障害者職業総合センターの調査研究報告1)では、特例子会社の約半数の企業において、技術革新が障害者雇用にプラスの影響を与えたという結果が示されており、すでにその影響が現れ始めているといえる。こうした状況を踏まえると、障害を抱える人の職業能力を開発し、雇用へとつなぐ役割を担う障害者職業訓練においても、技術革新に対応した訓練内容や支援体制の再構築が課題となる。そのためには、現場で実際に指導にあたる職業訓練指導員が、技術革新をどのように認識し、訓練生の雇用にどのような影響があると捉えているかについて、明らかにすることが重要である。そこで本研究では、AI等の技術革新が障害を抱える訓練生の雇用に及ぼす影響について、障害者職業訓練指導員の認識を質問紙調査により把握し、その内容を質的・量的に分析することを目的とする。 2 方法 調査対象者は障害者職業訓練校に勤務する職業訓練指導員・講師とし、49名から回答を得た(男性32名、女性16名、無回答1名)。質問紙はMicrosoft Formsを用いて作成し、第二著者が担当する研修の際にリンクを配布し調査協力を依頼した。なお本調査は、職業能力開発総合大学校の「ヒトを対象とした調査・研究倫理審査委員会」の承認を得た上で実施した。本発表において報告に用いる項目は以下の通りである。 (1) 雇用への影響に関する認識 キャリア開発におけるAIの影響に関する吉川2)のモデルを参考に、以下の3項目を作成した。 ①代替:AI等の技術革新により訓練生の仕事が代替されてしまうと思う程度 ②分業:AI等の技術革新により仕事の一部が代替され、隙間業務が増加すると思う程度 ③就業期待:AI等の技術革新により訓練生の就職可能性が高まると思う程度 各項目について、「全くそう思わない(1点)」から「非常にそう思う(7点)」までの7段階で回答を求めた。 (2) 雇用への影響に関する自由記述 上記の3項目に対して、訓練生の雇用にそのような影響があると考える理由について、自由記述形式で回答を求めた。 (3) 障害者職業訓練に必要な取り組みに関する自由記述 技術革新への対応のために、今後の障害者職業訓練に必要と考えられる取り組みについて、自由記述形式で回答を求めた。 3 結果と考察 (1) 雇用への影響に関する認識 図1は、AI等の技術革新が障害を抱える訓練生の雇用に及ぼす影響に関する認識について、3つの項目(①代替、②分業、③就業期待)ごとの職業訓練指導員の平均得点を示したものである。あわせて、担当訓練分野(ものづくり分野・非ものづくり分野)別の結果も表示している。 図1 雇用への影響に関する認識の平均得点 結果から、いずれの分野においても①代替の予測は尺度中心値の4点を下回っており、最も低い認識傾向が示された。一方で②分業の予想および③就業期待については、いずれも4点を上回り、ほぼ同程度の得点が得られた。ここから、ものづくり分野・非ものづくり分野のいずれにおいても、職業訓練指導員は「仕事が代替される」とする認識よりも、「分業が進む」あるいは「就業可能性が高まる」とする認識の方が強い傾向にあることが示唆される。 (2) 雇用への影響に関する自由記述 表1は訓練生の雇用への影響に関する自由記述について、ポジティブな意見、ネガティブな意見、中立的・判断困難な意見に分類し、代表的な例を示したものである。 p.241 表1 雇用への影響に関する自由記述の分類結果 AI等の技術革新の影響について、ポジティブに捉えている意見が比較的多く、これは(1)の結果とも整合性が見られた。一方で、中立的または判断が困難とする意見も一定数あり、その中には「わからない」といった記述が5件確認された。これは、現在が技術革新の途上にあり、将来の展望が不透明であることから、今後の影響を具体的に想定しづらい状況にあるためと考えられる。しかし、障害者職業訓練においてもDX対応が求められている現状を踏まえると、今後の技術動向を見据えたうえで、障害者の職業能力開発を進めていく必要がある。また、ネガティブな意見も12件見受けられた。これらの意見には、技術革新が好影響をもたらすという一面的な見方に対して、現実的な懸念を示すものも含まれていると考えられる。こうした課題に一つひとつ向き合いながら、障害を抱えた人への職業訓練のあり方を検討していくことが今後重要となるだろう。 (3) 障害者職業訓練に必要な取り組みに関する自由記述 表2は、技術革新への対応に向けて障害者職業訓練において必要な取り組みについて尋ねた自由記述を、内容ごとに分類し、類似する意見を集約したものである。記述内容は訓練内容の改善、職業訓練指導員の技術力向上、対外的視点の導入の3つに大別された。訓練内容の改善に関する意見が比較的多く見られたが、その中には従来型の基礎的な訓練の重要性を指摘するものも含まれていた。これは、障害者職業訓練において、いかなる職業能力を身につける場合であっても、まず職業準備性を整えることが重視されていることを反映した結果であると考えられる。また、職業訓練指導員自身が最新技術を習得しておく必要性や、対外的視点を訓練に取り入れることの重要性についても、多くの記述において指摘されていた。 表2 必要な取り組みに関する自由記述の分類結果 4 まとめ 本研究の結果では、障害者職業訓練指導員は、技術革新による「仕事の代替」よりも、「分業の進展」や「就業可能性の向上」に対して肯定的な認識を持つ傾向が示された。また、自由記述の分析からは、技術革新に対する期待と同時に、雇用喪失への懸念や将来の不透明さに対する慎重な見方も確認された。さらに、今後の障害者職業訓練に必要な取り組みとして、訓練内容の改善、職業訓練指導員の技術力向上、対外的視点の導入が挙げられた。これらの結果は、障害者職業訓練において技術革新への対応を検討する際の一助となると考えられる。 今後の課題として、自由記述には「訓練生の能力の幅が大きい」との意見が見られたことから、訓練生の障害特性に応じて、技術革新がどのような影響を及ぼしうるのか、そしてどのような職業能力開発が求められるのかについて、より詳細な検討が必要である。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター『AI等の技術進展に伴う障害者の職域変化等に関する調査研究』,「調査研究報告No.177」,(2024) 2) 吉川雅也『キャリア開発における技術と人の協働:メタ・スキルとしての深化と拡張』,「関西外国語大学研究論集vol. 109」,(2019),p.65-83 p.242 就労支援における生成AI活用の現状と期待 -就労系事業所の支援者と利用者の調査結果から- ○山口 明乙香(高松大学 教授) ○市本 真澄(アクセンチュア株式会社 コーポレート・シチズンシップ マネジング・ディレクター) 六車 浩(SCC Group) 堺 勝信・楠 智裕・奥山 友理映・陸 君彦(アクセンチュア株式会社 コーポレート・シチズンシップ) 中尾 文香(NPO法人ディーセントワーク・ラボ) 1 問題の所在と目的 近年、生成AIの社会実装が進み、教育や福祉を含む分野での活用や応用が進んでいる。なかでも個々の利用者のニーズに合わせた支援の個別最適化や対話的な意思形成の過程を見える化するなど、従来のアプローチでは難しかった課題への解決可能性が生成AIの活用によって期待されている。一方で、就労支援の領域では支援における生成AI活用実態の把握やより効果的な活用を可能にする生成AIの設計検討も十分とはいえない。本研究では、就労支援機関及びその利用者における生成AI活用の現状と期待する点に着目し、日々の訓練場面や就労支援における活用の可能性と現場実装に向けた設計指針のあり方を考察することを目的とする。 2 調査方法及び分析 本研究は、全国の就労支援事業所1,464事業所とその利用者を対象にオンライン調査を実施した。実施期間は2025年5月下旬から6月中旬で実施し、支援事業所の回答数は131件(8.9%)、利用者の回答74名(5.1%)であった。設問は、事業所及び支援者の日々のICTツール及び生成AIの活用状況、支援者と利用者の期待や利点に関する項目で構成した。これらの調査は発表者所属の大学の研究倫理審査(高大倫審2025002)を経て実施した。分析においては、各項目の単純集計を実施した。 3 結果 (1) 回答者属性 就労支援事業所の回答者は、就労継続支援B型事業所75名(60.0%)、就労移行支援事業所53名(42.4%)、就労継続支援A型事業所46名(36.8%)、自立訓練事業所30名(24.0%)、相談支援事業所23名(18.4%)であった。またサービス管理責任者が49名(38.9%)で最も多く、支援員36名(28.6%)、設置法人の管理者29名(23.0%)が多い割合を占めていた。 回答のあった利用者の内訳は、精神障害が32名で44.4%を割合が多く、次いで身体障害が24名(33.3%)、発達障害16名(22.2%)、知的障害8名(11.1%)であり、少数であったが、視覚障害、てんかん、高次脳機能障害、難病疾患の回答者もあった。回答者のうち男性は33名(45.8%)、女性3名(51.4%)、回答なし2名(2.6%)であった。回答者の年代では、30代が28名(38.9%)で最も多く、20代が15名(20.8%)、50代が11名(15.3%)、40代が9名(12.5%)であった。 (2) 就労支援事業所におけるICT端末使用の現状 事業所のICT端末の使用は、事業所運営の事務処理が最も多く、次いで、支援者の研修や支援者の利用者の作業記録や支援計画作成などで使用されていることの割合が高く、アセスメントを実施する作業などで利用者へ操作させている事業所は、27.9%であり、割合は高くなかった。また事業所のうちICT端末を使用していない事業所は、日頃の訓練内容がICT端末を使用しないが24.0%で最も多く、次いで支援者がICT端末を使用に苦手意識がある(13.5%)であった。 表1 事業所のICT端末使用の現状 表2 事業所のICT端末使用しない理由 (3) 就労支援事業所における生成AI活用の現状 支援者のうち日常生活において、ほぼ毎日生成AIを利用していたのは24名(21.6%)であり、週3~4日使用している10名(9.0%)である一方で、全く利用していないとする支援者も39名(35.1%)であった。就労支援場面における生成AI利用の状況では、全く利用していないが54名(48.6%)であり、月に1~2回が24名(21.6%)である一方、ほぼ毎日使用しているが17名(15.3%)となっていた。 p.243 表3 事業所の生成AI使用の現状 表4 事業所の生成AIの就労支援業務場面での使用 (4) 就労支援事業所の生成AIの使用場面 就労場面では、情報の検索(55.4%)、書類のようやくと情報の簡素化(48.9%)、困ったことへのアドバイス場面(41.3%)であった。 表5 事業所の生成AIの使用場面 (5) 利用者のICT端末使用の現状と今後の意向 利用者の日常生活のICT端末の使用状況は、いつも使用しているが81.8%(54名)で最も多い割合であった。また訓練場面におけるICT端末の使用は、いつも使用しているが75.0%(48名)であり、場合によっては使用しているが14.1%(9名)であった。またICT端末を使用していない理由については、訓練内容がICT端末を使う内容でないが33.3%(6名)であった。 表6 利用者のICT端末使用しない理由 (6) 利用者の生成AI活用の現状 利用者のうち生成AIをほぼ毎日使用しているのは13名(19.1%)であり、週3~4日が22.1%(15名)で確認された。一方で全く利用していないが29名(42.6%)で最も多かった。 訓練場面における生成AIの利用では、全く利用していないが39名(60.0%)と割合が増えていた。 表7 利用者の日常生活における生成AI使用の現状 表8 利用者の訓練場面の生成AI使用の現状 生成AIを使用している場面では、支援者の回答と同様に情報の検索などの場面が25名(42.4%)で最も多く、困ったことへのアドバイスをもらうが20名(33.9%)であった。また書類の要約、画像や素材の作成、生成AIと会話やコニュニケーション場面の順であった。今後の生成AIの使用に関する意向では、できれば積極的に使いたいが27名(40.3%)で、積極的に使いたいとする回答者は16名(23.9%)であった。またあまり使いたいと思わない、使いたいと思わないとする回答は合わせて6名であった。    表9 利用者の生成AI使用の場面 4 考察 本調査の結果、事業所において生成AIを日常的に活用している割合は限定的であったが、支援者が生成AIを使用する場面は、情報検索や書類要約などの業務効率化に関わる用途が多く、利用者においても情報の検索に使用していた。しかし利用者は、アドバイスの獲得という点も使用場面の割合が支援者よりも多い傾向にあったことは支援者と異なる傾向であり、日常的な補助的役割を担っている可能性が示唆された。 【連絡先】 高松大学 発達科学部 教授 山口 明乙香  e-mail:afujii@takmatsu-u.ac.jp p.244 就労支援における支援者・利用者が生成AIに求める機能と役割 ○市本 真澄(アクセンチュア株式会社 コーポレート・シチズンシップ マネジング・ディレクター) ○山口 明乙香(高松大学 教授) 六車 浩(SCC Group) 堺 勝信・楠 智裕・奥山 友理映・陸 君彦(アクセンチュア株式会社 コーポレート・シチズンシップ) 中尾 文香(NPO法人ディーセントワーク・ラボ) 1 問題の所在と目的 近年、生成AIの社会実装が進み、教育や福祉を含む分野での活用や応用が進んでいる。なかでも個々の利用者のニーズに合わせた支援の個別最適化や対話的な意思形成の過程を見える化するなど、従来のアプローチでは難しかった課題への解決可能性が生成AIの活用によって期待されている。一方で,就労支援の領域では支援における生成AI活用実態の把握やより効果的な活用を可能にする生成AIの設計検討も十分とはいえない。 本研究では、障害者が直面する就労活動上の困難、とりわけ就労に不可欠な自己理解や自己を表現する力の向上に着目し、生成AIの中でも特に対話型AIがこれらの課題に対してどのように支援し得るかを検討する。その上で、活用可能性と現場実装に向けた設計指針のあり方を考察することを目的とする。 2 調査方法 本研究では、第一に、オンライン調査と対面によるインタビュー調査の2つの手法を用いてデータを収集した。全国の就労支援事業所1300事業所を対象にオンライン調査を実施した。実施期間は2025年5月下旬から6月中旬で実施し、回答数131件であった。設問は、利用者の就労活動における困難、生成AIの活用状況、期待や利点に関する項目で構成した。 第二に、インタビュー調査は、2025年6月上旬に香川県高松市で支援者21名と当事者8名を対象に対面にてにインタビューを行い、アンケートと同様の内容を聴取した。また後述の生成AI活用サービスのプロトタイプの体験もインタビュー中に実施した。調査は共同研究者の所属大学の研究倫理審査(高大倫審2025002)を経て実施した。 3 結果 (1) 就労活動において当事者が直面する課題 支援者を対象としたアンケートでは、利用者に見られる主な課題として、自分の得意/苦手や必要な配慮、向いている仕事への理解不足が多く挙げられた(表1)。 さらに当事者インタビューでは「苦手や好きなことを言語化するのが難しい」「自己アピールの日本語がうまく書けなかった」との発言があり、自己理解に加え、自己表現面においても困難があることが示された。 表1 利用者の就労活動における困難 (2) 就労支援における生成AIの活用率と今後の活用意向 アンケートによれば、生成AIを就労支援に活用している事業所は約半数(51.3%)にとどまった。一方、AIの導入に前向きな事業所は約7割(69.3%)と実際の活用率を上回る結果となった。 (3) 就労支援における生成AIへの期待 アンケートでは、生成AIは文章作成など間接業務への有用性が評価された一方、自己理解や感情整理といった当事者支援の中核となる支援内容への期待は限定的であった。 表2 支援者目線での生成のAIメリット 上位5つ 表3 支援者目線での生成のAIメリット 下位5つ p.245 一方インタビューでは、AIへの独自の期待も見られた。当事者からは「人間が相手だと傷つけてしまうかもしれないので言えないことも多い。AIは人間ではない分気軽に言いやすい」との声が、支援者からは「職員の中には口頭では丁寧だが文章化すると辛辣な人もいて、特にアセスメントの結果を伝える役割を任せられない。AIはバランスよく伝えてくれるので助かる」との発言があった。 4 考察 本調査からは、障がいのある当事者が就労活動において、自己理解や自己表現に大きな困難を抱えている実態が改めて確認された。こうした困難には、これまで支援者による面談や評価、就労訓練などを通じた働きかけがなされてきたが、支援リソースや支援関係の特性上、十分な対応が常に可能にすることには制限がある。 こうした困難に対し生成AI、とりわけ対話型AIは、当事者が自身の感覚や価値観を言語化し、自己理解を深める手助けとして活用可能である。さらに「AIなら話しやすい」「評価をバランスよく伝えられる」といった当事者の声に見られるように、AIの非人間性はセンシティブな内容の発信・受信を促す特性も持ち、対人支援を補完する役割も期待される。これらは対話型AIが支援現場における新たな協働パートナーとなる可能性を示唆している。 一方で、アンケート結果からは、自己理解・自己表現のサポート領域の就労支援に対する生成AIの活用期待は限定的であり、実際に当事者が強い困難を感じている領域と、支援者がAIに見出す活用可能性との間に一定のズレがあることが示唆された。加えて支援者の多くがAI導入に前向きであるにもかかわらず、活用が進んでいない現状も確認されており、その背景には、現場に即したAI設計や支援業務への具体的な組み込み方の不透明さがあると考えられる。 しかし、前述のAIプロトタイプの体験を伴ったインタビュー(3.1、3.2)では、当事者・支援者の双方から、AIとの対話を通じた気づきや伝達支援への可能性が語られており、潜在的な活用余地は大きいと考えられる。生成AIの活用は、現時点で強いニーズとして顕在化していないとしても、自己理解や自己表現といった就労の根幹を支えるために、むしろ積極的に設計・実装を進めていくべき領域である。活用推進を現場任せにせず、支援文脈に即したAI設計と、実装のための基盤的支援が必要である。 5 今後の展望 本研究の成果を踏まえ、筆者らは現在、生成AIを活用した障がい者就労支援サービス「バディAI」の開発を進めている。対話型AIが当事者の“バディ”として、支援者らとの協働を促すことを基本コンセプトとし、支援現場に即した活用設計を重視している。 まずは当事者向けの機能として、初回面談、日報記録、進路検討、履歴書作成といった典型的な支援プロセスに沿った4機能を開発予定であり、今後は支援者向け機能も段階的に拡張していく方針である。 図1 バディAI サービスコンセプト 表4 バディAI 機能概要 2025年度後半より高松市内で実証実験を開始し、現場からのフィードバックをもとに改善を重ね、香川県全域、四国・北海道の地方都市部を経て全国展開を目指す。 生成AIを支援者の代替でなく「支援関係の媒介者=バディ」と位置づけ、当事者が自らの働き方を主体的に描ける環境の実現を目指す。 【連絡先】 高松大学発達科学部 教授 山口 明乙香  e-mail:afujii@takmatsu-u.ac.jp p.246 東日本大震災・新型コロナウイルス感染症拡大が障害者の就業・生活に与えた影響についての分析 ○堀 宏隆(障害者職業総合センター 上席研究員)  野口 洋平(元障害者職業総合センター) 稲田 祐子・武澤 友広・田川 史朗(障害者職業総合センター) 1 問題の所在と目的 障害者職業総合センターで実施した「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」は、2008年度から2023年度までの16年間、2年ごとの8期にわたって多様な障害者(調査開始時点で週20時間以上就労している者)を対象に実施したパネル調査である。 同調査研究では、2011年3月の東日本大震災や2020年以降の新型コロナウイルス感染症拡大がもたらした社会情勢の変化が、障害者の就業及び生活にどのような影響を与えたか、自由記述で回答するよう求めた。 本発表では、その回答内容を分析し、影響の質的側面を中心に明らかにすることを目的とした。 2 方法 (1) 質問項目 東日本大震災による影響については、第3期調査(2012~2013年度実施)、新型コロナウイルス感染症拡大による影響については、第7期後期及び第8期前期調査(2021~2022年度実施)により、それぞれ、以下のとおり質問を追加して調査を行った。 「平成23年3月11日の東日本大震災について伺います。あなたご自身の体験やご家族や仕事先で起きたこと、またそれらの体験の中で特に困っていることなどありましたら(回答枠)の中に自由に記入して下さい。」 「新型コロナウイルス感染症への対応により、あなたの仕事や日々の暮らしに変化はありましたか。変化があったと回答された方は、具体的な内容を(回答枠)の中に自由に記入して下さい。」 (2) 分析方法 回答を内容の類似性により分類し、具体的内容の詳細や特徴等を踏まえ、それぞれどのような影響を与えたのかを概略的に明らかにした。 3 結果 (1) 東日本大震災の影響について 本設問には246人(震災の発生から1年超が経過した2012年度に実施した調査では140人、2年超が経過した2013年度に実施した調査では106人)の回答があった。回答を分類した結果、「生命、家族、職場等への被害」「避難」「安否確認」「職場待機・帰宅困難」「ライフラインの寸断」「サプライチェーンの停滞」「障害特性による困りごと」「仕事量の減少・離職」「仕事量の増加」「不安・悲しみ等の感情の出現」「人生観・価値観の表出」「防災に関すること」「ボランティア・募金等の被災地支援」「原発に関すること」「特に影響はなかった」に分類された。以下、分類別に自由記述の例を示す。 「生命、家族、職場等への被害」:大きな揺れに見舞われて恐怖だった上に、実家も被害に遭い、親戚を数人亡くした。今後、自分の住む地域で大きな地震が起きた場合の様々な不安を抱えている(視覚障害、34歳)。 「避難」:避難の誘導、聞えなかった。 当時、けいたい電話、緊急警報(津波、地震)搭載されてなかった。情報がわかりにくかった。 計画停電の時、作業になるとき、上司の人と携帯メールで連絡した(聴覚障害、37歳)。 「安否確認」:かぞくにれんらくがつかなかったこと しょくばの人からかぞくにれんらくしてほしかった(知的障害、33歳)。 「職場待機・帰宅困難」:帰宅困難者となり、会社に泊まった。友人達から連絡はもらうが、回線がパンクして、連絡をとる手段が会社のPCしかなかった。会社で毛布が配られたので、自分の机の中にもぐって休んだ(視覚障害、36歳)。 「ライフラインの寸断」:震災後何週間かライフラインが止まってしまったこと。水を確保することが困難であったこと(視覚障害、52歳)。 「サプライチェーンの停滞」:製品の部品供給がわるくなり、操業が停止し、休業が続いた。給料が下がり、生活に困ってた(聴覚障害、39歳)。 「障害特性による困りごと」:透析は水や電気のライフラインが重要ですが計画停電や断水等により、2、3ヶ月、関東でも透析が十分にできないことがありました(内部障害、55歳)。 「仕事量の減少・離職」:つとめていたお弁当屋さんの仕事が減って、会社をやめなければならなくなった。8か月、就労継続B型で頑張って、その後、就労継続A型に就職できた(知的障害、29歳)。 「仕事量の増加」:与えられる仕事の量がたくさんあって、精神的につらくなっている(視覚障害、25歳)。 p.247 「不安・悲しみ等の感情の出現」:次、また震災があったらと思うといつも不安です(肢体不自由、30歳)。 「人生観・価値観の表出」:私は電力会社に勤務しています。「原子力部」に所属していることもあり、「大震災」以降の仕事がかなり忙しく、ストレスもかなりありました。しかし震災にあわれて、すべてを失われた方々のやりきれない思い…考えさせられると同時に電力会社に勤務するものの使命「失われた信頼を回復」するために社員一同、日々夜遅くまでがんばっている仲間達。そして自分の社員としてのあり方を深く考えさせられた出来事でした。今後もさらに社員として自分の役割の仲で努力をしていかなければと思っています(肢体不自由、55歳)。 「防災に関すること」:自分が避難する場所を確認すること。災害備品を持っておくこと。 それ以外に大事なことを知っておくこと(知的障害、31歳)。 「ボランティア・募金等の被災地支援」:毎日義援金を職場で集めている。もう少しで総額100万円を被災地へ送金できる(精神障害、31歳)。 「原発に関すること」:原発事故により親族が海外に避難してしまい、連絡がとれない。原発事故により外での活動が減った→体力減たいにつながっている。原発事故により、精神(ストレス)が不安定。原発事故により、冷暖房をひかえている(電力の値上)(内部障害、50歳)。 「特に影響はなかった」:西日本のため、直接的な被害はない(肢体不自由、23歳)。 (2) 新型コロナウイルス感染症拡大の影響について 「変化があった」と回答した者429人のうち、具体的な内容を自由記述で回答した者は368人(2021年度に実施した調査では170人、2022年度に実施した調査では198人)であった。回答を分類した結果、「感染防止・感染対策に関すること」「日常生活への影響」「仕事への影響」「体調や精神面への影響」「コミュニケーションへの影響」に分類された。以下、分類別に自由記述の例を示す。 「感染防止・感染対策に関すること」:コロナ前は、気にしていなかった基本的な生活(うがい、手洗い、マスク着用、外出、外食)を気にするようになった。すごく敏感になり神経質に生活するようになった(精神障害、52歳)。  「日常生活への影響」:友人関係…互いに時々あって励ましあっていたが、会うことができずつらい。日常…最低限の外出を心掛けるため、これまで以上に運動不足になった(視覚障害、57歳)。 「仕事への影響」:収入は、1/3に減り、家族の感染、予防接種後など、休む日も増えた。自分の収入だけで生活は困難になってしまいました(視覚障害、44歳)。 「体調や精神面への影響」:前職(R4年3月31日退職)では、完全リモートワークになり、気軽に質問もできず独りで黙々と仕事をすることに、不安を覚えた。そしてうつになった(精神障害、53歳)。 「コミュニケーションへの影響」:毎日マスク生活で、会話する時、普通のマスクだと読み取れなく、透明マスクにかえてくれて、会話が読み取れるようになりました(聴覚障害、39歳)。 4 考察 大規模自然災害である東日本大震災と、感染症のパンデミックであるコロナ禍は一見すると異質な状況に思えるが、障害のある労働者に与えた影響には共通要素が認められた。具体的には、生活場面と職業生活にわたる危機的状況や制限等による急激な社会環境や労働環境の変化への適応プロセスでの困難状況、経済活動の全般的停滞による失業や収入への影響、心理的ストレスや健康状態への影響がそれである。 一点目の「変化への適応プロセスでの困難状況」について、震災では、親しい人の喪失、避難、安否確認、職場待機・帰宅困難、ライフラインの寸断等が、コロナ禍では感染の恐怖や社会的孤立、社会的つながりの減少等の日常生活環境の大きな変化、特にコロナ禍では在宅勤務や新しい生活様式への適応等の職場環境の大きな変化があった。社会全体での緊急事態への対応が進められる中で、障害があるが故の社会的不利益を被らないようにすることを十分意識することの重要性が改めて明確になった。 二点目の「経済活動の停滞による影響」について、東日本大震災ではインフラの破壊やサプライチェーンの停滞が、コロナ禍では外出自粛や新しい生活様式の要請が、それぞれ経済活動に大きな影響を与え、失業したり、収入が減少したりした労働者も見受けられた。その一方で、医療機関など仕事量が増加する業界もあり、ニーズの多様性を踏まえた、きめ細かな障害者就労支援の必要性が明確になった。 三点目の「心理的ストレスや健康状態への影響」について、両方の災害により、多くの人々が強いストレスや不安を感じ、メンタルヘルスに悪影響を及ぼしていたことが明らかになった。また、震災後の避難生活やコロナ禍の運動不足により、健康状態が悪化する人がいた。障害者は特に、身体的や精神的に障害を抱えていることを留意し、心理、健康面への対策を講ずる必要があることが明確になった。 【引用文献】 障害者職業総合センター(2025) 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第8期 調査最終期)-第8回職業生活前期調査(令和4年度)・第8回職業生活後期調査(令和5年度)-. 調査研究報告書No.181 p.248 障害者就業・生活支援センターにおける雇用勧奨の状況と課題 ○平江 由紀(くまもと障がい者ワーク・ライフサポートセンター「縁」 就労支援ワーカー) 1 はじめに 熊本障害者就業・生活支援センターでは、利用者の多様なニーズに応じて、障害者専用求人に限定せず、一般求人やインターネット求人など多様な情報を対象として雇用勧奨を行い、障害者雇用の促進に取り組んでいる。 さらに、障害者職業総合センターで実施された「障害者就業・生活支援センター就業支援担当者スキル向上研修」参加時に実施した先行調査では、雇用率に関係なく障害者の受け入れに前向きな企業が多い一方で、本人理由による応募辞退の多さなど、予想外の結果や課題が明らかとなった。 そこで、本研究では、より詳細なデータを収集・分析をすることで、企業と利用者の効果的なマッチングおよび適切な雇用勧奨方法の導出を目的とし、実態調査を行った。   2 調査方法 調査は、くまもと障がい者ワーク・ライフサポートセンター「縁」に所属する就労支援ワーカー(労働局・自治体委託担当者を含む全10名)を対象に依頼した。一般企業(障がい者枠を除く)求人への雇用勧奨に関する企業情報、利用者情報、ならびに経過記録である。調査期間は約1ヶ月間とし、計50件のデータを収集した。   3 結果 雇用勧奨の主な流れは、まずハローワークやインターネット求人サイト等から求人情報を検索し、企業に電話で障害者雇用の可能性を問い合わせることである。その後、見学や実習の可否を確認し、可能な場合には実施する。本人の意思を確認したうえで応募・面接を行い、採否が決定する。 本調査における雇用勧奨の結果は、図1に示す通り、採用13件、不採用7件、辞退7件、条件不適応15件、求人充足8件であった。採用に至った企業の産業別内訳は、医療・福祉分野が最も多く、次いでサービス業や製造業が続いた。 図1 合否結果内訳(50件) 採用に至ったケースの企業の産業が図2の通りである。 図2 採用の産業別状況(13件) 4 熊本県雇用状況との比較 本調査結果を、熊本労働局の統計に基づく県内の産業別新規雇用状況、障害者雇用状況、および当センターにおける新規雇用状況と比較した。 (1) 熊本県下の産業別雇用状況 熊本県の令和5年度の職業安定業務年報の統計より、熊本県全体の雇用動向を見ると、医療・福祉分野は安定的に求人が増加している一方で、生活関連サービス業・娯楽業は大幅に減少していた。情報通信業や製造業は回復傾向を示している。 図3 熊本県新規雇用の産業別状況(令和5年度統計) (2) 熊本県令和6年度障害者雇用の産業別状況 令和6年度の熊本県における障害者の新規雇用状況は、医療・福祉分野が最も多く、特に精神障害者および知的障害者の主要な就職先となっている。 p.249 図4 熊本県令和6年度障害者新規雇用業種別状況(2,364人) この背景には、支援体制の充実や職場環境の整備が進んでいることが要因として考えられる。次いで、サービス業、製造業、卸売・小売業においても一定の雇用が見られ、これらの業種では比較的柔軟な業務内容や補助的な業務が多く、障害者の職務適応が可能である点が雇用促進に寄与していると推察される。 一方で、農林漁業や建設業における雇用件数は少ない。これらの業種では、安全性の確保や体力的な負担が求められる業務が多いため、障害者雇用における制約要因となっている可能性がある。 (3) 支援センター内の産業別新規雇用状況 当センターでの令和6年度新規就職状況では、支援対象エリアが人口の集中している政令指定都市を中心としているため、県全体で比重の高い医療・福祉分野以外にも産業への就職支援を積極的に行っていた。これにより、多職種のマッチング支援が進展していることが確認された。 図5 当センターでの令和6年度新規就職者の産業別状況(126件)   5 考察 熊本県下の雇用状況及び当センター内の採用状況、今回の調査結果をもとに採用傾向を分析した結果、医療・福祉分野では応募数・採用数ともに高く、職務内容の明確さや支援体制の充実が定着率向上に寄与していることが示唆された。 一方で、小売業や接客業では、求職者の選択肢に挙げられるものの「条件不適応」や「求人充足」によるマッチングに困難が目立ち、製造業では辞退・不採用が多く、業務適性の面で課題が見られた。 採用成功の要因としては、職種適合性の高さ、企業の受け入れ体制の整備、助成金活用、支援スタッフの配置が挙げられる。特に社会福祉法人や医療法人では障害者雇用の経験が豊富で、業務設計やフォロー体制が確立されている。 採用失敗の要因には業務条件の不一致、職場環境の不適応、企業側の準備不足、業務の切り出しが難しいことなどが含まれる。これらの課題を解消するためには、利用者の就労に関するアセスメントの精度向上と、企業に対する理解促進および支援体制の構築支援が不可欠である。 企業規模に応じたアプローチとして、大企業ではダイバーシティ推進部門との連携や社内研修の強化、中小企業においては助成金活用や実習実施の提案、小規模企業では経営者との直接交渉や地域ネットワークの活用が有効である。加えて、障害特性に応じた職種選定や職場環境の調整、試験雇用の活用により、ミスマッチの防止と定着支援が重要となる。今後は、これらの戦略を通じて、障害者雇用の新たな促進と職場定着の双方を実現していく必要がある。 【参考文献】 1) 熊本労働局「令和6年度障害者の業紹介状況等」 2) 熊本労働局職業安定部「令和5年度職業安定業務年報」 【連絡先】 平江 由紀 くまもと障がい者ワーク・ライフサポートセンター「縁」 e-mail:shugyo-kumamoto8@diary.ocn.ne.jp p.250 ソーシャルファームの推進 ~障害者の労働権を満たす社会の構築を目指して~ ○吉崎 未希子(有限会社人財教育社 代表取締役) ○堀井 はな(就労移行支援事業所ベルーフ) 1 はじめに 障害者取り分け精神障害者の就労は、どの社会でも解かなければならない人類的な課題である。Social Firmソーシャルファーム(以下「SF」という。)とは、この課題に40年取り組んできたヨーロッパが生み出した、障害者と非障害者が共に働く企業のことである。イタリアのコーポラティーバに端を発するヨーロッパSFの現在のお手本は、ドイツである。ドイツのSFは、2025年7月現在で1,000社を超えており、雇用されている障害者も3万人を超えている。一般企業の障害者雇用率5.0%と合わせると、実に日本の数倍の障害者に対し、生活と労働という基本的人権を満たす社会が成立していることになる。 日本の障害者雇用もこの20年で大きく変化し、法定雇用率、達成率ともに上昇したが、規模の面ではまだまだ追い付いていない現状があり、こうした他国の取り組みから学べるものがあるのではないか。これが、当社がSFの調査研究を始めたきっかけである。 当論文は、ドイツ及びヨーロッパのSFの歴史・原則・実態について、2009年~2025年の間に当社が行った視察調査内容を基にしている。更に、日本における社会システムとしてのSF制度の構築推進の為に発表するものである。 写真:2025年6月 ドイツ・ベルリンのFAF訪問 2 SFの歴史 イタリアの自助企業が始まったのは1979年のことである。F. Basagliaの提唱と実践により、1978年、一八○号法が成立・施行された。一八○号法とは、精神病院を全面廃止し、精神保健センターの24時間365日支援の下で、精神障害者が生活者として地域で暮らすことを目指すものである。type B social co-operativesと呼ばれるイタリアSFは、その実践の中から障害者の労働の必然性をもって生まれた。 ドイツでも、Prof. Dr. Dr. K. Dörnerが精神障害者の生活者への道を拓いた。当時Gütersloh病院の院長であったDörner博士は、453人の精神障害者の治療の転換を行い、自立して生活※する道を拓いた(※ここで言う「生活」とは、衣食住に自立して生きることが出来ることを指す)。しかし彼らは博士にこう訴えたという。「今までは自分のための人生だったが、他人のために役立つ人生を歩みたい。」博士はこの訴えに心を打たれ、協力者たちと共に彼らの働く場所を創った。それがドイツ初のSF、Dalkである。 P. Stadlerは、FAF(Fachberatung für Arbeits- und Firmenprojekte gGmbH:仕事と企業プロジェクトのための専門コンサルティング)の前代表である。Stadlerは、それまで労働力として考えられていなかった障害者が適切な支援を受けることで一人前の労働者としての生産性を担保できることを、「社会会計」という試算で証明した。この試算が地元ラインラント‐プファルツ州を動かし、1990年代後半には、州立モデル事業として重度障害者(Schwerbehinderte Menschen)の働く場として位置付けられることとなった。 その後ドイツでは、2001年SGB IX(Sozialgesetzbuch IX/社会法典9条)が施行され、SFの公益性が統合事業(Integrationsprojekt)として制度的に認められ、SFは急速に増加した。 ヨーロッパ全体でも、障害者が社会で働くしくみを創り出そうとする取り組みが始まった。当社が2010年から入会しているSFE-CEFECは、1987年に発足したNGOで、正式名称をSocial Firms Europa - Confederation of European Firm, Employment initiatives and Co-operative for people with mental health problem:精神障害者の雇用に関する推進と協同を図るヨーロッパ企業連合という。会員は、EU圏を中心に30か国以上に上り、持ち回りで年次会議を開いて各国の取組みを学び合う取り組みを行っている。近 写真:2025年7月 CEFEC年次会議参加 p.251 年は、EUから予算を受けSFの起業家を育てる等、新しい試みにも積極的である。 3 SFの原則 SFは、ドイツではIntegrationprojekt(統合事業)と名付けられている。SFの定義は、現在のEU基準によると次の4点に纏められる(図1)。 図1 SFの定義 つまり、障害者と非障害者が共に、競争力を持つ商品・サービスを生み出し、市場を自ら創り出す企業体のことをSFと呼んでいる。 当社が2014年2月に実施したSF視察ツアー中、FAFのStadler氏が行ったセミナーの中で、SFは日本の障害者施策の何に相当するか議論したことがあった。一般企業ではないが、では特例子会社なのか、就労継続A型・B型事業所なのか―― 最終的に「やはり全く違う思想と哲学で生まれた別の事業体である」という結論となった。法により規定されている点では福祉事業と近いが、標準賃金や通常の労働契約という点が当てはまらない。4つ目の定義の「売上の7割以上を一般市場から得る」に関しては、該当する特例子会社は一部に限られるだろう(図2)。 図2 2014年当社主催ツアーの現地セミナー 最も近い概念としては、当時国立社会保障・人口問題研究所所長であった京極高宣氏が『職リハネットワーク 2009年9月 No.65』の特集「障害者の就労支援はどうあるべきか?-新たな中間的就労の創造的開発を!-」で述べている“中間的就業の場”である。氏は福祉的就労と一般的就労の間の断絶を埋め、能力向上に応じて収入が増えるしくみの導入を推奨しているが、正にこれをドイツでは国家として制度化したのである。 4 SFの実態 実際に訪問したSFは数十箇所に及ぶが、ここでは割愛し、詳細はポスターセッションで紹介する。 5 おわりに ここまで、ヨーロッパSFの歴史・原則・実態について述べて来た。その目的は、日本における社会システムとしてのSF制度の構築推進であり、それにより障害者の労働権を満たすことであるが、最後に私たちが構想するSFのコンセプトを記し結びとする。 『私達は障害者が働く意思を持ち、分け隔てなく社会で働く機会をつくるのを目的としている。分け隔てなくとは、能力に応じて働く機会を得、成果に応じて正当な賃金が支払われる事である。その為の機会としてソーシャルファームを設立する。市場競争に伍して存続するのはソーシャルファームの重要な要件であるが、存続の為に勝つ事が目的ではない。一般市場での障害者の働く機会を、現在と将来に亘って広げていくのが目的である。 働く機会を広げるためには、職業における専門性が不可欠である。その為にソーシャルファームでは専門性の練磨が継続的に求められ、全ての共に働く人々は日進月歩の向上を義務とする。その為に、どんな分野の仕事にもソーシャルファームはチャレンジし、可能性を広げていく事を使命とする。』 【参考文献】 [Social Firms Europe CEFEC - A Network for your social economy virion 2025] SFE-CEFEC (2025) [Social Firms & Different Approaches – “Linz Appeal” Part B Update 2012] SFE-CEFEC (2012) [Beyond the walls] Tresini, Lorenzo (2012) [Helfensbeduerftig(支援が貧困を招く)] Dörner, Klaus (2012) [Successful structures to develop Social Firms in Germany] FAF (2010) [Die Entwicklung von Integrations firmen] Stadler, Peter (2005) 【連絡先】 吉崎未希子 有限会社人財教育社 e-mail:yoshizaki@jksgm.jp p.252 関係フレーム理論の新たな展開と可能性 -関係フレーム理論から見た「自己」と「臨床対話」での活用について- ○刎田 文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 主幹主任研究員) 1 はじめに 文脈的行動科学(以下「CBS」という。)は、応用行動分析学(以下「ABA」という。)における刺激等価性理論・関係フレーム理論(以下「RFT」という。)をベースとしたものであり、ABAの拡張と捉えることができる。RFTは人間の言語と認知の中核となる理論的枠組みとして構築されているが、難解なものと思われることも多い。そこで、まずRFTに基づくヒューマンサポートについて概観する。 2 RFTの枠組みとヒューマンサポート RFTの臨床場面での応用には、大きく分けて二つのアプローチが挙げられる。その一つは、関係フレームスキル(以下「RFS」という。)の未発達な子どもたちや、それらの獲得が難しい障害児・者への教育的な学習支援のアプローチ(PEAK等の見本合わせ課題による支援方法など)である。このアプローチでは、対象者がさまざまな関係フレーム(等位・区別・反対・比較・時間・空間・階層・因果・視点取得)を習得し、新たな関係に対しても派生的に活用できるよう段階的に訓練している。このような訓練は、これまで私たちが受けた教育環境では明示されておらず、さまざまな体験を通して習得してきたことから個人差が大きい。特に、学習に困難を有する人にとっては刺激等価性(等位)のレベルから理解することが困難となっていることも多い。 もう一つは、関係フレームや関係ネットワーク、刺激機能の転換によってもたらされた心理的硬直性という問題を抱えた人たちへの、心理的な支援のアプローチ(ACT等の心理療法)である。このアプローチでは、直接的な体験等から派生した関係反応により、不安や恐怖等が自動的に派生され自らの行動が硬直化してしまっている人に対し、心理的柔軟性を養うために、体験的エクササイズやメタファーを通して、問題の源泉に気づき、人生の価値を創造し、行動の選択肢を増やしていく。言葉の豊かな人であっても、関係フレームスキルの使い方が偏ってしまうと、心理的硬直性に陥り易くなることは多い。そのため、このアプローチの対象は、心理的問題を抱えている人だけでなく、ほとんどの人が潜在的な対象となり得る。また、心理的柔軟性は、さまざまな関係フレームを、柔軟に複合的に組み合わせて使うことで養われるので、支援者との相談のプロセスも、このアプローチの重要な要素となっている。 3 目的 これらのRFTに基づくアプローチを、さまざまな分野の対象者に適切に活用していくためには、その人の心理的な世界、つまり自己概念や思考のパターン、感情や感覚・身体症状の表れ方、注意の向き方、行動の機能などを分析的に取り扱うことが重要である。また、それらが派生的関係反応であり得る場合には、その人の現在の環境や過去の体験、社会的環境などについても、分析的に取り扱うことが望ましい。このような、その人の自己つまり「Self」についての分析の基礎となる、CBSにおける考え方が「A Contextual Behavioral Guide to the Self」に纏められている。 また、分析後のアプローチでは、どのような技法を用いたとしても基本的に相談のプロセスは必須である。相談のプロセスは、話し手と聞き手の会話で構成されているが、CBSの観点から見ると、このプロセスは互いのRFSを駆使した、相互の言葉でのやり取りが中心的な要素である。このようなやり取りの望ましいあり方、言い換えると心理的柔軟性を養うことに繋がる会話の方法について、「Mastering the Clinical Conversation」に纏められている。 そこで、本発表では、この二つの本の内容を概観し、臨床現場での活用に向けた弊社の取り組みを紹介する。本研究では、近年のRFTをベースとした対人支援の展開の中から、RFTの観点から見た「Self」の捉え方や臨床対話の中での活用等について情報提供を行い、RFTの臨床的な応用可能性について紹介する。 4 方法 (1) A Contextual Behavioral Guide to the Selfの概要 この本では、CBSとRFTに基づいて、自己の問題を理解し、対処する独特な方法を提示している。この本は、乳幼児期から成人期にかけた自己意識の発達を、健全な自己の特徴と自己の問題を引き起こすプロセスについて理解できるよう構成されている。また、実践家がCBSやRFTの知識や技術を臨床場面で活用し、クライアントの特有の自己に関する問題に焦点を絞った介入をデザインし、その実践的能力を向上させられるよう解説されている。CBSに基づく自己へのアプローチでは、理論と実践が密接に結びついており、実践は科学的な根拠に基づき発展する。 この科学的な根拠について、ABAの基本的な理論の整理や自己のプロセスの中核的な理論的説明としてRFTの言語的参照、ルールフォローイング、一貫性などについて解説している。また、RFTの自己への具体的な適用について、非言語的自己と言語的自己の違いを詳述し、関係フレーミングがその違いの決定的なポイントとなることを明示している。関係フレーミングが、「自分の反応に反応する」とい p.253 う行動的な自己の定義と組み合わされることで、言語的自己が成立し私たちの内的な自己の世界の構築が可能となる。 さらに、言語的自己の発達の初期段階から十分な発達を得るために必要なプロセス(環境や訓練、必要なスキル)について検討し、完全に発達した言語的自己(三つの自己:文脈としての自己・プロセスとしての自己・概念としての自己)について詳述されている。また、十分な環境や訓練を受けられなかったことで、自己の感覚を十分に発達させることができない子供や、言語的自己が十分に発達した場合にも生じる恐れのある、概念としての自己の問題についても詳述されている。これらの解説を踏まえ、後半には、柔軟で健康的な自己の促進を導くためのプロセスや、自己に関するアセスメント方法についても述べられている。 これらの内容の理解は、クライエントが持つSelfingの状況を的確に捉え、健全なSelfingのパターンへと導く効果的なガイドとして役立てることができる。 (2) Mastering the Clinical Conversationの概要 このマニュアルは 二つのセクションで構成されている。 前半は、臨床的アプローチの基礎となる理論と科学について、つまり、言葉の学習のプロセスと、そのプロセスが心理的問題や問題行動の発生と維持にどのように関係しているのか、また、心理療法でRFTの原則を活用する枠組みについて、具体例を交えて解説している。 後半では、ケースフォーミュレーションを行うための協働性と妥当性を重視した心理的評価のアプローチの解説に始まり、RFTが提唱する言葉の体験的活用に基づく臨床介入を詳細に説明している。臨床的介入は、言葉による行動の変化の活性化、柔軟な自己認識の確立につながるシンボリックな関係フレームの使用方法、クライエントのモチベーションを高めるためのシンボリックな関係への統合、クライエントの臨床的変化を最大限に引き出す体験的メタファーの作り方、フォーマルな体験的訓練でRFTを使う方法、RFT の原則を治療関係に適用し、共感、思いやり、そしてクライアントの最善の利益のために行動し続ける勇気を高める方法が解説されている。 さらに、この本の最後には、心理療法における RFT の使用に関する「クイックガイド」も掲載されており、後半で解説されたすべてのスキルの定義を、具体例とともに確認することができる。 このアプローチは、支援者が使用している心理療法の流派に関わらず、臨床実践を強化するためのガイドとして機能することを目的としている。そして、そのゴールは、RFT の原則が、支援者自身のトレーニングや科学的信念に基づいて、相談場面で耳を傾け、介入する力を高めることにあると述べられている。 (3) 弊社での取り組み ア CBS研究会 CBS研究会は、外部の参加者も含めた有志によるCBSについての研究会である。この研究会では、昨年度一年を通して、「A Contextual Behavioral Guide to the Self」についての資料を基に解説と演習を行った。また、今年度は、「Mastering the Clinical Conversation」についても、資料を作成し解説と演習を行っている。 イ マスターコース研修 弊社のマスターコース研修では、(1)(2)の内容を重要な学習ポイントとして位置づけ、他の研修内容との関連づけも行いながら実施している。 ウ 初期研修「自分ケースフォーミュレーション」 弊社では、自己についての理解の促進が、サポートをする上で非常に重要であると考えている。そのため、入社時の研修の最後に「自分ケースフォーミュレーション」に取り組み、その成果に対しフィードバックを行っている。このフィードバックでは、個々のSelfingについて検討し、柔軟性を高められるよう臨床対話を実践している。 5 結果 (1) 研修資料の作成 参加者の理解を促進するため、これらの文献に基づいた図解も含めた資料を筆者が相当量作成している。 (2) 参加者の声 CBS研究会やマスターコース研修の参加者からは、これらの内容が「支援者自身の自己についての理解を深め、それぞれの対象者の状況を科学的根拠に基づき理解することに役立った」との声をいただいている。また、初期研修の参加者からは、「今まで自分では気づいていなかった自分について知ることができ、不安はなくならないが前向きに仕事に取り組みたい」との声があがっている。 6 課題と展望 CBSやRFTをベースとしたアプローチを自己や対話での実践にまで深めて理解することは、ヒューマンサポートを行う全ての人にとって、革新的に役立つものであると考えている。一方で、それらの理解と実践には、図解を含めた詳細な資料や研修、そしてそれらを体験的に実践できる演習の機会も必要となる。それら学習環境を整えられるよう、引き続き尽力していきたい。 【引用文献】 1) A Contextual Behavioral Guide to the Self. Theory and Practice. Louise McHugh, Ian Stewart. Priscilla Almada. Steven C. Hayes. New Harbinger Publications. Context Press.2019. 2) Mastering the Clinical Conversation. Language as Intervention. Matthieu Villatte. Jennifer L. Villatte. Steven C. Hayes. THE GUILFORD PRESS . 2016. 【連絡先】 e-mail ; fhaneda@start-line.jp 奥付 ホームページについて  本発表論文集や、障害者職業総合センターの研究成果物については、一部を除いて、下記のホームページからPDFファイルによりダウンロードできます。 【障害者職業総合センターホームページ】 https://www.nivr.jeed.go.jp/ 著作権等について 無断転載は禁止します。 ただし、視覚障害その他の理由で活字のままでこの本を利用できない方のために、営利を目的とする場合を除き、「録音図書」「点字図書」「拡大写本」等を作成することを認めております。その際は下記までご連絡ください。 なお、視覚障害者の方等で本発表論文集のテキストファイル(文章のみ)を希望されるときも、ご連絡ください。 【連絡先】 障害者職業総合センター研究企画部企画調整室 TEL 043-297-9067 FAX 043-297-9057 E-mail kikakubu@jeed.go.jp 第33回 職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 編集・発行 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター 〒261-0014 千葉市美浜区若葉3-1-3 TEL 043-297-9067 FAX 043-297-9057 発行日 2025年11月 印刷・製本 株式会社コームラ