第31回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 開催日 令和5年11月8日(水)・9日(木) 会場 東京ビッグサイト 会議棟 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 Japan Organization for Employment of the Elderly, Persons with Disabilities and Job Seekers 「第31回職業リハビリテーション研究・実践発表会」の開催にあたって 高齢・障害・求職者雇用支援機構では、職業リハビリテーションサービスの基盤整備と質的向上を図るため、平成5年から「職業リハビリテーション研究・実践発表会」を開催し、職業リハビリテーションに関する調査研究や実践活動から得られた多くの成果を発表いただく機会を設けるとともに、会場に集まっていただいた方々の意見交換や経験交流等を通じて、研究、実践の成果の普及に努めてまいりました。 今回の研究・実践発表会は、第31回を迎えることとなりますが、「会場参加」と、会場での発表内容等をリアルタイムで視聴できる「ライブ配信」を組み合せた「ハイブリッド方式」で行うとともに、発表者と直接意見交換や質問ができる「ポスター発表」を4年ぶりに再開することとしております。 まず、特別講演では、トヨタループス株式会社の具体的な事例として、トヨタ自動車の働き方改革による間接業務激減に伴うトヨタ本業へのチャレンジを始めとする業務改革、トヨタ社員の障害理解の促進による業務拡大、医療現場での取組等についてご紹介いただきます。 また、パネルディスカッションは、2つのテーマについて意見交換を行います。 1つ目は、近年のAI等の情報通信技術の進展により、企業における障害者雇用にも各種の影響が見込まれることを踏まえて、企業、就労支援機関双方の立場から、障害者の業務内容や情報通信技術の進展による職域の変化等についてご紹介いただいた上で、今後の見通しについて意見交換を行います。 2つ目は、令和4年に行われた障害者総合支援法の改正により、就労アセスメントの手法を活用して、本人の就労能力や適性等に合った選択を支援する「就労選択支援」が創設され、令和7年10月から施行されることを踏まえて、就労支援のためのアセスメントの目的や視点を確認、共有した上で、多機関連携を始めとした就労支援の今後のあり方について意見交換を行います。 さらに、企業や就労支援機関等における研究や実践の発表として、口頭発表60題、ポスター発表20題を予定しております。 近年の障害者雇用を巡る状況を見ると、多様な就労ニーズや雇用の質の向上等を図る観点から令和4年に改正された障害者雇用促進法が順次施行され、法定雇用率の段階的な引上げが予定される中で、今後、雇用の機会の確保を更に進めることに加え、障害特性や希望に応じて能力を有効に発揮できる就職を実現することや、雇用後においてもその能力等を発揮し活躍できるようにすることなど、雇用の質の向上に取り組んでいくことが重要になってきています。 このような中で開催する今回の研究・実践発表会の内容が、ご参加いただく皆様にとって、新たな取組のヒントとなり、地域や有志による活動など様々な場で活用いただくことにより、種々な課題解決の糸口として障害者雇用の促進と職業リハビリテーションサービスの推進に貢献できる機会となれば幸いです。 最後になりますが、お忙しい中にもかかわらず、特別講演の講師及びパネルディスカッションのパネリストを快くお引き受けいただいた皆様、さらには変わらぬ情熱で研究・実践発表にご応募いただいた皆様に心より感謝を申し上げます。 令和5年11月 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 輪島 忍 プログラム ○ 研究・実践発表会 【第1日目】 令和5年11月8日(水) 12:30 受付 13:00 開会 挨拶:輪島 忍  独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 13:15~14:45 特別講演 「アフターコロナの障がい者雇用 ~障がい者雇用の質向上に向けて~」 講師:有村 秀一 氏  トヨタループス株式会社 代表取締役社長 休憩 15:00~16:40 パネルディスカッションⅠ 「情報通信技術の活用の進展を踏まえた障害者雇用のあり方について」 コーディネーター:秋場 美紀子  障害者職業総合センター 主任研究員 パネリスト (話題提供順):松尾 謙師 氏  総合メディカルグループ株式会社 管理本部 総務部 業務支援グループシニアマネージャー 西岡 幸智 氏  大東コーポレートサービス株式会社 RPA推進事業部 次長 相良 佳孝  国立吉備高原職業リハビリテーションセンター 上席職業訓練指導員 【第2日目】 令和5年11月9日(木) 09:00 受付 09:30~11:20 研究・実践発表 口頭発表 第1部 (第1分科会~第6分科会) 分科会形式で6つの会場に分かれて同時に行います。 11:30~12:30 研究・実践発表 ポスター発表 発表者による説明、質疑応答を行います。※11時30分から12時30分以外の時間帯は入室できません。 13:00~14:50 研究・実践発表 口頭発表 第2部 (第7分科会~第12分科会) 分科会形式で6つの会場に分かれて同時に行います。 休憩 15:10~16:50 パネルディスカッションⅡ 「アセスメントを活用した就労支援の今後のあり方について」 コーディネーター:武澤 友広  障害者職業総合センター 上席研究員 パネリスト(話題提供順):前原 和明 氏  秋田大学 教育文化学部 教授 青山 貴彦 氏  社会福祉法人桑友 理事長 吉田 あおき 氏  新宿公共職業安定所 専門援助第二部門 統括職業指導官 古野 素子  障害者職業総合センター職業センター 主任障害者職業カウンセラー 閉会 ○ 基礎講座・支援技法普及講習 令和5年11月8日(水) ※ 上記の研究・実践発表会に先だち、下記の基礎講座及び支援技法普及講習を行います(4つの会場に分かれて同時に行います)。 10:00 受付 6F ロビー 10:30~12:00 基礎講座 Ⅰ 「発達障害の基礎と職業問題」 講師:知名 青子 (障害者職業総合センター 上席研究員) Ⅱ 「『就労支援のためのアセスメントシート』を活用したアセスメント」 講師:石原 まほろ (障害者職業総合センター 上席研究員) 支援技法普及講習 Ⅰ 「高次脳機能障害者の復職におけるアセスメント」 講師:圷 千弘 (障害者職業総合センター職業センター 障害者職業カウンセラー) Ⅱ 「心の健康を保つための生活習慣 ~日常生活基礎力形成支援の紹介~」 講師:森田 愛 (障害者職業総合センター職業センター 障害者職業カウンセラー) 目次 【特別講演】 「アフターコロナの障がい者雇用 ~障がい者雇用の質向上に向けて~」 講師:有村秀一  トヨタループス株式会社 p.2 【パネルディスカッションⅠ】 「情報通信技術の活用の進展を踏まえた障害者雇用のあり方について」 コーディネーター:秋場美紀子  障害者職業総合センター p.6 パネリスト:松尾謙師  総合メディカルグループ株式会社 西岡幸智  大東コーポレートサービス株式会社 相良佳孝  国立吉備高原職業リハビリテーションセンター 【パネルディスカッションⅡ】 「アセスメントを活用した就労支援の今後のあり方について」 コーディネーター:武澤友広  障害者職業総合センター p.10 パネリスト:前原和明  秋田大学 青山貴彦  社会福祉法人桑友 吉田あおき  新宿公共職業安定所 古野素子  障害者職業総合センター職業センター 【研究・実践発表 -口頭発表 第1部-】 ※発表者には名前の横に○がついています。 第1分科会:採用・職域拡大 1 特例子会社における採用活動の振り返りと今後の展望 ~専門職の視点から~ p.14 ○廣司美幸  SOMPOチャレンジド株式会社 武内将仁  SOMPOチャレンジド株式会社 伊部臣一朗  SOMPOチャレンジド株式会社 2 公的機関と連携する採用活動職域開拓 ~ハローワーク等の社会的資源の有効活用・仕事の幅の広げ方SDGs・CHO理念を大切に~ p.16 ○遠田千穂  富士ソフト企画株式会社 ○髙橋綾子  富士ソフト企画株式会社 ○町田宣和  富士ソフト企画株式会社 3 企業における障がい者採用とインクルーシブ(適性配置)の取り組み p.18 ○佐々木俊太郎  朝日生命保険相互会社 4障害者雇用の職域拡大への挑戦 ~戦力として活躍を目指すキャリアアッププログラムの実践~ p.20 ○藤澤隆也  株式会社マイナビパートナーズ 新倉正之  株式会社マイナビパートナーズ 新藤優奈  株式会社マイナビパートナーズ 5 ワークダイバシティを目指した岐阜市における「超短時間雇用モデル」の実践 ~介護現場を支える人材の創出から~ p.22 ○大原真須美  社会福祉法人舟伏 岐阜市超短時間ワーク応援センター ○森悠弥  メディカル・ケア・サービス株式会社 内藤 昌宏  社会福祉法人舟伏 岐阜市超短時間ワーク応援センター 第2分科会:企業における雇用定着の取組Ⅰ 1 専門職によるサポート体制の構築と働きやすく活躍できる職場づくり ~一人ひとりに寄り添いたい~ p.24 ○塩田大樹  株式会社オープンハウス 和光花子  株式会社オープンハウス 2 多様性が織り成す創造する力 ~想像し創造へ~ p.26 ○星希望  あおぞら銀行 3 清掃検定制度による雇用定着 p.28 ○是枝恵美子  げんねんワークサポート株式会社 ○髙谷圭一  げんねんワークサポート株式会社 4 たのしいおしごとにっき ~Power Platformによる日報管理システムの構築とデータ活用~ p.30 ○原真波  三井金属鉱業株式会社 渡邉いずみ  三井金属鉱業株式会社 5 職場適応を促進するための相談技法の開発 ~ジョブコーチ支援における活用に向けて~ p.32 ○古野素子  障害者職業総合センター職業センター 小沼香織  障害者職業総合センター職業センター 森田愛  障害者職業総合センター職業センター 第3分科会:テレワーク 1 障害者のテレワーク支援に関する研究Ⅰ -事業所のテレワーク支援の現状と研修ニーズ- p.34 ○山口明乙香  高松大学 野﨑智仁  国際医療福祉大学 縄岡好晴  明星大学 2 障害者のテレワーク支援に関する研究Ⅱ -ASD者を中心とした職場開拓と職場定着の実践から- p.36 ○縄岡好晴  明星大学 山口明乙香  高松大学 野﨑智仁  国際医療福祉大学 3 障害者のテレワーク支援に関する研究Ⅲ -地方地域における作業療法士の認識するテレワーク支援- p.38 ○野﨑智仁  国際医療福祉大学/NPO法人那須フロンティア 山口明乙香  高松大学 縄岡好晴  明星大学 4 障害者のテレワークに関する企業ヒアリング調査の報告 -配慮と工夫に注目して- p.40 ○伊藤丈人  障害者職業総合センター 堂井康宏  障害者職業総合センター 安房竜矢  障害者職業総合センター 布施薫  障害者職業総合センター 佐藤涼矢  障害者職業総合センター 馬医茂子  障害者職業総合センター 5 テレワークにおける職場適応のための支援技法の開発について p.42 ○山浦直子  障害者職業総合センター職業センター 我妻沙織  障害者職業総合センター職業センター 第4分科会:地域就労支援 1 「働きたい」から「働き続ける」へ ~就労移行支援と自立訓練(生活訓練)事業の一体的運営の変遷を振り返る~ p.44 ○長野志保  社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 ピアス スタッフ一同  社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 ピアス 2 就労移行支援事業所を利用された重度失語症の方の支援報告 ~医療情報と就労訓練から見えた強みと企業に求める配慮、採用の決定打 p.46 ○柏谷美沙  特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 3 就労移行支援事業所でのABAを用いたスキル獲得訓練 p.48 ○福井樹男  特定非営利活動法人スカイ・ラヴ 田中出  特定非営利活動法人スカイ・ラヴ 4 自閉を伴う成人における時間自己管理の支援を通じての復職支援 p.50 ○堀田正基  特定非営利活動法人社会的就労支援センター 京都フラワー 南部孝史  特定非営利活動法人社会的就労支援センター 京都フラワー 5 就労定着支援事業における転職支援と今後の連携先について ~雇用期間満了、雇用未継続、家族の転居による転職の場合~ p.52 ○貫洞正一  就労定着支援センターほっぷの実 平山昭江  就労定着支援センターほっぷの実 第5分科会:知的障害 1 知的ボーダーライン者に対する就労支援の必要性 p.54 ○梅永雄二  早稲田大学 教育・総合科学学術院 2 知的障害者雇用の就労及び就労継続における促進要因と阻害要因 p.56 ○伊東一郎  法政大学大学院 中小企業研究所 3 重度知的障がい者の就労/職場定着支援 -企業就労後、継続的に個別の移行支援計画を活用・更新を続けた支援事例- p.58 ○大澤淳一  トライフル鎌倉 4 畑作業と体操、座学を通じた学習が、知的障がいのある青年のストレスや心身の状態に与える影響について p.60 ○前川哲弥  NPO法人ユメソダテ/株式会社夢育て 千葉吉史  株式会社美和リーフ・アグリコンサル/順天堂大学大学院 岡元一徳  都城三股農福連携協議会 吉廣七星  法政大学大学院 5 畑作業と体操、座学を通じた学習が、知的障がいのある青年の認知発達に与える影響について p.62 ○外山純  NPO法人ユメソダテ/よむかくはじく有限責任事業組合 前川哲弥  NPO法人ユメソダテ/株式会社夢育て 第6分科会:高次脳機能障害・難病 1 ニーズが高まる高次脳機能障がいのある方の復職支援に関する実践報告からの提言 ~誰もが安心して働ける時代を目指して~ p.64 ○伊藤真由美  NPO法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 角井由佳  NPO法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 濱田和秀  NPO法人クロスジョブ 巴美菜子  NPO法人クロスジョブ 2 回復期リハビリテーション病棟退棟後の脳卒中者の障害に応じた就労支援の提案 -地域障害者職業センターとの連携を視野に p.66 ○大島埴生  岡山リハビリテーション病院 河田秀平  岡山リハビリテーション病院 浅野智也  岡山リハビリテーション病院 栗本靖子  岡山リハビリテーション病院 濱田茜  岡山リハビリテーション病院 山﨑規子  岡山リハビリテーション病院 植木康敬  岡山障害者職業センター 3 身体障害と高次脳機能障害のあるN様の再出発に向けて ~事例を通して就労支援の難しさと見えてきた地域課題~ p.68 ○髙津華奈  医療法人三九会 三九朗病院 茶山由香利  医療法人三九会 三九朗病院 宇野美恵子  医療法人三九会 三九朗病院 4 左被殻出血により運動麻痺と高次脳機能障害を呈した40代男性の就労支援 ~医療機関と就労移行支援事業所間の連携~ p.70 ○石澤匠  原宿リハビリテーション病院 5 千葉県総合難病相談支援センターにおける難病患者の就労支援と今後の展望 p.72 ○横内宣敬  千葉大学医学部附属病院 江島咲紀  千葉大学医学部附属病院 除村由紀子  千葉大学医学部附属病院 馬場由美子  千葉大学医学部附属病院 市原章子  千葉大学医学部附属病院 石井雅也  千葉公共職業安定所 【研究・実践発表 -口頭発表 第2部-】 第7分科会:雇用の実態・職域拡大 1 障害者の職域拡大 ~福祉職員だった私が、当事者になって今できる事~ p.76 ○岩﨑宇宣  相模原市社会福祉事業団 障害者支援センター多機能型事業所 ○杉之尾勝己  相模原市社会福祉事業団 障害者支援センター多機能型事業所 2 障害者の雇用の実態等に関する調査研究① :障害のある労働者自身が考える合理的配慮の必要性と実施状況 p.78 ○渋谷友紀  障害者職業総合センター 三浦卓  障害者職業総合センター 井口修一  障害者職業総合センター 大谷真司  障害者職業総合センター 3 障害者の雇用の実態等に関する調査研究② :雇用事例にみる障害者の従事職務の実際 p.80 ○三浦卓  障害者職業総合センター 渋谷友紀  障害者職業総合センター 井口修一  障害者職業総合センター 大谷真司  障害者職業総合センター 4 デジタル化に伴う障害者雇用への影響等に関する企業アンケート調査の結果から p.82 ○秋場美紀子  障害者職業総合センター 大石甲  障害者職業総合センター 中山奈緒子  障害者職業総合センター 堂井康宏  障害者職業総合センター 永登大和  障害者職業総合センター 5 特例子会社で障害者が従事する業務の状況 -過去5年間の業務の増減に着目した報告 p.84 ○大石甲  障害者職業総合センター 秋場美紀子  障害者職業総合センター 中山奈緒子  障害者職業総合センター 永登大和  障害者職業総合センター 堂井康宏  障害者職業総合センター 第8分科会:企業における雇用定着の取組Ⅱ 1 特例子会社におけるポジティブ行動支援の観点を取り入れたチャレンジドの育成・支援体制構築の試行 p.86 ○山田康広  中電ウイング株式会社 東新町支社 原田裕史  中電ウイング株式会社 東新町支社 渡邉真名美  中電ウイング株式会社 東新町支社 堀絵里加  中電ウイング株式会社 東新町支社 2 障がい者の雇用管理を行う指導社員が抱える負担事項の整理について ~ストレスチェック制度の集団分析の活用から~ p.88 ○横峯純  株式会社JR西日本あいウィル 輿石美里  株式会社JR西日本あいウィル 住森智史  株式会社JR西日本あいウィル 寺谷卓也  botanical works株式会社 3 認知機能強化トレーニングを用いた定着支援についての事例研究 p.90 ○城美早  株式会社あしすと阪急阪神 池田浩之  兵庫教育大学大学院 4 Prosocialの概念を導入した多職種でのグループワークの実践およびその効果の検討 p.92 ○岩村賢  株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 小倉玄  株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 5 障がい者主体による花壇メンテナンス作業の現実への取り組みについて p.94 〇小泉輝久  株式会社かんでんエルハート 第9分科会:テレワーク・情報通信技術の活用 1 実務から見た障害者テレワーク ~15年の経験から得たこと~ p.96 ○青木英  株式会社BSプラットフォーム 2 「ポストコロナの逆風下」で安定的な完全在宅就労を支える体調セルフマネジメントツールと業務管理ツールの併用事例 p.98 ○福元邦雄  三菱商事株式会社 3 ちょっとだけ、やる気になるDX!タブレットPCで、障害者本人が簡単入力、リアルタイムで、画面に反映見ればわかります! p.100 ○伍嶋善雄  SBフレームワークス株式会社 大河原成夫  SBフレームワークス株式会社 4 オンラインによる就労支援に関する調査① -障害者本人を対象としたオンライン支援事例の分析から- p.102 ○中山奈緒子  障害者職業総合センター 秋場美紀子  障害者職業総合センター 布施薫  障害者職業総合センター 高木啓太  障害者職業総合センター 堂井康宏  障害者職業総合センター 5 オンラインによる就労支援に関する調査② -ヒアリング調査から把握されたオンライン支援の課題を補完するための方法や取組- p.104 ○髙木啓太  障害者職業総合センター 秋場美紀子  障害者職業総合センター 中山奈緒子  障害者職業総合センター 布施薫  障害者職業総合センター 堂井康宏  障害者職業総合センター 第10分科会:障害者雇用を取り巻く諸課題 1 ノーマライゼーション推進事業における地域との連携 p.106 ○角智宏  社会福祉法人清流苑 2 聴覚障害のある社会人を対象としたリカレント教育プログラムの実践報告 -時代の潮流に合わせたDX、D&Iスキルの育成- p.108 ○後藤由紀子  筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 河野純大  筑波技術大学 3 地域就労支援機関の支援実務者のやりがいと人材育成の課題 -全国調査結果から- p.110 ○竹内大祐  障害者職業総合センター 春名由一郎  障害者職業総合センター 堀宏隆  障害者職業総合センター 4 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究 結果報告 -第1期~第7期調査に関する通貫分析の試行結果から- p.112 ○野口洋平  障害者職業総合センター 大石甲  障害者職業総合センター 田川史朗  障害者職業総合センター 春名由一郎  障害者職業総合センター 5 障害・仕事・支援の総合的捉え方による諸外国の新たな職業リハビリテーションの動向 p.114 ○春名由一郎  障害者職業総合センター 堀宏隆  障害者職業総合センター 武澤友広  障害者職業総合センター 伊藤丈人  障害者職業総合センター 中井亜弓  障害者職業総合センター 第11分科会:職業評価 1 OCRデータ転記・PC入力課題をベースとした職場実習生の職能判定に関する取り組み p.116 ○志村恵  日総ぴゅあ株式会社 市川洋子  日総ぴゅあ株式会社 2 専門的スキルを有する患者に対する就労の支援の実際 ~回復期リハビリテーションにおける就労にむけた評価・訓練について~ p.118 ○栗本靖子  公益財団法人岡山リハビリテーション病院 河田秀平  公益財団法人岡山リハビリテーション病院 3 「働く態度」の評価・育成 -「態度のチェックリスト」の作成と就労支援における活用- p.120 ○小笠原拓  株式会社ドコモ・プラスハーティ ○木村恵理  社会福祉法人光明会 菅野敦  東京学芸大学 4 MWSを使用した回復期での就労支援の一例 ~機能訓練から復職に至るまで~ p.122 ○阿部幸栄  浜松市リハビリテーション病院 上杉治  浜松市リハビリテーション病院 和久田祐里  浜松市リハビリテーション病院 5 ワークサンプル幕張版(MWS)新規3課題の活用ハンドブックの作成について(経過報告) p.124 ○藤原桂  障害者職業総合センター 渋谷友紀  障害者職業総合センター 第12分科会:精神障害・発達障害 1 引きこもり傾向や対人関係に苦手のある人であるがグレーゾーンとも言えない人たちの就労支援事例 ~ハローワークと医療の連携~ p.126 ○石井雅也 (※ 都合により発表は中止になりました。) 2 発達障害者と支援者を支援する個人特性に応じた協働型ICT支援システムの紹介 p.128 ○小越康宏  福井大学 田中規之  合同会社ナチュラル 小越咲子  福井工業高等専門学校 伊藤洋一  株式会社日立ソリューションズ東日本 若松正浩  株式会社日立ソリューションズ東日本 菅野朋之  株式会社日立ソリューションズ東日本 鈴木亮  株式会社日立ソリューションズ東日本 3 発達障害児の就労をめざしたライフスキルの獲得 ~放課後等デイサービスにおける調査から~ p.130 ○康一煒  元 早稲田大学大学院 梅永雄二  早稲田大学 教育・総合科学学術院 4 社会生活を営む中で精神障害を発症した方が障害者雇用を受容するまで p.132 ○真喜志未夢  就労移行支援事業所ラ・レコルト茨木 5 プロアクティブ行動の組み合わせによる組織適応状態の特徴 -民間企業の精神障がいのある従業員を対象とした定量的分析- p.134 ○福間隆康  高知県立大学 【ポスター発表】 1 社内支援スタッフの支援技術向上に係る人材育成の取組みについて ~スタッフの職責に応じた階層別集合型研修の開発~ p.138 ○菊池ゆう子  株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 板藤真衣  株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 刎田文記  株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 2 チーム活性化に役立つPROSOCIALアプローチについて事例発表 p.140 ○金貴珍  株式会社スタートライン コンサルティングサービスチーム 三ろう丸哲也  株式会社スタートライン コンサルティングサービスチーム 眞島哲也  株式会社スタートライン コンサルティングサービスチーム 福島ひとみ  株式会社スタートライン コンサルティングサービスチーム 中島美智子  株式会社スタートライン コンサルティングサービスチーム 室伏亮太  株式会社スタートライン コンサルティングサービスチーム 瀧川唯  株式会社スタートライン コンサルティングサービスチーム 新井佳奈  株式会社スタートライン コンサルティングサービスチーム 中村鈴香  株式会社スタートライン コンサルティングサービスチーム 小暮慧  株式会社スタートライン コンサルティングサービスチーム 刎田文記  株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 香川紘子  株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 3 業務上のコミュニケーションに課題があったてんかんを持つ成人に対する関係フレームスキル訓練の実施とその効果 p.142 ○香川紘子  株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 刎田文記  株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 4 職業リハビリテーションにおけるPBTの活用に向けて -EEMMグリッドについての理解を深める- p.144 ○刎田文記  株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 5 障害者雇用支援システム「Enable360」について p.146 ○小倉玄  株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 6 PBT(プロセスベースドセラピー)に基づくアセスメントとマインドフルネストレーニングの効果 p.148 ○豊崎美樹  株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 刎田文記  株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 7 発達障害のある学生の教育から就労への移行支援のための研修教材の開発 p.150 ○清野絵  国立障害者リハビリテーションセンター研究所 榎本容子  独立行政法人国立特別支援総合研究所 井戸智子  名古屋大学 心の発達支援研究実践センター 8 障害のある生徒への就労のアセスメントの活用状況と課題① :発達障害者支援センター・障害者就業・生活支援センターへの調査から p.152 ○榎本容子  独立行政法人国立特別支援総合研究所 相田泰宏  独立行政法人国立特別支援総合研究所 伊藤由美  独立行政法人国立特別支援総合研究所 小澤至賢  独立行政法人国立特別支援総合研究所 9 障害のある生徒への就労のアセスメントの活用状況と課題② :特別支援学校への調査から p.154 ○相田泰宏  独立行政法人国立特別支援総合研究所 榎本容子  独立行政法人国立特別支援総合研究所 伊藤由美  独立行政法人国立特別支援総合研究所 小澤至賢  独立行政法人国立特別支援総合研究所 10 肢体不自由がある生徒の就労に関する現状と課題への一考察 p.156 ○愛甲悠二  埼玉県立越谷特別支援学校 11 生徒のキャリア形成に寄与するリフレクションガイドの開発 p.158 ○今井彩  秋田大学教育文化学部附属特別支援学校 前原和明  秋田大学 12 家庭と連携した発達障害のある子どものキャリア発達支援の課題と今後の展望 :家庭向けキャリア教育の手引きの作成過程から p.160 ○新堀和子  LD等発達障害児・者親の会「けやき」 大蔵佐智子  NPO法人ひの·I-BASYO 榎本容子  独立行政法人国立特別支援総合研究所 清野絵  国立障害者リハビリテーションセンター研究所 13 職場適応援助者からの援助が雇用現場に及ぼす影響 -自閉スペクトラム症者を雇用する事業所の調査から- p.162 ○松田光一郎  花園大学 14 就労支援施設における当事者と支援者を支援する協働型ICT支援システムの紹介 p.164 ○小越咲子  福井工業高等専門学校 田中規之  合同会社ナチュラル 小越康宏  福井大学 伊藤洋一  株式会社日立ソリューションズ東日本 若松正浩  株式会社日立ソリューションズ東日本 菅野朋之  株式会社日立ソリューションズ東日本 鈴木亮  株式会社日立ソリューションズ東日本 15 職場復帰支援におけるキャリア再形成に関する調査研究 p.166 ○齋藤友美枝  障害者職業総合センター 浅賀英彦  障害者職業総合センター 宮澤史穂  障害者職業総合センター 大谷真司  障害者職業総合センター 16 高次脳機能障害者の就労に役立つ視聴覚教材の開発 p.168 ○武内洵平  障害者職業総合センター職業センター 圷千弘  障害者職業総合センター職業センター 17 精神障害のある求職者の疾患別の動向について ~2018障害求職者実態調査から~ p.170 ○浅賀英彦  障害者職業総合センター 18 中高年齢障害者の雇用継続支援及びキャリア形成支援に関する文献検討 p.172 ○武澤友広  障害者職業総合センター 春名由一郎  障害者職業総合センター 野口洋平  障害者職業総合センター 堀宏隆  障害者職業総合センター 宮澤史穂  障害者職業総合センター 19 企業における中高年齢障害者に対する配慮と課題に関する検討 p.174 ○宮澤史穂  障害者職業総合センター 春名由一郎  障害者職業総合センター 野口洋平  障害者職業総合センター 堀宏隆  障害者職業総合センター 武澤友広  障害者職業総合センター 20 在職障害者の余暇支援 ~ベビーリーフの活動~ p.176 ○村上想詞  ベビーリーフ 小林恵子  ベビーリーフ 若山由美  ベビーリーフ 野澤寛未  ベビーリーフ 渡邊美香  ベビーリーフ 今泉和世  ベビーリーフ 伊吹康二  ベビーリーフ ※研究・実践発表(口頭発表・ポスター発表)の発表論文は、発表者からいただいた内容を掲載しています。なお、当機構以外の研究・実践発表については、当機構としての見解を示すものではありません。 【障害者職業総合センター研究員による発表論文に関するお問合せ窓口】   障害者職業総合センター研究企画部企画調整室   Tel:043-297-9067   e-mail:vrsr@jeed.go.jp p.2 特別講演 アフターコロナの障がい者雇用 ~障がい者雇用の質向上に向けて~ 有村 秀一 (トヨタループス株式会社 代表取締役社長) 1 新型コロナウイルスで何が起きたか 新型コロナウイルスの感染拡大は、世の中に2つの大きな影響を与えました。1つ目は、経済的な影響で、当社の親会社であるトヨタ自動車でも一時的に国内だけでなく全世界の工場が生産停止となり売上が激減するなど親会社等の経営悪化により受託費、業務や支援等の削減、社会経済の悪化による売上等の激減などです。幸いにも、親会社はいち早く活動再開ができ、この影響は一時的となりました。2つ目は、ホワイトカラーの働き方改革が加速、在宅勤務が急速に拡大、ペーパーレス化も急速拡大する等の構造的な影響でした。特に、この親会社での在宅勤務拡大は親会社の間接業務を主力としている我々にとっては大変な影響で、仕事を生み出していた親会社社員が出社しなくなり業務がほぼ無くなる等、在宅勤務率が高い東京や名古屋等の拠点では一時的ではありましたが、社員を自宅待機とする等の措置をしなければならなくなり、また、仕事が無く採用活動も停止する等追い込まれました。ただし、悪い事ばかりではなく、コロナ感染によるスポット業務も出てきました。これらは「マスクの配布」「パーテーションの作成・配布」「消毒スタンド製造」等で1日当たり30~40名規模の仕事が出てきました。 また、この未曾有の事態の中、従来から職域拡大として進めていた「物づくり業務」や「車両開発・評価」等の親会社の本業領域への進出を加速する事にもなりました。 特に、「物づくり」製造現場への進出は高い作業品質が求められ、また、安全面も含め大きな課題があり従来は無理だろうと進出を断念しておりましたが、コロナ感染により主力業務の激減から今後の安定的な業務確保等によりチャレンジする事となりました。まず、対象工場をユニット系(エンジン・変速機等の重要部品)工場としました。これは昼夜の2交代勤務対応が出来ない当方社員が通常勤務時間(常昼)のみでの対応が出来る事、工場内の設備、物流面からの安全性等より車両工場よりユニット系工場の方が取り組み易い事、高齢・女性対応の取り組みが進んでいた等の点による判断となりました。  そこで、ユニット系工場に進出するに当たりまず行ったのが、工場内を知り尽くし、人脈の有るトヨタベテラン社員をループスに出向頂き、その方を中心として工場分室を立ち上げるという進め方です。この人選は難航しましたが、工場トップの方々の支援・サポートもあり、良い人にループス工場分室長に来て頂けました。親会社の中に職域を拡大するには親会社の社員の方々に広く理解、 p.3 認識して頂く事が必須であり、そのためにも分室長の役割は重要でした。 「物づくり」業務の取り組みは、まず、順建て作業と呼ばれる準備作業から取り組む事にしました。これはライン従事者が、楽に確実に作業して頂く為に組付け部品を取り易く並べるというものです。この作業を確実に行う事で我々を信頼して頂ける様になったと考えております。 このように、「物づくり」業務を進めると共に本社においては激減した印刷業務の代わりに親会社の急増する在宅勤務を支える紙文書のデータ化(PDF)業務が急ピッチで拡大し、現状では約30名が従事し月40万枚程度の処理能力まで引き上げる事が出来ました。 また、親会社の本業領域としては、「物づくり」に加えて「車両開発・実験」の領域にも進出を開始し、中核となるベテラン社員をループスに迎え様々な業務の中から幾つかトライを始めているところです。この「開発・実験」の領域では障がい特性を武器にした「障がい者だから出来る」業務にも取り組んでおります。これらは、従来健常者の仕事を改善・工夫により障がい者「でも」出来るようにしていた業務と異なり、障がい者「だから」出来る業務です。 具体的には、障がい者向けのウエルキャブ車両の開発・評価にその当事者として参加するもので、車いす向けの商品を健常者が評価するのでなく、そのターゲット層である障がい当事者が行う事でよりリアルな検証が出来るものです。この商品評価を実施するようになってから、トヨタの技術部内でも当事者による評価の重要性が認識され、様々な商品評価や企画参画など多くの依頼が来るようになりました。 2 トヨタ社員への浸透(トヨタループスの認知向上) 現状、親会社から多くの業務依頼が来るようになってきました。昔は、我々が親会社を回り仕事の切り出しをお願いしておりましたが、「心のバリアフリー研修」の広がりにより今では親会社から仕事が切り出されてくる様になってきました。 この「心のバリアフリー研修」は2017年に親会社の役員・部長昇格者を対象に行った職層教育がスタートで、障がいの体験を中心とした体験型研修で自身の考え・思いとの違いを感じて頂く「気づき」の研修で、研修の企画・実施もループスの障がい当事者により実施しております。 この研修の評判が非常に高く、親会社の各部から部下に受けさせたい、この仕事はループスで出来ないか等嬉しいご依頼を多く頂く事になりました。 昨年より、この研修を社外向けにも展開しており、愛知、東京にて数十の会社・機関に受講頂いております。 3 医療現場での障がい者雇用 千葉の国立がん研究センター東病院の取り組みを参考に、組織内病院である「トヨタ記念病院」 p.4 において病棟2人1組で5組10名を看護補助として派遣(親会社への出向)しております。 ここでの業務は、看護師の雑多な業務に対応し、看護師に本来業務により従事して頂く事を狙って進めましたが、当初は現場から反対意見も多くかなり難しい船出でした。ループス自身が就労移行支援事業者のように現場に張り付き、業務指導や現場の問題解決や看護師への理解活動など様々な取り組みを行いやっとスタートしたのですが、今では現場からも信頼され頼られた存在になっております。特に、コロナ感染で医療現場は非常に忙しい状況になり、当社社員も感染リスクの中、日々看護補助業務をこなし、医療現場の皆さんから同じ仲間と認識頂いた事がより信頼感を増したかと思われます。この医療現場業務を来年度より病棟以外にも拡大すべく現在テストトライを進めております。 4 今後に向けて このように、コロナにより業務が大きく変化するなかでも拡大を続ける事が出来ました。現時点で社員数530名(障がい社員は440名)にまで拡大しました。今後については、「業務の質向上」を目指し、更なる職域の拡大を進めていく所存でおります。 本年の法改正により障がい者の雇用率は過去最大となる0.4%の増加となります。当社も、親会社の障がい社員が毎年80名近く定年を迎える中、数の増加は簡単な事ではありません。 10年程前までは企業の障がい者雇用は雇用すれば雇用するだけ数が増える右肩上がりの状況でしたが、障がい者雇用の義務化が始まり40年を超えた5年程前から定年退職者が出始めました。退職される方のほとんどが身体障がいのダブルカウントの方ですが、新規雇用出来るのは知的障がい・精神障がいが中心で基本シングルカウントとなり、その職域も大きく変わり正に障がい者雇用の場が変わったと感じております。その上、コロナ感染にて障がい者雇用も間接業務系の激減等大きな影響を受けましたが、ある意味では、本業に切り込む良い機会となったとも感じております。 今後、障がい者雇用を大企業だけが進めるのではなく、中小企業を含めた企業全体で拡大出来るよう、支援機関、関係各所の皆様共々障がい者雇用の拡大と質の向上に向け取り組んで参ります。 p.5 p.6 パネルディスカッションⅠ 情報通信技術の活用の進展を踏まえた障害者雇用のあり方について 近年、AI等の情報通信技術の進展が、産業構造そのものの転換を促し、働き方や雇用に大きな影響を与えることが想定され、障害者雇用においても、良質な雇用機会をどのように確保していくかが大きな課題となっています。 このような中で、本パネルディスカッションにおいては、障害者が現在従事している業務の状況や情報通信技術の進展に伴って障害者の職域がどのように影響を受けているかについて報告するとともに、今後の見通しについても意見交換を行います。 コーディネーター 秋場 美紀子 障害者職業総合センター 主任研究員 p.7 パネリスト 松尾 謙師 氏 総合メディカルグループ株式会社 管理本部 総務部 業務支援グループ シニアマネージャー (福岡県福岡市) 一人ひとりの新たな領域へのチャレンジを後押しし、情報通信技術等を用いた業務に従事している障害者雇用の取組について、話題提供いただきます。 パネリスト 西岡 幸智 氏 大東コーポレートサービス株式会社 RPA推進事業部 次長 (東京都品川区) RPA開発事業を中心に、人財開発、それぞれの個性を活かしたチーム作り等をすすめている障害者雇用の取組について、話題提供いただきます。   パネリスト 相良 佳孝 国立吉備高原職業リハビリテーションセンター 上席職業訓練指導員 (岡山県加賀郡吉備中央町) 情報通信技術の活用の進展を踏まえて、技術の進歩を味方につけた障害者職業能力開発校における職業訓練の現状について、ご紹介いたします。 p.8 p.9 p.10 パネルディスカッションⅡ アセスメントを活用した就労支援の今後のあり方について 現在、障害者本人の支援ニーズや就労能力の現状等を把握して適切な支援につなげていくためのアセスメントの活用が課題となっています。このような中で、本パネルディスカッションにおいては、本人の希望、就労能力や適性等に合った選択を支援する新たなサービス(就労選択支援)が法改正により創設されることを踏まえて、就労支援のためのアセスメントの目的や視点を確認し、共有した上で、アセスメントを介した多機関連携支援をはじめとした就労支援の今後のあり方について意見交換を行います。 コーディネーター 武澤 友広 障害者職業総合センター 上席研究員 p.11 パネリスト 前原 和明 氏 秋田大学 教育文化学部 教授 (秋田県秋田市) 就労選択支援における就労アセスメントの位置づけを解説していただいた上で、就労支援における就労アセスメントを実施するための視点について、ご提示いただきます。 パネリスト 青山 貴彦 氏 社会福祉法人桑友 理事長 (島根県松江市) 就労選択支援の理念を実現するために、感じられている現行のアセスメントの課題(実施体制も含む)、どのような変化が求められていると考えるか、変化に対応するためにどのようなことに取り組む必要があるかについて、話題提供いただきます。 パネリスト 吉田 あおき 氏 新宿公共職業安定所 専門援助第二部門 統括職業指導官 (東京都新宿区) 就労選択支援の過程で実施されるアセスメントの結果を活用するハローワークの立場から、アセスメントやマッチングの過程でどのような変化が求められていると考えるか、変化に対応するためにどのようなことに取り組む必要があるかについて、話題提供いただきます。 パネリスト 古野 素子 障害者職業総合センター職業センター 主任障害者職業カウンセラー (千葉県千葉市) 障害者職業カウンセラーとして「自己決定を支え、自己理解を深めるアセスメント」を実践するためにどのような取組・工夫を行っているかについて、話題提供いたします。 p.12 p.13 研究・実践発表 ~口頭発表 第1部~ p.14 特例子会社における採用活動の振り返りと今後の展望 ~専門職の視点から~ ○廣司 美幸(SOMPOチャレンジド株式会社 サポーター) 武内 将仁・伊部 臣一朗(SOMPOチャレンジド株式会社) 1 はじめに SOMPOチャレンジド株式会社(以下「SOMPOチャレンジド」という。)は、SOMPOホールディングス株式会社の100%子会社として、2018年4月に設立し、同年7月に特例子会社に認定され、今年度で6年目を迎える会社である。 障がい者社員(以下「メンバー」という。)は、2023年8月現在120名を超え、本社は西東京市に所在し、新宿、日本橋、池袋の4拠点で活躍している。 受託業務は、各拠点でのメールセンター業務、PDF業務や保険関係のデータ入力業務等を行っている。 障害種別割合は、精神・発達障害が70%強、知的障害が30%弱、身体障害が2%弱で構成されている。 2 目的 会社設立時、親会社より「5年で100名のメンバーの採用」のミッションが課されていた。そのため、人材会社にコンサルティングを依頼し、実習プログラムや人材紹介のサポートを受けながら、採用を実施してきた。 会社設立2年目からは独自の実習のプログラム等も取り入れ、より適切な採用ノウハウの構築を目指し、集団模擬実習での採用を行ってきた。 集団模擬実習は、会議室内で仕分け業務やデータ入力等の模擬業務を最大8名の実習生に実施する形式である。 この集団模擬実習は、採用担当と実習生のみで実施されるため、既存のメンバーや受託業務が拡大してくると業務・環境共にミスマッチが起きやすくなり、メンバー間のトラブルに繋がるという課題が表出するようになった。 そのため、各拠点での業務環境も異なるということ、受託業務も安定しメンバーが所属するチームごとの特色が出てきたことも踏まえ、業務・環境マッチングにより適した採用を目指し、昨年度より、現場実習を実施したうえでの採用を開始した。 今回は、当社が現場実習での関わりや見極めのポイントとしている点の整理を行ったうえで、現場実習の効果について、企業内福祉・心理系専門職(以下「サポーター」という。)の視点から考察を述べたいと思う。 3 現場実習でのサポーターの関わり 以下、現場実習フローおよびサポーターの視点や関わり方について述べる。 (1)支援機関への声掛け 既存メンバーが入社前に登録していた支援機関へ採用担当と連携し、実習の案内を行う。メールで案内後、直接電話連絡で支援者に連絡を入れる。入社後の定着支援でも連携している担当者を通すことで、業務内容や職場環境の両面で適性のある候補者の紹介に繋がりやすい。 (2)事前面談 現場実習の事前面談では、実習生(以下「本人」という。)に、以下の点についてヒアリングを行っている。 ・職場環境の見学による実習のイメージ作り ・障がい受容状況 ・主治医や支援機関との関係性 ・過去の退職理由 ・支援機関等での人間関係 ・体調管理(服薬状況、安定度) 支援者には下記をヒアリングしている。 ・本人への理解 ・訓練での懸念点 (3)現場実習 現場実習では、下記について確認を行っている。 ・コミュニケーションスキル(言葉遣い、業務OJTでの既存メンバーとのやりとり、ミスをフィードバックされた際の受容状況) ・グループワーク等を通じての自己理解 ・1日を通した体調コントロール力、パフォーマンス力 (4)振り返り面談 振り返り面談では、実習生本人には、下記をヒアリングしている。 ・実習中の疲労感やその対処法 ・実習を通して自身の強みや課題への気付き ・振り返り面談で伝えた本人の強みや今後の課題、指摘に対しての受け取りや捉え方 支援者には、下記をヒアリングしている。 ・実習と訓練での比較 ・懸念点の確認 (5)採用面接 採用面接では、改めて、本人に下記を確認している。 ・障がい受容 ・障がい特性(服薬状況や医師からのアドバイス等) ・注意サインやその対処法 p.15 ・生活状況(生活リズム、睡眠状況等) ・家族、友人関係 ・配慮事項 その後、支援機関には、下記を事前面談より更に掘り下げて確認する。 ・本人の状況をどうアセスメントしているのか ・本人と信頼関係の構築の程度 ・入社後の懸念事項 図1 現場実習のフロー 4 現場実習の効果 (1)マッチングの向上と採用の効率化 現在採用は、四半期毎に実施しており、模擬実習から現場実習への切り替えについては、2022年7月より開始。 切り替えの結果、目的としていた業務・職場マッチングに適した人財の選定に繋がり、実習参加者と採用者数の効率化が図れた(表1)。 表1 現場実習による採用人数   (2)定着支援の改善 ・現場実習の採用フローでは様々な場面で本人にヒアリング、観察の機会があるため、多角的な視点での関わりをすることができ、より適材適所の人財の採用に繋げることができた。 ・入社前に懸念点が明確になり、トライアル採用での評価目線を現場と共有することができ、入社後も同じ方向性での視点、育成に繋がった。 ・事前面談を実施することで、採用面接では事前面談での回答の差異を含め、より掘り下げた質問をすることができた。 ・入社後の導入研修においてもサポーターとして、個々に配慮した研修の実施をすることができた ・紹介の支援機関とも一人の実習生に対し、複数回関わることでより弊社での取り組みを知ってもらうことで信頼関係の構築に繋がった。 5 考察 今後予定されている法定雇用率の引き上げに伴い、現場実習という取り組みは有効であると考える。 また、現場実習を行うことにより、入社後の指導を行うリーダーが直接実習に関わることで、主体性を持って取り組むというSOMPOチャレンジド全体の一体感を持つことに繋がったと感じている。 一方で各グループが主体となって採用活動を進めるため、社内での採用目線の統一化が図りにくく、採用の価値基準のズレが生じる点、実習参加可能人数が限定されることにより支援機関側から実習に対してのハードルが高く感じられてしまう点、弊社と関わりが少ない支援機関からの採用の機会が減ってしまった点等、課題も存在する。 また現場実習日数を何日間で実施することが効果的なのか検討していく必要がある。 これらの課題については、本社採用担当とも連携し、半日又は1日実習等の体験の場、会社見学会の開催等を実施し、新規支援機関との新たな連携、弊社へのファン化の取り組みも始めた。 その他の課題については、サポーター間で連携を密に図り、各グループの共通認識や基礎の評価目線の項目の整理を実施し共有することや、一人ひとりの職業能力の可能性を図る実習プログラムの開発、提案ができることで、解消できる部分もあると感じている。 最後に、採用はあくまで入口であって、そこからメンバーが定着して長く働きたいと思える魅力的な環境(新規業務の開拓、サポート体制、キャリアアップ支援、休職から復職までのフローの確立等)作りも重要であり、それらがSOMPOチャレンジドで働きたいという実習生の増加にも繋がると考える。 設立6年目を迎える今だからこそ、そういった土台作りを丁寧にしていくことが、今後の安定した会社運営、成長に繋がると思うため、これからもよりよい現場実習のあり方、社内での取り組みの充実化等、試行錯誤しながら模索していきたい。 【連絡先】 廣司 美幸 SOMPOチャレンジド株式会社 e-mail:mhiroshi@sompo-japan.co.jp p.16 公的機関と連携する採用活動職域開拓 ~ハローワーク等の社会的資源の有効活用・仕事の幅の広げ方SDGs・CHO理念を大切に~ 〇遠田 千穂(富士ソフト企画株式会社 企画開発部 部長) 〇髙橋 綾子(富士ソフト企画株式会社 企画開発部 サブリーダー) 〇町田 宣和(富士ソフト企画株式会社 マッサージ室) 「あなたの目となり、耳となり、手となり、心となる。」 富士ソフト企画株式会社は富士ソフトの特例子会社であり、社員数308名中9割が障がい者手帳を持つ。 6割が精神・発達障がいで4割が身体・知的障がいである。お互いにサポートし合いながらPCを駆使した仕事を行う。親会社・グループ会社で鬱病を発病した社員を2週間リワークで受け入れ障がいのある方々に自分のスキルを教えたりPPTで体験談を語ることにより自己肯定感が高まり復職するリワークプログラムも障がい者の社員が中心となって実施する。就労は障がいを軽減する。誰一人取り残さないSDGsの概念を現実とする。 当社では採用も障がいのある社員が担当する。ハローワークに31職種の求人をかける。全国の求人サイトにハローワーク経由で求人情報が公開される。求人票の備考欄に会社が望む内容を書くことにより、それぞれの職種に合わせた方々が応募。 1次面接の日時を立て本人へ連絡。面接日は、YG検査を実施し面接に参加。当事者の目線で当事者を見ることによりその場の安心感も醸成される。社長のスケジュールを見ながら2次面接の日程も立てる。内定が出れば稟議書を記載し総合管理部へ提出。稟議が下りた時点で本人に連絡。社会的資源や公的機関と連携する採用活動により優秀な人財を採用することが出来る。 ヘルスキーパー導入には3年掛かる。横浜市立盲学校から実習生が来て1日5名1回40分1週間計25名親会社の社員に施術。施術後にアンケートを実施。100%導入希望。値段が悩み所ではあるがある程度の人数以上施術した場合、本人にフィードバックできるよう40分2000円で実施。最初からワンコインにしてしまうと薄利多売になってしまい、難関の国家資格を突破した本人のモチベーションも上がらない。東洋医術の医者であるという尊敬の念のもと、ハローワーク経由で採用・導入。 最初は弱視の女性、高齢に伴う退職により、ハローワークに求人を掛ける。数名の応募がある中、町田ヘルスキーパーを採用。PCトーカーをJEED様から貸し出して頂きカルテの引継ぎ・作成。コロナ禍による空き時間には、健康コラムを執筆。親会社・グループ会社・特例子会社のCHO健康経営に寄与。通常マッサージ・リンパ・鍼・腸揉み・フェイシャル・フットマッサージを展開。外国籍の社員の方々の御利用も多いので、チラシは英語バージョンもDTPチームが作成。予約サイトも桜木町の社員・WEB・DTPチームが一丸となりリニューアル。申し込みの際のQRコードも作成。 マッサージ室の運営も全て障がい当事者の社員達が分担して行う。血流が良くなると集中力が増し残業が減り免疫力も高まり健康になる。鬱病の予防にも寄与する為、産業医の方々にグループ会社へもご推奨して頂きながら運営。 全盲の社員が周囲の障がいのある社員達と支え合いながら協力し活躍する。1人では出来ないことも3人集まれば実現可能なことがある。増員に伴う職域開拓の事例で自分で考えて行動できる主体性・ひとの役に立っているという自己肯定感の高い業務であれば定着する。 今回町田ヘルスキーパーは2代目であるが、募集にあたってはハローワークの方に随分助けて頂いた。遠方の方のご応募も多くなかなか条件が合わず、また応募も少ない中、選考には難儀したがあきらめずに求人を更新しながらハローワークの方々と連携を取り、町田ヘルスキーパーの応募につながる。1次面接時は3名の面接官・2次面接の時には社長・取締役をマッサージして頂き、腕の確かさやお話の上手なところを拝見。ヘルスキーパーは体の疲れも心の疲れも癒す存在なので、当社の場合はコミュニケーション力も重視する。博識でPCにも長けた方で戦力になっている。 SDGsパートナー企業として企画開発部の社員が交代で毎月のオンラインMTGに参加。当事者の社員達が他社の取り組みを知ることで、良いところはお手本にしていこうという動きが出来る。またCHO構想企業として部署内で毎朝ラジオ体操を実施。年2回CHO推進委員会を開催し、社内イントラで健康動画を紹介する活動も行う。 心身の健康が保たれてこそ良い仕事が出来、モチベーションのUP・アイデア・創意工夫・障がいの軽減・定着にも繋がる。自分の健康は自分で守るという意識の醸成も企業の成長に必要である。 視覚障がいのある方が難関の国家試験を突破し企業の健康経営に寄与することは実に合理的である。産業医が西洋医学であればヘルスキーパーは東洋医学である。海外ではマッサージを用いた医療も定着しているので親会社に勤務をする海外の方々の需要も大きい。休日スポーツに励んでいる方々の利用も多くアスリートの健康をも支える。 (遠田千穂) p.17 ヘルスキーパーの町田さんの1日の流れ~大船編~ 大船駅の改札前までは自力で来るので、企画開発部の社員が改札前にて待ち合わせ。その後会社が用意したタクシーに乗る。一度、駅構内にて階段を登って走ってくる女性とぶつかり、白杖が曲がるが、町田さんに直してもらったこともあった。歩いているときに前方、左右に注意しないといけないとみにしみた。企画開発部の社員が朝早く電車に乗る必要があるが、タクシーに乗るために早起きをする。タクシー乗車時に、段差があり、躓く。タクシーは真ん中が安定が悪いので、端がよいとのこと。タクシーの段差には注意しないといけない。 その後、会社に到着し、エレベーターにて企画開発部へ移動。会社に到着しても、タクシーの乗り降り、エレベーターまでは道順がわからないので、社員の腕をもってもらい、移動。席に到着してもらう。社長にご挨拶、パソコンを出して、(PCトーカー付き)メールチェック。その後、20分くらい前に、施術着に着替えてもらい、PCをマッサージ室前までもっていき、カルテ準備。音楽(バックグラウンドミュージック)の準備。マッサージ用のベッド、タオル類は、前日に企画開発部の社員が用意しておく。当日アロマを用意。40分の施術ごとに、当社社員が来るので、マッサージルーム迄ご案内。領収書を用意し、記入し、必ず被施術者に渡す。開始、終了時は、ご挨拶を企画開発部の社員が出向いてする。施術を開始。時間は40分、2000円。フレックス扱い。施術者は、ひと月前にメールにて応募し募る。ほぼ毎月、6人は埋まっているが、固定客が多い。企画開発部では、管理表を作成し、応募があった際に都度入力しておく。マッサージが終了したら、経理に入金伝票を作成し持っていき、管理表の印刷したものも渡す。総務には管理表のデーターを送る(勤怠の確認用)。マッサージの片付けは、企画開発部の社員が行い、10分くらいで終了する。 パーテーションは、4階の休憩室から借りているので、元に戻す。17:00からは、企画開発部に戻り、自席にて待機。 帰りもタクシーに乗る。大船駅に到着。駅の階段下まで行き、電車に乗るまでは見送る。電車に乗れば、一人で帰れるとのことだが心配ではあるが、慣れているので大丈夫との事。町田さんは、学生時代に電車通学をしており、また、遠方までよく外出しているそうで、外出には慣れているらしい。去年のワークフェアで幕張メッセまで行ったが、この電車がいまどこを走っているのか、振動、音でわかるらしい。全盲ではあるが、知らないところへの移動は補助が必要ではあるが、大体の生活はひとりでできる。 話をするのが好きらしく、疲れを感じさせず、いつも元気にしゃべっている。面接時もそんな感じだった。 これからもお互いに頑張っていきたい。 (高橋綾子) 私は現在、ヘルスキーパーとして富士ソフト企画に所属し、富士ソフトグループの社員さん達へ日々の業務での、身体的・精神的疲労の軽減や解消に努めている。基本業務は、 鍼やマッサージ施術により直接的に体を癒し、アロマや音楽、空調や照明、時にはお悩み相談など利用者の心も癒せればと考える。富士ソフト企画へ入社するまでは、卒業学校の就労あっせんや、ハローワークの紹介を受け高齢者施設や、出張マッサージ業を営んでいた。 私は、幼稚園入園前には、メガネをかけ、日常生活を送っていた。小中学校は普通クラスと支援クラスを有する学校へ通い、高校入学頃から、将来性を考え、手に職を付ける観点から、マッサージを学ぶことになる。 高校は、横浜市立視覚支援学校(旧:横浜市立盲学校)へ通い、進路の関係で、微分積分や古文などの大学入試等高等教育は重視されない。 現在も卒業校で年数回開かれる研修会に参加している。ヘルスキーパーは、初期投資に若干の費用を必要とするが社員の会社へのイメージは向上すると思う。イメージ戦略を活用し、社員さんたちの成果アップを応援して頂きたい。富士ソフトグループもCOVID-19の影響でリモートワークだった社員さん達の出勤も増えつつある。これからも利用者が増え、富士ソフトグループに貢献できれば嬉しい。 (富士ソフト企画ヘルスキーパー 町田宣和) 【連絡先】 鎌倉市岡本2-13-18・横浜市中区桜木町1-1 千代田区神田練塀町3 長崎 大阪 名古屋 西会津 他 富士ソフト企画株式会社(富士ソフト特例子会社) WEB・DTP・IT・PC・デザイン 社員の9割が障がい者手帳を保有しています。 就労移行「就職予備校」も展開中 研修 見学 講演 復興支援 椎茸アグリビジネスも西会津にて展開中です。 企画開発部 陸上自衛隊予備自衛官障がいのある方々をハローワーク経由で募集しています。 遠田 千穂 todachi@fsk-inc.co.jp p.18 企業における障がい者採用とインクルーシブ(適性配置)の取り組み ○佐々木 俊太郎(朝日生命保険相互会社 人事部 チャレンジドサポート推進部長・企業在籍型ジョブコーチ) 1 はじめに 弊社は経営の基本理念「まごごろの奉仕」のもと各ステークホルダーに対する責任を果たし、生命保険事業を通じて持続可能な社会の実現に向けた事業活動を行っているところであり、とりわけ、「共生社会」の実現に向けた取り組みは経営の大きな柱と考えている。 一方で、2021年4月の障がい者雇用率は1.97%と法定雇用率2.3%に未達の状況が続いていた。 生命保険の募集・お客様サービスを担う営業職員数が従業員数の2/3を占めている事業体であり、障がい者雇用については管理部門・事務部門で充足しなければならず、雇用率の改善は容易なことではなかった。 そこで2022年4月に人事部内に「チャレンジドサポート推進チーム」を立ち上げ、障がい者従業員を雇用し、一般従業員の勤務する社内の各組織への配置、定着支援を行うことで「障がい者も共に働く」組織の実現を目指している。 2023年6月には障がい者雇用率2.45%を達成し、雇用定着率も8割を超える実績をあげることが出来た。今回、この1年半の取り組みについてご紹介する。 表1 弊社障がい者雇用率の推移 2 3つの壁 障がい者数の確保、拡充する中でどの企業にも共通する課題であるが、弊社においても3つの壁の存在があった。 ①身体障がい者の就労環境面の限界 ②精神・発達障がい者の労務管理に関する知識不足 ③障がい者職制が担う担当職務の不足 上記課題は、障がい者を雇用したとしても配置先がない、合理的配慮に基づく就労環境の提供ができないということであり、課題解決なくして雇用数確保もままならないと考え、取り組みをスタートさせた。 3 弊社の取り組み (1) 採用ターゲットの戦略の見直し 視覚聴覚障がい・四肢機能障がい等に対するハード面の環境整備、担当職務の割当は従前より行ってきていたが、受入数には自ずと限界がある。採用数確保のためには採用ターゲットの見直し、精神・発達障がい者の採用にシフトしていく必要があった。 (2) 障がい者従業員の習熟組織 精神・発達障がい者の特性の特定とスキル向上を目的に障がい者従業員の習熟組織として「本社業務支援チーム」(以下「業務支援T」という。)を組織した。 ア 業務支援Tの運営 精神・発達障がい者従業員の初期教育とジョブコーチによる業務指導、「切り出し業務」を通じた本人の特性(得手・不得手)の特定、とジョブマッチングによる配置先の選考を行っている。 イ 習熟メニュー 以下の4つのカテゴリーの習熟業務を実施している。 業務遂行を通じて個々のスキル、得手・不得手の特定ができる。採用面接時に申告のあった配慮事項としての得手・不得手と異なる特性が発見できることも多い。自己理解と第三者評価の乖離に真摯に向き合うことで配置後のミスマッチが抑制できる。 (3) 各所属へのトレーニー配置 一定期間の習熟訓練終了の従業員について各所属に対して配置に向けた依頼・相談を行う。その後、トレーニーとしての配置を行っている。 ア 配置先の担当職務の切り出し支援 障がい特性とマッチングする担当職務の切り出しを配置先所属と人事部で検討・協議を行い、障がい者従業員の担当する初期業務の選定を行う。 イ 障がい特性と合理的配慮事項の周知 障がい者従業員の「障がい特性・合理的配慮チェックシート」を配置先所属長に提供し、理解促進を図る。 また、「障がい特性の理解と合理的配慮」に関する理解促進動画を提供し、所属内への理解と配慮を求めている。 p.19 図1 「トレーニー情報シート兼合理的配慮チェックシート」 ウ 四者定着支援面談 障がい者従業員、各所属長、人事部、外部の支援機関の支援員を交えた四者の定着支援面談を定期的に実施し、業務遂行状況、勤怠状況、心理面の安定状況(精神・発達障がい者)について確認・評価を行っている。 障がい者従業員の配置は所属の負担感が最大の課題。各所属の管理者が担当業務のマネジメントを担いながら複数の障がい者従業員の教育、サポートすることは、心理的な負荷が高い。このため、人事部チャレンジドサポート推進チームと支援機関が障がい者従業員の支援と所属の管理者に対する心理的サポートを行うことで障がい者従業員の安心感と所属の負荷軽減により生産性向上と長期就労を図っている。 結果、精神・発達障がい者の早期退職が減少し、定着率が向上している。 表2 本社所属の採用と配置、退職状況(2023年9月まで) 4 インクルーシブ・所属への配置活躍事例 従来、障がい者雇用においては総合職の補助的な役割であったが、業務スキルを活かして総合職並みの一人の独立した担当者として業務を担う障がい者従業員が増えた。 以下、その一例をご紹介する。 (1) アスペルガー症候群 男性36歳 配置先 事務企画部 担当業務 RPAシステムの開発・メンテナンス (2) ADHD 男性50歳 配置先 現場サポートセンター 担当業務 現場からのQA対応のドキュメント作成 (3) ASD 女性32歳 配置先 保険金部 担当業務 保険金・給付金請求の査定業務 (4) ASD・うつ病 男性30歳 配置先 契約医務部 担当業務 申込情報の点検査定業務 (5) 双極性障害Ⅱ型 男性24歳 配置先 海外・ダイレクト事業部 担当業務 海外での生命保険事業の国内サポート 5 さいごに 障がい者従業員の雇用定着を成功させる最も重要なことは、共に職場で働く従業員の理解と無理のない範囲での配慮にある。残念ながら社内理解促進は、まだまだ道半ばであるという印象を持っている。 現在、所轄のハローワーク府中のご支援をいただき、社内勉強会として「精神・発達障がい者しごとサポーター養成講座」の出張講座を毎年開講し、すでに200名以上の「しごとサポーター」の養成を行っている。 手帳保持の有無に限らず、個々の従業員には個性があり、それぞれ得手・不得手がある。また価値観も様々である。 組織ルールを順守することを前提に互いの存在を尊重しながら協業できる組織がサステナブルな事業体である。 障がい者雇用をきっかけとした相互理解の促進は、まさしく、弊社の本業である生命保険事業の社会的使命に通じるものであり、今後も共生社会実現に向けたインクルーシブによる障がい者雇用を進めていく予定である。 【連絡先】 佐々木 俊太郎 朝日生命保険相互会社 人事部 e-mail:sasaki_shiyuntarou@mail.asahi-life.co.jp p.20 障害者雇用の職域拡大への挑戦 ~戦力として活躍を目指すキャリアアッププログラムの実践~ ○藤澤 隆也(株式会社マイナビパートナーズ パートナー雇用開発部 部長) 新倉 正之(株式会社マイナビパートナーズ パートナー雇用開発部 パートナー雇用開発1課) 新藤 優奈(株式会社マイナビパートナーズ パートナー雇用開発部 パートナー雇用開発2課) 1 はじめに 株式会社マイナビパートナーズ(以下「弊社」という。)は障害者メンバーが事務業務を行う部署として2014年に株式会社マイナビ内に設立され、2016年に特例子会社として分社化した。業務拡大、人員拡大を通し160名程度当事者社員が勤務しているが、会社設立から年次も経つことで活躍している者も多く、さらなるキャリアアップの可能性も見出すことができた。そこで、戦力としての障害者雇用の実現に向け、2022年4月より1年間をかけ個別育成プログラムを開始し、マネジメント領域へ職務を拡大させる取り組みを行った。 弊社の仕組みづくりや育成、サポートの実践について発表を行いたい。 2 キャリアアッププログラムの企画概要 (1)候補者の選定 本プログラムの対象となるリーダー職位の者から、本人の希望および課長の推薦をもとに会社としての検討を経て選定した。結果、6名がエントリーしキャリアアッププログラムの開始となった。 (2)キャリアアッププログラム目標設定 キャリアアッププログラムの開始にあたり、エントリーした者に対して課長が目標シートにて目標設定をした。目標シートの項目には、キャリアアッププログラムを通し、職責に限りのある一般職からその限りの無い総合職になるにあたり、担って欲しい職務を項目化した。現在の総合職が担っている部分も参考に、【知識・情報収集】、【業務管理・マネジメント】、【セルフケア】、【下級者の育成・能力開発】、【コミュニケーション】、【リーダーシップ・サポート】、【その他】の計7つを設定した。 (3)他課インターンシップと多面的評価の実施 当事者メンバーの視野を拡げるため、他課へのインターンシッププログラムを1~2日間実施。また、所属部署での日常業務の状況を他課長にてチェックしてもらい、多面的評価を行うことで偏った視点での育成や評価にならないような機会を設けた。インターンシップでは他課のマネジメントを学ぶことに注力。また多面的評価では事前に準備したチェック項目に沿って評価された結果を当事者の課長へ共有し、その後の指導の参考にした。 3 個別事例の共有 プログラムの企画に沿い、キャリアアッププログラムを経て総合職への転換を果たした事例Aさん(30代男性、感音性難聴、入社8年目)を共有する。 (1)中核となる目標設定 ア 【知識・情報収集】メタ認知1)の視点獲得 総合職としての業務知識や障害に対して幅広い視点を養うべく、メタ的な視点から物事を捉え、自身の周りのステークホルダーに対して偏りのない立ち回りや回答ができることを目標として設定した。 イ 【業務管理・マネジメント】障害対処 聴覚障害由来により口頭でのコミュニケーションに一定の困難を抱えているが、障害への対処・ハンディキャップをカバーする仕組みづくりを目標に据え、障害がありながらも「今よりも高いレベルでできることはないか」を視点に取り組むことを目標として設定した。 ウ 【リーダーシップ・サポート】障害理解と障害マネジメント これまでもリーダーとして一定の業務レクチャや後進の育成は行ってきたが、障害特性の理解や障害に応じた対応を体系立てて行っていた訳ではなかった。各々の障害特性を見極めた上で必要な対処や工夫を共に考え、必要なサポートを行うことで成長に繋げる関わり方ができることを目標として設定した。 (2) 育成・振り返り 最初に設定した目標を、4月~6月、7月~9月、10月~12月の3ヵ月ごとに細分化し都度課長と振り返りながら育成を開始した。 (ⅰ)4月~6月 ア 【知識・情報収集】  親会社の事業部理解、会社規則、制度の理解、ADHD、ASD、MDIの障害理解に取り組む。当初は各部門の事業理解で課題が目立ち、重点的に取り組むこととした。 イ 【業務管理・マネジメント】 聴覚障害により口頭でのコミュニケーションに一定の困難を抱えていることから、業務を依頼する親会社の社員との打ち合わせ機会が少なく、必要な確認やニーズに基づいた作業工程の構築などが課題となっていた。まずは経験を積むことから始め、改善方法について課長と共に試案して p.21 いくこととした。 ウ 【リーダーシップ・サポート】 アの障害理解と共に、2名のメンバーのマネジメントを開始。対人不安の強いメンバーにも適切な指導・フォローを行い、業務上での役割を広げさせることができた。 (ⅱ)7月~9月 ア 【知識・情報収集】 知識面においては、業務で携わったことのない依頼部門の事業理解に苦戦するも、着実に情報収集を継続。得た知識を周囲へ還元する、事業理解をした上で業務に取り組むよう課内で他メンバーに働きかける、といった知識活用を意識した行動ができていた。 イ 【業務管理・マネジメント】 聴覚障害の障害特性上課題となる、対人折衝の問題について事前に書面にてアジェンダを作った上で打ち合わせに臨むことに着手。本人にとって初めての取り組みで本期間においては習熟まで至らず、何を話せばよいか、聞くべきことは何かといった点が不明な状態であった。ある程度自身で取り組ませた後、課長よりフィードバックをもとに、必要な確認事項について整理を行った。 ウ 【リーダーシップ・サポート】 4月~6月のメンバーマネジメントに加え、課内の課題に対する問題提議と解決策にも挑戦。チームワーク意識の醸成、自己肯定感の向上を目的に、コミュニケーションプログラムを実施。集団凝集性を高めるマネジメントの経験を積んだ。 (ⅲ)10月~12月 ア 【知識・情報収集】 4月~6月、7月~9月の取り組みによって依頼事業部門の理解は進み、問題ないレベルに。6月と9月に実施したテストをふまえた最終テストでも高得点となり、会社情報の知識面は合格水準となった。継続的に知識獲得に取り組むことで自発的な情報収集も習慣化し、課題発見時に情報収集し解決策を考える自立自走の動きができるようになった。 イ 【業務管理・マネジメント】 アジェンダ作成を継続し、最初は運用に手間取っていたが、事前の作成および打ち合わせ前に相手に共有することができるようになった。聴覚障害があることも事前に伝えることで文字起こし機能を使用すること、レスポンスに時間がかかることを相手に了承いただき、必要な環境を自身で整えられるようになった。ハンデがある中でも一定の情報伝達ができるよう、事前に知っておくべき情報収集なども積極的に行い、障害があっても自身ででき得る最大限の対処を継続して取り組むことができた。 ウ 【リーダーシップ・サポート】 これまでは傾聴一辺倒であった関わり方も、課長から都度指導を重ねることでマネジメントとしての育成や相手のキャリアアップを考慮した関わり方ができるようになった。最終的には10月入社の新入社員に対し、課内のバランスや本人の3年後まで見通したキャリアステージに基づいた目標設定の提示など、広い視野を持った育成やサポートができるようになった。 (ⅰ)、(ⅱ)、(ⅲ)の期間の取り組みにより、中核となる目標も概ね達成することができた。 「メタ認知の視点獲得」においては、これまでは自身の周りでトラブルが起きないようにといった狭い視点で物事を捉えがちであったが、プログラムを経て広い視野を獲得し、成長・貢献に向けた言動ができるようになった。 「障害対処」「障害理解と障害マネジメント」についても自ら障害対処に取り組むことで他メンバーにとっては模範的な存在となった。障害がある中でも最大限できることは何なのか、を軸に他メンバーに関わることができ、リーダー職位であった頃に比して寄り添いすぎず、成長を促すマネジメントができるようになった。 4 キャリアアッププログラムを経て Aさんは個別育成プログラムを経て、十分な成長を遂げ、2023年4月より総合職転換を果たした。入社8年とキャリアも長く、他メンバーからも信頼されていることを活かして自らがロールモデルとなって後進の育成にあたっている。特に障害の有無にかかわらず仕事を実直にこなすマインド、障害があっても対処を行い、自ら成長をすることでできることを増やしていく姿勢は健常者総合職と比しても説得力があり戦力として大いに活躍できていると感じている。 本キャリアアッププログラムを通し、同時期に計5名が総合職への転換を果たした。Aさんは一般事務職としてのキャリアアッププログラムに取り組んだが、他にも原稿ライティング業務を主とする者、プログラミング業務を主とする者といった専門知識、スキルを有する者のキャリアアップも叶った。 当事者の可能性を見出し、それぞれの適性に応じた育成を図ることで新たな職域拡大に繋げることができたと感じている。今後もさらなる職域拡大に注力し、戦力として貢献できる人材の育成に取り組んでいきたい。 【参考文献】 1)三宮真智子「メタ認知 学習力を支える高次認知機能」北大路出版(2008)p.7-12 【連絡先】 藤澤 隆也 株式会社マイナビパートナーズ mpt-research@mynavi.jp p.22 ワークダイバシティを目指した岐阜市における「超短時間雇用モデル」の実践 ~介護現場を支える人材の創出から~ ○大原 真須美(社会福祉法人舟伏 岐阜市超短時間ワーク応援センター センター長) ○森 悠弥(メディカル・ケア・サービス株式会社 西日本事業統括部 岐阜事業部 岐阜第3エリアマネージャー) 内藤 昌宏(社会福祉法人舟伏 岐阜市超短時間ワーク応援センター) 1 はじめに (1) 岐阜市と超短時間雇用モデル 岐阜市では、すべての人に働くという居場所と出番をつくる「ワークダイバシティ」を目指し、多様で柔軟な働き方を実践するための事業が行われている。その一つが、「岐阜市超短時間雇用創出事業」である。この事業は、「超短時間雇用モデル」を提唱する東京大学先端科学技術研究センターの近藤武夫教授と2021年から岐阜市が研究契約を結びプロジェクト会議の立ち上げから始まっている。「超短時間雇用モデル」とは、障がいなどが理由で短時間であれば働くことのできる求職者と、人手を求めている企業のなかにある特定かつ短時間の業務とをマッチングし、企業の中で働くことのできる仕組みである。1年のプロジェクト会議を経て、2022年4月に「岐阜市超短時間ワーク応援センター」という雇用の中間支援を担う機関が開設された。 (2) 岐阜市超短時間ワーク応援センターの機能 岐阜市超短時間ワーク応援センターは、大きく分けて企業への支援と求職者の支援を行っている。 企業への支援については、事業所へ訪問し人材不足などの困り感や今後の事業展開を進める中での課題などを聞き、どういった仕事を行ってくれる人がいると助かるのかを整理し特定の職務を切り出す所からサポートを行っている。 求職者については、障がいや難病等を理由に短時間での働き方を希望される場合、応援センターへ登録してもらい、随時開拓された求人への応募について相談に乗っていく。 雇用までの流れの中では、職務の遂行について双方の不安を解消するため、希望者には見学や体験の実施も行っている。応募を希望される場合には、ハローワークを通じるが、求人を出す際の企業へのフォローや、求職者のハローワーク登録、面接への同席など応募に必要なことなどへも支援を行う。また、採用後も就労時間の延長や、仕事の変更等双方に最初の条件との相違が出てきた場合には応援センターが介入し、今後の働き方について相談に乗っていく。 2 介護現場における現状と課題 (1) 岐阜市の介護現場での現状 他方、岐阜市での介護現場の状況を述べると、介護人材の確保が非常に困難な状況におかれている。岐阜市は、全職種に比べ、3~4倍の有効求人倍率全国47都道府県で毎月上位5位に入るほど高くなっている(表1)。 表1 有効求人倍率比較 その背景には、市内で介護施設が増加しているが、岐阜市から愛知県へのアクセスが良く、平均賃金の高い愛知県へ人材が流失する傾向があることも一つに挙げられる。その結果、現場の負担増加によって介護職員の研修を受ける機会などサービス向上の時間が確保しづらくなり、ケア品質の低下が懸念されている。今後、介護現場での人員不足解消が急務であり、労働力の確保が課題となっている。 (2) 愛の家グループホームでの取り組み 愛の家グループホーム(以下「愛の家」という。)は、全国にグループホーム等の介護事業所の運営を展開している。岐阜市内には6ヵ所の事業所が有り、ダブルマテリアリティの考えを基に、10年程前より清掃職員として障がい者の雇用を進めている。 愛の家では、介護職員の業務が直接的に利用者に関わる業務(本務)とその他業務で成り立っていることから、その他業務である間接業務の洗い出しを行ってきた。コロナ発生以降、消毒作業など間接業務は増しており、業務遂行者については課題となっていた。岐阜市での超短時間雇用創出事業の協力依頼を受け、超短時間ワーク応援センターとともに雇用を検討するに至った。 3 超短時間ワーク応援センターとの実践 (1) グループホーム愛の家での雇用の経過 最初に、愛の家エリアマネージャーへ事業説明を実施。エリアマネージャーから、市内のA事業所では障がい者雇用を行っておらず、間接業務を担当する職員もいないため、すべての業務を介護の専門スタッフが担っているという現状からできればA事業所での雇用を検討したいと提案がある。その後については、エリアマネージャーだけでなくホーム長にも同席してもらい現場の一日の流れや、忙しい p.23 時間帯、困り感等整理し、仕事内容を選定した。選定した仕事内容は、実際の時間に応援センター支援員が仕事の流れを見学し必要なスキルや環境等の確認を行っている。決定した求人は、仕事内容以外の労働条件も確認し、登録者へ応援センターから案内を行った。希望者は見学、体験(2日間)を実施し、体験後に振り返りを行った。体験前には、本人の特性などあらかじめ会社に伝えてほしい事項を応援センターが聞き取り、現場担当者と共有した。 (2) 雇用の結果 A事業所では、これまでに3名の方が採用された。仕事内容は、洗濯干し・たたみ、床の掃除と手すりの消毒、昼食後の食器洗浄である。1日の労働時間は12時から14時の2時間で、ワーカーの出勤日数は2~3日である(表2)。 表2 愛の家の就労者 最初に採用されたB氏は、内科系の疾患で業務遂行が難しくなり4か月で離職せざるを得なくなったが、その後も2名が雇用された。離職後再度雇用されたのは、最初に働いたB氏が実際に仕事をされたことで、現場の介護スタッフから「助かっていた。引き続きこの仕事をしてくれる人がいてほしい。」という声が上がったからである。 (3) 雇用後の効果 超短時間での雇用を行った結果、現場がどのように変化があったかを確認した。実際の時間数で確認すると、以前はコロナ発生による消毒作業などの増加で、介護業務に関わる時間が減少していた。超短時間雇用の導入後は、間接業務にかかる時間数が減少し、直接介護に使える時間が増加していることがわかる(図1)。以前よりも本務に専念できることで、品質が向上できている結果となった。その他、職員が休憩時間を確実に確保できることにより、職員の気持ちにゆとりが生まれるという効果も見られた。 図1 介護業務・間接業務時間数 また、最初にワーカーに仕事の話をしたときに「その仕事であれば、できます。」という言葉を支援員が聞いている。「介護の現場の仕事」と案内するのではなく、「洗濯、皿洗いの仕事」など明確な職務を提示することで、本人ができることなのかきちんと理解して応募を検討することができた。さらには、ワーカーが職員とかかわる中で本人の持つ他の強み(ギターの演奏ができる)から、ギター演奏を取り入れるなど事業所内に新しい活動が生まれている。 4 まとめと今後の展望 愛の家での雇用から、介護現場の専門職の本務を明確にし、間接業務を整理・切り出すことで生み出された雇用について述べてきた。ここで重要視したいのは、1人目のワーカーが離職した際に、「助かっていた」という声が出て再度雇用が生まれたことである。介護現場における本来やるべき仕事(本務)に付随する専門職が担っていた間接業務を切り出すことで、短時間の就労でも「助かる」人材として共に働く事が出来る。結果、ワーカーも「必要とされている」と感じ仕事を続ける事が出来ている。 近藤¹⁾は、「超短時間雇用が生まれた背景には、労働者が週1時間や数時間程度の超短時間でかつ、明確に定義された職務で、通常の職場で労働することを認めにくい日本型雇用の慣行がある」と述べている。従来の日本型雇用で労働者に求められる社会的な労働条件は、長い時間働けない人や様々な業務を同時に行うことが難しい人などは雇用されることが難しい。 今回の実践のように、特定の職務でかつ短時間で働くとういう超短時間雇用で求職者がマッチングされると、労働力の充足につながる可能性が出てくる。介護現場の人材不足、業務課題を解決する一つの手立てとなったことは、他の専門領域を持つ業種でも同様のことが言える。超短時間雇用がすべての働き方ではないが、近藤¹⁾が述べている「個々人の力を最大限活かすことのできる労働への接続に、中間支援事業者がかかわる仕組み」を岐阜市として作り出した。今後も多様な働き方が様々な企業の中で生み出されることを目指し、企業と協働し取り組んでいきたい。 【参考文献】 1) 近藤武夫『インクルーシブな働き方と超短時間雇用モデル』,「職業リハビリテーション 第33巻2号」,日本職業リハビリテーション学会(2020),p.29-34 【連絡先】 大原 真須美 社会福祉法人舟伏 岐阜市超短時間ワーク応援センター TEL:058-215-8280 e-mail:choutan@funabuse.jp p.24 専門職によるサポート体制の構築と働きやすく活躍できる職場づくり ~一人ひとりに寄り添いたい~ ○塩田 大樹(株式会社オープンハウス オペレーションセンター サポートG 公認心理師) 和光 花子(株式会社オープンハウス オペレーションセンター サポートG) 1 はじめに 株式会社オープンハウスは、これまで外部の障がい者雇用支援企業との連携により障がい者雇用を進めてきた。積極的なM&A等によるグループ全体の従業員数の増加を受け、障がい者採用ペースを急激に上げていく必要が生じた。雇用人数の拡大のみならず、障がい者の成長意欲を引き出し、会社の成長につなげるためサポートスタッフを自社化することを決断。専門職からなる自社サポートグループ(以下「サポートG」という。)体制構築と支援内容について紹介する。 2 サポートGの立ち上げ サポートスタッフの自社化に向け2021年から専門職スタッフの採用を開始。臨床心理士、公認心理師、社会福祉士の資格を持ち、企業における障がい者雇用の経験を持つスタッフを3名採用し、サポートGを立ち上げた。サポートGの主な業務は、採用活動、定着支援、研修、外部支援機関との連携などである。サポートGの立ち上げにより、2022年6月から障がい者雇用を完全自社オペレーションに切り替えた。 3 サポートGの支援内容 (1) 採用活動 サポートGはオフィス見学・説明会から応募者の書類選考・採用面接をおこなっている。専門職スタッフが選考に関わることで、障がい状況を把握し、必要なサポートをイメージすることでミスマッチを軽減している。その結果、サポートG立ち上げ後、順調に雇用数と雇用率が増加している。2023年6月1日時点では、雇用数107名、雇用率2.90%となった(図1)。 図1 雇用数と雇用率の推移 (2) 定着支援 ア 入社時 入社時にはMSFAS(幕張ストレス・疲労アセスメントシート)をベースとした情報収集シートを活用しアセスメントを実施している。自身の障がいについて一緒に振り返りをおこなうことで、安定就労に向けた課題点、目標を共有している。 イ 定期面談・臨時面談 入社後、一定期間は定期面談を毎週実施している。入社時は緊張や環境の変化、業務習得へのプレッシャーなどから不安定になりやすい時期でもある。その時期に毎週定期面談をおこなうことで、悩み事、困りごと、心配事を早期に発見・対処することで深刻な不調に陥ることを防いでいる。職場環境や人間関係、業務に慣れ、心身ともに安定してきた段階で、定期面談の頻度を2週に1回、3週に1回など本人の状況に合わせて調整している。本人が希望する場合は、毎週の定期面談を継続している。 サポートGスタッフが同じ事務所内に常駐しているため、臨時面談を迅速におこなうことができる点は大きなメリットである。いつでも相談できる専門職スタッフがいることは、障がい者雇用においては大きな安心感につながっている。 また、サポートGスタッフが業務内容や他の障がい者雇用メンバーのことを把握している点も、サポートにおいて大きなメリットとなっている。職場での悩みの多くは、人間関係と業務課題である。これらを把握していることで、面談時に的確で実践的なアドバイスをおこなうことが可能になる。合わせて相談者の悩み事の相手側にも並行してアプローチすることができるため、スピーディーに解決することができる。業務内容を把握していることは、キャリアアップのサポートにも有効である。本人が設定した目標に対して、定期面談の際に進捗確認をすることができ、進捗が悪いようであれば、目標達成のためのアドバイスをおこなうことができる。これは評価基準や社内規程を把握しているサポートGとしての強みである。 ウ 健康管理・勤怠管理 障がい者雇用のメンバーは、毎朝パソコンで健康管理情報を入力する。内容は、睡眠状況、服薬状況、食事、気分、体調、疲労度など30項目以上になる。これらの情報と勤怠状況を毎日、相互に確認することで、小さな変化に気づきやすくなり、不調の予防、勤怠不良への早期介入が可能になる。 一般的に定着率が低いといわれる精神障がいのメンバ p.25 ーには細やかなサポートが必要となる。これらの情報をもとにサポートすることで大きな不調を防ぎ、休職や退職のリスクを大きく軽減した。 (3) 研修 サポートGは障がい者雇用のメンバーに向けて定期的に研修を実施している。最近1年間で実施した研修は以下のとおりである。 社会人基礎:タスク管理 社会人基礎:報連相 社会人基礎:メディアリテラシー キャリアプラン アサーティブコミュニケーション ストレスマネジメント アンガーマネジメント 認知行動療法 ACT(Acceptance and Commitment Therapy) 職歴の無いメンバーや離職期間の長いメンバーにとっては社会人基礎の研修は重要である。発達障がいのメンバーはタスク管理が苦手な者もいる。コミュニケーションが苦手なため報連相が上手にできないメンバーもいる。そのようなメンバーに対しても社会人基礎の研修は役立つコンテンツとなっている。また、安定就労のためには心理教育も重要である。心理的安全性の高いチーム作りのため、ストレスや疲労に対処するための心理的柔軟性向上のために、各種心理教育も有効に機能している。 専門職スタッフであるサポートGがこれらの研修をいつでも実施できることは大きなメリットがある。研修を外部委託する際の費用削減効果だけではなく、必要なメンバーに必要なタイミングで必要な内容の研修をすぐに実施できるという効果は大きい。加えて研修実施後のフォローも細やかにおこなうことができる。普段の業務の様子や定期面談の中でのヒアリングを通して、研修内容が実践できているか確認できる。上手に実践できていないのであれば、その場でアドバイスをおこなうことで研修内容を実践的にフォローしている。 (4) 外部支援機関との連携 定期面談等でのヒアリング内容、業務中の様子、勤怠状況に基づき、医療機関や支援機関との連携をおこなっている。やむをえない休職や復職の際にも、専門職が持つネットワークを活用して各種福祉資源のコーディネートを実施し、復職のハードルを下げるように取り組んでいる。 4 結果 採用から定着支援・外部連携までを担うサポートGを立ち上げたことで、一人ひとりに寄り添った細やかなサポートをスピーディーに実施することが可能となった。直近3年間で雇用数は約3倍の107名に増え、3年以内に入社したメンバーの1年後定着率においても94.9%を実現している。この結果はサポートGの立ち上げのみの功績ではない。2014年の障がい者雇用開始当初に、受け入れ体制構築や多くのノウハウを提供していただいた障がい者雇用支援企業のサポートがあったからこそ、障がい者雇用の土台ができたものと感謝している。 高齢・障害・求職者雇用支援機構 調査研究報告書№153「障害のある求職者の実態等に関する調査研究」(2020)では、障がいのある求職者の立場から前職の離職を防ぐことができたと考えられる配慮について、ハローワークへの調査で取得したデータにより障がい別に分析を行った。 その結果、知的障がい、精神障がい、発達障がいでは職場でのコミュニケーションを容易にする手段や支援者の配置、上司や専門職員などによる定期的な相談、業務遂行上の支援や本人・周囲に助言する者の配置を必要な配慮として示している。サポートGでソーシャルサポート小牧他(1993)についてリッカート法(5件法)を用いた意識調査を行い、障がい別にソーシャルサポート提供者(上司・同僚・サポートスタッフ)とサポート内容(情緒的・情報的・評価的・道具的)について1要因分散分析を行った。その結果、精神障がい及び発達障がいの情緒的サポートに対する主効果について有意差はみられなかった(F(2.86)=1.48,P=.234)。しかし、水準ごとの平均は図2に示す通りサポートスタッフの得点は上司及び同僚よりも高かった。情緒的サポートは、「仕事で落ち込んでいるときに励ましてくれる」といった質問項目であり、サポートGスタッフが各々の拠点に常駐することにより、ナチュラルサポートを有機的に高め安定就労に繋がる職場環境要因のひとつと推測する。 図2 ソーシャルサポート:情緒的サポート 5 今後の展望 今後も質の高いサポートを実践することで、メンバーが活き活きと働き、より良い人生を送れるようになってもらいたい。そのため就労移行支援事業所、障害者就業・生活支援センター、ハローワーク専門援助部門及び医療機関と連携を密にした取り組みを続け雇用の質的向上を推進する。 【連絡先】 塩田 大樹 株式会社オープンハウス e-mail: daiju.shioda@openhouse-group.com p.26 多様性が織り成す創造する力 ~想像し創造へ~ ○星 希望(あおぞら銀行 人事部 人事グループ 調査役 精神保健福祉士/企業在籍型職場適応援助者) 1 はじめに 当行では様々な障がいのある行員がそれぞれの適性を活かし、各部門で活躍している。障がいの状況に応じて個別の配慮をしているが、全員が同僚と同じ仕事をしているため、働いているときは自身に障がいがあることを忘れてしまうという声もある。誰もが働きやすい、そしてやりがいを感じられる職場を目指し、行員の声に耳を傾けることを心掛けており、今回は多様な個性を尊重し合い生み出された新しい取り組みについて紹介する。 2 多様な個性を尊重する取リ組み 当行グループでは経営理念として定めた「あおぞらアクション(行動指針)」の1つに「仲間の多様な生き方、考え方、働き方を尊重し、仲間の成長を支援する」がある。1人1人の声に耳を傾け、より良い職場環境づくりを追求するとともに、当事者だからこその気づきやアイディアを活かし、全行で多様性の理解を深める取り組みを続けている。 (1) ディスクロージャー誌(統合報告書)作成への参画 昨年に引き続き、当行のディスクロージャー誌(統合報告書)作成にあたり、障がいのある行員から希望者を募り、「障がいのある従業員が安心して働ける環境づくり」のページ作成を進めた。当行の取り組みを知っていただくことで、障がい者と一緒に働くことについて考えるきっかけになれたらとの想いにより、昨年より多くの行員が参加、普段の仕事や取り組みをしている様子の写真、参加者が日常感じていることをそのままの形で掲載している(図1)。 図1 ディスクロージャー誌(統合報告書)2023一部抜粋 (2) 「スモールミーティング」の開催 これまでも社長をはじめとする業務執行役員と障がいのある行員が直接対話を行う「スモールミーティング」を実施してきたが、コロナ禍により少人数やオンラインでの実施となっていた。今年は、ディスクロージャー誌(統合報告書)作成に携わった者を中心に、様々な障がいのある行員が一堂に会し、社長も参加して「スモールミーティング」を行った。当行では障がいのある行員は、様々な部署で働いており、自身で話さない限りは同僚の悩みや工夫などの状況を知ることはないため、参加者にとって多くの気づきを得る機会となった。本来のスモールミーティングはその場で意見交換していくが、個々に状況が異なるため事前アンケートをもとにスライドにまとめ、その内容も事前に参加者が確認できるよう工夫した(図2)。 図2 スモールミーティング資料① 併せてディスクロージャー誌(統合報告書)作成の感想についても共有し、それぞれ状況が異なっても想いは皆同じであること、以前はどこかで引け目を感じていたものの本作成を含む様々な取り組みに関わる中で積極的に前向きに考えられるようになった「心の変化」があったことなどを共感し合った。 取り組みを推進していくことも大切であるが、皆であらためて振り返ることで新たな気づきがあり、こうしたPDCAサイクルをまわしていくことで、今後の取り組みやより働きやすい環境づくりに向けての意見交換にも繋がっている(図3)。 p.27 図3 スモールミーティング資料② (3) 当行オリジナルの聴覚障がいの疑似体験プログラム 障がいについて、見た目にはわかりにくい、伝わりにくい障がいもあることから、周囲の行員は障がいのある行員がどのような状況であるか想像することになる。当行には聴覚障がいのある行員が多く、例えば発話が明瞭な聴覚障がいのある方では、実際の聴こえの状態が周囲にはわかりにくい面がある。そこで当行の聴覚障がいのある行員の発案により、聴こえない状況を体験する聴覚障がいの疑似体験プログラムの作成を進めた。既存の対面での聴こえない疑似体験プログラムを元に、外部の専門家にもご意見をいただきながらオンラインでも実施できるよう当行オリジナルのプログラムとして作成、現在トライアルで少しずつ行内展開し試行を重ねている(図4)。 図4 聴覚障がいの疑似体験プログラム (4) タウンホールミーティングでの手話講座 当行グループでは経営陣と役職員が直接双方向にコミュニケーションをとる機会の1つとしてタウンホールミーティングを実施しており、昨年は3年ぶりに3つの会場とオンラインでのハイブリッド形式で開催した。タウンホールミーティングで実施してほしい企画についてグループ全体にアイディアを募ったところ、1年目の聴覚障がいのある行員より、皆が集うこの機会に災害時に使える手話について、皆で覚えられたら良いのではないかとの提案があった。災害が起きた際の状況を知る手段の多くがサイレンや放送などとなっている。聴覚に障がいのある方にとっては見える情報が必要となるが、UDトークや電子メモパッドなど便利なツールはあるものの、一刻を争うような有事には使える状況にないかもしれないことにあらためて気づかされた。また災害はいつどこで起こるかわからないものであるため、ともに働く仲間だけでなく、お客様や地域の方など、手話で伝達することで誰かの安全安心に繋がればという想いも重ね、発案者の行員が講師となって、皆で災害時に使える手話を学んだ(図5)。 図5 タウンホールミーティングでの手話講座 3 今後に向けて 前述の取り組みをはじめる際、様々な障がいのある行員から「相手の状況をどこまで理解し配慮できるだろうか」「自身の状況をわかってもらえるだろうか」といった不安の声が寄せられた。実際は悩みも、そして新しいアイディアも共感するところが多くあり、取り組みをきっかけに新たな交流も生まれている。そうした交流の中からまた新しい発想や取り組みが生み出されることで、誰もが働きやすい環境により近づけられるのかもしれない。 まったく同じ人はいないし、誰もがかけがえのない1人であるからこそ、様々な意見や想いが交錯する。そこで違いだけを意識するのではなく、その意見や想いはどこからきているのか思いを巡らし、お互いを尊重しながら対話を重ねていくことで共通点や気づきがあると考える。今後も1人1人の声に耳を傾け、皆で共有し取り組むことを続けていきたい。 【連絡先】 星 希望 あおぞら銀行 人事部 人事グループ Tel:050-3138-7211 e-mail:n.hoshi@aozorabank.co.jp p.28 清掃検定制度による雇用定着 ○是枝 恵美子(げんねんワークサポート株式会社 業務部業務課 業務課長(副部長)) ○髙谷 圭一(げんねんワークサポート株式会社 業務部業務課 課長) 1 はじめに げんねんワークサポート株式会社(以下「GWS」という。)は、日本原燃株式会社(以下「親会社」という。)により2019年2月に設立された特例子会社である。 当社の主要業務は、親会社からの「文書の電子化」「文書廃棄」「パソコンデータ消去」「名刺等の印刷」「清掃」「郵便物集配・配送」などである。 障がいを持つ社員(以下「スタッフ」という。)が安心して働ける環境を整えるとともに、スタッフ一人ひとりの個性や能力に配慮しながら、人材を育成し、スタッフの雇用定着化をサポートしている。 2 作業分析の実施 スタッフの個性や能力、業務品質を確認するために、これまでは指導員が巡回・観察し、その都度指導を行っていたが、より多くの情報を把握するために2021年から作業分析を行った。 作業分析は同一の清掃環境を設け、作業時間、手の動かし回数を計測するとともに、清掃品質(掃除機掛け、テーブル拭き、除菌、染み抜き)50点、安全30点、ふるまい20点の計100点満点の項目で評価した(図1)。 図1 作業分析結果(一部抜粋) 1回目の作業分析により把握した課題について、スタッフにフィードバックし研修した結果、2回目の分析では、ほとんどの項目で該当者が0人となり、改善が見られた(図2)。 図2 作業分析によって確認された改善が必要な事項 あまり改善が見られなかった「掃除機掛け:掛け漏れ」については、更に分析したところ掃除機掛けの範囲に視点が定まっていないことがわかり、掃除機のヘッド部分に注視できるようLEDライトを取り付けることによって改善され、作業分析の効果を認識した。 3 作業分析から清掃検定へ 作業分析の実施により、改善事項や良好事例を正確に把握し改善することができた。この効果を取り入れ、個々のスタッフが目指すべき目標を見える化し達成させることで、モチベーション向上につなげるために「清掃検定制度」を作り、2023年度から運用することとした。まずは2022年度下期にトライアルとして検定を2回実施した。 清掃検定の項目は作業分析と同様とするが、更に評価内容を深掘りし、スタッフにとってよりわかりやすい内容と p.29 した(図3)。 図3 清掃検定評価一覧表(一部抜粋) 清掃担当指導員が検定者となり、清掃業務を担当しているスタッフ12名を対象に本人の許可を得たうえでカメラにて動画を撮影し、検定を行った(図4)。 作業分析の時にはスタッフを集めて指導員が良好事例を挙げてアドバイスしていたが(図5)、検定では点数を開示すること、全体説明では理解が難しいスタッフへの配慮、課題について本人と共有するなどきめ細やかに対応すべく個別にアドバイスした。その結果、評点は1回目より2回目の方が12名全てのスタッフにおいて上がった。 評点の見える化を図り、動画でフィードバックしたことからスタッフからは「動画で自分の動きを見ることができたので改善点がわかりやすい」「評点が上がると嬉しい」「普段の業務に活かしたい」などといった感想を聞くことができた。トライアルの結果、検定の導入により我々が期待できる効果が得られることを確信した。 図4 清掃検定の様子 図5 良好事例を全員で共有 4 清掃検定で気付いた事 清掃検定を行っていく中で作業手順にスタッフを合わせるのではなく、スタッフに作業手順を合わせる方法により、モチベーションが向上することがわかった。   一例として掃除機掛けの際、タイルカーペット2枚を掛け幅の標準としていたが、腕の長さに個人差があることから掛け幅をタイルカーペット3~4枚とスタッフに合わせた。スタッフに作業手順を合わせる方法を取り入れたところ、モチベーションの向上だけではなく、作業効率や業務品質の維持向上にも繋がるといったメリットが生まれた。 更に1回目の動画を見ながら改善点に気付き、2回目には自発的に改善するスタッフも出てきた。 5 今後の課題・展望 始めて間もない清掃検定ではあるが、今後は上半期と下半期の年2回清掃検定を行い、清掃品質を確認していくとともに、業績評価へと反映させていく。そして評点によりグレードを設定し、一定の水準を達成しているスタッフには、「GWSの清掃マイスター」として職場体験実習生の受入時に今まで指導員が行っていた実演や説明を担当してもらうなど、更なるモチベーション向上に繋げていきたいと考えている。そして、この取り組みが雇用定着に繋がることを期待している。 【連絡先】 髙谷 圭一 げんねんワークサポート株式会社 e-mail:keiichi.takaya@gensup.co.jp p.30 たのしいおしごとにっき ~Power Platformによる日報管理システムの構築とデータ活用~ ○原 真波(三井金属鉱業株式会社 経営企画本部 人事部 労政室 ステップ&サポートセンター) 渡邉 いずみ(三井金属鉱業株式会社 経営企画本部 人事部 労政室 ステップ&サポートセンター) 1 はじめに 三井金属鉱業株式会社経営企画本部人事部労政室ステップ&サポートセンター(以下「SSC」という。)は、本社内に設立された、障がい者雇用チームである。現在、知的3名、精神4名、身体4名と健常者2名で構成されている。なお、健常者2名と身体2名、精神1名が支援者として運営をしている。SSCでは、障がいを持つメンバーの自発・自治・自立を目指し、研修やワークショップなどを取り入れているほか、業務としては、主にオフィス内の清掃や備品管理、メール室での郵便物仕分けや配達に従事するほか、PCを使用した事務業務の代行を行っている。 2 背景 SSCでは、元々手書きの日報を利用していた。障がい者雇用において日報は有効なツールではあるが、紙ベースでの管理ゆえ十分なデータ活用がされているとは言い難い。 数年前までは、支援者は日報に記入された情報をもとに、稼働実績や体調、睡眠時間の傾向などを確認、進捗管理や面談時のヒアリング材料としていた。特に精神障がいを持つメンバーにおいては睡眠時間と体調に何らかの関係を把握していたため、日報のデータをExcelでグラフ化するなどの工夫をしていた。しかしデータ入力に時間を要するなど支援者への負担が大きく、また最新のデータ管理が煩雑なことから、迅速に分析できなかった(図1)。 図1 手書きの日報使用時のフロー 3 日報管理システムの構築 (1) ステップ1:日報のデジタルデータ化 手書きの日報をデジタルデータにするため、Accessで日報フォームを作成し、障がい者メンバーには手書きの日報からPC上の日報にデータ入力するよう変更、指導した。これにより、文字がデータとして保存され、業務稼働や体調、睡眠時間のデータがExcelで集計できるようになった。支援者の負担はやや軽減したが、Access上のデータをExcelに移して計算させる作業は支援者が担当、グラフの作成や確認をタイムリーに実施することは難しかった(図2)。 図2 Accessを利用した日報使用時のフロー (2) ステップ2:データの自動処理 次に、迅速かつタイムリーに情報を確認するため、Power Platformを使った日報管理システムを構築することにした。Power PlatformとはMicrosoft社が提供するサービスであり、Power BIやPower Appsを利用して、データ処理から解析までをシームレスに実行できるという特徴がある。 日報入力フォームをPower Appsで作成し、そのデータをSharePoint上に保存することで、支援者はPower Appsで作成された日報を確認できるようになった。また、Power BIで各種データを連携させ、業務稼働や体調、睡眠時間が連動して迅速にグラフ化できるようになった(図3)。 図3 Power Platformを利用した日報使用時のフロー 4 日報管理システム導入後の変化 (1) 効果1 日報の処理時間が軽減 表1は、本システム導入によりデジタルデータ化までの時間を比較したものである。日報処理にかかる1人当たりの時間は紙の日報を利用していた頃に比べ、3分の1程度になり、その分をフィードバックや体調、睡眠時間の確認 p.31 に充てられるようになった。 表1 デジタルデータ化までの時間比較 (2) 効果2 フィードバックの迅速化 入力されたデータはほぼリアルタイムに閲覧でき、タイムリーなフィードバックの記入、グラフによる健康状態の確認が容易となった。図4は精神障がい者メンバーの1か月間の就寝時間、起床時間、睡眠時間の変化を表すグラフである。時系列でみることでその日の体調を予測でき、面談の実施や業務量の調整といった対応がスムーズに行えるようになった。その結果、精神的に安定し就業状態も改善された。また、体調に応じた受託業務量の調整がより正確になった(図4)。 図4 就寝・起床時間(棒グラフ)と総睡眠時間(折線グラフ) (3) 効果3 業務配分の適正化 各メンバーの1日の業務内容をグラフで確認し、特性に応じて適切に作業を配分している。それにより、SSC全体のパフォーマンス向上に繋がっている(図5)。 図5 稼働集計グラフ 5 通院レポート機能の追加 メンバーによっては、定期的に通院し主治医と連携しながら寛解を目指す場合がある。そこでSharePoint上に保存された日報データからPower BIを使って、当月の睡眠時間や体調のグラフを視覚化できる機能を追加し、通院レポートの作成ができるようにした。この通院レポートには睡眠時間や体調グラフの他、主治医への質問事項や1か月の振り返りを記入する欄と家族コメント欄を設け、印刷して主治医に手渡せるようにした。また、主治医からのコメント返信欄もあるため、主治医からのアドバイスや会社への連絡事項を、本人-家族-主治医-会社(支援者全員)と共有できるようになっている(図6)。 図6 新機能を追加したデータフロー 6 まとめ 日報管理システムを導入したことで、次のようなメリットがあった。 ・データ入力にかける時間が無くなったため、支援者の業務負荷が大幅に軽減された。それにより、データ入力に費やされていた時間を、障がい者メンバーの業務・体調管理に充てることができ、結果として、業務態度の改善や安定した就労につなげることができた。 ・支援者と障がい者メンバーのコミュニケーションが促進されたことにより、今まで見られなかった、障がい者メンバー間での交流も生まれ、チーム内の雰囲気が明るくなった。今では、年に一度キャンプに行くほど仲が深まっている。 7 今後の展開 障がい者メンバーの特性やスキルに合わせたサポート体制がさらに充実するため、機能の追加を計画している。具体的には現在の日報管理システムに日報データから集約した経験業務や受講済みの研修データを加え、一覧表示できるようにする。そこに個人情報や障がい特性と配慮事項、性格などの情報を紐付けし、障がい者のデータを一元管理できるシステムとする。SSCではこの新機能を「Personal File」とする予定である。これらの情報をチーム全体で共有することにより、必要な支援内容を支援者が短時間で習得することができるようになると考えている。将来的には、各メンバーの能力や特性に応じた配属先とのマッチングを図り、メンバーの活躍の場を増やし、自立できることを目指している。 【連絡先】 三井金属鉱業株式会社 経営企画本部 人事部 労政室 ステップ&サポートセンター e-mail:mss_ssc@mitsui-kinzoku.com p.32 職場適応を促進するための相談技法の開発 ~ジョブコーチ支援における活用に向けて~ ○古野 素子(障害者職業総合センター職業センター 主任障害者職業カウンセラー) 小沼 香織・森田 愛(障害者職業総合センター職業センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)では、発達障害、精神障害、高次脳機能障害の方々や事業主等に対しより良い支援を提供するために、新しい就労支援ニーズ等にも対応した職業リハビリテーション技法の開発、改良及び普及を行っている。 令和5年度は、これまでに職業センターで開発した支援技法を、職場適応を促進するための支援の1つであるジョブコーチ(以下「JC」という。)の相談支援場面でも活用できるよう、相談技法の開発に取り組んでいる。 本稿では、職場適応を促進するための相談技法の開発の中間報告として、現在の課題点やニーズの整理と今後の方向性について報告する。 2 JC支援とは JC(職場適応援助者)支援は、対象障害者が与えられた仕事を遂行し、職場にスムーズに適応できることを目指して具体的な目標を定め、支援計画に基づいて実施する。JCが直接職場に出向き、障害者本人に対する専門的な支援だけでなく、事業主に対しても障害特性に配慮した雇用管理等に関する支援を行い、最終的には事業所の上司や同僚による支援(ナチュラルサポート)にスムーズに移行できることを目指す支援である。JCには地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)に配置されている「配置型JC」、障害者の就労支援を行う社会福祉法人等に雇用されている「訪問型JC」、障害者を雇用する企業に雇用されている「企業在籍型JC」の三者がおり、厚生労働大臣が定める養成研修を修了した者が担当している。 3 開発の背景 地域センターのJC支援の対象者は、精神障害者や発達障害者が増加傾向にある。そのため、知的障害者を対象とした作業支援を主たる支援内容としていた事業開始当初と今では必要な支援技法が異なり、ストレス対処、体調・疲労の管理、職場の人間関係などに関する相談、職場適応を図るための支援、電話やWebを介した支援等、支援内容や支援方法の幅が広がっており、より多様でコンパクトな相談や支援の実施が求められている。 4 課題点やニーズの整理 職業センターが、令和4年(2022年)に全国の地域センターを対象に「支援技法の開発ニーズ等に関するヒアリング調査」(以下「地域センターヒアリング」という。)を実施したところ、様々な開発ニーズの中に、JC支援における個別相談でも活用できるような教材やツールの開発及び個別相談やJC支援での活用方法を知りたいといった意見・要望が挙げられた(表1)。 表1 JC支援における相談技法やツールに関するニーズ(抜粋) JC支援への活用に関する意見 ・過去の開発テーマについてJC支援や個別相談で活用する際のポイントや方法が分かるようなマニュアルがほしい。 ・就労先での技法の活用の仕方を知りたい。 ・支援技法をもっとJC支援に取り入れたい。 効果的な活用方法を具体的な事例を交えて教えてほしい。 可視化できる ・問題解決シート、ストレス温度計やチェックシート等、JCが状況を本人と共有・整理しながら対処を検討できる視覚的にわかりやすいツールがあるとよい。 よりコンパクトなもの(限られた回数・時間で実施) ・1回20~30分以内で説明できるコンパクトな教材があるとよい。 ・短時間で知識習得や自身の状況を整理できるツールがあると、事業所内や出先での相談で活用しやすい。 ・コンパクトな説明、チェック表などがあるとJC支援で活用しやすい。自己学習できる(補える)もの ・ホームワークでも使用できる教材がほしい。 参考図書や動画等利用者が自己学習の際に活用できるものを情報提供できるとよい。 ・JC支援は相談時間が限られるため、知識付与 →自己学習→相談で振り返るなど何回かにわけて取り組めるツールがあるとよい。 導入・動機付けに役立つ ・取組の動機付けとして教材やツールを使用するメリットを本人に提示できるわかりやすい資料、気づきの促しになる資料がほしい。 知識付与に役立つもの ・怒りの仕組みを理解してもらうことで対処策を冷静に考えていける人もいる。対処策検討のために知識を得ることができるような相談ツールがあるとよい。 対処方法の検討に役立つもの ・職場でできるストレス対処方法等の検討に役立てられるよう、ヒント集やちょっとしたアイデア集、資料集のようなものがあるとよい。 ・利用者のニーズにあわせて選べるよう、バリエーションが豊富だとよい。 定着・習慣化を目指すもの ・習慣化するためのツール、セルフモニタリングができるツールがあるとよい。 また、今後の相談支援で活用したい支援技法について地域センター(支所含む)及び広域センターに尋ねたところ、「生活習慣に関するもの」(生活習慣や習慣化のコツ)、「ストレス対処に関するもの」(怒りの対処策、ストレス p.33 対処)に関するテーマを希望するセンターが多かった。 図1 希望の多かったテーマ(20所以上希望のあったもの) これらの意見をふまえて、これまでに職業センターの各プログラムを通じて開発してきた生活習慣やストレス対処等の支援技法をもとに、JCが職場適応を促進するための相談支援を行う際に活用できる支援ツール(以下「相談支援ツール」という。)を作成し、相談支援ツールを活用した相談技法の開発に取り組むこととした。 5 相談支援ツールについての検討 相談支援ツールを検討するにあたっては、相談支援ツールの試案を作成した上で、令和5年(2023年)に東京、千葉、静岡、栃木、鳥取の5つの地域センターのJC支援を担当するカウンセラー及びJCに呈示して、グループヒアリングを実施し、相談支援ツールに対する意見や改善要望を把握した(表2)。    表2 相談支援ツールの内容や活用方法に関するニーズ(抜粋) これらを踏まえて、地域センターヒアリングにおいて希望の多かったテーマ「生活習慣」「ストレス対処」に関連する講座資料や講座で活用しているツールのうち、「導入・動機づけに役立つ」「知識付与に役立つ」「対処方法の検討に役立つ」「定着・習慣化を目指す支援に役立つ」ものに着目し、JCによる相談支援で活用しやすいように「可視化」や「コンパクトな相談への対応」が可能となるよう改良を加えることとした。 このようなプロセスを経て、知識付与に活用できるツールを「資料」として、相談時に状況や捉え方、考え方などを可視化できるワークシートやチェック表などのツールを「シート」として相談支援ツール(試行版)を作成した。具体的な構成は、表3のとおりである。 表3 相談支援ツールの構成(試行版) 6 今後の方向性 相談支援ツール(試行版)の地域センター等における試行実施の状況を踏まえて、相談支援ツールを活用した相談の実施方法、実施上の留意事項について取りまとめた支援マニュアルを令和6年3月に発行する予定である。 【参考文献】 1) 厚生労働省ホームページ:職場適応援助者(ジョブコーチ)支援事業について https://www.mhlw.go.jp/index.html 【連絡先】 障害者職業総合センター職業センター開発課 e-mail:cjgrp@jeed.go.jp Tel:043-297-9112 p.34 障害者のテレワーク支援に関する研究Ⅰ -事業所のテレワーク支援の現状と研修ニーズ- ○山口 明乙香(高松大学発達科学部 教授) 野﨑 智仁 (国際医療福祉大学保健医療学部) 縄岡 好晴 (明星大学人文学部) 1 研究の目的 新型コロナ禍を経て通勤を前提としないテレワーク就労が広がっている。これは通勤困難を伴う障害者にとって就労を実現するための大きな可能性となる。本研究は、全国の就労系障害福祉サービス事業所を対象にオンライン調査を実施し、テレワーク支援の現状と研修のニーズについて明らかにすることを目的として実施した。 2 方法 本研究では、2022年12月9日の9時から18時にかけて全国の就労系障害福祉サービス事業所を対象に実施したテレワーク就労に関するオンライン研修の参加希望者を対象にオンライン調査を実施した。オンラインセミナーの参加申込者627名のうち、事業所の種類別では、就労継続支援B型事業所が204ヶ所、就労移行支援事業所194ヶ所、就労継続支援A型事業所129ヶ所であった。その他の職業リハビリテーション機関としては、障害者就業・生活支援センター13ヶ所、地域障害者職業センター1ヶ所の申し込みがあった。 本研究の分析対象者は就労系障害福祉サービス事業所に該当する就労移行支援事業所、就労継続支援A型事業所、就労継続支援B型事業所のうち、有効回答である計527名を分析の対象とした。なお本調査は、高松大学研究倫理審査(高大倫審2021001)の承認を経て実施し、本発表にあたり報告すべき利益相反はない。 3 結果 (1) 回答者属性 47都道府県別の参加者区分では、北海道が41名、次いで大阪府34名、千葉県、埼玉県、愛知県がそれぞれ22名で上位を占めていた(図1)。 図1 都道府県別の参加者区分 本分析の対象者の内訳は、就労移行支援事業所194名(36.8%)、就労継続支援A型事業所129名(24.5%)、就労継続支援B型事業所204名(38.7%)であった(表1)。 表1 回答者の事業所種別内訳 (2) 在宅訓練の実施状況 参加者の在宅訓練の実施状況は、コロナ禍から在宅訓練を常時実施が193名(36.6%)で最も多く、次いで非常事態宣言下等の規制のある時期限定で実施していたのが155名(29.4%)であった。コロナ禍以前から在宅訓練を実施していたのは60名(11.4%)であった(表2)。 表2 在宅訓練の実施状況 (3) テレワーク就労実現の状況 テレワーク就労支援における就労実現の事例の有無に関する状況では、35.5%(187名)は実現した事例なしであった。30.7%(162名)はテレワーク就労を実現した事例を有していた。また29.0%(153名)は希望者がいないことを理由とする事例なしであった(表3)。 表3 テレワーク就労実現の状況 (4) 在宅訓練の実施状況とテレワーク就労実現事例の関連 事業所の在宅訓練の実施状況とテレワーク就労実現の状況のクロス集計を行い残差分析を実施した。コロナ禍以前から取り組んでいる事業所は、テレワーク就労の実現をしている傾向が有意に多かった(χ2(54)=292.075,p<0.01)。一方で、非常事態宣言下のみの実施をした事業所は、有意にテレワーク就労の実現事例が少ないことが明らかになった(表4)。 p.35 表4 在宅訓練の状況とテレワークの支援実績 (5) 研修ニーズの高い内容 研修内容として学びたい内容を選択してもらったところ、最も多い選択があったのは、「多様なツールの使い方(13.2%)」であり、次いで「定着支援について(12.0%)」、「テレワークの実際(11.8%)」「アセスメントの工夫(10.2%)」、「訓練内容の実際(10.1%)」が上位5つを占めていた(表5)。また事業所種別で研修ニーズの傾向の違いをクロス集計にて分析したところ、上位3位までは同様の傾向であった(表6)。 表5 研修ニーズ 表6 所属別の研修ニーズ 4 考察 就労系事業所のテレワーク支援の実態としては、コロナ禍による影響によって在宅訓練が開始された傾向が多いことが確認された。コロナ禍以前から在宅訓練を実施している事業所やコロナ禍から在宅訓練を常時開始した事業所は、テレワーク就労の実現の実績がある一方で、非常事態宣言期間のみ在宅訓練を実施した事業所では、テレワーク就労の実現には至っていないことが明らかになった。 テレワーク支援に関する研修ニーズでは、多様なツールの使い方や定着支援、テレワーク支援の実際に関する内容の関心が高かった。回答者の所属別でも上位3位までの傾向は同様であったが、就労移行支援事業所と就労継続支援A型事業所では、訓練内容の実際やテレワーク就労実現の可能性に関する内容に関心をもっていた。就労継続支援B型事業所では、アセスメントの工夫やバーチャルオフィス等を用いた訓練の実際に関する内容の関心が高いことが明らかになった。 本研究の結果から、テレワーク就労を目指す支援においては、在宅などの遠隔訓練の実施を常時行う期間がある一定の蓄積が必要であると考えられる。テレワーク支援においては、遠隔環境における訓練やアセスメントの工夫、様々なツールの組み合わせによる工夫の最適化を試行する取り組みが重要になると考えられる。 本研究は、令和4年度厚生労働省科学研究費補助金(障害者政策総合研究事業)「 就労系障害福祉サービス事業所におけるテレワークによる就労の推進のための研究(21GC1017(研究代表者:山口 明乙香)」による成果の一部です。一部掲載データは、引用文献1)成果報告書において報告されています。 本研究にご協力いただきました皆様へ感謝申し上げます。 【引用文献】 1) 山口明日香『就労系障害福祉サービス事業所を対象としたテレワーク就労オンラインセミナー実施による効果に関する研究』令和4年度厚生労働省科学研究費補助金(障害者政策総合研究事業)(総括)研究報告書「就労系障害福祉サービス事業所におけるテレワークによる就労の推進のための研究(21GC1017)」成果報告書文献番号202118048A 【連絡先】 山口明日香 高松大学発達科学部 e-mail:afujii@takamatsu-u.ac.jp p.36 障害者のテレワーク支援に関する研究Ⅱ -ASD者を中心とした職場開拓と職場定着の実践から- ○縄岡 好晴 (明星大学人文学部 准教授) 山口 明乙香(高松大学発達科学部) 野﨑 智仁 (国際医療福祉大学保健医療学部) 1 はじめに 日本職業リハビリテーション学会で実施した山口・野崎らの調査¹)では、テレワークの導入について「発達障害の特性で困難が増す」48.8%と、他の障害種別の中でも一番高い数字を示す結果となり、テレワークにおける職場開拓と職場定着を目的とした取り組みが非常に大きな課題となっている。令和3年度障害者政策総合研究事業²)によるヒアリング調査では、テレワーク雇用を実施している企業の職場開拓の方法として、①ハローワークの求人 ②企業の採用サイトでの情報収集 ③障害者の人材紹介を行っているベンダーとの連携などが挙げられている。また、求人情報だけでなく、就労支援従事者が企業情報を丁寧に収集する重要性や企業の採用方針や計画は定期的に見直し、情報交換を行っていくことの必要性についても触れられている。また、特に自閉スペクトラム症(以下「ASD者」という。)を中心とする発達障害者に対しては、個々の障害特性を丁寧に共有していく必要がある。 そこで本研究では、障害種別の中で最も高かったASD者に対するテレワーク上の課題とその支援策について触れ、ASDを中心とした発達障害者のテレワーク支援の方略を検討するための基礎資料となることを目的とした。 2 方法 (1) 研究対象者 東京都・神奈川県内で就労支援に従事する就労移行支援事業所のスタッフ4名とした。また、ASD者のテレワークの就労経験のあるスタッフを選抜しヒアリング調査を実施した。研究対象者の概要は表1に示す。 表1 研究対象者の概要 (2) 研究方法・分析方法 研究デザインは質的帰納的研究とし、半構造化面接を一人当たり1時間程度実施。調査期間は2022年2~3月。インタビュー内容の概要は、ASD者へのテレワーク支援に関する経験とその内容、実践状況、課題、対応例、支援上の困難さについてヒアリングをおこなった。インタビューは録音、データは逐語化した。分析方法は、佐藤(2008)の「質的データ分析法」を採用した。この方法を用いた理由は、調査協力者の語りの意味を何度も元の文脈に立ち返りながら検討するため、協力者の意見や考えを含む語りを、客観的な解釈を踏まえながら示すことができると考えたためである。具体的には、①記述データを通して本研究に関係する文章を意味内容ごとに抽出し(セグメント化)、②調査協力者の視点でその語りを理解するのに役立つ言葉を「定性的コード」として小見出しを付けた(オープン・コーディング)。次に、③それらを更に抽象度の高い言葉である「焦点的コード」に集約する(焦点的コーディング)ため、カードを用いてコード同士の関係を整理した。そして、文章全体の文脈に立ち返りながら、④「焦点的コード」から「カテゴリー」を生成し、⑤事例(協力者)を縦軸、コードを横軸にした「事例-コード・マトリックス」を作成した。最後に、⑥全体を通して各コード間の比較、記述データとコードとの比較、記述データ同士の比較、事例間の比較を繰り返した。カテゴリーの共通点や相違点を比較分類し、最終的にはコアカテゴリーを導いた。さらにコアカテゴリー間の関連をプロセスと合わせて図式化した。分析の妥当性、内容検討は、当該分野の専門的立場の方に助言を得て実施した。 (3) 倫理的配慮 明星大学研究倫理審査委員会の承認を受けた(番号2022044)。研究対象者には、目的、方法、プライバシー保護、不参加の保証などを説明し、同意を得た。 3 結果 協力者の語りをセグメント(定性的コード)ごとに整理し321枚のカードを作成した。各カードを整理、分類した結果、19の焦点的コードと6の(概念的)カテゴリーが生成された。さらに分類した結果、3つの上位カテゴリー(①在宅勤務における労働環境、②業務遂行上の課題、③孤立感の軽減)が導き出された。最終的に各カテゴリー及び焦点的コードの相互関係を検討し、概念図としてまとめた。尚、概念図については、文字数の関係上、報告スライド資料の中で掲載する。本文中では、上位カテゴリー p.37 【 】、カテゴリー[ ]、焦点的コード< >のみを示す。 (1) 在宅勤務における労働環境 【在宅勤務における労働環境】は、[在宅勤務での課題]として <仕事場所と家庭のことをする場所を明確に分けることが必要となるため、家の中のレイアウトについて相談に乗る必要がある><仕事と家庭の場所と時間の切り分けが難しいため、動線の確認などのアセスメントが必要となる><自宅では騒音や邪魔が入り、気が散って仕事に集中できなくなるため、スキャタープロットのような時系列での課題確認をおこなう必要がある> <外部刺激による気が散らない作業場所を作ることが難しい><仕事のスケジュールを決めそれを守ることに困難さを抱えやすいため、スケジュールの指導が必要となる>などが挙げられた。 [技術・設備]では、<技術的支援の確認が必要となるため、視覚指示(手順書など)を活用する><インターネット接続の問題についてチェックシートを導入し対応をした><ZOOMやTeamsなどの接続方法のシュミレーションをおこなった>などが確認された。 (2) 職務遂行上の課題 【業務遂行上の課題】では[コミュニケーションの方法や変化]が挙げられ、具体的に<発言のタイミングがわからず、質問していいときといけないときがわからない、暗黙の了解の意図がわからない><対応策として、進行役を設定し「挙手」機能など具体的なツールを活用し、発言や質問があることをジャスチャーとして示すなどの対応をおこなった><チャット機能を活用し明確に伝えるようにした>などの意見が確認された。 [注意の持続・集中]では、<画面に映っているものや音が気になり話に集中できない><背景などは社内で統一したものを実施。またぼかし機能など、視覚刺激に繋がらないものをアセスメントし、対応を行った>などの対応策が確認された。 [作業の切り替え] では、<画面共有に気が散ってしまい、チャットなどの情報を見落としてしまうことがあった。その場合、チェックシートなどを活用した。また、進行役が注意喚起を促す発言などをおこない、気持ちのリセットを図れるように対応をした><タイマーや時計を自分の周辺に置き、リセットタイムをリマインド化した><会議の議題、目標、期待することを事前に共有や会議後に議事録や録画を共有するなど、事後対応の方法を確立化した>などの具体的な意見も聞かれた。 (3) 孤立感の軽減 【孤立感の軽減】では、[対人及び組織的な介入]を目的に<上司や同僚とのコミュニケーションが取りにくく、定期的なミーティングの機会を設定><メンタルヘルスの悪化等を確認するために顔を会わせた定期的なミーティングを実施><組織が積極的にネットワークを構築する仕組み> などの取り組みについて確認がなされた。 4 考察 テレワークの職務内容として、自宅やオンライン会議の環境、オンラインでの作業、画面共有や共同編集の作業等のスキルが求めれる。しかし、ASD者の中には、障害特性上、視覚や音声の刺激が多く、複雑になったりすることで、認知的負荷が多くかかり、情報処理や適応性に時間を要してしまうケースがある。その結果、ASDを中心とする発達障害者のテレワーク就労の困難さや職業的課題が増してしまうことで、職場開拓と職場定着に結びつかないことがわかった。一方で、これらテレワーク上における職業的課題の事例と対応策における実践を知ることで、適切な支援がおこなわれテレワークで力を発揮し、働き続けることができる事例も多く存在する。実際にヒアリング先で確認した多くのASD者が、テレワークで働き続けることができていた。そして、就労系障害福祉サービスで、テレワークのための、またオンライン上での訓練、サービスを受け、職業的課題における対応策などを検討していた。つまり「発達障害の特性で困難が増す」¹)ことを軽減するには、対象者がテレワーク就労に合っているかどうかといった丁寧なマッチングの実施やどのような支援や配慮が必要であるかといった、通常の就労支援と同様、支援の対象となる個人の障害特性や職業的な能力や課題、環境を評価し、把握することが重要であり、これらの取り組みが職場開拓や職場定着に求められると考える。 【付記】 厚生労働科学研究費補助金「就労系障害福祉サービス事業所におけるテレワークによる就労の推進のための研究(21GC1017)」の助成を受けた。 【参考文献】 1)山口明日香 他『日本職業リハビリテーション学会員を対象としたコロナ禍の調査結果報告』,「職業リハビリテーション35(1)」,(2021),p.22-29 2)山口明日香 他『国内の企業においてテレワークで働く障害者の 現状に関する研究』令和3年度厚生労働省科学研究費補助金 (障害者政策総合研究事業)(総括)研究報告書「就労系障害福祉 サービス事業所におけるテレワークによる就労の推進のため の研究(21GC1017)」 p.38 障害者のテレワーク支援に関する研究Ⅲ -地方地域における作業療法士の認識するテレワーク支援- ○野﨑 智仁(国際医療福祉大学保健医療学部 講師 / NPO法人那須フロンティア 理事) 山口 明乙香(高松大学発達科学部) 縄岡 好晴(明星大学人文学部) 1 はじめに COVID-19流行とともに働き方が変革し、障害者の就労でもテレワークがみられるようになった。テレワークに関する日本職業リハビリテーション学会員への調査では「知的障害者には難しい」57.0%、「発達障害の特性で困難が増す」48.8%、「精神障害の症状が悪化する」44.2%、「高次脳機能障害者には難しい」43.0%と、導入を困難に感じている回答が見られたが、「障害者雇用での有効性は高い」70.0%と高い割合を示し1)、期待の高まりも感じられる。国土交通省は首都圏がテレワークの高い利用状況2)、総務省は大企業を中心にテレワークを利用した3)と報告した。一方、中小企業が多い地方地域では普及しておらず、一般労働市場のみならず、障害者雇用でも同様と推察される。前述した障害特性により馴染まないという考えもあり、払拭できる代償手段や技術は確立されておらず、躊躇する支援者もいるのではないだろうか。テレワークの有効性を感じつつ、情報や経験の不足により、普及が阻害されているのではないかという仮説が考えられる。本研究は、地方地域における障害者へのテレワーク支援について、方略を検討するための基礎資料となることを目的とした。 2 方法 (1) 研究対象者 群馬県、栃木県、茨城県で就労支援に従事する作業療法士4名とした。自身の支援経験のみならず、支援地域全般の知見を述べることができるよう、10年以上の就労支援の経験者とした。研究対象者の概要は表1に示す。 表1 研究対象者の概要 (2) 研究方法・分析方法 研究デザインは質的帰納的研究とし、半構造化面接を一人当たり1時間程度実施。調査期間は2022年2~3月。インタビュー内容の概要は、障害者のテレワーク支援に関する経験とその内容、支援を実施する地域におけるテレワークの実践状況、テレワーク支援に関する支援者のスキル、テレワークが推進されるために必要なことなどとした。インタビューは録音、データは逐語化し、データをGTA法にて分析した。カテゴリの共通点や相違点を比較分類し、最終的にはコアカテゴリを導いた。さらにコアカテゴリ間の関連をプロセスと合わせて図式化した。分析の妥当性、内容検討は、当該分野の専門的立場の方に助言を得て実施した。 (3) 倫理的配慮 高松大学研究倫理審査委員会の承認を受けた(番号20211002)。研究対象者には、目的、方法、プライバシー保護、不参加の保証などを説明し、同意を得た。 3 結果 66コード、10カテゴリ、5コアカテゴリが生成された。以下、コードを〔〕、カテゴリを〈〉、コアカテゴリを【】で示し、コアカテゴリごとに記す。 (1) テレワークに必要なICTツール 【テレワークに必要なICTツール】は、〈テレワークに必要なソフト〉と〈テレワークに必要なハード〉に分類された。〈テレワークに必要なソフト〉は、〔zoom〕〔Teams〕などであったが、全て必須ではなく、いずれかを使用する想定であった。〈テレワークに必要なハード〉は、〔パソコン・タブレット・スマートフォン〕〔インターネット(wi-fi)〕などであった。〔プロジェクター・スクリーン〕は集団指導で使用していた。 (2) テレワーク支援の経験 【テレワーク支援の経験】は、〈経験あり〉と〈経験なし〉に分類された。〈経験あり〉は〔精神障害者・発達障害者・身体障害者への支援〕であった。個別支援で〔作業指導〕〔職務遂行状況や精神状態の確認〕があり、集団支援で〔作業指導〕〔心理教育プログラム〕があった。通勤勤務から感染対策で〔入職した後にテレワークへ変更〕があった。企業支援で〔企業担当者との連絡と企業内研修〕があり、障害者支援と合わせ〔対象者交流と企業交流〕も p.39 あった。他機関連携で〔支援関係機関との会議〕があった。〈経験なし〉は〔対面前提とした支援実施〕があった。 (3) テレワークのメリット・デメリット 【テレワークのメリット・デメリット】は、〈テレワークを行うことのメリット〉と〈テレワークを行うことのデメリット〉に分類された。〈テレワークを行うことのメリット〉は、身体障害者に〔物理的な障壁が解消済みであり介入不要〕、精神障害者、発達障害者に〔対人関係、コミュニケーションの簡便さ〕などがあった。企業支援で〔職員研修の開催のしやすさ〕〔企業が行う障害特性への配慮を最低限に設定〕があった。〈テレワークを行うことのデメリット〉は、障害者に〔コミュニケーションが一方向性になりがち〕〔生活リズムの乱れや公私の切り替えが困難〕などがあった。企業に〔企業が障害者雇用を経験・学習する機会減少〕などがあった。障害者と企業の両者に〔対象者と職員の会話不足と関係性の未発展〕があった。他支援機関では〔会議後の雑談が困難〕があった。 (4) テレワークに必要な支援者の技術・知識 【テレワークに必要な支援者の技術・知識】は、〈テレワーク支援の必須内容〉と〈テレワーク支援の応用的内容〉に分類された。〈テレワーク支援の必須内容〉は、〔オンラインツールの情報収集〕〔オンラインでの限られた情報源からの評価〕などがあった。これらを踏まえ〔精神症状の評価〕〔コミュニケーション技術〕などがあった。企業や他支援機関に〔対象者の状態について企業と情報共有〕〔企業との連絡体制の構築・定期的な連絡〕があった。〈テレワーク支援の応用的内容〉は、〔働くことによる潜在的なニーズの把握〕〔対面での介入より情報減少を理解して評価〕などがあった。〔対面で関われる機会の創出とその場面での評価〕という観点もあった。企業向けも兼ねた〔テレワーク経験者と未経験者の交流場面の設定〕〔職員向け研修会の開催〕もあった。〔ICTデバイスの設定(企業実施の可能性高い)〕は、企業側がフォローする可能性の意見があった。 (5) 支援を行う地域にテレワークが普及しない要因 【支援を行う地域にテレワークが普及しない要因】は、〈支援者側の要因〉と〈企業側の要因〉に分類された。〈支援者側の要因〉は、障害者に〔支援が十分に提供できず失敗の可能性を考える〕などがあった。職務に〔職務の選択肢が少ないと思っている〕などがあった。〈企業側の要因〉は、〔社内業務のうちでテレワークの職務量が少ない〕などがあった。 4 考察 (1) テレワークに必要なICTと支援者の不安 テレワークに必要なICTは、PCやzoomなどで、使用指導は一部で、事務業務の遂行可能かが目安であった。一方、支援者の不安が明らかとなった。企業や他支援機関との連絡で、情報量の減少や、関係の未発達について意見があった。藤田は、関連職種連携は多数の学問領域の者が集まっただけでは成立せず、相互に作用し合うことで実現すると述べている4)。連携にはチームビルドが欠かせないが、本研究対象者は、単に情報共有にとどまり、共有する情報量も十分でない感覚を抱いていた。また、一方向性なコミュニケーションや非言語的な情報の得にくさなどの意見があった。鴨藤らは、精神障害者や発達障害者の就労支援で、コミュニケーションへの支援が必要であると述べている5)。本研究対象者は、コミュニケーションの評価に、対面では非言語的情報を重要としたが、制限されている感覚のようであり、テレワーク導入に不安や迷いが生じる要因でもあると考える。 (2) テレワークの経験不足と支援方法の未確立 研究対象者のテレワーク支援の経験は僅かであり、想定した発言が多かった。また、テレワークのデメリットに関する内容が多く、障害者へ失敗経験を積ませたくないというリスクへの考えがあった。障害特性によりテレワークが馴染まないという考えもあり、導入に躊躇する様子も感じられた。若林らは、知的障害者への在宅就労は、作業精度低下、生活リズム低下などがあると報告している6)。また、後藤は、高次脳機能障害は、認知的特性からテレワークは容易でないと報告している7)。本研究は北関東地域を対象とし、多くの企業にテレワークが浸透していない。支援実践者、企業のどちらも、経験の不足から支援方法が確立されておらず、リスクに関する意識の高まりへとつながっている可能性がある。 【付記】 厚生労働科学研究費補助金「就労系障害福祉サービス事業所におけるテレワークによる就労の推進のための研究(21GC1017)」の助成を受けた。 【参考文献】 1)山口明日香 他『日本職業リハビリテーション学会員を対象としたコロナ禍の調査結果報告』,「職業リハビリテーション35(1)」,(2021),p.22-29 2)国土交通省『新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う現時点での社会・国土の変化について』,(2022) 3)総務省『デジタルで支える暮らしと経済』,(2022) 4)藤田郁代 他『関連職種連携教育の歴史的背景』,「医療福祉をつなぐ関連職種連携」,南江堂(2013),p.13-15 5)鴨藤菜奈子 他『精神障害領域での就労支援、知的障害・発達障害領域での就労支援』,「就労支援の作業療法」,医歯薬出版(2022),p.137-146,p.170-172 6)若林功 他『コロナ禍による知的障害者の雇用情勢・在宅訓練の現状』,「発達障害研究43(3)」,(2021),p290-299 7)後藤祐之『高次脳機能障害と就労について』,「高次脳機能研究41(2)」,(2021),p.186-192 p.40 障害者のテレワークに関する企業ヒアリング調査の報告 -配慮と工夫に注目して- ○伊藤 丈人(障害者職業総合センター 上席研究員) 堂井 康宏・安房 竜矢・布施 薫・佐藤 涼矢・馬医 茂子(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 テレワーク(ICTを活用した遠隔勤務)の障害者雇用への適用は、多様な働き方の推進や雇用機会の確保の観点から有用性が指摘され、普及が目指されてきた1)。さらに、2020年以降、新型コロナウイルス感染症対策としての必要性もあり、テレワークで働く障害者は急激に増加した2)。こうした中で、テレワークで障害者を雇用する各企業は、テレワークという状況特有の課題に直面し、それらに様々な方法で対応していると考えられた。 本発表では、テレワークで働く障害者を雇用する6企業に対して実施したヒアリング結果を報告する。その際、各企業が行っている配慮や工夫に特に注目することとしたい。 2 方法 障害者職業総合センターでは、2021年度から22年度にかけて、「テレワークに関する障害者のニーズ等実態調査」3)を実施した。ここで紹介する企業へのヒアリングは、その一部として行われたものである。 ヒアリング対象企業は、障害のある社員がテレワークで働いていることを公表している企業をリストアップし、テレワークで雇用する障害者の障害種別、企業の規模や業種についてなるべく多様性を確保できるよう調整したうえで、決定した。ヒアリングの実施時期は、2022年4月から5月であった。 3 調査結果 (1) ヒアリング対象企業の属性と状況 ヒアリング対象企業の仮名、業種、規模、テレワークで働く障害のある社員の障害種別を表1に示す。なお、テレワーク導入の時期は、6企業すべてで新型コロナウイルス感染拡大以前であった。 (2) テレワーク実施の契機 テレワークを導入した理由としては、「都市部における障害者採用競争の激化への対応策として、地方在住の障害者を対象に在宅勤務社員としての採用を始めた」(D社)のように、より多くの社員候補者を得ることを挙げる企業があった。また、「障害者を雇用する際に、本人の素養・力量・適性等よりも出勤の可否、トイレや駐車場の確保の可否が選考基準となることに」疑問を感じていたというF社の人事担当者からは、テレワークであれば環境整備に関 表1 ヒアリング対象企業リスト する要素と関係なく、障害者を採用できるという意見も聞かれた。 障害者雇用のコンサルティング会社からの働きかけがきっかけとなって、障害者のテレワーク雇用を開始した企業もあった(K大学)。J社は、コンサルティング会社から、市内在住の障害者を都市部の企業にテレワークにて就職させることを推進する旭川市の取組に関する情報を得、同市の取組を通じて、障害者をテレワークを前提として採用した。H社は、障害者雇用のコンサルティング会社からの紹介で、2017年に厚生労働省が実施した「障害者テレワーク導入のための総合支援事業」に応募し、テレワークでの障害者雇用を開始している。このように、コンサルティング会社からの働きかけや公的機関の取組を活用する形でのテレワーク導入は、新型コロナウイルス感染拡大以前にもみられたのである。 (3) テレワーク実施に当たっての配慮と工夫 テレワークでの障害者雇用を円滑に実施するために、企業は障害のある社員への配慮等様々な工夫を行っている。 第1に、外部の支援機関との連携が挙げられる。例えばD社では、「新規のエリアで採用活動を始めるに当たっては、地域の障害者就業・生活支援センターに必ず事前に説明に訪れている。エリアに拠点がない中で公募をしていくために、障害者就業・生活支援センターからの協力が得られるような関係性の構築に時間をかける」としており、地域の就労支援機関との連携の重要性が認識されている。 p.41 このように採用時から支援機関との関係が重視される背景には、採用後に地域の支援機関のフォローを期待するということがあるだろう。遠方の障害者をテレワークで雇用する場合、上司や人事担当者が頻繁に自宅を訪問することは難しく、支援機関のサポートが重要となる。例えば、F社では、「(オンラインの)ミーティングに出席してこない社員がいたため、支援機関に連絡したところ、転倒して起き上がれずにいたり体調を大きく崩したりしていた」ことがあったという。支援機関は必ず家庭訪問をするわけではないが、F社の人事担当者は、支援機関との連携の大切さを示す一例として、このエピソードを紹介していた。 第2に、職場の一体感の醸成に関する取組が挙げられる。テレワークで働く社員は、社員としてのアイデンティティや、職場のチームとしての一体感をもちにくいという懸念がある。そのため、各企業では様々な工夫を行い、テレワークで働く社員が孤独感をもたないよう努めている。 例えばJ社では、「テレワークの社員からは所属する支店の映像が常に見られるようになっている。テレワークの社員は、自身の側の映像を支店側に公開する必要はない。音声は通常は切ってあるが、何かあればいつでも音声で話せるようになっている」とされ、社員として働いているという意識をもてるような仕組みを採用している。B社では、1週間に一度定期的に行うwebミーティングにおいて、業務の進捗の確認だけでなく、上司が「広い意味での社内の様子について情報共有」を行う。 またK大学では、テレワークの職員も月に一度出勤することとなっており、その際、業務の依頼元の部署への挨拶や学内見学を行い、「自身が作ったポスターやチラシがどういう使われ方をしているのかを確認したり、意見や感想を聞いたりする機会を設けるようにしている」。 さらに一体感の醸成を重視しているのが、H社である。H社では、「コミュニケーションはweb会議システム(Teams)で行っているが、常に接続して会話のできる状態で仕事をすることを約束ごとにしている」という。「社員同士がつながっていた方がお互い孤独感もなく、そして分からないことも協力しあい」問題解決している。 第3に、テレワークは障害者の存在が認知されにくい働き方であるため、他の社員の理解を得るための工夫を必要とする。社員が職場に出勤している状況であれば、障害のある社員が働いている姿を上司や同僚が認識することは容易であるため、理解を得るための共通認識を比較的醸成しやすいと言えるだろう。ところがテレワーク勤務では、多様な特性の社員が働いていることを認識する機会が少なくなるため、意識的にそうした機会を生み出す工夫がなされることもある。J社では、「近隣で開催された障害者向けの合同企業面接会に社員を参加させ、障害者雇用に対するポジティブな意識をもてる機会を設けた」という。F社ではグループ内に障害者の存在を示すことも目的の一つとして、メディアの取材を受けたりシンポジウムで報告したりするなど、様々なチャネルでのアピールを試みている。 第4に、テレワークを実施するための環境整備に、きめ細かい配慮をする企業もある。パソコンやタブレット、携帯電話を貸与するのはヒアリング対象企業に共通することだが、障害に応じて「モニターやキーボード、トラックボール等の貸出も行う」(D社)、「小児麻痺による障害のある(中略)社員の場合、仕事中座りっぱなしでは身体に負担がかかるということだったので、立って作業が行える机を会社が用意した」(B社)といった事例がある。 第5に、テレワークで働く障害者の体調管理に関する取組がある。B社では、脳性麻痺の障害のある社員から、コロナ禍でコミュニケーションの機会が減り、発話機能の衰えが心配、との訴えがあり、勤務時間を変更し、障害者向けの「ジョブカフェ」に参加して発話のリハビリを行えるように配慮した。D社では、在宅勤務社員とのコミュニケーションには、web会議システムを多用しており、担当者は「リモートの画面越しであっても表情から本人の健康状態を極力とらえるよう心がけている」。 第6に、テレワークで働く障害者のキャリアアップに関する取組がある。D社では、在宅勤務社員が正社員にチャレンジする門戸は開かれている。しかし、正社員になると様々な業務を担当することになり、通勤が必要になるケースもある。それは本人たちにとってハードルが高いので、何か選択肢をつくれないか、検討しているという。F社では、新たにリーダー制度を導入した。「一定の要件を満たす人をリーダーに任命し、チーム運営業務を任せ、リーダー手当を支給するようにした」という。 以上みてきたようにヒアリング対象の各企業は、テレワークで働く障害者をサポートする様々な取組を実施していることが明らかになった。ここで取り上げた企業でも、テレワークの障害者雇用の経験は、最長で7年程度であり、今でもテレワークの仕組みを変更、改善している。テレワークの経験がお互いに限られている以上、取組事例やアイデアの共有は今後とも重要であり続けるだろう。 【参考文献】 1) 厚生労働省(2020)『都市部と地方をつなぐ障害者テレワーク事例集』. 2) 戸田重央(2022)「障害者のテレワークの現状と今後の見通しについて」働く広場, 2022年6月号, pp.2-3. 3) 障害者職業総合センター(2023)「障害者のニーズ等実態調査」調査研究報告書No.171. p.42 テレワークにおける職場適応のための支援技法の開発について ○山浦 直子(障害者職業総合センター職業センター 障害者職業カウンセラー) 我妻 沙織(障害者職業総合センター職業センター) 1 はじめに テレワークは、令和2年初頭からの新型コロナウイルス感染症の拡大やそれに伴う緊急事態宣言の発令を契機に、急速に導入が広がった1)2)。広域障害者職業センター及び地域障害者職業センターからは、利用者からテレワークでの就職や復職に関する相談があるが、対応に苦慮している等の声が寄せられており、テレワークに関する技法開発を望む声が一定数確認されている。また、新型コロナウイルス感染症の蔓延を契機に企業が様々なクラウドサービスを導入する等業務のやり方の改善を進めた結果、テレワークは特別な働き方ではなく、働き方の選択肢の1つになったとの見方がある3)。 これらの背景を踏まえ、障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)では令和4年度から、新しい就労支援ニーズに対応した支援技法として、テレワークにおける職場適応を図るための基礎力を習得することを目的とした技法開発に取り組んでいる。 なお、職業センターでは従来、発達障害、精神障害、高次脳機能障害の3障害を対象に、それぞれの障害特性を踏まえて各障害別に支援プログラムを実施し、支援技法の開発・改良を行ってきたが、本技法開発においては、3障害のいずれかに焦点を絞るのではなく、発達障害、精神障害、高次脳機能障害にまたがる取組として開発を行うこととした。 本発表では、その開発内容を中間報告する。 2 開発の視点 テレワークは自宅で働く「在宅勤務」、本拠地以外の施設で働く「サテライトオフィス勤務」、移動中や出先で働く「モバイル勤務」の3つに分類されるが4)、テレワークを導入している企業においてその形態は在宅勤務が9割以上であることから5)、本技法開発では、テレワークの中でも在宅勤務を念頭に開発を進めることとした。 また、テレワークにおける職場適応のための支援技法を開発するに当たり、専門家の助言や先行研究6)を参考に、テレワークに必要な力を図1のとおり整理した。このうち、「テレワークの基礎知識」には、テレワークを行うために必要な作業環境の整備、情報セキュリティに関する知識、パソコンの基本スキルが含まれる。なお、パソコンの基本スキルは、エクセルやワードを使いこなすスキルではなく、オンラインでデータの共有を安全に行えたり、オンラインの情報共有ツールの使用に対して抵抗感がないこと等を想定している。 「コミュニケーション」では、個々人が離れた環境で作業をするというテレワークの特性から、特に自己発信できる力がポイントとなる。 「自己管理」には、指示書を見て作業内容を正確に把握する、作業計画を立てその進捗状況を把握し必要に応じて作業計画を見直すといった作業の自己管理力と、疲労の状況により適宜休憩を取る、リラクゼーション方法の実施により作業と休憩とでオン・オフを切り替えるといった体調や疲労の自己管理力が含まれる。 「自己理解」は、テレワークという働き方の特徴やテレワークに必要な力を踏まえて、自らの得手・不得手を理解することを意味している。 職業センターでは、これらのテレワークに必要な力のうち、特に自己発信力、作業及び体調の自己管理力について、講習や演習、実践を通じて理解を深めることを目的とした支援技法の開発を行っている。以下、開発中の支援プログラムを「テレワークプログラム」という。 図1 テレワークに必要な力 3 テレワークプログラムの構成と概要 テレワークプログラムの構成は、図2のとおりである。 テレワークプログラムは、3つのユニットと、テレワークという働き方を想定したナビゲーションブックの作成から成る。 ユニット1では、テレワークの基礎知識の習得を支援するために、テレワークの実際、求められるスキルについて理解を深めるための講習を実施する。 ユニット2では、テレワークに必要な力のうち「コミュニケーション」に焦点を当て、テレワークで使用するコミュニケーションツールの特徴と使い分け、テレワークにおけるコミュニケーションのポイントについての講習を実施する。また、職場対人技能トレーニング(JST)7)を援用し、WEB会議システムを用いた報告やプレゼンテー p.43 ションの練習を行い、テレワークで求められるポイントを確認する。 ユニット3では、ユニット1、2で確認したことの実践の場として、受講者と支援者が離れた場所でパソコンを通じたやり取りをする「仮想テレワーク空間」を設けて作業を実施する。仮想テレワーク空間では、オンライン上で指示者が作業を指示し、報告や質問も同様にオンライン上で行う。 なお、ユニット1~3の順番通りに全てのユニットを実施する必要はなく、受講者のテレワークの実施経験やテレワークに対する知識の有無などによって、必要なユニットや内容を取り出して実施することも可能である。 図2 テレワークプログラムの構成 4 試行実施の状況 試行実施は、まず、主に職業センターのプログラムを受講する発達障害者に対して実施した。 (1) 受講者の状況及び試行実施の内容 発達障害者に対する試行実施における受講者(4人)の状況及び試行実施の内容は図3のとおりである。 図3 発達障害者に対する試行実施の状況 (2) 受講者から得られた感想 ・テレワークはコミュニケーションの煩わしさがないと思っていたが、自己管理や自己発信の能力が求められるので難しい部分もあると感じた。 ・パソコンを通じた文字でのメッセージのやり取りは、相手の顔が見えないため気楽に行うことができた。 ・質問への返答があるまで他のことをするなど、並行作業が必要だと分かった。 ・作業の進行状況についてこまめな報告が重要だと思った。 (3) 支援者から見た受講の効果 ア テレワークに対する理解 テレワークについて、パソコンが得意あるいは一人でいる方が気楽なので自分には向いていると漠然と感じていた受講者からテレワークに必要な自己管理やコミュニケーションの必要性について、理解する機会が得られた。 イ コミュニケーションに関する自らの特性理解 受講者がメールやチャット、WEB会議システムでのやりとりを行うことで対面でのやりとりとの違いを理解し、自らのコミュニケーション上の特性を理解するきっかけになった。 5 おわりに 今後、精神障害者や高次脳機能障害者に対しても試行実施を進め、令和6年3月末までに支援マニュアルとして発行し、ホームページへの掲載を予定している。 本技法開発により、障害者がテレワークについて理解を深め、テレワークで働くために必要な準備や対処策を検討する際の一助となるようにしたい。 【参考文献】 1)厚生労働省『テレワークをめぐる現状について』,「第1回『これからのテレワークでの働き方に関する検討会』参考資料」,(2020) https://www.mhlw.go.jp/content/11911500/000662173.pdf 2)武藤久美子「個と組織を生かすリモートマネジメントの教科書」,株式会社クロスメディア・パブリッシング(2021),p.27-28 3)倉持利恵・山口明日香「Society5.0時代の新たな『働く』を創出する 障害のある人のテレワーク就労及び遠隔訓練のための支援マニュアル」,みんなのテレワーク就労推進(2023),p.11 https://www.teleworkbridge.org/_files/ugd/58aaa7_bbc71d96cfd24ab78fd30e0e2a9975de.pdf 4)厚生労働省・総務省『テレワークとは』,「テレワーク総合ポータルサイト」,(2023年7月19日閲覧) https://telework.mhlw.go.jp/telework/about/ 5)総務省「令和4年通信利用動向調査の結果(概要)」,(2023) 6)独立行政法人高齢・障害・求職者支援機構 障害者職業総合センター「テレワークに関する障害者のニーズ等実態調査」,(2023) 7)独立行政法人高齢・障害・求職者支援機構 障害者職業総合センター職業センター「支援マニュアルNo.6 発達障害者のための職場対人技能トレーニング(JST)」,(2011) 【連絡先】 障害者職業総合センター職業センター企画課 e-mail:csgrp@jeed.go.jp Tel:043-297-9042 p.44 「働きたい」から「働き続ける」へ ~就労移行支援と自立訓練(生活訓練)事業の一体的運営の変遷を振り返る~ ○長野 志保(社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 ピアス 就労支援相談員) スタッフ一同(社会福祉法人多摩棕櫚亭協会 ピアス) 1 はじめに 当法人は、1987年国立市を拠点にし、精神障害のある人の共同作業所として活動を開始した。精神科病院の長期在院に昨今ほど目が向けられることがない当時、おいしい食事、温かい仲間、楽しい時間を地域で共にすることで、当事者の方々はどんどん元気になっていった。精神障害のある人が地域で生活を送ることに力を尽くしてきた。その後、元気になった当事者の「働きたい」という思いに応え、手探りで行ってきたことが現在の就労支援の礎となり、活動開始から10年が経った1997年には「社会就労センターピアス」を開設した。それからさらに26年。精神障害のある人が働くことは当たり前のようになり、地域には就労移行支援事業所が多く設立され、また様々な状況の方が働くことを望むようになったなかで、私達の取り組みも変化をしてきた。ここで現在のピアスの就労支援の一部である自立訓練(生活訓練)事業(以下「自立訓練」という。)を立ち上げた経緯と就労移行支援(以下「移行」という。)との一体的運営とその変遷について振り返ってみたい。 2 ピアスの就労支援の特徴 病気がもつ特有の疲れやすさや症状の揺れ、そしてストレスへの脆弱性に対応するため、ピアスでは働く技術そのものよりも、その土台となる「体づくり」や「病気のコントロール」、そして「対人関係に対応するコミュニケーションの力」を高めていくことを「職業準備性」と考え大切にしている。『就労トレーニング』では、体を使った実践的な作業に取り組むことで体力をつけたり、病気のコントロールを経験したりする。また『就労プログラム』を始めとするグループワークを繰り返し経験することで、苦手だったコミュニケーションへの抵抗感などが払拭されていく。これらを『就労相談(個別担当制)』にて利用者に合わせてオーダーメイドに取り組むことで、本人の「働きたい」という思いの実現を応援したいと考えている。 3 通所訓練の必要性   ピアスは開設当初から統合失調症や気分障害など精神疾患を抱える人の利用が多かったが、2010年頃から発達障害のある人の利用が増え、2012年にはコミュニケーションプログラムを導入した。同じ時期、通所が不安定な人の利用も増えていて、障害のある人の地域移行が進んできた当時、多様な状況、障害のある方々が就労を望むようになった。また、地域では福祉とは毛色の異なる就労支援が行われている影響か、就労の土台づくりへの取り組みがより一層必要である、と私達は考えるようになった。病状が不安定である、生活リズムが整っていない、対人緊張が高い、などが理由で定期的に通所することが不安な人向けの訓練について検討を始め、より多くの方の「働きたい」に応えるため、2014年、移行の利用前に通所訓練を行う目的として自立訓練を立ち上げた。 4 立ち上げから3年間  (1) 立ち上げ時の事業想定 事業立ち上げ当初、自立訓練は利用を開始して、ある程度生活リズムが整い、新しい環境や集団に慣れてきたら、3ヶ月~半年間の利用で移行に移籍をする、という想定であった。なので「通所をすること」に重きを置くため、日中に取り組む作業についてはなるべく負荷の少ない簡易作業(軽作業)とし、スタッフや利用者同士のコミュニケーションを促すなど、移行よりも緩やかな場面を設定した。この事業想定の大枠は現在も変わらない。次年度には、自立訓練の利用希望者が増え盛況となり、早々に定員を6名から10名に変更をした。 (2) 自立訓練利用者の中断が増える ところが、自立訓練から移行への移籍が進まない、もしくはほとんどの利用者が中断をしてしまうという事態になった。移行への足掛かりとして、単純に作業負荷を減らすだけでは移籍が出来ない利用者が現れており、自立訓練の作業内容に変更の必要性が生じた。簡易作業だけでなく、移行で取り組んでいるワークサンプルにも取り組むことで、就労へのモチベーションを保ちつつ作業遂行の基礎を含めた就労の土台づくりに取り組んだ。 (3) 移行利用者の中断が増える  ピアスの利用を始めるには、通所前に行われる体験利用で、移行もしくは自立訓練のどちらを選択するか決めていた。入口は2つあり、当時は移行を選ぶ人が多かった。しかし、移行から選択したほとんどの人が、通所が不安定となって利用中断、もしくは就労に結びつかない事態となった。入口を決める際、本人の意向は聞きながらも、その方の状況や課題によっては、移行だけの2年間で就労に辿りつけるのか、を本人と紹介元である支援機間とで、より丁 p.45 表1 自立訓練(生活訓練)退所者 内訳 寧に共有した。自立訓練を利用することのメリットを積極的に伝え、その活用を促した。 5 立ち上げから5年前後  (1) 移行への移籍が進まない 自立訓練から移行へ、ときには移行から自立訓練へ、と利用者の状況により双方向の移籍を検討し、作業内容についても柔軟な運用をしたところ、移行の中断者は減った。また移行からの利用希望が減るなかで、移行の新規利用の大半が自立訓練からの移籍者となっていた。だが一方で、自立訓練の利用期間が長くなる方が増えていて、どのタイミングで移行へ移籍をするのか、これは事業所運営にも関わる判断であり、個別担当者は苦慮をしていた。 (2) 移行へ移籍のタイミング 自立訓練の利用中に、その方の就労への課題が見えてくるが、それをどこまで取り組むのか、は個別担当者の見立て次第で利用期間に長短が出てきていた。また他の就労移行支援事業所を利用したことで、利用期間の残りが少ない方もいて、自立訓練利用中に就労への課題にどれだけ取り組むか、も難しい判断だった。基本的な基準を「安定通所」「環境への慣れ」などとしていたが、その方が「移行で取り組んでいけそうだ」という自信や安心感を持てているか、移行での取り組み課題の共有が出来ているか、など漠然ともしていた。なので、移籍の前に職員全体でケース共有会議を行って判断することとした。そして、自立訓練から移行へ移籍をする『循環』を意識するようにした。 6 立ち上げから10年 コロナ対応の試行錯誤を経て 2019年度末、未曾有の新型コロナ感染症への対応に私達は苦慮をした。約1ヶ月の事業所閉鎖を経て再開し、訓練とコロナ対応を同時に確立するなかで、 ① 密にならないために場の変更 →通所に慣れてきたら、別の場所にて作業に取り組む ② 作業量の確保 →簡易作業に慣れてきたら、外注作業に取り組む ③ 移行の新規利用者受け入れストップにより、定員減 →移行での就労トレーニング体験に積極的参加 というしくみを作った。先述のワークサンプル含め、これらをオーダーメイドで組み合わせると、自分は今どのステップにいるのか、が分かりやすくなった。そして、このしくみのなかで、私達も利用者と一緒に作業に取り組む、話題に興じる・・・日々のあらゆる関わりを通して、私達はその方を知ることが出来る。また利用者も、その過程で客観的な視点が入りやすくなり、『自分を知っていくこと』に繋がっている。その結果、後に行われる本格的な移行の訓練が、より的確に効果的になっていくのである。現在は、法人内の生活支援事業所と共催のプログラムで、生活面への支援にも取り組み、その方の『豊かな生活』を考えていくことも大事にしている。 7 まとめ 「働きたい」から「働き続ける」へ 私達の自立訓練は、単に就労への土台づくりだけでなく、利用者と私達が時間を共にすることを通して、その方の生活状況や価値観、将来の希望なども含めた全体像を知ることが出来る期間と考えている。作業遂行を中心とした狭義のアセスメントではなく、これが私達の考えるアセスメントである。「自立訓練があってよかった。ここから始められたから安心して就労移行の訓練に取り組めた」という声を多く聞く。現在、両事業を経て就職をしたメンバーの平均利用期間や就労定着率についても振り返りをしているところであり、当日の公表としたい。 【参考文献】 1) 多摩棕櫚亭協会『精神障害のある人の就労定着支援 当事者の希望からうまれた技法』 中央法規(2019) 【連絡先】 ピアス(就労移行支援事業所/自立訓練(生活訓練)事業/就労定着支援事業) e-mail:piasu@shuro.jp p.46 就労移行支援事業所を利用された重度失語症の方の支援報告 ~医療情報と就労訓練から見えた強みと企業に求める配慮、採用の決定打 ○柏谷 美沙(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 就労支援員) 1 はじめに 失語症者の社会復帰を支援するには、森田・春原1)によれば、医学的・社会・職業リハビリテーションを円滑に行うために対象者の「全体像」の把握が大切であるとされている。医療機関と協力して全体像を把握し、「強み・障害特性・配慮」といった対象者の全体像を企業に伝えるアイテムを作成して就職したいという希望を叶えた事例を報告する。 2 事例紹介 (1) 対象者 由美さん(仮)、40代、女性。心原性脳塞栓症に伴い失語症を発症。夫、息子と同居。近所にご両親が住んでおり、書類手続き等はお母様が付き添われた。由美さんは退院後、「働きたい」とご家族に希望を伝え、通所リハビリテーションの担当言語聴覚士に相談。言語聴覚士からクロスジョブへ「重度失語症の方でも利用が可能か」と相談が入り利用に繋がった。 (2) 利用前にいただいた医療情報 表1 入院時、標準失語症検査(SLTA)結果 検査結果以外に医療機関から頂いた情報は以下のとおりである。 聴く、話す、読む、書く、計算、全ての項目で重度の障害がみられた。「理解」は、親しみの無い言葉の理解が不十分。「発話」は、単語レベルで表出されることはあるが2語分程度。伝えたい言葉を想起できるが音への喚起が困難。「読解」は、簡単な内容であれば短文レベルまで可能。「音読」は、使用頻度の高い文字であれば可能。「書字」は、メモなどに利用することは困難。「計算」は、困難。言語機能以外は概ね良好に保たれ、状況からの理解が良好。伝えたい内容は、簡潔にまとめ、使用頻度が高く親しみのある言葉を主に使用し、口頭言語のみではなく、文字言語、ジェスチャー、実際に使用している所を呈示、絵や写真、図、コミュニケーションボードの併用が有効である。 (3) 利用開始後、医療情報から工夫をして開始した訓練 最初に、注文書を見ながら商品を集めるピッキング訓練を行った。支援員が一通り作業をして見本を見せ、次に由美さんが作業を行って、間違っていたらその場で支援員が正しい行動を見せるようにした。文字から物をイメージする、文字を読み上げるといったことはできなかったが注文書の文字とピッキング棚の文字を照らし合わせて商品を集めることができていた。その他の作業も同様の教え方をすることで、会話が無くても行えることがわかった。 由美さんから伝えたいことがある時は、携帯の写真を見せる、現物を見せる等をして伝える工夫をされており、自ら意思疎通を行おうとする積極性が見られた。 また、訓練ができることが「楽しい」と何事にも前向きな性格を発揮され、気遣いをする性格、優しい表情、ニコニコと話を聞く姿勢から人付き合いが不得手な他利用者からも親しまれていた。 病前から夫と一緒に家事を行っており、家族と協力して家事を行い生活が安定していたため、毎日休むことなく楽しく訓練に通われた。 (4) 施設外就労訓練(クリーニング工場) 利用開始後、施設外就労先のクリーニング工場にて洗濯、洗濯たたみ作業を実施した。華奢な体からは想像ができないが1日4時間力仕事をする体力があり、重い物を持つ力があった。 支援員が見本を見せて3回ほど一緒に行うと作業を覚えられた。メモ取りが困難なため、久しぶりに行う作業を忘れてしまうことがあるが支援員が見本を提示すると思い出して作業ができた。 困った時には「これ」と物を指さして意思表示ができ、由美さんも支援員も意思疎通に困らなかった。洗濯物を数えて紙に数字を記入することはでき、電卓を使用すると簡単な足し算ができた。用紙に記入しなければならない文字も見本があると書き写せた。洗濯回数、洗剤の種類など、複数の指示がある作業は、メモ用紙に書いて見せながら読み上げて説明するとイメージが伝わるとわかり、訓練用の指示書を作成して、指示を書いて渡すことで、1人で行える作業が増えた。 (5) 企業実習(クリーニング工場) 訓練では、見本を提示する、紙に書いて読み上げて指示を伝えるといった方法を行うと業務ができることがわかった。施設外就労先以外の企業で仕事を行っても由美さんが戸惑わないか、企業は対応に負担を感じないか確認をするため施設外就労先とは別のクリーニング工場で3日間の実 p.47 習を行って確認した。現場担当者から作業見本を見せてもらい、実際に作業を行って合っているか確認してもらうことで問題なく行えた。さらに、単語の発話やジェスチャーによって社員の方とコミュニケーションがとれており、次にどの仕事を行うか意欲的に考えて笑顔で楽しいと働く様子から1日で職場にとけ込む力がみられた。予期せぬ出来事として、1人の時に事情を知らない職員から「どなたですか」と聞かれ、単語やジェスチャーで実習生だと由美さん1人で伝えていたことがわかった。実習により、環境が変わっても、配慮が得られることで由美さんの強みを活かすことができ、由美さんと企業の負担が少ないことがわかった。 3 就職活動 (1) 面接練習 支援員と面接練習を行ったところ、緊張している時は、長所である笑顔が険しい顔になり、言葉が発話しにくくなることがわかった。由美さんの強みを伝えるためアイテムを作成して練習を行った。 (2) 面接アイテム① 由美さんの「失語症の説明」「仕事を覚える方法」「仕事をしている動画」「体力・人柄等の長所」を伝えるための資料を作成した。支援員が企業に資料をもとに説明しつつ由美さんに声をかけ、由美さんはジェスチャーや頷くといった非言語コミュニケーションで伝える練習を行った。 図1 由美さんの説明書 (3) 面接アイテム② 緊張して出にくくなる発話を促し、由美さんがご自分で気持ちを伝えるために、面接で見ながら話すカンニングペーパーを作成した。 由美さんと共に、伝えたい内容を確認し、作った文章を由美さんが読み上げて、発話しにくい単語の近くに最初の言葉の文字をイメージするイラストを入れた。「働きたい」が読めない時は、旗のイラストを見て「旗、働きたい」と連想して発話する練習を繰り返すことで言葉が出る回数が増えた。 図2 面接のカンニングペーパー (4) 採用 清掃員を募集していた企業へ由美さんと見学に行き、図1、2を用いて由美さんのことを紹介した。一度見学に行くことで、後日に行った面接では由美さんの緊張を減らすことができた。 企業からは、見学時に「安定して通勤し、働く体力がある」「前向きで好かれやすい人柄」「社内で行える合理的配慮」を聞いてイメージができたため採用を前向きに考えていたと言われ内定を頂いた。 4 事例を通して学んだこと 支援員が由美さんを取り巻く人や訓練の様子から情報を集め、失語、働く力、企業へ求める合理的配慮、家庭環境、性格といった全体像を捉えて企業へ必要な情報を伝えることで、企業は自社で雇うイメージができ採用に至ったと考えられる。支援員がアセスメントし、それを企業へ伝えるサポートを行うことによって、就職の可能性が広がることを由美さんの支援を通して学ぶことができた。 5 今後の課題 重度失語症のある方の社会復帰を促進するために、医療と地域の連携が課題である。支援者が重度失語症の方は難しい人というイメージを持つ可能性があるが知識や経験が無くても、当事者や家族、関係している専門職から教わりながら、目の前の当事者が力を発揮できる進め方を探すことで就職に繋がり、当事者の人生が変わる可能性がある。 働きたいと思われる当事者が障害の程度のイメージにとらわれず働く可能性を広げられるよう、医療と地域福祉サービスが協力し合える関係を築くことが重要である。 【参考文献】 1) 森田秋子・春原則子『フレッシュSTのギモンを解決!失語リハビリQ&A』(2022),p.3-17 【連絡先】 柏谷 美沙 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 e-mail:kashiwaya@crossjob.or.jp p.48 就労移行支援事業所でのABAを用いたスキル獲得訓練 ○福井 樹男(特定非営利活動法人スカイ・ラヴ 管理者/サービス管理責任者) 田中 出 (特定非営利活動法人スカイ・ラヴ) 1 はじめに 当法人の事業の一つとして、就労移行支援、就労継続支援B型(以下「就B」という。)、自立訓練(生活訓練)、就労定着支援の事業を行っている、スカイ・アンドロメダがある(以下「アンドロメダ」という。)。 利用者は、知的障害が約6割と一番多く、精神障害、発達障害が約3割、身体障害が約1割である。年代も10代から60代と幅広く利用されているが、20~30代が最も多い。 就労移行支援の訓練では、主にABA(応用行動分析)を用いて、スキル獲得訓練を行っている。スキル獲得の内容は利用者により様々だが、例えば、ネクタイを締める、エプロンの紐を結ぶ、仕事関係での物の名前を覚える、品出しや接客スキルを身に付けるなどがある。基本的に課題分析をして、スモールステップで一つずつできるように訓練している。 今回は、その中でも、清掃スキルを身に付け、就労に繋がった事例を発表する。 2 本人について (1) 本人の特性 ・40代男性 ・知的障害(療育A)、精神1級(就労移行利用当初)、ウィリアムズ症候群 ・眼鏡が好きで、数十種類の眼鏡を集めている ・服装もおしゃれで、眼鏡と合わせてコーディネイトするのが好き ・様々なジャンルの音楽が好きで、絵や詩をかくことが好き ・明るく思いやりがあり、誰とでも仲良くできる ・大きな声で気持ちの良いあいさつができる ・慣れない作業等、力が入りすぎてしまうときがある ・細かい作業が苦手 (2) 経歴 ・X-25~X-12年(株)おしぼりセンターで勤務 ・X-12年 アンドロメダ就B利用開始 ・X-3年 自立訓練利用開始 ・X年-7ヶ月 就労移行支援利用開始 ・X年 清掃スキル獲得訓練開始 ・X年+1年 エル・チャレンジ1)の実習へ参加 ・X+2年 清掃会社へ就職 ・X+2年6ヶ月 就労定着支援利用開始 3 「机を拭く」スキルの獲得 (1) アセスメント まず、清掃スキルがどの程度あるのか、アセスメントをするために、机拭き、部屋の掃除機かけ、廊下・階段の掃き掃除などを行った。 使用した道具は、布巾・雑巾、アルコールスプレー、掃除機、ほうき、塵取り等である。 結果、それぞれ使うことはできるが、隅々までやるのが難しいという結果になった(図1)。 図1 机拭きの場合、まっすぐに隅々まで拭けない (2) 目標の設定 まずは、一番すぐにスキル獲得が出来そうな机拭きからとりかかった。机拭きの目標は以下の手順に設定した(図2)。基本的には、モデリング、身体プロンプト、視覚プロンプト、言語プロンプトを使用し、エラーレスで行ったので、プロンプト数が10%以下になることを目指した。 図2 目標は端からまっすぐに拭けるようになる (3) 強化子の設定 強化子は、本人と相談して、「1分間の休憩」にした。さらにトークンエコノミー法を利用し、1試行毎にハートマーク(♡)を1つ書き、5つになると強化子がもらえるようにした。 1試行終了するたびに、スタッフは「すごいね!がんばったね!」など褒め、スキル獲得を目指した(図3)。 p.49 図3 スキル獲得方法〈三項随伴性〉 (4) 訓練期間 ・約2.5ヶ月(21日間) ・施行回数 309回 ・机は一般的な長机(サイズ1800mm×45mm) (5) 手順 まず、最初に課題分析をして、机の下から上にまっすぐ拭き、布巾の幅を右にずらし、下まで拭く工程(以下1往復)を身に付けた(図4)。 図4 まずはこの1往復の獲得を目指した 1往復ができるようになると、2往復、3往復と増やしていき、プロンプト無しで机全体(7往復)が拭けるように訓練していった(図5)。 図5 プロンプト数〈%〉 4 「壁タイルを拭く」スキルの獲得 はじめは、左から右方向へ拭き、雑巾の幅分下におろし、そのまま左方向へ拭くやり方をしていたが、壁タイルの幅が広く、どこまで進んだらよいのかが分からなくなってしまったので(図6)、机と同じように、上下で移動させる拭き方を目指した(図7)。 図6 右方向へどれだけ移動したか分からなくなってしまう 図7 上下間で移動させる拭き方を目指した 今回の壁タイルは、机に比べて拭く面積が広いので、範囲を決めて、徐々に広げていくやり方をした。 強化子やトークンエコノミー法など、机と同じ手順で行った。訓練期間は約1ヶ月(6日間)。試行回数は44回。 結果、約4日の訓練で壁を拭くスキルを身に付けることができたので、残りの2日でトイレのポンプやトイレットペーパーなど、物がある場所でも拭けるように訓練していった。 5 その後 引き続き、廊下や階段、玄関、トイレなどの掃除を行っていき、本人も清掃について少しずつ自信をつけていった。約1年後、エル・チャレンジから清掃の実習のお話をいただき、そこで、公園での掃き掃除やトイレ掃除などの訓練を1年間行い、清掃会社で就職することができた。 現在は、就労定着支援を利用しながら、毎日がんばって働いている。 6 考察 今回、課題分析をしてスモールステップで行い、「出来たら強化」することを続けていくことにより、少しずつスキルを獲得していったと思われる。また、課題分析することにより、どんなところでつまずいているのかが大変よく分かり、具体的な支援方法を取り入れることができた。エラーレスを心がけたことで、本人のモチベーションも上がっていき、最終的に就労につながったと思われる。 【注釈】 1)エル・チャレンジ 大阪知的障害者雇用促進建物サービス事業協同組合が運営。大阪府や大阪市から清掃業務を請け負い、知的障害のある方の実習を受け入れ、訓練を行っている。 p.50 自閉を伴う成人における時間自己管理の支援を通じての復職支援 ○堀田 正基(特定非営利活動法人社会的就労支援センター 京都フラワー 理事長) 南部 孝史(特定非営利活動法人社会的就労支援センター 京都フラワー) 1 目的  本研究は、再就職を目指す知的障害と自閉症をあわせ持つ成人を対象者とし、作業開始時間に遅刻を繰り返すという逸脱的な問題行動としての「不安全行動」に対して、それを抑制的かつ一方的に統制するのではなく、対象者に作業室での社会的役割を与え、タイマーを補助的に活用してセルフコントロールを身に付ける事で、そうした行動を低減させることを目指し、その効果を実証的に検証する事を目的とした。 2 対象者 対象者のMの年齢は××歳で、就職経験のある自閉症を伴う知的障害者であった。実験時には、再就職を目指し、就労移行支援事業所A(以下「施設」という。)へ通所するが、午前、午後の休憩後の作業開始時間毎に遅刻を繰り返していた。また、手洗い後、長時間タオルで手を拭うこだわり行動は、全職員が把握していた。しかし、施設外就労で酒造会社へ箱作りに行くと、就労経験があるためか、朝礼や社訓の唱和には自ら参加しており、休憩後の遅刻は確認されなかった。また、タオルで手を拭うこだわり行動も確認されなかったが、施設での作業日は遅刻、こだわり行動を繰り返した。 3 方法 Mは施設外就労先では、朝礼や社訓の唱和には職員が促すことなく参加しており、社会的集団行動を好む傾向にあると判断した。施設での作業日は酒造会社と同等の仕事を準備し、Mに一日の作業量を確認させた。ラジオ体操や社訓の唱和に相当するものを実施し、作業場でのリーダー役を務めることで作業開始時間に遅刻しない支援を計画した。 4 調査の実施場所 Mが通所する施設内の自閉症の利用者のみが使用するプレハブの別室で行った。 5 作業内容 作業内容は紙器加工であった。Mは紙器の折り目がある場所を予め折り曲げる作業を担当し、他の2人の利用者が箱を組み立てた。 6 期間 20ⅩⅩ年2月24日から3月14日まで調査を行った。 7 支援手続き (1) 作業室の入室時間の測定 Mは、午前の作業、午後の作業、3時の休憩後の作業開始時間には必ず遅刻をしていた。そのため、午前の作業開始前、午後の作業終了後、3時の休憩直前に作業開始時間にアラームが鳴るタイマーを与えた。筆者が「作業開始前に作業室に入室してください、無理ならタイマーを見ながら10分以内に作業室に入ってください」というプロンプト与え、作業開始のチャイムが鳴った時にMが不在の場合は、筆者がストップウォッチでMが作業室に入室する時間を測定した。 (2) 従属変数 作業開始後10分以内に作業室に戻ってくることを従属変数とした。 (3) 標的行動 Mに対して作業室でのリーダーである事を伝え、遅刻しても作業室に入室し易いように、作業開始後10分以内に作業室に入室できれば合格とした。そして、Mがリーダーとして、他の2人の利用者に対する出席確認、健康チェックを行う事を標的行動とした。 (4) 出席確認と健康チェック 主に工場内で働く現業職種で実施されるもので、作業開始前に従業員の点呼を取る事が出席確認である。健康チェックは、作業開始前の従業員の体調を調べる労務管理である。 (5) ベース・ライン ベース・ラインの期間中、一切介入する事なくMの行動を観察し、記録を取っていた。 8 Phase1 出席確認と健康チェックの導入を実施する 先ず、Mに対して、これから毎日、作業開始毎に各利用者の出席確認と健康チェックを実施する事を告げ、筆者が利用者の出席確認と健康チェックを実施した。Mには、午前の作業開始前、午後の作業終了後、3時の休憩直前に、作業開始時間にアラームが鳴るタイマーを与え、「作業開始前に作業室に入室してください、無理ならタイマーを見ながら10分以内に作業室に入ってください」という旨を伝えた。筆者は、Mが作業開始時間に不在の場合には、チャ p.51 イムが鳴るのと同時にストップウォッチでMが作業室に入室する時間を測定した。更に、観察者の協力を得て、Mが休憩中にどのような行動をしているのかを観察させた。 9 Phase2 Mにプロンプトを与え出席確認、健康チェックを一任する Mに対して作業室でのリーダーである事を伝え、出席確認、健康チェックを行う役割を与え、作業室での社会的地位を明確にした。Mがたとえ遅れて作業室に入室しても、筆者が出席確認と健康チェックを促すプロンプトを与えた。後の手続きはPhase1と同様である。 10 Phase3 Mにプロンプトなしで出席確認と健康チェックを一任する Mに対して、今後、出席確認、健康チェックの実施を任せることにし、筆者がプロンプトを与えない事を告げ、 Mがたとえ遅れて作業室に入室しても、M自身で出席確認と健康チェックを行うように指示した。 11 結果 図1 ベース・ラインからPhase1~3 にいたる定時作業開始時刻から着室までの時間 ①午前の作業開始時に遅れる理由は「通勤用の路線バスが遅れた時で、始業時間に遅刻はしていないが、Mは、小用の後に納得できるまでハンカチで手を拭っているので作業開始時間に遅れた」と観察者から報告があった。 ②午後の作業開始時間に遅れる理由は、「PM12:30頃からトイレに20分近く入る時は大用が長引いており、密閉された環境でブツブツとつぶやき、その後、トイレから出て手洗いし、納得するまでハンカチで手を拭う行動を続けているためである」と観察者から報告があった。 ③3時の休憩後に作業開始時間に遅れる理由は、「施設の向かいの会社の自動販売機で500㎖の炭酸飲料を購入するが、一気に飲み干せないので、むせながら、更に一気に飲みほし、むせかえり、その後、向かいの会社に設置してあるゴミ箱に缶を捨てた後小用を済ませ、Mが納得するまでハンカチで手を拭うため作業開始時間に遅れた」と職員から報告があった。 ④タイマーは補助的に使用したが、Mは約束通り遅れても10以内に作業室に戻っていた。 12 考察 ①M自身に作業室での社会的役割を与え、自分で自分の行動を管理する「自己管理スキル」は、M自身には有効であった。タイマーを補助的に用い、作業開始時間に定刻通りに入室できる回数を増加させ、十分な結果とは言えないが、作業開始時間に遅刻する不安全行動を減少させる事が可能となった。 ②今回の結果を基に、Mのケースを考察するのなら、昼の休憩時に早めに排泄誘導を促すプロンプトを与える。また、3時の休憩は、アルミ缶専用のごみ箱を作業室に設置するだけで、大きく環境を変化させることなく遅刻を抑止できる可能性が示された。 ③自閉症者は、限定された場面で常時同じような状態で繰り返しおこなわれる行動・興味・活動では、作業に必要な能力を引き出し易い傾向にある。この部分に着眼すれば、Mの再就職先は、1つの製品に特化した中小企業でなら、自閉症者も充分に戦力に成り得ると考えるのである。 ④松田・望月(2008)は、行動の結果から得られる達成感や周囲から賞賛される体験を蓄積していくことが可能となる環境整備が求められると報告している。つまり、自閉症者が一般企業で働く場合「やりがいのある仕事」を実現させるためには、就職時に当事者の希望と能力的な属性と適合したものを「マッチング」として捉えるのではなく、就職後も「マッチング」した仕事を「やりがいのある仕事」として遂行できるようにし、長く働ける環境整備、支援や対応が必要であると考えるのだ。 【参考文献】 松田光一郎・望月昭(2008).行動障害を呈する自閉症者への積極的行動支援―機能的アセスメントに基づくコミュニケーション行動の改善―. 立命館人間科学研究,17, 117―128. Hotta, M. (2012, July 10). 対人援助学会 ヒューマンサービスを科学する. Retrieved June 1, 2023, fro M https://www. hu Manservices.jp/ p.52 就労定着支援事業における転職支援と今後の連携先について ~雇用期間満了、雇用未継続、家族の転居による転職の場合~ 〇貫洞 正一(就労定着支援センターほっぷの実 サービス管理責任者) 平山 昭江(就労定着支援センターほっぷの実) 1 はじめに 就労定着支援センターほっぷの実(以下「ほっぷの実」という。)は平成30年から就労定着支援事業を開始しているが既に3年間の支援期間が終わり他関係機関に繋いだ方も出てきている。また就労定着支援のサービスを提供している間に転職する方もいる。今回は令和4年度に実施した3件の転職支援について、「転職する背景」「転職するまでの経過」「他関係機関との連携」について報告する。 2 事例 (1) 雇用期間満了による転職 ア 対象者 20代、女性、高次脳機能障害(交通事故による頭部外傷) イ 手帳 精神保健福祉手帳2級 ウ 転職前の勤務先と業務内容 官公庁での会計年度任用職員(チャレンジ雇用) エ 転職する背景 専門学校中の事故により受障。復学し卒業後、就労移行支援を2年間利用後地元の官公庁に就職。就労を決めるにあたっては、就労経験がなく通勤面や対人関係で不安もあることから、3年間のチャレンジ雇用の中で、経験を積みながら次のステップに進むことを目的に就労。雇用期間の満了に伴い、転職活動となった。 オ 転職するまでの経過 契約満了となる約8ヶ月前から、これまでの仕事を振り返りながら、本人の希望も聞き、ハローワーク活動支援を実施。通勤時の公共交通機関の利用にあたっては、周囲の人の動き等が気になり落ち着かず、難しい現状があり、通勤範囲を広げることが難しいと思われた。しかし本人の通院先での障害者求人が出ており興味を示す。通勤時間が1時間強かかるものの馴染みのある場所でもあったことと、3年間の有期雇用求人であったこともあり、どこまでできるかやってみたいとのことで応募し、採用となった。 転職先の採用日に関しては、当時の雇用先の契約期間満了月の翌月からとなり、それまでの2ヶ月間で、次への準備や転職先との打合せを支援の中で実施。通勤時間が長い事を加味して頂き、勤務時間の調整をして頂いた。 カ 他関係機関との連携 相談支援事業所は就労移行支援利用時に関わっていた事業所に就労定着支援開始より再度関わって頂き生活面や気持ち面での変化等の共有をした。 就労定着支援終了後も仕事や環境の状況の確認や企業支援の必要性が想定されたことと、有期雇用のため、再度就職活動が必要となることもあり、就労定着支援の残り4ヵ月の時点で障害者職業センターに相談し、企業と本人支援の引継ぎを実施した。 キ 転職後のほっぷの実における支援 転職後の就労定着支援期間は残り8ヶ月間。転職前から打合せ等もできていたこともあり毎月訪問しての支援を継続。不安があった通勤に関しては利用時間が通勤通学時間とズレ、あまり混雑していないことと音楽を聞くなどの工夫で対処できている。配置先の業務内容が確認や処理の仕方が複数パターンあるなど、習熟の積み重ねが難しく、毎月の支援の中で状況を整理しながら取り組み方の工夫を模索。出勤はできているものの気持ちの落ち込みが見られた。企業からは、このままでは継続(次の更新)は難しいとの宣告があった。仕事内容や人的環境の難しさが見られたため、状況のすり合わせや業務内容の検討を重ね、配属先を変更。その後は、本人が取り組みやすい環境や業務内容の切り出しをし、安定して就労の継続ができている。 就労定着支援期間終了後、更新のタイミング等、定期的に本人や企業に連絡を取るなどし、繋ぎ先である障害者職業センターとも情報を共有している。 (2) 雇用未継続による転職 ア 対象者 60代、男性、高次脳機能障害(脳出血による後遺症) イ 手帳 精神保健福祉手帳3級 ウ 転職前の勤務先と業務内容 賃貸住宅管理窓口での来客者及び電話対応業務。 エ 転職する背景 就労移行支援を15ヵ月利用し就労。年度毎更新で最長5年間の雇用が可能であったが、就労当初から求められる業務水準が高く、就労定着支援の中でも業務内容の検討や工夫の提示、症状の理解や配慮を求めるも改善が難しく、結果、業務の習熟状況が雇用側の求める水準となっていないとのことで、2回目の契約更新はされないこととなった。契約終了通達からの1ヵ月半の期間で再就職先を見つけるか、難しい時は就労移行支援の利用期間が残っていた為、再利用も視野に入れ、再就職を目指すこととした。 p.53 オ 転職するまでの経過 再就職先を探すにあたって、民間企業では定年年齢もあり応募可能な企業が限られたが、年齢制限のない官公庁の求人が、年度変わりの時期という事もあり、比較的多く出ていた。しかし、勤務時間がこれまでより短くなる分、収入が減るため現状のすり合わせが必要となった。働き方の見直し、できる業務、無理なく続けられる環境を重視し検討した結果、県の機関に応募し採用。日にちが空くことなく年度変わりのタイミングで就労に繋がることができた。 カ 他関係機関との連携 就労移行支援事業所利用にあたっては、高次脳機能障害総合支援窓口が関わり利用につながったが、生活面等の課題や支援の必要性がほぼ無かったこともあり、障害福祉サービス利用にあたっては、セルフプランで実施。今後、就労定着支援終了後の繋ぎ先としては、支援を進めながら必要性の有無の検討となる。 キ 転職後のほっぷの実における支援 面接時から同席し、採用後の就労定着支援に向けて確認し、支援を継続。終日決まった業務がない状況の為、時間と気持ちの余裕はあるが、手持ち無沙汰も見られる。それがモチベーションにも繋がってくるため、訪問時に面談を重ねる中で、状況を確認しながら、業務の切り出しの相談や提案を実施。同時に、訪問後日、仕事帰りにほっぷの実に立ち寄り、話すことで気持ちの切り替えや状況の把握をし、次回訪問時の支援につなげている。 (3) 家族の転居による転職 ア 対象者 20代、男性、知的障害 イ 手帳 療育手帳B ウ 転職前の勤務先と業務内容 カーディーラーでの点検・整備後の洗車業務 エ 転職する背景 A県の特別支援学校を卒業後、先に転勤で隣県のB県に転居していた父親のもとに家族とともに転居。就労移行支援を2年利用後にC社に就職する。約3年間就労継続(就労定着支援利用)していたが同居している父親が定年退職を迎えることになり父親の実家があるA県に父親が戻ることになった。B県での住居は社宅だったため、B県に残りアパートもしくはグループホームで生活し仕事を継続するか、父親と一緒にA県に戻り新しく仕事を探すか選択することになる。 オ 転職するまでの経過 定年退職後に実家に戻り親の介護をしなければならない、という話は退職の2年前くらいから父親から相談を受けていた。いよいよ定年になる6か月前に具体的に定年後の話を本人にもするようになった。B県に残り単身で生活するには本人、父親ともに不安があったため一緒にA県に戻ることを選択。就労先のC社は大手車メーカーのB県での関連会社だったためA県には系列はなかった(別会社になるため)。他のメーカーのカーディーラーへの転職も検討したがC社の人事部長がA県にある同メーカーのD社の人事部長を紹介してくれた。さっそく連絡し本人を連れてA県にあるD社を訪問し顔合わせを行う。B県よりも人口の少ないA県でD社はなかなか障害者雇用が進んでいなく結果D社にとってもいい出会いになった。そして面接ののち採用となった。その後、父親の退職と転居のタイミングでC社を退職しD社に転職する。ほっぷの実として面接時には同席し就労現場にもご挨拶し情報を共有している。 カ 他関係機関との連携 A県とB県は隣県なのでそのまま就労定着支援を継続することもできたが転職した月が就労定着支援の最終月だったのでB県にある障害者職業センターのカウンセラーに相談しA県のカウンセラーを紹介して頂く。本人と一緒にA県の障害者職業センターを訪問しカウンセラーに相談したところ特別支援学校在籍時に登録していたことがわかりスムーズに引継ぎができた。その後、障害者職業センターからD社に連絡していただき今後のジョブコーチ支援について説明していただく。またジョブコーチ支援の記録票をほっぷの実に定期的に共有いただいている。 キ 転職後のほっぷの実における支援 転職した月が就労定着支援の最終月だったため、最終の支援として就労先を訪問し就業場所の環境や人の確認をしている。その後の支援はA県の障害者職業センターのカウンセラーやジョブコーチにお願いしている。その後、集中支援期のジョブコーチの訪問支援日に同行し転職後の本人の様子を確認している。またもともと在籍していた就労移行支援事業所の卒業生を対象としたイベントの案内を送付するなど本人と連絡を取っている。 3 まとめ 現在、就労中の方の中には有期雇用の方が多い。特に行政関係では更新回数が決まっているところもあり今後も就労継続支援期間中に転職する方がいる。更新の有無について支援を行うなかで確認していくが本人とも話をしながら常に転職の準備はしていきたい。また今回のケースのように転職直後に就労定着支援が終了することも多いと思うので引継ぎ先を就職時から検討していきたい。 【連絡先】 貫洞 正一 特定非営利活動法人ほっぷの森 就労定着支援センターほっぷの実 e-mail:kando@hop-miyagi.org p.54 知的ボーダーライン者に対する就労支援の必要性 ○梅永 雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院 教育心理学専修 教授) 1 はじめに 障害者の就労支援の対象者は、身体障害者から始まり、知的障害者、精神障害者とその範囲は広がり、それぞれ身障手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳を取得することにより、障害者雇用率の対象となっており、障害者雇用に関する助成金については、手帳を持たない統合失調症、そううつ病(そう病、うつ病を含む)、てんかん者も含まれるようになってきた。 また、2004年に制定された発達障害者支援法により、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害等が障害者として認められるようになり、その後障害者基本法が改正され、発達障害者は精神障害者保健福祉手帳を取得できるようになった。 しかしながら、知的障害者と定型発達者の間に位置する知的ボーダーライン者は、その特性上障害者として認められることは少なく、福祉や教育だけではなく、労働行政においても支援の対象外となっている。 知的ボーダーラインとは、IQ値が70以上85以下の者とされており、彼らの多くは教育行政において、特別支援教育の対象とみなされていない。よって、通常の小・中学校、高校、中には大学に進学する者もいるが、学校卒業後の社会参加、就労において様々なトラブルを生じている。 それらは、職業能力だけではなく、コミュニケーションや対人関係などにハンディを抱えているにも関わらず、共に働く同僚上司からは定型発達者と同じ能力を所持しているとみなされていることも大きな要因だと考える。 2 目的 本研究では、我が国の職業リハビリテーション行政において支援の対象となっていない知的ボーダーライン者に関する就労上の課題と支援対策について最新情報の見地を踏まえて報告することを目的とする。 3 方法 知的ボーダーライン者に関する研究文献をベースにその実態を調査し、我が国における知的ボーダーライン者の今後の就労支援のあり方を検討した。 4 結果 知的ボーダーライン者の特性として、Wieland & Zitman(2016)によると、表1に示すような実態が報告されている。 表1 知的ボーダーライン者の実態 ・自分の知的能力の低さが露呈しないように 、「普通」に振る舞おうとしたり、障害や特別なニーズを隠そうとする。 ・世間一般も知的ボーダーライン児者に対する関心が少ない。 ・(知的障害者に比べ)IQが高すぎるという理由で、知的障害者のための特別な支援サービスを受けることができない。 ・知的ボーダーライン者は「うつ」などの精神科疾患を重複することが多いが、心理療法よりも向精神薬を投与されることが多い。 ・しかしながら、通常の精神科治療は、知的ボーダーライン者など認知機能の障害に対応していない。 ・精神疾患を重複している知的ボーダーライン者を無視すると、治療期間の長期化、危機介入の必要性、有害な治療効果をもたらす。 また、Wielandらは、知的ボーダーラインに関する無理解から学校教育や就労において表2のような問題が生じることを強調している。 表2 知的ボーダーラインに関する無理解から生じる課題 ・知的ボーダーラインおよび軽度知的障害児については学校や家族が気づかないと、支援につながりづらい。 ・たとえ学校を何とか卒業でても、社会に出た際に理解力の低さが浮きぼりになることもある。 ・職場において同僚上司は「なぜできないんだ、わからないんだ」と責め立て、本人も自分自身を責めて、自尊感情を弱めることにつながる。 さらに、米国では多くの知的ボーダーライン者が薬物使用障害者(アルコール依存症も含む)となる割合が高いことが報告されており、それは学校教育段階で理解されてこなかったが故の精神的プレッシャーから生じている(Braatveita・Torsheimb and Hovea,2018)。 また、宮口(2019)は少年院に在籍している知的ボーダーラインの疑いのある少年たちに対して表3のような特徴があることを報告している。 p.55 表3 知的ボーダーラインのある非行少年の特徴 【認知機能の弱さ】 見たり聞いたり、想像したりする力が弱い 【感情統制の弱さ】 感情をコントロールするのが苦手で、すぐにきれる 【融通性のなさ】 何でも思い付きでやってしまい、予想外のことに弱い 【自己理解の弱さ】 自分の問題点がわからないため、自信過剰になったり、逆に自信が喪失になったりする 【対人スキルの乏しさ】 人とのコミュニケーションが苦手 【身体的不器用さ】 力加減ができない。身体の使い方が不器用 宮口(2019)によると、見る力が弱いとおそらく聞く力も弱く、大人の言うことがほとんど聞き取れないか、聞き取れても歪んで聞こえている可能性がある。よって、非行を犯しても反省できない、というよりは反省以前の問題ではないかと述べている。 5 考察 知的ボーダーライン者は、小さいころからの家庭の子育てや学校教育において、適切に対応をされていなかったことが、成人期の社会参加や就労に影響を与えていることが予測される。 とりわけ、就労においては、職業トレーニングや職業スキルの不足もさることながら就労支援機関の理解不足や企業の支援不足も大きいものと考える。そのため、就労支援機関および企業の経営者や共に働く同僚や上司が知的ボーダーライン者への認識と態度に取り組む必要がある。 以下にその解決方法について提案したい。 (1) 早期発見と早期からの支援 学校教育が始まる前の幼稚園や保育園の段階で、知能検査等を実施し、知的ボーダーラインであれば、彼らの能力に応じた特別支援教育を実施すべきである。 IQが70以上であれば、知的障害はないということになっているが、定型発達といわれるIQ85以上ではないため、認知能力に限界がある。漢字が読めない、簡単な計算ができないという状況であれば、通常の教育課程についていくのは困難である。よって、知的ボーダーラインという一つのカテゴリーを設ける必要があり、彼らに必要な特別支援教育が受けられるようにすべきである。とりわけ、早期から商業体験などのキャリア教育が行われることは、成人期の職業的自立に極めて有効だと考える。 (2) 知的ボーダーライン者に特化した職業リハビリテーションサービス 知的ボーダーライン者の職業的自立を容易にするためには、まず就労支援機関のスタッフが彼らの特性を把握し、彼らに対する就労支援を行うこと。次に、就労支援機関は企業に対して職業トレーニングとツールを提供する必要がある。そのために就労支援機関は、知的ボーダーライン者の就労のための適切なアセスメントを行う能力を身に着ける必要がある。そのためには、知的ボーダーライン者の雇用を促進するための財政的支援も検討すべきだと考える。 【参考文献】 1)Braatveita・Torsheim and Hove『Intellectual Functioning in In-Patients with Substance Use Disorder』European Addiction Research,Vol.24,No.1,pp.19-27.(2018) 2)宮口幸治『ケーキの切れない非行少年たち』新潮社(2019) 3)Wieland & Zitman『It is time to bring borderline intellectual functioning back into the main fold of classification systems』British Journal of Psychiatric Bulletin,40, pp.204-206.(2016) 【連絡先】 梅永 雄二 早稲田大学 教育・総合科学学術院 教育心理学専修 e-mail:umenaga@waseda.jp p.56 知的障害者雇用の就労及び就労継続における促進要因と阻害要因 ○伊東 一郎(法政大学大学院 中小企業研究所 特任研究員) 1 はじめに  総務省の学校基本調査によると、特別支援学校高等部の生徒数は、2017年をピークに東京、大阪、神奈川などの大都市圏では減少傾向に転じ始めている。その一方、障害者雇用率は、既に労働政策審議会の障害者雇用分科会で2024年に2.5%、2027年に2.7%となることが決まっている。それに沿って企業側では、障害者の就労継続と併せて、新たに障害者を雇用していかざるを得ない。  一方、離職や就労課題に関する先行研究では、栗林・野﨑・和田1)は、就労先での困難内容として「人間関係・コミュニケーション」と「仕事の指示理解・対処能力」を挙げている。更に障害者職業総合センターの離職者に対するアンケート調査2)では、知的障害者の離職を防ぐために、職場でのコミュニケーションを容易にする手段や支援者の配置や能力を発揮できる仕事への配置が上がっている。 そこで、本報告は、企業で知的障害者を指導している方々が直面する就労課題に、どのように対応しているのかを就労継続における促進要因、阻害要因という視点から、明らかにすることを目的とする。 2 調査  (1)対象者の選定 ① 企業在籍型職場適応援助者資格か障害者職業生活相談員資格などをお持ちで、実際に指導している方。 ② ①を対象にスノーボールサンプリングを行い、企業や業界に偏りが無いよう配慮し、20名を選んだ。 (2) 対象者の属性 ア 所属企業 一般企業・法人:16社、特例子会社:4社 イ 企業・法人の業種 病院・医療法人:3社、運輸系企業、通信系企業、自動車部品メーカー:2社、食品メーカー、飲料メーカー、保険調剤薬局チェーン、コンサルタント企業、人材派遣業、生活関連サービス、総合サービス、認定NPO法人、農産系事業会社、OA通信機器販売、物流センター:各1社 (3) 調査方法 2022年5月~7月に、筆者が直接訪問する形で、事前に作成したインタビューガイドに沿って一人、約1時間の半構造化インタビューを実施した。 【インタビューガイド】 ・健常者と知的障害者の仕事をされる上での違い ・知的障害者と仕事する上で、困ったこと ・知的障害者が就労継続していく上で、重要なこと ・知的障害の方との関係で、大切にされていること 3 分析 知的障害者が就労継続する上で、どのような問題があるのか、就労継続の背後にある真の要因を見つけるためには、質的研究方法が最適であると考えこれを選択した。 (1) 分析手順 インタビューによって得られた発話データからオープンコーディングにより、対象者毎の逐語録を作成し、発話内容を短く要約したもの作り、抽象化したコードを生成した。そこから、似たようなコードをまとめてサブカテゴリーを作り、更にそこから抽象度を上げカテゴリーにまとめた。 (2) カテゴリーの整理 逐語録から525のコードが作成され、指導者の考え方や方針としては、238のコードになった。それを9つのサブカテゴリーと3つのカテゴリーに分類した。 表1 カテゴリー サブカテゴリー コード その中で、知的障害者の特徴や特性と思われるコードをまとめ、それをサブカテゴリー『特徴・特性として捉える』とした。更に、各コードの意味内容から、それが就労継続を促進する要因或いは、阻害する要因として考えられるものを表1にコード数として表記した。 4 結果 重度を含めた知的障害者個々人の特徴・特性にどのように向き合っているのか、【成長できる環境づくり】のサブカテゴリー『指導上の姿勢』 <褒め、認めて、意識した声掛けが必要>という促進要因に分類したコードでは、「叱ることだけではなく、褒めたり、認めてあげたりっていうところが重要なので意識して声掛けするように心がけている」が語られている。サブカテゴリー『指導方法とその配慮』 <分からなければ分かるように指導>という促進要因では、「全員に同じことを伝えても、このことは、この子には分かるけど、この子には分からないがあるので、 p.57 図1 就労継続・離職に至る概念図 わからない子には、わかるように伝え方を変えている」が語られた。また、サブカテゴリー『周囲の人々との関係性』 <現場の理解が重要>という促進要因では、「現場の方達が理解してくれているっていうことが重要で、此処を立ち上げた当時の方が、今でも17~8人いてサポートしてくれている」が語られている。一方、<寄り添う相手がいない>という阻害要因としたコードでは、「体調が悪くなり、休みがちになって会社に行っても何か上手くいかない。休んでいるし、出来ないし、みたいに捉え、段々会社に行きたくなくなって辞めた方がいる」が語られていた。サブカテゴリー『本人を取り巻く環境及びその影響への配慮』  <離職は、職場組織風土の改善が必要>という促進要因は、「上司が変わってコミュニケーションが上手く取れずに退職となるケースを聞きますが、それって、元々その職場に定着できない組織風土のようなものがあったのではと感じるので、当社としては、なるべく複数でフォローし、社員とのたわいもない話ができるような形にしている」が語られている。一方、<子供が収入源>というコードは、「入社後は、会社のOKが出ないと直ぐにフルタイムにはならないので、もっと働かせて欲しいという母親の要求を断ったら、もっと稼がないと駄目なので、辞めますって辞めていった子もいる」が語られ、これは、親の都合による阻害要因とした。更にサブカテゴリー『人との係わり方で分かる・出来る』 <時間をかけて聴くことの必要性>という促進要因も、「時間を掛けて話を聴くことで、本人が安定し、暴れていた子がちゃんと仕事に集中できるようになる」が語られている。一方、<こころの問題の対処>というコードは、「問題の本質を解決しない限り、仕事もはかどらないし、どんどん引きずって休む回数が多くなり、休職パターンに移行する」は、阻害要因とした。また、第3層のカテゴリー【指導者としての自覚】のサブカテゴリー『育つ期待感』 <やる気ワード「任せたから頼むよ」>という促進要因では、「健常者も障害者も働く上では同じだと思っており、彼らにお願いをするときは、任せたから頼むよって言うと、前向きにどんどんやってくれる」が語られている。更に『強い使命感・信念』 <社員を家族とみなす姿勢>という促進要因では、「当社で雇用した子は最後まで面倒見なきゃいけないと思っていて、そのためにより彼らを知ること、なんか家族みたいな関係でやっている」が語られている。以上から、知的障害者が就労継続となるか離職となるかは、指導者を含めた組織との関係性の中で決まってくることが推察される。 5 まとめ 知的障害者の特徴・特性を把握し、雇用する側、及び保護者が、【成長できる環境づくり】の5つのサブカテゴリーの意味内容を理解し、図1で示される3層のカテゴリー左側に書かれた楕円の→に沿って、対応していくことで、就労継続が可能であることが示唆される。更に当初は、上手くいかないケースでも指導者が彼らの特性・特徴を理解し、それに対して5つのサブカテゴリーの促進要因のどこかに気づけば、継続就労に移行することが可能となる。 【参考文献】 1) 栗林睦美・野﨑美保・和田充紀『特別支援学校卒業後における知的障害者の就労・生活・余暇に関する現状と課題 保護者を対象とした質問紙調査から』,「富山大学人間発達科学部紀要12(2)」,(2018),p.35-149 2) 障害者職業総合センター『障害のある求職者の実態等に関する調査研究』,「調査研究報告書No.153」,(2020),p.55-71  【連絡先】 伊東 一郎 株式会社前川製作所 コーポレート本部 人財部門 e-mail:ichiro-ito@mayekawa.co.jp p.58 重度知的障がい者の就労/職場定着支援 -企業就労後、継続的に個別の移行支援計画を活用・更新を続けた支援事例- ○大澤 淳一(トライフル鎌倉 管理者・サービス提供責任者) 1 はじめに トライフルは、子どもから大人へ、学生から社会人への移行期を支える支援機関である。移行期の支援で重要なことは、①切れ目なく支援を引き継ぐこと、②一貫性のある支援を継続することが示唆されている1)。加えて近年インターネット等のインフラ化を鑑みると、③情報をデータ化して、クラウド共有すること、④クラウド共有された資料を媒介に、支援ネットワークを構築し、当事者が指名したメンター専門家から、即時のフィードバックを得られること、⑤動画を活用した情報共有なども現実化しつつある。さらにAI等の台頭により、⑥ビックデータの採取とデータベース化、⑦過去のデータベースに基づく意思決定支援なども、本当にもう間近まできている。このように、より時代に即した高い精度と利便性を有した個別の移行支援計画を作成し活用することで、障がいのある人の意思決定や支援状況は大きく飛躍すると考える。ここでは、トライフルにおける個別の移行支援計画の活用・更新を通した、重度の知的障がいのある方の就労・定着支援の実践報告とその考察を行う。 2 事例報告 (1) 基礎情報 本事例のAさんは、重度の知的障がい(愛の手帳A2/区分4)とASD(自閉スペクトラム症)の診断を受けており、地域の療育教室で、幼少期から続けてきた方である。ご本人の性格は明るく社交的、いつもみんなの気持ちを盛り上げるムードメーカー。かつて特別支援学校に在籍し、当時は企業就労に挑戦する機会を得る事ができなかった。しかし、ご本人とご家族が、就労に対する強い希望を抱いていたため、卒業後に就労移行支援事業所のトライフルの利用を開始し、就労に向けた挑戦の機会を得た。トライフルでは、食品製造やアパレル企業に定期的なインターンシップを積み重ねて、「働く意欲」と「就労準備性を高める取り組み」を続けた。併せて、就労後の定着支援も見据えて、生活習慣づくり等の生活支援も行い、自立生活に向けた基盤づくり(ADLやIADLのスキル指導)にも取り組んだ。 (2) 個別の移行支援計画の策定 Aさんには「(信頼できる)仲間と一緒に働きたい」という希望があった。例えば、「○○さんと働きたい」と、インターンシップ先でお世話になった方の名前などの発言がみられた。このようなことから、Aさんにとって、優先順位の高い要件は、「何をするかよりも、誰とするか」にあると考え、アセスメントを実施、それを軸に個別の移行支援計画を策定した。また、アセスメントでは就労アセスメントに加えて、独自に開発した「生活調査アセスメント」も実施した。そこでは、ご本人の生活1日の流れ、朝起きてから夜寝るまでの全てのルーティンワーク、個人の障がい特性、必要な合理的配慮、現在の健康状態や服薬の管理を総合的に評価した。これらを実行することで、「トライフルでの就労支援上の課題」だけでなく、「家庭でのサポート体制の状況」や「食生活や健康面の状況」、「生活の自立度」などを詳細に評価することができた。 (3) 就労支援の実際 Aさんの就職活動では、年度当初に希望進路を話し合い、そこでいくつかピックアップした企業へ見学に行った。次に、希望に近いB社にインターンシップの依頼をした。B社は特例子会社で、食品製造を行っている。企業就労の壁は高く、初期には職業技能全般について手厳しい評価を受けた。本人も家族も支援者も落ち込み、もう就労は難しいのではないかと諦めそうになった。しかし、指摘された点を改善する取り組みを始めた。その様子を個別の移行支援計画にまとめて、2回目のインターンシップの際に持参し、管理者にその様子を説明し、インターンシップに再挑戦を行った。このように、評価改善を見える化し、伝える姿勢を見せることができたこともあって、特別に支援者が事前に現場に入り、仕事を体験する機会(仕事の切り出し)を与えていただくことが出来た(本来B社は支援者による業務の切り出しを許可していなかった)。この切り出しによって、事前にAさんの強みを活かす働きかけが可能になった。この頃から徐々に、相手企業の担当者からも、認めてもらえるようになってきた。3ヶ月後に臨んだ2回目のインターンシップでは1回目に比べて高い評価をもらうことができた。事前ガイダンスの時や1回目の振り返りでは、企業担当の方とAさんとのやりとりがぎこちなかったのに対して、この2回目のインターンシップではしっかりコミュニケーションをとることができるようになっていた。Aさんからも「B社で働いたら、ゴールデンウィーク□□に旅行に行ける?」と、入社後の自分の生活をイメージしている様子を伺うことができたことから、Aさんの入社に対する明確な希望を確認することができた。その後、ハローワークに行き、B社の求人を確認し、履歴書を作成して、就職希望の応募を提出した。その間就職試験の面接に向けてのシュミレーションを行った。そこで入社するために必要な要素を、実際の入社 p.59 試験の前に把握することができた。指摘された点について改善するためのトレーニングも行った。その結果、入社面接を乗り切ることができた。数日後に内定通知が届き、すぐに入社の手続きを行い、念願だった企業就労を実現した。 (4) 職場適応・定着支援 就職後は、就労定着に向けたサポートを実施した。1ヶ月に一度企業の就労担当の職員に連絡を取り、様子を聞いた。改善が必要な事項については、Aさんの休日に事業所にきてもらい、直接改善に向けた指導を行うこともあった。その結果、安定して就労継続1年を達成することができた。定着支援に向けたサポートでは、企業の担当者と定期的に連絡を取って情報共有するだけでなく、Aさんの登録する地域の相談支援事業所や障害者就業・生活支援センターとも連絡を取り、近況について情報を共有するだけでなく、合同で就職先の企業訪問も行った。企業の担当者から、作業について改善のニーズを聞いた際には、週末にAさんと日程調整をして、トライフルにて、実技の直接支援のアフターフォローを実施してすぐに対応した。また、日曜日のコミュニティ活動で一緒にノルディックウォーキングで身体づくりに励むことにも取り組んだ。コロナ禍という未曾有の事態も経験したが、今年で勤続3年目を迎えている。 3 支援のポイント (1) 就労後も個別の移行支援計画を定期更新 トライフルでは、Aさんが在籍中だけでなく、企業就労後も、この個別の移行支援計画に沿って支援を実行し、年に1度その更新を支援してきた。トライフルでは、文章だけでなく、写真や動画を使ったプレゼンテーション資料を作成し、個別の移行支援計画の中に取り入れた。コミュニケーションが苦手なAさんも、そういったツールを活用することで、周囲に自分のことを適切に伝えることが可能となり、さまざまな支援環境を速やかに整理することができた。そういった支援環境だけでなく、Aさんがこれまでどんなことを考え、これからどんな生き方をしたいのか、その想いを繋ぎ、一貫性と継続性のある支援体制の構築に寄与することに一定の成果が見られた。 (2) 年に1度関係者が一堂に会する意思決定支援会議を開催 また、年に1度の更新に際して、関係者が一堂に会する支援会議を開催した。これはいわゆる福祉のサービス担当者会議とは異なり、福祉サービスの利用調整ではなく、Aさんの意思決定を支援することを目的に設定して行った。コロナ期間中ということもあり、会議はオンラインで実施した。会議は①Aさん、②Aさんの保護者(両親)、③就労先の企業担当者(人事・ジョブコーチ)、④ファシリテーターとしてトライフルの職員というメンバーで実施をした。個別の移行支援計画を基に、印象論ではなく、より具体的なAさんの現状や今後の目標について話し合いを行うことができた。話し合いでAさんは「僕は長く会社で働きたい」と意思表明を行い、保護者も「会社での様子はわからないため、最初は不安だったが、様子を知れてよかった」「小さなことでもいいので少しずつチャレンジしていけるといい」、企業サイドからも「今の取り組みを継続していけるといい」、「生活面について今まであまり知らなかった。家庭での様子を聞いて、もっと適した仕事もお願いできそう」などのコメントが見られた。その結果、この会議を受けてAさんは担当業務の他に、「人と関わることが好き」という特性を活かした販売業務にも携わる機会を得ることができた。このようにAさんを中心に、就労場面・生活場面のキーパーソンが一堂に会し、協議することでAさんの支援の質的向上が見られた。オンラインであっても、関係者が一堂に会する機会を設定することで「チーム感」を醸成することもできた。今後はAさんが活用している福祉サービスの関係者も含めて、より包括的な意思決定支援会議を開催することで、さらなるQOLの向上を期待できると考えている。 4 まとめ 本事例では、重度の知的障がいのあるAさんに対して、個別の移行支援計画を媒介にした就労・職場定着支援を実施した。その結果、以下のような支援の結果が得られた。①個別の移行支援計画を媒介として、就労後も、職業・生活両面で、必要な支援が継続されたこと、②立場によって異なる情報を、個別の移行支援計画に集約することで、共通した支援が可能となったこと、③オンラインも含め、関係者が一堂に会する機会を設定することで、職業・生活両面を支えるチーム感が醸成されたこと。今後は動画やクラウド機能の活用など、時代の潮流に併せたさらなる個別の移行支援計画の質的向上や、それに伴う個人情報の取り扱いの課題解決に、引き続き取り組んでいきたいと考えている。 【参考文献】 1) 宮﨑英憲(編著),「個別の教育支援計画に基づく個別の移行支援計画の展開 -特別な教育的ニーズを持つ子どもへの支援-」,ジアース教育新社(2004),p100-182 【連絡先】 大澤 淳一 トライフル鎌倉 e-mail:junichi@tasuc.com p.60 畑作業と体操、座学を通じた学習が、 知的障がいのある青年のストレスや心身の状態に与える影響について ○前川 哲弥(NPO法人ユメソダテ 理事長/株式会社夢育て 代表取締役) 千葉 吉史(株式会社美和リーフ・アグリコンサル/順天堂大学大学院緩和医療学研究室) 岡元 一徳(都城三股農福連携協議会) 吉廣 七星(法政大学大学院 政策創造研究科 地域ウェルビーイング研究室) 1 夢育て農園の開園、“人を育てる畑コース”の開講 NPO法人ユメソダテは、障害の有無に関わらず、夢や希望を育てることで主体性を育てる活動を2018年から行っている。2022年10月、株式会社夢育てと共同で、世田谷区立桜丘農業広場内に、知的障害のある若者の認知的身体的成長を促す“人を育てる畑コース”を開講した。知的発達障害のある若者を集め、週1回、ブレインジム(国際教育キネシオロジー財団の登録商標)による体操、フォイヤーシュタイン・メソッドによる座学、夢語りの時間とともに、夢育て農園の畑で様々な農作業を行っている。 また夢の発達と人間的な成長には豊かな人間関係が不可欠であるとの考えから、月1~2回オープンデイを開催するとともに、畑の植物を使った草木染のイベントなどを通じて、地域に開かれたインクルーシブなコミュニティづくりを行っている。 2 検査対象と検査方法 (1) 目的 順天堂大学大学院の千葉吉史研究員、都城三股農福連携協議会の岡元一徳代表理事、法政大学大学院の吉廣七星氏と筆者は、人を育てる畑コースの受講の前後での受講生のストレス状態の変化をみることで、畑作業を含めたプログラムが受講生のストレスに与える影響を知り、よりよいコース運営や、広く全国の農福連携の取組みの参考になると考え、2023年3月16日のコースにおいて、受講生のストレス計測を実施した。 (2) 計測方法と計測物質 以下の3物質の量を、コースの前後で計測した(αアミラーゼは座学の直後つまり畑作業の前にも計測) 具体的には、十分な説明と採取同意の後、受講生の唾液を採取し、唾液アミラーゼモニター等の機器で計測した。 表1 計測物質の種類とその目的 3 検査結果(平均値)と考察 以下に示す図は2本の平行な破線の間が正常値である。 (1) αアミラーゼ(平均値) 受講生の平均値は、一般的な正常値である10~30kIU/Lを大きく超えている。受講前には84.3kIU/Lというとても高い値から出発し、体操・座学を終えた段階で約30%減少し、畑作業の後で更に約40%低下している。 全体として短期的な不快感やその場その場での感覚が、そのまま情緒や緊張などに反映されやすい傾向が明確であるとともに、活動により不快感が取り除かれ情緒が安定していることがわかる。特に農作業でその傾向が強いが、夢育ての体操と座学でも不快感が低下し情緒が安定する傾向がみられる。 図1 αアミラーゼ(平均値) (2) 分泌型免疫グロブリンA(slgA) 免疫グロブリンAは50~300㎍/mLが正常値であるとされているが、受講前には400.1㎍/mLという高水準で、受講 図2 分泌型免疫グロブリンA(平均値) p.61 後、正常値である143.2㎍/mLまで低下している。 同値は急性ストレスにより上昇するため、αアミラーゼと似た傾向を示しており、農作業を含む活動にリラックス効果があり、情緒を安定させ、不快感を払拭させている可能性がある。 (3) コルチゾール(平均値) コルチゾールは2~5nMが正常とされているが、受講前は1.23nMと極めて低く、受講後は2.45nMと正常値に上昇し、全体として活力の向上がみられる。受講前は「やる気が出にくい状態」であったが、受講中に上昇し、活動的な状態になっている可能性がある。 図3 コルチゾール(平均値) (4) 考察(平均値) 知的発達障害のある受講生は、全体として短期的な不快感がストレス状態に反映されやすい傾向があるとともに、心身の状態は、やる気が出にくい状態にある。 夢育て農園の人を育てる畑コースでのプログラムが、短期的には不快感を払拭し、日頃低活力な受講生に活力を与える機会となっており、全体として有効であることが示唆された。受講生の自発を促すためにも、不快を感じにくく参加できるプログラムが重要で、同プログラムはこの両面を満たしている可能性がある。 4 個別事例 (1) 活動でストレスが減るAさん Aさんはαアミラーゼの値が変動的で急性ストレスを感じやすいと思われる。プログラムを通じて情緒の落ち着きがみられ、免疫の調整も促進されている。他方、コルチゾールの値からは、プログラムの最初から心身に適度な活性がみられ持続している。Aさんにとっての農作業を含むプログラムは、主にストレス軽減効果を持っているものと思われる。 (2) 体操が苦手なBさん Bさんはαアミラーゼの値が非常に高く、体操後にストレスがさらに高まるが、農作業後には、まだ高水準ながら落ち着きが見られた。コルチゾール値をみると普段の活動では「やる気が出にくい状態」にあるが、活動を通じてやや活力の向上がみられる。 (3) 仕事が長続きするCさん Cさんのαアミラーゼやコルチゾールの値をみると正常値内の低めで安定している。免疫グロブリンAの変化を見ると、活動全体を通じて落ち着いていることが明らかである。Cさんは情緒の起伏が少ない一方、日頃、「やる気が出にくい状態」にあり、プログラムを通じて活力が高まっていることがわかる。Cさんにとって、プログラムは活力を高めることに役立っている。 (4) 時間制限ありで成果を出すDさん Dさんはαアミラーゼの値が変動的で、プログラム開始前はやや活力が低く、体操座学で興奮し、更に農作業では一種テンションの高い状態に至った可能性がある。この興奮状態が続くと、身体的な緊張へ繋がるため、時間を制限したり、より緩やかな活動に変更することで、良い成果を出す可能性がある。 5 考察(全体) 知的発達障害のある受講生の平均的な姿は、感受性が豊かでストレスが高いのに心身が不活発で、やや活力を持ち難い可能性がある。他方プログラムを通じて、リラックスして心身が活性化している。認知的身体的な発達を促すにはとても良い環境であると考えられる。 また同時に各受講生には明確な個性があり、各人の個性にあったアプローチが必要であることも示唆された。 今後、検証を続け、αアミラーゼなどの変化を観察することで、受講生一人一人の得意な作業や不得意な作業を把握することで、個人別の対応マニュアルの作成などを通じて、学校や福祉施設、職場において、より個性に寄り添える可能性がある。 【謝辞】 本稿は、共同研究者諸兄は元より、夢育て農園、人を育てる畑コースの受講生、ご家族、講師の方々等多くの方々のご協力を得て実施した。また取りまとめに当たり、(一社)日本基金共生デザイン事業部の多田光志朗氏から多大なご助力を受けた。この場を借りて深く感謝申し上げる。 【参考文献】 1)前川哲弥「夢を育て認知機能の伸び代を評価・共有することを通じ、知的障害者の主体性を育て、積極的な職場文化を作る試み」(2021)第29回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 2)千葉吉史「農作業が人を癒す。ストレス社会で注目されるアグリヒーリング可能性」https://www.yanmarmarche. com/article/casestudy14/ 3)岡元一徳「私たちが目指す農福連携とは」https:// noufuku.org/admin-profile 【連絡先】 前川 哲弥 NPO法人ユメソダテ株式会社夢育て e-mail:maekawa@yume-sodate.com p.62 畑作業と体操、座学を通じた学習が、 知的障がいのある青年の認知発達に与える影響について ○外山 純(NPO法人ユメソダテ 理事/よむかくはじく有限責任事業組合 代表) 前川 哲弥(NPO法人ユメソダテ/株式会社夢育て) 1 “人を育てる畑コース”での認知発達促進の取組み 夢育て農園と人を育てる畑コースの概要は、前川他「畑作業と体操、座学を通じた学習が、知的障がいのある青年のストレスや心身の状態に与える影響について」(「第31回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集」より)に譲り、受講生の認知発達に関わる部分に触れる。 フォイヤーシュタインは認知機能(Feuerstein 1979; 2002)を外界から情報を入手する入力段階、得られた情報を元に考えをまとめる精緻化段階、その考えを実行に移したり他者に伝える出力段階の3つの段階に分け、計26の認知機能を提唱している。知的発達障害といっても、認知機能に着目した認知プロファイルでみると、精緻化が弱く考えをまとめられない人、入力段階で入手情報を誤ってしまう人、出力が弱く上手く伝えられない人等様々である。我々は各人の認知プロファイルの特徴に合わせた取組みをしている。 例えば我々はフォイヤーシュタイン協会の「点群の組織化」教材(https://www.icelp.info/)を用いているが、これは星のように散らばった点の群れのなかの適切な点同士をつなぐことで、正方形などの幾何学図形を見つけ出すというものである。闇雲に図形を探しても見つけるのが難しいが、順序よく探したり、手がかりにする特徴を見つけたり、形や特徴に名前を付けるといった認知戦略を用いることで、図形や構造を見いだし易く、また記憶し易くなる。そして正答に至る成功体験を重ねることで身に着けた認知戦略を日常生活に応用し、認知発達を自分のものとするよう促している。農作業の場でも、座学で身につけた認知戦略を具体性の高い畑で用いることで、空間認知、比較、分類に関わる認知能力の向上を図っている。 2 認知発達のpre/post計測による認知発達の評価 我々はコースでの学びが、受講生6名の認知発達に与える効果を測るため、開講当初の2022年10月(プレテスト。1名のみ2023年2月実施)と2023年4月~6月(ポストテスト)の2度、認知アセスメントとしてReyの複雑図形検査とRaven色彩マトリックス検査を行った。本稿の目的は、プレテストとポストテストの比較により、受講生の視空間知覚・構成機能と非言語性視覚記憶、非言語性推理能力等の成長を評価することである。 3 アセスメントの手法と結果 (1) Reyの複雑図形検査 ア 手順 被験者に図1の複雑図形(以下「Reyの図」という。)を見せ、これを模写すよう指示する(模写課題)。次にReyの図を隠し3分間のインターバルを置いたのち、見本を見ることなく記憶をもとにReyの図を描画するよう指示する(再生課題)。 図1 Reyの複雑図形 イ 評価方法 評価には神経心理学での標準的な方法を用いた。Reyの図の18の部分それぞれに対し、形と位置が共に正しければ2点、一方のみ正しければ1点、形が不正確で位置が違うときは0.5点、描かれていなければ0点を与えた。 18の部分には、図全体の構造をつくる大きな長方形とその対角線、長い垂直線と水平線という、構造を構成する4部品が含まれており、これらは全体像把握に特に重要であることから、これら構造部分のみについても統計を行った。 ウ 結果 プレテストとポストテストにおける模写課題と再生課題の平均正答率とその増減を表1に挙げる。 表1 Reyの複雑図形検査の被験者平均正答率 模写課題ではプレテストの被験者平均正答率が45.1%だったのに対して、ポストテストのそれは17.4%上昇し62.5%になった。また再生課題では、プレテストの被験者平均正答率が15.7%だったのに対して、ポストテストのそれは8.8%上昇し24.5%となった。 次に、構造の4部分に限定して被験者の平均正答率の変化とその差を表2に挙げる。 表2 構造部分の被験者平均正答率 模写課題ではプレテストの平均正答率が40.6%だったの p.63 に対して、ポストテストのそれは11.5%上昇し52.1%になった。また、再生課題ではプレテストの平均正答率が16.7%だったのに対して、ポストテストのそれは22.9%上昇し39.6%となった。 (2) Raven色彩マトリックス検査 ア 手順と評価方法 36問あり、各問とも縦横2桝の計4桝のマトリックスが示され、うち右下桝を除く3つの桝には図形が示されている。右下4枡目に相応しい図を6つの選択肢の中から選ばせる問題である。1問題につき1点を与え36点満点である。 12問ずつA、AB、Bと3つのシリーズに分かれ、Aは与えられた模様に一致する図形を探す問題、ABは全体図形の一部を構成する選択肢を探す問題、Bは縦横の関係を理解し空欄を推論するため、仮説演繹的思考が求められるものが多い。 イ 結果 プレテストとポストテストを比較すると、正答率が56.5%から68.5%と12.0%上昇した。Aでは66.7%から69.4%と2.7%、ABは55.6%から73.6%と18.0%、Bは47.2%から62.5%と15.3%上昇し、ABとBでの上昇が顕著であった。 表3 Raven色彩マトリックス検査の被験者の平均正答率 4 考察 (1) 視空間知覚・構成機能・非言語性視覚記憶  表1、表2をみると、模写課題と再生課題の両方の成績の上昇がみられた。フォイヤーシュタイン理論によると、模写課題のパフォーマンスは、知覚対象に対する適切な名前づけや位置関係の把握など入力段階の認知機能に関わり、再生課題のそれは全体を捉え、記憶する力など精緻化段階の認知機能に関係するとされる。被験者は入力段階と精緻化段階双方の認知機能が伸びていると結論できるのではないだろうか。 特に精緻化段階の伸びが注目に値する。模写をする中で知覚した部分を被験者がどれだけ記憶に保持したかを見るために、再生課題の正答率を模写課題のそれで除した値=保持率を計算した。プレテストではReyの図全体で34.8%、構造部分では41.1%、ポストテストでは図全体で39.2%、構造部分では76.0%となった。ポストテストの構造部分の値が突出して高いのは、被験者が認知戦略の応用により構造部分をより鮮明に記憶できるようになったからと言えるのではないか。 また、色彩マトリックス検査についても、シリーズABでの上昇が最も顕著であったのは、長方形や円など図の全体構造を知覚して選ぶことができるようになったからではないか。 このように、複雑な図形を様々な部分の集積としてみていた被験者が、全体と部分との関係を理解し基本構造を見出し注目することを通じて、被験者のある種のワーキングメモリーが育った可能性があるのではないか。 (2) 非言語性推理能力 色彩マトリックス検査Bでも正答率が上昇しているのは、被験者らが以前より適切に仮説演繹的推論を行えるようになってきていることを示しているであろう。ただ、まだA、ABよりも正答率が低く、伸び代があるものと思われる。 5 今後の課題と展望 今回、2つのテスト結果の向上という成果が見られたが、今後は例えば言語的認知や数的認知を必要とする他のテストを用い、結果をカリキュラムの改善等に生かして行く必要がある。またより大きな母集団での検証も求められる。 そして受講生のこれからの人生をより豊かなものにするためには、認知能力の発達を促すことに加え、獲得した認知発達を活用して生活の質を高めるとともに、自ら更なる認知発達に努めたいという主体的な思いを持つことが重要である。このような思いが生まれれば、自律的に成長していくことが可能になると考えている。 昨秋スタートしたばかりの人を育てる畑はそのカリキュラムや進め方について日々改善を重ねており、今後も新たな知見を蓄積しつつ、継続的に報告していきたい。そして知見が蓄積した暁には、現在のような週1回半日ではなく、全日制で学べる認知発達専門の学校のような場や、そこで共に認知発達について試行錯誤して下さるより多くの仲間が必要となると考えている。読者諸兄のご参加を期待している。 【謝辞】  よむかくはじくの竹下晶子氏及び、体操プログラムの責任者でもあるラーニング・クエスト代表兼ユメソダテ理事天田武志氏にはアセスメントでご尽力頂き、帝人ソレイユ株式会社の升岡圭治農業事業部長兼ユメソダテ理事にはコース運営についての助言を、さらに栽培管理チームの長谷川明氏別納弘恵氏には畑作業講師を務めて頂いている。また認定NPO法人プラチナ・ギルド会の久保健理事長(ユメソダテ理事兼務)、齋藤彰一理事、中町芙佐子事務局長,WorkShopOBOGの方等多くの方々にコース運営を助けて頂いている。この場を借りて深く感謝申し上げる。 【参考文献】 1) Feuerstein, R., Feuerstein, S., Falik, L & Rand, Y. (1979; 2002). Dynamic assessments of cognitive modifiability. ICELP Press, Jerusalem: Israel. 【連絡先】 NPO法人ユメソダテ 前川哲弥(maekawa@yume-sodate.com)又は 外山 純(toyama@yume-sodate.com) p.64 ニーズが高まる高次脳機能障がいのある方の 復職支援に関する実践報告からの提言 ~誰もが安心して働ける時代を目指して~ ○伊藤 真由美(NPO法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 所長) 角井 由佳 (NPO法人クロスジョブ クロスジョブ札幌) 濱田 和秀・巴 美菜子(NPO法人クロスジョブ) 1 はじめに NPO法人クロスジョブ(以下「当法人」という。)設立以来、高次脳機能障害のある方の就労支援を積極的に行ってきた。とりわけ、札幌市においては復職支援について関係機関及び札幌市に働きかけ、2020年より復職目的での相談及び利用件数が増加。改めて『高次脳機能障害のある方の復職支援』が潜在ニーズとして地域に存在していたことを実感した。詳細については前年度の報告を参照されたい。  一方で、脳機能における障害特性は自己理解の難しさに加え、周囲に認識されづらく、職場復帰に向けた支援の必要性について理解を得にくい。ここに、送り出す側の医療機関の悩みがあり医療と福祉の連携の難しさを感じる。 このような背景を踏まえ、改めて復職支援事例を通して見えてきた課題と、誰もが障害者となり得る時代の中で重要となってくる『高次脳機能障害のある方の復職支援のあり方』に関して提言する。 2 統計報告(2010年4月~2023年3月 総利用者186名) 当法人7事業所(福岡を除く)における高次脳機能障害のある方の利用状況について復職支援をポイントに整理する。 (1) 利用開始時年齢 10代から60代と幅広い年齢層の利用があり、特に企業では中核を担う40代、50代が全体の65%を占める(図1)。 図1 利用開始時年齢 支援機関等で実施されるリワーク支援はメンタルヘルスを中心に実施されており、企業の復職プログラムについても同様の視点で考えられていることが多く、高次脳機能障害のある方にとっては汎用しにくい。『事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン』1)では、事業者による両立支援の意義として、多様な人材の活用による組織や事業の活性化や継続的な人材の確保等が挙げられている。中でも脳卒中に関する留意事項では、脳卒中に伴う障害の中で、「一見して分かりづらい障害(高次脳機能障害)もある」と記されており、事業主として従業員の職場復帰に向け、あらゆる疾患、障害の受け入れを強化していくことが必要とされている。 (2) 就労状況 就労退所者のうち90%の方が継続就業中であり就労移行支援の有効性が伺える。復職割合は全体の10%と少ない印象ではあるが増加傾向にある(図2)。 図2 就労状況 3 事例紹介 (1) 現病歴 40代男性。コールセンター勤務。くも膜下出血を発症。 (2) 出張相談(X年5月) 入院中に出張相談を実施し、簡単な概要説明を行った。 (3) 見学・体験利用(X年7月) 退院後に来所見学、体験利用を実施。結果、身体障害以外に記憶障害や注意障害などの高次脳機能障害の影響が大きく、訓練の必要性を実感。本人より利用希望をいただく。 (4) 利用調整(X年7月~9月) 本人了承のもと以下の関係機関と調整を開始(図3)。 ・区役所:訓練の必要性を伝え、申請に必要な書類を確認。 ・医療機関:主治医の同意書を依頼。病院の相談員を経由したことでスムーズな取得が可能であった。 ・企業:同意書を依頼。就労移行支援の利用イメージ及び有効性が見えづらいため、復職支援の提案書を作成。 p.65 図3 実際の相談~利用までの流れ (5) 利用開始~訓練経過(X年10月~X+1年3月) ア 医療との連携と役割分担 病院や訪問リハビリスタッフ、ケアマネージャーと定期的な情報共有を実施。訪問リハスタッフには企業訪問で医療的な説明や職場環境のアセスメント、自宅での想定業務の動作確認と代償手段獲得へのサポートを依頼した。 イ 復職先企業との連携 ①企業情報をもとに、復職後を想定してPCプログラムを中心に実施、②月1回の企業を交えたケース会議で訓練報告、③企業から提供いただいた実際の業務で訓練を実施、④企業訪問で想定業務の確認、話し合いを行った。 訓練結果を企業に共有し密に連携を図ることで「高次脳機能障害のある方向けの復職プログラム」を考え、進めることが出来た。 (6) 結果(X+1年4月) 当初の本人希望とは異なったが、最終的には本人が無理なく働ける業務とサポート体制のある部署に異動。勤務時間も少しずつ伸ばしていけるような個別の対応をいただき、最後は本人も納得した復職となった。 4 復職支援における課題 (1) 病院の環境下では受傷後の変化を感じにくい 受傷後、病院という限られた環境だけでは課題が表出されにくく、退院後の自宅や復職後の会社で受傷後の変化に気づく事も多い。そのような点からも、本来ならば医療から社会的リハビリテーションへ繋がっていくべき流れが社会資源の少なさも相まって支援が途切れている現状である。 図4 高次脳機能障害のある方の支援の流れ (2) 専門的スキルが問われる 高次脳機能障害のある方への支援は、脳の回復の流れを理解し、長期的な視点で関わっていく必要がある。加えて、損傷部位により症状の出方も千差万別のため、適切にアセスメントを行う事が求められる。適切なアセスメントがあることで、本人に適した代償手段獲得へのサポートが可能となり、職場とのマッチングを図ることができる。 (3) 適した復職プログラムがない 医療機関や企業側にメンタルヘルスを対象とした復職プログラムはあるものの、高次脳機能障害に関する復職プログラムがない、もしくは中小企業であれば復職プログラム自体もない会社も多く、支援機関の介入が有効である。 5 実践からの提言 (1) 専門的知識を有した事業所の拡大 途切れのない支援を目指し、生活リハビリ及び社会的リハビリテーションを充実させ、働く土台を作っていく。適した時期に必要な支援が提供できるよう、医療から繋がる仕組みづくりが必要である。 (2) 障害福祉サービスから企業への雇用管理の引継ぎ 高次脳機能障害のある方の復職支援は、これまでのリワーク支援の対象とされていたメンタルヘルスの方々とは違うプロセスをたどることが多い。先の事例でもあったように、それぞれの会社、本人に合わせた復職プログラムが有効である。そこには、障害福祉サービスから企業の雇用管理へと引継ぎを行い、休職中の従業員が再び戦力として働けるように福祉サービスによる企業へのサポートが重要と考える。 (3) 休職期間及び復帰後の支援の有効活用 復職支援では、休職期間の長短によって大きく左右される。脳損傷後の職場復帰について納谷2)は、「脳損傷による身体障害、認知障害、精神的問題は、時間とともに改善することが多い」「たとえ数週間でも、認知リハをどこかで受けて、自分の問題をある程度把握されている方が安全」と述べている通り、脳は年単位で緩やかに回復の経過をたどる事を考えると、リハビリ出勤などだけではなく『雇用と福祉の併用』など新たな制度に期待をしたい。 【参考文献】 1) 厚生労働省『事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン』(令和5年3月版),p.2、27 2)納谷敦夫『高次脳機能障害・脳損傷について~家族として、精神科医として~』(2020), p.135-139 【連絡先】 伊藤 真由美 就労移行支援事業所クロスジョブ札幌 e-mail:ito@crossjob.or.jp p.66 回復期リハビリテーション病棟退棟後の脳卒中者の障害に応じた就労支援の提案 -地域障害者職業センターとの連携を視野に ○大島 埴生(岡山リハビリテーション病院 リハビリテーション部 理学療法士) 河田 秀平・浅野 智也・栗本 靖子・濱田 茜(岡山リハビリテーション病院 リハビリテーション部) 山﨑 規子(岡山リハビリテーション病院 患者医療支援室) 植木 康敬(岡山障害者職業センター) 1 はじめに 若年〜中年期に発症する脳卒中者のリハビリテーション(以下「リハ」という。)では、就労が最終的な目標となることが多い。しかし、就労支援での課題は多く、支援体制も十分に構築されているとは言い難い。 まず第一に、脳卒中者の就労支援についての課題は障害像の多様性が挙げられる。脳卒中では身体障害と高次脳機能障害を呈することが多いが、障害の様相や重症度も様々である。さらに発症から生活再建、就労(復職)に至るまでの過程も障害の程度に応じて大きく異なる。障害の程度が重い場合には、まず生活の再建に時間を要し、就労支援が始まる時期もすぐには決まらないことも多い。 次に、発症時の年齢もさまざまであることも大きく影響する。個々の年齢に応じて会社側の対応も異なることも多い。さらに40歳を過ぎると介護保険の対象となるなど、年齢ごとに利用する制度も異なってくることも支援を複雑化させている。特に、介護保険を利用する場合には、就労に関する支援にアクセスできないこともある。 以上のように、脳卒中者の発症年齢・障害像の多様性、就労支援に至るまでの時間の違い、制度の多様性などさまざまな要素が大きく絡まっていると言える。 以上のような課題を考慮し、岡山リハビリテーション病院(以下「岡山リハ病院」という)では就労支援のデータベースを作成しており、それをもとに支援に関するフローチャートを考案したため、報告する。加えて、主要となる3つのモデルに沿った事例を示す。これらをもとに脳卒中者における医療機関と地域障害者職業センター(以下「職業センター」という。)等の連携について検討したい。 2 方法 (1)岡山リハビリテーション病院の脳卒中患者数とデータベース対象者数 2022年度に岡山リハ病院に入院した脳卒中患者数は315名である。その中で、60歳以下または病前就労者を対象としたデータベースを作成した。2022年度のデータベース対象者数は102名である。 (2)就労支援フローチャート 上述のデータベースに基づき、就労支援フローチャート(以下「フローチャート」という。)を作成した(図1)。就労支援は障害者の重症度に応じて異なる。比較的障害の程度が、軽症で早期に復職が可能な場合には以下のような支援が検討される。まず障害の程度がより軽症な場合は、本人への助言のみが行われる。また、会社側への情報提供が必要な場合には、厚生労働省が定める「治療と仕事の両立支援」1)に基づき書面による情報提供や会社側との面談を行う。また本人が望む場合には職業センターへの紹介を行う。 それに対して、障害の程度が中程度から重度で、就労を希望するものの、時間を要する場合には主に外来リハにて支援を継続するか、介護保険への引き継ぎを行うかの2通りがある。いずれの場合もリハを継続し、機能の回復を目指しつつ、生活の安定化を図ることになる。外来リハ継続ではその後、軽症例でのフローチャートに準じて支援を行う。介護保険利用例では岡山リハ病院の継続した支援が困難であるため、岡山リハ病院での支援終了時に中長期的な計画を説明するように対応している。 図1 就労支援フローチャート 3 事例の提示 ここでは、フローチャートの①〜③の支援について該当例を提示する。 (1)両立支援を活用し復職した軽度片麻痺例① 事例は独居の50歳代女性。脳出血により軽度左麻痺、注意障害を呈した。病前は会社員で事務職に従事していた。 p.67 自動車運転希望があったため、就労支援と並行して自動車運転支援も実施した。急性期病院での1ヶ月の入院ののちに岡山リハ病院に転院。岡山リハ病院での2ヶ月間の入院ののちに自宅退院となった。退院後は岡山リハ病院での外来リハを継続し、医師、作業療法士、社会福祉士による両立支援として介入し、会社側に配慮事項を伝達した。退院後1ヶ月後から短時間勤務から復職を果たした。 (2)外来リハでフォローしつつ、障害者職業センターとの連携し、復職に至った高次脳機能障害例② 事例は40歳代男性。妻、子どもの4人暮らしであった。外傷性脳損傷により視野障害、記憶障害を呈していた。受傷前は造園業に従事していた。身体機能は良好で歩行も可能だが、高次脳機能障害の影響が著明であった。急性期病院での1ヶ月の入院ののちに岡山リハ病院に転院。岡山リハ病院での4ヶ月間の入院ののちに自宅退院となった。退院後は生活においても部分的に支援が必要であり、岡山リハ病院での外来リハを継続した。その後、生活が落ち着き、発症後9ヶ月より職業センターでの支援を開始した。最終的には、発症より18ヶ月で職業センターでの職業準備支援などを受けて復職を果たした。 (3)介護保険を利用後、障害者職業センターを介し、   復職した重度片麻痺例③ 事例は40歳代男性。妻・子ども3人・父母の6人暮らしであった。脳出血により、右片麻痺・注意障害を呈した。病前は病院で介護士として勤務していた。急性期病院での1ヶ月の入院ののちに岡山リハ病院に転院。岡山リハ病院での5ヶ月間の入院ののちに装具と杖で歩行自立し、自宅退院となった。退院後は岡山リハ病院での外来リハが困難であったため、自宅近隣の介護保険のサービスを受けた。岡山リハ病院退院時には、家族・ケアマネジャー・介護保険サービス事業所に中長期的な支援計画を説明した。岡山リハ病院退院時には、屋外歩行、公共交通機関の利用が困難であったため、介護保険サービスによりそれらの自立を図り、その後生活が落ち着いたのちに職業センターを利用することを伝えた。その後、ケアマネジャー、家族から職業センターへの問い合わせがあり、発症後1年から職業センター利用を開始し、配置転換を行い、発症後18ヶ月に復職を果たした。 4 考察 脳卒中者では障害像の多様性のため、個別の支援が必要となる。その一方で、介護保険法、障害者総合支援法に基づくサービスや治療と仕事の両立支援など、さまざまな制度が存在し、それぞれの制度を理解しつつ、個々の患者に最適な支援を選択することも容易ではない。岡山リハ病院でのフローチャートは、支援経過の概略を示したものであり、実際の現場ではさらに個別性を付与した支援が必要となる。 さらに、フローチャートに基づき、職業センターとの連携を強化していくことも必要となる。脳卒中者の中には、自己判断で早期に退職をしてしまうことも少なくない。しかし、脳卒中発症後に新しく仕事を探すのは、復職に比べて困難を伴うことも多い。また、40歳以上の脳卒中者は介護保険を利用することも多いが、本人・家族、介護保険サービス事業者もその後の就労支援に関する情報がわからないとの声も多い。上記の課題に応えるためにも、適切に情報提供しつつ、復職を目指す必要があるため、回復期リハと職業センターとの連携は重要と考えている。 5 結語 岡山リハ病院でのデータベースをもとに、脳卒中者の就労支援を体系化した。脳卒中者の障害の重症度に応じて、就労支援の流れを大別化し、中長期的な観点から支援計画を立案することが必要となる。回復期リハにおける就労支援では上述したフローチャートが参考になると考える。さらに、職業センターとの連携を取りつつ、個々の脳卒中者に応じた支援を行うことが求められる。 【参考文献】 1) 厚生労働省『事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン(全体版)令和5年3月改訂版』(2023) 【連絡先】 大島 埴生 岡山リハビリテーション病院 e-mail:hanio.ohshima@gmail.com p.68 身体障害と高次脳機能障害のあるN様の再出発に向けて ~事例を通して就労支援の難しさと見えてきた地域課題~ ○髙津 華奈(医療法人三九会 三九朗病院 医療ソーシャルワーカー) 茶山 由香利・宇野 美恵子(医療法人三九会 三九朗病院) 1 はじめに 「働くことは生きること」 杉村1)。 今回の事例であるN様を一言で表すとするならば、この言葉を借りたい。N様は働くことを積極果敢に追い求めた患者の一人である。 筆者の勤務先である、医療法人三九会 三九朗病院(以下「当院」という。)は全床回復期リハビリテーション病棟である。当院では、働き盛りと言われる生産年齢の患者も少なくない。身体障害や高次脳機能障害を負った患者は、当院でリハビリテーション(以下「リハビリ」という。)に励まれる。 しかし、高次脳機能障害の患者の中には、病識の低下からリハビリの必要性を感じていない患者もいる。渡邉2)によれば、病識の低下は、リハビリテーションを進めるうえでも家庭や社会で生活するうえでも、大きな阻害要因になると述べている。 今回、研究事例のN様もその一人である。事例を通して、身体障害と高次脳機能障害のある患者の就労支援に対する関連機関との連携の難しさと地域課題の考察を報告する。 2 事例紹介 N様は、小学3年生に交通事故で外傷を負って以降、症候性てんかんがあった。家族は妻と子どもの4人暮らし。自動車関連の会社に約38年間勤めており、直近は、管理業務に就いていたが、令和3年11月にてんかん重積を発症。急性期治療を終えた後、令和4年1月に当院へリハビリ目的で入院。当院入院時の年齢は58歳。会社側から障害者手帳の提案をされていたが、本人は拒否されていた。 3 経過 (1) 入院中の経過 左側優位の両側下肢の失調と支持性の低下、高次脳機障害による注意や記憶の低下などから、日常生活動作(以下「ADL」という。)全般に介助が必要であった。 身体機能の低下と高次脳機能障害を呈していたが、「リハビリの必要はない、すぐにでも仕事に復帰できる」など発言があった。また、”障害”という言葉に強い抵抗感があり、見聞きすると怒り出すこともあった。病識や抑制の低下も顕在化していたN様との関わりには常に細心の注意が求められた。 身体障害と高次脳機能障害のあるN様であったが、復職したいという気持ちが強くあり、N様、家族、医師、リハビリセラピスト(以下「セラピスト」という。)、看護師、医療ソーシャルワーカー(以下「MSW」という。)で話し合いを重ね、N様の支援を行った。N様は次第に身体面、高次脳機能面の状況を理解されはじめ、怒り出しも少なくなっていった。N様は、3カ月のリハビリ入院を終え、転倒リスクは残存したものの、環境設定を行った上で自宅内のADLは自立となり、自宅退院となった。復職の希望があったことから、退院後は通勤を想定した自立度の拡大に向け、当院の外来でリハビリフォローをすることになった。 退院時のN様の状況を表1にまとめた。 表1 退院時のN様の状況 身体面 失調症状から転倒リスクが高いが、屋内のADLは自立。屋外移動は介助が必要。 高次脳機能面 注意・記憶の低下、左半側空間無視が残存。病識の低下もあり。 N様の気持ち 問題なく、今まで通りすぐにでも働ける。一般雇用で戻る。 (2) 退院後の経過 N様、家族、会社側、医師、セラピスト、MSWで復職に向けた話し合いを実施した。医師より、N様の入院中の経過や、復職時の注意点や必要な配慮などを会社側へ伝えた。会社側は簡易的な作業内容にし、サポートスタッフも付けて働きやすい環境に整えることはできるが、通勤できることを必須の条件とした。また、N様が拒否していた障害者手帳の取得を再度勧められた。 退院後3カ月後のN様の状況を表2にまとめた。 表2 退院後3カ月後のN様の状況 身体面 失調症状は改善しつつあるが、屋外の移動は安全さが不十分。 高次脳機能面 注意・記憶の低下、左半側空間無視は改善しつつあるが依然残存。病気の理解が少しずつできてきた。自動車運転評価は不合格。 会社側の意見 障害者手帳の取得をしてほしい。座位姿勢で作業ができ、サポートスタッフもつけて仕事がしやすい環境を整える。通勤の自立は必須。 N様の気持ち 障害者雇用枠でも会社の出す条件で働きたい。障害者手帳を取得したい。 p.69 会社側から勧められた障害者手帳も、取得したくない気持ちは強くあったが、病識の理解が得られてきたこともあり、身体障害者手帳4級とてんかんによる精神障害者保健福祉手帳2級を取得した。 (3) N様の再出発 発症から約10カ月後の9月に復職の目途が経ちそうな頃、N様はてんかん重積を再発症。急性期治療を終えた後、当院で入院リハビリを再度行い、12月に退院をしたが、令和5年1月にも痙攣発作があり、入院治療を受けた。 ADLは自立であったが、身体障害も高次脳機能障害も生活上に影響をきたす状態になり、同年の3月に復職に至ることなく、60歳で定年退職を迎えた。 しかし、N様は就労を諦めることはなかった。令和5年4月のN様との外来面談時、家族の助言も加わり、「B型に通いたい」と希望が出た。筆者は市内外の就労継続支援B型(以下「B型」という。)の事業所に打診をした。N様は、屋外移動が難しかった為、①送迎付き、②高次脳機能障害を対象にしている、その2つのポイントでB型を探した。この頃、N様は病識も芽生えてきており、福祉的就労に繋げられると考えたが、利用できる事業所は無かった。N様が利用に繋がらなかった理由は以下の通りである(表3)。 表3 B型に繋がらなかった理由 個人因子 ・失調症状から転倒リスクが高く、屋外移動が自立できない。 ・病識の獲得はできていたが、高次脳機能障害があり、記憶や注意の低下が残存。 背景因子 ・高次脳機能障害を対応できる事業所が少ない。 ・送迎対応ができない。もしくは送迎ができても、公共交通機関を利用して送迎車が来る駅まで自力で行かなければならない。 ・最寄りの駅は徒歩20分。駅構内はバリアフリーではなく、階段のみ。 ・てんかん発作時に対応できる事業所が少ない。 4 考察 N様の就労支援を通し、他患者も就労に繋げられなかった要因があるのではないかと考え、当院の患者の就労支援の実態の考察を行った。 令和2年度~令和4年度の当院患者の中で、生産年齢の脳血管疾患等の患者数は223名。そのうち、160名は発症前に就労していたが、68名は復職することができなかった。復職に繋がらなかった約半数は、自動車運転も再開ができなかった。さらに、約半数が最寄り駅まで20分以上であった。一方で、会社側へ病状説明を行ったのは11名であり、うち、8名は復職に繋がった。 (1) 地域の課題 当院が位置する愛知県豊田市は「クルマのまち」である。移動手段は72.0%3)が自動車である。その一方で、愛知県内トップの土地の広さをもつが、約7割が中山間部であり、公共交通機関の利便性が低いのも特徴の一つである。豊田市内の駅構内の約3割はバリアフリーの対応となっていない。また、バス停にはベンチや上屋が設置されておらず、さらに、道路渋滞に伴って定時運行が難しい。身体障害や高次脳機能障害があり、公共交通機関の利用をしなければならない場合は、果てしなく大変な移動になってしまう。豊田市では、自動車の運転ができなくなると、通勤に時間がかかってしまい、疲労により、出勤後に力の発揮が難しくなってしまうことも考えられる。また、B型などの就労支援事業所の利用も、送迎が無いと利用に繋がらないことも考えられる。 (2) 就労支援の課題 高次脳機能障害から病識の低下を呈している患者の就労支援には会社側との刷り合わせに時間を要す。患者は、就労に対して何も問題ないと考えていても、注意や記憶低下などを認識することができないため、自己で対処ができず、業務や対人関係に支障をきたす恐れがある。当院は、会社側の求めがあれば病状説明の機会を設けることができるが、会社の業務内容に踏み込むことは難しく、患者と会社側との刷り合わせは難航することが多い。そこで、病院と会社側だけで就労支援をするのではなく、仲介役となる機関との連携を図る必要があると、今回の事例を通して気づいた。就労を支える関連機関との連携が日ごろからできることによって、患者・会社側、また、福祉的就労事業者側のニーズに合わせた支援が提供できるのではないかと考えた。 高次脳機能障害は、低下している機能を補える環境が整えば、働きやすくなる。しかし、就労を取り巻く環境へのアプローチは当院だけでは難しく、やはり、関連機関との連携は必須である。 障害があっても、病前のように社会の一員として働ける環境を整えることができたなら、それはまさに、障害を負った患者の「働くことは生きること」への支援に繋がると考える。 【参考文献】 1) 橘木俊詔[編著]『働くことの意味』,杉村芳美「人間にとって労働とは-働くことは生きること-」,ミネルヴァ書房(2009),p.30-35 2) 渡邉修『高次脳機能障害と家族のケア 現代社会を蝕む難病のすべて』,講談社+α新書(2008),p.173-176 3) 豊田市公共交通う基本計画,p.2 p.70 左被殻出血により運動麻痺と高次脳機能障害を呈した40代男性の就労支援 ~医療機関と就労移行支援事業所間の連携~ ○石澤 匠(原宿リハビリテーション病院 作業療法士) 1 はじめに 近年、障害者雇用率の推進等により、職業リハビリテーションに対する認識が回復期リハビリテーションの中で高まってきている。しかし現時点では医療機関と就労移行支援事業所(以下「事業所」という。)間の連携は希薄であり、医療機関と事業所間の連携を題材にした詳細な実践報告はない。今回原宿リハビリテーション病院(以下「当院」という。)と事業所で連携して就労支援を行い、無事復職に至った症例を報告する。 2 基本情報 ①性別:男性、②年齢:40歳代、③職業:ビルメンテナンス会社の営業。正社員であり、週休2日。発症後2ヶ月間は有休消化。その後は発症後2年経過まで休職扱いとなり、傷病手当金が支給予定。④趣味:競馬、飲酒、⑤家族構成:両親と3人暮らし。 3 医学的情報 ①診断名:左被殻出血、②合併症:高血圧症、③現病歴:勤務中に、意識障害、右片麻痺を生じ緊急搬送。保存的加療により病状の改善を認め、1ヶ月後に当院へ転院、180日間のリハビリテーションを実施した。 4 症例情報 症例は入院時病棟生活に車椅子介助を要した。退院時は運動麻痺、感覚障害、高次脳機能障害と失語症が残存したが、病棟生活はノルディック杖を用いて自立し、内服管理も自立した(表1)。 表1 入院時と退院時の比較 5 職場面談 患者の希望で、入院後4.5ヶ月の時点で会社上司を交えて面談を実施した。会社の意向としては患者に対して「是非戻ってきてほしい」と話があったが、復帰時期としては未定。また「休職期間をしっかり使って良くなった状態で帰ってきてほしい」「現時点(退院時点)での復帰は考えていない」との意向であった。 6 事業所との連携 (1) 連携前に行った院内での検討事項 入院後4.5ヶ月の時点(職場面談実施後)で、症例の退院後の予定や課題について、医師、作業療法士(以下「OT」という。)、言語聴覚士、理学療法士、医療ソーシャルワーカー(以下「MSW」という。)で検討を行った(表2)。また検討事項は後日OTから患者に説明し、同意を得た。 表2 院内での検討事項 (2) 実際に行った連携内容 ①開始時期:職場面談実施後、②手段:当院での面談、③参加者:症例、OT、MSW、事業所職員(OT)、④回数:2回、⑤共有内容:表2の情報に加え、訓練場面における高次脳機能障害の影響と、症例が獲得した補完手段、職場面談の結果報告。 7 追跡調査  症例の退院から1年が経過した段階で、症例と事業所職員に対して、電話での聞き取り調査を行った。 (1) 事業所での活動内容 ①障害特性に対する説明書の作成、②グループワークを通じて自己認識の向上、③ピッキング等の軽作業を集団で p.71 役割分担しながら実施、④事務作業課題において当院で獲得した補完手段の再確認、⑤症例が体調を自己管理できるように記録指導。 (2) 退院後~追跡調査までの症例の経過 症例は、退院同月から事業所を利用開始し、10ヶ月後に時短勤務を開始した(表3)。 表3 退院後の経過 退院からの年月 活動内容 0ヶ月(同月) 事業所利用開始(身体障害者手帳を取得するまでは体験利用) 3ヶ月 職場面談実施(業務の切り出しと勤務形態の変更) 7ヶ月 通勤訓練開始(週3~5日出社し、会社上司と面談) 10ヶ月 時短勤務開始(会社のチラシ入れ、パンフレット作成、印鑑業務、Excelの数値入力、請求書・見積書作成) (3) 患者が述べた入院中に実施して良かった点 「入院中に事業所職員と相談できた事」「自身の苦手(高次脳機能障害や失語症)に対してどう取り組むか練習を重ねた事」の2点。 (4) 事業所からの医療機関に期待する点 「患者の高次脳機能障害に対する病識向上」「業務内容を想定した訓練の実施」の2点(いずれも本症例に限定しない)。 8 考察 復職は「勤労者」「企業」および両者を結ぶ「雇用」の3要素が揃って初めて可能となる1)。また脳卒中患者の復職条件として、①日常生活動作遂行能力が高い。②疲労無しに少なくとも300mの距離が歩行できる。③作業の質を低下させずに精神的負荷を維持できる。④障害の受容ができている。の4点が挙げられる2)。本症例をこれらの条件に当てはめて考えると、退院時点では、「勤労者」としての条件はある程度達成していたが、「企業」や「雇用」に関しては、入院中の職場面談の結果から、雇用形態の変更等の準備が整っておらず、復職が可能な条件を満たしていなかったと考えられる。一方症例が復職を果たした時期をみてみると、事業所から職場に対して、業務の切り出しや雇用形態の提言があり、「企業」や「雇用」の条件が達成されたものと考えられる。したがって症例が復職を達成した背景には、医療機関と事業所の連携により、「勤労者」「企業」「雇用」の条件が達成された事が挙げられる。症例においてはその連携の場が、入院中の3者(当院医療従事者・症例・事業所)面談であった。退院時期や事業所の通所開始時期、退院時点での復職への課題、今後の方針等の情報が3者で共有され、各々の役割分担が明確になった事で、課題に対する認識の齟齬が減少、円滑な連携が図れたのではないかと考えられる。脳卒中患者における機能障害は身体機能に限局せず、障害が目に見えない高次脳機能障害も多い。これらの多彩な障害に対しては、医療機関と事業所で協力し、多職種支援チームの構築によって対処していく必要があると考える。 【参考文献】 1)佐伯 覚ほか:『脳卒中の復職の現状』.第43回日本脳卒中学会講演シンポジウム,脳卒中41:411-416,2019 2)Merlamed S,Ring H,,Najjenson T:Prediction of functional out-come in hemiplegic patients.Scand J Rehabil Med 12:129-133,1985 3)日本作業療法士協会:作業療法白書2015.日本作業療法士協会,pp66-76,2016 4)芳賀大介ほか:『脳卒中の就労支援』;脳卒中の作業療法最前線.作業療法ジャーナル VOL.55 NO.8(7月増刊号),三輪書店,951-955,2021 【連絡先】 石澤 匠 医療法人社団原宿リハビリテーション病院 作業療法士 reha@harajuku-reha.com p.72 千葉県総合難病相談支援センターにおける 難病患者の就労支援と今後の展望 ○横内 宣敬(千葉大学医学部附属病院 患者支援部 ソーシャルワーカー) 江島 咲紀・除村 由紀子・馬場 由美子・市原 章子(千葉大学医学部附属病院 患者支援部) 石井 雅也(千葉公共職業安定所 専門援助部門) 1 はじめに 難病疾患は医療の発達で慢性化の経過をたどることも多く、適切な合理的配慮があれば、治療と就労の両立が図れる分野であり、就労支援の必要性は高い。ただし、難病患者が直面する問題は多岐にわたり、課題は複合的であるため、一つの職種や機関だけでは対応は難しく、その対応には多職種・多機関連携が求められる1)。しかし、各機関の専門性や枠組みの違いから、円滑な連携は困難であることが多いと指摘されており、役割分担と連携のあり方が議論されている2)。 千葉県総合難病相談支援センター(以下「当センター」という。)は、千葉大学病院に設置された医療機関受託型の難病相談支援センターである。2014年度から就労支援の取り組みを開始し、就労支援に関する研修会や検討会を行ってきた。2017年度からは社会保険労務士(以下「社労士」という。)を配置し、患者に対する就労相談を行っている。 就労支援における医療機関の役割として、中村ら(2019)3)は、労働者が職場に必要な配慮を求めるための疾患教育や医療者と事業所との情報共有、定着のための継続支援などの必要性を指摘している。また、松本(2020)4)や園部ら(2021)5)は、難病相談支援センターが担うべき役割について、患者自身の疾患理解や必要な配慮事項の情報提供があると述べている。 本稿では、当センターのこれまでの就労支援を取り組みと相談実績を振り返り、就労相談のニーズを検討して、医療機関に設置されている当センターが担うべき役割と今後の展望について考察する。 2 方法 当センターが就労相談を開始した2017年9月から2023年6月までの期間で社労士が介入した相談実績について、相談内容についてのデータ集計を行う。また、2014年から当センターで実施された研修会の内容とその反応を後方視的に振り返り、センターに求められる役割と課題について考察する。 3 就労相談の実績 (1) 集計する統計データ 使用するデータは、当センターの社労士が就労相談を開始した2017年9月から2023年6月までの期間で、当センターで管理している相談受付票と相談記録からデータセットを作成した。期間内に複数回相談に訪れた相談者については、相談内容が前回と異なると判断される場合は、別の相談としてカウントしている。 データの項目は年齢、性別、疾患、相談内容である。疾患に関しては、「難病」「難病以外」のカテゴリーに分類した。相談内容は、初回面談の際に相談者から表出があったものと支援者が必要だと判断したものを、「両立」「復職」「休職」「退職」「新規」「その他」の項目に分類した。「両立」とは就業中で両立に関する相談を示し、「復職」は休職の状態から復帰する際の相談を示している。「休職」は休職の取得や延長に関する相談で、「退職」は退職時の手続きや不利益に関するもの、「新規」は、失業の状態から新規就職に関する相談を示す。以上の項目で分類できないものは「その他」とした。相談内容に関して、複数の項目に該当する相談は、それぞれ該当項目に割り当てている。 (2) 集計結果 就労相談の総件数は278件(相談者延べ人数)で、うち男性が176件、女性が99件、性別不明が3件であった。年代別にみると、20歳未満が2件、20~40歳が59件、40~60歳が177件、60歳以上が27件、年齢不明が13件であった。性別では男性が全体の63.3%と多くの割合を占めており、年代では40~60歳が63.7%と全体の約2/3を占めている。疾患別では、指定難病をもつ患者が175件、それ以外が103件で、相談者のうち約60%が指定難病患者であった(表1)。 表1 年代別、性別、疾患別の相談内容 p.73 相談内容別にみると、全体では復職が24.4%で最も多く、次いで新規が23.5%、休職が21.3%と続いている。 相談内容に関しては、復職や新規の項目が多い結果となった。これは休職や退職を経て、従来の働き方では就労継続が困難になってきており、新しい働き方を模索する必要性が出てきていることが示唆されている。症状増悪などを契機に、働き方の再調整が必要になっている現状が読み取れる。 4 当センターにおける支援体制の整備と取り組み 当センターでは2014年度から就労支援に取り組んでおり、支援者向け研修会の開催から事業をスタートした。2017年度から専任の就労支援担当職員として社労士を配置し、就労支援の相談対応を開始した。 疾患をもつ患者の就労支援においては、復職や就労継続の有効性が知られており、早期介入による離職防止の対応が求められる6)。特に難病の診断や病態悪化に対応する急性期病院においては、退職リスクの増大が懸念7)されており、安易な離職を防止するため、「労働者の権利」について早期に正しい情報提供を行うことで、患者と雇用側の情報の格差を埋めることが必要であった。社労士は労働関連法規の専門家であり、法的な支援をすることで、就労上の不利益から守る役割を担っている。 就労支援においては、様々な就労支援機関が連携し、役割分担をして対応していくことが求められるため、2018年度に難病患者就労支援シンポジウムを、また2019年度は難病患者就労支援ワークショップを開催し、よりよい連携が図れるように各関係機関の特徴を共有する機会を設けた。 各関係機関の設立趣旨や特徴、得意分野を共有し、就労支援でどの役割を担っていくかについて協議を行った。ニーズや課題に応じて適切な支援機関に繋げることを目的に、難病患者就労支援フローチャートを作成した。 難病患者就労支援フローチャートは、相談者から表出されたニーズに対して、どの課題をどの機関が担うのか、対応の流れを整理したものである。このフローチャートによって、各機関の専門性や特徴、担うべき領域について、関係機関で共有することができた。一方で、フローチャートの使用者からは、相談者が抱える複合的な問題についてはフローチャートでは対応できず、使えるシーンが限定されるといった声も聞かれた。 そうした議論を踏まえ、2020年度は、直接的に難病患者の就労支援を実践・展開されている就労支援ネットワークONEから、2021年度は東京都難病・相談支援センターから、2022年度は産業医科大学病院両立支援科の医師からの講義を研修会として開催した。 2020年度からの研修会を通して、各機関の共通の取り組みとしては、患者側に対しては、自らの疾患の理解を促す支援が行われており、また主治医と産業医との連携や雇用側への疾患情報の提供の必要性が挙げられていた。 5 考察とまとめ 中村ら(2019)3)によれば、両立支援における障壁として、患者が早期に必要な支援にたどり着くまでの障壁、事業所側の心理的障壁、診断書・意見書の作成に関する課題などが報告されている。当センターは社労士を配置したことにより、早期の情報提供による離職防止の体制、またフローチャートの作成で早期に支援に繋げる体制は整えることができた。一方で、集計結果から復職や新規就労に関する相談が多い現状が明らかになった。これは罹患や増悪で働き方の再調整が必要になり、そこに相談ニーズが発生しているものと考えられる。働き方を再調整するためには、難病疾患の症状や特徴を踏まえた職業評価が必要であり、今後、医療機関にある当センターとしては、院内の資源を活用して、職業評価の精度を上げていく必要がある。 さらに先行研究においても、研修会での議論においても、患者教育と医療者・事業所間の疾患情報の共有の必要性が訴えられており、センターで行った職業評価を本人と共有すること、また多機関で共有して連携を強化していく方法も検討していく必要がある。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター「企業と地域関係機関・職種の連携による難病患者の就職・職場定着支援の実態と課題」調査研究報告書No.155,(2021) 2)障害者職業総合センター「地域関係機関・職種による障害者の就職と職場定着の支援における役割と連携のあリ方に関する研究」調査研究報告書No.147,(2019) 3)中村 俊介他「「医療機関における両立支援の取り組みに関する研究」厚生労働省総合研究報告書,(2019) 4)松本由美『東京都多摩難病相談・支援室における難病患者の就労支援について』,「難病と在宅ケア」,(2020),vol26, p.28-32 5)園部律子他『茨城難病相談支援センターにおける就労相談事業の取り組みと今後の課題』,「難病と在宅ケア」,(2021), vol27,p.5-8 6)厚生労働省「がん患者・経験者の仕事と治療の両立支援の更なる推進について」,(2019) 7)高橋都ら「働くがん患者の職場復帰支援に関する研究」,(2016) p.74 p.75 研究・実践発表 ~口頭発表 第2部~ p.76 障害者の職域拡大 ~福祉職員だった私が、当事者になって今できる事~ ○岩﨑 宇宣(相模原市社会福祉事業団 障害者支援センター多機能型事業所 生活支援員) ○杉之尾 勝己(相模原市社会福祉事業団 障害者支援センター多機能型事業所 利用者) 1 はじめに 発表者の岩﨑は社会福祉法人相模原市社会福祉事業団障害者支援センター多機能型事業所(以下「事業団」という。)就労継続支援B型事業(以下「就継B」という。)の担当職員、共同研究者の杉之尾は事業団の就継Bに通所している利用者であり、この両者の検討と現状を報告する。 2 背景と目的 共同研究者の杉之尾は、約27年間、障害者施設の職員として勤務し、2016年脳出血を発症、その後、後遺症で麻痺が残り、事業団の就継Bに通所する事となった。職員と利用者という両方の立場を経験し、その経験をどこかで活かすことができないかと日々模索している。 障害福祉サービスの利用にあたっては、個別支援計画をもとに計画の目標に向けて、日々活動に取り組み、サービス提供側も同じく目標に向けて利用者支援を行うこととなっている。現在の杉之尾の目標は、「通所をしながらオンブズマンの手伝いのような仕事ができるようになる」というもの。杉之尾の担当職員である岩﨑は、そのような杉之尾の思いを個別支援計画素案作成の際に知り、支援者としてどのようなことができるのかを模索するようになった。 (1) 杉之尾:学生時代 福祉専門学校時代に先輩からの誘いで「障害者の自立を考える会二人三脚」という活動に、ボランティアとして発足の準備段階から参加した。「障害者の自立を考える会二人三脚」は、重度障害者が行事を通して自立について考え、話し合うという取り組みであった。その中で、利用者から障害者の現状を初めて聴き、重度障害者が社会で自立をする難しさを当時は感じた。具体的活動は、ワープロ学習会や電車のラッシュアワー体験、ディズニーランドへ行く等、重度の障害者が普段できないがやってみたいという要望に応えるべく、ともに活動し挑戦した。 そのような取り組みを行っている中、現在目指す事のきっかけとなるとても印象深い出来事があった。それは家族が体調不良となった利用者が、緊急で入所施設を短期利用した時のことである。利用後、その利用者から「利用中に窮屈な思いや嫌な思いをし、2度と利用したくない」と必死に訴えがあった。その話を聴き、利用者や職員で話し合い、重症障害者が入所施設以外に宿泊利用できる場が少ない現状や、利用者の親なき後の居所に対する心配の声があがり、自分たちでグループホームを作ろうという事になった。その後グループホーム学習会が行われ、グループホーム利用のために、食料の買い出しや料理等、グループホームで必要なスキルを職員と共に練習した。学習会を重ね、紆余曲折あったがなんとか皆が理想とするグループホームを設立することができた。 (2) 杉之尾:職員時代 専門学校を卒業後、新卒で社会福祉法人に入職し、約27年間障害者施設の職員として勤務をした。入所部門配属時担当利用者の中に、強度行動障害の方がいた。強度行動障害者の中には、伝えたいことをうまく伝えられない、コミュニケーションを取ることが苦手、行動に強い拘りがあり新しい場面や行動に移ることが苦手等の要因から、気持ちが不安定になり混乱し、大声をだしたり、自傷や他害等という表現で気持ちを表出する事があった。支援に対する専門的な知識や、権利擁護に関するしっかりとした知識がなかったため、そのような場面で威圧的な対応や、安全のためといいながら安易な身体拘束をしていた。その時はおかしいなと少し疑問を感じながらも、周りの職員も同様に行っている環境から同調圧力を感じ、職員にとっての楽な支援をしていた。 (3) 杉之尾:発症 2016年に脳出血を発症し、左半身が麻痺となる。要介護2の認定を受け身体障害者手帳を取得した。受傷直後は、声はでるが、うまく言葉がでない時やうまく相手に伝えることができない場合があった。言いたい事が理解されない苦しみを直に体験する事となった。 そのような経験をし、職員時代に支援をしていた利用者も伝えたい事がもっとあったのではないか、利用者の思いをしっかり受け止めていなかったのではないか、職員にとっての楽な支援を行っていた出来事が大きな疑問となり心残りに変わった。 (4) 目的 杉之尾は施設の通所者となり、学生時代の活動を思い出し、職員時代の自身の支援を振り返り、通所者だから感じることを改めて考えるようになった。その中で「障害者の権利を守り、自分自身で選択をして生活や仕事が当たり前のようにできる社会を目指したい」という思いに至り、そのためには、利用者と職員がボランティア時代に経験したように共に歩むことが大切だと考えた。 p.77 同時に、岩﨑は杉之尾の個別支援計画の「通所をしながらオンブズマンの手伝いのような仕事ができるようになる」という目標の背景には「障害者の権利を守り、自分自身で選択をして生活や仕事が当たり前のようにできる社会を目指したい」という思いがあると知り、オンブズマンの手伝いのような仕事以外にも、杉之尾の強みや経験をどこかで活かすことができないかと地域の資源を調査研究した。杉之尾の性格は穏やかで、人の話を聞く事や、他の利用者が困っていることを職員に伝えることも得意だ。 地域の資源としては、通所先である事業団は、相模原市にあり、相模原市福祉オンブズマンネットワーク(地域ネットワーク型オンブズマン)、相模原市障害者自立支援協議会等、障害者や関係機関が連携、情報共有することで、障害者の支援体制を構築していく資源が活発に活動している地域である。そのため、そのような機関に杉之尾が参加することで、杉之尾が望む活動が実現できる場が生まれる可能性があると感じた。   3 現在の取り組み 個別支援計画をもとに長期目標を達成するため、杉之尾と岩﨑(支援者)が支援内容や課題に対しそれぞれ取り組んでいる。杉之尾が取り組むこととしては、障害者の権利擁護に携わる者として必要なスキルを身につけることを目的に、①記録記載のためパソコン入力の能力を高める②権利擁護について自主学習する③面接スキルを向上させる(訪問リハビリによる発声練習、カウンセリング力を高めるためのヘルピングスキルの学習等)ことを努力することとし、一方岩﨑(支援者)は、①オンブズマン以外に杉之尾が携われる機関を探す、②杉之尾自身が努力することの支援を行うこととしている。 4 今後の取り組みと目標 「3 現在の取り組み」をさらに発展させるために、杉之尾は、通所の活動場面で、他の利用者の思いを代弁すること、岩﨑(支援者)は新たな機関の開拓を行っている。相模原市の福祉オンブズマンネットワーク事務局や通所先に派遣されているオンブズマンに杉之尾の思いを伝え、杉之尾がオンブズマンとして活動できるか投げかけているところである。また、先日は相模原市障害者自立支援協議会の傍聴を行い、杉之尾自身が参加できることを模索している。岩﨑はピアサポーター制度等を研究し、杉之尾が活躍できるかどうかを調査しているところである。 このように、現在調査を実施している最中であるが、杉之尾が本当に望む活躍の場を提供することができるかは確証がない。また、今現在、杉之尾の目標達成のために関わっている機関は事業団のみであり、一施設の力には限界を感じる。杉之尾が望む場が見つからない場合は、杉之尾が学生時代取り組んできたように、一人の利用者の思いを関係機関と共有、連携することで新たな資源の構築にむけて取り組む必要がある可能性があることを留意しておかなければいけないと発表者は感じている。 p.78 障害者の雇用の実態等に関する調査研究① :障害のある労働者自身が考える合理的配慮の必要性と実施状況 ○渋谷 友紀(障害者職業総合センター 上席研究員) 三浦 卓・井口 修一・大谷 真司(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 2013年に、厚生労働省が、障害のある労働者本人に対し雇用の実態等を聞く包括的かつ基礎的な調査を実施して以降、障害のある労働者本人に対する同様の調査は行われていない。そこで、本調査研究は、事業所に雇用されている障害者を対象に、その職場環境・労働条件、必要な合理的配慮、利用している支援機関等の実態を明らかにすることを目的として実施した。本発表では、その結果のすべてを紹介することはできないため、障害のある労働者が雇用されるに当たり、当人の働きやすさに関係する環境要因の1つである合理的配慮に焦点を当てた分析結果の一部を示す。 2 本調査研究の方法 (1) 対象者 総務省統計局が整備する事業所母集団データベースを利用し、常用労働者5人以上を雇用する事業所のうち、日本標準産業分類に基づく産業大分類(「その他」を除く18カテゴリー)×従業員規模(6カテゴリー)×地域(2カテゴリー)による層化法により15,000事業所を抽出した。本調査研究では、抽出した事業所に雇用されている身体障害者、知的障害者、精神障害者、発達障害者、高次脳機能障害者、難病のある者を調査対象とした。 (2) 調査方法 抽出した事業所の障害者の雇入れ・雇用管理の担当者に、「調査票A(身体障害、精神障害、発達障害、高次脳機能障害、難病のある方向け調査)」、「調査票B(知的障害のある方向け調査)」の調査票を送付し、調査票AとBを雇用しているすべての障害者へ配布するよう求めた。その上で、調査票AとBの回答は、紙の調査票に自記式で回答した障害者本人による郵送、もしくは障害者職業総合センターのホームページ内に設けた「アンケート回答サイト」への入力にて受け付けた。 (3) 回答基準日及び調査期間 2021年10月1日現在を回答の基準日とし、2021年10月~11月にかけて実施した。 (4) 回答者数 調査票Aは5,698件、調査票Bは1,166件が有効回答であった。障害者の全体数が事前に把握できるわけではないため、回収率は示さない。なお、本発表では、同一の調査票(調査票A)を用い、比較が可能な身体障害、精神障害、発達障害、高次脳機能障害、難病の5つの障害カテゴリーを分析対象とする。 (5) 分析内容と方法 合理的配慮について聞いた設問では、現在の職場でどの 表1 障害カテゴリーごとの合理的配慮項目の配慮必要数・配慮必要率 p.79 ような配慮があるかを明らかにするため、19の代表的な配慮項目について、「1.十分な配慮を受けている」「2.配慮を受けているが不十分」「3.必要だが配慮をうけていない」「4.配慮を受ける必要がない」「5.わからない」という5つの選択肢から1つを選ぶよう求めた。この設問について、本稿では、「その他」を除く18項目とした上で、次の2点を検討する。 まず、ある配慮項目全体の回答に1~3が占める数は、その配慮を必要とする者の数(配慮必要数)と考えられる。そこで、①どの配慮項目がどの障害カテゴリーで必要とされているかを検討するため、各項目の有効回答数に占める配慮必要数の割合(配慮必要率)を障害カテゴリー間で比較する。 その上で、1~3の選択肢が、当人が提供されていると感じた配慮の程度を示していると考えられることから、②当該配慮を必要とする労働者に配慮がどの程度実施されているかを、配慮必要数に占める1~3の回答比率について、障害カテゴリー間で比較・検討する。 3 結果 (1) 配慮必要率 各配慮項目の障害カテゴリーごとの配慮必要率を表1に示し、配慮必要率が5割を超えたものを太字とし、各障害カテゴリーで最も大きい比率を太枠で囲った。 すべての障害カテゴリーで6割を超えたのは、「調子の悪いときに休みやすくする配慮」であった。次いで、すべてではないが多くの障害カテゴリーで半数を超えた項目が、「能力が発揮できる仕事への配置」(4割弱~8割弱)、「上司などによる定期的な相談」(4割~8割弱)であった。 また、いくつかの配慮項目で一部の障害カテゴリーの配慮必要率が大きくなる項目が見られた。「作業を容易にする設備・機器の整備」は、他が最大で4割程度であるのに対し、視覚障害のある労働者では64.0%と大きな値であった。「コミュニケーションのための配慮」では、2~5割程度の配慮必要率を示す障害カテゴリーがあるなか、聴覚言語機能に障害のある労働者では74.8%に上った。この配慮項目では、精神障害、発達障害、高次脳機能障害でも6割程度の配慮必要率を示した。 (2) 配慮の程度 全体の配慮必要率が大きいとして(1)で取り上げた3配慮項目について、障害カテゴリー別の配慮の程度を確認する。配慮の程度は、配慮必要数に占める「1.十分な配慮を受けている」(十分配慮)、「2.配慮を受けているが不十分」(不十分配慮)、「3.必要だが配慮を受けていない」(未配慮)の比率で検討する。その際、障害カテゴリーによって選択肢1~3の比率が変動するかどうかを確認するため、カイ2乗検定を行う。 ア 調子の悪いときに休みやすくする配慮 全体としては、すべての障害カテゴリーで「十分配慮」が7割を超えていた。一方、カイ2乗検定の結果は有意であった(χ^2 (14)=27.146,p=.018 (p<.05),V=.061 )。どの障害カテゴリーの、選択肢1~3のどの比率が、他の障害カテゴリーと比べて大きく(小さく)なるかを確認するため、残差分析を行ったところ、視覚障害で「不十分配慮」が(19.8%)、聴覚言語機能で「十分配慮」が有意に大きく(83.0%)、「未配慮」が有意に小さかった(6.1%)。また、内部障害では、不十分配慮が小さかった(9.6%)。 イ 能力が発揮できる仕事への配置 「十分配慮」の比率がすべての障害カテゴリーで6割~7割弱のあいだに収まっていた。カイ2乗検定の結果は有意ではなく(χ^2 (14)=23.150,p=.058 (p>.05),V=.060)、障害カテゴリーによって配慮の比率が大きく変わることは確認されなかった。 ウ 上司などによる定期的な相談 全体では、「十分配慮」が5~6割程度であった。一方、カイ2乗検定の結果は有意であった(χ^2 (14)=45.493,p<.001,V=.085)。残差分析の結果、聴覚言語機能で「十分配慮」の比率が有意に小さく(52.6%)、「不十分配慮」の比率が有意に大きかった(28.4%)。反対に、発達障害では「十分配慮」の比率が有意に大きく(66.2%)、「未配慮」の比率が有意に小さかった(13.9%)。また、肢体不自由では「未配慮」(21.1%)、精神障害では「不十分配慮」(25.2%)の比率が有意に大きく、内部障害では「不十分配慮」の比率が有意に小さかった(15.8%)。 4 考察 配慮必要率が多くの障害カテゴリーで大きかった「調子の悪いときに休みやすくする配慮」や「能力が発揮できる仕事への配置」、「上司などによる定期的な相談」などは、障害のある労働者一般に必要性が高い配慮であると考えられる。また、視覚障害のある労働者は作業のための設備・機器を必要と考え、聴覚言語機能に障害のある労働者はコミュニケーションのための配慮が必要と考えるなど、障害カテゴリーによって必要な配慮の特徴が見出された。 配慮必要率の高かった項目について、配慮が提供されている程度を確認したところ、全体として「十分配慮」の比率が大きい項目、たとえば「調子の悪いときに休みやすくする配慮」のように、視覚障害で「不十分配慮」率が大きく、聴覚言語機能で「十分配慮」率が大きくなるなど、微妙な差が認められるものもあった。 今後は、これらの分析をさらに進め、障害カテゴリーごとにどのような配慮が必要か、どのような配慮が十分ではないかということを把握する必要がある。 p.80 障害者の雇用の実態等に関する調査研究② :雇用事例にみる障害者の従事職務の実際 ○三浦 卓(障害者職業総合センター 上席研究員) 渋谷 友紀・井口 修一・大谷 真司(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 厚生労働省の調査1)によれば、2022年6月1日現在、民間企業における雇用障害者数は過去最高であり、特に精神障害者の伸び率が高くなっている。 一方、事業所を対象にした厚生労働省の2018年の調査2)では、障害者雇用における課題として、「会社内に適当な仕事があるか」が最も多く挙げられており、事業所は障害者の職務設定に困難を抱えていることがうかがわれる。 そこで、本調査研究は事業所の職務創出・再設計、就労支援機関の事業所支援等の参考となるよう、障害種類別、産業別等に障害者が実際に従事している職務内容等の実態を明らかにすることを目的として実施した。本発表では、「事業所を対象としたアンケート調査」及び追加で行った「ヒアリング調査」の調査結果の一部について報告する。 2 方法 (1) 調査対象と調査方法 総務省統計局が整備する事業所母集団データベースを用いて、日本標準産業分類(2013年10月改定)に基づく18カテゴリーの産業大分類に属する常用労働者5人以上を雇用する事業所のうち、従業員規模(6カテゴリー)×地域(2カテゴリー)による層化抽出により無作為に15,000事業所を抽出した。抽出した事業所の障害者の雇入れ・雇用管理を担当している方あてに「障害者の雇用の実態等に関する調査(障害者の雇い入れ・雇用管理を担当されている方を対象とした事業所調査)」(以下「事業所調査」という。)の調査票を送付した。回答について、紙の調査票に自記式で回答し郵送する方法とアンケート回答サイトに入力して回答する方法の2種類を用意した。 また、事業所調査の中で、アンケートの回答に関わるより詳細な内容について、ヒアリング調査に協力いただけるかを確認し、協力可能と回答した事業所のうち、雇用した経験がある障害者の障害種別、産業、事業所規模を考慮して24の事業所にEメールでのヒアリング調査を行った。 (2) 調査時期 ア 事業所調査 2021年10月末~2021年11月末を調査期間とした。 イ ヒアリング調査 2022年8月~2022年10月にEメールの送付及び回答の受付を行った。 (3) 調査項目 ア 事業所調査 事業所の形態、主な事業内容、事業所及び事業所を含む企業全体の従業員数、現在雇用している・もしくは過去に雇用していた障害者の障害種別、障害種別ごとの具体的な職務内容等を尋ねた。 イ ヒアリング調査 主な事業内容、雇用している障害者の障害種別の実人数、雇用している障害者のうち精神障害・発達障害・高次脳機能障害・難病に該当する方の業務内容等に関する情報(障害種別、配属先・職種、雇用形態、具体的な業務内容、具体的な業務内容のうち障害者雇用のために業務から切り出した業務や新たに創出した業務、配慮事項等)、配置先及び職務内容検討時に苦慮したこと及びその解消の取組・工夫、今後の自社での障害者雇用における職務内容について懸念している点及びそれに対する対応策を尋ねた。   3 調査結果 (1) 事業所調査 2,734件の事業所から有効な回答を得た(回収率19.9%)。 今回は調査結果のうち、主要な設問について、その結果を報告する。 ア 事業所の形態 「一般の事業所」が97.1%と大半を占めた。次いで「特例子会社」が0.9%、「就労継続支援A型事業所」が0.4%であった。1.6%は不明であった。 イ 主な事業内容 「製造業」が13.5%と最も多かった。次いで、「医療・福祉」が13.0%、「サービス業(他に分類されないもの)」が11.6%であった。1.0%は不明であった。 ウ 事業所の従業員規模 「100~499人」が42.4%と最も多かった。次いで「30~99人」が23.1%、「500~999人」が11.1%であった。 エ 企業全体の従業員規模 「1,000人以上」が38.4%と最も多かった。次いで「100~499人」が30.4%、「500~999人」が11.9%であった。 オ 障害者を現在雇用している、もしくは過去に雇用していた事業所の割合(障害種別) 現在雇用している、もしくは過去に雇用していた障害者 p.81 の障害種別について10の項目から、当てはまるものをすべて選ぶことを求めた。「身体障害(肢体不自由)」が60.5%と最も多かった。次いで「精神障害」が47.5%、「身体障害(内部障害)」が46.6%であった。 カ 障害者が従事する具体的な職務内容(速報) 障害者が従事する具体的な職務内容について自由記述で回答を求めた。回答内容を研究担当者2名により263の課業に区分した。回答数が多かった課業は表1のとおりである。 キ 産業別の回答数が多かった課業(速報) 回答数の多かった課業について、18の産業分類別に確認した。一例は表2のとおりである。 ク 障害種別の回答数が多かった課業(速報) 回答数の多かった課業について、10の障害種別に確認した。一例は表3のとおりである。 ケ 産業別×障害種別の回答数が多かった課業(速報) 回答課業について18の産業分類別と10の障害種別にクロス集計を行った。一例は表4のとおりである。 表1 回答数上位10種の課業 表2 製造業の回答数上位10種の課業 表3 肢体不自由の回答数上位10種の課業 表4 製造業×肢体不自由の回答数上位10種の課業 ※従業員1人当たりの従事する課業数は各人ごとに異なる。 (2) ヒアリング調査 24の事業所から、計73の事例について収集した。 今回は調査結果のうち、主要な設問について、その結果を報告する。 ア 雇用している障害者の業務内容等に関する回答 具体的な業務については、「健常者も同様に行っている業務、またはその一部を障害のある者の業務内容としつつ、難易度や負担度を踏まえ、一部業務を外す、期限が厳格でないものを選ぶ」等の対応をしているといった回答が多く見られた。また、配慮事項として「勤務の日時や休憩時間に関する内容」、「定期面談の実施」、「指示・指導方法に関する内容」等の回答が見られた。回答の一例は図1のとおりである。 図1 ヒアリング調査回答例 イ 配置先及び職務内容検討時に苦慮したこと及びその解消の取組・工夫 精神障害・発達障害・高次脳機能障害・難病に該当する方を雇用する際の配置先及び職務内容検討等において、苦慮したこと及びその解消の取組や工夫については、「適性・能力の把握及び業務内容の検討」に関する回答が複数あった。その他、「労務管理に関すること」、「社員における障害理解に関すること」等を内容とした回答があった。 ウ 今後の自社での障害者雇用における職務内容について懸念している点及びそれに対する対応策 今後における障害者の職務内容について、自社で懸念している点及び対応策については、「ペーパーレス化に伴う業務減少」、「単純入力作業の減少」等の回答が複数あった。その他、「顧客への対応業務が主体である」などの事情、「高齢化による問題」などの回答があった。一方で、対応策に関する回答は多くはないが、ペーパーレス化等による既存業務の減少に対しては、「他業務の検討」や「今後に向けて障害者の育成」を行う等の回答があった。 4 終わりに 今回の事業所調査では、障害者が従事する具体的な業務内容について幅広いデータを収集することができた。また、ヒアリング調査では、事業所が取り組んでいる職務創出・再設計、それに付随する工夫や合理的配慮、今後の懸念等について事業所担当者のさまざまな声を聴くことができた。引き続き、内容の整理、分析を行い、最終的な内容について2023年3月に調査研究報告書として公表する予定である。 【参考文献】 1)厚生労働省(2022)『令和4年障害者雇用状況の集計結果』 2)厚生労働省(2018)『平成30年度障害者雇用実態調査結果』 p.82 デジタル化に伴う障害者雇用への影響等に関する 企業アンケート調査の結果から ○秋場 美紀子(障害者職業総合センター 主任研究員) 大石 甲・中山 奈緒子・堂井 康宏・永登 大和(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 AI等の新技術の進展が、働き方や雇用に大きな影響を与えることが想定されており、障害者の職域においても影響があることが予想される。そこで、障害者職業総合センターでは、2021年~2023年度に「AI等の技術進展に伴う障害者の職域変化等に関する調査研究」を実施している。 本発表では、上記調査研究の一環として行った企業に対するアンケート調査の結果について、デジタル化に伴う障害者雇用への影響を中心に報告する。 2 方法 (1) 対象 2021年障害者雇用状況報告において障害者を1人以上雇用している企業から14,438社抽出し、各社において障害者雇用を総括している担当者に回答を求めた(特例子会社562社にも同調査を実施したが、本発表では割愛する)。 (2) 実施機関と実施方法 2022年8月~9月に、当機構のアンケート調査用Webフォームを用いてアンケート調査を実施した。調査対象企業に対し、WebフォームのURL及び二次元コードを記載した調査依頼文書を郵送した。 (3) 調査内容 ・企業の属性、障害者の雇用状況、従事している業務 ・デジタル機器等の活用や業務の状況 ・デジタル化に伴う障害者雇用への影響 3 結果 (1) 回収状況 企業14,435社(宛先不明3社を除く)に依頼状を送付し、3,693社(有効回答率25.6%)から回答を得た。 (2) 障害者の雇用状況と従事している業務 雇用している障害者の障害種別(複数回答)については、身体障害77.0%、精神障害40.4%、知的障害36.6%の順で割合が高かった。 障害者が従事している業務(複数回答)については、「事務、事務補助」39.3%、「製造、ものづくり」24.4%、「清掃、衛生管理」22.0%の順で割合が高かった。 (3) デジタル化に伴う障害者雇用への影響 5年前と比較して社会全体や企業におけるデジタル化の進展が障害者雇用へどのような影響を与えていると思うかについては、「特に影響なし」が半数を占めており、プラスの影響があった(「プラスの影響が大いにあった」及び「どちらかというとプラスの影響があった」の計)と考える企業は約2割であった(図1)。 今後の社会全体や企業におけるデジタル化の進展が将来的に障害者雇用へどのような影響を与えると思うかについては、企業の約4割がプラスの影響がある(「プラスの影響が大いにある」及び「どちらかというとプラスの影響がある」の計)と考えていることがわかった(図1)。 図1 デジタル化に伴う障害者雇用への影響 (4) デジタル業務の従事状況とデジタル化の影響 障害者のデジタル業務への従事状況別に、企業を表1に示す4群に分けた。 表1 デジタル業務の従事状況(群名一覧) 4群別に、これまでのデジタル化の影響を集計したところ、高度情報処理群ではプラスの影響が約4割を占め、非従事群では「特に影響なし」が約7割を占めた(図2)。 図2 デジタル化に伴うこれまでの障害者雇用への影響(群別) p.83 同様に、今後のデジタル化の影響を集計したところ、高度情報処理群の約6割がプラスの影響があると考えており、非従事群では「特に影響なし」と「どちらともいえない」を合わせて約7割を占めた(図3)。 図3 デジタル化に伴う今後の障害者雇用への影響(群別) (5) デジタル化に伴う障害者雇用への具体的な影響 デジタル化に伴う障害者雇用への影響は「特になし」と回答した企業を除く1,775社に対し、障害者雇用への具体的な影響19項目について5件法で聞いたところ、「当てはまる」及び「やや当てはまる」の計では、「障害者の業務の効率性・正確性が向上した」(31.4%)、「障害者の業務の手順が単純化した(簡単になった)」(30.9%)、「組織全体の生産性が向上した」(30.3%)の順に割合が高かった。 (6) デジタル業務の従事状況とデジタル化の具体的な影響 デジタル化に伴う障害者雇用への具体的な影響19項目について、最尤法、プロマックス回転による探索的因子分析(n=1,583、特例子会社168社含む。)を行い、総合的に考慮し、4因子が妥当と判断した。抽出された4因子について、項目の内容から表2のとおり命名した。 表2 デジタル化の具体的な影響(因子分析結果) 抽出された具体的な影響4因子について、各群の因子得点を求めた。高度情報処理群では、「業務拡大・効率化」因子及び「テレワーク化」因子の因子得点がやや高く(該当の回答傾向)、非従事群では、全ての因子の因子得点がマイナス(非該当の回答傾向)だった(図4)。 図4 デジタル業務とデジタル化の具体的な影響(因子得点) (7) デジタル業務の職域開発とデジタル化の具体的な影響 次に、障害者をデジタル業務に従事させるようになったきっかけに関する設問の回答から、業務の範囲の変化・拡大や新たな職域としてデジタル業務に従事させている企業を「職域開発群」、従来からあるデジタル業務に従事させている企業を「従来業務群」とし、障害者雇用への具体的な影響4因子の因子得点を算出したところ、職域開発群において、業務拡大・効率化因子と支援負担増因子の因子得点がやや高い値(該当の回答傾向)であった(図5)。 図5 職域開発とデジタル化の具体的な影響(因子得点、企業) 4 考察 企業はAI等の技術進展に伴う障害者雇用への影響について、現時点では特に影響がないか、ややプラスの影響があると捉えていることがわかった。 デジタル業務の従事状況別では、企画・調整・判断等を伴う高度なデータ処理等の業務を行う障害者がいる企業において、影響をよりプラスと捉えており、業務の効率性・正確性の向上、手順の単純化、組織の生産性の向上といったポジティブな影響を感じる傾向があることがわかった。一方、障害者の業務のデジタル化を職域開発として取り組む場合には、それに加え支援負担増の傾向も見られた。 近年、企業において、RPA開発やアノテーション等新たなデジタル業務に障害者が従事する例や、デジタル技術の活用によりこれまで従事できなかった業務に従事できるようになった例なども見られるところである。今後、さらに社会全体や業務のデジタル化が進んでいく中で、デジタル技術の活用は、障害者の職域拡大の方策の一つとしても拡大していくことであろう。 p.84 特例子会社で障害者が従事する業務の状況 -過去5年間の業務の増減に着目した報告 ○大石 甲(障害者職業総合センター 上席研究員) 秋場 美紀子・中山 奈緒子・永登 大和・堂井 康宏(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 AI等の新技術の進展が、働き方や雇用に大きな影響を与えることが想定されており、障害者の職域においても影響があることが予想される。そこで、障害者職業総合センターでは、2021年~2023年度に「AI等の技術進展に伴う障害者の職域変化等に関する調査研究」を実施している。 本発表では、上記研究で実施したアンケート調査から、特例子会社における障害者の従事する業務を中心に報告する。 2 方法 (1) 対象 2021年障害者雇用状況報告において障害者を1人以上雇用している企業から抽出した14,438社及び特例子会社562社、あわせて15,000社を対象とし、各社において障害者雇用を総括している担当者に回答を求めた(本発表ではこれ以降は企業調査14,438社については割愛する)。 (2) 実施機関と実施方法 2022年8月~9月に、当機構のアンケート調査用Webフォームを用いてアンケート調査を実施した。調査対象企業に対し、WebフォームのURL及び二次元コードを記載した調査依頼文書を郵送した。 (3) 調査内容 ・企業の属性、障害者の雇用状況、従事している業務 ・デジタル機器等の活用や業務の状況 ・デジタル化に伴う障害者雇用への影響 3 結果 (1) 回収状況 特例子会社562社に依頼状を送付し、235社(有効回答率41.8%)から回答を得た。 (2) 障害者が従事している業務(選択式) 障害者が主に従事している業務について複数選択で回答を求めたところ、清掃62%、事務60%、郵便41%、印刷40%、製造32%などが多く選択された(図1)。 (3) 障害者が従事している業務(自由記述) (2)に加えて、障害者が主に従事している業務、過去5年間に追加された業務、過去5年間になくなった又は大幅に減少した業務について、自由記述によりそれぞれ3つまで回答を求めた。得られた記述は内容を踏まえて合致する業務((2)の選択肢)に分類し、その結果を図2にまとめた。 有効回答数(235社)を基準にすると、従事している業務(具体的記述あり232社)は事務55%、清掃50%、製造27%が多かった。過去5年間に追加された業務(同171社)は事務33%、清掃21%、製造16%が多かった。過去5年間に減少した業務(同81社)は事務15%、印刷7%、製造7%が多かった。 (4) 群別の障害者が従事している業務 自由記述の設問のうち、過去5年間の追加業務及び減少業務の回答状況により、4つの企業類型に群分けした。追加業務・減少業務とも回答のあった「変化群」は75社(32%)、追加業務のみ回答のあった「追加群」は96社(41%)、どちらも回答のなかった「安定群」は58社(25%)、減少業務のみ回答のあった「減少群」は6社(3%)だった。以降は、該当数が 図1 障害者が従事している業務(複数選択)(n=235) 図2 障害者が従事している業務(自由記述)(n=235) p.85 少なかった減少群を除いた3群の結果を見ていく。 従事している業務(図3)は、3群とも事務(変化群65%、追加群54%、安定群40%)、清掃(同52%、55%、38%)が多かった。それに続く業務は、変化群は郵便31%で、他2群は製造(追加群29%、安定群28%)だった。業務の種類(平均)は変化群は2.3、追加群は2.2、安定群は1.7だった。 (5) 群別の障害者の雇用状況 障害者の雇用状況(図4)は、3群とも身体障害、知的障害、精神障害の雇用割合が多かった(6割~9割)。他の障害種類は、発達障害は変化群71%に対して追加群52%、安定群34%と違いがあり、高次脳機能障害、難病も同様に変化群の雇用が最も多く、安定群の雇用が最も少なかった。 雇用する障害者の障害の種類(平均)は、変化群は3.7、追加群は3.3、安定群は2.8だった。 (6) 群別のデジタル化の業務への影響 デジタル化の業務への影響(図5)は、「大いにプラス」と「どちらかというとプラス」を合わせたプラスの影響で見ると、これまでの影響は変化群60%、追加群57%に対して安定群は40%と低く、今後の影響は変化群56%、追加群60%に対して安定群は45%と低かった。「どちらともいえない」の回答は、これまでの影響は安定群26%が最も高く、今後の影響は変化群32%が最も高かった。「大いにマイナス」と「どちらかといえばマイナス」を合わせたマイナスの影響は、変化群(これまでの影響8%、今後の影響11%)が最も高かった。 4 考察 結果を踏まえると、変化群及び追加群では、多様な障害種類の障害者を雇用し、多様な種類の業務に障害者が従事しており、安定群は、他群より無回答を含む可能性があり留意が必要だが、雇用する障害種類が比較的少なく、少数の種類の業務に障害者が従事していた。デジタル化の影響については、多様な業務に従事する変化群及び追加群はデジタル化の影響をプラスに捉える企業が多く、デジタル化が業務の拡大に寄与する可能性がある。一方、過去5年間に業務の変化が少なかった安定群(追加・減少業務とも回答なし)は、デジタル化の影響をプラスとして感じにくく、今後にもプラスのイメージをもちにくかったと考えられる。 なお、デジタル化の業務への影響をマイナスに捉える企業は全体的に少なかったが、3群のうち唯一、過去5年間に減少した業務があった変化群では、今後のデジタル化の影響で「どちらともいえない」とマイナスの影響を合わせた回答が最も多かったことを踏まえると、業務が減少した企業では、今後の影響については一概にプラスとは言いづらい認識をもっていると考えられた。 各社とも雇用する障害者の特性にあわせて業務を選定・実施する中で、デジタル化は業務の拡大に加えて業務の減少へも関連する可能性はあるものの、多くの企業はデジタル化への期待をもっていることがうかがえる結果だった。 図3 業務の追加・減少状況の群別の障害者が従事している業務 図4 業務の追加・減少状況の群別の障害者の雇用状況 図5 デジタル化の業務への影響 p.86 特例子会社におけるポジティブ行動支援の観点を取り入れた チャレンジドの育成・支援体制構築の試行 ○山田 康広(中電ウイング株式会社 東新町支社 係長) 原田 裕史・渡邉 真名美・堀 絵里加(中電ウイング株式会社 東新町支社) 1 はじめに (1) 中電ウイング株式会社東新町支社の概要 中電ウイング株式会社は、中部電力株式会社100%出資の特例子会社であり、2023年8月1日時点で262名が在籍し、うち138名の障がいのある社員(以下「チャレンジド」という。)が活躍している。東新町支社事務補助Gは、平成25年に精神障がい者の雇用を推進するために中部電力株式会社人事部門内に2013年設立されたビジネスサポートチームを前身とし、精神・発達障がい等のチャレンジド20名、支援者8名の体制で事務補助業務に取り組んでいる。 本発表では、多様なニーズを有するチャレンジドが多種目の事務業務に取り組む当部署において、個別的な支援を中心としたポジティブ行動支援から部署規模の組織的なポジティブ行動支援へ展開してきた実践を報告する。また、今後の部署・会社規模によるポジティブ行動支援の在り方について検討した。 (2) ポジティブ行動支援を用いた支援の実践 ポジティブ行動支援(Positive Behavior Support;以下「PBS」という。)とは、応用行動分析に基づき、当事者のポジティブな行動を肯定的・教育的な方法にて支援する枠組みである。当部署でも、PBSの考え方をもとに、チャレンジドに会社での望ましい行動の定着や望ましくない行動への対応に取り組んできた。 ア PBSの勉強会 支援者に対して、PBSの勉強会を実施した。具体的には、ペアレントトレーニングの手法を参考に、1回30分合計10回の勉強会を行った。勉強会は、宿題の振り返り、講義、ワークで構成し、当日のテーマに沿って支援者は職場での望ましい行動や望ましくない行動とその随伴性(行動の前後の状況)及びその支援方法を考え、参加者間で共有した。 注意や指示のみでは対応が難しい行動や親切な対応が問題を増幅してしまう行動に対して、環境調整や代替行動の促しなどの対応を支援者がより取りやすくなった。 イ その他PBSの実践と課題について その他にも、あいさつ・電話・報連相等のJST(Job related Skills Training)の取り組みや不安階層表、感情のスケーリングなどを活用してスモールステップでコミュニケーションの練習をする取り組みなど、個別的な支援を中心にさまざまなPBSを実践してきた。 一方で、当部署において、業務量の増加・業務の多種目化、チャレンジドの増員やそれによる特性や経験年数などの幅が広がったことなどもあり、支援者の負担が課題になった。また、個別的なニーズに応じた環境調整への他のチャレンジドからの不満やより難易度の高い仕事に取り組みたいというニーズの高まりから、特性に応じた個別的な支援と全体的な集団の育成の両立が課題となった。 (3) 個別的な支援から全体への支援への展開 教育分野では、学校規模ポジティブ行動支援(School-Wide Positive Behavior Support; 以下「SWPBS」という。)という支援方法が、学校・学級経営の手法として取り入れられ始めている。SWPBSは、学校がすべての児童生徒にとって安全で効果的な学習環境であるために必要な学校文化と個別の行動支援を確立するシステムアプローチであり、エビデンスベーストな行動支援を学校全体で組織的に行う枠組みである(Sugai & Horner, 2011)。 SWPBSの考えと実践は、当部署の課題として挙げた全従業員への企業理念に沿った育成と個別的な支援の両立を、支援者の支援の効率化(負担の軽減)もあわせながら、組織的に取り組みたいという状況に成果があるのではないかと考え、SWPBSに関する研修を部署の支援者数名で受講し、順次試行的に実践することとなった。 2 部署規模でのポジティブ行動支援の試行実践 (1) Good Job Commentの実践 SWPBSでは、「Good Behavior Ticket」という実践があり、学級の中で児童生徒が良い行動をした時にそれを見た児童生徒教師がカードにその行動を記述し、本人にフィードバックすることで、学級全体に良い行動とほめる文化を醸成する取り組みである。当部署ではまず導入として、Good Job Commentという名称で支援者から収集を実施し、半年後にチャレンジドからの収集も開始した。月末にコメントを1枚のシートにして本人にフィードバックした(図1)。 図1 Good Job Commentの例とコメント数の推移 p.87 支援者に対してはコメントを多く収集するために、望ましい行動の行動マトリクスを作成し、コメントの傾向(数や内容)についてフィードバックを実施して、ほめるポイントの共通認識をした。 (2) 集団を意識した業務上の工夫 チャレンジドの業務上の課題に対して、チャレンジドと支援者の行動随伴性を整理した実践の一部を紹介する。 ア データ入力業務での作業量と進捗相談の促進 データ入力業務Aは当部署において、全員で取り組む共通業務であり、そのほかの担当業務の違いや得意不得意の差から、個々の目標設定はせずに全体の進捗管理のみをしてきた。次第に、業務量が極端に少なく、進捗報告がないチャレンジドと業務量は多いが焦り感が強いチャレンジドと二極化し始めた。チャレンジド集団の業務の提示から完了後までの行動随伴性を下記のように整理した(図2)。 図2 データ入力A業務の行動随伴性の整理 スモールステップでの目標の到達、進捗相談をする代替行動を標的行動とし、そのために個別の目標数の作業帳票を週単位で綴じるファイルを活用した。焦っていたチャレンジドが落ち着いて作業でき、苦手なチャレンジドの作業量の増加、自発的な進捗相談の代替行動がみられた。また、支援者も賞賛や相談対応などの関わり方がしやすくなった。 イ 終業時刻までの業務の取り組みと片付けの完了 終業時刻の前に、チャレンジドが早めに業務を切り上げて片付け手空きの状態で時刻を待ってしまうこと、ぎりぎりまで業務に取り組み片付けが時間に間に合わないことが課題となっていた。この時間帯は、支援者も当日の業務整理や翌日の業務準備に忙しい時間帯でもあった。 チャレンジドと支援者の集団の行動随伴性を整理し、片付けの負荷が少ないデータ入力A業務を終業30分前から全員が取り組むこととし、就業5分前の予鈴から片付けを始めるように業務スケジュールを設定した。その結果、時間まで業務に取り組み、片付けを終えるチャレンジドの割合が増加した。 (3) 生活習慣に関する取り組み 就労の安定に、基本的生活習慣は不可欠である。遅刻や体調不良等明確な課題がある場合には、個別的な支援が必須となるが、勤務時間内での対応や支援への時間的制約もあり、全体の健康教育では不足するが、個別的な支援を必要としないチャレンジドには対応しにくい。そこで、対象者を三層に分けて、「気分障害等の精神疾患で休職中の方のための日常生活基礎力形成支援」のプログラムを実施した(表1)。 表1 階層的な日常生活基礎力形成支援 習慣化ミーティングでは、現在就業上大きな問題ではないがリスクがある問題の改善も目標に挙がり、潜在的なニーズがうかがえた。スタッフ同士で目標の達成への称え合い、未達成への励まし、目標設定や実施方法のアドバイスが回を重ねるごとにみられ、生活習慣の改善が図られた。 習慣化ミーティングでの睡眠の改善が困難であったBさんについて、これまでの睡眠記録から曜日ごとの睡眠と睡眠前の過ごし方の傾向を振り返り、生活のルーティンを見直し、毎週個別面談を実施した。また支援機関と連携し、ご家族に家庭でのサポートを依頼することにより、睡眠時間と生活習慣の改善が見られた。 3 まとめと今後の課題 本論文では、個別的なPBSから部署規模でのPBSへと展開していった実践の一部を紹介した。個別的な支援のみならず、全員・小集団も対象とした三層で支援を考えることで、企業理念に照らした行動目標に対してそれぞれの層のニーズに応じた支援を連続性をもって実施することができ、従業員の育成と個別的な支援が両立しやすくなった。また、支援計画や組織運営に、支援者の支援の実行度(継続性や負担軽減の工夫)も検討されるようになった。 今後は、SWPBSの実践を本格的に導入し継続していくためにも、PBS推進リーダーの育成や支援者がPBSの視点で支援をすることへのサポート体制を構築することが課題である。また、試行段階では支援者が主導の取り組みが中心であったが、チャレンジド自身が行動目標やその達成方法などの検討に積極的に関わり、支援者とチャレンジドがともに取り組む体制づくりも実践していきたい。 【参考・引用文献】 栗原 慎二(2018)ポジティブな行動が増え、問題行動が激減! PBIS実践マニュアル&実践集 Sugai, G., & Horner, R. H. (2011). Defining and describing schoolwide positive behavior support. In W. Sailor, G. Dunlap, G. Sugai, & R. Horner (Eds.),Handbook of positive behavior support(pp. 307–326).New York: Springer. p.88 障がい者の雇用管理を行う指導社員が抱える負担事項の整理について ~ストレスチェック制度の集団分析の活用から~ ○横峯 純(株式会社JR西日本あいウィル 総務部企画課兼ワーク・ライフ・サポートチーム 副課長) 輿石 美里・住森 智史(株式会社JR西日本あいウィル) 寺谷 卓也(botanical works株式会社) 1 はじめに 株式会社JR西日本あいウィルは西日本旅客鉄道株式会社の特例子会社として2009年から事業開始し、40名からスタートした社員は、事業拡大に伴って現在約260名になっている。当初は身体障がい者、知的障がい者を中心に雇用し、精神障がい者、発達障がい者の雇用も段階的に進めてきたが、雇用する障がいの多様化に伴い、現場で指導・支援する社員(以下「指導社員」という。)の負担が増し、指導社員が退職に至るケースも見られるようになった。指導社員に対して指導環境・職場環境に関するヒアリングを行ったところ、「障がい特性に応じた対応の仕方がわからない」「課題を有する障がいのある社員を配慮したことで周囲の社員から不満が出ている」等の対応に苦慮する話や、「自身の立場(役職)に比べて負担が大きい」等の待遇面に関する話も出ていた。そのため、指導社員のバックアップを目的として、2019年7月より社内の定着支援チーム(ワーク・ライフ・サポートチーム)を設立し、社内の支援体制を整えた(図1)。その結果、指導社員からは「困った時に相談できる環境ができた」「心理的な負担が軽くなった」等の意見が寄せられるようになったものの、指導社員のメンタル不調や離職者は相変わらず少なくない。 そのような中、2019年度からストレスチェックの集団分析を開始。2021年度からは新職業性ストレス簡易調査票(短縮版)を活用し、部署だけではなく役職ごとの集団分析も実施するようになった。今般、2022年度の集団分析の内容を調査し、指導社員が抱える負担事項について整理しつつ、今後の対応方法を検討したい。 図1 社内の定着支援体制について 2 方法 新職業性ストレス簡易調査票(短縮版)を使用。ヒアリングでは立場(役職あり・なし)による不満も見受けられたため、「役職あり」(非管理職)の指導社員と「役職なし」の指導社員に分け、各42尺度の平均値を算出した。その後、弊社平均、全国平均(注1)、中心値(2.5)(注2)のいずれの値も下回る尺度をさらに抽出した。 注1 平成21~平成23年度 厚生労働省「労働者のメンタルヘルス不調の第一次予防の浸透手法に関する調査研究」により収集された全国の労働者1600人の平均値 注2 値が高いほど良好な結果であり、最高点4(高結果)、最低点1(低結果)の中心値 3 結果 42尺度のうち、指導社員の「役職あり」、「役職なし」で弊社平均、全国平均、中心値をいずれも下回った尺度(8尺度)は表1の通りである。 表1 弊社平均、全国平均、中心値を下回った各項目 p.89 また、集団分析の結果から、指導社員の「役職なし」では仕事のコントロールのしづらさがある等、作業レベルの領域に多少の負担があり、「役職あり」では変化への対応が求められる等、事業場レベルの領域に一部負担が感じられるようだが、全般を通して「役職あり」「役職なし」では、大きな差異は感じられなかった。 4 考察 (1) 量的負担・質的負担の軽減に向けて 弊社の指導社員の役割は、障がいのある社員の指導・支援業務に加え、指導社員自身も実業務に携わることが求められる。また、業務のIT化により作業の高度化が進み、指導社員自身に求められるスキルが高まるなど、量的負担・質的負担が高くなってきている。コスト的な制約はあるものの、指導社員の時間的なゆとりを作るために人的補充し、体制強化を図ること、また、作業内容の見直し・標準化を図りつつ各障がいのある社員の特性等を考慮しながら適正な業務分担を行い、自立的に取り組める環境を調整することが必要だと考えられる。 (2) 情緒的負担等、心理的な改善に向けて 指導社員は、自身の業務を進めつつ様々な障がいのある社員に対する業務分担を不公平感が出ないよう配分し、障がいのある社員の心身のサポートも適宜図っていくことを求められるが、障害のある社員のメンタル不調や社員間のトラブル調整に苦慮することも少なくない。また、業務の進捗に意識が向きすぎると、障がいのある社員の負担が増し、逆に負担を軽減すると、業務進捗が滞り、結果的に指導社員の負担が増す状況となる。このように指導社員がマルチタスクな職務に取り組む中で、組織の活性化に向けた改善・改革を図るには、指導社員の心理的なゆとりを確保する必要がある。そのためには、上述のように体制強化や業務の標準化を図りつつ、管理職を巻き込んで、作業やプロジェクト、障がいのある社員の定着状況の可視化を図り、負担度合いを共有できる仕組みが必要だと考えられる。 (3) 指導社員の役割取得・役割適応に向けて 課題を有する障がいのある社員に配慮し、業務を調整した結果、周囲の障がいのある社員から不平不満が出されることも少なくない。また、困難な事例になるほど、指導社員同士の指導方法にも乖離が見られ、一貫性のない支援を行う結果となっている。その改善を図るため、弊社では年3~4回、障がい特性、支援技法等の理解を深めるテーマを設定し、指導社員向けの研修を外部講師や定着支援チームが実施することで、支援スキルの強化を図っている。勤務経験の浅い指導社員、特にバックグラウンドに障がい関連に関わってこなかった社員には年1回・6月に新任指導社員向け研修を実施しているが、入社時期によっては適切なタイミングで研修を受けられず、知識や対応方法の理解が不十分なまま現場で指導に携わることも少なくないため、改めて内容や時期、頻度等の研修プログラムの改善が必要である。 (4) ワーク・エンゲージメントの改善に向けて ワーク・エンゲージメントの向上については、個人の資源と仕事の資源を増やすことが大事とされているが、集団分析の結果から、指導社員については個人の資源に課題が多いことがわかった。個人の資源の強化には、「ジョブ・クラフティング」と「思いやり行動」が必要とされており、業務や心理面の負担を軽減することで仕事への向き合い方をさらにポジティブに変化させていくことが必要と考えられている。特に「思いやり行動」では、集団分析から「上司・同僚からのサポート」はさほど悪い結果ではないものの、改善の余地を残しており、互いに助け合うことのメリット(好意の返報性、職場環境や人間関係の改善)の理解を深め、指導社員それぞれの心理的な孤立を防いでいくことが重要と考えられる。 5 最後に 今般は2022年度のストレスチェック集団分析の結果に基づいて調査研究を行ったが、2023年度も含めて調査を継続し、年度ごとの推移も見ていくことが必要である。各尺度の状況変化を確認し、より良い環境が導けるよう、引き続きアプローチ方法を検討していきたい。 ワーク・エンゲージメントの向上は、弊社の重点課題の一つとしている。新型コロナウイルス蔓延により横の繋がりが希薄となった中で、改めてコミュニケーション機会を増やすことで、社員の相互理解を深めることからスタートし、お互いを認め合える環境を作ることで職場の一体感を高めていきたい。 【参考文献・参考資料】 1)東京大学大学院医学部研究科・㈱富士通ソフトウェアテクノロジーズ『新職業性ストレス簡易調査票アクションリスト2019』 2)島津明人『新版ワーク・エンゲージメント』,労働調査会(2022) 3)障害者職業総合センター『企業在籍型職場適応援助者(企業在籍型ジョブコーチ) による支援の効果及び支援事例に関する調査研究』,「調査研究報告書No.152」,(2020) 【連絡先】 株式会社JR西日本あいウィル 総務部ワーク・ライフ・サポートチーム 担当:横峯、輿石、住森 Email:wls@jrw-iwill.co.jp p.90 認知機能強化トレーニングを用いた定着支援についての事例研究 ○城 美早(株式会社あしすと阪急阪神 雇用推進室 相談窓口担当兼雇用推進担当 リーダー) 池田 浩之(兵庫教育大学大学院) 1 問題と目的 株式会社あしすと阪急阪神では、2005年に阪急阪神ホールディングス株式会社の特例子会社として会社設立後、障害者雇用を毎年拡大してきた。2023年6月1日現在168名の障害のある人を雇用し、役職が付き順調にキャリアを伸ばす従業員もいる。一方で、就労の基本である働く場の対人関係の構築や行動に課題があるまま就労している従業員が一定数在籍しており、様々な課題点が発生している。その多くは、対人関係や働く場での行動・態度の力が十分に発揮されていない事が起因と考えられる。 障害者職業総合センター¹)によれば、必須チェック項目の大分類として、日常生活、働く場での対人関係、働く場での行動・態度、の3種類に分けられている。従業員の職場定着を促進するために、労務管理を担当する指導員に限らず、社内相談員(以下「相談員」という。)や外部支援機関の支援者(以下「支援者」という。)と連携を図りながら、これらの力を伸ばしていけるように、定着支援に取り組んできた。 これまで問題行動(備品の破損を故意に行う行為等)が発生した時には、指導員だけでなく管理職による面談指導を行ってきた。様々な要因によるストレスから問題行動を起こした事に鑑み、相談員や支援者により定期的な面談も実施した。 しかし、問題行動そのものの認知ができておらず、自分が起こした行動が他者にどれだけの影響を与えたか、理解できていない従業員もいた。 それは、感情のコントロールができない事によるトラブル、危険予知ができない事によるトラブル等、様々な要因が考えられる。その背景として、宮口²)によれば、注意力が弱い認知機能の弱さ、感情をコントロールする感情統制の弱さ、予想外のことに弱い融通のきかなさ、等が考えられる。 また、心の理論に代表されるように、原³)によれば他者の感情や共感性の欠如は対人関係上の問題に発展することもある。 一般的には就労年齢までに家庭生活や学校生活の中で身に付いていく事が多いが、障害のある人の中には障害特性によりその力が自然と身に付ける事が難しい人もいる。そこで、就労年齢になってからでも身に付ける事が可能な訓練として、児童精神科医である宮口幸治氏が開発した認知機能強化トレーニング(以下「コグトレ」という。)を実施し、これらの能力を高める事とした。勅使河原⁴)によれば、対人関係の苦手さに改善が見られることから、一定の効果が期待できると考え、定着支援の一環として、取り入れる事とした。 コグトレの継続的な使用により、これらの能力を高めることを目的とし、問題行動を減少させる効果について考察を行った。 2 方法 (1) 対象者 株式会社あしすと阪急阪神で勤務している障害のある従業員。職場内で、基本業務や社会面につまずきを見せ、指導員から指導を受けている勤続10年を超える知的障害のある2名。 表1 対象従業員の詳細 (2) 実施内容 <使用テキスト> 宮口 幸治 著『教室で使えるコグトレ』(2016年) 宮口 幸治 著『みる・きく・想像するための認知強化トレーニング』(2015年) <時間> 説明や採点を含め、1回当たり15分を目安に実施。 <測定材料> 指導員による考察、相談員による面談での聞き取り、支援者による面談での聞き取り。対象者に対する面談内容は、コグトレを実施して変化した点や良かった点の確認を行う。 <測定指標> 実施者による集中力の測定、対象従業員が所属する事業所の指導員への聞き取り、相談員による面談、支援者による面談、本人の振り返り表への記入による、コグトレ実施前後での変化を追う事とした。 <倫理的配慮> 本研究は発表者が外部研究員として所属するNPO法人大阪精神障害者就労支援ネットワーク JSN研究所の倫 p.91 理委員会にて、承認を得ている。(承認番号2023-4) 研究対象者には、研究内容を伝えた上で了解を貰った。 3 結果 実施の詳細は下記表(表2)の通りである。 Aさんは、実施時期の途中で人事異動が行われた事から、事業所の特性を踏まえ途中で実施者を交代した。一つの事象に対し、最後までやり遂げる経験を積んで貰う事を狙いとし、テキストを1冊に決めて完遂する事を目標とした。開始した当初は、間違いがあったり、イラストで表示された人物の表情が読み取れなかったり、確実に正解する事が難しかった。しかし、回数を重ねるうちに、正解できる内容が増加した。自信に繋がった事で、お客様と擦れ違う際に挨拶の声が大きくなったり、曲がり角で一旦立ち止まる安全行動が取れるようになったり、と業務にも良い影響が見られるようになった。 Bさんは、季節によって繁忙期がある事業所に所属している。確実に遂行できる業務量が減る時期になると、不安定さが見られ業務に影響が出てしまい、また他の従業員との関係性にも影響が出る事もあった。コグトレを提案した時に、人間的にも成長したいとの発言があり、当初から前向きに取り組んでいた。立ち止まって自分で考える力が付いたことで、気持ちを落ち着かせる事が出来るようになり、 怒りの感情表出が減った事で、他の従業員との関係性も改善の兆しが見られた。 表2 コグトレ実施の詳細 見る力をつけようの一例 <指導へのフィードバック> コグトレ実施結果については、関係者の間で共有を行った。得意不得意を指導員が把握できた事で、業務指導に有効に活かすことが出来た。また、支援者からは客観的な意見を共有して貰ったことで、今後対象従業員が長期的に必要となってくるだろう支援の見立ての共有を受けた。 <今後について> Aさんは、コグトレを通して認知機能トレーニング以外にも、一人で抱え込まず相談をする習慣が身に付いた事や、目標に向かってトレーニングする楽しさを実感した事から、今後も継続する予定である。 Bさんは、コグトレを通して融通が利く場面が増え、感情のコントロールに繋がった。自分自身の行動を客観的に見る力が付いた事で、人間的な成長を実感した事から、今後も継続する予定である。 4 考察 コグトレを一定期間継続した事により、従業員の成長が見られた点を挙げたい。 ①目標に向かって取り組む姿勢が向上した。 ②困った事が発生した際に、早期に相談する姿勢ができた。 ③感情が揺さぶられる出来事が発生した際に、感情のコントロールが出来るようになった。 ④課題点が見られた際に、指導の理由が理解できるようになり、再発防止に繋がった。 特に、コグトレによる認知強化の強化で、指導員による業 務指導がスムーズに理解できる場面が増えた。また、情報 受信能力が向上した事で、会話が続くようになり、コミュ ニケーション能力の向上も見られた。 以上がコグトレ実施により、対象従業員が成長した点である。今回対象になった2名は、10年以上長期勤務している従業員であり、その期間に発生した課題点がコグトレだけで全て改善されるようになった訳では無い。また、コグトレの客観的な効果有無についても、実施した従業員の数が少ない事、科学的根拠に基づいた測定を実施していない事もあり、未知数な部分がある事は否めない点である。今後も、コグトレや他のツールの活用を検討し、従業員の職場定着の一助となるようにしたい。 【引用文献】 1)障害者職業総合センター 『就労移行支援のためのチェックリスト』(2007年)P.3~14 2)宮口 幸治 『教室で使えるコグトレ』(2016年)p.8~21 3) 原 英樹 『アスペルガー症候群の共感性欠如に関する試論』(2017年)P.61 4) 勅使河原 美智恵 『就労移行支援および自立訓練における「コグトレ」の導入効果について』(2021年)P.75 【連絡先】 城 美早 株式会社あしすと阪急阪神 e-mail:jo-misaki@assist.hankyu-hanshin.co.jp p.92 Prosocialの概念を導入した多職種でのグループワークの実践 およびその効果の検討 ○岩村 賢(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 研究員) 小倉 玄(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 背景 (1) Prosocialについて Prosocialは、進化論・文脈的行動科学・経済学を融合した組織的活動の画期的な実践方法である。Prosocialな行動とは、協力的で、個人の利益もグループの利益も、両方を大事にする行動と定義されている。一方でProsocialではない行動は非協力的であったり、他人に危害を加えたり、利己的であったり、自己犠牲を伴う行動とされている。 (2) CBS研究会に関して 株式会社スタートラインCBSヒューマンサポート研究所は文脈的行動科学における実践的アプローチを学ぶためのCBS研究会を運営している。本研究会には特別支援教育機関や就労移行支援機関などで働く、ヒューマンサポートに携わる方に参加いただいている。ビデオ通話システムを用いたオンラインで月に1回2時間程度にて実施している。 2 目的 私たちはCBS研究会を運営する中で、参加者が増えることでそれぞれのニーズの把握や、参加者の研究会への積極的な参加が難しくなっていると感じ始めた。また、研究会の参加者は異なる組織に属しており、様々な視点を取り入れることでProsocialに関する学びが深まると考え、研究会にProsocialの概念を導入したグループワークを導入した。本研究では、Prosocialの概念を導入した多職種によるグループワークを行う前後での変化を探索的に検討することを目的とした。 3 方法 (1) 研究会及びグループワークの参加者 研究会のグループワークは興味を持つ題材によってグループ分けされ、Prosocialに興味を持ったグループの参加者は計14名であった。 (2) グループワークの概要 グループワークの実際の流れを表に示した。最初はそれぞれのグループでCDP1に関するマトリックスの作成に取り組むことのみ決められており、その後はそれぞれのグループ内で進めていきたいことに関してProsocial的に議論する形式だった。4月から6月にかけてCDP1に関する議論を行う中で実践を経験している参加者が事例を共有した他、実践に向けて不安に感じている点などをお互いに共有した。そこからCDP1,2,3に関して議論をしたのち研究会内での他のグループへの成果の報告に向けた準備を行った。 表1 グループワークの流れ (3) 評価指標 グループワークに参加する前とグループワークの終了時に心理的柔軟性を測定するためにMPFIショートバージョン、CDPダイアグラム評価を実施し、参加者14名のうち8名から有効な回答を得た。 4 結果 (1) 評価指標 MPFIショートバージョンの対象者の項目別平均を図1に、下位項目別の平均を図2に示した。研修前後で見ると柔軟性は上昇し、非柔軟性は下降した。下位項目別にみると、柔軟性ではすべての項目で数値が上昇した。非柔軟性では、体験の回避、内容としての自己において横ばい、価値との接触の欠如において数値が上昇したが残りの項目では下降した。 図1 MPFIの項目別平均 p.93 図2 MPFIの下位項目平均 (上:心理的柔軟性,下:心理的非柔軟性) CDPスポークダイアグラム評価の対象者の平均を図3に示した。研修実施前後で見ると、全てのCDP項目が上昇した。 図3 CDPスポークダイアグラム評価の対象者平均 (2) グループワーク グループワークにて作成した実際のCDP1に関するマトリックスを図4に示した。 図4 CDP1に関するマトリックス グループの価値を整理していく中で、Prosocialの概念を用いたファシリテートを行うためには、Prosocialを自身が体験的に学ぶことが重要なのではないかということが話題に上がった。グループワーク期間の後半に事務局より各グループの成果を3月に報告するような指示があった。ProsocialグループではCDPすべての分析が終わっていないことや、唐突な告知であることに関して不満や疑問が挙げられた。一方で、改めてCDP1に立ち返り、不満や疑問すらもオープンにできる心理的安全性を持ったグループであることが議論された。また、今までの成果の共有という具体的な共通の目標に対してグループの参加者が目に見える形で利他的な行動を行うことが増加した。グループワークの終了後、参加者にアンケートを実施した結果、「心理的安全性を感じた」、「グループワークを通して利己的な考えから利他的な考えに変わっていった」「今後の自身の組織での実践に対するモチベーションが高まった」と回答する参加者が多かった。 5 考察 結果より、Prosocialの概念を導入したグループワークを行うことでMPFIおよびCDPスポークダイアグラム評価にポジティブな影響があることが示唆された。また、Prosocialの概念を導入したグループワークを実践する中で、心理的安全性と利他的な行動の増加が見受けられた。 これは多職種でのグループにおいてもProsocialの概念に基づいたマトリックスの作成や議論を通じて刎田(2022)と同様にメンバーの相互理解や取り組むべき目的の明確化、Prosocial的な行動について考える機会が増えたことによるものと考えられる。さらにはProsocialを体験することでProsocialの社会的意義を感じ自身の組織でも導入していくためのモチベーションが高まったと考えられる。 6 まとめ 今回のグループワークは多職種の参加者が興味関心にて分かれたグループだったが、その場合、グループとしての課題が特定されないほか具体的な目標などの設定が難しく、議論が机上論化してしまう点が指摘された。一方で所属している組織内での実践も重要だが、多職種での実践を行うことでより学びが深まり、所属している組織での活用につながる可能性が示唆された。今後もProsocialのより良い実践方法を検討していきたい。 【参考文献】 1)Paul W.B. Atkins, David Sloan Wilson,Steven C. Hayes, Richard M Ryan,「Prosocial: Using Evolutionary Science to Build Productive, Equitable」, Context Press (2019) 2)刎田文記 「日本の障害者雇用の課題へのPROSOCIALアプローチの活用に向けて」 第30回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 (2022) 3)刎田文記 「文脈的行動科学における実践的アプローチを学ぶためのCBS勉強会について」 ACTJapan年次ミーティング2018 (2018) p.94 障がい者主体による花壇メンテナンス作業の実現への取り組みについて ○小泉 輝久(株式会社かんでんエルハート 園芸・商事グループ 主任/企業在席型職場適応援助者) 1 はじめに 株式会社かんでんエルハート(以下「LH」という。)は、あらゆる障がい者が働きやすい環境を整備し、親会社である関西電力(株)の法定雇用率を維持できるよう、第3セクター方式で立ち上げられた特例子会社であり、23年12月に創立30周年を迎える。 LHは、障がい者の成長と自立性を促すため、スキルが高く責任感のある障がい者に、健常者業務の権限を移譲する取組みを進めている。例えば、健常者が障がい者とペアで行っていたオフィスゴミの回収業務を、障がい者だけのペアで行うなど、障がい者だけの運営にシフトしている。 今回は、園芸部門において、車両で現場に出張する花壇メンテナンス業務を、健常者から障がい者主体による運営に権限委譲した取組事例を紹介する。 2 障がい者主体での花壇メンテナンス業務への取り組み 車両移動を伴う花壇メンテナンス作業は、健常者1名の作業責任者と障がい者(知的・精神)3~4名の計4~5名体制で行っていたが、精神障がい者を作業責任者にして、権限を委譲し、作業責任者が3名の知的障がい者を指示・指導する業務運営体制となるように取り組んだ。 (1) 目的と課題 <目 的> ・障がい者中心の業務運営による、障がい者のやりがいやモチベーションの向上 ・健常者の作業責任者の負担軽減により、新たな職域の開拓の時間を確保 <課 題> ・品質だけでなく、仕事の効率化・安全面・時間を意識できるか。 ・花壇の状況を把握し、その日に優先すべき作業を判断できるか。 ・チームワークの大切さを理解し、作業員同士のトラブルが発生しないか。 (2) スキルチェックシートに基づく教育 健常者の指示や判断のルールが不明確な部分を標準化して、誰もが確認できるようにスキルチェックシートとして書面に落とし込んだ。メリットは、作業品質の安定だけでなく、指導する際の混乱の防止や、作業責任者育成のスキル習得の進捗管理が把握できるようになったことである(図1、図2)。 図1 スキルチェックシート(抜粋) 図2 作業を書面に落とし込んで教育を実施 (3) PDCAサイクルの教育 PDCAサイクルを教育に活用し、作業責任者に数値も含めた具体的な計画を設定させ、現場作業を行ってもらった。 帰社後にフィードバックを行い、不具合があった作業については、改善に努めるよう指示をした(図3)。 p.95 図3 PDCAシート記載例 (4) アセスメントシートの活用 作業責任者に育成したいAさん(精神・発達障がい)は、勤続10年を超える中堅社員であり、Aさんの得意、苦手な点を洗い出し、アセスメントを行った。その方法は、TTAPのフォーマルアセスメント1)であり、仕事そのものの力であるハードスキルと、仕事を続ける上で必要なソフトスキル(コミュニケーションスキル、対人行動、職業行動等)の特性を導き出した。そして、Aさんに必要な支援方法・工夫を検討し、個別支援計画を作成した。また、AさんにはTTAP の結果を本人用にまとめた資料(図4)を見せて、自身の強み、弱み、必要な工夫、今後の目標を共有し、Aさんの自己理解へと繋げた。 図4 Aさんのアセスメントシート(TTAP) (5) 安全面についての取り組み 安全面についても教育を実施している。例えば事故などのトラブルが発生した場合、役職者がすぐに駆け付け対応できるよう、出発地から片道30分以内のコースを設定し、実践練習で役職者が同乗して指摘事項をまとめ、フィードバックを行った。 また、事故を想定した仮想訓練も実施している。具体的には、Aさんには事故発生場所を知らせず、役職者が後方からワゴン車で追走し、追突をしたと仮定したコンビニの駐車場へ誘導し、事故対応を行えるかを確認した。結果は、始め戸惑いがあったが、同乗者の怪我の確認ができていた。 事故が発生した場合、どのような対応をすればよいのか、日頃からマニュアルの内容を把握しておくようフィードバックを行った。訓練は今後も継続的に行うこととし、安全面でも問題ないように教育していきたい。 3 作業員主体での花壇メンテナンス作業の実施 上記の結果、障がい者でも作業責任者として権限移譲できると判断し、障がい者の作業責任者のみで、花壇メンテナンスを実施した。今後は、比較的作業量の少ない冬から始めて、段階的に草木の生育が激しい夏にも展開した。  現在、フォローチェックもしているが、品質・安全面等、問題が無いので、作業責任者として育成が図れている。 4 今後の展望 今回はAさん主体の花壇メンテナンス作業の実現の取り組みを紹介した。今後は、精神障がい、知的障がいの新たな作業員にも教育を行い、障がい者の作業責任者を拡大し、やりがいを感じて、活躍できるような仕組みづくりを行い、障がい者主体の仕事を増やしていきたい。 【参考文献】 1) 前原和明『就労系障害福祉サービスにおける職業的アセスメントハンドブック』,令和2年度厚生労働科学研究費補助金(20GC1009)研究報告書,p.46-47 【連絡先】 小泉 輝久 株式会社かんでんエルハート 園芸・商事グループ e-mail:koizumi-teruhisa@klh.co.jp p.96 実務から見た障害者テレワーク ~15年の経験から得たこと~ ○青木 英(株式会社BSプラットフォーム 取締役) 1 障害者テレワークとの出会い (1) 障害者雇用とテレワークとの出会い 2008年、人事採用から障害者雇用担当となり、障害者雇用について右も左も分からない状況の中で、たくさんの企業や支援先へ見学等をしたが、障害者雇用の難しい業種だったこともあり、仕事内容もどのような障害者を雇用するかで悩む時期が続いた。その折、中央障害者雇用情報センターから重度障害者の在宅雇用を紹介され、「中で雇用できなければ外で雇用しよう」と考え在宅雇用での障害者雇用推進を図ることを決め、特例子会社2社の立上げと運営を経験し、60名近い重度障害者を雇用してきた。 (2) テレワークで障害者を雇用する 物理的移動困難な重度障害者を雇用することは、企業側も当人にも決して簡単な事ではない。企業側は雇用管理や合理的配慮をどうすればいいのか、障害者側は家の中でどんな人と仕事するのか、双方いくつもの不安を抱えた中でスタートすることになる。これらをどのように解消しながら長く勤務できる体制を構築できるのか、これまでの経験から述べていきたい。 2 障害者側の不安 (1) コミュニケーションに関する不安 コロナ禍でテレワークに関するアプリが急速に発達し、多人数が同時に映像付きで会話が出来るようになった。これは仕事が「個」ではなく「集」で行われることが容易になった点で格段の進歩である。しかし目の前にいるわけではないため、相手のことが理解しにくい面があるので、コミュニケーションに不安を持つ障害者が多い。実際は同じ境遇にあるためか、コミュニケーションに関するトラブルはほとんど起きない。しかし精神障害で集団コミュニケーションに課題がある場合はより不安は大きいと思われる。苦手な人がいるだけで関わりたくないというケースもあるので、しっかりとしたリハビリや訓練が必要だろう。テレワークでのコミュニケーションは対面以上のものが求められる環境にあるため、「対面コミュニケーションが苦手だからテレワークで働きたい」は、決して最善ではないということである。 (2) 重度障害者向けの労働環境 企業の条件に沿って働けるかの不安は体力面などを理由に多数あった。特にフルタイムで働けないと決めつけるケースが多く、就労支援もその通りの対応しかしてこない。ここで重要なのが、本人の働くための環境、特にデスク周りや姿勢制御などが正しい状況になっているかを知ってもらう必要がある。そのためには作業療法などを活用し、腕の位置や稼働域の広さ、目線とPCの位置関係を精査し、ほんの少しの変化だけでもフルタイムで働ける環境づくりが可能となる。障害者にとってはそれも不安であるが、体験させることで解決することも多いので、企業だけでなく就労支援の方でもぜひトライしてもらいたい。 (3) 福祉支援継続の有無など 重度障害者には自宅でリハビリや入浴などの自宅介護を必要とするケースが多い。これらの支援を継続して受けられるかどうかは、本人にとって死活問題のような話であり、企業の勝手な判断では済まされない内容のものである。この件で一番の課題は「時間」の確保である。働ける環境を得たが、ケアのためフルタイムで働けない状況にあることを面接時で何人もが話をしていた。面接の前に支援とこういった内容をよく話し合っておくべきだが、企業側で対応できる面があるのではないかと模索する必要がある。 3 企業側の不安と合理的配慮 (1) 雇用管理=体調管理=個々の障害の深い理解 重度障害者の雇用管理は「体調管理」そのものと言ってよい。その体調管理には個々の障害の深い理解が必須である。特に重度身体障害者の場合外傷系、内部系、難病系など多岐に亘るだけでなく、その症状や障害の原因なども千差万別なため、個々の障害理解は最重要事項と言える。障害についてヒアリングをする際、「これは聞いちゃマズいかな」と考えずに正面から聞いた方がよい。それは障害者にとって自分の障害を理解してもらうことが重要だと分かっているからだ。しかしヒアリングの前に障害名や難病名とその内容の予習は必須であり、その内容をヒアリングで一致させることで理解が進むし、障害者に安心感をもたらす。 (2) 「管理」はしても「監視」はしない 目の前にいないため、本当に仕事をしているのか不安になるのはある意味当然と言える。かといって常にパソコンで様子を見続けるのは非効率だし相手も気になって仕事にならない。適度な管理が重要で、具体的には定期的な集合時間を設定したり、会話ツールを常に開放したり工夫をして体調及び進捗管理をしている企業がある。私は必要に応じた接続以外は個別電話連絡やメールで済ませているが、これまで特に問題が生じたことはない。納期までの進捗も p.97 事前に打ち合わせし無理ない範囲で依頼しているからだが、例えば精神不安定で仕事に手を付けていないケースやその報告が納期になってからという話をよく聞く。こうなってくると管理よりも「監視」の方がよいと感じてしまう企業もあると思うが、それでもあまりよい雇用管理の方法とは言えない。 (3) テレワークにおける合理的配慮 これまでの経験で、重度身体障害者のテレワークにおける一番喜ばれた配慮は「時間の融通」という面であった。雇用管理の側面から会社と障害者の勤務時間を同じにするのは普通のことだと思うが、在宅ケアや通院の多い者の場合勤務時間の確保が出来ない状態になってしまう。有給で消化しても限界があるし欠勤が増えるのは評価に影響が出る。そのため弊社はフレックスタイム制を導入し、8時~22時までの間で時間を確保し月単位の勤務合計時間をクリアする仕組みを導入している。大半が予約もしくは定期診療または定期訪問であるため、いつが勤務出来ないかの把握は簡単でありスケジュールの組み立ても容易である。そのためフレックスタイム制との相性も良く、社員同士勤務予定を共有することでチームでの業務スケジュールも組み立てやすいようである。人材確保の意味でも有用な雇用制度であると思う。 地域支援の協力を得ながら体調管理を行うことも合理的配慮に即している。距離があるため一次的な対応が難しい場合に地域支援が動くことで大事にならずに済むことも多々ある。 障害者の不安の解消=合理的配慮になるので、思い切った制度導入などを取り入れてほしいと思う。 4 障害者テレワークに必要な資質 (1) 自立と自律が出来ていること 自己管理が出来るかが重要であり、自己管理には業務管理・進捗管理・体調管理・周囲調整などが含まれるが、対面業務のように周りの目がないため自身のコントロールが出来なければならない。その意味で「自立」と「自律」がいかに重要かをご理解いただけると思う。こういう面からテレワークで仕事をしたいと安易に言う障害者には注意が必要で、それに応じた訓練を就労移行支援などで行ってほしいと思う。 (2) コミュニケーション能力の重要性 テレワークにおけるコミュニケーションは、通話アプリ上でのコミュニケーション以上にビジネスメール文章でのコミュニケーション力が重要である。メールでのやり取りは会話と異なり記録が残り備忘録の役割も果たすため、文章力が大変重要となる。自分の理解よりも相手への理解を重視した文章を心掛けることや、適切な挨拶や敬語の使い方も相手の印象に響くのでこれも重要である。 さらに会話コミュニケーション力も必要であり、直接会話で共有したいことを適切な言葉で伝えること、相手に伝わる質問力に分かりやすい回答力も併せて必要である。メールと会話のコミュニケーション力が合わさることで、効率の良い業務進捗や情報共有が可能となり、ミスの軽減にも繋がるため、今後障害者テレワークが拡大するのであれば就労移行支援などでの指導が重要となる。 5 障害者テレワークの課題 ここ最近、障害者雇用における雇用率代行ビジネスが取り沙汰されている。今指摘されているのは「農園型ビジネス」であるが、障害者テレワークでも似たようなケースが見受けられる。いわゆる「サテライト型ビジネス」というものである。雇用企業が地方の障害者を採用し別企業の運営するサテライトオフィスに出勤させ雇用を事実上委託管理させる仕組みである。農園型とあまり変わらない仕組みと言えるが、最近障害者雇用率上昇を見越して増えてきている。これまでの「直接雇用」「直接雇用管理」の原則が大きく崩れようとしており、雇用管理を放棄する代わりに障害者雇用率を「お金」で解決する企業とそれを受ける企業双方に強い違和感を覚える。厚労省の動きが鈍く、雇用率上昇だけ残して特に規制することもしない。これまで障害者雇用に真摯に向き合ってきた多くの企業に対して大変失礼な話である。障害者テレワークが今後これまでのように継続が出来るのか、甚だ不安を覚えるのは私だけではないだろう。 6 まとめ  障害者雇用は、短期間での大幅な雇用率上昇に伴い大きな岐路に立たされていると感じる。それは同時に働き方の多様化を推進する一方、その働き方に応じた企業の努力や就労移行支援などの努力を、なお一層求めることになった。社会全般に人材不足が叫ばれている中で、障害者の活用は多くの業界に注目されるはずであるが、現状でその期待に応えられるのか不安である。15年間ITからICTへの発達でテレワーク技術が格段に進歩し、それに伴い多くの人材を雇用出来る環境になった。それによってこれまで就職困難だった重度障害者も働けるようになり、多くの重度障害者たちが活躍している。しかし障害者にとって就労と生活面は一体的なものである。その辺のバランスが整っていないため、将来について大きな不安を抱えている障害者が多数いることにも目を向けて頂けたらと思う。 【連絡先】 青木 英 株式会社BSプラットフォーム ei.aoki@living-platform.com p.98 「ポストコロナの逆風下」で安定的な完全在宅就労を支える 体調セルフマネジメントツールと業務管理ツールの併用事例 ○福元 邦雄(三菱商事株式会社 人事部 健康推進・DE&Iチーム 担当シニアマネージャー 精神保健福祉士/産業カウンセラー/企業在籍型職場適応援助者/中小企業診断士) 1 発表骨子 三菱商事株式会社(以下「当社」という。)として史上初となる完全在宅型での障がい者雇用を今般開始した。 新型コロナウィルス感染症の5類移行の流れを受けて、世の中的にも在宅勤務から出社へと潮目が変わる実感があった。当社特例子会社(三菱商事太陽株式会社)出向中の2020年度、完全在宅で障がいの有るシステムエンジニア養成と雇用モデルで厚生労働大臣表彰「輝くテレワーク賞」特別奨励賞を受賞した経験のある発表者といえども、当社社内調整に相当の工数が割かれた(受賞概要関連動画:https://www.youtube.com/watch?v=4Y7oVWZe1Lc )。 今般の当事者社員は宮崎県延岡市在住の精神に障がい(うつ病及びADHD)の有る方。体調不良にどう備えるのか、遠隔地での業務遂行をどのように管理するのか? 各種の課題を克服できたのは多くの関係者のご支援のみならず以下ご紹介する2つの有効なツールの併用の成果に他ならない。 2 そもそもなぜ延岡市だったのか? 発表者は前述の特例子会社(本社大分県別府市)出向中に延岡市の読谷山洋司市長の視察を受けた。その後同市は株式会社カラフィス(三井正義社長 本社神奈川県)とテレワークによる障がい者の在宅雇用推進に係る連携協定締結に至る。 延岡市ホームページより:2021年8月連携協定締結式 (https://www.city.nobeoka.miyazaki.jp/soshiki/31/2437.html) そもそもコロナ禍前から浸透しつつあったテレワークによる障がい者雇用。大都市圏における障がい者求人の需給関係が逼迫する中、地方在住求職者と大都市圏の求人企業をつなぐソリューションに、いち早く注目した読谷山市長の慧眼に敬意を表して、今回「延岡市在住者」を最優先に求人を行った。前出のカラフィスを始め、のべおか障害者就業・生活支援センター、一般社団法人社会福祉支援研究機構傘下の就労移行支援事業所 グッドライフパートナー延岡の関係者の皆様方には多大なるご支援を頂いてきた。この場をお借りして改めて御礼申し上げたい。 3 逆風下の完全在宅勤務 厚生労働省公式YouTube動画(下記リンク)でもお伝えした通り、私的な空間であっても勤務時間中は「会社の執務空間」である。緊張感を保って集中できるか。かつて自宅の勉強部屋では能率が上がらず、図書館に行って漸く集中できた経験を持つ読者諸氏は決して少なくない筈だ。 厚生労働省公式YouTubeチャンネル:2021年12月事例紹介 (https://www.youtube.com/watch?v=Esl_KN_OV70) 本来リラックスする目的で設営された私的空間において一定程度のストレスを伴う業務に継続的に集中する為には、障がいの有無に関わらず、相当な覚悟と気持ちの切り替えが必要となる。昨今の出社回帰への流れはコロナ禍で急遽在宅勤務を余儀なくされた多くの人々の本音かも知れぬが、コロナ前より入念に在宅勤務やその就労訓練を重ねていた障がいの有る方々にはまさに逆風としか言いようがない。 4 D&I社の「エンカククラウド」との出会い そんな中、100社以上の導入数No.1の実績を誇るツールと出会う。障がい者専門斡旋業等で創業14年の株式会社D&I(小林鉄郎社長 本社東京都)の「エンカククラウド」 p.99 だ(図1)。 図1 テレワーク型障害者雇用プラットフォーム「エンカク」 その機能は体調把握・管理に始まり、勤怠管理、タスク管理、ファイル共有、と数多くあるが、中でも秀逸なのが「画面キャプチャ―機能」だ(図2)。 図2 「エンカククラウド」6つの機能 10分毎に勤務者のPC画面が自動キャプチャーして共有されるため、当然、勤務者は一定程度の緊張感の下で仕事をすることとなる。当社では個人情報を整理する業務の場合などはこの機能を手動でオフにするなど、多少の運用上の工夫をしている。当社社員によれば「手元をカメラで写しておくように」と言われた別の企業と比べると、はるかにストレスが低い、との実感だ。監視されているという印象を極力避け、逆にきちんと業務していることのエビデンスを関係者で共有するという透明性は、在宅勤務していない他の社員感情の面からも非常に公平感のあるものである。 さらに「これこそが本当にずっと前から欲しかった!」との歓喜の声と共に活用しているのが「タスク管理機能」。 複数タスクの消化率表記や納期設定を行うことで、ADHDの特性などから、優先順位付けや進捗を記憶しておくことが苦手な場合でも生産性の向上が期待できる。 5 「1万人の物語」に基づく「キモチプラス」 更に当社はネクストワン合同会社(武田吉正代表 本社東京都)の「キモチプラス」(特許出願中)も併用する。同社運営の障がい者雇用の口コミサイトには1万人超もの生きづらさや働きづらさにどう向き合うか、という具体的な対処策情報が蓄積されている。それが「キモチプラス」の「トリセツ」を通じて当事者自らがセルフケア力を向上できるように組み込まれている。単なる体調管理ツールに留まらないのは、セルフケアした上でも不調入力が続いた場合は任意設定可能な支援者にも自動アラートされる点だ。 所謂「赤に近い黄色状態」で長時間フォローした挙句に、離脱に至ってしまうことなく、「青に近い黄色」で即座にフォロー可能で対応時間も削減される。日報のやりとりという工数もなく、管理者の負担軽減が徹底されている(図3)。 当事者は定期的に入力データを振り返ることで、好調・不調の要因を推定し自己理解を進め、深化する対処策も「トリセツ」に生成されていく(図4)。「キモチプラス」導入後の就労移行支援事業所では面接通過率が倍増。就職後の離職率も半減した事例があることも当社が起用を決定した背景だ。 図3 「キモチプラス」日々の体調・メンタル状況の入力 図4 1万人超の物語DBから生成される「トリセツ」 6 見えないものを見る努力 在宅か出社か?障がいが有るか無いか?は本質ではない。潜在的な課題を可視化して対処する、即ち「見えないものを見る努力」の覚悟はあるか? 距離を超え働きづらさを克服するこれらのツールはそんな覚悟を後押ししてくれる、「魔法のココロの車椅子」ともいえるものである。 【連絡先】 福元邦雄 kunio.fukumoto@mitsubishicorp.com p.100 ちょっとだけ、やる気になるDX! タブレットPCで、障害者本人が簡単入力、 リアルタイムで、画面に反映見ればわかります! ○伍嶋 善雄 (SBフレームワークス株式会社 人事総務部 障害者雇用担当) 大河原 成夫(SBフレームワークス株式会社 人事総務部)  1 初めに (1) 会社概要・職場紹介 弊社は、ソフトバンクのグループ企業の一社で、SB C&S株式会社の子会社である。グループ各社からの物流業務などをメイン業務としている。この取り組みの現場は、デバイスセンターという、家庭内WiFiルーターの発送と返品受付を行う事業所(市川市二俣)で、健常者50名、障害者9名が働いている。雇用形態は有期のアルバイトで特例子会社ではない。3年前に特別支援学校からの新卒2名他7名は勤続10年を超えたベテランである。知的がほとんどで、発達や自閉傾向があり、地域障害者職業センターで重度知的障害者と判定された者も2名いる。2名の健常者サポーターが指示指導している。全員9時の始業で、終業は16時、17時、17時45分上がりで通勤負荷など考慮して退社時間を決めている。土日休みの週5日勤務で、給与は千葉県の最低賃金である。仕事は返品された機器・機材を仕分け、再利用再生工場へ戻すための分類梱包作業が主な仕事である。6月と10月は、特別支援学校からの実習生が来ている。 (2) DX化に向けたデータ取得 毎朝、夜勤が処理したアダプターやケーブル類などが折り畳みコンテナーで30~40ケースが置かれており、そのケース数をカウントすることから仕事が始まる。仕分け作業は4、5名の共同で行い、仕分けされたアダプターを段ボール箱に詰める作業は個別に行う。以前は手書きの作業報告書(図1)にアダプターの箱詰めの出来数を個人毎に記録していた。その手書きの作業報告書をデジタルにするためスタートした。システム名は、機能そのまま、「カウント&タイム」である(図2)。 図1 手書きの作業報告書 図2 カウント&タイム画面 2 「カウント&タイム」開発コンセプト 個人個人が朝からどの作業に携わり、どれだけの量をこなし、それぞれどれだけ時間がかかったかを、出来るだけ簡単に記録することが基本で、障害者の作業現場ならではの問題に対処し、成果が出るようにするため次のような基本コンセプト出しから始めた。 (1) オンタイムオンプレイス(一人1台) 一人一人が、作業している場所で、作業開始時に、また、作業が出来たその時に、入力(ボタンを押す)ことが出来るようにする。そのためには、作業者一人に1台のタブレットPCが必須となる。 (2) イージーインターフェース 障害者が使用するため、出来る限り、簡単なオペレーションにするため極力入力ボタン数を最小にする。スタートとストップもしくは作業終了と出来ボタンの合計2個のみ表示、他、作業者名と作業名を選択する窓は、2か所のみである。 (3) アラーム&プライズ デジタル化により、作業時間も計測が出来るようになったため、各作業に標準時間または個別時間を設定できるようにし、その時間より早く出来れば賞賛動画(プライズ)の表示と音声、遅ければ警告表示(アラーム)表示と音声を出るようにした(図3)。また経過時間は帯が伸びる形で表し、標準時間に近づくと警告の色が画面全体に表れる。 図3 アラーム&プライズ例 (4) クローズドな環境 社内インフラ、インターネットを使用せずに作業場独自のクローズドWiFiのネットワーク環境で運用する。またAWS(アマゾンウェブサービス)やサブスクリプションな(定額)アプリも使用せずに、無料のChromeアプリを使用することによって日々の運用コストがかからないようにしている。 p.101 (5) 日報化とCSVアウトプット 定型の日報フォーマットによるPDF化の紙への出力(印刷)も随時可能、否定形の分析用に、日報・月報・年報に関する情報をCSVデータ化できる。 そのほかにも、作業を間違えて選んだり、出来てないのに出来ボタンを押してしまったり、押したつもりが押せてなかったりなど間違いがあることを前提として訂正・修正が容易にできることも、重要な機能要件として加えた。 3 方法・システム構成・脚色など (1) システム構成 作業者人数分のタブレットPC(キーボードがなく画面タッチで触りやすい)12台、ノートパソコン用設置アームスタンド12台(作業台設置で作業スペースを減らすことなく、ボタンを押す行為でもたわむことがなく、頑丈で落下破損防止となるものを用意した。) 管理PC(サーバー機能、データベースとマスターとプログラムなど)1台、運用管理メニュー(作業者・作業マスター、音声や画像、表示管理など)も備えている。 WiFiルーター(ネットワーク構成&アンテナに相当)1台、タブレットPCと管理PCを結び、直線で30~50mの範囲で問題なく通信が可能となる。 (2) 音声 スタート、ストップ、終了などは、アニメ風な音声を無料サイトから転用して使用し、ファイルを選択するだけなので、簡単に入れ替えも可能である。 (3) 動画、静止画、画面表現 標準出来時間よりはるかに早く出来た際の花火の動画、早く出来た場合の「良く出来ました」画像、標準出来時間に達した場合の「爆弾」静止画、「もう一息」画像なども、同様に用意した。時間経過を表す帯表示とその色を経過時間と連動して強調する画面全体の色の変化もアラームとして、とりいれている。出来数量を表すリンゴマークと時間がかかった場合のドクロリンゴマークなども用意した。 (4) 作業標準時間の設定・作業選択について 1単位作業の終了までの予定時間である作業標準時間は、健常者の場合は、統一するのが通常だが、障害者は、それぞれ能力が異なるため、個人に合わせた作業標準時間の設定を可能とした、また設定時間のない作業は、作業選択する場合のプルダウンメニューに表示されない仕組みとなっているので、作業者ごとに個別に選択表示できる。 4 実際の運用にあたり 実際の運用の前に、現場に置いた55型の大画面に、パワーポイントで作ったスライドショーで、チュートリアルとして作成した、操作方法を、1か月に亘り繰り返し表示することで、違和感なくスタートが切れた。 最初の障害は、朝9時から17時過ぎまでタブレットPCの画面を表示させておくには、充電がもたないことだった。その問題には、画面の輝度を落とすこと、昼休みは画面を落とすこと、充電残量が20%を切った場合は予備バッテリーをつなぐことで解決した、ボタンを押すのが苦手なメンバーには、タッチペンを用意し、細い選択欄をうまく押せないメンバーには画面を拡大表示させることで選択欄を大きくし対応した。 5 結果・成果 多少のトラブルはあったが都度解決し、全員が問題なく使用できている。結果として、スタートストップを押すことで、「けじめ」が出来、思った以上にドクロリンゴが気になるところは、標準時間を普通に作業すればドクロリンゴが出ないように設定、個々で作業量の合計が見えることで、「ほんのちょっとだけやる気になり生産性も少しだけ向上」することができた。 見える化の視点で考えると、物流現場において、業務の見える化により、生産性の向上が行われていたが、従来の見える化は、管理側が業務の状態を見えるようにすることが、主で、管理側が見える化により、状況を把握したとして、それから現場へアクションがあり、現場が動いていくという順序だった。今回のカウント&タイムは、作業者そのものがタブレット画面で自分の作業状況を見える化により、把握することで、自ら動いていく事が出来たと思われる、管理側が把握して、作業者に指示など出して、動かすことから作業者自身が見える化により把握して、自ら少しだけ動くようになるところに、今回の成果があったと思われる。 また、特別支援学校からの実習生には、朝9時から帰りの16時まで全ての作業が時系列に記録されている表と業務別にサマリーされた表を、1枚に出力した日報を毎日渡すことができ、作業の出来量が一目瞭然となることで、実習の成果を紙に印字して持って帰ることができるようになった。 6 今後の展望、終わりに タブレットPCを、作業記録に使用することで、障害者がPCなどのIT技術を使用することの可能性が見だされ、作業と障害者の間にPCやIT技術をかませることで、障害者の作業領域が広がり、健常者しかできないと思われた作業も障害者もこなすことが可能となることが見えてきた。企業として持つ「物流ノウハウ」と「IT活用」と「障害者雇用で培った障害者の作業特性理解」を掛け合わせることで、障害者の作業へのアクセシビリティを高め、職域、業務範囲をより広げることを、今後の目標として、新たな開発に挑戦し進めていこうと思う。 【連絡先】 伍嶋 善雄 SBフレームワークス株式会社 e-mail:ygoshima@fw.softbank.co.jp p.102 オンラインによる就労支援に関する調査① -障害者本人を対象としたオンライン支援事例の分析から- ○中山 奈緒子(障害者職業総合センター 研究員) 秋場 美紀子・布施 薫・高木 啓太・堂井 康宏(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 新型コロナウイルス感染拡大の影響下における新しい生活様式の普及等により、障害者の就労支援においても、オンラインによる相談等の就労支援サービス(以下「オンライン支援」という。)の提供が求められてきている。従来サービスが受けにくい遠方の利用者にとって相談機会が確保しやすいなどの利点も考えられる一方、現状オンライン支援のノウハウの蓄積や共有は必ずしも十分とはいえない。 このため、障害者職業総合センターではオンライン支援の現状と課題、効果的な実施方法の可能性を把握することを目的に、2022~2023年度にかけて「オンラインによる就労支援サービスの提供に関する調査研究」を行っている。本発表では、支援機関を対象としたアンケート調査によって把握した「障害者本人を対象としたオンライン支援事例」(のべ518件)の分析結果について報告する。 2 方法 (1) 調査の実施期間と実施方法 2022年10月~11月に、障害者職業総合センターのアンケート調査用Webフォームを用いて実施した。後述(2)の事業所に対し、WebフォームのURL及び二次元コードが記載された調査依頼文書を郵送した。 (2) 調査対象と回答者 調査対象事業所は2,008所(障害者就業・生活支援センター(以下「就業・生活支援センター」という。)338所、自治体単独の障害者就労支援センター(以下「自治体の就労支援センター」という。)166所、就労定着支援事業所(以下「定着支援事業」という。)1,327所、地域若者サポートステーション(以下「サポステ」という。)177所)であった。住所不明の4所を除く2,004所に調査依頼文書を送付し、調査対象事業におけるオンライン支援の状況を把握している者に回答を依頼した。 (3) 調査項目 障害者本人を対象としたオンライン支援(Web会議システム・ビデオ通話を用いた支援)の事例について、障害者本人(以下「対象者」という。)の属性、オンライン支援を行うことになった経緯、支援内容、実施した配慮・工夫(選択式、自由記述式)等を最大2事例まで把握した(事業所全体の状況等の他の調査項目は本発表では割愛する)。 3 調査結果 (1) 回答数(事例数) アンケート調査全体の有効回答数は807件、有効回答率は40.3%であった。記入された事例の数は合計521件であり、事業不明の3件を除いた518件(就業・生活支援センター118件、自治体の就労支援センター50件、定着支援事業313件、サポステ37件)を分析対象とした。 (2) 対象者の属性 ア 年代 就業・生活支援センターでは「30代」、他の3事業では「20代」が最も多かった。 イ 支援開始時点における就職状況 サポステでは「求職中(在学中を除く)」、他の3事業では「在職中」が最も多かった。 ウ 障害種別 就業・生活支援センターと定着支援事業において「精神障害」、自治体の就労支援センターとサポステにおいて「発達障害」の選択率が最も高かった。就業・生活支援センター及び自治体の就労支援センターでは「知的障害」の選択率も2~3割程度あった。 (3) オンライン支援を行うことになった経緯 自治体の就労支援センターでは「利用者の就職先企業等からの依頼」、他の3事業では「感染対策(予防)のため」が最も多かった。 (4) 対象者への支援内容 サポステ以外の3事業では「定着支援(本人との面談)」の選択率が6~7割程度と多かった。サポステでは「就職・復職に向けた相談」の選択率が約9割であり、就業・生活支援センター及び定着支援事業でも約4割が選択していた。 (5) 実施した配慮・工夫(選択式) いずれの事業も「話す際の声のトーンやスピードに留意した」の選択率が6割を超えており最も高かった。障害種別(主たる障害)とのクロス集計を行ったところ、知的障害で「事前に通信テストを行った」が5割を超えていた。 (6) 利用者の特性や状況に応じて個別に配慮・工夫したこと(自由記述) ア 分類手続き 295件の自由記述を質的に分類した。まず分析者1が全ての回答内容に目を通し、類似した内容の回答をグルーピングして複数のカテゴリーを生成し、回答を各カテゴリー p.103 に分類した。なお、複数のカテゴリーに関連する内容が含まれている記述は該当する全てのカテゴリーに分類した。次に分析者2が、分析者1の作成したカテゴリーの定義に従って回答を分類した。2名の分析者の間で分類が不一致であった回答については分析者間で協議を行い、必要に応じてカテゴリー名や定義の修正を行った。以上の作業を、全ての回答の分類が完全に一致するまで繰り返し行った。 イ 分類結果(カテゴリー)の概要 記述内容を大別すると、以下の3種類であった。 ・「(5)実施した配慮・工夫」(選択式)と重複した内容 ・上記(5)以外の要素を含む配慮・工夫(以下「個別的配慮・工夫」という。)の具体的内容 ・当該事例にオンライン支援を活用した意図・オンライン支援の効果に関する内容 そのため、以降の分析は「(5)実施した配慮・工夫」と重複した内容のみの回答を除いた231件の回答を分析対象とした。最終的な分類とカテゴリーは表1の通りであった。 表1 カテゴリー一覧(個別に配慮・工夫したこと) 「個別的配慮・工夫」の中では「ツールの機能活用」(例:「チャットでスタンプも含めて会話をすることで(中略)対面での面談の時よりも、コミュニケーションが豊かになった」)、及び「平易な言葉遣い」(例:「オンライン支援に不慣れな利用者だったので(中略)、簡潔な表現で話すことを意識した」)が最も多く、次に「面談内容の文章化」(例:「今日話した内容を要約してチャットで伝えた」)が続いた。 「オンライン支援の活用意図・効果」では「オンラインへの慣れの形成」(例:「オンライン面接を取り入れる企業が増え、事業所での面接練習においてもオンラインでの模擬面接を実施した」)が最も多く、次に「感染対策」(例:「企業側の希望もあり、感染対策のため訪問は控えてオンライン支援を行った」)が続いた。 ウ カテゴリー×障害種別のクロス集計 前述のカテゴリーと(2)ウの障害種別(主たる障害)とのクロス集計を行った。「個別的配慮・工夫」では、身体障害で「対面との併用」、知的障害で「参加者と話題の調整」、精神障害で「ツールの機能活用」、発達障害および高次脳機能障害で「面談内容の文章化」が最も多かった。知的障害では企業担当者や家族等の同席を依頼したという回答が多くみられた。発達障害や高次脳機能障害では行き違いを防ぐために面談内容の要約をチャットやメール等で共有する、メモを促す等の回答がみられた。 「オンライン支援の活用意図・効果」は、身体障害で「外出・移動負担軽減」と「オンラインへの慣れの形成」、知的障害で「感染対策」、精神障害で「体調に合わせた実施」、発達障害および高次脳機能障害で「オンラインへの慣れの形成」が最も多かった。特に精神障害では、利用者の調子が悪い時に対面からオンライン支援に切り替える等の柔軟な対応により効果的な支援に繋がった旨の回答がみられた。 4 考察 支援前から支援後まで多様な工夫が行われていた。支援中~支援後の配慮・工夫は視覚化や面談の構造化に関連するカテゴリーが複数みられた。これらは全ての障害種別の対象者に行われていたが、特に精神障害や発達障害の対象者には親和性が高いと考えられる。一方、2021年の山口らの調査1)では57%の回答者が「知的障害のある方の就労支援をオンラインでするのは難しいと思う」と回答していたが、事前の通信テストの実施やサポート要員の同席を依頼する等の工夫によりオンライン支援を実施できている例も一定数みられた。加えて本調査では支援前の工夫も多く抽出され、支援前後の準備や振り返りがオンライン支援の効果を高める上で重要である可能性が示唆された一方、準備等に係る支援者の負担増加も懸念される。またオンライン支援の活用意図・効果も感染対策以外に複数抽出され、対象者によって支援効果が異なる可能性も考えられる。 オンライン支援の一般的な工夫だけでなく対象者に応じて行った個別的工夫について、自由記述の整理を通じて幾つかの類型を抽出できたことは本研究の成果であると考えられる。一方で本調査ではn数の限界から統計的検定は行わなかった。対象者の属性や支援内容等によって行われやすい工夫が異なるか等の仮説検証は今後の課題である。 【参考文献】 1)山口明日香・岡耕平・前原和明・野崎智仁・八重田淳『日本職業リハビリテーション学会員を対象としたコロナ禍の調査結果報告』,「職業リハビリテーションvol.35(1)」,(2021),p.22-29 p.104 オンラインによる就労支援に関する調査② -ヒアリング調査から把握されたオンライン支援の課題を補完するための方法や取組- 〇髙木 啓太(障害者職業総合センター 上席研究員) 秋場 美紀子・中山 奈緒子・布施 薫・堂井 康宏(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 新型コロナウイルス感染拡大の影響下における新しい生活様式の普及等により、障害者の就労支援においても、オンラインによる相談等の就労支援サービス(以下「オンライン支援」という。)の提供が利用者から求められてきている。オンライン支援は、遠方の利用者にとって相談機会が確保しやすいなどの利点も考えられる一方、そのノウハウの蓄積や共有は必ずしも十分とはいえない状況にある。 このため、障害者職業総合センターでは、オンライン支援の現状と課題、効果的な実施方法の可能性を把握することを目的に、2022~2023年度にかけて「オンラインによる就労支援サービスの提供に関する調査研究」を行っている。本稿では、就労支援機関(以下「支援機関」という。)を対象としたヒアリング調査によって把握したオンライン支援の課題への対策を中心に報告する。 2 方法 2022年10月~11月に実施したでアンケート調査で「ヒアリング可」と回答のあった支援機関のうちオンライン支援を積極的に行っている機関や特徴的な取組をしている15機関を対象として、2023年2月中旬から5月中旬にかけてヒアリング調査を実施した。15機関の内訳は、障害者就業・生活支援センター(以下「就業・生活支援センター」という。)4ヵ所、自治体設置の障害者就労支援センター(以下「自治体の就労支援センター」という。)2ヵ所、就労定着支援事業所(以下「定着支援事業」という。)6ヵ所、若者サポートステーション事業所(以下「サポステ」という。)3ヵ所である。対象とする対象機関の所在地は地域バランスを考慮し、東京23区または政令指定都市7ヵ所、その他の市町村8ヵ所とした。 3 調査結果 (1) オンライン支援のメリットとデメリット アンケート調査からは、対面支援と比較したオンライン支援のメリットとして、利用者の外出や移動に伴う負担が軽減したということが最も多く挙げられた(就業・生活支援センター74.5%、自治体の就労支援センター75.0%、定着支援事業81.5%、サポステ86.0%)。他にも、面談等の日程調整が容易になった、多忙・遠方等の理由で訪問が難しい企業への支援が行えるようになった等のメリットが多く挙げられ、ヒアリング調査においても同様にメリットとして挙げられた。 一方で、アンケート調査からは、対面支援と比較したオンライン支援のデメリットとして、通信状況のトラブル等が発生すること(就業・生活支援センター66.0%、自治体の就労支援センター81.8%、定着支援事業68.7%、サポステ80.0%)、非言語的な手がかり(利用者の声や表情など)の把握が難しいこと(就業・生活支援センター71.7%、自治体の就労支援センター81.8%、定着支援事業61.3%、サポステ60.0%)が挙げられており、機器の問題と非言語的な手がかりの把握の難しさがオンライン支援を進めていくうえで大きな阻害要因であることが窺われた。 加えて、アンケート調査からは、使用する機器や通信回線等に関するルールを定めている等、多くの機関が個人情報保護や情報セキュリティに関する何らかの取組を行っていることが窺われたため、ヒアリング調査では、それらをより具体的に確認した。 (2) 機器の問題への対策  ヒアリング調査では、機器の問題への対策として、オンライン環境の準備(ソフト面・機器面)と職員のスキルアップが挙げられた(表1)。 表1 機器の問題への対策 オンライン環境の準備(ソフト面)では、オンライン支援実施前に利用者の要望に応じてテスト接続を行う、支援機関においてオンライン支援に必要なソフトウェアの操作練習を実施する、直接利用者の自宅まで出向いて接続法の説明を行う等の取組が見られた。また、オンラインでの入室手順を伝える説明書を作成して渡す、オンライン支援に必要 p.105 なソフトウェアの使い方についての講座を行う取組も見られた。その他には、利用者向けにビデオ会議ソフトウェアの導入の仕方等の説明動画を作成し、Webサイト上で公開する取組も見られた。 オンライン環境の準備(機器面)では、利用者の自宅のWi-Fi環境の有無の確認を行う取組が見られた。また、オンラインでの見え方や聞こえ方を良くするための照明や集音マイク、ヘッドセットやイヤホンマイク等を用意する取組や、通信環境がない利用者に対し、モバイルWi-Fiを貸し出す取組も見られた。 職員のスキルアップでは、職員向けに操作手順マニュアルの作成、職員の勉強会や研修の実施等の取組が見られた。 (3) 非言語的な手がかりの把握の難しさへの対策 ヒアリング調査においては、話を聞く際の工夫と視覚的補助ツールの使用により、非言語的な手がかりの把握の難しさへの対策を行っている例が見られた(表2)。 表2 非言語的な手がかりの把握の難しさへの対策 話を聞く際の工夫としては、対面支援なら1回で済むこともオンライン支援では2~3回に分けて実施する等時間をかけて聞く、表情やうなずき、目線、相槌などのリアクションをいつもより大きく見せる、よりわかりやすい表現となるよう気を付ける、言葉による確認を頻繁に行うという例や、支援者側も意識して自分のことを話す等の自己情報の開示を行うという取組が見られた。 視覚的補助ツールの使用では、必要に応じて映像で補う、画面共有で資料を提示する、ホワイトボードに短文を書いて画面に映して見せるといった視覚的ツールでコミュニケーションを補うという例が見られた。 一方、上記のような対策をしてもなお非言語的な手がかりの把握が難しい面もあることから、オンライン支援実施前の普段のやり取りからラポール形成や関係構築をしていく、一度は来所してもらい生活状況や本人の様子を確認する、込み入った話をするときは対面支援と併用するというように、オンライン支援と対面支援を組み合わせることで、画面からは見えにくい非言語的な手がかりや人となりを把握している事例も見られた。 (4) 個人情報保護、情報セキュリティについて 利用者との関係では、録画や録音をしない等の禁止事項を設定している例、個人情報保護等に関して書面で確認もしくは誓約書・同意書で確認してもらう例が見られた。ただし、これらの多くはオンライン支援に特化したものではなく、対面支援でも適用されるものであった。他方、やむをえず家族に聞こえる場所で相談する場合にはその旨本人に承諾を取る、個人の名前が入ったものは画面に写さない等のオンライン支援特有の例や、利用者別に使える機能や入室可能範囲等を分けてアクセス制限を設けるという例も見られた。 面談環境では、面談室を使用し自席で行わない、施設外ではビデオ通話を行わない等の例が見られた。他に、個人情報が保存されたパソコンとは厳格に区別する、専用アカウントを作成するという例も見られた。 また、利用者向けにネットリテラシー勉強会を開催している例が見られた一方で、ヒアリング調査を実施した機関では職員向けに個人情報保護等について研修を実施した例は見られなかった。 4 考察 15機関に対するヒアリング調査においては、オンライン支援を実践していく中で、様々な工夫を行ってきた状況が窺われた。 機器の問題については、オンライン環境の準備(ソフト面・機器面)や職員のスキルアップが、また、非言語的な手がかりの把握の難しさについては、話を聞く際の工夫や視覚的補助ツールの使用等の対策がなされていた。他にも、オンライン支援と対面支援を組み合わせることで効果を挙げている事例も見られている。他方、個人情報保護や情報セキュリティについては、利用者との関係や面談環境での配慮がある一方で、職員向けの研修が改めて実施された例が見られなかった点は懸念されるところである。 こうした懸念点を改善するとともに、オンライン支援を実施するにあたっての様々な工夫が広く共有されていくことで、オンライン支援がより効果的に行われることを期待したい。 p.106 ノーマライゼーション推進事業における地域との連携 ○角 智宏(社会福祉法人清流苑 本部長) 1 はじめに 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、平成31年12月初旬に、中国の武漢市で第1例目の感染者が報告されてから、わずか数カ月ほどの間にパンデミックと言われる世界的な流行となった。国内でも徐々にその感染者は増え続け、令和5年4月17日時点でおよそ3,400万人となっていた。 私たち社会福祉法人清流苑(以下「当法人」という。)においても、イベントや行事などが軒並み中止や縮小開催となり、特に多機能型事業所紫尾の里の自立訓練(以下「生活訓練」という。)においては活動自体ができずに、室内での座学や調理実習、ウォーキング程度の活動しかできない状況(写真1)が続いた。利用者の「サービスを受ける権利」の観点からも、早期に対策を考える必要があった。 写真1 お釣りの計算を練習する利用者の皆さん 2 ノーマライゼーション推進事業が生まれるまで (1) コロナ禍における環境の変化 コロナ禍初期には、全国で緊急事態宣言が出されると、行動制限や外出自粛など、私たちを取り巻く環境は大きく変化した。そのような中で、飲食店にかかわるニュースがよく取り上げられていたことを記憶している。市内の飲食業を営む店舗も、休業や時短要請を受け、来客が見込めない中、テイクアウト販売に活路を見出していた。このテイクアウト販売は、出水市飲食業組合が企画し、出水市役所のエントランスホールを活用した取り組みで、飲食業組合の努力に行政として応えた一例である。 行政においては、公共施設の利用・入場制限等も行われ、閑散とした施設の様子もあり、人を呼ぶイベント等ができない中、施設の維持管理等に苦慮していることがニュースとなることもあった。 当法人においては、この時期は幸い1人の感染者も出さずに、事業を展開できていた半面、就労系サービスにおいては、施設外就労先の経営不振等により、契約を打ち切られるケースや、送り出す人数を制限されるケースもあり、私自身は新規の作業先の開拓にも時間を割くことが多くなった。 一方で、生活訓練の事業においては、これまで企業見学や余暇支援等でアクティブに活動していたが、訓練内容が制限されることも多く、これまで取り組んできた訓練内容を大幅に変更することになった。 訓練の利用者の方は、コミュニケーション面に課題を抱えている方が多く、外出の機会が減ったことで、その傾向は顕著なものとなっていた。 (2) テイクアウト販売を訓練の場に 一時的に感染者が落ち着いたときに、馴染みの店に伺うことがあった。 県からの協力金だけでは厳しいというお話や、人手不足、テイクアウト販売する場所の課題などを聞き、私たち福祉事業所の苦悩もお話しした。 お互いが「WIN-WIN(プラス)」になる企画を考え、そこに行政も巻き込みたい。そんな企画を考える中で、飲食業組合でクレインパークいずみの飲食ブースを借りていることを聞き、ここでテイクアウト販売を利用者の方を交えて開催したいという発想が浮かんだ。 利用者の方が販売活動を通して、市民の方と交流しコミュニケーション能力を高める構想、SDGsへの取り組み、これが「ノーマライゼーション推進事業」の始まりであった。 (3) それぞれがプラスになる取り組みを 令和3年6月に構想ができあがったものの、コロナの波が何度も押し寄せ、当初お願いしていた店舗さんも、テイクアウトの準備や、飲食業組合への周知が行き届かず、なかなか前に進まなかった。 私たちの事業所の生活訓練は、標準の訓練期間が24か月間と決まっているため、時間的な余裕がなかった。そのために、令和3年11月に要項を作り、出水市飲食業組合の役員の皆さんに提案した。 まずは各団体のノーマライゼーションの位置づけの提案とリハーサルを令和3年12月中に行うことと、毎月1~2回を目標に進めていくことを、役員の皆様方に理解を求めた。 出水市においても、クレインパークいずみの有効活用を考えた際に、防災無線での放送やHP等を通して、クレインパークいずみの1つのイベントとして、この事業は行政 p.107 をはじめ、多くの皆さんの協力のもと運営されていることを、市民の方へ広く知っていただく契機となることを提案した。 (4) 永続的に取り組むにあたっての課題 12月のリハーサルの際には、事前に準備してきたものの、トラブル等もあり完売こそしたが、成功したとは思わなかった。リハーサルから学んだこととして、特に金銭管理の部分と、時間が課題であった。 特に金銭管理は、店舗のほうで責任をもって行ってもらうことでトラブルを防ぐことができると感じた。販売については、慣れるまではわかりやすい金額で金種を減らすことで極力トラブルを避けることができた。 準備と片付けまで入れて4時間以内とすることで、利用者に見通しを持たせ、反省会と次回の日程打ち合わせは別日に職員で行うこととした。 感染症対策についても、県及び飲食業組合が指定する対策を順守し、飲食業組合の皆さんにも、クレインパークいずみにもご迷惑をかけないように心掛けた。 また、「ノーマライゼーション推進事業とただ謳っても、人は集まりにくい」との声から、名称を「ノーマライゼーション推進事業 飲食マルシェ IN クレインパーク」と決め、令和4年5月に、本格的にスタートした(写真2)。 写真2 販売活動の様子 引き続き毎月1回のペースで現在も行っているが、飲食業組合の皆さんのもそれぞれお仕事をされているので、新たなイベントとなると仕事が増えてしまう。組合内で募集をかけても、参加の店舗やメンバーが偏りがちになることがあった。当然ながら集客と売り上げが見込めないと参加を見送る店舗もあるため、私たちも、新たな店舗へあいさつに出向き理解を求め、参加者を募る努力が求められていると感じた。 回によっては、かなりの数が売れ残ったこともあり、職員からは「店舗に声をかけづらい、お願いしにくい」という声も上がったため、広報活動の重要性の共通理解と、販売する数の調整等を組合長にお願いした。 次に客層の部分で私たちの広報活動では、福祉関係者であったり、利用者の家族であったり、限られた方が来店される傾向が強い。一方で、飲食業組合の皆さん各店舗のSNSや、出水市の広報となると、ターゲットが広がるため、幅広い年齢層の来店が見込める。この辺りはお互いの努力で、回を重ねるごとに、改善しつつある課題である。 また、この事業に取り組んでくれている当事業所の職員の考案で、令和5年4月開催の際には、地元のダンスチームに声をかけ、来店者を増やす取り組みも行い、多くの方が訪れ成功した。 (5) どのような成果があったか 令和5年7月まで8回の開催で、マスコミにも数回取り上げていただいた。周知という部分ではまだまだこれからだが、県の広報誌「ありば」でも特集を組んでいただくなど、客層も幅広くなり、イベントとして徐々に浸透しつつあると感じている。 一方で利用者の方が取材を受ける際に、自分の意見をはっきりといえるようになり、お客様に対して、はじめは緊張して笑顔での接客も難しかったが、最近では笑顔で元気よく対応できるようになった。また街中で、声をかけてもらう機会が増えたなど、訓練や当該推進事業の成果も出始め、行政と、飲食業組合の皆さん、来客してくださる皆さんのご協力で、イベントの知名度だけでなく、本来の目的であるノーマライゼーションの理念も浸透しつつあると感じている。 3 事業のこれから ノーマライゼーションの理念に基づいた社会を実現するためには、何よりも利用者それぞれの職業的自立に向けた努力が重要であることはもちろんだが、私たち支援者だけでなく、彼らに手を差し伸べてくださる飲食業組合や、行政、市民の皆様のご協力は不可欠であると感じている。 この事業をスタートする際に「いずれ雇用に結びつく日を信じて頑張りましょう」という組合長の言葉、「ノーマライゼーションという言葉が当たり前の世の中になるように」という理事長の言葉、そして市として全力で後押ししてくださる出水市長の想いが、この出水に根付くように引き続き努力していきたいと思う。また、この取り組みを通して、ノーマライゼーションの風が出水だけでなく、県内広くは国内に広まってくれることを願いたい。 【連絡先】 角 智宏(すみ ともひろ) 社会福祉法人清流苑 出水事業所 e-mail:seiryuen-honbu@outlook.jp p.108 聴覚障害のある社会人を対象としたリカレント教育プログラムの実践報告 -時代の潮流に合わせたDX、D&Iスキルの育成- ○後藤 由紀子(筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 助教) 河野 純大 (筑波技術大学 産業技術学部) 1 筑波技術大学が行うリカレント教育 (1) 大学が担う社会的使命 筑波技術大学(以下「本学」という。)は日本で唯一の、聴覚・視覚障害者のための高等教育機関である。幅広い教養と高い専門性を備えた社会に貢献できる先駆的な人材を育成することを教育的使命として掲げ、専門職業人の養成と障害者の社会的自立を図ることを目的としている。1987年に3年制短期大学として開学した当初より、在学生の就職支援のみならず卒業後のフォローアップにも力を入れており、職場適応や就労継続のための個別相談に加えて、出張講座やオーダーメイドの学び直しプログラム等の形で障害のある社会人のスキルアップやキャリアアップの支援も行ってきた。 本報告では、聴覚障害のある社会人向けに本学が行っているリカレント教育の取り組みについて紹介する。 (2) リカレント教育に対する社会的ニーズの高まり 「リカレント(recurrent)」には「繰り返す」「循環する」という意味があり、学校教育から離れて社会に出た後も必要なタイミングで再び教育を受け、仕事と教育を繰り返すことを「リカレント教育」という1)。終身雇用中心から転職や起業、副業などの多様な働き方が一般的になってきている近年、リカレント教育の需要が高まっている。 (3) 文部科学省委託によるリカレント教育事業の取り組み 本学では、2021年度からの3年間、文部科学省が大学等に向けて展開しているリカレント教育事業の採択を受けて聴覚障害者向けプログラムを実施してきた。初年度に採択されたのは失業中・求職中の者を主な対象とした「聴覚・視覚障害者のための共生社会実現に向けた超職業実践力育成事業-聴覚障害者のための企業等就職志向プログラム-」、2022年度に実施したのは在職者のリスキルを主な目標とした「聴覚障害者のための共生社会実現力育成プログラム【DXリスキル】」であった。コロナ禍における失業者の支援、企業等におけるDX(デジタル・トランスフォーメーション)推進の機運の高まりを受けたリスキル支援など、年度毎に社会的要請を踏まえた主題を設定し、カリキュラムを作成、実施している。 2023年度は、昨年度から引き続いてのDXリスキルに加えて、D&I(ダイバーシティ・アンド・インクルージョン)の推進において必要とされる知識スキルの付与を目的として「聴覚障害者のためのDX/D&I促進人材育成プログラム」を開講する。なお、いずれのプログラムも本学内で履修証明プログラムとして位置付けられており、本学が指定する60時間以上の講義を履修した受講者は「履修証明書」を受け取ることができる。 2 聴覚障害者のためのDX/D&I促進人材育成プログラム 以下は、本学が本年度開講する「聴覚障害者のためのDX/D&I促進人材育成プログラム」の紹介である。2023年9月からの開講を予定しているが、開講後も随時受講者を募集する。 (1) プログラムの目的 聴覚障害者が充実した学びを得るには手話通訳や音声のテキスト化等による情報保障の整備された学習環境が欠かせないが、企業内や専門学校等において提供される研修に十分な情報保障が整えられているとは言い難い。そのため、当プログラムでは、本学が有する聴覚障害者に対する教育・就労支援のノウハウを最大限に活用し、障害に左右されず積極的に学習テーマを選択できる機会を提供する。カリキュラムとしては「D&I推進スキルアップコース」「DXスキルアップコース」の2種類の履修モデルを用意し、近年産業界において関心の高まっているDXやD&Iの領域で活躍できる人材の育成を目指す。そのアウトカムとして、障害の有無によらない全ての人々にとっての働くことの価値を高め、共生社会の実現に寄与することを目的としている。 (2) 主な対象者等 聴覚障害のある在職者で、社内でD&IやDXを推進する立場にある者、またはD&IやDXに関する知識・スキルの習得を望む者を主な対象とする(目的に応じて、在職中でない者を受け入れることがある)。年代は問わない。 受講定員は20名だが、少数の科目を部分的に受講する場合は定員を超えて受け入れることが可能である。 ア 受講に関する問い合わせ先 筑波技術大学 成長分野における即戦力人材輩出に向けたリカレント教育推進事業 問い合わせ窓口 E-mail:r3recpro@nc.a.tsukuba-tech.ac.jp イ 受講申込先 申込用URL:https://forms.office.com/r/85m2grQCLy ※2023年12月中旬までの募集を予定 (2023年8月現在)。 プログラム 申込用QRコード p.109 (3) プログラムの特色 ア 開講形式 全国各地からの受講を可能とするため全ての講義をオンライン配信にて行うが、リアルタイム配信による受講を奨励し、授業の双方向性を担保する。また、在職者が受講しやすいための工夫として、講義のリアルタイム配信は原則として平日夜間か休日に行うこととし、やむを得ず欠席した場合も録画配信の視聴と事後課題の提出をもって履修を完了できることとする。 聴覚障害者向けの情報保障としては、全ての講義に手話通訳(講師自身が手話を表出する場合は無し)と遠隔からのパソコン入力による文字通訳を配置する。 イ カリキュラム 受講目的によって「D&I推進スキルアップコース」「DXスキルアップコース」の2種類の学習内容から選択できる他、聴覚障害当事者や実務家教員の協力を得て、受講者のキャリア形成や実際の業務における実践的スキルが習得できるよう工夫した。具体的なカリキュラム内容は、表1のとおりである。 表1 開講授業科目一覧(2023年8月時点) 「D&I推進スキルアップコース」は、ダイバーシティやインクルージョンの考え方や必要性を理解し、企業等においてD&Iに関する理解を促進する啓発セミナーの開催を提案し、事業所内風土での共生社会実現や共生環境の醸成に寄与することができるスキルの習得を目的としている。自身の障害や必要な情報保障等について説明できるようになるための「セルフアドボカシー」や、多様なコミュニケーション手段・価値観等を有する他者との協働について学ぶための「健聴者と協働するマネジメント」等の科目が必修となっている。 「DXスキルアップコース」は、デザイン思考ファシリテーター2級相当、Microsoft Power Platform 基礎レベル相当などのスキルの習得を目的としている。企業等においてDXを用いた業務改善の提案ができるスキルが身に着けられるよう、「データサイエンス入門」「RPA応用演習」等の実践的な講義を必修科目として取り入れている。 ウ その他 キャリアコンサルタント資格を有する本学教員が必要に応じてキャリアカウンセリングを行う他、適宜ハローワークや就労支援機関、受講者の勤務先等と連携しながらプログラム終了後も受講者のキャリア支援を行っていく。 (4) 期待する効果 2021年、2022年に実施したプログラムにおいては、講師が直接教授する内容だけでなく、受講者間の経験の共有から生まれる新たな視点への気づき等の学習効果が見られた。当プログラムにおいても双方向型の授業によって同様の効果を期待すると共に、2種類のコース選択を可能とした新たなカリキュラム編成がもたらす学習への主体性やキャリア形成における意識の変化を注視したい。 長期的には、当プログラムを通してスキルを身に着けた受講者が企業等において管理職などマネジメントを担う立場へキャリアアップしていくことを期待する。 【参考文献】 1) 政府広報オンライン「『学び』に遅すぎはない!社会人の学び直し『リカレント教育』」:https://www.gov-online.go.jp/ useful/article/202108/1.html(2023年8月4日閲覧) 【連絡先】 後藤 由紀子 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター E-mail:ygoto@a.tsukuba-tech.ac.jp p.110 地域就労支援機関の支援実務者のやりがいと人材育成の課題 -全国調査結果から- ○竹内 大祐(障害者職業総合センター 上席研究員) 春名 由一郎・堀 宏隆(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 我が国の職業リハビリテーションは、近年、急速に発展し、障害者の就労可能性を広げてきている。このような発展は同時に、障害者就労支援(以下「就労支援」という。)に携わる人材の広がりでもあり、地域の就労支援力の底上げを図るための効果的な人材育成を検討する必要がある。 障害者職業総合センターでは2021~2022年度にかけて調査1)を実施し、就労支援機関における支援実施状況や知識・スキル等の普及状況、障害者就労支援に対する考え方及び人材育成の取組の実態を明らかにした上で、人材育成のポイントを整理した。その結果、就労支援に携わる人材の専門性向上(効果的就労支援の取組実施や知識・スキル等の普及等)には、所属組織が組織として人材育成に取り組んでいることが重要であることを明らかにした。 一方、効果的な人材育成には、単に支援実務者個人の知識・スキル等の向上を目指すだけでなく、支援力向上の取組への動機づけを高めることや、人材の就労支援関連業務への定着を目指す必要があり、そのため、支援実務者のやりがいに着目することは重要である。そこで、本発表では、上記調査に基づき、就労支援実務者のやりがいの実感を明らかにした上で、やりがい向上と専門性向上を両立させる人材育成のポイントを明らかにすることを目的とする。   2 方法 障害者就業・生活支援センター(以下「就業・生活支援センター」という。)336事業所、地方自治体が設置する障害者就労支援機関(以下「自治体の就労支援機関」という。)128事業所、就労移行支援事業又は就労定着支援事業を実施する機関(以下「就労移行等」という。)2,536事業所に所属する組織管理者及び支援実務者それぞれを対象としてアンケート調査を行った。なお、それぞれを対象とした調査はIDで紐づけし、その関連を分析できるようにした。 (1) 就労支援の取組に対する支援実務者のやりがい等 就労支援に取り組む時の、やりがい等の実感について各事業所の支援実務者に回答を求めた。 (2) 就労支援機関における組織的な人材育成の取組実態 各事業所の組織管理者に対して、就労支援担当者の支援力向上のために組織的に重視して行っている人材育成の取組実施状況について回答を求めた。 (3) 就労支援に取り組む時のやりがい等に影響する要因 支援実務者のやりがい等(「自己成長とやりがい」「支援の有益性」「専門性の社会的評価」の3つの因子=目的変数)向上に影響する要因として、以下の5つの説明変数(2つの組織的要因と3つの個人的要因)を仮定し、重回帰分析を行った。なお、機関種の違いや回答傾向(性格)の違いを調整して分析した。 【組織的要因】 組織的な人材育成の取組:「支援事例・記録の共有」「組織的な育成方針の明確化」「役割やノウハウの言語化・共有」の3つの因子 処遇:満足いただける処遇等を提示できているかどうかの組織管理者の認識 【個人的要因】 支援課題解決の実感:様々な対象者における就労支援の支援課題解決状況についての支援実務者の実感 就労支援の理念・考え方への同意の程度:障害者の就労可能性を広げるための考え方や、就労支援の意義に対して同意できるかどうか 障害者の権利等の実現に対する取組:インクルーシブな雇用の実現、企業の合理的配慮義務の実施、最低賃金の保障等に向けて取り組んでいるかどうか 3 結果 (1) 就労支援の取組に対する支援実務者のやりがい等 いずれの機関種においても、創意工夫の余地の実感、学び続ける意欲、自己成長の実感に関して肯定的な回答が目立った。一方、障害者や企業の役に立っているかどうかや、専門性の社会的な評価に関しては「何とも言えない」との回答が比較的多く、専門性の社会的評価には否定的回答も多かった。表1には、例として就業・生活支援センターの結果を示す。 (2) 就労支援機関における組織的な人材育成の取組実態 困ったことに対する相談、ケースミーティング等による支援事例の検討・共有、支援内容や成果の記録については、いずれの機関種においても重視して実施されている割合が高かった。一方、支援ノウハウ等を言語化・共有する取組や、地域関係機関との連携や役割分担について言語化する取組、就労支援者のキャリア段階や達成目標を明示する取組は、重要性は認識されているものの、実施されている割 p.111 合が低かった。表2には、例として就業・生活支援センターの結果を提示する。 表1 就労支援に取り組む時のやりがい 表2 人材育成に係る組織的な取組の実態 (3) 就労支援に取り組む時のやりがい等に影響する要因 ア 「自己成長とやりがい」向上に効果がある要因 「自己成長とやりがい」には、所属組織が、外部研修促進や目標の明確化といった「組織的な育成方針の明確化」を行い、本人が、就労支援の理念・考え方に一定程度同意し、「障害者の権利等の実現に対する取組」を行っていることが関連していた。 イ 「支援の有益性」向上に効果がある要因 支援課題が解決できていると感じている支援実務者ほど「支援の有益性」を感じているという結果であった。同時に、所属機関が「支援事例・記録の共有」を行っていることの効果も大きかった。その他、「障害者の権利等の実現に対する取組」を行っていることの効果が見られた。 ウ 「専門性の社会的評価」向上に効果がある要因  所属組織が「支援事例・記録の共有」を実施しているほど、「専門性の社会的評価」を適切に受けていると感じる程度が高いという結果であった。 4 考察と結論 実態調査から、就労支援実務者は、就労支援にやりがいを感じ、自己成長の意欲や実感を持って取り組んでいる一方で、その「支援の有益性」や「専門性の社会的評価」については態度を保留する回答も多いことが明らかになった。この「支援の有益性」や「専門性の社会的評価」の向上に効果がある要因を分析したところ、所属組織が「支援事例・記録の共有」の取組を行うことがポイントの1つであることが明らかになった。また、支援課題解決の実感を持てるかどうかで、「支援の有益性」の実感が変わるということも明らかになった。 就労支援のプロセスは、支援実務者が単独で施設外(企業等の場等)に出向くことも多く、先輩・同僚等からタイムリーなフィードバックを受けることや、考えや気持ちを共有することが難しい場合も多いのではないだろうか。その結果、自身の支援の有益性や適切さの確証を持ちづらいのかもしれない。事例や意見を共有する場で、様々な視点からフィードバックを受け、考えを共有できることは、支援スキルを磨くだけでなく、支援の有益性や社会的評価を認識するきっかけになり得る。各機関・地域でケースカンファレンスや情報交換を行う場を創出することが支援実務者のやりがい向上において重要と考えられる。 機関又は地域単位で就労支援の理念等を踏まえた目標の明確化をし、研修受講促進や事例等の共有の場を作るなど、組織的に人材育成に取り組んでいくことが、支援者の専門性とやりがいの両面の向上に繋がる重要なポイントである。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター『就労支援機関における人材育成と支援ノウハウ蓄積等の現状と課題に関する調査研究』,「調査研究報告書No.167」(2023) p.112 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究 結果報告 -第1期~第7期調査に関する通貫分析の試行結果から- ○野口 洋平(障害者職業総合センター 主任研究員) 大石 甲・田川 史朗・春名 由一郎(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 障害のある労働者は、生涯を通じた職業キャリアにおいていつ頃、どのようにその職業生活を終えるのだろうか。 本発表では「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」(以下「職業サイクル研究」という。)で長期継続調査している障害者の職業生活に関連する様々な項目のうち、障害者の職業生活におけるキャリアに着目し、職業サイクルのうち経年による就労状況の変化と職業生活からの引退の状況を明らかにすることを目的とした。 2 方法 (1) 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究 ア 16年間の総合的なパネル調査 職業サイクル研究は、障害のある労働者の職業生活の各局面における状況と課題を把握し、企業における雇用管理の改善や障害者の円滑な就業の実現に資する今後の施策展開のための基礎資料を得ることを目的として、障害のある労働者個人の職業生活等の変化を追跡する縦断調査(パネル調査)である(表1)。最新の成果物は、2023年3月に第7期調査の結果をとりまとめた調査研究報告書No.170「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第7期)」1)である。 表1 職業サイクル研究の研究実施計画 イ 対象者  視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、内部障害、知的障害、精神障害のいずれかの障害がある者とした。調査開始時点の年齢は15歳~55歳とした。企業や自営業で週20時間以上就労している者を対象とし、その後、離職した場合でも対象として調査を継続している。対象者の募集は当事者団体、事業所、就労支援施設等を通じて紹介を受け、本人の同意を得て対象者として登録した。なお、回収率を踏まえ、調査対象者数の維持のため第3期に対象者の補充を行った。 ウ 調査方法  調査開始時点で40歳未満の対象者への調査を職業生活前期調査(以下「前期調査」という。)、40歳以上の対象者への調査を職業生活後期調査(以下「後期調査」という。)としてそれぞれ2年に1回の頻度で郵送法による質問紙調査を行っている。調査票は点字など複数形式を作成し、障害状況に応じて対象者に選択してもらい、回答にあたっては、家族等の支援を受けることも可としている。 エ 調査内容 第1期から学識経験者や当事者・事業主団体関係者等により構成される研究委員会を開催し、その議論を踏まえて、障害のある労働者の職業生活について、幅広く確認している。具体的には、基本属性、就労状況(就労形態、職務内容、労働条件等)、仕事上の出来事(昇格・昇給、転職、休職等)、仕事に関する意識(満足度、職場への要望等、仕事をする理由を第4期後期調査から追加)、私生活上の出来事(結婚、出産、転居等)その他である。また、奇数期のみ、年金の受給の有無、収入源、経済的なことに関する相談先を質問し、偶数期のみ地域生活、医療機関の受診状況、福祉サービスの利用状況、体調や健康に関する相談先等を質問している。 (2)第1~7期(14年間分)のデータを用いた分析 既に得られている第1期~第7期のパネルデータを用い、出生年代別の就労状況及び職業生活からの引退の状況や、引退の意向について分析した。この分析は、今後、第8期調査の終了後の、職業サイクル調査全体(第1期~第8期)の通貫分析の参考とするための予備的分析である。 3 結果 (1) 出生年代別の就労状況及び職業生活からの引退の状況 第1期から第7期までの全回答者1,126人の延べ4,912件の回答結果から、調査時点の就労状況不明の者及び年齢が不明な者を除いた4,878件について、対象者を生年により10年ごとの出生コホートに分類して、回答件数の多い4つのコホートの調査期ごとの就労状況を障害全体と障害種類別に集計した(図1)。出生コホート別の就労率については、全体としては1960年代生(第7期に51歳から61歳)及びそれより若いコホートでは高い就労率を維持していたが、1950年代生では第5期(57歳から67歳)以降に就労率が低下していた。障害種類別では、聴覚障害は全コホート・全調査期において就労率が高かった。視覚障害、肢体不自由、内部障害、知的障害では1950年代生で第5期(57歳から67歳)以降に全障害計と同様に就労率が低下していたが、視覚障害と知的障害では他の出生コホートでも1950年代生と同程度又はそれ以下の就労率を示す場合があった。精神障 p.113 害では1960年代生や1970年代生で就労率が低い調査期があり、1950年代生の就労率が大きく低下したのは第7期(61歳から71歳)になってからであった。 図1 出生コホート別の就労状況の経時的変化 (2)職業生活からの引退の意向 第4期以降、非就労者に質問している今後の仕事への考えについて「職業生活から完全に引退し、今後仕事をするつもりは全くない」を選択した回答を職業生活からの引退の意向と捉え、初めて職業生活からの引退の意向を回答した年齢層と人数を障害種類別に集計した(表2)。 全回答者のうち非就労者は200人で、そのうち45人(23%)が職業生活から引退の意向があった。障害種類別では、肢体不自由と内部障害の非就労者に職業生活からの引退の意向を持つ割合が約4割と高く、続いて視覚障害では 約3割、聴覚障害、知的障害、精神障害では約1割だった。年齢層別では、肢体不自由は60歳未満が半数を超え、精神障害はすべて60歳未満の回答だった。また、内部障害は約9割が60代の回答だった。 表2 職業生活からの引退を希望した者の年齢層 4 考察と結論 本サイクル研究の様々な出生年齢の対象者1,000名弱の14年間を追跡した出生コホートの分析により、1950年代生れの障害者において、60歳前後となる過去4~6年の間に職業生活からの引退が進んでいる一方で、60歳を超えて就業を継続している障害者の割合も多いことが示された。また、障害種類により職業生活からの引退の意向を持つ時期と実際の引退時期に違いがあり、肢体不自由や内部障害では比較的60歳代の退職が多く、視覚障害、聴覚障害、知的障害では60歳を超えた就業継続希望が多く実際にも就業継続が多かった。一方、精神障害では若年層での退職が加齢に伴う退職よりも多かった。これらには、障害特性の違いに加え、社会的要因の影響も考えられる。 視覚障害では引退意向は少ないが、概ね60歳前後で就労率の低下が見られた。 聴覚障害では引退意向は少なく、安定的に就労を継続し、65歳を超えても就労継続する者が多くいた。 肢体不自由で早期の職業生活からの引退の意向が多く、60歳前後で就労率の低下が見られた。 内部障害では60歳以降に職業生活から引退する意向が増加し、60歳前後で就労率の低下が見られた。 知的障害では引退意向が少なく、世代によって異なる幅広い年齢層で就労率の低下が見られた。 精神障害では、出生年にかかわらない就労率の低下がみられ、加齢以外の要因の影響や個別性が高かった。 第8期のデータを加えることにより、これらの傾向がより明確に確認できることが期待され、検証が必要である。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター『障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第7期)』,「調査研究報告書No.170」(2023) p.114 障害・仕事・支援の総合的捉え方による 諸外国の新たな職業リハビリテーションの動向 ○春名 由一郎(障害者職業総合センター 副統括研究員) 堀 宏隆・武澤 友広・伊藤 丈人・中井 亜弓(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 従来、諸外国の職業リハビリテーションの取組は、障害モデル(医学モデルvs.社会モデル)、福祉的就労と一般雇用、制度やサービス等、互いに対立的であることも多く、我が国の参考にしにくいものであった。しかし、近年、障害者権利条約等により、国際的に理念や用語・概念の共有が加速し、我が国が直面してきた多くの課題が、諸外国でも共通の課題であったことが明確になってきた。本研究では、そのような共通課題の解決に向けて、これまで対立的に捉えられやすかった諸外国の取組の総合化による新たな可能性を明らかにすることを目的とした。 2 方法 諸外国で解決が目指されている課題に焦点を当て、その解決に向けて進化している諸外国の普遍的かつ総合的な取組を、インターネット上の公開資料を中心に調査した。 具体的に焦点を当てた解決課題として、我が国の職業リハビリテーションの古くて新しい課題である、就労困難性による障害認定、障害者雇用の質、雇用と福祉の連携、支援者の人材育成といった課題とした。また、普遍的かつ総合的取組としては、従来から障害、仕事、支援の多様な捉え方をリードしてきた国々(アメリカ、ドイツ、フランス、イギリス等)における、従来の対立を超えた革新的な対応、すなわち、障害の医学モデルと社会モデルの総合、一般雇用と福祉的就労の総合、そして職業リハビリテーションの専門性と他分野との連携に関する取組とした。 3 結果 (1) 障害の捉え方の多様性と総合化 就労困難性について、医学モデルでは「障害者には就労困難性があり支援が必要」、社会モデルでは「障害者は合理的配慮があれば就労困難性はない」とする対立があった。個人と環境の相互作用による就労困難性を広く把握するとともに、その解消のための合理的配慮や専門的支援の質の向上を図ることが関連課題の解決のポイントとなっている。 ア 障害者の職業能力と支援ニーズの総合的な認識の普及 障害者の就労困難性は本人だけでなく環境の影響が重要であるが、効果的な合理的配慮や専門支援が確保されているかどうかは、相当な経験がないと判断は難しい。アメリカやドイツ等では30年以上の職場や地域の支援経験を踏まえ、多様な障害や疾病別に、職業場面での多様な困りごとに対して効果的な職場での合理的配慮、専門的支援、支援機器等の詳細なデータベースが発展している。これにより、多くの障害者が適切な配慮や支援があれば働けることが、支援者の経験によらず共有しやすくなっている。 また、知的障害者、精神障害者等、従来、一般就業が最も困難と考えられてきた障害者の就労可能性の拡大に向けて、効果的支援のあり方が諸外国でも共有されている。障害者個人だけへの支援ではなく、各人が活躍できる仕事へのマッチング、職場での合理的配慮の確保、また、就職後も医療や生活面等で地域支援が本人と職場を継続的に支える必要があることが、そのポイントである。 イ 幅広い障害者の就労支援ニーズの把握と支援 近年、アメリカでは、障害者は仕事ができること及び支援ニーズがあることの両面をバランスよく捉え、障害を分かりやすく伝える啓発キャンペーンや、職場や学校でのディスカッションが推進されている。多くの障害は外見から分かりにくく本人も開示しにくい状況にあることを踏まえ、全社員に障害についての教育を行ったり、障害の具体例を示したり個人情報保護や開示のメリットを示したりする取組が重視されている。障害者雇用率制度の先進国であるドイツでも、福祉的な障害認定がなく外見から支援ニーズが分かりにくい軽度の障害による就労支援ニーズのある人が多いことを踏まえ、支援ニーズのある本人が申請し、障害による就職や就業継続の困難が認められれば、雇用率制度の対象とする制度がある。 ウ 個人と環境の相互作用の知識に基づく人権アプローチ 障害者を能力が劣った保護対象のマイノリティと捉える「能力主義」を問題とし、多様な障害のある人たちを社会に包摂する「人権アプローチ」が強調されている。アメリカの就労支援専門職の倫理指針では、各人の能力・適性・希望に応じた就労支援が重視され、実際の支援内容の基準にもなっている。EUでは、現行の障害アセスメントの多くは能力主義的であることを指摘し、障害者権利条約に適合したものにする必要があることが提言されている。 (2) 仕事の捉え方の多様性と総合化 一般雇用での多様な人材の活躍を可能とし企業経営にも資する取組と、福祉的就労の質の向上の両面の統合が課題 p.115 である。職業リハビリテーションを、企業経営に資するビジネスサービスとしても位置付けることが、一般雇用と福祉的就労の対立を総合化していくポイントになっている。 ア 誰もが能力を発揮できる職場づくり アメリカを中心とした「ダイバーシティ&インクルージョン」は、多様な人たちが働きやすく、企業経営に貢献できる職場環境を作り上げることで、多様な視点や能力をもつ優秀な人材を集めて活躍してもらい、企業経営上の競争力を高めるもので、性別や人種等と共に障害も多様性として位置付けられている。障害者雇用人数だけでなく、企業経営や雇用管理の質的側面の具体的な取組内容について、他社と比較できる評価指標が設けられている。 具体的な例として、合理的配慮の検討や実施において、過重な負担の感覚が担当者の知識や予算で異なること避けるため、アメリカやドイツでは、合理的配慮は企業全体で検討し予算は一元管理する取組が推奨されている。また、障害者を社内のマイノリティにしないため、職場内のグループ活動等の人的環境の整備も重要なトレンドである。 イ すべての障害者の意義ある就業の選択肢の拡大 最重度の障害者については、欧米でも就労機会の確保の手段として福祉的就労が重視されてきたが、障害者権利条約での障害者の労働・雇用の権利を踏まえた福祉的就労の見直しが重要なトレンドとなっている。ヨーロッパでは、障害者福祉を目的としながらも収益性を重視した社会的企業が発展してきているが、ドイツやフランスでは障害者の割合に一定の上限を設け、健常者と障害者が一緒に働く包摂性の向上に向けた改善が図られている。 ウ 障害者と企業を結ぶ包摂的な労働力開発 アメリカの職業リハビリテーションサービスは2020年に100周年を迎え、「ダイバーシティ&インクルージョン」によって経営力や競争力を高めたい企業向けのビジネスサービスとして自らを位置づけ、障害者と企業を結ぶ労働市場を、誰もが活躍できる社会づくりに向けて活性化するように、全米ネットワークとして取り組んでいる。 また、アメリカやドイツでは、発達障害者を企業側で「ニューロ・ダイバーシティ人材」と位置づけ、採用基準や雇用管理を見直すことで、企業の競争力向上と発達障害者の失業対策の一挙両得の有望な成果が上がっている。 (3) 支援の捉え方の多様性と総合化 諸外国においても、職業リハビリテーションの人材育成や雇用と福祉等の制度変革が重要課題となっている。そのポイントは、職業リハビリテーションの高度な専門性を明確にして普及することと、保護対象のマイノリティとしての障害者支援ではなく、多様な障害や疾患のある人たちが、社会の重要な一員として労働を含む社会参加ができる制度・サービスの改革を進めることである。 ア 職業リハビリテーションの専門性の確立と人材育成 アメリカでは、知的障害者や精神障害者等の一般就業を推進してきた専門職団体が、従来は一般就業で働けないと思われてきた障害者の就労可能性の拡大に必要な知識・スキル・能力水準を明確にし、福祉的就労の担当者を含み、幅広い就業支援専門職の認定や研修を実施している。 イ 障害者が働くことを前提とした制度・サービス変革 イギリスは2017年に「誰もが、障害者と慢性疾患のある人々の可能性を高く評価し、人々が健康、仕事、障害の重要な関係を理解し積極的に行動する社会」というビジョンを掲げ、メンタルヘルスや産業保健とも連携し、10年以内に障害者雇用を100万人増加させるという目標をたて、昨年5年前倒しで達成している。 アメリカでも、障害者の制度活用において就業を第一の選択肢とする制度改革が進められている。各州で、法律、予算、現場の支援内容などを総合的に変革する必要があるため、連邦政府からの助言援助の下、各州の関係分野の政策担当者が9か月かけて、体系的に制度やサービスの変革を進めるビジョンクエストという取組が成果を上げている。また、精神科医療や特別支援教育分野でも効果的な就労支援が重要になっていることを踏まえ、それぞれの分野が主体的に、サービス転換や人材育成の業務マニュアルを作成して取り組むようになっている。 ウ 個別支援ニーズに対応できる多職種連携に向けて 障害者の医療、生活、就労等の多様で個別的な支援ニーズに対応するため、多分野の制度・サービスのタテ割りを克服することも、諸外国の重要な課題である。アメリカでは、様々な資金源から助成金等を得て法的に妥当な方法で組み合わせて活用する等の実践的手法が推奨されている。一方、ドイツでは、関係機関がタテ割りを超えて連携するための連携の手順を共同勧告でまとめ、障害者のニーズに対応できることを重視している。 4 考察と結論 諸外国において、近年、我が国の職業リハビリテーションの古くて新しい課題への解決にも参考にできる新たな取組が発展し成果を上げていることを確認した。これらの課題の解決には、障害・仕事・支援の捉え方の総合性を踏まえ、従来の一面的で対立的になりがちな取組を超えた総合的な取組を発展させることがポイントである。 【文献】 障害者職業総合センター調査研究報告書No.169「諸外国の職業リハビリテーション制度・サービスの動向に関する調査研究」,2023. p.116 OCRデータ転記・PC入力課題をベースとした 職場実習生の職能判定に関する取り組み ○志村 恵 (日総ぴゅあ株式会社 人材戦略室 企業在籍型職場適応援助者) 市川 洋子(日総ぴゅあ株式会社 人材戦略室) 1 はじめに (1) 会社概要 日総ぴゅあ株式会社(以下「当社」という。)は、日総工産株式会社の特例子会社として2007年に設立された。主な業務は事務・PC業務、軽作業、清掃、菓子訪問販売となっている。 (2) 本研究の背景と目的 当社は障害者社員の採用において職場実習を重視しており、採用までに1~3週間の実習を2回以上行い、業務スキルや適性を把握している。小川1)によれば、実際の職場において、職場環境との関わりの中で障害のある人を評価する考え方を「ジョブコーチモデル」と言う。当社の職場実習ではジョブコーチモデルをスタンダードとしており、実習を繰り返し行いながら、当社の職場環境をふまえて評価している。 一方で、AIなど新技術の発展や新型コロナウイルスの感染拡大などによる仕事内容や働き方の変化を受け、当社でも長年受注していた業務がなくなり、新たにPC業務の依頼が増えるなど大きな変化に直面している。 そこで2022年度から、既存の業務だけではなく、新たな業務に対応できる人材の採用・育成を行うため、職場実習生のアセスメントとしてOCR(Optical Character Reader)データを活用した課題(以下「OCR課題」という。)を実施している。OCR課題は、文字転記業務で実際に使用したデータを、アセスメントとして活用したものである。見本の文字を正しく見分けて、枠内に収まるように正確に転記する課題で、形知覚能力や情報処理のスピード、空間認知能力、作業姿勢、集中力などを見ることができる。また、知能検査や職業適性検査では制限時間が決められているが、OCR課題では制限時間を設けず柔軟に実施できるため、時間による取り組み方の変化を見ることも期待できる。 本研究は、2022年度職場実習生にOCR課題を実施し、2023年度の採用につながった人とそうでない人とで違いが見られるかを分析し、アセスメントとしての可能性を探索することを目的とする。 2 方法 (1)OCR課題の概要 2022年4月1日~2023年3月31日に職場実習を行った人を対象とした。実習の1日目または2日目に、OCR課題を実施した。課題は「手書き」と「PC」の2つで、PC課題については、事務系希望の実習生は必須とし、その他希望者は手書き課題の様子や文字の理解度を考慮し、PC課題が難しい場合は中止した。 手書き課題は、見本の文字(英数字)を枠内に転記する課題であった。PC課題はMicrosoft Excelを使用し、見本の文字(英数字)を枠内に入力する課題であった。各課題は10枚で構成され、シートの内容は共通であった。 課題開始時に、やり方やルールを記載した「注意事項」を見せ、わからない部分があれば質問をするように指示した。1枚目でルールと違う進め方をしている場合は修正の指示をした。課題を進めるのが著しく困難な場合は10枚に達していない場合でも中断した。 (2)採点・分析 課題実施後は採点を行い、1枚あたりの実施時間・ミス数を記録した。さらに、ミスの種類を分類した(表1)。課題実施中の行動観察も行い、特徴的な行動があれば記録した。 2023年度に採用または再実習ありになった人(採用群)と、不採用または再実習なしになった人(不採用群)に分け、採点結果や取り組み方に違いが見られるか分析した。 表1 ミスの種類 3 結果 (1) OCR課題の採点から 分析の対象となった職場実習生は34名で、そのうち知的障害が26名、発達障害が5名、精神障害が2名、聴覚障害 p.117 が1名であった。採用群は15名(PC実施者11名)、不採用群は19名(PC実施者11名)であった。 ア 手書き課題 採用群と不採用群における平均時間およびミス数を算出し、平均値の差の検定を行った(表2)。検定の結果、ミス数において1%水準で有意差が見られた。平均時間において有意な差は見られなかった。 ミスの内容ごとに2群間で平均値の差の検定を行ったところ、1%水準で「読めない文字」、5%水準で「はみ出し」「余分な文字」「ルールと違う書き方」において有意差が見られた(表3)。 表2 手書き課題の平均時間・ミス数の平均値 表3 手書き課題 ミスの種類別の平均値 イ PC課題 採用群と不採用群における平均時間およびミス数を算出し、平均値の差の検定を行った(表4)。検定の結果、ミス数と平均時間のどちらにおいても有意な差は見られなかった。 (2) OCR課題の取り組みの様子から 取り組みの様子について、不採用群では「修正の指示に対しイライラする、受け入れられない」「注意散漫、周囲の動きを気にする」「途中で手が止まる、爪いじりをする」などの行動が多く、採用群では「徐々にミスが減る、スピードが速くなる」「修正の指示にスムーズに対応できる」などの行動が見られた。 表4 PC課題の平均時間・ミス数の平均値 4 考察 分析の結果から、採用群と不採用群では手書きのミス数とパターンに違いがあることが明らかとなった。ミスのパターンとして、「読めない文字」「枠からのはみ出し」「余分な文字」「ルールと違う文字」が不採用群の方で多かった。これらは作業の丁寧さや空間認知能力、見本や指示を正しく理解し実行する能力を想定しており、どの仕事をする上でも基礎となる能力を把握することができた。加えて、課題実施中の様子からも様々な情報を得ることができた。特に、修正の指示に対する反応は実習生により差が見られた。修正を受け入れられないと業務の習得や人間関係に影響が出ることから、注目すべきポイントである。 PC課題については、採用群と不採用群で差は見られなかった。これはPC操作自体に慣れていない実習生が多かったことが影響している可能性がある。特に、Microsoft Excelに馴染みがない実習生が多く、操作方法を理解するまでミスが頻発するケースが見られた。一方で、軽作業系希望の実習生の中で、手書き課題よりもPC課題の方がスムーズにできた人が数名おり、2回目以降の実習及び採用後の配属は事務系となり、現在はPC業務で活躍している。PC課題は業務配置を検討するための参考となりうるだろう。 5 まとめと今後の展望 本研究では職場実習生に対しOCR課題を実施し、採用につながらなかった実習生は手書き課題でミス数が多く、ミスのパターンにも特徴があることが明らかとなった。今後は2022年度以前から働いている社員にも課題を実施し、実習生との間で傾向に差が見られるか分析していく。 【参考文献】 1) 小川浩『障害者の雇用・就労をすすめるジョブコーチハンドブック』,エンパワメント研究所(2012) 【連絡先】 志村 恵 日総ぴゅあ株式会社 人材戦略室 e-mail:k-shimura@nisso.co.jp p.118 専門的スキルを有する患者に対する就労の支援の実際 ~回復期リハビリテーションにおける就労にむけた評価・訓練について~ ○栗本 靖子(公益財団法人岡山リハビリテーション病院 言語聴覚士) 河田 秀平(公益財団法人岡山リハビリテーション病院) 1 はじめに 現在は60歳を過ぎて働いている人も多く、80歳代でも現役で働いている人も多くみられる。当院入院患者においては20歳代から40歳代・50歳代まで多くの労働世代の患者と関わる機会が多く入院患者の2割程度を占めている。そこで当院は社会復帰支援チームを立ちあげ復職における課題の整理や担当者へ問題解決のフィードバックなどを行っている。その中で難渋する課題の一つが専門的スキルを有する技術職の復職可否の判断である。 美容師として働く患者について関わる機会があった。美容師は国家資格を有する専門的技能であり質の担保を病院で判断することは難しい。本症例報告では専門的スキルの評価とその経過から考察した過程について発表する。 2 症例 A氏:50歳代 男性 左小脳出血、身体機能:BRS下肢・上肢・手指stageⅥ 高次脳機能障害(全般性注意障害、遂行機能低下)、職業:美容師として30年以上従事し現場の仕事や教育などで出張も行っていた。 B県に居住しながらC県で美容師として働いていた。勤務中に嘔吐・頭痛を発症し病院に搬送。内視鏡的血腫除去術を実施され、その後状態が安定したため当院に転院となった。 3 治療経過 入院時は身体機能の麻痺は無いが失調症状がみられた。上肢の失調は軽度で入院時より生活場面での影響はみられなかった。移動は車いす介助であったが、退院時には失調症状が軽度あるものの独歩自立まで改善した。 活気が無く、リハビリテーション以外の時間はベッドに臥床されていた。リハビリテーションの誘いに対してもなかなか起居されず、発動性も低下していたが、徐々にぼんやりとした感じが改善するとともに脱抑制となり多弁傾向となった。注意力も改善し多弁傾向ながらも徐々に検査場面では集中して取り組むことが出来るようになり、レーヴン色彩マトリクス検査では入院時24点であったのが退院時30点までに改善した。訓練スケジュールも当初はその都度訪室し準備をしていたが徐々にスケジュール管理が出来るようになっていった。 4 復職支援に至る経過 月一回開催されるカンファレンスでは当初は入院生活における内容や目標となることが主であったが、経過とともに若年であることや金銭的な面も考慮し退院後の生活を見据えた内容や目標に移行していた。退院前のカンファレンスでは自宅が県境であり、県をまたいでの復職のフォローがサービスによっては難しいことが推測された。退院前の段階であまり明確な方向性が決まっていないことや今後退院すると評価をする機会が少ないことも考慮し、少し時期が早いことも危惧されたが当院で美容師の業務の一部であるシャンプー・ブローの実施・評価を行った。 5 専門的スキルの評価  シャンプー・ブローの評価では作業療法士2名、理学療法士1名で実施し被験者は担当看護師。作業療法士1名は撮影を行った。場所は当院の理美容室。シャンプー・ブローの手際は問題なく可能であったが準備の段階で使用しないであろう数のブラシを持参する場面がみられた。その他にも一度置いたブラシがどこに置いたか分からなくなることや足元のドライヤーのコードに気付かず動こうとされセラピストに制止される危険場面があった。 実際の評価場面では遂行機能の低下や注意障害の症状が顕著にみられ、注意機能のベースアップが必要と考えられた。これを受けて言語療法では注意機能の向上に向けた紙面課題を、作業療法では椅子周囲にひもや棒をおいてのまたぎや狭い範囲での方向転換、ステップ練習や立位でハサミと紙を使用しての模擬カット練習等を実施した。 6 退院時点での復職に関する状況 評価の様子は動画で撮影し家族への説明で使用した。本人にもフィードバックを行い、フィードバック後の様子としては実動作を確認したことにより「前見てたら足には気付かなかったですね。」や「立っとかないといけないから体力つけないといけないですね。」など具体的な発言が聞かれるようになった。 退院前のケアマネージャーとの話し合いでは日常生活に重点を置いた内容となり今後の復職についての検討は困難であった。加えて家族に職場への情報提供を提案したが「自分たちでする。」と言われたため実施はしなかった。 p.119 7 考察 復職支援を連携して行うことができる介護保険のサービスは限定されている状況である。今回の症例は県境に住んでおり、居住地と職場で県が違うと公的な復職支援サービスが受けられないことも危惧された。加えて専門的スキルの評価を行う事業所を探すのは困難である。 回復期リハビリテーション病院では日常生活能力を最大限に改善することが目標の一部であることに加え、退院後の生活である復職などの社会復帰を支援することも重要な役割となっている。中長期のスパンで考える復職支援の場合、回復期リハビリテーション病院で重要な役割は、評価と患者の復職に対する意識の賦活や職場への情報提供であると考える。 今回の実務評価の実施とフィードバックは、退院時点での本人の復職に対する課題の気づきに繋がった。家族に対しては現状について症状のみでなく動画で実動作の説明を行うことにより、より分かりやすく伝えることが出来たため、有用であったと思われる。しかし、総合的な実務遂行の評価はその専門職の雇用責任のある職場に委ねるしかない。加えて早期の職場への情報提供は復職においてデメリットとなるリスクもあり慎重にならざるを得ず、ジレンマを抱えている。 退院後の復職支援サービスは専門的スキル、居住地などで制限を受けやすい。また、障害受容と回復への見込みを考慮しつつ将来の復職の可否を含めて方針を立てることは難しい。今後は職種や居住地などを考慮せずとも支援が受けられる体制がつくられるようになっていくことに期待したい。 【参考文献】 1) 後藤祐之『高次脳機能障害者に対する社会参加支援~回復期から始める就労支援~』,「回復期リハビリテーションvol.22-2」,一般社団法人 回復期リハビリテーション病棟協会(2023),p.29-31 【連絡先】 栗本靖子 公益財団法人操風会 岡山リハビリテーション病院 リハビリテーション部 e-mail:o-r-hp-st@okayama-reha-hp.or.jp p.120 「働く態度」の評価・育成 -「態度のチェックリスト」の作成と就労支援における活用- ◯小笠原 拓(株式会社ドコモ・プラスハーティ 担当社員) ◯木村 恵理(社会福祉法人光明会 指導員) 菅野 敦 (東京学芸大学) 1 「働く態度」の育成の意義 (1) 障がい者就労支援の課題 障害者雇用促進法の改正により、2026年度までに民間企業における障がい者の法定雇用率が段階的に2.7%までに引き上げられるなど、障がい者の就労支援はより一層の充実が求められている。特に近年は、これまでの「就職」「職場定着」から「中長期的なキャリア形成」へと障がい者就労支援に対するニーズも変化してきている。 一方で、教育・福祉・労働を結ぶ継続的かつ体系的な支援はいまだ確立されていない。これは障がい者が就労や社会参加・社会的自立、さらには就労後のキャリア形成に必要な力が、ライフステージをまたぐ支援の場において共有されていないことが要因であると考えられる。 (2) 就労支援の意義(「はたらく」を通じた態度形成) 菅野1)は障がい者就労支援の意義として、『賃金の提供や、生活する力を高めることで、社会的な自立をめざしている』と指摘し、社会的な自立をめざすために、知識や技能に加えて、社会生活に必要な実践的な態度の形成に向けた支援の必要性を述べている。 態度とは、『ある対象に対して個人が反応や行動を決めるための精神的な準備状態のこと』と定義されている。社会生活をおくるうえでは、様々なひと・もの・ことがらに向き合い、自らの行動を適切に選択していく必要がある。社会生活における「態度」とは、変化の激しい現代社会において、自律的かつ多様な環境にも適応・順応しながら、課題を解決するための「生きていくための力」としてとらえることができる。 特に「はたらく(作業すること・仕事をすること)」場では様々な課題解決の経験を積み重ねることができ、「はたらく」を通じて、実践的な態度を形成できると考えられる。 (3)「態度の6階層」という視点 そのうえで、菅野1)は職業教育において育成が求められている態度を「感受性・応答性」「自律性」「積極性」「責任性」「柔軟性・多様性」「協調・協力」の6つに整理し、それぞれの難易度から階層構造を示している(図1)。 この「態度の6階層」は、社会参加・社会的自立に必要な実践的な態度が体系的に整理されており、教育・福祉・労働をまたぐ一生涯の支援課題を共有できる重要な視座であると考えられる。 図1 態度の6階層(菅野2015をもとに作成) 2 「態度のチェックリスト」の作成 (1)「態度の6階層」の解釈と項目づくり 「態度の6階層」の視点に基づき、具体的に支援を展開していくために、育成・評価の項目を作成する必要がある。 本研究では「態度の6階層」の解釈を進め、「態度のチェックリスト」の作成を試みた。各階層を見てみると、階層内においてもさらに細かい段階があると考えられている。例えば「積極性」は「自発性(呈示された課題に対して自ら取り組もうとする)」→「自立性(課題を自分ひとりでやり遂げる)」→「自主性(自分が周囲から要請されることを判断・選択して行動する)」→「主体性(自分で課題を見つけ出して行動する)」の順番で形成されていくと考えられている。「態度のチェックリスト」の作成においては、こうした階層内の段階(態度形成の段階)を意識しながら項目づくりを行った。 (2) 態度形成に対応する「能力」の項目づくり 上述のとおり、態度はあくまで『精神的な準備状態』であるため、直接的な指導・支援によって、態度の形成・変容を促すことは難しいことが予測される。 菅野1)は『態度とは知識・技能の定着と般化・応用というとらえ方もできる(中略)わかること・できることの繰 p.121 り返しにより、達成の楽しみを経験し、この積み重ねによって、常にわかること・できることで反応するようになる。この状態像、「(いつも)している」が態度の形成と考える』と述べている。 つまり、態度形成は活動や作業の場における具体的な取り組み(あるいは、そうした取り組みに必要な知識・技能習得のためのトレーニング)を通じて、達成感を得ることが重要であると考えられる(図2)。 そのために態度形成に向けた具体的な取り組み場面(=その取り組みに必要な「能力」)についても項目づくりを行う必要がある。特に「責任性」〜「協調・協力」の上位階層の態度の形成には、意図的な場面設定が必要である。例えば「柔軟性・多様性」のなかの「臨機応変に行動する」といった態度を育成するためには、そうした行動が求められるような、イレギュラーな事象を設定する必要がある。このような態度形成に向けた具体的な取り組み場面(=「態度」が発露される具体的な評価場面)を支援者が理解・共有できるような項目づくりを試みた。 (3)「態度のチェックリスト」の妥当性に関する調査 作成した態度および能力の項目の妥当性を検証するために、東京都内の就労継続支援B型の事業所に調査依頼をし、「態度のチェックリスト」を使用して、同事業所の利用者の態度の形成およびそれに関わる能力の獲得状況に関する評価を行った。 3 就労支援におけるチェックリストの活用 社会福祉法人光明会は千葉県にある障がい者支援事業所である。そのなかにある「就労するなら明朗アカデミー」は就労移行支援・就労定着支援事業所として、障がいのある人たちが就職し、働くことで社会に貢献することを通じて、人生に仕事がある喜びを得て「仕事のある充実した人生」を創造することを目指し、「生きる力」を育むための専門教育を実践している。 当事業所では、就労支援の一環として、公文式学習を提供しており、学習活動を通じた「働く態度」の形成を図っている。 今回、「態度のチェックリスト」を活用し、当事業所における支援の効果と課題について検討した。 【参考文献】 1)菅野敦『障害者支援の基本的な考え方』,「改訂 社会就労センター ハンドブック」,全国社会福祉協議会(2015),p83-104 図2 態度形成に向けた取り組み(菅野2015をもとに作成) p.122 MWSを使用した回復期での就労支援の一例 ~機能訓練から復職に至るまで~ ○阿部 幸栄(浜松市リハビリテーション病院 リハビリテーション部 作業療法士) 上杉 治・和久田 祐里(浜松市リハビリテーション病院 リハビリテーション部) 1 はじめに 我が国の脳卒中有病者数は約177万人と推定され1)、そのうち約30%は就労年齢の65歳未満であり、「若年性脳卒中」に該当する2)。障害者の社会参加・就労は重要なリハビリテーションの目標である3)と佐伯らは述べている。また、回復期の作業療法では、患者一人ひとりにとって重要な「作業」に焦点を当て、生活の再構築の支援が求められる4)。 今回、復職希望である若年性の脳血管障害患者を担当した。症例は、非利き手に麻痺を呈し、ADLにも介助を必要としていた。独居の為、ADLやIADLの自立が必要であり、生活の為にも社会復帰を強く希望されていた。復職にあたり、事務作業の1つであるパソコン業務の獲得が必要であった。今回、本人の希望である復職に向けて、上肢機能の改善を目的とした先進医療機器を用いたリハビリテーションに加え、日常生活場面での麻痺側上肢の参加と機能改善を目的に自主トレーニングを導入した。就労支援では、ワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)を使用した復職支援を行い、当院の外来リハビリを通院しながら復職に至った。本症例を通じて、機能改善に伴い、毎日関わることが可能な回復期から就労支援を行うことで、就労への課題をタイムリーに関わることが可能であり、早期に就労が望める例もあり、回復期病院の就労支援方法としてのMWSの有効性についてまとめた為、報告する。 2 MWSについて  MWSとは、障害者職業総合センターにより開発された「職業適応促進のためのトータルパッケージ」であり、すべての障害種類に対応でき、職業評価ツールとしてだけではなく、訓練ツールとしても活用可能なものである。MWSが導入されている機関・施設の内訳は、福祉施設が72.4%と多くの割合を占め、次に多いのが医療機関(8.6%)である5)が、回復期病院で導入し復職支援を行っている報告は少ない。峯尾は、MWSの導入により、スタッフの評価や訓練の視点を増やすとともに、就労場面を想定した訓練として、神経心理学的検査だけで検出できない高次脳機能障害に関する課題の抽出にも役立った6)と述べている。 3 症例紹介(対象者の概要) 50歳代女性。 診断名:脳梗塞(右放線冠BADタイプ)。発症(Z日)から13日後に当院へ転院。 家族構成:独居。 職業:児童養護施設の施設長として勤務。主に事務仕事や管理業務を担う。 Needs:両手でタイピングができるようになりたい。 4 初期評価 左片麻痺(BRSⅢ-Ⅲ-Ⅳ)。ARAT(左8/57・右57/57)。全体的に低緊張で、動作時に体幹の代償を認めた。ADL96/126点(車いすで移動。排泄や更衣は見守り。入浴は中等度介助)。 5 OT介入 (1) 経過①(Z+26日~Z+60日) 左上肢の機能改善を目的に、IVES(随意運動介助型電気刺激装置)をノーマルモードで総指伸筋に貼付し、10日間実施。同時に自主トレーニングメニューを導入。患者の難易度に合わせたプログラムとして、ワイピングや手指ストレッチを実施。実際の活動の中で行うプログラムとして、袖の上げ下げ・食器把持・立位で洗顔動作等を実施。 結果、左上肢の随意性が向上し、日常生活場面での左上肢の参加も増え、ADLが自立した。 また、入院時から希望があった自動車運転再開に向けた高次脳機能評価と運転評価を実施。 結果、生活に支障の無い極軽度の分配性注意低下を認める程度で、主治医から運転再開が許可された。 (2) 経過②(Z+63日~Z+91日) 就労支援を行うに辺り、業務内容について具体的に聴取した。本人からは、「パソコン業務が行えないと仕事にならない為、両手でタイピングができるようになりたい」という希望が聞かれた。タイピングについては、手指の分離した動きや持久性・スピードが求められる為、より上肢機能の改善が必要であること、また、会議の参加や書類作成の時間が多く、長時間の集中力が必要であること、職員を管理する立場としての遂行能力が必要であると予測した。 この時点で、高次脳機能面は大きな問題は無く、左上肢でもご自身のペースでタイピングが行える機能まで改善された為、現状のタイピング操作と長時間机上課題を行った時の神経疲労を評価する目的で、MWSを利用した。 p.123 MWSを使用する前に、現状のタイピング操作の遂行度と満足度をカナダ作業遂行測定(以下「COPM」という。)で評価(図1)。 図1 MWS使用前のCOPMの結果   タイピングについては、MWS簡易版OAワークの文章入力課題を実施し、エラー数や作業時間を年齢平均と比較した。結果、正解数9/10で文字変換にてエラーを認めた。作業時間は11分33秒となり、50歳代の平均時間である23分51秒よりも早い結果であった。しかし、左手関節が背屈位で保持しにくく、手関節橈尺屈の動きに対し肩関節や体幹での代償を認め、肩の疲労や打ち間違えを認めた。 そこで、手関節背屈位で保持しやすい環境になれば疲労改善と作業エラーが減少すると判断し、パソコンキーボードに傾斜をかける環境調整を実施。また、タイピング練習としてMWS訓練版OAワークの文章入力課題(レベル4)やタイピングの自主トレーニングを導入した。 MWS訓練版は計5日間実施し、課題を重ねる毎に正答率と作業スピードが向上した(図2)。 図2 MWS訓練版(レベル4) 5日間実施の経過 6 最終評価 左片麻痺(BRSⅤ-Ⅴ-Ⅳ)。ARAT(左55/57)。左上肢はスピードに左右差が残る程度まで改善。ADL122/126点(T字杖で移動、入浴含め自立)。タイピングについての遂行度と満足度も向上(図3)。 図3 MWS使用後のCOPMの結果   症例は退院から2週間後に復職した。業務内容は変更せず、週2~3日間の1日8時間勤務をしながら、当院の外来リハビリテーションに週1回の頻度で通院。現在は退職し、新たな事業を立ち上げている。 7 考察 佐伯らは、他の疾患と比べて特に復職上問題になるのは、就業能力に対する直接的影響(身体障害・高次脳機能障害など)が大きい7)と述べている。 今回は、身体障害が復職上問題となると判断し、上肢機能訓練から関わり、就労支援では、仕事に近い作業評価・訓練が可能なMWSを用いることで本人と課題が共有でき、復職に必要な環境調整と自主トレーニングの導入に繋がり、反復練習できたことがNeedsの獲得に繋がったと考える。 若年性の脳卒中患者には社会復帰が大きな課題であり、人生を左右される。回復期でも就労への視点は重要であり、復職上問題となる課題を早期に判断し、支援方法を選択する必要がある。毎日関われる回復期だからこそ、就労への課題を的確に本人へフィードバックし、共有することが早期に就労に繋がると考える。 8 結語 若年性の脳血管障害患者の社会参加と就労は重要なリハビリテーションであり、人生を左右される。毎日関わることができる回復期で社会参加や就労に目を向け、機能訓練から就労支援を行うことで早期に就労に繋がると考える。その際に、仕事に近い作業活動が評価できるMWSを入院中に使用することで、課題を的確にフィードバックし、反復訓練が可能である。本報告において、回復期病院におけるMWSを使用することの有効性が示唆された。 【参考文献】 1)佐伯覚,蜂須賀研二:リハビリテーションを受けたあと─その長期予後は?.脳卒中臨床リハ 15: 818–823,2006 2)佐伯覚,蜂須賀研二:脳卒中後の復職─近年の研究の国際動向について.総合リハ 39: 385–390, 2011 3)佐伯覚,伊藤英明、加藤徳明,松嶋康之:障害者に対する就労支援の最近の動向.The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine 54巻4号pp. 258-261(2017年04月) 4)坂田祥子、増田雄亮:利用者主体の作業療法の実践—回復期リハビリテーション病棟の作業療法室.作業療法ジャーナル 52巻 9号 pp. 921-926(2018年08月) 5)加賀信寛,小池磨美,村山奈美子,他:ワークサンプル幕張版 MWSの活用のために,障害者職業総合センター,2010 6)峯尾舞:医療機関の就労支援を継続するために-コロナ禍で模索した1年間の取り組み-.作業療法ジャーナル 55巻 9号 pp. 1048-1049(2021年08月) 7)佐伯覚,有留敬之輔,吉田みよ子ら:脳卒中後の職場 復帰予測.総合リハ 28: 875–880, 2000 p.124 ワークサンプル幕張版(MWS)新規3課題の活用ハンドブックの 作成について(経過報告) ○藤原 桂 (障害者職業総合センター 主任研究員) 渋谷 友紀(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門で開発したワークサンプル幕張版1)(以下「MWS」という。)の新規課題2)(給与計算、文書校正、社内郵便物仕分)(以下「新規課題」という。)は、MWSの既存課題(以下「既存課題」という。)よりも、課題の難易度が上り、課題の構成や採点が複雑化した。そのため、支援者への負担が既存課題に比べて大きくなっていると考えられる。そこで本研究では、新規課題の活用方法をわかりやすく示した活用ハンドブック(以下「ハンドブック」という。)を作成することとした。 ハンドブックの作成に向け、新規課題の活用状況を調査するためのアンケート調査(以下「活用状況調査」という。)や、試作したハンドブックに対して意見を伺う外部有識者へのヒアリング等を行い、研究活動の過程を通してハンドブックの試作と改良を進めた。ハンドブックを完成させるためには、ハンドブックの活用が地域の就労支援機関の支援者に対して新規課題の活用イメージを与え、新規課題を用いた支援の実践を促す情報となり得るかについて評価を得る必要がある。そのため、試作したハンドブック(表1参照)を地域の就労支援機関に提供し、有効性について評価するよう求める試用評価を行った。本稿では、障害者職業総合センター(2022)3)の報告に続き、ハンドブックの試用評価の実施結果を報告する。 表1 ハンドブックの内容 2 試用評価の方法 (1) 試用評価を行う就労支援機関(以下「協力機関」と いう。) 協力機関は、活用状況調査に回答のあった機関の中で、試用評価への協力の意思を示した4機関とした。しかし、その内の1機関は、試用評価期間中に新規課題の活用機会 がなかったため、分析対象とはしなかった。 (2) 試用評価を行った期間 試用評価は2023年2月から5月の間に行った。 (3) 試用評価の内容 試用評価は、図1の実施手順により行った。以下、図1に従い実施手順と実施内容の概要を説明する。 図1 試用評価の実施手順 ア 協力内容の説明会 研究担当者は協力機関に対して、ハンドブックを読んで新規課題を用いた支援を行う職員(以下「担当者」という。)と、支援対象者(以下「対象者」という。)を決めるよう依頼する。 イ 試用評価の準備 協力機関が、アにより説明した事項をもとに試用評価の準備を進める。 ウ 試用評価の準備状況に係るヒアリング 担当者を対象に、試用評価の準備状況を確認するためのヒアリングを行う。  エ 新規課題を活用した支援の実施 協力機関が新規課題を用いた支援を実施する。 オ 実施記録シート作成、質問紙調査への協力 協力機関が、支援を行った対象者の情報を「実施記録シート」に記入し、支援を行う上でのハンドブックの有効性に関する質問紙に回答する。 カ 試用評価に関する面接調査 担当者を対象に、オの対象者に関する情報や質問紙の回答結果及びハンドブック全体に関する意見等を聴取する。 p.125 3 結果と考察 (1) ハンドブックの利用効果 上記2(3)アの結果、担当者は協力機関3機関のうち2機関で各1名、1機関で2名、計4名となった。上記2(3)オの質問紙調査では、担当者に対して、ハンドブックを読むことにより①新規課題の対象者、②使用するタイミング、③使用する目的、④使用する効果について、イメージを持てたかどうか、4件法で聞いた。結果を表2に示す。 表2 ハンドブックの利用効果 (※)「アセスメント」、「復職に向けた訓練」など職業リハビリテーションの過程の中の場面、機会。 表2から、「新規課題を使用するタイミング」について1名が「あまり具体的なイメージは持てなかった」と回答し、それ以外は「非常に具体的なイメージを持てた」、「少し具体的なイメージを持てた」と回答している。この結果から、新規課題の活用方法をイメージする上でハンドブックの記載内容は概ね有効であると考えられる。 表3 ハンドブックによる支援への影響 (2) ハンドブックによる支援への影響 図1の「カ 試用評価に関する面接調査」(以下「面接調査」という。)では、協力機関の支援者がハンドブックを読むことにより起きると考えられる支援への影響について聞いた。表3にその結果を示す。 表3の、「(A)利用者の様々な側面を見ることができるということが分かった」はハンドブックが担当者に新しい視点をもたらしたことを示唆し、「(C)新規課題に慣れていない職員は使いやすくなる」はハンドブックが新規課題の導入に活用できることを示唆すると考えられる。 (3) 新規課題に対する意見(ハンドブックに関連) 面接調査で収集した新規課題に対する意見のうちハンドブックに関連した意見を表4に示す。表4の①②は、簡易版では訓練版の全レベルの問題が出題されるため、訓練版の低いレベルの問題よりも難しい内容になっている点を述べている。この点については対応策も含めて新規課題の特徴の一つとしてハンドブックに追記することを検討する。③は、サブブックの内容の理解が難しい対象者でも、支援者が説明等を行い、対象者が理解できた場合はどこまでできるのか、をアセスメントする視点もある、という指摘である。④はサブブックの読み込みに時間がかかり、作業に着手できない場合について述べている。この点については対応策等をハンドブックに追記することを検討する。 表4 新規課題に対する意見(ハンドブックに関連) 4 おわりに 以上の結果を踏まえ、引き続きハンドブックの作成を進めたい。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター『障害の多様化に対応した職業リハビリテーション支援ツールの開発-ワークサンプル幕張版(MWS)の既存課題の改訂・新規課題の開発―』,「調査研究報告書No.130」,(2016),p.12 2)障害者職業総合センター『障害の多様化に対応した職業リハビリテーション支援ツールの開発(その2)』,「調査研究報告書No.145」,(2019) 3)障害者職業総合センター『ワークサンプル幕張版(MWS)新規3課題の活用モデルの作成について(経過報告)』,「第30回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集」,(2022),p.96-97 p.126 引きこもり傾向や対人関係に苦手のある人であるが グレーゾーンとも言えない人たちの就労支援事例 ~ハローワークと医療の連携~ ○石井 雅也(※ 都合により発表は中止になりました。) p.127 p.128 発達障害者と支援者を支援する 個人特性に応じた協働型ICT支援システムの紹介 ○小越 康宏(国立大学法人福井大学 学術研究院工学系部門 准教授) 田中 規之(合同会社ナチュラル) 小越 咲子(独立行政法人国立高等専門学校機構 福井工業高等専門学校) 伊藤 洋一・若松 正浩・菅野 朋之・鈴木 亮(株式会社日立ソリューションズ東日本) 1 はじめに ICTは距離や時間の制約に縛られないため、教育や福祉などの現場で利活用を推進することにより、サービスの質の向上につなげることができ、大いに期待が持たれている。 特に、障害者就労の現場でも重要視されている。一方で、支援者不足や支援者の業務負担の多さ、教育現場とのデータの引継ぎや連携などに課題がある。 これらの課題を解決すべく、2009年から協働型のICT支援システムを開発し、日々の行動記録を蓄積するとともに、即時的かつ密に支援者間で情報共有することで、当事者と支援者の支援を目指してきた。本発表では、システムの概要と、就労支援施設における実証実験について紹介する。 2 背景と目的 就労支援事業においては、個人特性に応じた支援の充実が求められている。近年、特に発達障害者の事業所の利用が増加している。発達障害には、AD/HD(注意欠如/多動性障害)、自閉スペクトラム症、LD(学習障害)など様々な症状があり、これらの症状をかかえ特別なニーズを有する人たちへの支援が喫緊の課題となっており、個人特性の把握とそれに応じた適切な支援が欠かせない。 しかし、発達障害の人たちにはスキルのアンバランスさや自己認知の低さがあり、また、周囲の人にとっては状態像の把握の難しさなどがあるため支援は非常に困難である。そのため、支援の手掛かりとなる個別教育支援計画等の作成がより重要となっている。 個別教育支援計画は、本人の意向、適正、障害の特性その他の事情を踏まえ、事業所が取り組む事柄や目標、手立てなどを明記するものである。就労に向けたプロセスを記録し、本人と支援者間での考えを擦り合わせ、支援者間での考えの共有を図ると共に、対外的な説明責任を果たすためにも重要である。 しかし、就労支援施設において職員の多忙などにより、個別教育支援計画を作成しても、その活用場面が明示されていないと有効感や有用感が満たされず、個別教育支援計画の作成自体が負担となり、その結果、支援目標の活用が難しくなることも多い。 そこで、就労支援施設における上記の問題解決をめざし、個別教育支援計画の支援目標を支援者と当事者で共有し、我々の開発したICT支援システム「ぴこっと」1)を活用し、当事者間で連携を密にすることで支援を行ってきた。 本稿では、発達障害児者と支援者を支援する協働型ICT支援システムを紹介し、就労支援施設「ナチュラル」における実証実験について紹介する。 3 当事者と支援者を支援するICT個別教育支援システム 適切な支援を行うためには、①個々人が抱える様々な障害について正しく理解、②それに基づき必要とされる配慮や支援を検討、③支援の結果について十分に検証するといった、①から③までのプロセスを繰り返し検証し、開発を進める必要がある。長期に渡り行動データをはじめとする様々なデータを蓄積し、ビッグデータ解析により支援対象者の状態像を把握し、支援プランを導出することで、ニーズと支援のマッチングを行いながら問題解決や支援につなげるといったシステムである。 (1) システム概要 システムの概要を図1に示す。利用者は担任教員や保護者、支援者、本人などである。それぞれの権限でシステムにログインし、(2)で説明する行動チェック項目について、チェックするといった人的なアクションを行うことにより、学校や家庭内における行動データが蓄積するものである。 図1 個別支援システムの概要図 p.129 図2 ぴこっとシステム日々のチェック画面例 (2) 行動チェックリストの概要 行動チェックリストは、学校や施設、家庭で本人の日々の様子など行動を評価するためのリストであり、担任と保護者間で個別に相談しながら作成する。作成においては、個別指導計画や教育支援計画の目標に合致した内容を用いることで、学校の方針、家庭や支援者においても同じ方向性を保ち支援に取り組むことが可能となる。 これまで作成した1,500項目ほどのチェックリストの中から選択したり、新規に作成したりすることも可能である。図2の画面例の様に、本人や支援者がタブレット画面等で5段階評価によるチェック、コメントを入力する。コメント文はデータベースに蓄積され履歴として参照可能である。 チェック項目には、関連する内容をもつICFコード(International Classification of Functioning, Disability and Health,国際生活機能分類)を用いたシステムの紐づけデータベース上で管理している。チェック項目の評価値により行動特性を分析し、支援者間で情報を共有し、支援方法を検討することにもつながる。また、各種支援サービスに対してもICFコードが紐づけられており、チェック項目の評価値の分析結果から、必要とされる支援サービスを導出し、自動的に提案する機能も持ち合わせている。 人間の成長過程のある時点で生じる行動や性質について要因分析を試みる際に、過去に遡って多角的に分析する必要がある。日々のチェックという時間的にも密な定点観測データを蓄積しておくことで、このような分析や、前方視野的な検証も可能になると考えられる。 4 2022年度の実証実験の成果について 2022年度の実証実験の成果について紹介する。 (1) カルテレポート機能を用いた分析 図3に3名の児童生徒における事例を示す。蓄積された日々の行動チェック項目の評価値を基に、カルテレポート機能を用いてレーダーチャートを表示し、支援開始時期(前半)と終了時期(後半)を比較すると、成長を認めることができた。結果に対して教員も実感を持てるとのことであった。 図3 「ぴこっと」2022年度実証実験の事例 (2) アンケート結果(教育現場)  福井県の説明会において特別支援クラス担任27名に対してアンケートを行った結果、大満足33.3%、やや満足59.3%と高評価であった。自由記述について次に示す。 ・システムを活用すると多忙が軽減できるかなと思われる ・紙ベースの引継ぎからも業務の軽減につながり、セキュリティも保障されており是非学校現場での活用と思う ・個別の指導計画の発展として使える。主観的だったものが客観的に、可視化される (3) アンケート結果(福祉施設)自由記述 ・(気持ちが荒れているとき)原因となっている学校や家庭であった事が分かるので、環境調整などに役立つ ・(支援対象者に支援員が日々交代する体制をとっており)人づての連絡が主だったので、認識相違によるトラブル発生することがあったが、トラブルが減った。 5 就労支援施設ナチュラルにおける実証実験 2023年3月から就労支援施設ナチュラルで実証実験を進めている。実験協力者4名、支援者2名であり、この詳細について本発表にて紹介する。 6 今後の展望 支援対象者の特性について支援者が十分に理解し、環境調整を行うことで、パフォーマンスを最大化すること、輝ける場をつくることが重要である。そのためには、教育の現場から就労機関につなげること、支援に関する有益な情報を共有することが最重要である。それを実現するシステムの強化、利用者の拡大を図りたい。 【参考文献】 1)小越康宏,小越咲子『解説論文:発達障害児者支援のためのICT個別教育支援システム』,「電子情報通信学会 通信ソサイエティマガジン Bplus 63(12)」(2022),pp.197-209 https://www.jstage.jst.go.jp/article/bplus/16/3/16_197/_article/-char/ja p.130 発達障害児の就労をめざしたライフスキルの獲得 ~放課後等デイサービスにおける調査から~ ○康 一煒(コウ イチイ)(元 早稲田大学大学院 梅永研究室) 梅永 雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院 教育心理学専修) 1 目的 近年日本の障害者支援において、発達障害者の就労支援のニーズが高まってきている。しかしながら、成人期の発達障害者は就労の面だけでなく、生活面での困難性が報告されている(梅永,2014)。その原因として、ライフスキルを十分に獲得できていないことが大きな要因となっている。本研究では、ライフスキルを梅永(2014)による「大人になって日常的に行う行動」と考える。 現在の学校では、読み書き算数といったアカデミックスキルを中心に指導が行われているが、職業的自立に必要なソフトスキル(仕事に必要となる仕事そのもの以外のすべてのスキル)やライフスキルにおける指導が十分とは言えない。 放課後等デイサービスでは、ライフスキルの指導や職業教育が取り入れられているところも増えているが、効率的な指導や支援ができるように、どのようなライフスキルが不足していて、またどのような方法でライフスキルを獲得すべきかを検討する上でのアセスメントが必要となる。 発達障害者、知的障害者の職場適応を評価するBWAP2では、その下位項目がライフスキルといわれる内容と重なるところが多い。早期から小学校や放課後等デイサービスなどでBWAP2の4領域63項目を評価し、知的障害児や発達障害児のライフスキル獲得の現状を把握し、個別指導計画を立てることによって、将来の自立につながる可能性が高くなると考える。 本論文では放課後等デイサービスと特例子会社で集計したデータと比較をすることによって、就労に必要な職業準備性を見出し、ライフスキル指導の重要性を検討していく。また、今後放課後等デイサービスで実施するライフスキルにおける指導内容について検討していくことを目的とする。 2 方法 (1)対象者 本研究の対象者は、X放課後等デイサービスに所属している12歳~18歳の知的障害、発達障害の生徒27名、およびY特例子会社に勤務している成人期知的障害者、発達障害者150名である。 (2)手続き X放課後等デイサービスで実施したBWAP2の評価は、実際のセッションやプログラムの際に筆者と放課後等デイサービスの職員が行動観察を行い、検査結果を個人情報が特定されない形式に変換し、Excelデータとして回収した。 Y特例子会社では、研究協力者が実施したBWAP2の検査結果を個人情報が特定されない形式でアセスメントシートに記載し、紙媒体として回収した。 Y特例子会社とX放課後等デイサービスのBWAP2の得点結果の平均値の差を比較するため、t検定を行い、差があるかどうかを検証した。 さらに、堀江(2022)の研究の特例子会社で働く知的障害者・発達障害者の職場適応における課題を見出すために因子分析で分けられた4因子にBWAP2群の粗点を当てはめて、比較も行った。同様にt検定を用いて、Y特例子会社とX放課後等デイサービスのBWAP2の4因子の平均値に有意差があるかどうかを検証した。 3 結果 (1)X放課後等デイサービスとY特例子会社との領域間の比較(t検定) 両群で5%水準において対応のないt検定を行った結果、全領域において両群の間に有意的な差が見られなかった。また、有意的な差はなかったが、IR(対人関係)、CO(認知能力)、WP(仕事の遂行能力)の領域の平均得点は放課後等デイサービス群の方が高かった。一方で、HA(仕事の習慣・態度)においては、特例子会社群の方の平均得点が0.15点高かった。 (2)X放課後等デイサービスとY特例子会社での下位項目間の比較 本節では、X放課後等デイサービスとY特例子会社において、BWAP2の4領域の下位項目の平均得点を比較した。 HA(仕事の習慣・態度)の下位項目のうち、「衛生面」「身だしなみ」「時間順守」「モチベーション」「出勤率」「食事のマナー」及び「トイレのマナー」の7項目の平均得点はY特例子会社群の方が高かった。 IR(対人関係)の下位項目の中では、「他者への援助」及び「破壊的行動」のみがY特例子会社の方の平均得点が高かった。 CO(認知能力)においては、「基本的な要求伝達」及び「移動能力」の平均得点はY特例子会社群がX放課後等デイサービス群より高かった。「移動能力」については、Y特例子会社群の得点は2.82で合格に近かったが、X放課後等デイサービス群の得点は2.48でまだ芽生えの範囲内にあった。 WP(仕事の遂行能力)の下位項目の中で、Y放課後等デイサービス群の方のX放課後等デイサービス群の平均得点より高かった項目は「仕事の量」「仕事への集中力」「タイムレコード」「仕事の安定度」「安全対策」「問題 p.131 の報告」「仕事上の体力」「細かい作業能力」「手作業」の9項目だった。そのうち、「仕事の安定度」の差が最も著しかった。 (3) 堀江(2022)のBWAP2の因子によるX放課後等デイサービスとY特例子会社での因子間の比較 本節では堀江(2022)の研究で分類した4因子の平均得点を放課後等デイサービス群と特例子会社群で比較することで、差や傾向を見出すためにt検定を行った。≪人とのかかわりスキル≫領域と≪知的スキル≫領域が、放課後等デイサービス群の方が有意に高い結果を示した。一方で、≪ライフスキル≫領域が0.05点、≪ハードスキル≫領域が0.31点、特例子会社群の方が高かった。 4 考察 (1) 結果の概要 本研究では、放課後等デイサービス群のBWAP2アセスメントの4領域および堀江(2022)による再カテゴリ化した4因子の視点から、また、Y特例子会社のデータと比較して、放課後等デイサービスのライフスキルと就労準備性の傾向とその差をまとめた。 BWAP2の4領域の得点において、放課後等デイサービス群と特例子会社群で比較を行った結果、全領域において両群の間に有意差が見られなかったが、IR、CO、WPの領域の平均得点は放課後等デイサービス群の方が高かった。このことから、これらの領域においてX放課後等デイサービスの児童生徒がY特例子会社に就職するのに必要な能力を有していると言えるだろう。しかし、最もライフスキルの項目が含まれているHAは特例子会社群の方が高かった。中でも、「衛生面」「身だしなみ」「時間順守」「モチベーション」「出勤率」「食事のマナー」及び「トイレのマナー」の6項目の平均得点は特例子会社群の方が高かった。「出勤率」、「モチベーション」が低い原因として、仕事の体験がないことが窺える。学齢期から仕事の体験をさせることでモチベーションを高めることができる。 また、COとWP領域に関して、得点が放課後等デイサービス群の方が高いにもかかわらず、下位項目の中に特例子会社群より低い項目があった。COでは「基本的な要求伝達」と「移動能力」がある。WPでは、「問題報告」や「仕事上の体力」「仕事の安定度」等がある。これらの項目が働くうえで大切なライフスキルであるが、X放課後等デイサービスの児童生徒がY特例子会社で働くのにまだこれらのスキルは十分に身につけられているとは言えない。これから放課後等デイサービスにて指導に取り組むべきであると考える。 堀江(2022)の因子分析により再カテゴリ化された4因子の領域で比較を行った。結果から、特例子会社の社員に比べ≪人とのかかわりスキル≫と≪知的スキル≫は放課後等デイサービスの児童生徒の方が高かったということは、学校では重要視されているアカデミックスキルではすべて満足できる能力を持っていることと、それらのスキルが比較的に低くても特例子会社で働いている人が多いということが考えられる。また、≪ライフスキル≫領域≪ハードスキル≫領域は特例子会社群の方が高く、≪人とのかかわりスキル≫と≪知的スキル≫の因子よりも、≪ライフスキル≫と≪ハードスキル≫の方が特例子会社に就職するのに必要だが、放課後等デイサービスの児童生徒では指導を通じて身につけていきたいスキルであると考えられる。 今後の指導では、アカデミックスキルよりも実体験を通じてライフスキルを身につける指導が重要であり、個々の興味関心や得意分野に合わせた指導が求められ、学齢期でインターンシップや職業体験を行うことが望まれる。 (2) 放課後等デイサービスにて実施すべきライフスキルの指導について 学校教育段階では、ライフスキルの習得と維持の可能性を高めるために、獲得すべき重要なライフスキルを特定し、支援する重要な時期だと指摘されている(Duncanら、2021)。研究の結果に基づいて、今後放課後等デイサービスで実施するライフスキルにおける指導内容について検討した。放課後等デイサービスのBWAP2の結果の各領域内で差があった項目を見極め、成人期に就労の際に発達障害があっても特例子会社などで働く場合、放課後等デイサービスで身に着けておくべきライフスキルの項目をピックアップした。 それは、移動能力、金銭管理、衛生面と身だしなみ、時間管理、モチベーション、コミュニケーション能力の6つのスキルであった。 5 今研究の問題と今後の課題 研究においてのデータ数が少なく、偏りがあることがあげられる。より大きいサンプル数や複数の事業所を対象に加えた場合、異なる結果が示される可能性がある。今後は、より多様な放課後等デイサービスや学校にBWAP2を取り入れ、データを回収しさらなる分析を行う必要がある。 【参考文献】 1)梅永雄二(2014)自立をかなえる! ライフスキルトレーニング実践ブック 明治図書 2)堀江めぐみ (2022). 特例子会社で働く知的障害者・発達障害者の就労上の課題を支援についての研究-BWAP2を用いたアセスメントによる合理的配慮-. 早稲田大学大学院教育学研究科修士 論文 (未公刊). 3)Duncan A, Liddle M,Lori J. Stark.(2021)Iterative Development of a Daily Living Skills Intervention for Adolescents with Autism Without an Intellectual Disability. Clinical Child and Family Psychology Review, vol 24, 744–764. 【連絡先】 康 一煒(コウ イチイ) 早稲田大学 e-mail:evakang991226@toki.waseda.jp p.132 社会生活を営む中で精神障害を発症した方が障害者雇用を受容するまで ○真喜志 未夢(就労移行支援事業所 ラ・レコルト茨木 サービス管理責任者) 1 はじめに 長期就労を目指す為には障害の受容から自己理解、長期就労が目指せる職場環境の選定や整備、配慮事項の整理、業務対応力の見極めが必要不可欠である。 しかし障害の背景や受容度は個人差があり、幼少期から障害を受容し周りの支援を受けながら社会生活を営んできた方、キャリアを築いていく中で障害を発症し苦しみながらも受容し働き方を変えてきた方、障害を受容できず社会との関わりを遮断してきた方など様々である。 その中でもっとも大きな支援課題として挙げられるのは「障害受容への支援」である。 今回は精神障害を発症後、クローズでの就労を目指していたAさんが障害を受容し、障害者雇用を就労定着の為に必要と理解して定着するまでの事例を報告する。 2 事業所と事例の紹介 (1)就労移行(定着)支援事業所 ラ・レコルトグループ ①2016年にラ・レコルト伏見開設 ②2017年にラ・レコルト枚方開設 ③2018年にラ・レコルト茨木開設 伏見開設時から「利用者様が進みたい道がゴール」を支援方針に障害の種別や軽重に関わらず個別支援・講座形式ではない個別プログラムに力を入れて支援。 「就労」ではなく「定着」を重視して、就労定着支援事業が開始する前から就労後の面談や訪問などに力を入れ支援を行ってきた。 (2)Aさん:精神障害 40代後半 男性 大学時代、腹痛が継続的に続いたことで不安が増してパニック障害を発症。卒業後も症状は改善せず、約20年間の引きこもり状態となる。その間も就労を諦めることなく難関資格を取得してきた。 将来を悲観した母親が相談に来られ、見学・体験を経て納得の上で利用を開始。発症前は客室清掃や軽作業等のアルバイト経験が約3年半あり。 3 支援の経過 (1)利用開始当初の障害受容・就労への思い 症状が出る事を恐れ、在宅生活が長期化。発症後20年を経て、現在の主治医と出会い服薬治療により状態の安定に繋がった。「働いたら症状がでるかはわからないが、クローズで正社員として働きたい」と新たな目標を自発的に持てるようになった。 職種は「在宅期間中に取得した難関資格を活かして仕事をしたい」と意欲を持てるようになった。 (2)個別支援計画 「職業準備性ピラミッド1)」(図1)に基づいて個別支援計画を作成。在宅生活が長かった事から就労移行支援利用での負荷を勘案して主治医へ事前確認、6ヶ月で週5日の終日通所を目標に掲げ達成できた。 資格取得・作業を行いながら就労スキルや基本的労働習慣の構築、イベントプログラムにてSocial Skills Trainingやグループワークへ参加し対人技能を身につける。 障害や症状の自己理解は、負荷がかかり初めて理解につながると考えて、通所や実習で見極めながら「自己理解シート」を用いて共に整理を行った。 課題受け入れが難しい事も、実習では「振り返り→受容」が行えるようになった。ご本人の可能性を広げる為に事務系や作業系と異なる実習先へ行き、状態の安定を考えた働き方、職場環境、配慮事項まで整理が行えた。 結果、就労の準備は整ったが「職業準備性ピラミッド」の頂点となる職業適性が課題として残った。就労時の負荷があったとしても、ご本人は希望の「クローズで正社員、難関資格を活かした仕事」は諦めたくないとの思いを強く持っていた。 図1 職業準備性ピラミッド (3)就職活動 「利用者様が進みたい道がゴール」との支援方針から、主治医に助言を得た上で、まずは希望条件による就職活動を開始した。 在宅期間のブランク、年齢、経験値から書類選考にて不 p.133 採用が続き面接へ繋がらず。通勤可能な範囲で応募したい求人が枯渇して難航する。その後も雇用形態や希望条件等を変更するも状況はかわらず。 サービス利用期間内での就労を目指し、毎月の応募件数を共に決め、残り期間が半年となっても決まらなければ職種を変更すると自ら目標を変更。 その後、希望職種の事務ではないが、就労したいと思える企業へ作業系の非常勤職員として就職することが叶った。 (4) 就職後の支援 本来クローズでの就労を目指しており、自己完結したい思いが強かったが、長期就労・状態の安定の為には定着支援が必要と受容し納得の上で、企業訪問や情報共有を受け入れることが出来た。 移行定着から定着支援切り替え時に「将来的に定着支援を卒業し、自立を目指したい」とのご本人の思いや企業の意向にあわせて、状態・業務の安定が行えている際は個別面談を主とし、企業訪問は随時対応へ。 就労して1年間は時短勤務をされていたが、自らフルタイム勤務を希望され、変更。 現在は業務や対人関係の対処法を面談にて検討し、約1年半の就労継続となっている。今後もご本人の自立を目指し、ナチュラルサポートへの移行が実現できるように支援していきたい。 4 考察 職業適性の課題を乗り越えられた要因を障害者職業総合センター(2016)2)より図を用いて考察する(図2)。 まずは「社会経験の不足と自我の未熟性」として、実習にて「自己像と周囲の要求との折り合い」をつけ、希望条件での就職活動を継続する中で「自分自身の経験不足やブランクという課題」を客観的にとらえる事が出来た。 認知面の課題としてあげられる「障害自覚・病識理解の困難性」についても実習・就職活動の中で「客観的障害評 図2 精神障害者への自己理解の支援目標に関する内容マップ 価と齟齬なく前向きに受け止めることが出来た」と思われる。 また、障害を発症する以前からの夢というご本人の思いに各支援機関が寄り添い、ご本人希望の就職活動を全力で支援した事とご本人も応募したい求人が枯渇する程、全力で就職活動を行った結果、自ら異業種への目標変更を決意できたと考えられる。 5 まとめ 長期就労には、自分自身が障害や自身の現状をどれだけ受容できるかが大きく関係する。 支援者はその「受容」に向けての支援をどれだけ最短で行えるか技量が問われるため、今後も追求し続けたい。 また、長期就労=定着となるが、就労移行支援では毎年「就労者数」が実績として公表され、現状「定着」よりも「就労者数」に力を入れてしまわざるを得ない傾向にある。 障害者職業総合センター(2008)3)においても、『就職支援ではなく、就職を通過「点」と捉え「線」として就労適応を目指す就労支援こそ重要である。』と述べている(「就労適応」がラ・レコルト茨木の考える「定着」である)。 今後もラ・レコルト茨木では障害の受容に着目して、長期就労が目指せる職場環境や働き方の選定を行い、ご本人主体の支援を目指していきたい。 【参考文献】 1)独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)ホームページ「職業準備性ピラミッド」 2)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター,資料シリーズ№91『精神障害者に対する「自己理解の支援」における介入行動に関する基礎調査』,2016,p51 3)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター,資料シリーズ№39「就職困難な若年者の就業支援の課題に関する研究」,2008,p30 【連絡先】 真喜志 未夢 就労移行支援事業所 ラ・レコルト茨木 e-mail:ibaraki@larecolte.co.jp p.134 プロアクティブ行動の組み合わせによる組織適応状態の特徴 -民間企業の精神障がいのある従業員を対象とした定量的分析- ○福間 隆康(高知県立大学 准教授) 1 はじめに 民間企業に勤務している障がい者の平均勤続年数は、身体障がい者10年2か月、知的障がい者7年5か月、発達障がい者3年4か月に対して、精神障がい者は3年2月である1)。精神障がい者の民間企業への就職後1年時点の定着率は49.3%であり、身体障害60.8%、知的障害68.0%、発達障害71.5%に比べて低く2)、精神障がい者雇用における職場定着の困難さと支援の必要性がうかがわれる。 民間企業に勤務している精神障がい者の離職理由として、「職場の雰囲気・人間関係」(33.8%)、「賃金、労働条件に不満」(29.7%)、「疲れやすく体力、意欲が続かなかった」(28.4%)、「仕事内容が合わない」(28.4%)、「作業、能率面で適応できなかった」(25.7%)という項目が上位に並んでいる3)。精神障がい者が働き続けるためにきわめて重要な項目として、「職場の人間関係」(58.2%)、「仕事の内容」(52.5%)、「仕事のやりがい」(43.2%)という結果が示されている4)。これらの結果から、民間企業に勤務している精神障がい者の離職理由の上位は、「職場の人間関係」と「仕事への適応」であることがわかる。 職場や仕事に不満があり離職することはもっともな行動であると考えられる。しかし、不満な状況に対して個人は受け身でいるだけなのであろうか。個人の職場適応を促すためには、組織からの働きかけだけでなく、学習者である精神障がい者自身が必要な知識や技術を習得しようとする主体的な行動も必要であろう。このような組織へ適応した人材を育成することについては、組織社会化の概念を用いた研究が行われている。組織社会化(organizational socialization)とは、「個人が組織の役割を想定するのに必要な社会的知識や技術を習得し、組織の成員となっていくプロセス」と定義される5)。個人がある組織に新たに参入する際には、組織社会化の過程を通ることになる。その際、個人が組織に適応するために、職場内での人間関係を構築するなどの主体的・能動的行動をとることで、組織にスムーズになじむことができる。 組織社会化研究では多くの概念が提唱されているが、本研究ではプロアクティブ行動に焦点を当てる。プロアクティブ行動(proactive behavior)とは、「個人が自分自身や環境に影響を及ぼすような主体的で先見的な行動」と定義される6)。つまり、プロアクティブ行動は、すでに発生した状況に対して反応するのではなく、その状況を能動的につくるような行動であるといえよう。 プロアクティブ行動が組織社会化を促す理由は、不確実性を減少させるからである7)。情報探索を行うことは、新規参入者にとって不確実性を減らし、自分を取り巻く環境について理解し、予測することにつながる8)。組織内の他者との間に良好な関係を構築することにより、組織内に広く知れ渡り、伝わっている情報にアクセスすることが容易になるとともに、他者の振る舞いからその組織でとるべき行動を学ぶことができる9)。すなわち、入社後、会社から言われるとおりに仕事をこなすだけでなく、自分から周囲にフィードバックを求めたり、人的ネットワークを構築・活用したりするようなプロアクティブな行動を取ることで、組織に適応していくのである。プロアクティブ行動は組織に対する個人の主体的な役割を示したものであり、組織適応において重要な役割を担っている。したがって、精神障がい者の組織適応の研究においても、このようなプロアクティブ行動の概念を援用することは有効であるといえよう。 プロアクティブ行動の意図された影響対象は、タスク、組織の戦略、組織と個人の適合の3つに大別される10)。タスクに関するプロアクティブ行動とは、職場全体の仕事や自分に与えられた仕事をあらためてとらえ直し、やり方や手続きなどを変えたりする行動のことを指す。たとえば、上司や同僚に積極的に自分の意見を提案する、改善活動をするなどである。組織の戦略に関するプロアクティブ行動とは、上司や同僚、他部署の人とコミュニケーションを密にとり、関係性を構築する行動を指す。たとえば、積極的に会社の情報収集をする、アイディアの実現に向けて奔走するなどである。組織と個人の適合に関するプロアクティブ行動とは、周囲からのフィードバックを自ら求めて自己成長させようとする行動を指す。たとえば、上司や同僚にフィードバックを求める、自分のキャリア形成について自律的に考えるなどである。 個人は、1種類のプロアクティブ行動しかとれないわけではなく、プロアクティブ行動には強弱がある。たとえば、「革新行動は常に意識してとり、フィードバック探索行動も多少とる」というような場合である。プロアクティブ行動には個人による得手不得手があり、その取り方にも複数の組み合わせがあり、そのような差異が組織適応状態に違いを生じさせることが指摘されている11)。そこで本研究は、精神障がい者のプロアクティブ行動の組み合わせによる組織適応状態の特徴を明らかにすることを目的とする。これ p.135 により、プロアクティブな行動を促進することの重要性が示され、精神障がい者の職場定着につながる可能性がある。また、組織に適応するために必要な行動の情報を提供することで、入職後の円滑な組織社会化に役立つと考えられる。 2 調査対象・方法 本研究は、上記の研究目的を達成するため、プロアクティブ行動、組織社会化、情緒的コミットメント、職務満足、および離職意思測定尺度を用いて、民間企業の精神障がいのある従業員を対象にインターネット調査を行った。最初に、組織適応指標の因子構造を確認するため、探索的因子分析および確認的因子分析を行った。つぎに、組織適応タイプを分類するためクラスタ分析を行った。続いて、プロアクティブ行動タイプを分類するためクラスタ分析を行った。そして最後に、組織適応タイプとプロアクティブ行動タイプの関係性を調べるため、カイ二乗検定を行った。 3 結果 分析の結果、つぎのような発見事実が得られた。 ①プロアクティブ行動の組み合わせによって、組織適応タイプが異なる。 ②精神障がい者の組織適応を促進するプロアクティブ行動タイプは、4つのプロアクティブ行動すべてのスコアが高い「高プロアクティブ行動型」である。 ③反対に、4つのプロアクティブ行動のうち、すべてのスコアが低い「低プロアクティブ行動型」の組織適応タイプは、高離職リスクタイプが多い。 ④プロアクティブ行動タイプと勤続年数の間には関係がない。 ⑤プロアクティブ行動のスコアと勤続年数には関係性がない。 4 考察 本研究の実践的含意は、企業と精神障がい者双方にある。企業に対する含意の1つ目は、個別対応の重要性である。企業は、精神障がいのある従業員の個々の特性やニーズに応じて柔軟な支援策を提供することが重要である。個別のプロアクティブ行動タイプに基づいた支援や研修プログラムを設計することで、精神障がいのある従業員の組織適応を向上させることが期待できる。2つ目は、プロアクティブ行動の促進である。企業は、プロアクティブ行動を促進するための職場環境や組織風土を醸成することに注力すべきである。たとえば、自己主導的なプロジェクトやイニシアチブを奨励し、精神障がいのある従業員が自身の能力を最大限に発揮できるようなサポートを提供することが重要であろう。 つぎに、精神障がい者に対する含意の1つ目は、プロアクティブ行動の意識である。精神障がいのある従業員が自身のプロアクティブ行動タイプを理解し、自己評価を行うことが重要である。これにより、自身の強みや改善点を把握し、組織適応を向上させるための具体的なアクションを取ることができるであろう。2つ目は、企業が提供するサポートやリソースを積極的に利用することである。特に、プロアクティブ行動の促進や組織適応の向上に役立つプログラムやトレーニングへの積極的な参加が求められる。また、上司や同僚とのコミュニケーションを通じて、個別のニーズや課題を共有し、適切なサポートを受けることも重要である。プロアクティブ行動は、個人が率先して現状を改善する、あるいは新しい状況を作り出す行動12)であることから、自分自身の組織適応状態を把握した上で、不足している側面を改善するために有益な行動をとることで、組織への適応を促進することが可能になるだろう。 付記 本研究はJSPS科研費18K12999およびJSPS科研費22K02010の助成を受けたものである。本研究に関して、開示すべき利益相反関連事項はない。 【参考文献】 1) 厚生労働省『平成30年度障害者雇用実態調査結果』,(2019), p.9-23 2) 障害者職業総合センター『障害者の就業状況等に関する調査研究』,「調査研究報告書No.137」,(2017) ,p.22 3) 厚生労働省『平成25年度障害者雇用実態調査結果』,(2014), p.39 4) 障害者職業総合センター『精神障害者である短時間労働者の雇用に関する実態調査:雇用率算定方法の特例が適用される労働者を中心として』,「調査研究報告書№161」,(2022), p.291-292 5) Van Maanen, J. and Schein, E.H., Toward a theory of organizational socialization, In Staw, B.M.(ed.), Research in Organizational Behavior, JAI Press,(1979), p.211 6) Grant, A.M. and Ashford, S.J.,The dynamics of proactivity at work, Research in Organizational Behavior, 28,(2008), p.8 7) Miller, V.D. and Jablin, F.M., Information seeking during organizational entry: Influences, tactics, and a model of the process, Academy of Management Review, 16(1),(1991), p.94–95 8) Morrison, E.W., Newcomer information seeking: Exploring types, modes, sources, and outcomes, Academy of Management Journal, 36(3),(1993), p.558 9) Morrison, E.W., Newcomers' relationships: The role of social network ties during socialization, Academy of Management Journal, 45(6), (2002), p.1151 10) Parker, S.K. and Collins, C.G., Taking stock: Integrating and differentiating multiple proactive behaviors, Journal of Management, 36(3), (2010), p.637 11) 尾形真実哉『若年就業者の組織適応:リアリティショックからの成長』, 白桃書房,(2020), p.166 12) Crant, J.M., Proactive behavior in organizations, Journal of Management, 26(3),(2000), p.436 p.136 p.137 研究・実践発表 ~ポスター発表~ p.138 社内支援スタッフの支援技術向上に係る人材育成の取組みについて ~スタッフの職責に応じた階層別集合型研修の開発~ 〇菊池 ゆう子(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 主任研究員) 板藤 真衣・刎田 文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 はじめに 株式会社スタートライン(以下「SL」という。)は、障害者及び事業主の双方に対して、文脈的行動科学(以下「CBS」という。)を基盤とした支援技術による職業リハビリテーションサービスを提供している。サービスの内容は、障害者雇用の採用準備から職場定着まで、幅広く多岐に渡っている(図1参照)。 本発表では、SL支援スタッフの支援技術の向上・維持を目的として構築した『職責に応じた階層別集合型研修』について、研修の再設計、効果測定方法の見直しの内容について報告する。 図1 CBSに基づく知識・スキルのイメージ 2 背景・目的 障害者雇用支援に携わる専門職の代表として、「障害者の雇用の促進等に関する法律」第24条2項に規定される「障害者職業カウンセラー」がある。障害者職業カウンセラーは、その業務を的確に遂行していく上で必要とされる基本的な知識、技術及び態度や心構えを身につけるため、「厚生労働大臣が指定する試験に合格し、かつ、厚生労働大臣が指定する講習を修了した者その他厚生労働省令で定める資格を有する者でなければならない。」とされている(厚生労働省、1960)。 さらに、2022年1月に開かれた厚生労働省〔第113回労働政策審議会障害者雇用分科会〕においては、「障害者就労を支える人材の育成・確保」について、「福祉と雇用の切れ目のない支援を可能とするため、障害者本人と企業双方に対して必要な支援ができる専門人材の確保・育成を目指し、雇用・福祉の分野横断的な基礎的な知識・スキルを付与する研修を確立することが必要である」との方向性が示されている(厚生労働省、2022)(図2参照)。 SLにおいても、高度な技術が求められる対人援助サービスを安定的に提供するため、社内向けに独自の研修コンテンツを用意し、段階的な研修を運営している。しかし、SL支援スタッフは、入社前のバックグラウンドが多様であり個々の知識量や経験のベースにも違いがあり、集合研修やOJTによる育成スピードにも差が生じている。 そこで、安定的な人材育成および支援サービスの質の向上を図るため、厚生労働省の方針を参考に、『職責に応じた集合型研修』の構造化やコンテンツの再構築を検討した。本発表では、新しい研修を通して、支援スタッフの知識やスキルの充足が図られたか、多様なケースに対する支援の選択肢拡充に繋がったかを検証したい。 図2 労働政策審議会障害者雇用分科会資料より 3 方法 (1) 対人援助サービスに求められる知識・スキルの抽出 SLは、CBSを基盤とした支援技術を用いた職業リハビリテーションサービスを提供しており、支援スタッフはCBSに基づく多面的/多層的な知識とスキルの習得が求められている。そのため、障害者雇用促進法に規定される障害者職業カウンセラーに必要な講習内容を基本としながら、厚生労働省分科会の方針を踏まえ、SL支援スタッフに求められる知識・スキルの抽出を行なった。 まず、知識とスキルの中核は、①応用行動分析、言語行動理論、関係フレーム理論を基礎理論とし、②機能分析、課題分析、職務分析をはじめとする分析手法、③メンタルヘルスサポートのためのカウンセリング技法、ACT p.139 (Acceptance and Commitment Therapy)、HDML(Hyper-Dimensional Multiple Level)分析、④それらを実践するための具体的な支援技法として、職場適応のためのトータルパッケージ(SL版)、セルフマネジメントスキル向上支援とした。これらはすべて、科学的根拠に基づく理論をベースとした知識・スキルとなっている(図3参照)。 加えて、支援対象者に関連する知識・スキルとしては、⑤障害特性と評価、⑥定着サポート、⑦法令と施策、⑧企業経営とした。 図3 職場適応のためのトータルパッケージ(SL版) (2) 知識・スキルを習得するための研修の抽出と開発 すべての知識やスキルを網羅的に充足するために必要な研修コンテンツを再検討した。抽出した研修の数は114個、講義・演習時間の合計は約165時間であった。 抽出した研修のうち、既存の研修コンテンツについてはブラッシュアップを行ない、不足している研修コンテンツについては新しく開発を行なうこととした。 (3) 職責に応じた研修の構造化・設計 以上のような多面的/多層的な知識とスキルを充足するためには、講義・演習・実践・評価を構造化した研修設計が必要である。厚生労働省が立案した研修カリキュラム(図4参照)を参考にしながら、職責に応じて求められる 図4 労働政策審議会障害者雇用分科会資料より スキルに準じて各研修コンテンツの整理を行ない、計画的に実施できるよう研修体系の再構築を行なった。 (4) 研修の効果測定 これまでの効果測定は、知識の定着度や支援行動の活性化に関して自己申告制のアンケートで測っていたため、研修の効果が実態に即しているか確認が難しく、精度の点で懸念があった。 今回の研修の効果測定については、①知識・スキルの充足、②多様なケースに対する支援の選択肢拡充を測定することとし、測定する項目を実態に合わせて大きく変更する予定である。 また、測定の方法については、知識・スキルの充足については、研修コンテンツごとにテストを設計し、研修の受講直後、3か月後、1年後の得点を比較することとした。また、多様なケースに対する支援の選択肢拡充については、研修に関する感想を問うアンケート調査を始め、支援スタッフの現場での行動に関するアンケート調査、架空事例に対するケースフォーミュレーション課題を設計し、3か月ごとに回答を集計・分析することとした。併せて、心理的柔軟性を測る尺度(MPFI:Multidimensional Psychological Flexibility Inventory)を用いて、支援スタッフの柔軟な対応と心理面の変化に相関があるかを検証したい。 4 結果 新しく開発した階層別集合型研修を2023年10月から順次運営予定である。 そのため、結果については追って発表に加える。 【参考文献】 厚生労働省(2022)第113回労働政策審議会障害者雇用分科会 資料1 厚生労働省(1960)障害者の雇用の促進等に関する法律(◆昭和35年07月25日法律第123号) (mhlw.go.jp) p.140 チーム活性化に役立つPROSOCIALアプローチについて事例発表 ○金 貴珍(株式会社スタートライン コンサルティングサービスチーム サービス責任者) 三ろう丸 哲也・眞島 哲也・福島 ひとみ・中島 美智子・室伏 亮太・瀧川 唯・新井 佳奈・中村 鈴香・小暮 慧(株式会社スタートライン コンサルティングサービスチーム) 刎田 文記・香川 紘子(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 はじめに なお、CDPスポークダイアグラム評価の質問紙を用いて あ刎田1)によると、「Prosocialは、進化論・文脈的行動科学・経済学を融合した組織的活動の画期的な実践方法である」。株式会社スタートライン(以下「SL」という。)では「2021年4-7月間、Paul Atkins博士や久留宮由貴江博士らによるProsocialファシリテーター研修を社内約20名で受講しProsocialを実践できる組織としての活動をスタートしている。1)」 本発表は、研究所の協力の元、Prosocialアプローチを用いたチーム運営の実践事例を通して、実践方法とその効果について報告する。 2 背景・目的 コンサルティングサービスチーム(以下「CST」という。)は、ソーシャルワーカー、理学療法士、公認心理士等、多職種の専門職が在籍するチームであり、担当案件に応じて在宅勤務・外勤・本社勤務など働き方が異なる為、他部署と比べてチーム全員でコミュニケーションを取る機会が少ないというチーム特性がある。2022年4月より、リモートワークサービスユニットのメンバーがCSTに合流することをきっかけに、Prosocialアプローチをチームメンバー間の関係構築及びチームの行動指針決定のツールとして導入した。併せて、Prosocialアプローチを導入することでチームワークにどのような影響を与えるのか検証するため、MPFIとコアデザイン原則(以下「CDP」という。)スポークダイアグラムのデータ変遷をモニタリングした。 3 方法 Prosocialアプローチの対象は、CSTメンバー8名のグループである。CSTでは、Prosocialファシリテーター研修に参加した者を中心に実施方法を検討した。また、ミーティング(以下「MTG」という。)を実施する際は、研究所の協力を得て研究所の2名がファシリテーターとして進行と書記を担い、MTGを進めた。MTGは2時間/回で演習・討議を中心としてZoomで実施した。MTGは、図1の通り、段階的に全6回開催した。 月1回サーベイを実施した。また、MPFIフル版をMTG実施後・年間振り返りに1回ずつ実施を行った。 図1 Prosocialアプローチ実施方法 4 結果 (1) MTG実施時のCDPスポークダイアグラム評価結果 図2に、CDPスポークダイアグラムの評価対象者の平均値を示した。MTG1回目では二つのチームが1つになったことでラポール形成にもバラつきがあり、CDP1~6までは低い点数となった。一方、2つのチームで共通する働き方として、一人一人が担当案件について主体的に動いていたことから、CDP7・8の数値が比較的に高い結果になっていた。MTG2回目では個人matrixの内容の共有を通して各個人の価値をチームに開示したことで、お互い知るきっかけとなり、MTG3回目以降にチームの価値に向けて話し合う基盤となった。この回は、個人の価値とチームの価値をすり合わせるMTGでもあった為、CSTの一員であるという意識が全体的に強化された。その結果、CDPスポークダイアグラム数値の上昇に繋がった。 図2 CDPスポークダイアグラムの結果 1) 『日本の障害者雇用の課題へのPROSOCIALアプローチの活用に向けて』「第30回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集」(2022) p.141 (2) モニタリング結果 表1には、1年間のCDPスポークダイアグラム結果の推移を数値で示した。行動指針が決まり、3か月経過したところで、MTG3回目の数値が上昇した。また1月、2月はチームとして繁忙期であったが、業務を進めていく為にチーム全体で声を掛け合うことに意図的に取り組んだ結果、CDPスポークダイアグラム数値の上昇に繋がった。なお、MTG実施前(4月)の平均値と1年後のMTG10回目の平均値を比較すると、全体の項目が大幅に上昇していることから、チーム運営にCDPの機能が有効であることがここで示唆される。 表1 1年間CDPスポークダイアグラム数値の推移 図3では、MTG1回目実施後とProsocial導入1年後のCDPスポークダイアグラムのモニタリングの結果を比較した。全てのCDP項目がMTG1回目実施後と比べ大きく改善されていることが分かる。特にCDP4は他の項目と比べ飛躍的に上昇していた。上昇の理由として各自の働き方が見えにくいチーム特性があることを踏まえ、より自身の業務状況をオープンにする行動指針が機能した結果として現れたと考えられる。 図3 CDPスポークダイアグラムの結果比較 図4は、MTG1回目実施後・1年経過(振り返り)のタイミングで行ったMPFIフルバージョンの対象者の平均値の比較を示した。心理的柔軟性は1年前と比べやや上昇し、心理的非柔軟性はやや低下している。CDPスポークダイアグラムと比べ大きな変化は見られていないが、これはチームメンバー個人の考え方や価値が、既に確立されていることが要因であると考えられる。 これらの結果から、MTGを通してお互いの合意のもと決定した行動指針を、チーム運営の共通認識として持ち続けることができ、忙しい時ほど、協力し合えるProsocialな組織活動が行われていることが示唆された。 図4 MPFIフルバージョン 比較 5 考察 CDPスポークダイアグラムの結果から、新しいチーム結成時にチームメンバー間のラポール形成やチームワーク強化にProsocialアプローチが有効であることが示唆された。 特に個人マトリックスや集団マトリックスを実施したMTG後のCDPスポークダイアグラム数値の変化は大きく、これらのアプローチがProsocialなチーム形成に有効なツールであることが、結果として確認された。 また、定期的にモニタリングを実施することで現在のチーム状況を可視化すると共に、状況を把握する指標としても活用できたことが、共通認識を持ち続けると共に、行動指針を意識・実施し続けられたものと考えられる。 6 今後の展望 今回、チーム運営にProsocialアプローチを導入したことが、チームの心理的柔軟性を高め、チームワークの強化に良い影響を与えることが明らかになった。特にCDPスポークダイアグラムは、チーム運営状況を図る指標だけではなく、従業員の就業生活満足度を図る指標としても有効であると考えられるため、まず来年度においても、チーム内での展開を目指して準備を進めていきたい。またProsocialアプローチで用いるモジュールの活用については、組織の課題分析や組織のアセスメントツールとしても活用可能であり、心理的柔軟性・心理的安全性を高めるマネジメント技法として導入するなど、様々な状況に合わせて活用することが可能であると考えられる。そのため、組織マネジメントのトータルパッケージとして今後、社外への展開も検討していきたい。 【参考文献】 1) Prosocial: Using Evolutionary Science to Build Productive, Equitable, and Collaborative Groupsby Paul W.B. Atkins PhD (Author), David Sloan Wilson PhD (Author), Steven C. Hayes PhD (Author), Richard M Ryan Phd (Foreword). Context Press (2019) p.142 業務上のコミュニケーションに課題があったてんかんを持つ成人に対する 関係フレームスキル訓練の実施とその効果 ○香川 紘子(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 研究員) 刎田 文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 背景と目的 関係フレームスキル(以下「RFS」という。)は、人の言語・認知能力を形成する重要な基盤と考えられている。言語・認知能力に課題のある障害児・者に関係フレーム理論に基づく訓練を実施すると、言語・認知能力の上昇や適応行動が改善することが明らかになっている。海外では、RFSに関するいくつかの訓練パッケージが開発されており、それらの訓練が、障害児を含む幼児・児童によい効果を与えることが明らかにされている。一方で、先行研究では、主に、子供を訓練の対象としており、職業場面での成人に対する訓練効果は明らかにされていない。一方で、RFSは業務上のコミュニケーション、作業など、様々な職業場面で用いられている。障害者雇用の場面では、一部のRFSが獲得できていないことにより、コミュニケーションや業務に課題を抱える者は多いと考えられる。そこで本研究では、業務に課題を抱えた障害を有する成人に、PC上で実施できるRFS訓練に取り組んでもらい、訓練の効果を検討することを目的とした。 2 方法 (1)参加者 広汎性発達障害と診断され、てんかんを有する20代のAさん。株式会社スタートラインのサテライトオフィスサービスを利用する企業で、PC上での事務作業を中心とした業務を行っていた。 (2)訓練実施前における業務の課題 Aさんの管理者より、Aさんの業務上の課題について、以下のように報告があった。 ・業務の指示内容を翌日に忘れていることがある。 ・業務指示のメモを取る習慣が身につかない。 ・業務のミスが多いものの、ミスに対する認識があまり見受けられない。 ・業務上の疑問点等を具体的に認識できていない様子があり、業務上必要な質問を自発的にできない。 (3)評価 訓練実施前後に対面で以下の評価を行った。 ア PCA(等価性及び関係フレームのモジュール) PCAは言語・認知能力を評価するツール1)である。PCAから、刺激等価性及び関係フレームのモジュールを用いて評価した。図などの視覚情報から選択的に回答する理解のテスト、聴覚情報の質問に回答する表出のテストがある。 イ 関係フレームスキルアセスメントテスト(以下「RFSA」という。) RFSAは職業分野で活用できるRFSの評価シート2)である。8つの関係フレームの下位項目(図5)があり、それぞれ6つの設問で構成されている。設問における派生関係は、簡単なものから段階的に難しいものとなるように構成されている。 (4)訓練 ア 訓練実施期間 約4か月間 イ 訓練課題(表1) PC上で実施できる刺激等価性スキル及び関係フレームスキルの見本合わせ訓練を行った。課題は、PEAKの訓練パッケージ3)を参考に作成したものを用いた。 ウ 実施方法 Aさんは、週3回程度、20分から30分間、PCを用いて訓練を行った。支援者が、Aさんのそばに座り、正答が難しい課題に対して補完手段やプロンプトを呈示した。 3 結果 (1) 訓練の様子 Aさんは、全訓練を通じて、計173個の課題に取り組んだ(表1)。また、それぞれのモジュールのテスト課題の平均正答率は、刺激等価性 95.9%、関係フレーム 97.2%であった(表1)。正答率が低い課題については、補完手段やプロンプトを用いて正答率100%となるまで繰り返し訓練を行った。 表1 訓練モジュール、課題数、テスト課題の正答率 p.143 (2) 評価の結果 訓練実施前は、AさんのPCAとRFSAの推移律の得点が、他の項目に比べて低かった(図1、2)。また、無意味な単語や図形が出てくる問題では、無回答が多く見られた。訓練実施後は、PCAとRFSAともに、推移律の得点が向上した(図1、2)。また、無意味な図形や言葉に対しても正しく回答できるようになった。PCAとRFSAともに、訓練実施後には、比較や区別の関係フレームの得点が高くなった(図3、5)。また、RFSAでは、訓練実施後に時間と空間の得点が高くなった(図5)。PCAの表出の得点は、訓練実施後、全体的に向上した(図4)。 図1 PCAの刺激等価性得点の得点変化(6点満点) 図2 RFSAの刺激等価性の構造別で見た得点変化(9点満点) 図3 PCAの関係フレーム理解の得点変化(16点満点) (3) 行動変化 Aさんの支援員及び管理者から、訓練中、業務中に以下のような行動の変化について報告があった。 ・訓練の際にメモを書くことを助言すると、刺激同士の関係性をメモに取り、それを活用することができるように 図4 PCAの関係フレーム表出の得点変化(16点満点) 図5 RFSAの関係フレーム別で見た得点変化(6点満点) なった。その後は、自発的にメモを取ることができるようになっていった。 ・業務中、自分がわからないことに気づき、それを質問する行動が増えてきた。 ・質問について「これまでは、自分は、具体的な質問ができてなかった。もっと具体的な質問をすることが大事だ」という自らの発言があるなど、質問を整理することの大切さについての気づきが見られるようになった。 4 考察 評価の結果、AさんのRFSが向上した。また、業務場面でも、Aさんの行動にポジティブな変化が見られた。Aさんは、業務上、自分がわからない部分に気づけるようになり、それを質問できるようになったが、これらの変化は刺激等価性スキルやRFSの向上によって影響を受けた可能性がある。また、訓練中、メモを取る行動が確立されたことで、業務面にも生かせるようになったと考えられる。今後、多くの方々にRFS訓練を提供し、職業場面での効果について、さらに検討していきたいと考えている。 【参考文献】 1) Dixon, M. R. PEAK comprehensive assessment. Shawnee Scientific Press. 2019 2) 岩村賢 「関係フレームスキル(RFS)アセスメントシートの開発とその試行について」第28回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集(2020) 3) Dixon, M. R. The PEAK relational training system. Carbondale: Shawnee 2014-2016 p.144 職業リハビリテーションにおけるPBTの活用に向けて -EEMMグリッドについての理解を深める- ○刎田 文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 主幹主任研究員) 1 はじめに-PBTとは?- Process-based Therapy(以下「PBT」という。)は、Steven C. Hayes や Stefan G. Hofmann ら(2022)によって提唱された、診断/病理名のみではなく、当事者の人生のプロセスを詳細に捉え「目の前の個人にとって有効な心理療法」を組み立てるアプローチである。PBTでは、プロセスを「人の幸福に影響を与えることがわかっている一連の出来事」と定義する。そして臨床家は、このプロセスを、進化科学を通して、生物生理学・機能分析・社会文化的背景・過去の文脈等の個人を取り巻く複雑なネットワークとして理解し、多次元的かつ多段階的にアプローチしていく。PBTは「新しい心理療法の一つ」ではなく、「種々の心理療法を整理し、目の前のクライエントに合わせて有効活用するための枠組み」であり、臨床ケースの「個別性(多様性)」と研究ベースの「エビデンス」の両方を重視し、いわゆる職人技のセラピーを体系的に実施できる可能性を秘めたアプローチである。 2 目的 当研究所では、PBTで用いられるEEMM(拡張進化メタモデル;Extended Evolutionary Meta-Model)を実践するツールとして開発された、EEMMグリッドの日本語版を作成し、障害者雇用の支援現場で活用を始めている。これまでのアプローチでも、支援者とクライエントが一緒にEEMMグリッドを作り上げるプロセスを通して、クライエントの自己理解や気づきが深まり、効果的なACTアプ 図1 EEMMとEEMMグリッド 図2 EEMMグリッド日本語版と各グリッドに対応する質問例および分類項目例 p.145 することができる。図2にでは、EEMMグリッド日本語版と各グリッドに対応する質問例および分類項目例を示している。 4 仮想事例Aさん ケースAさんの概要:事務職をしているASDの30代男性Aさん。大学を卒業後、デザインの仕事や服飾販売の仕事などを経て、現職についている。現職に就いた直後には、その時の上司が厳しく、「ダメだ、また間違っている。さっきも説明したことだから自分で考えてしっかりやって」と何度も言われストレスを感じることが多かった。最近、仕事の内容が変わった。上司から仕事を教えられるが上手く理解できず、間違いを指摘されることが多い。本人は、注意や指摘を受けると、叱責されたと感じ、人格を全て否定されたと受けとめてしまう。そして、「教え方が悪い、伝えられていない、理不尽だ、納得できない」等の思考や、不安・悲しみ・怒りの感情や自分ができないせいだとの自責感を感じる。その結果、職場の周囲の人と距離を取るようになったり、必要以上に丁寧な口調で話したり、感情を表に出さないように振る舞っている。しかし、時々他者に厳しい口調で話す様子が見られている。また、自分で考えて行動することは不適切で、言われたことだけをしていたいという、プライアンス=他責的行動を取りがちな傾向が強い。 ケースAさんの生育歴等:学校での成績は常に平均以上ではあったものの、小学校の頃から母に宿題をチェックされ、「ダメ・違う」と厳しく言われ何度もやり直しをさせられていた。高校・大学受験では、受験したかった学校を母に否定され、母と担任が勧める高校に行くため苦手な勉強を強いられた。就職後、就職してもやりたい仕事に着くことができず、ストレスから病院を受診し障害についての診断を求めたが、複数の医師から「障害ではない、考えすぎだ」と言われつづけ理不尽な思いをした。 ケースAさんについての分析:相談等で得られたこれらの情報から、図3のようにEEMMグリッド・ネットワーク図を作成し、問題の整理・分析を行った。 図3によれば、現在生じているAさんの行動は、現状の職場環境によってのみ生じているのではなく、幼少期からのAさんの体験や過去の職場での体験などから培われた自己概念や考え方・捉え方に強く影響されている。それらの影響から、Aさんは自分の現状や他者の言動等に過度に注意が向くような傾向を呈している。また、それらの思考や注意の傾向は、過去の体験で感じた「不安・悲しみ・怒り」などのネガティブな感情と結びつけられており、Aさんは現在も、これらの感情に苦しめられている可能性がある。Aさんはこれらの非常に困難な私的でき事からの回避(体験の回避)のために、大声や他責的発言、その場を離れる、黙って耐える等の行動を行っていると考えられる。 ケースAさんへの対策:Aさんの分析結果から、過去 図3 ケースAさんのEEMMグリッド に形成された関係ネットワークが、複数回に渡る同様の経験の中で複雑に関係づけられていることから、Aさんがこれらの関係ネットワークの関係づけについて気づき、視点取得や階層の関係フレームを用いたアプローチを行っていく必要性が示された。そのため、マインドフルネスエクササイズを中心に、アクセプタンス・脱フュージョン等のアプローチを提供し、さらにセルフコンパッションへと展開する方向性を検討した。また、社会的に望ましい価値の言語化が見られたことから、価値に向かう行動の活性化に向けたアプローチについても平行して支援することを検討した。 5 今後の展望 職リハ分野では、個々の障害者の障害状況や行動の変化は、企業のスタンスや職場環境に大きく影響されるため、対個人から対組織まで、多様なサポートが求められる。 このような特徴のあるサポートを実現するには、診断/病理名に基づくサポートよりも、PBTのような、個々の人生における複雑なネットワークに対する、広い視野に基づく柔軟なアプローチが、より重要であると感じている。 今後、より機能的な職業リハビリテーションサービスにおける、PBTのアプローチの担い手を育成できるよう、研修等の体系化や実践に取り組んでいきたい。 【参考文献】 1)S.G. Hofmann, S.C. Hayes, D.N. Lorscheid. Learning process-based therapy: A skills training manual for targeting the core processes of psychological change in clinical practice. New Harbinger Publications (2021) 2)S.C. Hayes, S.G. Hofmann.Process-Based CBT: The Science and Core Clinical Competencies of Cognitive Behavioral Therapy. New Harbinger Publications (2018) 3)Dermot Barnes-Holmes, Yvonne Barnes-Holmes, and Ciara McEnteggart. Updating RFT (More Field than Frame) and its Implications for Process-based Therapy. The Psychological record (2020) p.146 障害者雇用支援システム「Enable360」について ○小倉 玄(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 はじめに 株式会社スタートライン(以下「SL」という。)では、障害者のための雇用支援サポートや就労移行支援サービスで活用できるスタートライン・サポート・システム(Startline Support System:以下「SSS」という。)を開発し、当社が運営するサテライトオフィスや就労移行支援事業所で利用してきた1)。SSSは職業リハビリテーションや職場定着支援を効果的に実施することを目的に、健康管理チェック、アクセプタンス&コミットメント・セラピー(以下「ACT」という。)等の実践に活用できるツールである。 SLはSSSの機能を土台にして、より拡張性が高く、セキュリティレベルが高い、新たな障害者雇用支援システムEnable360(いねいぶるさんろくまる)を開発した。本発表ではEnable360の概要と機能について報告する。 2 Enable360について (1)名称の由来 「~を可能にさせる、~できるようにする」という意味の英語動詞「enable」と、利用者が使える様々なモジュールと支援してくれる様々な人が「まわりにある・いる」という意味、利用者がその中心であるという意味を込めて「360」を合わせた造語である。利用者目線でいうと、自分のまわりにはたくさんのプログラムや応援してくれる人がいて自分の可能性を広げることができ、新しい自分へと変化することができる。支援者目線でいうと、様々な角度から利用者へのアプローチを実現し、適切な支援を可能にするという意味を込めている。 (2)システム全体像 Enable360は様々なコンテンツを実行できるWeb上のシステムである。Enable360は固定されたシステムではなく、Web上の器のようなものである。2023年8月時点で、4種類のコンテンツが利用可能であり、開発中のコンテンツを含めると10種類のシステムが利用可能となる。 図1 Enable360のシステム概念図 (3) 主要システム概要 エンドユーザーは、個別に付与されたIDとパスワードを入力することにより、システムが利用できる。実行した結果は自身で参照することができるだけでなく、支援者にメールで連絡を行ったり、データを共有したりすることも可能である。 図2 Enable360システムメニュー選択画面 ア ヘルスログ(稼働中) 日々の生活状況を記録・報告できるシステムである。睡眠・食事・排泄・入浴・服薬等の職業生活の基礎となる日常生活の状況や、就労中のコミュニケーション頻度・疲労度・気分・頓服などを日々記録・報告し、必要に応じて相談の依頼などを行うことができる。 イ エクササイズ(稼働中) ACTをWeb上で学び、実施できるシステムである。エンドユーザーが文章・音声・動画によるACTエクササイズを実行することができる。エクササイズ実施前後の私的出来事やエクササイズの結果を記録することができる。また、新たなACTエクササイズを、管理画面より任意に登録することができる。 ウ Qスケール(稼働中) 抑うつ症状の有無とその程度の指標を計るベック抑うつ質問紙やACTに関連したAAQⅡ(心理的柔軟性尺度)、FFMQ(マインドフルネス評価尺度)など、7種類の質問紙をオンライン上で実行することができる。結果は記録されるので、初期のアセスメントや介入効果の確認などに有効である。 エ セルフマッピング(稼働中) 自身の行動を振り返り記録することができる。行動はACTの概念に沿って、日常の行動、体験の回避の行動、価値に向かう行動に大別され、自身の行動の変化に気づき、支援者からの強化により、価値に向かう行動を増やすため p.147 に有効なシステムである。 オ 関係フレーム(一部、試行準備中) 関係フレーム理論をベースにした、言語と認知に関するアセスメントとトレーニングのためのシステムである。関係フレームのシステムについては、表1に記載したような言語能力に応じて、2つのシステムから構成されている。 表1 関係フレームトレーニングシステムの概要 カ ワークサンプル(設計中) 職業能力のアセスメントとトレーニングを目的としたワークサンプル(模擬業務)を、オンライン上で実施できるシステムである。ワークサンプルは大きく3種類を想定しており、シンプルな数値・文字入力/数値・文字修正の課題から、推論や確率など、より思考力が問われる課題を準備する計画である。 表2 ワークサンプルの概要 3 Enable360の活用状況 Enable360の開発済コンテンツは、種々の場面で既に活用されている。以下に、主な活用場面と活用状況について示す。 (1) サテライトオフィス利用企業の従業員への定着支援 SLでは、障害者雇用のためのサポートつきサテライトオフィスを展開している。定着支援を目的として、Enable360のヘルスログを活用して、日常生活状況や体調の変化をタイムリーに確認することができる。 サテライトオフィスでは精神障害者や発達障害の方の就労が多い。心の問題に対するアプローチとしてACTエクササイズを実施することにより、心理的柔軟性が向上し、安定就労に寄与している。 (2) 就労移行支援事業所 Enable360は就労移行支援事業所でも活用されている。ヘルスログやACTエクササイズの活用により、利用者のセルフマネジメントスキルの向上に効果があると報告されている2)。また、ACTエクササイズの活用は、就労移行支援事業所の利用者の心理的柔軟性の向上に寄与しているという結果3)が示されており、Enable360は就職のための準備段階においても、その有効性が確認されている。 (3) 精神科病院での試行 精神科病院に通院する患者に対して、治療の文脈でACTエクササイズの活用が始まっている。医師の指示のもと、患者の受診時にACTエクササイズを実施している。更に、ホームワークとしてACTエクササイズの実施を促し、日常生活の場面でもACTを実行してもらい、患者の心理的柔軟性の向上に寄与している事例がある。 4 今後の展望 Enable360のヘルスログやACTエクササイズのシステムは、職場定着支援や就労移行支援事業所において活用され有効性が示されている。現状のシステムの対象ユーザーは、主に就労中または就労準備中の障害者である。一方、前述の3項で述べた、言語と認知に関する関係フレーム理論に基づいたシンボリックタスクのトレーニングシステムは、学習の基盤となる関係フレームスキルの向上を目指したものであり、障害がある児童・生徒が主な対象となっている。学習の基礎ができた段階で、次の言語教示タスクのトレーニングを行うことにより、より高次な関係フレームスキルの獲得が可能となる。更に、業務を模したワークサンプルを用意することにより、児童から成人まで連続した認知機能および職業能力の向上が期待できる。また、活用領域も、従来の職業リハビリテーションの領域のみならず、医療機関、教育機関などに広げていきたいと考えている。 【参考文献】 1)刎田文記『障がい者・定着サポートのためのスタートライン・サポート・システムの開発と試行』,第25回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集,(2017) 2)森島貴子『就労移行支援事業所利用開始から一般就労定着支援までのACTを活用した実践発表』,第28回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集,(2020) 3)香川紘子『就労移行支援機関を利用する精神及び発達障がい者における一般就労へ至るまでの心理的指標の変化とその要因に関する検討』,第28回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集,(2020) 【連絡先】 小倉 玄 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 e-mail:gogura@start-line.jp p.148 PBT(プロセスベースドセラピー)に基づく アセスメントとマインドフルネストレーニングの効果 ○豊崎 美樹(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 支援スーパーバイザー) 刎田 文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 スタートラインとは 株式会社スタートラインは、障害者及び事業主の双方に対して、採用準備から職場定着までのトータル的なサポートを行なっている。現在(2023年7月時点)は農園型ファーム『IBUKI』21拠点、サテライトオフィス『INCLU』11拠点、就労移行支援『るりはり』2拠点、ロースタリー型『BYSN』1拠点があり計1,600名以上の障害者を応用行動分析・文脈的行動科学に基づく専門的な知識・技術で支援している。 2 Process Based Therapy(以下「PBT」という。)とは Steven C. Hayes や Stefan G. Hofmann1)らによって提唱され、機能分析、複雑なネットワークアプローチ、エビデンスに基づく治療法から開発された中核的な変化プロセスの特定を用いて、特定の目標と介入の段階を考慮して、個人のどの中核的な生物心理学的プロセスをターゲットにするか、そしてどのようにそれを行なうのが最善であるかを設定するものである。 EEMM(Extended Evolutionary Meta-Model)は、PBTの根幹となる考え方であり、現代の多面的・多階層的な進化論的説明がもたらす統合に基づいた、変化プロセスの「メタモデル」である。 EEMMの上段6行(感情~表出行動)は個人レベルの発達の次元であり、下段2行(生物生理学、社会文化)の2つの階層の中へ入れ子になっている。各次元と各レベルは、文脈における変異・選択・保持の観点から検討できる。病理的なプロセスと健康的なプロセスの異なるスタック(適応・不適応)をEEMMグリッドにて作成する。 また、このようなプロセスが、どのように相互作用し、互いに強化し合っているかを視覚的に表すために、正方形と矢印記号を使用して、図1のようなネットワーク図を用いたネットワークモデルを作成する。 図1 ネットワークモデル 3 目的 障害者雇用における就労場面において、EEMMグリッドを用いたアプローチの、アセスメントツールとしての有意性やケースフォーミュレーションにおける活用方法の検討を目的とした。 4 方法 (1) 対象者の概要 対象者である30代の男性Aさんは精神保健福祉手帳2級を強迫性障害により取得されていた。 ・傾向:人当たりがよく柔らかなコミュニケーションが図れる。 言語化が不得手であり言語表現が特徴的である。 ・課題:①ミスに対しての強い恐怖心がある ②不明点やミス発生時に動揺したり、衝動的に行動したりする傾向が見られる(自己判断での業務判断や他者への不明瞭な質問投げかけ等)。 (2) 手続き ・面談場所 サテライトオフィス 相談室 ・所要時間:EEMMグリッド面談 計2回(①60分②40分=計100分) ・質問紙によるプロセスの定点評価 FFMQ(マインドフルネス評価尺度)を、グリッド面談前とアプローチ開始後は2週間に1回実施し、回答を得た。 MPFI(多次元的心理的柔軟性尺度)を、グリッド面談前とアプローチ開始後は1か月に1回実施し、回答を得た。 ・EEMMグリッドを用いた面談方法 当研究所で作成したEEMMグリッド面談用紙(A3用紙/横に2つのEEMMグリッドを配置)を使用した。面談では、事前に面談用紙を印刷しておき、今のAさんの思考やそれに係るエピソードについて、ヒアリングを行い、その内容を9つのグリッドに分類して記載した。Aさんからのヒアリングに基づき作成したグリッドを図2に示した。 図2 EEMMグリッドシートを利用した面談結果 p.149 ・EEMMグリッドによるケースフォーミュレーション 図2に基づき「ミスの発生」から「課題となる行動」までのプロセスを整理し、図3のネットワーク図を作成した。 これらの整理により、Aさんの行動傾向について以下のように確認された。 図3 Aさんのネットワーク図 (ⅰ)イレギュラーが生じたとき未整理のまま他者へ質問してしまう行動は、①事象への適応的行動がわからず衝動的な質問であり、②母の動きを真似て「考えるより行動」として本人が選択した行動(体験の回避)であると考えられる。 (ⅱ)不適応な状態へのきっかけは「ミス」の一択であり、ミスへの過度な注意は過去の叱責体験に関係している。 (ⅲ)自身がフュージョンしている状態に気づくことがなく、不安な感情をアクセプタンスせずに体験の回避である行動を選択している(注意制御のスキルも著しく低い)。 ・支援方法の検討 ケースフォーミュレーションに基づき以下の支援策の実施について検討した。 (ⅰ)マインドフルネスの体験的エクササイズの実施 (ⅱ)毎日のマインドフルネスエクササイズと注意訓練実施 (ⅲ)週1回+困りごと発生時の問題整理表の活用 5 結果 FFMQについて、図4の通り、すべての下位項目において改善が見られた。また、MPFIでは、心理的柔軟性は図5のように全体の改善があり平均値は6.16から6.66へと変化した。 なお、アプローチは2023年9月まで継続するため、追って発表に加える。 6 考察 Aさんは、これまでは強い恐怖の感情を伴った強迫的思考にのみ意識が向いている状態であり、就労に著しい影響が出る場合には投薬治療の実施についても検討を要するような状況であった。しかし、Hans S. Schroder2)らが記す 図4 FFMQの質問紙数値変化 図5 MPFIの質問紙数値変化 ように、診断名のみに焦点を当てずPBTを用いたアプローチを行ったことで、一定の効果が見られた。 まず、EEMMグリッド面談により、Aさんは自身のトラウマティックな関係フレームを認識され、ネガティブな感情と思考のループにはまり込んでいることに気づくことができた。その後のトレーニングにより心理的柔軟性の向上がMPFIの数値の変化として見られた。一方でMPFIでは心理的非柔軟性は数値についても上昇が見られたが、おそらくは注意訓練により自身の状態をマインドフルに見られるようになり、自分の体験の回避の行動について認識したことに影響されたものと推察される。 合わせて、介入後の状況として衝動的な行動が減少していること、ご自身の感覚としても「マインドフルネスは気持ちが落ち着く」と話していること、問題整理表を自身で記入し、行動前に支援者へ相談出来ていること等に鑑みると一定の効果は表れていると考える。これらの変化は、面談時から見られ始めたことから、“気づく”“立ち止まる”“(価値に沿った行動を)選ぶ”というACTの要素が、EEMMグリッド面談の中にすでに含まれているとも言えるのではないだろうか。 今後の施策としてはマインドフルネスエクササイズのみに留まらず、アクセプタンスやセルフコンパッションの力を高めるアプローチを取り入れるとともに新たな「価値」を設定し、行動化を図れるか支援していきたい。 【参考文献】 1) Stefan G. Hofmann, Steven C. Hayes, David N. 「Learning Process- Based Therapy」Context Press 2021  2) Hans S. Schroder「Framing depression as a functional signal, not a disease」2023 p.150 発達障害のある学生の教育から就労への移行支援のための研修教材の開発 ○清野 絵 (国立障害者リハビリテーションセンター研究所) 榎本 容子(独立行政法人国立特別支援総合研究所) 井戸 智子(名古屋大学 心の発達支援研究実践センター) 1 背景と目的 近年、発達障害のある学生の教育から就労への移行について関心が高まっている。 発達障害のある人の就職では、一般求人で働く選択肢(一般雇用)と、障害者手帳を取得し、障害者求人で働く選択肢(障害者雇用)がある。また、事前に職業リハビリテーションサービス等を受ける選択肢もある。このように、障害のある学生の場合、「一般の学生に比べて就職活動が複雑になる」ため、「対話の中で障害のある学生の意向をつかみながら、早い段階から多様な職業観に関する情報や機会」を提供することの重要性が指摘されている1)。 他方、発達障害がある場合、就労時に「業務遂行」「対人関係・コミュニケーション」「ルール・マナー」「行動面」「自己理解や精神面」において課題が生じやすいことが指摘されている2)。障害を開示し、障害特性に即した配慮を受けることができれば、安定して働き続けることができる可能性が高まると考えられる。しかし、学校卒業時の初職の段階で、必要に応じて障害者雇用を選択することは容易ではない。この理由として、発達障害のある学生の場合、長年、通常の学級に在籍し、その後、大学進学したケースも少なくないと考えられ、自分の障害と向き合い、支援制度の利用について考えるための段階的な支援が必要となることが挙げられる。 こうした中、我々は、大学のキャリアセンターにおける、発達障害のある学生の支援に当たっての困りごととして図1の9つの内容を整理した3)。この結果から、大学の支援者の人材育成が重要となることが見出された。具体的には、大学の支援者に対し、発達障害のある学生の支援に当たり必要となる基本的な知識のほか、学生や保護者に対する支援や、企業との連携方法に関する具体的なノウハウを分かりやすく提供する必要があると考えた。また、そのための具体的方法論として「研修教材」の必要性に着目した。 本発表では、一連の研究を基に、我々が現在開発中の大学の支援者向けの研修教材を紹介し、教材の特色や、教材の改善及び活用に関する今後の課題と展望を報告する。 2 方法 研修教材の作成プロセスは、①文献調査、②質問紙調査、③就職や職場定着のために習得したい知識・スキルの整理、④研修内容の検討、⑤研修教材の作成であった。なお、本研究は、発達障害のある人の就労やキャリア支援について知識を有する研究者と、大学のキャリアセンターで発達障害のある学生等への就労支援を行ってきた実践者との協働で開発を進めた。 図1 発達障害のある学生の支援に当たっての困りごと 3 就労移行支援のための研修教材(試案) これまでに開発した教材案は表1のとおりである。このうち、本発表では「教材Ⅰ-1」について報告する。 表1 これまでに開発した研修教材案 教材の種類 内容 Ⅰ大学のキャリアセンター職員等対象の研修教材 1発達障害やその疑いのある学生に対する大学でのキャリア支援・就職支援体制の構築に関する基礎知識 2発達障害やその疑いのある学生に対する大学でのキャリア支援・就職支援の実際に関する基礎知識 3専門機関との連携に関する基礎知識 Ⅱ発達障害のある学生(疑い含む)対象の研修教材 1進路選択の基礎知識 2キャリア形成・就職活動の基礎知識 Ⅲ大学の連携先となる保護者対象の研修教材 1キャリア形成・就職活動の基礎知識 2進路選択の基礎知識 Ⅳ大学の連携先となる企業対象の研修教材 1発達障害やその疑いのある学生に対するキャリア支援・就職支援に関する基礎知識 2企業と大学等との連携に関する基礎知識 *各教材は、90分程度で研修による情報提供を行うことを想定。 *教材ⅡからⅣは、学生や保護者への支援、企業との連携に活用できる教材として作成。教材を通じ、ノウハウを学ぶ形とした。 4 研修教材の例(教材Ⅰ-1) 教材は、「ワークシート」「研修講義の展開案」「研修 講義資料」から構成される。以下に一例を示す。 p.151 <ワークシートの内容(一例)> 特色:典型的な困難事例(学生の自身の障害への気付きや受けとめの不足等から、対応が遅れた事例)を例に、支援体制や連携を考えるきっかけを提供できるようした。 【架空事例の内容】 発達障害の疑いのある学生に対し、学内で支援体制を構築したい。 ●経済学部・男子。3年生の2月下旬に、キャリアセンターへ相談予約なしに初めて来室。「すぐに相談したい」と主張して帰らないので、最後の学生相談の後に、「初回だから特別に・・・」と、通常の相談時間の半分の時間で対応した。 ●相談席に着くなり、「就職活動のやり方が分からない。キャリアセンターの就職ガイダンスは、忘れていて行かなかった」、「エントリーシートの書き方もよく分からない。締め切りに間に合わず、応募できないこともあった」などと一方的に話し続けた。 ●「卒業に必要な単位は4年生の前期試験でギリギリ取得できる」と話すが、本人が自分の履修状況をよく分かっていないような様子もある。「レポートの提出場所を間違えて、教務課の職員に『怒られた』ことがあるから、教務課に相談に行くのは嫌」とのこと。「大教室での授業は聞き取りにくくて、授業をついさぼってしまう」とも話す。 ●「実家は遠方で、大学の近くに一人暮らし。大学で嫌なことがあると、夜になってもイライラが続いて眠れなくなる。たまに授業の合間に保健センターで昼寝をさせてもらっていて、その時は、なじみの受付の職員と話して結構楽しい」とも話す。 【ワークシートに記入すること】 ①この学生の就職支援を進める上で、どのような課題がありますか? ②その課題の克服のために、どのような支援が考えられますか?(支援の内容、連携部署など) <研修講義の展開案(一例)> 特色:発達障害の知識や障害学生への就労支援経験が乏しい支援者が支援体制や連携の基本を学べるようにした。 ●研修の対象者: 大学のキャリアセンター職員等 20名程度 (初学者を想定、他部署職員や教員の参加も可) ●研修時間: 90分(休憩なし) ●準備資料: ・講義資料(パワーポイント資料) ・個人ワーク用ワークシート(A4版・2枚) ・グループワーク用ワークシート(A4版・1枚) ●研修の目的: ・発達障害に関する基礎知識を学び、発達障害やその疑いのある学生に対して、大学でのキャリア支援・就職支援が円滑に進むような学内の支援体制の構築に役立つものとなること。 ・大学内での発達障害学生支援の啓発・普及に役立つものとなること。 ●研修の展開: ①研修のねらい・進行などについての説明 [5分] ②講義(発達障害について、大学でのキャリア支援・ 就職支援体制の構築について)[15分] ③個人ワーク(架空事例に関するワークシートへの記入) [10分] ④グループワーク(個人ワークの共有、各グループの発表) [40分] ⑤グループワークの振り返り・講師によるまとめ [10分] ⑥質疑応答 [10分] <研修講義資料(パワーポイント資料)(一例)> 特色:発達障害学生の学生生活上の課題ごとに、大学のどの部署がかかわる可能性があるのか、その後どのように連携すると就労支援に結び付いていくか学べるようにした。 5 今後の課題と展望 今後の課題としては、これまで実施した調査結果等で把握した、教育から就労への移行に関する課題について本研修教材に入れ込んだ内容を体系的に関連を整理し、大学におけるどのような支援が円滑な就労への移行を支援するかを、大学の支援者が学ぶことができる研修内容にすることが挙げられる。 ここで紹介した研修教材は、試案段階のものであるため、今後は、研修の講師や受講者となる人の実際の意見、研修の試行と試案の改善を行うことで、最終的な研修教材の完成を行う予定である。また、ニーズに応じて新たな教材を追加するなどの改善、普及啓発を検討していきたい。 【参考文献】 1)障害のある学生の修学支援に関する検討会『障害のある学生の修学支援に関する検討会報告(第二次まとめ)』,(2017) 2)障害者職業総合センター『発達障害者の職業生活上の課題とその対応に関する研究―「発達障害者就労支援レファレンスブック」活用のために―』,「資料シリーズNo.84」,(2015) 3)榎本容子・清野絵・木口恵美子『大学キャリアセンターの発達障害学生に対する就労支援上の困り感とは?―質問紙調査の自由記述及びインタビュー調査結果の分析から―』,「福祉社会開発研究10号」,(2018),p.33-46. *付記 本発表の取組にあたっては、安藤美恵氏(国家資格 キャリアコンサルタント)の協力を得ました。  *井戸智子:現所属・トヨタ自動車 【連絡先】  清野 絵 e-mail:seino-kai@rehab.go.jp p.152 障害のある生徒への就労のアセスメントの活用状況と課題① :発達障害者支援センター・障害者就業・生活支援センターへの調査から ○榎本 容子(独立行政法人国立特別支援総合研究所 主任研究員) 相田 泰宏・伊藤 由美・小澤 至賢(独立行政法人国立特別支援総合研究所) 1 背景と目的 文部科学省1)は、発達障害等の障害のある生徒について、高等学校卒業後の進路先で困難さを抱える場合があることについて触れ、学校段階からの卒業後を見据えた指導・支援や、進路先への情報の適切な引継ぎを行うことの重要性を指摘している。 障害のある生徒に対し、適切な指導・支援を行っていく上で重要となるのがアセスメントである。生徒の進路希望が就労の場合は、就労に関わるアセスメント(以下「就労のアセスメント」という。)を行い、生徒の希望と特性・能力に応じた進路先決定及び進路先への移行に向けた準備を支援したり、生徒の情報を適切な形で進路先に引き継いでいったりすることが望まれる。しかし、高等学校において、こうしたアセスメントのノウハウは蓄積されているとは言い難い。 今後、高等学校での障害のある生徒に対する指導・支援の充実に向け期待されるのが、相談機能を持つ福祉・労働等の関係機関(以下「福祉・労働機関」という。)との連携や、地域のセンター的機能の役割を持つ特別支援学校との連携である1)。就労のアセスメントの実施についても、連携による取組の1つとして行われることが期待される。こうした連携が円滑に進むためには、福祉・労働機関や特別支援学校における、高等学校との連携実績の向上や、障害のある生徒への就労のアセスメントの活用に係るノウハウの蓄積が重要になると考える。しかし、これまでこのような実態について把握した調査は見当たらない。 以上から、本研究では、高等学校への相談支援を行うことが想定される「福祉・労働機関」を対象とし、高等学校等との連携状況と、障害のある生徒の進路指導に当たり活用している就労のアセスメントツールを把握した。 2 方法 (1) 対象 発達障害者支援センター97か所及び障害者就業・生活支援センター336か所を対象とした(いずれも悉皆)。回答は、就労支援業務の担当者のうち、調査内容について最も実態を把握している者1名に依頼した。 (2) 調査手続き 2022年1月に郵送し、2022年3月までに郵送又はメールにより回収した。 (3) 調査項目 回答機関の属性や以下の項目等を尋ねた。 ア 高等学校段階に相当する学校との連携状況 障害のある生徒の進路指導に関し連携している高等学校段階に相当する学校種を選択形式にて尋ねた。 イ 高等学校から相談や支援の依頼を受けた障害種 令和元年度から令和3年12月現在までに、高等学校から相談や支援の依頼を受けた障害種を選択形式にて尋ねた。 ウ 障害のある生徒への就労のアセスメントツールの利用状況と、利用している就労のアセスメントツール アで「いずれかの学校と連携がある」と回答した場合、障害のある生徒への就労のアセスメントツールの利用状況を尋ねた。具体的には、障害のある生徒の進路指導に当たり、自機関で利用している就労のアセスメントツールの種別(障害者職業総合センターの「就労支援のためのチェックリスト」等の既存のツールを含めた)や、他機関が実施するアセスメントの利用の有無を選択形式にて尋ねた。選択肢にないツールは、自由記述で回答を得た。 (4) 倫理的配慮 調査の実施方法について、所属機関の倫理委員会による審議、承認を得た。また、対象機関の所属長及び調査対象者に対し、書面にて調査の趣旨と目的、参加と撤回の自由、守秘義務等の倫理的配慮事項を伝え、研究協力に同意した場合に、調査票に記入するよう依頼した。 3 結果 回収数は174件であった。ただし、分析ごとに有効回答数は異なる。 (1) 高等学校段階に相当する学校との連携状況 発達障害者支援センターでは77.8%、障害者就業・生活支援センターでは98.3%が、高等学校段階に相当するいずれかの学校との連携を行っていた。また、発達障害者支援センターについては、「高等学校」が68.5%で最も多く、障害者就業・生活支援センターについては、「特別支援学校高等部」が97.4%で最も多かった(図1)。 (2) 高等学校から相談や支援の依頼を受けた障害種 発達障害者支援センター(96.2%)、障害者就業・生活支援センター(86.8%)ともに、「発達障害」が最も多く挙げられていた。次いで多かったのは、発達障害者支援センター(50.9%)、障害者就業・生活支援センター(86.0%)ともに、「知的障害」であった(図2)。 p.153 図1 高等学校段階に相当する学校との連携状況 図2 高等学校から相談や支援の依頼を受けた障害種 (令和元年度から約3年間) (3) 障害のある生徒への就労のアセスメントツールの利用状況と、利用している就労のアセスメントツール  就労のアセスメントツールの活用は、発達障害者支援センターでは73.2%、障害者就業・生活支援センターでは72.6%であった(他機関が実施するツールの活用を含む)(図3)。自機関での利用は、発達障害者支援センターでは56.1%、障害者就業・生活支援センターでは50.0%であった。選択肢に挙げていた既存のツールの利用状況は低く、その他のツールが利用されていた(図4)。自由記述回答を見ると、自機関で作成したリストが多く挙げられていたが、いくつか既存の検査等も挙げられていた(表1)。 図3 就労のアセスメントツールの利用状況 図4 障害のある生徒に利用している就労のアセスメントツール(自機関で実施している場合) 表1 就労のアセスメントツールに関する自由記述回答例 その他のチェックリスト名 その他のツール名 自機関で作成したリスト、地域で作成したリスト、MSFAS 等 自機関で作成したリスト、GATB、VRT、VinelandⅡ、WAIS、TTAP、 S-M社会生活能力検査、BWAP2 等 4 考察 本調査では、発達障害者支援センター、障害者就業・生活支援センターともに、高等学校との連携は6割強見られた。また、障害種としては発達障害、次いで知的障害が多かった。障害者就業・生活支援センターにおける特別支援学校高等部との連携状況(9割以上)と比べれば、実施状況は低いものの、高等学校との連携も一定程度行われていることがうかがえる。 障害のある生徒への就労のアセスメントツールの活用は7割以上の機関で行われていたが、自機関でのアセスメントツールの利用は5割程度にとどまっていた。職業評価を行う機関と連携している状況がうかがえる。 また、公的機関が作成した既存のツールの利用状況は2割程度であり、自機関独自のツールが用いられていることがうかがえた。障害者職業総合センター2)が、障害者就業・生活支援センター、就労移行支援事業所等を対象とし就労のアセスメントについて尋ねた調査でも、既存のツールの利用状況は5割程度であり、その他のツールを利用していることがうかがえた。本調査では、「障害のある生徒」への利用と限定していること、また、調査対象が一部異なるため、値がさらに低まったことが考えられる。 今後、高等学校に在籍する生徒の就労のアセスメントの実施に当たり、福祉・労働機関との連携のもと、どのようなツールをどのように活用していけばよいか検討していく必要がある。 【参考文献】 1)文部科学省『新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議報告』,(2021). 2)障害者職業総合センター『就労困難性(職業準備性と就労困難性)の評価に関する調査研究』,調査研究報告書No.168,(2023). 【連絡先】 榎本 容子 e-mail:enomoto@nise.go.jp p.154 障害のある生徒への就労のアセスメントの活用状況と課題② :特別支援学校への調査から ○相田 泰宏(独立行政法人国立特別支援総合研究所 主任研究員) 榎本 容子・伊藤 由美・小澤 至賢(独立行政法人国立特別支援総合研究所) 1 背景と目的 文部科学省1)は、発達障害等の障害のある生徒について、高等学校卒業後の進路先で困難さを抱える場合があることについて触れ、学校段階からの卒業後を見据えた指導・支援や、進路先への情報の適切な引継ぎを行うことの重要性を指摘している。 障害のある生徒に対し、適切な指導・支援を行っていく上で重要となるのがアセスメントである。生徒の進路希望が就労の場合は、就労に関わるアセスメント(以下「就労のアセスメント」という。)を行い、生徒の希望と特性・能力に応じた進路先決定及び進路先への移行に向けた準備を支援したり、生徒の情報を適切な形で進路先に引き継いでいったりすることが望まれる。しかし、高等学校において、こうしたアセスメントのノウハウは蓄積されているとは言い難い。 今後、高等学校での障害のある生徒に対する指導・支援の充実に向け期待されるのが、相談機能を持つ福祉・労働等の関係機関(以下「福祉・労働機関」という。)との連携や、地域のセンター的機能の役割を持つ特別支援学校との連携である1)。就労のアセスメントの実施についても、連携による取組の1つとして行われることが期待される。こうした連携が円滑に進むためには、福祉・労働機関や特別支援学校における、高等学校との連携実績の向上や、障害のある生徒への就労のアセスメントの活用に係るノウハウの蓄積が重要になると考える。しかし、これまでこのような実態について把握した調査は見当たらない。 以上から、本研究では、高等学校への相談支援を行うことが想定される「特別支援学校」を対象とし、高等学校等との連携状況を把握した。また、就労のアセスメントツールの活用についてどの程度ノウハウを持っているかを確認するため、自校の障害のある生徒の進路指導に当たり活用している就労のアセスメントツールを把握した。 2 方法 (1) 対象 全国の特別支援学校高等部1,014校(高等特別支援学校を含む)とした(悉皆)。回答は、各校の進路指導担当や特別支援教育コーディネーター等のうち、本調査の内容について最も実態を把握している者1名に依頼した。 (2) 調査手続き 2022年1月に郵送し、2022年3月までに郵送又はメールにより回収した。 (3) 調査項目 回答校の属性や以下の項目等を尋ねた。 ア 高等学校からの相談や支援の依頼状況 令和元年度から令和3年12月現在までに、高等学校から相談や支援の依頼を受けたかどうか、依頼を受けた場合は、依頼を受けた障害種と、対応が困難であった障害種を選択形式にて尋ねた。 イ 障害のある生徒への就労のアセスメントツールの利用状況と、利用している就労のアセスメントツール 自校の生徒への就労のアセスメントツールの利用状況を尋ねた。具体的には、障害のある生徒の進路指導に当たり、自機関で利用している就労のアセスメントツールの種別(障害者職業総合センターの「就労支援のためのチェックリスト」等の既存のツールを含めた)や、他機関が実施するアセスメントの利用の有無を選択形式にて尋ねた。選択肢にないツールは、自由記述で回答を得た。 ウ キャリア・パスポートの作成・活用状況 2020年度より導入されたキャリア・パスポートの学習の記録も、生徒の就労に向けた考えや状況を知るうえで一つの資料となりうる。そこで、自校の生徒に対するキャリア・パスポートの作成・活用状況を選択形式にて尋ねた。 (4) 倫理的配慮 調査の実施方法について、所属機関の倫理委員会による審議、承認を得た。また、対象校の所属長及び調査対象者に対し、書面にて調査の趣旨と目的、参加と撤回の自由、守秘義務等の倫理的配慮事項を伝え、研究協力に同意した場合に、調査票に記入するよう依頼した。 3 結果 回収数は551件であった。分析ごとに有効回答数は異なる。 (1) 高等学校からの相談や支援の依頼・対応状況 高等学校から「依頼を受けた」が60.2%、「依頼を受けていない」が39.8%であった(図1)。 依頼を受けた障害種として、最も多かったのは「発達障害」であり72.3%、次いで「知的障害」が49.5%、「精神障害」が25.9%と続いていた。相談や支援への対応が困難であった障害種はいずれも10%以下であり少なかった(図2)。 p.155 図1 高等学校からの相談や支援の依頼の有無(n=545) 図2 高等学校からの相談や支援の依頼・対応状況(n=321) (2) 障害のある生徒への就労のアセスメントツールの利用状況と、利用している就労のアセスメントツール 就労のアセスメントツールの活用は、74.5%であった(他機関が実施するツールの活用を含む)(図3)。自校での利用は53.2%であった。選択肢に挙げていた既存のツールの利用状況は低く、その他のツールが利用されていた(図4)。自由記述回答を見ると、自校で作成したリストや評価表が多く挙げられていたが、いくつか既存の検査等も挙げられていた(表1)。 図3 就労のアセスメントツールの利用状況(n=530) 図4 障害のある生徒に利用している就労のアセスメントに関するツール(n=530) 表1 就労のアセスメントツールに関する自由記述回答 その他のチェックリスト名 その他のツール名 自校で作成したリスト、地域で作成したリスト、CLISP-dd、就労パスポート 等 自校で作成したリスト・実習評価表、GATB、VRT、VinelandⅡ、WAIS、TTAP、BWAP2、ESPIDD 等 (3) キャリア・パスポートの作成・活用状況 最も多かったのは「キャリア・パスポートの作成は進んでいない」であり45.4%であった。進路指導に活かしている事例がある」は28.0%であった(図5)。 図5 進路指導におけるキャリア・パスポートの活用状況(n=540) 4 考察 7割強の特別支援学校が就労のアセスメントを活用していることからも、就労のアセスメントが障害のある生徒への進路指導において一定の役割を果たしていることがうかがえる。就労のアセスメントを行うことで、より客観的に生徒の特性や適性を把握でき、生徒の能力が十分に発揮できる職業・職場選択へと寄与することを期待し活用されていると思われる。しかし実際に活用しているツールについては様々で、学校の実情に応じてツールを選択・活用している可能性がある。活用するに当たり、ツールの特徴を把握すること、学校の進路指導の方針や生徒の実態を考慮すること、活用する目的を明確にすること等が欠かせない。 一方キャリア・パスポートについては、導入されて間もないとはいえ、特別支援学校では進路指導に活かしきれていない。特別支援学校では個別の教育支援計画や個別の指導計画をキャリア・パスポートの活用に代えることが可能であり、そのために作成していない学校が約半数もあるのではないかと推察する。しかしキャリア・パスポートの目的を踏まえて活用すれば、進路指導に有効な教材であることは明らかであり、障害のある生徒に対しても同様である。 今後、高等学校に在籍する生徒の就労のアセスメントの実施に当たり、特別支援学校等との連携のもと、どのようなツールをどのように活用していけばよいか検討していく必要がある。 【参考文献】 1)文部科学省『新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議報告』,(2021) 【連絡先】 相田 泰宏 e-mail:aida-75@nise.go.jp p.156 肢体不自由がある生徒の就労に関する現状と課題への一考察 ○愛甲 悠二(埼玉県立越谷特別支援学校) 1 はじめに 埼玉県立越谷特別支援学校(以下「本校」という。)は、全校児童生徒数231名(小:116名、中:56名、高:59名)の肢体不自由単独の特別支援学校である。「すべては子どもたちの笑顔のために」をスローガンに、児童生徒の将来を見据え、日々の教育実践を行っている。在籍している児童生徒は、越谷市、松伏町、吉川市、八潮市、三郷市、草加市、蕨市、さいたま市の一部地域、及びその他学区外の地域等からスクールバスや保護者の送迎等により通学(若しくは訪問教育による学習)をしている。児童生徒の実態について、重度重複障害のある児童生徒も多く在籍をしており、一人一人の実態はとても幅広い。脳性まひ、進行性の障害、難病、高次脳機能障害等、中には医療的ケア(気管切開、導尿、酸素療法、注入(胃ろう・経鼻)、吸引等)が必要な児童生徒も多く在籍している。卒業後は生活介護事業所を利用する生徒が多く、卒業時点で「就労」を希望する児童生徒は非常に少ないのが実状だ。発表者としては、卒業生の多くが将来「働いてお金を稼ぐ」ために何を準備していく必要があるのか、いま本校に在籍している児童生徒の可能性を広げたいと考えた。「働いてお金を稼ぎたい」と思える児童生徒が増えることは、児童生徒にとっても、家族にとっても、人生の選択肢が増え、一人一人の「未来への希望」にも繋がることになる。本発表では、肢体不自由特別支援学校である本校の就労に関する現状と課題について明らかにすることを目的とする。 2 本校における就労の現状ついて 本校の進路状況について、表1にまとめた。過去5年間を振り返っても、卒業時点での就職者は94名のうち3名であった。 表1 本校における過去5年の進路状況について 令和3年度に就職した1名については、在学中に利用していた放課後等デイサービスを運営する企業に就職した。この例は、就職前から周囲の理解を得られていることからも、採用後の定着にも繋がるものと考える。相田(2021)が知的障害と肢体不自由をあわせ有する生徒が同様の形で就職できた事例を発表している。このような事例は、数は少ないものの、各事業所が積極的に障害者雇用に取り組むことで、同様の雇用例が増えていくことを期待したい。 令和4年度に就職となった2名については、それぞれ事務(在宅就労)と介護補助(通勤)の職種での採用であった。在宅就労に至った1名は、コロナ禍の影響もあり、在宅就労者の雇用を始める企業が増えたことも影響した。障害の状況から外出が難しい者にとっては、在宅就労は一つの選択肢となり得る。介護補助業務については、車いす使用の児童生徒には困難ではあっても、歩行が可能で、指示を理解できる等の条件を満たす状況にある者については、肢体不自由があっても選択肢の一つとなり得る。 3 本校における就労の課題について 児童生徒一人一人の実態が幅広く、単純に就職者数のみで就労に関する課題を推し量ることは難しいが、発表者が初めてこの数字を見たときは、正直「(就職者が)少ない」という印象が強かった。しかし、就職者が増えないことには理由がある。次に就職者数が増えない理由について、「個人特性の階層構造と支援」の図を用いて説明をする。 図1 個人特性の階層構造と支援 就業支援ハンドブック(2022)には、「障害のある人の場合には、…第2層以下に関わる能力が、企業の求める水準として不十分であったり不安定であったりすることが多い。学校の進路指導もこうした準備性を高めることに焦点を当てたカリキュラムを実施するべきだろう。」と記載してある。おそらくこの第2層以下にあたる部分に就職者数が伸びない理由があるのだろう。肢体不自由特別支援学校の場合、特に「健康管理…」の部分が大きいと考えられる。日々子どもたちと関わっていると、「健康」は必ず考慮に入れなければならないことを痛感する。本校に在籍している児童生徒にとって、「健康管理」や「体調管理」は切っても切れない関係だ。しかし、だから働けないということ p.157 には直結しない。「健康」や「体調」について自分なりに、もしくは必要な支援を受けながら管理をしていくことができれば、いまは「働きたいけど働けない」と考えている人も、将来的に「働けるかもしれない」という希望に繋がると考える。単純に「肢体不自由があると就職は難しい(早い)」と考える時代ではないことが窺える。 次に、本校における就労の課題について、社会的側面と教育的側面の2つの側面から整理をする。 社会的側面として、「障害状況や健康面に応じた働く環境がないこと」、「肢体不自由のある人が働くための社会的な理解がまだ少ないこと」が挙げられる。教育的側面として、「何故、自分自身が働くのか考える機会が少ないこと」「職業準備性が不十分であること」「将来について考え、実際に働こうと思った時に働ける機会が限られていること」等が挙げられる。「職業準備性」については、肢体不自由という事情から「外に出る」という経験の得られにくさも影響している。基本的に、肢体不自由特別支援学校は各県に限られた数しかなく、学区が広い。本校の場合は、スクールバスで片道1時間半程度の時間をかけて通学している児童生徒もおり、一概に「自主通学」という言葉では片づけられない事情がある。 表2 本校における現場実習の設定時期   過去5年を振り返ると、卒業時点での就職を検討する時期として、卒業後の期間を含めて考えると遅すぎることはない。しかし、卒業時点での就職を目指す場合には、高等部3年生の段階で初めから就職活動を行うには十分な準備ができないと考える。本校では、表2のような流れで現場実習期間を設け、進路を考える機会としている。 卒業後、どのような進路を検討する場合でも、働くことを体験できる現場実習は欠かせない。生徒にとっても、社会に出るまでに何を準備していく必要があるのか考えられる機会となる。また、事業所側にとっても生徒のことを分かった上で採用を検討できるという安心感にも繋がる。 ここで改めて肢体不自由特別支援学校としての課題について考えたい。これまでに就職をした卒業生が就職先での現場実習を始めたのは、いずれも高等部3年生時点となっている。生徒本人や保護者の気持ちとして本当に就職ができるのかという不安は勿論だが、企業としても「どの程度まで働くことができるのか、働く際の課題」等について、十分に整理ができないことが考えられる。肢体不自由特別支援学校としては、教育活動の中で社会性の部分について働きかけてはいるものの、安全面に配慮しなければならないという側面もあり、十分ではない。また、就労する際の企業側とのマッチングを検討するなど、生徒側・企業側の両方の状況整理を行うことが定着の面でも重要だ。企業として検討する職務の切り出しという観点からも、車いすの使用を想定した考え方が必要と考える。 4 おわりに 肢体不自由特別支援学校に勤務をしていると、就職することが全てではないことを日々痛感する。現場としては、日々命と向き合うという感覚も大きい。しかし、児童生徒一人一人が「自分らしく、やりがいを感じ、未来への希望を持つ」ことが大切だと感じる。将来は「働いてお金を稼ぐ」という選択肢が増えることで、一人一人の児童生徒にとっての目標にも繋がる。進行性の障害があったとしても、医療的ケアが必要であったとしても、将来、価値あるひとりの人間として他者と共に、自分らしく、生きがいを感じながら生活をするために、「働いてお金を稼ぐ」方法を模索することが重要だ。教育においては、医療的ケアを受けながらも地域の学校に通学する児童生徒も出てきている。このような動きに対し、労働・福祉等の各分野においても同様に応じていく必要があるだろう。 令和6年度からは、障害者雇用率算定基準に若干の変更がある。健康面で配慮が必要な方、体力面で課題に感じている方等にとっても「働いてお金を稼ぐ」という選択肢が出てくるはずだ。コロナ禍において、在宅就労という働く形態が増加してきた。この流れが肢体不自由特別支援学校に在籍している児童生徒の「働いてお金を稼ぐ」という未来への希望へと繋っていくことを期待したい。 肢体不自由特別支援学校に在籍する児童生徒にとって、社会に出るということは大きな環境の変化だ。安定して働ける方が増えることは、いま肢体不自由特別支援学校に在籍している児童生徒の「未来への希望」にも繋がる。一人一人の児童生徒が「自分らしく」、そして豊かな生活ができるよう、課題と感じる部分について少しずつでも改善をしていくことが必要だ。教育、労働、福祉、医療等、各専門機関が連携をし、肢体不自由がある児童生徒が「働いてお金を稼ぐ」ことを自分ごととして考えるための社会の構築を期待したい。 【参考文献】 1)相田泰宏『知的障害と肢体不自由をあわせ有する生徒の一般就労について』,第29回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 2)内閣府『令和5年版 障害者白書』,内閣府HP資料 3)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構『令和4年度版就業支援ハンドブック』,同機構HP資料 p.158 生徒のキャリア形成に寄与するリフレクションガイドの開発 ○今井 彩 (秋田大学教育文化学部附属特別支援学校 教育系スタッフ) 前原 和明(秋田大学教育文化学部) 1 目的 特別支援学校では、生徒が自らのキャリアを主体的に構築していけるような指導が求められている。この主要な学習機会である産業現場等における実習(通称:現場実習)は、生徒が自己の職業適性や将来設計について考える機会とし、主体的な職業選択能力や職業意識を育成することを目指している。しかし、特別支援学校に在籍する生徒のキャリア形成支援について、指導上の困り感や課題を感じている教員が多い現状がある1)。この解決に向けては、現場実習の結果から生徒の現状を把握し2)、日々の教育活動に現場実習の結果を反映させていくことができるよう、個々のキャリア形成のスピードや職業意識のもち方に合わせて現場実習のフィードバックを行い、生徒のキャリア形成を支援していくことが大切である3)。 そこで本研究では、学校から社会への移行に向け、障害がある生徒の就労支援を担う教員が、生徒一人一人の現状を的確に把握し、キャリア形成に寄与する効果的な取組を実践できるよう、現場実習のフィードバック場面において活用できる教員のためのツール「リフレクションガイド」の開発を目的に、専門家の合意形成を図りながらガイドライン項目を検討する。 2 方法 (1) 調査時期及び対象者 2023年6月上旬~8月上旬に、秋田県内全ての知的障害を主とする特別支援学校12校(分校3校含む)に勤務する高等部主事もしくは進路指導主事を調査対象とした。 (2) 調査方法 調査対象者の意見集約を図りながら、ガイドライン項目の内容的妥当性を検証する方法としてデルファイ法を用いた。デルファイ法とは、特定のトピックについて、その分野の専門家に繰り返し質問を行い、コンセンサスを得る方法である4)。本研究では郵送による質問紙調査を2回行い、各調査で調査対象者が回答する期間に20日間、データ分析のために10日間を割り当てた。1回目の調査結果は、2回目の調査項目の修正に反映した。各項目への評価は7段階の尺度(0=全く同意しない、1=ほぼ同意しない、2=どちらかというと同意しない、3=どちらともいえない、4=どちらかというと同意する、5=ほぼ同意する、6=完全に同意する)で行い、修正が必要だと思われる項目についてコメントを求めた。なお、2回目の調査では、1回目の調査結果を調査対象者全員にフィードバックした。 (3) 調査項目の作成 今井・前原が整理した「生徒のキャリア発達を促す現場実習のフィードバック方法」1)と「現場実習評価表がもつアセスメント機能」2) を参考に、現場実習の振り返り場面における教員のノウハウについて、現場実習評価表の活用、フィードバックの方法、教師の働き掛けに関する34の項目を作成した。 (4) 分析方法 合意基準は、Jane & Mike4)を参考に、IQRが1.5以下かつ同意率が80%以上の場合とした。IQRは、回答の中央50%で構成される中央値付近の分散の尺度を示す。中央値、IQR、同意率の算出にはマイクロソフトエクセルの分析ツールを用いた。 (5) 研究倫理 質問紙調査については、無記名調査で個人情報を扱わないこと、未協力の場合における不利益はないこと、ならびに研究の目的と内容を紙面上で説明し、調査協力の同意は質問紙への回答をもって得るものとした。 3 結果と考察 秋田県内の特別支援学校12校に勤務する高等部主事2名、進路指導主事10名から有効回答を得た(回収率100%)。調査対象者の特別支援学校における勤務年数は平均21.4年、高等部所属経験年数は平均16.3年だった。 1回目、2回目の調査結果を表1に示した。1回目の調査では、現場実習評価表の活用に関する項目9『評価結果を家庭に伝え、進路の選択肢を絞る』を除く全ての項目が合意基準を満たした。項目9はIQRが2のため、合意基準を満たさなかった。修正を求めるコメントからは、「評価表の結果をそのまま家庭に伝えることはしない」、「どのように結果を活用していくかが大事」、「家庭への伝え方は慎重さが必要」、「保護者の認識や特性に合わせて丁寧に連携することを心掛けている」というように、評価結果の活用の仕方や家庭への伝え方に関して指摘があったことから、ダイレクトに評価結果を伝えるのではなく、それぞれの家庭に合わせて評価結果を活用していく表現となるよう、『実習先の評価について家庭に伝え、進路の選択肢を絞る』と修正した。なお、この項目9の修正に合わせて『評価結果を家庭に伝え、…』となっていた項目5~8の表現を全て『実習先の評価について家庭に伝え、…』に p.159 表1 デルファイ法を用いた1回目と2回目の調査結果 修正した。修正後の2回目の調査では、項目9のIQRが0.5となり、全ての項目で合意基準を満たした。 本研究では、現場実習のフィードバック場面において活用するリフレクションガイドのガイドライン項目について、12名の専門家の合意を得ることができた。今後はこのガイドライン項目が、勤務経験年数や高等部所属年数に関係なく、教員が生徒に対して効果的に活用できるか検証する必要がある。 【参考文献】 1) 今井彩・前原和明『特別支援学校における生徒のキャリア発達を促す現場実習のフィードバック方法』, 「秋田大学教育文化学部研究紀要 教育科学部門 77」,(2022) p.19-26 2) 今井彩・前原和明『特別支援学校高等部におけるキャリア教育の充実に向けた現場実習評価表の活用―秋田県中央地区の特別支援学校に在籍する進路指導主事へのインタビュー調査から―』, 「日本教育大学協会研究年報 第41集」,(2023), p.15-25 3) 今井彩・前原和明『特別支援学校高等部における現場実習の効果的なフィードバックの在り方―秋田県内特別支援学校への調査から―』,「Journal of Inclusive Education. 11」,(2022), p.56-67. 4) Jane Chalmers & Mike Armour『The Delphi Technique』, 「Handbook of Research Methods in Health Social Sciences. 41」, (2019), p.716-729 【連絡先】 今井 彩 秋田大学教育文化学部附属特別支援学校 Tel:018-862-8583 e-mail:ayaimai0918@gmail.com p.160 家庭と連携した発達障害のある子どものキャリア発達支援の課題と今後の展望 :家庭向けキャリア教育の手引きの作成過程から ○新堀 和子 (LD等発達障害児・者親の会「けやき」会員) 大蔵 佐智子(NPO法人ひの·I-BASYO) 榎本 容子 (独立行政法人国立特別支援総合研究所) 清野 絵  (国立障害者リハビリテーションセンター研究所) 1 背景と目的 近年、発達障害のある人の就労問題への関心が高まっている。発達障害のある人の就労選択肢としては、一般雇用のほか障害者雇用があるが、現状では、一般雇用での挫折を経て障害者雇用につながる流れがある。この理由として、特別支援教育体制は整備されてきたものの、障害特性を踏まえたキャリア発達支援は途上段階にあり、職業準備性やこれに対する自己理解(障害特性の理解含む)の不足のまま、キャリア選択に至る状況がある(榎本ら,2023)1)。 他方、本人の課題と共に指摘されているのが、家庭との連携に関する課題である(榎本ら,2018)2)。この背景には、職業準備性の土台となる、家庭での生活面の支援の不足や、わが子が障害者雇用を選択することへの親の抵抗感があると考えられる。今後は、保護者が、①家庭生活における「今」の学びが「将来」の就労にどうつながるかを理解した上で、②家庭生活の中で、就労準備につながる視点を意識したり、③就労する上でのわが子の障害特性や必要となる配慮を、段階的に理解できたりするような学びの機会が重要となると考える。そして、家庭の中で、本人・保護者にとって無理のない形で、少しずつ、就労を見据えた家庭教育に取り組んでいくことが望まれる。また、そうした取組を、本人の支援に関わる学校や福祉(放課後等デイサービス)が連携し支えていくことが期待される。 こうした問題意識のもと、我々は、発達障害のある子どもの就労を見据え、学齢期から家庭で取り組めるキャリア発達支援プログラム(学校や放課後等デイサービスの支援のもと、家庭で無理なく取り組んでいくための手引き。以下、「手引き」とする)の作成を進めている。キャリア発達とは、「社会の中で自分の役割を果たしながら、自分らしい生き方を実現していく過程」をいい、よりよい人生を送る上で重要となる概念である。自分らしい生き方の実現に向けては、多角的な「自己理解」が、また、社会の中で役割を果たす上では、「就労に向けた基本的な力(自立に必要な力を含む)」を身に付けることが必要となるであろう。本発表では、手引きの作成を通じたこれまでの成果を報告するとともに、冊子の作成過程で見えてきた家庭におけるキャリア発達支援の課題と展望を報告する。 2 手続き 手引きの作成は、表1のプロセスで進めた(現在は(4)を、(2)(3)の内容の確認・見直しを行いつつ実施)。 なお、本研究は、発達障害のある人の就労やキャリア教育について知識を有する研究者との協議を行いつつ、発達障害当事者の保護者が中心となり進めた。 表1 手引きの作成の流れ 3 これまでの成果  現在までの成果と課題は以下のとおりである。このうち、当日は、(3)(4)に焦点をあて報告する。 (1) 文献研究 発達障害のある子どもへの家庭教育について、CiNii Researchを使用した検索から68件の文献を抽出し整理した。多くの文献で共通していた項目は、①学校の取組、②指導内容、③家庭内の問題であった。①では、学校と保護者の理解、協力、連携の必要性が保護者と学校の双方から指摘されていた(鶴田,2017)。②では、「国語文章題」「漢字の読み取り」「入れ子箱」「紐通し」(山本,1999)、また、生活面の指導として、「買い物行動」「料理行動」(神山ら,2010)や「性教育」(細田ら,2020)が報告されていた。ソーシャルスキルトレーニング(氏家,2018)や社会性と自己有能感を高める取組として、「傾聴と自己開示」のカードゲーム、ストレスマネジメント、さまざまな感情があることを学ぶ、リフレーミング、「認知行動療法・実践カード」によるセッション、セルフマネージメントブックの作成等(安部,2013)、個別指導による学習支援(高山ら,2019)を行っている報告もあった。③では、家族が障害受容のプロセスを経る中で、特に母親への支援が有効であることや(吉田,2009)、父親への社会の仕組み作りやピアサポートを含む支援が必要であること(石 p.161 田,2018;石田ら,2020)が指摘されていた。以上から、家庭との連携や家族への支援が重要であること、家庭での学習課題(主に買い物・調理等生活面)を本研究でも押さえる必要があること、一方、キャリア発達支援の内容は見あたらず、新たな視点からの連携や教材開発の必要性が見出された。 (2) 就労を見据え育みたい力の整理 ① 就労移行支援のためのチェックリスト(障害者職業総合センター,2007)等から就労に向け必要な力に関する項目を抽出し、基礎的・汎用的能力註(中央教育審議会,2011)等のキャリア教育の視点と関連付け、整理した。 ② ①の能力のうち、家庭生活で育みたい力を、各学校段階別に整理した。整理にあたっては、「学校段階別に見た職業的(進路)発達課題」(国立教育政策研究所生徒指導研究センター,2002)や、「知的障害のある児童生徒の「キャリアプランニング・マトリックス(試案)」(国立特別支援教育総合研究所,2010)の「各学部で育みたい力」等を参考とした。 (3) 就労を見据えた家庭教育内容 「自立生活サポートチェック表Ⅰ・Ⅱ」(東京LD親の会,2017;2018)等を参考として、学校段階で特に重要となる家庭教育内容を検討し、(2)で整理した力を育むための「お手伝い」や「生活習慣形成」等の内容を整理した。 現在までに、お手伝いとして「簡単な調理をする」「掃除をする」「時間管理を行う」「部屋の片付け・管理を行う」「洗濯をする」「買い物をする」「計画立案する」「ごみの分別・リサイクルを行う」という8つの内容、生活習慣として「「生活」で自立する」という内容、家庭でのキャリア発達を促す取組として「かかわる力」「自分を見つめる力」「やりきる力」「かなえる力」の4つの力を育む内容を設定している。 (4) 手引きの作成方針 就労の土台となるのは、職業生活を支える生活面の力であり、こうした力を段階的かつ自然な形で育むことができるのが家庭である。また、家庭は、家族との対話を通じて、自分らしい生き方について考えるきっかけを提供することもできる。手引きの作成にあたっては、「専門的な知識を持たない保護者であっても、わが子の特性に寄り添いながら、日々の家庭生活でのかかわりを工夫したり、より丁寧に取り組んだりすることで、就労に向けた基本的な力を少しずつ、無理のない形で育んでいくことができる」よう、そのためのヒントを提供できるものを目指した。 (5) 作成した手引きの特徴 対象:働くことができる可能性を持ちつつも、障害特性による生きづらさを抱えている小学校低学年から高校生までの子どもの保護者とした。 内容:(3)のお手伝いの内容を簡潔かつできるだけ分かりやすく説明するとともに、その内容が就労に向けてどのように役立つか見通しが持てる形とした。また、発達段階別の指導や、学校や放課後等デイサービスとの連携のポイントを示した。個人の発達の状況や成長に合わせて必要な内容を判断することで、無理のない成長を望むことができると考える【手引きの実物は、当日の発表にて紹介する】。  4 家庭向けキャリア教育の手引きの作成に向けた今後の課題と展望 (1) 手引きの作成過程から見えてきた家庭におけるキャリア発達支援の課題 昨今の家庭事情として、共働き、少子化、核家族化、地域とのつながりの希薄さなどが挙げられる。保護者が地域の中で子育てを学ぶ機会も少なくなっている。こうした中、家庭教育に取り組みにくい保護者に対するアプローチの検討が必要である。他方、子どもの療育に熱心で、過度に家庭教育に取り組んでしまいやすい保護者へのアプローチも課題である。家庭において、療育の視点でお手伝いのねらいを掲げ、厳しく指導してしまうと、子どもの意欲の低下や、ストレスにつながってしまうことが懸念される。 (2) 課題解決に向けた展望 発達障害のある人にとって、生活面をはじめとした就労に向けた基本的な力の向上を図るためには、子どもの頃からの様々な体験が重要になると考える。そのためには、本人を取り巻く、理解ある身近な大人の協力があることが望ましい。家庭教育は母親が中心になりがちであるが、休日を利用した父親の参加を促すことで、母親の心身の負担の軽減となるだけでなく、より広い視野で子どもが持つ力や課題に気が付くことにもつながるであろう。また、楽しみながら作業をする時間を作り出せない家庭においては、放課後等デイサービス等を利用することで、その役割を担ってもらうことが期待できる。 【主要参考文献】 1) 榎本容子・清野絵編著『発達障害の就労とキャリア発達 : ライフステージをつなぐ支援』,新曜社,(2023) 2) 榎本容子・武澤友広・清野絵・新堀和子・安藤美恵・宮澤史穂『家庭と教育・福祉・就労の連携によるキャリア教育-早期からの生活場面での自己理解・仕事理解を深める取組を考える-』,「日本LD学会第27回大会 自主シンポジウム抄録」,(2018) 註 分野や職種にかかわらず、社会的・職業的自立に向け必要な基盤となる能力として「人間関係形成・社会形成能力」「自己理解・自己管理能力」「課題対応能力」「キャリアプランニング能力」の4つから構成される。 付記 本発表の取組にあたっては、岩田成美氏の協力を得ました。 【連絡先】 新堀 和子 e-mail:caco.n@utopia.ocn.ne.jp p.162 職場適応援助者からの援助が雇用現場に及ぼす影響 -自閉スペクトラム症者を雇用する事業所の調査から- ○松田 光一郎(花園大学社会福祉学部 准教授) 1 問題の所在と目的 日本の雇用率制度は、障害者の雇用の「量的」改善に寄与してきたが、雇用の「質的」改善には必ずしも寄与してこなかった(永野2014)1)。この制度は、企業にとって雇用しなければならない障害者の雇用数を義務付けるものであるが、障害者の職場定着を促進させることについては有効ではないと考えられる。そのため、障害特性や雇用現場の実情を踏まえた上で、雇用を促進するための支援のあり方を検討することが課題である。こうした課題に対して、これまで障害者の職場定着を目的とした援助付き雇用の導入が行われてきた。援助付き雇用の効果については、入職後の職場定着に有効であることが報告されている(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター 2008)2)。 しかし、福井ら(2012)3)は、この援助付き雇用について、職場適応援助者(ジョブコーチ)による援助が一般に2カ月~4カ月間であり、永続的な支援ではないことを指摘している。そのため、ナチュラルサポートと呼ばれる、障害者と同じ職場で働いている上司や同僚による支援によって、職場適応援助者から援助は受け継がれ、改善されていくことを示唆した。若林ら(2016)4)は、知的障害者の就労支援において、職場適応援助者による上司や同僚への助言や指導には、上司や同僚の障害者雇用に対する意識を変容させ、職場サポートの負担感を減らす効果があることを示唆した。しかし、職場適応援助者からの援助により、即座に上司や同僚の障害者雇用に対する意識が変容し、障害者の就労継続に必要な援助を自発的または計画的に提供できるとは考えにくい。意識が変容するまでには、障害特性や職場環境なども影響し、さまざまなプロセスが存在すると推測される。 そこで本研究では、軽度知的障害を伴う自閉スペクトラム症者を雇用する事業所の上司や同僚が、職場適応援助者から援助を受けるまでのプロセス、援助を受けてから障害者雇用に対する認知が変容するまでのプロセス、こうした変容のプロセスを検討することで、職場適応援助者からの援助が雇用現場に及ぼす影響について明らかにする。 2 方法 (1)調査協力者 公益財団法人全国障害者雇用事業所協会の会員事業所一覧から、常用労働者数「30~99人」の16事業所(民間企業)に調査票を郵送し、回収した調査票の中から、職場適応援助者の援助付きで自閉スペクトラム症者を雇用していることを条件とした結果、4社を調査対象候補に選んだ。次に、筆者が調査の概要説明を行い、研究趣旨に同意した2社の中から、協力が期待できるA社を選定し、その従業員の中から、年齢および勤務年数の違う10名を調査協力者として抽出した。 (2)A社の概要 A社は、常用労働者100人未満の株式会社で、主な業務は一般ゴミ処理及び管理、清掃用品や用具の販売、建物の総合清掃及び保安警備業等であった。 (3)調査の実施 本調査は、研究代表者である筆者が、2021年3月中旬から下旬にかけて実施した。調査は、A社のプライバシーの守られた空間(会議室)を確保して行った。 (4) 倫理的配慮 調査協力者に研究の趣旨説明および、調査の不参加によって不利益を被らないことを保障し、同意を得て調査を実施した。なお、本研究は花園大学研究倫理委員会の承認を得て実施した(研究倫理2021-19号)。 (5)データ収集 自閉スペクトラム症者の職場実習を担当することに至った経過について、上司・同僚に対し、半構造化面接によるインタビューを行った。半構造化面接の質問項目では、基本事項として、性別、年代、勤務年数、配属先、指導経験について聞き取った後、①「これまで何人、自閉スペクトラム症者の職場実習を担当した経験がありますか」、②「職場適応援助者の所属機関はどこでしたか」、③「どのような経緯で支援をうけたのですか」、④「具体的にどのような支援を受けましたか」、⑤「支援を受けたことで変わったことはありましたか」、⑥「職場適応援助者の支援に満足していますか」、⑦「よくなかった支援はありましたか」の項目を用意し、聞き取りを行った。次いで、自閉スペクトラム症者に仕事を教えることについて自由に語ってもらった。途中、文脈を遮らないように、「自閉スペクトラム症者の就労継続が困難と感じたことはありますか?」や「同僚や上司の気づき」など、調査者から問いかけも行った。その結果、自身の経験をさかのぼりながらの語りや、その中で印象に残ったエピソードとして、自閉スペクトラム症者との出会いから今日に至るまでの流れを含む語りが得られた。調査時間は概ね30分以内とした。インタ p.163 ビュー内容は調査協力者の同意を得て、すべてICレコーダーに録音し、録音されたデータは逐語形式で文字化した。 (6) 分析方法 質的分析により、職場適応援助者からの援助による上司や同僚の障害者雇用に対する意識変容のプロセスを明らかにするため、自閉スペクトラム症者に対する意識を「障害者雇用に対する理解、自閉スペクトラム症者に仕事を指導する上での対応」と操作的に定義した。データ分析には、M-GTAを用いた。M-GTAは、質的データを継続的に確認しながら分析概念を生成し、複数の概念間の関係を解釈してまとめ、結果図を作成する方法である(木下 2003)5)。本研究は、職場適応援助者からの上司や同僚への援助という社会的相互作用に関する研究であり、かつ上司や同僚の障害者雇用に対する意識の変容プロセスを明らかにすることを目的としている点で、M-GTAが適していると判断した。分析は、ICレコーダーの録音データをもとに面接の逐語録を作成した。次に、「職場適応援助者の援助による上司や同僚の障害者雇用に対する意識の変容プロセス」という分析テーマを設定した。その後、逐語記録を読み進めながら分析テーマに関する具体例(語り)に着目し、他の類似例も説明できることを念頭に説明概念を生成した。概念生成時には分析ワークシートを作成し、概念名、定義、具体例、事例数を記入した。データ分析中に新たな概念が生成された場合は、個々の概念ごとに新たなワークシートを作成した。また、並行して他の具体例を逐語記録から探し、ワークシートに随時追加記入した。解釈が恣意的に偏ることを防ぐため、生成した概念の完成度は類似例をチェックするだけではなく、定義と対照的な解釈が可能な対極例が存在しないか否かも確認した。分析結果はその都度ワークシートのメモ欄に記入した。そして、生成した概念同士の関係を個々の概念ごとに検討した。また、複数の概念からなるカテゴリーを作成し、カテゴリー相互の関係から分析結果をまとめていった。まとめた結果の概念をプロセスの筋に沿って文章化し、結果図を作成した。 3 結果 (1) 調査協力者の概要 調査協力者10名の基本事項は、男性6人、女性4人であった。年齢は平均40歳代で、勤務年数は平均4.2年であった。障害者の指導経験は、平均3人であった(表1)。 (2) 概念の生成 調査協力者10名の面接内容について録音データから逐語記録を作成し、それをもとに概念の生成と整理を行った結果、最終的に26の概念が生成された。 (3) 概念間の関係性の検討とカテゴリーの生成 生成された26の概念について概念同士の関係性を検討し、その上でカテゴリーの生成を行った結果、以下の概念が生成された。①問題の認識と援助への期待、②職場適応援助者による援助と対応、③行動の調整と状況変化、④障害者雇用に対する意識の変容 (4) カテゴリー間の関係性の検討 概念同士の関係性を検討し、カテゴリーの生成を行った結果、以下のカテゴリーが生成された。①問題の認識と支援への期待、②職場適応援助者による援助と対応、③行動の調整と環境の変化、④障害者雇用に対する認知の変容。 表1 調査協力者の概略 4 考察 職場適応援助者は、自閉スペクトラム症者の就労上の問題点を発見し、社員に対しモデルを示して援助することで、ナチュラルサポートに繋げていることが考えられる。一方、上司や同僚は職場適応援助者から援助を受けることにより、自身の偏見に気付き、今までなかった物理的設定を雇用現場に配置して変化をもたらしていると考えられる。これらのことから、障害者雇用に対する上司や同僚の認知をポジティブに変えるためには、上司や同僚が職場適応援助者から、職業指導や対応の仕方を学び、実際に試してみるなど、試行錯誤を繰り返す中で、障害者雇用に対する認知を変容させていくというプロセスが示された。そのことから、職場適応援助者は、上司や同僚が経験を積み重ねる機会を保障することにより、障害者雇用に対するポジティブな側面が現れ、ナチュラルサポートに繋がる工夫がなされたと考えられる。 【引用文献】 1) 永野仁美(2014)特集・障害者の雇用と就労:障害者雇用政策の動向と課題.日本労働研究雑誌,646,4-14. 2) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター(2008)地域における雇用と医療等との連携による障害者の職業生活支援ネットワークの形成に関する総合的研究 3)福井信佳・中山広宣・橋本卓也・高畑進一・西川智子(2012)大阪府における精神障害者の離職に関する研究.日本職業・災害医学会会誌,60,32-37. 4)若林功・八重田淳 (2016) 同僚の援助提供認識が働く知的障害者への援助行動に与える影響. 職業リハビリテーション,29,2-11. 5)木下康仁 (2003) グラウンテッド・セオリー・アプローチの実践―質的研究への誘い―.弘文堂. p.164 就労支援施設における当事者と支援者を支援する 協働型ICT支援システムの紹介 ○小越 咲子(独立行政法人国立高等専門学校機構 福井工業高等専門学校) 田中 規之(合同会社ナチュラル) 小越 康宏(国立大学法人福井大学) 伊藤 洋一・若松 正浩・菅野 朋之・鈴木 亮(株式会社日立ソリューションズ東日本) 1 はじめに 近年、障害者就労支援においてICTが効果的に活用されることが期待されており、その重要性も高まっている。一方で、支援者不足や支援者の業務負担の多さや教育現場とのデータ連携について、課題となっている。そこで、ICTを用いて日々の行動記録を蓄積・即時的・密に情報共有し、当事者と支援者を支援する、協働型ICT支援システム「ぴこっと」について紹介を行う。さらに就労支援施設における実証実験の事例について紹介する。 2 背景と目的 就労支援事業において個人特性に応じた支援、対応の充実が求められている。特に発達障害児/者の利用が増加しており、AD/HD(注意欠如/多動性障害)、自閉スペクトラム症、LD(学習障害)などの発達障害をかかえ、特別なニーズを有する方への特性に応じた支援が必要であるが、発達障害の自己認知のしにくさ等、個人特性に応じた対応の難しさがあり、個別教育支援計画の作成が重要となっている。 個別教育支援計画は、本人の意向、適正、障害の特性その他の事情を踏まえ、事業所が取り組む事柄や目標及び、手立てなどを明記するものであり、就労に向けたプロセスを記録し、本人と支援者間での考えをすりあわせ共有を図ると共に、対外的な説明責任を果たすためにも必要である。しかし、就労支援施設において職員の多忙などにより、個別教育支援計画を作成しても、その活用場面が明示されていないと有効感・有用感が不足するため、個別教育支援計画の作成自体が負担となり、その結果、支援目標の活用が難しくなることも多い。そこで、本研究では、就労支援施設において、ICTシステム「ぴこっと」を用いて、個別教育支援計画の支援目標を支援者と当事者で共有し、システム上で日々のチェック・情報共有を行い、即時的に日々の情報を当事者と支援者で共有・蓄積することで、個別教育支援計画を有効活用し、さらに支援者当事者間の連携を密に効果的にすることを目的とし、就労支援施設「ナチュラル」において実証実験を行った。本発表では、この当事者と支援者を支援するシステム「ぴこっと」の紹介と、実証実験の結果を報告する。 3 当事者と支援者を支援するICTシステム (1)システム開発の経緯 私達は上記の問題解決のために、個々に多様な障害について、どのような配慮が必要で、どのような支援があると良いのか分からない児童生徒に対し、個別に提案し、状況に合わせた支援を選択できれば、効果的な支援の実現が可能となると考えた。その対応の一環として、発達障害児/者の個人特性に応じた支援が行えるシステム「ぴこっと」の開発を行い、個人の特性に適した支援教材や支援の環境をマッチングできるサービスの提案を行っている。具体的には、以下6点の観点において、保護者・教育・心理・医療・福祉・企業と連携して開発を進めてきた。 ①学校・家庭・民官の専門機関を連携したICT協働プラットフォームの構築 ②IoT技術を用いた学校・家庭内の行動把握のためのデータ収集の仕組みの開発・実装 ③脳波等生体情報を用いた認知特性の解明とBMI教材の開発 ④行動データ、認知特性の分析による個人の特性に適した支援教材の導出 ⑤人間の生活や障害環境を表す国際的なICFコードを用いたシステムの連結によるニーズと支援のマッチング ⑥個人特性に適した個別教育支援計画と支援の提案 これらにより、ビッグデータから状態を分析、支援プランを導出、ニーズと支援のマッチングを行い、即時的には現状の問題解決や支援につなげることが可能となる。また長期的には幼少期からの密な支援の継続をサポートすることで、発達障害児/者への就労率向上に貢献するシステム構築を目指す。本稿では、現在、福井県内を中心に実証実験を進めている内容について紹介を行う。 (2)システム概要 「ぴこっと」は学校と家庭と専門機関をつなぐ発達障害支援の情報基盤である。学校と家庭内での行動データを時系列で蓄積し、行動履歴データの解析を行うことで、個人の行動の特徴を把握する。システム概要を図1に示す。 p.165 図1 システム概要図 図2のように学校や施設、家庭で個別に行動チェックリストを作成し、その項目を基に本人の日々の様子について本人や支援者が5段階評価等によるチェック、コメントを入力する。これらのチェック項目の集計結果(評価値)とコメント文はデータベースに蓄積でき、履歴として参照可能である。これにより行動の定量化を行うとともに、支援者間の協働型の支援を可能とすることで、共通理解を促す等、直接的な支援が実現できる。さらに本システムにより、保護者と学校、就労施設、専門機関との密な連携が可能となるだけでなく、本人のライフログを時系列で管理できるため、支援機関が変わるとき、支援者の交替、複数支援者での支援時に共通理解や継続支援を行う事が可能になる。 図2 日々のチェック画面例 チェックリストは、支援者と本人の双方に5~10項目決定するが、困り感や、チェックの必要な事項に対して定量評価ができるような具体的な事象を用いる。主に個別教育支援計画の目標となる項目を設定するが、他にも、例えば、薬の副作用が知りたいときは「昼食を全部食べた」「ぼーっとしていた」等の数値化し易いものを用いる。これらのチェック項目にはそれぞれの項目に該当するICFコードを紐づけデータベースで管理している。各種支援サービスとICFコードを紐づけてデータベースに情報を蓄積することにより、チェック項目の評価値が定量分析でき、支援サービスをシステム上で自動的に提案する機能も提供する。 4 就労支援施設ナチュラルにおける実証実験 ケーススタディとして、2023年3月から行っている就労支援施設ナチュラルでの実証実験について紹介する。実験協力者の4名と、支援者2名の計6名がシステムを利用し、利用後3か月後にヒアリング調査を行った。 下記にヒアリングの結果(自由回答)を示す。 ・チェックリストによりモチベーションが高まった ・薬を忘れず飲むようになった(飲み忘れが減った) ・自分の不得手を改めて振返る事ができるようになった ・スマホなのでいつでも入力できる ・体調管理がし易い ・体調の変化に気づき易い ・スケジュール機能があると良い ・病院や訪問看護師、相談員とも連携できると良い ・入力が容易にできると良い ヒアリング結果より、良い点として、チェックリストの存在によりタスクを忘れずに実行できるモチベーションが高まったこと、薬の飲み忘れが減り薬の管理が向上したこと、自分の悪い点を再確認できるようになり、自己改善に繋がったこと等、生活や就労につながる直接的な効果が見られた。本人が体調管理や日常の生活改善などを行うことにより当事者が自身で働きやすい環境調整を行うことに繋がるものと考えられる。また、スマートフォンでいつでも入力が可能であることを、便利だと感じている。 一方でインタフェース改善や、スケジュール機能追加、病院他の連携範囲を広げたい等の機能強化の要望があった。 5 今後の展開 ヒアリング調査等から、相談員や自治体など、より支援者同士や支援機関とのコミュニケーションを促進し、相互の情報共有や助け合いが行えるようにしていきたい。このことにより、本人の状態像把握のために行う支援者の記録業務等、重複業務が削減されるだけでなく、支援者が適切なサポートを受けられる事で、支援の質を向上し、長期的な支援体制の維持が可能となると考える。 【参考文献】 1) 小越康宏, 小越咲子,解説論文「発達障害児/者支援のためのICT個別教育支援システム」,電子情報通信学会 通信ソサイエティマガジン Bplus 63(12),(2022) p.197-209 https://www.jstage.jst.go.jp/article/bplus/16/3/16_197/_article/-char/ja p.166 職場復帰支援におけるキャリア再形成に関する調査研究 ○齋藤 友美枝(障害者職業総合センター 主任研究員) 浅賀 英彦・宮澤 史穂・大谷 真司(障害者職業総合センター) 1 はじめに 高齢・障害・求職者雇用支援機構(以下「当機構」という。)におけるリワーク支援は、障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)での開発及び試行を経て、平成17年10月全国の地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)に展開し、現在に至っている。地域センター利用者のニーズの多様化を踏まえて、職業センターは支援技法の開発・改良に取り組んでおり1)、本研究も職業センターの依頼によるものである。 当機構のリワーク支援は「職業リハビリテーションのノウハウや知見を生かしたキャリア(キャリアプランの再構築のための支援)や職場を意識したプログラムが特有の強みとなる」ことが示唆された2)が、本研究は「キャリアの再形成」に焦点を当てたものである。本研究における「キャリア再形成」とは、休職を経て職場復帰した方の復帰過程における「仕事観・やりがい・人生・興味といった自分の価値観の振り返り」であり、ここでは「キャリアの見つめ直し」と表現することとしている。 なお、当機構では職場復帰支援をリワーク支援とは別のプログラムで高次脳機能障害を有する方にも実施しているため、本研究では精神疾患(発達障害者における二次障害を含む。)及び高次脳機能障害による休職を経て復職した方の「キャリア再形成」を調査する。 本発表では、復職支援の実態や「キャリアの見つめ直し」を把握するための支援機関に対する調査の考え方や今後の研究の方向性について報告する。 2 文献調査 2023年7月12日に検索エンジンCiNiiを利用し「復職」または「職場復帰」で検索を行った。期間は2019-2023年とした。検索した文献のうち、精神疾患やメンタル不調、発達障害、高次脳機能障害による休職者の復職支援や職場復帰支援を対象として利用者の心理的側面に注目したもののみ抽出し、抽出した文献の引用文献も参考にした。 文献一覧を表1に示す。 野田3)は休職者の心理的テーマと心理的支援における課題を見出すことを目的としたレビュー論文で、休職者が復職する過程で「休職後の職業的自己像の揺らぎ」「職場復帰をめぐる葛藤」「職場復帰後の職業的自己像の揺らぎ」が生じていること、自己の再構成を支援する必要性を指摘している。そして、今後の課題の中で、メンタルヘルス疾患の休職者はうつ病とは限らないため、病状や休職プロセスの多様性を十分考慮することを指摘している。 川崎4)は、当事者である休業者の視点から援助専門家との関わりによる影響やその評価を調査し、関わりの段階が三段階に分けられること、段階によって援助専門家と関わる目的やニーズが異なることなどを明らかにし、併せて職場復帰後の経過の調査や援助者へのインタビューの必要性に言及している。 また川崎5)は、うつ病患者がリワークプログラムに参加するにあたっての心理プロセスについて調査分析を行い、プログラム参加へ踏み切れない状態が続く中で「現実的困難を認識する」ことが職場復帰を現実的にとらえるきっかけとなることなどを明らかにした。 村上8)は、支援者と当事者では就労に対する価値観の違いがあることから、休職から復職までの当事者の心理的過程とソーシャル・サポートについて調査している。当初は焦りや不安、恐怖など場当たり的な感情が主であったが、復職に近づくと自身を振り返るからこそ生まれる感情に変化するとともにポジティブな感情が増加していることや同様なソーシャル・サポートであっても時期や対象者によって位置づけ、意味づけが異なることなどを明らかにするとともに、勤務への復帰と心理的復職の時期が異なることが見出された結果から、復職後のソーシャル・サポートに焦点を当てた検討が必要と述べている。 今回抽出した文献は、いずれもメンタルヘルス不調や気分障害等により休職中もしくは休職を経験した方を対象としていた。高次脳機能障害を有する方の復職支援について、当事者の心理をテーマとしている文献は見られなかった。 本研究では、職業センターの実践や先行研究を参考にし、「キャリアの見つめ直し」に焦点を当てつつも、①当事者をはじめ、キャリアにかかわる様々な支援機関、企業にそれぞれの立場からの受け止め方を調査すること②気分障害を中心にしながらも発達障害者における二次障害、高次脳機能障害者を対象とすること、などにより、企業を含め支援を実施する側と利用者との一致や齟齬なども追うことで、より多様な分析・把握を試みる。 3 調査方法 (1) 有識者ヒアリング アンケート調査に先立ち、調査項目等について有識者2名にヒアリングを行った。その結果、①当研究における「キャリア」の定義を明確にする必要があること②高次脳機能障害を有する方の復職事例が少ないため事例収集に工 p.167 表1 文献一覧 夫が必要であること③休職者の心理は復職後も揺らいでいるためインタビューのタイミングに留意する必要があることなどの指摘があった。 (2) 支援機関に対するアンケート調査 ア 調査対象 リワーク支援を実施している医療機関、地域センター(多摩支所を含む) イ 実施時期 2023年9月(1か月間) ウ 主なアンケート項目 ・実施している支援のうち、利用者の「キャリアの見つめ直し」に何らかの影響を与えたと思われた支援と具体例 ・支援以外で利用者の「キャリアの見つめ直し」に何らかの影響を与えたと思われた事柄の例 エ 実施に係る留意事項 利用者の「キャリアの見つめ直し」を他者である支援者から把握するアンケートであるため、影響を与えたと思われた支援と支援以外に分けて、あらゆる場面で支援者が気付いた変化の機微を掬い取れるようにした。また、支援者が答えやすいように時期を不問として記入例を付し、データをより多く収集するため、「キャリアの見つめ直し」に何らかの影響を与えたと思われる支援や事柄は複数記載できるようにした。 4 今後の進め方 アンケートで得られた結果を深めるため、協力可能な医療機関、地域センターにヒアリングを行う。併せて、EAP機関と高次脳機能障害を有する方に復職支援を行っている機関に対してもヒアリングを行う。 地域センターの情報に基づいて対象企業を抽出しアンケート調査を実施し、内諾が得られた企業に対しヒアリング調査を行い、モデルとなり得る「企業における復職支援の事例」を複数取りまとめる。ヒアリングに当たっては、可能な範囲で復職したリワーク支援利用者である社員本人にも参加を求め、自身についての振り返りを踏まえた発言をいただく予定である。 復職後も利用者の「キャリアの見つめ直し」は続いていくと思われるため、利用者のインタビューは利用者や企業の状況、支援者の見立てを確認しながら慎重に進めていきたい。 【参考文献】 1)古谷いずみ『障害者職業総合センター職業センターにおけるリワーク支援技法の開発』,「産業精神保健vol.27特別号」(2019),p.111-115 2) 障害者職業総合センター『職場復帰支援の実態等に関する調査研究』,「調査研究報告書№156」,(2021) 3)野田実希『休職者の視点から職場復帰過程における心理的支援を考える : メンタルヘルスと職業的自己に関する文献検討』,「臨床心理学19(2)」(2019),p.233-243 4)川崎舞子『うつによる休業者が体験した援助専門家との関わりに関する質的研究』,「臨床心理学12(3)」(2012),p.361-373 5)川崎舞子『うつ病患者の職場復帰プロセスに関する検討-休業時からリワークプログラム参加への準備期に焦点を当てて-』,「産業精神保健23(1)」(2015),p.38-48 6)大江真人、田中浩二、川崎絵里香、大江真吾、長山豊『気分障害による休職後に復職・就労継続している労働者のレジリエンス』,「日本看護研究学会雑誌43(5)」,p.847-855 7)湯沢由美『メンタルヘルス不調で休職した男性の復職過程における周囲の関わり : 家族の関わりを中心とした質的内容分析』,「産業精神保健29(2)」(2021),p.137-146 8)村上詩歩、奇惠英『メンタルヘルス不調による休職者の「心理的復職」の過程』,「福岡女学院大学大学院 臨床心理学紀要 第18号」,(2021),p.43-54 p.168 高次脳機能障害者の就労に役立つ視聴覚教材の開発 ○武内 洵平(障害者職業総合センター職業センター 障害者職業カウンセラー) 圷 千弘 (障害者職業総合センター職業センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)が実施している高次脳機能障害者を対象としたプログラムには、休職者を対象とした職場復帰支援プログラム及び就職を目指す就職支援プログラム(以下「プログラム」と総称する。)がある。プログラムの実施を通じて高次脳機能障害者の自己認識の促進、対処手段の習得及び高次脳機能障害者を雇用している事業主又は雇用を検討している事業主に対する支援技法の開発等を行いその成果を支援マニュアルや実践報告書にまとめ、広く伝達・普及を図っている。 本プログラムでは、表1に示すようなこれまで開発した様々な支援技法を組み合わせて、作業体験やグループワーク、個別相談等の支援を行っている。 表1 開発した様々な支援技法の一例 タイトル 成果物種別(発行年) 高次脳機能障害の方への就労支援 支援マニュアル№1(2006) 高次脳機能障害者のための就労支援 ~対象者支援編~ 支援マニュアル№11(2014) 感情のコントロールに課題を抱える高次脳機能障害者への支援 実践報告書№33(2019) 記憶障害に対する学習カリキュラムの紹介 実践報告書№38(2021) 高次脳機能障害者の復職におけるアセスメント 実践報告書№40(2022) 注意障害に対する学習カリキュラムの開発 支援マニュアル№24(2023) 令和3年度に全国の地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)を対象に実施した「支援技法開発のニーズ等に係るヒアリング調査」では、地域センターの職業準備支援場面等において高次脳機能障害者同士のグループが形成しづらく、開発した支援技法が活かしにくいという状況を聞いている。また、ヒアリング調査において確認した技法開発のニーズとしては、「新しい生活様式への対応として在宅で対象者が単独で自分の特性を考えられるツール等がほしい」、「個別相談の際に映像などを見ながら対象者と支援者が一緒に障害特性について学べる教材がほしい」等の意見が挙がった。 そこで、地域センターの状況やニーズを踏まえ、本プログラムで実施している、高次脳機能障害について学ぶグループワークや、対処手段の習得、自己管理能力の向上を図るためのメモリーノート訓練、障害特性に対する理解を深めるグループワーク等の内容を整理し、地域センターや就労支援機関等において個別支援やオンライン支援時に活用できる視聴覚教材の開発に取り組むこととした。 2 視聴覚教材について 職業センターでの実践を通じて、プログラムで実施しているグループワークに体験ワーク(演習)や高次脳機能障害者同士の意見交換が含まれていることが、障害特性について理解を深める上で効果があがりやすいことが分かっていた。 そこで、体験ワークは個別に実施できるよう、単独で教材を視聴しながら書き込むことができるワークシートを作成した。また、意見交換が行えない代わりに、これまでのグループワークで受講者から出た意見を教材内で紹介し、他者の意見を知ることができるよう工夫した。 表2 視聴覚教材の概要 開発の第一段階では、これまでグループワークを通じて伝えていた内容のうち、表2のア~エを教材としてまとめ、第二段階では、睡眠の大切さや疲労のマネジメントについてまとめた。さらに第三段階では、日々の作業体験の中で伝えてきた対処手段等について教材を作成した。 (1) 構成 作成した8つの教材は、パワーポイント資料に合成音声をつけた動画として編集しており、各教材とも20~30分程度の視聴時間となっている。また、全ての教材に、視聴し p.169 ながら書き込めるワークシートを添付している。 (2) 内容 各視聴覚教材の内容は表3のとおりである。 表3 各視聴覚教材の内容 ア 高次脳機能障害者とは 高次脳機能障害を引き起こす原因、日常生活で顕在化する障害の影響によるトラブル事例をいくつか挙げて、各障害について理解を深める。 イ 注意の機能 注意の4つの機能(持続・選択・配分・転換)を解説し、体験ワークを通して各機能の特徴について理解を深める。 ウ 記憶の機能 記憶のステップ(記銘、保持、想起)を解説し、記憶するための技として、「グループ分け」などを体験ワークで学習する。 エ 感情のマネジメント 感情が表出する仕組みを解説し、捉え方や状況を変える感情のマネジメント方法について紹介する。捉え方を変える手法としてリフレーミングなどの方法を体験ワークで学習する。 オ 疲労 疲労のサインと対処方法について説明し、リラクゼーション技法として、ストレッチや呼吸法、漸進的筋弛緩法を学習する。 カ 睡眠 睡眠の役割、睡眠時間、質の良い睡眠につながる過ごし方について解説し、自分の睡眠について振返りができるようにする。 キ メモの活用方法 M-メモリーノートの活用方法について解説し、メモの取り方について理解を深める。 ク 対処手段 ルーラーや付箋、見直しの方法などについて解説し、対処手段について学習する。 (3) 想定している活用方法等 これらの視聴覚教材は、地域センターや就労支援機関等の支援者が高次脳機能障害者と個別またはオンラインで相談を進める際にも活用できるように作成している。 高次脳機能障害者が支援者と一緒に、または単独で、教材を視聴し、自分自身の障害特性や特性に合った対処手段について気づきを得て、ワークシートにまとめていく。さらに、ワークシートを基に支援者と相談を行うことで気づいた内容を深めていくことが可能である。 表2及び表3のアは、高次脳機能障害当事者だけでなく、高次脳機能障害者を雇用している事業主や高次脳機能障害者の家族にも障害のことを適切に理解してもらう際に用いることができると考えている。 また、表2及び表3のイ~エは、高次脳機能障害者の支援経験の乏しい支援者が視聴することで、例えば、注意の4つの機能(表3のイ参照)に沿ったアセスメントの視点を得ることができるなど就労支援を進める上で参考になる内容であると考えている。 なお、これら表2及び表3のア以外の教材については、高次脳機能障害者だけでなく、発達障害や精神障害など認知機能に障害のある対象者が視聴しても参考にすることができるように、できるだけ、「高次脳機能障害」という言葉を使わずにまとめている。 3 開発状況と今後の開発の方向性 現在、職業センターのプログラムの受講者、地域センター、就労移行支援事業所、回復期リハビリテーション病院を通じて、支援者及び利用者(または通院患者)に視聴覚教材の試案を活用してもらい、教材の活用方法や活用効果について、アンケートやヒアリング調査により広く意見を聴取しているところである。 職業センターのプログラム受講者からは、教材を視聴して、「高次脳機能障害等について理解を深めることができた」との回答があった一方で、「自分の特性を整理しようと思ったが、ワークシートにまとめるタイミングが掴めず上手くまとめることができなかった」という意見もあった。 このため、活用方法についての詳細なマニュアル(ワークシートに記入するタイミング、上手く記入ができなかった際の支援者のフォローの仕方等)が必要と考えている。 今後は、上記のような支援者や利用者の使用した感想や使用による効果を確認しながら、視聴覚教材の作成を進めるとともに、活用方法、留意事項、支援事例等を取りまとめ、2024年3月に支援マニュアルとして発行する予定である。 【連絡先】 障害者職業総合センター職業センター開発課 e-mail:cjgrp@jeed.go.jp Tel:043-297-9044 p.170 精神障害のある求職者の疾患別の動向について ~2018障害求職者実態調査から~ ○浅賀 英彦(障害者職業総合センター 主任研究員) 1 目的 障害者職業総合センターでは、現在、精神障害者の等級・疾患と就業状況との関連に関する調査研究を行っている(2024年度末研究報告書発刊予定)。この調査研究の中で、精神障害者の就業上の配慮や課題を把握するためのアンケート調査を実施するが、アンケート項目作成に役立てるため、先行研究として2018年に全国のハローワークを対象に行った障害のある求職者の実態調査について、疾患・等級別の状況を分析し、その結果を確認することとする。 2 使用したデータ 障害者職業総合センター(2020)1)で使用した、全国のハローワークに2018年6月に新規求職申込のあった障害のある求職者のうち、精神障害者として登録のあった者のデータ。なお、精神障害と他の障害との重複、精神障害の中で複数の疾患が重複した者は除外した。また、障害者手帳を申請中の者と等級が不明の者も除外した(n=2289)。 調査した項目は、①基本属性、②前職については、雇用形態や賃金形態などの労働条件、離職理由、障害開示の状況、どのような配慮があれば離職しなかったかなど、③希望する労働条件等については、希望する必要な配慮など、④就職した者については、職場での配慮や就職を決めた理由などを尋ねた。 3 分析結果 (1) 全般的状況 ア 疾患・等級別人数 疾患別では、統合失調症554人、気分障害1,019人、てんかん110人、高次脳機能障害41人、ASD286人、ADHD79人、学習障害5人、その他の発達障害6人、その他の精神障害189人となっている。手帳等級別では、1級41人、2級825人、3級764人、手帳なし659人であった。なお、以下、等級別の状況を述べた部分では、手帳なしは除いている。 イ 男女比 全体ではやや男性が多い。ASDで男性の割合が最も高くなっている。 (2) 前職について ア 具体的な離職理由 「障害・病気のため」が最も多く、次いで「その他の理由」、「人間関係の悪化」、「業務遂行上の課題」となっている。 てんかんとASD、ADHDでは、等級が重いほど「疾患・病気のため」が多い。 イ 離職を防止できたと考えられる措置 「調子の悪い時に休みを取りやすくする」が最も多い。ASDで「職場でのコミュニケーション」、ADHDで「能力が発揮できる仕事への配置」、「上司や専門職員などによる定期的な相談」がやや多い。 ウ 前職の求人の種類 全体と統合失調症で等級が重いほど一般求人の割合が少なくなる。ただし、その分、障害者用求人が多くなっているわけでもなく、不明、無回答が多くなっている。 エ 前職の雇用形態 全体、統合失調症、気分障害で、等級が重いほど正社員の割合が小さい。 オ 前職の賃金形態 等級が重いほど、月給が少なく、時給が多くなる。雇用形態を反映しているものと思われる。 カ 前職の週所定労働時間 等級が重くなるほど、10時間未満、10~20時間未満、20~30時間未満の割合が大きく、40時間以上は小さくなる。 キ 前職での障害開示 半数以上が不明または無回答であることに留意する必要があるが、等級が重いほど就職時から開示している割合が多い。ただし、「途中から開示」を含めた開示と、非開示の割合に等級の差はみられない。高次脳機能障害では在職中に受障、開示した割合が多い。 ク 前職で開示した理由 「障害への配慮を受けたかったから」と「障害者用求人だったから」が多い。全体と気分障害で、等級が重いほど「障害への配慮を受けたかったから」が多くなる傾向がある。 ケ 前職で開示しなかった理由 「障害のことを知られたくなかったから」が多く、次いで「開示すると採用されないと思ったから」、「開示の必要がないから」となっている。 (3) 希望する労働条件等について ア 就職を希望する事業所種類 一般事業所が多いが、等級が重いほど就労継続支援A型事業所の割合が多くなる。 イ 就職を希望する求人の種類 p.171 障害者求人か「どちらでもよい」が多い。 ウ 就職を希望する雇用形態 パート希望が多い。全体、気分障害、その他の精神疾患で等級が重いほど正社員希望の割合が少なくなる。 エ 希望する週労働時間 等級が重いほど、10~20時間未満、20~30時間未満が多い。統合失調症で他の疾患に比べて30時間未満の割合が高い。 オ 希望する障害開示 「開示する」が半分強で、非開示を希望する割合は少ない。統合失調症では、等級が重いほど「開示する」が多くなる傾向がある。 カ 障害を開示する理由 「障害者用求人を希望しているから」と、「障害への配慮を受けたいから」が多い。全体、統合失調症、てんかん、その他の精神疾患、ASDで等級が重いほど、「障害者用求人を希望しているから」の割合が高くなる。統合失調症では、「障害への配慮を受けたいから」も等級が重いほど多くなっている。 キ 障害非開示の理由 「障害のことを知られたくないから」が最も多く、「開示すると採用されないから」、「開示の必要がないから」、「開示すると条件が悪くなるから」が続いている。疾患別・等級別の特徴は見られない。 ク 希望する必要な配慮 「調子の悪い時に休みやすくする」が最も多く、等級が重くなるほど増える傾向がある。次いで、「通院時間の確保など雇用管理上の配慮」、「短時間勤務など労働時間の配慮」、「能力が発揮できる仕事への配置」となっている。ASDとADHDでは「能力が発揮できる仕事への配置」、「職場でのコミュニケーション」の割合が他の疾患と比べると高い。 ケ 重視する労働条件 「仕事の内容」がトップで、「障害への配慮」がその次となっている。疾患別・等級別の特徴は見られない。 (4) 就職が決まった者の状況 ア 役に立った機関 就労移行支援事業所、障害者就業・生活支援センター、精神科医療機関の順となっている。 イ 就職先の事業所の種類 半数以上が一般事業所、次いで就労継続支援A型事業所。統合失調症で就労継続支援A型事業所の割合がやや高い。 ウ 就職先となった求人の種類 半数以上が障害者用求人となっており、統合失調症とASDで障害者求人の割合が高い。 エ 就職先の雇用形態 等級が重くなるほど正社員の割合が小さくなる傾向がある。最も多いのはパート労働者。 オ 就職先の賃金形態 時給が多く、等級が重くなるほど多くなる傾向が見られる。また、統合失調症で時給の割合が高い。 カ 就職先の週所定労働時間 等級が重いほど週30時間未満の割合が高い。統合失調症で週30時間未満の割合が高い。 キ 就職先への障害開示 開示した者が7割となっている。気分障害、てんかん、ASDで等級が重いほど開示の割合が高い。 ク 就職先への開示の理由 「障害者用求人だったから」が最も多く、次いで「障害への配慮を受けたいから」となっている。 ケ 就職先へ非開示の理由 「障害のことを知られたくなかったから」が多く、次いで「開示の必要がないから」となっている。 コ 就職先の職場での配慮 「調子の悪い時に休みを取りやすくする」、「通院時間の確保、服薬管理など雇用管理上の配慮」、「短時間勤務など労働時間の配慮」、「職場でのコミュニケーション」が多い。全体、統合失調症、気分障害、ASDで等級が高いほどそれらの割合が高くなる傾向が見られる。ASDで「職場でのコミュニケーション」が高くなる傾向がある。 サ 就職を決めた理由 「職種・仕事の内容」が最も多く、次いで「障害への理解・配慮」となっている。 4 まとめ 前職・希望する職・就職先とも、短時間・非正社員の傾向が見られた。等級が重いほどそのような傾向があった。 疾患別の特徴としては、①「離職を防止できたと考えられる措置」について、ASDで「職場でのコミュニケーション」、ADHDで「能力が発揮できる仕事への配慮」、「上司や専門職員などによる定期的な相談」がやや多く、②「希望する必要な配慮」について、ASD、ADHDで「職場でのコミュニケーション」、「能力が発揮できる仕事への配置」が多かった。 これらの結果を受け、現在進めている精神障害者の等級・疾患と就業状況との関連に関する調査研究のアンケートにおいて、雇用形態や就業時間別の動向、離職防止措置、希望する配慮などについて分析できるよう項目に盛り込んだところである。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター 調査研究報告書No.153(2020)「障害のある求職者の実態等に関する調査研究」 p.172 中高年齢障害者の雇用継続支援及びキャリア形成支援に関する文献検討 ○武澤 友広(障害者職業総合センター 上席研究員) 春名 由一郎・野口 洋平・堀 宏隆・宮澤 史穂(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 我が国の65歳以上の高齢雇用者数の推移をみると、2010年から2020年の10年間で、正規の職員・従業員は46万人、非正規の職員・従業員は227万人、それぞれ増加している1)。労働人口の高齢化に伴い、職業リハビリテーションの対象となる障害者の高齢化も予測される現状において、中高年齢障害者が職場や地域社会において活躍し続けることのできる社会を形成するための障害者と事業主双方への専門的支援のあり方の検討が急務となっている。 本発表では、我が国の近年の文献から、我が国における中高年齢障害者の雇用継続支援及びキャリア形成支援に関する未解決課題を特定することを目的とした。 2 方法 (1) スコーピングレビューの研究設問 「既存の知見から研究ギャップ(研究する必要がある未解決部分)を特定する」手法として、スコーピングレビュー2)を参考に文献調査を実施した。 具体的な研究設問は以下のとおりとした。 ①中高年齢障害者の雇用継続支援についてどのような取組がなされているのか。また、どのような課題が指摘されているのか。 ②中高年齢障害者のキャリア形成支援についてどのような取組がなされているのか。また、どのような課題が指摘されているのか。 (2) 文献の検索方法 文献データベースのCiNii ResearchとJ-Stageを用いて、検索式は(中高年 OR 中年 OR 高齢 OR 高年齢 OR 加齢) AND (障害者 OR 障碍者 OR 障がい者) AND (雇用継続 OR 就労継続 OR 職場定着 OR キャリア)、検索期間は2018年1月~2022年12月とし、2023年7月7日に検索を実施した。 (3) 文献の選定方法 選定は筆頭著者が重複文献を除外した後、タイトルや要旨、本文から選定基準により、適格なものを選定した。選定基準は「和文であること」「中高年齢障害者の雇用(就労)継続支援又はキャリア形成支援に関する具体的な取組又は課題への言及を含んでいること」の2つであった。 (4) 情報の抽出方法 適格性を確認した文献から、著者名、文献タイトル、発行年、対象となっている障害種類、目的、調査方法、言及されていた中高年齢障害者の雇用継続支援又はキャリア形成支援に関する取組、課題を抽出した。 3 結果 (1) 文献の概要 文献検索の結果、725件(重複文献を除いた710件)が抽出された。選定基準を満たした対象文献は12件であった。 図1 文献の選定過程 対象文献の発行年は2018年が3件、2019年が1件、2020年が1件、2021年が2件、2022年が5件であった。 対象となっている障害種類は、身体障害が3件、知的障害が3件、精神障害が2件、発達障害が1件、高次脳機能障害が1件、難病が1件、認知症が2件、特定の障害種類に焦点を当てていないものが1件であった(1つの文献で複数の障害種類を対象とした文献は2件)。 調査方法は、文献研究が2件、質問紙調査が4件、面接調査が2件、質問紙調査と面接調査の併用が1件、参与観察と面接調査の併用が2件、会議録の内容分析が1件であった。 (2) 中高年齢障害者の雇用継続支援についてどのような取組がなされているのか 対象文献では、以下の8つの取組が記載されていた。 ①【体力低下に配慮した業務内容の設定】農業において、高齢障害者は物陰で座って行える選果作業が割り当てられていた3)。 ②【短時間勤務】職場の人に障害ゆえの困難さを理解してもらった上で、フルタイムから6時間勤務に変更した脳性まひ者の事例4)がある。 ③【疾患・健康管理への配慮】多発性硬化症の離職は高齢者の方が若年者より多く、離職理由の最たるものは症状のコントロールが適切でないことにあるとし、早い段階で事業主に開示し、職場の配慮を得やすくすることが重 p.173 要であることが指摘されていた5)。 ④【アセスメントに基づくマッチング】その人を知り(アセスメント)、その人が一番本領発揮できる場面にいれるようにする(マッチング)配慮が行われていた6)。 ⑤【間違いに寛容】「注文をまちがえる料理店」6)の取組に代表されるように「間違い」を肯定的に捉える空間を作り上げる取組があった。 ⑥【ソーシャルキャピタルの形成】例えば、認知症者が事業所に「腫れ物に触るように接するのではなく、ミスをしたらしっかり注意してほしい」と伝える一方で、自分が得意なコミュニケーションを活かしてコミュニケーションが苦手な他の職員を支えるという信頼・互酬性の関係が職場内で形成されていた事例7)があった。 ⑦【尊厳に配慮した支援】飲食店において、認知症のある店員が受けた注文が店長に伝えられた後、店長はお客の方を見ながら少し大きめな声でオウム返しのようにオーダーを確認するといった配慮が行われていた6)。 ⑧【福祉的就労】高齢となっても「障害とつきあいながらする仕事」を「生活のために」続けていた高次脳機能障害者が多く、一般企業での就労が困難であっても就労継続支援B型事業所を利用することが自己効力感の向上につながっていることが報告されていた8)。 (3) 中高年齢障害者の雇用継続支援についてどのような課題が指摘されているのか 対象文献では、以下の6つの課題が記載されていた。 ①【加齢による機能低下と二次障害】蓄積された身体疲労により、筋緊張が強くなり、頚椎症を発症した事例などが紹介されており、身体がつらくなった時に仕事の途中で休憩を入れたり、テレワーク、時短勤務や通院休暇等の柔軟な働き方を推進する必要性が強調されていた4)。 ②【ライフステージに応じた心理・社会的問題】40代の精神障害者の中には親の高齢化に伴う健康問題や介護問題を抱えている者がおり、対象者だけでなく家族全体への支援やサービスの調整が必要であることが指摘されていた9)。 ③【中途障害者の障害受容の難しさ】中年期以降に受障した視覚障害者は、これまでに築いてきた社会や家庭から逸脱してゆくことに対する不安感を覚えるほか、喪失感も大きく、心理的に回復するまでに多くの時間を要することが指摘されていた10)。 ④【役割変化への適応の難しさ】中年期は、家庭、社会における実質的な働き手・担い手であるため、若年性認知症の発症によりもたらされる社会的な地位や役割の変化に対し、自分なりの人生後半の生き方を見出せるような支援、残存能力を活用した雇用管理の必要性が指摘されていた7)。 ⑤【間違いへの寛容の非日常性】上記3(2)⑤で取り上げた「間違い」を肯定的に捉える空間を作り上げる取組は時間、場所共に限られた限定的な取組であることがほとんどだが、このような空間づくりを一時的なものとせず、継続的なものとして社会に根付かせることの必要性が指摘されていた。 ⑥【障害福祉サービスから介護保険サービスへの移行調整の難しさ】介護保険サービス移行後の就労支援サービスの不足等が挙げられていた11)。 (4) 中高年齢障害者のキャリア形成支援についてどのような取組がなされているのか。また、どのような課題が指摘されているのか。 今回、選定された文献において、キャリア形成をテーマとした文献は見当たらなかった。 4 考察と結論 中高年齢障害者の雇用継続支援については、加齢による心身機能の低下に対応した職務や働き方の調整だけでなく、ライフステージや職場・家庭での役割の変化に応じた適応支援、間違いへの寛容といった職場風土の醸成を含めた幅広い支援が求められていた。一方、キャリア形成の課題には焦点が当たっていないことが明らかとなり、研究ギャップに該当すると言える。 【引用文献】 1) 総務省統計局『統計トピックスNo.132 統計からみた我が国の高齢者-「敬老の日」にちなんで-』,, 総務省(2022) 2) 友利幸之介他『スコーピングレビューのための報告ガイドライン日本語版:PRISMA-ScR』「日本臨床作業療法研究No.7」 日本臨床作業療法学会(2020), p.70-76. 3) 本田恭子他『就労継続支援にもとづく農福連携の現状―岡山県と大分県を事例に』「環境情報科学論文集Vol.32」 一般社団法人環境情報科学センター(2018), p.257-262. 4) 山ノ上奏他『脳性まひ者の就労状況と二次障害の変容』「リハビリテーション連携科学20巻2号」 日本リハビリテーション連携科学学会(2019), p.156-166. 5) 江口尚『難病患者における治療と仕事の両立支援に関する研究の現状』「産業医学レビュー34巻1号」公益財団法人 産業医学振興財団(2021), p.51-76. 6) 蔭久孝統『認知症ケアと社会的包摂』「コモンズVol.1」 未来の人類研究センター(2022), p.41-72. 7) 中畑ひとみ他『若年性認知症がある人々が社会参加することの意味』「日本看護研究学会雑誌44巻5号」 一般社団法人日本看護研究学会(2022), p.735-747. 8) 浦上裕子『高次脳機能障害者の高齢化に伴う問題に対する研究』「NRCDレポート2022巻01号」国立障害者リハビリテーションセンター(2022), p.1-8. 9) 石井敦子他『個別支援会議録の内容分析からみる地域の精神保健福祉に関わる支援課題』「日本地域看護学会誌25巻2号」一般社団法人日本地域看護学会(2022),p.32-39. 10) 大元慶子他『中途視覚障がい者の有する諸課題とケア実践に関する文献的検討』「Journal of Inclusive Education8巻」一般社団法人アジアヒューマンサービス学会(2020),p.56-66. 11) 飯干真冬花他『中高年知的障害者への就労支援の課題-福岡県内の就労継続支援B型事業所を中心に-』「九州社会福祉学18号」日本社会福祉学会九州部会(2022),p.49-64. p.174 企業における中高年齢障害者に対する配慮と課題に関する検討 ○宮澤 史穂(障害者職業総合センター 上席研究員) 春名 由一郎・野口 洋平・堀 宏隆・武澤 友広(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 中高年齢の障害者の就業継続に取り組む企業においては、若年障害者の雇用とは異なる課題に直面したり、新たな配慮を実施していることが想定される。障害者職業総合センター(2021)では、企業を対象に、中高年齢(45歳以上)の障害者に対して実施している配慮や、配慮を行ってもなお残存する課題について調査を行った。その結果、多くの障害で業務の遂行に関する配慮が実施されている一方で、残存課題があり、その内容は、障害種別に異なっていることが明らかとなった。例えば、配慮に関して「能力に応じた仕事内容の変更」が多くの障害で行われている一方、「業務実施方法についての分かりやすい指示」については、知的障害や精神障害で多く行われていた。同様に、残存課題として、「仕事内容の設定」等は肢体不自由や内部障害で多く挙げられていたが、知的障害や精神障害ではあまり多くなかった。 このような障害種類による配慮や課題に関する違いは、障害特性だけでなく障害者が従事する仕事内容の違いの影響も大きいことが想定される。中高年齢の障害者の就業継続において職種転換が実施されることも多く、配慮のあり方は障害特性だけでなく仕事内容との関係で検討する必要がある。そこで本発表では、業務に関する配慮や課題について、障害者が従事する仕事の内容による違いがみられるかどうかを検討することを目的とした。 2 方法 (1) 調査手続 障害者職業総合センター(2021)で実施した企業調査の再分析を実施した。本調査では、常用労働者30人以上の民間企業7,000社を対象とし、1,243社から回答を得た。 (2)分析に用いた調査項目 以下の3つの設問に対する回答を分析に用いた。 ①中高年齢障害者の従事している仕事内容 障害種別に11項目(管理的職業、事務的職業、販売の職業、農林漁業の職業、専門的・技術的職業、サービスの職業、生産工程の職業、保安の職業、輸送・機械運転の職業、建設・採掘の職業、運搬・清掃・包装等の職業)のうち該当するものすべてに回答を求めた。 ②雇用している中高年齢障害者への配慮 「基礎的な職業能力の開発」(3項目)、「業務の見直しや配置転換」(6項目)について配慮を実施しているもの全てに回答を求めた。 ③配慮を実施しても残存する課題(残存課題) 雇用している中高年齢障害者への配慮を行ったうえで残存する課題(53項目)の有無について回答を求めた。項目の類似性により項目数を集約するため、クラスター分析により、「職業基礎能力に関する課題」として「話や指示の内容を理解すること」や「本人の能力に応じた仕事内容の設定」といった11項目に集約し、分析に用いた。 (3)判別分析 配慮実施又は残存課題の有無を独立変数、仕事の内容を従属変数とした判別分析を障害種別に行った。障害種別ごとに判別式と各従属変数のwilksのλ(2群の判別が十分にできていることを表す指標)を算出し、いずれもが p < .05となった項目を統計的有意とみなした。 3 結果 仕事内容について回答数の多かった「肢体不自由」(n = 335)、「内部障害」(n = 220)、「知的障害」(n = 110)、「精神障害」(n = 174)を分析対象とした。 (1)仕事の内容 障害種別に仕事の内容に関する選択率の上位3つを表1に示す。肢体不自由、内部障害、精神障害で「事務的職業」の選択率が最も高く、知的障害でも3番目であり、障害種類を問わず従事が多い仕事内容であった。 表1 障害種類別の選択率が高かった仕事内容と割合 (2)仕事内容による配慮の違い 肢体不自由では、「業務遂行を援助する者の配置」の判別式が有意となった(wilksのλ = .94, χ2 (11) = 21.34, p = .03)。標準化正準判別関数係数の絶対値は「事務」と「保安」が最も大きかった(表2)が、従属変数ごとのwilksのλは「保安」のみ有意であり(p < .05)、「保安」は、他の仕事内容よりも配慮が実施されていた【注】。 p.175 知的障害では、「個人の能力に応じた仕事の内容」の判別式が有意であり(wilksのλ = .86, χ2 (8) = 20.95, p = .05)、標準化正準判別関数係数の絶対値は「事務」と「専門・技術」で最も大きく、wilksのλも有意であった(p < .05)。「専門・技術」は他の仕事内容よりも配慮が実施されていたが、「事務」の係数はマイナスであり、他の仕事よりも配慮が実施されていなかった(表3)。 内部障害(wilksのλ = .91, χ2 (11) = 20.95, p = .03)と精神障害(wilksのλ = .90, χ2 (11) = 20.98, p = .03)では「配置転換等による人事管理面の配慮」の判別式が有意となった。標準化正準判別関数係数は内部障害、精神障害ともに「事務」で絶対値が最も大きく、wilksのλも有意であったため(p < .05)、両障害とも「事務」の仕事において他の仕事内容よりも配慮が実施されていた(表4)。 表2 標準化正準判別関数係数(肢体不自由) 表3 標準化正準判別関数係数(知的障害) 【注】標準化正準判別関数は、各説明変数の目的変数に対する相対的な影響力の大きさを表している。したがって、ここでは係数の絶対値が大きく符号がプラスの場合は、配慮が他の仕事の内容より実施されており、符号がマイナスの場合は、他の仕事内容より配慮が実施されていないと解釈する。 表4 標準化正準判別関数係数(内部障害、精神障害) (3)仕事内容による課題の違いについて 残存課題のクラスター 11項目のいずれかを課題として選択したかどうかを目的変数、仕事の内容を仕事の従属変数とした判別分析を障害種別に行った結果、いずれの障害においても判別式は有意とならなかった。 4 考察と結論 中高年齢の障害者での仕事内容による配慮内容の違いが確認された一方で、残存課題が特に多い仕事や少ない仕事は確認できなかった。中高年齢期の障害者の課題への対応として職種転換が既に実施されている一方で、特に有望な職種転換先が明確でないことを示唆する。ただし、判別的中率が低いものもあり、解釈には留意が必要である。 肢体不自由では保安職で「業務遂行を援助する者の配置」、内部障害と精神障害では事務職での「配置転換等による人事管理面の配慮」が多かった。知的障害では専門・技術職での「個人の能力に応じた仕事の内容」についての配慮の実施が多かった一方で、事務職では「個人の能力に応じた仕事の内容」の配慮が少なかった。知的障害者は健常者と比較して、加齢による体力の低下が大きいことが指摘されている(島田, 2020)が、事務系の仕事内容は他の仕事内容と比較して体力を必要とせず、専門・技術職のような仕事内容の変更の必要も少ない仕事内容であることが示唆される。 【引用文献】 1) 障害者職業総合センター『中高年齢障害者に対する職業生活再設計等に係る支援に関する調査研究』,「調査研究報告書 No.159」,(2021) 2) 島田博祐『知的障害の加齢に伴う適応行動の変化と関連要因について』, 発達障害研究, 42(3), (2020), 188-195 p.176 在職障害者の余暇支援 ~ベビーリーフの活動~ ○村上 想詞(ベビーリーフ 会長) 小林 恵子・若山 由美・野澤 寛未・渡邊 美香・今泉 和世・伊吹 康二(ベビーリーフ) 1 はじめに 「令和4年度障害者雇用状況の集計結果」では、民間企業における雇用障害者数、実雇用率ともに過去最高を更新しており、雇用障害者数は61万3,958.0人となっている1)。一方、障害者職業総合センターが行った調査では、就労継続支援A型(以下「A型」という。)を除く一般企業における就職後3か月時点の定着率は76.5%、就職後1年時点の定着率は、58.4%であり2)、法定雇用率の引き上げ等の雇用機会を増加させるだけでなく、職場定着をいかに図っていくかが重要となっている。 職場定着支援については、地域障害者職業センター等によるジョブコーチ支援、障害者就業・生活支援センターによる定着支援、障害者総合支援法に基づく就労定着支援事業などさまざまな社会資源がある。一方、筆者は一般就労する障害者(以下「在職障害者」という。)の職場定着支援を行う中で、休日等の余暇活動が就労のモチベーションや職業生活の満足度に影響を及ぼすなど、ワークライフバランスの重要性を感じることが多い。しかし、在職障害者が利用できる余暇活動に係るサービスや社会資源は少ないのが現状である。そのため、私たちは在職障害者の余暇活動を支援するボランティア団体(以下「ベビーリーフ」という。)を立ち上げ、令和4年12月より活動してきた。 また、福祉的就労の場における余暇支援の考え方や実態に係る調査結果は見られるものの3)、在職障害者の余暇支援の考え方や実態を調査した結果は見られなかったため、本発表では、当団体の活動とともに、在職障害者に実施した余暇活動に係る実態調査の結果について報告する。 2 ベビーリーフの活動 (1) 活動の目的 在職障害者の余暇活動等の支援を通して、家庭及び職場外における交流の場の提供、並びに休日における余暇の充実を図ることで、人生の質及び在職障害者の就労に対するモチベーションの向上を目的としている。 (2) スタッフ 障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター、就労移行支援事業所、企業の方だけでなく、当事者も運営側の構成員として参加している。 (3) 会場 屋内活動は、社会福祉協議会ボランティアセンターから会議室を借りて行っている。なお、会議室はボランティア登録をすると無償で借りることができる。 (4) 活動日 毎月第3又は第4土曜日に活動している。 (5) 参加者 今年度は試行実施ということもあり、運営する構成員や目的に賛同する障害者就業・生活支援センターや就労移行支援事業所から支援している在職障害者にリーフレットを直接手交する方法で参加者を募っている。現在、平均して5~6名(男女比は概ね半々)が活動に参加している。 (6) 活動内容 活動開始当初は、話したいテーマを設定したディスカッションを中心に行ってきたが、令和5年6月以降は参加者でやりたいことを話し合い、翌月に話合いに基づく屋内外でのレクリエーション活動を行っている。 3 在職障害者の余暇活動に係るアンケート調査 (1) 対象 余暇支援の希望の有無に関わらず、在職障害者(A型を除く)を対象に、障害者就業・生活支援センター、就労移行支援事業所などの協力を得て33名の方にアンケートを実施した。構成などは表1、2のとおり。 表1 対象者の性別及び年代 表2 対象者の障害種別 (2) アンケート内容及び結果 アンケート内容及び結果は図1~3のとおり。 図1 休日を一緒に過ごす主な相手(複数回答可) p.177 図2 休日に行う活動(複数回答可) 図3 余暇支援の必要性 4 考察 (1) アンケート調査の結果について 過半数の在職障害者が余暇支援を必要と回答をしており、余暇支援の必要性を支持するものと考えられた。 また、休日は一人若しくは両親や兄弟など親族と過ごすことが多いことや、休日の活動内容がネット、ゲーム、テレビ観賞など自宅内で完結する活動が多かったことから、交流範囲や活動内容の幅が狭いことだけでなく、活動範囲も限定されている可能性が窺われた。 (2) ベビーリーフの活動について ベビーリーフでは、臨床上で感じた余暇支援の必要性や上記(1)の内容などを踏まえて、多様な方と話せる集いの場を設定し、トークテーマから話したいテーマごとにグループを組んでディスカッションを行ってきた。 ある対象者は話すことに苦手意識を持っており、職場内では同僚と十分に話すことができなかった。しかし、ベビーリーフでは活動自体は本人の能動性に任せられているもののトークテーマなどある程度の枠組みが設定されていることから、話す内容を事前に考え、かつ一方的にならないよう時間配分を意識するなど、定着支援で関わっていた私たちが驚くほどスムースに話をされていた。ベビーリーフでは、能動性が重要となるため、ご本人の持つ可能性やそのポテンシャルに驚かされることがあった。  一方、毎月ディスカッションを中心に活動すると、話題が尽きること、共通の話題がない参加者同士は交流が持てないことなどの課題が生じていた。上記(1)において交流、活動内容及び活動範囲の幅が狭いことが窺われたことから、隔月でレクリエーションを行い活動内容及び活動範囲の幅を広げるとともに、ディスカッションの中で実施したいレクリエーション内容や計画を話し合うなど、共通の目的のもと幅広い参加者同士で交流できる工夫を行った。それにより交流、活動内容及び活動範囲の幅を広げられただけでなく、ディスカッションも話題が尽きることなく、盛り上がりを見せるといった効果が得られた。 5 今後の展望 ディスカッションとレクリエーションを交互に行う形式での活動はまだ始まったばかりであることから、現状の形式を継続して、参加者の満足度や課題などを検証していく予定である。周知範囲についても今後は更に拡げるなどより多くの参加者を募っていきたいと考えている。 また、現状ではスタッフが司会・進行のほか、レクリエーション等の準備を行っているが、今後は、スタッフ、参加者などの垣根を無くし、運営部分についても可能な範囲で参加者に協力を求め、最終的には参加者自身が能動的な余暇活動を行っていける土壌を形成していきたいと考えている。 更に、ベビーリーフの立ち上げ~運営までで得た知見や経験を生かし、余暇支援に少しでも興味のある方々に対してノウハウを伝えることも検討している。在職障害者の余暇支援が少しでも全国に拡げられるよう普及活動を行い、在職障害者の職業満足度の向上やワークライフバランスの充実などに寄与していきたい。そのためにもベビーリーフの活動前後で参加者の職業満足度やワークライフバランスがどのように変化したか調査し、今後報告を行っていきたいと考えている。 【参考文献】 1) 厚生労働省『令和4年障害者雇用状況の集計結果』(2022)  2) 障害者職業総合センター『障害者の就業状況等に関する調査研究』,「調査研究報告書No.137」,(2017) 3) 佐藤綾美・名古屋恒彦『福祉的就労の場における「余暇支援」の課題』,「岩手大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要第13号」,(2014),225-234 【連絡先】 村上 想詞 ベビーリーフ -在職者の余暇サポート- e-mail:babyleaf.yoka@gmail.com (奥付) ホームページについて  本発表論文集や、障害者職業総合センターの研究成果物については、一部を除いて、下記のホームページからPDFファイルによりダウンロードできます。 【障害者職業総合センターホームページ】 https://www.nivr.jeed.go.jp/ 著作権等について 無断転載は禁止します。 ただし、視覚障害その他の理由で活字のままでこの本を利用できない方のために、営利を目的とする場合を除き、「録音図書」「点字図書」「拡大写本」等を作成することを認めております。その際は下記までご連絡ください。 なお、視覚障害者の方等で本発表論文集のテキストファイル(文章のみ)を希望されるときも、ご連絡ください。 【連絡先】 障害者職業総合センター研究企画部企画調整室 TEL 043-297-9067 FAX 043-297-9057 E-mail kikakubu@jeed.go.jp 第31回 職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 編集・発行 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター 〒261-0014 千葉市美浜区若葉3-1-3 TEL 043-297-9067 FAX 043-297-9057 発行日 2023年11月 印刷・製本 株式会社コームラ