第30回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 開催日 令和4年11月15日(火)・11月16日(水) 会場 東京ビッグサイト 会議棟 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 「第30回職業リハビリテーション研究・実践発表会」の開催にあたって 高齢・障害・求職者雇用支援機構では、職業リハビリテーションサービスの基盤整備と質的向上を図るため、平成5年から「職業リハビリテーション研究・実践発表会」を開催してきましたが、この度、節目の30回を迎えることとなりました。 これまで、多くの研究・実践者の方々に発表いただくとともに、様々な方々に参加いただきましたことに対しまして、心より感謝申し上げます。 さて、職業リハビリテーション研究・実践発表会においては、職業リハビリテーションに関する調査研究や実践活動から得られた多くの成果を発表いただく機会を設けるとともに、会場に集まっていただいた方々の意見交換や経験交流等を通じて、研究、実践の成果の普及に努めています。 今回の研究・実践発表会は、新型コロナウイルス感染症の状況を勘案しつつ、開催規模を縮小した上で現地開催をするとともに、その内容を広く発信するため、一昨年度から行っている、障害者職業総合センター(NIVR(ナイバー))ホームページへの動画掲載も継続いたします。さらに、今年度は、より多くの方々に発表内容等をリアルタイムで共有するために、新たにライブ配信も実施するハイブリッド方式で発信してまいります。未だ感染症の状況予測が難しいところですが、感染対策を講じながら安全に開催できるよう努めてまいります。 今回の研究・実践発表会の特別講演では、人口減少を背景とした多様な人材の活用が求められる中、障害や難病等のある方の働き方も、テレワークや在宅勤務などで急速に変わりつつありますので、雇用の現場でのテクノロジーの上手な活用事例など、多様な働き方の様子を紹介していただき、さらに産業・大学・行政の地域連携についても触れていただきます。 また、一つ目のパネルディスカッションにおいては、職場づくりに焦点をあてて、共に働く同僚のちょっとした理解やサポートなどにより、障害のある方が力を発揮しやすく、より働きやすい職場環境となる事例などをもとにして、企業や研究者の立場から具体的な取組みの紹介や意見交換を行います。 二つ目のパネルディスカッションでは、具体的な支援が求められている発達障害のある学生に対する大学等と就労支援機関との就職活動の連携支援について、各立場での取組みを紹介いただき、取り組まれている支援者方々の参考としていただけるよう、検討を深める機会とします。 近年、障害者雇用の取組みは総体では着実に進展しつつあるものの、一方依然として中小企業では雇用ゼロの企業も多く実雇用率は低い状態のままであり、さらにコロナ禍で顕在化した働き方変革やWeb技術の進展等で、障害者就労を取り巻く環境も変化しており、これらの支援ニーズが増大し新たな雇用支援が求められております。このような状況において、本年6月に、労働政策審議会障害者雇用分科会において、「今後の障害者雇用施策の充実強化について」とする意見書がとりまとめられ、当機構に対して様々な役割が期待される中で、雇用と福祉のさらなる連携による福祉・雇用間のシームレスな支援として「障害者を支える地域の就労支援人材の育成」が求められています。悉皆研修である「基礎的研修」の実施など、当機構の果たすべき役割は大きいものと認識しておりますが、これまで培ってきたノウハウや専門性をさらに発展させ、今後とも期待に応えられるように取り組んでまいります。 さて、本日の研究・実践発表会における日頃の研究成果の内容が新たな取組みのヒントとなり、地域や有志による活動など様々な場で活用いただくことにより、各地域における意見交換、経験交流が進む一助ともなり、種々な課題解決の糸口として障害者雇用の促進と職業リハビリテーションサービスの推進に僅かながらでも貢献できる機会となれば幸いです。 最後になりますが、コロナ禍でかつお忙しい中にもかかわらず、特別講演の講師及びパネリストを快くお引き受けいただいた皆様、さらには変わらぬ情熱で研究・実践発表にご応募いただいた皆様に心より感謝を申し上げます。 令和4年11月 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 湯浅 善樹 プログラム ○ 研究・実践発表会 【第1日目】 令和4年11月15日(火) 12:30 受付 13:00 開会 挨拶:湯浅 善樹 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長  13:15~14:55 パネルディスカッションⅠ 「『同僚』のちょっとした理解とサポートが力になる ~障害のある社員が働きやすい職場づくりについて~」 コーディネーター:宮澤 史穂  障害者職業総合センター 研究員 パネリスト(話題提供順):星野 佳史 氏  株式会社スタックス 代表取締役社長 成澤 岐代子 氏  株式会社良品計画 人事部 若林 功 氏  常磐大学人間科学部 准教授 休憩 15:10~16:40 特別講演「障害や難病等のある人々の多様な働き方の現在地 ~地域連携やテクノロジー活用の事例から~」 講 師 :近藤 武夫 氏  東京大学 先端科学技術研究センター 社会包摂システム分野・教授 【第2日目】 令和4年11月16日(水) 9:00 受付 10:00~11:50 研究・実践発表 口頭発表 第1部 (第1分科会~第6分科会) 分科会形式で6つの会場に分かれて同時に行います。 休憩 13:00~14:50 研究・実践発表 口頭発表 第2部 (第7分科会~第12分科会) 分科会形式で6つの会場に分かれて同時に行います。 休憩 15:10~16:50 パネルディスカッションⅡ 「大学等における発達障害学生への連携支援について」 コーディネーター:井口 修一  障害者職業総合センター 主任研究員 パネリスト(話題提供順):西村 優紀美 氏  富山大学保健管理センター 客員准教授  中山 肇 氏  特定非営利活動法人リエゾン 理事長 白崎 裕美 氏  千葉公共職業安定所 専門援助部門 雇用トータルサポーター 小野寺 十二  東京障害者職業センター多摩支所 主任障害者職業カウンセラー 閉会 ○ 基礎講座・支援技法普及講習   令和4年11月15日(火) 10:30~12:00 ※ 上記の研究・実践発表会に先だち、下記の基礎講座及び支援技法普及講習を行います(4つの会場に分かれて同時に行います)。 10:00より受付 基礎講座 Ⅰ 「精神障害の基礎と職業問題」 講師 :石原 まほろ 障害者職業総合センター 研究員 Ⅱ 「視覚障害の基礎と職業問題」 講師 :伊藤 丈人  障害者職業総合センター 研究員 支援技法普及講習 Ⅰ 「問題解決技能トレーニング」 講師 :山浦 直子  障害者職業総合センター職業センター 障害者職業カウンセラー Ⅱ 「心の健康を保つための生活習慣 ~日常生活基礎力形成支援の紹介~」 講師 :中村 祐子  障害者職業総合センター職業センター 障害者職業カウンセラー 目次 【特別講演】 「障害や難病等のある人々の多様な働き方の現在地 ~地域連携やテクノロジー活用の事例から~」 講師:近藤武夫  東京大学 先端科学技術研究センター p.2 【パネルディスカッションⅠ】 「『同僚』のちょっとした理解とサポートが力になる ~障害のある社員が働きやすい職場づくりについて~」 コーディネーター:宮澤史穂  障害者職業総合センター p.6 パネリスト:星野佳史  株式会社スタックス 成澤岐代子  株式会社良品計画 若林功  常磐大学人間科学部 【パネルディスカッションⅡ】 「大学等における発達障害学生への連携支援について」 コーディネーター:井口修一  障害者職業総合センター p.10 パネリスト:西村優紀美  富山大学保健管理センター 中山肇  特定非営利活動法人リエゾン 白崎裕美  千葉公共職業安定所 小野寺十二   東京障害者職業センター多摩支所 【研究・実践発表 -口頭発表 第1部-】 ※発表者には名前の横に○がついています。 ※タイトル及び論文は、発表者からいただいた内容を掲載しています。 第1分科会:企業における採用・職場定着の取組Ⅰ 1 理解を深める取り組みの先に ~1人1人の声や視点を活かして~ p.14 ○星希望  あおぞら銀行  2 障害等により配慮が必要な従業員の上司・同僚の意識に関する研究-障害者の状態像別の分析結果から- p.16 ○宮澤史穂  障害者職業総合センター   佐藤敦  障害者職業総合センター 野澤紀子  元障害者職業総合センター(現佐賀障害者職業センター) 依田隆男  障害者職業総合センター 内藤眞紀子  元障害者職業総合センター 3 就労は究極のリハビリである~障がい当事者の立場から企業における雇用継続職場定着の取組を考察する~ p.18 ○遠田千穂  富士ソフト企画株式会社  ○髙橋綾子  富士ソフト企画株式会社 ○畑野好真  富士ソフト企画株式会社 4 一人ひとりに寄り添い、PDCAサイクルを回した実習を行うことで障がいのある人の雇用と安定就労を実現する体制づくり p.20 ○江口恵美  オムロン太陽株式会社  5 コロナで知的障がいメンバーの業務が激減。新サービスや職域拡大によるメンバーの雇用維持・拡大への挑戦 p.22 ○飯田佳子  株式会社ベネッセビジネスメイト  第2分科会:学校から一般雇用への移行/生活支援 1 要支援学習既卒者における大学と一般社団法人との連携-キャリア支援プログラムの継続的な参加によるサポートの事例- p.24 ○稲葉政徳  岐阜保健大学短期大学部  2 教育機関との連携による障がい特性評価実習の取り組み p.26 ○鈴木百恵  社会福祉法人太陽の家  福澤真  社会福祉法人太陽の家 3 発達障害のある大学生の就労支援(自己理解から就職までの2つのモデルケース) p.28 ○西本士郎  神戸公共職業安定所  下司実奈  神戸女子大学 北村沙緒理  神戸学院大学 4 高機能ASD者の就労継続を支える ~就労移行支援事業所におけるソフトスキル支援、地域機関と連携したライフスキル支援~ p.30 ○徳谷健  特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺  濱田和秀  特定非営利活動法人クロスジョブ 砂川双葉  特定非営利活動法人クロスジョブ 5 高機能ASD者のソフトスキル支援-就労移行支援事業所におけるBWAP2アセスメントの実践から- p.32 ○砂川双葉  特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺  梅永雄二  早稲田大学 教育・総合科学学術院 濱田和秀  特定非営利活動法人クロスジョブ 第3分科会:企業・支援者の人材育成 1 就労支援の人材育成 -「Rehab.C塾」の取り組み p.34 ○松為信雄  一般社団法人職業リハビリテーション・カウンセリング協会  2 就労支援機関管理者に対する研修の開発-試行研修プログラムの実施と効果- p.36 ○大川浩子  北海道文教大学/NPO法人コミュネット楽創  本多俊紀  NPO法人コミュネット楽創 宮本有紀  東京大学大学院 3 行動的就労支援:就労支援における行動分析学の活用-就労支援における行動記録の重要性と活用上の課題についての一考察- p.38 ○佐藤大作  秋田障害者職業センター  4 地域の障がい者雇用促進へ ~企業間連携会の取り組みについて~ p.40 ○鬼束幸佑  GMOドリームウェーブ株式会社  ○西晶子  GMOドリームウェーブ株式会社 井上由華  GMOドリームウェーブ株式会社 鈴木理子  GMOドリームウェーブ株式会社 5 社内支援スタッフの支援技術の向上に係る人材育成の取組みについて~スタッフの階層に応じた集合型研修の実施と効果検証~ p.42 ○菊池ゆう子  株式会社スタートライン  刎田文記  株式会社スタートライン 第4分科会:評価技法の開発・アセスメントⅠ 1 就労支援のためのアセスメントシート(試作版)の開発(その1)-開発コンセプトと希望・ニーズの把握- p.44 ○井口修一  障害者職業総合センター  武澤友広  障害者職業総合センター 石原まほろ  障害者職業総合センター 佐藤涼矢  障害者職業総合センター 2 就労支援のためのアセスメントシート(試作版)の開発(その2)-就労のための基本的事項について- p.46 ○武澤友広  障害者職業総合センター  石原まほろ  障害者職業総合センター 佐藤涼矢  障害者職業総合センター 井口修一  障害者職業総合センター 3 就労支援のためのアセスメントシート(試作版)の開発(その3)-就労継続のための環境及びアセスメント結果シートについて- p.48 ○石原まほろ  障害者職業総合センター  武澤友広  障害者職業総合センター 佐藤涼矢  障害者職業総合センター 井口修一  障害者職業総合センター 4 発達障害のある方の職業アセスメントと準備性の取り組み~BWAP2・ESPIDDを活用した事例について~ p.50 ○田村俊輔  社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター  ○原田千春  くしろ・ねむろ障がい者就業・生活支援センターぷれん 金橋美恵子  社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター 酒井健一  くしろ・ねむろ障がい者就業・生活支援センターぷれん 5 発達障害者の強みを活かすための相談・支援ツールの開発について p.52 ○南亜衣  障害者職業総合センター職業センター  山浦直子  障害者職業総合センター職業センター 第5分科会:難病/知的障害 1 難病患者の学生の支援実践報告と就労における課題と今後 ~個別就労相談・ヒアリングを中心とした考察~ p.54 ○中金竜次  就労支援ネットワークONE  2 福岡県における「難病の治療と仕事の両立に関する実態調査」報告 ~難病のある従業員の雇用に関する企業側の意識~ p.56 ○金子麻理  福岡県難病相談支援センター/福岡市難病相談支援センター  磯部紀子  九州大学大学院 青木惇  福岡県難病相談支援センター/福岡市難病相談支援センター 中園なおみ  福岡県難病相談支援センター 北九州センター 江口尚  産業医科大学 福岡県 福岡市 3 難病患者の就労困難性について(先行調査研究の整理) p.58 ○春名由一郎  障害者職業総合センター  堀宏隆  障害者職業総合センター 野口洋平  障害者職業総合センター 岩佐美樹  障害者職業総合センター 4 福祉的就労から一般雇用・職場定着までの切れ目のない支援 ~障害者の主体性を育てる取組み~ p.60 ○田中邦子  阪神南障害者就業・生活支援センター  5 障害者の雇用の実態等に関する調査研究 ~知的障害のある在職者を対象としたアンケート調査の結果~ p.62 ○村久木洋一  障害者職業総合センター  大谷真司  障害者職業総合センター 渋谷友紀  障害者職業総合センター 第6分科会:聴覚障害/視覚障害 1 「チャレンジドサポーターコミュニケーション力強化プログラム」の運用と工夫 -コロナ禍での聴覚障害者の職場定着を目指して- p.64 ○笠原桂子  株式会社JTBデータサービス  2 聴覚障害のある社会人を対象としたキャリア支援の実践報告 -コロナ禍における講座や情報交換会のオンライン開催について- p.66 ○後藤由紀子  筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター  石田祐貴  筑波技術大学 産業技術学部 松谷朋美  筑波技術大学 産業技術学部 河野純大  筑波技術大学 産業技術学部 3 聴覚障がい者向けコミュニケーションサービス「Pekoe(ペコ)」を活用した社内実践事例のご紹介 p.68 ○小野敦子  株式会社リコー  岩田佳子  株式会社リコー 木村純  株式会社リコー 木下健悟  株式会社リコー 中島章敬  株式会社リコー 真野拓郎  株式会社リコー 宮原輝江  株式会社リコー 4 強みを生かす! 視覚障がい者、活躍の場の拡大へ p.70 ○石川さゆり  資生堂ジャパン株式会社  5 IT技術を活用した盲ろう職員の職場定着支援 p.72 ○白澤麻弓  筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター  後藤由紀子  筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 高橋彩加  筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 磯田恭子  筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 森敦史  筑波技術大学 総務課 石田祐貴  筑波技術大学 総務課 伊藤恵美子  筑波技術大学 総務課 河野純大  筑波技術大学 産業技術学部 【研究・実践発表 -口頭発表 第2部-】 第7分科会:多様な働き方(短時間、テレワーク、協同組合) 1 障害者の週20時間未満の短時間雇用に関する調査研究 p.76 ○岩佐美樹  障害者職業総合センター  内藤眞紀子  元障害者職業総合センター 野澤紀子  元障害者職業総合センター(現佐賀障害者職業センター) 布施薫  障害者職業総合センター 永登大和  障害者職業総合センター 中山奈緒子  障害者職業総合センター 2 短時間で働く精神障害のある者のフルタイム勤務への移行意志について:雇用率算定方法の特例が適用される労働者を中心に p.78 ○渋谷友紀  障害者職業総合センター  清水求  障害者職業総合センター 小池磨美  元障害者職業総合センター(現東京障害者職業センター) 3 テレワークを経験した障害者に対するヒアリング等調査の報告 -利点と課題を中心に- p.80 ○伊藤丈人  障害者職業総合センター  内藤眞紀子  元障害者職業総合センター 野澤紀子  元障害者職業総合センター(現佐賀障害者職業センター) 布施薫  障害者職業総合センター 佐藤涼矢  障害者職業総合センター 馬医茂子  障害者職業総合センター 4 企業に雇用される障害者のテレワークによる勤務の実態に関する調査 p.82 ○山口明日香  高松大学  八重田淳  筑波大学 野崎智仁  国際医療福祉大学 北上守俊  新潟医療福祉大学 5 社会協同組合を通じた障害者雇用策 ~イタリアの事例を通じて~ p.84 ○堀田正基  特定非営利活動法人社会的就労支援センター京都フラワー  第8分科会:支援ネットワーク/チーム支援 1 家族、メンタルクリニック等との情報共有をベースに実践する発達障害者支援の一考察について p.86 ○一井仁志  北海道障害者職業センター  村田華穂  北海道障害者職業センター 山郷擁子  元北海道障害者職業センター(現岡山障害者職業センター) 2 障害者雇用始めました!! ~自分らしく生きるために働くために~ p.88 ○石坂一平  ロザリオの聖母会 聖家族園  伊藤朱里  ロザリオの聖母会 聖家族園 嶋田花栄  ロザリオの聖母会 聖家族園 3 地域連携をもっと身近に地域貢献をもっと高める就労移行支援事業所の取り組み p.90 ○小川大輔  ウェルビー株式会社 ウェルビー千葉駅前第2センター  4 SAKURA杉並センター(3障害対象)・SAKURA早稲田センター(発達障害対象)研修提供と支援方法、就労後の状況 p.92 ○瀧澤文子  株式会社綜合キャリアトラスト SAKURA杉並センター  ○平工美和  株式会社綜合キャリアトラスト SAKURA早稲田センター 第9分科会:評価技法の開発・アセスメントⅡ/企業における採用・職場定着の取組Ⅱ 1 ワークサンプル幕張版(MWS)新規3課題の活用状況調査報告 p.94 ○田村みつよ  障害者職業総合センター  大谷真司  障害者職業総合センター 藤原桂  障害者職業総合センター 武澤友広  障害者職業総合センター 知名青子  障害者職業総合センター 村久木洋一  障害者職業総合センター 2 ワークサンプル幕張版(MWS)新規3課題の活用モデルの作成について(経過報告) p.96 ○藤原桂  障害者職業総合センター  田村みつよ  障害者職業総合センター 村久木洋一  障害者職業総合センター 武澤友広  障害者職業総合センター 知名青子  障害者職業総合センター 大谷真司  障害者職業総合センター 3 ロースタリー型障害者雇用支援サービス『BYSN』におけるワークサンプルの開発およびEIT研修の実施について p.98 ○伊部臣一朗  株式会社スタートライン  刎田文記  株式会社スタートライン 4 日本の障害者雇用の課題へのPROSOCIALアプローチの活用に向けて p.100 ○刎田文記  株式会社スタートライン  5 企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ)と関係機関の連携支援による職場定着の取組み事例 p.102 ○相原信哉  旭電器工業株式会社 第10分科会:企業における採用・職場定着の取組Ⅲ/発達障害 1 発達障害当事者のキャリア形成のプロセスと「就労パスポート」の活用の効果 p.104 ○宇野京子  前原和明  秋田大学 2 障害をもつ係員たちが病院の業務を支える存在になるまでの成長と道のり p.106 ○岡山弘美  奈良県立医科大学  3 企業主のための高機能ASD者雇用マニュアルの作成 p.108 ○梅永雄二  早稲田大学 教育・総合科学学術院  4 知的障害を伴うASD者に有効な就労支援に関する一考察 -TTAPアセスメントに基づいて- p.110 ○コウイチイ  早稲田大学大学院  梅永雄二  早稲田大学 教育・総合科学学術院 5 知的障害を伴うASD者に有効な就労支援に関する考察 -BWAP2によるソフトスキルのアセスメントとその支援 p.112 ○横山明子  早稲田大学大学院  梅永雄二  早稲田大学 教育・総合科学学術院 第11分科会:精神障害 1 デイケア単独型就労支援  ~シームレスな就労支援の実現のために~ p.114 ○清澤康伸  医療法人社団欣助会 吉祥寺病院  関谷俊幸  医療法人社団欣助会 吉祥寺病院 八木悠  医療法人社団欣助会 吉祥寺病院 森山亜希子  医療法人社団欣助会 吉祥寺病院 新野敦子  医療法人社団欣助会 吉祥寺病院 山室京子  医療法人社団欣助会 吉祥寺病院 2 キャリアのある方の就労支援 -年の差のある対象者との関係構築- p.116 ○菅野未沙樹  NPO法人コミュネット楽創 就労移行支援事業所コンポステラ  本多俊紀  NPO法人コミュネット楽創 3 精神障がい者の組織適応を促進する要因 -プロアクティブ行動の視点から- p.118 ○福間隆康  高知県立大学  4 精神障害・発達障害があるLGBTQの福祉サービス利用と、就労支援について考える p.120 ○藥師実芳  認定NPO法人ReBit  中島潤  認定NPO法人ReBit 石倉摩巳  認定NPO法人ReBit 5 「仕事の取組み方と働き方のセルフマネジメント支援」の開発について p.122 ○森田愛  障害者職業総合センター職業センター  井上恭子  障害者職業総合センター職業センター 第12分科会:高次能機能障害 1 高次脳機能障害者の障害理解と職業リハビリテーション支援に関する研究 -自己理解の適切な捉え方と支援のあり方- p.124 ○竹内大祐  障害者職業総合センター  小野年弘  元障害者職業総合センター(現千葉大学大学院) 2 就労移行支援事業所における高次脳機能障がいの方の復職支援の実践報告 ~地域ニーズの聞き取りと結果~ p.126 ○角井由佳  NPO法人クロスジョブ クロスジョブ札幌  柏谷美沙  NPO法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 伊藤真由美  NPO法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 巴美菜子  NPO法人クロスジョブ 濱田和秀  NPO法人クロスジョブ 3 記憶障害のある方に対する、精神的不安からくる不調の視覚化による認知の促し ~定着支援システムSPISを使用して~ p.128 ○家門匡吾  NPO法人クロスジョブ クロスジョブ梅田  濱田和秀  NPO法人クロスジョブ 巴美菜子  NPO法人クロスジョブ 4 「注意障害に対するカリキュラム」の開発について p.130 ○武内洵平  障害者職業総合センター職業センター  圷千弘  障害者職業総合センター職業センター 【障害者職業総合センター研究員による発表論文に関するお問合せ窓口】   障害者職業総合センター研究企画部企画調整室   TEL:043-297-9067   E-mail:kikakubu@jeed.go.jp p.2 特別講演 障害や難病等のある人々の多様な働き方の現在地 ~地域連携やテクノロジー活用の事例から~ 近藤 武夫 (東京大学 先端科学技術研究センター 社会包摂システム分野・教授) 現在地に至るまでの社会的背景 本講演では、障害や難病等のある人々の多様な働き方に関する取り組みの現在地と、それらの実現を支える産業・行政・大学等の地域連携の実際や、教育段階からの移行支援、テクノロジー活用などのトピックについて概観します。近年、国際的なダイバーシティ&インクルージョン(Diversity & Inclusion, D&I)の機運の高まりを、日本でも多くの人々が、直感的に感じられる社会的状況になっています。現代を生きる多くの人々が「多様性の尊重」に価値を見出しています。戦争が人類全体を一瞬で破壊してしまう可能性があることを想像すれば、私たちの身の回りの人々にある、多様な特性や文化をお互いに受け入れ、共存することの大切さと難しさは、生物多様性の確保や気候変動への対策と同列の、人類の持続可能性に関わる重要な課題として認識されるようになったと言って良いかもしれません。 国や行政が障害者に福祉的サービスを提供することは戦後早々から行われてきましたが、企業や学校からしてみれば、福祉的サービスは自分が主体となって直接アクションすべきことでもありませんでした。結果、福祉的サービス提供は、企業や学校からは「自分ごと」としては捉えられてきませんでした。しかし、障害者差別解消法や改正障害者雇用促進法によって、管理職や教職員も自分の役割として、一人ひとりの障害のある従業員や児童生徒・学生と建設的に対話し、合理的配慮の提供や環境整備など、何らかの取り組みを行う必要性が生じました。それが2016年以降のことで、ここから「障害に関するインクルージョンの自分ごと化」が始まったと言ってもいいかもしれません。 ただし、障害者のインクルージョンの機運自体は、ごく最近になって急に高まった訳ではありません。1945年に終結した第二次世界大戦の反省から、「Human Rights(人権)」の概念が広がり、誰もが人間らしく、自由に、安全に、学び、働き、生きがいを持って暮らすという新しい権利保障の大切さを、世界中の人々が訴えるようになりました。人権の概念は、現在も発展を続けています。国際的な人権保障の流れの中で、障害のある人々の権利についても、世界中で声が上げられるようになりました。2006年の国連の障害者権利条約は、締約国に対して、「障害を社会モデル」に基づ p.3 いて捉えることを求めています。障害の社会モデルの考え方は、1960年代以降に盛んになった国際的な障害者運動の支柱になる概念です。 ここで日本の障害者の雇用について振り返ってみましょう。日本の障害者雇用率制度は1960年とかなり早くから始まっています。しかし、目的が企業全体としての雇用率達成だったので、企業の人事部にとっては関心事であったとしても、すべての労働者が自分ごととして考える機会を生んできたものではありませんでした。また、そこでは「障害の社会モデル」と「インクルージョン」という概念も取り立てて想定されていませんでした。ただ、雇用率制度の営みにより、日本社会の中に、障害や疾患のある人々が働くことを支えるための社会基盤作りがコツコツと着実に進められてきました。そこに2016年以降の差別禁止の動きが合流して、「インクルーシブに働くこと」の実践が、近年急速に日本社会に広まっているとも言えるでしょう。 また、急速な人口減少は、高齢や障害のある人の活躍を期待する価値観を生み出してきました。人口減少は雇用現場では人手不足として認識されます。高齢者や障害者を、誰かに一方的に保護される対象に制限してしまうのではなく、社会的に大切な役割を担ったり、新しい何かを生み出したり、サービスを提供したり、誰かをケアする主体となったりと、社会的に活躍する人材となることを期待し、そうなることを支える仕組みや取り組みが生まれています。それは「若く健康な人が、会社で求められることを何でもバリバリとこなし、成功の階段を登っていく」ような、従来の価値観に基づく仕組みとも異なっています。人々に障害や疾患、なんらかの制限があることを前提とし、歓迎する価値観が生まれています。メリトクラシー(meritocracy:能力主義)やエイブルイズム(ableism:健常者主義)とは異なる社会参加、社会的活躍のあり方を求める価値観に基づく仕組みが生まれています。 障害や難病等のある人々の多様な働き方の現在地 本講演では、前節に述べた背景から、障害や難病等のある人々に生まれている多様な働き方や、それを支える取り組みについて、いくつかのテーマで事例を挙げて紹介します。 a.週1時間程度からの超短時間での雇用・労働(超短時間雇用モデル) 自治体や企業、地域市民社会と連携して、通常の障害者雇用から排除されやすい様々な特性のある人々を、雇用率とは無関係に、一般企業での雇用に接続する地域の仕組みを作るプロジェクト(https://ideap.org/)を東大先端研が行っています。「超短時間雇用モデル(週15分や1時間からでも、一般企業で特定の役割を持って働き、地域がそれを支える雇用労働モデル)」など、インクルーシブな雇用・労働モデルの研究開発とその地域・企業実装を行っています。神奈川県川崎市と兵庫県神戸市、渋 p.4 谷区、港区、岐阜県岐阜市、福島県いわき市では、超短時間雇用モデルに基づいた地域制度が実装・運用されているほか、他の地域でも実装に向けた取り組みを行っています。 b.大学のインターンシップや就労移行を支える取り組み 東京大学PHED(https://phed.jp/)は、大学での障害学生支援のあり方について、全国の大学や企業と連携して「障害学生支援スタンダード集」を構築・公開したり、相談窓口・専門研修・Assistive Technologyライブラリー等の運営や、全国各地での産学官連携による拠点づくりを支えるタウンミーティングを行っています。キャリア移行の事例を創出する「就労事例創出プログラム」では、インターンシップやジョブシャドウイング等を円滑に行うための工夫をまとめた複数のプログラム(一部は京都大学HEAPや、DO-IT Japan(https://doit-japan.org/)により開発されたもの)がPHEDから各地の大学に紹介されています。この他、PHEDの取り組み以外にも、一般企業での障害者雇用を想定されてこなかった知的障害のある高等部生徒に向けたインターンシップなどの地域プロジェクト事例を紹介します。 c.理数系分野等での専門職採用・職域開発 STEM(Science, Technology, Engineering & Mathematics)すなわち理数系・コンピューターサイエンス系の分野では、大学や大学院で専門的な学びを行った障害学生を、総合職の採用ではなく、研究開発部署などの専門職として採用する取り組みが国内外(例 Neurodiversity Hiring Programなど)で生まれています。また、STEM分野の実験室環境をアクセシブルにする取り組みや、STEM領域の研究開発・専門的業務の周辺に、知的障害者等の新しい労働(電子化、アノテーション、プログラミング等)も生まれています。 d.その他 コロナ禍を経て既に一般的なものとなりつつあるリモートでの雇用や労働の現在地について、リモートワーク・テレイグジスタンス・Virtual Realityに関する様々なプラットフォームを活用した雇用や教育の活用事例について紹介するほか、初等中等教育段階から高等教育へのテクノロジーを活用した移行支援の取り組みなど、インクルーシブな雇用の周辺について紹介します。 以上、インクルーシブな働き方の現在地とその周辺を概観することを通じて、私たち一人ひとりがそれぞれの地域やネットワークで、新しい働き方を生み出す主体となりうることを確認したり、そこに潜む残された課題について議論することを、本講演の目的とします。 以上 p.5 p.6 パネルディスカッションⅠ 『同僚』のちょっとした理解とサポートが力になる ~障害のある社員が働きやすい職場づくりについて~ 障害者の離職理由の1つに上司や同僚等との人間関係の悪化が挙げられます。障害のある社員の雇用継続や仕事の成果の向上には、同僚との人間関係や、受け入れられているという感覚の有無が大きく影響します。企業内での障害者雇用の担い手は、人事担当者や企業在籍型ジョブコーチ等支援者が中心になりがちですが、実際には受け入れる職場の同僚が障害者雇用に果たす役割は大きいです。 そこで、本ディスカッションでは、昨年度終了した「障害等により配慮が必要な従業員の上司・同僚の意識に関する研究」の内容を踏まえながら、これまであまり注目されてこなかった同僚に焦点をあて、障害のある社員が働きやすく、力を発揮しやすい職場づくりについて、企業や研究者の立場から意見交換を行います。 コーディネーター 宮澤 史穂  障害者職業総合センター 研究員 p.7 パネリスト 星野 佳史 氏 株式会社スタックス 代表取締役社長 (神奈川県川崎市) 障害のある社員がご自身の強みを活かしながら、戦力として活躍できる職場づくりや一緒に働く同僚への理解を進めるための工夫等について、中小企業の立場から紹介いただきます。 パネリスト 成澤 岐代子 氏 株式会社良品計画 人事部 (東京都豊島区) 「ハートフルプロジェクト」を中心とした全社的な障害者雇用の取組みと各店舗単位での障害者雇用に理解のある職場づくり、雰囲気づくりについて紹介いただきます。 パネリスト 若林 功 氏 常磐大学人間科学部 准教授 (茨城県水戸市) 各企業の取組みについて解説をいただき、どうすれば同僚の理解が進み、障害のある社員が働きやすい職場づくりができるかお話しいただきます。 p.8 p.9 p.10 パネルディスカッションⅡ 大学等における発達障害学生への連携支援について 大学等で学ぶ発達障害のある学生は年々増加し、支援体制を構築して成果の出ている大学もありますが、多くの大学では学生支援体制だけでは就労支援を実施することの困難さがうかがえます。発達障害のある学生に対する大学等と就労支援機関との連携による就労支援の充実強化が必要になってきます。 そこで、本ディスカッションでは、「発達障害のある学生に対する大学等と就労支援機関との連携による就労支援の現状と課題に関する調査研究」(令和2年度~令和4年度)の内容を踏まえながら、地域で連携支援を行っている大学、ハローワーク、就労移行支援事業所、地域障害者職業センターの担当者がそれぞれの立場から取組事例を報告します。 発達障害学生に対する大学と就労移行支援機関との連携による就労支援のあり方について、それぞれの取組みを通して検討します。 コーディネーター   井口 修一  障害者職業総合センター 主任研究員 p.11 パネリスト 西村 優紀美 氏 富山大学保健管理センター 客員准教授 (富山県富山市) 大学が実施する発達障害学生に対する支援と地域の就労支援機関等との連携支援について、事例を交えて紹介いただきます。 パネリスト 中山 肇 氏 特定非営利活動法人リエゾン 理事長 (石川県金沢市) 就労移行支援事業所が行う発達障害学生の支援、大学等や地域の支援機関、企業との連携支援について紹介いただきます。 パネリスト  白崎 裕美 氏 千葉公共職業安定所 専門援助部門 雇用トータルサポーター (千葉県千葉市) ハローワークが大学等と連携して発達障害等のある学生への就職支援を行う「特別支援チーム」の取組みの実際と、窓口相談支援の状況、その実践から見えてきた課題について紹介いただきます。 パネリスト  小野寺 十二 東京障害者職業センター多摩支所 主任障害者職業カウンセラー (東京都立川市) 地域障害者職業センターで実施している発達障害学生に対する就労支援の内容や、相談内容の傾向、支援を進める上での課題などを紹介します。 p.12 p.13 研究・実践発表 ~口頭発表 第1部~ p.14 理解を深める取り組みの先に ~1人1人の声や視点を活かして~ ○星 希望(あおぞら銀行 人事部人事グループ 調査役 精神保健福祉士/企業在籍型職場適応援助者) 1 はじめに 当行では誰もが働きやすい環境づくりを目指し、日々様々な取り組みを続けている。昨年は「聴覚障がいへの理解を深める会」をはじめ、主に聴覚障がいのある行員との取り組みについて紹介したが、今回は令和3年度「東京都障害者雇用優良取組企業」(障害者雇用エクセレントカンパニー賞東京都知事賞)の受賞理由の1つである「障がいのある行員の声を丁寧に聞いている」に焦点を当て、聴覚障がいのみならず、様々な障がいのある行員との取り組みについて紹介する。 2 障がいのある行員の声に耳を傾ける取り組み 個々に異なる障がいへの配慮には1人1人の声に耳を傾けることが必要不可欠であるが、当行ではそうした個別の対応だけでなく、それぞれの声がひいては皆の働きやすさにも繋がると考え、次の取り組みを行っている。 (1)「スモールミーティング」の開催 社長ほか業務執行役員と障がいのある行員が直接対話を行う「スモールミーティング」を昨年度に引き続き実施し、働きやすい環境づくりに向けた意見交換や交流をはかっている。状況に合わせて対面やオンラインでの開催をしており、聴覚障がいのある行員が参加する場合には、音声文字化アプリである「UDトーク®」を使用し、参加者の発言をリアルタイムで文字表示して確認できるようにすることはもちろんのこと、発話が難しい行員もタイピングなどで意見を発信できるよう工夫をしている(図1、2)。 図1 スモールミーティングでのUDトーク使用例 図2 オンラインでのスモールミーティングイメージ (2) 障がいのある行員による行内発信 昨年の発表で聴覚障がいのある行員が考案した「あおぞら耳マーク」や「コミュニケーション支援ボード」を紹介したが、以降も行内食堂で活用するための「コミュニケーションカード」を考案、作成するなどの取り組みを継続している(図3、4)。 図3 あおぞら耳マーク、コミュニケーション支援ボード 図4 行内食堂コミュニケーションカード 上記コミュニケーションカード作成過程において、聴覚障がい以外の障がいのある行員からも様々なアイディアや意見が寄せられた。そこで誰でも使用しやすい食堂を目指した「ユニバーサル食堂プロジェクト」を立ち上げており、今後も個々の声を大事に活動していきたい。 障がいのある行員による行内発信はツールに限らず、障 p.15 がいを題材としたコンテンツの紹介や普段抱えている想いについても行内のイントラネットを通して発信しており、全行で共有をしている。当行では「障がいをあまりオープンにしたくない」という意見も大事な声として受けとめ、個別に配慮しているため、読者である従業員の多くは、発信を読むことで障がいを初めて知り、新たな気づきを得ており、また発信者は日常の業務を超えて同僚と関わりを持つきっかけになるなど、相互の交流は広がりを見せている(図5)。 図5 障がいのある行員が行内イントラネットで発信した記事 (3) ディスクロージャー誌(統合報告書)作成への参画 当行のディスクロージャー誌(統合報告書)のダイバーシティ&インクルージョンのページにはこれまでも「手話サークル」や「聴覚障がいへの理解を深める会」などを掲載してきたが、当事者だからこそ気がつく視点を活かしていきたいと考え、新たに「ディスクロージャー誌(統合報告書)参画プロジェクト」として障がいのある行員から希望者を募り、作成を進めた。 業務執行役員と障がいのある行員が個別に対話し、これまで掲載してきた内容を振り返った上で、掲載したい内容について対話を重ね、「障がいのある従業員が安心して働ける環境づくり」のページを設けることにした。議論の中では、当行として何を発信したいかという視点だけでなく、読み手がどう感じるかにも思いを巡らせ、写真やレイアウトのような読みやすさの印象だけでなく、言葉の選び方についても慎重にすべきとの意見があった。さらに「障がい」の表記について、当行としての考えを明確にすべきではという意見もあり、皆で障がいへの理解についてあらためて深く考える機会となった。また、プロジェクト参加者の障がいの状況が様々であることから、それぞれが普段感じていることを「障がいのある従業員の声」として掲載している(図6)。 図6 ディスクロージャー誌(統合報告書)2022一部抜粋 3 今後に向けて この1年間、障がいのある行員と共に取り組みを続ける中で「形として残るものに携われて嬉しい」、「ご覧になった方が何かを感じていただけたら嬉しい」という声が多くあり、想いを形にすることの大切さをあらためて感じた。働きやすい環境づくりは、周辺の環境整備のみならず、取り組み内容の紹介や統合報告書のページ作成など、一緒になって行内外に発信していくことまでが一連の取り組みと言えるかもしれない。さらには多くの方に知っていただくことで障がいのある方の働き方を考えるきっかけに繋がれば幸いである。 コロナ禍は続いており、聴覚障がいのある行員とは引き続きコミュニケーションのあり方について一緒に考えていきたい。併せて様々な障がいのある行員にとっても働きやすい、そしてやりがいを感じられる職場になるようさらに前進し続けていきたい。そのためには様々な障がいのある行員の意見を受けとめ、発信できる機会を増やしていくことが必要だと考えている。「障がいのある行員が気兼ねなく話すことができること」「障がいのある行員の考えを尊重すること」「皆で共有していくこと」この3つを大切に誰もが働きやすい社会の実現に努力していきたい。 【連絡先】 星 希望 あおぞら銀行 人事部 人事グループ Tel:050-3138-7211 E-mail:n.hoshi@aozorabank.co.jp p.16 障害等により配慮が必要な従業員の上司・同僚の意識に関する研究 -障害者の状態像別の分析結果から- ○宮澤 史穂 (障害者職業総合センター 研究員) 佐藤 敦  (障害者職業総合センター) 野澤 紀子 (元 障害者職業総合センター(現 佐賀障害者職業センター)) 依田 隆男 (障害者職業総合センター) 内藤 眞紀子(元 障害者職業総合センター) 1 はじめに 企業で雇用されている障害者数が増加する中、採用後の職場定着に向けた企業の取組や、企業への支援が求められている。先行研究からは、同僚等との人間関係が障害者の離職に関わっていることや、同僚等からサポートを受けることで、働く障害者の職場のストレスが緩和され、障害者の雇用継続につながる可能性が示唆されている1)。このように同僚等が障害者の雇用継続に果たす役割は大きいと考えられるが、従来の研究では、障害者とともに働く職場の同僚等にはあまり焦点が当てられてこなかった。 そこで、本調査研究2)では障害者と働くことに対する意識や行動について明らかにすることを目的とし、障害者の同僚等(以下「同僚従業員」という。)を対象とした調査を実施した。本稿では、障害者の状態像(どのような障害や困難があるか)による結果の違いに焦点を当て報告する。 2 方法 (1) 調査手続 2021年10月に調査会社が保有するモニターを対象としたweb調査を実施した。スクリーニング調査を実施し、年齢が18-69歳に該当する者を対象に①配慮が必要な障害者と同じ職場で働いている、②障害者の採用に関わる立場にない、という2つの条件を満たす1,000名を抽出した。 (2) 調査項目(本稿で報告するもの) ①回答者の属性、②回答者と同じ職場で働く障害者(以下「障害者従業員」という。)の障害や困難の状況、③障害者従業員に対し、会社等が実施する配慮の状況、④障害者従業員と働く上での課題、⑤障害者従業員に提供するサポート。 3 結果 (1) 回答者の属性 回答者の平均年齢は50.2歳(SD = ±10.14)であり、職業は「会社勤務(一般社員)」(40.5%)が最も多かった。 (2) 障害者従業員の障害や困難の状況 障害者従業員(想定する1名)について、どのような障害や困難があるか、最も配慮が必要な内容について1つ選択を求めた。その結果、「歩行や上り下りの障害」(35.6%)が最も多く選択された(図1)。 図1 障害者従業員の障害や困難 (3) 障害者従業員への配慮の状況 障害者従業員が会社等の所属している組織から受けている配慮について、当てはまるものすべてに選択を求めた。その結果、「作業の負担を軽減するための配慮」(46.5%)が最も多く選択された。さらにこの項目は、障害者従業員の状態像別の集計において、9つの状態像で最も選択率が高く、多くの状態像に共通している配慮であることが示された(表1)。色のついているセルは、状態像ごとに選択率が最も高い配慮を示す。 (4) 障害者従業員と働く上での課題 障害者従業員と働く上で課題に感じていることについて、当てはまるものに全て選択を求めた。その結果、「特になし」が64.9%であり、半数以上は課題を感じていないことが示された。課題の内容では、「困っている様子は見られるが、自分が何をすればよいかわからない」(14.8%)が最も多く選択された。 次に、課題の有無について障害者従業員の状態像別の集計を行ったところ、「課題あり」の選択率が最も高かったのは、「不安・神経質」(54.2%)であり、「作業手順等の学習の障害」(50.0%)とともに、「課題あり」の選択 p.17 表1 障害者従業員への配慮の状況(状態像別) 図2 障害者従業員と働く上での課題の有無(状態像別) 図3 障害者従業員へのサポート経験の有無(状態像別) 率が50%以上であった。一方で、「疲れ果てている」(16.7%)は、「課題あり」の選択率が最も低く、状態像によって課題を感じる程度に違いがあることが示された(図2)。 (5) 障害者従業員に提供するサポート 障害者従業員に対して提供したことのあるサポートについて、当てはまるものすべてに選択を求めた。その結果、「特に何もしていない」が43.7%であり、最も多かったが、半数以上の回答者が何らかのサポートを提供していることが示された。サポート内容では、「障害のある方に声をかけている」(31.2%)が最も多く選択された。 次に、サポート経験の有無について障害者従業員の状態像別の集計を行ったところ、「サポート経験あり」の選択率が最も高かったのは、「不安・神経質」(72.9%)であり、最も選択率が低かったのは、「疲れ果てている」(33.3%)であった(図3)。 4 まとめ 障害者従業員の状態像別の集計結果から、配慮の実施内容や、課題を感じる程度について状態像による違いが示された。特に特徴的な結果が得られた状態像として、「不安・神経質」が挙げられる。この状態像は、課題があると認識している割合及びサポートを提供している割合が最も高かった。同僚従業員から障害者従業員へサポートが提供されていても、同僚従業員が「課題がある」と認識している割合が高いことから、雇用管理が難しい状態像であることがうかがえる。 【引用文献】 1) 久芳尚子『働く知的障害者・精神障害者の職場ストレスに関する研究』,「筑波大学大学院人間総合科学研究科ヒューマン・ケア科学専攻学位取得論文」(2019) 2) 障害者職業総合センタ―『障害等により配慮が必要な従業員の上司・同僚の意識に関する研究』,「資料シリーズNo.105」(2022) p.18 就労は究極のリハビリである ~障がい当事者の立場から企業における雇用継続職場定着の取組を考察する~ 〇遠田 千穂(富士ソフト企画株式会社 企画開発部 部長) 〇髙橋 綾子(富士ソフト企画株式会社 企画開発部 サブリーダー) 〇畑野 好真(富士ソフト企画株式会社 企画開発部) 1 経済活動に参画することで障がいは軽減される 薬だけでは障がいは軽減されない。服薬と社会参画・働くことで、障がいは軽減される。障がい者が働く機会と場所を拡大することで、日本の経済も活性化し、医療費削減にもつながる。誰一人取り残さない社会を目指すSDGsの概念の実践である。富士ソフト企画株式会社は富士ソフトの特例子会社であり、社員の9割が障がい者手帳を保有する。身体、知的、精神、発達の障がいのある方々がお互いにサポートをしながら業務を進める。規則正しい職業生活や社会参画から生まれる自己充足感は幸せホルモンであるセロトニンの分泌を促し脳にも良い影響を及ぼす。社会や人からも必要とされているという実感は精神的安定につながる。静かな環境・適切な休憩時間などのごく普通の合理的配慮があれば働くことが出来る。合理的配慮とは一方通行ではなく、お互いに行き来してこそ成立する。障がい者健常者がお互いに配慮し合うことで、高い業務効率が得られる。健常者は障がいのある方に何かしてあげなくては、ではなく、何かを手伝って貰おうという逆転の発想を心掛ければ障がい者の雇用が促進され職域が拡がる。万が一の時の為、社員証の中に緊急連絡先カードを入れ運んでほしい病院と緊急連絡先を明記している。またTOEICの点数が900点を超えている社員には、翻訳の仕事をお願いすることもある。得意分野を活かすことで、モチベーションや昇給昇格に繋がる。障がい者の職業訓練の講師や、管理職として部下を指導育成することで発作が十数年間起きていない社員もいる。出勤率にカウントされない通院休暇を活用した毎月の通院、日々の服薬、JOBサポート窓口にいつでも相談できるという安心感も職場定着につながる。JOBサポート窓口とは困った事があれば何でも相談できる窓口で、常時4名のJOBサポーターがメールで受け付け、面談で解決方法を共に探す窓口である。4名は3~4年で入れ替わる。月に1回社長同席のJOBサポート会議を開催。企業在籍型職場適応援助者の資格を取ることにより障がい当事者も、カウンセラーの役割を担うことが出来る。 身体障がい者が知的障がい者をサポートすることにより運動機能の回復が見られる(パソコンを使った業務で脳に刺激が毎日行くことも一因)。 知的障がい者が発達障がい者をサポートすることによりIQが上がる(出来なかったことが出来る様になる)。 発達障がい者が精神障がい者をサポートすることによりコミュニケーション力が向上する(相手を思いやる気持ちが芽生える)。 精神障がい者が他の障がい者をサポートすることにより薬が減り夜良く眠ることができる(他者へ配慮することに意識が向いて行く)。 自宅に引きこもって自分の障がいと悶々と向き合うより、外に出て自分と異なる障がいのある方をサポートすることにより障がいは軽減される。就労は究極のリハビリである。障がいは他人事ではなく、いつ誰が発症してもおかしくないのが障がいである。そうなった時にどうすれば働きやすい会社か、どうすれば生きやすい社会かを常に考えておけば慌てることはない。薬の副作用で苦しみながらも、通勤をすることがどんなに尊いことであるか、相手の立場に立って考えることも必要である。1人でも多くの障がいのある方々が様々な業種で活躍されることを目標に据える。女性パイロットが少ないという話になったら、女性が操縦しやすい飛行機を創れば良いのではと拝察する。女性が少ない職場では、女性が働きやすい環境を創る、障がい者が少ない職場は、障がい者が働きやすい環境を創ることで、採用が推進すると考える。既存のものにあてはめていくのではなく、新たな環境を自分達で創っていくことで、SDGsの実現が図れようかと考える。精神科の治療でも習うが、分類カテゴライズしてしまうのが一番いけない。100人いれば100種の症状がある。決めつけるのではなく、その人本人の可能性を見てお互いに成長していくのが企業である。早いうち、またなるべく若い時に訓練をしたり、アルバイトでも良いので何らかの形で社会参画することにより、症状が進行せずにむしろ軽減されることもある。小さな日々の積み重ねが究極のリハビリにつながる。 ~三方良しのみならず八方良しの障がい者雇用~ 市  労働力人口が増え税収が入る 本人 障がいが軽減される 企業 人手不足解消 国  医療費削減 病院 病床回転率UP 労働 労働力人口増 経済 経済の活性化 家庭 引きこもり5080問題解消 p.19 2 職場定着についての考察1 会社に入社して、自身が持っているスキルというのはある程度わかってはいるが、いったいどんな業務を行うか、不安でもある。私は極端に言えば右も左も分からなかった。 面接者の中にも、自身の障がいから、マニュアルがあれば良かったという声が多数見受けられる。既存のマニュアルがあると良いが、配属されて任された業務が自分にとって初めての業務ということもあるかもしれない。自身で作成し、後継者に引き継いでいくのも良いと思われる。 最初の何カ月かは不安もあると思う。障がいがあればなおさらである。新しい環境というのも心配であり、症状が出ないか心配でもあると思う。 自分は統合失調症だが、障がい者の中には、満員電車が苦手な方もおり、人混みが苦手な方もいる。電車で被害妄想を感じるのであれば、対処法を用意しておくと良い。電車はきつくても会社につけば落ち着く場所であるといったような、安心感を得られる場所を用意しておくのは良いと思われる。自分はそうしていてよかった。 場所が変われば切り替えて尾を引かないようにするというのも大事であるように思う。現時点の置かれた環境が、自身の状態に影響すると思っている。 それでも不安定な時は頓服の使用をする。頓服薬も受け容れ、飲むのも効果があるので試してみると良いと思われる。会社についても効率的に業務が行える。 私は頓服に対して抵抗感があったが、飲み始めて良かった。私が飲んでいる薬は、とても気分が落ち着き、マイナスからプラスに気持ちが変化するほどとても良い頓服であった。もっと前から飲んでおけばよかったと思った。 また、勤続年数を積めば、仕事環境の変化はあるもので、上司が代わったり、就業場所が変わったりすることもある。順応していく心持ちも必要である。 また、会社の社風として、比較的、障がい者に任せる社風というのは、当事者に責任感が芽ばえ、良い。自分にできる力量というものがあり、それを最大限に活かせて実現できる障がい者雇用の会社というのは良い。そういった会社が増えると良いと思う。 また、悩みが話せる環境があるというのも大事であり、何も話せないのでは、息が詰まり、いつしかそれがストレスになっていく。ストレスが溜まると、思考まで変わっていき、二次障がいがでたりする可能性もある。面接をしていて相談相手としてよくあげられるのが医者、家族、会社の人間、支援機関など。自ら良い環境を作り順応していき最大限の力を発揮し障がいとも向き合い、よい生活を送れる様、毎日努力し、できればストレスを少なくしていくのが、障がい者の職業生活として良いのではと思われる。 3 職場定着についての考察2 私は入社当初は「業務支援オフィス」という、とても大所帯の部署に配属され、封入封緘作業や、交通費の計算などの業務を行っていた。 先輩方は、皆さん優しく仕事を教えて下さったが、数字や計算が苦手であることと、大人数の輪の中に自分から入っていくことが苦手な私は、上手く部署になじむことが出来ず悶々としながら仕事をしていた。 そんな私を見かねたのか…入社後わずか1か月で、現在の企画開発部へ異動となった。 現在は、応募書類の管理や電話応対、面接対応など、主に採用関係の仕事を行っている。 元々保育士や幼稚園教諭をしていたことから、人と接すること自体は好きだったので、以前の部署での仕事と比べて、今の部署の仕事は私の適性に合っているのではないかと思う。 入社してからわずかの期間で、私の適性を見直して異動させていただいたことは、私が富士ソフト企画で仕事を続けられている最大の要因であると感じる。 今の部署では、ある程度の仕事を任せて頂くことで、自分の裁量で自分のペースで責任感を持って仕事をすることができ、仕事のモチベーションにもつながっていると考える。 また、体調や気分がすぐれず、平日に心療内科を受診したい時には、勤怠評価に影響を及ぼさない通院休暇を月に2日まで取得できたり、フレックスが導入されているので、勤務中に体調が悪くなった時なども、フレックスを利用して早めに帰宅させて頂いたりできることも私にとっては大きい。双極性障がいである私は、きちんと服薬していても、どうしても避けられない気分の上がり下がりの波があるため、フレックスを使って早退させて頂いたり、通院休暇を取らせて頂いたりすることも少なくないので、この通院休暇とフレックスの制度には助けられている。 このような休暇の取り方などの配慮があるおかげで、仕事を続けられていると感じている。 今後も、自分の障がいと上手く付き合って仕事を続けていきたいと思う。 【連絡先】 鎌倉市岡本2-13-18・横浜市中区桜木町1-1 千代田区神田練塀町3 富士ソフト企画株式会社(富士ソフト特例子会社) WEB・DTP・IT・PC・デザイン 社員の9割が障がい者手帳を保有しています。就労移行「就職予備校」も展開中 研修 見学 講演 復興支援 椎茸アグリビジネスも西会津にて展開中です。 企画開発部 陸上自衛隊予備自衛官 遠田 千穂 todachi@fsk-inc.co.jp p.20 一人ひとりに寄り添い、PDCAサイクルを回した実習を行うことで、 障がいのある人の雇用と安定就労を実現する体制づくり ○江口 恵美 (オムロン太陽株式会社 D&I推進グループ グループ長 精神保健福祉士/産業カウンセラー) 1 はじめに オムロン太陽株式会社(以下「当社」という。)は、1972年に創業したオムロン株式会社の特例子会社である。当社の主要業務は、オムロングループ会社からの電子部品の受託製造やサムロータリスイッチの製造などで、本年4月に50周年を迎えた。その歴史の中では、主に身体障がいのある人が働きやすい現場改善を行い、「バリアフリー」の環境で生産活動を行ってきた。これに加えて近年の新たな雇用ニーズに応えるべく、精神障がいや知的障がいのある人の雇用にも取り組んでおり、今後も計画的に雇用を推進していくことから、あらためて過去の取組みを整理して、雇用や安定就労ができる体制を整備していることについて紹介する。 2 背景 当社も既に精神障がいや知的障がいのある社員を雇用しており、その中には様々な課題を乗り越え、就労継続している者も在籍している。これに加えてあらたな雇用も推進しているが、社会的ニーズに対するわれわれの使命はまだ十分果たせていない。 具体的な例として、数値で表せるものがある。それは、入社試験に至る前の関わりとして、ハローワーク経由と就労移行支援事業所経由において、入社試験の合格率と定着率には大差があり、あらたな雇用の創出と定着という側面で苦戦を強いられているというものである(表1)。 表1 精神障がい/知的障がいのある人の雇用実績 そこで、今一度全体を俯瞰して整理し、課題を解決できる取組みの実施と今後の方向性を決定していくこととした。 3 課題と具体的施策 (1) 課題 入社試験に至る前の関わりの違いにより、合格率や定着率に差が生じる原因は、ハローワーク経由の場合はほとんど実習ができていなかったこと、支援者がいなかったことなどが判明している。このことから十分な実習を行い、就労への準備時間を確保すること、双方が特性や適性を把握した上で雇用に繋げること、社会資源による支援者をつけることを課題と捉えた。 (2) 具体的施策 先に述べた課題を解決するために、「パイプライン管理」を行うこととした。 パイプライン管理とは、営業のマネジメント手法の一部で、初回のアポイント獲得から契約・受注までの流れを可視化し、分析や改善を行っていく手法である。「営業活動の一連の流れ」をパイプに見立て、案件がパイプの中を流れていく様子をイメージしたものである。この「案件」となるものを、学校卒業から雇用開始、定着までのプロセスと捉え、一連の流れの中で人数や期間、対策や経過を可視化する。これによりその都度必要な重要アクションが明確になり、効果的な活動が期待できる点から、この手法にチャレンジした(図1)。 図1 パイプライン管理 そしてこのパイプライン管理は、当社単独ではなく、近隣の就労移行支援T事業所との連携を強化、推進していくという集中と選択を行った。それは、プロセスは前後するが、双方ともに障がいのある人の就労をサポートすることに携わり、就職先を探している点と、それらの人の中から当社にて就労出来る人を探しているという、実は一連の流れがあることに着目したことが理由である。この個別の活動を前工程+後工程として捉え、全体を一つの流れのパイプラインとして、お互いの活動を可視化し、連携しながら p.21 も個別の活動を効果的に実施し、効果が出せると考えたのである。 パイプライン管理を始めるにあたり、まず当該年度に受け入れられる実習者数を確認、その中から前年度より実習を繰り返している実習生の中で、当社の業務に適性がある人を絞り込んだ。そして年度内に内定が出せるように課題をさらに明確にしてフィードバック、それらを解決して再チャレンジしてもらうことを想定し、当社での採用目標に掲げることとした。次に、これまでの実習では、製造現場にてすぐに実習開始としていたが、実習専用ラインを設置、段階的に難易度を増す組立作業カリキュラムを作成した(写真1)。 写真1 実習専用ライン その実習専用ラインには、製造や品質保証業務の経験がある企業在籍型ジョブコーチが常駐、公認心理士も足を運んでコミュニケーションを取ることにより、実習評価を多方面から行うことができ、当社にて就労するための就労能力の目安作りが進んでいる(図2)。 図2 「就労能力目安」の設定 4 結果 パイプライン管理を始めた結果として、できたこととできなかったことがある。特にできたことでは、実習専用ラインを設置して実習を行ったことで、実習生の特性や適性の把握に専念したことや、以前は特性が分からない状態で製造現場での実習を開始して、作業性やコミュニケーション面での製造担当者に負担を掛けていたことを削減したことである。さらには、PDCAサイクルを回しながら実習を繰り返すことで、適性に合った業務にて採用内定に繋げられたことは大きな収穫であった。 一方でできなかったことは、精神障がいのある人の状態や進捗に合わせて、個別に実習ペースを調整できなかったことである。精神障がいのある人を雇用することばかりにとらわれると、その人自身のペースを見逃したり、置き去りにしてしまう。あくまでも彼らのペースを十分考慮して寄り添い、焦ることなく実習を進めながら見極めて雇用に繋げることを、私たちは常に念頭に置いておく必要性を感じられたことは、最大の収穫である。 5 さいごに 一人ひとりに寄り添う実習では、その人の状態を尊重することで、PDCAサイクルが右往左往したり、一進一退の場合もあることを当社では痛感した。このことから、パイプライン管理は実習生それぞれのペースに合わせて取り組みながら、今後もT事業所と連携して、改善と進化を繰り返していくことになる。 また、実習専用ラインのカリキュラムは、組立作業のみならず模擬的に操作する生産設備を取り入れ、その適性を見極められるようにすることも検討している。加えて、事務系業務も取り入れることで、採用職域を広げることも可能となる。 そしてこの取組みの発展形として、当社からオムロン各社の障がいのある人に対するサポートの提供を考えている。  それは各社で安定就労に課題がある精神/知的障がいのある人のトレーニングを請け負うことである。 このトレーニングでは、該当者の特性を整理、就労する上で必要な「処方箋:育成/評価、配慮ポイントなど」を作成して各社へ提供し、課題を解決できるようにするというものである。 このような取組みを続けることは、当社の企業理念の実践であるが、その取組みを世の中に発信することにより、障がいのある人への理解や雇用が促進されれば、創業50年に至る今日まで様々な形で支えていただいた多くの方々への恩返しとなると考える。その想いをモチベーションとして、これからも様々な取組みを継続していきたい。 ★オンライン工場見学できます★ ご希望の方は、下記までご遠慮なくお問い合わせください。 【連絡先】 オムロン太陽株式会社 ダイバーシティ&インクルージョン推進グループ E-mail:omron-taiyo@omron.com p.22 コロナで知的障がいメンバーの業務が激減。 新サービスや職域拡大によるメンバーの雇用維持・拡大への挑戦 ○飯田 佳子(株式会社ベネッセビジネスメイト 東京事業部 部長) 1 発表骨子 株式会社ベネッセビジネスメイト(以下「BBM」という。)はベネッセグループの特例子会社として、グループ各社より様々な業務を受託している。ところが、新型コロナウィルスにより、主要顧客であるベネッセコーポレーションの働き方や業務が変化。障がいを持つ社員(以下「メンバー」という。)が行ってきた業務が大幅に削減される事態となった。そうした逆風の中、メンバーの雇用を維持・拡大するために実施してきた取り組みを、具体的な事例と共に発表する。 2 新型コロナウィルスによる影響 (1)概要 BBMの事業領域は、大きく「業務サポート」「ファシリティサービス」「施設運営」の3つである。その中の「ファシリティサービス」には、メールサービス課(郵便物や荷物の集荷・配達を主業務とする課)と、クリーンサービス課(オフィスの清掃業務を行う課)があり、知的障がい者を中心に、約60名のメンバーが働いている。ところが、コロナ禍で顧客の働き方と業務が大きく変化し、この2つの課の業務が激減する状況に陥った。 (2)メールサービス課への影響 メールサービス課では、社内に届いた郵便物や荷物は顧客一人ひとりの座席へ配達する「個人配達」を行ってきた。ところが、コロナにより顧客の大半が在宅勤務に移行。オフィスも固定席からフリーアドレスへと変わった。その影響により「個人配達」ができなくなり、フロアに設置した部門ごとのBOXに配達する形となった。 もう一つの変化は顧客の業務のデジタル化である。部門間で原稿や校正紙などのチェック物のデリバリーも行っていたが、これらチェック物がデータでやり取りされるようになり、このサービスも停止されることとなった。 (3)クリーンサービス課への影響 クリーンサービス課にもたらされた変化は、清掃エリアの縮小である。顧客の出勤率の減少とフリーアドレス化に伴い、オフィスが縮小され、清掃するエリアがコロナ前より約3割減となった。 3 業務確保のための3つの方向性 これら業務の縮小により、現メンバーの仕事の確保が大きな課題となった。そこで、この課題を解決していくために、以下3つの方向性で打開策を検討していくこととした。 ①働き方の変化によって新たに生まれた顧客ニーズをとらえて新しいサービスを開発していく。 ②今の仕事の価値を高め、メンバーがより活躍できる場を作っていく。 ③新たな事業領域を開拓。既存の領域のメンバーを新領域へ再配置(ジョブチェンジ)していく。 これら3つの方向性を踏まえて実現したのが、メールサービス課の「通知サービス/出社時配達サービス」、クリーンサービス課の「チャレンジドハウスキーピングシステムの導入」、そして新領域の「企業内カフェの運営」である。以下にそれぞれの具体的な事例を紹介する。 4 事例紹介 (1)通知サービス/出社時配達サービス メールサービス課でまず行ったのが、新しい働き方において、顧客がどんなニーズを持っているのかの検討である。その中で「在宅勤務中でも、重要な郵便物や荷物の到着がわかるようにしてほしい」というニーズに着目。重要性の高い「速達・書留・個人情報を扱う社内便・請求書」などが届いた際に、メールで到着を通知するサービスを実施することを決めた。しかしながら、メール室にはPCを使えるメンバーが少なく、彼らができる運用方法を考えていく必要があった。そこで取り入れたのが卓上スキャナーである。スキャンした封筒の画像をメール文章のひな型に添付して送信すれば、差出人情報の入力変換作業を行わずに必要な情報をお届けすることができる。オプションで封筒の中身まで知りたい方には、開封して中身のスキャンデータをお届けするサービスもスタートした(図1)。 図1 メールサービス課の新サービス「通知サービス」 p.23 もう一つ着目したのは、「出社した際に席まで届けてほしい」というニーズである。個人情報を扱う社内便や書留などは受領印が必要なため、「個人配達」がなくなってからはメール室まで取りに来る必要があった。それらの郵便物等を、メールまたは電話一本でその日座っている席までお届けするサービスを開始した。席まで届けるのは「個人配達」をしてきたメンバーにとっては得意な業務であり、そのスキルを活かせる業務を復活すべく、連絡を受ける仕組みとフリーアドレス席に届ける運用方法を構築。メンバーに新しい業務を提供するとともに、顧客から直接「ありがとう」の声を聞くことができるようになった。 (2)チャレンジドハウスキーピングシステムの導入 クリーンサービス課では、顧客の衛生意識の高まりをとらえ、従来の「清掃」から「感染防止」までを行う清掃へ価値をあげていくことを考えた。そこで導入を決めたのが「チャレンジドハウスキーピングシステム(以下「CHKS」という。)」である。 CHKSは「感染防止」を目的とし、アメリカの感染症研究に沿ったホスピタルグレード(クリーンルームレベル)の清掃システムである。その最大の特徴は、障がいの有無や年齢に左右されず、失敗が少ない点にある。例えば、力の入り具合によって清掃品質が変わらないよう、均等に力が入る道具など、道具類にも工夫がある。また、基本はチームで行うため、一人ひとりの得意を活かした役割分担がしやすい。クリーンサービス課では、加齢により不調になるメンバーが今後増えていくことが懸念されていたため、その課題にもマッチした清掃システムと言える(図2)。 図2 クリーンサービス課の新サービス「CHKS」 もう一つの特徴は「汚れを数値化・可視化」する点である。ルミテスターという汚れを図る検査機器を使い、定期的に清掃後の汚れを測定。検査結果をイントラネットで発信し、BBMの衛生管理の品質の高さ、感染防止の安全性の高さをグループ全体に積極的に浸透させた。メンバーとも共有し、汚れの数値が高めだった箇所については清掃方法を再確認し、PDCAを回す運用を構築した。 CHKS導入にあたっては、支援員全員でCHKS協会の研修を受講し、考え方や新しい清掃方法を習得。その後メンバー向けのマニュアル作成や研修・OJTを実施し、2021年11月に拭き掃除(除菌清掃)でこのシステムを導入、2022年8月にはトイレ清掃で導入を行った。 コロナで清掃フロアが縮小となったが、CHKS導入により、除菌清掃を始めとする新たな付加価値を生み出すことができた。受託単価も4割アップ、メンバー2名の新たな雇用も実現することができた。 (3)企業内カフェの運営 最後にご紹介するのが「カフェの運営」である。これまで東京本部ビルでは食堂運営会社が入って社員食堂を運営していたが、出勤者の減少によって運営を続けていくことが困難となった。そこで、BBMの運営による軽食中心のカフェを提案し、その運営を受託することが決まった。 カフェの運営により、新たに4名のメンバーを配置できることとなった。そのうちの2名は業務縮小の影響が大きかったメールサービス課のメンバーをジョブチェンジしていくこととした。メンバーの強みに着目し、カフェ業務への適性がありそうなメンバー4名を選出。その4名に、「他課研修=他の課の業務を経験する研修」として半月程度、カフェ業務の実習を行った。その実習で4名の適性を見極め、かつ本人との面談やコミュニケーションを重ね、最終的にカフェメンバー2名を決め、正式に異動してもらうこととした。こうした丁寧な適性の見極めにより、カフェに配属されたメンバーたちは、新しい領域でモチベーション高く取り組み、日々成長をしてくれている。中には、調理の面白さに目覚め、メニュー開発など新しい能力を開花するメンバーも出てきている。 5 最後に コロナ禍でのこの2年間は、メンバーや支援員にとって、大きな変化が続いた。中には変化が苦手なメンバーもおり、新しいサービスや事業開発によって、不調者が増えてもおかしくない状況であった。そうしたリスクを最小限におさえていくために、支援員が現場でメンバー一人ひとりをサポートし、定着推進課と連携しながら不調の芽を事前につぶしていくことも必要であった。雇用維持・拡大のためのサービスや事業の開発と、定着のためのメンバー支援との両立を目指していくことが重要であると改めて感じた。 コロナ3年目に突入し、これからは拡大してきたサービスや事業を安定化させ、BBMらしい業務へと深化させていきたい。 p.24 要支援学習既卒者における大学と一般社団法人との連携 -キャリア支援プログラムの継続的な参加によるサポートの事例- 〇稲葉 政徳(岐阜保健大学短期大学部 リハビリテーション学科理学療法学専攻 講師) 1 背景 桶谷1)は発達障害学生の支援における特有の問題として、①未診断の学生が多い、②診断の有無にかかわらず適切な自己理解に困難があることから自分に必要な配慮や支援を自覚していないことが多い、③これらの理由により学生本人が主体的に配慮の要請行動を起こすことが困難、④苦情・不満や対人関係上のトラブルなどが相談のきっかけとなる学生が多く当面の問題解決と合理的配慮が直接には結びつかないことが多いなどを挙げている。医療専門職養成機関においてはそれらに加え臨床実習の比率が多く、コミュニケーションスキルや社会性に課題がある学生の困難さが明らかとなる。そのため本学科では、当方が入学後早い段階で当該学生と面談し、担任と共有したうえで一般社団法人B事業所(以下「B事業所」という。)が運営するキャリア支援プログラム(以下「キャリプロ」という。)への受講を勧めるという流れで学生支援を進めてきた。なお、受講を希望しない学生については担任やアドバイザーによる通常の修学支援を実施してきた。 今回は、1年生よりキャリプロを受講し、本人の希望により卒業後もキャリプロ受講の継続を希望し、国家試験に再挑戦している既卒生のケースを紹介する。 2 方法 (1) 対象者と方法 既卒生Aさん。心を開ける人であれば本音を話してくる。1年次から必要なプログラムを受講。次第に「居場所スペース」も利用し、卒業まで継続した。2年次の評価実習は学内実習となり、学力不足以外はとくに大きな問題はみられなかった。3年次の学外実習は2カ所ともにコミュニケーション面や学力面で指導者より指摘を受けいずれも1週目で中止となった。それでも本人の努力と周囲のサポートもあり、卒業試験は1回で合格した。国家試験は惜しくも不合格だった。本人から当方へ、卒業後もキャリプロを継続したい旨の希望がありB事業所と連携して継続している。調査項目は、1年次にB事業所により開催された「キャリプロinカレッジ」の際に実施したアンケート、一般性セルフ・エフィカシー尺度(General Self Efficasy Scale:GSES)、特性チェックとして使用したAQ-J(自閉症スペクトラム指数)、本人との対話記録をもとに考察した。 (2) 倫理的配慮 Aさん本人に調査・発表の趣旨を口頭にて説明し同意を得た。また個人が特定されないこと、回答の可否により個人の不利益が生じないこと、途中で辞退できることなどを伝えたうえで実施に至った。 (3) 本調査の目的 修業年限の1/6を占める臨床実習の遂行が大きな課題となる医療専門職養成校において、卒業後も継続して希望したケースをもとに学外就労支援施設との連携の一例を紹介することを目的とした。 3 調査結果 (1) 1年次のアンケート調査から 2019年度に本学開催された「キャリプロinカレッジ」開催時に実施された「働く準備チェックシート」(4件法)のうち、Aさんが苦手なことと推測できる「あまりできない」と回答したものは以下の通りだった。なお、「できない」と回答した項目はなかった(表1)。 表1 「働く準備チェックシート」Aさんの回答 あまりできない 【基礎的日常生活】 身だしなみ(服装等)、電話等の利用、金銭管理、整理整頓、家事能力、体力(6/13問) 【自己管理】 ストレス対処、積極性、集中力、記憶力、感情のコントロール、こだわり(6/13問) 【コミュニケーション】 言葉遣い、お礼・謝罪、意思表示、自己表現、相手の感情や気持ちの理解、友人・知人関係、話を聞く態度、気配り・気づき、会話への参加、アサ―ション、相手に伝わる話し方、適切な会話(11/14問) 【自己理解】 課題の理解、性格・特徴、他者比較、自己開示、自己肯定感、柔軟な考え方、助けを求める力(7/10問) 【ビジネススキル】 就労意欲、主体性、パソコンスキル、指示理解、報告・連絡・相談、読解力、判断力、責任感、職場への順応性(9/12問) p.25 その他、坂野・東條らの一般性セルフ・エフィカシー尺度は16点中2点であり、5段階の中で「非常に低い」という結果であった。受講後のアンケート(当方作成)では、「ほかの人とコミュニケーションをとることが苦手」、「コミュニケーション力を上げようという気持ちはたまに思うが実践は難しい」「キャリプロを受講したいと考えている」にそれぞれチェックをしていた。特性チェックとしてのAQ-Jは高い傾向にあるがカットオフ値以内であった。 (2) 在学当時のキャリプロ受講の様子(B事業所担当者からの聞き取り) 1年次から本人が必要と思ったプログラムを選択し受講していた。2年次には、キャリプロ以外に居場所スペースへも参加するようになり、大学以外の場所で他者と関わる機会も増えた。担当者より、居場所スペースで知り合った仲間たちと連絡先を交換したり和やかに交流したりする様子が見られると伝えられた。3年生になってからは実習先でつまずくものの、学内にて教員やクラスメイトへの働きかけなどの積極性や成長が見られる点を教員間でも確認できるまでになった。 (3) 卒業後のB事業所利用状況 Aさんが卒業後もキャリプロを継続したいとの意向を示したため、当方よりB事業所担当者へその旨を伝えた。卒業後はキャリプロではなく、18歳以上からおおむね35歳までの若者を対象とした就業支援拠点である「ぎふキャリ(ぎふキャリアステップセンター)」へ移行するとのことで、Aさんも了解した。 卒業後、Aさんは3月から何度かB事業所へ足を運んでいたようであるが、B事業所担当者より7月下旬の時点で6月半ばに参加して以来「ぎふキャリ」へは参加していないこと、本人が国家試験に集中していることと、当方が就職面接試験対策として「ぎふキャリ」への参加を勧め、本人も8月中に事業所へ足を運ぶ意向がある旨をB事業所担当者へ伝えた。 4 考察 Aさんは、とくに診断名がないものの、対人コミュニケーションや社会性に課題がある既卒生である。在学時に実技練習のために同級生と一緒に練習をするための交渉や、レポート課題などで同級生と情報を共有することなどが困難であることや、臨床実習では担当患者やリハビリスタッフとの人間関係を築くことが難しく、1週目で中止になった経緯がある。昨今の多様な学生像からも、Aさんのように診断名の有無にかかわらず、何かしらの困難さがあると思われる本人に対して「要支援学生」の担当者を配置し、学年担任との情報共有のもとで面談を実施し、「困難さ」を自覚していない、あるいは自覚していても教員ほか他者へ「SOS」を発信することが困難な学生をあぶりだす必要がある。Aさんの例では、対人スキルにおいて大半の項目で不安を抱えていながらも、B事業所のキャリプロ参加や居場所スペースがAさんにとって文字通り、「居場所」として機能していたことが、卒業後も継続した利用につながったものと考える。 今後の課題としては、学内での「要支援学生」支援体制の整備と学外就労移行支援事業であるB事業所との連携を深めながら多様な特質を社会へ活かすことができる医療従事者の育成に繋げていく。 【参考文献】 1)桶谷文哲:発達障がい学生支援における合理的配慮をめぐる現状と課題,富山大学保健管理センター,学園の臨床研究,12 ,57-65, 2013 【連絡先】 稲葉 政徳 岐阜保健大学短期大学部リハビリテーション学科 e-mail:inaba@gifuhoken.ac.jp p.26 教育機関との連携による障がい特性評価実習の取り組み ○鈴木 百恵(社会福祉法人太陽の家 愛知京都本部愛知就労支援課 主任) 福澤 真 (社会福祉法人太陽の家 愛知京都本部愛知就労支援課) 1 はじめに 太陽の家(以下「当法人」という。)は、障がい者の就労やスポーツを通じた社会参加を目標に、「保護より機会を No Charity, but a Chance ! 」を理念として1965年に大分県別府市に設立された社会福祉法人である。愛知事業部は愛知県蒲郡市で不織メーカーを営む名士が、障がいを持つ方の援護・育成を目的とした施設の設立を模索する中、蒲郡市や地元住民の支援をうけて太陽の家を誘致し1984年に設立された事業所である。愛知事業部では現在、就労継続支援A型(定員14名)、就労移行支援(定員6名)、就労継続支援B型(定員40名)の就労系事業のほか、生活介護事業(定員20名)や相談支援事業、福祉ホーム事業を展開している。また、㈱デンソーと共同出資して同じく1984年に設立した特例子会社、デンソー太陽株式会社では当法人の事業からステップアップした障がいを持つ従業員約170名が製造業に従事しており、就労を通じた障がいのある人の自立支援が実現できている。 2 障がいの特性を見るための実習 当法人では設立以来、身体に障がいのある方への支援を中心に行ってきたが支援費制度から自立支援法、総合支援法への制度の変遷にあわせ知的や精神に障がいのある方も受け入れていく方向へと変化してきた。障がい種別ごとにそれぞれ安定した就労を実現するための課題はあるが、特に発達障がいと言われる方々の見えづらい特有の性質(以下「特性」という。)への対応は当事者と職場の取り組みだけでは十分とは言えない。幼少期から少し変わっている子として認識されているものの手帳の取得には至らず、特別支援教育をうけないまま進級・進学し専門学校を卒業する段階で就職できない学生が多数いることを名古屋市のある専門学校の先生から相談をうけた。障がい特性が働く能力のいくつかに大きな影響を与え、就労・定着を妨げる(高める)場合があるため、在学中から家庭と教育機関が連携して対応していくことが重要だと考える。今回は手帳の有無にかかわらず、学生の働く能力を測定することで見えてくる障がいの特性を評価し、個別教育及び卒業後の進路選択に役立ててもらうことを目的とした『障がい特性評価実習』について発表する。実習は1回最大8名を受入れ、1日5時間の活動を5日間行う。図1は実習のカリキュラムと測定しようとする働く能力をまとめたものである。 個別に取り組む課題の他に4人が1グルー 図1 カリキュラムと働く能力 プとなりグループで取り組む課題やグループ対抗で行う活動を用意している。仲間と力を合わせ目標を達成する過程の中で、自分の役割や言動が雰囲気や結果にどのように影響していくのかを経験してもらっている。また、参加する学生の中には他者への関心が低い生徒も多いことから実習期間を通じ他の学生の良かった面を箇条書きに記録してもらい、最終的に“あなたに集まったいいね👍”としてフィードバッグしている。社会に出るとコミュニケーションが大切であるとの認識はあるものの、今すぐに何かに取り組む必要性を感じていないため、この様な場面を意図的に作り出し経験してもらうことにしている。実習期間中は1日の終わりごとに実習日誌を記入してもらい、その内容を確認する個別面談を実施している。実習を受け入れる当法人の職員は就労系事業の人事考課基準にあてはめて働く能力を評価していく。働く能力を測定する過程でその能力が発揮(阻害)されている要因が障がいの特性によるものかよく観察し、活動によっては動画で記録する。記録や動画はミーティングにて検証し、最終的な評価としてまとめていく。 3 評価表とフィードバック面談の実施 実習終了後、当法人により「障がい等特性評価実習評価表・ワークシート」を作成し、後日、当事者、家族、学校教員とともにフィードバック面談を実施している。 評価表には、各カリキュラムのエピソードから見えてきた特性を抽出しており、それらを『特性の管理』と称したワークシートに当てはめて、マイナスにとらえられがちなこれらの特性をプラスの表現に変換してもらう取り組みを提案している(図2)。 p.27 図2 特性の管理 日頃から当事者を見ている家族や教育、指導する教員の方々は、見えた特性に同感する様子も見られた。また、特性をプラスの異なった見方でとらえる作業には新たな発見があったようで意欲的に取り組んで頂けた。自分の特性をうまくコントロールするための具体的な管理方法や支援方法まで考えるプロセスを本人と家族、教育機関で共有していくことが将来の就労を安定したものにすることを理解してもらえるようにフィードバックしている。 他の項目では、障がいの特性が、働く能力のどの要素に影響しているかを表現したグラフにより、特性がプラスにはたらきやすいかマイナスにはたらきやすいかを図3のように可視化して説明している。 図3 職業能力への影響   フィードバック面談を通じ、当事者や家族、教員が気づかなかった意外な一面を知って驚きの表情を見せたり、思い当たるものはじっと考え込むなどさまざまな受け止め方をしていたのが印象的であった。 4 まとめ 以上の取り組みは専門学校の先生からの相談に応えるべく2020年より始めた取り組みであり、未だ試行錯誤を重ねながら行っている。今後も改善の余地があるため、皆様の知見、提案を頂きたいと考えている。このような取り組みを通じて、少しでも多くの発達障がいの学生が就労能力を発揮し職場定着していくことに貢献したい。  【連絡先】 社会福祉法人太陽の家愛知京都本部 愛知就労支援課 TEL 0533-57-1611 H.P http://wwww.taiyonoie.or.jp p.28 発達障害のある大学生の就労支援 (自己理解から就職までの2つのモデルケース) ○西本 士郎 (神戸公共職業安定所 学卒部門 雇用トータルサポーター(大学等支援分)) 下司 実奈 (神戸女子大学 健康福祉学部社会福祉学科) 北村 沙緒理(神戸学院大学 学生支援センター) 1 背景 発達障害のある大学生の人数は、2010年から2020年の10年間で7倍に増えているが、2020年の発達障害のある学生の就職率は73.5%であり、学生全体の就職率98%に比し、かなり低い状況にある。そのような背景の中、2021年4月に全国11労働局に「雇用トータルサポーター(大学等支援分)」(以下「雇用TS」という。)が配置された。 雇用TSの活動は、学生だけでなく、大学支援、事業主支援と幅広く求められているが、本稿では、初年度にモデルケースづくりとして重点的に取り組んだ「大学と連携した発達障害のある学生の就職支援」をどのように進めていったかのプロセス、そしてそこで使ったコンテンツおよび成果について紹介したい。 2 障害を持つ大学生を取り巻く環境および課題 (1) 「障害者差別解消法」の影響 2016年「障害者差別解消法」施行に伴い、学生に対し大学側に「合理的配慮」の(努力)義務がある。大学では入学時にアンケートや面談などを通して修学支援には配慮がされつつあるが、障害者求人を選択した学生への就労支援は、大学内の組織連携・社会資源との連携等未だ十分とは言えない。 (2) 障害のある学生の課題 障害のある学生の多くは、就労に対して、自己肯定感が低く自分のやりたいこと・できること・長所・苦手なことなど「自己理解」が不十分であり、どう取り組んだらよいかわからない状態であることが多い。その混乱と不安は、一般学生でも困難な以下の場面が同時に押し寄せてくることで増幅される。 ①「修学」から「修学+就活」への移行と両立 ②進路選択(一般求人か障害者求人か等) ③スキルアップ(面接や筆記試験対策) 3 オーダーメイドプログラムの考案 発達障害のある学生と言っても一人一人特性は異なる。とは言え、全て個別にプログラムを設計していくのは、ノウハウやナレッジの蓄積という意味で非効率である。そこで「その学生に必要なオーダーメイドプログラム」というコンセプトで、1インテーク、2自分を知る、3仕事を知る、4自己理解トレーニング、5自己PRスキル、6定着スキルという場面毎に、これまで使っていたツール(VRT・GATB等)の棚卸、新たなツールの探索(NIVR等)及び自ら開発したコンテンツを整理していった。そして、図1のように、各々のツール・コンテンツを製品の部品に見立て、ファンクションモジュールとして左の倉庫に保管し、そこから、その学生に必要な部品を組み合わせて、右側にプログラムを作成するイメージとした。例えば3年生から取り組む学生には“Early Start”の自己理解を中心としたプログラム、4年生から取り組む学生には“Compact”の自己理解から自己PRスキルの修得までのプログラムを標準とするというようなことである。 図1 その学生に必要なオーダーメイドプログラム 4 大学との連携のプロセス モデルケース作りに協力していただける大学に対し、趣旨と進め方を共有した。ポイントは、本人・大学と同じベ 図2 大学との連携の手順 図3 大学との連携コンテンツ p.29 クトルでプログラムを進めるため、①スタート前の支援プログラムを本人・大学とオーソライズする、②支援する過程でその都度、やったこと(D)、計画とのずれ(C)、ハローワーク・本人・大学の思い(A)を確認しながら合意のもと進めていくということの2つである。 5 実際の支援と成果(2021/10-2022/3) (1) モデルケースA:自己理解と進路検討まで Aさん大学3年生(当時) 診断名:アスペルガー症候群 プログラム:Early Start ■目標 3年終了時までに、自己理解のうえ進路検討 ■成果 自己理解を経て、オープン就労を決定 ■困りごと コミュニケーションが苦手、マイペースでいつもぎりぎりにならないと行動できない。あまり困り感はないが、アルバイト経験がなく働くイメージが掴めず、就活をどう進めていいかわからない。 ■使用したツール・コンテンツ・その他 ①インテーク&オリエンテーション 「自分を知り社会資源を知り納得のいく進路選択をしよう」「楽しさ人生カーブ」 ②自分を知る 「VRT」「生活リズム表」「大学からの情報(過去含む)」「診断情報(WAIS-Ⅲ)」「特性チェック表」 ③仕事を知る 「求人票検索&検討」「短期アルバイトにチャレンジ」 ④スキルアップトレーニング 「こころのスキルアップトレーニング」 ■成果物 ・自己理解アプローチシート ・私の特性と対処法 ■支援を通じた本人の変化 ①②を進めていく中で相談者との信頼関係も醸成され、漠然とした不安は軽減し、主体的な言動が増えた。また、自身の強みを知ることで、自己肯定感や就労意欲の向上に繋がり、自らアルバイトに挑戦することを決めた。 ③を進めていく中で、働くことのイメージや得手・不得手などリアルに感じ取ることができ、4年生に進級後は、障害者雇用求人を中心に、積極的に就活を行っている。 (2) モデルケースB:自己理解から就職まで Bさん大学4年生(当時) 診断名:ASD/ADHD プログラム:Compact ■目標 ①4年生12月までに卒論等を完了および進路決定 ②3月末までに内定をゲット ■成果 ①4年生11月卒論、12月短期専門学校修了、1月初旬障害者求人応募 ②2月末第一志望企業に内定 ■困りごと 大学3年の時、アルバイトやインターンシップでのコミュニケーションがうまくいかず受診。自信がなくキャリアセンターにも行けず、どういう進路選択をしたらよいのかもわからない。また、卒論・短期専門学校・就活の並立に困っている。面談中ずっと泣いている。 ■使用したツール・コンテンツ・その他 モデルケースAと重複しないものだけを記す。 ①インテーク&オリエンテーション 「卒論・短期専門学校・就活のスケジュール作り」 ⑤自己PRスキル 「エントリーシート・自己PRシートの書き方」「面接スキル」 ■成果物 ・自己PRシート ・私の特性と対処方 ■支援を通じた本人の変化 障害者雇用を含む進路選択の話になると涙が止まらず、メリットは理解できているが受容できていない様子が伺われた。しかし、1か月後、家族と相談して障害者求職登録と手帳の申請を決意。 卒論・短期専門学校修了・就活のタスクを並列タスクから直列タスクに変更した。卒論を最優先、終了後短期専門学校を年内に終了させ、1月から就活に集中することとした。気持ちの整理ができ、自信がついたようであった。 1月にはすっきりした表情で地域の障害者面接会に応募し、「エントリーシート」と「私の特性と対処法」を作成した。このころ手応えを感じたとのこと。面接では「私の特性と対処法」を使って自分の障害や配慮ポイントについて話すことができ、第一志望企業に内定した。 6 今後の進め方 2つのモデルケースを基に、県下の大学との連携を幅広く進め発達障害のある学生の支援を水平展開していきたい。 また、大学とハローワークだけの連携ではなく、地域障害者職業センター・障害者就労移行支援事業所・就業体験提供者等も含めたシステマチックな連携を目指し、利用者の自己理解とスキルアップの選択肢を増やしたい。 【参考文献】 1)2010,2020学生の就学支援に関する実態調査結果(独立行政法人日本学生支援機構)、 2)2020大学卒業者の就職実態調査(厚労省・文科省.) p.30 高機能ASD者の就労継続を支える ~就労移行支援事業所におけるソフトスキル支援、地域機関と連携したライフスキル支援~ 〇徳谷 健 (特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺 管理者) 濱田 和秀(特定非営利活動法人クロスジョブ) 砂川 双葉 (特定非営利活動法人クロスジョブ) 1 はじめに 就労継続にあたり、本人の作業遂行能力も大事だが、根底にある生活環境が安定せず不安を持ち続けたままであれば、就労だけでなく生活全体が簡単に崩れてしまう。職場・地域機関への相談が苦手な当事者に対し、自身の不安を書き出すことで言語化・見える化するソフトスキル面の就労支援と、家庭内の生活課題に対するライフスキル支援を地域連携の中で行った事例を報告する。 2 方法 (1) 対象者 マサシさん(仮名)、40代、男性。診断は軽度の発達障害。精神保健福祉手帳3級を所持。両親と兄との4人暮らしであったが、兄は統合失調症の病状悪化により20XX年夏、精神科に入院。以後入退院を繰り返したが、現在は長期入院中で退院の目途はたっていない。マサシさんは兄との同居生活は無理だと不安を抱えている。20XX年+1年秋、父が亡くなり、以後母との2人暮らしとなる。 高校入学前のオリエンテーションに対する予期不安から不登校となったことがきっかけで精神科を受診。精神的安定を取り戻して通学・卒業するも、仕事が長く続かず離職を繰り返す。相談が必要な際に不安が高まり、自身から退職を申し出ることが続いた。 仕事を長く続けられないことに「どうしたらいいのか」という想いを持ち、30歳の頃に再び精神科を受診。以後9年間カウンセリングに通い続ける。病院からの勧めで、就労前の準備として障害者就業・生活支援センターを利用した際に発達検査を進められ、軽度の発達障害との診断を受けた。「やっぱりそうだったんだ」という気持ちと「自分は障害者なのかな?」という不安な気持ちの両面があったとのこと。障害者就業・生活支援センターからの勧めで2020年9月に就労移行支援事業所の利用に繋がった。 就労移行支援事業所を利用して12ヵ月が経過した頃、兄の病状が悪化。まずは生活基盤を整えたいとの本人からのニーズにより障害者就業・生活支援センターから基幹相談支援センターを紹介、連携が始まる。 19ヵ月就労移行支援事業所を利用した後、店舗バックヤードの仕事に就くが、キーパーソンの異動を機に不安が高まり、欠勤。欠勤してしまったことから更に不安が高まり、就労から6ヵ月目に自ら退職を申し出た。 再び就労移行支援事業所を利用し、一般就労に向けて取り組んでいる。 (2) 手続き 離職に至った経緯を振り返る中で、「話すための準備をしすぎて言い出せなかった」「相手から悪く思われているのではないか、と悪いイメージを持ってしまっていた」「自分で結論を持ってから報告をすることが多く、人の助言を聞く余裕が無かった」「文書に書き出す方が自分の考えを伝えやすい」という自覚に至った。 マサシさんは、自身の思考の中で湧き上がってくる言葉の整理・優先順位づけが困難であったことから、表出に至る前段階で自縄自縛に陥り、相談できずにいたと考えられた。そのプロセスを自覚することなく自分自身を責め、「他者から悪く思われているに違いない」という断定的な思考のループに陥ることで、他者との関わりへの忌避に拍車がかかっていくことも見て取れた。 支援者からは、自身の思考のクセを知って対処することが働き続けるために必要であることを提示。断定的な思考に陥ることがマサシさんのストレスサインであること、ストレスサインに気づいたら書き出して相談すること、書き出しには書き出しシート(図1)を使用することで、マサシさんの思考を自身・周囲に対して視覚化する方法をとることとした。 図1 書き出しシート 生活面においては、母が心臓の病を患ったため、介護認定区分を申請。基幹相談支援センターがマサシさんの自宅を訪問して不安を聞き対処するなど、家庭内に入り込んだ支援を行った。 p.31 3 結果 ストレスサインに気づいたら書き出しシートを使う、という枠組みでは自身から書き出すタイミングを掴みづらかったため、毎日の訓練プログラム終了時に書き出し、提出することとした。 母の入退院、自身の医療機関受診日の調整、父との死別に関わる事務手続き、兄の経過と自身の不安との兼ね合いなどの生活課題については基幹相談支援センターからの支援を受け、カウンセリングへの同行など医療機関との連携も実施した。 (1) 企業実習場面での書き出しシート利用 再利用から7ヵ月目に雇用前実習を3週間実施。書き出しシートを毎日提出すること、提出する場所・相手を決めてもらうことを、企業の了承を得て取り組んだ。実習中、自身の自己判断から「企業の方にはよくしてもらっているのに、迷惑をかけた。自分はここに居ないほうがいいのでは」と不安が高まる場面があった。 支援者の巡回時にマサシさんから上記の相談があったため、書き出しシートに記載して提出することを提案し、自己判断の経緯・マサシさん自身の不安な想いと併せて、企業への質問を以下のように記載した。 ・失敗の原因がなんだったのか、ミスだったのか、それ以外の答えが知りたいと思います。(原文のママ) ・自分では大きなミス(失敗)と思っていました。思い込みであればよいのですが、いかがでしょうか? 企業からは「指示する側に齟齬があった結果としてのミスであり、自己判断ではない。気にしなくてよい」との返答を受け、残りの実習期間は安定して取り組むことが出来た。 (2) 連携機関とのライフスキル支援 自身で決めたスケジュールを守ることで安心を確保するマサシさんにとって、母・兄の入退院の時期が見えないことは「身動きがとれない状況」を作り出すことに繋がっていたが、基幹相談支援センターにはメールを使用して都度相談が出来ており、「自身で結論を出す前に相手の意見を 表1 各機関との連携一覧 医療 定期的な受診・カウンセリング 就業・生活支援 センター 就労移行支援事業所紹介、ケアカンファレンスに同席の上、基幹相談支援センターを紹介 基幹相談支援 センター 母の介護認定・本人の区分申請手続き、父の葬儀・事務手続きの支援 職業センター 職業評価・ジョブコーチ支援 聞いてスケジュールを組み立てる」ことも出来ている。 表1に示したとおり、マサシさんに関わる支援機関は多いが、それぞれの役割とタイミングの枠組み(定期受診、各手続きの前後、実習や就職前後など)を示すことでマサシさん自身からメールを使用して自発的な相談のきっかけを作ることが出来ている。 4 考察  マサシさんは就労移行支援事業所を利用する中で、雇用に至る実習を2社経験しているが、2社のどちらにおいても作業遂行に関わる支援は必要としなかった。 書き出しシートを利用して自身の不安の言語化、相談のタイミングの見える化を行ったことで発信のハードルを下げるソフトスキル支援を行い、家庭や生活面の課題に対して外部の機関に相談する枠組みを連携の中で示す支援によって、他者の意見を取り入れながら先の見通しを組み立てることが出来た。 就労移行支援事業所だけでは、本事例のように家庭内の課題への対処と就労に向けた動きを一致させることは難しく、マサシさんの「一人暮らしを継続するためには収入が必要であり、就労を継続するためには一人暮らしの環境が必要」というニーズにも応えることは出来なかった。相談・発信というソフトスキルに向き合いながら、父との死別・母の病気・兄の病状悪化という出来事に対処できたことは、社会資源を上手に使うことが出来るマサシさんのライフスキルであると考える。 また、ライフスキルの土台となっていたのは、各連携機関への面談前後にもノートに思考を書き出して臨むことが出来る、というマサシさんのソフトスキルであった。マサシさんは、自身で書き出したものを見ることによって思考・精神の安定を自身で確認する。書き出したものは各連携機関・企業との対面時に言葉として表出するための見通しとなり、その場に臨むための心理的ハードルを低くする。 就労継続を支えるためには、当事者の生活課題を支援する地域連携とともに、自身の困り感を自覚し、適切に表出して周囲を頼るための、ソフトスキルの支援が必須であると結論付ける。 【参考文献】 1) 梅永雄二「発達障害の子の子育て相談⑥キャリア支援 進学・就労を見据えた子育て、職業生活のサポート」,本の種出版(2017) p.32 高機能ASD者のソフトスキル支援 -就労移行支援事業所におけるBWAP2アセスメントの実践から- ○砂川 双葉(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺 副所長) 梅永 雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院) 濱田 和秀(特定非営利活動法人クロスジョブ) 1 はじめに 高機能ASD者の就労問題は、仕事そのものの能力であるハードスキルより日常生活や余暇などのソフトスキルの問題が上回っていると指摘している(梅永,2018)。また、就労支援と同様に、生活支援が必要であるとの指摘もある。本研究では就労移行支援事業所で実施したBWAP2アセスメントから、生活面などのハードスキル以外の側面のサポートが就労支援の土台になることを検証することを目的とする。 2 方法 (1) 対象者 ナナミさん(仮名)、20代、女性。診断はASD。精神保健福祉手帳3級を所持。妹と2人暮らし。 WAIS-Ⅳ:FSIQ :84、言語理解: 94、知覚統合:95、ワーキングメモリー:82、処理速度:85 。 四年制大学を卒業後、一般企業(介護職)で就職したが、臨機応変な対応が苦手で、スピードが遅く、理解出来ていないことがあっても多忙な職場環境で相談を躊躇することがあった。勤務を続ける中で腹痛や頭痛、咳などの身体症状が表れ、勤務中に長時間の休憩が必要な状態になる。所属先の上司が本人と面談を行い、発達障害の疑いがあることを指摘。本人も現状に違和感があったため、勧められた通りに受診した結果、ASDの診断、手帳取得に至った。その後、地域生活支援センターのサポートを受けて就労移行支援事業所の利用に繋がっている。 手帳取得や福祉サービスの利用については「自分のことを知るために必要だと思う。体調不良の原因も分からないので相談しながら今後の働き方を考えていきたい」と話されていた。 12ヶ月就労移行支援事業所を利用した後、ペットショップの障害者雇用枠で就職。 (2) 手続き 就労移行支援事業所に週5日通所。遅刻、欠勤なく通所出来ている。ワークサンプル幕張版 (以下「MWS」という。)と BWAP2を実施した。 BWAP2とは、ベッカー職場適応プロフィール2のことで、障害のある人の職場適応力をアセスメントするツールである。ハードスキルだけでなく、ソフトスキルを把握することが特徴。検査項目は4つの領域に分かれており、「仕事の習慣/態度(HA)」10項目、「対人関係(IR)」12項目、「認知能力(CO)」19項目、「仕事の遂行能力(WP)」22項目からなっている。検査結果は、各領域と4領域を合わせた「総合的職場適応能力(BWA)」で評価をされる。 3 結果 BWAP2の検査結果を表1に示す。換算表は「情緒障害(全年齢対象)」を使用した。 表1 ナナミさんのBWAP2の結果 粗点 Tスコア パーセンタイル値 ワークプレイスメント ワークサポート HA 28 53 62 福祉(高) C IR 30 62 88 就労移行 A CO 65 62 88 就労移行 A WP 76 67 95 一般就労 A BWA 199 66 94 就労移行 A 表1の読み取りの結果からWPのワークプレイスメントは「一般就労レベル」を示し、BWAについては「就労移行」であった。全体的に高いレベルの検査結果になったが、HAは「福祉就労(高レベル)」となっている。 HAの下位検査では、「1.衛生面」の項目で2点、「2.適切な服装」、「3.身だしなみ」の項目において1点となり、基本的な仕事習慣における支援が必要であることが分かった。具体的には寝癖やシャツのシワがある、第2ボタンまで開襟しているため胸元が開きすぎているなど。 また、WPの下位検査では、「8.必要な援助要請」 、「17.仕事上の体力」の項目がそれぞれ2点であった。全体評価は「一般就労レベル」を示していたが、前職の離職理由と関連する項目で低い得点結果となっている。 MWSはいずれの課題もミスなく作業遂行が出来ている。作業における信頼度は高い。 (1) 生活面のアセスメントと支援 BWAP2のアセスメントを基にヒアリングを実施。本人 p.33 としては「体臭がすると他者の迷惑になるが、シャツのシワは迷惑にならない。寝癖についても誰かを困らせている訳ではないので修正の必要性を感じない」とのことだった。また、これらの話の流れから生活状況を確認し、洗濯物を畳まず床に放置していることや光熱費、奨学金などの支払いを滞納していること、収支の把握が出来ていない不安から1日の食事回数を1~2回に制限し 、ヨーグルトなど軽食で済ませている状況を把握した。 就労移行支援事業所の面談では現状把握と課題整理を行い、具体的な自宅での支援は地域生活支援センターに依頼。食事制限から体調不良に繋がっている可能性を確認出来たため、まずは収支の把握から行い、不足分については別居している母親に援助してもらうことになった。母親としては「相談があれば経済的なサポートは問題なく行える。今まで金銭的に困っているという話を聞いたことがなかったので順調に生活出来ていると思っていた」とのことだった。経済的な安定を得られたことや食事を1日3回にしたこと、昼食は野菜を多く採るなどのルールを決めたことで体調面が安定している。その他にも地域生活支援センターには、ワクチン接種の予約や会場までの同行、失業保険の手続きなどのサポートも協力を得た。 心身の安定が図られてきたところで再度身だしなみについての改善提案を行った。ナナミさんの目標はペットショップで働くことであり、接客業を目指していた。支援者と一緒にペットショップの見学を行い、実際に店舗で働く従業員の服装や髪の整髪、接客対応などを観察した。この経験から「従業員は長い髪を1つにくくっていた。制服も清潔な状態で着用していた。お客様からの見られ方が大事だ」と気付きを得ることが出来、自身の身だしなみ改善について前向きな姿勢を見せるようになった。寝癖直しについては必要な道具、手順を把握していなかったため、支援者が先行モデリングを提示、その後、同時モデリングを行いながら整髪の練習を行った。道具の使用方法や手順が分かったことや、1週間程度支援者と一緒に整髪練習を続けたことで手順の習得と定着が出来た。 (2) 援助要請のアセスメントと支援 定期面談で前職時代の振り返りを実施。誰に何をどの様に伝えればいいか分からず、困ったことがあっても我慢することが多かったことが分かった。我慢を続けることで精神的な負担がかかり、身体症状が表れていた可能性を話し合った。 作業中の質問については定型文を提示して報告の練習を実施。相手との距離感(目安は腕1本分)やクッション言葉を用いた声掛け(「○○さん、今よろしいでしょうか」と伺いをたてる)のルールを決めたことで報告のしやすさが向上したことを確認した。 また、順序立てて話すことの苦手さがあるため、作業や就活以外の相談(生活面、家族関係など)は面談前に書き出しシートを記入し、シートの内容を読みながら話す方法を実施した。 4 考察 就労移行支援事業所は通所型の福祉サービスであるため、対象者の生活実態が掴みにくい。しかし、生活面の躓きが職業訓練や就職活動の経過に影響を与えることが多いため、就労支援の現場でも日常生活のアセスメントは重要になり、ナナミさんの事例についても作業遂行における支援はほぼ必要としなかったが、就労を継続するために心身の安定を図ること、仕事の基本的習慣を身につけることは必須であった。   就労移行支援事業所で実施できる支援、今回の事例については、現状の把握、身だしなみを整える、援助要請の練習を行ったが、実際の生活場面に入り込んで支援を実施しないと問題解決できないケースも多い。ナナミさんが地域生活支援センターのサポートを得たように、就労移行支援事業所以外の福祉サービスが介入することで生活面の支援効果を高められることが期待される。今後の就労支援については、就労移行支援事業所と幅広い社会資源が連携していくことも必要になり、働く土台には生活の安定が重要であると結論付ける。 【参考文献】 1)梅永雄二・井口修一(2018)アスペルガー症候群に特化した就労支援マニュアルESPIDD -職業カウンセリングからフォローアップまで,明石書店 2)梅永雄二(2021)発達障害の人の就労アセスメントツール: BWAP2〈日本語版マニュアル&質問用紙〉,合同出版 3)砂川双葉:第29回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集p.126-127(2021) p.34 就労支援の人材育成 -「Rehab.C塾」の取り組み ○松為 信雄(一般社団法人職業リハビリテーション・カウンセリング協会 代表理事) 1 障害者雇用の質と支援人材 障害のある人の雇用の質を高めるには、労働市場への参入に向けた準備を経て、就職後の職場適応と定着を経てキャリアを向上させながら、一人ひとりが「Well-Being」あるいは「Quality of Life」の向上を目指すような支援が益々必要だろう。 特に「Well-Being」は、近年、ビジネスの場においても、働き方の多様化、人材定着のための環境作り、働き方改革の推進などを背景として、関心が高まりつつある。 障害のある人にこうした「Well-Being」や「Quality of Life」を軸にした生涯に及ぶ切れ目のない支援を継続するには、それに携わる人材の育成が極めて重要となる。そのためには、実践的な活動の基礎となる知識と技術の体系について共通認識していることが不可欠である。 本論では、そうした知識と技術の体系としての「職業リハビリテーションカウンセリング」を紹介するとともに、その系統的な研修をする「Rehab.C塾(リハビリテーションカウンセリング塾)」の内容と成果について検討する。 2 職業リハビリテーションカウンセリング (1) 定義 職業リハビリテーションカウンセリングは、「障害のある人の社会的な参加、中でも職業的な場面への参加を進めるために、環境条件に個人を適応させたり、個人と仕事の双方のニーズを調整するような支援をする専門的活動」(Szymanski,1985)、あるいは、「身体障害、知的障害、発達障害、認知障害、情緒障害のある人の個人的な目標や職業及び自立生活における目標を、最も統合化された場で達成するために体系化された支援過程」(CRCC,2003)と定義される。 (2) 学術の体系 その中核となる概念は「キャリア支援」である。また、学問的な基盤を人間発達学に依拠し、支援の対象は個人とそれを取り巻く種々の環境の双方に向けられ、支援の仕方は「役割」を介して双方の流通性の強化に向ける。 同分野における我が国での最近の図書1)では、Ⅰ.理論的基盤、Ⅱ.個別支援の実際、Ⅲ.雇用環境調整の実際、Ⅳ.ネットワークと人材、の4部からなる全19章で構成されている(図1)。 その理論的基盤は、サービスの対象となる障害のある個人に焦点を当ててその「個別キャリア(Personal Career)」の育成に向けるとともに、支援の在り方は、就職時の職業的な選択に限定されるのではなくて、生涯におよぶキャリア発達の育成に向けられるべきであるとしている。 図1 職業リハビリテーションカウンセリングの体系 3 Rehab.C塾(リハビリテーションカウンセリング塾) 同書をテキストとして、障害のある人を含む生活のしづらさを抱えている人の雇用支援を担う人材育成のための研修プログラムが、2022年から始まった「Rehab.C塾」(リハビリテーションカウンセリング塾)である(図2)。 図2 Rehab.C塾のホームページ p.35 (1) 目的 同塾は、①診断の有無に拘らず「生活のしづらさ」を抱えた人が、働くことを踏まえた社会生活を維持してQOLを高めてWell-Beingとなるような支援を担える、②医療・福祉・教育・雇用の異なる分野を超えて、キャリア支援に基づく切れ目のない支援を担える、人材に育つことを目指している。 (2) 受講者 受講を希望する人は、雇用支援の専門的な理論と手法を学びたい人、あるいは、それを事業や業務として展開したい人である。 たとえば、医療・保健機関、障害福祉サービス機関、特別支援教育等の教育機関、雇用支援機関、そして、企業の人事労務関係部署に所属される方やキャリアコンサルタントとして活動される方である。 (3) プログラム プログラムは、先のテキストを基に合計13回の講座からなる(表1)。 それらは、第Ⅰ部:基礎理論とネットワーク編(キャリア支援を推進する職業リハビリテーションカウンセリングの基礎的な知識や理論)、第Ⅱ部:個別支援編(個別支援の実践に関わる知識と技術の体系)、第Ⅲ部:雇用環境調整編(雇用環境調整の実践に関わる知識と技術の体系)で構成されている。 表1 配信の内容とプログラム (4) 講座の展開 毎回の講座は、①事前の予習(テキスト該当箇所の事前学習)、②オンデマンド配信による受講(パワポ資料に基づいた講義を20分×4講座で構成)、③ライブ配信によるゼミ(受講者のディスカッション)で展開されている。 特に、受講者相互のライブによるディスカッションが講座の特徴であり、受講者の学修意欲が最も喚起される。 (5) 修了後の成果 塾の全講座を修了した時点で、①職業リハビリテーションカウンセリングの知識と技術の全体的な体系を習得し、②自分の実践してきた支援を系統的に整理でき、③障害のある人を含む生活のしづらさを抱えている人の雇用と職場定着に向けた支援を具体的にイメージでき、④同期生や先輩・後輩との強力な連携とネットワークを形成すること、などが期待される。 4 修了者と振り返り 本年1月から開始し8月に終了した「0期生」は、精神科医療機関やデイケア、移行支援やA型の障害福祉サービス事業所、ハローワーク、障害者雇用支援機構、一般企業の人事労務部門、職場適応援助者養成などに所属される方の他に、親の会の方もいる。 また、受講前に既に、障害者職業カウンセラー、精神保健福祉士、キャリアコンサルタント、職場適応援助者、臨床心理士、作業療法士などの有資格者であり、障害者の雇用就労支援を10年から40年以上従事している。 修了後の振り返りでは、 ・職業リハビリテーションやカウンセリングの理論を体系的に学ぶ場となった ・一見困難だと思う対象者でも働くことを含む自分らしいキャリアを築くための支援を探求し始めた ・専門職としての自分の立ち位置が明確になった ・障害者雇用の現場の課題が多様化・複雑化する中にあって常に立ち返るべき羅針盤となる などが指摘された。 5 今後の課題 同塾の研修プログラムの開発は、職業リハビリテーションカウンセリングの知識と技術の体系と不可分な関係にある。このことは、今後も職業リハビリテーションカウンセリングの知識と技術の体系化に向けた取り組みを継続することが必要であることを意味する。 【参考文献】 1) 松為信雄:キャリア支援に基づく職業リハビリテーションカウンセリング-理論と実際-,ジアース教育新社,2021 【連絡先】 Tel:045-622-5874 E-mail:nmatsui@mui.biglobe.ne.jp p.36 就労支援機関管理者に対する研修の開発 -試行研修プログラムの実施と効果- ○大川 浩子(北海道文教大学 教授/NPO法人コミュネット楽創) 本多 俊紀(NPO法人コミュネット楽創)、宮本 有紀(東京大学大学院 医学系研究科精神看護学分野) 1 はじめに 従来、障害のある人の就労支援を行う支援者の大半は在学中に雇用・就労に関する知識にふれる機会がなく、卒後の実践現場に入った後のOJT、Off-JTに委ねられているとされている1)。結果として、所属機関の管理者や運営法人の在り方が人材育成に大きな影響を与えると思われる。就労支援機関における管理者の課題は、その属性(事業形態、運営法人の規模や役員の兼務の有無)で異なる点があると考えられている2)が、管理者の育成や組織に関する調査報告は少ない。 今回、我々は、就労支援機関の管理者に対する研修プログラムの開発を目的に、対話を重視した試行研修プログラム(以下「本プログラム」という。)を実施した。その概要と研修の前後に実施したアンケート結果について報告する。なお、本研究は本学の倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:03018)。 2 方法 (1) 本プログラムの背景と内容 当初、対話を重視した内容のため対面での研修を計画していたが、コロナ禍により、Webによる開催方法を検討し、新たにリスニングアワーを用いることとした。リスニングアワーはプレイバックシアター創設者の一人、ジョナサン・フォックスが創案したものであり、日本語圏では2020年5月より取り組まれている3)。実施形態は、ガイド(進行役)1名に参加者4~6名が、オンラインあるいは対面で、約1時間程度とされている3)。リスニングアワーセッションの構造(流れ)とガイドの役割について表1に示す。 表1 リスニングアワーセッションの構造とガイドの役割3) 本研究でリスニングアワーを用いた理由としては、Webで開催できることに加え、一人の参加者が話す間、他の参加者は聞き手となり、結果として「話すこと」と「聞くこと」が分けられる形になっていることがある。この構造はリフレクティングで言われている内的対話(自分との会話、あるいは、自分の内なる他者との会話4))を進め、管理者自身が新たな視点や気づきを得ることで、ストレスの軽減やセルフ・コンパッションの涵養につながる可能性が考えられた。 本プログラムでは、研修を修了した演者がガイドを担当した。また、参加者は、「現在の仕事について」というテーマでストーリーを語り、その他については、表1の構造に原則として従った。なお、本プログラムの1回あたりの参加者は3~5名であり、実施時間は30~40分程度であった。 (2) 研究協力者 本研究の協力者は、就労移行支援、就労継続支援(A・B型)、障害者就業・生活支援センター(以下「ナカポツ」という。)の各事業を実施している機関(多機能型を含む)の管理者である。選定方法は、厚労省のリスト(ナカポツ)及びWAMNET(その他の事業所)を参照に、各事業200ヶ所をランダムに抽出し、本研究への協力依頼文書を発送した。その後、本研究への協力に興味を示した管理者で、文書による同意が得られた者とした。上記で人数が不足した場合には、研究者のネットワークを活用し、属性に配慮しながら研究協力者を募った。 最終的には11名から協力が得られた。研究協力者の属性は、表2のとおりである。所属機関における就労支援の経験年数は2か月~15年であり、管理職としての経験年数は0(協力時点が事業開始)~15年であった。また、いずれの管理者も職員の人材育成に関わっていた。 表2 研究協力者の属性 (3) 実施手順 本プログラムでは研究協力者の都合を考慮し、3回の日程に分けて開催し、いずれかの1回のプログラムに参加することとした。そして、本プログラムに参加する前後に p.37 Web(Googleフォーム)によるアンケートに回答してもらった。アンケート内容としては、管理者の基本情報や各尺度、本プログラムの満足度(事後アンケートのみ)等を含め、回答期間はいずれも本プログラム実施前後の1週間とした。なお、本研究では、回答の欠損が認められなかったワーク・エンゲイジメント(日本語版UWES5))のみ分析対象とした。 分析方法は、単純集計、及び、研修参加前後のワーク・エンゲイジメントについて、Wilcoxon符号付順位和検定を行った(SPSS Statistics 28)。 3 結果 (1) 本プログラムへの満足度 本プログラムに対する満足度としては、満足が3名、やや満足が7名、やや不満足が1名であった。満足・やや満足の理由としては、他者の視点から業務を振り返ることや利害関係を気にせずに話をする・聞くことができたことがあげられた。また、やや不満足の理由としては、各事業所の悩み事について意見交換をしたかったことがあげられた。 (2) 本プログラムの内容・時間等について 本プログラムの内容については、よいが3名、ややよいが6名、どちらでもないが2名であった。よい・ややよいの理由としては、少人数で話ができたことやガイドがいることで安心できたこと、同じ立場の人と話をすることができたことなどがあげられた。 また、本プログラムの実施時間については丁度良いが4名、やや短いが5名、短いが2名であった。丁度良いとした理由としては、業務との兼ね合いで調整しやすいことがあげられていた。一方、短い・やや短いの理由としては、もう少し話をしたい・聞きたいがあげられた。 そして、本プログラム感想としては、「もっとコミュニケーションを取りたくなりました」「もっと話したかった」「思ったことを言った後に何か意見が欲しかった」などの意見があげられた。 (3) ワーク・エンゲイジメント 実施前の日本語版UWESの値は、平均3.2±0.9であった。終了直後の値は2.5±1.2であり、有意差は認められなかった。なお、実施前後で数値が上昇した者は2名、下降した者は8名、変化のない者は1名であった。 4 考察 今回、実施前後アンケートの結果から、研究協力者である管理者が本プログラムに参加することで、他者の視点から自分の業務を振り返ることができた者がいたと思われる。この点は、本プログラムにリスニングアワーを用いることで期待していた「新たな視点や気づきを得ること」に関しては、一部達成できていると考えられた。一方、ただ話を聞きあうだけではなく、具体的な工夫や自分の話に対するリアクションも求めている者がいることも示された。この点を踏まえると、管理者に対する研修プログラムとしては、お互いの話を聞き合うだけではなく、経験や工夫について話し合う部分も必要であると思われた。また、時間の長さとしては、やや短い・短いと感じるものが多かったが、管理者が業務時間を調整して参加することを考えると、1回あたりの時間は1時間程度とし、回数を分けることで参加がしやすくなると思われた。 そして、今回、ワーク・エンゲイジメントは本プログラム実施前後での値の変化に有意差は認められなかった。しかし、8名の研究協力者において実施後に数値が下がっていた。この結果から、本プログラムへの参加による影響を受けて、ワーク・エンゲイジメントが下がったことが考えられる。ワーク・エンゲイジメントを高める要因には仕事の資源と個人の資源があるとされている3)。特に、個人の資源は個人の内部にある心理的資源であり、自己効力感、組織での自尊心、楽観性などが該当すると言われている5)。今回、本プログラムに参加することで、自分の業務を振り返った結果、個人の資源が影響を受け、ワーク・エンゲイジメントが下がった可能性が考えられる。今後、他の尺度の結果も踏まえて、さらに検討する必要があると思われる。 5 結語 今回、就労支援機関の管理者を対象とした研修プログラムを実施した。そのアンケート結果から、管理者に対する研修としては、お互いのことを聞き合うだけではなく、経験や工夫を分かち合うことも必要であると思われた。また、本プログラム参加者のワーク・エンゲイジメントの得点が参加後に下がった背景については、多方面から検討が必要であると思われた。なお、本研究はJSPS科研費JP19K 02163の助成を受けている。 【参考文献】 1) 松為信雄『職業リハビリテーション人材の育成』「精リハ誌18巻」,p.42-46,(2014) 2) 大川浩子・他『就労支援機関における管理職の現状と課題 ―インタビュー調査から―』「北海道文教大学研究紀要46号」,p.49-59,(2022) 3) https://www.listeningstories.com/(2022/8/17アクセス) 4) 矢原隆行『リフレクティング 会話についての会話という方法』,ナカニシヤ出版(2016),p.23-46 5) 島津明人『ワーク・エンゲイジメント ポジティブ・メンタルスで活力ある毎日を』,労働調査会(2014),p.44-70 【連絡先】 大川 浩子 北海道文教大学 e-mail:ohkawa@do-bunkyodai.ac.jp p.38 行動的就労支援:就労支援における行動分析学の活用 -就労支援における行動記録の重要性と活用上の課題についての一考察-   〇佐藤 大作(秋田障害者職業センター 主任障害者職業カウンセラー) 1 取組の背景 就職や安定した職業生活を送ることは、障害のある当事者にとっては収入を得ること、自立した生活、将来設計の検討、生きがいややりがいなどを左右する大きな要因である。また、採用活動や人材育成、雇用管理にはコストがかかるため、障害者を雇用する企業にとっては、できるだけコストをかけずに高い費用対効果(安定した職場定着等)が得られることが重要なポイントの一つとなるだろう。一方、就労支援においては様々な問題が生じることも多く、それらの問題が安定した職業生活を送る上での阻害要因となっている。さらに就労支援の特徴として、利用者(障害者)の属性や場面(環境)が多彩であり、一事例ごとに状況が大きく異なること、物理的、人的、制度的な要因から支援方法が限定的になりやすいこと、一定の支援期間内で成果を出すことが求められることなどが挙げられる。 そのような条件の中で問題改善を図るためには、障害者に対する就労支援を行う支援者(以下「支援者」という。)には、問題を改善するための具体的な支援技術が求められるだろう。 では、支援者はどのような支援方法を用いているのであろうか。障害者職業総合センターが行った調査1)によると、「手本を示した後、(一緒に作業し、)次に一人でやらせる」が91.5%と最も多く、「応用行動分析学に基づいて機能分析を行い、行動を形成し維持させる」は8.8%と、「その他」4.7%を除けば最も少ない結果となっている。また、就労支援において具体的な支援技術として取り上げられるものに「課題分析」と「システマティック・インストラクション」があるが、同調査において「課題分析を行う」45.1%、「システマティック・インストラクションで仕事(課題)を習得させる」18.5%であった。 これら二つの支援技術は、効果的ではあるがいずれも主に作業遂行に関するものである。就労支援における問題は作業遂行に関するものだけではなく、コミュニケーションや体調・生活に関わること、作業以外の様々な問題行動など、多岐にわたる。そのため、就労支援の問題を解決するには他の支援方法も必要と思われる。しかし、就労支援分野において、どのような支援方法が効果的なのかについての研究や客観的根拠に基づいた実践は少なく、“わが国で行われている支援技法に関する報告は、(中略)そのほとんどが新しいプログラムの紹介や事例の記述など、逸話的なレベル”との指摘もある2)。就労支援においても研究や客観的根拠に基づいた具体的な支援技術の検討が急務といえる。 そのような問題意識から筆者はこれまで行動分析学に基づいた就労支援の実践について取り組んできた。行動分析学を選んだ理由は、医療、福祉、教育、ビジネスなど、対人的な関わりが中心となるヒューマンサービス領域において、高い成果を出しているためである。以下に領域の異なる3事例を紹介する。 2 ヒューマンサービス領域における支援方法 (1) 高齢者介護領域での実践 就労支援領域では、職場や訓練場面等で生じる様々な問題行動は重大な課題の一つである。高齢者介護領域でも同じように認知症高齢者の問題行動への対処が求められており、就労支援と共通する課題といえる。高齢者介護領域では、介護施設における認知症高齢者の問題行動に対して、認知症という疾患や個人の性格等の属性に問題行動の原因を求めず、行動の記録をとり、記録に基づいた支援事例がある3)。 (2) 精神科医療領域での実践 就労支援領域では、物理的、人的な理由等から職場や訓練場面において支援者が長時間(必要なだけ)観察や働きかけを行うことが難しい場合が多い。精神科医療領域でも同じように主に面談室内での面談という限定された条件の中で問題改善が求められており、就労支援領域と共通する課題といえる。精神科医療領域では、行動分析学に基づいた機能的アセスメント、生態学的アセスメントの視点に基づいて面談を行い、客観的に観察可能な行動をリストアップし、記録の取得方法を工夫することで問題行動を改善し、患者のQOL(Quality of Life)向上につながる行動を増加させた事例がある4)。 (3) ビジネス領域での実践 就労支援領域では、障害者本人だけではなく、一緒に働く従業員や関わりのある支援機関担当者等、異なる組織のメンバーの協力的な行動を引き出すことが必要となる場面が多い。  ビジネス領域でも同じように経営効率化等を図るため、企業内の社員だけではなく、顧客の行動へアプローチすることが求められる場合があり、就労支援領域と共通する課題といえる。ビジネス領域では顧客が領収書を整理して提出する行動に対する介入を行い、業務負担を軽減し、利益を出した事例がある5)。 3 今回の取組について 以上のように、複数のヒューマンサービス領域において行動分析学に基づいた実践事例が積み上げられ、着実な成果を p.39 出している。同じような課題を抱える就労支援領域においても行動分析学の知見が活用できるのではないかと考えられる。  しかし、現状では就労支援領域において行動分析学に基づいた実践事例は非常に少ない。そこで、秋田障害者職業センターでは就労支援領域で行動分析学に基づいた支援を実践できるようになることを目的に支援者育成(研修及び事例検討)に取り組み始めた。今回はその活動の報告を行う。また、その中でも行動測定のメリット、課題点等について重点的に報告したい。 4 実施内容:ジョブコーチを対象とした事例検討会 ・月1回(1回約60分)、配置型ジョブコーチを対象に行動的就労支援に関する研修及び事例検討会を実施した。 ・事例検討会では初回に行動的就労支援の基本の流れを解説した(図1)。また、必要な知識については適宜研修を実施することで補うこととした。 ・事例検討会は、検討したことを実際に実行し、その記録を取り、記録に基づいて再度支援効果や方向性を検討する形をとった。 図1 行動的就労支援の流れ 5 実施結果 令和4年4月から開始し、本論文執筆時点で4回の事例検討会を実施した。補足研修は1回行った。研修内容は行動の記録を取ることと行動の機能に着目することの2点について伝える内容であった。現在、実施途中であるが、実施を通して感じたメリット、課題点を報告する。 (1) メリット ・行動の記録を意識して検討することで、問題の中でどこに注目すべきかポイントを絞り込みやすくなること、どの行動を計測すれば現状把握ができるのかといった具体的な支援方法の検討につながりやすいと感じた。 ・事例検討を行い、具体的な状況がわかってくる中で測定対象や方法を見つけることができることもあった。例えば、業務の中で日報を作成しており、ジョブコーチが改めて記録を取らなくても活用できる情報があることに気づいた事例や発声の大きさに課題(声が小さい)がある事例に対して、行動の強度(音量)を指標に取る方法もあるなどの気づきがあった。 ・事例検討を進める中で行動的就労支援のステップに沿った事例検討をしやすくするための2種類の記入用紙を作成した。また、事例検討会で検討した際に口頭や板書で伝達した記録のためのツールは「行動アセスメント 記録シート(8種類)」としてデータ化してまとめ、その後の支援で活用しやすくした。以上のような支援ツールの作成につながった点もメリットといえる。 (2) 課題点 月1回60分という頻度では、実際の支援の進むペースと合わず、検討結果を実際の支援に反映させるには少なかったと思われる。事例検討会だけでなく、日々の支援の中で随時方向性を検討する機会が必要と思われた。また、参加したジョブコーチからは「行動の記録を取ることを意識すると、最初に“測定できる課題がある事例はどれか”と考え、取り上げる事例がなかなか出てこない」といったコメントが出された。 その他には「月1回程度の訪問による支援だが、そのような頻度でも記録を取るような支援ができるのか?」といった疑問も出された。これは、①生態学的アセスメントと行動の具体化、②目標行動の絞り込みとその測定方法に関する解説の時間を十分に設けなかったことが要因と考えられる。 6 今後の展開 ジョブコーチに実施した研修と同じ内容の研修を秋田県内の障害者就業・生活支援センター職員を対象として実施予定である。また、個別に支援者育成のニーズがあれば、就労移行支援事業所や就労継続支援B型事業所などからもニーズの内容を確認しながら同様の研修について提案していく予定である。異なる支援機関が支援方法について共通の枠組みと方法論、専門用語を持つことで支援機関の連携による支援がより円滑になり、支援方法の蓄積につながりやすくなるだろう。 その蓄積が地域の就労支援の支援技術となり、就労支援力の向上につながると思われるため、引き続きこの活動を継続していきたい。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター「調査研究報告書№86ジョブコーチ等による事業主支援のニーズと実態に関する研究」(2008),p.100 2) 若林功「応用行動分析学は発達障害者の就労支援にどのように貢献しているのか?:米国の文献を中心とした概観」行動分析学研究VOL.23№1 (2009),p.5~32 3) 中川雄一郎,森山真理子,高橋恵子,杉山尚子「ある特別養護老人ホームにおける夜間のナースコールが頻回な利用者のケア」認知症ケア事例ジャーナル第10巻第2号(2017),p.143~148 4) 仁藤二郎,奥田健次「強迫性障害の男性に対する曝露反応妨害法による介入-日常生活における行動指標の測定と介入効果の検証-」行動分析学研究VOL.36№1 (2021),p.27~35 5) 若松克則,島宗理「反応エフォートの低減による顧客行動マネジメント-日記型綴りによる領収書整理行動の喚起と維持-」行動分析学研究VOL.35№1 (2020),p.21~28 p.40 地域の障がい者雇用促進へ ~企業間連携会の取り組みについて~ ○鬼束 幸佑(GMOドリームウェーブ株式会社 マネージャー) ○西 晶子 (GMOドリームウェーブ株式会社 チーフ)  井上 由華(GMOドリームウェーブ株式会社)  鈴木 理子(GMOドリームウェーブ株式会社) 1 はじめに GMOドリームウェーブ株式会社(以下「当社」という。)はGMOインターネットグループの特例子会社として2017年に宮崎県に設立し、現在は障がいをもつパートナー27名、支援者6名で構成される。全ての障がい種(身体・知的・精神・発達)が在籍し、その中でも発達障がいをもつパートナーが約5割を占める。基本的に支援者1名につき6~8名の障がいをもつパートナーを担当して支援を行っている。 障がい者雇用の支援において、支援者のスキル向上の難しさや支援者の孤立感、それに伴う定着の困難さが課題としてあげられる。背景として、研修や育成の機会の少なさにより、各企業内ないし個人でスキルアップのための勉強を行わなければならない事や、障がい者雇用企業間の交流の少なさにより支援における悩みを共有・相談できる相手や場が限られてしまう事が考えられる。本稿では、このような課題に対して宮崎県に立地する障がい者雇用企業と合同で行っている取り組みの概要と成果について述べる。 2 取り組みの経緯 2021年、障害者職業総合センター研究部門の研究協力の一環で障がいをもつパートナーのコミュニケーションスキル、支援者の支援スキルの向上を目指してSST(ソーシャル・スキルズ・トレーニング)セミナーを実施した。宮崎県で障がい者雇用を行っている特例子会社を含む5企業と合同で開催、宮崎県全体の障がい者支援スキル向上、企業の枠を超えた支援者同士の繋がりの醸成を目的とした。 SSTセミナーは計5回実施し、各回が、本セッションとブースターセッションで構成された。本セッションは参加企業合同で実施し、研究員がリーダーとしてセミナーを進行、参加企業のうち4社から1~2名の障がいをもつパートナーが参加した。ブースターセッションは各企業で実施、支援者がリーダーとしてセミナーを進行した。なお、SSTセミナー終了後は各社の判断でSSTを継続するものとしており、当社では入社研修の一環としてSSTを実施している。 約半年間のSSTセミナー終了後、セミナーに参加した企業を中心に障がい者雇用企業の連携会「Hinata障がい者雇用推進ネットワーク(以下「Hinataネット」という。)」を立ち上げ、定期的な情報交換やケーススタディを継続して行っている。SSTセミナー参加企業に1社が加わり当社を含む7社の参加で発足、3ヶ月に1回の頻度で開催、2022年7月時点で計3回実施している。宮崎県の障がい者雇用促進を目的に、支援者のスキル向上と支援者間の交流による心理的負担の軽減を狙ってケーススタディを行っている。なお、コロナ禍かつ遠方からの参加企業もある事からオンラインでの実施としている。 3 成果 取り組みに関する満足度や成果の調査、今後の展望の検討を目的として、参加企業の支援者9名を対象にSST、Hinataネットの2つのテーマでアンケートを実施した。なお、Hinataネットのみに参加した支援者については、該当する問いのみへの回答としている。 SST参加後の支援者の支援スキル、参加した障がいをもつパートナーのコミュニケーションスキルの効果について、全ての参加者が「非常に良かった」または「良かった」と回答。支援スキルは「実際に(SSTセミナーを)見ることで有効性を現場で確認しながら進めることができた」「具体的かつ肯定的に伝えることでメンバーのやる気を引き出すことができた」、メンバーのコミュニケーションスキルは「自然に褒める言葉が出ている」「回を追うごとに、参加メンバーのスキルが伸びていく様子がよくわかった」等が理由とされる。 Hinataネットの満足度について全員が「非常に良かった」「良かった」と回答。理由として「学びがある」「自社の障がい者雇用環境改善のノウハウ構築につながっている」等があげられている。Hinataネットの実施で企業間の連携は強化されたかという問いについては67%が「とてもそう思う」「そう思う」と回答しており、「以前よりも『何かあったらHinataネットで相談しよう』や『この件はA社に相談してみよう』と気軽に考えられるようになった」「支援者として情報共有いただけている事が非常にありがたい」と述べている。一方で33%は「あまり思わない」と回答、「個人的に『相談できる』関係はまだ築けていないと感じる」「現時点では『会があるから集まる』と受動的な部分が大きい」等が理由である。今後も p.41 Hinataネットを継続したいかという問いには全員が「とてもそう思う」「そう思う」と回答している。「宮崎県で働く障がいをもつ方のために宮崎をもっと良くしていこうと動く会の存在は必要」「視野を広げることができる」等が理由にあげられる。今後どのようにHinataネットを継続していきたいかという問いには、図1に示すように「座談会」の回答が最も多かった。 図1 「今後どのように展開していきたいか」回答 4 考察・今後の展望 SSTセミナーについて、SSTセミナーの実施の目的である支援者・障がいをもつメンバーのスキルアップは達成できたと考える。また、SSTセミナーでうまれた企業間のつながりを生かしてHinataネット開催の立案、実行をできている事から、企業の枠を超えた支援者同士の繋がりの醸成のきっかけとしても十分に目的を達成できていると言える。一方で、セミナー終了後の各企業のSST継続に課題が見られている。継続に課題を感じている企業の多くが、通常の業務と並行してSSTを行う時間や人員の確保に難しさを感じている現状がある。SSTの取り入れ方について各社と情報交換を行う等して、日頃の支援の中でSSTを取り入れる工夫が必要であると考える。 Hinataネットについては、参加している支援者の満足度も高く得られており、アンケート結果からもHinataネットへの参加が各社の支援の充実や相談しやすい関係の構築に役立っている事が分かる。Hinataネットへの参加により、他企業の支援体制の理解や同じ立場の人に悩みの共有をできる事がその要因と言える。このような関係性の構築の結果、Hinataネット参加企業の合同説明会開催の案もあがっている。こちらは議論を重ねた結果実現には至らなかったが、Hinataネットでの関わりからこのような相談を気軽にできるような関係が構築できていると考える。 一方で、企業間の連携の強化については「そう思わない」との回答も見られた。支援者間の関係性の構築が見られるとはいえまだ十分でなく、今後も優先して連携の強化や相談できる関係性の構築に重点を置いた取り組みを継続していく必要があると考える。「今後どのような展開を希望するか」という問いに対して「座談会」や「企業見学」、「ケーススタディの継続」の回答が多い事からも、支援者の多くが今後も気軽に話をできる場や意見交換による支援スキルの向上を求めていると言える。現在コロナ禍で直接集まることが難しく、オンラインでのケーススタディが主な活動内容となっているが、今後は直接集まり、座談会や企業見学等、気軽に話し相互理解を深める場の設定も必要であると考える。 なお、連携の強化については参加者によって回答に程度の差が見られたが、全ての参加者が今後の継続を希望している。現時点での取り組みから今後の連携の強化に期待をしているからこそ継続を希望していると考えられる。また、Hinataネット開催にあたり、現在は会の進行やケーススタディの事例提供等の担当を参加企業が交代で行っている。その中で相談や協力をする等コミュニケーションの頻度の増加やさらなる関係性の構築が目指せるのではないかと期待している。 今後、Hinataネットの取り組みをベースに、就労移行支援機関との連携や採用イベント開催等を取り入れ活動を発展させたいと考える。企業ごとに採用方針や課題も異なるため、参加企業や関係各所の意見やニーズを聞きながら慎重に進める必要があるが、この発展的な取り組みが各社のさらなる障がい者雇用の促進や企業以外の関係各所との連携、情報交換、ひいては宮崎県全体の障がい者雇用の促進につながるのではないかと考える。 5 おわりに Hinataネットの取り組みが、支援者の定着、支援スキルの向上のためのコミュニティづくりに役立つことで、障がい者が働きやすい場の増加や障がい者の職場定着に繋がり、宮崎県全体の障がい者雇用の促進の一旦を担うことを期待する。SSTセミナーの実施やHinataネット開催にあたり、障害者職業総合センター研究企画部研究部門岩佐研究員、Hinataネット参加企業の皆様に多くの協力を賜った事に、この場を借りて感謝の意を表する。 【連絡先】 鬼束 幸佑・西 晶子 GMOドリームウェーブ株式会社 e-mail:support@gmo-dw.jp p.42 社内支援スタッフの支援技術の向上に係る人材育成の取組みについて ~スタッフの階層に応じた集合型研修の実施と効果検証~ 〇菊池 ゆう子(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 主任研究員) 刎田 文記 (株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 はじめに 株式会社スタートライン(以下「SL」という。)は、障害者及び事業主の双方に対して、文脈的行動科学(以下「CBS」という。)を基盤とした支援技術を用いた職業リハビリテーションサービスを提供している。サービスの内容は、障害者雇用の採用準備から職場定着まで、幅広く多岐に渡っている。 本発表では、SL支援スタッフの支援技術の向上・維持を目的として新たに構築した『階層に応じた集合型研修』について概観するとともに、研修効果に関する効果測定の方法、結果等について報告する。 2 背景・目的 SLは、高度な技術が求められるサービスを安定的に提供するため、社内向けに独自の研修コンテンツを用意し、段階的な研修を運営している。しかし、SLの支援スタッフは中途入社者の割合が非常に多く、社員のバックグラウンドが多様であるがゆえの知識量や経験のベースに違いがあり、集合研修やOJTによる育成スピードにも差が生じていた。また会社の規模が大きくなるにつれ、より体系的な社員育成の構造を必要としていた。 そこで、安定的な人材育成および支援サービスの質の向上を図るため、『階層に応じた集合型研修』を新たに開発し、実施した。加えて、研修の理解度と行動尺度を測るためのアンケート調査も導入し、研修の効果測定を試みた。 3 方法 (1)研修の実施概要 入社時に実施する初期研修に加えて、フォローアップ研修、スキルアップ研修Ⅰ、スキルアップ研修Ⅱ、スーパービジョン研修を新たに構築し、社内規程の階層に応じて受講できるタイミングを設定した(図1参照)。 なお、すべての研修は、対面あるいはオンラインによる講義及び演習により構成されており、知識面のインプットと、知識を活用するための技術面のアウトプットの両面が習得できるよう設計した。また、講師は、CBSヒューマンサポート研究所の研究員及び熟練した現場支援スタッフが担うこととした。 ・初期研修は、SLに入社したすべての社員を対象とし、CBSの基礎や障害者雇用の関連法令等を学ぶ内容である。 ・フォローアップ研修は、初期研修を受講して3か月が経過した者を対象とし、自身の標的行動を通して機能分析から介入までの流れについて体験的に理解を深める内容である。 ・スキルアップ研修Ⅰは、現場で1年以上の経験を積んだ支援スタッフを対象とし、関連領域に関わる知識付与とより実践的な支援ツールの活用方法等について体験的に理解を深める内容である。 ・スキルアップ研修Ⅱは、SLにおける現場支援スタッフの中堅クラスを対象とし、これまで学んだ知識や技術を活かしながら、さらに困難な事例においても自立的に支援が行なえるよう体験的に理解を深める内容である。 ・スーパービジョン研修は、現場支援スタッフの中でも責任者クラスを対象とし、自らの学びの定着を図るとともに、後輩の育成のための観点について理解を深める内容である。 図1 『階層に応じた集合型研修』の全体像 (2) 効果測定 研修の効果測定のため、Microsoft Formsを用いたアンケート調査を導入した。アンケートの設問項目は、知識面の理解度だけを問うのではなく、技術面として知識が実際にどの程度活用されているかを測るために支援者の行動尺度を取り入れることとした。アンケート調査は、理解度については研修の直前/直後に、行動尺度については研修の直前/研修の3か月後に実施した。 p.43 4 結果 各研修の受講者数(累計)は、表1の通りである。 表1 研修受講者数(累計)(2021年12月~2022年7月) 研修名 人数(名) フォローアップ研修 38 スキルアップ研修Ⅰ 34 スキルアップ研修Ⅱ 70 スーパービジョン研修 30 研修受講者より得られた理解度アンケートの集計結果は、図2~4の通りである。 アンケート調査を実施したすべての階層別集合型研修において、研修直前/直後の理解度は全項目が向上した。 なお、行動尺度の調査については、2022年8月末に実施予定のため、追って発表に加える。 図2 アンケート集計結果(スキルアップ研修Ⅰ) 図3 アンケート集計結果(スキルアップ研修Ⅱ) 図4 アンケート集計結果(スーパービジョン研修) 5 考察と今後の展望 研修受講により支援技術への理解が促進され、支援スタッフの技術向上に寄与したと考えられるが、理解度の向上だけでなく支援スタッフの現場での行動活性化に繋げられるような仕組みづくりを合わせて検討したい。 一方、アンケート調査の分析においてはまだ課題があると考えている。アンケートの自由記述欄はコーディングし分析することで、研修によって増加した言語行動を同定できるかもしれない。さらに、アンケート調査は自己申告制であるが、他者による評価も導入することで、研修の効果測定として精度を上げられる可能性がある。 今後、階層別研修の実施とアンケート調査を継続的に実施することにより、適切なタイミングでの知識のインプットと、体験的な学びの促進によるプレの理解度向上を期待している。このことにより、社内全体のさらなる支援技術向上に寄与できると考える。 引き続き、研修内容のブラッシュアップや調査結果の分析等を行うことで、最適で効果的な人材育成に繋げられるよう検討していきたい。 p.44 就労支援のためのアセスメントシート(試作版)の開発(その1) -開発コンセプトと希望・ニーズの把握- ○井口 修一(障害者職業総合センター 主任研究員) 武澤 友広・石原 まほろ・佐藤 涼矢(障害者職業総合センター) 1 本発表の趣旨 障害者職業総合センター研究部門では、2020年4月から3年計画で「就労支援のためのアセスメントシート」(以下「アセスメントシート」という。)の開発に取り組んでいる。2022年3月に「就労支援のためのアセスメントシート(試作版)」(以下「試作版」という。)を作成したので、その開発コンセプトと試作版の構成要素の一つである対象者の希望・ニーズを把握するための方法の概要について報告する。 2 アセスメントシート開発の背景と目的 障害者の就労支援では、教育・福祉から就労への移行にあたって、障害者の支援ニーズや就労能力の現状等を把握して適切な支援につなげていくためのアセスメントの実施が課題となっている1)。 このようなアセスメントツールとしては、障害者職業総合センターにおいて開発した「就労移行支援のためのチェックリスト」(2007)及び「就労支援のためのチェックリスト」(2009)2)(以下「既存のチェックリスト」という。)があるが、これらのツールが開発されてから10年以上経過している。この間、就労支援機関では就労支援におけるアセスメントの重要性についての認識が広がり、アセスメントに関するさまざまな取組が行われている。こうした就労支援の現状を踏まえ、障害者の支援ニーズや就労能力の現状等を把握して適切な支援につなげていくための新たな評価ツールの開発が必要になっている。 3 アセスメントシートの開発方法 アセスメントシートは、①研究委員会等の設置による専門家集団の検討(2020年10月から実施)、②就労支援機関に対する質問紙調査(2021年1月から2月実施)、③障害者を雇用する企業に対する質問紙調査(2021年9月から10月実施)、④試作版の就労支援機関における試用評価(2022年5月から7月実施)により開発を進めている。試作版は2020年4月から2022年3月末までの②と③の調査結果及び①の検討結果を踏まえ作成した。 4 開発コンセプト 上記3の②及び③の調査結果を参考に、上記3の①の研究委員会等においてアセスメントシートの基本的な考え方、全体構成、評価項目、評価方法等を検討することにより、以下の開発コンセプトが形成された。 ・就労を希望する障害者(以下「対象者」という。)の希望・ニーズを踏まえた必要な支援と配慮を検討するための評価ツールを開発する。 ・対象者の就労に関する希望・ニーズを把握し、対象者と確実に共有できる方法を検討する。 ・既存のチェックリストの評価項目を整理し、就労支援機関と障害者雇用企業でのアセスメントの現状を踏まえ、アセスメント項目を見直すとともに、対象者の自己評価を導入したアセスメント方法に改定する。 ・既存のチェックリストでは予測が難しい就労継続を妨げる要因を検討できるようにする。 ・対象者の納得感を高め自己理解を促進するため、支援者と対象者の協同評価方式によるアセスメントとする。 ・就労継続を妨げる要因など対象者と環境との相互作用の視点を重視したアセスメント方法を検討する。 ・対象者のストレングスに着目する仕組みを導入する。 5 試作版の概要 (1) アセスメントシートとは アセスメントシートは、対象者の就労に関する以下の①から③までの情報を支援者と対象者が協同で収集、整理することにより、両者が対象者のストレングス(長所)や成長可能性、就労するうえでの課題等を適切に理解し、就職に向けた必要な支援や配慮を検討することを目的に活用するものとした。 ① 対象者の就労に関する希望・ニーズを明らかにする。(下記6参照。) ② 対象者の就労のための作業遂行・職業生活・対人関係に関する現状(就労のための基本的事項)を明らかにする。((その2)参照。) ③ 対象者と環境との相互作用の視点による就労継続のための望ましい環境を明らかにする。((その3)参照。) このアセスメントシートは、就労の可否や就労可能性の高低を評価できるものではなく、また、特定のサービス等への振り分けを行うために使用するのは適切でないとした。 (2) アセスメントに必要な情報 アセスメントシートは、個別面談場面を通じて、対象者から提供される情報のほか、場面設定法(作業場面)や職 p.45 場実習により支援者が把握した情報、家族や関係機関から提供される情報、他のチェックリストやワークサンプル、検査等の情報を総合的に活用して実施することにした。 (3) アセスメント結果シートと活用の手引 上記5(1)の①から③の結果を表示するアセスメント結果シートを別に設定するとともに、アセスメントシートの目的、内容、方法、使用上の留意事項等を解説した「アセスメントシート活用の手引(試作版)」を作成した。 6 試作版における対象者の就労に関する希望・ニーズの把握 (1) アセスメント項目 MSFAS(幕張ストレス・疲労アセスメントシート)3)等を参考に研究委員会等の検討を経て、対象者の就労に関する希望・ニーズを把握するための10領域33項目を設定した(表1)。 表1 就労に関する希望・ニーズの項目 領域 項目 職歴  1.これまでに就職した経験はありますか[選択肢]  2.就職した経験について、勤務先や仕事の内容、労働時間、働いた期間などを教えてください(新しいものから順に)  3.これまでに就職した経験の中で気に入っていた仕事や職場があれば教えてください  4.これまでに就職した経験の中で自分にあわなかった仕事や職場があれば教えてください  5.差し支えなければ、退職した理由を教えてください 就労等の希望  6.一般就職を希望していますか、一般就職以外の就労や訓練で希望するものはありますか[選択肢]  7.一般就職以外を希望している場合、希望する理由を教えてください  8.一般就職以外を希望している場合、将来一般就職したいと思いますか[選択肢] 働く動機・目的  9.働きたいと思う理由や働く目的は何ですか   また、働くことで実現したいことを下記の選択肢から選んでください[選択肢] 就職活動  10.仕事を探すにあたって利用しようと考えている方法を教えてください[選択肢]  11.就職するときは職場に障害のことを伝え、配慮を受けたいと思っていますか[選択肢]  12.そのように考えた理由を教えてください 職種・仕事の内容  13.どのような仕事を希望していますか  14.その仕事を経験したことや見たことはありますか  15.希望する仕事のほかに興味のある仕事はありますか  16.もっている免許や資格などがありますか   (もっている場合)就職してその免許や資格をどのように活かそうと考えていますか 一般就職する際の労働条件・通勤  17.どのような働き方(労働日数・労働時間・休日)を希望しますか[選択肢]  18.正社員(期間の定めがない)として雇用されることを希望していますか[選択肢]  19.賃金はどのくらいを希望しますか[選択肢]  20.通勤できる範囲はどのくらいですか   実際に通勤する方法として考えているものを選んで答えてください[選択肢]  21.就職を決めるときに重視することはどんなことですか[選択肢] 職場環境  22.どのような職場で働きたいですか[選択肢]  23.職場で必要となる機器・設備はありますか  24.希望しない職場環境はありますか   下記の選択肢から避けたい環境を選んでください[選択肢] 合理的配慮  25.働くうえで課題だと思うことや不安を感じることはありますか  26.職場で希望する配慮やお願いしたいことはどのようなことですか ストレングス(長所)  27.あなたの長所やアピールポイントはどのようなことだと思いますか   または得意なこと、興味のあることは何ですか  28.就労をサポートしてくれる家族や友人、支援者はいますか[選択肢] 支援サービス  29.現在通院している医療機関はありますか[選択肢]  30.定期的な通院と服薬の状況を教えてください[選択肢]  31.主治医に不安なことや聞きたいことについて相談できていますか  32.就職前や就職後に希望する支援はありますか[選択肢]  33.就職する前に職場実習を希望しますか[選択肢] (注)[選択肢]は回答選択肢を設定した項目を示す。 (2) アセスメント方法 支援者と対象者による個別面談場面において、支援者が対象者に各項目について質問し、就労に関する希望・ニーズの情報を収集し、両者で共有する。 7 おわりに アセスメントシートは、就労支援機関(就労移行支援事業所、障害者就業・生活支援センター、地域障害者職業センター等)15所において試作版の試用評価を行い、その結果に基づいて試作版の改良を行い、2023年3月に完成版を公開(当機構ホームページからダウンロード可能)する予定である。 【参考文献】 1) 厚生労働省「障害者雇用・福祉施策の連携強化に関する検討会報告書」(2021),p.4-7 2) 障害者職業総合センター「就労支援のためのチェックリスト活用の手引き」(2009) 3) 障害者職業総合センター「幕張ストレス・疲労アセスメントシートMSFASの活用のために」(2010) p.46 就労支援のためのアセスメントシート(試作版)の開発(その2) -就労のための基本的事項について- ○武澤 友広(障害者職業総合センター 研究員) 石原 まほろ・佐藤 涼矢・井口 修一(障害者職業総合センター) 1 本発表の趣旨 障害者職業総合センター研究部門では、2020年4月から3年計画で「就労支援のためのアセスメントシート」の開発に取り組んでいる。2022年3月に「就労支援のためのアセスメントシート(試作版)」(以下「試作版」という。)を作成したので、その構成要素のうち、就労を希望する障害者(以下「対象者」という。)の就労のための作業遂行・職業生活・対人関係に関する現状(以下「就労のための基本的事項」という。)を把握するためのアセスメント項目及び方法の概要について報告する。 2 アセスメント項目 表1のとおり項目は3領域(作業遂行、職業生活、対人関係)の44項目である。全ての対象者のアセスメントに推奨する必須項目(17項目)と対象者の状況に応じて選択してアセスメントを行う選択項目(27項目)を設定した。 必須項目と選択項目は障害者職業総合センターが2021年9月下旬から10月下旬にかけて障害者を雇用している企業10,000社を対象に実施した質問紙調査(回収率29.7%)の結果に基づき設定した。当該調査では、既存の就労支援に関するチェックリストの項目等を参考に作成した「対象者の支援を考える際のアセスメント項目」56項目を回答者に提示し、回答者が任意で選択した障害種類(視覚障害、聴覚・言語障害、肢体不自由、内部障害、知的障害、精神障害、発達障害、高次脳機能障害、難病の中から1つ選択)の障害者を採用する際に習得度合い等をどの程度重視したかについて項目別に4件法(「チェックした・重視した」「チェックした・対象者によって違った」「チェックした・あまり重視しなかった」「チェックしなかった」)で回答するよう求めていた。全障害種類の集計結果において「チェックした・重視した」の選択率が50%以上の項目を必須項目とし、それ以外の項目のうち「チェックした・重視した」及び「チェックした・対象者によって違った」の選択率の計が50%以上の項目を選択項目とした。 3 アセスメント方法 アセスメントでは、対象者から提供される情報のほか、場面設定法(作業場面)や職場実習により支援者が把握した対象者の適応状況に関する情報、家族や関係機関から提供される情報、他のチェックリストやワークサンプル、検 表1 就労のための基本的事項に関するアセスメント項目 (網掛けの項目は必須項目) 領域 項目 作業遂行  指示された手順に従って作業する  安全に作業する  決められた時間内に与えられた仕事を仕上げる  正確に作業する  必要とされるスピードで作業する  作業を繰り返すことで上達する  細かな作業をする  集中して作業する  作業環境、作業の内容、手順等の変更に対応する  自分でミスを見つける  作業機器や道具類を安全に使う  道具、材料、製品等を大切にする  道具や材料を準備する・片づける  文章を読んで理解する  文章を書く  メモを取って活用する  計算をする  重さを量ったり、個数をそろえる  1日(7~8時間)を通して作業をする  自分からすすんで作業に取り組む  自分を成長させるために必要な知識・技能を学ぶ 職業生活  職場の規則を守る  やむを得ない理由(通院、体調不良、電車の遅れ等)以外の遅刻・早退・欠勤がない  欠勤、遅刻などを連絡する  日常生活動作を行う  身だしなみを整える  体調に気をつける  体調を回復させるように努める  交通機関を利用する  簡単な書類手続きをする  賃金や労働条件(業務内容、勤務時間(休憩時間)、休日、年休日数と取得方法など)を理解する  作業工程を理解する  起床、食事、睡眠などの生活リズムを守る  ストレスを解消する  医師の指示通りに通院・服薬する 対人関係  相手や場に応じた挨拶や返事をする  同僚や上司と会話する p.47 表1 就労のための基本的事項に関するアセスメント項目(続き) 領域 項目 対人関係  自分の気持ち(休憩をとりたい、助けてほしい等)を相手に伝える  相手が確認したいことについて答える  質問・報告(作業の終了、失敗等)・連絡・相談をする  感情を安定させる  相手や場に応じた言葉をつかう  職場の役割分担を理解して行動する  他の人と協力して作業をする 査等の情報に基づき、就労のための基本的事項の現状を明らかにする。 このアセスメントは、「(1) 対象者と支援者による評価項目の選択」、「(2) 対象者による自己評価」、「(3) 対象者と支援者による協同評価」の3段階で構成される。 (1) 対象者と支援者による評価項目の選択 アセスメントの対象として選択項目のうちどの項目を選択するかについては、支援者が対象者の希望・ニーズ、長所、課題、障害特性等を総合的に検討して対象者に提案し、両者協議のうえで決める。 (2) 対象者による自己評価 対象者が自分のストレングスや課題をどのように認識しているかを把握するために実施する。評価の際は、項目ごとに示された事柄が「どの程度できるか・あるか」を作業場面、職場実習、日常生活等での経験に基づき「A:できる・ある」「B:だいたいできる・ある」「C:(あまり)できない・ない」「?:未経験・未確認・不明」の4つの評価段階の中から最も当てはまるものを選んでもらう。評価段階を選ぶ際は段階別に用意された目安を参考にすることができる。例えば「指示された手順に従って作業する」という項目について「A:できる・ある」の目安は「指示された手順に従って作業できる。」、「B:だいたいできる・ある」の目安は「具体的に指示されれば、指示された手順に従ってだいたい作業できる。」、「C:(あまり)できない・ない」の目安は「具体的に指示されても、指示された手順に従えない。」である。 (3) 対象者と支援者による協同評価 支援者と協議して評価を確定する。評価を確定する際には、対象者と支援者がそれぞれ評価の根拠となる具体的情報(作業場面や職場実習のどのような場面でどのような行動が観察されたか等)を明確にし、それを共有した上で協議を行う。協議によるアセスメントは以下の「ア「支援・配慮なし」での評価」「イ「支援・配慮あり」での評価」「ウ「ストレングス」の評価」に分けることができる。 ア 「支援・配慮なし」での評価 ここでの「支援・配慮」とは就労支援機関において通常多くの対象者に自然に行われている支援・配慮は含まず、一人一人の状態等に応じた個別的な支援や配慮を指す。そのような支援・配慮がない状況で各項目の事柄がどの程度できるか、を評価する。 イ 「支援・配慮あり」での評価 この評価は上記ア「支援・配慮なし」での評価における評価段階が「B:だいたいできる・ある」又は「C:(あまり)できない・ない」になった場合にのみ実施する。対象者の能力発揮の状況を改善しうる支援や配慮を受けた状況で各項目の事柄がどの程度できるか、を評価する。 ウ 「ストレングス」の評価 項目に書かれた事柄について「就職のアピールポイント」となる長所があれば、「S:ストレングスになる」と評価する。支援・配慮により高い能力が発揮されることがあるため、上記アの評価で「B」であっても、上記イの評価で「A」となり、さらに「S」と評価されることもありえる。また、個人内比較によって長所としてアピールすべきことも「S」となる。 「支援・配慮なし」の評価において「B」又は「C」評価となった項目についてのみ「支援・配慮あり」の評価を行うことで、個別的な支援や配慮が必要な事項とそうでない事項を整理することができる。このような整理は、将来の就職先との合理的配慮の調整過程において、必要最低限の個別的な支援や配慮を提案することで、雇用する事業主にとっての負担を軽減する上でも必要であろう。 なお、対象者に必要な支援や配慮を検討する上で、評価段階及び目安のAからCのどこにチェックがつくかということよりも、各項目の現状を示す具体的な(観察された)行動を対象者と支援者で共有することが重要である。このため、明確な理由・具体的な情報により評価段階を決定できるよう、「どのような方法によって評価を行ったか(作業学習や訓練の内容、実習の場合は期間、場所、作業内容等)」「評価段階の決定に至った理由や客観的情報」「支援・配慮ありの評価において実施した支援・配慮の内容」「ストレングスの内容」を記入する自由記述欄を項目ごとに設定した。 4 対象者による評価と支援者による評価が一致しない場合の対応 お互いに「どのような行動や態度からそのような評価を行ったのか」を説明し、具体的な行動レベルで現状を整理してから、一致点を探るようにする。このような過程を経ることで、対象者にとっては自己理解が、支援者にとっては対象者理解が深まることが期待できる。 p.48 就労支援のためのアセスメントシート(試作版)の開発(その3) -就労継続のための環境及びアセスメント結果シートについて- ○石原 まほろ(障害者職業総合センター 研究員) 武澤 友広・佐藤 涼矢・井口 修一(障害者職業総合センター) 1 本発表の目的 障害者職業総合センター研究部門では、2020年4月から3年計画で「就労支援のためのアセスメントシート」の開発に取り組んでいる。本報告では、2022年3月に作成した「就労支援のためのアセスメントシート(試作版)」(以下「試作版」という。)の構成要素のうち、対象者と環境との相互作用の視点による就労継続のための望ましい環境を把握するための方法及びアセスメント結果シートの概要について報告する。 2 就労継続のための環境 (1)就労継続のための環境の概要 対象者の障害状況に加え、希望・ニーズ、就労のための基本的事項等の現状を踏まえ、対象者と環境との相互作用の視点から就労継続を妨げる要因の見通しを発生予防的な観点から検討することで就労継続のための望ましい環境を明らかにするものである。就労継続を妨げる要因となりえる10領域53項目から構成される(表1)。 表1 就労継続のための環境の10領域 就労継続のための環境の10領域(チェック項目数) 1.職務への適応(9項目) 2.労働条件の設定・変更(4項目) 3.職場の人に障害のことを理解し配慮してもらうこと(4項目) 4.職場の設備・機器等(4項目) 5.職場のルールや指示を理解し守ること(4項目) 6.職場での適応行動・態度(6項目) 7.体調、疲労・ストレス、不安、感情コントロール等(7項目) 8.症状の悪化・再発、二次障害(5項目) 9.家族のサポート、家庭環境の変化、友人等との関係性(6項目) 10.職場の人間関係(4項目) 10領域の設定方法はまず、就労支援機関におけるアセスメントに関する調査1)にて、支援者から「就職前のアセスメントでは十分に予測できなかった就労継続を妨げる要因」に関する自由記述を収集した。得られた自由記述を意味内容の類似性に従い分類し、記述数が多いものを中心に、障害者の雇用後に生じた就労をする上で問題となった事項17項目を選定した。障害者を雇用している企業10,000社を対象とした調査において任意で選択した障害種別の方々が就労をする上で17項目が問題となったか否かを尋ねたところ、いずれの項目も一定の割合で問題になったと回答された。その後、意味内容が類似している項目を集約し10領域として整理した。10領域の下位項目であるチェック項目は、就労支援機関におけるアセスメントに関する調査で得られた自由記述を基に作成した。 (2) アセスメント方法 就労継続のための望ましい環境は、対象者から提供される情報、家族や関係機関から提供される情報のほか、場面設定法(作業場面)や職場実習等により対象者の就労のための基本的事項に関して把握した情報等に基づき明らかにし、対象者と支援者との協議により結果を確定する。以下、協議によるアセスメントの手続及び実施例(図1)を示す。 <アセスメントの手続> ①チェック項目に記載された事項について支援・配慮が必要であるかを検討する。 ②チェック項目について支援・配慮が必要であると判断された場合には、望ましい(避けた方がよい)環境や必要な支援・配慮の具体的内容を自由記述欄に記述する。 3.職場の人に障害のことを理解し配慮してもらうこと 以下の項目について支援・配慮が必要であるかを検討する。 □同僚や上司に障害について理解してもらうこと □経営者や人事担当者に障害について理解してもらうこと □同僚や上司等に継続的に対応をお願いしたいこと □その他 アセスメントの視点(例) □同僚や上司に障害について理解してもらうこと ・障害特性について、特に理解や配慮が必要な点はないか □経営者や人事労務担当者に障害について理解してもらうこと ・経営者や人事労務担当者に障害について理解してもらうための方法を検討しておく必要はないか □同僚や上司等に継続的に対応をお願いしたいこと ・自分から意思を伝えることを苦手としており、定期的な面談の実施など必要な配慮はないか 望ましい(避けた方がよい)環境・必要な支援や配慮 業務指導の担当者(上司)と相談対応を行う担当者(人事担当者)を選定し、定期的な面談の場を設定していただくと仕事の進め方や職場のルールを理解しやすくなり、安定して働きやすくなります。左側の視野が欠けているため、話しかけるときには右側から行うことについて、職場の上司や同僚の異動があった際にも引き続きご理解いただくことを希望しています。 図1 アセスメントの実施例 p.49 参考資料として、項目別に「アセスメントの視点」(図1に例を一部掲載)「望ましい(避けた方がよい)環境や必要な支援や配慮に関する企業の取組例」を活用の手引に記載している。 3 アセスメント結果シート アセスメント結果シートは、①フェイス項目、②「Ⅰ.就労に関する希望・ニーズ」、③「Ⅱ.就労のための基本的事項」、④「Ⅲ.就労継続のための環境」、⑤「Ⅳ.総合協同所見」から構成され、就労支援のためのアセスメントシートで把握したアセスメント結果を整理するためのものである(図2)。 ①フェイス項目 就労支援のためのアセスメントシートの作成年月日、対象者及び支援者の氏名、対象者の生年月日、手帳の種類・等級や診断名等を入力する。作成年月日には個別面談を実施した日を記入するが、個別面談を複数日に渡って実施する場合には、最終日を記入する。なお、2回目以降のアセスメントの場合には、前回の作成年月日も記入できるようになっている。 ②Ⅰ.就労に関する希望・ニーズ 就労支援のためのアセスメントシートに入力した就労等の希望、職種・仕事の内容に関する希望、希望する配慮等、希望する支援の内容が表示される。 ③Ⅱ.就労のための基本的事項 作業遂行、職業生活、対人関係に関する44項目のうち、17の必須項目と選択項目としてアセスメントを実施した項目について、ストレングスになると評価されたものがオレンジ色の丸印で表示される。また、協同評価前の自己評価の評価段階が「A」「B」「C」「?」のいずれかで表示される。さらに、各項目の協同評価における支援・配慮なしでのアセスメント結果は青の棒グラフ、支援・配慮ありでのアセスメント結果はピンクの棒グラフで表示される。 ④Ⅲ.就労継続のための環境 10領域53項目のうち、協同評価を経て支援や配慮が必要な項目としてチェックしたものが表示される。 ⑤Ⅳ.総合協同所見 「ストレングス(長所)と課題等」及び「必要な支援と配慮」から構成される。「Ⅱ.就労のための基本的事項」や「Ⅲ.就労継続のための環境」のアセスメント結果を踏まえ、就労意欲、就労のための基本的事項や必要な支援や配慮に関する対象者の自己理解の程度など、複数の評価項目から得られる総合的な所見や、ストレングス(長所)と課題等のうち特に重要な点、必要な支援と配慮のうち特に配慮を得る必要がある点を中心に入力する。アセスメントで得られた結果は、対象者に関する個別支援計画(対象者の能力開発と環境調整)等を作成する際の参考とすることができる。 図2 アセスメント結果シート表示例(一部抜粋) 4 今後の展望 障害者職業総合センター研究部門では、2022年5月から6月にかけて15所の就労支援機関に試作版を実際に試用してもらい、同年7月に支援者を対象に試用結果に関するインタビュー調査(オンライン)を実施した。試用結果に基づき改良した就労支援のためのアセスメントシート(完成版)を2023年3月に公開予定である。 【参考文献】 1) 武澤友広・井口修一・小林一雅他(2021) 就労支援機関におけるアセスメントに関する調査―職業準備性に関するアセスメントの現状について―,第29回職業リハビリテーション研究・実践発表会論文集, 128-129. p.50 発達障害のある方の職業アセスメントと準備性の取り組み ~BWAP2・ESPIDDを活用した事例について~ ○田村 俊輔 (社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター) ○原田 千春 (くしろ・ねむろ障がい者就業・生活支援センターぷれん) 金橋 美恵子(社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター) 酒井 健一 (くしろ・ねむろ障がい者就業・生活支援センターぷれん) 1 はじめに 社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター(以下「自立センター」という。)では、発達障害がある方への評価・アセスメントを踏まえ、対象者に応じたプログラムの作成・支援、そして就業・生活支援センターと連携した定着支援を行っている。就労移行支援事業所の利用開始からESPIDDを活用し、本人の希望を整理後に職場実習を行い、BWAP2を実施している。またトレーニング項目を明確にする事によるスキルの更なる向上を図っている。今回は就労パスポートを作成し、支援した事例について発表する。 2 本人の概要 A氏~27歳の女性、自閉スペクトラム症(精神障害者保健福祉手帳3級)、教員との意思疎通が難しく不登校になり高等専門学校を中退、引きこもる。その後、就職するが離転職を繰り返す。体調を崩し、精神科を受診。自閉スペクトラム症と診断された。診断後は、自宅に引きこもっていたが、担当医より自立センターを勧められ、くしろ・ねむろ障がい者就業・生活支援センターぷれん(以下「ぷれん」という。)と相談を行い、自立センター利用となった(生活リズムが安定しておらず昼夜逆転の生活で体力面の不安もあり週3日からの利用)。 3 就職に関するニーズと就労上の課題 ESPIDDの職業相談シート(以下「職業相談シート」という。)を活用し、相談を進めるなかで具体的な希望職種はなく本人の希望は就職に向けて出来ることは何があるのかという事を見つけていきたい、対人コミュニケーションで行う事が理解出来れば作業スピード向上にも繋がるため、相談・確認の仕方を身につけたい、口頭の情報は簡単に抜け落ちる為メモを活用したい、日常生活を含めた時間管理能力の向上やストレス解消法など自己分析をしてから就職したい、ということであった。そこで、相談や確認など職場におけるコミュニケーションスキルを習熟し、メモを活用して正確性を向上させる、自己分析を行い体調の安定を目指すという支援の方向性を共有した。 4 施設内のBWAP2を活用した評価 実習前に事前評価を行った(図1)。個別のデータを他のデータと比較して相対的に解釈できるようにした数値のTスコア(以下「Tスコア」という。)の結果は職業習慣(HA)(以下「HA」という。)56点、対人関係(IR)(以下「IR」という。)68点、認知能力(CO)(以下「CO」という。)67点、仕事の遂行能力(WP)(以下「WP」という。)56点、職業能力レベル(BWA)(以下「BWA」という。)66点と、就労移行レベルということが明確になった。課題としてA氏が捉えていた部分については評価が低くなった項目の背景にある要因について聞き取りを行う事で繋がりがある事がわかった。 図1 BWAP2施設内評価 結果から取り組む項目に関して一致していた。相談・確認については、HA7.信頼性(仕事遂行に信頼性がある)の項目において頻繁にチェックが必要と評価1となり聞き取りを行うと、理解が進まずに作業を行う事でミスが起きやすく、正確性に繋がりがある事が想定出来た。 5 課題に対する取り組みと効果 (1) コミュニケーションスキル向上の練習 話しかけるタイミングや要点を伝える事に困る場面が多く見られた。話しかける時のクッション言葉や相手の返答に応じた望ましい具体的対応の共有を行う事により、自ら作業の相談や確認を行う事が出来る場面が増えた。 (2) メモ記入の練習 指示理解が出来た際には内容を正確に記入出来るが、記入するタイミングに困る場面が見られ、タイミングを相手に伝える助言、練習を行う事で記入・活用する事が出来るようになった。 p.51 (3) 時間管理について 作業中の休憩の取り方を工夫し、体調も安定した為、利用2ヶ月半で週3日の利用から週5日とした。遅刻・欠勤はなかった。スキルの向上や生活面が安定し、職業準備性が高まった為、4ヶ月の施設外就労を行う事とした。 6 職場実習での取り組みと振り返り 実習終了後のBWAP2評価ではTスコア結果はHA73点、IR67点、CO68点、WP68点、BWA71点と一般就労レベルということが明確になった(図2)。 図2 BWAP2実習後評価 課題として取り組んだ相談・確認、メモ活用、スケジュール管理については、従業員や支援員の指示や説明に対して確認が出来るようになり理解、役割を整理することが出来るようになった事によりスキルが向上したことを認識出来た。BWAP2の評価から一般就労レベルにある事を共有でき、より前向きに訓練に取り組む姿勢が見られるようになった。 ESPIDDの職場実習アセスメントシート(以下「職場実習アセスメント」という。)の振り返りでは全体を通して自己評価と支援員間の評価の差異はほぼ無く、差異があった部分は支援員の評価が高い行動が多いという結果がでた(表1)。支援員がA氏より低く評価した部分(職業適応行動⑨の「作業の切り替えやルーチンに変化があっても対応できる」)については支援が必要と評価。特記事項としてA氏からは環境の変化があると混乱する事がある為、手順がわかるものがあると良い事が再確認できた。  表1 ESPIDDの職場実習アセスメントシート実習後 7 施設外支援から就職まで 施設外就労の振り返りから手順書作成の練習を実施。自分で理解出来る課題分析作成に取り組み、作成・ポイントを把握できるようになった。特性について自己理解がより深まり、対処出来る事・配慮が必要な事を就労パスポートにまとめる事ができた。職種については、自分の出来ることにチャレンジしたいと実習希望があり、作業スケジュールの変化が少ないB企業の実習(事務補助)を8日間実施。質問や確認、ポイントをおさえたメモの記入が出来た。就労パスポートを活用した事により、企業の理解もより深まり必要な配慮をうけることができた。企業から質問・確認・正確性も問題ないと評価をいただけた。実習終了後、振り返りを行い、B企業で働きたいという希望があり面接を経て雇用となった。 8 まとめ 職業相談シートや職場実習アセスメントシートを活用することで取り組みが必要な項目についてA氏と共有、強化する事が出来た。また職場相談シートから職場実習アセスメントシートに繋がりがあり、支援の統一性を持つことが出来たため、単発での訓練にならず継続・根拠がある支援を行えた。BWAP2の評価では領域や項目の評価から聞き取りを行う事で結果に対する背景を明確にする事も出来た。背景が明確になる事により対処方法や自己理解、さらに企業の理解にも繋がった。施設内の評価結果と実習後の評価では実習後の評価で点数が低くなった領域については、施設内での訓練よりストレスがかかりやすい環境や人的環境の変化により評価の変動がある事も明らかになった。 今回のように就労移行支援事業所での訓練において職業準備性を高めるためにBWAP2とESPIDDを活用する事で、対象者に応じた就労プログラムや支援の具体化が出来、支援の統一性が持てるのではないかと考える。 ぷれんでは釧路・根室圏域を対象とした就労相談や定着支援を実施しており、就労パスポートを活用し、対象者の自己理解と企業支援と理解を深める事にも役立てている。 【参考文献】 1) 梅永雄二/井口修一『アスペルガー症候群に特化した就労支援マニュアルESPIDD』 2) 梅永雄二『発達障害の人の就労アセスメントツール』 【連絡先】 田村 俊輔 社会福祉法人 釧路のぞみ協会 自立センター Tel:0154-65-6500 e-mail:jiritsu-center@sky.plala.or.jp p.52 発達障害者の強みを活かすための相談・支援ツールの開発について ○南 亜衣 (障害者職業総合センター職業センター企画課 障害者職業カウンセラー) 山浦 直子(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センターでは、平成17年度から知的障害を伴わない発達障害者を対象としたワークシステム・サポートプログラム(以下「WSSP」という。)の実施を通じて、発達障害者に対する各種支援技法の開発・改良に取り組んできた。開発のテーマは支援者のニーズをふまえ、障害特性及び事業主ニーズに応じて設定している。 2021年4月から全国の地域障害者職業センター及び広域障害者職業センター(50所)を対象に、発達障害者の支援に関するアンケートを行った。そのうち、自らのセールスポイントや強みの認識が困難だったケースが認められたセンターは49センターであった。    また、複数のセンターから、「自己肯定感・自己効力感の低さ」「強みの捉え方(強みとする基準の高さ、範囲の狭さ)」「否定的な事象への焦点化(強みに目が向かない、失敗経験へのとらわれ)」等が特徴として認められると指摘された。 駒沢・石村1)は大学生111名を対象とした調査から、強みとして自覚している側面が多ければ多いほど、キャリア形成や就職活動に対する積極的な姿勢が示されていると述べている。そこで、自己の否定的な側面に目が向きやすい発達障害者に対して、強みに着目した就労支援を行うことは効果的な職業選択や積極的かつ粘り強い就職活動等を実現する上で重要な視点と考えた。 しかしながら、WSSPにおいて強みに関する体系的なツールや講習は整備されておらず、過去3年間(2018年度から2020年度)におけるWSSPの受講者アンケートからは、強みの見出しにくさを示す感想が散見されている。   これらの背景をふまえ、2021年度から発達障害者の強みに着目するための技法開発に着手することとした。本発表ではその開発内容を報告する。 2 ワークシステム・サポートプログラムの概要 WSSPは、「就労セミナー」「作業」「個別相談」を関連付けて13週間で実施している。具体的には、『就労セミナー』で得た職場対人技能等の知識やスキルを『作業場面』で試行し、『個別相談』でその結果を支援者と一緒に振り返る。そして、より効果的なスキルの実行方法等に関する助言を得て、再度『作業場面』で試行している。 3 発達障害者版・強みの種育成プロジェクトの構成と開発内容 石村・駒沢2)が開発した「強み育成プログラム」 をもとに両氏の助言を得ながら「発達障害者版・強みの種育成プロジェクト」(以下「プロジェクト」という。)と称し、発達障害者が自らの「強み」に着目するための支援技法を開発した。開発した内容は図1のとおりである。 図1 強みの種育成プロジェクトの構成と開発内容 また、プロジェクトでは、図2のとおり「強みの定義」「強みの具体的な種類」「強みの構成要素」3)に関する理解と自らへの振返りを行う仕組みとなっている。 図2 強みの定義、種類、構成要素 4 発達障害者版・強みの種育成プロジェクトの概要 プロジェクトは、オリエンテーションによる「強み」を認識し活用することへの動機づけからはじまり、全3回の講習を経て日常生活の中で実際に「強み」を活用していく構成としている。講習の各回の目的と内容は図3のとおり p.53 である。 図3 講習目的と内容 第1回では、「強み」の定義、構成要素、具体例を示すことで、「強み」に関する具体的なイメージを持つことを目的にしている。また、リフレーミングという多面的に物事を捉える方法を伝えるとともに、リフレーミング・ゲームを通じてリフレーミングを理解し、物事を柔軟に捉えていく力を高め、ポジティブな側面(「強み」)に気づきやすくするためのアプローチをしている。 第2回では、「強みチェックリスト(強み同定尺度)」で「強み」等を確認し、自らの「強み」を抽出することを促す。また、「強み」が表れていると感じられた場面・状況、行動・思考、結果、感情を記録するホームワークを通じて日常生活において自らが活用している具体的な「強み」を整理する。 第3回では、「強み」の構成要素である、パフォーマンス、活力感、自分らしさ(意味付け)に着目してホームワークの結果(自らの「強み」が表れた場面)についてグループで共有する。また、失敗や苦労した経験を他者へ発表し、他者からの質問に答えることで、失敗経験の中から強みを見出すグループワークを実施する。 講習後は就労セミナー等のさまざまな場面において「強み」を意図的に活用するホームワークに取り組み、日常生活で「強み」を意図的に活用する仕組みをつくることにより、活力感などを感じ取れる工夫をしている。 その後は、個別相談等により「強み」の意図的な活用状況を振り返り、見出した「強み」を就職(復職)活動(応募書類等の作成)へ活かすためのサポートを継続して実施する。 5 事例紹介 事例概要:20代女性、発達障害 WSSP受講開始3週目のアセスメント期からプロジェクトを開始した。講習第1回終了後のホームワークを行うことで、「学習力」「情熱」「好奇心」といった複数の「強み」を活かしながら日々の活動をしていることに気づくことができた。 また、ホームワークの感想として、「複数の『強み』を発揮していることが分かり、自らができる仕事がもっと見つけられるかもしれないと思った」と述べている。 講習第3回終了後のホームワークでは、自らが取り組みたいと考えた余暇活動に取り組めたエピソードから、「好奇心」等の「強み」を反映した活動に取り組めた様子が確認できた。 エピソードのみで自らの「強み」と判断してよいか不安を感じている様子があったが、強みの構成要素に基づいてホームワークを振り返ることで、3つの構成要素の全てを伴っていると確認できたため、自らの「強み」であると受け入れることができた。今後は、見出した自らの強みを、就職活動における応募書類作成等へ活かしていくこととした。 なお、支援者は、不安を抱えやすい本事例に対し、強みの構成要素に基づいて粘り強く「強み」をフィードバックした。本事例のように、日々の支援の中で観察できた「強み」に関連する言動を支援者が定期的に伝えることは重要であり、発達障害者が自らの強みに着目するために効果的な関わりであると考える。 6 おわりに 試行実施の状況をふまえ、2023年3月末までに今回の取組みを支援マニュアルとして発行し、ホームページへ掲載することを予定している。 本技法開発が発達障害の特性である、抽象的なことを捉え、想像することへの苦手さ等へ対応したプログラムとし、発達障害者の自己肯定感や自己効力感の向上に資するものとしたい。 また、支援者の役割や具体的な支援方法についても実例を通じて整理していきたい。 【参考文献】                                   1)駒沢あさみ・石村郁夫『大学生における強みとキャリア意識及び職業興味との関連』,東京成徳大学臨床心理学研究第15号」(2015)p.169-177 2)石村郁夫『強みの発見や活用を支援するポジティブ心理学的介入法の開発』,科学研究費助成事業研究成果報告書,(2016) 3)駒沢あさみ・石村郁夫『強みと心理的ウェルビーイングとの関連の検討』,東京成徳大学臨床心理学研究第16号,(2016)p.173-180 【連絡先】 障害者職業総合センター職業センター企画課 e-mail:csgrp@jeed.go.jp  Tel:043-297-9042 p.54 難病患者の学生の支援実践報告と就労における課題と今後 ~個別就労相談・ヒアリングを中心とした考察~ ○中金 竜次(就労支援ネットワークONE 就労支援ネットワークコーディネーター) 1 はじめに 指定難病患者(特定医療費受給者証所持者)は令和2年度、1,033,770人となり1)、前年度比5万人程、患者が増加している。そのうち、学生は、4,000人~7,000人2)いると推計されるが、約103万人は、指定難病患者全数ではなく、指定難病の中でも軽症者となった患者は数に含まれていない、及び、指定難病の定義に含まれていない難病、そして、難病の定義に今の段階では含まれていない為、難病とはいえない難治性な疾患患者は含まれていない為、実際にはもっと多くの難病・難治性な疾患や慢性疾患の学生がいるであろうと推察できる。 就労支援ネットワークONEでは、難病患者・慢性疾患患者はもとより、対象を限定せず、様々な障害がある方より、個別な就労相談(オンライン会議ツールやTEL、メール等様々な手段を使用)等に対応している。 近年の障害のある学生は増加(平成23年~令和2年迄の14年間で7.16倍、4,937人から35,341人に増加3)。)している。その中には障害認定がない病弱・虚弱・慢性疾患患者も含まれる。 生活の支障の程度が一定程度認められる疾患がある学生、内部障害があるが障害認定されない学生、症状の変動がある学生の中には、実質、障害者求人が利用できず、障害者支援の仕組みによる就労支援・サポートなども受けることが難しい状況がみられる4)。ONEが個別にいただく難病患者や慢性疾患がある学生からの相談場面では、「就職支援室(キャリアセンター等)で相談できない」「誰に相談をしたらいいですか?」という声が聞こえてくる。 障害認定の対象にならない、治療をしながら就労を考える学生(難病患者・病弱・虚弱・慢性疾患がある)は、学内で就職相談を受けることができているのか?または、就職・就活における支援を受けられているのか?これが本考察の主要なリサーチクエスチョンである。 こうした実際の現場の声に基づき、障害認定外の難病患者・慢性疾患・病弱・虚弱な学生の就活、その支援状況や課題、具体的に必要な取り組みを明らかにすることを目的とする。 2 方法   対象:令和3年4月~令和4年4月迄に個別な就活・就職相談を受けた、指定難病・指定以外の難病学生・新卒、既卒、21名(障害認定なし)より、在学時に直接相談があった学生5名を対象とした(表1)。10項目の質問の中より質問「就労支援室に相談をしたか?」を取り上げた。 実施方法:ヒアリング3名(ZOOM)、メールによるアンケート(2名)(表2)。 倫理的配慮としてヒアリング・質問に際し、対象者に研究で用いる旨の説明を記載、また、個人を特定できる情報を排除した。 表1 対象者の概要 表2 対象・回答 3 結果 学生21名、及びその中より選出した5名からは、大学・短大の就職支援室で『疾患や治療を継続しながら、どのように就活に取り組んだらいいのかの情報、及び相談ができた・実施されたケース』は0件であった。 p.55 4 課題 今後 実際の学生への聞き取りからは、情報提供に関する支援を受けられている実態が見えなかったが、しかし、令和2年度、独立行政法人 日本学生支援機構による、障害学生(身体障害者手帳、精神障害者保健福祉手帳及び療育手帳を有している学生または健康診断等において障害があることが明らかになった学生)、内部障害や病弱(疾患の状態が継続して医療または生活規制を必要とする程度のもので、医師の診断書がある者)身体虚弱の状態が継続して生活規制を必要とする程度のもの(医師の診断がある者)を対象とした「障害がある学生の修学支援に関する実態調査」(令和2年・1,173校対象)によると、病弱・虚弱の学生が全体の30.2%、10,720人と最も多い(図1)。難病患者は、こうした最も多い、障害認定がうけられない病弱・虚弱・慢性疾患に含まれる一方、障害者手帳を取得している患者もいる。 図1 障害学生数 その調査のなかでは、こうした学生に対し、授業以外の『就職・就労関係の支援が実施されている』という学校側からの回答がある(表3)。 表3 授業以外の支援実施状況 日本学生支援機構によると、「障害のある学生の修学・就職支援促進事業」5)の中で、選定された(代表校東京大学 共同校:筑波大学、富山大学、・代表校:京都大学 共同校:大阪大学、筑波技術大学、広島大学)大学により大学間連携や担当者間の連携を促進し、障害認定を受けられていない、治療をしながら就活を考える学生の支援の対策にも取り組むモデルとして考えている、とした返答を得ている。文部科学省、厚生労働省担当課にも確認を行った。 困った末に寄せられる学生からの相談は、学校全体の限局的な課題であるのか、あるいは、学校広域にわたる課題であるのか。 今後、促進事業により取り組む大学の取り組みがどのような支援であるのか、また、そうした取り組みが、どのように他の学校に共有され実践されていくのか、引き続き調査をしたい。 令和3年、「障害者差別解消法」の改正により、民間企業の「合理的配慮」は法的義務となる(改正法は交付日2021年6月4日から起算して3年以内に施行となる。)。 そうした法的な環境も整備される中、今後は、こうした学生の留意事項等の共有・一定の理解を得ながら利用できるインターン制度・病気を開示しながら就活ができる事業者の理解、取り組み、プラットフォームづくり・周知(リーフレット等の作成)等、具体的な取り組みがより重要になるだろう。 『治療と仕事の両立就活』に取り組む、学生の持続可能なキャリアに対して、行政、厚生労働省・文部科学省担当課・日本学生支援機構、そして学校・就職支援室、支援者、事業者の実際的な踏み込んだ連携、取り組みが期待される。 障害者差別解消法施行まであと2年余り(令和6年)、引き続き、広域にわたる調査を実施していく。         【参考文献】 1)難病情報センター「特定医療費受給者証所持者」 https://www.nanbyou.or.jp/entry/5354(2020) 2)高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター 春名由一郎氏 推計  3)障害のある学生の修学支援に関する実態調査(2011~2020) 4)中金竜次「難病患者・難治性な疾患患者の支援機関の利用状況について」第29回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集(2021)p.38 5)文部科学省「障害のある学生の修学・就職支援促進事業」 https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/gakuseishien/13 97590_00003.htm(2021) 【連絡先】 中金竜次(Ryuji Nakagane ) 就労支援ネットワークONE MAIL:goodsleep18@gmail.com  TEL : 080‐6744‐8520 p.56 福岡県における「難病の治療と仕事の両立に関する実態調査」報告 ~難病のある従業員の雇用に関する企業側の意識~ ○金子 麻理 (福岡県難病相談支援センター/福岡市難病相談支援センター 難病相談支援員) 磯部 紀子 (九州大学大学院 医学研究院 神経内科学分野) 青木 惇  (福岡県難病相談支援センター/福岡市難病相談支援センター) 中園 なおみ(福岡県難病相談支援センター 北九州センター) 江口 尚  (産業医科大学 産業生態科学研究所 産業精神保健学研究室) 福岡県 福岡市 1 はじめに 2020年度の特定医療費(指定難病)受給者証所持者数は全国で103万人を超え、約3分の1が20~59歳の“現役世代”である1)。難病の治療と職業生活の両立については、2015年施行の難病法に基づく社会参加支援、2016年施行の障害者差別解消法による合理的配慮の提供など法制度が整備され、調査も進みつつあるが、雇用主側の意識や実態に関する調査は少なく、福岡県でも未調査であった。労働契約が、労働者が労務を提供し、使用者が対価としての賃金を支払う契約行為であることを踏まえれば、 難病患者が治療と仕事を両立できる安定的な職場環境を整えるには、雇用主側の視点を踏まえた多角的な支援が必要である。このため雇用主側のニーズや課題の把握を目的に実態調査を行った。 2 調査の方法と結果 (1) アンケート調査 ア 調査期間 2020年11月17日~2021年2月26日 イ 調査方法 福岡県内に本社を置き、障害者の雇用義務のある法人2)を対象に、従業員規模による3区分の構成割合に従って計1,000社を無作為抽出。自記式調査票を郵送発送・郵送回収で実施した(表1)。 表1 調査対象数と回答数 従業員規模 県内法人 構成率 調査対象 回答数 99人以下 1,940法人 49.4% 494法人 192法人 100~299人 1,425法人 36.2% 362法人 182法人 300人以上 565法人 14.4% 144法人 73法人 合 計 3,930法人 100% 1,000法人 447法人 ウ 集計結果 難病のある人を「雇用している(過去に雇用していた)」法人は99人以下の規模では3割を下回ったが、300人以上の規模では6割を超えた(図1)。全体では雇用実績のある法人のうち約6割が障害者手帳を持つ患者の雇用であり(図2)、疾患開示時期は「在職中の罹患」「難病があることを理解しての採用」が約3分の1ずつを占めた(図3)。 図1 難病のある人の雇用実績(規模別) 図2 障害者手帳の有無 図3 疾患の開示時期 雇用実績の有無に関わらず「難病のある従業員への対応に苦慮した(しそうな)こと」を複数回答で尋ねたところ、「病気そのものに対する基本知識が乏しい」が約5割と最も多かった。「就業制限の必要性や制限期間の判断が難しい」など医療的な視点の不足のほか、300人以上の規模では「障害者手帳を持っていなければ障害者雇用の対象にできない」、99人以下の規模では「代替要員の確保が難しい」など、法人規模によって異なる課題があった(図4)。 p.57 図4 難病のある従業員への対応に苦慮した(しそうな)こと(複数回答)   仕事と治療を両立できる職場づくりは96%が前提として「必要」と考えている一方で、そのうちの半数近くが「必要だが、実際に整備するのは難しい」と回答していた(図5)。 図5 仕事と治療を両立できる職場づくり 難病相談支援センターの存在は7割超、支援ツール3)については約9割が「知らない」と回答した。対応に苦慮した際の相談先は複数回答で「産業医や産業看護職」「社会保険労務士」がともに約半数で最上位に並び、障害者職業センターは約1割、産業保健総合支援センターは1割に満たなかった。 (2) ヒアリング調査 ア 協力企業 アンケート調査で「ヒアリングに協力可」と回答した企業3社を訪問して実施した(表2)。  表2 ヒアリング調査協力企業 法人 業種 従業員規模 雇用実績 発症 A社 製造業 300人以上 指定難病 (手帳無) 在職中 B社 運輸業 100~299人 指定難病 (手帳無) 在職中 C社 サービス業 100~299人 指定外 (手帳無) 新規採用 イ ヒアリング結果 3社に共通していたのは「本人の申し出」と「個別対応」であり、難病があることを把握した後も拙速な退職勧奨や採用の手控えはしないという方針も共通していた。企業側は単なる病気の有無を見ているのではなく、患者自身の組織の一員としての意識とコミュニケーション能力を重視し、組織として可能な対応を総合的に図っていた(表3)。 表3 主な対応と企業としての意見 主な対応 企業としての意見 A社 本人申し出により部署内で担当変更・業務切り分け等で対応 病気理由の退職勧奨はしない。型にはめず、臨機応変に個別対応 B社 受診・治療で有休が尽きれば傷病欠勤だが、人事評価には影響しない 本人に組織の一員として協力し合う意識があれば企業は協力する C社 複数人員の部署に配置し、病状に応じて短時間勤務から開始 病気を理由に不採用としたことはなく、やり方次第で可能 3 考察 今回の調査から、企業が難病患者の就労に関して多様な課題を抱えていることが分かった。2021年6月施行の改正障害者差別解消法では、これまで民間事業者では努力義務とされていた合理的配慮の提供が、法的に義務付けられた。一般に労働者は人事権を握る雇用主に対し弱い立場に置かれやすいが、一方で企業には病気の有無で差別することなく、難病患者が能力に応じた仕事ができるような職場環境を醸成する責任がある。企業がその責任を果たせるよう、支援者には難病患者に寄り添うだけでなく、個々の企業側が感じているニーズを考慮した支援を行う必要がある。 【参考文献】 1) 厚生労働省「衛生行政報告例」(令和2年度末現在) 2) 厚生労働省福岡労働局調査「福岡県内の民間企業における障害者雇用情報報告一覧」(令和2年年6月1日現在) 3) 障害者職業総合センター「難病のある人の雇用管理マニュアル」(2018)、障害者職業総合センター「障害のある人の就労支援のために」(2016)、平成29年度難病患者の地域支援体制に関する研究班「健康管理と職業生活の両立ワークブック(難病編)」(2018)、厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン令和2年3月改訂版」(2020) p.58 難病患者の就労困難性について(先行調査研究の整理) ○春名 由一郎(障害者職業総合センター 副統括研究員) 堀 宏隆・野口 洋平・岩佐 美樹(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門では、障害概念や障害者の就労困難性の捉え方の発展を踏まえ、障害者手帳制度の対象でない難病患者の就労困難性、支援者の支援困難性、企業の雇用困難性等の調査研究を実施してきた1,3-8)。本稿では先行調査研究を整理し、新たな障害としての難病による就労困難性の特徴を明らかにし、今後の検討課題を考察した。 2 「難病患者の就労困難性」の課題とは (1) 障害者の就労困難性 障害は個人と環境の相互作用によるもの2)であり、障害者の就労困難性も同様である。障害者の就労困難性とは「障害により、長期にわたって、職業生活上の相当の制限や著しい困難がある」、つまり、障害による、就職活動、就職、就職後の職場定着や就業継続等の困難である。これは実際には、各人が選ぶ仕事内容、職場環境、支援等の活用によって大きく異なる。バリアがある環境で「仕事ができない」と断定することは障害者差別になる一方で、合理的配慮下で「問題なく仕事ができている」として支援ニーズが見逃されることがないよう留意する必要がある。 障害者雇用率制度のあるドイツやフランスでは、福祉制度の対象となる障害者以外に、軽度障害者で、実際の就職や就業継続等の困難性や支援ニーズのある人について、本人が就労困難性を申請し、就労支援の専門機関が、支援の中で、障害や難病が原因で就労困難性や支援ニーズがあることを認定することで、雇用率制度の対象とできる7)。 (2) 難病患者の幅広い状態像 障害は「健康状態に関連した生活上の困難状況」として捉えられ2)、難病は慢性疾患として共通して、症状等が固定した障害とは異なる、新たな障害状況である。 ただし、一口に「難病患者」といっても、全身まひで人工呼吸器を使用する等の「最重度の難病患者・障害者」、「難病を原因疾患とする障害者」、「障害認定のない難病患者」、「難病指定も障害認定もない難病患者」それぞれで就労支援課題は異なる。また、難病は300種類以上の多様な疾病であり、患者数の多いいくつかの疾病だけでなく、その多様性を踏まえた検討が必要である。 3 難病患者の就労困難性のこれまでの研究成果 (1) 就業状況 難病患者の就業率は、疾病により15~75%と差が非常に大きい3)。障害認定のない難病患者では、疾病別の性・年齢の大きな偏りを補正すると、健常者と障害者の中間程度である3)。一方、難病患者は、障害者手帳の有無によらず、同性同年齢の一般人口と比較して、デスクワークでの就労が多く、販売や生産工程の仕事が少ないという、職域の大きな偏りがあり、これは、難病患者の就労困難性の特徴である3)。また、女性比率の高い疾病では、週20時間未満のパートの仕事での就業が、同性同年齢と比較してもなお多かった3)。 (2) 就職や就業継続の困難性 2014年の患者調査によると、難病患者の失業率は8.6%、潜在的失業率は23.8%であったが、疾病による差が非常に大きい。難病患者の就労困難性は、就職前から就職後の、就職活動と就職、職場適応・就業継続等の様々な局面で、様々な具体的な課題として経験されていた5)。 ア 就職活動・就職の困難性 回答者全体で、最近10年間に難病発症後の就職活動をした経験のある患者は55.2%で、その就職成功率は77.9%であった。就職活動時の就労困難性は、年齢、性別、資格の有無等の障害以外の要因以外に、難病による体調変動や、就労支援機関の活用と企業の理解・配慮の影響が認められている5)。特に、配慮が必要な人がそれを説明できるかには、企業側から理解しようとする取組が重要であった5)。 イ 職場適応や就業継続の困難性 回答者全体で、最近10年間に難病発症後に働いた経験のある人は70.9%、難病に関連した離職経験がある人は31.6%であった。就職後の就労困難性の要因を分析すると、体調変動等の難病の症状は「ストレスや人間関係」等の多様な課題に影響し、仕事内容や職場配慮等の影響が強く、健康状態による職業生活上の支障や支援ニーズが確認できた5)。 また、離職防止には、集中力低下や不定期通院の多さに応じた支援が重要であった5)。特に、進行性難病の病状悪化に対しては、得意なことを活かす業務調整への職場全体の取組や医師やハローワークとの連携が重要であるが、適切な支援を受け就業継続できている人は少なかった。 (3) 身体・知的・精神障害との比較 「障害者の就労困難性」は、効果的な取組(職場配慮や地域支援)の有無により大きく異なり、全般的に、内部障害者は就労困難性が少なく、精神障害者や知的障害者は困難性が大きい3)。同じ尺度で、難病患者の就労困難性を見ると、障害者手帳のない難病患者の就労困難性は一貫して低く、内部障害者と同程度で、効果的取組があればほぼ問題なく働ける場合が多い3)。ただし、効果的取組がない場 p.59 合には就労困難性が相当な程度認められ、障害者手帳があっても効果的取組は必ずしも実施されていなかった(図1)。 図1 身体・知的・精神障害の職業的課題レベルで標準化した 障害者手帳の有無別の難病患者の職業的課題レベル3) 「雇用の一般的課題」(「仕事上の身分、仕事内容が安定して継続すること」「仕事を継続すること」「昇進をすること」「適当な報酬を得ること」の4項目の問題発生率に基づく標準得点の平均値) 障害者手帳のない人では「職場への障害や配慮の説明をしたくてもできない」という未解決課題が多かった3)。一方、手帳があっても説明等が困難な人は多かった3)。 (4) 支援者の支援困難性や企業の雇用困難性等 2014年の患者調査では、難病患者の就労相談先は主治医や家族・友人等が多く、専門支援の認知や利用は少なく、利用例でも有用でなかったという回答が多かった3)。現在もなお、専門支援の充実や企業・職場への啓発や支援等による、支援ニーズへの適切な対応は課題である8)。 ア 専門支援の不足による支援困難性 障害者手帳のない難病患者に障害者求人を紹介することは、典型的な支援失敗事例であった6)。また、障害者手帳のない軽症の難病患者で、最初は特に問題がないと思われていても、専門支援の不足から、就業継続が困難で就職と退職を繰り返し、悪循環で生活・経済・精神・体調が悪化した相談事例が支援困難事例となっていた4)。 イ 難病患者を雇用する企業・職場の負担感 ハローワークを通して障害者手帳のない難病患者を雇用した企業のヒアリング結果6)では、通院、自己管理等と両立して活躍できる仕事への就職・配置と、外見から分かり難い症状等への職場の理解・配慮の確保により、難病患者は能力・適性を発揮して企業の人材ニーズに応えることができ、企業の負担感もないことが多かった。 ウ 近年の制度・サービスの整備の影響 現在、障害者手帳のない難病患者を雇用する企業向けの各種助成金や、医療と雇用の連携を促進する難病患者就職サポーターの配置等が進められ、障害者手帳のない難病患者へのハローワークでの専門的な職業紹介は、一般求人を含む個別の丁寧な職業紹介等により成果をあげている。さらに、就職後の治療と仕事の両立支援についても、職場と医療機関が連携し、両立支援プランをつくって、継続的に支えていける仕組みが整備されている。難病相談支援センターでの就労支援も発展している。 しかし、現在も、依然として、難病への一般社会や企業・職場の理解不足、医療と労働の両分野の支援の谷間が課題となっており、制度・サービス間の連携体制の整備や幅広い関係者の人材育成が一層必要となっている8)。 4 考察・今後の課題 障害者手帳制度の対象でない難病患者の就労困難性の一番の特徴は、慢性疾患による体調の崩れやすさのため、仕事内容や就業条件は、仕事による疲労やストレスと体調回復のバランスがとりやすい必要があり、また、通院や体調管理等のための職場の理解や調整等が必要なことである。そのような条件は一般求人のデスクワークや短時間雇用等であれば実現しやすく、また、体調のよい時に就職活動すれば就職できる人も多いことから、支援ニーズが顕在化しにくく、専門支援の対象として注目されにくかった。しかし、専門支援がなく職場の理解・配慮もなく働いている難病患者は依然多く、身体・知的・精神障害と同様に、障害特性と環境の相互作用による就労困難性が認められる。 難病患者の就労困難性は、固定的に捉えることは不適切であり、的確な専門支援の活用や企業・職場の配慮の確保により、無理なく活躍できるようにするための、就労支援ニーズとして捉える必要がある。現在、障害者手帳制度の対象でない難病患者に対して、支援者や企業は、障害者雇用率制度以外の、丁寧な職業相談や一般求人を含めた職業紹介、合理的配慮や差別禁止、治療と仕事の両立支援等により対応することが求められている。難病患者の就労困難性は、難病の多様な特性だけでなく、支援者の支援困難性や企業の雇用困難性との関係で理解する必要があり、アセスメントと支援のあり方の総合的な検討が重要である。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター「難病等慢性疾患者の就労実態と就労支援の課題」,調査研究報告書No.30, 1998. 2)WHO:「ICF国際生活機能分類」, 2001. 3)障害者職業総合センター「難病のある人の雇用管理の課題と雇用支援のあり方に関する研究」,調査研究報告書No.103, 2011. 4)障害者職業総合センター「保健医療機関における難病患者の就労支援の実態についての調査研究」,資料シリーズNo.79, 2014. 5)障害者職業総合センター「難病の症状の程度に応じた就労困難性の実態及び就労支援のあり方に関する研究」,調査研究報告書No.126, 2015. 6)障害者職業総合センター「難病のある者の雇用管理に資するマニュアルの普及と改善に関する調査研究」,調査研究報告書No.141, 2018. 7)障害者職業総合センター「障害認定及び就労困難性の判定に係る諸外国の具体的実務状況等に関する調査研究~フランス・ドイツの取組」,調査研究報告書No.154, 2020. 8)障害者職業総合センター「企業と地域関係機関・職種の連携による難病患者の就職・職場定着支援の実態と課題」,調査研究報告書No.155, 2021. p.60 福祉的就労から一般雇用・職場定着までの切れ目のない支援 ~障害者の主体性を育てる取組み~ ○田中 邦子(社会福祉法人三田谷治療教育院 阪神南障害者就業・生活支援センター 就業支援員) 1 はじめに 社会福祉法人三田谷治療教育院は1927年兵庫県芦屋市にて知的障害児の支援施設として事業を開始。阪神南障害者就業・生活支援センターの開設は2011年。法人内で蓄積した障害者支援に就労支援の部門を組み合わせ、生涯にわたっての個別のニーズに応じたきめ細かいサポートの提供に努めている。 2 背景 障害者の高校卒業後の進路として、進学や就職、職業訓練や福祉サービスの利用など、選択肢は様々にある。しかし一旦就職したあとの道筋については明確な指標がなく、個々の状況に応じてその都度検討していくことになる。障害特性を踏まえながら、仕事を通して成長していけるような支援が求められている。関係機関と連携し、障害者の主体性を育てることに重点を置いた取組みを発表する。 3 事例 対象者は図1のとおり。 図1 事例 職業訓練校~就労継続支援B型の期間には生活リズムを整えること、基本的な社会習慣を身につけること、および働くための基本的なスキルの習得に励み、その後就労継続支援A型に移行する。A型事業所では家庭からのサポートも受けながら順調に通所を続け、作業能力は徐々に向上していった。しかし休憩時間が終わっても作業に戻らない、作業をさぼって座り込む、些細なことで他利用者と喧嘩するなどの不適切な行動が度々起こるようになり、通所に対する意欲の低下も見られた。そこで、不適切な行動について事業所の担当者、相談支援員とともに対応と対策を考えた。 不適切な行動の原因を探るべく、本人の動きを観察して記録したところ、いくつかの行動パターンが確認できた。前日に夜更しをして寝不足のときや連休の前後、月経周期に関わるときなどに問題行動が頻発する。対策として、週末以外は夜10時までに寝る、鎮痛薬を適宜利用する、など家族の協力のもと体調管理に努めた。体調管理も仕事のうちであることを本人自身が生活のなかで実感できるよう促すことにより、不適切な行動を軽減することができた。また行動療法の手法を利用し、不適切な行動が出たときにはそれを咎めるのではなく、適切にできている部分を褒めることで行動を修正していった(図2)。「褒められること」が本人にとっての動機付けとなっている。 図2 応用行動分析(ABA)に基づく対応 一方、意欲の低下への対策も考えた。なぜ働くのか?という問いに対し、本人は明確な答えを持っていないことが分かった。金銭感覚も乏しい。そこで、働くことを通しての目標設定を提案した。目標を持つことで、働くことに対する動機付けを試みた。本人と一緒に検討し、できるだけシンプルで分かりやすい目標を考えた。まず本人の生活パターンの中から、毎日ペットの犬を散歩に連れて行き可愛がっていることに注目。ペットのエサ代は本人の給料から支払うことと決め、犬を飼うこと、愛犬の保護者として責任を持つことを目標に設定した。そして定期的な支援会議において振り返り、給料でエサを買えたこと、しっかりと世話ができたことを評価し、目標に対する達成感を共有。プラスの気持ちを通所意欲へとつなげることができた。 以上のことから、褒められること(外発的動機付け)と犬を育てる喜び(内発的動機付け)の両方が、本人が通所を続けるために必要であると確認できた。褒められること p.61 で通所を続けることができ、結果として犬を育てる喜びを得ることができた。 【やる気についての考察】 エドワード・デシ&リチャード・ライアンの自己決定理論によると、自己決定の度合いは動機付けや成果に影響する(図3)。自己決定性の低い外発的動機付けよりも自己決定性の高い内発的動機付けのほうが継続しやすく、やる気も出やすい。やる気を引き出す働きかけとして、外発的動機付けによる活動に対し、適切なフィードバックをすることで成功体験を積ませ、内発的動機付けに繋げていくことが有効であるだろう。 図3 E.デシ&R.ライアンによる自己決定の6段階 約10年間A型事業所に勤務した後、一般企業への就職を目指して就労移行支援事業所に入所し、ソーシャルスキルの習得に励んだ。課題は他者との関わり方である。本人は明るく社交的な性格であるが、他者との距離感が上手くつかめない、自分の感情のコントロールが難しいなど、対人面での問題があった。また抗てんかん薬の長期服用による副作用としての体重増加も、本人が心身のバランスを崩す原因になっていると考えられた。主治医からは、服薬に問題はない、体を動かすことで健康を維持するように、健康のためにも仕事を続けるように、とのアドバイスがあった。 事業所ではビジネスマナーやSST、作業を通しての集団行動の練習など、一般就労に向けての訓練を続けた。他者との適切な関わり方を学び、また体調面でのケアも自主的に行えるよう努めた。訓練は順調に進み、職場実習の経験を重ね、就職活動を経て一般企業に就職することとなる。 企業就職に際しては、入社前から企業担当者と本人情報を共有し、対応についての確認を念入りに行った。企業内では順調にナチュラルサポートが構築されつつあった。しかし1ヶ月を過ぎた頃からまた本人に不適切な行動および意欲の低下が見られたため、支援会議に同席して対策を話し合った。本人への配慮として、仕事場での席順やメンバー分け、業務の手順や遂行基準、昼休みの過ごし方など、日報や治具の活用なども含めて様々な提案を行った。 加えて先述の不適切行動への対応と、やる気を引き出す関わりについても企業の担当者に伝えた。企業では試行錯誤を繰り返しながら、より適切な対応を模索されている。 職場定着支援として、随時職場を訪問して面談や支援会議を実施している。本人が安定して勤務を続けていくためには周りからのサポートだけでなく、本人のやる気や意欲が不可欠となる。勤務を続けることが本人の自信につながり、主体性を持って前向きに生活を送れるよう促していくことが支援者側の目標である。 4 今後について 高校卒業からの十数年の間に家族状況は変わり、現在本人は母親と二人暮らしである。将来的には自立に向けての準備や生活面での支援も必要になると予測される。年齢を重ねるにつれて生活のスタイルは変化し、新たな課題も出てくるであろう。関係機関と連携しつつ、ライフステージに応じた切れ目のない支援を提供していく。 【参考文献】 1) 行動分析学入門 杉山尚子 集英社新書 (2005) 2) モチベーションの心理学-「やる気」と「意欲」のメカニズム 鹿家雅治 中公新書 (2022)                 【連絡先】 田中邦子 阪神南障害者就業・生活支援センター e-mail: shurou-shien@sandaya.or.jp p.62 障害者の雇用の実態等に関する調査研究 ~知的障害のある在職者を対象としたアンケート調査の結果~ ○村久木 洋一(障害者職業総合センター 研究員) 大谷 真司・渋谷 友紀(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門では、在職中の障害者自身の状況についての基礎的なデータを把握することを目的に、2021年度から2023年度にかけ、「障害者の雇用の実態等に関する調査研究」を行っている。 今回はその中で取り組んだ、「知的障害のある在職者を対象としたアンケート調査」の現時点での集計結果について、報告する。 2 方法 (1) 調査対象と調査方法 総務省統計局が整備する事業所母集団データベースを用いて、常用労働者5人以上の事業所を対象に、従業員規模(6分類)×業種(18分類)×地域(2分類)による層化抽出により15,000事業所を抽出した。抽出した事業所の障害者の雇入れ・雇用管理を担当している方あてに「身体、精神、発達、高次脳機能障害、難病のある方を対象とした調査票」と「知的障害のある方を対象とした調査票」の2種類の調査票を送付し、雇用しているすべての障害者へ調査票を配付いただいた。そのうえで、回答者本人から郵送又はWebでの回答を受け付けた。 以下、本稿では「知的障害のある方を対象とした調査票」の結果について記載する。 (2) 調査時期 2021年10月末~2021年11月末を調査期間とした。 (3) 調査項目 「知的障害のある方を対象とした調査票」の調査項目は、ご自身の属性(年齢、性別、障害の程度等)、直前の経歴、就業状況(現在の主な職務、雇用形態等)、生活状況、現在仕事で困っていること、今後の不安、今後の働き方の希望等であった。 3 結果 1,166件の回答を得た(郵送による質問紙での回答:839件、Webでの回答:327件)。なお、対象となる事業所に雇用されている知的障害者の総数が不明なため、回収率は算出できない。 今回は調査結果のうち、主要な設問について、その結果を報告する。 (1) 年齢、性別 年齢の平均は31.8歳であった。年代別の構成で見ると、「20代」が最も多く46.1%、次いで「30代」が22.2%、「40代」が13.4%という順であった。性別は、「男性」が多く65.9%で、「女性」が30.5%であった。 (2) 障害の程度 障害の程度については、「療育手帳B、C(又は3度、4度)」の方が最も多く71.9%、「療育手帳の判定A(又は1度、2度)」の方が15.9%であった。 (3) 年金 障害年金の受給状況については、最も多かった回答が「障害年金を受給している」で50.7%、「障害年金を受給していない」が26.2%、「わからない」が20.8%であった。 (4) 直前の経歴と離職理由 現在の会社に入社する直前の経歴について尋ねたところ、最も多かった回答は「学校で勉強していた」で34.9%、次いで「別の会社で働いていた」が22.1%、「就労移行支援・就労継続支援(A型・B型)を行う事業所、作業所などの福祉施設にいた」が20.9%という結果であった。「別の会社で働いていた」と回答した方(n=258)を対象に離職理由を尋ねたところ、最も多かった回答は「自分が働き続けられなくなったから」で37.6%であった。「自分が働き続けられなくなったから」と回答した方(n=97)を対象に、具体的な離職理由を尋ねた結果が図1のとおりである。 図1 前職を離職した理由が「自分が働き続けられなくなったから」と回答した方の具体的な理由(複数回答) p.63 (5) 会社形態 現在勤めている会社の形態について尋ねたところ、最も多かった回答は「特例子会社、就労継続支援A型事業所以外の会社」で63.8%、次いで「わからない」が21.5%、「特例子会社」が7.1%、「就労継続支援A型事業所」が3.8%という結果であった。 (6) 職務内容 職務内容については図2のとおりである。なお、「その他」の内容としては、介護や看護の補助や、事務補助と清掃といった複数の職務を担っているもの等が目立った。 図2 現在の職務内容 (7) 雇用形態 現在の雇用形態について尋ねたところ、「正社員以外(パートタイマー、アルバイトなど)」が最も多く65.0%、次いで「正社員」が26.2%という結果であった。 (8) 労働時間、労働日数 1日の労働時間及び1週間の勤務日数を質問し、その結果から1週間の労働時間を算出した。1週間の労働時間については、30時間以上が最も多く75.6%、次いで20時間~30時間未満が11.7%となっている。 (9) 通勤手段 現在の通勤手段について、複数回答で回答を求めた。最も多かった回答は、「電車(地下鉄、モノレール等を含む)」で47.2%、次いで「路線バス」が29.3%、「徒歩(車いすでの移動を含む)」が23.7%であった。 (10) 就職時の相談先 現在の会社に就職する際の相談先について、複数回答で回答を求めた。最も多かった回答は、「学校の先生」で36.5%、次いで「公共職業安定所(ハローワーク)」が34.3%、「就労移行支援事業所、就労継続支援A型事業所、就労継続支援B型事業所、作業所等」が22.6%であった。 (11) 仕事で困った際の相談相手 仕事で困った際の相談相手について複数回答で回答を求めた。最も多かった回答は「会社の上司」で62.3%、次いで「家族、親戚」が50.5%、「職場で一緒に働いている人・友だち」が49.2%という結果であった。 (12) 今後の心配事 今後の不安の有無については、「ある」が最も多く40.3%、「ない」が35.4%であった。「ある」と回答した方に、不安の内容を複数回答で尋ねた結果については、図3のとおりである。 図3 今後の心配事(複数回答) (13) 今後の働き方の希望 今後の働き方の希望について複数回答で尋ねた結果については、図4のとおりである。 図4 今後の希望(複数回答) 4 おわりに 今回の調査では、在職中の知的障害者の実態について幅広いデータを収集することができた。なお冒頭で述べたように、本調査研究では、「身体・精神・発達・高次脳機能障害・難病のある方を対象とした調査」も行っている。そちらも含めた調査結果全体については、引き続きデータ分析を行い、すべての集計及びデータ分析の結果を令和5年度末に調査研究報告書により公表する予定である。 p.64 「チャレンジドサポーターコミュニケーション力強化プログラム」の運用と工夫 -コロナ禍での聴覚障害者の職場定着を目指して- ○笠原 桂子(株式会社JTBデータサービス/JTBグループ障害者求人事務局) 1 背景 厚生労働省の障害者雇用実態調査1)によると、従業員規模5名以上の事業所に雇用されている身体障害者、約42万3千名のうち、聴覚言語障害者は約4万8千名(11.5%)であった。 聴覚障害者の雇用においては、雇用者側・当事者側の両者の課題として、コミュニケーション不全など、様々な指摘がされている2)3)。しかしながら、コミュニケーション障害を改善する策を講じている企業は半数にとどまっていると報告されている3)。 また、特に若年の聴覚障害者の就労においては、職場帰属意識や職能充実感に加え、支援関係が満足度を構成すると考えられており4)、聴覚障害者の定着支援には、職場での支援体制とコミュニケーションが重要と考えられる。 2 JTBグループの障害者雇用と定着支援 JTBグループの2021年度の障害者雇用実態調査の結果、雇用している障害者は296名であり、うち、聴覚障害は114名と、全障害種別で最も多い38.5%を占めた。聴覚障害者を身体障害者のみの割合でみると、50.2%であった。これはほかの障害種別を比較しても大多数を占め、JTBグループの障害者雇用促進と社会貢献の観点から、聴覚障害者の定着支援が、重要と考えられてきた。 また、障害のある社員が活躍できる環境を構築することがJTBグループの成長戦略と位置付けられており、障害社員を対象に2007年度より実施してきた「チャレンジドサミット」において、特に聴覚障害社員から、毎年「コミュニケーション」が職場での課題として挙げられ、当事者の大きな課題であると認識してきた。 なお、弊社では、障害のある社員のことを、「チャレンジド」とあらわすことがある。 一方で、聴覚障害者のサポーター社員向けには、2011年度より、職場でのコミュニケーションを必須とした「チャレンジドサポーターコミュニケーション力強化プログラム」を実施し、活躍できる職場環境の構築を目指してきた。 3 プログラムの目的 本プログラムの目的は、以下の通りである。 ・サポーター社員が、チャレンジドの中でも特に相互理解のためのコミュニケーションが難しいとされる「聴覚障害者」との具体的なコミュニケーションスキルを身につけることで、聴覚障害者の能力発揮と定着率向上を目指す。 ・相互理解を深めることで、多様な社員の働く環境を整備する。 4 対象者 新入社員及び異動などで聴覚障害の社員を初めて指導するサポーター社員(指導社員・メンター・上司・同僚等)を対象とし、希望制とした。 5 方法 社内イントラネットに、プログラム受講に必要な資料を掲載した。対象者はそれぞれ資料をダウンロードし、受講を開始した。課題の提出先はJTBグループの特例子会社とした。また、提出先には相談窓口を設置し、直接相談可能とした。 プログラム内容(表1)は、以下の通りである。 ・第1回:聴覚障害を知る ・第2回:聴覚障害者とのコミュニケーション ・第3回:課題解決に向けた職場内共有と環境の整備 テーマの終了毎に課題の提出を求め、第2回・第3回はフィードバックを行った。 表1 プログラム内容 6 実施状況:2016年度と2021年度実施状況の比較 2016年度5)は、18個所の職場から32名の参加者があり、対象の聴覚障害者は15名であった。2021年度は、14個所の職場から44名が参加し、対象の聴覚障害者は16名であった。 参加箇所、対象の聴覚障害者については大きな数の変化はないものの、受講人数については増加がみられた。 これは、以前は一人の聴覚障害者に対し、サポーターは数人という風潮があったものの、JTBグループが2017年に設定した「JTBグループ障害者雇用の考え方:3つの約束」 p.65 の「全社員との約束:すべての社員は「障害」は様々であることを認識し、対話を尊重しながら働きがいのある職場を相互で構築します」という考え方によって、現在は聴覚障害者が働くチームや職場全体で取り組むという意識が共有され、より聴覚障害者が働きやすく活躍できる職場を目指すという方向に変わってきている背景による影響と考えられる。 7 プログラムの課題と改善 本プログラムの運用にあたり、毎年参加者から寄せられる意見や課題、環境変化による課題について改善を行った。 (1) コロナ禍での課題 コロナ禍及び新たなJTBワークスタイルの設定により6)、働き方に様々な変化があったため、全員が社内に集まる日が少なく、第3回のチームでのミーティングがなかなか実施できないという課題が浮かび上がった。 そのため、JTBグループで利用しているMicrosoft Teamsの字幕機能を使用することを推奨し、使用方法のマニュアルを作成、受講者に周知することで、リアルに集まらなくともミーティングが開催可能となった。 (2) 運用の課題 受講者からの意見及び運用上で出てきた課題について、以下のように見直し、よりスムーズに受講できるよう工夫と変更を行った。 ・チャレンジド用振り返りシートに否定疑問文があり、理解しにくい→類似質問に統一し、該当設問は削除。 ・第2回については、個別のコミュニケーション方法のすり合わせが重要だが、提出レポートでは業務内容に終始しているものが多い→テキストに「コミュニケーション方法の確認」を加筆。 ・アンケートがWordでの提出のためフローが煩雑→Microsoft Foams(オンライン集約方式)に移行。 8 事後アンケート:2016年度と2021年度実施状況の比較 本プログラム終了後のアンケート結果について、サポーター社員からは、「自身と対象聴覚障害者との関係に変化があった」が2016年度90%、2021年度92%。「組織全体での変化があった」が2016年度95%、2021年度82%。「プログラムが役に立った」が2016年度と2021年度ともに100%であった。2016年度との比較では組織全体での変化において、評価が低くなっていた。一方で、当事者アンケートにおいては、「サポーターとの関係に変化があった」のは2016年度100%、2021年度94%。「組織全体での変化の実感」は2016年度92%、2021年度56%であった。特に組織全体での変化の実感は2016年度と比較して低下した。 組織全体での変化がないと回答した2021年度のサポーター社員(N=6)の理由記述において、組織全体での理解浸透不足が2名、コロナ禍の影響という回答が2名であった。当事者の社員(N=7)では、職場全体への理解浸透不足が4名、もともと職場の環境が良いという回答が2名であった。 9 今後の課題 プログラムの効果が、聴覚障害社員である当事者とプログラム受講者のみに留まらないよう、職場全体への共有と浸透を促すための有効な方法について検討したい。 また、職場でのコミュニケーションの改善によって、聴覚障害社員が働きがいをもって職場で活躍できるよう、継続したフォローを実施し、長い職業人生を見据えた、さらなる定着支援・活躍支援への取り組みを進めていきたい。 【参考文献】 1)厚生労働省『平成30年度障害者雇用実態調査結果報告書』, (2019),p. 5-7 2)打浪文子,北村弥生『大学で情報保障を利用した聴覚障害者の職場における状況と課題』,「国立障害者リハビリテーションセンター研究紀要31」(2011),p.43-46 3)水野映子『聴覚障害者の職場におけるコミュニケーション』,「ライフデザインレポート(182)」(2007),p.4-15 4)笠原桂子,廣田栄子『若年聴覚障害者における就労の満足度と関連する要因の検討』,「Audiology Japan 59」(2016),p.66-74 5)笠原桂子『「チャレンジドサポーター コミュニケーション力強化プログラム」-聴覚障害者の職場定着を目指して-』,「第24回職業リハビリテーション研究発表会 発表論文集」(2016),p.132-133 6)笠原桂子『コロナ禍における聴覚障害社員の就労状況-オンライン環境下でのコミュニケーション-』,「第29回職業リハビリテーション研究発表会 発表論文集」(2021),p.78-79 【連絡先】 株式会社JTBデータサービス/JTBグループ障害者求人事務局 笠原桂子 mail:keiko_kasahara@jtb-jds.co.jp p.66 聴覚障害のある社会人を対象としたキャリア支援の実践報告 -コロナ禍における講座や情報交換会のオンライン開催について- ○後藤 由紀子(筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 助教) 石田 祐貴・松谷 朋美・河野 純大(筑波技術大学 産業技術学部) 1 筑波技術大学におけるキャリア支援の取り組み (1) 聴覚障害のある卒業生へのキャリア支援 筑波技術大学(以下「本学」という。)は、国内唯一の聴覚・視覚障害者のための高等教育機関である。1989年に筑波技術短期大学として設立され、2005年に4年制の筑波技術大学として開学した。学部の教育課程は聴覚障害学生を対象とした産業技術学部、視覚障害学生を対象とした保健科学部で構成されている。 本学は短期大学としての設立以降、約1500名の聴覚に障害のある学生を社会に送り出してきた。就職委員会の担当教員を中心として、卒業生や卒業生を雇用している企業への相談対応を行っており、障害理解啓発のための研修や情報保障支援ツールの活用方法の説明を行うなど、職場定着のためのフォローアップも実施している。 職場定着のための取り組みと平行して、スキルアップを目指す卒業生に対しては、出張講座や個別対応を通して自己研鑽の場を提供してきた。本学の卒業生は聴覚障害を有していることから、専門学校等では手話通訳やパソコン文字通訳など自身の希望する情報保障が得られないと入学を諦めるケースも多い。卒業生の勤続年数が上がるに従って、昇進・昇格や転職など今後のキャリアについて考える者が増え、学び直しの場を求める声が強くなってきている。 (2) 日本財団助成事業「聴覚障害者のためのキャリアサポートセンターの設置」 本学では2019年度より日本財団助成事業「聴覚障害者のためのキャリアサポートセンターの設置(~2023年度)」(以下「当事業」という。)を受託している。当事業の目的は、本学の学生・卒業生に限らず、広く聴覚障害学生や聴覚障害のある社会人にキャリア支援を行う拠点を構築することである。 当事業ではこれまでに、聴覚障害のある社会人向けの各種講座(ビジネスマネジメント、TOEIC対策、情報処理技術者資格取得支援、等)や就労上の悩み等に関する情報交換会、企業向けの障害理解啓発研修等を開催してきた。 本発表では、当事業の中でも特に聴覚障害者を対象として行った講座やイベントを取り上げ、コロナ禍において蓄積してきた聴覚障害者向けのオンラインイベントの開催ノウハウについて紹介する。 2 聴覚障害のある社会人を対象とした講座の開催 (1) 当事業が行う講座における情報保障 当事業が行う聴覚障害のある社会人を対象とした講座では、情報保障として「手話通訳」と「パソコン文字通訳」を配置している。情報保障とは、その場でやり取りされている情報を、全ての参加者が同時に同質・同量の情報を得られるようにするための活動の総称である。講座における情報保障とは、受講者が、講師や他の受講者の発話内容等の情報を漏れなく把握できるようにすることを指す。 手話通訳では、通訳者が講師の音声を聞き取って手話で表現、あるいは受講者の手話を読み取って音声に変換して講師に伝え、コミュニケーションの橋渡しを行う。通訳者を講座会場に呼ぶ方法や、遠方にいる通訳者に対してWeb会議システム等を通じて会場の音声・映像を送り、手話通訳者自身の映像や音声を送り返してもらう方法がある。 パソコン文字通訳とは、講師等の音声を聞いてパソコンで文字を入力し、伝える方法である。受講者に対しては、文字通訳者が打ち込んだ内容をプロジェクタで投影する、受講者個人が持つタブレットやスマートフォンに表示させるといった方法で提示することができる。文字通訳者が講座会場に同席し音声を取る方法と、遠方にいる文字通訳者がWeb会議システム等を通じて会場の音声・映像を入手し専用のWebサイト上で文字を入力する方法がある。 (2) コロナ禍以前の開催方法 当事業の初年(2019年)度は新型コロナウイルス感染症の流行前であったため、東京都内の貸し会議室に会場を設け、講師・受講者・手話通訳者が同じ会場にいる対面形式で開講した。文字通訳は遠隔形式で行い、入力結果を各受講者の机上に設置したタブレット端末に表示させる形をとった。情報保障のために手配が必要であった人や機材は以下の通りである。  ①手話通訳者(人数は時間の長さによって変動する)  ②文字通訳者(人数は時間の長さによって変動する)  ③文字通訳表示用タブレット端末(受講者数と同じ)  ④ビデオカメラとオンライン通話or会議システムに接続されたパソコン:文字通訳者への配信のため この他に、上記機材を設営・管理する人員が必要となる。 会場における機材配置の一例を図1に示した。 (3) コロナ禍における開催方法 新型コロナウイルス感染症の流行後は、自宅等にいる受講者に対してWeb会議システムZoomを用いて配信するオンライン形式で開講した。配信会場には講師と本学スタッフ(場合によって手話通訳者)のみとし、講師映像と手話通訳、文字通訳の内容を全て、受講者が自身のパソコンやタブレット端末等を使って閲覧できる環境を整えた。情報 p.67 図1 会場全体の機材配置 保障のために手配が必要であった人や機材は以下の通りである。  ①手話通訳者(人数は時間の長さによって変動する)  ②文字通訳者(人数は時間の長さによって変動する)  ③ビデオカメラとZoomに接続されたパソコン:受講者・文字通訳者への配信のため  ④プロジェクタとZoomに接続されたパソコン:講師に受講者の映像を見せるため  ⑤映像の合成が可能なソフトの入ったパソコン:文字通訳画面をZoom上に表示させるため (③~⑤のパソコンは、1台で兼ねることができる。) この他に、上記機材を設営・管理する人員が必要となる。 配信会場における機材配置の一例を図2に示した。 【凡例】 図2 配信会場の機材配置 受講者がZoom上で閲覧する画面イメージを図3に示した。 なお、各受講者の様子を含めた多数の映像が表示される内、どの映像を拡大して閲覧するかは受講者側でZoomの「ピン留め」機能を用いて選択可能な設定にしている。手話通訳を利用しない受講者(文字通訳のみを活用する場合) 図3 受講画面イメージ(遠隔で手話通訳を行う場合) は講師映像に文字通訳が合成された画面のみを拡大して閲覧することとなる。 3 オンライン情報交換会の開催 当事業では、職場における悩みや情報保障支援ツールの情報等について聴覚障害者同士で話し合う場として2020年度より情報交換会を実施している。既にコロナ禍に入っていたことから、初回から全てオンライン開催としている。 このイベントにおいては、配信の拠点を設けておらず、本学スタッフはそれぞれ自宅や職場等からZoomにアクセスする。参加者は全て聴覚障害者であるものの、手話が分からず文字情報を頼りにする者、文字情報よりも手話の方がスムーズに理解できる者など、多様なコミュニケーション手段を望む者がいる。そのため、音声情報を文字通訳しZoomに表示させる、司会は自身の背景に文字情報の載った資料を提示しながら手話で話す、伝わりにくい時にはチャットを用いるといった工夫を行っている。また、参加者同士が情報交換を行う際には、1グループあたりの人数を最大10名程度に制限し、画面の中で参加者1人1人の手話を読み取るのに不自由の少ないよう配慮している。 情報交換会の開催イメージを図4に示した。 図4 情報交換会の開催イメージ 4 イベントのオンライン開催におけるメリットと課題 オンライン開催は、当初はコロナ禍でやむを得ず始めたものであったが、参加者や通訳者が会場に足を運ぶ必要がなくなったことで以前より幅広い地域在住の聴覚障害者の参加を受け入れることができ、また通訳者手配の労力が減るという効果もあった。Web会議システム上での情報保障の表示やコミュニケーション方法については試行中であり、今後も参加者の意向を反映させながら改善していきたい。 【連絡先】 後藤 由紀子 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター e-mail:ygoto@a.tsukuba-tech.ac.jp p.68 聴覚障がい者向けコミュニケーションサービス「Pekoe(ペコ)」 を活用した社内実践事例のご紹介 ○小野 敦子(株式会社リコー TRIBUS推進室) 岩田 佳子・木村 純・木下 健悟・中島 章敬・真野 拓郎・宮原 輝江(株式会社リコー TRIBUS推進室) 1 はじめに Pekoeは株式会社リコーの新規事業創出プログラムTRIBUS(トライバス)2020(以下「TRIBUS」という。)で採択された聴覚障がい者向けコミュニケーションサービスである。元々は電子黒板上で動く議事録システムとして開発したが、「この仕組みがあれば聴覚障がいのある方も助かるね」という声を受け2019年から聴覚障がい者へのヒアリングを開始し、改めて聴覚障がい者向けのサービスとして開発に着手。社内の当事者に使ってもらううち、この仕組みは他の企業でもニーズがあるのではないかと考えTRIBUSに応募し、採択された。2022年7月にテスト販売を開始し、現在事業化に向けて進めている。 2 Pekoeについて (1) 機能について Pekoeを開発するにあたり、利用者の声を徹底的に尊重し、ヒアリングを重ねて以下の機能を盛り込むこととした。 ① 誰もが簡単に気軽に情報保障ができる修正機能。 ② 一方通行の音声認識だけでなく、チャットや「いいね!」などのリアクションがつけられる双方向コミュニケーション機能。 ③ 聴覚障がい者だけでなく誰もが助かる会議録機能(画面キャプチャ・テキスト・ブックマーク)。 (2) 周囲の理解の必要性と対策について 2021年にβ版を公開し広く社内で利用してもらったが、こちらの意図する活用方法と異なり、修正やコミュニケーションの機能が利用されていないことがわかってきた。調査すると、当事者は遠慮から、Pekoeを使ってみんなに修正してほしいと依頼せず、自分だけで使うツールとなっていることがわかった。 そこで、Pekoeを活用していただくためには、一緒に働くメンバーの方に協力してもらうためのマインドを醸成することが重要と考え、聴覚障がいの正しい理解とPekoeの活用方法についてのセミナーをセットでサービス提供することとした。セミナーは長年聴覚障がい者支援に携わってきた手話通訳士の資格を持つ社員と、要約筆記者で部下に複数の当事者を持った経験のある社員が担当。現場目線で困りごとを解決するセミナーとなっている。 その結果として、Pekoeを活用して当事者が積極的に仕事に関わることができるようになった事例のうち3事例を紹介する。 3 Pekoeの活用事例 (1) 事例1  営業業務担当のAさん(女性・当事者・20代)。毎朝の朝礼時に自分一人でPekoeを使っていたが、誤認識等で正しい情報が得られず、情報格差を感じていた。そこでAさんは自分から上司に朝礼ルールを提案し、メンバーに発信した。 ① 朝礼当番がPekoeを起動する。 ② 当日と翌日の朝礼当番が誤認識の修正をする。 ③ 修正内容がわかったらAさん自身が「いいね!」マークをつける。 その結果情報格差がなくなり、Aさんは積極的に意見を言うことができるようになった。また、Aさんが感謝の気持ちを込めて「いいね!」をつけることでメンバーも気持ちよく協力できている。チームメンバーも認識しやすいように工夫して発言したり、正しく伝わっているかを気に掛けたりするようになり、チームワークが向上した。 (2) 事例2 社内システム保守担当のBさん(男性・当事者・30代)。日頃から自分でスキル向上に努め、開発職に就くことを希望していたが、長年保守の仕事を担当していた。Pekoeを導入し、協力体制が整ったことで、Bさんは自分から技術的な提案や、技術情報を積極的に発信するようになった。 ある日、保守チームから開発チームに異動した同僚が、開発者を募集していることを知り、上司にBさんを推薦した。上司はBさんの聴覚障がいを理由に尻込みしたが、同僚は「Bさんの知識、技術を生かして戦力になってもらうことでみんなが助かるから」と、自分がサポートすることを提案し、Bさんは開発チームのメンバーとなった。 Pekoeの活用とこの同僚のサポートにより、Bさんは主体的に打ち合わせに参加し、システム開発を担当することができるようになり、技術面で開発メンバーをリードするようになった。 念願の開発職に就くことができたBさんは、今はとてもやりがいがあり充実していると言っている。 (3) 事例3 業務センターの部長Cさん(女性・聴者・50代)。Cさ p.69 んは多くのグループを率いており、その中に2名の当事者がいた。業務センターでは毎週勉強会や会議などが開催されているが、それまで当事者の2名はPekoeを自分だけで使っており、誤認識が修正されず十分な情報保障ができていなかった。 ある時、Pekoeのセミナーを受講したCさんは、Pekoe活用のプロジェクトを立ち上げ、正しい情報保障の必要性をメンバーに呼びかけた。その結果、全体朝礼、100名を超すオンライン勉強会や報告会、日常の打ち合わせなど様々な場面でPekoeを活用し、正確な情報を伝えることができるようになった。 後日、Cさんから「嬉しくて涙が出そうです」との報告をいただいた。「Tさんはこれまで聴覚障がいのため積極的に会議に参加できていなかったのだと思うが、Pekoeを通じて積極的に会議に参加し意見を述べてくれた。この業務を担当して4年になるが初めてTさんの考えを聞くことができて本当に嬉しい。メンバーも一緒に取り組んでいこうとしてくれているのだなあと感じている。」との内容だった。 当事者のTさんは「もしも学生の時にPekoeがあったら、青春時代が変わっていただろう」というほどのPekoeファンだが、Tさんにも話を聞くと、「みんながPekoeを使って修正に協力してくれて本当にありがたい。会社はボランティアではないことは理解しており、Pekoeを使ってよかったと思ってもらえるように何か実績を残さなければ。」と意欲的な返事が返ってきた。 (4) 考察とまとめ 次に示す表はある月における、Pekoeの使い方や活用方法の説明を実施した部門と、説明せずにPekoeを使ってもらった部門、事例1~3の部門の、発言数、発言に対する修正数、修正率を示したものである。発言数とは、発話の自然な区切りまでの文章のまとまりを1発言枠とし、1か月で行われた会議中の発言枠の数を合計した値である。修正数は、1発言枠に対して何等かの修正が行われた場合を1としてカウントしている。 表1 説明を実施した部門と実施していない部門、 事例1~3の部門における修正率の比較 発言数 修正数 修正率 実施 40,440 1,826 4.5% 未実施 23,549 64 0.3% 事例3部門 20,456 1,257 6.1% この表から、メンバーに対して説明を実施しなかった場合には、メンバーが誤変換の修正にほとんど協力せず、当事者が自分だけで使用していることがわかる。 一方で事例に示した3部門はいずれも高い修正率となっていることから、メンバーが情報保障の必要性を理解し修正に協力するようになったことで、当事者の積極的な発言等、意欲的に仕事に取り組むことにつながったのではないかと推察される。 このように、音声認識ツールをただ渡すだけでなく、一緒に働くメンバーに聴覚障がいについての正しい知識やPekoeの活用方法を伝えることが、当事者の仕事への意欲を高め、活躍につながるのではないかと考えている。 4 今後の施策 (1) 話者認識などの機能充実 利用者から要望が多いのは誰が話しているのかが分かる、話者認識の機能である。PekoeはWindowsパソコンに入ってきた音声を認識し、文字に変換するというしくみになっている。会議参加者全員がアプリケーションを導入しなくてもよいというメリットがある反面、誰の発言であるかの判別が難しい。 今後は声の特徴などから話者識別を行い、人の特定を行えるように改良していく予定である。 (2) 修正協力者や企業のネットワーク構築 Pekoeの目指す姿は、誰もが気軽に協力でき、多様な人と一緒に働ける社会である。将来はPekoeの利用者のネットワークを広げ、誰もが気軽に協力できるような仕組みを構築したり、企業同士を繋いで情報交換を行ったりすることで、より働きやすい企業を増やしていきたい。 (3) 他社への展開 Pekoeの商品化に当たり、障がい者雇用や活用の状況について多くの企業にヒアリングを行ってきたが、障がい者雇用に積極的な企業であっても、採用後の活用や定着支援が十分ではない企業も多いことが分かってきた。我々は今後、そのような企業に対しPekoeやセミナーを通して、聴覚障がいの正しい知識と対応方法について理解いただき、当事者が活躍できる環境づくりのお手伝いをしていきたいと考えている。 5 まとめ 私達はPekoeを活用することで、聴覚障がい者のいる組織のチームワークを高め、自然に協力する風土を醸成すること。そして当事者が今まで以上に仕事の幅を広げ、活躍できるようになることを目指している。今後もPekoeをより良いものとして社会に貢献していきたい。 【連絡先】 小野 敦子 株式会社リコー TRIBUS推進室  atsuko.ono@jp.ricoh.com  Webサイト:https://www.pekoe.ricoh p.70 強みを生かす! 視覚障がい者、活躍の場の拡大へ ○石川 さゆり(資生堂ジャパン株式会社 人事部) 1 はじめに 資生堂ジャパン株式会社(以下「弊社」という。)では、2020年より視覚障がい者の職域拡大プロジェクト(以下「プロジェクト」という。)を始動し、フロントラインでの職域開発に取り組んできた。 2022年現在、通信営業という電話を用いた営業職として3名の視覚障がい者を雇用している。 ここでは、プロジェクトのこれまでの経緯と視覚障がい者雇用・定着に向けた取組について説明する。 2 プロジェクト始動の背景 日本では障がい者の雇用者数が増加。その一方で、視覚障がい者が働く上で、視覚を介さずにどのように情報収集やコミュニケーションを取るかが課題とされてきた。重度の視覚障がい者については、約半数があんまマッサージ・はり・灸といった、いわゆる「あはき業」に就いており、領域に偏りがあると言わざるを得ない。 だが、情報収集などの課題はテクノロジーの進歩で年々解決されつつある。プロジェクトの発案者であり視覚障がい当事者でもある弊社人事部の石川は、視覚障がい者の就労の可能性をもっと多くの人に知ってもらい、視覚に障がいのある人々がもっと自由に自分のやりたいことにチャレンジできる社会をつくりたいという思いから、新企業理念「BEAUTY INNOVATIONS FOR A BETTER WORLD」の制定にあわせて開催されたイノベーションコンテストで提案を行い、プロジェクトの発足を果たした。 3 なぜフロントラインの営業職なのか 職域開発の第一弾として着手したのが電話を用いた営業職である「通信営業」だ。弊社は日本地域本社として日本国内のマーケティングおよび販売を統括している会社であり、フロントラインの仕事に従事する社員の割合が多い。 障がいのある人に特別な仕事を作るのではなく自社の核となるフロントラインの職種で活躍の場をつくること、それは、プロジェクト開始当時から方針として掲げている「福祉的雇用ではなく一戦力としての活躍を期待する」という弊社としての意志を表した部分でもある。 そして、この職種を選択したもうひとつの理由は、視覚障がい者が持つ強みであるコミュニケーション力や記憶力を生かせる職域、という点にある。 やりづらいことではなく得意なことに目を向ける、これは職域開発においては非常に重要な観点であると考える。 フロントラインでの視覚障がい者雇用は国内でもあまり例を見ない。そういった意味でチャレンジングであるが、成功した際に社会に与えるインパクトは大きく、「就労の可能性」を社会に示していく上で取り組むべきであると判断した。 4 プロジェクトで実施した社内テストと環境整備 プロジェクトには営業部門、ICT部門、人事部等多くの部門のメンバーが参画した。 そして、まず以下の事項に着手した。 ①社内テスト:視覚障がいのある社員が実際の通信営業を体験し、「独力で実施できること」と「サポートが必要なこと」をタスクごとに洗い出す。 ②社内システムスクリーンリーダー対応検証:通信営業が使用するシステムがスクリーンリーダーに対応しているか検証。 ③商品情報整備:必要な商品情報を集約し、視覚障がい者に必要となるビジュアル情報(パッケージ色等)を追加。 ①の社内テストでは通信営業の先輩社員に同行し、職務を記述しながら、サポート体制についても検討を進めた。 視覚障がいがある場合、業務全体を把握し推進できるスキルがあったとしても、紙書類やビジュアル情報の確認等要所要所で晴眼者のサポートを要する。 この「サポートが必要なこと」を周囲が予め認識し、サポート体制を組んでおくことがスムーズな定着につながると考えている。 ②については、通信営業が使用するシステムは約30システムあった。ひとつひとつのシステムを根気強く検証した結果、いくつかの改修を加えることでほとんどのシステムがスクリーンリーダーで使用可能な状況となった。 使用可能となったとはいえ、中には煩雑な操作が必要なシステムもあったため、操作方法はマニュアル化し、後述する入社時研修で丁寧にレクチャーした。 ③については、商品情報を検索しやすい形に整えることと、パッケージ色等のビジュアル情報を追加することをメインに実施した。Excelベースの商品一覧として整備し、商品名、価格、使用方法等一通りの商品情報はここから入手できるようになっている。また、ビジュアル情報も複雑になりすぎないよう色系や容器形状等選択肢から選べるようにし、新製品等新たに追加される商品情報に対しても営業現場で情報を追加していけるよう工夫した。 p.71 5 採用選考における工夫と改善 採用選考においてもいくつかの工夫と改善を図った。 通信営業として必要なケーパビリティを測定するためのロールプレイを取り入れた選考の開発と適性検査のウェブ受検におけるスクリーンリーダー対応等視覚に障がいのある応募者が安心して力を存分に発揮できるよう検討を重ねた。 選考内容については詳細を差し控えるが、適性検査のウェブ受検については、ベンダーにシステム改修の交渉を行い、検証に弊社も協力する形で、スクリーンリーダー使用者が受検可能なシステムへと改変を図ることにつながった。 6 入社時教育での工夫と配慮 入社時教育は、人事部主催研修として、営業基礎、美容・商品基礎、電話応対基礎、スクリーンリーダーを用いたOA・システム基礎を1か月弱実施し、その後配属先オンボーディングとして先輩同行とプレ営業(先輩の担当店を一部担当する活動)を実施している。 戦力としての活躍を促進するためには、障がいに配慮し確実に理解が図れるよう教育内容や推進方法を工夫する必要がある。 初年度は、言葉で伝わるテキストの制作や商品に触れて体感しながら理解を深めるプログラムを盛り込む、登壇する講師に視覚障がい者へのレクチャーポイントを伝達するといった取組を通じて、視覚に障がいがあっても理解できる教育を実施することができた。 7 現場でのサポート体制と機器やテクノロジーの活用 配属先の支社では、コミュニケーションツールとしてLINE WORKSやMicrosoft Teams等を使用している。 新入社員はこうしたツールを活用し、テレワーク時でも先輩社員に質問を投げかける、Teamsの画面共有で資料を確認する、といったことが可能となっている。 また、支援機器についてはスクリーンリーダーの導入だけでなく、社給携帯に各種アプリを導入(カメラで文字認識をするアプリ等)、ファイルや書類にはテキストや音声情報を登録できるタグシールを貼付したりと様々な工夫を施している。 8 1期生の活躍と今後 1期生は約5か月間の教育を終え、2022年1月より担当店を持って営業デビューを果たした。 視覚に障がいがあることで、得意先が不安を感じるのではないか、そのような懸念がはじめはあったと言う。 しかし、それぞれが得意先との信頼関係を築く活動を日々推進する中で、今では得意先からの信頼も厚い営業担当へと成長している。 懸念していた「障がい」に対する得意先のネガティブな反応は全くなかった。 1期生は言う。 「ここまで任せてもらえると思っていなかった。営業は自分の工夫次第で様々なアプローチができるし、その結果がダイレクトに伝わってくる、本当にやりがいのある仕事だと思う。」 「これまでは障がいがあるからできないとあきらめていたことが多かった。でもこの会社に来て、自分はこれもできたんだ!と気づくことが多い。営業担当としてもっと成長するためにこれからも必要なスキルを磨いていきたい。」 今後は、この活動をさらに推進するとともに、社会に対して視覚障がい者の就労の可能性を広く伝え、社会の固定観念を変えていくようなムーブメントにつなげていきたい。 p.72 IT技術を活用した盲ろう職員の職場定着支援 ○白澤 麻弓(筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 教授) 後藤 由紀子 ・高橋 彩加・磯田 恭子(筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター) 森 敦史・石田 祐貴・伊藤 恵美子(筑波技術大学 総務課) 河野 純大(筑波技術大学 産業技術学部) 1 はじめに 聴覚と視覚の両方に重度障害がある盲ろう者の就労事例は、全国的にも非常に少なく、全国盲ろう者協会1)の調査でも、日中仕事に就いている盲ろう者の割合は、わずか2.0%(43名)にすぎないとされている。こうした中、筆者らは、事務職として働く先天性盲ろう者の支援を通じて、本人の職業的自立と職場定着に向けた事例の構築を行ってきた2)3)。この結果、与えられた業務については、自立的にこなせる程度に変化してきたが、業務の効率化や効率的な時間の使い方には、課題が残る現状にあった3)。 そこで本稿では、本人の課題認識と現状の観察分析を元に、課題となっている場面が生じる背景要因を分析するとともに、主にIT技術を活用した支援により、この課題にアプローチすることで、就業状況の改善を目指した。 2 方法 (1) 事前インタビュー 研究を開始するにあたって、本人のIT技術の活用状況や現在感じている課題を把握するため、事前インタビューを行った。インタビューでは、業務ならびにプライベートで活用しているIT機器やソフトウェアについて尋ねた後、業務上感じている課題や対策、得意な業務、必要としている支援、コミュニケーション上の工夫や課題などを尋ねた。インタビュー時には、触手話を用いてやりとりを行い、この様子をビデオカメラにて撮影した(実施日:2022年9月21日、約1時間半)。 (2) 就業時の様子の撮影 事前インタビューで得た情報と合わせて、本人が感じている課題が生じる要因を明らかにするため、本人ならびに職場の同意を得て、実際の就業状況をビデオカメラにて撮影した(8時間×4回)。この際、本人がパソコン(以下「PC」という。)を使用して作業を行っている間は、使用しているノートPCに接続した外部モニタと本人の手元が映るような形で映像を収録し、本人以外の支援者や周囲の職員とのやりとりが発生する場面では、その状況がわかるような画角で収録した。 (3) 課題の抽出と改善策の提案・指導 (1)(2)において収集したデータを元に、課題となっている場面が生じる背景要因を抽出し、より効果的・効率的に職務が遂行できるための方策を検討して、本人ならびに周囲の職員に提案した。その上で、改善策として適当と判断された内容を実現するため、必要に応じて新たなIT機器を導入したり、効率的なPC操作の方法を指導したりした。 (4) 事後インタビューとフィードバック調査  (3)で提案した改善策の活用状況を把握するため、それぞれの内容について、「日常的に使っている」「必要に応じて使っている」「あまり使っていない」の3段階で本人に尋ねるとともに、日常的に使っているもの以外の項目については、その理由を尋ねた。また、事前インタビューと同様の項目にて事後インタビューを行い、以前感じていた課題がどのように変化したかを検証した(実施日:2022年4月22日、約1時間)。 (5) 倫理上の配慮 研究の実施にあたっては、筑波技術大学研究倫理委員会の承認を得るとともに(承認番号2021-28)、本人ならびに周囲の職員に対して十分な説明を行い、書面により同意を得た。また、事前・事後インタビューの実施時には、改めて研究の主旨を触手話で説明し、点字で作成した同意書に署名いただいた。 3 結果と考察 (1) 課題の抽出と改善策の提案 事前インタビューの結果、本人が認識している課題としては、①スケジュールの管理が難しく、期限内にタスクを終えられない時があること、②タスク管理において、優先順位の付け方が難しいこと、③期限を過ぎそうになった時の対応方法がわからないことの3点があげられていた。 一方、就業時の様子を撮影したデータに基づくと、先の3つの課題の背景には、表1に示すような状況があり、特に作業の効率化や、周囲の職員による確認・決裁等、チームでの共同作業に課題を抱えていることが明らかになった。このため、それぞれ対応する改善策として、表中に示した内容を提案した。なお、改善策の中には、必ずしもIT技術を必要としないものも含まれているが、これは、本人ならびに職場の利益を優先した結果である。また、作業を効率化するために指導したPC操作の詳細については、白澤ら4)を参照いただきたい。 p.73 表1 事前インタビューで抽出された課題と実際の状況 課題 実際の状況 改善策 スケジュール管理 ・PC操作に非効率的な部分が多く、作業に必要以上の時間がかかってしまっている。 ・与えられたタスク自体は、期限内に終えていても、完成後の決裁や確認に時間がかかり、結果的に締め切りを過ぎてしまっている。 ・作業を効率化するためのPC操作の方法を指導 ・予め自分の中で前倒しの締め切りを設定しておくよう助言 優先順位の付け方 ・やるべきことを書き出したメモは作成していて、本人のみで完結する作業については、概ね予定通り進められている。 ・周囲の職員のスケジュールが把握できておらず、それらの人々の関係性で成り立つタスクの進行が思い通り進まない現状がある。 ・より効果的なメモの取り方について助言 ・スケジュールの内容をテキスト化して提供 期限を過ぎそうになった時の対処 ・自分一人で判断できない状況が生じたときに、周囲の職員に気軽に相談できるような手段がない。 ・チャットツールなどを用い、細かく相談ができる体制を確保 (2) 改善策の導入と効果 検討した改善策に基づき、実際に導入・指導した項目と、事後評価において得られた使用頻度を表2に示した。いずれの方法も、指導時にはスムーズに習得している様子が見られ、直後に実施した作業内でも実用的に活用できていた。また、このような業務の効率化に繋がる手法があることを示し始めた頃から、自身でも不便と感じる場面について、より効率的に行う方法はないか尋ねてくることが増え、適宜、追加で改善策の提案を行った(⑦⑮⑯等)。 なお、使用頻度が中程度以下のものについて、その理由を尋ねたところ、必要な機会が限られているもの(⑮⑯⑱)や教わったこと自体を忘れていたもの(⑬⑲⑳)の他、代替機能があるためそちらを使用しているもの(⑰)、スクリーンリーダーを切り替えないと使用できない等、不便さがあるもの(⑭⑮)などがあげられていた。 一方、事後インタビューでは、以前、課題としてあげていた内容については、概ね解決できてきたとの手応えが語られていた。しかし、イレギュラーな対応が求められる場面では、まだ的確な判断ができないこと、期限自体は守れても、その過程では、時間に猶予のない中、上司に確認を求める場面もあるなど、不十分な点もあり、「まだまだ改善が必要」と語られていた。 表2 提案した改善策とその使用頻度 使用頻度 内容 高 ① Microsoft Teamsによるファイルの送付 ② Microsoft Teamsフォルダとローカルフォルダの同期 ③ 部署内共有フォルダの活用 ④ NetReaderによるページマークの作成 ⑤ NetReader、Google Chromeにおけるページ内検索 ⑥ Microsoft Officeにおける保護ビューの解除 ⑦ Windowsにおけるクイックアクセスへのピン止め ⑧ Windowsにおける前のフォルダへの移動 ⑨ 学内情報共有システムにより共有されている関係職員のスケジュールをテキスト化して提供 ⑩ KGS社製BMチャット(Bluetoothを用いたワイヤレス接続)の導入 ⑪ 予定の前倒し設定 ⑫ メモの取り方 中 ⑬ Microsoft Officeにおける書式のコピー&ペースト ⑭ Microsoft Wordにおける全角/半角の一括変換 ⑮ NVDA使用時の半角/全角の確認 ⑯ NVDA使用時のフォント色の確認 ⑰ Google Chrome使用時のショートカット活用 ⑱ B-talk(開発:筑波技術大学大西淳児氏)の導入 低 ⑲ Windowsにおける上位フォルダへの移動 ⑳ Windowsにおけるクリップボード履歴の活用 4 まとめ 本稿では、盲ろう職員の職場定着に必要な支援として、本人によるインタビューと現状の観察分析に基づき課題を抽出し、就業状況の改善を目指した。この結果、本人は、作業の効率化やチームでの共同作業に課題を抱えており、提案した改善策により、一定の改善が図られた。しかし、より高度な職業実践の中で、一職員として役割を果たすためには、まだ課題となる側面は存在しており、今後さらなる実践の積み重ねが必要と考えられた。 【参考文献】 1) 全国盲ろう者協会 平成24年度 障害者総合福祉推進事業「盲ろう者に関する実態調査報告書」(2013) 2) 後藤由紀子, 白澤麻弓, 磯田恭子, 岩渕政憲, 和田智子, 森敦史, 石田祐貴『盲ろう事務職員の在宅勤務に関する事例報告』「筑波技術大学テクノレポート」, (2021), 29(1), p.60-65 3) 森敦史, 後藤由紀子, 白澤麻弓『盲ろう者の大学事務職における就労事例報告―一般就労におけるコミュニケーション上の工夫と職務態度の習得を中心に―』「第29回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集」, (2021), p.14-15 4) 白澤麻弓,後藤由紀子,高橋彩加, 磯田恭子, 高橋伸幸, 岩渕政憲, 和田智子, 石田祐貴, 伊藤恵美子, 森敦史, 福永克己, 坂尻正次, 河野純大『盲ろう職員の職場定着に資するIT技術の活用支援に関する研究』「筑波技術大学テクノレポート」, (2022), 30(1), 印刷中 【連絡先】 白澤麻弓 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター shirasawa@a.tsukuba-tech.ac.jp p.74 p.75 研究・実践発表 ~口頭発表 第2部~ p.76 障害者の週20時間未満の短時間雇用に関する調査研究 ○岩佐 美樹 (障害者職業総合センター 研究員) 内藤 眞紀子(元 障害者職業総合センター) 野澤 紀子 (元 障害者職業総合センター(現 佐賀障害者職業センター)) 布施 薫・永登 大和・中山 奈緒子(障害者職業総合センター) 1 背景 我が国の障害者雇用は、障害者雇用率の算定対象となる週所定労働時間20時間(以下「週20時間」という。)以上の雇用を中心に進められてきた。一方、障害特性等により、週20時間未満で就労している又は就労を希望している障害者も一定数いると考えられる。   本調査研究1)では、週20時間未満の障害者雇用に対する障害者及び企業のニーズや実態を把握し、必要な支援等を検討することを目的とし、週20時間未満で障害者を雇用している企業等の情報を収集し、企業のニーズや実態を把握するためにヒアリング調査を行った。 2 調査の実施方法 (1) ヒアリング対象 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の障害者雇用事例リファレンスサービス等をもとに、ヒアリング対象企業を選定し、13企業を対象として実施した。ヒアリング調査の対象は、事業主、障害者雇用の担当者等としたが、可能な場合は、週20時間未満で雇用されている障害者及び支援機関の担当者も対象とした。 (2) 主なヒアリング内容 主として、企業・事業所の概要、障害者雇用状況、週20時間未満の障害者雇用の状況、雇用している障害者に対する支援及び配慮、週20時間未満の障害者雇用に対する意見及び要望等とした。また、障害者及び支援機関にヒアリング調査が実施できた場合には、障害者及び支援機関の意見等も追加した。 (3) ヒアリング実施時期 2020年7月~2021年7月 3 結果 調査対象となった13企業については、表1のとおりである。13企業のうち、11企業については週20時間未満の障害者雇用とともに週20時間以上の障害者雇用も行っていた。 (1) 週20時間未満の障害者雇用に至った理由 ア 採用時に週20時間未満の障害者雇用であった理由 13企業のうち、12企業は採用時に週20時間未満の雇用契約で障害者を雇用した経験があった。その理由については、①求人条件に関すること(9企業)、②職業リハビリテー 表1 ヒアリング対象企業 ション等に要する時間に関すること(3企業)のほか、③ワークライフバランスを考えての本人の希望に関すること(1企業)となっていた。 ①を理由とした企業のうち、もともと求人条件が週20時間未満であったのは4企業であり、そのうち1企業は精神障害者の強みを活かそうと創設されたピアサポーターという職務、1企業は週20時間以上で働くことが困難になった障害者の継続雇用のため、1人分の職務を2人でワークシェアリングした結果として創出された職務における求人であった。その他は、より一般的な週20時間未満の雇用に対するニーズを踏まえた職務創出の事例であった。 ②を理由としていた企業では、ジョブコーチ支援等の適切な支援が得られれば、週20時間以上働くことができるようになる障害者がいる一方、それが難しい障害者もいるということも把握された。 イ 採用後に週20時間未満の雇用に至った理由 採用時点では週20時間以上で雇用した障害者の労働時間を、なんらかの理由により短縮した結果として、週20時 p.77 間未満で雇用した経験のある企業は4企業あった。その理由については、①体調に関すること、②家族の介護等の家庭の事情、③本人の能力特性等に応じた職務及び勤務時間の調整といった理由が見られた。①のうち精神障害者の体調の変動を理由としたものについては、本人の体調に合わせ、繰り返し労働時間の調整がなされているものもあった。 (2) 雇用している障害者に対する支援及び配慮 最も多く行われていた支援及び配慮は、「労働時間」に関することで、12企業でみられた。対象となる障害者に応じた勤務時間等の設定のみならず、体調等により柔軟に調整がなされることにより、週20時間未満の雇用が実現、継続されているだけでなく、週20時間以上の雇用へとつながっている企業もみられた。 8企業では「環境整備」に関することとして、障害者雇用に対する周囲の理解を促進し障害者が働きやすい環境づくり、障害の有無にかかわらず、互いに支え合い、安心して働くことができる環境づくり、障害者の急な欠勤等の際のサポート体制やキャリア形成支援のためのサポート体制づくりが挙げられた。 「職務」の創出に関することも8企業で行われており、障害者の特性や志向、作業能力等に応じた職務の創出がなされていた。 その他、「コミュニケーション」に関すること、「作業」に関すること、「キャリア形成」に関すること、「職業生活」全般にわたることなどについての支援及び配慮が行われていた。 (3) 週20時間未満の障害者雇用に対する意見及び要望等 最も多く聞かれた意見や要望等は、週20時間未満の雇用がもたらすメリットに関することであった。週20時間未満の雇用だからこそ、一般就労の可能性が広がる、また、職業生活の維持が可能となるという障害者にとってのメリットに関する意見とともに、1人の労働者として貢献してもらっている等といった企業にもたらされたメリットに関する意見もあった。 週20時間未満の障害者雇用に対する支援に関する意見や要望等としては、週20時間未満で障害者を雇用する事業主に対する支援に関すること以外にも、雇用されている障害者及びその家族に対する支援に関すること、支援機関の役割に関することもあった。 (4) 障害者の意見等 今回のヒアリングにご協力いただいた雇用されている障害者からは、体調維持、ワークライフバランスの視点等から現在の働き方がちょうどよい、周囲の理解や支援により、一般就労が実現し、持続できているといった肯定的な意見が得られた。また、現在の働き方を得たことで、生活の質の向上等の良い変化等、本人にとってメリットがあったことが確認された。 (5) 支援機関の意見等 一定の枠を設けず、その人に応じた職務内容、勤務時間を設定してくれている事業所であるからこそ、障害者が長期間安定して働くことができており、今後、こういった企業が増えれば障害者の雇用の可能性は広がるとの意見が聞かれた。また、ある就労継続支援B型事業所からは、一般就労と就労継続支援事業の併用が認められていることで、仕事に必要なスキルアップ支援を行うことができているという意見が聞かれた。 4 考察 (1) 支援や配慮の一環としての短時間雇用 ヒアリング調査結果は、週20時間未満の障害者雇用の背景には、障害者雇用率や支援制度等の該当の有無にとらわれず、障害者の就労ニーズを踏まえ、障害者の力を職場で活かそうとする事業主の姿勢があることを示すものと考える。また、週20時間未満の雇用の実現・継続には、事業主の労働時間に対する配慮や工夫のみならず、障害者が働きやすい環境づくり、障害特性等に応じた職務の創出、体調等に応じた職務の調整、生活面にわたる支援など様々な工夫や配慮があり、企業及び雇用されている障害者双方に利益をもたらすものだからこそ成り立つものであることが理解された。 (2) 就労可能性を広げる選択肢としての短時間雇用 どんなに支援がなされても、週20時間以上の雇用に移行することが難しかった事例や週20時間未満の雇用により体調やワークライフバランスを保って働くことができていた事例があったことは、週20時間未満の就労という選択肢が増えることにより、より多くの障害者の一般就労の可能性が高まることを示すものであり、こういった障害者の雇用をいかに支援していくべきかという問題を指摘するものと考える。 (3) 短時間雇用中の職業リハビリテーションの重要性 雇用後の週所定労働時間の変化を見てみると、徐々に労働時間を延長した事例もあれば、短縮した事例もあった。また、体調等により、労働時間を複数回調整している事例もあった。職業リハビリテーションの提供等により週20時間以上の雇用へと移行した事例、雇用後に体調等により労働時間の調整が必要となった事例からは、週20時間未満の雇用においても職業リハビリテーションサービスに対するニーズが存在し、それに対し、適切に応えていくことが重要と考える。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター『障害者の週20時間未満の短時間雇用に関する研究』,「調査研究報告書№165」,2022 p.78 短時間で働く精神障害のある者のフルタイム勤務への移行意志について :雇用率算定方法の特例が適用される労働者を中心に ○渋谷 友紀(障害者職業総合センター 研究員) 清水 求 (障害者職業総合センター 研究協力員) 小池 磨美(元 障害者職業総合センター(現 東京障害者職業センター)) 1 背景 精神障害のある人は、身体障害又は知的障害のある人と比べ、職場定着が難しいと指摘されている。しかし、障害者職業総合センター(2017)は、精神障害のある人であっても1週間当たりの労働時間区分が「20時間以上30時間未満」である場合、他の労働時間区分と比べ、職場定着率が有意に高くなることを指摘した1)。 厚生労働省は、この知見を踏まえ、2018年から2023年の時限的措置として、精神障害のある人が20時間以上30時間未満で働く場合、障害者雇用率を算定するうえで、通常0.5人とカウントされるところ、一定の条件を満たせば1.0人とカウントできる特例措置(以下「特例措置」という。)を導入した。その条件とは、①雇入れから3年以内、又は②精神保健福祉手帳の交付から3年以内というものであり、20時間以上30時間未満という短時間から雇用を開始して、少しずつ労働時間を延ばし、雇用の安定や職場定着を目指したものである。言い換えれば、特例措置を利用して精神障害のある人を雇用した場合、少なくとも制度設計上は、雇用された人はいずれ1週間当たり30時間以上の労働時間で働くことを期待されると考えられる。 しかし、雇用率算定方法の特例が適用される労働者(以下「特例適用者」という。)に対して質問紙調査等を実施した障害者職業総合センター(2022)2)によれば、2019年に行った特例適用者への調査では、1週間当たり30時間以上のフルタイム勤務への勤務を希望する者(以下「〈移行希望〉」という。)は約2割であり、他の約2割が短時間勤務をこのまま続けることを希望する者(以下「〈短時間希望〉」という。)、約3割がフルタイム勤務への移行を何らかの理由で困難と考えている者(以下「〈移行困難〉」という。)であることが明らかになった(図1)。なお、〈短時間希望〉 図1 フルタイム勤務への移行意志(人) と〈移行困難〉は、積極的にフルタイム勤務への移行を希望していないことから、互いに類似した項目と考えられる。しかし、短時間で働くことを積極的に選択したか(しているか)否かの違いはあるものと考え、項目を分けた。残りは、「今のところ分からない」と回答した者(以下「〈不明〉」という。)などであり、1週間当たり20時間以上30時間未満で働く精神障害のある人が、必ずしもフルタイム勤務への移行を希望するとは限らないことを示唆している。 2 目的 そこで、本稿では、精神障害がある短時間労働者がフルタイムで働くことを考えるのに影響する要因にどのようなものがあるかということを、障害者職業総合センター(2022)の調査で得られた、短時間で働く精神障害のある人である特例適用者を取り上げ、そのフルタイム勤務への移行意志にかかわる変数を検討する。なお、障害者職業総合センター(2022)では、特例適用者と特例適用が確認できなかった者との間のフルタイム勤務への移行意志等について、簡単な比較を試みたが、両者の間に顕著な差はないと考えられた。 3 方法 (1) 研究参加者 障害者職業総合センター(2022)では、質問紙は、調査の前年の厚生労働省への「障害者雇用状況報告」において、特例適用者を雇用していると回答のあった事業主すべてに送付した。そのうえで、それぞれの事業主が保有する各事業所で働くすべての特例適用者に質問紙を渡すよう求めた。回答の手順を示した資料には、回答は任意であること、発表にあたり個人は特定されないこと、個人情報保護の観点から回答した質問紙は事業所で取りまとめるのではなく、直接、障害者職業総合センターに返信してほしいことを記した。 障害者職業総合センター(2022)で用いたデータのうち、本稿では、2019年9月1日時点での特例適用者354名についてのデータを対象とする。 (2) 分析 分析に当たっては、「フルタイム勤務への移行の意志」を従属変数とし、それに影響を与える可能性があると考えられる変数を独立変数として、それらの関係をクロス集計などによって検討する。独立変数には、障害者職業総合センター(2022)で、フルタイムへ勤務の移行意志と一定程度 p.79 の関係が確認された年齢、労働時間満足度、賃金満足度、働きがい、就労するにあたり重要と考える項目のほか、障害・疾患の程度の目安として、精神障害者保健福祉手帳の等級についても検討する。なお、結果の分析にあたり、従属変数の「その他」、無回答を除いたため、341名を対象とした(ただし、独立変数の無効回答等により分析に活用できなくなるケースが増える場合がある)。 4 結果 (1) 年齢 フルタイム勤務への移行意志と年齢の関係を検討するために、フルタイム勤務への移行意志のカテゴリーごとの年齢の平均値を比べた。一要因の分散分析の結果、〈移行希望〉(平均38.1歳)と、〈短時間希望〉(平均43.4歳)の間に5%水準で有意な差が認められた(F(3,337)=4.027,p<0.05, η2=0.035)。フルタイム勤務への移行を希望する者は、相対的に若い者に多い可能性がある。 (2) 満足度(労働時間満足度・賃金満足度・働きがい) 各種満足度等について4件法で聞いたところ、フルタイム勤務への移行意志のグループ間に有意な差が見られたのは、「労働時間満足度」、「賃金満足度」、「働きがい」であった(クラスカル・ウォリス検定を用い、多重比較はマン・ホイットニーのU検定にボンフェローニの方法を適用した)。フルタイム勤務への移行意志のカテゴリーのなかで、〈短時間希望〉としたグループは、〈移行希望〉などそれ以外のグループと比べ、「とても満足(「働きがい」の場合「とても感じる」)」と回答する割合が最も大きく、「とても満足(感じる)」と「やや満足(感じる)」を合わせた「満足(感じる)」の割合も最も大きかった。具体的には、労働時間満足度は〈移行希望〉が他の3項目より小さく(それぞれp<0.05)、賃金満足度は〈短時間希望〉が他の3項目より大きかった(〈不明〉との間はp <0.05、それ以外はp <0.01)。「働きがい」については、他とやや異なり、〈短時間希望〉が〈移行困難〉より有意に大きかった(p<0.05)。大まかに、短時間希望のグループの満足度が高く、移行希望等の満足度は低くなる傾向が考えられる。 (3) 就労するにあたり重要と考える項目 10の項目を提示し、それらが、自分が働き続けるにあたりどの程度重要かを5件法で聞いた。全体としては、「仕事内容」、「職場の人間関係」、「賃金等」、「やりがい」で、8割を超える者が「重要」(極めて重要+やや重要)と回答していた。一方、それをフルタイム勤務への移行意志のカテゴリー間で見ると、〈移行希望〉で「賃金等」、「やりがい」、「キャリア」、「技能」、「私生活の人間関係」、「自己啓発」、「余暇活動」が他のカテゴリーより大きくなる傾向が見られた。これらのことより、〈移行希望〉のグループは、「賃金等」、「やりがい」など直接仕事にかかわることも重視するが、加えて「技能」や「自己啓発」といったキャリアアップにつながることや、「私生活の人間関係」や「余暇活動」など職場以外の生活も重視していることがうかがえる。 (4) 障害・疾患の程度にかかわる項目(手帳等級) 手帳等級は、1級が5名(1.4%)、2級が202名(57.1%)、3級が138名(39・0%)、不明が9名(2.5%)であった。これらとフルタイムへの移行意志のクロス集計を図2に示す(等級不明の9名は除いた)。 図2 手帳等級ごとのフルタイム勤務への移行意志 等級は、1級より2級、2級より3級において、フルタイム勤務への移行希望の比率が大きくなっているように見える。そこで、度数の小さい1級を除いた2級及び3級について、χ2検定を行ったところ、フルタイム勤務への移行意志の比率について、2級と3級の間に有意な差は認められなかった(χ2=2.286,df=3,p=0.515,p>0.05)。 5 まとめ 以上の結果をまとめると、次の4点が言える。①年齢が相対的に若い者や労働時間満足度が低い者がフルタイム勤務への移行を希望し、②賃金満足度が高い者が短時間のままでいることを希望している。③フルタイム勤務への移行を希望する者は、キャリアアップや私生活にかかわることを、仕事を続けるにあたって大事なものとして取り上げる傾向が見られた。一方、④障害の程度を示すと考えられる手帳等級は、図2のように〈移行希望〉が3級に多いなど、より障害の程度の軽い者がフルタイム勤務への移行を希望するように見えたものの、統計的に有意な関係は認められていない。 以上のことにより、精神障害のある人の、20時間以上30時間未満の短時間勤務からフルタイム勤務への移行の意志については、年齢や賃金などの満足度、キャリアップ等の考え方と比較的強い関係があると考えられる。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター『障害者の就業状況等に関する調査研究』,「調査研究報告書No.137」,(2017) 2) 障害者職業総合センター『精神障害者である短時間労働者の雇用に関する実態調査: 雇用率算定方法の特例が適用される労働者を中心として』,「調査研究報告書No.161」,(2022) p.80 テレワークを経験した障害者に対するヒアリング等調査の報告 -利点と課題を中心に- ○伊藤 丈人 (障害者職業総合センター 研究員) 内藤 眞紀子(元 障害者職業総合センター) 野澤 紀子 (元 障害者職業総合センター(現 佐賀障害者職業センター)) 布施 薫・佐藤 涼矢・馬医 茂子(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 テレワーク(ICTを活用した遠隔勤務)の障害者雇用への適用は、多様な働き方の推進や雇用機会の確保の観点から有用性が指摘され、普及が目指されてきた1)。さらに、2020年以降、新型コロナウイルス感染症対策としての必要性もあり、テレワークで働く障害者は急激に増加した2)。そうした中で、障害者にとってのテレワークについては、利点と同時に課題があることも指摘されている3)。 本稿では、テレワークを経験した10人の身体障害者に対して行ったヒアリング調査の結果を報告する。その際、テレワークの利点だけでなく、課題やそれらへの対処方法を明らかにすることにより、今後テレワークでの配慮事項等を検討する一助としたい。 2 方法 障害者職業総合センター研究部門では、2021年度から22年度にかけて、「テレワークに関する障害者のニーズ等実態調査」を実施している。その一環として、2,000人の障害者に対して、ウェブ調査会社のシステムを利用したアンケート調査を実施した。この回答者の中で、ヒアリングへの協力を了承した身体障害者10人に、後日オンラインでヒアリングを実施した。対象者は、テレワーク経験者とし、職種になるべくばらつきを持たせるようにした。 ヒアリングの実施時期は、2021年12月20日から25日であった。 本稿では、ヒアリング内容の中から、テレワークの利点と課題、各課題に対する対処方法として各自が工夫している点について紹介する。 3 調査結果 (1) ヒアリング対象者の属性と状況 ヒアリング対象者の仮名、障害種、職種、テレワークを始めた理由を表1に示す。 (2) テレワークの利点 テレワークの利点としては、第1に通勤の負担からの解放を挙げる者が多かった(9人)。「右足が動きづらいため、最寄りのバス停に移動するだけでも負担感が大きかった」(Gさん)という声や、「身支度などの手間を省ける 表1 ヒアリング対象者の属性と状況 仮名 障害種 職種 始めた理由 Aさん 肢体不自由 施設管理者 コロナ対策以外 Bさん 肢体不自由 機械部品設計 コロナ対策 Cさん 肢体不自由 資材発注 コロナ対策 Dさん 視覚障害 営業事務・管理職 コロナ対策 Eさん 難病(神経・筋疾患) 品質管理 コロナ対策 Fさん 内部障害 設計技師 コロナ対策以外 Gさん 肢体不自由 データ分析 コロナ対策 Hさん 肢体不自由 事務 コロナ対策 Iさん 視覚障害 管理職 コロナ対策 Jさん 内部障害 事務 コロナ対策 のはもちろんだが、免疫抑制剤を服用しているため、外出の回数が減れば健康面でのリスクも軽減する」(Fさん)という指摘があった。 第2に、通勤に費やしていた時間を、他のことに使えるとの声もあった(5人)。「通院時間の確保が可能となり、リハビリに通える回数を、週1回から週2回に増やすことができた」(Bさん)という意見や、「かつて通勤に要していた時間を、ケアマネジャーや訪問看護師との面談に充てることができる」(Hさん)などの声が挙げられた。 第3に、テレワークであることにより仕事に集中できる環境を確保することができた、という意見があった(4人)。例えば、「出勤すれば上司からの急な仕事の指示や調整業務によって、負担感やストレスが大きかったが、テレワーク期間にはそうした事案の発生もなかった」(Eさん)、「勤務先では空調が適切に管理されておらず、夏は暑く冬は寒い環境で業務を行っていた。テレワーク中は快適な作業環境で勤務できている」(Fさん)などの声があった。 第4に、体調管理上のメリットとして、服薬のしやすさや休憩の取りやすさが挙げられた(3人)。例えば、「一日の中で体調に波があるため、タイムリーに服薬したり、15分程度横になったりすることができれば、早急な回復が見込める」(Cさん)という声が聞かれた。 (3) テレワークの課題 ここでは、テレワークの課題として多く挙げられた項目を示し、それらに対し各自が行っている工夫を紹介する。 テレワークで働くことの課題としては、第1に上司など p.81 とのコミュニケーションに関するものが挙げられた(4人)。例えば、「事業主とは、アプリを使ってメッセージをやり取りし、定期的な面談をオンラインで行っているが、事業主は多忙のためメッセージへの返信が遅く、不安になる」(Aさん)や、「ちょっとしたことを質問しづらい」(Dさん)との声があった。 こうした課題への工夫として、「事業主とのコミュニケーションに時間がかかることを踏まえて、こまめな連絡・相談、早めの質問を行うようにしている」(Aさん)、「業務に関して質問をする際には、前もって自分で調べ、わからないことを洗い出してから質問するようにしている」(Cさん)などが挙げられていた。 また、この点に関連して、第2に「職場の一体感を感じられない」(Dさん)、「社員が抱える孤独感・疎外感への対応が必要」(Eさん)など、テレワークでは職場の一員であるという意識を持ちにくいとの指摘があった(3人)。 これに対しそれぞれの立場でできる工夫として、「出退勤時(始業終業時)にメールを送信する際、チームの社員への挨拶も添えるようにしている」(Bさん)、「チーム内でのコミュニケーションが活発となるよう、朝礼時にチーム内で『誰がいつまでに何をするか』を共有し …(中略)… それによって、仕事の方向性についての意思疎通や業務の進捗管理が可能になった」(Eさん)との実例が挙げられた。 第3に、在宅での作業は、オンオフの切替えが難しいとの声もあった(4人)。例えば、「昼食も自宅で摂るため、業務時間と昼休みの切替えが難しかったり、終業後も仕事でパソコンを見たり電話対応をしたりすることがある」(Dさん)などの声が挙げられた。 これに対しては、「フリーランスの友人に助言をもらい、仕事の時間は洋服を着替えることで、気持ちを切り替えるようにしている」(Cさん)、「自宅で使用していなかった部屋を仕事部屋に充てた。その結果、公私の切替えが容易に行えるようになり、パソコン関連の機器使用に必要な広さの空間も確保できた」(Fさん)などの工夫が挙げられた。 第4に、運動不足を課題として挙げる人もいた(3人)。 これについては、「生活の中に運動を取り入れるようにしており、特に左足痙縮改善のための運動を定期的に行っている」(Bさん)など、意識的に生活に運動を取り入れているとの声が聞かれた。 最後に、ヒアリング対象者の中の管理職から、その職務に係る課題が指摘された(2人)。Dさんからは、「生産性の確認方法に課題がある」との指摘があった。Iさんからは、「部下の変化や健康状態が把握しづらいことで、『管理職としてやるべきことができていないのではないか』、『大切なことを見逃しているのではないか』といった、自身の職責に関する不安」が聞かれた。 これについてIさんは、「部下とのやり取りをメールのみで終わらせず、電話によるコミュニケーションをとり、仕事の進捗や様子を把握できるよう心がけている」という。 4 考察 障害者にとってのテレワークの利点や課題を考えるとき、それらが障害に起因するものなのか、又は障害とは関係なく生じうるものなのかに注意を払うべきだろう。 利点として挙げられていた、通勤の負担からの解放や、その結果通勤に費やしていた時間を他のことに使えるといったことは、障害の有無とは関係なく指摘される項目である。しかし、その内容をみると、障害状況により通勤の負担が相対的に重くなりうることや、通勤に費やしていた時間の使い方が治療や福祉サービスを受けるために活用されているなど、障害と関連したあり様であることが分かる。服薬や休憩がしやすいというのも誰にも当てはまることだが、障害者にとってより切実なことは多い。もし事業主がテレワークを認めるか否かの判断をするようなときには、社員の障害特性を十分考慮する必要があるだろう。 課題として挙げられた項目についても、障害のみに起因するものはなかった。緊密なコミュニケーションや一体感の醸成が必要なことは、障害と直結しない。ただ障害種によっては、コミュニケーションの取り方に特性がある場合もあるので、留意する必要があるだろう。 最後に、今回のヒアリングでは、障害の有無を超えてテレワークが有する利点や課題の存在を多く確認することができた。しかし、障害のみに起因する項目でなくても、障害という要素と関連しあうものは少なくなかった。テレワークという働き方について検討する際には、こうした関連性を丁寧に見極めることが求められるだろう。 なお、ウェブ調査会社の内部規定により、精神障害者へのヒアリングは行うことができなかったため、別途追加アンケートを実施している。その結果も含め、テレワークに関する障害者のニーズ等実態調査の結果については、2023年3月に報告する予定である。 【参考文献】 1) 厚生労働省(2020)『都市部と地方をつなぐ障害者テレワーク事例集』. 2) 戸田重央(2022)「障害者のテレワークの現状と今後の見通しについて」働く広場, 2022年6月号, pp.2-3. 3) 伊藤丈人(2020)「緊急事態宣言下における視覚障害者の在宅勤務の実情―当事者へのヒアリング調査から―」第28回職業リハビリテーション研究実践発表会発表論文集, pp.42-43. p.82 企業に雇用される障害者のテレワークによる勤務の実態に関する調査 ○山口 明日香(高松大学 教授)    八重田 淳(筑波大学)、野崎 智仁(国際医療福祉大学)、北上 守俊(新潟医療福祉大学) 1 研究の目的 新型コロナ禍により働き方の一つとしてテレワークが定着した。本研究は、全国の企業1100社を対象に調査を実施し、障害者雇用で採用されている従業員のテレワークによる勤務の実態について明らかにすることを目的として実施した。 2 方法 調査は、2020年度の障害者雇用率上位250社(以下「雇用率」という。)、特例子会社580ヶ所(以下「特例」という。)、一般求人情報サイトに「在宅勤務・障害者雇用」のキーワードで求人を出している280社(以下「一般」という。)の計1100社を対象とした。郵送法にて依頼し、回答はオンラインによる回答を依頼した。調査は、2021年12月28日から2022年3月11日であった。調査内容は、事業所の基本情報に関する項目として、雇用している障害者数、テレワークの実施状況、テレワーク導入のきっかけ、テレワーク勤務している者の従事している業務、テレワーク勤務における合理的配慮の内容、テレワーク勤務において生じた課題、今後の継続予定などに関する項目を設定した。調査依頼時には、本調査の趣旨及び内容、調査データの取り扱いについて書面を提示して説明し、合意する場合にのみ回答を依頼した。なお本調査は、高松大学研究倫理審査(高大倫審2021001)の承認を経て実施し報告すべき利益相反はない。 3 結果 (1) 回答者属性とテレワーク勤務実施の現状 本調査の結果、特例127社、一般32社、雇用率22社の計181社(回収率16.5%)から回答があった。回答のあった181社全体の、障害雇用者の平均は64.8名(SD=113.8)。各回答者の数は表1へ示す。 表1 雇用者数 テレワーク勤務を実施している企業は78社(42.4%)、実施していない92社(50.0%)、以前実施していた12社(6.5%)」であった。本発表に係るデータの分析においては回答のあった78社のうち対象項目の欠損値や重複回答のない63社の回答(回答者の34.8%)を分析対象とした。 (2) テレワーク勤務導入のきっかけ テレワーク勤務導入のきっかけで最も多い回答は「新型コロナ禍の感染拡大防止のため」が32.3%で最も多い割合を示した。次いで「通勤困難な勤務者への負担軽減のため(21.1%)」、「障害のある従業員の特性や労働環境改善のため(16.5%)」であった(表2)。 表2 導入のきっかけ (3) テレワーク勤務の取扱い業務 テレワーク勤務しているものが従事している業務として上位を占めていた業務は、「資料作成・文書作成に係る業務(15.9%)」、「事務に関連する軽作業に係わる業務(9.8%)」、「経理・会計に係る業務(7.9%)」、「ローデータ入力及び修正に係る業務(7.0%)」であった(表3)。 表3 従事している業務 (4) テレワーク勤務における合理的配慮の内容 テレワーク勤務している従業員へ実施している合理的配慮については、「業務の進捗や期限に関する配慮(66.7%)」で最も多く、「細かな休憩時間の設定などの p.83 勤務時間に対する配慮(63.5%)」、「配属される部署や業務に対する配慮(57.1%)」が上位を占めていた(表4)。 表4 合理的配慮の内容 (5) 在宅勤務と通勤の勤務の日数について テレワーク勤務における在宅勤務と通勤による勤務の日数の標準的な取り組みについては、「勤務のすべてがテレワーク勤務である(原則通勤はない)(28.6%)」、「通勤は週の半分程度で、残りはテレワーク勤務(19.0%)」、「通勤日数の目安はなく、業務状況に応じて決定している(12.7%)」が上位を占めていた(表5)。 表5 テレワーク勤務の日数 (6) テレワーク勤務実施において生じた課題 テレワーク勤務実施において生じている課題は、「コミュニケーションの難しさ(58.7%)」、「孤立感や疎外感を感じることへの対応(50.8%)」、「社員間の自由なやりとりが難しい(42.9%)」、「業務管理の難しさ(42.9%)」が上位を占めていた(表6)。 表6 生じた課題 (7) 今後のテレワーク勤務の継続の予定 今後のテレワーク勤務の継続に関する予定については、「今後も継続してテレワークによる勤務を継続する」が全体の81.0%を占めており、「今後の可否について検討している」が7.9%、「その他」が9.5%であった。その他の記述では、「感染症対策としてのテレワークは終了し、制度化を検討している」といった記述が見られた。 4 考察 障害者雇用で雇用されている障害者のテレワーク勤務の実態としては、コロナ禍による影響によって導入された経緯が多いことが確認された。テレワークしている業務としては、資料作成や文書作成が多く、事務や経理に関連する業務が多いことが明らかになった。一方で、営業支援や動画・映像編集やCAD等の作成に関わる業務、システム開発やネットワーク管理、Web開発やコンテンツ開発に関わる業務なども確認されており、幅広い業務に従事している実態があることが明らかになった。 テレワーク勤務において実施されている合理的配慮としては、業務進捗や期限の配慮、細やかな休憩時間の設定などの勤務時間に対する配慮や配属される部署や業務への配慮などが行われていた。休憩時間の細やかな設定や勤務時間の配慮については、テレワークにおいて、より柔軟な働き方の視点が反映されていると考えられる。 テレワーク勤務における在宅と通勤のバランスについては、いわゆるフルリモートと呼ばれる全てをテレワーク勤務が最も多く占めており、通勤を前提としていない勤務の実態が一定を占めていることが確認された。また在宅と通勤をする場合のハイブリッドと呼ばれる組み合わせでは、週の半分を基準とするものが最も多いことが確認された。 テレワーク勤務において生じた課題は、コミュニケーションの難しさや孤立感や疎外感への対応、業務管理の難しさ、社員間の自由なやりとりの難しさであったが、一般的なテレワークによる課題として指摘されている課題と同様であった。 本研究は、令和3年度厚生労働省科学研究費補助金(障害者政策総合研究事業)「 就労系障害福祉サービス事業所におけるテレワークによる就労の推進のための研究(21GC1017(研究代表者:山口 明日香)」による成果の一部です。一部掲載データは、引用文献1)成果報告書において報告されています。 本研究にご協力いただきました皆様へ感謝申し上げます。 【引用文献】 1) 山口明日香『国内の企業においてテレワークで働く障害者の現状に関する研究』令和3年度厚生労働省科学研究費補助金(障害者政策総合研究事業)(総括)研究報告書「就労系障害福祉サービス事業所におけるテレワークによる就労の推進のための研究(21GC1017)」成果報告書文献番号202118048A 【連絡先】 山口明日香 高松大学発達科学部 e-mail:afujii@takamatsu-u.ac.jp p.84 社会協同組合を通じた障害者雇用策  ~イタリアの事例を通じて~ ○堀田 正基(特定非営利活動法人社会的就労支援センター 京都フラワー 理事長) 1 イタリアの社会的協同組合とは 1980年代に、社会的に不利な立場の人達等の労働統合をミッションとする組織の活動が見受けられた(Borzaga and Loss 2002a:6)。数年の自由な展開の後に、これらの組織は、1991年に法律381号(社会的協同組合に関する法律)によって協同組合として認知されるようになった(Borzaga and Loss 2002b:6)。不利な立場の人々に対して労働統合の機会を提供している社会的協同組合はB型社会的協同組合と称することとなった(Borzaga and Loss 2002c:6)。B型社会的協同組合は、身体的な、または精神的に障害を持つ人々、麻薬常用者、アルコール中毒、家庭に問題を抱える未成年者、そして保護観察中の元服役囚に対する支援を行う(Borzaga and Loss 2002d:6)。行政が認める生活に困難を抱える人々の証明は、期間を示して一時的なものである。B型社会的協同組合に従事している全労働力の少なくとも30%は社会的に排除された人達、障害のある人達でなければならない(Borzaga and Loss 2002e:6)。中小企業等は、社会的協同組合に対して、社会的包摂プログラムを支援する組織体ではなく、労働政策ツールと捉えた(Borzaga and Loss 2002f:7)。 2 イタリアの障害者雇用促進法のミスマッチ 1968年施行の482/62号法は、従業員数35人以上の中小企業と公共機関に対して全従業員に対して15%の割合で障害者雇用を実施する割当雇用制度を施行した(Borzaga and Loss 2002g:6)。しかし、中小企業にとっては、継続雇用に関するコスト、受け入れに対する不安で十分な進捗は図れなかった。1980年代に、社会的に不利な立場の人達等の労働統合をミッションとする組織の活動が見受けられた。これが、後のB型社会的協同組合となり、企業とB型社会的協同組合の連携が始まった。B型社会的協同組合と連携することで企業側も障害のある従業員の職場定着が可能となり、B型社会的協同組合も仕事の受注と仕事場を確保しなければならなかった。482/62号法施行による障害者雇用のミスマッチが、中小企業側とB型社会的協同組合とを結びつけた。ミスマッチについては、連携が大きなキーワードになる。幸いイタリア企業の大半が中小企業である。大企業の工場に連携を依頼しても本社に決裁が任され、3か月も待って、「断られる」ことがある。中小のファミリー企業なら決断も早く、申し込み、企業側がメリットを得られるのなら「明日からでも」という返事がもらえる。おそらくこのような形式で中小企業側とB型社会的協同組合の連携が進んだものと考えられる。 3 1991年に法律381号によって協同組合は(社会的協同組 合に関する法律)法人化となる 1991年に法律381号によって協同組合(社会的協同組合に関する法律)は法人化が認められた。また、全労働力の少なくとも30%は社会的に排除された人達、障害のある人達でなければならない。更に「381号 第9条 州の法規には、州は、さらに社会的協同組合の振興、支援および開発のための規準を布告する。州が採用する支援措置から発生する負担は、州の通常財源によって賄うものとする」とあるように、B型社会的協同組合は、中小企業との連携による収入以外に、助成金収入も得ることができた。 図1 法人数の推移出所:ISTAT(2001)ISTAT(2007) これにより、B型社会的協同組合は運営的に余裕が生じたと予測できる。2005年までに7,363のB型社会的協同組合が設立され拡大を遂げたことも理解できる。 4 1999年の改正482/68号法は、全従業員が50人以上の企業に対して15%から7%まで障害者の割当制度を引き下げたことと制度の大幅な改革 1999年の改正482/68号法によると、義務的採用のための中小の事業所には、職業訓練、名簿の作成、義務的採用の免除や相殺に関する許可、協定の締結および対象となる採用者の定義も含まれている(独立行政法人労働政策研究・研修機構 2012:a)。使用者については、障害者を社会的協同組合に臨時的に組み込むとの内容の協定を締結しうると定めている。こうした協定を結んだ使用者には、一定の労働委託を協同組合にゆだねる義務が生ずる(独立行政法人労働政策研究・研修機構 2012:b)。これにより、B型社会的協同組合と中小企業の連携は、法 p.85 的に認められ、仕事を中小企業から得やすい状況は整い、障害者をB型社会的協同組合に臨時的に組み込み訓練することで、中小企業の割当雇用制度にも寄与することとなる。 5 中小企業の発展 1992~2002年におけるイタリアの成長率は、OECD諸国のうち、最も低い部類に属していたが、中小企業による「工業集積地区」の発展が「メイド・イン・イタリー」 ブランドの形成に結実し、その後も発展してきた。中小企業の集積地は、緩やかなネットワークを活用し市場に製品を供給して高い成果をあげている。 ネットワーク内で、中小企業とB型社会的協同組合の連携が、実績、評価となり、その結果、改正482/68号法の後押しもあったのであろうが、B型社会的協同組合の拡大を促進させたと仮定するのである。 結果として、社会的協同組合の目的の観点から中小企業の展開に目を向けると、B型社会的協同組合の取り組みは、一方では、社会的に排除された労働者、障害のある労働者を組織への安定した同化と、他方では、社会的協同組合に対する行政的介入を上手く支援者として取り込み地元中小企業を活用することであった(Borzaga and Loss 2002i:7)。 最後に、イタリアの大多数の企業が中小企業であり、障害のある労働者にうまく接することは難しいのが実情であった。中小企業側もJob coachに相当する支援者が必要であった。しかし、B型社会的協同組合はJob coach等よりも、On the job trainingという手法で職場や法人内での実践的な職業訓練を実施し、今日の隆盛を築いたのであった。 【参考文献】 1) Borzaga.C. and M. Loss (2002a) “WORK INTEGRATION SOCIAL ENTERPRISES IN ITALY, EMES Working Papers,, 6. 2) Borzaga.C. and M. Loss (2002b)“WORK INTEGRATION SOCIAL ENTERPRISES IN ITALY, EMES Working Papers,, 6. 3) Borzaga.C. and M. Loss (2002c) “WORK INTEGRATION SOCIAL ENTERPRISES IN ITALY, EMES Working Papers,, 6. 4) Borzaga.C. and M. Loss (2002d) “WORK INTEGRATION SOCIAL ENTERPRISES IN ITALY, EMES Working Papers,, 6. 5) Borzaga.C. and M. Loss (2002e) “WORK INTEGRATION SOCIAL ENTERPRISES IN ITALY, EMES Working Papers,, 6. 6) Borzaga.C. and M. Loss (2002f) “WORK INTEGRATION SOCIAL ENTERPRISES IN ITALY, EMES Working Papers,, 7. 7) Borzaga.C. and M. Loss (2002g)“WORK INTEGRATION SOCIAL ENTERPRISES IN ITALY, EMES Working Papers,, 6. 8) ISTAT(2001) I Distretti Industriali 8° Censimento generale dell’industria e dei servizi, 4. 9) ISTAT(2007)「Le Cooperative social in Italia Anno 2005 - Statistiche inBereve」, Instituto Nazionale di statistica. 10) 独立行政法人労働政策研究・研修機構 2012:a, Social Enterprise London: Lessons for the UK 2013:25 11) 独立行政法人労働政策研究・研修機構 2012:b Social Enterprise London: Lessons for the UK 2013:25 12) Borzaga.C. and M. Loss (2002i)“WORK INTEGRATION SOCIAL ENTERPRISES IN ITALY, EMES Working Papers,, 7. p.86 家族、メンタルクリニック等との情報共有をベースに実践する 発達障害者支援の一考察について ○一井 仁志(北海道障害者職業センター 主任障害者職業カウンセラー) 村田 華穂(北海道障害者職業センター)  山郷 擁子(元 北海道障害者職業センター(現 岡山障害者職業センター)) 1 はじめに 北海道障害者職業センター(以下「センター」という。)を利用している発達障害者の中には自身の理想にこだわるが故に就職に関する状況が進展しにくい利用者がいるが、本人のニーズに応じて家族及び関係機関に支援の協力要請を行ってチームを組み、本人及び関係者間で方針をすり合わせながら支援を展開する場合がある。本発表ではこのようなケースで、家族やメンタルクリニック等と支援ネットワークを構築しながら発達障害者を支援した事例を報告し、チームで支援を行う上での情報共有の必要性と、情報共有のしやすさを醸成する上で必要とされる実践ベースで行う取組についての一考察を説明する。 2 本人、家族(母親)等の概要 (1) 本人(Aさん。男性。発達障害者) 関東地方で公務員の仕事に就くことを強く希望している。本ケースの発達障害の主な特性は次の4点である。 ①「今の関心事」に注意が向くと「その他のこと」を考えることが難しい。一例として後述する千葉市の障害者職業総合センター職業センターで行っている発達障害者のワークシステム・サポートプログラム(以下「WSSP」という。)の利用開始予定日の前日、悪天候により大半の公共交通機関や飛行機が運休予定であったにもかかわらず、千葉市に行きたい気持ちを自制できず、朝5時頃自宅を発って数時間かけて空港に向かうことがあった。②「できそう」と感じたことについては指示を聞くが、そうでないときは指示を聞かない。また、指示されることよりも自分のアイデアを優先させるために意見を変えない。③これらのこと等により他者からは「反抗している」「周りと調和しようとしない」と映る。④配付された紙ベースの資料を捨てると身体が削がれる感覚に襲われ、捨てられない。なお、これらについてはAさんにセルフケアを求めたり関係者が環境調整を行っても状況が進展しにくく、周囲が疲弊してしまう。 (2) 家族(母親) WSSP利用に際する経費の出費、ケース会議の出席等と、できる協力は惜しみなく行ってくださっている。また、WSSP利用に必要な小遣いはAさん自身で稼ぐよう促す等、毅然とした対応をとられている。 (3) Bメンタルクリニック(主治医) ケースワーカー等は存在しない。AさんのWSSP利用に際しての意見書作成の協力や、WSSP終了後のケース会議の対応等、必要な協力は行ってくださっている。 3 経緯 2021年5月に来所。同年6月にアセスメント(職業評価)を実施。当初WSSPの利用に向けた調整を行っていたが、関東地方に新型コロナウィルス症感染拡大に伴う緊急事態宣言が発令されたことを踏まえ、同年9月~12月の間で職業準備支援を、2022年1~4月の間でWSSPを受講した。受講終了後、ハローワーク、Bメンタルクリニック等とのケース会議を重ねた。 4 母親との情報共有の取組 WSSPの利用に向けた調整が発生した2021年6月から参画。母親は今の関心事に注意が向くと話に耳を傾けないAさんの言動に辟易しており、センターから見たAさんの見立てに係る率直な情報提供を求めている面がうかがえた。 これらのことからAさんのサポートに係る協力への感謝の意を都度伝えたり悩みを傾聴した。また以下の流れで支援状況や支援方針等をAさんも交えて計10数回情報共有した。 (1) 職業評価終了時~WSSP開始前(6月~12月) 職業評価や職業準備支援終了時のケース会議において、「相手ルールを踏まえた立ち振る舞い方を学ぶ」等、必要な準備を整えてから就職を目指す等の支援方針を本人も交えて共有。加えて職業準備支援を利用する場合と、WSSPを受講する場合の交通費と食費をホワイトボードに書いて説明し、 (2) WSSP開始~終了(1月中旬~4月中旬) 受講状況の共有は計3回実施。1~2回目はオンラインで、3回目はWSSPの担当者のうち1人がセンターに来所、他の担当者は千葉市に残ってオンラインで対応する等ハイブリット方式で実施した。なお、3回目の会議では「就職活動の進め方として、福祉サービスを活用し、障害特性に合わせて支援を受けながらAさんが就労に必要な事柄を体験していくことも一案」等の方針を共有。これを踏まえて職場実習を利用して事業主から見たAさんの見立てのフィードバックを受けることの必要性も共有した。 p.87 (3) ハローワーク担当者とのケース会議(4月下旬) 上述の方針を共有。担当者からは公務員以外にも、一般企業や就労継続支援事業所等も検討する旨の助言を受けた。 (4) 主治医との面談(5月) コロナ禍によりセンターの担当者のみが通院に同行。詳細は5(2)及び(3)参照。なお、母親とは別途面談の場(6月)を設け、後述する主治医の方針等を共有した。 5 主治医との情報共有の取組 AさんはWSSPの利用に関する意見書取得以外では、センターが主治医とコンタクトをとることの必要性を感じておらず、消極的であった。しかし、WSSPの受講終了後、前述した発達障害の特性へのアプローチについてはセルフケアや環境調整に加え、服薬によるアプローチも有効か主治医から意見を聞く必要性が生じたため、主治医の意見をAさんの就職への道筋の検討に役立てることを理由に通院同行したい旨をAさんに説明し、同意を得た。 (1) WSSP開始前(12月) Aさんからの合意と主治医に対する事前連絡を行った上で職業準備支援の受講状況と、関係者から言動の映り方のフィードバックを受けながら就職に向けて必要な準備を整えることの必要性等を電話で情報共有。共有内容を踏まえてWSSP利用に係る意見書を作成いただいた。 (2) WSSP終了後(5月) 主治医、Aさん、センターで面談を実施。診療時間が最長でも十数分程度になることが想定されたため、衝動性の対処と指示どおりに作業を行いたくない場合のアプローチの2点に絞ってエピソードをまとめた手紙や、職業準備支援やWSSPの受講状況の内容(A4版各4ページ)を取りまとめた。なお、手紙や資料については事前にAさん、母親に確認、同意をいただいてから主治医に送付した。 (3) 主治医との面談(5月) 上述(2)の内容を踏まえて主治医から以下の意見をいただき、Aさん、センター間で共有した。 ア 衝動性の対処(一部) 衝動性を抑えるのに効果がある薬はあるが、服薬のメリット・デメリットを踏まえて必要とするか否かは家族等とよく相談すること。 イ 指示どおりに作業を行いたくない場合のアプローチ 現時点ではWSSP等で検討した内容をベースにセルフケアの実践や、環境調整を続けて効果を検証すること。 ウ 今後の方針について 公務員のみならず一般企業や就労継続支援事業所等他の道も模索すること。模索にあたり、これまで学んだ成果を職場実習の場で実践して事業主から見たAさんの見立てを聞いて進路の検討に役立てること。なお、自立支援医療受給者証等の取得を希望する場合は相談にのること。  6 効果 母親は自身の見解がセンターやハローワーク担当者、主治医と一致することを徐々に実感し、自身の取組に自信を深められるようになった。また、主治医はAさんが自身の障害に少しずつ向き合えるようになったこと等を認めてくださり、就職において必要な協力を行う姿勢を示してくださった。このように情報共有の積み重ねにより、センター、家族、メンタルクリニック等が同じ方針の下、Aさんを支援できる体制を整備することができた。 7 Aさんの現状 主治医との面談後も公務員を第一志望とする考えに変化はないが、職場実習の機能を有する支援機関のサービスについて情報を集める意志を確認でき、当該機関とWSSP等の状況を共有。公務員試験終了後に職場実習を行うか検討している状況である。また、友人がほしいというAさんのニーズと自身と類似した障害がある方と関わる機会があると自身を見つめ直す上で有効ではというセンターの考えから、発達障害者対象のデイケアの情報提供を行った。 8 まとめ 本事例は、本人の希望を尊重しつつ、家族やメンタルクリニック等と情報共有を積み重ね、何度もAさんと関係者間で話し合って継続的に互いの考えをすり合わせながら粘り強く就職に向けて支援している事例である。本事例のように本人の進度に極力寄り添いながら支援を行う場合は、本人が障害理解を深めながら就職に関する決断を自ら行えるよう、支援者としてできることを継続的に伝えつつ、支援状況及び支援方針並びにニーズに即して利用できそうなサービスの情報等を本人及び関係者間でこまめに共有することが必要ではないか。加えて本人が決断することを負担に感じたり、挑戦して失敗することを過度に恐れないよう、提案したことに対して本人に考える時間を与えたり、即断即決は不要な旨を本人に伝えることも必要ではないか。 また、家族、メンタルクリニック等も限られた時間の中で支援に協力してくださっている。短時間で必要な情報を効果的に共有できるよう、対面での情報共有のみならず、オンライン面談や面談前の情報提供等、世情やネットワークの構成メンバーの抱える背景や状況、効果を踏まえて情報共有の手法を検討するとともに、関係者に対して聴取及び伝達する情報を予め整理する等の必要な事前準備を入念に行うことが情報共有をベースに関係者間で同じ方向を向いて支援していく上では必要ではないか。 なお、現在もAさんの就職支援は続いている。構築したネットワークを維持及びニーズに応じて拡充できるよう、引き続き情報共有を積み重ねながら支援を進めていきたい。 p.88 障害者雇用始めました!! ~自分らしく生きるために 働くために~ ○石坂 一平(ロザリオの聖母会 聖家族園 支援員) 伊藤 朱里・嶋田 花栄(ロザリオの聖母会 聖家族園) 1 はじめに 障害者雇用促進プロジェクトは2021年9月に私と女性支援員、女性事務員で発足したプロジェクトである。普段は知的障害者の支援を行っている当施設も当初は、障害者雇用に対して前向きな状況ではなかった。過去に雇用の実績もありながら、その後の展開は積極的なものではなかった。ある日、施設長から「障害者雇用を始めます!」この一言から当プロジェクトは発足された。この度、当施設が障害者雇用を促進するにあたり、いかにして雇用の準備を行い、実際に障害者雇用に取り組んでいるのかを紹介する。 2 法人・施設の概要 社会福祉法人ロザリオの聖母会(以下「当法人」という。)は、千葉県旭市という人口2万6000人の市に拠点を置き、社会福祉事業を展開している。1994年6月に障害者支援施設「聖家族園」(以下「当施設」という。)を開設。その後の入所、通所、グループホーム、相談支援事業所の開設と現在に繋がる当法人の施設群が完成する。総従業員数は570名程のうち、障害者雇用は11名と少ない印象である。その中で当施設は2022年7月1日現在、総職員数41名の内、障害者雇用を3名採用している。 当施設は障害者支援施設として定員50名で運営している。日中は生活介護事業を実施し、夜間は施設入所支援を行っている。当施設では、昨年9月に障害者雇用促進プロジェクトを発足し、現在に至る。 3 障害者雇用の経緯と雇用者の紹介 (1) 東総就業センターとの連携 当法人内に東総就業センターという障害者の雇用に特化した事業所がある。その事業所と障害者雇用について勉強会を実施するなど連携して障害者雇用の理解を深めながら雇用を進めた。以下、概要である。 ・雇用安定事業…就職に向けた準備・就職活動・職場定着の支援⇒職業準備訓練、職場実習の斡旋、個々の障害特性を踏まえた雇用管理についての事業所に対する助言 ・生活安定事業…日常生活・地域生活に関する助言 ・活動・実績…センター登録者数574名(身体65、知的258、精神210、他41)新規58名 ・2020年度の相談件数(相談者2754件、企業982件)、職場実習件数20件、就職件数21件 (2) A氏の経緯 表1 プロフィール(A氏) 氏 名 A氏 年 齢 18歳 性 別 男性 手 帳 療育手帳B-2 性 格 物静かで優しい。最後まで取り組む。 2021年9月に障害者雇用促進プロジェクト発足後、最初の見学者は近隣の特別支援学校からの紹介だった。まずは現場実習として11月に2週間入るという予定で、準備期間の少ない中、何を準備したら良いかも手探りな状態だった。事前に本人より聞いていた普段学校でしている作業や可能な作業を踏まえたうえで、施設内のグループ活動や管理棟・各活動棟の掃除を行ってもらうことにした。それに伴い、手順書や掃除用具等の物品を用意し、実習の準備を進めた。実習中は、手順書に沿って説明すると、問題無く行えることが分かり、2日目以降は支援員がしっかり付かずとも掃除を行えていた。利用者との関わりも楽しく行えており、利用者への理解を感じた。体調面で頭痛持ちとあったが、雨の日以外は頓服薬が無くとも作業を行えていた。実習の後半は疲れもみえていた為、休憩を多めに取ってもらう等の配慮をした。挨拶や言葉遣いは行えていたが、報告や相談が苦手な印象があり、今後の課題とした。 (3) B氏の経緯 表2 プロフィール(B氏) 氏 名 B氏 年 齢 21歳 性 別 男性 手 帳 療育手帳 B-1 性 格 真面目で明るい、穏やか。責任感がある。 2022年4月に東総就業センターよりB氏の紹介があった。B氏は当法人内にある障害者の就労促進事業所「みんなの家」の利用者で、就職を目指していた。5月に3日間現場実習を行い、男性浴室・活動棟の掃除やシーツ交換を行った。掃除は手順通りに行えたが、シーツ交換は難しい様子があった。その後、実習最終日の振り返りにてB氏より働く意思を確認。7月1日よりトライアル雇用を開始。 p.89 4 実際の勤務状況 A氏は学校卒業後、2022年4月よりトライアル雇用を開始。午前は管理棟掃除、午後は各居室掃除、窓ふき、手すりの消毒を行う。業務中、頭痛を訴えることはほとんど無く、自身で体調管理をしながら自身のタイミングで休憩も取れている。当初は報告がまだ難しいところがあり、予定の業務が一通り終わると次の業務が指示されるまで手が止まってしまうことがみられた。その為、週に1度A氏と話し合う機会を設け、困っていることや今後やってみたいことなどを聞くようにした。1ヶ月程すると少しずつ改善され、A氏も働きやすいように見受けられた。 B氏は7月よりトライアル雇用を開始し、午前は食堂・男性浴室掃除、午後はゴミ捨て・各居室掃除を行う。それに伴いA氏の業務を変更し、午前にシーツ交換、午後に管理棟掃除を行っている。 5 考察 「職員の印象」 月に一度のペースで会議を行い、現状の確認や今後について話し合いを設けている。その中で、プロジェクトメンバーより「仕事を真面目に取り組めていて、休みも少ない。 一生懸命に頑張ってくれていて、こちらも頑張ろうという気持ちになる。」とあり、施設長からも「他の職員と変わりなく、思っていたよりも自然だった。」とあった。 また、支援員に障害者雇用についてアンケートを取り、意見をまとめた。 ・とても一生懸命仕事をしてくれている。 ・障害のある方が社会人として働く場所があるのは人生においてプラスなことであり、家族にとっても安心できてプラスなことだと思う。 ・障害者雇用プロジェクトが始まり、今まで支援員が利用者と関わる時間を割いて行っていた掃除やシーツ交換等の負担が軽減し、支援に力を入れることができる。 ・1から始めるのは簡単なようで大変なことだと思う、等の意見があった。障害者雇用について良い意見が多く、担当としては嬉しい限りである。 「当事者の感想」 A氏より、「最初のころは難しかった仕事も今は問題なく通常に行えている。苦手な人もいるけれど、自分なりに対応している。利用者の支援は大変なこともあるけれど、楽しい時もある。こだわりのある人の支援は難しい。」 B氏より、「最初は不安だったけれど、今は慣れてきた。対人関係も慣れてきて、仕事がやりやすくなった。家族も今のところ順調だね、と喜んでくれている。」とあった。両者共に時々疲れはあるが、各自で対処できている。 今後の課題として、仕事内容の充実、働きやすい環境作り、業務のレベルアップと徐々に定着させていき、ゆくゆくは雇用者のチーム化ができればと考えている。 6 まとめ 今回、障害者雇用を実施するにあたり一番実感したことは、何より私たち自身が障害者の方の事をまだまだ理解しきれていないということである。日頃、障害者の方の支援はしていたが、彼らの意思や能力、実力や思いを深く知ることが足りなかったと痛感している。障害者の方は強く、真面目で優しく繊細である。障害者雇用の促進を進めるにあたり、このことを改めて理解することができた。ハンディキャップはありながらも強く生きる彼らに勇気をもらっている。私たちはこれからも彼らの事を知り、共に働き生きていく。彼らの働きやすい環境が、私たちの求める社会の大切な一部であり、これからも障害のあるなしにかかわらず、すべての人の明るい未来を期待して今後も障害者雇用促進プロジェクトを続けていく。 p.90 地域連携をもっと身近に地域貢献をもっと高める 就労移行支援事業所の取り組み ○小川 大輔(ウェルビー株式会社 ウェルビー千葉駅前第2センター 就労支援員/主任) 1 はじめに 就労移行支援事業所は、就労を希望される障害者に対して就労定着へ向けた訓練及び相談支援を提供する場所である。支援を提供する上で様々な支援機関や医療機関との連携が求められる。例えば、利用者の支援方針を立てる際や、メンタル不調の際には関係機関とケース会議を実施している。 利用者の就労支援においては、1つの事業所の視点だけではなく、多角的なサポートが就労定着に反映すると考えられる。 弊社のスタンスにおいては、利用者を取り巻く支援機関同士を繋げるファシリテーターとなり、多角的な視点を持って利用者の就労支援を行っている。 2 会社概要 ウェルビー株式会社は1人でも多くの障害者に、成長と活躍の場を創出したい。そして、ボランティアではなく事業として携わることで、障害者の方を継続的に支援していきたい。そんな想いから社会問題をビジネスで解決するソーシャル事業の立ち上げに至る。2012年4月、船橋市の西船橋駅近くに西船橋駅前センターが開所。現在は101のセンターがあり、全国の障害者に対してサービスを提供している。 また、障害のある方への就職支援を行う就労移行支援事業を柱に、児童発達支援事業、放課後等デイサービス事業、相談支援事業、定着支援事業を展開している。 3 本モデルに取り組んだ経緯 はじめにでも記述したように、多くの支援機関の方々と連携を取らせて頂いている。 その過程の中で支援機関の方々も当事業所の意見を求めている部分を感じる場面が多々あり、支援者同士お互いの知見をもっと活発に交換できる場があると良いと考えた。この経験を元に、様々な支援機関が関係性を構築するための交流出来る場を作れないかと思い行動に移すことにした。 更なる想いとして、1つの事業所の視点や知識だけでなく、複数の機関の視点や知識があることにより、各支援機関の支援力向上にも繋がれば良いと考えた。 支援機関に足を運び交流会への参加を呼び掛けた結果、多くの賛同を頂き、他の支援機関の職員も私と同じように交流の場を求めていたことが分かった。 この取り組みに、数多くの支援機関に参加して頂けるように会議の名称を多職種連携会議とした。   4 多職種連携会議で話し合ったテーマと気付き (1) 第1回テーマ<就労移行支援事業所の困難事例> 第1回目のテーマを決めた理由として、就労移行支援事業所を知ってもらう上で、何に困っているのかを知ってもらう所から開始した方が、皆様の認識を高められると思った事と、違う角度での視点からの助言を伺いたいと思い決定する。   表1 就労移行支援事業所の利用者様の困難実例 氏名 A氏 年齢 30代 性別 女性 診断名 うつ病、アルコール依存症 ニーズ 安心した環境で就労したい 【A氏の具体的な困難実例】 他者の振る舞いに過敏で、過度な怒りを抱えてしまう。結果多量の飲酒をして希死念慮をほのめかす電話を繰り返す。 【会議で挙がった意見】 ①クライシスプランの活用はという意見が挙がった。クライシスプランとは「症状悪化のサイン」と、その対処方法などを一覧にした計画表である。 ②不調のサインの中に睡眠時間の乱れがあった為、睡眠時間に応じた調子の自己管理を促す事も有効ではと意見を頂く。 【支援結果】 A氏にクライシスプランと睡眠時間の自己管理を意識してもらうことにより、感情的になる回数は減り、過度な飲酒による連絡も無くなった。 (2) 第2回テーマ<各支援機関の基本的な役割> 第2回目のテーマとして選んだ理由は第1回目で出た意見として、就労移行支援事業所の基本的な役割について、皆様の関心が高かった為、他の支援機関の役割についても知れる機会があると有意義ではないかと考えて決定する。 p.91 参加頂いた機関として、グループホーム、相談支援事業所、特別支援学校等になる。 出た意見で印象深かったのは、グループホームにおける話にて、事業所毎についての料金形態や、区分に対する考え方を聞き、今後利用者が検討した際に、大きな指針となると感じた。全体的に率直な質問や疑問を話し合い、今後の連携を模索出来たと思われる。共通の課題として、8050問題だけでなく、7040、6030問題も同時に考えていく事も重要だと気付かされた。第3回のテーマとして繋げていく。 (3) 第3回テーマ<8050問題、家族支援の困りごと> 前回のテーマを踏襲して(3)のテーマについて話し合いを行う。今回は8機関参加頂く。より、密な話し合いが行えるように、Aグループ、Bグループに分かれて話し合いを実施。その中で、問題毎に着目する点が違うことが分かった。 ア 80に着目した困り感 親亡き後の福祉の緊急性の高さや、支援機関の役割の認知が薄いと言う話に重きを置いて意見が出た。 イ 50に着目した困り感 長らく引きこもりしており、医療の緊急性も高い方が多く居るが、本人の危機意識の薄さや、楽観的視点が強い為、福祉に繋がり辛い場合が多い。 ウ 家族支援の困りごと 共依存という言葉が1つのキーワードであり、社会から孤立している期間が長ければ長い程、深く強くなるのではないかという考察をした。 エ 今後に向けた解決策 様々な側面を検討した結果、幼少期から福祉の認知を高める動きを、支援機関が連動して行う事が重要ではないかという意見が出る。さらに居場所づくりのお手伝いを、段階毎に行っていき、社会から孤立しない関係作りの必要性を考えるに至る。 オ 総括 親子間の困りごとを話していく中で、「共依存」や、「非現実的な解釈、認識」が意見として挙がってきた。改めて重要な事として、様々な関係機関との関わりから、相談先を支援者がどれだけ把握しているか、促しが行えているのかが大切だと分かった。また話をしていく中で内容は違えど、根幹は近しい困り感を共有出来た事は大きな学びとなった。 5 多職種連携会議からの学び、今後の課題 現在3か月に1回のペースで多職種連携会議を実施した結果、様々な学びを得ることが出来た。支援機関が変われば視点の違った質問や、新鮮な回答があり、大きく見識が深まったように感じた。印象的だった質問の中に、「困った事は何ですか」という投げかけがあり、個々が困りごとを共有すると、同じ困り感がある支援機関が居る事により、共感から安心感に繋がった事も分かった。 6 今後の課題 今後の課題としては、テーマの設定と、継続性と考えている。理由は、参加する支援機関が異なることにより、共通認識で話せるテーマが限られてくる為、どのように設定していくべきか考えていく必要がある。それに付随して、継続性すなわち参加したいと思って頂く努力も大切になってくるのではないかと考える。 7 多職種連携会議で得られた参加者からの意見 第3回を終えて、継続参加頂いている方や、新規の参加者の方がいる。皆様が多職種連携会議の参加を通して感じて頂けるメリットとしての意見を紹介する。 ①新たなネットワークの構築が行えている。 ②距離感の近い話し合いが出来た事により、機関毎の認知が深まった。 ③初めて知った支援機関だが、ぜひ相談したい方がいる。 ④会議参加後に、連携する事案もあったと共有頂く。 8 まとめ 就労移行支援事業所だからこそ出来るネットワークの構築に留意して取り組んだ結果、新たな関係構築の助力が出来たのではないかと考える。また我々の立場は利用者の安定就労の為の支援という事も忘れてはならない。自身が得た知識を、支援の中に反映させる事も大きな役目と捉える。 今後は生活、就労、居住に関わる機関の連動から、支援のモデルケースになるものを考案していきたいと思う。 最後に、多職種連携会議を通じてお互いの立場を理解した上での情報共有を行うことが出来、支援に厚みが増したと実感をしている。 【連絡先】 ウェルビー株式会社 ウェルビー千葉駅前第2センター 主任 小川 大輔 e-mail:d.ogawa@welbe.co.jp p.92 SAKURA杉並センター(3障害対象)・SAKURA早稲田センター(発達障害対象) 研修提供と支援方法、就労後の状況 ○瀧澤 文子 (株式会社綜合キャリアトラスト SAKURA杉並センター サービス管理責任者 公認心理師 精神保健福祉士) ○平工 美和 (株式会社綜合キャリアトラスト SAKURA早稲田センター 就労支援員) 1 はじめに 今回、SAKURAセンター(杉並・早稲田)の支援・研修の特色を紹介する。主に、働くために必要と考えられるコミュニケーション研修についての説明とその効果について報告する。 2 概要 (1) 会社の概要 株式会社綜合キャリアトラストは、各種人材サービス事業を展開する親会社の綜合キャリアオプションの特例子会社として2012年に設立。事業としては、障害者の自社雇用や、企業へのコンサルティング、そして就労移行支援を行う「SAKURA事業」がある。SAKURAセンターは現在、全国17センター、首都圏7センターと展開している。人材サービス事業で培った人材育成のノウハウやきめ細やかなサービス提供、また企業とのつながりを活かした就労支援を特徴としている。 (2) SAKURA杉並センター SAKURA杉並センターは3障害(精神・知的・身体)を対象とし、2017年9月に開設。杉並区は福祉のネットワークが発達しており、関係機関と連携を取りながら支援を進めることで、ご本人のニーズに的確に応えることが出来ている。8月現在の人数は、15名(男性9、女性6)で、20~40代の方が中心となっている。様々な年代や障害の方が共に通所する中で、就労経験や障害特性を考慮し、研修内容によっては基礎・応用とコースを分けて提供しており、支援面では特性を考慮した個別対応を心がけている。 (3) SAKURA早稲田センター SAKURA早稲田センターは、2018年6月に開設。発達障害の傾向に適した就労支援プログラムを展開している。発達障害の方だけではなく、知的障害やうつなどの気分障害、睡眠障害などがある方も利用している。8月現在の人数は、7名(男性:6名、女性:1名)で、20代の方が中心となっている。特性に合わせた研修提供をしており、また支援面では、自己理解を可視化できるツールを多く活用している(ナビゲートシート・クライシスプラン等)。 (4) SAKURAセンターの研修・支援 SAKURAセンターでは、LQプログラムをもとにしたマナー研修を中心に提供している。LQプログラムとは、親会社が人材育成のために作成したプログラムで、それを障害者の方に分かりやすく改変したものである。研修は他に、PC、就労、生活・グループワーク、作業訓練がある。基本的には講義形式で、ワークやテストを交えながら職場で必要とされるスキルの習得を目指している。  支援面では、アセスメント時にご本人からの情報だけではなく、ご家族や関係機関への聞き取り、定期的な情報共有を行うことも多い。利用者の方とは、約2週間に1回定期面談を行い、それ以外でも必要に応じて面談を行っている。 (5) 就労後の状況 現在、SAKURAセンターの就労後半年間の定着率は98%となっており、様々な障害を持った方が企業で活躍している。就労先は事務職、販売、清掃、工場内での作業等多岐に渡っている。 3 センターのコミュニケーション研修について 2021年3月、民間企業の障害者雇用率が2.3%に引き上げられた。民間企業における障害者雇用の実態調査では、障害者を雇用する中で、多くの企業が選考時に、協調性や素直さ、コミュニケーション面などのソフトスキルを重視していることが船橋1)の調査結果で明らかとなっている。また狩俣2)は、障害のある人のコミュニケーションとその課題の中で、障害者雇用の問題も、障害者の障害にあるというよりも、その人のコミュニケーションの問題にあり、コミュニケーションの障害があることが、雇用・就労を困難にしていると言っている。 SAKURAセンターでも就労定着支援を行う中で、ご本人、企業からの相談の多くはコミュニケーションに関連することである。職場環境、職務への適応を図る為にはコミュニケーション能力の向上が必要となる。そういったことからSAKURAセンターでは、就労の場で求められるコミュニケーション力の向上を目指した支援を提供している。 p.93 (1) SAKURA杉並センター 杉並センターでは、コミュニケーショントレーニング(会話のキャッチボール)を行っている。会話のキャッチボールとは、利用者の障害特性をふまえて職員を配置し、グループを作る(1×1、3人グループ、5人グループ)。必要に応じて、テーマを設定し、ペンを用意する。進め方としては、ペンを持つ人が話し、話し終わったら隣の相手に何か質問し、ペンを渡す。これを繰り返す。最後に、振り返りの時間を設け、各々の課題について振り返るといったものである。 利用者からの要望として「コミュニケーションがとれるようになりたい」といった声を多く聞く。しかし、センターで利用者の様子を見ていると、支援者と配慮ある状況でのコミュニケーションは取れるが、利用者同士のコミュニケーションが上手く取れない状況が見られていた。トレーニングを重ねることで、コミュニケーションのスキルアップを図ること、利用者間の関係作りに繋げることを目的としている。 (2) SAKURA早稲田センター 早稲田センターでは、コミュニケーションの基本となる自己理解、他者理解を深めるため、マインドマップとピアサポートを行っている。 マインドマップは、自身の頭の中の考えを絵で整理する方法。表現したい概念(テーマ)を中央に描き、そこから放射状に連想するキーワードやイメージを繋げていき、発想を広げていく。早稲田センターでは、就労準備や目標設定に向けてテーマを6つ設定し、取り組んでいる。またマインドマップを作成した後は、参加者全体で共有を行う時間を設けている。 ピアサポートは、仲間同士が支えあい課題解決する活動。この活動によって、安心・つながり・絆を生み出し、思いやりをもった関係作りにつなげていくことを目的としている。自身が気づいているコミュニケーションの困難さだけではなく、他者から見る困難さにもアプローチをすることで、他者との適切な関係性や距離感を知っていくよう促しをしている。 4 アンケートによる効果測定を実施 (1) 目的 今回の発表にあたって、各センターで提供している研修を利用者がスキルアップにつながると感じているか確認し、今後の研修に活かしていくため、2022年7月にアンケートを行った。 (2) 回答者 SAKURA杉並センター15人、SAKURA早稲田センター6人。 (3) 結果 表1 アンケート結果 杉並センター 早稲田センター 計 4(非常にそう思う) 5(知1・精3・発1) 3(知1・精0・発2) 8 3(そう思う)     8(知4・精4・発0) 1(知0・精0・発1) 9 2(あまりそう思わない)2(知1・精0・発1) 1(知0・精0・発1) 3 1(全く思わない) 0(知0・精0・発0) 1(知0・精0・発1) 1 計         15(知6・精7・発2) 6(知1・精0・発5) 21 アンケート自由記述(一部抜粋) <杉並センター> ・会話のキャッチボールをすることで自分の考えていることをすぐに言える。相手の話を聞く。その2つ。スキルアップすると思ったから。 ・人の話を聞いたり、気持ちを理解する良い機会になる。楽しくなる。人に好かれやすくなる。 <早稲田センター> ・自己発信力の向上につながるから。 ・徐々に発表の仕方など成長している気がするため。 今回のアンケート結果から、各センターで行っているコミュニケーション研修を多数の利用者が効果的に感じているということが分かった。 5 最後に 現在、就労定着者より、各センターで身に付けたことが業務の中で活かされているとの報告を受けているが、今後、リモートワークへの移行や業務内容のIT化が進む中で、障害者にも更に高度なコミュニケーション能力が求められていくと予想される。今回のアンケートにより、現在行っている研修が効果的であることは分かったが、今後は就労者や企業へもアンケートや聞き取りを実施し、職場で必要とされるコミュニケーションスキルをより明確にすることで、センターの研修や支援をさらに職場に適したものにしていきたいと考えている。 【参考文献】  1)船橋篤彦『民間企業における障害者雇用の実態調査-特別支援学校におけるキャリア教育の展開に向けて―』,「愛知教育大学教育臨床総合センター紀要第4号」,(2013),p.63-70 2)狩俣正雄『障害のある人のコミュニケーションとその課題』,「経営研究 第62巻 第1号」,(2011),p.1-26 p.94 ワークサンプル幕張版(MWS)新規3課題の活用状況調査報告 ○田村 みつよ(障害者職業総合センター 研究員) 大谷 真司・藤原 桂・武澤 友広・知名 青子・村久木 洋一(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 障害者職業総合センター研究部門では、成人後に発達障害と診断された人や気分障害等の精神疾患のある人に対し効果的な支援が提供できるよう、現在の雇用環境に即したワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)の新規課題の開発に取り組み、3つの課題「給与計算」、「文書校正」、「社内郵便物仕分」を開発した1)。その特徴として、単純に難度を高めただけでなく、「サブブック」と称する作業手引等を参照・確認しながら遂行する作業であり、「文書に記載されたルールを理解する力」、「理解したルールを的確に運用する力」の評価とそれに基づく習得を狙いとしている。しかし、実施する支援者から、「詳細な解説がないと誤答の理由が判断しにくい」といった声も聞かれ、実施手続を理解する上での心理的なハードルの高さも指摘されている1)。 そこで、新規課題の活用促進を目的とし、開発時には提案の段階にあった運用方法や、その後の実践場面で新たに取り組まれた支援技法等も含めた、実施事例を収集し、活用モデルを提示することとした。本稿では、まずその準備段階として、新規課題の購入機関を対象に活用状況調査を行ったので、その一部結果を報告する。 2 方法 (1) 調査方法 ア 調査形式 質問紙をエクセルシートで作成した。設問の形式は選択及び自由記述である。 イ 質問項目  回答者の職位、課題ごとの活用状況(活用されていない場合にはその理由)、活用場面、他の支援との関連、場面毎の活用効果、新規課題への質問や要望とした。 ウ 実施時期 2022年7月に実施した。 エ 調査の対象 本調査の対象とした機関は、新規課題購入機関の43か所のうち同意が取れている23か所、及び地域障害者職業センター(支所を含む。以下「地域センター」という。)52か所である。また、回答に当たっては新規課題を活用している職員全員を対象者とした。なお調査時点で、在職する職員が活用していない場合には、管理責任者に活用していない理由について回答を求めた。今回は地域センターの回答結果のみを報告する。 (2) 回収状況 7月19日時点での有効回答数は62人、40機関(回収率76.9%)であった。なお、今回の報告は暫定値となる。最終値については2024年に発行予定の調査研究報告書に掲載する。 3 結果 (1) 活用・未活用の状況 新規課題の活用状況について聞いた。「支援に活用している」か「支援に活用していないか」の2つの選択肢から1つを選ぶことを求めた。機関として活用していないと回答したのは1件で、他は活用があった。1つでも「活用している」とした回答は61人、その内全て「活用している」回答は18人であった。以下1つ以上活用していると回答のあった61人の回答について分析の対象とする。 ア 課題別活用率 活用が多いのは社内郵便物仕分(86.9%)であり8割を超えていた。一方、文書校正(39.3%)、給与計算(62.3%)は社内郵便物仕分と比べると活用が少ない(表1)。 表1 課題ごとの活用率 イ 活用していない理由 次に活用していない理由として、イ)課題の実施方法によくわからないところがある、 ロ)課題の実施方法はわかるが、支援にどのように活用したらよいかがわからない、ハ)支援対象者が興味を示さない又は同意が得られない、ニ)自機関では課題の適応対象となるサービス利用者がいない、 ホ)職員の人員体制上実施が難しい、を4件法で聞いた。「とても当てはまる」と「やや当てはまる」を合 図1 課題を活用していない理由 p.95 わせて『当てはまる』、「あまり当てはまらない」と「全く当てはまらない」を合わせて『当てはまらない』として、無回答を除いて集計した(図1)。 各課題で「当てはまる」の比率が最も高い項目は、A給与計算で[ニ]59%、B文書校正で[ロ]76%、C社内郵便物仕分で[ホ]80%となっており、活用しない理由が課題によって異なっていた。 (2) 活用のされ方 ア 活用場面 就労支援の一連の過程で5つの活用場面を設定し、そこでの活用の有無を複数回答で聞いた。最も活用頻度が高かったのは、支援計画策定後の訓練場面(67.2%)であった。次いでインテーク面接直後のアセスメント場面(39.3%)、就職や復職の直前場面(25.4%)、職場実習の実施を検討する場面(6.6%)、その他の場面(0%)であった。訓練機能を有さない支所からの回答で、文書校正課題を活用し、効果的に「高機能の発達障害者の文書による手順や内容の理解、ルールを学習しながら、そのルールに基づいて問題に回答する力について確認し、対応できそうな作業、職種の可能性をアセスメントするために実施」しているとする具体的活用状況の記載もあった。 イ 実施結果と支援の結びつき MWS実施結果を支援へと結び付ける方法として想定される4項目について、0そういう対応はしていない/1実施している、の2件法で聞いた。4項目は「イ)実施結果を所定の書式で支援対象者に提供し、結果の見方を示しながら所内外の職業相談の参考とする。」、「ロ)疲労・ストレスのセルフマネジメントスキルを習得する。」、「ハ)支援課題と関連付けて振り返りの相談を行い、復職レポートやナビゲーションブック等の形式で復職先やハローワークに提供する。」、「ニ)実施中に試してみた補完方法や、気づきについて振り返り、これからの職業適応上の取組の指針として確認する。」であるが、いずれの項目も「実施している」の回答割合が5割以上で、MWS実施結果は総体的に想定した支援に結び付いている状況が分かった。 ウ 活用効果の認知 新規課題が含まれる題職場適応のためのトータルパッケージの支援技法に即して立項したイ)~ヌ)までの多様な場面での活用効果項目について、0そういった活用はしていない/1全く効果的でなかった/2あまり効果的でなかった/3やや効果的だった/4大変効果的だった、の5段階で回答してもらった。無回答と「0」回答を除いたうえで「3、4」の回答を「効果的」、「1、2」の回答を「非効果的」として積み上げグラフで示した(図2)。効果的とした割合が50%を超えて高い項目は、ニ、ホ、リ、チ、トで、特に注目したいのは「ト)初期アセスメントでは把握できなかったが、相談や訓練を進める中で確認できた新たな障害特性や適応上の課題について、支援対象者の 図2 活用効果の分布(効果順) 動機を維持しながら適応のための方策が検討できる」に関し、「非効果的」との回答数が1に対して「効果的」が29回答数という結果となったことであり、アンケートからは課題別等の詳細は追えないものの、この結果から、新規課題の実施時に支援対象者の動機が総じて維持されていることが示唆されたと考える。 4 考察 新規課題は販売を開始してからの経年が比較的短いものの、地域センターではすでに一定の活用がなされている状況が明らかになった。一方、課題種によっては、十分に普及していない現状にもあり、以下、考察を行いたい。 全課題に共通した傾向としては、活用されていない理由について3(1)イのとおり支援対象者の興味又は同意が得られない旨の回答割合が全課題で概ね低かったことがあり、さらには3(2)ウで記載した結果も含め、既存課題での懸案であった支援対象者の動機付けの問題2)が、新規課題ではある程度改善されている可能性がうかがわれた。 課題別の差異としては、文書校正の活用率が低いことがあり、3(1)イにあるとおり、ロ(支援にどう活用したらよいかわからない)や、ニ(適応対象者がいない)の回答割合が高かった。理由等詳細については今後のヒアリングで確認したい。 また、訓練場面での活用が多かったが、その一方でアセスメント場面での文書校正課題の活用例として、視知覚認知や注意を把握する汎用性の高い基礎的作業課題としての効果的活用の回答もあり、地域センター以外の機関からの同様の事例収集も含め、詳細を確認したい。 今後、新規課題の新たな活用モデルについて、開発時の提供事例に実践場面での効果的活用例等を取り入れ、地域センターに限定せず多様な就労支援機関への導入も想定して現実場面に即した活用モデルを生成したい。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター『障害の多様化に対応した職業リハビリテーション支援ツールの開発(その2)- ワークサンプル幕張版(MWS)新規課題の開発』、「調査研究報告書No.145」(2019)、p.1-3 2)障害者職業総合センター『障害の多様化に対応した職業リハビリテーション支援ツールの効果的活用に関する研究』、「調査研究報告書No.164」(2022) p.96 ワークサンプル幕張版(MWS)新規3課題の活用モデル の作成について(経過報告) ○藤原 桂(障害者職業総合センター 主任研究員) 田村 みつよ・村久木 洋一・武澤 友広・知名 青子・大谷 真司(障害者職業総合センター)    1 はじめに 障害者職業総合センター研究部門で開発を行ってきたワークサンプル幕張版(以下「MWS既存課題」という。)は2007年度より市販され、作業遂行上の特性のアセスメントや作業遂行力向上のトレーニングのために、様々な就労支援機関等で広く活用されている1)。2019年には、就労支援機関等の利用者の状態像が多様化していることを受け、MWS既存課題よりも難易度が高く、現在の実務に近い新規のワークサンプル3課題(給与計算、文書校正、社内郵便物仕分)(以下「MWS新規課題」という。)を開発し、市販するに至っている2)。 MWS新規課題はMWS既存課題よりも課題の難易度が上がっただけでなく、課題の構成や採点も複雑化している。このような事情から、MWS新規課題を活用する支援者への負担は、MWS既存課題と比して大きくなっていると考えられる。 そこで、これからMWS新規課題の活用を考えている、あるいは既に導入したが効果的に使えているか不安だという就労支援機関等への情報提供の必要性が考えられた。提供する情報は、障害者職業総合センター(2019)2)で述べられたMWS新規課題を実施する際の留意点(「新規課題を活用するタイミング」「モチベーションの維持」等)をもとに検討し、 地域の就労支援機関等を利用する多様な対象者や各機関が担っている機能に応じた活用方法として示すことが必要である。これらの視点をもとに、MWS新規課題の活用 表1 ヒアリング調査結果(事例収集) 方法を提案するための「活用モデル」の作成を目的とする調査研究を2022年度から2023年度にかけて実施することとした。 本稿では、この調査研究の計画概要や進捗状況、調査結果の一部について報告する。 2 研究計画 本調査研究の研究計画は以下のとおりである。 (1) アンケート調査 地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)、MWS新規課題を購入した就労支援機関等を対象にMWS新規課題の活用状況を調査する。 (2) ヒアリング調査 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)、地域センター、地域の就労支援機関等を対象にMWS新規課題活用事例の収集を行う。 (3) 活用モデル(案)の作成 (1)(2)を踏まえて、「活用モデル(案)」を作成する。 (4) 専門家ヒアリング 外部専門家からの意見を踏まえて「活用モデル(案)」を改善する。 (5) 実装評価 (1)~(4)を通じて作成した活用モデル案を地域の就労支援機関等での支援の中で使用・評価してもらい活用モデルを完成する。 p.97 3 研究の進捗状況 (1) アンケート調査 2022年7月6日~7月21日の間に地域センター及びMWS新規課題を購入した就労支援機関等を対象にMWS新規課題の活用状況に関するアンケート調査を実施した。アンケート調査の内容及び集計結果等については、本論文集の『ワークサンプル幕張版(MWS)新規課題の活用状況調査報告』で速報値として示した。 (2) ヒアリング調査 2022年6月30日、7月1日に職業センターで就職又は復職に向けてMWS新規課題を活用した支援を受けている利用者に関する事例を収集した。ヒアリングは職業センターの障害者職業カウンセラー等に対して行った。収集した事例を表1に示す。事例は3名の利用者(A~C)に関するもので、事例Aでは3つの課題の訓練版を行い、他の2名は社内郵便物仕分の訓練版を行っている。また、どの事例も、社内郵便物仕分については職業センターが行う「作業管理支援(※)」のプログラムへ参加するための準備として行われている。事例Aについては自ら実効性のある補完手段を工夫していったとされており、事例Cについては睡眠の不調という課題を見つめ直した、とされている。 (3) 活用モデルの検討 ア 活用モデルを作成する上で考慮する条件 活用モデルを作成するにあたり、以下の点を考慮することとした。 ①活用モデルでは、MWS新規課題を実際の支援の中でどのように使えば良いのかを支援者に分かりやすく伝えるため、MWS新規課題の対象者像、活用する場面、活用するタイミングなどを概念図としてまとめた内容とする。 ②MWS新規課題を使った経験がない支援者も、活用方法のイメージが持てる内容とする。 ③MWS新規課題を既に支援の中で活用している支援者に対しても、活用方法の参考になる内容とする。 イ 活用モデルの構成 活用モデルは以下の内容、構成とする。 ①MWS新規課題の適用対象:適用対象となる対象者像(障害特性など)を説明する。 ②活用するタイミング:職業リハビリテーションの中のどのタイミングで使用できるかを説明する。 ③活用する目的:MWS新規課題がどのような目的で活用できるかを説明する。 ④効果:MWS新規課題を活用することによる効果について説明する。 ウ 活用モデルの作成方法 活用モデルは、主に先行研究、アンケート調査及びヒアリング調査で収集した事例をもとに、MWS新規課題の簡易版3課題と訓練版3課題のそれぞれの課題毎に活用モデルを作成し、それ以外に参考となり得る活用方法を示す事例がある場合はこれについても活用モデルとしてまとめることとした。 エ 最終成果物の検討 本研究で開発した活用モデルについては、作成予定の「ハンドブック(仮称)」(以下「ハンドブック」という。)に掲載する予定である。なお、ハンドブックは表2の構成を予定している。3(2)で示した職業センターへのヒアリング調査結果についても、今後行う地域センター及び地域の就労支援機関等へのヒアリング調査結果と併せて表2の「活用事例」にまとめる予定である。 表2 ハンドブックの構成 1 留意事項 MWS新規課題には、MWS既存課題とは異なる開発の意図や、使用する上で留意すべき点があるため、それらの留意点をまとめて掲載する。 2 活用モデル MWS新規課題の対象者像、活用する場面、活用するタイミングなどを概念図としてまとめる。 3 活用事例 活用モデルに書かれた内容を具体的に理解する資料として、先行研究及びヒアリング調査結果をもとに作成した支援事例(活用事例)を掲載する。 4 Q&A アンケート調査やヒアリング調査の中で収集した支援者からの質問や疑問等をもとに、解決策が提案できる事項については回答を掲載する。 4 今後の研究活動について アンケート調査の回答の中に示されている「MWS新規課題を活用していない理由」については、活用に向けて可能と考えられる方策を検討し、様々な質問等についても可能な限り回答を検討し、支援の場に役に立つハンドブックを作成することとしている。 ※作業管理支援とは職業センターが開発した、発達障害者を対象に「時間見積もり」「段取り」「優先順位付け」などの作業管理上の課題を受講者とともに評価し、対処方法を検討するための支援方法プログラム3)。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター『障害の多様化に対応した職業リハビ  リテーション支援ツールの開発-ワークサンプル幕張版(MW S)の既存課題の改訂・新規課題の開発―』,「調査研究報告書 No.130」,(2016),p.12 2)障害者職業総合センター『障害の多様化に対応した職業リハビ リテーション支援ツールの開発(その2)』,「調査研究報告書 No.145」,(2019),p.193-194 3)障害者職業総合センター職業センター『発達障害者のワークシ   ステム・サポートプログラム 在職中又は休職中の発達障害者 に対する作業管理支援』,「実践報告書No.39」,(2022) p.98 ロースタリー型障害者雇用支援サービス『BYSN』における ワークサンプルの開発およびEIT研修の実施について 〇伊部 臣一朗(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 研究員) 刎田 文記 (株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 はじめに 株式会社スタートラインでは企業で働く障害者の就労サポートを行っており、その一形態として珈琲の焙煎業務を行うロースタリー型の障害者雇用支援サービス『BYSN』を新潟県の三条市と提携して運営を開始した。BYSNでの業務は主に、生豆の中からカビの生えた豆や未成熟な豆といった欠点豆を取り除くハンドピック作業やローストした豆から焼きの甘いものを取り除くアフターピック作業、ローストした豆を出荷の形式にそってドリップしたりパック詰めしたりする作業など多種類にわたっており、そのようにして加工した珈琲豆は企業のノベルティや福利厚生として活用できる。 しかし業務内容が多種類であることや、100個近くの生豆の中から欠点豆のみを取り除くといった高度なスキルを求められる作業も含まれていることから、BYSNで働く障害を持ったメンバー間で作業の習得やその後の自立的な業務遂行の度合いに関して個人差が大きく生じることが懸念されている。さらにはそれにより、各企業の管理者や自立的に働けている他のメンバーの負担が増えてしまい、結果としてメンバーや管理者の離職につながってしまうという可能性も考えられるため、障害種別に関わらずメンバーが自立して仕事を遂行していくためのセルフマネージメントスキルの向上を促す支援をBYSNでの定着支援において実施できることが望まれた。 職場において期待されるセルフマネージメントスキルに関しては、「自分で言ったことを行い、行ったことを正確に自己評価し、報告する」というsay-do-say型の言行一致行動が基礎となっていると考えられる1)。すなわち働いている障害者の職業的自立を促していくために、BYSNの作業においてもsay-do-say型の言行一致訓練に基づいたセルフマネージメントスキルの形成が望まれた。 2 本研究の目的 そのため本研究では、BYSNでの作業の習得および習得した作業を自立的に行うためのセルフマネージメントスキルの向上を目的としたBYSN版ワークサンプル(以下「BYSN-WS」という。)の作成と、それを用いて職業遂行能力を向上させるためのBYSN-EIT研修を実施した。またメンバーが自立的な業務遂行を行えるようになっていくためには、メンバー自身がセルフマネージメントスキルを身に着けるだけでなく、それを支える管理者や支援者といった周囲の環境もセルフマネージメントスキルを理解しその向上を促すことができるようになっている必要がある。そこで本研究においては対象者の自立的な業務遂行能力の向上を促す研修の提供に加えて、管理者や支援者がBYSN-EIT研修を通してより高度な支援技術の向上の習得を促すことも目的とした。 3 BYSN-WSの解説 今回作成したBYSN-WSにおいては、道具や欠点豆の名前と特徴を学習するための(1)見本合わせ課題、段階的に難易度を調節しながら集中訓練で学習するための(2)ワークサンプル、そして実施者のセルフマネージメントスキルを効率的に向上させるための(3)OJT形式の業務訓練といった、大きく3つのステップで実施するよう構成した。 (1) 見本合わせ課題 BYSNの業務では各作業工程で使用する道具の種類やハンドピック作業で取り除く欠点豆の種類等について、それらを正確に弁別するための見本合わせ課題を作成した。作成した見本合わせ課題は刺激等価性のパラダイムを利用して2)、道具の画像-名前-機能の等価関係を学習するものと、欠点豆の画像-名前-特徴の等価関係を学習するものの2種類を作成した。それぞれの見本合わせ課題はあらかじめ刺激を登録しておいたPC上のシステムを用いて実施できる形式になっており、派生的な関係反応も含めて刺激どうしを関係づける学習が成立しているかを実施者が検証できるようにした。 (2) ワークサンプル 焙煎前の生豆から欠点豆を取り除くハンドピック作業や、焙煎後に焼きの甘い豆を取り除くアフターピック作業など、習得に時間を要する可能性がある作業については、段階的に作業の難易度を調節しながら訓練をすることのできるワークサンプルを作成して、集中訓練形式によって習得を促す形とした。ワークサンプルに関しては支援者用の実施マニュアルの作成と、正確な作業習得のためメンバー自身が作業に関する自己評価を行うためのセルフモニタリングチェックシートを使用して進める訓練形式の設定を行った(図1参照)。 p.99 図1 セルフモニタリングチェックシート (3) OJT形式の作業訓練 見本合わせ課題やワークサンプルを用いた訓練によって一連の業務を遂行する上での準備的なスキルを身に着けたのち、OJTによる作業訓練を実施する形式にした。OJTでの訓練においては、各作業の課題分析を行ったうえで工程を細分化し、どの工程につまずきが生じるかが観察しやすいように構造化を行った。それをメンバー用の業務マニュアルにも反映し、1つの作業における各工程の手順と内容を明確に学習できるようにした。 加えてワークサンプルを用いた訓練と同様に、対象者自身が各工程の手順に従って正確に作業できているか自己評価するためのセルフモニタリングチェックシートを用いる形で訓練を進める形式とした。作業の進め方については、say-do-say型のセルフマネージメントスキル訓練に則って、「作業開始の宣言(自己教示)」→「各工程を確認しながらの実施(自己監視)」→「作業結果についての確認(自己評価)」→「管理者への作業結果の報告」という流れで進める形とした。 またBYSN-WSを用いた訓練全体の評価デザインとしては、ワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)と同様にシングルケース研究法に基づいたABAデザインでの評価を取り入れた。これはBYSN-WSにおいても、対象者ごとの障害状況が大きく異なることが予想されたため、個々に有効な方法を探る必要があるためである3)。各作業の実施状況やその際に用いた補完方法等は、BYSN-WS進捗管理表を用いて記録するようにし、管理者や支援者が対象者の状況を共有して把握できるようにした。 4 BYSN-WSを用いたEIT研修の実施 本研究においてはBYSN-WSの開発のみでなく、BYSN-WSを用いた訓練を通して対象者のセルフマネージメントスキルの向上を図るとともに、彼らをサポートする管理者や支援者の支援技術向上も目的としている。そのためBYSN-WSの開発後、それを用いたEIT(Employability Improvement Training)研修の実施までを本研究内容に含むものとした。EIT研修ではセルフマネージメント・トレーニング・マトリックス1)(図2参照)に基づいて対象者のセルフマネージメント段階を把握しながら、業務における正確性の獲得から自立的な業務遂行および休憩取得へとセルフマネージメントスキルを効率的に向上させていくための支援を実施する構造になっており、管理者や支援者にとってもそうした支援を体験的に学べる場となるように設計した。そのため、セルフマネージメントスキルの段階的な向上のための支援について説明する資料を作成し、管理者や支援者には事前に資料を用いた研修を実施した。さらに管理者については、支援に関わる基礎知識等に関しての専用のマニュアルを作成して、管理者研修もEIT研修と並行して実施した。 今回の発表では、BYSN-WSを使用したEIT研修の結果も合わせて報告する。 図2 セルフマネージメントスキル・トレーニング・マトリックス 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター(2003)調査研究報告書No.55多様な発達障害を有する者への職場適応及び就業支援技法に関する研究 2) 山本淳一(1994)刺激等価性:言語機能・認知機能の行動分析 行動分析学研究 7 (1), 1-39, 1994 一般社団法人 日本行動分析学会 3) 障害者職業総合センター(2004)調査研究報告書No.57精神障害者等を中心とする職業リハビリテーション技法に関する総合的研究(最終報告書) p.100 日本の障害者雇用の課題へのPROSOCIALアプローチの活用に向けて ○刎田 文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 主幹主任研究員) 1 はじめに Prosocialは、進化論・文脈的行動科学・経済学を融合した組織的活動の画期的な実践方法である。Prosocialは、それを学び実践する活動を世界中に拡大し、よりProsocialな世界への進化を目指すために、NPO法人PROSOCIAL.World(https://www.prosocial.world/)が設置されるなど、世界的なムーブメントとなっている新たなアプローチである。 株式会社スタートラインCBS研究所は、ACTや様々な関係フレームスキルの訓練などのCBSアプローチに関する実践的な研究・開発を行っているグループである。Prosocialについても、ダブリンで行われた第17回ACBS世界大会から本格的に情報収集や試行をスタートし、日本国内での普及を目指して取り組んでいる。特に、2021年4-7月には、Paul Atkins博士や久留宮由貴江博士らによるProsocialファシリテーター研修を社内約20名で受講し、Prosocialを実践できる組織としての活動をスタートしている。 本発表は、その研修後の取り組みの一つとして行った、“小規模グループでのProsocialアプローチの実践事例”について報告する。 2 目的 Prosocialなアプローチから学ぶProsocialな行動とは、個人の利益もグループの利益も、両方を大事にする協力的な行動のことである。それは、協力的で、互いを尊重し支援し合う、利他的で互恵的な行動である。今回、私たちは、弊社の少人数のある部署を対象に、Prosocialな行動をめざした研修を実施した結果について、MPFIとCDPスポークダイアグラムのグループデータの変遷を中心に検討する。 3 方法 Prosocialアプローチの対象は弊社の一部署4名のグループであった。 この部署(リモートワークサービスユニット)は、弊社利用企業が各本社内や在宅での障害者雇用を実現するために、遠隔・訪問での弊社サービスを提供する部署であった。 研究所からは進行と書記を行うファシリテーター2名が参加した。研修は2時間/回で演習・討議を中心としてZoomで実施した。 研修は、以下の内容について段階的に全5回開催した。 特に3-5回では、実施したグループにおけるCDP1~8への検討に加え、障害者雇用に取り組む企業事例について、企業向けの新たなサービスとしてProsocialなアプローチをどのように提供することができるのかについても併せて 検討を行った。 グループの心理的柔軟性の変化等について以下の質問紙で評価した。 ・研修全体の前後:MPFIフル版(Lin et al., 2020) ・各回実施後:MPFIショート版(Lin et al., 2020)、CDPスポークダイアグラム評価(Prosocial Core Design Principles(CDPs);Atkins et al., 2019) 4 結果 (1) MPFIフルバージョン 図1に研修の実施前後に行ったMPFIフルバージョンの対象者の平均値を示した。心理的柔軟性・心理的非柔軟性共に、実施後平均値の上昇が見られた。 ・心理的柔軟性:今この瞬間への意識・アクセプタンス・脱フュージョンについては上昇、文脈としての自己・コミットされた行為では低下、価値については大きな変化なし。 ・心理的非柔軟性:今この瞬間への意識の欠如・体験の回避・フュージョン・価値との接触の欠如については上昇、 内容としての自己・非行為については低下。 (2) MPFIショートバージョン 図2に各回の実施後に行ったMPFIショートバージョンの対象者の平均値を示した。心理的柔軟性はPost3と4で平均値の上昇が見られたが5回目ではやや低下した。 Post3と4の上昇には、今この瞬間への意識・脱フュージョン・文脈としての自己・価値がより大きく影響していた。 心理的非柔軟性については、Post3までは上昇し、それ以降低下した。内容としての自己・フュージョン・非行為がより大きく影響していた。 図1 MPFIフルの結果    図2 MPFIショートの結果 p.101 (3) CDPスポークダイアグラム 図3にCDPスポークダイアグラム評価の対象者の平均値を示した。研修実施前後で見ると、全てのCDP項目が大きく改善された。ベースラインではCDP3については9であり、CDP1.4.8は8、CDP5.6.7は7、CDP2は6であった。 Post2の結果は、CDP2.7がそれぞれ7と改善が見られたが、CDP3.8はそれぞれ8となりベースラインより低下したPost3の結果は、CDP1が10、CDP2と8が8、その他の項目が9となった。Post4では全てのCDPが9に、Post5ではCDP8が8、その他の項目が9となった。 これらの結果から、各セッションで実施した内容に応じて対象者の平均値に変動が見られた。研修実施前後の結果から見ると、全ての項目で、研修実施後の平均値はベースライン時の平均値を上回っており、研修によって対象者が、自らの組織について、よりProsocialな組織活動が行われていると考えるようになったことが示唆された。 図3 CDPスポークダイアグラムの結果 5 考察 (1) 実施効果について MPFIの結果では、Prosocialなアプローチにより心理的柔軟性と心理的非柔軟性の数値が上昇した。 心理的柔軟性の上昇は、個人や集団のマトリックスの実施により、メンバーが相互に率直に意見を出し合い、互いの立場や考え方への理解を深め、尊重する姿勢を学んだことによる影響であると考えられる。 心理的非柔軟性の上昇は、組織活動の詳細についてCDPに基づき検討することで、グループが取り組むべき組織的ルールが明確になったことによる影響と考えられる。 CDPスポークダイアグラムの結果から、今回の対象グループでは、Prosocial研修を通して自らの組織が、以前よりもさらにProsocial的な組織活動が行えていると考えるようになったことが示唆された。 個人マトリックスや集団マトリックス、CDP1を実施したPost3の結果の変化は大きく、これらのアプローチがProsocialityの向上に有効であることが示唆された。 すべてのCDPの検討が終わったPost4ではすべての項目が(9)となったが、Post5ではCDP8のみが(8)へと低下しており、他のグループへの展開を検討する中で、新たなハードルの存在がグループ内で共有されたことを反映する結果となったものと考えられる。 (2) Prosocial実施の準備における課題 ・参加者・組織にかかる負担:Prosocial研修は、講義だけでなく演習や討議の時間が多く含まれるため、参加者の負担は一般的な研修に比べて大きい。また、1回あたりの実施時間を2時間程度、実施回数を4-5回程度とすると、研修にあたり10時間程度が必要となる。業務時間中にこの時間を複数人がまとまって用意することは、組織にとっても大きな課題である。 ・組織の問題等の把握:Prosocial研修のファシリテーターは、対象となるグループが抱える問題や個々のメンバーの考え方等について、事前にある程度把握していることが望ましい。これらの情報について、打合せ等の実施も準備段階での課題である。 (3) Prosocial実施における課題 ・ファシリテーターの柔軟性:ファシリテーターは、Prosocial研修の実施に際し、参加者からの様々な意見やコメントをオープンに受けとめ、議論の促進に繋がるようなフィードバックを心がける必要があるため、多様な組織活動や参加者の役割行動に対する理解と柔軟性を持ち続けることが大きな課題となる。 ・実施体制の確保:研修を実施するには、主たるファシリテーターだけでなく、グループの討議等について随時記録する記録者の確保も必須となる。また、記録者においても、Prosocialの知識等が必要となることから、これらの体制の確保が課題となる。 6 今後の展望 今回、小規模グループへのProsocial研修の実施により、一定の効果が得られた。今後、様々なグループでのProsocialアプローチの展開を図る際の幾つかの課題について列挙する。 ・組織内の課題:組織改編に対する対処、異なる組織階層に対する適用課題、組織内活動の変化指標の特定 ・組織外の課題:アプローチへの理解促進、準備や実践におけるコスト対策、メンバーのモチベーションの喚起 弊社では、日本におけるProsocialの展開の中核的な役割を担える組織となるよう、今後も継続的に活動していきたい。 【参考文献】 1) Prosocial: Using Evolutionary Science to Build Productive, Equitable, and Collaborative Groupsby Paul W.B. Atkins PhD (Author), David Sloan Wilson PhD (Author), Steven C. Hayes PhD (Author), Richard M Ryan Phd (Foreword). Context Press (2019) p.102 企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ)と関係機関の 連携支援による職場定着の取組み事例 ○相原 信哉(旭電器工業株式会社 企業在籍型職場適応援助者) 1 障害者雇用の現状 (1) 企業の雇用率 障害者雇用促進法の理解が年々進み企業における障害者雇用も増えつつある。社会においても身体に不自由がある方が活動しやすくなるよう、バリアフリー化や多目的トイレの拡充が進んでいる。弊社の所在する三重県においても障害者雇用率は右肩上がりで上昇している(図1)1)。 図1 三重県の障害者雇用率 (2) 職場定着の難しさ 障害者も社会人として何らかの仕事について働き始め社会と共生し、より良い生活をするために頑張っているのであるが同じ仕事(職場)で働き続けるのが困難となり離職する障害者が多くいる(図2)2)。 図2 職場定着率 障害種にもよるが多くの障害者が1年以内に仕事を辞めてしまい、職場定着が上手くいっていないことが窺える。企業側からしたら社内の雰囲気にも慣れてこれから個々の適性に応じた職務を覚えていただく矢先である。 また、障害者の平均勤続年数の推移を見てもデータ上の最長が12年と短く、長期にわたり同一の職場で働き続けることが困難であることがわかる(表1)3)。 表1 障害者の平均勤続年数の推移(障害種別) (3) 弊社の現状 数年前までは障害者の職場定着が良くないため入社された障害者の方が直ぐに辞めてしまう状況にあった。そこで障害者にとって働きやすい職場づくりを進める必要があると考え、各機関と連携しながら様々に改善・工夫を行った。また、社内に企業在籍型職場適応援助者を配置して迅速な対応が出来るしくみを作った。結果、多くの障害者を安定して雇用が出来るようになり雇用率が向上した(図3)。 図3 旭電器工業株式会社の障害者雇用率の推移 2 各機関との連携について 弊社の取組みが上手く行った最大の理由は様々な機関と連携して障害者雇用を取り組んだ事が大きい。そこで本論文では特に深く関わっていただいた三機関についてその役割を紹介する。 (1) 三重障害者職業センター 当初は配置型職場適応援助者による作業指導の助言を弊社内でしていただいた。これをきっかけに障害者が戦力として活躍出来る存在になってもらうにはどう向きあっていくべきか、その基本を教えていただいた。特に現地に赴き p.103 障害者に声を掛けていただき都度、具体的な助言をいただけたことが後々の継続雇用に大きく貢献した(写真)。 三重障害者職業センターの支援を受ける様子 その後、社内に企業在籍型職場適応援助者を配置してからもペア支援の実施、ジョブコーチ(職場適応援助者)サポート研修の定期的開催による支援技法の指導や情報共有の場を提供していただいている。 (2) 社会福祉法人 聖マッテヤ会 ふらっと・つう 仕事を安定して行うためには生活面に於ける課題をしっかりサポートして職務に専念出来る環境づくりが大切である。しかしながら生活の中心となる各家庭については会社側としては介入しづらい。そこで生活面をサポートし、適切な助言・指導をしていただける機関の存在が必要となる。 定期的に弊社にお越しいただき障害者と面談の上、困りごとについて相談にのっていただけることが大きな安心となっている(写真)。 ふらっと・つうの支援を受ける様子 具体的には友人との人間関係や病院、服薬なども助言いただき必要に応じて電話でも相談することができるのは非常に心強い。 (3) 津社会福祉協議会 各地域に於いて社会的弱者や高齢者等を対象に福祉支援を行う機関である。この機関には個人の金銭管理事業があり、給与の管理をお願いしている。障害者の中には金銭的問題が生じることで就労が困難となる事例もあることからリスク管理として活用させていただいている(写真)。 津社会福祉協議会の支援を受ける様子 3 成果 様々な支援機関と連携を図ったことで障害者が安心して働ける環境が充実した。また、問題への対応も迅速に出来るようになった。しかし、まだまだ改善の余地はたくさんあると考えるので障害者の声を聞き、必要な配慮をおこなっていく必要がある(図4)。 図4 支援機関との連携 4 今後の進め方と展望 コロナ感染症により社会環境が大きく変化した。今までは考えられなかった在宅勤務やリモート会議等、働き方が大きく変わってきた。障害者の働き方も大きく変化していく中で支援する側の対応も適応していく必要がある。今後も状況をよく判断して障害者にとっての働きやすい職場づくりを進めることは不変であると考える。 【参考文献】 1) 令和3年三重県内の障害者雇用状況(三重労働局職業安定部  職業対策課)Press Release 令和3年12月24日 2) 障害者の就業状況等に関する調査研究(調査研究報告書№137)(障害者職業総合センター) 3) 障害者雇用実態調査結果報告書(平成10,15,20,25,30年度) (厚生労働省障害者雇用対策課) 【連絡先】 相原 信哉 旭電器工業株式会社 管理部 人事総務課 e-mail:aihara@asahidenki.com p.104 発達障害当事者のキャリア形成のプロセスと「就労パスポート」の活用の効果 ○宇野 京子(職場適応援助者) 前原 和明(秋田大学 教育文化学部) 1 はじめに 厚生労働省は、「障害者雇用・福祉施策の連携強化に関する検討会」において、精神・発達障害者や重度障害者等の個別性の高い特性のある就労希望者が増加している状況から、多様な特性に対応した職場定着支援や就労環境の整備等がより一層重要な課題となっていると指摘し、「雇用の質」の改善の必要性に言及している。これからの職業リハビリテーションでは、「自己理解や障害受容をするための援助や支援を目指すのではなく、本人の職業生活や作業遂行上の困難について『なぜそのようになっているのか』を、本人の納得できるレベルで本人が導き出せるよう、そしてその困難との付き合い方を本人が見出せるように援助するというアプローチが重要になるだろう」1)。 ここでは、2019年11月に厚生労働省が発表した移行連携シート「就労パスポート」を用いることで、自閉スペクトラム症(以下「ASD」という。)者が継続的に活用し職場適応していく過程を明らかにすることを目的とする。 2 研究方法 ・対象者:インタビュー対象者は、表1のとおりである。 ・方法:ミーティングソフトZoomを利用し、半構造化面接によるインタビュー調査。 ・調査内容:質問項目は、表2のとおりである。 ・分析方法:KJ法 ・実施期間:2022年7月XX日~7月XX日 ・倫理的配慮:対象者へ研究の目的と方法、自由意志による協力と辞退、プライバシーの保護、データ管理の厳守や本研究以外にデータを使用しない事について書面と口頭で説明し承諾を得てから、インタビュー調査を実施した。 表1 プロフィール 表2 質問項目 3 結果 (1) 分析結果 インタビューデータから逐語録を作成し、対象者Aさんに内容を確認してもらった後、分析の対象とした。KJ法の手順に従って、ラベルは138枚→55枚→20枚→6枚のグループ編成を経て、A型図解化(図1)、B型文章化を作成した。第3段階表札は、【Ⅰ労働者】【Ⅱ支援者】【Ⅲ余暇人】【Ⅳ子ども】【Ⅴ特性のある友人】【Ⅵ家庭人】を抽出した。KJ法で整理した項目は、表札は【 】、大項目< >、中項目は[ ]、( )は補足語を示す。なお、インタビューの会話は「  」で引用する。 以下に、テーマに添ったもののみを取り上げる。 (2) B型文章化 Aさんは、職業準備性を意識し[診断から段階的に(な)就労]経験をもとに、[健康的にキャリアを積む]ことを選択した。[障害者雇用で正規雇用を目指す(した)理由]は、[経済的自立を目指す]べく<QOL向上のためキャリアアップを(目指)した>と語った。新しい職場環境では、【職業人】としての[自己研鑽を積む努力]や、【支援者】や【特性のある同僚】との関係性がみえた。<ASD者(Aさん)がインクルーシブな職場環境>で<一年間就労できた理由>は、<配属部署の良好な人的環境>と職場に[障害者雇用の研修会の組織体制]があり、<課長職の職員管理>下のもとで庶務担当(事務補助)]として<段階的な業務量と責務の調整>が行われた。Aさんは「健常者の中で働いていると、自分だけ切り離された気持ちになる時があって、うつ気味になっていると感じる時もあります」と語った。それは、[募集枠の違いによる葛藤]や不安を抱えながら[特性を再認識して対処法を獲得する努力]を意識し稼働していた。また「障害特性から朝の倦怠感や日中の眠気が強いんです」 といい、「土曜日は開放感から、夕方まで死んだように寝ています」 と語った。その言葉から<余暇の過ごし方>や、[見通しの立ちづらさからの p.105 図1 A型図解化(簡易版) 不安][予防的なメタ認知を意識]するなど、<特性に対する自己管理スキル>が鍵となっていた。 Aさんは<行政機関の定着支援制度>は活用しておらず、個人的に<転職前の上司だった知人>と[定期受診で主治医へ相談]していた。「自分みたいに細かく相談できないだろうし。他の障害者は、特有の思考の癖から、本当はしなくても良い心配や他人との誤解で、精神的に苦しくなって退職するのかもしれないですね。」と、<ASD者の離職原因を俯瞰>していた。 また、<就労パスポート作成の成果>は、[振り返りと自己点検に効果]があったと語った。自ら、業務で「工夫してできている事を更新して、改訂版を提出しました。(それを)上司は総務課へ提出されて、課長は退職前に次の課長との引継ぎ時にも活用してくれた」という。 また、当事者が[就労パスポート作成着手時に目的を理解する]ことが重要だという。具体的には職場の環境調整と実践から、入職前と比較して[一部の配慮事項が自身で対応できるようになった]ことや[職場における時間経過と意識の変化]を自覚していた。[更新版を作成する意義]は、「時間が経過すると、自分の持っている特性や疲労度の事が忘れられている感じがある」 ため、職場と個人の双方が就労状態を再点検する機会にもつながっていたという。 4 考察 -就労パスポートを継続的に活用する意義- AさんのQOLは、世界保健機構(WHO)による健康の定義である身体的・精神的・社会的に良好な状態(Well-Being)を、特性と折り合いを付け、どのようにして維持するかを考える機会になっていた。Aさんは[就労パスポート作成着手時に目的を理解する(していた)]ことから、職場におけるストレス要因を自己分析し、疲労度のセルフモニタリングが可能になった。それは松為2)が指摘する「障害があることをしっかり受け入れ障害と共に生きることを自ら決心したというプロセスを経ているか」「家族を含め、障害に対し理解がある人が周りにいるかどうか」2) がセルフコントロールの要素になっていたと考えられる。 キャリア研究家 Superが提唱した理論「ライフキャリアの虹」人生における役割(ライフロール)について、障害があっても「職業人」がどのような意味をもつかを検討することは重要であるといえよう。キャリア形成においては、「自分は何をしている時に、価値やその意味を感じるのか」「自分は何がやりたいのか」「自分は何が得意で、何が不得意か」と向き合い、「自分らしい働き方」とは何かがわかっていることともいえる。その自分の軸を持つことから、自身の雇用の在り方について検討する機会へつながるともいえる3)。 組織における障害者活躍推進計画等もさることながら、ASD者への職業人としての心理教育、離職予防のためのサポート体制の質が重要であることが示唆された。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター.『職業リハビリテーション場面における自己理解を促進するための支援に関する研究』,「調査研究報告書№140」,(2018),p.95-100 2) 松為信雄.「発達障害の子どもと生きる」,幻冬舎,(2013), p.151 3) 宇野京子,前原和明.自閉スペクトラム症特性のある青年のキャリアアップの動機と行動変容に関する事例研究―10年間の振り返りと転機における支援―. Total Rehabilitation Research. (2022), 10,p. 52-66 【連絡先】    宇野京子 e-mail:kuno5116004@gmail.com p.106 障害をもつ係員たちが病院の業務を支える存在になるまでの成長と道のり ○岡山 弘美(公立大学法人奈良県立医科大学 法人企画部人事課 障害者雇用推進マネージャー) 1 はじめに 奈良県立医科大学における障害者雇用の取組については、4年前この「職業リハビリテーション研究・実践発表会」で発表の機会をいただいた。その時の発表概要は次のとおりである。 ・障害者雇用に取り組んだきっかけは法定雇用率達成のためであった。 ・当初は各職場の理解が得られず、任せてもらえる業務が少なかった。 ・障害者雇用を専属的に行う部門をつくったり、附属病院長や看護部長等に働きかける等、体制整備や障害者が担う業務拡大に取り組んだ。 ・業務実績を重ねると評価が高まり、業務範囲が広がった。 ・雇用する障害者数も増え、次は定着を図ることを目標とした。「就職前の実習を通じた適性や就労意欲の見極め」、「就職後も適材適所を実現するためのジョブローテーションの実施」、「不調が発生した場合の面談や就労支援センター・家族との連携等体制づくり」を行った。 ・「任せる」、「認める」、「感謝する」を障害者雇用の基本とした。支援員があまり業務に関わらず障害者に「任せる」、任せた業務の結果に対しては「認める」、できなかったことはなぜできないか考えてもらう、仕事の頑張りに対して「ありがとう」と「感謝」する。 ・障害をもつ係員は「ありがとう」の言葉に喜びを感じ、頑張っている。 2 障害者雇用取組の現状 本学の障害者雇用の取組は平成25(2013)年度に始まり今年で10年となる。その取組は「拡大」、「定着」、「発展」してきた。病院現場で障害者雇用が拡大・定着したことは大きな成果だと自負している。 (1) 拡大 当初は5人の実習生を雇用するところから始めたが現在では37人を雇用している。 表1 障害者雇用率等の推移         H23 H24 H25 H26 H27 R1 HR2 HR3 R4 常用雇用労働者数 2,159 2,271 2,339 2,475 2,566 2,788 2,800 2,927 2,906 障害者実雇用率     1.59% 1.32% 1.28% 1.59% 2.28% 3.18% 3.27% 3.22% 3.12% 法定障害者雇用率 2.1% 2.1% 2.3% 2.3% 2.3% 2.5% 2.5% 2.6% 2.6% 必要障害者雇用数 32 33 38 39 41 49 49 53 53 不足障害者数     8 12 17 11.5 0 0 0 0 0 (2) 定着 障害者を配置して欲しいという依頼が継続的にあり、障害者が担う業務は病棟清掃や清拭タオル準備をはじめ現在29箇所の職場に障害者を配置している。 表2 障害者が行っている業務例 各病棟 ベッドメイク・伝票処理・NICU産着セットたたみ・患者への配膳・プロテクター清拭・空ベッド移動・医療消耗品の点検及び補充・入退時の書類コピー・内着制服の配達・検体検査部へ運搬・小児玩具消毒・内視鏡ファイバー搬送・環境整備・保育器洗浄・SPD物品補充・ナース着たたみ及び収納・待合室の清掃など (3) 発展 日頃の業務運営は障害者がチームを組み、支援員や管理者の指示がなくても互いにフォローしながら遂行できるまで成長。また彼らの業務の成果には高い評価を得ている。 3 障害者雇用の取組10年の振り返り 本学が障害者雇用に取り組んでからの4年間については、「第26回 職業リハビリテーション研究・実践発表会」で報告したところである。その後の取組について報告する。 (1) 病院スタッフとして求められる存在になった  本学附属病院の看護部では看護師の働き方改革を進めている。その中で患者退院後のベッド周囲の清掃及びベッドメイキングを障害をもつ係員へタスクシフトすることが検討された。 タスクシフトを進めるにあたり、業務内容の検討、チェックリストの作成、支援体制づくり等について障害者雇用推進マネージャーと連携をとりながら、看護部が主体となって推進してくれたことが意義のある取組だった。 この取組の結果、障害をもつ係員は看護職が専門性を要する業務に専念できる職場環境づくりには欠かせない協働者となっている、との評価を得るとともに“感謝”された。 新型コロナウイルス感染拡大に伴い、本学附属病院では多くの患者を受け入れているところである。感染患者は隔離を余儀なくされ入院中の生活必需品の調達もままならず、その役割は病院スタッフが担わなければならない。そうした業務についても本学では障害をもつ係員が任せてもらう存在となっている。 必要物のリストとお金を預かり、院内のコンビニエンスストアで買い出しを行い、病棟スタッフに引き継ぐ業務を任され、大いに“感謝”されている。これもこれまでの業務遂行実績に対する“信頼”と評価の結果といえる。 (2) 本学の障害者雇用の取組が注目されるようになった 本学の障害者雇用の取組については各方面から関心を持っていただき、これまで様々な所で紹介する機会をいただいている。こうした要請があることは自らの働きが認知されていると障害をもつ係員の誇りにつながっている。  p.107 表3 本学障害者雇用取組の紹介 新聞 毎日新聞(2020.1.15)医学界新聞(2021.11.22) 読売新聞(2022.1.1)朝日新聞(2022.1.10)など テレビ 関西テレビ(報道ランナー) NHK(おはよう日本)など 研修 自治研修所(職場のダイバーシティ推進研修) 名古屋市立大学(障がい者の雇用と働き方改革の事例を学ぶ) 株式会社船井総合研究所(奈良医大障害者雇用の取組) 独立行政法人高齢・障害・求職者支援機構(企業在籍型職場適応援助者研修・スキルアップ研修)など   研修の機会があれば、障害をもつ係員が講師の役割を担っている。障害者雇用の主役は障害者であることから、本学では係員の考えを聴くことが大切と考えており、そうした取組を他の企業や機関・団体とも共有したいと思っているからである。 講師となる係員からは、「支援者の指示が明確でなくわかりにくい」、「障害の特性を理解して欲しいと思うが言えない」など率直な意見が発言される。時には空気を読まない発言でヒヤッとすることもある。しかし悪気があって言っているのではなく何よりも係員たちを“信頼”しているので、敢えて制止することもなく研修を進めさせてもらっている。こうした当事者の生の声は障害者雇用推進の参考となるのではと思う。 (3) 障害者雇用を進める上での悩み これまで順風満帆に事が運んだ訳ではない。表現できない、意思疎通できない、自制できない等障害者の特性、雇用側の理解不足等から、すれ違いが起こったケースは少なくない。例えば、係員同士の衝突、周囲の人(患者等)とコミュニケーションがとれず苦情が入る、支援者とそりが合わず情緒が不安定になる等は頻繁に起こる。 こうした事態が起こった場合には、必ず面談を行うが、決して諭したり、諫めたりはしない。当事者にじっくり考えさせ自分で答えを導きださせることが有効だと思っている。なぜそう思うかというと彼ら、彼女らには自分で考える力があると“信頼”しているからである。答えや解決策を自分で考えてもらうことで社会の一員としての責任感を自覚してくれるようになってきたと思う。 4 障害者雇用10年の取組で成長したこと 障害者雇用が「拡大」、「定着」、「発展」するまで決して簡単な道のりではなかったが、障害者たちの頑張り、組織や職員の理解、支援員の熱意、関係団体の支援等の歯車がうまく噛み合った取組であったと自負するところである。そうした取組により雇う側も雇われる側も成長した10年であった。 (1) 奈良県立医科大学(雇用する側)が成長したこと 「第26回 職業リハビリテーション研究・実践発表会」で報告したところであるが、当初は障害者雇用に対する認識と理解が低かった。 しかしこの10年間で、障害者雇用に対する理解が大きく進んだ。障害をもつ係員は病院の貴重な戦力であり、病院運営になくてはならない存在と認識するようになった。今後さらに障害をもつ係員への期待は大きくなるだろう。 また障害者が働くことができる環境を整えることは、誰もが働きやすい職場環境につながるということも実感できるようになってきた。 (2) 障害をもつ係員(雇用される側)が成長したこと 何よりも働くことに喜びを感じて、社会の一員としての自覚が生まれた。業務に対しては自主的に、責任感を持って遂行している。業務遂行スキルも向上し、支援なしでも任せておけるレベルで、病院内での“信頼”度が10年前と比較して格段に増している。 (3) フォーラムを開催して10年間の取組による成長を共有 10月10日に『「私たちが主役だ!」~奈良医大の障害者の取組がはじまり10年、そして今~』と題したフォーラムを開催し、障害者雇用10年の取組を振り返る。 このフォーラムは、社会の一員として成長した係員が主体となった企画運営を行い、障害をもつ係員たちの“働く”ことや障害者雇用への思いや考えを共有する場にしたいと思っている。Youtubeでオンライン配信も行う(フォーラム終了後も視聴可能。https://youtu.be/E6xVz4LjVqc)。 5 まとめ 「障害者雇用は“信頼”と“感謝”」 本学における障害者雇用の取組は、逆風が吹いているような環境の中でスタートした。 しかし、障害をもつ係員たちが障害者雇用推進マネージャーや支援員を“信頼”し、一生懸命業務に励んでくれたおかげで、その成果が認められ組織内での“信頼”を勝ち得ることができ、障害者雇用に対する理解が進んだ。係員たちには“感謝”しても仕切れない。 本学内の職員からは、障害をもつ係員たちが病院業務の一部を担ってくれるようになったことで、負担軽減につながり“感謝”されている。 また、障害をもつ係員たちに働いていてうれしいことは何か、喜びは何かと聞くと患者さんや職員から「ありがとう」と“感謝”を告げられることだと答えが返ってくる。 そう考えると 障害者雇用は“信頼”と“感謝”で回っているように思う。 このように奈良県立医科大学における障害者雇用の取組の10年を振り返ると、“信頼”と“感謝”の言葉に尽きる。 【連絡先】 岡山 弘美 法人企画部人事課障害者雇用推進係 e-mail:okayama@naramed-u.ac.jp p.108 企業主のための高機能ASD者雇用マニュアルの作成 ○梅永 雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院 教育心理学専修 教授) 1 目的 アスペルガー症候群や高機能自閉症と呼ばれていた知的障害を伴わない高機能自閉スペクトラム症者(以下「高機能ASD者」という。)は、社会的コミュニケーションの困難さや実行機能の弱さ、感覚の過敏性などから就労および職場定着が困難だと言われている。 しかしながら、Keel2)らによれば適切な職種のマッチングにより優れた能力を発揮する高機能ASD者も数多く報告されている。 ASD者の就労支援について、もっとも早くからアプローチをしてきたのは米国ノースカロライナ州で実施されているTEACCH Autism Programにおける援助付き就労であろう(Keel・Mesibov・Wood,1997)。 このプログラムでは、ASDと診断された幼児期から将来の自立・就労へ向けて適切なアセスメントに基づいた構造化による支援を行っている。とりわけ就労における課題は見通しを持つことができない実行機能の弱さ、同僚上司のASD者に対する理解不足、そして職業スキルを獲得させる際の指導の仕方に問題があることが指摘されている。 また、Hendricks1)は、自閉症の子供が未知のものに対する恐怖や対人関係への不安から、中等教育後の成功に大きな障害となることを訴えている。通常の高校を卒業した者の中で、50%~75%のASD者は失業中であり、ASD者の就労における障害は、二次障害としての「うつ」や「不安」などの精神疾患が原因となっており、そのような精神的問題が就労を阻害していると述べている。  そして、ASD者独特のコミュニケーションの障害には、指示を理解すること、行間を読むこと、人の表情や声の調子を読み取ること、質問が多すぎること、不適切な方法でコミュニケーションをとることなどである。社会的障害には、対人関係を成功させることの困難性だけではなく、衛生管理や不適切な身だしなみ、社会的規則に従うことの困難さ、集団に参加できない、異性に対して不適切な行動することがあるなどが示されている。とりわけ、人とのかかわりの難しさは、就労といった段階以前からしばしば問題となり、求職票と面接のプロセスをマスターすることから始まると述べている(Hendricks,2010)。 さらにMuller3)らは、18人の高機能ASD者に半構造化による面接を行い、就労上の問題は何かについて問うたところ、「適切なジョブマッチングがなされなかった。」「高機能であるにもかかわらず、簡単な仕事をさせられた。」「新しいスキルを学習するのに時間が足りなかった。」「職場での変化に慣れるまでに同僚上司に寛容さがなかった。」「同僚上司がASDの特性を理解してくれなかった。」「度重なる失敗によって、うつ感情、低い自尊感情、フラストレーションを生じた。」などを報告している。 よって、本研究では高機能ASD者を雇用する上での企業主が対応すべき合理的配慮についてのマニュアル作成において、海外の文献をベースにASD者雇用のために必要な合理的配慮にいて報告することを目的とする。 2 方法 海外における高機能ASD者の雇用に関する文献を精査し、企業主にとって有効な内容と考えられる内容をピックアップし、就労上の課題と支援についてまとめた。 3 結果 調査した海外の文献に基づいた高機能ASD者の就労上の課題と合理的配慮について表1~表3に示した。    表1 KeelらのTEACCH Autism Programにおける合理的配慮 1.Predictable(仕事の見通しを持たせること) TEACCH Autism Programが始まったころは、反復的な仕事がASD者に合っているものと考えられていた。しかし、予想に反して、仕事の見通しを持たせることが最も重要な要素であるということがわかった。 2.Receptivity of the employers and coworkers (雇用主および同僚上司の理解) ASD者の特性を理解し、彼らが働きやすいような環境を構築しようとする雇用主および同僚上司の必要性が重要である。 3.Clearly defined work tasks(仕事内容の構造化) ASD者は環境刺激に気を散らされ、するべき仕事に対する見当識を失う可能性がある。よって、環境および仕事そのものを視覚的にわかりやすく設定する。 そして最も大切な要因は、「ロングタームサーポート」である。 p.109 表2 Hendricksの論文による合理的配慮 1.職場配置には、仕事の内容や職場環境に関する考慮が必要である。 2.適切な仕事とは、予測可能であり、ASD者のスケジュールに合わせることができるものである。 3.仕事内容は明確にわかりやすいものであり、気が散ることが少ない場所である。 4.仕事を完了させるためには、一貫したスケジュールを提供することで職務の予測可能性を高めることができる。 5.仕事は最小限の対人関係で済むようにし、仕事を覚えるための十分な時間を確保し、過度の感覚的刺激がないことが望ましい。 表3 Mullerらの論文における合理的配慮 1.適切なジョブマッチング(サバン的な技術スキルの構築、最小限の人とのかかわり、明確で具体的なルーチン、新しいスキルを学ぶための時間の猶予、フレクシブルなスケジュール) 2.個別化されたASD者への就労援助(仕事を探す援助をすること、現場でジョブコーチをすること、同僚上司の関わり方について援助、助言をすること) 3.コミュニケーションのサポート 4.ASDに関する理解研修、同僚上司の受け入れ態勢の構築 4 考察 表1~表3で明らかになったことは、仕事内容を整理するために、明確でわかりやすい仕事の指示、いわゆる構造化されたワークシステム(視覚的にわかりやすい仕事のやり方の説明)が必要であるということである。 ジョブマッチングにおいても、人と関わる業務は減らし、一人でできる技術職の仕事の構築が有効である。このことは、SSTなどによって対人関係を指導することとはやや考え方が異なる要素も含まれる。つまり、職場の同僚上司との関わり方を学習することは必要だが、それは最低限でよく、できれば人とのかかわりが少ない職場を構築することが高機能ASD者にとっての合理的配慮といえる。 また、彼らは新しい仕事を覚えることができても、定型発達者と同じスピードで学習することは困難なため、十分な時間が必要であることも示唆されている。 さらに、感覚刺激の少ない職場環境を設定することが推奨されている。なぜなら、ASD者は感覚入力の調節が難しく、音や光、匂いなどの感覚刺激は、気が散り、何をしていいかがわからなくなることがある。そのため、ASD者と環境との相互関係に関するアセスメントを行い、気が散るものがある場合、刺激を遮断できる持ち場を特定し、関連する各作業領域でそれらの影響を軽減する方法を決定する。TEACCH Autism Programでは、高機能ASD者に対し、実際の仕事ぶりを行動観察して行われるBWAP2といったアセスメントが行われている。 アセスメントでは、騒音レベル、上司からの中断、混雑した職場、照明、刺激の多い持ち場の状況などを評価し、ASD者の特性を把握できるような独特なニーズを念頭に置いて実施する必要がある。 その際に、ハードスキル(仕事の能力)のみではなく、ソフトスキル(業務以外の時間)のアセスメントも重要である。昼休みの休憩時間などの空き時間は、何をしたらいいのかがわからない場合があり、問題が生じる可能性があるため、昼休みの過ごし方なども支援が必要とされる。 そして、最も大切な合理的配慮は、コミュニケーションサポートである。同僚上司や、ASD者にわかりやすいような明確で簡明なコミュニケーションが必要である。具体的には、「行間を読ませるコミュニケーションは禁止」「曖昧で不明確な指示は禁止」「言語指示だけではなく、視覚的で体験的指示を行う」などの配慮を企業主および社員全員が心がける必要があろう。 そのためには、ASD理解研修が不可欠である。企業の一般の社員に対してASD理解研修を行うことにより、ASD者の特性の理解を促進し、脳の多様性のあるASD社員の職場内の行動の違いに対する寛容さが身に着くものと考える。 米国の著名な企業であるGoogle社は、スタンフォード大学と連携し、”Google Cloud”というASD者キャリアプログラムを立ち上げ、最大500人の管理職や採用担当者を対象としたトレーニングを実施している。 忍耐強く、思いやりのある上司または同僚になってもらうことがもっとも優れた合理的配慮の一つである。 【参考文献】 1)Hendricks,D.” Employment and adults with autism spectrum disorders: Challenges and strategies for success”. Journal of Vocational Rehabilitation 32 (2010) .p.125–134 2)Keel,J.K., Mesibov, G.B. Woods,A.V. “TEACCH-Supported Employment Program”. Journal of Autism and Developmental Disorders, Vol. 27, No. 1 (1997).p.3-9 3)Muller,E. Barbara,A.S, Burtona,A. Yates,G.B. “Meeting the vocational support needs of individuals with Asperger Syndrome and other autism spectrum disabilities”Journal of Vocational Rehabilitation 18 (2003).p. 163–175 4)Wehman, P., Schall,C. Carr, S. Targett, P. West, M. and Cifu, G. “Transition From School to Adulthood for Youth With Autism Spectrum Disorder: What We Know and What We Need to Know”. Journal of Disability Policy Studies (2014).p.1–11 【連絡先】 梅永 雄二 早稲田大学 教育・総合科学学術院 e-mail:umenaga@waseda.jp p.110 知的障害を伴うASD者に有効な就労支援に関する一考察 -TTAPアセスメントに基づいて- ○コウイチイ(早稲田大学大学院 梅永研究室 修士2年) 梅永 雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院 教育心理学専修) 1 目的 自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder; 以下「ASD」という。)は、DSM-5(American Psychiatry Association, 2013)によると、「社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的障害」および「限定された反復する様式の行動、興味、活動」2つの特徴で定義される発達障害の1つである。 近年ではASDの発症率が増加している。アメリカの統計(CDC,2018)によると、全米の子どもの自閉症の発症率は、、2000年での調査では150人のうち1人だったのに比べ、2018年では44人のうち1人になった。18年間で発症率が3倍ほど増加した。 しかしながら、ASD者の就労支援は十分に対応されているといえない(Keel, etc., 1997)。彼らは仕事に対する意欲があるにもかかわらず、就職と仕事の維持に困難を示している。その原因には、ASD者の特性として、人とのかかわりでの難しさ、実行機能の弱さ、感覚敏感や二次障害などの課題が報告されている(Hendricks, 2010)。 適切な支援があれば、ASD者たちは優れた能力を発揮し職場での成功を収めることができる。自閉症の人に対する早期診断から成人期の就労、居住支援に至る包括的なサポートプログラムTEACCH Autism Program(以下「TEACCHプログラム」という。)は、就労支援におけるASD者の89%の職場定着率が報告された。TEACCHプログラムは、個人の長所や興味を生かすこと、適切な職業マッチング、学校在学中から就労移行支援、職場定着における長期サポートを提供することが重要だといわれている。日本でもTEACCHプログラムがもたらした「構造化」を用いて、職場に定着し、自立して活動ができた支援の事例が紹介されている(梅永,2016)。 また、アセスメントに基づいて診断と評価をして、具体的な指導・支援の方法を提供することをとても重要視している(梅永,2007)。TEACCHプログラムが行っているアセスメントの1つであるTEACCH Transition Assessment Profile(以下「TTAP」という。)は、学校から地域での成人生活への移行のためのアセスメントである。直接観察尺度をはじめ、家庭尺度、学校/職場尺度の3つの尺度で評価されている。そして6つの領域のうち、ハードスキルである「職業スキル」の1領域とソフトスキルである「職業行動」「自立機能」「余暇スキル」「機能的コミュニケーション」「対人行動」の5領域で構成されている。ソフトスキルは、日常生活能力や対人関係など仕事に間接的に影響を与えるスキルのことである(梅永,2017)。また、採点基準は「合格」「芽生え反応」「不合格」の3基準となっている。 以上を踏まえて、本研究ではTTAPを使い、軽度知的障害を伴う自閉症児に対する早期介入を行い、アセスメントを行った結果を報告する。 2 方法 (1) 対象児 ASDと診断を受けている軽度知的障害児、ナナ(仮名)、16歳。 (2) 手続き W大学のセッションルームで週1回に1度約50分程度の個人指導を受けた。セッションでは、TTAPを実施し、結果に基づいて職業教育を行っていた。 3 結果 (1) TTAPの結果(図1~3) 図1では、3つの尺度結果を示している。尺度間での大きな差はみられないが、家庭尺度にやや「合格」が少なく、「芽生え」が多いことがわかる。家では母親から見て「本人がまだできていないから、つい手助けしてしまう」ことが影響している可能性がある。一方で、学校やセッションルームにおける構造化された環境の中で、1人で簡単な作業であれば遂行することができる。 図2では、6つの領域の結果を示している。本児はASDと診断されたにもかかわらず、「機能的コミュニケーション」と「対人行動」が高い。 図3には、すべてのプロフィールを示した。全体的に、本児は「対人関係」と「機能的コミュニケーション」「職業行動」に「芽生え」が多いことから、個別の指導目標にすることによって、合格を増やすことができる。しかしながら、「職業スキル」、「自立機能」と「余暇スキル」について、今後より多くの作業の体験や生活体験によって、自分の得意分野や興味あることを見つけていくことによって、変化していく可能性がある。 (2) 構造化による支援方法の提案 絵や図による指示、ワークシステム、視覚的組織化とい p.111 図1 3尺度 図2 6領域 図3 全体プロフィール った構造化を用いたことによって、自立して課題遂行することができると分かる。また、検査の初回にスケジュールボードを提示され、活動を確認するように1回指導されたあと、毎回自ら確認することができ、混乱を示さずに活動に移行することができた。そのため、スケジュールによって時間的構造化が有効だと考えられる。  4 考察 知的障害を伴うASD者は就労が難しいといわれており福祉施設に行くことが多い。しかしながら、TEACCHプログラムでは援助付き就労によって数多くのASD者が就職している。 本児もASDと診断されたが、学校在学中の段階でTTAPを実施することにより、多くの芽生えという領域を見出すことができた。米国のIEPでは、「芽生え」を個別指導目標にしている。よって、本児はアセスメントに基づいて、指導目標を明確にすることによって、芽生えから合格までに導くことができ、より具体的な就労への道筋が見出せるものだと考える。 また、結果の「対人行動」と「機能的コミュニケーション」領域では高く評価されているが、日常生活やセッションでもコミュニケーションでの困難さが見られたため、より細かいアセスメントが必要だと考えられる。そこで、障害者の職業適応力のアセスメントツールとして活用されているBWAP2(ベッカー職業プロフィール)を用いて、さらに評価を行った。結果の「対人関係」領域を抽出し、表1に示している。 表1 「対人関係」結果 この結果から、「対人関係」領域のワークプレイスメント(現在の職業能力レベル)は福祉就労が低レベルとなり、ある程度の支援とスキルを身につけるための訓練が必要とわかる。総合的には、本児は要求を伝える、指示に従うなどの機能的コミュニケーション、他人と友好な関係を築くこともできているが、集団への社会参加や協力的な深い関係を築くスキルがこれからの指導目標に含むべきであろう。 5 今後の課題 日本の現状として、知的障害を伴う自閉症児者に対する職業教育や就労支援を行っているのは、特別支援学校、就労移行支援事業所、障害者職業センターなどがある。これらの機関にTTAPのような自閉症に特化したアセスメントを導入していくべきだと考えた。そのためには、学校の教員や施設の職員に、アセスメントに対する専門的な研修を行うべきであろう。 【参考文献】 1)Centers for Disease Control and Prevention(2022) Data & Statistics on Autism Spectrum Disorder. (2022年8月1日閲覧, https://www.cdc.gov/ncbddd/autism/data.html) 2)Dawn Hendricks (2010). Employment and adults with autism spectrum disorders: Challenges and strategies for success. Journal of Vocational Rehabilitation 125–134 3)Keel Jill Hinton, Mesibov Gary B., and Woods Amy V.   (1997). TEACCH-Supported Employment Program. Journal of Autism and Developmental Disorders. 27-1 4)梅永 雄二(2007). 自閉症の人の自立をめざしてーーノースカロライナにおける TEACCH プログラムに学ぶ. 北樹出版 5)梅永 雄二(2016).自閉症スペクトラムのための環境づくりーー事例から学ぶ「構造化」ガイドブック.株式会社学研プラス 6)梅永 雄二(2017).発達障害者の就労上の困難性と具体的対策 ─ASD者を中心.日本労働研究雑誌 59 (8) 【連絡先】 コウイチイ 早稲田大学教育学研究科学校教育専攻梅永研究室 e-mail:evakang991226@toki.waseda.com p.112 知的障害を伴うASD者に有効な就労支援に関する考察 -BWAP2によるソフトスキルのアセスメントとその支援 ○横山 明子(早稲田大学大学院 梅永研究室 修士2年) 梅永 雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院) 1 目的 発達障害者の就労で特に課題が多いのは自閉スペクトラム症(以下「ASD」という。)であると言われている。その最も大きな要因として、コミュニケーションや対人関係上の困難さが報告されている。この困難さは、就職活動中だけでなく、就職後にも影響し、離職を繰り返す要因にもなっている1)。 Table1にASD者の対人関係の問題を示す2)。 この報告を裏付けるように、米国ノースカロライナ州TEACCH Autismプログラムの援助つき就労(Supported Employment)部門では、ASD者の離職理由の8割以上はソフトスキルに関連する内容であったと報告されている。 また、米国で行われた就労に結びつく学校教育の内容に関する研究では、就労につながる要因の一つとしてライフスキルの獲得が報告された。また、学校教育の場面で、児童・生徒の定期的・体系的にライフスキルのアセスメントとライフスキル獲得につながる支援を提案している3)。 ASD者の就労に関連したアセスメントの中には、前述したTEACCH Autismプログラム開発の移行アセスメントプロフィール(TTAP)がある。このアセスメントでは、ハードスキルとソフトスキルの両方を統制された空間での直接観察、家庭、学校/事業所の3つの場面で対象者を評価することができる。しかし、TTAP(TEACCH Transition Assessment Profile)は時間的なコストが高いことやアセスメントに関する知識がある程度必要なことから導入にためらいを感じる現場は少なくない。また、今日の放課後等デイサービスの実態として、アセスメントに基づいた個別の支援が行われているとは言えない。 TEACCH Autismプログラムでは、知的障害を伴わないASD者に対する就労アセスメントとしてBecker Work Adjustment Profile 2(以下「BWAP2」という。)を利用している。BWAP2は、行動観察を中心とするアセスメントのため、それほど専門性を必要とせず、利用者本人をよく知る人であれば誰でも実施可能かつ約15分で実施可能である。またそれだけでなく、「援助要求スキル」等のソフトスキルの項目が多く含まれている。 これにより、細やかに支援方法の選定やその妥当性の判断を可能にする。そして早期からのライフスキル指導に繋がる。これは、将来の就労を含めた自立の可能性を大きくすると考えられる。 よって、本研究では知的障害を伴うASD者に有効な就労支援において、ソフトスキルのアセスメントとその支援について検証することを目的とした。 2 方法 (1) 対象者 ・アキナ(仮名) ・年齢:都内のA特別支援学校に在籍している生活年齢16歳(高校1年生) ・診断:知的障害を伴うASDと診断された生徒 (2) 手続き ・指導期間:20XX年YY月~20XX年YY+3月、計14回行った。 ・W大学にて1セッション約50分で、週に1回の割合で行った。 ・セッションでの指導開始前にTTAPとBWAP2のアセスメントを行い、ソフトスキルの課題を把握し指導目標の立案をした。 ・対象生徒の目標として選定されたソフトスキルは援助要求スキルである。そのため、セッションでは課題遂行のために援助要求をする場面を設定した。 3 結果 (1) BWAP2の結果 Table2は、BWAP2の各領域の粗点、Tスコア、パーセンタイル値を示している。Tスコアを元に各領域を比較すると、「仕事の習慣/態度(HA)」が最も高く、「仕事の遂行能力(WP)」が最も低い。これは、HAに関わる項目が家庭や学校等で訓練される機会が多く、WPに関わる項目の内に現段階では未経験のものが含まれているためにこのような結果となったことが考えられる。「対人関係(IR)」では、2番目に高いTスコアが出ており、ASDの p.113 診断を受けながらも対人関係面での支援レベルは中程度である。 Table3は、ワークプレイスメントとワークサポートのレベルを示している。全体的にある程度の支援が必要であることを示している。 Table2 各領域の粗点、Tスコア、パーセンタイル値 Table3 各領域のワークプレイスメント及びワークサポート (2) BWAP2を基にした支援方法の提案 視覚的構造化を用いて情報を与えることで自立して課題の遂行が可能であることがわかった。また、ワーキングメモリが少ないが、課題を繰り返し行えば手順を学習することが可能であることがわかった。 以上のことからこの対象者の指導には、視覚的明瞭化・組織化が有効であると考えられる。 4 考察 BWAP2を用いることで、どのようなスキルが必要であるか明確になり、支援目標の設定に有効である。「1点」「2点」という「芽生え」の項目を把握することで、現時点で課題や必要な支援の度合いの評価を可能にする。 加えて、学校/事業所と企業等での支援者間で共通の指標をもつことで、これまでの成長部分を把握することが可能になる。また、これらのデータや新しく獲得したスキルをまとめたサポートブックの作成を可能にしより円滑な就労移行及び継続が期待できる。 対象生徒への具体的な支援については、「必要な援助要求(WP8)」の項目で「2点(大体援助を求める)」という結果だった。援助要求スキルは、就労の場面だけでなく、生活全体で必要不可欠なスキルである。そのため、今後も継続して援助要求スキルの育成に関わる課題を実施し、援助要求スキルの獲得を目指す。 5 今後の課題 現在の日本の知的障害を伴うASD者を取り巻く特別支援学校や事業所を始めとする様々な機関では、まだ十分にアセスメントを基とした支援を行っているとは言えない。また、就労で最も課題を抱えているASD者に対して画一的な支援が行われているのが現状である。 そのため、学校や事業所等の機関だけでなく、公的な機関でもASD者を的確に支援していくためにBWAP2の研修及び導入を進めるべきであると考える。 【参考文献】 1)梅永雄二: 発達障害者の就労上の困難性と具体的対策:ASD者を中心に.日本労働研究雑誌,2017, Vol.2017年(8月)(685) 2)高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター研究部門:発達障害者の職業生活への満足度と職場の実態に関する調査研究.2015. 3)Wong, J., Coster, W.J., Cohn, E.S., and Orsmond, G.I. “Identifying School-Based Factors that Predict Employment Outcomes for transition-Age Youth with Autism Spectrum Disorder”. Journal of Autism and Developmental Disorders (2021) 51:60-74 【連絡先】 横山 明子 早稲田大学大学院教育学研究科学校教育専攻梅永研究室 Email: akiko.yokoyama@asagi.waseda.jp p.114 デイケア単独型就労支援 ~シームレスな就労支援の実現のために~ ○清澤 康伸(医療法人社団欣助会 吉祥寺病院 Employment Specialist) 関谷 俊幸・八木 悠・森山 亜希子・新野 敦子・山室 京子(医療法人社団欣助会 吉祥寺病院)                             1 はじめに 内閣府、厚生労働省が、『「福祉から雇用へ」推進5か年計画』を平成19年に提言。 その流れを汲み現在、内閣府、厚生労働省は、 ・医療から雇用への流れを一層促進する(平成25年9月27日閣議決定、障害者基本計画 Ⅲ-4-(3)-2) ・生活支援と就労支援、医療の支援のモデルを一体化する(平成26年3月31日厚生労働省告示第137号、障害者雇用対策基本方針第2-4-2、第4-5-2) ・医療機関における就労支援の取組・連携を促進するモデルを構築する(平成26年3月31日厚生労働省告示第137号、障害者雇用対策基本方針 第4-5-4) このような一連の法律群により精神障害者の就労支援について医療機関によるその重要性が指摘されている。 また、厚生労働省が提言する「福祉、教育、医療から雇用への移行推進事業」の中において精神科医療機関とハローワークの連携モデル事業が施策として実施、重要視さ れている。 さらに、厚生労働省障害者雇用対策課や労働政策審議会障害者雇用分科会において、精神障害者の就労支援については、これまでの「就労(雇用)」から、「雇用継続」に重きを置いたものへと政策の検討が始まっており、医療機関における就労支援、職場定着支援への期待は大きなものとなっている。  そうした中、就労支援を実施する医療機関が増え、様々な実践やその治療効果に関する報告が見られる様になり、精神障害者の就労においては移行率や定着率だけでなく、社会機能や精神症状の改善についてもその効果が注目される様になってきているが、医療機関で就労支援を実施するにあたっては制度・体制面での限界や実践上の課題があり、医療機関における精神障害者の就労支援モデルは標準化されていない。 精神障害者の就労者数は年々上がっている(厚生労働省 障害者雇用状況報告書)が、「障害者の就業状況等に関する調査研究」(2017,障害者職業総合センター)によると精神障害者の就業後1年後の定着率は49.3%であり就業後1年以内に半数以上の精神障害者が離職していることがわかる。 3カ月以降1年未満で離職した人では、「障害・病気のため」が17.4%と最も多く、精神障害者の雇用継続には医療的な支援も必要となってくることがわかる。 精神障害者の就業者数は増加していくことが考えられるため、医療から雇用への流れは今後の精神障害者の就業継続にとって重要なファクターとなる。 2 吉祥寺病院における就労支援 吉祥寺病院デイケア・ナイトケア室(以下「DC」という。)では、2019年に就労支援の専門家であるEmployment Specialist(以下「ES」という。)をDCに配属し医療機関が単独で就労支援を行うシステムの提供を開始した。併せて就労支援スタッフの育成も同時に行っている。 DCでは医療機関の強みを活かした独自の就労支援のトレーニングや支援方法について検討、実行し『就労ができる』だけではなく本人が自己実現のために『働き続けることができる』土壌を作っている。 そのために就労後に必要とされるセルフケアやセルフモニタリング、働くことの意味など就労するためではなく就労してから必要となってくる事柄についてプログラム化し提供している。 また、プログラム提供だけでなく、ESとCase Maneger(以下「CM」)と呼ばれる生活支援担当者がチームを組み精神科医師・看護師・心理士・作業療法士・精神保健福祉士の5職種とESから構成される専門的多職種チーム(Multi Disciplinary Team:以下「MDT」という。)が、プログラム提供、職場開拓、マッチング、職場定着支援、企業支援、就労前後の生活支援、就労後のキャリア開発といった就労前から就労後のキャリア支援までの一連の就労支援と医療的側面からの支援をワンストップで行い、医・職・住それぞれの支援を一つの機関で実施している点である。 (1) 就労に向けたプログラム ア 就労プログラム 就労支援の肝となるプログラムであり、就労してから働き続けるための土台作りである就労準備性を養うための講義+ワーク型プログラム。 イ ロジカルシンキング 論理的思考を養うための講義型プログラム。 ウ 企業研究 パワーポイントを用いたプレゼンスキルやマーケティングのスキルを養うためのワーク型プログラム。 p.115 エ 認知機能リハビリテーション 陰性症状の一つである認知機能障害の改善を目的としたプログラム。 オ WRAP 自身のセルフマネジメント・セルフケアを身に着けるためのプログラム。 (2) 定着支援の方法 ア 本人支援 診察日の定期的なMDTとES、CMへの電話やメールでの定期報告。 イ 企業支援 精神障害者雇用についてのノウハウの提供とリスクマネジメント、リスクヘッジの説明と運用。キャリアアップについての調整など。 3 得られている結果 2019年7月~2022年6月までの就労者37名(延べ39名) (特例、A型を除く一般企業の障害者枠) ・就労率 86.0% ・1年後の定着率 97.3% ・平均年齢 37.9歳(25~60歳)   ・就労支援プログラム参加から就労までの日数 平均6.2ヶ月 ・DCの平均利用期間 2年7ヶ月、最長12年7ヶ月 ・就労経験がほぼなく就労した人 8名 ・1社で決まった人 22名 就労先は従業員数5名から2万人規模の企業まで幅広い 4 考察と課題 医療機関において就労支援を行うにあたり、 ①就労継続を前提としたプログラム ②MDT ③ES ④CMのかかわり の4つが必要であり、その4つが機能した上で、医・職・住の支援を専門的多職種チームでワンストップで行うことで就労支援に一定の効果が出ると考えられる。 このように医療機関での就労支援に一定の効果がみられると考えるが、精神科医療機関で就労支援が促進されない理由としては、主に、 ①報酬がつかない ②就労支援を担う人材が少ない ③すでに既存の障害福祉サービスがある の3点が挙げられる。 精神障害者の雇用定着には、医療的な支援も重要となってくる。それは精神障害が障害と疾病が共存しており、症状の不安定さがあるためである。その部分に対しての介入は障害福祉サービスでは対応しきれず、医療機関での対応となる。であれば、医療機関が就労支援を行う方が合理的である。しかし、医療単独型の就労支援が全てかというとそうでもない。それは医療単独型の就労支援を行ったとしても現行の法律では報酬化がされていないからである。現状では手弁当で就労支援を行っている医療機関がほとんどである。それでは医療機関での就労支援は促進されない。また、医療単独で就労できる層と、職業準備性が必要な層があり、後者では医療機関単独の就労支援では対応ができない。そして精神障害者の雇用定着でのリスクが障害・病気のためであるのであれば障害福祉サービスでの就労支援機関は、職場定着支援時により医療機関との連携が重要となる。つまり、①医療単独型の就労支援、②従来の障害福祉サービスでの就労支援③医福連携型の就労支援の3種類の支援スタイルが精神障害者の支援では必要となるのではないだろうか。 そのためには精神科医療機関において、 ①就労支援の報酬化もしくは加算 ②就労支援専門スタッフの配置 の2点が必要であると考える。 精神科医療機関が就労支援にコミットできる体制を作ることで我が国の精神障害者雇用はより推進されるものと考える。 【引用・参考文献】 1) 障害者雇用状況報告書 厚生労働省 2) 第126回社会保障審議会障害者部会「障害者の就労支援について③」, 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課(令和4年4月8日) https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000926610.pdf 3)障害者雇用分科会(第103回~106回)関係資料, P86, 厚生労働省職業安定局障害者雇用対策課(令和3年6月29日)  https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/000798597.pdf 4) 障害者職業総合センター「精神障害者への職業リハビリテーションの国際的動向」, 世界の職業リハビリテーション研究会 第4回障害属性別の効果的な職業リハビリテーション(令和2年8月24日) https://www.nivr.jeed.go.jp/research/advance/p8ocur0000009cox-att/sekai04-2.pdf 5)障害者職業総合センター「障害者の就業状況等に関する調査研究」, 調査研究報告書№137(平成29年4月) https://www.nivr.jeed.go.jp/research/report/houkoku/houkoku 137.html 【連絡先】 清澤 康伸 医療法人社団欣助会 吉祥寺病院 e-mail:yasunobu.kiyosawa@gmail.com p.116 キャリアのある方の就労支援 -年の差のある対象者との関係構築- ○菅野 未沙樹(NPO法人コミュネット楽創 就労移行支援事業所コンポステラ) 本多 俊紀 (NPO法人コミュネット楽創) 1 はじめに 精神障がい者には、社会で職業生活を営みキャリアを築いてきた中で発症し、それまでのキャリアを中断せざるを得ず、迷いながら障がい者手帳の取得や再就職を目指す方もいる。キャリアを積み上げ活躍してきた方にとってそこからの職業の再選択は、中高年者一般の再就職の難しさとも重なって、様々な葛藤があると思われる。 「ワーカーとクライエントの関係性が根本であり、本質である」とラップ¹)らが述べるように、支援者との関係性は重要であるが、年齢を重ねるほど、より若く職業キャリアの少ない支援者と関わる場合もあり、担当との信頼関係を築くことが難しく感じることもある。 今回、キャリアを築く中で病気を発症し、転職活動の経験が少ないAさんへの再就職を、20歳ほど若い担当支援者(以下「担当」という。)が支援した事例について考察し、報告する。 なお、本報告はNPO法人コミュネット楽創の倫理審査(2022-03-2)を受け、承認を受けている。 2 事業所と事例の紹介 (1) 就労移行支援事業所コンポステラ 2010年に開設し、IPS(Individual Placement and Sup-port)モデルに基づいた支援を行っている。毎年20-40件ほどの就職がある。障がいの軽重にかかわらず、一人一人に合わせた個別支援を展開し、職業前訓練に重きを置かず、迅速な一般就労を目指した支援と、就労後の面談や訪問などの充実した支援を行うという特徴を持つ。 (2) Aさん:双極性障がい 50代男性 既婚(子は独立) 20年以上ホテルや飲食店の接客業としてキャリアを構築していたが、精神疾患を発症し、離職。失業保険が切れる数週間前にB病院の心理士より就労移行支援事業所コンポステラ(以下「事業所」という。)を紹介された。 今回の就職では、前職とは違う事務職への転職を希望され、パソコン教室に通いながら、事業所を利用した。 3 支援の経過 (1) 利用開始当初のAさんと担当の関係変化 利用開始当初、事業所の年配スタッフより「歳の数だけ頑張って受ける必要があるよ」と聞き、Aさんは短期間に7-8社応募した。しかし、不採用が続いたことから体調を崩して事業所を2週間休み、再来所するも10分程で帰宅するという出来事があった。当時、担当は、年の差のある年長者への支援経験がなく、どう励ましたらよいかわからず積極的に声かけができなかった。 そこで、Aさんと担当に、事業所長を交えた面談を行った。その際、Aさんより、障がいを開示した就職活動は初めてで、以前の転職も知人の仲介だったため経験が乏しいこと、改めて志望動機の書き方、病気や欲しい配慮の伝え方について知りたいことが語られた。この面談の結果、気持ちを立て直して週3日から通所を再開することとなった。 担当は関係の再構築を図り、1日1回はAさんと接点を持ち、生活のことや就活のことについて話す時間をつくるよう心がけた。悩みながらもたわいないことを話したりや、担当のプライベートな話を自己開示したりする中でAさんの雰囲気も変化していき、話が続くようになっていった。 (2) 就職活動 就活開始当初、Aさんは、自身の希望する配慮事項を書いたプロフィールシートを作成し、ハローワークの障害者専用求人の事務職に的を絞って就職活動をした。その中で、病気や配慮事項の伝え方をハローワークの相談員に助言してもらうなど、応募の仕方にも変化していった。しかし障害者専用求人だけでは希望に合うものが少なく、一般求人にも視野を広げ、障がいを開示して応募をするようになった。一般求人への応募が増えたことで、担当からもより多くの求人情報を提供し、希望する条件調整のため、職場開拓にも一緒に取り組んだ。また、Aさんは、書類添削について担当に声をかけてくれるようになり、一緒に経歴や仕事への思いを伝えられる応募書類を作成するようになった。 時々、気持ちが折れそうになることもあったが「歳の数」を目指して応募を続け、その数は多い時で1日3社にも及び、利用5ヶ月目に目標であった歳の数ほど応募したところで、障害者専用求人の事務職に就職が決まった。 Aさんは子どもの結婚で相手親族に会う前に就職することが出来たと話し、ほっとした表情を見せた。 (3) 就職後の支援 Aさんは就職に際し、以前の不調の経験から、慎重に勤務調整し短時間勤務から開始し1ヶ月かけてフルタイムへ移行するという方法を選択した。この間は、週1回対面で会い、Aさんから上司や同僚への声かけ、職場の人との関係を築いていくこと、仕事を増やしていく工夫などを一緒 p.117 に整理した。 2ヶ月目からはフルタイム勤務となったため、通院日に合わせた月2回の来所による面談に切り替えた。Aさんからは、職場の同僚とも関係を築き、徐々に話せるようになっていく様子が語られ、相談を苦手としていたAさんと職場の人間関係が、変化していく様子が伺えた。またAさんからも、家族との関係などプライベートを語られる機会が増えていった。 また同じころ、Aさんの希望により職場訪問を行い、上司に、Aさんの仕事の状況や、継続して事業所で顔を合わせて面談のサポートをしていることを伝えた。 職場内でコミュニケーションが取りにくくなった時期には、調子を崩すことも危惧されたが、担当は本人と職場の力を信じ、Aさんから上司に相談するなどといった、自身が取り組むことを応援するにとどめ、職場への介入は控えた。 そうしているうちに、来所時には事業所の他の職員や利用者との話に加わり、質問にも応える姿が見られるようになった。3ヶ月経過したころ、Aさんから「自分の経験を他の利用者に伝えたい」という提案を受け、初めて触るパワーポイントを駆使し、経験を語ってくれた。その姿から後輩への貢献とともに失われつつあった人間関係をとりもどす姿が垣間見られた。 Aさんと就職活動を振り返った際に、担当から、20年というキャリアの中で事務職を選択することは何かを諦めたのではないかと思い、視野を広げ、様々な求人情報を提供していたと伝えたところ、Aさんは、体力や趣味を充実できる就業時間や勤務を固定する働き方をしたく事務職を選んできたこと、今が充実していることを語っていた。 4 考察 (1) 担当との関係の変化 担当は、Aさんとの年齢差により「キャリアも経験もある人」というAさん像を作り上げてしまった。そしてAさんのキャリアを尊重し、尊敬していたがゆえに声かけがうまく行かず、就職活動のアドバイスをしきれなかった。 しかし、関係改善に至るきっかけとなった担当の「自己開示」は、双方の信頼を醸成し「Aさん像」という思いこみを取り去って、年の差を超えた等身大のAさんと担当の関係へ変化するきっかけになったのではないかと考える。この信頼関係の変化は、事業所の他の職員からの協力もあったことから、事業所の他の職員とAさんのつながりの強化にも発展していった。それが担当への大きな援護になっていたとも思われる。 ラップら1)は「伴侶的関係が示すのは、クライエントが課題に取り組んでいく際に、ワーカーがその人と協働して課題解決のために行動することである」と述べている。本報告では、当初すれ違っていたAさんと担当が、日々の小さな声掛けから、お互いが相手の頑張る姿をみて励ましあう関係になり、目標を共有する伴侶的関係に少しずつ変化していったと考えられ、さらに周囲の協力も得られるように変化したのではないかと考えられた。 (2) Aさん自身の変化 Aさんは、担当との関係の変化とともに就職活動も変化していった。これは、何を相談していいかもわからず一人で不安を抱え込んでいたAさんが、担当はその不安を開示することを許せる関係であると認識し、そのことが周りの助言や励ましに耳を傾けられる余裕となり、担当との強固な協力関係による就職活動ができるようになったのではないかと思われる。 また、これらの変化はAさんのコミュニケーションや事業所内の人間関係の広がりとして、従来より持っていた「他者の役に立ちたい」、「役に立てるかも」という思いを呼び覚ましたのではないかと思われる。ベッカーら2)は「援助システムは、隔離されあるいは施設化された環境から、結合されノーマライズされた地域環境に焦点を移すことによって、リカバリーを促進できるのである」と述べている。Aさんの実際の就職活動と就職は、まさに、支援者のみならず当事者にとっても、結合された環境に焦点を移すことになり、より希望に向けたリカバリーをもたらしたのではないかと考える。 5 まとめ キャリアを築いてきた中で、異業種へのキャリアチェンジは、年齢を重ねるごとに難しさを感じさせる。そのような中では支援者も当事者も、思い込みが先行し、ストレングスに目が向きにくくなったりするかもしれない。 しかし、実際にはその一人一人に、生かされるストレングスが存在する。それを探すのは一人では難しいかもしれないが、双方が協働し、またチームの協力を得ることで、可能性を模索することができるのではないか。 Aさんのようにキャリアを築く中で障がいを得る方は少なくない。そのような方に支援者ができることは、信頼関係を築き、励まし、希望を持つことを応援し続けることではないかと思う。 【参考文献】 1) C.Aラップら「ストレングスモデル第3版」金剛出版,(2014)p.67-127 2) D.Rベッカーら「ワーキングライフ」金剛出版,(2004) p.35-38 【連絡先】 菅野 未沙樹 就労移行支援事業所コンポステラ e-mail:compostela@ia8.itkeeper.ne.jp p.118 精神障がい者の組織適応を促進する要因 -プロアクティブ行動の視点から- ○福間 隆康(高知県立大学 准教授) 1 はじめに 精神障がい者の現在の所属組織に転職する直前の職場を離職した理由として、「職場の雰囲気・人間関係」(33.8%)、「賃金、労働条件に不満」(29.7%)、「疲れやすく体力、 意欲が続かなかった」(28.4%)、「仕事内容が合わない」(28.4%)といった項目が上位に並んでいる1)。障害者職業総合センター2)によると、精神障がい者が働き続けるためにきわめて重要な項目として、「職場の人間関係」(58.2%)、「仕事の内容」(52.5%)、「仕事のやりがい」(43.2%)という結果が示されている。これらの結果から、精神障がい者の職場不適応の理由の上位は、「職場の人間関係」であることがわかる。 民間企業に雇用されている精神障がい者の雇用者数は増加しているものの、採用されても人間関係で悩み、辞めてしまう人が多い。精神障がい者の職場適応を促すためには、組織からの働きかけだけでなく、学習者である精神障がい者自身が必要な知識や技術を習得しようとする主体的な行動が必要であろう。 このような組織へ適応した人材を育成することについては、組織社会化の概念を用いた研究が行われている。組織社会化(organizational socialization)とは、「個人が組織の役割を想定するのに必要な社会的知識や技術を習得し、組織の成員となっていくプロセス」と定義される3)。新規参入者が組織で有効なメンバーとなるためには、組織の価値観や規範を身につけ、仕事の進め方、知識やスキルを習得し、職場の人間関係やコミュニケーションの取り方などを学習する必要がある。精神障がい者の人材育成過程の研究においても、このような組織社会化の概念を援用することは有効であるといえよう。 組織社会化研究では多くの概念が提唱されているが、本研究では、プロアクティブ行動に焦点を当てる。プロアクティブ行動(proactive behavior)とは、「個人が率先して現状を改善する、あるいは新しい状況を作り出す行動」と定義される4)。組織社会化研究では、組織へ新しく加入した新規参入者がプロアクティブ行動を行うことが組織に関する学習を促進するとされている5)。 そこで本研究は、プロアクティブ行動が組織適応に及ぼす影響を分析することによって、精神障がい者が主体的に行う職場適応行動の特徴を明らかにすることを目的とする。組織社会化のなかで発揮するプロアクティブ行動を明らかにすることは、精神障がい者が組織適応に向けてどのような主体的・能動的行動をとっているのかを解明することになる。その結果、組織は精神障がい者にどのような行動を喚起すれば円滑な組織適応を促進することができるのかを把握することが可能になり、教育訓練に援用することができるであろう。 2 調査対象・方法 本研究は、上記の研究目的を達成するため、プロアクティブ行動、組織社会化、情緒的コミットメント、職務満足、および離職意思測定尺度を用いて、民間企業の精神障がい者を対象にインターネット調査を行った。最初に、組織適応、プロアクティブ行動の因子構造を確認するため、探索的因子分析および確認的因子分析を行った。つぎに、各変数間の相関分析を行った。続いて、プロアクティブ行動が組織適応に与える影響を調べるため、重回帰分析を行った。 3 結果 分析の結果、つぎのような発見事実が得られた。 ①革新行動は、職業的社会化、文化的社会化、職務満足に正の影響を及ぼす。 ②ネットワーク活用行動は、情緒的コミットメントに正の影響を及ぼす。 ③フィードバック探索行動は、文化的社会化と情緒的コミットメントに正の影響を与え、離職意思に負の影響を及ぼす。 ④ポジティブフレーミング行動は、情緒的コミットメントと職務満足に正の影響を及ぼす。 4 考察 分析の結果、プロアクティブ行動は広範な領域で効果が見られた。革新行動は、職業的社会化、文化的社会化、職務満足に影響を及ぼしていた。このことから、革新行動は主に仕事面に影響を及ぼしていることがわかる。新たなアイディアを積極的に試したり、問題解決に際し自ら新しい提案をしたりすることで、組織に必要な技能の習得につながり、それが職業的社会化を促進していると考えられる。また、自ら積極的に新しいことを実践することで多くの知識や技術を獲得することができるので、職務満足につながっていると解釈できる。 ネットワーク活用行動は、情緒的コミットメントに影響 p.119 を及ぼしていた。組織内の他者とコミュニケーションをとり良質な関係性を構築し、それを上手く活用することで、社内の人間関係や会社全体の仕組みに関する情報を得ることができる。それが情緒的コミットメントに影響を及ぼしていると言える。Morrison6)によると、組織内の他者との間に良好な関係を構築することにより、組織内に広く知れ渡り、伝わっている情報にアクセスすることが容易になるとともに、他者の振る舞いからその組織でとるべき行動を学ぶことができると述べている。組織内における他者との間で関係構築を進めることにより、組織に関する学習が深まり、情緒的コミットメントが高まると解釈することができる。 フィードバック探索行動は、文化的社会化と情緒的コミットメント、離職意思に影響を及ぼしていた。特に、プロアクティブ行動の中で唯一離職意思に有意な影響を及ぼす行動であった。Millerら7)は、不確実な状況に置かれた新規参入者は、自ら情報を探索することで、自分の役割の曖昧さや矛盾を解決するプロセスをモデル化している。情報探索を行うことは、新規参入者にとって不確実性を減らし、自分を取り巻く環境について理解し、予測することにつながると指摘されている8)。 精神障がい者は、フィードバックの機会で行われる他者とのコミュニケーションを通じて自分自身の役割を把握していく側面があると考えられる。尾形9)によると、「フィードバックには、仕事の知識やスキルを習得させる効果だけではなく、会社への長期的な関わり合いや仕事上での自己の確立にも有意義な役割を果たす可能性がある」と述べている。以上より、フィードバック探索行動を積極的に行うことで、自分を取り巻く環境から不確実性を取り除き、自分にとって必要な情報を得ていくことで、組織に関する学習が進展し、離職意思が抑制されると推測することができる。 ポジティブフレーミング行動は、情緒的コミットメントと職務満足に影響を及ぼしていた。精神障がい者の職場での課題は、主に仕事や人間関係によるものが多い10)。ポジティブフレーミングは、個人が状況や問題をコントロールできるという自信や自己効力感を高めることで、組織の状況を改善しようとする行動を喚起させるものである11)。したがって、ポジティブフレーミング行動が促進されるほど、職務遂行過程において問題を発見し解決していく傾向が強くなるだろう。職場での課題をポジティブに捉え直した結果、情緒的コミットメントと職務満足の双方に効果を示したと考えられる。 以上より、プロアクティブ行動から得られる効果はその行動の種類によって異なり、それが組織適応の異なる側面に影響を及ぼしていることが明らかになった。組織に関する学習に関連するネットワーク活用行動とフィードバック探索行動は、情緒的コミットメントを高めることが示された。したがって、組織に関する学習を進める上で、組織に関する情報を探索するように組織として促すことや、組織内の他者と関係を構築できる機会を設け、その機会を利用するように促すことが重要であると示唆される。組織は精神障がい者に事前の心構えを提示し、先を見越した行動が自身の状況の改善につながることに気づかせることで、組織適応を効率的に促進することが可能になるだろう。 本研究の実践的含意は、教育訓練に関するものである。具体的には、プロアクティブ行動がとれる個人に育成することである。そのためには、小さな目標を設定し成功体験を積み重ねさせることである。はじめから高い目標を設定し、難しい仕事を与えても荷重な負担となり、努力しても自分の力では乗り越えることができなければストレスを感じるようになる。これを何度も繰り返すうちに学習性無力感を覚え、自発的に行動できなくなる。小さな成功は実際の仕事で体験することができ、それはOJT(On the Job Training)の役割である。OJTで指導できない部分は、Off-JT(Off the Job Training)で補う。それゆえ、OJTとOff-JTを円滑に機能させることが重要であろう。 付記 本研究はJSPS科研費18K12999およびJSPS科研費22K02010の助成を受けたものである。 【参考文献】 1)厚生労働省『平成25年度障害者雇用実態調査結果』, (2014), p.39 2)障害者職業総合センター『精神障害者である短時間労働者の雇用に関する実態調査:雇用率算定方法の特例が適用される労働者を中心として』,「調査研究報告書№161」,(2022), p.291-292 3)Van Maanen, J. and Schein, E.H., Toward a theory of organizational socialization, In Staw, B.M.(ed.), Research in Organizational Behavior, JAI Press, (1979), p.209-264 4)Crant, J.M., Proactive behavior in organizations, Journal of Management, 26(3),(2000), p.435–462 5)尾形真実哉『若年就業者の組織適応を促進するプロアクティブ行動と先行要因に関する分析』「経営行動科学」29(2・3),(2016), p.77-102 6)Morrison, E.W., Newcomers' relationships: The role of social network ties during socialization, Academy of Management Journal, 45(6),(2002), p.1149–1160 7)Miller, V.D. and Jablin, F.M., Information seeking during organizational entry: Influences, tactics, and a model of the process, The Academy of Management Review, 16(1),(1991), p.92–120. 8)Morrison, E.W., Newcomer information seeking: Exploring types, modes, sources, and outcomes, Academy of Management Journal, 36(3),(1993), p.557–589 9)前掲書5),p.95 10)前掲書1),p.39 11)Ashford, S.J. and Black, J.S., Proactivity during organizational entry: The role of desire for control, Journal of Applied Psychology, 81(2),(1996), p.199–214 p.120 精神障害・発達障害があるLGBTQの福祉サービス利用と、 就労支援について考える ○藥師 実芳(認定NPO法人ReBit 代表理事) 中島 潤・石倉 摩巳(認定NPO法人ReBit) 1 はじめに LGBTQとは、レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(出生時に割り当てられた性別と性自認が異なる人)とクエスチョニング(性別をあえて決めない、または決められない人)の頭文字からなる言葉だ。LGBTQは約3〜10%1)いるとの国内調査もあり、身近なマイノリティだ。 LGBTQであることは障害ではないが、社会の状況等からメンタルヘルスが悪化しやすく、LGBの25%、Tの35%がうつを経験する2)等、精神障害におけるハイリスク層だ。 精神・発達障害があるLGBTQは、障害福祉サービスの利用対象である。しかし、支援者の無理解等から、精神・発達障害があるLGBTQの76%が行政・福祉サービスの利用時に、ハラスメントや困難を経験3)し、安全網であるはずの福祉を安全に利用できていない状況が指摘されている。   このような状況は、LGBTQの自死におけるハイリスク(トランスジェンダーの58.6%が自殺念慮を抱く4)にも繋がり、まさに喫緊の状況だ。なお、LGBTQの自殺・うつによる社会的損失の試算値(暫定)は1,988~5,521億円との調査5)もあり、LGBTQの人たちにはもちろん、社会的にも大きな損失につながっている。 本稿では、障害があるLGBTQという複合的マイノリティに焦点をあて、インターセクショナリティ(交差性)の観点から、誰もが安心し利用できる福祉サービスを考える。 2 障害があるLGBTQの求職や福祉利用における困難 認定特定非営利活動法人ReBit(以下「ReBit」という。)が2021年に実施した「LGBTQや性的マイノリティの就労移行支援事業所利用に関する調査」より、精神・発達障害があるLGBTQの求職や福祉利用における現状を整理する。 (1) 求職における困難 求職時、精神・発達障害があるLGBTQの92.5%が、求職活動やキャリア形成について、性のあり方や障害に由来した不安や困難を経験している。理由の上位項目としては「各企業に性のあり方や障害への理解や、安全に働ける環境があるか分からず不安(54.5%)」、「性のあり方と障害の両方を開示し、相談できる人・場がない/少ない(50.8%)」「性的マイノリティかつ障害があるため、差別的言動やハラスメントを受けるかもしれないと不安(43.9%)」等が挙げられた。LGBTQであること、精神・発達障害があることの個別の困難に加え、インターセクショナリティにより求職活動における不安・困難が多層化し、より深刻化している様子が窺える。 <自由回答> 精神疾患が悪化して自宅療養中。LGBTQであるだけでも仕事を探すのが困難ななか、精神疾患もあるとなるとさらに困難(20代・FtXトランスジェンダー/パンセクシュアル、精神障害)。 (2) 行政・障害福祉サービス利用における困難 困難が多い一方で、障害や就労に関する行政・福祉サービスを安心して利用できていない状況がある。該当サービスの利用経験があるLGBTQのうち76.8%が、利用における不安や困難を経験している。困難の詳細として、「性のあり方に関連し、どこだったら安心して利用できるかわからなかった」(48.4%)、「性のあり方を伝えたら、利用を断られたり、不利な対応やハラスメントを受けるかもしれないと思った」(30.5%)、「支援者・職員が、性のあり方に関する知識や理解がなくて困った」(29.0%)等が挙げられた。安心して利用できる行政・福祉サービスがない/アクセスできないという課題、支援者の無理解やそこから生じるハラスメントの課題が窺える。 <自由回答> 就労移行支援事業所で、セクシュアリティを開示して相談したことはない。支援員の自分を見る目や態度が変わったり理解のない言動をされるのではないかと不安だった(20代、バイセクシュアル、精神障害/発達障害)。 なお、利用しやすい行政・福祉サービスの条件として、「支援者や職員が、性のあり方と障害への理解や配慮がある」(74.5%)、「ダイバーシティ(多様性)へ理解や配慮があることを明言している」(70.3%)などが挙げられた。 (3) 考察 精神・発達障害があるLGBTQは、求職時における不安・困難を経験する割合が高く、インターセクショナリティにより、その不安・困難がより多層化している様子が窺える。一方で、差別等を恐れ、精神・発達障害があるLGBTQの多くが、相談先につながれていない。精神・発達障害があるLGBTQが自身の存在や困りごとを「言えないこと」が社会的に「いないこと」とならないよう、調査等を通じ支援ニーズや現状を継続的に可視化していく必要があると考 p.121 えられる。また、障害や就労に関する行政・福祉サービスの利用における困難経験が高い現状は、LGBTQが社会のセーフティーネットからこぼれ落ちてしまい、社会資源を頼れていないことを浮き彫りにしている。行政・支援職の理解促進や連携を通じ、LGBTQも行政・福祉サービスを安心して利用できる体制構築が急がれている。 3 実践と今後の展望 (1) 実践:LGBTQフレンドリーな就労移行支援事業所 これらの困難の現状と支援を求める声に応え、ReBitは2021年12月に渋谷区にて、日本初となるLGBTQフレンドリーな就労移行支援事業所「ダイバーシティキャリアセンター」(以下「DCC」という。)を開所した。精神・発達障害があるLGBTQのキャリア支援を行う国内唯一の専門機関であることから、開所から1年でのべ3500件のご相談をいただく等、必要性の高さが浮き彫りになっている。 以下、実践を通じて可視化した、障害福祉サービスがLGBTQも安心して利用できるための重要な点を整理する。 1点目に、支援者のダイバーシティに関する理解/意識。障害や疾患名によってラベリングすることなく、個々のニーズを理解することが重要であるのと同様に、性のあり方も一人一人が多様であり、誰もが多様な価値観があることを前提とした関係性づくりが、信頼して福祉サービスを利用できる根幹となっている。また、障害やマイノリティ性について、福祉専門職として知ろうとする姿勢と想像力を忘れないことが重要だ。 2点目に、自分らしさを自ら選択できる制度と風土の構築。DCCは、服装・髪型等は自由で、通所後に更衣する方もいる。利用者が自分らしさを自ら選択し、他者からそれを認められる経験は、ありのままの自分で社会に出る際の精神的支柱になり得る。また、DCCは戸籍上と異なる名前や、戸籍上とは異なる性別でのサービス利用ができる。行政提出書類等の戸籍名や戸籍性の記載が必須となる場面以外は全て、本人の希望を尊重している。多様性が尊重される風土を醸成することで、LGBTQに限らずどの利用者も、自分らしさについて考え、自身の希望を伝え合い、認め合う機会となり得る。 3点目に、支援のなかでのアンコンシャスバイアス(無意識に生じるバイアス)の自覚と積極的なダイバーシティ尊重の表明だ。例えば、「就活講座」の際には、イラストで男女にわけられたスーツを着ている人たちだけでなく、多様な服装やスタイルの人たちのイラストを利用することも、バイアスの軽減と多様性尊重のメッセージになりうる。バイアスを自覚し軽減するための支援者への研修の実施や、利用者本人が意見を出し易い環境づくりを行うことが有効だ。 4点目に、自分らしい生き方や働き方を考え、自己認知をするための機会の提供だ。DCCでは「自己受容」というプログラムを設け、複合的マイノリティの社会人やダイバーシティに取り組む企業担当者の話を聞き交流する機会を創っている。さらに、訓練の中で得た気づきを深める丁寧な個別面談を行っている。面談では、性のあり方や精神障害や発達障害について自己受容を進め、本人の意向や課題を整理、言語化していく。その人を構成する複合的なマイノリティ性や生きづらさに着目したアプローチが重要だ。 <DCC利用者の声> ・以前利用していた就労移行では、性のあり方に由来したハラスメントを受けていたから、「きちんと福祉を利用できている」と感じられるのは初めて。安心ってこういうことか、と感じています。 ・初めて、セクシュアリティの相談ができた。初めて呼ばれたい名前で呼ばれ、初めて着たい服を着たいと言えた。スタッフや講座でいろんなロールモデルと出会えて、自分のままで生きて働いていいんだって思えました。 (2) 今後の展望:LGBTQも安心して利用できる福祉サービスを全国に広げるために 障害があるLGBTQの支援をReBitのみで担うことは不可能であり、LGBTQも安心して利用できる福祉サービスが全国に広がることが急がれている。ReBitでは、オンラインでの支援者向け講座の実施や、LGBTQも安心して利用できる障害福祉サービスの一覧化を進める予定だ。 ぜひ、全国の支援者のみなさまに、LGBTQを知って頂き、LGBTQを含めた誰もが安心して利用できる安全網を共に構築いただけるアライ(理解者)であって頂くことを願う。 【参考文献】 1)LGBTQの推計は様々な国内調査がある。「働き方と暮らしの多様性と共生」研究チーム(2019)「大阪市民の働き方と暮らしの多様性と共生にかんするアンケート」、日本労働組合総連合会(2016)「LGBTに関する職場の意識調査」ではLGBT等(性的マイノリティ)、株式会社LGBT総合研究所(2016)「LGBTに関する意識調査」、電通ダイバーシティ・ラボ(2018)「LGBT調査2018」、日高庸晴・三重県男女共同参画センター「フレンテみえ」(2018)「多様な性と生活についてのアンケート調査」(有効回答数10,063)、岩手県高校教育研究会学校保健部会・いわて思春期研究会(2013)「高校生の生と性に関する調査」より 2)特定非営利活動法人虹色ダイバーシティ、国際基督教大学ジェンダー研究センター(2015)「LGBTに関する職場環境アンケート」 3)認定NPO法人ReBit(2021)「LGBTや性的マイノリティの就労移行支援事業所利用に関する調査」 4)中塚幹也(2010)「学校保健における性同一性障害:学校と医療の連携」『日本医事新報』4521:60-64 5)独立行政法人 労働政策研究・研修機構(2019)「性的マイノリティの自殺・うつによる社会的損失の試算と非当事者との収入格差に関するサーベイ」 p.122 「仕事の取組み方と働き方のセルフマネジメント支援」の開発について ○森田 愛 (障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー) 井上 恭子(障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センターでは、気分障害等による休職者に対して職場への再適応を支援し、離職の防止と雇用の安定を図るためのジョブデザイン・サポートプログラム(以下「JDSP」という。)を実施している。また、JDSPにおける実践を通じて、休職者が復職後に健康的で安定した職業生活を送ることを目的とした技法の開発・改良に取り組んでいる。 休職者が復職後に職場での再適応と継続を実現するためには職業上の課題に気づき、自らのキャリアを振り返りながら復職後の働き方を見つめ直すことが有効であるとの考えにもとづき、2017年度に「気分障害等で休職中の方のためのワーク基礎力形成支援」1)(以下「ワーク基礎力形成支援」という。)を開発した。ワーク基礎力形成支援は全国の地域障害者職業センター及び多摩支所(以下「地域センター」という。)の職場復帰支援においてキャリア講習として実施されている。職場復帰支援においては、近年、若年層の利用者の増加や新しい働き方であるテレワークで復職する事例が増えており、利用者層の変化や働き方の変化に対応した技法開発が求められている。 また、ワーク基礎力形成支援の開発から5年が経過していることから、2021年4月に地域センター及び広域障害者職業センター計50所に対してワーク基礎力形成支援の改良にかかるアンケート調査を行ったところ、複数のセンターから次の要望や開発ニーズが挙げられた。 ・キャリア講習の内容やワークシートが難しいと感じる受講者がいるため、内容を改良してほしい。 ・就労のイメージが希薄な若年者が多い。働くために求められる対応力や基礎知識の講座があるとよい。 ・新しい働き方(テレワーク)における安定した継続勤務のための支援技法を開発してほしい。 そこで上記を踏まえ、2021年度下期からワーク基礎力形成支援の改良に着手するとともに、若年層の利用者に対応するため社会人基礎力講習を、また復職後の新しい働き方に対応するためテレワーク講習の開発に新たに着手し、2022年度に「仕事の取組み方と働き方のセルフマネジメント支援」として成果物を取りまとめることとした。 2 改良及び開発のポイント 前述した地域センターからの要望や開発ニーズに加え、JDSPを実施している支援スタッフの意見や専門家からの助言を参考に以下の改良・開発を行った。 (1)キャリア講習の改良 ワーク基礎力形成支援は、オリエンテーションと4回の「キャリア講習」「個別ワーク」で構成されているが、改良後は、オリエンテーションの内容を第1回講習として位置づけ、全5回のキャリア講習として整理した(図1)。  改良後のキャリア講習は、キャリアデザインの考え方を軸として、下記の改良前の基本コンセプトを踏襲している。 ①自らのキャリアに関する価値観等の自己理解の深化 ②職場や社会生活で担う役割の正確な理解 ③自分が望む働き方と周囲の期待する役割のバランスの理解 ④職場復帰後の働き方のイメージをつくり、実現するための対策を検討する 図1 キャリア講習の内容(改良後) 改良後の第1回講習では、キャリアの基本知識に関する内容を充実させるために、内的・外的キャリアや転機(トランジション)、キャリアとストレスの関連についての解説を加えた。また、キャリア講習で得た気づきや検討事項は、JDSPの他の講習において確認や実践ができる仕組みとしており、多面的にキャリアの振り返りを行うことについて意識づけを図っている。なお、改良前はライフライン(自分の人生や経験を振り返るために作成する図表)を、キャリア講習の事前準備として受講者が作成することとしていたが、過去の出来事を振り返ることによって陰性感情や精神的不調が生じた事例があったことから、第1回講習から外し、キャリアについて自己理解が深まった後の第5回講習に移した。 p.123 第2回講習で取り扱うキャリア・アンカー2)(職業上の重要な選択や意思決定の拠り所)は、長い就労経験の後に形成されると言われており、就労経験の少ない若年の受講者にとってイメージしづらい状況だった。そこで改良後は「価値観リスト」から自分が大切にしている価値観を選び、大切にしている理由や仕事や生活に影響を与えている事について意見交換を行うこととした。職業生活においてゆずれない価値観について話し合うことを通じて、その後のキャリア・アンカーについて検討しやすくなった。 第5回講習では、新たにワークシートを作成し、就職後から現在までのライフラインの作成を通じて、好調又は不調だった際の出来事や自己の状態、気持ち等について、JDSPの4つの視点(①生活習慣・体調管理、②ストレス対処、③コミュニケーション、④仕事の取組み方・働き方)で多角的に職業生活を振り返ることができるようにした。 これにより、好調又は不調だった時の自らの生活習慣や体調の変化、コミュニケーションの取り方や人間関係の変化、ストレスパターンや仕事の取組み方等を振り返り、整理するとともに、不調時の乗り越え方や再休職予防策に関する検討を深めることができるようになった。 受講者からは、「休職前には考えたこともなかった自分の価値観や強みに気づくことができた。それらを大切にしていきたい。」等の声が聞かれている。 (2)社会人基礎力講習の開発 社会人基礎力3)とは、2006年に経済産業省が主に大学教育、就職相談、新入社員研修の対象者等の若年層に対して「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくための基礎的な力」として提唱したものであり、3つの能力と12の能力要素で構成される。なお、2017年に若年からシニアまで、ライフステージの各段階で活躍し続けるために求められる共通する力として、再定義されている。 図2 社会人基礎力を構成する12の能力要素 現在、開発している社会人基礎力講習では、12の能力要素を具体的に解説するとともに、事例検討を通じて能力要素に関する理解を深めてもらう。また、受講者はワークシートの記入を通じて、12の能力要素のうち自らに備わっている又は不足している能力要素を確認し、今後どのように職場で発揮していくのかについて検討する。 若年の受講者からは「職場の環境は整っていたが自分の“主体性”が足りなかったのかもしれない。」、管理職の受講者からは「職場では全てが必要な要素だが、自分は“ストレスコントロール力”を高めることを目標にしたい。」といった感想が聞かれている。 (3)テレワーク講習の開発 テレワーク講習は、テレワークにおいて重要とされるセルフマネジメント力について、JDSPの4つの視点(①体調管理・生活習慣、②ストレス対処、③コミュニケーション、④仕事の取組み方・働き方)で、事例検討や意見交換を行い、復職後にテレワークによる働き方が求められた場合を想定し、どのような対処策を講じておく必要があるのかを検討する内容としている。 開発にあたり、障害のあるテレワーカーの方々にインタビューを実施したところ、①病状の自己管理の方法、②生活習慣の整え方、③ストレス対処の方法、④上司や同僚に体調等を発信する際のポイント、⑤長時間パソコン作業を行うための環境整備の仕方等、テレワークにおけるセルフマネジメントの重要性について体験にもとづいた助言が得られた。また、現在、復職後にテレワークを経験しているJDSP終了者にアンケート調査を実施し、テレワークの課題や対処方法を収集している。今後、これらを講習に盛り込んでいく予定にしている。 3 今後の開発の方向性 現在、JDSPにおいてキャリア講習、社会人基礎力講習及びテレワーク講習の実践を重ね、さらなる改良に取組んでいるところである。今後専門家からの助言やアンケート調査結果等を盛り込み、概要や実施方法、留意事項、支援事例等を取りまとめて2023年3月に支援マニュアルとして発行、ホームページへの掲載を予定している。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター職業センター『気分障害等の精神疾患で休職中の方のためのワーク基礎力形成支援』(2018) 2)エドガー.H.シャイン『セルフアセスメント キャリアマネジメント 変わり続ける仕事とキャリア』白桃書房 (2015) 3)経済産業省ホームページ「社会人基礎力」 https://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/index.html 【連絡先】 障害者職業総合センター職業センター開発課 e-mail:cjgrp@jeed.go.jp  Tel:043-297-9112 p.124 高次脳機能障害者の障害理解と職業リハビリテーション支援に関する研究 -自己理解の適切な捉え方と支援のあり方- ○竹内 大祐(障害者職業総合センター 研究員) 小野 年弘(元 障害者職業総合センター(現 千葉大学大学院看護学研究科)) 1 背景と目的 職業リハビリテーション(以下「職リハ」という。)においては、障害者の職業生活への適応に向け、自己決定等を支援するために「自己理解」が重要とされている。一方で、高次脳機能障害者は、自らの障害及びその影響の理解に困難を伴う場合が多い。また、岡村1)によると「自己理解」を深めることがメンタルヘルス上の問題に結びつく可能性もある。職リハにおいて、「自己理解」に着目した支援を行うことが重要であることに違いはないが、「自己理解」を深めることに焦点をあてることにはリスクが伴う。したがって、望ましい支援のあり方を検討する必要がある。 本稿は2020~2021年度に障害者職業総合センター研究部門が実施した「高次脳機能障害者の障害理解と職業リハビリテーション支援に関する研究」の内容を報告する。 本調査研究はまず、職リハ従事者が高次脳機能障害者の支援で用いている「自己理解」の捉え方や支援の実態を明らかにする。次に、医療等領域における「障害理解」に関する知見や動向を文献から整理する。その上で、これらを統合・整理することで、高次脳機能障害者の「自己理解」と職リハ支援の望ましいあり方及び残る課題を明確にすることを目的とした。なお、医療等領域で「自己の障害やそれに関連する問題についての理解」を示す「障害理解」の概念と職リハ領域の「自己理解」の概念は重なっている部分はありつつも、異なる概念であると仮定し、区別して表記した。 2 方法 (1) 第1次フォーカスグループインタビュー(以下「第1次FG」という。) 職リハ従事者が、高次脳機能障害者の「自己理解」をどのように捉えて支援をし、その支援過程でどのような困難を感じているのか明らかにすることを目的に、10年~20年の業務経験のある障害者職業カウンセラーを対象としたグループインタビューを行った。 (2) 文献調査 「障害理解」の概念の捉え方、支援方法に関する国内外の文献を調査した。その上で、第1次FGで明らかになった職リハにおける「自己理解」の捉え方や支援に関する実態との共通点を整理した。 (3) 第2次フォーカスグループインタビュー(以下「第2次FG」という。) 第1次FG及び文献調査の結果を踏まえて作成した支援仮説の内容をテーマに10年~20年の業務経験がある障害者職業カウンセラーを対象としたグループインタビューを行った。この結果を基に支援仮説の修正を行い、高次脳機能障害者の「自己理解」の性質を踏まえた望ましい支援及び残る課題を明らかにした。 3 結果 (1) 第1次FG 障害者職業カウンセラー合計15名を3グループに分け、第1次FGを行った。 この結果のまとめは、以下のとおりである。 障害者職業カウンセラーは、高次脳機能障害者の「自己理解」の概念の捉えにくさを感じていた。「受容」等の心理的要因や、障害特性及び社会環境的な要因によりその状態像が変わることや、「自己理解」という用語の概念が幅広いため支援機関又は個人によって捉え方が異なっている可能性があることが捉えにくさの要因であると考えられた。 障害者職業カウンセラーは、「自己理解」の支援を行う際に、支援対象者との信頼関係の構築を基盤とした上で、支援対象者の支援ニーズや目標に着目し、その目標達成に向けたアプローチを行っていた。この際、「自己理解」の深化を目標に掲げるというよりは、行動変容や環境整備による課題解決や解消に目を向けた支援を行う中で「自己理解」を支援するという態度をとっていた。 「自己理解」の支援には長期的な視点が必要との認識が根本にあるため、家族や会社の同僚を含めた周囲のサポート体制や支援機関の連携体制の構築を重視していた。しかし、このような周囲のサポート体制は、社会資源の問題又は重要な他者と支援対象者との関係性など、様々な事情により構築しにくい場合もあることが難しさとして挙げられた。 (2) 文献調査 ア 「障害理解」の捉え方と支援 医療等領域における「障害理解」の概念整理の発展、「障害理解」の評価及び支援の効果的な実施方法について p.125 文献調査を行った。主要な点を以下に示す。 「障害理解」の多様な側面を指摘しているモデルがあった。例えばToglia & Kirk2)は、「障害理解」を「自分の能力と限界についての知識」、「課題の性質ややり方についての知識」、「今行っている課題ができているかどうかの認識(セルフモニタリング)」、「自己のパフォーマンスの予測」等に分けて捉える必要性を示していた。 Fleming & Ownsworth3)は、「障害理解」が生物・心理・社会環境的な影響要因により変化するものであることを指摘し、これらの影響要因を考慮した支援選択の重要性に言及していた。 Toglia & Maeir4)は、「障害理解」自体を支援目標とするのではなく、本来の目的を意識した手法選択の重要性を指摘していた。 イ 第1次FG結果と文献調査結果の接点の整理 第1次FG及び文献調査の結果を統合し、共通点や相互に補完している点を以下(ァ)(ィ)のように整理した。 (ア) 高次脳機能障害者の「自己理解」を捉えるための視点 「自己理解」を「能力や限界についての知識」「課題についての知識」「セルフモニタリング」「パフォーマンス予測」といった多面的な側面に分けて捉え、アセスメントすることが重要である。 「自己理解」に影響を与える生物・心理・社会環境的な背景要因を意識する必要がある。 「自己理解」を深めること自体を目的とするのではなく、支援対象者の目標達成に向けた支援を行う中で「自己理解」を支援する意識が重要である。 (イ) 「自己理解」の性質を踏まえた支援方法の選択 ①信頼関係を構築して協働関係を結ぶこと、②支援対象者の目標達成に向けた支援を行うこと、③社会環境的なサポート体制を整えることが、支援を行う際に前提として持っておくべき視点である。 生物・心理・社会環境的視点でのアセスメントを踏まえ、心理的ストレス増大のリスクがある場合には、上記の前提に重点を置くことや、習慣形成、動機を高めるアプローチなどを選択する必要がある。 (3) 第2次FG ここまでの整理を支援仮説とした上で、望ましい支援と残る課題を明らかにするため、支援仮説のメリット・デメリット、代替案や課題をテーマに第2次FGを行った。第2次FGは、障害者職業カウンセラー合計17名を対象に、3グループに分けて実施した。結論は次のとおりである。 ア 支援仮説を踏まえた支援の有用性 「自己理解」の多様な側面、多要因の影響を考慮する考え方は、職リハ従事者にとっても実感のある考え方であった。また、信頼関係の構築、目標達成に向けた支援、社会環境的サポートの活用といった基本的な姿勢の有用性も支持された。 支援目的に沿った「自己理解」の支援のため、社会環境的側面への支援や、社会資源を活用し長期的な視点で支援することの重要性が、改めて指摘された。 イ 支援仮説に明記すべきポイント(修正事項) ①「残存能力」や「できるようになること」に着目する視点や②フィードバックの工夫(問題を支援対象者の中から切り離して扱う外在化及び多くの事例で一般的に見られる事象として課題を伝える一般化の手法、相談内容を書き出し一緒に振り返るなどの相談における一貫性の意識、仕事に関連付けた補完手段の提案)が追記ポイントとして挙がった。 ウ 残る課題 今後の課題として、①社会資源の活用や連携における課題(社会資源の不足や、支援機関間での共通認識の難しさ)、②継続的な支援の難しさ、③障害を就職(復職)先に開示することの難しさ、④心理・社会的側面の把握や見極めの難しさが挙がった。 以上の結果を踏まえ、支援仮説の修正を行った。完成したものは、『高次脳機能障害者の「自己理解」の性質を踏まえた支援ポイント~「自己理解」を捉え、支援するプロセス~』として、本発表と同じタイトルの調査研究報告書No.162の巻末資料として掲載した。 4 考察 本調査研究により、高次脳機能障害者の「自己理解」を理解するための枠組みについて一定の整理ができたと考える。これにより、高次脳機能障害に係る職リハ関係者間の共通理解に繋がることが期待できる。今後は、この枠組みを基に、より具体的なアセスメント手法や、職場の理解促進に繋がる示し方等の開発が研究課題になると考える。 【参考文献】 1) 岡村陽子『セルフアウェアネスと心理的ストレス』,「高次脳機能研究vol.32」,(2012),p.438-445 2) Toglia, J. & Kirk, U.『Understanding awareness deficits following brain injury』,「NeuroRehabilitation vol.15」, (2000), p.57-70. 3) Fleming, J., Ownsworth, T.『A review of awareness interventions in brain injury rehabilitation』,「NEUROPSYCHOLOGICAL REHABILITATION vol.16(4)」,(2006),p.474-500 4) Toglia, J. & Maeir, A. 『 Self-Awareness and Metacognition: Effect on Occupational Performance and Outcome Across the Lifespan.』,「Cognition, Occupation, and Participation Across the Lifespan」,AOTA Press,(2018),143-163. p.126 就労移行支援事業所における高次脳機能障がいの方の復職支援の実践報告 ~地域ニーズの聞き取りと結果~ ○角井 由佳(NPO法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 就労支援員) 柏谷 美沙・伊藤 真由美(NPO法人クロスジョブ クロスジョブ札幌) 巴 美菜子・濱田 和秀(NPO法人クロスジョブ) 1 はじめに 高次脳機能障害の方の復職支援は働き方改革の柱であると考える。そこに札幌市が考えるリワーク支援やデイケア等では限界があり、就労移行の有効性を訴えてきた。その内容は、過去2回にわたり「札幌市での復職支援を目的とした就労移行支援の利用実現に向けた課題と実際の取り組み、今後の展望について」を伝えてきたところである。 今回は復職支援実現から約2年、札幌市の復職支援の現状について事例を通して報告する。 2 課題についてのこれまでの取り組み  第28回職業リハビリテーション研究・実践発表会にて、企業・医療機関・地域への周知活動の必要性を述べた。 (1) 周知活動  復職支援を目的とした就労移行の利用が可能となったことを、医療機関、就労継続支援B型・A型事業所へ電話の他、チラシの配布(図1)での周知活動を実施。約8割以上の機関で、改定があったことを知らず、医療機関に至っては10割が知らない状況であった。 図1 クロスジョブ通信おとどけ隊 (2) 出張相談・リモート相談 復職支援が可能になって、相談連絡がこれまでで25件あった。コロナ禍ということもあり、外出制限があること、回復期リハビリ中からの情報提供のために早期段階で相談を下さる医療機関も増えてきた。 上記の目的に沿えるよう、医療機関に出向く出張相談・リモート相談を行い、これまで4件に対応してきた。相談いただいた機関は医療機関のほか、障害者職業センター、居宅介護支援事業所と多岐にわたり、出張相談・リモート相談の希望は医療機関に多く、こういった対応に対して良い評価をいただいている。 3 事例紹介 (1) 現病歴 40代男性。営業職勤務。左脳出血による失語症、記憶障害を認めた。短文レベルの会話は比較的残存していたが、緊張度合や複数人数での会話場面では理解の困難さや喚語困難を認めた。読み・書きについては特に支障を来し、読みに関しては漢字、カタカナの読みの困難さを認めた。 回復期リハビリ入院中に、担当作業療法士からクロスジョブ札幌を紹介されたが、コロナ禍により外出許可が下りず出張相談を実施。奥様、担当ソーシャルワーカー、担当言語聴覚士の同席のもと、クロスジョブ札幌の復職支援の流れを説明し、本人の復職への気持ち、医師の意見や後遺障害の程度等の確認などを行った。本人、奥様ともに利用の意志が確認できたこと、退院後早期からの利用希望が聞かれたため、入院期間中から利用調整を開始した。 (2) 利用調整 本人の了承のもと、企業との調整を実施。企業側は当初身体的な障害がなく、ある程度コミュニケーションが取れる本人を前に就労移行支援の利用なくとも受け入れる意見も出ていたが、本人自身が復職に対して現状では不安を残していることの共有をした他、失語症の症状説明をした中で、失語症の改善には時間を要すことを伝え、その中で企業側にも復職支援の必要性を感じていただき、同意を得ることができた。医師の診断書は病院ソーシャルワーカーが対応し、医師の診断書、企業の同意書の他、当事業所での具体的な支援内容を記載した個別支援計画書を区役所に提出。区役所としても復職支援目的での就労移行利用事例が初めてとのことで、利用開始までにやや時間を要した。区役所の担当の方に懇切丁寧なご対応をいただき、病院・事業所ともに綿密な情報収集を施して頂いたことでスムーズな利用開始が実現した。利用開始までにかかる期間は各区役所によって異なり、長いところで約3か月を要すこともある。 (3) 訓練 ア 事業所内訓練 復職後の想定業務を中心に実施。パソコンでの入力業務の他、メールのやり取りが想定されるためメールの送受信練習、ルビふりなど失語症への補完方法の獲得練習を実施。その他営業職としてコミュニケーションが必須であったことから、会話場面が多い訓練の導入の他、週に1度の高次脳グループワークに参加し、自己理解の整理、促進を行いながら他利用者との意見交換の機会を作った。 p.127 イ 企業調整 本人も含めたケース会議を開催し、現状の報告や復帰時期の調整を行った。本人の復職に対する不安感払拭のため双方の意向を随時確認していく他、本人・支援員で高次脳機能障害についての説明を行った。また、企業が復帰時のイメージをつけやすく、スムーズな受け入れが可能となるよう、少なくても月に1度の頻度でメールまたは電話にて訓練の経過報告や、現状(症状も含めた変化)の報告を行っていった。 ウ 関係機関との連携 当事業所を利用しながら、失語症の改善を目的に外来リハビリも同時並行して活用。適宜情報共有を行った他、企業への提出書類が必要な場合は病院への連絡調整を行った。  家族にとっては発症後間もない中、就労移行への利用となったことや、外来リハビリへの送迎など、発症後新たな生活様式へ対応を迫られる他、復職への不安や今後の生計の不安、高次脳機能障害への理解がままならない状況であるためご家族への連絡を行い、不安の聞き取りをしながら適宜説明や、対処方法を一緒に確認する時間を確保した。 エ リハビリ出勤 本人、企業双方で復職時期の目安を設定し、それに合わせてリハビリ出勤を実施した。リハビリ出勤開始前に本人の障害特性と工夫点、配慮事項を記載した資料を本人とともに作成し、企業に提出した。合わせて本人からも随時自身の障害特性を伝えていくことを確認しあった。 企業の当初の意見としては、「営業に戻ることが難しい場合でも本人の出来る業務を見つけ、出来ることで働く」であったが、当初の直属上司が転勤となり上司が変更となったことで、「高次脳機能障害(失語症)は改善して、営業職に戻る」と意向が変わったこと、また失語症の理解不十分も重なり、事例への対応や配慮が不足している事態が起きた。 事例本人としても、職場復帰した後の自分の無力さを痛感し、「自分の存在価値はないのではないか」「会社は辞めてほしいと思っているのではないか」と自信喪失に陥り徐々に会社・自宅での自発的な行動が減り孤立していった。 オ 定期面談 リハビリ出勤となった時点で当事業所は定着支援のためのフォローアップに移行となり、定期面談で対応していた。  上記の事態に陥っていることを把握した時点で、本人への聞き取りの他、ご家族・企業への連絡を開始し、企業に対し、障害特性の説明や配慮事項について改めて情報共有の機会の確保を出来るよう連絡調整している段階である。 4 事例からの学びと今後に向けて 今回、過去2回にわたり、「北海道での高次脳機能障害の方の復職支援の実現、今後の展望」について報告した。復職支援の実現を果たし、現在支援を行う中で事例を通してわかったこと、今後取り組むべきことを以下に考察する。 (1) スムーズな利用調整 札幌市保健福祉局【就労系サービスに関する手引き(Q&A集)(令和2年2月)】によると、「就労支援機関や医療機関等の復職支援における対象者要件に該当しない等の理由により、復職支援を利用できない方については、条件を満たす場合に限り、個別に就労移行支援等の利用を認める」としている。具体的条件として、①企業及び主治医の事業所利用が適当と判断した同意書、②効果的かつ確実に復職が見込めることを示す具体的な支援内容となる。特に②については、企業に事業所利用が適当か否かの判断を求めるため利用前から情報開示が必要となる。そのリスクから利用を断念される方もおり、事業所側も少ない情報の中から有効性を伝えなければいけない難しさがある。また障害状況に加え、復職という個別性の高さから各区役所での支給決定判断に時間を要すことが少なくない。 (2) 高次脳機能障害の症状理解の促進 過去の報告にて「企業側の復職モデルの少なさ」を課題として提示した。今回の事例からも、高次脳機能障害という【わかりにくい障害】【見えにくい障害】という部分から、復職支援の必要性を認識しづらいこと、その反面復職後に対応方法や症状理解に困難を示す傾向がある。 (3) 二次的障害の防止 高次脳機能障害の方の復職は、発症前の自分と比較し、自信喪失や孤独感を感じる状況下に陥りやすく二次的障害を発症するリスクが高くなることがあげられる。  以上のことからも、私たち就労支援員が今後取り組むべきことは「復職支援の事例実績をあげ、本人・企業にとってメリットがあることを伝えていく」ことである。高次脳機能障害の方の受傷・発症から復職、就労継続を支援し、事例を通して示していくことで有効性の実証ができ、戦力としての復帰を果たすことが出来るのではないかと考える。 【参考文献】 1) 札幌市保健福祉局『就労系サービスに関する手引き(Q&A集)』,p20(令和2年2月) 【連絡先】 角井 由佳 就労移行支援事業所 クロスジョブ札幌 e-mail:kakui@crossjob.or.jp p.128 記憶障害のある方に対する、精神的不安からくる不調の視覚化による認知の促し ~定着支援システムSPISを使用して~ 〇家門 匡吾(NPO法人クロスジョブ 就労移行支援事業所クロスジョブ梅田 高次脳機能障害支援担当) 濱田 和秀・巴 美菜子(NPO法人クロスジョブ) 1 はじめに NPO法人クロスジョブでは、就労移行支援事業のみを行っている事業所である。高次脳機能障害、発達障害のある方をメインとし、知的障害、精神障害を含め、様々な障害のある方に対し、就職の支援を提供している。 今回、心停止による低酸素脳症を発症後、後遺症として高次脳機能障害を呈し、記憶障害の影響により、不安からくる体調不良に気付けず、欠席が続いた症例に対し、定着支援システムSPIS(以下「SPIS」という。)を使用し、視覚的認知を促した。その結果、欠席がなくなり、不安からくる体調不良も事前に察知し、相談ができるようになった症例を経験したため報告する。 2 症例報告 【基礎情報】 50歳半ばの男性。心停止による低酸素脳症の後遺症として高次脳機能障害を呈した。症状としては、記憶障害、注意障害であった(表1)。 表1 神経心理学検査 評価結果 所見 リバーミード行動記憶検査 標準プロフィール合計:17/24 スクリーニング合計:8 /12 聴覚情報の保持は比較的可能。 〈道順〉〈用件〉では直後の再生から抜けを認める。 三宅式記銘力検査 有意味:7/9/10 無意味:0/1/1 無意味に関しては、手がかりを伝えても思い出すことが出来ない。 REYの複雑図形 模写:34/36 直後:17.5/36 遅延:16.5/36 模写の段階で構成のずれあり。遅延再生での低下が著明。 SDMT 48/110 図形と数字が覚えられず、毎回確認する。解いている問題の場所を探すことにも時間を要す。 【既往歴】 発症14年前、過労により双極性障害を発症、現在は服薬と月1回の通院のみ。症状なく経過している。 【前職】 工場の機械設計を行う会社を自営していたが、発症により廃業となる。 3 経過 (1) 訓練状況 【記憶障害の状況】 代償手段としてのメモ取りやスマートフォンによるスケジュール管理は、通所開始時から定着していた。 業務に必要な物品の位置や作業工程を覚えることに時間がかかっていた。 【作業の得手不得手について】 組み立てや清掃業務など、同じ作業の反復では、作業工程を覚えることも速く、スピードも徐々に速くなり、ミスなく行うことが出来た。 その反面、事務作業のデータ入力やチェック業務では、注意障害の影響から入力ミスや見落としがあった。指さし確認、ダブルチェックなどの対策を行うがミスはなくならなかった。 (2) 体調不良での欠席数が増加 通所開始から1日も休まずに通われていたが、1年経過し、就職活動を開始した頃に、通所後初めて体調不良(腹痛・下痢)による欠席を認めた。その後、月に数回の欠席が数か月継続したため、生活状況や精神的不安について状況の確認を行った。 「就職活動が進んでいないことや母が入院してしまい、今後に不安はあるが、あまり気にしないタイプ。」、「腹痛はよくおきる。元々、下しやすい体質。今は整腸剤を飲んでいる。」、「寝付くまでに時間がかかる。途中覚醒もある。」、「最近は頓服(抗不安薬;リボトリール)を飲んでいるが、いつに何回、飲んだかは覚えていない。」と精神的不安に対する認識が低く、睡眠の問題や抗不安薬の服用も飲んだ、寝られなかった事実だけ記銘されており、いつ、週に何回飲んだかといった詳細な内容は覚えていなかった。そのため、不安からくる体調不良や睡眠の問題や抗不安薬の服用について気づきを促し、自己管理することを目的にSPISを導入した。 p.129 (3) SPISの利用 SPISは、チェックしたい評価項目を自由に設定し、1~4(1が良い、4が悪い)の4段階で、その日の調子を記入し、経過をグラフ化することが出来る。また、日報に、その日の作業の様子など記載することが出来る。 今回設定した、評価項目は①服薬の有無(服薬していなければ1、服薬すれば4で記入)②腹痛の有無(腹痛がなければ1、腹痛があれば4で記入)③不安の有無(無ければ1、増加するにつれて数値が増加)④睡眠の質(浅眠や途中覚醒があれば1、寝ていれば4)。また、日報に睡眠の状況、腹痛の状況、今感じている不安について記載した。1週間に一度面談を実施し、1週間の記入状況をグラフ化し提示、状況の詳細確認を行った。 結果、腹痛や下痢による欠席があった週のグラフでは、不安の数値が悪くなるにつれ、睡眠の質が悪くなり、服薬回数の増加がみられた。逆に体調が安定している週は、欠席もなく、不安の数値は低かった。   SPISによって生活リズムや心身状況を数値化し、毎週確認を行うことで、感じている不安から体調不良となりやすいことを自覚され、最終的には、「寝つきの悪さの自覚」、「途中覚醒が起きた場合の対処」に加え、「自身で服薬回数を把握し、回数が増加したら、今感じている不安について、担当スタッフに相談する」という流れが出来、腹痛や下痢による欠席はなくなり、次第に睡眠も安定していった。 現在、工場に就職し、組立て作業に従事している。 4 考察 McEloryら1)によれば、双極性障害に対する不安症の併存率が高いと報告している。本症例は不安症の診断はないものの、就職活動がうまくいかないことや母親の体調不良に対する不安から、睡眠障害や腹痛・下痢などの体調不良を認め、日常生活に支障が出ていることから、双極性障害だけでなく、不安に対する配慮が早くから必要であったと考えられる。 今村2)は、建物などの場所の記憶、顔や名前の記憶、会話の記憶、予定の記憶(展望記憶)、個人の生活のなかの出来事の記憶(自伝的記憶)などを日常的記憶と提唱している。本症例は不安を感じているものの、いつ・週に何回程、抗不安薬を服用したのか、寝付けない・途中覚醒したのはいつか、という日常的記憶障害を認めているため、精神的不安と体調不良が結びつかず、自身での対策ができないまま欠席が続いていたと考えられる。 SPISは本来、精神・発達障害のある方やメンタル不調の方向けの 雇用管理システムであるが、システムの特徴である個人の特性に合わせた評価項目を作成し、点数化、グラフ化をすることで、日常記憶障害に対する視覚的代償手段として活用することが出来、精神的不安からくる体調不良を事前に察知し対策が出来るようになったと考える。 5 まとめ 高次脳機能障害、特に記憶障害のある方に関しては、本症例のように、生活における行動記憶が一部抜け落ちてしまう方も多い。SPISなど外部支援のシステムを使うことで数値化による共通認識を持ち、就職に向けて、早期から自己理解を深め、不安の解消、生活リズムの安定を図るための一助となり、有用であると感じた。 【参考文献】 1) McElroy, S. L., Altshuler, L. L., Suppes, T., Keck, P. E., Jr., Frye, M. A., Denicoff, K. D., Nolen, W. A., Kupka, R. W., Leverich, G. S., Rochussen, J. R., Rush, A. J., & Post, R. M. Axis I psychiatric comorbidity and its relationship to historical illness variables in 288 patients with bipolar disorder. American Journal of Psychiatry, (2001) 158(3), 420–426. 2) 今村 徹 『記憶障害のみかた」,「高次脳機能研究」(2020) 40(3):p.354-362 p.130 「注意障害に対する学習カリキュラム」の開発について ○武内 洵平(障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー) 圷 千弘 (障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)が実施している高次脳機能障害者を対象としたプログラムには、休職者を対象とした職場復帰支援プログラム及び就職を目指す就職支援プログラム(以下「プログラム」という。)がある。プログラムの実施を通じて高次脳機能障害者の自己認識の促進、補完手段の習得及び高次脳機能障害者を雇用している事業主又は雇用を検討している事業主に対する支援を目的とした技法の開発等を行い、地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)及び就労支援機関等で実施する高次脳機能障害者に対する就労支援に資するためにその成果の伝達・普及を行っている。 高次脳機能障害者に見られる症状は多岐にわたる。2008年に東京都で行われた退院患者調査1)によれば、記憶障害、行動と感情の障害、注意障害の順に多いことが報告されている。また、2012年に障害者職業総合センター研究部門が地域センター(52所)を対象に実施した調査2)では、地域センターがジョブコーチ支援を実施した高次脳機能障害者(112名)に見られた症状の内訳として記憶障害(74名)、注意障害(56名)、遂行機能障害(47名)の順に多く、作業遂行上の問題点について「作業・入力ミス」「処理スピード」など注意機能に関する項目が上位になっている。 職業センターでは、記憶障害のグループワーク(実践報告書№38)は、2021年度に、感情コントロール支援のグループワーク(実践報告書№33)は、2019年度に開発し、実践報告書に取りまとめている。 これらの調査研究から注意障害に対する支援の必要性が高いと考え、職業センターでは高次脳機能障害者の就労支援における注意障害に対する学習カリキュラム(以下「カリキュラム」という。)の開発を行うこととした。 2 注意障害の認知リハビリテーションについて 1996年にBarbara A.が創設した英国のThe Oliver Zangwill Centre(以下「OZC」という。) は神経心理学的なリハビリテーションを行う専門施設として開設され、注意障害の認知リハビリテーションと遂行機能障害のゴールマネジメント訓練等のグループワークが実施されている。 このグループワークの構成は、注意とは何か等の知識付与の講義、会話しながらトランプカードを並べ替える等の日常生活場面の課題、ホームワーク、意見交換を通じ、自己認識の促進を目指す内容となっている。グループワークの効果として、注意障害のみならず遂行機能の改善についてのエビデンスが示されている3)。 また、注意障害の認知リハビリテーションとして注意の持続、選択、転換、分配に対する訓練課題を合わせた機能回復訓練であるAPT(Attention Process Training)が広く知られている4)。 職業センターではOZCのグループワークを参考にAPTの訓練課題の要素も取り入れ、職業リハビリテーションの領域でも有効に活用できる内容を採り入れ、カリキュラムを開発し、プログラムにおいて試行している。本発表では、カリキュラムの概要や試行実施の状況について報告する。 3 カリキュラムの概要 (1) カリキュラムの目標 OZCでは、グループワークの目標を「注意に対する気づきの程度を増やす、メタ認知のスキルを高めること」 としており、職業センターのカリキュラムの目標としても、①自分の注意の特徴を知り、説明できるようになること(メタ認知スキルの向上)、②自己対処の方法、職場に求める配慮事項について整理すること(対処手段の整理)とした。 (2) カリキュラムの構成 カリキュラムは、「講義」(注意機能に関する知識付与のための講義)、「体験ワーク」(注意機能がどのようなものか体験、理解するための図形の抹消課題等のワーク)、「意見交換」(自己認識の促進を目指す意見交換)を組み合わせた全5回のグループワークで構成している(表1)。また、グループワーク実施後に、注意機能の気づきを促すため「個別面談」やホームワークとして「プチトレーニング」を行っている。 4 カリキュラムの実施方法 (1) 対象者 プログラム開始にあたり取得している「主治医の意見書」において注意障害と記載のあった受講者の中で、カリキュラムを希望する者に実施。 (2) 人数 1グループ最大5名で実施。 p.131 (3) 時間・回数 1回120分、第4回までは毎週1回連続して実施し、第5回は第4回の2週間後に実施。 (4) 支援体制  試行実施では基本として、「進行役」「板書役」「個別のフォロー役」の3名の支援体制で行った。 (5)効果測定 効果測定としては、①プログラム中の行動観察、②注意力に関する自己認識についての質問紙の記入(試行実施の前後)③標準注意検査法(CAT)の実施(試行実施の前後)及び④ワークサンプル幕張版を一部実施した。 表1 カリキュラムの構成 第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 講義 ・高次脳機能障害とは ・注意の4つの機能 ・注意の持続と選択 ・注意の配分と転換 ・対処手段とは ・自己対処の工夫と環境調整 ・注意を妨げる要素 ・注意と外的環境 ・注意と内的環境 ・自己観察日誌の活用 ・これまでの講義内容の復習 体験ワーク ・ニュース記事の聞き取り ・抹消課題 ・動物探し ・文書校正 ・トランプ課題 ・仮名ひろい ・抹消課題 ・静か/騒がしい、きれい/散らばっている環境下で作業体験 ・呼吸法/リラクゼーション技法 ・パーテーション/PC読み上げ機能/ルーペ/画面拡大などの工夫についての体験 ・プレゼンテーション資料を作成して発表 意見交換 ・自己紹介 ・体験ワークの振り返り ・体験ワークの振り返り ・効果がありそうな対処手段について ・体験ワークの振り返り ・効果がありそうな対処手段について ・どのような対処手段を用いるか目標の共有 5 カリキュラムの実施内容 (1)第1回  注意の4つの機能のうち「続けられる力(持続)」「見つけられる力(選択)」について講習と体験ワークを行う。 (2)第2回  注意の4つの機能のうち「同時に注意を向ける力(配分)」「切りかえる力(転換)」について講習と体験ワークを行う。 (3)第3回  注意を妨げる要素として外的環境(視覚的刺激・聴覚的刺激・温度湿度等)、内的環境(感情・体調・興味)について解説しそれらを整える方法について講習と体験ワークを行う。 (4)第4回  様々な対処手段の体験を行う中で、受講者それぞれの注意の特徴について意見交換を交えて整理する(強み、課題、苦手な場面や要因、対処方法)。 (5)第5回  受講者それぞれの注意の特徴、対処手段、職場に配慮を求めることについてシートに整理して発表する。 6 試行状況  試行実施状況は下記のとおりであった。 (1)対象者  1クール目の対象者は30代男性1名、40代男性1名、2クール目の対象者は50代男性1名、50代女性1名である。 (2)結果と考察 PC入力や書類作成の際に数字の抜け漏れが課題となっていた対象者が、画面拡大やルーラーの使用等の補完手段を自ら実践することで、抜け漏れを減少させていた。また、注意を妨げる要素として易疲労性に気づき、1時間に1回休憩することでミスの減少に努めていた対象者もいた。  注意に関する自己認識の質問紙においては、カリキュラム後、全ての対象者が、「自分の注意力の特徴を周囲に説明できる」と回答するとともにプレゼンテーション資料を作成して発表することができる等の効果が見られた。  標準注意検査法(CAT)においては、聴覚性検出課題の受講後の正答率が受講前と比較して高くなった対象者がいた。 ワークサンプル幕張版においては、正答率や作業時間に大きな違いは見られなかったものの、先述の行動観察のとおり、カリキュラム後はご自身に合った補完手段を自ら実践する様子が窺われた。 以上の効果測定の結果から、本カリキュラムは、注意障害に対する自己認識の促進や、注意の補完手段の活用の促進について一定の効果があったと考えられる。 7 今後の方向性 現在、上記結果や対象者との振り返りを踏まえ、さらなるカリキュラムの改善に取り掛かっているところである。今後は改善したカリキュラムによる3クール目の試行実施を行い、支援の概要や実施方法、留意事項、支援事例等を取りまとめて実践報告書を2023年3月に発行する予定である。 【参考文献】 1) 東京高次能機能障害者実態調査検討委員会「高次脳機能障害者実態調査報告書」,2008. 2) 障害者職業総合センター『高次脳機能障害者の働き方の現状と今後の支援のあり方に関する研究』,「調査研究報告書 №121」,(2014),p.22-28. 3) 青木重陽他監訳「高次脳機能障害のための神経心理学的リハビリテーション英国 the Oliver Zangwill Centerでの取り組み」,医歯薬出版,2020,p.77-93. 4) 鹿島春雄他「認知リハビリテーション」,医学書院,1999, p.102-114. 【連絡先】 障害者職業総合センター職業センター開発課 e-mail:cjgrp@jeed.go.jp  Tel:043-297-9044 (奥付) ホームページについて  本発表論文集や、障害者職業総合センターの研究成果物については、一部を除いて、下記のホームページからPDFファイルによりダウンロードできます。 【障害者職業総合センター研究部門ホームページ】https://www.nivr.jeed.go.jp/ 著作権等について 無断転載は禁止します。 ただし、視覚障害その他の理由で活字のままでこの本を利用できない方のために、営利を目的とする場合を除き、「録音図書」「点字図書」「拡大写本」等を作成することを認めております。その際は下記までご連絡ください。 なお、視覚障害者の方等で本発表論文集のテキストファイル(文章のみ)を希望されるときも、ご連絡ください。 【連絡先】障害者職業総合センター研究企画部企画調整室 TEL 043-297-9067 FAX 043-297-9057 E-mail kikakubu@jeed.go.jp 第30回 職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 編集・発行 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター 〒261-0014 千葉市美浜区若葉3-1-3 TEL 043-297-9067 FAX 043-297-9057 発行日 2022年11月 印刷・製本 株式会社コームラ