第29回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 開催日 令和3年11月9日(火)・11月10日(水) 会場 東京ビッグサイト 会議棟 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 「第29回職業リハビリテーション研究・実践発表会」の開催にあたって 高齢・障害・求職者雇用支援機構では、職業リハビリテーションサービスの基盤整備と質的向上を図るため、「職業リハビリテーション研究・実践発表会」を平成5年から開催しています。 職業リハビリテーション研究・実践発表会においては、職業リハビリテーションに関する調査研究や実践活動から得られた多くの成果を発表いただく機会を設けるとともに、会場に集まっていただいた方々の意見交換や経験交流を通じて、研究、実践の成果の普及に努めています。 昨年度は、新型コロナウイルス感染症対策の観点から、本発表会は障害者職業総合センター(NIVR(ナイバー))ホームページにおいて広くその内容を発信する開催方法といたしました。具体的には、特別講演とパネルディスカッションの動画を掲載するとともに、口頭発表やポスター発表を発表資料としてホームページに掲載いたしましたが、動画の再生回数が約2万4千回となり、多くの方々にご視聴いただきました。 今回の第29回職業リハビリテーション研究・実践発表会につきましては、新型コロナウイルス感染症の感染状況が予断を許さない中、経験交流と感染症対策のバランスを勘案し、開催規模を縮小した上での現地開催と動画等をホームページに掲載する、ハイブリッドの方式で行う予定です。現下の感染症の状況を見ますと、開催直前まで不透明な状況にありますが、安全に開催できることを念じてやみません。 今回の研究・実践発表会では、新型コロナウイルス感染症の影響を受け、企業内外の様々な変化に対して、模索されながらもチャレンジされている企業の取組について特別講演を行っていただきます。 一つ目のパネルディスカッションにおいては、「メンタルヘルス不調による休職者への対応」をテーマにしました。厚生労働省の令和2年労働安全衛生調査によると、メンタルヘルス不調により過去1年間に連続1か月以上休業した労働者がいる事業所の割合は、50人以上の事業所規模で30.2%に上るなど、心の健康問題により休職する労働者への対応は企業にとって大きな課題となっているものの、対応に苦慮している企業が少なくありません。そこで、職場復帰に至るまでの対策などについて検討します。また、二つ目のパネルディスカッションにおいては、法定雇用率の引き上げ、対象事業主の拡大も相俟って、「職務の創出」は多くの企業や、相談を受ける支援機関においても課題となっていることから、「障害者雇用を進めていくための職務創出とその支援」をテーマに議論を行っていただきます。 今まで経験したことのない厳しい状況が長く続く中、皆様それぞれのお立場でのご苦労を想像するところですが、今回の研究・実践発表会が障害者雇用の促進につなげる機会となれば幸いです。 また、昨年度に引き続き特別講演、パネルディスカッションの動画などをホームページに掲載いたしますので、当日来場できない方に視聴いただくとともに、地域のネットワークや支援チームの中で共有いただいたり、地域や有志による活動など様々な場でご活用いただいたりすることにより、地域における意見交換、経験交流の取組が進む一助となることを願っております。 最後になりますが、特別講演の講師及びパネリストの皆様、研究・実践発表に応じていただいた皆様、今回開催規模の縮小の影響を受け発表には至らなかったものの発表にご応募いただいた皆様に、心より感謝を申し上げます。 令和3年11月 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 湯浅 善樹 プログラム 【第1日目】令和3年11月9日(火) 10:00 受付 10:30~12:00 基礎講座 1 「精神障害者の基礎と職業問題」 講師:石原 まほろ(障害者職業総合センター) 2 「発達障害者の基礎と職業問題」 講師:知名 青子(障害者職業総合センター) 支援技法普及講習 1 「問題解決技能トレーニング」 講師:森 優紀(障害者職業総合センター職業センター 障害者職業カウンセラー) 2 「日常生活基礎力形成支援~心の健康を保つための生活習慣~」 講師:中村 裕子(障害者職業総合センター職業センター 障害者職業カウンセラー) 〇研究・実践発表会 12:30 受付  13:00 開会 挨拶:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 13:15~14:45 特別講演「コロナ禍における変化とチャレンジ~障害者雇用の現場から考える~」 講師:原田 昌尚 氏 株式会社ベネッセビジネスメイト 人事総務部 部長 休憩 15:00~16:40 パネルディスカッションⅠ「メンタルヘルス不調による休職者への対応~職場復帰支援を考える~」 コーディネーター:佐々木 よしえ 東京障害者職業センター 次長 村久木 洋一 障害者職業総合センター 研究員 パネリスト(話題提供順):片山 雅裕 氏 大成建設株式会社 管理本部 人事部 健康管理センター(EAP相談室)専任次長 長田 史江 氏 東京ガス株式会社 デジタルイノベーション戦略部 デジタルイノベーション総務グループ 【第2日目】令和3年11月10日(水) 〇研究・実践発表会 9:00 受付 10:00~11:50 研究・実践発表 口頭発表 第1部 (第1分科会~第6分科会)分科会形式で各会場に分かれて行います。  休憩 13:00~14:45 研究・実践発表口頭発表 第2部 (第7分科会~第12分科会)分科会形式で各会場に分かれて行います。  休憩 15:10~16:50 パネルディスカッションⅡ「職務創出とその支援 ~障害者雇用をしていくために~」      コーディネーター:古谷 護 障害者職業総合センター 職業リハビリテーション部 次長 パネリスト:(話題提供順) 坂田修平 氏 コマツ 本社人事部ビジネスクリエーションセンタ 主査 堀江 美里 氏 特定非営利活動法人WEL'S 副理事/就業・生活支援センターWEL'S TOKYO センター長兼主任職場定着支援担当 鈴木 崇志 氏 南東北グループ 医療法人社団三成会 新百合ヶ丘総合病院 総務課 課長心得 市川 美也子 千葉障害者職業センター 主幹障害者職業カウンセラー 閉会 ※新型コロナウイルス感染症の影響による社会全体の対応状況や、会場の利用条件等に応じつつ開催することとなるため、無観客での開催やプログラムの変更等の可能性があります。 目次 【特別講演】       「コロナ禍における変化とチャレンジ ~障害者雇用の現場から考える~」       講師:原田昌尚 株式会社ベネッセビジネスメイト p.2        【パネルディスカッションⅠ】       「メンタルヘルス不調による休職者への対応 ~職場復帰支援を考える~」 コーディネーター: 佐々木よしえ 東京障害者職業センター p.6 パネリスト: 村久木洋一 障害者職業総合センター 片山雅裕 大成建設株式会社  長田史江 東京ガス株式会社         【研究・実践発表 -口頭発表 第1部-】   ※発表者には名前の横に○がついています。 ※タイトルは、発表者からいただいた内容を掲載しています。 第1分科会:雇用継続、職場定着の取組 1 ジョブローテーションの実施と職場定着の維持向上について~設立から今日までの8年をふり返って~ p.10 ○岡村雅子 コニカミノルタウイズユー株式会社 2 D&Iをより一層浸透させるための、働くことを希望する人がその能力を最大限に発揮できる職場づくり p.12 ○江口恵美 オムロン太陽株式会社 3 盲ろう者の大学事務職における就労事例報告-一般就労におけるコミュニケーション上の工夫と職務態度の習得を中心に- p.14 ○森敦史 筑波技術大学 後藤由紀子 筑波技術大学 白澤麻弓 筑波技術大学 4 障がい者は企業の戦力となり、その活動を企業戦略そして社会的価値とし持続可能な社会SDGsの実現に貢献する p.16 ○笹さとみ The Links株式会社 5 行動活性化を目的としたアプリ導入および秋葉原academyにおける研修実践効果 p.18 ○秋山洸亮 株式会社アウトソーシングビジネスサービス        第2分科会:精神障害・発達障害       1 組織社会化戦術が組織適応に与える影響-民間企業の精神障がい者を対象とした定量的分析- p.20 ○福間隆康 高知県立大学 2 医療機関における、モチベーションに重点を置いた就労支援~IPS就労支援モデルに基づく実践~ p.22 ○川本悠大 社会医療法人清和会西川病院 澄田依子 社会医療法人清和会西川病院 林輝男 社会医療法人清和会西川病院 3 発達障害者の多様な特性(強み)を活かすための相談・支援ツールの開発について p.24 ○西脇昌宏 障害者職業総合センター職業センター 森優紀 障害者職業総合センター職業センター 南亜衣 障害者職業総合センター職業センター 4 精神障害のある短時間労働者に係る雇用及び就労に関する意識 事業所質問紙調査の結果から p.26 ○渋谷友紀 障害者職業総合センター 國東なみの 障害者職業総合センター 小池磨美 障害者職業総合センター 竹中郁子 障害者職業総合センター 5 精神障害のある短時間労働者に係る雇用及び就労に関する意識 事業所インタビュー調査の結果から p.28 ○小池磨美 障害者職業総合センター 渋谷友紀 障害者職業総合センター 國東なみの 障害者職業総合センター 竹中郁子 障害者職業総合センター 6 精神障害のある短時間労働者に係る雇用及び就労に関する意識 パネル調査による知見 p.30 ○國東なみの 障害者職業総合センター 渋谷友紀 障害者職業総合センター 小池磨美 障害者職業総合センター 竹中郁子 障害者職業総合センター        第3分科会:難病・高次脳機能障害       1 精神・発達障がいの職業リハビリテーションやネットワーク構築を応用した難病の就労支援 p.32 ○芦沢久恵 千葉公共職業安定所 山本恵美 千葉公共職業安定所 石井雅也 千葉公共職業安定所 松井哲也 医療法人学而会 木村病院・弁天メンタルクリニック 信田正人 医療法人学而会 木村病院 2 難病のある人の職業リハビリテーションハンドブック等の開発 p.34 ○春名由一郎 障害者職業総合センター 堀宏隆 障害者職業総合センター 3 炎症性腸疾患患者とともに作った「RDD(世界希少・難治性疾患の日)」就労イベント発表へ向けての取り組み p.36 ○宮﨑拓郎 株式会社ジーケア 栄畑南美 株式会社ジーケア 三好佑香 株式会社ジーケア 中金竜次 就労支援ネットワークONE 4 難病患者・難治性な疾患患者の支援機関の利用状況について~当事者のアンケートを中心とした考察~ p.38 ○中金竜次 就労支援ネットワークONE 5 高次脳機能障害者の復職におけるアセスメントの技法開発 p.40 ○大工芙実子 障害者職業総合センター職業センター 三浦晋也 障害者職業総合センター職業センター 第4分科会:就労・定着に向けた支援       1 ジョブコーチ事業を活用した地域就労支援モデルの実践に向けた課題と展望 p.42 ○金川善衛 医療法人清風会就労支援センターオンワーク 細田勝世 医療法人清風会就労支援センターオンワーク 2 安定した継続勤務のポイントを整理・分析する「研究型ジョブコーチ」について p.44 ○柳恵太 山梨障害者職業センター 3 委託相談支援事業所による生活支援と就労支援の切れ目のない支援 p.46 ○諏佐友香 サポートセンター沼南 4 就労定着におけるメタ認知トレーニングの効果について p.48 ○小笠原晴子 就労移行支援事業所Conoiro 明井和美 就労移行支援事業所Conoiro 第5分科会:キャリア形成、能力開発       1 発達障害者当事者における「自己理解の支援」の意味についての探索的研究-就労パスポートを活用したキャリア形成支援- p.50 ○宇野京子 前原和明 秋田大学 2 国立職業リハビリテーションセンターにおける視覚障害者の就労支援-受障後に職業訓練を経て事務職へ就職した事例の課題と支援- p.52 ○鈴木幹子 国立職業リハビリテーションセンター 長谷川秀樹 国立職業リハビリテーションセンター 能重はるみ 国立職業リハビリテーションセンター 3 夢を育て認知機能の伸びしろを評価・共有することを通じ、知的障害者の主体性を育て、積極的な職場文化を作る試み p.54 ○前川哲弥 NPO法人ユメソダテ/株式会社夢育て 4 デザイン思考で主体的に成長するプロを育てるための福祉事業所としての課題と今後 p.56 ○高橋和子 有限会社芯和 Cocowa      5 ストレングスモデルを軸においたキャリア形成への取組 p.58 ○久保田直樹 NPO法人コミュネット楽創 本多俊紀 NPO法人コミュネット楽創        第6分科会:障害者を取り巻く状況に関する調査・考察       1 若年性認知症を有する従業員の就労継続に関する職場内の取組み-若年性認知症支援コーディネーターとの連携の有無による違い- p.60 ○齊藤千晶 社会福祉法人仁至会 認知症介護研究・研修大府センター 2 就労継続支援B型事業所の工賃向上に影響する要因に関する研究-生産管理と共同受注窓口の利用に関連する分析- p.62 ○山口明日 香高松大学 八重田淳 筑波大学 3 プライバシーガイドライン、障害者差別禁止指針及び合理的配慮指針に係る取組の実態調査(1)-企業調査から- p.64 ○宮澤史穂 障害者職業総合センター 野澤紀子 障害者職業総合センター 内藤眞紀子 障害者職業総合センター 古田詩織 障害者職業総合センター 4 プライバシーガイドライン、障害者差別禁止指針及び合理的配慮指針に係る取組の実態調査(2)-在職障害者調査から- p.66 ○野澤紀子 障害者職業総合センター 宮澤史穂 障害者職業総合センター 内藤眞紀子 障害者職業総合センター 古田詩織 障害者職業総合センター 5 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究 結果報告-仕事へ求める事柄の因子構造とその特徴- p.68 ○大石甲 障害者職業総合センター 春名由一郎 障害者職業総合センター 田川史朗 障害者職業総合センター        【研究・実践発表 -口頭発表 第2部-】       第7分科会:コロナ禍での働き方と支援       1 新しい生活様式における相互理解のコミュニケーション~聴覚障害への理解を深める取り組み~ p.72 ○星希望 あおぞら銀行 2 コロナ禍における社内のIT化(テレワーク)の推進と成果について p.74 ○吉田吏貴 住商ウェルサポート株式会社 3 地方型の就労支援におけるテレワーク訓練の意義と課題について-奈良県の就労移行支援事業所からの報告- p.76 ○青木真兵 社会福祉法人ぷろぼの 川端信宏 社会福祉法人ぷろぼの 藤田敦子 社会福祉法人ぷろぼの 4 コロナ禍における聴覚障害社員の就労状況-オンライン環境下でのコミュニケーション- p.78 ○笠原桂子 株式会社JTBデータサービス 5 ジョブコーチ支援におけるリラクゼーション技能トレーニングの活用について p.80 ○柳恵太 山梨障害者職業センター        第8分科会:学校から一般雇用への就労       1 特別支援学校高等部における現場実習のフィードバックに関する調査 p.82 ○今井彩 秋田大学大学院 前原和明 秋田大学 2 合理的配慮の提供を求めるための知識・技能・考え方を育む実践研究~障害特性に関する説明資料とカードゲームの制作を通して~ p.84 ○内野智仁 筑波大学附属聴覚特別支援学校 3 知的障害と肢体不自由をあわせ有する生徒の一般就労について p.86 ○相田泰宏 横浜市立上菅田特別支援学校 4 コロナ禍におけるA特別支援学校の進路指導の現状と課題-一般就労に向けた取組に着目して- p.88 ○矢野川祥典 福山平成大学 濱村毅 高知大学教育学部附属特別支援学校 石山貴章 高知県立大学 5 修学支援に難渋し退学後、就労移行支援事業所との連携を経てバイト先へ正社員として就職し自分らしく働いている成功例 p.90 ○稲葉政徳 岐阜保健大学短期大学部        第9分科会:採用、配置の取組       1 企業における採用・配置の取組(障がい当事者による採用選考・配置への配慮・精神・身体・知的・発達・LGBT・難病他) p.92 ○遠田千穂 富士ソフト企画株式会社 ○髙橋綾子 富士ソフト企画株式会社 ○畑野好真 富士ソフト企画株式会社 2 企業在籍型職場適応援助者に於ける作業支援の実際と課題について p.94 ○相原信哉 旭電器工業株式会社 3 研修プログラムを活用した提案型事業主支援の試行について-新規の障害者雇用の促進に向けた支援方法についての検討- p.96 ○岩佐美樹 障害者職業総合センター 内藤眞紀子 障害者職業総合センター 依田隆男 障害者職業総合センター 石原まほろ 障害者職業総合センター 永登大和 障害者職業総合センター 4 除外率制度の対象業種における障害者雇用の実態-事業所に対する質問紙調査結果より- p.98 ○古田詩織 障害者職業総合センター 内藤眞紀子 障害者職業総合センター 春名由一郎 障害者職業総合センター 伊藤丈人 障害者職業総合センター 木下裕美子 障害者職業総合センター 佐藤涼矢 障害者職業総合センター 中山奈緒子 障害者職業総合センター 小澤真 元障害者職業総合センター 杉田史子 元障害者職業総合センター 5 除外率制度の対象業種における障害者雇用事例の紹介-配慮と工夫に注目して- p.100 ○伊藤丈人 障害者職業総合センター 内藤眞紀子 障害者職業総合センター 春名由一郎 障害者職業総合センター 古田詩織 障害者職業総合センター 木下裕美子 障害者職業総合センター 佐藤涼矢 障害者職業総合センター 中山奈緒子 障害者職業総合センター 馬医茂子 障害者職業総合センター 小澤真 元障害者職業総合センター 杉田史子 元障害者職業総合センター 第10分科会:復職支援       1 脳性麻痺者の職業リハビリテーション ~全人的視点による取り組みから~ p.102 ○北澤和美 相模原市社会福祉事業団 ○中川亜矢子 相模原市社会福祉事業団 2 就労継続支援A型事業に貧困対策と障害者雇用を取り入れた実践報告 労働統合型社会的企業の可能性について p.104 ○堀田 正基 特定非営利活動法人社会的就労支援センター京都フラワー 3 視覚失認を呈した方への復職支援について p.106 ○豊田志奈子 三重県身体障害者総合福祉センター 橋本年代 三重県身体障害者総合福祉センター 鈴木真 三重県身体障害者総合福祉センター 4 「ジョブリハーサルの改良」について p.108 ○井上恭子 障害者職業総合センター職業センター  5 右片麻痺・失語症を呈した脳卒中患者に対し復職支援を行った1例 p.110 ○横堀結真 社会医療法人財団慈泉会相澤病院 新江万里江 社会医療法人財団慈泉会相澤病院 西村直樹 社会医療法人財団慈泉会相澤病院 樋口貴也 社会医療法人財団慈泉会相澤病院 高井浩之 社会医療法人財団慈泉会相澤病院        第11分科会:就労支援に携わる人材育成       1 企業内の支援者のためのWRAPクラスの試み ~支援者のセルフケア・支援スキルの向上、社内ネットワークの構築を目指して~ p.112 ○山田康広 中電ウイング株式会社 原田裕史 中電ウイング株式会社 2 事業所における障害理解促進への取組~事業所と共同で社員研修を企画・実施した事例より~ p.114 ○杉本梢 Lululima branch ワンダーストレージホールディングス株式会社   3 行動的就労支援:就労支援における行動分析学の活用-心理的柔軟性アセスメントツールの開発に関する実践報告- p.116 ○佐藤大作 秋田障害者職業センター 目黒千恵 秋田障害者職業センター 藤田麻弥 秋田障害者職業センター 千田麗香 秋田障害者職業センター 4 「障害の多様化に対応した職業リハビリテーションツールの効果的な活用に向けて」ヒアリング調査より p.118 ○田村みつよ 障害者職業総合センター 山科正寿 障害者職業総合センター 武澤友広 障害者職業総合センター 村久木洋一 障害者職業総合センター 渋谷友紀 障害者職業総合センター 5 トータルパッケージ活用セミナーの開発 p.120 ○山科正寿 障害者職業総合センター 田村みつよ 障害者職業総合センター 渋谷友紀 障害者職業総合センター 村久木洋一 障害者職業総合センター 武澤友広 障害者職業総合センター      第12分科会:様々なアセスメント、支援ツール等の取組       1 就労支援特別VRカリキュラムの開発 ~実践事例と成果~ p.122 ○竹内恭平 株式会社ジョリーグッド 木谷直人 株式会社ジョリーグッド 外川大希 株式会社ジョリーグッド 蟹江絢子 株式会社ジョリーグッド 中嶋愛一郎 株式会社ジョリーグッド ワークサポート杉並 就労移行支援事業 職員一同   2 就労移行支援事業における職業準備性評価の可視化による支援効果の検討~ぷろぼの就労支援システム「Port」の活用事例~ p.124 ○川本裕貴 社会福祉法人ぷろぼの 森田大介 社会福祉法人ぷろぼの 塩地章弘 社会福祉法人ぷろぼの 藤田敦子 社会福祉法人ぷろぼの 齊藤晃 社会福祉法人ぷろぼの 3 軽度知的障害を伴うASD者の就労アセスメント-就労移行支援事業所におけるBWAP2を活用したアセスメント p.126 ○砂川双葉 特定非営利活動法人クロスジョブ 梅永雄二 早稲田大学 濱田和秀 特定非営利活動法人クロスジョブ 4 就労支援機関におけるアセスメントに関する調査-職業準備性に関するアセスメントの現状について- p.128 ○武澤友広 障害者職業総合センター 井口修一 障害者職業総合センター 小林一雅 障害者職業総合センター 古田詩織 障害者職業総合センター 内藤眞紀子 障害者職業総合センター 宮澤史穂 障害者職業総合センター 伊藤丈人 障害者職業総合センター 佐藤敦 障害者職業総合センター 5 障害者の就労継続を妨げる要因とは何か-テキストマイニングによる内容分析- p.130 ○石原まほろ 障害者職業総合センター 武澤友広 障害者職業総合センター 井口修一 障害者職業総合センター 竹中郁子 障害者職業総合センター 古田詩織 障害者職業総合センター 宮澤史穂 障害者職業総合センター 伊藤丈人 障害者職業総合センター 内藤眞紀子 障害者職業総合センター 【パネルディスカッションⅡ】       「職務創出とその支援 ~障害者雇用をしていくために~」 p.134     コーディネーター:古谷護 障害者職業総合センター パネリスト:坂田修平 コマツ  堀江美里 特定非営利活動法人WEL'S/就業・生活支援センターWEL'S TOKYO  鈴木崇志 医療法人社団三成会 新百合ヶ丘総合病院  市川美也子 千葉障害者職業センター  p.2 特別講演 コロナ禍における変化とチャレンジ ~障害者雇用の現場から考える~ 原田 昌尚 (株式会社ベネッセビジネスメイト 人事総務部 部長) 1.新型コロナウイルスの影響 新型コロナウイルスの感染拡大により、この1年半、世の中は未曾有の事態になっており、経済や人々の生活面全てにおいて甚大な影響が出ています。障がい者雇用の領域におきましても同様で、誰もが経験したことのない変化や不安への対応、また社員をコロナから守るための感染防止徹底など、コロナの収束が見えない中、今も緊張した状態が続いています。 私どもの特例子会社(ベネッセビジネスメイト)におきまして、急激な変化がこの1年半で起こりました。コロナ感染第一波の緊急事態宣言時は、障がいのある社員の感染防止に最大限留意し、自宅待機を実施。業務継続の緊急対応として障がいのない社員で一時しのぎ的になんとか対応。第一波の緊急事態宣言解除後は、時差出勤、時短勤務、交代勤務などを駆使しながら、コロナ感染防止と業務の継続の両方をなんとか皆で協力して実行できている状態です。ただ、昨年度、業務自体は全体的に減少しました。それに伴い、障がい者雇用の増員も抑制せざるを得ない状況になりました。 ペーパーレスの加速によるコピー業務の大幅減少、イベントや会議準備業務もなくなり、また、親会社のオフィス拠点統合による総務サービス窓口業務の縮小など、その他多くの業務がコロナの影響で一気に縮小し業績を悪化させています。 ただ、一方でコロナ禍ゆえの新たな業務も出てきています。親会社社員の在宅勤務者増に伴う事務系業務の依頼、文書のデジタル化などの業務拡大、また、オフィスの定期消毒業務など、コロナ前にはなかった業務依頼が出てきています。おそらく他の特例子会社様におかれても、同様の急激な変化があり、そこの対応と障がい者雇用の維持・確保で非常に大変な難局に立ち向かわれておられることと思います。   私どもは毎年、社員の職場満足度調査を行っており、昨年の結果は、まさにコロナの影響を如実に反映しています。特に障がいのない社員のスコアがダウン。働きがい、モチベーションの低下、会社としての一体感の低下、一部の社員への負荷拡大など、障がいのない社員への影響が調査の結果としても明るみになりました。これを受けて、Withコロナの働き方、環境、支援体制を整備し、安心して長く働き続けられる会社となるべく取り組みを開始しています。例えば、社内全体の働き p.3 がいを高めるために、まずは課長の働きがいを高めることがキーと考えました。その一つとして、課長の負荷を軽減するために、課長を支えるNO.2社員の選出と、その人の課題にあった育成計画立案→実行に取り組んでいます。また、社内のコミュニケーション活性化のために、昨年度は行っていなかった全社発信の機会を設け、会社全体の動きや、重要事項を共有する仕組みを作っています。会社がどこに向かっているのか、一体感の醸成と社員のベクトルを揃えることが目的です。その他、障がいのある社員を指導する社員に対して、成長実感を得るために、成長イメージを可視化し、各自の成長到達目標にむけた育成に取り組んでいます。 昨年度は弊社東京拠点の障がいのある社員の退職者はゼロ。会社設立以来、東京において障がいのある社員の退職者がゼロというのは初めてであり、この結果や要因仮説につきましても講演の中で触れさせていただきます。 2.Withコロナにおける特例子会社としてのチャレンジ ダーウィンの進化論ではありませんが、「変化に対応できたものが生きのびる」とはその通りだと思います。この苦境ともいえる状況下で、重要なことは、変化をチャンスと捉えてアグレッシブにチャレンジしていくことだと思っております。 【今後の取り組み方針】 ■ベネッセグループの新しい働き方、仕事にしっかり対応し、業績回復への支援を行う。 ■ベネッセビジネスメイトの経営の正常化と障がい者雇用拡大路線への復帰を実現する。 ■Withコロナにおける働き方、環境、支援体制を整備し、安心して長く働き続けられる会社となる。 上記のために下記のテーマに果敢に取り組んでいきます。 ■業務変化への対応、新規業務受託の拡大(更なる障がい者雇用拡大へ)。 ■障がいのある社員の戦力化の仕組み作り。 ■安定的に働ける環境作り。 組織を改編し、お客様の依頼に柔軟に対応できる受託体制を整備。また新規事業として5月に多摩社屋に新たにカフェをオープン。その他、「業務を楽にしよう、楽しくしよう」という取り組みによる工程変革なども行っています。これらは「働きやすい環境作り」とセットで、社内だけでなく関係各所と連携しながら、どうすれば安定的に長く働き続けられるかを今後も追求していきます。 コロナという非常に厳しい状況下で、障がいのある社員が自立し、戦力となって、イキイキと長く働き続けられる会社を目指していきたいと考えています。他の特例子会社、支援機関、関係各所の皆様との連携と支援をいただきながら、一緒に、より一層、日本の障がい者雇用の未来を育んでいければ幸いです。 p.4 p.5 p.6 パネルディスカッションⅠ メンタルヘルス不調による休職者への対応 ~職場復帰支援を考える~ 近年、労働者のうち仕事や職業生活に関することで強い不安、ストレスを感じる方の割合は、50%以上で推移しています。また、メンタルヘルス不調により休業した労働者がいる事業所の割合は、50人以上の事業所規模において約30%に上り(図)、多くの企業がさまざまな課題に直面しながらメンタルヘルス不調による休職者の対応をしています。 そこで、本パネルディスカッションでは、当機構の調査研究結果から企業における休職者に対する措置や課題などを紹介するとともに、不調に悩む社員への対応をされている2つの企業のご担当者から取組事例を報告いただいたうえで、職場復帰に至るまでの対策、復帰後の対策、再休職を防ぐ取組・工夫などについて検討します。 図 過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業した労働者がいた事業所割合 コーディネーター:佐々木 よしえ 東京障害者職業センター 次長 p.7 パネリスト:村久木 洋一 障害者職業総合センター 研究員 (千葉県千葉市) 当機構が行った「職場復帰支援の実態等に関する調査研究」の研究結果から、企業における休職者に対する措置等の概況や、医療機関の復職支援プログラム、地域障害者職業センターの職場復帰支援、コンサルタント会社等の従業員支援プログラム(EAP)といった事業場外資源の利用にあたって企業側・復職者側が期待した効果等を紹介します。 パネリスト:片山 雅裕 氏 大成建設株式会社 管理本部 人事部 健康管理センター(EAP相談室) 専任次長 (東京都新宿区) 職場のメンタルヘルス対策のために専任のスタッフを配置した相談室を設け、職場復帰支援に関する諸制度等を充実させて社員の不調に対応されている取組の内容や工夫について紹介します。 パネリスト:長田 史江 氏 東京ガス株式会社 デジタルイノベーション戦略部 デジタルイノベーション総務グループ (東京都港区) 職場復帰に向けたサポートとして地域障害者職業センターのリワーク支援を活用し、企業と支援機関が一体となってメンタルヘルス対策に取り組んでいる現在の状況や、日頃の対応で心掛けている点において実務担当者目線で心構え等について紹介します。 p.8 p.9 研究・実践発表~口頭発表 第1部~ p.10 ジョブローテーションの実施と職場定着の維持向上について~設立から今日までの8年をふり返って~ ○岡村 雅子(コニカミノルタウイズユー株式会社 総務部 定着推進グループリーダー/公認心理師・精神保健福祉士・社会福祉士・企業在籍型職場適応援助者) 1 はじめに コニカミノルタウイズユー株式会社(以下「HWY」という。)は、コニカミノルタ株式会社の特例子会社として、2013年10月に設立され、同年11月に特例子会社認定を受けた。「私たちは『協働共生カンパニー』を目指し、私たちと関わりのある皆様全てに心をこめて付加価値を提供します」という経営理念のもと創設8年目を迎え、社員173名のうち手帳を持っている社員(以下「メンバー」という。)は、115名在籍している(2021年8月現在)。 業務内容としては、印刷(名刺、取扱説明書等)総務関係(社内メール集配、シュレッダー、園芸等)、オフィスサポート(データ入力、スキャン、外部顧客のアウトソーシング受託)、製品メンテナンス(中古コピー機の再生業務)など多岐に渡った業務展開を行っている。 図1 創設以来の業務展開について 2 ジョブローテーションの取り組み 知的障がい者の雇用のポイントとして、職場生活相談員認定講習テキストによると1)、「慣れない場所や新たな環境では不安や緊張が高く、適応するまでに時間がかかる」とあり、同じ仕事をなじみの関係や慣れた場所で行うことが安定就労に結び付くことは周知の事実である。 HWYでは創設以来、入社後3年間をベースプログラム期間として定めており特段の事情がない限り「あえて1年ごとに職場を異動し、経験する業務を増やし適応力の向上や対応力の強化・新たな適性の発見」を目的として、ジョブローテーションを実施している。 今回の発表では、ジョブローテーションが実際にどのような効果を生み出したかを考察していきたい。 3 ジョブローテーションの実際 メンバーは特別支援学校高等部や障害者職業能力開発校、国立職業リハビリテーションセンターなどから現場実習に参加し、マッチングが図れた方が入社に至っており、入社後10日間程度の基礎研修(座学研修)を終えると、6月末までの試用期間中にいくつかのグループに属し、業務適性や志向を見ながら配属先を決定し、7月1日に配属となる。 ジョブローテーション期間(入社後3年間のベースプログラム)は、毎年7月1日が配属の切り替え日となり、6月中に1年の取り組みを振り返る「関係者会議(5者面談)」を実施する。2021年7月は115名のうち53名の約半数(46%)のメンバーがジョブローテーション対象者だった。 ジョブローテーションの取り組みを継続することで、得られたメリットとしては、①環境の変化を経験することで対応力が向上する、②人員が入れ替わるため教えあう機会が増えコミュニケーションが図れる、③ジョブローテーションで一度経験したことが本配属(4年目以降)の成長に繋がる点が挙げられる。その一方で、①環境変化による不調者の対応が増える、②新たに異動になったメンバーへのフォローが毎年あり工数がかかる、③一時的に戦力がダウンするといった苦労も聞かれており、会社としては、メリットデメリット双方が存在することは理解していた。 4 アンケートによる効果測定を実施 今回、実際にメンバーや指導員それぞれがジョブローテーションに対しどのような考えや思いを抱いているかをより理解し、確認するためにアンケートを実施した。 (1) 方法 会社から貸与しているPCを使い、Microsoft Formsのアンケート機能を使って、各自の回答を集約した。 (2) 対象者 全社員(メンバー、指導員ともに同じ質問項目に回答) (3) アンケート項目 ① ジョブローテーションの取り組みについて(5段階評価で、「とても良い」「良い」「普通」「あまり良くない」「良くない」とその理由) ② ジョブローテーションの中で良かったこと(自由記述) ③ ジョブローテーションの中で大変だったことや苦労したこと(自由記述) p.11 5 結果 アンケートの結果、メンバー・指導員ともにジョブローテーションに対して約8割以上が肯定的な捉え方であることが分かった。また、少数ではあるがジョブローテーションに対して否定的な意見があることも真摯に受け止めて、より理解が進む努力を成さねばならないと感じた。 図2 アンケート結果 図3 アンケート 自由記述(抜粋) 「障害者の就業状況等に関する調査研究」2)によると、一般企業における知的障がい者の職場定着率は、入社3か月後で85.3%、入社1年後の時点では68.0%と大きく低下している。 特例子会社であるHWYとの単純比較はできないものの、創設8年目を迎えてなお、メンバーの入社後の定着率は96%を維持できている。その要因として、実習でジョブマッチングを図った上で採用し、雇用形態が正社員であることが大きいと推察できるが、今回取り上げた入社後のジョブローテーションを通し、複数のグループを異動することで、社内で関わり合いがある人が増えて話せる人が拡がることが、安心感を醸成し、働きやすさに繋がっているのではないかと考えられる。 6 付帯効果 (1) 関係者のコメント 今回は、社員向けのアンケートで考察を深めてきたが、会社見学会や実習などで関係する特別支援学校や訓練校、また5者面談で社員家族から伺ったコメントでは、「入社後も本人の適性を見てもらえるチャンスがあることがありがたい」「あまり得意でない事もあえてチャレンジすることで自信がついたようだ」とのご意見を頂いている。 (2) 社外からの評価 ジョブローテーションを含むキャリア支援の取り組みについて、外部機関からも評価を頂き、HWYの取り組みを広く周知することができた。 ① 厚生労働省グッドキャリアアワードイノベーション賞(2019年) ② 八王子市障害者雇用企業等表彰(2020年) ③ 東京都エクセレントカンパニー都知事賞(2020年) 7 今後の課題・展望 今後、本配属者の割合が増えていくことや新規業務の領域拡大に伴い専門スキルを必要とする業務やグループが出てくる可能性があるため、ジョブローテーション施策を継続していくには、社内での精査・調整がさらに必要であることが課題である。 また、今後の展望としてはジョブローテーションを経てどの程度、業務スキルが変化したかを図るアセスメントを社内で展開していき、引継ぎ時の資料としても活用することで、目標設定を具体化し、より良い支援や関わりに結び付けていきたいと考えている。 【謝辞】 HWYの事業運営に関わるコニカミノルタ株式会社をはじめ、コニカミノルタグループ各社、並びに、特別支援学校様、能力開発校様、国立職業リハビリテーションセンター様、各就労支援センター様にお力添えを頂き、創設8年を迎えられたことを深く感謝いたします。ありがとうございます。 【参考文献】 1)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 平成30年度版 障害者職業生活相談員資格認定講習テキストP156 2) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 『障害者の就業状況等に関する調査研究』「調査研究報告書 No.137」(2017)P2-P3 【注釈】 コニカミノルタウイズユー株式会社では「障がい」の「がい」を平仮名表記としているが、法律等の固有名詞においては、正式名称で表記している。 【連絡先】 岡村 雅子 コニカミノルタウイズユー株式会社 e-mail:masako.okamura@konicaminolta.com p.12 D&Iをより一層浸透させるための、働くことを希望する人がその能力を最大限に発揮できる職場づくり ○江口 恵美(オムロン太陽株式会社 D&I推進グループ グループ長/精神保健福祉士/産業カウンセラー) 1 はじめに オムロン太陽株式会社(以下「当社」という。)は、1972年に創業したオムロン株式会社の特例子会社である。当社の主要業務は、オムロングループ会社からの電子部品の受託製造やサムロータリスイッチの製造などで、来年50周年を迎える。その歴史の中では、主に身体障がいのある人が働きやすい現場改善を行い、「バリアフリー」の環境で生産活動を行ってきた。しかし、近年の新たな雇用ニーズに応えるためには、多様な人が活躍できる職場づくりが必要である。そこで、障がいの特性、さらには障がいの有無に関わらず活躍できる取り組みを行い、一人ひとりが主役となれる職場づくりへと進化を遂げていることについて紹介する。 2 背景 障がいのある人の就労状況データによると、近年は身体障がいのある人の求職数よりも精神/知的障がいのある人の数が年々増加している(図1)。これに加えて、法定雇用率が2.3%に上がったこともあり、障がいのある人の雇用ニーズは大きく変化してきている。 図1 令和3年厚生労働省 障がい者の職業紹介状況データ そこで当社もそのニーズに応えるために、既存の社員を含む働くことを希望する人が、「その能力を最大限に発揮できる職場」をコンセプトとして、対象業務について、後に述べる5つ以上の機能別カテゴリにて就労できる状態であることを当社のユニバーサルデザインと定義した。そして、当社の「ものづくり」において、ダイバーシティ&インクルージョン、ユニバーサルデザインの状態であることを「ユニバーサルものづくり」(以下『「ゆにもの」』という。)と定義して、2017年から取り組みを開始した。 3 課題と具体的施策 (1) 課題 多様な人が活躍できる職場づくりには、「ゆにもの」の状態であるとともに職務の準備も必要である。当社ではバリアフリーの環境は当然のこととなっているが、それ以外の観点で障がい特性の理解を深めながら、既存の社員を含む働くことを希望する人が最大限の能力を発揮できる職務を準備しなければならない。 (2) 具体的施策 まず障がいごとに、対応できる製品ラインの基準や対策イメージを決定するための分析表を作成した。当初は9つの障がいと高齢者で分類したが、精神/知的障がいの特性に発達障がいが共通してあること、しかし発達障がいは単独で分類したことで、考え方が複雑になり混乱が生じたことから、区分の細分化と定義の明確化が必要となった。 そこで、精神/知的障がいは、「脳機能の障がい」と置き換え、身体障がいを「身体機能の障がい」として2つの機能の障がいカテゴリとして分類した。さらに精神/知的障がいについては、判断・計数・対人・読解という、作業に必要な能力で分類した。そうすることで障がいの有無に関わらず、機能分析することも可能となった。また、下肢・上肢・視覚についてはそれぞれ「重度」を追加、高齢者は実質いないことから、全12の小カテゴリに整理できた(図2)。これにより「機能別分析表」が完成している(図3)。 図2 障がい区分の考え方 p.13 図3 機能別分析表 「ゆにもの」の状態であることの判定は、機能別分析表の「対応ラインの基準」により、その製品ラインの作業工程が、機能別カテゴリの「対人」や「読解」に対応しているか否かを〇×で評価する。 判定において、対応する機能カテゴリが5つ以上でない場合は、「ゆにもの」になるように改善が行われる。 例えば、生産現場で使用される仕事内容やポイントが記載された作業要領書の「読解」が難しいために、対応していないと判定された場合、職場リーダーをはじめとする製品ライン従事者が、相手目線で何度も作業手順書を見直し、理解できていない箇所を洗出した。そして紙媒体の要領書を動画化し、音声や字幕を付けてより分かりやすく理解できるようにした。なお、この動画は多様な人が見ることを想定して、「伝わる・伝える」の確認のために、聴覚障がいのある人も含めた多くの目線にて確認を行った。 次に「対人」について改善が必要な場合は、安心してコミュニケーションが取れる方法を考案した。特に日々の体調を職場内で簡単に共有できて相互理解を深め、働きやすい環境をつくることを目的として、ニコニコボードを作成した(図4)。 図4 ニコニコボード ニコニコボードには3色(左から青、黄色、赤)のマークがある。青は良好もしくは小さな変化、黄色はやや不調、赤は不調を表している。体調がすぐれない日が続くとリーダーが計画的な休暇取得を促すなど、積極的なコミュニケーションをはかることで、突発的な休みを減少させられるようになり、出勤率やコミュニケーションの向上にも繋がった。 4 結果 「ゆにもの」は2017年度に製造部門の1製品ラインから始まり、それをお手本に現在は全ての製品ラインにて展開されている。それは、当社の製造部門では、障がいの有無に関わらず働けることを意味する。さらには、精神/知的障がいのある人の雇用ニーズに応えられる職場環境になっているとも言える(図5)。 この結果を導くためには、「ゆにもの」に取り組むことと同時に、日々の業務も当たり前に熟さなければならず、大変な苦労があったはずである。しかし、その取り組みによって、出勤率やコミュニケーションの向上というプラスαの成果をも生み出したことは、「ゆにもの」に関わった全ての社員の努力の賜物である。特に、作業要領書の動画化は、本年度「もにす認定」1)された際の優れている項目として評価されることにも繋がった。 図5 新しい領域への第一歩 5 さいごに 「ゆにもの」は当社の製造部門にて取り組みが始まり、成果を出して、現在は次のステージに進んでいる。一方で、総務や生産管理などの間接部門ではまだ進んでいない。     よって今後は、製造部門での事例を参考にしながらも、間接部門でのさらなる改善を行い、全社的に「ゆにもの」を進め、ダイバーシティ&インクルージョンをより一層浸透させられるように取り組みは続いていく。 【注釈】 1)障害者雇用に関する優良な中小事業主に対する認定制度 障害者の雇用の促進及び雇用の安定に関する取組の実施状況などが優良な中小事業主を厚生労働大臣が認定する制度 (厚生労働省HPより抜粋) ★オンライン工場見学できます★ ご希望の方は、下記までご遠慮なくお問い合わせください。 【連絡先】 江口 恵美 オムロン太陽株式会社 ダイバーシティ&インクルージョン推進グループ E-mail:megumi.eguchi@omron.com p.14 盲ろう者の大学事務職における就労事例報告-一般就労におけるコミュニケーション上の工夫と職務態度の習得を中心に- ○森 敦史(筑波技術大学 総務課広報・情報化推進係 事務補佐員) 後藤 由紀子(筑波技術大学 産業技術学部) 白澤 麻弓(筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター) 1 はじめに 聴覚と視覚の障害を併せ有する盲ろう者は、主に「コミュニケーション」「情報入手」「移動」の3点に困難があり、かつ聴覚・視覚障害の程度や受障時期によって困難の度合いは非常に多岐にわたる。そのニーズに対応するためには、盲ろう者個人の状態に応じた独自の支援が必要である。平成24年に全国盲ろう者協会が実施した実態調査によれば、我が国における盲ろう者の人口は14,000人程度であるが、そのうち日中の過ごし方を「就労(正社員)」あるいは「就労(正社員以外)」と答えたのはわずか114名である1)。 以上のことから、個別性の高い支援が求められる盲ろう者の就労においては、前例が非常に少なく、支援現場では常に試行錯誤の状態であることが想定できる。特にコミュニケーションの困難性においては、触手話や指点字等といった方法2)が存在するが、その方法が保障される環境には制約があるため情報入手が希薄であるという2次的障害が考えられ、現場においてはコミュニケーションを通した職務態度の習得に独自の工夫が必要である。 本発表では当事者として、職場での取り組みを紹介し、盲ろう者の一般就労における課題について解説する。 2 事例(対象者A) (1) 略歴 本事例の対象者であるAは先天性盲ろう者であり、主なコミュニケーション手段は触手話である。その他点字も習得しており、点字を活用したパソコンの利用や50音ボードを用いた会話なども可能である。難聴幼児通園施設、聴覚及び視覚特別支援学校、私立大学を経て、2020年3月に筑波技術大学大学院を修了した。現在は週に3日筑波技術大学の事務補佐員として働いている。 (2) 就職までの経緯 盲ろう学生支援の前例がわずかである中、Aは大学院在籍時に、授業の情報保障・歩行環境の整備(点字ブロックの敷設等)などの支援を受けてきた。その経験から後進の障害者が学びやすい・働きやすい環境を作っていきたいという本人の思いがあったことから、学内で協議が行われ、昨年度4月に大学の事務補佐員として就職した。 (3) 職場の状況と支援体制 ア 所属部署・業務内容 所属部署:総務課広報・情報化推進係 業務内容:SNSによる情報発信、メールマガジン・WEBマガジンの作成、学内資料の作成等 イ 人的体制 係内(常勤):係長1名、専門職員1名、主任2名 係内(非常勤):事務補佐員1名(A)、支援員2名(Aの勤務日に合わせて交代で勤務) 支援担当教員:3名(内1名は大学院時代の副指導教員) ウ 支援者(支援員・支援担当教員)の役割分担 支援員が上司・同僚との会話の通訳や、Aが作成した文書の体裁の確認等を担っている。支援担当教員は支援員や上司・同僚へのスーパーバイズを行う。 3 経過と課題 (1) 就職当初の状況 先天性盲ろう者であるAの場合、生まれた時から見えにくい・聞こえにくい状態であるため、「見たことがない」「聞いたことがない」ことによる経験的不足・情報不足が多くあり、周囲の状況を見て・聞いて判断し、行動するということへの困難性が高いと考えられる。 そのため、就職当初より上司・同僚以外に支援担当教員が常に同席し、通常の新人研修では補えない部分として、他の職員の勤務時間中の行動や会話内容、社風・社会的マナーや常識といった情報を場面に応じて提供した。併せてAへの継続的支援が行えるよう、支援員を雇用し、必要に応じてAへの支援を行う体制を整備した。 また作業の習得として、パソコン訓練を行うとともに、点字表示に対応したソフトウェアや機器を導入するなど、Aが働きやすい環境を整備した。 以上の取り組みによって、在宅勤務時に、支援員らとチャットシステムを用いたやりとりを行いながら、単独での作業が可能になる等、一定の成果がみられるようになった。 (2) コミュニケーションと業務の進捗管理における課題 Aに必要な作業の習得と環境整備が進んだ一方で、日々変化する社会や状況に臨機応変に対応することが難しく、同僚・上司とのコミュニケーションや業務の進捗管理において、一定の成果をあげることが課題となった。 具体的にはAは、「指示通りにできずに指摘を受けたときにどう説明すればよいか」、「成果を挙げるためにできない部分をどう伝えればよいか」といったことを判断することができず、上司・同僚との報連相(報告・連絡・相談) p.15 がうまくできない、これら自体を怠る等といった課題が散見されるようになった。さらに通訳を受けながらメモを取るということが難しいために、指摘されたことを実行できなかったり、本人と上司の間に認識のずれがあるにもかかわらず、それに気づかず、業務のミスや遅延が生じたりするようになった。 その要因として、Aは作業中に周囲の会話や行動を見聞きすることができないこと、アルバイトを含めた就職前の社会経験が希薄であったこと、それゆえに現場でのビジネスコミュニケーションや上司・同僚・取引先等とのかかわり方について学ぶ機会が少なかったことから、業務遂行に際して、判断できるだけの情報と過去の経験・知識が不足していることが考えられる。 これらの課題に対し、次のように取り組みを行った。 ア 支援者との情報共有と対策の検討 会話内容の振り返り、メールを含めた上司への報告・相談内容の確認、スケジュールの確認、業務上のトラブル・ミス・遅延の報告等 ※支援員はこれらの共有や相談を受け、周囲の状況(相手の忙しさや声をかけるタイミング、表情やトラブル時の行動等)を踏まえたアドバイスと状況説明を行う。 イ メモの仕方の検討と実行 会話を録音して支援員に文字化してもらう、ミーティング中に会話を止めて本人がメモをする、ミーティング終了後に本人がメモをする等 ウ 自分用の業務マニュアルの作成と確認 追加指示や変更事項の記入と業務前の確認 エ 1日の業務の進捗状況・次回の業務内容の記録と関係者との共有(勤務終了時等) オ 必要に応じて本人より支援者・同僚・上司・知人への確認・相談の強化 (3) 成果と現状 上述した取り組みにおける成果の一例として、作業の中途で上司から新たな工程や留意事項が追加された際に、Aがその指示を失念しやすいという状況が頻発したことから、上述のアとオの方法を実践した。上司との会話内容について支援者と共に振り返りを行い、状況を整理したところ、メモの内容に不備があったことが明らかとなり、またAが社会経験の豊富な知人に相談したところ、「業務マニュアルの更新時に変更した日付と共に注釈を入れると良い」との助言を得た。Aは他者が行う対処行動について情報を得たことで、自分に合った対処方法を検討することができ、メモの取り方の工夫をするようになり、上述イとウの対処行動が習慣づけられた。 またもう一例大きな課題となっていたことは、公開期日のある学内資料等の作成が間に合わないことである。日頃から上述のエにより、業務の進捗状況を記録していたAは、改めて支援者と作業工程の振り返りを行い、各工程に要する時間を概算した。その結果、最終締め切り日から逆算し、数日の余裕を持って自分の中での締め切りを設定するようになるとともに、その締め切りを忘れずメモに残すことで、期日に対する意識を高めることができた。さらに、作業の効率的な進め方について同僚に相談したところ、Aはそれまで他部署等への確認作業を全てメールで行っていたが、メールに頼らずに直接先方に会いに行ってもよいとの情報を得たことで、効果的に支援者による通訳を活用し、確認業務にかかる時間を大幅に削減することが出来た。 一方で、Aの業務管理にはメモが欠かせないが、盲ろうの障害特性上、会話をしながらメモを取ることが難しく、作業を優先するとメモの時間が取れないことも多いため、限られた時間内ですべての課題を解決することは困難である。現在にいたっても支援者らとのミーティングへの適切な時間配分や業務の効率化を模索している状況である。 4 盲ろう者の一般就労(まとめ) 我が国では東京都盲ろう者支援センター等において、盲ろう者向けの生活訓練等が行われているが、先天性盲ろう者が一般就労にいたるためには、作業内容の習得だけでなく、本人が周囲の状況(他の人の行動等)やそれに合わせたコミュニケーションの内容・バランス・タイミング等を把握することが必要であることが考えられる。そのためには、支援者として周囲の状況を把握するとともに、本人が適切なコミュニケーションや業務遂行を判断できるだけの情報の提供をすることが必要であろうということが、Aの事例によって明らかにされた。また本人が業務遂行と上司・同僚とのコミュニケーションにおいて、職務上の成果をあげるためには、現役の職員との交流やインターンシップを含めたビジネスに関する経験と知識の蓄積が必要であろうということが想定された。 今後は盲ろう者の就労の拡大に向けて、盲ろう者自身が様々な状況に臨機応変に対応できるとともに、関係者との信頼関係を築くために必要な支援のあり方を検討したいと考える。 【参考文献】 1) 全国盲ろう者協会:厚生労働省平成24年度障害者総合福祉推進事業盲ろう者に関する実態調査報告書, 2013 2) 全国盲ろう者協会:盲ろう者とは、2021.8.14閲覧 http://www.jdba.or.jp/deafblind/top.html 【連絡先】 森 敦史 筑波技術大学総務課広報・情報化推進係 E-mail:atsushi-mori@ip.mirai.ne.jp p.16 障がい者は企業の戦力となり、その活動を企業戦略そして社会的価値とし持続可能な社会SDGsの実現に貢献する ○笹 さとみ(The Links株式会社 with SARAYA 取締役兼業務部長/障害者職業生活相談員/精神障がい者・発達障がい者職場サポーター・雇用環境整備士(第Ⅱ種)・企業在籍型職場適応援助者) 1 はじめに The Links株式会社(以下「Links」という。)は、ともに働く喜びを通して障がい者の「芽生え」「成長」「自立」をサポートし、開かれた社会の発展に貢献するということを企業理念としている。これは、SDGs世界的目標17の中の「8働きがいも経済成長も」のゴールへと働きかけている。 また親会社サラヤでは、互いに密接な関係にある「衛生」「環境」「健康」という3つのキーワードを事業の柱とし、持続可能な社会を築くため常に課題解決に向け、SDGsを企業活動の目標に取り入れている。このようなSDGs先進企業のもと、Linksが誕生した。このLinksが特例子会社の認定を受けたことで今年度よりグループ通算での雇用率算定が可能となる。 今年8月付けのグループ全体の障がい者雇用率は2.70%となり、法定雇用率を大きく上回る結果となった。各グループの実雇用率は表1の通りである(表1)。 表1 サラヤグループ内実雇用率 2 The Links株式会社の誕生 障がいのある方の雇用機会を増やし、特別な配慮をしながら安定して就労できる障がいのある方たちのための会社である。また、障がい者雇用に特化した事業を展開し、障がいのある方たちの自立を支援し、それぞれに技術を身に着けていただき自立をして、社内外でも働くことができるサイクル的な環境づくり目指している(図1)。 図1 理念をもとにLinksが目指している形 3 シェアードサービスによる障がい者雇用 Linksは、シェアードサービスの会社である。事業内容の概要については以下とする。 ① グループ内各種業務の受託 ② 情報処理サービス関連業務 ③ 総務および庶務関連業務 ④ 障がい者採用・就労支援業務 ほか 中でも、親会社サラヤの営業サポート業務を基本とし、データメンテナンスであるPC作業、梱包や仕分けなどの軽作業に取り組んでいる。以下営業サポート業務の内容とする。 ① 顧客データメンテナンス ② 商品画像メンテナンス ③ プログラミング処理 ④ CADオペレータの補助 ⑤ 営業研修資料、研究文献などOCR処理 ⑥ 商品サンプル作成、梱包、発送 ⑦ 講演資料のコピー、製本、発送 ⑧ ラミネート加工作業 4 障がいの特性を活かし、能力を見極めて伸ばす 例えば、毎日平均100件以上抽出される顧客データへユニークコードを付与する作業では、尋常ではない集中力を発揮する。 このわき目もふらず仕事をする特性はパフォーマンスとして発揮され天才肌としてどんどん能力を伸ばすことができるのである。 また、自分の興味がある分野への集中力も極めて高く、熱心に取り組むことができる。 p.17 先に挙げている、プログラミング処理やCADオペレータの補助、商品画像メンテナンスなどがそれである。 このように特性を活かすことでそれが強みとなり、実績が評価へとつながっていく。強みとする実績の評価は彼ら彼女らのモチベーションにつながる。能力を見極めることは、会社の生産性向上にともない、相乗効果が生まれる。 5 これまでのノウハウを社会的価値へ 障がい者雇用に携わり約7年になる。これまでに多くの関係者の方の協力も得ながら障がい者雇用に取り組み、経験を重ねてきた。これらの経験から培った経験と多くの事例を広く社会へ発信していく。 これまでの経験値をノウハウとし、社会が抱えている課題への対応として障がい者の職域を拡充し、障がい者雇用の促進につなげていく。 6 今後/まとめ Linksで働いている障がいのある方が発揮するパフォーマンスを親会社サラヤグループへ発信し、障がい者雇用の促進を行っている。この発信を続けていく中で、当社Linksが取り組んでいる企業価値がどんどん浸透している。結果、現在サラヤグループから多くの業務を受諾している。今後も業務の依頼は増加の傾向である。これは、サラヤグループが当社の価値を期待しているからこそではないだろうか。 また、業務増加に伴い、障がいのある方の職域も拡充される。このことにより、障がいのある方のできることが増えると本人の成長へとつながり、それが企業価値にもつながるのである。 また、SDGsのコンセプトとして、「誰一人取り残さない」ことが挙げられているがこれは、障がい者雇用にも言及していると考える。 Linksでは、障がいのある方の気づかなかった特性を見つけ出し、その特性を活かした業務に取り組みスキルアップしてもらう。そうしてステップアップし、適材適所への配置転換もねらう。一人ひとりのできることを見出し、できることを仕事とする。当社企業理念をもとに「誰一人取り残さない」社会へめざしていく。 今後さらにLinksにおける障がい者の積極雇用、サラヤグループにおける職場定着支援など、障がい者雇用の推進に取り組んでいき、持続可能な社会SDGsの実現に貢献していく。 【連絡先】 笹さとみ The Links株式会社 TEL :06-7669-0254 / Mobile:080-8335-3465 sasa@saraya.com p.18 行動活性化を目的としたアプリ導入および秋葉原academyにおける研修実践効果 ○秋山 洸亮(株式会社アウトソーシングビジネスサービス Supervisor(公認心理師・臨床心理士)) 1 はじめに COVID-19が労働市場に与えた影響については、すでに多くの分析が存在する(Couch, Fairlie, and Xu, 2020)。しかしながら本邦においては、対策や分析などを本格的にレビューした研究は少ないのが現状である。そこで、本実践発表では、株式会社アウトソーシングビジネスサービスにおけるリモートワークを中心とした職場環境におけるストレス等に対する対策および研修効果と今後の展望について報告することを目的とする。 2 【実践報告1】行動活性化を目的としたアプリ導入 (1) 問題・目的 COVID-19の影響によりリモートワークが社会的に増加傾向にある。株式会社アウトソーシングビジネスサービスにおいても多くの従業員がリモートワークによる業務を行っており、経団連の要請による7割減を達成している。また、従業員約300名を対象としたアンケート調査によるとリモートワークにおける業務快適度は、「問題ない」、あるいは「快適」が圧倒的に多い結果となっていた。しかし、リモートワークにおけるデメリットも存在する。リモートワークによる孤独感の強まりや外出困難によるストレス、そして、評価が難しい点などが存在する。そこで株式会社アウトソーシングビジネスサービスでは、行動した従業員がその分だけ認められるデジタルプラットホームとなるアプリを株式会社日本oracleと協働開発し、導入を行った。 (2) 導入内容 2021年4月より運用を開始し、主な内容をTable1に示す。アプリから研修参加を行うことができる。また、コンディションチェックを実施すると、自身でチャートとして確認することも可能なので、気づきにもなり、支援員も随時確認することができるシステムになっている。機能の中には「ありがとうメッセンジャー」というものがあり、リモートワークで示すことが難しい感謝のメッセージを気軽に送ることができ、Self-Compassionを育むことを目的に導入している。 Table1 主な導入内容 Tabel1のキャンペーンに加え、Teams(Microsoft)での会議参加回数や、メール返信数、勤怠時刻等のデータからアクティビティの評価がされる。また、その達成度によってポイントが付与され、インセンティブとしてフィードバックされるサイクルになっている。サイクルについてFig.1に示す。 Fig.サイクル p.19 3 【実践報告2】秋葉原academyにおける研修実践効果 (1) 問題・目的 新入社員が入社直後から在宅勤務になることも考えられる。実際に2020年4月入社だったものの、在宅勤務スタートになった社員は社会的にも多いことが考えられる。また、障害者雇用において、就労移行等の支援機関においてプログラムや訓練を受け、入社に至ったとしても、就労定着率が高いとは言えないのが現状である。そういった状況の中、株式会社アウトソーシングビジネスサービスでは、秋葉原にアカデミーを展開し、社員として研修を受け、自分に適した仕事を見つけることや、能力を伸ばす場として展開してきた(秋山,2020)。本実践発表では、2020年に入社した13名の社員のうち1名の研修実践効果についてケース紹介を行うことを目的とする。 (2) 方法 時期:2020年10月~2021年5月 対象者情報:2020年4月入社 障害名:自閉症スペクトラム障害 AQ(Autism-Spectrum Quotient):24点 研修導入背景:入社直後のリモートワークにより、職場適応が難しく、抑うつ感を表出していたため、研修を通して職場適応を促すことを目的に導入。 実施方法:インテークを対面で行い、以後、Teamsによるオンラインでの研修となった。 効果測定:K6※(Furukawa et al., 2008) ※K6とは、過去30日間の抑うつ・不安(心理的ストレス)を測定するために開発された6項目からなる尺度である(上川,2015)。国民生活基礎調査において、うつ・不安障害に対するスクリーニングとして用いられることがある。0-24点で得点化され、5点以上の場合、何らかのうつ・不安の問題がある可能性があり、10点以上の場合、国民生活基礎調査でうつ・不安障害が疑われる。また、13点以上の場合、重度のうつ、不安障害が疑われるとされ、以上の基準から評価することが可能な尺度となっている。 研修・プログラム内容をTable2に示す。 Table2 研修内容 (3) 結果 月1回K6を実施した結果の推移をFig.2に示す。 Fig.2 K6の推移 (4) 考察 研修開始当初、抑うつ感を表出しており、つまずくと頭を打ちつける等の行動まで表出していたが、Fig.2の推移にもみられるようにK6も低下、問題行動も表出しなくなった。抑うつ感が強かったものの、臨床的観点から当初自分の気持ちは何か、疲労感はなにか感じ取ることが難しかったことが考えられ、その点がK6にも多少影響を及ぼしていた可能性が考えられる。 また、職場適応が困難であったが、現在では、研修を終え、リモートワークを中心として業務に従事している。 本実践報告では、K6が低下し、職場適応につながったケースであったが、あくまでケース報告であり、信頼性・妥当性に乏しい点があげられる。今後、サンプル数を増やし、信頼性・妥当性の担保された研究を実践していくことが必要であると考えられる。 4 今後の展望 株式会社アウトソーシングビジネスサービスでは、秋葉原だけでなく、関西academyや九州academyも展開していくことを進めており、academy事業が全国展開になることが想定される。また、現在、東京・秋葉原では、就労移行通所者等を中心に実習受入を開始しており、弊社従業員のみならず、様々な障がい者が株式会社アウトソーシングビジネスサービスの取り組みを通して、学ぶ機会を提供していくことが、質の高い学びにつながり、SDGsとして社会貢献していくことになっていくと考えられる。 【参考文献】 リモートを利用した在宅ストレス対策・研修プログラムの実践(秋山, 2020) 【連絡先】 osbs-academy@osbs.co.jp 【ブランディングサイト】 https://osbs.urtricksters.com/top.html p.20 組織社会化戦術が組織適応に与える影響-民間企業の精神障がい者を対象とした定量的分析- ○福間 隆康(高知県立大学 准教授) 1 はじめに 転職経験のある精神障がい者の現在の所属組織に転職する直前の職場を離職した理由として、「職場の雰囲気・人間関係」(33.8%)、「賃金、労働条件に不満」(29.7%)、「疲れやすく体力、意欲が続かなかった」(28.4%)、「仕事内容が合わない」(28.4%)、「作業、能率面で適応できなかった」(25.7%)という結果が示されている1)。この「仕事内容が合わない」という理由は、自ら選択して就いた仕事にも関わらず、実際に仕事をしてみると、「自分には合わない」という期待と現実との不一致が離職の原因になっていると言い換えることができる。 この不一致を減少させるために、企業による現実的な職務の事前説明(realistic job preview)、職場体験実習、トライアル雇用など入社前にマッチングの質を高める方策が実施されている。中でも職場体験実習は、企業が障がい者を実習生として職場に受け入れ、実際に業務を実習として体験してもらうことでお互いを知ることができるものであり、多数の企業で実施されている。 しかし、現実には入社前の段階で適性を見極めることは難しい。精神障がい者の雇用上の課題として、「会社内に適当な仕事がない」、「精神障がい者を雇用するイメージやノウハウがない」、「採用時に適性、能力を十分に把握できない」という項目が上位に並んでいる2)。企業は本人の希望や障害状況を勘案して仕事に配置しようとしているものの、実習期間中に知ることのできる障害状況や職業能力には限りがあり、支援機関から情報をもらうにも限界がある。そのため、採用段階でミスマッチを生じさせ、「仕事の不一致」につながっていると考えられる。 精神障がい者の中長期的な就業継続を妨げる要因には、「職場の人間関係が広がることによる対人的なトラブルの増加など、習熟・慣れによる新たな問題」、「直属の上司や指導の中心的な役割を担っていた社員の異動など、職場の変化への適応」があると言われている3)。したがって、組織は個人と仕事を適合することができ、個人も適職に就いたとしても離職を食い止めることができるというわけではない。つまり、精神障がい者の職場定着の問題は、入社前のマッチングの質向上だけでは解決できないと言えるだろう。精神障がい者の離職を食い止める方策として、入社後に自身が就職した企業、就いた仕事を通じて自ら環境に適応し、組織人としての生き方を学んでいこうとする学習プロセスを支援する必要があるのではないか、これが本研究の主要なリサーチクエスチョンである。 以上のような問題意識に基づき、本研究では、精神障がい者の職場定着問題の解決策を新たに加入した組織への参入過程の支援という観点から、新規入職者の組織参入過程をテーマにした組織社会化研究に基づいて検討する。組織社会化(organizational socialization)とは、「個人が組織内での特定の役割に自分自身を適応させていくための学習の内容とプロセス」と定義される4)。 組織社会化研究では、組織からの期待に重点が置かれ、どのようにして個人を組織に適応させるか、組織として期待する行動を学習させるかといった成員性の獲得方法が中心である。組織社会化の段階モデルでは、新規参入者が乗り越えるべき課題が順を追って記述されている。新規参入者は入社後の初期キャリア発達課題として、組織への社会化を通じ、円滑な組織適応を果たすことが求められている。 しかし、組織社会化プロセスで個人の感情や態度の変容はどのようなメカニズムで生起するのかといった個人の心理状態を実証的に検証した研究の蓄積は十分ではない。新規参入者の離転職問題を解決するためには、成員性の獲得だけでなく、個人が組織に留まろうとする心理的要因を明らかにする必要があるだろう。 新規参入者の離転職を説明する要因を明らかにするためには、組織内キャリアの発達に関する研究が参考になる。たとえば、Schein5)は、組織社会化プロセスを「氷解(defreezing)」、「変容(change)」、「再氷結(refreezing)」の3つの局面に区分し説明している。行動変容の段階モデルでは、個人はまず、組織に参入する以前に持っていた価値や態度などを捨て、つぎに新しい価値や態度を習得し組織に順化し、最後に新しく学習したことが定着するという段階が想定されている。そして、組織に参入したとき、最初に個人が組織に対して形成していた期待と、組織の現実との間に対立や葛藤、幻滅が生じ、その結果、組織への不満、組織への愛着の低下といった不適応状態や離職につながることが指摘されている6)。そこで本研究では、入社後、組織が個人の適応をどのように支援すべきかに焦点を当て、組織適応状態におよぼす社会化戦術の影響を明らかにすることを目的とする。 2 調査対象・方法 本研究は、上記の研究目的を達成するため、組織社会化戦術、組織社会化、情緒的コミットメント、職務満足、お p.21 よび離職意思測定尺度を用いて、民間企業の精神障がい者を対象にインターネット調査を行った。まず、組織社会化戦術、組織社会化の因子構造を確認するため、探索的因子分析を行った。つぎに、各変数間の相関分析を行った。続いて、組織社会化戦術が組織適応変数に与える影響を調べるため、重回帰分析を行った。 3 結果 分析の結果、仮説モデルについて、つぎのような発見事実が得られた。 ・社会的戦術は職業的社会化、文化的社会化、情緒的コミットメント、職務満足に正の影響をおよぼし、離職意思に負の影響を与える。 ・文脈的戦術は職業的社会化、情緒的コミットメント、職務満足に負の影響を与える。 ・内容的戦術は職業的社会化、文化的社会化、情緒的コミットメント、職務満足に正の影響を与える。 4 考察 社会的戦術は、適応の指標である職業的社会化、文化的社会化、情緒的コミットメント、職務満足、離職意思のいずれにも影響をおよぼしていることが確認された。これは、人との接触の仕方が組織や仕事に関する知識レベルの理解、組織への愛着、仕事に対する肯定的な感情を高め、組織への不満解消につながることを意味している。 障害者職業総合センター7)によると、精神障がい者が職業生活を振り返っての自己評価項目として、「上司や同僚から学ぶことが多かった」(81.6%)という結果が示されている。社会的戦術は、会社の上司、先輩や同僚が役割モデルとしての役目を務めることを促し、中途採用者により多くのソーシャル・サポートを与えるものであることから8)、組織内の重要な他者と良質な関係を構築し、それをうまく活用することで組織適応を促すことができると考えられる。本研究の結果を踏まえれば、配属された職場のメンバーとのコミュニケーションの仕方を意味する社会的戦術が、精神障がい者の組織適応の促進に重要であると言えるだろう。 文脈的戦術は、適応の指標である職業的社会化、情緒的コミットメント、職務満足に対して負の影響をおよぼしていた。これは、新規参入者の組織適応で効果的と考えられている体系立てられた導入時研修が、仕事に関する知識レベルの理解、組織への愛着、仕事に対する肯定的な感情に悪影響をおよぼすことを意味している。障害者職業総合センター9)によると、職業生活の充実のために希望する項目として、精神障がい者の45.6%が「仕事に関する教育や訓練の機会がもっと欲しい」と回答している。これに対し、精神障がい者に対する雇用管理上の工夫や配慮事項として、「社内の集合研修を受講させる」(33.5%)、「社外の研修を受講させる」(11.0%)という結果が示されている10)。 精神障がい者は、採用前の段階で支援機関から、勤務場所、業務内容などがある程度明らかにされ、職場見学や実習を行うものの、これまでの職業経験を生かして業務を行うイメージを持ちにくいので、不安を感じることが多いであろう。以上より、精神障がい者の希望や状況に応じて、入社時に導入研修が十分実施されていないため、職業的社会化、情緒的コミットメント、職務満足に対する文脈的戦術のマイナス効果がみられたと考えられる。 内容的戦術は、適応の指標である職業的社会化、文化的社会化、情緒的コミットメント、職務満足のいずれにも正の影響をおよぼしていた。これは、社内の主要なキャリアパスの明示が、組織や仕事に関する知識レベルの理解、組織への愛着、仕事に対する肯定的な感情を高めることを意味している。 福間11)によると、社内資格制度の導入および職位の任命は、仕事に対する責任感の自覚や職場の一体感を醸成することが示されている。本研究の結果を踏まえれば、内容的戦術には、組織内でのキャリア発達(昇進等)に関する情報を企業が提供することで、精神障がい者が抱える将来についての不安を低減し、組織への愛着や定着を促進する効果があると言えるだろう。 付記 本研究はJSPS科研費18K12999の助成を受けたものである。 【参考文献】 1)厚生労働省『平成25年度障害者雇用実態調査結果(2014), p.39 2)厚生労働省『平成30年度障害者雇用実態調査結果(2019), p.25 3)松為信雄・菊池恵美子編『職業リハビリテーション学:キャリア発達と社会参加に向けた就労支援体系』[改訂第2版],協同医書出版社,(2006) 4)Chao, G.T., O’Leary-Kelly, A.M., Wolf, S., et.al., Organizational Socialization: Its Content and Consequences, Journal of Applied Psychology, 79(5),(1994),p.730 5)Schein, E., Career Dynamics: Matching Individual and Organizational Needs(二村敏子・三善勝代訳『キャリア・ダイナミクス』,白桃書房,(1991)) 6)佐々木政司『組織社会化過程における新入社員の態度変容に関する研究:幻滅経験と入社8ヶ月後の態度・行動の変化』「経営行動科学」8(1),(1993),p.24 7)障害者職業総合センター『精神障害者の雇用管理のあり方に関する調査研究』,「調査研究報告書№109」,(2012),p.63 8)竹内倫和・竹内規彦『新規参入者の組織社会化メカニズムに 関する実証的検討:入社前・入社後の組織適応要因』「日本経営学会誌」23,(2009),p.41 9)前掲書7)p.65 10)前掲書7)p.24 11)福間隆康『知的障がい者の仕事への動機づけに関する事例研究:承認の方法を中心に』「高知県立大学紀要社会福祉学部編」65,(2016),p.76-77 p.22 医療機関における、モチベーションに重点を置いた就労支援~IPS就労支援モデルに基づく実践~ ○川本 悠大(社会医療法人清和会西川病院 作業療法科 作業療法士) 澄田 依子(社会医療法人清和会西川病院 相談サービス課) 林 輝男 (社会医療法人清和会西川病院 医局) 1 はじめに 厚生労働省によれば、障害者のハローワークへの新規求職申込件数は平成21年度から毎年増加し、令和元年度には223,229件に上っている1)。中でも精神障害者の申込件数は平成21年度の3.23倍に上り、他障害と比較しても突出した急激な増加を認めている。さらに統合失調症患者を対象として行われたリカバリーゴールに関する意識調査で、当事者が自身のリカバリーゴールとして最も多く挙げたのは「働くこと」であったことからも2)、近年の精神障害者の就労に対するニーズの高まりは極めて顕著と言える。 社会医療法人清和会西川病院(以下「当院」という。)では2016年からIndividual Placement and Support就労支援モデル(以下「IPS」という。)に基づき訓練を経ずに直接一般企業での就職を目指す個別就労支援を提供する支援チーム、S・IPSを立ち上げた。IPSでは本人の「働きたい」というモチベーションを中核に据え、それを尊重しながら支援を展開する。本報告では、支援内容、実績に加え、症例報告を提示し訓練を経ず本人の希望、モチベーションを優先した支援でなぜ症例が一般就労を実現出来たのか考察する。 2 IPSとは IPSとは米国で開発された、一般就労を通して精神障害者個人のリカバリーを目指す就労支援モデルである。現行の、事業所で訓練を段階的に行い、就労準備性を高めた上で一般就労を目指すtrain-placeモデルに基づく支援とは異なり、「その人が将来どの様な仕事に就くかは誰にも予想が出来ない」という考えから、事業所等での訓練期間を設けず、一般就労を希望すればすぐに就職活動を開始し、必要なスキルは就職後働きながら習得することを目指す、place-trainモデルに基づいた支援が特徴である。IPSは、支援効果について科学的なエビデンスが示されており、従来の支援と比較し約2.5倍高い就労率が示されている。 IPSには支援を行う上で最も重視すべき8つの原則が定められ、それに忠実に支援を行うほど就労率も高まる事が示されている。以下に8つの原則を示すが、原則の中でも特に、『クライアントの好みの尊重』が支援の中で鍵となる事が多い。当院ではIPSの原則に可能な限り則り就労支援を行っている(表1)。 表1 IPSの8原則 3 支援実績 S・IPSの開設から2021年6月末までの実績を報告する。 S・IPSの利用者は6年間で141名、延べ就職件数は173件で、離職件数は88件だった。就職者のうち、全体の72%は障害を開示して就職した。IPSでは障害の開示についても利用者の好みを尊重するため、障害を開示しない場合でも就労支援を提供する(表2)。S・IPSの支援を受けて就職した方の平均就労期間は306日であった。 図1はS・IPS利用開始時の利用者のサービス利用状況である。当院は精神科デイケア、就労継続支援A型・B型事業所も同一法人内で運営しているが、S・IPS利用者のうち最も多いのは外来通院のみの方であった。就労希望がありながらも事業所等に繋がらない外来通院者も存在することが推察される。また、入院中から就労支援を開始するというのもS・IPSの特徴の一つである。 表2 2021年6月末までの就職、離職、障害開示の件数 図1 S・IPS利用開始時のサービス利用状況 p.23 4 ケース報告 (1) ケース概要 30代男性、躁うつ病(精神障害者手帳3級) 地元の大学卒業後、一般企業に就職。1年後朝起きられなくなり、X年7月より精神科クリニック通院。以後転職を繰り返す。X+3年5月から不安、焦燥感、動悸、疲労感を訴え早退を繰り返し、X+3年7月当院入院。両親とは同居困難のため、債務整理をして生活保護を受給し、アパートへX+3年10月に退院。その後精神科デイケア、X+4年7月から就労継続支援B型事業所(以下「B型」という。)を利用開始。1年後の一般就労を目標としていた。B型では、作業能力には大きな問題はないが、体調不良を理由とする欠勤が多かった。X+5年9月よりS・IPSの支援を開始した。 (2) 支援経過 S・IPS支援開始と共に本人の就労に対する希望や強みを面談を通して確認し、併せてハローワークの相談に同行し、「一般就労したい」という本人の希望を尊重してモチベーションを高める支援を行った。面談やハローワークでの相談を行う中で、学生時代のアルバイトでタイヤ交換をしていたこと、そのアルバイトを気に入っていたこと、バイクのエンジン音から異常に気付いた等のエピソードが思い出され、車にも強い興味を持っていることが改めて共有出来たため、車に関わる仕事に絞って就職活動を進めた。 車の部品の製造やバス会社の整備業務など本人が興味を持った求人へ障害を開示し見学や応募を続けたが就労にはなかなか至らなかった。しかし、あくまでも本人の「やりたい」と思う仕事、企業探しを継続した。 職場開拓を行う中で、支援者が発見したガソリンスタンドの求人に応募し、採用に至った。1日6時間、週5日の勤務を開始したが、予想に反してB型で見られたような体調不良による欠勤はなかった。以後、勤務時間、勤務日数は本人、会社と検討しながら延長する事が出来た。採用後も支援者は職場に定期的に訪問し、職場の意見を確認すると共に、本人とも面談や電話連絡によるフォローアップを図り、定着支援を継続した。 最終的には、週6日勤務をこなし、生活保護を終了し、学生時代の奨学金を完済するに至り、念願であった自家用車を購入した。 (3) まとめ IPSでは求職活動中のモチベーションの維持と共に、就職後のモチベーションの維持を積極的に図る。そのため、一般就労を希望した方には誰でも支援を提供する。今回のケースでも本人の「一般就労したい」というモチベーションを否定したり、「まずはB型への出勤が安定してから」と段階的な目標を設定することはせず、一般就労に向けた就職活動を行った。また、面談などを通して共有した本人の興味や強みを活かせる仕事に絞って就職活動を行うことで就職活動に対する本人のモチベーションを維持することが出来た。B型利用時と比較すると勤務時間、勤務日数も増加した仕事でも本人は楽しみながら仕事を継続する事が出来た。就労継続を実現した時の本人へのインタビューの中で、「なぜ休まずに就労出来るのか」との問いに、本人は「小さな職場なので自分が休むとみんなに迷惑が掛かる」、「一職員として認められているから」と語っている。一般企業というリアルな職場環境が就労後のモチベーションの維持に大きな役割を果たしたことを示している。 支援者として、「誰がどの様な仕事に就くのか、どの様な仕事で上手くいくかは予想出来ない」からこそ、本人の好みを何よりも尊重するという原則に基づき支援を行うことが重要だと学んだケースであった。 5 まとめ IPSは一般就労を通して利用者のリカバリーを目指す就労支援である。特に、利用者の「働きたい」というモチベーションを尊重、維持、強化し、本人の好みを何よりも尊重する支援を行うことで、一般就労率を高めるだけでなく、リカバリーの実現に対しても寄与できる。 精神障害者の就労の成功のためには、その特性や価値観の多様性に応じた支援を提供していくことが必要と思われる。B型などのような、通所して段階的にステップアップをしていく支援を望む方もいれば、IPSのようにすぐに現実の職場で働きたいと希望する方もいる。彼らの多様なニーズに応えることで、結果的にモチベーションを維持、強化し、より高い成果を得ることが出来るのではないだろうか。今後の就労支援制度のあり方を議論する上でIPS的な視点は有益であると考える。 【参考文献】 1)厚生労働省報道発表資料『令和元年度 障害者の職業紹介状況等』.厚生労働省,(2019) 2)藤田英美,加藤大慈,内山繁樹ほか『統合失調症患における疾病管理とリカバリー(Illness Management and Recovery:IMR)の有効性』,「精神医学55(1)」,医学書院(2013),p.21-28 3)Becker,D.R.,&Drake,R.E.(大島巌,松為信雄,伊藤順一郎監訳)「精神障害をもつ人たちのワーキングライフ IPS:チームアプローチに基づく援助付き雇用ガイド」,金剛出版(2004) 4)サラ・J・スワンソン,デボラ・R・ベッカー(中原さとみ訳,林輝男監訳)「IPS援助付き雇用 精神障害者の「仕事がある人生」のサポート」,金剛出版(2021) 5)伊藤順一郎・香田真希子監修「リカバリーを応援する個別就労支援プログラム IPS入門」,特定非営利活動法人地域精神保健福祉機構(2010) 【連絡先】 川本 悠大,社会医療法人清和会西川病院 e-mail:sips@aroma.ocn.ne.jp p.24 発達障害者の多様な特性(強み)を活かすための相談・支援ツールの開発について ○西脇 昌宏(障害者職業総合センター職業センター企画課 障害者職業カウンセラー) 森 優紀・南 亜衣(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センターでは、平成17年度から知的障害を伴わない発達障害者を対象としたワークシステム・サポートプログラム(以下「WSSP」という。)の実施を通じて、発達障害者に対する各種支援技法の開発・改良に取り組んできた。 WSSPの受講者から「自分の特徴が把握でき、対応策をある程度決めることができた」、「きちんと休憩をとることが出来るようになったり、コミュニケーションの取り方がなんとなくわかったり、仕事に向けての大きな不安を取り除くことができた」等プログラムの有用性を評価する感想とともに、過去3年間(平成30年度~令和2年度)における受講者アンケートの満足度は93%と高い。しかし、「長所や苦手なことを書き出す課題を行った感想」欄には「苦手なことはいくつも書き出せたが、自分の長所を書き出すことは難しかった」「苦手なことは作業中に意識的に確認していたので書きやすく感じた。長所については出来る時もあれば、出来ない時もあると考えてしまって書くのが難しく感じた」等“長所”の見出しにくさを示す感想が散見された。 “長所”と同義的に使用される言葉に“強み(strengths)”という言葉があるが、近年、“強み”に関する研究数は急激な上昇を見せており1)、キャリア教育や心理療法等の幅広い分野で注目されている。駒沢・石村2)は、大学生を対象とした研究において、強みとして自覚している側面が多い学生ほどキャリア意識が高く、キャリアビジョンを明確に持ち、積極的に就職活動をしていることを指摘している。また、石村・駒沢3)は、強みの有効性に関する研究を概観する中で、「強みを活用する人は、ポジティブな自己概念やポジティブ感情とも関連しており、仮にストレス状況に晒されたとしても粘り強く、積極的に目標に向かって成長しようとする意欲を失わずにレジリエンスが高いまま保たれることが窺われる」と述べている。 ポジティブな自己概念や感情を持ちづらいと言われる発達障害者の就労支援において個人の強みに着目することは効果的な職業選択や積極的かつ粘り強い就職活動等を実現する上で重要な視点と言えるが、WSSPの現状として強みの認識と活用を促進するための体系的なツールや講習は整備されていない。そこで、令和3年度から発達障害者の強みの認識とその活用を促すための相談・支援ツールの開発に取り組むこととした。 本発表では、強みの認識に関する阻害要因と促進要因に関する調査結果および技法開発に関する今後の方向性について中間報告を行う。 2 ワークシステム・サポートプログラムの概要 WSSPは、5週間の「ウォーミングアップ・アセスメント期(以下「アセスメント期」という。)」と8週間の「職務適応実践支援期(以下「実践支援期」という。)」の13週間で構成されている。 アセスメント期では、受講者の障害特性と職業的課題について把握している。実践支援期では、アセスメント期で把握した受講者の特性と職業的課題に対する自己対処や、事業主に依頼する配慮事項等の検証を行うため、就業場面を想定したより実践的な支援を行っている。 WSSPは、「就労セミナー」「作業」「個別相談」で構成し、それぞれを関連付けて実施している。「関連づけ」とは、たとえば、「『就労セミナー』で得た職場対人技能等の知識やスキルを『作業場面』で試行し、『個別相談』でその結果を支援者と一緒に振り返る。そして、より効果的なスキルの実行方法等に関する助言を得て、再度『作業場面』で試行する仕組み」のことをいう。 3 強みの捉え方 広義の強みとは、ポジティブな個人の特徴であり、知識、技能、能力、性格特性的強み等を含む幅広い概念である。 本邦では、駒沢・石村4)が、“その人特有の思考・感情・行動に反映される力であり、その人にとって特別な意味を成す、生きる上で頼りになるもの”と定義している。そして、強みを構成する要素として①強みの活用による高いパフォーマンス、②強みの活用に伴う活力感、③自分らしさの主要な側面としての意味付け、の3要素を抽出した。また、強みのパフォーマンスの側面のみに着目すると強みを認識しづらいことを指摘し、「強みの活用に伴う活力感についても十分に意識化し、強みとして意味づけていくことで、強みの発展が促進され、積極的な活用にもつながることが期待できる」としている。 こうしたことから、今回の技法開発において強みを捉える際は、強みの具体的な種類だけでなく強みの構成要素にも着目したいと考えている。 p.25 4 強みの認識に関する阻害要因と促進要因 令和3年4月より、全国の地域障害者職業センターおよび広域障害者職業センター(以下「障害者職業センター」という。)を対象に、発達障害者の支援において強みの認識が困難だったケースの有無、強みの認識阻害要因と強みの認識を促す上で効果的だった支援について自由記述式のアンケートを行った。令和3年6月末時点で、30センターから回答があり、強みの認識が困難だったケースがあったのは29センター、挙げられたケース総数は62ケースとなっている。 強みを認識させにくくする要因として、複数センターから「自己肯定感・自己効力感の低さ、自信のなさ」、「否定的な事象への焦点化(失敗経験へのとらわれ、強みに目が向かない)」、「強みの捉え方(強みとする基準の高さ、強みの範囲の狭さ)」、「強みの実感やイメージの持ちづらさ」、「セルフモニタリングの弱さ」、「強みとする基準が分からない」等が挙げられていた。 一方、強みを認識する効果的な支援は、「強みやできていることのフィードバック」、「成功体験やできていることの振り返り」、「強みの捉え方に関する助言」、「強みに関する具体的なイメージ作り」等が挙げられている。 松田5)は、女子大学生10名を対象にした面接調査により就職活動を通じた強みの発見プロセスを明らかにしている。そこでは、当初「低い自己評価」や「強みに対する曖昧なイメージ」、「日常的な自己への意識不足」、「厳しい強みの基準・定義」が「自分の強みに対する低い評価」につながっていた。しかし、「他者からの指摘・助言・サポート」をもらうことで「強みの基準・定義に対する新たな気づき」や「自己の未知の側面に対する気づき」が得られ、さらに「易しい強みの基準・定義」を持つようになり、就職活動を通じた「自己への意識の高まり」や「強みに対する具体的なイメージ」、「他者からのポジティブなフィードバック」により強みの発見・受容に至っていることが示されている。この結果に出てくる各要素は、先述のアンケート調査で把握した強みの認識阻害要因と促進要因と高い類似性を示しており、今後の技法開発に際して大学生を対象としたキャリア教育プログラムや心理教育プログラム等が参考になると考えている。 5 技法開発に関する今後の方向性 前述した研究結果や障害者職業センターへのアンケート結果を踏まえ、今後の当該技法開発は、次の手順を経ることとしている。 (1) 強みの種類や活用方法に関する整理表の作成 過去のWSSP受講者や障害者職業センターの事例収集・分析、先進的な知見の情報収集を行い、強みの種類や活用方法に関する整理表を作成する。 (2) 強みの認識と活用を促すための講習の開発 大学生対象のキャリア教育プログラムや心理教育プログラム等に関する情報収集を行い、発達障害者の認知特性等を踏まえた分かりやすい講習を開発する。なお、講習の構成は、①強みの定義・構成要素・具体例の紹介、②チェックリストを活用した自分の強み探し、③他者の強みを推測するグループワーク、④強みの構成要素に着目して自分の強みが発揮されたエピソードを振り返るグループワーク、⑤自分の強みを意識的に活用した場面を記録するホームワーク等を検討している。また、②で使用する強みのチェックリストは、項目ごとにカード化していつでも参照できるようにする。 (3) 強みの認識を促す上で効果的な相談・支援ツールの開発 リフレーミング等の知見を参考に、多角的な視点から強みを検討したりフィードバックできる相談・支援ツールを開発する。 (4) 実践報告書の作成 強みの認識と活用を促す相談・支援ツール等の概要、活用方法、活用上の留意点、ツールを活用した支援事例等をとりまとめた実践報告書を作成する。 6 おわりに 大学生を対象とした先行研究では自分の強みを認識し積極的に活用することの難しさが指摘されている。発達障害者の場合、認知的柔軟性、セルフモニタリング、想像力等に関する障害状況によって支援の力点やアプローチ方法は大学生の場合に比べより個別性が求められる可能性がある。この点については、実践を通じて詳細な検討を行いたい。 【参考文献】 1)津田恭充・島井哲志:潜在的強みの測定とその活用:ポジティブ心理学の更なる発展に向けて,関西福祉科学大学紀要,第21号,p.27-35(2017) 2) 駒沢あさみ・石村郁夫:大学生における強みとキャリア意識及び職業興味との関連,東京成徳大学臨床心理学研究,第15号,p.169-177(2015) 3) 石村郁夫・駒沢あさみ:大学生における強みの自覚がうつ・不安症状に及ぼす影響,東京成徳大学臨床心理学研究,第15号,p.178-186(2015) 4) 駒沢あさみ・石村郁夫:強みと心理的ウェルビーイングとの関連の検討,東京成徳大学臨床心理学研究,第16号,p.173-180(2016) 5) 松田侑子:ポジティブな個人資源を活用した就職活動支援プログラムの開発,科学研究費助成事業研究成果報告書(2014) 【連絡先】 障害者職業総合センター職業センター企画課 e-mail:csgrp@jeed.go.jp Tel:043-297-9042 p.26 精神障害のある短時間労働者に係る雇用及び就労に関する意識 事業所質問紙調査の結果から ○渋谷 友紀(障害者職業総合センター 研究員) 國東 なみの・小池 磨美・竹中 郁子(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 2018年4月より、精神障害のある労働者の雇用において特例措置(週20時間以上30時間未満で働く労働者1人について、従来の0.5カウントではなく、1カウントとする措置)が導入されている。この制度は、2023年3月までの暫定措置である。障害者職業総合センターでは、厚生労働省からの要請を受け、【目的1】特例措置の適用状況、【目的2】特例措置が適用されている労働者(以下「特例適用者」という。)を雇用する事業所(以下「特例適用事業所」という。)の雇用や支援の状況および特例措置に関する考え、【目的3】特例適用事業所で雇用されている精神障害のある労働者の雇用の実態等を明らかにするための研究を実施している 本報告では、【目的2】に対して実施した、特例適用事業所を対象とした質問紙調査より、特例措置に関する考えについて取り上げ、特例措置の利用パターンごとに認識される特徴や今後の雇用方針の違いがあるか検討する。 2 手法 (1) 調査参加事業所 毎年6月1日現在の障害者の雇用状況を国に報告する「障害者雇用状況報告」の2018年の報告事業所のうち、特例適用者を雇用していると回答した事業主4,453すべてに対し調査票を郵送し、その事業主が保有する特例適用者が働く事業所ごとに、2019年9月1日現在での回答を求めた。回答のあった事業所は831であった。1事業所でも回答のあった事業主は756であり、対象とした事業主の全数4,453に占める割合は17.0%であった。 ただし、質問紙の回答から、回答のあった事業所831のうち340(40.9%)の事業所で特例適用者の在籍を確認できなかった(以下特例適用者の在籍が確認できない事業所を「未確認事業所」と呼ぶ。)。本調査は、特例適用事業所を対象としているため、未確認事業所は、本報告における分析の対象外とし、特例適用者を雇用する事業所(以下「雇用事業所」という。)491(回答事業所の59.1%)を分析対象とする。 (2) 質問項目 質問紙調査では、特例措置について、次の①~③について聞いた。 ① 特例措置の利用状況(以下「利用状況」という。): 特例措置を知っていたか(認識)と、意識的に利用したか(考慮)を組み合わせた以下の5カテゴリーから1つを選択 カテゴリー1【認識-考慮】:制度は知っていて、障害者の雇入れや職場定着に当たって考慮した カテゴリー2【認識-非考慮】:制度は知っていたが、障害者の雇入れや職場定着に当たっては考慮しなかった カテゴリー3【非認識-考慮】:制度はあまり知らなかったが、支援機関から情報提供を受けて活用に至った カテゴリー4【非認識-非考慮】:制度はあまり知らなかったが、たまたま制度の要件を満たしていた カテゴリー5【その他】:上記以外 ② 特例措置の特徴(メリット・デメリット;以下「特徴」という。): 特例措置を利用してみて、メリット項目10、デメリット項目5について、自事業所がどの程度当てはまるか、5点のリッカート尺度で評価(項目は全文を示すと長いため、略称で表1に示す) 表1 特例措置の特徴項⽬(略称) ③ 特例適用者を含む精神障害者の今後の雇用方針(以下「雇用方針」という。): 今後暫定措置である特例制度が終了した場合において、精神障害者の雇用に関する項目について、自事業所がどの程度当てはまるか、5点のリッカート尺度から選択(項目は表2) 表2 今後の雇⽤⽅針項⽬ p.27 (3) データ分析 以上の質問項目は、その内容から、図1のような時間的構造があると考えられる。 図 質問項目の時間的構造 ①は②③より、時間的に先行し、②③を規定する可能性がある。そこで、本研究では、① を独立変数、②③を従属変数として、① どのような利用状況の事業所が、② どのようなことを特徴と考え、また ③ どのような雇用方針を取るかを検討する。 分析には、①が名義尺度、②③が順序尺度の変数であることから、②③の平均順位が①のカテゴリーによって差がないか検討することとし、クラスカル・ウォリス検定を用い、多重比較を行う場合はボンフェローニの方法で有意確率を調整したマン・ホイットニーのU検定を実施した。 3 結果 (1) 利用状況と措置の特徴 ②「特徴」の各項目の回答について、①「利用状況」のうち「その他」を除く4カテゴリーで比較した。その結果、【R1-1】利用を考慮した群(考慮群:「認識-考慮」+「非認識-考慮」)で平均順位が大きくなる項目(表1の②a~g,i,j,l)、【R1-2】制度を知っていた群(認識群:「認識-考慮」+「認識-非考慮」)の平均順位が大きくなる項目(表1の②h)、【R1-3】4カテゴリー間での差が小さい項目(表1の②k,m~o)が見出された(図2)。 図2 利用状況カテゴリーごとの特徴項目の平均順位  【R1-1】には、ほとんどのメリット項目(9項目)が含まれたが、デメリット項目である②l=「適用終了後の雇用継続の負担」も含まれた。【R1-1】に唯一含まれなかったメリット項目②h=「雇用率達成のしやすさ」は、認識群が大きくなる傾向を示していた(【R1-2】)。また、②lを除く4つのデメリット項目は、4カテゴリー間の差が大きくなかった(【R1-3】)。 (2) 利用状況と今後の雇用方針 今後の雇用方針の各項目について、利用状況のうち「その他」を除く4カテゴリーで比較した。その結果、【R2-1】精神障害者の雇用に対する積極性を示す項目では非考慮群(「認識-非考慮」+「非認識-非考慮」)の平均順位が大きくなった(表2の③a,b)。【R2-2】短時間での雇用を困難とする項目では、考慮群の平均順位が大きくなった(表2の③d)。【R2-3】雇用に当たって希望する労働時間について聞いた2項目は、4群間で差が認められなかった(表2の③c,e)。 4 考察 (1) 特例措置の認識と非認識 特例措置を認識していた群(認識群)は、目立った傾向ではないが、【R1-2】より、雇用率の達成のしやすさをメリットとして捉える傾向にある。それ以外に、特徴的な傾向は見いだせなかった。 (2) 特例措置利用の考慮と非考慮 【R1-1】より、特例措置の利用を考慮した群(考慮群)では、特例措置について、同僚による理解や特性に応じた配慮などがしやすくなるといった、種々の配慮が容易になることをメリットとして評価する傾向が相対的に大きくなっていた。その一方で、考慮群は、【R1-1】②l=「適用終了後の雇用継続の負担」をデメリットとして回答する傾向、また、【R2-2】今後の雇用方針においても短時間での雇用を困難とする方針(③d=「短時間困難」)を立てる傾向のように、特例措置が終了したのちに精神障害者を短時間で雇用することを負担と考える傾向も確認された。これらの結果は、特例措置利用の考慮を行った事業所が、特例措置によって各種配慮等を実施しやすくなる一方で、特例措置が無くなると短時間労働者の雇用に負担感を感じる傾向があることを示している。 これに対し、特例措置の適用を考慮しなかった群(非考慮群)は、考慮群に比べ、特例措置のメリット・デメリットについて特徴的な傾向は見いだせないが、【R2-1】より、現在の精神障害者の雇用継続(③a)及び適性のある者の新規雇用(③b)を行う方針を立てる傾向があった。これらの事業所は、特例措置を前提としない雇用管理をしている可能性が考えらえる。 これらの結果は、特例措置を意識的に利用しているかどうかで、特例措置の特徴のとらえ方、今後の雇用方針の傾向が変わる可能性を示している。 p.28 精神障害のある短時間労働者に係る雇用及び就労に関する意識 事業所インタビュー調査の結果から ○小池 磨美(障害者職業総合センター 特別研究員) 渋谷 友紀・國東 なみの・竹中 郁子(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 2018年4月より、精神障害のある労働者の雇用において特例措置(週20時間以上30時間未満で働く労働者1人について、従来の0.5カウントではなく、1カウントとする措置)が導入されている。この制度は、2023年3月までの暫定措置である。障害者職業総合センターでは、厚生労働省からの要請を受け、【目的1】特例措置の適用状況、【目的2】特例措置が適用されている労働者を雇用する事業所(以下「特例適用事業所」という。)の雇用や支援の状況および特例措置に関する考え、【目的3】特例適用事業所で雇用されている精神障害のある労働者の雇用の実態等を明らかにするための研究を実施している。 本報告では、【目的2】のために実施した調査のうち特例適用事業所を対象としたインタビュー調査について取り上げる。 この調査は、特例適用事業所が①精神障害者の雇用、特に短時間労働についてどのように考えているか、②特例措置についてどのように考えているのかを明らかにすることを目的とした。 2 手法 (1) 実施方法 2019年に実施した特例適用事業所を対象とした質問紙調査(以下「事業所調査」という。)において特例適用事業所と判断できた491事業所から選定した事業所に自由回答形式の調査票をメールで送付し、メールで回答を得た。 (2) 実施時期 2020年12月から2021年5月まで。 (3) 対象 事業所調査における特例措置が適用されている者の今後の雇用の考え方についての回答を以下の4つのグループに分類した。 ①精神障害者の雇用は困難だが、雇用する ②精神障害者の雇用は困難であり、雇用しない ③精神障害者の雇用は困難でなく、雇用する ④精神障害者の雇用は困難ではないが、雇用しない 各グループから2所以上、各グループの事業所数の比率に応じて、①2所、②2所、③3所、④3所の計10所を対象とした(表1のとおり)。 (4) 分析手順 第1段階:回答データを1文ずつ切片化し、精神障害者の雇用において重要と考えられる語や概念のコード化を行った。 表1 対象事業所 第2段階:生成したコードを研究の目的に則して見直し、コードの抽象化・概念化を進め、概念図の作成を行った。 3 結果 前述した2つの目的に則って分析を進めたが、本報告においては、特例措置についての考えに絞って説明する。 【雇用率制度や特例措置の利用について】におけるコードは13に集約でき、概念図を図1のようにまとめた。 この概念図は、左から時系列に並び、左部分の<特例措置利用の経緯>、中央部分の<特例措置を利用した影響や効果>、右部分の特例措置の利用を踏まえた<雇用率制度や特例措置に対する考え>の3つの領域に分けられる。 (1) 特例措置利用の経緯 特例措置を利用した経緯は2つのコードで示され、雇用率の達成を目的として掲げている「雇用率達成のため利用」と「意図せず結果として利用」というコードに集約された。 (2) 特例措置を利用した影響や効果 前述の<特例措置利用の経緯>において「雇用率達成のため利用」と名付けたコードは、特例措置を利用することで「週20時間勤務の困難な就業者が増加」、「雇用率が達成」、「効果や影響は特にない」の3つのコードにつながっているが、「雇用開始時期の短時間雇用を定着・安定のために有効に活用できる」、「現場では特例措置かどうかは関係ない」にはつながっていない。もう1つの「意図せず結果として利用」というコードは、「20時間勤務の困難な就業者が増加」、「雇用率が達成」、「雇用開始時期の短時間雇用を定着・安定のために有効に活用できる」、「現場では特例対象かどうかは関係ない」、「効果や影響 p.29 図1 概念図【雇用率制度や特例措置の利用について】 特にない」という<特例措置を利用した影響や効果>において集約された全てのコードにつながっている。 (3) 雇用率制度や特例措置に対する考え <雇用率制度や特例措置に対する考え>では、「雇用率の算定基準や納付金の支払い要件、特例措置適用条件などの緩和」を求めているコード、「特例措置は、ありがたい制度」と捉えているコード、精神障害者に係る雇用率のカウントについて現在の制度とは「異なる基準や考え方の導入」というコードに分かれた。  「雇用率の算定基準や納付金の支払い要件、特例措置適用条件の緩和」では、<特例措置を利用した影響や効果>の「現場では特例対象かどうかは関係ない」を除くコードにつながっている。これに対して、<特例措置を利用した影響や効果>のコードから「特例措置はありがたい制度」には、「雇用開始時期の短時間雇用を定着・安定のために有効に活用できる」というコードがつながり、同じく<特例措置を利用した影響や効果>のコードから「異なる基準や考え方の導入」には「現場では特例対象かどうかは関係ない」「効果や影響は特にない」という2つのコードとつながっているのが特徴だといえる。 4 考察 (1) 雇用率制度や納付金制度、特例措置の条件の緩和 特例措置の利用によって生じた特徴的な状況を示すコードとして、「週20時間勤務の困難な就業者が増加」を挙げることができる。これは、特例措置の活用を念頭に、20時間以上30時間未満の労働時間で雇い入れたものの、安定した勤務が難しく、20時間未満の就業者が増加した状況を示している。この20時間未満の就業者の増加は、労働時間が不足するために、障害者を雇用しながらも、納付金の支払いが必要になり、「納付金と賃金の両方を支払う状況が生じる」ため、特例措置が有効に機能していないという事業所の認識につながる。 すなわち、障害者の採用や定着に伴うコストと納付金の支払いという二重の負担感を表していると考えられる。このような事業所の感じている負担感を反映し、「雇用率の算定基準や納付金の支払い要件、特例措置適用要件などの緩和を希望」につながっているといえる。 (2) 「異なる基準や考え方の導入」 <雇用率制度や特例措置に対する考え>においては、現行の制度とは異なる考え方として「新たな基準や考え方の導入」が示されている。それらは「雇用率のカウントを労働時間で案分するのは賛成できない」「精神障害者にも重度区分の新設を希望」するという疾患と障害が併存する精神障害の特性を踏まえているといえ、併せて、精神障害者の雇用の継続を支える事業所の雇用管理のコストについて労働時間をものさしにして計ることの難しさを示していると考える。 5 まとめ 今回の分析では、事業所調査の回答をもとに、4グループに分け、対象事業所を選定し、概念図の作成後に、選定したグループに基づく概念形成の特徴についても検討したが、明確な特徴は得られなかった。また、対象数も少なく精神障害者を雇用している事業所の認識や意見を代表しているとは言えないが、雇用率制度や特例措置についての実状を反映した要望や意見を表していると考える。 今後、本研究で行っている他の調査結果とも合わせ、事業所の精神障害者の雇用や特例措置等に対する認識について検討を進めることとする。 【参考文献】 1) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構「障害者雇用納付金制度記入説明書」(2019) 2) 中川正俊『ダブルカウントの問題』,「職業リハビリテーションvol.31.No.2」,(2018),p.23-25 p.30 精神障害のある短時間労働者に係る雇用及び就労に関する意識 パネル調査による知見 ○國東 なみの(障害者職業総合センター 研究員) 渋谷 友紀・小池 磨美・竹中 郁子(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 2018年4月より、精神障害のある労働者の雇用において特例措置(週20時間以上30時間未満で働く労働者1人について、従来の0.5カウントではなく、1カウントとする措置)が導入されている。この制度は、2023年3月までの暫定措置である。障害者職業総合センターでは、厚生労働省からの要請を受け、【目的1】特例措置の適用状況、【目的2】特例措置が適用されている労働者(以下「特例適用者」という。)を雇用する事業所の雇用や支援の状況および特例措置に関する考え、【目的3】特例適用事業所で雇用されている精神障害のある労働者の雇用の実態等を明らかにするための研究を実施している。 本報告では、【目的3】のために実施したパネル調査を扱う。パネル調査に先立って、本研究では2019年9月に特例適用者を対象とした質問紙調査を行った(横断調査、N=850)。この横断調査では、職場環境や賃金への満足度を含め現在の就労についてどのように考えているかを尋ねた。本報告のパネル調査は、①横断調査よりも詳細に職務内容や労働環境などに対する当事者の意識を明らかにすること、および、②当事者の意識や就労状況を経時的に把握することを目的とした。 2 手法 (1) 調査参加者 2019年に実施した横断調査において、当事者にパネル調査への参加を希望するかどうかを尋ね、希望者266名へパネル調査用の質問紙を送付した。パネル調査は2度実施しており、1度目は2020年7月、2度目は2021年2月である。パネル調査は横断調査よりも詳細に当事者の意識を明らかにすることを目的とし、横断調査よりも質問数や自由回答数を多く設計した。具体的には、パネル調査では年齢や性別などの属性に加えて、労働時間/労働環境/人間関係に対する満足度、働きがい、フルタイム勤務に移行したいかどうか、仕事の難しさの程度などについて尋ねた。回答はおもに4-5項目のリッカートスケールによった。 質問紙を送付した266名のうち、2020年は151名、21年は149名が回答した(25名は2020年のみ、23名は21年のみ回答)。両年とも回答した参加者数は126名だった。参加者の属性(2020年、n=151)は平均年齢44歳、男性85名(56.3%)、女性62名(41.1%)、精神障害の診断として最も多かった回答は統合失調症(n=50、33.1%)、次いで気分障害(n=43、28.5%)である。参加者の所属企業の産業としては医療・福祉が最も多く(n=47、34.0%)、卸売・小売業が続いた(n=21、15.2%)。職種として最も多く回答されたのは運搬・清掃・包装等(n=34、24.8%)であり、次が事務(n=31、22.7%)だった。属性や産業・職種の傾向は21年もおおむね同様であった。2020年には138名が、21年には133名が就労しており、103名は両年において同じ企業に勤めていた。 (2) データ分析 参加者の職場環境に対する満足度などについてStataのxttransコマンドを用いて算出した遷移確率(transition probabilities;時点1と2のあいだで、参加者の回答がどのように変動したか)を示した。また、フルタイム勤務への移行希望を記述統計によって表した。さらに、どのような要素が参加者のフルタイム移行への希望に影響するのかを明らかにするため、ロジスティック回帰分析(cluster robust standard errors at the individual level)を実施し、限界効果(marginal effects)を算出した。従属変数は「フルタイムへの移行希望(移行したくない=0、移行したい=1)」、独立変数は①人間関係に対する満足度、②労働時間に対する満足度、③働きやすさの程度、④働きがいの程度、⑤仕事の難しさの程度の5つとした。最後に、参加者が働き続けるために会社へ望むことを記述統計によって表した。統計解析はすべてStata Ver.16 SEを用いて行った。 3 結果 (1) 現在の仕事や職場に対する満足度 2020、21の両年とも回答した参加者のデータを用いて①人間関係に対する満足度(n=95)、②労働時間に対する満足度(n=108)、③働きやすさの程度(n=109)、④働きがいの程度(n=110)、⑤仕事の難しさの程度(n=98)の傾向を確認した。①、②において「満足(「とても」と「やや」の合計)」と回答した参加者の割合は概して高く(①2020年=65名、68.4%、21年=67名、70.5%;②2020年=85名、78.8%、21年=79名、73.1%)、③も「働きやすい(「とても」と「まあ」の合計)」と回答した参加者の割合は約80%(2020年=90名、82.6%、21年=81名、74.3%)、④も働きがいを「感じる(「とても」と「やや」の合計)」参加者の割合が高かった(2020年=84名、76.4%、21年=74名、67.3%)。表1は⑤の遷移確率を示したものである。 p.31 行が2020年の数値を、列が21年の数値を表す。たとえば2020年に難易度を「ちょうどよい」と回答した58名の参加者のうち、37名(63.8%)は21年にも同様の回答をした。①~⑤の遷移確率は、2020年と21年の両年において同様の回答をした参加者が多かったため総じてそれほど高くなかった。 表1 仕事の難しさに対する認識(遷移確率) (2) フルタイムへの移行希望 2020年に短時間勤務だった76名の参加者のうち、9名(11.8%)が「すぐにでもフルタイムへ移行したい」と回答し、21名(27.6%)が「将来的にフルタイムへ移行したい」と回答した。35名(46.0%)は「フルタイム勤務は希望しない」との回答だった。すぐにか将来的にかを問わず、フルタイムへ移行したい理由として最も多かったのは「収入を増やしたい」だった(すぐ=9名、100%;将来=18名、85.7%)。将来的にフルタイム移行を希望するが、今すぐには希望しない理由として最も多かった回答は「フルタイム労働による体調や病状の悪化が心配」(12名、57.1%)であった。すぐにであれ将来的にであれフルタイム移行を希望しない理由として最も多かった回答も同様に、体調や病状悪化の懸念だった(21名、60%)。2021年のフルタイム移行への希望やその理由の傾向には、大きな変化はなかった。 ロジスティック回帰分析(n=159)による限界効果からは、働きがいと労働時間に対する満足度が参加者のフルタイム移行への希望に有意な影響を与えていることが見出された。働きがいについては、「全く感じない」人は「非常に感じる」人と比較してフルタイムへ移行したいと回答する確率が48.4%低下した(p<0.001)。また、現在の労働時間に対する満足度に関しては、「全く不満足」の人は「非常に満足」の人と比較してフルタイムへ移行したいと回答する確率が38.7%増加した(p<0.01)。 (3) 会社へ望むこと 参加者が働き続けるために会社へ望むこととして最も多かったのは、2020年は「長く働き続けられるようにしてほしい」(100/147名、68.0%)、21年は「自分の障害を理解してほしい」(98/145名、67.6%)だった。 4 考察 パネル調査の結果からは、参加者が現在の職場や職務におおむね満足していることが見出された。ただし、参加者の就労に関する意識をよりよく理解するためには、現在の職場や職務に不満のある参加者の回答も詳細に分析し、何らかの共通点があるかどうかなどを明らかにする必要がある。このような分析は今後行う予定である。 ロジスティック回帰分析による限界効果の結果のひとつとして、働きがいを感じない参加者はフルタイム移行を希望しない傾向があることが示された。この結果は、参加者が働きがいを感じられない仕事に長時間従事したくないと考えていると解釈できる。この知見は、先行研究で指摘されているように1)、精神障害のある労働者に適切かつ意味のある仕事を提供する重要性を示唆している。 参加者の多くは会社に対して、長期的に働けるようにすることを望んでいた。このような希望の一方で、精神障害のある労働者は職場定着率が高くないこと、働く期間が短いことが従来より指摘されている2)、3)。ただし、精神障害のある労働者に対しては障害に対する配慮を提供することで働く期間が長くなり4)、うつや不安も改善することが報告されているため5)、雇用にあたっては必要な配慮の提供が重要である。 5 結語 参加者は概して現在の職場や職務に満足していた。ただし、働きがいを感じずフルタイムへ移行したくないという参加者もいたことを考慮すると、精神障害のある労働者に適切な仕事を提供することが必要である。また、参加者の多くは長期的に働き続けたいとの意向を持っていた。長期的な勤務を可能にし、障害の症状の改善をはかるためには、事業主は適切な配慮を提供することが重要である。 【引用文献】 1) Provencher HL, Gregg R, Mead S, Mueser KT. The role of work in the recovery of persons with psychiatric disabilities. Psychiatric Rehabilitation Journal, 2002;26(2):132-44. 2) 障害者職業総合センター,「障害者の就業状況等に関する調査研究」No. 137, 2017. 3) Williams AE., et al. Work participation for people with severe mental illnesses: An integrative review of factors impacting job tenure. Australian Occupational Therapy Journal, 2016;63(2):65-85. 4) Chow CM, Cichocki B, Croft B. The impact of job accommodations on employment outcomes among individuals with psychiatric disabilities. Psychiatric Services, 2014;65(9):1126-32. 5) Wang J., et al. Perceived Needs for and Use of Workplace Accommodations by Individuals With a Depressive and/or Anxiety Disorder. Journal of Occupational and Environmental Medicine, 2011;53:1268-72. p.32 精神・発達障がいの職業リハビリテーションやネットワーク構築を応用した難病の就労支援 ○芦沢 久恵(千葉公共職業安定所 難病患者就職サポーター) 山本 恵美(千葉公共職業安定所 専門援助部門 統括職業指導官) 石井 雅也(千葉公共職業安定所 発達障害者雇用トータルサポーター) 松井 哲也(医療法人学而会 木村病院・弁天メンタルクリニック) 信田 正人(医療法人学而会 木村病院) 1 はじめに(背景) 2013年に障害者総合支援法が施行され、難病患者も福祉制度の対象と位置づけされたことで、就労支援においても、職業リハビリテーションの対象となった。また2015年の難病法施行により「難病患者に対する福祉サービスに関する施策、就労支援に関する施策その他関連する施策との連携に関する事項」が基本方針の一つとなり、難病の就労支援も転機を迎えた。しかし「難病」の対象疾患数の多さ、(障害者総合支援法対象疾患361疾患)、社会資源や制度の遅れ(障害者手帳の有無)それぞれの病気により、症状の個別性・難治性などから、難病の就労支援においては支援方針や支援計画が定まらないことが課題となっている。こうしたことから、職業リハビリテーションの実施や関係機関との連携など、就労支援の対象にすらなりにくい現状にある。一方、精神・発達障がいの職業リハビリテーションは、平成7年の精神保健福祉法や平成17年の発達障害者支援法以降、未だ成熟とは言えないまでも、社会資源や制度の遅れはなくなってきている。難病と精神・発達、どちらの分野も、資源や制度の遅れという苦難のプロセスを経つつも、それでも、やや先んじていると言える精神・発達分野の実践を応用し、その苦難についても相互理解を図りながら、難病支援の今後を描く機会としたい。 2 難病の就労支援における問題・課題 ハローワークにおける難病患者就職サポーター(以下「難病サポーター」という。)が担当している難病患者の就労支援においての問題・課題は、①障害者手帳を取得できない・取得していない難病患者の「一般雇用」での就職活動。②難病だけでなく「発達障がい」「精神障がい」を重複しているケースの難病医療と精神科医療の連携。③病状が重く、すぐに働けない状態での就労支援。④制度の溝にある難病患者の職業リハビリテーション(職業準備支援)のあり方などがある。 3 難病の就労支援事例 難病サポーター相談の中で、その本人より発達障がいが疑われる話しがあったため、発達障害者雇用トータルサポーター(以下「発達トーサポ」という。)との連携を図り、地域医療機関を介入させたチーム支援による就労支援を行った事例。 (1) 対象者 Aさん:30代・女性 病名:多発性硬化症(難病)・ADHD 手帳:精神障害者保健福祉手帳3級(支援過程において取得) (2) ハローワーク相談経緯・相談内容 難病サポーター相談開始時は、難病開示(障害者手帳なし)で就職活動中であった。障害者委託訓練を受講していたことから、障害者職業訓練コーディネーターより情報提供を受けて来所。訓練終了後の就職に向けて相談を開始した。 初回相談では、多発性硬化症(難病)があり、下肢の脱力による歩行困難や暑さによる意識障害などの症状が強く出たときは10日程度の入院・リハビリ治療が必要であるが、それ以外は定期通院のみで、主治医からも就労については制限がないとの助言を受けている。しかしながら、自分の病気のことを事業主に上手く説明できず就職活動が上手くいかないとの相談であった。また、当の本人も、そもそも自分が何に困っているのか自覚や整理ができていない様子が見られた。  2回目以降の相談で、過去の入院時に高次脳機能障害の検査をしていること、耳からの情報のみでの記憶が困難であること、必要事項を記録としてメモすること・指示の要点をメモして作業する等のメモ対策が苦手であること、親の顔を含め、人の顔が覚えられないこと等の特性があるとの訴えがあり、高次脳機能障害を診断軸とした精神障害者保健福祉手帳取得の可能性を難病主治医に相談するよう助言した。また、可能であれば障害者手帳の取得を希望していること、訴えている症状から発達障がいの可能性も考えられたことから、どのように「精神科医療」と関わるのがいいか、発達トーサポへケース相談を行った。 (3) 連携した支援・ネットワーク 本人へ難病医療だけでなく、専門のサポーターや地域医療機関(精神科医療)、地域障害者職業センターとの連携に p.33 よる「チーム支援」を提案し同意を得る。人の顔が覚えられないこと、支援者が増えることで混乱することなどが考えられたため、難病サポーターを主としてケアマネジメントを実施した。 ア 発達トーサポ 安定所内の発達トーサポへケース相談の後、精神障害者保健福祉手帳取得に向けた精神科医療との連携、発達障がいと思われる状態に関する相談サポートを依頼。難病サポーター枠の個別面談に同席してもらって、発達トーサポとの連携支援を開始した。発達障がいと考えられる症状に関して①精神障害者保健福祉手帳取得に向けた精神科医療との連携。②発達トーサポ枠での個別面談。③地域障害者職業センターとの連携を実施した。 イ 精神科医療(医療法人学而会 弁天メンタルクリニック) 発達トーサポより、難病医療との連携に理解ある地域医療機関(弁天メンタルクリニック)の精神保健福祉士(以下「PSW」という。)へケース相談を行い、難病サポーター同行での受診前相談をセッティングする。本人が上手く説明できない病状・状態・状況をPSW・看護師と共有し、弁天メンタルクリニック初回受診へつないだ。難病医療では診断が困難な症状について、検査・診断となった。 ウ 地域障害者職業センター 相談開始時は雇用保険受給中であったが、障害者手帳のない難病患者の場合、障害者等の「就職困難者」に該当せず、失業給付の給付日数が短い(今回のケースでは90日であった)。そのため、経済的理由から就職活動を急いでいるとの要望もあり、精神障害者保健福祉手帳の取得を目指しつつも、並行して一般雇用枠での就職活動を進めていった。この支援過程において難病開示による自己就職となったが、職場には自分の難病のこと、障害のことなどが上手く伝わっていないのではないかと不安であるとの相談があり、ジョブコーチ支援などの対応ができるよう、地域障害者職業センター利用登録・カウンセラー相談を行った。 (4) 結果 難病に伴う、メンタル面をケアするための精神科医療との連携。連携を図ることでの支援の広がり。支援を広げることで精神・発達分野のサポートや社会資源利用。さらには、自己認知の促進・対処方法の獲得。サポート体制の充実が図られた。 4 なぜ難病医療と精神科医療の連携が必要か? 難病は、361疾患(「1 はじめに」参照)に広がっていることから、逆にわかりづらさを生む原因となっており、結果、社会資源や制度を定めにくいといえる。そのことからトリアージ機能のようなイメージを精神科に求めてみることとした。理由は、精神科こそ、目には見えない不安であったり、悩みであったり、病気のあるないに関わらない誰もが抱く情緒面をケアする分野であることから、他の分野と比較すると受診のきっかけが作りやすいこと。また、精神科分野は、社会資源や福祉制度が整いつつあり、精神科医療と連携させられればこれらのメリットの恩恵を受けることができると考えた。 5 考察 精神科医療は特に差別や偏見といった目立った困難がある一方、難病については「わかりにくさ(わかりづらさ)」がその障壁となっていて、これは、発達の分野も同じことが言えるかもしれない。つまりそれぞれの分野は相互に「生きづらさ」という共通の困難や障壁を抱えながら、異なる支援やアプローチを受けており(又は、受けることができず)、結果としてせっかく精神・発達分野で培った歴史や背景があるにもかかわらず、難病分野はまたゼロからの歴史を積み重ねようとしている。難病医療を精神科医療や発達分野の過去のように制度の溝に落としてしまわないこと。その想いを込めて今回の考察に至った次第である。難病の社会資源や制度の確立されていない今、精神・発達分野の支援を応用することで、精神・発達分野で培った歴史をより効果的に活用してもらえば幸いである。 【参考文献】 1) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業センター『難病の職業リハビリテーションハンドブックQ&A』 2) 精神障害をもつ人たちのワーキングライフ–IPS:チームアプローチに基づく援助付き雇用ガイド-(著)ロバート・E.ドレイク,デボラ・R.ベッカ- 【連絡先】 山本 恵美 千葉公共職業安定所 専門援助部門 TEL:043-242-1181(43#) p.34 難病のある人の職業リハビリテーションハンドブック等の開発 ○春名 由一郎(障害者職業総合センター 副統括研究員) 堀 宏隆(障害者職業総合センター) 1 はじめに 医療の進歩により、通院や服薬等の治療を継続することにより、日常生活や社会生活を送ることが可能な難病のある人が増加している。難病のある人の就労支援ニーズの特徴は、治療と両立でき無理なく活躍できる仕事に就き、職場の理解と配慮により必要な通院や体調管理を継続して働き続けられるようにすることである1)。それに対応するため、医療機関等との密接な連携による職業リハビリテーションの充実が必要である。 昨年度の本研究・実践発表会では、難病のある人の職業リハビリテーションに関わる保健医療分野等の関係者を含む現場の支援者等からの、難病のある人の就労支援ニーズや関係制度・サービスの整備状況についての講演や講義を行った後の支援の実施可能性や実施課題等のフィードバック結果を報告し、保健医療分野での医療・生活・就労相談から障害者雇用支援につなぐ連携フローや、障害者手帳の有無にかかわらず難病患者の治療と仕事の両立を可能とする職業リハビリテーションの課題を明確にした。 本発表では、そのフィードバックをさらに詳細に分析し、関係者が連携して難病のある人に職業リハビリテーションを実施するための実務課題を明確にし、それに対応するためのハンドブック等を開発した経緯と概要を報告する。 2 方法 (1) 地域関係者の支援意向と実務的課題の把握・分析 昨年度の本研究・実践発表会で示したように、難病のある人の職業リハビリテーションに関わる地域関係者や専門職を参加者として実施した専門職研修やワークショップにおいて、参加者のアンケートから、「自ら取り組んでいきたいことと、その効果」と「地域の関係機関、企業、行政等で今後取り組む必要があること」を把握した。 今回は、その「取り組みたいこと」と「今後取り組む必要があること」をそれぞれコード化し、その関係性を分析(正準相関分析)し、関係機関・職種の主体的な取組意向を前提として、そのような取組意向にかかわらず存在する実施上の課題を明確にした。 (2) ハンドブック等の開発 ハンドブック等は、前項で明らかになった関係者の取組意向や具体的な実務課題の解決に有用な先行研究成果等を整理し、実務面の記載は関係者の意見調整を行い開発した。 3 結果 (1) 地域関係者の支援意向と実務的課題 専門職やワークショップの参加者からのアンケート内容をコード化して集計した結果、「自ら取り組んでいきたいことと、その効果」として「就労・生活一体的相談(54件)」、「就職前から治療や障害管理と仕事を両立させるための支援(48件)」、「職業生活支援のケースマネジメント(45件)」が多く、それらにより「職業準備や就職後の障害管理」、「就職活動」等への効果が期待されていた。 一方、「地域の関係機関、企業、行政等で今後取り組む必要があること」としては、「職業生活支援のケースマネジメント(70件)」、「企業へのアプローチ(66件)」が多く、「職業準備や就職後の障害管理」、「就職活動」等が課題とされていた。 表1は、以上の2項目間の正準相関分析の結果をまとめたものである。特定の取組意向と今後の課題認識の間の有意な関連性により、多様な関係機関・職種の主体的な取組意向にかかわらず存在する実施上の課題が明確になった。 表1 アンケートで「自ら取り組んでいきたいことと、その効果」と「地域の関係機関、企業、行政等で今後取り組む必要があること」の正準相関分析結果 p.35 (2) ハンドブック等の開発 前項で明らかになった関係者の取組意向や具体的な実務課題を、関わる機関・職種別に整理し、それぞれの取組意向とその取組に伴う実務上の課題に応じて、表2のとおり3種類のハンドブック等を開発した。内容は、対応する実務上の課題の解決に活用できる、職業リハビリテーション全般や難病関連の実証研究成果や、今回のフィードバックから得られた情報を整理するとともに、具体的実務内容の記載は関連する行政関係者や実務関係者の意見を踏まえて調整を行い作成した。詳細は文献3)を参照されたい。 具体的には、障害者雇用支援機関向けに、 障害者手帳の有無にかかわらない職業リハビリテーションや治療と仕事の両立支援との効果的連携ができるようにする100ページ弱のハンドブック、保健医療分野の医療・生活相談支援担当者向けに医療・生活相談支援場面での就労支援ニーズ対応ができるようにする20ページのガイド及び難病の相談支援に関わる幅広い関係者向けに地域関係機関・職種の連携体制の構築に資するためのリーフレットを作成した。 4 考察・結論 これらハンドブック等は、難病のある人が治療と両立でき、無理なく活躍できる仕事に就き、職場での理解と配慮により必要な通院や体調管理を継続して働き続けることができるように、地域関係機関・職種がそれぞれの専門性を発揮しつつ連携できるように開発した。また、地域の支援体制の構築や関係者の人材育成への活用も期待したい。今後、支援事例が蓄積することにより、具体的支援効果の検証や好事例の収集等も可能になると考える。 【文献】 1) 障害者職業総合センター「難病の症状の程度に応じた就労困難性の実態及び就労支援のあり方に関する研究」, 調査研究報告書 No.126、2015. 2) 春名、堀「難病患者の就労支援の地域連携フローの明確化と職業リハビリテーションマニュアル開発に向けた現場支援者の実態やニーズの把握」,第28回職リハ研究実践発表会発表論文集(2020),236-23. 3) 障害者職業総合センター「企業と地域関係機関・職種の連携による難病患者の就職・職場定着支援の実態と課題」, 調査研究報告書 No.155、2021. 表2 難病の職業リハビリテーションの関係機関・職種別に見出された実務上の課題に対応できるようにするための p.36 炎症性腸疾患患者とともに作った「RDD(世界希少・難治性疾患の日)」就労イベント発表へ向けての取り組み ○宮﨑 拓郎(株式会社ジーケア 代表取締役) 栄畑 南美・三好 佑香(株式会社ジーケア) 中金 竜次(就労支援ネットワークONE) 1 はじめに・目的 炎症性腸疾患(以下「IBD」という。)とは、腸に炎症を起こす病気の総称で、一般的に指定難病の潰瘍性大腸炎とクローン病を指す。「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」班1)によれば、潰瘍性大腸炎患者は日本国内に約22万人、クローン病患者は約7万人いる。株式会社ジーケア(以下「弊社」という)は、IBD患者と家族のためのオンラインサイト・Gコミュニティ(以下「Gコミュ」という。)を運営しているが、IBDは体調に波があり見た目では病気だと分からないため、治療と就労の両立で悩む患者も多い。そこで、2021年2月28日にオンラインで実施された「RDD適職」という世界希少・難治性疾患の日就労イベントへ向けて、IBD患者でプロジェクトチームを作り、コミュニティ内でアンケートや就労相談会を実施、結果をイベントで発表した。本発表では、IBD患者とともに作ったイベント参加の事例報告を行い、今後の展望を述べる。 2 Gコミュにおける「RDD適職」プロジェクトの詳細 (1) 背景 Gコミュは、IBD患者と家族のためのオンラインコミュニティであり、2021年7月末時点で登録者数は1700名を超えている。また、RDD(世界希少・難治性疾患の日)とは、Rare Disease Dayの略称で、毎年2月最終日に行われる希少・難治性疾患の啓発イベントである。2020年より、弊社代表が「RDD適職」という就労問題をテーマとしたRDDイベントへの参加を行っていたが、より広く社会にIBD患者の就労問題を知ってもらうため、そして治療と仕事の両立について患者同士の知恵を共有するためにも、Gコミュに登録しているIBD患者自身の参加が必要だと考えた。 2020年9月に、就労支援ネットワークONEと弊社との共催で「コロナ禍におけるIBD患者キャリア実践ワークショップ」を連続3回で行った。ワークショップ終了後、就労への関心が高い患者5名に弊社から連絡し、2021年の「RDD適職」参加プロジェクトチームを立ち上げた。 なお、2021年「RDD適職」は、2月28日13:00‐16:30の予定で実施され、第1部はIBD、パーキンソン病など4つの患者団体による発表と座談会、第2部は疾患に分かれての交流会という構成であった。 (2) 「RDD適職」参加に向けての取り組み ア ミーティング 2020年11月10日に、弊社代表と5名のIBD患者、就労ネットワークONEで初回オンラインミーティングを行い、どのような発表を行うのか、そのための準備等を話し合った。その後、約1ヶ月に1回のペースでオンラインミーティングを実施した。また、RDD適職に参加する他の4つの患者団体とのオンラインミーティングも、イベント当日までに2回行われた。プロジェクトに参加したIBD患者の詳細は以下の通りである(表1)。 表1 「RDD適職」プロジェクト参加患者の詳細 なお、Eさんは体調悪化により、プロジェクト途中で参加を辞退した。そのため、「RDD適職」当日は4名のIBD患者と弊社代表で発表を行った。 イ アンケート調査 2021年1月に、Gコミュ内で「IBD患者の就労に関する実態調査」というアンケートを行った。3問の記述式アンケートで、設問は全てプロジェクトチームのIBD患者が相談して決定した。設問は以下の通りである。 ①会社へ病気を知ってもらいたい時や通院等の相談をしたい時、どの部署と相談するか。相談の結果や気づいたこと。 ②体調悪化時など、仕事を少しセーブしたいと考えた時に取る具体的な行動は何か。職場に相談するか。相談の結果や気づいたこと。 ③頑張りたい、貢献したい気持ちはあるが病気が制約となり他の人と同じようには頑張れない時に、どのように会社や組織、周囲の人に貢献しようと考えたり行動したりしているか。 最終的に35名から回答が得られ、「RDD適職」では回 p.37 答内容を集約・分析した結果を報告した。 ウ 就労ピアコーチ 初回ミーティングにて、IBD患者Eさんにより提案された取り組みである。就労に関して直接相談したい患者と、自らの経験を元に話を聞きアドバイスができる患者をマッチングし、数名でオンライン面談会を行う。相談希望者をGコミュ内で募り、2021年1月に2回実施された。 相談者からは大変好評な取り組みであり、面談終了後にはGコミュにて感想やお礼の言葉が投稿された。 エ 発表内容決定とスライド作成、発表練習 2021年1月に実施したアンケートの回答結果を踏まえ、発表内容の検討がプロジェクトチーム内で行われた。発表時間は質疑応答を含めて1団体15分であり、Gコミュでは患者4名で担当パートを決め、それぞれ3、4枚程度のスライドを作成することになった。作成したスライドは弊社で合体し、最後のミーティングでは実際にスライドを操作しながら全員で発表練習を行った。 (3) 「RDD適職」当日 2021年「RDD適職」はオンライン配信で実施された。第1部座談会の同時視聴者数は常時60名程度であり、アーカイブ動画は公開後2週間で450回程度の視聴回数に到達した。 Gコミュプロジェクトチームでは、IBD患者の就労の課題、アンケート結果に加え、「IBD患者の働き方は、リスクマネジメントを行い、ワークライフバランスを大切にする先進的な働き方だとも言える。難病患者が働きやすい環境は、病気や子育て、介護など様々な事情がある人にとっても働きやすい環境である」などの考察を発表した。 第2部の交流会では、弊社は消化器疾患の交流会を担当し、プロジェクトチームの患者も参加した。アットホームな雰囲気で話せるように、5、6名程度の小グループを3つ作成したところ、それぞれのグループで就労に関して活発な意見が交わされた。 (4) 「RDD適職」後、振り返り会への参加 「RDD適職」から数週間後、参加難病団体と就労ネットワークONE、弊社で振り返り会を行った。GコミュプロジェクトチームからもIBD患者2名が参加し、当日の反省や今後について他団体と意見の交換等を行った。 3 プロジェクトに参加した患者の声 「RDD適職」終了後、発表を行った4名の患者のうち、3名から感想がGコミュに投稿された。その内容から【多様性】【共通性】【伝える努力】というキーワードが抽出された(表2)。 表2 発表を行った患者3名の感想 4 考察・今後の展望 分析結果から、IBD患者とともに作った「RDD適職」プロジェクトは、参加した患者自身も【多様性】【共通性】【伝える努力】といった気づきを得て、就労に関して振り返る機会となったと言える。また、Gコミュ内でプロジェクトチームがアンケートや就労ピアコーチといった取り組みを行い、参加レポートを投稿したりしたことによって、実際に発表をした4名だけではなく、アンケートやピアコーチへの参加を通して、より多くのGコミュ登録者の就労問題に関する興味や参画を促すことができた。患者とともに作ったプロジェクトならではの成果と考えられた。 一方で、今回「RDD適職」プロジェクトに携わった5名のIBD患者は、全員治療と就労の両立をしながら、「RDD適職」のためにミーティング参加やスライド作成を行った。スケジュールは余裕のあるように作成し、体調悪化時には他の人に引き継げるようにしておくなど、フォロー体制の構築が必要である。また、トイレ休憩の確保に加え、患者が負担感なく参加できる時間配分などの配慮が患者参加型のイベントには求められるであろう。 今後も弊社では、病気の情報提供のみならず、IBD患者自身が参加し、患者が自己肯定感・自己効力感が持てるようなイベントや患者を巻き込んだプロジェクト型の企画を行っていきたい。さらに、当事者・支援者、行政などと連携し、難病患者の就労に関する課題を広く社会に知ってもらえるよう活動を行っていきたい。 【参考文献】 1)「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」班「潰瘍性大腸炎の皆さんへ 知っておきたい治療に必要な基礎知識」,(2020) 【連絡先】 宮﨑 拓郎 株式会社ジーケア e-mail:takuro.miyazaki@gcareglobal.com p.38 難病患者・難治性な疾患患者の支援機関の利用状況について~当事者のアンケートを中心とした考察~ ○中金 竜次(就労支援ネットワークONE 就労支援ネットワークコーディネーター) 1 はじめに 難病患者に対する医療等の総合的な推進を図るための基本的な方針(厚生労働省告示375号)その概要、基本方針「8.難病の患者に対する医療等と難病に対する福祉サービスに関する施策、就労の支援に関する施策その他に連携に関する施策」1)では「難病の患者の雇用管理に資するマニュアル等を作成し、雇用管理に係るノウハウを普及するとともに、難病であることをもって差別されない雇用機会の確保に努めることにより、難病患者が難病であることを安心して開示し、治療と就労を両立できる環境の整備」が明記されている。 平成25年(2013年)4月より、障害者総合支援法に定める障害児・者の難病患者が加わり、障害福祉サービス・相談支援の対象となり、制度の谷間のない支援を提供する観点から、障害の定義にあらたに難病患者も含まれた(令和元年(2019年)7月から361疾患が対象)、となっている。また、同年、難病患者の就労相談窓口が設置され、難病相談支援センターをはじめとした、地域の関係機関と連携しながら、個々の難病患者の希望や特性、配慮事項などを踏まえた、きめ細かな職業相談・職業紹介及び、定着支援等、総合的な支援が実施されているところである。筆者は、平成25年~令和元年の約6年余り、神奈川県の難病患者就職サポーターとして、また、治療と仕事の両立支援推進チームとして取り組み、現在は、医療機関、労働行政での取り組みの中で認識した、難病患者の就労支援の課題に取り組んでいる。 2 現状の課題 難病患者の就労相談の窓口が平成25年、ハローワークに設置され、9年になる。一般雇用枠で就活し、就職をする患者も増加するなか、各都道府県の難病患者就職サポーターは、10日、あるいは15日勤務の非正規雇用の職員が1名(北海道・東京都・神奈川県・大阪府は2名体制)であるが、病気の治療をしながら就労をする際、就労準備や支援に介入する支援者不足な状態が持続している。その為、オンラインアンケートを通じて、主な支援機関の利用状況を調査した。 3 実施方法 ①オンライン・アンケート実施期間:2021年7月28日~8月17日 ②タイトル:「難病患者、難治性な疾患患者の就労支援機関利用アンケート」(表1) 表1 難病患者、難治性な疾患患者の就労支援機関利用アンケート 研究対象は、難病者・難治性な疾患患者を対象とした。 倫理的配慮としてアンケートに際し、対象者に研究で用いる旨の説明を記載、また、個人を特定できる情報を排除した。 図1 設問4「障害者就業・生活センターを知っていますか?」 図2 設問5「障害者就業・生活センターを利用したことがありますか?」 p.39 図3 設問6「地域障害者職業センターをご存じですか?」 図4 設問7「地域障害者職業センターを利用したことがありますか?」 図5 設問8「難病患者就職サポーターに相談をしたことがありますか?」 4 結果 アンケートの結果による考察を示す。 厚生労働省のホームページの「難病患者の就労支援 難病のある方へ」2)では、活用できる支援情報として、今回アンケートの対象支援機関と挙げた、障害者就業・生活センター(令和3年4月時点全国で336センター)及び、地域障害者職業センターも支援を受ける対象機関として挙げられている。 障害者就業・生活センターは、障害者、及び、身近な地域において、就業面と生活面の一体的な相談・支援を行い、①就業に関する相談支援、②障害のある方それぞれの障害特性を踏まえた雇用管理についての事業所に対する助言、③関係機関との連携調整、生活面では、①日常生活・地域生活に関する助言、②関係機関との連絡調整を行う3)。 オンラインアンケートによると、95%の難病患者が「利用したことがない」と回答している。 障害者の雇用の促進等に関する法律(昭和35年法律第123号)第19条第1項に規定される地域障害者職業センターは、障害者手帳の有無によらず支援を受けられるが、アンケートに回答した患者では、利用者が3%、97%は利用したことがないと答え、「名前、及びそのサービス(サービスの一部を含む)を知ってる」と答えた患者は14%と、今回の結果では、支援機関、及び、どんな支援が受けられるかを知らない患者が約8割だった。 5 今後の課題 厚生労働省のホームページ「難病患者の就労支援 難病のある方へ」で支援機関の情報の周知がされているところであるが、難病患者は障害者手帳を取得していない、また現行の身体障害者手帳の評価基準では、生活の支障の程度が高くとも、取得できない患者も多い。そうした患者への支援機関の介入が少なく、令和元年度の地域障害者職業センターの全利用者は30,925人、うち難病患者は176人(0.57%)(障害や疾患が重複している場合、他の障害・疾病で登録されている可能性がある)。令和元年、障害者就業・生活センターの全登録者は197,631人、うち障害者手帳を取得していない難病患者の登録者は、176人(0.57%)と、共に0.6%以下となっている。 アンケートの結果では、支援機関を利用したことがある患者は1~3%であった。 治療と仕事の両立支援4)が徐々に普及する中、難病患者・難治性な疾患患者に支援機関の情報が伝わっていない理由、そして、利用者が少ない理由は何か、これからの職業リハビリテーションが求められている役割は何であるか。今後も研究を継続していく。 【参考文献】 1) 厚生労働省「難病対策及び小児慢性特定疾病対策の現状について」(2021),p.18 2) 厚生労働省「難病患者の就労支援」https://www.mhlw.go. jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/shougaishakoyou/06e.html(2021.8) 3) 厚生労働省「障害者就業・生活センター概要」 https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/000768996.pdf (2021年4月) 4) 厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドブック令和3年3月改訂版」(2021) 【連絡先】 中金 竜次 就労支援ネットワークONE  MAIL:goodsleep18@gmail.com p.40 高次脳機能障害者の復職におけるアセスメントの技法開発 ○大工 芙実子(障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー) 三浦 晋也 (障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)では、休職中の高次脳機能障害者を対象とした職場復帰支援プログラムと、就職を目ざす高次脳機能障害者を対象とした就職支援プログラム(2つのプログラムを総称して以下「プログラム」という。)の実施を通じ、障害特性や事業主ニーズに対応した先駆的な職業リハビリテーション技法の開発に取り組んでいる。 高次脳機能障害は、受障前の自己像との違いへの戸惑いや障害特性等から、対象者が症状又は課題を自覚することが難しい場合が少なくない。また、障害が一見して分かりにくく、脳の損傷部位等により症状の現れ方が異なり個別性が高いため、高次脳機能障害者に対する支援を検討するにあたり、家族をはじめ、事業主、支援者等周囲の者も対象者の状態像を正確に把握することが難しい場合がある。こうした中、支援現場からは、高次脳機能障害者のアセスメントや自己理解の促進に関する技法開発の要望があがっていた。そこで、職業センターでは、令和2年度から3年度にかけて、高次脳機能障害者の職場復帰支援におけるアセスメントをテーマとして、高次脳機能障害の障害特性や多面的な支援課題に関わる情報を網羅的に収集、整理し、関係者間の情報共有や対象者の自己理解の促進、支援課題の明確化、支援方針の検討、また、事業主との連絡調整や事業主支援に資する支援ツールや支援方法等に係る技法の開発に取り組んでいる。 なお、開発の方法として、まず、文献等によりアセスメントや職場復帰支援に係る情報収集を行うとともに、支援機関における高次脳機能障害者に対するアセスメント等の実施状況を把握した。その上で、職業センターでの実践を踏まえた試行モデルを作成し、プログラムで試行するとともに、支援機関においての試行も依頼し、その結果をもとに必要な修正及び改良を行うこととした。 本稿では、開発中の支援技法の一部を紹介する。 2 アセスメントに係る支援ツール (1) 特性チェックシート ア 概要 「注意障害」や「記憶障害」など高次脳機能障害の主な症状別に、障害特性が職業生活場面においてどのように現れるか、具体的な事象を質問項目として複数用意し、それに対し対象者の状況が当てはまるかどうか「はい」「ときどき」「いいえ」の3件法形式で回答するチェックシートである(図1)。 イ コンセプト アセスメントにおいて、医療機関における診断書や神経心理学的検査の結果に示される高次脳機能障害の症状と照らし合わせ、障害特性を日常生活や職業生活上の具体的な行動レベルの困難と結びつけて整理することを狙いとする。また、障害特性の具体的な現れ方を事業主に説明する際の材料としたり、下記に紹介する対処策一覧シートとともに、支援の方向性や配慮事項の具体的な検討につなげる一次資料とすることも狙いである。その他、損傷されている機能だけでなく、残存している機能にも注目できることも目指す。なお、時間をおいて複数回実施することで、対象者の障害特性に対する認識の変化を追うことができる。 図1 特性チェックシート(一部例) (2) 高次脳機能障害者の職場復帰支援アセスメントシート ア 概要 障害者職業総合センター研究部門が開発した幕張ストレス・疲労アセスメントシート(MSFAS)1)をもとに作成したもので、高次脳機能障害者の職場復帰支援に関わる医療情報や事業所情報、ソーシャルサポート体制、対象者の生活習慣やストレス・疲労のマネジメントの現状といった項目があり、対象者や関係者が所定の選択肢や記述欄に順次記入していくアセスメントシートである。 イ コンセプト 高次脳機能障害者の職場復帰支援を始めるに当たって把握すべき、多面的な支援課題に関わる情報を網羅的に効率的に確認、整理できることを狙いとする。 (3) 対処策一覧シート ア 概要 前述の特性チェックシートと同じ高次脳機能障害の主な症状別に、職業センターにおける実践や文献調査等を踏まえた具体的な対処策に係る支援事例を、自己対処の工夫と環境調整の工夫の2つのアプローチ別にリストアップしたものである(図2)。 イ コンセプト 対象者や支援者が、障害特性に応じて取り組むべき自己対処策や職場に求める配慮事項を検討する際の参考資料と p.41 なることを狙いとする。 図2 対処策一覧シート(一部例) 3 ケースフォーミュレーションの実施 ケースフォーミュレーションとは、アセスメントを通じて収集した多様な情報を統合しながら支援課題を明確化し、介入方法を組み立てる作業である。また、複雑な情報を図式化することで、情報をまとめ上げ、整理し、解決すべき支援課題や取り組むべき支援方針の見立てを立てる2)。 職業センターでは、国際生活機能分類(ICF)の考え方をふまえた図式を使用して、アセスメントにより収集した情報を転記して整理、一覧できるようにし、関係者間で情報共有し、支援課題に係る仮説を立て、支援方針を検討するケースフォーミュレーションの取り組みを行っている。高次脳機能障害者の職場復帰支援においては、対象者個人に直接介入する支援だけでなく、事業主への働きかけや職場の環境調整、地域の社会資源や家族との連携など様々な支援課題がある。ケースフォーミュレーションにICFの枠組みを活用することで、環境との相互作用の中で困難が生じると捉え、支援の対象となる課題は何で、どこにあるのかを複合的に分析的に整理することができる。この手法は、個別性があって障害が捉えにくく、多面的な困難がみられる高次脳機能障害者の職場復帰支援の支援方針を検討する上で有効であると考えている。 4 事業主支援に係る支援ツール (高次脳機能障害者の職場復帰支援「参考資料集」) (1) 概要 事業主が、高次脳機能障害を受障し休職中の従業員の職場復帰を検討するに当たって参考になる情報を参考資料集としてまとめている。資料集は、「高次脳機能障害とは」「高次脳機能障害の主な症状と合併することが多い障害・疾患」「職場復帰支援の流れ」「職場復帰支援のポイント」「職務や配置、労働条件検討の考え方」「職務内容検討のためのワークシート」「高次脳機能障害者の業務内容例」「高次脳機能障害に対する職場の合理的配慮例」「事例紹介」などの内容で構成される(図3)。 (2) コンセプト 支援者が対象者とともに職場復帰に向けた事業主との調整を行う際に、伝えたい知識やノウハウを分かりやすく助言するためのツールとして活用することを狙いとしている。高次脳機能障害とはどのようなものか、職場復帰支援で事業主は何を行うべきか、職務内容や配属先をどうするか、必要な配慮事項は何か、職場の理解をどう得るか、など事業主が悩む内容に応じて、支援者が必要な資料を適宜アレンジしてアラカルト的に情報提供できるような形式を目指している。 図3 高次脳機能障害者の職場復帰支援「参考資料集」 5 今後について 本稿で紹介した支援技法の内容や活用方法、事例等の詳細を取りまとめた実践報告書を令和4年3月に発行する予定である。なお、実践報告書の中では、上記支援ツールの他に、特性チェックシートから対象者自身が当てはまると考える障害特性をピックアップし、その障害特性ごとに必要な自己対処策や環境調整を整理し、プログラムで習得を目指す対処手段や事業主や周囲に依頼する配慮事項を明確化していくための支援ツール「リファレンスシート」や、解釈が難しい神経心理学的検査のわかりやすい解説の紹介を併せて行うこととしている。 6 最後に 高次脳機能障害者の職場復帰支援については、各支援現場における事例数は比較的少なく、また、個別性が高く見えにくい障害特性であり、支援ニーズが上がるたびに支援現場は手探りになることがあると聞く。職業センターにおいては、平成11年度から高次脳機能障害者に対する職場復帰支援プログラムを実施しており、アセスメントやケースフォーミュレーション、事業主支援などに係るノウハウを取りまとめ、対象者や事業主、支援者による円滑な職場復帰支援に資するものとしたい。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター,「幕張ストレス・疲労アセスメントシート MSFASの活用のために」,(2010) 2)下山晴彦,「改訂版認知行動療法」,NHK出版,(2020) 【連絡先】 大工 芙実子 障害者職業総合センター職業センター開発課 e-mail:Daiku.Fumiko@jeed.go.jp p.42 ジョブコーチ事業を活用した地域就労支援モデルの実践に向けた課題と展望 ○金川 善衛(医療法人清風会 就労支援センターオンワーク ジョブコーチ) 細田 勝世(医療法人清風会 就労支援センターオンワーク) 1 はじめに 就労移行支援事業所などは、利用終了した就職者に対し継続的に支援を実施する事例は多く存在するが、地域には就職後支援を受けていないケースも一定数存在しており、離職をする事例も散見される。今回、地域の就労継続支援事業所より就労されたケースを訪問型職場適応援助者(以下「JC」という。)事業で継続的に支援する機会を得たが、結果として離職に至った。本事例を振り返り、当センターに所属しない地域ケースを支援する上での課題や本モデルを発展させていく上での方策を検討し、システム(仕組み)として反映したいと考えた。その内容を報告する。 2 事業所の概要 当センターは、大阪府茨木市という人口28万人の都市に所在があり、大阪市と京都市の間に位置するベッドタウンとしての特性を持つ。 精神科単科の病院施設を持つ医療法人を母体として就労移行支援事業、就労定着支援事業、JC事業、就労継続支援事業を運営しており、多様な事業を用いて、長期的に就労支援を行える仕組みを構築している。2007年に開所し、これまでに117名の就職者(2021.8時点)を出している。「茨木市における、あらゆる就労ニーズに応える事業づくり」という方針を掲げ、当センターが有している事業を通じて、茨木市内を中心に地域における就労支援ニーズに応えていく体制づくりを目指しており、地域の医療機関や相談支援機関、特別支援学校などからの利用紹介が多く、自立支援協議会や事業所連絡会といった地域ネットワークにも参画するなど地域との連携を重視している。 3 本モデルに取り組んだ経緯 当センターの利用を経た就職者が年々増加する背景の中で就職後0-6ヶ月、就労定着支援事業終了後という福祉サービスの利用ができない期間の支援に対応をするため、JC事業を2020.11より認可を受け稼働することになった。2名体制(専任・兼任)で行い、途切れのない支援体制の構築を目指している。 一方、地域と連携していく中で、就労継続支援事業所や特別支援学校から就労されている方の多くは就職後支援を受けておらず、離職につながるケースも一定数存在することがわかった。就職後支援を実施したケースの方が支援なしケースよりも、1年定着率が高いという報告1)もあり、当センターのサービスを届けることで地域の課題へ対応することができるのではないかという想いから、地域の事業所からの就職者に対しJC支援を実施する地域就労支援モデル(仮称)をスタートすることになった。 4 事例の概要と経過 (1) 事例のプロフィール(表1) 表1 プロフィール 様々な職業で就労(障害非開示)するも、人間関係がうまく築けず過呼吸発作などを頻発し、就職と離職を繰り返す。就労継続支援A型事業所(以下「A型事業所」という。)より、ビルメンテナンスの会社に障害を開示して就職に至る。会社の意向としては、短時間からのスタートを提案したが本人の強い希望により週5日フルタイムでのスタートとなった。 繋がりのあるA型事業所へ当センターの構想を説明したところ、A氏の就職後支援の相談を受ける。雇用開始日が直前に迫っており、A氏との事前面談を1回行いJC支援を開始することになった。 (2) A型事業所より特性と対応に関する情報提供 特性①:作業の途中で急に泣き出したり過呼吸になったりすることがある。 対応①:別の部屋で面談を行う。前向きなフィードバックを行う。 特性②:人間関係に不安があり、女性と話すことが苦手。 対応②:作業場所に配慮する。 特性③:作業速度はゆっくり。指示をする事で速度向上。 対応③:作業を自分で納得できることで速度を上げる。 (3) 職場アセスメント ビルの室内やトイレなど設備の清掃を行う。女性従業員が大多数。基本1人で作業を行うが、指導係のスタッフと p.43 ペアで行う場面もある。本人の特性と対処法については、上司や同僚とJCから説明し共有している。 (4) 就労後の経過 作業速度はゆっくりであるが現場評価としての許容範囲であり、工程は問題なくこなす。休憩中に同僚が話している内容から「自分もそのように言われているのでは」と感じるようになり、休憩室で過ごせないと相談。その後も、従業員の発言を被害的に受け取った内容の相談を度々受ける。職場上司とも共有し、正のフィードバックを中心にするなど対応した。また、A型事業所のスタッフにも相談の連絡をすることがあり、A型事業所とも連携し、関わり方の方針を統一する。A氏、上司、JCとで3者面談を行い、休憩時間を別の場所で過ごすことや業務の改善点、上司より正のフィードバックを受ける。その後、本人の業務スピードも改善され職場内でもコミュニケーションが取れることで休憩室でも過ごせるようになり、業務が安定する。清掃業務の経験のある新人(女性)が入社したことで、自身と本人を比較して被害的な相談が増える。勤務中に泣き出すなど情緒不安定な場面が度々出現し、早退が目立つようになる。職場での孤立感やストレスに耐えうることが難しいと訴え、就労後3ヶ月で退職となる。 5 仕組みとしての成果と課題 就職直後から情緒不安定になることが多く、周囲も関わり方に困惑する中で、JCは関わり方の助言やA氏の相談に対応するなど、一時は安定的に業務をできる状態になった。A氏に適した環境を構築する上で、JC支援の導入意義はあったと考える。A型事業所から作業特性など仕事上の関わり方のポイントを事前に情報収集することができたことも有益であった。 一方、課題も見えてきた。アセスメント情報の少なさや本人との関係性が浅い状態で助言を行っていくことの難しさ。勤務条件や職場環境など特性とのミスマッチングが起きているであろうという中で、支援を進めていくことの難しさという課題を感じた。 6 今後に向けた改善点 今回出てきた課題に対して、JCの介入をマッチング前段階で実施することが効果的であると考える。関係性構築や情報収集には時間を要するため、就労希望の段階で関われることが理想的である。一般就労への支援の方向性が見えた段階で連絡をもらい、スピーディーに訪問して面談の機会を得るような流れを作りたい。 一方、本モデルの限界として、連携機関先でアセスメントや求職活動など就労前段階の支援を行ってもらうことをお願いせざるを得ない。連携機関先にアセスメントやマッチングの意義を理解してもらい、その過程にJCも援助者的に関わりを持つことで、有機的なシステムになるのではと考える。その前提として、連携機関とも先方の立場を理解した上で意見交換を重ね、アセスメントやマッチングなど一般就労に向けた概念の共通理解があると良い。また、雇用事業主の立場からしても採用後に突然現れるJCが支援介入することに違和感を感じることも想定されるため、その観点からもマッチング前段階でのJC介入が理想的であると考える。 7 まとめ とても当たり前のことを述べた検討ではあるが、その当たり前を行うことに難しさを伴うことが連携の奥深いところである。発展に向けては、仕組みとしてハードを整備することに加えて、連携機関や本人との対話、JCとしてのスキルなどソフト面の両輪を充実させることが求められる。これからも、当センターが地域にとって必要とされる資源になることを目指していきたい。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター『障害者の就業状況に関する調査研究』,「調査研究報告書No137」,(2017) 【連絡先】 医療法人清風会就労支援センターオンワーク 金川善衛 e-mail:kanagawa@seifukai.org p.44 安定した継続勤務のポイントを整理・分析する「研究型ジョブコーチ」について ○柳 恵太(山梨障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 はじめに・目的 ジョブコーチ(以下「JC」という。)支援の方法には①職務遂行支援型、②相談支援中心型、③協同支援型、等があるが、JC支援の目的は「障害者の職場適応を図ること」であり、そのためには障害者が行うセルフケア(対処)、事業主が行うラインケア(配慮)が重要となる。 調査研究報告書No.1401)では、これからの職業リハビリテーションについて「自己理解や障害受容をするための援助や支援を目指すのではなく、本人の職業生活や作業遂行上の困難について『なぜそのようになっているのか』を本人の納得できるレベルで本人が導き出せるよう、そしてその困難との付き合い方を本人が見出せるように援助する、というアプローチが重要になるだろう」と示唆しているが、職場定着支援においては障害者だけでなく事業主へも同様のアプローチが重要であると考える。また、合理的配慮指針2)には「合理的配慮は、個々の事情を有する障害者と事業主との相互理解の中で提供されるべき」とされている。 山梨障害者職業センターでは令和2年4月以降にJC支援を開始し、令和3年7月末までに終了した33名中27名に対し、職場定着に効果的なセルフケア・ラインケアを障害者・事業主とともに見出し、「安定した継続勤務のポイント」として整理・分析し、終了ケース会議で共有するJC支援を行った(令和3年7月末時点での職場定着率100%)。本稿ではこの方法を「研究型JC」とし、実施結果や方法、有用性、留意事項等を報告する。 2 実施結果 (1)「安定した継続勤務のポイント」の形式 本形式として、①セルフケアのポイント、②ラインケアのポイント、③勤務継続や雇用管理で留意すべきターニングポイント、④支援機関の連絡窓口、で構成した。 その他、ストレス対処整理シートの形式で作成したり、絵を描くことが得意な障害者は絵入りで作成するケースもあった。また、高次脳機能障害においては「山梨県高次脳機能障害支援ガイドブック」を引用・改訂して障害特性の説明を加えたり、定期相談を実施するケースでは「相談時の聞き取りポイント」を加えたり、一人暮らしを予定しているケースでは生活面でのポイント(例:金銭管理、生活リズム)を踏まえて作成する等、形式は様々である。 (2) 各障害のセルフケア・ラインケアのポイント 各障害のポイントの項目を内容で分類・整理した(表)。 (3) ターニングポイント 障害に関わらず、①担当業務を追加・変更したり、勤務時間を延長する等、業務負担が増えるとき、②事業所担当者が異動するとき、③生活面で変化が生じるとき(例:一人暮らしを始める、育児等)、④繁忙期・閑散期、⑤障害者特有の体調不良時(例:夜眠れない等)、が挙がった。 (4) 支援機関の連絡窓口 フォローアップ期間、担当機関・者、連絡先等を明記した。精神障害においては、通院する精神科病院の連絡窓口(外来ワーカーが担当することが多い)も追加記載した。 3 考察 (1)「研究型JC」実施の経緯 当初はJC支援終了後における事業主のナチュラルサポートの維持のためと、事業主・関係機関から「支援機関の担当がわかりにくい」という意見が挙げられたため、ラインケアのポイント・ターニングポイント・支援機関の連 表 各障害のセルフケア・ラインケアのポイント p.45 絡窓口を記載した「安定した継続勤務のポイント」を作成していた。しかし、職場定着のためにはセルフケアも重要であり、追加記載するなかで、各ポイントのより良い見出し方を検討し、実践に移した経緯がある。 (2)「研究型JC」の方法 「研究型JC」の方法をまとめると、以下の要素が挙がる。 ① 就職前にセルフケア・ラインケアをまとめた資料(例:ナビゲーションブック(以下「NB」という。))、 就労パスポート、独自に作成された資料等)があれば参考にする。資料がない場合は、事前情報を踏まえ、障害者との個別相談や事業所担当者も含めたケース会議でセルフケア・ラインケアを整理・共有し、JC支援に臨む。 ② JC支援において、障害者へ勤務継続するなかで役に立ったセルフケアや取り組んでもらい助かったラインケアを確認し、事業所担当者へ共有する。同様に、事業所担当者へも雇用管理するなかで取り組んでもらい助かったセルフケアや役に立ったラインケアを確認し、障害者へ共有する。その間、障害者・事業所担当者へ双方の意見に対する感想やフィードバックをもらう。 ③ 上記②は障害者と事業所担当者との相談場面のなかで実施する場合もあるが、自身の意見を表現しにくい障害者や相談を実施しないケースでは、JCが職務遂行場面において障害者・事業所担当者へ双方の効果的なケアの状況や意見を確認し、感想やフィードバックを促す。 ④ 上記②③で、JCは「なぜそのようになっているのか」を障害者・事業所担当者へ問いかけ、JCが主導にならないよう、NBを参考にしたり、事業所の状況を踏まえ、検討する。職場定着に課題がある場合は「どのようにしたらいいか」を同様に検討し、実践する。 ⑤ 上記②~④で得られた知見を「安定した継続勤務のポイント」として整理・分析し、終了ケース会議で共有する。作成者は障害者・事業所担当者・支援者を問わない。 (3)「研究型JC」の有用性 調査研究報告書No.1573)には「働きやすい職場作りとは、企業と障害者がいかに話し合うことができる関係を構築するかがとても重要」とあり、合理的配慮の提供にあたり社員への障害理解の取組を進めるプロセスを支える社内外の専門家の一人としてJCを挙げている。そのため合理的配慮に係る障害者・事業所担当者の対話を促進し、関係構築を図る「研究型JC」は有用であると考える。 また、池淵4)は「合理的配慮はどうあるべきだろうか」という問いに対し「多くの関係者の共同創造(co-production)から生まれるだろう」と答えている。障害者と事業所担当者が互いの経験や意見を尊重し、職場定着に向けて主体的に協力する「研究型JC」は、職業リハビリテーションにおける「共同創造」のひとつの形だと考える。 (4)「NBの更新」と留意事項 NBの特徴5)には、①障害者自身が主体的に作成する、②一度作成したら終わりではなく更新する、③固定化された枠にとらわれない、がある。「研究型JC」ではNBの内容は参考になったが、一方でNBの更新に難しさを感じた。 その理由は主にNBの特徴①で、障害者が勤務しながらのNB更新やそのためのJC支援に物理的・時間的な制約があることや、職場定着のためには障害者だけでなく事業主の主体性も重要であり、特徴①に捉われると、合理的配慮指針2)の「事業主は、必要に応じて定期的に職場において支障となっている事情の有無を確認する」「相互理解の中で提供すべき」を阻害する可能性を感じたためである。 筆者は「主体性を発揮するには、その取組の先に希望を感じられるか」だと考えており、障害者と事業所担当者が対話の中で相互理解し、職場定着へ希望を見出す「研究型JCの過程」は主体的であり、今後は「職場定着場面で望ましいNBの作り方や更新の仕方」が求められると考える。 また、合理的配慮について障害者が感じている課題3)には「どの程度まで合理的配慮を求めてよいのかわからない」等がある。同様に事業主からは「どの程度まで障害について聞いていいのかわからない」等と聞くことがある。支援者は障害者と事業主が持つ各々の当事者性(例:雇用関係、障害の知識・経験、プライバシーの開示・配慮等)の背景を踏まえつつ、支援者も当事者の一人として、どちらに偏ることなく支援に臨まなければならないと考える。 4 おわりに 本稿の内容を踏まえると「研究型JC」は「合理的配慮型」「対話型」「共同創造型」等と言い換えても差し支えない。むしろ「○○型」と言わずとも、JC支援には本稿で報告した要素が本来備わっているのではないかと考える。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター『職業リハビリテーション場面における自己理解を促進するための支援に関する研究』,「調査研究報告書№140」,(2018),p.95-100 2) 厚生労働省『合理的配慮指針』,(2015) 3) 障害者職業総合センター『プライバシーガイドライン、障害者差別禁止指針及び合理的配慮指針に係る取組の実態把握に関する調査研究』,「調査研究報告書№157」,(2021), p.151-159 4) 池淵恵美『統合失調症の人の生きがいのある生活をめざして 社会モデルと合理的配慮』,「精神障害とリハビリテーションvol.25 №1」,金剛出版(2021),p.105-118 5) 障害者職業総合センター職業センター『発達障害者のワークシステム・サポートプログラム ナビゲーションブックの作成と活用』,「支援マニュアル№13」,(2016),p.9-10 p.46 委託相談支援事業所による生活支援と就労支援の切れ目のない支援 ○諏佐 友香(社会福祉法人桐友学園 サポートセンター沼南 訪問型職場適応援助者/相談支援専門員) 1 はじめに 社会福祉法人桐友学園は、昭和39年知的障害児施設桐友学園の入所施設からスタートし、知的障害者更生施設沼南育成園を開設。平成14年知的障害者生活支援事業を開設、翌年4月より職場適応援助者を配置し、軽度知的障害者の就労支援・生活のサポートを担ってきた。平成18年4月委託相談支援事業受託。平成30年4月より地域生活支援拠点受託1)「地域生活支援拠点しょうなん(以下「S事業所」という。)」。訪問型職場適応援助者(以下「訪問型JC」という。)は、千葉障害者職業センターとのペア支援、柏市と松戸市のジョブコーチ派遣事業を受託。 2 地域生活支援拠点について (1) 概要 障害者の重度化・高齢化や「親亡き後」を見据え、居住支援のための機能を、地域の事情に応じた創意工夫により整備し、障害者の生活を地域全体で支えるサービス提供体制を構築する(図1)。 具体的な支援内容としては、①相談、②緊急時の受け入れ・対応、③体験の機会・場、④専門的人材の確保・養成、 ⑤地域の体制づくりが挙げられる。 図1 地域生活支援拠点等の整備手法(イメージ) (2) 柏市地域生活拠点支援事業におけるS事業所の役割 柏市は4つの地域生活支援拠点がある。S事業所は東部地区を担当しており、旧沼南町のエリアで緑が多く農業も盛んである。我孫子市や印西市が隣接する地域でもあり、足りない社会資源については連携して対応することも多い。S事業所周辺は、古民家や団地と新築一戸建てが混在している。障害者手帳を取得していないが疑いがある方(障害受容していない方も含む)等の相談がある。また地域生活支援拠点事業を受託する以前より、千葉県東葛地区の特別支援学校と繋がりをもっており、高校3年卒業前に行う個別移行支援会議に参加して、在籍中の様子や今後予想される課題、家庭環境について情報共有する機会にも積極的に参加している。卒業後の支援において、仕事面、金銭面を中心に妊娠、出産、結婚、離婚、成年後見人制度といったライフステージごとに起こりうる課題に対して一緒に考え、ご本人の希望する生活に近づけるような支援を心がけている。また相談支援機関だけでなく、他機関と顔の見える関係作りを構築し、お互いに相談し合えるようなネットワーク作りをしている。訪問型JCとしては、障害者就労・生活支援センターが主催する地域意見交換会に参加し、地域で活動する福祉サービス事業所や医療機関、教育機関と情報共有して地域の特徴を把握するようにしている。 次に、S事業所での支援事例を紹介する。 3 事例 (1) 支援対象者 大学構内の整備職員(障害名:知的障害) (2) 支援前の状態 2020年3月に特別支援学校卒業。4月より就職するも緊急事態宣言があり、2カ月間の自宅待機を経て、6月よりフルタイムの勤務が開始する。7月当初は特別支援学校進路指導教職員(以下「進路担当者」という。)が訪問し、現状を確認していた。企業担当者より「実習に来た時のように真面目で一生懸命であり、周囲と上手く協力して仕事ができている。」ということであった。進路担当者が後日、高校3年時の担任に聞き取りすると「父親は自営業で母親はパートをしている。キーパーソンは母親であり、手続きや難しい内容の理解は難しい。父親は子育てに関して協力的ではなかった。姉は高校卒業後、在宅で過ごしている。」とのこと。 8月下旬に企業担当者から進路担当者へ「遅刻が増え、様子がおかしい。」と連絡が入る。寝坊して遅れる、作業場へ移動しようとするも数歩前進して後ろ向きで戻ってしまう行動、行動停止、自分の身体が思うように動かないと頭を叩く、大声を出す、幻聴が出てきた、というようなエピソードがあり、進路担当者よりS事業所へ相談が入る。 (3) 具体的なかかわり ア 企業訪問による支援 8月下旬に進路担当者と訪問型JCで企業訪問する。支援対象者の状況を確認する。当日は膝を曲げ上げたまま停止する、首を片方に繰り返し傾ける行為が見受けられた。 p.47 支援対象者と面談する中で、深夜まで動画を見ていることと眠りが浅く、夜中に何度も起きてしまっているということが分かる。また行動停止や首を傾ける行為についても含めて、医療機関を受診することを提案する。企業担当者より今の状態で勤務することが困難な為、病院からの診断があると良いとの意見がある。訪問型JCが医療機関の調整を行う。9月下旬に初診の予約がとれる。その間企業訪問し企業担当者から状況確認をして、支援対象者が作業している場面を考察する。母親に電話し、通院同行の依頼や家庭での様子について聞き取りを行う。 イ 通院同行による支援 初診日は支援対象者、母親の他に企業担当者、進路担当者、訪問型JCが付き添いをする。通院するきっかけとなった職場でのエピソードを企業担当者から医師へ説明してもらう。家庭での様子について母親に医師が質問すると、慣れない場所での緊張と医師の質問内容に対する意図を理解することが難しかった。初診時より精神安定剤の服薬を開始する。 初回通院後には、①家庭での様子の把握が困難であり、母親が支援対象者の病状について上手く話せないこと。診察時に支援対象者へ医師が質問すると「答えられません」と言うこと。②経済的な面で診療費が払えず、滞納してしまうことが課題である。①については、訪問型JCが付き添いを行うこととなる。事前に企業担当者から職場での状況、母親からは家庭での言動を聞き取り、通院時に医師に説明できるようにした。②については、病院の相談員に経済的な状況を説明し、分割して払えるようにした。また同時に自立支援医療の申請を行うことや、のちに診断書を書いてもらい傷病手当がもらえるように手続きを進めていった。 ウ 休職中の支援 10月中旬頃の受診時には、企業担当者から「病院受診前の状態よりも言動が悪化し職場に行っても仕事にならない。」という状況であることを伝えると、医師より仕事を休む提案がでる。進路担当者からの助言もあり通院して体調を整えることになり、適応障害の診断で2カ月休職する。訪問型JCが母親へ聞き取りをしていく中で、家庭で支援対象者と父親の関係が休職期間中に悪化してきたことが分かった。父親は支援対象者の言動の失敗に対して、強く叱責することがあり、またそのような父親の叱責に反応した支援対象者が大声を上げ、頭を叩く自傷行為が激しくなってしまうことがあった。訪問型JCは居住環境についても整える必要性を感じていたが経済的に余裕がなかった為状況を見て、入院や世帯分離も視野に入れていた。しかし現時点では行動には至らず。 12月中旬、支援対象者より「働きたい。」との話がある。症状が改善されていないが経済的理由から復職を強く希望した為、企業担当者より「本人が希望するのであれば受け入れる。ただし作業ができるような状態でない場合は声をかけさせてもらう。」との話があり、本人も了承した。 エ 復職後の支援 1月より復職。しかし数日後、仕事ができる状態ではないということで訪問型JCへ企業担当者から連絡が入る。また併せて「2月末までに来年の契約更新についての判断を下さなくてはならず、現状は契約更新するのは難しい。本人、保護者へどのように伝えたらよいか分からない。」と相談がある。1月末に訪問型JCが通院同行し、医師へ職場と家庭での状況を現状について伝え、再度1月末から3週間の休職をする。休職期間中を利用して、医師より今の環境を整える目的で『任意入院』の話がでる。しかし経済的な理由で、支援対象者と母親から拒否される。3週間の休職期間を経て、支援対象者より「働きたい。」との希望があったが、契約更新時期が近づいていた為支援対象者には「次に遅刻や仕事ができない症状が出た場合には、契約更新は難しい。」と伝える。職場復帰するも仕事中に頭を叩く行為や行動停止することがあり、3月末まで休職し雇用契約が終了することになる。今後の生活のことを含めて支援対象者、母親、企業担当者、進路担当者との話し合いする機会を設ける。今後は訪問型JCが相談支援員の立場でサポートを担っていくこととなる。 (4) 今後予想される支援 通院して治療と障害基礎年金の診断書作成依頼ができるようにし、経済面の安定を図れるようにする。退職後は福祉サービス利用の申請手続きを行う。そして退職後の書類や手続きについては、企業担当者とやり取りを行う。生活面では同年3月末、父親と母親が離婚し母親と姉、本人の三人暮らしとなり、生活保護の申請をサポートする。母親の代わりに生活保護担当のケースワーカーとも連絡調整を行う。障害者雇用と比較して就労継続支援B型事業所は収入が減る為、継続的に関わり就労に向けての目標を確認し、再度障害者雇用に結びつくようなアプローチをできるようにする。 4 おわりに 雇用継続が困難な場合、企業から離れた後も継続的に支援対象者を支援できるようにする体制は必要不可欠である。また支援対象者が退職することによって、企業の障害者雇用に対するイメージが失敗体験で終わるのではなく、客観的なフィードバックを行い、今後も障害者雇用を取り組んでもらえるような企業との関係づくりや地域づくりをすることも訪問型JCの役割ではないかと感じる。 【参考文献】 1)地域生活支援拠点等|厚生労働省 (mhlw.go.jp) p.48 就労定着におけるメタ認知トレーニングの効果について 〇小笠原 晴子(就労移行支援事業所Conoiro 就労支援員) 明井 和美(就労移行支援事業所Conoiro) 1 はじめに (1) 事業所概要 就労移行支援事業所Conoiro(以下「Conoiro」という。)は2018年の開所後以来、知的障害・発達障害・精神障害・身体障害のある方を対象に就労移行支援・就労定着支援を行ってきた。 就職先は医療機関、スーパーマーケット、カフェ、教育機関、物流倉庫、自動車販売店など多岐に渡っている。職種も事務補助、清掃、食品製造、接客業など多様である。 Conoiroでは、就労者に対して月一度以上の面談を含めた就労定着支援を実施しているほか、日中の通常プログラム参加を推奨したり、夜間に就労者を対象としたメタ認知トレーニングを実施したりするなど、様々な就労者対応を実施している。 (2) Conoiroの特色 Conoiroの就労支援を特徴づけるタームとしては、第一に「レジリエンス」が挙げられる。レジリエンスとは、「ストレッサーに暴露されても心理的な健康状態を維持する力、あるいは一時的に不適応状態に陥ったとしても、それを乗り越え健康な状態へ回復していく力」のことである1)。Conoiroでは、利用者自身が自らの長所や課題に気づき、さまざまな状況を乗り越えながら社会で活躍していくことを目指し、レジリエンス力を身に付けるための支援を行っている。 Conoiroで行われるプログラムや日中活動は、ほとんどが集団的なアプローチである。その内容は、利用者の社会性や協調性の向上、ストレス対処方略やセルフケア、ソーシャルスキルの習得など多岐にわたる。これらのスキルはレジリエンスとの関連が報告されており2)、就労支援から就労定着までを見据えたConoiroの支援の骨子となっている。 (3) メタ認知トレーニングとは プログラムの中でも最も力を入れているのがメタ認知トレーニング(以下「MCT」という。)である。三宮3)によると、メタ認知とは「自分自身や他者の行う認知活動を意識化して、もう一段上からとらえること」であり、自分の意思を相手に伝え、相手の理解を確認するコミュニケーションという認知活動において、メタ認知を働かせることが重要である4)。Conoiroでは、メタ認知はレジリエンスを高めるための方略の一つとしてとらえ、開設当初から毎週実施している。現在では就労移行の利用者のみならず、就労後の利用者も参加を希望することが多い人気のあるプログラムとなっている。プログラムの進行には「MCT日本語版(モジュールA・B)」5)、「うつ病のためのメタ認知トレーニング(D-MCT)」6)を使用し、必要に応じて説明を捕捉したり話し合いの時間を設けたりしながら進めている。MCTの目的は、「自らの認知バイアスを理解する→モニターする→コントロールする」7)ことである。MCTのセッションを通して自分の認知のクセに気づき、そのクセが人間関係や症状の維持に及ぼす影響を考えたり、他に役立つ考え方はないかを参加者同士で話し合ったりする。誰かが認知のクセを修正するのではなく、自ら認知のクセに気づき考えることを目指している。 (4) 本研究の目的 令和元年現在、本邦における障害者雇用者数は56.1万人に達し、16年連続で過去最高を更新している8)。一方で精神障害者は就労定着率が低く、離職の理由として職場の雰囲気・人間関係をあげる者が多い9)。発達障害者では離職理由に人間関係をあげるものが6割以上に上る10)。障害者雇用においては、就労の継続に人間関係の困難を抱える場合が多いと考えられる。 Conoiroの利用者においても、職場の同僚や上司の発言をどう捉えたらいいのか困っている、同僚に苦手な人がいるといったコミュニケーションや人間関係に端を発する悩み事やストレスを訴える者が多い。その際は支援員とともに、メタ認知トレーニングで学んだ内容に基づいて出来事や感情を整理することもあれば、利用者自らメタ認知トレーニングについて言及することもある。支援者からみると、メタ認知トレーニングが就労定着支援に役立てられていると感じることが多い一方で、利用者がどのようにメタ認知トレーニングを捉え、どのように就労場面で生かしているのかについては調査してこなかった。 本研究では、Conoiroでメタ認知トレーニングを実施して就職した利用者に対しインタビューを行い、就労の場面におけるメタ認知トレーニングの効果やその有用性を検討する。 2 方法 (1) 対象者 Conoiroを利用し就職した者で、令和3年8月現在就労継続中の者のうち、研究参加の同意が得られる者。 p.49 (2) 手順 Conoiroの支援者が面談を行い、研究参加の意思を確認して同意を得たうえでインタビューを実施。質問項目は以下の表の通りである。 表 利用者に対する質問項目 (3) 倫理的配慮 研究参加者には研究の目的を明らかにし、発言はメモや録音によって記録され分析されること、個人が特定される恐れのある情報は抹消することを説明したうえで同意を得る。本研究は、Conoiroでの倫理基準に適合していると判断された。 【参考文献】 1) 齋藤和貴・岡安孝弘『最近のレジリエンス研究の同行と課題』, 「明治大学心理社会学研究,第4号」(2009), p.72-84. 2) 齋藤和貴・岡安孝弘 『大学生のソーシャルスキルと自尊感情がレジリエンスにおよぼす影響』「健康心理学研究,第27号1巻」,(2014), p.12-19. 3) 三宮真智子『メタ認知で〈学ぶ力〉を高める』, 北大路書房(2018), p.14. 4) 三宮真智子『思考・感情を表現する力を育てるコミュニケーション教育の提案:メタ認知の観点から』「鳴門教育大学学校教育実践センター紀要 第19号」, (2004), p.151-161. 5) 石垣琢磨『メタ認知トレーニング(Metacognitive Training:MCT)日本語版の開発』「精神医学第54号9巻」, (2012), p.939-947. 6) レナ・イェリネク, マリット・ハウシルト, シュテフェン・モリッツ『うつ病のためのメタ認知トレーニング』, 金子書房 (2019). 7) 石垣琢磨『メタ認知トレーニング(MCT)の理論と実践』「花園大学心理カウンセリングセンター研究紀要第10号」, (2016), p.5-10. 8) 厚生労働省『障害者雇用の促進について 関係資料』「https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000674638.pdf」, (2020). 9) 厚生労働省『平成30年版厚生労働白書』, (2019), p.56-57. 10) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター『発達障害者の職業生活への満足度と職場の実態に関する調査研究』「https://www.nivr.jeed.go.jp/ research/report/houkoku/p8ocur0000000ol3-att/houkoku125. pdf」,(2015) p.50 発達障害者当事者における「自己理解の支援」の意味についての探索的研究-就労パスポートを活用したキャリア形成支援-                                 ○宇野 京子(職場適応援助者) 前原 和明(秋田大学教育文化学部) 1 問題と目的 日本の雇用情勢においては、少子高齢化が深刻な社会問題から、障害者雇用に大きな期待が寄せられている1)。 これまで雇用率制度は、雇用される障害者の量を問題にしてきたが、雇用の質の改善という障害者の地位向上には必ずしも役立っていない点、量として雇用拡大を主目的に採用後の雇用継続のための支援、研修等の能力開発、キャリアアップ等「雇用の質」にまでは考慮に入れていない点などが課題とされている2)。発達障害者の定着支援にむけた課題解決の実践報告は多数ある。しかし、発達障害者当事者(以下「対象者」という。)が「生活の質」QOLを向上させたいと願い、非正規雇用から正規雇用へキャリアアップを果たした文献はあまり見当たらない。対象者が、転機と捉える時期に支援者が実施した自己理解の支援行動がどのような意味をもつのか、キャリア形成との関連性についての分析は十分に行われていない。 そこで本研究では、対象者のキャリア形成における心理的変化を明らかにすることを目的とする。本研究から、対象者ニーズによるキャリア発達について検討することが可能となり、更には増加傾向にある知的に遅れがない発達障害者のキャリア支援の在り方について検討する際の一助になるだろう。 2 研究方法 (1) 方法  インターネット会議システムのミーティングソフトzoomを利用し、半構造化面接によるインタビュー調査。インタビューの内容は、対象者の許可を得た上で録音した。なお、対象者のプライバシーと心理的ストレスに配慮しつつ、インタビューを行った。 (2) 実施日  2021年6月22日~7月3日 (3) 研究対象者 Aさん、男性、20代、広汎性発達障害(アスペルガー症候群)。精神障害者保健福祉手帳2級。 (4) 倫理的配慮  対象者へ、研究の目的と方法、自由意志による協力と辞退、プライバシーの保護、データ管理の厳守や本研究以外にデータを使用しない事について書面と口頭で説明し承諾を得てからインタビュー調査を実施した。 3 調査結果 (1) 調査内容  質問項目は、以下のとおりである(表1)。 表1 質問項目 (2) 分析方法  インタビューデータから逐語録を作成し、対象者に内容を確認してもらった後、分析の対象とした。データは、KJ法3)で整理・分析を行い、小項目、中項目、大項目に分けて整理を行った。対象者自身の生の言葉で伝えることは、当事者研究の大事なあり方と考え象徴的な言葉はできるだけ反映しつつ、252枚のラベルから第6段階のグループ編成を行った。その後、A型図解化、B型文章化の手順で分析を行った。また、対象者にライフ・ライン・チャートを作成してもらい視覚化することにより、人生のゆらぎの状態から自分に影響を与えた出来事や経験について振り返り易くした(図1)。  4 調査結果 インタビュー調査の結果、第6段階表札は、『高校時代の違和感』、『暗黒期』、『リハビリテーション期』、『基礎的・汎用的能力の獲得期』『自己理解/棚卸し期』『キャリアプランニング時期』を抽出した。KJ法で整理した項目は、表札は『』、大項目【 】、中項目は《 》、小項目は〈 〉、インタビューの会話は「 」で引用する。 以下に、結果の概要を報告し、診断からの10年間を振り返る。 対象者は<一人暮らしから生きづらさが具体化する>。<入院前後は暗黒期(ポツンと自分が暗闇にいてもがいている感じ)>と表現した。また<入退院していた時期の記憶がない>。しかし、入院中に<父に勧められ自叙伝を書き上げた>400字詰原稿用紙39枚で、当時の出来事や心情、どのような経過をたどり『リハビリテーション期』へ移行したかを【自叙伝を執筆し内省をする】。「時間もたくさ p.51 んあるからできるんですが。今から読み返すとちゃんと構成も考えているし、自分でも自分の気持ちを整理しながら書いていたと思う。」と振り返った。その後、【医療から福祉的就労】<B型事業所では、集中力の持続性を獲得した>ため、<自ら、ステップアップのタイミングを意識する>ことにより、【福祉的就労から一般就労】と段階的に就労場所を移行している。週30時間の事業所(一般就労) 内では、<昇格はしたが就労継続の意欲は低下>し<解説のない指導から退職へ気持ちが傾く>こととなり、<自身のキャリアアップに対する葛藤>を抱えた時期があった。しかし、<上司③や支援員の中長期的なキャリアを意識した指導>から、<多種多様な業務を担当する意味>や<一番やりたい仕事はパソコン作業だと明確になる>。また5年間安定就労ができたことから「無期雇用面談を受けても、キャリアアップしたいと思った」と語られた。また《キャリアアップを果たした元同僚Bの存在》がロールモデルとなり、正規雇用の公務員(障害者雇用枠)を目指しハローワークの《「若者就職支援センター」を活用し面接練習をする》。<内定書類がきてから、就労パスポートを書いた>時には、上司③と<記入しながら客観的に自分をみて何が得意で何が苦手かを自己理解できた>「「就労パスポート」は客観的に自分をみれるポジティブなツール」と語った。又「発達障害特性があっても、受け入れていない人たちもいる」という他者理解も深めていた。<公務員3ヵ月経過した気持ちは不安2割、頑張ってやっていこう8割。><公務員となり仕事を自分で組み立てる 自己効用感>を感じ、<土日は、疲労回復のために時間をつかう>が<充実感がありQOL向上を実感する>と述べた。 図1 Aさんのライフライン 5 考察と今後の課題 (1) 人的環境の影響 対象者は事業所内で昇格したが、上司との人的関係から 自尊感情が低下し離職を考えていた。しかし、別の上司にかわり中長期的なキャリアを意識した指導により、再び就労意欲が向上し、ライフキャリアを再検討できた。よって、支援者がキャリア形成を意識した指導を行う際には、作業指示だけではなく見通しが立つよう業務の概要説明や対象者の話を傾聴する姿勢など、一人の職業人としての対応や、職場内の心理的安全性が鍵となることが示唆された。 (2) 自己理解に有効なツールと今後の課題 本研究では、知的に遅れがない対象者が、青年期に診断を受け自己理解を深めていく様相を、約10年間のプロセスで通して示したことは成果と考える。発達障害者の相対的な特徴として視覚優位という点から、相談場面でライフ・ライン・チャートを用いることで、過去の自分の記憶をたどり可視化し、数値化することによってキャリアについての価値観が明確になっていた。また障害者の就職や職場定着の促進を図る情報共有ツール「就労パスポート」は、特性を言語化し再認識できることから、その有効性が検証できた。発達障害者の個別の特性や働き方のニーズの違いから、障害者全般に当てはまるキャリア形成の支援を論じることは困難である。しかし、支援者が、対象者のニーズを把握しアセスメント結果と共に可能性を提示し、その機会をいかに設定して、移行を促していくことができるかについては、引き続き検討していきたい。 【参考文献】 1) 野田進「人手不足と労働立法―非正規雇用と労働契約終了問題を中心に」,日本労働研究雑誌(2016),673,p.53-65 2) 山田雅恵「特例子会社制度に活用による障害者雇用拡大のための方策について―特例子会社と親会社への全国調査から―」,日本経営倫理学会誌(2015),22,p165-182. 3) 川喜田二郎「発想法改版― 創造性開発のために」,(2007),東京,中央公論社 p.52 国立職業リハビリテーションセンターにおける視覚障害者の就労支援-受障後に職業訓練を経て事務職へ就職した事例の課題と支援- ○鈴木 幹子(国立職業リハビリテーションセンター 障害者職業カウンセラー) 長谷川 秀樹・能重 はるみ(国立職業リハビリテーションセンター) 1 はじめに 国立職業リハビリテーションセンター(以下「職リハセンター」という。)は、障害のある方々の自立に必要な職業訓練、職業適性や特性を把握するための職業評価、就職に向けた職業指導などを体系的に提供する職業リハビリテーション機関である。本発表では、在職中に疾病により全盲となり、離職後に職リハセンターにおける視覚障害者情報アクセスコースの職業訓練を経て事務職での就職に至った事例について報告する。あわせて視覚障害者の就労支援の課題及び有効な就労支援について考察する。 2 背景 視覚障害者が従事している職業として、三療(あんま、はり、きゅう)といった専門的、技術的職業に就いている人の割合が30%、続いて事務的職業が26%を超えることが報告されている1)。これはICTの発展により画面読み上げソフトなどの支援機器の開発と充実により重度の視覚障害者でも文字情報の処理が可能となったことも要因としてあげられている2)3)。一方で、視覚障害者の職業訓練を実施している施設が少ない現状に加え、多くの企業では視覚障害に関する理解不足、受け入れに際しての雇用管理に関する経験が十分でないことが指摘されており、職業訓練、就職支援等のノウハウの蓄積も求められている4)。 3 職業訓練及び就職支援の内容 (1)視覚障害者情報アクセスコースの訓練内容 表1のアクセス機器を活用し、OA機器の操作における知識、技術の習得をした上で、OAソフトを利用した事務処理に必要な技能の習得を行っている。重度視覚障害者の場合、3ヶ月の導入訓練後、1年間の本訓練となる。 表1 訓練場面で活用するアクセス機器一覧 (2)主な就職支援の内容 職業訓練と並行して、訓練生に対する職業指導や就職支援を表2の通り実施している。 表2 訓練生に対する職業指導・就職支援の内容 職業相談職業指導 適切な職業選択や効果的な就職活動の助言、求人情報の提供、模擬面接を活用した面接対策等 採用面接の支援 就職面接会の周知や応募にかかる相談、面接の同行を通し企業へ特性や配慮事項について助言 会社説明会の開催 企業担当者が採用職種や事業内容について訓練生に対して説明を行う説明会の開催 訓練生情報の公開 Web上での訓練生情報の公開(掲載希望者のみ)、採用に向けた企業との調整等 4 事例の概要及び就職支援の状況 (1)事例の概要、障害の状況 30代、男性、視野障害2級、視力障害2級(手帳1級) X県地方都市の学校を卒業後、アミューズメント関連会社(対人業務)在職中に疾病により視覚障害を受障し離職。その後、盲学校専攻科に進学。医療リハビリテーション機関を経て職業的自立を目指し、事務職でのOAスキルを身につけるため職業訓練を希望し入校した。 (2)就職支援の状況 ア 移動に関する支援 ハローワーク(以下「HW」という。)への同行に際して道順の確認等移動にかかる支援を行った結果、単独で窓口での求職相談を行うに至った。また、生活エリアでの移動に視覚障害者同行援護の利用が想定されたため、同行援護事業所の情報提供や手続きの支援を行った。 イ 訓練後の生活拠点を見据えた支援 X県地方都市では事務職の求人が少ないことから首都圏での就職を希望していたため、訓練終了後の自立生活に向け、視覚障害者対象のグループホームの見学を支援するなど就職活動と並行して生活拠点の確保を目指した。 ウ 求人情報の提供、職業選択にかかる職業相談 メールを活用した求人情報の提供を行うとともに本人の特性、障害状況に応じた求人にかかる相談を行った。また受障前に事務職の就労経験がなかったため、会社説明会の参加等を促し具体的な事務職についての理解促進を図った。 エ 面接同行の支援、HWと連携した求人検索 求人に複数応募するが書類選考で不採用が続いた。HWと連携し、視覚障害者の雇用実績のある企業を選定し応募したところ3社において面接が決まった。面接前に本人の障害状況や配慮内容の効果的な伝え方についての相談や模擬面接等を行ったうえで面接同行をしたが不採用であった。 p.53 オ 訓練生情報を通した就職支援 Web上に掲載された本事例の訓練生情報を参照したY事業所から連絡があり、Y事業所の求人内容と本人の特性、障害状況のすり合わせを行ったうえで応募。Webによる一次面接にむけて面接対策を行った。その後、Y事業所にて対面での二次面接及び事務スキル確認のためのPC技能テストを経て内定となり、就職が決まった。 (3)入社に向け実施した関係機関との連携支援 ・視覚障害者同行援護を活用した居住地周辺の環境確認 ・盲人福祉協会による通勤経路及び職場内の歩行訓練 ・地域障害者職業センターによるジョブコーチ支援の実施 ・中央障害者雇用情報センターの就労支援機器の貸し出し 5 事例を通して確認した課題と有効な支援の検討 (1)就職支援における情報保障 求人情報の収集では、支援者からの求人票の提供のほか本人自身がWebを活用した求人検索を行った。Web上での情報検索やPDF文書の閲覧時の情報アクセシビリティや操作性については課題があることが指摘されている5)。求人票をOCRソフトで読み取る際、印刷の品質や読み取り条件が最適化されていない場合、誤変換も発生する。そのため支援者と電子情報のやりとりや読み合わせをして求人情報の確認を行った。また、紙媒体での応募の場合は、応募書類の確認や封入作業等に支援の必要がある。視覚障害が情報障害といわれ支援の本質は情報提供といわれるが、就職支援においても情報保障が重要であることがわかった。 (2)移動手段の確保 視覚障害者にとって移動の支援は、外出保障の面だけでなく、生活の質の向上や働く権利を左右する重要な問題であると指摘されている6)。就職活動では、HWでの相談や採用面接のために移動の必要があるため、福祉サービスである同行援護についての情報提供や契約に係る手続きの支援を行った。就職活動に加え、就職後の職業生活においても生活拠点や通勤経路等環境確認の必要があり、事前に移動手段を確保したことは有効であった。 (3)支援機器導入の課題 応募にあたり企業に対して、視覚障害があるため画面読み上げソフトの導入が必要であることを説明しても導入にはコスト面や心理面などの不安から消極的な回答が多く、支援機器導入には企業側の負担がみられた。そのため、導入への負担を軽減するため、応募書類に読み上げソフト等の支援機器の無料貸し出しのパンフレットを同封し、周知を図った。また面接同行の際に説明を行い、理解を求めた。 (4)企業の視覚障害についての理解 本事例は中途受障による職業上の課題のほか企業の視覚障害への理解不足等から就職活動は長期化した。現状では視覚障害者の雇用経験がない場合、視覚障害者が事務職に従事するイメージをもちにくい採用担当者がいることは否めない。本事例は中途で全盲となり事務職での仕事は難しいのではないかといった不安から採用を躊躇する企業もあった。そのため、訓練場面で画面読み上げソフトを活用しながら入力作業を行っている様子を本人の同意を得て撮影し、タブレット端末にて面接時に動画をみてもらった。この取り組みが企業側に本人の事務スキル能力を伝える手段となり、支援機器についても理解を促す有効な支援策であることがわかった。なお、Y事業所では、視覚障害者の雇用経験があり、視覚障害者が事務実務で活躍している実績があったため、視覚障害への理解、支援機器の導入について一定の理解があったものと考えられる。また、企業の採用担当者には視覚障害というと弱視という認識も見受けられた。支援者として、弱視と全盲との間には同じ視覚障害でありながら大きな個別性があることを企業側に理解してもらう必要性を感じた。 6 まとめ 視覚障害者、特に中途視覚障害を取り巻く就労支援の課題には、移動障害と情報障害を併せ持つため広範囲な支援を必要とすることが多いことが指摘されている7)。本事例の支援を通しても、就職活動にかかる移動手段の確保、求人情報への情報アクセス、企業の視覚障害への認識、支援機器導入への負担等が考えられる。 一方で、視覚障害者は支援機器の導入によりデータ入力など事務職をはじめ情報処理関係職種において能力を発揮することができるため、視覚障害者の雇用経験がある企業のなかには、視覚障害者が事務実務で活躍している実績から引き続き視覚障害者を採用したいと考える企業もある。今後、就労支援にあたり本事例の知見を踏まえ、中途視覚障害者が事務的職業において戦力として活躍できる人材となることを企業に積極的に伝える役割を担っていきたい。 【参考文献】 1)厚生労働省,平成30年度障害者雇用実態調査 2)障害者職業総合センター『視覚障害者の職業アクセスの改善に向けた諸課題に関する研究』,vol.138,(2018) 3)障害者職業総合センター『視覚障害者の雇用等の実情及びモデル事例の把握に関する調査研究』,vol.149(2019) 4)国立職業リハビリテーションセンター,視覚障害者に対する効果的な職業訓練を実施するために,平成20年3月 5)渡辺哲也,視覚障害者のインターネット利用状況とその課題,ヒューマンインターフェース学会論文誌,6(1) ,(2004) 6)視覚障害者の移動支援の在り方に関する実態調査,厚生労働省平成26年度障害者総合福祉推進事業 7)中途視覚障害者の就労支援の現状の検討,第25回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集,(2017) 【連絡先】 国立職業リハビリテーションセンター職業指導部職業指導課 e-mail:Shokureha-shidoka@jeed.go.jp p.54 夢を育て認知機能の伸びしろを評価・共有することを通じ、知的障害者の主体性を育て、積極的な職場文化を作る試み ○前川 哲弥(NPO法人ユメソダテ 理事長/株式会社夢育て 代表取締役) 1 主体性の育成 知的障害者には、主体的に仕事や趣味に取組むことが苦手な人たちがいる。特別支援学校卒業後の人生が最も長いが、主体性の弱さが職域の拡大などを困難にしている。また、自身も職場も、知的障害者の知的な成長を前提にしていない場合があり、当事者の自主的な努力も、職場での研修等の実施も限定的である。さらに、主体性の欠如は、当事者が幸福な人生を生きるという観点からも残念である。 そこで、NPO法人ユメソダテは、東急百貨店たまプラーザ店チームえんちか(以下「職場」という。)の協力を得て、その20代半ばのメンバー7名を対象として、2020年2月から、主体性育成を目的として、夢を育て、夢に向かった能力開発の試みを行った(現在も継続中)。この夢育ての考え方を、2000年のICF国際生活機能分類に位置づけると以下のようになる。 図1 “夢育て”のICF国際生活機能分類上の位置づけ 2 夢の育成 (1) 夢育ての方法 ベネッセ教育総合研究所などで示されている夢の発達段階仮説に基づき、以下の方法で夢を育てる試みをした。 ア 傾聴、夢の種集め 障害当事者に、自身の人生が楽しく幸せだった時と、そうでない時について、人生曲線と呼ばれる時系列の線を描いてもらい、その曲線に沿って、語り得るだけの人生を語ってもらい傾聴することから始めた。傾聴の中で、辛かった経験も語られるが、その当事者が幸せだったこと、嬉しかったこと、好きなことや人も語られる。ここで語られた前向きな材料を、「夢の種」と呼んでいる。 イ 夢の種の選別 こうして拾い集めた夢の種を表にまとめ、それぞれの種から、本人に連想したり、やってみたいことを挙げてもらったりして、当事者の思いの強い種、夢に育ちそうな種を選別し優先順位をつけて貰った。 ウ 伴走 次に、優先順位の最も高い夢の種に沿って、関連する場所に一緒に行ったり、体験したり、その分野の先輩の話を聞く機会を設けるなどして、夢の種を育てる伴走活動をした。そして種が育ったところで、自身の夢を語ってもらった(以下「夢語り」という。)。 エ 未来語りのダイアローグ 最後に、家族や親友などに同席してもらい、あたかも夢が実現した未来にタイムワープした設定で、夢の実現までの流れを、過去のことのように語ってもらう未来語りのダイアローグを実施した。これは、一種の予祝であるとともに、夢に向けて、自分自身に何ができるのか、周囲の協力をどう取り付けていくのかのシミュレーションともなる。未来語りのダイアローグについては、戸田周公氏から指導を受けた。 (2) 夢語り 職場の3名の夢育てを行い、夢語りを動画にまとめ、家族や職場で見て頂くとともに、了解を得てYoutubeで公開した(Shunsuke: https://youtu.be/WJFeRNwMHrQ、Takumi: https://youtu.be/var8uNVMUPg、Manami(五十嵐理美氏担当): https://youtu.be/kksL6KwMEU8)。 夢語り動画を見て貰うことを通じて、自らの思いを周囲に伝え、周囲が関心を持ってくれること、協力的であることを認識し、自身の望みを目指して良いのだということを、それぞれが感じ理解してくれた。また人との交流の中で、それぞれが夢を進化させていた姿が印象的であった。ベネッセ教育総合研究所は、最初の夢は荒唐無稽なものであることが多いが、人との交流の中で、何度も夢を再定義する中で、現実的な人生の目標に生まれ変わっていくのが一般的であるとしているが、知的障害者はこのプロセスがなかなか進まない傾向にある。しかし今回の経験を経て、彼らの夢が生まれ変わらないのは、人間関係が乏しいからであって、知的能力の問題ではないと感じた。 3 伸びしろをはかり、伸ばし方を知ること (1) 学習潜在力評価法(LPAD) 知的障害者は認知機能に凸凹があり、その得意を伸ばし、苦手を軽減することは、夢に向けて主体的に生きていく力 p.55 になる。そこで当事者の認知機能の凸凹のプロファイルを調べるとともに、その伸びしろと伸ばし方を知るために、Feuerstein Instituteの学習潜在力評価法(以下「LPAD」という。)を用いて職場の7人全員の認知上の凸凹と、凹部分の伸ばし方を検討した。この方法は、知覚、概念使用、各種推論、2つ以上の情報処理、分析と統合、表象、絵・図・言葉間の優位性、比較、計画、空間認知、知覚の統合、数的推論、帰納的・演繹的思考、言語記憶、表象操作、正確性、スピード等を各種のテストで評価する点は、既存のアセスメント手法と似ている。しかしLPADでは、被験者が間違えたり、分からなかった問について、実施者が少しずつヒントを与えていき自ら解法に気づき全問正答するまで伴走する(これを「媒介」と呼ぶ)。また媒介後に再度同レベルの設問を解かせることで伸びしろを測るといったことも行い、その時点での能力を測るというよりも、思考過程と伸びしろ、そして伸ばす方法に力点を置いておりDynamic Assessmentと呼ばれている。この方法を用いることの利点は、第1に被験者を理解に導く方法を探れること、第2に被験者が全問理解した充実感を持って前向きな気持ちで試験を終えられること、そして第3に本人、家族、職場の上司等に具体的な改善方法を提案することができることの3点であり、長時間を要する欠点はあるものの、筆者はこの方法が夢育てに適していると判断し採用した。 (2) 評価結果 職場の7名の知的障害者全員に対し、2020年12月~2021年3月までの間、一人ずつLPADを実施し、その認知機能の凸凹として以下のようなプロファイルを得た。 図2 職場メンバー全員の認知機能プロファイル 対象者7名それぞれに、具体的な改善方法の提案を含むLPADレポートを作成し、2021年3月職場の上司に提出した。職場の上司から、本人と家族に同レポートをお渡し頂くとともに、概要をご説明頂いた。加えて、各人の認知機能の向上の最初の手がかりとして、一人一人にプレゼントをした。量としての数の把握が難しい人には水道方式の教材を、言葉の苦手な人にはことばの学習ドリルを、片眼視の人にはビジョントレーニングの教材を、そして他の4名のメンバーには、分析と統合といったプロセスそのものと言える読書を推奨する観点から本、「13歳から分かる!七つの習慣 自分を変えるレッスン」(以下「本」という。)を贈った。 4 夢に向けて 各メンバーと家族、そして職場の上司は、各人が知的に成長しうることと、その方法をこのレポートで知り、プレゼントした教材や家庭で独自に購入した教材等を使って積極的に取り組んでくれている。 特に、職場の上司の主催で、2020年5月「本」の読書会が立ち上がり、月1回程度の実施が継続している。先の本をプレゼントしたメンバーだけでなく、全員が自主的に購入し、全員が自宅で1章ずつ音読してきて、職場で輪読し、その内容について自身の経験や人生展望に照らして意見を述べ合う会で、全員が活発に発言し、この会を楽しみにしている。職場や家庭と協力関係ができ、メンバーの主体性の育成と、積極的な職場づくりに貢献していることが肌で感じられる素晴らしい会となっており、現在も継続中である。このような職場文化は、チームとして新しい仕事へチャレンジすることにも効果を発揮している。 【謝辞】 本文中に示した方々の他、Feuersteinについては、主にNPO法人ユメソダテ理事兼よむかくはじくの外山純氏からの指導に加え、Feuerstein Training Centre Japanの芦塚英子氏・西澤緑氏、MindcapのGreta Anspach Ehlers氏及びFeuerstein InstituteのMeir Ben-Hur博士から、特にLPADについては、同Lea Yosef博士から指導を受けた。更に、水道方式については遠山真学塾の小笠卓人氏、ことばの学習については葛西ことばのテーブルの三好純太氏、ビジョントレーニングについてはメガネの一心堂の木部俊宏氏から示唆を受けた。この場を借りて深く感謝申し上げる。 【参考文献】 1)ベネッセ教育総合研究所「21世紀型学力を育む総合的な学習を創る-新しい学力を育む教育調査 [2001年]」第5章―2子どもの将来の夢を育む学習 https://berd.benesse.jp/berd/center/open/report/21seikigata/2002/05/chap05_02_01.html 2)ヤーコ・セイックラ、トム・アーンキル著、齋藤環訳「開かれた対話と未来 今この瞬間に他者を思いやる」2019 3)The Dynamic Assessment of Cognitive Modifiability, the learning propensity assessment device: theory, instruments and techniques, Reuven Feuerstein, Raphael S. Feuerstein, Louis H. Falik, Ya’acov Rand 2002 International Center for the Enhancement of Learning Potential 【連絡先】 前川 哲弥 NPO法人ユメソダテ、株式会社夢育て Tel:080-5088-6271 e-mail:maekawa@yume-sodate.com p.56 デザイン思考で主体的に成長するプロを育てるための福祉事業所としての課題と今後 ○高橋 和子(有限会社芯和 Cocowa:就労継続支援事業所 就労支援員) 1 デザイン思考(デザインシンキング)の実践 当事業所では、2012年の開所時から「デザイン」を主軸にして運営を行う中で、デザイナーとして一般企業で働いていくことや、受注から納品までを利用者が行うこと等を昨年までの題材としてこの場での発表を続けてきた。 今回、その中で見えてきた課題の一つに着目し、デザイン思考(相手のことを考える)を実践し、利用者本人がコミットできる動画を活用することで改善に取り組んだプロセスを紹介する。 仕事には必ず「目的」があり、目的達成のために試行錯誤を繰り返し、「今の仕事はこれでいいのか」と改善を考え実行していく。その過程の中で必ず大小の失敗を経験するが、失敗を受け入れつつ諦めずに改善していくために、「リフレーミング」を意識することで、仕事に対して違った見方をすることが可能になる。そこで課題となるのが、「出来ない(と思う)」「(やった事がないから)不安」「(わからないから)パニックを起こす」などの、これまでの経験・先入観などから形成されているマインドセットである。 図1 利用者、支援者双方の意見の相違 この見方を変革するには、自ら気づいて自らを変えようとしなければならない。そこで、デザイナーでもあるサービス管理責任者(以下「デザイナー」という。)が考案した、本人が共感できるキャラクター「ねこゼ®」が、仕事の考え方や具体的なやり方を個々に合わせて説明する「ねこゼ動画です!」(一部YouTube®に公開(38本)、事業所内(293本)8月8日現在)を活用。ねこゼに対する「共感」から思考が変化し、少しずつ意識や結果に対して効果があらわれている。 図2 「珈琲をお客様に出す」の実践 図2は、利用当初は、慣れた作業ならできるが、新しいことや考える必要がある作業ではパニックを起こす利用者の例である。本人のアセスメントを行った結果、形や色の認識力が高く、正確性を求め完璧でないと納得できないが、素直に人の話を受け入れる等が分かった。その中から、障害と性格の部分の切り分けを行い、段階的に新しい作業を増やして行く中で、状況によって変化することがある「苦手」だから「避ける」方向になる業務に挑戦した。 まずデザイナーが本人に似た性格のねこゼを通して日常会話を重ねることで、ねこゼに対する親しみを深め、次に、本人に習得してもらいたい業務をねこゼ動画にして見てもらった。在宅勤務も行っていたが、勤務日以外の日でも動画を見たいと申請し、自宅でも自分から動画を見てノートをまとめるようになり、文字起こしのように詳細にメモされたノートはそのままマニュアルとして使うことができた。 p.57 さらに実際に行って基準があいまいだった部分について基準を設定し、本人用のマニュアルが完成した。 動画を活用することで、スタッフが何度も説明をする時間を削減することができ、また利用者も納得できるまで確認し、きちんとメモを取ることができるようになり、さらに自ら気づくことも増えたため、事業所全体の業務の質を向上させる結果となった。 図3 観葉植物の水やりから「事業所内環境の改善」 図3は、統合失調症で、できていても不安が強い利用者の例である。水やり自体は経験したことがあるが、どれくらいの量、期間、種類、方法…等の不安が本人にあったため、「この植物の場合は土に触って手に土が付かなかったら鉢全体に回しながら水を入れて受け皿に水が数センチたまるくらい」等の基準を決め動画にした。ただ、目的が「水をやること」と伝わってしまっていたため、「植物を元気に育てる」ということを伝え、枯れた葉や花を取ること等細かな部分を改善していった。 結果として、利用者としても、「いつ確認すればいいかわからない」「これであっているのかわからない」ということがなくなり自信を持って取り組むことができ、観葉植物の水やりだけではなく、汚れている箇所や掃除方法等も考えることができるようになり、外の花壇の花の管理まで広げたことにより、花育の取組が地元で紹介されるきっかけとなった。 2 「モノ」から「コト」へ価値転換 このねこゼ動画の事例は「モノ」から「コト」への価値転換をできた事例の一つとして捉えている。動画を見ることで、ねこゼへの共感と親しみが生まれ、少し背中を押してもらうことで「できるかも」「やってみよう」という気持ちが生まれ、本人の主体性が少しずつ伸びてきている。また、動画にでているねこゼが実際にとなりにいることでも安心感が生まれたのではないかと推察する。 珈琲を淹れる、植物に水をやる等の業務を漫然と行えば価値はそれ以上に生まれないが、目的を意識し、少しずつ自分で考えながら改善することで、「お客様を大切にする気持ちを表すために珈琲を淹れている、水をあげている」と仕事に対する価値が変わり、より良い結果も出せる。 モノコト転換の試行錯誤の結果、今回紹介したねこゼ動画を含めて、少しずつ形になってきたと考えているが、一般市場からは20年以上遅れている状況である。事業所として数年後にどのような形にできているかはわからないが、デザイン思考の視点をより進化させ、今以上の形に成長させることが重要であると考えている。 コロナ禍で社会全体のデジタル化が加速する中、デザイナーがいるからこそ、デジタル・アナログ・コミュニケーションを統合した価値としての動画マニュアルが作れているのではないだろうかと考えている。 図4 Cocowaの価値変遷 モノ、コトの次に、これからは「トキ」の時代とも言われるが、全員で相互協力して生み出す今このトキを、主体的に参加したくなる「場」としていけたらと考える。全員が、自分のためだけではなく、全体のために主体的に考え、一人ひとりを必要な人として全体が共有し、自然に様々な意見が生まれる空間にしていきたい。 【用語説明】 ねこゼ®:芯和Cocowa代表の頭の中に住んでいるキャラクター。変わった話し方と動き、少し図々しい態度でみんなの人気者(だと思っている)。 【連絡先】 有限会社芯和 [Cocowa:就労継続支援B型・就労移行支援・就労定着支援] 栃木県河内郡上三川町上蒲生2186-1 電話:0285-38-9350 e-mail:info@cocowa.co.jp p.58 ストレングスモデルを軸においたキャリア形成への取組 ○久保田 直樹(NPO法人コミュネット楽創 就労移行支援事業所ホワイトストーン) 本多 俊紀(NPO法人コミュネット楽創) 1 はじめに 厚生労働省職業能力開発局による「『キャリア形成を支援する労働市場政策研究会』報告書」(平成14年7月31日)1)には「労働市場の変化や労働者等の職業意識の変化に伴い、『キャリア』や『キャリア形成』等の言葉が個人の職業生活を論ずる場合のキーワードの一つとなっている」と記載されている。 環境や思想、時代と共に変遷するキャリアに個人が職業人として適合するには、障がいの有無に関わらずその変化に合わせて職業意識や倫理観を都度変化させていくことは重要である。そのため就労支援をする側も、クライアントのキャリア形成を思索し続けなければならない。しかし障がい者支援の中では、その障がいによる困難性に着目されることも多く、長期にわたるキャリア形成の観点からは、その困難性とともにある「強み≒ストレングス」への着目が重要と思われる。 今回、就職活動の中で徐々に希望を取り戻していったAさんへの支援を通し、価値観や目標、強みに着目したキャリア形成の取組を考察し報告する。 なお、本報告に際し個人が特定されないように配慮した記載とし、本人にも書面にて同意を頂いている(NPO法人コミュネット楽創倫理審査委員会 承認番号:2021-3)。 2 事業所及びAさんの基本情報 (1) 就労移行支援事業所ホワイトストーン 発表者の勤務するホワイトストーン(以下「当事業所」という。)は「ストレングスモデル」2)に基づいた、就職活動を中心とした就労移行支援を展開している。ストレングスアセスメントをもとに個別支援計画を作成し、各利用者の強みを生かした個別就労支援を全支援員がひとつのチームとして実践している。 (2) Aさん 40代男性、双極性障害。2度の婚姻歴があり、現在は独身で両親と同居。販売員、高等学校用務員、自転車整備工、コールセンター等の職歴があり、A型とB型の福祉就労の利用も経験があった。過去の仕事では、メンタル不調から退職を繰り返し、職場には定着して勤めることを望んでいた。 3 支援の経過 (1) 利用開始当初と就職活動 利用開始当初のAさんは「新しい環境や人に慣れるには時間がかかる」と話され、体調不良から不安定な通所となりがちだった。当事業所では、全員参加のカリキュラムではなく、支援員と相談しながら利用者自身が自ら責任を持って主体的に活動を選択するスタイルであることから、「どうしても通所のモチベーションが上がらない」との相談があった。そこで支援員と話し合い、通所日を事前に決める、支援員同行でハローワークに行く、支援員が積極的に話しかけ関係性を構築することを実施し、通所頻度が徐々に向上した。またアセスメントでは、再度新しいパートナーを見つけて家庭を築く、といった希望が聞かれた。 事業所に慣れるにつれ「細く長く勤める」を就職活動のテーマに据え、応募数も増えて行った。また、支援員たちとの会話も増え笑顔も見られるようになった。そして利用3ヶ月で清掃業務に就職が決まった。 (2) 就職とその後の支援 就職当初から抑うつ状態による欠勤や早退が時折見られたが、勤務態度が良く業務も的確だったため高評価を得、企業担当者は「職場に慣れていくに従い欠勤等は減るのではないか」と期待していた。またAさんは「仕事の内容よりも、朝出勤して働き夕刻に帰宅してまた次の日に備えて休むといった、皆が普通にしている当り前の生活ができて嬉しい」と話し、5ヶ月間就労することができた。 しかし、人間関係等のストレスが要因となって出勤は安定せず、支援員も一緒に働く目的の確認やリラクゼーション方法を考えたが、退職に至った。 (3) 再通所と就職 退職後、当事業所を再利用しクローズで販売の仕事に就き5ヶ月間働いたが、またもや人間関係等で欠勤する状況が発生し退職となった。その後、相談支援事業所を交え話合い、前職までの経験を糧とした就職を考えていくこととして3度目の当事業所の利用となった。 アセスメント時の将来の希望は変わらず新しいパートナーを見つけて家庭を築くことだった。「人生で一番楽しかったのは、最初の妻と2人の子どもと4人で休日に公園で遊んだ、普通で当り前だった生活。それはもう戻らないけど、また誰かに頼られたい」とその想いの根元も語られた。そこには新生活を希求する姿、そして後悔の念と孤独が覗われた。 支援員はAさんの傍に寄り添い、自己決定を尊重し、共に求人検索をしながら、過去に得た経験や技能、現在持っている価値観、これからどんな役割を担っていきたいか、 p.59 どう未来の描く目標に近づいていくべきかを一緒に考え、語り合った。また、どのようなイメージで職場に定着して働きたいのか尋ねるとAさんは「同僚から信頼を得て打ち解けたい」と話した。 そこで支援員はAさんと「役割」について特に時間をかけて話し合った。 Aさんと共に就職活動に励み応募を重ねた結果、過去のキャリアをいかせる自転車整備工(一般求人/クローズ)の仕事が決まった。 Aさんは「以前の上司に『自転車と云えど人様の命を預かる仕事だから真摯に取組め』と言われたことを思い出した。その役割を今度の職場でも愚直にこなして行こうと思う」と支援員に話した。 就職後は本人の「仕事の進捗と振返りを丁寧に行いたい」との希望から月1、2回のペースで面談を行っている。体調が不安定になることはあるものの、欠勤はそれまでよりは少なく、任される業務も徐々に増え、前職までにはなかった「やりがい」という言葉も聞かれた。「頼りにされているという感覚がある」とも話していた。 4 考察 (1) キャリア形成への取組 Aさんの「人の命を預かる仕事」という発言には本人の責任を受け入れる意思と、望む「頼られる」という成果の予測が垣間見られる。 すなわち自身の役割を果たすことで本人のニーズが満たされる、ということと考える。 松為ら3)は「社会生活を基盤としている社会的な個人は、家族や職場や学校などの社会集団を維持することが求められることから、『個人のニーズ』のみならず、これらの社会集団そのものを維持するための『集団のニーズ』もあることを認めなければならない。『集団のニーズ』は、そこに所属する個人が集団内で与えられ要請される『役割』を果たすことによって充足される」と述べており、「職業リハビリテーション活動の概念モデル」の「充足」と「満足」にも符合すると考察した。 (2) ストレングスモデルによる視点 支援員はAさんの何度離職しても希望を持ち挑戦する姿を支持し、励ました。そして、本人が持つ希望や過去のキャリア、技能、経験を一緒に整理した。 ラップら2)は「努力や精一杯習得した事、そして『失敗』のなかの『わずかな達成』をほめることは、成功をほめたたえるよりも大切なことである。なぜなら、成功はそのものが明確な見返りとなるが、失敗にはそれが伴わないからである」と述べており、また「わたしたちは弱い部分をもった人々が現れたとき、彼らもまたストレングスをもっていると学ぶ。彼らのストレングスは、彼らの情熱や、備えている技能、興味、人間関係、そして置かれた環境にある」とも述べており、それらが就職活動の後押しに繋がったと考えられた。 支援員は、本人の自己決定を尊重し、Aさんと過去に得た経験や技能についても話し合っている。自転車整備工の仕事を再度選んだのは、その経験や技能が同僚の信頼を得る手段として活用できると判断したものではないかと思われた。そこにも技能のストレングスと本人の自己決定が活かされていると思われた。 また、清掃時では「仕事の内容よりも(中略)皆が普通にしている当り前の生活ができて嬉しい」と、仕事自体よりも日々の生活にスポットを当てた発言であったことに対して、自転車整備工では「人の命を預かる仕事」と、職業自体を意識した発言をしている。どちらが正しいというわけではないのだが、過去に得た経験や技能を支援員とより話し合った際に、本人の中で仕事に対する捉え方の変化があったのではないかと考えられた。 5 結語 本報告では、Aさんの定着を目的に働きたい希望に対して「何の為に働くか」を共に考え、価値観や目標、強みに着目してキャリア形成を取組んだことにより本人の仕事に対するやりがいが引き出された。そこには離転職を繰り返しても願望を実現するために挑戦する力を持つ本人の強みがあると考えられた。 【参考文献】 1)厚生労働省職業能力開発局『キャリア形成を支援する労働市場政策研究会報告書』(2002),p.1 2)チャールズ・A・ラップ/リチャード・J・ゴスチャ 著(田中英樹 監訳)『ストレングスモデル』【第3版】,金剛出版(2014),序ⅴ, p.109 3)松為信雄・菊池恵美子 編集『職業リハビリテーション学 キャリア発達と社会参加に向けた就労支援体系』【改定第2版】,協同医書出版社(2006),p.29-30 【連絡先】 久保田 直樹 就労移行支援事業所 ホワイトストーン e-mail:whitestone@ap.wakwak.com p.60 若年性認知症を有する従業員の就労継続に関する職場内の取組み-若年性認知症支援コーディネーターとの連携の有無による違い- ○齊藤 千晶(社会福祉法人仁至会 認知症介護研究・研修大府センター 主任研究主幹) 1 はじめに 認知症は高齢期で発症することが多いが、65歳未満で発症した場合は若年性認知症(young-onset dementia : 以下「YOD」という。)という。2020年の調査結果1)によると、全国のYODの推計総数は約35,700人とされ、発症時が65歳未満の人の最初の症状に気づいた年齢は54.4歳であった。また、発症時に6割以上が仕事に就いていたが、調査時には6割以上が退職しており、就労継続が難しい現状が明らかとなっている。 多くの企業ではYODに対する理解が不十分で、対応に苦慮する可能性2)や、職場内で合理的な配慮が法律で定められているのにも関わらず、十分なされていない実態も示されている3)。YODの人数は少なく個別性が高いため、YODの人の支援に熟知した専門職と連携することで、就労継続が期待できると考える。 現在、我が国では平成28年度よりYODの人のニーズに合った関係機関等との調整役として、若年性認知症支援コーディネーター(以下「支援コーディネーター」という。)が全都道府県に配置されている4)。支援コーディネーターはYODの本人や家族、企業関係者等に対して、相談内容の確認や整理、適切な専門医療へのアクセス、利用できる制度・サービスの情報提供、関係機関との連携調整等を通して、就労継続や退職後の生活が円滑に送れるよう支援を行う。 今回、就労継続に必要な職場内外部の支援について明らかにすることを目的に、YODを有する従業員(以下「該当従業員」という。)とともに働いた経験のある企業を対象にヒアリング調査を実施し、該当従業員への職場内での具体的な取組み内容や、支援コーディネーターとの連携の有無による違いを明らかにしたので報告する。 2 方法 (1) 調査対象企業の選定 平成29年度に認知症介護研究・研修大府センター(以下「大府センター」という。)が実施した「企業等における障害者(若年性認知症を含む)の就労継続支援に関する調査」で、該当従業員が以前いた、現在いると回答した63社を把握した。そこに、該当従業員に対する対応内容や課題等の把握のためアンケート調査を実施する際、ヒアリング調査への協力を依頼し、調査可能と回答した企業と、それ以外で該当従業員を把握した企業の合計6社(A~F)を調査対象とした。 (2) ヒアリング内容および方法 アンケート調査票の内容をさらに詳細に聴取する、半構造的インタビューを実施した。調査期間は平成30年10月~平成31年1月で、調査員2名が訪問し、アンケート回答者および該当従業員の様子を知る上司や健康管理担当者等から聴取した。また、倫理的配慮として、本研究は大府センターの倫理委員会の承認のもと、個人情報保護、結果の取扱等を説明の上、書面にて同意を得てから実施した。 3 結果 (1) 対象企業および若年性認知症の従業員の概要(表1) 調査対象の業種は、公務が2社、製造業が2社、サービス業2社であった。また、該当従業員は合計7名で、診断病型はアルツハイマー型認知症(Dementia of Alzheimer type : 以下「DAT」という。)5名、レビー小体型認知症(Dementia with Lewy bodies : 以下「DLB」という。)1名、不明1名であった。調査時の就業状況は、在勤中1名、休職中2名、退職4名であった。 該当従業員の主な業務内容は、A社は接客、金銭の集計等、B社は施設運営の管理業務、C社のDATの該当従業員は製品の組立や試験、DLBの該当従業員はデスクワーク(生産管理)、D社は清掃、E社は研修の企画や運営、講師、F社は製品の製造、納品時の運搬作業であった。なお、D、E、F社は、支援コーディネーターとの連携があった。 表1 調査企業の概要 (2) 「若年性認知症」と診断されたことを把握した経緯 本人に受診勧奨し、把握した場合が最も多かった(D以外)。明らかに業務に支障をきたした段階で、上司等が健康管理担当者に相談し、本人に産業医への相談や他の持病の診察も含めて医療機関への受診を促したり、上司や人事担当者が直接受診を促していた。D社は採用後、業務を覚えられず、担当者が変調を感じたため面談した結果、YODと診断されていたことを把握した。 p.61 また、受診勧奨の数年前から、業務上に支障はない程度だが誤字が増えたり、言動から変調を感じていた担当者が3名いた(A・B・E)。 (3) 対象企業内の具体的な対応内容(表2) 報酬の維持はE社以外行っており、他の業務・作業への変更や傷病手当金の支給、通勤方法・出退勤時間の配慮も多く実施していた。また、通勤が困難になった場合、就労継続が難しいと考えている企業もあった。 他の業務・作業への変更は、症状進行に伴い、できなくなったことに直面し、その都度、試行錯誤しながら対応していた。さらに、本人の業務遂行は、全社で部署内に上司や同僚等の支援や見守りなどのフォロー体制を整えながら実施していた。特に、D社やF社は、部署内に仕事を支援する人を配置し、フォロー体制を強化していた。さらに、全社でフォローする職員の負担軽減のため、別部署や外部(支援コーディネーター)に相談できる体制があった。また、全社が認知症は外見から分からず、部署内外を含め、周囲の理解や協力を得ることが難しいと感じていた。特に、本人や家族が周囲へ公表することを拒否した場合、職場内で本人への理解を得ることがさらに難しいと感じ、周囲のサポート体制を得ることに少なからず影響を与えていた。 表2 企業内での具体的な対応内容 (4) 支援コーディネーターとの連携内容 3社とも認知症の症状や利用できる制度・サービス等を気軽に相談でき、業務内容や今後について検討できることが利点として挙げられた。また、E社は支援コーディネーターの調整により、認知症サポーター養成講座を開催し、職員の理解促進からサポート体制の強化に繋がったり、地域包括支援センター職員も含めて、カンファレンスの場を設けることで、本人支援だけでなく、一緒に働く従業員が日頃の悩みや対応方法について専門的な立場から助言が得られ、本人への関わり方の見直しや心理的な負担軽減につながっていた。さらに、退職後の生活にむけ、家族や関係機関と連携し、支援体制を構築することで、該当従業員の今後の見通しが立ち、安心したとの声もあった。 4 考察 今回、就労継続に必要な職場内外部の支援について明らかにすることを目的にヒアリング調査を実施し、該当従業員への職場内での具体的な取組み内容や、支援コーディネーターとの連携の有無による違いを検討した。 受診勧奨からYODであることを把握した経緯が最も多かった。職場は家庭生活よりも高度の作業能力が求められるため、変調に気付きやすいと言われている。本調査からもその兆候はあったが、速やかな受診には至っていなかった。早期支援は就労継続の観点からも重要であり、YODに関する普及・啓発活動が必要であった。 また、症状進行とともに本人の遂行能力に合った業務選択や環境整備を継続的に変更していく必要があるが、一緒に働く従業員は対応に苦慮し、心理的な負担も大きかった。そのため、本人だけでなく周囲の従業員へのフォロー体制や専門的な助言が得られることが就労継続に必要な条件であると考えられた。 そして、該当従業員にとって、退職後の生活を見据え、在職中から関係機関や各種制度を活用し、生活の再建のための支援体制を構築することは大切である。しかし、企業側として、退職後の生活まで踏まえ、支援することは困難であり、支援コーディネーターがその役割を担うことが有効であると考えられた。 【参考文献】 1) 粟田主一,わが国における若年性認知症の有病率と生活実態調査,精神医学62(11),1429-1444,2020. 2) 小長谷陽子,企業等における若年性認知症の人の就労継続の実態 : 業種別,従業員人数別の検討.厚生の指標66(8), 18-24,2019. 3) Chaplin R, Davidson I. What are the experiences of people with dementia in employment ? . Dementia15 (2), 147-161, 2016. 4) 小長谷陽子,わが国の認知症施策の未来(18) 若年性認知症の実態および支援の現状と課題.老年精神医学雑誌28(9),1039-1046,2017. 【連絡先】 齊藤 千晶 社会福祉法人仁至会 認知症介護研究・研修大府センター e-mail:jimubu.o-dcrc@dcnet.gr.jp p.62 就労継続支援B型事業所の工賃向上に影響する要因に関する研究-生産管理と共同受注窓口の利用に関連する分析- ○山口 明日香(高松大学 准教授) 八重田 淳(筑波大学) 1 研究の目的 本研究では、中国、四国、九州・沖縄地方にある就労継続支援B型事業所(以下「B型事業所」という。)における平均月額工賃の向上に影響をあたえる要因として、事業所の生産管理を意識した取り組みの現状と共同受注窓口の利用状況に着目し、事業所の平均月額工賃の現状とそれらの関連について明らかにすることを目的とした。 2 方法 調査は、中国、四国、九州、沖縄地方のB型事業所3,302事業所の中から1,100カ所(33.3%)を無作為抽出によって選出した。郵送法にて依頼し、回答はオンラインまたは自記式による郵送法のいずれかの方法にて依頼した。調査は、2020年11月6日から2020年12月18日であった。調査内容は、事業所の基本情報に関する項目として、利用者数、平均利用時間、平均月額工賃、平均利用日数、共同受注窓口の利用状況、移行人数などに関する項目を設定した。調査依頼時には、本調査の趣旨及び内容、調査データの取り扱いについて書面を提示して説明し、合意する場合にのみ回答を依頼した。なお本調査の倫理審査については、高松大学研究倫理審査(高大倫審2020002)の承認を経て実施した。本調査の結果、オンラインによる回答のあった事業所、郵送による回答のあった事業所の合計は343事業所(31.2%)であった。分析においては対象項目の欠損値や重複回答のある事業所を除外して269事業所の回答(24.5%)を分析対象とした。 3 結果 (1) 平均月額工賃の状況 回答のあった事業所の、平均職員数は7.66名(SD= 5.93)。平均定員数は、21.58名(SD=9.38)であった。現在の利用者数は、22.12名(SD=12.84)である。 1週間あたりの平均通所日数は、4.02日(SD=1.65)であり、平均利用時間は、4.95時間(SD=1.42)であった。平均月額工賃は、16830.08円(SD=10707.84)、最小値は200円、最大値は100,200円であった。 賞与等の平均支給金額は、17814.71円(SD=34387.06)であった。回答事業所から昨年度1年間で企業へ移行した人数は、0.39名(SD=.80)であり、就労継続支援A型事業所へ移行した人数は20名(SD=.55)であった。 (2) 平均月額工賃と生産管理の取り組みの関連 事業所の生産管理の取り組みの現状から「費用と生産活動過程の効率化を図る生産管理の取り組みは非常に強く意識しており、クラウド等で提供される生産管理システムを導入して効率化を図っている(以下「クラウドシステムを利用している」という。)」、「費用と生産活動過程の効率化を図る生産管理の取り組みは強く意識しており、頻度高く見直しを行っている(以下「頻度高く見直し」という。)」、「できるだけ経費を削減することを意識した取り組みは行っているが、生産活動過程の効率化は十分に取り組むことができていない(以下「意識あり」という。)」、「経費削減や生産活動過程の効率化についても意識した取り組みは行っていない(以下「実施なし」という。)」の4つに分類し、平均月額工賃との関連について分散分析を実施した結果、1%水準の有意差が確認された。多重比較の結果、「頻度高く見直し」群は、「実施していない」群より平均月額工賃が高い傾向が確認された(F(3,247)=5.181,p<.01)。 表1 生産管理の取り組み 図1 生産管理の取り組みと平均月額工賃 (3) 生産管理の取り組みと工賃向上を目指す取り組みの関連 工賃向上を目指す取り組みとして、「①企業等とタイアップした商品開発や製品づくりを行っている(企業とのタイアップ)」、「②生産品のブランド化など付加価値を p.63 高める取り組みを行っている(ブランド化)」、「③生産品の原価をできるだけ削減し、利益を高める取り組みを行っている(原価見直し)」、「④生産効率を高めるため施設設備の見直しや機械等の導入を行っている(設備投資)」、「⑤生産品の卸先の開拓など販売経路の拡大に取り組んでいる(販路拡大)」、「⑥生産品の作業スケジュールの見直しや調整を細かく行っている(スケジュール調整)」、「⑦他の事業所と連携しながら受注件数を増やしている(他事業所連携)」、「⑧生産品のパッケージや包装などのデザインを工夫している(デザイン)」、「⑨生産品をインターネットで販売するなど、地域に限定しない販売経路を確保している(EC拡大)」の9つの取り組みの有無を回答してもらい、生産管理の取り組みの状況とクロス集計を行いその偏りをχ2検定で分析した。 その結果、「設備の見直し」「販路拡大」「スケジュール調整」「EC拡大」において、生産管理の状況によって有意な偏りが確認された。具体的には、「生産管理に取り組んでいない事業所」は「⑤販路拡大」に取り組んでいることが少ない(χ2(2)=10.982,p<0.05)ことや、「意識高く頻度高く見直しをしている事業所」は、「⑥スケジュール調整」が多く、「意識あるができていない事業所」は「⑥スケジュール調整」が少ない(χ2(2)=12.947,p<0.05)ことが確認された。「クラウドシステムを利用している事業所」は「⑨EC販路拡大」が有意に多いことが明らかになった。 (4) 共同受注窓口の利用状況とスケジュール調整の関連 共同受注窓口の事業所の利用状況を「利用していない」、「一部利用している」、「半数以上利用している」の3つで分類した結果、「共同受注窓口の利用をしていない事業所」は、スケジュール調整が少なく、「一部利用している事業所」は、スケジュール調整をしていることが多いことが明らかになった(χ2(2)=7.425,p<0.05)。 表2 共同受注窓口とスケジュール調整 4 考察 平均月額工賃の向上では、事業所における生産管理を意識した「頻度高く見直し」を行う取り組みが、生産管理を意識した取り組みを「実施していない」事業所よりも平均月額工賃が高いことが明らかになっている。 遠山(2016)が工賃向上には「仕事を増やす」、「効率をあげる」、「質を高める」ことを生産管理として無駄のない効率的な取り組みの必要性を指摘している。本研究でもこの生産管理の取り組みを実践している事業所は、この生産管理を実践していない事業所よりも平均月額工賃が高くなっており、工賃向上を目指す上で事業所運営の取り組みとして注目すべき取り組みになると思われる。 「生産管理を実施してない事業所」は「販路拡大」に取り組んでいることが少ない一方で、「生産管理を頻度高く見直ししている事業所」は、生産品の作業スケジュールの見直しや調整を細かく行っている。また「生産管理を意識しているが実施できていない事業所」は「スケジュール調整」が有意に少なく、生産管理において、「スケジュール調整」は重要なポイントになると思われる。また生産管理にクラウドシステムを利用している事業所は、生産品をインターネットで販売するなど地域に限定しない販売経路を確保する「EC販路拡大」が有意に多いことが確認されており、運営にIT技術を積極的に活用している事業所は、EC販売なども実践されやすい傾向にあると推測される。  共同受注窓口を利用していない事業所は工賃向上を目指す取り組みとしてスケジュール調整を行っていることが少なく、一方共同受注窓口を一部利用している事業所は、このスケジュール調整を行っていることが多いことを明らかにした。共同受注窓口の利用では、利用者の状況や生産作業の進捗状況を踏まえた、柔軟なスケジュール調整が求められてくると考えられる。本研究の結果でも生産管理を意識しているが実施できていない事業所は、スケジュール調整ができていないことが示されており、このスケジュール調整を柔軟にできる事業所体制の整備状況が、事業所収入を増加させるための取り組みの鍵となると思われる。 本研究は、令和2年度厚生労働省科学研究費補助金(障害者政策総合研究事業)「就労継続支援B型事業所における精神障害者等に対する支援の実態と効果的な支援プログラム開発に関する研究(19G1006)(研究代表者:八重田淳)」による成果の一部です。 本研究にご協力いただきました皆様へ感謝申し上げます。 【引用文献】 1)遠山真世『就労継続支援B型事業所における就労支援の現状と課題(2)-Z県3事業所の質的調査から-』「高知県立大学紀要社会福祉学部編vol66」(2016),p.91-103. 2)山口明日香・八重田淳『地方部の就労継続支援B型事業所における精神障害のある利用者支援と課題-利用率と工賃向上の取り組みに焦点をあてて-』「高松大学研究紀要Vo1.74」(2020),p.1-11. 【連絡先】 山口明日香 高松大学発達科学部 e-mail:afujii@takamatsu-u.ac.jp p.64 プライバシーガイドライン、障害者差別禁止指針及び合理的配慮指針に係る取組の実態調査(1)-企業調査から- ○宮澤 史穂(障害者職業総合センター 研究員) 野澤 紀子・内藤 眞紀子・古田 詩織(障害者職業総合センター) 1 はじめに 2005年7月の「障害者の雇用の促進等に関する法律」(以下「障害者雇用促進法」という。)の改正により、「プライバシーに配慮した障害者の把握・確認ガイドライン」(以下「プライバシーガイドライン」という。)が2005年11月に策定された。また、2013年6月の障害者雇用促進法の改正により、事業主に対して、障害者に対する差別の禁止及び合理的配慮の提供に関する規定が新たに設けられ、2015年3月に「障害者差別禁止指針」及び「合理的配慮指針」が策定された。 本調査1)では、これらのガイドラインと指針が職場においてどのように実施され、どのような課題があるのか、企業の取組と在職障害者の実態を明らかにすることにより、障害者の継続雇用や能力発揮のための環境づくりにつなげることを目的とした。本発表では、企業に対するアンケート調査結果について報告する。 2 方法 (1) 調査対象 民間調査会社の企業データベースを用いて、従業員数40人以上の企業を対象に、企業規模5分類と業種17分類、地域7分類の企業数をベースとして、規模×産業×地域による層化抽出により、5,000社を抽出し、人事管理担当者に回答を求めた。 (2) 調査方法と期間 2019年10月~11月に、調査票による郵送調査を実施した。 (3) 調査項目 ①回答企業の属性 ②プライバシーに配慮した障害者の把握・確認について③障害者に対する差別の禁止について ④合理的配慮の提供義務について 3 結果 (1) 回収状況 1,442社から回答を得た(回収率28.8%)。 (2) 回答企業の状況 ア 回答企業の従業員規模 従業員数50人未満:12.2%、50~99人:19.4%、100~299人:24.5%、300~999人:21.4%、1000人以上:16.2%であった。 イ 障害者の雇用状況 74.0%の企業(1,067社)が障害者を雇用していた。雇用している障害者の障害種類について回答を求めたところ、最も選択された割合が高かったのは「肢体不自由」(69.0%)であり、「内部障害」(48.5%)、「精神障害」(43.6%)と続いた。 (3) プライバシーに配慮した障害者の把握・確認について ア プライバシーガイドラインの認知状況 プライバシーガイドラインについて、「よく知っている」「少し知っている」「ほとんど知らなかった」「聞いたことがなかった」から1つ回答を求めたところ、「よく知っている」と「少し知っている」が選択された割合の合計(以下「認知率」という。)は60.7%であった。 イ 障害者を把握・確認する機会 障害者を把握・確認する機会について当てはまるもの全てに回答を求めたところ、「採用段階(本人が障害を明らかにしている、障害者専用求人の応募者等)」(67.2%)が最も多く選択された。 ウ 障害者であることの確認についての課題 障害者であることの確認について課題に感じていることについて当てはまるもの全てに回答を求めた。その結果、「労働者全員に対して障害者であることの申告を呼びかけているが、全員に対して申告の呼びかけに係る情報を伝えるのが難しい(又は情報が伝わっていない)」(37.5%)が最も多かった。 (4) 障害者に対する差別の禁止について ア 障害者差別禁止指針の認知状況 障害者差別禁止指針について「よく知っている」「少し知っている」「ほとんど知らなかった」「聞いたことがなかった」の1つに回答を求めたところ、認知率は72.8%であった。 イ 障害者に対する差別の禁止を踏まえた取組 障害者差別禁止指針に記載のある16項目に関し、差別禁止を踏まえた取組状況について、「既に取り組んでいる」「一部取り組んでいる」「まだ取り組んでいない」「わからない」「該当なし」のうち1つに回答を求めた。障害者を雇用している1,067社を対象に集計を行った結果、「既に取り組んでいる」と「一部取り組んでいる」を合計した p.65 割合が最も高かったのは、「「定年」について、障害の有無にかかわらず同一の基準に基づき実施」(89.6%)であった(図1)。 図1 差別禁止を踏まえた取組状況(上位5項目) ウ 障害者に対する差別の禁止について課題に感じていること 障害者に対する差別の禁止について課題に感じていることについて、当てはまるもの全てに回答を求めた。その結果、「本人の適性や能力から配置できる部署が限られる」(85.7%)が最も多く選択された。 (5) 合理的配慮の提供義務について ア 合理的配慮指針の認知状況 合理的配慮指針について「よく知っている」「少し知っている」「ほとんど知らなかった」「聞いたことがなかった」の1つから回答を求めたところ、認知率は58.2%であった。 イ 合理的配慮の手続きと対応(募集及び採用時) 「募集及び採用時」における合理的配慮の手続きについて当てはまるもの全てに回答を求めたところ、「特に講じていない」(33.8%)が最も多く選択された。行っている手続きの中では「担当者・部署を定め、応募者に周知している」(21.6%)が最も多く選択された。次に、合理的配慮の対応に関する項目について、「取り組んでいる(一部取組も含む)」「ニーズがあるが取り組めていない」「ニーズがないので取り組んでいない」「わからない」のうち1つに回答を求めた。「取り組んでいる」が選択された割合が最も高かったのは「体調に配慮した面接時間の設定をしている」(31.6%)であった。 ウ 合理的配慮の手続きと対応(採用後) 「採用後」における合理的配慮の手続きに関する項目について、当てはまるもの全てに回答を求めたところ、「採用後、障害者であることを把握した際に、職場において支障となっている事情の有無を確認している」(41.6%)が最も多く選択された。次に、合理的配慮の対応について、「職場環境整備」、「介助・雇用管理」、「通勤」の3つのカテゴリーに関する13項目について「取り組んでいる(一部取組も含む)」「ニーズがあるが取り組めていない」「ニーズがないので取り組んでいない」「わからない」から1つ選択を求めた。障害者を雇用している1,067社を対象に集計を行った結果、「取り組んでいる」が選択された割合が最も高かったのは、「作業の負担を軽減するための工夫」(62.6%)であり、次いで「通院・体調等に配慮した出退勤時刻・休暇・休憩の設定」(58.4%)であった(図2)。 図2 採用後における合理的配慮の対応(上位5項目) エ 合理的配慮の取組にかかる課題 合理的配慮の提供について、現状の取組を進める上での課題等について、当てはまるもの全てに回答を求めたところ、「社内のサポート体制の構築ができていない」(41.0%)が最も多く選択された。 4 まとめ 企業の認知率は障害者差別禁止指針、プライバシーガイドライン、合理的配慮指針の順に高かった。合理的配慮指針よりも障害者差別禁止指針の方が企業に認知されているという傾向は、先行研究の結果2)と同様のものであったが、認知率は差別禁止指針で3.1ポイント、合理的配慮指針で9.2ポイントの上昇がみられた。 合理的配慮の手続きについては、「募集及び採用時」は「特に講じていない」とする企業が多かったが、障害者の採用経験のない企業が回答企業に一定程度含まれていることを反映していると考えられる。一方、「採用後」の合理的配慮の対応では、「作業の負担を軽減するための工夫」等「介助・雇用管理」に関する配慮を実施している企業の割合が高い傾向がみられた。 【引用文献】 1) 障害者職業総合センタ―『プライバシーガイドライン、障害者差別禁止指針及び合理的配慮指針に係る取組の実態把握に関する調査研究』,「調査研究報告書No.157」, 2021. 2) 障害者職業総合センタ―『障害者雇用制度の改正等に伴う企業意識・行動の変化に関する研究』,「調査研究報告書No.143」, 2019. p.66 プライバシーガイドライン、障害者差別禁止指針及び合理的配慮指針に係る取組の実態調査(2)-在職障害者調査から- ○野澤 紀子(障害者職業総合センタ― 主任研究員) 宮澤 史穂・内藤 眞紀子・古田 詩織(障害者職業総合センタ―) 1 はじめに 2005年7月の「障害者の雇用の促進等に関する法律」(以下「障害者雇用促進法」という。)の改正により、「プライバシーに配慮した障害者の把握・確認ガイドライン」が2005年11月に策定された。また、2013年6月の障害者雇用促進法の改正により、事業主に対して、障害者に対する差別の禁止及び合理的配慮の提供に関する規定が新たに設けられ、2015年3月に「障害者差別禁止指針」及び「合理的配慮指針」が策定された。 本調査では、これらのガイドラインと指針が職場においてどのように実施され、どのような課題があるのか、企業の取組と在職障害者の実態を明らかにすることにより、障害者の継続雇用や能力発揮のための環境づくりにつなげることを目的とした。 本発表では、在職障害者に対するアンケート調査結果について報告する。 2 方法 (1) 在職障害者への周知 ア 障害者団体への協力依頼 調査を実施するにあたり、特定の障害に偏ることなく広く回答を得るために、障害者団体(11団体)に実施方法や手続き等について相談を行うとともに、当該団体に所属する在職障害者への調査の周知を依頼した。 イ 障害者雇用企業への協力依頼 平成30年6月1日障害者雇用状況報告企業のうち、障害者を雇用している企業69,147社から企業規模別に無作為抽出した15,000社の人事管理部門担当者に、雇用障害者への調査の周知を依頼した。 (2) 調査方法と期間 調査は、①Web調査(Web上に作成した回答用サイトで回答)、②郵送調査(調査票を郵送し回答)を用意し、 2020年5月~6月に実施した。 (3) 調査項目 ①基本的な情報(居住地、年齢、障害・疾病等) ②勤務している会社(業種、仕事内容、勤続期間等) ③障害者に対する差別の禁止について ④合理的配慮の提供について ⑤プライバシーに配慮した障害の把握・確認について 3 結果 (1) 回答状況 1,866人から回答を得た(Web 1,699人、郵送167人)。 (2) 回答者の状況 回答者の主な障害・疾病は、「肢体不自由」(25.5%)が最も多く、次いで「内部障害」(17.0%)、「精神障害」(13.7%)、「知的障害」(10.0%)であった。 回答者の雇用形態は、「正社員」(52.0%)、「正社員以外」(46.0%)、「わからない」(0.8%)であった。 (3) 障害者に対する差別の禁止 ア 勤務先で「障害を理由とした差別」があると思うか 会社に「障害を理由とした差別」があると思うか、障害者差別禁止指針に規定されている13項目について回答を求めたところ、それぞれの項目について「あると思う」は1割弱~3割弱程度、「ないと思う」は5~6割程度、「わからない」は2割程度であった。「あると思う」の回答が多かった上位3項目は、「定年」(28.9%)、「福利厚生」(25.4%)、「労働契約の更新」(24.6%)であった。 イ 差別禁止の取組について問題に感じること 会社の差別禁止への取組について問題に感じることがあるか回答を求めたところ、「ない」(64.3%)が最も多く、次いで「わからない」(19.6%)、「ある」(14.1%)であった。「ある」と回答した者に問題に感じる内容として当てはまるものすべてに選択を求めたところ、「障害者雇用の理念や障害特性一般について会社の理解が不足している」(68.6%)が最も多く、次いで「自分の適性や能力が十分理解されず画一的に対応されている」(45.8%)であった。 (4) 合理的配慮の提供 ア 「配慮を受けている」項目 「職場環境整備」「介助・雇用管理」「通勤」の3つのカテゴリーに関する13項目について、配慮の有無の回答を求めたところ、「配慮を受けている」が最も多く選択された項目は、「通院・体調等に配慮した出退勤時刻・休暇・休憩」(49.0%)であり、次いで「作業の負担を軽減するための工夫」(38.6%)であった。「配慮を受けている」の選択が多い上位5項目を示す(図1)。  p.67 図1「配慮を受けている」上位5項目 イ 「必要だが配慮を受けられていない」項目 「必要だが配慮を受けられていない」が最も多く選択された項目は、「疲労・ストレス等に配慮した福祉施設・設備」(14.0%)であり、次いで「障害者相談窓口担当者の配置」(12.3%)であった。 ウ 合理的配慮の提供について問題に感じること 会社の合理的配慮の提供について問題に感じていることがあるか回答を求めたところ、「ない」(61.4%)が最も多く、次いで「わからない」(21.1%)、「ある」(15.1%)であった。「ある」と回答した者に問題に感じる内容として当てはまるものすべてに選択を求めたところ、「どの程度まで合理的配慮を求めてよいのかわからない」(58.5%)が最も多く、次いで「自分から必要な配慮を求めるのは気が引ける」(53.2%)であった。 エ 合理的配慮の提供について感じていること(自由記述) 212件の記述を質的に分類した。「配慮が得られていない」内容には「障害が理解されていない」といった記述が多く挙げられた。一方、「配慮が得られている」内容には「困った時相談できる」、「体調変化への心遣い」、「話を聞いて解決してくれる」など、上司や同僚の「障害を理解しようとする姿勢や行動」が挙げられた。 (5) プライバシーに配慮した障害の把握・確認 会社の障害の把握・確認について問題に感じることがあるか回答を求めたところ、「ない」(71.9%)が最も多く、次いで「わからない」(17.8%)、「ある」(8.9%)であった。「ある」と回答した者に問題に感じる内容として当てはまるものすべてに選択を求めたところ、「利用目的に必要のない情報まで聞かれた」(24.1%)が最も多く選択されたが、「その他」(41.0%)の記述には、障害の理解や配慮が得られていない等の内容が多く挙げられた。 4 企業の取組と障害者の状況 本調査は企業調査も実施しており、結果については「プライバシーガイドライン、障害者差別禁止指針及び合理的配慮指針に係る取組の実態調査(1)」にて報告している。ここでは、企業調査と在職障害者調査の結果を比較する。 (1) 合理的配慮の提供 企業が合理的配慮の提供に「取り組んでいる」と回答した上位5項目の中に、障害者が「配慮を受けている」と回答した上位4項目(①通院・体調等に配慮した出退勤時刻・休暇・休憩、②作業の負担を軽減するための工夫、③職場内移動の負担を軽減するための設備、④疲労・ストレスに配慮した福祉施設・設備)が含まれていた。一方で、障害者が「必要だが配慮を受けられていない」と回答した上位3項目(①疲労・ストレス等に配慮した福祉施設・設備、②障害者相談窓口担当者の配置、③作業の負担を軽減するための工夫)も含まれていた。 (2) 障害者に対する差別の禁止 企業が「差別禁止に取り組んでいる」上位5項目と、障害者が「差別がないと思う」上位5項目を比べると、「賃金」のみ一致していた。一方で、企業が「差別禁止に取り組んでいる」項目と、障害者が「差別があると思う」項目は、ともに「定年」が最も多い結果となった。 5 総括(企業と障害者の関係構築に必要な方策や支援) (1) コミュニケーションの工夫 合理的配慮の提供について、企業が感じている課題(社内のサポート体制の構築、社内の周知等)と障害者が感じている問題(どの程度合理的配慮を求めてよいか、求めるのは気が引ける等)を踏まえると、企業と障害者のコミュニケーションの工夫が必要である。具体的には、日常の会話を通した相談しやすい関係づくり、個別面談による相談窓口の明確化、社員同士のコミュニケーションの促進、社内外の支援者の活用などが考えられる。 (2) 社員の障害理解 企業が取り組む差別の禁止や合理的配慮の提供について、障害者が「障害が理解されていない」と感じていることを踏まえると、障害者が自身の障害について周囲に理解してほしいと希望している場合には、どのような障害状況でどのような配慮が必要なのか、上司や同僚が正確に理解するための取組が必要である。具体的には、企業が障害者と相談して障害を周知する労働者の範囲を決め、障害状況や配慮事項について周囲に説明することなどが考えられる。 (3) 働きやすい職場づくり  障害者の継続雇用や能力発揮に必要な働きやすい職場づくりのためには、①障害者と話し合うことができる関係をつくる、②障害者と障害の周知範囲や合理的配慮について話し合う、③障害者の個別状況に応じた合理的配慮の申出方法を用意する、などの取り組みが必要であると考える。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センタ―『プライバシーガイドライン、障害者差別禁止指針及び合理的配慮指針に係る取組の実態把握に関する調査研究』,「調査研究報告書No.157」,p.91-160 p.68 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究 結果報告-仕事へ求める事柄の因子構造とその特徴- ○大石 甲(障害者職業総合センター 研究員) 春名 由一郎・田川 史朗(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 職業リハビリテーションにおいて障害者本人の立場から見た仕事の質は重要である1)。これを考えるには、障害者本人が仕事へ求める事柄と、その実現状況を把握することが必要である。本稿では「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」(以下「職業サイクル研究」という。)で長期にわたり継続調査している障害者の職業生活に関連する様々な項目のうち、障害者本人が仕事へ求める事柄である「仕事をするうえで重要だと思うこと」と「仕事をする理由」を用いて、その背景にある因子構造を分析した結果を報告する。 2 方法 (1) 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究 ア 研究の背景と目的 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が行う職業サイクル研究は、障害のある労働者の職業生活の各局面における状況と課題を把握し、企業における雇用管理の改善や障害者の円滑な就業の実現に資する今後の施策展開のための基礎資料を得ることを目的として、障害のある労働者個人の職業生活等の変化を追跡する縦断調査である(表1)。最新の成果物は、2021年3月に第6期までの結果をとりまとめた調査研究報告書No.1602)であり、2023年3月に第7期の結果をとりまとめた調査研究報告書を発刊する予定である。 イ 対象者 視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、内部障害、知的障害、精神障害のいずれかの障害がある者とした。調査開始時点の年齢は下限を15才、上限を55才とした。企業や自営業で週20時間以上就労している者を対象として調査を開始し、その後、離職した場合でも調査を継続している。調査開始時点で40才未満の対象者への調査を職業生活前期調査(以下「前期調査」という。)、40才以上の対象者への調査を職業生活後期調査(以下「後期調査」という。)として、前期調査と後期調査とも各障害100名を目標として当事者団体、事業所、就労支援施設等を通じて募集したが、障害種類により十分な登録者数を得ることが難しく、本人の同意を得て1,026人を対象者として登録して調査を開始した。また、回収数低下のため第3期に対象者の補充を行い、調査対象者は合わせて1,268人となった。 ウ 調査方法 前期調査と後期調査としてそれぞれ2年に1回の頻度で郵送法による質問紙調査を行い、調査票は点字などの複数形式を作成し、障害状況に合わせて対象者に選択してもらっている。対象者による回答を原則とし、家族等周囲の支援を受けても構わないものとしている。 エ 調査内容 第1期から学識経験者や当事者・事業主団体関係者等により構成される研究委員会を開催し、その議論を踏まえて、障害のある労働者の職業生活について、幅広く確認している。具体的には、基本属性、就労状況(就労形態、職務内容、労働条件等)、仕事上の出来事(昇格・昇給、転職、休職等)、仕事に関する意識(満足度、職場への要望等、第4期後期調査から仕事をする理由を追加)、私生活上の出来事(結婚、出産、転居等)、その他であり、偶数期のみ地域生活、医療機関の受診状況、福祉サービスの利用状況、体調や健康に関する相談先等を質問し、奇数期のみ、年金受給の有無、収入源、経済的なことに関する相談先等を質問している。 表1 「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」の研究実施計画 (2) 本稿の分析方法 障害のある労働者が仕事へ求める事柄として、第1期から継続調査している「仕事をするうえで重要だと思うこと」と、第4期後期調査から追加調査している「仕事をする理由」を選択して分析した。前期調査、後期調査とも回答が得られた第5期(n=660)と第6期 (n=597)の調査結果を分析データとした。まず、第5期調査結果に対して、仕事を p.69 するうえで重要だと思うこと6項目(「賃金や給料」「自分の能力・経験が発揮できること」「仕事の内容」「職場の環境整備」「勤務時間や休日」「仕事仲間との人間関係」、重要=1から重要でない=5までの5件法)と、仕事をする理由7項目(「収入を得るため」「社会とのつながりを持つため」「社会の中で役割を果たすため」「自分自身が成長するため」「生きがいや楽しみのため」「生活のリズムを維持するため」「心身の健康のため」、あてはまる=1からあてはまらない=5までの5件法)を用いて、主因子法、プロマックス回転による探索的因子分析を行った。続いて、第6期調査結果に対して、第5期の分析で抽出された因子数を指定した以外の手順は同様とした因子分析を行った。 3 結果 (1) 因子分析結果 KMO測度は第5期=0.823、第6期=0.859であり、バートレット球面性検定は両者ともp<0.01となり、因子分析を行うにあたり妥当であった。第5期調査結果に対して実施した因子分析では固有値1以上の4因子を採用した。第5期及び第6期調査結果に対して行った因子分析結果を表2に示す。 表2 第5期調査結果及び第6期調査結果へ行った因子分析結果 第5期調査結果、第6期調査結果へ行った因子分析結果は似通った因子構造を示しており、障害のある労働者が仕事へ求める事柄の因子構造は短期的には概ね一貫していた。ただし、第6期の項目8と項目10は複数の因子に関連していた。また、第6期では、第2因子の項目5、第3因子の項目8や項目10などはある程度の負荷量を示していた。 (2) 各因子の命名 因子1は項目8「社会とのつながりをもつため」、項目9「社会の中で役割を果たすため」、項目10「自分自身が成長するため」の負荷量が高く、社会との関係の中で仕事をする要素が含まれていたことから「仕事を通じた社会参加因子」と命名した。因子2は項目2「自分の能力・経験が発揮できること」、項目3「仕事の内容」、項目4「職場の環境整備」の負荷量が高く、職務を遂行する上で重要となる要素が含まれていたことから「職務の遂行因子」と命名した。因子3は項目11「生きがいや楽しみのため」、項目12「生活リズムを維持するため」、項目13「心身の健康のため」の負荷量が高く、日々の健康の維持を意味する要素が含まれていたことから「心身健康因子」と命名した。因子4は項目1「賃金や給料」、項目7「収入を得るため」の負荷量が高く、どちらも賃金の獲得に関連することから、「収入の確保因子」と命名した。 4 考察 本研究の「仕事をするうえで重要だと思うこと」6項目、「仕事をする理由」7項目、計13項目から、「仕事を通じた社会参加因子」、「職務の遂行因子」、「心身健康因子」、「収入の確保因子」という4つの因子が障害のある労働者が仕事へ求める事柄として抽出された。 これらの障害のある労働者が仕事へ求める事柄の4因子は障害者の雇用の質の要素となりえる。具体的には、就労による社会参加、職務を遂行するという事柄そのもの、仕事を通じて心身健康を図るという側面、収入の確保が重要と考えられる。また、これらのうち心身健康因子以外の3因子は先行研究による障害当事者から見た雇用の質1)の3項目「障害者のキャリア形成と能力の発揮(戦力化)」、「障害理解に基づくきめ細かい対応」、「働く価値や意味―賃金、自己実現等(障害者から見た雇用の質)、に該当すると考えられる。一方、先行研究では心身健康因子と同様の要素は示されておらず、仕事を通じて心身健康を図るという側面の重要性が本分析から明らかになった。 なお、本報告にある4因子は対象の障害種類、年齢、性別等を合わせて実施した分析結果であり、個別の障害種類、年代、性別等の比較に用いることが出来るが、これらの階層効果には留意が必要である。また、時勢により因子構造に違いが出る可能性もある。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:障害者雇用の質的改善に向けた基礎的研究「資料シリーズNo.101」, 障害者職業総合センター(2018) 2) 障害者職業総合センター:障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第6期)「調査研究報告書No.160」, 障害者職業総合センター(2021) p.70 p.71 研究・実践発表~口頭発表 第2部~ p.72 新しい生活様式における相互理解のコミュニケーション~聴覚障害への理解を深める取り組み~ ○星 希望(あおぞら銀行 人事部 人事グループ 調査役 精神保健福祉士/企業在籍型職場適応援助者) 1 はじめに 当行では、様々な障害のある行員がそれぞれの部門で日々活躍している。配慮が必要なことは個別性が高いため、当行の健康管理室の産業医、看護師、保健師をはじめ、精神保健福祉士、企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ)と都度相談しながら対応しており、フィジカル面、メンタル面の両方をケアできる体制が整っている。その中で昨今は新型コロナウイルス感染拡大防止のためマスク着用が日常化し、聴覚に障害がある行員よりコミュニケーションに難儀している旨の相談が増えた。今回はコロナ禍で環境が大きく変化した聴覚障害のある方に対しての当行の取り組みについて紹介したい。 2 当行内での取り組みについて コロナ禍によるマスク着用の影響で、聴覚に障害のある方は「声がこもって聞きづらい、口元が見えない」などのコミュニケーション上の困りごとが多くなったため、当初は口元が透明なマスクを配布するなど、個々に対応していた。しかしながら、この状況はしばらく続くことが想定されるため、全行を挙げて取り組む課題と考え、社長がファシリテーターとなり、聴覚障害のある行員の話を直接聴く「スモールミーティング」を開催した。そこで得られた気づきから、聴覚障害者の苦労を全行レベルで理解し、働きやすい職場作りを目指して、役員を対象とした「聴覚障害への理解を深める会」を実施した。聴覚障害のある行員が、「聴覚障害とは何か」「困っていること」「聴覚障害者と接する際に配慮すると良いこと」などについて資料を作成し、プレゼンした。当事者の想いに耳を傾けるとともに、耳が聞こえない状態での会話の疑似体験を行った。また参加者全員で手話の挨拶も学んだ(図1、2)。 図1 聴覚障害のある行員が作成したプレゼン資料 図2 聴覚障害のある行員が作成したプレゼン資料 (1) 「UDトーク®」の導入 音声文字化アプリである「UDトーク®」を導入し、UDトークの使い方講座をはじめ、業務に関わるミーティングや勉強会、研修などで活用している。「UDトーク®」のみに頼らず、状況に応じて資料の事前展開や個別サポートなども行っている。 (2)「あおぞら手話サークル」の創設 聴覚障害のある行員、健聴の行員が混合の事務局メンバーによって「あおぞら手話サークル(Aozora Sign Language;ASL)」を創設した。初回は手話だけでなく、聴覚障害について理解を深める内容も盛り込んだ。一緒に手話を学ぶ参加者を募ったところ、多くの行員からの参加希望があった(図3)。 図3 あおぞら手話サークル(ASL)紹介資料 (3) 聴覚障害の理解を深めるプロジェクトの発足 聴覚障害のある行員が中心となり、働きやすい環境づくりを考え、それを発信していくプロジェクトが複数発足した。 今回はそのうちの1つのプロジェクトチームが主体とな p.73 り、聴覚障害がある行員からの意見を集約し、コミュニケーションツールとして作成したものについて紹介したい。 ア 「あおぞら耳マーク」の作成 「聴こえない・聴こえにくい」ということは外見からは分かりにくいため、「耳が不自由であることを自己表示するためのマーク」を聴覚障害のある行員が考案作成した。考案する際の元となった「耳マーク」を主管している【一般社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会】にも使用許可をいただき作成を進めた。「あおぞら耳マーク」のポイントとしては、あおぞら銀行のマスコットキャラクターであるアオ・ゾーラが補聴器をつけている様子と、「耳マーク」が一緒になっており、より親しみやすくわかりやすいものとなっている。「あおぞら耳マーク」は入館証ケースに付けたり、プリントアウトしたものを机やPCの上の見えやすいところに置いたりと、聴覚障害のある行員がそれぞれ必要に応じて使用している(図4)。 図4 あおぞら耳マーク イ 「コミュニケーション支援ボード」の作成 「マスク着用」によりコミュニケーションが取りづらくなっている中で、聴覚障害がある方も、そうではない方(健聴者)も、双方が安心してコミュニケーションを取れる方法として指差しできる「コミュニケーション支援ボード」を作成した。「声がこもって聞きづらい、口元が見えない」ことを解消するにはマスクを外しての会話が一番良いが、新型コロナウイルス感染防止、皆の健康や安全のためにはマスクが欠かせない。UDトークや筆談の手段もあるが、もっと手軽なコミュニケーションの方法がないかと、聴覚障害のある行員が考案作成した。作成する上では、実際に使う方がそれぞれの仕事内容や状況に合わせてカスタマイズできるよう工夫をしている。例えば「自分用」「相手用」、または「質問用」「回答用」など2種類用意しての使い分けや、良く使われる内容と思われるサンプルのイラストや文言をいくつか用意し、自由に付け替えできるようにした(図5)。 図5 コミュニケーション支援ボード(指差し表) 3 今後に向けて これまでの一連の取り組みの中で、聴覚障害のある行員からモチベーションや働きがいをより強く感じるようになったとの声があった。担当業務以外の研修にも積極的に参加する者も出てきており、今後の職域拡大やキャリアアップにも繋がると確信している。 今回の取り組みのきっかけとして、新型コロナウイルス感染症の流行により新しい生活様式(ニューノーマル)が広まったことがある。その1つがマスク着用であり、大きく影響を受けたのが聴覚障害者であるため、優先課題として取り組んでいった。 その結果、聴覚障害への理解が少しずつ進むとともに、聴覚障害以外の障害のある行員からも、聴覚障害のある行員が積極的に発信し、様々な取り組みが進んでいる中、自身の障害のことを伝えやすくなり、さらに周囲の理解が深まったという相乗効果も表れていると聞いている。今後も障害者が働きやすい環境づくりを追求し、多様性を認め合い助け合う取り組みを続けていきたい。 【連絡先】 星 希望 あおぞら銀行 人事部 人事グループ Tel:050-3199-9347 E-mail:n.hoshi@aozorabank.co.jp p.74 コロナ禍における社内のIT化(テレワーク)の推進と成果について ○吉田 吏貴(住商ウェルサポート株式会社 オフィス事業部副部長/企業在籍型職場適応援助者) 1 背景と目的 新型コロナウィルス感染症の第1例目の感染者が報告されて以降、数か月でパンデミックといわれる世界的な流行となり、誰もが混乱する状況となった。2020年3月より、住商ウェルサポート株式会社(以下「SWS」という。)では全社員を在宅に切り替えたが、国から緊急事態宣言が発令される事態に、多くの社員が不安と戸惑いを見せていた。 突然在宅勤務となったが、社員全員には社用PCを貸与していなかったため、在宅中のコミュニケーションが出社した社員との電話が中心となり、タイムリーなフォローや業務のやり取り、社員同士のコミュニケーションが困難となっていた。また、在宅時に行う業務や課題にも限界があり、支援を行っている社内ジョブコーチ(以下「JC」という。)も頭を悩ませていた。 この状況を変えるため、全社員に社用PCを貸与し、テレワークの実施とコミュニケーション強化を図ることを目的に、IT化計画を立案。制限付きながら出社再開となった2020年9月より情報セキュリティ研修とPC操作の訓練を開始し、順次在宅時にPCを活用したテレワークができる体制を整えていった。その結果、多くの社員が業務の取り組みだけでなく、チャットやWEB面談、グループミーティングによるコミュニケーション力の向上が見られ、更に社内セミナーの実施や資格取得等、徐々に新しい働き方に適応できるようになっていった。現在進行形ではあるが、この取り組みで工夫した点や成果について発表する。 2 住商ウェルサポート株式会社の概要 SWSは住友商事株式会社(以下「SC」という。)の特例子会社として2014年9月に設立。住友商事グループ各社からオフィス関連業務を受託し、主に知的、精神(発達)障がいのある社員が活躍している。 (1)人員体制(2021年8月現在) 全社員数:57名 業務部:5名(うち障がい者1名) オフィス事業部員:52名(うち障がい者38名) ※障がい内訳(身体:8名 知的:23名 精神:8名) (2) 社内体制 業務部と各種業務受託を行うオフィス事業部の二部制。オフィス事業部下に主幹業務毎にチームを編成し、JCと障がいのある社員が配属されている(図1)。 (3) 業務内容 受託業務は、古紙リサイクル、館内郵便配送、用度品(文 図1 組織図 房具)の補充、シュレッダー等の作業系と、名刺作成、Excelデータ入力、スキャニング(PDF化)等のPC系だが、全体の約65%は現場作業が中心となっている。 3 コロナ禍での社内対応状況(IT化推進前) (1) 勤務について 2020年3月時点で、SCから出社制限(シフト制)やテレワークに切り替える旨の通達があったが、SWSはテレワーク制度がないため、全社員「変災欠勤」とし、業務部、JC等一部の社員を除き、ほとんどの社員が出社せずに在宅で業務や課題を行っていた。 (2) 業務状況 SWSの受託業務の多くが現場作業のため、出社制限のある中では遂行できないものが多く、依頼元に相談し、各社各部で実施、もしくは頻度を下げてJCのみ出社して対応していた。 (3) IT機器貸与状況 業務部やJCを除き、社用PCを貸与されていない、若しくは貸与されていても出社時のみの使用にとどまっている社員がほとんどで、PCを使用しての在宅勤務ができる体制にはなっていなかった。 4 導入に向けての準備 (1) ITサポートワーキンググループの設置と活動 PC貸与に伴う社内のIT化を推進するため、5名を選任。2020年7月から2か月かけて問題点、課題を整理し、それぞれの解決策を議論しながら、機器の調達、各種研修や訓練カリキュラム、サポート体制の準備を整えた(表1)。 これまでPCを使用していない社員を中心に、PCの操作やソフトウェアの訓練(主に社内で使用するコミュニケ p.75 表1 課題および解決策 ーションツールTeamsや、クラウドストレージ、使用頻度の高いExcel)と情報セキュリティ研修を開始した。理解力の問題や経験不足から、様々な懸念や課題、トラブルが起こる不安はあったが、トライ&エラーで失敗を恐れないスタンスで取り組み、PC使用に前向きに取り組めるような声掛けやサポートを行った。 (2) PC貸与に伴う親会社(SC)の理解 SC本社ビルに同居している関係上、SCの社員が利用しているPCを当社にも貸与されること/同一ネットワーク傘下に入っていることから、SWSの社員全員に貸与することには躊躇する声もあったが、貸与前に時間をかけて研修や訓練を実施することや、トラブル時にスピーディに対応する仕組みを説明することで理解を得てSCの障がい者雇用に対する積極的バックアップを得ることができている。 5 PC貸与開始時の取り組み (1) 研修、訓練内容(レベル別少人数グループごとに実施) ・PC貸与における共通ルール ・情報セキュリティ(基本) ・PCの操作とネットワーク接続 ・Teams、Box、Excelの使い方 (2) WEB会議、チャットの常用化にむけて ・日々の報連相はチャットベース ・毎日チーム内でTeamsを利用したミーティング実施 ・個別に定期面談をオンライン実施 (3) PC貸与後から6か月の間に発生したトラブルの内容 ・Wi-Fi/ネットワーク不具合:12件 ・業務関係(ソフトウェア関連):9件 ・パスワード関連:11件 ※重大なトラブルは発生しなかった 6 新しい働き方における成果 (1) 社内研修/セミナーのオンライン開催 ・オンライン研修:71回+α ・研修内容:ビジネスマナー、防災、コンプライアンス、ライフプラン、一般社会常識、商社について等 (2)現在の働き方 2021年4月に、それまでトライアル実施してきたテレワークについて「テレワーク制度」として社内規定を整備、ルールを明確化し、変災欠勤扱いから通常勤務体制に変更。 原則シフト制で1日おきに出社と在宅(テレワーク)、緊急事態宣言発令中は業務状況次第で週1回程度出社。 (3) PC関連資格取得 ・情報処理検定 表計算(各級) ・Microsoft Office Specialist ・ICTプロフィシエンシー検定試験 ※2021年8月現在:8名が資格取得済 (4) 社員の向上心刺激とモチベーションアップ IT化・テレワーク推進により、PCを初めて貸与された社員は、それぞれ最初は不安があったものの、徐々にPC操作に慣れ、コミュニケーションツールを使いこなすことができるようになったことで、文章力も徐々にアップしており、仕事の幅が広がることに期待感を抱いている(図2)。 図2 TeamsでのMTGの様子 7 今後の展望とまとめ コロナウィルス感染拡大で、社員の多くは全く将来が見えない暗闇にいた。しかし、全社員一人一人にPC貸与するという方針を決定し実行、テレワーク下で業務遂行へと、1年半かけて諸々の施策を行ってきたことで、SWSの会社としても、全従業員にも行く末に明るい展望が見えてきたと確信している。 この1年余り、もし何の施策のないままであったらと考えると暗闇は続いていたかもしれない。「PC」は多くの社員とSWSに「希望」を抱かせてくれるツールであった p.76 地方型の就労支援におけるテレワーク訓練の意義と課題について-奈良県の就労移行支援事業所からの報告- ○青木 真兵(社会福祉法人ぷろぼの テレワーク支援センターコペル 中南和エリア責任担当) 川端 信宏・藤田 敦子(社会福祉法人ぷろぼの) 1 奈良県におけるテレワークについて 社会福祉法人ぷろぼのは、奈良県を中心に三重県・京都府の計7ヶ所で、障害のある方の就労に特化した総合的な福祉サービス事業(就労移行支援、就労継続支援A及びB型、自立訓練(生活訓練)、放課後等デイサービス)に取り組んでいる。従来、当法人では企業に就職し通勤して働くことを目指す通所型の訓練を中心に行っていたが、2019年度より新たにPCを用いた在宅でのテレワーク訓練を開始した。また2020年10月より、テレワーク就労の訓練に特化した事業「ぷろぼのテレワーク支援センターコペル(以下「TWC」という。)」をスタートさせた。これらの取り組みにより、2019年から2021年8月までに計16名がテレワークで一般就労している。当法人のコロナ禍におけるテレワークの試みに関しては、『職業リハビリテーション』34号(2)にて報告をしたのでご参照いただきたい1)。 奈良県は障害者雇用率全国1位で、民間企業における実雇用率は2.79%である(2019年)。しかしその大半がパート雇用であり、業種も作業系に大きく偏っている。賃金面では大阪府の最低賃金が964円である一方、奈良県は838円と大きな差がある(2020年10月発効)。テレワーク就労が可能になれば、就労先の会社の所在地の最低賃金を基準とした給与を得ることとなり、奈良県に住みながら東京都や大阪府の賃金水準で働くことが可能となる。 加えて、奈良県は約7割が山間地域ということもあり、都市地域と比べ就労できる企業が少ない上、そういった地域の居住者は、訓練を受けたい、働きたいと思っていても通所自体が困難というケースもある。テレワーク就労が可能となれば、このような事情があっても働くことができる。 2 利用者ニーズの変化 前回報告した2020年12月時点のTWC利用者数は13名(うち精神6名、発達4名、身体3名)であった。一方、2021年8月現在の利用者は23名(うち精神12名、発達11名、身体0名)に変化している。内訳を見ればわかるように、精神障害者が6名から12名、発達障害者が4名から11名に増えている。事業開始当初とは利用者ニーズが変化したと考えられる。 精神障害、発達障害の利用者が増えてきた背景として、それらの障害特性とテレワークがマッチングしているのではないかということが考えられる。例えば、自閉症スペクトラム障害がある利用者は、対面よりも画面越しの方が精神的に気楽だという感想を報告している。また、大勢の中で訓練を受けることが難しい利用者も、一対一が基本のテレワーク訓練には比較的安定して参加することができている。 またテレワークの特徴として、「ローコンテクスト」の場であることがあげられる。「ローコンテクスト」とは、コミュニケーションや意思疎通を図る際に前提となる文脈や価値観が少なく、より言語に依存してコミュニケーションが行われることを意味する。つまりテレワークは、通勤型と異なり「場の空気」を読んで行動するのではなく、できるだけ言語で表すことが求められる。この点も自閉症スペクトラム障害の特性とはマッチングしている場合が多い。 精神障害の特性とテレワークの関連では、通所訓練と比べテレワーク訓練の方が参加が安定する利用者が多く、順調に訓練日数を増加させることができている。利用者が多数いる事業所に通うよりも、自宅で落ち着いて訓練に臨める環境がストレスの軽減になり、日数や参加の安定につながっていると考えられる。また、通所利用よりも利用者と職員の一対一の時間が多くなることで、不安が軽減されていることも一つの要因である。 3 株式会社テクノプロ・スマイルとの連携 東京に本社を置く㈱テクノプロ・スマイル(テクノプロ・ホールディングス㈱特例子会社)(以下「TPS社」という。)には、当法人から10名を超える利用者がテレワークで就職している。同社では年に二回の職員採用選考の試験があるが、一度不採用となってしまっても再チャレンジする機会が与えられているのが大きなポイントである。さらに選考結果の理由がフィードバックされるので、それによって自己理解・自己分析を深め、次の応募や就職活動に活かすことができている。 TPS社のフィードバックによって、利用者はテレワーク就労に関して自身に足りない部分を知ることができ、担当職員と一緒に振り返ることで、今後のやるべきことが見えてくる。また担当職員もテレワーク就労の具体的なイメージとしてTPS社を想定しながら支援ができる。TPS社が重視するポイントは「勤務の安定性」と「他責的にならないこと」であり、職員はTWCでの利用者対応の参考にしている。 p.77 またTPS社の採用選考では、その説明会がTPS社により開催されている。この説明会はテレワーク就労の実際の情報を得る場でもあり、「働くとはどういうことか」についての利用者の意識が良い意味で変わる機会となっている。また、二次試験の模擬試験問題の提供を受けており、音声起こし、データ入力といったTPS社で必要とされる基本的な能力を訓練することができる。実際にTPS社に就職するために必要な能力が想定できるため、TWCの訓練はTPS社の説明会やフィードバックに大きな影響を受けている。 TWCでは、テレワーク支援の方法を「トップダウン型支援」と位置づけ、通所への体力や大勢の中で適切な行動を取るといった総合的な能力を高める通所型の支援方法(ボトムアップ型支援)と区別している。「トップダウン型支援」に求められるのは、テレワークにおける利用者の適性や必要なPCスキルをできるだけ早く見抜き、本人と共有しながらその能力を伸ばしていく支援である。TWCでは、タイピングなどの基礎能力、WordやExcelといったオフィスソフトへの理解、セキュリティやPC自体への知識はもちろんのこと、イラストレータやフォトショップなどのデザイン系、ワードプレスなどを使用したプログラミング系の訓練も行っている。しかし、仕事をする上で重要なことは「限られた時間の中で仕事を行う時間意識」と、「勝手な行動や自己判断をせずに適切に報連相をすること」である。 TWCでPCスキルの向上だけを目指すのではなく、時間と報連相への意識付けを行うなど、実際の職場に必要なスキルを訓練することができるのは、TPS社との緊密な連携によるところが大きい。訓練以外の連携では、例えば、管理職レベルで毎月一回合同の定例会を開き、就職者の様子や当法人のテレワーク訓練の様子などを共有している。また年に二回、定着支援の情報交換会を設け、当法人の訓練担当職員とTPS社の現場担当者が意見交換し、定着支援を充実したものにするべくコミュニケーションを取っている。 4 まとめと地方型就労支援におけるテレワークについて テレワークという働き方の認知度は高まりつつも完全に市民権を得たとは言えないが、利用者ニーズの変化や企業の動向を見ると、精神・発達障害を抱える人たちが働くことができる方法として、今後定着していく可能性が十分にある。しかしそのためには、今までの通勤型就労を目指した訓練だけでは不十分であり、実際に異なる能力が求められているということも含めて、支援事業所と企業が連携してテレワーク就労を広めていく必要がある。今回報告した事例は、地方と都市部という関係にありながら、距離を越えて定期的に関わり合いつつ、テレワーク就労を通じて多様性のある社会の実現に向けてチャレンジしている実例であった。 さまざまな障害を抱えながら就労をするという意味でも、また奈良県という企業が少ない土地で暮らしていくという意味でも、さまざまな多様性を社会の中に育んでいきたいという思いのもと、当法人のTWCでは、的確で安定したテレワーク支援を構築しつつ、テレワークによる訓練・就労を推し進めていく。また今後の課題として、テレワークは社会的孤立を助長するのではないかという指摘がなされることがあるが、この点についても検証していきたい。 奈良県のように就労先が少なかったり業種が限られたりする地方では、職業を選択する幅が自ずと狭まってしまう。しかしテレワーク就労は、住み慣れた地域で障害のある方の自立を可能にするという利点がある。現在のTWC利用者は大阪に近いベッドタウンに住む方々が最も多いが、この点に関しては、交通機関が整っていなかったり、不便であったりすることから就労訓練を受けられなかった方々をテレワークで就労に結びつけたいという思いからすると、残念な結果となっている。一方で人口の少ない市や町、山間地域の村では、本人のニーズの前に支援機関等にテレワークへの理解が浸透していない。そこでTWCは、まず利用者本人だけでなく、支援機関にも向けてテレワーク訓練・就労の説明会を行うこととした(2021年9月実施)。 また昨年には、東京に本社を置く株式会社D&I(以下「D&I社」という。)とテレワークに関する勉強会を行った。D&I社はダイバーシティ就労に力を入れる、障害者の人材紹介サービス業を行う企業である。D&I社との勉強会の中で気が付いた点が以下であった。障害者を対象としたテレワークの求人は通勤型の求人よりも年収が低い傾向にあり、給与はその都道府県の最低賃金×就労時間で算出されることが多い。もちろん仕事内容が専門的であったり責任を伴ったりするような業務は給与が高く設定されている場合もあるが、専門的な職歴や資格を求められない求人の方が、TWC利用者からのニーズが高くなっている。専門性が高くなくとも、雇用先が東京など大都市の企業であればその地域の賃金水準で働くことが可能なことから、テレワーク就労は奈良県のような地方在住者にとってメリットがあると言える。 【参考文献】 1)青木 真兵、川端 信宏、藤田 敦子、阪本 佳央(2021)「コロナ禍における全利用者を対象としたテレワーク訓練の実践から」『職業リハビリテーション』34 (2), pp.74-79 p.78 コロナ禍における聴覚障害社員の就労状況-オンライン環境下でのコミュニケーション- ○笠原 桂子(株式会社JTBデータサービス/JTBグループ障がい者求人事務局) 1 背景 (1) 新型コロナウイルスの流行 2020年以降、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大により、外出自粛をする等、多くの人にとって日常生活が変化した。 企業においては、リモートワークの実施、会議やミーティングのオンライン化、時差出勤等、働き方に様々な変化があった。 (2) 新たなJTBワークスタイル JTBグループでは、2020年10月、新たな制度を導入し、以下の5つを新たなワークスタイルに設定した1)。 ・時間や場所に縛られない柔軟な働き方 ・デジタル×リアルを駆使したハイブリッドな働き方 ・社内外における交流促進により、自由闊達な風土とイノベーション創出 ・業務効率化促進による生産性向上 ・ワークとライフのバランスにより、社員の働きがいや働きやすさの向上 (3) JTBグループの聴覚障害者雇用 JTBグループの2019年度上期の障害者雇用実態調査の結果、雇用している障害者は353名であり、うち、聴覚障害は122名と、全障害種別で最も多い34.6%を占めた。次いで精神障害57名(16.1%)、下肢障害49名(13.9%)であった。聴覚障害者を身体障害者のみの割合でみると、43.9%であった。 厚生労働省の障害者雇用実態調査2)によると、従業員規模5名以上の事業所に雇用されている身体障害者、約42万3千名のうち、聴覚言語障害者は約4万8千名(11.5%)であった。その調査結果と比較すると、JTBグループにおける聴覚障害者の割合は高いと考えられ、長年ほかの障害種別と比較して最も多い実態が続いてきた。 (4) JTBグループの聴覚障害社員の担務 JTBグループの事業は、ツーリズム、エリアソリューション、ビジネスソリューションの領域があり、具体的な仕事内容として、渉外営業、店頭営業、営業連携業務、仕入造成業務、一般事務等、幅広い。 その中で、聴覚障害社員は、営業連携業務、仕入造成業務、一般事務が多く、オフィスワークが中心となっている。渉外営業や店頭営業等、直接のお客様とのコミュニケーションが必要となる業務については、合理的配慮として配属を希望しない社員が多い。 2 オンライン環境下での聴覚障害社員の就労上の課題 (1) 課題の実態 コロナ禍におけるオンライン環境下での、職場での聴覚障害社員が不便に感じている事項について、JTBデータサービス障がい者相談窓口に寄せられた内容を以下にまとめた。 ・出社するチームメンバーが限られ、直接関わる機会が少なくなったため、聴覚障害があることの理解が進みにくく、また、覚えてもらいにくい ・在宅勤務が多く、聴覚障害・手話のことを説明する機会・認知してもらう機会がない ・出社時と違って、他のチームメンバーが忙しいかどうかの業務状況が見えないため、電話をお願いしにくい ・オンライン会議では画面上で口が読めない ・パソコンのスピーカーからでは音が拾えない ・情報保障が得られにくい ・オンラインでの教育研修での受講不安 (2) 課題解決のための取り組み 寄せられた課題について、それぞれの就業場所での対策や会社として取り組んだ内容を以下にまとめた。 ・オンラインで『聴覚障害について知ろう』講座の開催 ・在宅勤務前、業務内容を把握するために、打合せを実施。業務をカバーできるように、エクセルで表を作成。お互いに仕事内容を把握しやすい環境を作った ・オンライン会議でのUDトークの有効な使い方のマニュアルを作成した ・オンライン研修時の手話通訳及びUDトークを用いた2つの手法での情報保障を実施した 3 聴覚障害社員のコロナ禍における就労状況調査 (1) 調査の対象者 JTB Diversity Week2020チャレンジドDay「チャレンジドサミット2020」に参加した障害社員に対して、コロナ禍での就労実態について事前アンケート調査を実施した。 本アンケート調査の回答者は23名であった。そのうち、聴覚障害社員14名について、分析対象とした。 なお、チャレンジドサミットとは、国際障害者デーを背景とし、全国で働く障害社員が集まり、自らのキャリアについて考える場として毎年開催しているものである。 2007年度から毎年開催しており、2020年度はコロナ禍のため初めてオンライン開催となった。 p.79 (2) 調査項目 調査項目は、以下の4問(①~④)とした。①②③は選択回答とし、④は自由記述とした。 ①コロナ禍によって就労状況に変化があったか。 ②在宅等が増え、自身が勤務時の相談体制に変化があったか。 ③コロナ禍の働き方において、周囲とのコミュニケーションにおいて不便になったと感じるか。 ④どのような工夫をしてコミュニケーションをとるようにしているか。 (3) 調査結果 調査の結果、調査項目「①新型コロナウイルスによって就労状況に変化があった」は11名(78.5%)で、変化なしは3名(21.4%)と、変化があった社員が多数を占めた。 調査項目「②在宅等が増え、自身が勤務時の相談体制に変化があった」は8名(57.1%)で、変化なしは6名(42.9%)であった。 調査項目「③新型コロナウイルス発生後の働き方において、周囲とのコミュニケーションにおいて不便になったと感じる」は、8名(57.1%)で、感じないとの回答は6名(42.9%)であった。 調査項目「④どのような工夫をしてコミュニケーションをとるようにしているか」は、以下の回答があった。 ・会議では板書等を活用してもらうようお願いしている ・基本的にブギーボードで筆談してもらっている ・マスク常時着用で口話の読み取りが難しくなったので、Teams等を積極的に活用してコミュニケーションを取るようにしている ・マスクでは表情や口が分からないので、筆談するときは今までより丁寧にやりとりするようにしている (4) 聴覚障害社員のコロナ禍における就労実態 聴覚障害社員がオンライン環境で利点と感じていること、および職場での気づきを参加者の意見から以下にまとめた。 ア オンライン環境での利点 ・営業担当者が在宅勤務になり、指示が口頭からメールになって理解しやすくなった ・在宅勤務の人のために、朝礼やミーティングの議事録が毎日メールで配信されるので情報が得やすくなった ・今までメモでもらっていた情報がメールになっていつでも確認可能になった ・在宅勤務で、通勤時間が無いため、自己啓発等の時間に充てやすく、ワーク・ライフ・バランスが充実した ・チーム内のやり取り等の情報がチャットになって、見てわかるようになった ・在宅勤務の時は電話の鳴る音を気にしなくて良い。業務に集中できる イ コロナ禍での気づき ・FACE TO FACEのコミュニケーションができない中でのコミュニケーション技術、表現力が進化した ・コロナ禍で出社する社員が限られる中、チーム内における「情報共有の精度」が重要となってきている ・自己研鑽でのレポート課題や資格取得に向けた勉強で「考えることの重要性」を知ることができた ・在宅勤務が可能となり、様々な働き方が広がり、これまで以上に誰でも働きやすい環境になった ・障害の有無に関係なく「お互いの立場に寄り添う」ことの重要性を改めて感じた ・デジタルとヒューマンの融合の重要性に気が付いた ・職場の同僚やお客様との関わり等「人とのつながりの大切さ」を実感した (5) 考察 JTBグループで働く聴覚障害社員のうち、コロナ禍において、就労状況に変化があったのは約8割で、変化がなかった社員は、担当業務の特性によるものと思われる。 コミュニケーションの課題では、主にマスク着用による口形の読み取り不可能な状況から来るものが多く、筆談やチャット等の代替手段を活用している状況がわかった。 4 今後の課題と方向性 聴覚障害社員が企業で活躍するためには、音による様々な情報が、正確に文字や手話等、本人が理解しやすい方法で伝わることが前提となる。しかし、オンライン環境下においては、以前の環境に比べ、コミュニケーションに関する課題が多くなり、聴覚障害社員は情報を得ることが難しくなる。 とりわけ、会議等の複数人からの意見が飛び交うシーンでは音声情報を正確に得ることが難しく、デジタル技術の活用、手話通訳の設置、チームのメンバーからの理解と支援が不可欠となる。 聴覚障害社員のキャリアをより充実させるためには、本人と企業側のコミュニケーションを活発化することにより、ニーズを把握し、様々な手法を取り入れていくことが重要である。今後もより多角的に方法を検討していきたい。 【参考文献】 1) 株式会社JTB:「新たなJTBワークスタイル」の実現に向け新制度を制定~ふるさとワーク制度、勤務日数短縮制度、副業ガイドライン、ワーケーション勤務~,JTBニュースリリース,(2020) 2) 厚生労働省:平成30年度障害者雇用実態調査結果報告書,5-7,(2019) 【連絡先】 笠原 桂子 e-mail: keiko_kasahara@jtb-jds.co.jp 株式会社JTBデータサービス/JTBグループ障がい者求人事務局 p.80 ジョブコーチ支援におけるリラクゼーション技能トレーニングの活用について ○柳 恵太(山梨障害者職業センター 障害者職業カウンセラー) 1 はじめに・目的 山梨障害者職業センターでは令和2年度当初のコロナの影響を受け「家でもできる&職場でもできるストレス・疲労の対処法紹介~リラクゼーション編~」1)の映像資料(DVD)を作成し、職業準備支援やリワーク支援に限らずジョブコーチ(以下「JC」という。)支援でもリラクゼーション技能トレーニング(以下「リラクゼーション」という。)を活用している(令和2年4月~令和3年6月にJC支援[フォローアップ含む]を実施した38名中14名:知的障害1名、精神障害7名、発達障害5名、高次脳機能障害1名)。本稿では活用の仕方等について報告する。 2 「家でもできる&職場でもできるストレス・疲労の対処法紹介 ~リラクゼーション編~」:40分16秒(全編) (1) 呼吸法:2分40秒 ○方法:「息を口から吐き、鼻から吸う」という動作を腹式呼吸で意識的にゆっくりと行い、呼吸を整える。 ○効果:心拍を安定させたり、気持ちを落ち着かせ、リラックスやリフレッシュを促す。 ○備考:1~2分で、場所を問わず実施可能。 (2) 漸進的筋弛緩法:12分30秒 ○方法:骨角筋を緊張させ(筋肉に力を入れ)、その直後に弛緩(脱力)させることを繰り返す。 ○効果:各部位(両手・前腕・上腕、頭部、頸部、肩、胸部・上背部)の力が抜け、リラックスしている感じを味わい、身体全体のリラックスが得られる。 ○備考:全身通すと30分程度必要。力を入れる際は60~70%程度で、力を抜くときは一気に抜き「じわ~」という余韻を感じる。身体的特徴(肩こり、腰痛、障害)に注意し、力の入れ方を加減し、脱力だけ行うこともある。 (3) ストレッチ:18分49秒 ○方法:身体(首、背中、肩、上半身、目)の様々な筋肉を伸ばし、緊張した筋肉を和らげる。 ○効果:①筋肉が柔軟になる、②血行が良くなる、③疲労感が和らぐ、④緊張やストレスが軽減される。 ○備考:場所を問わず実施可能。 3 実践例 (1) 呼吸法:7名(図1) ○事例:20代 女性 双極性感情障害 専門的技術的職業 ○特徴・状況:繁忙時、時間が迫る時、単独作業時等にプレッシャーを感じやすい。アサーションだけでは即時性・速効性にやや欠け、周囲へ相談できなかった。 ○結果・効果: JCから口頭で呼吸法を紹介・実践。気持ちを切り替え落ち着いて判断してアサーションに繋げ、対象者から周囲へ相談できるようになり、周囲も対象者の特徴に対する理解を深めるきっかけとなった。 ○備考:「呼吸法」と言わず「緊張を解きほぐすために深呼吸しましょう」と声かけすると取り組みやすくなる。 図1 呼吸法 (2) 漸進的筋弛緩法:4名(図2) ○事例:30代 男性 心因性による痙性斜頸 事務的職業 ○特徴:状況:同じ姿勢で続ける事務作業や、職場での緊張・気疲れにより、首や肩に痛みが発生する。 ○結果・効果:対象者が映像資料を自宅で視聴・試行。肩の漸進的筋弛緩法と目のストレッチに効果を感じ、職場で休憩時間に実施。対象者から「肩が軽くなり、気分も良くなる」等の感想が得られた。また、デスクの高さや配置の見直し、疲労度確認等のラインケアに繋がった。 ○備考:職場では対象者が効果を感じる身体の一部だけ実施することが多い。実施後にゆっくりと余韻を感じたい方や、余韻に入り込みだるさを感じる方もいるので、時間を十分に取ったり、効果を確認する必要がある。 図2 漸進的筋弛緩法(肩) (3) ストレッチ:9名(図3) ○事例:40代 男性 てんかん 事務的職業 ○特徴・状況:デスクワークで書類作成等を続けることで、身体の一部(目、肩、腰等)が疲労し、痛みが発生。 ○結果・効果:JCが対象者へ紙資料を渡し、職場でJCと p.81 ともに実践。対象者から「体の痛みが減った」「眠気も取れて、集中力が回復する」等の感想が得られた。事業所担当者へ共有したところ、オーバーワークにならないように作業ペースを見直す機会に繋がった。 ○備考:3つのリラクゼーションのなかでは最も多く紹介。身体の一部に疲労を感じる方や休憩時間にうまく気分転換できない方にお勧め。職場環境(周囲の目、雰囲気等)の都合でデスクにて実践しにくい場合は、休憩室や空きスペースを活用して実践することが望ましい。 図3 ストレッチ(目) 4 考察 (1) 有用性 ア 基本的側面 リラクゼーションは身体面へのアプローチであるが、心理療法等の精神面へのアプローチに比べて手軽に取り組みやすい。まずは対象者が効果を感じるリラクゼーションを実施したり、負担にならない範囲で試しに1週間程度実施し、効果が現れるか観察し継続を検討することが望ましい。 イ 映像資料(DVD) 映像資料は紙資料と比べて具体的に教示され、映像内でも視覚的な教示内容と口頭指示での実演を分割表示する工夫をしたため、理解や実践が促進されやすくなる。また、JCが職場で教示するだけでなく、対象者が自宅等で繰り返し練習でき、対象者・JCともに時間を有効活用できる。 ウ 障害別の活用目的 知的障害の方は勤続疲労に伴う腰痛等の予防・緩和のため、精神障害の方は職場での緊張をほぐすため、発達障害の方は自身で気づきにくい疲労の蓄積を未然に防ぐため、高次脳機能障害の方は脳疲労を軽減しリフレッシュするために、リラクゼーションを活用することが多い。 エ 雇用管理 昨今職場のメンタルヘルス向上の取り組みが注目されているが、土台となるフィジカルヘルスも重要である。リラクゼーションの実践によりストレス・疲労が軽減され、集中力が回復し、メンタルヘルス・フィジカルヘルスが向上することで効率性や生産性も向上し、障害者雇用の継続や、職場環境の改善に繋げる機会になると考えられる。 (2) 活用のポイント ア 事前準備 リラクゼーションの経験がない方は具体的なイメージが持てず、実践に移しにくい(特に漸進的筋弛緩法に多い)。そのため口頭での教示だけでなく、JCが見本を示しながらともに取り組んだり、映像資料等で具体的なやり方を伝えることで、実践に至るハードルが下がる。 また、就職前・就職後に関わらず、例えば職業準備支援として1~2カ月の期間で週1回程度障害者職業センターへ通所して練習したり、職場や自宅でルーティンを決めて、リラクゼーションを習得・実践することも一案である。 イ 事業所担当者・主治医への共有 リラクゼーションは手軽に取り組める半面、セルフケア・ラインケアの有効な方法として見落とされやすい。就職時やJC支援実施時だけなく、JC支援終了時にも「安定した継続勤務のポイント」等として有効性を事業所担当者へ共有し、継続を図ることが望ましい。 また、リラクゼーションの活用を契機に、勤務状況やストレス・疲労、対処・配慮等を主治医へ共有し、専門的な意見をもらう体制を築くことが望ましい。 (3) 留意事項 ア 実施条件 リラクゼーションを職場で実施する際には、①場所(作業場所もしくは離れた場所)、②時間(勤務時もしくは休憩時)、③種類(効果があり実用的なもの)、④頻度・タイミング(ストレスや疲労が溜まるのはいつか)、⑤安全性(職場環境を踏まえ配慮が必要か)、等を確認して実施することが望ましい。これらを見誤ると対象者から「勤務中なのに申し訳ない」、事業所担当者から「勤務に集中してほしい」等の意見に繋がるおそれがある。 イ 医学モデルではなく社会モデル ストレス・疲労は対象者が感じ、リラクゼーションは対象者が行うため、対象者にストレス・疲労の原因や責任が帰属されやすくなる(医学モデル)。対象者にストレス・疲労が発生していることを事業所担当者へも共有し、職場全体の問題として対象者とともに原因を整理・分析し、対処・配慮等の検討に繋げることが望ましい(社会モデル)。 5 おわりに リラクゼーションのみでのストレス・疲労へ対処することは難しく、根本的な解決手段でもない。リラクゼーションは「一次予防」として対象者が取り組みストレス・疲労を未然に防ぐとともに、活用を契機に「ゼロ次予防」として事業所担当者とともにリラックスして働きやすい職場環境を検討することが、JC支援におけるリラクゼーションの活用の本質であると考える。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター職業センター『発達障害者のためのリラクゼーション技能トレーニング~ストレス・疲労のセルフモニタリングと対処方法~』,「支援マニュアル№10」,(2014) p.82 特別支援学校高等部における現場実習のフィードバックに関する調査 ○今井 彩 (秋田大学大学院 教育学研究科) 前原 和明(秋田大学) 1 目的 特別支援学校高等部では、産業現場等における実習(以下「現場実習」という。)を行っている。 現場実習は自己の職業適性や将来設計について考え、主体的な職業選択能力や高い職業意識を育成する機会である。森脇1)は、一つ一つの実習のねらいを生徒に意識させると同時に、学校の授業にしっかりとフィードバックし、さらに次の実習で検証していく地道な取組が必要であるとしている。そこで、本研究では、3年間を見通した現場実習のねらいと、現場実習後のフィードバックにおける生徒の行動変容を促すための有効な支援について明らかにすることを目的とする。 2 方法 (1) 調査項目 高等部入学から卒業までの進路決定の過程を「就労体験段階」「就労選択段階」「就労移行段階」の3段階(図1)とし、高等部における現場実習のフィードバックに関する「現場実習のねらい」と「生徒の行動変容を促すために有効な支援」について各段階に対する回答を求めた。 図1 高等部入学から卒業までの進路決定の過程 (2) 調査時期及び対象者 2021年7月15日~7月29日に、秋田県内全ての特別支援学校15校(分校3校含む)に勤務する高等部教員を対象とした質問紙調査を実施した。なお、調査協力の同意は、質問紙への回答をもって得られたものとした。 (3) 研究倫理 秋田大学手形地区における人を対象とした研究倫理審査委員会の承認を得た。 3 結果 (1) 基本属性 調査対象の高等部教員178人から有効回答を得た。秋田県内の特別支援学校に勤務する高等部教員は7月時点で313人であり、回収率は全体で56.9%であった。なお、特別支援学校における勤務年数は平均12年、高等部所属経験年数は平均9.3年であり、「高等部主事の経験がある」と回答した人は全体の12.3%、「進路指導主事の経験がある」と回答した人は全体の19.7%であった。 (2) 現場実習のねらい 各段階における現場実習のねらい9項目について回答を求めた(複数回答)。各項目の回答数を集計し、段階ごとの件数を比較した(図2)。結果、就労体験段階においては「働くことへの興味・関心を高める」(153件)、就労選択段階においては「自分の職業適性(自分はどんな仕事に向いているのか)に気付く」(136件)、就労移行段階においては「自分の特性から、周囲からどんな支援や配慮があれば課題を改善できるかに気付く」(148件)への回答が最も多く、各項目において他の段階の回答数と比較してもはっきりと差が見られた。また、各段階を通じた回答総数が最も多い項目は「実習での成果と課題が分かる」(306件)となった。 (3) 生徒の行動変容を促すために有効な支援 各段階における生徒の行動変容を促すための有効な支援6項目について回答を求めた(単一回答)。各項目の回答数を集計し、段階ごとの件数を比較した(図3)。結果、就労体験段階においては「自己肯定感や自尊感情を高める支援」(45件)、就労選択段階においては「現場実習での成果や課題を家庭生活や学校生活と結び付けて考えるための支援」(49件)、就労移行段階においては「職業能力(希望する職業の業務を遂行する力)への理解を深めるための支援」(68件)への回答が最も多く、他の段階の回答数と比較しても差が見られた。また、各段階を通じた回答総数が最も多い項目は「自己理解(職業適性や自分の特性への理解)を深めるための支援」(120件)となった。 4 考察 現場実習のねらいと、生徒の行動変容を促すために有効な支援について、各段階の回答数が最も多かった項目を関連付けてみると、就労体験段階においては、「働くことへの興味・関心を高める」ねらいに対して、自己肯定感や自 p.83 尊感情を高めるための支援をしていることになる。働く経験を通じて、他者から喜んでもらえたり、必要とされたりすることで、生徒の自己肯定感や自尊感情が高まるだろう。それが働くことへの興味・関心へとつながり、働くことへの動機付けになると考えられる。 就労選択段階においては、「自分の職業適性(自分はどんな仕事に向いているのか)に気付く」ねらいに対して、現場実習での成果や課題を家庭生活や学校生活と結び付けて考えるための支援をしていることになる。自分に合った仕事を選ぶためには、自分のできることや苦手なことを把握し、家庭生活や学校生活においてできることを伸ばしたり、苦手なことを改善したりするための取組をしていくことが求められるだろう。よって、現場実習での成果や課題を家庭生活や学校生活に結び付けて考えることで、自分の得意なことや苦手なことを知り、職業適性について気付けるようにしていると考えられる。 就労移行段階では、「周囲からどんな支援や配慮があれば課題を改善できるかに気付く」をねらいとする回答数に次いで、職業能力(希望する職業の業務を遂行する力)に関するねらいや支援への回答が多かった。希望する職場に順応していくために、業務を遂行する力を付けていくだけではなく、職場環境を整えていくことを想定した現場実習にしていると考えられる。 各段階で現場実習におけるねらいや支援内容に有意な差があったように、高等部教員は各段階に応じたねらいを設定し、そのねらいに沿った支援を行い、生徒の進路実現に向けて3年間を見通したフィードバックをしていると考えられる。自己理解を深めるための支援について、段階ごとの回答割合の差が小さいことや、段階を合わせた教員の回答数が最も多かったことから、多くの教員が生徒に対して必要だと感じている支援であると同時に、特別支援学校の高等部生徒にとって課題になっていると考える。 【参考文献】 1) 森脇 勤「特別支援教育充実のためのキャリア教育ガイドブック 第7章キャリア教育の今後の展望」,株式会社ジアース教育新社(2012),247 【連絡先】 今井 彩 秋田大学大学院 教育学研究科 e-mail:imai-aya0314@outlook.jp 図2 現場実習のねらい(件) 図3 生徒の行動変容を促すために有効な支援(件) p.84 合理的配慮の提供を求めるための知識・技能・考え方を育む実践研究~障害特性に関する説明資料とカードゲームの制作を通して~ 〇内野 智仁(筑波大学附属聴覚特別支援学校 教諭) 1 背景と目的 (1) 合理的配慮の提供を求めるための教育の必要性 障害者の権利に関する条約1)によるインクルーシブ教育システムの理念を推進していくためには、障害の有無やその他の個々の違いを認め合いながら共に学ぶことを追及すること、誰もが生き生きと活躍できる社会を形成していくこと、障害のある者が一般的な教育制度から排除されないこと、自己の生活する地域において初等中等教育の機会が与えられること、個人に必要な「合理的配慮」が提供されること等について社会全体で取り組んでいく必要がある。 合理的配慮について文部科学省2)は、各学校における合理的配慮の具体的内容を検討するため、特別支援教育の在り方に関する特別委員会の中にワーキンググループを設けた。その報告では、聴覚障害者である児童生徒を対象とした教育内容及び方法の配慮事項について、以下の項目を例示している。 ・言語経験が少ないことによる、体験と言葉の結び付きの弱さを補うための指導をする。 ・自己選択及び自己判断の機会を増やす。 また、文部科学省3)は、特別支援教育及び聴覚障害教育について紹介する公式ホームページにおいて、基礎学力の定着を図るとともに、書き言葉の習得や抽象的な言葉の理解に努めたり、さらに、発達段階等に応じて指文字や手話等を活用したり、自己の障害理解を促したりする等、自立活動の指導にも力を注いでいることを紹介している。更に、障害者の就労におけるコミュニケーション支援として、本人及び職場に対する障害理解の支援を目的に、作業評価を通して自己の障害理解の支援を行う研究も行われている4)。 このような背景から、周囲の人々の障害理解を促すことは勿論のこと、障害者である児童生徒自身の自立に向けた自己理解や自己表現の機会を設けることが必要であると考えられる。 しかし、聴覚障害者である生徒を対象とする障害特性の自己理解や自己表現を育む活動について、先行研究が乏しい現状があり、今後多くの実践研究が行われ、成果が蓄積されていくことが望ましいと考えられる。 (2) 研究目的 聴覚障害者が自らの特性を理解し他者に説明できること、そしてどのような支援が得られると困難さの軽減や解消につながるのか理解し、他者に説明できることは、当事者の職場定着やメンタルヘルス等において重要な役割を果たすと考えられる。そこで本稿では、聴覚障害者である生徒を対象とした、自らの障害特性を理解し、他者に説明するための知識・技能・考え方を育む教育実践(説明資料とカードゲームの制作)について報告したい。 2 障害特性の自己理解や自己表現を育む教育実践 (1) 教育実践の概要 特別支援学校(聴覚障害)高等部専攻科の生徒が履修する科目において「職場で合理的配慮の提供を求める資料の検討と作成」「職場の理解を得るためのカードゲーム(かるた)の設計と制作」の授業を行った。 (2) 教育実践1 科目「情報処理B」において、学習単元「職場で合理的配慮の提供を求める資料の検討と作成」の授業を実施した。 本単元では、以下の学習目標を設定した。 ・将来の職場をイメージして、どのようなことで困ると思うのか資料に明示できる。 ・将来の職場をイメージして、どのような支援をお願いしたいのか資料に明示できる。 ・将来の職場の方々にとって見やすい、分かりやすい資料を意識して作成できる。 ・発表用資料の作成が正しく行える。 本単元の授業では、以下の指示・伝達を行った。 ・卒業生が上司の依頼で自ら資料を作成し、職場の方々に対して、聴覚障害に関する理解を深める取り組みを行っている事例を紹介した。 ・職場の方々と円滑にコミュニケーションを図るため、そして自分自身の能力を最大限発揮するためには、自らの特性(聴覚障害等)について正しく理解しておくこと、そして働く上で協力して頂きたいこと等を自ら伝えられることが大切であると説明した。 ・本授業では、自らの特性を就職先で説明することを想定した配付用文書(図1)及び発表用資料(図2)を作成することを説明した。 ・配付用文書は、Microsoft Word、発表用資料は、Microsoft PowerPointを使用してそれぞれ作成することを指示した。 ・卒業生が作成した配付用文書を参考にしながら、配付用文書(Wordファイル)と発表用資料(PowerPointファイル)の作成を進めること、作成したファイルは授業用共有フォルダに提出することを指示した。 p.85 ・今後の予定として、本単元の成果を踏まえたカードゲームコンテンツを制作することを説明した。 図1 配付用文書(作成例) 図2 発表用資料(生徒作品の一部) (3) 教育実践2 科目「情報デザイン」において、学習単元「職場の理解を得るためのカードゲーム(かるた)の設計と制作」の授業を実施した。 本単元では、以下の学習目標を設定した。 ・かるた遊びを題材として、知ってほしい情報を絵や短い文章で表現できる。 ・かるた遊びを通して、職場の方々に「そうだったのか」「知らなかった」と思わせる内容を検討できる。 ・かるた遊びを通して、職場の方々に「今後はこうやって支援しよう」と思ってもらえる内容を検討できる。 本単元の授業では、以下の指示・伝達を行った。 ・正しい理解を促すための情報表現の一つとして、カードゲームを用いた事例があることを紹介した。 ・カードゲームの一例として「かるた」を示し、かるたの読み札と取り札の役割について確認した。 ・本授業では、自らの特性(聴覚障害等)や、職場に求めたい合理的配慮を「かるた」で表現する活動に取り組んでもらうことを伝えた。 ・Microsoft Office テンプレートに公開されているPowerPointファイルを利用して、かるたの読み札(図3)と取り札(図4)を作成するように指示した。 ・作成したファイル(PowerPointファイル)は、授業用共有フォルダに提出することを指示した。 図3 かるたの読み札(生徒作品の一部) 図4 かるたの取り札(生徒作品の一部) 3 まとめと今後の課題 本稿では、特別支援学校(聴覚障害)高等部専攻科における、自らの障害特性を理解し、他者に説明するための知識・技能・考え方を育むことを目的とした説明資料とカードゲームの制作活動の報告を行った。具体的には、学習単元として「職場で合理的配慮の提供を求める資料の検討と作成」「職場の理解を得るためのカードゲーム(かるた)の設計と制作」の検討と教育実践を行った。 今後は、学習単元の教育効果を検証するために、生徒の障害特性の理解度、職場に求めたい合理的配慮の具体的内容等の変化を学習前後に測定して評価したい。 【参考文献】 1)外務省『障害者の権利に関する条約』, https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken/index_shogaisha.html(2019) 2)文部科学省『合理的配慮等環境整備検討ワーキンググループ報告』, http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/046/attach/1316184.htm(2012) 3)文部科学省『特別支援教育について(2)聴覚障害教育』, https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/mext_00802.html(2021) 4)馬屋原邦博・筒井優『失語症者の就労におけるコミュニケーション支援』,「第26回 日本聴能言語学会学術講演会 一般演題抄録B-2群:社会適応への援助」,(2000),p.185-186 p.86 知的障害と肢体不自由をあわせ有する生徒の一般就労について ○相田 泰宏(横浜市立上菅田特別支援学校 主幹教諭/進路専任/支援連携部長) 1 はじめに 令和2年度学校基本調査1)によると、特別支援学校高等部卒業後、全体の23.4%の生徒が就職者等となっている(以下「一般就労という」。)が、肢体不自由特別支援学校では障害種別で最も低い4.2%となっている。一方、社会福祉施設等(以下「福祉施設」という。)への入所・通所者は、全体が60.7%であるのに対し、肢体不自由特別支援学校は85%である。これは、肢体不自由特別支援学校に通う児童生徒の多くが知的障害をあわせ有していることが一因であると考えられる。複数の障害があったり障害が重かったりすることで、そうでない場合と比較して、担える仕事の種類や仕事量に差が生じ、またより多くの支援や配慮も必要となる。これらのことが一般就労を困難にし、結果的に多くの生徒が福祉施設へと通所することになる。肢体不自由特別支援学校である当校においても、大学への進学以外の生徒は福祉施設が主な進路先となっていたが、令和2年度、初めて知的障害と肢体不自由をあわせ有する生徒が一般就労をした。一般就労までの経緯を紹介の上、就労の可能性を広げた要因を考察する。 2 事例紹介(Aさん) (1) 障害について 知的障害(療育手帳A)、肢体不自由(身体障害者手帳3級)。 (2) 一般就労までの経緯 高等部1学年の進路面談後、「通所している放課後等デイサービスの会社(B社)に就職したい」とAさんが進路専任へと申し出た。放課後等デイサービスに利用者として通所しているうちに、「B社で働きたい」との思いが芽生えたそうだ。進路専任がB社を訪問し、生徒の希望を伝えたところ、B社としては、放課後等デイサービスに隣接している同法人の特別養護老人ホームであれば、雇用できるとのことだった。放課後等デイサービスは少ない職員体制のため即戦力が必要となるので、Aさんの現段階での雇用は難しく、特別養護老人ホームで働き、一定の力が身につけば将来的に放課後等デイサービスへの異動の可能性がある、というのがB社の回答だった。その結果をAさんに伝え、放課後等デイサービスで働くことを目標に、特別養護老人ホームでの現場実習を実施することとなった。高等部2学年、3学年で複数回現場実習を行い、双方の意向が一致したため、ハローワークとの連携のもと、必要となる手続きを進めた。 (3) 採用後 1か月後に電話でB社への聞き取り、2か月後に進路専任による会社訪問、3か月後に旧担任による会社訪問、4か月後に電話で家庭への聞き取り等、採用後も継続して卒後支援を行っている。仕事が困難であったり、わからないことがあったりし、戸惑うことも多いようだが、大きなトラブルもなく元気に働き続けている。また特別養護老人ホームでの勤務終了後、放課後等デイサービスを訪問し、放課後等デイサービスの職員に仕事上の悩みを聴いてもらったり、ボランティアとして仕事のお手伝いをしたりしている。自分のことをよく知っている人に話を聞いてもらうことで気分転換が図れたり、将来目指している放課後等デイサービスでの仕事を手伝うことで、働くモチベーションを維持できたりしているようだ。 3 考察 現場実習前や実習中の生徒の様子、会社への聞き取り等から、本事例が成立した要因を考察する。 卒業後、B社の採用担当に採用理由を伺ったところ、まずはAさんの「B社で働きたい」という強い思いがあげられた。これは現場実習前の面接や実習に取り組む様子から感じることができたそうだ。Aさんの「B社で働きたい」という気持ちは、放課後等デイサービスの利用者としてB社の職員と関わる中で生まれた。「この人たちと一緒に働きたい」という気持ちが、「B社で働きたい」と思うきっかけとなった。「B社で働きたい」という思いは、現場実習にも良い影響を及ぼした。職員から指示されたことをメモにとり、自宅で復習するなど、与えられた仕事に対して責任をもって取り組んでいた。現場実習を通し、そのような姿勢が会社に評価された。次に、Aさんの人間性を高く評価していたことが明らかとなった。Aさんは性格が穏やかで、人に優しく接することができるため、福祉の仕事に向いていると判断された。このことは、放課後等デイサービスに通所しているときのAさんが人と関わっている様子から知ることができたという。もちろん、給与が発生する以上は労働力としても期待されているのであろうが、Aさんの人間的な魅力が採用の大きな理由となったのである。 生徒が「この会社で働きたい」という強い思いをもてたことと、会社が生徒の労働面以外の人間性を評価したことが、一般就労の可能性を大きく引き上げたと考えられる。本事例では、この二つは放課後等デイサービスへの通所を通して培われた。放課後等デイサービスの利用者とサービ p.87 ス提供者という関係性の中で、生徒は自分に接する職員を通して会社に対して憧れを抱き、会社は生徒の優しさや穏やかさといった性格の一面を見出すことができた。 4 今後の課題 進路選択にあたっては、生徒本人の希望が最も重要である。何をしたいのか、どこに行きたいのか、一般就労を目指すのか、福祉施設へ通うのか、生徒自身が考え、自らの判断で選択する。その選択理由はそれぞれの価値観に基づいており、何を優先するのか、何に重きをおくのか、一人ひとり異なる。Aさんにとっては、「一緒に働く人」が希望する最大の理由であった。「この人たちと働く」ために、B社への就職を希望した。通常の進路指導では、生徒が希望するのは主に職種と労働条件(勤務地、勤務日、勤務時間等)である。やりたいこと、できること、苦手なこと、必要な配慮等から、希望職種を検討していく。その生徒に適した職種であり、希望する労働条件を満たした会社で現場実習を実施し、進路が決まっていく。本事例では、進路指導の過程において、職種はほとんど考慮されなかった。むしろ肢体不自由があることから、業務上困難な場面が多々あった。しかし「この会社で働きたい」という思いがあったからこそ、苦手な仕事にも積極的に取り組むことができたのである。 人が人を評価するときには、様々な基準が存在する。労働者として採用するか否かを判断する際、もちろん労働力を問われる。給与に見合う労働力を提供できる人材を求めるのは当然である。しかし本事例では、労働力以外の人間性が大いに評価された。通常の進路指導では主に現場実習を通して評価されるが、数週間という短期間の現場実習のみで、生徒がもつ労働力以外の人間的な魅力を、会社側は知ることができるであろうか。 多様な価値観があり、様々な判断基準が存在する。特別支援学校だから、障害があるから、と進路選択の方法や進路決定までの手段が画一的にならないよう、留意しなければならない。従来の進路指導の形にとらわれず、また障害によって進路選択の幅を狭めず、進路希望実現のために必要な方策を模索し続けたい。 【参考文献】 1)政府統計の総合窓口 令和2年度学校基本調査 https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei =00400001&tstat=000001011528 【連絡先】 相田 泰宏 横浜市立上菅田特別支援学校 e-mail:ya01-aida@city.yokohama.jp p.88 コロナ禍におけるA特別支援学校の進路指導の現状と課題-一般就労に向けた取組に着目して- ○矢野川 祥典(福山平成大学 福祉健康学部こども学科 講師) 濱村 毅(高知大学教育学部附属特別支援学校) 石山 貴章(高知県立大学 地域教育研究センター) 1 問題と目的 某特別支援学校(以下「A校」という。)は知的障害を主な対象とする学校であり、小学部・中学部・高等部の児童生徒が在籍している。教育目標を「児童生徒の将来における社会的自立と社会参加」と定め、キャリア教育及び進路指導の充実を図っている。 しかしながら、全国的に深刻な状況にある新型コロナウィルスの影響により、A校の現場実習(以下「実習」という。)への影響は長期化するとともに、生徒の進路選択への影響が危惧される事態となっている。今年度、前期(5月)の実習は予定通り実施されたが、後期(高等部3年生9月、高等部2年生・1年生及び中学部3年生は11月実施)の実習に関しては、先行きが不透明と言わざるを得ない。特に一般就労を目指す生徒の進路指導に関しては、進路担当者には負担感が増していると思われる。企業関係者との連絡調整等を進める上で、今後も予断を許さない状況が続くであろう。筆者はA校の進路担当を2018年度まで勤め、現在の進路担当者との連携により進路指導の現状について調査研究を行っているが、進路担当者は去年に引き続き難しい判断を迫られている。こうした状況においても、生徒自身の将来に対する希望や意思を尊重する必要があり、長期的な視点に立ち児童生徒のキャリア教育及びキャリア発達を促すため、進路指導の充実を図る必要があるからである。 本稿ではこれらの視点を踏まえ、実習等の進路指導に関して全般的な計画立案をしている進路担当者に対して調査を行い、コロナ禍における進路指導の現状と課題について一般就労を中心に捉え、検討することを目的とする。 2 調査方法 (1) 調査概要 調査は2021年7月及び8月に実施した。A校の進路担当者に対して質問紙を電子メールにより送付し、回答を得た。回答を踏まえ、電話によるインタビュー調査を実施、詳細を確認した。 (2) 調査対象 A校に在籍する高等部3年生を中心に2年生と1年生、中学部3年生(以下「高3生徒」、「高2生徒」、「高1生徒」、「中3生徒」という。)を対象とし、対象生徒の進路指導に関する調査を、進路担当者に対して実施した。 (3) 倫理的配慮 本研究の計画及び発表における「倫理的配慮」について、A特別支援学校長の承認のもと、実施している。 3 結果と考察 質問紙及びインタビュー調査による結果を示す。 (1) 前期(5月~6月)現場実習期間について まず、今年度前期に実施した実習期間を示す。 表1 前期(5月~6月)現場実習期間 高等部では例年、前期と後期で区切り、実習を実施している。高1生徒については新入生の実態などを考慮し、前期実習はなく、後期から実習実施となる。昨年度に引き続きコロナ禍により実習実施が危ぶまれたが、今年度については当初の予定通りの日程で実習が行われている。 (2) 実習先選定の際、コロナ禍による影響を受けた点 実習先選定にあたり、進路担当者はコロナ禍による影響があったのか否かについて質問した。その回答から示す。 ア 大手販売店での実習は断られた(作業内容は商品の品出し、店頭で商品を並べ直す作業等)。コロナ以前は実習を断られることはなかったが、コロナ禍により断られている。 イ ホテル客室や病院での清掃業務では、一般求人は出ているのだが、生徒の保護者のコロナ感染への不安が強くあり、これらでの実習を行うことに対する同意が得られないことがあった。保護者の不安はかなり強いと感じる。 ウ 実習を依頼した食品製造会社では、コロナ禍により9月末までは実習や見学の受入をストップしている。現在のコロナ感染の状況から、10月の受入も不透明になってきた。 アの回答では、コロナ禍による影響が述べられている。コロナ禍以前であれば、実習依頼をすれば受入があった企業でも、断りを入れられている。作業内容が商品の品出し、店頭で商品を並べ直す等の業務で、場合により客対応も含み、コロナ感染リスクや感染予防の対応力について問われること、コロナ禍で企業側の指導者の確保がより難しくなっていること等が要因として考えられるだろう。 p.89 イの回答からは、コロナ感染に対する保護者の不安について述べられている。進路担当者はここで「保護者の同意が得られないことがあった。保護者の不安はかなり強いと感じる。」と述べており、実習実施に際して、受入側のコロナ対策の問題のみならず、実習場所に出向き作業を行う側の生徒自身や保護者への心理的な不安に対する配慮が必要不可欠であることが分かった。実習については、生徒や保護者の同意のもとで実施することが大前提であり、あらためてコロナ禍の影響について考えさせられる回答であった。 ウの回答からは、アの企業と同じくコロナ禍の影響を鑑みて断りを入れられていることがうかがえる。 (3) 実習先選定の際、コロナ禍の影響を受けなかった点 ア (福祉的就労となるが)A型事業所やB型事業所では、実習の受入に関しては特に問題なく、スムーズにできた。 イ 大手スーパーマーケットのバックヤードの実習(青果、惣菜部門等)は、これまで通り受入があった。 ウ 青果市場の実習は求人もあり、受入がスムーズだった。 アの回答からは、福祉的就労の現場では、実習受入に関しては、さほど大きな影響はないことがうかがえる。 イ及びウの回答からは、客対応ではないバックヤードでの業務に関しては、実習の受入があり人材を求めていることが分かった。 (4) コロナ禍の進路指導にあたり、今後の課題や展望、困りごと等について ア 高3生徒の就職先確定に向けて、候補先の企業のみではまだ、就労に結び付くかどうか、不明確な状況である。 イ 来年度以降の実習など進路指導については、各企業の運営状況によるため、例年以上に判断が難しい状況にある。シーツクリーニングの会社や製造業等の関係者に聞くと、工場が通常通りの運用をしていないので、先行きが読めない状況にある。 ウ 卒業生のアフターケアにおいても、企業の業績不振から、勤務時間が短縮されている卒業生が複数名いる。工場が通常通り稼働しないことには、事態の改善が図れない。 アの回答からは、高3生徒の5月実習や9月実習のみでは、一般就労につながるか否か、まだ不透明な状況であることが分かる。例年、9月実習における生徒の様子から企業側に最終判断を仰ぎ、そこから障害者職業センターやハローワーク、就業・生活支援センター等の関係機関(以下「関係機関」という。)と連携を図り、一般就労を前提とした最終調整に入ることが多い。しかし、コロナ禍の影響が長期化していることから、企業側がどのような判断をするのか、現段階での不透明さは否めない。 イの回答からは、来年度以降の見通しについて判断が難しく非常に厳しいものであることが、述べられている。一般就労に関しては前提の話として、企業側の経営状態によるところも大きい。地域に根差す企業として障害者雇用の促進、障害者雇用率の遵守は企業が果たすべき責任である。しかしながらコロナ禍の現状、企業経営の状態に関して学校関係者のみでは当然ながら把握が難しい。関係機関と連携を強化し、情報共有を図りながら臨むことが求められる。 ウの回答からは、卒業生の勤務状態にも影響が出ていることが述べられている。これについては、筆者も非常に危惧している。勤務時間の短縮や実質的に解雇となる卒業生がいないか、今後さらにアフターケアの必要性を感じる。この点についても、関係機関との連携を強化し、卒業生の動向を注視する必要があろう。 (5) 後期(9月、10月~11月)現場実習期間について 次に、後期(9月、10月~11月)の現場実習期間を示す。 表2 後期(9月、10月~11月)現場実習期間 9月の高3生徒の実習以降、10月末から高2生徒、高1生徒、そして中3生徒の実習と続く。A校の特色の一つとして、中3生徒からの実習が挙げられる。生徒に対して、また保護者に対しても、とりわけ慎重かつ確実に「成功体験」を実感してもらうことを念頭に準備を重ね、早めの実習実施が通例となっている。 4 課題と展望 これらの実習が例年通り実施できるか否か、今年度はさらにコロナ禍を意識した実習とならざるを得ないだろう。それは、進路担当者にとって不安要素を常に抱えながら調整を続けることになり得る。また、先に触れたが、実習に際し、感染リスクを恐れる保護者がいるのはやむを得ない。もちろん、生徒への意思確認も必要となる。実習に臨む生徒や保護者に対して、これまで以上に丁寧な説明と配慮が必要であろう。また、最も危惧している点は、実習先の産業種や業務における選択肢の狭まりである。進路担当者が示すように、すでにこの事象は起きている。生徒の意思による職業選択がなされ職業自立を目指すためにも、多様な実習先の確保が、今後の大きな課題となるだろう。 【参考文献】 文部科学省「3.子どもの発達段階ごとの特徴と重視すべき課題」HP(2020) 文部科学省「特別支援学校高等部学習指導要領」HP(2020) 【連絡先】 矢野川 祥典(福山平成大学 福祉健康学部 こども学科) e-mail:yanogawa@heisei-u.ac.jp p.90 修学支援に難渋し退学後、就労移行支援事業所との連携を経てバイト先へ正社員として就職し自分らしく働いている成功例 ○稲葉 政徳(岐阜保健大学短期大学部 リハビリテーション学科理学療法学専攻 講師) 1 背景と目的 医療専門職者を養成する大学や専門学校等は、就職活動での困難さに直面するケースは少ない。しかし、専門科目の膨大な学習内容から入学直後から修学面でつまずく学生は一定数存在する。とくに理学療法士や看護師などの3年制医療専門職養成校の場合は、臨床実習期間が修業年限の1/6を占めることから基礎応用学力のみでなく、コミュニケーション能力やレポート作成などでのパソコン(以下「PC」という。)作業技能など多様なスキルが求められる1)。 今回は、学業不振から本学を退学後にバイト先にて正社員として採用された未診断20代男性を成功例として紹介する。大学入学時からアルバイト経験があったこと、2年時に就労移行支援事業所(以下「事業所」という。)内で開催されていたキャリア支援プログラム(以下「キャリプロ」という。)に参加していたことが退学後に正社員としての就職へと円滑につながった。本対象者のケースを通して、「大学と就労移行支援事業所」との連携のヒントにすることを実践発表の目的とした。 2 方法 (1) 調査の流れ 在学時の対象者へのアンケート、面談記録、SNS上での記録のほか、退学後には対象者本人への月1回のインタビューなどをもとに考察した。 (2) 倫理的配慮 倫理的配慮について、まずは本研究の趣旨を口頭にて十分に説明し同意を得たうえで、発表の際に個人が特定されないことを伝えた。さらに回答の可否により個人の不利益が生じることはないこと、回答の途中で辞退できることを伝えた。 (3) 調査対象者と概要 20代男性。未診断。高校3年次に担任の勧めで指定校推薦にて本学理学療法学専攻に入学した。入学直後から修学面では全般的に成績低迷しており、コミュニケーション面の困難さ、PC作業の苦手さなどが認められたため、筆者が本人へA事業所内で実施しているキャリプロの受講を本人へ勧めたが当初は「必要が感じられない」と拒否した。その後成績が振るわないものの2年生に進学できたが、さらに学習の困難さは続き、ゼミ担当者である筆者の勧めによりA事業所のキャリプロを受講。2年次後期では学習の困難さが露呈。その流れで年度末の学内評価実習では、本人と連日オンラインにて、視覚情報を優先した指導、メタ認知を意識させた問いかけなどを意識しながら修学支援を行った。当初課題をこなしてはいたが、徐々に期限内に仕上げることができなくなり、次第に連絡が取れなくなるなど回避行動が目立ち、提出物は滞るようになった。その後の再試験結果でも大半が不合格となり、3年次への進級に必要な課題は山積していた。しばらくして登校し、学内にて課題に取り組んでいたが、本人の気力の無さから担任に伝え急遽三者面談を実施し、退学を決意した。筆者は即座に本人の居住地に近いB事業所と連絡しスタッフから面談、助言をいただく。その後アルバイト先へ正社員として採用され、現在は困難さを自覚しながらもやりがいを感じながら自分らしく働いている。 3 支援経過と結果 (1) 対象者の1年時のアンケート調査から 2019年度にA事業所による「キャリプロinカレッジ」にて本学で講義が行われた。その際に実施された「働く準備チェックシート」(4件法)のうち、「できない」、「あまりできない」と回答したものは以下の通りだった(表1)。本人への退学後の振り返りインタビューから、現職場にて、同僚との対人スキルを含むコミュニケーション面の苦手さのほか、自分は「地味な仕事が向いている」ことに気が付くようになったと述べていた。このことからも入学前後より対人スキルを含むコミュニケーション面のみでなく、自己理解をはじめ、全般的にサポートが必要な課題があったことがわかった。また、本人はビジネススキル面のうち当初からパソコンスキルの苦手さを自覚していたが、現在では他者への報告・連絡・相談、職場への順応性、指示理解などの困難さも自覚するようになっている。 その他、同時に行った坂野・東條らの一般性セルフ・エフィカシー(GSES)は16点中2点であり、5段階の中で「非常に低い」という結果であった。なお、遠隔で実施しようとした自閉症スペクトラム指数では、「忘れました」「忘れてしまうので今すぐ回答します」と言いながら返送されることはなかったので未実施。 p.91 表1 働く準備チェックシート (2) キャリプロ講座への参加 キャリプロについては、入学後のオリエンテーションの際に全ての入学生へアナウンスをした。当時本人は、「(キャリプロの)話を聞きたいとは思ったが受けたいとまでは思わなかった」と述べていた。その後本人がA事業所でのキャリプロに参加するきっかけとなったのは、1年時の情報処理授業でのつまずきだった。キャリプロでは土曜日を利用して2年時に全3回受講し、コミュニケーションスキル、ビジネスマナー、パソコンスキルなどを学んだ。本人は当時の振り返りから、当初は「勉強に直接関係があるのか」と疑問に感じたようである。しかしプログラムの内容は楽しく、パソコンのレクチャーもわかりやすかったので、「受けてよかった」と感想を述べていた。 (3) オンラインによる学内実習での試行錯誤 コロナ禍により、本学も全学年が学内実習となった。ゼミ単位での指導はSNSや遠隔ツールを用いた指導が必然的に主となる。本人の学習の困難さから事前に“手本”となる資料を筆者が参考になるようにとかみ砕いた内容で作成し、SNSにて提示することを意識した2)。その後、遠隔ツールによるテレビ電話機能を用いて指導を進めた。振り返りから本人は「わかりやすかった」と述べていたが、課題の多さとともに、とくに「統合と解釈」の難解さが引き金となり、回避行動が顕著となった。 (4) 三者面談後のB事業所面談へ 三者面談後、本人はスッキリとした表情をしていた。しかし、退学を決めた当時はその後の進路は決まっていなかった。キャリプロ受講の経験があったこと、今後就活での困難さも予測されることを懸念し、本人の住所地に近いB事業所を紹介し、帰宅前に出向いてもらった。30分ほどの面談であったが、本人の振り返りから「話を聞いてもらってスッキリした」こと、その後の就活に希望が持てたと述べていた。 【参考文献】 1)稲葉政徳:3年制リハビリテーション専門職養成校における発達障害やその類似特性がある学生に対する支援の課題と考察-臨床実習成就を主眼に置いて-,岐阜保健短期大学紀要,8,p.63-72,2018 2)障害のある学生の受講を想定した遠隔授業の対応について(ver.1),筑波大学ダイバシティアクセシビリティセンター,https://dac.tsukuba.ac.jp/shien/20200409-1/,(閲覧日:2021年8月3日) 【連絡先】 稲葉 政徳 岐阜保健大学短期大学部リハビリテーション学科 e-mail:inaba@gifuhoken.ac.jp p.92 企業における採用・配置の取組(障がい当事者による採用選考・配置への配慮・精神・身体・知的・発達・LGBT・難病他) ○遠田 千穂(富士ソフト企画株式会社 企画開発部 部長) ○髙橋 綾子(富士ソフト企画株式会社 企画開発部 サブリーダー) ○畑野 好真(富士ソフト企画株式会社 企画開発部) 1 障がい当事者が採用業務に携わる・面接に同席 富士ソフト企画では、社員の9割が障がい者手帳を保有するところから採用も障がい当事者の社員が中心となりハローワークと連携を取りながら行う。当事者が採用業務や選考に携わることで、多様な視点から選考・配置を考えることが出来る。当事者がおかれた境遇や薬の副作用等を理解し、配置に配慮することができるのが企業の強みとなる。雇用継続・職場定着のヒントは当事者から学ぶのが一番の近道である。 当事者のことは当事者に聞こうというのが当社の鉄則である。ハローワークには、常時10職種以上掲載し、常に更新をかける。備考欄に臨む人材を細かく記入する(PCインストラクター経験者優遇・教員免許保有者優遇・英検・TOEIC何点以上保有者優遇等々・・・。)漠然とした求人では焦点がぼやけてしまう。どこでどのような仕事をして頂きたいのかを明確に具体的に書けるだけ書くのがポイントである。 2 配置の工夫・グループ会社・親会社からのリワーク(職場復帰)への応用 配置は、4障がいを各部署に混在させて配置し、同じ障がい者だけで1つの部署が構成されないように配慮をする。 ・身体障がい者が他の障がい者をサポートすることで、身体機能の回復が図れる。 ・知的障がい者が他の障がい者をサポートすることでIQが上がる。 ・精神障がい者が他の障がい者をサポートすることで薬が減り夜良く眠れるようになる。 ・発達障がい者が他の障がい者をサポートすることでコミュニケーション能力が上がる。 この内容を親会社・グループ会社からのリワークの受け入れにも応用し、障がい者が健常者を、健常者が障がい者を2週間サポートし合うことにより、休職していた健常者の社員の職場復帰を実現する。 3 面接で聞くポイント 面接では、以下のポイントについて確認する。 ・会社のことを理解しているか? (HPを見れば会社の姿勢が分かる) ・生活のリズムが整っているか? (昼夜逆転・暴飲暴食をしていないか) ・挨拶が元気よくできるか? (入退室時の所作は見られている) ・基本的なPCスキルはありか? (Word・Excel(関数・表計算)・PPT) ・自暴自棄になっていないか? (アンガーマネジメント・感情のコントロール) ・自律心、自制心があるか? ・この会社で生涯にわたって活躍したいという意思が明確か? ・入社後も知識を付け・知見を高める自己努力を惜しまないか? ・周囲の人間を理解し様々な価値観を受け入れることが出来るか? ・柔軟性を維持し実行出来るか? ・部活・アルバイトの経験があるか? (企業にも応用できる) 4 共生社会 自分はこういう人間だから、会社は自分に合わせて下さいではなく、会社のスタイルに合わせるよう切磋琢磨して自分も変化・進歩させていくというスタイルを見せることが大切だと考える。自己主張も大切だが、他者の価値観を受け入れ、共にお互いの障がいをサポートしながら助け合い、支え合いながら業務を進めて行くことが本人の障がいの軽減にもつながる。会社は宗教団体ではない、様々な価値観や成育歴の人間の集合体である。 5 自律心・自制心・人の為に動くと障がいが軽減される 自分達の会社は自分達が創る、という自負が障がいをカバーする。与えられるのを待つのではなく、自ら与える人間になる、人のために動く・汗を流すことが心身の安定につながる。 災害現場では、一人だけであれば恐怖で体がすくんでしまい逃げ遅れるケースもあるが、おばあさんの手を曳いていたり、猫ちゃん・ワンちゃん・赤ちゃんを抱っこしていると勇気が出て火の粉をくぐれる可能性もある。人間の本能は共生に起因する。一人でも多くの障がい者の社会参画 p.93 が共生社会を育むことにつながる。 6 面接の着眼点 退職理由には理由があり、どういったことで退職したのか聞くようにしている。人間関係、契約満了、ステップアップ、体調不良など、理由がそれぞれある。退職理由を聞き、それぞれの職歴で、どれくらいの期間働いたのかを聞く。 いつも人間関係で辞めている人は、自身に問題があるのかと思われる可能性が高いが、営業所の移転などの理由で辞める人もいる。それらを聞いて見極めることが大事である。 弊社では面接受付シートというものを用意しているが、前職で困った事は何か、前職で出来なかったことを次に活かそうとしている方がいる。メモを取る時間が欲しい、仕事には優先順位をつけてほしいなど、本人が書いた配慮事項にそのようなことが書かれていて、目にする機会は多い。相談相手がいると助かる、定期的な面談の機会を設けてほしいなどもよく書かれている。 相談できる人というのは、通院先の医師であったり、家族、友人であったり、相談する事によって心が軽くなる事があり、非常に大事なことでもある。これは各営業所の少人数のオフィスがいいのか、大人数でも大丈夫なのかの見極めにもなる。特定の人と面談、定期的な面談は少人数であれば、相談者が特定されるかもしれないからである。 そして障がい者になったことで、どう受け止めたのか、本人が障がいを受容出来ていることも非常に大事である。どのタイミングで、手帳を取得したのか。 残業により在職中に体調不良になった、又は、在職中に気づいたりする人もいる。面接に参加してみて分かったことだが、残業で体調不良になった方が、とても多いというのがよく分かる。精神障がいであれば、最初のメンタルクリニック通所はいつぐらいなのか、学生時代から兆候があった方もいる。本人はそれが障がいだと分かって納得した、やっぱり、と思って納得される障がい者も多い。 また、面接受付シートの欄にもあるのだが、自身の障がい受け入れは大事であり、現在の障がいの状態については、どういうことで具合が悪くなり、きっかけ、対処法はあるのかを記入して頂く。自身のリカバリー方法を分かっている事も大事である。 多く見受けられるのが就職活動をするにあたって、就労移行支援事業所を利用される方で、そこにはどれくらいの頻度で通っているかを判断する基準にもする。毎日休まず通えていることがベストであり、基本的なPC操作は必須である。 特例子会社の弊社では、自分の周りは障がい者であり、周りが障がい者であることは当たり前である。あらゆる配慮が必要であるということを認識して頂かなければならない。障がい者と仕事をしたことはあるかとも聞く。自分もサポートを受けるが、逆に自分から周りの障がい者にサポート出来るかもしれないことが大事となってくるからだ。 障がい者の仕事の教え方は、当事者同士という意識があれば、教える側への配慮が生まれてくる。これは色々な障がいが混在していることにもよる。 最後に配属先である勤務地であるが、住んでいる住所から考えて、どのオフィスに通えるかを考える。満員電車は大丈夫か、通勤時間も大事な社会生活を送る為の時間である。障がいによって、車椅子だったり、電車が嫌いであったりする。充実した、就労生活を送る為にも、面接時は以上の事をこれからも面接者に伺っていきたい。 7 面接時の配慮事項 聴覚障がいの方に面接日程を連絡する際は、電話ではなくメールを使って連絡することや、聴覚障がいの応募者の面接の際には、事前に筆談器を準備しておくこと、身体障がいの方が面接に来社した際は、階段の昇り降りが可能かどうか確認し、階段が難しいようであればエレベーターを利用するのは当然の事と考える。 中には面接後に就労移行支援事業所への通所を予定しており、本人が思ったよりも面接に時間がかかると焦りや不安を感じてしまったりする人もいるかもしれないので、一次面接の日程を連絡する際には、あらかじめ「1時間半ほどかかる」と伝えておくのも配慮の1つである。 書面(面接受付シート)を書いていただく際や、YG性格検査を受けていただく際の説明は、分かりやすくはっきりと伝えるよう心掛ける。特に発達障がいや知的障がいの方は、YG性格検査の質問の意味を理解するのに時間を要したり、面接受付シートの記入に時間を要したりするケースも見受けられるため、書面記入やYG性格検査が予定通りの時間に終わらなくても焦らせないようにしている。 また、書面を書いていただく際に「分からないところがあったら空欄にしておいていいですよ」と声をかけておき、分からなかったところは、書面回収時に確認して記入してもらうなどの配慮もしている。 面接中には、多少答えに時間がかかることがあっても急かさず答えをじっくり待つことや、多弁で質問に対する答えが長くなっても、遮ることなく最後まで聞くようにすることも大切であると考える。 【連絡先】 遠田 千穂 富士ソフト企画株式会社(研修・見学のお問い合わせ先) TEL: 0467-47-5944 FAX: 0467-44-6117 Email: todachi@fsk-inc.co.jp p.94 企業在籍型職場適応援助者に於ける作業支援の実際と課題について ○相原 信哉(旭電器工業株式会社 企業在籍型職場適応援助者) 1 はじめに 三重県に於いても国が定める障害者雇用率の向上とともに年々、障害者雇用人数が増加している。前年度末に法定雇用率の改訂があり民間企業に於ける雇用率が2.3%になった。今後も障害者雇用率達成のためにより一層の障害者雇用人数の増加が見込まれる(図1)。 図1 三重県の民間企業の障害者雇用状況 当社に於いても雇用する障害者の増加に伴い就労支援を充実する必要が出てきた(図2)。 図2 当社の障害者雇用者数の推移 これまで障害者職業センターから配置型職場適応援助者に来社いただき支援をお願いしていた。そんな中で特別支援学校からの卒業生を採用する事になり、平成30年5月に独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が主催する職場適応援助者養成研修を受講させていただき企業在籍型職場適応援助者(以下「企業在籍型JC」という。)を配置した。更に令和元年7月には職場適応援助者スキル向上研修を受講させていただき更に支援技法の向上を図った。しかしながら支援の実際の場面では研修で学んだことをそのまま活かすことが出来ず、乖離する場面が多々あり他社の支援状況が気になった(図3)。 図3 企業在籍型JCの養成人数推移(全国) そこで三重県内でご活躍されている企業在籍型JCの方々にお集まりいただき、それぞれの企業での体験をヒアリングして企業在籍型JCならではの課題を探り今後の参考とすることとした。   2 事例紹介                    以下、事例をいくつか紹介する。事例中においては個人情報保護の観点から名称にアルファベット等を用いていることをご容赦いただきたい。 ■ 事例1(A社 電気器具製造業) 企業在籍型JCの場合、各部署の作業内容や工数が把握できる。そこで工数不足の発生している部署の責任者に対して障害者が工数応援出来る作業があることを提案した。今回は客先との通函の清掃及び清掃済ステッカー貼付け作業を応援した。この時の支援において企業在籍型JCは社員以外立入禁止エリアでも現場での援助ができ、スムーズに戦力として活躍することが出来た(写真1)。 写真1 作業風景 p.95 一方で踏み込んだ支援をすることにより多くの時間を割くことになる。専業で企業在籍型JCを行っている訳ではないので他業務に支障が無いように時間管理が重要である。 ■ 事例2(B社 製造系特例子会社) 改善提案制度を活用して障害者の意見を聴き障害特性に応じた改善を積極的に行っている。作業の見える化や対人関係作りなど、改善後も様々な意見を聴き取り、リアルタイムで柔軟な対応が繰り返しできることは企業在籍型JCならではの取り組みとなった。 年々障害者雇用数増加とともに、障害種、作業内容は多種となり、障害特性等の情報共有が新規スタッフ等へ不十分な伝達になる場面がある。対応経験の積み重ねとともに、取り組んできた対応方法等を伝えていくこと、一緒に考えていくことが求められる。 ■事例3(C社 金融系特例子会社) 2か所に作業場があり、それぞれ障害者の障害種や作業内容が異なる。しかしながら、情報の共有を図るため企業在籍型JCが中心となって関係者ミーティングを月に一度実施し、課題の洗い出しをしている。作業内容は異なっても作業精度向上の技法等共通の部分が多い。複数作業の同時進行禁止や色別管理、定位置管理等がいい事例である(写真2)。また、上位職の方々に対しても積極的に関わってもらうよう促し、会社全体の雰囲気作りに貢献している。職制をうまく活用出来るのは企業在籍型JCならではの取り組みではないだろうか。 障害者の中には服薬をされている方がみえ、日によって体調が大きく異なることがある。毎日朝礼を行いその中で様子を見てリアルタイムにケアが出来るのは常駐しているからこそ出来る支援である。 写真2 識別管理と定位置管理 3 見えてきたこと ・その企業で働く社員が企業在籍型JCであることで迅速かつ具体的な対応ができる。また、継続して連続的な支援が出来る。 ・企業在籍型JCの中にはその他の業務と掛け持ちになっている場合があり、支援に時間がかかると他業務に支障をきたす懸念がある。 ・障害者が働く部署の上司、同僚との意思疎通が図りやすい半面、職務分掌や職制指示の影響を受けやすい。 4 考察 企業在籍型JCによる障害者の就労支援を始めてから着実に雇用が進み障害者雇用率も大幅に改善した(図4)。 図4 当社の障害者雇用率の推移 また、この支援を始めてから、職場定着についても大きな成果が生まれた。 まだまだ企業在籍型JCの認知度が低く、理解が進まない現状の中で課題解決の手段として障害者職業センターが主催するサポート研修等に積極的に参加して支援技法のアップデートを図りながら、実のある就労支援を継続して存在をアピールする必要があると考える。 5 最後に 本論文の作成にあたり、三重障害者職業センターはじめ、三重県内の企業在籍型JCに多大なるご協力をいただき改めてお礼を申し上げて締めくくりとする。 【参考資料】 ・厚生労働省 三重労働局 報道資料(令和元年12月25日) ・厚生労働省 職業安定局 障害者職業雇用対策課「ジョブコーチ支援制度と養成研修の現状等について」 【連絡先】 相原 信哉   旭電器工業株式会社 管理部 人事課 E-Mail:aihara@asahidenki.com p.96 研修プログラムを活用した提案型事業主支援の試行について-新規の障害者雇用の促進に向けた支援方法についての検討- ○岩佐 美樹(障害者職業総合センター 研究員)  内藤 眞紀子・依田 隆男・石原 まほろ・永登 大和(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者の新規雇用について取り組む事業主支援においては、障害者雇用に対する理解の促進を図ることから始まり、障害者雇用に対する意思決定、障害者雇用計画の作成及びその実行への支援という段階が想定される。 就労支援機関等が実施する、事業主の障害者雇用に対する理解の促進を支援する一つの方法として研修による情報提供が行われている。特に、新たに障害者を雇用したいというニーズを持つ企業については、この情報提供は有効であると考えられる。しかし、どのような情報が、障害者雇用に対する事業主の意欲や行動の変化に影響を及ぼすのか等については、これまで十分な検討はなされていない。そこで、本報告においては、新たに障害者を雇用したいというニーズを持つ企業に対し、研修を企画・実施し、その後のアンケート結果を分析することにより、効果的な研修、情報提供のあり方について考察する。 2 実施方法 (1) 試行協力企業 試行協力企業であるA社は10支店28拠点を有し、損害保険代理店業、生命保険の募集に関する業務を行っている。従業員数は約624名(派遣・勤務型代理店含む。2020年2月末現在)で、主として営業職と営業補助職から構成されている。2020年度に2事業所(a本店、b支店)にてそれぞれ1名の知的障害者を雇用するが、障害者雇用率達成に際しての不足人数は5名となっていた(2021年3月現在)。また、A社には7つのグループ会社があるが、いずれも障害者雇用率は未達成であった。 (2) 研修対象者 A社を含むグループ会社8社の社長及び拠点長 (3) 実施方法 事業主等に対するヒアリング調査を実施し、そこで得られた情報をもとに、研修を実施し(2021年1月末)、研修終了後、アンケート調査を実施した。また、研修終了後、希望のあった2事業所に対し、障害者の雇い入れに係る相談を実施し、経過を確認した。 3 結果  (1) ヒアリング調査 ヒアリング調査においては、A社において障害者雇用を進める上で課題となっていること、必要とされている障害者雇用に関する情報や支援に関する情報を収集した。 A社の障害者雇用については、身体障害者を中心として、主として、民間の人材紹介会社を活用して進められていた。そのため、身体障害以外の①「障害に関すること」②「障害者の担当職務の創出方法の考え方」③「受け入れ態勢の整え方」、さらに、④「支援制度に関すること」⑤「支援機関に関すること」といった情報が不足していることが把握された。また、担当者によって⑥「障害者雇用制度に関すること」についての情報格差があることも把握された。 また、障害者雇用に際しての最も大きな課題として挙げられたのは、「障害者の担当職務の創出」に関することであったが、これについては障害のない社員と同様の労働条件での雇用を前提とし、その勤務時間分の仕事を創出しなければならないと考えていたことが影響していた。 (2) 研修内容の検討及び資料の作成 把握された6つの情報について、当機構の「はじめからわかる障害者雇用~事業主のためのQ&A集~」1)をもとに資料を作成した。 一番の課題となっていた「障害者の担当職務の創出」に関しては、障害者職業総合センター(2017)2)にて提案された3つの職務創出支援モデル※を紹介し、まずは「切り出し・再構成モデル」によって創出された多くの障害者が対応可能であるような職務にて雇用した後、個々の障害者の強みを活かした作業を積み上げていくという「特化モデル」と「積み上げモデル」の組み合わせによる職務創出方法を提案することとした。あわせて、障害者トライアル雇用や支援機関の支援内容を紹介し、採用当初は週所定労働時間10時間以上の短時間の雇用から始め、徐々に職務の幅を広げるとともに、勤務時間の延長を図っていくという障害者雇用の進め方があること、支援機関を活用することにより、これを効果的・効率的に進めていくことができるといった情報を提供することとした。 ※「障害者が担当する職務を創出する」ことを目的とする全ての支援の総称。職場に存在する定型的な反復作業を切り出し、1人分の作業として再構成する従来型のモデルを「切り出し・再構成モデル」、職業リハビリテーションや能力の向上を考慮して一定の時間をかけ、次第に職務内容や責任の幅を広げることで、十分に能力を発揮することを重視したモデルを「積み上げモデル」という。その他、本人の能力や経験を生かせる専門性の高い職務を目指す「特化モデル」がある。 p.97 3) 研修の実施 事業主と相談した結果、研修については3部構成とした。1部:a本店長による「a本店における障害者雇用の取組について」の講義(10分) 2部:当研究部門による講義(45分) 3部:関係会社(特例子会社)担当者による「特例子会社として行うことができる支援について」の講義(5分) 講義についてはオンラインで実施した。 (4) アンケート調査 研修の効果を把握するため、研修終了時に、研修受講者58名に対し、当研究部門による講義についてのアンケート調査を行った(回答者数38名、回収率65.5%)。 その結果、研修の満足度については60.5%が「大変満足」、39.5%が「やや満足」、障害者雇用に関する理解促進における研修の貢献度については60.5%が「とても役立った」、36.8%が「役立った」との回答が得られた。研修で役立ったと思われる研修の内容について複数選択してもらったところ、「障害者雇用制度の理解」の項目が最も多く(81.6%)、次いで「支援機関の理解」(63.2%)、「支援制度の理解」(57.9%)、「受け入れ態勢の整え方(労働条件、教育訓練体制等)」(52.6%)が多かった。   研修受講による、障害者雇用に対する意欲の変化については、55.3%が「あった」と回答し、57.9%が障害者雇用に向けた具体的な行動の検討があった(「はい」)と回答した。 意欲に変化があった群とそれ以外の群に分け、研修で役立った内容として挙げられた項目の回答結果を図1に示す。その結果、「担当職務の創出方法の考え方」以外の項目において、意欲に変化があった群の選択割合が高く、特に「支援機関の理解」「障害に対する理解」においてその傾向が強く見られた。 図1 意欲の変化の有無別にみた研修で役立った項目 具体的な行動の検討有群と検討無群に分け、研修で役立った内容として挙げられた項目の回答結果を図2に示す。その結果、「障害に対する理解」及び「支援機関の理解」以外は、検討無群の選択割合が高い傾向にあり、特に「受け入れ態勢の整え方」「担当職務の創出方法の考え方」についてその傾向が強く見られた。 図2 具体的な行動の有無別にみた研修で役立った項目 (5) 経過確認 研修終了後、希望のあった2事業所にて、障害者の雇い入れに関する相談を実施した。その結果、両者とも障害者の担当職務の創出に苦慮したが、研修で提案された短時間から始める障害者雇用であれば可能ではないかと判断したとのことであった。現在、2事業所ともに、地域障害者職業センターの事業主支援を活用しながら、障害者雇用に向けた取組を進めている。 4 考察 アンケート結果においては、障害者雇用に対する意欲に変化のあった群がそれ以外の群に比して、研修で役立ったと思われる研修内容について多くの項目を選択していた。特に「支援機関の理解」及び「障害に対する理解」において選択割合が高い傾向が見られた。また、障害者雇用に向けた具体的な行動の検討の有無別に見たときも、「障害に対する理解」「支援機関の理解」の項目のみ、検討有群において多く選択されていた。以上のことから、障害者雇用についての研修を通じた情報提供の中でも、特に障害に対する理解を深めること、支援機関から得られるサポートについての理解を深めることは、障害者雇用に際して企業が抱く不安の解消につながり、障害者雇用への意欲を高め、具体的な行動を検討する上で有効であると考えられる。 今後、自由記述をもとにした質的な検討を踏まえ、さらなる考察を行っていくことを予定している。 【引用・参考文献】 1) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用開発推進部 『はじめからわかる障害者雇用~事業主のためのQ&A 集』,2010 2) 障害者職業総合センター『精神障害者及び発達障害者の雇用における職務創出支援に関する研究』,「調査研究報告書 No.133」,2017 p.98 除外率制度の対象業種における障害者雇用の実態-事業所に対する質問紙調査結果より- ○古田 詩織(障害者職業総合センター 主任研究員) 内藤 眞紀子・春名 由一郎・伊藤 丈人・木下 裕美子・佐藤 涼矢・中山 奈緒子(障害者職業総合センター) 小澤 真・杉田 史子(元障害者職業総合センター) 1 背景と目的 障害者雇用率制度における除外率制度は、2002年の障害者雇用促進法改正で廃止されたものの、個別企業への影響に鑑み当分の間は維持され、2004年と2010年に引き下げられた後は、率設定が維持されている。 しかし、雇用が困難とされてきた業種でも障害者雇用に対する先進的な取組は見られ、いずれの業界でも近年障害者雇用の進展がみられる。また「障害者と共に働くことが当たり前の社会」という理念にもそぐわない。 そこで、障害者職業総合センターでは2019年度から2020年度にかけて「除外率制度の対象業種における障害者雇用に関する実態調査」を実施し、除外率設定業種における障害者雇用の実態についての調査や諸外国の対応に係る情報収集を行い、除外率設定業種における障害者雇用の現状・課題・実際の取組事例を把握し、除外率廃止に向けて考えられる対策について整理した1)。 本稿では、上記調査のうち事業所に対する質問紙調査の結果について報告する。 2 方法 (1) 対象 2018年障害者雇用状況報告において除外率が適用される企業の事業所から25,700事業所を抽出し、企業の人事・労務管理担当者に回答を求めた。 (2) 実施期間と実施方法 2020年2月~3月に調査票による郵送調査を実施した。 (3) 調査内容 ・主な事業、事業形態(事業形態が特例子会社の場合、特例子会社における障害者雇用においての課題) ・2019年6月1日現在の障害者が就業することが困難であると認められる職種(以下「対象職種2)」という。)の業務を行っている常用雇用労働者数及び障害者数の内訳、過去20年程度の間での変化 ・対象職種における雇用管理改善の実施状況、実施しやすさ及び効果 ・対象職種の業務に関連する技術革新の世間一般の進展状況、調査対象事業所への導入状況、実施しやすさ及び効果 ・現在、障害者が就いていない業務に障害者を配置するとしたら、どのような支障があるか、就けるために何が必要だと思うか ・対象職種の業務に障害者が従事するに当たっての障害者雇用関係の助成金の利用状況 ・障害者が業務に従事する場合に健常者が作業する場合とくらべて課題となること(自由記述) ・除外率の廃止・縮小に資する取組等についてのアイディア・意見等(自由記述) 3 結果 (1) 回収状況 7,341事業所(回収率28.6%)であった。 (2) 結果の概要 ア 対象職種における障害者雇用の状況 回答事業所の約25%である1,870事業所から対象職種の業務に従事する障害者数の回答があり、障害種別では一部職種を除き、身体障害者が8割以上を占めた。過去20年程度の間での障害者数の変化は、全ての職種で「増加」又は「横ばい」と回答した割合が最も高かった。 イ 対象職種における雇用管理改善、対象職種の業務に関する技術革新 対象職種における雇用管理改善は「実施無」が約6割を占め、項目別では「障害者本人の安全を確保できるような工夫・改善」(26.3%)の実施率が最も高かった(図1)。   図1 対象職種における雇用管理改善の実施状況(対象職種障害者雇用事業所1,870事業所に係るもの) 対象職種別では「児童福祉施設において児童の介護、教 p.99 護又は養育を職務とする者(以下「児童福祉施設」という。)と「警備業務に従事する者(以下「警備業務」という。)」における実施率が全項目で全体平均を上回った。 また、対象職種の業務に関連する技術革新について、世間一般の進展状況は「ない」が約4割強、「導入無」が全体の約6割弱を占めた。項目別では「少ない身体的動作で業務ができるようなツール・設備等」と「障害者本人の安全を確保できるようなツール・設備等」(ともに9.1%)の導入率が最も高かった(図2)。技術革新の内容は、特殊な装置やシステムのほか、タブレットやカーナビ、オートマチック車など日常生活で普及しているものも多かった。 図2 対象職種の業務に関連する技術革新の導入状況(対象職種障害者雇用事業所1,870事業所に係るもの) ウ 障害者が就いていない業務への障害者の配置 現在、障害者が就いていない業務に障害者を配置するとしたら、どのような支障があるかについては、「業務遂行を手助けする援助者、介助者が必要になる」(63.1%)の選択率が、現在、障害者が就いていない業務に障害者を就けるために何が必要だと思うかについては、「同僚、上司等、ともに働く人の理解」(60.6%)の選択率が最も高かった。 エ 障害者が業務に従事する場合、健常者が作業する場合とくらべて課題となること(自由記述) 多いものから「コミュニケーションが上手くできない」「業務遂行が困難である」「対策を行っても効果が得られない」「業務遂行における効率性に課題がある」「安全確保ができない」「社内の同僚・上司の理解が得られない」「法律・制度上の制約がある」「顧客・取引先の理解が得にくい」「その他」の9つに分類された。 オ 除外率の廃止・縮小に資する取組等についてのアイディア・意見等(自由記述) 1,307事業所から自由記述の回答を得、うち約65%が除外率の廃止・縮小に否定的な意見を表明するものであり、具体的なアイディア・意見等としては、大きく①業種以外の観点による除外率の設定、②法定雇用率の算定方法等の見直し及び③障害者雇用を行う事業主に対する支援の3つに分類された。 4 まとめ 過去20年程度の間での対象職種における障害者雇用の進展の結果、約25%の除外率適用事業所で障害者が雇用されていると考えられた。対象職種の業務に従事する障害者は一部職種を除き身体障害者が8割以上を占め、知的及び精神障害者はあまり増えていない。障害者が就いていない業務に障害者を配置する場合、「人的支援」と「本人・周囲の安全確保」の2点が支障となっており、対象職種の業務に就くために免許・資格等が必要となることや、警備業法などの制度の存在が対象職種における障害者雇用に当たっての課題となっていることが考えられた。 対象職種における雇用管理改善は、「実施無」が約6割を占めたが、対象職種「児童福祉施設」と「警備業務」では様々な観点から雇用管理改善に取り組んでいた。雇用管理改善は低予算・低コストで実施できるものもあるため、企業に対し、具体的な雇用管理改善の取組事例を情報提供することが有意義だと考えられた。 対象職種の業務に関連する技術革新は、いずれの対象職種でも約4割強が世間一般の進展状況を「ない」と考え、導入も1割弱程度に止まった。企業が技術革新を障害者に特化するのでなく労働者全体に対して活用し、技術革新と障害者雇用をダイレクトに結びつけていない可能性がある。技術革新の進展を障害者雇用に活かすため、企業に技術革新を障害者雇用にどのように結び付け、どのような効果が得られるか等を具体的に示すことが必要だと考えられた。 質問紙調査の自由記述で約65%の事業所が除外率廃止・縮小に対して否定的な意見を表明するものであったことを踏まえ、企業に対し除外率廃止・縮小の必要性に係る説明を十分に行い理解を得ること、また除外率未設定業種も含め業種間で不公平感が残らない対応が必要だと考えられた。 除外率廃止・縮小に資する取組等についてのアイディア・意見等は、大きく3の(2)のオの①~③に分類された。①は法律上、除外率制度が廃止されている中、職種や企業規模、障害種別等の他の観点からの除外率設定は困難だと思料される。②は今後さらなる調査が進められ、検討や議論の進展が期待される。③は対象職種における障害者雇用の実態等を踏まえた助成金等の支給要件の見直し等の必要性の検討や、除外率設定業種や対象職種における障害者雇用事例提供ツールの充実等も有効だと考えられた。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター『除外率制度の対象業種における障害者雇用に関する実態調査』,「調査研究報告書No.158」,(2021) 2) 現在、民間事業主は業種での除外率設定だが、本調査では堀秀夫「身体障害者雇用促進法解説」(1961)を参照し、1960年の身体障害者雇用促進法制定当時の「除外労働者」の定義等をもとに、対象職種を16に分けて調査を行った。 p.100 除外率制度の対象業種における障害者雇用事例の紹介-配慮と工夫に注目して- ○伊藤 丈人(障害者職業総合センター 研究員) 内藤 眞紀子・春名 由一郎・古田 詩織・木下 裕美子・佐藤 涼矢・中山 奈緒子・馬医 茂子(障害者職業総合センター) 小澤 真・杉田 史子(元障害者職業総合センター) 1 背景と目的 障害者雇用促進法では、雇用する労働者数を計算する際に、障害者の就業が一般的に困難であると認められる業種(以下「設定業種」という。)について、除外率に相当する労働者数を控除する制度が設けられてきた。除外率制度の廃止が決定されて以降、段階的に率の引き下げが行われてきたが、2010年に2度目の引き下げが行われた後、除外率は10年以上変更されない状態が続いている(厚生労働省1))。しかしながら、設定業種においても障害者の雇用実績は重ねられており、各業種において経験が蓄積されていると考えられる。 また、設定業種における障害者の雇用事例は、多数の先行文献2)3)で紹介されている。しかし、これらが編纂されてから15年以上が経過し、その間に障害者雇用を巡る制度変更や、技術革新等の環境変化があったことから、改めて事例を収集し、現状を把握すべきと考えた。 そこで障害者職業総合センターでは、2020年7月から10月にかけて、設定業種で障害者を雇用する8企業に対して、障害者雇用の実態に関するヒアリング調査を行った4)。本報告では、この調査の結果の概要を示す。 2 方法 ヒアリング対象企業の選択は、以下の手順で行った。障害者職業総合センターでは除外率制度に関わる研究として、事業所質問紙調査、海外文献調査、そしてここで取り上げる企業ヒアリング調査を実施した。事業所質問紙調査で回答を得た企業の中で、ヒアリング調査への協力を「是」としたものの中から、できるだけ業種等にばらつきを持たせるように心がけ、対象企業を確定した。 紹介する8事例の業種をまとめると、医療業、児童福祉事業、道路旅客運送業、道路貨物運送業、建設業、警備業であった(医療業と警備業は各2事例)。 ヒアリングは、訪問または電話により、当該企業の人事管理担当者に行い、障害者雇用の状況、障害者に対し行っている配慮、障害者雇用を進める上で感じている課題等について質問した。 3 結果 ヒアリングの結果、各企業において障害者に対して多様な配慮がなされており、それらが障害者の就業を後押ししていることが分かった。ここでは、各企業の取組を、障害者の就業が一般的に困難であると認められる職種(以下「対象職種」という。)に関するものと、他の職種に関するものに分けて考える。両者を分けて考えるのは、除外率制度の根拠が、対象職種に障害者が従事することの困難性にあり、対象職種での取組は本報告において特に注目すべきと考えるためである。例えば医療業においては、医師や看護師などが対象職種であり、事務員や清掃スタッフなどが他の職種ということになる。 (1) 対象職種での取組 ア 採用段階 対象職種としての就職は、特定の免許や技能があることを前提としていることが多い。基本的に一般求人しか存在せず、障害者もそれに応募してくることになる。ヒアリング対象の人事担当者からは、採用時の課題として、障害についての情報が本人から提示されない場合があるとの指摘があった。道路貨物運送業のE社では、下肢障害のあるトレーラーの運転手を雇用しているが、当初は障害について事業主は把握していなかった。医療業のB法人では、過去に採用した看護師の中に、見えづらさや聞こえづらさを抱える人もいたが、面接段階でそのことが示されないこともあった。適切な配慮を行うためには障害の把握が第一歩となるため、それをいかに行うかが企業側の課題となっている。 また障害について開示された場合の対応として、障害者本人が必要とされる技能を有していると、事業主が確信を持つことも重要である。例えばC保育園では、精神障害のある保育士を雇用した際、保育の実技試験を行い、保育技能が十分にあると判断した上で、半年の試用期間を設定し、問題がないことを確認した上で正規採用とした。 イ 配属・業務分担 対象職種に障害者が従事することになると、実際の配属先や担当業務の決定がなされることになる。医療業のA病院やB法人では、障害のある看護師は夜勤や病棟勤務を避け、外来や健診センターで勤務している。こうした職場で p.101 は病棟と異なり、容体の急変等の一刻を争う対応が少ない、というのもその理由の1つである。C保育園の下肢障害のある保育士は、2歳児クラスを担当している。それは、3歳児以上のクラスは園児たちの速い動きについていくのが負担であり、1歳児以下のクラスでは園児を抱きかかえることが多く足腰の負荷となるため、相対的に2歳児クラスが勤務しやすいことが理由である。このように、体力面の負担等を考慮し、本人のペースで進めやすい業務が選ばれている傾向がみられた。 ウ 技術革新 企業が導入する対象職種の業務に関連する技術革新は、必ずしも障害者の労働環境改善を目的とするものではないが、作業員や周囲の人の安全、利便性に資するものであり、それらは結果として障害者の働きやすさに繋がっている。 警備業のG社では、モニターやセンサーを活用した遠隔・駆けつけ警備(機械警備)のシステムを採用したことにより、顧客開拓が進んだだけでなく、障害のある警備員が負担なく勤務できるようになった。建設業のF社では、建設現場に遠隔監視カメラを設置することで巡回のための労力が軽減され、重機用緊急停止システムの導入は作業員の安全確保に寄与している。F社によると、こうした変化は、身体障害者の労務環境改善にもなっている。 エ 人的サポート 上司や同僚、顧客等の理解やサポートを得、サポートを受けながら活躍する障害者の様子も聞き取ることができた。 A病院の聴覚障害のある看護師は、来院者や患者に接する際には、自身が聴覚障害者であることを伝え、大きな声で話したり、口元を見せてもらえるよう協力をお願いしている。道路旅客運送業のD社の聴覚障害のあるタクシードライバーも、乗客とのコミュニケーションにおいて、発言を聞き返すことへの理解を求めている。 同僚によるサポートについては、小さなものも含めれば、ほとんどの事例で言及されていた。警備業のG社では、障害のある警備員は必ず先輩警備員とペアで業務を行い、先輩警備員は適切に休憩を取るよう促すなどの声掛けを行っている。これらのサポートは、通常の業務の中で意識するしないにかかわらず行われているものである。 (2) 対象職種以外の職種での取組 対象職種以外の職種においても、適切な配置や職務創出によって、障害者の就業機会の確保が進められている。例えば、警備業のH社では、パーキングメーター等管理業務の担当者として障害者を多く配置している。この業務は、担当エリアのパーキングメーターを回り、集金やレシート紙の補充、点検などを行うもので、安定した勤務時間で、それぞれのペースで業務を行うことができる。医療業のB法人は、病棟患者の食事を一括して調理するセントラルキッチンを有している。ここでは、30名以上の知的障害者等が、それぞれ調理チームの一員として勤務している。 ヒアリング結果からは、対象職種以外の職種での障害者雇用も確実に進んでおり、特に大規模な企業において、定着しつつあるように思われる。 4 まとめと今後の課題 企業へのヒアリング調査を通じて、設定業種における障害者雇用の一端を明らかにすることができた。対象職種については、採用や配置の際に行われている配慮や課題、技術革新の影響や人的サポートについて示すことができた。対象職種以外の職種についても、配置や職務創出により、障害者の活躍の場が確保されていることを確認できた。 一方でヒアリングにおいては、障害者雇用を進める上での課題についても、意見を聴取した。対象職種について、「安全面を考えると障害者雇用は難しい」、「免許、資格を持っている障害者が少ない」というものがあった。他方、対象職種以外の職種については、「本業(対象職種)のウエイトが高いため、他部門で障害者を雇用しようとしても、(雇用率達成は)難しい状況にある」というように、職務創出の困難さを指摘する声が多かった。 課題がある中で、設定業種での障害者雇用の促進を促していくためには、本報告で紹介したような対象職種と対象職種以外の双方における多様な取組を各企業に共有していくことも、有用であると考えられる。なお今回のヒアリング調査の結果を、事例集としてコンパクトにまとめているので、ご活用いただければ幸いである5)。 【参考文献】 1) 厚生労働省「除外率制度について」,https://www.mhlw.go. jp/content/000581097.pdf(2021年6月30日確認) ※当該資料は2021年2月以前の作成であるため、法定雇用率が現在と異なることに注意。 2) 日本障害者雇用促進協会『除外率設定業種における障害者の 雇用促進』,「障害者雇用マニュアル91」,(2001) 3)独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構『除外率設定業種における障害者の雇用促進-その2』,「障害者雇用マニュアル93」,(2004) 4) 障害者職業総合センター『除外率制度の対象業種における障害者雇用に関する実態調査』,「調査研究報告書No.158」,(2021),pp.63-84 5) 障害者職業総合センター『除外率設定業種における障害者雇用事例集―職場での工夫と配慮―』,「マニュアルNo.72」,(2021) p.102 脳性麻痺者の職業リハビリテーション~全人的視点による取り組みから~ ○北澤 和美 (相模原市社会福祉事業団 基幹相談支援センター 公認心理師) ○中川 亜矢子(相模原市社会福祉事業団 障害者支援センター相談支援事業所 精神保健福祉士) 1 はじめに 『サービス等利用計画』(以下「計画」という。)を立案する際、障害福祉サービス利用はどのようにあるべきなのだろうか。相談支援専門員は、本人の意思決定、権利擁護様々な視点で介入を試みる。しかし、脳性麻痺者はじめ、身体機能の低下に直面する障害者は、変化する身体状況を受容することが難しく、精神疾患併発の割合が高いため、良好な援助関係を築くことは困難なことが多い。筆者らに引き継がれた本事例も例外ではない。それまで本人の強い主張に振り回された結果、作成された計画は、障害福祉が目指すべき自立支援にほど遠く、むしろそれを「阻んでしまっているのではないか」と思うに至った。本人が何故これ程までに、従来の計画を要望するのか、ライフストーリーからその意味を探り、真のニーズを見出すための共に歩むリカバリー支援の取り組みを報告する。 2 事業所の概要、筆者の属性 障害者自立支援事業として、当市の相談支援の中心的役割を担い、総合的・専門的な相談支援を行うこと等を目的に、基幹相談支援センターを運営、また障害福祉に関する相談、福祉サービスの利用に必要な「サービス等利用計画」の作成、福祉サービス事業者との連絡調整などを主な業務とする、障害者支援センター相談支援事業所を併設している。筆者らは、基幹相談支援センターと障害者支援センター相談支援事業所に所属する相談支援専門員であり、本事例は協働支援による取り組みである。 3 事例紹介 50代男性、単身、脳性麻痺、鬱病。小、中、高校は普通級に所属していた。当時は障害児の個別支援は無に等しく、常に健常児と同等の努力を強いられた。高校卒業後は一般就労した。「この経験は、本人にとってかけがえのないものであり、大きなプライドであったと思う」と親族は述懐している。音楽が好きで、旅行にもしばしば出かけるなど行動派であった。数年後には結婚もした。優しい妻と出会い、幸せな生活を送っていたが、妻とは早く死別した。親族から「一緒に住もう」と言われたが、自立心の高い本人は、アパートで単身生活を望んだ。当時は、週に3日程度のヘルパー利用であった。それで充分自立した生活を送ってこられた。しかし数年前に鬱病を罹患したことでIADLが低下、重度訪問介護利用を開始した。これにより見守り支援中心で、ほぼ24時間支援を受けるようになる。この頃から、気に入らないヘルパーへの暴言や、過剰なサービス支給を支援者へ要求するようになった。暴言に苦しみ疲弊したヘルパーは次々に離れていき、ヘルパーの定着が大きな課題になった。一方加齢に伴う身体機能の低下により、ADLも低下、ヘルパーへの依存心は日に日に強まるものの、ヘルパーが定着しないことに不安を抱き、常に苛々しているという悪循環が日常化していた(図1)。 図1 CBTによる行動変容イメージ(変化前) 4 経過 (1)入院 今春、体調不良により緊急入院。入院中に筆者らへ担当変更となった。コロナウィルス感染防止から本人とは面会不可状態での支援開始であったが、介入のため情報共有・収集は急を要した。そこで急遽、病院と地域支援者による共有会議を開催した。主治医は、「精神症状の悪化と廃用性症候群による身体機能の低下はみられるが、それを踏まえても24時間の支援は不要で、リハビリを重ねれば、元のADLに近づいていくことは可能である。」という見解を示した。これを契機に、これまでの福祉サービスありきの依存的なプランから、医療と福祉が連携する身体機能回復優先のリハビリテーション重視の計画を立案した。目標を“身体機能を回復させることにより、福祉サービスに依存せず日常生活が送れるようになる”とした結果、従来に比べ大幅に福祉サービス支給量が減ることになったのである。 (2)退院・チーム支援開始 退院後、ヘルパーから「本人が大声で叫んでいる」とい p.103 う連絡が頻繁に入るようになった。訪問すると、本人はベッドに横たわりながら、拒否的な態度を露わにし、大声で「死にたい!」「こんな雁字搦めの生活なんて嫌だ!」と叫んでいた。傍らには、その怒りを過剰に受け止め、なだめ続けるヘルパーの姿があった。幼少期から幾つもの困難を乗り越え、自尊心高く生活してきたはずの本人像が確かにあったはずである。しかし目の前にいる本人にはその面影はない。本人は一体、何を訴えようとしているのか。単にサービス支給量を増やせば解決するということなのか。筆者らは検討を重ね、「この怒りは本人自身にもその理由が分からない、これによるフラストレーションなのではないか」と推測した。そして後日、それが確信となった場面に直面した。その日もいつもと変わらず、怒りという感情にまかせ、以前と同じヘルパーによる24時間支援を希望する本人に、筆者らは「もし24時間支援が受けられたら、死にたい気持ちはなくなるのか?」と質問した。すると、本人は「なくなりゃしないよ!」と怒鳴り即答したのだ。これはつまり福祉サービスをどれだけ充当しても、本人の真のニーズには届かないのだという証であると判断した。 図2 CBTによる行動変容イメージ(変化後) (3)再アセスメント これが契機となり支援の再検討を行った。支援者が、障害のみに焦点を当て、本人のネガティブな感情に過剰に寄り添い続けていることが、結果として本人をリカバリーの出発点から遠ざけてしまっているのではないか。重要なのは、障害があっても就労し社会人として力強く歩んできた人生を理解し尊重することであり、そのうえで、本人のドミナントストーリーをオルタナティブストーリーへと置き換えていく支援が必要なのではないかと考察した。そして、本人が生活に希望を抱き、ライフステージに合った人生と再び向き合えるように、それをどう支えていくかが、本事例の支援の根幹であると再アセスメントしたのである。 (4)新たな支援の開始 アセスメント結果を踏まえ、再度、支援者会議を開催し、「本人に人生を再構築してもらう」ことを、医療と福祉との共通目標とした。これまで“本人から指示を受けるだけ”のヘルパー支援であったが、今後は“作業療法士中心のリハビリテーションチームにヘルパーも含め、皆が専門職であるというプライドを持ち、一致団結して支援する”ことを確認した。また、この連携支援には、身体機能回復によりネガティブ思考ルーティンを、ポジティブ思考ルーティンへと変化させるという大きなねらいがあったのだ(図2)。 5 結果 未だ本人は筆者らが作成した“リカバリープラン”を受け入れるまでには至っておらず、ラポール形成の途中である。ただ少しずつではあるが、自分でできることに挑戦する姿が見られるようになった。周囲の支援者が自立に向けた関わり方を意図的に行うことで促された効果が表れた。 6 考察 本人の発する「死にたい」という言葉は『生きたい』という希望、「雁字搦め」という表現は『自由になりたい』という心の叫びであると捉えることはできないだろうか。本人は何に向かう支援を望むのか。試行錯誤の中で、本人が社会人として就労していた過去に焦点化した。社会人として自立、就労していた過去、ここに本人の望む支援があるのではないかと仮説を立てたことで、身体的機能のリカバリー、心理社会的なリカバリーを相互に組み合わせた支援が、本人にとっての“職業リハビリテーション”であると意味づけることができた。八重田1)はジョージライト教授の言葉を引用し、『職業リハビリテーションは、本来、総合的なリハビリテーションだ』と説明している。そしてまた、本事例は、リハビリテーションの真意である『全人的復権』に向けた権利擁護への取り組みであるとも考える。 7 今後について 本人が障害児として教育を受けてきた時代背景は、障害児に対する教育環境や社会の認識などは、現代とは大きく相違すると思われる。筆者らは本人のこれまで培ってきた価値観を尊重し、今後も本人とともに歩んでいきたい。 【引用文献】 1) 八重田淳『諸外国の状況(特集 リハビリテーションにおける人材育成)』,「職業リハビリテーションvol 23」,(2009)p.42 【参考文献】 地域・司法精神医学研究部:リカバリー(Recovery)第3改訂版.国立精神・神経医療研究センター,小平,2018 p.104 就労継続支援A型事業に貧困対策と障害者雇用を取り入れた実践報告 労働統合型社会的企業の可能性について ○堀田 正基(特定非営利活動法人 社会的就労支援センター 京都フラワー 理事長) 1 はじめに 今日のあらゆる福祉国家において、社会的に不利な立場の人々の労働市場への統合問題は、重大な関心事となっている。労働市場から排除されがちな人々に対して労働市場への統合(Work Integration)を目指してトレーニング、就労支援、直接雇用、社会的参加支援を行う諸組織を「労働統合型社会的企業」(Work Integration Social Enterprise.以下「WISE」という。)と称されている。社会的企業には様々なタイプが存在するが、WISEは幅広くEU全域で見られる形態である。2001年から2004年にかけてEU内の社会的企業研究者ネットワーク(L’Emergence des Enterprises Sociales en Europe; EMES)によって、EU内11ヶ国で150の労働統合社会的企業を対象に調査(PERSE リサーチプロジェクト)が行われたことでその実態が明らかとなった。EU諸国やイギリスでは、80年代の「福祉国家の危機」以降、「福祉から雇用へ」の政策的方向付けがなされた。そうした状況下で、排除されがちな人びとの就労支援を行う主体として存在感を増してきたのがWISEである。 2 WISE理論を就労継続支援A型事業所に 就労継続支援A型事業所(以下「A型事業所」という。)に、企業の運営システムと仕事を取り込み、地域の現業職に携わっていた高齢者、長期失業者、シングルマザー等が障害者と共に働くことにより、A型事業所は、 WISE変容することが可能であると推測した。 欧州のWISE、特にイタリアの就労支援に関わるB型社会的協同組合について文献研究を進め、研究の過程で、WISEが置かれている労働市場である「架橋的労働市場」の在り方を丁寧に調べていると、A型事業所も「架橋的労働市場」に位置づけることは可能で、実際に、WISEと共通する支援対象者を受け入れている現実があった。その根拠として、米澤(2011a)は、WISEの支援対象となるのは若年者、女性、高齢者、長期失業者、障害者、刑余者などがあげられることが多いと述べている。 3 WISEの市場 「労働統合型社会的企業の可能性-障害者就労における社会的包摂へのアプローチ-(2011年初刊)」のなかで、米澤(2011b)は、シュミッドは架橋的労働市場におけるサードセクターの役割を強調しているがWISEも、この架橋的労働市場での活動が求められている組織形態の一つであると述べている。 石田(2009)は、福祉国家の「黄金時代」においては、完全雇用を実現しながら同時に格差の縮小をはかることができたのに対して、今日では完全雇用を目指して雇用を増やそうとすれば格差の拡大を容認せざるをえずと述べており、この米澤、石田の文脈から、個人のライフサイクルの中で「完全雇用」を全うするにしても、国や経済団体が雇用の拡大路線を選択し「完全雇用」を推進するにしても、それを後押しする補完的なものの必要性が示唆されていると考えるのである。終身雇用の途中下車は退職に直結するものである。例えば、仕事の技量を向上させるために教育の場に戻っても、帰るべき職場がなければ、向上した技術は発揮できない。このような、状況を量産しないためにも、さまざまなライフイベントに対応し、誰もが安心して休暇を取得でき、雇用が確保される制度は、今後、日本の社会にも必要とされるだろう。終身雇用への復帰のために健常者のためのWISEが必要となる。転用できる事業制度、事業体の1つがA型事業所であると考えた。 4 就労継続支援A型事業所を「架橋的労働市場」に 障害者支援政策や若年支援政策、ホームレス支援政策のいずれでも就労支援が強化され、福祉と労働のあり方が見直されつつある。そして、日本でもWISEの活動の意義は高まることが予想される。また、「架橋的労働市場」も付随して注目されるだろう。しかし、EUの積極的労働政策が日本ではそのまま適用することができないという側面があることは忘れてはならない。例えば、フレキシキュリティ・システムの場合は、日本のように、解雇規制が厳しい低福祉国家で、退職後の職業訓練も脆弱であり、景気後退の影響を受けて企業の倒産と失業者が急増した場合、それまで正常に働いていたセキュリティの部分が弱くなる。ある程度の雇用の安定と生涯学習に関する制度を兼備しない日本に、直接持ち込むことが難しい。このように、EUから他国へ簡単に労働政策を持ち込めるものではない。岩田(2008)は、「外来語」は、それぞれが示す理念と実態としての「何か」とともに移入されてくると述べており、経路依存性の意味合いが理解できるだろう。 EUの場合、家庭の事情、学業再開等で退職後、再度、中央の労働市場(就職・雇用)に参入するためのフレキシキュリティ・システムの大枠は説明しやすい。ここでは、 p.105 架橋労働市場を4つの領域で示したシュミッドのモデルで説明することとする。Figure:1のシュミッドの架橋的労働市場モデルでは、Ⅰが労働市場。Ⅱが、労働市場と長期的失業者・障害者をとりもつ移行調整機関。Ⅲが、労働市場と教育をとりもつ移行調整機関。Ⅳが労働市場と家族をと Figure:1 シュミッドの架橋的労働市場モデル 以上の移行調整機関が、架橋的労働市場にあたるもので、WISEや訓練機関として機能する。すぐに再就職をしなくても十分な訓練を受け、個々人に合った最良の雇用を獲得することが目的であるためである。もちろん訓練で働いた分は給与として支給される。 EUでは、フレキシキュリティ・システムが機能し、手厚い失業手当て、充実した職業訓練などにより、雇用者、被雇用者のどちらにもメリットがあるようになっている。退職も容易だが、再就職も容易であるといえるだろう。 日本では、完全にEUの方法論が、ほぼ当てはまらないにしても、部分的に適用可能な領域は存在するだろう。「架橋的労働市場」の対象者は、米澤が提唱した対象者よりも複雑である。より、複雑で混迷を極める数多の人達が存在し、その人達は丁寧に分類されるべきである。その人達を受け入れる事業体も必要である。「架橋的労働市場」は、労働市場から排除された人々を包摂する場所であることに変わりはない。 5 WISEとしての京都フラワー 特定非営利活動法人 社会的就労支援センター 京都フラワー(以下「京都フラワー」という。)は、イタリアの労働統合型社会的企業、B型社会的協同組合を研究し、平成27年3月に設立した法人である。 B型社会的協同組合は、正に架橋的労働市場で様々な事情で社会的排除を受けた、健常者、障害のある方が共に働く事業体である。京都フラワーは、イタリアのB型社会的協同組合の実際の運営、構成員等を障害者総合支援法、労働基準法に照らし合わせ運営準備を始め、就労継続支援A型事業のフレームを活用し、就職まで達しない健常者を職業指導員に養成し、就職までに至らなかった障害のある方を指導する方法で運営を行っている。仕事はもちろん、B型社会的協同組合同様に、企業連携である。そして、施設外就労制度を利用し、地元の優良企業内で利用者が働き、社会的排除を受けていた職業指導員が障害のある利用者の職業支援を行っている。 給与支払いも、WISEの原則に則り互酬制を採用。政府による再分配(給付金、助成金)、市場での交換(利用者の施設外就労での事業収入)を法人の定める原則等(就業規則、給与規定、各種法令等)によって分配(給与支払い)を行っている。 EUの社会保障は手厚い。企業頼みの社会保障政策を実施してきた日本は、終身雇用制度を維持することが困難で最大の福祉である「雇用と社会保障」が崩壊し始めている。京都フラワーの理念は、「すべての人達に働く場と雇用と社会保障を」である。雇用だけではなく、社会保障も充実させているのが、京都フラワーが展開するWISEの特徴である。正職員、パート職員、利用者には、それぞれの、状況に応じて何らかの社会保障を提供している。その内容は、フォーマル、インフォーマルと多岐にわたっているが。今後も京都フラワーは貧困対策と障害者雇用を続ける所存である。 【引用文献】 岩田正美(2008). 社会的排除 参加の欠如・不確かな帰属 有斐閣 pp.ⅰ.ⅰ. 石田徹(2009). 欧州雇用戦略とフレクシキュリティ:欧州社会モデルの現代化が意味すもの. 龍谷法学、41(4)、645-676、 03-1. 米澤旦(2011a). 労働統合型社会的企業の可能性‐障害者就労における社会的包摂へのアプローチ‐ ミネルヴァ書房 pp.37. 米澤旦(2011b). 労働統合型社会的企業の可能性‐障害者就労における社会的包摂へのアプローチ‐ ミネルヴァ書房 pp.37-38. p.106 視覚失認を呈した方への復職支援について ○豊田 志奈子(三重県身体障害者総合福祉センター 支援部 作業療法士) 橋本 年代・鈴木 真(三重県身体障害者総合福祉センター) 1 はじめに 左後頭葉障害では視覚失認、色彩失認(色彩失名辞)、純粋失読、記憶障害を併発しやすく、これらは就労において物事を正確に遂行するための障害になりやすい。今回、統合型視覚失認を呈した方が調剤薬局への復職に成功した経験を得たため、その経過について報告する。 2 事例紹介 男性 50代後半 調剤薬局の薬剤師(管理職) 家族構成:妻、子供2名の4人暮らし 病名:左後大脳動脈梗塞 障害名:統合型視覚失認、右半盲、色彩失認、純粋失読、記憶障害、健忘失語 合併症:糖尿病、発作性心房細動 現病歴:X年、ゴルフ中に右半盲と右下肢麻痺の出現により発症、経過観察後に右半盲が増悪し救急病院に受診、上記診断された。退院後、高次脳機能障害拠点病院で週3回の外来言語療法訓練を行ったが妻の勧めにより、回復期リハビリテーション病院へ入院し高次脳機能訓練を受けた。退院後はX年+6か月半~X+1年10か月まで就労訓練目的で三重県身体障害者総合福祉センター(以下「当センター」という。) に、週3回の通所となった。 ニーズ:X年+1年10か月後の定年退職までに復職し、その後も再雇用で働きたい。1人で通勤したい。 図1 MRI 3 社会的情報 薬学部卒業後に調剤薬局会社に就職し、キャリアアップのための2回の転職後、現在の調剤薬局会社に12年間勤めた。県内の複数の調剤薬局の人事管理、監査、投薬説明等を行っていた。また、精神保健福祉手帳3級取得済みであった。 4 職場状況 復職の可能性として挙げられた業務内容は、PCでの入力作業と薬剤のピッキングであった。薬剤は3,000種類以上、それに加えて容量の規格も多数になる。この中から処方箋通りの薬剤を正確かつ迅速に取り出す必要があった。通勤は電車に乗り、職場まで徒歩で行く必要があった。 5 評価(X年+7か月目) (1) 日常生活状況について 家でのADLは問題なく、当センターまでの通所は、駅までは妻の送迎、電車、バスへの乗り換えは1人でしていた。しかし、失読のため時刻表や行き先の確認に不安を感じていた。また屋外歩行の際は右半盲のため右側からの危険に気づくことができず、不安を感じることがあった。視覚失認、色彩失認、失読の影響で、携帯電話をはじめ電気製品の使用は自由に行えなかった。 温厚な性格で我慢強く努力家であり、薬剤名と効能、漢字について1日4時間以上の勉強を行っていた。 (2) 身体機能について Brunnstrom Recovery stage上下肢、手指共にⅥ、感覚障害も認められず、麻痺は軽度であった。 (3) 高次脳機能について 知能は問題ないが処理速度は著しく低下していた。記憶については全般的に中等度の低下が認められた。病前の業務の詳細や10年未満の社員の名前や顔は覚えておらず、逆行性健忘も認められた。注意機能検査では視覚認知低下由来の選択性、分配性注意の低下を認めた。言語障害については軽度の健忘失語が認められたがコミュニケーションでは問題はなかった。 表1 高次脳機能評価 (4) 基本的視知覚機能について 色彩失認では青と緑を混同し、近似色の認知が低下していた。シンボル認知では漢字、数字、漢字単語、カナ単語について読みが遅延していた。物体失認はこの時点で認められなかった。生活の中では右半盲については右から人や物が飛び出す感覚に不快感があった。買い物時に商品を見ても何か分からない、外食時はメニュー内容が分からず選べないとのことだった。 p.107 (5) 失読について ひらがな、カタカナは文字の角度を手がかりにし、漢字は偏と旁を組み合わせて、なぞり読みで時間をかけて読んだ。文章は逐次読みで時間をかけて読めるものもあったが次の行を読むと前文を忘れ、意味把握は困難であった。 (6) 作業評価(PC入力) PCによる10分間の入力文字数は82文字であり、スピードは遅いが正答率100%であった。 6 評価のまとめ ①失読と色彩失認により薬の種類や規格を混同しやすくピッキングが正確にできない。②薬剤の知識を失っており、効能別に並んでいる場合は探す事に時間がかかる。③通勤の際、時刻表の確認ができない。④右側への事故への不安の4点が懸念された。しかし情緒が安定しており、自分の状態を論理的に伝えられ、勉強を怠らず努力家で、会社からの信頼を得ていたこと、家族、本人も復職意欲が強いことが強みであった。以上を踏まえて当センターでは、 1.処方箋の薬剤名を読める 2.薬剤を数分で必要数をピッキングできる 3.通勤を安全に1人で行える 4.6時間勤務に耐える体力の向上 の4つを目標とした。 7 経過 (1) 高次脳機能障害へのアプローチ期 失読はなぞり読みで改善傾向にあったため作業療法では週に3回の頻度で小学1~2年の長文読解、色分け、シークワーズ等を行い、実用的な課題として薬剤名ラベルを探し、効能別に分類して表に貼る作業を行った。言語療法では、3~4語の記銘と書字、ストループ、かなひろい等を行った後、短文のニュースを読み、振り返りを行った。理学療法では通勤に必要な歩行能力の獲得のため2km以上の持続歩行や心肺機能の維持向上を目的に訓練を行った。 職業訓練ではシール折、ラベル入れなどの実務作業を行った。後半ではピッキング訓練を行い、6品目に40分かかったが諦めず取り組んでいた。情報訓練では失読のためにPC入力作業は困難と思われていたが、タッチタイピングが可能だったため短文入力訓練を行ったところスピードは遅いが、正確に行えた。創作訓練では、統合型視覚失認のために線や形体を捉えることに時間はかかるが、好きな絵を模写し焼き絵に熱心に取り組んだ。 (2) 就労準備の時期 X年+1年7か月後より本人から復職の意を示した。3か月後に定年退職を迎えるため、それまでは週5日の午前4時間の試し勤務をし、退職後に再雇用をお願いするとのことだった。高次脳機能障害支援コーディネーターは支援介入窓口として地域の障害者就業・生活支援センターに連絡した。定年退職日まで傷病手当を受給し、その後、退職後1か月半後までの準備期間を経て、調剤補助員の契約社員として再雇用され、扱う薬剤数が5~600種類と少ない整形外科病院の調剤薬局に配属されることになった。病前から慣れている薬は少し見れば判断がつくものも多く、ピッキング可能であった。また規格の違いにしるしをつけて間違えないように配慮された。これを受け、通勤路については外出訓練として練習を行った。その後、試し出勤が開始され、再雇用前に当センターは退所となった。 (3) 3年後の現在 現在の状況を電話で確認したところ、失読や色彩失認、記憶障害に変化はないが、障がい者雇用枠で週30時間、調剤補助員として就労を継続できていた。薬剤名を途中まで読むと勘でピッキングし、薬剤のイメージカラーが以前と異なるため、間違えることもある。規格については場所を決める、入れる棚を変える、ラベルに大きな印をつけ、注意している。薬棚は過誤被害をなくすため普通薬、麻薬、劇薬等に分かれているが、効能を記憶できないため探す棚を間違えやすい。しかし、機械での確認、他者の再チェックや最終的な監査により、事前にフォローされている。毎日休憩時間や早めに出勤し、2時間以上かけて効能を覚え直し1日記憶を保持する努力をしている。次の日にはすべて忘却してしまうため毎日これを続けている。分量の計算は100までは暗算が可能だが、それ以上の場合は電卓で行える。これらにより、頻繁に出る薬剤であれば10分程度でピッキングできている。PC入力業務については行っていなかった。また自分のミスに対し同僚は嫌な思いをしているだろうと想像するが、気にしないようにしていると言われていた。忙しい時は身を引くなどして、状況に応じ自身にできることを行っている様子であった。 8 考察 今回、復職と就労の継続ができたのは、視覚認知の残存機能と回復が見込まれ、失読への訓練に多職種による多様なプログラムを提供し、本人もその努力を続けたことで、一部でもカナ単語である薬剤名を読めるようになったことが関係した。ピッキングを含め作業全般的にスピードは遅いものの正確に行えたこと、効能についての記憶保持への努力も要因であると思われた。また、調剤業務は人為的ミスが発生しやすいため、工夫を常に考えている職場であることが視覚失認への配慮に役立っていた。 最後に、具体的な訓練や個人に合わせた環境設定を提案するためには、復職先から求められる業務内容を早期から確認できることが必要である。本人任せでなく、就労機関と職場との密な連絡を早期より行っていくことが今後の課題と考える。 p.108 「ジョブリハーサルの改良」について ○井上 恭子(障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー) 中村 聡美(障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センターでは、気分障害等で休職中の方を対象とした職場復帰支援プログラム「ジョブデザイン・サポートプログラム(以下「JDSP」という。)」の実施を通じ、職場復帰支援にかかる先駆的な職業リハビリテーション技法の開発に取り組んでいる。 平成29年度には、体験・実践的な支援技法である「ジョブリハーサル」を開発した。ジョブリハーサルとは、職場復帰支援プログラムの中で学んだ知識・スキルを実際の職場に近い環境で検証し、その実用性を高めようとする支援技法である。令和3年度は、JDSPや地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)における実践を通じた当該支援技法に対する課題や要望等を踏まえ、ジョブリハーサルの改良に取り組んでいる。 本稿では、ジョブリハーサルの概要を改めて紹介するとともに、改良のポイントや今後の方向性について報告する。 2 ジョブリハーサルの概要 ジョブリハーサルでは、精神的・身体的に負荷を感じる程度の質・量の作業課題(タスクワーク)を設定し、受講者は1つのチームの社員として協力し合いながら、設定された作業課題を遂行する。受講者は、模擬的職場という場面設定の中で、職場復帰支援で学んだ知識・スキルを実践し、その実用性を高めるとともに、実践を通じた気づきをもとに自分自身の復職後の働き方を検討する。 (1) 実施方法 ジョブリハーサルの流れは、図1のとおりである。 図1 ジョブリハーサルの流れ 【事前準備】 ・支援スタッフは、当日課す複数の作業課題(タスクワーク)を事前に準備する。 ・初めてジョブリハーサルに参加する前にはオリエンテーションを行い、ジョブリハーサルのねらいや実施方法、求められる能力について説明し、目的意識を持って参加できるように促す。 【ジョブリハーサルの実施】 ・受講者は課されたタスクワークを、決められた時間中に、上司、リーダーおよびメンバーからなるチームで遂行する。 ・タスクワーク終了後には、ワークシートや終了ミーティングにて目標への達成度等の振返りを行う。 【事後振返り】 ・個別面談による振返りを通じて、ジョブリハーサルから見えてくる体調管理やストレス対処、役割行動やチームワーク、時間管理や優先順位のつけ方などの課題について自己理解を深める(図2)。 図2 ジョブリハーサルによる体験と振返りのイメージ (2) 実施内容 取り組むタスクワークの内容は、OA作業や事務作業、実務作業といった各種作業課題を備えたワークサンプル幕張版(MSW)を中心に、さまざまな内容を創意工夫し、組み合わせて設定する。タスクワークの内容や組合せ、ボリュームは毎回異なり、負荷の程度は受講者の状況に応じて調整する。 3 改良のポイント (1) タスクワークの拡充 ジョブリハーサルにかかる従来の支援マニュアルでは、タスクワークの例を15種類提示した。今回の改良では、ジョブリハーサルの実践を通じた要望や事例を踏まえ、負荷の低いタスクワークから高いタスクワーク、1日で終わるタスクワークから数週間で遂行するタスクワーク、事務的タスクワークや実務的タスクワーク、ディスカッションや交渉・調整等のコミュニケーションが求められるタスクワーク、企画立案を行うタスクワークなど幅広いバリエーションのタスクワークを50種類程度提示する。 p.109 (2) チーム構成の設定方法の提示 従来の支援マニュアルでは、「リーダー」と「メンバー」といった役割の中でタスクワークを遂行する設定であったが、職位の階層に応じて求められる役割や負荷の内容が異なることから、今回の改良では、実際の職場の階層性をできるだけ反映させる形で、「部長」「課長」「主任」「一般社員」などの職位名を用いてチームを構成する実施方法を提示することとし、受講者の支援課題に応じて様々な気づきが得られるようにした(図3)。 図3 チーム構成イメージ (3) 様々な実施パターン例の提示 ジョブリハーサルは、様々なタスクワークの内容を創意工夫して組み合わせて実施するものである。今回の改良では、これまでの実践を踏まえ、簡単な実務作業のみを組み合わせたパターン、事務作業とチームによる企画立案課題を組み合わせたパターン、役職ごとの役割行動を求めるパターン、個人一人でノルマを遂行するパターン、数日~数週間でタスクワークを遂行するパターンなど、様々な実施パターン例を紹介する。 (4) 目標設定の手続きの明確化と業務遂行能力に関する振返り 従来の支援マニュアルでは、受講者の目標設定に関しては個別相談などで支援者と相談したうえで、受講者自身が取り組みたいと考える内容を自由に設定することとしていた。 今回の改良では、職場復帰支援プログラムが扱う知識・スキルに合わせて受講者が参照しながらジョブリハーサルの目標を決められるように目標設定のための参考リストを作成し、手続きを明確化した。また、この中に、事業主から地域センターの職場復帰支援に寄せられているニーズ、「業務遂行能力の回復への期待」1)を踏まえ、「社会人基礎力」2)の考え方を援用した「業務遂行能力」にかかる項目を含めることとした。受講者は、そのリストをもとに、気分・体調の揺れや休職要因と体調管理やストレス対処、コミュニケーション、業務遂行能力との関連について振り返る。そのうえで、今後の再休職予防を踏まえて取り組む必要がある項目をジョブリハーサルにおける具体的な目標として設定し、その確立に向けて取り組む。 また、そのリストをジョブリハーサルの振返りのための評価票と連動させることにより、受講者が具体的な目的意識をもって取組み成果を振り返ることができるような仕組みを提示する。 4 考察 受講者の復職後の労働環境では、ノルマや納期、予定の変更、交渉・調整といった負荷があり、時間管理や優先順位の判断、報連相やアサーション、役割行動やチームワーク、体調やストレスのセルフマネジメントといった対処が必要となる。そのため、実際の職場における負荷にできるだけ近い場面設定を行い、その中で、自分自身の行動の特徴や思考の癖を振り返り、職場復帰支援プログラムで学んだ知識・スキルを総合的に当てはめながら、復職後に実際に活用できる考え方や対処方法を検討することは有効な支援となる。 実際にジョブリハーサルに参加した受講者からは、「リーダーシップや交渉、プレゼンテーションなど、業務に戻った際に必要となるスキルの訓練ができて役立った」「ジョブリハーサルの疲労が翌日まで残る経験をしたことで、疲労の度合いに応じた対処が必要だと理解した」「ストレス対処講習で学んだセルフトークを実践し、効果を感じた」といった感想が聞かれている。 今回の改良により、タスクワークやチーム構成、実施パターンなどの豊富な実施バリエーションを新たに提示するとともに、事業主のリワーク支援への期待を踏まえて「業務遂行能力」を目標に取り入れた仕組みを提示することで、気分障害等の休職者の職場復帰に向けて、より活用しやすく、有用なプログラムにできるようしていきたいと考えている。   5 今後の方向性 改良したジョブリハーサルの支援内容、実施方法、実施上の留意事項などを取りまとめた支援マニュアルを令和4年3月に発行する予定である。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:『職場復帰支援の実態等に関する調査研究』,「調査研究報告書No.156」,(2021), p.104-105 2)経済産業省ホームページ:「社会人基礎力」https://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/index.html 【連絡先】 障害者職業総合センター職業センター開発課 e-mail:cjgrp@jeed.go.jp Tel:043-297-9112 p.110 右片麻痺・失語症を呈した脳卒中患者に対し復職支援を行った1例 ○横堀 結真(社会医療法人財団慈泉会 相澤病院回復期リハ科 作業療法士) 新江 万里江・西村 直樹・樋口 貴也・高井 浩之(社会医療法人財団慈泉会 相澤病院回復期リハ科) 1 はじめに 相澤病院は同一法人内に急性期・回復期・生活期までのリハビリテーション(以下「リハビリ」という。)を提供できる体制があり、必要な患者には復職を目標として掲げるとともに関連機関と連携して積極的に復職支援に取り組んでいる1)。 佐伯ら2、3)によれば、脳卒中後の復職率は軽症まで含めてもおよそ30%と報告しており、すべての脳卒中患者が復職に至るわけではない。また、脳卒中後の復職が他の疾患と比べて問題になるのは、就業能力に対する直接的影響(身体障害・高次脳機能障害など)が大きいことであると述べている4)。一方、医療機関側の問題は、医療制度改革により医療提供が急性期・回復期・維持期と分業されたことにより、発症から復職までの一貫した支援が難しく5)、就労支援のノウハウの蓄積や専門性の不十分さが課題となっている6)。 今回、脳卒中により右片麻痺と失語症を呈した症例に対し、発症早期より復職を念頭に置いた支援を行い、発症1年4ヶ月後に復職に至った症例を経験したので報告する。 2 症例報告 50歳台の男性。左被殻出血(CT分類Ⅲa)。入院時のNational Institutes Health Stroke Scoreは15点と中等症であった。家族構成は妻と中学生・高校生の子供2人との4人暮らし。職業は会社員で、管理職としてデスクワークを中心に現場に出向いての機械操作・管理および取引先との商談などをされていた。本人の収入が生活の経済的基盤であった。家事は妻のサポート程度に洗濯や料理も一部実施し、休日は畑仕事もされていた。 3 経過 (1) 入院中のリハビリ支援 発症13日目に回復期リハビリ病棟へ入棟。入棟時、高次脳機能障害や重度の運動性失語、右片麻痺を認め(表1)、日常生活動作(以下「ADL」という。)は介助が必要な状態であった。当初の目標は、身体機能の改善およびADLの自立、言語機能としては口頭での簡単なやり取りの獲得、最終目標は自宅生活の獲得、自動車運転の再開、復職と設定しリハビリを開始した。発症2ヶ月後、T字杖と短下肢装具で歩行は可能となり、病棟内ADLは自立となった。その頃の本人は、仕事復帰へ見通しが立たないこと、経済的な生活不安などを背景に焦りや落ち込みがみられていた。そこで、発症から3ヶ月後、会社担当者、本人、家族、療法士でカンファレンスを開催し、経過と現状の報告、さらには復職時に想定される問題点などを話し合った。会社側は受け入れに協力的であり、復職の条件としてADLが自立すること、パソコン操作等の事務作業ができること、通勤が安全にできることを挙げた。この話し合いを通して復職に必要な条件と課題が明らかとなり、本人の不安は幾分軽減されることとなった。発症4ヶ月後に自宅退院となり、退院後は基礎体力の向上と安全な屋外活動の獲得を目的に訪問リハビリを、失語症に対する言語機能改善と自動車運転再開に向けた評価・復職支援を目的に外来リハビリを導入した。 (2) 退院後のリハビリ支援 退院後は訪問リハビリの介入により、家事動作や屋外作業(畑作業など)を本人の役割として獲得した。外来リハビリでは、通勤手段の獲得を目的に自動車運転支援を開始した。神経心理学的検査や簡易自動車運転シミュレーターの検査を経て、業務提携している指定教習所の改造車両(左足でのアクセル・ブレーキ、左手でのウィンカー、ハンドル旋回装置)を用いて実車評価を実施した。運転技術の習得に複数回の練習を要したが、発症から1年5ヶ月後に運転再開となった。 復職支援は、発症7ヶ月後に本人と家族に対して障害者就業・生活支援センターの就業生活支援ワーカーの活用を提案した。会社に出向いての直接的なリハビリ支援を行うことや社会的に認識が不十分な高次脳機能障害の理解を職場へ促すことは、医療機関のみでは限界があるからである。就業生活支援ワーカーの導入について同意を得たのち、就業生活支援ワーカーに対し、経過と現状、復職時に想定される問題について情報提供を行った。発症9ヶ月後、就業生活支援ワーカーは療法士からの情報をもとに会社へ訪問し、実際の環境や業務内容をみながら復職後に提供可能な業務について会社側と検討する一方、会社側への支援の説明を行った。発症12ヶ月後、本人、家族、会社担当者、就業生活支援ワーカー、療法士を交えてカンファレンスを開催した。会社側からは6つ程の仕事内容を提示されたが、専門性が高い内容が多く、本人の業務として実施可能か判断が難しかったため療法士が職場訪問を実施した。職場訪問では、実際の仕事内容と環境、他職員とのコミュニケーションの様子を確認した。失語症による他者とのコミュニ p.111 ケーションの制限やデスクワーク時間の増加を考慮し、テレワークの導入について会社側へ提案した。その後、複数回の試し出社を経て、発症後1年4ヶ月で正式な復職となった。復職時の勤務形態はフルタイム勤務(週1回テレワーク)であった。復職後も新たに生じる問題点について聴取し対応するため、月1回の外来リハビリを継続したが、問題なく業務が継続できていたため、発症1年9ヶ月後に当院でのリハビリフォローは終了となった。 表1 リハビリ評価結果 4 考察 杉本ら7)によれば、早期から家族や医療者による復職の働きかけがあり、本人の復職に対する意欲がある方が復職しやすいと報告している。本症例の場合、家族からの全面的な協力が得られたこと、医療スタッフが入院早期より復職を念頭において一貫した支援が継続できたこと、本人自身が「家族を養わなければならない」という強い気持ちと意欲を持ち続けたことが復職を成し得た要因であると考える。一方、佐伯8)は企業に関わる要因として雇用主の受け入れ姿勢をあげているが、本人の勤務していた会社側も本人の障害や気持ちに理解を示し、就業生活支援ワーカーの導入や医療スタッフの職場訪問を受け入れ、我々の助言に対して業務内容や勤務形態(テレワーク導入)の調整および他職員と関われるような環境を整えてくれたことは大きな要因といえる。高次脳機能障害は目に見えない障害であるため、神経心理学的検査の結果や限られた生活場面の様子を伝えるだけでは正確な理解は得られない。医療スタッフが、職場訪問を通して会社側と高次脳機能障害による問題を共有しながら、就労場面での対応や活かせる能力について直接検討出来たことは復職に良い影響を与えたと考えられる。  また、本人にとって自動車運転が再開できたことも復職するうえで大きな要因であった。本人が居住している地域は公共交通機関の利用が不便な地域であり、通勤手段として自動車運転はなくてはならないものであったからである。疾病がコントロールされたうえで、安全に運転ができるまで身体機能や高次脳機能を高め、公安委員会、医療機関、教習所が連携して評価するプロセスをとることで、安全な自動車運転再開に繋がるものと考える。 5 結論 回復期リハビリ病棟は時間を掛けてリハビリを実施できるが、目標の中核はADL向上と在宅復帰に偏重している昨今、復職を希望する脳卒中患者に対しては、発症早期から復職を念頭に置いた介入と家族、会社担当者との連携が必要である。また、実際の復職にあたり職場訪問を通じて復職に想定される問題点を十分に検討し、業務内容や環境を調整することが重要と思われる。 【参考文献】 1) 樋口貴也,西村直樹,並木幸司『当院回復期病棟における脳卒中・頭部外傷後の就労支援の取り組み』,「第26回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集」,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター(2018),p.56 2) 佐伯覚『脳卒中患者の職業復帰』,「日本職業・災害医学会会誌」,一般社団法人日本職業・災害医学会(2003) 51:p.178–181 3) 佐伯覚,蜂須賀研二『脳卒中』,「J Clin Rehabil 」,医歯薬出版株式会社(2006),15:p.818-823 4) 佐伯覚,有留敬之輔,吉田みよ子,明日徹,稗田寛,蜂須賀研二『脳卒中後の職業復帰予測』,「総合リハビリテーション」,医学書院(2000), 28:p.875-880 5) 近藤大輔,新谷さとみ,鈴木新志,村田郁子,徳本雅子,幸田英二,久保田美鈴『急性期における就労支援の現状と課題』,「日本職業・災害医学会会誌」,一般社団法人日本職業・災害医学会(2015),63:p.343-350 6) 障害者職業総合センター『地域における雇用と医療等との連携による障害者の職業生活支援ネットワークの形成に関する総合的研究』,「調査研究報告書No.84」,(2008),p.27-35 7) 杉本香苗,佐伯寛『教育講座 脳卒中の職業復帰 予後予測の観点から』,「Jpn J Rehabili Med」,日本リハビリテーション医学会(2018),55:p.858-864 8) 佐伯覚『脳卒中後の職場復帰の予測要因』,「日本職業・災害医学会会誌」,一般社団法人日本職業・災害医学会(2006),54:p.119-122 【連絡先】 横堀 結真 社会医療法人財団慈泉会 相澤病院 回復期リハ科 e-mail:riha2@ai-hosp.or.jp p.112 企業内の支援者のためのWRAPクラスの試み~支援者のセルフケア・支援スキルの向上、社内ネットワークの構築を目指して~ ○山田 康広(中電ウイング株式会社 東新町支社 主任) 原田 裕史(中電ウイング株式会社 東新町支社) 1 はじめに 中電ウイング株式会社は、中部電力株式会社の特例子会社である。2019年8月現在212名(障がい者113名を含む)が在籍している。精神障がい者の雇用は、2013年、中部電力株式会社人事部門内での有期雇用から始まり、2015年当社の東新町支社(旧オフィスサポートセンター)に移管された。精神障がいのあるチャレンジド(以下「精神チャレンジド」という。)は、主に事務補助・PDF業務に取り組んでおり、現在では会社内の他拠点にも雇用が拡大している。 東新町支社では、当初、精神チャレンジドが業務の遂行や対人関係の困難、体調や感情の不調を客観的に把握することやその対処ができずに悪化や休務してしまうことなどが課題となっていた。精神チャレンジドの安定した就労のために、2018年3月より1年間WRAPを実施した。 WRAP(Wellness Recovery Action Planの略,元気回復行動プラン)は、当事者によって考案されたもので、精神的な困難があっても元気で豊かに自分らしい生活を送るために、良い感じの自分や心身の不調の状態(サイン)への気づきを高め、そのサインに合わせて健康を維持・回復するための行動を実践するプログラムである。 このWRAPクラスを通して、精神チャレンジドと支援者の両者のセルフケアへの理解と共感が深まり、ピアサポートのある職場風土が醸成されるなどの成果があった。 2 支援者のためのWRAP実施までの経緯と準備 東新町支社の成果を受け、精神チャレンジドへの支援やセルフケアを会社全体で学び、支援者間の悩みを共有する人的ネットワークをより深く構築したいというねらいから、支援者のためのWRAPを実施することになった。 事務局(総務課)とファシリテータ―(筆者)が打ち合わせを行った。開催にあたり、参加者が自分自身や職場での悩みを十分に語れるか、参加者の関係性(支援者間、管理職‐支援者間)をいかに切り離して参加できるかが課題となった。参加者がリラックスして語れるよう、職場を離れた社外の会議室を準備し、参加者に私服で参加する、任意でリラックスできるようなお菓子や飲み物を各自で持ち寄るなどを事前にお願いした。 3 支援者のためのWRAPの実施概要 研修の目的は、①支援者自身が自分のWRAPをつくる、②自己開示の難しさと当事者の視点を理解する、③支援者間の人的ネットワークを作るとした。研修は、2019年9月に実施した。2日間終日の集合研修の形式で実施し、16名の参加があった(表1)。 表1 参加者の内訳 プログラム(表2)は、一般的なWRAPの内容とした。2日間の自己開示を伴うグループワークの負担感を考慮し、1テーマ1時間弱とし、グループワークごとに集団の大小や方法に変化を持たせた。また、リラクゼーションや支援に関する知識技術を織り交ぜたアイスブレイク(マインドフルネス、ストレッチなど)も実施した。 表2 プログラム 4 支援者のためのWRAPの実際(一部の紹介) (1) ガイドラインづくり等の導入 両日のプログラムの導入として、一日の最初に安心して p.113 話せる環境や自己開示の重要性について共通認識を図った。 1日目の最初には、安心して参加するために自分が伝えたいことを用紙に書き、順番に発表した。発表内容は参加者の全員の承認を経て、2日間のワークでの約束事にした。2日目は、「ジョハリの窓」や「援助の非対称性」をテーマに、援助者が自己開示を求めがちになること、さらに自己開示によりサポートを得やすくなる一方で、生きづらさを話すことで劣等感を感じやすくなることなどを学習した。 (2) サポート サポートでは、支援者自身をサポートしてくれる人や物を「エコマップ」に描き出すワークに取り組んだ。上司・同僚、病院などフォーマルなサポートから家族などインフォーマルなサポートなどを書き出した。最初は「エコマップが作れるだろうか」という印象を持った参加者も「やってみたらできた」「意外とたくさんサポーターはいると実感できた」と言う感想が挙がった。 (3) 引き金に対応するプラン 最初に自分の引き金を用紙に書き、似た引き金を持つ参加者でグループを作った(「時間に追われる」、「人前で話すのが苦手」グループなど)。グループで模造紙に引き金の具体的な内容や対処方法を書き出した。その後、グループで1名がポスター発表をし、残りのメンバーが他グループの発表を聞き質疑応答するワークを交代で実施した。 似た引き金を持つ仲間の存在、また同じ引き金でも人によって内容や感じ方に違いがあること、様々な対処方法があることについて気づきを得た有意義なワークとなった。 (4) クライシスプラン クライシスな状況(イメージが難しい参加者は風邪を想定)に「してほしいサポート」と「してほしくないサポート」についてワークシートに書き出した後に、全体発表で共有した。そっとしておいてほしい/声をかけてほしい、うどんが良い/おかゆが良いなど個人の嗜好や生活様式の違いに参加者間でも驚きの声が挙がった。その中で、支援の現場で精神チャレンジドの思いとサポートが一致しているだろうか?という本質的な疑問を持ったという感想も出た。 5 事後アンケートより(表3参照) (1) 支援者自身が自分のWRAPをつくる 参加者は、当初、精神チャレンジドに有効な支援を体験し、学ぶという動機で参加した。実際に自分自身のWRAPをつくることで、支援者である自分自身にもケアが必要なのだということに気づき、自分事としてセルフケアについて考え、その効果を実感することができた。 (2) 自己開示の難しさと当事者の視点を理解する 参加者は自己開示ができたと回答した者が多かった。しかし、約束事や様々な工夫、お互いの配慮があっても、自己開示にかなりエネルギーを使い、発言を躊躇してしまう状況を体験した。自分が当事者の立場になる体験を通して、支援の現場でも精神チャレンジドが安心して話せる環境づくりが大事であるという再認識の気づきが得られていた。 (3) 支援者間の人的ネットワークを作る 参加者を支援者にしたことで、参加者が自分のWRAPをつくる中で日頃の支援についての悩みを直接語ることができた。また、そこから他の参加者が学びや気づきを得て、自分のWRAPに取り入れ、さらに支援の悩みを語るという相互作用が生まれていた。 WRAPは、日常生活の中で活用してはじめて効果が得られるものである。参加者が今回の学びや気づきを活かし、日常の業務や生活の中で自身のセルフケアや同僚へのサポートを日々実践することが望まれる。リカバリーの精神が浸透し、ピアサポートのある職場づくりを推進するためにも、今後、参加者のフォローアップや継続的に支援者間でピアサポートできる仕組みづくりが課題である。 表3 事後アンケートの感想の例 6 まとめ 本研修は、一企業の社内研修としては研修の内容や、その実施方法等について、恐らくあまり例のないものではないかと思料するが、特に精神チャレンジドの支援において有効な手段であるWRAPを支援者自身が体験することで、支援者の精神チャレンジド支援におけるスキルアップに繋げることができ、精神チャレンジドの安定就労に大いに役立てられると期待している。 【参考文献】 1) 山田・三澤・原田・竹中.職場におけるWRAPクラスの実践~精神・発達障がいチャレンジドと支援者の協働によるリカバリーを目指して~.第27回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集 【連絡先】 山田 康広 中電ウイング株式会社 東新町支社 e-mail:Yasuhiro-Yamada@chuden-wing.co.jp p.114 事業所における障害理解促進への取組~事業所と共同で社員研修を企画・実施した事例より~ ○杉本 梢(Lululima branch 代表/障害理解啓発者) ワンダーストレージホールディングス株式会社 1 はじめに 障害当事者は、家族や友人、支援者、同僚など、周囲の人々に障害への理解を求めている。視覚障害をもって生まれた私自身も、今までの人生において家庭内や学校、職場、そして、社会において障害への理解が不足している場面に遭遇した時に、不自由さを感じることが多かった。物理的な配慮と同様、ソフト面である心のバリアフリーの重要性を肌で感じてきた。 障害当事者と関わる職業である就労継続支援で働く支援者は、障害への理解について学ぶ機会が等しく用意されていないのが日本の現状である。 そこで、就労継続支援A型と就労継続支援B型を事業展開するワンダーストレージホールディングス株式会社と障害理解促進への取組を行った。本稿は、その共同研究について報告する。 2 支援者向け社員研修会の内容と目的 支援者向けの社員研修会を5回実施した(表1)。4回目以降は、オンラインで開催した。 表1 研修会の開催日と内容 (1)1回目の研修会の目的 障害理解に必要な当事者との関わりの場を目的として内容を設定した。講師が視覚障害当事者でもあるので、自身の障害について生い立ちと共に経験談を話した。障害を理解するには、当事者との関わりと障害に関する一定の正しい知識が必要不可欠であることに触れた。次回は、一定の正しい知識について話すことを伝えた。 (2)2回目の研修会の目的 一定の障害に関する正しい知識を学ぶ場を目的として内容を設定した。障害の捉え方(障害は国が定めた不自由さの程度であり、障害者という人間はいない)と、障害を理解するための3つのコツ(①障害への誤解の存在に気が付く、②障害はその人の一部分である、③当事者と直接対話する)について触れた。 (3)3回目の研修会の目的 4つのバリア(①物理的バリア、②制度的バリア、③文化・情報のバリア、④心のバリア)のうち、心のバリアフリーの大切さについて心で知ることを目的とした疑似体験を設定した。体験の内容は、下記の3点である。 ア 集中しにくい状況の中で人の話を聞く疑似体験を通して、ADHD(注意欠如・多動症)の特性である「集中することが難しい」状況について考えた。 イ 絵で表現が難しいテーマ(例:少し)をイラストで描く疑似体験を通して、発達障害や知的障害の特性によって物事の理解がスムーズにできない時に感じる「もどかしさと戸惑い」について考えた。 ウ 軍手をはめて折り紙を折る疑似体験を通して、発達障害や知的障害の特性である「手の不器用さ」について考えた。 写真(手の不器用さを疑似体験する受講者) (4) 4回目の研修会の目的 精神障害理解を目的として内容を設定した。受講者へのアンケートで「精神障害について知りたい」という声が多かった。これは、利用者の多くが精神障害をもっていることが理由であった。精神障害は種類が多いため、代表的な疾患と接し方について触れた。また、統合失調症の症状の一つである幻聴や幻覚の疑似体験も行った。 (5) 5回目の研修会の目的 就労継続支援と強い関わりのある障害者雇用に関する知 p.115 識を学ぶ場を目的として内容を設定した。企業が求めている人材や抱えている障害者雇用の課題について触れた。障害者雇用で実際に当事者が経験したことを通して、一般雇用で働く現状について伝えた。また、就労継続支援を利用している当事者が「働く」ことに対する生の声も紹介した。 写真(研修会の様子) 3 アンケートの分析から見えてくるもの 全ての研修会終了時に、受講者全員にアンケートを実施した。 (1) 支援者の多くが障害理解について学ぶ機会が不足している 1回目のアンケートで「障害理解について専門的に学ぶ機会は今まで十分にありましたか」の質問に対し、83%の受講者が十分になかったと回答している。「今まで障害について十分に学ぶ機会がなかった為、研修会という形で経験談を聞くことができてありがたかった。」「障害理解について何となく聞いたことがあった程度だったので、全然理解していなかった。」等の記述が目立った。 (2) 一定の知識の必要性 2回目のアンケートで、当事者の経験談と障害の種類への理解に興味があるという声が多かった。この結果を受けて、障害をどう捉えるべきか考える機会と障害を理解するために必要な知識を得られる内容を2回目の研修会で設定した。これがベースとなり、障害の種類への理解が正しく深められることを伝えた。受講後のアンケートで、「障害の捉え方と障害理解の3つのコツについて感想をお書きください」に対し、「障害をもたない人と障害をもっている人というくくりではなく、人対人という考え方や見方をしていくことを改めて認識した。」「障害はその人の一部ということが印象的だった。今までは、可愛そうという思いが強かった。これからは、利用者との対話を大切にしようと思った。」「普段、障害をもった利用者と仕事をしているが、この3つのコツは大体理解できていた。その上で、障害はその人の一部分でしかないというフレーズは心に残った。」「障害がどうか?というよりも、その人がどんな感じ方、考え方をしているかが大事だと思った。」等、障害理解のベースとなる一定の知識を得ることの大切さを更に認識した記述が多く確認された。 (3) 疑似体験による心のバリアフリー化の効果 3回目の研修後のアンケートで「今日の話を聞いて心のバリアフリー化を進めるきっかけになりましたか?」の質問に対し、全員の受講者が「はい」と回答した。「すでにバリアフリー化されていた」を選択した受講者はいなかった。「言葉では理解が難しい部分の体験ができて、少し理解を進められた気がします。」「常に心のバリアフリーの中で勤務していようと心掛けて居ますが、なかなか大変なことだと思う。杉本さんのお話を聞くことでより良く理解していける様、考えていきたいと思う。」「今まで外から障害を見ていたが、当事者の頭の中や心の中を体験できたように感じた。当事者の心の中の混乱や苦しみをほんの少し知れた。」「自分が思っている以上に当事者の方が苦労に感じていることは多いのだろうと感じた。」等、心のバリアフリー化に疑似体験は効果的であることを感じさせられる記述が大半を占めた。 また、4回目の研修会も疑似体験を取り入れた。「精神障害への理解を進めるきっかけになりましたか?」の質問に対し、全員の受講者が「はい」と回答した。 (4) 研修会による障害理解の効果 5回目の研修会を終えて実施したアンケートで「今まで開催された障害支援者向け研修を受講し、障害への理解は進みましたか?」の質問に対し、全員の受講者が「はい」と回答した。 4 まとめ 就労継続支援で働く支援者は、社会福祉士や精神保健福祉士などの資格を保有している方だけではなく、無資格や未経験の方も就職できる。利用者と接する中で理解を深めて行くこともできるが、障害理解に必要不可欠である「障害に関する一定の正しい知識を学ぶ機会」を設定することで、支援の更なる専門性と質の向上を目指すことができる。アンケートでも、障害について学ぶ機会を必要としている記述が幾つも見受けられた。 また、障害理解が進んでいる職員が多くいることは、障害当事者が安心して利用できる環境を提供できる大切な要素にもなる。 今回の取組を通して、障害理解について支援者が学べる機会を設定する必要性とその効果を得ることができた。 【連絡先】 杉本 梢 Lululima branch e-mail:s.kozue@lululima-branch.com p.116 行動的就労支援:就労支援における行動分析学の活用-心理的柔軟性アセスメントツールの開発に関する実践報告- ○佐藤 大作(秋田障害者職業センター 主任障害者職業カウンセラー) 目黒 千恵・藤田 麻弥・千田 麗香(秋田障害者職業センター) 1 はじめに(背景と狙い) 筆者は、昨年度 Acceptance&Commitment Therapy (以下「ACT」という。)を活用した就労支援を行った1)。 その際、幕張ストレス・疲労アセスメントシート(以下「MSFAS」という。)等の既存のアセスメントツールを用いて、心理的な健康=心理的柔軟性(適応的行動を増やすこと)のアセスメントを行った。しかし、既存のアセスメントツールは心理的柔軟性のアセスメント用に開発されたものではないため、アセスメントに苦慮した。 また、ACTに対する理解を深めるに従い、秋田障害者職業センター(以下「秋田センター」という。)の利用者の中には、ACTを活用した支援が有効と思われる利用者(過度な不安感や焦り、特定の思考に強く囚われて、就職や復職に向けた具体的なアクションを起こしにくい状態に陥っている利用者)が一定数いることに気づくようになった。ACTは、そういった感情や思考は「あって当然」というスタンスのもと、それらとの適切な付き合い方を学び、利用者本人が進みたい方向に向かうための具体的な行動に結びつける支援体系である。私は、ACTには利用者自身が感情や思考に囚われている状態に気づきを促し、就職や復職に関する具体的なアクションに取り組みやすくする効果があると考え、より多くの利用者にACTを活用した支援を提供できる仕組み作りの必要性を感じるようになった。そこで、ACTを実施する上で必要となる心理的柔軟性の情報を効率的にアセスメントするためのツール開発に取り組んだ。今回はその実践報告を行う。 2 開発方法 (1) 振り返りシートの試作 ケースフォーミュレーション・ワークシート2)を参考にACTにおけるコアプロセス(体験の回避、認知的フュージョン、脆弱な自己知識、概念としての自己に対する囚われ、価値の不足、行動の不足)の状態に関する質問紙「振り返りシート」を作成した。使用する対象者は障害者本人で、回答方法は記述式である。 (2) 利用者による試行 秋田センターの利用者6名に対して、振り返りシートの記入を求めた。6名が受けたサービスは職業評価2名、職業準備支援1名、リワーク支援3名であった。実施方法は、本人に記入を依頼し、数日後から数週間後に回収する形をとった。記入は自宅で行われた。 表1 振り返りシートの質問構成と狙い (3) リワーク支援担当者とのディスカッション 筆者、リワーク支援担当カウンセラー、支援アシスタント2名の計4名で事例検討会(1回約40~60分)を実施し、その中で振り返りシートに関するディスカッションを行った。具体的には、①シートから読み取れる心理的柔軟性の状況の伝達、②ACTによる支援方法案の解説、③リワーク支援に導入すると仮定した場合の課題点の3点をテーマに行った。実施期間は4/5~7/5で計7回行った。 (4) 振り返りシートの修正 振り返りシートを使用した利用者の感想や事例検討会でのディスカッション結果等を踏まえてシートを修正した。修正回数は7月5日時点で2回だった。 3 結果 (1) ディスカッションで出た意見 以下はリワーク支援担当カウンセラー、支援アシスタントから出された意見を取りまとめたものである。 ア リワーク支援との共通点/相違点 ・「振り返りシート」の質問5、6、8に似た内容は現行 のリワーク支援でも確認している。 ・振り返りシートにあるような「ゴール」や「価値」はあまり聞いていなかったかもしれない。(リワーク支援における)目標を明確にすることが難しいと感じる。 イ 振り返りシートの実施結果に対する主な感想・疑問等 ・リワーク支援の聞き取りでは出されていなかった情報を p.117 書いている人がいた。 ・振り返りシートに書いている内容とリワーク支援中の本人の言動の間にギャップがある人がいた。 ・リワークの講習などで自分のことをサッと書ける人と書けない人がいる。振り返りシートも自分についての気づきがあまりない人は深く考えずにサッと書けると思う。 ・リワーク支援開始時の記入と支援中間地点での記入では回答の内容が変わるかもしれない。 ・利用者から「質問にある価値のことがよくわからない。考えたこともない」と言われたらどうすればよいのか? (2) リワーク支援で活用する場合の注意点 ディスカッションの中で「以前、MSFASの記入を依頼した際、記入したことで具合が悪くなったと訴える利用者がいた。何のために振り返りシートを書くのか、書いたものを支援の中でどう使っていくのか等を事前に十分に説明しておく必要がある」との意見が出された。 (3) 振り返りシートの修正ポイント ア 質問の整理、追加 利用者から「質問がわかりにくかった」との感想がだされたり、回答が一部空欄であることもあったため、2回修正を行った。1回目の修正では各質問項目を細分化した。また、「変化のアジェンダへの囚われ」と「体験の回避」の質問で100mmの線上に印を付けるビジュアルアナログスケール(Visual Analogue Scale)方式を採用し、より直感的に回答できるようにした。2回目の修正では、概念としての自己を把握する質問欄を追加した。そして、質問の意図を伝えるために質問内容の簡単な解説と価値の候補リストを掲載した資料「振り返りのためのワーク」とACTの狙いについて簡単に解説したオリエンテーション資料を作成した。また、質問内容の追加ではないが、利用者の中には手渡した振り返りシートをパソコンで自作して回答する人もいたため、パソコン回答用の質問紙も作成した。 イ ケースフォーミュレーションシートの作成 ケースフォーミュレーションとは、利用者の問題状況や問題が続く理由に関する仮説を考える作業のことである。振り返りシートの回答内容をコアプロセスに沿って振り分けて心理的柔軟性を整理しやすくするためにケースフォーミュレーションシートを作成した。 4 考察 (1) 効率化から見た振り返りシートの評価 ア 聞きたいことが聞けているか 既存のアセスメントツールと振り返りシートについて客観的な比較を行ったわけではないため、主観となるが心理的柔軟性に関する回答を得やすくなったと感じた。一方で利用者から「質問の意図がわかりにくかった」、「質問の意図を誤って捉えてしまった」といった感想も出されたため質問項目を改善していく必要がある。 イ 作成の負担感 質問紙を事前に手渡せるので時間的制約が少なく、利用者と支援者双方の負担は比較的少ないと思われる。 ウ アセスメント情報を整理しやすいか ケースフォーミュレーションシートを作成することで、コアプロセスごとに分類することがある程度容易になった。ただし、コアプロセスに対応させて質問を作成したが、実際には質問項目を跨いだ回答が見られるなど、作成の意図とは異なる記述があった(例:価値に関する質問欄に概念としての自己に関する回答がある、同じ内容の回答が複数の回答欄に書かれている等)。これは元来6つのコアプロセスは不可分に連動しているため当然なのかもしれない。質問欄ごとに一対一的に解釈する(例:価値の質問欄だから価値について書かれている)よりも、振り返りシート全体の回答傾向から心理的柔軟性の状況をアセスメントするとよいと思われた。 エ その他の効果 リワーク支援の中では聞かれなかった意見や普段の言動とは異なる自己像が書かれていることがあるなど、利用者の新たな一面を知る契機になったと思われる。 (2) ACTを活用する目的、実施内容等についての説明 今回、ACTを解説したオリエンテーション資料も作ったが、利用者の中にはその資料の説明内容について疑問を出す人もいた。そこでの質疑応答によってACTについての理解が深まったが、活用の幅を広げるためには、さらにわかりやすいツールや資料を整えることが必要だろう。 5 今後の課題 振り返りシートへの回答だけで心理的柔軟性を明確にアセスメントすることは難しく、利用者に対して再質問が必要であった。今後も詳しい説明がなくても利用者が回答しやすく、かつ心理的柔軟性に関する回答を引き出しやすくなるような質問項目や回答様式を検討していきたい。 また、振り返りシートの改良を行っても、記入結果だけでは把握が難しい部分は残ると思われるため、支援者側が心理的柔軟性について聞き取りするための方法や留意点、工夫などについても並行して検討していく必要がある。 【参考文献】 1) 佐藤大作「職業リハビリテーションにおける行動分析学の活用」,第28回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集(2020),p.184 2)(著)ラス・ハリス,(監修)武藤崇,(監訳)大屋藍子「ACTがわかるQ&A」星和書店(2020),p.300~302 p.118 「障害の多様化に対応した職業リハビリテーションツールの効果的な活用に向けて」ヒアリング調査より ○田村 みつよ(障害者職業総合センター 研究員) 山科 正寿・武澤 友広・村久木 洋一・渋谷 友紀(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 昨年度の報告1)では、職場適応促進のためのトータルパッケージ(以下「TP」という。)の総合的活用の重要性を指摘した。総合的活用を可能にする方略として、TP購入者(ユーザー)からは、「有効な運用方法について」の情報提供を求める声が多く寄せられている。当研究部門ではTPを介した職業リハビリテーション(以下「職リハ」という。)の支援技法を効果的かつ効率的に伝達するための方法論、すなわちTPの使用に関する研修(以下「TP研修」という。)の在り方を検討し、研修プログラムの開発及び有効な運用方法について事例集の作成を行うこととしている。事例集については、職リハの新規参入機関はもとより、就労支援を行う多様な機関にとって、TPを活用した支援や地域の他機関との連携の在り方の参考となることを目指している。今般、一定程度TP活用の実績がある機関から活用事例を収集したため、その概要を報告する。   2 方法 (1) ヒアリング調査対象の選定 2019年8~9月に地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)に実施したアンケート調査で、「貴機関の管轄区域でTPを効果的に活用している機関をご紹介いただけますか。」の質問に応諾の回答があった地域センターから18機関の紹介を受けた。そのうち17機関より同意を得てヒアリング調査を実施した。調査対象の機関種は表1の通りで、大都市圏の機関が3件、それ以外の地域の機関が14件であった。 (2) ヒアリング実施方法 訪問により半構造化面接とTP活用場面について参与観察を行う予定であったが、実施時期がCOVID-19による非常事態宣言期間と重なり、訪問ヒアリングを行ったのは6機関で、他はメールやWEB会議形式で情報収集した。 表1 ヒアリング対象の機関種 (3) 主なヒアリング項目 a TPによる職リハサービスの具体的内容 b TP導入のきっかけと導入後の変化 c TPを活用した他機関との連携状況 3 結果 2の(3)のa~c各々で特徴的な事例を以下に紹介する。 (1) TPによる職リハサービスの具体的内容(2の(3)のa) ア 作業課題の段階的導入と講座と連動した支援 2015年に開所した比較的新しい就労移行支援事業所では、極端に自己評価が低下している者が無理なく意欲的に施設利用が開始できるよう、TPを活用していた。具体的には、本人の自己肯定感が回復するよう、本人になじみのある作業として、TPのうちMWS(ワークサンプル幕張版)のOAワークを選択し、難易度の低い課題から細分化して訓練を開始した。その後、作業の難易度を段階的に上げていくとともに、作業に伴うコミュニケーション等の課題については、別途、講座を受講してもらい、その内容を訓練の場で実践してもらった。利用者は作業能力とともに自己肯定感も高まり、民間企業で実習するなど働く力が獲得できている。また職業的な訓練に併せ、余暇活動支援や生活支援によって社会性を高め職業生活の維持につながっている。なお、当該事業所は引きこもりの者や手帳を所持していない者の支援実績も上げており、これらの者に対するTP活用の可能性も示唆された。 イ 模擬的作業環境設定と支援記録の工夫 若年就職困難者に特化した支援を行っている大都市圏以外の地域の就労移行支援事業所では、TPのうちMWSのOAワーク等が取り入れられたオフィス型模擬的就労場面を設定している。対象者の特性に応じて作業は異なっており、就労移行支援事業所としての通常業務である電話応対や接遇を体験している者、事務用品の補充作業を通じて職場内でのコミュニケーションの学習に取り組む者、パーテーションで仕切られた一画で集中的にOA作業に取り組む者などが同じフロアを共有し、実際の職場に近い環境での訓練が行われている。また、TPのツールの一つであるM-メモリーノートと同様の機能を有する行動記録を日々、本人と支援者との合意により作成しており、本人の振り返りに有効であるとともに、支援者である職員間での情報共有に役立っている。 p.119 (2) TP導入のきっかけと導入後の変化(2の(3)のb) ア 導入の経緯 本項目については特徴的な事例はなかった。地域センターで開催したTP研修に参加して知識を得た機関がほとんどであるが、独自に導入している機関もあった。 イ 導入後の変化 (ア) 自己理解を促す丁寧な振り返り 1989年設立の比較的歴史のある障害者就業・生活支援センターでは、開所当初の支援対象は知的障害者であったが、年々、精神障害者の利用が増加した。また、2018年には県から『精神障害者等の職場定着支援推進事業』を受託したことを契機に、支援内容の充実を図ることを目的として、TPのうちのMWS、MSFAS(幕張ストレス・疲労アセスメントシート)の使用を開始した。これらを用いた丁寧な振り返りを行い、これまで障害をクローズにした就職で離転職を繰り返していた支援対象者が自己理解を深め、開示することのメリットも理解した結果、オープンでの安定的な就労につながる等、利用者の自己理解が進んだ。 (イ) 職員自らのTP体験に基づく工夫 当初は特別支援学校からリファーされた知的障害者の利用が多く集団指導的対応を行っていた就労移行支援事業所では、多様な特性を有する支援対象者の訓練課題に適合していくため、TPを導入した。導入に当たっては、職員自らが作業体験をしたり、指示書を作成したりといった準備を行った結果、実際の作業訓練場面での活用に工夫ができるようになり、支援の幅が広がったと実感している。 (ウ) 職場実習の前段階でのTPの活用 自治体が設置する就労支援センターでは、設立当初はMWSのようなワークサンプルはなく、作業遂行能力は自己申告により把握していた。アセスメントの比重はもっぱら職場実習にあり、実習の受入れ企業は、こちらの見立てを信用して受けてくれるが、見立てとのブレが出て、実習が完遂できず、結果としてアセスメントができない事態も生じていた。そこでMWSを活用して、実習前に作業体験のステップを踏んでから実習に行くという流れを作った。その結果、作業の正確性、スピードが作業ごとに把握できるようになり、本人・受入れ企業に対して、一定の根拠をもって強みや課題を示せるようになった。 (3) TPを活用した他機関との連携状況(2の(3)のc) ア TPを含むプログラムで得られた情報の共有 高次脳機能障害を対象としたリハビリ病院では、作業体験プログラム等の名称で小集団でのMWS活用が行われるが、外来診療報酬上の制約のため、代償手段活用の習慣化、長時間の就労場面での持久力の確認等はできていない。一方で、プログラムで得られた情報は地域の関係機関と共有し、それに基づき、当該機関で社会復帰のための相談支援が行われている。 イ 初期相談場面での情報共有 1983年精神障害者共同作業所として開所し、その後、障害者就業・生活支援センターとなった事業所では、精神障害者の就労支援に長く取り組んでいるが、近年は定着支援の対象者が半数となってきている。MWSの活用は利用登録直後に数値チェック、物品請求書作成、作業日報作成を全員に実施し、その結果に基づき作成された雇用支援プログラムは、本人を交えた拡大ケース会議で他機関と共有される。他の就労支援機関との棲み分けとして就労前段階や重複障害の方へのアセスメントと支援や、地域ネットワーク構築、就労支援の情報発信基地としての役割期待を担っている。都の中小企業障害者雇用応援連携事業や、精神障害者就労定着連携促進事業を受託して、地域の支援機関との連絡会や学習会の開催も業務運営上重要な位置づけとなっている。 4 考察 今回ヒアリングを行った機関はその大半が地域センターのTP研修を受講していたが、一部は受講しておらず、TPへの理解をさらに深めることが効果的な支援につながると考えられる機関もあった。現在、開発している研修プログラムの活用はもちろん、TPの利用実績の違いに応じた研修の在り方の検討も求められる。加えて、上記3(1)アで紹介した事例で示唆されたように、従来想定されていなかった支援対象者についても、その特性に応じたTPの運用方法について検討を進めることが求められる。 ヒアリングでは、TP導入後の変化について複数の機関から、支援対象者層の変化に合わせたアセスメントや支援スキルの向上といった肯定的成果を聞けた。さらに一機関の変化だけでなく、生活支援を含めたサポート体制の強化を見通した職場定着や受け入れ企業のサポート作りを内容とする事業を自治体から受託するなど、地域全体での取組の拠点となっている例も見られた。これらの事例からは、TPが就労支援に取り組む機関の支援実績に貢献するとともに、自機関だけで就職件数を上げるばかりでなく、就職後の他機関と連携した定着支援や事業主サポートにおいても一定の役割を果たせる可能性が考えられる。 今後はこのような多様な活用の在り方を事例集に取りまとめる予定である。 【参考文献】 1) 田村みつよ、山科正寿、武澤友広、村久木洋一、渋谷友紀、國東菜美野、知名青子、小池磨実、井口修一、田中歩『障害の多様化に対応した職業リハビリテーションツールの効果的な活用に関する研究』における利用者アンケートから』,「第28回 職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集」,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(2020),p.90-91 p.120 トータルパッケージ活用セミナーの開発 ○山科 正寿(障害者職業総合センター 主任研究員) 田村 みつよ・渋谷 友紀・村久木 洋一・武澤 友広(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 障害者職業総合センター研究部門では、平成11(1999)年度から「職場適応促進のためのトータルパッケージ」(以下「TP」という。)の開発を進め、併せて、支援現場におけるTPの活用を促進するための研究を行っている。今般、TPが効果的に活用されることを目的とした知識伝達の方法(活用セミナー)を検討し、併せて当該活用セミナーの教材を作成したため、その過程を報告する。 2 活用セミナー開発の方法 (1) 活用セミナー開発の考え方 TP活用セミナーは、近年、その有用性が指摘されているインストラクショナルデザインの考え方1)に基づき、ADDIEモデルを用いて開発を進める。ADDIEモデルは教育プログラムを開発する際に使用するフレームワークで、学習ニーズの分析、教育プログラムの設計と開発を行うことで、受講者の行動を変化させ、パフォーマンスを向上させることを目的としたトレーニングプログラムを開発する際に有効とされている2)。 (2) ADDIEモデルへの準拠 ADDIEモデルは「分析」「設計」「開発」「実施」「評価」の過程から成るが、このうち「設計」については「何を教えるか(構造化)」「どの順番に教えるか(系列化)」「どう教えるか(方略)」を決める過程として位置づけられており、Gagneら(2004 鈴木ら監訳 2007)はこの過程を以下の6つの手順に整理している3)。 ①コースの目的を主要なコース目標へ変換する。 ②インストラクションの主要単元、もしくはトピックスと、それぞれ単元の主要な学習成果、及び各単元にかける時間を決定する。 ③各単元における学習成果を高めるために、単元の目的を詳細に具体化する。 ④単元をレッスンと学習活動に分解する。 ⑤レッスンと学習活動のための仕様書を開発する。 ⑥学習者が何を学んだのかを評価するための仕様書を設計する。 今回の作成に当たっては、上記に基づき、以下の手順に沿ってTP活用セミナーの教材を作成する。 第一段階:活用セミナーの目的を学習目標へ変換(①に該当) 第二段階:学習目標に応じた学習内容と学習内容ごとの時間の決定(②、③に該当) 第三段階:学習活動に関する仕様の開発(④、⑤に該当) 第四段階:学習成果を評価するための仕様の設計(⑥に該当) 3 活用セミナー開発の過程 (1) 第一段階 第一段階では、活用セミナーの目的を確定し、セミナーが目指す主要な目標へ変換する。活用セミナーの目的は「支援者がTP支援の理論的知識を実践に生かせること」であると前年度報告している4)が、そのTPの支援理論は、応用行動分析の考え方に基づき構築されている5)。応用行動分析は、自閉症スペクトラム児等の療育分野においてよく知られており、子育て支援、保育、教育、発達臨床、看護、リハビリテーション、高齢者介護、企業における雇用管理や生産性の向上など、多様な場面でも活用され、エビデンスが確認され成果を上げている6)。職業リハビリテーションにおいても同様であり、応用行動分析の理論に基づく、機能分析や課題分析は、職業評価や、ジョブコーチ支援などの実践の場面で、日常的に活用され、その研修制度も整備されているところである7)。 TPは実践の場面で総合的な支援を実施することを目指している。TPの特徴は、職業リハビリテーションにおいて、支援者間で共有できる支援概念、アセスメント技法、作業訓練場面での介入技法を、応用行動分析に基づき明確に提示した点にある。そのため、多様な障害のある利用者の課題の分析や、その解決について、共通の概念や技法で検討することができる。また、利用者への支援技法を、分析結果に併せ、行動の変化をモニターしながら調整し、系統的に変化させ再介入することにより、支援効果をあげることができるようになっている5)。 前年度の報告においては、支援機関がTPを活用するうえでの課題として、①施設内支援者間のTP支援スキルの共有、②TP支援時における支援対象者の意欲低下の2点があげられた4)8)。 これらを踏まえ、「支援者がTP支援の理論的知識を実践に生かせること」を目的とし、これを達成するため、「TP支援の理論的知識に基づく支援行動が実践できるようになること」を学習目標として設定して設定した。 なお、できるようになることを期待される具体的な支援行動については、障害者職業総合センター(2004)に示されたTP支援のポイントを研究担当者が抽出し、それを以下の5領域(各領域は5項目で構成)に整理した。 p.121 イ.作業上の利用者自身の特性の現れ方、作業遂行力の把握を行うための支援を行う ロ.段階的に補完手段・補完行動等の適切な行動を形成する ハ.ストレス・疲労への対応を行う ニ.十分にフィードバックする(不安・ショックへの対応 を行う) ホ.段階的なトレーニングを実施する (2) 第二段階 学習目標に応じた学習内容と学習内容ごとの時間を決定する。 前年度の報告によると、TPは①職業評価(アセスメント)場面(障害者就業・生活支援センター等)、②作業訓練場面(就労移行支援事業所等)、③リハビリテーション場面(リハビリ病院・自立訓練事業所等)の3場面を中心に活用されていることから、学習内容を①職業評価場面、②作業訓練場面、③支援課題場面(支援対象者の意欲喚起や自立度促進)の3種類に分類した。なお、各分類とも課題は共通していることから、目的及び学習目標も共通とした。ただし、学習目標は共通であるものの、具体的な支援行動は異なるため、学習内容を実践場面の違いに応じた3つのプログラム(「第1回 アセスメント」、「第2回 作業訓練」、「第3回 セルフマネージメント・トレーニング」)に分類した。第一段階で整理した5領域計25項目の目標とする支援行動を各場面に割り振った結果、1回あたり3時間単位のセミナーとなった。 また、教育内容を魅力的にするためのフレームワークであるARCSモデルの4要素を用いて9)、作成したセミナーの内容をチェックし、修正した。チェックの観点となる4要素と各要素を踏まえた修正内容は以下のとおりである。 イ.A(注意)「おもしろそうだという学習者の興味・関心・注意の獲得」 〇セミナーの時間に事例検討や演習を取り入れ、実践的なモノにしていく。 ロ.R(関連性)「学習課題を知り、やりがいや学習活動との関連性を高める」 〇誰もが間違えやすい作業課題に対して、正確に行うことのできる手段を獲得するという成功体験を得ることが目的であるという留意事項を確認する。 ハ.C(自信)「学び始めに成功の体験を重ね、自分が工夫したこと」という自信がつく。 〇他機関の良好な活用状況を事例提供しつつ、セミナー参加機関が普段行っている工夫について、情報共有の機会を設定する。 ニ.S(満足)「学習をふりかえり、『やってよかった』」と思える。 〇セミナーの教材については、TPの支援理論の理解を促進するものとなるよう留意するとともに、セミナー終了後に、受講者が見直して内容を振り替えることや、施設内で共有しやすくすることも目的とする。 (3) 第三段階 活用セミナーの実施環境や受講者像といった学習活動に関する仕様について検討した。新型コロナウィルス感染症の影響を踏まえ、セミナーの開催をWeb会議室システムによることとしたうえで、Webによる研修の仕様(参加可能人数や受講対象者像等)を確定させた。 (4) 第四段階 セミナー受講者の学習状況の評価は、カークパトリックの4段階評価法10)を用いる。 【参考・引用文献】 1)Weingardt K.: The role of instructional design and technology in the dissemination of empirically supported, manual-based therapies.. Clin Psychol Sci Pract (2004) 11:331?41.10.1093/ clipsy.bph087 2)Dick W, Carey L. The Systematic Design of Instruction. 4th ed. 4th ed. New York: Harper Collins College Publishers (1996). 3)Gagne, R. M., Wager, W. W., Golas, K. C., & Keller, J. M. (2004). Principles of instructional design. Wadsworth Pub Co.(ガニェ, R. M., ウェイジャー, W. W., ゴラス, K. C., & ケラー, J. M. 鈴木克明・岩崎信(監訳)(2007). 「インスタラクショナルデザインの原理」 北大路書房 4)山科正寿ら「障害の多様化に対応した職業リハビリテーションツールの効果的な活用に関する研究におけるヒアリング調査結果について」 第28回 職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集,障害者職業総合センター(2020) 5)障害者職業総合センター「精神障害者等を中心とする職業リハビリテーション技法に関する総合的研究(最終報告書)」. 障害者職業総合センター調査研究報告書No.57. (2004). 6)山本 淳一 澁谷 尚樹「エビデンスにもとづいた発達障害支援 : 応用行動分析学の貢献」行動分析学研究 23(1), 46-70, (2009) 7)厚生労働省障害者雇用対策課「職場適応援助者養成研修のあり方に関する研究会報告書」(2021) 8) 田村みつよら「障害の多様化に対応した職業リハビリテーションツールの効果的な活用に関する研究における利用者アンケートから」第28回 職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集,障害者職業総合センター(2020) 9)John M. Keller (2009)Motivational Design for Learning and Performance: The ARCS Model Approachspringer (J・M・ケラー 鈴木克明(監訳)(2010).「学習意欲をデザインする―ARCS モデルによるインストラクショナルデザイン」北大路書房 10)Kirkpatrick DL. Evaluating Training Programs. San Francisco, CA: Berrett-Koehler Publishers, Inc. (1994). p.122 就労支援特別VRカリキュラムの開発〜実践事例と成果〜 ○竹内 恭平(株式会社ジョリーグッド emou担当ビジネスプロデューサー) 木谷 直人・外川 大希・蟹江 絢子・中嶋 愛一郎(株式会社ジョリーグッド) ワークサポート杉並 就労移行支援事業 職員一同(ワークサポート杉並) 1 取り組みの概要 (1) 背景 企業に課せられている法定雇用率が2.0%から2.3%に引き上げられたことで、精神障害の方の雇用数は前年比34.7%と急増している(表1)。その一方で精神障害のある方の職場定着率は低く、1年後の定着率は49.3%と半数以上が1年以内に離職していることが大きな課題となっている(図1)。また他の障害のある方よりも定着率が低く、離職理由の調査では「職場の雰囲気・人間関係」とコミュニケーションに関する理由が1番多いという結果が出ている(図2)。 表1 平成30年障害者雇用状況の集計結果 図1 平成30年障害者雇用状況の集計結果(雇用数) 図2 障害者の離職理由 (2) 取り組みの目的と仮説 こうした背景から、障害のある方々の就職や復職を支援する施設向けに、ジョリーグッドが提供するソーシャルスキルトレーニングVR教材「emou:エモウ」(図3)上で活用できる、就職・復職するためのトレーニングに特化した「就労支援特別VRカリキュラム」の開発を精神科専門医の監修の元で実施した。 本VRカリキュラムは、最短3ヶ月(全12回)で受講を完了することができ、集中的な就労トレーニングが可能になると考えられる。カリキュラムは、職場でのコミュニケーションや複数業務の優先度などを学ぶ「ベーシック」、職場での誘いの断り方やストレス対処などを学ぶ「アサーション・セルフケア」、採用面接や入社後の自己紹介などを実際に発話し練習する「ロールプレイ」の3パートを各4テーマで構成(図4)。 図3 「emou:エモウ」概要 図4 「就労支援特別VRカリキュラム」概要 本VRカリキュラムの受講完了時には、基本的な職場でのコミュニケーションスキルや面接対策をリアルに近い状態でシミュレーションが完了することでカリキュラム受講 p.123 者の自己評価の向上に繋がり、結果として入社後のギャップやコミュニケーション困難での離職を防ぐ効果が期待できると仮説を立て、検証した。 2 データの収集・検証方法 (1) 場の設定 本VRカリキュラムの開発に先立ちemouを導入した、就労移行支援施設のワークサポート杉並で実施した。 また効果検証を行った初回のトレーニングについては、「自分の業務、部長から頼まれた業務、上司から頼まれた業務がある場合、緊急度合いなどを考慮した上で、どのように業務の優先順位をつければ良いかを考える」というテーマを設定した。 (2) データ収集対象 20代女性のAさん(精神疾患、発達障害)、20代女性(知的障害)のBさんの計2名を本取り組みの対象とした。 (3) データの収集方法 記述式のワークシート(図5)の活用を通して、授業実施前後の利用者の自己評価の変化を測定した。 図5 記述式のワークシート (4) ソーシャルスキルトレーニングの実施方法 教室にてVRゴーグルを用意し、講師によるソーシャルスキルトレーニングの進行と、タブレット端末のVR映像の操作に準じて利用者はVRコンテンツの視聴を行った(図6)。 図6 VRを活用したソーシャルスキルトレーニングの流れ 3 検証成果 Aさんの自己評価、Bさんの自己評価において前向きな変化が見られた※。 ※検証成果および詳細については発表時に報告する予定である。 以上より、本VRカリキュラムの受講完了時には、基本的な職場でのコミュニケーションスキルや面接対策をリアルに近い状態でシミュレーションが完了することでカリキュラム受講者の自己評価の向上に繋がると考えられる。 4 今後の課題 今回は期間と対象を限定した上でVRを活用した就労支援の取り組みを行ったため、より効果を高めるためには中長期的な本取り組みの継続と経過の観察が必要だと考えている。 利用者にVRトレーニングの感想を聞いてみると、全員が「リアルで現場にいるような感覚がある。社会へ出る時役に立つと思う」とVRを活用したトレーニングに意欲的に答えていることや、支援者自身も「発信能力や人との付き合い方など、社会性の向上に寄与できそうだ」と答えている。 また、本VRカリキュラム受講者の就労後のギャップやコミュニケーション困難での離職を防ぐ効果については、今後本VRカリキュラムの受講者の就労先と連携の上で経過観察を行う必要があると考えている。 以上より、就労支援におけるVRの活用は非常に有意義であると考えている。成果とともに課題点も明確になってきたため、今後もワークサポート杉並の皆様と連携しながら、本取り組みを継続していきたい。 【謝辞】 本論文の作成にあたり、取り組みの実施にご協力頂いたワークサポート杉並の職員の皆様に深謝します。 【参考文献】 1) 厚生労働省『障害者雇用状況の集計結果(雇用数)』(2018) 2) 障害者職業総合センター『障害者の就業状況等に関する調査 研究』,調査研究報告書No.137(2017) 3) 厚生労働省『障害者雇用実態調査」(2013) 【連絡先】 竹内 恭平 株式会社ジョリーグッド e-mail:kyohei.t@jollygood.co.jp p.124 就労移行支援事業における職業準備性評価の可視化による支援効果の検討~ぷろぼの就労支援システム「Port」の活用事例~ ○川本 裕貴(社会福祉法人ぷろぼの 就労支援員) 森田 大介・塩地 章弘・藤田 敦子・齊藤 晃(社会福祉法人ぷろぼの) 1 問題の所在と目的 障害者の一般就労等への移行を促すことを目的に2005年に創設された就労移行支援事業について、2019年度の全国の事業所数は3,141か所、利用者数は34,045名となっており1)、一般的に広く利用されるサービスとなってきている。しかし、就労移行支援事業の一般就労への移行率別の施設割合を見ると、2016年4月時点で移行率20%以上の事業所は51.9%に留まり、移行率0%の事業所は29.7%となっている2)。これを踏まえて、2018年に就職後6か月以上定着した利用者の割合が高い事業所ほど基本報酬が高くなるよう制度が改定された。一般就労への移行率や職場定着率の向上に向けた支援の質の向上が求められていると言える。 その点、2020年厚生労働省障害福祉サービス等報酬改定検討チームからは「事業所が実施する支援は多岐にわたることから、障害者本人の希望や適性・能力に合わせて、それらを効果的に組み合わせてサービス提供するためには、まずは確実に、各事業所において、障害者本人の希望や適性・能力を的確に把握・評価(アセスメント)することが必要である」1)という意見があがっている。効果的な支援を行うためには、起点となる就労アセスメントが的確に実施されることが重要なのである。 従来の就労アセスメントとしては、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センターより「就労移行支援のためのチェックリスト」が公開されている3)。日常生活、働く場での対人関係、働く場での行動・態度等のアセスメントを紙の記録表につけるもので、活用場面としては個別支援計画作成時に利用者の課題を整理するために使用することを想定されており、他アセスメントも振り返りとして本人または支援者が記載するものが多い。 本報告では、振り返り場面ではなく訓練毎の支援記録と職業準備性評価を日々データ化して共有するぷろぼの就労支援システム「Port」(以下『「Port」』という。)を活用した就労支援についての事例の紹介、特に1年目の利用者の就労移行支援事業における職業準備性評価をWeb上でデータ集積し可視化することの支援効果と課題についての検討を目的とする。 2 「Port」の概要 (1) 開発の経緯 弊法人では当初、日々の訓練記録はいわば訓練を行った証拠としてあればよいという考えのもと、支援内容の把握は支援者各々に任せられていた。このような状況から支援を充実させていくことを目的とし、2011年より日々訓練内容を記録し、評価を行い、データをシステム上に蓄積していくこととした。 「Port」の蓄積データには、日々の訓練内容の記録、評価、面談内容、出席状況が紐づけられている。これらは必要時に容易に閲覧でき、職業能力評価表として出力することも可能である。これらは支援者の日々の支援の参考となり、個別支援計画作成時や関係機関等との検討会議等へ活用することによって、エビデンスに基づいた支援に活用されている。さらに、データの共有が容易になったことで事業所内でのチーム支援や法人内の関連部署との連携を円滑に行うことも可能となった。 (2)「Port」の評価機能 「Port」における職業準備性評価項目は、地域障害者職業センターなどにおける就労アセスメント等を元に職業準備性の評価を独自に38項目にまとめ、そのうち11項目について訓練毎に評価することとしたものである。具体的には「規則の順守」「時間を守る」「身だしなみ」「挨拶」「お礼・謝罪」「報告」「連絡」「相談」「メモ・ノートによる記録と整理」「指示の理解と遂行」「質問」の11項目である。従来はABCDの4段階(B以上が就労レベル)で評価していたが、2020年の開発で0~100の101段階での評価が可能になった(50が就労レベル)。また、2020年10月には評価をグラフ化しリアルタイムに表示できるようになり、評価の推移を直感的・視覚的に確認できるようになった。 訓練記録には、自由記述で「訓練の内容・様子」を入力する。さらに、出席状況やフェイスシートとも紐づけし、年齢や障害種別、就労経験などによる職業準備性の分析が行えるように開発を進めている。 3 「Port」を活用した支援事例 (1) Aさん:30代男性、発達障害、就労経験有 利用開始時、評価項目全体の月平均は1か月目57、2か p.125 月目43、その後は60以上を推移していた。 2か月目に全体の数値が下がっているのは、支援者に課題が見えてきたためと考えられる。「お礼・謝罪」「メモ・ノートによる記録と整理」が他項目と比較して低く、数値も50を下回っていた。それを踏まえ、本人と目標を決める際には上記の2項目を重点目標とした。 その後「メモ・ノートによる記録と整理」については、月平均39から67(4か月後)となった。本人が必要性を認識し取り組むことで数値も顕著に伸びたと思われる。一方「お礼・謝罪」に関しては、月平均36、60(1か月後)、46(4か月後)と安定していない。これは、声のトーンや表情、言葉遣い等印象が大きく影響し、訓練担当者によって33から94まで大きな差が出ているためである。ただ、訓練記録では場面に応じてお礼ができるようになる等、高評価になる場面も増えてきている。 このように「Port」により潜在的な課題(ニーズ)を発見し目標設定に結び付け、その達成度についてもリアルタイムに確認するという支援の流れができていると言える。 (2) Bさん:30代女性、発達障害、就労経験有 利用開始から3か月の職業準備性評価の得点は、全体平均が80以上で推移しており、目立った課題は見られなかった。4か月目以降は60~80の間で推移し、就労レベルは超えているが全体的に得点が下がってきている傾向が見られた。 項目別に見ていくと、「相談」「お礼・謝罪」は55~90の幅がある。記録からは体調不良や聴覚過敏による不調時の相談のタイミングや方法について課題があると読み取れたため、現在対処法や予防法について個別支援計画の重点目標として取り組んでいる。また、イヤーマフなどの配慮では改善効果が見られなかったため、別の配慮方策について模索している。 本事例では、全体平均では就労レベルを超えていても、グラフの波から課題を見つけられることが明らかになった。グラフの高い点、低い点での記録内容を分析することで支援成果の確認、支援方針の修正を行うことが可能であるとわかる。 (3) Cさん:20代男性、発達障害、就労経験無 利用開始時、評価項目に関しては概ね50以上だが、「規則の厳守」「時間を守る」「指示の理解」の数値が50を下回っている(図1参照)。 これは、自身の興味のある話題を話し過ぎて訓練の趣旨から逸れてしまうこと、周りの反応に気づきにくく修正できないことなど、その場面での課題が評価に影響したと考えられる。また、この3項目の評価値が連動していることから、課題が共通である可能性が高い。3項目の得点が高い日の記録によると、訓練担当者から具体的な方法を提示 図1 Cさんの職業準備性評価項目の推移 されており、その場合には指示を的確に受け取り実行ができる様子が読み取れる。これらの訓練記録をもとに、X年2月の個別支援計画では「指示通りに作業が行えているか確認をするタイミングを作る」「そうでない場合は、質問、再度の説明やアドバイスをもらい、実践してみる」などの具体的な目標を設定した。「Port」の情報からの課題分析、できている場面の発見が、課題解決のための目標設定へのきっかけとなっている。こういった数値の推移で支援の流れを視覚的に確認し、適切な支援方法を提示することにより、支援者の専門性も向上していくものと考えられる。 4 まとめと考察 いずれの事例についても、評価項目の推移から特徴的な訓練記録を追跡し、必要な支援に結び付けることができると実証されている。またその支援の効果についても評価項目で検証することで、個別支援計画の策定時期でなくても迅速に支援の修正を図ることができている。 このように、就労アセスメントを訓練毎に評価しデータ化してリアルタイムに反映することで、エビデンスに基づく検証可能で迅速な支援につなげることができると言える。 【引用・参考文献】 1)厚生労働省(2020)「就労移行支援・就労定着支援に係る報酬・基準について≪論点等≫」https://www.mhlw.go.jp/ content/12401000/000674638.pdf 2)厚生労働省(2017)「就労移行支援に係る報酬・基準について」https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000182983.pdf 3)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター(2007)「就労移行支援のためのチェックリスト~障害者の一般就労へ向けた支援を円滑に行うための共通のツール」https://www.nivr.jeed.go.jp/research/kyouz ai/19_checklist.html 4)山内民興(2019)「AI 手法により蓄積された就労支援のデータから障害者の職業準備 力を規格化する調査・開発の取組」三菱財団研究・事業報告書 https://bit.ly/3ySQvbd p.126 軽度知的障害を伴うASD者の就労アセスメント-就労移行支援事業所におけるBWAP2を活用したアセスメント ○砂川 双葉(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺 副所長) 梅永 雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院) 濱田 和秀(特定非営利活動法人クロスジョブ) 1 はじめに 従来の職業リハビリテーションで実施されている就労アセスメントはハードスキル(作業遂行能力)が中心であり、職場での対人関係やコミュニケーションなどのソフトスキルの把握は難しかった。BWAP2は従来の職業適性検査などとは異なり、実際の仕事を行っている様子を観察して、4つの職業能力領域を評価するものである。本発表では就労移行支援事業所でBWAP2を活用し、自己理解や対人関係の支援を行った事例を報告する。 2 方法 (1) 対象者 マユコさん(仮名)、20代、女性。療育手帳B2を所持。診断は自閉スペクトラム症、軽度知的障害。診断や手帳取得は幼少期の頃である。 通常高校を卒業後、能力開発校に在籍。卒業後は一般企業の障害者雇用枠(事務職)で就職し、8年間就業した。 簡易な数字の入力や事務補助などに取り組み、業務面での難しさはなかったが、人事異動などで人間関係が変化し相談がしにくくなる。就業・生活支援センターの支援を受けるが、鬱を発症。休職期間を経て離職。改めて自己理解を深めるために就労移行支援事業所を利用することになった。 離職から就労移行の利用までの1年間は在宅で過ごしている。この間は家族とのコミュニケーションが中心であった。他者と接することは久しぶりであったこと、初めての環境は不安が高まることから、利用開始1か月は欠席が多かった。当初は週4日の通所訓練を実施する予定であったが、出席出来たのは週1~2日程度である。 (2) 手続き ア BWAP2とは BWAP2とは、ベッカー職場適応プロフィール2のことで、障害のある人の職場適応力をアセスメントするツールである。ハードスキルだけでなく、ソフトスキルを把握することが出来る。検査項目は4つの領域に分かれており、「仕事の習慣/態度(HA)」10項目、「対人関係(IR)」12項目、「認知能力(CO)」19項目、「仕事の遂行能力(WP)」22項目からなっている。検査結果は、各領域と4領域を合わせた「総合的職場適応能力(BWA)」で評価をされる。また、これらの結果は「Tスコア」と「パーセンタイル値」に換算し、その上で支援ニーズの判断を行っていく。 イ BWAP2の実施 就労移行支援事業所の訓練においてBWAP2を実施した。訓練ツールとしては、幕張版ワークサンプル(MWS)の数値チェック、ピッキング、OA作業を利用した。 3 結果 BWAP2の検査結果を表1に示す。 表1 マユコさんのBWAP2の結果 表1の読み取りから、BWAのワークプレイスメント(現在の職業能力レベル)は「福祉就労(高)レベル」であった。しかし、4領域における結果にはバラツキが見られる。COについては、読解力、書字能力、電話の使用などの項目において最高得点の4の評価になった。MWSではほぼミスなく作業に取り組むことが出来ている。 COが「就労移行レベル」であるのに対し、IRは「福祉就労(低)」を示した。同僚や上司への対応は極めて礼儀正しいが、感情の安定や社会参加の項目で得点が1となっている。 これらのIRの項目を検討した結果、マユコさんの働きにくさは対人関係に関する要素が大きく、その中でも他者と関わることや集団生活の不安を軽減させることが必要であることが分かった。 (1) 在宅訓練を用いた支援 集団生活でのストレスを軽減するため、利用2か月目に週3日の在宅訓練、週1日の通所訓練(面談)を実施した。 在宅訓練では通所訓練と同じMWSのOA作業を利用し、 p.127 作業プログラムやZOOMを用いた支援者とのコミュニケーションに慣れていった。OA作業でミスなく作業が出来ていることから自信をつけている。在宅訓練では欠席なくプログラムに参加することが出来た。 面談では対人関係の不安を聞き取りしている。マユコさんからは「毎回の作業の座席が固定化されていないので、他の人の様子を見て自分の席を決めないといけないことが負担。自分が使いたい座席を他の誰かも使いたいかもしれないので過剰に様子を伺ってしまう」と話があった。この相談内容を基にマユコさんの作業場を固定化させた。自席が決まっていることの安心感や作業プログラムに慣れてきたことから気持ちが安定。本人からも少しずつ通所日を増やしたいと要望が挙がるようになり、利用3か月目から通所訓練の日数を週3日に変更した。 (2) 発信カードを用いた支援 COの下位検査項目「基本的な要求伝達」は得点が2となった。部分的な伝達は出来ているが、話しかけるタイミングの難しさ、失礼な言葉遣いになっていないか不安が大きく、必要なタイミングでの援助要請が行えていなかった。 マユコさんからは「言葉が決まっていれば報告が出来ると思う」、「報告内容を考えながら失礼にならない言葉遣いを考えるとパニックになる」と訴えがあった。これらの相談を基に、報告時に使用する発信カード(図1)を作成。カードの文言は本人が言いやすい言葉、言い回しを支援者と一緒に考えた。 カードがあると文言を読み上げるだけで報告が出来、相手に伝わるという経験を積むことが出来た。自主的な発信が増え、カードを使用してから不安感による欠勤はなくなった。 図1 マユコさんの発信カード(実際は1枚ずつ作成) 4 考察 (1) BWAP2の優位性 作業遂行能力が高くともソフトスキルの面で課題に直面し就業継続が困難になる者は多い。また、ソフトスキルのアセスメント内容は多岐にわたるため支援者は就職までに何を、どの様に見ていけばいいのか、本人ともそれらの内容をどの様に共有し自己理解の支援に繋げていくのかは難しさがあった。 従来のアセスメントツールであるTTAPは検査実施のためのスキル、所要時間が必要になるが、BWAP2は実際の行動観察によってアセスメントが出来るため、今までのアセスメントツールより実施の難易度は低いと考える。 また、プロフィールシートを用いることによって検査結果から読み取れる強み・弱みの整理、支援目標・計画の立案がしやすくなった。本人と支援者が今後の見通しについて共通認識を持てるという点でも有効なツールである。 (2) 支援課題の明確化 マユコさんの様に一部の検査結果のワークプレイスメントが「就労移行レベル」の者であっても、すぐに就職し、就業継続が出来る訳ではない。支援機関に繋がる者は何らかの困難さを抱えているため、検査結果やヒアリングを通じて必要な支援を明確にする必要があると考える。 今回の事例では、ヒアリングを交えながら数値の低かった項目(IR)の支援を重視したことで安定通所や他者と交わることに自信を持つことが出来た。早期に支援課題を明確にすることは本人の訓練における負担を軽減出来ることが出来る。また、就労移行支援事業は2年間の有期限の福祉サービスであるため、利用者の貴重な時間をやみくもに奪わないという点でもBWAP2の活用は有効であったと考える。 【参考文献】 1) 梅永雄二:発達障害の人の就労アセスメントツール:BWAP2〈日本語版マニュアル&質問用紙〉,合同出版(2021) 2)梅永雄二:第28回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集p.194-195(2020) 3) 井出春華:第28回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集p.196-197(2020) 4) 島中令子:第28回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集p.200-201(2020) p.128 就労支援機関におけるアセスメントに関する調査-職業準備性に関するアセスメントの現状について- ○武澤 友広(障害者職業総合センター 研究員) 井口 修一・小林 一雅・古田 詩織・内藤 眞紀子・宮澤 史穂・伊藤 丈人・佐藤 敦(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 障害者の就労(就労系障害福祉サービスを含む。以下同じ)への移行にあたっては、移行前の相談支援において障害者本人の現状に適した就労の場や必要な支援サービスを相談するため、職業準備性(個人に職業生活の開始と継続に必要な条件が用意されている状態1))をアセスメントすることが必要である。これに資するツールとして、例えば「就労移行支援のためのチェックリスト」2)がある。このツールが開発されてから10年以上が経過しているため、障害者職業総合センター(以下「当センター」という。)は就労移行前の相談支援の現状も踏まえたアセスメントツールの開発に取り組んでいる。 ツールの開発にあたり、既存のチェックリストの評価項目によるアセスメントの実施状況、具体的には「基本的にどの対象者にも評価が実施されているのはどの項目か」「評価が難しいと考えられているのはどの項目か」といったアセスメントの現状を把握する必要がある。そこで、当センターは全国の障害者就業・生活支援センター、就労移行支援事業所及び地域障害者職業センターを対象に「就労支援機関におけるアセスメントに関する調査」を実施し、ツール開発の参考に資する情報を収集した。本報告では、調査で把握した職業準備性のアセスメントの現状について報告を行う。 2 方法 (1) 調査時期と対象者 2021年1月下旬から2月中旬にかけて実施した。郵便により障害者就業・生活支援センター335所、就労移行支援事業所3,000所に調査票を発送した。また、電子メールにより地域障害者職業センター52所に電子調査票を発送した。各機関に「障害者の就労支援の経験が豊富な人」を選定してもらい、回答を依頼した。 (2) 調査内容 ア フェイス項目 所属機関の種類、障害者の就労支援機関で支援者として勤務した期間(以下「経験期間」という。)、保有している資格及び就労支援において過去1年間に関わった対象者の対応状況(「日常的に対応」「時々対応」「まれに対応」「全く対応なし」の択一式)を障害種類(身体障害、知的障害、精神障害、発達障害、高次脳機能障害、難病、その他)別に尋ねた。 イ アセスメントに使用する方法やツール 利用者の支援を考える際のアセスメントに使用される方法やツール(「就労支援のためのチェックリスト」「就労移行支援のためのチェックリスト」「それ以外のチェックリスト」「ワークサンプル」「面接調査」「関係者からの情報収集」「施設内での作業場面の観察」「提携施設または施設外就労での作業場面の観察」「職場実習での観察」「その他」)についての自機関における実施状況(「基本的に全対象者に実施」「対象者の状況により実施」「基本的に実施しない」の択一式)と他機関への依頼状況の有無を尋ねた。なお、「就労支援のためのチェックリスト」及び「就労移行支援のためのチェックリスト」については認知状況(「知っている」「知らない」の択一式)も併せて尋ねた。 ウ 職業準備性のアセスメントの状況 まず、上記アの「利用者の障害種類別の対応状況」に関する質問において「日常的に対応」を選択した障害種類(「日常的に対応」を選択した障害種類がない場合は「時々対応」を選択した障害種類)の中から任意に1つの障害種類を選択してもらった。そして、その障害種類の利用者について既存のチェックリストの評価項目(全78項目)の評価状況(「基本的に(どのような利用者でも)評価する」「(評価するかどうかは)利用者による」「ほとんど評価しない」の択一式)を尋ねた。これに併せて、評価が困難な項目を選択するよう求めた。 3 結果 (1) 回収率と対象者の基本属性 3,387所に調査票を送付したところ、1,373所から回収した(回収率:40.5%)。ただし、複数の者が回答した機関があり、回答者の総数は1,382人であった。以下の分析は回答者単位で実施した。 経験期間は平均で99.0か月(8年3か月)で、5年未満の者が全体に占める割合が34.3%、5年以上10年未満の者が占める割合が35.8%であった。 保有資格は「その他」を除くと、職場適応援助者が最も多く(24.0%)、次いで社会福祉士(21.4%)であった。 p.129 過去1年間の利用者への対応状況について「日常的に対応」の選択率が相対的に高かったのは、精神障害(84.1%)、発達障害(82.4%)、知的障害(80.5%)であった。 (2) アセスメントに使用する方法やツール 図1に方法・ツール別の実施状況(選択肢別の選択割合:選択率)を示した。「基本的に全対象者に実施」の選択率をみると、「施設内での作業場面の観察」が最も高く(83.1%)、次いで「面接」(82.9%)であった。当センターが開発した「就労支援のためのチェックリスト」及び「就労移行支援のためのチェックリスト」については「基本的に全対象者に実施」及び「対象者の状況により実施」の選択率を合わせても50%を超えず、「それ以外のチェックリスト」の方が選択率は高かった。 一方、チェックリストの認知率(「知っている」が選択された割合)は「就労支援のためのチェックリスト」が71.0%、「就労移行支援のためのチェックリスト」が68.5%であった。 なお、他機関に実施を依頼している割合が最も高かったのは「ワークサンプル」(12.6%)であった。 (3) 職業準備性のアセスメントの状況 既存のチェックリストの項目別のアセスメントの状況を分析した結果、評価項目は以下の4種類に分類できた。 ・「基本的に評価」の選択率が全障害種類について50%以上:「ミスなく正確に作業できる」などの49項目(うち16項目は「基本的に評価」の選択率が全障害種類について80%以上) ・「基本的に評価」または「利用者による」の選択率が全障害種類について50%未満:「用件を伝えるのに電話、メール、FAXを利用できる」1項目 ・「利用者による」の選択率が全障害種類について50%以上:「作業工程や製品の流通が理解できている」1項目 ・「基本的に評価」または「利用者による」の選択率が50%以上の障害種類が一部存在:「細かい作業ができて、器用である」など27項目 なお、評価が困難な項目として選択された割合が最も高かったのは「計画的に有給休暇を取得できる」(18.1%)であった。 図1 アセスメントに使用する方法やツールの実施状況(括弧内の数字は有効回答数を示す) 4 考察 当センターが開発したチェックリストについて、認知度と実施状況の間のずれを把握できた。この原因として、当該チェックリストを参考にして各支援機関が独自にリストを作成し、アセスメントで使っている可能性が考えられる。 また、既存の職業準備性に関するチェックリストの評価項目には基本的に全ての対象者について評価する項目だけでなく、障害特性など対象者の状況を考慮して評価の対象となったり、ならなかったりする項目が存在することが明らかになった。したがって、アセスメントツールの開発に際しては、評価項目を列挙するだけでなく、障害特性をはじめとする対象者の状況を考慮した評価項目の選定に関する考え方をツールのマニュアルで示すことで、効果的な評価を促す必要があると考える。 【引用文献】 1) 相澤欽一『職業準備性の向上のための支援』,「就労支援ハンドブック」,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター職業リハビリテーション部(2019),p.27-33 2) 障害者職業総合センター 『就労移行支援のためのチェックリスト~障害者の一般就労へ向けた支援を円滑に行うための共通のツール~』,(2007), (2021年7月15日アクセス) p.130 障害者の就労継続を妨げる要因とは何か-テキストマイニングによる内容分析- ○石原 まほろ(障害者職業総合センター 研究員) 武澤 友広・井口 修一・竹中 郁子・古田 詩織・宮澤 史穂・伊藤 丈人・内藤 眞紀子(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 近年、障害者の就労意欲の高まりと企業の理解の進展などにより、雇用障害者数は年々増加傾向にある。また、発達障害者や精神障害者などよりきめ細かな配慮を要する雇用障害者の増加が見られる中、障害者の職場定着支援は重要な課題と認識されている。職場定着支援の課題は、障害特性、職務内容、本人の生活習慣、家族の対応や家庭内のトラブルなど複数の要因が絡みあって発生するため、系統立って全体像を把握することが難しい1)。先行研究で明らかにされた課題として、身体障害者は職場内の物理的環境整備やコミュニケーション、知的障害者は職場内のルールの遵守や生活面での課題、精神障害者は安定した出勤や職場内での相談体制の整備などが挙げられ、就職後の経過期間や障害種別によってその内容は異なるとされる1)。 特定の領域において経験や教育を通じて専門的なスキルや知識を習得し熟達を図るためには、最低でも10年の良質な経験が必要であるとされるが2)、対人援助職もその例外ではない。障害者の就労支援の近隣領域であるソーシャルワーク分野における熟達者は、高度な面接スキルを活用し深い利用者理解を行い、多面的な情報収集に基づくアセスメントが可能であることが明らかにされている3)。したがって、障害者の就労支援分野においても、就労支援者(以下「支援者」という。)の経験年数の違いによってアセスメントの質が異なるものと推察される。 職場定着支援を効果的に行うためには、支援者が、「障害者と職場環境のバランスが適切に保たれていることを常に確認し」4)、障害者と障害者を取り巻く環境の変化が就労継続に及ぼす影響を可能な範囲で事前にアセスメントし、雇用後に生じうる変化に上手く対処するための備えを講じておく必要がある。しかし、就職前のアセスメントでは十分に予測できなかった就労継続を妨げる要因にはどのようなものがあり、それらの見立ては支援者の経験年数によってどのように異なるのかを明らかにした先行研究は少ない。 そこで本研究では、就職前のアセスメント段階では予測困難な障害者の就労継続を妨げる要因が、支援対象者の障害種別や支援者の経験年数によって異なるかを明らかにすることを目的とする。 2 方法 (1) 調査対象者及び機関 障害者就業・生活支援センター335所、就労移行支援事業所3,000所、地域障害者職業センター52所の支援者を対象に郵送または電子メールによる調査を行い、障害者の就労支援の経験が豊富な支援者に回答を求めた。調査協力の同意は回答を持って得られたものとした。調査期間は2021年1月~2月であった。最終的に1,373所で勤務する1,382人の支援者から有効回答を得た(回収率40.5%)。支援者の平均支援経験年数は8年3か月であり、5年未満474人、5年以上10年未満495人、10年以上389人であった。 (2) 分析内容及び分析方法 本稿では、(1)で得られたデータのうち、就職前のアセスメントでは十分に予測できなかった就労継続を妨げる要因について取り上げる。障害種別ごとに自由記述を求めることで取得した5,210の文、総抽出語(分析対象ファイルに含まれている全ての語の延べ数)121,413語をローデータとし、支援対象者の障害種別6群(全障害種共通、身体障害、知的障害、精神障害、発達障害、高次脳機能障害)及び支援者の経験年数3群(5年未満、5年以上10年未満、10年以上)を外部変数とする対応分析を実施した。分析には、KH-Coder(Version:3.Beta.03)を用いた。 3 結果 (1) 障害種別の就労継続を妨げる要因 障害種別を外部変数とした対応分析を実施した結果、就労継続を妨げる要因は障害種別群ごとに異なる抽出語を伴って付置された(図1)。本稿では、抽出語が用いられた文脈を確認し得られた結果を述べる。全障害種共通の要因には、家庭環境の変化や職場担当者の変更などがあった。障害種別の要因には、身体障害や高次脳機能障害は指示理解の不足などによる作業遂行面での課題、知的障害は異性との関わり方や金銭管理などの生活面での課題、精神障害はストレスなどによる体調の悪化、発達障害は障害特性への理解の不足など上司・同僚や支援者とのコミュニケーション上の齟齬などがあった。 p.131 図1 障害種別の就労継続を妨げる要因 (2) 支援経験年数別の就労継続を妨げる要因 支援者の経験年数を外部変数とした対応分析を実施した結果、就労継続を妨げる要因は経験年数群ごとに異なる抽出語を伴い離れて付置された(図2)。原点付近に付置された抽出語の特徴から全経験年数共通の要因には、職場担当者の変更や職場での障害者本人のトラブルなどがあった。経験年数5年未満では、障害特性への理解が十分に得られないことによる職場の人間関係の問題や生活面などでの問題、5年以上10年未満では、家族や知人からの助言などの影響による退職や、本人・企業・支援者間の情報共有や支援の方向性に関するコンセンサスの不足、10年以上では生活面、職場の人間関係への適応、モチベーションなど障害 図2 支援経験年数別の就労継続を妨げる要因 者本人の課題などがあった。経験年数5年未満の付近には頻度の高い抽出語を含め複数の抽出語が付置されたが、経験年数が長くなるに従い抽出語が減る傾向が認められた。 4 考察と今後の展望 本研究で得られた結果から、就職前のアセスメント段階では予測困難な障害者の就労継続を妨げる要因は、障害種別や支援者の経験年数によって異なることが明らかになった。障害種別による就労継続を妨げる要因は、先行研究で得られた職場定着に関する課題を支持するものであったが、調査時期がコロナ禍であったため、障害者の担当可能な業務が減少したり、マスクを着用する機会の増加により聴覚障害者がコミュニケーションを図りにくくなったりするなどの要因も認められた。 就労継続を妨げる要因は、支援者の経験年数によらず共通して認められるものがある一方、支援者の経験年数が長くなるに従って就労継続を妨げる要因の数が減る傾向が認められた。また、就労継続を妨げる要因の特徴として、支援経験年数5年未満では、職場における障害特性への理解の不足が要因として多く挙げられていたのに対し、支援経験年数10年以上になると障害者本人の課題が多く挙げられる傾向があった。このことから、経験年数が長い支援者は、職場環境に起因する就労継続を妨げる要因が生じうる可能性を適切に予見し、必要な職場環境調整を行っているものと推察された。以上の結果から、経験年数が浅い支援者に対しては、①就職後に生じうる就労継続を妨げる要因にはどのようなものがあるのかについて見通しを持ちやすくするようなアセスメントの視点を提供すること、②就職後に生じうる就労継続を妨げる要因が、主に職場環境に起因して生じやすいのか、障害者本人の課題に起因して生じやすいのかを見極める手立てや、必要な職場環境調整の実施方法について助言することが有効であることが示唆された。 本研究で得られた知見を踏まえ、令和4年度に就労アセスメントツールを開発する予定である。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター『企業に対する障害者の職場定着支援の進め方に関する研究』,「障害者職業総合センター調査研究報告書No.107」,障害者職業総合センター(2012) 2) Ericsson, K. A.: ”Expertise”, Current Biology, 24(11), pp508-10(2014) 3) 石原まほろ『ソーシャルワーカーの熟達に関する文献研究―職業リハビリテーション従事者の人材育成に向けた示唆―』,技能科学研究,37(2), pp18-26(2020) 4) 小川浩『ジョブコーチハンドブック』, 社会福祉法人やまびこの里(2002) p.132 p.133 p.134 パネルディスカッションⅡ 職務創出とその支援 ~障害者雇用をしていくために~ 障害者雇用を進める際に、多くの企業が「会社内に適当な仕事がない」ということを課題として挙げています。「職務創出」は、障害者雇用に取り組む企業の現場だけでなく、相談を受ける支援機関においても課題になっていると考えられます。 一方で、適当な仕事があったとしても、社内の障害者雇用に関する取組方針の検討や理解が十分でなかったり、業務内容とご本人の適性が合わなかったりすると、結果として職場定着につながりづらいという実態も見受けられます。障害者雇用を継続していくためには、「職務創出」のみに着目するのではなく、経営戦略の中でどのように障害者雇用を位置づけていくのかを考えていくことや社内の理解促進も重要です。 そこで、本ディスカッションでは、本社人事部から全国の事業所へと障害者雇用を展開していった企業とその企業の支援にあたった機関、そして総務部の仕事からはじまり看護部などへと障害のある方の業務を拡大してきた病院、各地域の企業を支援する立場である当機構の地域障害者職業センターから具体的な取組内容を報告します。企業側、支援機関側双方の取組を紹介することで、継続的な雇用に向けた職務創出について、企業と支援機関それぞれの立場から考えていきます。 コーディネーター:古谷護  障害者職業総合センター 職業リハビリテーション部 次長 p.135 パネリスト:坂田 修平 氏 コマツ 本社人事部ビジネスクリエーションセンタ 主査 (東京都港区) 就業促進のために「自社内雇用」を障がい者雇用の基本方針として位置づけ、支援機関と連携しながら本社人事部から全国の事業所(工場)へと障がい者雇用を拡大していった取組の内容を紹介します。 パネリスト:堀江 美里  氏 特定非営利活動法人WEL’S 副理事/就業・生活支援センターWEL’S TOKYO センター長 兼 主任職場定着支援担当 (東京都千代田区) コマツ様が障害者雇用を進める中で、支援機関としてサポートした内容を紹介するとともに、企業に寄り添う支援を行うにあたっての姿勢や連携のあり方などについて支援業務の経験をもとに紹介します。 パネリスト:鈴木 崇志  氏 南東北グループ 医療法人社団三成会 新百合ヶ丘総合病院 総務課 課長心得 (神奈川県川崎市) 障害のある方の業務について、総務課の業務からはじめ看護部などへと業務の切り出しを広げていくにあたり、病院内の理解促進やサポート体制などの課題にどのように対応していったのか、その取組について紹介します。 パネリスト:市川 美也子 千葉障害者職業センター 主幹障害者職業カウンセラー (千葉県千葉市) 支援の現場において企業側から寄せられる悩みや課題はどのようなものがあるか紹介するとともに、当機構地域障害者職業センターにおける事業主支援の取組などについて紹介します。 (奥付) ホームページについて 発表論文集や、障害者職業総合センターの研究成果物については、一部を除いて、下記のホームページからPDFファイルによりダウンロードできます。 【障害者職業総合センター研究部門ホームページ】https://www.nivr.jeed.go.jp/ 無断転載は禁止します。 ただし、聴覚障害その他の理由で活字のままでこの本を利用できない方のために、営利を目的とする場合を除き、「録音図書」「点字図書」「拡大写本」等を作成することを認めております。その際は下記までご連絡ください。 なお、視覚障害者の方等で本発表論文集のテキストファイル(文章のみ)を希望されるときも、ご連絡ください。 【連絡先】障害者職業総合センター研究企画部企画調整室 TEL 043-297-9067 FAX 043-297-9057 E-mail kikakubu@jeed.go.jp 第29回 職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 編集・発行 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター 〒261-0014 千葉市美浜区若葉3-1-3 TEL 043-297-9067 FAX 043-297-9057 発行日 2021年11月 印刷・製本 株式会社コームラ