「第28回職業リハビリテーション研究・実践発表会」の開催にあたって 高齢・障害・求職者雇用支援機構は、職業リハビリテーションサービスの基盤整備と質的向上を図るため、「職業リハビリテーション研究・実践発表会」を平成5年から毎年開催しています。 職業リハビリテーション研究・実践発表会は、近年1,000人を超える参加を得て、職業リハビリテーションに関する調査研究や実践活動から得られた多くの成果を発表いただく機会を設けるとともに、会場に集まっていただいた方々の意見交換や経験交流を通じて、研究、実践の成果の普及に努めています。 今回の第28回職業リハビリテーション研究・実践発表会の開催につきましては、新型コロナウイルス感染症対策の観点から、参加者皆様の安全と安心を確保しつつ研究、実践の普及を行うため、障害者職業総合センター(NIVR)ホームページにおいて広くその内容を発信する開催方法といたしました。具体的には、特別講演とパネルディスカッションの動画を掲載するとともに、口頭発表やポスター発表を発表資料としてホームページに掲載いたします。 現下の感染症の拡大を機に、日常の生活、働き方の変化が急速に進む一方で、雇用調整の可能性があると考えている企業が10万社を超えているという報告もあり、障害のある方の就職や安定した職業生活の維持について先行きは不透明な状況にあります。 今回の研究・実践発表会では、企業の障害者雇用による社内の意識変革や経営の持続可能性の実現につなげる取組や、社員であるジョブコーチの活躍による雇用安定の実践、デジタル技術を活用した就業環境の整備等様々な工夫により、障害のある方が戦力として活躍し生産性の向上に結び付いている事例を紹介しながら、特別講演やパネルディスカッションによる議論を行っていただきます。 このような厳しい状況下にあるからこそ、企業として障害者雇用にどのように取り組み、また、支援機関としてどのように支援を行うかを再考いただく機会として今回の研究・実践発表会をご活用いただきたくお願いいたします。 また、今回開催方法を変更したことにより、これまで研究・実践発表会の会場にお越しいただけなかった方々にも地域を越えて成果をお届けすることができると考えています。ホームページの内容を地域や有志による活動など様々な場で活用いただくことにより、地域における意見交換、経験交流の取組が進む一助となることを願っております。 最後に、感染症対策により、参加者のいない状況で撮影にご協力いただく特別講演の講師及びパネリストの皆様、研究・実践発表を資料によって行うことに応じていただいた100名を超える発表者の皆様に心より感謝申し上げます。 令和2年11月 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長 和田 慶宏 プログラム 1 開会 挨拶:和田 慶宏 (独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 理事長) 2 特別講演 「障害者雇用の経営改善効果 ~戦力化と相乗効果~」 講師:影山 摩子弥 氏 (横浜市立大学都市社会文化研究科 教授/CSR&サステナビリティセンター長) ※内容の詳細は、動画等をホームページに掲載します。 3 パネルディスカッションⅠ 「障害者を継続雇用するためのノウハウ ~企業在籍型ジョブコーチの活躍~」 コーディネーター:鈴木 瑞哉 (東京障害者職業センター 所長) 野澤 紀子 (障害者職業総合センター 主任研究員) パネリスト (五十音順):星 希望 氏 (あおぞら銀行 人事部 人事グループ 調査役/精神保健福祉士) 細川 孝志 氏 (青山商事株式会社 ロジスティクス戦略部長) 松本 優子 氏 (豊通オフィスサービス株式会社 業務グループ 臨床心理士/社会福祉士/精神保健福祉士) ※内容の詳細は、動画等をホームページに掲載します。 4 パネルディスカッションⅡ 「障害のある社員の活躍のためのICT活用」 コーディネーター:早坂 博志 (独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 企画部 次長) パネリスト(五十音順):井上 竜一郎 氏 (インプラス株式会社 代表取締役) 竹内 稔貴 氏 (グリービジネスオペレーションズ株式会社 経営企画室 マネージャー) 吉田 岳史 氏 (パーソルチャレンジ株式会社 コーポレート本部 経営企画部 事業開発グループ マネジャー(Neuro Dive秋葉原 マネジャー)) ※内容の詳細は、動画等をホームページに掲載します。 5 研究・実践発表 ※研究・実践発表103題の発表資料等をテーマ別にホームページに掲載します。 目次 【特別講演】 ※発表者には名前の前に○がついています。 「障害者雇用の経営改善効果 ~戦力化と相乗効果~」 p.2 講師:影山 摩子弥 横浜市立大学/CSR&サステナビリティセンター 【パネルディスカッションⅠ】 「障害者を継続雇用するためのノウハウ ~企業在籍型ジョブコーチの活躍~」 p.6 コーディネーター:鈴木 瑞哉 東京障害者職業センター 野澤 紀子 障害者職業総合センター パネリスト:星 希望 あおぞら銀行 細川 孝志 青山商事株式会社 松本 優子 豊通オフィスサービス株式会社 【パネルディスカッションⅡ】 「障害のある社員の活躍のためのICT活用」 p.10 コーディネーター:早坂 博志 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 パネリスト:井上 竜一郎 インプラス株式会社 竹内 稔貴 グリービジネスオペレーションズ株式会社 吉田 岳史 パーソルチャレンジ株式会社 【研究・実践発表】 テーマ1:企業の新たな取組 1 新たなステージに向けたサポート p.14 ○星 希望 あおぞら銀行 2 2020年度社員研修実施計画「2019年度実施内容の見直しと p.16 ○山本 恭子 みずほビジネス・チャレンジド株式会社 熱田 麻美 みずほビジネス・チャレンジド株式会社 3 進化する精神・発達障害雇用~理念を仕組みで具体化し、勤続・職務拡大・会社への貢献を実現 p.18 ○税所 博 ボッシュ株式会社 4 『経営課題から経営戦略へ:夢で終わらせない障がい者雇用』~働く上での制約を支援し活用できる企業を目指して~ p.20 ○菊池 ゆう子 株式会社スタートライン 大隣 和人 株式会社オープンハウス 刎田 文記 株式会社スタートライン 5 障がい者による農業と雇用推進 p.22 ○菊元 功 CDPフロンティア株式会社 田代 至弘 CDPフロンティア株式会社 テーマ2:在宅就労・ICT 1 障がい者のリモートワークへの挑戦(DX開発人財) p.26 ○野口 悦子 株式会社ベネッセビジネスメイト 宇野 亜希子 株式会社ベネッセビジネスメイト 百溪 友一 株式会社ベネッセビジネスメイト 2 発達障害のある方のリモートによる能力開発の可能性 ○井上 宜子 サテライト・オフィス平野 p.28 3 With/Afterコロナ時代における在宅×出社「ハイブリッド勤務体制」の実現に向けた取り組み p.30 ○西 晶子 GMOドリームウェーブ株式会社 ○大山 菜央 GMOドリームウェーブ株式会社 井上 由華 GMOドリームウェーブ株式会社 4 障がい者社員のテレワーク・在宅勤務(身体・知的・精神・発達) p.32 ○遠田 千穂 富士ソフト企画株式会社 ○槻田 理 富士ソフト企画株式会社 5 リモートを利用した在宅ストレス対策・研修プログラムの実践 p.34 ○秋山 洸亮 株式会社アウトソーシングビジネスサービス 6 回復期段階から在宅就業を目指した高位頸髄損傷者への支援 p.36 ○露木 拓将 神奈川リハビリテーション病院 立花 佳枝 神奈川リハビリテーション病院 松元 健 神奈川リハビリテーション病院 柏原 康徳 神奈川リハビリテーション病院 7 重度身体障害者のICTを駆使した就労支援~医療・介護・福祉の連携から、ケアを効率化して社会参加へ~ p.38 ○伊藤 佳世子 社会福祉法人りべるたす 8 盲ろう者の大学事務職における就労事例報告-コロナ禍での在宅勤務を経験して- p.40 ○森 敦史 筑波技術大学 後藤 由紀子 筑波技術大学 白澤 麻弓 筑波技術大学 9 緊急事態宣言下における視覚障害者の在宅勤務の実情-当事者へのヒアリング調査から- p.42 ○伊藤 丈人 障害者職業総合センター 10 地方部の就労継続支援B型事業所における精神障害のある利用者支援と課題 -在宅就労支援を中心とする事業所調査の分析から- p.44 ○山口 明日香 高松大学 八重田 淳 筑波大学大学院 テーマ3:職場定着・適応支援 1 高齢障がい者(知的障害)の継続雇用に於ける合理的配慮の具体的事例 p.48 ○相原 信哉 旭電器工業株式会社 2 知的障害・発達障害を持つ在職者向け定着支援プログラムの実施を通じて~3年間のまとめと外部機関との連携について~ p.50 ○松村 佳子 武蔵野市障害者就労支援センターあいる 竹之内 雅典 NPO法人障がい者就業・雇用支援センター 3 ストレスチェックを起点とした知的障がい者社員に対する職場定着支援の展開についての試み p.52 ○鈴木 翼 MCSハートフル株式会社 4 自閉スペクトラム症女性が多機関連携により就労定着している一事例-状態像の共有から特性理解が深まった過程に焦点をあてて- p.54 ○伊藤 ひろみ 就労支援センターグッジョブ 齋藤 淳子 就労支援センターグッジョブ 田沼 義昭 就労支援センターグッジョブ 5 企業在籍型ジョブコーチによる支援の効果及び支援事例に関する調査研究(1) -アンケート調査結果から- p.56 ○野澤 紀子 障害者職業総合センター 内藤 眞紀子 障害者職業総合センター 岩佐 美樹 障害者職業総合センター 伊藤 丈人 障害者職業総合センター 6 企業在籍型ジョブコーチによる支援の効果及び支援事例に関する調査研究(2) -ヒアリング調査結果から- p.58 ○岩佐 美樹 障害者職業総合センター 内藤 眞紀子 障害者職業総合センター 野澤 紀子 障害者職業総合センター 伊藤 丈人 障害者職業総合センター 7 「わからない」感覚の保持と適応的協働 -職場適応支援の現場から- p.60 ○柴田 和宣 千葉障害者職業センター 8 発達障害特性のうかがえる精神障害者における職場適応上の課題と対応の実態 …地域障害者職業センターを対象とした調査から… p.62 ○知名 青子 障害者職業総合センター テーマ4:復職支援 1 企業におけるメンタルヘルス不調による休職者の職場復帰に向けた対応 p.66 ○宮澤 史穂 障害者職業総合センター 内藤 眞紀子 障害者職業総合センター 田中 歩 障害者職業総合センター 依田 隆男 障害者職業総合センター 山科 正寿 障害者職業総合センター 村久木 洋一 障害者職業総合センター 2 医療機関の復職支援プログラムにおける発達障害特性がある者への対応~医療機関へのヒアリング結果~ p.68 ○村久木 洋一 障害者職業総合センター 田中 歩 障害者職業総合センター 山科 正寿 障害者職業総合センター 依田 隆男 障害者職業総合センター 宮澤 史穂 障害者職業総合センター 3 神奈川リハビリテーション病院における脳卒中患者への復職支援~治療と仕事の両立支援の本格的な展開に向けて~ p.70 ○小林 國明 神奈川リハビリテーション病院 松元 健 神奈川リハビリテーション病院 今野 政美 神奈川リハビリテーション病院 山本 和夫 神奈川リハビリテーション病院 鈴木 才代子 神奈川リハビリテーション病院 進藤 育美 神奈川リハビリテーション病院 山崎 修一 神奈川リハビリテーション病院 露木 拓将 神奈川リハビリテーション病院 柴田 佑 神奈川リハビリテーション病院 所 和彦 神奈川リハビリテーション病院 青木 重陽 神奈川リハビリテーション病院 4 リワーク・就労移行支援における双極性障害に特化した再発予防プログラム「双極ライフログ」の実施報告 p.72 ○松浦 秀俊 株式会社リヴァ リヴァトレ品川 長谷川 亮 株式会社リヴァ リヴァトレ市ヶ谷 5 「精神障害者職場再適応支援プログラム(JDSP:ジョブデザイン・サポートプログラム)」のカリキュラムの再構成について p.74 ○中村 聡美 障害者職業総合センター職業センター 井上 恭子 障害者職業総合センター職業センター テーマ5:キャリア形成 1 特別支援学校(聴覚障害)におけるキャリア教育の実践-講演「かがやく社会人になるために」を事例として- p.78 ○笠原 桂子 株式会社JTBデータサービス 2 当事者研究を用いた精神障害者当事者による障害者のキャリア形成の現状について p.80 ○細田 拓成 同志社大学大学院 3 聴覚障害者のキャリアアップにおける課題-聴覚障害当事者と企業担当者に対するアンケート調査から- p.82 ○後藤 由紀子 筑波技術大学 横井 聖宏 筑波技術大学 河野 純大 筑波技術大学 4 キャリア教育・職業教育に活用できるアセスメントツールの開発~VDT作業の心的疲労・精神的作業負荷・認知負荷の教育利用~ p.84 ○内野 智仁 筑波大学附属聴覚特別支援学校 5 企業における発達障がい者の業務アプリケーション・RPAプログラマーとしてのキャリア形成 p.86 ○小松 里香 株式会社サザビーリーグHR テーマ6:アセスメント、支援ツールの開発、実践 1 「障害の多様化に対応した職業リハビリテーションツールの効果的な活用に関する研究」における利用者アンケートから p.90 ○田村 みつよ 障害者職業総合センター 山科 正寿 障害者職業総合センター 武澤 友広 障害者職業総合センター 村久木 洋一 障害者職業総合センター 渋谷 友紀 障害者職業総合センター 國東 菜美野 障害者職業総合センター 知名 青子 障害者職業総合センター 小池 磨美 障害者職業総合センター 井口 修一 障害者職業総合センター 田中 歩 障害者職業総合センター 2 「障害の多様化に対応した職業リハビリテーションツールの効果的な活用に関する研究」におけるヒアリング調査結果について p.92 ○山科 正寿 障害者職業総合センター 田村 みつよ 障害者職業総合センター 武澤 友広 障害者職業総合センター 村久木 洋一 障害者職業総合センター 渋谷 友紀 障害者職業総合センター 國東 菜美野 障害者職業総合センター 知名 青子 障害者職業総合センター 小池 磨美 障害者職業総合センター 井口 修一 障害者職業総合センター 田中 歩 障害者職業総合センター 3 ワークサンプル作業検査(神奈川県版)等による支援機関への支援を目的とした職業能力評価の取組みについて p.94 ○佐藤 守 神奈川県障害者雇用促進センター 堀内 富士江 神奈川県障害者雇用促進センター 深水 豊子 神奈川県障害者雇用促進センター 高橋 悦朗 神奈川県障害者雇用促進センター 熱田 郁子 神奈川県障害者雇用促進センター 富田 香美 神奈川県障害者雇用促進センター 福田 麻奈美 神奈川県障害者雇用促進センター 4 ACT(アクト)マトリックス・カードを用いた定着支援の事例について p.96 ○小倉 玄 株式会社スタートライン 刎田 文記 株式会社スタートライン 5 就労移行支援機関を利用する精神及び発達障がい者における一般就労へ至るまでの心理的指標の変化とその要因に関する検討 p.98 ○香川 紘子 株式会社スタートライン 刎田 文記 株式会社スタートライン 高谷 さふみ 社会福祉法人釧路のぞみ協会 6 関係フレームスキル(RFS)アセスメントシートの開発とその試行について p.100 ○岩村 賢 株式会社スタートライン 刎田 文記 株式会社スタートライン 7 屋内型農園ファーム『IBUKI』におけるワークサンプルの開発とIBUKI-EIT研修の実施及び結果について p.102 ○伊部 臣一朗 株式会社スタートライン 刎田 文記 株式会社スタートライン 兵頭 和也 株式会社スタートライン 8 EIT研修における就労支援・メンタルサポートとその効果 p.104 ○下山 佳奈 株式会社スタートライン 刎田 文記 株式会社スタートライン 9 元気回復行動プラン(WRAP)を応用したセルフマネジメントツールの開発 p.106 ○玉瀬 恵 東京都ビジネスサービス株式会社 大場 秀樹 東京都ビジネスサービス株式会社 小島 理奈 東京都ビジネスサービス株式会社 10 発達障害者の運転免許取得におけるソフトスキル面に対するアセスメント開発の試み p.108 ○高橋 幾 早稲田大学大学院 梅永 雄二 早稲田大学 教育・総合科学学術院 11 レジリエンス力に着目した就労支援について〈2〉~「体験学習で利用者が学んだこと」~ p.110 ○青塚 幸 就労移行支援事業所Conoiro 明井 和美 就労移行支援事業所Conoiro 12 食事評価・労働効率換算表を用いた身体障害者の労働生産性、就労支援創出の研究 p.112 ○田代 雄斗 京都大学大学院 青山 朋樹 京都大学大学院 テーマ7:就労支援機関の取組 1 就労移行支援事業所利用開始から一般就労定着支援までのACTを活用した実践発表 p.116 ○森島 貴子 社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター 竹谷 知比呂 社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター 和泉 宣也 社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター 鈴木 浩江 社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター 刎田 文記 株式会社スタートライン 2 地方における就労移行支援事業のチャレンジと進捗状況、今後の展望について p.118 ○濱田 真澄 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ米子 村岡 美咲 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ米子 松尾 亜紀 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ米子 3 就労支援事業所における管理職の現状と課題に関する探索的検討-インタビュー調査から- p.120 ○大川 浩子 北海道文教大学/NPO法人コミュネット楽創 本多 俊紀 NPO法人コミュネット楽創 宮本 有紀 東京大学大学院 4 意思表示の弱い知的障害者への就労支援の取り組みについて~医療法人だからできる他職種連携によるアプローチ~ p.122 ○山﨑 美苗 医療法人メディカルクラスタ たまフレ! 5 埼玉県南西部就労移行連合会の取り組み ~就労移行を中心とした、地域における「横のつながり」の効果を最大化する実践の紹介~ p.124 ○高口 和之 NPO法人志木市精神保健福祉をすすめる会 傍楽舎 河辺 朋久 就労移行支援事業所シャローム和光 山口 将秀 torepal就労移行支援事業所 中村 竜志 障害者就業・生活支援センターSWAN 6 クライエントと協働関係を築くためのダイアローグ-オープンダイアローグが新たに紡ぐ就労支援の可能性- p.126 ○越智 勇次 しょうがい者就業・生活支援センターアイリス 7 関係フレーム理論に基づくケースフォーミュレーションとその効果について p.128 ○刎田 文記 株式会社スタートライン 8 職務能力の向上可能性を明示する事業主支援 p.130 ○依田 隆男 障害者職業総合センター 9 障がい者の就労支援や生活訓練を充実させる福祉事業所の‘食と農に関する取り組み’ p.132 ○片山 千栄 元 農業・食品産業技術総合研究機構 石田 憲治 元 農業・食品産業技術総合研究機構 10 デザイン思考で自然に働く p.134 ○柿沼 直人 有限会社芯和 Cocowa 11 デザインを通して創りだす・伝わる(コミュニケーションする)を社会に提供する p.136 ○高橋 和子 有限会社芯和 Cocowa テーマ8:様々な背景のある求職者への支援 1 新規学卒者の障害受容について p.140 ○川本 静 広島東公共職業安定所 2 何らかの就労課題を抱える方を対象とした一般相談窓口から専門相談窓口(精神障害者雇用トータルサポーター)への誘導状況 p.142 ○岡本 由紀子 ハローワーク大和高田 3 障害者就業・生活支援センターにおける障害が窺われる生活困窮者等への就労支援について p.144 ○森 敏幸 清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせ 佐村 枝里子 清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせ 4 障害高校生が一般就労後、安心して働けるように支援するNotoカレッジ独自のサービス「のとよーびさぽーと」の取り組み p.146 ○加藤 義行 株式会社Notoカレッジ 5 コロナ禍におけるA特別支援学校の進路指導の現状と課題 p.148 ○矢野川 祥典 福山平成大学 濱村 毅 高知大学教育学部附属特別支援学校 石山 貴章 高知県立大学 地域教育研究センター テーマ9:障害者雇用の実態 1 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第6期)結果報告-仕事をする理由と仕事の満足度の関係- p.152 ○大石 甲 障害者職業総合センター 高瀬 健一 障害者職業総合センター 田川 史朗 障害者職業総合センター 田中 あや 障害者職業総合センター 2 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第6期)における新たな取組-ヒアリング調査による事例報告- p.154 ○高瀬 健一 障害者職業総合センター 大石 甲 障害者職業総合センター 田川 史朗 障害者職業総合センター 田中 あや 障害者職業総合センター 3 成人期に診断を受けた発達障害者とその家族への就労前の支援ニーズに関する考察 -就労定着する本人と家族への調査を踏まえて p.156 ○齋藤 淳子 就労支援センターグッジョブ 伊藤 ひろみ 就労支援センターグッジョブ 佐々木 寛子 就労支援センターグッジョブ 4 職務特性が職務満足および離職意思に与える影響-特例子会社の障がい者を対象とした定量的分析- p.158 ○福間 隆康 高知県立大学 5 障害のある求職者が必要としている合理的配慮について-障害のある求職者の実態調査結果より- p.160 ○井口 修一 障害者職業総合センター 武澤 友広 障害者職業総合センター 6 文献調査に基づく就労困難性(職業準備性と就労困難性)の構成要因に関する検討 p.162 ○武澤 友広 障害者職業総合センター 古田 詩織 障害者職業総合センター 井口 修一 障害者職業総合センター 内藤 眞紀子 障害者職業総合センター 宮澤 史穂 障害者職業総合センター 伊藤 丈人 障害者職業総合センター 田中 歩 障害者職業総合センター 知名 青子 障害者職業総合センター 村久木 洋一 障害者職業総合センター 國東 菜美野 障害者職業総合センター 7 国立大学法人における障害者雇用に関する実態調査-コロナ禍が与えた影響もふまえて- p.164 ○宇野 京子 岡山大学 伊藤 美和 富山大学大学院 齋藤 大地 宇都宮大学 前原 和明 秋田大学 水内 豊和 富山大学 8 障害者雇用管理と職場ソーシャルキャピタルの関連 -中高年齢障害者に対する職業生活再設計等に係る支援に関する調査研究から- p.166 ○永野 惣一 障害者職業総合センター 高瀬 健一 障害者職業総合センター テーマ10:諸外国の動向 1 フランスにおける新型コロナウィルス感染の影響下での障害者雇用支援について p.170 ○小澤 真 大阪府立大学 高等教育推進機構 2 中東・ヨルダンにおける障害のある方に対する支援 p.172 ○植松 達也 JICA青年海外協力隊 小倉 大志 JICA青年海外協力隊 3 「世界の職業リハビリテーション研究会」設置からの取組と課題 p.174 ○堀 宏隆 障害者職業総合センター 春名 由一郎 障害者職業総合センター 大石 甲 障害者職業総合センター 永野 惣一 障害者職業総合センター 武澤 友広 障害者職業総合センター 伊藤 丈人 障害者職業総合センター テーマ11:精神障害 1 精神障害のある短時間労働者の雇用状況について(その1)~特例措置適用企業を中心とした障害者雇用状況データの分析~ p.178 ○國東 菜美野 障害者職業総合センター 小池 磨美 障害者職業総合センター 渋谷 友紀 障害者職業総合センター 田中 歩 障害者職業総合センター 田村 みつよ 障害者職業総合センター 2 精神障害のある短時間労働者の雇用状況について(その2)~事業所アンケートの結果を中心に~ p.180 ○渋谷 友紀 障害者職業総合センター 小池 磨美 障害者職業総合センター 國東 菜美野 障害者職業総合センター 田中 歩 障害者職業総合センター 3 精神障害のある短時間労働者の雇用状況について(その3)~本人アンケートの結果を中心に~ p.182 ○小池 磨美 障害者職業総合センター 渋谷 友紀 障害者職業総合センター 國東 菜美野 障害者職業総合センター 田中 歩 障害者職業総合センター 4 職業リハビリテーションにおける行動分析学の活用-うつ病等を有する者へのACTを活用した実践事例- p.184 ○佐藤 大作 秋田障害者職業センター 5 就労支援のケース検討におけるPCAGIP法の適用について p.186 ○早田 翔吾 ストレスケア東京上野駅前クリニック ○内田 博之 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 6 K-STEPを使った精神障害者のセルフケア p.188 ○下田 直樹 ニューロワークス横浜センター 鈴木 崇夫 ニューロワークス横浜センター 7 就労支援施設利用を促す中間的役割としての稲作ケアの可能性 p.190 ○鳥島 佳祐 川室記念病院 宇良 千秋 東京都健康長寿医療センター 岡村 毅 東京都健康長寿医療センター 藤野 未里 高田西城病院 烏帽子田 彰 川室記念病院 川室 優 川室記念病院 テーマ12:発達障害 1 アスペルガー症候群に特化した就労支援プログラム-日本版BWAP2の開発に向けて p.194 ○梅永 雄二 早稲田大学 教育・総合科学学術院 高橋 幾 早稲田大学大学院 井出 春華 早稲田大学大学院 乗田 開 早稲田大学大学院 2 アセスメントに基づいたASD者への構造化による支援-BWAP2によるソフトスキルのアセスメントから- p.196 ○井出 春華 早稲田大学大学院 梅永 雄二 早稲田大学大学院 3 知的障害を伴うASD者の就労支援に必要なアセスメント~ソフトスキルのアセスメント p.198 ○乗田 開 早稲田大学大学院 吉村 美穂 早稲田大学大学院 梅永 雄二 早稲田大学大学院 4 職場適応アセスメントBWAP2に基づいた就労支援~放課後等デイサービス利用するASD者を中心に~ p.200 ○島中 令子 NPO法人CCV 髙橋 幾 早稲田大学大学院 梅永 雄二 早稲田大学 教育・総合科学学術院 5 高機能ASD者の就労支援~ESPIDDで使用される職場内アセスメントに基づいて~ p.202 ○砂川 双葉 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺 梅永 雄二 早稲田大学 教育・総合科学学術院 濱田 和秀 特定非営利活動法人クロスジョブ 6 転職支援(チャレンジ雇用から一般就労)におけるTTAPアセスメントの活用 p.204 ○神山 貴弘 株式会社チャレンジドジャパン 縄岡 好晴 大妻女子大学 7 発達障害をお持ちの方のセールスポイントを見出すための職業アセスメントと準備性の取り組みについて p.206 ○田村 俊輔 社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター 金橋 美恵子 社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター 原田 千春 くしろ・ねむろ障がい者就業・生活支援センターぷれん 髙谷 さふみ 社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター 8 発達障害児・者の就職・職場定着を支える学習内容~働くことへの意欲を高める取組、職場定着を促す取組~ p.208 ○清野 絵 国立障害者リハビリテーションセンター研究所 榎本 容子 独立行政法人国立特別支援総合研究所 9 在職中又は休職中の発達障害者に対する作業管理支援の技法開発について p.210 ○西脇 昌宏 障害者職業総合センター職業センター 森 優紀 障害者職業総合センター職業センター 松浦 秀紀 障害者職業総合センター職業センター 10 自閉スペクトラム症(ASD)者とともに働く上司に求められるコンピテンシーの検討 p.212 ○川端 奈津子 群馬医療福祉大学 テーマ13:高次脳機能障害・難病・若年性認知症 1 札幌での社会資源の少ない国家公務員における高次脳機能障害者の復職支援~B型事業所が行った復職支援の1例~ p.216 ○伊藤 裕希 特定非営利活動法人コロポックルさっぽろ 内田 由貴子 脳損傷友の会コロポックル 尾崎 聖 相談室コロポックル 土谷 規子 就労継続支援B型事業所クラブハウスコロポックル 比内 啓之 就労継続支援B型事業所クラブハウスコロポックル 2 失語症者の復職支援における会話支援アプリの活用可能性の検討~聴覚障がい者向け会話支援アプリ「こえとら」活用事例から~ p.218 ○加藤 朗 名古屋市総合リハビリテーションセンター 有光 哲彦 株式会社フィート 3 高次脳機能障害の方の復職支援に向けた取り組みからわかる札幌市の現状と今後の展望 p.220 ○角井 由佳 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 伊藤 真由美 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 濱田 和秀 特定非営利活動法人クロスジョブ 4 極度の易疲労性を呈した高次脳機能障害のある方の復職支援の一事例 p.222 ○田中 淳子 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ鳳 辻 寛之 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ阿倍野 5 急性期から維持期のリハビリテーション専門職ができる復職支援-理学療法士と社会福祉士の視点からの考察- p.224 ○宮城 麻友子 洛西シミズ病院 石田 俊介 洛西シミズ病院 田村 篤 洛西シミズ病院 6 クロスジョブ支援に基づく高次脳機能障害のある方への就労支援での気づき p.226 ○村上 可奈 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ阿倍野 辻 寛之 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ阿倍野 7 院内新規就労者に対する就労支援の取り組み ~ワークサンプル幕張版を用いた職能評価と環境調整が有効であった一例~ p.228 ○石川 篤 東京慈恵会医科大学附属病院 松木 千津子 東京慈恵会医科大学附属病院 安保 雅博 東京慈恵会医科大学リハビリテーション医学講座 8 高次脳機能障害者の就労に関する研究-「職業準備性」「仕事環境」の主観評価に着目して- p.230 ○上杉 治 放送大学大学院/浜松市リハビリテーション病院 田城 孝雄 放送大学 野藤 弘幸 常葉大学 鈴木 修 NPO法人くらしえん・しごとえん 9 記憶障害に対する体系的な学習カリキュラムの紹介~職業センターにおける試行状況~ p.232 ○三浦 晋也 障害者職業総合センター職業センター 井上 満佐美 障害者職業総合センター職業センター 10 高次脳機能障害者の職場の上司や同僚等を対象とするコミュニケーションパートナートレーニング p.234 ○土屋 知子 障害者職業総合センター 松尾 加代 大阪河﨑リハビリテーション大学 春名 由一郎 障害者職業総合センター 11 難病患者の就労支援の地域連携フローの明確化と職業リハビリテーションマニュアル開発に向けた現場支援者の実態やニーズの把握 p.236 ○春名 由一郎 障害者職業総合センター 堀 宏隆 障害者職業総合センター 12 難病患者の就労・雇用状況からの就労支援の考察~調査・研究と現場の支援から見えてくる難病者の‘働く‘実像を考える~ p.238 ○中金 竜次 就労支援ネットワークONE 13 若年性認知症の方の就労から定着までの支援 p.240 ○藤野 朗子 特定非営利活動法人ほっぷの森 14 東京障害者職業センター多摩支所との連携による若年性認知症の再就職の可能性 p.242 ○来島 みのり 高齢者福祉総合施設マザアス日野 伊藤 耕介 高齢者福祉総合施設マザアス日野 p.2 特別講演 障害者雇用の経営改善効果 ~戦力化と相乗効果~ 影山 摩子弥 横浜市立大学都市社会文化研究科 教授 CSR&サステナビリティセンター長 1.障害者雇用の現状と課題 厚生労働省の発表によれば、2019年6月1日現在の民間企業における実雇用率は過去最高ではあるものの、2.11%と法定雇用率2.2%を下回っています1。また、法定雇用率達成企業割合も48.0%と、半分に満たない状況です2。 実雇用率の推移をグラフ化すると、身体障害者の雇用が義務化された1976年以降、ほぼ一貫して上昇傾向を示していることが分かりますが、残念ながら、法定雇用率を追いかけているだけとも言えます。日本企業は、CSRの中でもコンプライアンスを重視する傾向が指摘されており、それは、無理のある解釈とは言い切れません。また、企業規模が小さくなるほど、パフォーマンスが低い傾向が指摘できます。 その背景には、企業側に、力になりにくい、不測の事態があると困る、対処のノウハウがない、作業の現場の負担になる、などの不安があることは否めません。 2.障害者の戦力化 しかし、法定雇用率改定直後である2018年6月1日現在のデータを見ると、それまで法定雇用率を課されていなかった45.5~50人未満企業の実雇用率は1.69%と、50~100人未満よりも高い一方で、法定雇用率達成企業割合は34.0%と、他と比較して著しく低いことが見て取れます3。このことは、45.5~50人未満企業のうち、障害者を雇用している企業が多くの障害者を雇用していることを意味していると言えます。人手不足が深刻な中小零細企業において障害者が戦力になっていることを示唆すると言ってよいでしょう。 実際、マッチングや内部コミュニケーション、製品品質に配慮し、障害者の戦力化を図っている企業事例を挙げることができます。 1 厚生労働省『令和元年 障害者雇用状況の集計結果』 https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/000580481.pdf(参照日2020年7月13日) 2 同資料。 3 厚生労働省『平成30 年 障害者雇用状況の集計結果』 https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/000533049.pdf(参照日2020年7月13日) p.3 3.障害者雇用による相乗効果 しかも、障害者社員は、健常者社員に影響を与え、正の相乗効果を生むことが期待できます。例えば、障害者を雇用したことで人間関係が改善した、リスクマネジメントが進むようになった、リエンジニアリングによって健常者にも働きやすい職場になった、などの事例が全国に見受けられます。その結果、健常者社員の業務パフォーマンスが改善し、業績にまで影響を与えるケースが少なくないことが指摘できます4。特に人間関係に基づく相乗効果は、規模が小さいほど生じやすいことが容易に想像できます。その帰結が「2」で触れた、『平成30年 障害者雇用状況の集計結果』のデータに表れていると言ってよいと思います。 4.職場の人間関係および生産性の改善メカニズム では、なぜ、そのような相乗効果が生まれるのでしょう? 特に人間関係を改善する効果について見てみましょう。 われわれ人間は、物事を区別し、比較し、その異同を把握しながら認識します。区別の観点は性別の場合もあれば人種、年齢など多様で、局面によってある観点が前面に出てきます。区別=差別ではありませんが、特殊な価値観が入り込むと、差別となる場合もあります。 さて、ここで、健常者の中に障害者1名が入ったとします。健常者は、人間が持つ認識特性に基づき障害者と健常者を区別し、自己を健常者のグループの一員と認識します。共通性の認識は、共同性の基盤になります。その上で、健常者は、その倫理観をもって障害者に配慮しようとします。障害者は、健常者側の共同性の軸となるだけではなく、倫理性の軸にもなるのです。職場でしたら、健常者同士で協力して配慮を行うことになります。つまり、障害者は、協力の軸にもなるのです。 共同性が認識され、協力関係にあり、倫理観が高い集団は、相互にも配慮を行う傾向が生じます。その結果、人間関係が良く、生産性の高い組織になるのです。 5.相乗効果を手に入れるために このような相乗効果は、障害者の戦力化に成功している企業に見られる傾向があります。障害者が定着し、力を発揮するためには、職場における合理的配慮が欠かせないからです。合理的配慮を効果的に行える職場の雰囲気やありかたが、生産性を高める人間関係を作り出すのです。 しかし、合理的配慮は知識やノウハウが必要です。企業が経験を蓄積し、自助努力によって身につけるのは大変です。そこで、障害者就業・生活支援センターや地域障害者職業センター、医療機関、特別支援学校など、障害者を支援する組織との連携が効果的です。 4 影山摩子弥『なぜ障がい者を雇う中小企業は業績を上げ続けるのか』中央法規出版、2013年、第1章~第4章を参照 p.6 パネルディズカッションⅠ 障害者を継続雇用するためのノウハウ~企業在籍型ジョブコーチの活躍~ 近年、企業在籍型ジョブコーチ養成研修の受講者が増加しています。これは企業自らが障害者雇用に対応する体制の整備を進めているということであり、企業在籍型ジョブコーチがその企業の障害者雇用に大きく貢献しているということが示されていると考えられます。 そこで、本ディスカッションでは、企業で活躍する企業在籍型ジョブコーチの方々をパネリストにお招きして、企業在籍型ジョブコーチの配置効果、企業の意識変化、社内調整の在り方、障害のある社員への支援、外部支援機関との連携等について共有し、企業在籍型ジョブコーチの役割や可能性について検討することにより、多くの企業における企業在籍型ジョブコーチの導入を促進し、障害者の就労する職場環境の改善や、継続雇用につなげるための取組を考える機会とします。 コーディネーター 鈴木 瑞哉 東京障害者職業センター 所長 コーディネーター 野澤 紀子 障害者職業総合センター 主任研究員 p.7 パネリスト 星 希望  氏  あおぞら銀行 人事部 人事グループ 調査役/精神保健福祉士 (東京都千代田区) 障害者雇用の担当者であり企業在籍型ジョブコーチとして複数の企業で勤務してきた経験から、障害者雇用を進めるにあたって企業在籍型ジョブコーチが企業から求められる役割や企業に与える効果、企業在籍型ジョブコーチを取り巻く課題などについてお話いただきます。 パネリスト 細川 孝志  氏 青山商事株式会社 ロジスティクス戦略部長 (広島県福山市) 企業の管理者の立場で企業在籍型ジョブコーチ養成研修を受講し、企業在籍型ジョブコーチが中心となり障害者雇用を推進させる仕組みを社内に構築させた経験から、社員の障害者雇用への理解促進のための取組や発生した課題にどのように対応していったか、また、異動により企業在籍型ジョブコーチの任を離れた後の企業内の障害者雇用に係るスーパーバイザーとしての取組についてお話いただきます。 パネリスト 松本 優子  氏 豊通オフィスサービス株式会社 業務グループ 臨床心理士/社会福祉士/精神保健福祉士 (東京都港区) 臨床心理士としての経験を活かし企業在籍型ジョブコーチという立場から、企業に在籍しているからこそできた社内制度の構築に向けた取組や就業にかかわる判断など、企業で求められる産業医・外部機関との連携の在り方などについてお話いただきます。 p.10 パネルディスカッションⅡ 障害のある社員の活躍のためのICT活用 障害者の特性に配慮した様々な働き方を選択できるようにすることにより、生産性の向上や戦力化が期待されています。デジタル技術を活用した働き方や、能力を最大限に発揮するための能力開発など職場環境を整えることにより、障害があっても企業で活躍することができる事例が多くあります。 そこで本ディスカッションでは、サテライトオフィスの開設による勤務体制の導入を行った企業、職場環境の見直しや在宅勤務を行っている企業、ITに特化した支援を行う就労支援機関をパネリストとしてお招きして、デジタル技術を活かして能力を発揮しながら働いている事例やそれにつなげていくための具体的支援を紹介し、能力開発により障害があっても企業で戦力として働くことができる可能性について考え、企業の生産性の向上につながる障害者の働き方について検討します。 コーディネーター 早坂 博志  独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 企画部 次長 p.11 パネリスト 井上 竜一郎  氏 インプラス株式会社 代表取締役 (愛知県名古屋市) 障害者雇用を経営戦略として位置づけ、人材を確保するためにサテライトオフィスを開設して精神障害者の方の採用に取り組んだ経緯等についてお話いただきます。また、サテライトオフィスの開設を進める上で、支援機関と連携しながらどのように職場環境を整備し職場定着を進めたのかを現在の状況を交えながらお話いただきます。 パネリスト 竹内 稔貴  氏 グリービジネスオペレーションズ株式会社 経営企画室 マネージャー (神奈川県横浜市) 精神障害者の方を雇用するにあたり、職場環境を見直し、高い定着率を実現させた工夫や新型コロナウイルス感染症対策から全社的に在宅勤務を実施できた要因と現在の課題や今後の可能性についてお話いただきます。 パネリスト 吉田 岳史  氏 パーソルチャレンジ株式会社 コーポレート本部 経営企画部 事業開発グループ マネジャー(Neuro Dive秋葉原 マネジャー) (東京都港区) ITに特化した就労移行支援事業所を設立した経緯と行っている取組の内容をご紹介いただくとともに、様々なデジタル技術の習得により企業に戦力として採用されるための取組や企業と相談しながら職域を開拓する取組等障害者本人の能力を活かしながら企業で戦力化を目指す働き方とそれを実現させる支援についてお話いただきます。 p.14 テーマ1 企業の新たな取組 新たなステージに向けたサポート ○星 希望(あおぞら銀行 人事部 人事グループ 調査役 精神保健福祉士/企業在籍型職場適応援助者) 1 障害のある学生の就労支援 障害者雇用に対する社会の理解は年々広がっていると感じている。採用チャネルもハローワークへの求人掲載のみならず、就労支援事業所をはじめとした障害福祉サービス施設・事業所を通じてであったり、民間職業紹介会社を利用したりするケースも増えているようである。 当行においては直近で昨秋に障害のある方の中途採用を行っているが、以前より新卒採用で入行する障害のある行員も少なくない。新卒採用で入行した行員と話している中である1つの素朴な疑問が浮かんだ。 『障害のある方の就職活動には様々な手段や支援を受けられる体制があるのに、学生には浸透していないように感じるのはなぜだろう』(図1)。 図1 就職・就労支援の種類 そこで今回は障害のある学生が安心して社会人のスタートを切れるよう、どのような支援が必要であるのか、学生ならではの不安や悩みはどういったところにあるのか、それらを払拭するために企業としてできることについて考え、実際に当行で取り組んでいる内容について紹介する。 2 就職活動中の学生が抱える悩み  社会経験がなく、就職活動をされていらっしゃる方は、特別支援学校などに通われている方も含めて様々なケースがあることを理解しているが、本事例では「学生」は大学に通っている方を指すものとして話を進めたい。 これまで当行で接したことがある学生より「どのように就職活動を進めていけば良いかわからない」「誰に相談したら良いかわからない」「自分と同じような障害を持つ先輩はどのように就職し、就職後どのようなことで悩んだのか話を聞いてみたい」といった声がたくさんあり、当行に勤務する障害のある複数の行員にも話を聞いてみたところ、就職活動時に同様の思いを抱えていたようであった。 また、障害があることをオープンにして働くのか、あるいはクローズにして働くのかといった選択で悩んだという話も学生、当行行員どちらからも聞かれたもので、選択によって働き方は変わり、それぞれメリット・デメリットもあるため、相談先がない中で就職活動を進めていくことが不安であったことは想像に難くない。大学にはキャリアセンター、学生支援室が設置されているところもあるが、「障害がある前提でどこまで相談に乗ってもらえるか不安」 「学生生活では特段の支援を受けずにやってこられたので、言い出しにくい」といったことで、相談できないケースもあるようだ。限られた情報の中で、また社会経験が少ない中で、なりたい自分や働くことへのイメージを膨らませるのは難しい(図2)。 図2 自分に合った働き方の選択 例えば、就労移行支援事業所では、個別面談や就労訓練を通して、就職に向けて順を追って活動を進めていくため、 少しずつ自己理解や仕事に対する理解を深めていくことができる。並行して進路に関する情報収集もしやすい環境であるので、就職先の多様性を知ることができ、選択の幅も広げやすい。 この課題は教育機関や福祉機関と連携しながら進めていくのが望ましいと思うが、まずは企業としてどのような取り組みが可能であるか考えてみたい。 p.15 3 当行での取り組み 現状、就職活動中の学生と接する機会は、学生が関心や応募の意思があってはじめて得られるものである。そうすると学生としては、少しでも良く見られたいという思いが働くため、不安や悩みを聞き出すことは容易くなく、サポートすることも困難である。そこでインターンシップの場であるならば、学生があまり臆することなく話せるのではないかと考えた。 (1)入行前アプローチ 当行では毎年インターンシップを開催しており、過去に障害のある学生が参加したこともあったため、必要な配慮を行いながら、なりたい自分や働くことへのイメージを膨らませるきっかけづくりをしていくことにした。これまでにインターンシップに参加した障害のある学生からの感想、またインターンシップ参加有無に限らず当行行員にヒアリングしたところ、参加者からは「銀行業務への理解を深められたが、自分が働くことへのイメージまではできなかった」、参加しなかった行員からは「障害のこともあり、スピードについていくだけで精一杯になりそうだったので参加を見送った」という話が出てきた。さらにヒアリングを重ね、どのような方法であれば障害のある学生の不安を少しでも安心に変え、進路選択肢を広げるお手伝いができるか模索していった。 その結果、本来のインターンシップから離れて「職場見学会」のような機会をつくり、障害のある先輩行員との「個別相談」をメインに設けることとした。個別相談では、障害のある先輩行員が広く就職活動の進め方から就職後以降の不安に対する学生からの質問に応じ、併せて人事採用担当としては履歴書の書き方、自己PRや配慮事項の伝え方をアドバイスしたり、精神保健福祉士としてお住まいの地域の相談先を案内したりと、ご本人の主体性を引き出しつつ、自身で進路を決定するプロセスを支援するよう努めた。その後応募いただいた学生に対しても、選考過程では幅広く就職活動に役立てるようなフィードバックを心掛けた。 (2)入行後アプローチ ご縁をいただき、入行に至った行員に関しても内定時から入行までの不安な気持ちをサポートすることはもちろんのこと、可能な限り他の同期と隔たりが出ないよう、必要な配慮事項に合わせて研修のサポートを行い、配属後も希望に応じて産業医面談を含む個別面談の機会を設けている。 こうしたサポート体制も個々の状況に合わせ、成長を促しつつ、徐々にナチュラルサポートに移行していくことを目指している(図3)。 図3 サポート内容 4 連携・継続の必要性 今回は障害のある学生が安心して就職活動を進め、社会に踏み出す一歩を企業としてどのようにサポートできるかについて考え、取り組みはじめた事例をご紹介した。まだ潜在的なニーズや課題もあると思われる。企業、行政・福祉などの支援機関、教育機関、そして医療機関にはそれぞれの役割があるが、各々が見えている課題を共有し、切れ目のない支援を考え、共に進めていくことができれば、当事者の安心感に繋がることはもちろんのこと、各組織が抱える負担も軽減されるのではないかと考える(図4)。 図4 連携体制の就労支援 今後もこの取り組みは社会情勢や学生のニーズに合わせて改良しながらも継続していきたい。 【連絡先】 星 希望 あおぞら銀行 人事部 人事グループ Tel:050-3199-9347 E-mail:n.hoshi@aozorabank.co.jp p.16 2020年度社員研修実施計画 「2019年度実施内容の見直しと再チャレンジ・試行」に向けたジョブコーチとしての取り組み ○山本 恭子(みずほビジネス・チャレンジド株式会社 企画部 職場定着支援チーム ジョブコーチ) 熱田 麻美(みずほビジネス・チャレンジド株式会社) 1 みずほビジネス・チャレンジド㈱ 町田本社概要 みずほフィナンシャル・グループの特例子会社として1998年12月の創立以来みずほ銀行ほかグループ会社の事務を受託しており、一昨年度は20周年を迎えた。町田本社をはじめとして大手町、内幸町、呉服橋、鶴見業務センターの5拠点において業務を展開しており社員数は350名を超える状況である。 町田本社においては、2020年8月現在、社員数115名、うち障がい社員は94名(肢体28、聴覚18、内部8、視覚2、知的11、精神27)である。当社の特徴としては多様な障害を持った社員が7つのチームに所属し、チーム全体の業務管理者であるリーダー、サブリーダーをはじめとして業務の進捗管理、新人指導、OJT等のすべてを行っている点である。また、個々の障がい特性に応じた業務分担を心掛けている。例として、データエントリーチームにおいては精神障がい社員がみずほグループで実施している「職員向け研修」「取引先向け外部セミナー」などのアンケート入力や、各種申込み書類に記載されたお客様情報を専用のシステムに入力するといった業務を行っている。余裕を持った納期の設定や作業工程の細分化などの工夫を取りいれ、精神的に負荷が少なく、それでいて堅実な仕事を達成できる環境づくりに注力している。業務管理およびチームメンバーの人員管理についてはジョブコーチ(以下「JC」という。)が関与することはなく、社員が自立して業務を行うといったスタンスが定着している。 2 町田本社におけるジョブコーチの役割 JCは企業在籍型職場適応援助者、カウンセラー有資格者、精神保健福祉士、心理士、手話通訳士等の専門スキルを習得している計6名が在籍している。JCの役割としては、①面談を中心とした支援・フォロー、②専門性を活かした対応、③社員一人ひとりに担当JCを配置し、身近な相談者としてのサポートの3つが挙げられる。また、JCの連携した対応として、社員の困りごとや課題に対して担当JCと専門性のあるJCとが連携してサポートにあたるといった状況も多々ある。町田本社は本館・別館・新館と3つの建屋から成っていることから、JCは毎日3~5往復して社員に対応するという体力面でのタフさも必要とされる。 3 社員研修体系化に向けたこれまでの動き 2016年度~2018年度経営計画「会社規模の拡大に合わせて、社内運営基盤をより一層強化する」という重点施策の中に「研修制度の拡充と体系整備」が掲げられた。2016年度に社内研修制度の方向付けを完了、2017年度より計画に基づいた研修実施、2018年度以降の研修実施体制を整備した。 2019年度からの5ヶ年経営計画においては、社員のモチベーション・働きがい向上を目標とした主要施策の1つが社員研修制度整備であり、受講対象社員拡大や研修メニューの充実がテーマであることを鑑み、社員研修3ヶ年計画を作成した。 2019年度:研修制度新体制へのチャレンジ・試行 2020年度:2019年度実施内容の見直しと再チャレンジ・試行 2021年度:研修内容効果測定と研修体系構築 4 検証「2019年度研修制度新体制へのチャレンジ・試行」 (1)2019年度社員研修テーマ別受講結果(表1) 表1 2019年度社員研修テーマ別受講結果 (2)受講後アンケート結果(図) p.17 図 受講後のアンケート結果 (3)社員研修実施における5つのコンセプト ア 全社員が参加対象となる研修の実施により、自主的に研修を受講できる環境の提供 2018年度受講延べ人数は66名であった。2019年度受講延べ人数は92名となり、うち実人数35名は、社内研修初受講者であった。オンラインチーム、データエントリーチーム、電子ストレージチームについてはほぼ全員が何らかの研修を受講している結果となった。 イ 多様な障がいを持つ町田本社において障がい理解を深めることが相互理解の第一 障がい理解「聴覚障がい」については15名の受講申込み人数であったが、実務で聴覚障がい社員と対応する社員を受講対象としたため受講実人数は10名となった。障がい理解「発達障がい」については17名の受講申し込みがあった。2018年度において同内容の研修を実施しており、受講済みの社員より再度希望があったため今年度については初めて受講する社員を対象とし、受講実人数は11名となった。 ウ リーダー・サブリーダー・次世代リーダー向け研修テーマの充実~多様な障がいを持つチームメンバーとの結束 「チームビルディング」実演 体験型研修「ストロータワービルディング」演習によりチーム運営におけるPDCAの重要性について理解度が高かった。一方、多様な障がいを持つ社員へのフィット感や初鑑・再鑑などの役割がある中でどのようにしてPDCAを運用するか?などの疑問点があった。 エ 研修参加者のモチベーションアップとしてチャレンジシートへの活用推進の提案 社内研修を自己研鑽の場として公表、自身を成長させる意欲を持って積極的に参加することを推進し、結果はチャレンジシートへ記入が可能であるとしたが、個人の目標設定および自己評価である為、チャレンジシート活用については確認できていない。 オ 町田本社社員研修については社内JCによる企画・運営を実施 JC個人の専門性もさることながら、全員がセミナー企画立案・研修講師の経験がある。社内JCが講師として研修を実施する意義として、サポートを担当している社員だからこそ、障がい特性や性格・生活環境に至るまで理解できており、社員に足りないもの・必要なスキルや知識など業務に即したリアリティのある研修が可能となる効果を期待した。受講後アンケートより、社員の皆様からはおおむね満足との評価であった。 5 2020年度へ向けて「2019年度実施内容の見直しと再チャレンジ・試行」 (1)研修内容 【定例研修】2019年度に実施した研修についてはレギュラー化し、継続的に実施する(表2)。 表2 2019年度に実施した研修 【新研修】「アンガーマネジメント」 怒りなどの強い気持ちが生じた際、それをコントロールし適切な行動を図るスキル。怒りのメカニズムを理解し、体調不良のサインである「イライラ」について日常生活の中で上手にコントロールするテクニックを習得する。 (2)研修会場 2020年度においては新型肺炎感染予防の観点より、「3密」を避ける対策として、受講生間のソーシャルディスタンスが確保でき、社員が安心して受講できる環境を整えるべく、収容人数30名の社外研修会場にて実施する。 p.18 進化する精神・発達障害雇用~理念を仕組みで具体化し、勤続・職務拡大・会社への貢献を実現 ○税所 博(ボッシュ株式会社 人事部門業務サポートセンター長) 1 はじめに~精神・発達27人、離職ゼロ! ボッシュ株式会社人事部門業務サポートセンター(以下「BSC」という。)では、2017年11月の組織開設以来、精神・発達障害者のみを採用・雇用し、27人のB-a1)が5つのロケーションに分かれ、それぞれ事務・庶務業務等に従事している。平均勤続月数は2020年9月現在、約23ヵ月ながらも依然として「離職ゼロ」を継続している。精神障害者の1年以内離職率は5割と言われているなか2)、B-a勤続を実現ならしめている理念や仕組みについて、共有したい。 2 BSCの理念 (1)当事者主体 BSCは発足以来、「職業リハビリテーションによる自己実現」を基本理念に据えている。すなわち、会社・組織の目標や人財像にB-aが合わせていくのではなく、あくまでB-aが主体。個々のB-aがそれぞれ独自の目標を設定し、職リハを通して実現していくということであり、会社は“結果として”その成果・貢献に与るという考えである。 (2)「障害者扱い」「特別扱い」しない方針 BSCでは当初から、B-aの人格・個性を尊重するという意味で、敢えて“特別な配慮をしない”方針をもち、併せて「障害者扱い」「特別扱い」しないことを方針としてきた。このことは、「精神障害・発達障害」への偏見や先入観に悩んだ経験の多いB-aから大きな支持を得ている。 (3)多様性と相対比較 B-a共通の目標や基準を掲げていない背景としては、採用者の多様性がある。たとえば、入社時年齢は、24歳~52歳、学歴は高校中退~米国大学院博士課程、職歴もゼロ~数十年となっている。また、診断名もさまざまであるし、そのリカバリー度も個人差が大きい。当然、個々人の人生目標・キャリア目標も異なってくる。一方、他者と比較して自己否定・卑下に陥る傾向が強い者が少なくないが、「自分自身(の目標)」に注目・注力することによって、自己肯定感・成長実感の向上につなげることも狙っている。 3 勤続・成長のための仕組み化 B-aの勤続や成長を、本人・上司の属人的な個性や努力に頼るのではなく、汎用的に長続きさせるため、BSCでは「仕組み」によるマネジメント・人財育成を実践している。 (1)ジョブコーチ(以下「JC」という。) B-aの管理者であるJCの職務は、「ジョブのコーチ」ではなく、組織マネジメントとB-aの育成である。配属後まもなく公的資格の「企業在籍型職場適応援助者」を取得し、「障害者雇用のプロ(専門職)」として高い意識をもって、OJT・off-JTおよび自己研鑽によりB-aの自己実現をサポートしている。2019年には社外研修に延べ56回参加。精神保健福祉士養成課程履修者もいる。B-aの障害や特性を、診断書や本人の申告を鵜呑みにすることなく、観察や面談を重ねて自ら見立てることを常としており、毎週行っているJCミーティングでは、事例共有による知見蓄積のほか、B-aの個別問題に対するケースカンファランスなど、支援機関等に頼らない問題解決・育成体制を築いており、B-aの厚い信頼を獲得している。 (2)自律型業務推進 BSCでの業務スタイルは、権限の委譲と自律促進である。マネージャーはJCに、JCはB-aに権限を委譲しており、併せて「責任(感)」も醸成している(実際の責任は上司がもつが…)。比較的大きな裁量をもつことによって、「自分で考え、遂行する/改善・解決する」意識と行動が実践されており、本人(JCも!)の成長や継続的なモチベーションに繋がっている。JCのマネジメントスタイルは、B-aの自主・自律を促進すること、そして報告・連絡・相談を重視していることである。 (3)チャレンジ、チャレンジ、チャレンジ 人は「現在の発揮能力より少し高い(難しい)負荷をかけたとき」最も成長すると言われている。BSCでは、社内から受託する業務の難易度を徐々に上げてきており、その一部は、英文翻訳や社内研修の運営、RPA(Robotic Processing Automation)=プログラミング等、特殊スキル・技能を発揮するものや、外注業務を代替・内製化するものなど高度化してきており、チャレンジを促す業務開発・アサインが、成長のスパイラルを実現している。なお、2020年度の会社への貢献金額は約1億円に上る。 (4)フィードバックと人事制度 実務と併せて、成長とモチベーションの両輪とも言える重要な要素が人事面の仕組みである。BSCでは、当初より「フィードバック」を重視し、JCやマネージャーが長所や改善点を具体的にB-a本人と共有し、自己実現に向けた改善テーマについて、共に考え行動(協働)している。また、B-aの中長期的な自己実現目標を定期的に確認・共 p.19 有するキャリア面談に加え、評価制度(に基づく昇給)・正社員制度の導入による「評価と処遇の合理性」が、新たなB-aのモチベーションを生み出している。 (5) 実質ゼロ時間からの「リワーク」制度 ここまで離職ゼロを継続しているBSCであるが、すべてのB-aが順調に勤続できているわけではない。なかには、既往症が再発したり、新たな病気を得たりして、1ヵ月以上の欠勤となった例が延べ8件発生している。そういった場合、JCが本人と協議のもと、回復具合を勘案して中期(数ヵ月)の「復職(リワーク)計画」を立て、重症の場合は実質ゼロ時間からの短時間勤務(出社訓練)など、柔軟な運用により、スムーズな復帰に繋げている。これにより上記8件中7件は、完全復職またはリカバリー中である。 4 勤続の理由:ES(従業員)調査とBSC方針への参画  「勤続理由」や「モチベーション指標」に係るアンケートB-aのES(従業員満足度)を定期的に測り、組織や環境整備上の及第点や課題を、P-D-C-Aしている。その結果をみると、上述のJCへの信頼や人事制度への期待、チャレンジによる成長実感などが、明確に表れている。 また、「BSCはB-aのための組織」であることを具現化する意味もあって、本発表論文を含む、部外への発表資料については、事前にB-a(およびJC)に公開し、感想や意見を求めて、「BSCの総意」として提出している。自分たちがイニシアチブをもって組織づくりに参画しているという意識は、自信・誇りの醸成という意義をもつと考える。 (1)勤続理由調査 概ね半年ごとをめどに「勤続できている理由」について、アンケート調査を行っている。直近(2020年7月)調査結果である。第1位は、過去調査から一貫して「JCのサポート」となっており、上記3(1)に記述したJCのあり方が「仕組み」として効果を発揮していることが窺える。第2位の「業務の多様性」は、3(2)(3)のB-aの業務自律性やチャレンジを反映していると言える。そして、第3位の「障害者扱い・特別扱いしない」のは、2(2)のBSC方針がB-aに同意・共感されていることの証左と言える。一方、本アンケートについて、社歴別にみてみると、勤続期間によって、大きく異なる項目がある。社歴が短い人(1年未満)では「業務多様性」「時間・業務調整」「キャリア・自己実現」が、1年以上では「業務スキル」「同僚の相互理解」「障害者・特別扱いしない」などが高く、社歴=成長とともに、モチベーションや価値観(の優先度)が変化していることがわかる。 (2)モチベーション調査 モチベーションについても、定期的に調査している。具体的には、Motivating Potential Score(MPS)3)について、B-aの自己評価をもとに集計している。過去5回の調査では、「多様性」「完結性」「重要性」「自律性」「フィードバック」の5項目いずれも、概ね右肩上がりとなっている(図)。JCやマネージャーは、毎回の調査結果をもとに、マネジメントの改善を重ねており、B-aのモチベーションが継続的に高まるとともに、JCの人財育成力向上にも寄与していると考えている。 図 MPSスコアの推移(5回分の調査) 5 最後に 法的要請である障害者雇用はsustainable(持続的)であることが求められる。そのために、(属人的でない)「仕組み」による弊社のマネジメント・人財育成事例がみなさまのご参考となれば幸いである。 ○お気軽にお問合せください  紙幅の都合で掲載できなかった、勤務時間延長・リワーク状況の推移、業務一覧、勤続理由調査やモチベーション調査等の図表については、発表資料として障害者職業総合センターホームページにて公開予定です。また、調査結果内容詳細等については、別途共有させていただくこともできますので、ご希望の方は、下記宛ご遠慮なくお知らせください。 【注釈】 1)当社では従業員のことをassociate(s)と、障害者手帳をもつBSC社員のことをBSC-associate(s)/B-aと呼称している。 2)「障害者雇用の現状等」(平成29年9月20日厚生労働省職業安定局) https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11601000-Shokugyouanteikyoku-Soumuka/0000178930.pdf 3)MPSの説明については、第27回本発表会の弊社論文(下記リンク先P27)をご参照ください。 https://www.nivr.jeed.or.jp/vr/p8ocur00000088j5-tt/vr27_essay06.pdf 【連絡先】 税所 博(さいしょ ひろし) 精神保健福祉士・社会福祉士・介護福祉士 企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ) ボッシュ株式会社人事部門業務サポートセンター (C/HRR-BSCJP) e-mail:hiroshi.saisho@jp.bosch.com TEL(直通):070-4515-5562 p.20 『経営課題から経営戦略へ:夢で終わらせない障がい者雇用』~働く上での制約を支援し活用できる企業を目指して~ 〇菊池 ゆう子(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 研究員) 大隣 和人(株式会社オープンハウス 人事部) 刎田 文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 はじめに 株式会社オープンハウス(以下「OH」という。)のサテライトオフィスでは、すべての従業員が多様な障がいを持ちながら就業している。株式会社スタートライン(以下「SL」という。)の自立稼働を目指した適切なサポートにより、安定した勤務と生産性が達成され、OHグループ全体の生産性向上や働き方改革に寄与している。 本発表では、OHがSLと協同し、障がい者雇用に取り組んできた経緯と今後の展望を紹介する。 2 背景 OHは、人材を最も重要な経営資源と位置付けており、企業憲章⑤「志の高い社員に可能性の場を提供します」に基づく人材方針として「働く上での制約を企業として、どのように支援し、活用するか」を重視する土壌があることから、障がい者雇用を会社の重要課題の一つと捉えてきている。加えて、2013年OHの株式上場を機に、働き方改革やダイバーシティ推進の社内体制整備に着手している。 一方で、2013年の障がい者雇用状況については、会社の急成長・事業拡大から従業員数が増大する中で、障がい者従業員の社内受け入れ体制が整わない点が課題であり、その結果、優秀な人材に出会えても採用・定着が実現せず、2013年のOHグループ全体の障がい者雇用カウントは6カウント、雇用率は0.6%と低い水準であった。 そこで、OHが自社に不足している受け入れ体制やノウハウを得るため、2014年度から障がい者雇用支援のプロであるSLのサポートを受けることとなった。これが、OHが目指す「夢で終わらせない障がい者雇用」の始まりであった。 3 課題と施策 OHが障がい者雇用に取り組むにあたり想定した課題と、SLが提供した施策は以下の通りである。 (1) 課題 ・働きやすい環境が分からない(ハード面) ・障がい特性や配慮が分からない(ソフト面) ・障がい者雇用に精通し専任できる人材が社内にいない ・業務は山ほどあるが何を任せてよいのか分からない (2) 施策 ア サテライトオフィスの活用 SLが提供するサテライトオフィスは、バリアフリーやセキュリティ等の設備が整っている点に加え、障がい者雇用支援の専任者(以下「サポーター」という。)が常駐しており、日々の相談対応や定期的な面談を通じた就労支援が行なわれる。そのため、OH自社内よりも障がい者従業員の働きやすさが担保され、定着に繋がると考えられた。 イ 業務切り出しノウハウの活用 サテライトオフィスで行なう業務については、SLのサポーターがOHと派遣契約を結び、OH各部署への業務ヒアリング、業務フローやマニュアルの作成、業務指導等の支援が行なわれた。個々の障がい特性に配慮した適切な業務内容・業務量の検討や段階的な業務習得スケジュールが立案されることにより、安定的な業務遂行と生産性を見込むことができた。 ウ 応用行動分析に基づく職業リハビリテーションサポートの活用 SLの全サポーターは、応用行動分析に基づき日々の支援を提供している。時に発生するオフィストラブルあるいは障がい者従業員の成長・オフィスチームの発展に対し、サポーターが主体的に解決を図るのではなく、障がい者従業員自身の行動変容を図るアプローチを採用することで、セルフマネジメントスキルや自立稼働の促進を図った。 4 結果 OHとSLが協同で施策に取り組んだ結果は、以下の通りである。 (1)サテライトオフィス導入前と導入後の比較(表) 表 サテライトオフィス導入前から現在まで p.21 (2)取り組み内容の詳細と結果 ア サテライトオフィスの1週間の流れ(図1) サポーターによる定期面談(週次・臨時)や休憩時間を全員に設けたことで、障がい者従業員が「見守られている」「大事にされている」という安心感を得ることができ、かつ不調の予防や早期解決が図られた。 また、本人の希望とOHが求める成果を調整した上で、時短勤務等の就業時間変更等の合理的配慮について柔軟に対応したことで、長期的な安定就労やステップアップに繋げられた。 図1 サテライトオフィスの1週間の流れ(例) イ 面談やサポート状況の情報共有 日々の障がい者従業員の様子については、週次報告書や電話・メールでSLからOHへ共有が行なわれた。 ウ サポートプランの実行 サテライトオフィス内で生じた課題に対するアプローチについては、サポートプランをSLが立案し、実行・進捗報告を行なった。応用行動分析やACT(Acceptance and Commitment Therapy)、職場適応促進のためのトータルパッケージ等に基づく個別アプローチや全体研修を実施し、本人の能力を最大限に活かしながら安定的に就業するためのサポートに役立てられた。 エ 帰属意識の醸成 サテライトオフィスは本社と場所が離れているという特徴があるが、OH上長との月次面談、一般社員と同様の人事評価、社内イベントへの参加、広報への積極的な情報開示が実行されることにより、帰属意識が十分に醸成された。 オ 業務種類の拡大 2014年サテライトオフィス立ち上げ時の業務は、おもにノンコア業務(付随業務、周辺業務)、外部委託業務、アルバイト・派遣業務の内製化からの7業務であった。しかし障がい者従業員による業務の質の高さが評価された結果、OHグループ各部署からの新規業務依頼が殺到し、2020年6月には33業務にまで拡大した。 会社全体の業務整理によって、働き方改革(労働生産性の向上)の推進、社員のより創造的・生産的な業務への取り組みにも寄与している。 5 サテライトオフィスの発展(図2) サテライトオフィスは業務拡大に応じて、八王子事務所(13名)→新宿事務所(5名)→横浜事務所(8名)と相次ぐ拡張を行なった。OH全体の従業員数が7年で約5倍に増大する中、サテライトオフィスの拡張による増員が障がい者雇用率の充足にも繋がった(2019年2.2%を達成)。 さらに、2019年10月にはOHの自社サテライトオフィスが八王子に立ち上げられた。各事務所から18名の従業員を集約し、さらに9名を新規に採用して、総勢27名 (すべて障がい者)での業務遂行・オフィス運営を実現している。本オフィスでは、新しい働き方(チーム制、リモートワーク等)におけるより難度の高い業務が求められているが、セルフコンパッションや視点取得スキルの要素を取り入れたSLのサポートを継続することで安定した勤怠とパフォーマンスが挙げられている。 なお、各サテライトオフィスは、OH本社等にて発生したメンタル不調者や休職者が職場復帰するためのリハビリ勤務場所としても活用されている。 図2 サテライトオフィスの拡大と障がい者雇用カウント 6 今後の展望 これまでの取り組みから、OH・SLによるサポートが適切に提供されることで、障がいがありながらも個人の能力や技術を活かし高い成果を挙げられることが分かった。OHにとっての障がい者雇用は、経営課題から経営戦略へと変容したのである。 今後、さらなるコア業務の移管や生産性向上が期待される中、より一層の人材確保/活用のため、障がい者従業員のキャリア形成(自己実現)や働く場所の選択肢(社内配置等)拡充等の施策検討が課題となるだろう。 そのために、OHとSLは連携を継続し、夢で終わらせない障がい者雇用に挑み続けていく。 p.22 障がい者による農業と雇用推進 ○菊元 功(CDPフロンティア株式会社 総務部長) 田代 至弘(CDPフロンティア株式会社 ディンクル就職支援センター) 1 はじめに 当事業所の概要につきましては別途発表資料をご覧いただきたい。簡単には「CDPフロンティア株式会社(当社)」は「シーデーピージャパン株式会社」(以下「本体」という。)が設立した特例子会社である。設立は2013年と歴史は浅いが、障がい者の雇用促進を目的とし、本体の経営理念である「雇用創造」を基本理念とし、「障がい者の雇用創造」と「農業と福祉の融合」を目指して創設したものである。  2 CDPフロンティア株式会社の目指す姿と役割 一般的な特例子会社と違い「CDPフロンティア」としての障がい者雇用での事業運営に関し、以下の観点から事業内容を決定した。 イ 障がい者の雇用に特化できるか  人的作業が多く雇用人員が必要な業種 ロ それぞれの障がいがあっても出来る仕事があるか 障がい者の各々の特性を生かすことが出来る業務 ハ 障がいがあっても仕事として成り立つか 障がいの有無に関わらず、熱心に勤めに励むのが現実的な仕事の在り方であるが、現状「障がい者故の仕事」が多く、障がい者自身がそれを望んでいる部分と自分が如何に会社・社会に必要とされ貢献しているかを望んでいる部分とがある。 以上のことを踏まえて、精神障がい者の雇用があまり進んでいない現状の中、障がい者のリハビリテーションの一環(自然に接すること)を兼ね、労働者・後継者不足である農業に着目した。 当初より「障がい者による障がい者の育成」と「品質向上」を軸に一人でも多くの障がい者が自信と誇りを持って就労できるように取り組んできた。 更には障がい者自らが指導者になり、「自分の給与は自分で稼ぐ風土の醸成」を実践し、企業として自立した運営を目指してきた。加えて特例子会社として①それぞれの得意な分野に特化する、②就労移行支援従業員も農業を行う、の2点を構築し、障がい者の就労と自立を支援してきた。  ここではこの協力関係にも触れながら、障がい者の自立に向けた取組を紹介し、直面している課題を挙げる。 特に特例子会社は「障がい者雇用率への貢献」が着目されがちであるが、営利法人である以上「企業」として成果が求められる。障がい者を多く雇用するだけでなく事業として利益を確保し、健全な経営基盤の確保をすることが、障がい者の雇用促進、安定につながると考えてきた。 障がい者がどれだけ通常の品質基準とそれに伴う作業を理解し、市場の要求に応えられるか。障がい者個人の特性に合った業務を切り出すことが関わってくる。 今回の取組において具体的には、農福連携の中で市内のねぎの栽培について ①障がい者自身が安定して会社への貢献度を感じる 障がいの特性と程度に合わせた、個人ごとの作業の標準化及び勤務形態による個人の意識としての達成感を共有する。 ②品質の明確化 農業生産物は販売業者(取引先)により規格が異なる。取引先の規格を守って出荷するため、障がい特性により規格のズレが発生しない工夫とチームによる規格の確認作業の実施による品質の向上を委託先の農家と調整できるようにしている。 ③品質実績の向上と納期遵守により信頼を確立する 農業生産物は、天候その他の要因により日々生産量・品質ともに異なってしまうことがあるが、取引先への納品量や規格は変更できないため、農業生産物でありながら計画的な品質・生産・供給をしていかなくては信頼を勝ち得ない。 ④信頼により受注を継続し、可能な限り更に受注する 農業生産物であっても取引先の要望に添える商品づくりをすることで受注の安定化による健全な事業体質を構築するよう取り組んできた。 障がい者・健常者の垣根を越えて協同して成果を達成する事で個人の成長を図り、次の目標にチャレンジする心と自立の精神の向上を図ってきた。通常の農業者と比較すれば、経験と知識の深さ、日々の農業に係わる時間等には差があるが、当社の運営している農業事業の範囲内で品質の向上、顧客の要望に応えることを第一と考えてきた。 当社の「大谷いちご倶楽部」においては、2017年1月より農林水産省の農福連携の地域の拠点施設として、障がい者の農業研修生の受け入れと健常者の農業研修生の受け入れを共に実施している。 その中で、当社は「障がい者相談支援」「障がい者就労移行事業」「障がい者定着支援事業」を行う「ディンクル就職支援センター」を運営している関係から、2018年か p.23 ら他社の障がい者の農業実習と、企業内で精神面での理由から休業していた者の職場復帰前のリワークの施設として受け入れも実施してきた、その中で農福連携として、宇都宮市大谷町のねぎの栽培農家との委託事業として障がい者のリワークを行っている。 3 「大谷町のねぎの栽培」における農業実習の概要 「大谷町のねぎの栽培」は、年間を通した「ネギ」の生産をしている農家であり。耕作面積50アールからなる農家となっており、1年間を通しては「ネギの栽培・収穫」をしており苗づくりもかかわっている。 現在、障がい者(精神障がい)5名を研修生として受け入れて頂いている、農業実習を実施している。研修は通常1日5時間の現場実習を基本として行っている。特に、精神障がい者に関しては2級・3級の方であり、また知的障がいの者も自閉症気味であり、きめ細かい支援が必要な状況にある。 4 「大谷いちご倶楽部」におけるリワークと農業実習の状況 技能実習における育成目標は下記の項目となっている。 ①農業経験を通して社会とのかかわりの実践 ②「いちご」の耕作全般の知識と実践 ③将来的に農業で自立ができる人財の育成 ④特に精神的な安定のための自己管理の体験 ①においては、公共機関も含め、施設への見学利用者が年間100名以上あり、報道機関の取材に対応することにより、施設内にありながら社会とのつながりも体験でき、また「農産物」ということもあり消費者とのかかわりも持て、地域の方との挨拶等でのかかわりを持つことにより対人関係の育成ができる。 ②農業は多種多様な仕事の組み合わせで成り立っており 通常では、障がい者の雇用という観点からするとその方の障がい者特性により仕事を割り振ることがよいとされているが、当社としては、③の観点も含めて全作業を経験して実践できるプログラムとしている。 ③②を含めて、人財育成の基本として事業として農業にかかわることのできる人財育成を基本としている。 ④特に、精神的な障がいを抱えている方が多い現状でのリワークのプログラムとして、農業経験を通して精神の安定を図ることを前提としている。 5 ディンクル就職支援センター(「施設」)の役割 就労し成果を出す為には「障がい者」に関する専門的知見に基づく支援が不可欠である。「大谷いちご倶楽部」では障がい者が農業実習に集中するためのフォローに取り組んできた。 具体的には、 ①就労可能な人財の確保 ②職業人としての教育 ③業務外での生きがいの提供 ④特例子会社の社員も含めた、精神衛生管理 ⑤福祉サービスの一環である「個別支援計画」と職場評価との融合による育成 ⑥本体が開催するイベントへの参加等により、社会との関わり合いの場を提供。特に、今回のケースでは精神的な部分のフォロー。 6 「大谷いちご倶楽部」及び「大谷町のネギ農家」におけるリワークと農業実習との実態 「大谷いちご倶楽部」及び「大谷町のネギ農家」における農業実習における実務上のレベルはまちまちであるが、毎日の作業において指示に従い指導者がつかない状況での作業ができる状況にある。 農業におけるリワークについては、土に触れることの効果と自然の中で仕事をする効果はあるが、農業においては1つ1つの作業が収穫を左右することもあり責任感の強い方が多い精神障がいの者にとっては、pressureになることもあるので、特に重要な仕事も含め一人で全責任を負うのでなくチームでこなすことの重要性・コミュニケーション、又は終わった仕事の再確認を他の者がすることにより精神的ウエートを少なくしている。ただ実社会では、仕事を一人でこなすことも多くなり、そのストレスをなくすための余暇の利用の一部としてバーベキュー等の行事も用意するとともに、出来るだけ休憩時にコミュニケーションをとれるような工夫をしている。 7 課題とまとめ このような取組の中である程度の成果が出せた一方、今後の課題を解決するためにも「障がい者雇用の促進」という特例子会社の使命に加え、本体での精神的に落ち込んでしまった従業員のリハビリ、他の会社の方のリハビリの場として利用していただくことによる社会貢献と会社自体のレベルアップを図ることが重要であると考えている。 【連絡先】 菊元 功 CDPフロンティア株式会社 総務部 TEL:028-651-6123 e-mail:kikumoto.i@cdpjp.com p.26 テーマ2 在宅就労・ICT 障がい者のリモートワークへの挑戦(DX開発人財) ○野口 悦子(株式会社ベネッセビジネスメイト・東京シェアードサービス部 シェアード推進課) 宇野 亜希子(株式会社ベネッセビジネスメイト・東京シェアードサービス部 シェアード推進課) 百溪 友一(株式会社ベネッセビジネスメイト・東京シェアードサービス部 シェアード推進課) 1 はじめに ベネッセビジネスメイト(以下「弊社」という。)は、ベネッセグループの特例子会社として2005年に設立され、メールサービス・クリーンサービスなどの業務を受託し、売上約12億円、雇用障がい者数168名、グループ適用法定雇用率は2.53%である(2020年4月時点)。 2012年には、「ベネッセグループ障がい者雇用方針」を受け、弊社での障がい者雇用とともに、そのノウハウを積み上げ、「ベネッセグループの障がい者雇用をサポートし推進する」という役割も担っている。 また、2017年より、ベネッセグループ全体のシェアード業務を受け負うなど、事業内容も多様化し、「ベネッセグループの事業支援」業務も拡大している。オフィス系業務を中心に、RPA(Robotic Process Automation…ソフトウェアロボットを活用してホワイトカラー業務を効率化・自動化する取り組みのこと)を導入しながら、難度の高い業務を簡易化して、障がい者が安心して担当できる業務にリデザインし、かつ全体の業務時間の削減を図り、BPR(Business Process Re-engineering…既存の業務の構造を抜本的に見直し、業務の流れを最適化する観点から再構築すること)の促進も実現することで、ベネッセグループにとってなくてはならない存在となっている。 注目いただきたいのは、このRPAをはじめとした、自動化ツールの開発も障がい者が担っており、開発から運用まで一貫して障がい者が自らの職域を拡大しながら進めている点である。今回は、withコロナ時代において障がい者による開発・運用を継続し続けるための取り組み「リモートワークへの挑戦」について詳述する。 2 リモートワークの開始 2020年4月、世界中が前代未聞の自粛生活に突入し、弊社も障がい者168名全員が自宅待機を余儀なくされた。開発・運用を手掛ける障がい者(以下「メンバー」という。)も同様に自宅待機となった。開発・運用メンバー5名は、主に発達障がいのある精神障がい者である。 手掛けていたRPA開発なども途中で中断せざるを得ない状況となり、長引く自宅待機で生活リズムが崩れ、「曜日の感覚がなくなってきた」「どうしてもだらけてしまい困っている」という不安な声も聞こえるようになってきた。そこで、弊社の企業理念でもある「働く意欲のある障がい者に対し積極的に雇用の場を創出・提供していく」ために、そして開発を待っているお客様のために、リモートワーク構想を組み立て、2020年5月15日より、開発メンバーのリモートワークへの挑戦を開始した。稼働が安定しており、技術力が高く、支援があれば自ら開発を進めることができる2名に意向を確認し、指導員2名・開発メンバー2名のリモートチームを構成しスタートした。 3 経過報告 (1)準備したこと はじめに、リモートワークのためのガイドラインの策定を行った。当時、社外から社内ネット環境へのアクセス手順が整備されておらず、社内のメール確認・データアクセスを行うだけでも、通常と使用ツールが異なり、順守すべきルールが幾つもあるなど、ベネッセグループ全体も混乱している状況だった。そこで、PC立ち上げからメール確認など、時間別に記載した「タイムテーブル」と詳細の「手順書」を用意し、安心してステップ通りに進めていけばルールを順守できる状態を作った。このガイドラインとともにPCなどの資材を自宅に届け、電話にて事前説明を実施し、指導員が一緒に手順を確認しながら進めていった。 次に、約1か月半ぶりの業務であること、慣れない環境での業務であることを鑑みて、勤務日数・勤務時間を短縮してスタートすることに決めた。支援機関とも、本人への伝え方や勤務日数などを相談しながら、特にご家族の様子やご意見なども伺いながら、本人にストレスがかからないよう十分配慮しながら進めていった。 (2)うまくいった点 スタート初日から大切にしていた点は「チームでやっていく」という点である。毎日リモート朝会(Teamsを活用したオンライン朝会)を実施し、体調・仕事環境に問題がないか確認するとともに、ビデオ通話を通して、画面越しに表情を見ながら、疲れが出ていないかなど、声だけではわからない部分も細心の注意を図りながら確認していった。 結果、毎日の業務量・内容を本人の体調と相談しながら優先順位をつけることができるので、焦りや不安のない環境を用意することができ、時には疲れが残っていると確認できれば、こまめな休憩や早めに切り上げ休息を促していくことで、体調面・業務面ともに安定していった。 p.27 その他にも、日報を通して毎日の業務報告や小さな気づきを管理職とも共有を図り、もしアラートがあれば一緒に解決に向けて動くように努めた。リモートワークに慣れてきた頃には、リモート朝会へ人事担当者にも参加してもらい、激励のメッセージを送ってもらうことで、会社としてのつながり感や斜めの関係作りを行うなどしながら、精神的安心感にもつなげていった。 さらにプラスの効果として注目したいのは、リモートワークを通して、開発スピードが通常の3倍以上となった点である。通勤ストレスによる体力面・執務中に気なる周りの声・障がい特性からくる癖の抑圧などが不要となり、より開発に集中できる環境が生産性向上に起因している。 Teamsの画面共有機能・チャット機能も大きな効果をもたらした。例えば、指導員と同じ画面を見ながら、どのように開発していくべきか綿密に打ち合わせできる点や、業務中に確認したい時に、チャットを利用することで、口頭ではなく文字化することにより情報を整理することができるので、認識違いも少なくなった。出社時には、指導員に声をかけるタイミングを見計らうなど、小さなストレスがかかっていたが、チャットは好きな時に確認できるので、コミュニケーションに負担のかかる精神障がいのメンバーにとって良いツールとなっている。 (3)課題になった点 自宅での業務となるため、仕事モードのON/OFFをつけにくくなってしまったメンバーもいた。また、自宅の椅子の場合、腰痛に悩むメンバーも出た。そんな時はリモート朝会を通して、どのような工夫をしているのかチームでアイディア出し合ってきた。例えば、ON/OFFをつける工夫として、五感を使って気分を切り替えるなどである(アラーム音/お香をたく/窓を開けて風を感じるなど)。また、腰痛対策として、社内よりも多めに休憩を挟むようにし、1時間に1回はアラーム音を設定し、休憩・ストレッチをするなど、社内とは集中・休憩の仕方を変え、同じと思わなくても問題ないということをチーム内で確認しあった。 リモートワークが2週目くらいに差し掛かる頃、新たな問題が浮上した。それは生活のリズムが崩れ始めてきたことである。通勤が不要なので起床時間が遅くなり、就寝時間がどんどん遅くなってしまい、睡眠時間を確保できなくなってきたメンバーが出た。この問題に関しては、支援機関にも多大なる協力をいただきながら、ご家族とも相談し、主治医と相談のうえ服薬を処方してもらうことで解決に至った。「緊急事態宣言」解除直後だったため、通院に不安を感じていたことで服薬をセーブしていたことが支援機関・ご家族との対話で発見することができた。通院不要でも処方していただけることを支援機関からご家族に伝えてもらうことで、この問題は解決したのである。早めにアラームをキャッチし、関係各所と常に情報共有していたことで、生活リズムが崩れる前に手を打つことができた。 もう1つ課題となったのは、自粛終了後の出社判断である。高い生産性を上げることができ、リモートワークが非常にマッチしているメンバーにとって、このままリモートワークを終了させても良いか、特に、本人はリモートワークを希望しており、出社する意義を見出せなくなっており、本人の仕事へのモチベーションや体調にも影響していった。結論としては、第2波に備えリモートワークのトライアルは継続することとなったが、問題は出社日数である。そこで、本人・指導員・管理職の3名で改めて「出社することの意義」やどういう形態であれば、長期にわたり安定的に高いパフォーマンスを発揮できるのかを、のちに続く仲間のためという視点でも議論を重ね、時には実際に、開発したツールがどのように利用されているのか、3名で現場見学を行った。この現場見学は非常に有意義で大きな気づきを得ることとなった。例えば、ユーザーが入力ミスしやすい箇所に気づけばすぐ改修し、より高品質なツールに深化させていったのである。ユーザーからも好評を得ることができ、メンバーのモチベーションは高まっていった。「開発ツールを使用するユーザーのリアルな声は、現場でしかない」という発言も出てくるようになり、このことから、出社する意義とは、「ユーザーが言語化できない潜在的な課題は開発者が実際に見ることで解決できる」「アンケート結果だけでは得られない現場からの気づきは、真の課題を解決するための提案型ビジネスになりうる」という結論を導き出した。結果、現在は週1回の出社で現場見学・他のメンバーとの対話時間にあて、リモートワークと出社とのハイブリット勤務を継続トライアル中である。 4 今後の展開 2020年8月現在、障がいメンバー5名と指導員2名のチームでリモートワークを実施中である。リモートワーク日数は、メンバーの特性にあわせて柔軟に対応をしている。今後も、うまくいった点と課題を丁寧に確認し、支援機関・ご家族の協力を得ながら、本人にとって無理のないよう慎重に進めていく。そして、高いサービス品質(持続的な品質向上)」に繋げていくことで、障がい者雇用とシェアード機能の両面でなくてはならない存在となれるよう、事業活動を継続・展開していきたい。 【連絡先】 〒206-0033 東京都多摩市落合1-34ベネッセコーポレーション東京ビル内 株式会社ベネッセビジネスメイト 人事・総務部 宛 bbm@benesse-bizmate.jp p.28 発達障害のある方のリモートによる能力開発の可能性 ○井上 宜子(サテライト・オフィス平野 所長) 1 はじめに サテライト・オフィス平野(以下「当事業所」という。)は、平成21年10月に大阪市職業リハビリテーションセンターの分室として、発達障害のある方を中心とした就労移行支援事業所として開所した。毎年10名前後の就職者を送り出し、現在で100名以上の就職者を送り出している。平成26年から自立(生活)訓練、平成28年からジョブコーチ、平成30年から就労定着支援を実施し、就労前準備から就職後の定着支援まで一貫した就労支援が実施できるよう取り組んできた。特徴としては、利用者同士でお互いにコミュニケーションが取れるようグループワーク(以下「GW」という。)を導入し、現在は約10以上あるGWや講座の中から、利用者主体で受講するGWを選択いただいている。また、ワープロやエクセルといったPCの資格取得、adobeによる画像やイラストのスキルアップ、それらを使った受注作業等を通じて、就労準備性を高め、数度の職場実習や求職活動を経て就職する流れとなっている。 令和2年から、新型コロナウィルスの蔓延化に伴い、当事業所においても在宅支援を行ってきた。現在、利用者は週1~5日、各々の精神面や体調を鑑みて通所、残りの日数はリモートツールを利用しての在宅支援としている。本稿では、就労移行支援におけるリモートによる在宅支援の状況、利用者へのアンケート、新たな効果が見られた事例を紹介し、発達障害のある方のリモートによる能力開発の可能性に触れることとする。 2 当事業所のリモートによる在宅支援の状況 当事業所の在宅支援は、表1のとおりであり、利用者は事業所で使い方を練習してから、在宅で使用している。原則、個人のスマートフォン、タブレット、PCを使っているが、事業所より貸与している場合もある。 表1 在宅支援の状況 なお、リモートによる在宅支援は、通信料の問題から、自宅にWIFI環境のある利用者のみの実施とした。令和2年3月頃より急遽機器の整備を行ったため、ハイブリッドでのGWなどはマイク設備が不十分であり、現在もよりよい環境を模索中である。 3 利用者へのアンケートから 表2は、当事業所でリモートによる在宅支援を利用している利用者10名(発達障害の診断名のある方)にアンケートを取り意見をまとめたものである。障害者手帳の内訳は、精神障害者保健福祉手帳9名(うち2名は療育手帳も所持)、障害者手帳所持なしが1名である。 表2 リモートツールによる支援利用者のアンケート 表2より、よかった点として、「コミュニケーションが気軽にできる」「通知が来たときどこでも受け取れる」「一人ででき、聞きたいときに聞ける」など、自分のペースでスキル取得や報告・相談等ができることが挙げられている。また、「自分の顔を見ながら話せる」「コミュニケーションが増えるきっかけ」等、リモートツールの特性が良い方向で出ている意見がみられた。 一方、悪かった点として、「司会以外の声が聞き取りにくい」「講座のプリントを自分のペースで見ることができない」といったハイブリット形式での特徴やマイク設備の問題、「通知に気付かない」などPCの設定の問題というように、ハード面の調整不足による意見がみられた。 また、図のような仮想空間で複数名でスキルアップを p.29 行っていく教室であれば、「ある程度の提出数を出さなければ罪悪感がある」といった、他の利用者の成果物がわかることによるデメリットの意見もみられた。 図 仮想空間におけるスキルアップ講座   4 新たな効果の見られた事例 (1)事例(診断名:広汎性発達障害) 専門学校卒業後、就職活動が難航し、障害者手帳を取得。平成30年3月から当事業所利用中の男性。リモートツール利用前から、ワード・エクセル等のスキルの取得、GWへの参加による意見発表、数社での職場実習を通じて、就職に至る段階には至っていた。課題としては、意見を上手に伝えられない(自分の思いと出る言葉に相違がある)ため、職員も本人の意見の汲み取り方に窮する場面が多々あった。 令和2年4月からリモートツールを利用。LINE電話で日々の連絡・相談を取るとともに、webexを使ったGW、自宅でのワード・エクセルの演習やプリント学習を実施。リモートツール開始当初より、本人のユニークな発言や自宅でくつろいだ姿で登場する本人の人柄が話題となり、今まで以上に他の利用者や職員との意見交換が進むようになった。特に職員が彼の人柄をより理解できるようになり、気楽に冗談を交えながら支援する方が、本人の気持ちを汲み取りやすいとも理解できるようになった。 緊急事態宣言解消後、週5日当事業所への通所を再開し、9月から職場実習、相性のよい職員によるジョブコーチ支援を開始予定である。 本人の感想としては「楽しかった」「他のGW参加者の意見が聞き取りにくいので聞き取れるようにしてほしい」というものである。毎日の日報にも楽しかったと記載する日も多くあり、自分を出しやすく、他の利用者や職員との意見交換が進みやすかったのではないかと推察される。 (2)その他の利用者の効果 リモートツール利用前は、自分から話かけることができなかったり、GWに入ることができなかった方が、リモートツールの利用を通じて、趣味や他の利用者の意見をDiscord上で聞くようになったり、自ら進んでGWに入るようになった。また、通所の訓練に比べ、質問が増えた利用者もいた。 これらのよい効果が見られた利用者の意見としては、「自分の顔を見ながら話せるとなぜか話しやすい」「コミュニケーションが増えたきっかけになった」「気楽に話ができる」等があった。リモートツールの利用を通じてコミュニケーションが取りやすくなったことが、訓練への積極性を助長していることがわかる。 5 今後に向けて 当事業所はリモートツールを導入したばかりで、現在は試行錯誤の段階である。本稿では触れなかったが、音声が聞きとりにくくリモートへの参加を断念した方、臨場感がわかず、すぐに在宅支援を中止して通所に切り替えた方等の存在もいることは事実である。 また、在宅支援継続中の方についても、今回のアンケートを通じて、ハード面の不具合を感じながらも在宅支援を継続している方がいることや、リモートならではの特徴(自分だけでなく他の利用者の成果物も分かる)をプレッシャーに感じる方もいることが分かった。これらのことから、ハード面の不具合を細かく聞き取り、改善に向けた取り組みを継続するとともに、利用者個々のニーズに対応したメニューの構築が重要であると感じた。 一方、アンケート結果や事例でも言及したように、リモートツールの利用は、自分のペースで作業できる、コミュニケーションが増えるきっかけになる等、発達障害のある方が集団の訓練で感じていたハードルを下げる貴重なツールであることは明白である。今後は、利用者からの声を参考に環境整備を継続するとともに、他の事業所等の取り組みや意見を参考にして、更なるブラッシュアップを図っていきたい。 【連絡先】 井上 宜子 サテライト・オフィス平野 e-mail:inoue@v-sien.org p.30 With/Afterコロナ時代における在宅×出社「ハイブリッド勤務体制」の実現に向けた取り組み ○西 晶子(GMOドリームウェーブ株式会社 業務本部 業務部 コーディネーター) ○大山 菜央(GMOドリームウェーブ株式会社 業務本部 業務部 コーディネーター) 井上 由華(GMOドリームウェーブ株式会社 業務本部 業務部) 1 はじめに 2020年1月、新型コロナウイルスの感染拡大を契機にGMOインターネットグループ(以下「当グループ」という。)では国内全従業員の9割にあたる約4000人に対していち早く在宅勤務命令を発令。緊急事態宣言解除後は、在宅勤務を継続しながら出社勤務を再開する「新しいビジネス様式by GMO」へ移行しハイブリッド勤務を行っている。特例子会社であるGMOドリームウェーブ株式会社(以下「当社」という。)も、全障がい者の従業員(以下「パートナー」という。)の安全確保と事業の継続推進をミッションとして、段階的にハイブリッド勤務体制への移行を進めた。 今回は、ハイブリッド勤務体制の構築に向けての具体的な移行プロセスや支援手法について報告し、在宅勤務を実施したパートナーへのアンケート結果をもとに、実践を通して明らかとなった成果や今後の課題について考察する。 2 当社について 当社は2017年に宮崎県に設立し、障がいを持つパートナー21名、支援者(以下「コーディネーター」という。)4名で構成される。全ての障がい種(身体・知的・精神・発達)が在籍し、その中でも発達障がいが6割を占める。 グループ企業からの委託業務を中心に事業を展開しているが、2019年からは宮崎市からの業務を受託する等、その領域を拡大している。業務内容としては、PCを使用する業務(Web広告審査等)と、PCを使用しない業務(契約書印刷発送)の大きく2つに分類される。一人一台のノートPCが支給され、日々のコミュニケーションや支援は対面だけでなく、チャットやテレビ会議(Zoom)などPCを日常的に利用する。業務の様子・体調を把握するための日報や勤怠登録もWebシステムを用い管理している。 3 コロナ禍における当社対応の経過 (1) 移行プロセス 当グループでは年に1回全従業員を対象に在宅勤務訓練を行う等、あらゆる緊急事態に備えBCP(事業継続計画)対策を講じてきた。コロナ禍において、当社でもそのグループのノウハウをベースに、独自のルールや手順を加え「安全対策徹底」「支援負荷の少ない導入」「在宅勤務導入時の個別支援」の三本柱を基本方針とし、以下を前提に、特性に応じたグルーピング(表)を行い段階的な移行を実施した。 ア ハイブリッド勤務体制移行の前提 ①基礎疾患があり感染リスクが高いパートナーは、完全在宅勤務とする ②PCを使用する業務は原則在宅勤務者が対応する ③在宅勤務時は会社貸与PC(情報漏洩対策済み)を持ち帰り、自宅のインターネット回線を使用しVPNにて社内のネットワークに接続する 表 パートナー特性に応じたグルーピング イ Step1:Aグループ 導入段階においては、出来る限り支援負荷を最小にし、サービスレベルを落とさずに事業を継続させることが最優先課題であったため、業務の対応領域が広く臨機応変な対応が可能なパートナーから在宅勤務を開始した。また、このあとに続くハイブリッド勤務体制実現に向け、毎週課題の抽出と対策を検討し改善を継続、支援手法を構築した。 ウ Step2:Bグループ Step1で構築した支援手法をもとにBグループへの展開を行った。環境の変化にストレスを感じやすいパートナーもいることから、不安軽減のために、在宅勤務日を2週間以上前から提示し見通しを持たせた。また、在宅勤務前日には個別に時間を設け、在宅勤務での1日の流れを確認する等フォローを行った。 エ Step3:Cグループ 環境の変化への適応に対し、さらに細かな支援が必要となるパートナーについては、在宅勤務時は常時コーディネーターとZoomで接続し、いつでもサポートできる体制を整えた。また、在宅勤務開始に向けた必要なコミュニケーション方法の習得のため、以下のトレーニングをスモールステップで実施した。 -質問をする際は直接の声掛けでなくチャットやZoomを利用する -会議室等の個室を用いて、在宅勤務を想定した環境で業務を行う -毎週目標振り返り面談を実施しPDCAをまわす p.31 (2) 在宅勤務時の支援手法 一般的に在宅勤務導入のデメリットとして、孤立感・孤独感が挙げられる。そのため、孤立感を解消し、仲間意識を醸成することに重点をおき、出社・在宅勤務者全員参加のZoomによる対面での朝礼・終礼に加え、チャットでの定時進捗報告、随時質疑応答等によりコミュニケーション機会を設け支援を行った。 図1 Zoom朝礼・終礼イメージ 4 在宅勤務者へのアンケート結果 在宅勤務を行ったパートナーに対しアンケートを実施した。図2、図3に示すように、在宅勤務の開始にあたり7割以上のパートナーが不安を感じていたが、その不安感は、開始後に大幅に減少している。不安要因として最も大きいのが「PCトラブル発生時に対応できるか」であるが、実際のトラブル発生時にはスマートフォンからチャットやZoomを用いて相談し、速やかに解決できている。 図2 在宅勤務開始前後の不安感 図3 在宅勤務開始前の不安 在宅勤務の満足度については8割以上が「満足」と回答。理由としては、自分のペースで仕事ができることや、感染リスクを抑えられること等が挙がった。 また、支援の頻度については、全てのパートナーが「十分」と回答。「朝・夕でコーディネーターと対面で話ができ疎外感もなく過ごせる」「チャットで細かく連携がとれていて安心」等の意見が挙がった。 5 まとめ・考察 本取り組みにより、サービスの品質を維持し事業を継続させながら概ね順調にハイブリッド勤務体制へ移行できた。 その要因としては、先に述べた段階的な移行や孤立感解消のためのコミュニケーション機会の確保等の支援方法の確立が挙げられる。また、発達障がいパートナーが多いという当社の構成もその一因であると考察する。特性により対面でのコミュニケーションや、音や光等の環境への適応に課題を感じるパートナーも多いが、周囲の環境による影響がなく自分のペースで業務ができるという在宅勤務の性質がマッチし、パフォーマンスの向上に繋がった。 一方で、各障がいの特性によって起こる課題も顕在化された。在宅勤務という相手の状況がわからない環境下が、発達障がい者が抱きやすい、相手の立場にたつ・想像するということが苦手という特性を助長させ、トラブルが発生している(例:チャットで即時のレスポンスがないと不安になり、しきりにレスポンスを催促し相手を困らせるケース等)。また、文字でのコミュニケーションでは、簡潔に分かりやすく伝える力や文章を読み解く力が必要となるが、多様な障がい種のパートナーが在籍しており、その能力も様々である。通常よりも情報伝達の行き違いやコミュニケーションロスも発生しやすくなった。これらの課題に対し、今後、以下対策を検討している。 ①非対面コミュニケーションでの暗黙の了解や常識・マナー等、明文化されていないもののルール化 ②文章力向上のための研修 ③特性に応じた個別支援の手法確立 6 今後の展望 今後も続くWithコロナ時代においても、一人ひとりが活躍し、組織として成長していくためには、個々の強みを活かしたより強固なチームワーク構築が必要となる。 そのために、在宅勤務でも出社勤務と同様にパートナー同士での交流や、情報交換等の社内コミュニケーションがとれる環境づくりに取り組む予定である。 また、パートナー個々が持つ強みを知り、チャレンジできる機会や強みを活かせる職場づくりに努めたい。 【連絡先】 GMOドリームウェーブ株式会社(業務本部 業務部) e-mail:support@gmo-dw.jp p.32 障がい者社員のテレワーク・在宅勤務(身体・知的・精神・発達) ○遠田 千穂(富士ソフト企画株式会社 企画開発部 部長) ○槻田 理(富士ソフト企画株式会社 教育事業部 課長代理) 1 テレワーク・在宅勤務 非常事態宣言を受け、テレワーク・在宅勤務に切り替えるにあたり障がい特性に対する配慮や家庭環境など様々な問題・課題があり解決策を探る。全員にPCを貸与したところで、PC環境が整わない家庭はあるのも事実。また、生活の乱れで宣言解除後の就労生活に支障をきたさないようにする工夫も迫られる状況。全国の感染者が増える中、待ったなしのシュミレーションや会議が急がれる状況。社員をパニックに陥らせずに如何にテレワーク・在宅勤務に切り替え、労務管理をするかが、緊急の課題。ご家族・医療機関・福祉・支援者・学校との連携を図りながら実施・情報共有が大切。 今一度、自分の人生や障がいをPower Pointで表現することにより自己分析・定着につながる。 2 具体例 在宅でPC・リモート業務のできる社員には、会社にあるPC・デスクトップ・ノート・タブレットを含めすべて貸し出し。環境の整わない社員には、マスクの作成をして頂き、西会津で視覚障がいの社員達が椎茸を栽培・出荷しているのだがマスクが不足している状況であるため、郵送。また、都心で勤務をする社員でマスクの入手が困難な社員に配布をする。基礎疾患があり、感染したら重篤化する社員については即テレワーク実施。アグリのレシピ、コンテストも実施。生活記録表と朝昼夕の電話朝礼、昼礼、終礼で規則正しい職業生活を自宅で実行。服薬・規則正しい生活・会社・上司とつながっているという連帯感が孤立化や生活の乱れを防ぐ。マスクは本社で集め、洗濯・アイロン・消毒、アグリビジネスグループがパッキングをして必要な部署に配布。 創作活動は時間があっという間に過ぎ、自分で考え工夫をし、手先を動かすと脳に刺激が行き、障がいの軽減にもつながるので、障がいのある社員達にとっては最強のテレワークとなる。自作のマスクでお互いの命を守る使命感は、身体のみならず、アフターコロナでの鬱病、自傷行為、離職を防ぐので心のマスクにつながる。 3 結果 マスクでは古着を有効活用。家の中の掃除にもつながり、また先祖に思いをはせるという意味でも、自分のルーツを再認識したという社員や、歴史を勉強し出した社員もおり、向上心・向学心の醸成につながる。また在宅ならではの資格試験・メンタルヘルス検定・PC関連・英検・TOIEC・簿記会計・税理士・秘書検定などに挑戦する社員も現れ、業務のスキルアップにつながり工数の業績UPという企業にとってはありがたい結果となった。宣言解除後、経済活動から脱落しないように即座に生活をもとに戻す必要が生じるがメリハリをつけたテレワークの実施により全社的に心機一転皆で頑張ろうという気運が高まる。有事の際こそ、障がい者の社員達の勤勉さ・真面目さ・人の痛みが分かる気遣いが社会のプラスに働く。 4 考察 自分の時間管理を自ら行うことにより自制心・自律心が鍛えられた。在宅勤務の導入により出勤率が下がったことは良しとするか否かというところだが、体調が悪くとも在宅で勤務ができるということは新たな働き方改革につながるかもしれない。管理する側も障がい当事者であるため、お互いの配慮が活かされ、更に思いやりの精神が醸成されコミュニケーションの改善につながる。家族や趣味の共有の話が増え、出勤が待ち遠しくなるという効果も表れる。 出勤率は各部署の努力もあり、8割減。感染拡大防止に協力できたことが社員の自信につながる。 自分達でテレワーク・在宅勤務を工夫して行うことが世の中の役に立つのだという自己肯定感が高まる。自分達で工夫をするテレワーク・在宅勤務こそ、障がいを軽減する。家族間で協力することで人間関係も改善され日頃の就労意欲が高まり離職率の軽減につながる。普段の生活では気が付かない一石二鳥の効果があった。ピンチはチャンス!!である。 (写真4枚) 5 在宅勤務 弊社各部門での取り組み (1) ビデオ通話アプリの使用 社員所有のパソコン、スマホ、タブレットを使用し、朝 p.33 と夕方最低2回通話を行った。原則チーム全員参加。目的として、毎日顔を見て話し顔色・声質で体調を測る。副次的な効果として、雑談に花が咲くこともあった。職場で言えないような内容が飛び出すこともしばしば見受けられた。自宅でなら気兼ねなく大笑いができる。毎日のビデオ通話を楽しみにしている社員も少なからず居たようだ。 (2)週に1度の30分の面談 ビデオ通話アプリを使用。上司と1対1で行う。目的として、社員の課題の把握。特に在宅勤務についての課題・相談について、上司と一緒に考える。障害者社員は特に環境の変化に弱い傾向がある。社員の体調を維持するためにも、こまめに会話して、早め早めの対応を行っていく必要があった。 (3)ノートPCの貸与 部門社員全員にノートPCを1台貸与した。スタンドアロンでの使用とし、インターネットへは接続しない。外部からのデータは極力パソコンには取り込まない。不便にはなるが、この部門に関しては、セキュリティの観点からこうした対応をとらざるを得なかった。 (4)USBメモリの貸与 こちらも部門社員全員にUSBメモリを1個貸与した。目的として、貸与したノートパソコンと会社のパソコンとの間のデータ移動のため使用する。業務関係意外のデータの格納・移動は禁止。 (5)VPNソフトウェアの導入 上記と別の部門では、セキュリティ対策が十分なされていると判断したため、VPNソフトウェアの導入を行った。在宅勤務で使用するパソコンは私用のものを使い、VPNソフトウェアをインストールして使用する。使用するパソコンについてはMACアドレスを社のデータベースに登録して、接続を制限している。 6 在宅勤務ならではの成果 社員の健康促進のための方法・コツについて、社員が分担して記事を書き、デザインをDTPチームが担当してWEBページ・冊子に仕上げた。具体的には、 ・ヘルスキーパー社員による健康促進のためのコツ ・教育部門による新型ウイルス対策・健康維持のコツ 仕上がったページ・冊子はそれぞれイントラネットでダウンロードが可能となる。 7 在宅勤務期間中の社員の体調管理 在宅期間中の社員の体調管理は主に、生活記録表を用いる。毎日記録をすることにより、体調の変化に気を配れるようになる。体温、体調のレベル、1日の生活リズム、食事の回数などを記している。 8 会社からの補助 在宅勤務実施日には会社から1日あたり100円の補助が支給される。これは在宅勤務時に発生する通信費と電気代を想定したものである。 9 在宅勤務を行ってみて 弊社で社員に在宅勤務を命じた期間は、2020年4月中旬から6月末までである。在宅勤務を経験した社員の反応は大きく異なる。 「在宅勤務は行いたくない、早く出社したい。」多くの社員がそのように思ったようだ。理由として、在宅勤務では生活のリズムが崩れる恐れがある。自宅で集中して作業をするのが難しいこと、また在宅勤務に移行に伴う環境の変化で体調を崩した社員も居た。また在宅勤務に対して家族の理解が得られない、日中自宅に居づらいため、在宅勤務は難しいと訴え、出社可能な拠点に一時的に応援という形で出社したもらったケースもあった。 「在宅勤務は快適、このまま続けたい。」在宅勤務が快適と述べる社員には2パターンがある。1つは在宅勤務においても生産性が保てる人。通勤をしなくてよいので、より業務に集中できたようだ。もう1つのパターンが在宅勤務時には通常の業務と違う、在宅ならではの作業が割り当てられた場合である。在宅ならではの作業の切り出しがうまくいっていないため、作業量がどうしても少なくなりがちである。通勤の負荷と作業の負荷が著しく軽減されたため、在宅勤務が快適と思ったようだ。しかしどちらもケースも、在宅勤務が終了して出社が再開された際、環境の変化に直面したため、多少なりとも体調を崩す社員が少なからずいた。 障害者社員が多数を占める弊社において在宅勤務はデメリットのほうが多いように感じた。第一の理由として、障害の特性上、環境の変化に弱い社員が多いということ。在宅勤務開始と終了時にそれぞれ体調悪化のリスクがある。第二に在宅勤務でできる業務には限りがあること。現場でしか出来ない業務が当社では多数である。とはいえ、今後社会の要請があった場合には再度在宅勤務を社員に命じなくてはならない。そのための課題として、社員と密接な連絡のできる仕組み、在宅勤務時のOA機器環境の整備、業務の切り出しが挙げられる。まだ先が見えないところではあるが、社員が活き活きと働ける環境づくりを引き続き進めていきたい。 【連絡先】 遠田 千穂 富士ソフト企画株式会社 TEL: 0467-47-5944 FAX: 0467-44-6117 Email: todachi@fsk-inc.co.jp p.34 リモートを利用した在宅ストレス対策・研修プログラムの実践 〇秋山 洸亮(株式会社アウトソーシングビジネスサービス 公認心理師・臨床心理士) 1 問題・目的 2019年12月中国武漢より発症したSevere Acute Respiratory Syndrome CoronaVirus2(SARS-CoV-2)による肺炎、新型コロナウイルス感染(Coronavirus disease 2019; COVID-19)は世界的に大流行し、2020年東京オリンピックも延期となった。2020年8月10日における世界規模での陽性確定報告は19,718,030ケースとなっている(WHO, 2020)。日本国内では2020年8月10日における検査陽性者47,990ケースとなっている(厚生労働省, 2020)。   COVID-19の影響により緊急事態宣言も発令され、社会情勢は急展開を迎えた。産業面においても同様の事態となり、一般社団法人日本経済団体連合会(日本経団連)は経済再生担当大臣より出勤者の7割減およびテレワーク等の推進養成があった(一般社団法人日本経済団体連合会, 2020)。こういった社会情勢によって、リモートワーク、時差出勤、助成金支援などが社会的に展開されていった。 このような事態において、特例子会社も大きな社会的影響を受け、株式会社アウトソーシングビジネスサービスにおいても、リモートワークを一早く導入し、4月からは完全在宅勤務へ移行した。また、このような企業展開の中、リモートワークによる環境変化でのストレス、外出困難状況による孤独感やストレス、雇用・業務への不安、通常の受診やカウンセリングサービスが受けられない不安等、ストレスが生じやすい環境となったと思われる。 そこで、株式会社アウトソーシングビジネスサービスでは、2020年4月から7月の3か月間において、リモートによる在宅ストレス対策プログラムを実施した。本報告では、実践したプログラムの紹介と今後の展望について報告を行う。 2 方法 時期:2020年4月~2020年7月 対象:103名(なお、1回のセッションにつき最大5名までとし、手話通訳士が必要な場合は最大2名とした。) 実施方法:Teams(Microsoft) 効果測定およびスクリーニング:Stress Response Scale-18(SRS-18 ;鈴木・嶋田・三浦・片柳・右馬・坂野,1997)。 SRS-18は3つの因子によって構成されており、「抑うつ‐不安」、「不機嫌‐怒り」、「無力感」からなる。それらの合計得点をストレス反応としている。鈴木ら(1997)の調査によるとα係数としては「抑うつ-不安」が88、「不機嫌-怒り」が87、「無気力」が82であった。鈴木ら(1997)と同様に、各項目について自分の感情や行動にあてはまる程度を「0.全くちがう」~「3.その通りだ」の4段階で評定を求めた。 手続き:本研修・プログラムを受講するにあたり、事前にSRS-18および配慮事項について回答を求めた。また、SRS-18は弁別妥当性も確認されていることから、SRS-18の高群にあたる対象者については状態確認の面談を行い、十分配慮をした上で実施した。 プログラム実施前から実施終了後までの流れを図に示し、実施したプログラム内容を表に示す。 図 チャート 表 プログラム内容 (1) チェックイン 身体の調子、気分において「⑤良い~①悪い」の5段階で状態確認をし、グループ内で発表していただいた。また、配慮事項についても併せて発表していただいた。また、配慮事項についても併せて発表していただいた。 (2) 10カウント呼吸法 熊野(2003)に沿って、腹式呼吸をしながら、吸って吐いて「1」、吸って吐いて「2」と、心のなかで腹式呼吸の吸って吐いてを1セットとして10まで数える方法を実施 p.35 した。なお、数がわからなくなったときは、また1から数えることとした。  この呼吸法はリラクゼーションスキルとしての側面もあるが、思考に囚われず、「いま、この瞬間への注意・集中」が必要となる。そのため、リラクゼーション効果の他、注意機能の変容およびトレーニングとしても効果的が期待できることが考えられ、リラクゼーションスキルとしての側面と注意機能の側面の両側面からストレス低減へアプローチを実施した。 (3) 在宅勤務あるあるトーク 必ずしも参加する全員が共感できなくてよい、皆さんが思う「あるある(よくある)」をグループトークとして実施した。このトークの目的としては、リモートワークによる孤独感の緩和の他、Self-Compassionの3つの概念としてあるSelf-Kindness,Common Humanity,Mindfulnessを維持・向上する目的として導入し、ストレス低減へのアプローチとした。 (4) セルフケア期間 本研修は研修を受けることが目的ではなく、セルフケアでストレス対処スキルを使えるようにすることが目的であることをお伝えし、セルフケア期間を実施した。研修後3日間を1日1回スキルを実践するホームワークをセルフケア期間とし、研修でも使用しているグループチャットで研修実施者から「スキルを実践した方は"いいね!"を押してください」とメッセージがあり、それに対し、スキルを実践した対象者が「いいね!」で返答するという流れで実施した。この機能はリモートならではのアプローチだと考えられる。 3 結果 (1)ストレス反応 SRS-18の合計得点をストレス反応得点として処理し、事前―事後においてストレス反応得点を対応のあるt検定を行ったところ、平均得点は減少し、有意な差が認められた(p<.001)。 (2)抑うつ-不安 因子測定項目を合計し、得点処理を行った。事前―事後の得点において対応のあるt検定を行ったところ、平均得点は減少し、有意な差が認められた(p<.01)。 (3)不機嫌-怒り 因子測定項目を合計し、得点処理を行った。事前―事後の得点において対応のあるt検定を行ったところ、平均得点は減少し、有意な差が認められた(p<.05)。 (4)無力感 因子測定項目を合計し、得点処理を行った。事前―事後の得点において対応のあるt検定を行ったところ、平均得点は減少し、有意な差が認められた(p<.01)。 4 考察 SRS-18におけるストレス反応得点、「抑うつ-不安」、「不機嫌-怒り」、「無力感」の全てにおいて有意な差が認められ、在宅ストレス対策研修・プログラムによって3つの因子も含め、ストレスが減少した可能性が考えられる。また、SRS-18における各得点が減少したことは喜ばしいことであったが、その他にもプログラム実施によるメリットがあったので報告する。 ①研修前・研修後にSRSによるスクリーニングを行ったことでハイリスク者を抽出し、状態確認を行えたことが一つとしてあった。在宅環境下のため、日常的に顔合わせを行わなくなった。そのため、ハイリスク者の同定も困難な状況になった。そういった状況下においては、こういったスクリーニングの重要性が際立つ。また、株式会社アウトソーシングビジネスサービスでは定期面談も実施するなど、いくつもののセーフティネットを張っている。 ②ハイリスク者については保健師や拠点支援者につなぐことができ、リモートによって拠点外からの支援者によるアセスメントの実現もあった。こういった点から今後は面談や研修といったイベントごとにK6を導入することを検討している。 ③在宅開始早々に研修を行ったことで会議の仕方やTeamsでのやりとり等、在宅勤務への適応を促進できた点があった。 5 今後の展望 本実践ではSRS-18が低下したが、コロナによる緊急事態宣言開始前、開始後、終結後に至るまでの間に実施されたものであった。そのため、社会的情勢によってSRSが低下した可能性も考えられる。また、リモートを利用した介入研究は数が限られている状況にある。今後は、リモートを利用した大規模な無作為比較試験等による研究が求められると考えられる。 今後考えられる可能性として、新入社員が入社直後から在宅勤務になることも考えられる。実際に2020年4月入社だったものの、在宅勤務スタートになった社員は社会的にも多いことが考えられる。また、障害者雇用において、就労移行等の支援機関においてプログラムや訓練を受け、入社に至ったとしても、就労定着率が高いとは言えないのが現状である。そういった状況の中、株式会社アウトソーシングビジネスサービスでは、秋葉原にアカデミーを展開し、社員として研修を受け、自分に適した仕事を見つけることや、能力を伸ばす場として展開していく。 【連絡先】 Akihabara Branch URL: https://osbs.urtricksters.com/top.html p.36 回復期段階から在宅就業を目指した高位頸髄損傷者への支援 ◯露木 拓将(神奈川リハビリテーション病院 リハビリテーション部 職能科 作業療法士) 立花 佳枝(神奈川リハビリテーション病院 診療部 リハビリテーション科) 松元 健(神奈川リハビリテーション病院 リハビリテーション部 職能科) 柏原 康徳(神奈川リハビリテーション病院 リハビリテーション部 リハビリテーション工学科) 1 はじめに 高位頸髄損傷者にとって、呼吸器管理・循環器管理・皮膚管理・身体管理など、二次的合併症の予防と対策は重要である。事例では、回復期段階から在宅就業を目指すことで、患者本人が生きる希望を見いだし、より積極的な身体自己管理への意識が高まった。残存部位を効率的に使用できる操作機器の選定と環境設定、操作訓練と身体管理を行い、職業準備となる生活マネジメントへアプローチした内容について報告する。 2 事例の概要 A様、55歳男性。診断名は頸髄損傷C4・後縦靭帯骨化症。麻痺重症度(AIS):B 障害名は四肢麻痺・膀胱直腸障害。X年Y月に自宅近くで転倒。救急病院に搬送され頚椎後方固定術(C2~4後方固定、C3~4椎弓切除、C6~7椎弓形成)を受ける。Y+3ヶ月後、神奈川リハビリテーション病院(以下「当院」という。)に転院。既往歴としてX-18年、頚椎後縦靭帯骨化症によるC4-6前方固定術を施行。社会的背景は妻と二人暮し。持ち家マンション4F(エレベータ有り)A社勤続30年。休職期間3年間。経済面は傷病手当金受給、妻収入あり。 3 支援の経過と介入 (1) 入院時状況 四肢麻痺により日常生活において全ての動作で介助を要するが、食事の咀嚼、嚥下は可能。身体・精神状態は発熱や精神的ストレスにより、時折不安定な様子がみられていた。 (2) 初回面接と職能科ガイダンス 初回面接時は目標を見失い、活力低下がみられた。当院は2008年より高位頸髄損傷者の在宅就業支援を行っており、ガイダンス担当者より生活や就業の様子を映像で紹介し、当事者同士の情報説明会を実施した。「パソコンの操作が出来るようになりたい」、「復職したい」と目標が出来、パソコン操作を目的としたチームアプローチを開始した。 (3) 福祉機器の選定と環境設定 本人の目標が明確となったため、リハビリテーション工学科と操作機器の選定を開始。高位頸髄損傷者のパソコン操作にはいくつか方法があるが、残存能力と操作能力を考慮して段階的に行った。まず、ベッド上など身体的に負担が少ない姿勢から視線入力装置の環境設定と操作練習を実施。次にリクライニング車いすを使用してマウススティックを使用した環境設定と操作練習を実施。リクライニング車いすで、マウススティックを操作するには背もたれを起こす必要があるが、背もたれを起こすと息苦しさや起立性低血圧の影響もあり操作は困難な様子が多かった。また、マウススティクをくわえることで唾液が多くなり同時期に誤嚥性肺炎を発症したため、医師が呼吸器管理のため中止の判断をした。そこで、あごや口を使ってジョイスティックを操作するトクソー技研のクチマウス(図1)の使用を開始した。 右クリック、ドラック操作は視線入力用に開発されたClick2speak(無料のスクリーンキーボードソフト)を、文章入力は操作負担を軽減するために「かな入力」に設 図1 トクソー技研 クチマウス 図2 パソコン操作環境 p.37 定し、Microsoft Windows標準のスクリーンキーボードと併用した。スクリーンキーボードは画面を大きく占有するため、操作用の画面とキーボード用の画面を上下に2つ並べて設定した。パソコンデスクはモニターの高さを調整するため、メタルラックを使用した(図2)。  1つの機器ですべての操作を満たすことができなかったため、本人の意思・希望に合わせて複数の支援機器を併用し環境設定を行った。 (4) 活動と身体管理への支援 使用する道具と環境が整ったため、操作時間を増やし、操作能力や体力の向上を目指しながら身体状態の評価と管理を行った。高位頸髄損傷者にとって、車いすに座る時間や機会を増やすことは、今後の日常生活動作拡大に向けて大切なことである。しかし、高位頸髄損傷者が座るということはリスクを伴い、起立性低血圧や褥瘡、疼痛など、活動姿勢を保つためには様々な面での身体管理を必要とする。そこで、安定した姿勢と動きやすい姿勢を確認し、支援者は表情や発汗、呼吸の深さなどを観察し、その日の体調に合わせて車いすの背もたれの角度を調整しながら、手や足がどの場所にあれば楽に座れているのか、身体管理を意識して本人と確認しながら行った。 しかし、活動が高まると、四肢の筋緊張が亢進し疼痛が出現した。医師の指示により筋弛緩剤などの内服薬を開始し、理学療法士と関節可動域訓練やリラクゼーションを行いながら経過観察を行った。その後、関節可動域制限や疼痛が続いていたため、ボツリヌス療法を開始した。活動を増やすことは体に負担がかかっていくが、パソコン操作が出来るようになりたいという本人の強い意思と医学的管理があったためパソコン操作訓練を続けることが出来た。 そして、医学的管理と環境調整を本人と確認しながら、1日80分まで操作時間を増やすことが出来た。本人からは、「出来る事が増えてくると、つい無理をしてしまうかもしれない。ただ、何がどれくらいで無理をしているのかがわからない。一緒に確認出来ると安心。」という声が聞かれた。麻痺している身体を管理するということは大変難しいことであるが、本人が努力・挑戦できる環境を作り、支援者と一緒に確認し対策を行うことで、二次的合併症を予防していく道筋を確認することが出来た。 (5) 在宅環境準備 操作能力訓練、身体管理を行いながら、本人が購入したノートパソコン、メタルラック、その他周辺機器を訓練室に設置した。モニターの高さや角度、パソコン設定など詳細に確認し、操作環境の調整と確認を行った。退院前の自宅訪問時にリハビリテーション工学科職員と筆者が訓練室のパソコン環境を再現して設置した。地域の支援者とパソコン操作の環境調整マニュアルを使って情報交換を行い、退院前に在宅環境を整えた。 4 結果 退院後に地域の支援者、ケアマネージャーにパソコンが使用できる時間を中心としたケアプランの作成を依頼し、本人が生活環境を自ら積極的に調整できるようにした。また、パソコン操作時の背もたれの角度は、その都度ホームヘルパーと確認し1時間に1回背もたれを寝かし臀部の徐圧と休憩を行い、1日4~5時間の操作が行えるようになっている。そして、地域で理学療法士・作業療法士の訪問リハビリテーションを実施しており、当院は、週1回のWEB面談と定期的なボツリヌス療法を行い、復職準備と体調管理などのフォローアップを継続している。 復職へ向けて、パソコンの操作ができるようになるという目標から、いかに身体を管理し負担が少なく継続して行えるかという長期的な視点を持った目標へと変わった。現在の目標は、「もっと楽にパソコン操作が出来る環境を考えること」、「いかに快適に、いかに楽にできるか」、「自分の経験と特技を生かし、一つの軌跡を作っていきたい」と話している。今後、復職に向けてパソコンを使用した在宅訓練を行っていく予定である。また、就労移行支援事業所との連携も検討している。 5 考察 高位頸髄損傷者にとって、自ら何かをしたいと感じ、自分の意思で物事を決定するのは困難なことが多い。回復期段階から自己決定が出来る環境を作り選択肢を提示すること、持続可能な身体管理方法の習得を促すことが理想的な支援の形である。 重度な運動麻痺を持って車いすで活動することは、様々なリスクを伴うが、事例では本人が目的に向かって活動し、身体管理の時間や方法を自己決定する事で、生活マネジメント能力が高まった。「出来るようになること」、「効率的に出来るようになること」、「持続的に出来るようになること」と段階を経ていくことが、高位頸髄損傷者の在宅就業において大切であると考えられる。 【参考文献】 1) 横山修 松元健『身体障害』,「総合リハビリテーションvol.45 No.7」,医学書院(2007),p.685-690 【連絡先】 神奈川リハビリテーション病院 職能科 作業療法士 露木拓将 kanashokuno@kanagawa-rehab.or.jp p.38 重度身体障害者のICTを駆使した就労支援~医療・介護・福祉の連携から、ケアを効率化して社会参加へ~ ○伊藤 佳世子(社会福祉法人りべるたす 相談支援専門員) 1 はじめに 当法人では、医療的ケアが必要な方等を対象としたグループホーム、ホームヘルプ等の事業を12年前より行っているが、近年、就労意欲のある重度身体障害者が増えてきたため、2年前より自立訓練、就労系事業等を開始した。重度身体障害者をめぐる就労の状況は、自力通勤ができない、勤務中にケアが必要等の方は就職が困難であった。また、在宅就労では、請負仕事が多く、常勤での採用に前向きな企業は少なかった。しかしながら、今年に入り、新型コロナウィルスの流行からテレワークを推奨する動きがあり、ICTを駆使した就労が国を挙げて進められた。このことは、通勤やケアが必要な障害のある方の就労環境としてかなりの追い風となっている。そこで今回は、医療的ケアのある重度身体障害者の就労支援の事例を振り返り、連携に必要なことを整理した。 2 A氏の基本情報 40代男性、2015年頃にALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症し、通勤が困難となったことから在宅就労へ切り替えとなり、その後、2017年に気管切開、人工呼吸器装着、胃ろう造設となり一時休職となった。現在、四肢機能全廃、体幹機能全廃の状態であるが、PC操作は辛うじて動く足の指先を使い、足用のスイッチと視線入力装置も使い在宅勤務で復職した。ケアの時間は勤務時間に含めず「休憩時間」の扱いとし、週5日間、1日6時間程度は日中グループホームのベッド上で行っている。勤務時間は平日9時から18時30分のうち6時間を基本としている。 3 各職種が行った就労支援 働くための環境調整には、主に、医師、訪問リハビリテーション(理学療法士)、訪問看護師、相談支援専門員が関わっていた。体調面での留意点は、最低2時間は連続で働けるための体力、姿勢の保持が重要であった。そこで、医師は仕事に集中できるための人工呼吸器と服薬の調整を行い、短時間でケアをまとめてできるように看護師に排痰補助装置等をつかった肺ケアを指示した。ICTの機器やスイッチの選定と操作、姿勢の保持には訪問リハビリテーションが中心となって関わり、必要な操作やセッティングを分かりやすくヘルパーに伝えた。意思伝達装置とスイッチの支給決定、仕事の時間を長時間取れるようにするための医療時間の確保とそれにかかるスケジュール調整等全体のコーディネートは相談支援専門員が行った。A氏の仕事の内容は映像関係であり、元々、この企業では健常者にも在宅就労を推奨していることから、在宅就労に対する理解があり、復職に結び付けられたケースといえる。 4 結果 体調面の配慮としては、医師が人工呼吸器の設定、服薬調整、肺ケアを効率的に行い、就労の時間を長時間とれるようにした。医師と企業で面接を行い、体力面の配慮をどの程度すればよいかを話し合った。また、ADLに合わせた意思伝達装置等の機器選定、ポジショニング、作業環境の調整、IT環境の調整、企業とのコミュニケーション手段を確保できれば、かなり重度の身体障害者でも就労は可能であることは分かった。 しかしながら、これらのコーディネートを企業側だけでするのは困難と思われる。企業への復職に対し福祉側、医療側の連携が必要不可欠であるが、多法人・多職種のコーディネートは容易ではないうえ、誰がリードして就労のためのコーディネートをすべきかを検討する必要がある。 5 考察 福祉的アプローチで在宅就労を先駆的に行ってきた社会福祉法人東京コロニーでは、1985年頃より通勤困難な障害や疾病をもつ方の在宅における労働研究を行っていた。堀込1)によれば、支援の対象者は「通学、通勤の困難な重度障害者としていた。「講習生の自宅での受講理由に、「排泄の課題」や「温度・気圧による体調変化」、「薬の服用による労働時間の制限」などが多いことを鑑みれば、まさに難病患者の就労阻害要因と重なるものであり、在宅での教育や就労が難病の方にとっての1つの合理的な選択肢であることは間違いない」「様々な機能障害が出てきても、働く可能性がゼロになるわけではない。支援技術や制度の後押しで、人の働く力は変化しつづける。それだけに、職業リハビリテーションに関わる様々なスタッフが連携して、その都度疾患状況に合わせて制度利用や作業環境を整えていく意味は大きい」としており、職業リハビリテーションとしての連携の必要性を訴えている。 重度身体障害者の就労環境を、医療・介護・福祉・企業と連携しながら整備するために、相談支援専門員がコーディネートを行うことも想定されるが、重度身体障害者の障害特性や福祉用具、ICT、またそれらを統合して就労に p.39 結び付けるといった事例に熟知している担当者はほぼ存在しないと言えるのではないだろうか。そのため、各担当者や専門職との具体的な連携方法を分かりやすく示し、活用するためのツールの開発が必要と考えた。筆者4)は2020年の初めに「就労環境調整シート」(表)を作成し、複数の利用者に試用している。 シートでは各項目に対し〇、△、×で評価し、特記事項を記載できるようにしている。 表 就労環境調整シート 6 今後の展開 今後、「就労環境調整シート」について、就労を目指す重度障害者に対して試行しながら、当事者、関係者から様々な助言をいただき、ブラッシュアップを進め、また、進行性疾患の場合は、就労後にさらなる環境調整が必要となるため、再評価のタイミングや方法についても検討していきたい。 7 まとめ 中途障害者の就労支援においては、これまで、国公立のリハビリテーション病院を中心に専門職が力を合わせて行ってきていた。現在も身体障害者の在宅就労への就労支援アプローチをリハビリテーション施設で行っている場合もあるが、全体的には後退してきているとの指摘もある。その理由として佐伯2)は「復職支援活動が健康保険の対象外であり医業収益とならないこと等が指摘されている.更に病院の機能分化,在院日数の短縮,外来通院リハビリテーションの制限等の急激な医療環境の変化が拍車をかけて,リハビリテーション医学分野での就労支援は後退している」と示している。なお、在宅で環境調整を行う場合に必要な条件として、横山3)によると「日常生活の確立、体調管理、家族のサポート、長時間の座位、PCスキル、コミュニケーション能力、仕事と私生活の切り替え、自分に合った息抜き方法をみつける」と提示している。これらを相談支援専門員が在宅医療やリハビリテーション専門職等と連携しつつ就労移行支援事業所等で調整を行っていく必要性を示している。 一方で、どのように調整をするかということについて具体的に明記されている文献はない。今後、多法人・多職種におけるコーディネート手法について、多くの事例を集積し分析・検証していきたいと考えている。 【参考文献】 1)社会福祉法人東京コロニー職能開発室 堀込真理子. (2017). 「難病の方の就労支援についてICTを活用した、在宅就労へのアプローチ」. 『難病と在宅ケア Vol.23 No.9』,41-44. 2)佐伯覚、伊藤英明、加藤徳明、松嶋康之. (2017).「障害者の就労支援の最近の動向」.『The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine Vol.54 No.4』,258-261. 3)横山修、松元健.(2017年7月号).「身体障害」.『総合リハ第45巻7号』,685-690. 4)伊藤佳世子.(2020)「重度身体障害者が在宅就労するための就労環境調整シートの試作」.『実践課題研究報告書、日本社会事業大学専門職大学院』 神奈川県リハビリテーション病院脊髄損傷リハビリテーションマニュアル編集委員会(編集)(2019)『脊髄損傷リハビリテーションマニュアル 第3版』 【連絡先】 社会福祉法人りべるたす 伊藤佳世子 〒260-0802 千葉市中央区川戸町468番地1 電話: 043-497-2373 E-mail: libertas@libertas-mail.jp p.40 盲ろう者の大学事務職における就労事例報告-コロナ禍での在宅勤務を経験して- ○森 敦史(筑波技術大学 総務課広報・情報化推進係 事務補佐員) 後藤 由紀子(筑波技術大学 産業技術学部) 白澤 麻弓(筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター) 1 はじめに (1)盲ろう者の就労 「盲ろう者」とは、聴覚と視覚の障害を併せ有する者を指す。盲ろう者は主に「コミュニケーション」「情報入手」「移動」の3点に困難があり、かつ聴覚・視覚障害の程度や受障時期によって困難の度合いは非常に多岐にわたる。そのニーズに対応するためには盲ろう者個人の状態に応じた独自の支援が必要である。平成24年に全国盲ろう者協会が実施した実態調査によれば、我が国における盲ろう者の人口は14,000人程度であり、15~65歳の生産年齢人口は2,500人程度と2割に満たない1)。さらに当該調査において日中の過ごし方を「就労(正社員)」あるいは「就労(正社員以外)」と答えたのはわずか114名である1)。 以上のことから、個別性の高い支援が求められる盲ろう者の就労においては、前例が非常に少なく、支援現場では常に試行錯誤の状態であることが想定できる。 (2)国立大学法人筑波技術大学 筑波技術大学は我が国唯一の聴覚障害者及び視覚障害者のための高等教育機関である。学部・大学院は聴覚障害のある学生が学ぶ産業技術学部と大学院技術科学研究科産業技術学専攻、視覚障害のある学生が学ぶ保健科学部と大学院技術科学研究科保健科学専攻、そして聴覚障害・視覚障害に関わる支援技術や手話教育について学ぶ大学院技術科学研究科情報アクセシビリティ専攻から構成されている。 2 事例(対象者A) (1)略歴 本事例の対象者であるAは先天性盲ろう者であり、主なコミュニケーション手段は触手話(本人は手話で発話し、相手の右手に触れて手話を読み取ることで会話する方法)である。その他点字も習得しており、点字を活用したパソコンの利用や50音ボード(50音の点字と普通文字が併記された文字盤)を用いた会話なども可能である。 幼少期から高等部まで、難聴幼児通園施設および聴覚特別支援学校、視覚特別支援学校に通い、私立大学を卒業後、将来の選択肢を広げるべく筑波技術大学技術科学研究科情報アクセシビリティ専攻へ進学、2020年3月に修了した。現在は研究活動と平行して、週に3日筑波技術大学の事務職員として働いている。 従来Aは、当事者として、盲ろう者の教育や就労に関する研究活動や盲ろう者協会運営などの支援活動を行うだけでなく、盲ろう者の就労の可能性を広げるべく一般就労をしたいという希望を持っていた。 (2)就職までの経緯 ア きっかけ 筑波技術大学でも盲ろう学生支援の前例はわずかであったが、Aは指導教員や授業担当教員との相談を重ねながら授業の情報保障、歩行環境の整備(点字ブロックの敷設等)などの支援を受け、学生生活を送ってきた。その経験から後進の障害者が学びやすい・働きやすい環境を作っていきたいというAの希望を受けて、筑波技術大学への就職に関する検討が開始された。 イ 採用までの流れ 採用に際しては、Aの意向や必要な配慮を的確に把握し、配属部署を調整するため、大学院の指導教員らおよび学長らとのミーティングが重ねられた。ミーティングに際しては、Aの意向を的確に伝えるため、触手話通訳者の同席に加え、Aが希望や配慮事項について記した資料(パソコンで作成、印刷)を持参した。資料の作成にあたっては、指導教員が内容の検討や体裁の調整についてのサポートを行った。また内定を受けてからは、配属先の上司・同僚との顔合わせを行い、Aの学生生活のサポートに携わっていた担当教員の協力のもと、パソコンの訓練や通勤路の歩行訓練などを重ねた。併せて、他の職員とのコミュニケーションを円滑にするためのチャットシステムの導入などについて検討した。 (3)就職後 ア 支援体制 (ア)所属部署・業務内容 ①所属部署:総務課広報・情報化推進係(大学の広報全般対応、大学事務の情報システム管理等を行う部署) ②業務内容:SNSによる情報発信、メールマガジンの作成、学報(学内規則や会議の結果、人事異動等に関する情報を掲載する学内資料、月1回発行)の作成、等 (イ)人的体制 ①係内(常勤):係長1名、専門職員1名(他係と兼務)、係員1名 ②係内(非常勤):事務補佐員1名(A)、支援員2名 ※支援員は両名とも、Aの学生生活支援にも携わっていた人物。触手話による通訳が可能。Aの週3日の勤務日に合わ p.41 せて交代で勤務する。 ③支援者(学内教員):3名 ※いずれも手話通訳士の資格を有しており触手話による通訳が可能。内1名は大学院の副指導教員。 (ウ) 役割分担 支援員が上司・同僚との会話の通訳や、Aが作成した文書の体裁の確認等を担っている。学内教員は支援者や上司・同僚へのスーパーバイズを行う。 イ 経過(概要) ①4月上旬~中旬:週3日大学へ出勤、内半日はパソコン訓練にあてる他、職場環境の整備を中心に取り組む(4月8日、9日に訓練カリキュラムやチャットシステムの導入に関する打合せを実施)。 ②4月下旬~:週3日とも在宅勤務、同僚・支援者とはメール・チャットシステムで連絡を取る。 ③5月下旬~:週1日は大学へ出勤、2日は在宅勤務となる。 ④6月18日:支援者同席の元、業務内容等に関する打合せを実施。※その他の勤務日においても、必要に応じて係内での打ち合わせを実施している。 ⑤7月~:週2日は大学へ出勤、1日は在宅勤務となる。 ⑥7月30日:支援者同席の元、業務内容等に関する打合せを実施。 ウ 経過(支援内容の変遷) 盲ろう者の場合、「1 はじめに」の項で述べた3つの困難により、「状況説明」や「情報の提供」という支援が必要である。特にAの場合生まれた時から見えにくい・聞こえにくい状態であるため、「見たことがない」「聞いたことがない」ことによる経験的不足・情報不足が多くあり、周囲の状況を見て・聞いて判断し、行動するということへの困難性が高いと考えられる。そのため、就職当初は上司・同僚以外に支援者として学内教員が常に同席し、通常の新人研修では補えない部分として、他の職員の勤務時間中の行動や会話内容、社風・社会的マナーや常識といった情報を場面に応じて提供した。作業の習得に関しては、在宅勤務への移行が想定されたため、早期に単独での作業が可能となるよう、点字表示に対応したソフトウェアや点字ディスプレイを使用する視覚障害学生へのパソコン指導に長けた教員からの協力を得て訓練を行った。 在宅勤務が開始されてからは、支援者の役割はパソコン技術に関する助言やAが作成した文書の修正等に移行し、日々の勤務状況はAが作成する日報を通じて上司・同僚・支援者に共有された。 大学への出勤が再開されてからは、定期的にA・上司同僚・支援者が参集した打合せを行いながら、支援者の役割やAに求める業務の質、業務効率化に向けた環境整備等について適宜検討を行っている。 3 本事例に関する考察(当事者Aの立場から) 新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、外部の盲ろう者支援団体から直接的な訓練等のサポートを受けられない状態であったが、筑波技術大学では視覚障害者へのパソコン訓練に関するノウハウを持つ教員からの協力が得られたことから、当初の数か月は一般的な新人研修としての側面だけでなく、職業訓練の側面があったことを認識している。実際、コロナ禍で在宅勤務に移行してからも、自主的にパソコンの操作方法を調べる、トラブル時に外部の団体に尋ねるといった行動に移せたことは、就職当初の訓練による成果であったと言えるだろう。 現在は係内に支援員が配置され、上司等とのコミュニケーション支援やAのパソコンの操作支援(点字では対応できない文字のフォント等、作成文書の体裁の調整)等に当たっている。在宅勤務時においてもメールやMicrosoft Teamsによるオンラインチャットを用いて、支援者や上司とのやりとりを行う等、ICT技術を駆使することで勤務が可能となっている。 現在把握している課題としては、ほぼ触覚のみに頼ることから、パソコンで目的の項目に行くまでに時間を要すること、会議中に触手話通訳を受けながらメモを取ることが難しいことなど、健常者に比べて時間を要してしまうことが多くある。パソコン技術についてはプライベートな時間も活用して研鑽したいと考えているが、研究活動と平行していく上での効率的な時間管理も課題になっている。 4 盲ろう者の就労に関する考察(当事者Aの立場から) Aの場合、幸いにして大学院時代から就労後まで指導教員を中心とした継続的な支援が行われていたが、我が国では盲ろう者の就労に特化した支援体制は少なく、東京盲ろう者支援センター等でわずかに生活訓練を行っている程度である。そのため実際に就労したくても就労できない人もいることが推測され、彼らの就労移行における継続的支援が重要であることは、本事例から考えられるだろう。 自身が研究活動を行っていることは前述したが、上記の理由から今後は本事例を通じて、盲ろう者の就労移行における継続的支援と教育機関での就労における教育体制を強化するための可能性について新たに検討したいと考える。 【参考文献】 1)全国盲ろう者協会:厚生労働省平成24年度障害者総合福祉推進事業盲ろう者に関する実態調査報告書, 2013 【連絡先】 森 敦史 筑波技術大学総務課広報・情報化推進係 e-mail:atsushi-mori@ip.mirai.ne.jp p.42 緊急事態宣言下における視覚障害者の在宅勤務の実情-当事者へのヒアリング調査から- ○伊藤 丈人(障害者職業総合センター 研究員) 1 背景・目的 令和2年4月、新型コロナウイルス感染拡大を受け、緊急事態宣言が発出された。各事業所ではできる限り出勤する人数を抑えることが求められ、在宅勤務や自宅待機を余儀なくされる社員(職員)は少なくなかった。 民間企業や公共団体に勤務する視覚障害者1)もその例外ではないことが、認定NPO法人タートルが4月末に行った調査で明らかとなった2)。当該調査では視覚障害者にとっての在宅勤務の利点や課題が挙げられていた。ただ、そうした利点や課題が生じた背景を明らかにし、それらが視覚障害特有なものなのか、労働者一般に見られるものなのかを示すためには、ヒアリング調査を実施し、より丁寧に記述していくべきと考えた。 本調査では、緊急事態宣言発令に伴い在宅勤務を経験した視覚障害者へのヒアリングを通して、在宅での業務の実態を明らかにした。それを通じて、視覚障害者が在宅勤務を実施する場合の利点や課題、その背景を整理するよう努めた。 2 方法 2020年6月から7月にかけて、企業または公共団体に勤務し、今回の緊急事態宣言発出以降に在宅勤務を経験した視覚障害当事者11名に、在宅勤務時の状況に関するヒアリングを実施した。ヒアリングの趣旨をメールで対象者に伝えた上で、ウェブ音声通話でヒアリングを実施した。 主な質問項目は、「通常勤務体制での業務内容」、「在宅勤務時の業務内容」、「自身が感じた在宅勤務の利点と課題」、「今後望まれる勤務体制」であった。 3 調査結果 (1) 調査対象者の属性と通常勤務内容 本調査の対象者のジェンダーバランスは、男性が6名、女性が5名であった。 勤務先は民間企業が7名、地方公共団体等の公務員が3名、社会福祉法人の生活指導員(点字やパソコンの指導を含む)が1名であった。対象者全員が、主としてパソコンを使用して業務を行い、画面読み上げソフト(以下「スクリーンリーダ」)を使用していた。うち3名は強度弱視のため、画面を拡大して文字をチェックすることもある。 全体の中で、利用者やクライアント等外部の人々と電話や面談等で接することが主たる業務に組み込まれている人は3名であり、他の8名の業務は、社外の人との直接のやり取りが少ないようだった。前者には、公立図書館での利用者対応や視覚障害者への生活訓練が含まれ、後者には法務専門職としての業務や、SEとしての業務等が含まれていた。 (2) 在宅勤務時の業務内容 在宅勤務における勤務状況について聞いたところ、ほぼ職場と同様の業務を行うことができたとした人が5名いたのに対し、業務内容によってできなかったこともあるとした人が3名、当初は何もできなかったが徐々にできる作業を増やしていったとした人が2名、事実上の自宅待機となってしまったとした人が1名だった。 在宅期間中も職場と同じように勤務することができていた事例として、SEの男性(30代、全盲)について紹介したい。業務内容は、「ネット上のサイバーセキュリティ情報を収集するシステムの開発」等であり、「99%の作業をパソコン上、オンライン上で行う」という。在宅勤務時には、「(イントラネットへの接続条件が)設定された社用パソコンを持ち帰って業務を行った。上司や同僚とのコミュニケーションでは、チャットやウェブ会議を活用している。」とのことで、全く問題を感じていないという。 上の事例と対照的なのが、銀行に勤務する女性(50代、弱視)の事例である。通常の業務内容は、「海外拠点に対する本社からの指示の伝達、海外拠点からの情報収集」であった。3月に在宅勤務が始まった当初、ほとんどすべての業務ができなくなった。会社では仮想デスクトップ機能のパソコンを社員に持ち帰らせ、業務を継続することとした。ところが、同種のパソコンについては「使用していたスクリーンリーダや画面拡大機能を活用することができず、ほとんど業務ができなかった」という。在宅勤務が始まって2か月間は状況の抜本的改善は見られず、「自分がコミットしていないところで業務が進んでいく状況を目の当たりにして、『もう引退しなくてはならないのだろうか』という不安を感じていた」という。 このように、在宅勤務の状況は多様であり、その感じ方も一様ではない。 (3) 在宅勤務の利点 対象者の多く(9名)が在宅勤務の利点として挙げていたのが、「電車通勤の負担から解放された」という点であった。例えば、社会福祉法人で生活指導員として働く女性(30代、全盲)は、「在宅勤務を経験することによってはじめて、普段の通勤が心身ともに負担だったのだということを感じた」という。こうした意見は障害の有無に関係 p.43 なく聞かれるものだが、視覚障害特有の角度からの意見もあった。都心に1時間かけて通勤していた男性(20代、全盲)は、通勤の負担から解放されることを利点として挙げた上で、「通勤が必要なくなるとするなら、それに伴って必要となる歩行訓練を受けなくていいというのも、良い点である」と答えている。 このほか利点として挙げられたのは、「(スクリーンリーダを使う際)家ではイヤホンをしなくていいこと」、「他部署の人に連絡する必要がある際、通常は席まで歩いて行っていたが、在宅ならチャットで声をかけられるので楽である」といった視覚障害に関係する項目もあった。一方で、「職場と違い電話もかかってこないため、自身の主たる作業に集中できる」、「(通勤時間節約により)子供と過ごす時間が持てる」、「化粧をしなくていいこと」等、視覚障害に関わらないことも多く挙げられていた。 (4) 在宅勤務の課題 在宅勤務の課題として、最も多く挙げられたのは、「共有フォルダやイントラネットにアクセスできない」という問題だった。「問題なくアクセスできた」(4名)や「自分も含め全職員がアクセスできなかった」(4名)といった他者と同じ状況に置かれた人よりも、「他の職員はアクセスできたが自分はできなかった」(3名)という孤立的な状態にあった人にとって、アクセスの問題はより切実なものとなった。さらにこの3名の困りごとを詳しく聞くと、「ID認証を行う接続画面が見にくく、毎日つらい思いをしている」といったアクセスに関わる問題と、アクセスに成功したとしても「仮想デスクトップ上では普段使用しているスクリーンリーダが機能せず、作業できない」といったスクリーンリーダの相性に関する問題があることがわかった。 次に多く聞かれた問題が、周囲からの支援(ナチュラル・サポート)を得にくくなった、という問題である。視覚障害者はハードコピーへの対応等を同僚に依頼することがある。これについて人事部勤務の男性(20代、全盲)は、「これまでは席が近い同僚にお願いしていたサポートを気軽に受けられなくなった。横や前の席の人にちょっと確認してもらうだけで済むことが、在宅勤務時にはわざわざファイルを添付してメールで送り、相手が返信をしてくれるまで、待たなくてはならない。相手の状況がわからない中で依頼するのは、やはり難しい」と述べている(他3名より同様の指摘あり)。 その他の課題としては、「運動不足が最大の課題」、「在宅勤務と家庭保育の両立は難しかった」といった一般と共通する問題も多く挙げられていた。また、「今回の在宅勤務を通して、顔を実際に合わせて打ち合わせすることの重要性に気づいた」という一見すると視覚障害とは関係のないポイントの提示があった。この意見を、ウェブ会議についての、「視覚障害者は、相手の顔の向き、ちょっとした仕草(の音)を敏感にキャッチして、打ち合わせ等でのコミュニケーションを補完している。オンライン会議では、そのように相手の様子を感じ取ることはできない」という他の対象者の意見と合わせて考えると、実は視覚障害に密接するポイントであることがわかる。 (5) 今後に向けて 今後望ましいと考える勤務体制について聞いたところ、「その日の状況によって、出社か在宅か選べるのが望ましい」とした人が5名、「一部在宅で定着」とした人が3名、「毎日出社」が2名、「完全在宅勤務」とした人は1名であった。ヒアリングの中でのやり取りを通し、2つの働き方の利点を認識した方が多かったために、「一部在宅」または「選択制」を希望する声が強かったのではないかと考えた。 今後の在宅勤務での支援の在り方について、「今後テレワークを本格的に継続するのであれば、社内ネットワーク等へのアクセシビリティの確保を合理的配慮の範囲内として捉えるべきだ。リモートアクセスは、視覚障害者個人の努力や技量に任せるだけでなく、会社や支援機関によって保障されるべきだろう。」(40代、男性、弱視)という意見があった。今後は、ジョブコーチ等の支援も、「職場」という概念にとらわれないことが求められるようになるのではないだろうか。 4 まとめ 11名の視覚障害当事者へのヒアリングによって、視覚障害者にとっての在宅勤務の実態の一部を明らかにすることができた。中でも、対象者が感じた利点と課題に共通項が多く見られたことは、今後の在宅勤務の在り方、そのサポートの在り方を検討する上で意義あることと考える。課題の中には、視覚障害の特殊性に由来するものと、一般的なものとが混在しているため、それらを見極めた上で支援の在り方を検討することが必要だろう。 【参考文献】 1)働く視覚障害者の実態については、障害者職業総合センター『視覚障害者の雇用等の実状及びモデル事例の把握に関する調査研究』「調査研究報告書№149」,(2019)等を参照。 2)「新型コロナ問題にともなう視覚障害者の在宅勤務等の状況」アンケート調査結果の概要と総括 (http://www.turtle.gr.jp/i01/telework20200512.txt 2020/6/9確認) 【連絡先】 伊藤 丈人 障害者職業総合センター e-mail:Ito.Takehito2@jeed.or.jp p.44 地方部の就労継続支援B型事業所における精神障害のある利用者支援と課題-在宅就労支援を中心とする事業所調査の分析から- ○山口 明日香(高松大学発達科学部 准教授) 八重田 淳 (筑波大学大学院) 1 研究の目的 本研究は、地方部の就労支援B型事業所における精神障害のある利用者支援の現状と課題として、ICTを活用した在宅就労支援を行っている事業所Aを対象にインタビュー調査を実施することで、地方部のB型事業所を利用する精神障害のある利用者の現状と支援の課題を把握し、ICTを活用した支援の可能性とその効果について整理することを目的とした。 2 研究方法 (1) 対象者 四国地方X県Y市にある就労継続支援B型事業所1カ所 (2) 調査時期と調査内容 調査時期は、2019年12月の1日間であった。調査では、事業所に対し、訪問によるヒアリング調査を実施し、事業所の運営方針、支援内容、支援体制、支援上の工夫、サービス利用に対する要望等を把握した。また利用時間や日数の増加を達成している事業所には、利用時間や日数の増加に資する支援内容や工夫について分析した。 インタビュー時間は約90分程度として、事業所運営と支援実態について、インタビューガイドの面接項目の問いに対して自由に回答いただく、半構造化面接法を用いて実施した。 (3) 分析方法 インタビューを音声データで保存し、逐語録を作成し、設問項目毎に記述を分類し、インタビュイーの発言を整理した。逐語録については、インタビュイーにその内容の正確性を確認してもらい、修正したものを分析対象とした。(4) 倫理配慮 調査対象者には、所属組織機関及び調査対象者共に、承諾書及び同意書を提示し、本調査の趣旨及び内容、調査データの取り扱いについて書面を提示して説明し、合意する場合に署名いただいた。 本調査の倫理審査については、筑波大学研究倫理審査(課題番号:第東2019-75号)の承認を経ている。 3 結果 (1) 事業者Aの概要 事業所Aは、任意団体から発展したNPO法人であり、2007年に法人取得をしている。事業内容はICTを用いた就労及び訓練を実施している。年間の事業所売り上げは約300万円であり、工賃総額は約270万円である。利用者定員は、10名であり、登録者は12名であるが、通所平均は10名である。利用者の障害種別の内訳は、精神障害、発達障害、身体障害である。利用年数は最長3年から、最短は数カ月である。平均月額工賃は、約2万円である。ただし各作業において、それぞれ作業単価が決められおり、個人の作業量によっても変動する。そのため、過去の個人の最高工賃額は、約12万円がある。一方、個人最少額は、数千円の場合もある(表1)。 表1 事業者Aの概要 (2) ICTを活用した事業展開の変遷 2000年にNPO法人格取得をした当初は、就労支援というよりパソコンを使って楽しもうといった趣味領域の活動として、ワードやエクセルを勉強したりといった活動を実施していたが、2005年から就労支援に力をいれて、在宅の身体障害の方の仕事として結婚式のビデオ作成等を支援することを始めた。2011年には利用者が15名程度に増えたので、就労継続支援A型事業所を設立した。その後2016年から就労継続支援B型事業所を設立した。 B型事業所利用者は、相談支援事業所や医療機関、就業・生活支援センター等からの紹介等から利用することになる方が多い。現在、B型事業所で取り扱っている作業は、Webサイトの作成編集やWebアクセシビティ検査、動画編集、写真加工、印刷物デザイン、データ入力、電話調査、AIの機械学習のアノテーション作業、ドローン操作やドローン撮影データ編集など幅広い作業を取り扱っている。 p.45 (3) 精神障害をもっている利用者ならではの対応 精神障害をもっている利用者ならではの対応としては、医療機関との密な連携や主治医や利用者の支援者とSNS等を活用してコミュニケーションを図ったり、小さなことでも相談しやすい利用者を支えるネットワークを構成する個人間の関係性の構築を丁寧に行っている。また本人の状態に合わせて出勤日(テレワークなので、作業日)を柔軟に対応している。作業量の調整及び作業内容の変更についても柔軟に対応している。また半期に一度の支援計画の見直しにおいて、作業やその量、取り組み方についても検討している。一方で、他の障害種を主とする利用者への訓練と精神障害のある方との対応で困難を感じることは、本人の思っている「できる」作業の量と実際にできる作業の量とのギャップの修正(本人が自分の力を過小評価)や、過剰に周囲の提案に応えようとして、調子を崩すきかっけになったりする点は、どのように調整を細やかにしていくのか、本人が伝えやすい環境の工夫が必要な現状が確認された(表2)。 表2 精神障害のある利用者への支援 (4) ICTを活用した訓練の利用者及び事業者の要件 ICTを活用した就労訓練を受けるにあたり、利用者に求められる要件としては、「報告・連絡・相談」ができる力が求められていた。いわゆるIT技能の基礎的な獲得ではなく、基本的なコミュニケーション姿勢があることが必要である。これは遠隔で作業を行っているために、通所よりもこのコミュニケーション姿勢やそのスキル、コミュニケーションが大切だという利用者本人の意識が大切になるということであった。また作業時間中はコミュニケーションに対するレスポンスが早いことも大切になってくるということであった。 ICTを活用した事業所の要件としては、共同受注窓口の利用などを積極的に利用して、恒常的な作業の受注と利用者のコンディションによる作業量低下のリスク分散を行うことで、積極的に工賃向上の取り組みが行えるようなっている。定期的な面談を実施しなければならないため、遠隔による利用者は、距離的問題による面談実施の課題などもあるためこの点を事業所で柔軟に対応しながら実施できることが求められる。これらのICTを用いた訓練ができる支援者の条件については、ITスキルの保有と障害特性の理解が共にバランスよくできる必要があるが、実際にそうした人材は少ないため、採用後に専門性を高めるための勉強会や研修など、人材育成についても取り組んで対応しているとのことであった(表3)。 表3 ICTを活用した就労支援の利用者・事業者の要件 4 考察 地方部にある事業所の現状としては、事業所の開所場所と利用者の居住地域との物理的距離や交通インフラ整備の状況などから、毎日の通所が困難なことあり、継続的な訓練の継続に「通所をする」こと自体が課題となる利用者がいることが明らかになった。精神障害のある利用者の支援では、訓練の作業量と本人の思いや評価との調整を柔軟に行うことや、医療機関や本人を取り巻く支援者とのコミュニケーションが重要であることが分かった。またICTを活用した訓練では、「コミュニケーション」がキーワードとなり、対面訓練でない分、「報告・連絡・相談」に対する重要度が高まることが確認された。 またICTを活用した訓練において、共同受注窓口を活用したリスク分散や作業単価を細かく設定することによって、利用者の訓練に対するモチベーションの向上や平均工賃向上にもつながっていることが確認された。 【連絡先】 山口明日香 高松大学発達科学部 e-mail:afujii@takamatsu-u.ac.jp  p.48 テーマ3 職場定着・適応支援 高齢障がい者(知的障害)の継続雇用に於ける合理的配慮の具体的事例 ○相原 信哉(旭電器工業株式会社 企業在籍型職場適応援助者) 1 はじめに 日本社会における労働力人口は年々高齢化が進み、それに伴い定年延長や継続雇用が課題となっている(図1)。障がい者雇用においても少子高齢化とともに高齢障がい者が増加している。これらを踏まえて当社における具体的事例から継続雇用時の合理的配慮のあり方について検討する。            図1 年代別労働力人口と高齢化率 2 背景 当社は配線器具製造業として1947年7月に創業して以来、多数の障がい者を雇用してきた。背景にあるのは創業者が地元の教師であったこと、創業時に関わった社員に元教師の方が従事していたことがあり、社会的弱者に対する理解のある社員が存在していたことにある。 戦後まもなくで学校を卒業しても働く場所がなく、困窮した地元の障がい者を暖かく雇用してきた。そんな中で、高齢化の波とともに定年後も当社で継続雇用を希望する障がい者が出てきた。当然ながら加齢による衰えや障害の進行から、製造現場での従事が困難となってきた。そこで社内の人事課に企業在籍型職場適応援助者を配置して高齢障がい者にとって働きやすい職場作りを検討することとなった。 3 配慮の合理性向上(スパイラルアップ) 障がい者を雇用する場合、その障害の内容や程度から職務遂行において一定の配慮が必要となる。しかしその配慮は合理性が必要となるため、その合理性について検討することになる。雇用者側で行った配慮が必ずしも最適な配慮である場合が少なく、実施後にその結果を評価して再考することが大切である。そこでPDCAサイクル(図2)を回して常に配慮の改善を継続的に実施する。 図2 PDCAサイクル 4 作業方法の見直し(事例1) 作業の中の不安全を取り除くためにその作業を細分化して、各工程におけるリスクを数値化して不安全要素を切り取ることが必要になる。ここでは当社の製造工程で活用している安全リスクアセスメントシート(写真1)により要素分析と課題解決に向けた足がかりとする。 写真1 リスクアセスメントの例   ここでは除草作業において使用道具を草刈鎌としていたところを手鍬(てくわ)に変えて草を刈るから草を抜くに作業方法を改めて、刃物による怪我の防止に努めた。また作業中に土埃や雑草で目に怪我の恐れがあるとの意見を取り入れ、安全眼鏡の装着を義務つけた。 これらの対策を実施した結果を検証して不安全リスクが低下したことを数値化して変化点管理(確認)を行った。  上記の実施した結果を基に作業手順書を改訂して、仕組みに落とし込み不安全作業の撲滅を図った(写真2)。 写真2 改訂された作業手順書 p.49 5 ツール(道具)の見直し(事例2) 障がい者が従事している作業の1つにシュレッダー作業がある。これは専用の裁断機を用いて社内各部署で出る機密文書を細かく裁断して機密性の保持を行い廃却するものである。この作業に安全性を高めるために市販の裁断機に二重のロック機構や安全表示を施して作業をしていた。詳細は独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構『令和元年度職場改善好事例集(p.34)』を一読いただきたい。 その後、以下の3つの理由から裁断機を更新した。 ・作業の安全性の向上 ・文書の機密性の確保 ・作業効率向上と負担軽減 裁断機を更新したことによる障がい者の一番の恩恵は立ち作業から座り作業に変わったことで体への負担が減ったことである。高齢障がい者が長時間この作業に従事できるようになったことが結果的に雇用者側でもメリットとして生かされた(写真3)。 写真3 新しい裁断機による作業の様子 この作業においても事例1同様に作業手順書の変更を行い継続的な安全性の確保に努めた(写真4)。 写真4 改訂された作業手順書 6 作業能力の見える化 作業遂行能力は各障がい者によって異なる。また、若年の間は経験年数により、能力の伸びが期待できるが高齢障がい者の場合は能力の低下が見られる。これを1年に一度、各作業種に応じて4段階で評価し、表にまとめて見える化を図る。この表を当社では「力量管理表」(図3)と呼んでいる。能力の見える化を図ることはどの障がい者にどんな配慮が必要であるかが客観的に把握することができ、合理性の根拠となる。 図3 力量管理表とその力量項目 7 成果 評価・検証された配慮を実施することで高齢障がい者、雇用者の双方にメリットが生まれ戦力として活躍できる職場作りができた。また、各作業を切り出し、事例同様すべての定形作業を手順書にすることができた。これにより、今後、想定される高齢障がい者の増加に対する働きやすい職場作りの基礎が整備できた。 8 まとめ 一見、健常者から見れば単純作業でここまで細かく手順書に落とし込む必要があるのかと考えることもあるが障がい者目線に立って見れば客観的で分かり易い手順があることで安心して働ける職場作りに繋がっていることがわかる。また、配慮の必要性をいろいろな角度で数値化し、見える化をすることで周囲の理解も得やすくなることがわかった。   高齢化と共に今まで出来ていたことが出来なくなってきたときには出来ないことを責めるのではなく、出来ることを高い精度で確実に出来る「しくみ作り」が必要ではないだろうか。 【参考資料】 総務省 統計データ(年齢別労働力調査) 【連絡先】 相原 信哉 e-mail:aihara@asahidenki.com p.50 知的障害・発達障害を持つ在職者向け定着支援プログラムの実施を通じて~3年間のまとめと外部機関との連携について~ ○松村 佳子(社会福祉法人武蔵野 武蔵野市障害者就労支援センターあいる) 竹之内 雅典(NPO法人障がい者就業・雇用支援センター) 1 はじめに 特別支援学校等を卒業後に就職をする知的障害や発達障害をお持ちの方の中には、就職がゴールになってしまい「働くこと」への理解が深まらないまま社会の枠組みの中に押し出されてしまったり、入職後は働き続けるために必要な研修や学習の場が得られにくいという課題がある。そのため職場での不適応の原因となったり、就労継続へのモティベーションの低下に繋がっている可能性がある。 そのため、当あいるでは、①働く力の醸成(コミュニケーションのとり方、働くことの意味、チームビルディング)、②将来の暮らし方、③地域の仲間作りを目的として、外部講師(企業出身者で在籍型職場適応援助者有資格者)の協力を得て、企業のノウハウ・目線を活用した職場定着プログラムを実施してきた。これまで平成29年度から令和元年度の3年間に1回ずつ、平成30年度にステップアップ版を1回実施した。令和元年度に関しては、新型コロナウイルス感染拡大により一部の開催が令和2年度にずれ込んだ。 これまで、平成30年に本職リハ研究発表会にてポスター発表、令和元年に口頭発表を行ったが、本発表では引き続き令和元年度の内容及び3年間のまとめ、今後想定される企業や医療機関との連携の足がかりについて報告をする。 2 実施内容 (1) 参加者 本プログラムでは、特別支援学校等を卒業し企業就労した登録者と勤続年数にかかわらずケース担当者から推薦のあった者とした。表1に3年間の参加者計31名の属性を示す。  表1 3年間の参加者属性(31名) (2)日程と内容 日程と内容を表2、写真1・2に示す。 (3) 実施にあたっての工夫 3年目に当たる今回も、2年間の効果確認を基に基本を変更することなく実施した。 事前に参加者の特性と勤務先の職場環境や強みと課題等 表2 本プログラム内容3回連続(土曜日実施:1回4時間) 写真1 グループワークの様子とヘリウム棒ワーク 写真2 成果物発表の様子とその後協力して作成した紙のタワー を十分に把握したのち、各人が協力して進められるようにグループ構成を工夫するとともに、振り返りシートも各人の障害特性に合わせる形で自由記述、選択方式など複数種類を用意した。また、進め方も各グループにファシリテーターとして職員を配置し随時アドバイスを行うとともに、3回を通じて内容が深まっていくように各回冒頭で前回までの振返りを実施し各ステップの連続性の理解を深めた。 さらに令和元年度の3回目については、新型コロナ感染拡大の影響もあり開催までに大幅に時間が空いてしまった。そのため、緊急事態宣言下での過ごし方やコロナ禍での生活や働き方について皆で話し合う時間を別枠で用意し、不安や想いを共有するようにした。 p.51 3 結果 各回の振り返りシートの記述を抜粋し表3にまとめた。 見て取れるように、一人一人の気づきが自分の言葉で書かれている。そこには、働くことの本質を理解した内容、チームワークの大切さの理解と今後の心がけ、他者と関わりながら一つの事を成し遂げた時に感じる他人への信頼感や自分への内観が記載され、行動変容と成長への意欲を感じさせる。 また、プログラムのテキストをみた企業担当者からは、自社の取組と同じような話を他で働くメンバーとともに研修してもらってありがたいという連絡や、自社でも研修等に活用したいので詳細を教えて欲しいという話を自然発生的にいただいた。また企業の広報誌でも紹介していただいた。 さらには、参加者達が通院している医療機関からもプログラム終了後の通院時の様子を情報共有していただき、参加者達の新たな側面を知ると同時に有意義な知見をいただくなど、新たな展開を得ることが出来た。   表3 振り返りシートより抜粋(令和元年度) 4 考察 本プログラムは、企業の新人研修等で使用されてきたプログラムを、伝わりやすい言葉や構造化された資料等を用いて知的障害や発達障害に配慮した形で1回を3日間1クールで実施している。実施3回目となる令和元年度は新型コロナウイルス感染拡大のためプログラム最中に中断したが、どうしても最後までやりたいという参加者の声で完結できた。時間を経ての再開と感染症対策で様々な制約があったが、参加者達の態度は非常に前向きなものが見られていた。 令和元年度参加者に関しては、1クール3回ともGW時のリーダーが同じであった。回を重ねるにつれチームとしてまとまりGW時の運営もスムーズにいくようにはなったが、参加者が様々な経験が出来るような働きかけも必要であったように感じている。 さらに今回は雇用主や医療関係者からフィードバックをいただくことが出来たが、それは参加者達が自ら職場やクリニックでテキストを見せたり、自分たちの気づきを報告するといった行動があったからである。本プログラムが、参加者達の内的な部分に良い刺激を与えた証左であろう。 過去2回の実施で雇用主との情報共有が進んでいない事を課題として挙げていたが、今後はアプローチの仕方を工夫していかなくてはいけないと改めて考えさせられた。 5 まとめ 平成29年度から3年間にわたり計31名の登録者と一緒にプログラムを作り上げてきた。当初の予定では、特別支援高校等を卒業して間もない登録者をメインターゲットとしてきたが、回を重ねるにつれて年齢層の高い登録者に対する有効性も見えてきた。社会人経験の差によって参加者達の気づきはそれぞれであるが、振り返りシートを見ていくと、「働くことの意義を見つける」「組織の中で働くことへの理解」「自分の未来に想いをはせる事」等が自分なりに生まれた事が見て取れた。 さらに参加者同士の交流がはぐくまれ、参加者達が当センター主催の交流会に積極的に参加するようになるなど、当センターを中心として仲間づくりの素地も生まれている。今後は参加者が主体的に活動できるような働きかけや地域の情報提供も必要であると考える。 令和元年度は、企業や医療機関と本プログラムを通じての関りが出来た年であった。今後は、会社訪問や通院同行を通じての情報共有を進めると同時に、課題を共有しながら連携のネットワークを広げていきたい。 また、これまでの結果を通じて、本プログラムのような手法が多方面で模索を続けている「定着の課題」に対して一つの有効な定着支援プログラムとなることを確信した3年間であった。 【連絡先】 松村 佳子 武蔵野市障害者就労支援センターあいる e-mail:ill6@lake.ocn.ne.jp p.52 ストレスチェックを起点とした知的障がい者社員に対する職場定着支援の展開についての試み ○鈴木 翼(MCSハートフル株式会社 定着支援グループ) 1 はじめに (1)会社情報 当社は、メディカル・ケア・サービス株式会社の特例子会社として2010年9月に設立された(特例子会社認定:2010年10月)。2018年9月には学研グループの一員となる。 印刷グループ4名(身体障がい者3名、精神障がい者1名)。業務内容は、名刺、チラシ印刷などグループ内外の印刷業務全般を行っている。 PCグループ3名(身体障がい者1名、精神障がい者2名)。業務内容は、PCセットアップ、ヘルプデスク、FAX一斉送信業務を行っている。 ICTグループ1名(精神障がい者1名)。業務内容は、IDカード作成、ホームページ製作・管理を行っている。 総務部グループ5名(うち身体障がい者1名、精神障がい者2名)。業務内容は、勤怠管理、請求書の発行などの事務業務を行っている。 清掃グループ44名(うち知的障がい者32名、知的重複の精神障がい者1名)。業務内容は、親会社が運営する高齢者介護施設の一般清掃、エアコン清掃、床ワックス清掃、洗車などグループ内外の多岐にわたる清掃業務を行っている。 (2)定着支援グループについて 定着支援グループは、企業在籍型職場適応援助者1名、精神保健福祉士3名(常勤2名、非常勤1名)で構成されている。主に精神障がい者社員への定期面談やグループワークを中心に、社内全体のメンタルヘルスの維持向上に係わる業務に携わっている。当グループは社長直下のスタッフとして、比較的自由な立場で活動を実施している。 当社では、2016年よりストレスチェックを当グループで企画、実施しており、とりわけ知的障がい者社員(以下「パートナー社員」という。)への実施方法について試行錯誤してきた。 2 ストレスチェック実施の概観 言語理解が困難なパートナー社員が在籍していることから、ストレスチェックの実施については、質問様式(図参照)を独自に準備することに加え、精神保健福祉士がサポートしながら集団実施を行っている。ストレスチェックの全体の流れは以下の通りとなる。 ①実施計画の策定と安全衛生委員会での承認 ②集団実施(1グループあたり2~4名) ③精神保健福祉士による高ストレス者面談 ④産業医面談 質問様式については、厚生労働省版ストレスチェック実施プログラム簡易版(23項目)をもとに、質問文章を簡易化した様式を使用している1)。回答対象期間については1か月単位ではなく1週間単位での回答方法を採用している。 実施については、2019年度は5グループに分け、2020年度は9グループに分けて集団で実施した。 結果を踏まえて上位10%を目安に高ストレス者を抽出し、精神保健福祉士が面談を行い、希望や必要性に応じて産業医面談を勧奨する。産業医面談に際しては、事前に対象者と内容を整理する時間を設けるほか、必要に応じて産業医面談に同席する場合もある。 図 ストレスチェック質問様式(一部) 3 事例 (1)ケース①(複数の事例を加工して記載) 30代女性。主に高齢者介護施設の日常清掃に従事している。2019年度のストレスチェックの結果からは、「疲労感」「不安感」がやや高めで、「同僚のサポート」が薄めの状況であった。 精神保健福祉士との面談については月に1~2回程度行い、産業医面談については毎月もしくは2か月に一度の頻度で行っている。精神保健福祉士との面談の中では、家族との関係性と余暇の過ごし方、清掃支援員との関係性についての3点が主な話題となっており、気持ちの受け止めや問題点について整理し、対処能力の賦活に結び付くような p.53 かかわりを続けている。産業医面談の中では、コミュニケーションの取り方の工夫や気分転換の方法についての助言をいただいている。 (2)ケース②(複数の事例を加工して記載) 20代女性。主に高齢者介護施設の日常清掃に従事している。2019年度のストレスチェックの結果からは、「仕事の負担感」「疲労感」「不安感」「抑うつ感」「不眠」がやや高く、「同僚からのサポート」が薄いとの状況であった。 話を聞いてほしい時に対応してほしいとの本人の要望もあり、精神保健福祉士による定期的な面談は設けず、必要な時に立ち寄ってもらう対応としている。産業医面談については、2~3か月に一度程度行っている。 同僚のパートナー社員の言動に反応しやすく、こうした事象にあった際に精神保健福祉士と話をして落ち着くことが多い。産業医面談の中でも同様に話を聞いてもらう機会とするほか、服薬についての助言もいただいている。 4 考察 精神保健福祉士による面談のルートについては、①本人の自発的な面談希望、②清掃支援員経由による面談の2つのルートがメインであったが、毎年ストレスチェックを実施することで、③高ストレス者に対する面談のルートが形成されるようになった。高ストレス者への面談については1回限りではなく、継続的に実施することが多く、経過の中で①と②が途中で入り込むことがある。 情報の取り扱いについては、②については職場との連携が前提となっており、①と③については緊急性や重大性を勘案し、本人の了解を得たうえで職場との連携を図ることとしている。 既述の2ケースについても、③を起点としながらも、①を併用し、②にある清掃支援員からの要望に基づく業務上での課題について解決策を検討するために、清掃現場へ精神保健福祉士が同行し、ジョブコーチ的な支援を展開することもある。両ケースとも、2019年実施のストレスチェックが起点となっているが、現在も継続支援となっている。発表会当日には、2020年実施のストレスチェックを定点観測としつつ、フォローアップ状況についても紹介したい。 5 終わりに ストレスチェックの質問様式については、2度の改定1)2)を行ってきたが、より回答しやすい環境を確保するための更なる改定を来期に行うことを検討している。前回の改定では、各設問に対して当てはまる曜日にマルを付す形式としたが、設問の都度、当てはまる曜日を想起する必要があるため、より容易に回答できるように改善する必要性を感じた。次期においては、各曜日ごとに設問を選択肢として設けることで、その曜日について想起する形式を策定したいと考えている。 定着支援グループの支援対象は、精神障がい者社員が中心であったが、知的障がい者社員に加え支援員等の健常者社員も対象とすることで全社的なメンタルヘルスの維持・向上に関与するように拡大している。 また、個別の定着支援だけではなく、パートナー社員や清掃支援員を対象とした研修の実施のほか、在宅勤務運用のための仕組みづくりや防災マニュアル策定など、障がいの有無にかかわらず誰もが安全かつ安心して働き続けるための施策の立案に従事する機会が増えている。 さらに、学研グループにおけるもう一つの特例子会社である学研スマイルハートとの連携・交流を深めることで、学研グループ全体の障がい者雇用の促進・深化への貢献も期待されているなど、定着支援グループに課せられた使命は拡大している。 【参考文献】 1)鈴木翼:知的障がい者社員を対象としたストレスチェック実施における工夫「第27回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集」p.100-101,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター(2019) 2)高坂美幸:障がい者社員に対するストレスチェックの実施報告「第26回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集」p.24-25,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター(2018) 【連絡先】 鈴木 翼 MCSハートフル株式会社 定着支援グループ e-mail:tasuku.suzuki@mcsg.co.jp p.54 自閉スペクトラム症女性が多機関連携により就労定着している一事例-状態像の共有から特性理解が深まった過程に焦点をあてて- ○伊藤 ひろみ(株式会社グッジョブ 就労支援センターグッジョブ サービス管理責任者) 齋藤 淳子・田沼 義昭(株式会社グッジョブ 就労支援センターグッジョブ) 1 はじめに 筆者は、自閉スペクトラム症の方の就労支援に従事しており、このような目に見えない障害特性は、周囲に理解してもらうことが難しいことが多く苦慮し支援している。 今回、家族や教育機関は就労が困難と諦めていたSさんの支援事例を振り返り、弊所での今後の支援や連携のあり方について考察することを目的としたい。なお、内容は本人記載の日誌や支援記録を元に抜粋、記載した。 2 グッジョブとは  株式会社グッジョブの運営する就労支援センターグッジョブ(以下「グッジョブ」という。)は、宮城県仙台市で就労移行支援と就労定着支援を行う事業所である。利用者の殆どが知的遅れのない発達障害の方である。 活動内容について、所内作業は幕張ワークサンプルや職場を模した環境での複数作業やチーム作業を主としたジョブリハーサルがある。講座はSSTやビジネスマナー、作業療法士による健康講座など多岐にわたっている。更に職場見学や実習、就職活動支援がある。特に学んだことを実践し、その結果を自己評価と他者評価を踏まえ振り返ることを重視している(図参照)。その実践を積み重ね、自分の得意不得意を知り、自己対処できるスキルを獲得し、自信や意欲の回復、その後の現実検討につなげている。 図 支援の全体像 3 ケース概要 (1)診断・医療 20代女性、診断は自閉スペクトラム症(15歳)、全般性不安障害(19歳)。精神保健福祉手帳2級所持。服薬は自己管理でき、月1回定期通院していた。WAIS-Ⅲは、FIQ:96 VIQ:105 PIQ:86(CA:19歳3ヶ月)。 (2)生育歴など 両親と妹の4人暮らし。小中学校は普通級、専門学校卒業。3歳より言葉の遅れや一人遊びが多く癇癪等があり、言葉の教室に通う。既往歴について、小学3年より抜毛症あり、そけいヘルニア手術歴もある。小中学校では、落ち着きのなさや奇異な言動や行動でいじめを受け、友人とのトラブルが続いたが、休まず通った。字義通りに受け止め、変化や曖昧なことが苦手であり、家庭内では、「牛乳飲む分買ってきて」というと両手に持ちきれないほど買ってくる等日常的に軋轢が生じていた。 4 支援の経過 (1)就労移行支援グッジョブ利用まで 専門卒業後に進路が決まらず在宅となり精神的に落ち着かなくなっていた。そのため、自信回復と生活リズムの維持を目的に、自立訓練Cを6ヶ月利用、次に対人交流の練習や余暇活動を目的に、病院Aデイケアを1年ほど利用、働く意欲が出て、相談機関Bを経てグッジョブを利用した。 (2)利用開始から就職活動前まで(通所から約7ヶ月まで) 週3日の活動設計を行い、第一に、困ったことを相談できることを支援目標とした。 相談機関BからSさんは男性が苦手でやりとりにズレが生じると聞いたため、相談先を複数の女性職員固定とし、相談のタイミングの枠を作り、相談体制を整えた。 作業場面では、指示理解にズレが生じ、PCや事務作業では集中力持続の難しさも見受けられた。面談や講座は20分程度であくびが出た。軽作業や清掃など座位でない定型作業は集中時間も長く、ミスも少なく取り組んだ。介入したのは、具体的な作業の目安や見通しの助言だった。 また、座位の活動では、突然お菓子を出して食べる、椅子の上であぐらをかく、貧乏ゆすりが止まらない等の行動が見られた。職員から助言してもなかなか改善されなかったため、筆者はルールを箇条書きにし、「行動が他者に与える影響」と「それにより本人が受ける不利益が何か」の因果関係を図示し補足説明するように心がけた。少しずつ行動に改善がみられ、また何か我慢できない時は職員にどうしたらいいか申し出るようになっていった。 (3)実習・就職活動への移行時期(8ヶ月目以降1年2ヶ月目) 順調に通所日数を増やし週5日通うようになる頃、Sさんより「体調がよくないため通所日数を減らし休みたい」との話があった。体調がどうよくないのか聞くと「体調が悪いのではなく本当は以前通っていた病院Aのデイケアに行きたい」ということがわかった。そこで、所内カンファレンスを行い、支援経過の整理と状況の背景を探った。 p.55 ア 通所日数を減らしたいと話した時の出来事 ①施設外就労や職場実習、企業への応募など活動内容が変わった。特性上の課題を指摘されることが増えた。 ②周囲の利用者が就職することが続き、妹も就職した。 ③母親から、体重を指摘され過剰に服薬をした。 イ 本人の状況とその影響について 上記①により活動上の変化から負担が大きくなり、活動と余暇のバランスを崩しストレスがかかっていた。 上記、②や③により就職に対する焦りや劣等感や不安があってストレスとなっていた。「体調が悪いから」という理由は希望を通すために考えた理由であった。 デイケアと併用し支援する必要性があり連絡調整した。ウ 他機関で情報共有の上明らかになり検討したこと ①就労移行でもデイケアでも同様の出来事が起きている。 ②就労(環境に合わせ頑張るところ)とデイケア(リラックスできるところ)の切り替えができる生活設計を保障し、適正な労働時間の見極めも必要。 ③言葉のズレに対処するため、困った時の相談についてメモ帳を使い見える化し整理することにした。 エ 情報共有後のグッジョブの支援と本人の変化 グッジョブでの面談では、困ったことについては誰に何を相談するか整理し、一緒にメモを作った(薬のことはデイケア、求人のことはグッジョブ等)。本人の聞き取りから状況を把握するには相当の時間がかかったが、徐々に自分で誰に相談するか理解していった。 (4)就職後の支援経過 ア 就労状況 ※「雑貨に関わる仕事に就きたい」 勤務先:流通系企業(障害者雇用枠) 勤務形態:シフト制で週4日週20時間勤務 仕事内容:品出し(取次の接客を含む) 就労期間:1年 イ 就職後3ヶ月までの支援内容 就職時には特性をまとめたナビゲーションブックを元に特性を説明した。しかし、すぐ後述の複数の問題が発生し、上司及び本人と面談し、三者で具体的な対処を決めた。 ウ 職場での問題行動と具体的対処とその後の変化 上司が問題と捉えている問題行動は以下のとおり。 ①「時計をしてきて」と言っても「たまたま忘れた」と度々嘘をつく。誰もいない時に早く出社しすぎる。 ②お客様から声をかけられ固まることが多くお客様が来ると違う売り場の方へ逃げていた。 ③店長がレジで多忙の時も質問をし続けた。上司が問題行動としている行動についての本人の理解。 ④自分は時計はいらない。職場では時計がいる人もいるようだ。遅刻が嫌で早く出社した。 ⑤お客様に声をかけられ、どうしていいかわからず泣きたくなり迷惑かけないようお客様と違う場所に移動していた。 ⑥わからない時は店長に聞くようにと指示され質問した。 エ 具体的対処方針 ①時計をつけるのは職場のルールであることと、なぜ早く出社するとダメかを伝え、待機場所を決めた。 ②本人の対応エリアを決め直し、更にお客様が来た場合の取次の仕方をより具体的に決めた。 ③質問してよい時についてルールを決め、相談質問メモや業務日報を使って相談するようにした。 5 まとめ (1)本人の言っていることややっていることだけで判断せず、丁寧になぜそうしているか確認する必要がある 本人の訴えがあった際に、所内でカンファレンスを行い、言動や行動の背景を整理する必要があった。病院Aデイケア、相談機関B、家庭、グッジョブ内の活動でコミュニケーションがずれる特性や叱責を受けた経過から思いを歪曲して伝える場面は共通に見受けられることがわかった。よって「言っていること」だけに振り回されず、その言動の本意を捉えなければ効果的な支援はできなかっただろう。 (2)特性の明確化と支援の工夫、相談スキル獲得 相談機関B、病院Aデイケア、家庭との情報共有により、環境が異なっても障害特性から生じる事象は同じであった。本人にエピソードと特性を関連づけ説明し、特性理解が深まった。また「相談メモを通じた共有と支援」を行う工夫を見出すことで、本人が自分のコミュニケーションのずれや場面理解の困難さを理解し、相談の準備をして相談するという経験を踏まえ、業務日報で正直に相談ができるまでになったことは大きな成果だ。その相談スキルを実践できていることが現在の就労定着に大きく寄与している。 (3)終わりに 最後に補足したいのは、本人の良さに目を向けた支援である。「特性上によるトラブルはあるが、言われたことを実直にこなそうとする姿勢」「同じ利用者や同僚等、周囲への優しさを吐露する」「高齢顧客への足元や重い荷物への気配り」等、見たことから人の役に立とうとする姿勢は、関係機関の人々の統一見解であり、一般就労に向けた支援上の希望でもあった。 先行研究では、発達障害のある方は離転職を繰り返し、自信を失う事例も報告されている。安定して就労するには、多様な体験を提供し、本人が自分の得意不得意を知り、対処するスキルを身につける必要がある。それは容易ではないが日々具体的に実践することを継続していきたい。 なお、個人が特定されないよう一部加工した箇所がある。 【連絡先】 伊藤 ひろみ e-mail:hiromi.ito@gj-lab.co.jp p.56 企業在籍型ジョブコーチによる支援の効果及び支援事例に関する調査研究(1)-アンケート調査結果から- ○野澤 紀子(障害者職業総合センタ― 主任研究員) 内藤 眞紀子・岩佐 美樹・伊藤 丈人(障害者職業総合センター) 1 背景 企業に雇用される障害者が増加する中で、障害者の職場定着を推進するに当たっては、企業自らが社内で主体的に障害者の定着を支援する体制を構築していくことが重要であり、企業在籍型職場適応援助者(以下「企業在籍型JC」という。)の配置は一定の効果があると考えられる。 本調査研究では、企業在籍型JC養成研修修了者が所属する企業の管理職及び企業在籍型JC本人に対するアンケート調査、さらに企業在籍型JCを配置している企業への訪問ヒアリングを通じて、その配置の実態等を明らかにし、支援事例を収集することで、今後の企業在籍型JCによる効果的な支援の進め方や支援の課題、課題解決のためにどのような条件整備が必要か等について検討することを目的とした。 本発表では、アンケート調査結果について報告する。 2 方法 (1)調査対象 平成25年度から平成29年度にJC養成研修を修了した企業在籍型JCが所属する企業にプレ調査を実施し、調査に協力する旨の回答を得た355事業所の管理者及び企業在籍型JC877名を対象とした。 (2)調査方法と期間 調査票による郵送調査とし、平成31年1月~2月に実施した。 (3)調査内容 事業所調査(事業所の管理職に対する調査) 個人調査(企業在籍型JCに対する調査) 3 結果 (1)回答状況 事業所調査 248社(回収率69.9%) 個人調査  570名(回収率65.0%) (2)事業所調査(事業所の管理職が回答) ア 企業形態 一般事業所(54.0%)、特例子会社(44.8%)であり、本社(68.1%)、本社以外の事業所(30.6%)であった。 イ 従業員規模 50人未満(37.5%)が最も多く、次いで1,000人以上(14.5%)、100~199人(13.3%)であった。 ウ 障害者雇用の動向 障害者雇用の動向については、「雇用する障害者は増加傾向にある」(70.2%)、「雇用する障害者は変わらない」(24.6%)、「雇用する障害者は減少傾向にある」(2.8%)であった。 エ 障害者の定着状況(過去3年) 過去3年における障害者の定着状況は、「1割から2割程度離職」(61.3%) が最も多く、次いで「全員継続勤務」(28.6%)であった。 オ 企業在籍型JCの状況 (ア)任命形態 企業在籍型JCの任命形態は、「専従職(常時JC業務に従事)」(28.0%)、「兼務職(JC以外の業務を兼務)」(71.9%)であった。 (イ)企業在籍型JC配置の効果 企業在籍型JCを配置する前と比較した配置後の効果について、「とても思う」と「やや思う」を合わせた割合が最も多かったのは、「障害者を雇い入れた際に、職場適応がスムーズになった」(81.1%)であり、次いで「障害者の職場定着が改善した」(78.7%)であった(図1)。 図1 企業在籍型JC配置の効果(上位5項目)[n=248] (ウ)企業在籍型JCが従事している業務 企業在籍型JCが従事している業務については、「雇用する障害者の人間関係や職場でのコミュニケーションを向上するための業務」(79.8%)が最も多く、次いで「障害者が作業を習得できるようにするための支援業務」(77.8%)、「障害者の作業課題を改善する業務(作業能率向上、作業ミス軽減など)」(75.0%)であった。これらの業務は、企業在籍型JCが従事している業務の中で特 p.57 に重要な業務として事業所が考えている業務でもあった。 (エ)企業在籍型JC配置の課題 今後さらに企業在籍型JCの配置を「すすめていきたい」と回答した事業所は74.2%であった。企業在籍型JCの配置を進める上で課題に感じていることとして、「JCの業務負担が大きいが、JC自身を支援する社内体制ができていない」(33.1%)が最も多く、次いで「JC研修の受講に係る業務負担が大きい」(27.4%)、「JCの職務に合った人材がいない」(25.8%)であった。 (3)個人調査(企業在籍型JCが回答) ア 企業在籍型JCとしての従事状況 「兼務職のJC(主としてJC以外の業務に従事)」(52.1%)が最も多く、「専属のJC(常時JC業務に従事)」(21.1%)、「兼務職のJC(主としてJC業務に従事)」(13.0%)であった。 イ 実施しているJC支援の内容 「人間関係、職場内コミュニケーション」(82.6%)が最も多く、次いで「職務遂行」(76.6%)、「不安、緊張感、ストレスの軽減」(63.0%)であった。支援頻度の多い5項目は、障害者に対する支援内容であった(図2)。 社員に対する支援内容は、「職務遂行に係る指導方法」(55.4%)が最も多く、次いで「職場の従業員の障害者との関わり方」(54.7%)、「職務内容の設定」(49.9%)であった。 ウ 企業在籍型JCとして役割を担うために必要なこと 企業在籍型JCの役割を担うために必要なことについて、「とても思う」「やや思う」を合わせた割合が最も多かったのは、「精神障害、発達障害の障害特性を踏まえた研修」(90.2%)であり、次いで「自社における支援・協力体制を充実すること」(89.1%)、「障害者との面接・相談等のカウンセリング技術の研修」(88.9%)であった(図3)。 4 まとめ 企業在籍型JCの約7割が他の業務と兼務しており、そのうち「管理職のため他の業務も担っている」という理由が6割程度を占めていた。企業在籍型JCが管理職と兼務していることは、障害者の職場定着支援に必要な社内の調整や連携を行うための体制整備につながるが、その一方で、企業在籍型JCが困っていることの中には、「兼務のため支援の時間がとれない」、「JC以外の業務を優先せざるを得ない」といった声もあり、支援の必要性を感じていても支援ができない実状があることがわかった。 企業在籍型JCが従事している業務については、事業所調査においても個人調査においても「人間関係・職場内コミュニケーション」に関する業務が最も多く、職場定着のための重要な支援項目であることが確認できた。 企業在籍型JCの配置による効果を感じている企業は約8割あり、そのほとんどが今後もさらに企業在籍型JCの配置を進めていきたいと考えているが、3割程度の事業所からは企業在籍型JCを支援する社内体制ができていないという課題が挙げられた。 本調査を通して、企業在籍型JCが自社の障害者の職場適応を援助し職場定着を図る役割を担い、その効果を上げていることわかったが、企業在籍型JCがその知識や経験を活かして支援を実施するためには、①企業在籍型JCに対する社内の支援・協力体制、②企業在籍型JCの支援スキルの向上、③企業在籍型JCが支援を実施できる体制、が必要であることが示唆された。 【参考文献】 障害者職業総合センター『企業在籍型職場適応援助者(企業在籍型ジョブコーチ)による支援の効果及び支援事例に関する調査研究』「調査研究報告書№152」,(2020) p.58 企業在籍型ジョブコーチによる支援の効果及び支援事例に関する調査研究(2)-ヒアリング調査結果から- ○岩佐 美樹(障害者職業総合センター 研究員) 内藤 眞紀子・野澤 紀子・伊藤 丈人(障害者職業総合センター) 1 背景 企業に雇用される障害者が増加する中で、障害者の職場定着を推進するに当たっては、企業自らが社内で主体的に障害者の定着を支援する体制を構築していくことが重要であり、企業在籍型職場適応援助者(以下「企業在籍型JC」という。)の配置は一定の効果があると考えられる。 本調査研究では、企業在籍型JC養成研修修了者が所属する企業の管理職及び企業在籍型JC本人に対するアンケート調査、さらに企業在籍型JCを配置している企業への訪問ヒアリングを通じて、その配置の実態等を明らかにし、支援事例を収集することで、今後の企業在籍型JCによる効果的な支援の進め方や支援の課題、課題解決のためにどのような条件整備が必要か等について検討することを目的とした。 本発表では、訪問ヒアリング調査結果について報告する。 2 調査の実施方法 (1)ヒアリング対象 アンケート調査協力企業、当機構のリファレンスサービス、各自治体の好事例集などをもとにヒアリング対象企業を選定し、計31社に対して実施した。ヒアリング対象者は主として障害者雇用に携わる人事・労務担当者、企業在籍型JC等であった。 (2)主なヒアリング内容 主として、①企業在籍型JCの属性情報、②企業在籍型JCの職務内容、③JC養成研修受講後の変化、④企業在籍型JCを取り巻く課題とそれに対する解決方策、⑤その他の5つの項目についてのヒアリングを実施した。 (3)ヒアリング実施時期 2019年4月~10月 3 結果と考察 (1)企業在籍型JCの属性 企業に在籍するJCについては、その事業所の社員が企業在籍型JC養成研修を修了し、企業在籍型JCの資格を得る以外に、配置型JCや訪問型JCの経験者を障害者支援の専門家として新たに雇用している場合があったため、本稿では、それらの人も含めて「企業在籍型JC」とした。 企業在籍型JCの配属部署については、大きく3つのパターンが見られた。最も多いのは障害のある社員(以下「障害者社員」という。)が働く部署へ配置された企業在籍型JCであり、この場合、企業在籍型JCは一般社員である場合と管理職である場合があり、その双方が存在する場合もあった。2つ目は所長等、事業所の責任者(事業所が本社である場合は経営者)が企業在籍型JCとなっている場合、3つ目は本社またはその事業所の人事総務的な部門に配置された企業在籍型JCである場合で、中には複数の部署に企業在籍型JCを配置し、役割分担の下、当該企業の障害者雇用を支えている事業所もあった。また、経営者自らが企業在籍型JC養成研修を受講し、企業在籍型JCの資格を得ている場合や、障害当事者が企業在籍型JCとして配置されている事例もあった。 (2)企業在籍型JCの職務内容 企業在籍型JCが他職務を兼務している場合、その職務内容は、①障害者社員に対する作業支援や相談支援等、②障害者社員とともに働く人々への支援、③職務の創出、職場の環境の調整、関係機関との連絡調整等の環境調整等の3つのタイプが見られた。 ア 障害者社員に対する直接的な支援 障害者社員に対する直接的な支援については、知的障害者に対しては作業支援が多く行われており、精神障害者や発達障害者については、作業支援よりも相談支援に重きが置かれている事例が多かった。そのほか、障害者社員の職務の創出やキャリア形成、また、コミュニケーションに対する支援が数多くなされていた。 イ 障害者社員とともに働く人々への支援 障害者社員に対する直接的な支援とともに、障害者社員とともに働く人々への支援、ナチュラルサポートの形成も重要な仕事となっていた。また、障害者の就労支援の経験の浅い社員に対するスーパーバイズ機能を担っている企業在籍型JCも多く見られており、特に企業在籍型JCの複数体制を取っている事業所や企業在籍型JC以外に障害者職業生活相談員等が配置されている事業所において、スーパーバイズ機能や障害者を支援する人材の育成機能が期待されていた。 ウ 職場環境整備等に関する支援 職場環境整備等に関する支援について、まず、受け入れ準備段階においては、社内理解の促進、業務や職務の創出、受け入れ環境の整備等において、企業在籍型JCがその役割を果たしている事業所も多かった。 p.59 採用活動においては、人事総務部門に配置された企業在籍型JCの場合、採用の計画段階から関わる事例が多かった。また、企業在籍型JCが職場実習等における関係機関等への連絡調整を担っていることで、相談窓口が明確となり、情報が一本化されるというメリットも挙げられていた。 採用後においては、企業在籍型JCのタイムリーかつ切れ目のない支援が障害者社員の職場定着に貢献するとともに、障害者とともに働く人々に大きな安心感を与えている事例が多く見られた。また、在職中に中途障害者となった社員の職場復帰に際し、新たな職務の創出、在宅勤務ができる環境の整備などにより貢献している事業所もあった。メンタルヘルス不調者の職場復帰支援において、企業在籍型JCが支援チームの一員として大きな役割を果たしている事例も見られた。 (3)JC養成研修受講後の変化 障害者の就労支援に関する基礎知識や経験的に培ってきたスキルに対する理論的な裏付けを得られたことにより、自信を持って支援に当たれるようになった、支援機関や他社の取組を学んだことで支援のバリエーションが増えた、作業マニュアルの作成や作業指導、職務の創出、また、問題行動等の分析や改善に向けた効果的な取組ができるようになったというような意見が聞かれた。要望としては、企業在籍型JCが交流できる機会やスキルアップできる学びの機会として、定期的に研修を設けて欲しいという声が挙げられていた。 (4)企業在籍型JCを取り巻く課題とそれに対する解決方策 ア 企業在籍型JCに対する支援体制・協力体制 いくつかの事業所からは、障害者雇用を当該事業所や企業在籍型JCに丸投げされている、本社からの支援がないといった不満が聞かれた。また、企業在籍型JCに対する支援体制等が整っていないため、企業在籍型JCとしての力を十分発揮することができていないといった悩みも複数聞かれた。これに対して、こういった不満や悩みが聞かれなかった事業所には、企業在籍型JCと本社や人事総務部との協力体制が構築されておりトップダウン型、ボトムアップ型のコミュニケーションともに十分なされていること、複数の社員がそれぞれの役割分担、相互の連携により、障害者社員に対する支援を行っていること、障害者雇用に対する長期的ビジョンが描かれていることといった特徴があった。 イ 企業在籍型JCに対するスーパーバイズ 企業在籍型JCからは、支援の行き詰まりや自分自身の支援の在り方に対する不安等についての声が複数聞かれた。これに対し、経験豊富な企業在籍型JC等のスーパーバイザーが存在する事業所においては、経験の浅い企業在籍型JCであっても安心してその役割を果たすことができており、また、企業在籍型JC等の人材育成にも大きく貢献していた。 ウ 企業在籍型JCのキャリア形成 企業在籍型JCのキャリア形成に関する課題も複数聞かれた。これについては、企業在籍型JCとしてのスキルを向上させる取組とともに、処遇向上の必要性も指摘されていた。 エ 精神障害者の職場定着支援ノウハウの蓄積 ヒアリングにおいて最も多く聞かれたのが、精神障害者の職場定着支援についての悩みであった。これについては専門家からの支援ノウハウの提供やアドバイスを求める声が複数聞かれ、情報交換・意見交換の場が欲しいといった意見も聞かれた。 (5)その他 企業在籍型JCが行う直接的な支援のメリットとして、タイムリーかつ切れ目のない支援であること、これに対し、外部機関のJC支援については、スポット的な支援になり、また、問題が生じた際に即座に介入することが難しいが、このスポット的な支援の効果は大きく、そこから学ぶべきことも多い等の意見が多く聞かれた。 また、書類作成に係る負担を理由に、障害者雇用安定助成金(障害者職場適応援助コース)を活用していない企業も多かったが、ある事業所においては、助成金を活用することになり、支援記録の作成が企業在籍型JCの業務に加えられたことで、それまで課題となっていた記録の作成が徹底されることになり、また、支援記録の作成をとおしてJCのスキルアップ、社内の情報共有、支援ノウハウの蓄積に繋がったとの声が聞かれた。 4 まとめ ヒアリング調査においては、企業在籍型JCが障害者の雇用及び職場定着支援に大きく貢献している事例が多く得られた。それとともに、企業在籍型JCがその力を十分発揮し、当該企業の障害者雇用の推進するためには、社内の十分なコミュニケーションと連携、企業在籍型JCを中心としたチームによる障害者社員に対する支援体制の構築、企業在籍型JCに対するスーパーバイザーの存在やキャリアアップの仕組みづくりといったことの重要性も指摘されている。今回得られた調査結果を参考に、障害者雇用企業において企業在籍型JCの力が活用されることを期待する。 【参考文献】 障害者職業総合センター『企業在籍型職場適応援助者(企業在籍型ジョブコーチ)による支援の効果及び支援事例に関する調査研究』「調査研究報告書№152」,(2020) p.60 「わからない」感覚の保持と適応的協働-職場適応支援の現場から- ○柴田 和宣(千葉障害者職業センター 配置型職場適応援助者) 1 背景・目的 職場適応支援に携わる中で、想定外の危機に際して「どういうことなのだろうか」「わからない」と感じ「ああ、そういうことなのか」と気づき学ぶことが多いほど職場適応が順調に進む、と感じる。こうした気づき学ぶことにつながる、「わからない」という感覚はどのようものなのだろうか。筆者と同様、多様な立場の人たちと協働して支援を行う経営コンサルタント1)にも類似した感覚の主張がある。 本発表の目的は、筆者およびご協力いただいた青山商事株式会社千葉センターの企業在籍型職場適応援助者・寉岡氏の事例を振り返ることにより、「わからない」感覚とは何か、また対象者を取りまく関係者のどのような行動が適応的協働につながるのかを分析しまとめることである。 2 事例の説明 (1)事例1 -共有の機会を逸したことによる不手際- 筆者の事例である。作業現場の社員Aの支援において、人事担当者Bをキーパーソンとして捉え、主にBに対する継続的な面談を行っていた。ところが、Aの上司である現場リーダーCの様子を見て、ふとCは、状況を把握・処理することに不安を抱いているのではないかとの懸念が頭に浮かぶことがあった。しかしながら、その懸念について一緒に支援に取り組む障害者職業カウンセラーおよび職場適応援助者に共有せずにいた。 その後の訪問時にCから筆者に直接、窮状の訴えがあった。その際筆者は、Cの話を詳しく聞くというより、Aの得手不得手についての説明に終始するという対応をしたため結果として状況は改善されなかった。 (2)事例2 -気づきの共有からの協働- 寉岡氏の事例である。寉岡氏が作業現場の社員Dと面談をしていて、Dが誤解されかねない独特の言葉遣いをすること、また、Dは自覚しながらも改善が難しいことに気づいた。寉岡氏はDの同僚Eとの立ち話においてDの言葉遣いについて心配していることを共有し、Eに「もしかしたら、こういうことがあるかも知れないので何かあったら教えてほしい」と伝えた。 その後、Dの言葉遣いにより現場が不穏な雰囲気になることがあった。その時Eは「ああ、寉岡さんが言っていたのはこういうことかな」と気づき寉岡氏に相談、その後の対応について話し合い対処することができた。 3 事例についての考察 (1)「わからない」感覚とは何か? 想定外の危機に際して、気づき、適応的協働へと繋がる「わからない」感覚とは、「仮定と解釈の単純化を避けた状態」であると以下に説明したい(図1)。 事例1において筆者は、上司Cの訴えを受けて社員Aについて説明することが、Cが状況を理解する助けになると考えた。しかしながら支援者間での共有を欠いた状態での筆者の仮定と解釈に基づくこの判断と介入では、状況の改善に至らなかった。 一方事例2において、不穏な状況についての同僚Eの仮定と解釈は、これまでの自らの経験から来るもの及び事前に寉岡氏から伝えられていた可能性を含んだものであった。そのため、判断を保留にして寉岡氏に相談してみるという選択に至った。 両者を比較すると、事例2においては寉岡氏との立ち話があったことにより、Eの出来事に対する仮定と解釈がより多くの可能性を含み単純化を避けた状態に保たれていたと言える。これにより間違った判断に基づく間違った介入を回避できた。ワイクとサトクリフ2)は、複雑でプレッシャーの高い状況において適応的である組織の特徴として、こうした単純化を避けていることを主張している。 図1 仮定と解釈の単純化を避けた状態 (2)適応的協働につながる連携の特徴 両事例の重要な相違点は「関係者間の情報共有による連携」の有無にあると言える。事例2の連携にはどのような特徴があったか以下にまとめたい。 ア 即興的 立ち話であり、公式的な報告・相談ではなく即興的なものであった。 p.61 イ 相互依存的 寉岡氏の立ち話は「こういう場合はこうしてほしい」という一方的な指示ではなく、「もしかしたら」「教えてほしい」という自分もわかっているわけではないと伝えた上での依頼であった。この伝え方により、同僚Eは寉岡氏の意見を参考にしつつも主体的に状況を判断・対処する自由があり、現場の変化に際して寉岡氏に相談することができた。 ウ 立場・役割の多様性 職場適応援助者・寉岡氏と現場作業社員Eは、異なる立場・役割にあった。表出した懸念点に寉岡氏が関わっていたため、Eは現場の班内の社員にではなく寉岡氏に相談することができた。立場・役割が異なる関係性にあったためより相談しやすかったと考えられる。他の例として、寉岡氏は、社内で相談しづらい事も職場適応援助者などの社外の関係者には言いやすいと話している。 ここから導き出されることとして、連携する集団は立場・役割が多様であるほどより適応的であると考えられる。 4 「わからない」感覚と適応の動的関係 (1)「わからない」感覚の保持 → 適応的協働 改めて、「わからない」感覚の保持つまり仮定と解釈の単純化を避けた状態を保つことが適応的協働につながる過程を図にまとめたい(図2)。連携する関係者集団は開かれた関係であり変化し続ける多様な関係性であることを含む意味で、上岡・大嶋3)にならい「応援団」と呼びたい。「わからない」感覚の保持は、「即興的」「相互依存的」「立場・役割の多様性」を特徴とする「『応援団』との連携」へつながり、またそれが適応的協働へとつながる。 図2 「わからない」感覚の保持による適応的協働 (2)適応的協働 → 「わからない」感覚の保持 好ましい適応結果は、「わからない」感覚の保持にどのような影響を与えるだろうか、保持を強めるもの(+)と弱めるもの(-)という視点で考えたい(図3)。 ア 組織としての公式化・標準化(-) 適応した結果を反映して組織として公式化・標準化された手続きやツールは、類似した危機への対応策にはなり得るが、各関係者の仮定と解釈の単純化を進め「わからない」感覚を減ずる傾向にある。 イ ノウハウの蓄積(+あるいは-) 神田橋4)が指摘するように、経験は先入観としても作用する。ノウハウは、経験として生かされることもあれば先入観として気づきを損なうこともある。 ウ 「応援団」の多様化(+) 連携において築かれた、話して、気づいて、適応していくという関係性が他の関係者に対して汎化されていくと、各関係者の仮定と解釈はより複雑なものとなり「わからない」感覚は保持される。寉岡氏は懸念が解消した後も「今回うまくいっただけ」と捉え、「これまでのやり方でうまくいかなければ、これまでに連携してきた『応援団』に、また連携したことのない人・機関にも相談したい」と話している。 図3 「わからない」感覚の保持と適応の動的関係 【謝辞】 本稿をまとめるにあたり、青山商事株式会社千葉センターの寉岡氏にご協力いただきました。同氏には実際の支援や話し合いを通して多くのことを学びました。心より感謝申し上げます。 【参考文献】 1)エドガー・シャイン,「プロセス・コンサルテーション-援 助関係を築くこと-」,白桃書房(2002),p.5-87,326-327 2)カール・ワイク,キャスリーン・サトクリフ,「想定外のマ ネジメント-高信頼性組織とは何か-[第3版]」,文眞堂 (2015),p.64-79,149 3)上岡陽江,大嶋栄子,「その後の不自由-「嵐」のあとを生 きる人たち」,医学書院(2010),p.13-111,216-217 4)神田橋條治,「追補 精神科診断面接のコツ」,岩崎学術出 版社(1994),p.239-254 p.62 発達障害特性のうかがえる精神障害者における職場適応上の課題と対応の実態…地域障害者職業センターを対象とした調査から… ○知名 青子(障害者職業総合センター 研究員) 1 背景と目的 主たる障害が精神疾患であるものの“発達障害特性”を有している労働者について、医療をはじめ、産業保健や職業リハビリテーション領域で注目されている1)。地域障害者職業センター(以下「地域センター」とする)においては、特に精神障害者で発達障害特性を有する者に対し、職業準備支援などの事業を効果的に運用することや、医療機関や事業主と連携することにより、個々のニードに即した職業リハビリテーションサービスの専門的支援を実施することが必要である。 障害者職業総合センター研究部門では、上記のような発達障害と精神障害が併存する障害者の支援の実態と課題を把握するため、「発達障害者のストレス認知と職場適応のための支援に関する研究―精神疾患を併存する者を中心として―(平成30年度~令和元年度)」2)を実施した。 上記調査研究では地域センターに対して、後方視的なアンケート調査を実施し、発達障害者で精神障害が併存する者(以下「Ⅰ群」とする)、発達障害の特性がうかがえる精神障害者(以下「Ⅱ群」とする)と、発達障害の特性はうかがえない精神障害者(以下「Ⅲ群」とする)の各群の実態について尋ねた。本報告では、特に発達障害特性がうかがえる精神障害者(Ⅱ群)について、二次分析を行いⅡ群の基本属性および支援における特徴点について検討した。 2 方法 (1) 調査時期・方法 調査期間は平成30年8月末~9月末までの約1か月間であった。全国の地域センター47所および支所5所の計52所を対象とし、回答は所長・支所長の指名する障害者職業カウンセラーの職位にある者、またはその他のスタッフに回答を依頼した。調査票は各地域センターあてにEメールで送信した。調査票はエクセルシートによる回答であり、所定のパスワードを設定して期日までに返信するよう求めた。なお、調査は当機構の調査研究倫理審査委員会において審査が行われ妥当と認められた。調査項目の概要は表1のとおりであった。 表1 アンケート調査の質問項目概要 (2) 調査対象 調査対象となった障害者については、可能な限り要因を統制するため、発達障害者および精神障害者については、就業経験があり、在学中でないことを共通の条件とし、表2に示した条件に合致する者に限定し、回答を依頼した。 表2 調査対象となる障害者の範囲 3 結果 地域センターおよび支所全てから回答が得られた。対象者の条件に該当しないケースを除き、各群分析対象数はⅠ群105名、Ⅱ群79名、Ⅲ群94名であった。 (1)群の基本属性の検討 ア 診断後に地域センター利用に至るまでの年数 群を独立変数とし、主診断時の年齢と調査時年齢の差分を従属変数とする一元配置分散分析を行った結果、有意差が認められた(表3)。TukeyHSDによる多重比較の結果、Ⅰ群とⅢ群間のみ有意差が認められた(表4)。 すなわち「障害の診断があってから地域センターの利用に至るまでの平均年数」においてⅡ群は、Ⅰ群とⅢ群の間に位置するということである。診断から地域センターの利用ニーズが生じるまでの時間という観点から見れば、Ⅱ群は、Ⅰ群よりは遅いが、Ⅲ群よりはやや早期である、と見ることができるだろう。 表3 診断後に地域センターの利用に至る期間についての一元配置分散分析結果 表4 群間の多重比較結果 p.63 イ 診断時年齢と診断名の関連 診断名についてⅡ群とⅢ群で違いがあるかどうかをχ2検定で検討した結果、有意差は認められなかった(χ2=7.739, df=6,p=.258)。したがって、Ⅱ群とⅢ群の診断名については、群間で分布に違いはないといえる(表5)。 表5 精神障害者Ⅱ群、Ⅲ群の診断名内訳 ウ 調査時点年齢と障害者手帳の関連 群と障害者手帳有無の関連についてχ2検定を行った結果、有意差が認められた(χ2=36.392,df=6,p=.000)。残差分析を行ったところ、Ⅱ群とⅢ群は共通して「手帳なし」が多く、「手帳あり」は少ないことが明らかとなった(表6)。 表6 3群間の手帳有無の割合比較 以上の統計的分析から精神障害者Ⅱ群は、基礎的属性について、精神障害者Ⅲ群と共通する部分が多いことが明らかとなった。したがって、Ⅱ群とⅢ群は発達障害の特性のあり・なし、という点においてのみ条件の異なる群とみなし、Ⅲ群を対照群とすることの妥当性について一定程度の確認が得られたものとし、以降の分析を進めることとした。 (2)支援事業の特徴 群によって実施する支援事業に違いがあるかどうかを検討するため、下記の支援事業の利用有無について検討した。通常、地域センターの支援事業は、ケースのニーズに応じ、組合わせて実施される。このため、本稿ではⅡ群において実施が想定されうる支援事業の組合せとして「リワーク支援」×「職業準備支援」および「リワーク支援」×「事業主に対する情報提供」の2パターンを取り上げることとし、その実施有無の連関について比較することとした。比較方法としては、事業実施の有無についてクロス集計を作成し、χ2検定を実施して得られる効果量(φ(=W))の大小の比較を行った。なお、発達障害者Ⅰ群において、リワーク支援の利用者は極少数(3.8%)であったことから分析対象から除外し、Ⅱ群とⅢ群についてのみ比較した。 ア 「リワーク支援」と「職業準備支援」 χ2検定の結果、Ⅱ群においては有意差が認められ効果量は中程度であった(χ2=17.345, p=.000, W=.469)。残差分析の結果「リワーク支援」と「職業準備支援」いずれも「利用あり」である者が期待値より少ないという結果であった。一方、Ⅲ群については有意差が認められ効果量は大きいことが明らかとなった(χ2=26.380, p=.000, W =.530)。残差分析の結果、「リワーク支援」と「職業準備支援」の両事業で「利用あり」だった者の人数は期待されるよりも少ないという結果であった。したがって、Ⅱ群とⅢ群は双方の事業を利用する事例が、期待値より少なく、その程度はⅢ群においてより顕著であることがうかがえた。 イ 「リワーク支援」と「事業主に対する情報提供」 リワーク支援の実施にあたって事業主に対し情報提供が行われているかどうかについて、χ2検定の結果、Ⅱ群では有意差が認められ、効果は中程度であった(χ2=7.218, p=.007, W=.302)。残差分析の結果「リワーク支援」と「事業主に対する情報提供」のいずれも実施しているケースは期待値より多いことが明らかとなった。Ⅲ群について同様にχ2検定を実施した結果、有意差は認められなかった(χ2=.490, p=.484, W=.072)。Ⅱ群とⅢ群とでは、「リワーク支援」の実施にあたって、同時に「事業主に対する情報提供」が行われているかどうかに違いがあり、Ⅱ群では多くの事例で情報提供が行われていることが明らかとなった。 4 考察および今後の課題 精神障害者Ⅱ群は基本属性において精神障害者Ⅲ群とほぼ共通であった。ただし、発達障害特性が認められることにより、個別に対応が必要となる。しかしながら、具体的にⅢ群とどういった違いがあるのかについて、これまで明らかにされてこなかった。そこで支援事業の利用状況に着目し、精神障害者Ⅱ群とⅢ群を比較した結果、リワーク支援を利用する場合、Ⅱ群では同時に事業主に対する情報提供が行われる機会が多いことが明らかとなった。この結果はⅡ群において発達障害特性への対応の一環として、環境要因となる事業主側への調整が重要であることを示唆している。ここで行われた調整とは、職場の理解醸成や、合理的配慮事項の提示といった内容が予想される。 発達障害の特性はその特異な認知構造や行動特性によって適応面の困難さが際立つが、これに対応するための取組として、障害者本人の体調管理や認知的トレーニングといった個人要因への介入だけでは十分ではなく、環境要因へのアクセスが重要であることが、この度の分析から明らかになったといえる。今後は、さらにⅡ群の中でも個々の特性に応じた事業の利用の実態について更に分析を進めることとしたい。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター(2018):資料シリーズ№100「就業経験のある発達障害者の職業上のストレスに関する研究」 2)障害者職業総合センター(2020):調査研究報告書№150「発達障害者のストレス認知と職場適応のための支援に関する研究」 p.66 テーマ4 復職支援 企業におけるメンタルヘルス不調による休職者の職場復帰に向けた対応 ○宮澤 史穂(障害者職業総合センター 研究員) 内藤 眞紀子・田中 歩・依田 隆男・山科 正寿・村久木 洋一(障害者職業総合センター) 1 背景 平成30年の労働安全衛生調査1)によると、メンタルヘルス不調による休職者の「職場復帰における支援」に取組む事業所の割合は22.5%であり、平成25年の同調査2)(17.5%)から5ポイントの増加がみられた。さらに、従業員数1,000人以上の事業所では83.9%が取り組んでいると回答しており、特に規模の大きい事業所においては、多くの事業所が取り組んでいることが示された。 企業における「職場復帰における支援」はどのような内容が実施されているのだろうか。その1つとして、復職時や復職後に事業所内で人事・労務担当者や産業保健スタッフが実施する就業上の措置が挙げられる。企業を対象とした調査からは、短時間勤務や残業の禁止といった措置や配慮が実施されていることが明らかになっている3)。しかし、このような措置は事業所内で実施される措置の一部であり、多くの企業で、休職時から復職後までの期間にわたってどのような措置が行われているかについての調査はあまり行われていない。  そこで、本稿では、障害者職業総合センターで実施した、「社員のメンタルへルス不調と休職・復職に関する調査」から得られた結果のうち、休職者、復職者の状況や、休職者への対応に関する内容を中心に報告する。 なお、本研究においては、連続して1か月以上、メンタルヘルス不調等の私傷病の社員に適用しうる休暇・休職・欠勤等の規定や慣行を「休職制度等」、休職制度等により仕事を休んでいる社員を「休職者等」と定義した。 2 方法 (1)調査対象 上場企業3,740社を対象とし、人事・労務担当者に回答を求めた。 (2)調査方法と期間 調査票による郵送調査とし、2019年10月~11月に実施した。 (3 調査項目 本稿で結果を報告する調査項目は以下のとおりである。 ①回答企業の状況 従業員規模、休職制度等の最長期間、休職者等の人数、復職の状況 ②休職者等に対し実施している措置 休職期間中の措置、復帰時または復職後の措置 3 結果 (1)回収状況 465社から回答を得た(回収率12.4%)。 (2)回答企業の状況 ア 回答企業の従業員規模 従業員規模別の回答企業の割合は、100人未満:13.1%、100-299人:24.9%、300-499人:16.6%、500-999人:14.4%、1,000人以上:27.1%、無回答:3.9%であった。 イ 休職制度等の最長期間 休職制度等が「ある」と回答した457社に対し、その最長期間について、当てはまるもの1つに回答を求めたところ、最も多く選択されたのは「1年6か月超から2年まで」(21.9%)であり、次いで、「1年超から1年6か月まで」(21.2%)であった(図1)。 図1 休職制度等の最長期間 ウ 現在の休職者等の人数  現在の休職者等の人数について回答を求めたところ、64.1%の企業で1人以上の休職者等がいることが示された。休職者等の人数は、1人(16.8%)が最も多かったが、10人以上の企業も12.7%あった。 エ 休職者等の復職の状況 過去3年間の休職者等の復職状況について当てはまるもの1つに回答を求めたところ、「7~8割程度」が最も多かった(24.1%)。また、「全員」、「ほとんど全員(9割程度以上)」、「7~8割程度」の合計で58.0%と半数を超えていた(図2)。 p.67 図2 休職者等の復職の状況 (3)休職者への措置 ア 休職期間中の措置 休職者に対して、休職中に実施した措置について9項目を提示し、当てはまるものすべてに回答を求めた。最も多かったのは、「診断書の提出の指示」(90.6%)であり、ほとんどの企業が実施していた。また、半数以上の企業が実施していたのは、「定期的な電話、メールによる連絡、状況確認、相談」(88.2%)、「定期的な訪問、面談による連絡、状況確認、相談」(59.1%)であった(図3)。 図3 休職期間中の措置(複数回答) イ 復職時または復職後に行った措置 休職者等に対して、復職時または復職後に企業または産業医等が実施した措置について13項目を提示し、当てはまるものすべてに回答を求めたところ、最も多かったのは、「残業や休日勤務の制限又は禁止」(67.6%)であった。また、半数以上の企業が実施していたのは、「就業時間の短縮」(61.9%)、「定期的な面談」(60.2%)、「本人の状況に応じた業務内容の調整」(53.0%)であった(図4)。 図4 復職時または復職後の措置(複数回答) 4 まとめ 本調査における回答企業は、9割以上が休職制度等を有していた。また、これらの企業のうち、現在休職者がいる企業は約6割であり、半数以上の企業で休職者の7割以上が復職をしていた。そのため、回答企業は、ある程度休職者等への対応経験があると考えられる。 休職期間中の措置については、多くの企業が面談や電話等の方法で連絡を取っていた。休職期間中および、復職時または復職後の措置については、業務軽減に関する措置に加え、「定期的な面談」も選択率が高かった。両期間ともに「定期的な面談」を選択した企業が6割程度あり、定期的に休職者(復職者)の状況を把握したり、面談をすることが重要であると考えていることがうかがえる。                             【引用文献】 1)厚生労働省『平成30年労働安全衛生調査』(2019) 2)厚生労働省『平成25年労働安全衛生調査』(2014) 3)労務行政研究所『メンタルヘルス対策の最新実態』,「労政時報vol3931」, 労務行政 (2017), 18-42 p.68 医療機関の復職支援プログラムにおける発達障害特性がある者への対応~医療機関へのヒアリング結果~ ○村久木 洋一(障害者職業総合センター 研究員) 田中 歩・山科 正寿・依田 隆男・宮澤 史穂(障害者職業総合センター) 1 背景・目的 障害者職業総合センターが取り組んでいる「職場復帰支援の実態等に係る調査研究」において、復職支援プログラムを実施している医療機関に対してのアンケート調査を行った(平成30年度)。その結果、複数の医療機関から、「利用者の中に、発達障害特性がある者が一定数含まれている」との回答があった。先行研究からも、復職支援プログラムの利用者における発達障害特性のある者の存在が複数報告されている1)2)。このような状況下で、復職支援プログラムを実施している医療機関の中には、発達障害特性のある者を対象とした復職支援プログラム(以下「発達対象プログラム」という。)を実施している機関や、発達対象プログラムは無いものの、通常の復職支援プログラムにて発達障害特性のある者への対応を実施している機関が存在する3)。発達障害特性がある利用者への復職支援の実践については報告数が限られているため、支援方法についての知見を収集し、整理することが必要と考えられる。 そこで本稿では、発達対象プログラムを行っている医療機関の実施状況や、通常の復職支援プログラムの中で発達障害特性がある者へ対応している医療機関での対応状況について調査した結果について報告する。 2 方法 復職支援プログラムにおける発達障害特性がある者への対応に関する知見を得るため、医療機関に対するヒアリング調査を実施した。 (1)調査対象 2018年に開催された第1回日本うつ病リワーク協会年次大会にて、自機関の復職支援プログラムにおける発達障害特性がある者への対応について報告をしている医療機関より、調査への同意が得られた3か所の医療機関を対象とした。 (2)調査方法と調査時期 研究員の訪問による半構造化面接とし、2019年10月に実施した。 (3)調査項目 ア 3機関すべてに聴取した内容 ・復職支援プログラムにおける発達障害特性がある者への 対応方法(発達対象プログラムの有無) ・全利用者における発達障害特性がある利用者の割合 イ 発達対象プログラムを実施している機関に対して聴取した内容 ・プログラムの対象者 ・プログラムの目的、特徴 ・個別プログラムの内容 ウ 通常の復職支援プログラム内にて発達障害特性がある者への対応を実施している機関に対して聴取した内容 ・発達障害特性がある者への対応方針 ・発達障害特性がある者への具体的な対応状況 3 結果 3か所の医療機関へのヒアリング結果について以下のようにまとめた。 (1)復職支援プログラムにおける発達障害特性がある者への対応方法(発達対象プログラムの有無) 2つの医療機関(医療機関A、B)においては通常の復職支援プログラムの中に、発達対象プログラムを設けていた。対象者は通常の復職支援プログラムに併せ、発達対象プログラムを受講している。残る1機関(医療機関C)では発達対象プログラムを設けず、通常の復職支援プログラムにて発達障害特性に合わせた対応を行っている。 (2)全利用者における発達障害特性がある利用者の割合 復職支援プログラムの全利用者における発達障害特性がある利用者の割合は、医療機関Aでは約4割程度、医療機関Bでは約3割程度、医療機関Cでは約4割程度、との回答であった。 (3)医療機関A、Bにおける発達対象プログラムの概要及び医療機関Cにおける通常の復職支援プログラムにおける発達障害特性がある者への対応状況 ア 医療機関Aの発達対象プログラムの概要 医療機関Aでは、発達障害特性がみられるとの診断を受けた者に対して発達対象プログラムを実施している。 医療機関Aにおける発達対象プログラムの目的は、職業生活を送る上での「生きづらさ」を和らげるために必要な能力を向上させることである。具体的には、プログラムを通じて①安定した就労を継続する能力、②業務を遂行するために直接的に必要となる能力、③職場で周囲の人々に疎まれないようにする能力(具体的には、職場で、他者に違和感を感じさせない、他者から距離を置かれない、他者の怒りを誘発しないように対応する能力。)の向上を図るこ p.69 とを目指している。 上記目的を達成するため、プログラムの全体構成を3つのステップに分けて考えている。第1ステップは「知る」(発達障害について理解する)、第2ステップは「気づく」(自分の特性を知り、職場や日常生活での出来事が自分のどのような特性が影響して起きていたのか、また自分の得手・不得手に気づく)、第3ステップは「考える、訓練する」(自分の得手・不得手を理解した上で、復職後の職場を想定し、起きることが予想される出来事への対応策を検討し、訓練することによってこれらへの対応スキルを身につける)である。この3つのステップを達成するため、文献講読(発達障害に関する論文や文献を講読しグループで感想や気づいた点について話し合う)、グループワーク(発達障害に関連するテーマ等を話し合う)、コミュニケーション(コミュニケーションの事例をもとにグループで話し合い、実際にロールプレイをする)、TDL(Training at Daily Lifeの略。ADHD傾向がある場合の職場や日常生活の不適応について具体的な対処方法を学んで実践する)の4つのサブプログラムを実施している。 イ 医療機関Bの発達対象プログラムの概要 医療機関Bの発達対象プログラムは、発達障害の診断を受けている者、診断は無いが発達障害特性がうかがえる者等が混在して利用している。 医療機関Bの発達対象プログラムは、復職後も健康に生活し続けるためにコミュニケーションの向上を目標として、サイコドラマとSSTを集中して実施するプログラムとなっている。 サイコドラマとは、利用者本人が自発性と創造性を最大限に発揮し、舞台の上でいろいろな感情を体験するプログラムであり、本人の内面や傾向の理解を深め、傷ついたり整理しきれていない気持ちを緩和したり、他者への信頼感や自己肯定感を高めることを目的とする。またSSTは、利用者が日頃悩んでいることや試してみたいことをテーマとして提案し、問題解決に向けて実施している。テーマの設定範囲について特に限定せず、利用者同士の意見交換を重視している。これらを通し、復職後の職場における行動の具体的なノウハウを獲得することを目的としている。 ウ 医療機関Cの復職支援プログラムにおける発達障害特性がある利用者への対応状況 医療機関Cでは、担当医師から「発達障害特性があるため、発達障害特性に着目した支援の効果が見込まれる」との示唆が得られた者を対象に、特性に応じた対応をしている。なお、発達障害特性がある者の把握はあくまでもスタッフがプログラムを円滑に進めるための参考とするものであり、利用者本人に対して発達障害に係る診断を受けるよう勧奨することはしていない。 医療機関Cでは発達対象プログラムを設けず、通常の復職支援プログラムにて発達障害特性がある利用者に対応をしている。 医療機関Cでは発達障害特性がある者の困りごととして、衝動的に行動してしまう、理解のずれがあり周りとの誤解が起こりやすい、自分の思考や感情に気づきにくい、「正しさ」へのこだわりがあり多角的に物事を見るのが苦手である等があると捉えている。支援に際しては、まずはスタッフと利用者の間でプログラム利用に当たっての前向きな協力関係の構築が必須であると考えている。また、利用者はそれぞれ困りごとを抱えていることから、スタッフが利用者の現状を「今はこれでよい」と承認することを重要視している。その上で、スモールステップで共に復職に向けた対応を考えていく。 上記の支援の考え方に基づいて行われているプログラムの具体例として、集団認知行動療法及びSSTを紹介する。集団認知行動療法及びSSTでは、コミュニケーションの仕方を具体的に学び、「できること」を増やすことを目的としている。同病院では発達障害特性がある利用者に対するアプロ―チとして「自己理解、特性理解を深める」ということを重視しており、認知行動療法における「考え方の癖」をキーとして自己理解を深める支援を行っている。なお、プログラムが進む中で徐々に他の利用者を観察したり、自分の考え方について他者からの評価を聞いたりすることで、他者の中に自分にもあてはまる点をみつけ、様々な価値観や考え方に目を向けることが可能になる利用者も存在する。 4 まとめ 今回の調査で、復職支援プログラムにおける発達障害特性がある利用者への対応については医療機関ごとに特色があるものの、コミュニケーション力の向上、自己理解の促進、他者への信頼感の向上等を重視していることがうかがえた。これらは一見すると通常の復職支援プログラムにも共通する支援テーマであると考えられるが、発達障害特有の認知や行動の特性に合わせたきめ細かなアプローチを行っている点が特徴と言える。復職支援プログラムにおける発達障害特性がある者への対応については、引き続き知見を収集し、整理することが必要と考えられる。 【参考文献】 1)秋山剛ほか:自閉スペクトラム特性を有する患者へのリワーク支援の手引きの作成と有用性調査「精神神経学雑誌120(6)」p.469-487, 2018 2)海老澤尚:成人の発達障害専門外来とリワークプログラムの紹介「精神神経学雑誌117(3)」p.205-211, 2015 3)第1回日本うつ病リワーク協会年次大会 福島大会 プログラム・抄録集,2018 p.70 神奈川リハビリテーション病院における脳卒中患者への復職支援~治療と仕事の両立支援の本格的な展開に向けて~ ○小林 國明(神奈川リハビリテーション病院 職能科) 松元 健・今野 政美・山本 和夫・鈴木 才代子・進藤 育美・山崎 修一・露木 拓将・柴田 佑(神奈川リハビリテーション病院 職能科) 所 和彦 (神奈川リハビリテーション病院 脳神経外科) 青木 重陽(神奈川リハビリテーション病院 リハビリテーション科) 1 はじめに 政府は「働き方改革」において「治療と仕事の両立支援」を政策として掲げ、独立行政法人労働者健康保健福祉機構が中心となり、両立支援コーディネーターの育成やガイドラインの作成等を進めている。また、平成30年度診療報酬改定において、治療と仕事の両立支援に関する診療報酬が新設され、令和2年度診療報酬改定により、脳卒中が対象疾患として加えられることとなった。神奈川リハビリテーション病院(以下「当院」という。)では診療報酬外の職業リハビリテーションを担当する部署として、職能科がリハビリテーション部に位置づけられており、回復期入院段階から医師の処方により復職支援を進めている。従来より、職能科職員は両立支援コーディネーターと同様の役割を院内で担ってきたが、復職を希望する脳卒中患者に対して、国の「治療と仕事の両立支援」の制度説明を行い、合意が得られた患者に対して制度に則った支援を進めることとなった。今回は、職能科が復職支援を実施して復職した令和元年度の患者を分析して、現状を明らかにするとともに、本年度以降の課題について考察したい。 2 調査対象と方法 平成31年4月1日から令和2年3月31日の間に職能科が支援を実施して復職した脳卒中患者38例を調査対象とする。調査方法は電子カルテに記載されている記録を元に集計を行った。調査した項目は、疾患、発症年齢、性別、運動麻痺・高次脳機能障害・失語症の有無、発症時の雇用形態、復職先事業所規模、復職に要した期間、職場への情報提供方法、復職時の時短勤務・休職中の試し出勤等の状況、復職時の配置、復帰後6か月後の雇用継続状況である。 3 結果 (1)性別 男性36名、女性2名だった。 (2)発症時年齢 20代3名、30代2名、40代16名、50代16名、60代1名だった。 (3)疾患名 脳梗塞が15名、脳出血が10名、くも膜下出血が13名だった。 (4)雇用形態・勤務先事業所規模 正社員が36名、契約社員・パートが2名だった。従業員10人未満が7名、10人以上~300人未満が8名、300人以上が23名であった。 (5)運動麻痺・高次脳機能障害・失語症の有無 カッコ内は障害者手帳取得者。精神保健福祉手帳3級が4名、身体障害者手帳(肢体)2級が1名だった(図1)。 図1 運動麻痺・高次脳機能障害・失語症の有無 (6) 復職に要した期間 復職に要した期間の平均値は9か月だった。疾患別では、脳梗塞6.8か月、脳出血6.8か月、くも膜下出血9か月であった。以下復職の要した期間の度数分布図である(図2)。 図2 発症から復職までの期間 (7)会社への情報提供の方法 主治医と会社担当者の面談が27名、主治医の指示で職能科職員と会社担当者の面談を実施、復職診断書を発行が6名、復職診断書のみの発行が2名、情報提供を実施せずが2名だった。 (8)時短勤務・休職中の試し出勤等の状況 休職中の試し出勤実施者は8名、復職後短時間勤務の配慮を受けた者が17名、管理職・フレックスタイム制など柔 p.71 軟な勤務時間が可能であった者は5名、特に配慮を受けなかったものは8名であった。以下、休職中の試し出勤実施期間(図3)および時短勤務の実施期間(図4)の度数分布図である。 図3 求職中試し出勤実施期間(実施8名) 図4 短時間勤務の配慮実施期間(実施17名) (9)復職時の配置 元職に復帰した者は25名、配置転換を要した者は9名、配置転換の上業務の切り出しを要したものは4名であった。 (10)雇用継続の状況 令和2年8月1日時点での雇用継続を確認したところ、継続が23名、当院終診により確認できなかったものが13名、退職後再雇用が1名、退職後転職が1名であった。雇用継続者のいずれも復職後6か月を経過している。 4 考察 脳卒中患者の復職阻害因子として、重度の片麻痺、高次脳機能障害の合併、精神機能障害(特にうつ症状)が挙げられている1)。神奈川県総合リハビリテーションセンター内の地域リハビリテーション支援センターが高次脳機能障害等支援普及事業の拠点施設として指定されており、当院と一体的な支援を展開している。職能科は、回復期入院段階から外来リハ、復職後フォローアップまで継続的に支援が実施可能で、高次脳機能障害相談支援コーディネーターとも連携した支援を実施している。今回の結果からは、復職困難性が高い高次脳機能障害者・失語症者に対して、主治医が中心となり、患者の心身の状態・現状の作業遂行能力など詳細な情報提供を実施することで、患者・会社と共同で職場復帰時の必要な配慮を検討することができていると思われる。 今回の結果では、2/3以上の脳卒中復職者が休職中の試し出勤や時短勤務の配慮を受けていることが明らかになった。配慮実施期間は、復職時患者の心身状況や通勤状況、会社制度等個別性が高いと思われるが、脳卒中患者の場合、通勤の慣らしが必要なこと、脳損傷後の脳疲労を患者の多くが程度の差はあるが有していること、患者自身が自らの症状や必要な配慮について理解を深めるだけでなく、上司や同僚に自身の症状や必要な配慮を理解してもらうことに時間が必要なこと等、余裕を持った期間設定が必要となる。今回の結果でも、半数以上の患者はフルタイム勤務に戻す期間として、3か月以上かけていたことが明らかとなった。 5 今後の課題 (1)重度片麻痺患者への継続した復職支援 職能科の外来訓練を継続的に実施するためには、主治医の受診に来院して、訓練処方を出してもらう必要がある。退院時に公共交通機関利用自立の目途が立っておらず、家族送迎が難しいと当院での受診・訓練の継続は困難である。40歳以上の脳卒中患者は介護保険で在宅生活を組み立てることとなるが、復職支援を経験したことのあるケアマネージャーは少なく、復職支援が途切れてしまう可能性が高い。重度片麻痺患者へ継続的な復職支援を進める方法は今後の当院の課題と考える。 (2)中小企業在職患者に対する復職支援 今回の復職先は、半数以上が従業員300人以上の企業が占める結果であった。産業医や衛生管理者が選任されているのは常時50人以上の労働者を使用する事業場と規定されており、中小零細企業では復職支援のキーパーソンが不在の場合も多い2)。中小零細企業の復職支援には個別患者の復職調整だけでなく、復職先事業者に対する両立支援に関する社内制度の整備や助成金への助言も必要となる。現在、神奈川県産業保健総合支援センターの両立支援促進員との連携を模索しており、多角的な支援の展開について検討をすすめている。 (3)「自己理解をすすめる」プログラム開発について 脳卒中患者が復職後も仕事を継続していくためには「患者自身が自分の心身状況を客観的に理解できること」「自分の就業能力を知ることが必要」と復職した脳卒中患者の半数弱が回答した聞き取り調査がある3)。両立支援コーディネーターは相談・調整支援を中心に脳卒中患者の復職支援を進めることになるが、患者が客観的に自身の心身状態を把握するためには、それら支援に加え復職したOB患者からのピアサポートや脳卒中患者同士の交流プログラムの有効性が高いと考えており、新たな就労支援プログラムの開発を職能科では進めている。 【参考文献】 1)佐伯覚『脳卒中の復職の現状』,「第43回日本脳卒中学会講演シンポジウム」 2)豊田章宏『脳卒中後の治療と職業生活の両立支援』,「第43回日本脳卒中学会講演シンポジウム」 3)山口智美『脳卒中患者が就労を継続していくための支援の在り方についての研究』(科学研究費助成事業 研究事業報告書) p.72 リワーク・就労移行支援における双極性障害に特化した再発予防プログラム「双極ライフログ」の実施報告 ○松浦 秀俊(株式会社リヴァ リヴァトレ品川 再就職支援コーディネーター) 長谷川 亮(株式会社リヴァ リヴァトレ市ヶ谷) 1 背景と目的 リヴァトレでは、うつ病や双極性障害をはじめ精神疾患を患った方を支援しており、2011年6月からの9年間で累計約900名の社会復帰者を出している。近年、双極性障害の利用者の割合が増えつつあり、再発予防についてのニーズも高まっている。今回、双極性障害の利用者に限定した独自の再発予防プログラム「双極ライフログ」を実施した。実施内容に加え、グループダイナミクスの有用性、今後の展望について報告する。 2 方法 (1)対象者 リヴァトレを利用中の方6名の属性を示す(表)。 表 参加者の属性(利用期間はプログラム初回時点) (2)実施期間 令和2年6月11日~令和2年7月28日 ・オリエンテーション・事前課題の説明(6月11日) ・プログラム実施(第1回:6月23日、第2回:6月30日、第3回:7月28日) (3)実施内容 双極性障害の再発予防に重要と報告があった記録1)2)を参考に、「双極ライフログ」プログラムでは以下4種類の記録、および記録についての振り返りを行った。 A. ライフチャート  B. コーピングシート(図1参照) C. 睡眠覚醒リズム表  D. 気分指標を用いたムードグラフ(図2参照) A ライフチャート 社会に出てから現在まで、参加者が経験した躁うつ気分の変遷をグラフ化した。グラフの中で、顕著に気分が変化したエピソードをピックアップし、別シートにて具体的な状況や当時とった対処などをまとめる躁うつ年表作成を行った。 B コーピングシート(症状サマリーワークシート) 自身で平常時、および躁(または軽躁)状態と認識している状態を、コーピングシート(図1)に倣ってカテゴリーごと(睡眠、活動、食事・嗜好品、気分や嗜好性、身体反応、コミュニケーション)に記入いただいた。また、躁(または軽躁)に移るきっかけとなる出来事と、自身に現れる身体・精神的な兆候をシートに記載いただいた。 図1 躁状態・平常時のコーピングシート C SAレコード(睡眠覚醒リズム表) 睡眠(Sleep)と活動(Activity)の記録について、現在参加者が取り組んでいる方法をグループで共有した。また一般的な記録法について情報提供をスタッフから行った。 D 気分指標を用いたムードグラフ 期間中(6月11日~7月28日)、気分の指標を-5~+5の11段階(±0を含む)で記録いただき、気分変化を折れ線グラフで記録いただいた。記録にあたっては、気分数値の指標となるご自身の状態を気分指標シート(図2)に言語化してもらった。 各記録については、オリエンテーション、およびプログラム内にて記録方法を事前に説明し、期間中、記入を継続いただいた。プログラム実施日には、記録をつけることで気づいた点、疑問に感じた点を共有した。また、実施前後でのアンケートを行い、プログラム参加によって、気分の把握や再発予防に変化が見られたかを測定した。また集団で実施した効果、グループダイナミクスの有用性について p.73 も実施後にアンケート調査をした。 図2 気分指標シート(記入例:Bさん) 3 結果 (1)気分の把握および再発予防について アンケート結果より、プログラム受講の前後での、気分の把握や再発予防に向けた気分のコントロールについての改善を確認したが、4名は「変化なし」との回答だった。 また、「日々の記録が気分のコントロールにつながっている実感はあるか」についても、プログラム前後で「変化なし」が5名となり、顕著な効果は見られなかった。 全プログラムを通じての肯定的なコメントとしては「記録をして自分の躁鬱状態を振り返ることで、今自分がどんな立ち位置にいるのかを可視化することができるようになった」「データを視覚的に見やすくすることで、気分や状態を把握しやすくなった」といった、気分の可視化について効果を感じるコメントが見られた。また「自分の双極の幅でのスケーリングに基づくモニタリングが大切だと実感した」「スケーリングを作ることで、今まで何となく数値化していた気分スコアの基準が明確になった」など、気分指標を言語化したことの意義を実感されているコメントがあった。 なお、ライフチャートについては、4名が取り組むことが負荷になったという回答であった。 肯定的なコメントとしては「一度やってみて損はない」「自分の半生を振り返るうえでとても役に立った」など、取り組むことの意義を感じる方が2名いた。 (2)グループダイナミクスの有用性について グループで実施したことの良さや意義について調査したところ、4名が「意義を感じた」、2名が「どちらとも言えない」との回答であった。 アンケート中のコメントでは「本には載っていないリアルな症状や波の幅、感じ方などを共有できた」「他の人との相違を感じることで、自分の病態を客観的に見ることができた」という気づきの促進に加え、「自分ひとりが苦しんでいる訳ではない、という安心感、勇気になる」「共感が得られるというのが一番のメリットだと感じた」といった肯定的なコメントがみられた。 ただ、ライフチャートについては5名が「他の人に共有することが辛い」との回答があった一方、「自分の人生も聞いてもらって、共感を得られたことで、より深い自己肯定感を得ることができた」というコメントもみられた。 4 考察 大野の報告1)2)から記録と再発予防の関係性は示されていたが、本プログラムの実施結果からは、グラフ化や言語化を用いて気分を可視化して記録することが状態把握に大きく効果があったとまでは言えないものの、自由記述の内容から有用性が窺える。今回の参加者においては利用期間も長く、他のプログラム等を通して実施方法こそ異なるものの気分の記録をつけることに慣れており、効果が出にくかった可能性も考えられる。 一方で、集団で行うことについて、気づきの促進および心理面での効果があったことから、グループダイナミクスを活用したプログラム設計は重要であると考える。 5 今後の展望 参加者を利用期間の浅い2~4ヶ月の方と限定し、記録をつけることに加え、つけた記録をどう活用して双極性障害における気分の波のコントロールにつなげるのかをより具体的な施策に落とし込んだプログラム設計を行うことが望ましい。また、4種の記録の中でもライフチャート作成については負荷を訴える方が多かったため、個別ワークとして切り離し、各々のタイミングで取り組む方式にすることも一案である。 こうした設計にすることで、記録をつけ始めるところから、参加者ごとにどのような記録が有用か、また記録の具体的な活用法までをサポートできる形を目指したい。また、グループダイナミクスを働かせながら、心理的共感がある関係性の中でプログラムを進めていくことも、疾病理解に欠かせない要素として、引き続き組み入れていきたい。 【参考文献】 1)大野裕『最新版 「うつ」を治す』PHP新書(2014),p.162-176 2)大野裕(2018)第4回双極性障害デーフォーラム 特別講演「認知行動療法を用いたストレスマネジメントと双極症(双極性障害)の治療への活用」 【連絡先】 株式会社リヴァ 松浦 秀俊 TEL:03-6433-3016 (リヴァトレ品川) e-mail:info@liva.co.jp p.74 「精神障害者職場再適応支援プログラム(JDSP:ジョブデザイン・サポートプログラム)」のカリキュラムの再構成について ○中村 聡美(障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー) 井上 恭子(障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)では、平成14~15年度に、気分障害等による休職者に対する復職に向けたウォーミングアップを目的としたリワークプログラムを開発し、これをもとに平成17年10月からは全国の地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)にリワーク支援が導入された。   職業センターでは、ウォーミングアップ中心であったリワークプログラムをさらに発展させることを目的に、平成16年度からは、「ジョブデザイン・サポートプログラム(以下「JDSP」という。)を開始した。JDSPでは、休職者の職場への再適応と復職後の安定した職業生活の維持を支援することを目的に、休職者の年齢層や復職に向けた課題の多様化や、職場復帰支援における支援ニーズの変化も踏まえながら、技法の開発を重ね支援内容の充実を図ってきた。これまで開発した技法は、ストレスやキャリアについての理解を深め再休職予防策を検討するための講習・グループワークや、プログラムで習得したスキルの実用性を高めるための模擬的職場を設定して行う実践的なプログラム、職場復帰を円滑に進めるための事業主との調整に関するものなど、多岐にわたる。      なお、開発した支援技法は、地域センターが行うリワーク支援等の効果的な実施に資するため、講習等により伝達・普及を行っており、各地域や施設の実情に合わせた形で活用され支援が展開されているところである。 JDSPでは、これまで15年間、支援技法の開発・追加を繰り返しており、全体像や構成要素が複雑になっている現状がある。そこで、令和元年度から「JDSPのカリキュラムの再構成」をテーマに、これまでの変遷を踏まえた全体像や構成要素の整理、また、より効果的なカリキュラムの実施方法の検討・試行に取り組むこととした。 本稿では、現在のJDSPのカリキュラムの概要を紹介するとともに、再構成のポイントや今後の方向性について報告する。 2 JDSPの概要 (1)対象者 ①気分障害等の精神疾患により休職中で、復職を希望している、②日常生活に支障がない程度に病状が安定している、③受講について本人、事業主、主治医の三者の同意が得られる、のすべての要件を満たす者としている。なお、同時期に利用する人数は5名程度としている。 (2)支援期間 主治医の意見を参考にしながら、休職者及び事業主の状況に応じ、12~24週間の間で設定する。標準的な支援期間は12~14週間程度である。 (3)支援内容 対象者、事業主、主治医の三者の意向を踏まえ策定した支援計画に基づき、個別・集団プログラムを実施している。一週間のスケジュールと、現在のカリキュラム内容一覧は表1~表2のとおりである。 表1 一週間のスケジュール 表2 現在のカリキュラム内容一覧 p.75 3 再構成のポイント (1)構成要素の整理 これまで個々に開発してきた複数の支援技法に基づくJDSPのカリキュラムを、【目標】【実施方法】【内容】の3点で整理し、図1の構成図により分かりやすく示した。 JDSPでは、受講者が職場再適応に向けて取り組む【目標】を、「体調管理・適切な生活習慣形成」「再休職予防策の検討」「今後の働き方の検討」の3点としてカリキュラムの中心に据えた。また、【実施方法】として「知識・スキルを学ぶ」「体験・実践する」「振り返る」の3つの方法を連動させることとしている。さらに、「知識・スキルを学ぶ」については①体調管理・適切な生活習慣、②ストレスへの対処方法、③仕事への取り組み方・働き方(キャリア)」、④アサーティブなコミュニケーションの4つに分類し、実施している。 構成図を整理したことで、カリキュラムのなりたちが視覚的にもイメージしやすくなり、受講者に対しても、各プログラムの目的や関連性を分かりやすく説明できるようになった。実際の支援についても、この構成図に基づいた実施ができるよう、「知識・スキルを学ぶ」の4つの観点で、「休職要因の分析」「復職に向けた目標設定」「目標への取組みの振返り」「再休職予防策の整理」が進められるワークシートを新たに作成し、これを用いて個別面談を進める方法を試行している。 図1 JDSPのカリキュラム構成図 (2)プログラムの連動の強化 これまでに開発した支援技法の相乗効果を図り、カリキュラムをより効果的に実施するため、プログラム同士の連動の強化に取り組んでいる。 具体的には、各プログラムのオリエンテーション資料に連動を意識づけるスライドを盛り込む(図2)、ワークシートに他プログラムと関連した気づきや目標を記入する項目を設ける(例:ジョブリハーサルの振り返りシートに、キャリア視点での分析項目を入れる)、習得したスキルを活用する機会を様々なプログラムの中に設定する(例:SSTで習得したコミュニケーションスキルを実践するため、「ジョブリハーサル」で受講者同士がアサーションを活用してフィードバックしあう機会を設定する)といった方法を試行している。 図2 キャリア講習オリエンテーション資料(抜粋) カリキュラムの中に連動の仕組みを作ったことで、受講者の「プログラム同士をつながりがあるものとして捉え取り組む」という意識が高まり、ジョブリハーサルでの体験から自分自身のキャリアについての理解を深めたり、学んだスキルを実践の場で積極的に活用するといった様子が多く見られるようになっている。 4 今後の方向性 今年度からJDSPでは、「働くこと」の支援に着目し、復職後の働き方の検討や職場への再適応力の向上に取り組む上で核となる、「キャリア講習」と「ジョブリハーサル」の改良に着手し、有用なプログラムとなるよう試行を重ねている。 また、カリキュラム運営全体としては、限られた支援期間の中で必要なプログラムを効率的、効果的に実施することが課題となっていることから、各プログラムの実施順序の整理、内容のスリム化について検討する。   以上にように、JDSPでは、今回のカリキュラムの再構成を契機に、引き続き支援技法の見直しや改良を行うとともに、実践場面で活用しやすい内容となるようブラッシュアップに取り組みたいと考えている。 JDSPのカリキュラムの再構成の概要や、プログラムの実施例の詳細等について取りまとめた実践報告書を、令和3年3月に発行する予定である。 【連絡先】 障害者職業総合センター職業センター開発課 e-mail:cjgrp@jeed.or.jp Tel:043-297-9112 p.78 テーマ5 キャリア形成 特別支援学校(聴覚障害)におけるキャリア教育の実践-講演「かがやく社会人になるために」を事例として- ○笠原 桂子(株式会社JTBデータサービス/JTBグループ障がい者求人事務局) 1 背景 (1)キャリア教育の必要性 今後の特別支援学校高等部におけるキャリア教育・職業教育の在り方については、以下の適切な指導や支援を行うことが重要であると報告されている1)。 ・個々の障害の状態に応じたきめ細かい指導・支援の下で、適切なキャリア教育を行うことが重要である。 ・個々の生徒の個性・ニーズにきめ細かく対応し、職場体験活動の機会の拡大や体系的なソーシャルスキルトレーニングの導入などを行う。 (2)JTBグループの聴覚障害者雇用 JTBグループの2019年度上期の障害者雇用実態調査の結果、雇用している障害者は353名であり、うち、聴覚障害は122名と、障害種別で最も多い34.6%を占めた。次いで精神障害57名(16.1%)、下肢障害49名(13.9%)であった。 厚生労働省の障害者雇用実態調査2)によると、従業員規模5名以上の事業所に雇用されている身体障害者約42万3千名のうち、聴覚言語障害者は約4万8千名(11.5%)であった。その調査結果と比較すると、JTBグループにおける聴覚障害者の割合は高いと考えられ、長年ほかの障害種別と比較して最も多い実態が続いてきた。 (3)JTBグループの特別支援学校(聴覚障害)向けキャリア教育プログラム JTBグループの特別支援学校(聴覚障害)向けキャリア教育として、特例子会社である株式会社JTBデータサービスが、設立当初の1993年より特別支援学校(聴覚障害)を中心に職場体験実習受入をしてきた3)。 実習内容は、ダミーの事務サポート業務を作成し、就職した際に必要になる様々なスキルチェックを行ってきた。 また、JTBグループの核となる旅行業については、特例子会社の職場実習では体験することができないため、2018年より、首都圏地域の特別支援学校(聴覚障害)高等部生を対象とした、旅行業の魅力を体験するインターンシップを開催してきた4)。 このような取り組みを背景に、首都圏にあるA特別支援学校(聴覚障害)より依頼を受け、2015年より高等部専攻科生向けの講演を行ってきた。 高等部専攻科は2年課程のため、隔年で違うテーマを設けた。本講演「かがやく社会人になるために」は、2015年、2017年、2019年と3回実施した。 2 講演の目的 本講演は、キャリア教育の一環を担い、生徒のさらなる成長とスムーズな社会人生活への移行に寄与するために、以下の項目を目的に実施した。 ・働くとは何かを積極的に考え、社会人へのステップアップとする。 ・業界及び企業研究の大切さと社会人になる前に必要な準備を知り、自分が働く姿を描く。 ・自分自身の魅力を再確認する ・積極的な進路選択のきっかけを作る。 3 講演の対象者 首都圏地域のA特別支援学校(聴覚障害)高等部専攻科の生徒を対象に実施した。保護者及び教員の出席もあった。受講人数は、毎回約40名であった。 4 講演の概要 (1)時間 本講演は、講演70分、質疑応答25分、合計95分間の中で実施した。 (2)事前準備 事前に学校に多く寄せられている聴覚障害者の就労に関する課題等をヒアリングし、講演の内容を構成した。 また、座席配置について、ワークを行いやすい設定を学校に依頼した。 さらに、講師が生徒一人ひとりの参加状況を把握し、講演中のコミュニケーションがとりやすくなるように、席札の準備を依頼した。 (3)講演内容 本講演では、PowerPointによる資料投影を行った。そして、講師が手話とホワイトボードによる文字情報を使用し、聴覚障害のある生徒が直接理解できる手法で実施した。 ア 仕事とは 働くことについて自ら積極的に考えることを目的とし、「仕事とは」のセッションを設定した。 本セッションは、付箋を使用した個人ワークを取り入れた。働くとはどういうことか、何のために働くのかを考えさせ、4枚の付箋に一つずつ記入をさせた。その4枚から重要だと思う2枚を選ばせ、さらにその2枚から重要だと思う1枚を選ばせることで、自らが仕事をしていくうえで何を軸としているのかを内省させた。 p.79 イ 企業研究・業界研究 業界及び企業研究の大切さを知ることを目的に、「業界研究・企業研究」のセッションを設定した。 企業がどんな仕事をしているのか、その会社で働いている人たちは、どんな思いで働いているのかを知ることが社会人の一歩となり、そこで働く自身を想像することが重要であることを説明した。 事例として、JTBグループの概要を説明し、どの会社にも同様の理念があり、その理解が仕事をする上では重要であることを伝えた。 その後、「教員」「生徒」のそれぞれのミッションを考えさせることをきっかけに、「社会人になるということは、サービスの受け手から与え手になるということ」を説明し、自らが成長し変わっていくことが重要であるという気づきを促した。 ウ 社会人になる前に 社会人になる前に準備すべきことの理解を深めることを目的とし、「社会人になる前に」のセッションを設定した。   聴覚障害者の就労準備に特に重要な、「たくさん言葉を知る」「相談できる人になる」「働きやすい環境づくり」「余暇を楽しむ」の4つのテーマについて、説明した。 エ 自分の魅力 自分自身の魅力を再確認することを目的に、「自分の魅力」セッションを設定した。 本セッションでは、「友情カード(図)」を用いた他己分析ワークを行い、隣の席の人の良いところを具体的に記入させ、その後、読みながら交換をさせた。また、保護者には、生徒に向けた記入を依頼した。 カードの内容は、就職活動の自己PRや、就職後の自己紹介などで生かすよう促した。 図 友情カード オ 社会人になるということ 就労準備の具体的な手順の理解を目的に、「社会人になるということ」のセッションを設定した。 自分自身を見つめること、周りを見つめることの両軸が重要であり、社会人になるということは、毎日少しずつ成長し変化をしていくことであることを説明した。 カ 質疑応答 就労に関する様々な疑問や不安の解消を目的に、質疑応答の時間を設定した。 例年多かった質問は、以下の通りである。 ・職場の聞こえる人とのコミュニケーションの不安 ・有用なメモの取り方 ・希望どおりの配属や担務にならなかった時について ・事前に勉強しておくと良いこと ・聞こえる人の中で働く場合の対処法 ・コミュニケーション方法について ・会議やミーティングへの参加について 主に、音で情報を取ることができないゆえの、仕事そのものの遂行に対する不安や、聞こえる人とのコミュニケーションに関わる不安が多く、例年様々な質問が出された。 5 生徒受講感想 参加生徒からの受講感想は、以下の通りであった。 ・社会人になる前に必要なことがわかった。 ・卒業までの間に努力してスキルを身に着けたい。 ・社会人は大変だと思うが前向きにがんばりたい。 ・苦手なコミュニケーションも積極的に取り組みたい。 主に、社会人に向けた準備や就職後のコミュニケーション等について、積極性のある感想が多くみられた。 6 今後の課題と方向性 キャリア教育をより充実させるためには、学校側との連携をさらに深め、双方がニーズを取り入れ、向上していくことが重要である。 本講演での学びと気づきが、本人の継続的な成長と社会人に向けたステップアップにつながるように、より実践的で多角的な内容を検討していきたい。 学校においては、本講演が今後のキャリア教育の材料となり、より実践的な指導につながれば幸いである。 【参考文献】 1)文部科学省中央教育審議会:今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(答申),(2009), p.60-62 2)厚生労働省:平成30年度障害者雇用実態調査結果報告書,(2019), p.5-7 3)笠原桂子:ろう学校高等部生対象 職場体験実習の取組-未来の社会人に向けて-,第26回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集,(2018), p.66-67 4)笠原桂子:ろう学校高等部生のためのサマーインターンシップ-JTBグループの取組-,第27回職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集,(2019), p.12-13 【連絡先】 笠原 桂子 e-mail: keiko_kasahara@jtb-jds.co.jp 株式会社JTBデータサービス 総務部定着支援課/ JTBグループ障がい者求人事務局 p.80 当事者研究を用いた精神障害者当事者による障害者のキャリア形成の現状について ○細田 拓成(同志社大学大学院 総合政策科学研究科) 1 背景と目的 政府が進めている一億総活躍社会1) には「若者も高齢者も女性も男性も、障害や難病のある方々も一度失敗を経験した人もみんなが包摂され活躍できる社会と記されている。その政策の一環として現在、働き方改革2)により雇用の質の改善が進められている。 しかしながら、依然として障害者雇用では雇用の量に重きが置かれている。そのような環境下にあっても就業するに際して、障害を有するまでに一般企業で正社員勤務を経験した事がある精神障害者にしてみれば、「障害者雇用であっても、これまでのキャリアを活かして、新しいキャリアがどのように形成される職場」であるかは極めて重要な要素の一つである。 そこで障害者雇用でどのようにキャリアが形成されているのか、現状を把握することが必要と考え、当事者研究を用いて精神障害者自身で自身の精神障害者になるまでのキャリア形成と、手帳を取得してからのキャリア形成について明らかにする試みを行った。 2 方法 (1) 内容 2019年度版当事者研究ワークシート3)を参考に、令和2年7月19日から合計8回行った。この手法は、アンケートやインタビューとは異なり「単なる情報提供者としての立場を超えて自己の体験や問題について共同で研究」4) する手法である。いわゆるワークショップ形式を用いてテーマに沿ってそれに関連する要素をお互いに聞き取り合い、テーマに対する情報を共に洗い出す方法である。 メリットとしては、当事者間に上下関係が発生することなく、当事者からの「自分についての語り」が期待できる。そして、インタビューやアンケート等とは異なり、相互にインタビューし合うことで、質問の取りこぼしを防ぐ事も期待できる。そして、当事者のキャリア形成における背景を探ることができるのではないかと考えて採用した。 デメリットは、相互にインタビューを行う性質上、参加者の質と参加者間の信頼関係によって大きく得られる情報の質が左右されることである。 (2) 協力者 本研究を行うにあたり、キャリアパスを意識し始める30代以上の協力者を得たいと考えたことや、精神障害を対象にしたいと考え、次の条件を満たす方へ協力を依頼した。 ① 最初のキャリアは正社員であること 初職が正規雇用であれば、長期的なキャリアアンカーや初任者研修にてキャリアパス等を当然として考える環境下になると考えたこと。 ② 現在までに3社以上の転職を行っていること 3社以上の転職歴であれば障害を理由とした失職が含まれ、障害を前提としたキャリアについて何らかの行動をしていると考えたこと。 ③ 障害者雇用で3年以上同じ職場に在籍していること 精神障害者の平均勤続年数3年2ヶ月5)とある。よって、現状で3年以上働いている場合、継続して安定した就業できる環境と考えられること。 (3) 協力者のプロフィール 協力者の3人の精神障害者保健福祉手帳取得までと取得してからのキャリアについて、表1~表4にまとめている(令和2年8月1日現在)。なお、協力者の年齢や合計就業年数に関しては、プライバシーの観点から伏せている。 3 現段階での成果と考察 障害者雇用でどのようにキャリア形成がされているのか、障害となるまでに形成されたキャリアがどのように活用されているのかを踏まえ、下記の内容を得た。 (1) 高度専門的なキャリアは時として足かせになる 一般的には、高度にして専門的な資格は安定した職業につながる。例えば看護師資格であったとしよう。その資格を活用して業務を行う際に、本人の適性とミスマッチを起こし、本人が医療分野以外にキャリアの進路変更を行う場合、資格の存在がこれを阻む。 例えば協力者Bさんの場合、高度な資格を持っているのではないが、工学教育を高校から大学まで7年間受けてきたことで、就業分野や職種を工業分野から変更する場合、「技術系しかできない」と視点が持たれるため、進路変更を行うことが難しくなる。更に、初職と次職で半導体分野に計5年半在籍した。その結果、他業界では応用が利きにくい専門性が強いキャリアを形成したことや、障害や職場環境との相性もあり、転職回数が多い状況を生み出している。協力者Aさんは元々文系出身で、いわゆる専門的なキャリアは見受けられなかった。また、障害とわかるまで、主に営業職に従事されキャリアを積み重ねられていた。一 p.81 表1 協力者のプロフィール 表2 協力者の直近の就業状況 表3 障害者雇用されるまでのキャリア 表4 障害者雇用されてからのキャリア 般的には営業職であれば、業界を問わず仕事の応用範囲が広いと思われるため、職種や業種も変えやすいと考えられる。現に、就労されている業種はこれまで全く経験されてない業種である。 (2)キャリア形成や活用は職場・上司次第 協力者Bさんは、障害者雇用直後の上司より「経歴を知るつもりはない」との方針であったので、現職までに得てきたキャリアは何ら活かせられない状況であった。だが、異動の結果、過去の経歴と現在在籍している大学院での学びを活かした業務を現在行っている。そして、協力者Cさんにおいては、理系でも学部教育が職業に直結する分野出身で、現在も出身業界に関連して仕事を行うべく、現在の職域を広げるために業務に関連する資格を取得してもその資格の活用が認められない状況となっている。よって、雇用する側がもさることながら、管理職がどのように業務を進めたいのか、あるいは期待しているのかが、一つの鍵なのではと考えられる。 (3)当事者研究を用いてキャリア形成を把握する有効性 少なくとも、インタビューやアンケートと異なり、当事者同士で質問やインタビューを行うため、ある程度の背景まで引き出すことができたのではと思われる。だが、協力者が3名であることや、客観的な比較が必要であるため、この点において改善等の検討が求められる。 4 今後の方向性 ①協力者のキャリア形成の背景の分析を進めるべく、ワークショップ中に交わされた言葉の分析を進めたい。 ②同様の内容をインタビューやアンケートで行った場合は、どの様な違いが得られるのか調査検討を進める。 ③「本人の語り」を拾うことができる当事者研究を活用したキャリア形成の現状を把握する手法について模索していきたいと考える。 【参考文献】 1)「ニッポン一億総活躍プラン」平成28年6月2日閣議決定p3 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ichiokusoukatsuyaku/pdf/plan3.pdf 2020年8月30日確認 2)働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律 平成30年7月6日公布 3)綾屋紗月:当事者研究をはじめよう 熊谷晋一郎(編)臨床心理学増刊第11号金剛出版「当事者研究を体験しよう!」 p88-105 (2019) 4)石原孝二:「当事者研究の研究」(医学書院) p066 5)平成30年度障害者雇用実態調査結果 p18厚生労働省 【連絡先】 細田拓成(ほそだひろあき) 同志社大学大学院 総合政策科学研究科 e-mail:ctkc0108@mail3.doshisha.ac.jp p.82 聴覚障害者のキャリアアップにおける課題-聴覚障害当事者と企業担当者に対するアンケート調査から- ○後藤 由紀子(筑波技術大学産業技術学部 特任助手) 横井 聖宏・河野 純大(筑波技術大学産業技術学部) 1 はじめに (1)大学における聴覚障害学生のキャリア支援 大学に在籍する聴覚障害学生の支援において、修学支援に関しては、個々の大学における障害学生支援室の設置や、筑波技術大学に事務局を置く日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)をはじめとした大学間連携体制の構築が着々と進められてきた。しかし、卒業後を見据えたキャリア支援の体制は発展途上であり、事例の蓄積や障害理解啓発のためのネットワーク作りが必要とされている1)。 (2)聴覚障害者のキャリアアップ支援 岩山(2013)が算出した聴覚障害者の離職率は身体障害者全体の離職率を上回る水準で高止まりしており、かつ聴覚障害者は転職回数も多いと指摘されている2)。また、聴覚障害者が仕事についての悩みを打ち明ける相談先は主に聴覚障害のある友人・知人であり、「手話のできる人」に相談したいという意向を持つ聴覚障害者は就労支援に関する専門機関をあまり利用していない実態が明らかとなっている3)。聴覚障害者の離転職には福祉や労働を専門とする支援者が介入している事例が少ないと推察されることから、聴覚障害者のキャリアアップ支援においてはコミュニケーション環境の保障された相談場所の設置が肝要である。 (3)日本財団助成事業「聴覚障害者のためのキャリアサポートセンターの設置」 筑波技術大学では令和元年度より日本財団助成事業「聴覚障害者のためのキャリアサポートセンターの設置(~令和5年度)」を受託している。当事業の目的は、聴覚障害学生が自らの進路を積極的に選択できるための情報や機会の提供、就職後の職場環境に関する提案ならびに相談対応、大学卒業後も学び続けられる場の整備などを通じて、多面的なキャリアサポート体制を構築することである。 本発表では、当事業の開始にあたってのニーズ把握を目的として行った「聴覚障害者の職業生活・支援ニーズに関する実態調査」の結果を抜粋して報告する。 2 方法 (1)調査方法 郵送・Web回答による自記式質問紙調査 (2)調査対象 ・筑波技術大学を卒業した、聴覚障害のある社会人979人 ・聴覚障害者を雇用している企業の担当者358名 (3)調査内容 本発表では、調査項目の内、以下の箇所を取り上げる。 ア 聴覚障害のある社会人向け調査 ①回答者の属性(選択式、単一回答) ②キャリアアップの目標の有無(選択式、単一回答) ③キャリアアップの目標を持てていない理由(選択式、単一回答) ④キャリアアップのために取り組んでいること(自由記述) ⑤大学への支援ニーズ<就職後>(選択式、複数回答) イ 聴覚障害者を雇用している企業担当者向け調査 ①企業概要、回答者の属性(選択式、単一回答) ②聴覚障害社員のキャリアアップについて実施中の取組み(選択式、複数回答) ③聴覚障害社員のキャリアアップに関する課題(自由記述) ④大学への支援ニーズ<就職後>(選択式、複数回答) (4)調査期間 令和元年9月~ (5)分析 選択式で回答された箇所については単純集計を行った。自由記述の箇所については共同研究者と協議の上で内容ごとに分類し、各カテゴリについて命名した。 3 結果 (1)回収率 令和2年5月31日現在で、社会人114名(11.6%)、企業担当者56名(15.6%)から回答を得た。 (2)聴覚障害のある社会人向け調査 ア 回答者の属性 (ア)年齢 20代 63名(55%)、30代 40名(35%)、40代 10名(9%)、50代 1名(1%) (イ)就労状況 正社員 110名(96%)、契約・嘱託社員 4人(4%) (ウ)業種 製造 40名(35%)、情報通信 20名(17%)、建設 15名(13%)、公務 7名(6%)、卸小売 5名(4%)、運輸郵便 4名(3%)、他、教育学習・金融保険等 p.83 (エ)採用形態 一般職 61名(53%)、総合職 36名(32%)その他・不明 17名(15%) (オ)役職 一般社員 104名(91%)、係長 2名(2%)、課長 2名(2%)、その他・不明 6名(5%) イ キャリアアップの目標の有無(図1) 図1 キャリアアップの目標の有無 ウ キャリアアップの目標を持てていない理由(図2) 図2 キャリアアップの目標を持てていない理由 エ キャリアアップのために取り組んでいること 【自主学習】【社内制度の活用】【職場での心がけ】【その他】の4カテゴリに分類された。 オ 大学への支援ニーズ<就職後> ・聴覚障害を持つ社会人との交流の場 63名(55%) ・キャリア形成に関する情報提供 55名(48%) ・聴覚障害のない社会人との交流の場 48名(42%) 他、「障害者雇用制度に関する情報提供」「自身の障害について整理・分析するための相談」等 (3)聴覚障害者を雇用している企業担当者向け調査 ア 企業概要、回答者の属性 (ア)業種 製造 15社(27%)、情報通信 8社(14%)、公務 7社(12%)、建設 5社(9%)、学術専門 4社(7%)、卸小売 3社(5%)、他、金融保険・複合サービス等) (イ)従業員数  300人未満 13社(23%)、300-1000人未満 10社(18%)、1000-5000人未満 21社(37%)、5000-10000人未満 5社(9%)、10000人以上 6社(11%)、無回答 1社(2%) (ウ)聴覚障害社員との関わり 総務人事担当者 33名(59%)、直属の上司 20名(36%)、その他 3名(5%) イ 聴覚障害社員のキャリアアップについて実施中の取組み(図3) 図3 キャリアアップに関する取り組み ウ 聴覚障害社員のキャリアアップに関する課題 【コミュニケーション上の課題】【本人の主体性・意欲】【情報保障付きで研修を受けることの困難さ】【社内の環境整備】【その他】の5カテゴリに分類された。 エ 大学への支援ニーズ<就職後> ・キャリア形成に関する情報提供 28名(50%) ・聴覚障害のない社会人との交流の場 21名(38%) ・聴覚障害を持つ社会人との交流の場 20名(36%)  他、「大学担当者による相談」「自身の障害について 整理・分析するための相談」等 4 考察 聴覚障害者のキャリアアップにおける課題として、当事者の回答からは、情報やロールモデルの少なさからイメージを持ちにくいこと、キャリアアップに対して意欲的でなかったり能力的な困難さを感じていたりする方が一定数いることが背景として推察できる。聴覚障害当事者の意欲や主体性については企業担当者からも課題として捉えられている。企業担当者の回答では、その他にコミュニケーションの困難さから情報の取得や業務の効率化が進まず昇進に繋がりにくいこと、手話通訳等の情報保障のある研修が少なく学習の場が得にくいことが指摘されていた。 今後は本調査で把握された課題を踏まえて、大学へのキャリア形成支援ニーズに応えるべく、聴覚障害がある社会人の交流の場や情報保障の整備された研修の開催等について検討していく。 【参考文献】 1)川合紀宗, 西塔愛. 聴覚障害者を雇用する企業に蹴る当事者支援の現状と課題に関する考察. ろう教育科学. 53(1). 23-37. 2011 2)岩山誠. 聴覚障害者の職場定着に向けた取り組みの包括的枠組みに関する考察. 地域政策科学研究. 10. 1-24. 2013 3)水野映子. 聴覚障害者の仕事に関する相談先-聴覚障害者対象アンケートの結果より-. LIFE DESIGN REPORT Spring 2016.4. 25-38. 2016 【連絡先】 後藤 由紀子 筑波技術大学産業技術学部 e-mail:ygoto@a.tsukuba-tech.ac.jp p.84 キャリア教育・職業教育に活用できるアセスメントツールの開発~VDT作業の心的疲労・精神的作業負荷・認知負荷の教育利用~ 〇内野 智仁(筑波大学附属聴覚特別支援学校 教諭) 1 背景と目的 文部科学省1)は、これまでのキャリア教育において、ストレスマネジメント等の自己管理能力に焦点を当てた指導について考慮されてこなかった一面があること、高校生期の身体的・生理的側面での早熟化が進む反面、ストレス耐性や社会性に未熟さが見られることを指摘している。 ストレスマネジメントとは「ストレスとの上手な付き合い方を考え、適切な対処法をしていくこと。」2)であるとされ、ストレスマネジメントできることが仕事をしていく上で必要であると企業も働き手も認識している3)。 ストレス耐性を高めるためには「基本的な知識の習得・気づき・行動変容」が重要であり4)、それらの効率的・効果的な指導の実現に向けて学校教育用のアセスメントツールを開発・検証することは、教育的にも研究的にも意義深いと考えられる。 キャリア教育を行う特別支援学校(聴覚障害)の実態について、国立特別支援教育総合研究所5)の調査によれば、進路指導担当の経験年数は1年以上5年未満が67.1%、5年以上10年未満が15.1%、10年以上が17.8%という結果であった。進路指導に関わる教員用手引きや冊子等については、「保有していない」とする回答が63.0%、「教材の使用なし」とする回答が52.1%という結果であった。また、進路指導に教材を使用している場合にも、市販のテキスト・映像資料、公共機関による刊行物、自作のプリント資料等の「見る・読む」が中心となる教材であった現状も明らかにされている。 このような「教材を保有していない・使用していない」「教材を使用する場合も見る・読む教材が中心」という状況に、昨今大きな変化は見られない。それらの現状をより良く改善する一つの方法としては、学習者の反応を活かし、選択肢回答に応じて個別のフィードバックが与えられるデジタル教材を開発・充実させていくことが考えられる。 本稿では、ストレスマネジメント、ストレスコントロール力、ストレス耐性等を育む教育活動の効率的・効果的な実現のために、筆者が開発したアセスメントツール「こころクエスト」について紹介したい。本アセスメントツールは、VDT作業に伴う心理的負担感(目の疲れを測定しよう)、特定のタスクによる精神的作業負荷(心身の疲れを測定しよう)、特定の学習による認知負荷(勉強の疲れを測定しよう)について、それぞれを利用者自ら測定でき、即時に結果を把握できるように実装した(図1)。 図1 アセスメントツール「こころクエスト」の開始画面 2 アセスメントツール「こころクエスト」 (1)システム概要 本アセスメントツールは、利用者自ら情報の表示量を調整しながら進行できる機能、利用者の選択に応じて個別の即時フィードバックメッセージが与えられる機能、回答履歴をログとしてテキストファイルに記録できる機能等をHTML・CSS・Javascriptによって実装し、それらの構成ファイルをウェブサーバに設置した。 各種デバイスのウェブブラウザから、構成ファイルが設置されたウェブサーバにアクセスすることで、いつでも、どこからでも利用することができる(図2)。 図2 マルチデバイス対応の「こころクエスト」 表示画面をクリックまたはタップすることで展開し、対話インタフェースでの選択肢回答に応じて、表示や展開を制御できる。対話インタフェースには、グラフィカルリンクによる選択肢回答を使用した(図3)。 p.85 図3 「こころクエスト」のユーザインタフェース (2)アセスメントツールの内容 利用者は「目の疲れ」「心身の疲れ」「勉強の疲れ」のいずれかを選択する。それらに対応した調査項目に回答後、測定結果が表示されて、自らの状態を把握できる(図4)。 図4 「目の疲れを測定しよう」の測定結果例 ア 目の疲れを測定しよう 「目の疲れ」の測定について、VDT作業の心理的負担感を明らかにする評価尺度6)を参考に、調査項目を設定した(表1)。それらの回答から、「誘眠・疲労(A1+A2)」、「労務遂行努力(A3+A4)」、「あき・集中力減退(A5+A6)」にそれぞれ分類して評価できる。利用者には測定したい作業を思い浮かべてもらい、作業前と作業後の気持ちについて「0:まったく思わない」~「5:とてもそう思う」のいずれか1つの選択式回答を求める。 イ 心身の疲れを測定しよう 「心身の疲れ」の測定について、メンタルワークロードの測定法である日本語版NASA-TLX7)を参考に、調査項目を設定した(表2)。利用者には測定したい作業を思い浮かべてもらい、作業前と作業後の気持ちについて「0:まったく思わない」~「10:とてもそう思う」のいずれか1つの選択式回答を求める。 ウ 勉強の疲れを測定しよう 「勉強の疲れ」の測定について、認知負荷の測定法8)を参考に、調査項目を設定した(表3)。Intrinsic Loadは「勉強の難易度(C1とC2)」、Extraneous Loadは「勉強の邪魔になっていたこと(C3~C5)」、Germane Loadは「勉強に対する努力(C6~C8)」と定めた。利用者には測定したい勉強場面を思い浮かべてもらい、その時の気持ちについて「1:まったく思わない」~「7:とてもそう思う」のいずれか1つの選択式回答を求める。 表1 「目の疲れ」の調査項目 表2 「心身の疲れ」の調査項目 表3 「勉強の疲れ」の調査項目 【参考文献】 1)文部科学省:高等学校キャリア教育の手引き (2012) 2)厚生労働省:e‐ヘルスネット (閲覧日2020/08/01) 3)経済産業省:新・社会人基礎力(仮称)アンケート調査結果 (2018) 4)桃生寛和:ストレス耐性を高めるには, 心身医学, 47(12), 1011 (2007) 5)独立行政法人国立特別支援教育総合研究所:障害のある子どもへの進路指導・職業教育の充実に関する研究, http://www.nise.go.jp/blog/2009/05/post_212.html(2009) 6)山口晴久・山口有美・笠井俊信:VDT文書入力作業の作業時間による心理負担測定のための評価尺度の開発, 日本教育工学会論文誌, 28(4), 295-302 (2005) 7)芳賀繁・水上直樹:日本語版NASA-TLXによるメンタルワークロード測定 各種室内実験課題の困難度に対するワークロード得点の感度, 人間工学, 32(2), 71-79 (1996) 8)Klepsch, M., Schmitz, F., & Seufert, T.: Development and validation of two instruments measuring intrinsic, extraneous, and germane cognitive load. Frontiers in psychology, 8 (2017) p.86 企業における発達障がい者の業務アプリケーション・RPAプログラマーとしてのキャリア形成 ○小松 里香(株式会社サザビーリーグHR 横浜業務サポートセンター オフィスリーダー) 1 株式会社サザビーリーグHR 当社株式会社サザビーリーグHRは、Ron Herman、Afternoon Teaなどのブランドビジネスを営む株式会社サザビーリーグの特例子会社である。2012年発達障がい者向けのサテライトオフィスとして指導員2名、障がい者社員11名でスタート。現在では特例子会社として、東京都渋谷区1拠点、千葉県市川市1拠点、神奈川県横浜市2拠点の計4拠点で、指導員14名、障がい者社員76名が在籍している。 当社の特徴としては、2点挙げられる。1つは各拠点でそれぞれ異なった業務を運営していて、マーケットバリューが高い業務にこだわっていること。具体的には、クライアントである親会社・グループ会社に直接貢献できるIT関連・DTP・物流業務を受託しており、各拠点で障がい者社員の適性に合わせて、指導員が業務を割り当てている。 2点目は、発達障がい者社員の割合が92%と高いことである。多様な障がい者を受け入れるより、設立当初まだ注目度が低かった発達障がい者に注目して、発達障がいに対するノウハウを蓄積して業務実績を積み上げてきた結果である。 2 横浜業務サポートセンター 4拠点の中で、最初に設立されたサテライトオフィスである。現在指導員4名、技術指導者1名、障がい者社員28名が在籍している。当拠点はITスペシャリストの発達障がい者が多いことが特徴である。業務は、システム開発、RPA開発、Webサイト更新、ブランドSNS運用サポート、顧客情報管理を担当している。 今回の発表では、IT系の高レベル業務であるシステム開発業務・RPA業務の内容と、各チームで活躍している社員の事例、キャリア形成のポイントを説明する。 3 システム開発業務概要 本社のシステム部門から、グループ社内向けの業務アプリケーション開発を受注して、チーム開発を担当している。 (1)チーム体制 ・プログラマー7名(発達障がい者社員) ・プロジェクトマネージャー1名(指導員・本社システム部門の元システムエンジニア) ・プロジェクト管理サポート1名(指導員・本社システム部門の元ネットワークエンジニア) ・技術指導者(経験豊かなプログラマーが業務委託契約で常駐) (2)開発実績 ・グループ社員の社員番号発番システム ・本社システム部門向けの業務見積・実績管理システム ・フリーアドレス座席表システム ・グループ全社向けBIツールのカスタマイズ (3)システム開発チーム社員事例 Aさん 29歳 2017年入社 正社員 広汎性発達障害 ア 入社前 高校を中退して、高卒認定試験合格後、3年間ひきこもる。その後、少しずつ社会活動を始め、就職を目指して就労移行支援の利用を開始して、2016年精神障害者保健福祉手帳を取得。また、独学で国家資格応用情報技術者試験に合格。 自宅から近く、業務未経験者でも技術力を磨くことができる当社採用に応募して、1年4ヶ月の訓練の後、入社。 イ 入社後 ・当初は、Webサイト更新作業を担当。VBAプログラミングやセキュリティ管理で業務能力を発揮して、1年後にシステム開発チームに異動。 ・この間、プライベートでは独学で国家資格情報処理安全確保支援士試験に合格。 ・開発チームでは、広範囲かつ深いIT知識、論理的思考能力、ファクトベースでの過不足無いコミュニケーションで活躍している。 ウ 本人の成長実感 「入社前は内向的だったのが、プライベートも含めて活発になったと感じている」 「これまでは1人で完結させる業務が多かったが、1人ではなくチームで作業するので段取りや提案力が上達した」 エ 本人の今後の目標 「新技術を身に着けて提案をしていきたい」 「いずれ本社のシステム部門で業務をしてみたい」 4 RPA開発業務概要 3名の発達障がい者社員が、本社のシステム部門のチームメンバーに加わる形で、RPAの開発を行っている。 p.87 RPAとは、Robotic Process Automationの略で、パソコン内のソフトウェアであるロボットが人の代わりに働く業務自動化を指す。RPA開発業務は、そのロボットを動かすための業務分析や、ロボットの処理の流れを作成する業務である。 本業務担当の障がい者社員は、週に3日はサテライトオフィスで業務、残り2日は本社で業務することと、業務上の上司が指導員ではなく本社のシステム部門社員のため、高い自己管理能力と自発的な行動が求められる。 (1)RPAチーム社員事例 Bさん 33歳 2015年入社 正社員 広汎性発達障害 ア 入社前 文系の大学卒業後、一般枠で3年8ヶ月ほどIT企業に勤務。品質管理業務などに携わるが、体調を崩して退職。その後、精神障害者保健福祉手帳を取得。IT企業の職務経歴が活かせる当社採用に応募して、就労移行支援で8ヶ月訓練の後、入社。 イ 入社後 ・Webサイト更新作業を担当。1年足らずで細やかさと人当たりの良さを活かして他社員への業務割り振りをはじめる。 ・2年3ヶ月後~、システム開発のプログラマー兼テストエンジニア担当。 ・3年5ヶ月後、システムやプログラムそのものではなく、業務や人に興味があることに気付き、RPAエンジニアとしての業務を開始。システム開発のテストエンジニアを兼務しながら、現在までRPAの業務ヒアリング・分析など、上流工程を担当している。 ウ 本人の成長実感 「一般雇用の前職では否定されることが多かったが、社会人として自信が持てるようになった」 「毎年違うタイプの仕事をさせてもらっていて、全て今の業務につながっているので良い経験になっている」 エ 本人の今後の目標 「ワークライフバランスをとりながら、今やっている上流工程のスキルを磨いていきたい」 「発達障がい者がRPA業務を担当していく上で、ノウハウを確立していきたい」 5 キャリア形成のポイント IT技術職としてキャリア形成をする場合、スタートとなるのは本人の意欲である。当社の技術職はプログラミングやRPA開発のため、終日PCに向かって地道にものづくりをする作業だが、社員自身が担当していてやりがいがあるか、単なる憧れではなく面白さや喜びを感じて取り組み、日々進化する技術の学習を続けられるかが、最も重要なことである。 また、仕様・要件の理解力、こだわりのコントロール、自己管理能力・発信力など、技術力そのもの以外の能力を、指導員が見極めて、実務を通して成長させていく必要がある。そのため、クライアントに障がい者社員の特性を理解してもらいつつ、シンプルかつ影響が少ない案件からステップアップして成長できるように、指導員が開発業務を牽引してきた。発達障がい者は一人ひとり特性が異なっているため、個々の社員と十分に相談しながら、本人のペースで育てていくこともポイントである。 6 総括 発達障がい者雇用現場では、「社員に業務内容を合わせて組み立てる」と、業務内容がベーシックなものや、誰にでも取って代わられ易いものになる。そのような業務は、IT技術の進化で必ずしも人が行う作業ではなくなってきていることを実感している。 そのため、当社では「業務に合わせて社員をアサインする」という前提で、指導員や上司が、潜在能力の高い社員をITレベルの高い業務にストレッチさせてスキルアップできるように、「サポート」するのではなく「リード」していく指導が、重要であると考えている。 【連絡先】 小松 里香 株式会社サザビーリーグHR 横浜業務サポートセンター e-mail:r_komatsu@sazaby-league.co.jp p.90 テーマ6 アセスメント、支援ツールの開発、実践 「障害の多様化に対応した職業リハビリテーションツールの効果的な活用に関する研究」における利用者アンケートから ○田村 みつよ(障害者職業総合センター 研究員) 山科 正寿・武澤 友広・村久木 洋一・渋谷 友紀・國東 菜美野・知名 青子・小池 磨美・井口 修一・田中 歩(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 平成11年から障害者職業総合センターで開発を始めた「職場適応促進のためのトータルパッケージ」(以下「トータルパッケージ」という。)は、開発当初、対象として想定していた高次脳機能障害者や統合失調症者だけでなく、気分障害等による休職者に対する復職支援や、成人後に「発達障害」と診断された人等の就労支援の二―ズが高まる中こうした対象者の多様化に対応すべく、作業課題や書式の改訂を行ってきた。 こうした支援ニーズの変化において、MWSの活用が広がる一方で、MSFASやM-メモリーノートなどトータルパッケージの各ツールを組み合わせることで、より効果的な支援が可能となる点について、共通認識を図ることの重要性が指摘されている1)。 また、適切な活用方法が理解されないまま、単なる作業のツールとしてMWSが普及することのリスクも指摘されており、既存のDVDに代わる研修教材の開発を含めた伝達方法の検討が課題である2)という指摘もある。 そこで本稿では、伝達方法の検討を行うに先立ち、トータルパッケージ購入者にアンケートを行い、活用の実態及び研修等のニーズの把握を試みた。 2 方法 (1)調査の対象及び実施時期 トータルパッケージの活用実態及び研修等へのニーズを把握することを目的として、MWS及びM-メモリーノートを既に購入している機関を対象にアンケート調査を実施した。地域障害者職業センター(52か所、以下「地域センター」という。)にはメールにより令和元年8~9月の期間で、それ以外の機関(697か所、以下「当機構以外の機関」という。)には紙筆調査を郵送により令和元年12月~令和2年1月の期間で実施した。 (2)質問項目 ア 支援業務の実施頻度 トータルパッケージ開発時に想定されていた、ツールを活用しての支援業務内容から立項して15項目設け(表参照)、その実施頻度を「頻繁に(実施した)」「時々(実施した)」「まれに(実施した)」「(実施)しなかった」の4件法で聞いた。 イ トータルパッケージのツール・技法の認知度と活用頻度 トータルパッケージのツール(WCST、M-メモリーノート、 MWS(簡易版)、 MWS(訓練版)、MSFAS、グループワーク(以下「GW」という。)6種各々について知っているか知らないか、また知っている場合の活用頻度を上記アと同様に4件法で聞いた。 ウ 情報提供についての希望 トータルパッケージ活用のために希望する情報提供の形式(ホームページ、講座、事例検討会、トータルパッケージの体験を伴う研修、冊子、動画、その他)と、内容(トータルパッケージの理論的背景、トータルパッケージの実施手続き、就労支援業務におけるトータルパッケージの有効な運用方法、応用行動分析に基づくトータルパッケージの利用方法、トータルパッケージの活用事例、その他)について選択肢を設け、希望する形式・内容を複数選択が可能として尋ねた。 (3)回答状況 回収された回答数は、地域センターから40件(回収率;76.9%)、当機構以外の機関から231件(回収率;33.1%)であった。 3 結果 (1)調査対象機関の属性 当機構以外の機関で回答のあった231件のうち122件(52.8%)が就労移行支援事業所で、そのうち単体施設が77件、多機能が42件、多機能のうち最も多いものが就労継続支援事業所B型との併設で27件、また新規に設置が認められた定着支援事業所との併設も4件あった。 (2)支援業務の実施頻度 実施頻度を間隔尺度とみなして「頻繁に」を4点、「時々」を3点、「まれに」を2点、「しなかった」を1点に換算して平均値を算出し、地域センターと当機構以外の機関で比較した(表)。 Mann-WhitneyのU検定を行ったところ、「シ)スケジュール管理」(p=0.11)を除くすべての項目において地域センターの方が実施頻度が高いことを示す有意な差がみられた。 p.91 表 支援業務の実施頻度平均 (3)トータルパッケージのツール・技法の認知度と活用頻度 地域センターにおけるトータルパッケージのツール・技法の認知度は95%以上であったが、当機構以外の機関は最大; MWS(簡易版)88.3%、最小;WCST;45.9%と認知度が低い傾向にあった。 活用頻度を間隔尺度とみなして「頻繁に」を4点、「時々」を3点、「まれに」を2点、「しなかった」を1点に換算して平均値を算出し、地域センターと当機構以外の機関で比較した(図)。 Mann-WhitneyのU検定を行ったところ、GW(p=0.43)を除くすべての項目で地域センターの方が活用頻度が高いことを示す有意な差が見られた。 図 ツール活用頻度 (4)情報提供についての希望 希望する情報の提供形式については、地域センターでは動画(80.0%)、次いでホームページ(65.0%)が、当機構以外の機関ではホームページ(59.7%)、次いで体験を伴う研修(53.2%)が多かった。 希望する情報提供の内容は、地域センター(85.0%)、当機構以外の機関(77.1%)共に、「就労支援業務におけるトータルパッケージの有効な運用方法」(以下「“運用方法”」という。)が最多であった。 4 考察と今後の展望 アンケートから、当機構以外の機関では平均的にトータルパッケージの活用実績があまり高くない実態が明らかになった。 職リハツールが障害の多様化に対応し有効に機能するためには、実施率の低い「障害受容の促進」や「対処方法の把握、獲得」といった支援課題について、当機構以外の機関に知識を普及する必要がある。さらに、その知識がより有効に活用されるためには、職業評価の場面に限らず、一定期間を要しての実践的体験と振り返りを提供する場の設定つまり、GWやそこでの課題整理シート;MSFASやM-メモリーノートの総合的な活用が重要となる。 また、これまでのトータルパッケージの研究開発の過程で、当初設定された有効な運用方法がわかりにくくなってきているのも事実である。最も回答の多かった “運用方法”について、的確な情報の整理と提供が検討されている。 トータルパッケージ活用機関の対象範囲が、トータルパッケージ開発当初の想定から大幅に拡大してきている今日、就労支援技法の十分な伝達普及のためには、基礎理論のより具体的でわかりやすい解説と、その体系下で構成された各ツールを用いた一連の支援技法について、動画などを活用した教材の開発が求められていると考えられる。 【引用文献】 1)障害者職業総合センター『障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査』,「資料シリーズNo.72」,(2013),p.93-95 2)障害者職業総合センター『障害の多様化に対応した職業リハビリテーション支援ツールの開発(その2)-ワークサンプル幕張版(MWS)新規課題の開発-』,「調査研究報告書No.145」,(2019),p.199 p.92 「障害の多様化に対応した職業リハビリテーションツールの効果的な活用に関する研究」におけるヒアリング調査結果について ○山科 正寿(障害者職業総合センター 主任研究員) 田村 みつよ・武澤 友広・村久木 洋一・渋谷 友紀・國東 菜美野・知名 青子・小池 磨美・ 井口 修一・田中 歩(障害者職業総合センター) 1 はじめに 障害者職業総合センター障害者支援部門では、平成11年度から「職場適応促進のためのトータルパッケージ」(以下「トータルパッケージ」という。)の開発を進め、現在までの間、支援現場におけるトータルパッケージの汎用性を高めるための研究を行っている。トータルパッケージを介した職業リハビリテーションの支援技法の伝達は、対象者の就職や復職に向けて一定の効果があることが示されているが1)、一方で普及における課題として、人材の育成や研修の必要性が繰り返し指摘されてきた2)。 「障害の多様化に対応した職業リハビリテーションツールの効果的な活用に関する研究」(以下「本研究」という。)では、普及における課題解決を目指し、効果的な活用を行うための人材育成や伝達方法(以下「伝達試案」という。)を検討するために、各機関の支援者に対してヒアリング調査を行った。今回、その概要を報告する。 2 ヒアリング調査の概要 (1)ヒアリング調査の目的 トータルパッケージの支援理論については、関係機関間の連携を強化し、支援者のスキル向上に役立つものとしても報告されているが3)、現在の支援機関で発生している課題や要望等を把握することにより、問題点や課題の詳細な抽出と、伝達方法を検討する際の参考となるべき事象を具体的に把握することを目的として実施したものである。 (2)対象の選定とデータの収集方法 伝達試案作成にあたり、既存のトータルパッケージの支援理論を理解したうえで、先進的な職業リハビリテーションサービスを展開している支援者を選定してヒアリングを行った。なお、ヒアリング対象者を選定するにあたり、全国の地域障害者職業センター及び全国の就労支援機関が参画する団体の理事からの推薦を経た。なお、対象者の自由かつ率直な意見を担保するために、個人名及び所属機関を公開しない前提でヒアリングを行った。対象者の内訳は以下のとおり。 ○高次脳機能障害のリハビリに知見を持つ専門医 1名  ○障害学生のキャリア教育に知見を持つ大学教員 3名 ○全国就労支援団体理事 1名     ○障害者就業・生活支援センター 支援者 6名 ○就労移行支援事業所 支援者 5名 ○医療リハビリテーション機関 支援者 2名 ○企業における障害者雇用 担当者 1名  ○ひきこもり・在宅就労支援 支援者 2名 計 21名 データ収集のためのヒアリング方法については、半構造化面接とし、対象者1名に対して、インタビュアー1名と筆記者1名の計2名でヒアリングを行った。質問項目は以下の3点とした。 イ トータルパッケージを構成する各ツールや支援理論の活用・実施状況はどうか ロ トータルパッケージを構成する各ツールや支援理論の改修や改善の要望はあるか ハ トータルパッケージに関する情報提供に対するニーズは何か(希望する情報提供の形式・内容等) (3)収集したヒアリングデータの概要 ヒアリングの結果、「トータルパッケージの理論や枠組みは参考になる」といった支援理論の理解の広がりを示す発言があった一方で、「MWSの活用を職員全体で共有できる機会や分かりやすい媒体があると良い」という課題の提示や「障害周辺にいるボーダレスな人に対しての支援方法を具体的に提示してほしい」、「支援場面でMWSを使って支援していると、意欲が持続しない利用者がいる」、「トータルパッケージの効果や意味を説明できるようなものや、意欲を保てるしくみが不可欠だと考える」といった、支援対象者像の多様化にともなう、具体的な支援方法の提示について、多くのニーズや意見を収集できた。 (4)ヒアリングデータの質的分析方法 本研究では、ヒアリングデータの分析を、ある特定の属性を客観的・体系的に同定して、推論を行える内容分析4)により行うこととし、以下の6段階の過程を経た。 第1段階 リサーチクエスチョンの決定 第2段階 質問への回答のデータ化:回答のなかから不要な部 分を削除し,素データを作成する 第3段階 基礎分析:大量のデータを可能な限り単純化 第4段階 本分析:類似した意味内容の要素を探し,それを適 確に表す表現へと置き換える(カテゴライズ化) 第5段階 カテゴライズ化したうえで、意味的類似性に基づき カテゴリーを統合し、研究班により解釈を行う。 第6段階 カテゴリの信頼性の確認:形成されたカテゴリの信 頼性を確認する p.93 なお、分析はトータルパッケージツールによる支援経験のある研究員3名と、MWS新規課題の開発に携わったツール及び支援理論に知見を有する研究員2名の計5名の研究担当者(以下「研究班」という。)で行った。 3 ヒアリングデータ分析結果 (1)第1段階・第2段階 決定したリサーチクエスチョンに基づき設定した質問に対する回答内容を記録し、第2段階で回答データから不要な部分を取り除き、回答者の主旨が明確になるようデータの整理をした。 (2)第3段階:基礎分析 整理したデータから、回答者が各質問で同様・同意の回答をしている内容を一つに統合した。 (3)第4段階:本分析 各回答を文章ごとに区切りカード化した後に、研究班による協議で、カード毎に意味的類似性に基づいてカテゴライズ化した(図1)。 図1 抽出カテゴリー (4)第5段階: 第4段階で生成したカテゴリーをさらに統合化し、伝達試案の検討に資する3つのカテゴリーに分類し(図2)、その3類について解釈を行った。 図2 統合したカテゴリー (5)第6段階:カテゴリーの信頼性の確認 解釈の結果(図3)、次に示す3点の示唆が得られた。①開発時と比較し、職業リハビリテーション利用者の多様化にともない、利用者が意欲的にツールを活用できる支援方法の重要性が増している。②トータルパッケージの支援理論と実践ノウハウを共有できる媒体(研修など)が必要になっている。③トータルパッケージの理論は妥当性が高いものであり、支援者の資質向上に寄与し、多くの支援機関で支援方法のベースとなっているものとして評価を受けている一方で、支援理論を導入する際において、既存のマニュアル等により支援理論を理解することの困難性が指摘されている。 本研究のヒアリング結果から示された、トータルパッケージ理論の妥当性と、支援機関の支援技術のスキル向上に関する有用性については、現在までの研究経過において同様の報告がなされており1)2)3)、一方で、MWS等を購入した全支援機関及び全地域障害者職業センターを対象としたアンケート調査の自由記述の内容からも、伝達試案の検討に関する課題について同様の意見や要望が確認されていることから、分析結果は一定の信頼性があると考える。 図3 研究班による解釈図 4 考察(まとめ) 本研究のヒアリング調査結果から、利用者が意欲的にMWS等ツールを活用したサービスを利用できるよう、既存のトータルパッケージ支援理論を、対象者に分かりやすく伝えることのできる教材や研修プログラムを作成し、その効果が支援機関内で共有されるようなシステムの在り方を検討することが、本研究において重要であると考えられた。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター:「特別の配慮を必要とする障害者を対象とした、就労支援機関等から事業所への移行段階における就職・復職のための支援技法の開発に関する研究」 [調査研究報告書No.93-1.2] (2010) 2)障害者職業総合センター:「障害の多様化に対応したワークサンプル幕張版(MWS)改訂に向けた基礎調査」[資料シリーズ No.72] (2013) 3)障害者職業総合センター:「ワークサンプル幕張版MWSの活用のために」(2010) 4)舟島なをみ:「質的研究への挑戦」医学書院 (2007) 【連絡先】 障害者職業総合センター障害者支援部門(山科) Tel:043-297-9082 e-mail:Yamashina.Masatoshi@jeed.or.jp p.94 ワークサンプル作業検査(神奈川県版)等による支援機関への支援を目的とした職業能力評価の取組みについて ○佐藤 守(神奈川県障害者雇用促進センター 雇用促進課 主任専門員) 堀内 富士江・深水 豊子・高橋 悦朗・熱田 郁子・富田 香美・福田 麻奈美 (神奈川県障害者雇用促進センター) 1 はじめに 当所は神奈川県産業労働局の機関であり、前身は昭和47年度に設置された労働相談センターである。昭和55年度から職業相談センター、平成7年度から障害者就労相談センター(以下「相談C」という。)、平成29年度から障害者雇用促進センター(以下「促進C」という。)に組織改編され現在に至っており、障がい者等への職業能力評価(以下「評価」という。)の事業などを行ってきた。 作業検査については、昭和55年度に身体障がい者や知的障がい者の雇用促進を目的に、主に製造業への就労をねらいとして職員が独自のワークサンプルを開発した。相談Cに組織改編となり、サービス業への就労者が増加したこと、精神障がい者の相談・支援が増加したことにより、財団法人労働科学研究所(現 公益財団法人大原記念労働科学研究所:以下「労科研」という。)へ委託して新たなワークサンプル作業検査(神奈川県版)(以下「ワークS」という。)を開発・実用化した。 相談Cから促進Cへ組織改編となり、利用者の直接支援から支援機関に対する支援へと事業目的が変わったが、労科研と協議してワークSの有用性を確認のうえ引き続き実施している。以下は、ワークSを中心とした3年間の評価の取組みについての発表である。支援機関等におけるアセスメントの参考としていただきたい。 2 評価の対象等・実施の流れ (1) 対象 〇就労支援機関等を利用する障がい者及び障がい者手帳を取得する可能性がある者 〇当該就労支援機関等が就労支援を行うに当たって必要と判断する者 〇評価の実施に本人が同意している者 (2) 実施の流れ 電話等により相談受付 → 評価依頼書収受 → 担当者決定 → 初回面接実施 → 評価実施(1回2時間程度のワクで5~6回来所) → 評価会議提出 → 評価結果説明 *初回面接と結果説明には、支援機関の職員が同席 3 現在実施している評価等 (1)ワークS(個別作業検査) 担当者と1対1で行う作業検査 (2)ワークS(集団作業検査) 4~6名のグループで行う共同作業 *「牛乳ビンの運搬」は、集団作業検査の時間に含めて実施。 (3)厚生労働省編一般職業適性検査(GATB) 年間で日程を決めて講義形式で実施。障がい特性等によっては個別に実施する場合あり。 (4)【改訂版】ワークサンプル幕張版(簡易版) ・OA作業 ・事務作業(数値チェック、物品請求書作成) (5)職業レディネス・テスト (6)心理検査(YG性格検査、PFスタディ等) 年間の日程を決め、精神障がい、発達障がいの診断を受けている方のなかで、依頼機関と相談し、本人の意向を確認のうえ実施。 (7)その他 評価以外で、やりたい仕事、苦手な仕事、希望する勤務時間、対人関係の特性、生活管理の状況等を記載する「就労準備セルフイメージリスト」を作成していただく場合あり。 4 ワークSの内容 表の太字は、比較的難易度が高い17項目で、実施することを基本としている。ほとんどの利用者は、25から30項目実施している。 5 評価の実績 受付件数(図)は、増加傾向にある。令和元年度は、新型コロナウイルス感染症の拡大防止対策により、2月末から3月中の受付を中止したため、受付を継続していれば10件以上増えたと思われる。 依頼機関の状況は、就労移行支援事業所、障害者就業・生活支援センター、地域就労援助(支援)センターを合わせて約7割となっている。障がい別状況は、精神障がい、発達障がいを合わせて約7割となっている。 評価を終了して半年以上経過した時点で、アフターフォローのために依頼機関へ連絡し、評価後の状況を聴取している。評価後に就労した者と評価前から就労していた者を合わせると5割を超え、福祉サービス事業所等の利用を開始した者は2割強となっている。 p.95 表 ワークSの作業項目 図 受付件数の推移 6 事例 (1) 就労移行支援事業所から依頼 50代・男性 〇気分障がい・精神障害者保健福祉手帳3級 〇大学を中退・20年間就労後、5年間就労歴なし 〇障がい者の福祉サービス事業所に通所中 〇評価の結果 → 作業能力は速度・精度とも概ね良好だが、集団作業検査と職業レディネス・テストでは対人関係の苦手さが顕著。GATBでは、認知機能が高く、「手腕の器用さ」は比較的高かったが、「運動共応」と「指先の器用さ」は低かった。「販売」「個人サービス」等の適性職業群が検出された。事務系業務は希望しないとのことで、OA作業は実施せず。 〇スーパーのバックヤード業務で正規職員採用 (2)市町村生活困窮担当から依頼 20代・男性 〇障がいの診断なし・手帳なし 〇高校卒業・長期的ひきこもり・多少のパート経験 〇評価の結果 → 作業能力は速度・精度ともかなり高く、集団作業検査でも他者への声かけが的確だった。GATBでは、「言語能力」「書記的知覚」が標準値を超え、「指先の器用さ」「手腕の器用さ」は標準値に近かった。「動物の調教・管理、水産養殖、園芸」等の適性職業群が検出された。OA作業では、基本的な入力は可能。 〇動物に関係する会社の清掃業務でパート採用 7 依頼機関からの話 アフターフォローの際などに聴取した主な内容。 〇障がい特性が明確になったことで、支援方法がわかり就労につながった(就労移行支援事業所)。 〇本人の同意を得て、評価結果を関係機関で共有し、連携して支援している(障害者就業・生活支援センター)。 〇配慮・工夫があれば働けること、就労支援機関の支援が必要であることを認識した(市区町村)。 〇評価を受けたことで配慮事項が明確になり、短時間からの就労など求人の選択に役立った(ハローワーク)。 〇利用者が当所に通うには、交通機関の利便性が良くない(就労移行支援事業所)。 8 まとめと課題 件数の増加や依頼機関からの話からみると、当所の評価への一定のニーズはあると受けとめている。複数の評価を総合的に実施していることが、役立てている理由の一つであると考えている。 就労移行支援事業所からの依頼の割合が高くなっていることは、一つの課題であると言える。就労移行支援事業所は、アセスメント機能を有している機関であり、職場実習等を含めて事業所内での評価が望まれる。当所(県)としては、研修面でのアプローチも並行して実施する必要があると考えている。 また、当所が横浜市に所在しているため、県の西部地域からのニーズに対応しきれていないことも課題と言える。何らかの方法で、広域の依頼に対応できるよう検討が必要だと考えている。 p.96 ACT(アクト)マトリックス・カードを用いた定着支援の事例について ○小倉 玄 (株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 所長) 刎田 文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1  はじめに アクセプト&コミットメントセラピー(Acceptance and Commitment Therapy:以下「ACT(アクト)」という。)は、第三世代の認知/行動療法と称される心理療法の1つである。この療法は6つのコアプロセス、すなわち「今、この瞬間との接触」(contacting the present moment)、脱フュージョン(defusion)、アクセプタンス(acceptance)、文脈として自己(self-as-context)、価値(values)、コミットされた行為(committed action)を使い心理的柔軟性の向上を目的としている。 株式会社スタートラインでは就労中の障がい者に対して、治療という文脈ではなく、活力ある職業生活という文脈でACTを活用した支援を実施している。 ACTには種々のエクササイズが存在する。Kevin Polkが考案したACTマトリックスは、心と行動の関係を1枚の紙面に視覚化するポピュラーなエクササイズである。Benjamin Schoendorffは、ACTでよく使われるさまざまなエクササイズを視覚的に現したACTマトリックス・カードというカードを開発し、ACTマトリックスのエクササイズを行う際に、これらのカードの活用を勧めている。ACTマトリックス・カードの日本語版が2019年に出版された1)。本発表では、ACTマトリックス・カードの概要とカードを用いた支援の事例を紹介し、その効果について検討する。 2 ACTマトリックス・カードについて (1)ACTマトリックスとは ACTマトリックスは4つの領域から構成されている。 水平方向の線の上側に五感の体験、線の下側に心の体験を記載する。垂直方向の右側の領域は、価値に向かっていることを現し、左側の領域は、不愉快な私的でき事から離れることや、価値から離れることを表している(図1)。4つの領域の空欄部分に、どのような自分自身の行動、思考、感情、感覚が入るかを記載する。ACTマトリックスには、ACTの中で扱われる重要な要素が総合的に盛り込まれており、心の中を整理するのに非常に効果の高いエクササイズである。尚、ACTマトリックスについては、海外で2冊の書籍が出版されているが、2020年8月現在、日本語には翻訳されていない。2020年にACTマトリックスの実施方法が記載された日本語の書籍が出版されている2)。 図1 ACTマトリックスの概念図 (2)ACTマトリックス・カードの概要 ACTマトリックス・カードは、シンプルなイラストが描かれた52枚のカードから構成されている(図2)。 図2 ACTマトリックス・カードの外観 表面にはACTの概念を端的に示すイラストが記載されている。裏面にはそのカードの解説が記載されており、支援者にとって、使いやすくなっている(図3)。 図3 ACTマトリックス・カードの表面と裏面 p.97 (3)ACTマトリックス・カードの構成 ACTマトリックス・カードは大別すると以下3つの概念「不愉快な私的出来事と体験の回避・脱フュージョン・アクセプタンス」、「マインドフルネス・文脈としての自己」、「価値の明確化・行動活性化」に分類される。それぞれの概念に関するエクササイズやメタファーとしてのカードが用意されている(図4)。 図4 ACTマトリックス・カードの分類 3 ACTマトリックス・カードを用いた事例紹介 年齢:30歳 女性 障害:うつ病(精神保健福祉手帳3級) 社歴:入社後1年半 傾向:他者の評価を気にする発言・行動があり、周囲の状況に左右されやすい。 状況:他者の悪口を言う同僚の話しを聞くと気分が落ち込み、睡眠のリズムが崩れ、朝起きられなくなり、欠勤する。欠勤した自分を責めて、自己嫌悪に陥り、更に体調が悪化する。一度体調が崩れると連続して複数日の欠勤となる。 対応:ACTマトリックス・カードを用いて以下の流れで面談を実施した(図5)。 ①感情は何かのきっかけがあると誘発し、抑えることはできない。 ②自分の中に出てくる厄介な思考や感情を確認。 ③自分の心の中をバスに例え、モンスター(やっかいな思考や感情)が何か言ってきても従う必要はない。 ④自分の中のどんな釣り針(感情)に喰いついてしまうのかを振り返る。 ⑤釣り針(感情)に気づいたら、喰いつかずに行動を選択。 ⑥価値に向かう行動か、今までのように感情をコントロールする行動をとるのか選択。 図5 ACTマトリックス・カードの提示の順番 結果:自分の中のやっかい思考や感情をカードのイラストに当てはめることにより、自分の思考と距離を置くきっかけになった。嫌な感情が出てきた際に、その感情を感じないように我慢する頻度が低くなり、感情に飲みこまれにくくなったという発言があった。また、自分を責める思考が出てきた際には、「バスの中のモンスター」を思い出し、その思考に従わないようにしようと気づけるようになったとの発言もあった。体調不良による欠勤はゼロにはなっていないが、欠勤が長く続くことはなくなった。 4 まとめ ACTマトリックス・カードを使うことにより、視覚的な情報を提示しながらの面談が可能となり、言語的な理解が苦手な方の理解が従来よりも促進される。更にカードを使うことにより、支援者、相談者ともに面談の全体像を把握しやすくなることもメリットとして挙げられる。ACTマトリックス・カードはACTを実施する際の有効な手段の一つとなる。 【参考文献】 1) 『ACTマトリックス・カード』(2019)ベンジャミン・ショーエンドルフ著、刎田文記訳、星和書店 2)『こころがふわっと軽くなるACT』(2020)刎田文記著、星和書店 【連絡先】 小倉 玄 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 e-mail:gogura@start-line.jp p.98 就労移行支援機関を利用する精神及び発達障がい者における一般就労へ至るまでの心理的指標の変化とその要因に関する検討 ○香川 紘子 (株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 研究員) 刎田 文記 (株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 高谷さふみ(社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立支援センター) 1 背景と目的 精神障がいや発達障がいのある就労移行支援機関利用者が一般就労に就くには、職業能力の獲得に加え、心理面の安定性の獲得も重要となる。近年では心理面の安定性に重要となる心理的柔軟性を高める方法としてアクセプタンス&コミットメント・セラピー (以下「ACT」という。) の有効性が確かめられている。 社会福祉法人釧路のぞみ協会自立センターの就労移行支援事業所では、精神障がいや発達障がいのある利用者に対して、ACTのエクササイズを含むスタートラインサポートシステム(Startline Support System、以下「SSS」という。)を活用した心理的柔軟性の向上を促進するサポートを行っている。SSSは株式会社スタートラインが開発し、様々な機関で障がい者の心理面、健康面のサポートに活用されている。この施設では、就労移行支援利用者が、定期的にSSS上のACTのエクササイズを行い、心理的評価指標を計測している。我々の研究では、定期的に測定された心理指標を解析し、利用者が一般就労へ移行する過程で、就業のために重要な心理指標を明らかにすることを目的としている。その第一段階としてこの論文では、十数名の就労移行利用者を対象に、入所の心理指標の得点と就労移行支援事業所での訓練中の心理指標を比較する。また、精神及び発達の障がいに分けて、心理指標の変化を比較する。 2 方法 (1)対象者 就労移行支援事業所を利用している、もしくは、利用していた障がい者の方、計35名(平均の年齢31±9歳)であった。そのうち、主に精神に障がいのある利用者は23名であり、主に発達に障がいのある利用者は、12名であった。 (2) 心理指標 SSS上で計測できる心理指標は以下であった。 ①AAQ-Ⅱ:ACTの心理的柔軟性を測定する評定尺度で、数値が高いほど、「今、ここに存在し、こころを開くことが出来ている状態である」ということを示している(嶋ほか 2013)。 ②APQ:アクセプタンスの状態が機能しているかを測定する尺度で、4つの因子から構成されている。 数値が高いほど、「行動レパートリーの拡大」、「現実の感受」、「私的出来事から回避しない選択」、「リアクションの停止」のそれぞれの傾向が強い状態であることを示している(嶋ほか 2017)。 ③BDI: 抑うつ評価尺度で得点が高いほど抑うつ状態が高いことを示している(ベックほか 2003)。 ④CFQ: ACTのコアプロセスである 「フュージョン/脱フュージョン」の状態を測定する2因子からなる尺度であり、得点が高いほど脱フュージョンの状態が高いことを示している(嶋ほか 2016)。 ⑤DPQ:脱フュージョンに関して、行動の“形態” や “機能” へ着目した測定尺度であり、得点が高いほど脱フュージョン状態を示している(川井ほか 2016)。 ⑥FFMQ:マインドフルネスの尺度であり、日本語版FFMQは5因子構造と なっている(「観察する」・「反応しない」・「判断しない」・「描写、説明する」・「意識的行動」)。得点が高いほどそれぞれの状態が高いことを示す(Sugiura et al. 2012)。 ⑦TSSQ:ACTが注目する三つの自己の体験を測定する尺度である。アクティブ、概念化、視点取り、今この瞬間の4因子から成り、得点が高いほどそれぞれの状態が高いことを示す(柳原ほか 2015)。 (3)SSSの実施方法 就労移行所の利用者は、事業所入所時に、SSSを用いて各心理指標を測定し、面談によりそれぞれにあったACTのエクササイズを実施していた。また、個人によって期間に違いはあるが、定期的に心理指標の変化を計測していた。 (4)解析方法 利用者のそれぞれの心理指標を、開始時から、30日おきに可視化するためにグラフを作成した。しかし、利用期間が個人ごとに異なるため、計測日の期間も個人ごとに異なっている。そのため一定期間ごとの計測値の変化を比べることは難しい。そこで、開始時と移行利用中に心理的柔軟性が上昇することがあるかを検討するために、開始時を除いたすべての期間での最大値(BDIのみ最小値)と開始時の値を比較した。統計解析は、線形混合モデルを用い、従属変数に心理指標の得点、独立変数に固定効果として心理指標の計測時期(開始or最大値の期)、障がい特性(精 p.99 神or発達)を含め、変量効果として利用者を含めた。解析は、統計ソフトRを用いた。 3 結果 (1)心理指標の長期変化 30日ごとの利用者の心理指標の変化を見てみると、すべての心理指標において個人による様々なパターンがみられた(1例として、図1にAAQ-Ⅱのグラフを示す)。心理指標が短期間に上昇し、そのまま上昇が継続する利用者や一度上昇してもまた下降して、上昇と下降を繰り返す利用者など、様々なパターンがみられた。 図1 AAQ-Ⅱの月ごとの得点推移 (2)就労移行期間中の心理的柔軟性の上昇 開始時の心理指標の値と、開始時を除いたすべての期間での心理指標の最大値(BDIのみ最小値)を線形混合モデルにより比較すると、FFMQの下位項目である観察する及びDPQの下位項目である現在との接触の指標以外のすべての指標で交互効果は有意でなく、心理指標の計測時期の主効果が有意であった(p < 0.05)。すなわち、これらの指標は、精神及び発達に障がいのある利用者が就労移行開始時に比べ、就労移行期間中に少なくとも1回は上昇し、心理的柔軟性が上がったことを示す。また、AAQ-Ⅱ、CFQ、APQの行動レパートリーの拡大、FFMQの反応しない、描写説明する、TSSQのアクティブかつ柔軟な環境への働きかけ、プロセスとしての自己、今この瞬間への気づきの指標については、障がい特性の主効果も有意であった。どの指標においても、精神障がいのある利用者の得点の方が、発達に障がいのある利用者の得点よりも高かった(図2 1例としてCFQを示す)。 交互効果の見られたFFMQの下位項目である観察する及びDPQの下位項目である現在との接触の指標についてはTukey法による多重検定を行った。FFMQの下位項目である観察するでは、精神及び発達障がい両方で、開始時の心理指標の値と、心理指標の最大値が有意であった。一方で、DPQの下位項目である現在との接触の指標は、精神障がいの利用者得点のみ、開始時の値よりも最大値が有意であった(図3)。 図2 CFQの開始時と開始時以降の最大値の比較 図3 DPQ:現在との接触の開始時と開始時以降の最大値の比較 4 考察 解析の結果、月ごとの利用者の心理指標の変化パターンは様々であることがわかった。また、変化パターンは様々であっても、就労移行事業所の利用者が利用開始時に比べ、移行所で訓練を受ける期間中に少なくとも1回は心理的柔軟性が上昇することがわかった。また、いくつかの心理指標においては、精神障がいのある利用者より発達障がいのある利用者の得点の方が低かった。また、脱フュージョンにおける現在の接触指標では、精神障がいのある利用者のみに得点の上昇がみられた。これらの結果から、ACTによる訓練は、就労移行支援事業所の利用者にとって心理的柔軟性を獲得するために有効である可能性が考えられる。一方で、発達障がいのある利用者は、精神障がいのある利用者よりも心理的柔軟性を獲得するのがやや困難で、支援法の工夫も必要であろう。今回の解析では、心理的指標の上昇がACT訓練とどのように関連しているのかについての詳しい解析は行っていない。今後は、ACT訓練の回数、内容と心理指標の変化、また、それらが一般就労へ至る影響などを調べる必要がある。 【連絡先】 香川 紘子 株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 e-mail:hkagawa @start-line.jp p.100 関係フレームスキル(RFS)アセスメントシートの開発とその試行について ○岩村 賢 (株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 研究員) 刎田 文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 文脈的行動科学と関係フレーム理論 文脈的行動科学(以下「CBS」という。)のアプローチは、個体におけるその時点での文脈に対する標的行動を恣意的に設定し、その予測と制御を目指す立場をとる機能的文脈主義に依拠している。そして昨今、CBSにおける根幹理論としての関係フレーム理論(以下「RFT」という。)が注目されている。 RFTとは、ヘイズが体系化した人間の言語や認知のような高次な行動に対して、予測と制御を目的とした場合に有用な行動原理を体系化した理論であり、シドマンの刺激等価性研究に端を発している。 (1)刺激等価性 刺激等価性とは、シドマンが数学における等価関係の概念を借用して、刺激の機能的等価刺激クラスに関して提唱した考え方である。数学における等価の要件である、反射律、対称律、推移律を条件性弁別学習における刺激間の派生的関係の性質として捉えたものがシドマンの刺激の等価性であり、主に象徴的見本合わせ課題の訓練後に新しい見本合わせ課題への転移テストを行う形で研究されている(図1)。 図1 刺激等価性 ①反射律とはAはAであり、BはBであることを意味する。これはA→B訓練後にA→AテストやB→Bテストに合格することで評価される。②対象律はAがBであれば、BはAであるということである。これは、A→B訓練後にB→Aテストに合格することで評価される。③推移律はAがBであり、BがCであれば、AはCであることを意味する。これは、A→B訓練とB→C訓練後にA→Cテストに合格することで評価される。④等価律(逆推移律)はAはBであり、BがCであるならCはAであることを意味する。これはA→B訓練とB→C訓練の後に、C→Aテストの合格することで評価される。等価律テストへの合格は刺激等価性における反射律、対象律、推移律のすべてを満たさなければならないので、刺激等価性の成立を意味している。 (2)関係フレーム理論(RFT) 刺激等価性の枠組みにより研究が進んでいく中で等価の関係のみでは説明できないことや等価以外の関係においてもこのような派生的関係が成立しうることが発見されてきた。 RFTでは、等位の関係に限らず、ある機能的な刺激クラスのまとまりを一つの枠組み(フレーム)として捉える。また、言語や認知の中核的な特徴は派生的刺激関係と刺激機能の変換と捉えており、これを関係フレームづけと呼ぶ。 関係フレームづけは相互的内包、複合的内包、刺激機能の変換の3つの特徴によって定義される。関係フレームの関係性には等位、区別、比較、反対、階層、時間、空間、因果、視点などの多様な関係が存在する。 これらのそれぞれの関係性に関して関係フレームづけを行うための能力を関係フレームスキル(以下「RFS」という。)と呼ぶ。RFSの学習は、様々な知的行動についてポジティブな影響が研究されており、学習のための学習とも言われている。 また、ヘイズは、9つの関係フレームファミリー(以下「RFF」という。)について整理している。等位のRFFとはA=Bということを意味する。区別のRFFとは、AはBと異なるということを意味する。比較のRFFとは、AはBよりも大きいなどの大小や高低などの関係を意味する。反対のRFFとはAはBではないということを意味する。階層のRFFは、AはBを含むなどの体系的な関係を意味する。時間のRFFとは、AはBより前であるなどの時間的な前後関係を意味する。空間のRFFとは、AはBの前にあるなどの位置関係を意味する。因果のRFFとは、AであったならBであるなどの原因と結果の関係を意味する。視点取得のRFFとは、「今-その時」「ここ-そこ」「私-あなた」といった反対のRFFの組み合わせによる関係性を意味する複合的な関係フレームである。 RFSのアセスメントについての研究は、海外ではRaiseYourIQやPEAKなど行われている。 ア RaiseYourIQ RaiseYourIQとは、関係フレーム理論に基づいた知的能力や職場、日常の意思決定と問題解決能力の向上を目的として開発されたプログラムである。暗記や数処理など直接的な訓練を行うことなく、知的な能力の向上を目指すことやオンラインで体験することが可能であるなど極めて独 p.101 自性が高い。 イ PEAK、PCA PEAK Relational Training Systemは、自閉症児の言語および認知障害に対処するための評価手段として開発されたトレーニングパッケージである。PEAKにはD、G、E、Tの4つの包括的なトレーニングモジュールによって構成されている。DとGは、随伴性に基づいた言語は発達の枠組みに、EとTは、RFTに基づいた言語開発へのアプローチにそれぞれ重きを置いている。 また、PEAKを実施するに際し、4つあるモジュールのそれぞれどの段階から実施するべきかアセスメントを行うためのPCAと呼ばれるアセスメントツールも同様に開発されている。PEAKにはRFSの学習に際し、触覚や味覚を利用するなど物品を直接用いるトレーニングも用意されているが、PCAではフリップブックのみで実施できる課題に絞ってRFSをアセスメントできるように開発されている。 2 RFSアセスメントシートの開発 RFSを測定するための研究は海外では独自の研究がいくつか行われているが日本におけるツールは開発されていない。そこでRaiseYourIQやPCAなどの評価ツールを参考に、職業リハビリテーション分野でも活用できるRFSアセスメントシートの開発を試みた。 RFSはいくつかに分類されるが本研究で用いたアセスメントシートでは等位、区別、比較、反対、階層、時間、空間、視点取得の8つのRFFに関する設問項目を設けた。 RFSアセスメントシートでは8つのRFSそれぞれに6つの設問を作成した。6つの設問は簡単なものから段階的に難しいものへとなるように構成されている。 3 RFSアセスメントシートの試行に関して (1)目的 本研究では開発したRFSアセスメントシートを用いて一般企業で働く成人におけるRFSの一般的傾向を確認することを目的とした。 (2)方法 ア 手続き 自記式の調査紙として行った。研究実施者が1問ずつ調査紙に記載された問題文を読み上げた後、続けて選択肢をそれぞれ口頭で読み上げ、その後「3つの中から一つ選んでください」と教示するという方式で行った。設問の読み上げを行ってから、次の設問の読み上げを始めるまでの時間間隔を1分として行い、全体としての実施時間は約50分程度であった。その後実施者が回答を読み上げて回答者がそれに従って採点を行い、採点完了後にアセスメントシートと同意書を回収した。 イ 参加者 本研究では一般企業で働く成人103人を対象とした。対象者に研究内容、目的を説明し、同意を得た。 4 RFSアセスメントシートの試行結果 RFSアセスメントシートの全参加者の得点の平均を図2に示した。RFF毎の対象者数、平均、分散、標準偏差を表に示した。 図2 RFSアセスメントシートの全参加者の得点の平均 表 RFF毎の対象者数(n=103)、平均、標準偏差 t検定における各RFF間の比較では反対―階層、反対―空間、階層―時間、時間―空間以外ではRFF間に5%水準で有意差が確認された。 5 今後の展望 本研究は開発したRFSアセスメントシートを用いて一般企業で働く成人におけるRFSの一般的傾向を確認することを目的とした。サンプル数はやや少ないものの一定の傾向を確認することが出来た。今後は実際に職業リハビリテーションに参加している方々への実施を行い、そのアセスメントに基づいた関係フレームのトレーニングを行うことでより能力を発揮できるようなアプローチを考えていきたい。 また、本研究における結果をもとにRFSアセスメントシートの設問内容を検討した結果、正答率の低い設問の中には複数のRFFが複合している可能性が示唆された。今後は各RFF項目ごとの設問は単独のRFSをアセスメントできるものに修正したうえで複合的なRFSを測定できる設問を開発し、より詳細にRFSをアセスメント可能なものとすることを検討している。 p.102 屋内型農園ファーム『IBUKI』におけるワークサンプルの開発とIBUKI-EIT研修の実施及び結果について 〇伊部 臣一朗(株式会社スタートライン・CBSヒューマンサポート研究所 研究員) 刎田 文記 (株式会社スタートライン・CBSヒューマンサポート研究所) 兵頭 和也 (株式会社スタートライン・屋内型農園ファームIBUKI) 1 はじめに 株式会社スタートラインでは企業で働く障害者の就労サポートを行っており、その一形態として屋内農園型の障害者雇用支援サービスである『IBUKI』を展開している。2020年8月時点において、約590名の障害をもったメンバーがIBUKIで働いており、ハーブ等の栽培装置が設置されたブースで、栽培品種の選定や育成を行っている。 一方でIBUKIでの植物栽培に関わる作業は多種類に渡たり、加えて働いているメンバーの障害種別では知的障害の割合が最も多いことから、作業の習得度に関して個人差が大きく出てしまうことや、そのために自立して作業を遂行することができないメンバーが存在している状況があった。このことにより、各企業の管理者や自立的に働けている他のメンバーの負担が増えてしまうことになり、結果として離職につながってしまうという課題があった。そのために、知的障害者らが自立して仕事を遂行していくためのセルフマネジメントスキルを形成させる支援が求められる状況であった。 またそれに加えて、今後IBUKIを全国的に展開していくうえにおいても、支援力が拠点によってばらついてしまうことで全体の品質が落ちてしまうという懸念もあった。その面からも、障害者の自立した作業遂行能力を向上させるための支援品質を、スタートラインの中で安定して確保するための取り組みが求められる状況もあった。 職場において期待されるセルフマネジメントスキルに関しては、「自分で言ったことを行い、行ったことを正確に自己評価し、報告する」というsay-do-say型の言行一致行動が基礎となっていることが考えられる1)。すなわち働いている障害者の職業的自立を促していくために、IBUKIの作業においてもsay-do-say型の言行一致訓練に基づいたセルフマネジメントスキルの形成が望まれた。 2 本研究の目的 前述の背景があったため、本研究では、IBUKIでの作業の習得および習得した作業を自立的に行うためのセルフマネジメントスキルの向上を目的としたIBUKI版ワークサンプル(以下「IBUKI-WS」という。)の作成と、それを用いて職業遂行能力を向上させるためのIBUKI-EIT研修を実施して、効果の検証を行った。また本研究においては対象者の自立的な作業遂行能力の向上もそうだが、それに加えてIBUKI-EIT研修を通して管理者や支援者の支援技術の向上も目的とした。 3 IBUKI-WSの解説 今回作成したIBUKI-WSにおいては、実際の植物栽培に関わる作業に基づいて行うOJT形式の訓練と、作業をワークサンプル化して集中的に繰り返すことで定着させる形式の訓練で構成した。 OJTでの訓練においては、各作業の課題分析を行ったうえで工程を細分化し、どの工程につまずきが生じるかが観察しやすいように構造化を行った。それをメンバー用の栽培業務マニュアルにも反映し、1つの作業における各工程の手順と内容を明確に学習できるようにした。 加えて、対象者自身が各工程の手順に従って正確に作業できているか自己評価できるように、専用のチェックリストを用いながら各工程の完了毎にしるしをつける形で訓練を進める形式とした(図参照)。また作業の進め方については、say-do-say型のセルフマネジメントスキル訓練に則って、「作業開始の宣言(自己教示)」→「各工程を確認しながらの実施(自己監視)」→「作業結果についての確認(自己評価)」→「管理者への作業結果の報告」という流れで進める形とした。 図 工程チェックシート それと共に、習得に時間を要する可能性がある作業については、実際の植物の代替物を使用したワークサンプルを作成して、集中訓練形式によって習得を促す形とした。 p.103 ワークサンプルに関しても専用のチェックリストを使用して工程の確認を自己評価しながら行う形とした。 またIBUKI-WSの評価デザインとしては、幕張版ワークサンプル(以下「MWS」という。)と同様にシングルケース研究法に基づいたABAデザインでの評価を取り入れた。IBUKI-WSにおいても、対象者は一人一人の障害状況が大きく異なることが予想されたため、個々に有効な方法を探る必要があるためである2)。各作業の実施状況やその際に用いた補完行動等は、IBUKI-WS進捗管理表を用いて記録するようにして、管理者や支援者が対象者の状況を共有して把握できるようにした。 4 IBUKI-WSを用いたEIT研修の実施 本研究ではIBUKI-WSの作成だけではなく、対象者のセルフマネジメントスキルの向上を図ると共に、彼らをサポートする管理者や支援者の支援技術の向上も目的としているため、IBUKI-WSを用いたEIT(Employability Improvement Training)研修実施までを含むものとした。 対象者については作業訓練と並行して、健康管理シートの記入やM-メモリーノートの活用、ACTのエクササイズを実施した。これは作業面だけではなく、自立して職業を遂行するための能力を全般的に向上させることを研修の目的としたためである。 一方で管理者や支援者については、対象者と共にEIT研修に参加することで栽培作業の習得をすると同時に、構造化された場面において指示出しやフィードバックのかけ方などを経験的に学習することや、行動記録表を用いて行動の機能分析と望ましい行動の強化を行うことを学習することができるように研修を設計した。これにより研修が終わった後でも、職場定着を促すための支援が継続する環境形成が行われることを意図した。 また管理者については、支援に関わる基礎知識等に関しての専用のマニュアルを作成して、管理者研修も並行して実施する形とした。支援者についても、IBUKI-EIT研修に関しての支援者用マニュアルや各作業の動画を作成した。これにより今後全国的にIBUKIを展開していくことも踏まえて、支援技術の品質を確保しながら研修を実施していきやすくなることを意図した。 IBUKI-WSの効果を検証するために、現在IBUKIで働いているA社のメンバー3名と管理者2名に対してEIT研修を実施した。研修の期間は1週間であった。研修前の対象者らの状況としては、作業の習得度に個人差が大きかったため、作業の進捗度や管理者の作業支援度合いにメンバー間で程度の差が大きくなっており、管理者らもメンバーの作業支援に時間を取られ過ぎてしまい負担を感じている状況だった。 5 結果 以下、EIT研修実施後のメンバーらの様子や管理者の感想を述べる。 ■メンバーの様子 ・作業開始の宣言、作業の自己評価、結果報告に関しては研修の中で3名とも積極的に行えるようになり、通常業務内でも継続して行えている。 ・研修前に共通で苦手としていた業務についても、スムーズに遂行できるようになった。 ・作業に関して同じ質問を繰り返す傾向のあったメンバーについては、質問の回数が減った。 ■管理者の感想 ・メンバーの適切な行動に関して積極的に着目できるようになり、声かけをする頻度が増えた。 EIT研修の結果、各メンバーに作業の習得度合いの向上とセルフマネジメントスキルの定着が継続して見られるようになった。またメンバーだけでなく管理者についても、望ましい行動に着目して、それを強化していくという行動が増加する結果となった。 6 今後の展開 今後はより多くの企業に対してIBUKI-WSを用いた研修を実施していくことで、効果に関してのデータの蓄積とそれに伴う内容の精査を行っていく予定である。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター(2003)調査研究報告書No.55多様な発達障害を有する者への職場適応及び就業支援技法に関する研究 2)障害者職業総合センター(2004)調査研究報告書No.57精神障害者等を中心とする職業リハビリテーション技法に関する総合的研究(最終報告書) p.104 EIT研修における就労支援・メンタルサポートとその効果 ○下山 佳奈(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 研究員) 刎田 文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所) 1 はじめに 以前に当社が「就労移行期の障害者向け研修プログラム」(佐藤,2017)として発表した結果では、株式会社スタートラインが行っているEIT研修に参加した就労移行期の利用者は、その後の就労の結果に肯定的な影響を与える傾向が見受けられた。その後も当社は研修を続けていた。 昨今コロナの影響で全国的にリモートワークが推進されている。就労移行の事業所でもリモートでの支援を促す動きがあり、今後実際に出勤が難しい障害を持つ人の就労についても可能性が広がっている。当社でもこのようなニーズに対応して、EIT研修をリモートで行えるよう検討し、可能な限りプログラムをPC上で行えるよう工夫している。例えば前回までPCで流していたACTの音声のプログラムなどについては、オンライン上に音声のプログラムをさまざまに保管し、アカウント認証さえクリアすれば、どこからでもアクセスできるようになっている。 また前回発表時のEIT研修と異なっている点としては、研修の中盤にケースフォーミュレーションを含むケース会議を行っていることである。研修参加の様子を踏まえて、その後の研修内で補完的にサポートする内容を検討する機会を設けている。そのケースフォーミュレーションの結果から、それぞれの参加者に必要とされるであろうACT音源のエクササイズなどを選定し、研修のプログラムに組み込んでいる。このように新たな部分が加わったEIT研修が、これまでと同様に効果が見込めるものであるかどうか再検討を行うこととした。 2 EIT研修 (1)EIT研修の概要と目的 EIT(Employability Improvement Training)研修は株式会社スタートラインがオリジナルに作成した、約2週間にわたって行われる研修のことである。この研修では近隣の就労移行から参加者を約10名を上限に募り、研修中は一対一のサポート体制で行われる。この研修の目的は主に2点あり、①体調管理の方法を学ぶこと、②自身の「得意なこと」「苦手なこと」を知ること、これらを通じて自己理解を高め、良質な自信をつける事を目指している。 (2)EIT研修の内容 ア SAPLI(情報整理プログラム「サプリ」) イ ワークサンプル幕張版(MWS) ウ ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー) エ ウィスコンシン・カードソーティングテスト (WCST) オ その他(健康管理データ、M-メモリーノート) 3 調査方法 対象:近隣の就労移行より20代~50代の男女43名 図1 研修生の障害種別・年齢 図2 研修生の障害内容 調査期間:2018年10月~2020年1月(EIT研修は概ね月に1期、2週間の開催) 使用した尺度: ・BDI-Ⅱ(ベック抑うつ尺度) ・AAQ-Ⅱ(日本語版Acceptance and Action Questionnaire-Ⅱ 7項目版 心理的柔軟性尺度) ・FFMQ(日本語版Five Facet Mindfulness Questionnaire マインドフルネス尺度) ・DPQ(日本語版Defusion Process Questionaire 脱フュージョンプロセス尺度) これらの質問紙尺度をEIT研修が始まる前と後に実施し、効果測定を行った。また障害種別で分けた研修の前後の効果測定も行った。分析方法としては全てExcelにて対応のあるt検定を行った。 p.105 4 結果 (1) それぞれの質問尺度の効果測定 それぞれの質問紙尺度得点について、研修参加前と研修参加後の得点の平均点を出し、対応のあるt検定を行った。2つの得点に有意な差があるかどうか検討した。 表1 EIT研修参加者全体の平均点の差 参加者全体43名の結果として全ての質問紙において効果が認められた。 表2 EIT研修参加者(精神障害)の平均点の差   障害種別で精神障害の参加者27名について抑うつとマインドフルネスと脱フュージョンについて効果が認められた。AAQについては有意差は認められなかったものの、得点は上がっており、有意傾向の見て取れる範囲であった。データ数がもう少し増えれば、差が出る結果になったと考えられる。 表3 EIT研修参加者(発達障害)の平均点の差   障害種別で発達障害の参加者14名についてすべての項目で効果が認められた。 (2)研修後の就職率について 研修参加者のEIT研修参加後の就職率について43名中返答が帰ってきている24名について結果をまとめた。内訳として女性8名、男性16名である。結果は研修後何か月で就職に至ったのかをまとめている。退所になってしまった人もいるが、研修後1年以内に就職した人は半分を占めており、EIT研修の効果として就職率にも影響を与えているのではないかと考えられる。 図3 研修参加後から就職までの期間 5 考察 以上の結果よりEIT研修を行うことで、抑うつ感は減り、心理的柔軟性は高まり、マインドフルネスの状態も高まり、脱フュージョン状態も高まったことが示された。障害種別の調査においても精神障害と発達障害でほとんど差のないことが明らかになった。 また就職率についても研修後1年以内に就職している人が半数いることから、研修を通じて自身について知り、体調管理の方法を知ることで、勢いをつけて就職に向けて進んでいくことができたのではないかと考えられる。これは前回の調査と比較しても短期での就職した人の割合が増えていることがわかる。 6 今後の展望 現在調査期間内にEIT研修に参加した人について、その後の就職についても調査を続けている。ポスター発表時にその結果を含めたいと考えている。また2020年9月には試験的にリモートでのEIT研修を実施する予定である。主にZOOMなどを使い、一対一のサポート行う方法を検討している。これがうまくいくようであれば、当社に来ることが可能な人だけではなく、幅広い人に研修を提供することが可能となるだろう。また最初に述べたような頻繁に外出の難しい障害を持った人に対しても、研修の参加を勧めることができ、リモートワークでの可能性を広げることにつながると考えている。 【参考文献】 1)職業リハビリテーション学会 「就労移行期の障害者向け研修プログラム」佐藤文弥(2017) p.106 元気回復行動プラン(WRAP)を応用したセルフマネジメントツールの開発 ○玉瀬 恵(東京都ビジネスサービス株式会社) 大場 秀樹・小島 理奈(東京都ビジネスサービス株式会社) 1 はじめに 障がい者が自分自身について理解を深め、適切な生活管理などを行う際に活用できるツールとして、元気回復行動プラン(Wellness Recovery Action Plan : 以下「WRAP」という。)1)がある。当社では、WRAPの考え方を基に、就業する障がい者がセルフマネジメントに取り組み就業可能な体調を自分で維持できることを目指す「セルフマネジメントツール」を開発した。 なお、本論文におけるセルフマネジメントとは、「感情や気分の浮き沈みをコントロールしたり、日常生活管理・服薬管理などをしながら、不調にならないための予防や調子を崩しそうな時の対処をすることで、就業可能な状態を維持できること」とする。 2 セルフマネジメントツールについて 当社のセルフマネジメントツール(以下「ツール」という。)は、障がいのある社員が自分の体調(調子がいい時・悪い時に心身に表れるサイン)や、調子を崩してしまいやすいきっかけ、自分に合ったセルフケアなどについて自己理解を深め、自分自身の体調を整えたり不調サインに対処するスキルを向上させ、就業可能なコンディションを維持できるようになることを目的として開発した。運用に際しては、①導入研修、②記入シートを用いたワーク、③日々の体調や実行するセルフケアを現場担当者に共有すること、の3点を主軸とする。 (1)導入研修 導入研修では、セルフケアの必要性について等の基本教育を含め、なぜセルフマネジメントに取り組むのかという目的を示す。その後、シートの活用方法や、日々の体調報告の仕方などについて伝える。 (2)シート シートは、調子のいい時/注意が必要な状態の時/調子を崩した時について、段階的にどのような状態となり、心身にはどのようなサインが表れるのかを記入する項目を設けている(図1)。また、それぞれのサインが表れた時にはどのようなセルフケアで対処するかをプラン立てする項目が並ぶ。その他、調子を崩すきっかけになりやすい出来事(状況、環境)はどんなものかや、自分に合ったセルフケアを記入する項目も設けている。記入用シートに加えて、記入例や、多種多様なセルフケア方法を載せた参考資料等も配布する。 (3)共有 朝礼や日報提出等の際に、障がいのある社員から現場担当者へ、その日の体調とセルフケアを共有する機会を設ける。毎日実施することで、自分の体調のモニタリングを習慣化するとともに、セルフケアに取り組む動機付けとして機能する。 図1 使用するシート 3 導入事例 (1)対象 当社で勤務する障がいのある社員6名(女性3名、男性3名)を対象に、ツールを導入した。対象者6名のうち、就労移行支援事業所等の就労支援機関において体調管理やセルフケア等について学んだ経験があった者は2名だった。 (2)方法 最初に、対象者6名の介入前の状態を知るために、シートの配布や導入研修を行う前に、従来より毎日の就業時に提出している日報の備考欄に、必要事項を追記する作業を2週間実施してもらった。日報備考欄には、その日の出勤時・退勤時の体調を10段階で評価した数値と、前回の日報提出時から新しい日報を提出するまでの1日間でオフィスや自宅で実施したセルフケアを記載するよう求めた(図2)。2週間経過後に、シートを配布して導入研修を実施し、セルフケアの必要性などの教育と、シートの記入方法等の説明を行った。導入研修には対象者の支援を担当する社員にも同席してもらい、教育や説明の内容について共通の理解を得られるようにした。研修の時間内でシートに記入する時間を15分程度設けたが、導入研修後も、空き時間などを利用してシートの追記・修正を行い、自分に合った p.107 セルフケアプランを立てるよう伝えた。また、日報備考欄で報告していた内容は、導入研修後も引き続き報告するよう求めた。 本研究では、導入研修前の2週間と、導入研修時、導入研修から1か月後の、日報備考欄での報告内容およびシートの記入内容を比較し、ツールの導入効果について検討した。 図2 日報備考欄の報告内容の例 (3)結果 対象者である6名全員が、日報にて毎日欠かさず体調とセルフケアについて報告した。体調については、導入研修前と後では、いずれの対象者も大きな変化は見られなかった。 実践したセルフケアの報告については、導入研修前の2週間では、最も少なく報告した人(以下「Aさん」という。)で一日平均0.18個、最も多く報告した人(以下「Bさん」という。)では一日平均6.88個と、個人によって大きく差が開いた。導入研修後の1か月間では、Aさんは一日平均0.41個で、Bさんは一日平均3.95個だった。 また、ツールの導入研修の1か月後に、対象者へのアンケートと、対象者の支援を担当する社員へのインタビューを行った。対象者に対しては、ツールの導入によってセルフケアに取り組むことが増えたかや、体調や気持ちに変化があったかを尋ねた。支援担当の社員に対しては、ツールの導入前後で、客観的に見た対象者の変化や、支援内容に変化があったかなどを尋ねた。その結果、対象者へのアンケートでは、「自分に合ったセルフケアが分かるようになりましたか?」という質問には6名中5名が「以前よりも少し分かるようになった」あるいは「以前よりもかなり分かるようになった」と回答した(表)。また、セルフケアに取り組んだことによる変化について、全員が「自己理解が深まった」と回答した。その他、自由記述の感想では、「どのようなセルフケアが自分に合っているのかや、以前からやっているセルフケアは正しいのかなど、自分に対する理解が深まった。それにより、調子が良いときは維持できているし、注意が必要な時は早めに手を打てているから、やってよかったと感じている」、「日報の備考欄に記入していることを毎日実行すれば、業務に集中できることが分かりました」といった感想が得られた。 表 対象者へのアンケート結果 支援担当の社員へのインタビューでは、「不調だなと自覚するだけの段階から、対処まで(自分で)やれるようになった」、「自分で解決できることが増えた」、「どんなセルフケアをしてるのかが見えるようになったので、自分で対処できているなとか、そのセルフケア意味あるのかなとか、確認できる。管理はしやすくなったと思う」といった感想が得られた。 (4)考察 導入研修から1か月間では、体調の数値に大きな変化は見られなかったが、これは、導入研修前の2週間で著しく不調な状態となった人がいなかったため、導入研修後も安定した状態を維持したものと考える。ただし、強い疲労感など報告するケースは、導入研修後も複数の対象者で時折見られていたため、長期的にセルフケアに取り組むことでそのような不調も軽減することができるようになれば、数値上の変化も表れる可能性が考えられる。今後、より長期での観察を行い、体調の数値上に変化が見られるかを確認していきたい。 セルフケアの報告数について、Aさんのように導入研修前にセルフケアのレパートリーが少なかった人では、ツールの導入後には数を増やすことができた。また、Bさんの場合、セルフケアの報告数が導入研修前よりも後のほうで少なくなったが、これは日報でセルフケアの報告を始めたことでセルフケアに取り組むことが動機付けられ、継続するにつれて効果的でないと判断したセルフケアを実施しなくなったことによる推移であると考察された。 4 まとめ 本研究では、ツールの導入による、安定した就業状態の維持効果について検討した。その結果、対象者の自己理解促進に一定の効果が見られ、自分に合ったセルフケアを理解するのに効果的であることが示唆された。今後も長期的な効果検証により、安定した就業状態の維持への効果を検討していきたい。 【参考文献】 1) Mary Ellen Copeland著, 久野恵理 訳『元気回復行動プラン WRAP』,オフィス道具箱(2009) p.108 発達障害者の運転免許取得におけるソフトスキル面に対するアセスメント開発の試み ○高橋 幾 (早稲田大学大学院 教育学研究科 博士後期課程2年) 梅永 雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院) 1 問題と目的 自閉スペクトラム症者(以下「ASD者」という。)は、就労においてソーシャルスキル、コミュニケーション、感覚的な問題の影響が指摘されており(Hurlbutt & Lynne Chalmers,2004)、また「求人応募のプロセス」「新しい仕事への適応」「コミュニケーション」「同僚上司との関わり方」など、仕事そのもののスキル以外の課題を抱えることが指摘されている(Muller et al.,2003)。これらのスキルは、職業リハビリテーションの専門用語では「ソフトスキル」と呼ばれている領域である。 発達障害者の運転免許の取得においても、教習所での技能や学科といった教習そのものへの対応に加えて、ソフトスキルの問題がある(梅永,2017)。Tyler(2013)は、アスペルガー症候群の人たちの社会性の障害が、指導員へ誤解を生み、コミュニケーション不足につながる可能性を明らかにしている。高橋(2019)は、ASD者の就労場面におけるソフトスキルのアセスメントにおいて有効とされるTTAPを参考にして、発達障害者の運転免許取得支援を行っているK自動車教習所の職員へ聞き取り調査を行った。その結果、運転免許取得において支援が求められるソフトスキルは、就労場面で問題となるスキルと重なっていることを報告し、また、教習所でしか発生しないような場面でのソフトスキルについて検討していく必要性を述べている。 本研究では、高橋(2019)で示された発達障害者の運転免許取得において支援がもとめられるソフトスキルについて整理を行い、実際に運転免許取得をめざす障害のある学生に対するアセスメント(TTAPを教習所版にアレンジしたKDTAP)として運用することで、以下の2点を明らかにすることを目的とする。①教習所での実態に合わせた支援によるソフトスキルの向上。②発達障害傾向のある学生の実態に合わせた、ソフトスキルへのアセスメントの必要性。 2 方法 (1)期間 20XX年1月から20XX年3月  (2)対象者情報 名前:ケンジ(仮名)、性別:男性、年齢:18歳、診断:軽度知的障害。 特別支援学校卒業後は食料品販売店での就労が決まっている。コミュニケーションの困難さや、指示を字義通り受け取るなどASD傾向がみられた。教習所では自習することができないため、テストの得点向上が課題となっていた。具体的には課題を複数ページ指示しても表のページのみ実施して待っている、複雑な表現の理解が苦手、答え合わせができないなどであった。4月から仕事が始まるため、焦りが見られていた。 (3)場所(K自動車教習所) K自動車教習所では、発達障害者の自動車免許取得に対する支援プランを行っている。学習や日常生活などで特性に合わせた支援を行い、参加者277名のうち、254名(91%)が免許取得に至っている。参加者の平均IQは76.8で、診断は多い順にASD者が32%、知的障害者が29%、知的障害をともなうASD者が11%であり、ASD者、知的障害者、知的障害を伴うASD者が全体の7割を占めている。 (4)測定用具「K自動車教習所移行アセスメント(K Driving School Transition Assessment Profile,以下「KDTAP」という。)」 高橋(2019)は、職員への聞き取り内容をTTAPアセスメントのCRSの項目を参照にして分類整理した。TTAPとはASD者に特化した就労アセスメントとして米国ノースカロライナ州TEACCH Autism Program で開発された検査で、基本的には学校から成人生活への移行(ITP)のためのアセスメントであり、日本では、移行支援事業所や継続支援事業所B型などから就労現場へ移行する際の指導指針を得るためにも使用できる(梅永,2016)。 TTAPを参考に抽出された、「運転行動」「機能的コミュニケーション」「自立機能」「対人関係」「環境・感覚要因」「感情特性」の6領域の項目について、担当職員への聞き取り調査を行った。TTAPと同様に各質問項目に対して自立している場合は「合格・P」、支援があれば自立してできる場合は「芽生え・E」、常に支援や配慮が必要である場合は「不合格・F」の3段階で評価することとした。回答の中で、結果が重複する内容を整理したところ、6領域42項目に整理された。 (5)手続き ケンジの教習生活におけるソフトスキル面での変化を測るために、事前(2月)と事後(3月)でKDTAPによる調査を行った。ケンジの担当職員に回答を依頼し、得られた回答に対して、第1著者が再度聞き取りで確認を行った。 (6)具体的な支援の概要 事前のKDTAPより、コミュニケーションや対人関係に苦手さが予測され、その影響からケンジの困っていること p.109 について、細かく情報を引き出せていないことが確認された。そこで、コミュニケーションに配慮するため、自習での困り感について情報を視覚的に整理しながら聞き取りを行った。その結果「(自習では)どこをやればいいかわからなくなるので教えてほしい」、「わからない問題があると不安になるのが、教えてもらいながらであればできる」という要望が聞き取れた。要望に合わせて、自習内容については具体的にページや内容を指示し、自習時に担当職員がより細かく採点や説明を行うこととした。   3 結果 (1) KDTAPの結果 KDTAPの結果を表に示す。 表 KDKTDATPAのPの結結果果① 2月の結果では、合格(P)が23、芽生え(E)が13、不合格(F)が6であった。運転中の行動面に対する「運転行動」や基本的な生活スキルである「自立機能」は合格(P)が多く、一方で、「機能的コミュニケーション」や「対人関係」では芽生え(E)や不合格(F)が目立つ結果となった。また「自立機能」での不合格(F)は「自習ができる(適切な学習内容を選べる)」であった。 免許取得後(3月)では、合格(P)が36、芽生え(E)が6、不合格(F)が0となり、K自動車教習所内における活動に適応している可能性が示されている。課題であった自習は、「不合格(F)から支援があれば自立できる芽生え(E)に変化している。特に変化が見られた、「機能的コミュニケーション」と「対人関係」の結果を図に示す。 (2) 学習への取り組み・免許取得 対人関係・コミュニケーションの課題に配慮した支援を行ったことで、学習活動に従事することができ、教習所および本試験での試験を合格し、運転免許を取得することが出来た。本試験での学科試験は1度の試験で合格した。 4 考察 KDTAPの結果から、運転免許取得という活動が、障害のある学生のソフトスキル面の向上に寄与している可能性が示されている。免許取得という明確な目標に対して、変 化の少ない環境の中で、具体的な場面を通して練習していくことで向上したと考える。ソフトスキル面での課題は、就労にも共通するものであり、教習のような意欲を維持できる目標設定のもとで、環境面に配慮した支援を行うことが重要である。学習面での課題については、KDTAPアセスメントを行い、ケンジのソフトスキル面の課題を領域ごとに把握し、対応できたことで成果につながった。教習におけるASD者のコミュニケーションの困難は指摘されており(Tyler,2013)、本事例においても、問題の要因になっていたと考えられる。視覚的なコミュニケーションを用いて、ケンジの要望を引き出すことが、学習や教習生活における支援につながったと考えられる。 【倫理体配慮】 本研究は、個人情報及び倫理面に配慮し行った。本人と保護者には、研究・発表について書面による合意を得ている。また、K自動車教習所の代表取締役から許可を得て実施している。 【引用文献】 1)Chapman, M., Thomas,J・B., Mesibov,G., Schopler,E. (2007): TTAP: TEACCH Transition Assessment Profile (2nd ed.). Austin,TX:Pro-ed. 2)Hurlbutt, K., & Chalmers, L. (2004). Employment and Adults With Asperger Syndrome. Focus on Autism and Other Developmental Disabilities, 19(4), 3)Muller,E., Schuller,A. Burton, B.A., and Yates, G.B. (2003). Meeting the vocational support needs of individuals with Asperger Syndrome and other autism spectrum disabilities, Journal of Vocational Rehabilitation,18,163-175 4)Tyler, S. (2013). Asperger’s Syndrome: The implications for driver training methods and road safety. 24, 9. 5)髙橋 幾・梅永 雄二(2019).発達障害者の運転免許取得におけるソフトスキルへの支援について LD学会第28回大会論文集. 6)梅永 雄二監修.著(2016).「よくわかる!自閉症スペクトラムのための環境づくり 事例から学ぶ『構造化』ガイドブック」株式会社学研プラス 7)梅永 雄二(2017).発達障害者の教習支援マニュアル 一般社団法人 全日本指定自動車教習所協会連合会. p.110 レジリエンス力に着目した就労支援について〈2〉~「体験学習で利用者が学んだこと」~ ○青塚 幸 (特定非営利活動法人アシスト 就労移行支援事業所Conoiro 就労支援員) 明井 和美(特定非営利活動法人アシスト 就労移行支援事業所Conoiro) 1 はじめに 就労移行支援事業所Conoiroでは、メタ認知トレーニングやアサーションといった認知行動理論に基づいた内容のプログラムを中心に、様々なトレーニングプログラムを日々提供している。これは昨年の職業リハビリテーション研究・実践発表会において発表した『レジリエンス力に着目した就労支援について~振り返りから次へ~』(明井2019)でも述べているが、Conoiroでの支援において、障害者が長い職業人生を主体的に生きていくためには「レジリエンス力」を築き高めることが重要であるという考えが軸となっている。 今回は、Conoiroで行ったプログラムの中で、特に効果を実感できたものについて取り上げ、体験学習プログラムを通じて利用者がどんな学びを得たのかを中心に考察していくとともに、体験学習の循環過程の今後の活用について検討する。 2 Conoiroについて Conoiroの運営母体は2012年より設立した特定非営利活動法人アシストである。利用者層は、障害種別では精神疾患・発達障害・知的障害が比較的多い。昨年度に比べ、就労経験がない・少ない20代の利用者が増え、それに伴い全体として平均年齢が下がってきている。 3 プログラムの概要 (1)体験学習について 体験学習とは、K.レヴィンが提唱した「Tグループ」と呼ばれる学習形態が始まりとされている。また、D.コルブは体験学習の効果をより高めるため、体験学習モデルを提唱している。これは、体験学習の循環過程として①具体的な体験をし、②そこで起こったことをふりかえり、③なぜ起こったかをわかちあい、④次にどうするかを試みる、という4つのステップを循環して行うことを指す。 今回のプログラムはこの体験学習モデルをもとに実施した。 (2)概要 このプログラムは「観光大使になろう!」と題し、チームに分かれ担当する都市の魅力についてプレゼンする、というものである。体験学習の循環過程を取り入れ、第1回目、第2回目と続けて行った。 (3)背景 「観光大使になろう!」が企画された背景として、新型コロナウイルスの流行がある。このプログラムを実施したのは4月下旬であり、2月末に北海道独自の緊急事態宣言が発令されてからおよそ2ヶ月。北海道と札幌市による緊急共同宣言が発表された時節である。行動範囲が大幅に制限されConoiroの利用者も少なからず閉塞感を感じていた。そんな中、少しでも旅行のような気分を味わい、この時期をポジティブに乗り切ることが出来たらと考え、体験学習プログラムとしての実施に至った。 (4)体験学習として実施するねらい Conoiroで提供しているプログラムは認知行動療法理論のエッセンスに基づいて作成されたものが多く、利用者自身がある程度内容を理解するために、知識の伝達に重きを置いた座学形式、つまり利用者にとってインプット型のプログラムになりやすい。インプットで得た知識が自分に身に付いているのかを確かめるためには、実際に試してみること、つまりアウトプットが必要である。樺沢2)はこうしたインプットとアウトプットの相互作用が自己成長をもたらすと述べている。Conoiroでも同様に考えており、インプット型のプログラムとアウトプット型のプログラムをバランスよく取り入れる事としている。 さらに、今回は体験学習の循環過程に基づいてプログラムを行うことで、利用者自身のより主体的な学びと課題を自覚したうえで乗り越える体験につながることをねらいとしている。 4 第1回目の実施 (1)導入 このプログラムのねらいやチームでのプレゼン(ワーク)で必要となる力について教示している。 (2)プレゼンする都市の選定 プレゼンする都市の選定には、ワールドカフェ方式を採用した。これは、プログラム時の利用者層として積極的に発言するタイプが少ないこと、障害特性などによりイメージを膨らませることが難しい利用者も一定数いることから、ワールドカフェ方式の特性を利用し、話しやすい環境を設定することで、利用者自身がなるべくイメージを膨らませやすくなりアイデアを出しやすくなるのではないか、と考えたためである。 p.111 (3)チーム編成 チーム分けは利用者自身の希望を募った。2人以上になるよう調整したものの、ほぼそのまま採用した。結果として「長崎」「仙台」「大阪」「福井」の4チームに決定した。 (4)課題と成果 第1回のプレゼンを通して、チームごとに課題や成果がみられた。特に、「仙台」チームは適切な自己発信や集団での協調といったところに課題を感じているメンバーが多く、連携がうまくとれなかったことから第1回の終了時点で消化不良を感じていた。 (5)振り返り 〇全体での振り返り 全チーム発表後、全体で率直な感想を共有している。 〇個別での振り返り 個別の振り返りでは、利用者が自身の課題に気付き、次はどうするかを利用者主体で考える時間となるように促すことで、第2回目で課題に向き合い、乗り越える動機づけとなった。 (6)第1回目実施における反省点 利用者の希望をもとにチーム編成を行ったことで、チームメンバーの人数やチームごとのPCスキルに偏りが生まれてしまった。 5 第2回目の実施 (1)第1回目との相違点 第1回目実施の反省点をふまえ、部分的に条件を変更・追加したうえで第2回目を実施した。以降、第1回目と区別するため、チーム名の末尾に「´」をつけることとする。 (2)導入 今回は、第1回目の導入と異なり「なぜもう一度プレゼンを行うか」について、体験学習の効果やその循環過程についても説明し動機づけを行った。 (3)経過 第1回目の振り返りによって自身の課題が明確になったことで、どのチームも、利用者ひとりひとりがより主体的にプログラムに取り組んでいた。消化不良を感じていた「仙台´」チームは、それぞれが能動的に自身の課題に取り組んだ結果、笑い声の絶えない準備期間を経て発表に臨むことが出来た。 (4)発表 発表ではチームメンバー全員でタイトルを読み上げるなどの工夫がみられ、それぞれが課題を乗り越えチームとして参加できたと実感することができた。 (5)振り返り 第2回目終了時は全体での振り返りのみとし、代わりに職員より一人一人今回の取り組みについてフィードバックしている。 6 プログラムによって利用者が得たもの 全2回のプレゼンを通じて利用者が得たものは人によって様々であるが、「仙台´」チームの取り組みは特に体験学習の循環過程に則って行った効果があったといえるだろう。   実体験をふりかえることで「仙台´」チームのAさんは「自分の意見をなかなか伝えられなかった」、Bさんは「自分の意見を押し通しがちだった」という課題を自覚し、第2回目を直ぐに行うことで、課題に取り組む場ができた。そして本人たちが課題を乗り越えた結果、チームの発表はより充実した内容となり、メンバー自身の実感として達成感や充実感を得ることにつながった。 7 考察 今回のプログラム実施におけるポイントは、体験学習後に個別に振り返りを行い、利用者が自身の課題について自覚すること、振り返りによる課題解決へのモチベーションが低下する前に実践の場を設けたことであると考えられる。体験学習の循環過程をより日常的かつ効果的に活用していくことが出来れば、就労移行支援期間での支援に要する期間を短縮していくことが出来るのではないかと考えられる。また、利用者自身が体験学習の循環過程を理解し活用していけるようになれば、就職してからも自分で課題に気付き、乗り越えていける力が身に付くのではないかと考えられる。 8 今後の課題 今回の体験学習プログラムは、レジリエンスの向上に効果的であることが分かった反面、けして余裕があるとはいえない人員で日常的に継続していくことは難しい。そのため、今後は効果を損なわないよう留意しつつ、より簡易的な活用を模索していく必要があるだろう。 【参考文献】 1)鯖戸善弘「コミュニケーションと人間関係づくりのためのグループ体験学習ワーク」,金子書房(2016) 2)樺沢紫苑「学びを結果に変える アウトプット大全」,サンクチュアリ出版(2018) 3)明井和美『レジリエンス力に着目した就労支援について~振り返りから次へ~』,第27回職業リハビリテーション研究・実践発表会(2019) p.112 食事評価・労働効率換算表を用いた身体障害者の労働生産性、就労支援創出の研究 ○田代 雄斗(京都大学大学院 医学研究科 人間健康科学系専攻 プロジェクト研究員) 青山 朋樹(京都大学大学院 医学研究科 人間健康科学系専攻) 1 背景 生きていく事の“糧”は文字通り“食事”と“労働”て゛ある。「働くために食べる」「食べるために働く」という双方向性の行動は健常者においては無意識に行われており、両者の関連性は想起しやすい。しかしながら障害者に対するリハビリテーションは筋力や可動域の改善、 食事などの日常生活動作改善、就学、就業などの社会生活活動の改善といった段階的プログラム構成になっている。 これは歴史的に国際障害分類で記されている疾病→機能障害→能力障害→社会不利の階層構造に則ってプログラムが組み立てられてきたためである。この一方向性の概念やリハビリテーションの改善のために国際生活機能分類の概念が普及してきたが、“食事”と“労働”のセクションの連続性は検討されてこなかった。かたや身体障害者の採用においては身体障害者等級などが参考にされるが、企業の採用担当者にとって具体的な作業をイメージしにくいことから、採用後の技能判定によって作業能力の判定を行っているのが現状である。 そこで本研究においては食事動作指標と作業能率指標を用いて、食事能力及び作業効率を可視化し、さらに両者の相関関係を明らかにする換算表を開発することで、身体障害者の食事動作、作業効率の向上を促進すると共に就業を促進することを目的とする。 2 方法 本研究は上肢の機能障害を有する者を対象とした横断研究である。リクルートは上肢機能の障害を有する者が多く働く特例子会社にて行った。本研究は京都大学の医の倫理委員会において認可されている(R1612)。対象の基準は、①上肢機能を有する者、②脳血管障害を有するものとした。また除外基準としては、①両側ともに手指・上肢の不随がある者、②重篤な神経障害がある者、③重篤な心疾患を有する者、④重篤な認知機能障害を有する者とした。 評価項目は(1)基本情報、(2)食事動作アンケート、(3)上肢機能障害の評価はFugl Meyer Assessment(以下「FMS」という。)、(4)作業能力指標の評価はGeneral Aptitude Test Battery(以下「GATB」という。)とした。 (1)基本情報 年齢、性別、既往歴、利き手を自記式アンケートにて調査した。 (2)食事動作アンケート 本アンケートは整形外科医、理学療法士、特例子会社のマネージャーと共同で作成された。上肢機能障害者の作業を見ながら動作分析を行い、作業動作と近しい食事動作を抽出した。そしてその食事動作から上肢機能を推定し点数化するアルゴリズムを独自に作成した。 アンケートの項目としては飲み物、主菜、副菜、汁物において福祉用具や一般的な道具などを用いるといったバリエーションをもたせて項目を選定した。それぞれの食事メニューの食べ方について、「できる/できない」「している/していない」のそれぞれどちらかに○をつけてもらう形とした。「できる動作」と「している動作」について、 できるは時間が十分にあり、自分ひとりでゆっくり食事ができる場面で、他人の目を気にせずに「頑張ったらできる」努力を伴う動作、 しているは他人と外食をする時など、食事時間やマナーの制約がある場面で、比較的努力せずに「普段している」動作と定義した。 食事アンケートの回答結果に応じて、右手・左手それぞれで手指・腕・体幹の機能を数値化換算した。手指・腕・体幹の詳細な分類は手指においては握る、ひねる、位置合わせ、つまむ、固定する、腕においては伸ばす、運ぶ、押す、引く、体幹においては、座り姿勢保持、右方向・左方向・上前方向に手を伸ばす、とした。 質問の方法として、「できる/できない」「している/していない」それぞれに○をつける方法としているため、回答の種類としては以下の3種類となる(できない - しているという回答は存在しない)。 2:できる - している 1:できる - していない 0:できない - していない 以上の3種類のうち、2が最も能力が高く、0が最も能力が低い状態でありそれぞれに対して点数の重み付けを行う。そして合計点数に対して80~100%をA、40~80%をB、0~40%をCとした。 (3) 上肢機能評価 FMAを用いて評価を行う。FMAは上肢、手首、手指、協調性の項目について評価を行う指標であり、各関節動作を分離して評価する。全部で33項目あり、それぞれの項目で0,1,2の評価を行うため、合計点数は66点となる。 p.113 (4)作業能力指標 GATBを用いて評価を行う。GATBには紙面評価と実技評価があるが、今回は実技評価を行った。専用の器具を用いて棒の差し込み及び上下の差し替え作業と、丸びょうと座金の組み合わせ及び分解作業の評価を実施した。  統計処理において食事動作アンケートの再現性に関しては、同被験者に対して1週間の期間を空けて2回の評価を実施してそのICCを算出した(SPSS version 20.0)。また食事動作アンケートとFMA、GATBにおいてはスピアマンの順位相関係数を算出した(JMP Pro version 12.2)。 3 結果 本研究においては16名の被験者を対象とし、その内10名に対して再現性のテストを行った。 再現性に関して、今回の結果としては全ての項目において再現性が確認された。ICCの結果は右腕で1.00(95%CI,1.00-1.00)、左腕で0.869(95%CI,0.526-0.969)、右手で0.994(95%CI,0.974-0.999)、左手で0.883(95%CI,0.570-0.972)、体幹で1.00(95%CI,1.00-1.00)であった。 相関に関して、食事動作アンケートとFMAにおいて、腕(r=0.858)、手(r=0.746)、手指(r=0.847)で相関が認められた。食事動作アンケートとGATBの項目については相関が認められなかった。また、FMAとGATBにおいても相関が認められなかった(図1、図2)。 4 考察 本研究において、食事動作アンケートの再現性が確認されると共に、食事動作アンケートとFMSに有意な相関があることが明らかとなった。しかし、食事動作アンケート及びFMAと作業能力指標であるGATBとの相関は認められなかった。 今回の研究において作成された食事動作アンケートは多くの人がイメージしやすい食事という動作で構成されており、上肢機能に障害があったとしても認知機能に問題がなければ認識を誤ることは少ないため、十分な再現性が確認されたと考えられる。また、食事動作アンケートとFMAの相関が認められたことによって、今回新たに作成したアンケートで上肢機能を推定できる可能性が示唆された。今回の研究では食事の動作から上肢機能を推定するアルゴリズムは相談の上で作成された為、実際の機能と誤差が生まれる可能性もあったが、一般的に研究においても用いられているFMAとも相関が認められたことは意義のある結果であると思われる。 しかし、食事動作アンケート及びFMAとGATBに関し 図1 手指機能における相関 図2 腕機能における相関 ては相関が認められなかった。これはGATBの指標がテク ニックやスピードの要素が含まれるものであることから単純な可動域や筋力が主である食事動作アンケートやFMAとは相関が認められなかった理由であると考えられる。 本研究によって作成された食事動作アンケートは簡易的に上肢機能を評価できる指標であることから、障害者雇用の推進を行う上でも未だ就労できていない障害者に対して用いることで新たな可能性も見いだせるものとなる可能性がある。今後現場における事例を積み重ねていくことでアンケートの指標の修正を行い支援の精度を向上させることが求められる。 p.116 テーマ7 就労支援機関の取組 就労移行支援事業所利用開始から一般就労定着支援までのACTを活用した実践発表 ○森島 貴子(社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター) 竹谷 知比呂・和泉 宣也・鈴木 浩江(社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター) 刎田 文記(株式会社スタートライン) 1 はじめに 社会福祉法人 釧路のぞみ協会 自立センターでは、平成29年度より株式会社スタートライン(以下「SL」という。)の協力を得て、精神障害や発達障害のある利用者に対して、Startline Support Systemにて、アクセプタンス&コミットメント・セラピー(以下「ACT」という。)を活用した心理的柔軟性の向上を促進するサポートに取組んでいる。 本発表では、就労移行支援事業所利用開始から一般就労定着支援までのACTを活用した2事例を発表する。 2 事例1 (1)本人の概要 A氏【47歳の男性、躁うつ病(精神3級)】 地元の高校卒業後就職。11年勤務するも人間関係を理由に退職。その後も離転職を繰り返している。平成24年12月に子どもの誕生と仕事のストレスが重なり発病。 (2)就労移行支援事業所利用開始時の様子 週3回、午前利用から通所を開始し、ACT開始当初は、苦手意識が強く、「『~しなければならない』という気持ちを持ち続けないと生活が成り立たない。自分はしなければならないことができていない。」との発言も多く、自分ルールを持つのは当たり前の事と捉えていた。Qスケールを見ると、ライフ・イベントにより体調が不安定になりやすいことや、自分ルールに支配されすぎて自分を大切にできていないという課題が見えてきた。 (3)ライフ・イベント 図1の①の頃、A氏の父親の病気が判明し、それに前後してA氏の子どもがいじめにあうなど、家族や自分自身の問題が噴出し、精神的に落ち着かない日々が続いた。家にいると落ち込みが出てくる様子なので、毎日通所していただくようにし、生活リズムを整えることを優先してもらった。 また、エクササイズの理解に苦しんでいたため、支援員がご本人の実体験に基づいてかみ砕いて説明するなどの支援を行った。 図1の②の頃、SL研究員に来釧していただき、より深くACTを理解してもらえるよう個別面談を実施した。その頃より、支援員との面談でもACTへの理解が垣間見えるようになってきた。エクササイズについても、A氏の知って 図1 Q スケール推移表 いるアニメに置き換えてイメージすることができるようになった。 図1の③の頃、父親が逝去し深く落ち込むことがあった。 毎日、ACTのエクササイズを実施し、その都度感想を聞き、A氏の感情を整理していくことに努めた。 本人もこの時期には、「マインドフルネスを聞くとリラックスする。」と話し、自ら積極的にACTのエクササイズに取り組むようになっている。 (4)セルフ・コンパッション 自発的にACTに取り組むことができるようになった頃より、セルフ・コンパッションに取り組んでもらうようにした。A氏の「価値」は『家族に愛情を注ぐこと』だったので、家族を思いやる気持ちと同じように自分を大事にすることを助言。自分を抱きしめる行為を促すと、利用当初は抵抗を示したものの、徐々に涙を流し受け入れることができるようになった。 (5)まとめと今後の展望 A氏が真摯に自分と向き合いACTを継続してきたことで、理解度が増し精神的にも前向きに考えられるようになってきている。 オリンピック開催時期までには就職したいと話されてい p.117 たが、オリンピックが延期になり、支援員は落ち込むことを予想していた。しかし、家族からも「ゆっくり探せるね。」と言われ、「今、就職を焦るより、来年までじっくり自分と向き合いながら就職を探していきたい。」と意欲を持ち話してくれている。 また、ライフ・イベントによって、精神的に不安定になることがあるが、毎日ACTに取り組むことで本来の症状が悪化することはなくなったため、今後、就職活動を本格化していく予定である。 3 事例2 (1)本人の概要 B氏【48歳の男性、統合失調症(精神2級)】 地元の進学高卒業後、本州の大学に進学。卒業後同大学の大学院に進学したが、不眠から幻聴幻覚が現れ、統合失調症を発病、大学院を中退し帰釧する。自殺未遂等で入退院をくり返す。 平成25年より就労継続支援B型事業所の利用を開始し、常に幻聴幻覚はあるが、症状が安定していたため、平成28年2月より釧路のぞみ協会自立センター(以下「当センター」という。)で運営する就労移行支援事業所の利用を開始した。 就職を前提とした実習を経て、平成30年10月、市内のスーパーに一般就労し、就労当初はジョブコーチ支援を、現在は就労定着支援事業のサービスを受けながら就労している。 (2)本支援の概要 トライアル雇用期間を半年に定め、就労開始から1年間はジョブコーチ支援を、その後就労定着支援に切り替えになった。就労定着支援の主な支援方法は、当センターで行う本人との面談が中心だが、必要に応じて事業主にコンタクトを取る。面談だけでは把握できない本人の状況を本人や支援者が理解するために、文字による相互交信が可能なツールを使っている。Qスケールと呼ぶ7つの尺度による心理状態アセスメントを月一回実施・自動集計、ヘルスログと呼ぶフリーワード入力形式の相談やり取りを通じて、本人の状態をより正確にアセスメントし、実支援に活かしていった。以下、注意を要する情報を記載し、分析していく。 (3)注意を要するアセスメント 指導役リーダーの転勤、減薬の実施、圧の強い先輩の復帰など、就労継続を脅かすいくつかのトピックがあったが、そのたび本人からは「気持ちは前向きです」という返答が多かった。よって、図2および表が示す内容も正確なアセスメントのために必要であった。 図2 BDIベック抑うつ評価尺度 表 ヘルスログ上の恐怖・不安に関する相談内容と件数   図2では、本人が感じていない、もしくは言葉では表現し切れない抑うつ傾向を知るために、月一回本人が自宅で入力し、抑うつの度合いを自他が客観的に知るものだが、自身が調子良いと感じた時にのみ入力する習慣になっており、必ずしも本人の状態を客観的に表す結果にならなかった。 次に、本人が支援者に対して自由にメッセージを書いたり相談したりできるヘルスログの内容を表に記載、アセスメントの参考にした。職場で起こった恐怖や不安につながることが予想されるトピックと、実際の不安出現には、強い関連性が見られている。 (4) 今後に向けて 統合失調症の陽性症状こそ以前とは変わっていないが、「職場に行くのは自殺です」というメッセージが本人から入るなど、頑張りすぎている本人に対して、支援者として「何か手立てを取らなければいけない」と感じ、事業所訪問している。支援者から、事業主へ期待されすぎている要求水準を低めてもらう働きかけを行い、その効果を検証している最中である。これが功を奏するか、今後もヘルスログ等で確認し、支援に活かしていく。 p.118 地方における就労移行支援事業のチャレンジと進捗状況、今後の展望について ○濱田 真澄(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ米子 所長) 村岡 美咲・松尾 亜紀(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ米子) 1 はじめに 地方における就労移行新事業所が閉所していく中で、鳥取県西部地域に於いては、2016年4か所あった就労移行支援事業所が現在は2か所となった。鳥取県全域でも中部3か所、東部3か所に減と衰退が明らかである。 当事業所では4年前に米子事業所を開設し、何故このような現状となっているのか? この状況を打破するには何が必要なのか?を考察して打開に向けて取り組んできた。 現在では、定員20名を超えるご利用を頂き、ご利用待機を頂いているという状況を生み出している。この間の取り組みの報告と今後の展望を述べたい。 2 クロスジョブ米子開設の背景 特定営利活動法人クロスジョブは、クロスジョブ堺を本社として現在7か所で就労移行支援事業を単機能で運営している。クロスジョブ米子は、2016年11月に日本財団と鳥取県が共同で取り組む「日本一のボランティア推進県」プロジェクトのうちの「働く障がい者の活動支援」の一環で、発達障がいや離転職を繰り返す就職困難な若者を対象にした就職訓練として「オフィス型ジョブトレーニングセンター」として開所した。(共同プロジェクトでは、今後5年間を目標にした「障がい者新規雇用1000人創出ロードマップ」を作成されており、この取り組みもその一環。) 訓練内容としては、従来クロスジョブが展開している訓練内容と同様だが、対象者が福祉サービスの枠組みに乗れない方(診断や手帳がなくても利用できる一般就労への準備訓練)が利用できる訓練として1年間の活動を経て、就労移行支援事業へと移行した。 3 「オフィス型ジョブトレーニングセンター」の取り組み (1)対象者  発達障害のある方や、離転職を繰り返す、就職困難な若者に特化。手帳をお持ちでない方が半数以上であり、これまで福祉サービスを利用されたことのない方がおよそ9割というスタートとなった。 (2)結果 相談件数74名、利用者総数16名、就職者総数7名。一般就労への準備訓練の中で、自己理解を創り、「働く人」に繋げることが出来た。 「オフィス型ジョブトレーニングセンター」の内容や手法を、鳥取県内3か所で研修会を通して鳥取県内の理解を図った。その後、「地方での一般就労」の火を消さないために、就労移行支援事業へと引き継いだ。 4 就労移行支援事業所「クロスジョブ米子」へ (1)地方の課題①(問題点) 大阪にある「クロスジョブ鳳」との開所3年間の稼働率の比較では、初年度は鳳事業所でも利用者が5割程度だったが、それ以降は右肩上がりとなっている。 一方米子では、5割を全て下回る結果となっており、都会と地方では、利用者に来ていただける状況が違っていることがわかる(図1)。 図1 グラフ:開所3年間の稼働率比較 (2)地方の課題②(支援の流れの違い) 都会と地方における支援の流れの違いでは、先ず都市部においては、本人や本人に係る機関から相談があったうえで、見学や体験に繋がるケースが中心だが、米子など地方においては、アウトリーチで繋がるケースが主となっている。当事業所がある地域に於いては、利用者が集まらないが故の就労移行支援事業所の休止が相次ぎ、現在は2か所まで減少している。この要因の一つとして、就労移行支援事業所そのものが、地方においては周知がされていない現状があるのでは?と感じ、訓練と同時にアウトリーチにも積極的に足を運んだ。 「クロスジョブ米子通信」を毎月作成し、月平均約40時間、74か所の地域の機関まわりをしてきた(図2)。 p.119 図2 関係機関分布図 4年目を迎えた現在、グラフの通り相談や見学、体験などの件数は徐々に増加傾向にある(図3)。 図3 利用人数比(開所3年間) 5 就労移行支援とリンクした一般職業訓練を開始 2017年、就労移行支援事業所に移行したが、その際に移行支援事業では「手帳や診断を持たない方の支援には対応できなかったことより、2018年に鳥取県の一般の職業訓練を受託し、就労移行支援事業との併設とした。これは、「公共職業訓練」を「就労移行支援事業所」と併設して事業に取り組むことで、働くために必要な自己理解を深めることを位置付けるものだった。2018年度には「D.S.ビジネス基礎科」を最終1名の方が終了され、2019年度には「ビジネス基礎科」を3名の方が終了された(図4)。 図4 D.S.ビジネス基礎科を修了されたAさんの訓練課程 地方では、手帳や診断を前提とした支援だけでは、就職困難者を支えることは出来ない為、一般の職業訓練を強化すべきと考える。 一般の職業訓練については、先ず現行の資格を中心としたプログラムだけではご本人の自己理解がすすまないため、本人の働きづらさを整理していくための個別対応と相談をタイムリーに行う仕組み作りが必要である。そして、そこまでの細かな対応が求められるにも関わらず、事業単価に反映されていないため、単価の見直しも必要だと感じている。 6 3年間の実践を踏まえた今後の展望 「クロスジョブ米子」は、就労移行支援事業に移行して2年と数カ月目の2019年1月に、定員20名のご利用を達成した。 以降、月平均3件の見学、4件の体験利用の受け入れを行い、現在は定員を超えての利用者と、利用待機者4名を抱える状況である。 事業開始より、地域の関係機関を丁寧にまわり、「就労移行支援事業」の周知を図ってきたこと、ご本人の気付きを得る訓練と面談の一体的支援を、それぞれの対象者にオーダーメイドで個別支援する体制を取ることで、「クロスジョブに行けば何か変われるかもしれない」という地域の信頼を得て来たと確信している。 全国的に地方における就労移行支援事業の存続が危ぶまれる中で、以下を提言として結びとしたい。 ①障がい福祉サービスの枠内にとどまるのではなく、雇用労働施策との連携を図ること。 ②障がい福祉サービスの中における就労移行支援サービスの周知を図るアウトリーチの取り組みを強化すること。出来ればそこには報酬の裏付けが必要。 ③就労移行支援事業が他の障がい福祉サービスとは違い、一般就職を目指す事業であるためより個別性の高い支援アプローチが求められ、これをサービスに徹底すること。 p.120 就労支援事業所における管理職の現状と課題に関する探索的検討-インタビュー調査から- ○大川 浩子(北海道文教大学 教授/NPO法人コミュネット楽創) 本多 俊紀(NPO法人コミュネット楽創) 宮本 有紀(東京大学大学院医学系研究科精神看護学分野) 1 はじめに 就労支援従事者が職場に定着し、キャリアを重ねるための一つの方法に、ワーク・エンゲイジメント(以下「WE」という。)を高めることが考えられる。WEは仕事にエンゲイジしている状態であり、情熱を持って働いている状態とされ、WEは本人および仕事の資源が相互に関係して高まるとされている1)。この仕事の資源の鍵である上司や組織はWEのみならず離職意向にも影響することが知られており、医療ソーシャルワーカーの離職意向に影響を及ぼす要因として、上司や部署の環境が既に報告されている2)。 そこで、今回、我々は就労支援事業所の組織や管理職の現状と課題を明らかにするために、管理職2名に対するインタビュー調査を行った。その結果についてテキストマイニングで分析し、検討した結果について報告する。 なお、本研究は本学の倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:01014) 。 2 方法 (1) 対象 対象は本研究への協力に関し書面による同意が得られた、就労支援事業所の男性管理者2名である。いずれも異なる地域(都市部)の事業所管理者であり、現在の就労支援事業所で初めて管理者、運営法人の役員となっている。その他の属性については表1の通りである。 なお、調査時点で、各運営法人が運営している福祉事業所は1か所であり、B氏の運営法人は福祉事業所の運営以外の事業も行っている。 表1 協力者の属性 (2) 手順 まず初めに本研究に関する説明と同意を書面で得て、基本情報に関するアンケートを記入してもらった。その後、インタビューガイド(表2)に従い、60分程度のインタビューを行った。インタビュー内容はICレコーダーで記録し、逐語録を作成した。分析についてはKHcoder3(フリーソフト)を用いて、テキストマイニングを行った。 表2 インタビューガイド 3 結果 各インタビューに関する文章の単純集計の結果は、A氏の総抽出語数は4639であり、B氏は5972であった。インタビューにおける頻出語上位10位までを比較した結果を表3に示す。 表3 上位10位まで頻出語 ※Cさんとは事業所内で主任的役割を持つスタッフの個人名 次に、協力者ごとの共起ネットワーク(同じ段落によく出現する語同士を線で結んだネットワーク)を作成した。その結果、A氏では「マネージャー業」「最初」「今」「出来る」で媒介中心性(それぞれの語がネットワーク構造の中でどの程度中心的な役割を果たしているかを示す)が高く、B氏では「自分」「働く」「職場」で媒介中心性 p.121 が高いことが示された。 上記の分析から管理職と関係のある言葉として、A氏の「マネージャー業」とB氏の「管理者」について注目し、共起ネットワークと語の使用方法を確認した。A氏の「マネージャー業」は、「Cさん」とよく共起しており、語の使用とでは「支えてくれたのはCさんが他の事業所で所長をしたことがあったんですね。だからマネージャー業というものをご経験されていたので」「支援がある程度流れつけたりとか、つつがなく過ごせるということと、マネージャー業務は別」「コンサルティングみたいなのがもし入ったらもう少し僕のマネージャー業とプレイヤー業の棲み分けとかをしやすくなったり」という形で用いられていた。また、B氏の「管理者」は「補佐」とよく共起しており、「支援業務も入れたら本当に、法人業務と管理者業務と支援業務とみたいな」「管理者と管理者補佐という役割がいるのですよね」「一緒に予算を組んでみたりとか、まだ1年も経ってないのですよね、管理者補佐になってから」「僕がもしここを管理者というところを少し離れるのあればそういう人選もしなきゃいけないなというふうに思っていますね」という形で使用されていた。 4 考察 今回の結果から、就労支援事業所の管理職における課題として以下の3点あげたいと思う。 (1)プレマネバランスの課題 A氏の「マネージャー業」に関する発言から、管理者が行うマネージャー業務と就労支援実践者の役割の違いと棲み分けの課題が考えられた。中原はプレイヤーからマネージャーへの移行期における5つの環境変化として、①突然化、②二重化、③多様化、④煩雑化、⑤若年化をあげている3)。この内、②二重化とはプレイヤーでもあり、マネージャーでもあることを指しており3)、今回のA氏の「マネージャー業とプレイヤー業の棲み分け」という言葉と一致すると思われる。この変化において、マネージャーとプレイヤーの各々として働く時間のバランス(プレマネバランス)をうまくとりながら仕事を進めることは簡単なことではないとされている3)。A氏は現事業所管理者となる以前より就労支援の実践者であり、現事業所の立ち上げとともに初めて管理者になったため、このプレマネバランスをとることが課題になったと思われる。一方、B氏は就労支援の実践者と管理者が同時期のスタートであり、さらに、次で述べる経営者の役割もあり、プレマネバランスよりも複数の管理的役割をこなす課題としてとらえていた可能性が考えられた。 (2)複数の管理的役割をこなす課題 A氏とB氏はいずれも事業所規模が小さいため、現場でのリーダーと管理者、加えて、運営法人役員という経営者という異なる複数の管理的役割を一人の人間が担っている状況である。リーダーはチームをまとめGOALを目指し、管理者は組織の理念や方針に従い、チームを効果的に導くものとされている4)。B氏の発言にもあるように、複数の異なる役割の業務をこなさなければならないことは管理職の課題の1つに考えられる。先のプレマネバランスの課題である就労支援実践者と管理者に、現場のリーダーと経営者の役割を加え、複数の役割(業務)のバランスとるということは、プレマネバランス以上に困難なことと思われる。 (3)次世代育成の課題 B氏の「管理者」に関する発言からは、管理職を支える存在や管理職の交代という次世代育成の課題が考えられた。B氏の運営法人では運営している福祉事業所は1事業所であり、法人内他事業所からの人事異動で管理職の交代はできない状況である。そのため、B氏が話していたように「管理職補佐」という役職をつくり、次世代の管理職を育てていく取り組みが事業所内で必要になり、近年になって取り組みが始ったと思われる。一方、A氏には主任的役割を担うCさんの存在が既にあり、さらに、Cさんが他事業所で所長を経験しているマネージャー業経験者であるため、A氏が支えられていると話していた。これらのことから、A氏はB氏よりも、次世代育成の課題は大きな課題になっていないと思われる。 なお、本研究では研究協力者が2名と大変少ないため、事業所の形態や事業内容、運営法人の違いや管理職の経験の違いなどを検討するには至っておらず、あくまで探索的な検討を行った域を出てはいない。今後、対象者数を増やし、さらなる検討が必要であると思われる。 5 結語 今回の調査から、就労支援事業所の管理職や組織の課題は、管理職や組織である運営法人の背景により、多様であると思われる。そのため、管理職へのサポートは個別性の高くなることが考えられた。なお、本研究はJSPS科研費JP19K02163の助成を受けている。 【参考文献】 1)ウィルマ―・B・シャウフェリ・他(島津明人・他訳)『第1章ワーク・エンゲイジメント』,「ワーク・エンゲイジメント入門」,星和書店(2012),p.1-38 2)保正友子・他『医療ソーシャルワーカーの離職意向に影響を及ぼす要因』,「日本福祉大学福祉論集第140号」,(2019),p.1-20 3)中原淳『第2章プレイヤーからの移行期を襲う5つの環境変化』,「駆け出しマネージャーの成長論 7つの挑戦課題を「科学」する」,中央公論新社(2014),p.53-76 4)澤田辰徳『管理者とは』,「作業で結ぶマネジメント‐作業療法士のための自分づくり・仲間づくり・組織づくり」,医学書院(2016),p.72-73 【連絡先】 大川 浩子 北海道文教大学 e-mail:ohkawa@do-bunkyodai.ac.jp p.122 意思表示の弱い知的障害者への就労支援の取り組みについて~医療法人だからできる他職種連携によるアプローチ~ ○山﨑 美苗(医療法人メディカルクラスタ たまフレ! サービス管理責任者) 1 はじめに 福祉支援現場において、支援対象者の意思の尊重は、家族などの支援者の意向の中でより重視されるものであると認識している。しかし、実際には障害等の理由により、支援対象者の意思を汲み取ることが難しく、意思決定を支援するに当たって困難を要している場合が少なくない。 就労支援事業所などは、福祉職のスタッフのみで担っていることが多いため、スタッフの過去の経験などを活かしつつ、思考錯誤しながら支援対象者の意思決定を引き出している場合が多いが、スタッフの個人的な感覚に左右される面が大きく、意思決定支援にあたって、客観的な根拠・基準を欠くケースが多いのが現状である。たまフレ!において、医療法人が経営している就労支援事業所という利点を活かし、セラピストなど専門職スタッフの評価に基づいたアプローチを行ったことで、より質の高い意思決定支援が可能となった事例を報告する。 2 事業所の概要 たまフレ!は、2017年に医療法人メディカルクラスタを母体として、川崎市多摩区にできた就労移行支援事業所である。2年後には就労継続支援B型、就労定着支援、計画相談支援の事業を開設した。医療法人という特色を生かし、障害者の就労訓練分野にも、精神科医師、看護師、栄養士、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士などが適宜サポートすることで、より質の高い就労訓練を提供している。医療スタッフのサポートにより、精神及び身体面の体調管理をはじめとする、障害者の就労活動の基盤づくりを重視し、またセラピストによる障害に対しての作業評価や言語評価、職業評価を導入した支援を実施することで、より課題を明確にした就労訓練を試みている。 現在、たまフレ!には、精神障害者6割、知的障害者3割、身体障害者・難病の方1割が在籍しており、就労訓練が必要な障害者の受け入れを幅広く行っている。障害者が自立するために必要な体調管理やライフスキルの獲得を重視する一方で、就労に必要な技術の獲得だけにとらわれることなく、自分らしく、楽しく生きていく術の習得のために、和やかな雰囲気のもと自発的に発言できるような環境づくりをしている。 3 事例検討 (1)支援対象者(Aさん)の概要 Aさんは19歳の女性で、知的障害(療育手帳B1を所持)がある。小学校時代より特別支援学級に在籍し、高校は養護学校に進学した。家庭内では、体調の悪い母・妹の代わりに家事の手伝いをしなければならず、彼女への期待は高かった。高校卒業後、たまフレ!の就労移行支援を受けている。利用開始時より、ごく簡単な日常会話、質問の理解は可能であるが、発語において、流暢性が不十分な他、理解した上で順序立てて話すことを苦手とし、語尾が曖昧であった。穏やかな人柄だが、表情は固く、やや変化に乏しかった。援助要請を含めた能動的なコミュニケーション及び受け取った情報の所持を苦手としていた。 就労訓練を進めていく中での意思決定場面において、非常に高い頻度で消極的になる傾向があり、声量が小さく、活舌も悪いため、その原因が障害からくるものなのか、それともパーソナリティなのかを明確にするために、作業療法士、言語聴覚士へ評価依頼をすることとなった。 (2)作業療法士のAさんに対する評価 理解力及び注意機能・情報処理能力の低さを認める。注意できる容量及び注意の切り替え・分配能力が低く、情報処理速度も遅いため、情報量・選択肢が多い課題、視点の切り替えが多い課題、自由度が高い課題は援助が必要である。視覚情報の方が聴覚情報より本人の理解は得られやすい。新しい課題・複雑な作業は作業速度が遅く、速度を上げると誤りが増えやすい傾向があるが、単純な作業であれば、慣れによる正確性・速度の向上は十分に見込める。複雑な課題については、適切な課題・環境設定をしたうえでの訓練を一定期間継続し、その後時期を見極めてレベルアップするかどうか判断すべきである。 以上能力評価であるが、現状の一番の課題は、自分に自信がもてないことである。就労訓練場面で、①本人に適した活動・作業・環境を提供し、褒められる、認められる、役立つといった体験を積み重ねることが大切であり、②難しい課題を提供する際は、工程の細分化、及び、段階的な課題提供をするなどの援助方法の工夫、並びに、継続期間及び継続していくべきかどうかの評価(学習効果が得られているかどうか等)・判断が必要である。 (3)言語聴覚士のAさんに対する評価 発声器官そのものには大きな問題はない。しかし、就労現場での指摘の通り、発話が聞き取りにくい、言いたい言 p.123 葉が出てこない等のコミュニケーションのしにくさがある。その原因について検討した結果、①自信のなさ②情報処理速度の低さ③声量の小ささが考えられる。 知的障害が軽度ということもあり、状況理解がよく、対人関係においても礼節が保たれている。自信のなさに関して、Aさんの家庭環境から、本人の能力よりも高い水準の要求を受けてきたことが原因の一つではないかと推測できる。まずは、本人の能力にあった適切な課題を選んで提供すること、出来た課題を習得させて自信に繋げるのがよいと思われる。「目標設定→立案→計画の遂行→行動の振り返り(再立案)」という遂行過程において、はじめの「目標設定」が特に困難な作業となっているため、作業やコミュニケーション訓練において、全体的な説明ではなく、より細分化した、小さな課題を提供し訓練するとよい。 情報処理速度に関しては、すでに経験があることであれば、多少の稚拙さはあるものの、問題点を自分で考察できるが、非常に時間がかかることが難点である。コミュニケーションにおいても同様の問題が見られ、受け手側が辛抱強く待つ姿勢を作ることで、比較的自分なりの意見を言えることが多い。 最後に声量の小ささであるが、2つ以上のところに注意を向けることが難しいため、会話の中で考えて話すという作業においては、考えることに意識が集中し、相手に聞こえるかどうかということに意識が向いていないことが、原因の一つとして考えられる。更に、自信のなさが重なり、声量が小さくなっている。コミュニケーションの訓練で、料理の作り方、電車の乗り方など、身近なテーマを決めての会話、セリフのない漫画の説明など、本人に考えながら話してもらう作業を取り入れ、慣れてもらうことがよいと思われる。また、1対1、1対2といった少人数で、本人が緊張せず発話しやすい形で行うことをお勧めする。人との話し方のパターンの習得を目指して、反復してやっていくとよい。 (4) 評価を終えてからの取り組みと成果 セラピストによる評価を経て、Aさんの意思表示が乏しい原因として、知的障害に起因するものよりも、自信のなさからくるものが大きいと判断し、個別支援計画における支援内容の柱を「自信をつけられるような取り組みをすること」とした。 自信が持てるような訓練として、①Aさんが得意とする手作業を一つずつ習得し、評価に基づいて、各作業における継続時間を通常より長くとり、出来る仕事を増やす、②Aさんが話しやすい題材を用いたグループワークを実施し、考えながら発言する機会を増やしていく、③高齢者施設での清掃業務など、直接「ありがとう」と言われる仕事を増やすことで、人の役に立っていると感じられる体験を繰り返し行うものとし、毎日の訓練で、褒められる、認められる、感謝される体験を積み重ねていった。 ①の得意な手作業では、真面目で几帳面な性格を活かし、たまフレ!の他の利用者が出来ないような細かい作業を正確にすることができるようになり、Aさんの自信につながった。自信のある作業工程において、養護学校の実習生などの指導役となり、作業工程を教えることもできるようになった。②のグループワークでは、他の利用者の意見を聞き、自分なりの考えを発言する機会を持つことで、恥ずかしいと思いながらもAさんなりに発言ができるようになってきた。③の体験では、Aさん自身が達成感を感じることが出来たようで、次第に笑顔がみられるようになった。表にコミュニケーションに対するAさんのアンケート結果を示す。通所当初のアンケート調査と支援後のアンケート調査を比較すると、コミュニケーションに対しての自信がついていることがわかる。 表 Aさんのコミュニケーションに関するアンケート調査 4 まとめ 今回の事例では、作業療法士・言語聴覚士による評価から、支援対象者の意思表示の弱さは、知的障害が起因となっているのではなく、自信のなさからくるものであることがわかった。意思表示の弱さの原因を明確にすることで、課題がより明らかになり、支援開始後間もない時期に、個別支援計画へ反映させ実践することができた。対象者は、少しずつ自信をつけ、自分の意思を発言できるようになり、対象者の意思決定支援に基づいた適切な就労支援を提供することができた。 現在、対象者は、グループホームに入り、「年内に作業系の工場に就職したい。」とはっきり自分の意思を発言できるようになった。養護学校卒業後、1年3カ月でグループホームへ入所し、積極的に就職活動を行っている。そして、対象者自身が、自分の意見を相手に伝える必要性、更に、自分の望む人生を歩めることを実感できている。 【連絡先】 多機能型就労支援事業所 たまフレ! 山﨑 美苗 e-mail : m.yamazaki@tama-fc.com p.124 埼玉県南西部就労移行連合会の取り組み~就労移行を中心とした、地域における「横のつながり」の効果を最大化する実践の紹介~ ○高口 和之(NPO法人志木市精神保健福祉をすすめる会 傍楽舎 管理者) 河辺 朋久(一般財団法人福祉教育支援協会 就労移行支援事業所シャローム和光) 山口 将秀(株式会社トレパル torepal就労移行支援事業所) 中村 竜志(障害者就業・生活支援センターSWAN) 1 はじめに 福祉において横のつながりは目新しいことではなく、至極当たり前のことである。ただ、私達が実践してきたことは就労移行支援事業所同士の連携である。一般的に就労移行支援事業所は互いに手を組む関係ではなく、ライバル関係である。すなわち、利用者を取り合う関係であるということ。しかし、埼玉県南西部の地域(志木市、朝霞市、和光市、新座市、富士見市、ふじみ野市、三芳町)にある就労移行支援事業所で結成した埼玉県南西部就労移行連合会(以下「連合会」という。)は横のつながりを大事にすることを選択した。連合会が何故横のつながりを大事にしてきたのかを述べていく。 2 就労移行支援事業所合同説明会の開催 連合会結成の起源となったのは、障害者就業・生活支援センターSWANが発端となり、圏域にある就労移行支援事業所の会議を開催したことである。開始当初は事例検討や施設の中での困りごとを共有することが中心であった。 その中で、当事者のため、その家族のため、地域のために何か出来ないかと模索し、就労移行支援事業所合同説明会を実施した。目的は地域にある全ての就労移行支援事業所を知ってもらうことである。何故知ってもらうことが大事か、それは当事者が限られた情報しか得られていないことに起因する。また、就労移行支援事業所を探すときにコーディネーターとして相談員がつくことになるが、その相談員が全ての事業所を把握しているわけではない。さらには、学生の進路を考える特別支援学校の先生、市役所のワーカー等も同様であり、多くの方に地域にある就労移行支援事業所を知っていただくことを目的とした。 就労移行支援事業所合同説明会の実績として、1年目は約70名、2年目は約80名、3年目は約70名と数多くの方にご参加いただいた。3年目には障害者雇用を行っている有限会社ノアに実践報告をいただき、参加者の満足度がとても高かった。4年目は企画段階だが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響もありオンライン開催を予定している。 3 横のつながりの重要性 就労移行支援事業所合同説明会の開催を重ねていく中で互いの事業所の特徴を深く知ることができ、連携がスムーズになった。メリットは3つある。 1つ目は、互いに高め合うことができることである。他の事業所の強みを知ったときに「このままではまずい」といった危機感が生じ、事業所の特徴を再考することに繋がる。それは結果として当事者に還元されるため、常に進化したサービスを提供できるということになる。2つ目は、就労移行支援事業所の見学にいらした当事者の希望と当該事業所の特徴にミスマッチが起こりそうな時に、当事者の希望に合致した事業所を紹介できることである。例えば、事務職を希望しているのに作業訓練中心の事業所はミスマッチといったことである。3つ目は、困り事が生じた時に密に情報を共有できることである。直近では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で事業所の安全利用が求められた。在宅訓練の内容、ソーシャルディスタンスの確保、従業員の時差通勤等、各事業所が実施している感染症対策をスムーズに共有することができた。 そして、連合会のコミュニケーションツールとして、評判の高い「Slack」を利用している。密に情報を取り合うだけでなく、企業でも当たり前のように導入されているツールを使うことは、支援者のITリテラシー向上をもたらす。支援者は旧態依然の古い体質ではなく、常に進化することが必要なのである。横の繋がりは互いに刺激を与え、新しい価値を生む。それは、新しいサービスを生み出すことになり、地域がより活性化されるということである。革新は一組織の中にあるのではなく、地域にあるということだ。 【連絡先】 中村 竜志(なかむら りゅうじ) 障害者就業・生活支援センターSWAN Tel:070-5590-2761 e-mail: director.swan.nakapotsu@yamato-jiritsu.jp p.126 クライエントと協働関係を築くためのダイアローグ-オープンダイアローグが新たに紡ぐ就労支援の可能性- ○越智 勇次(しょうがい者就業・生活支援センターアイリス 就業支援員) 1 はじめに (1) 支援と協働関係 障害の特性はスペクトラムであり、個人差が大きい固有なものである。そのため操作的診断基準を重要視し過ぎて、個別性を欠いた支援に陥ってしまうことを支援者は避けなければならない。クライエントのニーズは唯一無二であり、それに対して提供する支援をテンプレート化してはならない。完全には理解しきれないユニークな他者との協働関係の構築が支援を進める過程では重要となる。しかし、私たち支援者は安易にクライエントを理解したつもりになって支援してはいないだろうか。悩みを語ってもらえる「安心・安全な対話の場」を醸成し、相互理解が促進される関係構築について筆者が暗中模索していた頃に出会ったのが、オープンダイアローグ(以下「OD」という。)であった。 (2) 多種多様なダイアローグ実践 近年、メンタルヘルス分野でフィンランド発祥のODが注目を集めている。ODはフィンランドのケロプダス病院で実践されている精神療法で、統合失調症などの精神疾患における治療として注目されるようになった。 また同時期よりアンティシペーション/フューチャー・ダイアローグ(以下「AD」という。)も注目されている。ADは福祉や教育、企業や組織といった対人支援者間で発生した膠着している状況を打開するために開発されたネットワーク・ミーティングの方法である。 ODとADから少し遅れて日本に伝わったアーリー・ダイアローグ(以下「ED」という。)についても紹介したい。従来のアプローチの多くがその対象を「クライエント」としているのに対し、EDの対象は「支援者自身」である。支援者自身が自分の支援の在り方について、心配事を感じた早期の段階でケースに関係する人々とダイアローグし、協働関係を構築することを目指したアプローチである。 2 ダイアローグと対話の違い ダイアローグを和訳すると「対話、話し合い」である。日本語で対話は「向かい合って話し合うこと」であるが、OD実践でのダイアローグは「それぞれの参加者が、他者の語ったことに基づきそれに続け、自らの言葉を折り重ね繋ぐ流れの中で、新たな意味が現成すること」という意味である。そして、対話の目的が「話し合って何かを決めたり方向性を定めたりすること」に対し、ダイアローグの目的は「ダイアローグを続けること」であることを強調しておきたい。 3 その人を知ろうとする (1)無知の姿勢で聴く 客観主義・標準化志向が強いエビデンスベースドの現代の臨床現場では、クライエントの症状の変化やその徴候を確認する際、対象者の主観は極力排され「徴候」のみで異常さを描き出そうとする傾向がある。診断基準に記載されている特徴は概ね他覚的な行動所見(徴候)であり、そこからクライエントの主観的な不調や生き辛さは、支援者に伝わり辛く理解され難くなっている。それを補うために支援者はクライエントの主観的な不調について「無知の姿勢」の態度で聴く必要がある。支援者はクライエントの生きる世界について「無知」であることを自覚し、ダイアローグのパートナーとしてクライエント(当事者としての専門家)の話を傾聴し応答することが重要となる。 (2)クライエントの世界観 クライエントの主観的な体験を理解するうえで、エストニアの生物学者ユクスキュル(1864-1944)の提唱した「環世界」の概念が役に立つ。環世界とは、物理的に存在し生物を取り囲むいわゆる環境ではなく、生物が自らにとって意味あるものを選び出し、それによって作り上げた「主観的な世界」のことである。つまり、それは主体から見た環境のことである。例えばヒトはイルカやコウモリのように高周波の音波があっても感知できないが、イルカやコウモリは可能である。ヒトにはヒトの、イルカにはイルカの環世界があるということになる。同じように、子どもと大人の間にも、異なる文化間にも、それぞれの違う環世界がある。環世界に対して客観的な物差しは通用しない。臨床場面でいえば、精神疾患のクライエントが話す、一見すると荒唐無稽な妄想のように聞こえる話であっても、その人が感知しているものは、その人固有の環世界となる。ODではクライエントが精神の危機的な状況下であっても、安心して自己表現ができるように支援者は受容し共感的理解に努める対応が必要となる。その過程でクライエントのユニークな環世界に触れ相互理解が進むことは、ニーズに適合した支援や協働関係の構築に繋がる。 4 主人公はダイアローグ ダイアローグは、それ自体が新たな意味を生み出す過程である。支援者は質問や介入によってダイアローグをコントロールしてはならず、クライエントからの発話に合わせて、絶えず変化し順応することが求められる。ダイアローグを主人公とし、それ自体がケースを好転させ展開させる推進力だと捉える。ケースが好転する変化の要因は、支援 p.127 者でもなく、クライエントでもなく、その空間で生起し展開するダイアローグと考えるのである。 他の心理療法のアプローチにおける支援者の使命はクライエントにとっての解決(策)を見つけることであるが、ダイアロジカル・アプローチの場合は、開かれたダイアローグを展開・促進させ、その空間の安心・安全を維持することである。クライエントの話はどのような内容であっても尊重され応答される。支援者が尋ねる場合もクライエントが話したいことを選択できる進め方で、侵襲性を下げ安全を感じられるよう配慮する。またODの原則の中に「不確実性の耐性」という思想がある。混沌とした状況下であっても専門家が解決を先導することを避け、「共に在る」という姿勢で応答し、クライエントが納得するまで関係し続けることで安全性を担保しダイアローグを続ける。 5 クライエントから支援についてのフィードバック 支援者とクライエントの関係性は、支援を進める過程で重要であり、良好であることに越したことはない。支援関係が破綻するのは、提供する支援がクライエントのニーズと大きく掛離れてしまい協働関係の構築に失敗することによって起こる。それを防止するためには提供する支援とニーズの差異を最小に留めることが重要である。そのためにクライエントからのフィードバックで確認されたズレを早期に修正することが効果的である。現在、筆者は質問紙Session Rating Scale 1)(SRS V.3.0)を用いることで協働関係の構築を試みている。SRS V.3.0は、「関係性」「目標と話題について」「方法について」「全体的に」の全4項目でクライエントからフィードバックを受けることで、ズレが少なくニーズに適合した支援が可能となる。 6 ケース (1)クライエントと家族を交えたOD 【事例】20歳代男性 発達障害(抑うつ症状) クライエントと家族同席のもとODの構造で面談を行った。そのダイアローグの流れの中でエンプティチェア(ゲシュタルト療法)を用いたアプローチを併用し、クライエントの持つ「ソーシャルネットワークを活用する力」の賦活化が起こった。それを契機に本人の語りが促進された。 (2)複合的なダイアロジカルアプローチ 【事例】20歳代女性 発達障害(行動障害と自殺企図) 良くないことが続き、悪循環によって精神の危機的状況に陥り引き籠ってしまったクライエントへのアウトリーチ支援を行った。筆者以外の支援機関の介入を拒み、事態が膠着した状況下でODとADを行った。 7 考察 ダイアローグと出会う前、筆者はクライエントを導くために正確に課題を見出し、それを克服するための方法を考えるという姿勢で支援をしていた。振り返るとクライエントを「援助される対象」としてコントロールを試みていたともいえる。クライエントの話を聴くことは、病名や障害を特定するためであったり、支援に利用できそうな資源が隠れていないかを探ったり、と支援者が支援に活用できるものを確認するための「聴取」となっていた。このようなファーストオーダー・サイバネティクスの関係性の中では、クライエントは話を聴いてもらえたと感じられないため、信頼に基づく協働関係の構築は難しい場合がある。クライエントのニーズは、本人さえも明確に捉えられていない場合もあり、ましてや支援者の一方的なアセスメントで同定することは困難である。支援者はクライエントの話を「もっと語ってもらいたいという姿勢」で傾聴し、普段の会話では辿り着くことが難しかった新しい視座を共に発見する過程の伴走者のような役割が求められる。就職できるようにクライエントの行動や認知を修正し、「就職可能な範囲の枠へ当てはめる支援」のための情報収集(訊く)では、「支援者が聴きたいことを聴く」という関係に陥ってしまいダイアローグは成り立たない。障害や病状の経験談は、普段はなかなか語ることが難しく、塞いでしまった物語であり、クライエントの口から再び紡がれるように支援することが大切になる。クライエントが面談で「話したい・扱ってもらいたい」と思っていることこそ、その瞬間のニードであり、それが丁寧に聴かれ応答され尊重されていない過程では信頼に基づく協働関係は結ばれない。相手の主観を尊重した関わりこそ重要であり、そこを契機にニーズに適合したオーダーメイドの支援が可能となった時にクライエントもエンパワメントされる。 私たち支援者は、自分たちが治す・援助する立場であり、支援方法を知っていて、クライエントに変化を起こすのは支援者の役割であると思い込んではいないだろうか。ダイアローグでは、そうした古いコンセプトは捨て、まず支援者自身の意識変化が必要となる。筆者はダイアローグをADの創始者であるトム・エーリク・アーンキル氏に約2年間ほど直接指南を受ける機会に恵まれた。ダイアローグを実践する中で、トム氏が筆者に語り掛けてくれた「私はあなたの話を正しく聴けていますか」というフレーズをよく思い出す。就労支援で支援者はクライエントの主観的な語りを阻害せず、安心して話ができる安全な空間を創出し傾聴することで新たな可能性が紡がれると確信している。 【参考】 1) S.D.Miller,B.L.Duncan,L.Johnson:The Session Rating Session Rating Scale(2002) https://heartandsoulofchage.com 【連絡先】 しょうがい者就業・生活支援センターアイリス Tel:075-952-5180 p.128 関係フレーム理論に基づくケースフォーミュレーションとその効果について  ○刎田 文記(株式会社スタートライン CBSヒューマンサポート研究所 主幹主任研究員) 1 はじめに 株式会社スタートラインでは、事務作業を中心としたサテライトオフィスや屋内農園型サテライトファーム「IBUKI」の運営を通して、日々1,000人を超える様々な障害を持つ人達への職場定着サポートを行っている。私たちは、個々のケースの職業生活を的確に支えるため、必要に応じて詳細なケースフォーミュレーション(以下「CF」という。)を行いながら、計画的な職場定着サポートに取り組んでいる。 このような職業リハビリテーションの分野におけるヒューマンサポートを実施するには、個々のケースの障害状況だけでなく、職場環境や生活環境、職業上必要な各種スキルの習得状況、出退勤率等の職場定着状況、対人面でのコミュニケーション能力等、様々な情報を収集・整理・分析し、適切なサポート計画を立てるCFが必要である。また、ケースの心理的問題を取り扱う場合には、対象者を取り巻く環境や現状のスキルに加えて、今問題となっている事象についての機能分析や今と関連のある他の場面や過去の事象についても検討する必要がある。 本発表では、ケースの複雑な心理的問題を取り扱う際の新たなCF技法として、関係フレーム理論に基づくHDMLフレームワークについて概観するとともに、その有効性についても検討する。 2 HDMLフレームワーク HDML(Hyper Dimensional Multi Level)フレームワークは、関係フレーム理論に基づき、ヒトの行動への関係フレーム/ネットワークの影響について検討することを目的として、Barnes-Holmes,Yらによって体系化され、2019年にアイルランドのダブリンで行われた第17回ACBS(Association for Contextual Behavioral Science)世界大会のプレカンファレンス・ワークショップの一つとして開催された「Advances in RFT: Implications for Clinical Behavior Analysis」で提唱された技法である。 HDMLフレームワークでは、ケースの抱えている心理的問題に対し、レベル分析・ディメンジョン分析・ROE分析からなる検討・分析を推奨している。 (1)関係フレーム/ネットワークのレベル分析 HDMLフレームワークでは、次の様な関係反応の5つのレベルを規定している。 相互的内包(Mutually Entailing)は言語関係の双方向性を、関係フレームづけ(Relational Flaming)は一つの関係フレームファミリーからなる少なくとも2つの相互的内包の組み合わせを、関係ネットワークづけ(relational networking)は複数の関係フレームファミリーからなる複数の関係フレームの組み合わせを、さらに関係性の関係づけ(relating relations)ではある関係フレームが異なる時間や場面で作られた関係フレームに関係づけられていることを、関係ネットワークの関係づけ(relating relational networks)ではある関係ネットワークが異なる時間や場面で作られた関係ネットワークに関係づけられていることを意味している(図1)。 (2)派生的関係反応のディメンジョン分析 またHDMLフレームワークは、これら5つのレベルのそれぞれについて、一貫性(Coherence)、複雑性(Complexity)、派生性(Derivation)、および柔軟性(flexibility)という4つの側面を概念化している。 一貫性は現在の関係反応が以前の関係反応のパターンと一致している程度を、複雑性は特定の関係フレーム/ネットワーク内の関係の数または種類を含めた関係反応の詳細や密度の程度を、派生性はある関係フレーム/ネットワークによって派生した反応が最初に自発された回数の多寡の程度 図1 HDMLワークフレーム概念図 p.129 を、柔軟性は派生された関係反応のパターンが文脈によって影響を受けたり変化したりする程度を意味している。 (3)心理的出来事のROE分析 Barnes-Holmesらは、ヒトの心理的出来事を、関係づけ(relating :R)、方向づけ(orienting :O)、および喚起(evoking :E)という連続した行動の流れを含むものとして概念化した。関係づけは、ヒトが言葉と刺激と出来事を関連づけられる様々な複雑な方法を意味している。方向づけとは、刺激や出来事に気づいたりそれに接したりすることを指す。そして喚起とは、気づいた刺激や出来事が望ましいものか嫌悪的なものなのかに応じて振る舞うことを意味している。 ROEの3つの要素は、完全に分離可能な分析単位ではなく言葉の力のある人間のあらゆる心理的出来事として一緒に機能している。例えば、森に入るときに「赤と黄色の縞模様のヘビには獰猛で猛毒があるが、白と黒の縞模様のヘビは大人しくて人なつこい」と言われたとする。するとそれを聞いた人は、“赤と黄色の縞模様”に関係づけられ、その色柄に対して方向づけられ、常に注意を向けやすくなる。さらに、実際にその色柄に気づいた際に回避などの喚起反応を行う可能性が高まる(図2)。   このような3つの分析方法を組み合わせることで、複雑で直接観察による分析が困難な派生的関係反応による、現在の行動への影響を分析・検討することが可能となる。 3 HDMLフレームワークに基づくCFの効果 私たちは、弊社サポートスタッフ全員にHDMLフレームワークに基づくCFの実践方法について研修を実施している。 私たちの研修では、HDMLフレームワークの基本的な考え方に加えて、具体的なモデル事例を通した考え方を整理すると共に、仮想事例による演習を行い実際のCFへの応用力を養っている。また、学習した技法を自分自身に適用する“自分CF”を行い、自己の行動傾向の分析を行うことで、支援者としての資質の向上を図っている(図3)。 さらに、定期/不定期に行っているケース会議でのCFに際し、この観点を取り入れた検討を行っている。その結果、次のような効果が現れている。 図3 自分CF で用いるHDML フレームワークの分析様式 ①ベル分析によりケースの抱える心理的問題の複雑さに応じたサポートブランの立案が可能となった。 ②ディメンジョン分析により行動変容を促すサポートの選択を合理的に行えるようになった。 ③ROE分析によりケースの衝動的行動についての予測性が高まり、生じうる問題への事前の備えが可能となった。 4 今後の展望 職業リハビリテーションの分野に限らず的確なCFを実践するには、ケースが抱えている問題に応じた様々な視点からの分析・検討を行えるよう、支援者としての数多くの経験が必要であると考えられることが多い。一方で、支援者の経験の蓄積は、試行錯誤的なサポートによる失敗経験の積み重ねとなることも多く、結果として、不安や成果の不透明さに対する体験の回避として積極的なサポートの実行を避けることも多いのではないだろうか。 的確なCFの実践のためには、本研究で示したものも含め、様々な視点に立ったCFの実施方法について学び、実行し、成功体験を積み上げていくことが必要であろう。 文脈的行動科学の分野では、現在も実践的研究によって多くの新たなサポート技術が開発されている。当研究所では、新たな技術についてのアンテナを張り続けるとともに、既存のサポート技術についても、組織的かつ効果的に提供できるよう演習・研修の機会や実践結果の情報共有の機会を創り出し、さらなる実践家の育成に取り組んでいきたい。 【参考文献】 ・Yvonne Barnes-Holmes,Ph.D.Ciara McEnteggart, Ph.D.Dermot Barnes Holmes,Ph.D.(2020).Recent Conceptual and Empirical Advances in RFT: Implications for Developing Process-Based Assessments and Interventions. Innovations in Acceptance & Commitment herapy.4.41-52. Oakland,CA: New Harbinger,Context Press. ・Yvonne Barnes-Holmes,Ph.D.Ciara McEnteggart, Ph.D.Dermot Barnes Holmes,Ph.D. Colin Harte,M.Sc. (2019).Advances in RFT: Implications for Clinical Behavior Analysis. Pre-Conference Workshops for WC17 ACBS. 25-26 June, DCU Helix, Dublin City University Dublin, Ireland 2-Day Workshop: p.130 職務能力の向上可能性を明示する事業主支援 ○依田 隆男(障害者職業総合センター 主任研究員) 1 雇用上の配慮の普遍性 障害者を新たに雇用する一般の事業所の職場や職務の多くは、必ずしも、障害者が働くことがあらかじめ想定されていたわけではない。上場企業全社を対象とした先行調査では、25.3%の企業が、障害特性に対応した職務の洗出し、切出し、組換え、職務創出等を行わず「一般の従業員と同様、いずれかの部署に配属し、その中で業務を担当」させていた。採用に際しては、「一般の従業員の募集枠に障害や疾患のある人からの応募があった場合はこれを受け付け、採用・非採用を決める」企業が62.2%を占め、「障害者雇用率に算定可能な障害や疾患のある人を対象とした募集・採用枠を設ける」企業の34.7%より多かった1)。 厚生労働省の合理的配慮指針では、「事業主は、障害者からの合理的配慮に関する事業主への申出を受けた場合であって、募集及び採用に当たって支障となっている事情が確認された場合、合理的配慮としてどのような措置を講ずるかについて当該障害者と話合いを行うこと」とされ、採用後においても「障害者に対する合理的配慮の提供が必要であることを確認した場合には、合理的配慮としてどのような措置を講ずるかについて当該障害者と話合いを行うこと」とされている2)。この場合の配慮とは、仕事に精通した職場の人たちが、仕事の手順、仕事の教え方、就業時間、PCや機械設備や職場環境、会社側のしくみを、働く障害者の目線に立って改善することを意味する3)。雇用上の配慮については、障害者雇用のみならず、高齢者、女性、外国人、若年者の雇用の好事例の中にも、事業主の配慮や工夫による人材確保と戦力化の取組みが見られる。その多くが障害者雇用の配慮と類似していることから、雇用上の配慮は、障害者雇用だけの特別な取組みとは必ずしも言えない4)。 では、事業主はどのような場合に雇用上の配慮を行おうとするのであろうか。 2 社員の育成の可能性 一般に、社員の育成にはコストがかかる。このため、即戦力となりそうな人材を中途採用で確保しようとする中小企業の経営者は少なくない。しかし、5割強の企業が採用後の能力開発責任は企業側にあると考えており、自分の勤務先企業が社員の能力開発投資を長期的視野で行っていると認識している従業員は会社との関係について良好であると認識している5)。 この点、障害者雇用の場合はどうか。障害者雇用が進まない理由として、担当させる仕事がないことを挙げる事業主は多い。先行研究では、その背景の一つに人材育成の困難さがあることが示唆されている1)。 事業主が障害者の雇用と定着に取組むためには、事業主や職場の人たちにとって障害者が、仕事を覚えたり成長したりできる存在でなければならない。1960年代の米国では、北欧のノーマライゼーションの実践をきっかけに、それまで教育不可能とされていた重度知的障害者が、学校や企業で適切な教育や訓練を受けることで新しい知識や技能を習得し得ると考えられるようになった。このパラダイムシフトは、親の会のメンバーが企業内で直接支援を行う"On-the-Job Training Project"や、'70年代のGold,M.による"Try Another Way"アプローチ等の支援技法を経て、'80年代の援助付き雇用により具現化した6)。 障害者雇用をためらう事業主の心理には、障害者は、仕事をおぼえたり、様々な仕事をやり遂げて成長したりするポジティブな変化が起きにくい人たちだという思い込みがあるのかもしれない。これに対し雇用上の配慮によって障害者も仕事ができるようになると思ってもらうためには、上記のようなパラダイムシフトが必要なのかもしれない。 3 事例 (1)住宅建材メーカーA社での知的障害者雇用 従業員500人規模のA社では、法定雇用率が未達成であったが、企業グループ全体の長期事業計画の中に、法定雇用率を上回る企業グループ独自の実雇用率の目標が掲げられたこと等をきっかけに、雇用の実現に向けて行うべき事項を支援機関とともに検討した。 当初、隘路と考えられたのは、工場内の各部署の理解、作業の安全性への不安、どのような仕事をさせるかがわからない等の事項だった。だが実際には、社員として育てる際、一般の新入社員とどう違うのかがわからず、そもそも社員として育てることができるのかという疑問が、各部署の社員の中に起こっていたことがわかった。 そこで、工場の各部署の責任者が集められ、工場のトップに次ぐ管理職と、地域障害者職業センター、地域の特別支援学校が講師となり、A社における障害者雇用の考え方、知的障害や発達障害の特性を踏まえた仕事の教え方、他社の雇用事例、職務を切出す方法等の社員研修が開催された。オブザーバーに親会社の人事担当者が招かれ、受講した社員にはグループ全体の目標達成に向けた取組みであることが強調された。講義の中で、A社の実際の職務を例にとりながら、知的障害や発達障害がある人にも仕事や安全な行動を学習できることが、具体例とともに示された。 講義の後に、各部署からの職務切出しとリスト化の宿題 p.131 が出され、各部署での検討の過程では地域障害者職業センターがメール等で助言を行った。その結果、すべての部署からそれぞれ複数の職務が切り出され、講師が例として挙げた職務以外にも膨大な数の職務がリストアップされた。その際、普段の仕事の中に隠れていた仕事のリスクが見つかり、職場全体の効率を上げるヒントが発見された。 後日、地域障害者職業センターが職場を訪問し、リスト化された全ての職務について知的障害や発達障害への教え方を助言し、ハローワークとの連携の下、数名の求人枠が出来上がった。 以上を踏まえ、A社が1名の知的障害者を雇用・配属し、地域障害者職業センターがジョブコーチ支援を実施することになった。A社はまた、次の障害者雇用の部署・職務を含む採用計画を策定した。一人目の知的障害者は順調に職場適応し、その後の雇用へのはずみともなった。 (2)ゴルフ場クラブハウスでの聴覚障害者雇用 B社では、地元の聾学校高等部の卒業生1名を10年以上前から雇用し、ゴルフ場内のクラブハウス内の清掃を任せていた。このろう者の第一言語は手話であるが、社内には手話ができる社員がいない上、日本語での筆談や口話があまり理解できない方だった。雇用当初に聾学校の教諭による指導が行われて以後、会社では周囲と話さずに仕事をしてきた。経営者が交代し、新しい経営者は、ろう者はいつも暗い様子であることがとても気になり、指示を出したり、社員教育をしたり、報告や相談を受けたりしたいため、筆談や口話で何度も話しかけてみたが、話そうとしてくれなかった。この社員と会話がしたいという願いから、地域障害者職業センターへの相談となった。 このろう者と障害者職業カウンセラーが簡単な手話で会話を行ったところ、お客様から話しかけられて応えようとしたときに、「わからない」「忙しい」と手話で表わしてみても相手にわかってもらえず、相手が怒り出したことがあり、自分が悪い印象を与えていると悩み、誰かに相談できずに困っていたということがわかった。そこには、お客様、会社との間でコミュニケーションがとれない状況は変わらず、どうしようもないという思い込みがあった。 そこで、お客様から話しかけられた際にフロントにいる別の社員につなぐよう、日本語のメッセージが書かれたカードを作成し、意味を手話で説明し、その手渡し方やご案内の仕方のマナーを練習することを、ろう者と経営者に提案し、コミュニケーションが可能になれば、ろう者の接客の仕方は変わり、お客様の印象も変わる、ぜひ試してみてほしいと説得した。これは、当面の問題解決と共に、日本語や手話に頼らずともコミュニケーションは可能であることの一例として、他事業所でのろう者の雇用事例の取組みからヒントを得たものだった。結局、提案したカードは使われなかったが、ろう者の職務遂行能力を変化させ、顧客満足を向上させることができるというメッセージが経営者やろう者に届いたのか、後日、経営者がこのろう者から手話を習い始める等、関係が良好になった。 4 まとめ 以上の事例がそうであるように、障害者雇用の数多の好事例では、その配慮や改善のアイデアが、職業リハビリテーションの支援者による助言や援助等が不可欠なものであるというよりは、それが有効なきっかけとなって、やがて職場の人たちや経営者が主体的に工夫を行うようになっていた。支援者が事業主との信頼関係を構築し、様々な事情を知ることができたとしても、経営や事業の全体とそれに必要な人材資源の調達・育成の課題との全貌を知り、理解することはできない。支援者には明かさないそれぞれの事情を総合的に勘案して工夫し、雇用・就業を形にするのは、当事者である障害者と事業主である3)。 新たな障害者雇用では、障害者に合う仕事や配属先が無い、わからないといった意見が多くの企業から聞かれる。この背景のひとつに、障害者の社員としての育成、成長を事業主が見通せないことがあることから、これらを事業主が見通せるような支援が有効であることが、先行研究から示唆されている1)。支援者の重要な役割は、事業主と障害者とのコミュニケーションのきっかけ作り、配慮や工夫の検討を促すヒントとなるようなアイデアの一例の提供等を通して、事業主、職場、障害者が相互に変化し得ることを理解してもらい、主体的に雇用・就業に取り組んでいただくことにあるのではないか。 それぞれの企業の、経営者の考え方、事業内容、職場のモラルには個性、特殊性があることが言われる。優れた事業主支援の基本には、事業主と会い、信頼関係を構築し、その話をしっかりと聞き、その事業所ならではの対応策を一緒に考え、事業主が自ら問題を言語化したり考えたりすることを促す、支援者の相談力、対話力があると言えよう。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター,「障害者採用に係る職務等の開発に向けた事業主支援技法に関する研究」,障害者職業総合センター調査研究報告書№98(2010),pp.17-94. 2)厚生労働省,「合理的配慮指針」,平成27年厚生労働省告示第117号. 3)柴山清彦・依田隆男,「中小企業経営における障害者雇用の課題」,第27回職業リハビリテーション研究・実践発表会発表論文集,(2019),pp.180-181,障害者職業総合センター. 4)東京商工会議所,「中小企業のためのダイバーシティ推進ガイドブック」,(2009),pp.23-40. 5)佐藤厚,「中小企業における人材の採用と定着」,労働政策研究報告書No.195,(2017),pp.50-78,独立行政法人労働政策研究・研修機構. 6)障害者職業総合センター,「ジョブコーチ等による事業主支援のニーズと実態に関する研究」,障害者職業総合センター調査研究報告書No.86,(2008),pp.111-142. p.132 障がい者の就労支援や生活訓練を充実させる福祉事業所の‘食と農に関する取り組み’ ○片山 千栄(元 農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究部門) 石田 憲治(元 農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究部門) 1 はじめに ~背景とねらい~ 農業と福祉の連携がここ10年ほどの間に少しずつ定着し、農福連携の取り組みが増加している。福祉事業所の利用者らの施設外就労などによる農家への労働力提供が地域農業に貢献していることも報告されている1)2)。 解決すべき課題のハードルは低くないとは言え、食料生産現場と生産物の喫食機会への障がい者の参加による多様な就労支援の実践を通した、障がい者の自立に向けた取り組みとそのための環境づくりが重要である。 こうした背景から、農業と障がい福祉の持続的な連携には生産現場の取り組みのみならず、農業が営まれる地域コミュニティとの関わりや農作業を通して得られる健全な生産物を食する機会の共有が大切であると判断される。 本報告では、農作業にとどまらず収穫物を通して「食」に関する取り組みを行うことを‘食と農に関する取り組み’と呼んでいる。具体的には、栽培のみならず加工や販売までの、一連の生産活動過程への関わり、生産したものを事業所の利用者や職員ら自らで食べる喫食機会、特徴ある地元食材の活用など地域の食文化との関わりといったものである。本報告ではこうした活動の有無に着目して事例を選定し、物的、人的両側面から地域の資源活用との関わりを含めて、福祉事業所の障がい者支援活動について考察する。 2 食育に着目した福祉事業所における障がい者支援 福祉事業所における‘食と農に関する取り組み’は、食育の観点からも意義があると考えられる。 「食育基本法」には、食育は、国民が「あらゆる機会とあらゆる場所を利用して、食料の生産から消費等に至るまでの食に関する様々な体験活動を行うとともに(中略)食に関する理解を深めること」を旨に行われるよう明記されている(第6条)。同法に基づいて作成される現行の「第3次食育推進基本計画」の基本的な取組方針には、「食に関する感謝の念と理解」「食に関する体験活動と食育推進活動の実践」「我が国の伝統的な食文化、環境と調和した生産等への配慮及び農山漁村の活性化と食料自給率の向上への貢献」を掲げている。食を通して、作物栽培から収穫に至る農業生産活動や食物としての消費行動を障がい者支援に活かす取り組みは、障がい者の生活訓練、社会参加ならびに地域における経済的自立にとっても、考慮すべき重要事項の一つである。 なお3章に示す事例は、農作業を取り入れている、就労支援事業所または地域活動支援センターへの、訪問聞き取り調査によるものである。 3 食と農に関する取り組みを行う事例 (1)障害者支援施設N(社福・岡山県所在) 入所施設を持ち就労支援や生活介護などの事業所を幅広く運営する法人では、遊休農地を活用して、米や露地野菜の栽培を行う。米は入所施設の給食に活用し、野菜は近隣住民が訪れる就労支援の弁当店で食材利用したり、パン屋店頭で直売する。ここでは、地域の特徴的な作物を中心にした試みに取り組んだ3)。最盛期に較べ生産量の減少した千両ナスや地域特産のイモ等を栽培し、郷土食材を活用した新作料理や農業史を住民と共に学ぶ機会を設け、地域の農業や福祉施設の活動への理解を広めることができた(写真)。 (写真)地域の特徴的作物の栽培と利用 手間がかかり効率重視の栽培が困難な作物は、栽培が縮小されて廃れてしまうことも多いが、多くの人手が必要な作業に福祉事業所の利用者らが参加することで付加価値が高まり、栽培を継続できる。 (2)B型事業所D(NPO・岡山県所在) 障がい者による手工芸作品づくりから就労支援活動を始めた事例では、やむなく親族の農地を引継いだ農業未経験の代表が、事業所の活動として農作業を開始し、周辺農家の助言も得て、実績を積んできた。大豆や野菜を栽培し、大豆茶加工や事業所での食材に供する。 近隣の福祉事業所から依頼された青大豆の栽培は、収穫物と加工品による事業所間連携につながり、豆腐や油揚げなどを事業所の利用者が配達する。農家グループの誘いによる近隣の高齢者施設への給食用野菜の提供とともに、地縁の中で‘食と農に関する取り組み’を充実させ、福祉事業所が地域の食材供給の一端を担う存在に育っている。 (3)B型事業所W(社福・岡山県所在) 小規模ながら大豆や野菜の栽培から加工、販売まで一連の生産活動に取り組む事例では、地域の営農組織と連携して農機による耕うん作業を農家に任せている。安全な農作業と食物への配慮から有機野菜の栽培にも取り組み、収穫物は豆腐や黄粉等への加工や乾燥野菜の原料となる。また、野菜や加工品は地域の農産物直売所で販売するが、店頭納 p.133 入時には買物客と会話する機会もあり、利用者らが喫食で確認した美味しさを、自信を持って伝えている。 こうした福祉事業所の‘食と農に関する取り組み’は、地域での信頼と存在感を高めている。 (4)牧場U(株式会社・奈良県所在) 曾祖父の代から乳牛を飼育する農家で、長年にわたる知的障がい者就労の実績をもつ事例である。牛の世話、搾乳、牛乳の瓶詰、配達などに分担して従事する。併設レストランや販売部門では接客も担う(写真)。 (写真)乳牛と併設レストラン 野菜農家とは堆肥を通じた交流が長く続いており、地域内での耕畜連携が成立していることで障がい者の社会参加を後押ししている。配達、接客などで消費者と接する機会も多い。畜産分野での機械化が進む中、人の手をかける飼育方法は、動物に触れて育てる障がい者にとって精神的な面での効果も指摘される。観光客も多い土地柄で牧場見学者らとの交流も仕事に対する責任感の醸成に寄与している。 (5)B型事業所M(NPO・千葉県所在) この事業所では畑作業と製麺作業による就労支援に取り組んでおり、遊休農地で栽培した有機野菜と空店舗活用の事務所で打った麺は、同法人のもう一つの就労支援拠点であるカフェの食材となる。新興住宅地にある事務所建物の一部は、麺や野菜の直売所であると同時に、地域の高齢住民が集うサロンの役割も兼ねる。地域の消費者への情報発信拠点であり、高齢者、障がい者らの相互交流の場となって、自然なかたちでの見守りや応援、障がい者理解促進などの役割を担っている。日々必要となる「食」を中心に据えることで、福祉施設単独での支援限界を超えて、地域全体の福祉サービスの充実や住みやすさにつながっている。 (6)地域活動支援センターにおける取組事例 障がいや生活困難の状況にある幅広い利用者が通う地域活動支援センターの生産活動では、作業日数や工賃額等の制約も少なく利用者の事情や希望に合った‘食と農に関する取り組み’が実施されている。遠方からの通所者もおり、農作業の親和性の高さがうかがえる。 精神科病院併設のⅠ型センターでは、連作障害回避のために休耕中の園芸療法用の畑を活用してイモ類を栽培し、収穫時には日頃支援を受けている地域のボランティアらを招いて試食会を行う。調理実習は生活自立訓練の一環となっている。野菜栽培を行う別のⅢ型センターでは、利用者らが栽培時の苦労や楽しかった出来事を語り合いながら味を確かめた野菜を、高齢者施設に販売に出向く(いずれも群馬県所在)。山梨県のⅡ型センターの事例では、遊休農地で栽培した野菜等を材料に、地域の保育所向け弁当として販売しており、決まった提供先の存在が作業継続の動機や励みにもなっている。 4 結果と考察 (1)一連の農業生産活動と生産物喫食の取り組み 農作業の継続的な取り組みがある福祉事業所では、栽培のみにとどまらず、収穫物の農産加工、弁当や飲食店での食材としての利用、直売所や就労支援の飲食店等での販売など、障がい者が一連の生産活動過程に関わり、また、生産物を事業所の利用者や職員が自ら試食したり給食として食べたり、さらには家族や地域の支援者と共に食す機会をもっていた。そして、人手のかかる特徴ある地域食材の生産や復活による地域の食文化の再認識、保育所や高齢者施設などの給食食材提供および消費者の購買行動を促して地産地消の実現につながっていた。 (2)食育による地域資源の活用と就労支援の充実 障がい者や福祉事業所職員が農作業に取り組み、一連の生産過程や調理に参加し、農産物やその料理を食べるという体験は、食育でいう「食に関する様々な体験活動」に相当する。地域の伝統作物の栽培や遊休農地を活用した地域特産物の提供は、伝統的な食文化、農山漁村の活性化と食料自給率の向上への貢献にもつながり、就労支援における自立に向けた食育観点からの効用も期待できる。 福祉事業所の取り組む農作業は、利用者の健康維持や雇用機会と経済自立への支援ツールとして機能するとともに、技術や豊富な経験を有する地域の農業者や住民らの人的資源が活用できることにより、消費者との交流を通した社会参加機会としても評価される。また、遊休農地などの地域資源の活用、地域農家への農作業労力の提供、地域住民との関係構築などによる地域社会の活力向上効果もある。 5 おわりに 福祉事業所は、支援サービスのメニュー選択に‘食と農に関する取り組み’を取り入れることで、地域との関係性も高まり、地域の一員となって食育の側面からも有意義な活動を展開して、就労支援や生活訓練の内容を充実させる可能性が高まる実態を考察した。 【参考文献】 1)『社会福祉施設・事業所等における農作業の取組実態全国調査』,「平成27年度厚生労働科学研究費助成研究(研究代表:石田憲治)報告書」,(2016) 2)石田憲治・片山千栄『農福連携視点に立った地域資源の合理的利用と障がい者の就労支援』,「第25回職リハ研究・実践発表会発表論文集」,(2017),p.72-73 3)片山千栄・石田憲治『福祉事業所が関わる農作物生産と地域における食のイベントを通した畑作振興』,「畑地農業No.705」,畑地農業振興会(2017),p.2-10 【連絡先】 片山 千栄 e-mail:PXG02467@nifty.com p.134 デザイン思考で自然に働く ○柿沼 直人(有限会社芯和 Cocowa:就労継続支援B型事業所 職業指導員) 1 事業所紹介 2019年11月、「一人ひとりが主体的協調的に行動し、デザインを通して社会に和を創造する」(デザイン=相手の立場で考えることと定義)を事業所方針として、就労継続支援B型事業所を追加で開所した。 デザインが生み出す効果として、①利用者本人が「所属感と貢献意欲を持てる」。②利用者と支援者が「相互通行の人間関係を形成できる」。③社会に対して「障害者雇用の専門的職域拡大ができる」。の3点が挙げられる。 開所から日が浅い事業所ではあるが、社会的にコロナ禍で様々な要因から出勤できない(しない)利用者が増えている状況化でも、今年4月からの出勤率平均96%を維持している。これは、栃木県助成事業を活用しテレワークシステムを導入、研修から実施まで本格稼働させ併用できるようにしたことと、利用者一人ひとりが主体的に貢献しようという意欲を持っているということが理由である。 業務内容は、デザインに関わる業務(イラスト・後加工・事務・環境整備等)を主に行っている。一人ひとり同じ作業を行うわけではなく、得意を活かし、苦手を助け合いながら協力して業務を進めるスタイルをとっている。 2 知識向上、幅広い経験のための取組 (1)日常業務・PCスキル等の動画マニュアル 障害に応じた業務理解やスキルアップは、市販の書籍等では対応しきれない部分が多い。具体的内容を動画にしておくことによって、何度でも見返すことができ、段階的にサポートを行うことが可能になる(表)。 表 動画の例 (2)エクシェア(Exshare:経験の共有) Experience(経験)、Sharing(共有)の造語であり、弊社独自に開発したプログラムとなっている。仕事をするための力として、5W2H、PDCAサイクル等が一例として挙げられる。知識として理解するには難解なことでも、具体的な例として繰り返し話し合い、日常業務で実践する機会につなげ、成長を促すことができる。 また、デザイン思考で仕事をするため、身体を動かし脳を活性化する目的で、仕事の状況やメンバーのコンディション・興味・感心に応じた運動プログラムを実施している。 (3)美術館見学(アート×デザイン) 事前準備と見学後の意見交換会の機会を設けることによって、人前で話す経験の機会となり、本人の興味関心と他者の興味関心の違いを経験から学習することができる。 3 能力向上のための取組 (1)考える機会の創出 就職を目指すための実践的な業務を中心に、就労移行支援事業所の利用者と一緒にサポートを受けながら作業を進める。その中で重視していることは、利用者スタッフともに「考えること」である。 「考える」とは問題と課題を分けて考え、課題に対処し、改善していくことである。問題とは、「何ができないのかもわからない状態」であり、課題とは、「原因はわかっているが解決策が未だない状態」である。その場限りの解決策を利用者に教えてしまうのではなく、原因をともに考え、次同じような課題に直面した際に、自らの力で解決する手段をもてるよう、経験を積み重ねるサポートをしていく。 図1 経験の積み重ねの結果として、新聞4コマ漫画を受注(作:イラストレーターほたる) p.135 (2)多様性尊重のためには何が必要か 「数年で一般就労しなければならない」と考えてしまうと、正直難しいと言わざるを得ない利用者は多い。支援者として、「本人にあった成長スピード」を見極め、そこを重要視したサポートを実施していく。理由として、例えば納期に間に合わないという理由で「急ぐこと」を求めてしまった結果、逆に成長を止めてしまう、成長スピードが遅くなってしまう現状が往々にしてあるからである。スピードという意識だけが本人の中に残り、作業自体から得られる経験や改善が薄くなってしまうことから起こる。 だからといって、納期意識は大切である。いつまでも同じことをやっていていいはずはない。そこを理解して改善していくために、作業に対してのそれぞれに合わせたマニュアルの作成や、カッターの使い方、はさみの使い方、ラミネーターの使い方等日常的に必要な作業についても、動画マニュアルを活用し、何度でも確認できるようにすることで、それぞれのスキルアップを図っている。 さらに、本人にとって気付きにくい課題、できるようになりたいが解決策がわからない課題等については、ともに考えることで本人の「考える力」を成長させ、そこから気持ちにも少しゆとりが生まれ、自信にもつなげることができ、そこから様々な主体性が積み上げられていく。一例として、数値文字が苦手だが、コンセプトを理解してイラストが描ける、という利用者が主体的に編集長を行い、事業所の情報発信と社会貢献のために作成している会報誌「Cocowaだより」が挙げられる。細かいことに気がつく利用者、アイデアが豊富な利用者、字が上手に書ける利用者等、それぞれが得意なことで協力し合い、自然に協調性が生まれ、「和」が創り出され、今後も続けて行きたい取り組みとなっている。 4 自己理解、他者理解で互いの成長に携わる 障害者健常者の境なく、一人ひとりが苦手なことがあるからこそ助け合えることを理解し合える環境作りのための取り組みも重視している。 その一つとして、福祉サービスを利用しているときは当たり前に苦手なことへのサポートが受けられるが、社会に出たらサポートは当たり前ではなく、社会の一員として自らも貢献する意識を持つこと、福祉のサービスと一般就労との違いを繰り返し説明していく。さらに、自己理解のためのPDCAサイクルの習慣化、報告連絡相談や社会人としての心構えの重要性を説明し続けることで、少しずつではあるが、確実に変化を実感できるに至っている。 5 デザインを通して社会につながりを創造する(相互通行のコミュニケーション) 事務作業をする人、イラストを描く人、環境整備をする人、職種に関係なくそれぞれが「お客さまによりよい商品を届ける価値」を求めて仕事をするために、仕事の目的を具体的にしていく中で、「言われたからやる」から、「社会によりよい商品を届けたいという想いで主体的に行動する」に目的が変化する。自分たちが仕事をした先に社会があるということを主体的に意識できることで貢献意欲も生まれ、仕事のやりがい、成長につながっている。 6 主体的な喜びから生まれる「ありがとう」の心 苦手をサポートしてくれた仲間にありがとう。助けてもらったらありがとう。言われてやるからではなく、相手の立場を主体的に考えて行動したからこそ心からの感謝の気持ちが生まれる。今後も、関わりのある人々に対してたくさんのありがとうの言葉が自然に生まれてくるような事業所にしていきたいと考えている。 ありがとうの効果として、①人間性が優しくなれる②日頃気づかない周りの助け等に感謝ができるようになる③苦手な人との人間関係が少しだけ良好になる④言われた相手にもいい影響が生まれる。などが挙げられる。 ありがとうには障害健常の壁はない。支援者がこれからどのようなサポートを行えるかによって、ありがとうの質も変化していくと考えている。 図2 「一人ひとりが主体的協調的に行動し、デザインを通して社会に和を創造する」を表したコンセプトアート(作:イラストレーターほたる) 【連絡先】 有限会社芯和 (Cocowa:就労継続支援B型・就労移行支援・就労定着支援) 栃木県河内郡上三川町上蒲生2186-1 電話:0285-38-9350 e-mail:info@cocowa.co.jp p.136 デザインを通して創りだす・伝わる(コミュニケーションする)を社会に提供する ○高橋 和子(有限会社芯和 Cocowa:就労継続支援B型事業所 就労支援員) 1 これまでの経過 2012年に就労移行支援事業を開始。デザイナーを目指す障がい者を主な対象として、ビジネススキル・デザインスキルの基本と実践を通して2~3年で一般企業のデザイナー等専門職就労者を輩出してきた。昨年は障害者技能競技大会DTP競技で栃木県代表として全国3位の結果を収め、今年度も栃木県代表として全国大会出場が確定している。 就労支援の中で、苦手は沢山あるが「イラストを描く」「よく動く」「文章を書く」「アイデアが豊富」「本を沢山読む」「創造力が豊か」等、2年での就労は難しいが、様々な可能性を持っている人達に出会った。2年で就労してくれることは嬉しいが、もっと長くかかわることで、スタッフ・利用者の相互通行関係を築き、全員がより成長できる環境を創ることができるとの想いから、2019年11月、就労継続支援B型事業を開始し、専門職を目指す利用者だけでなく、障がいの範囲を広げ、それぞれが得意で貢献できる場創りを推進している。 2 デザインシンキング「人」を中心にした発想の力 現在多くの事業所で行っている「福祉向け」の仕事では、多様化するメンバーの仕事ニーズに合わせることができなくなってきたと感じている。また、事業所側で提供できる仕事が利用者の適正とマッチしないこともでてくる。そこで、一つの仕事に対してスタッフ・メンバー双方が「今の仕事はこれでいいのか」と考え、常に学び続け「失敗を受け入れ」、「改善していく」ことで新しい発想で仕事を創り出していく(図1)。 図1 5W2H を活用した発想 日頃から発想の力を培っていくことで、事業所に貢献したいと考える利用者が増えれば「発想の力」が何倍にもなる。また、企業で働きたいと思う利用者は、メンタル面でも力をつけることができると考えている。 3 デザイナーとともに「モノ」から「コト」へ価値転換 デザインを「相手の立場を考えること」と定義し、どうしたら相手がより喜んでくれるのかを一人一人が考え、自社デザイナーと相談して具体的な形に落とし込んでいく。一例として、スマホケースを「モノ」として捉えると、「スマホを保護する」が目的になるが、家族の似顔絵が入った世界に一つしかない「喜びを持ち歩く体験」へ転換し、プレゼント品として喜ばれている。 4 色や形のデザインでなく、本人・事業所の想いを反映 本人のありたい姿を利用者・スタッフで探し、本質的な課題解決に向けて相互通行の人間関係を意識し形成する。そこから、支援スタッフ側もよりやりがいが持てる働き方ができ、本人のビジョンを共有する楽しみが生まれる。 現在のようなコロナ禍にもかかわらず、精神障害者保健福祉手帳所持者のメンタルも、緊張・心配が増えることなく安定していた(図2、図3)。これは、本人にとって所属感と貢献意識が醸成され事業所に活気が生まれている結果である。 図2 利用者メンタル統計(2019年末) 精神障害者保健福祉手帳所持者 図3 利用者メンタル統計(緊急事態期間) 精神障害者保健福祉手帳所持者 p.137 5 相互通行から知恵・工夫・アイデアを発信する ア コトの実践の一つとしての会報紙「Cocowaだより」 利用者だけの提案と協力で、「当事者からの情報発信・地域の情報掘り起こし」を目的に、会報誌Cocowaだより発行の取り組みが生まれた(図4)。地元栃木県上三川町をより深く探るという内容で、取材(アポイントメントも含む)・撮影(写真をやりたい利用者)、執筆(全員で協力)を行う。 また、「活躍している障がい者にインタビューする」という企画(アイデアが得意な利用者)をし、メール取材を行う(内容をまとめることが得意な利用者)(図5)。 また、「障がいについて当事者から伝えたい」という想いに賛同した利用者のエッセイ等、様々な企画が生み出され、会議の実践、相互コミュニケーション、リーダーシップの実践機会となっている。全員がデザイナー目線でよりよい会報を創りたいという想いを共有している。 事業所としても、コロナ禍で誰もが外出を控える今だからこそ発行することで効果も大きくなると期待している。 図4 出来上がったCocowaだより1号 図5 上三川町役場での取材の様子 イ アイデアを形にする「栃木県塩谷町様長寿カード」 昨年までは敬老の日に95歳の方に対して賞状を贈っていたが、今年はより記念になるものを贈りたい(1人分の予算400円以内)と役場の担当の方から相談を受けた。この課題を利用者と相談し、解決策を考えて完成させた。ここで生み出された仕事として「発想」「調査(インターネット)」「試作」「デザイン」「印刷」「組立」「ラッピング」等があり、それぞれの仕事を利用者自らが選択して行った(図6)。1つの製品が完成する過程で生まれた協調は、自分たちの仕事は「デザインを通して社会に和を創造する」という意識で、「95歳のおじいちゃんおばあちゃんがずっと飾っておきたくなる体験を創造する」ことである。 図6 出来上がった長寿カードと作業の様子 ウ 課題発見に向けた取組推進と実践 事務作業についても、それぞれがデザイン視点で分担を行っている。一例として、日々の送迎を、一人一人に確認し管理する仕事がある。スタッフが利用者帰宅後に行ってもただの「送迎管理入力」という作業に終わってしまう。しかし、脳梗塞で倒れた利用者が担当することで、「脳の前頭葉の訓練」にもなる。また他の利用者にとっては、確認されたら答えられるようにメモをして自己管理を行う習慣が生まれる等自然に意識の変化が生まれてきた。また、確認を通して利用者間のコミュニケーションの機会ともなっている。 6 組織にとって、人の個性は「宝」である 現在、デザイン思考から生まれる価値は、社会のために何かを創りだしていくことに留まっている。今後も全員で協力して進めていくことで、利益を生み出し、事業の継続を安定して行える事業所を目指していく。 また、1つの事業者だけではやれることには限界があることも理解しており、今後様々な事業者との交流も増やしていき、新たな価値をともに創れるようになることを願う。 【連絡先】 有限会社芯和 (Cocowa:就労継続支援B型・就労移行支援・就労定着支援) 栃木県河内郡上三川町上蒲生2186-1 電話:0285-38-9350 e-mail:info@cocowa.co.jp p.140 テーマ8 様々な背景のある求職者への支援 新規学卒者の障害受容について ○川本 静(広島東公共職業安定所 (就)上席職業指導官) 1 はじめに 障害者雇用に初めて関わったのは、今から15年程前である。当時小規模のハローワークで、時折、障害のある方を担当していた。その時、障害者雇用は、障害者手帳、年金及び生活保護等諸制度を利用し、地方自治体及び支援機関の方々と関わり合いながら進める必要があることを学んだ。それから数年たった頃のことである。新規採用時からよくハローワークで見かけていた方が、専門相談部門の窓口へ座っていた。初めてお見かけして20年である。時間の重みを感じるとともに、どこからが障害なのかを意識し始めたのもこの頃である。 2 障害の有無について 障害の有無は医師等の診断に基づくものである。ハローワークでの取扱いは、障害者職業紹介業務取扱要領の「障害者の範囲及びその確認」により、専門相談窓口が利用できるかが定められている。その中には、手帳を所持しない統合失調症、そううつ病、てんかん、発達障害及び難病等についての取扱いも含まれている。また本人が生活のしづらさを感じている場合、関係機関との連携及び福祉制度の説明も行っているが、人権に配慮した対応が求められる。今回は障害者手帳の有無及び障害受容の状況により考察したい。 ハローワークの職業相談窓口には、一般の職業相談部門(学卒部門を含む。)及び専門相談部門がある。何らかの障害があり、既に就労支援を受けている方及び特別支援学校進学者は、地域のハローワークの専門相談部門を利用する。それに対し一般の職業相談窓口を利用する方は、障害者手帳を所持しているものの地域の支援を利用していない方や、医療機関で受診しているものの障害について全く理解していない方が含まれる。 3 障害者手帳を所持する方への対応 障害者手帳を所持し、一般職業相談窓口を利用している方は、一般の学校へ進学しているケースである。特別支援学校へ進学した場合、学校生活を通じて働くことの意義や目的を学んでいるため、自分のできる仕事を理解していることが多い。それに対し一般の学校へ進学した場合、就労について学ぶ機会はほとんどなく、就職活動を始める時期になり初めて就職の難しさを実感する方も少なくない。これは障害者を取り巻く環境として、障害者雇用率制度や特定求職者雇用開発助成金制度など障害者雇用促進のための制度があること、支援機関による事業主及び障害者本人へ対するサポートシステムがあることが挙げられる。これらの制度を活用し、障害者雇用を促進する企業も多数存在する。また一般の学校における学生生活で、他の学生以上に努力している方や「これまで自力でやってきている」と自負のある方も多く見られる。更に学校や家庭生活において、教師、友人、家族等の身近な存在が、自然に本人をフォローしており、本人が社会生活を営む上で生活のしづらさを感じていないことも見受けられる。このように障害者雇用制度と、本人が障害の説明の必要性を理解していないことが、就職活動を困難にする一因と考えられる。 障害者手帳を所持する方に対しては、障害者を取り巻く諸制度の理解が必要である。本人、家族及び同行者に支援機関との連携を説明し、就職活動の準備から始めることとなる。本人のストレングスに着眼し、できるだけ成功体験を引き出した応募書類を作成することで、面接時自分らしさを発揮できるようになる。障害の状況の説明も重要である。初対面の面接官に対し、障害の状況、通院、服薬及び配慮の必要な事項等を伝えるには、事前に別紙にまとめておくことや支援者の活用が有効である。障害をオープンにして面接を受ける場合は支援者の同行が可能である。第三者である支援者が同行し、障害の状況、障害特性の説明、実習制度やジョブコーチ支援など定着に向けた支援方法を説明し、事業所と支援者が連携して就職後の新たな課題への対応することで、安易な離職を未然に防ぐことに繋がる。 4 障害者手帳を所持していない方への対応 障害者手帳を所持していない方に対しては、本人が通院の事実または病名を申し出た場合と、全く障害についての認識がない場合のいずれかにより対応は異なる。 本人から何らかの申し出があった場合、現在の状況について聴取する。障害者手帳取得予定であれば、前述の障害者手帳取得者と同様の対応を行う。障害者手帳の取得予定でない方については、ハンディキャップを認識しているか否かを確認する。ハンディキャップを認識している方に対しては、障害者雇用制度と障害の状況の伝え方を、家族や教員等が同席した上で説明する。一方申し出があったもののハンディキャップを全く感じていない方及びハンディキャップがあっても認識しない方に対しては、一次的には後述の全く障害を認識していない方と同様の対応を行う。 全く障害を認識していない方の対応では、窓口での本人 p.141 ニーズの把握に苦慮する。通常、職業相談は会話中心であるが、本人の了解を得て会話の内容を記録し、それを本人に示しながら会話を進めると有効である。一般的な価値と本人の価値に差があると思われる内容が含まれていたとしても否定せず、本人の話す内容がジグソーパズルのようにバラバラであったとしても、記録をとり視覚的に確認していただく。ある程度話が進んだ段階で本人の言葉を使い、時系列に沿って内容を確認する。これを繰り返すことにより、本人の主訴が把握できるようになり、信頼関係の構築に繋がるようである。また、本人の伝えたい内容と第三者へ伝わる内容に相違があることも意識する必要がある。例えば、ある物を指して「これは何ですか?」と尋ねた時の返答は十人十色である。いろいろな表現方法があることと同様、伝わりやすい答え方があることを理解できれば、就職活動において有効である。職業相談を重ねてもなかなか成果の出ない方への対応は複数の職員で行うことが望ましい。複数対応により、異なった視点での分析が可能になり支援の方向性を見出すまでの時間が短縮されることや、職員のバーンアウト(燃え尽き症候群)を防ぐなどの効果が期待できる。ただ、対応できる相談件数が限られるという面もあるため、状況に即した判断が必要となる。 就職活動を行う上で本人を取り巻く環境にも着眼する必要がある。家庭環境、家族の意見及び奨学金の利用の有無が多大な影響を与えているケースも少なからず見受けられるからである。 5 初めての就職活動に不安を抱えている方への対応 「就職活動の進め方がわからない」「何をしていいかわからず不安」この言葉は若年者からよく発せられる。就職活動は、履歴書や自己PR書等応募書類の作成、応募企業の選定から始まり、面接、採否結果へと続く。応募書類作成の段階で、これまでの経験の棚卸しができず、自己分析や自己決定に至らないケースがある。また、本人(または家族)の希望と現実が乖離していることもある。不安を抱えている方に対応する時は、就職活動の手順の説明から始めると効果がある。 応募書類の作成において、履歴書は最初に住所、氏名及び学歴等記入方法が定まっている欄から記入してもらう。志望動機や自己PRの欄は、応募企業の選定後に記入する。自己PR書を必要としない企業もあるが、今後の面接対策にも効果的であるため、作成した方が望ましい。ただ自己PR書を自分で作成できない方も少なくない。その場合、まず成功体験やプラスの記憶を辿りテーマを決める。アルバイト経験がある方は、仕事を通じて得たものをテーマにすると効果的である。次に、実際どのような経験をしたのか具体的に話してもらい、その内容を記録する。一通り話し終わったら、記録を見せながら時系列に沿って本人の話を組み立てる。この時できるだけ本人の言葉をオウム返しするよう心掛けると効果的である。本人の表情を見ながら、話したい内容になっているか本人へ確認する。「話す→記録→まとめる→確認」の一連作業を繰り返すことで、本人の伝えたい内容が明確になる。また、本人の伝えたい内容に近づくほど、表情が明るくなっていく。 応募企業の選定においては、その企業を志望した明確な理由があるかが重要になる。志望動機について、企業研究で得た情報を答えるケースがよく見受けられるが、根底に過去の経験があることを意識する必要がある。経験は最大の武器であるため、志望動機に盛り込むことで強みのアピールに繋がる。 このように就職活動のどの段階かを明確にすることで、本人の現在の状況の確認と目標設定が可能となる。設定した目標を少しずつ達成していく過程で自己実現感が得られ、次第に不安が払拭されていく。 また、面接を受けたが思うような結果が出なかった時には、面接の振り返りが有効である。まず本人の印象に残っている質問や面接官の言動を挙げてもらう。次にその質問にどのように答えたかを述べてもらう。そして、他の対応方法の可能性について推考する。こうして次回の面接対策を検討し、これを何度か繰り返すことで面接で適切な対応が可能となる。 6 まとめ 学校卒業後の就職は、その後の人生を大きく左右する。障害者を取り巻く環境も改善され、本人のニーズに応じた選択も可能となっている。的確な状況判断と周囲との連携を大切にして、一人一人に寄り添った支援を行うことが、今後ますます求められる。 p.142 何らかの就労課題を抱える方を対象とした一般相談窓口から専門相談窓口(精神障害者雇用トータルサポーター)への誘導状況 ○岡本 由紀子(ハローワーク大和高田 精神障害者雇用トータルサポーター) 1 はじめに 平成24年に発達障害者支援法が設立され、発達障害と言う概念が具体化された。それまでは「発達障害」と言う言葉が明確化されておらず、2次障害で鬱病等を発症してから精神科へ受診されるケースや、ベースの発達障害よりも表面化している「鬱病」等へ診断がつく事も多かった、と昨今の発達障害の診断を受ける患者の増加人数から推測される。 現在の定年60歳という事を鑑みても、いわゆる現在における氷河期世代や発達障害が明確化される前に就職活動や就労・転職・離職を繰り返してきた方の中に「生きづらさ」を抱えたまま公共職業安定所(以下「ハローワーク」という。)で求職活動をされている方も数多くいると考えられる。そこで、令和元年度における当所内の精神障害者雇用トータルサポーター(以下「サポーター」という。)の業務を通じて支援してきた実数の内容を具体化し、調査を実施する事とした。調査内容は離転職の繰り返しが多いケース、年単位で就職活動を行っても内定が決まらないケース、一歩踏み出せないまま相談を繰り返すケースなど、窓口の相談で「何らかの課題」を抱えていると考えられ、窓口からの誘導の元、本人が希望し、サポーターが関わりをもったケースである。 2 所内調査 ハローワーク大和高田では幾つもの相談部門がそれぞれ専門性を持って設置されている。まず、求職者が相談・職業紹介を受ける窓口として「職業相談第1部門」、そしてその中に属する部署として、中学・高校・大学等既卒含む3年以内の若者支援の専門を担う「学卒担当」、そして最近では35以上54歳未満の「氷河期世代」の就労支援に力を注ぐ窓口が加わっている。そしてまた、生活保護や困窮・職業訓練相談を主とする「職業相談第2部門」、その他として身体障害・知的障害・精神障害(発達障害)の手帳などを保持されている方等・母子支援の職業相談を担当する「専門相談部門」等がある。その専門相談部門内のチームの一員として在籍しているのがサポーターである。今回は当ハローワーク(奈良労働局ハローワーク大和高田)内での令和元年度におけるタイトルに基づく所内連携における内部調査の方法及び結果について報告したい。 なお、サポーターの役割とは「精神障害」や「発達障害」を抱える方等に対する以下の業務に従事する、とされている。 ①カウンセリング ②職業準備プログラム ③職業相談・職業紹介・同行紹介 ④支援機関への誘導 ⑤定着支援 ⑥障害者雇用や管理に関する事業所支援 ⑦セミナー等講師 ⑧ケース会議等への参加等 3 調査方法 1で述べたように「何らかの課題」を抱えながら活動している求職者が少なからずハローワークには来所していると考えられる。その中で、実際にどれだけの人数が、一般職業相談部門等から、専門相談部門のサポーターに相談があり、かつ、面談の上、医療情報提供を実施し、支援を行ったのか、実数を取りまとめてみた。その結果を分類し、医療情報提案のみで終了した者の数、実際に医療受診(同行含む)をした者の数、を割り出し、最終的にハローワークでの専門相談部門への登録移行に至った人数までを追う事とした。 4 調査結果 令和元年度「サポーター」に誘導された新規相談人数を表1~5にまとめた。 所内の部門全体からの依頼人数の合計(一般職業相談部門・職業相談第2部門、専門相談部門)は表1のとおりである。 表1  上記の内、専門相談部門からの誘導とその他部門からの誘導数の内訳は表2のとおりである。 p.143 表2 上記②の一般職業相談部門等からの誘導数の内、医療情報提案実施(または医療機関同行)・現在通院中・医療情報提案なし、の内訳は表3のとおりである。 Aに関しては、状態として不眠や食欲不振、希死念慮、自殺企図、自傷行為、感情失禁、コミュニケーション課題等が強く見られ、何らかの生活や就職活動を実施する上で「生きづらさ」を抱えている可能性が示唆される方が対象である。 Bに関しては、一般相談窓口においては精神科通院について話をされていなかったものの、サポーター面談の中で通院を打ち明けられた方や、通院をしているものの、自己希望で専門部門登録ではなく一般登録で求職活動したい、と一般相談窓口を利用していた方等を対象としている。 Cに関しては、就労への焦りや不安がみられ、サポーターへ繋がったものの医療機関受診を勧めるまでの心身状態は見られず、サポーター面談継続や支援機関紹介などで支援できると判断した方、の内訳である。 表3 Aの医療機関受診検討・医療情報提案実施・医療機関同行数の中において、「☆提案のみで終了した人数」「★実際に医療受診・サポーター同行を行った人数」の内訳は表4のとおりである。 表4 また、上記の★の結果の内、一般相談窓口から専門相談部門に登録を移行した数は表5のとおりである。 表5 5 考察 以上の統計から一般相談窓口等での相談者の中にも、何らかの課題を抱える方が来所されており、それに伴い、実際に面談を実施していく中で、医療情報提供の必要な方、医療受診を勧めるケース、実際にサポーターが医療同行するケースも少なくない事が明らかになった。 また、追記として専門登録後の就職率などの調査はできていないが、決して医療機関を勧め、診断をつけることや専門相談部門の登録をしてもらう事が目的なのではなく、「何らかの課題」のために上手く就活や就労ができないケースにおいて、求職者自身が「できない自分を責める」のではなく、自分と向き合い、自分の特性や個性を理解し、より良い就活・就労をしてもらう事こそ重要であると筆者は考えている。そのためにも今後の課題としては、医療情報の提案のみで終わってしまっているケースについて、今後も引き続き就労支援の方法をサポーター単独で検討していくのではなく、部門を越えて互いに役割分担を明確にし、所内で1つのチームとして連携し、再度介入のタイミングなどを見極め、継続支援していく必要があると考えている。 【連絡先】 岡本 由紀子 奈良労働局 ハローワーク大和高田 電話:0745-52-5801(43#) p.144 障害者就業・生活支援センターにおける障害が窺われる生活困窮者等への就労支援について ○森 敏幸 (清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせ 所長) 佐村 枝里子(清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせ) 1 はじめに 令和元年度から全国47の障害者就業・生活支援センター(以下「ナカポツ」という。)に生活困窮者等のうち障害が窺われる者の就労促進と職場定着に向け、生活困窮者自立支援制度における就労支援施策や生活保護受給者に対する就労支援施策と連携を図り支援等を行う「就業支援担当者(生活困窮者等支援担当者)」(以下「支援担当者」という。)が配置された。 これは、福祉事務所や自立支援機関と連携を図り生活困窮者等の就労を促進するという役割の一端を期待されているものである。事業の本来的な目的は直接的な当事者への支援・対応を求められているものではないが、事業を進める中で障害とのグレーゾーンの事例は多く、その抱える背景は複雑で対応は困難なものがあり、支援担当者が直接的な支援に当たらざるを得ないものが多かった。一年を振り返って地域の障害者及び生活困窮者等への相談支援体制の在り方について考察してみたい。 2 事業の概要 支援担当者は次のような業務を行うことができるとされている。 ・自立相談支援機関や福祉事務所の要請に応じ、障害が窺われる方への対応や就労体験受入事業所の開拓に関する相談 ・障害が窺われる方との面談や支援プラン策定の場に同席 ・就労体験に当たり、受入事業所や本人への助言、訓練の同行 ・関係機関との合同(出張)相談会の実施 3 当ナカポツの概要 当ナカポツは、人口約41万人の中核市である岐阜市に所在する。岐阜県内の5福祉圏域には、それぞれに1か所のナカポツが設置されていたが、2016年12月に当ナカポツが岐阜福祉圏域2か所目のナカポツとして指定を受け事業を開始した。岐阜福祉圏域は、岐阜市をはじめ6市、3町の人口約80万人で構成された地域であり、当ナカポツは、岐阜市の長良川以北と各務原市、山県市、本巣市の人口約38万人の地区を担当地区とすることとなった。 この事業は、当ナカポツの担当地区で事業展開をすることとなったが、岐阜市に関しては地区を限定せず全市を対象地区として事業を進めることとなった。 4 事業の取り組み 事業の内容から、複雑なケースを扱ったり、関係機関との連携が必要となることが予想されたため、支援担当者は地域活動支援センターや当ナカポツで生活支援員として相談を経験したり、行政とのやり取りの経験のある精神保健福祉士を配置した。 事業のとりかかりとして、岐阜労働局の担当者と事業内容の共有のための打ち合わせ後、岐阜市、各務原市、山県市、本巣市の生活保護担当及び障害福祉担当部局廻りをして理解と協力を要請した。その結果、本巣市以外は積極的な連携の申し出があり、特に生活困窮の相談ケースを多く抱えている岐阜市の生活保護担当者とは早期に頻回なやりとりが進められることとなった。また、岐阜市の北部に位置する人口約2.7万人の、市の面積の84%が山林という山県市は、元々当法人運営の地域活動支援センターとの連携が強く、特に精神障害者の当事者活動に協力的な関係があり、本事業についても非常に協力的であった。 ケースの個別的な対応は、8月から始まったので、令和元年8月から本年7月末までの1年間を取りまとめた。 (1)性別・年代別相談件数 性別では、約3分の2が男性であり、年齢別では、30歳代、40歳代を併せて20件と半数以上を占めた(表1)。 表1 性別・年齢別相談件数 (2)相談内容別・性別相談件数 令和2年4月以降、新型コロナウイルス感染症が原因で職を失い生活困窮となり持ち込まれたケースは月1件程度のペースで増え、7月末で5件となった(表2)。 表2 相談内容別、性別件数 p.145 (3)市町別・性別相談件数 人口約40万人の岐阜市が24件と一番多く全体の3分の2を占めたが、2番目に多かったのは人口2.7万人と担当地域でも人口規模の最も小さい山間都市の山県市からの相談が9件と全体の4分の1を占める相談があった(表3)。 表3 市町別、性別件数 (4)障害区分別・性別相談件数 障害種別の件数を表4にまとめたが、手帳の所持の有無などで分類せず、過去に告知されたものや相談を進める中で手帳取得になった場合や精神科受診歴のある者は精神障害として計上した。上記のように、精神障害が半数を超える19件であった。その他は、不確かなもの、障害者と分類できないものを計上した(表4)。 表4 障害区分別、性別件数 (5)支援の内容別・性別相談件数 支援の内容としては、精神科等の医療機関への受診同行など医療機関へ繋げたケースが9件と一番多かった。経済的な困窮状況にあるため、特に新型コロナウイルス感染症問題が発生以来求人がなく、A型事業所などの福祉的就労に繋げていったものが8件と次に多くなった(表5)。 表5 支援の内容別、性別件数 5 結果 事業が実質的に動き出したのが6月から7月であり、この7月でやっと1年が経過した。生活困窮相談担当者からの相談を受け、直接的、主体的に対応したケースは上記のように36件あったが、この件数の多少の判断は他に譲るとして、手帳の取得のための障害福祉機関とのやりとりや医療機関に繋ぐ対応は煩雑で、また、担当地区は地理的にも範囲が広く、その業務は決して軽いものではなかった。 また、それぞれの内容は多様で、困窮に至るまでの経緯を辿っていくと、どのケースも複雑な背景を抱えていた。大学卒業後一度も就労経験なく引きこもり両親が亡くなり相談窓口に来た者、親が高齢となり介護も必要となり相談に来た者、事故で身体障害者となり働き口を失くした者、本人は働く意欲もなく引きこもっていて兄弟や親が途方に暮れ相談に来た者、今年度に入ってからは、新型コロナウイル感染症が原因で解雇や派遣切りにあった者など多種多様であった。 市町の生活困窮相談窓口の担当者は、うなぎ上りに増え続ける相談ケースを抱え、通常では医療機関へ繋ぐなどの支援は行っておらず、またその判断にも困っていた状況であり、特に精神疾患を疑われるケースの対応には苦慮している現状があり、この事業に対しては非常に好意的であり協力的であった。 山県市が相談ケースが多いのは、規模の小さい行政機関であることで、障害福祉と生活保護担当者が同じフロアーで業務を進めていることなどが自然と他部局間の連携がとりやすく、当事業についてもこのことが良い影響をもたらした結果であったと考えられる。 6 まとめ ケースの多くは社会に出るのに不安を抱き、いきなりの雇用による就労は本人を含め望んでいない場合が多かった。このような人たちを受け入れる「新しい地域の在り方」として「超短時間雇用モデル」が稼働していたらスムースに進んだと思われる事例ばかりであった。 そして、生活困窮者の相談窓口には、それまで何とか生活していたのが色々な事情で困難となり相談に訪れる場合がほとんどである。相談の内容、要因は様々で、医療のみならず福祉、保健、司法、そして本来の就労支援など多様な機関を巻き込む事例が多い。それも「障害が窺える」事例は、多様な視点からケースを理解、把握し、関係機関に「繋げる」という作業が必要となるケースがほとんどであった。「何でも屋」の要素がついて回った。それを「働くを支援する」ナカポツが請け負うことになっている実態は、地域の福祉の相談体制としてあるべきものであるのかを考えさせられるものであった。 【連絡先】 清流障がい者就業・生活支援センターふなぶせ TEL;058-215-8248 FAX;058-215-8029 e-mail;nakapotsu@funabuse.or.jp p.146 障害高校生が一般就労後、安心して働けるように支援するNotoカレッジ独自のサービス「のとよーびさぽーと」の取り組み ○加藤 義行(株式会社Notoカレッジ 就労定着支援員) 1 はじめに 株式会社Notoカレッジは岐阜県大垣市と愛知県名古屋市を拠点に、就労移行支援事業、就労継続支援A型事業、就労継続支援B型事業、就労定着支援事業の障害者総合支援法の福祉サービスと放課後等デイサービスの児童福祉法のサービス、さらに相談支援事業を展開し、ワンストップでサービスを提供している。立ち上げ当初の経営理念に、「ワーキングバリアフリーの実現~すべての人が社会で活躍できるためのフィールドづくり~」を掲げて事業を展開し、2年目に開始した“放課後等デイサービスのとよーび”では「就労準備型」と謳い障害児の自立の促進に重きをおいたサービスの提供を開始した。就労支援に特化したサービス展開を行う中で放課後等デイサービスを利用したのち就職した障害高校生の雇用定着支援の充実を図るため、今回発表する「のとよーびさぽーと」を2020年4月から開始している。 2 就労定着支援の現状と効果 障害者総合支援法における就労定着支援事業は、2018年4月から開始された。創設に際し参考とされた定着率が障害者就業・生活支援センターの平成27年度の報告であり、就職後6か月の雇用定着率が84.4%に対し、1年後の定着率が76.5%という数値である。これを踏まえ第5期障害福祉計画には就労定着支援の成果目標を、“1年後の定着率を80%以上”にすることが明記された。 図1 就職者の定着状況について 直近の平成30年度の報告によると、就職後6か月の雇用定着率が87.3%、1年後の定着率が79.7%となっている。また障害者職業総合センター『調査研究報告書№137(2017)』によると就職1年後の職場定着率は約60%との情報もある(図1)。 弊社の就労定着支援Notoカレッジウィズは、2018年10月からサービスを開始し、現在の定着率は約86%となっており、就労定着支援を行うことで職場定着への一定の効果が得られることが分かっている。 3 障害高校生への支援 そんな中、障害高校生への支援について考えると、特別支援学校を卒業し、18歳以上となっても、障害者総合支援法の就労定着支援事業はその前提となる対象サービスを利用していないため、利用が出来ない状況である。また児童福祉法には定着支援について盛り込まれていないため、職場定着の支援の現状としては、特別支援学校の追指導と障害者就業・生活支援センターの支援のみとなっている。 放課後等デイサービス「のとよーび」の2020年3月卒業生の進路は、一般就職46%、進学13%、就労移行支援13%、就労継続支援A型7%、B型7%、その他14%となっている。一般就職を控えた障害高校生の保護者に今の心配を聞いた。 「就職したら放課後等デイサービスの支援が切れてその後の相談をどこにすればいいのか心配になる。」 「就職する会社がどのような受け入れ体制を取っているか知りたい。」 「会社に支援してくれる人が専任でいるのか。」 就職できたことは喜ばしいことだが、会社の対応や仕事内容、本人が仕事を続けられるのかといった心配が挙げられ、学校から会社へと環境が大きく変わって、困った時にどこに相談するのかといった声も聞かれた。このような声を踏まえてNotoカレッジでは、放課後等デイサービス「のとよーび」の延長支援として「のとよーびさぽーと」を開始した。 4 「のとよーびさぽーと」の特徴 「のとよーびさぽーと」は、障害福祉サービスではなく p.147 Notoカレッジ独自のサービスで、放課後等デイサービス「のとよーび」を利用し卒業後に一般企業へ就職した人に対する①職場定着支援、②リフレッシュ機会の提供、③現役の障害高校生等に対し企業情報を可能な範囲でフィードバックするサービスである。本人、ご家族の申し込みを受け、該当企業の了解を得た上でサービス提供を行う。 (1)就職した人に対する職場定着支援 就職者本人に対する支援として、就職後2年を目途に原則毎月面談の機会を設け、仕事に対する相談を受ける。また企業へ訪問し仕事の状況を確認するとともに(図2)、企業担当者と面談を行い、仕事態度や欠席状況、従業者との関係性や今後の課題などを聞き取る。そして企業担当者からの話を保護者に伝えて保護者支援を行い、安心を提供する。また課題があればご家庭での改善に向けて助言を行っている。 図2 仕事をしている風景 (2)リフレッシュ機会の提供  就職したことで大きく変わった環境に慣れるため、日々頑張っている本人にリフレッシュしてもらうため、いままで慣れ親しんだ放課後等デイサービス「のとよーび」の環境でイベントを実施。 安心できる環境で気持ちを開放し楽しんでもらい仕事への活力をつけられる支援を提供している(図3)。 図3 休日のイベント風景 (3)現役の障害高校生等へのフィードバック 原則月1回、就職者本人と保護者、現役の障害高校生と保護者の交流の場を茶話会として実施。その中で企業訪問時の情報や仕事のやり方、求めている人物像などを就職に向けて不安が大きい現役世代に伝え、安心と就労に向けた対策を助言する。また就職者本人と保護者にもいろんな相談ができる情報交換の場として活用してもらう。 5 まとめ 「のとよーびさぽーと」は前述した様に2020年4月よりサービス提供しているが本年においてはコロナ禍の影響もありパイロット運用段階である。初めての就職で、社会に出ることに対する本人と保護者の不安はとても大きなものだと想像できるが、国の制度として18歳以上の方に対する就労定着支援事業は効果を上げつつあり支援体制も整っているが、障害高校生の就職後の支援はまだ整っておらず現状においてはサポートが空白となっている。平成28年度特別支援学校高等部から一般企業への就職率が29.4%、これに対し高校生の離職率は就職後3年間で39.4%になっている。このことから高校卒業者への支援をさらに充実する必要があると感じる。 Notoカレッジでは、就労準備型放課後等デイサービス「のとよーび」で就労準備をしていただき就職率の面を、また「のとよーびさぽーと」で社会に出てからのつまづきを出来るだけ最小限にし離職率の面に貢献できるようこれからも支援していく所存であり、当該取り組み成果については定期的に発信していきたい。 【連絡先】 加藤 義行 株式会社Notoカレッジ e-mail:kato_y@notocolle.co.jp TEL :0584-77-7631 p.148 コロナ禍におけるA特別支援学校の進路指導の現状と課題 ○矢野川 祥典(福山平成大学 福祉健康学部こども学科 講師) 濱村 毅 (高知大学教育学部附属特別支援学校) 石山 貴章 (高知県立大学 地域教育研究センター) 1 問題と目的 某特別支援学校(以下「A校」という。)は知的障害を主な対象とする学校であり、小学部・中学部・高等部の児童生徒が在籍している。昨年度、学校創立50周年を迎え、地域社会において特別支援教育をリードする立場として、A校の果たす役割と期待はさらに高まっている。教育目標を「児童生徒の将来における社会的自立と社会参加」と定め、近年は障害者権利条約における“合理的配慮”や“差別禁止”に則り、国内法における障害者差別解消法や障害者雇用促進法等に着目し、進路指導の充実を図っている。 しかしながら今年に入り、新型コロナウィルスの影響により学校の授業再開が大幅に遅れ、それに伴い前期(5月)の現場実週(以下「実習」という。)は実施時期の延期(6月)によりかろうじて実施された。後期(9月、10月・11月)の実習についても先行きの不透明さは否めず、特に一般就労を目指す生徒の進路指導に関しては、進路担当者は負担感が増していると思われる。企業関係者との連絡調整等を進める上で、今後さらに予断を許さない状況が続くであろう。 筆者はA校の進路担当を2018年度まで勤め、現在の進路担当者との連携によりコロナ禍における情報を得ているが、進路指導はかつてないほどの緊張感に包まれた状況にある。こうした状況下においても特別支援学校、そして進路担当者は、生徒自身の将来に対する希望や意見を尊重する視点、すなわちアクティブラーニングによるキャリア教育及びキャリア発達の推進が求められている。 本研究ではこれらの視点を踏まえながら、実際に進路指導に関して全般的な計画立案をし、実習等を実施している進路担当者に対して調査を行い、コロナ禍における進路指導の現状と課題について検討することを目的とする。 2 調査方法 (1)調査概要 調査は2020年7月及び8月に実施した。A特別支援学校の進路担当者に対して質問紙を電子メールにより送付し、回答を得た。回答を踏まえ、電話によるインタビュー調査を実施、詳細を確認した。 (2)調査対象 A特別支援学校に在籍する高等部3年生を中心に2年生と1年生、中学部3年生を対象とし、対象生徒の進路指導に関する調査を、進路担当者に対して実施した。 (3)倫理的配慮 本研究の計画及び発表における「倫理的配慮」について、A特別支援学校副校長の確認の上、実施している。 3 結果と考察 質問紙及びインタビュー調査による結果を示す。 (1)当初予定の現場実習期間及び実際の実習実施期間 ここでは、前年度に計画した実習期間を示すとともに、コロナ禍で変更した実際の実習期間について、併せて示す(表1)。 表1 予定の現場実習期間及び実際の実習期間 高等部では例年、前期と後期の現場実習を実施している。高等部1年生については新入生の実態などを考慮し、前期実習はなく、後期から実習実施となる。前期の実習はコロナ禍により実習実施自体が危ぶまれたが、開始時期を3週遅らせることで実施に至っている。 (2)実習先選定及び実習実施での困り事等 ここでは、実習実施及び実習先選定にあたり、進路担当者はどのような困り事があったのか、その回答から示す。 ①コロナ感染拡大防止のため2月から休校となり、学校の授業再開が5月末となった。そのため、生徒の生活リズムや心身のコンディションを整えることが大変であった。 ②コロナの影響により、工場の作業量が通常のようには見込めないとの理由で、実習受け入れを断られた。 ③感染拡大防止のため、人との接触が多い企業からは実習受け入れを断られた。 ④高等部3年生の9月の実習先は確保しているが、コロナ禍により進路決定に至るまでの連携と連絡調整において、不安を感じる。 ⑤休校期間や各行事の中止など、例年とは異なる学校教育を展開する折、生徒自身の心身の成長も進路指導を行う上で課題となっている。 p.149 進路担当者から、上記の回答を得た。①では、学校再開後の生徒の生活リズムや心身のコンディションに関して、述べられている。この点は、コロナ禍において全国各地の学校の共通課題であろう。特に、特別支援学校の児童生徒の生活リズムや心身のコンディションを整える上で、保護者と学校側との連携はより密接で不可欠となる。実習に臨むにあたり時間的な制約もある中で、より慎重かつ丁寧な対応が求められたであろう。 ②と③の回答からは、6月の実習受け入れを断られた企業側の理由が示された。これらの企業はほぼ毎年、実習依頼の了承を得られ、卒業生が就労している企業も複数ある。 3月から5月にかけて、企業側も業務遂行で混乱を避けたかった事情や、感染拡大防止の観点から外部からの人の出入りを極力避けたい状況であったことと思われる。 ④の回答からは、コロナ禍の折、高等部3年生の進路が影響を受けることなく決定できるのか、進路担当者の不安が述べられている。例年、実習を経た後、企業やハローワーク、障害者職業センター、等といった関係機関と連係を図り、一般就労に繋がる。しかし、実習や就労に向けた企業等との交渉において調整が思うように進むのか不安が拭いきれず、例年とは違った危機感があると思われる。 ⑤からは、進路指導のみならず学校教育全般にわたる危惧が述べられている。①でも触れたように、特別支援学校に在籍する生徒の心身の成長を促してこそ、進路指導に臨むことができる。中学部から高等部にわたる思春期に生徒は心身ともに成長する。その成長期に、成功体験が積み重ねることができるように、心身ともに寄り添い支えているのが特別支援学校の教師といえる。 実習前の期間は特に、進路学習等により「報告・連絡・相談」や自分自身の意思表示のスキル等、職業を遂行する上で大事なコミュニケーション能力の向上を図る。実習前の時期だからこそ、仕事への心構えや意欲をよりいっそう喚起し育むことがねらいとなる。このように、実習前の進路学習は生徒のキャリア教育、キャリア発達の視点からも重要な進路指導の一つであり、この時間の確保が脅かされたことは、進路担当者として不安が募る実習前指導となったことと思われる。 (3) 9月の現場実習期間及び10月・11月の現場実習期間 次に、9月の実習期間及び10月・11月の実習期間を示す(表2)。筆者は8月末に本論文を執筆しているため、9月の高等部3年実習が無事に実施されることを願うばかりである。 9月以降、10月26日から高等部2年生、1年生、そして中学部3年生の実習と続く。A特別支援学校の特色の一つとして、中学部3年生からの実習が挙げられる。まずは、確実に成功体験を経験することを念頭に置いた、早めの実習実施となっている。 これらの実習が例年通り実施できるか否か、今年度はコロナ禍における実習という例年とは全く異なる不安要素を、進路担当者は常に抱えながら調整を続けることとなる。 表2 9月現場実習期間及び10月・11月現場実習期間 4 課題と展望 生徒にもたらす影響について考察を行う。すでに起こりつつある事象として、実習先の産業種や業務における選択肢の狭まりが危惧される。先に触れたように、企業にとってコロナの感染拡大防止策は死活問題に繋がりかねず、実習生など外部の人間の出入りを抑えているのは、現段階で致し方のない対応といえよう。ただし、こうしたコロナ禍の対応が長期化すれば、高等部3年生の卒業後の進路に直結する問題となり、2年生や1年生の下級生も、来年度以降の職業の選択肢が限定的になる等の影響を受けかねない。 生徒が生まれ育った地域で一般就労を果たすことは、障害者の地域社会への参加、地域で共に生きるというノーマライゼーションの実現において非常に大きな意味を持つ。さらに言えば、地域社会のダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包括)のため、理解と啓発推進の意味を持つ。生徒が学校卒業後、地域で生きるために、職業自立は欠かせない。その前段階として在学時、生徒が地域社会で実習に励み、自信や意欲を育み、将来に対する夢や希望を自身が語り、実現に向けた努力が実るように、周囲は支援や配慮を重ねる必要がある。主体的で対話的な進路学習を積み重ね、一人一人の実態に応じた深い学びを得ること、すなわちアクティブラーニングによるキャリア教育及びキャリア発達の継続的な推進が、特別支援学校は求められる。 生徒が地域で生き生きと生活する手段として、職業選択や働き方等において多様性を伴う職業自立を目指し、その前提の実習がコロナ禍で揺らぐことがないように地域社会全体で障害者の職業自立の意義を理解し、支え、「当たり前の生活」すなわちノーマライゼーションを保障したい。 【参考文献】 文部科学省「3.子どもの発達段階ごとの特徴と重視すべき課題」HP(2020) 文部科学省「特別支援学校高等部学習指導要領」HP(2020) 【連絡先】 矢野川 祥典(福山平成大学 福祉健康学部 こども学科) e-mail:yanogawa@heisei-u.ac.jp p.152 テーマ9 障害者雇用の実態 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第6期)結果報告-仕事をする理由と仕事の満足度の関係- ○大石 甲(障害者職業総合センター 研究員) 高瀬 健一・田川 史朗・田中 あや(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」(以下「職業サイクルに関する研究」という。)では、働く障害者の仕事の満足度への影響について、これまで就業条件、職場の配慮状況、仕事上の出来事、生活上の出来事など、様々な要因との関係を明らかにしてきた1)2)。本稿では職業サイクル研究において10年にわたる計6回の縦断調査(パネル調査)の結果のうち、第4期から追加調査している、本人側の「仕事をする理由」と「仕事の満足度」の関係について、新たに分析した結果を報告する。 2 方法 (1)障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究 ア 研究の背景と目的 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が行う職業サイクルに関する研究は、障害のある労働者の職業生活の各局面における状況と課題を把握し、企業における雇用管理の改善や障害者の円滑な就業の実現に資する今後の施策展開のための基礎資料を得ることを目的として、障害のある労働者個人の職業生活等の変化を追跡する縦断調査である(表1)。最新の成果物は、2019年3月に第5期の調査結果をとりまとめた調査研究報告書№1481)「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第5期)」(以下「第5期報告書」という。)であり、2021年3月に第6期の調査結果をとりまとめた調査研究報告書を発刊する予定である。 イ 対象者 視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、内部障害、知的障害、精神障害のいずれかの障害がある者とした。調査開始時点の年齢は下限を15才、上限を55才とした。企業や自営業で週20時間以上就労している者を対象として調査を開始し、その後、離職した場合でも対象として調査を継続している。対象者の募集は当事者団体、事業所、就労支援施設等を通じて紹介を受け、本人の同意を得て対象者として登録した。なお、回収数低下のため第3期に対象者の補充を行った。 ウ 調査方法 調査開始時点で40才未満の対象者への調査を職業生活前期調査(以下「前期調査」という。)、40才以上の対象者への調査を職業生活後期調査(以下「後期調査」という。)としてそれぞれ2年に1回の頻度で郵送法による質問紙調査を行い、調査票は点字などの複数形式を作成し、障害状況に合わせて対象者に選択してもらっている。対象者による回答を原則とし、家族等周囲の支援を受けても構わないものとしている。 エ 調査内容 第1期から学識経験者や当事者・事業主団体関係者等により構成される研究委員会を開催し、その議論を踏まえて、障害のある労働者の職業生活について、幅広く確認している。具体的には、基本属性、就労状況(就労形態、職務内容、労働条件等)、仕事上の出来事(昇格・昇給、転職、休職等)、仕事に関する意識(満足度、職場への要望等、仕事をする理由を第4期後期調査から追加)、私生活上の出来事(結婚、出産、転居等)その他であり、偶数期のみ地域生活、医療機関の受診状況、福祉サービスの利用状況、体調や健康に関する相談先等を質問し、奇数期のみ、年金受給の有無、収入源、経済的なことに関する相談先等を質問している。 (2)本稿の分析方法 調査項目「仕事をする理由」は第4期後期調査から追加調査しているため、前期調査、後期調査とも回答が得られた第5期、第6期の結果を分析データとした。第5期、第6期の調査結果それぞれについて、仕事の満足度4項目(「仕事の内容」「給料や待遇(労働条件等)」「職場の人間関係」「職場の環境(施設整備等)」ぞれぞれについて、不満=1から満足=5までの5つの選択肢)を、平均0、分散1に標準化後に加算して作成した仕事の満足度総 表1 「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」の研究実施計画 p.153 合点を目的変数、仕事をする理由7項目(「収入を得るため」「社会とのつながりを持つため」「社会の中で役割を果たすため」「自分自身が成長するため」「生きがいや楽しみのため」「生活のリズムを維持するため」「心身の健康のため」それぞれについて、あてはまらない=1からあてはまる=5までの5つの選択肢)を説明変数、加えて、障害の種類の影響を除くためダミー変数へ変換した障害の種類を調整変数とし、強制投入法により重回帰分析をおこない、仕事の満足度への影響を整理した。 3 結果 (1) 分析対象及び記述統計量 仕事の満足度4項目と仕事をする理由7項目すべて回答のあった者、第5期522人、第6期462人を分析対象とした。 分析に使用した変数の記述統計量を表2に示す。 表2 分析に使用した変数の記述統計量 (2) 仕事の満足度と仕事をする理由の関係 分析の結果、第5期のモデル説明率はR2=.233であり有意であった(F(12,509)=12.85, p<.01)。仕事をする理由のうち、「社会とのつながりを持つため」(β=.15, p<.01)、「社会の中で役割を果たすため」(β=.13, p<.05)、「生きがいや楽しみのため」(β=.15, p<.01)を重視するほど、仕事の満足度総合点が有意に高かった(表3)。 第6期のモデル説明率はR2=.254であり有意であった(F(12,449)=12.75, p<.01)。仕事をする理由のうち、「社会の中で役割を果たすため」(β=.22, p<.01)、「生きがいや楽しみのため」(β=.14, p<.05)を重視するほど、仕事の満足度総合点が有意に高かった(表3)。 なお、VIFは最大で3.44であり、両分析とも多重共線性の問題はなかった。 表3 仕事の満足度総合点を目的変数とした重回帰分析結果 4 考察 障害者が仕事をする理由として重視することと、主観的な仕事の満足度はどのように関連するだろうか。本分析で有意であった仕事をする理由のうち、「社会の中で役割を果たすため」と「生きがいや楽しみのため」では、その影響プロセスは不明ではあるが、調整変数として障害の種類の影響を除いてもなお、比較的一貫して仕事の満足度へ影響することが確認された。 ただし、本分析の分析モデルの説明率は2割程度に留まり、仕事の満足度全体の説明に十分なものではなかった。仕事をする理由として重視したことが実現または実現せず満足度が変化するには、本人の障害の状況や企業の状況、支援の状況など多くの要因が関係すると考えられる。 結論として、職業サイクルに関する研究では、「仕事の満足度」に多くの要因が関連することがこれまでに明らかにされていることを考慮すると、報告されている要因に加えて、本分析で扱った本人側の「仕事をする理由」を含めて検討を継続していく必要性が示唆された。 【引用文献】 1)障害者職業総合センター:障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第5期)「調査研究報告書No.148」,障害者職業総合センター(2019) 2)障害者職業総合センター:障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第4期)「調査研究報告書No.132」,障害者職業総合センター(2016) 【連絡先】 障害者職業総合センター研究部門 社会的支援部門 Tel.043-297-9025 p.154 障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第6期)における新たな取組-ヒアリング調査による事例報告- ○高瀬 健一(障害者職業総合センター 主任研究員) 大石 甲・田川 史朗・田中 あや(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 障害のある労働者の職業生活の継続において、工夫していることや課題は何か。当事者の視点で具体的にどのようにとらえているのであろうか。 本稿では、「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」(以下「職業サイクルに関する研究」という。)の概要説明に加えて、計5回の縦断調査の結果を踏まえて、新たな取組として第6期から開始した調査対象者へのヒアリング調査の実施状況及び結果の一部を報告する。 2 方法 (1)質問紙調査について ア 研究の背景と目的 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が行う職業サイクルに関する研究は、障害のある労働者の職業生活の各局面における状況と課題を把握し、企業における雇用管理の改善や障害者の円滑な就業の実現に資する今後の施策展開のための基礎資料を得ることを目的として、障害のある労働者個人の職業生活等の変化を追跡する縦断調査である(表)。最新の成果物は、2019年3月に第5期調査の結果をとりまとめた調査研究報告書No.148「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究(第5期)」(以下「第5期報告書」という。)であり、2021年3月に第6期調査の結果をとりまとめた調査研究報告書を発刊する予定である。 イ 質問紙調査の対象者 視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、内部障害、知的障害、精神障害のいずれかの障害がある者とした。調査開始時点の年齢は下限を15才、上限を55才とした。企業や自営業で週20時間以上就労している者を対象として調査を開始し、その後、離職した場合でも調査対象として継続している。対象者の募集は、当事者団体、事業所、就労支援施設等を通じて紹介を受け、本人の同意を得て対象者として登録した。なお、回収数低下のため第3期に対象者の補充を行った。 ウ 質問紙調査の方法 調査開始時点で40才未満の対象者への調査を職業生活前期調査、40才以上の対象者への調査を職業生活後期調査としてそれぞれ2年に1回の頻度で郵送法による質問紙調査を行い、調査票は点字などの複数形式を作成し、障害状況に合わせて対象者に選択してもらっている。対象者による回答を原則とし、家族等周囲の支援を受けても構わないものとしている。 エ 質問紙調査の内容 第1期から学識経験者や当事者・事業主団体関係者等により構成される研究委員会を開催し、その議論を踏まえて、障害のある労働者の職業生活について、幅広く確認している。具体的には、基本属性、就労状況(就労形態、職務内容、労働条件等)、仕事上の出来事(昇格・昇給、転職、休職等)、仕事に関する意識(満足度、職場への要望等)、私生活上の出来事(結婚、出産、転居等)その他であり、偶数期のみ地域生活、医療機関の受診状況、福祉サービスの利用状況、体調や健康に関する相談先等を質問し、奇数期のみ、年金受給の有無、収入源、経済的なことに関する相談先等を質問している。 (2)ヒアリング調査について ア ヒアリング調査実施の背景と目的 第5期報告書では、調査結果を踏まえた詳細な実態の把握の必要性に言及している。調査結果の中には特徴的な事例があるものの質問紙調査のみから詳細な実態の把握は困難であるため、調査結果を補完することを目的として、ヒアリング調査を第6期研究計画に組み込み、研究委員会における議論及び機構の倫理審査を経て、第6期調査期間において実施した。 イ ヒアリング調査対象者 第6期におけるヒアリング調査では、特徴的な事例として「継続雇用されている者」とした。選定方法は、第5期調査の結果から10年以上同一企業に在籍している者について回答頻度等を踏まえて障害別に抽出し、ヒアリング調査 表 「障害のある労働者の職業サイクルに関する調査研究」の研究実施計画 の説明を行い、同意を得た。 ウ ヒアリング調査の方法 ヒアリングはヒアリング対象者等との調整により自宅近くの貸会議室等とした。時間は1時間を目安とした。基本的にはヒアリング対象者1名とヒアリング担当研究員2名との面談としたが、知的障害者の場合は家族等の同席により緊張感の緩和及びヒアリング対象者の発言への追加説明を得た。半構造化面接法によりヒアリングを行い、ヒアリング内容をまとめたものについてヒアリング対象者に送付し確認を得たものをヒアリング調査の結果とした。 エ ヒアリング調査の内容 今までの職歴の振り返り、調査開始後の仕事内容・労働条件・職場に対する意識や仕事の満足度の変化、職業人生に大きく影響したこと、これから職業人生を歩み始める者へのアドバイスやメッセージ等を確認した。 3 結果 詳細については実践・研究発表会の研究・実践発表でとりあげたい。 (1)ヒアリング調査を実施した事例の概要について 同意を得た第6期のヒアリング調査対象者から本稿では、以下の3名を事例とした(ヒアリング調査時点の状況)。 ・事例A:肢体不自由(疾病による下肢障害、電動車いすを利用、在宅勤務の事務職として在職期間は20年以上) ・事例B:知的障害(福祉施設利用後に就職、品出し・販売員として在職期間は約20年) ・事例C:精神障害(統合失調症の発症後にデイケア等を利用し障害者職業センターの支援により就職、製造工として在職期間は20年以上) (2)事例報告の整理にかかる一視点について 第5期報告書では質問紙調査の結果分析として、「仕事満足度」を決定する要因の検討を行っている。そこではランダム効果モデルを用いた統計解析の結果、就労継続意図と仕事満足度は密接に関係しており、仕事満足度を高めるには「会社や職場の関係者へ自身の障害の説明をしていること」、「配慮を必要としている項目数が少ないこと」、「援助者が継続していること」、「昇給があること」、「現職期間が一定以上長いこと」が決定要因として分析された。この結果とヒアリング調査の結果の関連について整理した。 ・「会社や職場の関係者へ自身の障害の説明をしていること」が、全ての事例で確認できた。しかし、事例B及び事例Cは、職場メンバーの変化や上司の変更により十分に理解されていると感じられない時期があったこと、事例Aは、症状の変化や原因について、医療情報からは自分も不明な場合もあって、説明し難かったことを確認した。 ・「配慮を必要としている項目数が少ないこと」について、事例Aは、身体的な状態の変化に伴い、時差通勤から在宅勤務へ、あわせて仕事内容も変わるといった必要な配慮も変化していくことがあったため継続的に話し合うことの重要性を感じていた。 ・「援助者が継続していること」について、全ての事例で職場内の支援とあわせて、仕事を継続するうえで外部の援助者の存在の重要性を感じていた。関わりのある援助者は、事例Aは健康面や生活面の支援を行うケアマネージャー、事例Bは職場の課題への支援を行うジョブコーチ、事例Cは精神面の波を感じた時に話を聞いてもらう様々な支援機関の相談窓口であり、本人が抱える課題に応じて個別性がみられた。また、事例Bでは職場の体制が変わってしまったことで、職場で課題が生じた際の対応のタイムラグが生じ、課題解決自体が棚上げになってしまうことを確認した。 ・「昇給があること」について、全ての事例で確認したが、職位の変化はなかった。 ・「現職期間が一定以上長いこと」について、全ての事例は約20年以上同一の企業にて継続就労しているが、その間の仕事満足度の自己評価として「常に満足度が高い」、「昔に比べて高くなってきている」、「低くなってきている」ということではなく、波があることを確認した。また、全ての事例で仕事をすることが経済的な側面に加えて「社会参加」、「人とのつながり」としての価値を持っていることを確認した。このようなネットワーク形成への志向も満足度の変化のコントロールに影響していると推測される。加えて、全ての事例で加齢に伴い健康面の変化があるものの、意識的な予防や適切な対応を行っていた。 4 考察 ヒアリング調査は、職業生活において生じる具体的な課題、対処方法、感じていることに関する情報や、背景情報を得ることが可能であり、質問紙調査の結果を更に深めて解釈するうえで有効であると考えられる。今回は事例報告だが、今後、ヒアリング調査結果に対する質的研究の視点をもって進め、質問紙調査結果との融合を図り職業サイクルに関する研究を発展させていきたい。 ※補足:ヒアリング調査の結果は、調査対象者全員に対して年1回配布しているニュースレターにおいて「職業生活で工夫していること」、「これから職業人生を歩み始める者へのアドバイスやメッセージ」等をとりあげて、その内容に対する本調査研究の研究委員からのコメントを添えたコラムとして掲載することにより、調査への関心を醸成して継続的な調査への協力につながるようにしている。 【連絡先】 障害者職業総合センター研究部門 社会的支援部門 Tel.043-297-9025 p.156 成人期に診断を受けた発達障害者とその家族への就労前の支援ニーズに関する考察-就労定着する本人と家族への調査を踏まえて- ○齋藤 淳子(株式会社グッジョブ 就労支援センターグッジョブ 施設管理者) 伊藤 ひろみ・佐々木 寛子(株式会社グッジョブ 就労支援センターグッジョブ) 1 はじめに 筆者は、成人期に発達障害の診断を受けた者の就労支援に従事している。本人を身近にサポートする家族への支援の必要性を痛感しながら試行錯誤で取り組んでいる。そこで、以下調査を踏まえ、家族の支援ニーズを考察したい。 2 問題と目的   発達障害者の長期予後について、就労や既婚等の指標を用いた調査ではその多くが予後は厳しいと報告している(Engstorm Iら、2003)。予後は個別性の高いものだが、主観的なQOLにおいても同様に厳しく、このため発達障害者支援では主観的QOLの向上に目を向け長期予後の向上を目標とするべきである(神尾ら,2010)。また、発達障害者の予後には途切れない支援、早期診断、母親の手助けが必要である(稲田,2010、神尾,2010)。加えて発達障害児者の母親はダウン症等他の障害の子を持つ母親より抑うつとなりやすいことも示唆されている(蓬郷ら,1987)。よって、成人期でも家族、とかく母親への支援の必要性は高いと考えられる。また、学童期までの家族支援の知見は多いが、Ciniiで発達障害・成人・家族支援で検索しても過去10年で数件である。 そこで、成人期に発達障害と診断を受け就労継続している者の家族が①診断時、②診断後就労移行利用時、③就職している現在の各プロセスを家族がどのように本人の変化を捉え、家族にはどのような体験をしたかを明らかにし、成人期発達障害者の家族の支援ニーズを考察することを目的とする。 3 方法 ①調査対象:18歳以降に発達障害の診断を受け、当就労移行支援(以下「通所施設」という。)を利用し、その後障害者雇用枠で6ヶ月以上就労している方の家族22名。 ②調査方法:質問紙による調査、選択式と自由記述式。記述式内容は支援経験10年以上の者2名でカテゴリ分けした。 ③調査項目:記入者、子の年齢、性別、診断名、手帳有無、最終学歴など。 ・家族が障害に気づいた時期ときっかけ、その時に家族の支えになっていたものやあるとよかったもの。 ・①在宅時、②就労移行利用時、③就職した現在の各時期において、本人の生活と家族の心情。生活は障害年金申立書のADL項目を参考に質問項目を作成し、5件法で聞いた。 4 結果 (1)回収率 回答率は91%(n=20)で、回答者は全員母親である。 (2)回答結果 ア 基本情報 子の診断時年齢は18歳~27歳、性別は男性14、女性6、診断は高機能自閉症4、広汎性発達障害12、ADHD4、アスペルガー症候群(重複あり)。診断時に発達障害以外の精神疾患の診断がある者は10、障害者手帳は精神保健福祉手帳所持18、療育手帳所持2、就労期間は7月~3年4月。最終学歴は、大学卒10、大学中退2、専門学校卒業8である。 イ 成人期に診断を受けるまでの経過 約8割の母親が中学卒業までに何らかの異変を感じ相談機関また教員等に相談していたが、何らかの理由で支援は途切れた。最終学校卒業後に就職に困り、在宅となった時期に医療機関等で診断を受けた。回答した母親の9割が、義務教育時は普通学級でやっていけるか悩み、障害を伝えず就職した際には全員が就職に大きな不安を感じたと回答している。 ウ これまで最も気になっていた行動や言動(複数回答) ①コミュニケーションに関すること(14):親子で会話が続かない、話が一方通行、語彙が少ない、自分の考えを伝えられない、友達の会話に混ざれない。 ②感情のコントロールに関すること(8):怒りやすい、興奮すると止まらない、暴言、癇癪。 ③こだわりに関すること(8):決まった順序でないと気が済まない、同じことを何回も繰り返す、決まったポーズをとる、時間が守れない。 ④その他(7):幼稚な興味がある、多動である、偏食がある、独り言が多い、自傷行為、自殺未遂、金銭管理。 ⑤家族関係に関すること(4):親を責める言動(なぜ早くわからなかったか等)。 エ これまでに家族が支えとなった支援や必要だった支援 医療機関(14)、通所施設(10)、相談機関(6)、学校(6)、 同じ障害を持つ親の集まり(2)。 以下は自由記載。親の心の避難場所(1)、親同士の集まりで嫌な思い(1)、転勤で以前受けていた支援が途切れた(3)、郡部は理解してもらえるところがなかった(2)、親戚の専門職(1)。 p.157 オ 通所時と就労時の本人の生活状況の変化 (ア)起床時間 通所時も就職後も約3割は午前11時以降に起きていた。通所時より早く朝7時まで起きるのは10%から30%と増えた。 (イ)食事 就職後に改善されている傾向があった。1食だったものが2食や3食食べるようになっていた。その理由は、昼食を食べないと上司から指導を受ける、食べるタイミングがないから等の就職後の変化により、自然に改善していた。 (ウ)家事手伝い 就職後は家事手伝いを行う割合が顕著に増えていた。通所時は全く家事を手伝っていないが3割、まあ手伝っているが7割だったが、就職後は全く家事を手伝わないは0となり、とてもよく手伝っている割合が増加した。 (エ)家族とのコミュニケーション 通所時はまあ取れているが4割、全く取れていないが3割だが、就職後は改善し全く取れていないという回答は0だった。就職後は父親との会話が増える傾向がみられた。 (オ)外出・余暇活動 外出頻度には大きな変化はなかった。休日は外出せず過ごす割合は約3割である。就職後は旅行やスポーツクラブへ行くなど余暇活動の幅が広がっている報告が3件あった。 以下は障害に気付いた時から現在までの体験についての自由記述で、似たような回答をカテゴリ別に記載する。 【本人の様子】 ○本人が障害に気付いた時 何も話してくれない(16)、これまでの経験と診断が結びつき納得している(10)、自分なりに調べて自分を知ろうとする(9)、漠然とした違和感でもやもやしている(6)。 ○通所時 自信を取り戻す(12)、悩みを話すようになる(12)、生活リズムが整う(8)、同じ悩みを持つ仲間ができる(6)、表情が明るい(3)、頭の中が整理できる(1)、トラブルが減る(2)。 ○就職している現在 規則正しい生活(20)、家の役割を果たそうとする(18)、仕事の話をする(12)、父親の大変さを口にする(6)、困ったら第三者に相談できる(18)、親を攻撃しなくなる(2)。 【家族の心情】 ○本人の障害に気付いた時 ショックを受けた(14)、障害の知識や情報がなく不安(12)、本人が話をしてくれないため困る(10)、罪悪感(9)、何かあったら対応せねばという緊迫感(7)。 ○通所時 親の考えより本人の気持ちを尊重したい(18)、障害特性がわかってきて見通しが持てる安心感(13)、日頃の相談先ができ面談により救われる(12)、本人が自分の気持ちを話すようになる嬉しさ(10)、子を受け入れてもらえる安心(9)。 ○就職している現在 理解してもらって働いている安心感(18)、親なき後に誰が守ってくれるか(12)、家族関係が良好になった嬉しさ(8)、今後継続した支援が受けられるか不安(10)、小さな成長を喜ぶ(8)、父親が本人の頑張りを認める(4)。 5 考察  (1)成人期も母親へのサポートが必要・情緒的サポートだけでなく情報面のサポートも必要 成人期も母親が本人の表情や行動を丁寧に捉え、支えていたが、本人との会話は不十分でどう関わっていいか悩んでいた。診断時、家族はショックや罪悪感等マイナス感情が主で、障害がどのようなことか大きな不安と責任を感じていた。話を聞いてもらうことで気持ちが楽になる事はあったが、具体的解決につながらないと不安は解消しなかった。 (2)日頃から本人のことを具体的に相談できる場 通所するようになり、母親の相談先ができ本人の状態を支援者と情報交換する中で、母親は本人の障害特性や考え、行動の理由を理解するようになっていった。就職後は、本人が父親や母親が果たす様々な役割に目を向け家庭での役割を果たそうとした。これまで母親が準備した様々な生活の準備も自分でする傾向があり、家族が本人をプラスに評価することが増え、家族の会話が増える傾向が見られた。 (3)本人の特性を的確に理解し、間に入って意図を通訳する 通所施設では、毎日本人と関わりを持つ。支援場面から本人の特性や考えを的確に把握し、家族には子の特性や行動の背景を伝えたり、子には家族の意図を伝えるなど、誤解を解き、関係調整することが有効であると推察された。 (4)親亡き後の継続した支援への不安 就労定着支援は3年間の期限つきであり、その後の継続した支援はどうなるか、親亡き後にどこに相談するか新たな不安が生じ、その後の次の支援につなぐ課題がある。  以上を踏まえ、更に質の高い途切れない支援を目指し実践していきたい。なお、本調査は1就労支援施設の調査であり、妥当性については相当の限界があることを申し添える。 【参考文献】 EngstormI,EkstromL,EmilssonB,psychosocialfunctionin in a group of Swedish adults with Asperger syndrome or high functionning autism.Autism 2003 蓬郷さなえ・中塚善次郎・藤居真路(1987)発達障害児をもつ母親のストレス要因―子供の年齢,性別, 障害種別要因の検討― 鳴門教育大学学校教育研究 センター紀要 1,39-47. 稲田尚子(2010),高機能広汎性発達障害成人の主観的QOLとその関連要因,平成21年度厚生労働省障害保健福祉総合研究推進事業報告書 今橋久美子(2010),青年期発達障害者の主観的Quality of Life評価に関する研究,平成21年度厚生労働省障害保健福祉総合研究推進事業報告書 野田香織(2010)広汎性発達障害児の家族支援―専門家の支援内容に関する調査研究― 臨床心理学 10 (1),63-74. 神尾陽子(2009),ライフステージに応じた広汎性発達障害者に対する支援のあり方に関する研究 厚生労働科学研究費補助金疾病障害対策研究分野,https://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/NIDD00.do? Resrch Num=200929005B(令和2年6月2日及び6月3日閲覧) 【連絡先】 齋藤 淳子 e-mail:atsuko.saito@gj-lab.co.jp p.158 職務特性が職務満足および離職意思に与える影響-特例子会社の障がい者を対象とした定量的分析- ○福間 隆康(高知県立大学 准教授) 1 はじめに 厚生労働省1)によると、雇用している障がい者への配慮事項として、「短時間勤務等勤務時間の配慮」「配置転換等人事管理面についての配慮」「能力が発揮できる仕事への配慮」「工程の単純化等職務内容の配慮」「業務実施方法についてのわかりやすい指示」といった項目が上位に並んでいる。これは、雇用している障がい者個人と仕事環境を適合させようとする企業側の姿勢を物語っている。つまり、企業は働く個人に合わせて仕事の構造を変えることができるため、働きやすさと働きがいのある仕事を提供することは可能であるというスタンスと解釈できる。 人的資源管理の中心をなす施策の一つは、「仕事に人を合わせる」のではなく、「人に仕事を合わせる」ことを基本とする職務設計(job design)である。職務設計とは、意識的に仕事の幅(range)を拡大し、仕事の深さ(depth)を充実する方向に仕事の構造を変えることである2)。前者は職務拡大(job enlargement)であり、後者は職務充実(job enrichment)である。 職務拡大とは、ヨコの方向に仕事を複雑にすることであり、複数の単純化・断片化された職務をまとめ、意味のあるひとまとまりの作業の幅を広げて新たな職務を形成することである。職務拡大を通じて作業の種類が増えたり多様性が広がったりするため、単調感や繰り返し作業による身体的負担の軽減を図ることができる3)。一方、職務充実とは、タテの方向に仕事を複雑にすることであり、意思決定に関わる度合いを高めたり、責任の範囲を広げたりすることである。職務充実では、仕事を通じて労働者のより高次の欲求を満たしていくことができる4)。仕事の拡大化と充実化を実行すれば、組織成員はより強く動機づけられ、より多くの満足を得ることになると仮定されている5)。 このように、職務設計のあり方は、働く人の満足感や内発的モチベーションを高めることに影響を与える。したがって、職務の設計は、組織にとって重要な行為であるといえる。 職務特性理論によると、職務はつぎの5つの要素に分けることができ、これらの仕事の特性が喚起する特有の心理状態を介して、内発的モチベーション、満足、欠勤や離転職に影響を及ぼすとされている6)。具体的には、技能多様性(仕事をうまく遂行するうえで必要なスキルの多様さ)、タスク完結性(仕事の流れの全貌にかかわっている度合い)、タスク重要性(仕事の出来ばえが他者にインパクトを与える度合い)は、仕事の有意義性という心理状態を喚起する。自律性(自身の仕事のなかで自分なりに工夫して仕事のやり方を決められる度合い)は、責任の認識という心理状態を生み出す。職務自体からのフィードバック(仕事の遂行それ自体を通じてのフィードバックを受けること)は、結果の知識という心理状態を生み出す。これらは合わさって、効用を発揮するとされている7)。 では、職務満足を高め、離職意思を抑制するためには、職務を拡大化、充実化する方向に再設計することが有効ではないのか、これが本研究の主要なリサーチクエスチョンである。以上のような問題意識に基づき、本研究では、職務特性が職務満足および離職意思に与える影響を明らかにすることを目的とする。 2 調査対象・方法 本研究は、上記の研究目的を達成するため、職務特性、職務満足、および離職意思測定尺度を用いて、特例子会社の障がい者140名を対象に、質問紙調査を行った。まず、職務特性が職務満足に与える影響を調べるため、重回帰分析を行った。次に、職務特性および職務満足が離職意思に与える影響を調べるため、階層的重回帰分析を行った。 3 結果 分析の結果、仮説モデルについて、つぎのような発見事実が得られた。 タスク重要性は職務満足に正の影響を与える。 タスク完結性は職務満足に正の影響を与える。 職務満足はタスク重要性と離職意思との関係を媒介する。 職務満足はタスク完結性と離職意思との関係を媒介する。 4 考察 (1)職務特性の動機的効果 分析の結果、職務特性の職務満足に対する促進効果が、ある程度立証された。タスク重要性、タスク完結性は、職務満足への直接効果が確認された。 期待理論によると、職務に努力を投入することが成果をもたらし((努力→業績)期待)、成果をあげることが達成感・成長感をもたらす((業績→内発的報酬)期待)という認知的なプロセスが、内発的モチベーションの強度を決定する8)。それぞれの仮定における認知的心理状態、すなわち、(a)有意義性の知覚、(b)責任が自分に任されている p.159 という知覚、(c)作業活動の結果を知っていることは、達成感・成長感といった内発的報酬が職務遂行を通じて得られるという個人の知覚をもたらすための必要条件である9)。内発的報酬への期待を形成するためには、認知的心理状態の3条件すべてが職務特性によって喚起されなければならない。有意義性の知覚(meaningfulness:M)、自己責任の知覚(responsibility:R)、結果の知識(knowledge of result:K)の3要因がモチベーションに与える効果は、加算的ではなく、相乗的であるとされている10)。 金井11)によると、「タスク完結性は、まとまりのある作業プロセスを全体にわたって可視的な成果が生じるまでみとどけることができる程度によって定義される」ことから、タスク完結性は結果の知識に影響を与えるとされている。したがって、本研究の結果は、タスク重要性、タスク完結性がもたらすMと、タスク完結性がもたらすKの相乗効果によって職務満足が促進されたと解釈することができる。 (2)リテンション・マネジメントにおける職務満足の機能 職務特性が職務満足に直接影響するとともに、職務特性が職務満足を媒介して離職意思に影響するモデルの妥当性が明らかにされた。したがって、先行研究で認められてきた職務再設計の動機的効果は、特例子会社のリテンション・マネジメントにおいてもある程度成立するといえる。つまり、有効なリテンション・マネジメントを展開する上で、職務再設計で影響を受ける従業員個々人の仕事自体への満足といった感情的反応を十分考慮することが、組織に求められる。先行研究でも、職務満足は職務特性と離職意思との関係を媒介することが認められており、これまでの研究と同様の結果がみられた。 Lawler12)は、職務再設計によって、(業績→内発的報酬)期待を高めるための条件を以下のように述べている。それは、(a)職務遂行の結果である業績について、有意義なフィードバックを受けられること、(b)職務遂行者自身が貴重な価値をもつとみなしている自分ならではの能力の使用が要請されること、(c)職務上の目標設定が他律的に決められてしまうのではなく、目標設定に対して何らかの自律的な責任を負えることの3条件である。(a)はフィードバックに該当し、(b)は技能多様性に当てはまり、(c)は自律性に該当するであろう。 実際にフィードバック、技能多様性、自律性を高めるための手続きとして、以下のような方針が明示されている13)。それは、(a)フィードバック経路の開放、(b)仕事要素の結合、(c)組織内外の顧客との関係の確立、(d)垂直的負荷の4つである。(a)は、仕事の出来不出来などに関する情報が多方面から得られることで学習の機会を増大させる。上司や同僚といった他者からのフィードバックではなく、仕事そのものからのフィードバックを工夫することは直接的な動機的効果を有する。(b)は、過度に細分化された仕事を結びつけて、まとまりのある仕事に作り変えることで、仕事の多様性を増したり、まとまりを明示したりすることで、全体的な関係を知ることができる。(c)は、顧客と直接接触することによって可否の評価を受け取り、フィードバックを得ることができる。また、対人的スキルも必要であるため、技能多様性の度合いも増すことになる。(d)は、スケジュールに関する裁量や作業方法の決定など権限の委譲が合意され、自律性の拡大に結びつく。 職務特性(タスク重要性、タスク完結性)は、特有の認知的心理状態(有意義性の知覚、結果についての知識)を喚起し、それが期待メカニズム((努力→業績)期待、(業績→内発的報酬)期待、内発的報酬の有意性)に働きかけ、その結果、仕事自体への満足が高まり離職意思が低下したと解釈することができる。 以上の結果から、職務再設計およびそれによって促進される職務満足を考慮することが、リテンション・マネジメントにとって重要であることが明らかにされた。 (3)本研究の限界と今後の課題 本研究の限界として、まず横断的調査であった点があげられる。そのため、因果関係の方向性は必ずしも確定的ではない。したがって、今後は時系列データを用いた分析を行う必要があるだろう。また、媒介効果の一般化に向けて、サンプルを障害種別に分けて検証することが求められる。 付記 本研究は、JSPS科研費18K12999の助成を受けたものである。 【参考文献】 1)厚生労働省『平成30年度障害者雇用実態調査結果』,(2019) 2)田尾雅夫『組織の心理学(新版)』,有斐閣,(1999) 3)森田雅也『職務設計』奥林康司編著「入門人的資源管理」,中央経済社(2003), p.52-67 4)同書 5)田尾雅夫『仕事の革新』,白桃書房,(1992) 6)Lawler Ⅲ, E.E., Pay and Organizational Effectiveness: A Psychological View(安藤瑞夫訳『給与と組織効率』,ダイヤモンド社,(1972)) 7)Hackman, J.R. and Oldham, G.R.,Work Redesign, Reading Mass:Addison-Wesley,(1980) 8)前掲書6) 9)金井壽宏(1982)『職務再設計の動機的効果についての組織論的考察』「経営学・会計学・商学研究年報」28,(1982),p.103-245 10)前掲書7) 11)前掲書9) 12)Lawler Ⅲ, E.E., Job Design and Employee Motivation, Personnel Psychology, 22(4),(1969),p.426-435 13)前掲書5) p.160 障害のある求職者が必要としている合理的配慮について-障害のある求職者の実態調査結果より- ○井口 修一(障害者職業総合センター 主任研究員) 武澤 友広(障害者職業総合センター) 1 はじめに 厚生労働省の「今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会報告書」1)において指摘されているように、障害者の実態、希望に応じて安心して安定的に働き続けられる環境を整備していくことが課題となっており、2016年4月から事業主に障害者への合理的配慮の提供が義務化されたことに伴い、障害のある求職者が職場でどのような合理的配慮を希望しているかを明らかにすることが障害者雇用の課題改善のために必要となっている。 本発表は、2018年に実施した「障害のある求職者の実態調査」(以下「実態調査」という。)で得られたデータを分析し、障害のある求職者が必要としている合理的配慮を障害種類別に比較検討した結果2)を報告する。 2 方法 (1)実態調査の実施 実態調査は、2018年6月にハローワークに新規求職申込みを行った障害のある求職者について、ハローワーク担当者が職業相談等において把握した事例情報(個人情報を除く。)を全93項目の調査項目から構成する調査票ファイルに入力することにより実施し、47都道府県のハローワーク417所から障害のある求職者4,962人分のデータを収集して集計した。 (2)職場で必要な配慮項目のデータの分析 実態調査の調査項目のうち、就職にあたって「職場で必要としている配慮」(調査項目15-18)の回答項目(表1)の選択率について、障害種類別に差があるかどうかを明らかにするため、χ2検定および残差分析を実施した。 なお、重複障害による他障害の影響を排除するため、単一障害のみのケースを対象に不明と回答したケースを除外してデータ分析を行った。 表1 職場で必要としている配慮回答項目(15選択肢:複数回答) 3 結果 (1)障害別分析結果 職場で必要としている配慮の回答項目の選択率について、障害別に差があるかどうかを明らかにするため、χ2検定および残差分析を行った。その結果は表2のとおりであり、以下の有意差を認めた。 表2 職場で必要としている配慮(障害別) ・知的障害では、「能力が発揮できる仕事への配置」「職場でのコミュニケーションを容易にする手段や支援者の p.161 配置」「業務内容の簡略化などの配慮」などが多い。 ・精神障害では、「調子の悪いときに休みをとりやすくする」「通院時間の確保、服薬管理など雇用管理上の配慮」「短時間勤務など労働時間の配慮」が多い。 ・発達障害では、「能力が発揮できる仕事への配置」「職場でのコミュニケーションを容易にする手段や支援者の配置」「業務遂行の支援や本人、周囲に助言する者等の配置」などが多い。 ・その他の障害では、難病が多数を占めており、「通院時間の確保、服薬管理など雇用管理上の配慮」が多い。 ・身体障害では、「必要なし」「作業を容易にする設備・機器の整備」などが多くなっているが、身体障害の合理的配慮を検討するためには、厚生労働省の「合理的配慮指針」別表3)にも示されているようにその下位分類である身体障害種類別にデータ分析することが適切である。 (2)身体障害種類別分析結果 職場で必要としている配慮の回答項目の選択率について、身体障害種類別に差があるかどうかを明らかにするため、χ2検定および残差分析を行った。その結果は表3のとおりであり、以下の有意差を認めた。 表3 職場で必要としている配慮(身体障害種類別) ・視覚障害では、「能力が発揮できる仕事への配置」「移動のための配慮」などが多い。 ・聴覚言語障害では、「職場でのコミュニケーションを容易にする手段や支援者の配置」「業務遂行の支援や本人、周囲に助言する者等の配置」が多い。 ・肢体不自由では、「能力が発揮できる仕事への配置」「作業を容易にする設備・機器の整備」などが多い。 ・内部障害では、「通院時間の確保、服薬管理など雇用管理上の配慮」「調子の悪いときに休みをとりやすくする」「短時間勤務など労働時間の配慮」が多い。 4 考察 障害種類別に職場で必要としている代表的な配慮を抽出した結果は表4のとおりである。代表的な配慮とは、上記3の結果から、選択率が20%以上でかつ障害(種類)別に見て5%水準で有意に多いと判定した項目とした。 ただし、表4の代表的な配慮項目は、選択率が多いものでもほとんどが半数を下回ることに留意して、障害種類による機械的な予断は避けなければならない。 表4 必要としている代表的な配慮(障害種類別) 【参考文献】 1)厚生労働省「今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会報告書」(2018) 2)障害者職業総合センター「障害のある求職者の実態等に関する調査研究」調査研究報告書No.153,(2020) 3)厚生労働省「合理的配慮指針」(2015),p.10-13 p.162 文献調査に基づく就労困難性(職業準備性と就労困難性)の構成要因に関する検討 ○武澤 友広(障害者職業総合センター 研究員) 古田 詩織・井口 修一・内藤 眞紀子・宮澤 史穂・伊藤 丈人・田中 歩・知名 青子・村久木 洋一・國東 菜美野(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 障害者の就労(就労系障害福祉サービスを含む。以下同じ)への移行にあたっては、移行前の相談支援において障害者本人の現状に適した就労の場や必要な支援サービスを検討するため、職業準備性を評価することが必要である。ここでの職業準備性とは「個人に職業生活の開始と継続に必要な条件が用意されている状態」のことを指す1)2)。職業準備性は障害のあるなしにかかわらず、職業生活を継続していくために必要なものであり、疾患や機能障害の影響はあるにしても「障害特性」としてではなく、原則的には個人因子に関わる領域として考えるべきであるとされる1)。また、職業準備性を評価する目的は、職業生活のために本人が努力すること、企業が配慮すること、支援者が支援することを整理することで1)、必要な支援や合理的配慮の検討に資することにある。 一方、障害者の就労困難性は、職業準備性と比べるとなじみのない表現かもしれない。例えば、国内論文データベースのJ-STAGE(https://www.jstage.jst.go.jp/browse /-char/ja/)を用いて「職業準備性」を検索語として文献検索を行うと43件の文献がヒットするのに対し、「就労困難性」を検索語とした場合はわずか3件しかヒットしない(2020年7月20日時点)。障害者職業総合センター(2015)3)では、就労困難性を「仕事に就く前から就いた後までに経験される具体的な「活動」「参加」の困難や困りごと」として定義している。ここでいう「活動」「参加」はICF(International Classification of Functioning, Disability and Health, 国際生活機能分類)モデルで定義されている生活機能を指し、「活動」は生活上の目的を持つ一連の動作からなる具体的な行為を、「参加」は人生の様々な状況に関与し、そこで役割を果たすことをそれぞれ指す4)。ICFでは、活動や参加は個人因子や環境因子といった様々な因子と相互作用することが想定されている。したがって、就労困難性が包含する領域は、個人因子に関わる領域とされる職業準備性よりも広範にわたると推測できる。 以上のように職業準備性と就労困難性は両方とも障害者の就労の開始と継続に必要な条件を考える上で参照すべき概念ではあるが、両概念の関連性はこれまで十分に整理されてはいない。特に就労困難性に関しては、その構成要因が明らかにされていないため、職業準備性との共通点と相違点が不明確なままである。そこで、本研究では、職業準備性または就労困難性に言及した文献から就労困難性として認識されている事柄を抽出し、それらの分類を行うことで就労困難性の構成要因の把握を試みた。 2 方法 (1) 文献検索 CiNii(https://ci.nii.ac.jp/)とJ-STAGE(https://www. jstage.jst.go.jp/browse/-char/ja/)という2種類の国内論文データベースを用いて、2020年5月に電子検索を行った。検索する文献を絞り込むための検索条件は、障害を表す用語「障害者、Work disability」、就労/雇用状況を表す用語「就労、雇用、職業」、困難/準備状況を表す用語「困難、課題、準備、Readiness、レディネス」、職業準備性/雇用可能性を表す用語「Vocational readiness、雇用可能性、エンプロイアビリティ、employability」を組み合わせて設定した。ただし、わが国では障害者権利条約を2014年1月に批准しており、合理的配慮の導入が職業準備性や就労困難性の評価の在り方に影響を及ぼした可能性を考慮して、文献の検索範囲は2014年1月から2020年4月までとした。 検索された論文のタイトル及び要旨を確認し、本研究で独自に設定した以下のa~cに示す抽出対象への言及が期待できる文献を選定した。 a.職業人としての役割を果たすことが困難な状態 b.一般企業への就職、または就業を継続するために要請される心理的・行動的条件(能力を含む) c.aの状態またはbの条件の充足状況を確認できる行動 なお、上述の国内論文データベースには、障害者職業総合センターが発刊した調査研究報告書等は登録されていない。そこで、職業リハビリテーション活動による課題領域の体系図(http://www.nivr.jeed.or.jp/)を用いて、2014年3月から2017年4月までに障害者職業総合センターが発刊した調査研究報告書及び資料シリーズ(以下「報告書」という。)のうち、下記に示した研究課題領域(研究課題の類似性に基づく分類)に含まれる報告書の要旨を確認した。 ・障害者雇用の状況等の把握 ・雇用管理の状況/方法等の把握(主に事業主自らが行うもの) ・障害特性/課題の把握 ・就労支援に関する状況等の把握 ・就職/職場定着要因の分析 p.163 以上に加えて、2017年5月から2020年4月までに発刊された報告書も確認し、上記a~cの抽出対象への言及が期待できる報告書の選定を行った。 また、上記の文献に加え、研究担当者が独自に把握した関連文献も分析対象に加えた。 (2) 就労困難性に関する記述の抽出及び分類  選定した文献及び報告書を通読して、上述のa~cのいずれかに該当する記述を抜粋した。次に、各記述を「職業準備性」「就労困難性」「それ以外」の3種類の記述に分類した。さらに「就労困難性」に関する記述を意味の類似性に基づきカテゴリにまとめ、共通する意味を表すカテゴリ名を付けた。 3 結果 (1) 文献検索 選定の結果、抽出対象の文献及び報告書は重複を除き103件であった。 (2) 就労困難性に関する記述の抽出及び分類 就労困難性に該当する記述を分類した結果、以下の10のカテゴリに分類できた。以下、各カテゴリの概要と具体的な記述例を示す。なお、【 】でカテゴリ名を示す。 【障害・疾病による活動制限】は障害・疾病により職業準備性の要件が充足できない状態を指す。このカテゴリには服薬の副作用による活動制限も含まれる。具体的には「積雪時、車いすの自走による通勤は困難(身体障害)」「言葉を字義通りに理解するため、対人面でトラブルが絶え間なく起こった(知的・発達障害)」などである。 【予期せぬ活動制限】は障害・疾病の変動性または職場以外の要因が関連する活動制限を指す。いつ活動制限が生じるかの予測がつかないことが困難性の制御をより難しくしていると言える。具体的には「急に体調が悪くなると、すぐにそこで横にならなければならないので会社の決めた休憩時間に合わせられない(難病)」などである。 【進行性の活動制限】は進行性の障害・疾病が関連する活動制限を指す。いつ困難が生じるかの予測がつかない点で前述の【予期せぬ活動制限】と共通している。具体的には「病気の進行があり、視野の欠けが進んだ場合は現職の継続は困難(難病)」などである。 【過剰適応】は職場環境に適応しようとするあまり、 かえって就労が困難になることを指す。具体的には「周囲を気にしすぎて疲れてしまう、他者から嫌われたくないという思いから何もできなくなってしまうといった過剰適応の傾向が見られていた(精神・発達障害)」などである。 【自信の不足】は就労に対する自信のなさ・不安により職業生活を開始できない状態を指す。具体的には「急な体調変化があるため、毎日定時に出勤できる自信がない(難病)」などである。 【障害・疾病の開示または配慮要請の困難】は障害・疾病を職場に開示すること、または合理的配慮を要請することが困難な状態を指す。障害・疾病を職場が理解してくれ、配慮してくれるという展望を本人が持てない場合などに生じうる。具体的には「難病であれば雇ってもらえず、隠して働くから無理がたたり、入院してバレてやめざるをえなくなる(難病)」などである。 【職場による障害・疾病の理解・受容困難】は職場の上司・同僚が障害・疾病を正しく理解することが困難な状態を指す。具体的には「同じことを何度も聞くのでやる気がないと叱られる(高次脳機能障害)」などである。 【職務設計の困難】は企業が障害者に適した職務を設計できない状態を指す。企業に障害者の雇用ノウハウが蓄積していない場合などに生じうる。具体的には「あらゆる手段を尽くしても任せられる仕事が見つからず、途方にくれた(知的障害)」などである。 【職場における配慮実施の困難性】は職場において障害者への配慮を実施することが困難な状態を指す。具体的には「確認が多くなると、その分職場のフォロー度も増す(高次脳機能障害)」などである。 【職務と障害・疾病の特性のミスマッチ】は配置された職務と障害・疾病の特性間の不整合のために就労継続が困難な状態を指す。具体的には「お客様に直接接していたので、具合が悪いからといって、実際に休んだり座ったりできなかった(難病)」などである。 4 考察と今後の展望 就労困難性に関する記述を分類した結果、障害・疾病による影響がいつ現れるかの予測可能性、職場の障害理解・雇用ノウハウの有無、主観的体験(自信、不安など)といった就労困難性の構成要因を把握することができた。 今後も、文献調査の対象を拡大したり、専門家や実務家の意見を収集したりすることによって、上述の分析結果を適宜見直すことで、就労困難性の概念を検討していく予定である。 【参考文献】 1)相澤欽一『職業準備性の向上』,「職業リハビリテーションの基礎と実践」,中央法規(2012),p.134-141 2)相澤欽一『職業準備性の向上のための支援』,「就労支援ハンドブック」,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター職業リハビリテーション部(2019),p.27-33 3)障害者職業総合センター『難病の症状の程度に応じた就労困難性の実態及び就労支援のあり方に関する研究』,「障害者職業総合センター調査研究報告書No.126」,障害者職業総合センター(2015) 4)上田敏『ICF(国際機能分類)の理解と活用―人が「生きること」「生きることの困難(障害)」をどうとらえるか』, きょうされん(2005) p.164 国立大学法人における障害者雇用に関する実態調査-コロナ禍が与えた影響もふまえて- ○宇野 京子(岡山大学 総務・企画部人事課グッドジョブ支援センター サブリーダー) 伊藤 美和(富山大学大学院 人間発達科学研究科) 齋藤 大地(宇都宮大学 共同教育学部) 前原 和明(秋田大学 教育文化学部)    水内 豊和(富山大学 人間発達科学部) 1 背景と目的 国立大学法(以下「国立大学」という。)では、2004年の法人化にともない障害者雇用促進法が適用されることになった1)。国立大学は雇用の分類上は一般就労となるが、一般企業や特例子会社とは異なり地域に開かれ社会的貢献が求められる。本稿では、近年の動向と2020年前半の特徴でもある新型コロナウイルス(COVID-19)感染症防止対策「緊急事態宣言」が、業務や障害のある職員に与えた影響を把握することを主たる目的として、全国調査を実施し分析した結果をここに報告する。 2 方法 (1) 対象 研究対象は、一般社団法人国立大学協会名簿に掲載されている国立大学86校である(令和2年3月末時点)。 (2) 調査方法・内容・期間及び倫理的配慮 国立大学の人事課に質問紙を郵送し、障害者雇用の部署の管理責任者への配布を依頼した。回答者の優先順位は、大学法人化以降の動向を把握することを目的としていることから、大学の運営会議等に出席する常勤職員、次に障害者雇用部署に所属する常勤職員、そして非常勤職員の順で依頼した。質問の内容は、組織運営や障害がある職員及び支援する職員の概要、学内外の連携や定着支援等の取り組みについては31項目、コロナ禍における影響については6項目を設定した。また「障害者雇用の担当者として普段感じていること」についての自由記述を求めた。調査期間は令和2年7月~8月、調査依頼にあたっては、調査の趣旨やプライバシーの保護等を示した文書と返信用封筒を同封し、この趣旨に同意できる場合に返送してもらうことにより同意を得たものとした。 3 結果 国立大学86校のうち、32校の障害者雇用人事担当者から回答が得られた(回収率37%)。法定雇用率を過去5年間継続し達成している大学は20校(62%)であった。また労働契約法18条1項に基づく無期雇用転換制度は、実施開始には平成25年から31年度と幅があるものの31校(97%)が実施していた。以下に、調査の結果を一部報告する。 (1)障害がある職員について 障害がある職員の基本となる就業時間は、「6時間/日」が27校(84%)であった。昇給や継続雇用にむけて「評価査定」を導入している大学は20校(62%)であった。基本給与以外の特殊勤務手当を支給している大学は1校みられ、環境整備をする職員に対して「草刈機等の機材使用1ポイント100円/30分」の手当を導入していた。所属長(または課長級)との面談は、23校(71%)で実施されていた。家族を対象とした職場見学を実施している大学は6校(19%)であった。障害者就業・生活支援センターなどの支援機関との定期面談は17校(53%)で実施されていた。 障害がある職員に対し、障害特性や業務遂行上の障壁となることについて雇用主と協議し可能な範囲での配慮を行う合理的配慮は、11校(35%)から回答があった。「通勤時のトラブル防止のための通勤経路の変更」「勤務場所に近い駐車場の確保」「手すりやスロープの設置」「直腸機能障害者対応としてウォシュレットやオスメイトの整備」「手話・筆記通訳者の配置」、視覚障害者やてんかん発作の予防のための「サングラスの着用」などの何らかの対応をとっていた。 (2)国立大学内の連携について 学内の人材活用や部署との連携については表1に示す。 また障害者雇用の部署として教育に寄与することを目的に、医療系や特別支援教育学生の実践の場として連携している大学は12校(38%)、障害学生の職場体験の受け入れを行っている大学は10校(31%)であった。 表1 大学内の連携(複数回答) 大学として障害者雇用を進めていくうえで重要と考えている点は、表2のとおりであった。また課題として認識している点は「障害者の採用や離職」や「他部署における障害者雇用」などがあげられた(表3)。 p.165 表2 国立大学法人として重要だと思う点(複数回答) 表3 障害者雇用を進めていく中での課題(複数回答) (3)コロナ禍における影響 ア 障害がある職員の心理的影響 2020年4月、政府から「緊急事態宣言」発令後障害がある職員に心理的影響があったかについて確認した。「特にない」「把握していない」と回答した大学は23校(74%)であったが、変化を把握している大学6校(19%)からその内容について複数回答があった(表4)。また2校(6%)では「出勤制限」や職務専念義務が免除される「職専免」などは行わなかったとの回答も得られた。 表4 障害のある職員に与えた影響(複数回答) イ 新たな職域の開拓 コロナ禍を機に業務開拓したかの質問に、24校(75%)が無いと回答した。一方、感染症対策のアルコール清拭を実施した大学が7校(23%)、従来大学職員が担当していたPCでのデータ入力を新規に請け負った大学が1校あった。 ウ コロナ禍から明らかになった今後取り組み 自由記述から得られた個別回答について、意味内容を損なったり改変したりしないよう複数の研究者で検討し、まとめたものを以下に示す(「 」は元の表記、( )は補足)。 『今後、コロナ禍の影響から採用段階において「感染予防」や「オンライン選考」が検討されるのではないかとの回答があった。その理由として「労務作業等、テレワークの実施が困難な職への応募が減少することが予想される。また、雇用の安定性の面から期限付採用の求人の応募の減少がこれまで以上に予想される」。働き方については「現時点で働き方について変更は生じていない。また、テレワークには対応困難な業務内容である。」との回答がある一方、「洗浄(清掃)業務に従事する職員は(非常事態宣言時は)特別休暇としたが、このような状況が長期化する場合、在宅で行うことができる業務や自己啓発等を検討する必要がある」。「今後はコロナウイルス(感染予防)だけではなく、(働き方改革など)様々な場面で在宅勤務を実施していくことが予想されるため、在宅でも勤務可能な環境整備や業務内容の見直しなどを検討する必要がある」。障害者は障害特性による差異はあるが「テレワークに対応可能な業務(スキル)を習得する必要があり」、人事管理者や直接支援をする職員は「オンラインで障害者のサポートを行うことができるような取り組みが必要になる」』と考える。 4 考察 国立大学における障害者雇用について、雇用維持のための取り組みや課題、コロナ禍の影響などが明らかになった。 2019年度、ハローワークを通じて就職した障害者は、延べ10万3163人で10年連続過去最多を更新した 。しかし障害者雇用の現場では、本調査結果と同様に企業側からは「雇用管理が難しい」「せっかく採用してもなかなか定着しない」「人材育成が思うように進まない」という声がある2)。障害者の定着と活躍のミスマッチを防ぐには、雇用前の本人と企業側との十分なすり合わせや環境調整、フォローアップが重要になる。特に人事部門を中心に会社全体でサポート体制をつくり、現場の不安を解消することが大切である3)。これまでの障害者雇用は出社を前提としたものであったが、コロナ禍によりテレワークへの移行が加速していくものと思われ、障害者雇用においても今後は「働き方」の柔軟性が求められる。それは厚生労働省職業安定局が2020年4月から開始した「障害者雇用に関する優良な中小企業主に対する認定制度」を参考に、双方が合意可能な量と質のバランス、そして企業とは異なる大学という文化に則した持続可能な雇用の在り方を検討する時期が到来していると推察する。 今回全国調査を行ったが、大学間での学部数の違いや地域特性があることから障害者雇用においても一概に論じることは難しい。今後は項目間の関連性を明らかにすることや特徴ある取り組みを行う大学の協力を得て、質的調査を組み合わせて分析していくことが必要である。 【参考文献】 1)梅山貴美子ら『大学における障害者の雇用に関する一考察―「シュレッダー作業」と「書棚整理」の試み―』. 群馬大学教育学部紀要(2007),p. 217-227 2)厚生労働省『令和元年度障害者の職業紹介状況等』. https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_11992.html 3) 荒金雅子「ダイバーシティ&インクルージョン経営」,日本規格協会(2020),p.161-163 p.166 障害者雇用管理と職場ソーシャルキャピタルの関連-中高年齢障害者に対する職業生活再設計等に係る支援に関する調査研究から- ○永野 惣一(障害者職業総合センター 研究員) 高瀬 健一 (障害者職業総合センター) 1 背景 障害者職業総合センター研究部門は「中高年齢障害者に対する職業生活再設計等に係る支援に関する調査研究」において、職業生活再設計の実態を明らかにするために、障害者雇用を行っている企業と行っていない企業を併せて、アンケート調査を実施した。この調査では、職場風土のひとつとして近年注目されている「職場のソーシャルキャピタル」の状況について、企業の障害者雇用の取組状況との関連を研究的疑問に置き訊ねている。 ソーシャルキャピタルは、社会の効率性を高める、人との間の信頼、規範、ネットワークによる協調的な行動を意味し、地域や職場における健康の保持増進等にとって重要であることが明らかになっている1)2)。本稿では、中高年齢障害者の雇用管理に資する職場のソーシャルキャピタルについての分析の第一段階として、企業の基本的属性と職場のソーシャルキャピタルとの関係を検討した結果を報告する。 2 目的 障害者雇用の有無にかかわらず、企業全体を対象とした場合、人事労務担当者がみる「職場のソーシャルキャピタル」の評価に対して、企業の基本的な属性、障害者雇用や外部機関への相談の有無との関係を明らかにすることを目的とした。 3 方法 (1)調査対象・回答者 調査対象は、事業所所在地、産業分類、従業員規模に基づいて無作為に抽出された7000社とした。回答者は、事業所において人事労務管理を担当する者とした。 (2)調査方法と期間 令和2年3月~5月を回答期間として、郵送による質問紙調査を行った。 (3)調査項目 本稿に関連する質問項目として以下に示す。 ア 事業所の属性 事業所所在地(北海道・東北、北関東・甲信越、南関東、東海・北陸、近畿、中国・四国、九州・沖縄の7地域)、産業分類(日本標準産業分類に基づいた17分類)、従業員数規模(30人未満、30~49人、50~99人、100~299人、300~999人、1000人以上の6分類)、障害者雇用の有無、障害者雇用の有無にかかわらず福祉・医療・労働等の各分野における相談窓口への相談の有無 イ 職場のソーシャルキャピタルの把握 職場のソーシャルキャピタル尺度(日本語版)3)を使用した(図)。 4 結果 (1)事業所の属性 アンケート調査で回答を得られた事業所は1243社であり、そのうち回答に不備のあった4件を除く1239社を分析の対象とした。 事業所所在地は、北海道・東北209社(16.9%)北関東・甲信越220社(17.8%)南関東152社(12.3%)東海・北陸142社(11.5%)近畿140社(11.3%)中国・四国167社(13.5%)九州・沖縄183社(14.8%)無回答26社(2.1%)であった。 産業分類は、農業、林業、漁業69社(5.6%)鉱業、採石業、砂利採取業14社(1.1%)建設業107社(8.6%)製造業132社(10.7%)電気・ガス・熱供給・水道業26社(2.1%)情報通信業73社(5.9%)運輸業、郵便業78社(6.3%)卸売業、小売業83社(6.7%)金融業、保険業76社(6.1%)不動産業・物品賃貸業30社(2.4%)学術研究、専門・技術サービス業60社(4.8%)宿泊業、飲食サービス業47社(3.8%)生活関連サービス業、娯楽業30社(2.4%)教育、学習支援業87社(7.0%)医療、福祉101社(8.2%)複合サービス事業(協同組合等)58社(4.7%)サービス業(他に分類されないもの)158社(12.8%)無回答10社(0.8%)であった。 従業員規模は、30人未満75社(6.1%)30~49人287社(23.2%)50~99人278社(22.4%)100~299人301社(24.3%)300~999人186社(15.0%)1000人以上108社(8.7%)無回答4社(0.3%)であった。 障害者雇用の有無は障害者雇用ありが744社(60.0%)障害者雇用なしが495社(40.0%)であった。外部相談機 p.167 関との相談の有無については相談ありが490社(39.5%)相談なし(「相談を希望」と「知らない」の合計)は114社(9.2%)無回答635社(51.3%)であった。 (2)各属性間の関連性 「事業所の所在地」「産業分類」「従業員規模」「障害者雇用の有無」「外部相談機関への相談の有無」の関連性を把握するために、これらの変数の連関をファイ係数とクラメールのⅤにより求めた。その結果、高い連関(0.7以上)が認められず、それぞれを独立した変数として、以下の分析に用いた。 (3)事業所の属性別の職場のソーシャルキャピタルの比較 上記各属性による職場のソーシャルキャピタルの水準の差を検討するために、回答を得点化し6項目の合計点による有意差検定を行った。分析対象1239社について事業所所在地、産業分類、従業員規模の違いによる平均値の差を一元配置分散分析によって確認したところ、「事業所の所在地」「従業員規模」については有意差が確認されなかった。また、「産業分類」は有意差が確認されたが、多重比較においては有意な値が認められなかった。「障害者雇用の有無」の比較では、障害者雇用を行っている企業の方が行っていない企業よりも有意に得点が高かった。「外部相談機関への相談の有無」の比較では、外部に相談を行っている企業の方が、相談を行っていない企業よりも有意に得点が高かった(表1)。 表1 企業の属性による一元配置分散分析の結果 なお、表1で有意差が確認された「障害者雇用の有無」「外部相談機関への相談の有無」の平均値と標準偏差を、表2に示す。 表2 企業の属性による平均値と標準偏差 さらに、有意差が示された「障害者雇用の有無」と「外部相談機関への相談の有無」について、これらを独立変数として「職場のソーシャルキャピタル」を従属変数とする重回帰分析を行ったところ、障害者雇用がある場合においてのみ正の影響関係が示され(β = .19, p < .01)、外部相談機関への相談の有無は、影響関係が示されなかった(β = -.06, p = n.s.)。 5 考察 人事労務担当者がみる「職場のソーシャルキャピタル」の評価は、事業所所在地や従業員規模とは関係が示されなかった(産業分類については、個別の差異が示されなかったため、解釈は保留とする)。一方、事業所の障害者雇用や外部相談機関への相談がある場合に高くなっていたが、職場のソーシャルキャピタルから双方への影響関係については、障害者雇用のある場合のみ職場のソーシャルキャピタルが高い状態が示された。 障害者雇用を行っている職場ほど、職場のソーシャルキャピタルが高いことが示された。働く障害者に対する個別的な配慮が、他の従業員に知覚される形で共有されることによって、従業員同士の結束が高まる職場風土が構築されることも推察される。これは、国内における職場のソーシャルキャピタルについては、職場内の信頼や規範によって生じる結束が重視されること3)に整合的である。また、外部相談機関の相談を利用している方が、職場のソーシャルキャピタルが高いことも示さたが、障害者雇用と併せて職場のソーシャルキャピタルへの影響を検討したところ関連は見られなかった。これは障害者雇用を行っている企業において、障害者の雇用管理等について外部への相談が発生しやすいことが考えられるため、差異として示されていたものと解釈される。 本稿では、回答を得た事業所において、障害者雇用の有無と職場のソーシャルキャピタルとの関連が示された。このことについては、企業の障害者雇用の雇用管理おける、一つの観点になることが示唆されるため、今後は他の側面との関連を含め詳細な分析を進めたい。 【謝辞】 本稿の分析に関しては、産業医科大学産業生態科学研究所産業精神保健学研究室教授の江口尚先生より多大なご助言とご示唆を頂いた。ここに記して御礼申し上げる。 【引用文献】 1)厚生労働省 :『住民組織活動を通じたソーシャル・キャピタル醸成・活用にかかる手引き』(平成27年3月) Retrieved from https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/ bunya/0000092042.html(令和2年7月閲覧) 2)江口 尚 : 働く人たちの参加する個人と組織の活性化手法-職場のソーシャル・キャピタルとジョブクラフティング-,「労働の科学」73巻, 第9号(2018) 3)Eguchi,Hisashi,Tsutsumi,Akizumi,Inoue,Akiomi&Odagiri, Yuko.(2017). Psychometric assessment of a scale to measure bonding workplace social capital. PLoS ONE, 12 【連絡先】 障害者職業総合センター研究部門 社会的支援部門 Tel.043-297-9025 p.170 テーマ10 諸外国の動向 フランスにおける新型コロナウィルス感染の影響下での障害者雇用支援について ○小澤 真(大阪府立大学 高等教育推進機構 講師) 1 はじめに 新型コロナウィルスの世界的感染拡大に伴い、フランスのように都市の封鎖を行った国も少なくない。我が国は免れたものの、将来的に同様の状況にならないという保証はなく、今回の各国の対応策を記録しておくことは有益であろう。今回は雇用率制度にかかる拠出金(納付金)を管理し、民間企業への障害者雇用に関する支援を行っている障害者職業参入基金管理運営機関(以下「Agefiph」という。)の支援をクローズアップしてみたい。まず、フランス国内における対応とAgefiphの対応を時系列によって並べた表から大まかな状況把握をするところから始める。そして次に、Agefiphの行った緊急特例支援についてまとめ、最後に考察を提示し、結論に代えたい。 2 政府およびAgefiphの対応 まず、国内の状況とAgefiphの対応を並べたものを表1に示す(参考サイト2、3参照)。 表1 国内の状況及びAgefiphの対応    後述するAgefiphの緊急特別支援は3/16が一つの境目であるが、これは翌17日に外出禁止令が布かれるためであり、段階的解除は5/11を待たねばならない。Agefiphは3/16に対面での支援を中止しているが、遠隔による支援は継続している。そして4/6には緊急特例支援として10の施策を発表している。その後も7月に至るまでウェブセミナーなど活発な周知活動を続けている。 3 Agefiphの緊急特例支援 Agefiphの緊急特例支援は4/6に発表され、その後いくつかの変更・追加が加えられた。4月版(表2)、6月版(表3)、8月版(表4)が発表されている「緊急特例支援ガイド」(参考資料2)を基にして支援内容を確認していく。なお、4月版についてはAgefiph4/6公式発表、Agefiphブルターニュ4/10公式発表、Agefiphノルマンディ「コロナ対策支援」、Agefiphペイ・ド・ラ・ロワール公式発表(参考資料1および3~5)を参照した。 4 考察 以上から考察すると以下の3点が指摘できるだろう。 (1)情報伝達の徹底 緊急特例支援の第一に挙げているのが情報の可視化である。まず、ウェブセミナーによる活発な情報発信を4月に行っている(表1参照)。さらにサイトによる新型コロナ関連の情報発信も確認できるだけで3月15件、4月52件、5月25件、6月20件、7月9件、8月6件と非常に多い(参考サイト1、8/29時点)。 (2)障害者個人事業主支援の重点化 次に緊急特例支援は障害者個人事業主を対象としたものが目につく。4月時点の10支援のうち3つまでが専ら個人事業主を対象としたものである。また支援期間も一般企業より長く、12月末までとされている。Agefiphは平時より個人事業主の育成・支援に力を入れており、この特例支援でも一つの骨子となっている。 (3)支援の柔軟性 外出禁止令の只中にあった4月時点の支援では「国民生活に必須の職種従事者に対する移動、住居、食費等の還付」が掲げられたが、ロックダウンが解除された6月の支援では「移動に関する支援」に変更され、対象も国民生活に必須の職種以外に拡大された。書類の審査だけでなく、支援そのものが時に応じ柔軟に策定されている。  p.171 表2 緊急特例支援4月版(4/24発表) 表3 緊急特例支援6月版(6/22発表)変更・追加 表4 緊急特例支援8月版(8/13発表)変更・追加 【参考サイト】 1)Agefiphサイト:https://www.agefiph.fr 2)オヴニ紙サイト:https://ovninavi.com 3)フィガロ紙サイト:https://www.lefigaro.fr 4)フランス法令集DB:https://www.legifrance.gouv.fr 【参考資料】 1)Agefiph : ≪ Communique de presse ≫, Agefiph (6 avril 2020). 2)Agefiph : Mesures exceptionnelles pendant la periode de crise sanitaire Covid-19, Agefiph (avril, juin, aout 2020). 3)Agefiph Bretagne : ≪ Mesures exceptionnelles - Crise sanitaire Covid 19 ≫, Agefiph (10 avril 2020). 4)Agefiph Normandie : ≪ Modalites d’intervention - specifiques pandemie Covid-19 ≫, Agefiph (11 mai 2020). 5)Agefiph Pays de la Loire : ≪ Les mesures exceptionnelles prises par l’Agefiph pour lutter contre la propagation du Covid 19 ≫, Agefiph (19 mai). p.172 中東・ヨルダンにおける障害のある方に対する支援 ○植松 達也(JICA青年海外協力隊 2019年度1次隊 職業訓練担当) 小倉 大志(JICA青年海外協力隊 2018年度2次隊 就労支援担当) 1 はじめに (1) JICAボランティア・青年海外協力隊 独立行政法人国際協力機構(Japan International Cooperation Agency、以下「JICA」という。)ボランティア事業は日本政府の政府開発援助(Official Development Assistance、ODA)の予算により、JICAが実施する事業を言う。開発途上国からの要請(ニーズ)に基づき、それに見合った技術・知識・経験を持ち、「開発途上国の人々のために生かしたい」と望む方を募集し、選考、訓練を経て派遣される。青年海外協力隊の派遣国は、選考時に希望し、選考結果時に派遣国と要請内容が決定する。派遣国は69カ国(これまでに:92カ国)、派遣中隊員数1,493名(累計45,776名)が派遣されていた。中東地域のヨルダンには、38名(累計622名)の派遣がある。現在(2020年8月)は、新型コロナウイルス感染症の拡大により、2020年3月に国内へ退避し、再派遣の見通しは立っていない。 (2) ヨルダン ヨルダンの基礎情報 国名/首都 ヨルダン・ハシミテ王国/アンマン 公用語 アラビア語 面積 89,000km2(日本の約4分の1) 人口(2018年) 995.6万人 宗教 イスラム教 93% キリスト教等 7% ヨルダンは、イラク、サウジアラビア、シリア、イスラエル、パレスチナといった国々に囲まれており、紛争当事国・地域に囲まれている。国内の政治、経済、治安は比較的安定しており、中東地域の平和を担っている国でもある。首都アンマンの生活環境は、日本とあまり変わらない生活することができ、巨大ショッピングモールが数多くあり、世界的にも有名な飲食チェーン等が出店している。地方や難民キャンプの生活環境は、質素なものであり、首都との生活レベルは違うものである。 ヨルダン人口の約7割以上はパレスチナ系住民であり、ヨルダン国内には、中東戦争の影響で難民キャンプが複数存在する。また、2011年からシリア内戦(アラブの春)の影響で、シリア難民が増加し、多くのシリア難民が難民キャンプで生活をしている。 多くの国民はイスラム教を信仰しているが、他の宗教に寛容な国で、モスク(礼拝堂)の建物の隣に教会があっても問題はない。 2 ヨルダンの福祉事情 (1)福祉についての考え方 障害のある方の社会参加は、日本に比べて少ない。正確な障害者人数は国として把握できていないが、障害者の割合としては、計算した時に日本とほぼ同じくらいであった。障害者の雇用で言うと、法定雇用率は日本より高く4%であるが、基準を満たしている企業は少ない。基準を満たさない企業に対して、ペナルティーが存在するが、機能していない。国家目標や福祉教育の目指すところは高く、国内全域にスキームが行き届いていない。福祉従事者の知識は、全体的に乏しく、大学で学んだ知識で止まっている。最新の福祉知識・技術を得るための情報源は、書籍やインターネット。書店はあるが、店舗が少なく、書籍があっても英語やアラビア語で書かれており、言葉の壁がある。アラビア語は、文語(フスハー)と口語(アンミーヤ)で使い分けされており、文語で書かれていても読むことが難しい。研修は開催されているが、他の職員へ共有されず研修で学んだことが現場で活かされていない。 (2)教育センター 教育センターとは、日本で言う特別支援学校と同じ役割を担っている。所管する官庁は、社会開発省(日本で言う、厚生労働省と同等の機能を持つ)。教育センターの対象年齢は、6歳から18歳まで。卒業後は社会参加できる卒業生は極僅かである。卒業後の多くの進路として、家に戻り家事手伝いである。教育センターは、大きく分けて、知的障害か脳性麻痺をメインにしているセンターに分かれている。 3 活動先について (1)特別支援教育センター・職業訓練 ア 施設の概要 ヨルダン最大級のパレスチナ難民キャンプ内にある知的障害者を対象。教員の年齢は、20代から30代と若く、教員1名に対して生徒は6~8名。クラスは、年齢別に分かれており低学年、中学年、高学年、職業訓練に分かれている。障害程度は、軽度から重度の生徒が同じ教室で授業を受ける。 p.173 活動先の施設では、障害者スポーツ(特にスペシャルオリンピックス)に力を入れ、1か月に1回、パラリンピックセンターで練習し、大会に参加をしている。 イ 学習指導 学習時間は、個別指導で個々の能力に応じた内容で、教員が生徒を呼び、1人ずつ指導する。学習内容は、主にアラビア語、算数、社会常識を学ぶ。アラビア語は、書くことを中心に学び、話せるが、書くことが出来ないため、繰り返し練習をする。算数は数字の読み書きから始まり、できる子は足し算、引き算の練習をする。社会常識は、隣国の事やイスラム教の事を学ぶ。 ウ 工作指導 工作時間の目標は、時間内に完成することが目標となっており、道具を正しく使う事に重きを置いていない。工作して作ったものを家に持って帰る為、生徒が中心の工作と言うより、教員が中心に作業する事が多く、生徒のための授業になっていないことが多かった。 エ 職業訓練 職業訓練の一環で、機織りをしていた。作業手順は決まっており、治具などはなく、失敗したら自発的に教員に伝えられる生徒が作業をしていた。失敗したら、教員が立ち会うが、自分たちで戻せる能力を持っている。製作期間や納期を明確に決めず、完成するまで黙々と作業する。訓練で作られた織物は、福祉主催の販売会で売り、施設の運営費に充てられている。当センターでは、在庫が残っており、販路の開拓が課題となっていた。 (2)就業支援施設 ア 施設の概要 活動先の就業支援施設は、障害のある子供たちの親が組織して運営を行っていた。運営資金は国からもらっており、就労人数により変動する。国内には、障害のある方の就労支援施設は複数あり、就労支援を積極的に行われている。2018年時点で、ジョブコーチは171名登録されている。ジョブコーチは研修を受け登録される。当施設の職員が講師を務め、就労支援の第一人者として国内で高い技術を持っている。 イ 就労支援 初めに、求職者を探す方法として、福祉施設を諸君が巡回し、就職できそうな方を見つけるところから始まる。インターネットの普及によりSNS(Facebook)等を使って求職者から直接連絡が来ることが増えてきている。求職者を知るために、ヒアリングで希望職種や能力、配慮することを聞き、それにあった就職先を開拓する。雇用があることを前提に就労支援を3か月間行う。企業と求職者がマッチングすれば雇用となり、働くことになる。就労支援期間は、就労支援施設の職員がジョブコーチとして企業の求めているスキルを求職者に教える。また、2者間でトラブルが発生した時に仲介に入る。就職が決まった後も、フォローアップとして、職員が企業を訪れ、定着するための支援を行っている。日本の制度で言う、障害者委託訓練の事業主委託訓練制度やジョブコーチを利用した就職制度に似ている。 就職先は、清掃業が多いが、レストラン、ケーキ屋、病院内のリネン室等に就職する。能力が高い方になると、書類整理の業務に就く。求職者の全体的な能力は、障害程度が比較的軽度で、職場に自力通勤できる方となっている。賃金は、最低賃金より少し多く貰っている。国内の全体失業率(2018年)が18.3%(日本:2.4%)と高いが、その中でも就労支援を行い就職が決まっていく。 4 まとめ ヨルダンでは、障害者に対しての差別、偏見が日本よりもあり、家族で育てている事も珍しくない。一生、家から出さないで周りの目を気にして育てる親もいる。街中を歩くと、障害のある方に対して、差別的な言動をする人もいるが、外国人も同じ様な扱いをされる。初めて、社会的マイノリティになると、少しばかり気持ちが分かった気がする。日本で行われている支援を開発途上国で普及させるために、現地の方と一緒に支援を行ってきた。現地のためだと思っていることが、結果、自分の指導・支援方法を振り返るきっかけとなった。新型コロナウイルス感染症の拡大により、日本に帰国し、再派遣の見通しが立っていない。国際協力の経験を日本のために還元すると共に開発途上国の現状と解決策を多くの方と一緒に考えていきたい。 【参考文献】 1)JICA青年海外協力隊 https://www.jica.go.jp/volunteer/ 2)外務省 ヨルダン基礎データ https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/jordan/data.html#section1 【連絡先】 植松 達也 2019年度1次隊(静岡県職員) e-mail:tatsuya19900505@yahoo.co.jp 小倉 大志 2018年度2次隊(セーブ・ザ・チルドレン) e-mail:ogra.taic@gmail.com p.174 「世界の職業リハビリテーション研究会」設置からの取組と課題 ○堀 宏隆(障害者職業総合センター 研究員) 春名 由一郎・大石 甲・永野 惣一・武澤 友広・伊藤 丈人(障害者職業総合センター) 1 研究会設置の背景・目的 我が国の職業リハビリテーションは、最近の20年間で、ジョブコーチ支援利用者数の増加や障害者就業・生活支援センターの制度化、ハローワークのチーム支援等による関係機関の連携、企業の合理的配慮義務に応じた事業主支援等、大きな発展を遂げてきた。このような大きな変化は、米国やヨーロッパ諸国でも起こっている。従来、諸外国では障害者雇用の理念や制度が大きく異なるため、他国の取組を参考にしにくかったところ、障害者権利条約以降、障害者雇用率制度、障害者差別禁止・合理的配慮、保護雇用/社会的雇用、職業リハビリテーション/援助付き就業等といった、基本的理念や取組が国際的に共有されるようになっている。 図1 近年の障害者雇用支援の基本的理念や取組の総合化 このような我が国と諸外国の動向を踏まえ、障害者職業総合センターでは、特別研究として「諸外国の職業リハビリテーション制度・サービスの動向に関する調査研究(令和2~4年度)」において「世界の職業リハビリテーション研究会」を毎月1回開催している。本研究会は、我が国の職業リハビリテーションにおいて課題となってきたテーマや関心の高いテーマを取り上げ、諸外国の最近の取組を紹介するとともに、専門家等と意見交換や情報交換を行うことを目的としている。 2 これまでの取組状況 令和2年度は「我が国の政策・実務的課題と諸外国の動向の関連性の検討」をテーマとして、本稿提出の段階では研究会は2回開催した。 (1)第1回(キックオフ)「世界の職業リハビリテーションの動向と課題」令和2年7月2日(参加者数21名) 第1回の参加者は、研究部門の研究員、職業リハビリテーション担当部署、厚生労働省等を含め21名であった。研究会の趣旨・目的を共有するために、研究会世話人から話題提供の後、意見交換を行った。 「国際的な障害者雇用支援の基本的理念の共有と支援実務者間のコミュニケーションの促進」として、具体的には、近年の職業リハビリテーション実務者レベルでの国際的な研究会や会議の開催状況、障害の基本的な捉え方における医学モデルと社会モデルの関係が2001年の国際生活機能分類(ICF)により整理されたこと、障害者権利条約でのインクルーシブな雇用に向けた国際的な目標の共有、さらに近年、各国で、雇用率制度、差別禁止・合理的配慮、社会的雇用、職業リハビリテーション/援助付き就業が多様に発展している状況も紹介された。 また「職業リハビリテーションと援助付き就業」として、最近20年間で我が国の職業リハビリテーションは大きく変化しており、その取組の特徴は、国際的に知的障害者等の一般就業の実現に成果を上げてきた「援助付き就業」と呼ばれるものと一致していることが紹介された。さらに「援助付き就業」の世界的リーダーである米国と我が国の「統合的就業」の達成状況を比較した研究結果から、我が国は世界的に援助付き就業の先進国であることが示唆された。 表 日米の「統合的就業」の達成状況の比較 話題提供の最後の「世界の職業リハビリテーションの動向と課題」では、初年度に毎月開催する予定のテーマ別に、我が国の関連課題と諸外国の動向が紹介された。 第1回研究会の意見交換では「日本の職業リハビリテーションは先進的であり、諸外国の理念や取組をそのまま導 p.175 入することは、おそらく適切ではない。それを前提として、諸外国のこれまでの取組について、一つの「社会実験」として捉え、批判的に検討し、参考にできることは参考にしていくことが重要ではないか」という、出席者からの前向きな意見交換があった。 (2)第2回「職業アセスメント再構築の課題」令和2年7月21日(参加者数17名) 第2回研究会は、世界各国で職業アセスメントは、障害者本人だけに関するものから、より仕事内容や職場環境等を含む総合的なものになっていることを踏まえ、「職業アセスメントの再構築の課題」をテーマに、障害者職業総合センター研究員から、過去30年間の障害者職業総合センターにおける職業アセスメント研究の歴史や、諸外国の就労困難性の評価法についての話題提供がなされた。 最初の話題提供では「職業リハビリテーションの高度化に伴う職業アセスメント方法の変化」として、我が国では、20年前では「働けない」と考えられていた障害者の多くが、現在では、仕事とのマッチング支援、職場での合理的配慮、地域関係機関と連携した継続的支援等の発展によって、大きく就業可能性を拡大したこと。また、職業アセスメントは高度化し、2000年代には情報技術を活用した総合的アセスメントの開発が行われたこと。その一方で、2000年代にはジョブコーチ支援等の発展により、障害者の就労困難性の評価それ自体の重要性は減少傾向にあり、現在でも、米国では「就労困難性の判定はしない」ことが支援の原則とされていること。しかし、我が国では、最近になって、関係分野を含めた障害者就労支援の関係者の拡大や、就職後の職場定着の課題の増加等で、あらためて就労困難性評価や職業アセスメントが重要になっていること、といった課題の変遷が整理された。 図2 過去40年の我が国の職業アセスメントの課題の変遷 現在の諸外国の動向として、フランスやドイツでは障害者雇用率制度に関連した就労困難性による障害認定や重度判定を職業リハビリテーションの一環として実施するようになっており、その総合的な判断のためにケースマネジメントの取組が前提となっていることが紹介された。これを踏まえ、現在の職業アセスメントの複雑性や共通認識の困難性といった研究課題は、現在の職業リハビリテーションにおいて職種や就業条件、職場環境整備・配慮や専門的支援の多様性・個別性こそが、障害者の就労困難性の解消・軽減の可能性の大きな源泉となっていることが指摘された。そのような認識を踏まえて、効果的な職業リハビリテーションと、効果的な職業アセスメントの両立のためには、複雑かつ総合的な情報処理を効果的に行える仕組みが不可欠であり、現状の諸外国での取組の方向性は、多職種ケースマネジメント、専門人材育成、データベースを活用した情報支援ツールの効果的活用等を総合的に行うことではないかという問題提起がなされた。 2つめの話題提供では「労働障害のアセスメント(=障害年金認定のためのアセスメント)」と題し、海外文献レビューの手法で、オランダ、スウェーデン、デンマークなどの諸外国の労働障害の評価方法について触れた。これらは、職業リハビリテーションのための評価ではなく、一般就業が困難な障害者への社会保障が中心的な目的となっていることに留意しつつ、労働能力の評価において環境要因をどのように考慮すべきかについて、各国の環境要因の評価に関する情報収集が不可欠であると結論付けた。 両者の話題提供を受け指定討論として、医学モデルから脱却した職業アセスメントの担い手、継続的アセスメントの重要性、妥当性のあるアセスメントを可能とする要因についての課題が提起され、参加者との間で「環境のアセスメント」、「多職種間の連携、ケースマネジメントの視点」、「AI技術などコンピューターベースの職業アセスメントに関する有用性」等に関して意見交換を行い、AIでビッグデータを収集、分析の上、現場で活用できるツールがあれば、現場の職業リハビリテーション実務者にとって有用であるが、そのシステムの維持管理に関する恒常的な費用負担をどう担保するか、などの問題提起がなされた。 3 今後の課題 発表時には、さらに今後も毎月開催される研究会の「雇用率制度と差別禁止法制の統合」、「障害属性別の効果的な職業リハビリテーション」、「福祉的就労と一般就業の谷間の解消」等の意見交換の結果も紹介したい。 本研究会の当日資料等は障害者職業総合センターホームページで公開し、逐次、閲覧できるよう、整備する予定である。  また、機構職員以外にも、外部関係者も全国から参加できるようにオンライン会議形式を併用しており、今後、関心のある方の一層の参加を望むところである。 【連絡先】 堀 宏隆 障害者職業総合センター社会的支援部門 e-mail:Hori.Hirotaka@jeed.or.jp p.178 テーマ11 精神障害 精神障害のある短時間労働者の雇用状況について(その1)~特例措置適用企業を中心とした障害者雇用状況データの分析~ ○國東 菜美野(障害者職業総合センター 研究員) 小池 磨美・渋谷 友紀・田中 歩・田村 みつよ(障害者職業総合センター)  1 背景 精神障害のある人の雇用では、平成30(2018)年度から特例措置(条件に該当する短時間労働者の雇用率ポイントを従来の0.5から1とする措置)が導入されている。しかし、企業における特例措置の適用状況や、特例措置が企業に与える影響については明らかにされていない。 2 目的 上述の背景を考慮すると、特例措置の適用状況を含め、精神障害のある人の雇用状況や特例措置による企業への影響を明確にすることが、今後の精神障害のある人の雇用施策などを考えるうえで重要である。そこで、本研究は、以下の3点を目的とした。 ①精神障害のある人を雇用する企業の特徴を把握する ②特例措置適用企業の特徴を明らかにする ③特例措置が雇用率達成に与える影響を明らかにする 3 方法 本研究は厚生労働省「障害者雇用状況データ」の二次分析を用いた。上述した目的①および②に関しては記述統計により、③についてはStata ver.16を用いた統計解析により分析を行った。③の統計解析では、雇用率達成を従属変数としたロジスティック回帰分析を用いた。独立変数は(A) 企業規模(常用労働者数)、(B) 産業(大分類18分類)、(C) 特例措置適用(特例措置該当者なし=0、あり=1)とした。モデルの作成に際しては有意選択法(purposeful selection1))を使用した。 4 結果と考察 (1) 精神障害のある労働者を雇用する企業の特徴 表1は、精神障害のある労働者を雇用する企業の数を規模(常用労働者数)別に表したものである。企業数はどの規模の企業でも毎年度増加しており、とりわけ300人未満規模の企業数の増加が大きい。また、表掲載はしていないが、平成29(2017)年度から令和元(2019)年度にかけて、企業数の産業別割合を比較すると、どの年度においても①製造業(期間中約24%)、②医療・福祉(21%)、③卸売・小売業(約16%)が高く、これら3産業で全体のおよそ6割を占めた。さらに、労働時間別(フルタイム/短時間)で企業数を見た場合、フルタイム労働者のみを雇用する企業が最も多く、約70%を占め、短時間労働者のみあるいはフルタイム・短時間労働者の両方を雇用する企業がそれぞれ約15%を占める(表掲載なし)。この傾向は3年度をとおして変化はない。 表1 精神障害のある人を雇用する企業数 規模別 表2は、精神障害のある労働者数(フルタイム/短時間別)を表したものである。なお、この表では示していないが、企業規模別に見た場合、フルタイム、短時間労働者ともに1000人+および100-299.5人規模の企業に多く、300-499.5人規模の企業では少ない。フルタイム労働者の割合は企業規模が大きくなるにつれて上がり、1000人+規模の企業では、フルタイム労働者の割合が約8割を占める。産業別では、フルタイム労働者は①製造業、②卸売・小売業、③サービス業の順に多いのに対し、短時間労働者数は①医療・福祉、②卸売・小売業、③サービス業の順に多く、短時間労働者のおよそ半数は医療・福祉に集中している。ほかの障害と比較した場合、身体障害のある労働者のうち短時間労働者は約10%、知的障害のある労働者のうち短時間労働者は約20%であるのに対し2)、精神障害のある労働者の場合、短時間労働者が約30%を占める。このことから、短時間労働者の割合の高さは精神障害のある人の雇用状況における特徴のひとつであることがわかる。 表2 労働者数 フルタイム/短時間別 (2)精神障害のある短時間労働者を雇用する企業の特徴 短時間労働者のみを雇用する企業数についてその割合を見ると、産業別では①医療・福祉(3年度とも約35%)、 p.179 ②卸売・小売業(約17%)、③製造業(約12%)の順に高い(表掲載なし)。平成29(2017)年度から令和元(2019)年度にかけて、これらの産業が占める割合に大きな変化はない。規模別では、100-299.5人規模の企業が最も高い割合を占める(約50%)。一方、フルタイムと短時間労働者の両方を雇用する企業については、期間中、最も高い割合を占める2産業が①医療・福祉(約27%)、②卸売・小売業(約20%)であることは共通している。3番目に割合の高い産業は、平成29(2017)年度はサービス業(約10%)、平成30(2018)年度および令和元(2019)年度は製造業(約12%)である。規模別では、医療・福祉および製造業では100-299.5人規模の企業が最も高い割合を占めるが、全体としては産業にかかわらず1000人+規模の企業が最も高い割合を占める(約30%)。 (3)特例措置適用企業の特徴 表3は、特例措置適用企業および非適用企業の数を企業規模別に表したものである。特例措置適用者が雇用されていない企業と比較すると、特例措置適用企業には大規模(1000人+)な企業の割合がより高いという特徴がある。平成30(2018)年度と令和元(2019)年度を比較すると、特例措置適用企業の場合300人+規模の企業における増加が大きく、これは特例措置非適用企業と比較するとより明確である。 表3 特例措置適用企業と非適用企業の数 規模別 産業別では、平成30(2018)、令和元(2019)年度ともに①医療・福祉(約30%)、②卸売・小売業(約20%)、③製造業(約12%)において、特例措置適用企業の割合が高い(表掲載なし)。また、労働者数で見た場合、特例措置適用者の約半数が医療・福祉に集中している。一方、特例措置非適用企業の場合、上位3産業が占める割合の高さは①製造業(各年とも約27%)、②医療・福祉(約18%)、③卸売・小売業(約14%)の順である。これは、製造業ではフルタイム労働者のみを雇用する企業の割合が高いことが影響しているためと考えられる。 短時間労働者の雇用傾向で比較した場合、特例措置適用企業では新規雇用が平成30(2018)、令和元(2019)年度ともに約45%を占めたのに対し、特例措置非適用企業では、新規雇用は2年度ともに約10%であった。なお、特例措置適用者のうち、新規労働者と継続労働者の割合はおおむね5:5である。特例措置適用企業と非適用企業で雇用傾向が明らかに異なることを考えると、特例措置導入後、精神障害のある短時間労働者を意図的に新規採用した企業が少なくなかったと推測される。また、企業による特例措置の積極的な活用には、平成30(2018)年4月の法定雇用率の変更(2.0→2.2%)も影響したものと考えられる。 (4)特例措置の適用が雇用率達成に与える影響 特例措置適用が企業の雇用率達成へ与える影響をはかるために、措置導入後の平成30(2018)および令和元(2019)年度のデータを用いてロジスティック回帰分析を行った。有意選択法の基準にしたがって、20の単独の独立変数候補および37の変数同士の交互作用のうち、雇用率達成に与える影響が相対的に大きい変数を選択し、モデルを作成した。最終的に選択された独立変数の数は、平成30(2018)年度のデータについては20、令和元(2019)年度のデータについては28である。ここでは紙面の都合上すべての独立変数について述べることは難しいため、雇用率達成に与えるオッズの%が大きいものに焦点をあてて報告する(この場合%はプラスにもマイナスにも∞の値を取る)。平成30(2018)年度は、すべての独立変数のオッズ%の平均は-10.9(-87.8~238.6)%であった。医療・福祉は変数としてとりわけ雇用率達成に与える影響が大きく、そのほかの産業と比較した場合、雇用率達成のオッズが238.6%増加する。一方、特例措置が雇用率達成に与える影響も比較的大きく、特例措置適用企業は、非適用企業と比較した場合、雇用率達成のオッズが47.3%増加する。換言すれば、特例措置非適用かつ雇用率達成企業1社に対して、特例措置適用かつ雇用率達成企業が1.473社存在する。令和元(2019)年度は、すべての独立変数のオッズ%の平均は14.9(-89.7~445.6)%であった。医療・福祉の雇用率達成への影響は継続して大きいものの(259.1%)、特例措置の影響は前年度よりやや小さくなり、オッズは35.1%であった。 5 結語 精神障害のある人の雇用において、短時間労働者の割合の高さ、および、医療・福祉産業の割合の高さは特徴的である。また、特例措置は導入初年度、雇用率達成に対して比較的大きな影響をもっていた。 【参考文献】 1) Hosmer, D.W., Lemeshow, S., & Sturdivant, R.X. (2013). Applied Logistic Regression. 3rd ed. Wiley: New Jersey. 2) 厚生労働省, 「令和元年 障害者雇用状況の集計結果」, https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/000580481.pdf p.180 精神障害のある短時間労働者の雇用状況について(その2)~事業所アンケートの結果を中心に~ ○渋谷 友紀(障害者職業総合センター 研究員) 小池 磨美・國東 菜美野・田中 歩(障害者職業総合センター) 1 背景 精神障害者の職場定着率は、他の障害種別の者に比べ低いとされる一方で、精神障害者が20時間以上30時間未満の短時間で雇用された場合、他の労働時間区分で雇用された場合に比べ、定着率が高くなる傾向が確認されている1)。 これらの知見を踏まえ、厚生労働省は、「障害者の雇用の促進等に関する法律施行規則の一部を改正する省令」(平成30年厚生労働省令第7号)により、精神障害のある短時間労働者(20時間以上30時間未満)の雇用率算定方法を、精神障害のある ① 新規雇入れから3年以内の者、または精神障害者保健福祉手帳取得から3年以内の者で、かつ ② 令和5(2023)年3月31日までに雇入れられるか、もしくは精神障害者保健福祉手帳を取得した者について、特例として、1人をもって1人とみなすとした2)。 2 目的 本研究は、この特例措置の事業所および当事者への効果ないし影響について検討することを目的として、① 障害者雇用状況調査の二次分析、② 特例措置対象者を雇用する事業所と、その事業所に雇用される精神障害のある短時間労働者へのアンケート調査、③ ②で回答のあった事業所、当事者へのインタビュー調査を実施することとしている。特に②のアンケート調査は、令和元年度および令和3年度に1回ずつ実施し、その間の変化を検討する。 本報告では、②の令和元年度の事業所アンケートについて、回答のあった事業所の属性および特例措置に対する考え方、特に特例措置対象者の今後の雇用方針について、その概要を述べ、属性と考え方の関係を検討する。 3 方法 (1)調査票の構成 事業所向けの調査票は、Ⅰ「事業所について」、Ⅱ「精神障害者の雇用管理について」、Ⅲ「特例措置について」、Ⅳ「在籍している精神障害者の個別状況」の4つの設問群によって構成した。 (2)分析対象とする事業所 この調査は、平成30(2018)年6月1日現在の障害者の雇用状況について回答を求める厚生労働省の「障害者雇用状況調査」において、「特例措置対象者を雇用していると回答した事業主」に対し調査票を郵送し、その事業主が保有する「特例措置対象者が働く事業所」毎の回答を求めたものである。 対象とした事業主は全4,453であり、そのうち756の事業主から事業所1所以上の回答があった(回収率17.0%)。返信のあった調査票は834であったが、そのうちの白紙2、事業所の消滅1を除いた831を回答事業所数とした。 しかし、アンケートでは設問群ⅠとⅣにおいて,それぞれ特例措置対象者の数および雇用している精神障害者の状況について聞いているが、831の回答事業所のうち340(40.9%)の事業所で、ⅠとⅣいずれにおいても特例措置対象者の在籍が確認できなかった。本調査は、「特例措置が適用されている事業所ごと」の回答を求めているため、特例措置対象者の在籍が確認できない事業所は本報告における分析の対象外とした。したがって、分析対象とする事業所は、ⅠないしⅣの回答から特例措置対象者の在籍が確認できた491(59.1%)の事業所とした。 4 結果 (1)分析対象とする事業所の属性的特徴 ア 従業員規模 分析対象とする事業所の従業員規模を表に示す。 従業員が45.5人~99.5人の事業所が101(20.6%)、100.0人~299.5人の事業所が152(31.0%)で特に多くなっていた。 表 分析対象とする事業所の従業員規模 イ 産業分類 分析対象とする事業所の産業分類(大分類)について、図1に示す(n=491)。 図1 分析対象とする事業所の産業分類(大分類) p.181 「医療・福祉」に属する事業所が最も多く(33.8%)、次いで「卸売・小売業」が多かった(17.7%)。この2業種だけで51.5%になり、全体の約半数を占めた。 (2)分析対象とする事業所の今後の雇用方針 今後の雇用方針については、以下の5項目について、それぞれ「よく当てはまる」「やや当てはまる」「どちらとも言えない」「あまり当てはまらない」「全く当てはまらない」の5段階での回答を求めた。結果は図2に示す。 【項目1】特例措置対象者でなくなっても、現在雇用している者の雇用は続ける 【項目2】特例措置対象であるか否かにかかわらず適性のある者は雇いたい 【項目3】精神障害者であってもフルタイム勤務の者を雇いたい 【項目4】特例措置がなくなると精神障害者である短時間労働者を雇うのは難しい 【項目5】特例措置がなくなっても精神障害者については短時間労働者として雇う 図2 分析対象とする事業所の今後の雇用方針 【項目1】と【項目2】は、それぞれ雇用の継続と新規雇用の意志を聞いており、いずれも積極的な回答(よく当てはまる+やや当てはまる)が【項目1】92.5%、【項目2】89.8%で約9割に達している。これに対し、【項目4】は特例措置がなくなった場合に、精神障害者を短時間労働者として雇うことの困難性を聞いており、困難を示す回答(よく当てはまる+やや当てはまる)は9.2%であった。 また、労働時間について、【項目3】ではフルタイムが良いか、【項目5】では短時間で雇うかを聞いているが、これらは積極的な回答(よく当てはまる+やや当てはまる)がそれぞれ【項目3】28.5%、【項目4】41.1%であり、両者ともに「どちらとも言えない」の回答が大きくなる傾向にあった(【項目3】51.7%、【項目5】40.3%)。 (3) 事業所の属性と今後の雇用方針の関係 次に、以上の事業所の属性と、今後の雇用方針との関係を検討する。今後の雇用方針は、5段階の尺度を「よく当てはまる」と「やや当てはまる」、「あまり当てはまらない」と「全く当てはまらない」を類似した傾向としてまとめ、3段階の尺度とした。 また、産業分類は、度数が少ない項目で極端な値が出る可能性が考えられたため、度数の降順で並べ替え、累積相対度数が0.9以上になった項目までを取り扱うこととした。 各事業所属性と今後の雇用方針の関係は、名義尺度同士の関連性を検討できるクラメールの連関係数(V)を算出して確認した。 ア 従業員規模と今後の雇用方針 従業員規模は、【項目4】「特例措置がなくなると精神障害者である短時間労働者を雇うのは難しい」との間にのみ有意だが、小さな関連が認められた(V=0.138, χ2 (10)= 18.343, p≦0.05)。調整化残差では、1000人以上の事業所で困難とする反応が大きく(3.051)、45人以下の事業所で中立的な反応が大きかった(2.242)。 イ 産業分類と今後の雇用方針 産業分類(大分類)も、従業員規模の場合と同様、【項目4】との間にのみ有意だが、小さな関連が認められた(V=0.193, χ2(14)= 33.342, p≦0.01)。 調整化残差では、困難とする反応は「サービス業(他に分類されないもの)」で小さかった(-2.053)。中立的な反応は、「運輸業・郵便業」で大きく(2.609)、「卸売・小売業」(-2.403)、「生活関連サービス・娯楽業」(-2.026)、「宿泊業、飲食サービス業」(-2.105)で小さかった。一方、困難ではないとする反応は、「宿泊業・飲食サービス業」で大きく(2.365)、「医療・福祉業」(-2.520)、「運輸業・郵便業」(-2.961)で小さかった。 「サービス業(他に分類されないもの)」「宿泊業・飲食サービス業」で困難性が低く、「医療・福祉」「運輸業・郵便業」で困難性が高いと考えられる結果であった。 5 考察 多くの事業所が精神障害者の雇用について前向きな姿勢を示す一方で、分析対象とした事業所の一部の属性と、特例措置無しでの精神障害者の短時間雇用の困難さについて聞いた【項目4】との間に、いずれも大きいものではないものの、有意な関係性が認められた。 このことは、従業員規模や産業種別といった事業所の属性によって精神障害のある短時間労働者の雇用の方略に違いがある可能性を示唆している。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター.(2017).『調査研究報告書№137:障害者の就業状況等に関する調査研究』,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構. 2) 厚生労働省. (2017). 「障害者雇用義務の対象に精神障害者が加わりました」. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000192051.html 【連絡先】 渋谷 友紀(障害者職業総合センター) e-mail:Shibuya.Tomonori@jeed.or.jp p.182 精神障害のある短時間労働者の雇用状況について(その3)~本人アンケートの結果を中心に~ ○小池 磨美(障害者職業総合センター 主任研究員) 渋谷 友紀・國東 菜美野・田中 歩(障害者職業総合センター) 1 背景 障害者雇用率の算定において、短時間で働く精神障害者1人を1ポイントとしてカウントすることができる特例措置(以下「特例措置」という。)が、平成30年4月から導入されている。この制度が令和5年3月までの暫定措置であることから、その後の取扱いを検討するために短時間で働く精神障害者雇用状況等について明らかにすることが求められている。 なお、特例措置の適用対象は、雇入れ後に精神障害者保健福祉手帳(以下「手帳」という。)を取得した場合には、取得から3年以内、雇入れ前から手帳を所持している場合には雇入れから3年以内であって、週の所定労働時間が20時間以上30時間未満の者となっている。 2 目的 本研究は、特例措置が適用されている短時間労働者を中心に精神障害者の雇用状況等を明らかにすることを目的として、①障害者雇用状況調査の2次分析、②特例措置適用事業所とその事業所に短時間で働く精神障害者を対象とするアンケート調査、③アンケート調査の回答者から協力を得た対象者へのヒアリング調査、④アンケート調査の回答者から協力を得た対象者へのパネル調査を実施する計画である。 本稿においては、精神障害者本人を対象としたアンケート調査の集計結果から基本属性及び短時間就労における満足度について報告する。 3 方法 (1)調査概要 平成30年障害者雇用状況調査の特例措置適用事業主(4,453社)に調査票を郵送し、事業主から令和元年9月1日現在、特例措置適用対象となっている精神障害者に調査票を配布するよう求め、本人から直接回答を得た。 (2)調査項目 調査項目は、①基本情報(9項目)、②これまでの働き方(10項目)、③現在の働き方(17項目)、④働く上での配慮事項(7項目)、⑤働き方についての意見(3項目)となっている。 (3)対象 今回のアンケート調査では対象を特例措置適用者としていたが、入社時期、手帳の取得時期と労働時間により特例措置の適用状況を判断した結果、返信された868件のうち、適用が確認できた調査票は362件となっている。残り506件のうち、障害の確認が取れない12件と適用状況が判断できない43件を除いた451件が特例措置の非適用者となっている。本稿においては、特例措置が適用されていると判断した362件を対象としている。 4 結果 (1)基本的な属性 ア 年齢 年齢は、10代から60代まで広く生産年齢全体に渡っており、40代が120人(33.2%)と最も多くなっている(図1参照)。 図1 年齢 イ 障害状況 主な障害の状況は、図2のとおりで、統合失調症が37.6%、気分障害(うつ病・そううつ病)が24.9%、発達障害が23.8%、てんかんが4.4%、高次脳機能障害が3.0%となっている。また、重複障害があると回答している実人数は95人いる。 図2 主な障害種類 ウ 職種 職種は、厚生労働省の職業分類(大分類)に従って区分している。管理職を除く、10職種について回答があった。運搬・清掃・包装等が41.4%と最も多く、事務24.6%、生 p.183 産工程12.7%、サービス8.6%と続き、この4つの職種で全体の87%以上を占めている(図3参照)。 図3 職種 (2) 今後の働き方について ア 就業継続について 就業継続については、「今の職場で働き続けたい」が60.5%、「続けるのは難しい」が7.5%となっている一方で、「今のところわからない」が26.8%となっている(図4参照)。 図4 就業継続について イ フルタイムへの移行について 「フルタイムに移行したい」が22.9%、「現状ではフルタイムへの移行は難しい」が32.9%「短時間勤務をこのまま続けたい」24.9%となっており、回答が分散している(表参照)。 表 フルタイムへの移行についての考え 5 考察 (1)基本的な属性 ア 年齢 最年少が19歳、最年長が65歳で年齢的には幅広く分布しており、30歳代、40歳代の年齢層が顕著に多くなっているのが特徴といえる。 イ 障害状況 気分障害、統合失調症、発達障害が全体の86%以上を占めているものの、てんかん、高次脳機能障害、その他精神疾患もあり、重複障害があると回答している者も95人おり、精神障害者と一括りにできない障害・疾患の多様性が示されていると考えられる。 今後、「職場での配慮事項」や「働き方についての意見」について分析を進める際に障害種別についても考慮が必要なると判断される。 ウ 職種 運搬・清掃・包装等、事務、生産工程、サービスの4職種が多いのは、他の調査における精神障害者の雇用状況においても、同様の結果が出ており、特例措置が適用されている者のみの特徴とは言い難いと判断される1)。 (2)今後の働き方について 就業の継続については、現在働いている職場で働き続けることに対する回答であり、全体の4分の1程度が「今のところわからない」と回答している。また、フルタイムへの移行についても、回答が分かれた結果になっており、短時間就労という就業条件や本人の働くことへの考え方など様々な側面が影響していると考えられる。 これらの設問については、理由の分析とも考えあわせる必要があると思われる。 6 おわりに 本稿においては、アンケート調査の集計結果から特例措置適用者の基本的な属性と将来的な働き方に関する設問のみを示した。 今後については、各設問間の関連について詳細な分析を進めたうえで、その他に、特例措置適用者グループと非適用者グループとの比較、回答者の3割程度を占めているA型事業所と一般の事業所との比較を行い、特例措置適用者の雇用状況について分析を進めていく予定である。 【参考文献】 1) 障害者職業総合センター(2017)『調査研究報告書№137:障害者の就業状況等に関する調査研究』独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 【連絡先】 小池 磨美 障害者職業総合センター e-mail:Koike.Mami@jeed.or.jp p.184 職業リハビリテーションにおける行動分析学の活用-うつ病等を有する者へのACTを活用した実践事例- ○佐藤 大作(秋田障害者職業センター 主任障害者職業カウンセラー) 1 はじめに(背景と狙い) Acceptance & Commitment Therapy(アクセプタンス&コミットメント・セラピー。以下「ACT」という。)とは、行動分析学、機能的文脈主義、関係フレーム理論等を基盤とした認知行動療法の一種とされている1)。ACTは、「本人が回避したくなるような不快な思考や感情等に気付き、それらとの関わり方を学ぶ活動」と「本人が大切にしたいことを明らかにして、それに向かう行動を促す活動」の2つで構成されている。また、2つの活動を効果的に進めるために6つのコアプロセスが示されており、このコアプロセスに対応した体験的エクササイズを通じて、心理的な健康=「心理的柔軟性(適応的行動を増やすこと)」を高めることを目指している。 さて、就職や復職に向けた活動では、「失敗経験について振り返る」、「苦手な活動や新しい活動に取り組む」等、ストレス場面に触れることが多い。 ストレス要因が、作業習得や適切なコミュニケーション方法などの目に見える具体的な問題であれば解決方法の検討は比較的取り組みやすい。また、様々なストレス対処方法が開発されている2)。一方で、就労支援をする中では、障害者から「不安だから○○ができない」や「嫌な思考や感情が出てくるせいで行動できない」など、思考や感情といった目に見えない問題を相談されることも多く、そのような問題への支援方法に関する研究実践は職業リハビリテーションサービスの質の向上につながると考える。 そこで、本発表では、秋田障害者職業センター(以下「秋田センター」という。)を利用した1事例へのACTに基づいた支援(以下「ACT支援」という。)の報告を行い、職業リハビリテーションにおけるACTの可能性と実践における課題点等を整理したい。 2 事例 (1) 対象者の概要 Aさん(30歳代)。うつ病、パニック障害(精神障害者保健福祉手帳3級)。複数の職歴がある。在職中は上司の厳しい叱責や同僚からのいじめや悪口等が続き、体調を崩して離職した。通院と自宅療養により、ある程度体調が回復したのち、就職活動を再開。就職活動を行う中で秋田センターへ来所。アセスメントの結果、職業準備支援を受講することとなった。ACT支援開始前の相談では、生活の中のふとした時に過去のこと(前の職場のことを思い出し、強く落ち込む等)や将来のこと(職場でいじめられたらどうしよう等)がたびたび頭をよぎり、「どうせ自分はできないんだ」等のネガティブな考えが頭から離れず、やがて腹痛等、身体の不調が出ることが多かった。また、「応募する求人がなかったらどうしよう」と考えると怖くなり、求人情報を見ることができない、ハローワークに行けないなど、就職活動にも支障が生じていることがわかった。 そこで、就職活動に向けた課題(体力作りや生活リズムの改善、コミュニケーション場面の練習等)の改善は職業準備支援で取り組み、就職活動に伴って現れる不安や不快な感情などとの付き合い方を学んでみないかと提案したところ、Aさんからも「是非やりたい」との希望が出されたため、ACT支援を実施した。 (2) ACT支援の概要(実施内容・スケジュール等) 今回の報告は、紙面都合上20XX年6月からの約2か月(職業準備支援受講期間)、計11回実施分である。実際には11回以降もACT支援を継続している。実施内容を表に示す。 表 ACT支援の実施内容 № 主な内容 1 オリエンテーション・言葉と思考の関係 2 価値の明確化①・ACT Matrixダイアグラム 3 質疑応答・コアプロセスと河と魚のメタファー 体調不良のため欠席 体調不良のため欠席 4 ホームワーク確認:ACT Matrixダイアグラム 5 分類ワーク・3つの自己とゲーム空間 6 質疑応答・「その都度、選べることに気付く」 7 価値の明確化②・仕事における「価値」の発見 8 解説「今、この瞬間との接触」及び「行動の原因」 9 認知的フュージョン・コミットされた行為 10 自分のコンパス(仕事・余暇・健康・人間関係) 11 コミットされた行為「具体的目標」の設定 表は事前に決めていたものではなく、ACT支援の中で出たAさんの気づきや理解の進み具合、アイデアなどに応じて、その場で内容を追加修正した。例えば、コアプロセスでは、Aさんがイメージしやすかった「釣り針」エクササイズからイメージを膨らませたイラストで解説を行った(図1)。実施方法は、職業準備支援終了後に秋田センター会議室にて筆者と一対一で行った(1回30~60分)。 3 結果 (1)質問紙による評価 4月の相談時点と10回目時点(相談から約3か月経過)のProfile of Mood States 2nd Edition日本語版-全項目版 p.185 図1 6つのコアプロセスの解説イラスト (以下「POMS2」という。)及び筆者が作成した生活リズムチェックシート(以下「チェックシート」という。)の結果を比較した(図2)。チェックシートは4項目(身体、気持ち、考え方、人間関係)25問で構成され、高得点である程不調であることを示す。 図2 質問紙による結果比較 チェックシートでは10点から4点に減少した。POMS2では、「友好」以外は減少した。特に「抑うつ-落込み」「疲労-無気力」で大きな改善が見られた。 (2)行動の変化 ①早寝早起きを始めた ②食事量を減らし、運動(エアロバイク)を始めた ③職業準備支援を受講し、通所を続けている ④簿記の勉強を始めた。続けている ⑤相談後にACTの要点をまとめて振り返っている ⑥紹介されたエクササイズを生活に取り入れている ⑦エクササイズを試す中で出た疑問を質問している ⑧新しいチャレンジを始めた(コミュニケーション) ⑨運動(踏み台昇降)を始めた 図3 今、行動していること(一部)   ACT支援開始前の相談では、求人を見たり、ハローワークに行くことができなかったが、8回目のセッション後(支援開始3週間経過時点)に求人票を見ることができた。その他に支援期間中に様々な活動を自主的に始めることができた(図3)。 (3) ACT支援の社会的妥当性 ACT支援の効果を感じたAさんの主なコメントは以下のとおりである。 ・うつと一緒に生きていくしかないなと思えて楽になった ・準備支援中にふと嫌な気持ちが浮かんだが、「ゲーム空  間」のことを思い出したら対応できた気がした。「距離を  取ること」が大事だとわかった。 ・思い返したら、これまで自分もよくやったなと思えた ・どうして自分の価値を忘れていたのだろう。思い出せて よかった。 ・ACTは腹を括って取り組むと聞いたので新しいことにトラ イしている。うまくできなくてもいいやと思って取り組み 始めたら意外にできた。今は楽しんでいる自分がいる。 ACTの取り組みは楽しい。 4 考察 (1) ACT支援を実施してわかったこと ACT支援中、Aさんから「思考が行動の原因でなければ、何が行動の原因なのか?」、「なぜ、出てくる思考を眺めるのか?」、「なぜ、体験の回避は続くのか?」等、様々な疑問が出された。中にはACT支援の核心を突く鋭い質問もあり、この質疑応答によってACT支援の効果がより高まったと感じた。一方、Aさんの質問に筆者がうまく返答できないことがあった。また、Aさんが良い気づきをしたにも関わらず、筆者がそのことに気づかずに支援を進めてしまうこともあった。対象者の状況や変化に合わせてACTを活用するには行動分析学等、ACTの基礎理論について学び続ける必要があると思われる。 (2) 今後の課題-行動の記録をどう取るか ACTにおける最終ゴールは適応的な行動がどの程度増えたかである。支援成果を判断する際、頻度や持続時間等の「行動の記録」は欠かせない。今回用いた質問紙による指標では介入効果を判断するには不十分である。ACT支援での行動の記録をどう取るかは大きな課題として残った。 5 終わりに 発達障害者や精神障害者への就労支援ニーズが増えれば、「私的出来事」に関する問題も増えると思われる。引き続き、ACT支援を含めた行動分析学に基づいた就労支援の実践についての情報発信に取り組みたい。 【参考文献】 1) 谷 晋二「言語と行動の心理学 行動分析学をまなぶ」,金剛出版(2020),p.114 2) 障害者職業総合センター職業センター「発達障害者のためのリラクゼーション技能トレーニング~ストレス・疲労のセルフモニタリングと対処方法~」障害者職業総合センター(2014) p.186 就労支援のケース検討におけるPCAGIP法の適用について ○早田 翔吾(ストレスケア東京上野駅前クリニック 臨床心理士・精神保健福祉士・公認心理士) ○内田 博之(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 中央障害雇用情報センター 障害者雇用支援ネットワークコーディネーター) 1 はじめに 就労支援とは、疾患や障害、貧困などの事由により、仕事をする上で困難を抱える人に対して、仕事に就き、継続するためのサポートを行うことをいう。社会福祉士や精神保健福祉士をはじめとした国家資格を取得している者が就労支援を行っている場合もあるが、そのような資格がなくとも、就労支援員や職業支援員として勤務していることも多い。そのため、支援するための知識や経験を積んだ経験者からの助言や指導のもとサポートを行うことが通例である。 筆者の保有する臨床心理士の臨床実践においては、相談に来られた方に対してカウンセリングを行った場合、「スーパービジョン(以下「SV」という。)」といい、プロセスや相手に対する態度、面接方法などに関して経験者であるベテランの先生から個人で指導を受ける。これは、就労支援における支援の実践と同じ構造である。 SVの機能には、「管理・教育・支持」の3つの機能があり、①管理とは、面接者の構造や時間の枠がきちんと守られているかなどいうケースマネジメントがきちんと行われているかという観点から相談にのることであり、②教育とは、経験豊富な指導者から、面接技法や面接中の態度・姿勢に関して、助言を受けることであり、③支持とは、面接者が相談者と面接をするための活力を得る、エンパワーメントすることである。SVには、集団で行う「ケースカンファレンス(ケース検討)」があり、事例について関連の担当者が意見を交わしながら事例への対応を検討する。 村山1)は対人援助職が自分自身で問題解決の糸口を発見したり、新しい観点から事態を眺めたり、あるいは事例対応に行き詰まってもがいている自分自身の感情に付き合えるような事例検討法が長いあいだ望まれてきたと指摘し、本論で紹介するPCAGIP法が創始・発展されてきた。 2 PCAGIP法とは PCAGIP法は、Person Centered Approach Group Incident Processの頭文字を取ったものであり、日本語訳をすると「人間性中心アプローチを基盤とした集団の内的力動のプロセス」となる。PCAGIP法の創始者は、村山正治氏であり、元来は臨床心理士の事例検討法の一種として創始・開発してきた技法であるが、近年、対人援助職のための新しい事例検討の方法として、様々な対人援助の現場に用いられつつある。 村山1)によれば、事例提供者が簡単な事例資料を提供し、ファシリテーターと参加者が安全な雰囲気の中で、その相互作用を通じて参加者の力を最大限に引き出し、参加者の知恵と経験から事例提供者に役立つ新しい取り組みの方向や具体策のヒントを見出していくプロセスをともにするグループ体験であるとしている。 グループの構造は、事例提供者、ファシリテーター、記録者2名、メンバー8名程度で構成され、情報の可視化と情報共有のための黒板(ホワイトボード)2枚を用意する。参加者は、全員が黒板(ホワイトボード)が見えるように円陣を作る(図)。 図 PCAGIP法の会場配置図 グループの約束事として、①事例提供者を被告にしない、批判しないこと。②記録を取らないこと。③正解を求めない、事例提供者に役立つヒントを見出していくことである。PCAGIP法の具体的な手順に関しては元来の方法とは異なり、簡易的な方法で実施をしている(表)。 p.187 表 PCAGIP法の手順 3 実践報告 2019年7月「就労支援の現場で使えるPCAGIP事例検討会」という題名で、PCAGIP法を用いた事例検討会を行った。開催場所は筆者が勤務するストレスケア東京上野駅前クリニックである。参加者は8名であり、参加者の所属としては、就労移行支援事業所勤務者4名、就労支援関係者2名、若者サポートステーション勤務者1名であり、事例提供者として共同研究者である内田氏をお招きした。書記は、筆者が勤務しているクリニックの看護師1名、ファシリテーターとして筆者が参加した。PCAGIP法を用いた事例検討法に参加経験のあるものは、筆者のほか1名であった。事例検討の手順は、参加者の自己紹介の後、ファシリテーターより参加者に向けて、PCAGIP法の手順について説明した。以降は、表で示した内容で進めた。事例検討に用いた時間は2時間程度であった。 4 感想及び考察 「就労支援の現場で使えるPCAGIP事例検討会」を実施後、クロージングとして得た事例提供者や参加者からの感想を示し、それに対する考察を述べていく。「様々な職種の人がおり、各々の視点で色々なサポートについて検討することができた。」この感想に関しては、PCAGIP法の利点が存分に生かされた結果であると考えられる。村山1)は、PCAGIP法は、多様な視点が生成する現場であり、その構成メンバーそれぞれがその生成の主体であるとしている。事例提供者の話や参加者との質疑により、グループとして前述のような参加者各々の視点や経験などが賦活されたと考えられる 「どうしていいかわからなかった。」、「何をゴールとしているのかが不明瞭だった。」この感想に関しては、PCAGIP法の前提である「参加者の知恵と経験から事例提供者に役立つ新しい取り組みの方向や具体策のヒントを見出していくプロセスをともにするグループ体験である。」という部分が、グループ全体に共有することができていないと、正解を求めてしまう、暗中模索の状態になると考えられる。 「初対面だったので発言しづらかった。」この感想に関しては、グループ開始時に自己紹介などのほか、事例検討会に参加した目的を聞くなどといったアイスブレイクを行うことも必要であると考えられる。その一方で、参加者全員が知り合いであったり、同業種であると視点や立場が似通ってしまい、様々な意見が出にくいことも考えられる。これに対しては、ファシリテーターの働きかけにより、発言を促すなどといった柔軟な工夫が重要になるであろう。 5 今後の課題 筆者自身も自己研鑽のため、臨床心理士を対象としたPCAGIP法の事例検討会に参加しているが、毎回、自分が気づくことができなかった様々な意見や視点が出てくることに驚く。就労支援の現場においては、PCAGIP法は未だに浸透していないが、教育や産業の分野では少しずつ実践報告がなされてきている。近年、対人援助職自身のメンタルヘルスの問題が指摘されているが、困難を抱えた事例に対してPCAGIP法を用いることで、その負担を援助者一人で抱え込まないことにつながると考えられる。はじめにで述べたようにSVには3つの機能があるが、PCAGIP法では、支持の機能が強くあると考えられ、対人援助職が活力を得る一助になればと考えている。近年、ジョブ・クラフティングという概念が注目を集めている2)。ジョブ・クラフティングとは、課題や対人関係における従業員個人の物理的ないし認知的変化であり、日常的に行っている仕事に関して、業務の遂行法を工夫したり、仕事の捉え方を変えてみるなどの方法のことである。PCAGIP法では、様々な視点から事例を検討するため、結果として、対人援助職個人に物理的ないしは認知的な変化が生まれることがある。徳田3)が指摘しているように、事例検討やそれを通して何を得たいのかなどにより、どんな方式が適しているかは異なるであろうが、自分の頭で考え、ケースに対応するという姿勢を醸成するためには非常に有用なケース検討方法であると考えられる。 【参考文献】 1)村山正治・中田行重『新しい事例検討法PCAGIP入門』,創元社(2012),p.12-33 2)尾林誉史・木下翔太郎・堤多可弘『企業は、メンタルヘルスとどう向き合うか―経営戦略としての産業医』,祥伝社新書(2020),p.39 3)徳田完二『事例検討法をめぐる考察-PCAGIP法をヒントとして-』,『立命館大学心理相談センター年報12』(2014),p.62-68 p.188 K-STEPを使った精神障害者のセルフケア ○下田 直樹(インクルード株式会社 ニューロワークス横浜センター サービス管理責任者) 鈴木 崇夫(インクルード株式会社 ニューロワークス横浜センター) 1 はじめに 平成30年度より精神障害者の雇用が義務化され、精神障害者採用の機会が増えた一方で、残念ながら離職者も多く、そのための定着支援が課題となっている。自身の体調面メンタル面を、「セルフケア」を使うことで調子を崩すきっかけやその際のサインを把握し、また調子を崩した時の対処法を記録しておくことが重要であると思われる。 K-STEPは、このようなセルフケアの視点で、自分の気分の波を見える化したもので、良好サイン・注意サイン・悪化サイン・対処方法などの項目に各自で記入し、それを周囲と共用できることで就労定着を目指すためのプログラムである。「セルフケアシート」を用いて状態をチェックすることで、時間で状態を見える化し、障害特性やセルフケアを促進することができる1)。 今回は、当事者でもある青年がもっと気軽に毎日向き合えるように、自身で携帯電話のアプリとして改良し、取り組んだ記録である。 2 方法 (1)きっかけ 青年は音に対する感覚過敏を持ち、またこれまで気分の波が大きくコントロールできていなかった。事業所で受講した「セルフケアプログラム」で“K-STEP”に出会い、3ヶ月取り組んでみることとなった(図1)。 図1 オリジナルのK-STEP この紙媒体で3ヶ月やってみることを当初の目標とし、変化を見える化することを中間目標とした。しかし、紙媒体だと持ち歩かなければならず、忘れることもあったため、もっと手軽にできる方法を考えた。 (2)改良したK-STEP 次にこれをスプレッドシートに変えてみた(図2)。このほうがグラフに変換しやすく、データ集計をグラフにすることで、より分かりやすい。何よりもスマートフォンにアプリとしていれることで、手軽に持ち運べ継続しやすいことがわかったことと、自分で作ったものなので、愛着がわきより継続したい気持ちが強くなった。 図2 各サインの出現傾向 ア サイン傾向とトリガー 次に、自分の内面の傾向に気づき、悪化を早期に改善できるように、サイン傾向を良好サイン・注意サイン・悪化サインそれぞれで現れる項目の出た数を、100%棒グラフを使用して見える化した。また、トリガーは①回復トリガー(自分の気分が上がったり、改善したきっかけ)②悪化トリガー(気分が下がったり、落ち込んだきっかけ)と定義した。また、トリガーの高さは“トリガーが出た数”であり、“トリガーの強さ”ではない(図3)。 図3 サイン傾向とトリガー イ 月別のサイン傾向とトリガー(図4) 次に、月別に集計してみた。100%のグラフを用い、サインを大まかに記録し、その日の状態をわかりやすくした。 1月:サイン傾向の変化の大きさに気づく。 2月:トリガー要因をつけるようになった。 p.189 3月:サイン改善を週間目標とし取り組み始めた。結果として悪化サインが減少、単発発生に留まり、良好サインの増加・安定につながった。しかし、住居環境という新たな問題が増え始める。 図4 月別のサイン傾向とトリガー相関 (3)ストレスコーピング ストレスコーピングのレパートリーをたくさん用意し、悪化サインが出現した時に試してみて、その結果も加えてみた。 ①ストレッチ:イライラしたり、気分が落ちた時に効果的 ②瞑想:思考が交錯したときや落ち着きたいときに効果があった。 ③外出:通常以外の買い物・遊び。コロナ情勢で大きな制約があったため、6月までは自粛生活で使えなかった。 ④音楽:通勤時の移動や自宅で手軽にできる。ただし強いイライラの時は全く効かなかった。 ⑤5S3定:生産業界ではおなじみの整理整頓の概念。強いイライラの時、怒りを身の回りに向けることで、不要なものをばっさり処分できる。また、思考が交錯したり不安になったときに思考整理をする。ノート・メモに書く、言葉に出して内容を整理するなど外在化してみた。 ⑥ツーリング:走るだけで楽しい。しかしコロナ期間は自粛中。 ⑦写真:カメラ・スマホで写真を撮る。街の表情、自然の移り変わりなども時間の経過と共に思い出になる。 ⑧寝そべり(ぬいぐるみ):一部でカルト的人気がある。撫でると気分が落ち着き、写真を撮るとなぜか絵になり、自分にとってはペット的存在。 ⑨聴覚過敏対策:ノイズキャンセリングイヤホン・ヘッドホン。メリットは総合的にコストパフォーマンスが高いことであるが、耳が炎症を起こしやすいというデメリットもある。 3 結果 今回、自分で使い良いようにK-STEPを改良したことで、自分の内面がより一層理解できた。また、コーピングレパートリーをどのタイミングでどのストレスに効くかということも、全て一つのツール(スプレッドシート)でまとめることができた。どうしても続かない場合は、項目を減らしてみてもいいと思うが、基本項目である睡眠、ストレス、食事と、各サインであるイライラ、疲労度、過敏レベルは最低限自分にとっては必要である。 自作すると、自分のスタイルに合わせることができるため長続きすることもわかった。就労支援・定着支援をしていくうえで重要なのは、当事者の方の正しい状態を把握することであり、そのツールを共有することである。今回の青年は、気分の波が大きく、コントロール出来ていなかったために休職に至ったが、K-STEPと出会い、自分なりに改良したことで、気分の波が形になり、わかりやすくなり対策がしやすくなった。また、トリガーの系統が明らかとなり、コーピングもどのタイミングでどれを用いればいいかのヒントとなった。何よりも自己理解が大きく進んだことで、復職した際の不安もなくなった。 4 今後の課題 悪化サインに陥るトリガーは、外的要因が多い傾向にあった。その外的要因をたどっていくと、自身の認識のズレや繊細さが影響していることがわかった。また、コーピングに関しては各項目で差が開く結果となった。効果の高かったコーピングは細分化することで数を増やし、今回以外にも自分に合ったコーピングがまだあるはずなので、それをこれからも探っていきたい。 5 結語(支援者より) 就労支援・定着支援をしていくうえで、当事者の方の正確な状態を把握することは必要不可欠であり2)、それを雇用者・支援者・本人で共有することはいたって重要である。今回の青年は、気分の波が大きく、コントロール出来ていなかったために休職に至ったが、K-STEPと出会い、自分のスタイルに合わせ改良したことで、気分の波が形になり、対策もしやすくなった。また、トリガーの系統が明らかとなり、コーピングもどのタイミングでどれを用いれば効果的であったかを記録することで、不調の際にはヒントとなった。自己理解が大きく進んだことで、復職した際の不安もなくなった。 精神障害者の就職・職場定着においては、職務遂行というハードスキルよりもむしろ日常生活の遂行やストレスケアといったライフスキルが不可欠であり、それを一人でも多くの方が自己管理できるようにまでもっていくことは、これからの就労移行支援事業所の課題であると考える。 【参考文献】 1)川崎市広報:K-STEP-Kawasaki,2020.7.8 2)梅永雄二・井口修一:アスペルガー症候群に特化した就労支 援マニュアル,明石書店(2018)pp11-16 【連絡先】 下田 直樹 ニューロワークス 横浜センター naoki_shimoda@include-inc.co.jp p.190 就労支援施設利用を促す中間的役割としての稲作ケアの可能性 ○鳥島 佳祐(医療法人常心会 川室記念病院 作業療法士) 宇良 千秋・岡村 毅(東京都健康長寿医療センター) 藤野 未里(医療法人高田西城会 高田西城病院) 烏帽子田 彰・川室 優(医療法人常心会 川室記念病院) 1 はじめに 我が医療法人川室記念病院(以下「当院」という。)では稲作ケアプログラム(以下「稲作ケア」という。)を実施している。稲作ケアでは、精神障害及び認知症の患者や利用者を対象とし、田んぼや畑での作業を重点的に地域住民ボランティアの方と共同で実施している。この稲作ケアに参加したグループホーム在住のメンバーから、就労支援施設利用に繋がった症例があった。 2 目的 本研究では、稲作ケアが精神障害の人たちの就労支援施設利用を促す中間的役割としての可能性があるかどうかを症例を通して検証する。 3 対象及び方法 ①対象:当院の入院患者及び通所患者15名程度。 ②方法:週に1回、90分のプログラムを計25回。プログラム実施後に参加時の感想を述べる。 ③スタッフ配置:医師、作業療法士、心理師、地域ボランティア(精神科看護師経験有)を配置。 ④作業内容:田んぼでの田植え・畔の整備・江立て・草取り・稲刈り、畑での苗植え・草取り・石取り・収穫などを行う。 4 症例紹介 ①氏名:A氏  ②年齢:20代  ③性別:男性 ④診断名:発達障害、統合失調症疑い ⑤入院歴:他院にて3回の入院歴あり。退院後グループホームにて生活されている。 ⑥病前性格:気が小さい、心配性、内気。 ⑦問題的行動:思い通りにならないと威圧的となり、物を投げる、特定のメンバーに嫌みを言い、からかう、執拗に同じ質問を話す行動有。 ⑧農作業経験:ほぼ経験はない。小学校時の授業のみ。 ⑨第1印象:対人面において他人と距離感の取り方が困難な様子。好意を向けている相手には饒舌で場に相応しくない言動も見られた。それ以外では自閉的で静かに説明を受ける様子もうかがえた。 5 稲作ケアプログラム時の様子 関わりにおいて初期、中期、後期の工程に分けて紹介する。また介入開始時期からX年Y月とする。 (1)初期(X年Y月~X年Y+2ヶ月) 自己紹介時において、俯きながら参加者に挨拶を行い、人見知り的な態度が顕著であった。稲作ケアに参加されていても、スタッフと視線を合わせることが困難な様子であった。しかしプログラムに参加する特定のメンバーとは、自ら話しかける言動が見られた。作業に関しては、受動的で、こちらの指示を受けながら淡々とこなす姿が見られた。 感想では「疲れた」「まあまあだった」と簡単な一言を述べ、ややネガティブな発言内容であった。 (2)中期(X年Y+2ヶ月~X年Y+4ヶ月) 作業量や参加メンバーに慣れてきた時期。初期と比較すると、自らスタッフやメンバーに挨拶や日常的会話を行う姿が見られるようになってきた。活動においても、受動的な態度に変化はないが、元気よく畑の草取りや、作物の収穫、運搬に取り組む様子が窺え、笑顔が見られるなど表情の変化が多く見受けられる機会が増えた。 感想でも、「暑い時間だったけど楽しかった」「次の収穫が楽しみ」とポジティブな感情表現が示された。 (3)後期(X年Y+4ヶ月~X年Y+7ヶ月) 稲作ケアにおいて、意欲的に取り組み、自発的な参加が見られた時期。スタッフやメンバーに挨拶や日常的な会話以外にも、高齢なメンバーに対して「大丈夫ですか、手伝いましょうか」と心配するような声かけや「次に何をしたらいいですか」と自発的にスタッフに確認する様子が見られた。スタッフやメンバーに対しても適切な距離感で対応し、ムードメーカー的な役割を担っていた。 感想では「楽しく過ごすことができました」「来年もぜひ参加したいです」と集団内でハキハキと自信を持った発言が聞かれた。 6 考察 (1)初期~中期にかけて 初期から中期にかけて、大きく行動が変容した部分は、ポジティブな感情表現が現れた事である。その背景として、 p.191 稲作ケアのプログラムに、週に1度、毎回休むことなく、継続して参加でき、対人場面での体験が得られた事が一因であると考える。毎回参加した事により、スタッフやメンバーと次第に顔なじみという関係性となり、プログラム毎に親交が深まったと考えられる。またA氏は、他の参加メンバーより年齢が若く、高齢のメンバーや地域ボランティアの方からもよく話しかけられていたりと、受け入れられていたことによって、プログラム自体の居心地の良さ、安心感を得られる場所となり、自身の肯定感へと繋がり、自らの発言にも自信が付き始め、ポジティブな表現、態度に変容していったのではないかと考える。 しかし、農作業については初期から中期にかけて、受動的な様子であったことについては、農作業経験があまり無いことから、作業内容が把握できずにいたのではないかと考える。しかし、作業についての自信はまだついてはいないものの、作業自体に対しては「楽しい」という感想が聞かれたため、正の感情が生まれていた。 この楽しいという正の感情について、今まで経験してこなかった農作業に対して、①身体を動かすこと、②仲間と共同しながら取り組むこと、③育てた物が収穫できることなどの要因が複合し、楽しいという感情が生まれたと考える。そうした感情の現れにより、表情の明るさが言動に現れ、変容のきっかけになったと考えられる。 (2)中期~後期にかけて 中期から後期にかけて、大きく行動が変容した部分は、意欲的で自発性が芽生えてきたことである。意欲・自発性の芽生えとして、集団としての凝集性が高まり、集団内においての自身の役割を認識することで得られたのではないかと考える。対象者の役割として、高齢のメンバーが多く参加する中、草取りや収穫物の運搬など体力を要する仕事を率先して取り組んでいた。 「山根1)は自分が『あて』になる、他者から『あて』にされることが働く喜び、働く楽しみとなり、生きがいへとつながる。」「自分の存在が『あてになる』『あてにされる』ことがひとにもたらす力は大きい。」と述べている。このことから、A氏は他メンバーより年齢的な若さや基礎的な体力を『あて』にされ、役割をこなすことにより、働くということに対して、楽しみ、喜び、充実感の獲得を積み重ねたことから意欲性、自発性が行動に現れたと考える。 また地域ボランティアと関わり、対人関係も促進されたことにより、スタッフやメンバーに対しても、落ち着いてコミュニケーションが図れるようになったと考える。 (3)全体を通して 就労支援施設利用にあたって医療施設から就労支援施設への移行というのは困難な場合も考えられる。「楜澤2)は基礎的な体力や作業遂行能力、耐性、基本的な対人マナー、社会性等の就労準備性の見きわめも必要である。」と述べている。このことから、稲作ケアは草取りなどの作業を行いながら基礎的な体力・作業遂行能力を養い、メンバーやスタッフ、地域ボランティアと関わることで対人マナーを培うことができるプログラムといえるのではないか。そのため、稲作ケアは就労支援施設利用にあたっての就労準備性を整えることができると考える。 また今回のケースのように、退院後グループホームにて生活を送り、就労支援施設利用の前段階として、稲作ケアに参加したことにより、役割の認識や、基礎体力の向上、対人関係におけるコミュニケーション能力向上の一助、地域住民と関わるという社会参加の獲得などが得られた。 そのため、稲作ケアを就労支援施設利用準備の一つとして考えて参加することにより、入院患者や通所患者あるいはメンバーに促す際、中間的役割として提供することで、より就労支援施設利用がスムーズになると考える。また就労支援施設側のスタッフに向けても、参加時の状況確認や作業傾向などの情報を共有することで連携が図りやすく、定着に繋がるのではないかと考える。 7 結論 A氏は、稲作ケアを通して社会参加の機会を得ながら、集団内での役割を担い、それが自信を回復し、就労意欲が高まったと考えられた。稲作ケアが、精神障害者の社会参加を促進し、就労支援施設利用を促す中間的役割機能をもつ可能性が示唆された。 8 今後の展望 現在、海外・国内においても農業を中心としたケアや就労支援事業は拡大されてきている。そのため、この稲作ケアは農業に取り組む就労支援施設・事業との関係性が大きく、重要性が高まることが期待されている。そのため、今後は稲作ケアが精神障害や認知症患者の社会参加を促しQOLを高めるだけでなく、就労支援を促す可能性にも着目して、プログラムの提供を行っていきたい。 【参考文献】 1)山根寛『就労支援と作業療法』,「精神障害と作業療法」 三輪書店(1997),p.214 2)楜澤直美『就労支援における作業療法の技術』「作業療法ジャーナル6月増刊号vol.43」三輪書店(2009),p.778 【連絡先】 鳥島 佳祐 医療法人常心会 川室記念病院 Tel:025-520-2021 e-mail:sagyouryouhou@kawamuro.net p.194 テーマ12 発達障害 アスペルガー症候群に特化した就労支援プログラム-日本版BWAP2の開発に向けて ○梅永 雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授) 高橋 幾・井出 春華・乗田 開(早稲田大学大学院 修士課程) 1 はじめに アスペルガー症候群を含むASDの就労に関しては、海外で数多くの研究論文が報告されているが、高機能と言われている人たちでさえ、不安定就労のため何度も転職しており、新しい仕事に適応できていない。 また、雇用される率は低く、それは言語障害者や学習障害者、知的障害者に比べても低い就労率となっている。その理由として、高機能ASD者に特化した職業リハビリテーションがないことが指摘されている(Hendricks, 2010)。 Muller(2003)らは、知的な障害のないASD者(以下「アスペルガー症候群者」という。)18人に対して、過去の就労体験で良かったこと、悪かったこと、就労における障壁、必要な就労支援などに関する調査を行ったところ、表1のように「求人応募のプロセス」「新しい仕事への適応」「コミュニケーション」「同僚上司との関わり方」といった4つの課題を挙げている。 表 アスペルガー症候群の就労上の課題 2 必要なサポート Mullerら(2003)は、表のようなアスペルガー症候群の就労上の課題を解決するためには適切なジョブマッチングやアスペルガー症候群に特化した就労支援、コミュニケーションのサポートなどが必要であると主張している。 しかしながら、どのような仕事が適しているか、また職場での合理的配慮はどのようにすべきなどは従来型の職業リハビリテーションサービスやそれに基づく職業アセスメントでは把握するのに限界がある。 とりわけ、アスペルガー症候群を含むASD者は、環境の影響因が大きいため、就労支援機関や教育機関内でのアセスメントだけでは就労上の課題を把握するのは難しい。 よって、アスペルガー症候群者が実際に働いている状況に直接的に関わりながら課題を明確にしていく必要がある。   また、新しい仕事への適応や職場の対人関係などにおいても、職場実習や企業就労の現場において生じる課題を見出すことによって、どのような支援が必要かを把握することが望まれる。 しかしながら、従来の職業リハビリテーションサービスで実施されている就労のためのアセスメントでは、知能検査や作業理解力、作業スピード等を把握するものが中心となっており、職場での対人関係やソフトスキルと呼ばれる仕事に影響を与える基本的生活習慣は把握できない状況であった。 そのような中、米国では対人関係や仕事における態度や習慣を把握するためのBWAP2という職場適応尺度が開発された。 3 BWAP2とは BWAP2とは、ベッカー職場適応尺度(Becker Work Adjustment Profile)のことで、米国では現在第2版が刊行されている。BWAP2では、実際に仕事をしている状況を観察し、「仕事の習慣・態度」「対人関係」「認知スキル」「職務遂行能力」の4つの領域でアセスメントされる(Becker,2005)。 「仕事の習慣・態度」の領域では、衛生面、身だしなみ 、時間順守などの働く上での基本的生活習慣、「対人関係」の領域では、上司からの仕事の修正があった場合に p.195 素直に受け入れられるか、職場でトラブルが生じたときに感情を抑えられるか、などアスペルガー症候群者が職場で生じる可能性のある内容が盛り込まれている。 また、記憶力や読解力、計算能力、書字能力などの知的な能力は「認知スキル」の領域として評価される。 そして、「職務遂行能力」領域では、単に作業の量や質を評価するだけではなく、仕事中わからないことがあったら上司に援助を受けることができるか、職場で何らかの問題が生じたときに上司に報告できるかといった職場で必要なコミュニケーション能力も含まれている。 図は、米国の通常高校に在籍している45人のアスペルガー症候群生徒に実施されたBWAP2の結果である。 図 通常高校に在籍するアスペルガー症候群生徒のBWAP2プロフィール 図の右側のグラフではカテゴリーが、上からCompetitive Ready(一般就労レベル)、 Transition Ready(就労への移行レベル)、Workshop Ready(作業所レベル)、Day Program Ready(デイケアレベル)と4段階に分類されている。 図から、通常の高校に在籍しているアスペルガー症候群45名の分布を4領域でみてみると、Cog Skillsと記載されている認知機能、すなわち知的な水準では移行レベルを中心に一般就労レベルまで分布されている。 しかしながら、Wk Habits(仕事の習慣・態度)、Inter Rel(対人関係)、Wk Perform(職務遂行能力)は、その多くが作業所レベルに分布されており、仕事の習慣・態度の領域では、デイケアレベルに該当している生徒も存在している。 このように、知的レベルは高くてもライフスキルといわれる日常生活が就労レベルに達していないことがわかる。 4 就労支援機関の専門性としてアセスメント Keel・Mesibov・Wood(1997)は、ASD者の職種として従来は反復作業が有効と考えられていたが、現在はそういったことが必ずしも重要な要因ではなく、「見通しを持たせること」が最も有効であり、構造化された作業場と作業課題、広範囲で長期的サポートの必要性を強調している。 それは生活全般(金銭管理や移動)であること、そして何より同僚・上司の受け入れ態勢(ASD者の就労に対して抵抗なく意欲的に取り組む雇用主ら)が最も必要であることも重ねて主張している。   5 おわりに 米国労働省障害障害者雇用対策局ではアスペルガー症候群に特化した合理的配慮としての「適切な職種のマッチング」、「コミュニケーションの支援」、「同僚上司のアスペルガー症候群に対する理解啓発」などの支援マニュアルを作成しており(TUSDL,2012)、そのような支援を行う際の実態把握としてBWAP2のようなアセスメントを実施することがアスペルガー症候群に特化した就労支援としては有効であると考える。 【引用文献】 1)Becker, R.L.『Becker Work Adjustment Profile:2』,elbern publications(2005) 2)Hendricks, D.『Employment and adults with autsm spectrum disorders: Challenges and strategies forsuccess』, Journal of Vocational Rehabilitation, 32,125-134(2010) 3)Keel,J.H., Mesibov, G.B., and Woods,A.V.『TEACCHSupported Employment Program』, Journal of Autism and Developmental Disorders, 27(1),3-9(1997) 4)Muller,E., Schuller,A. Burton, B.A., and Yates, G.B. 『Meeting the vocational support needs of individuals with Asperger Syndrome and other autism spectrum disabilites』, Journal of Vocational Rehabilitation,18,163-175(2003) 5)The U.S. Department of Labor, Office of Disability Employment Policy『Job Accommodation Network Practical Solutions, Workplace Success? Employees with Asperger Syndrome』(2012) p.196 アセスメントに基づいたASD者への構造化による支援-BWAP2によるソフトスキルのアセスメントから- ○井出 春華(早稲田大学大学院 教育学研究科) 梅永 雄二(早稲田大学大学院 教育学研究科) 1 問題と目的 (1)ASD者の特性と社会参加の課題 自閉スペクトラム症(以下「ASD」という。) 者が社会参加をして行く上で課題として抱えている事の1つに、就労の困難性が挙げられる(Ericzen・Fitch・Kinnea et al., 20182))。就労の問題は就職段階だけではなく、その後の定着にも多くの課題を生じている。 (2)TEACCHの取り組み 米国North Carolina大学で開発されたTEACCHR Autism Programでは、長年に渡るASD当事者の認知特性研究に基づき、ASD者とその家族を対象とした構造化による生涯支援が行われてきた。 特に通常の高校を卒業してから成人するまでの間の知的障害を伴わないASD者を対象とした、高校・大学から就労への移行のためのプログラムにTEACCH School Transition to Employment and Post-Secondary Education Program(以下「T-STEP」という。)という6つの段階(21のセッション)から成るマニュアル化された介入方法がある。 (3)必要な支援ーソフトスキルのアセスメント 「ソフトスキル」とは仕事自体に必要な能力を指す「ハードスキル」の対義語で、仕事に直結しないものの日常生活能力や対人関係等、就労生活に間接的に関連するスキルの事を指す(梅永・井口, 20186))。 知的障害を伴うASD者に比べ、高機能ASD者の方がより就労に際して困難性を抱えている事が明らかになっているが(Taylor・Seltzer, 20115))、 T-STEPはその様に今まであまり注目されて来なかった青年期の高機能ASD者支援に特化したものであるため、彼らのソフトスキルのアセスメントに基づいた支援に、牽いては安定した就労に寄与する事が期待される。 また、ASD児者は特性上、1つのスキルや習慣を身に付けるのに定型発達児者より非常に多くの時間を要する事に加え「変更」に困難を抱えているため、これらのスキルは幼少期からライフスキルとして身に着けておくことが望まれる。 そこで、本研究ではTEACCHR Autism ProgramのT-STEPで使用されているBecker Work Adjustment Profile (以下「BWAP」という。)を用い、ASD者の特性が就労上どのような問題を呈しているかを把握することを目的とする。 2 方法 (1)対象者 本研究では対象として福祉施設、就労移行支援事業所、特例子会社等に在籍している成人期ASD者を設定する。 本調査に先駆け、特例子会社、生活介護事業所、就労移行支援事業所、放課後等デイサービス、自動車教習所等の利用者12名を対象に予備調査を実施した。なお、BWAPに定められている対象年齢は12~69歳であり、この予備調査における対象者の年齢は17~42歳(10代:4名、20代:6名、30代:1名、40代:1名)であった。 本調査では高等特別支援学校の生徒である15歳~18歳の2名程度を対象とすることを予定している。 (2)手続き ア BWAP2とは BWAPとは1989年、オハイオ州コロンバス市にあるコロンバス州立大学で知的障害の有る人を評価するために開発された尺度の公開版であり、BWAP2はこれが2005年に改訂されたものである。 BWAP2では、行動や活動を0(最もスキルが少ない)から4(最もスキルが有る)までの5段階の記述-図式評定尺度法で測定する。 検査用紙には63個の質問項目が含まれており、それが「職業習慣/態度(HA)」「対人関係(IR)」「認知能力(CO)」「職務遂行能力(WP)」の4つの領域に分かれている。そして、それらの合成得点若しくは合計点が「総合的職場適応能力(BWA)」と名付けられている。 イ BWAP2の実施 就労上どのような側面が課題となっており、またどのような支援が必要かを把握するためにBWAP2を実施する。BWAP2の結果は実際の作業活動を観察することによって導き出される。よって、本研究においては普段の活動中にBWAP2を実施し、そこで見出した課題点に基づき構造化による支援を行い、再度BWAP2を実施してその効果を評価する。また、必要に応じて担当者に質問紙や聞き取りを行う。 3 結果 (1)予備調査 予備調査の対象者12名の内10代の1名は全体的に著しく低い結果を示したため、それ以外の11名を有意と見なした。 p.197 粗点をTスコアに換算し、標準化したものの平均を図に示す。 結果のグラフから、COは高くてもHAやIRが低いという事が見出され、ソフトスキルの領域の弱さが把握出来る。 図 領域別のTスコア (2) 本調査 予備調査の結果から、本調査においてもHAやIRが主たる困難として示されることが予想される。 4 考察 (1)ソフトスキル評価の必要性 予備調査の結果、知的に高いASD者であっても仕事の習慣・態度や対人関係の構築・維持に関するスキルが就労の困難性の主たる要因となっている事が明らかになった。これはASD者が独特なコミュニケーション様式や行動特徴を示すことに起因していると考えられる。 従来の職業評価ではハードスキルの評価のみでソフトスキルの評価が為されていなかったため、 今後は従来のアセスメントでは不十分であった実際の現場での様子の観察を通しての評価が必要であると言える。 (2)構造化に特化したアセスメント BWAP2に含まれている項目ではソフトスキルをより詳細に観察できるため、本調査においても構造化による支援の方向性を決める有効な手掛かりとなることが考えられる。 今後は知的障害を伴うASD者への構造化によるライフスキル/ソーシャルスキル支援は勿論、高機能ASD者への構造化による就労支援にも広く活用できる可能性が有る。 (3)個別の支援目標 BWAP2ではHA、IR、WPなどソフトスキルの側面でのアセスメントが実施される事により、個別の支援目標が明確になった(Becker,20051))。またそこで判明した課題を基に学校で教育目標も設定出来る様になるため、早期からのキャリア教育が将来の適切なジョブマッチングに寄与するという事が言える。 (4)ASD者に特化した構造化 ASD者には特性に合致した構造化が有効で、そのためのアセスメントを丁寧に行う必要性が有る(Muller・Shuler・Burton and Yates,20034);Keel・Mesibov・Woods, 19973))。     その点においてBWAP2はソフトスキル面の評価項目が充実している事や身近な職場での支援者が評価者となっている事等から有効なアセスメントツールであると言える。 【参考文献】 1)Becker,R.L.(2005):Becker Work Adjustment Profile:2 Second Edition. Elbern Publications. 2)Ericzen,Fitch,Kinnear,Jenkins,Twamley,Smith,Montano,Feder,Crooke,Winnerand Leon(2018):Developmental of the Supported Employment, Comprehensive Cognitive Enhancement, and Social Skills program for adults on the autism spectrum: Results of initial study.Autism, Vol. 22(1) 6-19. 3)Keel,J.H., Mesibov,G.B. and Woods,A.V.(1997):TEACCH-Supported Employment Program. Journal of Autism and Developmental Disorders,27(1),3-9. 4)Muller,E.,Schuler,A.,Burton,B.A. and Yates,G.B.(2003):Meeting the vocational support needs of individuals with Asperger Syndrome and other autism spectrum disabilities. Journal of Vocational Rehabilitation,18,163-175. 5)Taylor and Seltzer(2011):Employment and Post-Secondary Educational Activities for Young Adults with Autism Spectrum Disorders During the Transition to Adulthood. 6)梅永雄二・井口修一(2018):高機能ASDに特化した就労支援プログラム-ESPIDD. 明石書店. p.198 知的障害を伴うASD者の就労支援に必要なアセスメント~ソフトスキルのアセスメント ○乗田 開 (早稲田大学大学院 教育学研究科) 吉村 美穂・梅永 雄二(早稲田大学大学院 教育学研究科) 1 問題と目的 平成17年に発達障害者支援法が施行され、医療、教育、福祉の分野では発達障害児者の理解が進み、教育分野では平成19年から通常の学級においても特別支援教育が実施されるようになった。 しかしながら、成人期の就労領域において、発達障害は3障害と比べて手帳の取得やそれに伴う雇用率に含まれないことなどから、企業は発達障害者の雇用に必ずしも前向きとは言えない。とりわけ、ASD者は対人関係やコミュニケーションの困難性等から就職だけでなく、その後の定着も難しいことが指摘されている(梅永・井口,2018)。 実際、知的障害特別支援学校を卒業した我が国のASD者の就職はASDを伴わない知的障害者に比べて難しいといわれている。 しかしながら、ASD児者の支援で世界最先端と言われているTEACCH Autism Programでは、TTAPという就労のためのアセスメントに基づいた支援により、数多くの知的障害を伴うASD者が就職しているだけでなく、定着率も89%と高い成果を示している(Keel・Mesibov・Woods,1997)。 本研究では、知的障害を伴うASD者に対し、TTAPアセスメントに基づいて見出された課題と、その課題に対する構造化を用いた支援について検証する。そして、就労支援におけるソフトスキルのアセスメントの重要性を検討することを目的とする。 2 方法 (1)期間 20XX年4月から20XX+1年12月 (2)対象者 知的障害を伴うASD者(男)、言語によるコミュニケーションが困難である。 (3)場所 大学内の構造化された教室 (4)測定用具:TEACCH移行アセスメントプロフィール (TEACCH Transition Assessment Profile)TTAP TTAPとは、軽度から重度の知的障害を伴うASD者を対象とした、学校から成人生活への移行のためのアセスメントである。梅永(2012)は、TTAPが施設から就労への移行アセスメントとしても有効なツールであることを示唆している。 TTAPは、「職業スキル」「職業行動」「自立機能」「余暇スキル」「対人行動」「機能的コミュニケーション」の6つの機能領域から構成されている。これらは、重度の障害者が家庭や地域で支援されつつ自立して暮らしていく最も重要な側面であるとされている。ハードスキルの側面である職業スキルでは、分解や分類、組み立て等の知的障害者でも容易に行える作業課題が設定されている。一方で、ASD者に特化した、(職業上の)行動や自立機能、余暇活動、機能的コミュニケーション、対人行動といったソフトスキルの評価も含まれている。各質問項目に対して自立している場合は「合格・P」、支援があれば自立してできる場合は「芽生え・E」、常に支援や配慮が必要である場合は「不合格・F」の3段階で評価する。 (5)手続き ソフトスキル面における支援の方向性と介入に対する変化を測るために、支援の前と支援の後にTTAPによる評価を実施した。 支援前のアセスメントでは、就労に必要なハードスキルの側面とソフトスキルの側面を把握し、職業的スキルを身に着けていく上でどのような支援が必要かを認識した。TTAPでは、合格できたスキルと不合格だったスキルの間に芽生えスキルという項目が設けられている。この芽生えスキルは指導すれば合格できる可能性があるスキルととらえられており、これを個別の就労支援計画の目標として指導を行うこととした。 直接観察尺度の「絵による指示に従う」、家庭尺度の「基本的な要求を伝える」「表示・標識を読む」の項目はいずれも芽生えであった。そこで、スナックエリアにおいて、視覚的なコミュニケーションである絵カードやタブレットを用いてコミュニケーションの練習を行った。 (6)具体的な支援の概要 4つの選択肢から欲しい食べ物を選び、支援者に要求することで食べ物を得られるという手順で行った。絵カードやタブレットを用いて「食べ物の写真+ください」の形をつくることを目標にして進めた。また、援助が必要な際の「てつだってください」や食べ終わりを伝える「ごちそうさま」と書かれた絵カードも活用を促した。 p.199 3 結果 (1)TTAPの結果 TTAPの6領域のうち特に変化の見られた「機能的コミュニケーション」の結果を図に示す。尺度ごとに支援の前後の合格項目数を比較すると、直接観察尺度は0項目から1項目に、家庭尺度は0項目から2項目に、学校・事業所尺度は2項目から4項目にそれぞれ増加した。 また、下位検査項目では、直接観察尺度の「必要なコミュニケーションスキル」が芽生えから合格に、「禁止の理解」が不合格から芽生えに、そして「簡単な買い物」は不合格から芽生えに変わった。家庭尺度では、「欲しいものを指さすか、手を差し出す」、「身振りか言葉で拒否する」の項目が芽生えから合格になった。事業所尺度では「形、色、文字、数字の名前を理解する」、「終わりと言われたら活動を止める」の項目が芽生えから合格になった。 図 TTAP結果 (2)行動面の変化 タブレットを用いた際に、「食べ物+ください」の音声が同時に出るように設定したところ、本人からの発語が見られるようになった。 以前は、援助が必要な時には支援者の手を掴んでいたが、支援後は「てつだってください」と発語するようになった。別の作業課題時にも同様の発語が見られた。 4 考察 ASD者の就労がうまくいくための専門性について、Keelら(1997)はASD者の就労には反復作業が必ずしも重要なのではなく、「見通しを持たせること」が最も大切であると示唆している。そして同僚・上司が自閉症者の雇用に対して意欲的であることや、職場と仕事内容が構造化されていること、広範囲で長期的な支援をすること、そしてASD者自身の生活スキルを向上することが必要であると述べている。また、Hendricksら(2003)も、①職場環境を重視した適切なジョブマッチング、②同僚・上司の理解、③実際の職場でのトレーニング、④職場環境の構造化、⑤長期のサポート体制を5原則として挙げている。つまり、環境の影響を受けやすいASD者が安定して働き続けるには、環境要因を考慮したソフトスキルの支援が必要であり、その支援は一貫した長期のものであることが求められる。 本研究では、TTAPの結果に基づき、機能的コミュニケーションに着目して支援を行った。機能的コミュニケ―ションでは、支援前の不合格項目が半数以上であった。そこで、芽生えであった「絵による指示に従う」の項目に注目して、視覚的な教材を使用し、本人が意欲を持てるスナックエリアにおいてコミュニケーションの練習を行った。その結果、絵カードやタブレットを用いた要求コミュニケーションを習得し、言語による要求や援助要請も機能的に扱えるようになった。 ASD者は対人関係やコミュニケーションの困難性等から就職だけでなく、その後の定着も難しいと指摘されている。そのため、本人に合ったコミュニケーションスタイルを学齢期から練習しておくことが重要である。今回は、アセスメントに基づく支援を行ったことで、本人に合った場面の中でコミュニケーションを練習することができ、それが上達につながったと考えられる。 TTAPは、以上の専門的な支援につながるように作成されているため、就労支援者の専門性の第一段階として適切なアセスメントである。このTTAPを用いて、就労上の課題とその解決のための支援技法を習得することが望まれる。しかしながら、TTAPはあくまでも知的障害を伴うASD者のためのアセスメントであるため、アスペルガー症候群等の高機能ASD者には適していない。それに代わって、現在わが国でも開発されつつあるBWAP:2(ベッカー職場適応尺度)等のアセスメントによりソフトスキルの課題を見出し、支援につなげる専門性が必要と考える。 【引用文献】 1)Hendricks, D. (2010) Employment and adults with autism spectrum disorders: Challenges and strategies for success. Journal of Vocational Rehabilitation, 32: 125-134. 2)Keel, J. H., Mesibov, G. B. & Woods, A. V. (1997) TEACCH-Supported Employment Program. Journal of Autism and Developmental Disorders, 27, 1: 3-9. 3)Mesibov, G., Thomas, J. B., Chapman, S. M. & Schopler, E. (2007). TTAP:TEACCH Transition Assessment Profile Second Edition. Texas: PRO-ED. (梅永雄二(監)今本繁・服巻智子(監訳) (2012). 自閉症スペクトラムの移行アセスメントプロフィール:TTAPの実際 川島書店) 4)梅永雄二・井口修一 (2018) 『アスペルガー症候群に特化した就労支援マニュアルESPIDD』 明石書店 【連絡先】 乗田 開 早稲田大学大学院教育学研究科 e-mail:hungry.k.k@fuji.waseda.jp p.200 職場適応アセスメントBWAP2に基づいた就労支援~放課後等デイサービス利用するASD者を中心に~ ○島中 令子(NPO法人CCV CCV Epic(放課後等デイサービス) 主任) 髙橋 幾 (早稲田大学大学院 教育学研究科) 梅永 雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院) 1 問題の所在及び目的 Hendricks(2010)は、ASD者の就労では多くが失業を体験しており、職に就いたとしても不安定就労が一般的であることを報告し、従来の就労支援サービスがASD者の障害特性を考慮したものになっていないことの問題を指摘している。 また、梅永(2017)は、汎化応用が困難なASD者が適切な仕事に就くために、学校教育段階からの将来の自立を考えた教育が必要であり、特に、環境要因を考慮したライフスキルやソフトスキルへのアセスメントと支援の重要性を述べている。 成人期の就労につながるような支援を実施すべき放課後等デイサービスにおいては、平成24年4月の制度創設以降、事業所の数が大幅に増加しているが、一方で、利潤を追求し支援の質が低い事業所や適切でない支援を行う事業所が増えているとの指摘があり、支援内容の適正化と質の向上が求められている(厚生労働省社会保障審議会障害者部会資料、2019)。 本研究では、放課後等デイサービス(就労準備型)において、環境の影響を受けやすいASD者の障害特性に合わせた支援を検討するため、現場で支援者が簡易に実施できるアセスメントを用いて、就労に向けた移行期の生徒に対する個別の支援を行うことを目的とした。 2 方法 (1) 対象者 ①氏名:ケイタ(仮名) 年齢:18歳(男性) ②所属:放課後等デイサービスA(就労準備型)20XX年1月~高等学校通信課程20XX年10月~ ③診断:ASD・知的障害 手帳:療育手帳B2 公立中学校のころから集団での授業が困難になり始めた。高等特別支援学校に入学したが、1年次の外部実習に行くことができず、2年に進級できなかったことから中退し、家に引きこもるようになった。20XX年1月に放課後等デイサービス事業所の利用を開始し、特性に合わせた環境下で継続的な通所が可能となっていたことから、同年10月に通信制高校に入学した。日頃の学習には取り組めていたが、年間10回程度受講が必要なスクーリング授業の参加に困難を示し、欠席や遅刻を繰り返していた。 (2)手続き ア BWAP2の活用 当法人では、利用者の増加する中で、環境の影響を受けやすいASD者の障害特性に合わせた支援を検討するため、現場で支援者が簡易に実施できるアセスメントが求められていた。そこで、BWAP2を導入した。 BWAP2とは、ベッカー職場適応尺度(Becker Work Adjustment Profile)のことで、米国では現在第2版が刊行されている。BWAP2では、実際に仕事をしている状況を観察し、「職業習慣(HA)」「対人関係(IR)」「認知スキル(CO)」 「職務遂行能力(WP)」の4つの領域でアセスメントされる(Becker,2005)。「職業習慣(HA)」の領域では、衛生面、身だしなみ、 時間順守などの働く上での基本的生活習慣、「対人関係(IR)」の領域では、上司からの仕事の修正があった場合に素直に受け入れられるか、職場でトラブルが生じたときに感情を抑えられるか、など職場で生じる可能性のある内容が盛り込まれている。 また、記憶力や読解力、計算能力、書字能力などの知的な能力は「認知スキル(CO)」の領域として評価される。そして、「職務遂行能力(WP)」領域では、単に作業の量や質を評価するだけではなく、仕事中わからないことがあったら上司に援助を受けることができるか、職場で何らかの問題が生じたときに上司に報告できるかといった職場で必要なコミュニケーション能力も含まれている。 20XX+1年2月と8月においてBWAP2を実施した。記録はケイタを担当する職員が行った。2月のケイタのBWAP2では、対人関係(IR)と職業習慣(HA)の2領域の得点が低かった。対人関係(IR)の下位検査項目では、「修正の受け入れ(0点)」「感情の安定(0点)」「社会参加(0点)」「ルーティンの変化(0点)」などが低い得点であった。スクーリングに行くという環境の変化や変わった環境の中で見知らぬ外部の教師の授業に参加することに対する対応や感情制御の難しさが確認された。また、認知機能(CO)の下位検査項目では、コミュニケーション能力(1点)記憶力(1点)言葉指示の理解(1点)が低く、口頭のコミュニケーションに苦手さが見られたことから、視覚的なコミュニケーション方法を導入した。 p.201 イ ソーシャルストーリーTMの使用 BWAP2のアセスメント結果に基づいて環境の変化に対する見通しを持つことや、変化に対する感情制御を目的として、ASD者の特性に配慮したコミュニケーションの方法であるソーシャルストーリーTMを導入し、スクーリングの参加を目指した。ソーシャルストーリーTMは、その場にふさわしいやり方や物事のとらえ方、一般的な対応のしかたはどういうものかということをふまえて、状況や対応のしかたや場に応じた考え方を、特別に定義されたスタイルと文型によって説明する教育技術である(Gray、2006)。 3 結果 (1) BWAP2の結果(図1) 図1 BWAP2のt 得点の変化 ア BWAP2の4つの領域の変化 BWAP2の4領域では、職業習慣(HA)で7ポイント対人関係(IR)で5ポイント認知スキル(CO)で4ポイント職業遂行能力(WP)で2ポイントの上昇が見られた。 イ 下位検査項目の変化 下位検査項目の変化では、職業習慣(HA)では衛生面、衣服の着脱、身なり、時間厳守、姿勢の得点が上昇した。対人関係(IR)では、職場の対人、同僚の中に入る、上司への態度、他者への援助、ルーティンの変化の得点が上昇した。そして、認知機能(CO)では、基本的な要求伝達、作業の移行、問題解決能力の上昇が見られた。 (2) スクーリングの参加 視覚的に示した質問項目でニーズアセスメントを行った。「スクーリングで社協の部屋に入れないのは、なぜかな?」との問いに自由記載のメモには記入することができなかったが、4択での提示に変更したところ、「そもそも緊張マックス」「先生が知らない人だから」のところに丸をつけることができた。得られた情報からソーシャルストーリーTMを書き出し、ケイタに提示した。内容は、スクーリングの意義、代替行為の提示、先生の気持ちを伝えた。その結果、スクーリングに参加することができた(図2)。 図2 ソーシャルストーリーTM の内容 4 考察 本研究では、放課後等デイサービスでBWAP2アセスメントを実施し、移行期の生徒に対する個別の支援を行なった。ケイタはBWAP2のアセスメント結果,環境の変化に対応する事が苦手であり、感情制御がうまくできていない状況であること、そして、口頭のコミュニケーションが苦手であることが示された。Mesibov & Shea(2010)は、ASD者が理解できる方法で環境と活動を構造化すること、比較的弱いスキルを補うために視覚的スキルと細部へのこだわりであるASD者にとって、強みとなるスキルを活かすことの重要性を指摘している。本研究ではソーシャルストーリーTMの指導で,視覚的に示された教材を使い、代替措置として別の部屋を使い一人で受講することを確認することで見通しを持ち、安心してスクーリングに参加することができた。スクーリングの意義を再確認し、教師の気持ちを伝えることで、ケイタのモチベーションが上昇した。 BWAP2は現場で簡易に取ることができるアセスメントであり、具体的な支援の方法を検討すること、そして、ライフスキル・ソフトスキル面の包括的な変化を捉えることができるアセスメントであり,根拠のある支援を行うために継続して活用してく必要があると考える。 【参考文献】 1)Becker, R.L. (2005). Becker Work Adjustment Profile:2, elbern publications. 2)Gray, C. (2000). The new social story book. Future Horizons. (キャロル・グレイ著 服巻智子訳(2006)「お母さんと先生が書くソーシャルストーリーTM」クリエイツかもがわ) 3)一般社団法人 全国児童発達支援協議会(2019) 放課後等デイサービスガイドラインを用いたサービス提供の実態把握の為の調査 4)Hendricks, D. Employment and adults with autism spectrum disorders: Challenges and strategies for success, Journal of Vocational Rehabilitation, 32,125-134(2010) 5)Mesibov, G. B., & Shea, V. (2010). The TEACCH Program in the Era of Evidence-Based Practice. Journal of Autism and Developmental Disorders, 40(5), 570-579. 6)梅永 雄二(2017) 発達障害の人が就労することの意義と課題- 自閉スペクトラム症者を中心に- 精神科治療学,32(12). 7)「株式会社 おめめどう コミュメモⓇ」 p.202 高機能ASD者の就労支援~ESPIDDで使用される職場内アセスメントに基づいて~ ○砂川 双葉(特例非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺 サービス管理責任者) 梅永 雄二(早稲田大学 教育・総合科学学術院)・濱田 和秀(特定非営利活動法人クロスジョブ) 1 はじめに ASD者の就職、職場定着にはハードスキルだけでなく、ソフトスキルやライフスキルのアセスメントが不可欠である(梅永,2018)。しかし、ソフトスキルはASD者の自己理解を促す難しさがある。そこで、梅永らが開発したアスペルガー症候群に特化した支援プログラムESPIDDで用いられている職場内チェックシートを活用して体験実習に取り組み、自己理解を深めた事例の報告を行う。 2 方法 (1)手続き 特例子会社で10日間(10時00分~17時00分/実働6時間)の体験実習を設定。仕事内容は英数字の入力を中心としたパソコン作業。5日目の中間振り返り、10日目の実習クロージングの際にESPIDDを用いて、自己評価と企業評価、支援者評価のすり合わせを行った。 本来であれば職場内チェックシートは、体験実習の初日と支援を行った最終日に活用し変化を確認するものであるが、今回の事例では対象者の意向もあり上記の取り組み方法とした。 (2)対象者 タダシ(仮名)、30代男性。下肢障害、強迫性障害。在職中である20XX年1月に障害者委託訓練を利用したことをきっかけにクロスジョブと関わりを持つ。同年8月に退職。9月からクロスジョブ堺(就労移行支援事業所)の利用を行い、12月に初めての体験実習に参加。ASDの診断は受けていないが、強迫性障害の背景には認知のゆがみやこだわりがある。また、注意欠陥の傾向もあり作業では見落としや思い込みによるケアレスミスが多い。 (3)体験実習前のアセスメント 前職での失敗経験などから自己防衛が強かった。口頭説明は指示の抜けが生じやすい、対策としてメモ取りが必要など一定の気付きを作ることは出来ていた。 作業中の休憩については「疲れていても休憩は取ってはいけない」、特に新人は「休憩をとる暇があれば仕事をしないといけない」と認識していた。休憩を取らずに作業を継続することでミスが増える。 また、報告・連絡・相談については、定型報告、復唱確認は出来ている。しかし、疑問点の事前確認が少なく、対象者は「これぐらい大丈夫かな」「まずはやってみよう」と作業を実行してミスに繋がっていた。 3 結果 (1)支援方法 表1に体験実習中の支援スケジュールを示す。 表1 支援スケジュール (2)疲労と休憩 実習1週目は疲労を溜めないことを意識して入力作業の合間に自席にてストレッチを行っていたが、作業に没頭したこと、他の実習生が休憩を取らないことに影響されて、離席しての休憩は取らなかった。その結果、肩に疲労が溜まり、実習4日目は体の痛さを理由に欠席する。また、職場のコミュニケーションを「他者と仲良くなること」と解釈していたことで、昼休憩は他の実習生との談笑に時間を使っていた。 表2-1の「休憩時間を適切に過ごす」について、企業からは「昼休みは自分の疲労を回復し、午後からの仕事に備える時間である」と助言を受ける。この助言をもとに、2週目からは作業中は1時間に1回、5分間の休憩を取り、パソコンの前から離れる時間を作る、昼休憩は談笑の時間より自分がリラックスできる過ごし方を優先し、必要であれば仮眠を取る休憩方法に変更を行った。 上記の取り組みを実施したところ、実習2週目は疲労を溜め込まずに実習に参加することが出来た(表2-2)。 表2―1 疲労と休憩についての気付き(5日目) 表2―2 疲労と休憩についての気付き(最終日) p.203 (3) 相談 実習では見本提示や指示の間にメモを取る時間を作ったことで正しい指示理解が出来、説明の受け方によって仕事の取り組みやすさに変化が生じることを整理出来た。 企業からは「定型報告や作業終了時の報告は出来ているが、困り事などの相談が少ない」と評価を受け、「対象者からの相談があれば疲労を溜めない方法などを助言出来た」と意見をもらう(表3-1)。 この話を受けて対象者からは「少しのことでも伝えればいいのに黙ってしまうことがある」「迷わずに相談することが仕事におけるコミュニケーションなのかもしれない」との気付きを作ることが出来た。2週目の実習では「迷ったことはすぐに聞く」という目標を掲げる。1週目より自分からの発信は増えたが、対象者の中で「担当者に報告をした方が良い/最低限自分で考えて行動した方が良い」という2つの思いで葛藤したことや報告のさじ加減が分かりにくかったことを確認した。また、前職では思い込みや先入観で行動したことからトラブルに繋がり、相談や事前の確認があれば回避出来た事象もあったことを振り返っている(表3-2)。 体験実習のフォードバックを踏まえて、実習後の訓練では自分から疑問を発信する訓練に取り組んだ。 表3-1 相談についての気付き(5日目) 表3-2 相談についての気付き(最終日) (4) 特性領域 表4の観察項目については企業の担当者に評価を依頼。対象者は4項目に「■(該当する)」を記入するが、企業はチェックを入れなかった。 対象者の困り感や苦手意識は他者から理解されにくいことを整理することが出来、今までの離職理由も自分がチェ 表4 特性領域 4 考察 就労支援の現場においては「エクセルやワードが出来る」「作業が速く出来る」などのハードスキルに目が向きやすく、「資格があれば就職できる」という考えも未だに根強い。しかし、働き続ける中で困難を避けることは出来ず、そこで必要になるのは、相談力や助けを求める力であると考える。高機能ASD者の中には「困難は自分の努力でカバーしないといけない」と考える者やそもそも人に頼る手段を持っていない者も多く、本研究の対象者も同様の傾向があった。 本研究においては、職場チェックシートを活用しアセスメントポイントが視覚化されたことで、対象者が働く力として重視していなかったソフトスキル(休憩、相談、コミュニケーション)についての気付きと対策を行うことが出来た。よってツールを活用するアセスメント方法は、ソフトスキルの自己理解促進とエピソードに基づく面談(体験実習の振り返りなど)に一定の効果があると考える。 今回の事例では、対象者のコミュニケーションについての認識変化が興味深く、疲労感と休憩についての振り返りから、職場内で必要なコミュニケーションは同僚と仲良くなることではなく、職務上必要な報連相を行うことだと考えを変えることが出来た。これは実際の企業現場で、リアルな人間関係の中でしか得られない体験と気付きであり、就労移行支援において、企業実習と実習を通じたアセスメントや振り返りが重要であると感じたエピソードであった。生きた体験があるからこそソフトスキルのアセスメントも出来ることになる。 また、ASDをはじめとする脳機能の障害は、本人の困り感が他者に理解されにくい。本人も「自分の努力不足」と認識し、二次障害に繋がる可能性が大いにある。この理解のズレや難しさを表4の「特性領域」において視覚化出来たことは自己理解の支援において効果があり、自己理解が出来るからこそ、企業側に特性を伝え、マネジメント方法を検討してもらうことが出来ると考える。目に見えない障害だからこそ、正しく自分を知るサポートが必要になる。 以上のことから、就労支援および職場内のアセスメントはソフトスキルが要になると結論付ける。 【参考文献】 1)梅永雄二・井口修一:アスペルガー症候群に特化した就労支援マニュアルESPIDD-職業カウンセリングからフォローアップまで,明石書店(2018) 2)本田秀夫:発達障害‐生きづらさを抱える少数派の「種族」たち,SB新書(2018) 【連絡先】 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ堺 砂川 双葉 (sunagawa@crossjob.or.jp) p.204 転職支援(チャレンジ雇用から一般就労)におけるTTAPアセスメントの活用 ○神山 貴弘(株式会社チャレンジドジャパン 八王子センター 東京エリア基幹センター長) 縄岡 好晴(大妻女子大学) 1 はじめに 就労移行支援事業所チャレンジドジャパンでは、就労先での受け入れや職場定着をスムーズにおこなう目的として、就職時に本人の障害に関する情報や配慮事項等を記した資料を作成し企業との間で共有する。そのような資料を「利用者情報申し送りシート」(以下「申し送りシート」という。)と呼び、独自のフォーマットを使い本人と確認しながら作成している。しかし従来の申し送りシートでは、配慮事項として「本人ができないこと」や「苦手なこと」を羅列するだけになり、「どうやったらできるようになるか」といった“伸びしろ”が伝わりづらく、事業所のスタッフが知る範囲内での情報に留まってしまい、申し送りシートとして十分でないことが課題として挙げられた。そこで、本事例では、チャレンジ雇用から一般就労へ転職をする利用者に対して、具体的な伸びしろを明確にさせることを目的に、アセスメントツールとしてTEACCH Transition Assessment Profile(以下「TTAP」という。)のフォーマルアセスメントを実施し、それをもとにした申し送りシートを作成した。その有効性について報告する。 2 手続き (1) プロフィール リョウタ(仮名)は20代男性、診断名は自閉スペクトラム症。3歳児検診にて発語の遅れを指摘され、幼稚園では自閉症の傾向があると言われていたが、小・中と普通学級へ進学。コミュニケーションが苦手で社会的スキルの学習の必要から週1回通級指導を受ける。クラスメイトとは興味が合わず独りで遊ぶことが多かった。中学進学時にASDと診断される。高校は特別支援学校を受験するも不合格、不登校の学生や個別サポートに対応している私立高校に進学した。卒業後は理容系専門学校に進学するも卒業時に就職先が見つからず、両親の相談にのっていた保健師より就労移行支援の勧めがあり、当事業所の利用へ至った。2年間の訓練ののち、チャレンジ雇用で都立高校の事務補助員として就労。チャレンジ雇用期間内に一般企業への転職を目指すこととなっていた。 (2) 訓練時・チャレンジ雇用先での様子 集団場面での説明になると混乱が見られ、こだわりから作業内容や扱う道具の形状によって拒否反応を示すことがあった。また環境や新しい作業に慣れるまでに時間がかかり、通所時間を守ることや遅刻の連絡等を自分には難しいと判断する傾向も見られた。一度混乱すると何を確認しても拒否反応を示してしまい、実習先には半日しか滞在できないこともあった。返事はパターン的でオウム返しも多く、何にストレスを感じて作業拒否を示すのか確認が難しい状況が続いた。長時間に渡り手を洗う、ウェットティッシュで頻繁に手を拭くといった行動を繰り返す特徴もあった。一方で、A4パンフレットの三つ折りや住所入りハガキの仕分けなどパターン化された業務は黙々と集中して取り組むことができていた。 (3) アセスメントの実施 TTAPのフォーマルアセスメントの直接観察尺度、家庭尺度、事業所尺度を実施した。家庭尺度は母親に対して聞き取りを行い、事業所尺度はチャレンジ雇用先での支援にも関わった就労移行支援事業所スタッフが実施した(図1)。 図1 TTAPフォーマルアセスメントの結果 3 結果 (1)職業行動(検査項目157、159、164、167、168より) ・ミスを嫌う傾向あり。エラーレスの教授手続きは何か? ・学習期間はどれくらいか?要確認。 ・視覚指示に従えるか?要確認。 (2)自立機能 ・尺度間のばらつきが多い。 ・終わりを意識させるスケジュール管理の必要性あり。(例:タイマーでの切り替えを促す、作業が終わるたびに視覚提指示を用いてチェック) p.205 (3)余暇スキル ・不合格が最も多い。 ・本人なりの休憩の過ごし方を確認し、余暇の活動パターンの引き出しを増やしていく。 (4)機能的コミュニケーション(検査項目51、55、57、127、128、200、201、201、203より) ・自発的コミュニケーション(表出手段)が課題だが、合理的配慮との見極めが必要。 (例:1つの活動に従事している間は指示出さない) (5)対人行動(検査項目62、64、66、137、140、144、206、207、211、212、213より) ・特定の人との関わりを求めない。ものや行事からの関わりからのアプローチ ・適切な場面での感情表出ができない。誤解されやすい。 4 申し送りシートへの反映 「芽生え」がついた項目について、TTAPの移行分析フォームを用いて課題となるスキルを抽出した。また、それぞれに必要な支援や配慮についても対応させて記載した(表)。 表 移行分析フォーム 移行分析フォームにまとめた内容を新しい申し送りシートへ反映させた(図2)。従来の申し送りシート(図3)では、特性を説明する項目は「支援内容」、「アピールポイント」、「配慮点」という3つの編成だったが、新しい申し送りシートではTTAPのアセスメント領域に基づいて「実務スキル」、「職業行動」、「自立機能」、「余暇スキル」、「コミュニケーション」、「対人スキル」と改訂した。各領域で課題となるスキルは「今後見込みのあるスキル」とラベリングし、それぞれ「現段階で必要な配慮」、「周囲の関わり方」というように、成長を見込んで中長期で職場でのサポートが可能になるよう記述した。 5 考察 TTAPアセスメントの結果から本人の特性を領域ごとに分析、整理をすることができた。行動特性を弱みや配慮事 図2 新しい申し送りシート(一部抜粋) 図3 従来の申し送りシート(一部抜粋) 項として羅列する形で企業に伝えるのではなく、現段階で「芽生え」であるスキルは就労後に伸ばしていけるスキルとして伝えることができ、指導側の関わり方も明確に提示することができた。ナチュラルサポートの形成過程には、自然もしくは計画的な支援提供が求められるが、新しい就労先にスムーズに移行する上では、根拠のあるアセスメント情報に基づいた具体的な申し送りが必要不可欠であった。 【連絡先】 神山 貴弘 株式会社チャレンジドジャパン 八王子センター 東京エリア基幹センター長 e-mail:takahiro_kamiyama@ch-j.jp p.206 発達障害をお持ちの方のセールスポイントを見出すための職業アセスメントと準備性の取り組みについて ○田村 俊輔 (社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター 就労支援員) 金橋 美恵子(社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター) 原田 千春(くしろ・ねむろ障がい者就業・生活支援センターぷれん) 髙谷 さふみ(社会福祉法人釧路のぞみ協会 自立センター) 1 はじめに 社会福祉法人 釧路のぞみ協会 自立センターでは、発達障害がある方へ評価・アセスメントを踏まえ、対象者に応じたプログラムの作成、支援を行っている。 本発表では、就労移行支援事業所利用開始から職場実習を経て現在までのアセスメントを活用した事例を発表する。 2 事例 (1)本人の概要 A氏【18歳の男性、自閉スペクトラム症(療育手帳B)】 地元の小・中学校と特別支援学級に在籍。特別支援学校へ進学し、3年時に職場実習を行うが就職につながらず、令和2年4月当センター就労移行支援事業所を利用開始。就労につながらなかった理由としてソフトスキルの欠如が影響していたと事業主から支援学校の担当教諭へ説明があったことから、複数の検査やソフトスキルの習得に重点を置くプログラムを実施。しかし、対象者は『就職に繋がらなかった理由を聞いていない。身についているので全く問題はない。仕事を紹介してくれない、なぜ自立センターを利用しているのかわからない』と話し、自分のやりたい訓練のみ行う様子が多く見られた。 また、土日祝日に関しては休みたい、働く意味がわからないとあり(ご両親は公務員)、当センターのプログラムの一つの職場実習(クリーニング工場での施設外就労)では新型コロナウイルスの影響で時間短縮(1時間程度)が続いており短縮時間では実習へ参加していたが、通常の実習時間(6時間程度)に戻ると遅刻や『6時間はやりたくない』と実習先で癇癪を起こし、自動販売機やドア・壁を叩く、事業所内で大声を出す、階段から飛び降りようとする仕草を見せる、工場の運搬車が多く通る道から工場外へ逃げる、洗濯物の上に寝転がって号泣し、洗い終えた洗濯物で鼻水を拭く場面が見られた(写真は号泣してしゃがみこんでいる場面)。 そのため、移行支援事業所や実習状況から今後の就労に向けて対象者・ご両親・相談支援事業所担当者・当センター職員で面談を実施。現在の状況や発達障害の専門外来の担当医からも就労移行ではなく、他の福祉サービスを活用してスキルを身に着けることも選択肢の一つと助言もあり、 就労移行支援事業所の利用から当センター自立訓練への変更の提案、対象者とご両親の希望・方向性を確認し、令和2年8月から自立訓練を利用している。 自立訓練利用後は癇癪を起こす様子もほぼなく、アセスメントでより明確になっている課題のソフトスキルについて取り組む事が出来ている。だが、就労で十分なソフトスキルや補完手段の獲得には時間がかかる事が想定されているため、自立訓練担当職員、くしろ・ねむろ障がい者就業・生活支援センターぷれん(以下「ぷれん」という。)、相談支援事業所、就労移行支援事業所担当者と連携・協力して支援プログラムを検討、作成している。 (2)就労移行支援事業所での取組み 就労移行支援事業所利用開始当初、TEGⅡ、職業レディネス・テストを実施し、対象者の強みや課題、就職希望について確認。各検査の結果から作業能力では言語性は高く言葉の意味は理解しているが、言葉の使い方については作業班での様子からも課題が見られたため、ビジネスマナー講座やグループミーティングで挨拶・報告・質問のタイミング、体の向きについて場面を作り、ロールプレイ・モデリングで支援を行った。記憶の漏れもある事が確認出来たため、記憶の保持・確認についてはメモリーノートの活用について取り組んだ。 対象者の希望は事務職でパソコン入力に関してはワード入力が検定2級を好成績で取得、1級も合格する程度の能力と教官から評価されており、希望職種の文章入力に関しては概ねクリア出来そうな結果が出ているが、文章入力のみの事務職があることは可能性が低いことを伝えるが理解出来ず、パソコン検索や求人票にて事務職の内容を調べ、具体的な内容や情報提供を行った。認知や話を聞く態度などの振る舞いに関して特に取り組む必要性が明確になった p.207 ため、場面を想定した人とのやり取り、振る舞い方について週1回ロールプレイを実施した。就労までのプロセス(就労移行支援事業所のトレーニングの流れ)や就労までの現在の位置づけについては実習開始前と終了後には自己評価と他者評価を行った。具体的な支援項目を明確にするアセスメントでは以下の結果となり、HA 職業習慣の領域ではスコア23点58%(項目数に対してのスコアに応じて%を計算)、IR 対人関係の領域15点31%、CO 認知スキルの領域54点71%、WP 作業遂行能力の領域36点41%となった(下図参照)。アセスメントから行動に対して具体的な評価ができ、特に課題・取り組みが必要と思われることが明確になったため、特にスコアが低いIRでのアプローチを優先し、HA・WP・COに関しては明確になっている段階が低い項目をポイントとして本人の希望する作業を含めた作業プログラムの再構築を行い、取り組んだ。 ※スコアの数値が2つある部分に関して、数値が高い点線部分については補完手段等により今後見込まれる評価をつけ、この評価を将来の見通しに繋げることを目的として現在の評価と比較した。 2か月間就労移行支援事業所内で訓練を行い、その後施設外就労(クリーニング工場)での職場実習を実施した。実習先ではアセスメント結果を基に支援計画を作成し、実施した。職場実習中止後は就労移行支援事業所内での個別面談と対象者・ご家族・相談支援事業所担当職員と面談、ケース会議を実施し、課題について再確認を行った。自立訓練利用開始までの期間についてはビジネスマナー講座参考書の項目に対しての自己評価をつけて、支援員との評価の差異について共有し、自立訓練の利用を開始している。 3 取組みに対する結果 アセスメント実施前には好きな訓練を多く行う様子があったが、長所・課題の共有により、実施前よりも課題を理解した様子が見られ、パソコン入力よりもソフトスキルについて素直に訓練する場面が増え、スキルを身につけることによって就労が近づく事も理解した発言が多く聞かれるようになった。また、場面を想定したロールプレイを継続的に行う事で支援員の話に耳を傾ける事も以前に比べると多くなり、挨拶・確認も改善されてきた。メモリーノートの活用についてはまだ汎化されてはいない。実習中止後は個別面談を行い、問題行動をした際の気持ちや理由について問うと素直に伝え、訓練へ取り組む態度が改善された。他者との差異についても共有することでビジネスマナーを中心に訓練を行うようになり、現在は自立訓練のプログラムに関しても素直に取り組む場面が多く見られている。新たに認知行動療法も取り入れ、今後の就労に向けて取り組んでいるが遅刻もまだ見られ、労働習慣についてはグループミーティングで情報提供を行うが、土日祝日は休みたいという部分に関しては変わらず、現段階での取り組みを考慮し、平日の稼働日のみの利用となった。ご家族との連携については今回のアセスメントの結果を基に今後の訓練内容や取り組みについて説明・共有することでより理解を得られていると感じている。 4 まとめ 今回のアセスメントからより支援が必要な領域がわかり、項目の評価段階から、必要なスキルが何か。得手、不得手がわかり、どのような部分に支援が必要なのかを見極める事が出来た。この結果から対象者に応じたスキル獲得に必要な支援プログラムをぷれんと連携・共有し、職場実習先の情報提供や定期的な評価、ビジネスマナー講座の実施についての情報提供、訓練状況に応じてご家族や関係機関とのケース会議を検討している。 また、作業面のみのスキルではなく、項目では生活面の確認もでき、就職後の定着支援の生活支援に活用出来るため、定期的に評価を行う事で更に有効に活用出来るのではないか。課題と思われる項目に対してスコアの結果のみでは評価が高く問題ではないと評価出来るが、成育歴や高機能自閉症の知的に遅れがない方は出来る項目が複数あり、実際にスコアが高くなる部分もあった。 そのため、自立センター全体でアセスメントの理解をより深め、セールスポイントを見出し、準備性を高める事で自立センターやぷれんを利用していただいている方々の一般就労、復職への可能性を高め、就労定着に関しては就労移行支援終了6ヶ月後から開始している就労定着支援対象者の方々の安定にも繋がるのではないかと考える。 p.208 発達障害児・者の就職・職場定着を支える学習内容~働くことへの意欲を高める取組、職場定着を促す取組~ ○清野 絵 (国立障害者リハビリテーションセンター研究所 研究室長) 榎本 容子(独立行政法人国立特別支援総合研究所) 1 背景と目的 近年、発達障害者の職場定着や、大学等の高等教育機関に在籍する発達障害者の教育機関から就労への移行の困難さが課題となっている1,2)。このような課題を解決し、発達障害者が就職をし、職場で長く働き続けるためには、大学前の高等学校の段階から本人に必要な学習内容や支援を効果的に提供していくことが有効と考えられる。 これらの背景をふまえて、本研究では、発達障害者の教育から就労への移行と、就職後の職場定着の支援に寄与するため、発達障害者の就労意欲や職場定着を促進する「学習内容」「育成の取組」を明らかにすることを目的とする。 2 方法 郵送法による質問紙調査を行った。実施期間は、2008年11月から12月であった。本調査における発達障害の定義は、学習障害、注意欠陥/多動性障害、高機能自閉症・アスペルガー症候群とした。分析対象とした調査項目は、①回答者が支援した発達障害者のうち、「働く意欲が高い人」と「就職後にうまく働き続けられる人」がよく学習できていた項目(26項目の中から1つ選択)、②回答者が、そのような人の育成のために就労準備支援で取り組んでいること(自由記述式回答)であった。 対象者は、高等学校段階の教育機関750校と、就労支援機関550ヶ所の進路指導もしくは職業リハビリテーションに関する業務を担当している支援者であった。 分析は、選択式回答については、回答の比率を算出した。自由記述式回答については、テキストを計量的に分析するテキストマイニングを行った。ソフトは、KH Coder(Ver.3)を使用した。分析対象は全て回答者数が5名以上の語とした。 3 結果 (1)回収率 調査の回収率は、教育機関の支援者213名(回収率28.4%)、就労支援機関の支援者214名(回収率38.9%)であった。分析対象の回答者数は、各項目によって異なる。 (2)よく学習できていた項目(選択式回答) ア 働く意欲が高い人 回答者数は165名(教育機関61名・就労支援機関104名)であった。回答率が高かった上位10位を図1に示す。 図1 意欲が高い人の学習項目(上位10位) イ 就職後にうまく働き続けられる人 回答者数は168名(教育機関66名・就労支援機関102名)であった。回答率が高かった上位10位を図2に示す。 図2 就職後にうまく働き続けられる人の学習項目(上位10位) (3)育成のための取組(自由記述式回答) ア 働く意欲が高い人 回答者数は137名(教育機関50名・就労支援機関87名)であった。総抽出語数は2,815語、異なり語数(全体で異なる単語の数)は673語であった。抽出語の共起関係を図3に示す。共起関係にある語を同じ色のまとまりで表現した。これをカテゴリーとして抽出したところ8カテゴリー、「学校生活を通じた支援」「お金の必要性、使い方の支援」「作業、訓練を通じた支援」「自己理解の支援」「障害受容の支援」「社会の理解や関わりの支援」「関係機関との連携支援」 p.209 「職場実習、職場体験」が抽出された。カテゴリー、抽出語、データを表1に示す。 図3 「意欲が高い人の育成の取組」抽出語の共起ネットワーク 表1 意欲が高い人の育成の取組のカテゴリー イ 就職後にうまく働き続けられる人 回答者数は143名(教育機関53名・就労支援機関90名)であった。総抽出語数は3,205語、異なり語数は725語であった。抽出語の共起関係を図4に示す。共起関係にある語を同じ色のまとまりで表現したところ8カテゴリー、「考え方の支援」「学校生活を通じた支援・生活リズムの習得」「作業態度の習得」「就職後のフォローアップ」「相談する習慣・連携による支援」「自己理解の支援」「訓練を通じた支援・必要な情報の伝達」「仕事で必要なルールやスキルの習得」が抽出された。カテゴリー、抽出語、データを表2に示す。 図4 「働き続けられる人」抽出語の共起ネットワーク 表2 働き続けられる人の育成の取組のカテゴリー 4 考察 結果から、働く意欲が高い人と就職後にうまく働き続けられる人の学習項目と、育成の取組について、共通する内容と異なる内容があることが示唆された。共通する内容については、支援の全過程で重要である可能性がある。また、異なる内容については、就職前と、就職後で本人に必要な知識やスキル、また必要な支援が異なる可能性がある。 【参考文献】 1) 独立行政法人日本学生支援機構『令和元年度(2019年度)障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書』,独立行政法人日本学生支援機構(2020) 2) 障害者職業総合センター調査研究報告書№137『障害者の就業状況等に関する調査研究』,障害者職業総合センター(2017) p.210 在職中又は休職中の発達障害者に対する作業管理支援の技法開発について ○西脇 昌宏(障害者職業総合センター職業センター企画課 障害者職業カウンセラー) 森 優紀・松浦 秀紀(障害者職業総合センター職業センター企画課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「センター」という。)では、平成17年度から知的障害を伴わない発達障害者を対象としたワークシステム・サポートプログラム(以下「WSSP」という。)の実施を通じて、発達障害者に対する各種支援技法の開発・改良に取り組んできた。 近年、WSSPの受講者に占める在職者、休職者の割合が増加傾向にあり、令和元年度は全体の6割を超えている。在職中又は休職中の発達障害者の中には、短時間の単一作業であれば作業遂行が可能なものの、1日又は数日間にわたる複数の作業になると様々な課題が生じる者が多い。その結果、抱える仕事量が多くなって疲弊したり、叱責や人間関係の悪化により抑うつ状態等の二次障害の発症、職場不適応に繋がる事例が散見される。 本発表ではWSSPにおける実践から発達障害者の作業管理上の困難さについて概観し、今後の作業管理支援における開発の方向性について発表する。 2 ワークシステム・サポートプログラムの概要 WSSPは、5週間の「ウォーミングアップ・アセスメント期(以下「アセスメント期」という。)」と8週間の「職務適応実践支援期(以下「実践支援期」という。)」の13週間で構成されている。 アセスメント期では、WSSPの受講者の障害特性と職業的課題について把握している。実践支援期では、アセスメント期で把握した受講者の特性と職業的課題に対する自己対処や、事業主に依頼する配慮事項等の検証を行うため、就業場面を想定したより実践的な支援を行っている。 WSSPは、「就労セミナー」「作業」「個別相談」で構成されており、それぞれを関連付けて実施している。例えば、就労セミナー(職場対人技能トレーニング)で練習した「報告する」というコミュニケーションスキルを作業場面で実践した結果、話しかけるタイミングが分からず苦労したという結果が出たとする。そのような場合、個別相談で、話しかけるタイミングの判断や話しかけるためのクッション言葉等について助言を行い、再度作業場面での実践を促すというイメージである。 3 「作業」の概要 WSSPにおける「作業」では、多様な作業課題(表)を設定し、受講者個々人の障害特性や職業上の課題に関する詳細なアセスメントを行っている。そして、アセスメント結果に基づいて自己対処の工夫や必要な周囲の配慮事項を検討する。 表 WSSPにおける主な「作業」の種類 アセスメント期では、作業の基本的な流れ(図)における各段階のアセスメントを行う。 図 作業の基本的な流れ   実践支援期では、受講者の目標に合わせた実践的な作業場面を設定し、遂行状況の確認や、対処法の効果検証、必要な周囲の配慮事項の検討などを行う。実践支援期の作業は全般的に工程数や留意点が多く、個々の目標によっては予定変更や複数タスクのスケジューリング等の要素を組み込むこともある。 4 発達障害者の作業管理の困難さと技法開発の視点 WSSPの受講者に占める在職者・休職者の割合が6割を p.211 超えた令和元年度の事例を分析すると、指示受けから報告までの一連の流れにおいて広範囲に困難さがうかがえた。 指示受けの段階では、「完成形のイメージがずれる」、「聞きそびれた内容を自己判断で補う」、「依頼する、断ることができずに仕事が増える一方になりやすい」、予定・計画の段階では、「優先順位がつけられない」、「タスクを細かい作業に分けて予定に入れられない」、「時間の見積もりがずれる」等のエピソードが確認された。作業実施の段階では、「一つの仕事をしている時に別の仕事が入ると混乱する」、「完成度を追求し時間をかけすぎる」、「書類の整理整頓ができない」、「記入したメモや付箋の紛失」、「メモを取るが、その他の情報に埋もれてしまい、適切なタイミングで思い出すことが苦手」、「一つのタスクが終わるまで別のタスクに取り組めない」等のエピソードが確認された。結果確認の段階では、「タスクが複数になると進捗度合いを正確に把握できなくなる」、報告・相談の段階では、「進捗や時間超過の報告を忘れる」、「進捗報告があいまいになりやすい」等が確認された。 その他、「To Doリストにするとできない所が明るみに出て怒られるから可視化したくない」、「職務でミスを重ねるうちに、叱責される恐れからコミュニケーションをとらなくなった」等、作業管理を阻害する「認知」の存在も確認された。 作業管理は、PDCA(Plan-Do-Check-Action)を意識しながら与えられたタスクを制限時間内に仕上げるという一種の課題解決と言える。この課題解決を的確に行う機能は実行機能と呼ばれている。池田(2018)によると、実行機能には、目標形成、プランニング、プランの実行、評価と調整という、いわば行動のPDCAサイクルを支える様々な認知処理が含まれるとしている。以上から実行機能は作業管理の円滑な遂行を支えていると整理できるが、複数のタスク管理、中長期的な作業管理となれば、複数のPDCAサイクルを緻密に管理する必要が生じるため、実行機能の重要性は一層増すものと考えられる。また、ADHDを筆頭に発達障害者の実行機能の弱さを指摘する知見が多く見られることからも、実行機能は、発達障害者の作業管理能力をアセスメントしたり、効果的な作業管理支援を検討する上で重要な視点になると考える。 5 作業管理支援開発の今後の展開 把握した発達障害者の作業管理上の困難さを主に実行機能の観点から整理し、関係する知見の情報収集を踏まえ、今後の計画として、以下の4点を考えている。 (1)作業管理支援の実施状況及び事例の分析 これまでWSSPにおいて実施してきた作業管理支援の実践事例の集約と分析を行い、アセスメントの視点や効果的な対処策、今後新たに開発が必要なポイントを整理する。 (2)作業管理支援に関する情報の収集及び分析 発達障害者の作業管理支援に関する国内外の先進的な知見の情報収集を行う。 (3)試行モデルの試作と検証 (1)、(2)の結果を踏まえ、複数のタスク管理や1日で終わらない作業管理に必要な能力・スキルのアセスメントの枠組み、作業管理において効果的な支援策、アセスメント及び対処法の実践が可能な作業課題という3点で試行モデルを作成・検証する。 (4)実践報告書の作成 新たに開発した作業管理支援の概要、実施方法、実施結果、支援事例及び留意事項を取りまとめ、実践報告書を作成する。   6 最後に 実行機能は幅広い分野で注目されている。教育分野では、効果的な学習支援や認知機能を高めるプログラムの開発、医療分野では脳損傷患者への認知リハビリテーション、心理療法では、情動障害への治療モデル等の形で実行機能がその理論的基盤となっている。そのため技法開発においては幅広い分野から情報収集を行い、プログラムでの実践を踏まえて柔軟な発想で職業リハビリテーション分野への応用を検討したい。 【参考文献】 1)障害者職業総合センター職業センター:「発達障害者のアセスメント」,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター職業センター(2019) 2)障害者職業総合センター職業センター:「発達障害者のワークシステム・サポートプログラム 発達障害者のための手順書作成技能トレーニング」,独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター職業センター(2017) 3)加藤順也・北村博幸:発達障害児の実行機能の評価と介入の現状と課題,北海道教育大学紀要(教育科学編),第63巻第2号,p.273-283(2013) 4)田中圭介・杉浦義典:実行機能とマインドフルネス,心理学評論,Vol.58 No.1,p.139-152(2015) 5)池田吉史『知的障害の子どもの自己制御の支援』,「シリーズ 支援のための発達心理学 自己制御の発達と支援」,森口佑介編,金子書房(2018),p.66-77 【連絡先】 障害者職業総合センター職業センター企画課 e-mail:csgrp@jeed.or.jp Tel:043-297-9042 p.212 自閉スペクトラム症(ASD)者とともに働く上司に求められる コンピテンシーの検討 ○川端 奈津子(群馬医療福祉大学 助教) 1 背景と目的 近年、成人期に社会生活に困難を感じて精神科を訪れ、初めて発達障害と診断されるケースが増加傾向1)にあり、2018年4月の障害者雇用率の引き上げや、雇用率の算定基礎に精神障害者が加えられたことで、発達障害者の就労及び雇用は一層の拡大がみられる。しかし、その平均勤続年数は身体障害者が10年2か月、知的障害者が7年5か月であるのに対して発達障害者は3年4か月2)であり、就労の継続が課題となっている。なかでも就労上の課題が最も多いとされるのが自閉スペクトラム症(以下「ASD」という。)者で、仕事上の能力を有してもコミュニケーションを含む対人関係の困難や、与えられた業務との不具合からの就労意欲低下による離職者が多い3)。その特性は、心理的・環境的な負荷が加わると際立ちやすく、職場の環境や求められる役割によって強弱することも就労上の問題を難しくする。また、周囲の理解を得にくいため、同僚との間に誤解や混乱を生じやすく、職場が疲弊する結果を招くこともある。一方で、ASD者が備える能力を十分に発揮し、生産性向上などの面で企業に望ましい結果が期待できる雇用を維持している職場もある。 ところで、「ある職務または状況に対し、一定の基準に照らして効果的あるいは卓越した業績を生む原因として関わっている個人の根源的特性」4)はコンピテンシーと呼ばれている。コンピテンシーは仕事において高いパフォーマンスに結びつく行動とされ、物事の考え方や仕事に対する姿勢・行動特性を観察・測定できるツールとして人材マネジメントで活用されている。 本研究は、ASD者とともに働く上司には、どのようなコンピテンシーが求められるのかをインタビュー調査をとおして明らかにすることを目的とする。 2 研究方法 (1)対象と方法 対象は、ASD者の雇用実績があり、好事例の実践を行っている企業10社で当事者と日常的に接する上司とした。調査は、行動結果面接(BEI)の手法を用いて、①ASD者と働くうえで重視していること、②雇用による効果を導くための工夫、③社員に負担感や疲弊が生じた場合の対応、④雇用上の課題、などを尋ねた。調査期間は2019年9月~2020年1月で、内容は対象者の同意のもとICレコーダーに録音した。協力して頂いた人数は10社13人で、いずれもASD者および一般社員のマネジメントに携わる方である。なお、本研究は、群馬医療福祉大学研究倫理審査委員会の承認(承認番号19A-01)を得て実施した。 (2)分析方法 ASD者とともに働く上司に求められるコンピテンシーに関する記述を逐語録から抜き出し、Spencerら4)のコンピテンシー・ディクショナリのクラスター(大分類)6項目、基本コンピテンシー(小分類)20項目のカテゴリーを用いて分類した。次に、コンピテンシー・モデルの「管理者」と本調査の結果との比較検討を行った。 3 結果 ASD者とともに働く上司に求められるコンピテンシーとして識別したなかで出現率が多かったものは、「人材育成」が31件、「チーム・リーダーシップ」が30件、「インパクトと影響力」が22件、「秩序・クオリティ・正確性への関心」が20件、「支援とサービス重視」が20件であった。この結果を、「管理者」の一般コンピテンシー・モデルの発揮頻度の上位項目(インパクトと影響力、達成重視、チームワークと協調、分析的思考、戦略的な未来志向、人材育成)と照合したところ、「人材育成」「インパクトと影響力」の2項目で共通がみられた。 4 考察 (1)ASD者とともに働く上司に必要なコンピテンシー ア 人材育成 本調査では、自社が雇用したASD者の能力や担当可能な業務を判断し、活かして戦力化することを第一義とする職責を認識して雇用管理に努めていることが窺えた。また、社内に専任部署を設ける「社内特例子会社」型企業と、組織規模の小さい企業で人材育成の手法に違いがみられた。前者は、採用前実習からの雇用管理全般をシステム化することで働きやすい環境を整え、個別的なマネジメントにより組織の戦力とすることでキャリアアップの見えやすさやモチベーションの維持を実現している。後者は、小回りの利く柔軟性や顔の見える環境を利点として、上司が個々の多様性を引き受けて育成に臨み、社内の理解を深めていくマネジメントが特徴的であった。いずれにも共通するのは、ASD者を一個の人格として尊重した理解に基づく人材育成への努力であり、安易に定型化した対処法をもって特別扱いや画一的対応をしない企業姿勢である。その上で、日報等による丁寧な個別管理や相談体制の構築、キャリア開発を講じることで定着を高めていることが示された。 イ チーム・リーダーシップ 本調査では、企業が障害者雇用に取り組む理念や意義への理解を促すためのアプローチと、チーム内に不満が生じた際の初期介入、場合によっては配置換えなど物理的な策を講じるという2種類の行動が示された。上司の力強いビジョンとリーダーシップ発揮により、メンバーが賛同するように導くことで社内の合意形成を構築する行動や言動が必要であることが推察された。一方で、メンバー間で生じる問題の発生予防として、人間関係を含めた日々のマネジメントや、問題が大きくなる前に介入し、面談等で対処し解決策を提示していくことが肝であった。そのために平時からメンバー同士が友好的で温かい関係を築き維持することへの配慮を大切にしていることが示された。 ウ インパクトと影響力 本調査では、ASD者を雇用する理由、成果の事実、具体例、数値データ等を用いた社員への直接的関与や、舞台裏での仕掛け作りなどの間接的関与によって、チームのメンバーに影響を及ぼす行動をする形で発揮されていた。Spencerら4)は、効果的な「インパクトと影響力」には正確な「対人関係理解」や「組織の理解」が基盤を提供するとし、本調査でも多くの上司が自社の組織においてASD者が力を発揮して企業に貢献することや、働きやすい職場を設計することは、結果的に社員全体ひいては社会全体に利益をもたらすことに重きをおいて発信していた。 エ 秩序・クオリティ・正確性への関心 ASD者の多様な特性に対して、合理的配慮を含む個別的な管理手法を用いて、高いポテンシャルを発揮できる人材を育成している企業が多かった。個々の特性を知るために採用前のアセスメントや実習、面談等を利用し、自社の業務に合致した人材を採用し、割り当てた業務を正確に一定の質を維持して遂行できるようにOJT(On the Job Training)で能力開発を行っていることが示された。さらに、疲労度やストレス状態の把握に努めて労働時間を弾力的に設定することや、日報システムを利用するなどして直接の対話で拾いきれない気づきを得ている企業が多かった。上司は、ASD者の高いパフォーマンスを引き出すための秩序の重視や、心身両面の調整を図る行動をとることで、ASD者に安心感を提供していることが示された。 オ 支援とサービス重視 企業組織で社員に対する支援やサービスという文言はなじみにくいが、ASD者の上司には、日々の業務サポートのみならず、生活状況が就労に影響を及ぼすことを危惧して支援機関に相談するなど、障害理解に基づくきめ細かい行動をすることで安定的な就労を下支えする行動や考え方が確認された。また、必要に応じて、就労支援機関、医療機関、各種専門職との連携を維持していた。一方で「連携はするが、基本的には自社で完結させたい」という意見も聞かれ、オンサイトの支援者確保の重要性が示唆された。 (2) 今後の課題 職務上で不具合が生じた際、本調査の協力企業から共通して聞かれた対応からは、対話をとおしてASD者の考えや理由を理解しようとする姿勢を基に、もつれた糸をほぐすように問題を分解し、自己の解釈と現実の調整を一緒に行いながら、予防策を計画したり納得する着地点を探り出したりすることが有効であることの示唆が得られた。この発想は、本調査で低かった「分析的思考」や「概念的思考」のコンピテンシーに関連しており、今後、ASD者に固有の人材育成手法の1つとして意識的に高めていくことが期待される。 付記 本研究は、平成28~31年度日本学術振興会研究費助成事業(挑戦的萌芽研究:課題番号16K1342)の助成をうけたものである。 【引用文献】 1)本田秀夫(2018) 自閉症スペクトラムの人たちにみられる過剰 適応的対人関係.精神科治療学,33(4),453-458. 2)厚生労働省(2019)平成30年度障害者雇用実態調査結果 3)梅永雄二(2017) 発達障害者の就労上の困難性と具体的対策― ASD者を中心に―.日本労働研究雑誌,685, 57-68. 4)Spencer,L.M.,& Spencer,S.M.(1993) 梅津祐良、成田攻、横山哲夫訳.コンピテンシー・マネジメントの展開[完訳版].生産性出版. 【連絡先】 川端 奈津子 群馬医療福祉大学 社会福祉学部 e-mail:n-kawabata@shoken-gakuen.ac.jp p.216 テーマ13 高次脳機能障害・難病・若年性認知症 札幌での社会資源の少ない国家公務員における高次脳機能障害者の復職支援~B型事業所が行った復職支援の1例~ ○伊藤 裕希(特定非営利活動法人コロポックルさっぽろ 就労(準備)支援コーディネーター) 内田 由貴子(脳損傷友の会コロポックル) 尾崎 聖(相談室コロポックル) 土谷 規子・比内 啓之(就労継続支援B型事業所クラブハウスコロポックル) 1 はじめに 休職中の就労系障害サービス(以下「福祉サービス」という。)の利用に関しては、平成29年3月に出された厚生労働省の報酬改定Q&A1)に記載されている3要件(以下「3要件」という。)により全国的に支給決定が認められる事となった。北海道では支給に関しては統一性が無く、2019年に道内の自治体に調査した時には休職期間中に福祉サービスの申請をした場合、支給決定をする(検討する)と回答した自治体は道内全体の63%となっている。この支給要件に関して現在札幌市は令和2年2月に3要件を受け2つの要件2)に該当すると支給決定する事としている。    このように支給要件があったにせよ、依然として休職中の福祉サービスの利用に関しては、自治体によって支給決定に統一性がなく、必要な時期に支援が提供出来ない状況がある。また、(国家)公務員(以下「公務員」という。)は雇用保険法の適用対象外のため、原則的に地域障害者職業センター(以下「職業センター」という。)や就業・生活支援センターの利用が出来ないため、復職時に関わる社会資源に限りがある。 本事例は公務員であり受傷後、職場が就労継続支援B型事業所の復職支援介入を認めたケースで、休職期間中の本人の精神的な変化に合わせて支援した過程を、事例を通して報告する。 2 事例概要 事例の概要を表1~2に示す。 表1 事例概要 表2 評価 退院後、自宅療養しながら一人で復職に向けて訓練をしていたが、焦りから鬱症状になり、本人と妻で相談室コロポックルに来所される。事業所に関しては事前に移行支援事業所にも見学に行かれる。見学先より公務員の休職中の福祉サービス利用の申請に関して問い合わせるも、現時点では医療機関のリワーク支援があることから市より福祉サービスの利用が認められず、支給決定は困難であると情報提供を受けている。 福祉サービスの申請をするまでの間、就労継続支援B事業所 クラブハウスコロポックル(以下「クラブハウス」という。)の体験利用(週1回通所)を実施した。当事業所の体験利用から休職期間中の復職支援についての必要性をまとめたものを、相談室から市へ提出している。 市からの回答として、福祉サービスはB型のみで工賃を伴わないという条件で支給決定が認められ、クラブハウスの利用を平成X年+1年5月から開始している。 3 支援課程 (1) 利用初期:平成X年+1年5月~ 利用当初は授産活動よりも余暇活動に重点を置き、他当事者とコミュニケーションを取りながら、医療機関のリハビリと違った日常生活での活動を中心に支援の提供を行った。漢字の読み・書き、語想起に関して障害が残っているものの、他者とのコミュニケーションは良好な関係を築くことが出来、積極的に関わっている様子が窺えた。 徐々にクラブハウスの環境に慣れる中で、コミュニケーションでは当初、執拗に関わってくる利用者には上手く対応が出来ていたが、利用3カ月頃に我慢が出来ず大きな声で注意をする場面があり、振り返りの中で「(受傷してから)以前に比べてカッとしやすくなった。怒りっぽくなって我慢が出来なくなった。思った事がすぐ出てしまう。」と話されている。   フィードバックをする中で、自身の障害を客観視することになった事とそれを一人で解決しようとする姿勢が見られるなど、新たな気づきから鬱症状に陥ってしまう事が想定された。また、自身の気づきの他に見通しの立たない状況で復職が出来るのか、といった強い不安や混乱する様子が見られていたため、フィードバックの中ではあえて支援 p.217 者から助言をせず、傾聴し本人に寄り添うことに重点を置いた。また本人の復職支援にあたり、本人が利用可能な社会資源に限りがあるため、早い段階から外部機関との相談体制を整備している。職業センターに相談した他、北海道労働局にも相談し、官公庁の復職支援に関して助言を頂いている。 (2)利用中期:平成X年+1年10月~ 復職に対しては強い気持ちがあるものの、見通しの立たない不安や焦りから苛立ちながら過ごす事が目立ち、徐々に余暇活動に対して消極的になる。本人は復職が困難だった時は再就職も視野に入れていたため、当事業所と他の移行支援事業所との当事者交流会の参加を促し、障害者の就労に関して理解を深めている。再就職では公務員以外の業務で何が出来るのかわからないと不安が強かったため、企業体験実習を視野に入れながら調整する事とした。 また授産活動に対しては元の仕事である事務系の業務から離れた内容だったため、本人から別作業の希望がある。本人の希望に添った、より実践的な作業体験を提供するため、行政から委託されている企業体験実習事業に問い合わせ、休職中に実習制度を利用出来ないか問い合わせるも、復職を前提としている事と公務員である事から制度利用が困難だった。 そこでより実践的な訓練を提供するため、当事業所職員の業務の中から他利用者へのプライバシーに配慮し簡単な業務の切り出しを行った。他利用者にも配慮するため、実施時間を授産活動と分け、他利用者との関係を崩すことが無いように場所への配慮も行った。 市と移行支援事業所の利用に関して協議し、利用が認められる。またそれと並行し、本人といくつか移行支援への見学を実施するも、環境・訓練内容と馴染めず、「訓練はどこまでやっても訓練でしかなく、リアル(実践的)ではないからこのままでいい。」という本人の意見からB型として復職・再就職の支援を提供する事とした。 (3)利用後期:平成X年+1年12月~ 復職先より傷病手当金に関して書類が届き、3年間の有給休職期間のうち、標準報酬月額により傷病手当金が遡って支給される事になったため、無給期間が発生するとの事。そのため、復職先より今後の方針について面談を実施する事となる。また、家族会と連携して、家族面談を平行して実施している。 復職先との面談では、一番実践的な環境でどれくらい業務が可能か本人と職場に知ってもらう事と職場現場での働き方を体験出来るよう、リハビリ出勤(以下「リハ出勤」という。)を提案している。復職先の反応としては鬱病等のメンタルによるリハ出勤の経験はあったが、他障害のリハ出勤は前例がなかったため、導入に関しては消極的だったが、給料が発生しない、労災が発生しない事を条件に導入を認めた。役職者のため、復職後どのような立場で戻るのかは本人のリハ出勤やクラブハウスでの活動を見て判断するとの事だった。 (4)リハ出勤:平成X年+2年2月~ リハ出勤を開始し、本人と担当者とそれぞれ情報共有しながら平成X年+2年4月から復職となる。リハ出勤をして漢字が読めない事が仕事でどのように影響するのか分かり、本人も復職後のイメージが持てたと話された。当初のプログラム通り、スタート時には時間を短く設定し、徐々にフルタイムで勤務が出来るように時間調整を行う。その後、復職時の発令では役職付きで配置転換となり、復帰を果たしている。 4 まとめ・考察 本事例では復職支援をしていく中で、利用時期によって本人が不安と感じる事が変わり、混乱が生じる場面が多かった。本人が自身の障害を客観視した事や新たな障害への気づきをすることによって生じる強い精神的な負担を軽減するため、本人に寄り添うような傾聴を意識した。傾聴に関して伊藤智樹氏4)は”混乱の渦中にいる人にとって、ただ聴いてもらえることが値千金の意味を持つ”という事から、助言をするのではなく、本人に合った傾聴が出来た事も精神的な変化に合わせた支援が出来たと思われる。 傾聴以外の支援では当事者が課長職であり主な業務の内容が管理職業務であるため、利用途中から本人に合わせた訓練が必要となった。復職時の業務内容と作業所の授産活動に大きく差があったため、提供した余暇活動と授産活動に対して消極的になり、見通しの立たない不安・苛立ちが強くなったと思われる。そこでよりリアルな業務の切り出しを行い、本人自身が自分の能力を見つめ直す事で、本人自身を知るきっかけになったと思われる。また、復職支援の場合には本人の不安と感じる事象が短期間で変化する事から、それに合わせて柔軟に向き合っていくことが重要だといえる。 【参考文献】 1)平成29年度障害福祉サービス等報酬改定について,平成29年度障害福祉サービス等報酬改定Q&A, 2)休職中の高次脳機能障害者に対する就労移行支援サービス利用に関する全道調査報告書より 3)令和2年度札幌市障害福祉課 障害福祉サービスQ&Aより 4)水津嘉克 伊藤智樹 佐藤恵:支援と物語の社会学p.133-169,2020 【連絡先】  伊藤 裕希 特定非営利活動法人コロポックルさっぽろ e-mail:koropokkuru@mail.goo.ne.jp p.218 失語症者の復職支援における会話支援アプリの活用可能性の検討~聴覚障がい者向け会話支援アプリ「こえとら」活用事例から~ ○加藤 朗 (名古屋市総合リハビリテーションセンター 就労支援課) 有光 哲彦(株式会社フィート) 1 はじめに 名古屋市総合リハビリテーションセンター(以下「当センター」という。)は、医療部門と福祉部門を併せ持ち、一貫した医療福祉サービスを提供している。当センター就労支援課では、訓練施設内に模擬的な職場環境を構成し、職業準備訓練を実施している(就労移行支援事業:定員46名)。 これまで、3名の失語症者(発語失行を伴う中重度の運動性失語、重度のウェルニッケ失語、中等度運動性失語・特に重篤な喚語困難あり)に対し、復職支援過程で、聴覚障がい者向け会話支援アプリ「こえとら」を導入し、その実用性を確認した。 失語症のある人は、そのコミュニケーション能力が、就労の大きな阻害要因となることは論を待たない。実際、失語症の程度によっては、担当業務が、言語操作を伴わない単純作業に限定されがちである。逆に言うと、コミュニケ-ション能力の改善が進めば、その分だけ、就労可能性(職務の幅)は、広がることになる。 職業復帰を目指す失語症者は、ほとんどの方が「もっと話せるようになりたい」「昔のように、仕事がしたい(言語操作を伴わない単純作業ばかりではなく、事務仕事もやりたい)」「もっと、言語訓練をしたい」と訴える。 筆者が、失語症者の職業準備訓練から就労後の定着支援過程まで、長期的に失語症者の経過を観察していると、年単位で徐々に発語がスムーズになる等、実用的コミュニケーション能力の改善を実感する事例も多い。 失語症のある人が「もっと言語訓練をしたい」と訴えるにも関わらず、保険診療上の制約等で、やむを得ず言語訓練を終了せざるを得ない現状がある。一方で、この訓練ニーズに対して、近年のICTの進展を活用し、自主訓練の機会を創出する可能性が生まれている。iPad上で動作するActVoiceSmartに代表されるような失語症者向けの言語訓練機器やアプリも開発されている。また、近年コンピュータのOSに標準搭載されるようになった音声読み上げ機能は、視覚障害者だけでなく、「呼称」や「音読」に困難を抱える失語症者にとっても、有益と考えられる。 本稿では、いくつかの「こえとら」導入事例を報告し、会話支援アプリが失語症者の実用的コミュニケーション能力の向上に寄与する可能性について検討する。 2 聴覚障がい者向け会話支援アプリ「こえとら」 「こえとら」とは、聴覚障がい者が、手話や筆談を用いることなく健聴者とのコミュニケーションを実現するスマートフォン向けに開発されたアプリである。「こえとら」は、国立研究開発法人情報通信研究機構の研究開発による“音声”を“文字”に変換する音声認識技術と、“文字”を“音声”に変換する音声合成技術をベースに開発されている。「こえとら」の基本的な機能は、以下の通りである。 ・相手が話す音を認識して、文字に変換することができる。(健聴者が話しかけ、聴覚障がい者が「こえとら」の文字を読むことで、コミュニケーションが成立する) ・入力した文字列を、音声再生(読み上げ)することができ る。(聴覚障がい者が新たに入力するか、あらかじめ登録さ れている文字列を再生し、その再生音を健聴者が聞くこと で、コミュニケーションが成立する) ・生活シーンに合わせて、定型文が用意されている。 ・ユーザーが、自由に定型文を登録することができる。 (この機能で、自分専用の単語帳を作ることができる) ・スマホ内のホワイトボードに、絵や文字を描くことができる。(言葉で表現が難しくても、図で示せる) ・Wi-Fi環境がなくても、動作が可能である。 ・無料でダウンロードできるので、気軽に試用できる。 以上のような特徴のある「こえとら」は、聴覚障がい者だけでなく、失語症者の言語訓練場面や日常の言語機能の代替手段としての活用が期待できる。 3 就労現場における「こえとら」活用の試み (1)実用的コミュニケーション能力改善の処方箋 仕事を進める上で、報連相や社内コミュニケーションは、必須である。「聞く」「話す」「読む」「書く」に困難を抱える失語症者が、少しでも使える単語やフレーズが増えることは、仕事をする上でプラスである。従って、職場からは、常に、言語機能の改善が要請されることになる。 実用コミュニケーション訓練では、現場で使う言葉の疎通が良くなることを目的とし、適宜絵カードやメッセージカードなどの代替手段を検討しつつ、ターゲットとなる単語や定型句を選定して口頭表出や書字表出を促通する訓練 p.219 を行う。就労現場においては、職場のオアシス、仕事名、社員名、お得意先の名称等、業務上よく使う用語やフレーズはほぼ特定されており、優先順位をつけることが可能である。職場における元々の高頻度語を、訓練のターゲットとして選定することが可能である。 これまで呼称や書字ができなかった単語が、反復練習の結果、使えるようになると、達成感を得られる。小さな達成感を得た後は、練習するターゲットの単語を少し増やして、反復練習を続ける。このように、スモールステップの積み重ねを年単位で粘り強く続けることが、効果的である。 「これまで発語できなかった単語が発語できるようになる」だけでなく、必ずしも発語に至らなくても、見て、聞いて理解できる単語が増えることは、就労場面で、有益である。よく使う単語になじんでおくことは、脳疲労の低減にも繋がる。 以下、実際の「こえとら」の活用事例を報告する。 (2)こえとら活用の実際:挨拶・職場のオアシス 職場での困り事:挨拶ぐらいはして欲しい。(職場より) その対応:「お早うございます」「ありがとうございます」「失礼します」「すみません」などの職場のオアシス、「教えて下さい」「書いて下さい」等報連相に関すること、「貸して下さい」「返却します」等の物品の貸し借りに関する用語を登録し、復唱練習を繰り返している。 結果:一部の挨拶(定型文)が発語しやすくなった。 (3)こえとら活用の実際:社員名の呼称 職場での困り事:社員名を呼んで欲しい。(職場より) その対応:「〇〇支店長」「〇〇センター長」「〇〇課長」「〇〇さん」「〇〇君」などの社員名を登録し、日々復唱練習を行っている。 結果:文字と音(読み)の繋がりが強化された。スムーズに発語できる社員名が増えつつある。 (4)こえとら活用の実際:緊急時電話連絡 職場での困り事:単身生活の失語症者が、自宅から会社に電話をして、「体調不良でお休みします」という連絡を入れようとするが、「〇〇です。」の第一声が発語できず、無言電話になってしまった。緊急時の電話は、失語症者にとっては、緊張場面であり、普段出る言葉も出にくい事が多い。電話を受けた職場では、相手が誰か分からないので、「どちら様ですか?」と聞くが、無言電話が続き、電話を切った。結果として、電話では用件が伝わらない。 その対応:事前に「〇〇です。体調不良でお休みします。」等の緊急時メッセージを登録しておく。実際に体調不良時には、固定電話で、職場に電話が繋がった後、スマホの「こえとら」を起動し、緊急時メッセージを再生する。電話を受けた社員は、電話をかけてきたのが、失語症のある社員だと分かれば、その後は、Yes/No質問で、病状や今後の予定等を、さらに詳しく探ることが可能となる。 (5)こえとら活用の実際:郵便料金の聞き分け 職場での困り事:郵便物の重さを量り、郵便料金を決めるが、よく使う140円と220円が聞き分けられない。 その対応:140円と220円を登録し、文字を見ながら「ひゃくよんじゅうえん」「にひゃくにじゅうえん」の再生音に耳を傾け、聞き分け練習を繰り返している。耳になじむことで、指示伝達のエラー低減に繋がることを期待している。 結果:現状、文字の識別はできるが、聞き分けは難しい。 4 考察 社内での報連相で使う定型句のいくつかをリングで綴じられた英単語カード形式に記入しておき、「終わりました」等のカードを示して、発語しにくい定型句を代替することがよく行われる。この機能は、「こえとら」に定型句を登録することですぐに置き換えることが可能である。 「こえとら」に登録した定型文は、いつでも、どこでも、隙間時間でも利用でき、訓練機会が増えることになる。 また、テキストを読み上げる機能は、呼称が苦手な失語症者にとって、決定的に重要で、「こえとら」のような会話支援アプリの単語カードに対する優位性の一つである。 本報告では、「こえとら」の導入事例に絞って紹介した。これとは別に、携帯のボイスメモを使い、復唱ができない、メモが書けない失語症者が、社員Aのメッセージを社員Bへ伝達するメッセンジャーとして機能する事例もある。 失語症者にとって、会話支援アプリは、言語機能を補完し拡張する「自助具」であり、「生活の道具」に成り得る。「ST」や「就労支援員」等、失語症者の身近な支援者は、会話支援アプリの導入の可能性を、一度は検討して欲しい。 【連絡先】 加藤 朗 052-835-3692 kato-a@nagoya-reahab.or.jp p.220 高次脳機能障害の方の復職支援に向けた取り組みからわかる札幌市の現状と今後の展望 ○角井 由佳(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ札幌 就労支援員) 伊藤 真由美(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ札幌) 濱田 和秀(特定非営利活動法人クロスジョブ) 1 はじめに 高次脳機能障害(以下「高次脳」という。)の方の復職支援は働き方改革の柱であると言える。2017年より、復職支援を目的とした就労系サービスの利用が条件下で可能となったが、2019年の時点では札幌市では依然休職中で復職を予定している人の就労移行支援事業所の利用は許可が下りない状況であったことは去年報告した。昨年、札幌市での復職支援実現に向けて取り組み、高次脳の方の復職に向けての支援のニーズが高いことが多方面から証明することができ、2020年2月より札幌市でも条件を満たした場合、就労移行支援事業所を利用が可能となった。今回、取り組み報告と、考えられる現状の課題を考察し、復職の拡大に向けて、今後の展望について報告する。 2 復職支援実現に向けた取り組み内容 (1)医療機関とのアンケート調査の実施 北海道ソーシャルワーカー協会(以下「MSW協会」という。)の協力のもと、アンケート調査を実施した。MSW協会に所属しているソーシャルワーカーを対象に、復職を目指す高次脳患者の事例をもとに質問に答える形式となっている。高次脳患者の対応経験の有無の他、復職支援に向け必要だと思うサービスなど、計16個の質問内容を用意した。現在統計中であるが、回答内容として「医療機関(回復期リハビリなど)での支援よりも医療機関以外(相談室や就労系サービス)の支援が必要と感じる」といった回答傾向が多く見受けられた。 (2)リワーク支援の実態調査 札幌市によれば、復職の見込みのある求職者に関しては、リワーク支援の利用を推奨すると言われていた1)。リワーク支援の実際の支援内容や高次脳の方の受け入れ状況などを知ることを目的に、札幌市でリワーク支援を実施している事業所に実際に訪問し見学、情報共有を行った。結果、『集団プログラムへの参加の難しさ』『企業への訪問や調整の困難さ』などが共通の情報として挙げられた。また、『高次脳の利用相談が少ない』という声も聞かれた(表)。 (3)多方面からのアプローチ 連携をしている各機関に問題提起を行い、同じ意識のもと、各関係機関からも市へのアプローチを実施。高次脳への支援を特化して活動している就労継続支援B型事業所の 表 リワーク支援機関での情報一覧 職員からは、同じように休職期間中の高次脳の方の事例を通して改めて市へ相談を実施。 また他事業所、当事業所から市議会議員へ、高次脳の特色から考えられる企業との密な調整の必要性や復職支援の希望が多く聞かれていることを多方面から呼びかけを実施した。 就業・生活支援センターからも北海道の市への声掛けを実施していただいた。 3 結果 札幌市の検討の元、2020年2月21日付けで改訂となり、『原則、就労支援機関や医療機関等の復職支援を利用とするが、就労支援機関や医療機関等の復職支援における対象者要件に該当しない等の理由により、復職支援を利用できない方については、条件を満たす場合、個別に就労移行支援等の利用を認める』とされた。 なお条件については①企業及び主治医が、事業所の提供する復職支援を受けることにより復職することが適当と判断する場合(企業及び主治医からの書面提出を要す)。②復職支援を実施することで、より効果的かつ確実に復職につなげることが可能であると判断できること(復職支援の具体的内容資料を要す)とされている2)。 4 取り組みから考える札幌市の現状の課題 (1) 企業 -復職モデルの少なさ- 今年度より高次脳の方の復職支援として就労移行支援事業所の利用が可能となったが、現状で受傷・発症後に復職を果たした事例が少ないことが挙げられる。そのため、企 p.221 業側としては対応方法や雇用管理方法、障害への知識についても手探り状態となることが考えられる。徐々に高次脳機能障害という診断名自体は認知されてきているが、依然「わかりにくい障害」「難しい障害」というイメージを持たれやすい現状にあり、復職に向けて抵抗感や不安感から躊躇に至りやすいことが考えられる。企業側の障害理解の促進や雇用管理の明確化を示していくことで、企業側の受け入れ体制も整い、より安定した復職実現を可能にすることが出来るのではないかと考える。 (2)医療 ア 社会参加に対しての判断の困難さ 受傷・発症から復職までの道筋が非常に重要となる高次脳の方にとって、医療機関は重要な役割を担っている。しかし、症状や重症度も個別性が高い高次脳の方にとって、どこまで社会参加が可能となるのか、はっきりとした基準がない分、退院後の方向性を定めにくいことが考えられる。そのため、加えて病識の欠如もあるため、復職を含めたその方の社会参加へのゴール設定を描きにくい現状にあるのではないか。 イ 地域サービスの認知不足 上記の取り組みを行っていく上で、高次脳患者を対応している医療側の職員(医師、看護師、ソーシャルワーカー、リハビリスタッフなど)までに、地域で使えるサービス機関の存在周知にまで至っていないことが考えられた。例年入院期間が短縮していく中、退院後に利用可能なサービス機関を認知してもらうことで、より実現的かつ効率的な復職が可能となると考える。退院後のその後を追うことが難しい医療機関にとって地域サービスを利用することにより役割分担を行いながらの支援が可能となるのではないか。 (3)地域 -高次脳の障害理解の乏しさ- 毎年行われる、就業・生活支援センターが行っている就労移行支援事業所の調査報告によると、例年徐々に拡大傾向ではあるが、発達障害、精神障害者と比べ高次脳の受け入れをしている事業所は依然少ない(図)。 図 2019年度札幌圏就労移行支援事業所利用可能障がい種別の状況 先にも述べたが、個別性が高く、また見えにくい障害である高次脳は、支援が難しいという漠然としたイメージを持たれる事業所が多いことが可能性として挙げられる。 高次脳の復職を目指すうえでは、受傷・発症後の自分と向き合い、自己理解を深める時間が重要となる。自己理解を深めるために一定の時間や時に個別的な関わりが必要となるため、期限が限られている障害者職業センターや個別性に富んだプログラムの立案が比較的難しいリワーク支援には限界があることが今回の調査でわかった。その分2年という期間の中で関わることが出来る就労移行支援事業所の存在は復職実現をする上で重要な役割があると考える。そのためにも、地域支援に携わる支援員の高次脳機能障害という障害理解の促進が求められると考える。 5 今後の取り組み それぞれの側面から現状考えられる課題について考察した。すべての項目で共通として挙げられることは周知活動の必要性かと思われる。 就労移行支援事業所の活動内容についての周知活動はもちろんであるが、企業や地域にて支援を行っている方々を対象に、高次脳機能障害についての理解を深めていく取り組みが必要と考える。 そのためにも、高次脳の方の受傷・発症から復職、復職後働き続けるまでの道筋を支援し、事例を通して示していくことが私たちが行っていくべき役割であると考える。高次脳の方の『復職』という希望の実現に向け、今後休職中の方の復職支援に積極的に取り組んでいきたい。 【参考文献】 1)札幌市保健福祉局『就労系サービスに関する手引き(Q&A集)』,(2017). 2)札幌市保健福祉局『就労系サービスに関する手引き(Q&A集)』,p20(2020年2月). 【連絡先】 角井 由佳 就労移行支援事業所 クロスジョブ札幌 e-mail:kakui@crossjob.or.jp p.222 極度の易疲労性を呈した高次脳機能障害のある方の復職支援の一事例 ○田中 淳子(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ鳳) 辻 寛之 (特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ阿倍野) 1 本報告の目的とその背景 全国の高次脳機能障害者数は約50万人いると推定1)されている。高次脳機能障害の原因は、脳卒中や交通事故などの脳損傷が多い。とりわけこれまで熱心に働かれてきた方が脳卒中に、また若くしてこれからだという方が交通事故で後遺症として高次脳機能障害になる場合が散見される。働き盛りの世代に多くみられることから就労支援ニーズが高まる一方、就労支援における優先すべき研究課題の上位には「家族に対する支援」や「高次脳機能障害の理解や啓発活動」が上がっており2)、就労支援ニーズへの対応や取り巻く環境は不十分である。 2017年度から休職中の方の就労移行支援事業所の利用が可能となり、当法人においても休職している高次脳機能障害者の復職支援に取り組んでいるが、今後さらにニーズが高まると考えられる。そこで本報告では一事例を通じて、家族や企業との関わり方や、本人や周囲への障害理解への促進にも焦点づけ、今後の高次脳機能障害者の復職支援の課題について検討していく。 2 事例の紹介 (1)対象者 本人、ツヨシさん(仮名)は妻、子どもの4人暮らしをしている。食品メーカーA社の研究職として勤務していた。 (2)発症からクロスジョブ利用までの経緯 X年より多発性脳梗塞を発症し、1回目の休職をする。高次脳機能障害の診断、極度の易疲労性、睡眠障害がある。職業センターリワークプログラムにより一旦復職をするが、被害妄想を発症し、約1年で休職する。会社には不信感があり、復職に不安があった。再び働くことを目指して、X+4年よりクロスジョブを利用開始するが、この時点で復職まで期限5ヶ月に迫っていた。 3 クロスジョブの訓練プログラム (1)訓練から見えてきた特性 作業面では同時処理(仮名を並べて文章を作ることに時間がかかる)や遂行機能面(書類の分類の基準がわかりづらい)で困難さがうかがえた。作業の手順は繰り返すことで定着した。睡眠障害があり、常に眠気がある状態で作業に取り組んでいた。易疲労性のため、目が疲れやすい、動きがゆっくりしている、頻繁にため息をつく、椅子からずり落ちるような姿勢で座ることなどの様子が見られた。本人からは「クロスジョブに来るのがやっと」という振り返りがあった。 (2)訓練での配慮 以上の訓練でのアセスメントを元に、易疲労性について以下のように対応・配慮した。 表1 訓練における易疲労性への配慮 (3)高次脳グループワークの参加 ツヨシさんは高次脳機能障害者を対象にしたグループワークに5ヶ月間で17回出席し、障害に関する知識を得る、他利用者の実習や就職活動の経験を聴くことで、新規就労に向けた現状を知り、自己理解を進めた。これにより理想と現在の自分、新規就労ではなく、今の会社への復職の方が行いやすいこと、障害をオープンにして働くことのメリットに気づく機会となった。 4 復職に向けた企業、家族との関わり (1)企業・家族との面談スケジュールの概要 復職期限が3ヶ月後に迫る頃から復職に向け、妻同席の家族面談を4回設けた。また同時並行で企業とともに妻も交え、復職プランを検討する面談を2回実施した。 表2 家族・企業との関わりのスケジュール p.223 (2)家族(妻)との関わり 妻は、ツヨシさんが1回目の復職時にて再度休職に至ったこともあり、2回目の復職に向けて、会社の対応やツヨシさんが仕事を続けられるかどうかについて不安があった。妻の不安は本人の不安に影響があるため、就職に向けて不安が解消されるようメール、電話、面談で頻繁に情報共有を行った。 (3)障害についてオープンにすることへの迷い 会社との1回目の話し合いに向け、家族面談を2回実施。本人・妻共に障害者手帳を取得していることを会社に開示することに躊躇したが、支援者からは障害についても全てオープンにすることのメリットを説明した。 (4)雇用条件のすり合わせ 会社との1回目の話し合い後、A社で長く働きたいという希望から本人・妻ともにオープンで復職することを選択する。会社との2回目の話し合いでは、具体的な雇用条件についてすり合わせていった。週20時間未満で契約社員としての勤務のため、会社にとっては障害者雇用率を度外視した雇用契約であったが承諾された。 (5)会社内で障害について説明する機会を得た A社担当者の提案により、会社内で高次脳機能障害の症状・概要、本人の訓練内容や様子、障害特性、対応方法について説明する機会を得た。 5 復職から現在までの経緯 (1)勤務形態 復職は週2日1時間半勤務からスタート、3ヶ月後には週1日を2時間半に延長した。本人の易疲労性を鑑みて勤務時間を伸ばしていく予定だが、現状でも疲労があり、かつ本人もしばらくは現在の勤務時間を希望している。会社の担当者も本人の希望を優先します、と理解を示している。 (2)業務内容と支援 業務は主に期限がゆるやかな事務補助作業(スキャン、ファイリング、パンフレット差し込み等)に取り組んでいる。スピードはやや遅いものの、取り組めている。段取りが非効率的なことがあるが、効率のよい手順を説明すると以後はその方法で取り組めている。 (3)本人・家族・会社との関わり 職場訪問は、フォローアップ期間の約半年は月2回、以降は月1回実施している。訪問時に本人や家族からの質問・要望を会社担当者に伝え、また、普段の本人の業務取り組みの様子を会社担当者から聞き取り、家族に伝えるなどし、双方の不安を解消し、安心して本人が勤務できるよう情報共有に努めている。 6 考察 (1)本人の気づきと折り合い ツヨシさんは正社員を希望していたものの、今の会社で働きたいという希望を最優先し、契約社員への変更を受け入れ復職し、現在まで継続勤務している。このように折り合いをつけることができた理由として①本人の働きたいという気持ちが明確だった、②訓練で自身の易疲労性に気づけた、③高次脳グループワークで知識的気づきを得て、訓練・面談で経験的気づきへと繋がり、そこから会社内での予測的気づき3)に発展した、④本人・妻・支援者の面談や、会社との面談を重ねることで条件整理や双方の意向が共有できた、⑤復職期限が迫っていたことが挙げられる。また、ツヨシさんには復職まで5ヶ月という短期間で、このような「自己の気づき」4)を得る意欲や認知機能がある程度備わっていたと思われる。    (2)高次脳機能障害の理解への重要性 ツヨシさんの障害をオープンにできるようになったことで会社に高次脳機能障害について説明し、職場の方々に障害理解を促す機会を得られた。このことによって実際に職場での配慮があり、本人の不安や負担を軽減する環境づくりができたことで継続した勤務へと繋がっている。 7 結論 今回、本人、家族との定期的な情報共有と意見交換の場を持ち、その時々で変化する本人の気づきのレベルに応じた面談を実施すること、またその内容を本人同意のもと企業側にも情報共有を行うことがスモールステップでの復職支援に重要であることが見えた。本人、家族、会社との話し合いの場を持つ中で生まれる3者間の安心感や信頼関係の構築とその継続は結果として「家族支援」や「周囲特に企業への啓発」に繋がり、今後の高次脳機能障害者の就労支援においても重要になってくると考えられる。  【参考文献】 1)渡邉修・山口武兼・橋本圭司・猪口雄二・菅原誠:東京都における高次脳機能障害者総数の推計,日本リハビリテーション医学会誌 46(2),p.118-125,(2009) 2)北上守俊・八重田淳:高次脳機能障害の就労支援で解決すべき課題に関する予備的研究,新潟リハビリテーション大学紀要7(1),p.27-32,(2018) 3)岡村陽子・武藤かおり:高次脳機能障害のセルフアウェアネスと心理的ストレスの関連の検討,専修人間科学論文集 心理学編4(1),p.1-9,(2014) 4)立神粧子:前頭葉機能不全その先の戦略 Rusk 通院プログラムと神経心理ピラミッド,医学書院(2010) 【連絡先】 田中 淳子 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ鳳 e-mail:tanaka@crossjob.or.jp p.224 急性期から維持期のリハビリテーション専門職ができる復職支援-理学療法士と社会福祉士の視点からの考察- 〇宮城 麻友子(医療法人清仁会 洛西シミズ病院 理学療法士) 石田 俊介・田村 篤(医療法人清仁会 洛西シミズ病院) 1 はじめに 回復期リハビリテーション病棟の理学療法士としてリハビリテーション(以下「リハビリ」という。)に関わる中で最終目標が復職となる事は少なくない。その中で脳血管疾患の患者については、年齢別にみると60歳代、70歳代につぎ、50歳代、40歳代の順に発症者が多く、働きざかりの労働者も多い1)。しかし、彼らは脳血管疾患の後遺症、患者・家族の希望の変化などで復職に至らないケースもある。佐伯らは、脳卒中患者の高齢化・重度化、非正規雇用労働者などの労働態様の変化は脳卒中患者の復職に多大な影響を与えており、若年脳卒中患者の復職率は過去20年間、40%に留まっている2)としている。 そこで当医療法人において理学療法士(以下「PT」という。)、作業療法士(以下「OT」という。)、言語聴覚士(以下「ST」という。)、社会福祉士に対し、復職を目標とする患者に関するアンケートを実施した。この結果から療法士と社会福祉士が復職支援に関して留意すべきことについての考察を報告する。 2 調査方法 当医療法人所属の療法士200名(PT:138名、OT:41名、ST:21名)、社会福祉士8名に以下のアンケートを実施した。 ①退院後、就労に関するサービス利用をした者の有無と、そのサービス名(公的機関を含む) ②最終目標が復職であったが至らなかった原因 3 結果 療法士144名(PT:99名、OT:34名、ST:11名)、社会福祉士8名からの回答を集計した結果、サービスを「利用した」と答えた数は全体の22.5%(回答者に対し2人以上該当する患者がいても回答した人数で表示)であり、利用したサービスは表1-1、1-2の通りである。 最終目標を復職とした患者がいた割合は全体の19.2%であり、「復職に至らなかった原因」として「高次脳機能・身体機能障害後遺症」が最多で15.2%であった(表2-1、2-2)。 表1-1 社会福祉士の回答結果 表1-2 療法士の回答結果1 表2-1 社会福祉士の回答結果 表2-2 療法士の結果 p.225 4 考察 「退院後、就労に関するサービス利用をした者の有無と、そのサービス名」に関しては高次脳機能障害者支援センター、ハローワークなどの行政機関の利用が目立った。しかし、障害者総合支援法における障害福祉サービスの利用は就労移行支援事業所1人のみであった。その理由として、障害者総合支援法のサービスを利用するには身体障害者については身体障害者手帳の所持が前提3)であり、手帳取得については脳血管疾患患者においては発症から半年後とされている4)ため入院期間(150~180日)5)内に障害者手帳の申請まで至らず障害福祉サービス利用へ繋がっていない可能性が考えられる。身体障害者手帳の申請については主治医の判断により3か月で可能な場合もあるので、患者の状態に応じ主治医を含めた連携が必要である。 また、「最終目標が復職であったが至らなかった原因」の結果については「高次脳機能・身体機能障害後遺症」が全体の15.2%と最多であった。佐伯らは復職するためには「何らかの仕事ができる(作業の正確性)、8時間の作業耐久力がある、通勤が可能である(公共交通機関の利用)」の3つが必要とされている6)としている。 これらのことから遂行機能などに関する高次脳機能障害、持久力低下、屋外移動手段の確立に至らず復職に繋がっていないことが考えられる。療法士としては日常生活動作に留まらず、急性期から早期に、職場の情報収集や、復職を想定した高次脳機能・動作能力の評価・治療を行い、獲得に繋げていく必要がある。そしてその結果をチームで共有し職場との連携に繋げていくことがチームアプローチであると考える。リハビリにおいて療法士は治療、訓練、検査、指導という側面で関わる機会が多いが、社会福祉士については相談、助言、関係者との連絡及び調整という観点で関わることになる。このことからも他分野での職種が関わる中で様々な視点からの介入ができることを強みとして目標を含めた患者情報・アセスメントの共有を行い、目標の達成に向けどのような介入が必要かを明らかにしていくことが重要である。 5 課題と今後の展望 今回は療法士、社会福祉士を対象に調査を行ったが回復期リハビリ病棟ではこの他、リハビリ専門医、看護師、栄養士がチームとして目標達成に向け取り組んでいるため、各職種からの視点を交えて復職を目指す患者に必要な支援を考えていく必要がある。また今回用いたアンケート内容は①「退院後、就労に関するサービス利用をした者の有無と、そのサービス名」、②「最終目標が復職であったが至らなかった原因」に留まっているが、支援を行う上ではそこに至るまでの過程も重要であり、今後様々なケースに活かしていくことも必要である。 今回の調査では、障害福祉サービスの利用が少数であったが、チームで支援を行う際は療法士についても必要な制度の知識を有して話し合い、患者が必要とするサービスの提案が重要である。そのためには回復期に限らずリハビリテーション科全体として制度の知識を深めていきたい。また、佐伯らは復職予定先の企業等との調整など様々なレベルでの対応が必要であり、医療福祉連携を超える高次の連携が必要となる7)としており入院時、復職が目標とされた患者に対して早期にチームとして復職先である職場との連携を図っていく体制を構築していきたい。 【参考文献】 1)労働福祉事業団体職業復帰問題研究会:職場復帰のためのリハビリテーションマニュアル労働調査:2000 2),7) 佐伯覚,他:脳卒中の復職の現状,第43回日本脳卒中学会講演シンポジウム,脳卒中 J-STAGE:1,2019 3)障害者の範囲,厚生労働省 4)地域リハビリテーション推進センターが所轄する要綱等,京都市身体障害者手帳に係る障害程度の再認定に関する要綱,京都市 5)個別事項(その5:リハビリテーション),中央社会保険医療協議会 総会 第365回:2017,厚生労働省 6)佐伯覚:脳卒中患者の職業復帰,日職災医会誌51:178-181,2003 p.226 クロスジョブ支援に基づく高次脳機能障害のある方への就労支援での気づき ○村上 可奈(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ阿倍野) 辻 寛之(特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ阿倍野) 1 はじめに 今回、特定非営利活動法人クロスジョブ(以下「クロスジョブ」という。)で高次脳機能障害のある方への就労支援に携わり、各々の就職活動の違いに注目した。事例比較では、クロスジョブ支援のフローチャートを用いることで、各就労準備期で得られた気づきや体験に差異がみられた。結果、各就労準備期にかかる時間や訓練内容について個人差が生まれている。上記を踏まえ、個別支援の重要性と共に共通して就職活動に必要となる部分の気づきを報告する。 2 クロスジョブの支援フローチャート クロスジョブでは就労支援の流れとして利用開始から就職、就職後までを第1期~第4期に分けて捉えている。 (1)第1期:暫定期間~本利用(2か月間) 安定して継続利用できるかどうかを判断する。2次障害や易疲労性など訓練の中での気づきを得る。 (2)第2期:実習期 障害特性の整理やサポートブック(自身の得手不得手や工夫している点、配慮が必要な点をまとめたシート)を作成する。職場体験実習を行い、企業からのフィードバックを基に更に自信と自己課題について整理する。 (3)第3期:就活期 自身で他者(企業)に障害特性を伝えられるように自己理解を深める。訓練もより実践的な内容に変更しながら就活へと結びつける。 (4)第4期:就職後 就職後に企業訪問等行い、業務内容や職場環境の調整を実施する。企業の中のナチュラルサポートを築く。 3 各事例の就職活動の流れ (1)Aさん(男性、30代) 療育手帳B1級、身障手帳5級、精神手帳1級を取得されており、事故による後遺症で高次脳機能障害を呈す。 高校中退後、しばらくして鉄工所で1年働く。その後、交通事故で外傷性脳損傷と診断受け、高次脳機能障害と左上下肢麻痺(軽度)が残る。地域活動支援センターに10年程通所されたが、働きたいという希望があり当事業所を紹介され利用となる。 その後、1年間利用されたが本人の周辺環境の変化やコロナの影響で病状が悪化し通所できなくなる。受給者証の1年更新期となり本人や関係支援機関と検討した結果、一旦中断となる(表1)。 表1 Aさん支援の流れ (2)Bさん(男性、50代) 精神手帳2級を取得。脳梗塞の後遺症により高次脳機能障害を呈す。梗塞部位は左レンズ核・尾状核である。 X年に工場勤務中、通常業務が出来なくなり病院受診する。脳梗塞との診断となり、入院する。退院後復職するが部下とのコミュニケーショントラブルや書類作成困難により退職する。高次脳機能障害専門外来のデイケアに通所し、紹介にて当事業所を利用開始となる。症状として失語症による聞き取りや表出の困難さが顕著に現われている。 デイケア利用中に自身の高次脳機能の特性についてある程度整理されており、訓練にも真摯に取り組まれていたため企業実習後すぐに就職となる(表2)。 4 フローチャートの比較 (1)第1期から就労準備の進み方に差が生まれる 就労に向けて準備をする期間において、生活基盤が出来ていることや精神状態がある程度安定している又はコントロールができることは就労への第一歩となる1)。 (2)第2期の期間の長さの違い 職場実習を行った後に企業からのフィードバックを真摯に受け、自身の実習を通じて体感した事も含めて整理することができるかが次のステップへ進めるかの判断となる。 就労移行支援事業所の利用期限の兼ね合いもあり、総合的な判断は必要だが、客観的な視点と本人の自己評価が大 p.227 表2 Bさん支援の流れ きくかけ離れていないことが重要である。 (3)雇用後のサポート 企業によって支援者に求められることが違うため、企業と定期的な情報共有を図ることが重要となる。今回は、企業と支援者で役割分担を行うことで総括的なサポートを実施でき、本人にとっても相談しやすい環境を整えられたのではないかと考える。 5 事例を通しての学び (1)中途障害の強みと弱み 当事業所を利用する方の中にも高次脳機能障害の診断のほか、様々な障害を併せ持つ方は少なくない。発達障害や知的障害を先天的に持ちながらも高次脳機能障害を受傷した場合、受傷前の状態が予想しにくいため自己理解の深まりがより一層困難となる。 その場合は、生活面でのサポートも必要な場合が多く訪問看護や相談支援等の福祉サービスの併用も含めて支援の見通しを立てなければいけない。支援が多いと本人への支援の統一性が崩れやすくなるため密な情報共有が必要不可欠となる。 一方、高次脳機能障害は中途障害として受傷する方が大半のため、社会経験が豊富な方も多い。一度一般企業に勤めている経験がある方は“働く”イメージがつきやすく、企業に求めることも折り合いが付きやすい印象がある。しかし、その経験が記憶として強く残っている場合、現在の自分の状態を認識することが困難となり自己理解を深めるブレーキになり得る可能性もある。 受傷前の経験が、どのように就労に作用するかは本人が、いかに“今の自分”と向き合えるかに大きく左右される。 (2)共通して就労支援に必要だと感じる事 ア 各支援期での課題をクリアしてから次に進む 各期で必要最低限求められる課題をクリアしていかなければ円滑には就職活動は進まないと考える。自己理解を深めるためのステップとして「知的気づき」→「体験的気づき」→「予測的気づき」と段階的な気づきを得ることで正しい自己認識が育まれやすい2)と言われている。 クロスジョブ支援においても同様の気づきを各段階で得ることで自己理解を深めていく。 イ 働く意欲の強さ 就労支援に通じて個人因子としては、就労意欲がとても重要な要素であると感じている。自己理解が足りない場合でも就労意欲が高い人は雇用に至るケースもある。 ウ 環境因子の影響 家族や支援機関との繋がりも大切である。信頼関係のある周囲の人の言葉が本人の舵取りを左右する場合も少なくない。支援機関、家族とは密な情報共有を行い統一性のある関わりを持つことで雇用後のフォローアップにおいてもぶれない支援を継続しやすい。 6 まとめ 高次脳機能障害と診断を受けても、障害部位や成育歴、生活環境の違いにより個別性が高い。よって、必要な支援も違い、就労準備の進み方も異なるため個別支援が必要不可欠となる。その中でも就労に至るまでには、共通して気づきを得る段階を踏んでいることに気づいた。 【参考文献】 1)相澤欣一.現場で使える精神障害者雇用支援ハンドブック,東京,金剛出版(2007),198 2)監:深川和利,編:稲葉健太郎 長野友里『高次脳機能障害支援の道しるべ(就労・社会生活編)-復職・新規就労から就労継続までライフイベント別生活サポートのヒント-』,株式会社メディカ出版(2008),p.26-31 【連絡先】 村上 可奈 特定非営利活動法人クロスジョブ クロスジョブ阿倍野(就労移行支援事業所) e-mail:murakami@crossjob.or.jp p.228 院内新規就労者に対する就労支援の取り組み~ワークサンプル幕張版を用いた職能評価と環境調整が有効であった一例~ ○石川 篤 (東京慈恵会医科大学附属病院 リハビリテーション科 作業療法士) 松木 千津子(東京慈恵会医科大学附属病院 リハビリテーション科) 安保 雅博(東京慈恵会医科大学 リハビリテーション医学講座) 1 緒言 当院では、人材派遣会社と連携を図り、各対象者に合った就労をサポートする独自の体制を構築し、第26回本発表会にて報告した。今回、当院の就労支援システムを活用し、派遣先での就労に至ったが、さらなるステップアップを目指し、当院の事務職に就職が決定した症例を担当する機会を得た。職場定着を目指し、就労前後を中心とした支援を実施し、良好な経過をたどったため以下に報告する。なお、発表にあたり本人より了承を得ている。 2 当院の就労支援システムについて 就労を希望する場合、まずリハビリテーション医の診察を受ける。医師による判断のもと、次に療法士による評価を実施する。その後、人材派遣会社とのカンファレンスが開催され、派遣先企業へ紹介となる。試用雇用後に企業へ転籍となるが、派遣中にうまくいかない場合は、別の企業に再挑戦することも可能となる。このシステムの特徴は、①人材派遣会社に籍を置くため、試用雇用時に給与が発生すること、②万が一、試用雇用中に困難が生じた場合にも離職は免れること、③医学的な視点でのサポートが可能な点である。課題点として、派遣会社と連携する際、職能評価が不十分である点、職場への小まめな支援が困難である点、指導係への支援が不十分である点などが挙がっていた。 3 症例提示 症例A(50代女性 右利き) 【診断名】脳出血 右片麻痺 失語症 【経過】X年、脳出血を発症(図1) 図1 MRI X+1年、上肢麻痺の治療目的で当院紹介受診となり、作業療法(以下「OT」という。)・言語聴覚療法(以下「ST」という。)を開始。就労支援では、人材派遣会社と連携を図り、デスクワークの仕事に派遣先が決定した。派遣社員を経て契約社員となり3年間従事した。業務はPCの入力作業を中心に行っていたが、通勤時間の問題と業務内容の負担もあり転職を希望した。X+10年、当院事務員(障害者枠)への就職を希望し、内定が決定した。そこで、OTにて詳細な職能評価の充実を図るためにワークサンプル幕張版(以下「MWS」という。)を用い、また指導係を含む職場の環境調整を開始することとなった。 (1)OT評価 心身機能・身体構造:重度右片麻痺(BRSⅢ-Ⅲ-Ⅲ)であり、書字やPC操作などは左手にて行う。高次脳機能面は、軽度流暢性失語を呈しており、錯誤の多い発話がみられた(表)。 活動・参加:ADL・IADLは自立しており、T字杖歩行にて公共交通機関の利用も可能であった。MWSでは、指示理解による正答率の偏りが見られた。正答率が高い項目は、質問を繰り返すため作業時間がかかる結果であった(図2)。また、作業工程が多い課題では精度が低下し、指示の出し方など工夫が必要であった。 環境因子:独居。身体障害者手帳1級。当院は高次脳機能障害者の雇用経験なし。 個人因子:元体育教師。前職のデスクワークでは、本人の苦手である数字を用いたPCの入力作業を行っており、周囲に聞きながら仕事をしていた。職場までの通勤時間は約1時間半程度。病前は社交的で人と接することを好んでいた。 (2) 評価のまとめ  仕事に対する意欲も高く、生活リズムの獲得もできていた。職能評価では、作業は丁寧であったが、指示理解の精度にムラが見受けられた。また、当院は高次脳機能障害者の雇用経験がなく、障害に対する周囲の理解を深めるとともに、指導係へのフォローアップが必要であった。 表 WAIS-Ⅲ結果 図2 MWS簡易版結果 4 OT介入 (1) 就労前の情報共有 就労前に当院の指導係と情報共有を試みた。主な内容は、①医学的評価結果の共有、②職能評価結果の共有、③個人特性の共有を行い、加えて、④高次脳機能障害についての一般的な症状と対応策の提示、⑤指導係が想定している業務内容の確認を行った。④については、指導係より「どの p.229 ような障害なのか分からない」との意見が聞かれたため、高次脳機能障害者に関する一般的な病状の説明を行い、理解を深めてもらった。また⑤に関しては、指導係が想定している業務内容をOTが実際に現場に出向き確認した。業務内容は電子カルテにスキャンされた書類に不備がないかを確認する作業を想定しており、作業速度を求められるものではなく、正確性が求められる仕事内容であることが分かった。現場で得られた情報をもとに模擬練習を行った。 (2)就労後のフォローアップ 就労後も定期的なフォローアップを実施した。現場にOTが出向き仕事場面の様子を確認した上で、A氏との面談、指導係と職場上司との情報共有を行った。指導係からは、「一度言ったことが伝わらず、何度も修正が必要」との情報があったため、名前を呼ぶ、肩をたたくなど注意をこちらに向け、その後なるべくゆっくりと短い情報量で指示を出すように助言した。また、重要事項はメモに残し、確認のため指示内容の復唱をするように伝えた。 5 就労後の経過(結果) 仕事内容に関するミスは軽減し、周囲との会話も行えるようになっていった。指導係からは、「仕事はできるようになってきている」「次のステップに進めていきたいがどのタイミングで行ってよいか」などの前向きな意見をもらう一方、「周囲との会話をする際は手が止まってしまう」との意見も得られ、失語症による症状の特徴などを改めて確認し、就労後も継続的に職場環境の整備を進めていった。また、A氏は元々体育教師であり、「人に教えること」に価値を置いていることから、後々は仕事を新人職員に教える係などの業務提案を行った。 6 考察 今回A氏に対する就労支援を通じて、職場定着を目指すには、以下の三点が重要であると考えている。 (1) 詳細な評価の重要性 職場定着を図るためには、企業が求めている人材と採用した人材の能力の乖離を最小限にすることが求められる。企業側が求める情報としては「仕事の適性(得意・不得意)」が上位に挙がっており1)、その点を踏まえ、職能を中心とした包括的な評価を行う必要がある。またその際に「どのようにしたらできるか」という視点で情報共有することが望ましい。A氏に関しては、前職に就いた際は、数字の処理が苦手であるという情報は提供したが、実際にどのように作業を行えば精度が向上するかまでの提示は不十分であった。今回は、その点を踏まえ、MWSを用いることで実際の事務作業に即した詳細な評価を重点的に行った。それらの結果をもとに直接指導係と具体例を交えながら情報共有を行うことで、より円滑に業務内容の選定、職場環境の設定が可能となった。 (2) 支援体制の重要性 本症例は院内に就職したことにより、小まめな支援を行うことができた。問題が生じた際に指導者と連絡を取り、必要に応じてOTが現場へ出向き助言を行う。高次脳機能障害の場合、問題が生じた場面での振り返りが自己認識を高めるため、仕事をしながら自己を振り返る機会を得ることは当事者にとって非常に有効であった。医療機関での就労支援においては、現場へ出向いての支援(外出訓練)は困難である。そのため、現場に出向いて就労支援をするには職場適応援助者制度の利用が望ましい。しかし、関係性が取れていない支援者が職場に入ってくることに対するストレスを訴える報告もみられ2)、利用を躊躇してしまう場面もある。今回の場合、リハビリテーションを担当しているOT・STが就労支援も行うので、関係性がすでに構築された状態での関わりは非常にスムーズであり、また症状や個人因子など多岐にわたる情報を持っていることで、より精度の高い助言を行うことができた。 (3) 指導係に対するサポート体制の重要性 高次脳機能障害は、「高次脳機能障害支援モデル事業」をきっかけに社会制度が整備され、世の中への啓蒙も進んできている。しかし、依然として「稀な疾患」というイメージが拭えない。そのような状況の中、障害者雇用が促進されることで、指導係の負担が懸念される。最も対象者に近い存在である指導係に対し、障害理解や対処法などの知識提供はもちろんのこと、気軽に質問ができる体制の提供が不可欠である。今回は、指導係や職場上司を巻き込み、障害特性の説明や具体的な助言を頻回に行った。指導係からも「これは症状によるものか」という問い合わせもみられ、気軽に疑問を解決する体制を整えることができた。今後も指導係を中心とした職場環境づくりの手助けを行い、ナチュラルサポートの形成を心がけながら、職場定着が行える環境を作っていきたい。 7 結語 今回は当院に就職した障害者に対する就労支援であったが、今後は人材派遣会社へ紹介する前の「現場実習の場」として、院内の環境を用いた支援体制の構築を検討していきたい。また、障害者雇用の際に、OTが事前に詳細な評価に基づく職種内容のマッチングに貢献することができるのではないかと考えている。 【参考文献】 1)高齢・障害・求職者雇用支援機構 編.高次脳機能障害の復職における職務再設計のための支援.2018 2)高齢・障害・求職者雇用支援機構 編.ジョブコーチ支援の実施ニーズ及び関係機関から求められる役割に関する研究.2014 【連絡先】 石川篤 東京慈恵会医科大学附属病院・リハビリテーション科 e-mail:orangememory.ishikawa@gmail.com p.230 高次脳機能障害者の就労に関する研究-「職業準備性」「仕事環境」の主観評価に着目して- ○上杉 治(放送大学大学院文化科学研究科 浜松市リハビリテーション病院 作業療法士) 田城 孝雄(放送大学)・野藤 弘幸(常葉大学)・鈴木 修(NPO法人くらしえん・しごとえん) 1 序論 我が国は少子高齢化、生産年齢人口の減少という構造的な問題もあり、「働き方改革」に取り組んでいる。その中には障害者就労に関する施策も明記されており、その重要性が指摘されている。一方脳損傷者の復職率は約40%であり、発達障害67.7%、知的障害65.3%と他の障害と比べ低い1)。田谷は、現状のこの分野の課題は医療リハビリテーションから職業リハビリテーションへの連携であると指摘している2)。実際筆者が勤務する医療機関においても、何を基準に就労を考えればよいのか不明確なところがある。 既存の研究によると、神経心理学検査では知能と記憶が重要と北上はsystematic reviewで述べている3)。しかし就労因子は仕事環境、意欲、年齢、学歴、家族の支援や傷病手当、職業準備性など多様な因子を考慮する必要がある。そうした点に関する検討は少ない。今回は研究1で、事例検討から就労支援の課題を提示し、研究2ではそれに対し調査を行っていくこととした。 2 研究1 目的は2事例の事例検討を通じ、医療リハビリテーションにおける就労支援の現状と課題を整理していく事である。事例Xは42歳男性、事例Yは53歳男性。両者とも入院時より歩け、セルフケアも自立。Xは発動性の低下を、Yは神経疲労を主の高次脳機能症状として認めた(表1)。 表1 事例紹介 経過ではIADL支援を行った。Xは一日を自分でコーディネートすることも困難であった。Yは退院計画に参加でき、家事や外出なども可能であった。Xは病院と会社とは入院中カンファレンスは行わず、会社はフルタイムの復職という姿勢を終始崩さなかった。退院後当院の外来を通じ、障害福祉サービスの生活訓練をうけ復職に備えている。一方Yは退院時に職場・本人・家族と話し合い退院後4時間、3日/週から復職していく事で合意。 2事例の差は、職場の風土や受け入れの状態といった仕事環境(企業側)と就労前の生活リズムや生活場面での役割の従事といった職業準備性(障害者側)にあると考えた(図)。 図 就職から雇用継続に向けての支援体系「就業支援ハンドブック」pp36-38(2013) 3 研究2 研究1をもとに、仕事の環境要因と、職業準備性を本人がどう感じているかという主観性に着目し、一般就労群(障害者枠を含む)と福祉的就労群の特徴を抽出した。本人が感じている環境要因と職業準備性で、どのような因子が一般就労に必要なのかを明確化する事を目的とした。 対象者は静岡県西部地区の高次脳機能障害者21名(MMSE23点以上、独歩可能、失語症がない軽度の者)。一般就労群14名、福祉的就労群(対照群)7名(表2~5)。 方法は横断調査研究とし、各対象者に基本属性、MMSE、就労移行支援のチェックリスト、仕事環境影響尺度を実施した。分析はMann-WhitneyのU検定にて2群間比較を行った(p<0.05)(表6)。 結果は一般就労群は福祉的就労群に対し、年齢が有意に高く、共同作業にポジティブな印象をもち、仕事課題には魅力を感じていないが、職場には物理的な快適さを感じていた。 以下本結果について考察する。年齢が高い方が一般就労に有利であった。職業経験が有利に働く可能性があると思われた。一般就労群は共同作業に前向きであり、社会性は重要視すべきという田谷4)の主張と一致した。一般就労群は仕事に満足していない。これまでの職業経験と比較して p.231 しまう。福祉的就労群は働けるだけで満足していると回答している。一般就労群は職場の物理的快適さを強く感じている。これは最も統計的な感度が高く、職場の企業風土(合理的配慮)を評価できる質問になりうる。 4 本研究の限界 サンプルは静岡県西部地区に限局。偏りは否めない。21例とサンプル数は少なく、この結果で結論づけるのは論理の飛躍となる。主観性に着目しているが、元々の対象者の性格特性(positivity,negativity bias)というバイアスを十分に排除できていない。 表2 福祉的就労群 基本属性 表3 福祉的就労群 基本属性 表4 一般就労群 基本属性 表5 一般就労群 基本属性 表6 2群間比較解析結果 5 結論 一般就労していくためには、年齢が高い方が有利であり、共同作業を本人が強みと感じられる事が重要である。また仕事課題に魅力がなくても、働くためのモチベーションが重要である。本人が職場に対し物理的な快適さを感じられるか否かは本研究では最も重視した方がよい点である。 【参考文献】 1)春名由一郎,東明貴久子,香西世都子:難病のある人の雇用管理の課題と雇用支援のあり方に関する研究,調査研究報告書No.103,障害者職業総合センター,2011. 2)田谷勝夫:日本の高次脳機能障害者に対する職業リハビリテーションの取り組み.高次脳機能研究 31(2):151-156,2011. 3)北上守俊,八重田淳:高次脳機能障害者の就労支援における神経心理学的検査の有用性について―システマティックレビューとメタアナリシスによる検討―.作業療法37(2):168-178,2018. 4)田谷勝夫,緒方淳:高次脳機能障害者の働き方の現状と今後の支援のあり方に関する研究.調査研究報告書No.121,障害者職業総合センター,2014. p.232 記憶障害に対する体系的な学習カリキュラムの紹介~職業センターにおける試行状況~ ○三浦 晋也 (障害者職業総合センター職業センター開発課 障害者職業カウンセラー) 井上 満佐美(障害者職業総合センター職業センター開発課) 1 はじめに 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)では、休職中の高次脳機能障害者を対象とした「職場復帰支援プログラム」と就職を目指す高次脳機能障害者を対象とした「就職支援プログラム」を実施しており、両プログラム(以下「プログラム」という。)の実施を通じて高次脳機能障害者の自己認識の促進、補完手段の習得、及び高次脳機能障害者を雇用している、または雇用を検討している事業主に対する支援を目的とした技法の開発等を行い、地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)及び就労支援機関等で実施する高次脳機能障害者に対する就労支援に資するためにその成果の伝達・普及を行っている。 高次脳機能障害に見られる症状は多岐にわたるが、平成20年に東京都で行われた退院患者調査1)によれば、退院後に最も多く見られる症状は記憶障害であった(図)。 図 東京都の退院患者調査における高次脳機能障害の割合 また、平成24年に障害者職業総合センター研究部門が地域センター(52所)を対象に実施した調査2)では、地域センターがジョブコーチ支援を実施した高次脳機能障害者(112名)に見られた症状の内訳として記憶障害(74名、66.1%)が最も多く、作業遂行上の問題点についても記憶に関連する項目が上位となっている。 こうした先行研究から記憶障害に対する支援の必要性は高いと考え、職業センターでは高次脳機能障害者の就労支援において記憶障害に対する体系的な学習カリキュラム(以下「カリキュラム」という。)に関する調査を行ってきた。 2 記憶障害に対する体系的な学習カリキュラムについて 脳卒中治療ガイドライン20153)には「記憶障害に対する介入手法として、軽度例では視覚イメージなどの内的ストラテジーとメモやスケジュール帳、ポケットベルなどの外的代償手段の活用訓練が、重度の例では生活に直接つながる外的補助具の使用が勧められる」と記載されており、国内外の記憶障害に対する取組みにおいてもこうした内的ストラテジーや外的補助具の使用方法の習得を主な目的とするものが見られる。オーストラリアにおいては、2010年にKylie Radfordら4)によって内的ストラテジーや外的補助具の使用方法の習得を主な目的とするカリキュラムの実施方法が示され、これをもとにLa Trobe大学、Monash大学、ビクトリア州等の協力のもとカリキュラムの実効性についての調査が行われた。その結果、受講者の展望記憶の改善等についての効果が見られたことが公表されている。 職業センターでは平成29年度の海外研修においてオーストラリアを訪問し、神経心理学者のDana Wong氏にインタビューを行うとともに現在Epworth Health Careで実施されているカリキュラムを学んできた。このカリキュラムは先述の通り公的機関によってその効果が実証された信頼性の高いものである。職業センターではこれをプログラムのグループワークとして国内向けに一部改変して試行実施した。本発表では、カリキュラムの概要や試行実施の状況について報告する。 3 カリキュラムの概要 (1) 内的ストラテジーと外的補助具の使用 このカリキュラムは様々な内的ストラテジー、外的補助具の使用方法を身につけることで記憶についての補完手段を習得することを主眼としている。 表1 内的ストラテジーと外的補助具の使用 内的ストラテジー、外的補助具の使用については表1のとおり整理を行った。なお、受講者が理解しやすくするため、グループワークの中ではそれぞれ「記憶の技」「記憶 p.233 の道具」という呼称を用いた。 (2) カリキュラムの構成 カリキュラムは全6回で、各回とも「知識付与」(記憶・脳の構造等についての講義)、「補完手段」(内的ストラテジー、外的補助具の使用方法の紹介)、「職業生活でのポイント」(記憶に影響する生活習慣等の紹介)の3つの項目を中心に構成されている。加えて講座内での「練習」や「意見交換」を通じて内的ストラテジー、外的補助具の使用方法の習得を図り、クイズ形式で理解度を確認するとともに実践課題を含む「宿題」を通じて復習をする形となっている。カリキュラムの第1回~第5回の構成は表2のとおりで、第6回はそれまでの復習である。 表2 カリキュラムの構成 4 カリキュラムの実施方法 (1) 対象者 学習カリキュラムについて関心を示し、参加を希望したプログラム受講者を対象とする。 (2) 人数 1グループ最大5名で実施。 (3) 時間・回数 1回120分、1クール6回構成、6週間連続で実施。 (4) 支援体制 試行実施では基本として、「進行役」「板書役」「個別のフォロー役」の3名の支援体制で行った。 5 試行状況と今後の方向性 (1)試行状況 1クール目の試行実施について、下記のとおりであった。 ア 対象者 20代男性1名、40代男性2名、50代男性2名の計5名 イ 結果と考察 結果の分析のため、①プログラム中の行動観察、試行実施の前後に②記憶の補完手段の利用状況についての質問紙検査、③リバーミード行動記憶検査(RBMT)、④生活健忘チェックリストを実施した。 行動観察から、身体的な後遺症等から書字に時間がかかる対象者が、それまで使えていなかったスマートフォンのメモ、リマインダ等のアプリの使い方を覚えてスケジュール管理を行うようになる等、自身に合った補完手段の検討、整理が進んでいる様子が窺われた。 質問紙調査の結果からは、全ての対象者について使用できる内的ストラテジー、外的補助具の数が増えており、また試行前よりも試行後の方が外的補助具の「使いやすさ」及び「効果」が大きく向上していた。 一方で、試行実施の前と後に実施したRBMTや生活健忘チェックリストの結果には大きな差は見られなかった。 カリキュラムの効果として、例えば第1回では全員が2つの宿題のうち1つを忘れていたが、第2回以降は補完手段の活用を意識してほとんど宿題忘れがなくなる(1人の方が第5回の2つの宿題のうち1つを忘れたのみ)といった改善が見られている。本試行実施では③、④についての改善は見られなかったが、記憶障害に対する自己認識の促進や、記憶の補完手段の活用の促進について効果があったと考えられる。 (2)今後の方向性 現在、上記結果や対象者との振り返りを踏まえ、効果の低かった内的ストラテジーや外的補助具についての再検討等のカリキュラム改善を行っているところである。今後は改善したカリキュラムによる2クール目の試行実施を行い、支援の概要や実施方法、留意事項、支援事例等を取りまとめて実践報告書を令和3年3月に発行する予定である。 【参考文献】 1)東京都高次脳機能障害者実態調査検討委員会:「高次脳機能障害者実態調査報告書」(2008). 2)独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター:「調査研究報告書№121 高次脳機能障害者の働き方の現状と今後の支援のあり方に関する研究」(2014)、p22、p28. 3)日本脳卒中学会 脳卒中ガイドライン委員会:「脳卒中治療ガイドライン2015」協和企画(2015)、p309. 4)Kylie Radford, Miranda Say, Zoe Thayer and Laurie Miller:「Making the Most of Your Memory」, ASSBI Resources(2010). 【連絡先】 障害者職業総合センター職業センター開発課 e-mail:cjgrp@jeed.or.jp Tel:043-297-9044 p.234 高次脳機能障害者の職場の上司や同僚等を対象とするコミュニケーションパートナートレーニング ○土屋 知子(障害者職業総合センター 研究員) 松尾 加代(大阪河﨑リハビリテーション大学) 春名 由一郎(障害者職業総合センター) 1 背景と目的 高次脳機能障害者の社会参加において、コミュニケーションの困難が障壁となる場合がある。コミュニケーションの問題は周囲との相互関係の中で生じるものであるため、問題解決のためには、障害のある当事者への支援だけでなく、環境への働きかけを含めて考えることが重要である。 コミュニケーションパートナートレーニング(以下「CPT」という。)は、コミュニケーションに障害のある高次脳機能障害者の周囲の人に対して、障害特性に応じた適切なコミュニケーションについて情報提供や助言を行い、練習の機会を提供する支援方法である。CPTは国内外において、高次脳機能障害者の地域社会への統合促進に関わる成果を上げているが、職場適応促進に焦点をあてた取組は見当たらない。 本研究は、高次脳機能障害者の職場適応促進を目的とするCPTプログラムを開発し、その効果を検討することを目的とした。 2 方法 (1)研究参加者 企業等において高次脳機能障害者の上司や同僚、部下、企業在籍型ジョブコーチや障害者職業生活相談員として勤務していることを条件に募集した。 (2)研究デザイン 待機リストを用いた非ランダム化比較試験とした。具体的には、参加者を2群に割り付け、時期をずらして各群にプログラムを実施した(以下、先にプログラムを実施した群を「介入群」、後でプログラムを実施した群を「待機群」という。)。両群へのプログラム実施前時点(測定1)と介入群へのプログラム実施後時点(測定2)において、以下に述べる指標について測定し、両群の得点の変化を比較した。また、各群へのプログラムの約1か月後に参加者に対してフォローアップ調査を行った。 (3)プログラムの内容 先行研究を参考に、講義と演習からなるプログラムとした。高次脳機能障害者の障害特性としては、失語症と認知コミュニケーション障害の両方を想定し、職場での作業指示や職務に関わる相談場面を設定した演習を含めた。プログラム内容を表に示す(詳細は参考文献に記載)。 表 プログラムの内容及び時間配分 (4) 効果測定の指標 高次脳機能障害者とのコミュニケーションに関する知識、興味、自信及び意欲を効果測定の指標とした。知識の測定の素材として、高次脳機能障害者とその上司の会話場面の動画(シナリオに基づく架空場面)2場面を用いた 。動画を参加者に提示し、上司役の人物のコミュニケーションの改善すべき点を列挙するよう求めた。各参加者が挙げることができた適切な改善点の個数を得点とした。なお、2 p.235 場面のうち、一方は高次脳機能障害者役の人物の主症状が認知コミュニケーション障害である設定(課題①)、他方は失語症である設定(課題②)とした。興味、自信及び意欲については、11段階のリッカート尺度を用いて参加者の自己評定を求めた。フォローアップ調査においては、プログラムで取り扱ったスキルの職場での活用状況と、高次脳機能障害のある同僚や部下等とのコミュニケーションの変化などについて尋ねた。 3 結果 参加者31名のうち、プログラム当日及び前後の測定のすべてに参加した28名(介入群16名、待機群12名)のデータを分析対象とした。分散分析を行った結果、興味を除くすべてについて、群と測定時点の交互作用が認められ、介入群において有意な得点向上が認められた(知識の課題①、②及び自信は1%水準で有意、意欲は5%水準で有意)(図)。興味は交互作用が有意傾向であり、介入群で得点が向上していた。 フォローアップ調査においては、参加者の多くが、プログラムで取り扱ったスキルの多くを職場でも活用していると回答した。自由記述欄では、高次脳機能障害のある同僚や部下等との意思疎通が前よりも正確になった、会話が増えた、信頼関係が強まった、といった内容の記述が多く見られた一方で、多忙な職場において時間をかけて丁寧にコミュニケーションを行うことの負担感についての記述もあった。 4 考察 今回開発したCPTプログラムは、高次脳機能障害者の上司や同僚等の、高次脳機能障害者とのコミュニケーションに関する知識、自信及び意欲の向上に対して有効であり、興味の向上に関しても有効な可能性があると考えられる。  本研究の限界の一つとして、CPTの効果について参加者側の変化のみを検討した点がある。高次脳機能障害者の職場適応促進に対するCPTの効果についてより明確な結論を出すためには、参加者の同僚等である高次脳機能障害者の職場適応に関する指標(例えば、職業満足度や職場ストレスなど)について、CPT実施前後での変化を検討することが必要であると考えられ、今後の課題である。 【参考文献】 障害者職業総合センター『高次脳機能障害者の職場適応を目的とした職場のコミュニケーションへの介入―コミュニケーションパートナートレーニング―』,「調査研究報告書№151」,(2020) 【連絡先】 土屋 知子 障害者職業総合センター研究部門  e-mail:Tsuchiya.Tomoko@jeed.or.jp 図 各測定項目について両群の得点の変化 p.236 難病患者の就労支援の地域連携フローの明確化と職業リハビリテーションマニュアル開発に向けた現場支援者の実態やニーズの把握 ○春名 由一郎(障害者職業総合センター 副統括研究員) 堀 宏隆(障害者職業総合センター) 1 背景・目的 難病のある人の就労支援ニーズの特徴は、治療と両立でき無理なく活躍できる仕事に就き、職場の理解と配慮により必要な通院や体調管理を継続して働き続けられるようにすることである1)。障害者職業総合センターでは、このような就労支援ニーズを、多様な難病患者本人、雇用事業主、地域関係機関の調査により実証的に明らかにしてきた。 難病の就労支援の歴史は身体・知的・精神障害に比べて浅いが、2020年現在、難病法による医療・福祉・教育・就労等の総合的支援の5年毎の基本的方針の見直しや、がんで先行する治療と仕事の両立支援の難病への適用2)等、大きな転機にある。喫緊の検討課題としては、難病保健医療機関と障害者就労支援機関の役割分担や連携フローの検討、また、治療と仕事の両立支援が急速に普及する中、職業リハビリテーションとの連携の進め方の検討がある。 しかし、これらの課題については、未だ支援実績が乏しいため、従来の実証的調査研究の手法では限界がある。 そこで、本研究では、「主体的に参加したメンバーが協働体験を通じて創造と学習を生み出す場」である「ワークショップ」の手法により、今後の地域連携や職業リハビリテーションの実施を想定した具体的な役割分担・連携の可能性や実務上の課題を把握することを目的とした。 2 方法 難病就労支援に係る専門職研修やワークショップにおいて、参加者に対して先行研究に基づく支援のあり方や制度整備についての情報提供の上、参加者から具体的支援の実施可能性や実施課題についての情報を把握した。 (1)講義、基調講演による支援課題や支援可能性の提示 表に示す専門職研修や公募によるワークショップの参加者に対して、障害者職業総合センターでの先行研究等から、難病による就労問題の特徴や支援のポイント1)、地域連携による障害者就労支援のあり方3)、障害者雇用支援や両立支援2)の制度整備の状況や現在の課題を説明した。 (2)参加者の役割分担や連携の意向や課題の把握 表 本研究の情報収集の対象者 その後にアンケートにより、①各参加者の機関や職種において難病就労支援・両立支援として取り組める支援内容、②他機関に取り組んでもらいたい内容、③その他関係する意見や要望について聞いた。ワークショップでは、アンケートの前に、グループワークで今後の難病就労支援・両立支援の在り方を検討した。 (3) アンケート内容の分類・整理 アンケートの内容を「障害者就労支援の共通基盤」3)(図)の枠組(①就職活動、②障害理解・対処の準備=就職後の障害管理・対処、③採用、④就業継続、⑤連携による支援)に沿って、講義・基調講演担当者及び職業リハビリテーション実務経験者の2名により分類・整理した。 図 障害者就労支援の共通基盤3) 3 結果 アンケート内容の分類・整理の結果、難病就労支援の局面別の取組可能性や課題は、以下のように要約できた。 (1)「就職活動」支援の局面 難病患者からの就職・職場復帰についての相談に対応するために、ハローワーク等の就労支援機関の役割の重要性 p.237 や保健医療機関だけでの相談支援の限界が多く指摘された。具体的な取組の可能性として、①企業の「難病」への先入観の払拭と雇用可能性の啓発、②難病患者がデスクワーク等の一般の仕事で働けることを踏まえた職業相談や職業訓練、職業紹介の充実、③難病の医療・生活・就労の総合的な相談支援ニーズに対応できる連携体制の構築、④多様な相談窓口等において、難病患者が治療と仕事を両立するためのポイントや就職活動での留意事項等を難病患者本人と社会の多様な関係者に普及すること等が提案されていた。 (2)「障害理解・対処の準備=就職後の障害管理・対処」支援の局面 難病患者に対する職業準備支援や就職後の専門支援について実績を示す記載はほとんどなかった。就職できても就職後に治療と仕事の両立の問題が多発している状況への今後の対応可能性としては、就職後の難病による具体的な影響を就職前から理解し早期対応するための職業アセスメントや職業準備支援、就職後のジョブコーチ支援や事業主支援等の専門支援に向けて、ハローワーク、職場、医療機関、難病相談支援センター等が連携することの重要性の指摘が多かった。保健医療分野と就労支援分野の効果的連携のために、治療と仕事の両立支援やハローワークのチーム支援の制度を活用していくことが提案されていた。また、就職後の難病患者と職場を地域関係機関がフォローし、支援ノウハウを蓄積する必要性についての提案もあった。 (3)「採用」支援の局面 障害者手帳のない難病患者の雇用についての企業の社会的責任が明確でないことや事業主支援の未整備により採用に至る就職支援の困難さが多く指摘されていた。今後の支援可能性として、「難病は働けない/企業の負担が大きい」といった偏見や誤解を除き、個別の職業場面に即した専門のアセスメント結果を事業主に分かりやすく提供して、公正な採用選考が行われるようにするとともに、就職後も本人と職場を支える体制を整備することで企業の採用選考のハードルを下げる支援の必要性が指摘された。また、難病にも障害者と同様の障害者雇用義務等の制度整備を求める声も多かった。 (4)「就業継続」支援の局面 難病患者は、進行性の患者に限らず、就職後10年以内に治療と仕事の両立の困難等に関連して半数近くが仕事を辞めているにもかかわらず専門支援が未整備であるという問題状況を新たに認識した記載が多かった。治療と仕事の両立支援が難病患者を対象とすることから、医療機関、産業医、職場、保健所、障害者就労支援機関等が連携して、職場定着・就業継続を支えられる体制を整備する必要性の提案が多かった。 (5)「地域関係機関・職種の連携による支援」について 難病の保健医療分野では重症者への医療・生活支援が中心で、就労支援ニーズのある難病患者に接する機会が乏しく、就労支援は業務として位置付けられておらず、障害者就労支援機関の連携の経験も少ない実態の記載が多かった。難病の就労支援・両立支援、難病対策地域協議会等の関係機関・職種の協議の開始を契機に、関係機関・専門職の役割や業務上の位置づけの明確化や研修等の必要性も提案された。 4 考察 今回、現場の支援者等に実証研究での知見や制度整備についての講演や講義を行った後に、支援の実施可能性や実施課題等のフィードバックを得ることにより、保健医療分野での医療・生活・就労相談から障害者雇用支援につなぐ連携フローや、障害者手帳の有無にかかわらず難病患者の治療と仕事の両立を可能とする職業リハビリテーションの課題と可能性についての情報を多く得ることができた。 (1)地域関係機関の連携の課題 従来の身体・知的・精神障害と比較した難病による就労困難性の特徴は、慢性疾患として体調が崩れやすいことによる固定しない障害により、医療・生活・就労の複合的な支援ニーズが生じることである1)。このことは、今回実施した講義や講演により伝達できたが、従来の支援現場での経験だけでは、難病患者からの相談内容と就労問題との関連性や就労支援による解決可能性が理解しにくく、それにより関係機関・職種における就労支援へのモチベーションの低さや障害者雇用支援との連携の少なさに至り、これが、さらに就労問題の認識の低さや就労支援との連携の成功体験の乏しさにつながる悪循環が示唆された。 難病患者の複合的な相談支援ニーズを理解しやすくすることを、連携フロー明確化の基本とする必要がある。 (2)難病のある人への職業リハビリテーションの課題 難病による就労困難性は社会的認知も未だ十分でなく、障害者雇用率制度の対象となっていない。それゆえに、職業リハビリテーションや事業主の障害者差別禁止や合理的配慮提供義務の確保、治療と仕事の両立支援の充実が一層重要である。今回、支援者から提案された、差別を防止しながら無理なく活躍できる仕事に就職し職場の理解や配慮を確保するための事業主支援と一体的な就職支援や、就職前の支援と就職後の両立支援の連携の進め方、外見からは分かりにくい難病の就労困難性のアセスメント等の支援技法を明確化し、地域障害者職業センター、ハローワーク、障害者就業・生活支援センター等に普及する必要がある。 【文献】 1)障害者職業総合センター「難病の症状の程度に応じた就労困難性の実態及び就労支援のあり方に関する研究」, 調査研究報告書 No.126、2015. 2)厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」、2020(改訂版). 3)障害者職業総合センター「保健医療、福祉、教育分野における障害者の職業準備と就労移行等を促進する地域支援のあり方に関する研究」, 調査研究報告書 No.134、2017. p.238 難病患者の就労・雇用状況からの就労支援の考察~調査・研究と現場の支援から見えてくる難病者の‘働く‘実像を考える~ ○中金 竜次(就労支援ネットワークONE 就労支援ネットワークコーディネーター) 1 はじめに 難病の患者に対する医療等に関する法律(平成26年法律第50号)の基本方針において、就労支援関係機関と連携し、難病患者の就職支援・職場定着支援を推進することとされ、就労支援の取り組みが一段と進展することとなった。 平成25年(2013年)4月より、障害者総合支援法に定める障害児・者の難病患者が加わり、障害福祉サービス・相談支援の対象となり、制度の谷間のない支援を提供する観点から、障害者の定義に新たに難病患者等も含まれた(令和元年(2019年)7月から361疾患が対象疾患)。また、平成25年(2013年)障害者雇用促進法の改正により、合理的配慮の対象は障害者手帳に限定されず、難病患者等もその対象となっている。 労働安全衛生法による労働者の健康確保対策に関する規定を背景に、平成28年(2016年)2月、『事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン』が厚生労働省により作成され、翌、平成29年(2017年)には「働き方改革実行計画」に基づき、「地域両立支援推進チーム」設置の通達がなされ、『両立支援の対象』でもある“難病患者”について、「難病に関する留意事」1)がガイドブックに記載されている。 2 難病患者の就労状況の考察   平成30年度(2018年)の指定難病患者(令和元年(2019年)7月1日から対象疾患は333疾患)総数は、912,714人、就業率54%で計算2)すると、約49万2000人の就労者数が推定される。この数字は指定難病患者のみのため、指定難病の認定が受けられなかった患者、指定されていない難病、難病の定義に当てはまらない難治性な疾患患者の数は含まれてはいない。 令和2年2月発表されたさいたま市の指定難病患者への無作為アンケート3)では、指定難病患者から600人を無作為抽出、332回答数のうち、①正規雇用で働いている(79人・約24%)、②パート・アルバイトで働いている(50人・約15%)、約39%、4割ほどの指定難病患者が就労していることがわかる。 3 難病患者の一般雇用と障害者雇用 難病患者は、疾患ごとの症状・障害特性(15系統ある)により障害者手帳の取得率4)が異なる(表)。 膠原病患者の症状の変動性、易疲労感などは生活や就労 表 難病患者の疾患別障害者手帳取得率 への支障の程度が高いが、現在の身体障害者手帳の評価では、疾病・障害特性が評価できないため、障害者に該当する患者でありながら障害者雇用促進法における障害者の範囲、雇用義務の対象に含まれていないため、実際の生活や就労への支障の程度が重くとも、実際的には障害者求人を利用できない患者が存在する。 難病患者の障害(肢体・視覚・聴覚・言語・内部)や高次脳機能、精神・知的障害を併発することもある。 また、機能障害に加え、①症状の変化(進行性の疾病、そうでない疾病。大きな年単位の周期や日による変化や日内変動、②易疲労感。変動性においては、精神障害と性質は異なるが、“変動性”という点では共通しているともいえ、疾病特性と個別の症状と、業務・作業内容とのマッチングや、合理的配慮など、変動性や、個別な疾患・障害特性に応じた対応が有効ではないかと考える。 4 支援対象としての難病患者を把握 ハロ-ワークの職業紹介における障害者の就職件数の統計では、身体障害者手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳等を保持しない者であって、難病患者・発達障害・高次脳機能障害等が“その他の障害者”(図1)が含まれる5)。手帳を取得した場合、身体や精神障害者の数は、手帳取得者としてカウントされるため、このハローワークが公表する統計からは難病患者の就職状況を把握することが難しい。 もう一つ、難病患者の就活状況を知るデータとしては、厚生労働省が出している「ハローワークにおける難病患者の職業紹介状況」6)がある(図2)。この数字に関し、厚生労働省 障害対策課によると、障害者手帳を取得していない難病患者のハローワークが扱うすべての数字が含まれているという回答であった。 p.239 図1 職業安定所における“その他の障害者”   図2 ハローワークにおける難病患者の職業紹介件数(*難病患者のうち、障害者手帳を取得しない方) 5 就労支援の現状 (1) 難病患者就職サポーターによる支援 難病患者の就労支援は平成25年度(2013年)より全国15か所に、難病患者就職サポーター(難病患者に対する就労相談・支援機関との連携・定着支援・事業者に対する理解促進、啓発、求人開拓、支援制度等情報提供・地域の関連機関との連絡調整、連絡協議会の開催を行う)が1名配置され、後、平成27年度(2015年)より各都道府県に配置され(神奈川・東京・北海道・大阪は2名体制)、難病患者の就労支援が実施されている。 この相談窓口の対象疾患は、①指定難病、②障害者総合支援法対象疾患、となっているが(厚生労働省・障害対策課回答)①・②に該当しない患者は、長期療養者就職支援事業の窓口での相談が可能であるという回答を得ている。 (2) 障害者就業・生活センターの支援 厚生労働省(令和2年(2020年))8月 障害雇用対策課)によると、令和元年(2019年)利用者数、19万7631人のうち、障害者手帳での登録以外の難病患者は、全体の0.38%、757名という回答を得ているが、障害者手帳を取得していない難病患者が支援に繋がってない状況が統計にあらわれる結果となっている。 6 難病患者の就労支援の課題への対策 ①障害者就業・生活センターを利用する障害者手帳を取得してない難病患者の利用率(0.38%)が著しく低値であるが、支援対象の根拠となる雇用の促進に関する法律では、三障害に限定していない、利用率の低値の理由は何か、難病患者や難治性な疾患患者への支援、取り組みを実際に即して検討する必要があると考える。 ②『長期療養者両立求人』7)の活用。治療をしながら就職を希望する長期療養者に対して、通院などで長期にわたる治療等のために、離職・転職を余儀なくされた方は利用対象となり、難病患者も対象となっている。広く対象者を想定した幅広い職種の求人開拓の取り組み、事業者・当事者への周知・啓発の積極的な実施は有効と考える ③職業安定所の難病患者の就活の状況が他の三障害同様に把握できる統計・データを共有できるようにする。身体障害や他の障害者手帳の数字に紛れてしまう難病患者の就活者数を集計し、公表されることで実際の難病患者の実態がみえる意義は大きいのではないだろうか。 【参考文献】 1)厚生労働省:事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン「難病に関する留意事」p.36‐39 2)春名氏ら「難病のある人の就職定着支援ファーラム記録集」難病患者の就労実態調査p.13(2016) 3) さいたま市障害者総合支援計画策定のためのアンケート調査 結果報告書(令和2年3月)p.21 4)「平成25年度 障害者の生活実態」報告書 難病患者の状況 p.236(2013) 5)厚生労働省:障害者の職業紹介状‘その他の障害者‘ 6)厚生労働省:「厚生労働統計一覧」(平成19年~29年度)参照 7)高知労働局:長期療養者両立求人この求人にプラスワン 【連絡先】 中金竜次 (代表)就労支援ネットワークONE  e-mail:goodsleep18@gmail.com p.240 若年性認知症の方の就労から定着までの支援 ○藤野 朗子(特定非営利活動法人ほっぷの森 就労支援センターほっぷ 就労支援員/職場適応援助者) 1 はじめに 2007年9月より就労移行支援事業所として開所した就労支援センターほっぷ(以下「ほっぷ」という。)は、開所時より高次脳機能障害の方の支援を多く行ってきた経緯をもつ。認知機能の低下から生きづらさを感じるのは他の障害の方も同様で、殊、若年性認知症の方におかれては変化していく自分自身を見つめながらこれからを歩んでいかなければならない。そんな中でも、社会に関わり続けるという事がご本人たちにとって辛くもありながらも希望になる様子を近年、若年性認知症の方をほっぷで受け入れることで見てきた。この度はほっぷから一般就労した若年性認知症の方の事例を通し、ジョブコーチ支援から定着支援までどのような支援を行い、時間経過によってどのように支援が変化したのかを報告する。 2 対象者 ①Aさん:50代・男性・若年性アルツハイマー病 ②手帳:精神保健福祉手帳2級  ③症状:記憶の保持が難しい。忘れる。注意力の低下。これらの症状が進行していく。 ④現在の仕事:運送会社に勤務し、環境整備の仕事に携わる。 (1) ほっぷでの様子 〇毎日変わる1時間毎に組まれたプログラムは記憶しておくことが難しく、毎日ホワイトボードに書かれる1日の活動内容を見て、支援者に随時確認をとりながら動かれる。 〇周りの動きや状況の変化を読み取ることが難しく、対応できずおろおろしてしまう。次の動き方を声がけすることで、対応することが可能。 〇他利用者とのやり取りの中で気分を害する出来事があった際、以前より怒りに対して抑制が効かないことを気にかけ、気持ちを切り替えられずに数日休むこともあった。 〇皆を盛り上げる中心的存在。会話が好きで、冗談を言って皆を和ませてくれる。 (2) 一般企業への就労までの流れ ほっぷ利用1年5ヶ月を経過した頃、仙台市障害者就労支援センターからの紹介求人をご本人に提案。面接前に支援者同行で会社見学と4日間の実習を行い就労イメージをつける。会社側には実習中採用担当の方がそばを離れず一緒に作業して頂くなどの対応をいただき、ご本人の様子を理解していただいた。その結果、採用となった。 (3) 就労にあたっての課題 ①忘れてしまう 今、何をしているか、次何をするか、どこに行けばいいのか、何を準備すればいいのか、それを誰にどう聞けばいいのかわからなくなってしまう。 ②記憶が定着しづらい 新しく体験したことを、記憶にとどめておくことが難しい。 ③場所の把握が難しい 自分の居場所がどこか迷うことがある。 ④確認が難しい その場になって何を聞くのか忘れてしまう。または焦りから、順序良く説明することができない。 ⑤イレギュラーに対応できない 特に一人でいる時に、いつものルーティーンから 外れる出来事があると対応できない。 これらのことを踏まえ、当初13,200㎡ある敷地を一人で清掃することは難しいのでは、と懸念していたが、会社側の判断から3名の採用となり、その中のひとりとなった。これにより上記の不安を減らすことができた。   3 ジョブコーチ支援 採用された3名に対し宮城障害者職業センターの配置型ジョブコーチとともにペア支援を行った。 ほっぷ利用時から、作業はできるが作業指示がないと動きだすのが難しいことはアセスメントとしてとれていた。作業定着のためどのような工夫があれば「ひとり」で行える事が増えていくのか、就業前から相談しながら進めた。 (1)更衣室までの道筋を示したカードを作成 構内が広く、トラックが通るたびに変わる視界のなか、入口から一番遠い厚生棟へ毎朝着替えに行くために、何を目印にしながら進めばよいのか確認するためのカードを作成。カードは写真を撮り、見えた場所から矢印を引いて、矢印の方向に進むことができるよう工夫。A6サイズでクリアファイルに挟み、繰って見ることができるようにした。 ア 課題 行き先カードがある事を忘れる、取り出しに時間がかかる、見ることで周りの危険(通過するトラックなど)への注意が落ちるなど、実用的ではないことが判明。 p.241 イ 対策 同時に採用されたBさんと朝構内の入り口付近で待ち合わせて一緒に更衣室に行くことを繰り返すことで、2週間程度で一人で厚生棟に行くことができた。 (2)敷地地図を利用したマニュアルを作成 作業工程を覚えることが難しかったため、マニュアルを作成。構内図を色分けし、時間ごとにどのエリアを掃除するのかわかるようにした。マニュアルはいつでも見ることができるように腰から下げられるようにした。 ア 課題 持つことを忘れる、どのタイミングで見たらよいかわからない、地図と実際の現場が頭の中でリンクしない、作業の邪魔になる、などの問題が発生。 イ 対策 同僚のBさんが都度用具を渡してくれ、次の指示をだしてくれるおかげで、覚えることはできないものの、不安も少なく仕事に従事することができた。 (3)3名の関係性の調整 ア 課題 それぞれ違う障害で特性を持つ3名が一緒に仕事をすることで、補い合える部分もあればその特性から相手に対する不満を持つ状況もあり、同僚に対してストレスを抱えることがあった。 イ 対策 3名それぞれから話を聞いたり、同時に集まって話をするなどお互いに対して理解を進めるようにし、またストレスの発散を行えるよう、以前利用していた支援機関と連絡を取り、対応していただくなど調整を行った。 一時期同僚に対する不信感からストレスをためたこともあったが、支援者の対応により気持ちの落とし込みを行うことができた。 4 定着支援 病状の進行に合わせて計画を立てる。できていることの維持と、できなくなってきたことへの工夫を提示。 (1)身だしなみ 服の前後がわからない、ベルトが閉められないなど着替えが難しくなってきたとのご相談をご家族から受ける。制服を自宅から着ていくことを会社に打診し了承を得る。 (2)連絡 休暇の届け出を忘れてしまうため、本当に出ているのかご家族から相談を頂く。誰かの声がけなしで忘れず遂行することは難しいので、ご家族から直接課長に休みのご連絡を入れていただくように会社と確認をとり調整。 (3)体調管理 冬に気温が低下していくとともに体調が悪化。同時に反応が鈍くなり、症状が悪化しているように見受けられると現場から報告を受ける。会社からも了承を得、退勤時間を1時間早めることを本人に提案。「冬の間、勤務時間が短くなる」という記憶の定着を図るための支援を実施した。 (4)ストレス発散 もともと人とのかかわりが好きな方だが仕事場では世間話をできる方がいない。そのため月一面談の際、外的刺激のない静かな更衣室に移動し、ゆっくり現状をお聞きしている。自分の意図するところが明確に伝わる相手と話をすることで、気持ちが安定するようである。 5 若年性認知症の方の支援 若年性認知症の方の支援を経てわかったことは、 ①共同で働く人材の必要性 ②時間経過とともに作業等の定着支援から機能の現状維持へと支援が変化する、ということである。 病気の進行具合にもよるだろうが、次の作業を指示してくれる人材の存在は必ず必要になることは今回の支援で得た教訓である。それゆえ、指示出しの方のストレス等を軽減するような支援や指導も認知症の方が働く場合必要となることも支援の中でわかった。 毎日のルーティーンが定着したのちは、効率能率向上のための支援より、現状維持の支援が優先となる。疲れ具合や体調管理の確認のほか、一番大事な支援は、常に抱える不安を「話すこと」で「安心ができること」と考える。 6 今後の支援 就労して2年経過し、症状の進行はあるものの会社に毎日通い、仕事に従事している。 今後の支援として、冬場の血流低下に伴う症状の悪化が懸念されるため予断なく見守りをすることが必要である。 また、病状の悪化に伴い、ご本人からの具体的な発信が難しくなってくることを踏まえ、今まで以上にご家族と会社との連携が重要になってくる。定着支援の継続が欠かせないものとなっていくため、今後も経過を見守っていきたい。 p.242 東京障害者職業センター多摩支所との連携による若年性認知症の再就職の可能性 ○来島 みのり(高齢者福祉総合施設マザアス日野 若年性認知症支援コーディネーター) 伊藤 耕介 (高齢者福祉総合施設マザアス日野) 1 はじめに 当法人は東京都福祉保健局からの委託事業で東京都多摩若年性認知症総合支援センターを設置している。このセンターは若年性認知症専門のワンストップ相談窓口である。相談の中の1つに就労支援の要請があり、現在これについて2つの課題がある。 1つ目の課題は、若年性認知症当事者の多くが退職を余儀なくされることにある。認知症介護研究・研修大府センターの認知症介護研究報告書(2016年)によれば、調査時に仕事に就いている当事者は7.6%である一方で、就いていない当事者は86.8%であった。後者の中で、自己退職した人と解雇された人とを併せると52.4%になる(表1)。 上記報告書ではその結果、世帯収入が「減った」のは59.3%、家計状況についても「とても苦しい」「やや苦しい」と回答したのは40.2%である。 2点目の課題は、当事者の労働意欲と雇用側の労働環境とが合えば、再就職は可能であるかどうかが、現在のところ事例や研究が少ないため、十分検討されていないことである。 本論の目的は、若年性認知症当事者の再就職の可能性と障壁とを、東京都障害者職業センター多摩支所と連携した、当センターの実践事例の分析をもとに明らかにし、以上の課題の解決に寄与することにある。 表1 調査時の本人の就業状況 N=2129 2 方法 (1)対象 東京都多摩若年性認知症総合支援センターが、再就職の依頼を受けた相談者は10人。期間は2016年11月~2020年3月。いずれもアルツハイマー病の男性8人(平均58歳)と女性2人(平均51歳)である。 (2)東京障害者職業センター多摩支所と連携 当センターは以下の2つのメリットがあると考え連携した。 ア 職業評価の実施 相談者10人のうち、男性6人、女性1人が再就職先を探すのと同時に、東京障害者職業センター多摩支所で障害者職業カウンセラーによる相談・職業評価を行った。再就職を依頼したいずれの企業、法人も認知症当事者を採用した経験が無いため採否を判断する材料が無い。しかし職業評価を行えば、雇用者側はその結果から、業務の切り出しや配慮方法などをイメージ出来るようになる。 イ ジョブコーチ(以下「JC」という。)の活用 認知症の原疾患は進行性のものが多く、作業能力も衰えて行く。それに備えてJCに、受け入れ側に対して障害に関わる知識や従業員の関り方、業務の切り出し方法などの助言を依頼することで、当事者の就労の継続を目指した。 (3)再就職可能な労働環境の4つの条件 当センターは、東京障害者職業センター多摩支所と連携しながら、高齢者の福祉施設に再就職希望者の受け入れを依頼することになった。それは当センターが、若年性認知症当事者の再就職が可能である労働環境の条件は以下の4つであり、高齢者の福祉施設こそそれらの条件を満たすと考えたからである。再就職希望者は、徒歩で移動できる範囲の施設で、覚え易いルーティン作業に就くことになった。 ア 認知症についての理解がある 認知症=就労不可という先入観がなく、同僚として受け入れる考え方が期待できる。障害ばかりに目を向けず、当事者のストレングスに着眼できる。また、認知症の原疾患による症状の違いを理解し、記憶や認知機能障害へのサポートができる。 イ 効率を第一に求めない 当事者は、個人差はあるが、記憶や理解の障害により病前と同じスピードでの作業は難しい。判断力の低下により外的、内的な刺激に過剰反応することもあり疲れやすい。能力以上のことを求められる負荷により意欲低下を招く。 ウ 障害者雇用実績がある 個々の能力に合わせた作業工程がある、あるいは作業の切り出しができる。障害に応じた労働環境の整備や、サポート方法の蓄積がある。組織の運営について長期的な視点や社会貢献の理念をもっている。 p.242 エ 自宅から迷わずに行ける場所 公共交通機関の利用が困難な当事者もいる。その一方で見当識障害が認められる当事者でも、住み慣れた地域の身近な場所であれば迷わず移動できる。また通勤は、障害者の移動支援事業の対象外である。 3 結果と考察 (1) 再就職に至った事例  10人中7人が再就職をしたことにより、経済的な問題を部分的に解決することが出来た。その7人全員が再就職可能な4つの条件を満たす労働環境にあった。7人中5人が高齢者の福祉施設、2人は障害者就労継続支援A型事業所に再就職したのである。7人中6人が東京障害者職業センター多摩支所と連携していた。 7人中3人は作業能力の衰えなどにより一定期間を経て就労を終了した。4人は現在も就労を継続中である。 最も長く就労を継続している当事者は短期記憶障害による作業能力の衰えが認められ、雇用主の求めによりJCを活用した。JCと雇用主が話し合いを重ねる中雇用主側にアイデアが生まれ、就労継続が可能となった(表2)。 表2 再就職有無と2020年8月現在の就労継続有無 (2) 再就職に至らなかった事例 10人中3人は再就職に至らなかった。1人は東京障害者職業センター多摩支所と連携していたが早期に見当識障害が出現し、1人での移動が難しくなったのがその理由である。 残り2人は諸事情により東京障害者職業センター多摩支所と連携していなかった。そのうち1人は、就労を希望していた法人に障害者雇用の経験が無かった。当該法人に職業評価などの指標が無く、業務の切り出しなどのノウハウが無かったことも再就職に至らなかった理由の1つである。 4 今後の課題 以上のように、労働環境の条件が整い、また受け入れ側に経験が無い場合でも、職業評価の結果から雇用をイメージすることが出来れば、若年性認知症当事者の就労は可能である。 いったん受け入れられれば、若年性認知症に対する理解も深まる。JCが介入した事例では、受け入れ側に障害者雇用の技術が蓄積された結果、職場に更なる障害者雇用の充実を図る方針が示されることになった。 他方、若年性認知症当事者と関わる機会がないと、高齢者の認知症のイメージが強いため、認知症対応専門の福祉施設でさえ就労出来ない、と思われてしまう場合がある。 求職先に障害者雇用の経験がない場合も、新たな仕組みづくりに組織としての理解や時間を要することから、受け入れを断られる可能性が高い。しかしJCと連携して求職先に雇用管理に関する助言などをすれば、障害者雇用を始める新たな機会ともなり得る。 原疾患が進行性の場合、迅速に支援しないと見当識障害などにより就労が困難になる。再就職しても短期間しか続けられない可能性もあるため、初期の段階で希望者が相談できるように当センターの業務の周知に努める必要がある。 営利優先の企業では就労可能な4つの条件を全て満たすことは難しく、就労の場は限定されるのが現状である。そのため、当事者や家族の希望に添えない場合もあるのが課題である。まずは東京障害者職業センター多摩支所と連携し、福祉施設や障害者就労継続支援A型での就労の好事例を積み重ねることにより、若年性認知症の当事者が働くことが当然である文化を創りたいと考えている。 【参考文献】 1)認知症介護研究・研修大府センター「平成26年度 認知症介護研究報告書」〈若年性認知症の生活実態及び効果的な支援方法に関する調査研究事業〉P7,P39-41 2)東京障害者職業センター「企業の皆様へ ジョブコーチ支援サービスのご案内」 【連絡先】 来島 みのり 社会福祉法人マザアス 高齢者福祉総合施設マザアス日野 東京都多摩若年性認知症総合支援センター e-mail:jakunen@moth.or.jp 奥付 ホームページについて 本発表論文集や、障害者職業総合センターの研究成果物については、一部を除いて、下記のホームページからPDF ファイルによりダウンロードできます。 【障害者職業総合センター研究部門ホームページ】 https://www.nivr.jeed.or.jp/ 著作権等について 無断転載は禁止します。 ただし、視覚障害その他の理由で活字のままでこの本を利用できない方のために、営利を目的とする場合を除き、「録音図書」、「点字図書」、「拡大写本」等を作成することを認めております。その際は下記までご連絡ください。 なお、視覚障害者の方等で本発表論文集のテキストファイル(文章のみ)を希望されるときも、ご連絡ください。 また、研究・実践発表につきましては、当機構としての見解を示すものではありません。 【連絡先】 障害者職業総合センター研究企画部企画調整室 TEL 043-297-9067 FAX 043-297-9057 E-mail kikakubu@jeed.or.jp 第28回 職業リハビリテーション研究・実践発表会 発表論文集 編集・発行 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障 害 者 職 業 総 合 セ ン タ ー 〒261-0014 千葉市美浜区若葉3-1-3 TEL 043-297-9067 FAX 043-297-9057 発行日 2020年11月 印刷・製本 株式会社コームラ