支援マニュアル 令和5年3月 No.24 注意障害に対する学習カリキュラムの開発 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター職業センター はじめに  障害者職業総合センター職業センターにおいては、休職中の高次脳機能障害者を対象とした職場復帰支援プログラム、就職を目指す高次脳機能障害者を対象とした就職支援プログラムの実施を通じ、障害特性に起因する職業的課題への補完行動の獲得による作業遂行力や自己管理能力の向上、及び職業的課題に関する受講者の自己理解促進に資する支援技法を開発し、その成果の普及を進めています。  高次脳機能障害者の中には、複数のことに同時に注意を向けたり、切り替えるといった注意に関する課題を抱える方が見られます。これまで当センターでは注意障害のみに焦点をあてた技法開発は行ってきませんでしたが、注意機能は記憶や遂行機能等他の認知機能の働きと密接に関連しており、注意障害へのアプローチは高次脳機能障害者の職業リハビリテーションを進める上でとても大切な視点となります。  こうした状況を踏まえ、当センターでは「注意障害に対する学習カリキュラム」の開発に取組みました。本支援マニュアルでは、注意障害に関連する課題について、国内外の先駆的な取組を紹介するとともに、これらの取組を参考に当センターで開発した講習の内容やその活用方法について解説しています。  本支援マニュアルが、高次脳機能障害者の就労支援の現場で活用され、職業リハビリテーションサービスの質的向上の一助となれば幸いです。  本支援技法の開発にあたり、京都文教大学 中島 恵子教授、神奈川リハビリテーション病院の青木 重陽医師をはじめ職員のみなさまから、多くのご助言を賜りましたことに深く感謝申し上げます。   令和5年3月 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター 職業センター 職業センター長    中村 雅子 【注意障害に対する学習カリキュラム】 目 次 第1章 カリキュラムの開発の背景 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 1 技法開発の背景と目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2 2 用語の説明・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3  3 注意障害に対するリハビリテーションの実際・・・・・・・・・・・・・・4 第2章 カリキュラムの開発プロセス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・11  1 カリキュラムの目標・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 2 カリキュラムの構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 3 職業センターで試行実施した内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14   第3章 カリキュラムの実施方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21  1 カリキュラムの全体概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22 2 実施方法の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 3 実施方法の詳細・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 第4章 カリキュラム受講者の概要とその効果、様々な実施方法 ・・・・ 49 1 職業センターで試行実施したカリキュラム受講者の概要 ・・・・・・・・・50 2 効果測定の結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50 3 支援事例 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 56 4 様々な実施方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 61 第5章 まとめと今後の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・65  1 今回の取組のまとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・66  2 今後の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・66   資料集 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・69 第1章 カリキュラムの開発の背景 1 技法開発の背景と目的   障害者職業総合センター職業センター(以下、「職業センター」という。)では、休職中の高次脳機能障害者を対象とした「職場復帰支援プログラム」と就職を目指す高次脳機能障害者を対象とした「就職支援プログラム」を実施しています。  職業センターでは、両プログラムの実施を通じて、高次脳機能障害者の自己認識の促進、職業的課題に対処1する方法の習得及び事業主支援を目的とした技法の開発を行い、地域障害者職業センター(以下、「地域センター」という。)などに対し、その成果の伝達および普及を行っています。  また、高次脳機能障害の障害特性ごとの支援技法として、失語症は実践報告書№25(平成24年3月発行)、感情コントロールは実践報告書№33(平成31年3月発行)、記憶障害は実践報告書№30(平成29年3月発行)と実践報告書№38(令和3年3月発行)で支援技法を開発し、報告してきました。  今回は新しい取組として、注意障害に焦点をあてた支援技法の開発を行いました。注意機能は記憶や遂行機能といった他の認知機能の働きと密接に関連しており、より上位の記憶機能の障害への対処に取り組んでいたもののあまり効果の出なかった受講者が、意識的に指示に注意を向けることで覚えることができたなど、注意機能に対するアプローチが有効であるケースがしばしば見られています。  「注意はすべての認知機能の基盤である」1⁾と言われています。ニューヨーク大学Rusk研究所で作成された神経心理ピラミッド(図1-1)では、「より下方に位置する神経心理学的機能が十分に働かないと、それより上方に位置する機能を十分に発揮できない」2⁾とされ、「注意力や集中力」は遂行機能や記憶、情報処理などより下部に属し、諸活動の基盤であることが示されています。 図1-1 神経心理ピラミッド  注意障害は、職業的場面では「集中力が続かない」、「ケアレスミスが多い」、「指示が抜ける」などの形で現れます。令和2年度~3年度に実施した地域センターへのヒアリングや外部機関へのアンケートの中では、「記憶障害に対する学習カリキュラムのように『注意』など他の認知機能についての解説、グループワーク、作業を通して体験や確認をして、自分の認知機能面の特性がアセスメントできる技法があるとよい」、「注意力に障害のある方(抜けや見落としがなくならない、会話内容の一貫性がないなど)の対処法についての技法開発を希望する」、「注意障害への対応(物の管理方法など)について学びたい」など注意障害に対する支援ニーズが複数寄せられました。  職業センターでは、国内外の注意障害に対するリハビリテーションについて調査を行い、イギリスのthe Oliver Zangwill Centre (以下、「OZC」という。)で実施しているプログラムと、医療リハビリテーションの現場で幅広く活用されている注意過程訓練(Attention Process Training,以下「APT」という。)が注意機能の改善に有効であることを確認し、それらを参考にした注意障害に対する学習カリキュラムを試行的に実施することにしました。OZCにおけるプログラムとAPTの概要については第1章の3で説明します。 2 用語の説明 (1)高次脳機能障害  「高次脳機能障害」は、病気や怪我で脳に損傷を受けたことにより生じる認知機能の障害に関する言葉ですが、用いられる文脈により主として「注意障害」、「記憶障害」、「遂行機能障害」、「社会的行動障害」をさす場合と、「失語症」、「失行症」、「失認症」などを含め広くとらえる場合があります。  職業センターで実施するプログラムでは、「高次脳機能障害」を後者の意味としてとらえており、本マニュアルにおいても同様の意味で使用します。 (2)注意障害  注意機能には複数の種類があり、それらを大きく分けると「注意は、全般性注意と方向性注意とに分けられる。」3⁾4⁾とされています。後者の方向性注意は、左右の視空間や身体的な空間に関する注意です。方向性注意が障害されると、視界の半分の空間を認知できないなどにより視覚情報の処理が困難となります。半側空間無視の症状はその代表例です。  本カリキュラムでは、主に全般性注意が障害される全般性注意障害を取り上げています。全般性注意障害については、障害された注意の機能の違いによってさらに分類されますが、様々な分類方法や定義が研究されています。  例えば武田・三村・渡邉(2018)4⁾は、「注意には、少なくても3つのコンポ-ネントがあると考えられている。すなわち『覚度・アラートネスないしは注意の維持機能』『注意の選択機能』『注意による制御機能』である。」と述べ、さらに注意による認知機能の制御(分割性)を「『alternating(転換性)』と『divided(分配性)』に分けたSohlbergらの考え方は実生活の症状に即していてわかりやすい」と述べています。  注意を3つもしくは4つの機能に分けるほか、覚醒(覚度)や容量、処理速度を含める場合があり、種村・椿原(2009)5⁾は「リハビリテーションにおける注意の障害は覚醒度、持続性、選択性(集中性)、分配および処理速度に捉えることが多い」と述べています。また、阿部・蒲澤(2011)6⁾は、注意障害を①持続性注意の障害、②選択性注意の障害、③注意の分配(同時処理)の障害、④注意の転換の障害、⑤注意の容量の障害と分類しています。  なお、「処理速度」は情報を認識して一時記憶し処理することで、反応時間に反映されます。注意の「容量」とは、「一度に処理できる情報の量、つまりキャパシティーのこと」⁶⁾です。どちらも、記憶機能と密接に関わっています。  以上を踏まえ、注意機能の全体像を整理したものが図1-2になります。   図1-2 注意機能のイメージ図(その1)   3 注意障害に対するリハビリテーションの実際  注意障害に対するリハビリテーションとしては、注意機能そのものの改善を図るアプローチ、認知機能全般を賦活させるアプローチ、環境調整を含む代償的アプローチなどがあります。 (1)注意機能そのものの改善を図るアプローチ  注意障害のリハビリテーションでよく知られているのはAPT や軽症例用の APT Ⅱです。Sohlbergら(1986,1987)7⁾8⁾が注意の4つの機能(持続、選択、転換、分配)に対する直接的な訓練課題として作成したものです。  APTでは、前述のように4つの注意機能に属する複数の机上訓練が、それぞれ難易度別に階層構成されており、易しい課題から行うようになっています(表1-1)。繰り返しの反復学習が重要とされており、作業成績を記録に残し経時的に分析を行い、成績の変化を対象者にフィードバックしています(豊倉,2008)9⁾。   表1-1 APTの訓練課題  持続性注意 A Number cancellation:乱数表から標的数字を線で消す   B Attention tapes:条件に合った標的単語(テープを再生して呈示)に反応する   C Serial number:100から順に1桁の数字を足し算あるいは引き算する  選択性注意 A Shape cancellation with distractor overlay:視覚的ノイズが書き込まれたシートカバーを付けての標的図形を抹消する   B Number cancellation with distractor overlay:視覚的ノイズが書き込まれたシートカバーを付けての標的数字を抹消する   C Attention tapes(with background noise):持続性注意Bと同一の課題だが、背景ノイズがスキミング録音されている  転換性注意 15秒ごとに以下A~Fの施行内容や標的行動が変化する。前に行っていた方法を抑制して、反応セットを転換する。   A Flexible shape cancellation:選択性注意Aと同じ課題で2つの標的図形を交互に変更する   B Flexible number cancellation:選択性注意Bと同じ課題で2つの標的図形を交互に変更する    C Odd and even number identification:偶然あるいは奇数を線で消す    D Addition subtraction flexibility:2つの数字ペアの足し算あるいは引き算   E Set dependent activity Ⅰ:「high」「mid」「low」の3語が位置的にも高い、中間、低い3つの異なる高さでランダムに配列されている位置を答える   F Set dependent activity Ⅱ:「BIG」「LITTLE」「big」「little」の4語がランダム配列されているシートを見ながら、単純に文字を音読する作業と語の字体すなわち大文字で書かれているか小文字で書かれているかを答える作業を交互に行う 分配性注意 A Dual tape and cancellation task:標的図形や数の視覚的抹消課題とテープ再生による抹消課題を同時に行う   B Card sort:トランプを用いた課題で、カードを1枚ずつマーク別に分類し、数字や絵カードの名称に特定の文字が含まれる場合のみ裏返して並べる  文献「4)高次脳機能障害のリハビリテーション」から抜粋  上記のAPT に対してAPT-Ⅱは、軽症例に対するAPTの後継バージョンとして開発されています。訓練課題はAPTより複雑で難しくなっていますが、全体のコンセプトはAPTを踏襲しており、4つの注意機能に属する複数の課題が用意されています。  APTについて国内では豊倉(1992)10⁾や鹿島(1999)11⁾が実践報告をしており、注意障害が改善する可能性があることを示しています。  また国内においてAPT以外には、高次脳機能障害者を支援する者も活用できるように訓練方法の詳細を盛り込んだ種村ら(2009)5)の認知リハビリテーションの訓練教材、図やイラストを多く取り入れ家庭でも取り組むことを容易とした中島(2002)12)のリハビリ問題、既存の教科学習教材ドリル(算数・数学・国語)を用いた注意トレーニングなど、複数の手法が見られています。  このうち中島のリハビリ問題を活用した久留米大学での取り組みでは、高次脳機能障害のある男女13名に対し、3か月間の訓練を実施した結果、注意機能が改善し、日常生活や対人関係にも好影響を及ぼしたとする報告が見られています(小野ら,2008)13)。 (2)認知機能全般を賦活させるアプローチ  OZCはイギリスの医療機関において、神経心理学的リハビリテーションを実施するために開設されました。参加者は脳損傷者2で、「脳損傷理解グループ」「認知グループ」「感情マネジメントグループ」などに分かれてプログラムを実施しています。認知グループでは前半は注意とゴールマネジメントについて、後半は記憶についてのグループ訓練を実施しています。注意とゴールマネジメントの全セッションについては表1-2のとおり整理をしています。  セッション1から4は注意機能についてのグループ訓練で、注意機能の説明、注意のマネジメント方法を紹介した後に、注意機能の訓練を行います。セッション5と6は、主に遂行機能に関するグループ訓練です。遂行機能について説明した後に、日常生活で課題となっていることの解決のために、目標となるゴールを設定し、その解決方法を考え実行するといったゴールマネジメント訓練を行っています。認知グループについて、「われわれは、このグループ訓練で行われる教育のほとんどが、注意に対する気づきの程度を増やす、別な言い方をすればメタ認知のスキルを高めることになると考えている」(青木ら,2020)14)と記載されています。メタ認知スキルとは、自分が認知していることを、メタ(より高次の)視点から認知するといった意味で、自分の認知の特徴を知り、マネジメントしていくことです。OZCのプログラムでは、グループ訓練と個別セッションを行っているため、グループ訓練の中で生じた気づきに対し、個別セッションで理解を深めています。  本章の最後に、OZCにおける注意とゴールマネジメントのグループ訓練の概要を紹介します。詳細について関心のある方は参考文献14)をご参照ください。 ア 対象者  OZCに通所している非進行性の脳損傷者で年齢は16~60歳。脳外傷を負っている者が大部分ですが脳卒中や脳炎、髄膜炎、低酸素脳症など後天性脳損傷者も対象としています。 イ 人数  4~6人で構成しています。 ウ 頻度・時間  週1回、通常は6セッション(6週間)実施しています。1回につき休憩を挟んで最大2時間です。 エ 内容  ほとんどのセッションに、①教育、②実践的な課題、③ホームワーク(次のセッションの準備)が設けられています。 オ 進行  講義を行う者(通常は臨床心理士)は、配布資料を用意し、ホワイドボードや1枚ずつめくるタイプの図表、パワーポイントスライドを用いてセッションを実施しています。  また、参加者は書記の役割を分担し、週の終わりのミーティングにおいて学習したポイントを他の参加者と確認して討議することで議論の内容を深めることもしています。 カ 効果  効果検証のために設定されたグループの中で、注意とゴールマネジメントのプログラムを受けたグループだけが、様々な遂行機能を評価する検査、例えば神経心理学的検査、外出などの実用的用事による評価、日常生活における遂行機能の状況について確認するための質問紙などで優位な改善を示す結果が出ていると報告されています。 表1-2 OZCの6つのセッション(注意とゴールマネジメント)   セッション1 セッション2 セッション3 セッション4 セッション5 セッション6 教育 ①注意機能とは(定義) ②注意の機能 ③注意を邪魔する可能性のある要素は何か? ④脳損傷によって注意機能に問題が生じる典型例 ⑤注意の種類 ・選択的注意 ・注意の持続 ①注意機能と神経解剖 ②脳損傷と注意の問題との関連 ③心の黒板(ワーキングメモリ)の概念の紹介 ④心の黒板を使ってみる ①注意のマネジメント法を紹介する ・外的環境、内的環境 ・疲労/睡眠のコントロール ・関心を向けること ①注意のトレーニング ・注意の持続 ・注意の分配 ②注意に関する困難を他者に説明する ・遂行機能の概念の紹介 ・遂行機能に関する解剖(前頭葉) ・ゴールマネジメントの枠組みの紹介 ・ゴールマネジメントの第1段階 ・ゴールマネジメントの第2~5段階 ・心の黒板と関連させる 実践的な課題 ・コンピューター課題 ・周囲が話している中で誰かと話すこと ・会話しながらトランプカードを並べ替えること ・地図上に特定の場所を見つけること  など                        ・チョコレート会社の従業員という設定の中で、それぞれに役職と仕事内容が与えられ、課題時間中に仕事内容を終える。 ・退屈と思われるビデオと面白いか、少なくとも注意が引きつけられるビデオを視聴して集中度に違いがあったか意見交換を行う。 ・ペアになって役割を変えてロールプレイを行い、自分自身の注意や集中に伴う困難をペアの相手に説明する。 ・架空のシナリオに対して目標となるゴールを考える ホームワーク ・注意クイズ(様々な状況に関連する簡単な質問紙が与えられる) 騒がしい人々の中にいるときに、心がどこかに行ってしまうと感じたことはありますか? など ・自己観察日記の導入 ・心の黒板を使った例を記録し翌週グループ内で報告する。 ・退屈と思われる新聞記事と興味を引く新聞記事を読み、集中度の違いやそれぞれの内容をどのくらい記憶しているかを考える。 ・日常生活で直面している問題について、ゴールマネジメント用の用紙を使用し、目標となるゴールを決定する ・今までにしたことのない何かをするという目標の達成にゴールマネジメント用の用紙を使用する   <参考文献> 1)Parasuraman R The attentive Brain(A Bradford Book)The MIT Press;Cambridge,pp3-16 2000 2)イェフーダ・ベンイーシャイ、大橋正洋監修、立神粧子著:前頭葉機能不全 その先の戦略 Rask通院プログラムと神経心理ピラミッド、株式会社医学書院 2010 3)加藤元一郎、鹿島晴雄:専門医のための精神科臨床リュミエール10注意障害、中山書店 2009 4)武田克彦、三村將、渡邉修:高次脳機能障害のリハビリテーション、医歯薬出版株式会社、p11、p200 2018 5)種村純、椿原彰夫:教材による認知リハビリテーション、永井書店、pp94‐95、2009 6)阿部順子、蒲澤秀洋監修:イラストでわかる高次脳機能障害「解体新書」、メディカ出版 pp124-128 2011 7)Sohlberg MM, Mateer CA: Attention Process Training. Association for Neuropsychological Research and Development, Washington, 1986 8)Sohlberg MM, Mateer CA: Effectiveness of an attention-training program. JClin Exper Neuropsychol 1987,pp117-130 9)豊倉 穣:注意障害の臨床、高次脳機能研究、第28巻第3号、2008、pp320-328 10)豊倉 穣ほか:注意障害に対するAttention Process Trainingの紹介と有用性、リハビリテーション医学、29、1992、pp153-158 11)鹿島 晴雄ほか:認知リハビリテーション、医学書院、1999 12)種村 純編:教材による認知リハビリテーション その評価と訓練法、永井書店、2009 13)中島 恵子:理解できる高次脳機能障害 家庭でできる脳のリハビリ「注意障害」編、ゴマブックス株式会社、2002 14)小野 あづさほか:高機能機能障害者に対する注意力トレーニングの効果、総合リハビリテーション、36巻12号、2008、pp1207-1214 15)青木 重陽ほか監訳:高次脳機能障害のための神経心理学的リハビリテーション 英国the Oliver Zangwill Centreでの取り組み、医歯薬出版株式会社、2020   第2章 カリキュラムの開発プロセス  職業センターでは、注意障害に対するリハビリテーションについての情報収集を行った結果を踏まえ、新たに開発した注意障害に対する学習カリキュラムにはOZCとAPTのプログラムを取り入れることにしました。理由は、両プログラムの効果が実証されていること、「注意訓練を効果的に行うためには直接注意訓練とメタ認知訓練(フィードバック、自己モニタリング、方略訓練)と併せて行うことが望ましい」¹⁾と言われており、メタ認知訓練にあたるOZCと直接注意訓練にあたるAPTを組み合わせることで、効果的なカリキュラムとなることが期待できたためです。  注意障害の学習カリキュラムの開発にあたっては、OZCの注意とゴールマネジメントのプログラムのうち注意に関するセッションを採択し、全5回のグループワークに整理しました。その際、OZCの各セッションにある「教育」、「実践的な課題」、「ホームワーク」の趣旨と方法を概ね踏襲しつつ、「実践的な課題」で行っていた受講者同士で話し合う内容を「意見交換」として、「講義」、「体験ワーク」、「意見交換」、「プチトレーニング」という構成としました。また、国内の職業リハビリテーションの実践場面に馴染みやすいよう、中島²⁾のリハビリ問題、APTやAPTⅡの選択性注意、分配性注意の課題等を採り入れました。  注意機能について、職業リハビリテーションの場面では覚醒(覚度)はある程度保たれていることが基本であり、処理速度や容量は記憶など他の認知機能の影響が大きいため、本カリキュラムでは①持続性注意、②選択性注意、③分配性注意、④転換性注意の4つの機能に焦点を当てることにしました。また、それぞれを「続けられる力」、「見つけられる力」、「同時に注意を向ける力」、「切りかえる力」と呼ぶことにしました(図2-1)。   図2-1 注意機能のイメージ図(その2)  以下、職業センターで試行実施したカリキュラムの内容について詳しく紹介していきます。 1 カリキュラムの目標  本カリキュラムは、OZCのプログラムを参考に以下2点を目標としています。1点目は、受講者が自分の注意の特徴を知り、他者に説明できるようになることです。カリキュラムでの講義や体験ワーク、意見交換、プチトレーニングを通して、客観的に把握します。2点目は、自己対処の方法と職場に配慮を求めることについて整理することです。注意を妨げる要素を取り除き、環境を整えられるようにします。これらを通して、メタ認知スキルを高めていきます。 2 カリキュラムの構成  本カリキュラムは、全5回のグループワークで構成されています。そのうち第1~3回は、「講義」で学んだ内容について、「体験ワーク」や「意見交換」を通して理解を深めていきます。学んだ内容を身につけられるように、各回でプチトレーニングを出しています。第4回は「体験ワーク」が中心で、その後「意見交換」をします。第5回は、復習と「注意の特徴まとめシート 資料№28 」を整理する内容としています。  第1回のグループワークの開始前と第5回のグループワークの終了後にアンケートを実施し、注意障害に対する自己認識の変化の有無を確認しました。 (1)講義   注意の4つの機能とは何か、環境が注意にどのような影響を与えるかなど、注意についての基本的知識を受講者が理解するための講義であり、各受講者のそれぞれが自分の注意の特徴を説明できるようになるための準備段階としての教育的な内容となっています。各回とも概ね15~20分です。 (2)体験ワーク   受講者は、注意の4つの機能を具体的に理解したり、注意に与える様々な環境の影響の違いを、体験ワークを通して体感します。  例えば、2名のスタッフが別々の新聞記事を読んでいる中で片方のスタッフの読み上 げる内容を聞き取ることが求められる課題や、図を見て間違え探しをすることで「見つけられる力」を確認する課題、あるいは散らかっている机や人の話し声のする環境で取り組む課題など、視覚的又は聴覚的に注意を妨げるものがある環境下で、自分の集中力や注意力が受ける影響の違いを体験できるようになっています。 (3)意見交換   各受講者が注意の特徴や有効な対処方法について、他の受講者に説明し、意見交換を行うことで、各受講者が自分の注意についての理解を深めます。また、他の受講者の対処方法を参考にして自分でも実践してみるよう、スタッフから促します。 (4)プチトレーニング  第1~4回のグループワークの最後に、次回のグループワークまでに各自で行うプチトレーニングを宿題として持ち帰ります。その結果を次回のグループワークの冒頭に発表します。  第1回の最後に提示するプチトレーニングは、決められた絵柄を探しだすなど「見つけられる力」に関する課題です。  続く第2回のプチトレーニングは、決められた時間にスタッフに報告したり、課題を行う等「切りかえる力」に関する課題です。課題に取り組むことで、自分の注意の特徴に気づくことを目的としています。また、決められた時刻を忘れないためにアラーム機能を使用するなどの対処方法やちょっとした工夫なども、注意機能を補うものとして意識して行うよう促し、その有効性を具体的に理解することをねらいとしています。  第3回のプチトレーニングは、日々の作業の中で気づくことのできる注意を妨げる要素とその際に注意力をできる限り発揮できるように取った対処策を書き留める課題です。  第4回のプチトレーニングは「自己観察日誌 資料№26 」です。日々の生活の中や作業場面で「気がついた注意の特徴」、「課題と感じた場面や内容」、「対処した事や対処したい事」などを記録します。  プチトレーニングの目標は、体験ワークとあいまって、グループワークで学んだことを日常生活や職業の場面の中で具体的に関連付け、体験することで、グループワークが終了した後においても注意機能を補う対処策を継続的に使えるようにすることにあり、グループワーク全体の効果を生むために重要な要素のひとつと言えます。 3 職業センターで試行実施した内容 (1)対象者  職場復帰支援プログラムと就職支援プログラム受講者のうち、本カリキュラムに関心を示し、参加を希望した受講者を対象としました。注意障害の診断を受けている方には限定しませんでしたが、注意障害の診断を受けていない方は受講者8名のうち1名のみでした。その方も、自宅で皿洗いをしていた際に、横にあった皿に注意が向けられず洗浄しなかった等、日常生活において注意に関連した困り感を持っていたため、本カリキュラムに積極的に参加しました。  なお、本カリキュラムの一部を改編し、地域センターの協力を得て、高次脳機能障害以外の障害者に対しても実施し、一定の効果が認められました。詳細については、第4章の4で紹介します。 (2)実施体制   グループワークを進行する支援者は、進行役、板書役、フォロー役を分担し、基本3名体制で実施しました。フォロー役は、グループワークにおける受講者の行動を観察するとともに、進行役が説明している箇所を受講者が把握できなかったり、進行役からの質問に答えられない場面で個別のサポートを行います。 (3)受講者数  1グループ2~5名で実施しました。グループワークでは意見交換の時間を設けていることから、受講者の人数によって要する時間や進め方が変化します。支援者3名体制で実施する場合は、最大5名(2~5名程度)が適当と思われます。 (4)時間・回数等 ア 所要時間  各回のグループワークの所要時間は休憩を含め90分間とし、グループワークのスライド等の内容も、設定時間に適した分量に調整しました。 イ 休憩時間  休憩時間は、90分間のグループワークのうち、体験ワークの途中に5~10分程度の休憩を1回、緊張をほぐし集中力を維持するために軽いストレッチの時間を1~ 2回設け、適度な休憩の効果を指摘するようにしました。 ウ 実施頻度  第1~4回の実施頻度は、プチトレーニングとあいまって各回の学習内容が定着しやすいよう1週間程度ごととしました。  第4回と第5回の間は2週間あけることとしました。第4回でプチトレーニングとして出された自己観察日誌に日々の生活の中や作業場面で自分の注意の特徴を記録し、第5回ではそれを基に「注意の特徴まとめシート」を作成します。自分の注意の特徴を記録するための期間は、1週間では短いため倍の2週間程度が適当と考えました。  各回の実施日は、受講者にとってわかりやすいよう、可能な限り同一曜日としました。受講者が並行して参加している他のプログラムのスケジュール、支援者との相談の予定などを考慮する場合は異なる曜日にしましたが、プチトレーニングに取り組む期間が十分に確保できるよう調整しました。 エ その他  週1回程度の頻度で個別相談を実施し、自己チェック表(おもて面)(資料№8、資料№14、資料№22 )のアンケート欄を参照しながら、グループワークの内容の理解度や有用度、無理がないかなどを確認しました。具体的には、分かりにくかったことはないか、対処方法を日常生活や支援機関での作業場面で取り入れているか等を聞き取り、次回のグループワーク参加に向けた目的意識を再確認し、動機づけを図りました。 (5)カリキュラムにおける教材、資料について  体験ワークは、難易度が異なる複数パターンを用意し、その中から各受講者に最も適したものを支援者が検討して提示しました。  例えば、外的環境(騒がしい環境と、静かな環境など)の違いにより注意機能の現れ方が異なることを体験する体験ワークの場合、もしその課題が難しすぎれば回答が不正解に偏り、逆に優しすぎれば回答が正解に偏る可能性が考えられ、外的環境による結果の違いを体感しにくいと考えられたためです。 (6)効果測定の方法  注意障害に対する学習カリキュラムの効果を、神経心理学的検査、作業検査、質問紙、セルフモニタリング、行動観察によって測定しました(表2-1)。 ア 神経心理学的検査  神経心理学的検査としては、標準注意検査法3)(CAT:Clinical Assessment for Attention)3。以下、「CAT」という。)を用いました。CATは、日本高次脳機能学会が開発した注意障害の検査です。選択性注意、持続性注意、分配性注意、転換性注意の4つの注意機能を分析的に評価できるため医療機関などでも広く活用されています。  CATの下位検査には、検査図版や検査用紙、CDプレイヤーからの聴覚刺激(数字や語音)などによる課題が用意されています。検査結果はCATプロフィールとしてとりまとめます。一般受検者の年代別標準化プロフィール(20歳代~70歳代)が、平均値、標準偏差、カットオフ値として示されており、検査結果との比較が可能になっています。したがって、プロフィールを見れば、下位検査の結果がカットオフ値を超えているか、健常基準の範囲内か否かが分かります。  本試行では、CATの下位検査6項目をカリキュラム実施前後に実施し、それらの結果を比較することにより、注意機能の変化の有無を客観的に確認しました。 表2-2 CATの検査項目 検査名 分かること 検査内容 Span Span (Digit Span) (数唱) 順唱 聴覚的 注意の範囲・強度 短期記憶 ワーキングメモリ 検査者は2桁から9桁までの数字を読み上げる。被験者は指示に応じて順唱、逆唱する。最も長く復唱できた桁数が結果となる。 逆唱 Tapping Span (視覚性 スパン) 同順序 視覚的 注意の範囲・強度 短期記憶 ワーキングメモリ 検査は1桁の数字が書かれた用紙を用いて、2桁から9桁までの数字を指し示す。被験者は指示に応じて、同順序、逆順序に指し示す。 最も長く指し示すことができた桁数が結果となる。 逆順序 Cancellation and Detection Test (抹消・検出検査) Visual Cancellation Task (視覚性抹消課題) 視覚的 選択性注意 図形2種、数字、ひらがなの計4種の検査を実施する。例えば、ひらがなの検査の場合、ターゲット(目標刺激)である「か」をできるだけ速く、見落とさないよう消去する。 Auditory Detection Task (聴覚性検出課題) 聴覚的 選択性注意 「ト」「ゴ」「ド」「ポ」「コ」の5種の語音からターゲット(目標刺激)「ト」が聞こえた際に合図をする。 Symbol Digit Modalities Test(SDMT) 注意の分配 ワーキングメモリ 9つの記号と数字が記載された対応表をもとに、記号に対する数字を記入する。 Memory Updating Test (記憶更新検査) 注意の分配、変換、制御、 ワーキングメモリ 検査者が読み上げる数系列のうち、末尾3つ(3スパン)ないし4つ(4スパン)を復唱する。被験者には何個の数字が呈示されるか知らされないため、指定された範囲以外の数字を消去し、新しく読み上げられた数字を記銘する「更新作業」が求められる。 Paced Auditory Serial Addition Test (PASAT) 注意の分配 ワーキングメモリ 1桁の数字が呈示され、前後の数字を順次暗算で足すことが求められる。 Position Stroop Test (上中下検査) 注意の変換 上(段)中(段)下(段)に配置された上中下の漢字の位置を口頭で述べる検査。漢字の持つ意味とは異なる位置に配置されている場合、語の持つ意味が位置の判断の妨害刺激となる。 イ 作業検査  作業検査としては、当機構障害者職業総合センターの研究部門が開発したワークサンプル幕張版(以下、「MWS」という)を用いています。MWSは、OA作業、事務作業、実務作業に大別された13種類の作業課題から構成され、簡易版と訓練版に分かれ、作業の疑似体験や職業上の課題を把握する評価ツールとして、また作業遂行力の向上や障害への対処方法の活用に向けた支援ツールとして、職業リハビリテーション機関等で活用されています。  カリキュラム実施前後に、数値チェック(事務作業)、文書入力(OA作業)、ピッキング(実務作業)を実施し、前後の作業検査の結果を比較することにより、作業能率および正確性の変化を確認しました。 ウ 質問紙  第1回グループワークの前に実施前アンケート(資料№1)と、第5回グループワークの後に実施後アンケート(資料№2)を実施しました。「自分の注意力の特徴を理解している」「自分の注意力の特徴を他者に説明できる」等、注意機能に対する自己評価や、自分の注意の特徴に対する理解が深まったかなどについて確認しました。  また、第1~3回グループワークのまとめの時間に、自己チェック表(おもて面)により、講義内容の理解度と有用度について確認しました。なお、第4回と第5回は講義を実施しないため、質問紙による確認は行いませんでした。 エ セルフモニタリング  各グループワーク(プチトレーニングを含む)を通して、受講者自らが気づいた4つの注意機能の特徴やその対処策、注意機能の発揮を妨げる要素やその対処策などについて、セルフモニタリング(自己観察日誌及び自己チェック表の記入)によって整理しました。 オ プログラム中の行動観察  支援者は、本カリキュラムを含むプログラム全体を通して、注意の自己対処・環境調整のチェックリスト(資料№3)に基づき行動観察を行い、注意障害による課題の状況や対処手段の活用状況を確認しました。また、プログラムを通して観察された注意障害に関わるエピソードを記録しました。 <参考文献> 1)加藤元一郎、鹿島晴雄(責任編集):専門医のための精神科臨床リュミエール10注意障害、中山書店、2009 2)中島恵子:家庭でできる脳のリハビリ:理解できる高次脳機能障害:「注意障害」編、ゴマブックス、2002 3)日本高次脳機能障害学会:標準注意検査法・標準意欲評価法、新興医学出版社、2006 第3章 カリキュラムの実施方法 1 カリキュラムの全体概要  カリキュラムの内容(第1~5回のグループワーク)の概要は表3-1のとおりです。   表3-1 注意障害に対する学習カリキュラム   第1回グループワーク 第2回グループワーク 講義 ①高次脳機能障害とは ②注意障害とは ③注意の4つの機能 ④持続性注意 ⑤選択性注意 ①分配性注意 ②転換性注意 ③対処手段とは ④対処手段の考え方 体験ワーク 【注意機能の体験ワーク】 ①新聞記事の聞き取り〔持続性注意(聴覚)〕 ②抹消課題〔持続性注意(視覚)) ③新聞記事の聞き取り〔選択性注意(聴覚)〕 ④間違い探し〔選択性注意(視覚)〕 ⑤文書校正〔選択性注意(視覚)〕 【注意機能の体験ワーク】 ①トランプ課題(分配性注意) ②抹消課題・二条件(分配性注意) ③物語文の仮名ひろい(分配性注意) ④抹消課題・切替(転換性注意) 意見交換 ①体験ワークの振り返り ・得意/苦手なワークについて感想を述べる ・ワークをふまえて、自分の注意の特徴を説明する ①体験ワークの振り返り ・得意/苦手なワークについて感想を述べる ・ワークをふまえて、自分の注意の特徴を説明する ②対処手段について ・自分にとって効果がありそうな対処手段について話し合う プチトレーニング 【自分の注意の特徴や工夫できることを考える】 ・抹消課題等(資料№9)を毎日1題ずつ実施し、自分の注意の特徴(長所と課題)や注意機能を発揮するために工夫できることを考える 【自分の注意の特徴や工夫できることを考える】 ・転換性注意の課題(資料№15)を毎日1題ずつ実施し、自分の注意の特徴(長所と課題)や注意機能を発揮するために工夫できることを考える  表3-1 注意障害に対する学習カリキュラム(続き) 第3回グループワーク 第4回グループワーク 第5回グループワーク ①注意を妨げる要素 (外的環境) ②注意を妨げる要素 (内的環境)    ・これまでの復習 ・自分の注意の特徴について注意の特徴まとめシート (資料№28)に整理する ・自分の注意の特徴、自己対処の方法、職場に配慮を求めることについて発表する 【注意を妨げる要素の体験ワーク】 ①外的環境に関する体験(静かで整った環境/雑然とした環境/騒がしい環境で集中度や注意力の比較) ②内的環境に関する体験(呼吸法をする/しないで集中度や注意力の比較) 【自己対処の工夫の体験ワーク】 ①パーテーション ②ルーペ ③ノイズキャンセリングヘッドホン ④読み上げ機能 ⑤画面拡大 ⑥ディスプレイ設定変更 ⑦タッチキーボード ①体験ワークの振り返り ・外的環境による注意機能の違い、自分の注意を妨げる要素について話し合う ・内的環境による注意機能の違い、内的環境を整えるために考えられる工夫について話し合う ②内的環境・外的環境について ・内的環境・外的環境が自分の注意にどのように影響するか説明する ①自分にとって効果がありそうな対処手段 ・取り入れたい自己対処の工夫について話し合う ②環境調整の工夫 ・取り入れたい環境調整の工夫について話し合う 【自分が取り組むべき課題について考える】 ・自分の注意の特徴(長所と課題)や、外的環境、内的環境について対処や課題を考える 【自分の注意の特徴について把握する】 ・毎日、自己観察日誌 (資料№26)をつけて自分の注意の特徴(長所と課題)をさらに把握する 2 実施方法の概要  実施方法の概要は以下のとおりです。  なお、様々な実施方法やアレンジの仕方については、次の第4章の4で紹介します。 (1) 対象者  注意障害の診断を受けている高次脳機能障害者を想定しています。しかし、第1章で述べたとおり、注意はすべての認知機能の基盤であり、注意の機能が十分に働かなければ、より上方の記憶や遂行機能などの認知機能も十分に発揮できないと言えます。そのため、他の認知機能に障害がある方でも、注意機能にアプローチすることが有効であると考えられるため、注意障害の診断を受けている方に限定する必要はありません。 (2) 実施体制   各回の運営にあたって支援者は、進行役、板書役、フォロー役の3名体制で実施します。フォロー役は受講者の人数に関わらず、通常1名で担当します。 (3) 受講者数  グループワークや体験ワークを効果的に実施するため、2名から5名程度での実施が望ましいです。 (4) 時間・回数  1回90分(5~10分程度の休憩を含む)、週1回のペースで、第4回までは毎週実施します。第5回は注意の特徴について2週間分の記録を取る期間を設けるため、第4回の2週間後に実施します。 3 実施方法の詳細 (1) 各回共通 ア グループワーク参加のルール  全5回のグループワークを始める際、毎回「グループワーク参加にあたって」を読み上げます。 イ 前回の内容の振り返り  各回(第1回を除く)、「本日の内容」に入る前に「前回の内容」について振り返ります。  特に記憶障害のある受講者がいる場合は、より丁寧に振り返りを行います。職業センターでは、前回のグループワークの資料を出してもらい、講義や体験ワークの内容に加えて、受講者の反応や意見交換での発言内容を挙げて、記憶を引き出せるようにしています。 (2) 第1回  注意障害グループワーク第1回資料を活用しながら、実施しています(資料№4)。高次脳機能障害の主な症状を説明し、注意の4つの機能のうち「続けられる力(持続性注意)」、「見つけられる力(選択性注意)」についての講義、体験ワーク、意見交換を行い、最後に次回までの間に実施するプチトレーニングの説明を行います4。 ア はじめに  第1回では、講義を始める前に自己紹介を行い、グループワークの構成や目的を説明しています。   (ア) 自己紹介  自己紹介の際は自分の「注意について得意なこと」を含めて紹介してもらいます。この「注意について得意なこと」のイメージを受講者に伝え、考える時間を取るため、受講者の自己紹介の前に、進行役の支援者から、「私の名前は○○です。私は△△が得意です。」と自己紹介し、次いで板書役とフォロー役も同じ要領で自己紹介を行います。この際、支援者は各々違う注意の機能について紹介するようにします。得意なことを考えることが難しいと思われる受講者には、「これまでに出た意見と同じものや似ている内容でもよい」ことを伝えます。 【支援者が行う注意機能の紹介を取り入れた自己紹介の例】  下記の自己紹介の際は、()内の注意の名称は読み上げません。 ・「本を読み始めると、終わるまで集中して読むことができます。」(持続性注意) ・「間違え探しが得意で、新聞に載っている間違え探しは全部正解できます。」(選択性注意) ・「料理が好きで、お湯を沸かしたり魚を焼いたり複数のことに同時に注意を払いながら作ることができます。」(分配性注意) ・「作業していても電話が鳴ったらすぐに取ることができます。」(転換性注意)   (イ) グループワークの構成・目的の説明  グループワークの構成を説明します。各回の講義で学んだ内容について体験ワーク、 意見交換により理解を深め、プチトレーニングを通して確認することを伝えます5。  また、グループワークの目的についても説明します。グループワークの目的は、第一に「自分の注意の機能や障害の特徴を知り、他者に説明できるようになること」、第二に「注意障害への自己対処の方法と、職場に配慮を求めたい内容を整理すること」であることを説明します。            イ 講義1:高次脳機能障害とは  高次脳機能障害は、脳の病気や事故の外傷などの後遺症から、高次の脳機能に障害が起こることで、主な原因は脳卒中(脳出血や脳梗塞が含まれます)、脳外傷(交通事故やスポーツ事故)、脳炎や脳症などであると説明します。  また、高次脳機能障害の主な症状として、注意障害、記憶障害、失語症、半側空間無視、遂行機能障害、行動と情緒の障害があることを紹介します。    次に「誤字や脱字、計算ミスに気づけない」、「いつも行っている家事や好きな趣味でも、疲れたり飽きたりしてすぐにやめてしまう」、「物事に熱中して他のことに気づかない」などで困っていないかと問いかけます。これら注意障害の主な症状の有無を問いかけることによって、このグループワークでは、そのような注意障害について取り上げていくことを伝えます。 ウ 講義2:注意障害とは  注意障害には4つの機能があることを説明します。持続性注意を「続けられる力」、選択性注意を「見つけられる力」、分配性注意を「同時に注意を向ける力」、転換性注意を「切りかえる力」と呼ぶこと、そして第1回では「続けられる力」と「見つけられる力」について取り上げることを伝えます。  「続けられる力」は、注意がそれずに目的を持った行動が行えることを意味し、本や新聞を読むとき(視覚的注意)や、ラジオを聞くとき(聴覚的注意)に最後まで集中力が途切れない場合などが該当することを説明します。  「見つけられる力」は、色々な刺激の中から他の刺激に影響されずに1つの刺激を選択できる力を意味し、スーパーマーケットの棚から品物を見つけ出すとき(視覚的注意)や、レストランなどの周囲の人々の会話が聞こえる中で相手の話を聞くとき(聴覚的注意)などが該当することを説明します。 エ 体験ワーク:「続けられる力」と「見つけられる力」  各ワークの進め方を以下で説明します。  体験ワーク開始前に、ワークは注意の機能を体験するために行うこと、テストではないので正答率や所要時間は気にする必要がないことを伝えておきます。 (ア) 体験ワーク1:〈耳で聞く「続けられる力」の体験〉    進行役が新聞記事を読み上げた後に、その内容に関する問題に答えてもらいます。集中して聞き続けられる力を体験するため、メモは取らずに集中して聞くように促します。また、問題の答えとなっている部分のみを聞き取るのではなく、全体を聞き続けられる力の体験であるため、問題は記事の読み上げが終わるまで見ないように伝えます。  職業センターでは、新聞記事をアレンジして400字程度にまとめたものを使用しています(資料№5)。誰にでも分かりやすい内容で、なじみのある場所(都市名は架空)の話題にしています。問題の内容は、場所、料理名、値段(数字)です。他の新聞記事を活用する場合は、上記の条件を備えた、誰でも知っている地元の記事を選ぶようにするとよいでしょう。  また、新聞記事は大きめの声ではっきりと読み上げます。問題の答えとなっている箇所を特に強調はしませんが、数字はゆっくりと読み上げるようにします。  読み上げ終了後、まずは個別に質問に対する答えを書いてもらい、受講者に答えを発表してもらいながら答え合わせをします。全体に問いかけて答えてもらっても構いませんし、一人ずつ指名して答えてもらってもよいです。 (イ) 体験ワーク2:〈目で見る「続けられる力」の体験〉    意味の無い平仮名文を呈示し、「ら」の文字を○で囲んでもらいます。「一番上の行の左端から始めて右方向に進み、右端まで行ったら改めて次の行の左端から右方向に進めていきます。ミスが無いように、なるべく速く行ってください。」と説明します。決められた時間内にどの程度できるかを確認するものではなく、持続して課題を行う体験であるため、制限時間は設けていません。全ての受講者が終わった時点で終了の合図をします。正答率は問わず、正解用紙(資料№7)を渡して各自答え合わせをしてもらいます。 (ウ) 体験ワーク3:〈耳で聞く「見つけられる力」の体験〉    2つの新聞記事を準備します。一つは読み上げ終了後に出す問題と関係のある記事、もう一つはそれ以外の記事です。進行役が問題と関係する記事を、フォロー役がそれ以外の記事をそれぞれ同時に読み上げます。進行役は「私の読み上げた新聞記事の内容について後で質問に答えてもらいますので、最後までよく聞いてください。」と伝え、体験ワーク1のときと同様、メモは取らずに、問題と関係する記事の内容に注意を向けてよく聞くように促します。  職業センターでは、体験ワーク1のときと同様に、新聞記事を400字程度にまとめたものを使用しています(資料№5)。内容は「アニマルセラピー」に関する記事です。また、フォロー役が読み上げる記事は「睡眠」に関する記事で、問題と関係する記事よりも少し長めの文章を用意して、もう一方の記事よりも読み上げるのが先に終了しないようにしています。  また、進行役の後ろにフォロー役が立ち、受講者の座っている場所によって聞こえ方に差が出ていないかを確認するようにしています。  読み上げ終了後には、体験ワーク1と同様に答えを発表してもらいながら、答え合わせをします。 (エ) 体験ワーク4:〈目で見る「見つけられる力」の体験(絵)〉  2枚のイラストを見比べ、違いを見つけて印を付ける課題です。正解にこだわるのではなく、「注意を向ける」という意識を大切にしています。制限時間は設けていません。全員が印を付け終わった時点で終了の合図をし、受講者に1つずつ答えてもらいながら答え合わせをします。  正解用紙は資料№7です。   (オ) 体験ワーク5:〈目で見る「見つけられる力」の体験(書類)〉  ワークシート(資料№6)を配布します。上下の文章を読み比べて、間違っている箇所を見つけ、訂正する課題です。1分経っても1つも見つけられない場合は、第2回、第4回での対処手段の検討につながるよう、定規やルーラーの使用を促します。終了後に正解用紙を渡して各自確認をしてもらいます。 オ 意見交換  ここまでの体験ワークの中で、得意だった課題と苦手だった課題を第1回自己チェック表(おもて面)(資料№8)に記入してもらいながら、体験ワークを通して気づいた点などをまとめます。それらを踏まえて自分の注意の特徴を発表してもらいます。発表内容については板書役が板書します。 カ プチトレーニング  第1回プチトレーニングを配ります(資料№9)。第2回までの間に、1回10分程度でできる「見つけられる力」の課題に取り組んでもらうこと、自己チェック表(裏面)にプチトレーニングを実施した日と「続けられる力」や「見つけられる力」について気づいたこと、工夫したことを記録してもらいます。  なお、プチトレーニングの結果報告は第2回の冒頭に行います。 (3) 第2回  注意障害グループワーク第2回資料を活用しながら、実施しています(資料№10)。  第2回の前半に、第1回のプチトレーニングの報告をしてもらった後に、注意の4つの機能のうち「同時に注意を向ける力(分配性注意)」と「切りかえる力(転換性注意)」について講義、体験ワーク、意見交換を実施します。後半には、注意障害の対処手段について講義と意見交換を行います。 ア 講義1:注意障害とは  「同時に注意を向ける力」は、一度に2つ以上の刺激に対して同時に注意を向けて行動することであると説明し、「話をしながら歩く」、「電話をしながらメモを取る」といった具体的な行動の例を交えて解説します。いわゆる「ながら○○」のように普段から意識せずに行っている行動ではありますが、注意機能を働かせた行動であることを強調します。  また、「切りかえる力」は、1つの行動から別の行動へ注意が転換できることであると説明し、「PC作業をしている途中で電話に出るとき」、「料理の際に、食材を切っている途中で鍋が沸騰しているのに気づいたとき」といった例を交えて解説します。  さらに、受講者に「同時に注意を向ける力」や「切りかえる力」について他に思いつく例を挙げてもらい、理解度を確認してから次に進めていきます。   イ 体験ワーク:「同時に注意を向ける力」と「切りかえる力」  各ワークの進め方を以下で説明します。  第1回のグループワークと同様、体験ワーク開始前に、体験ワークは注意の機能を体験するために行うこと、テストではないので正答率や時間は気にする必要がないことを伝えておきます。 (ア) 体験ワーク1:〈「同時に注意を向ける力」の体験〉 ① トランプ(JOKERは取り除き、ばらばらになるようにきっておく)を一人1セット配布し、進行役は説明文を読み上げます。 ② トランプをマーク別かつ数字順に並べてもらいます。並べる時に各マークの「3」と「Q(クイーン)」を裏返して置いてもらうこと、また「同時に注意を向ける力」の体験となるように、最初にマーク別に分けたり、一旦すべてを数字順に並べてから「3」と「Q(クイーン)」を裏返す方法を取ることのないよう伝えます。 ③ 並べ方がイメージできるように、スライドで並べ方の例を提示して説明します。 ④ 上手く並べられない受講者がいた場合には、フォロー役がフォローをします。 ⑤ ワーク終了後、受講者が実施しているときに感じたことや同時に注意を向けながら並べることができたか等を発表してもらい、板書役が板書します。 ※トランプが用意できない場合は「体験ワーク1」を割愛し、次の「体験ワーク2」に取り組んでもらって構いません。 受講者にとって、4種類のマークを分類しながら、同時に特定のカードを裏返す作業の難易度が高いと考えられる場合、トランプのマークを例えばハートやダイヤの2種類に絞って配布することで、難易度を下げる方法もあります。 (イ) 体験ワーク2:(「同時に注意を向ける力」の体験)<数字> ① 進行役が説明文を読み上げます。 ② 「同時に注意を向ける力」の体験となるように、40以下の数字をひろってから偶数を選ぶのではなく、数字を目で追いながら同時に2つの条件を満たす数字を見つけていく課題であることを強調します。 ③ 終了後、解答を配り各自で確認してもらいます(資料№12)。各受講者から実施中に感じたことを発表してもらい、その内容を板書役が板書します。 (ウ) 体験ワーク3:〈「同時に注意を向ける力」の体験〉<ひらがな> ① ワークシート(資料№11)を配布してから、進行役は説明文を読み上げます。作業が終了したら、ワークシートを伏せるように伝えます。 ② 各自で物語を読み、内容を把握しながら、標的文字(あ、い、う、え、お)に○を付けてもらいます。 ③ 作業終了後、進行役は2つの問いを読み上げて、各自回答を記入してもらいます。 ④ 終了後、各受講者から体験ワーク実施中に感じたことや物語の内容把握と標的文字の抹消が同時にできたかなどについて発表してもらい、板書役が板書します。 (エ) 体験ワーク4:〈「切りかえる力」の体験〉 ① 進行役は説明文を読み上げます。 ② やり方をイメージしやすいように、図を示しながら再度説明します。アラーム音に気づけるよう、実際にアラーム音を鳴らし受講者にどのような音かを予め確認をしてもらいます。 ③ 進行役はアラーム音が鳴る10秒毎に「Cに〇をつける」、「dに△をつける」と声掛けをします。 ④ 終了後、解答を配り各自で確認してもらいます(資料№12)。各受講者から体験ワーク実施中に感じたことと、切りかえた方法などについて発表してもらい、板書役が板書します。  受講者にとって大文字の「C」に○を小文字の「d」に△を付ける課題は難易度が高いと考えられる場合、大文字の「C」と小文字の「d」の両方に○を付ける課題に変えることもできます。より難易度を下げるには、大文字の「C」に○を付ける、または小文字の「d」に△を付ける課題のみにする方法もあります。 ウ 意見交換1   自己チェック表を配布します(資料№14)。自己チェック表のおもて面の「同時に注意を向ける力(分配性注意)」と「切りかえる力(転換性注意)」について、体験ワークを通して感じた自分の得意、不得意の程度を記入してもらいます。  記入した内容を基に、受講者間で意見交換を行います。各自が自分の注意の特徴について、気づいたことを発表してもらいます。もしあまり意見が出ない場合には、ここで取り組んだ課題のうち、得意だった課題、苦手だった課題があったか等を受講者に問いかけて意見交換を進めていきます。発表内容については板書役が板書します。 エ 講義2:注意障害の対処手段  対処手段とは、受障によって低下した認知機能を補うための、道具の使用、注意や記憶などを喚起しやすくするための環境の調整、認知機能の低下によるミスを予防するための日課や作業手順などの活用や工夫であることを説明します。  また、対処手段は、自己対処の工夫と、環境調整の工夫に分けられることを伝え、それぞれ例を紹介します。その際、職業センターでは、実践報告書№40「高次脳機能障害の復職におけるアセスメント」¹⁾に掲載している「対処策リスト255」の中から、注意障害に関するページを受講者に配布しています(資料№13)。 オ 意見交換2  どのような対処手段が、自分にとって効果がありそうだと感じたかについて受講者に意見交換をしてもらいます。最初に進行役やフォロー役が実際に行っている対処手段について発表して板書をします。その後、板書や「対処策リスト255」も参考にしながら、今後取り入れてみたい対処手段について検討し、発表してもらいます。 発表内容については板書役が板書します。 カ プチトレーニング   受講者に「切りかえる力」に関する課題に取り組んでもらい、取り組んだ内容を自己チェック表(裏面)に記録をしてもらいます。  課題の内容は2種類あります。1つは指定した日時に指定した内容を受講者から支援者に伝えてもらう課題で、例えば「○月○日の○時に、スタッフに好きな曲について教えてください。」と指示します。もう1つは日時を伝えずに、支援者から受講者に質問する課題で、「課題として出された内容以外にこちらから声をかけることがありますので、質問されたら答えてください。」と伝えておきます。どちらの課題も、現在取り組んでいる課題から、一旦違う課題に注意を切りかえて、また元の課題に戻れるか否かを確認するものです。支援者はプチトレーニング記録用紙(資料№15)を用いて、課題内容が達成できたかどうかを観察し、その状況を記録します。  支援者と直接やり取りすることが難しい状況の場合は、指定した課題を指定した時間に取り組んでもらう課題とします。  なお、プチトレーニングの報告は第3回の最初に行います。    <プチトレーニングの課題の例> (4) 第3回  注意障害グループワーク第3回資料を活用しながら、実施しています(資料№16)。  第2回のプチトレーニングの報告の後、注意を妨げる要素について、外的環境と内的環境に分けて説明します。  次に、外的環境、内的環境で異なる課題に取り組む体験をして、自分の集中力や注意力に違いが生じたか否かを体験し、確認してもらいます。また、内的環境を整える方法を紹介します。 ア 講義:注意を妨げる要素  「集中できている/できていない」と感じるときの状況について受講者に質問し、発表してもらいます。  次に、注意を妨げる要素には外的環境と内的環境があること、外的環境には視覚的刺激や聴覚的刺激、温度という要素があることを説明します。     また、視覚的刺激や聴覚的刺激への対処、温度や湿度の管理、照明やPC画面の明るさを調整するなど、外的環境を整える方法を伝えます。  さらに、内的環境には感情や体調、興味という要素があることを説明し、睡眠やリラクゼーション、運動や休憩など内的要因を整える方法を伝えます。   イ 体験ワーク1(A~C):注意と外的環境(外的環境に関する体験)  体験ワークAは整った環境(整理整頓してある静かな環境)、体験ワークBは 机の上が散らかっている(静かな)環境で、それぞれ文章や伝票の誤りを探す課題 (資料№17)に5分間取り組んでもらいます。  受講者に二手に分かれてもらい、一方は整った環境(体験ワークA)、もう片方は 机の上が散らかっている(静かな)環境(体験ワークB)で課題に取り組む体験をしてもらいます。次に体験ワークのAとBを入れ換えて取り組んでもらいます。  最後に、体験ワークCでは、複数の支援者(進行役、板書役、フォロー役)が雑談をしている環境の中で、同じ課題に取り組んでもらいます。雑談の内容は、受講者の作業に適度な干渉が加わるよう、食べ物や動物など受講者の興味がありそうな内容で、不快感を持つ受講者がいないような内容を検討します。  作業課題の難易度は、体験ワークA~Cの間で同程度になるようにします。職業センターでは、文章や伝票の誤りを探す課題を実施しましたが、第1回の体験ワーク5で1文字も探せない等文章や伝票の誤りを探す課題が難しいと考えられる場合には、間違い探しの課題(資料№18)に変更しています。受講者の特性に合わせて、簡単には解けないけれども、解くことができる程度の課題とします。  終了後、解答を見て各自で確認をしてもらいます。     書類が散らばっている机の上の例   ウ 意見交換1  体験ワークを通して、外的環境によって作業の結果に変化があったか(あるいはなかったか)、自分の注意が妨げられやすい刺激は何かについて、意見交換をしてもらいます。また、自己チェック表(資料№22)を配布し、外的環境の欄の「注意を妨げる要素」の欄にチェックを入れてもらいます。受講者の発表内容については板書役が板書します。 エ 体験ワーク2(D、E):注意と内的環境(内的環境に関する体験)  体験ワークDでは、第1回の体験ワーク2〈目で見る「続けられる力」の体験〉と同じ内容で、分量を3倍にした課題(資料№19)を用い、意味の無い平仮名の羅列の中から、「ら」に○を付けてもらいます。進め方も前回と同様に左から右へと進めていきます。「長い」、「飽きた」という感覚が自然に生じる程度まで続けるため、5分間取り組んでもらいます。  次の体験ワークEでは、体験ワークDと同様の課題を用いますが、体験ワークDと異なり、課題に取り組む前に呼吸法を実践し、内的環境を整えてから取り組みます。呼吸法については、職業センター発行の実践報告書№36「リラクゼーション技能トレーニングの改良」²⁾の掲載ページ(資料№20)を受講者に配布し、「腹式呼吸をゆっくりと行うことで、気持ちを落ち着かせてリラクゼーションを促す方法であること」を説明します。また、①椅子に深く座ること、②手をへその下に当てて目を閉じること、③息を口から吐き、鼻から吸うことを、支援者と一緒に実践します。吸気と呼気は、2秒、5秒、10秒と徐々に延ばしていき、ゆっくりと呼吸を整え、気持ちを落ち着かせ、頭をすっきりとさせたところで、再び、先程と同じ課題に5分間取り組み、呼吸法の効果を体験してもらいます。   オ 意見交換2  受講者に対し、内的環境(呼吸法で気持ちを落ち着かせること)によって集中力や注意力に違いがあったか否かについて質問します。 受講者によっては、集中力や注意力に変化があったとは感じなかったものの、作業結果としてミスが減ったという人もいます。進行役は、このように感じ方と結果の両面から意見交換ができるよう促すとよいでしょう。また、内的環境の欄の「注意を妨げる要素」の欄にチェックを入れてもらいます。受講者の発表内容については板書役が板書します。   カ 体験ワーク3:内的環境を整える方法  呼吸法の他に内的環境を整える方法として、実践報告書№36「リラクゼーション技能トレーニングの改良」のストレッチに関する掲載ページ²⁾(資料№21)を配布します。説明の後、いくつかのストレッチを体験してもらいます。ここでは作業課題は行いません。 キ プチトレーニング  次の第4回までの間に、日々の作業の中で感じた注意を妨げる要素とその際に取った対処策について自己チェック表(裏面)に記入してもらいます。  なお、プチトレーニングの報告は第4回の最初に行います。 (5) 第4回  注意障害グループワーク第4回資料を活用しながら、実施しています(資料№23)。 冒頭で、第3回のプチトレーニングの報告を行ったうえで以下の内容に取り組みます。 ア 体験ワーク(自己対処の工夫)  体験ワーク1から4の実施に際し、いくつかの対処手段を体験しながら、その都度、有効性(効果があると思うか)と実現可能性(実際に整えることができるか)について、用紙に○、△、×の3段階で評価してもらいます。    職業センターでは、パーテーション、ルーペ、ノイズキャンセリングヘッドホンは数に限りがあるため、ローテーションで体験してもらいました。体験ワークは、ワークサンプル(MWS)の文書校正課題のように誤字脱字を校正する課題、数値チェックのように数字の違いを見つける課題など、机上でできる課題を用いています。資料集には、2種類のパーテーションとルーペ、ノイズキャンセリングヘッドホンで使用できるように4種類の課題を載せてあります(資料№24)。 (ア) パーテーション  第3回で取り扱った外的環境の視覚的刺激を減らすことにより集中して作業ができるか体験をします。  職業センターでは下記の2パターンのパーテーションを設定し実施しています。         <パーテーションのパターン1>  折りたたみ式で集中したい時に簡単に設置ができるパーテーションを机の上に設置しています。    <パーテーションのパターン2>  部屋の角にある机の正面と側面に大きめの2枚のパーテーションを設置して机全体を覆うように設置します。 ※職業センターでこれら2種類のパーテーションを比較した受講者からは、「狭く囲われていたパターン1の方が集中しやすかった。」、「大きなパーテーション(パターン2)の方がよかった。」等の意見が聞かれました。受講者が集中しやすい環境は、パーテーションで囲われたスペース等の違いにより、各々異なることに気づいてもらえるような解説を行うことが重要です。 (イ) ルーペ  文書の1行ずつにルーペを当てることで、細かな文字が見やすくなり、見落とし等のミスを防ぐことができることを体験してもらいます。  職業センターでは、文字を拡大するために虫眼鏡やバールーペ、眼鏡型拡大鏡などを用意しています。 (ウ) ノイズキャンセリングヘッドホン  ノイズキャンセリングヘッドホンを使用して、第3回で取り扱った外的環境の聴覚的刺激を減らすことにより、集中して作業ができるか否かを体験します。  職業センターでは、聴覚的刺激への対処としてノイズキャンセリングヘッドホン、イヤーカフ、耳栓などを用意しています。 ※ここで休憩を挟みますが、時間があれば、前半の体験のまとめとして、パーテーション、ルーペ、ノイズキャンセリングヘッドホンについて各受講者が感じた有効性と実現可能性を発表してもらいます。発表内容は板書役が板書して共有をします。  後半は主にWindows10の標準機能の中から読み上げ機能、画面拡大、ディスプレイ設定変更、タッチキーボードを紹介します。それぞれの機能については職業センター発行の実践報告書№35別冊「高次脳機能障害者の就労に役立つ アシスティブテクノロジー 活用ガイドブック」³⁾で説明していますのでご参照ください。 表3-2 実践報告書№35別冊「高次脳機能障害者の就労に役立つ        アシスティブテクノロジー 活用ガイドブック」参照ページ 読み上げ機能【PC/スマートフォンアプリ】 p14、p58~59 画面拡大【拡大鏡、Microsoft® Office機能等】 p23~24 ディスプレイ設定変更【ハイコントラスト、カラーフィルター等】 p25~26 タッチキーボード p20~21 (エ) 読み上げ機能【PC/スマートフォンアプリ】  Microsoft® Wordの「読み上げ」を使用して、画面上に表示されたテキストを読み上げる体験をします。準備として、①受講者にはMicrosoft® Wordを起動して「こんにちは。グループワークに参加しています」等15~20文字を入力してもらいます、②ファイル→オプション→クイックアクセスツールバーから「読み上げ」を選択して追加します、③入力した文章を「読み上げ」により読ませます。  また、スマートフォンアプリはOffice Lensを紹介します。紙の文書等を撮影して、イマーシブリーダー機能を使うことで、画像から文字を抽出してテキスト化することができます。文字の大きさや背景の色を変えたり、音声で読み上げることもできます。可能であれば予め支援者はスマートフォンやタブレット端末に上記アプリをダウンロードして解説ができると良いと思います。 (オ) 画面拡大【拡大鏡、Microsoft® Office機能等】  文字や数字が小さくて見づらい場合に画面を拡大して確認する方法を体験します。 (カ) ディスプレイ設定変更【ハイコントラスト、カラーフィルター等】  色コントラストが低いため画面上のテキストが読みづらい場合などに、ハイコントラストモードをオンにすることで文字をクリアにできたり、カラーフィルターを適用して、画面の表示をクリアにすることを体験します。 (キ) タッチキーボード  マウスを使用してテキスト入力する体験をします。パソコンにタッチスクリーンが備わっている場合は、画面に表示されるキーボードをペンや指先でタップしてテキスト入力ができます。 イ 意見交換  まず初めに、体験ワークの中で、どんな対処手段が有効であったか意見交換をしてもらいます。次に、環境調整の工夫として、対処策リスト255¹⁾より抜粋した環境調整の工夫(資料№25)を配布し、自分にとって有効だと思われるものにチェックを入れてもらいます。  そして、どのような対処手段が有効だったか、今後、職場で取り入れていきたいと思った対処手段は何かについて、発表してもらいます。発表内容については板書役が板書します。 ウ プチトレーニング  第4回の終了日以降、2週間後の第5回までに、自分の注意の特徴についてそれぞれ「自己観察日誌」(資料№26)を記入します。日誌を毎日つけることで、自分の注意の特徴に対する気づきを増やします。また、注意の問題について、実際に対処手段を使った結果を「自己観察日誌」に記録することで、対処手段を身につけていきます。 (6) 第5回  注意障害グループワーク第5回資料を活用しながら、実施しています(資料№27)。  第1~4回は週1回の間隔で実施しますが、第5回は第4回から2週後に実施します。第5回ではプチトレーニングとしてお願いしていた自己観察日誌(資料№26)をもとに、自分の注意の特徴についてまとめて発表してもらいます。 ア これまでの復習    第1回~第4回の講義内容を復習します。  まず、注意の4つの機能について振り返ります。注意の4つの機能を挙げて、具体的にどのような機能であったか、受講者に発表してもらいながら確認します。  次に、注意を妨げる要素として、外的環境と内的環境とに分けて考えることを再確認します。  対処手段については、自己対処する方法と環境を整備する方法に分けられることを復習します。   イ 自分の注意の特徴についてまとめる  第4回の終了後に各自で記入してきた「自己観察日誌」をもとに、自分の注意の特徴について「注意の特徴まとめシート」(資料№28)に記入していきます。シートは、「続けられる力」、「見つけられる力」、「同時に注意を向ける力」、「切りかえる力」の各々について、得意なことと苦手なことに分けて記入するようになっています。また、苦手なことについて自分で対処することと職場に配慮を求めることに分けて記入していきます。                 注意の特徴まとめシート   ウ 意見交換  作成した「注意の特徴まとめシート」について、受講者に順番に発表してもらいます。その後、発表内容に対する意見を述べたり、質問などを行いながら意見交換をして、理解を深めていきます。発表内容については必要に応じて板書役が板書します。 <参考文献> 1)障害者職業総合センター職業センター『実践報告書№40「高次脳機能障害の復職におけるアセスメント」』巻末「対処策リスト」 2)障害者職業総合センター職業センター『実践報告書№36「リラクゼーション技能トレーニングの改良」』 3)障害者職業総合センター職業センター『実践報告書№35別冊「高次脳機能障害者の就労に役立つ アシスティブテクノロジー 活用ガイド」』 第4章 カリキュラム受講者の概要とその効果、様々な実施方法 1 職業センターで試行実施したカリキュラム受講者の概要  令和3年2月~令和4年10月の間、合計8名の受講者に対して本カリキュラムを実施しました。受講者の概要は表4-1のとおりです。   表4-1 受講者の概要 受講者 A B C D E F G H 性別 男性 男性 女性 男性 男性 女性 男性 女性 年代 30代 40代 50代 50代 50代 20代 30代 50代 受障 原因 頭部外傷 多発性 脳梗塞 くも膜下 出血 心原性 脳塞栓症 脳出血 心原性 脳塞栓症 くも膜下 出血 頭部外傷 高次脳機能障害の 状況 ・注意障害 ・記憶障害 ・遂行機能障害 ・注意障害 ・遂行機能障害 ・注意障害 ・記憶障害 ・注意障害 ・遂行機能障害 ・注意障害 ・記憶障害 ・遂行機能障害 ・注意障害 ・記憶障害 ・注意障害 ・記憶障害 2 効果測定の結果 (1) CATの結果  受講者のカリキュラム実施前後の結果を比較すると表4-2のような傾向が見られました。  受講者の半数以上で検査結果が向上した下位検査は、Auditory Detection(聴覚性検出課題)、Memory Updating Test(記憶更新検査)、Paced Auditory Serial Addition Test(PASAT)でした。これら3つの検査では、いずれも検査者の声やCDの音声を聞いて答えるため、聴覚的な注意の機能が求められます。  これら3つの検査の値がいずれも顕著に向上した2名の受講者(Dさん、Gさん)に個別にヒアリングを実施したところ、「言葉の聞き落としがあると分かっていたので、しっかりと聞くようにした」、「『良く聞かないと』と思って、目をつぶって集中して臨んだ」と述べていました。自分の注意の特徴が分かり、対策を取っていたり、検査者の声やCDの音声に対して持続的に注意を向けることができたため、結果が向上したものと思われます。  Digit Span(数唱)、Tapping Span(視覚的スパン)、Visual Cancellation(視覚的抹消問題)、Symbol Digit Modalities Test(SDMT)、Positon Stroop Test(上中下検査)では、わずかに値が向上している受講者はいましたが、顕著な差は見られませんでした。 表4-2 CAT検査結果のまとめ  ※受講者8名中7名の結果  (赤字は年齢別カットオフ基準値以下。スコアが向上した項目は橙色に網掛け。)    一方、受講者の中には一部の下位検査において実施前より正答率が下がった者、実施前の結果は平均値と同程度であったものの、実施後は平均値より下がっただけではなくカットオフ値以下まで下がった者もいました。検査後にそれらの受講者からヒアリングを実施したところ、「前日はいつもよりやや睡眠時間が少なかった」と述べるなど、その日の睡眠時間や疲労などが検査結果に影響を与えた可能性があることを自覚する回答もありました。  以上のことから、カリキュラム受講後に自分の注意の特徴を把握し、対策を取ったことで検査結果を向上させることができた受講者はいたものの、カリキュラム実施前後のCATの検査結果の変化からは、はっきりとしたカリキュラムの効果を見出すことはできませんでした。 (2) 作業検査  受講者のカリキュラム実施前後の作業検査の結果を比較すると図4-1のような傾向が見られました。 ※ 受講者8名中7名の結果 図4-1 作業検査結果のまとめ  数値チェック、文書入力、ピッキングいずれも受講者の半数以上に作業能率と正確性の向上が認められました。カリキュラム実施前は作業能率を意識するあまり、正確性の低い受講者が複数名いましたが、カリキュラム実施後は作業能率と正確性の双方に注意を向けて取り組むことができたと考えられます。  また、各受講者は自分の注意の特徴に合わせて、文書入力ではPC画面を拡大して入力した文字を確認したり、数値チェックではルーラーやバールーペ等を活用するなど対処手段を用いていたことも正確性を向上させた要因であると思われます。  ただし、プログラム受講前に地域センターの職業準備支援で何度か数値チェック等を体験していた受講者がおり、その方の場合、作業そのものへの慣れや学習効果の影響も考えられます。そのため、作業検査の結果の向上が、カリキュラム受講によるものとまでは言えませんが、対処手段の活用や正確性への意識を高めることが一定程度行えた結果であると思われます。 (3) 質問紙(資料№1、資料№2)  カリキュラム実施前後に実施する注意機能に対する自己認識を確認する質問紙(アンケート)では、自分の注意機能に対する自己評価(質問1、質問7)、注意の特徴の理解(質問2、質問3、質問5)、注意の特徴の説明(質問4、質問6)及びカリキュラム全体の感想を確認しています。受講者8名の回答結果を表4-3に、カリキュラム全体についての感想(自由記述)を表4-4、それぞれにまとめました。なお、Aさんは第3回から参加し、開始の際の質問紙の回収ができておらず空欄になっていますので、以下、Aさんを除く7名の変化を見ていきます。   表4-3 注意機能に対する自己認識を確認する質問紙(実施前後) 受講者 A B C D E F G H 前 後 前 後 前 後 前 後 前 後 前 後 前 後 前 後 1.私の注意力は… 2 2 4 2 3 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2.自分の注意力の特徴を理解している 5 4 4 4 4 5 5 3 3 2 4 2 4 4 4 3.どんな時に自分の注意力が良い/悪いをわかっている 5 3 4 4 4 5 5 2 4 2 4 2 5 3 4 4.自分の注意力の特徴を周囲に説明できる 5 4 5 4 4 2 5 2 3 1 4 1 4 3 4 5.自分の注意力についての対処方法を知っている 5 4 4 4 4 5 5 2 4 3 4 2 5 3 4 6.自分の注意力にどのような配慮が必要か周囲に説明できる 5 4 4 4 4 2 5 2 4 1 4 1 5 3 3 7.自分の注意力をさらに良くしていけると思っている 5 3 4 5 3 4 4 2 3 5 4 4 5 3 3  7名の受講者全員が、1つ以上の質問項目で評価の向上が見られました。うち2名(Cさん、Fさん)は、7の質問項目のみ評価が下がりました。評価を下げたことについてそれぞれ個別相談の中で確認をすると、「自分の認知機能(注意機能)は改善できるものだと考えていたものの、グループワークを受けて改善は難しいことが分かった」と共通して話をしていました。今後に向けて、「対処手段によって注意力は上げていくことができることを学習した」と話をしており、機能そのものの改善は難しくても、対処手段を活用し機能を補えば、パフォーマンスの向上を図り得ることについて認識が深まったことがうかがわれました。  次にカリキュラム全体についての感想として、自分に合った対処や配慮事項を明記していたり、ツールや対処手段の効果を感じ、「他にも良くする工夫があるかもしれないので探し続けたい」、「様々なツールを使うことを試しながら自分に合う方法を見つけてよくしていければよいと感じています」という意見が得られました。   表4-4 カリキュラム全体についての感想(自由記述) 指示にはメモと口頭説明が欲しい。(Aさん) 注意力は工夫によって変化するのではないかと思うので見直しをしたい。他にも良くする工夫があるかもしれないので探すことはつづけたい。(Cさん) 複数の物事を病気前のようにできなくてもわずかずつでも同時に進められるようにしたいです。様々なツールを使うのを試しながら自分に合う方法を見つけてよくしていければよいと感じています。(Dさん) レ点チェック、個別に作業を分ける、広い場所で数えることを行いたい。(Eさん) 同時に注意を向ける力についてはもっと対処していきたい。注意の向け方、やっている作業の補完方法を記憶障害と併せてうまく対処したい。(Gさん)  また、第1~3回グループワークのまとめの時間で、理解度と有用度を確認する自己チェック表(おもて面)を実施しました(資料№8、資料№14、資料№22 )。結果は表4-5のとおりです。 全体的に理解度、有用度とも高い結果となっています。「あまり理解できなかった」、「あまり役に立たなかった」を選択した受講者については、個別相談の中で理解できなかった点を確認してフォローを行いました。  なお、自分の課題と注意機能がどのように関連しているかイメージができないため有用度が低かったと考えられる受講者には、個別相談の中で、課題と注意機能を結びつけて説明する等、自分の注意の特徴を把握しやすくするための助言を行いました。 表4-5 グループワークの理解度と有用度 第1回 グループ ワーク 注意障害の「続けられる力」「見つけられる力」について理解ができましたか? 今日のグループワークは、自分の注意の特徴を理解することに役に立ちましたか? 理解できた まあ理解できた あまり理解できなかった 理解できなかった 役に立った まあ役に立った あまり役に立たなかった 役に立たなかった 4名 3名 1名 0名 5名 2名 1名 0名 第2回 グループ ワーク 注意障害の「同時に注意を向ける力」「切りかえる力」について理解できましたか? 今日のグループワークは、自分の注意の特徴を理解することに役に立ちましたか? 理解できた まあ理解できた あまり理解できなかった 理解できなかった 役に立った まあ役に立った あまり役に立たなかった 役に立たなかった 3名 5名 0名 0名 4名 4名 0名 0名 注意障害に対処するとはどういうことか、について理解できましたか? 理解できた まあ理解できた あまり理解できなかった 理解できなかった 1名 6名 1名 0名 第3回 グループ ワーク 注意障害の「注意を妨げる要素」について理解できましたか? 今日のグループワークは、自分の注意の特徴を理解することに役に立ちましたか? 理解できた まあ理解できた あまり理解できなかった 理解できなかった 役に立った まあ役に立った あまり役に立たなかった 役に立たなかった 5名 3名 0名 0名 5名 3名 0名 0名   (4) セルフモニタリング  受講者全員が、グループワークを通して、4つの注意機能について自分が気づいた特徴とその対処策、注意を妨げる要素とその対処策を自己チェック表、自己観察日誌 (資料№26)、注意の特徴まとめシート(資料№28)を使って整理しています。  自己チェック表では、全受講者がグループワークの内容を理解し、自分の注意の特徴を記入できていました。しかし、プチトレーニングを行った際の気づきや感想を書く欄については、一部の受講者は、何を書けば良いのか分からなかったり、書くこと自体を忘れている場面もあったため、支援者がフォローしました。  また、自己観察日誌について第4回で紹介し、第5回までの2週間にわたり記録を取り続けますが、日誌を記入できた受講者もいれば、4つの注意機能のどれに当てはまるかが分からず、記入できない受講者もいました。自分の注意の特徴について認識しやすいように4つの注意機能に分けて記入しているため、受講者が円滑に記入できるよう、支援者は当該受講者の特徴が4つの注意機能のどれに該当するかを具体的に説明する等の助言を行いました。 (5) 行動観察  行動観察では、各受講者が自分の注意機能に合わせて様々な対処手段を試している状況を注意の自己対処・環境調整のチェックリスト(資料№3)により確認しています。例えばPC入力作業では、入力後に画面を拡大して見直しをするなど作業に合わせた対処手段を確立している受講者もいれば、自分にとって効果がある対処方法が分からず、様々な手法を試している受講者もいました。  対処手段として多く活用されていたのは、手順書、アラームやタイマー、書見台、ルーペや眼鏡型拡大鏡などです。手順書は作業工程の抜け漏れを防ぎ、アラームやタイマーは休憩や次の作業にスムーズに切り替えるために使用しています。書見台はPC入力のミスを無くすため、PC画面の横に置いて活用し、ルーペや眼鏡型拡大鏡は文字を拡大して見間違い等を防ぐために用いていました。  また、疲労のマネジメントとして、時間を決めて休憩を取ったり、ストレスのかかる作業の前に呼吸法を取り入れる受講者もいました。自分が集中しやすい環境に気づきパーテーションやノイズキャンセリングヘッドホンなどを活用する受講者もいました。 3 支援事例 (1) 対象者の概要  Cさんは50歳代の女性です。在職中にくも膜下出血を発症し、その後、職場復帰しましたが、当時は高次脳機能障害を受障していることを認識できておらず、今まで通りに仕事ができないことに悩み、退職後に病院を再受診し、そこで高次脳機能障害の診断を受けました。その後、就職活動を進める中で地域センターを利用し、そこでの相談を経て当センターの利用に至りました。くも膜下出血を発症してから約6年が経っていました。  就職支援プログラムの開始にあたり、医療機関から提供された情報では、運動機能に特段の制限は無いが、高次脳機能障害として注意機能、情報処理速度及び記憶力の低下が見られ、思考の切り替えが苦手で、物事にこだわりやすい側面があることが指摘されていました。日常生活での諸動作に障害はなく、スケジュールの自己管理は可能で、就労意欲は高く、ある程度自分の傾向は自覚できている、等と記載されていました。精神障害者保健福祉手帳の3級を所持していました。 (2) カリキュラム受講前の状況  Cさんは、就職に向けて「自分の特徴を改めて知って、苦手なことは改善していきたい」と話し、作業やグループワークなどにも積極的に参加していました。  カリキュラム実施前に行ったCATでは、標準域にある項目が多い中で、Digit Span (順唱)とPASATの結果は、カットオフ値以下で障害域と判断されました。CATの結果を元に、聴覚情報を短時間保持するワーキングメモリが低いこと、情報処理速度が低下していること、同時に複数の対象に注意を向けることが難しくなっていることなどについてCさんに説明したところ、「同時に注意を向けることが難しい」、「覚えていないことがある」などにはある程度自覚があったものの、日常生活や職業生活においてどのような影響が生じる可能性があるかについては、把握できていませんでした。  作業検査では「正確性重視で行います」と言って取り組んでいましたが、文書入力では誤りが多く見られました(例:“project”を“projdt”と誤入力する等)。数値チェックでは見落としを防ぐためにルーペを活用していましたが、途中で使わなくなり、また、文書入力では十分な見直しの時間を取らないなど効果的な対処手段があまり分かっていない様子でした。  CATや作業検査の結果等から、自分の障害特性への認識をより深め、効果的な対処手段を習得することで日常生活や職業生活の改善が期待できることを共有し、本カリキュラムの受講によりこれらの課題に取り組んでいくことになりました。 (3) カリキュラムの受講状況  Cさんは全てのグループワークに参加しました。  カリキュラム実施前に行う注意機能に対する自己認識を確認するための質問紙では、自分の注意力を「やや悪い」と評価し、また、「自分の注意力の特徴を理解しているか」、「自分の注意力の特徴を周囲に説明できるか」という質問項目には、「ややそう思う」を選択していました。「ややそう思う」との回答に対し理由を問うと、「どれにするか迷いひとまず選択した」と回答し、この時点では、自分の注意機能を理解できているという十分な認識があったわけではないことが確認できました。 ア 第1回グループワーク  体験ワーク・意見交換の中で、「(耳で聞く)続けられる力」、「(耳で聞く)見つけられる力」について、「苦手であるもののメモをとりさえすれば内容は把握できた」と話し、「(目で見る)続けられる力」、「(目で見る)見つけられる力」については、「以前から見落としがあり苦手であることを再認識した」と発表していました。グループワーク中に他の受講者から、見落としの対策としてルーラーが有効であるという意見を聞き、「今後はルーラーも活用したい」と関心を示していました。支援者ではない、同じ障害のある方の意見を聞き、それを受け入れるというグループワークの効果が現れていました。 イ 第2回グループワーク  第1回のプチトレーニングは忘れずに実施できました。自分の注意の特徴について気づいたこととして、「続けられる力」については「あまり時間を決めずに長い時間やってしまった。見直しなどは時間を決めて行うことが必要だと思った」と、また、「見つけられる力」については「見落としが多いことを感じた。必ず1度は確認を行おうと思う」と自己チェック表に記入し、意見交換の際に発表することができていました。  体験ワークや意見交換では、「同時に注意を向ける力」については「物語を読みながら作業すると理解力が低くなるため苦手である」、「切りかえる力」については「やや苦手である」と発表していました。また、効果があると思う対処手段として、ルーラー、アラーム、付箋、メモを挙げていました。ルーラーは第1回から活用し始めて効果を実感しており、アラームや付箋については注意を切りかえる際に使えるかもしれないと述べていました。 ウ 第3回グループワーク  第2回のプチトレーニングのうち、指定の日時に本人から報告する課題と、スタッフからの質問に答えて注意を切りかえる課題の両方に対応できていました。自己チェック表の「切りかえる力」の欄には、スタッフからの質問に答えようと考えているうちに質問内容が分からなくなり、曖昧な回答になってしまった場面を振り返り、「突然声を掛けられた時でも相手の話すことを聞き漏らさないために、メモできるように体制を整える必要がある」と記入し、意見交換の際に発表していました。  体験ワークと意見交換では、「もともと資料等を広げて作業するタイプであり視覚的な刺激(雑然とした机)は気にならなかった」、「話し声や周囲の音などの聴覚的刺激により注意が妨げられた」と自己チェック表に記入し、意見交換の際に発表していました。 エ 第4回グループワーク  第3回のプチトレーニングは、注意を妨げる要素と対処策について1週間記録し続ける課題でしたが、毎日忘れずに自己チェック表に記載することができていました。Cさんの気づきとして「テレビなどの音により注意が妨げられることがあった」、「買い物の途中でポイントカードを忘れたことに気づいて落ち着かないまま買い物を続けていたら買い忘れをしてしまった」、「睡眠不足の日はすこし不安な感情などが出やすかった」などと記録し、普段の生活の中で把握できた自分の注意の特徴を書き留めることができていました。  体験ワークでは、聴覚的刺激への対処としてノイズキャンセリングヘッドホンを体験し、その効果を感じることができたことを、意見交換で発表していました。また、「PC画面を拡大することや必要に応じて拡大鏡を活用することで入力ミスを防ぐことができるのではないかと思った」と感想を述べていました。 オ 第5回グループワーク  第4回受講後の第5回までの2週間は、自己観察日誌を記入する期間であり、毎日記録ができていました。その際、課題となった行動が、4つの注意機能のどれに該当するのか分からない日がありました。これに対して支援者は、第5回のグループワークの場において、日常生活での自己観察結果と、4つの注意機能との対応を、具体的にわかりやすく説明し、Cさんが4つの注意機能を正確に選択した上でチェックができるようフォローを行いました。  自己チェック表や自己観察日誌をもとに、注意の特徴まとめシートを作成する際、Cさんはこれまでの記録をもとに自分の特徴を整理することはできていましたが、「得意なこと」の欄があまり書けていませんでした。そのため、支援者が助言を行い、最終的にCさん自身が図4-2のように完成させました。  意見交換では、注意の特徴まとめシートを基に、①自分の注意の特徴のうち得意なことと苦手なこと、②自分で対処すること、③職場に配慮を求めることを発表することができ、他の受講者からは、Cさんの発表はよくまとまっており、分かりやすいとの評価を得ました。また、他の受講者が発表した「指差しやマウスのポインターを使って、逆からも確認することで、正確さを向上させている」という内容を参考に、自分で対処することの記載を「必ず確認する」から「必ず入力した最後の文字から確認する」というように、より具体的に修正することができました。 得意なこと 苦手なこと 自分で対処すること 職場に配慮を求めること 続けられる力 ・集中力は保ちやすい ・集中し過ぎて、あとで疲れてしまう ・休憩を取り入れて、集中力の持続と疲労のマネジメントを行う ・60分に1回程度休憩を取らせてもらえるとありがたい 見つけられる力 ・ポイントを絞れば間違い探しなどはできる ・見落としや聞き落としがある ・メモする ・必ず(入力した最後の文字から)確認する ・PC画面を大きくする ・ルーラーを使う ・確認の時間など慣れないうちは時間に余裕を持たせてもらえるとありがたい 同時に 注意を向ける力 ・話を聞きながらメモがとれない ・話を聞きながら言うことを考えてしまうと話が分からなくなってしまうことがある ・話を聞く、メモを取るなど一つずつ小分けに作業する ・同時並行作業などは極力行わない ・行う作業に付箋を付ける ・なるべく一つずつ指示をしてほしい ・重要な指示は文書でもらえるとありがたい ・分からないこと、曖昧なことは確認させてほしい 切りかえる力 ・突然話しかけられても落ち着いて対応ができる ・話をメモするなどしっかり切りかえないと聞き落としがでる可能性がある ・メモする ・メモを用意するなど切りかえる時間をもらえるとありがたい その他 ・話し声や大きな音があると集中しづらい ・寝不足や落ち着かない状況だとミスが出やすい ・ノイズキャンセリングヘッドホンを活用する ・睡眠を十分にとる ・クールダウンの時間をつくる ・左記の対処策を行うことについて理解をしてほしい 図4-2 注意の特徴まとめシート(Cさん作成) カ カリキュラム実施前後の変化 検査項目 実施前  実施後  Digit Span  forward  (桁) 5 5             backward (桁) 5 5  Tapping Span forward (桁) 5 7              backward(桁) 7 6  Auditory Detection 正答率 (%) 98 100             的中率 (%) 94 100  SDMT 達成率 (%) 48 30  PASAT    2秒条件 正答率(%) 60 8          1秒条件 正答率(%) 23 23  Position Stroop 正答率 (%) 99 97    カリキュラム実施前後のCATの結果は表4-6のとおりです。  カリキュラムの実施前後で比較すると、検査結果には大きな差は見られませんでした。  ただし、カリキュラム実施後のAuditory Detectionでは、他の受講者と同様に、目をつぶって聞く姿勢を整える等の対処手段を実行していました。また、PASATでは、指で机に数字を書いて計算するなど実施前には見られなかった工夫をして臨む様子が観察されました。  カリキュラム実施前後のMWSの結果は表4-7のとおりです。カリキュラム実施前後を比較すると、作業時間、正確性とも実施後の方が向上していまし た。実施前は、対処手段を実施する様子は見られませんでしたが、実施後は、数値チェックにおけるルーラーの活用、文書入力における画面拡大、入力後に最後の文字から確認すること、ピッキングにおける注文書へのレ点チェックなどを対処手段として講じる様子が見られました。また実施前は、見落としをすることへの不安から、見直しを2~3度行う等、慎重になり過ぎる様子が見られました。しかし実施後は、効果的な対処手段を行っている安心感からか、一度の見直しで作業を終えることができる等の変化も見られました。  実施後アンケートでは、自分の注意力の評価を「やや悪い」から「普通」に評価を上げ、対処手段を実行することにより注意の課題の改善が期待できることを前向きに捉えることができていました。Cさんは質問紙の自由記述欄にも、「注意力は工夫によって変化するのではないかと思うので見直しをしたい。他にも良くする工夫があるかもしれないので探し続けたい」と記載してありました。  また、Cさんの注意の特徴まとめシートには、自分の注意の特徴、向いている対処手段、職場に求める配慮事項が整理されたことからも、注意障害に対する学習カリキュラムが、Cさんの注意障害の自己理解や、対処手段の習得に役立ったことがうかがわれました。 表4-7 カリキュラム実施前後のMWSの結果(Cさん)       作業検査項目 実施前   実施後 数値チェック 作業時間 7分50秒 4分21秒 ミス 0 0 文書入力 作業時間 16分0秒 9分27秒 ミス 4 1 ピッキング 作業時間 18分56秒 11分51秒 ミス 1 0 4 様々な実施方法  ここまで、注意障害に対する学習カリキュラムの標準的な実施方法及び職業センターでの実施状況を中心に説明してきましたが、支援機関によっては、標準的な実施方法が難しい場合もあると思われます。開発のプロセスでは、以下に示すような様々な実施方法を試行し、カリキュラムの効果を上げるポイントを検討しました。 (1) 個別に受講できるようにする実施方法  基本的に支援者1名と受講者1名の環境で実施し、支援者2名で新聞記事を読み上げる「耳で聞く『見つけられる力』の体験ワーク」と雑談が聞こえる中で課題に取り組む「外的環境に関する体験ワーク」のときのみ、もう1名支援者が加わりました。  個別形式では、他の高次脳機能障害者の意見を聞いたり、対処の様子を見て参考にする等の場面設定が行えないため、以前の受講者の状況や意見等を紹介しました。  受講者からは「他の受講者の意見を聞くことができなかったのは残念だったが、他者の動きや雑音を気にすることなく集中して聞くことができた。」、「個別だったので質問しやすかった。」などの感想が聞かれました。 (2) カリキュラムに途中から参加できるようにする実施方法  受講者8名のうち1名は、第1~2回のグループワークが実施された段階では参加できず、第3回からの参加となりました。  第3回のグループワークは、静かな部屋やきれいな机の上と、そうではない環境などの異なる外的環境下で課題に取り組み、課題の成果の違いを体感する体験ワークを通して、自分の注意の特徴を確認できるグループワークです。このとき、他の7人は第1~2回で学んだ注意の4つの機能の観点から、自分の注意障害を説明できていました。これに対し途中から参加した1名の方は、第3回のグループワークでの体験ワークで自分の注意障害に漠然と気づくことができましたが、第3回のグループワークでの意見交換の場では、他の受講者と比べ、自分の注意の特徴を説明することが難しい状況となっていました。  そこで、自分の注意の特徴について説明する機会が最も多い第5回を受講する前に、当該受講者に第1~2回の内容を受講した結果、第5回のグループワークを円滑に受講することができました。 (3) 様々な障害のある方(高次脳機能障害者を含む)への柔軟な実施方法  地域センターでカリキュラムを実施することを想定し、A地域センターの協力を得て、本試行では、高次脳機能障害以外の障害のある方も一緒にグループを形成しました。  受講者が参加し易いよう、すべてのカリキュラムを受講するのではなく、興味のある回のみ、単独の回のみの参加も可能としました。また、第5回については第1回~第4回の受講を踏まえて参加する必要があるため、全4回の日程としました。  単独の回のみに参加した場合、注意機能への理解や自分の注意の特徴についての気づきが一部に限られる可能性もありますが、カリキュラムの受講が自分の注意の特徴に目を向けるきっかけになることを目的として、以下の方法で実施しました。 ア 対象者  A地域センターの職業準備支援や職場復帰支援を受けている利用者のうち、本カリキュラムに関心を示した高次脳機能障害者、発達障害者、精神障害者を対象としました。 イ 実施体制  第1回~3回は、職業センターから職員2名が地域センターを訪問し、進行役とフォロー役を担当しました。意見交換は2グループに分かれて実施し、進行役とフォロー役がそれぞれ意見交換の進行と板書を行いました。  第4回は、パソコン操作の状況などについて確認するため、職業センターの職員3名が訪問しました。  A地域センターの職員1~2名が、グループワークを見学し、グループワークの内容についてアンケートに答えてもらいました。また、必要に応じて、A地域センターの職員にはフォロー役の一部を担ってもらいました。 ウ 受講者数  第1回の受講者は9名でした。第1回を受講した方から体験談を聞き、関心を持つようになった方が参加を希望し、受講することになりました。  その結果、受講希望者数は最大16名にまで増え、その後欠席者が出たものの、各回の参加者は最大で13名となりました(表4-8)。 表4-8 A地域センターの受講者の内訳 発達障害 精神障害 発達障害と 精神障害の重複 高次脳機能 障害 計 第1回 グループワーク 1名 6名 2名 0名 9名 第2回 グループワーク 1名 6名 2名 1名 10名 第3回 グループワーク 1名 8名 3名 1名 13名 第4回 グループワーク 1名 7名 3名 1名 12名 エ 時間・回数  1回120分(アンケートなどの記入時間を含む)、週1回のペースで全4回実施しました。 オ 標準的な実施方法との主な変更点  受講者数が当初想定した人数よりも多数となったため、講義及び体験ワークは一斉に行い、意見交換は2グループに分けて実施しました。  受講者の状況を把握しているA地域センターの意見を踏まえ、受講者の中には「注意障害」という言葉に抵抗感を示す可能性がある方もいることを考慮して、講義等で用いる資料から「障害」の文字を無くし「注意のグループワーク」としました。また、講義中の言葉も、なるべく「注意障害」という言葉は使用せず、必要のある場合は「注意の障害」という表現を用いました。また、高次脳機能障害全体の説明を省略し、注意機能の説明をより詳しく行いました。  なお、巻末の資料集には上記の通り変更したグループワーク第1回資料(資料№29)を載せていますので、高次脳機能障害のある方に加えて高次脳機能障害以外の障害のある方も受講する場合は、活用してください。また、第2~4回のグループワークについては、「注意障害」の「障害」の文字を削除する等の変更を行うことにより、高次脳機能障害者を対象とした注意障害の学習カリキュラムの資料をそのまま使うことができます。 カ 効果  カリキュラム受講者と見学した支援者に対して、毎回アンケートを実施しました。受講者アンケートのうち、「今回のグループワークは自分の注意の特徴を理解することに役立ちましたか」という項目では、「役に立った(74%)」と「まあ役に立った(26%)」で、すべての受講者が本カリキュラムの内容が注意の特徴を理解することに役に立ったと感じたようです。また難易度について、全体としては「やや易しい(3%)」、「丁度良い(87%)」、「やや難しい(10%)」であり、「やや難しい」といった意見はすべて第2回に実施したアンケートの回答でした。分配性注意や転換性注意は、持続性注意や選択性注意よりも概念的に難しいと思われるため、丁寧な説明が必要と思われます。  支援者アンケートのうち、「今回のグループワークは受講者が注意の特徴を理解することに役立つと思いますか」という項目では、発達障害者についても精神障害者についても「非常にそう思う」または「そう思う」との回答でした。支援者も、本カリキュラムが発達障害者や精神障害者が注意の特徴を理解することに役立つと感じたようです。ただし、発達障害者については「体験ワークの正解不正解にばかりにこだわって自分の注意の特徴への振り返りが不十分になりがちであり、個別のフォローが必要であると思われる」との意見がありました。実施するにあたって気になる点としては、「全4回の講座をどのように職業準備支援や職場復帰支援に組み込むか、部分使いや対象者に合わせた不定期実施、スタッフの体制が課題」といった意見がありました。第4回については「個別対応が重なると進行役の話が聞きづらくなるため、3~4名のグループで行えるとよい」といった意見がありました。  また、精神障害の診断のみを受けている職場復帰支援受講者が、体験ワークを通して、自分の注意の特徴について認識(メタ認知)が高まり、発達障害を疑って受診することになったなど、想定外の効果も見られたとのことです。 (4) 障害を受け入れて対処方法を検討することが難しい場合  受講者の中には、障害された注意機能が日常生活や職業場面で支障をきたしやすいと捉えることへの抵抗感が強く、第1~2回のグループワークで学習する注意の4つの機能についても、自分のこととして受け入れることが困難である方がいます。  開発プロセスでは、そのような方に対し、上記(2)で試行したように、第3回や第4回から参加する方法が有効な場合がありました。  すなわち、第3~4回の体験ワークにおいて自分の注意の特徴を体験により具体的に確認できるようにすることで、障害に対する抵抗感を減らし、自分の注意の特徴に対する理解が進む様子が見られました。  その結果、注意の4つの機能を学ぶ第1~2回の個別講義を第5回の前に受講した際には、自分自身の注意の障害に照らし、日常や職業生活場面での注意の4つの機能が障害されていることを理解することが、円滑に進むという効果がみられました。  なお、この場合は高次脳機能障害に対する認識を深めてもらう必要があるため、第1回グループワーク資料は資料№4の標準的な資料を活用します。 第5章 まとめと今後の課題 1 今回の取組のまとめ  注意はすべての認知機能の基盤であり、集中力や注意力の課題は就労において大きな影響を与えます。また、平成30年度から令和4年度上期までに職業センターの職場復帰支援プログラムと就職支援プログラムを利用した50名のうち44名が注意障害の診断を受けているなど、注意障害を有する高次脳機能障害者は一定数存在し、就労支援において注意障害への対応は重要な支援の1つと言えます。  今回は、イギリスのOZCで実施しているグループセッションのうち、注意とゴールマネジメントのグループセッションをもとに、1回90分×5回からなる注意障害に対する学習カリキュラムを開発し、試行実施しました。  開発したカリキュラムは、5回のグループワークとして構成し、グループワークは、注意の機能について知識を付与する「講義」、注意機能に対応した練習課題や、異なる環境下で課題に取り組む体験を通して自分の注意の特徴への気づきを促す「体験ワーク」、自分の注意の特徴や有効な対処手段について受講者同士で発表し合う「意見交換」、次回までに取り組む「プチトレーニング」も含む包括的な内容となっています。  講義、体験ワーク、意見交換や、プチトレーニングの課題として取り組む自己観察日誌を通して、第一に自分の注意の特徴に対する気づきを得ることで、また、第二に職業的課題への対処手段を身につけることで、注意機能の問題に対する「メタ認知スキルの向上」を図っていくことを最大の目標にしています。  開発したカリキュラムの効果測定の結果、客観的指標である神経心理学的検査(CAT)の結果からは、一貫した効果(変化)が認められなかったことは上述したとおりです。  一方、今回のグループワークへの参加を通して、受講者が自分の注意の特徴を理解、意識し対処できるようになり、作業時にはそれぞれの受講者が画面拡大やルーラー等を有効に活用し職業的課題に対処できるようになったことは、一定の効果と捉えることができます。  実際に、質問紙への回答からは、受講者自身が自分の注意の特徴に対する気付きを得られたことを示す声が多く聞かれました。以上のことから、上述したカリキュラムの二つの目標を、すべての受講者が達成することができたと言えます。  達成の要因は、今回のカリキュラムの特徴である、受講者が「講義」だけでなく「体験ワーク」や「プチトレーニング」を通して体験しながら自分の注意の特徴を確認することができたこと、また他の受講者との「意見交換」を通じ納得感が得られ、積極的な対処への動機づけが高まったことなどが考えられます。 2 今後の課題  本グループワークは、「講義」、「体験ワーク」、「意見交換」、「プチトレーニング」から構成されています。これらのうち「講義」、「体験ワーク」、「意見交換」は、休憩を挟みながらも1回につき90分間の内容となっています。このため易疲労性が課題となっている多くの高次脳機能障害者にとって、情報量の多さや時間の長さなどの負荷が高い可能性があると言えます。今後、カリキュラムの構成要素のモジュール化を行い、必要な要素のみを効率よく実施できる方法を検討することが課題となっています。  終わりに、本開発での事例は8名と少人数でしたが、開発の成果がより多くの事例で活用された結果を踏まえて、カリキュラムの改良を検討していくことも課題と思われます。   1 「対処」という言葉は、障害のある認知機能を補う意味の「補完」と表記する場合があり、本開発の過程でもグループワークの資料の一部に「補完」の言葉を用いています。しかし、ここでは職業的課題への対処を目的としていることから、本マニュアルでは「対処」の表記を基本とします。 2 海外では高次脳機能障害ではなく、疾病原因により後天的脳損傷(Acquired Brain Injury:ABI)や外傷性脳損傷(Traumatic Brain Injury:TBI)という用語が用いられています。本マニュアルでは「脳損傷」と記載します。 3 CATについては、標準意欲評価法とセットになった2022年改訂版(CAT-R・CAS:Clinical Assessment for Attention and Spontaneity)が既に公表されています。一方、今回の開発で知見を参照した先行文献等では、注意機能の測定に際して旧版CATが用いられています。このため2021年から検討を開始した今回の開発に際しては、旧版のCATの6つの下位検査を用いました。 4 注意の4つの機能のうち「同時に注意を向ける力(分配性注意)」と「切りかえる力(転換性注意)」については、次の第2回で扱います。 5 各回ごとの講義、体験ワーク、意見交換、プチトレーニングの内容は、本章でこの後ご紹介します。講義や体験ワーク、意見交換は各回で1度ではなく複数実施することがあります。 --------------- ------------------------------------------------------------ --------------- ------------------------------------------------------------ 45 資 料 集 <カリキュラム全体の資料> 資料№1 注意障害グループワーク 《実施前》アンケート・・・・・・・・・・・72 資料№2 注意障害グループワーク 《実施後》アンケート・・・・・・・・・・・73 資料№3 注意の自己対処・環境調整のチェックリスト・・・・・・・・・・・・・74 <グループワーク第1回資料> 資料№4 注意障害グループワーク第1回資料・・・・・・・・・・・・・・・・・75 資料№5 読み上げ原稿<グループワーク第1回体験ワーク1・3>・・・・・・・79 資料№6 グループワーク第1回<体験ワーク5・解答>・・・・・・・・・・・・81 資料№7 グループワーク第1回<体験ワーク1・2・3・4の解答>・・・・・・82 資料№8 注意障害グループワーク 第1回自己チェック表・・・・・・・・・・・83 資料№9 グループワーク第1回<プチトレーニング>・・・・・・・・・・・・・84 <グループワーク第2回資料> 資料№10 注意障害グループワーク第2回資料・・・・・・・・・・・・・・・・・85 資料№11 グループワーク第2回<体験ワーク3(かなひろい・解答)>・・・・・90 資料№12 グループワーク第2回<体験ワーク2・3・4の解答>・・・・・・・・91 資料№13 対処策リスト255(注意)自己対処の工夫<第2回用>・・・・・・・92 資料№14 注意障害グループワーク 第2回自己チェック表・・・・・・・・・・・93 資料№15 第2回プチトレーニング記録用紙(スタッフ用)・・・・・・・・・・・94 <グループワーク第3回資料> 資料№16 注意障害グループワーク第3回資料・・・・・・・・・・・・・・・・・95 資料№17 グループワーク第3回<体験ワーク1-A~C・解答>・・・・・・・・・99 資料№18 グループワーク第3回<体験ワーク1-A~C・解答(易しい)>・・・102 資料№19 グループワーク第3回 <体験ワーク2-D・E・解答>・・・・・・・103 資料№20 リラクゼーション紹介講座<1>呼吸法・・・・・・・・・・・・・・104 資料№21 リラクゼーション紹介講座<4>ストレッチ・・・・・・・・・・・・106 資料№22 注意障害グループワーク 第3回自己チェック表・・・・・・・・・・108 <グループワーク第4回資料> 資料№23 注意障害グループワーク第4回資料・・・・・・・・・・・・・・・・109 資料№24 グループワーク第4回<体験ワーク1~4・解答>・・・・・・・・・112 資料№25 対処策リスト255(注意)環境調整の工夫<第4回用>・・・・・・・120 資料№26 自己観察日誌・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・121 <グループワーク第5回資料> 資料№27 注意障害グループワーク第5回資料・・・・・・・・・・・・・・・・122 資料№28 注意の特徴まとめシート・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・124 <地域センターで実施した資料> 資料№29 注意グループワーク第1回資料<地域センター実施版>・・・・・・・・125 障害者職業総合センター職業センター支援マニュアルNo.24 注意障害に対する学習カリキュラムの開発   発行日    令和5年3月   編集・発行 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構   障害者職業総合センター職業センター   <所在地>〒261-0014 千葉県千葉市美浜区若葉3-1-3   <電話> 043-297-9043(代表)    https://www.nivr.jeed.go.jp   印刷・製本 株式会社日精ピーアール