はじめに 障害者職業総合センター職業センターでは、平成 17 年度から、知的障害を伴わない発達障害のある方を対象とした「発達障害者のワークシステム・サポートプログラム」を実施し、発達障害者に対する職業リハビリテーション技法の開発・改良を進めてきました。その開発成果については、継続して、実践報告書や支援マニュアルに取りまとめるとともに、職業リハビリテーション研究・実践発表会を始めさまざまな機会をとおして発信しています。 本報告書で取り上げた「リラクゼーション技能トレーニング」の支援技法は、平成 25 年度支援マニュアル No.10「発達障害者のためのリラクゼーション技能トレーニング ストレス・疲労のセルフモニタリングと対処方法」に取りまとめ、地域障害者職業センターを始めとする全国の支援機関などに配布するとともに、支援者を対象とした講習を行いながらその普及に努めてきました。 リラクゼーション技能トレーニングは現在では多くの就労支援機関で活用されるように なりましたが、セルフモニタリングがうまく働かずトレーニング効果が出にくい方や認知的なアプローチが必要な方にも対応できる技法開発を希望する声も頂くようになりました。 これらのニーズに応えるため、令和元年度よりリラクゼーション技能トレーニングの改良に取組み、その成果を実践報告書として取りまとめました。 なお、本技法開発にあたり、神奈川県立保健福祉大学リハビリテーション学科長 教授 笹田 哲 氏、国立障害者リハビリテーションセンター研究所・脳機能系障害研究部 研究員 井手 正和 氏から、それぞれの専門的知見に基づき、ご助言を賜りましたことを深く感謝申し上げます。 本報告書が、就労支援をになう方々に熟読いただき、発達障害者の方々のスキル習得に有用に活用され、職業リハビリテーションサービスの質的向上の一助となれば幸いです。 令和3年3月 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター職業センター 職業センター長 望月 春樹 はじめに 目次 第1章 ワークシステム・サポートプログラムの概要 1 WSSPの概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 (1)WSSPの基本構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2 (2)就労セミナー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3 (3)作業・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4 (4)WSSPにおける個別相談・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 第2章 リラクゼーション技能トレーニングの改良 1 改良の背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6 2 改良の方向性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6 3 3つの新規プログラムのねらい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6 4 新規プログラムとリラクゼーション技能トレーニングの関係性・・・・・・・・・・・・・・7 5 プログラムのモデル・スケジュールについて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8 第3章 感覚プログラム 1 ねらい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9 2 構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10 3 各ツールの内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 (1)感覚特性チェックシート・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 (2)感覚特性見える化シート・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 (3)特性対処のヒント集・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17 4 各ステップの相談のポイント・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18 5 感覚特性見える化シート、特性対処のヒント集を活用した相談事例・・・・・・・・・・・・20 6 ツールを活用した相談のメリット・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21 7 感覚特性によるストレスを軽減するグッズの紹介・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22   第4章 運動プログラム 1 ねらい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23 2 構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23 (1)運動プログラムの構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23 (2)運動プログラムの実施スケジュール・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23 3 プログラムの内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 (1)運動・姿勢に関する特徴のアセスメント・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 (2)講習「疲れにくい姿勢を作る」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26 4 実施上の工夫・留意点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38 (1)「運動」や「姿勢」に対する苦手意識をもつ受講者への導入・・・・・・・・・・・・・・38 (2)普段の姿勢をふり返るためのコツ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38 (3)少人数での講習実施・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38 (4)日常的な体操・運動の実施・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38 第5章 認知プログラム 1 ねらい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45 2 構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・46 3 講習 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・48 第1回「思考や感情と距離をとる~思考について知る~」・・・・・・・・・・・・・・・・48 第2回「思考や感情と距離をとる~感情について知る~」・・・・・・・・・・・・・・・・59 第3回「思考や感情と距離をとるトレーニング1【呼吸に注意を向ける】」・・・・・・・・68 第4回「思考や感情と距離をとるトレーニング2【今この瞬間に起きていることに注意を向ける】・・・72 第5回「体験整理シートの活用~ストレス場面を思考・感情・身体・行動・状況という5つの視点から整理する~」・・・76 第6章 実践事例・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・84 第7章 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・98 資料編・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・99 CD収録内容 1 感覚特性チェックシート/感覚特性見える化シート 2 特性対処のヒント集 3 運動プログラム講習資料 4 姿勢をよくする体操・運動 折込シート 5 姿勢をよくする体操・運動 解説動画 6 認知プログラム講習資料 7 体験整理シート(WSSP版) 8 リラクゼーション紹介講座 9 ふりかえりシート 10 休憩のとり方チェックシート 第1章 ワークシステム・サポートプログラムの概要 障害者職業総合センター職業センター(以下「職業センター」という。)では、知的障害を伴わない発達障害の診断を受けている者(以下「発達障害者」という。)を対象とした「ワークシステム・サポートプログラム」(以下「WSSP」という。)を実施しています。職業センターは、WSSPの実施をとおして支援ノウハウの蓄積を行い、発達障害者の職業リハビリテーションにおける支援技法の開発及び改良を行っています。 開発などを行った支援技法については、実践報告書や支援マニュアルにとりまとめ、地域障害者職業センター(以下「地域センター」という。)や、障害者就業・生活支援センターなどの支援機関に配付するとともに、職業リハビリテーション研究・実践発表会での報告などをとおして広く普及を図っています。詳細については、職業センターのホームページをご覧ください(https://www.nivr.jeed.go.jp/center/index.html)。 1 WSSPの概要 WSSPは「ウォーミングアップ・アセスメント期(5週間)」(以下「アセスメント期」という。)と「職務適応実践支援期(8週間)」(以下「実践支援期」という。)の合計13週間で実施しています。 アセスメント期では、受講者の状態像(障害特性やセールスポイント、職業的課題など)について、環境との相互作用を含めて把握します。また、受講者の状態像に応じた支援方法の仮説作りを行います。実践支援期では、アセスメント期で作った仮説の検証、就職後・復職後などの個別の状況に応じた支援方法の整理を行います(図1-1)。 図1-1 WSSPの概要 (1) WSSPの基本構成 発達障害者の就労支援にアセスメントは不可欠であり、アセスメントは障害者の状態像把握だけでなく、状態像に応じた個別的な支援技法について整理することも含んでいます。WSSPは、スキル付与支援をしつつ、アセスメントを行うプログラムといえます。 WSSPでは、支援を効果的に進めるために、発達障害のある受講者一人ひとりの障害特性や職業上の課題などについて、「就労セミナー」、「作業」、「個別相談」の各場面を関連づけてアセスメントをしています(図1-2)。   図1-2 「就労セミナー」、「作業」、「個別相談」の関連づけ (2) 就労セミナー 「就労セミナー」では、4つの技能トレーニングを設定し、職業生活を維持するために必要な技能の習得を図るとともに、受講者の特徴についてアセスメントを行います(図1-3)。 図1-3 就労セミナーにおける4つの技能トレーニング (3) 作業 アセスメント期では、ワークサンプル幕張版などを用いた比較的シンプルな作業設定における受講者の状況を確認します。具体的には、作業遂行上の障害特性の現れ方や指示理解、作業の正確性、速度などの状況を確認します。それと並行して、作業の進め方を工夫したり、環境調整などを行いながら、各受講者の障害特性に応じた対処方法を検討するための情報を収集します。 実践支援期では、アセスメント期で把握した情報や希望する働き方に応じて、より就労場面に近い作業環境を設定し、検討した対処方法や受講者に合った周囲の関わり方(指示の出し方など)、環境設定を試します。「作業」の一環として、民間事業所での職場実習(5日程度)を実施し、それまでに職業センター内で試してきた対処方法や事業所に要請する配慮事項などの効果検証を行います。 「作業」におけるアセスメント期と実践支援期の各目的、具体的な作業の種類については表1-1と表1-2のとおりです。   表1-1 WSSPにおける「作業」の目的 表1-2 WSSPにおける主な「作業」の種類 (4) WSSPにおける個別相談 「個別相談」では、これまでの経験やWSSPで見られた様子、起こった出来事について受講者自身のとらえ方を聞いたり、支援者からフィードバックしながら、障害特性、セールスポイント、課題などに関する情報をアセスメントし、整理していきます。また、課題への受講者自身の対処方法、周囲に求める配慮(作業環境の設定や周囲の関わり方)などについて、受講者とともに考え、「作業」などで試した状況のふり返りを行います。これを繰り返すことによって、受講者の自己理解をうながします。整理された特性や対処方法、配慮事項などについては、受講者がナビゲーションブックに取りまとめます。 第2章 リラクゼーション技能トレーニングの改良 1 改良の背景 リラクゼーション技能トレーニングは、WSSPの「就労セミナー」における技能習得のためのトレーニングの一つです。このトレーニングでは、自らのストレス・疲労の状態を把握し、個々のストレス・疲労、気分などの状態に応じたリラクゼーション法を選択して実践することにより、職場におけるストレス対処スキルの向上を目指します。 リラクゼーション技能トレーニングは、平成25年度に支援マニュアルとしてとりまとめ、地域センターを始めとする就労支援機関に広く普及してきたところですが、平成30年度から令和元年6月末日までに38カ所の地域センターを対象にリラクゼーション技能トレーニングに関するヒアリングを行った結果、「全面的、または部分的な改良が必要」との回答が76%あり、リラクゼーション技能トレーニングの改良に対するニーズの高さがうかがえました。中でもセルフモニタリングがうまく働かないためにトレーニングの効果が出にくいという意見が目立っていました。たとえば、「心身の反応や行動面の変化を、ストレス・疲労と結び付けて考えることが難しい利用者が多い」、「身体の力の抜き方などがつかみにくく、リラクゼーションを行うことによる心身の変化を感じにくい。そのため、形だけをまねるに留まってしまう利用者もいる」、「身体状態に目を向ける訓練がないと、“型”としてのリラグゼーションを行っても、結果としてリラックスには至っていないことが多い」、「実行→効果検証のプロセスをモニタリングできる仕組みがあるとよい」などがあげられます。そのほか、「ストレッサーに関するとらえ方の見直し」や「強いストレス状態からストレス軽減を図る方法」など認知的なアプローチを希望する意見もありました。 2 改良の方向性 リラクゼーション技能トレーニングが目指す、ストレス・疲労への気づきと、ストレス対処法の習得・実践を支える力はセルフモニタリングにあります。したがって、セルフモニタリングの強化をいかに図るかが改良のポイントであると考えました。 今回の改良では、3つの新規プログラムでセルフモニタリングを強化しつつ、従来のリラクゼーション技能トレーニングの効果を高めるという方向性を基本としています。強化するセルフモニタリングの対象は、思考、感情、身体感覚としました。神経科学の領域では、思考、感情、身体は相互につながっていることが定説となっており、ストレスとの関係においてもそれらは相互に作用しあうものとして理解されています。つまり、思考、感情、身体感覚(身体反応)に気づく力を養うことはストレスへの気づきを高めると言えます。また、自身の内的反応への気づきが高まればリラクゼーション技能などの習得・実践をうながすことも期待できます。 3 3つの新規プログラムのねらい 新規プログラムは運動、感覚、認知(思考・感情) の3つで構成されています。前項で述べたセルフモニタリング対象のうち、思考と感情はプログラムにおけるアプローチの方向性や理論的基盤が共通していることから一つにまとめ、身体感覚については着目する感覚の種類やアプローチの違いから2つのプログラムに分けています。身体感覚には、触覚・聴覚・視覚などいわゆる五感と呼ばれる感覚、動きと関係が深い前庭覚・固有覚など多くの種類があります。特に前庭覚や固有覚については、その性質上、体を動かす中で気づきの機会を作った方がよいとの考えから運動プログラムとして独立させています。 感覚プログラムでは、平成31年3月発刊の支援マニュアルNo.18の中から特性チェックシート(本人用チェックシート)の感覚特性部分を改訂した「感覚特性チェックシート」、その出力結果「感覚特性見える化シート」、対処ツールや工夫を掲載した「特性対処のヒント集」を活用した個別相談を実施します。そして、個別相談と対処法の試行を重ね、日常生活や作業場面における不快な感覚刺激の除去・緩和を図ります。また、リラックスできる感覚刺激も探索し、リラクゼーションスキルを実施する際に最適な環境構築を図ります。 運動プロブラムでは、疲れにくい姿勢づくりという文脈において実際に体を動かし、筋肉の緊張や弛緩、体の傾き、疲労と姿勢との関係などに関する気づきをうながします。身体感覚へのモニタリングが強化されることは、ストレス・疲労への気づきを高めるだけでなく、リラクゼーションスキルの習得や効果の実感をうながすことにもつながると期待されます。 認知プログラムでは、思考や感情の性質を解説し、それらと距離をとることの意義を伝えます。その上で、呼吸に伴う身体感覚への注意集中を基盤とし、思考や感情、呼吸以外の感覚などに注意がそれたら、注意がそれた対象にラベリングを行い、再び注意を呼吸に伴う感覚へと引き戻すトレーニングを行います。自分の意識に湧きあがってくるさまざまな対象に反応することなく距離を取って観察することは、それ自体がセルフモニタリングの鍛錬になります。また、今現在の取り組みに集中できるようになれば、リラクゼーションスキルの効果的な実施につながることが期待されます。 各プログラムの詳細については、第3章~第5章をご参照ください。 4 新規プログラムとリラクゼーション技能トレーニングの関係性 新規プログラムは従来のリラクゼーション技能トレーニングを補完する位置づけとなっています(図2-1)。 図2-1 新規プログラムとリラクゼーション技能トレーニングの関係性 ストレス・疲労への気づきも、リラクゼーションスキルの習得・実践もセルフモニタリングに支えられています。たとえば、呼吸法の練習を通じて、浅い呼吸と深い呼吸の違いを体感できれば、深い呼吸によるリラックス効果を実感できるだけなく、浅い呼吸になっている状態への気づきも高まります。これは、スキル向上支援がセルフモニタリングを高め、ストレス・疲労への気づきにもつながると言えます。その逆も言えます。不安が強まり筋肉が緊張していることに気づけるなら、ストレッチや漸進的筋弛緩法などにより筋緊張と不安が和らぐことにも気づきやすくなる可能性が高まります。以上から、セルフモニタリングへの働きかけは、ストレス・疲労への気づきを高め、リラクゼーションスキルの効果的な習得や実践を促進すると言えます。 リラクゼーション技能トレーニングはセルフモニタリングを重視したプログラムでしたが、改良を求める声にあったように、基盤となるセルフモニタリングが極端に弱いと効果を上げにくいようです。例えば、呼吸法は腹式呼吸を基本としていますが、深く息を吐きだすとお腹がへこみ、深く息を吸い込むとお腹が膨らむ感覚が分からないとスキルの習得が難航しがちです。漸進的筋弛緩法では筋肉の緊張と弛緩を感じ取れること、ストレッチでは対象となる部位がしっかり伸びている感覚をとらえることがポイントになります。リラクゼーションスキルの効果的な実施を考えるうえで身体感覚への気づきは重要な要素ですが、ほかにも外せない視点があります。それは、リラックスできる環境と実行中のリラクゼーションスキルへの注意集中です。聴覚過敏があるのに騒音がたくさんある中でスキルを実行してもリラックスはできませんし、ウォーキング中に緊張や不安を高めるような考えごとをしていては気分転換には到底なりません。 今回の改良で追加した3つの新規プログラムは、身体感覚、感覚特性、思考・感情へのセルフモニタリングを底上げし、従来のリラクゼーション技能トレーニングがより効果的に機能するようサポートする役割をになっています。 5 プログラムのモデル・スケジュールについて プログラムのモデル・スケジュールは図2-2のとおりです。スケジューリングのポイントとしては、意識的なセルフモニタリングの機会となる「姿勢をよくする体操・運動(運動プログラム)」と「思考や感情と距離をとるトレーニング(認知プログラム)」は導入後、毎日プログラム内で実施すること、思考や感情と距離をとるトレーニングの基盤となる呼吸の感覚への気づきを高めるため、呼吸法の導入を早めに行うこと、不快な感覚刺激への対処はプログラム中のストレスを大きく軽減するため早期に取り組むことなどがあげられます。 図2-2 プログラムのモデル・スケジュール 第3章 感覚プログラム 1 ねらい 感覚特性に起因する不快感は、心身の状態やストレスの増減、疲れなどの変動によって、感じ方が変化する場合もあり、本人自身も気づきにくく、把握しにくいものでもあります。また、感覚特性そのものによるつらさに加え、「自分のつらさが相手に伝わらないつらさ」にも着目する必要があります。そのため、特性を把握するためには丁寧な聞き取りが必要となります。 支援マニュアルNo.18「発達障害者のアセスメント」において、発達障害の特性に関する情報を収集しやすくするための支援ツールとして「特性チェックシート」を開発しました。特性チェックシートを活用する利点は表3-1のとおりです。 表3-1 特性チェックシートを活用する利点 しかし、特性チェックシートで把握した感覚特性について、受講者自身がどのように対処すればよいのか、また支援者が把握した受講者のつらさに対して、どのような対処方法を提案すればよいのか、特に、診断を受けて間もない障害者、支援経験が浅い支援者にとっては、具体策の検討に苦慮することが予想されます。 そこで、感覚特性の理解を深めること、現実的な対処方法を検討しやすくすることを目的として、特性チェックシートの中から感覚特性の部分を取り出し、「感覚特性チェックシート」として内容を再編しました。また、感覚特性チェックシートの回答内容を把握しやすくするためのツールとして「感覚特性見える化シート」を作成しました。さらに、感覚特性見える化シートをもとに、対処方法や周囲への配慮事項を検討しやすくするためのツールとして「特性対処のヒント集」を作成しました。これらのツールを活用した相談、特性対処支援に関わる一連の流れを「感覚プログラム」として構成しました。   2 構成 感覚プログラムは、3つのステップで構成されます。   図3-1 感覚プログラムの構成   各ステップの内容は表3-2のとおりです。   表3-2 感覚プログラムを構成する各ステップの内容    【ステップ1】感覚特性を把握する(所要時間 約30分) ・感覚特性を把握する意義の説明 ・感覚特性チェックシートの入力 ・感覚特性見える化シートの出力 ・感覚特性見える化シートを確認しながら受講者、支援者で情報共有する    【ステップ2】対処方法を考える(所要時間 60~120分) ・特性対処のヒント集の自由記述欄を記入しながら、受講者の感覚特性を情報共有 ・感覚ごとの対処方法の検討、対処方法を実行する優先順位の検討 ・対処ツールの情報提供および対処ツールの体験 ・今後受講を予定している運動プログラム、認知プログラムに向けた動機づけ ・作業場面における対処方法の実践について情報共有    【ステップ3】対処方法の活用、効果の検証 ・作業場面において対処方法を実践、対処ツールを活用 ・取組みの効果検証、就職及び復職に際して継続して活用する方策の検討 WSSPでは、発達障害者が自身の感覚特性とストレス対処を関連付けて理解できるよう、【ステップ1】と【ステップ2】の間にリラクゼーション技能トレーニングのオリエンテーションを実施しました。また、【ステップ3】で感じた効果については、ナビゲーションブックに対処方法や配慮事項として取りまとめることで支援者、事業主に情報発信をするように取り組みました。(図3-2 感覚プログラムを活用した相談イメージを参照) 図3-2 感覚プログラムを活用した相談イメージ   3 各ツールの内容 各ステップで使用する3つのツールについて説明します。 (1) 感覚特性チェックシート (2) 感覚特性見える化シート (3) 特性対処のヒント集 (1) 感覚特性チェックシート 感覚特性を確認するための質問項目は、支援マニュアルNo.18「発達障害者のアセスメント」に掲載している特性チェックシートのうち、ご本人用チェックシート(1)感覚の[1]触覚から[8]視覚認知の質問項目を援用しました。援用にあたっては、4件法で回答できるように質問の文言を一部修正しました。チェックシートに含まれる項目は以下のとおりです。 [1]触覚:皮膚感覚 [2]前庭覚:平衡感覚、動きとバランス感覚 [3]固有覚:筋肉の調整、体の位置把握 [4]嗅覚:においを感じる [5]味覚:味を感じる [6]聴覚:音を感じる [7]視覚:光を感じる、物を見る [8]視覚認知:物の形、位置、向きなど空間的な関係を理解する ア 回答方法を4件法にした理由 支援マニュアルNo.18「発達障害者のアセスメント」の特性チェックシートでは、「当てはまる場合 はチェック✓」「当てはまらない場合は空欄」「当てはまるかどうかわからない項目は「?」をつける」ことにしていました。WSSPの受講者に支援マニュアルNo.18の特性チェックシートに回答を求めたところ、感覚の過敏さについては、「いつも経験している」と感じるものだけでなく、「特定の環境で経験するものがある」、「体調や気候の影響を受け程度も変化する」との意見が聞かれ、受講者にとっては「ある」「ない」「?」という回答方法では感覚特性を表現しづらいということがわかりました。そこで、感覚特性チェックシートは、各項目について受講者の経験頻度を尋ねるよう、「いつも経験している」「しばしば経験している」「まれに経験している」「経験したことはない」の4段階で回答を求めるように変更しました。具体的なエピソードについては、特性対処のヒント集で確認することとし、感覚特性チェックシートは4件法で回答できる質問のみに限定しました。支援マニュアルNo.18の特性チェックシートと感覚特性チェックシートの変更点は表3-3を参照ください。 表3-3 支援マニュアルNo.18の特性チェックシートと感覚プログラムのチェックシートの変更点 イ 感覚特性チェックシートの使用方法 チェックシートは、本マニュアルに添付しているCDに掲載している感覚特性チェックシートのエクセルファイルをダウンロードして使用します。ダウンロードしたファイルは、パソコンに保存して使用します。ファイルを開き感覚特性チェックシートのタブを開きます。パソコンを独力で操作できる受講者の場合、受講者自身が質問を読み、該当する項目をクリックすることで回答します。パソコン操作ができない場合は、事前に感覚特性チェックシートをプリントアウトしておきます。チェックリストをご本人がペンなどでチェックし、その内容を支援者がパソコン入力することで回答してもかまいません。 ウ 感覚特性チェックシートの得点化と得点の計算式の表示 各回答は、「経験したことはない」0点、「まれに経験している」1点、「しばしば経験している」2点、「いつも経験している」3点として得点化されます。計算式は感覚特性チェックシートのN~X列に記載していますが、回答中、受講者が気にならないように非表示に設定しています。さらに、計算式の修正が行えないよう、シートの保護(パスワード設定なし)を行っています。 感覚特性チェックシートに回答した得点は、感覚特性見える化シートに表示されます。 (2) 感覚特性見える化シート 感覚特性見える化シートは、下記ア~ウの領域で構成されています。 ア 感覚特性チェックシートの回答結果一覧 イ 不快と感じやすい感覚のレーダーチャート ウ 前庭覚と固有覚に関する特徴    図3-3 感覚特性見える化シート ア 感覚特性チェックシートの回答結果一覧 感覚特性見える化シートの左側の得点表は、感覚特性チェックシートの1つずつの質問に対しての回答を得点として表示したものです。感覚特性見える化シートには点数が高い順に濃い赤(3点)→赤(2点)→薄い赤(1点)→白(0点)と表示されるように設定しました(表3-4、図3-4参照)。※ 表3―4 得点表への表示 図3-4 回答結果一覧 イ 不快と感じやすい感覚のレーダーチャート 得点表だけでは、全体的な特徴をとらえにくいため、個人の中の感覚特性を視覚的にとらえやすくすることを目的としてレーダーチャートで表示しました(図3-5)。 レーダーチャートへの表示は、経験頻度が高いと回答した得点が高いほど、外側に表示されます。個人内の傾向を把握するもので、回答の割合により軸の最大値(表示される%の最大値) は変動します(図3-5参照) 。レーダーチャートの結果が〇%を超えた場合に何らかの障害と診断名される、あるいは治療を必要とするような状態であるといったことを示すものではありません。   図3-5 不快と感じやすい感覚 ※除外項目について [1]触覚8「触っただけでは物を識別することができない」      9「ケガやヤケドをしても気づくのが遅い(痛みの感覚を感じにくい)」      10「触るととても安心できるものがある」      11「手持ちぶさたな時等に、物を噛んだりいじったりする(爪かみ、服のそで口、鉛筆等)」 [4]嗅覚3「他の人が気づくにおいに気づかないことが多い(言われてもわからないことがある)」      4「物や食べ物、人(自分)等のにおいを嗅ぐクセがある」 [5]味覚2「食べ方に自分なりのルールがある」 [6]聴覚3「以前は辛かったが、何かのきっかけで(または、いつの間にか)大丈夫になった音がある」    7「名前を呼ばれても気づかなかったり、周囲の物音に気づかないことが多い」 [7]視覚6「自分の色の見え方と他の人の見え方が違うように感じる」      7「電化製品の電源の点灯等、光って知らせるものに気づきにくい」 8「回転する物、チカチカする光や反射、カーテンやブラインドから見える光に惹きつけられる」 上記、12項目は不快さを問う質問ではないため、「感覚ごとの不快感の傾向」(レーダーチャート) を計算するための得点からは除外しています。ただし、これらの項目については、支援者からの指摘などにより、受講者が初めて障害特性と気づくこともあるため、丁寧な聞き取りが必要です。 レーダーチャートへの結果の反映の詳細は、表3-5 レーダーチャートの得点構成をご参照ください。 表3-5 レーダーチャートの得点構成 ウ 前庭覚と固有覚に関する特徴 [2]前庭覚、[3]固有覚の質問への回答は、「前庭覚と固有覚に関する特徴」として棒グラフ※1で表示しました。各質問はそれぞれの質問が意図する苦手さごとに「姿勢の保持」「バランス感覚」「筋肉の調整」「前庭覚の過敏さ」の4つのカテゴリに分類しました。分類の詳細は「表3-6 前庭覚、固有覚に関する質問項目の分類」をご参照ください。   表3-6 前庭覚、固有覚に関する質問項目の分類 また、回答した経験度合いが視覚的に把握できるよう、「前庭覚と固有覚に関する特徴」として表示しました。 図3-6 前庭覚と固有覚に関する特徴 前庭覚と固有覚に関する特徴については、第4章「運動プログラム」で取り扱います。詳細は、第4章「運動プログラム」(P23) をご参照ください。 (3) 特性対処のヒント集 特性対処のヒント集は感覚特性チェックシートの詳細を聞き取るためのツールです。仕事に役立つ工夫、リラックスに役立つ工夫の欄には、感覚の不快感や苦手さを取り除くために有効とされているツールの紹介、WSSPの受講者が実践して効果を感じた対処方法や対処ツールを掲載しています。 特性対処のヒント集の活用方法ですが、支援者とともに読み合せていく方法と、感覚特性チェックシートに回答した後、後日課題として活用する方法があります。後日課題にする場合は、自宅などで空欄に受講者自身のエピソードを加筆してもらい、次回の相談時に支援者と内容を確認するようにします。 特性対処のヒント集は「自分の感覚特性をまとめた1つのツール」として、家族や支援者、また事業主に提示することも想定し、全12ページの冊子になるように設定しています。製本モードで印刷すると冊子になります。印刷方法は資料編 印刷ガイド(P117) をご参照ください。 ※ 4 各ステップの相談のポイント 各ステップの相談のポイントを解説します。   【ステップ1】 感覚特性を把握する ア 所要時間:30分程度 イ 実施手順 支援者による説明 これから、感覚特性チェックシートに回答をしていただきます。 発達障害のある方の中には、感覚特性により生活上不便を感じる方も多くいるようです。○○さんはご自分の感覚特性のうち、困っている、不快でつらいと感じることはありますか? ○○という感じ方で困っているのですね。 働く上でストレスに対処することが重要だということはよく聞かれると思いますが、「ストレス対処をしたい」「リラックスしたい」と思っても、感覚の過敏さなどがあることで十分に効果が上がらないということがあります。 (例えば) 気分転換のために草原に出かけ青空を見上げて、大きく深呼吸をした時、洋服のタグのチクチクした不快感を強く感じていたら、草原での深呼吸はリラックスにつながらないということもあります。 ストレス対処をするためには、自分の感覚特性を把握して、必要な対処法を事前に準備しておくことが重要です。 そこで、ご自分の感覚特性について、改めて確認をしていただきたいと思います。 パソコン画面を見てください。 ここに、感覚特性を把握するための66の質問がありますので、それぞれの質問について、○○さんの経験をもとに回答してください。 【操作説明】パソコン画面の【1】触覚、1を読み上げる このような感じ方を「いつも経験している」場合は右端のチェックボックスをクリック、「しばしば経験している」場合は右から2番目をクリック、「まれに経験している」場合は3番目をクリック、「経験したことはない」場合は左端をクリックしてください。 感覚特性チェックシートはご自分の経験頻度について回答するものであり、他者との比較、標準との比較を行うものではないので、ご自身の感じ方をもとに回答してください。 では、始めてください。 おつかれさまでした。では今の結果を見てみましょう。 【操作説明】見える化シートのタブをクリックして結果の表示 次回の相談で、不快感や苦手さを感じる経験頻度が高い感覚に関する相談をしていきたいと思います。 【ステップ2】 対処方法を考える ア 所要時間:60~120分程度 感覚特性見える化シートと特性対処のヒント集を見比べながら、ストレスに感じるエピソードや受講者なりに工夫してきたことなどを聞き取ります。相談の場面において、受講者と支援者が情報共有できるツールがあることで、自身が感覚特性を把握しやすくなるだけでなく、支援者とも共有できます。また必要に応じて、事業主に環境調整の申し出をする際に活用することもできます。 コラム 感覚の過敏さについて自覚のない方への適用 「感覚過敏はありません」という方もいますが、詳しく聞いてみると「自分が感じている不快感は、他の人も同じだろうから、問題と言えないのではないか」ととらえていた方もいました。また過敏さはないと答える方の場合、感覚刺激に対して気づきにくい感覚鈍麻という特性があることも考えられます。 「感覚過敏はない」という方に対してもチェックシートへ回答してもらうことで、自分の感じ方や発達障害の特性への気づきになることもあります。 イ 実施手順 【準備物】 ・感覚特性チェックシート(自身が回答したチェックシート) ・感覚特性見える化シート ・特性対処のヒント集 ・筆記用具 支援者による説明 先日、感覚特性見える化シートをお渡ししましたが、まずはこの見方を説明します。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ㋐について・・・赤が濃く表示される項目が多いほど、不快と感じる特性が強く表れている。 ㋑について・・・レーダーチャートの傾向から、どの感覚について不快感をひんぱんに感じているかが分かる。 ㋒について・・・棒グラフが長いほど、苦手さをひんぱんに感じているかが分かる。 では、特性対処のヒント集を使って、○○さんが感じているつらさを和らげる方法を考えていきたいと思います。 ヒント集の活用方法 【方法1】一緒に読み合わせ、自由記述を埋めたり、ツールを使用する体験を行う。 【方法2】チェックシートへの回答当日、見える化シートとともにヒント集を手交する。 (後日課題にする場合の説明)   空欄にご自分の感じ方や経験してきたエピソードを書き加えてください。経験したことがない、またエピソードがない場合は、空欄のままで構いません。 記入が終わったら、仕事に役立つ工夫、リラックスに役立つ工夫を読んでください。「実際にやっている」には〇、「やってみて効果を感じている」には◎、「これからやってみたい」には花丸をつけて、次回の相談時に持ってきてください。 次回の相談で、対処ツールの体験をしてみましょう。 5 感覚特性見える化シート、特性対処のヒント集を活用した相談事例 【事例1】ツールを活用することで、自分の感覚経験を語るきっかけをつかめた事例 WSSP受講初日に「気になる音が聞こえた」と聴覚過敏があることを推測させる発言がありました。そこで感覚過敏の詳細を聞き取りましたが、他の感覚に関する過敏さや不快感のエピソードはあげられませんでした。 翌日の個別相談時、感覚特性チェックシートを活用したところ、左のような結果でした。 あらためて感覚の不快感を聞き取ったところ、光や白色をまぶしいと感じる視覚の過敏さがあり、日常生活を送る上でもとても困っているというエピソードが聞かれました。受講初日に申し出がなかったのは、学生時代から「それくらい我慢するものだ」と言われてきた経験から、他者に相談する内容ではないととらえていたとのことでした。 感覚の不快感があることを視覚的にとらえたことで、「実は・・・」と色々な不快さを感じているというエピソードを語っていただけました。見える化シートがあることで、自身の経験を語るきっかけをつかみやすいようです。 【事例2】感覚に関する自覚・気づきと対処策検討への動機づけが得られた事例 事前の情報収集により、特定の部位の触覚過敏が強く生活上の不便さも大きいことを支援者が把握できていた方です。 本人は「いろいろな感覚過敏はあると思うけれど、触覚以外はたいしたことはない」と語っていました。しかし、チェック後は、「自分にとっては普通のことと思って回答したのに、こんなに聴覚過敏を経験していたとは、自覚していなかった。対処すると楽になるのでしょうか?」との感想がありました。 また、ヒント集に掲載されている他の人の事例を読むことで、自分以外にも不快さを感じている人がいること、みんなそれぞれに対処していることを知り、「不快な感覚があれば、我慢ではなく対処していいのですね」と安心したとのことでした。 感覚特性を原因とする不快感や不便さは、自分から情報発信をしなければ、他者と比較する機会がないため、「これが普通」ととらえている方も多いようです。自分以外にも同じ不快さや不便さを感じている人がいる、その不快感に対する対処策があるという情報そのものに価値がありそうです。 【事例3】感覚特性のチェックから、自身の障害特性への興味・関心が広がった事例 発達障害の診断を受けて間もない方で、感覚過敏については衣服の襟元の不快さを感じる以外に過敏さはない、と語っていた方です。 聴覚過敏の得点を見て「雑音が気になることは普通のことと思っていたけれど違うのか」と、この結果が自分の特性を考えるきっかけになりました。 また、取扱説明書や作業手順書を読んでも、その内容が頭に入ってくる感覚がなく、文字から実際の行動を想像することが難しいと感じていました。「これまで、手順を理解するには説明書ではなく、動画を選んでいたのですが、これは視覚認知の問題と関連があるでしょうか?」と質問がありました。WSSPの取組みから、「雑音が気になること」「文字から行動をイメージできないこと」については感覚の過敏さ以外の障害特性(注意や想像力の障害) が影響していることが推測されましたが、「感覚」という自分の直接的な体験をもとに相談を行ったことが、ご自身の特性を考えてみたいという意識の変化につながりました。   6 ツールを活用した相談のメリット ツールを活用した相談のメリットは以下のとおりです。 〇 気づいていなかった特性に気づくことができる(気づく可能性が高まる)。 〇 不快刺激の除去、緩和に役立つ工夫、ツールを検討できる。 〇 リラックス効果のあるツールを探索できる。 〇 感覚特性と作業や日常生活場面でのストレス、疲労との関係に気づくことができる(気づく可能性が高まる)。 〇 対処グッズの効果検証を通じて、対処する前後の違いを体感できる。違いを体感することにより、セルフモニタリング(自分自身への気づき)の機会を得ることができる。 〇 ストレスや疲労につながる感覚刺激を特定し、意識することで早めに対処できるようになる。 7 感覚特性によるストレスを軽減するグッズの紹介 ヒント集を使用した個別相談では、相談室に「不快と感じやすい感覚刺激を取り除き楽にするためのグッズ」「好みの感覚刺激を取り入れリラックスにつなげるためのグッズ」を複数用意し、受講者が使用してみたいと感じたグッズを体験できるようにしました。実際に使用してみて、効果を感じるもの、継続して活用したいものについては、一定期間貸し出すことにしました(新型コロナウィルス感染症対策として、他者と共有しないことを前提とする)。グッズの中には、使用してもリラックス効果をすぐには感じにくいものもありますが、日常的に活用する経験を積み重ねることが、不快な感覚とうまく付き合うことに役立つということも受講者に伝えています。 コラム 感覚過敏に関する研究知見 WSSP受講者から「蛍光灯を見たとき、それがチカチカしてうっとうしく感じる、洋服が皮膚に触れることでチクチクした感覚が生じ、それが苦痛だ」と不快感の訴えを聞くことがあります。 これらの感覚過敏のメカニズムを「時間分解能(※個々人がどの程度。刺激の細かな時間情報を正確に処理しているかを意味し、上記の研究では、被検者の左右の人差し指に、わずかな時間差で振動を提示し、どちらが後だったかについてボタン押しによる回答を求めています。)」という観点から検証している研究があります。そこでは、感覚過敏の程度が強い当事者(自閉症スペクトラム症)ほど、時間分解能が高いという結果が得られています(定型発達者では時間分解能と感覚過敏との間に相関は見られなかった)。このことから、通常であれば一つのまとまりとして知覚される感覚刺激が、過剰に高い分解能の人には事細かに時間的に分解して知覚されるため、蛍光灯のちらつきが見えたり、繊維の凹凸が皮膚とこすれる際に痛みにも似たチクチクした感覚につながると解釈されています。 <引用・参考文献> ・Catana E.Brown、Winnie Dunn(原著)、辻井正次(日本版監修)、萩原拓・岩永竜一郎・伊藤大幸・谷伊織(日本版作成):「日本版 青年・成人感覚プロファイル ユーザーマニュアル」、日本文化科学社、2015. ・井手正和、矢口彩子、渥美剛史、安啓一、和田真:時間的に過剰な処理という視点からみた自閉スペクトラム症の感覚過敏「BRAIN and NERVE 69巻11号」、2017、p1281-1289. ※ 表3-4の色付けについて、得点の高いものから濃い赤になる設定のため、いつも経験しているにチェックがない場合は、しばしば経験していると回答した2点が濃い赤になります。 ※ レーダーチャートに表示される割合の計算式 ・[1][2][3][6][7][8] (感覚ごとに除外項目の回答得点は含めず)経験したと回答した得点の合計÷取りうる最大得点×100 ・[4][5](嗅覚と味覚を合算し) 経験したと回答した得点の合計÷(合算した) 取りうる最大得点×100 ※1 棒グラフに表示される結果の計算式    各分類ごとの「経験した」と回答した合計点÷取りうる最大得点×100 ※2 支援マニュアルNo.18「発達障害者のアセスメント」特性チェックシート ご本人用チェックシート(1) 感覚【2】前庭覚 質問No6「体が硬く、動きがギクシャクする。または、首や腕、肩の関節が動く範囲が狭い」は、本実践報告書の感覚特性チェックシートにおいて[3]固有覚 質問No5に移動しました。 第4章 運動プログラム 1 ねらい  リラクゼーション技能の習得やストレス・疲労への気づきと身体感覚は深い関係にあります。自分の身体の状態や状態の変化をモニタリングすることで、リラックス効果を感じたりストレス・疲労に気づきやすくなります。しかし、WSSPや地域センターでプログラムを実施する中で、筋肉が緊張/弛緩している感覚が分かりにくい、身体を動かしてリラックス効果を得る感覚が分からない、仕事中は疲労を感じないため実行しにくいという方がいるという報告もありました。そこで、身体感覚への気づきを高めるために、身体に目を向ける機会を増やしたいと考えた時、姿勢を取り上げるのが最適ではないかという結論に至りました。なぜなら、日中のほとんどの時間を立っていたり、座ったりして過ごしているため、一日を通して姿勢をモニタリングすることができるからです。以上の理由から運動プログラムでは、よい姿勢(疲れにくい姿勢)づくりを通じて自分の身体感覚をモニタリングすることを目指しました。   2 構成  (1) 運動プログラムの構成 運動プログラムは、「運動・姿勢に関するアセスメント」、「講習 疲れにくい姿勢を作る」、「姿勢をよくする体操・運動」の3つで構成されています。受講者の運動・姿勢に関する特性やとらえ方を支援者が把握してから講習を行うことで、より受講者に合ったアドバイスや情報提示が行えます。また「姿勢をよくする体操・運動」は講習の中で紹介し、その後は毎日の体操として行い、よい姿勢を維持するための基礎作りを行っていきます。 講習は、グループでの実施と個別実施の両方を想定しています。プログラム受講者の中には、運動や姿勢のことで過去に注意や指摘を受けた経験があり、グループで実施する講座に対してネガティブな印象を持っている方もいます。そのため受講者の動きに対するプラスのフィードバックを即時に行うことが有効な場合や、身体の動かし方についてより詳細な教示が必要となる場合は、個別に実施します。   (2) 運動プログラムの実施スケジュール 運動プログラムの実施スケジュールは表3-1のとおりです。 表3-1 運動プログラムの実施スケジュール 3 プログラムの内容 (1) 運動・姿勢に関する特徴のアセスメント ア 感覚特性チェックシートの実施 第3章で紹介した「感覚特性チェックシート」のうち、[2]前庭覚、[3]固有覚は、運動・姿勢と関係の深い質問です(図4-1)。受講者のチェック内容は、「姿勢の保持」、「バランス感覚」、「筋肉の調整」、「前庭覚の過敏さ」の4つのカテゴリに分類し、「感覚特性見える化シート」に表示されます(図4-2) 。 イ 感覚特性見える化シートへの表示 「前庭覚と固有覚に関する特徴」のグラフには、受講者の回答に応じて苦手と感じている得点が割合(%)として表示されていますが、この割合は、○%を超えた場合に何らかの障害と診断される、あるいは治療を必要とするような状態であるといったことを示すものではありません。 ウ 運動・姿勢に関する相談および行動観察 受講者がチェックした内容をもとに、日常生活や職業生活における具体的なエピソードを聞き取ります。前庭覚や固有覚に関する特徴は、職務内容や職場環境を検討する際に考慮しておくとよい場合があります。一例ですが、姿勢の保持は接客における印象の良さに関連し、バランス感覚は足場の悪い環境や高所作業における適応と関連します。また、筋肉の調整は、機敏な動作や微妙な力加減が必要な作業への適応と関連します。    次に姿勢との関係です。姿勢の制御において前庭覚、固有覚は次のように関与しているとされます。前庭覚は姿勢の変化に伴って身体のかたむきを感じ、筋肉の緊張状態を調整します。前庭覚が弱いと姿勢の変化に気づきにくかったり、同じ姿勢を維持することが難しかったりします。固有覚は、時々の姿勢に必要な筋肉・関節の力加減や向きを調整し、姿勢を保ちます。前庭覚とも関連しますが、首の筋緊張が不十分だと机の前に座っている時、頭を手や腕で支える形になったり、自力で立つことが大変なため、壁や柱に寄りかかることがあると言われています。    運動プログラムの導入に際して支援者は、感覚と姿勢との関連にふれながら、姿勢の崩れやすさは本人のやる気のなさや努力不足によるものではないことを伝え、過去に姿勢の悪さを指摘され自信をなくしている受講者などの動機づけが低下しないよう配慮します。また、普段の受講者の姿勢を把握し、よい姿勢を取り入れる上で、どのポイントを強調すればよいかを事前に検討しておきます。受講者の姿勢を観察する際は、本人の姿勢だけでなく、作業環境にも注意をはらいます。たとえば、パソコンの画面が目の高さに合っているか、いすの高さは適切か、座面の滑りやすさはどうかなどの観点があげられます。 運動・姿勢に関する相談および行動観察の視点   前庭覚の質問No3「いすに座っている時、足を前に投げ出して背もたれに寄りかかることが多い」、No4「面接等、一定時間背筋を伸ばして座り続けることがとてもつらい」に「いつも経験している」と回答した受講者に対して、よい姿勢づくりのために次の視点でアセスメントを行いました。 受講者に許可を得て、作業の様子を写真にとったところ、パソコン作業中は足が床につかない、パソコン画面と視線の位置を合わせるために、背もたれが大きく後ろに倒れることが分かりました。 (2) 講習「疲れにくい姿勢を作る」 講習「疲れにくい姿勢を作る」の進め方について解説します。 ※説明資料の網かけ部分は補足説明やフィードバックのポイントを示す。 1 この講習のテーマは「疲れにくい姿勢を作る」です。 2 この講習のねらいについて説明します。 職種や担当作業によっても異なりますが、働くときはいろいろな体の動きが必要になります。例えば、清掃作業では身体を大きく使うことがありますし、事務作業では、パソコンやホッチキス、穴あけパンチなどのさまざまな道具を使用することがあります。「身体の使い方の仕組み」を知ると身体の負荷が軽減して疲れにくくなる、作業効率が上がるなどの効果が期待できます。 今回の講習では、すべての動きの基本となる姿勢に着目しています。普段の姿勢を見直すことで、負荷の少ない身体の動かし方を身につけることが期待できます。例えば、猫背の姿勢で歩くと重心が身体の前方に傾き、前足のひざに負荷が加わり、転倒やつまづくリスクが高まります。背がピンと伸びた姿勢では、重心が身体の中心に集まるため、歩行が安定し、身体に加わる負荷が軽減します。 この講習では、身体の使い方の仕組みについて一緒に学びながら、疲れにくい姿勢、すなわちよい姿勢を身につけるためのちょっとしたコツをご紹介したいと思います。 ※説明をした後、受講者に姿勢に関する以下の質問をする。 ① 姿勢が崩れやすいと感じることがあるか?  ② いままで(学校や職場、家で)姿勢の崩れを指摘されたことがあるか? 挙手した方がいたら、①はどんな時に、どのように崩れるのか、②はどのような場面で指摘されたか、を質問します。こたえを聞き、講座の中で解決法を考えるヒントがあるかもしれないことを伝えます。 3 ここからは姿勢に目を向けていきます。 まず、よい姿勢で仕事を行う4つのメリットについて説明します。 1つめのメリットは、身体の特定の部位に負荷が生じることを防ぐことです。人間の身体は体幹(体幹は、首から背骨、胸部、骨盤で構成されています(図4-3)と足で支えています。 よい姿勢で仕事を行うと、体幹で身体を支えることができます。これからの講習の中で見ていきますが、姿勢が崩れると首や背骨などほかの部位に余計な負荷がかかって疲れてしまうことや、骨盤に過剰な負荷がかかって腰痛につながることがあります。 また身体の痛みが出てくると、痛みが気になり作業に集中できなくなります。こうした経験は皆さんありませんか? ※講師の経験談があれば紹介する。(例:腰痛で作業に手がつかない、首が痛くて困ったなど) 2つめのメリットは、肺や胃腸など臓器への負荷が減ることで呼吸がしやすくなることです。逆にいうと、姿勢が崩れると呼吸がしにくくなります。少しみなさんと体験してみたいと思います、皆さん前かがみになり猫背の姿勢をとってください。 ※受講者が猫背の姿勢をとるまで待つ。 そのまま少し呼吸をしてみてください(30秒程度)。では次に元の姿勢に戻って呼吸をしてみましょう(姿勢が戻るのを確認して、30秒程度待つ)。皆さん呼吸のしやすさに違いはありましたか。猫背の時には、普通に呼吸するよりも、呼吸のしづらさを感じる方もいると思います。猫背の姿勢では、肺が圧迫されて呼吸が浅くなることが原因と言われています。 ※感じにくい方の場合は思いっきり前傾姿勢を取ってもらうようにうながす。 3つめのメリットは、自律神経が安定することです。姿勢がよいと血液の流れがよくなり、脳にもしっかりと血液が行き渡ります。その結果、神経の働きが活発になり、集中力や意欲の向上が期待できます。 最後に4つ目のメリットとして、周囲からの評価がよくなることがあげられます。周囲に与える印象の違いについて、いまから実演してみたいと思います(猫背の姿勢とよい姿勢を実演する)。どのような印象の違いがありますか?  ※受講生から意見を聞く。 資料にもありますが、表情がよく見える、集中している印象を相手に与えることがあげられます。 以上4つのメリットを確認しました。 4 ここでは、自分の姿勢について確認していきたいと思います。 注意していただきたいのは、ここで紹介している姿勢は無意識に自然に行っている姿勢であり、これらの姿勢を否定するものではないということです。自分の姿勢のクセを確認していきましょう。これから実演していくので、自分に当てはまるものがあればチェックボックスにチェックを入れてください。左上の項目から説明を行います。 ※左上→右上→左下→右下の順で説明する。 [猫背になっている] 猫背は多くの人がなりやすい姿勢です。猫背は首が前に倒れるため、首から肩に負荷がかかりやすいです。また背骨が屈曲するため腰に負荷がかかりやすくなります。 [足が地面から離れている] 足が地面から離れると、体幹のみで体重を支えることになるために負荷が高まります。   [足を前に放り出して座っている] 足を前に放り出すと、足の支えがなくなる、骨盤が座面に接する面積が減るため腰への負荷が高まります。身体は無意識に別の部位で支えようとし、背もたれに大きく寄りかかるような姿勢になります。 [いすの背にもたれて深く座っている] いすの背もたれに体重をかけ上体(背中) がそった状態です。背中と腰に負荷がかかります。また机との距離が開くため、パソコンや事務作業の際に、腕を伸ばすなどの動作が加わり、肩こりにつながります。 5 スライドを見てください。 [足をいすの座面に乗せて座っている] 片足や両足を座面に乗せて座っている状態です。足で身体を支えていないため、骨盤に負荷がかかる、また不安定な姿勢のため背が曲がり、猫背になりやすくなります。 [靴のかかとを踏んで座っている] 座面の下で足を組んでいるような状態になるため、体幹のみで身体を支える状態になります。しかし、体幹のみで支え続けるとバランスが悪くなり、腰への負荷も高まります。そのためひじや腕を机についた姿勢になりやすいです。 [いすから滑り落ちそうになる] みなさんの中で、いままでいすから滑り落ちそうになった経験がある方はいますか?いままで説明した、足が地面から離れている、いすにもたれかかるような姿勢では身体を支える場所が不安定になりやすくなります。その状態で作業を続けていると、少しずつ姿勢が崩れ、滑り落ちそうになることにつながります。 [ひじや腕をついて机にもたれかかる] 地面から足が離れるなど、支えがなくなるとひじや腕で支えるようになります。この姿勢が習慣化するとより一層足が地面から離れやすくなります。 6 それではここまでチェックした内容をもとに、ワークシート1を記入しましょう。 ※3分間 個人ワーク では、どこの項目に〇をつけたか、一人ずつ発表していただきたいと思います。まずは○○さんいかがでしょうか? ※支援者も含めて発表する。 みなさんありがとうございました。 7 よい座る姿勢を身につけるためのヒントを一緒に確認していきましょう。 まず、お尻をいすの背につけてから座ってみましょう。座った時にお尻から背骨がまっすぐ伸びている状態をイメージします。 次に足の裏をペタッと地面につけます。 最後に背中をピンと伸ばしましょう。 上から引っ張られるようなイメージです。 みなさんでやってみましょう。 8 今度は立つ姿勢を確認します。これから実演していくので、自分に当てはまるものがあればチェックボックスにチェックを入れてください。こちらも左上の項目から説明を行います。 ※左上→右上→左下→右下の順で説明する。 [立った時に背が曲がっている] 立った時に背が曲がっている状態です。猫背の状態ですが立った場合でも、首の重みにより肩や首に負荷がかかりやすくなります。 また、重心が身体の前方にかかるため、歩いているときにつまずきやすくなります。 [片方の足に体重をかけている] 身体の片側に体重がかかるため、片足が疲れる、腰の負担が大きいなどの影響があります。 [つま先立ちをよくする] ※ストレッチの一環として行う、両足でのつま先立ちを意味するものではない。 片方の足で体重を支えることになるため、足の筋肉が疲れやすい、足首に負担がかかりやすくなります。また、バランスが悪くなり、転倒するリスクが高まります。 [上体が左右どちらかに曲がっている] 骨盤がゆがんだ結果、上体がかたむくことがあります。その結果、首や肩に負荷が高まりやすくなります。また、かたむいた状態で歩行していると全身のバランスが取れず転倒しやすくなります。 9 [腰の背中側が曲がっている] 腹部(おなか)が前に突き出て、腰の背中側が曲がっている状態です。背中の筋力が弱いと腹筋で上体を支えるためおなかが前に出てしまいます。腰が反った状態になるため、骨盤に負荷がかかり、腰痛につながりやすくなります。 [内またになっている] 内またになることで股関節に負荷がかかり、骨盤のゆがみにつながります。また股関節が圧迫されるため、下半身の血流に影響を与え、下半身の冷えにつながります。 [立っているとき、全身に力が入る] 立っている姿勢を保つために、力が入りすぎている状態です。全身の負荷が高まるため疲れやすくなったり、動きがぎこちなくバランスが崩れやすくなります。 [立っているとき、頭が左右にかたむく] 立っているとき、首が身体の重心になります。基本的に首は身体の真ん中にありますが、首から背中にかけての筋力が弱いと首を支え続けることができず、左右にかたむきやすくなります。かたむいた状態が続くと身体の片側に負荷がかかり、首や肩の痛みが生じる場合があります。またバランスが悪くなり、歩行時の転倒リスクが高まります。 10 それではここでもチェックした姿勢を基に、ワークシートに記入をしてみましょう。 ※3分間個人ワーク どこの項目に〇をつけたか、一人ずつ発表していただきたいと思います。まずは○○さんいかがでしょうか? ※支援者も含めて発表する。 みなさんありがとうございました。 次によい姿勢を身につけるヒントを一緒に確認しましょう。 まず背中をピンと伸ばします。座る姿勢でもあったように、上から引っ張られるイメージを持つことが大事です。ピンと伸ばすイメージをつかむために、みなさん一度つま先立ちをしてみてください。そのあとすぐにかかとを下ろします。今行ったのが上から引っ張られるイメージになります。 次に足を肩幅程度に開きます。足を開くことで骨盤も開き、身体を支える部分が広がります。 最後に頭を上げて前を見てみましょう。首が下に下がると重心が下がるため、頭を上げた状態をキープします。 それではみなさんでやってみましょう。 スライド11~12で使用する資料  第4章末 姿勢をよくする体操・運動【座る姿勢】【立つ姿勢】折込シート WSSPでは、講習終了後、プログラム支援室のホワイトボードに図3-5の姿勢をよくする体操・運動【座る姿勢】【立つ姿勢】折込シートを掲示し、「姿勢をよくする体操・運動」の動きをいつでも確認できるようにしました。 図3-5 姿勢をよくする体操・運動【座る姿勢】【立つ姿勢】折込シート 11 自分の姿勢を意識したところで、次は「姿勢をよくする体操・運動」について紹介します。 みなさんも一緒にやってみましょう。 まずは座る姿勢です。 [① 浅く座る] ここでは背もたれに寄りかからないで座ることで、骨盤を起こす感覚をつかむことが目的です。いすの座面の前半分に腰を下ろし、地面に足をつけて前を向いてください。 足と骨盤で身体を支える姿勢を体感することができます。 [② 足脚体操] ひざから下を足首でこすることで背筋が伸びてきます。いすの座面半分程度のところに座り、両手はいすの脇をつかみます。左足は前に伸ばし地面につけます。右足を左足のふくらはぎ側の足首にあて、ゆっくりとふくらはぎを上下にこすります。これを5回繰り返したら反対のふくらはぎも上下に5回繰り返します。 ※終わったら姿勢を戻し、2セット目を行う。   今度は左足を前に伸ばした状態で右の足のうらを左足のすね側の足首にあて、ゆっくりと下から上に5回こすります。次に反対の足も5回こすります。 ※終わったら姿勢を戻し、2セット目を行う。 [③ 後ろ手組み] いすの座面前方に座っていただくか、横を向いて行います。地面に足をつけた状態で、後ろで手を組み、ゆっくりと伸ばします。その後10秒伸ばし、ゆっくりと外します。 ※終わったら姿勢を戻し、2セット目を行う。 12 次は、立つ姿勢をよくする体操・運動です。 [① 天井体操] 肩幅程度に足を開き、天井を見上げながらゆっくりと両手を天井に向けます。つま先立ちにならないように、地面に足をつけたまま身体を伸ばしましょう。背筋を伸ばしながら、体幹を鍛えることができます。 [② 体ひねり体操] 正面をむいて、右手で左ひじを、左手で右ひじをつかみ、腕を組みます。腕を組んだまま、上体を左右にひねります。この時に腰も一緒にひねらないように注意をします。腰も一緒にひねると、上体を支える体幹に加わる刺激が減り、効果が下がります。また、いきおいをつけた動きにならないように注意してください。 ※終わったら姿勢を戻し、2セット目を行う。 [③ ひじつけ体操] この体操では、背筋を伸ばして肩甲骨を開くことで上体の姿勢を整えることができます。 まず、まず両手でそれぞれの肩を触り、後ろにひいて胸を開きます。次に、ゆっくりと両ひじをつけます。ひじがついたら、ゆっくりと開きます。つける、開くを5回行います。 ちなみに背骨が曲がっているとひじがつきません。つくとしても少し力を入れないといけません。 ※終わったら姿勢を戻し、2セット目を行います。 [④ おまけ] 座る姿勢で紹介した、「後ろ手組み」は立った姿勢でも有効です。後ろ手組みをしたまま歩くことで背筋を伸ばし、体幹に刺激を与えて姿勢を整えることができます。 13 講習のまとめとして、疲れをため込まない姿勢のポイントをお伝えします。 今回お伝えしたよい姿勢をずっと維持したいと思って実践してもなかなか続きません。なぜなら、同じ姿勢を維持し続けることは疲れますし、習慣化された自分の姿勢のクセを変えることは大変です。 そこで、自分流に少しアレンジしたり、短い時間だけよい姿勢を維持することから始めていくことをお勧めします。 日頃からよい姿勢を意識していると、姿勢が崩れたときに気づけるようになります。その時に、姿勢を直すのか、少し休憩するのか、ストレッチやウォーキングなど身体を動かすのか、自分に合った方法を見つけてください。 14 最後にワークシート3を記入し、発表していただきたいと思います。 みなさんが現在働いている、またはこれから働こうとしている職場ではどのような姿勢になることが多いでしょうか? 今回の講習を通して、自分自身がよい姿勢を保つためのポイントを記入してください。例では「床に足をつける」をあげています。今回紹介したよい姿勢のヒントの中で、これだったらできそうかな、これは取り入れてみたいな、という動きを記入してください。 次にプログラムの中で取り組んでみることを一つ以上記入してみましょう。たとえばこういう取り組みがあります。自分がよい姿勢を保つポイントを「床に足をつける」と記入した場合、作業を開始する時に床に足をつけ、タイマーで5分間計測する。5分たったらいつもの姿勢に戻る。このように決めていくとやることが具体的になります。 それでは3分間時間を取りますので、ワークシート3を記入してください。※3分間個人ワーク 3分経ちましたので、発表していただきたいと思います。 (発表が終わったら) みなさんありがとうございました。今回決めたことを、すぐに実践できそうな方は実践していきましょう。また、どうしたらいいか悩む方は、支援者と相談しながら考えましょう。 よい姿勢を身につける一番大事なポイントは、無理をしない、できる姿勢を少しの時間から取り入れてみることです。普段の自分の姿勢を悪いととらえるのではなく、普段の姿勢によい姿勢を少し取り入れてみるというスタンスで取り組んでいきましょう。 それでは講習を終了します。  4 実施上の工夫・留意点 (1) 「運動」や「姿勢」に対する苦手意識を持つ受講者への導入 発達障害者のなかには、運動や身体感覚の特性により、運動や姿勢の保持に苦手さを感じる方は多くいます。そのため講習に対する抵抗感を持たないよう、事前の周知や参加の可否を本人にたずねるなどの工夫が重要になります。 事前の周知では、講習の中でよい姿勢を作るヒントを知ること、自分の姿勢をチェックしてふり返ることが目的であり、運動能力の向上や、姿勢の矯正は目指していないことを強調します。 (2) 普段の姿勢をふり返るためのコツ 講習の場で姿勢をふり返りますが、普段の姿勢とは違う姿勢(よい姿勢)になりやすいため、違いに気づきにくくなります。 そのため、本人に了解を得た上で、講習前に普段の作業時や講座中の姿勢を記録(写真やビデオなど) しておくと、本人の気づきを高めることができます。 また、支援者にとっては、事前に姿勢を記録しておくことで、受講者の普段の姿勢に対するコメントを事前に用意することができ(例:午後の作業中に足を前に放り出す姿勢になりやすいようですね)、講習の中での姿勢のフィードバック内容を深めることができます(例:両足をしっかり地面につけることが○○さんのポイントになります)。 (3) 少人数での講習実施 WSSPでは個別実施あるいは2~3名程度の少人数グループでこの講習を実施しています。この講習では受講者一人ひとりの普段の姿勢や身体の動かし方の傾向をふまえた助言やふり返りを行います。また「姿勢をよくする体操・運動」では正しいからだの動かし方についてその場でフィードバックを行うことが重要なため、支援者が個別に対応できるように少人数で実施することが有効です。 また、運動に苦手意識が強い方、過去に運動や姿勢に関してネガティブな経験をしている方の場合は、個別対応が効果的な場合もあります。 (4) 日常的な体操・運動の実施 今回紹介した「姿勢をよくする体操・運動」は1回だけ実施しても効果はありません。WSSPでは朝礼後の準備体操としてこの体操を実践しています。毎日実施することで正しい動かし方を身につけることができ、体幹が鍛えられることでよい姿勢を維持できる時間が増えたといった効果も見られました。 また、姿勢が崩れたらよい姿勢を保つポイントをふまえて姿勢を整える(例:足を組んでいることに気づいたら、足を地面につける)や、姿勢をよくする体操・運動を休憩時間に行う(例:自席で足脚体操をする、歩きながら後ろ手組みをする)など、受講者の主体的な取り組みが見られました。日常的に身体を動かすことは、身体感覚をモニタリングする機会となります。そしてこれが、姿勢の変化や身体的なストレス・疲労への気づきにつながっていくと考えられます。 <引用・参考文献> ・A・ジーン・エアーズ(著)、Pediatric Therapy Network(改訂)、岩永竜一郎(監訳)、古賀祥子(訳): 「感覚統合の発達と支援 子どもの隠れたつまずきを理解する」金子書房、2020. ・有川譲二(著):「世界一ゆる~いイラスト解剖学 からだと筋肉のしくみ」、高橋書店、2020. ・有川譲二(著):「世界一ゆる~い!解剖学的コンディショニング」、主婦と生活社、2017. ・木場克己(著):「姿勢が良くなる本」、宝島社、2020. ・木村順(著):「育てにくい子にはわけがある 感覚統合が教えてくれたもの」、大月書店、2006. ・木村順(著)小黒早苗(協力):「保育者が知っておきたい発達が気になる子の感覚統合」、学研プラス、2014. ・キャロル・ストック・クラノウィッツ(著)、土田玲子(監訳)、高松綾子(訳):「でこぼこした発達の子どもたち 発達障害・感覚統合障害を理解し、長所を伸ばすサポートの方法」、すばる舎、2011. ・崎田ミナ(著)、田中千哉(監修):「職場で、家で、学校で、働くあなたの疲れをほぐす すごいストレッチ」、エムディエヌコーポレーション、2017. ・笹田哲(著):「3・4・5歳の体・手先の動き指導アラカルト 気になる子どものできた!が増える」、中央法規出版、2013. ・笹田哲(著):「発達障害のある高校生・大学生のための上手な体・手指の使い方」、中央法規出版、2018. ・仲野孝明(著):「絵でわかる 調子いい!がずっとつづくカラダの使い方」、サンクチュアリ出版、2019. ・宮原資英(著):「発達性協調運動障害 親と専門家のためのガイド」、スペクトラム出版社、2017. 姿勢をよくする体操・運動【座る姿勢】 姿勢をよくする体操・運動【立つ姿勢】 第5章 認知プログラム 1 ねらい リラクゼーション技能トレーニングでは、呼吸法やウォーキングなどのリラクゼーション技能を紹介しています。しかし、単にやり方を知るだけでは効果的なリラクゼーションにつながらない場合があります。たとえば、リラクゼーション技能を実践中に仕事でミスをした記憶がよみがえり、「あんな単純なミスをしてしまうなんて自分はダメなやつだ」と自分を責めたり、「上司がもっと分かりやすく指示を出してくれれば、あんなミスはしなかったのに」と他者を責め、抑うつ気分や怒りが生じてしまったとしたらどうでしょうか。あるいは、「また同じミスを繰り返してしまったらどうしよう」と考え、不安感を抱いていたとしたらどうでしょうか。リラックスとは程遠い状態になってしまいます。以上から、リラクゼーション技能を効果的に実践するためには、思考や感情から離れ、今ここでの取り組みに集中することが重要であると言えます。 もう一つ重要な視点があります。それは、リラクゼーション技能を実践することによって不快な思考や感情から完全に逃れられると思わないことです。なぜなら特定の思考を抑圧しようとすれば逆にその思考が生じやすくなったり、特定の感情を意志の力で抑制することは難しいからです。〇〇をすれば不快な思考や感情を完全に取り除くことができるという考えでリラクゼーション技能に取り組んだ結果、思うような効果が得られなかった場合、リラクゼーション技能に対する動機づけが大きく下がってしまうリスクがあります。 認知プログラムでは、リラクゼーション技能が効果的に実践されるよう、思考や感情の性質を正しく理解した上で、思考や感情と距離をとったり、思考や感情にそれた注意を今ここでの取り組みに引き戻す練習を行います。 解説 思考や感情と距離をとる意義について リラクゼーション技能トレーニングの改良において思考や感情と距離をとる意義は「意図的に行動を選択できることと」ととらえています。WSSP受講者の中には、将来の心配事を考えすぎて普段楽しんでいる趣味ができなくなる、怒りに任せた行動をとって対人関係を悪化させる、自分は普通ではないという思いにとらわれて人前での発言を控える、思い込みから過度の作業量を自らに課すなどのエピソードを持つ方がいます。これらは思考や感情と一体化することで生じる例と言えます。思考や感情を客観的に観察することができれば、そこに心のゆとりとでも言えるような間ができます。間ができれば、思考や感情に沿った行動をするか否かを選ぶことができます。 補足 思考や感情と距離をとり、これらを客観的に観察することは、心理療法の分野では脱中心化と呼ばれ、認知の変容をうながす重要な要素と言われています。例えば『認知再構成法は、コラムを用い「ワンクッションおいて」自動思考を冷静に検討することで、適応思考を導いていくが、この「コラムに自動思考を記入する」というプロセスそのものが、「思考と距離をとり」、冷静に思考を観察するという「脱中心化」の姿勢を促す』とされています。  2 構成 認知プログラムは全5回のセッションで構成されています(表5-1)。全5回を貫くテーマは「思考や感情と距離をとる」です。思考や感情に飲み込まれず、それらを一歩引いて眺めるために必要な知識、練習方法を紹介することがプログラムの目的です。 第1~2回は思考や感情の性質を解説するとともに、それらと距離をとることの意義を伝えます。第3~5回は思考や感情と距離をとるための具体的な方法を伝えるという構成になっています。いずれのセッションも1時間以内に行えるコンパクトな内容であるため、講習だけでなく個別面談形式でも実施することが可能です。 表5-1 認知プログラムの構成 コラム テーマを「不快な/ネガティブな」思考や感情と距離をとる、にしなかった理由 (1)「不快な/ネガティブな」思考や感情が生じた時だけ距離をとればよいという文脈にすると、紹介するトレーニングの性質と食い違いが生じるためです。認知プログラムの後半で紹介する思考や感情と距離をとるトレーニングでは、トレーニング中に生じる思考や感情に良い・悪いなどの価値判断をせず、ただそれらが生じていることに気づくこと、そして注意を今ここに引き戻すことを重視しており、特定の思考や感情だけに焦点化するシステムはないのです。 (2)「不快な/ネガティブな」思考や感情は避けるべきものだという誤解を生み、「不快な/ねげてぃぶな」思考や感情を過剰に回避・抑制してしまうリスクを避けたかったためです。過剰な回避・抑制はかえってその思考・感情を強めたり、あまり望ましくない対処行動につながることもあります(例:嫌なことを忘れるために深酒をした結果、睡眠の質が低下する)。また一見「不快な/ネガティブな」と思える思考や感情にも有用な働きが存在する場合があります。生じた思考や感情が自身の生活に有用な働きをするかどうかを冷静に判断するためには、いったん良いか悪いかという二元論から脱却する必要があります。 3 講習 第1回 思考や感情と距離をとる~思考について~ ※説明資料の網掛け部分は補足説明やフィードバックのポイントを示す。 1 この講習のテーマは「思考や感情と距離をとる」です。 講習は全5回で構成されています。思考や感情に飲み込まれず、それらを一歩引いて眺めるために必要な知識やスキルをお伝えします。なぜ思考や感情と距離をとることが重要なのか、それは今後の講習で一緒に考えていきましょう。 2 講習の全体像です。 ※スライドを読み上げる。 3 第1回目は『思考について知る』という テーマで講習を行います。 4 思考は人類にとって強力な武器です。思考の有用性について①から順に見ていきましょう。 ①歴史から学ぶことは、その代表例です。個人の歴史、つまり自分の経験をふり返り、未来に役立てることもできます。あの時、準備不足で失敗したから次はしっかり準備しておこうというような場合です。 ②多くの発明品はもともと存在していませんでした。人間が利便性を求めて思考を重ねた結果、生まれてきたわけです。 ③私たちは日々、大小さまざまな問題解決をしています。みなさんも、1週間で報告書を3つ仕上げるにはどうしたらよいか、9時までに会社へ着くには何時に家を出て何時の電車に乗らなければならないかなど問題解決のための思考を頻繁に行っていると思います。 ④この道はあの道よりも早く駅に行ける、A病院には内科があるがB病院にはない、シチューよりカレーの方がおいしいなどと比較評価を行うことで身の回りの世界が整理され、快適に暮らせるようになります。 ⑤自分の場合、翌日によい仕事をするためには7時間の睡眠が必要だ、相手が怒っている時は、相手の話をよく聞くことから始めた方がよい、感染症を拡げないためには3つの密を避けるべきだなどが例としてあげられます。 いかがだったでしょうか。思考には多くの有用性がありました。しかし、常に有用であるとは言えません。場合によって思考は、自らを傷つける諸刃の剣にもなります。今度は思考のリスクについて①から順に紹介します。 ①たとえば、過去の失敗をふり返って強い後悔に苦しんだり、悲惨な未来を過度に想像して不安になることもあります。 ②現実よりもずっと怖い上司像を想像の世界で作り出すこともあります。友人からはよく思われていないだろうと他者の心を勝手に想像して憂うつになったりするかもしれません。 ③問題解決思考のリスクは少ないと思われます。それが、解決可能な問題であれば、です。たとえば、嫌な記憶を出てこないようにしたい、不安や緊張を感じないようにしたいという問題設定は解決が難しかったり、多くの時間や労力、心理的な苦痛をともなうリスクがあります。 ④自分と他者の能力を比べて落ち込む、自分を過少評価して自信をなくす、自分を過大に評価して傲慢になり他者との関係が悪くなるといった可能性もあります。 ⑤嫌なことがあった日はお酒をいっぱい飲んで忘れた方がよいという自己ルールを信じた結果、睡眠の質を下げてしまうかもしれません。自分が悪いと認めれば不利益を被るから絶対に謝ってはならないという自己ルールに従えば、対人トラブルが頻発するかもしれません。 5 思考の内容はさまざまですが、ここでは、私たちに行き詰まり感や憂うつな気持ちを維持させる思考のクセを紹介したいと思います。このスライドには、思考のクセの中でよく見られるものをあげてみました。 特徴的な思考のクセは、専門家の知見や書籍などによって分類や呼び名が若干異なります。しかし、大切なことは正しい呼び名を覚えたり、正しく分類することではありません。これは思考なのだ(頭の中の話なのだ) と気づくことです。そしてその思考は自分にとって役に立つものかどうかを客観的に判断しましょう。 それでは、一つずつ内容を確認していきます。自分の頭によく登場する思考のクセにはチェックを入れましょう。 ※スライドを読み上げる。 吹き出し内の赤文字が思考のクセの例です。 6 ※スライドを読み上げる。 7 ※スライドを読み上げる。 8 ※スライドを読み上げる。 いかがでしたか?ここまで8つの思考のクセをみていただきました。みなさんの頭の中によく訪れる常連の思考はありましたか? ※受講者のチェック状況を確認する。 たくさんチェックがついたからダメというわけではありません。それは思考だと気づくヒントになれば十分です。 9 よく思考にとらわれるという表現を聞きます。ストレスとの関連でいえば、あまり有用ではない思考を強く信じ込んだ状態です。たとえば「何事も完璧な結果を出さなければ自分は必要とされない」などがあげられます。 それではここで、思考にとらわれるエクササイズをしてみましょう。スライドの吹き出しを見てください。   ※スライドの吹き出しを読む。 いかがでしたか?と感想を聞く。 受講者から「なんだか窮屈な感じがした」、「視界が悪くなった」、「話しにくい」、「ファイルが気になって仕方ない」、「自然体でいられない」などの感想があがれば思考にとらわれた状態を体験できたといえます。 では、実際に思考にとらわれるとどうなるか、一例を紹介します。人前で話すとき、「一度でもつまってはいけない」という考えにとらわれると、話し方がぎこちなくなってしまいます。また、言葉を詰まらせないことに注意が向きすぎて観客の反応を見過ごす可能性もありますね。みなさんも思考に気を取られていつもの力が発揮できなかった経験はありませんか? 思考にとらわれた経験がないという受講者ばかりなら、先に進みます。思考にとらわれた経験があるという受講者がいた場合は、その経験を聞きます。そして思考内容よりも思考にとらわれた結果どうなったかに焦点を当ててフィードバックします(例:そんなことがあったんですね。思考にとらわれた結果、本当にしたかった行動がとれなかったんですね) 。 補足 思考にとらわれるエクササイズ このエクササイズで使用している穴あきファイルは、黒色のA4サイズの画用紙に丸い穴をあけ(穴の大きさや数に決まりはありません)、ラミネート加工したものです。 穴あきファイルの役割は、視界を狭め、両手をふさぐことで思考にとらわれた際の制約を演出することです。したがって、同じ演出が可能であれば、穴あきファイル以外の方法でも構いません。スライドに示した参考文献には、両手を広げて目の前に近づけ、指の隙間から周囲を見渡すという形(手=思考ととらえるメタファー)が紹介されています。 10 次はクイズです。スライドの絵を見てください。机の上にろうそくとマッチ、紙箱いっぱいの画びょうがあります。これらを使って、机に蝋がたれないようにロウソクを壁に取り付けてください。 ※受講者全員の考えを聞く。 箱の中にある画びょうをすべて取り出し、箱の下から画びょうを刺します。箱の底から突き出た針にロウソクを立てます(箱を燭台にする) 。 ※ロウソクの蝋を箱に垂らしその上にロウソクを立てて固定するという回答も正解。 その後、箱の内側の側面から画びょうを刺し、壁に取り付けます。最後にマッチでロウソクに火を灯せば完成です。 このクイズは、箱=画鋲の入れ物という思い込みから離れることで答えが見えてきます。私たちは日常、箱に物を入れて便利さを感じているため、“箱には物を入れると便利だ”という考えを疑いにくいのですね。その考えが問題を解決してくれなくてもです。みなさんも問題が解決しないときは、自分が当たり前のように思っている考えを、それはその場面で本当に役立っているのかとふり返ってみてください。もしかしたら、素晴らしい解決策が見つかるかもしれません。 11 次は思考の影響力を考えたいと思います。エクササイズを行いましょう。 ※スライドの①~④までを支援者が読み上げながら受講者と一緒に行う。ただし、④だけは受講者のみで実施する(支援者の実演に受講者が影響を受けてしまうため)。 (実施後) いかがでしたか? 「ふつうに上げられました」、「1回目と同じ感覚で上げられました」という感想に対しては、「意識している思考(腕が上がらない) とは違う行動がとれたということですね」とフィードバックします。 「何か上げづらい感じがしました」、「何となく腕を上げることに戸惑いを感じました」という感想に対しては、「思考の影響を受けたみたいですね。でも最終的には意識している思考とは違う行動(腕を上げる) がとれていましたよ」などと返します。 朝起きたら「さて顔を洗いに行こうか」と考えて洗面所に行ったり、職場で「今日の14時にAさんに電話をしよう」と考えて14時にAさんに電話をしたりします。もちろん無意識の行動もありますが、多くは思考→行動のパターンをとるため思考の言うことを無条件で信じてしまいがちです。そのため、私たちは時に思考の言うがままに行動してしまうことがあります。たとえば、「今日はちょっと気分が憂うつだから仕事に行くのはやめておこう」と考え、欠勤する、「私は何をしても失敗する、だから難しそうな仕事はすべて断らなければならない」と考えて、本当はできる仕事もしなくなるなどです。 ここで重要なことは、意識している思考に沿った行動をとることもできるし、その思考とは違う行動をとることもできるということです。ただし、思考の言うことを信じ切っているとそれはできません。思考と距離を取ることで思考の言うとおり行動するか否かを選択できる余地が生まれます。 12 次は思考の自動性について紹介します。ここでいう自動性とは、思考というものが意図しなくても発生したり、ある刺激(映像や言葉や身体感覚などあらゆる対象が刺激となりえる)から連想的に展開することを意味します。 それでは恒例のエクササイズを行います。今回は2種類あります。エクササイズ1から始めます。 ※スライドを読み上げる。 (実施後)いかがでしたか? たいていの場合、「何かしらの思考が自動的に生じた」、「考えが次々に浮かんでは消えた」などの感想があがると思われます。この時、支援者は「特に意識していない場合、思考は自動的に浮かんでは消えていくという体験ができたようですね」とフィードバックします。思考は全く生じなかったという感想があれば、2分間どのような主観的体験が生じていたか、意識的に何かに集中していたかを聞きます。 コラム 『マインドワンダリング』 ・マインドワンダリングは空想、想像、白昼夢など目の前に課題とは関係のない思考を指し、課題が一段落した後の安静期間中に生じることが報告されています。また、マインドワンダリング、課題を遂行している最中であっても、習熟した課題で自動化の程度の高い場合や、単純な課題であまり処理資源を必要としない場合などには生じやすいことが知られています。 ・安静状態時に取り止めなく思考が発生する背景には、デフォルト・モード・ネットワークという脳内領域の神経活動の存在があります。デフォルト・モード・ネットワークは、マインドワンダリングのほか、自己に関係した活動、社会的認知、自伝的記憶や展望記憶などさまざまな活動状況で活動を示すことが知られています。 13 続いてエクササイズ2です。ある言葉を見たり聞いたりした時、どのような反応が生じるかは個人によって違います。それを体験してみましょう。 このエクササイズの説明をします。スライドの例では、「思考」という言葉を見て「自動性」「影響力」など5つの言葉を連想しています。また、「囚われ」という言葉から「自由」を、「言葉」から「役立つ」「歌詞」を連想しています。このように思い浮かんだ言葉から次々と連想していきます。 14 それでは、「楽しい」から連想される言葉を書き出してみましょう。時間は1分です。たくさん書いて下さい。 (実施後)いかがでしたか? このエクササイズでは、ある言葉をきっかけに別の言葉、イメージ、記憶、感情などが想起されるという体験をしていただきました。さて、思考とは言葉の集まりであり、思考も言葉と同様にさまざまな形で発展していきます。たとえば、「“今”私はとても幸せだ」から「しかし、“未来”も幸せでいられるだろうか?」という展開や「Aさんはとても“優しい”」から「それに比べてBさんは“厳しすぎる”」という展開などがあげられます。 15 次は考えないこと(思考抑制) の難しさを体験していただきたいと思います。 それではエクササイズを行います。 ※スライドの指示文を読み上げる。 (実施後) いかがでしたか? もし、考えずにいられましたという受講者がいた場合は・・・30秒間何を考えていたかを聞きます(文献によると、黒いキリンなど別のイメージを考えることで思考を抑制できる場合があるようです)。 ついついピンクの象がイメージとして生じたのではないかと思います。このエクササイズが難しいのは、ピンクの象について考えないようにすることそのものが、すでにピンクの象に関する思考であるためです。今回はピンクの象という可愛らしい対象でしたが、これがもし、大嫌いなAさんだったらどうでしょう。Aさんのことだけは考えてはいけない・・・Aさんのことだけは・・・あぁAさんが出てきた、(Aさんのことは)考えたくないのに・・・というモグラたたき状態になりかねませんね。 本日の講習は以上で終了です。みなさん、お疲れさまでした。 第2回 思考や感情と距離をとる~感情について知る~ 1 第2回目は、『感情について知る』というテーマで講習を行います。 2 スライドでは人間の基本感情と言われるものをあげていますが、みなさんはこれらの感情についてどのような印象をお持ちでしょうか?怒り、悲しみ、恐れ、おどろき、楽しみ、嫌悪、興味、罪悪感・羞恥心、それぞれの感情についてポジティブ、ネガティブ、中間の3つで評価してみてください。 ※受講者がどのように評価したかを+(ポジティブ)、-(ネガティブ)、±(中間)で板書する。 <板書イメージ> 意外にネガティブな印象を持つ感情が多かったのではないでしょうか?世の中ではポジティブな感情を持つことやよい気分でいることを良しとする風潮がありますが、それは当たり前のことではないように思えますね。また、一見ネガティブな印象を持つ感情にも大事な役割があります。それについては後ほど紹介します。 3 みなさんは自分の感情に気づくことができますか?WSSPの受講者からは、自分の感情がよく分からないという声をしばしば聴くことがあります。そこで感情に気づくためのヒントを用意してみました。 スライドを見てください。この図は主要な感情は、快―不快、覚醒―低覚醒の2次元座標上に、ほぼ円状に配置されるというモデルです。 快―不快はイメージしやすいと思います。その感情が心地よいものか、不快に感じるものかという軸です。覚醒―低覚醒とは生理的な興奮または鎮静を意味します。低覚醒の極は寝ている状態です。また、原点(中心)は、快でも不快でもなく、覚醒度も中ぐらいで、静かにいすに座っているときの状態を表します。感情の強さは原点からの直線距離で表されます。ちなみに、右下の「沈着」とは冷静沈着の沈着、意味は落ち着いていて物事に動じないことです。 このモデルで配置された感情は、個人差があると言われています。ですからこの感情配置とみなさんの感覚とが違っていてもおかしなことではありません。 もし、みなさんが何かしらの感情を抱いたが言葉では言い表せないという時は、このモデルを使ってみてください。感情の特定に役立つかもしれません。仮に感情が分からなくても、抱いた感情が快なのか不快なのか、生理的に興奮しているのか否かは分かるかもしれません。 このモデルは自分の状態を把握し、適切なメンテナンスを行う上で役立つ可能性があります。たとえば、1週間に感じた感覚・感情を点で記録した結果、座標の上方に点が集中していたら、リラクゼーションが必要かもしれません。左半分に点が集中していたらストレスを多く経験している可能性があるので、週末は意識的にリフレッシュした方がよいかもしれません。 4 ここからは、ネガティブなイメージがある恐怖・悲しみ(抑うつ)・怒り・不安の4種類の感情について、その役割を見直したいと思います。 まずは恐怖です。 ※スライドを読み上げる。 ここで、恐怖はどのように役立ったでしょうか? ※受講者の意見を聞く。 恐怖は警報システムです。危険に対する基本的な反応であり、即座に注意を向け行動しなければならないことを知らせます。 5 次は悲しみ・抑うつです。 ※スライドを読み上げる。 ここで、悲しみ・抑うつはどのように役立ったでしょうか? ※受講者の意見を聞く。 悲しみ・抑うつは、引きこもって活動を減らすように知らせます。そうすることで、十分に悲しむことができ、癒されて(休息して)自分を元気にするエネルギー源を蓄え、直面した出来事を気持ちの上で整理できるようになります。 6 次は怒りです。 ※スライドを読み上げる。 ここで、怒りはどのように役立ったでしょうか? ※受講者の意見を聞く。 怒りは、不当に扱われたり、被害にあいそうだと知覚したときの自然な反応です。気持ちを高ぶらせて活動を増やすように知らせて、自分や愛する人を守る努力をするよう人を動かします。 7 次は不安です。 ※スライドを読み上げる。 ここで、不安はどのように役立ったでしょうか? ※受講者の意見を聞く。 不安は、未来の脅威に対して心と体を準備させます。 8 以上、一見ネガティブな印象を持つ感情の働きを見てきました。各感情の働きを表にまとめるとスライドのようになります。 9 ここからは、感情の性質について考えたいと思います。感情は果たして意志の力で出したり、引っ込めたりできるのでしょうか?エクササイズで体験してみましょう。 ※スライドを読み上げる。 1分ほど時間を取りますので、がんばってみてください。 (実施後) いかがでしたか? 笑いが出るぐらい面白おかしい気持ちになれたか、なれたという人がいたらそれは自然にやってきたのか、何か面白い経験を思い出す、面白いことを空想するなどの工夫をしたのかなどを聞きます。 なかなか意思の力で特定の感情を呼び起こすことは難しいですよね。逆に意志の力で特定の感情を呼び起こさないようにすることも難しいものですね。不安を一切感じたくないと思っても、出るときは出ます。逆にいつまでも幸せな気持ちを感じ続けていたいと思っても、いつの間にか薄れていきます。つまり、感情は勝手にやってきて勝手に去っていくというわけです。 10 ここでは、感情の発生要因について幅広く見ていきましょう。Aさんの例です。 嫌な記憶から不安・緊張、動悸が生じ、それに引きずられるようにして未来のことを心配する思考が生じています。その思考は、不安・緊張・動悸をさらに強めています。不安・緊張の高まりに応じて歯ぎしりも加わっています。場合によっては、高まった不安・緊張がさらなるネガティブな思考を呼び起こし、また不安・緊張が高まるという悪循環に陥ることもありますが、幸運にもかわいがっている飼い猫の姿を見たことで瞬時にリラックスできたようです。 Aさんの例のように、感情発生にはさまざまな要因が複雑に絡み合っています。ですので、その感情がどうして生じたかが分からない場合、無理に分析するより『発生原因はよくわからないが、今こんな状態なんだな』と距離をとって眺め、別の活動に移った方が生産的と言えるかもしれません。 11 次は感情の影響力について見ていきます。それでは、エクササイズ「感情は行動を決定するか」から始めます。 ※スライドを読み上げる。 ※受講者の意見を聞く。 もし、感情のままに反応すれば、「暇じゃないから!それぐらい自分でやれよ!」などと怒鳴ってしまうかもしれません。しかし、イライラしていることを自覚して、冷静に対応をするなら「今、課長から言われた急ぎの仕事をしているんだ。明日以降なら手伝えそうだけどどう?」などと答えたかもしれまれません。 もうみなさんお気づきかもしれませんが、行動は選択できます。したがって感情は行動を決定しないと言えます。ただし、これは感情と距離を取れている場合に限って言えることですね。 12 ここでは、感情に反応するとその感情が長引くという性質を見ていきます。 ※スライドの赤枠部分を読み上げる。 それでは、エクササイズ「もし、感情に反応したらどうなる?」をやってみましょう。 ※Aさんの例を読み上げる。 Aさんの例では、感情に反応した結果どうなりましたか? ※受講者の意見を聞く。 いろいろなご意見をありがとうございました。そうですね、せっかく当初の怒りが収まりかけていたのに、反応した(考え出した)ために怒りが再び強まりましたね。最後の方は怒りだけでなく、憂うつ感(今日は最悪の一日だ)や不安感(このままパソコンが直らなかったらどうしよう)といった新しい感情まで呼び込んでしまったようです。 13 先ほど、反応しなければいずれ感情は消えていくという話をしましたが、自分にとって辛い感情はできるだけ感じたくないというのが一般的な感覚だと思います。しかし、感情を感じないように努力した結果、社会生活や日常生活の質を低下させてしまうリスクもあります。ここでは、感情を避けることのデメリットを考えたいと思います。 スライドを見てください。 ①は、本当は友達が欲しいと思っているが、結局うまくいかなくて落ち込むのは避けたいという例です。人と関わらなければ落ち込むこともないので、人が集まるイベントには参加しない、人と接する機会があっても自分からは話しかけないなどの結果が予想されます。この結果は、友達が欲しいという願いとは逆方向の行動になっている点がポイントです。 それでは、②の場合はどうでしょうか。 ※②の枠内を読み上げたうえで、受講者の意見を聞く。 そうですね、劣等感を感じることを避けるため、レポートを先送りにすると予想されます。苦手なものを先送りにすると一時的に劣等感を感じずにいられますが、当然、短期間で苦手なことに取り組まなければならず、レポートの質も低下してしまいますし、精神的にも追い込まれますね。 では、③の場合はどうでしょうか。 ※③の枠内を読み上げた上で、受講者の意見を聞く。 これは思考の性質で紹介した“〇〇を考えない”は難しいというものですね。上司から注意されたことは考えない、思い出さないようにと努力すれば逆にそれが生じてしまうという現象です。このような場合、寝ることで強制的に嫌な記憶・感情から逃れたり、お酒を飲んで思考を鈍らす、テレビやゲームに没頭するなどの結果が予想されます。これらの結果が即デメリットになるというわけではありませんが、過剰に睡眠をとれば生活リズムが崩れたり倦怠感が強まりますし、お酒を飲みすぎれば健康を害します。テレビ・ゲームに没頭しすぎると夜更かしにつながるかもしれません。 ここまでは、感情を避けることは時として日常生活、社会生活にデメリットをもたらすリスクがあるという一面を見てきました。ちなみにこのことは思考についても同じことが言えます。 14 本講習のテーマ【思考や感情と距離をとる】とは、思考や感情を抑え込んだり避けたりせず、それらを個人に生じた一つの反応として観察することです。「あ、いま鳥肌が立った」とか「背中がかゆくなってきた」などと同じように、生じた思考や感情に対しても、よいとか悪いとかの評価・判断をせず、「あぁ、いま〇〇と考えたな」、「いま、不安なんだな」などと認識するということです。 ちなみに、思考や感情を客観的に見ることができたとしてもつらさが和らぐとは限りません。しかし、思考や感情と距離をとることで、自分が本当に望んでいる行動を選択することができます。一つ前のスライドの①でいえば、友達を得るために落ち込む可能性があっても他者との交流を続けるという選択もできるのです。 いよいよ次回からは、思考や感情と距離を取るためのトレーニングを紹介します。 第3回 思考や感情と距離をとるトレーニング1【呼吸に注意を向ける】 <オリエンテーション> ※このオリエンテーションは、思考や感情と距離をとるトレーニング全体のオリエンテーションという位置づけです。 1 まずはじめに、思考や感情と距離をとるトレーニングについてオリエンテーションを行います。オリエンテーションでお伝えすることはシンプルに、トレーニングですること、目的、留意点の3つです。 2 このトレーニングですることは、意図的に、今この瞬間に、価値判断することなしに、注意を向けることです。ちなみにトレーニングでは、呼吸に伴う腹部の感覚(息を吸うとお腹が膨らみ、息を吐くとお腹がへこんでいく感覚) に注意を向けます。 今この瞬間に価値判断することなしに注意を向けることは精神的健康を保つ意味で非常に重要です。過去のことを繰り返し思い返して後悔することを反すうと言いますが、これはうつ状態を重くしたり、うつ病の再発要因になることも知られています。また、将来のことをあれこれと心配し続けると不安が高まります。いずれも過去や未来に関する反復的な思考です。ですので、過去や未来ではなく、今この瞬間に集中するということは、反すうや心配から遠ざかることになります。 3 トレーニングの目的です。 ※スライドの枠囲みの部分を読み上げる。 2段目について少し解説します。私たちはさまざまな刺激から思考や感情、身体反応を生じさせます。スライド下部のイラストを見てください。 たとえば、仕事で失敗したことを思い出し、「また失敗したらどうしよう」という思考と「不安」という感情が出たとします。この反応に自動的に従えば、仕事に対して委縮してしまい、仕事を避けるようになってしまうかもしれません。しかし、「また失敗したらどうしよう」と考えたんだな、「あ、不安を感じているな」などと、ただ反応を反応として認識するにとどめた場合はどうでしょうか。きっと少し心の余裕が生まれ、次に失敗しないための方法を上司に相談しようか、友達に愚痴をきいてもらおうか、勉強して業務の知識をもっと増やそうかなどと建設的に行動を選ぶことができるというわけです。 もしも、思考や感情に沿った行動を自動的にとってしまうなら、そこに行動選択の自由はありません。また、思考や感情に沿った行動が回避的な内容であれば成長も得られないというわけです。 回避的な行動例としては「仕事で失敗して落ち込みたくないから、難しそうな仕事は反射的に断る」などがあげられます。 4 最後に留意点です。 ※スライドを読み上げる。 第1回、第2回の講習でもお伝えしているとおり、思考や感情の抑制は難しく、一時的に抑え込むだけになる可能性が高いです。〇〇を避けよう避けようとする努力自体が〇〇へのとらわれを強めているからです。また、嫌な思考や感情を避けるという目的でトレーニングを行った結果、当初目的とした効果(嫌な思考や感情を避ける) が得られなかった場合、動揺したりイライラしたり、トレーニングへの意欲が低下する可能性があります。 それでは、実際にトレーニングをやっていきましょう。今回お伝えするトレーニング1はトレーニング2に進むための基礎づくりです。 第3回 思考や感情と距離をとるトレーニング1【呼吸に注意を向ける】 <トレーニング1> 実施手順 ①下記の資料をもとに一通り解説する。 ②3分間トレーニングを実施する。 ③実施後、受講者の理解度を確認し、必要に応じて再度解説する。 ④3分間トレーニングを実施する。 ⑤実施後、受講者の理解度を確認し、必要に応じて再度解説する。 ※WSSPでは、トレーニング1を導入後、トレーニング2を導入するまで毎日終礼前に3分間実施しました。 所要時間3分間  準備 リラクゼーション紹介講座「デスクワークの途中でちょっとストレッチ」の1~12をやって深い呼吸をしやすい状態に整えましょう。 ★ こちらは、1~12の中のおすすめのストレッチです ★ 姿勢 □ 椅子に浅く腰掛け、背筋を伸ばします。両足は肩幅ていどに開きます。 □ 手は太ももの上に置きます。手の向きは上向きでも下向きでも構いません。より楽な方を選んでください。 □ あごは軽く引き、顔は正面を向きます。 □ 目は開けたままでも、閉じてもよいです。また、顔は正面を向けたまま視線だけを1~2m先に落とし、一点を眺めるという方法もあります。 □ 口は軽く閉じ、舌は上の前歯の付け根部分に軽く押し付けておきます。 呼吸 □ 呼吸法と同様、腹式呼吸を行います。ただし、今回は鼻から吐いて鼻から吸います。 注意を向ける対象 □ 呼吸によって生じるお腹の感覚「ふくらみ」と「へこみ」に注意を向け続けます。 □ 息を吐いてお腹がへこみ切ったら“1”、また息を吸って吐いてお腹がへこみ切ったら“2”・・・というようにカウントし、10までいったら再度1からカウントします。逆からカウントする方法もあります(1、2、3・・・8、9、10、9、8・・・・) ※吐いている間、数をゆっくり読み上げるでも構いません(ひとーつ、ふたーつ)。 ステップアップ □ 呼気(息を吐く)の回数を見失わずにカウントできるようになったら、段階的に実施時間を伸ばしましょう。 第4回 思考や感情と距離をとるトレーニング2 【今この瞬間に起きていることに注意を向ける】 <トレーニング2> 実施手順 ①下記の資料をもとに一通り解説する。 ②3分間トレーニングを実施する。 ③実施後、受講者の理解度を確認し、必要に応じて再度解説する。 ④3分間トレーニングを実施する。 ⑤実施後、受講者の理解度を確認し、必要に応じて再度解説する。 ※WSSPでは、トレーニング2を導入後、受講期間が終了するまで毎日終礼前に3分間実施しました。 所要時間3分間  準備 リラクゼーション紹介講座「デスクワークの途中でちょっとストレッチ」の1~12をやって深い呼吸をしやすい状態に整えましょう。 ★ こちらは、1~12の中のおすすめのストレッチです ★ 姿勢 □ 椅子に浅く腰掛け、背筋を伸ばします。両足は肩幅ていどに開きます。 □ 手は太ももの上に置きます。手の向きは上向きでも下向きでも構いません。より楽な方を選んでください。 □ あごは軽く引き、顔は正面を向きます。 □ 目は開けたままでも、閉じてもよいです。また、顔は正面を向けたまま視線だけを1~2m先に落とし、一点を眺めるという方法もあります。 □ 口は軽く閉じ、舌は上の前歯の付け根部分に軽く押し付けておきます。 呼吸 □ 呼吸法と同様、腹式呼吸を行います。鼻から吐いて鼻から吸います。 注意を向ける対象 □ 呼吸によって生じるお腹の感覚「ふくらみ」と「へこみ」に注意を向け続けます。 息を吸う時、お腹のふくらみを最も強く感じたタイミングで「ふくらみ」、息を吐く時、お腹のへこみを最も強く感じたタイミングで「へこみ」とつぶやいて下さい(声には出さなくてよい)。 ※このように気づきを言語化することをラベリングと言います。 注意が呼吸(腹部)の感覚からそれた時の対応 □ 人の話し声に注意がそれた時は「音」、足がかゆくなったら「かゆみ」、不安感を感じたら「感情」、甘い香りがしたら「匂い」、考え(例:退屈だなぁ)が浮かんできたときは「思考」、昔のいやな記憶が出てきたら「記憶」などとラベリングをして、そっと呼吸(腹部)の感覚に注意を戻します。 トレーニング中のルール □ トレーニング中に生じた思考、感情、感覚などについて反応したり評価をしないで下さい。 例)まだ終わらないのかなぁ(思考)→あっ、集中できていない自分はダメだ(思考)。これは、思考に思考で反応しており、かつ評価(自分はダメだ)をともなっています。例の場合「まだ終わらないのかなぁ」という思考が出た瞬間に「思考」とラベリングし、腹部の感覚に戻るとよいでしょう。 ステップアップ □ 3分間が短く感じられるようになったら段階的に実施時間を伸ばしてみましょう。 解説 思考や感情と距離をとるトレーニング ・トレーニングの1、2ともに呼吸に伴う腹部の感覚(息を吸うと膨らみ、吐くとへこむ)へ注意を向けます。この感覚に慣れておくとトレーニングがしやすいため、呼吸法を1週間以上実施した後で導入しています。 ・思考や感情と距離をとるトレーニングは2段階構成にしています。トレーニング1では呼吸に伴う腹部の感覚へ持続的に注意を向ける練習をします。呼吸から注意がそれにくくなるように呼吸回数をカウントするタスクを入れています。3分間、呼吸のカウントを見失わずに行えるようになったら、トレーニング2を導入します。 トレーニング2では呼吸のカウントをしない分、思考や感情、感覚に注意がそれやすくなると予想されます。そこで、注意がそれた時にラベリングという技法を使って注意を腹部の感覚に戻します。ラベリングとは、「退屈だなぁ」という考えが出てきたことに気づいた瞬間に「思考」、虫の鳴き声が聞こえた時に「音」などと心の中で呟くことです(ラベルをペタッと貼るイメージ)。 WSSP受講者から出された質問・感想と回答 思考や感情と距離をとるトレーニングについて、受講者から出された質問や感想、それに対する回答例をご紹介します。 第5回 体験整理シートの活用~ストレス場面を思考・感情・身体・行動・状況という5つの視点から整理する~ 1 第3回から第4回にかけて、思考や感情と距離をとるトレーニングを紹介し、みなさんには毎日実践をしていただいているところです。本日紹介する体験整理シートは、ストレスを感じた場面を写真のように切り取り、その時生じた思考・感情・身体・行動・状況という5つの観点から視覚的に整理するツールです。 もうお気づきの方もいるかもしれませんが、日々のトレーニングで行っていることをストレス場面でも行い、5つのカテゴリに沿ってその時気づいたことをシートに書き出すというわけです。 2 今日の目的は、2点あります。①体験整理シートの書き方を理解すること、②体験整理シートの書き方を練習することです。   進め方ですが、まずはじめにレジュメの説明を行い、その後、体験整理シートを実際に書いてもらいます。 3 体験整理シートを書く効果を3つ紹介します。第1の効果は、ストレスを感じた場面について、状況、反応(思考、気分・感情、身体変化、行動)を書き出していくことで、つらいストレスを感じた場面の全体像が分かりやすくなることです。また、ストレスの全体像を把握することで、有効な対処法を考えやすくなります。 第2の効果は、ストレスを感じた場面を書き出し、客観的に振り返ることで気分が落ち着くことです。慣れるまではうまく書けないと感じることもあるかもしれませんが、書き出すだけで気分が落ち着くことも多いので、まずは書ける所から書いていきましょう。 第3の効果は、繰り返し書くことで得られる効果についてです。ストレスを感じた場面を繰り返し書き出すことで、自分がストレスを感じやすい状況やストレス反応の特徴が見えてきます。 4 こちらのスライドに示したものが、今回用いる体験整理シートです。   体験整理シートは、状況、思考、気分・感情、行動、身体変化をそれぞれ書き込むという内容になっています。 ここで、みなさんに、今回使用する体験整理シートをお配りします。 ※受講者に、体験整理シート(事例記入済み)を配布する。 みなさんにお配りした体験整理シートには、すでに状況の欄に事例が記入されていますが、今回はこの事例をもとに、書き方を確認していきます。 5 体験整理シートを書きやすくするために、事例と同じ体験をみなさんにもして頂こうと思います。実際にみなさんが場面を体験した際、頭に浮かんだ思考、気分・感情、身体の変化、行動をメモに残しておいてください。 ※スライドを読み上げ、受講者全員にロールプレイをしてもらう。 ※ロールプレイ実施後、受講者全員がメモを取り終えたら先に進む。 6 ここからは、記入の仕方について説明します。まずは、体験整理シートの左端にある「状況」の書き方です。状況を書く時の主なポイントは、①5W1Hを意識して、できるだけ具体的に記入すること、②写真を撮るときのように、ある一つの場面をうまく切り取ることの2つです。 ポイントの1つめは、状況の欄には、いつ、どこで、誰といる時、何が起こったのかについて具体的にイメージしながら書き込んでいきます。たとえば「今朝、駅の改札付近で足をふまれたが、ふんだ人は謝まらずに去っていった」というような書き方です。 ポイントの2つめは、状況の欄には、1週間ずっと、一日中といった継続した状況ではなく、写真を撮るときのように、一つの場面をうまく切り取って書き込むようにします。 最初のうちは、どのような出来事を選べばいいか迷うこともあるかもしれませんが、書き込む時点まで気になっている出来事や、時間的に近い最近の出来事を選ぶと書きやすくなります。まずは日常のささいな出来事(例:割り込みをされて怒りが出た)を取り上げることから、はじめてみましょう。 みなさんにお配りした体験整理シートには、すでに「状況」を書き込んでいます。状況欄の書き方の参考にしてください。 7 状況を記入し終えたら、次はその時の気分・感情を書き込みます。ポイントはスライドの通りです。 ポイントの1つめは、気分・感情は一つとは限らないということです。その時感じた気分・感情が複数あればすべて挙げていきましょう。 2つめは、気分・感情と思考の違いに気をつけることです。気分・感情は“嬉しい”や“悲しい”など一言で言い表せるものです。思考は、文章になって表せるものです。 3つめは、気分・感情がうまくつかめない時には、その時の身体の状態・感覚に目を向けてみることです。次スライドの「感情に気づくためのヒント」も参考にしてください。身体と気分・感情はつながっているので、気分・感情がうまくつかめない時には身体の状況を確認することで、気分・感情をつかむヒントになる場合があります。 8 詳細は第2回「感情について知る」のスライド3で説明済み。 その気分・感情が心地よいものか不快なものか、興奮しているのか、落ち着いているのかという2つの観点(軸) から気分・感情を探っていきます。個人差がありますので、必ずしもこの円環図と同じ感情配置になっているとは限りませんが、その時々の気分・感情に当てを付けるという意味でヒントになる可能性はあります。 9 このスライドも記入のための参考資料です。気分・感情を表す言葉を示したものです。いずれも単語一つで表すことができる所に特徴があります。 10 次に、感じた気分・感情の強さについてそれぞれ0~100%の数字で表します。 今まで感じた一番強い気分・感情の強さを100とした時、みなさんが感じた気分・感情はどれくらいの強さでしょうか。 複数の気分・感情があげられている場合、全ての気分・感情を合わせて100%にする必要はなく、「それぞれ100%で表すとどうか」と考えてもらえれば結構です。   さて、先ほどの場面体験時にみなさんはどんな気分・感情を感じたでしょうか?どなたか、感じた気分・感情を発表してもらえますか? 気分・感情の強さも表現できる方はあわせてお願いします。 11 次は身体に生じた変化です。先ほどの場面体験時に、みなさんは身体にどんな変化を感じたでしょうか? ※受講者に発表してもらう。 体験整理シートの「その時感じた身体の変化」欄には、体の部位を5つのまとまりにして枠を設定しています。自分の体をMRIでスキャンするようなイメージで観察してみてください。 認知プログラムの試行実施では、身体変化が分からないという受講者が多かったです。その場合は、思考や感情など受講者が把握しやすいカテゴリからストレスへの気づきを高めていくこともできるとフィードバックしました。また、一度に複数の反応に気づきを持つことは非常に難しい作業であることを伝え、シートの活用に対する動機づけが低下しないよう留意しました。 12 次は行動です。ストレス場面に直面した時、みなさんがとった行動を記入します。 気分・感情と行動は互いに影響しあっていることも多いので、客観的に、自分の行動を振り返ってみましょう。   みなさんは、先ほどの場面体験時に、どんな行動をとりましたか。とった行動をそのまま記入しましょう。たとえば、「無言で席についた」というようにです。 13 次は思考です。思考の欄には、その時に頭に思い浮かんだ言葉やイメージを書き込みます。思考を書く際のポイントは、こちらのスライドのとおりです。 思考の癖を明確化するねらいはないため、疑問形ではなく能動形で書く、主語を入れて書くといった決まりは設けていません。 体験整理シートを使った個別相談では、受講者が抱いた思考が有益であるか否かに着目して相談を進めます。たとえば、「このままでは就職できそうにない」という思考が強い不安を生み出していた場合、上記の思考が就職活動に向けた準備をすることにつながりそうか、就職活動に向けた努力をする余地は残っているかなどを確認します。もし、上記の思考が不安を喚起するだけで何の役に立ちそうもないと判断された場合は、内的な反応の一つとして観察するに留めることをすすめます。 14 最後に、体験整理シートの記入例を紹介します。 講座は以上で終了です。今後、みなさんが作成した体験整理シートは、個別面談でふり返りたいと思います。どんな些細なストレス場面でも構わないので積極的に書く練習をしてみてください。 ※体験整理シート(WSSP版)を配布。 WSSP版の体験整理シートは、「思考や感情と距離をとるトレーニング」の延長線上に配置されています。なぜなら、自身の思考や感情、身体反応にある程度気づけないと体験整理シートの記入は難しいからです。一方で、体験整理シートを書くために、ストレス場面で生じた自身の反応を細かく観察したという受講者がいたように、体験整理シートを活用することがセルフモニタリングの動機づけになるという側面もあるようです。 <引用・参考文献> ・貝谷久宣(編著)、熊野宏昭(編著)、越川房子(編著):「マインドフルネス―基礎と実践」、日本評論社、2016、p26-27. ・金城辰夫(編著):「改訂版 学習心理学」、放送大学教育振興会、1996、p140. ・熊野宏昭:「実践!マインドフルネスDVD 体験に気づき、反応を止め、パターンから抜け出す理論と実践」、サンガ、2020. ・ゲオルグ・H・アイファート(著)、ジョン・P・フォーサイス(著)、三田村仰(監訳)、武藤崇(監訳)、三田村仰(訳)、武藤崇(訳)、荒井まゆみ(訳):「不安障害のためのACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)」、星和書店、2012、p75. ・佐渡充洋:二元論と非二元論は融合可能なのか?―認知療法の立場から―「精神療法Vol.42, No.4」、2016、p530-532. ・佐渡充洋:マインドフルネス療法の基本的なアプローチ「精神医学Vol.61, No.6」、2019、p627-635. ・デイビッドH.バーロウほか(著)、伊藤正哉(訳)、堀越勝(訳):「不安とうつの統一プロトコル 診断を越えた認知行動療法 ワークブック」、診断と治療社、2012、p49-52. ・長谷川洋介(監修):「マインドフルネス瞑想の基本DVDブック 一番わかりやすい最強の心と体の休息法」、枻出版社、2017. ・福島宏器:身体を通して感情を知る―内受容感覚からの感情・臨床心理学―「心理学評論Vol.61, No3」、2018、p306. ・ボブ・スタール(著)、エリシャ・ゴールドステイン(著)、家接哲次(訳):「マインドフルネス・ストレス低減法ワークブック」、金剛出版、2013. ・マーシャ・M・リネハン(著)、小野和哉(監訳):「弁証法的行動療法実践マニュアル 境界性パーソナリティ障害への新しいアプローチ」、金剛出版、2007、p194. ・松本昇、望月聡:マインドフルネス特性は反すうの悪化を防止するのか?「感情心理学研究Vol.25, No.2」、2018、p27-35. ・吉田昌生:「3分間マインドフルネス 自分をアップデートする28の習慣」、学研プラス、2017. ・ラス・ハリス(著)、武藤崇(監訳)、武藤崇(訳)、岩渕デボラ(訳)、本多篤(訳)、寺田久美子(訳)、川島寛子(訳):「よくわかるACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)」、星和書店、2012、p32-33. ・ラス・ハリス(著)、武藤崇(監修)、大屋藍子(監訳)、茂本由紀(監訳)、嶋大樹(監訳):「教えて!ラス・ハリス先生 ACTがわかるQ&A セラピストのためのつまずきポイントガイド」、星和書店、2020. ・ロバート・L・リーヒイ(著)、伊藤絵美(訳)、佐藤美奈子(訳):「認知療法全技法ガイド―対話とツールによる臨床実践のために―」、星和書店、2006、p483-516. ・ローリー・A・グリコ(編著)、スティーブン・C・ヘイズ(編著)、武藤崇(監修)、伊藤義徳(監訳)、石川信一(監訳)、三田村仰(監訳)、小川真弓(訳):「子どもと青少年のためのマインドフルネス&アクセプタンス 新世代の認知/行動療法実践ガイド」、明石書店、2013. ・独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構:「支援マニュアルNo.9 気分障害等の精神疾患で休職中の方のためのストレス対処講習」、2013、p58、67-64. 第6章 実践事例 WSSPでの事例をご紹介します。 【事例1】Aさん/20代女性/自閉症スペクトラム障害、注意欠如・多動性障害 1 リラクゼーション技能トレーニングと関連する支援目標 (1) 不安や緊張を緩和する上で効果的なリラクゼーションスキルの習得 (2) 感覚過敏への対処法の検討 (3) 過集中への対処法の検討 2 事例の背景と支援の概要 (1) 背景 ・人と話すとき、いつもと違う環境で強く緊張するため、「緊張することを何とかしたい」というニーズをお持ちでした。プログラム開始前から呼吸法を習得されていましたが、緊張が強すぎると対処法をとること自体忘れてしまうとのことでした。 ・聴覚に過敏性があることはプログラム実施前から認識されており、イヤーマフやノイズキャンセリングイヤホンで対処されていました。また、疲れがピークに近いとあらゆる匂いが気持ち悪く感じられるという特徴もありました。 ・キリのよいところまでの作業時間を見積もることが難しいため、休憩をちょうどよいタイミングで設定できない、タイマーをセットしてもキリのよいところまで進めていく内に休憩すること自体を忘れてしまうなどの傾向がありました。また、過集中後は“ヘロヘロになる”とのことでした。 ※“ヘロヘロになる”とはAさんの表現で、力が入らない、歩けない状態、体が震える感じを意味します。 (2) 紹介する支援の概要 感覚プログラム 運動プログラム 認知プログラム※ 本人の状態 聴覚や嗅覚の過敏さについては自覚があり、対処法も概ね確立していた。 ・疲れていることが分からない。 ・体を動かす習慣や意識がない。 ・特定の思考や感情をよくないものととらえ、趣味が回避行動になったり、意図した感情を引き出そうと余計なエネルギーを使う傾向がうかがえた。 支援の視点、介入ポイント ・作業のやりづらさやストレスにつながっている感覚について探索・整理する。 ・リラックスできる感覚を探し、休憩時の過ごし方に組み込む。 ・意識的に体を動かす機会を増やし、疲労時とそうでない時の変化に気づけるよううながす。 ・よい姿勢を意識することで、自分の体の状態をモニタリングする習慣を作る。 ・思考や感情の性質を伝え、思考や感情と適切なかかわりができるよううながす。 ※個別実施 3 新規プログラムによる介入と効果 (1) 感覚プログラム 感覚特性見える化シート(図6-1)で不快感を頻繁に感じている感覚から順にすべての感覚について具体的なエピソードの聞き取り、対処策の有無の確認、対処策の検討を行いました。その結果、聴覚・嗅覚以外にも視覚認知の特性が顕著に見られ、作業遂行にも大きな影響を与えていることが分かりました。具体的には、一度に多量の文字情報を見ると気持ちが悪くなったり、見間違いが生じやすい、商品カタログのインデックス横に記載されたページ番号を目だけで追うとズレた場所を見てしまう、段組みになった文章や読む方向が縦横混在している文章は視線の移動に労力を要すため疲れが大きい、パソコンの画面上に表示されたデータと紙資料とを見比べる際にやりづらさを感じるなどのエピソードがあげられます。これらについては下図(図6-2) のツールや工夫を取り入れることで、作業上のストレス・疲労を軽減できました。 図6-1 感覚特性見える化シートの結果 図6-2 作業上のストレス・疲労につながったツール・工夫例 聴覚過敏に対してはイヤーマフやノイズキャンセリングイヤホンを使用していましたが、前者は圧迫感があり長時間つけていると頭が痛くなること、後者は音楽が鳴っていないときにキャンセリング機能が働かないという欠点がありました。しかし、ノイズキャンセリング機能だけを使うことができ、キャンセリングの度合いも多段階調節できるヘッドセットを自ら探しあてたことで、聴覚過敏による不快感は大幅に軽減されました。 嗅覚過敏については、WSSP開始1週間は嗅覚の過敏性が高まっていたが、その後落ち着いたという報告から、嗅覚の過敏性をストレス・疲労のバロメーターとして役立てていくよう助言しました。 リラックスにつながる感覚については、表6-1の通り整理ができました。 表6-1 リラックスにつながる感覚と具体的なリラックス法 過集中への対処法として、まずは休憩時間を確保するため休憩時間を知らせるタイマーを活用することにしました。家族の助言もふまえ、不快感の強い音で知らせるタイマーやフラッシュタイマーは避け、振動で時間を知らせるバイブレーションタイマーを試すことにしました。また、すぐに休憩に入れなくても休憩すること自体を忘れないよう、タイマーが作動したらキリのよいポイントもしくはパソコンのデスクトップに「休憩する」という付箋を貼るという方法を考案されました。その結果、休憩はほぼ確実に取れるようになりました。しかし、休憩は取れるようになったものの自身の疲労感については、よく分からないという状態でした。そこで「自分が疲れているかどうかを確かめる際、じっとしているだけでは分からないかもしれない。ストレッチをして体を動かす中で肩がバキバキなれば肩がこっていたんだなぁと気づく。目の周りをマッサージしてみて気持ち良ければ目が疲れていたんだなぁと気づく。刺激を与えて気づく方法を試してはどうか?」と助言したところ、この日以降、Aさんは休憩中に体を動かすことで自身の疲労感に気づきを得ることができるようになりました。 Aさんは、一度集中してしまうと、自分の体の状態に注意を向けられないため「疲れに気づいて休む」ことは難しいと判断されます。その場合、一旦作業から離れることで集中を解き、体を動かすことで自らの状態(疲れ具合)に気づきを入れるという方略があっていたと思われます。この体を動かすことで自身の状態に気づきを持つ土台は、運動プログラムによって養われた部分も大きいと思われます。 (2) 運動プログラム 講習受講後、地面に両足を付けて作業に取り組む意識が高まりました。また、照合作業中、姿勢が前のめりになっている状態に気づき、姿勢を正す機会も増えました。よい姿勢で作業に取り組むことで以前よりも疲れにくくなったという実感が持てています。 毎朝眠気が強いAさんでしたが、朝礼後に大きく体を動かす体操(主に「立つ姿勢」) を行うことで作業に向かうスイッチが入る感覚が得られたようです。また、支援者の助言を契機に、休憩中、積極的にストレッチをするようになりました。Aさんによると、体を大きく動かすことで背中周りのこりがほぐれたり、作業を再開する気持ちに切り替わるとのことでした。   (3) 認知プログラム 第1回「思考について知る」では、思考の癖として「将来の先読み」があり、「緊張したらどうしよう」と考えて「緊張する」、「就職して上手くやれるだろうか」と考えて「不安になる」という傾向に気づきました。また、将来の先読みによる緊張・不安が生じた際、「好きなことをして忘れるようにしている」との話がありました。講習第1回では思考がテーマであるため、先読み思考に焦点を当てて、以下のような介入を行いました。   支援者:「好きなことに集中すれば緊張や不安につながる思考を忘れることができるかもしれませんが、その後考えてしまうことはありませんか?」 Aさん:「はい、しばらくしたらまた考えています。」 支援者:「ピンクの象が出てくるわけですね。」 このように本人の経験談と講習内容を関連づけて解説することで、思考の抑制が逆にその思考を強めるという仕組みについて理解を深めることができました。 第2回「感情について知る」では、感情の円環図(図6-3)の左半分に配置される感情(例:緊張、恐れ、落ち込み)をよく感じているとの気づきがありました。Aさんは当初それらの感情を悪いものだととらえていましたが、講習を通じてネガティブな印象を持つ感情にも役割があることを知り、自分の感情を悪いとは思わなくなったとのことでした。また、「ふり返ってみると感情が長引くのは自分がそこに意識を向けているからだと改めて気づけた」という感想がありました。具体的なエピソードを聞くと、「落ち込んでいるなぁ→このままじゃ、よくないなぁ→気分上げなきゃなぁ」という話があり、感情に反応することで余分なエネルギーを使っていたことを認識できました。これに気付いてからは家族に今の気持ちをありのままに伝えて終わりにするよう意識的に対応されていました。 「思考や感情と距離をとるトレーニング1」の導入は呼吸法をすでに習得済みだったこともあり、スムースに理解することができました。ただし実践も最初から上手くできたわけではありません。「思考や感情と距離をとるトレーニング1」では腹部の感覚に注意を向けすぎて気づいたら10を超えて数えていることもあったようです。また、「思考や感情と距離をとるトレーニング2」では注意が音にそれることが多かったと言います。しかし、毎日実践することで腹部の感覚に注意を持続させること、注意が音にそれたらその都度腹部の感覚に注意を戻すことができるようになっていきました。 「思考や感情と距離をとるトレーニング2」実施から1か月後には、「作業場面で役立つ時がある」とのコメントがありました。受講者やスタッフの話し声が聞こえてきた際、「〇〇について話しているなぁ」と考え始めたことに気づき、「今のは思考だから置いておこう」とラベリングをして作業に注意を戻せたようです。 4 まとめ 感覚プログラムでは、どのような感覚刺激がストレス・疲労につながるのかを理解・整理し、感覚特性への対処策を準備することで日中生じるストレス・疲労の大幅な軽減につながったと思われます。また、リラックスできる感覚刺激を探索し、意識的に休憩時間などに取り込むことはストレス・疲労の緩和に役立ちました。 運動プログラムや「思考や感情と距離をとるトレーニング」を通じて、自分の体の状態や思考、感情をモニタリングする機会が増えた結果、ストレス・疲労への気づきが深まりました。Aさんの場合、休憩をとることで一旦作業から注意を離し、自分の体に注意を向けた上で、ストレッチなど体を動かすことで自身の疲れに気づくことができました。また、体を動かすことが疲労の緩和にもつながっています。 認知プログラムでは、思考や感情の性質を知り、沸き起こる思考や感情に評価・反応せず、ただ観察するというトレーニングを通じて、自らストレスを増やさない・不要なエネルギーを使わない在り方を学ばれたと思います。また、目の前の取組みから注意がそれたことに気づき、注意を目の前の取組みに戻せたこともプログラムの効果といえます。 Aさんの事例では全てのプログラムにおいて効果が見られましたが、その要因として、Aさんが何事にも意識的に取り組めるという強みを持っていたことがあげられます。たとえば、よい姿勢を保つために両足がしっかりと地面についているか、背筋が伸びているかを意識することは、両足や背筋の変化に対する気づきを高めます。つまり、意識的な体験は、気づきを促進すると考えられます。Aさんの事例は、セルフモニタリングの向上を図る上で重要な視点を提供してくれるものと言えます。 【事例2】Bさん/30代男性/自閉症スペクトラム障害、注意欠如・多動性障害 1 リラクゼーション技能トレーニングと関連する支援目標 (1) 疲労・ストレスのサインの整理と、自分に合った対処方法の検討 (2) 苦手なことに関する対処方法や配慮事項の検討と実践 2 事例の背景と支援の概要 (1) 背景 ・WSSP受講初日の個別相談場面で、Bさんが天井を見上げ、キョロキョロと視線を動かす様子がありました。「何か高い音が聞こえて気になる」ということで、その内容から支援者は「聴覚の過敏さがあること」が推測できました。その他の感覚特性について、Bさんから自発的に語られることはありませんでした。感覚の不快感への対処策はなく、我慢してきたということでした。 ・Bさんとの個別相談では、突然、会話がかみ合わなくなることがありました。Bさんによると、相談中に出てきたワードに関連する過去の失敗経験が不意に頭に浮かび、その後はその出来事について行ったり来たり、振り子のように考えてしまい、当時のように落ち込むとのことでした。このような状況は相談時に限らず、自宅でゆっくり過ごしている時間でも起こるようでした。 ・過去のエピソードとして仕事中、姿勢が悪く職場の上司から繰り返し「姿勢が悪い」「態度が悪い」と指摘されてきたことが語られました。Bさんからは「姿勢が悪いといわれても、悪いという状態が分からない。そもそも姿勢がよい、悪いということをイメージできない」という意見が聞かれました。 (2) 紹介する支援の概要 3 新規プログラムによる介入と効果 (1) 感覚プログラム 以前の個別相談では、Bさんから自発的に語られなかった不快と感じる感覚について、感覚特性見える化シートをもとに共有しました(図6-4)。   ● 聴覚(過敏または鈍麻)に関する不快感を多く経験している。 ● 視覚、視覚認知、触覚に関する不快感を経験する頻度も高めである。    図6-4 感覚特性見える化シートの結果 特性対処のヒント集を使いながら、不快と感じる感覚の詳細を聞き取りました。 聴覚の不快感に関するエピソードには、苦手な音、その時の身体の反応が追記されました。同じように視覚のエピソードも記入されましたが、そこには苦手な色、光、その時の見え方、さらに「イラつく」「気分が悪くなる」と気持ちや体調への影響が書かれました(図6-5)。WSSPの作業場面では、作業台の木目模様を見ていると気持ち悪くなったというエピソードが併せてあげられたため、まずは体調や気分にも影響する視覚刺激の不快感の軽減に取組むことにしました。 図6-5 特性対処のヒント集の「視覚」に記入されたエピソード 支援者の視点~個別相談で支援者が意識して取り組んだこと~ Bさんとの相談に際して、「Bさんご自身の体感を重視して効果を検証してください」という言葉をキーワードにしました。Bさんはこれまで、感覚に関する不快感に対して誰にも語らず、我慢をしてきました。支援者としては、我慢すると決めた本人の気持ちを大切にしたいと考え、我慢してきたことについては否定も肯定もしませんでした。しかし、これから体験する新たな対処や取組みは、Bさん自身が主体的、能動的に行動選択して欲しいと考え、「体感を重視して効果を検証する」という言葉を選びました。 Bさんが実行した視覚刺激に対する対処と効果は表6-2のとおりです。不快な刺激は取り除くことで楽になりました。また、不快な刺激に反応しやすいという特徴をつかうことで、注意や行動の切り換えが上手くできるか、ということについても検証を行いました。 表6-2 視覚刺激の不快感に対する対処方法と効果 プログラム終了に際していただいたBさんのコメントをご紹介します。 普段だったら「みんなそうだよ」「それくらい我慢しろよ」などと言われてきたことも、みんなで真剣に考えていただけたことが印象に残っています。プログラムを受講しなかったら、おそらく一生サングラスとは縁がなかったと思いますし、何だかわからない不快さを感じながら生きていったのだろうと思います。 (2) 運動プログラム Bさんは、ご自身の姿勢の良し悪しについて、自覚を持ちづらく、支援者からの「いまの姿勢はいいですよ」というポジティブな声かけに対しても「よく分かりません」との受け止めでした。そこで、作業中の様子を写真にとってBさんに確認してもらいました。自分の姿勢の変化を画像で確認することは、Bさんにとって姿勢のイメージを持つために有効でした。また、毎日の運動プログラムに積極的に取組む動機づけにもなりました。 画像をみたBさんのコメント 猫背の様子をみた感想:背中がこんなにちぢこまっているとは思わなかった。 いすに座る様子を見た感想:いすの背もたれが反るほど寄りかかっているとは思わなかった。 また、Bさんは「貧乏ゆすりの癖があるのは知っているが、貧乏ゆすりを指摘されると、そのことで頭がいっぱいになるので指摘しないで欲しい」という希望がありました。以前働いていた職場で何度も指摘されたけれど、どうにも対処できないとのエピソードがあったことから、どのような場面で貧乏ゆすりをするのか、作業場面の様子をアセスメントしました。 支援者の視点~貧乏ゆすりのアセスメント~ 貧乏ゆすりをしているのは・パソコン作業 ・ナビゲーションブック作成の2場面 パソコン作業時の貧乏ゆすりは作業に飽きてきたサインではないか ナビゲーションブック作成時の貧乏ゆすりは考えがまとまらず混乱しているサインではないか 2つの場面から共通して推測できたのは、「疲労して集中しづらくなった時に、感覚に刺激を与える行動として貧乏ゆすりが起きているのではないか?」ということでした。そこで、次のような提案を行いました。 支援者の視点~個別相談でカウンセラーからBさんへ提案したこと~ 感覚と覚醒水準は関係があります。覚醒水準を上げるためにはストレッチをすることもよい方法です。Bさんは覚醒水準を上げるために自然と貧乏ゆすり(感覚刺激を与える行動)をしていたかもしれないので、貧乏ゆすりではなく、ストレッチを定期的に行い、その効果の検証をしてみませんか? 毎日、運動プログラムを継続することで、腰骨を起こすことがよい姿勢につながることを実感できるようになりました。一方で、疲れを感じるという体感がないBさんにとっては「疲れを感じたら運動をする」ことは難しかったため、30分に1回、足脚体操と肩回りを動かすストレッチを定期的に行うことにしました。定期的な体操・ストレッチはBさん自身が疲れにくくなったという体感を得るまでには至りませんでしたが、よい姿勢を維持することにつながりました。 また定期的な体操・ストレッチはBさんが「止めたいけれど自分では止められない貧乏ゆすり」がなくなるという結果にもつながりました。   (3) 認知プログラム Bさんは、通所当初から、個別相談中にふと過去の体験を思い出し、そのことに意識 が向いて相談に集中できないことや、過去の経験について繰り返し振り子のように考え、答えのでない状況になると感じていました。 認知プログラムを受講することで、反すう思考からすぐに意識を切り替えることはできませんでしたが、いくつかの変化が見られました。 まず本を読んでいる時、別のことを考えていることに気づくことが多くなったとのことでした。また、認知プログラムを受講する前よりご自身の思考や感情を意識するようになったと実感しています。 プログラムを離れた日常生活場面でのふり返りもありました。「自宅の食卓で家族のためにパソコンを設定していたら、親から早くどかすようにと言われ、とてもイラっとした。“家族のためにこんなに頑張っているのに”と思い、言い返そうとした時、“怒り”とラベリングしたら、冷静になった。“喧嘩したいわけじゃないし”と思い、黙ってパソコンを片付け、TVの話をして団らんの時間を大事に使えた。この経験から、思考や感情と距離を取ることが実践できるかなと思えた」ということでした。 支援者の視点~個別相談でのカウンセラーからBさんへのフィードバック~ 思考や感情と距離をとることで、行動を選択する間ができたわけですね。日々のトレーニングが日常で役立ったエピソードですね。 また、自分の考えに気づけるようになったBさんは、「体験整理シート(WSSP版)は実際に使いたいと思っている。自分のストレス状況が分からず、モヤモヤすることが多いので、体験整理シートに書くことでモヤモヤが晴れたり、対処方法が分かったりするかもしれない」と、ツールを活用して思考や感情と距離をとる方法にも手応えを感じていました。 4 まとめ Bさんは、過去の失敗経験から、自分の感じ方や考えに自信を持てなくなっていました。しかし、自分の感じている感覚や感情、思考をありのままに認識することを良しとするプログラムを通じて、自己肯定感の向上が図られたように思います。また、支援者が本人の特性をありのまま認めること、そしてポジティブな声かけやフィードバックを発信し続けたことは、プログラムに対する本人の主体的な取組みをうながすことにつながったと思われます。 Bさんのコメントをご紹介します。 事例3 (Cさん/50代/男性/注意欠如・多動性障害/在職中) 1 リラクゼーション技能トレーニングと関連する支援目標 (1) 感覚特性の整理 (2) 疲労についてのセルフモニタリングと対処法の検討 (3) 対人場面で生じるストレスの対処方法の検討 2 事例の背景と支援の概要 (1) 背景 ・発達障害の特性として注意障害や多動性については理解していました。一方、感覚特性に関しては特段困ったことはないとのことでした。 ・仕事中はあまり疲れを感じないので、休憩を取らずに業務を継続し、帰宅すると強い疲労感を感じていたようです。また休憩時間に身体を休める、ぼーっとして過ごすような何もしない時間を苦痛に感じることも、休憩を取らない要因となっていました。 ・適切なコミュニケーション方法は理解されていましたが、Cさんよりも年下の上司や同僚が多い職場環境であるため、「経験のある自分がこんなことを聞いて恥ずかしい」、「こんなことも分からないと思われるのは嫌だ」という考えが生じ、大きなストレスになっていました。 (2) 紹介する支援の概要 3 新規プログラムによる介入と支援効果 (1) 感覚プログラム 感覚特性チェックシートを用いて丁寧に聞き取りを行いましたが、不快な感覚刺激の存在は認められませんでした。唯一、チェックがついた聴覚に関するエピソードとしては、会議や多忙時に聞き逃すことが多い、個別相談では話は聞けるが後で内容を思い出すことが難しいという話がありました。これらのエピソードは、感覚特性というよりも注意や視覚優位の特徴を反映するものと推測しました。 図6-6 感覚特性見える化シートの結果 (2) 運動プログラム Cさんは身体を動かすことが好きで、一見、運動に関しての困りごとはなさそうでしたが、相談場面で運動に関する聞き取りを行ったところ、ラジオ体操など身体を動かす取り組みでは、〇〇をしっかり伸ばすなどの感覚がつかめないため、形だけをまねしていたこと、肩や首がこるという感覚が分からない、多少の運動では身体の疲労を感じにくいなどのエピソードがあげられました。また、Cさんに自覚はありませんでしたが、作業中、足組みや猫背など姿勢の崩れが頻繁に見られました。 上記の状況を踏まえて、運動プログラムは個別に実施しました。理由は、①動きに付随する身体感覚に意識が向けられるよう細やかにガイドすること(例:〇〇体操をすると背筋が伸びますね)、②普段の作業姿勢を写真に撮り、本人と一緒に姿勢を確認して気づきをうながすこと、の2点です。当初、姿勢については問題ないととらえていたCさんでしたが、普段の自分の姿勢を写真で確認する中で、無意識に足を組んでいること、事務作業を行うときは肩に力が入り前傾姿勢になっていることに気づきました。それ以降、意識的に姿勢の崩れを修正する場面が増えました。 またCさんから、「ひじ付け体操と腰ひねり体操は効果が高そうだが、講習の中ではうまく動きを覚えられなかったため練習をしたい」との申し出があり、朝礼後の実施以外に1回、体操を追加しました。すぐに劇的な変化は見られませんでしたが、2週間ほど経過した頃に、1日パソコン作業を行った日の夕方はひじ付け体操の肩の動きがぎこちなくなる、動かしづらさを感じるなど肩回りの状態が疲労のバロメーターであるという気づきが得られました。それ以降、休憩時に肩回りのストレッチをすることがCさんのルーチンになりました。 (3) 認知プログラム 全5回の認知プログラムを受講しました。思考や感情と距離をとるトレーニングでは、「なかなか無心になれない」、「注意がそれた時に戻せるときもあるし、戻せないときもある」などの悩みに一つひとつ助言することで(P74~75のWSSP受講者から出された質問・感想と回答を参照)、少しずつトレーニングのポイントをつかむことができたようです。 図6-7 ミニワーク課題   WSSP終盤、作業ミスが生じやすい状況を振り返る中で、Cさんは「自分は職場でも年齢が高く、さまざまな経験をしているため業務は間違いなく、かつ素早くこなさなければいけない」しかし「発達障害の特性もあり対応できないことも多い」という葛藤を感じやすいこと、葛藤(思考)が出ているときは焦ってミスをしやすくなること、が分かりました。そこで、焦りや焦りにつながる思考に気づいたら、そのまま作業を継続せずに少し歩くことを試した結果、冷静さを取り戻せる効果を実感できたようです。プログラム終了時には、落ち着いて外から自分を見る、焦った時は一歩引いて自分の状態を見ることの重要性を理解できたという感想がありました。思考や感情と距離をとる意義を体感したCさんは、プログラム終了後も上記の取り組みを継続しています。 4.まとめ Cさんは3つのプログラムを通じて、①身体疲労への気づき、②思考や感情と距離をとることで自分の力が発揮できるという気づきを得ました。①の気づきは日常的なストレッチの実施につながり、②の気づきは、焦りや焦りにつながる思考に気づいたらクールダウンのために少し歩くという対処法につながりました。ストレッチも歩くことも身体を動かす方法ですが、これらがスムースに定着した背景には、もともとCさんが身体を動かすことを好むという特徴を有していたことも関係していると思われます。 第7章 まとめ リラクゼーション技能トレーニングの改良ではセルフモニタリングの強化を図ることで、従来のリラクゼーション技能トレーニングが目指してきたストレス・疲労への気づきと、ストレス対処のためのスキル向上をうながすという方向性を打ち出し、3つの新規プログラムを開発し実践しました。結果、事例内での濃淡はあれ新規プログラムは、受講者のセルフモニタリングの向上に寄与したと思われます。また、実践を通じて、セルフモニタリング向上のポイントは、「意識的な体験を継続的に行うこと」にあるという示唆が得られました。たとえば、運動プログラムを実施後、多くの受講者が姿勢の崩れを意識的に直すようになりましたが、これは、プログラムにおいて背筋が伸びているか、両足が地面についているかというシンプルな意識づけが日々行われ、姿勢の状態をモニタリングする体験を繰り返した成果と言えます。また、個人差はありますが、姿勢に関する気づきだけでなく、今まで気づかなった体の強張りに気づけるようになった事例もあります。 ある受講者は「セルフモニタリングができないわけではないんです。ただ気づき方を知らないだけです」と話されていました。感覚プログラムでは、感覚特性への対処の有無による不快感・疲労の差を意識的に体験し、運動プログラムでは姿勢や体の動きに関する身体感覚を意識的にモニタリングする、認知プログラムでは思考や感情、感覚全般をモニタリングするトレーニングを行う、これらは全てセルフモニタリングのための枠組みを提供していると言えます。 今回開発した新規プログラムが発達障害者のセルフモニタリングの向上、ストレス・疲労への気づきや対処法の習得・実践をうながす支援者にとって有益なものとなれば幸いです。 資 料 編 1 感覚特性チェックシート・・・・・・・・・・・・・・ 100 2 感覚特性見える化シート・・・・・・・・・・・・・・ 104 3 特性対処のヒント集・・・・・・・・・・・・・・・・ 105 4 「特性対処のヒント集」の印刷方法・・・・・・・・・ 117 5 リラクゼーション技能トレーニングの改良で追加・改編した資料について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 118 6 リラクゼーション紹介講座〈1〉呼吸法・・・・・・・ 119 7 リラクゼーション紹介講座〈2〉漸進的筋弛緩法・・・ 121 8 リラクゼーション紹介講座〈3〉ウォーキング・・・・ 124 9 リラクゼーション紹介講座〈4〉ストレッチ (1)デスクワークの途中でちょっとストレッチ・・・ 126 (2)目のストレッチ・・・・・・・・・・・・・・・ 128 (3)全身のストレッチ・・・・・・・・・・・・・・ 129 10 ふりかえりシート ・・・・・・・・・・・・・・・・131 11 休憩のとり方チェックシート ・・・・・・・・・・・133 感覚特性チェックシート 感覚特性見える化シート 特性対処のヒント集   あなたが不快と感じる感覚特性の中には、「取り除く」ことで楽になれる対処法の他に、自分にとってリラックスできる感覚刺激を取り入れることで、その感覚とうまく付き合えるようになるものがあるかもしれません。 また、周囲の人に自身の感覚特性について理解をしてもらい、環境の整備などの配慮をお願いすることも有効です。 この「特性対処のヒント集」は、支援者と一緒に相談をしながら、自身の感覚特性についての気づきを深め、自分にあった対処法や工夫を検討していただくことを目的に作成しました。    目次  触覚・・・・・・・・2~5        聴覚・・・・・・・・6~7        視覚・・・・・・・・8~9        視覚認知・・・・・・10~11        味覚、嗅覚・・・・・12 【本書の使い方と留意点】 1.「感覚特性チェックシート」の回答結果「感覚特性見える化シート」をお手元にご用意ください。 2.まず、「感覚特性見える化シート」の赤く色づいたところ、レーダーチャートのでっぱったところから、具体的なエピソードを書き加えてください。※(注) 3. 書き出した自身の苦手な感覚について、ヒント集の中から活用できそうな工夫があるか支援者と話し合ってください。どの方法が合うかは、個人差があります。自分に合いそうなもの、無理なく取り組むことができそうなものから試してみるとよいでしょう。 4. 体調が悪い時に、感覚の過敏さや不快感がより強くなることがあります。体調の安定・維持のために、自分なりのリラックス法をいくつか持っておくことが大切です。また、自身の体調と、感覚の過敏さや不快感の現れ方との関係にも注目してみましょう。 5. 「この点は伝えたい」「分かってほしい」という項目は、ナビゲーションブックや自己紹介書などに書き加えて、就職活動や職業生活に役立ててください。 ※(注)「感覚特性チェックシート」は、「自分が思う自分の特徴」を確認するものです。自分では気づいていないという場合があるため、「チェックがついていない=その経験がない」とは言い切れません。経験したことはない、と回答した項目についても、今後相談を深めていく中で、対処法を検討した方がよいものが出てくることがあります。   触覚に関する11の質問のうち、No1~6は刺激による不快感、No7は気温による影響、No8~9は刺激に対する鈍感さ、No10~11は好みの物や好みの刺激に関する質問です。 触覚に関する不快感を「経験している」と回答した方の参考になる対処方法をご紹介します。対処方法には、仕事に役立つ工夫のほか、リラックスにつなげるための工夫も掲載しています。 聴覚に関する9の質問のうち、No1~3は苦手な音、No4、5はざわめく環境での聞こえ方、No6~9は聞き取りづらさに関する質問です。   聴覚に関する不快感を「経験している」と回答した方の参考になる対処方法をご紹介します。対処方法には、仕事に役立つ工夫のほか、リラックスにつなげるための工夫も掲載しています。 視覚に関する8の質問のうち、No1~5は見えづらさ、No6~7は見え方の特徴、No8は好みの刺激に関する質問です。   視覚に関する不快感を「経験している」と回答した方の参考になる対処方法をご紹介します。対処方法には、仕事に役立つ工夫のほか、リラックスにつなげるための工夫も掲載しています。 視覚認知に関する9の質問のうち、No1~2、4~9は見え方の特徴、No3は見方への工夫に関する質問です。 視覚認知に関する不快感を「経験している」と回答した方の参考になる対処方法をご紹介します。対処方法には、仕事に役立つ工夫のほか、リラックスにつなげるための工夫も掲載しています。 嗅覚と味覚に関する質問のうち、嗅覚に関する質問は、仕事や職場を選択する際に参考になるものが含まれます。ここでは嗅覚について、対処方法を考えます。 「特性対処のヒント集」の印刷方法 1.印刷を選択 2-(1)出力用紙サイズをA3に変更   (2)製本/ポスター/混在原稿/回転 をクリック 3.とじしろ幅を5㎜に変更してOKをクリック 4.印刷後、出力された状態で、中心から折り曲げると製本された状態となる。 リラクゼーション技能トレーニングの改良にあたり 追加、改編した資料について リラクゼーション紹介講座 <1> 呼吸法 ※補足資料の追加 腹式呼吸が難しい方向けに補足資料を作成しました。深い呼吸をするためには、呼吸筋がしっかり働く必要があります。しかし、姿勢の崩れ、緊張状態の持続などにより呼吸筋が固くなると浅い呼吸になりがちです。そこで、呼吸法を実施する前に、しっかり上半身のストレッチを行うことをお勧めしています。また、座位姿勢での腹式呼吸が難しい場合、仰向けで行うとやりやすくなる場合もあります。 リラクゼーション紹介講座 <2> 漸進的筋弛緩法 / <4> ストレッチ 受講者が自宅で取組むための資料とすることを想定し、イラスト及びレイアウトを整えました。 リラクゼーション紹介講座 <3> ウォーキング ※補足資料の追加 ウォーキング中に思考や感情と距離をとるトレーニングを行う方法について補足資料を作成しました。ウォーキング中にトレーニングを行う場合は、呼吸に伴う腹部の感覚に注意を向けるのではなく、足裏の感覚に注意を向けます。注意がそれたら、ラベリングを行い足裏の感覚に注意を戻します。 ふりかえりシート リラクゼーション技能トレーニングの改良にあたり、ふりかえりシートを改めました。始業前の体調について具体的な状態像を示し、選択しやすくした他、認知プログラムにおける「思考や感情と距離をとるトレーニング」の実施状況を記録する欄を追加し、トレーニングのポイントを日々意識できるような質問項目を設定しました。 休憩のとり方チェックシート ストレス・疲労への対処の必要性を際立たせる狙いから、対処した結果、対処しなかった結果を記入する形式に変更しました。また、休憩後の変化を自由に書けるようにし、「楽になった―しんどくなった」以外の変化も把握できるようにしています。なぜなら、休憩時の活動は必ずしもリラックス効果だけをねらっているわけではないからです。集中力が回復した、やる気が出てきた、休憩から作業へ気持ちを切り替えることができた等も重要な効果と言えます。 呼 吸 法 <呼吸法とは?> 呼吸法とは、「息を口から吐き、鼻から吸う」という動作を腹式呼吸で意識的にゆっくりと行うことによって、心拍を安定させたり気持ちを落ち着かせたりしてリラクゼーションを促す方法です。 呼吸は、生命維持にとって必要なものですが、それと同時に心や精神の動きとも密接な関係にあります。人間は、緊張や焦りを感じたり興奮状態になったりすると、呼吸が乱れたり荒くなったりすることはよく知られていますが、呼吸法は、逆に呼吸を整えることによって、気持ちを落ち着かせ、リフレッシュすることをねらいとしています。 【呼吸法の行い方】 ① 椅子に深く座ります。 ② 手をおへその下に当てて、目をつむります。 ③ 息を口から吐き、鼻から吸うようにします。 ※ 息を吐く時間が吸う時間よりも長くなるように腹式呼吸を行います。 ※ 途中でめまいがしたり、気分が悪くなったりしたら、すぐに中止しましょう。 腹式呼吸がむずかしい方へ 呼吸筋をほぐす! 呼吸は肺で行われますが、肺そのものは自ら膨らんだり縮むことはできません。肺を取り囲むさまざまな筋肉の働きによって空気が出入りしています。この呼吸に欠くことのできない筋肉を呼吸筋と言います。その数は皆さんが想像している以上に多いのではないかと思います。 パソコンの長時間の使用、ストレスによる緊張などにより呼吸筋が固くなると呼吸が浅くなってしまいます。そこで、深い呼吸をするためには、まず呼吸筋をほぐすストレッチから始めることをお勧めします。リラクゼーション紹介講座「デスクワークの途中でちょっとストレッチ」の1~12を呼吸法の前に行ってみましょう。 姿勢を変えてやってみる! 座位姿勢で腹式呼吸が難しい場合は、仰向けでやってみましょう。 仰向けでも腹式呼吸が難しい場合は、下図のように両手を頭部付近に置いてやってみてください。この姿勢は、胸式呼吸で用いられる大胸筋の動きを抑制する形となります。 出典:五十嵐透子(著)、「リラクセーション法の理論と実際 第2版ヘルスケア・ワーカーのための行動療法入門」、医歯薬出版、2015、p42. 漸進的筋弛緩法 <漸進的筋弛緩法とは?> 漸進的筋弛緩法とは、骨格筋を緊張させ(筋肉に力を入れ)、その直後に弛緩(脱力)させることによって、その部位の力が抜けリラックスしている感じを味わう方法です。 漸進的筋弛緩法は、身体の各部位の緊張と弛緩を繰り返しながら、身体全体のリラクゼーションを得ていくことをねらいとしています。 <漸進的筋弛緩法を行う際の留意点> ・力を入れる際は、60~70%の力を入れるぐらいで行いましょう。 ・力を抜く時は一気に抜き、力が抜けた時に力を入れていた時の「じわ~」とした余韻が感じられるとよいです。 ・過去にけがをしていたり身体的障害などがある場合は、緊張を高めることで、かえって痛みや不快感を引き起こす危険性があるため、その際は力を加える度合いを加減したり、緊張なしでリラックスのみを行うようにしましょう。 ・重度の肩凝りや腰痛、足がつりやすい場合は注意して行いましょう。 【漸進的筋弛緩法の進め方】 両手、前腕、上腕 ① 両手の肘関節を曲げた状態で握りこぶしをつくり、腕全体を緊張させる状態を5秒ほど続ける。 ② 一度に力を抜き、肩のつけ根から指先まで弛緩した状態を20秒ほど続け、緊張と弛緩の違いを感じる。 頭 部 ① 両眼を大きく開き、眉をつり上げ、額にしわをつくり、額から頭皮全体が緊張しているのを意識する状態を5秒ほど続ける。 ② 一度に力を抜き、顔から頭にかけて弛緩した状態を20秒ほど続け、緊張と弛緩の違いを感じる。 頸 部 ① 歯をくいしばり、顎を胸につけるようにして、首の部分の緊張状態を5秒ほど続ける。 ② 一度に力を抜き、首全体が弛緩した状態を20 秒ほど続け、緊張と弛緩の違いを感じる。 肩 ① 両肩を耳に近づけ、肩をすくめるようにして肩の緊張状態を5秒ほど続ける。なお、肩だけを緊張させるため、両腕はダラーンとまっすぐ伸ばした状態にしておく。 ② 一度に力を抜き、両肩全体が弛緩した状態を20 秒ほど続け、緊張と弛緩の違いを感じる。 胸部・上背部 ① 両肩をできるだけ左右に広げ、両肩の肩胛骨をくっつけるようにして、胸を張るような姿勢を5秒ほど続ける。 ※腰痛や背部痛をもつ人は、痛みを伴う場合があるので注意して行う。 ② 一度に力を抜き、背中全体が弛緩した状態を20秒ほど続け、緊張と弛緩の違いを感じる。 補足:今日の講座で紹介・体験をした以外の、他の部位の漸進的筋弛緩法の紹介です。 顔面(目・鼻・唇・舌・頬)・収縮パターン ① 両眼を硬くつむり鼻にしわをよせ、口をおちょぼ口にして鼻よりも突き出すようにし、顎や頬の筋肉も同時に緊張させる状態を5秒ほど続ける。 ② 一度に力を抜き、顔全体が弛緩した状態を20 秒ほど続け、緊張と弛緩の違いを感じる。 顔面(目・鼻・唇・舌・頬)・伸展パターン ① 顎を動かさずに、両眼の眼球だけを上に向け眉をつり上げ、息を思い切って吸い込むように鼻の穴を大きく広げ、口を閉じて「にー」と横一文字にし、歯はくいしばった状態にし、舌を口腔内の上に押しつけ、舌のつけ根の方が緊張している状態を5秒ほど続ける。 ② 一度に力を抜き、顔全体が弛緩した状態を20 秒ほど続け、緊張と弛緩の違いを感じる。 腹 部 ① まっすぐに座り、腹部をへこませた状態を5秒ほど続ける。 ② 一度に力を抜き、腹部全体が弛緩した状態を20秒ほど続け、緊張と弛緩の違いを感じる。 臀 部 ① 肛門周囲の筋肉を縮めるようにし、両臀部を緊張させる状態を5秒ほど続ける。 ② 一度に力を抜き、臀部全体が弛緩した状態を20秒ほど続け、緊張と弛緩の違いを感じる。 下 肢 ① 椅子に浅く座った状態で、両足を伸ばし、かかとを床につける。アキレス腱を伸ばすような感じで両足のつま先を身体に引きつけるようにして、足全体に力を入れる状態を5秒ほど続ける。 ② 一度に力を抜き、足全体が弛緩した状態を20秒ほど続け、緊張と弛緩の違いを感じる。 ウォーキング <ウォーキングとは?> ウォーキングは、簡単にできる運動です。ちょっとした時間に気分転換を図り、リラックスすることができます。好きな場所や公園等、日常生活を少し離れてウォーキングすることも気分転換によいでしょう。 また、ウォーキングは、職場でトラブルがあった際にも、少し席を外して所定の箇所を  動く等にも用いることができます。 【ウォーキングの効果】 ○ 気分転換 ウォーキングにより脳に酸素がいきわたり、スッキリした気分を味わうことができ、 気分転換を図ることができます。気分転換ができるとストレスも緩和されます。   ○ 血行の促進 血行がよくなると消化器系の調子もよくなり、体の調子もよくなります。体の調子からくるストレスもありますので、そのような悩みを抱えている人にもウォーキングは効果的です。   ○ 自律神経への効果 ウォーキングを続けていると気分が楽になるような感覚を覚える場合があります。その場合、β(ベータ)エンドルフィンという爽快感や幸せ感を感じるホルモン物質が放出されていることが解明されています。また、運動による適度な疲労は、睡眠が深くなるという利点もありますので、不眠の解消にもなります。 〇思考や感情と距離をとるトレーニングはウォーキング中に実施することも可能です。 <やり方> 〇ウォーキング中、足裏の感覚に注意を向け続けます。慣れるまでは、右足の【かかと】が地面に接するときの感覚→左足の【かかと】が地面に接するときの感覚を追っていきます。感覚を追えるようになったら、右足の【かかと】が地面に接するときの感覚(下図①)→地面をけるときの感覚(下図②)というように注意を向けるパートを増やします。 〇実施中、注意が足裏の感覚からそれた場合は、ラベリング※を行い、再び足裏の感覚に注意を戻します。 ※ラベリングのやり方 〇人の話し声に注意がそれた時は「音」、足がかゆくなったら「かゆみ」、不安感を感じたら「感情」、甘い香りがしたら「匂い」、考え(例:退屈だなぁ)が浮かんできたときは「思考」、昔のいやな記憶が出てきたら「記憶」などとラベルを貼ります(心の中で呟くイメージです)。注意がそれたことに気づくことが最も大切です。ラベルの適切さに悩む必要はありません。 <注意点> 〇安全面を考慮し、なるべく人が少ない場所、交通量が少ない場所で行いましょう。 〇足裏の感覚が感じにくい場合は、自宅で裸足でやってみたり、サンダルなど足裏の感覚を感じやすい靴で試してみると良いでしょう。 ストレッチ (1)デスクワークの途中でちょっとストレッチ ストレッチ (2)目のストレッチ ストレッチ (3)全身のストレッチ ふりかえりシート 休憩のとり方 チェックシート